チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19677] 【ネタ】サイバネティック・サーキット(レツゴWGP再構成?ゴウザウラー・ツインシグナル混合世界観)
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/12 04:20
この話は、以下のタイトルで投稿していたものを改題したものです。

【一発ネタ】レツゴWGPをベースにあれとそれをクロス
【ネタ】レツゴWGPをベースにあれとそれをクロス
【ネタ】レツゴWGPをベースにゴウザウラーとツインシグナルをクロス

◆概要
土屋研究所の学生アルバイトであった長田秀三が、ひょんなことからWGP日本代表のGPチップ開発を行うことになる。
一月だけとの条件で、SINA-TEC留学中の小島尊子の協力を得て奮闘するのだが。

◆世界観
成分は、レツゴWGP(60%)×熱血最強ゴウザウラー(25%)×ツインシグナル(15%)です。
オリキャラ・オリ設定が乱舞しています。
クロス元作品紹介を含め、詳しくは設定ページに記載しております。不明点があればご覧下さい。

◆本投稿について
再構成?としているのは、元が一発ネタであったために再構成できる自信がまるでないからです。
なお一話から三話までで、当初書きたかったネタは完結しております。
書いている本人は楽しくて仕方がないのですが、とは言え四話以降の投稿は努力目標状態となっております。
基本的に本ネタは、混合世界観にニヤリとし、昔を懐かしんで頂くのが正しい使い方と思われます。
もしニヤリとしていただけましたなら、どの作品を御存知なのか、もののついでにでも、ちらりと教えて頂けると嬉しいです。

◆備忘メモ(いつかそのうち修正予定)
・水沢彦佐の字が間違っている(左になっている)
・Jの台詞でプロトセイバーEVOのやたら発音がいい
・トレーラー→トランスポーターに。(ただしリュケイオンのトランスポーターは別名称にする必要あり)
・次郎丸が全力で二郎丸だった。

◆更新履歴
・2010/06中旬 投稿開始。その過程でタイトルが 一発ネタ→ネタ→クロス元明記 と進化
・2010/07/31 設定ページを大幅更新
・2010/08/12 幕間・夏の風物詩、あるいはORACLE監査役の居る光景 追加
・2010/08/14 サイバネティック・サーキット 追加。同題に改題
・2010/08/19 メメント・モリ 追加
・2010/08/29 弥生の月影 追加
・2010/09/04 設定更新(おまけクロス作品・アストロレンジャーズとオーディンズ関連・電気王関連 等)
・2010/09/05 SABER 追加
・2010/09/12 【映画ネタ(仮)】電子兎とミニ四駆の城の少年 追加(※映画ネタ全体で1つの話になる予定)
・2010/09/20 幕間・ゾイワコ・ノイワコ・ニンゲン・ゾイワコ 追加。設定更新。石田五郎の設定変更に絡み関連記述修正。
・2010/09/27 KMレポート 追加
・2010/10/17 ドッキリ大作戦 追加
・2010/11/14 瞳の性能 追加
・2010/11/27 【映画ネタ(仮)】その者、ガイアの心臓を宿せり 追加
・2010/12/12 新しい道 追加




[19677] GPチップが出来るまで
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/07/11 20:43
 睦月のとある寒風吹きすさぶ夜。研究所の食堂に緊急召集した15名の研究員・アルバイトを前に、土屋は何度も咳払いをし、これから発表する事の重大さに押し潰されそうなる心を奮い立たせた。一体何事が始まるのか、とざわめいていた皆が即座に静まる。
「皆、よく集まってくれた。夜も遅いのに急に呼び出して済まない」
 興味津々の熱い視線が土屋に集中する中、唯一副所長(と言っても土屋より一回りは若い)の佐藤だけが肩を竦める。よりにもよって三週間振りの休日に呼び出された不運を嘆いている様だ。
「長田君まで集めたということは、緊急事態みたいですね」
「あぁ。とんでもないことになった」
 そう、唯一のアルバイトまでをも呼び出しているとなれば緊急事態というよりは、むしろ異常事態であった。
 土屋は、彼の師であり業界の首領/ドン、岡田鉄心が薮から棒に言い出した日本におけるWGP・・・ミニ四駆のワールドグランプリ開催と、土屋研究所がそれに参加するよう宣告された旨を説明する。土屋自身が全くこの事態を想定しておらず、何の用意も無く、故に困惑していることまで包み隠さず溜め息混じりで語った。
 一度は静まった食堂であるが、再びざわめきが満ちる。それは主に絶望の色を帯びていた。たったひと月の猶予期間に行わなければならないタスクの膨大さとリスクの高さを、誰しもが簡単に予測することが出来たからである。研究員一同を代表して佐藤が呻く。
「一箇月ですか・・・・・それはまたとんでもないですね・・・。
 やらないといけないことが目白押しだ。確かに長田君の手も借りないと、とてもじゃないけど間に合わなそうです」
「そういうことなんだ。長田君、急な話なのだがそういう訳で、しばらくは毎日来てもらえないかな?」
 話を振られたアルバイトの大学生は面食らったように頷いた。
「はい。午後からで構わないならひと月くらい大丈夫ですけど・・・俺、何をすれば?」
 ミニ四駆のこと、はっきり言ってよくわからないんですけど。言葉にはしなかったが、そう顔に書いてあった。
 そもそも彼は、土屋の知る大学教授の強引な紹介により『今、一番アツい開発の現場を体験するため』先月に採用されたばかりの学生アルバイトである。彼自身の専攻は土屋の専門であった流体力学でも、無論、ミニ四駆でもない。
「うん、技術的なことじゃないんだ。チームを運営していく上で、準備しないといけないことは沢山あるからね。
 移動用の車両の調達とか。我々は開発で手一杯になってしまうだろうから、そのサポートをお願いしたいんだ。
 工学とは全然関係の無い雑用ばかりになってしまって申し訳ないが・・・」
「あぁ、わかりました。少しでも役に立てるよう頑張ります」
 土屋が安心させるように説明すると、彼はどこかほっとした顔で頷く。既に一部研究員の激務振りを目の当たりにしているため、どんな無茶を言われるのか身構えていたらしかった。まぁ、急に呼び出されるだけでもかなり無茶ではあったのだが。



 情報共有の為に再度集まる時間が惜しいので一同は解散せず、そのまま打ち合わせに入る。
 食堂に引っ張り出した白板に作業を書き出し、精査し、分担を決めていく作業である。これが終われば、直ぐに各々の仕事にかかるのだ。
 作業は事務系(スケジュール管理、会計、車両手配等)と開発系(新モーター開発、新ボディ開発、GPチップ対応シャーシ製造、GPチップ製造等)に分かれ、岡田鉄心から監督を言い渡されている土屋は当然その両方の面倒を見る必要がある。うっかり蹌踉めいてしまった身体を白板で支えた。まだ倒れるには早過ぎる。
「一番の問題は、GPチップと制御のためのシャーシの製造だな。
 本番は来月。子供達に少しでもGPマシンに慣れて貰うことを考えると、製造に使える期間は精々が二週間だ」
 そう、「二週間!」最早阿鼻叫喚である。不可能を可能にする敏腕研究員の田中ですら、不毛な台詞を吐き出した。
「やはり無茶ですよ!
 アトミックモーターとZMC-γは元々進行中のプロジェクトですが、GPチップはこの期間での開発は不可能です。
 この研究所では全く手を出していない分野なのですから」
「そうだな。ミニ四駆の自動制御は日本ではマイナーだ。実用レベルなのは大神が研究していたもの位だろう。
 だが決まってしまったことだ。やるしかない」
「やるしかないと言われても出来ないものは無理、無い袖は振れません」「幸い、」土屋は声を張り上げた。
「幸い、GPチップ本体とセンサー類は販売されているものだし、既に発注は済ませた。
 インストールする制御プログラムもシミュレータのものが流用可能だし、我々が行うのは開発ではなく製造なのだ。
 間に合わせることは可能だろう」
「ですがGPチップの肝は学習機能、人工知能ですよね。博士」
 土屋の表情が凍る。全く、なるべく考えない様にしていたことを容赦なく指摘する部下である。少しは希望的観測で行動して欲しい。当然そんな思いを無視して田中は食い下がった。
「個々の制御プログラムは確かに研究所にある物を流用可能でしょうが、それを統轄するのは人工知能。
 博士は、AI開発を修めておいでで?」
 仕方なく土屋は首を振る。勿論横にである。田中もいい笑顔で首を横に振った。田中が見回すと、他の研究員達もそうだった。当たり前の話である。流体力学のスペシャリストはいても、人工知能のエキスパートが居る訳が無い。
 ミニ四駆研究所の雇用条件にそんなことは書かれていないのだから。
「と、いうことは・・・所長。これから人工知能開発を勉強して、二週間で完成させなければいけませんね」
「ま、まぁ、最近はAI-SDKなんて便利なものもある。GPチップのプログラミングもAI-SDKで出来るし、ソフトも発注済で明日には届く」
 そう、岡田鉄心との話の後、泡を喰った土屋は必要だと瞬時に想定した物を全て発注してから招集をかけたのだ。
 それ程までに、時間は無かった。
「開発言語知ってるんですか? 私は知らないです」
 周囲の者達は、土屋の気配がどんよりとするのを如実に感じ、まぁそうだよなぁ、と頷き合う。
「田中君」
「はい」
「言いたい事は非常によく分かる。分かったから、何とかしよう。何とかなるさ、きっと」
 周囲の者達は、土屋の気配がもっとどんよりとするのを感じ、まぁアレだよなぁ、と頷き合う。そろそろ引き際なのである。肚を括れという話だ。



「・・・はい。すみませんでした、取り乱しました」
「よろしい」



 話に一区切りついたので、小休憩を挟み分担を決めることにする。コーヒーを片手に思案する土屋に、長田が遠慮がちに声を掛けた。
「あの」
「ん、何だい?」
「AI-SDKってSINA-TECの人工知能開発キットです、よね」
「あぁ。よく知っていたね」
 人工知能開発は歴史こそ数十年と長いが、いざ実践しようとなるとスーパーコンピュータと専門の製造施設を必要とし、敷居が高いものであった。それが身近になったのは、コンピュータ技術が革新的に進歩したここ数年のことである。日本国内に殆ど情報は出回っておらず、日本語の書籍の入手も困難だ。だからこそ、自身の過去も鑑るが故に青春を謳歌する大学生というものに一定の見識を持っていた土屋は素直に感心したのであった。
 だが会話はそこで終わらなかった。次の瞬間、長田青年が爆弾発言をしたのである。これにより、今後の周囲の目はがらりと変わることになる。そして果たすべき役割も。
「それなら俺、多少は使えます。ミニ四駆の専門は分からないけど、言語から勉強する位だったら俺を使った方がマシかもしれません」
「何だって?! ほ、ほ、本当かね?!」
 土屋が発作的に肩を掴む。がくがくと揺さぶられながら長田は答えた。
「こんな状況で嘘なんて吐きませんて! く、首が!」
「す、すまん。驚きのあまり、つい」
 シンガポール-アトランダム工科大学、通称SINA-TEC の開発したAI-SDK。人工知能開発を飛躍的に簡易にした奇跡の製品である。これにより自律的な判断を行うプログラム、人工知能は、より人の身近になった。とはいえ扱いは難しく、工大とはいえ一年目の学生がほいほいと習得できるものではない。ならば大学で少々触ったことがある程度かと土屋はあたりをつける。(とてもではないが、学生が個人で購入できる値段ではない)
 しかしこれから研究員達が一から勉強するよりは余程マシである。やらなければいけないことは、決してGPチップの製造だけではないのだから。
「長田君!」
「はい?」
「二週間、帰れなくても大丈夫かい? できれば今日から」
「は、はは・・・いい笑顔っすねー。水曜日の授業だけ返事させてもらえば、あとは大丈夫ですけど・・・」
「決まりだな! 完成したらボーナス出すから頑張ってくれ!」
「せ、成功報酬なんですね・・・・・・墓穴だったような気がひしひしと」
「何か言ったかな?」
「いいえ何も」
 やっぱ墓穴だった。後悔の色をありありと浮かべた学生アルバイトに研究員達は心の中で合掌し、感謝の祈りを捧げたのであった。



 5日が過ぎた。



「お、やってるな」
 研究室の隅で長田は一人、PCに向かい作業をしている。白衣の背中から手を突っ込み、汗ばんだ肌をガリガリと引っ掻く。最早アルバイトには見えないな、と、自分の机の書類を取りに来た土屋は苦笑した。長田は土屋が入って来た事に気付いていない様だった。
「え、俺がこんなにプログラミングできるのがおかしい?」ヘッドセットを装着している彼は誰かと話して居る様だ。
 土屋は時計を見た。21時18分。
「酷いなぁ教授、こう見えてもとっても真面目に勉強してますってーホントホント・・・・・・それでお忙しいところ本当に申し訳ないのですが、拡張機能がどーやってもウンともスンとも起動しない原因を教えて頂けませんでしょうか?
 環境見て貰えれば一発だと・・・このお礼は必ず!必ずしますから!」
 21時になると決まって彼は土屋の許可を得て持ち込んだノートPCでビデオチャットを起動し、大学の教授にAI-SDKの使い方を質問をしているようだ。必要なら資料を見せてもよいと言ったのだが、「それは最終手段ってことで。大事なものはほいほい見せちゃ駄目っすよ」と逆に嗜められてしまったのだ。全く、真面目な学生である。
 机の脇にはプリントアウトされた処理シーケンスが山と積まれており、彼は日がな一日それを読み解いてゴリゴリと打ち込んでいく。時間がなさすぎてコードレビューなど無理なので(そもそも誰も行えない)、実に早い段階で「可及的速やかにモノを作って走らせて確認」という指示が下された。早い話が、土屋が製造を丸投げしたのである。雇って日の浅い、しかも学生を、ここまで信用するのはよろしくないし無責任であると理解してはいたが、早々に土屋は理想論を語るのを諦めた。無い袖に石を入れてぶん回すことは出来ない。



 そしてあっという間に10日目になった。



 5日前と全く同じ体勢でキーパンチを続けていた長田がぼそりと呟く。
「お、終わった・・・・偉いぞ俺、頑張ったぞ俺。何だこの達成感は」
「終わったのか?」
「あれ所長、仮眠とってたんじゃないんですか?」
「いやぁ、それが眠気のピークを過ぎてしまってね。それにもう直ぐGPチップが完成だと思うと全然眠れなくて」
 土屋は目の下の隈を擦りながら、ははは、と力無く笑った。
「休める時にがっつり寝とかないと体が持たないっすよ?
 でも丁度良かった。作った学習プログラムのシミュレーションが全部終わりました。問題無しっす」
 PCの画面を指して、グリーンの輝きを示す。それを覗き込んだ土屋が目を輝かせた。
「もうGPチップにインストール可能なのかね? 凄いじゃないか!」
「自画自賛しますが、突貫にしてはいい出来ですよ。昨日は最後の最後のテストでこけて泣きましたが、それもちゃんと直しました。
 バグ0は保証しませんが、自販機よりは確実に賢いんで、開幕一戦目にマシンが全然動かない、って事態だけは確実に回避できます。
 まぁインストールプログラムは後からアップデート可能ですから、問題があっても皆さんでどうとでも対応出来ますしね」
 でも実物動かしたら色々問題出るんでしょうねーとボヤキながら、それでも長田は得意気に笑った。
「あ、シャーシの方は大丈夫なんですか? GPチップとの接続試験も、なるべく早く実施したいですね」
「そちらも何とかスケジュール通りだ。君のお陰で人員を回せたからね。
 しかし助かったよ。我々はどちらかというと機械屋だから。君がAIに明るかったお陰で何とか間に合わせることが出来そうだ」
 宣言通りに水曜日の午前中以外はずっと缶詰状態で文句も言わずに作業を続けた長田と、彼を紹介してくれた知人に土屋は心底感謝した。運が良いとしか思えなかったし、むしろ一生分の運を使い果たした気すらして若干不安になる位だ。
「いやいや、俺だってバリバリメカニックですよ。やったことなんて高が知れてます。
 ・・・SINA-TECに知り合いが留学してまして。ロボット工学専攻なんで、分からない所は結構そいつに訊いてたんです」
 なるほど、ビデオチャットの相手は時差一時間のシンガポールにいたということか。こちらが21時ならあちらは20時、悪くない時間だ。きっと飛び級で早々に教壇に立った人物なのだろうと土屋は勝手に想像する。
「てっきり君の大学の教授かと思っていたが、SINA-TECなんてそれこそエキスパートじゃないか。
 よくお礼を言っておいてもらえるかい?」
「わかりました。俺も、久しぶりに話ができたんで、いい機会でしたよ。
 それにちょっと海外のミニ四駆事情も聞いたんですけど、アメリカは衛星とも繋いでるらしいじゃないですか。
 玩具だとばっか思ってましたけど、侮れないっすね。認識変わりました」
 長田はしみじみと言う。そういえば彼が初めてこの研究所にやって来た時は、少々、いや、かなり困惑していた風情だったのを思い出す。この研究所で凝った事が出来るとは思っていなかったのだろう。
「済まないね。本当ならこんなに安い時給でお願いすることではないのだが」
「確かに時給750円の仕事じゃないっすね・・・ボーナス期待してますから」
 あぁ、確かそんな事を約束した気がする。
「う、うむ。そうだったな。しかし思った以上に出費が嵩んでね・・・」
「えー。所長のその言葉を信じて頑張ったのになー」
「ははは・・・頑張ってなるべく早く渡すよ・・・はぁ」
 実際問題としてそこまで金欠ではないのではあるが、一体どの位渡せばいいのかが悩みどころである。時給750円では全く割に合わないことは確実に分かるのだが、では相場が幾らかとなると、さっぱり見当がつかなかった。タスクが一つ増えたことを頭の隅に留め置いた所で、長田が魅力的な提案をする。
「あ、でも俺、現物支給でもいいですよ」
「現物?」
「はい。例えばORACLE使わせて貰うとか。ここ、契約してましたよね。まぁ例えばの話ですけど」
「ORACLEか・・・年間契約しているから、他の研究員達が使っていない時ならば問題はないが」
 土屋は少し考え、首を縦に振った。
「しかしいいのかね? こんなことで」
「え、マジですか? 冗談で言ってみただけなのにラッキー!」
「それでいいならこちらも願ったり叶ったりだが・・・」
「何言ってるんですか、ORACLE無料で使わせて貰えるだけで十分有り難いですよ。上位ネットなんて一般人に敷けるもんじゃないですからね。
 大学で1回だけ使った事があるんですけど、すごいですよねアレ。応対の兄さんのAIとか人間だと思ってましたよ最初は」
「まぁ、確かにな。やはりAIに興味があるんだねぇ、君は」
 明らかに表情の変わった長田を見て、土屋は問題が一つ片付いたことを喜んだのであった。



「じゃ、俺、もう寝ますね」
「あぁ・・・あ、忘れてた」
「何ですか?」
 土屋は一つ重大なことを思い出して青褪める。その狼狽振りに、部屋から出て行こうとしていた長田は律儀にも戻って来てくれた。
「今日中に決めないといけないことがあったのだが、すっかり忘れていた。こんな時間に心苦しいのだが、相談に乗ってくれないかな?」
「大丈夫ですよ。俺でよければ」
「ユニフォームの発注の関係で、近日中にチームロゴを作らないといけないのだが・・・まだ名前すら決まっていなくてね。
 今決めようと思うんだ」
「今?!」
「うん、今」
 顔を見合わせ、乾いた笑いを交わす。最近忙し過ぎて次々と湧いてくるタスクをメモする気力も無く、そうなれば当然忘れることもある。なぜなら、人は、忘却する生き物である! 土屋は必死に心の中で言い訳をした。
「昼から出かけるので、それまでに佐藤にチーム名を渡さないと不味いんだよ。すっかり忘れてたな・・・」
「チーム名ですか・・・さくっと考えちゃいましょう。こんな頭でダラダラ考えても、きっと碌なことにならないし」
 そうして二人は椅子に座ってチーム名を考え始める。
「とりあえず、君の意見を聞きたいな。まずは若い感性で」
「って、全員小学生なんですよね・・・あの年齢なら俺なんてもうおっさんですよ、おっさん。
 下手な名前付けたら、後からなんて言われるやら。怖い怖い」
「あぁ。君は、皆に会ったことはなかったっけ」
「はい。J君と話した位ですかね。しかし小学生か」
 長田は妙に遠い目をして「懐かしいっすねー」と呟いた。
「君も何かやってたのかい?」
「はい。小学校の時にチーム組んでました。まぁ強制参加の部活みたいなもんです」
「そうか。それなら君の意見は非常に参考になりそうだな」
「あれです、やっぱ横文字がいいですよ。小学生ってやたら横文字のカタカナ名に憧れるもんですから。
 チームだったら、何とかーズ、みたいなのになりますかね」
「そうだなぁ。子供達が喜んでくれる名前がいいから、そんな感じの名前にしよう」
「ちなみにチームの特色って何ですかね。俺はあんまり知らないけど、例えばマシンの特徴をとるのはどうですか?」
「うーん。マシンの特徴・・・・・・皆、バラバラなんだよな・・・」
 今後、チーム戦を繰り広げていく上で、全く有り得ない状況に土屋は溜め息を吐き、長田も「あー」と納得した。
 マシン性能が著しく異なる為、同じAIを使用するのは如何なものかということで、GPチップ担当の作業は実に数倍に膨れ上がったのだ。こだわりすぎた土屋の自業自得という説もあるが、長田にとっては間違いなくとばっちりである。
「じゃ、下手に誰かのマシンの特徴をチーム名なんかにしたら大変なことになりますね。抽象的な名前の方がいいのかな」
「違いない」
「じゃ、チームとして目指すもの、何ですかね」
「目指すもの?」
「最強とか無敵とか。爆発とか勝利とか。・・・こう、枕詞的な何かですよ」
「枕詞がどうして爆発なんだい・・・横文字で抽象的な枕詞か・・・」
 そろそろ相手にばかり考えさせるのも申し訳なくなり、土屋は思考するが何も思いつかなかった。大体WGPに出たくて出る訳ではないのだから、目指すもへったくれもない。出来たのは結局、長田の言葉を反芻する事だけだった。
「ストレングス・・・インビンシビリティー・・・エクスプロージョン・・・ビクトリー・・・ビクトリーズ・・・・・・ビクトリーズ!
 どうかね長田君、ビクトリーズ!」
「ビクトリーズ、格好いいじゃないですか。弱小チームが優勝を目指す、ダイレクト過ぎだけどぴったりですね」
 土屋は首を傾げた。
「優勝?」
「あれ、狙ってないんですか? 優勝」
 長田も首を傾げた。
「とにかく出場に間に合わせることばかりが頭にあったが・・・そうだね。
 降って湧いた話だから実は私には実感があまりないのだが・・・子供達は当然優勝を目指すのだろうな・・・」
「でも、世界に喧嘩売ってる名前だよなぁ・・・」
 ぽつりと独りごちた長田の呟きに、土屋は必死に考える。今決めないと一生決まらない、そんな気がした。
「じゃあ頭に何かつけて印象を和らげようか。土屋研究所ビクトリーズなら」
「格好悪くなりました」
「うっ・・・横文字・・・そうだ、土屋レーシングファクトリーでTRFビクトリーズ! どうだね長田君?!」
「おぉ! ビクトリーズ単体よりは確かにいい感じですよ所長!」
「ファイナルアンサー?!」
「ファイナルアンサー!!」
 夜も更け過ぎて既に朝に近い。テンションが変なことになってきた。
 二人はふと正気に戻り、再び乾いた笑い声を立てる。



