ジャガーノート

2010-12-12

昨日・今日で買った本

二〇〇二年のスロウ・ボート (文春文庫 (ふ25-1))

二〇〇二年のスロウ・ボート (文春文庫 (ふ25-1))

それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)

それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)

優しい去勢のために (ちくま文庫)

優しい去勢のために (ちくま文庫)

山梔 (講談社文芸文庫)

山梔 (講談社文芸文庫)

女獣心理 (講談社文芸文庫)

女獣心理 (講談社文芸文庫)

宮沢賢治『境内』

いつごろからか、宮沢賢治の「境内」という詩を好きになった。「詩稿補遺」として残されたその詩は、孤独な心像スケッチである。

賢治は村の青年団の寄り合いか祭の稽古かに交じって古びた山あいの神社にいる。昼時。みなは境内のあちこちに散らばり、「約束をしてもち出した」弁当をひろげているのに、賢治は知らずひとり手ぶらできた。かれは「学校前の荒物店」へ行き、パンでも売っていないかと訊ねるが、店の主に「パンならそこにあったはずだが、ははあ、こいつは喰われない石バンだ」とからかわれる。

それは冷たい世間の視線というやつでしょう。その乾いた悪意の冷笑は、凍らせた寄る辺なき魂を薄い硝子細工のようにぱちんと弾こうとする。こらえようとするには、あまりに痛くかなしく、圧倒的なのだ。


主人もすこしもくつろがず

おれにもわらふ余裕がなかった

あのぢいさんにあすこまで

強い皮肉を云はせたものを

そのまっくらな巨(おお)きなものを

おれはどうにも動かせない

賢治はみなから離れて唯ひとり、杉の巨木のうしろに身を隠すように座っている。かれの目に見えるのは「うす光る巻積雲に 梢が黒く浮ゐている」さまばかり。それもぼんやりと滲んでいる。やがて昼飯時も終わったか、杉の木立の向こうから威勢のいい銅鑼の音や手拍子が鳴り響く。こらえていたものが奔流のように堰を切って流れ出す。じぶんの影が薄く小さく消えていくような思い。


あゝ杉を出て社殿をのぼり

絵馬や格子に囲まれた

うすくらがりの板の上に

からだを投げておれは泣きたい

けれどもおれはそれをしてはならない

無畏 無畏

断じて進め

銀河鉄道ひかりの素足もみな、そのさみしい境内からこぼれおちた。

2010-12-10

あなたのなかで私は生きる、あなたが側にいなくとも。

自分だけでは死んでいる、現にここに在りながら。

どれほど遠く離れていようと、あなたはいつも側に在り、

どれほどこの身が近かろうと、それだけでは私は不在。

 私が自分のなかよりもはるかにあなたのなかで生きるゆえ 

自然が侮辱を受けたと感じるとしても、

平然と働き、私のこの罰当たりの肉体に

魂を注ぎ込んでくれる高き力が、

自分だけでは本質を欠いたままである魂と見てとって、

あなたのなかで拡充してくれる、これが最大限可能な大きさと。

   モーリス・セーヴ「デリー 144番」(『フランス名詩選』岩波文庫)より

すっかり忘れてしまったと思っていても、無意識のうちに確かな繋がりを築かれているということもあるようです。

2年程前、これを読んで「いいなあ」と思ったことは、しかしすぐに忘れてしまったけれども、私は底のところではきっと忘れてはいなかったのだ。

今日また偶然にこの一節と再会してみるとどうしてあの時の私がこれを気に入ったのかが、とても良く分かる。

あの頃の私は既に「私のこの罰当たりの肉体に 魂を注ぎ込んでくれる高き力」を意識しはじめていたに違いない。

2010-12-09

諌山創『進撃の巨人 3』

進撃の巨人(3) (少年マガジンコミックス)

進撃の巨人(3) (少年マガジンコミックス)

今回も面白すぎる……!

どこか地方の古びた街道筋をひとり歩いている。意図したものでない旅の帰路なのだが、東も西も分からない。駅のあるのはこちらでよかったか、まるっきり反対へ向かっているのではないかと訝しみながら、出鱈目な方角へ見知らぬ街を歩きつづけている。やがて急に道幅がせまくなって、気がつけば田舎風の路地へはいりこんでいた。それをすこしほど歩くと、家並みの切れた田圃の畝がまるで発掘現場のような浅い四角形の縁取りをいくつも並べていて、そこに教師に連れられた小学生のまだ幼い少女たちが大勢しゃがみこみ、そのうちの幾人かの手には粗末なプラスティック製の人形が抱かれている。

その人形たちは不幸にも亡くなったクラスメイトであり、いま彼女たちは弔いの儀式をしているところなのだとわたしにはわかった。都会では死を隠蔽しようとするが、ここでは逆のやり方で大人たちは子どもたちに確かな死の意味をおしえている、と思った。

 


  そんな夢を見た。

 

2010-12-08

ユベール・リーブス他『世界でいちばん美しい物語 宇宙と生命と人類の誕生』(ちくま文庫)

湯船に入りながらこの本を読んだ。

無機物からさいしょの生命がうまれ動き出した、あるいはネアンデルタール人が貝殻の首飾りをつくっていた、そんな揺籃の心持ちに浸りながら。

蜂蜜の石鹸の香りに酔いながら、宇宙の物語に浸る。いまのわたしはそれだけ。

2010-12-07

月曜日、火曜日、水曜日。木曜日、金曜日、土曜日。日曜日。

過ぎていく毎日で、私は何を感じたか? ああ、あれも書けていない、これも書けていない。そう思いながら今日も眠る。

石田千『月と菓子パン』

月と菓子パン (新潮文庫)

月と菓子パン (新潮文庫)


ぽってりとした夜中の満月は、菓子パンのなかのクリームの練り上げたような黄色をしていると思った。

銭湯で聞く常連さんたちの会話。

近所で見つけたお気に入りの古着屋。

ゴミ置き場でこっそり拾って来た学校の椅子。

お茶をいれるのがとても上手な人の特徴…etc。

書かれているのは、友達と飲みに行って「何か面白いことあった?」と

聞かれても、特に話題にするようなことでもないことばかり。

そういう普通ならすぐ忘れてしまうような出来事に目をつけるアンテナの鋭さがすごい。 

毎日感じているにもかかわらず、近しい人にも言葉にせずに過ぎていく感情や、立ち寄った店のこと。そこで出会った人のこと。日常が大切だ、ふつうのくらしをしたいといくら思っても、日々の忙しなさや、何か、よくわからないものとしている競争によって、言葉にならないまま過ぎているものがある。こうした感情をすくい上げてくれる、偉そうにいうならば、これを文学というのではないだろうか。

そしてタイトルの付け方が秀逸。

「とうふや巡礼」「春雨泥棒」「カレー散歩」「おでん秘伝」

さりげなく食べ物のお話が多いのです。そこも私にはツボ。

なんだかひさしぶりにお弁当をつくって公園に行きたくなりました。