ニュースウオッチ9 見直される補正予算(1) “アニメの殿堂” 9月30日(水)放送 取材:「あすの日本」プロジェクト 記者 芳野創

総額で14兆円余りの過去最大の平成21年度の補正予算について、鳩山総理大臣は、各省庁に対して、10月2日までに執行停止にすべき事業の報告を指示しました。新政権が見直そうとしている事業はどのようなものか。シリーズ1回目は、無駄遣いの象徴とも指摘されたあの事業です。

“アニメの殿堂”そもそもの目的は・・・

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国立メディア芸術総合センター、いわゆる“アニメの殿堂”は、新政権が発足してすぐ見直しの方針が示されました。典型的な箱ものとして無駄遣いの象徴と指摘されましたが、そもそもの目的は、むしろソフト面を強化し、成長産業につなげようというものでした。
日本のアニメやマンガなどコンテンツ産業の市場規模は14兆円にまで拡大し、海外での評価も高まっています。政府は、6年前に知的財産戦略本部を設置し、21世紀の日本の主力産業に育てようと取り組んできました。その要となる施設だったのです。

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漫画家の里中満智子さんは、知的財産戦略本部の委員を務めるなど国のコンテンツ産業振興の戦略作りに関わってきました。里中さんは、「日本のアニメやマンガは本当はもっと有効に売れるのにもかかわらず、売り損ねている部分がいっぱいあるんですよ。もっと胸を張って堂々と国を挙げて売り込みをかければ、文化戦略としても貿易効果としても今の数倍の効果が上がるはずです」と話します。

箱ものに変わったわけは・・・

コンテンツ産業の振興が、なぜ無駄を指摘される巨大な施設になったのか。具体的な計画は、平成20年の8月から動き始めていました。文化庁は、アニメやマンガなどの分野で活躍する7人の委員を集め、有識者会議を設置。海外への発信や交流の拠点をどう作るべきか検討を始めました。

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委員の1人だった早稲田大学の安藤紘平教授は、拠点の中身をどう充実させるか、委員からは様々なアイデアが出されたと振り返り、「どういう形で人材を育成して、新しいコンテンツを創造し、どう発信していくか。保存と育成と創造と発信という4つのキーワードをどのように文化として生かしていくのかということを重視しました」と話します。

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委員たちが参考にした施設が、「京都国際マンガミュージアム」です。京都市が平成18年に設立したもので、運営はマンガ学部をもつ地元の大学が行い、日本の古いマンガから海外でも人気のアニメまで30万点にのぼる資料を集めています。いまでは京都を訪れた外国人の観光拠点にもなっています。この施設の注目点は、コストを抑えて作られたことです。廃校になった小学校の建物を改修し、マンガの多くも書店や個人から寄贈してもらいました。その結果、整備費は12億円に抑えることができました。委員たちは、こうした事例をもとに、コストも意識しソフトを重視した拠点づくりを検討していました。

その矢先のことし4月、突然、文化庁から整備計画が示されました。過去最大の補正予算で破格の予算を獲得できるというのです。その際、文化庁長官は、「このような機会は、今後100年は来ないかもしれない」と述べたといいます。

文化庁が1か月足らずで独自にまとめた計画とはどういうものだったのか。説明資料によると、施設の整備費は約117億円。展示室や上映ホールを備えた4,5階建ての施設が想定されていました。ふさわしい予定地とされたのは東京・台場。しかし、施設の整備費が計上されただけで、展示物など中身については何も決まっていませんでした。

委員からは懸念も・・・

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文化庁の提案に対し、複数の委員から「典型的な箱もの行政ではないか」という戸惑いや懸念の声が相次ぎました。委員の1人だった民間のシンクタンクの社長、林和男さんは、中身の議論が十分でないまま施設の建設だけを進めることに懸念を感じたと振り返ります。
「箱ものを作ることが目的ではなくて、文化振興とか産業振興のためには何をしなければいけないのかということで5回の議論をしてきたのに、117億円が箱ものの予算だったということで、方向が変わってしまったので、このまま先に進んだらまずいと考えました」。
さらに、委員たちからは、施設ができた後にしっかり運営ができるのかという疑問も投げかけられました。