「あー、分かってるとは思うがチーム名の件はまだ子供達には内緒にしておいてくれよ? ロゴが決まるまで確定じゃないから」
「勿論ですよ。じゃあ俺、シャワーと仮眠室借ります。
 朝は直接大学に行くんで・・・2限からなんで9時になっても爆睡してたら蹴っ飛ばしてもらえますか?」
「悪かったね。ちゃんと起こすからゆっくり休んでくれたまえ」



 かくして廊下に消えた長田と入れ替わりにPCの前に座り、土屋は作業を始めたのであった。
 少し経ってから、長田の部活の内容を結局聞かなかったことに気付く。時、午前4時45分 。



[19677] 日米対抗エキシビジョンマッチ
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/06/23 18:05
 自動制御のGPマシンによるF1を模したレースはモータースポーツの盛んな欧州発のものであり、その子供の手を離れるマシンの在り方は日本に馴染まなかった。だからこそミニ四駆発祥の地である日本を外して事が進められているのに文句をつけるつもりはなかったのだが。
 ここに来て名誉会長を依頼されたことに、鉄心は面白くないものを感じていた。
 《ミニ四駆開発の祖 岡田鉄心》に公認させることで箔を付ける、言い換えれば本家を蔑ろにした事実を隠す為だけに己に声がかかったことを、鉄心は承知していた。FIMAの役員達がそこまで利権に固執するとは正直信じたくないことではあったが、WGPの規模を考えるとそれなりの金が動く。GPマシンが欧州発であるにも拘らずアメリカ開催を予定していたのであるから、アメリカ屈指の財閥あたりから相当な圧力が掛かったのだろうことは想像に難くない。
 これをどこまで引っ掻き回せるか。世捨て人、岡田鉄心の面目躍如である。
 実は、既に国内大手企業からのアポイントメントの依頼が、それこそ矢のようにFIMAには飛んできているのだが、鉄心のワンマン振りに恐れをなした役員達は「先ずは名誉会長を通してくれ」の一点張りで対応を行っている。そして電話の無いこの庵は静かなものだ。
 結局、読み通りに水沢彦左がヘリで三国の営業を連れてきた。
 勿論、独占契約させることに吝かではない。失敗出来ない短期間・大規模開発ならば、巨大企業のが安全だ。それに経営者の人柄も知っているし、何より国内レースでの実績がある。独占契約のデメリットは、精々が常識の範囲内でふっかけられること位だろう。
 なおかつ、ここで大企業三国財閥/コンツェルンに恩を売っておけば、業界の安泰の一助にもなる。
 無茶な期間設定に難色を示していた営業マンも、「じゃあサイン財閥に乗り換えちゃおっかな〜。あそこの御令嬢は美人じゃしの〜」の言葉に、持ち帰って即日回答することを約束した。こんな強引な方法も、トップに面識があるからこそ可能なことである。
 さて、初めに余りのワンマン振りを発揮した為に、鉄心にはあらゆる方面から指示や承諾を求める書類が送られてくる。
 ここ三日ほど、彼は近年になく忙殺されていたのであった。
「うーむ、面倒じゃの」
 掘っ建て小屋と見紛う庵の中で老人は不釣り合いにピカピカとプラスチックの輝きを放つバインダーを捲りメモ欄を広げると、それを眺め、緑茶を音を立てて啜り上げる。おもむろにB4の鉛筆で、《総合司会 杉山闘士》と書き入れた。中国は間違い無くシャイニングスコーピオンを出してくるから、その時の彼の驚く顔が見たい、という理由が五割。一見して頼りなさそうな男だが後続の育成にも熱心で、副司会の選定やと彼自身が不在となる国内レースの司会の人選を一任できることが、残りの半分を占める。
「次はなんじゃっけ・・・おぉ!」
 ここで、老人の口元がにへら、と弛んだ。これまでの真面目な思考では浮かび得ない表情、つまり明らかにいかがわしい事を考えている顔であった。
 内容は、番宣のためのタレントの選定である。
 ミニ四ファイターとファイターレディの知名度も、子供向けの業界にしては大きなものであるが、世界初の催しの宣伝力としては少々力不足である。故に、一般認知度の高い・・・そしてここが重要な所なのだが・・・見目麗しい女性/カワイーオンナノコである必要があるのだ。
「それが儂のジャスティスじゃ・・・これくらいの役得がないとやっとられんわい!
 ・・・いかんいかん、ど〜も一人暮らしが長いと独り言が増えるのぉ・・・だ〜れにしようかの」
 一般的な認知度があれば、年齢の高低は気にせずともよいだろう。低年齢層の支持はファイター達が担保する。欲を言えばミニ四駆に興味を持ち積極的に勉強してくれそうな、またそれに違和感の無いキャラクターがよい。だが先ずは自分の好みだ。
「やっぱりここは人気上昇中のelicaちゃんかの〜。折角なんだからピチピチがえぇしのぉ。
 よっしゃ、elicaちゃんに決ーめちゃお!」
 悩んだ時間は一分と掛からなかった。それは世間よりも主に鉄心の中で、elicaが人気急上昇中であったからだろう。
 なおelicaは昨年、ある特異な経歴がスポーツ紙にすっぱ抜かれて以来、開き直ったのかそれまでの「可愛いお馬鹿キャラ」を止めた曰く付きのタレントである。それ故に認知度は高い。お馬鹿キャラ時代の明るさと剽軽さはそのままに、小気味良く飛び出す辛口のコメントはバラエティでも人気が上昇中だ。またこれまでの印象をひっくり返すかのように、舞台では知性派の役どころを見事にこなし、最近は演技派女優としての道を歩み始めている。
「あの足で踏みつけられてみたいのぉ」
 不穏な発言と共に、鉄心は、《オフィシャルサポーター elica》、と書き留めたのであった。



「所長、GPチップだけ子供の所に送ったって、シャーシが無かったら意味が無いですけど」
 出来上がったGPチップの梱包するのだと、突然エアクッションを探し始めた土屋に、長田は忠告する。
「シャーシの完成は三日後だ。その時には研究所に来て貰うことになるが、一刻も早く渡したくてね。
 皆、GPチップのイメージが湧いていないと思うし、なにより」
「なにより見せびらかしたいんですね。分かります」
「う、うむ」
 呆れられていることが分かっているのか、きまり悪そうに目を泳がせた。
「所長って割と子供っぽい所がありますよね。俺だったら郵送事故を心配しますが」
「言われてみればそれも心配だな・・・」
「止めときます?」
「いや、私は一刻も早くこの科学の粋を見せびらかしたい!!」
「わかりましたから落ち着いてください。そんなに力込めると倒れますよ、そろそろ」
 長田は、自分が小さい時にこんなタイプの大人は果たしていただろうかと脳内検索を始め、残念なことに約1件が該当した。雷の様な怒鳴り声が聞こえた気がしてその面影を慌てて振り払い、ついでに話題も換える。
「そろそろ話を戻しましょうか」
「そうだな。その、何をするのに必要なのかと、あとスペックと台数を教えて貰えるかな。
 定期メンテナンスの話は実は初耳でね。たまにバックアップするくらいだと思っていたから」
「すいません、俺もうっかりしてました。
 今使ってる端末をずっと使うつもりでいたので・・・とりあえず何をするのか説明しますよ」
 長田はびっしりと書き込みを入れたノートを取り出して、GPチップの運用の説明を始める。この短期間に随分勉強してくれたものだと、土屋は素直に感謝した。そして熱心に耳を傾ける。
「成程、定期的にGPチップの情報をホストに吸い上げて最適化する必要があるのだね」
「場合によっては学習内容の反映も含まれます」
 それにしてもGPチップとは勝手に学習するものではなかったのか。結局GPチップの詳細を勉強する暇を取る事が出来ていない土屋は、怪訝な顔をした。
「特に最初期回路/ファースト・インプレッションの学習後は即ホスト側で処理した方がいいって言われました」
「第一印象、かね?」
「はい。GPチップの学習領域は現在白紙状態です。レーサーの声も名前も知りません。入っているのはID、つまり機体名だけで・・・」
 説明しながら、薄いケースに収められたGPチップを手に取る。既に全プログラムをインストールされたそれには、R.Takabaのシールが貼り付けられていた。
「例えばこのネオトライダガーを最初に俺が使えば、俺の声や抑揚、指示内容に対する強烈な刺激が発生しますよね。
 その情報量はとても大きいし、仮想神経/バーチャロンの発火は同時多発的に行われます。で、」
 ケースをそっと元の位置に戻し、「当然なのですが」、と長田は続けた。
「これがスパコン積んだHFR/ヒューマン・フォーム・ロボットなら問題ないんですけど・・・GPチップ単体の処理能力とデータベース容量じゃあ、どう考えてもパンクしちまう訳です。だからそうならないように、GPチップは学習内容の反映を保留してログだけ残します。そうなると、後でそのログ情報をホストで再現・分析・最適化して、AIの再構築をかけるプロセスが必要になる訳ですね」
「例えばレースをしたとして、レース中に学習したことは反映されないということかね?」
 初めて耳にする事実に一抹の不安を覚えて尋ねると、長田も首を捻った。
「いや、んな訳ないですよねぇ。
 多分、ある程度仮想神経が安定したら、発生する情報はGPチップの許容範囲内に落ちて問題なくなるとは思うんですが、細かい所は俺にも分からないっすねー。
 初回限定だと信じたいところですが。今晩にでも、ちょっと教授に訊いてみます」
「頼むよ。こりゃ当面、GPチップのメンテナは君で決まりだな・・・」
「うぉ、当面って、どのくらいですかね」
「少なくとも、今シーズンは他の者が下手に手を出さない方が良さそうだ。流石に来年までには・・・・我々で何とか出来るようにするけれども・・・」
「WGP、毎年やるんですっけ。まぁ来年引き継いでもらえるなら・・・って、駄目ですよ!」
 長田はぶんぶんと首を振った。
 ひと月だけとの話であったから、多少の無茶も許容してここまでやってきたのである。作業に今後も携われるのは本来ならば嬉しいことだが、学業との両立を考えると到底続けられるものではなかった。ここは断固として拒否をしなければ、と長田は決意する。
「この調子だと今年すら留年しかねないから困りますって。説明しとかないと親父に怒鳴られちっまいます!」
「そうだったね。大学と親御さんには私の方から相談してみるよ」
 ところが土屋はあっさりとそう宣った。
「え?」
 固まった長田に、土屋はさも当然といった感じで畳み掛ける。
「場合によっては、休学してもらうことになるかもしれない」
 その瞬間、GPチップではなく長田の頭が白紙になった。
「ま・・・まさか・・・バイトに人生狂わされるなんて思ってもみなかったです・・・」
「これが『今、一番アツい開発の現場』ってことさ。
 さすがにそうなったら契約もやり直すから安心してくれたまえ」
 人がこんなに真っ白になっているのにどうして目の前のおっさんはケロリとしているのだ、と、長田は何とか再起動した頭でそう思ったのであった。
 


「田中さん」
「ん?」
「岡田鉄心とやらにキングスパルタンをぶちかましてもいいでしょうか?」
「鉄心先生を呼び捨ては不味いよ君」
 キングスパルタンって何だ。あれか、全門斉射か。微妙にマニアックなチョイスだな。
 田中は数年前の事件を想起してそんな判断を下した。向かいの席でカレーそばを啜っていた長田が憤慨した様にだん、と音を立てて椀を置いた。
「俺には関係ないですもん。プレ・グランプリって何ですか、アホですか。
 元々やるつもりなら最初から言うべきじゃないんですか! 一箇月どころか三週間しか猶予がないって頭おかしいと俺は思います」
 それは皆が思っている。そう同意したいが、アルバイトと正規雇用では残念ながら立場も違い、頷くのを躊躇って田中は珍しくフォローした。
「上の方でも急な話だったみたいだよ実際。
 ZMC-γとアトミックモーター投入はスケジュール通り本戦からだし、エキシビジョンだからそこまでキリキリすることもないじゃないか」
「最近みんな、いい事探しが巧くなりましたよね・・・
 田中さんはアトミックモーターセクションだからいいですよね、まぁ」
 田中は目を逸らす。「君の所が一番ダメージがある訳か」「スケジュールが大崩壊です。でも、シャーシセクションの方がもっと大崩壊です」「シャーシ・・・あそこはその内、死人が出るんじゃないか・・・」「同感です」
「もういっそのこと、GPチップの投入はプレ・グランプリ当日の方が安全だって話になりました」
「そうなのかい? ぶっつけ本番の方がマシな事態ってのは酷いな」
「はい。スケジュールが御臨終してしまったので」
 うぉぉぉ、と遣り場の無い怒りの声を一頻り漏らしてから、長田は「苦肉の策なんですよ」と続けた。
「《一発目の起動による最初期回路形成の学習結果はレース中に未反映になる》・・・って予想立ててるんで、万が一予期しない学習が発生しても凌げるんじゃね? 的な話になりました。レーサーが俺みたいに缶詰でGPチップに学習させられるなら話は別ですけど、有り得ませんしねぇ。かと言って他の人間が起動する訳にもいかないですし」
「そういえば、レーサーには新シャーシの調整に慣れてもらう方が先決だって博士も言ってたな・・・」
「まっさらなGPチップじゃ駆動系の制御はデフォルトのまんまですけど、逆に調整中のシャーシで変な学習をすることもないですからね」
「あれ、じゃあ君はいま何してるんだい?」
「・・・シミュレーション環境で長安やってます。あとは今後のメンテ用の環境構築中ですね、今は。
 オカダテッシンが変な事言い出さなければ、シミュレータで長安とか無駄極まり無いことしなくてもよかったのに・・・ふふふふ・・・」
「・・・・・・大丈夫・・・じゃあないね、君。ちょっと休みなさい・・・・・・」
 なお、この後プレ・グランプリまで、長田には休暇が言い渡された。アルバイトに休暇というのも妙な話なのだが、余りにも自然過ぎたので深く考える者は居なかった。



 そして、プレ・グランプリ当日。



 食堂に集まった研究員達は、富士ノ湖サーキットからのTV中継を食い入る様に見つめている。今回はモーターとボディのセクションは関係しないため、彼等の雰囲気はそれほど緊迫したものではないが、手前に陣取ったGPチップとシャーシ担当達の熱気は最高潮である。ちなみに、何故かモーター担当の田中もそこに混ざっていた。
「どう思う?」
「経験値が0だし技術レベルも見ただけじゃ比較できないですけど、走行性能は段違いですね。
 育てるとあんなフォーメーションまで制御出来るなんて、全然考えてませんでした」
「だが意外にウチのGPチップでもきちんと走っている。
 最初にアメリカチームと走った時はボロ負けだったと聞いていから、多分WGP用のバッテリー出力の効果だな」
「意外は余計っすよ。そもそも制御系のプログラムは俺が作った訳じゃないんで、高性能なのは当たり前じゃないっすか」
「おいおい、制御プログラムの動作に許可を出すのはどちら様だい?
 君のAI様が首を縦に振らなきゃ、シャーシ担当渾身の車軸も回らないんだぞ?」
「言われてみれば、デフォ状態で走ってるにしちゃ大成功の出来ですね。
 非常にまともな動作です。
 アメリカに5位まで独占されているのが悔しいですけど、モーターもボディも既存なのにここまでやれるとは思いませんでした」
 レーサーの心中など全くおかまいなしに、長田と田中は話す。
 同じ様な会話があちこちで繰り広げられており、その概ねが安堵であった。繰り返すが、レーサーの心中は全く考慮していない。
「カウル形状にはアドバンテージがあるしね。博士は空力の第一人者だから。
 ZMC-γが間に合っていれば、もしかするとアメリカを抜けたかもしれないよ」
「接触のリスク判断が発生する速度の閾値は、ボディ強度にめちゃくちゃ依存しますからねぇ。
 あ、またブロックされた! 巧いなぁ・・・抜けねぇなあ・・・」
「だから抜けるかも知れないって」
「え? 何でです?」
 見事なフォーメーションを披露するバックブレーダーは、果敢にアタックするサイクロンマグナムを余裕で捌ききる。フォーメーションを組み替える隙を狙えば越えることは出来るだろうが、それには早さが足りないのだ。長田は、田中の言う事が理解出来なかった。ZMC-γが間に合っていれば、という、ればたら論を聞いただけである。
「あ、ネオトライダガー」
「気付いたのか?」
「・・・そういうことですか?」
「多分そういうことだな」
「ネオトライダガーは元々ZMCボディだから、速度は十分上げられるってことですよね」
「そうだ。ZMC-γ以上の強度を持つネオトライダガーZMCに勝機はあるということさ」
 田中は、ファイナルラップに入るマシンを食い入るように見つめ、断言した。
「まぁ見ていなさい。ZMCボディとGPチップの相性は最高なんだから」
 それは、奇しくも鷹羽リョウの実感と同じものであった。



 なお、長田が、自分が辛くもアメリカ連行を免れたことを土屋から教えられて驚愕するのは、二時間後のことである。



[19677] 開幕戦
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/06/23 23:04
「オフィシャルサポーターったって、一体何をサポートすりゃいいのよ。
 ミニ四駆なんて、小学校の時に男子がいじってたのを見たこと位しかないのに」
 移動中の車内で突然新しい仕事を告げられてelicaは困惑した。渡辺マネージャーがフォローする。
「そうかも知れないけど、これはチャンスだよelicaちゃん。WGPは全国ネットどころか、世界中に放送されるんだから」
「せかっ、え、本当に?!
 ミニ四駆ってそういうものだったかしら・・・?」
「WGPは今年からだけど、海外では大人向けのレース観戦もメジャーだよ。
 イタリアの賭レースは悪名高いし。elicaちゃんも、これからはもっとニュースを見た方がいいね」
「そんなことやってる暇なんて無いじゃない! ナベ君が次から次へと仕事とってくるから」
 elicaは溜め息を吐いて栗色の髪を物憂げに掻き揚げる。
「昔なら、
 「エリカ、ミニ四駆の難しいことは全然分からないんですけど、でも日本の子供達が優勝できるように精一杯応援します!」
 とか愛想笑いしてりゃよかったけど。このキャラになってから面倒だわ色々」
「なっちゃったものは仕方ないさ。今が正念場だって、分かってるだろ?
 だから仕事を取り零せないのも分かって欲しいな」
「でもね、私はか弱い乙女なんだからもう少し加減しなさいよ。
 ナベ君マネージャーでしょ? ちゃんとマネージしてほしいわ」
「酷いなぁ。これでもきちんと考えてるよ?
 この仕事は年間を通してメディア露出が多いから、仕事を沢山貰えれば、それだけ落ち着けるよ。
 例えば、スポンサーから日本以外のレースの観戦も依頼されるとか、日本チームに密着するとかさ。
 まだ、その辺の契約は詰めてないから、やりようは色々あるさ」
「それよ! 流石は有能マネージャー。
 ついでに海外の電波にも乗ってやるわ! 夢は広がって行くわねぇ」
 機嫌の良くなった彼女の隙を見計らって、マネージャーは告げる。
「そういう訳で、次の番組の最後に番宣60秒あるからよろしくね。夢が掛かってるよ」
「・・・何よ次の番組って。契約はこれからなんでしょ?」
 機嫌の急降下した彼女に、マネージャーは手を合わせた。
「急な話でごめんね。それが、先方がとても急いでるんだ」
「有り得なくない?」
「既にプレ・グランプリが開催されていて、開幕は今週なんだって」
「後手後手にも程があるじゃない・・・え、嘘どうしよう!」
 elicaは愕然とマネージャーを見つめた。
「私、何を宣伝すればいいのかしら?!」
「とにかくWGPを盛り上げてくれ、と、スポンサーからは言われたけど・・・
 僕も詳しい説明を受けていないから。というか僕が話を聞いたのが、前のロケ中だったんだ」
「その話、ドッキリなんじゃない?」
 あからさまにホッとした表情で、隠しカメラを探し始めた彼女を押し止めて話を続ける。
「それはないから。
 とにかく今はこのビデオを見て、何とかもっともらしいことを喋るんだ。
 まだ時間はある、間に合うよ」
「本当なんでしょうねぇ・・・ま、分かったわ」
 elicaはまだ信用していなかったが、渋々とポータブルビデオの再生ボタンを押すと映像が流れ・・・


   ——— 儂が名誉会長の鉄心じゃ
   ——— 世界グランプリのルールを簡単に説明するから聞いとくんだぞ
   ——— チームは5人一組のエントリー。試合は種目別の総当たり戦で、沢山ポイントを稼ぐと優勝じゃ
   ——— マシンは最大のポテンシャルを生み出せるチューンナップが必要じゃ
   ——— それでは世界のレーサー諸君、日本で待っとるぞー


 車内には何とも言えない沈黙が落ちる。やがて、ゆっくりとelicaが感想を述べた。
「なによこれ、やっぱりドッキリじゃない。ナベ君、中、確認しなかったのね」
「そんな暇なかったから・・・だけど、誓ってこれはドッキリじゃないから!
 本当だから信じてくれ!」
 狭い車内で土下座せんばかりのマネージャーに、これでもしドッキリではなかったら面倒なので、elicaははいはいと頷いて考え始めた。
「とりあえずポイントは、チーム戦でF1みたく年間でポイントを稼ぐってとこね。
 プレ・グランプリとかいうのやってるんだったら、流石に日本のチーム名はあるんでしょ? 何て言うの?」
「それが僕も知らなくて・・・」
「ったくなんなのよ! それで何を宣伝しろっちゅーのよ! 今直ぐスポンサーに問い合わせて!」
「今、3時だよ、スポンサーには無理だよelicaちゃん・・・」
「事務所が知ってるでしょ?」
「いや、急な話で事務所もほぼスルー。「兎に角今直ぐ超特急」で、って。
 三国広告さんが頼み込んで来て、うちの営業が折れちゃったみたい」
「何よそれ・・・」
 彼女は絶句した。芸能生活をしていると妙なことが色々あるが、こんな事態は初めてで対処に困る。
「うーん。ドッキリじゃないとしたら何もしないのも印象悪いし、逆にここでちゃんとやれれば強気で交渉出来るわよね・・・
 時間も無いし、誰かに聞いてみるしかないか。ナベ君は心当たりある?」
 首を横に振るマネージャーに落胆し、携帯電話を取り出すとアドレス帳を探す。
「でも今時のミニ四駆事情なんて誰に聞けばいいのかしら?
 ・・・あーもう、一人ずつ探さなきゃいけないなんて、ケータイってこういう時不便なんだから!」
 マネージャーが、「ケータイてこういう時に便利なんじゃないのか?」と首を捻っている内に、elicaは適当な人間を見つけたのか通話を始めた。


