忘れない 「未解決」を歩く

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忘れない:もう一つの足利事件、万弥ちゃん殺害

 ◇DNA鑑定求めた父 時効後も思い揺れ

 足利事件で服役していた菅家利和さん(64)に再審無罪が言い渡されたのは今年3月。菅家さんは、足利事件が起きる11年前の1979年に起きた福島万弥(まや)ちゃん(当時5歳)殺害事件でも逮捕されたが、足利事件のように起訴されることはなかった。万弥ちゃんの父譲さん(56)は、足利事件の再審開始決定後、菅家さんの無実を証明した現在の技術に望みを託し、栃木県警に昨年、遺留品のDNA鑑定を求めたが、結果は検出不能だった。発生から30年以上経過した「もう一つの足利事件」。時効となった今も父の思いは揺れる。【安高晋、吉村周平】

 79年8月3日。昼休みに仕事場から帰宅する途中の譲さんは、自宅に隣接する神社の境内にいた万弥ちゃんに気付いた。「もうすぐご飯だよ」。声を掛けると、きょとんとした顔で振り向いた。

 しかし、生きて自宅に戻ることはなかった。6日後、約3キロ離れた渡良瀬川河川敷に置かれたリュックの中から遺体で発見される。小さな手足はひもで縛られていた。

 小学校入学を待ちきれない妻の両親が買ってくれたランドセルが待つ自宅に遺体を連れ帰ると、涙があふれた。妻が作るお弁当をうれしそうに保育園へ持っていく笑顔が浮かんだ。「あの時、手を引いて帰っていたら」。事件でできた心の溝を埋められず、譲さん夫婦は離婚した。

 万弥ちゃんの事件以降、付近で幼女殺害事件が相次ぐ。84年に栃木県足利市、87年に群馬県太田市。4件目となる足利事件の遺体は娘が遺棄された河川敷の対岸で発見される。「娘を殺した犯人が次々に事件を起こしているのでは」。そう思うたびに胸が締め付けられた。

 事件から12年後。万弥ちゃん殺害容疑で菅家さんを逮捕したのを県警から伝えられたが、疑問もわいた。昼ごろ殺害したという菅家さんの供述と、午後2時すぎに万弥ちゃんを見たという飲食店員の目撃証言が合わない。結局、詳しい説明もないまま「起訴できなくなった」と告げられ、捜査は事実上終結した。

 足利事件の再審で菅家さんが犯人ではないと分かり、万弥ちゃん事件も時効という現実だけが残った。「捜査を続けていれば、本当の犯人に近付けたかもしれない」。自分に今できることはないか。時効なのを承知で、譲さんは行動を起こす。娘が入れられたリュックに犯人の痕跡が残っていないか、県警にDNA鑑定を求めた。

 「菅家さんの無実を証明した現在の技術ならDNAを特定でき、いつか同じ型を持った人間が現れるかもしれない」。県警から伝えられた結果は「検出不能」だった。

 近隣で起きた幼女の事件で、時効が成立していない可能性がある事件がある。太田市の横山ゆかりちゃん(当時4歳)失踪事件(96年)。一連の事件が同じ犯人によるものなら、ゆかりちゃん事件の進展次第で全容が明らかになる可能性は残されている。

 「娘の事件にも時効はないと思っている」。離婚した妻は04年に亡くなり、娘と同じ墓に眠る。再審後には菅家さんの無実を報告した2人の墓前に、真相を伝えられる日が来ることを願っている。

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 ■ことば

 ◇福島万弥ちゃん事件

 79年8月3日正午ごろ、栃木県足利市の保育園児、福島万弥ちゃん(当時5歳)が自宅隣の神社の境内で遊んでいて行方不明になり、6日後、自宅から約3キロ先の渡良瀬川河川敷に置かれたリュックの中から、遺体で見つかった。栃木県警は91年12月、足利事件の容疑者として逮捕した菅家利和さん=再審無罪=を万弥ちゃん事件で再逮捕。しかし93年、宇都宮地検は菅家さんを不起訴とし、94年に時効が成立した。

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 ◇栃木、群馬両県で起きた幼女殺害・失踪事件

79年 8月 栃木県足利市で福島万弥ちゃん(5)が失踪、遺体発見(図<1>)

84年11月 足利市で長谷部有美ちゃん(5)が失踪、86年3月に遺体発見(図<2>)

87年 9月 群馬県太田市で大沢朋子ちゃん(8)が失踪、88年11月に遺体発見(図<3>)

90年 5月 足利市で松田真実ちゃん(4)が失踪、遺体発見=足利事件(図<4>)

91年12月 菅家利和さんが足利事件で逮捕、起訴。万弥ちゃん事件で再逮捕

93年 2月 菅家さんが万弥ちゃん事件で不起訴

96年 7月 太田市で横山ゆかりちゃん(4)が失踪(図<5>)

10年 3月 菅家さんの再審無罪が確定

 *年齢は当時

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2010年12月14日

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