2010年12月14日

在日支配の実像直視せよ!

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「在日勢力との共生」は即ち屈服!

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〜12・4渋谷デモから10日後〜

「忠臣蔵」事件の日に朝鮮人からの妨害・襲撃そして防戦を振り返る

 くどいようだが、何度も言う! まさしく、戦争と捉えるか、ただのイベントと捉えるかの違いが鮮明になった。

 さる12月4日に東京・渋谷で開催した不逞在日朝鮮人排撃デモ行進は、一介の日本人がこれを在日朝鮮人との戦いと位置づけ、「排外(排害)主義」に立脚したという点で画期的な行動であったと言えよう。

 こうした闘争が微力ではあれ1度や2度のみならず、また、全国的に定着しつつあることから微動ながらも日本社会が胎動する軌跡を残したものとして評価したい。

 「朝鮮人を叩き出せ!」とは一見は乱暴に思えるかも知れないが、在日朝鮮人特権なるものが存在し、それを是正せよと主張すること自体は正当な言論活動である。

 デモ行進の最中、在日朝鮮人組織の一員と思しき凶相の男が「祖国統一」などと書かれた横断幕を手に妨害を加えて来たのでデモ参加者と双方を切り離そうとする警察官までが入り乱れて乱闘まがいの押し合い圧し合いになったが、利害が対立するどころか、日本国内での存亡を賭した二つの民族が衝突しているのだから無理もない。

 行進・隊列の前方に異なる主義主張の者が現れた! これを殴りつけるなり蹴りつけるなりして実力行使で排除しようとした…その行為だけを以ってすれば暴行罪なり傷害罪に該当するのかも知れない。

 しかし、警察当局からしてそのような狭小な視野に陥ってしまったがゆえに日本国はここまで歪な姿になってしまった。

 起きた事実に対して法の適用云々は当然だが、その前に日本政府自体が日本国の安全、日本国民の生命・財産を守るという「安全保障」に立脚した「道理」を喪失してしまっては国家社会は成り立たない。

 デモに乱入しこれを襲撃した壇悦(チェ・ダンヨル =朝鮮籍= インターネット上では「黒い彗星」「チェ★ゲバルト」と名乗る)に対するデモ主催者サイドの対応を問題視するなら、遥かそれ以前に、朝鮮総連やら韓国民団など危険な外国人組織を野放しにして今日まで「民族問題」「民族対立」を放置した国の責任はどうなるのか?

 本来的には速やかに排除すべき不法入国者の群れに「特別永住資格」なる他の外国人にはない特権的待遇を与え、後に日本人拉致事件に関与した「敵性民族」の治外法権と組織化を許してしまった。
 傘下の朝鮮民族学校は日本人の血税(補助金支出)によって存続し、そこから輩出された少なからぬ者らが反日活動に勤しんでは不法入国の自らを「戦前の強制連行被害者」と称しては日本を貶めることに奔走、また別の者らは暴力団に加入するなどして反社会的行為に勤しんでいる。

 多くの破産者や自殺者、乳児・幼児の死亡事故にも繋がるほど人を狂わせているパチンコ産業は圧倒的大部分が在日朝鮮系によって牛耳られており、この膨大なパチンコ・マネーが北朝鮮に送金されてはわが日本を脅かす朝鮮半島動乱に利用されているという笑うに笑えないブラックジョークのような現実がある。

 こうした現状に対して正当な言論活動を為した日本人の側が不当にも在日朝鮮人の暴力による妨害・襲撃を受け、それに応戦した事実のみを以って捕縛されるとしたら、日本人が自らを守る権利と自由な言論活動を封殺するものに他ならない。

 渋谷デモ事件だけを見ていては渋谷デモ事件の実像は見えてこない。

2875361250_92b902a147 12月14日にちなんだ話をしよう。

 この日は「忠臣蔵」事件のあった日として多くの日本人に記憶されている。事の発端は今から300年以上も前の元禄14年3月14日、江戸城内にて播州赤穂藩藩主・浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)が、高家旗本の吉良上野介(きら こうずけのすけ)に対して刃傷沙汰に及ぶ。

 浅野は即日切腹、赤穂藩は取り壊し、吉良にはお咎めなしの裁決が下された。

 この刃傷に至った原因は諸説様々であるが、その約2年後の元禄15年12月14日、大石内蔵助(おおいし くらのすけ)率いる47人の旧赤穂藩士が吉良邸に討ち入り、吉良の首級をとって敵討ちを果たす。

 江戸城殿中で起きた事は浅野−吉良間の問題であるが、浅野の死は幕府の裁決によるものであったため、御上に異議申し立てる側面もあったと言えよう。
 
 ところで徳川将軍の治世下で起きた殿中など公の場における大名同士の刃傷沙汰というのは、浅野内匠頭によるものだけではない。
 たいていは一方がもう一方を仕留めた後にその場に居合わせた他の武士らに斬り捨てられているか、切腹を命じられるかして死を遂げている。
 ちなみに浅野内匠頭の母の弟、つまり叔父にあたる内藤忠勝も公の場における刃傷沙汰におよんで相手を仕留めたものの、切腹を命じられて藩は取り壊された。