「あ、夜遅くにごめんねー。そうそう、あたしあたし。超急ぎで調べなきゃいけないことがあるんだけど、知ってそうなのがあんた達くらいしか思いつかなかったのよ。でも教授は外国でしょ、それで電話したんだけど、今、大丈夫? ・・・あ、よかったー。でね、ミニ四駆って知ってる? 今度日本でワールドグランプリとかいうのやるんだけど。あたし、全然知らないんだけど、急に番宣しないといけなくなったのよ。それでチーム名とか聞きたいことが何個かあって・・・知ってる? 流石!」
 どうやら当たりだったようだ。elicaは小さくガッツポーズをして「ナベ君メモとってね」と指示する。
「まず日本のチーム名は? ・・・ティーアールエフビクトリーズ? ティーアールエフはアルファベット? わかった、T・R・F、で、ビクトリーズね。ビクトリーズって勝利のビクトリーよね? TRFは何の略? 土屋・レーシング・ファクトリー・・・土屋って誰? ミニ四駆の博士で、え、監督。分かったわ」
 マネージャーは頷いて、TRFビクトリーズ、土屋・レーシング・ファクトリー、と、メモを取る。
「それでそのビクトリーズって強いの? プレなんたらってあったみたいだけど、それって日本は戦ったの? ふーん、日本対アメリカのエキシビジョンマッチ。日本は負けた。弱いのね。これってどう言ったら角が立たないかな?」
 ふむふむ、日本は弱い、と。これは宣伝時に注意する必要がある。マネージャーは赤のボールペンで、要注意と書き込み☆マークをつけた。
「あ、メモ取ってるからゆっくりお願い・・・グランプリマシンへの挑戦は日本初の試みで、・・・全てが手探り状態だが、・・・確実に前進している・・・その成果が・・・プレ・グランプリでタカバリョー?が見せた最後の追い込みに現れている。・・・レーサーも技術陣も・・・これからどんどん・・・成長していくだろう・・・おー、何かもっともらしいわ。よく知ってるのねぇ。私、これそのまま使うけど、嘘じゃない? 大丈夫? 私の芸能界人生賭けちゃって大丈夫? 信じるからね! あ、ちなみにタカバリョーって名前? タカバば名字でリョウが名前。男の子? あ、全員男の子なのね。了解。それから最初の対戦はどこと戦うか知ってる? 開幕戦でドイツなのね。強いの? 強豪・・・大丈夫なの? って、わかるわけないか」
 elicaは一瞬考え込み、よし、と頷いた。
「ちょっと番宣チックに喋ってみるから、変なこと言ってないか聞いてくれる?」
 懇切丁寧にここまで情報提供してくれた通話相手は、どうやらこれにも了承してくれたらしい。「ナベ君、録音して!」その言葉に、いつでも取り出せるように準備しているボイスレコーダーのスイッチを入れる。
「ここ日本で開催されるミニ四駆のワールドグランプリは、なんと、世界初!第一回目なんです。
 しかも、グランプリマシンという特別な規格で日本の子供達が走るのも、初めてです。
 ですから日本の精鋭達で結成されたチーム・その名もTRFビクトリーズの皆は、今、正に成長を続けている真っ最中なんですよ。
 既に行われたプレ・グランプリでは、それがしっかりと現れていて、見ていた方はよく分かると思いますが、正にドラマ、とても感動しました!
 視聴者の皆さんも、この大舞台でレースに賭ける子供達、いえ、男達の成長を、是非、応援してください!
 開幕戦となるドイツとの対戦まであと僅か、一体どんなレースを見せてくれるのか、そして、この一年で日本がどの様に世界に挑戦していくのか、私も目が離せません!」
 そして、elicaからのジェスチャー。慌ててスイッチを切る。
「・・・どうどう? 外してない? よっしゃ、ありがと! 恩に着るわ! 今度コンサートのチケット送るわね。あによ、不満なの? 絶対来なさいよ! ん、じゃねー」


 ふー、と天井を見上げてelicaはマネージャーからボイスレコーダーとメモ帳を受け取ると復習を始める。
「60秒には足りない気がするけど、これが精一杯ねぇ」
「これだけやれば十分だと思うよ・・・」
 謎の人脈に感心するしかない、マネージャーであった。



「すみません、長電話になってしまって」
「ガールフレンドかな?」
 廊下から戻って来た長田を土屋が揶揄う。
「ちがっ、違いますよ! ただの友達です。急にWGPのこと、色々聞かれてただけですから・・・こんな夜中に何だったんだか」
 ぶつぶつ言いながら長田がチェックした進捗バーは、10%を指していた。この1時間で2%しか増えていない。彼は渋面を作る。プレ・グランプリで収集したログの再現作業は中々進まなかった。
「メンテ環境を構築しないで休むべきじゃなかったな・・・パワーが全然足りてないみたいだ」
「とりあえず空いている端末は全部集めてみたが、ラインは増やせそうか?」
 現在、この居室は十余台のPCが溢れかえる魔窟と化している。全てのコンセントには悉くタップが取り付けられ、電源コードと通信ケーブルが縦横無尽に床を這い回る。誰かが引っ掛けたらそこで試合終了という恐ろしいトラップ地帯に成り果てていた。A3用紙にプリントアウトされた《配線注意!》の紙がドアに目立つよう貼付けられて存在を主張する。
 中々壮観だが、本来の用途を果たせなければ全てが無駄だ。土屋が状況を尋ねると、サーバラックが足りずに床に直置きしたディスプレイの前に座り込んでキーボードを叩く長田は頷いた。
「はい、マシン台数分のラインを確保できました。今、2〜4系にAI-SDKをインストール中です。
 でも、この再現速度だと単純に50時間かかる計算になりますね・・・
 しかも50時間で終わる保証もないから・・・怖いな・・・」
「困ったね。何とか高速化できればいいのだが・・・
 プレ・グランプリでも感じたことだが、GPチップの経験は非常に重要だ。
 初戦で効果を期待することは出来ないが、だからこそ一戦一戦で、確実に経験値を稼ぎたい」
 ここでログ反映ができなければ、初戦でも初期状態の制御でドイツと戦うことになる。それでは無理をおして参加したプレ・グランプリの経験が全くの無駄になってしまう。可能な限り避けたい事態であった。
「ソフトの設定が適切なのか、見直すことは出来るかな? デバッグモードがオンになっているとか。
 それと、解析精度の設定は可能かね?
 この際、精度は多少落としても構わないから、間に合わせることを優先しよう」
「わかりました。直ぐに確認します」
 開幕直前の日々は、こうして次々に発生するトラブルに翻弄され、飛ぶように過ぎていくのであった。



 WGP開催当日。



 食堂ではプレ・グランプリでの立場が逆転し、モーターセクションとボディセクションがTVの前に集結していた。
 遂に、アトミックモーターV1と ZMC-γの投入である。どちらも一刻を争うスケジュールの中での、執念での完成であった。このため例の如く実戦初投入ではあるものの、
酷い無精髭の顎をざりざりと撫でながらTV を見る、モーター担当の田中は感無量の面持ちだ。
 全てのセクションのプロダクトを初戦に投入出来た事実は、一同にえも言われぬ達成感を与えていた。
 故に開会式の観覧も自然と和やかなものとなったが、その平穏もレース開始と共にぶち壊しとなった。
「スピンコブラの動きがおかしいな」誰かが言う。その時、長田の携帯に土屋からの着信が入る。

「・・・・・・うわー、子供ってなんてフリーダム」

 問い合わせの電話を切った長田は肩を震わせ、呟いた。
「トラブルか?」
 その、ただ事ではない様子に周囲の研究員達が集まってきた。彼等に向かい、長田は知らされたばかりの衝撃の事実を伝える。
「スピンコブラは今、ツインモーターで走っているそうです」

「「「な、なんだってーっっっ?!」」」

 全員の心の叫びである。
 GPマシンのモーターは、非GPマシンとは異なり、バッテリーからの電流を直接通している訳ではないのだ。その流量は、GPチップによって厳密に調節され、バッテリーを効率よく使用できるようになっている。もしモーター数を増やせば、加えて回転数の同期制御が必要になるのだが、それを実戦で学習させるのは不可能だ。学習するよりも遥かに早く、バッテリーが上がってしまうだろう。
 どうしてレーサーがそのような強引な手段に出たのか理解出来ず、長田が頭を掻き毟ってTV中継を見遣ると・・・
 そこには、3周目にしてコースアウトしたスピンコブラが映っていた。
「ツインモーター、やるならやるってどうして相談してくれなかったんだ・・・俺のスピンコブラになんてことしやがる・・・」
 長田にとっては手塩に掛けた最早子供も同然のAI達である。藤吉に思い切り喧嘩を売った台詞を吐き出した。
 言いたいことは山程あったが、しかしレースはまだ終わっていない。気を取り直して一同はレースの行方を注視する。スピンコブラはリタイアしたものの、ネオトライダガーとプロトセイバーEVOが先頭を走り、サイクロンマグナムもそれに続いている。
「ハリケーンソニックが遅れているのもマシントラブルでしょうか?」
「いや、真面目な烈君のことだから、多分、マシンと新モーターを馴染ませているんだと思うよ。
 次のバッテリー交換から追い上げるつもりなんだろう」
「この短時間でGPチップが新モーターを学習することは無いでしょうけど、いいレーサーですね。涙が出そうです」
「気持ちはわかるがねぇ」
 田中が苦笑したそのとき、「あっ」「ウォッ」「ぐぁぁ!」と、周囲がどよめいた。ドイツにアタックされたのだ。しかしそれもつかの間、アタックに使用されるエアブレーキの巧みな動作に「すごいっ」「欲しいっ」「いいね!」などの感想が混じる。エアブレーキを一体何に使うのか、などと無粋な突っ込みを入れるものはいない。
 そしてドイツのアタックを間一髪躱したサイクロンマグナムには、一同釘付けである。
「長田くんすごいぞ! 避けてる避けてる!」
「おお! 画像解析作ったの誰ですか?」
「はい!」と即座に前方で手が挙がる。「皆で中村さんに拍手!」ぱちぱちぱち「ついでに長田君にも拍手〜」「あざーっす!」
 彼等のテンションはうなぎ上りだが、戦況は芳しくない。
 しかし研究員達は信じていた。
 そう、いま正にバッテリー交換を終えてレースに復帰した、コーナリングの貴公子を。
「ハリケーンソニックが追い上げ始めたぞ!」
「烈君いいぞっ!」
「アトミックモーター速いじゃないか! 俺たちのモーター、ドイツに勝ってる?」
「中村さん凄い、ハリケーンソニックもちゃんと避けてる避けてる!」
 それは素晴らしく速く、そして華麗にコーナーを駆け抜けた。ドイツのアタッカーをものともせず逆に自滅させてリタイアに追い込む様は、まるで熟練の闘牛士/マタドールではないか。彼等はTV越しに見たその様に、マシンの《意思》を確かに認めたのであった。
 緋色の風がチェッカーフラッグを受けた瞬間、食堂は歓声に満たされた。


 研究所に戻って来た土屋に、研究員達が口々に祝福と喜びの言葉を掛けた。
 白板には早々に祝賀会の開始時刻と地図が強磁マグネットで止めてある。剥がす時のことは全く考慮していない。
「やりましたね!」
 佐藤が土屋と固い握手を交わしている。
 中村は感激が覚めやらないのか、未だに目が真っ赤だ。
「これも皆の努力のお陰さ。あと子供達のね。
 TVで見ていたと思うが、各自メンテナンスの手配を頼んだよ。
 ネオトライダガーとエボリューションは若干損傷していて、スピンコブラもコースアウトでダメージが大きい。GPチップも最適化した方がいいね」
 土屋は初勝利という快挙に浮ついた調子も見せず、淡々と指示を飛ばした。しかし動き出そうとする研究員達を手で制する。
「だがまぁ、その前に・・・」
 彼は食堂を見回して全員がその場に居る事を確認すると、大きく叫んだ。
「まずは皆、ありがとう!」
 頭を深々と下げる。しん、と静まった食堂の天井に、訥々とした言葉が響く。
「初めてこの話を聞いた時、無理だと思った。
 この一箇月、果たして本当に子供達をレースに送り出せるのか、ずっと不安に思っていた。
 無理だ、止めよう、そう思った事もあった。
 でもその度に、皆に助けられた」
 彼は顔を上げ、研究員、一人一人を見る。
「今日のこの結果は皆で勝ち取ったものだ。
 そして子供達は、我々よりもずっと先のゴールを・・・優勝を、目指している。
 だから今後とも、どうか助けて貰いたい」
 当然だ、と一同は確りと頷く。
「とはいえ、我々は一箇月前に置き去りにしたことをそろそろ再開する必要があるだろう。
 そこで、本日を持って、WGP緊急対策チームを解散する。
 これからは規模を縮小したWGPチームを作り、何かあればこのチームから各自に作業を依頼する」
 そして土屋は担当を発表した。
 モーターセクションは田中。彼は既にバージョン2に向け始動しているアトミックモータープロジェクトを続けながらモーターセクションを担当することになる。
 シャーシセクションは鈴木。彼は後継プロジェクトの無いボディセクションも兼務することになる。
 GPチップセクションは土屋と長田。制御系を土屋、AIを長田で分担する。
「それではみんなに、改めて紹介しよう。長田君、例の件が通ったから、挨拶を頼むよ」
「うわ、本当に?」
「あぁ。だから皆に知らせてやってくれ」
「了解っす」
 ここから先、退くことは出来ない。一同の視線を受けて若干緊張しつつ長田は一歩前へ進み出た。
 これからどのような事態が自分を待ち受けているのか、悩む事も驚く事も多いだろう。他の研究員の様にレーサーを知っている訳でもないし、ミニ四駆のこともよくわからない。既に現在、スピンコブラが何故ツインモーターを積んだのか理解不能なのだ。不安は多かったが、何をすることができるのだろうか、という期待もあった。
 一度、深呼吸。覚悟を決める。
 
「アルバイト改め、インターンシップ研修生としてここで働くことになりました長田秀三です。
 これから一年間、TRFビクトリーズ優勝に向けて、GPチップAI担当として全力で頑張ります。
 色々と教えて貰うことが多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします!」



[19677] チームワーク
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/07/11 20:45
「俺も一緒に行くんですか?」
「嫌かな? 折角、単位の心配も無くなった訳だし、私としてはなるべく実際のレースを見て貰いたいと思っているんだ。
 他のチームを見るのも勉強になると思うしね」
「了解っす、問題無いですよ。
 あ、そこのトルクレンチ取って貰っていいですか?」
 トレーラーの下で水色のツナギが動いている。ひょいと手だけ出した長田に、土屋は工具を渡した。研究設備用に電源を弄ったらエンジンがかからなくなったのを点検しているのだ。聞けば実家は自動車整備工で幼い頃から手伝いをしていたとのこと。成程、メカニックを自称する訳である。
「これで直ったと思います。エンジンかけてみましょう」
「はーかーせー!」
 その時、駐車場の脇から大きな声がする。見ると土屋に向かって少年が大きく手を振っていて、その後ろにも数人が居た。気付けば未だ短い冬の日は傾きかけており、彼等は放課後の練習にやって来たのだろう。
「コース、借りるぜ!」
「豪君か。他のみんなも揃っているね。
 おーい皆、コースに行く前にちょっと集まって貰えるかい?」
 メンバー全員が揃っているのに気付いた土屋は手招きをした。
「顔だけちょっと出して貰えるかな」
 周りの見えない長田には、パタパタと軽い足音が近づいてくるのだけが聞こえる。促されて車の下から顔を出すと、六人の子供達が見下ろしていた。その内の一人がぺこりと頭を下げる。
「長田さん、こんにちは」
「おぅ。J君も元気そうだな」
 初めに声を掛けてきた少年が首を傾げる。
「Jはこの人知ってんのか?」
「うん。GPチップ担当の人。大学生なんだって」
 研究所に住んでいるJとは長田も面識があった。詳しいことは知らないが、金髪に褐色の肌という日本人離れした容貌から、複雑な事情があるのだろうと想像している。だが、他の少年達と直接顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「大学生ぇ? 研究所の人じゃないんだ」
「そうなんだ。君達は多分会った事がないと思うが、彼にはこれからのレースで私達に同行して貰うことも多くなると思うから、挨拶をね。皆、自己紹介して貰っていいかな?」
 そういうことなら、と、長田は車の下から抜け出し立ち上がった。TV越しでしか知らなかった少年達にじっと見上げられ、どう反応すればよいのか少々戸惑う。
「俺は星馬豪。これが俺のマシンのサイクロンマグナムで、セッティングはカッ飛び重視だ!」
 最初に自己紹介したのは、正面にいた少年だった。いかにも元気が有り余っていそうで、頭の上に載っているゴーグルが特徴的である。サイクロンマグナムの真っ直ぐな走りを思い浮かべ、彼は重度のスピード狂だな、と判断した。いかにもそんな雰囲気がする、間違いない。
「わては三国藤吉。スピンコブラのレーサーで、テクニカルコースが得意でげす。宜しくでげす」
 その隣の少年がパチン、と扇子を閉じて会釈する。幼いが利発そうでありその仕立ての良い服といい、名家のお坊ちゃんの風情だ。世間にはその名字を冠する大企業が存在するが、まさか縁でもあるのだろうか。そしてスピンコブラの名に、そういえばツインモーター事件の原因を把握していなかったことを思い出した。その内確かめようと脳内タスクリストに追加しておく。
「俺は鷹羽リョウです。マシンはネオトライダガーで高速重視のセッティングです。宜しくお願いします」
「おらは次郎丸だす! あんちゃんの弟だす! マシンは次郎丸スペシャルスペシャルスペシャルだす!」
 背の高い兄と、対照的に小さな弟が頭を下げる。二人とも何か運動をしているのか、他の少年達に比べてかなり確りとした体つきをしていた。また、無造作に後ろで纏められている髪は伸ばしているというより伸び放題と言った方が正しそうだ。何とも野性味溢れる兄弟である。
「星馬烈です。豪の兄で、ビクトリーズのリーダーになりました。
 マシンはハリケーンソニックでコーナリング重視です。宜しくお願いします」
 後ろにいた赤毛の少年が一歩前に進み出た。土屋自身はリーダーを指名しなかったらしいが、彼に決まったのか「リーダーなのは、次のレースまでだけどな! 次は俺がなるぜ!」・・・どうやら弟君には異論があるらしい。ともあれハリケーンソニックのレーサーは研究員からの評判が上々なのだ。きっとしっかり者の兄なのだろう。
「僕のマシンはプロトセイバーエヴォリューション。セッティングはオールラウンド対応です。これからも、宜しくお願いします」
 最後にJがぺこりと頭を下げた。この少年は穏やかで聡明、かつミニ四駆に多大な興味を示しており、土屋の被保護者であると同時に助手でもある。長田にとっては研究所の先輩であり、色々と世話になっている存在だ。
 少年達の自己紹介が一通り終わり、長田は改めて彼等を見る。その頬は自然と緩んでいた。彼のよく知るマシンの特性にあまりにぴたりと当てはまる人物像、そのマシンとレーサーの類似性がツボに嵌っていたのだった。
 さて彼等とはどう接すればいいかと少々迷ったが、子供相手に堅苦しいのも難だし、土屋もきっとうるさい事は言わないだろうと考え、普通に話すことにした。
「いま所長から紹介された通り、俺は長田秀三だ。
 えーと、烈、豪、藤吉、次郎丸、リョウにJと。おし、覚えたぞ。
 今シーズン、長い付き合いになりそうだし、J、今日から君付け取っちまうな」
「あ、はい」
「俺の事は秀三って呼んでくれ。本当は握手でもしたい所なんだけど、生憎と手が汚れてるからな。
 俺も全力でバックアップ出来るよう頑張るんで、宜しく」
 「宜しくお願いしまーす!」と元気のよい声が上がった。



 全く、何がいけなかったのだろう。次のレース会場へ向かうフェリーの廊下で、先程の作戦会議を思い返して土屋は溜め息を吐く。次のレースは初めてのリレー方式である。チームワークが何より重要であるにもかかわらず、元来チームプレイなどしたこともない子供達は走る順番で揉めはじめ、作戦を立てるどころでは無くなってしまったのであった。仕方無く今夜は解散とし、土屋は一人、反省会の真っ最中であった。
「はぁ」
 監督なんて向いてない。彼は窓から月明かりに白く照らされる水面をぼんやり眺めていたが、肩を落とす。子供達のことには極力口を出したくない。だが、このレースに間に合わせるために奮戦してきた研究所の面々のことを考えると、それでは駄目だと分かっている。最早、これは子供達だけのレースではないのだと、それは分かっているのだ。
 だが・・・
「失礼ですが、土屋博士ですよね?」
 不意に声を掛けられそちらを向くと、男が頭を下げながら近づいて来た。
「土屋は私ですが」
「昨日にお電話を差し上げた渡辺と申します」
「あぁ、オフィシャルサポーターの。何か御用でしょうか?」
「はい。ご挨拶をと思いまして。
 elicaが是非、ご挨拶に伺いたいと言っているのですが、ご都合の宜しい時間はあるでしょうか?
 今後、チームの皆さんと会う機会もあると思いますし、一度、日本チームについての詳しい話をお聞かせ頂ければと思っているのですが・・・お忙しい所、恐縮ですが、是非」
「これはご丁寧に。言って下さればこちらから・・・」
 研究所に今回利用するフェリーの便名の問い合わせがあったのは、自分達と会う為であったのかと気付いて土屋は逆に恐縮した。
「いえいえ、私共の方も急な話だったのでここの所ドタバタしていたんです。フェリー移動は休憩も兼ねていましてね。
 それに、ここなら邪魔が入りませんから丁度よいかと思いまして」
「確かにここなら邪魔は入らないですね。
 丁度、作戦会議が終わった所ですから、この後ならいつでも大丈夫ですよ。
 明朝ですとフェリーも到着してしまいますから、朝食後すぐになりますかね」
「そうですか。でしたら本日・・・そうですね、30分程したら伺います」
「わかりました。私だけで構わないんですか?」
「はい。まずは監督とスタッフの方々にご挨拶をしたいと思っておりましたから」
「そういうことなら、いま居るスタッフも同席させましょう」
「お手数掛けます。では後ほど」
 渡辺は高級そうな菓子折りを土屋に渡すと、何度も頭を下げながら廊下をの角を曲がって行った。

「オフィシャルサポーターってやっぱ芸能人なんですよね? 誰なんですか?」
「期待してくれていいと思うよ。何しろ・・・」
「何しろ?」
「鉄心先生のご推薦だからねぇ・・・全く、あの人は・・・」
 土屋は、今日何度目か分からない溜め息を吐いた。子供達で手一杯なのに、上がアレなのだ。長田が残念そうな顔をするので更にテンションが下がる。もう、誰が来るのか説明するのも面倒臭くなってしまった。
「という訳で会ってからのお楽しみだ。そろそろ来る頃だと思うが」
 作戦会議をしていた部屋に長田を呼び、彼等はオフィシャルサポーターなるものを若干の緊張と共に待っている。お茶と先程貰ったお菓子もスタンバイはOKだ。いきなり芸能人が来るといわれた長田は興味津々でドアから目を離さない。
 ノックがした。
「失礼します」
 最初に渡辺が入り、その後に続いて女性が入って来る。その瞬間だった。

