経済的困窮から自殺する人が後を絶たない中、借金を残して自殺した人の遺族が、相続について適切な法的知識を持たないため、支払う義務のない借金を支払ったり、逆に損害賠償を請求できる権利を手放す事態が頻発していることが明らかになってきた。全国の弁護士らで結成した「自死遺族支援弁護団」は電話相談などで実例の情報収集を進め、啓発のためのリーフレットをまとめる計画だ。【苅田伸宏】
親族が死亡した場合、主な相続方法は、不動産や貯金から借金まですべて受け継ぐ「単純承認」と全く受け継がない「相続放棄」の2通りがある。相続放棄は、家族の死亡などで自分が相続すると知ったときから3カ月以内に家裁へ申し出る。ただし連帯保証人になっていると、相続放棄をしても債務を免れることはできない。
多重債務者や自殺遺族の相談を受けているNPO法人「多重債務による自死をなくす会」(神戸市、弘中照美理事長)によると、今年、夫を自殺で亡くした女性は約3000万円の借金を相続、完済した。遺書で初めて夫に借金があると知り、親族らに借金をした上、実家も売却。現在は生活保護を受けながらの1人暮らし。「どこに相談したらよいか分からず、相続放棄のことなど聞いたこともなかった」と悔やんでいたという。
自らも母親を自殺で亡くした弘中さんは「うちひしがれているときに、多くの遺族は法的な問題まで考えが及ばない」と説明する。
同弁護団の和泉貴士弁護士(第二東京弁護士会)に、自殺した夫の労災申請で相談に来た遺族は、夫が外国為替証拠金取引(FX)で作った借金約700万円の返済を続けていた。自殺からすでに3カ月が過ぎ、相続放棄はできなかった。遺族は「債務整理で法律家に相談したのに助言はなかった」と話したという。
一方、相続放棄で権利を失いかねないケースもある。弁護団事務局長の生越照幸弁護士(大阪弁護士会)によると、過労自殺の場合勤務先への損害賠償請求権があれば借金以上の賠償金を得る可能性があるのに「パニックになって反射的に請求権を含むすべてを放棄しようとする人もいる」という。
これまでに、賃貸住宅で自殺した人の遺族が家主から過大な賠償金を求められるケースが問題化。同弁護団は今後、相続問題に苦しむ遺族からの相談を受ける電話相談などを計画している。問い合わせは同弁護団事務局(06・6223・8100)。
毎日新聞 2010年12月14日 大阪夕刊