選挙を規制する公職選挙法。候補者が連座制で失職するケースもあるため、陣営は細心の注意を払う。だが、そもそも「規定が非常識」との批判は現場でくすぶり続ける。選挙が「公正かつ適正に行われることを確保」(第1条)しようとするあまり、候補者や有権者の自由を縛っていないだろうか。【沢田勇】
「ドリップコーヒーは駄目です」--民主党のある選対関係者は、選挙事務所で出す飲み物について選管に問い合わせたら、そう言われた。理由は「高級だから」。インスタントならいいという。公選法139条は飲食物の提供を原則禁じているが「湯茶及びこれに伴い通常用いられる程度の菓子を除く」との規定がある。
この選対関係者は「ミカンはどうか、まんじゅうが良くてなぜケーキはダメなのか、など、いちいち悩む。本当にくだらない」と明かし、こう続けた。「でも、悪法も法なり。従うしかないよ」
県選管には頻繁に陣営から問い合わせがある。「『いくらのまんじゅうまでならいいか』と聞かれることもあるが、法に明記されていないことを言って立件されても責任は取れないので答えられません」(担当者)
全国で選挙参謀を務めた経験のある選対関係者は「公選法のグレーゾーンはものすごく広い。地域の警察や選管によって、解釈やさじ加減がまったく違う」と指摘する。
総務省選挙課は「個別のケースについては違反かどうか判断する立場にない。しかるべき機関が決める」と話す。結局、判断の多くは警察や検察に委ねられているのが現状だ。
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選挙運動費の使い方についても極めて複雑な規定がある。
ウグイス嬢は「車上等運動員」と定義され、1日1万5000円以内、ポスター張りや電話番は「労務者」とされ、1日1万円以内の報酬を支払うことができる。
「車上等運動員」には弁当代(1食1000円以内)を支出できるが、「労務者」に出すのはご法度だ。
「でも」と、自民党の選対関係者は明かす。「『ウグイス嬢の皆さんだけお弁当どうぞ』なんて言えないでしょ。連座に引っかかりそうなことは細心の注意をするけど、それ以外はいちいち気にしてられないよ」
注意しなければならないのは、街頭でのビラ配りや、電話で投票依頼をする人は「一般の選挙運動員」と分類され、報酬の支払いが禁じられている点だ。うっかり払うと買収とみなされる。
07年参院選では、神奈川県選挙区で当選した小林温氏(自民)の陣営幹部が、街頭でビラ配りをした大学生らに報酬を渡したとして買収で有罪に。小林氏は辞職した。
有権者に現金を渡して投票や票の取りまとめを依頼する旧来型ではなく、こうした運動員買収の立件が最近、目立っている。
「ポスター張りならOKで、電話かけに払ったら逮捕なんて理不尽」(民主党選対関係者)との声も聞かれる。
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インターネットを使えないことにも、与野党を問わず疑問の声は多い。96年10月に旧自治省は、ホームページ(HP)上の情報は法定外の「文書図画」との見解を示し、公示日以降の更新は規制された。また、当選のお礼をHPに掲載しても「自筆以外の当落あいさつ」を禁じた規定(30万円以下の罰金)に抵触する。
選挙運動は、候補者の主張や情報を有権者に伝える活動なのに、公選法による規制が厳しすぎて十分にそれが伝わらない。その結果、特に現職に比べて知名度のない新人候補者の当選を不当に難しくしています。候補者、有権者双方のためにもっと自由にすべきです。
また、公選法はあいまいな部分が多く「何が違法なのか」の予測が難しいため、法的安定性を損ねています。
「選挙運動を無制限に認めると、財力や権力のある者が有利になる」との指摘もありますが、現行法は規制があまりに厳しすぎて、選挙運動の本来の機能そのものを阻害しており、本末転倒です。世界的にも例のない規制だらけの法律です。
現職の議員や既存の政党に都合よく作られてきたため、こんな複雑怪奇な法律になってしまったのだと思います。
自治省にいた当時から、おかしな法律だと思っていましたが、現職の役人だったので異は唱えませんでした。
政治主導で一日も早く公選法を改正し、民主主義の観点に立った自由な選挙運動を解禁すべきでしょう。(談)
毎日新聞 2009年8月5日 地方版