「あ」女性が驚いた様に目を見開き、「あっちゃー」と天を仰ぐ。
「げ」長田は何故か顔を顰めた。

「どうしたんだ?」
「失礼しました。ちょっと動揺しまして」
「俺の方もちょっと。すみません」
 怪訝そうな顔でそれを見る土屋と渡辺に、二人は慌てて取り繕おうとしたがまるで成功していなかった。
「もしかして、知り合いなのかい?」
 elicaは答えようと声を上げかけ、物問いた気に長田を見る。長田が軽い嘆息と共に頷いたので、改めて口を開いた。
「まさかこんなところで会うとは思わなかったので。少し驚いちゃったんですけど。
 あなたが土屋博士・・・ですよね? TRFビクトリーズの監督でいらっしゃる。
 私がこの度、WGPのオフィシャルサポーターを任命されたelicaです。宜しくお願いします」
 にっこりと微笑み掛けられて土屋は年甲斐も無く照れた。
「あー、私が土屋研究所の所長をしている土屋です。
 ご存知の通り監督をやっております。それで彼が、ウチでGPチップを担当している長田ですが」
 知り合いなら改めて説明するのも妙な話だ。何と言った物かと長田に向かって首を傾げると、大丈夫です、と頷く。
「どうも、長田です。・・・あー、ちょっと聞いてもいいですか、elicaさん?」
「えぇ。どうぞ」
 芝居がかった他所々々しい言葉に、elicaはこれまた先程の態度を忘れ去ったかのように澄ました顔で応じた。
「そのサポーターというのは、今シーズンずっとですかね?」
「えぇ。契約は来年の冬までということになっています。そうよね、マネージャー?」
「あ、はい。そのように聞いています」
「・・・その間、結構顔を合わせたり?」
「御陰様で」
 elicaは意味深に笑った。
「名誉会長には気に入って頂けて、なるべく日本チームとはコンタクトをとって近況をレポートするよう仰せつかっていますよ。ファイターの番組ではなくて、一般の番組ですけれどね」
「・・・それで、elicaさんの方はどう考えます?
 ビジネスライクに行くかどうか、今、とても悩んでいるんですが」
「それは、長田さんにお任せしますわ。
 元々、長田さんの働いていた所に後から私が来たのですから、長田さんの都合のよいようにして下さい。
 ただ・・・申し訳ないのですが、私達の関係は明確にしておいた方が、無用なトラブルは避けられると思いますわ?」
「ですよねぇ」
 長田は沈黙する。渡辺が遠慮がちに口を開いた。
「もし二人が親しい知り合いなら、行動には注意しないと、直ぐに記事にされますから気をつけた方がいいです。
 あと、この場にいる私達には関係を教えて貰えると無用な誤解が避けられて有り難いですがね」
「・・・それなら」
 俯いていた顔を上げた長田は肩を竦めて宣言する。
「いつも通りでいくわ、エリー。一年間これじゃあ息が詰まっちまう」
 elicaもにやりと口角を上げた。
「あたしも同感よ、そう言ってくれて助かったわ秀三君。
 それにしても、やたらミニ四駆に詳しいと思ったらまさかやってる張本人とは驚いたわよ」
「お前が番宣とか言って来た時点で気付くべきだったよ。
 という訳で渡辺さん。俺と彼女との関係はただの友人です。
 イワユル深いお付き合い等は一切ありませんのでご安心下さい」
「ごめんねぇ。この商売やってると男女関係が面倒でしょうがないのよね」
「かなり親しい友人みたいですね。親しいとそれなりに勘繰られるかも知れませんが・・・」
 彼女の様子を見る限り、特に嘘があるようではない。しかし面倒事に発展する可能性があるため、渡辺は忠告を発したのだが、それに返って来た答に再び驚く事になる。
「そう言われたらザウラーズだから仕方無いって言って下さい。
 俺達はそんじょそこらの彼氏彼女達よりずっとアツアツですからね」
「熱血を身上とするだけにねぇ。しっかし、まさか一緒に仕事をする日が来るなんて夢みたいだわ」
「本当なのかいelicaちゃん?! ・・・あ。
 申し訳ありません土屋博士。ご挨拶に伺ったのに全然関係の無いことを」
 あっけらかんと笑う彼女を問い質そうとして、渡辺は何とか踏み止まる。今はそんなことより優先させるべきことがあるのであった。elicaも脱線し過ぎたことに気付き、土屋に頭を下げる。「本当にすみません。貴重なお時間を・・・」
 だが土屋自身も今の話には興味があったのか、特に腹を立てることもなく逆に質問を飛ばした。
「いえ、大丈夫ですよ。
 私は全然知らなかったのですが、elicaさんはともかく長田君も、あの、ザウラーズだったと?」
「多分、その、ザウラーズですね」
「君達の年代的にはその位だしな・・・とすると小学校の時の強制参加の部活というのは・・・」
「よく覚えてますね! 主な活動内容は敵性の地球外無機知性体、通称機械化帝国からの地球防衛でした。
 ご存知の通り彼女が司令官で、俺はメカニックを少し」
 思わず絶句してしまった土屋に、elicaは申し訳なさそうな顔をした。
「強制参加の部活とは巧いこと言うわね秀三君。世界を救うボランティアより、らしいわ」

 土屋はもう何年も昔の事件を思い出した。それは地球が(そう、それは一国家ではなく世界の全てを巻き込んでいた)、幾つかの特異な勢力から立て続けに侵略を受けたという人類史上に例の無い事件である。
 幸いそれぞれの勢力の来襲時期はバラバラであり、故にそれらが手を組むことは無かった。また初期の侵略目標となった日本の特定地域に被害が集中した為、非常に幸運なことに(日本が戦場になったのは非情に不運なことではあるのだが)、地球という広大な領土を巡る争いにも拘らず世界全体で見れば損害は軽微であった。それは一連の出来事が戦争ではなく事件として扱われている事実にも表れている。この特定の侵略目標に固執する敵対勢力の不可解な行動は、日本の防衛に用いられたETとして知られるテクノロジーを、各勢力が殊の外に危険視した為と言われている。
 ET(Eldran Technology)とは太古から地球に存在するという《統合意識体/エルドラン》の託した巨大ロボットに由来する技術、およびその敵対勢力から得た技術の総称である。ロボットの稼働に必要なエネルギーを無補給で産生し続ける機関や機体の自己修復能、また、敵対勢力の次元移動や物質変換等、その多くは未だに解明されていないが、一連の研究は技術革新を齎した。現在建造中の軌道エレベータも、ETなくして着工されることはなかっただろう。
 正直、事件以前なら何を言っているのか分からないと頭の心配をされそうな内容であるが、どれも実際に起きてしまったありのままの出来事である。地球の危機に突如ロボットを引っ提げて現れた統合意識体の存在にも人類は十二分に驚愕したのだが、敵対勢力もまた《上位次元生命体/五次元人》に《隣接次元生命体/魔界人》、そして《地球外無機知性体/機械化人》という錚々たる顔触れとなっており、人類のこれまでの常識を遺憾無く張り倒した。侵略者達は20世紀末の世相を反映して《恐怖の大王の軍勢》とも呼ばれており、事件後に新興宗教が乱立したのは記憶に新しい。
 そんな常識の通用しない侵略者達の技術レベルはいずれも人類を上回っており、その装甲に対して防衛隊(当時、時限立法により結成された地球防衛の為の軍隊)の攻撃は目立った効果を上げられなかった。これは市街地で使用可能な兵器に手段が限定されていたからとも言えるが、対抗手段が無差別大量殺戮兵器しか存在しない敵では勝ち目が無い。よって戦闘はETの行使者、つまりロボットの操縦者に頼らざるを得なかった。
 ここからがまた特徴的な話である。
 統合意識体は特に子供を選んでロボットを託すという性質があり、各勢力に対抗するためのロボット群はそれぞれ《地球防衛組》《ガンバーチーム》《ザウラーズ》と呼ばれる子供達により運用された。(ただしガンバーチームは常にマスクを被り正体を明かさなかったため、その体格や言動からの推測である)
 当時のメディアはこの事態に騒然となり、コメンテーターのジャーナリストや教育者は鼻息を荒げて不甲斐ない防衛隊を非難したものである。また子供達ばかりが選ばれる理由として、自我が未発達であることがET使用の条件であるのではないかという憶測がなされていたが、現在これは否定されている。
 そしてelicaは、地球外無機知性体からの地球防衛に貢献したザウラーズの司令官であった経歴が一般に知られていた。本人曰く、そんな経歴は何の役にも立たないということで伏せていたとのことだが、今や知らない者はないだろう。
 長田がその一員であったことに驚きを覚えると共に、技術革命の最中にあってET関連の論文を一時期読み漁っていた土屋は、あることに思い当たった。基礎研究系の論文には必ずと言ってよい程この名が記載されてはいなかったか。Kojima TU, Kojima TA, Osada S、と。

「まさか君がETの申し子だったとはね、いやはや驚いたよ。論文には幾つか目を通した事があるが、君だったとは」
「あー、あれは忘れて貰えますかね。小島家の二人は天才ですが、正直な所、俺は凡人、オマケなんですよ。
 今はもうETの研究には全然関わってないんで、期待してもマジで何にも出ないっすよー」
 素直に感想を述べた土屋に対し、長田は苦笑して首を横に振った。彼はあまりこの話題に触れたくはないらしく、elicaも渋面を作る。長田を強引に連れて来た大学教授が以前防衛隊の研究所に勤めていたことに気付き、何か事情があるのだろうと察した。
「まぁ我々の仕事でETを使う機会はまず無いだろうからな」
「ミニ四駆を宇宙に飛ばすとかなら相談には乗れますけど、使い途がなさそうですしねぇ。
 じゃあWGPの話を続けましょうか」
「え? あ、そ、そうだな・・・」
 宇宙を翔るミニ四駆。土屋の心がちょっとだけ躍ったのは秘密である。
「これなら記事を書かれても問題無さそうだ。安心しましたよ」
 一安心した渡辺は、電話がかかってきたので席を外した。フェリー上とはいえ、携帯電話は非情である。土屋は気を取り直し、TRFビクトリーズのメンバー表、マシンスペックのカタログを広げて各機の特性を簡単に説明する。
「博士、一ついいですか?」
「なんだい? elicaさん」
 熱心にカタログを見ていたelicaが尋ねる。先程の一件でお互いに口調はすっかりくだけていた。
「他のチームは皆、同じようなマシンを使ってますけど、ビクトリーズは5台がバラバラ。何か意図があるんですか?」
「いや、特に意図はないね・・・元々が急な話だったから、マシンを用意する暇もなかったし、何より、いま居るメンバー全員が既に自分のマシンを持っているから、それを手放させることが出来ないんだ」
「そうするとWGP全体としての戦略は、各人のマシン特性を生かした個人プレイが主になると考えればいいんでしょうか?」
「いや、その・・・個人プレイを推奨している訳ではないよ。むしろチームプレイこそがWGPの要だと思ってる」
「では、あの異なったマシンをお互いに生かすようなプレイを指導されてるってことなんですね!
 それはどういったものなんですか?」
「あぁいや、特にそういった作戦というか戦略があるという訳では・・・」
 期待に満ちた女性の眼差しの圧力に、土屋の額には冷や汗が浮かぶ。言えない。何も考えてないなどとは、断じて言えない。
「エリー、その辺にしてあげてくれ。所長は今、悩んでいる真っ最中なんだから」
 見兼ねて助け舟を出した長田が、メンバーが全く纏まらずチームプレイ以前の状況である日本チームの現状を説明する。
「皆にはまず協調することを知って欲しいのだが、説明してもどうにも通じなくて困っているんだよ」
 話している内に再び情けなくなってきて肩を落とした土屋を長田はフォローしようとするが、良い言葉を思いつかない。余計な事をしてくれたとelicaを恨めし気に見ても、見られた方だとて彼女の責任ではないので心外そうな顔をする。だが多少の後ろめたさを感じたのか、やがてポンと手を打ってこんな事を言った。
「一つ参考になるお話がありますよ。秀三君、あの話をしてあげたらいいわ」
「あの話?」
「委員長がキレて最優秀パイロットになった話よ」
「・・・あぁ! 確かに子供心がよくわかる話だな。
 所長、落ち込む事はありません、子供なんてみんなそんなもんですから!」
「・・・・・・そうかい?」
 妙に自信たっぷりに頷くと、長田は話し始める。

「ザウラーズには、ロボットのメインパイロットが三人、サブパイロットが二人、移動用ジェットのパイロットが一人いました。
 ある日、メインパイロット三人の間で、誰が一番優秀なパイロットなのか揉めましてね。
 決着をつける為に、それぞれの機体を取り替えて出撃したんです。本当に優秀なパイロットは機体を選ばない、ってね」
「取り替えても大丈夫なのかい?」
「いいえ、専属パイロット制で機動も武装もまるで違いますからね。
 車庫出し程度の繋ぎの操縦すら、パイロット以外に出来る人間は限られていました。戦闘なんてとてもとても。
 そして主力ロボットが三機共そんな状態でピンチになったのに、喧嘩は収まるどころかエスカレート。
 地球の命運が賭かっている自覚、まるでなしですよ」
「まぁ、それはパイロットだけじゃなくて、あたし達全員に言えましたけどね。
 あたしも一度、無理に操縦しようとして痛い目見ました」
「・・・・・・うちの子供達より酷いな」
「でしょう?」
「止めなかったのかい?」
「あたしは勿論止めましたけど、聞く耳持たず、でしたよ」
「そうこうしている内に戦況は悪化。ついにジェットのパイロットが怒髪天をつきまして。
 見てる方がドン引きするくらい怒り狂って、強引にパイロットをそれぞれの持ち場に戻しました」
「ちょっと待ってくれ。戦闘中だったんだろ? どうやって?」
「自機のパイロットを力尽くで退かすと華麗に操縦、別のロボットに接近して固定。
 地上40メートルのコクピットからパイロットを文字通り引き摺り出して生身で飛び移りました。ちなみに命綱は無しです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「更に同じ事を二回繰り返してパイロットを入れ替えると戦闘続行を宣言。文句言う奴ぁ一睨み」

 これで喧嘩を続けられる奴は居ませんでしたよ、と笑った。つまり、と長田は土屋を見つめる。
「子供ってのは、ドカンと怒られないと目を覚まさないってことですね。
 でもその内絶対気付きますから大丈夫ですよ、ってことです」
 確かに地球の命運が掛かっている状況でそれなら、今の状況なんて大したことはない、ウチの子供達は何て良い子なんだと土屋は心底そう思った。そう思うと気が楽になり、この話をした二人の狙いもそれだったのだろうと気付く。
「いやはや気を使わせてしまったね。だが気長にやっていこうという気持ちになれたよ、有り難う。
 まぁ監督としては、やはり厳しく指導するべきなのだろうが・・・怒るというのはどうにも苦手でね」
「いいんじゃないですか? それにしても、誰が怒るか楽しみですね。
 J君とか、意外にキレたら怖そうだ」
 周囲がドン引きするくらい怒り狂う様を想像して、そんなJは嫌だと土屋は心底思うのであった。



 スタジアムに築かれた氷山から冷気が這い下りてくる。夏ならば涼の取れる光景だが、今は春に程遠い時節でありこの土地の緯度も高い。
「寒!」
 目にも身体にも寒いコース脇で、長田は対戦相手の練習走行を見学していた。 ちなみにローカル局へ直行するというelica達とは港で別れている。隣では土屋が同じ様にコースを眺めていた。
「どうかね。他の国のマシンを見るのは初めてだと思うが」
「スケート滅茶苦茶上手いっすね。流石はロシア、感動しました」
「いや、そうではなくってね・・・」
 だがなんと言われようとも長田の一番の印象は 「スケート上手い」であった。マシン特性? ド素人に分かる訳が無い。
「マシンの性能の看破はまだ無理ですよ。
 ただチームワークは良さそうですね、今回はリレー方式だから、それがどう出るかですね」
「そうだな。チームランニングの必要が無いのは有利だが、リレー方式だとバトンタッチがネックになりそうだし・・・しかもコースはシベリアの氷。相手のホームコースも同然だ」
「スケート上手いですしねー。 このコースを造った人は凄いですよ」
「確かに氷の溶けにくいこの季節ならではのアイデアだな」
 シベリアから空輸した氷を積み重ねることで出現した青白い造形は日の光に輝いている。このコースを見に来るだけで話の種になるだろう。
「これならコースデザインが決まる前でも建材が準備可能ですし、見栄えもいいし話題性もある。
 でもその実は手抜き。頭いいですよ」
「各地の建設も急な話で大変だと聞いている。
 コースは使い捨てになるが、時間稼ぎとしては上出来と言えるな」
「仕事人たるもの、こうありたいですねえ・・・それはさておき」
 長田は一段と身を乗り出す。
「同じマシンだから同じ走りをする訳でもないんですね」
 コース全体を見渡せる観覧席からだと、オメガ各機の特徴的な動きがよく分かった。
「あぁ。だがフォーメーションの組みやすさを考慮すると、通常は同じような走り方になるはずだ。
 特にシルバーフォックスはマシン性能の不利をチームプレイで覆す程のチーム・・・あの動きは意図的にセッティングを変えているようだね。それも極端に」
「どうしてですか?」
「恐らく短時間でコースの情報を集めているのだろう」
 その言葉に、長田は思わず声を上げた。
「GPチップの経験の並列化なんて出来るんですか?! 知らなかった・・・」
「いや、そうではないよ。GPチップではなく彼等自身の判断材料を集めているんだ。
 そもそもこのコースはロシアの十八番。GPチップ上のデータを新たに取得する必要は無いだろう」
 土屋は苦笑する。
「・・・そうか、君はまだ実感がないだろうね。
 いい機会だ、このレースではよくシルバーフォックスを見ていなさい。
 GPマシン性能とレーサーの関連について気付いたことを後でレポートにして提出すること」
「マジですか」
「うん、マジ。研究生だし、たまには課題を出さないとね。
 レースはマシンだけで行うものではない。子供とマシンが協力しあってゴールを目指す。
 運やコースとの相性、突発的な事故。不測の事態は幾らでもある。
 そうした要素をコントロールするのはマシン性能ではなく子供達なんだ」
 モーター音の方向を指して土屋は問う。
「いま走ってくるオメガをよく見るんだ・・・どうだね?」
「第3コーナーだけ、きれいに曲がりましたね」
「そして、ここで走行しているのは四人だけ。あそこに立っている彼がリーダーだな。
 彼が全体を見て、メンバーがセッティングを変更、そして再チェック。ずっとそれを繰り返している。
 そうやって仕上げたマシンの走りを、我々はマシン性能だと思う訳だが、果たしてその中のどれ程の割合がマシン本来の性能なのだろうね。時々不思議になるよ」
「研究してるんですね」
「そうだな。あの姿勢がうちの子供達にも少し位あれば・・・」
 再三、肩を落とし始めるのを慌てて押し止めて長田は続ける。
「いえ所長のことですよ。だってこれまでGPマシンのレースは専門外だったんでしょう?」
「あぁ、まぁ。技術情報に目は通していたがね」
「でも対戦相手のチーム研究も確りやってるじゃないですか。忙しいのに尊敬しますよ」
 ここで話題を換えないと土屋はまた落ち込むだろうと長田は思考を巡らせた。当面、チームワークの話は禁句である。一刻も早くビクトリーズには協調を学んでもらう必要がありそうだ。その為には誰かにぶち切れて貰う必要がありそうだが、やはりJに頑張って貰うしかないのだろうか。頑張れJ、全ては君だけが頼りなんだっっっ!
「そういえばシルバーフォックスは強豪なんですよね? それなのにどうしてマシン性能が悪いんですかね?」
 とりあえず話題転換出来そうな台詞を思いついた。「あそこは色々あったみたいでねぇ」と、土屋が話題に乗って来たのでほっとする。その場凌ぎで振った話題だったが、それは中々興味深いものであったので耳を傾ける。
「シルバーフォックスの正式名称をはССР(エス・エス・アール)シルバーフォックスと言う。
 Soviet Socialist Racing・・・つまりソ連時代からあった組織なんだが。
 ロシアに体制移行する際に資金難に陥って、今は辛うじて運営されている状態らしい。
 だから新しいマシンの開発は厳しいのだろう。恐らく渡航費も自費だ」
「それは世知辛いっすねー」
「だからどうしてもあそこはニューリッチの子供達で構成されることになる。
 とまぁ環境的にどうしても経済力が必要だから実力者を集め難い中で、しかもマシン性能の不利を抱えたままで、よくこのレベルを保っていられるものだ。そうそう、彼等はよく《祖国の名誉》という言葉を口にするのだが、ああしたパフォーマンスすら必要とされるのは本当に大変だと思うよ。成金の新ロシア人と嫌われているようだからねぇ」
「よく知ってますね。話を聞いていたらロシアのファンになりましたよ。
 てか、所長、ファンでしょう?」
「な、何を言うんだね君は。私は日本の監督だぞ?」
「本当に?」
「・・・今、海外で行われたレースやあちらの特集記事を鉄心先生に融通して貰ってチェックしている真っ最中なんだが、見ている内にね・・・マシンとレーサー、そしてチームの理想的な関係にこうぐっと・・・」
「・・・それにしても、倒れるのは時間の問題の様な気が、こう、ひしひしと」
「ん? 何か言ったかね?」
「いえ、何も」
 この人は一体何時眠っているのだろうと、長田は舌を巻いた。

 レース結果は言わずもがなで、二人のロシアファンを満足させるものであった。
 チームワーク、これが日本チーム勝利へのキーワードである。


-------------------------------------------------
蛇足

Q. 誰がぶち切れますか?
A. 黒沢君です。

Q. アンチ日本ですか?
A. そんなことはありません。

Q. ひょっとしてヤマもオチもイミもありませんか?
A. ストーリー性は期待しないで下さい。ごめんなさい。




[19677]    幕間・海上人工都市リュケイオン
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/07/14 00:25
 青い海の上であたかも真珠の様に輝くそれは人工の島である。白と銀を基調とした建造物はトランスポーターで結ばれ、上空から見れば車両が殆ど走っていないのが判るだろう。近未来的な街並みだが緑地がふんだんに配されており、居住者の快適な生活を約束している。島からの排水は完全に浄化され、排熱もまた高効率で再利用されるため、周囲の海への影響は最小限に抑えられていた。
 ここは、自然と機械が調和した海上人工都市。その名をリュケイオンといい、頭脳集団アトランダムの一拠点であると同時に壮大な実験場であった。それは人工知能により完全に統御され、日夜学習と進歩を重ねる生ける街なのである。
 リュケイオンは外部からのアクセス手段として航空機の離発着場と高速船の為の港を備えている。今、港へ向かう車両レーンを一台のリュケイオン市専用車が走っていた。
 自動操縦の車両の中で彼等・・・リュケイオン市長アトランダム・同副市長カルマと、いずれも現在はSINA-TECに在籍する地球防衛組参謀 小島勉・ザウラーズ参謀 小島尊子は向き合って座り、車窓を流れる近未来的な光景への質疑応答を続けていた。
「あの遊歩道脇に沢山走っているレーンは何ですか?」
 勉が訝しげに指したのは幅20cm程の5レーンが真っ直ぐに続くものであった。小型のロボットが行き来するものだろうかと彼は考えたが、その用途を思い付かない。首を傾げる勉に、カルマがにこやかに説明した。
「あれは最近出来たもので、ロードワーク用のミニ四駆コースですよ。
 この都市は研究員の御家族が多く住んでいまして、そのお子さん達からの要望が多かったので作りました」
「あぁ、最近は特に人気でよね。遊歩道沿いなら安全でいいですねぇ」
「屋内コースも3箇所ありますよ。全てリュケイオン制御下にあり、柔軟なコース変更が可能です。
 またマシンボイスによるリアルタイム制御も可能で、月に一度開催する、《副市長の気紛れコース杯》は大変ご好評を頂いております」
 真面目に答えたのかはたまたジョークであるのか、いささか斜め上の応えが返って来た。「気紛れ・・・ですか?」律儀に尋ねた勉にアトランダムが補足するが、これも同様に斜め上を行っていた。本人は聞かれたことに、ただ答えているだけのつもりなのだろうが。
「気紛れというのは、カルマが任意でレース進行方針を決定し、それに沿ってレース中にコースを組み替え続けることを指している。
 レース方針は例えば「全員を同タイムにする」「平均ラップを5分にする」「最高ラップを4分に抑える」「最上位と最下位のタイム差を45秒にする」といったもので、現在は50パターンある。ルールでは一着になった者を勝者としているが、その他に観戦したレースの進行方針を予想して貰い、当たったら商品を出すという催しも行っている。これが中々盛況だ」
「一時期は海外から毎月、自家用VTOLでリュケイオンまで来て参加されたお客様もいらっしゃいました」
「自家用VTOL!? それはまた凄いですね」
「ここで行った社交パーティーに、たまたま出席していたヴァイツゼッカー家の子息でな」
「はい。レースは常に一着だったのですが、私の進行方針を破らないと勝ったことにならないのだとか。
 そのヴァイツゼッカー家のミハエル君には、何度も手袋を投げ付けられました。結果は私の5勝1敗でしたねぇ」
「本気を出したカルマの演算能力はリュケイオンそのものだからな。それに勝つとは並大抵のことではないから私も驚いたものだ」
 二人は楽しそうに話しているが、それは最早ミニ四駆のレースではなく、何か別の戦いではないだろうかと小島家二人は顔を見合わせるしかない。
「・・・ところでその催しものは、一体どなたの発案なんですか?」
 それにしてもリュケイオンがここまで遊び心に満ち満ちた都市だったとは初耳である。不思議に思い勉が尋ねると、今度こそまともな答が返って来た。
「Dr.ハンプティです。ご存知ですか? あの方はこういう遊びに目がなくて」



