防衛大学校の年間行事にあって、首相の臨席を得る卒業式とともに、秋の開校記念祭(今年は11月20、21日)が二つのピークをなす。
昨年と今年の開校記念祭は、ブルーインパルスの祝賀飛行もあってか、来校者が2万人を超えた。学生舎で全寮生活を送る1700人の防大生は、家族、友人、市民を迎えるこの日を心待ちにし、熱心な準備を行う。なかでも四つの大隊から選ばれた各150人がぶつかり合う「棒倒し」の競技には若者のエネルギーがさく裂する。昨年は二大隊の5連覇を一大隊が阻んだ。今年はクジ運のいたずらで両者が予選で戦い、ともに譲らず、引き分け再試合となり、再々試合となり、3戦目で決着する異例の事態となった。力をふりしぼって勝った一大隊であったが、決勝で待ち受けた三大隊に敗れ、優勝旗は7年ぶりに三大隊学生舎を飾ることになった。
棒倒しが動的ダイナミズムを体現するのに対し、全学生が整列、行進する観閲式は、整然たる壮大な秩序を体現する。観閲官を務める私は式辞の中で、学生たちが決めたテーマ「矜持(きょうじ)」について次のようにコメントした。
「本日の開校祭を企画した学生委員会は“矜持”という今ではなじみの薄くなった古きよき言葉を統一テーマに選びました。“横綱としての矜持”と申します。最高ランクにある者としての誇りを胸に双葉山も白鵬も不敗の相撲道を求め続けたに違いありません。“聖職者としての矜持”とも言います。特別に崇高な任務を帯びる者には誇りがあり、それにふさわしい振る舞いがあります。聖職者と異なり、防大生は現実世界の安全保障分野において国と国民を守るという任務に立ち向かう若者集団です。そのことに誇りを持ち歩む意思をこめたこのテーマを学生諸君が選んだことに感慨を禁じ得ません。
それというのも、過日の尖閣列島事案が示すように、わが国にとって安全保障は概念上の問題から、今や現実の問題へと転じているからです。危険のない時には元気いっぱいだが、現実の危険が迫ってくれば身を隠すような武人は“矜持”から最も遠い存在です。危険が重大化する中でのこのテーマは、諸君の高い志と覚悟を物語るものに違いありません。国と国民を守る誇りを正面から掲げた諸君に敬意を表します」
安全保障が改めてリアルに問われる事態を迎えて、歴史への洞察を含む格言が想起される。戦前の日本はアジアにおいて唯一近代化された軍隊を持ち、戦えば必ず勝つ、今から見れば夢のような境遇を手にしていた。が、「国大なりといえども戦を好まば国必ず亡(ほろ)ぶ」とのことわりを不幸にも地で行く結果となった。その歴史に学び、戦後日本は平和的発展の道を選び、世界第2の経済大国となる成功を遂げた。だが平和な国際環境の永続を願う日本の近隣に、核とミサイルを振りかざす経済破綻(はたん)国や、経済大躍進を利して例外的な軍備拡大を続ける大国が現れた。先の格言の対句をなす「国安らかなりといえども戦忘れなば必ず危うし」をかみしめねばならない事態を招いているといえよう。
開校記念祭は、尖閣事案と北朝鮮の延坪島(ヨンピョンド)砲撃事案の間に行われた。観閲行進をする防大生はやがて幹部自衛官となって、この国の平和と安全を守り抜くことができるだろうか。危機はらむ事態を迎えて、日本はどう振る舞えばよいのだろうか。私は次のように述べた。
「わが国を経済力においても軍事力においても上回ろうとする国に対し、手出しをさせない方法があるでしょうか。私はあると考えます。
二つの対処の組み合わせが自助努力として、まず不可欠です。一つは、他国がわが国に力を行使すれば、そちらの方が困ったことになりますよ、という状況をつくることです。つまり防衛力を高めることです。日本の技術水準および統合運用の水準は高いので、今からでも努力すれば強大な大国に対して、抑止力とは言わないまでも、かなりの拒否力は持つことができます。防衛のための効果的な備えを静かに整えることです。もう一つは、問題の国を平和と協力の関係へと政治外交的に誘導することです。つまり、一方でいつ攻められても対処できる備えを厳しくしつつ、他方で大局的には相互利益の関係を進めることです。そうしたデュアリズム(二元主義)の自助努力を重ねつつ、日米同盟に魂を入れることが肝要です。日米を中心に国際関係を良好に保つなら、いかなる国も容易に手出しできるものではありません。
相手が粗暴な振る舞いに及んだことに憤慨し、備えもないのにけんか腰になるのは立派なリーダーのとるべき態度ではありません。逆に平和を望むからといって備えを怠り出費を嫌って対処から逃げるなら“国必ず危うし”です」
波高い21世紀日本の航海となりそうである。近隣の脅威という昔よりの国防問題、世界あちこちの紛争や不安定、大地震・津波などの自然災害、地球規模の挑戦など。多元化する安全保障の課題に対応できる幹部自衛官を育成するため、今防大は全省的な支援を得て大きな改革に取り組んでいる。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2010年11月28日 東京朝刊
12月12日 | 政治の「裏」=精神科医・斎藤環 |
12月5日 | 日中の情勢に思う=東京大教授・加藤陽子 |
11月28日 | 防衛大学校の開校記念祭=防衛大学校長・五百旗頭真 |
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