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【正論】帝京大学教授・志方俊之 「人減らし」の防衛大綱では困る
「防衛計画の大綱(以下、大綱と略)」は、わが国の安全保障の基本方針、防衛力の意義と役割、自衛隊の具体的な体制、主要装備の整備目標の水準を示すものだ。1976年(三木政権)、94年(村山政権)、2004年(小泉政権)と過去3回、決定された。民主党政権下では初めてとなる今回の大綱は年内に決まる。本来、09年末に改正されるべきものだったが、発足間もなかった鳩山由紀夫前政権は政治主導で「新政権らしさ」を大綱に組み込むためとして、1年の検討期間を置いた。
鳩山首相は昨年2月、私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会(座長・佐藤茂雄・京阪電鉄CEO)」を発足させる。懇談会は頻繁に会合を開いて検討を重ね、結果を最終報告にまとめた。8月27日、それを受け取ったのは菅直人首相である。そして、民主党の外交・安全保障調査会(中川正春会長)が11月29日に、この最終報告を土台にした「大綱提言案」を了承し、党政策調査会を経て政府に提言した。
今後、提言内容がどの程度、修正され、大綱として閣議決定されるのか。民主党内にも、連立を組む国民新党にも、異論があろう。あまり現実離れした大綱ならば、野党の大反発に遭うし、同盟国の米国も黙ってはいないだろう。
◆急変する安全保障環境
今回の大綱ほど、その策定作業中に現実の情勢が変わったこともまれだろう。北朝鮮による韓国の哨戒艦撃沈事件(3月26日)、普天間飛行場移設計画が頓挫して日米関係がギクシャクした一瞬を突いて行われた尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件(9月7日)、ロシアのメドベージェフ大統領の北方領土訪問(11月1日)、北朝鮮軍の延坪(ヨンピョン)島砲撃(同月23日)、北への示威を込めた黄海での米韓合同軍事演習(同月28日)と続いた。
これより先、中国で習近平国家副主席が、北朝鮮では金正日総書記の三男、金正恩(ジョンウン)氏がそれぞれ次期指導者として確定した。いずれも軍部の後ろ盾を得た登場であった。中国や北朝鮮が行った一連の力の顕示や行使は、次期指導者の決定と決して無関係ではない。
北朝鮮の核開発続行や砲撃事件に対するオバマ米政権や李明博・韓国政権の反応もこれまでとは違う。両政権とも、北との交渉のテーブルにつけようとする中国の仲介には易々(やすやす)とは乗らない構えだ。中間選挙で自党が大敗したオバマ米大統領の場合、再選をかける次期大統領選を2012年に控え、対立する共和党の手前、北に甘い顔を見せられない事情がある。
◆外交と軍事は不可分
韓国も12年には大統領選が予定され、与党による政権継承を目指す李明博大統領としては哨戒艦撃沈でも忍耐し延坪島砲撃でも忍耐を続けるのは容易ではない。台湾総統選もロシア大統領選もこの年にあり、東アジアは「12年」への助走という不安定期に入る。
今回の一連の事態で明確になったのは、外交は外交、軍事は軍事と分けて考え得るものではないとの国際常識である。日本人も外交の背景には軍事力があり、軍事力の背景には外交があるという現実を認識させられた。それを米、中、韓、朝、露の各国が行動で示してくれたといえ、日本の政治家、国民への教育効果は絶大だった。
◆現場第一主義で考えよ
民主党の外交・安全保障調査会の提言内容は、情勢の認識、人的基盤の強化、動的抑止力向上と南西方面の危機への対処、装備品の戦略的整備と武器輸出三原則の明確化、平和維持活動への取り組み・インテリジェンスにおける官邸機能の強化、などとなっている。閣議決定した大綱を読むまでは細部は論評できないが、提言案について心配なことが幾つかある。
第一に、人的な基盤の若返りは良いとしても、それに名を借りて現場の「人減らし」になってしまっては困る。それをするのなら、国会議員定数や政治関係の事務方を減らすことの方が先だろう。
自衛隊の隊員数を今より削減するのは愚の骨頂だ。自衛隊員1人が担う国民の数は901人(フランス458人、ドイツ513人、英国は610人)で、隊員数は主要国と比べれば少ない部類だ。大規模災害時には、陸自の不足を海自や空自では補えない状況だ。
南西方面への自衛隊配備の増強は、時間との戦いであると心得なければならない。議論は後回しにし、それこそ政治主導で行うべきだ。武器輸出三原則を明確にして欧米諸国と装備の共同開発ができる道筋をつけて、わが国の防衛産業基盤を確保する必要もある。
財源に限りがあるなら、国際貢献だからと、領収書も明細書もないような資金提供に応じてはならない。平和維持活動(PKO)などへの参加は、法的基盤を整えて現場の自衛官が迷わず任務につけるようにしなければならない。
インテリジェンスにおける官邸機能の強化も待ったなしだ。早期に日本版国家安全保障会議(NSC)を設置して要員の訓練を開始しなければならない。危機管理や安全保障における政治主導の本質は現場第一主義であるべきだ。(しかた としゆき)