NHKの『日米安保50年』 - ジャーナリズムの真髄を見せた国谷裕子
一昨日（12/11）に放送されたＮＨＫスペシャル『日米安保50年』は、素晴らしい内容で感動させられた。同日に放送された第３回「"同盟"への道」、そして先週末に放送された第１回「隠された米軍」と第２回「沖縄"平和"への代償」も秀逸だったが、私が特に感銘を受けたのは、第４回の討論会である。司会の国谷さんが絶品で驚嘆させられた。ＮＨＫは数年前も日米安保と米軍再編の特集をやったが、三宅民夫の企画と仕切りで恐ろしく属米反動の内容だった。その後も、クローズアップ現代で取り上げられた場合も、日米安保や普天間問題については親米売国的な論調が固守され、貧困や格差についての報道姿勢とコントラストを描いて、テレビの前の私を幻滅させていた。今年のクローズアップ現代は、政治現場の「逆コース」を反映して偏向報道が目につく放送回が多く、参院選後に山口二郎を出して消費税増税プロパガンダをやらせたり、代表選後に江田五月が悪辣な小沢バッシングをやったり、反動政治へのシフトが顕著で、番組を見る機会も自然に減っていた。そのため、国谷さんの今度の特集についても、事前は半信半疑であり、国谷さんの「転向」と「出世」を印象づけられて落胆させられるのではないかと恐れていた。ところが、中身は全く予想と異なっていて、現在の日本では考えられない高度なジャーナリズムが提供されていた。三宅民夫の「日米同盟」礼讃扇動とは天と地ほども違う。国谷裕子は優秀なジャーナリストだ。
ジャーナリストという言葉も、ジャーナリズムという言葉も、筑紫哲也の逝去の後、この国から消えて死語に等しくなっている。残された最後の期待の星が国谷さんで、この人が転向したら日本のジャーナリズムは息絶えるところだった。久しぶりに見るべき報道番組がＮＨＫの手で制作され、私は満足感で充たされ、一日以上経った今も余韻が後を引いている。そして特に、第４回の討論での国谷さんの活躍が素敵だったことを言いたい。誰もが目撃したとおり、番組中、明らかに田中均は苛立っていて、「何だこれは」と支配者の目線でストレスを爆発させていたのである。そして、番組と国谷さんに無用な言いがかりをつけて絡んでいた。田中均という外務官僚は、北朝鮮拉致からの経緯があり、マスコミでは自らをハト派として演出している男であり、その穏健表象の標榜に成功している男である。しかし、この男がどれほどグロテスクな売国官僚で、特権意識を剥き出しにした小吏かを、この討論会はあますところなく暴露していた。まず何より、この討論会の出席者の人選が際立っていた。ここには、普段のＮＨＫの安保討論なら必ず呼ぶべき、岡本行夫と森本敏の姿がないのである。タカ派の岡本行夫と森本敏が出演するとき、田中均はハト派を偽装できるのだ。二人のタカ派が不在のとき、田中均のドス黒い本性が露見するのである。討論参加者は全部で６人だったが、司会の国谷さんが最も日米安保の変質に批判的で、つまり右翼陣営からすれば「左寄り」の立場だった。
番組がテーマにしたのは、国民を抜きにした日米安保の日米同盟への変質であり、その歴史的過程と本質的意味である。本質的意味は、アーミテージの言う「互いに血を流す関係」という結語に尽きる。その真実を国谷さんは正面から捉え、これでいいのかと問題提起し、出席者に意見を求めるのである。ジャーナリストの精神だ。それぞれの反応が面白かった。田中均は番組の編集姿勢そのものに反発し、国谷さんに向かって悪態をついていた。この番組の「日米同盟」に対する批判的視角に逆ギレして、権力者の立場で遺憾の意を垂れていた。一方、本当なら国谷さんを援護すべき側の寺島実郎と豊下楢彦は、何かモゴモゴと口籠もるだけで、われわれが期待する明快な日米同盟批判を展開しなかった。