閣僚の失言くらべが佳境に入っているが、より深刻な問題は別にある。先週、谷内(やち)正太郎早稲田大教授(66)=元外務事務次官=が、民主党政権の首相と閣僚を見つめる現役官僚の心理解剖を試みた。
「今は<面従腹背>ですらない。『勝手におやりになったらどうですか?』という感じになっている。国家として誠に不幸なことです」(18日、千葉市の毎日新聞企業人大学における質疑応答の一節)
この指摘は永田町、霞が関での筆者の見聞とも符合する。日本は大丈夫だろうか。
谷内は霞が関全体の雰囲気を言ったのだが、菅政権発足以来、政と官のチグハグぶりが最も劇的に表れたのは、尖閣沖の中国漁船衝突事件の後始末を探る日中外交だった。
仙谷由人官房長官の密使・細野豪志衆院議員が、中国外交の元締め・戴秉国(たいへいこく)国務委員と会った。戴は海上保安庁撮影ビデオの非公開を求め、仙谷が請け合った。ところが、ビデオがネット上に流出し、事態は収拾に向かうどころか、かえって混乱が広がっている。
なぜ、菅政権は外務省抜きで交渉したのか。
首相側近「外務官僚は意図的に情報を漏らして(政権の)足を引っ張りますから」
別の側近「そもそも外務省のインテリジェンス(情報力)は高くないですし……」
そうなのか。谷内に水を向けるとこう答えた。
「役人はね、誰だって、いいポストを得て、いい仕事をしたいと願っている」
「民主党はプロフェッショナリズムの無視、ないしは軽視なんですよ。官僚は、批判はありますが、税金で養われているプロ集団。政党として、それを使いこなす器量をもってもらわなければ困ります」
谷内は、首相の靖国参拝で日中間が冷え切っていた小泉政権末期に外務次官になり、安倍政権下で劇的な関係改善を演出した。手を携えた当時の中国外務次官が戴秉国だ。
戴は信頼できる人物で、そこへ働きかけたのはいいが、日本の政と官がこうまでバラバラでは心細い限りという谷内の慨嘆は傾聴に値する。
毎日企業人大学の講演で谷内が強調したのは「民主党には国家という視点が欠けている」という問題だった。
航空自衛隊のイベントで、民間団体の代表が「一刻も早く民主党政権をつぶしましょう」とあいさつした。アタマにきた防衛相の指示であいさつを規制する次官通達が出た。自民党が「言論統制だ」と追及すると、官房長官が「自衛隊は暴力装置」と口を滑らせ、謝罪した。
民主党政権に国家安全保障を担う覚悟と実力が備わっていれば、こんな話題が国会論戦の中心を占めるという悲喜劇は生まれなかったろう。
この政権が仙谷中心に動くのには理由がある。64歳、当選6回。機知縦横の弁護士にしてナニワ節の親分肌でもある。理知と野蛮を兼ね備えたベテランの味で人を引きつけるが、法律と教養をもてあそぶ口舌で墓穴を掘る悪癖がある。
問われるべきは「赤い官房長官」かどうかではない。政と官の関係を立てなおし、国家の背骨を通せるかだ。
民主党政権は、太平に慣れた国民の覚せいを促す捨て石として退場するのか。霞が関のプロ集団を使いこなして再び上昇気流に乗るのか。ドラマは大詰めにさしかかった。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
毎日新聞 2010年11月22日 東京朝刊