菅直人首相が、朝鮮半島有事に備えて、在韓邦人救出のための自衛隊派遣を韓国政府と協議する考えを示した。3万人以上とみられる韓国国内の邦人退避のため、具体的には自衛隊機や自衛艦を韓国に派遣することを想定しているのだろう。
政府が、外国での有事の際、邦人保護・救出を円滑に行うための備えを万全にしておくのは当然である。自衛隊法は、外国での「災害、騒乱その他の緊急事態」において自衛隊の輸送機や船舶で邦人らを運ぶことができると定めている。北朝鮮による砲撃事件などによる緊張した情勢を踏まえれば、具体的検討を進めることは意味がある。
しかし、朝鮮半島有事を想定した場合、いくつかの壁がある。
まず、自衛隊法の改正問題である。現行法によると、自衛隊が出動できるのは「輸送の安全が確保されていると認める」時に限られる。このため、半島の情勢しだいでは自衛隊機の派遣が不可能または制限されることが考えられる。この場合、米軍の協力が必要となるため、日米の事前協議を進めておかなければならない。が、同時に「輸送の安全」に関連して自衛隊法改正の検討が日程に上ってくるのは間違いない。
また、自衛隊を派遣する場合、海外での武力行使を禁じた憲法9条との関係で武器使用問題も議論の対象となる。たとえば、邦人らの救出のため自衛隊機が戦闘地域近くの空港に着陸する際に、救出任務を遂行するための武器使用はどこまで認められるのか、あるいは、戦闘機による輸送機の護衛は認められるのか。国内の議論が必要となる。
そして、何より自衛隊派遣の障害となるのが韓国の対応であろう。韓国国内には、戦前の日本による植民地支配という歴史的経緯や竹島領有問題などを理由に自衛隊受け入れに強い抵抗感がある。朝鮮日報の社説は首相発言について「非常に配慮に欠け、誤解を呼び起こしかねない不適切なもの」と断じている。
菅首相の発言は、こうした乗り越えるべき課題を見通したものだろうか。そうは思えない。仙谷由人官房長官は記者会見で「まだ全く検討していないし、韓国との間で協議はない」「相手があり、歴史的な経緯があるので、簡単な話ではない」と自衛隊派遣は難しいとの考えを示した。
首相が国の方針をいったん口にすれば国内外でさまざまな反応が起こる。発言には責任が伴うだけに、成算がなければならない。邦人救出策の検討は必要だが、朝鮮半島への自衛隊派遣は、国内でも対韓国でも政権の力量が問われる重いテーマである。首相の言葉の軽さばかりが目立つような事態は避けてもらいたい。
毎日新聞 2010年12月14日 2時30分