 しかし、浅野内匠頭だけは刃傷にまでおよんだ相手(吉良)を仕留め損ねた。

 つまり、浅野内匠頭による刃傷沙汰は大名同士の刃傷沙汰において「唯一の失敗例」だったと言えるのではないか。

 それまでは殿中など公の場における抜刀があれば必ず一方が仕留められ、仕留めた一方は切腹を仰せつかって結果的には「喧嘩両成敗」になっていたのだから。
 ゆえに赤穂藩士側はいかなる理由があろうとも喧嘩両成敗で吉良にも切腹が申し付けられて然るべきと主張したのだろう。

 だが、幕府の裁決はそうした慣例に照らし合わせれば片びいきなものであったため、旧赤穂藩士は吉良邸に討ち入った。
 今風に言うなら、裁判の最高裁で決したことを自らの実力行使(テロ)で覆したようなものだろう。

 忠臣蔵事件だけを見ていては忠臣蔵事件の実像は見えてこない。

 先の在日朝鮮人の横暴に話を戻すが、確かにそれを排撃せよと主張する言葉は乱暴であるかも知れないが、その言動のみを捉えた狭小な視野では日本社会の実像は見えてこない。

 北朝鮮にせよ韓国にせよ「国家に対して抗議するのは良いが、市井の朝鮮の人たちを攻撃すべきではない」とする「排害運動」勢力への批判も散見されるが、これこそは見当違いでチャンチャラおかしな批判である。

 本来的には恥じて恐縮し、あらゆる言動を自粛すべき在日朝鮮人社会が横暴に振る舞っていることに対して志ある日本人が声をあげたのである。

 この紛れもない強者で日本人を虐げる在日朝鮮人との共生を云々する者も少なからず存在するようだが、これこそは彼ら在日勢力の強さを熟知した上で、それに屈服するにも等しい卑劣な姿勢と言わざるを得ない。

 もし渋谷デモに際して関係者が不当にも拘束されるような事態が発生すれば、我々は可及的に必要な措置に出ることを宣言しておく!

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環境テロリストから我が国船舶の安全を守れ!(第一回目)

<正当な調査捕鯨を「懸念」する欧米白人の本末転倒>
環境テロリストを支援するは米、豪、NZ、オランダ各国は日本の敵だ

【日時】平成22年12月15日(水)

【場所】
(1)アメリカ大使館 12:00集合 
(2)オーストラリア大使館へ順次移動します。

※ニュージーランドとオランダ両大使館への抗議日は追って告知

【呼び掛け】
主権回復を目指す会 せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』 政経調査会 NPO外国人犯罪追放運動 新攘夷運動・排害社

【連絡】
西村修平(090−2756−8794) 有門大輔(090−4439−6570) 

雨天決行、プラカードの持参歓迎



Posted by samuraiari at 18:31│Comments(4)TrackBack(0)この記事をクリップ!

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この記事へのコメント
 極悪インド人に注意しましょう

インドで日本人 女性が集団強姦されたのに・・・

2010年4月 日本女性集団強姦事件 を検索

Japanese tourist gangraped at Badh Gaya を検索
Posted by 外人対策 at 2010年12月14日 19:09
いずれ近代化以降繁殖した朝鮮勢力は徹底的に殲滅される
Posted by 問題解決 at 2010年12月14日 20:08
本来的には恥じて恐縮し、あらゆる言動を自粛すべき在日朝鮮人社会が横暴に振る舞っていることに対して志ある日本人が声をあげたのである。

全くその通りだ!
自分の国でない日本国に住まわせてもらっているという感謝の気持ちがまるで無いどころか、ふざけやがってデケー面してやがる。
ここが根本的な問題だ

こんなクソガキ朝鮮人・シナ人に怒りを感じない日本人は完全な腑抜けだ!
Posted by 高橋 神幸 at 2010年12月14日 20:08
今日の記事でも、侍蟻こと有門さんの考えは正しい。
これを100パーセント支持します。 

我々は本来日本に住む資格が無いにも関わらず、終戦時以来、
凶悪事件ほか有りとあらゆる大小の犯罪を繰り返して日本を
汚している市井の朝鮮人と戦っています。 やっと始まりました。

その昔、スペイン、ポルトガル人はインディオを人間と見なさず良心の
呵責なく殺しました。 これを逆転したアナロジーで言えば、チベット人、
ウイグル人を虐殺できる支那人は「人間」では無いし、一片の良心も無い
100パーセント嘘で出来ている朝鮮人も「人間」では無い。
朝鮮人は同胞民間人も何十万人と殺せる。 (補導連盟事件)

人智を超えたものを信じない、宗教心のカケラもない両者は、世界の
民族のなかで特殊な存在であって、これを「人間」「Human Being」と
して良いか重大な疑義がある。  儒教畏るべし。


Posted by 菊池 晃 at 2010年12月14日 20:10

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