菅直人首相は14日、太平洋戦争の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)を訪れ、戦死者の遺骨収容作業を視察した。政府の特命チームが作業を始めた10月以降、収容された遺骨は298柱に上り、米軍が戦闘直後に集団埋葬したとみられる地点を重点的に掘り起こした結果、過去10年間の年間平均64柱を大きく上回っている。政府は来年度予算概算要求に硫黄島の遺骨収容経費15.6億円を盛り込んでおり、硫黄島を皮切りに国内外に残された遺骨約114万柱の収容に取り組む方針。【青木純】
「遺骨を家族の待つ地に返すのは国の責務。一粒一粒の砂まで確かめ、一人でも多く帰還できるよう全力を尽くす」。菅首相は視察後の追悼式で強調した。式には民主、自民、社民、たちあがれ日本の国会議員24人が出席。日本軍の硫黄島守備隊指揮官だった栗林忠道中将の孫、新藤義孝衆院議員(自民)が遺族を代表して「残る1万3000柱、全員が古里にお帰りいただくまで、硫黄島の戦いは終わっていない」と述べ、政府の取り組みに謝意を示した。
硫黄島では1945年2~3月の攻防戦で日本兵約2万2000人が戦死した。それでも、収容された遺骨は約8700柱にとどまる。従来の収容作業はざんごうなどを中心としていたが、菅首相は野党時代から集団埋葬地点を特定するよう主張。首相就任後に発足させた特命チームの阿久津幸彦内閣府政務官らは米国立公文書館で地図の2カ所に「敵の墓地」と書かれているのを確認した。島中央部の自衛隊滑走路西側に2000柱、南西部の「摺鉢山」のふもとに200柱が埋まっている可能性があるといい、両地点を重視し作業を続けている。
硫黄島には現在、集落はなく、自衛隊と米軍の施設があるだけで、滑走路の下にも遺骨が埋まっている可能性が指摘されている。政府は来年度からレーダー探査も行う方針で、首相は記者団に「しっかりと取り組んでいきたい」と語った。
毎日新聞 2010年12月14日 21時27分(最終更新 12月14日 22時57分)