 一行は港に到着し、やがて勉と尊子がリュケイオンから出立する時刻が迫る。
「アトランダムさん、カルマさん。今回は有意義なお話を有り難うございました。
 大学の先生方に無理を言ってお会いした甲斐がありました」
 高速船のタラップを上る前に、尊子が改めて感謝の言葉を述べる。
「役に立つならそれに越したことはないが・・・」
「私達の過ちを貴女がそのように評価されるとは、不思議な気がしますね」
 尊子の感謝の言葉に、二人は未だ戸惑いを隠せない。
 アトランダムはがっしりとした体格の銀髪を刈り込んだ精悍な男性。カルマは細身で肩まである金髪を後ろで緩く結った、これまた美しい男性であった。これまでの対応はまるで生きた人間との区別が付かない。確かに着衣のあちらこちらに配されたケーブル接続用の金具は風変わりな印象を与えるが、デザインと言われれば納得出来るものである。そのライトブルーとブルーグリーンの瞳の奥、スクエアな人工虹彩を覗き込んで初めて、それが人ではないことに納得出来るだろう。
 そう、彼等こそがリュケイオンを統御する要のAIなのであった。世界に20台と無い最高のHFRが冠する栄誉ある称号《アトランダム・ナンバーズ》を持つ、頭脳集団アトランダムの秘蔵っ子の中でも特に曰く付きの二体である。
「人に忠実であるよう命じられた貴方がたがどうして造り主に反発し、そして今、どのように感じているのかを知ることは」
 戸惑う二人に、尊子はよくぞ聞いてくれましたとばかりに目を輝かせてピンと人差し指を立てる。隣の勉がそれを見て笑みを浮かべた。そういえばこの二人の仕草には共通点が多く、まるで兄弟のようだとカルマは考える。
「無機知性体が何故、《私達人類との共存が不可能である》と判断したのかを理解する手掛かりとなるのです!」
 どうして自分達を前にして、こうも楽しそうにしていられるのかとアトランダムは考える。ロボットとしてのバランスが悪く長年を封印の憂き目にあい、人への明確な反意を抱いてこの都市を乗っ取った《A-A》アトランダムと、半ば操られていたとはいえそれに加担した《A-K》カルマ。暴走した機械とも言える敵と戦っていたのだという彼女がどうして嫌悪を示さないのかが不思議だった。
「そして」
 勉が、尊子の言葉の先を引き取る。
「それを知ることは、これから貴方がたと永く共存していく為のヒントになると、僕達は考えているのです」
「そう、上手く行くかな?」
 だからアトランダムは皮肉気に呟く。
「勿論やってみなければわかりません。でも、」
 二人は朗らかに応えた。
「「我々にとってロボットは仲間です。それが変わることは絶対にありません」」



「秀三君には是非とも一緒に来て貰いたかったですね。とても面白い街でした」
 高速船のエンジン音に掻き消されそうになりながら、二人はたった今まで居たリュケイオンの感想を交わしていた。
「声は掛けたんですか?」
「メールを送ったのですが、研究所が急がしいと断られてしまいました」
 尊子の応えに聞き捨てならない言葉を聞いて、勉は更に問う。
「防衛隊の研究所に戻ったのですか? 初耳ですね」
「いえ、防衛隊ではなく民間のようです。エルドランとは関係無い分野みたいですね」
「・・・そうですか」
 ということは状況は特に変わっていないのだろう。勉は無表情のままでずい、と身を乗り出した。
「ところでまだ仲直りしていないのですか? 尊子さん」
「べ、べつに私達は喧嘩などしていません。ただの、価値観の相違だと何度も説明しているではないですか!」
 尊子は仰け反りつつも、何時ものようにこう反論する。
「これも何度も言っていることですが、方向性が異なるからといって、接触を避ける理由にはならないと思いますが」
「何か勘違いをしているようですが勉さん。連絡はとっていますよ?」
「でもこちらに来てからは一度も直接会ってはいないでしょう。何年経ちますかね」
「特に会う必要もなかったですからね。勉さんそろそろ顔を退けてください。邪魔です」
 額にチョップされ、勉は無表情のまま顔を戻す。そのままじーーーっと見つめていると、尊子はぼそぼそと言い訳を始めた。彼女は従兄弟のこの無言の圧力に滅法弱い。まぁ誰だって弱いと地球防衛組の面子ならば頷くかも知れないが。
「私は、そりゃエルドランの技術を解明するのが凄く楽しいです。でも秀三君は違うのですから仕方がありません。
 それなのにずっと私の我儘に付き合わせていたのですから申し訳が立ちませんよ。
 私は理論のための理論、技術のための技術が好きです。
 でも秀三君は、問題をどうやって解決するかを考え、その目標のために技術を使うのが好きなんです。
 だから、役に立つかも知れないから、未知だからと、無目的に研究を続けていく私のやり方に付き合いきれなくなった。それだけですってば」
「そうだ、尊子さん! 夏休みになったら日本に帰ってみたらどうですか?
 我ながらいい考えだ、そうしましょう、そうしましょう」
「折角話してるんだから人の話は聞いてください勉さん!!」
 重要な事なので繰り返そう。防衛隊長官をも手玉に取ったことのある尊子だが、何故か勉には勝てた試しがない。
 



[19677] 次世代に限りなく近いタイプβ
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/07/30 07:16
 それは北の地でのレースを終えた、翌日のことであった。
「どうしたんだい、そんなに唸っちゃって。ハマったのかい?」
「いえ、ビクトリーズの戦い方について訊かれた事をずっと考えてたんですが、上手い解決方法を中々思い付かなくて」
 自席で天井を見上げ唸り声と共に謎の祈祷を捧げていた青年は、見兼ねて声を掛けた田中に目を遣ると直ぐに机上に散乱していた落書きだらけの裏紙に目を落とす。
「所長は子供達に任せておけって言うんですけど、まだ任せていいだけのベースが足りない気がするんですよねぇ。あ、GPチップの話ですよ?」
「面白そうな話だね」
 田中は興味を惹かれて続きを聞くことにし、手近なキャスター椅子に座ると長田の近くに寄せた。「何を訊かれたんだい」
「ビクトリーズの性能がバラバラなマシンで、どうやってチームプレイを実現するつもりなのか?
 個人プレイ重視でレースを進めるのが自然だと思うけれど・・・と、訊かれまして。
 所長も俺も答えられなかったんですよ。特に何も考えてなかったですからね」
 それはelicaが、対シルバーフォックス戦の前に指摘したことであった。あの時は土屋の気を逸らす為にお茶を濁したものの、根本的な解決にはなっていない。その問に対する解答を、長田は考えていたのであった。しかし田中は至極当然のこととしてこう返す。
「それは・・・レーサー達が協力するしかないのでは?」
「いやまぁそれは大前提ですよ?」
 そりゃそうである。長田はがっくりと肩を落として首を振った。あんなチームワークという単語が禁句になる程のバラバラっぷりではお話にならないのである。しかし土屋の苦悩を目の当たりにしなかった者にはピンとくるものではないだろうから、その反応も仕方が無い。けれども彼が気にしていたことはレーサーのチームワークを超えた部分にあった為、あえて壊滅的なチームワークへの言及を避けて先を続けた。
「仮に理想的な協力体勢が作れたとして、その先を懸念しています。
 俺はチームプレイの例はフォーメーション走行位しか知りませんけど・・・今の状態だと走行性能が違い過ぎて、他のチームのようにフォーメーションを組んで燃費を上げること、一つとっても非常に難しいと思うんです」
「そこはGPチップを調整していくしかないだろう。確かに他のチームに比べてハードルが高いとは思う。
 けれど、レーサーが経験を積んでいけば自然と解決するのでは?」
「いや、微妙に引っ掛かるんですよ。
 そもそもフォーメーションを組むことが得であるとGPチップが思ってくれるかどうか」
 GPチップが、得だと《思う》だと? 違和感を覚えた田中は先を促す。
「理由は?」
「それがマシンの得意とするセクションだった場合、フォーメーションを組むと格段に速度が落ちます。それを不得意とするマシンがいるからです。
 そして不得意なセクションであった場合は、フォーメーションを組んでもそこまで速度は上がりません。
 シミュレーションしてみたのですが、得意とするマシンがどうしても先走るので効率のよいフォーメーションにはならないんです」
 長田は表情を和らげた。
「面白いですよ、フォーメーションを組ませるとAIで葛藤が発生するんです。
 単独で走りたいけど命令だから仕方ない。でも少しでも早く走ろう、みたいな」
 だが田中は違和感を深める。
 田中の知るGPチップはそこまで高度な判断をするものだっただろうか? こいつは一体何をGPチップに積んだのだ? そんな思いを他所に、青年は唸る。
「不得意なセクションだけで構成されたコースであれば、フォーメーションを組んだ方が得ですが、裏を返すと他の特性のマシンは損しかしない。GPチップはチームでレースをすることを認識しているので、それではチームの不利だと解釈する筈です。AIの判断プロセスはファジーなので断言は出来ませんが、多分そうなります。
 で、その判断は短期的には正しいから厄介なんですよ。
 レース全体を俯瞰した判断は人間がすることであって、GPチップの性能を超えていますからね」
 いや、それは既に現在のGPチップで想定している性能を超えている。長田の言う判断プロセスは、次世代のそれに限りなく近いものだ。田中は確信した。



「長田君」
「はい?」
「君の言う《判断プロセス》ロジックは、あのたった10日足らずで作成したものなのか?
 話を聞く限りでは、とてもそんな期間で造れるものではない気がするのだが」
 この問に、長田はあっさりとこう答える。
「流石にあの短期間で一から組むのは厳しかったんで、趣味で作った留守番ロボットのソースを流用しました。
 でもGPチップの容量は凄く小さいので、必要最低限だけ、ですけどね。
 このロボットを作った時はAI-SDKもメジャーバージョンが2個下だったから、文法も古くて正直、書き直したいんですけどねぇ。あ、そういや所長は最新版を調達してきたから、UIが全然違って中々慣れませんでしたよ。大変だったなぁ」
 これっす、と差し出された携帯の画面には《ブラキオJr.》のタイトルで、首長竜を模した全長50cm程のロボットが映し出されている。カラーリングは銀と水色がベースで、プラモデルにしては金属質の光沢が生々しい。留守番ロボットと聞いて不覚にも猫耳メイドロボを想像した田中の予想は、完全に外していた。
 そういえば来月に猫型の留守番ロボが三国エンジニアリングから発売されるが、留守番ロボというのは最近の流行りなのだろうか? 動揺を隠すよう急いで尋ねる。
「サンダーブラキオか、渋いねぇ」
「ふふふ、こいつだけパイロットの他に巨大砲座に専属の砲撃手がつくんですぜ旦那。浪漫でしょう」
「あぁ・・・浪漫だな。ちなみにブラキオJr.からは一体何が発射されるんだい」
「消臭剤っす。留守宅には欠かせません」
「・・・ほう。で、匂い消しの他には具体的には何をしてくれるんだね?」
「ガスの元栓をチェックしたり、電話応対、家のPCのメールチェックなどなど。
 宅配の受取は流石に無理ですが、宅配が来たことは知らせてくれます。宅配に限らず、こいつが必要だと判断したことは全部携帯に連絡してくれますよ。
 あ、田中さんも一台どうですか? 独り暮らしだと便利ですよー。メール文面での優先度判断とか、AIを無駄に高機能にしてしまったので、ほったらかしにすると愚痴メールが届くのが玉に瑕ですけどね」
「成る程よく解った。その多機能ハウスキーパーロボのメイド思考をGPチップに移植した訳か・・・」
「メイドって。流石にそこまでする度胸は無いですって」
「まぁメイドは置いておこう。で、とにかくブラキオJr.君の思考が、GPチップに封入されている訳だね?」
 軽い台詞とは裏腹に田中の声は硬質さを増していた。そのただならぬ様子に長田は、ここまでの軽口を引っ込めて恐る恐る尋ねる。
「あれ、何か不味かったですかね?
 所長には動けばそれでいい、方法は問わないと指示されてたんですが。
 ちなみにオープンソースのアリモノを組み合わせてるだけなんで、著作権はクリアしてますよ?」
「あ、あぁいや、不味くはないよ」
 詰問口調になってたことに気付いた田中は、意識して語気を和らげる。
「ただ・・・今更ながら驚いただけだ。現行のGPチップ・タイプβではAIの高度な判断・・・思考、までは想定していない。いや、想定はしたものの技術的に無理だったと言うべきかな。
 音声コマンドによる柔軟なマシン操作と、路面に応じた最適な走行制御、プログラミングによる特定状況への対応がタイプβの目指すもので、それ以上の機能は次世代のタイプγで実現する予定だった筈だ」
「え」
 長田が固まる。「そうなんすか?」
「あぁ。知らなかったのか?」
「ハード的なスペックは勿論、確認してますけど・・・
 コンセプトまでは、流石に押さえてなかったっすね・・・それに俺、」
 彼は慌てて鞄を引っ掻き回して取り出したノートを開くと、裏表紙に貼り付けたメモの切れ端を示す。
「所長のメモ、持ってますよ? これを要求仕様/神にして作ったんですから」
 そこには、こう殴り書きされていた。 


 1.GPチップは学習機能を搭載する
 2.GPチップはレーサーの指示によりマシン走行を制御することができる
 3.GPチップは路面状況に最適なマシン走行の制御を行う
 4.GPチップには特定状況に対応した任意のコマンドを付与することができる
 5.GPチップはレーサーの走りの傾向を覚えてそのマシン走行を再現できる
 6.GPチップは仲間の走りの傾向を覚えて最適なマシン走行の制御を行う
 7.GPチップは進化する


 田中は眉間の皺を揉みほぐす。4番目まではよい。だが5は2+3を誇張したものだし、6は4と同義だ。7に至っては意味が分からない。恐らく、土屋もGPチップのキャッチフレーズを羅列しただけなのだろう。少なくとも、製造に着手した段階ではGPチップのなんたるかを正確に理解している者が居なかったのだから、このメモを殴り書いた土屋を責めることは出来ない。
 だがミニ四駆の門外漢であった長田は、門外漢であるが故に、これを文字通りに解釈して実装してしまったのだ。それは驚くべき技術力である。田中は初めて、長田の経歴に興味を持った。
「・・・ちなみに、進化するのかね?」
「一応」
「・・・するの?」
 憮然とした田中に、長田は言い難そうに、それでも「はい」と断言した。
「進化の意味はよく分からなかったんですが、詳細を訊く暇もなかったんで、まぁ適当に作ったんですけど。
 経験を組み合わせて新しい動作パターンを考案する機能を付けてあります。何時発生すると決まっているものではないので、裏機能みたいなもんですけどね。
 ・・・でも俺、ひょっとして検討違いのことしてました?」
「いや、どちらかというとオーバースペックだな。GPチップにこれほど頻繁な最適化が必要なのも、妙な話だとは思っていたんだが、まさかこんな事だったとは、いや驚いた」
 全く、薮を突いたら空飛ぶ豚が出て来た様な驚きである。しかし田中は首を捻る。
「だが妙だ。そんな高機能がタイプβに載るとは思えないんだが・・・」
「いやでも、GPチップのスペックは確認しましたけど問題ありませんでしたよ?
 元々AIを載せることは想定されていた訳ですし、やっぱり想定内なんじゃないっすか?」
「いや、そんなことは絶対にない。・・・・・ん、待てよ?」
 とある事に気付き、長田の机にうっちゃっていた自分のノートPCを開くと目的のファイルにアクセスした。
「やっぱりな! 原因が判ったぞ、これを見なさい」
 田中が示したのは、AI-SDKのリリースノートである。
「昨年末のマイナーバージョンアップで最適化処理が一新されてる。
 速度が3倍に向上、実行ファイルの容量は半分だ。このおかげでGPチップが思考を持てたんだな!」
「速度が3倍って・・・それって、マイナーバージョンアップの域を超えてませんか?」
「あぁ。使用ライブラリの変更だからマイナーバージョンアップということみたいだが。
 使用ライブラリのオープンソース・・・コミッタは音井信之助か。相も変わらず、絶大なパワーだな」
「あぁ、《A-T》着手の発表から随分経つから、開発が一段落して余裕が出たんですかねぇ。
 あの人、もう結構な年なのに凄いですよね」
「ロボット業界のトップは天才だよ? 天才は生涯、天才さ」
 確かに言われてみれば、頭脳集団アトランダムの総帥であったクェーサー博士然り、現総帥のカシオペア博士然り、世界のトップのロボット工学者は生まれてから死ぬまで天才のようなイメージがある。小島尊子は果たしてどうだろう? 長田は首を振る。矢張り最後まで、天才なのだろう。



「凄いぞ、うちのGPチップはタイプγに最も近いタイプβだ! 早速所長に知らせよう!
 ・・・と、その前に、何か重要な話をしていた気がするなぁ。何だったか」
「色々と衝撃の事実が発覚してしまいましたが、やっと本題に戻れましたね」
 田中は、疑問が氷解して漸く、中断していた話の続きをする気になったらしい。長田としてもこちらの問題の方が重要なので、歓迎して先を続けた。
「ビクトリーズ必勝法ですよ。マシン性能バラバラなのにどうすりゃいいのかさっぱりですよ」
「そうだったそうだった。GPチップが賢すぎて協調出来ない訳なのか」
「はい。どうシミュレーションしても、5台が協調しないんですよ。
 サイクロンマグナムとネオトライダガー、ハリケーンソニックとスピンコブラは特性が比較的似通っているので、早い段階でペアを組むことを覚えてくれそうです。でもそれ以上に発展しないんですよ」
 そこで惨憺たるシミュレーション結果を思い出し、どっと疲労を感じて机に突っ伏してしまう。
「特に、エボリューションは悪く言うと中途半端で、どちらとも安定したペアを組めないんです。
 これじゃあ効率が悪いだけじゃなく戦略的にアウトですよー・・・4台しか使わないという点でも、エボリューションを使わないという意味でも」
「エボリューションは優等生だが天才じゃないんだよな。周りが一芸特化型だと厳しいか」
 プロトセイバーEVOは他の個性豊かすぎるマシンに比べると、オールラウンド対応というだけあってどのような局面でも安定した走行が可能である。もし、5台のマシンから1つだけを選びWGPチームを作れと言われれば、田中はこのマシンを選択するだろう。けれども今は、その安定性が裏目に出てしまった様である。
「でもエボリューションの運用は確かに鍵だから性質が悪い。
 どんな局面でも標準以上ってのはサポートにピッタリ過ぎるんだよな・・・」
「そう! ワイルドカードなんですよね。どこで切るかをよく考えないといけない」
 長田も同意し、裏紙に書き散らかしたフローを示しながら、彼が悶々と考えていた悩みを口にする。
「俺謹製のGPチップが明後日の方向を向いていたのは田中さんの説明でよく解りましたが、それでもGPチップはあくまで機体を制御する為の物なので、結局作戦はレーサーが指示するしかないんですよね。
 でもレーサーがチームプレイに懐疑的なら指示がブレる。
 そうするとフォーメーション走行技術は上がらない。
 なおさら指示がブレる。
 この悪循環になると思います。
 こいつを覆すには、チームプレイで得をするシナリオを立てて演習を繰り返すしかないですが、そんな高度なシナリオを誰が作るのか? そして子供達にそれをやらせることができるのか?・・・無理だと思います。
 しかも、実際のレースで学習したチームプレイの結果が出なければ、直ぐに個人プレイの重み付けが高くなって元の木阿弥ということに」
 ここで天井を見上げてうーんと唸る。成る程、これが先程の謎の祈祷に繋がる訳かと田中は納得した。
「行き詰まる気が、凄くするな」
「えぇ」
「しかし話を聞いていると尚更、子供達が頑張るしかないような気がするが」
「多少頑張っても駄目なんですよ。物凄く、忍耐づよく頑張らないと」
 田中自身の喉もまた、むぅ、と、同じ様な唸りを発する。
「難しいな・・・」
「だからGPチップ側に細工して、学習を早めることが出来ないかと考えていたんですけどねぇ。
 一体どんな対策をすればいいのやらさっぱりアイデアが浮かばなくて」

「これが人間だったら、当たり前のことなんだがなぁ」

 個性がもてはやされる時代にあって機械で均質化に悩むことになるとは、ままならないものだ。長田も膝を打って同意する。
「そうですよ。それぞれの得意分野では一級品なんだから、作戦な幅が広がって、むしろメリットになるじゃないですか!」
「作戦次第、それを使うレーサー次第ではね。監督でもいいが」
「あー・・・・・無理だ。
 でも人間と似てるってのはヒントになりました。AIの仲間意識を強調して少し思いやりを持たせてみようかな。
 ただ、遅くなる可能性もあるから諸刃の剣なんで匙加減が難しい・・・」
「思い遣りって・・・」
 そんな人間様だって満足に装備していないものを持っているなんて、どんだけ高機能だよ! 田中は絶叫したいのを堪えて建設的な意見を模索するのであった。



 二人は共に天井の染みを数えていた。長田は完全に思考に行き詰まった様で最早言葉を発しない。
 ふと、とあることを思い出して田中は尋ねた。
「・・・そういえばエボリューションは余力がなかったか? それを活用する事は可能かね?」
「余力、ですか?」
「あぁ」
 視線を合わせないまま、まったりと会話を続ける。
「スピンコブラは電子パーツが多いから、駆動系に回す電力量の基準がサイクロンマグナムの90%だった筈だ。この間、V2モーターの実験で気になったからよく覚えているよ。
 確かエボリューションも同じ設定だったぞ?」
「エボリューションも内部メカが多いからスピンコブラと同じでよいと言われましたけど、ひょっとして10%も食わないですか?」
「そうだな。スピンコブラは追加の電子パーツが多いから、あそびも含んだ数値になっていたと思う。
 ちょっと見てみるか・・・」
 のろのろとAI-SDKのリリースノートを閉じると同じ共有サーバにアクセスし、目的のファイルを確認する。
「やっぱりだ。3%で充分だよ。
 エボリューションのドルフィンシステムは走行の風圧で受動的に液状ダンパーが変形するものだから、そこまで電気を食わないんだな。設定変更は可能か? これだけでも改善になると思うがね」
「大丈夫です。GPチップを云々言うよりも前にやるべきことがあったんですね・・・
 有り難うございます、田中さん」
「この辺の調整は資料化が間に合っていないから、少しずつやって行くしかないさ」
 忸怩として礼を述べた長田だったが、田中は気にする事はないと軽く流して思考に耽る。不可能を可能にする男の二つ名は伊達ではない。
「さて・・・そうすると、何かが出来そうだ。
 ハリケーンソニックとスピンコブラをスリップストリームで積極的に引っ張れば、高速型の2台との差を緩和できる。バッテリー切れを起こし易い高速型をレース後半で引っ張ることもできるし、持久力があるからサポートに回っても十分に完走を狙える。
 折角GPチップが高機能だと判明した訳だし、エボリューションについてはサポート型の思考にして、チームマシン全体の調整をさせるのが、現時点ではベストだと思うね。
 あと、他のマシンの思考を一斉に変更するのはリスクが高いからオススメしないな。私の経験からすると」
 田中の提案を吟味すると長田の顔に理解の色が浮かび、その瞳が輝いた。
「ありがとうございます、早速シミュレーションしてみます。
 結果が良ければ所長に相談して直ぐに導入してみたいですね!」
「あぁ。ただし」
 これは重要なことだ。田中は釘を刺す事を忘れなかった。
「サポート型の思考にするということは、トップを狙えなくなるということだ」
 よくよく、J君と相談してからにしないとね」
「・・・そうでしたね。肝に銘じておきますよ」