文化庁の需要予測とは・・・

一方、文化庁は「入場料などの自己収入で賄う」として、採算がとれると主張しました。 そのときに示したのが、年間の来場者数60万人という試算です。試算の根拠にしたのが、ことし東京・六本木で開かれた国際的なイベントです。無料で開催されたこともあって、11日の開催期間の平均で1日あたり5000人が来場しました。文化庁は、最低限この半数は達成すべきだとして、需要予測を年間60万人と弾き出しました。

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この試算をどうみるのか。公共事業の需要予測に詳しい法政大学の五十嵐敬喜教授は、文化庁の説明文書を見て、「この文書には、『半数程度達成すべきである』と書いてありますね。達成できるんじゃない、『すべきである』と書かれている。これが官僚の文章です。達成できなくてもいいんですよね。箱ものってみんなこんな感じなのです。日本語の妙といいますか、これはあらゆる官僚の文章の典型ですよ」と、その杜撰さを厳しく指摘しました。

建設中止で振興策は・・・

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文化庁の有識者会議は、9か月にわたりました。運営の仕方は改めて検討する必要があるものの、施設の建設は文化庁の提案通り117億円の予算で進めることになりました。
政権交代の直後、川端文部科学相は、新たな施設は建設しない方針を示しました。しかし、それに代わるコンテンツ産業の振興策をどう進めるのか、具体的な青写真は示されていません。早稲田大学の安藤教授は、「ハードの問題ではなくて、むしろソフトの問題として、きっちりと支援してもらい、そういう形の政策を取ってもらえばと思います。新政権には、コンテンツやソフト、人材育成、創造発信を重視した政策を期待しています」と話します。

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民間シンクタンク社長の林さんも、「この分野は、中国・韓国、東アジアに追い上げられているし、様々な問題を抱えていますから、文化立国としてきちっとした体裁を整えるためにはそれなりの予算が必要です。きちんと新政権の中で見直しが行われ、本来の振興策というものにちゃんとつなげていただきたいです」と話していました。

“アニメの殿堂”見直しの理由は?

スタジオでは、新政権が箱もの建設を中心に補正予算の見直しをどのように進めようとしているのか、芳野記者が解説しました。

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まず、新政権が「国立メディア芸術総合センター」の建設を真っ先に見直した理由について、「中身が決まってないのに、100億円以上もの巨額の予算をかけて施設を建設する必要はないのではないかということです。また、本来補正予算は緊急性の高い事業を実施するために編成するもので、こうした施設に回す余裕があるなら、母子加算の復活などを優先すべきだということを見直しの理由に挙げています」と説明しました。
そして、「新政権は、それに代わる振興策を具体的に示せていません。今後、アニメや映画など国際的に評価が高い分野をどのように支援して、文化や産業の発展につなげるのか、国を挙げて考えていくことが新政権の課題として残ります」と述べ、施設の建設に代わるコンテンツ産業の振興策をどう描くかに課題があることを指摘しました。

“箱もの事業”をどう見直すのか?

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最後に、新政権は補正予算に盛り込まれた「箱もの」の見直しをどう進めていくのかについて、芳野記者は、「今回の総額14兆7000億円の補正予算は、従来の公共事業中心型と異なり、未来の成長力の強化につなげるという目標を掲げていましたが、いわゆる箱ものを含めた施設整備費が多く含まれています。中央官庁や国の出先機関の庁舎の整備費、さらに独立行政法人の研究施設などの施設整備費は、地方向けのものも含めて、あわせて2兆8千億円に上ります。このうちの何を削り何を残すのか、それぞれの事業のコンセプトや採算性を十分精査して決めていく必要があります。新政権が10月2日の報告期限に向けて、どのように予算を組み替えるか注目されます」と述べました。