寺島実郎は田中均の主張に対立的な論者なのだが、例のごとく右と左の間にスタンスを取ろうとしてアクロバティックに振る舞うため、何を言っているのか要領を得ない悪癖がある。「日米同盟でメシを食う人たち」というフレーズを切り出し、アーミテージやＭ・グリーンや岡本行夫や森本敏との主張の違いを強調しながら、憲法９条を基軸とする認識や理論に正しく即かず、常にそこから逃げて珍妙な理屈を捏ね始めるため、途中で論理が自家撞着して行き詰まり、論旨が空転して意味不明となり、説得力が尻窄みに失せて行くのである。「左翼」の貼札で評されることへの恐怖心と警戒心が滲み出ている。国谷さんのジャーナリズムの態度の方が、はるかにストレートで９条の正論に近い。
関西学院大の豊下楢彦は、４人の論者の中では最も左派と見られ、番組冒頭の「２＋２」批判の発言までは威勢がよかったが、大事な日米同盟の核心に郎論が及ぶと、「沖縄、沖縄」と沖縄論ばかりに無理に方向を逸らし、憲法９条の正論と逸脱という本質論へと論議を深める役割を果たさなかった。結局、誰も憲法９条を言わず、日米安保の日米同盟への変質を正論の視角から総括しなかったのである。豊下楢彦が９条の正論を言わず、「沖縄」に逃げたのは、やはり教授職の保身のためだろうか。国谷さんは不満だっただろう。親米側の論客として招かれた慶応大の添谷芳秀は、「将来の日本の安全保障を構想する上で、障害となるものを取り除く必要がある」と執拗に繰り返していた。これは憲法９条のことである。この討論会の招かれざる影の主役は、まさに憲法９条だったと言ってよい。この討論会に呼ぶべきは、憲法９条に依拠して日本の安全保障を論じる論者であり、その者と田中均や添谷芳秀との間で噛み合った論争をさせるべきだった。そして、沖縄の問題は添谷芳秀が調子外れに言うのではなく、沖縄から沖縄代表を一人呼び、例えば我部政明を座らせるべきだった。今、まさに９条を捨てて日米同盟の集団的自衛体制に入るのか、それとも９条を選び直して軍事同盟を捨て、東アジア共同体の多国間安保に入るのか、日本は重大な岐路にさしかかっている。それが国谷さんのメッセージだった。当を得ている。そして番組の世論調査は、国民の意識が後者に向かっている状況を示唆していた。
この番組を見ながら、強く強く思わされたのは、外務省と防衛省の官僚の問題である。岡崎久彦、岡本行夫、田中均。日本を米国に従属させ、日本人の生き血を米国に吸わせ、属国の管理人して思うまま跳梁跋扈し、自らを支配者だと思い込んでいる彼ら。この連中を物理的に粉砕し、地上から殲滅一掃しないかぎり、日本の独立と繁栄はない。日本の安保政策というのは、一から十まで米国が決めるか、米国の利益を慮って斟酌した外務と防衛の官僚によって策定されている。政治家は介入していない。「２＋２」がいい例だし、番組の第３回で紹介された1995年のワシントンのホテルでの合宿がそうだ。10月初旬にＮＨＫの特集番組で放送された、1960年代の外務官僚による核装備の陰謀と独断専行もそうだ。政治から超越した絶対権力で動いている。彼らが行う日本の外交と防衛とは、米国への奴隷的奉仕であり、その奉仕政策の立案や施行を彼らは日本の行政統治と定義し、自分たちを超憲法的な支配権力だと確信していて、それを当然だと自惚れている。そういう親米支配者の宗教を毒々しく信仰している。前の記事で、会津京に遷都して官僚支配を根絶する提案を述べたが、特に外務省と防衛省については、幹部を全員入れ替えて組織をクレンジングする必要があるだろう。親米教徒は新政府に入れてはならない。外務省は名前を外交省に変える。防衛省は防衛庁に戻す。外交の継続性が言われるが、それゆえ、その論理の上に胡座をかいて外務と防衛の官僚は腐った。切断と飛躍こそが必要で、日本の外交と安保を一から変革しなくてはいけない。