 このようにして発案された長田と田中の目論見は見事に奏功し、そして、後日プロトセイバーEVO大破という大事件を引き起こしたのである。



[19677] サイバネティック・サーキット
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/08/15 00:26
 長田は田中と練り上げたプロトセイバーEVO改修案の実現性について裏を取ると、早速、土屋に提案を試みた。しかし土屋は電力設定の変更には賛成したものの、AIのサポート指向化については難色を示す。
 無論、興味を示さなかった訳ではない。だがプロトセイバーEVO単体で見た場合のレース成績低下が容易に予想される改修である為、レーサーの心境を汲めば躊躇うのは自然なことであった。加えて、レーサーが仲間のサポートを意識した指示を行わなければ、GPチップ内で新たな葛藤が発生して性能が低下する点にもまた、問題があった。
 TRFビクトリーズのメンバーが、チームの一員である前に一人のレーサーであることを誰より知っている土屋だからこそ、その判断は慎重であった。彼は一晩考えさせて欲しいと言うとそれきり自室に引っ込んでしまい、この時点で望み薄らしいと提案者二人は諦める。子供達との接点が薄い彼等の思考は、どうしてもマシン寄りになるきらいがある。それに歯止めを掛けるのが土屋の役目だ。
 しかし意外なことに翌朝、土屋はこの改修案をレーサーであるJ本人の同意を得ることを条件に認めたのである。そこに如何なる思惑があったのかは知るべくもないが、彼は自らの責任において、彼自身の不得手とする分野へのハイリスクな提案を採用する決断を下した。この姿勢に長田は好感を覚える。田中を始めとする研究員達にとって、この所長はきっと、理想的なボスなのであろう。
「この改修を行うことで君は仲間のサポートを意識した走りを、せざるを得なくなる。
 そうすれば君、個人で見た場合の成績は、まず間違いなく低下するだろう。
 だからこの件については、君の意見を一番に尊重する」
 プロトセイバーEVOの主であるJを呼んだ土屋は、慎重に言葉を選んで改修の意図を説明すると、その少年に問いかけた。
「これはエボリューションの特色を生かす方法の一つとして、彼等から提案された改修だ。
 私も選択肢の一つとして、有効だと考えている。君の意見を聞かせて貰いたい」
 同席していた長田と田中は、頷いて土屋の説明を肯定する。長田が補足した。
「修正を入れる前のGPチップ状態は勿論、バックアップをとる。
 何試合分かの経験を失うことにはなるけど、いつでも戻せる様に準備はしておくよ」
「エボリューションだからできること、ですか」
 少年は俯いた。やがて顔を上げる。
「僕は・・・・・・」
 青い瞳を思慮深げに瞬かせると、はっきりと頷いた。
「バックアップは必要ありません。僕は、皆の役に立ちたいです」
 即答であった。その思い切りの良さに、逆に土屋が慌てて言い募る。
「本当にいいのかね?! くどい様だが、WGPのレースは我々も手探り状態だ。
 これが絶対確実という方法ではないことは理解してくれているかね? 
 修正したからといって、直ぐに結果が出る訳でもない。
 今ここで、決めてしまう必要はないんだよ?」
「でもGPチップには少しでも早く経験を積ませる必要があるでしょう? 土屋博士」
「あ、あぁ」
「エボリューションがそれで最高の走りを出来るかも知れないのなら、僕は、試してみたい!
 それに、僕達もチームプレイが重要だってことは解っているんです」
 迂闊にも目を見開きまじまじと少年を見つめてしまった長田と目が合って、Jはきまり悪そうに頭を掻いた。
「ちょっと今は上手く行ってませんけど・・・」
 大切そうに取り出したプロトセイバーEVOを机に載せて、土屋を見る。
「だから博士、お願いします」
「・・・・・わかった。直ぐにでも取りかかるとしよう。
 長田君、改修にはどのくらいかかるかね?」
「既にローカルでは修正済なので、テストに1日あれば問題ありません。
 念のためにブランチ切りましょうか?」
 流石に今回の修正を、Jの様に思い切り良く正式採用するのには躊躇いがある。長田はソースコードのバージョン管理を分岐させることを提案し、土屋もそれに頷いた。
「それが安全だな。トランクにマージするのは、暫く様子を見てからにしよう」
「了解です」
 子供は呆れるほどに剛胆で、そして大人は、どこまでも小心なのであった。



 プロトセイバーEVOの改修は何事もなく終わり、Jとマシンはこれまでと同じ様にコースを駆けている。
 基本動作の不具合は発生しておらず、電力設定の見直しによって研究所の基本コースでは明らかなラップタイムの向上が認められた為、まずは成功と言えるだろう。なお最終的な成否判断は、3レースをこなしてから土屋が下すことになっていた。
 しかし注目の1レース目を目前に控えたある日、日本チームにとって屈辱的な出来事が起きる。これにより一同の注意は、すっかりプロトセイバーEVOを離れることとなった。
 次回レース会場の下見に行った際に遭遇した、アメリカチームとの草レースでの惨敗、それが事件の内容である。
 その敗因はフォーメーション走行であった。フォーメーションの概念の無い日本チームに対し、アメリカチームは見事な走行を披露して圧倒的な実力を見せつけたのであった。
 数字としてはその効率の高さを認識していた長田であったが、実際に高速仕様のサイクロンマグナムが容易に追いつかれる様を目の当たりにすると一種の感動を覚える。そしてまた、NASAの専用装備に身を固めるNAアストロレンジャーズに対し、激しくこう思った。何故、宇宙飛行士候補生とNASAが総力を上げてミニ四駆なのか、機会があれば是非聞きたいと。
 当初、アメリカチームとの草レースを渋った土屋は、当然この事態を予測していたのだろう。ショックを与えたくないという配慮から中々許可を出さなかった様だが、長田としては、実際のレース前に相手の実力を計れたのは幸運だと考えていた。何故ならば、この衝撃的な出来事によって子供達がチームプレイの重要性をより強く認識したからだ。
「どんな感じですか?」
「いけませんねぇ」
 声を掛けると藤吉の付き人である水沢は、芝居がかった動作で肩を竦めた。彼に尋ねるまでもなく、基本コースが設置されたこのホールには少年達の言い争う声が引っ切り無しに響いているから、状況が芳しくないのは明白であった。
 ちなみに本日の水沢氏は落ち着いた色合いのジャケットに糊の効いた白のYシャツ、そして襟元には蝶ネクタイという、如何にも執事然とした出で立ちをしていた。背は定規を差したように真っ直ぐで、機能性重視の五分刈は形のよい頭部を際立たせる。見ている方の姿勢までが自然と良くなる理想の付き人のイメージを体現していた。付き人ということで研究所に姿を見せることも多く、長田を悩ませていたツインモーター事件の真相を、リーダー争いに焦った藤吉の心境を含めて解り易く解説してくれたのは彼である。
 だが長田はその様子に、安堵と同時に・・・釈然としない落胆を覚える。
 三国の使用人達は時たま魔界獣と見紛うその異様な出で立ちで心臓が止まる程に長田を驚かせるので、普通ではないことを潜在意識が期待してしまうのだ。
 あれは節分の頃であったろうか。思い出すのを頭が拒否する為に詳細はどんどん曖昧になって行くのに、鮮烈な恐怖だけが焼き付けられたあの逢魔が時。薄闇が漂う人気の無い研究棟の一番端で、窓から部屋を覗き込んでいた茄子、胡瓜、人参の形をしたサングラスの男達。ぎょっとして振り返れば、背後には兎の被り物の男がうっそり立っていた。
 どうして彼等がその様な出で立ちをしていたのか、そんな事は知りたくもない。触れたくない。あまりにも恐ろしかったので一刻も早く忘れたい。後から教えられた所によれば、研究員は必ずこのドッキリ体験の洗礼を受けるそうだ。
 何故着ぐるみなのか、それは三国の単純な着ぐるみ好きに帰結する。日常に非日常を持ち込むこと、人を欺くことに、どの様な価値を見出しているのかは不明だが。
 今はただ、日常がいつも通りであることに感謝するべきである。たとえ潜在意識が如何に非日常を望もうとも、それを抑えるのが理性の役割なのだ。
「やはり昨日の今日ので、変わる訳がないですか」
「そのようで」
 視線を移せばコース脇の端末の前では土屋もまたげっそりとした顔をしている。長田の登場に何かを期待した視線を寄越してきたが、その要望に答える気はサラサラ無かったので両手でバツを作った。それは彼の仕事ではない。
 しかし土屋にしても水沢にしても、子供達に振り回されている様に見えて、実はそうでもないんだよなぁと思う。どちらかというと、見守っている印象を受けるのだ。
 これが例えば、長田の小学校時代の校長であったなら、直ぐにでも説教が始まるだろうに。目の前に小学生達が居るからか、二言目には私の学校、私の校舎と騒いでいた校長を思い出して、長田は苦笑した。この比較は失礼極まりないものであったかと、心の中で謝った。

(校長先生、元気かな)

 彼女は自分が人格者でも何でもない只のオバサンであることの悩みを、陽昇学園校長に度々相談していたそうだ。
 今なら知っている。小学校は彼女の所有物ではないし、その地位ならともかく校舎そのものへの執着は、とても奇妙なことであったのだと。小学校六年生の始業式、あの混乱を極めた事態を収める一番簡単な方法は、ロボット化した校舎を生徒共々防衛隊に引き渡すことであった。エルドランとの初めての邂逅であった地球防衛組の時とは違い、防衛隊にも受け入れる準備はあり、現にその話は幾度と無くあった。
 他の生徒の安全の為、ザウラーズの安全の為、それらしい理由は幾らでもあった。
 選ばれた少数の者が、選ばれなかった多数の為に、幾らかの不便を我慢するのは正常だ。当時は防衛隊だけでなく、他の生徒の親や、多くの教師からも、ゴウザウラーを防衛隊に移管すべしという意見が出されていたそうである。
 だが彼女は只のオバサンであったので、子供を学校から放り出すなど言語道断だった。けれどもどうしたら子供達を小学校に留めることが出来るのか、その方法がさっぱり解らなかったそうだ。
 特にロボット回収に懸ける防衛隊の情熱には並々ならぬものがあり、その防衛隊が法的な手段を取れば、一小学校の校長に対抗手段はない。かといってその手段を取らせないように防衛隊を説得する自信が、只のオバサンには皆無であった。
 だからそれは咄嗟の判断で、事態が進行する前に、彼女は速やかにゲーム盤をぶち壊すことを試みたのだという。
 彼女があぁして大人気なく校庭で、体育館で、全校生徒の前で、親の前で、防衛隊の前で、みっともない程のヒステリーを起こし卒倒したからこそ。
 私の学校だから、防衛隊に移管することを許さないと長官を気圧す程の声高で喚き。
 私の学校の生徒だから、敵との連戦による疲弊など知った事かと卒業制作を強いた。
 そう、卒業制作だ。卒業制作のトーテムポールは残念ながら敵に壊されてしまったが、笑ってしまうことに気付けば一年間、ザウラーズは小学校に通っていたのだった。
 今なら知っている。あれは皆が《聞き分けの無い頭の悪いオバサン》に辟易して、《とりあえず》腫れ物を扱う様に対応をしたからこそ迎えることの出来た、奇跡の様に普通の卒業式だったのだと。彼等自身の卒業式の後で、キングゴウザウラーの卒業式を行う事を認めてくれと皆で頭の固い校長先生に頼み込んだ時、彼女は確かに、誇らしげにこう言ったのだ。
「私がそんな分からず屋に見えますか?」
 思えば、それは最後まで《分からず屋》を演じ切った自負から来る言葉だったのだろう。
 もっとずっとスマートなやり方があったろうと、後から評することは出来る。しかし彼女の下でザウラーズが当たり前の卒業式を迎えられたのは、紛う事無き事実なのだ。

 子供は須らく、大人の掌に守られている。

 ・・・だから、未だ成人していない長田が大人を差し置いて子供を叱るのは僭越というものである。まぁこれは面倒事を回避したいが為の屁理屈に過ぎないが。
 気付けば盛り上がっていた子供達の口論は結局、チームプレイは無理なので個々の能力を高めて対応するしかない、という所に落ち着いた様だ。妥当だが発展性は無く、先が思いやられる展開ではある。
 その時、バン、と大きな音を立てて屋外に通じるドアが開いた。反射的にそちらを向くと少年が二人。メンバー全員がこの場に居るため、一体誰なのだろうと思うと、メンバー達から口々に、黒沢、まこと、という名前が聞かれた。
 他の大人達も黙って事の成り行きを見守っているため、長田もそれに倣う。
「お前らぁ!」
 その怒声はホールに反響して、うぁん、と脳天まで響いた。
 そこから先は、正しく説教だ。
 黒沢少年は一頻りプレ・グランプリでアメリカに、つい先日はロシアに負けたTRFビクトリーズの不甲斐無さと、現状をまるで理解せずチームがバラバラな状況に対する怒りを叩きつける。開幕戦に勝利したドイツにしてもそのメンバー構成は二軍であり、まるで世界に嘗められているではないかと、焚き付ける。
 そして、彼等が、それを見ているしか出来無い彼等がどれだけ、悔しく思っているかを語る。
 怒りをストレートにぶつけてくる黒沢とは対照的に、ただ一言「悔しいです」そう言ったまことの言葉には、静かな怒りが滲んでいた。
 二人がレーサーである事に気付いた長田は、黒沢とまことが、どれだけレースに参加したいと思っているのかを感じ取った。長田はチームメンバー選出の経緯や、国内レースの様子を把握していない。だからこそ黒沢の言葉は、日本チームにどれ程の期待が懸けられているのかを目の当たりにさせるものであった。
 一同の顔に言いたいことが伝わったと判ったのか、唐突に現れた二人は長居することもなく去って行った。次のレースまで余り日が無いことを知っていて、邪魔をすることを嫌ったのだろう。
 子供達は先程迄と打って変わって神妙にしていたが、それは大人達も同様であった。WGPを戦う彼等は、決して彼等だけで戦っていたのではなかったのだと、今、その思い上がりを嗜められたのだ。



 岡田鉄心の提案で、子供達が無茶な特訓に入ったのは自然な流れだったろう。
 昼間は学校、それ以外はフォーメーションの特訓。仕舞いには天候の悪い山中で、オフロードコースの走行を強行する。何かに憑かれた様に、走り、走り、只管走る。
 雨足が強まり足場の悪くなって行く中でも走るのを止めようとしない子供達に、土屋は危惧を抱いた。流石に特訓を中断させようと腰を上げるが、鉄心がそれを制する。引き際くらい自分で見極めさせろということであるが、黒沢とまことの叱咤激励に応える為に無茶をしている子供達に、冷静な判断を求めるのは無理だと土屋は思っていた。
 だから、その事故が起こったのは必然と言える。
 幸いにして子供達に怪我は無かった為、報せを聞いた土屋は然程慌てずに長田の携帯に連絡をとることが出来た。
 土砂崩れに巻き込まれたプロトセイバーEVOが大破した為、最悪の場合には明日のレース迄に一から組み立て直す必要があることを伝え、土屋達が戻る迄にプロトセイバーEVOを修理する面子の確保と、マシンチェックの準備を指示する。
 この為に、土屋達が研究所に戻った時には既にWGP対策チーム全員と、プロトセイバーEVOの特殊ボディ及びドルフィンシステムに詳しい中村が待機していた。
「秀三さん、エボリューションが!」
 Jの手の中のプロトセイバーEVOは泥まみれであり、ZMC-γで強化されている筈のカウルはすっかりひしゃげていた。長田は真っ青な顔の少年を落ち着かせる様、軽く肩を叩いて我を取り戻させる。
「話は聞いてる。こっちの部屋だ、J。
 所長、田中さん鈴木さん中村さんがスタンバイしてます。
 それと状況が見えるまでは、他の皆さんにもまだ帰らない様にお願いしておきました」
「ありがとう長田君。それじゃあ皆、早速エボリューションのチェックに入ろう」

「これは・・・予想以上に酷いな・・・」

 マシンのチェック結果は眼を覆いたくなるものであった。シャーシには亀裂が入り、液状ダンパーは押し潰されて全損、センサー類は物理的な衝撃に加えて破壊されたボディから浸入した泥水で沈黙し、同様に電子回路も全てショートしていた。
 GPチップユニットは辛うじて破壊を免れ浸水もしていなかったが、ショートした時の過電流でデータが破壊されている恐れがある。慎重に取り外したGPチップをチェックする長田を、一同は固唾を飲んで見守った。
 正常なGPチップ読み取りを示すグリーンランプが点灯し、ノーダメージであることを保証した。ショートする前に電流の乱れを検知した安全装置が働き回路が切り離されていたのが幸いした様だ。
「GPチップが無事だったのは、不幸中の幸いだったな」
 土屋が心底安堵するが、破損したマシンと青い顔のままのJを不安そうに見詰める豪は、噛み付く様にして尋ねる。
「何が幸いだよ! エボリューションは、どうなっちまうんだよ?!」
「全ての部品を交換し、一から組み立て直すしかないだろう」
 予想はしていたことだ。土屋は冷静にそう返すが、子供達の顔色は悪くなって行く。
「一から組み立て直す・・・」
 今まで時間をかけて育てて来たマシンだ。そんなことが可能なのか。
「心配は要らない。エボリューションの走行データを、GPチップが記憶している。
 同じマシンを組み上げれば、これまでのGPチップに蓄えられたデータが、そのまま活用できる」
「でも、」
 烈が尋ねた。
「間に合うんですか? アストロレンジャーズとのレースは、明日の9時スタートなんですよ?」
 一同が目をやる壁掛け時計の針は18時4分を示していた。残された時間は15時間弱だ。
「ギリギリじゃろうなぁ」
 それまで沈黙していた鉄心が非常な現実を示す。
「プロトセイバーEVOは元々複雑で特殊なパーツを多数使用している。
 それを更にグランプリ仕様に仕上げるとなると、のう?」
 間に合うかどうかは微妙な所・・・それが、負けられない戦いの前に立ちはだかる現実だった。
 壊れたマシンの主が震える。

「だけど・・・やるしかない!」
 口元を引き結んだJは語気強く断じた。諦められるものか。やれる、やれないではなく、やるしかないのだ。

 子供の思いを確かに受け取った土屋は指示を飛ばす。
「J君、早速設計図を」
「はい!」
 Jは弾かれた様に行動を開始した。
 土屋は念の為に他のマシンにも問題がない事を確認すると、他の子供達を特訓に戻し明日に備えさせた。研究員を見回すとにやりと笑う。笑うしか無かった。間に合うか? 恐らく間に合わないだろう・・・100%を目指すなら。
 だが80%なら? 50%ならどうだ? レース完走を目指すだけならば? ほぅら、無理が可能に変化した。諦めたらそこで試合終了とは、何と言い得て妙の名言だろうか。
「さぁ我々も、ベストを尽くすぞ」
 先ずは兎に角アイテム整理だ。土屋はプロトセイバーEVOの復活ストーリーを白板に描き出す。それは簡単なマトリクス。

 横軸に、部品調達、プログラム、組立、調整。
 縦軸に、ボディ、シャーシ、駆動系、センサー系、電送系。

「足りない物はあるかな?」
 そう尋ねながら、マトリクスの下に、ZMC-γ焼成などの時間短縮のきかない作業を思い付いた順に次々と書き出していく土屋。マトリクスの上では、中村が土屋の考慮漏れの補足事項を黙々と記述する。
「カウルは作業が重いんで、項目は別でお願いします」
 鈴木が即座に反応して欄を追加する。そして慣れた様に部品調達の欄に6つのマグネットを貼り付けた。
「ボディ、センサー、電送は中村だな。
 シャーシは鈴木、駆動系は田中、カウルは私が見よう。
 各自、組み立てが可能になったらJ君に知らせて作業を引き継いでくれ。
 中村の作業が重いから、必要なら何人か引っぱって来てくれ。他の皆にはもう待機しなくていいと伝えて貰えるか」
「了解です」
 白板からペンを離した中村はそのまま自分の腕に黙々とメモを書き込み部屋を出て行った。口数が少ないのは、ドルフィンシステムを預かる責任の重さを感じているからだ。
 一同が作業に掛かったのを見届けて、土屋は最後の指示を出した。GPチップの無事が解った今、長田に出来る事はない。
「さてそれじゃあ、長田君には明日、会場までの運転をお願いするよ。
 今日はしっかり休んでくれ。くれぐれも寝坊しない様にな」
「了解です。帰ったら直ぐ寝ますよ」
 彼は、実にいい笑顔でサムズアップした。
 GPチップが破損していればそれどころではなかっただろうから、正に紙一重の幸運だ。

 翌朝、5時。

「何とか、シャーシだけは完成させたか」
 端末に突っ伏して眠っている、というよりは意識の飛んでいる少年に毛布を掛けて見上げた時計の針は無情に回る。よくやったと言いたい所だが、やはり間に合いそうにない。土屋は首を振る。今も隣の部屋では中村達がドルフィンシステムの調整を続けている。弱気は損気だ、未だ何も終わってはいない。
「鉄心先生、ボディの方、どう思われます?」
 尋ねても仕方のないことだと解っていても、つい口に出てしまう。
 ZMC-γを焼成する電気炉の明々とした光を見つめる鉄心は、常と変わらぬ口調で応じた。
「ま、本物のZMCでは無い分早そうじゃが、時間的にはギリギリじゃの」
 その落ち着き払った師の様子に幾らかの安堵を覚えた。普段のいい加減な態度からは信じられないが、その判断は確かであり、出来ない事を出来るとは決して言わない人物だ。そもそも現役時代は大神も真っ青の研究の鬼であった。その彼がギリギリというからには、絶対に、ギリギリ間に合うのである。
「各パーツが出来上がっても、調整にどれだけ時間がかかるのか・・・」所長、監督としての立場がある土屋が唯一弱音を吐ける相手が、鉄心だった。この事態を引き起こした張本人であるのだから、この位の迷惑を掛けるのは構わないだろう。「判らないのが不安です」
 そう、それは単なる不安でしかない。具体的な問題が目の前に現れれば全力で対処するのみだ。考えられる手は全て打ち最善を尽くした。
「ま、頑張ってみぃ」
 鉄心はそんな土屋の心の裡などお見通しだと言わんばかりに、ただそれだけを言う。ただもう一息、頑張ってみればいい。それまでに最善を尽くしているのなら結果は自ずとついてくる。最善とは今、この時の最善ではなく、日々の最善である。カウルを設計した時の最善、ドルフィンシステムを開発した時の最善、ZMC-γを開発した時の最善。GPチップが破壊を免れたのはGPチップユニットを設計した時の最善の奏功だ。
 勝負は既についている。今この時の最善は、いつか起こる次の勝負の為のものだ。何を不安に思う事があるだろう?
「はい!」
 土屋は頷いた。表情の良くなった彼に、鉄心はフンと鼻を鳴らした。
「そういやお前さんとこの、GPチップ作っとる若造」
「長田君のことですか?」
「そうじゃ。あいつ、何者なんじゃ?」
「何者・・・ですか?」
 ここで何故、長田の名が出てくるのか。土屋は疑問に思ったが、電気炉に向けられた鉄心の表情は伺えない。
「彼はミニ四駆とは特に縁の無い学生です。
 人工知能を扱えるので、私が無理に頼んでGPチップの面倒を見て貰っていますが、彼がどうかしましたか?」
 鉄心は語気を抑えようとしているのか、低く嗄れた声で囁く。
「Jの話が本当なら、普通は待てと指示を出せば止まるのがGPマシンじゃろ。
 それが土砂崩れのど真ん中にプロトセイバーEVOは突っ込んで、自分を犠牲にして他のマシンのジャンプ台になり助けたってのはどういう事じゃ! タイプβのGPチップにそんな事が出来る訳がなかろうが!
 アメリカの連中の様に別のシステムに直結させているならともかく・・・お前さんはそんなこと、しとらんじゃろ」
 あぁそうだ。GPチップを長田に任せた最善もまた見事に奏功していた。タイプβには有り得ない動作が、他の4台のマシンを救ったのだ。我が身を犠牲にしてのその判断、それがプロトセイバーEVOの動作であったことは、土屋にある確信を抱かせた。それはまず間違いなく数日前の改修が影響した動作であろう。
 ともあれその辺りを説明するには長田の説明をする必要があるので、土屋は言葉を濁した。
「あぁ、そのことですか。うちのGPチップは随分とユニークみたいなんですよ」
「茶化しても誤魔化されんぞい。
 子供らの特訓をずっと見ておったが土屋、お前さん、GPチップの音声コマンドを何一つ子供達に教えておらんじゃろ。
 あいつらの走りは去年とちーとも変わっておらん。
 じゃがマシンは、あいつらの走らせたいように走っておる。まるで生きとるようじゃ」
 鉄心は黒眼鏡の奥を光らせる。
「・・・何なんじゃ? あれは」
 駄目だ、逃げられそうにないと溜め息を吐く。まぁ隠していてもelicaが居る以上、いずれは明らかになる可能性が高い。
「お恥ずかしい話ですが、私自身は未だにGPチップの造りを把握しておりません。
 音声コマンドの件も、鉄心先生にご指摘頂くまで、子供達に教える必要があるという認識がありませんでした」
「それでよくこれまで戦ってこられたの」
 土屋は苦笑する。その事実には激しく同意だ。
「鉄心先生は、ETの申し子達を御存知ですか?」
「何じゃいあの若造、防衛隊と繋がっとるのか?!」
 猫背で椅子に胡座をかいていた老人の背が、一瞬だけ真っ直ぐ伸びた。
「やはり御存知みたいですね。詳しくは知りませんが、今は特に・・・防衛隊との関わりは無いようです。
 彼自身が余り話したがらないのでこちらもあえて聞いてはいませんが、ET関連の論文を見る限り、彼は優秀なロボット研究者です。ロボットと言っても、数十m級の巨大ロボットの動力機関や制御機構が専門だった様ですが。
 エボリューションの動きや、曖昧な指示でも問題が出ない件については、彼がGPチップに高度な判断機能を組み込んだ為でしょう。
 意図してやったことではないようですが、タイプγの動きに近いと考えてよいと思います」
「成る程、タイプγか・・・お前さんも面白い奴を見つけたもんじゃのう」
 呵々と笑い、やおらむくりと立ち上がった鉄心は、ばしんと一発土屋の背中を叩いた。
「何をぼーっと立っておるか土屋、炉の温度を100℃落とせ。そっから10分刻みで150℃ずつじゃ。時間は無いぞい」
「は、はい!」