官僚の思想と自己認識は、戦前の官僚や参謀のビヘイビア・モデルと見事に重なっている。統帥権独立の遺伝子が受け継がれている。戦前の官僚と参謀は天皇に直結し、政治や国民とは無縁の超越的機関だった。つまり、戦後の官僚は米国と直結していて、天皇に代わって米国を主人に戴き、ひたすら米国の意向を忖度して、米国の利益のために奉仕を続け、日本人の犠牲を貢いでいるのである。米国に頭を撫でてもらうことが嬉しく、米国に褒めてもらうことが無上の喜びなのだ。国民のため、憲法を規範的原点にして外交と防衛を任務するという発想がない。天皇の臣下から米国の従僕にスイッチしただけ。放送の中で、米軍がＱＤＲの中で新たに打ち出した「エアシーバトル」の戦略が紹介された。こうした取材も秀逸で、今回の報道で出された情報の豊穣さに驚く。それによると、�（瞳鎧�衛星を地上から攻撃できるミサイルを持ち、��地上発射の弾道ミサイルを衛星情報で誘導して米空母に命中させられる中国は、米軍にとって防ぎようがない敵で、これを防ぐためには、ミサイルとサイバーを統合した攻撃能力で中国のミサイルシステムを叩く必要があると説明されていた。不吉な予感がするのは、この対中軍事戦略である「エアシーバトル」が、新年のオバマの一般教書の中で位置を持ち、米国の中国封じ込め戦略の一環として大きく掲げられることだ。つまり、30年前のレーガンの「スターウォーズ戦略（戦略防衛構想）」のような計画になることである。「エアシーバトル」は、一見して、きわめて日本の軍事的な意味と役割が大きい。中曽根康弘の「浮沈空母」を想起させる。
この「エアシーバトル」のもう一つの特徴は、防衛的ではなく先制攻撃の性格が強いことだ。中国軍に対する応戦や防戦の戦略思想ではなく、前提としてプリエンプティブの論理が先鋭で、ブッシュ時代のラムズフェルドの思想が復活している。不吉な予感をさらに進めると、あるいはオバマは、来年１月の一般教書演説で、ブッシュの「悪の枢軸」とか、レーガンの「悪の帝国」のような概念を言い出し、新冷戦の布告とグランド・ストラテジーの披露をして、米国民の世論統合に動くのではないか。先回った予想だが、そんな不安が過ぎる。そして、日米韓の軍事ブロックを二国間軍事同盟の総体に止まらせず、一気にＥＡＴＯ、もしくは米日韓豪のＷＰＴＯ（West Pacific Treaty Organization）の結成に動き、日本に対して正式に憲法改定と集団的自衛権容認を要求するかもしれない。来年３月にワシントンで日米首脳会談があるが、最悪の場合、そこで日本のＴＰＰ加盟と集団的自衛権が正式発表される可能性がある。少なくとも、それに向けて納期を切る共同声明が出され、中国封じ込めの軍事戦略に自衛隊が全面協力する協定が国民の前に示されるだろう。これに関する議論として、米中関係は経済の結びつきがきわめて強く、貿易と資本の取引量も莫大で、今後も相互依存の関係が続き、米中間では軍事的対立は起きないという説がある。だが、私はそうは思わない。米国による中国封じ込めは、中国共産党の支配体制を崩壊させようとするのが狙いで、中国経済を締め上げて疲弊させる目的や手法ではないのだ。ケナンのソ連封じ込めとは少し意味が違う。そして、小泉時代の政冷経熱の経験もある。米国は、米国の生き残りのために中国共産党を潰そうとする。中国を親米国家に変え、日本と同じく生き血を吸える属国に変え、中国人の生産する国富を金融詐術で米国に合法的に収奪することができれば、再び米国は繁栄を取り戻せるからである。