 夜通しで続いた作業は、翌朝レース会場へ移動するトレーラーの中でも続く。組み立ては完了したものの、現在のプロトセイバーEVOは未調整の部品の寄せ集め同然であり、ドルフィンシステムの起動可能な環境条件すら満たしていない。会場に到着してからも、レース開始の直前まで研究員達の試行錯誤は続いた。
「エラー発生、正常に反応しません!」
 三度目の起動に失敗すると、中村にも焦りが見え始める。
「落ち着け。ダンパーの油圧値をチェックしろ、電送系の値もだ」
「・・・油圧値異常確認、調整しました。再起動します・・・・・・成功しました!」
 Jと烈が思わず手を打ち合わせる。
「間に合ったね、J君!」
「やった、博士!」
 土屋は時計を見た。8時52分。
「だがGPチップと内部メカのマッチングが完了していない。
 慣らし運転をしながらの調整が必要なのだが・・・もう、その時間もない」
「はい。解ってます」
 Jは頷いた。
「マシンは完全じゃない。走れないかもしれない。
 でも博士達は、最善を尽くしてエボリューションをここまで仕上げてくれた。
 あんなに壊れていたエボリューションが生き返ったんです。
 今から僕が、最善を尽くしてエボリューションを走らせてやります!」
「もう行かないとレースが始まる、行こう、J君!」

 そうして点灯したグリーン・ライト。
 各マシンが一斉にスタートした中で、一台のマシンが取り残される。いや、走ってはいるが、明らかに遅い。
「やはりか!」
 予想通りの結果だが、その実況中継を見て思わず机に拳を叩き付けた土屋に、長田が現状を告げる。
「GPチップは現在、ドルフィンシステムとのマッチング中です」
「どのくらい掛かりそうかね?」
「既存データを見るに、最短で18分。ファイナルラップまでには完了します」
「ファイナルラップか・・・幸い今回は先に4台がゴールしたチームが勝利する。が。
 しかしアストロレンジャーズに4台では、絶対に勝てない・・・」

「きっと追いつくから、だから4台で走って!」

 Jの声が無線から響く。凛とした彼の声に迷いは無かった。研究員達はその声のする筈の方向、スタジアムを見た。

「・・・所長、ここはいいから、コースに行ってあげて下さい」
 中村がそう言って、トレーラーの外を示す。
「監督は、選手の目の届く所に居るのも大事な仕事です」
「・・・わかった。皆、有り難う」
「勝ったら何か御馳走してくれればいいですよ。フグがいいです」
「あ、僕、魚駄目なので蟹で」
「鈴木さん、魚駄目なのに蟹はOKなんですか? 初耳ですけど意味不明ですね」
「君の様な若人にはちょっと難しかったかね長田君。魚は駄目だ、特にあの生臭さが」
 うっかり感動しかけた土屋は機材を詰め込んだ鞄を引っ掴むと脱兎のごとくトレーラーを後にした。このままだと何を奢らされるか分かったものではない。
「「「ちっ」」」
 田中鈴木中村は隈の浮いた顔を見合わせ、実に愉快そうに舌打ちをすると、「レース終わったら起こして」と長田に言い残し机に突っ伏して、あっという間に寝息を立て始めたのであった。



 レースが終了して最初にトレーラーに顔を出したのは、Jだった。撃沈している研究員達を見ると息を潜めて「勝ちました!」と実に嬉しそうに勝利報告をする。プロトセイバーEVOのマッチングが完了したのは予想通りファイナルラップで、結局最下位を脱出することは叶わなかった。
 しかしJの顔は晴れ晴れとしている。それは当然だ、今日の勝利の立役者は本領を発揮した彼のマシンであったのだから。
 5対4なのに同じやり方をしていては勝てないと、フォメーションから飛び出した豪のサイクロンマグナム。その判断は正しかったが代わりの策がある訳ではなく、バッテリー交換の認められないルールの中で次第にその速度と順位を落として行った。そのサイクロンマグナムをファイナルラップで引き上げたのが、マッチングの完了したプロトセイバーEVOであったのだ。
 そして、越えるのは不可能と思えたアメリカのフォーメーションブロックをトリッキーと言える走行で越えさせたのもまた、プロトセイバーEVOであった。Jの「跳んで!」の指示と共に、このマシンが高速での走行からのターンとバック走行を行った時、人は皆、敵味方無く驚愕して即座の対応が出来なかった。当たり前の様に、プロトセイバーEVOをジャンプ台にして厚いブロックを飛び越えたサイクロンマグナム以外は。
 GPチップ達の見せた予想外の動きには、何より長田自身が一番驚いていた。その奇跡としか言えない勝利の立役者であるJのその笑顔に、彼は心からの祝辞を送る。
「おめでとう、J。色々大変だったけれど」
「はい。ありがとうございます。
 皆さんにお礼を言いたくて、先に戻って来たんですけど・・・起こしたら悪いですね」
「あー、そうかも?」
 確か田中は二徹だった筈だ。後5分眠る時間があるのなら、今、起こすのは忍びない。
 Jは頷いて、更に声を潜めた。
「あの、秀三さん。昨日はそれどころじゃなくて、きちんと話せなかったんですけど・・・」
「ん?」
 目の前に差し出されたのは、生まれ変わったばかりのプロトセイバーEVO。思わず撫でて言祝いだ。
「よかったな、エボリューション」
 お前の主も製作者達も、お前の為に必死だったんだぞ。お前ももっと強くならきゃな。
「お礼を言いたかったんです」
「俺に?」
 頷いた少年を怪訝に思う。彼のしたことと言ったら、トレーラーを運転しただけだ。礼を言うならばそこに転がっている三羽鴉にすべきであろう。だがJは首を横に振った。
「何となく感じます。この前の改修を入れて貰ってからエボリューションが、前より強くなった様な気がします。
 きっと、だから、自分が壊れてしまうのに、皆のマシンを助けられたのだと思います。
 今日だって、サイクロンマグナムを助けられた。
 皆のマシンを助ける力をくれて、有り難うございました。秀三さん、それと、田中さん」
「私はアイデアを出しただけさ」
 突っ伏したままの田中が右手だけ上げてひらひらと振った。
 Jは付け加える。「これで黒沢君にも、胸を張って報告出来ます」
「そう言って貰えて、とても安心したよ」
 身を屈め、彼を見上げていたJに視線を合わせる。
「でもな、J」
 ピカピカのプロトセイバーEVOをもう一度撫でる。
「それはエボリューションのレーサーが、Jだからこそ出来たことなんだ。
 Jが皆のことを考えるから、エボリューションはそれを実現しようと頑張れるのさ」
 マシンはマシンだけで走っている訳ではない。元々の指向性がレーサーによって強化され、独特の思考形態を作り上げて行く。シルバーフォックスのマシンが本来有り得ない性能を発揮する様に、マシン性能の延長には常にレーサーが存在する事を長田は理解し始めていた。
 機械と人が相関して一つの回路を形成した時、人と機械の想像の外の力を発揮し、奇跡が起こる。
(Cybernetic Circuit・・・そうだ、そうだ俺は・・・この感覚を知っていた・・・・・・!)
 指先に触れる滑らかなカウルの感触と共に唐突に理解したそれは、既に長田自身が幾度となく経験していたことではなかったか。日常の中ですっかり忘れていた事実を再発見した衝撃に長田は、それを思い出させた目の前の子供を見詰める。その姿の奥にある7年前の自分自身を見詰める。愛用のスパナを握り締めてサイズの合わないツナギを被った、小生意気な子供がそこに見えた。それは背伸びをする只の子供だった。だがその只の子供は、巨大ロボットを生み出すという奇跡の一端すら担ったのだ。小島尊子と共に。
 マシンと人の一対の姿が、それを否応無く思い起こさせた。長田は震える舌に辟易しながら、何とか言葉を紡ぐ。
「・・・どうか君が、エボリューションを導いてやってくれ。
 GPチップの中のエボリューションは、俺の子供みたいなもんだ。
 たまに今回みたいに心配かけるかもしれないけど、とても優しい奴さ。
 これからも、宜しく頼むよ」
 もっとスマートにGPチップをプログラミング出来ずに余計な心配を掛けてしまったという謝罪と、大事なことを思い出させてくれた感謝、これからも宜しく頼むという願いを込めて、右手を差し出す。
 Jはじっと長田を見て、そして確りと握り返した。
「はい、エボリューションのことは任せてください!」



[19677] メメント・モリ
Name: もげら◆6cba0135 ID:0e159a68
Date: 2010/08/19 06:56
 それは、黒縁眼鏡の秘書姿でelicaが微笑む深夜番組の1コーナーである。WGPの星取表を示しつつ、ハイライト映像を流して簡潔に見所を伝えていくものだ。そして最後に彼女一押しの小ネタを披露する。夕方にファイターが担当するWGPハイライトと比べて、随分と趣きの異なるものであるが、そのマニアックさが高年齢層の支持を集めている。
 そう、本人は憤慨するかも知れないが、彼女の色気ではなくそのマニアックさ故に、奇妙な視聴率の高さを誇っていた。



【お父さんの為のWGPハイライト】

『お子さんとミニ四駆を楽しんでいる方も、自分で作ってしまったという方も、ミニ四駆って子供のオモチャじゃないの? という方も。
 今回のWGPはちょっと凄いんです。お父さん達の心をくすぐる、世界の最先端技術が結集された舞台裏を毎回ご紹介するこのコーナー。今回は何と、次の日本チームの対戦相手、オーストラリアはARブーメランズのマシンであるネイティブ・サンに注目してみたいと思います』

『ネイティブ・サンの最大の特徴は、何と言っても目を引く太陽電池パネルです。
 このパネルによって、太陽のある限りバッテリーの制限を受けない力強い走りを、ARブーメランズは可能にしているのです。ミニ四駆とソーラーセル、ちょっと意外な組み合わせでしたか?』

『ここで、お父さんの為のチェックポイント!
 ARブーメランズのソーラーセルは世界一!!』

 じゃじゃん、とジングルが流れ、ネイティブ・サンの青紫に輝くパネルが大映しとなる。

『ネイティブ・サンは、WGPに出場するマシンであると同時に、太陽光発電により全ての電力を賄うことを目指す電気自動車の為の実験機、という側面を持っています。ARブーメランズを支援するのはオーストラリア大学連盟、アカデミックなチームなんですね。
 それではネイティブ・サンのソーラーセルのどこが優れているのでしょう?
 私たちの身の周りにも、太陽電池パネルは結構見かけますからね?』 

 elicaはフリップを取り出す。そこにはSIRIUSの文字が手書きされていた。

『シリウス、と読みます。ネイティブ・サンのソーラーセルに使用されている材料です。
 これは実は日本で開発された新材料で、光から電力を取り出す触媒としての機能を持っています。
 正式名称を、Siliconoid Regenerator by Integrated Unisonous Solar-rays、斉調化陽光群の収束による珪素質性動力再生晶体と言いまして、発電以外にも様々な用途のある素材だそうですが・・・詳しいお話を伺っても、私には難しくて全、然、解りませんでした』

『こほん、それは置いておきまして。
 それでは、このSIRIUSの何が凄いのか? 2つの大きな特徴があります。
 1つは従来のソーラーセルよりも幅広い波長の光を使って発電が出来るということ。つまり効率が良いのです。
 2つ目は、従来の多くの方式のソーラーセルが抱える触媒作用の劣化の問題を解決したことです。
 SIRIUS自体が結晶化され非常に安定したシリコンであり、またそれに含まれる酸化チタンが自浄機能を持っている為に、高出力で長く使える理想的なソーラーセルを実現することが出来たということですね』

『今は手の上に載ってしまう程の小さなマシンですが、近い将来には家族皆で乗れるようなるかも知れません。
 お子さんに教えてあげればお父さんの株が上がること間違いなし!
 それでは来週も、この時間にお会いしましょう!』



「斉調化陽光群の・・・何でしたっけ?」
「斉調化陽光群の収束による珪素質性動力再生晶体、ですよ。ファイター」
 目を白黒させながら尋ねたミニ四ファイター、略してファイターと呼ばれる青年に、elicaは自身も舌を噛みそうになったが意地で言い切った。素直な尊敬の眼差しが心地良い。
 ファイターの担当番組と彼女の担当コーナーとは、ハイライトの内容が同一であることから、収録は同時に行う。
 この時にファイターがミニ四駆に不案内な彼女の解説内容にチェックを入れる為、コーナー開始当初は多大な不安を抱えていた彼女も、今ではリラックスして解説に臨むことが出来ていた。ただしマニアックな内容についてはelicaの個人的興味の名目でピックアップするものであり、ファイターは関与していない。
 どうやら毎回ファイターの予想外の内容をチョイスしているらしく、その驚く顔を見るのが面白いこともあって回を重ねる毎に内容は高度になりマニアックさを深めている。
 元々elicaの負けん気が強いため、業界の先輩に頼り切りなのも悔しいという、対抗意識があるのも否めないが。
「よかったらこの後、お茶でもどうですか?」
「えぇ?! elicaさんとですかっ?!」
「いつもお世話になっていますし、御馳走しますよ。それにこの後オフなんです」
「それはもう喜んで! いやでも、いいんですか?
 いやいや、誘ってもらえるのは光栄というか嬉しいというか、大歓迎なんですけど!」
 彼の顔色は、瞬時に赤、青、赤と忙しく変化した。
「えっと、あの実は、TRFビクトリーズの皆についてのお話とか、色々聞かせて貰えると嬉しいなぁ、なんて思ってるんですけどね。土屋監督とはお会いした事があるんですけど、まだ皆とは会った事がないので」
「あ、あぁ! そう、そうですよねぇ! 喜んで! ・・・はぁ」
 年上の筈なのにころころと良く表情が変わって、見ていて飽きない青年である。
 マネージャーが一瞬眉を顰めるが、elicaはそれを無視した。ファイターとであれば、仮に一緒に居る所を《激写》されたとしても、WGP繋がりで幾らでも理由を付けられるので問題は無いだろう。先程は子供達の話を聞きたいからと理由を付けたが、「ミニ四駆、なにそれ美味しいの?」という状態で右も左も解らないままWGPの宣伝活動に放り込まれた彼女を何かとフォローしてくれるファイターにお礼をしたい、というのは紛れも無い事実であった。
「それじゃあ行きましょうか。じゃ、ナベ君、お疲れ様♪」
 誰と午後のお茶を飲むかまで、一々気にしていたら老け込んでしまう。マネージャーに手を振ったelicaは、ファイターと共にスタジオを後にした。
 ファイターは土屋研究所に立ち寄る用事があるとのことだった為、彼女の車でその近くの喫茶店に向かう。
 さして距離がある訳でもないのだが、助手席に座った彼はしきりに恐縮し、常の滑らかな口調は全くのしどろもどろであった。女性に誘われたことに緊張しているのか、elicaに誘われたことに萎縮しているのかは不明であったが、その固まり具合には、誘った彼女の方が少々罪悪感を感じてしまった程だ。
 だが彼女が子供達の話題を振ると、漸く闊達な口調が戻って来る。
「そろそろ私も、日本チームの取材を始める予定なのですが。
 どんな子達なのか、ファイターは知ってるんですよね?」
「え、あ、はい。あの子達は国内レースにずっと出ていましたからね。よく知ってます」
 TRFビクトリーズメンバーの現在の様子を一頻り語った後、そのメンバー以外にも国内には世界に十分通用するレーサーが何人も居るので、彼等にもいつか世界の舞台で走れる機会を設けたいのだと彼は力説した。その明朗快活さは周囲に元気を与える勢いを持っており、子供に人気があるのも頷けた。
 elicaはふと疑問に思って尋ねる。
「そういえば、ファイターはどうしてこのお仕事に? 子供の時からずっとレースに出ていたんですか?」
 ファイター首を勢いよく縦に振る。
「はい、これでも昔は中々速かったですよ!
 それが高じて今はミニ四レースの実況をずっとやってます」
「でも、幾ら好きでも、大変だったんじゃないですか」
「運の良さには自信があるんですが、それでもこの仕事に就けたことは自慢出来ますね。
 倍率がとても高かったですから」
 照れている様で得意気という、高度な笑い声が車内に響く。実況の様子から感じ取れるお調子者の雰囲気は、彼の地であるらしい。しかしelicaはお世辞ではなくこう思った。
「凄いですね。ずっとミニ四駆でやって行こうって決めたのはいつ頃なんですか?
 子供の時から思ってたんですか?」
 ミニ四駆がここまでメジャーになったのは近年になってからとはいえ、その競技人口に比して実況者の数は圧倒的に少ない。さぞかし狭き門だったのではないか。
「いやぁ、何となくミニ四駆に関わる仕事がしたいと考えた事はありましたが、実は途中まで、そんなに本気には思ってなかったんですよ。
 やりたいことをやろうと思ったきっかけが、まぁその、ありまして」
 問われた彼は、それまでのトーンを少しだけ落とした。
「昔、軍事衛星が電気王にジャックされた事があったじゃないですか。
 あの時が僕の転機でしたね」
「え?」
「あの時の無差別攻撃で、僕の居た場所の1ブロック先が、区画まるごと機械化されたんです。
 丁度僕はそちらから歩いて来ていて、紙一重でした」
 思い掛けない言葉を聞いたのが信号待ちの最中でよかった。そうでなければ危うくアクセルを踏み込んでいたことだろう。
 助手席を見たelicaは、隣に座る人物のこれまでに無く真剣な表情に出会う。考えてみれば、彼の年齢はelicaの二、三歳上だ。例の事件の記憶を鮮明に残す世代であろう。彼女の視線に促されるように、その言葉は続いた。
「ピカピカって、空が光ったな、としか思わなかったんです。静かなもんでした。
 周りがやけに静かになって、暫くはそのまま静かだったです。
 僕は背中を向けていたんで見ていませんでしたが、見ていた人達は皆、信じられなかったんでしょうね。
 だから静かだった。それから悲鳴が上がったので慌てて振り向いたら・・・」
 その先を言わずファイターは首をただ横に振った。言葉にしなくともその光景がelicaには容易に想像出来る。
 天空から放たれる死の光が齎すのは、色合いを失って鈍色のみを放つ、生命の存在を許さない大地だ。その悪夢のそのものの光景が、振り返った彼の眼前には広がっていたのだろう。運悪くその光を浴びた人々は、人であった時の姿を残せれば運の良い方であり、多くは形すら留めず巨大な機械の中に塗り込められる。
「あの時に被害に遭った人達は、ほとんどが物質復元装置で無事に還れたらしいですね。
 でもあの時は、ああなったら終わりだ、と思っていましたから」
 ダッシュボードに肘を付き、両腕を組んで顔を覆い、ゆっくりと息を吐き出す。
「偶々、偶然、生きたんだって心底感じました。あの場で僕が生きていたのに意味なんて何もなかった。
 暫くして段々、こりゃ人生に遠慮してる場合じゃないぞ、《メメント・モリ/今を楽しめ》だぞと、思い始めてこの道を選びました。本当は大学に進めと言われてたんですけど。
 それが僕の、転機でした」
「私達がもっと早くあいつを倒していれば、そんな事は起きなかったかも知れないんですね」
「あぁいや・・・僕は、そういう事を、言いたかったんじゃなくて・・・・・・」
「分かっています。でも」
 反射的に「ごめんなさい」と謝りかけたelicaはその言葉を半ばで遮られる。
「違う、違うんだ、そんなことを言いたかったんじゃなくて。
 君達のお陰で、僕らは生きてる。それを僕がどれだけ嬉しく思っているか!」
 それはいつも通りの活気に満ちた彼の声だった。一瞬過った昏い影は既に無く、彼女の前にあるのはただ穏やかな笑顔であった。
「有り難うと、それをどれだけ、君達に伝えたかったことか。
 僕は今、こうして生きているのが、とてもとても嬉しくて仕方が無いんだ」
「・・・何だか改まってそんなことを言われちゃうと、照れますけど・・・嬉しいですね」
「それはよかった。僕もお礼を言った甲斐があるよ」
 「こういう事を言うと大体僕のキャラじゃないとか、皆、散々言うんだよね」彼自身も照れ臭いのか、ブツブツと付け加えて笑う。
「丁度そこを右に曲がった所に駐車場あるから、そこを使おうか」
 なははは、という高笑いを聞きながら、elicaは清々しい気持ちでハンドルを切った。



 連れ立ってファイターお勧めの喫茶店に向う。途中で一人の女性に声を掛けられた。
「あら、ファイターさんじゃありません?」
 人生への自重を止めたファイターのレーサールックは少々目立つので、知り合いには見つけ易いのだろう。呼び止められたファイターは手を振ってそれに応える。
「たまみ先生。学校の帰りですか?」
「えぇ、そうなんです。・・・そちらの方は?」
 たまみ先生、と呼ばれた相手の表情の変化を見て取り、elicaは、ははん、彼女はファイターに気があるなと感付いた。
 向こうの方が少々年上である様だし、ファイターの様子からして現在付き合っている風ではなかったが、elicaは自身が警戒されているのを感じている。彼女を気取ってこれを揶揄いたい誘惑に駆られたが、先輩の不興を買っても益は無い。先手を打ち自己紹介して、敵ではないことをアピールしてしまおう。
 これが業界で生き残るテクニックという奴である。
「あたしはファイターの仕事仲間です。ちょっとお茶して時間を潰してから土屋研究所に行こうとしてたんです。
 ファイターのお知り合いなら御一緒にどうですか?
 いつもファイターにはお世話になってるので、御馳走しますよ」
「あぁ、それはいいですね。ちゃんと割り勘にしますけど、先生もどうですか。
 elicaさん、こちらは豪くんの担任の、たまみ先生。
 それでたまみ先生、こちらはWGPオフィシャルサポーターのelicaさんです」
「まぁ、そうなんですの。初めまして、柳たまみと申します」
 勘定をこちらで持つ、というキーワードを繰り出したことで、一気に、たまみ先生の警戒感が薄れる。
 そのまま喫茶店に向かいながら世間話を交わす二人を眺めつつ、elicaは思った。
 彼はたまみ先生に好意を寄せているようであり、彼女もファイターを満更ではないと思っている様なのに、彼自身はまるでその思いが通じていると考えてはいないらしい。
 この男、生きる事には至極丁寧な様だが、その割には妙に鈍感である。



[19677] 弥生の月影
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/09/20 15:22
 長田はキーボードを叩く手を止め、所長席で同じ様に作業していた相手を促す。
「所長、時間です」
「待ってくれあと5分、いや、15分だけ」
「当研究所は17時をもちまして閉店いたします、お帰り下さいませ。
 なお、15秒後にお客様のPCの主電源をブッチ切ります」
 土屋の5分は3時間と同義である。既にその時空間歪曲理論を学習済の長田が怒りのトーンを混ぜて右手をワキワキと動かすと、相手は慌てて席を立った。
「おいおい厳しいぞ」
「ぶっ倒れた人間に発言権はありません。
 大体これまで無茶し過ぎだったんです、暫くは真面目に養生して下さい」
 開発現場の指揮とチーム監督の二足のわらじを履き始めてはや二箇月、過労と心労の祟った土屋が突然倒れ、ARブーメランズ戦を目前にして代理監督を立てざるを得なかったのはつい先日のことである。たまたまファイター、elica、柳たまみの3名が研究所を訪れたのを出迎えようとした時に倒れたから良かったものの、人知れず倒れていたならば大事に至っていたかも知れない。救急車で運ばれた土屋は、そのまま数日間の入院を余儀なくされる程の衰弱振りであったのだ。
 副所長の佐藤から、長田が彼の健康管理をそれとなく頼まれたのはこの後からである。幾つか思い当たる理由はあるのだが、どうやら適任と判断されたらしい。
 長田は未練がましく自席を見る彼に鞄を押し付けると、部屋から追い立てる。
「いいですか? 帰ったらきちんと湯船に浸かって身体を温めて下さいね。
 体温を上げると免疫も上がって風邪を引き難くなりますよ。
 あと、夕飯は食堂のラーメンで済ませないで自炊してください。時間は十分ありますよね?
 色の付いた野菜は多目に摂ることです。カロテンは粘膜を丈夫にします。
 医者から貰った薬も忘れず飲んでください、今日の昼の分、俺が言うまで忘れていたでしょう!
 もう健康だと思ってるみたいですが、とんだ勘違いですからね! ・・・ちょっと、聞いてるんですか!
 鉄剤は血を作ります。酷い貧血だったんだから絶対必要です。
 ビタミンCは皮膚、粘膜、全ての基本です。足りないと壊血病になりますよ。
 ビタミンEは・・・」
「分かった、分かったから長田君、勘弁してくれ」
 終わる気配の無い小言に土屋は悲鳴を上げた。だが長田は当然とばかりに言い返す。
「理由を説明出来ない小言を聞く気が無いと言ったのは所長です。
 だから俺は説明してる訳で、きちんと聞いて納得して貰わないと困ります」
「納得した! 風呂は入るし南瓜を食べる。薬も飲むから!」
 言われてみれば、生活態度に関する忠告を一蹴していた土屋自身の蒔いた種ではある。眉を聳やかして小言を続けようとしていた長田は、部屋の外に少年の姿を認めて止めの一言を発した。
「それにJの食生活のことも少しは考えて下さい。三食、全部が食堂とか怠慢です、保護者の責任果たして下さい。
 それじゃあJ、所長がきちんと休むか見張ってくれな。あと食堂利用はNGだからな」
「分かりました。行きましょう博士」
 長田の頼みで迎えに来て貰っていたJにそう言われては、さしもの土屋も反論出来ない。仲良く研究所内の居住区に帰って行く二人を眺め、長田は一仕事終えたとばかりに大きく伸びをした。

 土屋が帰宅したのは17時をやや回った頃であり、屋内コースにはまだ子供達の姿がある。現在居るのは、星馬・鷹羽の兄弟達であった。次レースに向けた調整があるとはいえ、理由も無く遅くまで残るのは好ましくない。適当な時間で引き上げさせる為に長田はホールにやってくると、暫くは自分の作業に没頭する。
「秀三さん、一体なにやってるんだすか?」
 脇から首を突っ込んで来た二郎丸が指したのは、コース脇にずらり整列した5台のセイバー600達である。照明を反射して輝く外装は、作られたばかりであるのが一目で判るものだった。
「ん? 勉強だよ」
「勉強・・・おらには遊んでるようにしか見えないんだすが」
 目をキラキラ、いや、爛々と輝かせて机に広げたパーツを矯めつ眇めつしていた青年から発散するプレッシャーは、少年にそれ以上の発言を諦めさせた。
 外装には手が入っていない為、同じ色と形をした五つ子達を暫く見ていた二郎丸は、その一台に馴染み深い特徴を見て取り口元を綻ばせる。
「これ、おらのマシンに似てるだす」
「やっぱり判るものなのか。・・・真ん中の奴はネオトライダガーを参考にセッティングしたんだけど。
 二郎丸のマシンも高速仕様なのかい?」
 工具箱から取り出したギアの径を1つ1つノギスで測っている手を止めずに口だけ動かす青年に、胸を張る。
「当ったり前だす。あんちゃんみたいなレーサーになるのがおらの目標だす!」
 それから二郎丸は奇妙なことに気付いた。
「・・・でもどうして、秀三さんがネオトライダガーのセッティングを知ってるんだすか」
「あぁ、GPチップをプログラムをする時にマシン特性は一通り調べたからなぁ」
 そう長田はしれっと答えたが、背中を冷や汗が伝う。幸いにして二郎丸がそれ以上追求する事はなかったが、真相は《実際に手に取ってじっくり見たから》であり、それはネオトライダガー以外の4台についても同様であった。常にミニ四駆を肌身離さない彼等から、如何にしてマシンを借り受けたか? 勿論、生半可な理由で長時間貸してもらえる訳がない。
 真相は、土屋が倒れていた時に遡る。それは岡田鉄心が土屋の代理監督として星馬豪の担任、柳たまみを無理矢理に任命した時だ。
 ARブーメランズ戦を目前に控えた予定を知った彼女は、300mのダートを100往復、全長3万mをリレー方式で走破するというその過酷なレース内容を把握するや否や、メンバーの体力作りを優先する為に彼等からマシンを取り上げて、レース直前まで鍵付きのボックス内に封印したのだ。その3日間、長田はボックスの中身を拝借して子供達が実際に行ったセッティングをじっくり観察したという次第である。勿論、代理監督である彼女の許可を取った上のことだ。
 TRFビクトリーズをサポートしていく上で、マシンをもっと勉強したいのだと頼み込んだ長田に、柳は毎日必ずボックスにマシンを戻すこと、マシンを研究所の敷地内から外に出さないこと、そしてマシンを絶対に傷つけないことを条件に、持ち出しを許可した。
 その配慮に感謝しつつ、長田は3日間、設計図でもCADデータでもない実際に子供達が手入れしたマシンを観察してその特徴を掴むことに注力した。
 そして今、市販のセイバー600を自ら組み立て、特徴を再現しようとしているのである。これまでは人工知能という狭い機能に限定して理解していたミニ四駆というシステムを、全体から捉え直す為に必要な、それは正しく勉強であった。
「こんなのが勉強って、何だか変な感じだすな」
「・・・うん、まぁ、普通は、そうだよな。それは否定しない」
 二郎丸の毒舌に軽く凹んだ青年に、星馬兄弟達までが寄って来て追い討ちをかける。
「そう言えば不思議だったんですけど、学校には行かなくていいんですか?」
「いいよなー。学校行かないで遊べるなんて、大学生って羨ましいぜ」
「こら豪! 秀三さんは、別に遊んでる訳じゃないんだぞ!! すいませんこいつ阿呆で」
「あ、こら、兄貴勝手なこと言いやがって。俺は本当のことを言っただけだかんな!
 授業も宿題も無くて、レース見に行ったり、ミニ四駆作ったり、すっげぇ楽しそうじゃんか!」
「ま、まぁそうだけど豪、言っていい事と悪いことが・・・」
 烈は、歯に衣着せない豪の物言いを咎め謝ったが、内心は弟と同じ思いなのだろう。彼等にとって、ミニ四駆と学校の勉強は対極にあるものだ。
「そう言われてもしょうがないかもな。実際俺、すっごい楽しいし」
 傍から見ればその通りかも知れない。研修生とは名ばかりで、実質戦力として土屋研究所に呼ばれた長田は、基本的に自分の仕事は自分で探せとばかりに放任されていた。
 週に一度、長田は自分で計画した作業予定を土屋に報告し、土屋からはWGPに関連したスケジュールが伝えられる。あとは適宜、研究員とは違い圧倒的に手空きである身分を生かして、土屋の雑務を処理していた。つまり、WGPに関わる問題が発生しない限り、基本的に長田は自由なのである。以前は、稀に思い出した様に課題を出されていたのだが、それも最近は無くなった。これについては、ET関係者であると発覚したことが関係している様に感じている。
 つまり一時期の忙しさを脱した長田は、悠々自適の生活を送っているのだ。
「ほら見ろ、言った通りじゃんか。って事は学校行かないで毎日ここに来て遊んでんのか?」
 丸い目で見上げられ、どう答えたものかと最近の行動を思い返す。決して遊び呆けていたつもりはないのだが。
 田中の指摘を活かすべく各セクションの研究員を巡って現在のGPチップの問題点をヒアリングし、改善点を調査する。そのついでに研究設備を見学したり、資料を借り受けて読破する。土屋担当箇所の制御ロジックのソースを読み、その設計の美しさに感動する。来シーズンに向けた引き継ぎの計画を始める。
 他には例えば、ORACLE在住の司書AIと最近のミニ四駆事情を雑談する。これには思わぬ成果があり、最先端のミニ四駆研究にはETが使用されているものもあるらしい。詳しくは閲覧資格が必要なので教えては貰えなかったが、無関連と思っていた業界の思わぬリンクに面白さを覚えたのは印象深い。
 前言撤回である。実にやりたい放題、毎日が夏休み状態であった。
 ・・・などと、子供に言っては教育上、甚だ宜しくないだろう。
「残念でした。学校のカリキュラムの一貫だよ、実地訓練みたいなものさ」
 長田はにやにやと笑って答える。嘘は無い、指定されたレポートを提出すればここでの経験は単位として認められるのだ。これで夏休みではないのだから、人生何が起こるか分からないものである。
「なーんだ、期待して損しちまったぜ」
 思い描いていた答えと違った為か、豪は拍子抜けした様な顔をすると興味を失ったのかさっさとコースに戻っていく。長田は烈と顔を見合わせ、首を傾げた。
「何期待してたんだよあの馬鹿・・・」
「・・・俺も一体何を期待されていたのか知りたいぞ」



「こんにちは。今日は一人なんですね」
「やぁジュンちゃん。残念だけど烈と豪は一緒じゃないよ」
 ある日の午後、五つ子達の為のパーツを物色しようとやってきた佐上模型店の看板娘に挨拶して店内に入る。レジで店番をしていたジュンは、長田の言葉に手を打った。彼女は豪の同級生なのだ。
「豪達は・・・あ! そっか! エッジとレースとか言ってたわね。忘れてたわ」
「エッジって、NAアストロレンジャーズの?」
「そうよ! 秀三さんも知ってるの?」
 これまでの対戦相手のファーストネーム程度は頭に入っている。聞き覚えのある名に頷くと、彼女は「それじゃ、一緒に見に行きませんか!」と彼を誘った。
 WGPに参加するチーム選手同士の草レースは基本的に推奨されない。土屋はその様なレースがあるという話をしていなかった。果たして先方の監督が同意しているのか、それだけは確認した方が良いだろうと長田は思案して、その誘いを受けることにする。余計なトラブルが発生すると土屋の負担が増える懸念がある為、話が大事になりそうならば速やかに仲裁する必要があるだろう。
 長田のスクーターに同乗した彼女からは道すがら、海外チームのメンバーは同じインターナショナルスクールに通っているのだと教えられた。何でもチームには色々と便宜が図られ、敷地内には練習用のコースすらあるらしい。
 近所だとの言葉通り、彼女のナビによって到着したインターナショナルスクール併設の寄宿舎は、確かに遠くない距離にあった。たっぷり歩きはするが徒歩圏内である。まさかこれほど近くに国際色豊かな学校があるとは知らなかった為、門扉の銘板を眺めて関心していると、ジュンからさっさと降りろと急かされた。
 綺麗な校舎は、コンクリートの箱を連想させた長田の小学校とは似ても似つかず、変わらないのは校庭で遊ぶ子供の姿くらいのものだろうか。それにしても日本人の姿は殆ど無く、周囲の街並からは違和感がある。
「早く早く!」
「俺は受付してくるから先に行っててくれ」
「じゃ、あの建物だから終わったら来てね!」
 のんびり周囲を見ながら歩く長田を待っていられないとばかりにジュンは手を振ると、敷地の隅にある体育館に走って行った。確かにレースを見に来てそれが終わってしまっていたなら意味が無い。
 彼もまた、豪とエッジの・・・サイクロンマグナムとバックブレーダーのレース内容には興味が大いにあったのだが、まずは受付を済ませようと守衛室と思しき建物に向う。子供であれば勝手に入り込んでも許されるだろうが、長田が同じことをすれば立派な不審者だ。昨今のセキュリティ事情は固く厳しくなる一方であり、甘く見ると思い掛けない面倒を引き起こす。
 ところが受付で要件を告げる段になり、はたと困った。対戦相手のエッジとやらのフルネームは知らないし、ジュンはとうに体育館の中だ。つまり事情を上手く説明出来ない。
 かと言ってここで回れ右をすれば、それこそ通報されかねないだろう。
 動揺を守衛に悟られないよう願いつつ、苦肉の策で唯一フルネームを覚えていた名前を記入する。ブレット・アスティア、NAアストロレンジャーズのリーダー名である。
 なお、面会理由はWGP関連の打ち合わせをでっち上げた。これで本人が来たら謝るしかない。
 「確認しますのでお待ち下さい」と待たされて暫く、と言うにはかなり長い時間を待たされた。こりゃあレースは終わっちまったかと長田が思い始めた頃、ジュンが星馬兄弟と藤吉を連れてやって来る。そのはちきれんばかりの笑顔がレース結果を示しており、どうやら彼の危惧した厄介事に発展することはなかった様だ。
「もう、秀三さんたら何やってるのよ、レース終わっちゃったわよ!」
「ごめんごめん。どっちが勝ったの?」
「勿論俺だい! カッ飛びでブッちぎってやったぜ!」
「そりゃおめでとさん」
 つい最近まではアメリカチームに手も足も出なかったのだから、その勝利の喜びはひとしおだろう。長田も是非そのレースを見たかったと実に残念に思ったが、釘を刺すことも忘れない。
「それはそうと・・・駄目だぞ、草レースを監督に相談しないでやったら」
 すると、豪の代わりに何故か烈が謝る。
「ごめんなさい。ほら豪、お前も謝れ」
「分かってるけどさ・・・でもあいつらが俺達を馬鹿にしてきたんだぜ? な、藤吉」
「そうでげす。こっちから言い出した事じゃないでげす!」
 明らかに不満顔の二人だが、これは大切なことなのだ。
「いやいや、草レースをするなとは言ってない。やる時は監督に相談してくれって話さ。
 この間のエボリューションみたいに、もしも白熱してマシンを壊してしまった時、対応出来ないと困るだろう?」
 実際は自分達のマシンだけではなく、相手のマシンを壊してしまった場合にも、知らなかったでは済まされないのである。マシンを引き合いに出したことで、二人にも無断で草レースを行う危険性が幾らかは理解出来た様であった。
 渋々といった風情ながらもきちんと頷いたことを見届けて、長田は「よし」と二人の頭を撫でる。
「俺は守衛さんに事情を話してから帰るから、ジュンちゃん達は先に帰ってていいぞ。スクーターに5人も乗れないしな」
「それじゃあ僕達は、藤吉君に送って貰って帰ります」
「あぁ。引率よろしくな、烈」
 子供達を見送ってから受付を見るが、守衛は未だ電話中である。どうやら中々見つからない様だがそれでよい、どうか外出中であってくれブレット・アスティアよと長田は祈った。
「大変お待たせしました、確認が取れました。
 第二体育館の方へいらして下さいとのことです。ゲストカードはお帰りの際にご返却下さい」
 どうやら神は居なかったらしい。長田は弁解の台詞を考え始めた。



「これからTRFビクトリーズのスタッフが来るそうだ。十中八九、さっきのレースについてのことだろう」
「あれはビクトリーズの奴等も納得してやったレースじゃなかったのか? それを今更・・・」
「落ち着け、ハマーD」
 ブレットは、浮き足立つ仲間の一人を制する。この場に居るのはNAアストロレンジャーズのメンバーであるエッジ、ジョー、ミラー、ハマーD、そして彼自身だけだ。監督であるデニスは、エッジが仕掛けたも同然な草レースの存在を知った後にサイクロンマグナムの情報収集を指示すると、そのまま自室に戻っている。次のミーティングで軽はずみな行動をたっぷり説教されるだろうが、再びここに来る事はないだろう。必要ならば呼ぶ必要があるが、それは相手の用件を聞いてからでも遅くはない筈だ。
「まだ苦情を言いに来たと決まった訳じゃない」
 仮に難癖を付けてくるなら適当にあしらえばよい。MIT/マサチューセッツ工科大学を首席で卒業し、今では宇宙飛行士を目指すNASA研修生達を束ねる《麒麟児》ブレット・アスティアと口論して勝てる者は早々居ないだろう。
「あの監督が来るの?」
 ジョーが言うのは、前回のTRFビクトリーズとの対戦直前に行った草レースに立ち会っていた白衣の男のことた。ブレットはHMD/ヘッド・マウント・ディスプレイ越しにWGP関係者資料を確認すると否定した。
「いや、監督ではない。関係者資料に名前は無い様だな」
「開発スタッフなら研究者かも知れないわね。ネットにはある?」
「あぁ今見てる・・・っ・・・?!」
「どうしたのブレット?」
 眼前に展開された有り得ない検索結果に思わず言葉を詰まらせたブレットは、馬鹿な、と呟く。
「何でも無い、只の同姓同名だ・・・あり得ない。研究者では無いだろう」
「何ていう名前なの?」
「いや、今は関係の無いことだ。それにもう直ぐ来る」
 体育館の扉を開く重厚な金属音と共にひょこりと現れたのは、メンバー一同が予想していたよりもかなり若い青年であった。だが見覚えがあり、それ故に幾らか安堵する。監督を見た時に一緒に居たスタッフだったのだ。そして相手の表情に、これから事を構えようという剣呑さは無かった。
 ジョーはほっとして隣のブレットを見たのだが。
「ブレット・・・?」
「何でも無い、気にするな」
 来客を見たブレットは思い当たる節でもあったのか小声で何事かを呟き、更に検索を続けていた。しかし直ぐに中断して青年に尋ねる。
「こんにちは、俺がブレット・アスティアです。一体何の御用でしょう?」
 勢揃いしているNAアストロレンジャーズの前までやってくると、青年は開口一番、謝罪した。
「済まなかった。豪が君達とレースをすると聞いて見に来たんだが、受付で面会相手の名前が必要だったので、そちらのリーダーの名前を使わせて貰ったんだ」
「レースを? でも、レースは終わりましたが」
「あぁ。受付でモタついてる間に終わっちまった様だな」
 掲げられているFIMA旗を見上げ、広がる体育館一杯に設置されたコースを見回して、「残念だったよ」と呟く言葉に他意は感じられない。
「特にこのレースで問題は起きなかったんだろう?
 直ぐに帰るから、できればそちらの監督には伝えないで貰えるかな? 驚かせて済まなかった」
「ええ、問題はありません。
 それにただレースを見に来ただけ、ということなら、監督に伝える必要は無いですね。
 折角来たんですから、少しここのコースでも見ていけばどうですか?」
「・・・いいのか?」
「別にここのコース位なら、秘密でも何でもありませんから」
「リーダー?」
 奇妙な提案に首を傾げたメンバー達は一瞬置いてから、その意図を察する。日本チームの情報収集をしようというのだ。ここに居る青年がどれだけ開発に関わっているのかは不明だが、現在新パーツを開発中か否か知るだけでも大きな収穫はある。
 流石はリーダー、と、彼等は尊敬の眼差しを向けたのだが。
 そのリーダーは次の瞬間に、彼等の思いも寄らない質問を投げ掛けたのであった。


「ところで妙な質問だと承知していますが、1つ訊いてもいいですか?」
「妙な質問? いいけど」
 ブレットの言葉の先を、長田は手振りで促す。やけに落ち着いた少年だと心中は感心しきりであるが、「まるで小学生には見えませんね!」などと言っては大変失礼な気がしたので、失言しないよう口は閉じておくに越した事は無い。
「月へは何度、行ったことがありますか?」
「月に?」
「えぇ、月にです」
 まるで小学生には思えない、屈折した意図のある質問だった。
 それは意味の無い奇妙な質問であり、その答は零が正しい。長田はHMDの奥の視線を読もうと身を屈めたが、偏光プラスチックに阻まれ叶わなかった。しかし漂う気配は真剣そのものであり、新手のアメリカンジョークではないらしい。
 ならば、真面目に答えるのが礼儀であろう。
「2回だ」
 大気圏外に出たのはもっと多かったと記憶していたが、月まで行ったのは2回だけだ。かつて、月の裏側には機械化帝国の地球侵略拠点が存在した。
 一度目はザウラーズの担任教師が略取された時、その救出の為に月へと赴いた。そして二度目は、進まない地球掌握に業を煮やした敵勢が一斉攻撃を仕掛け、遂には機械化した月をコントロールして地球に墜とそうとした時に、それを阻止すべく再び赴いた。結果的にはその時の月面が、最終決戦の舞台となったのである。
「・・・やはり、貴方なのか!」
 その時NAアストロレンジャーズのメンバー達は、常は落ち着いた雰囲気を全く崩す事の無い彼等のリーダーの口元が綻んだのを見て仰天する。しかも彼等にはその理由が全く分からず、一連の奇妙な質問の意味も理解出来てはいなかった。
「リーダー、そいつは一体何のジョークなんだよ? 
 月、だって?
 そんな奴がいる訳が無いじゃないか!」
「ミラー、人類が月に降りたのは何回だ?」
 この奇妙な遣り取りの不毛さを呆れ顔で指摘した少年にブレットは、我に返ったのか殊更に厳しい口調で返す。
「は・・・8回」
「そうだ、俺達が目指すのは9回目だ。何も初めてのことじゃない」
「だからって、6回がアポロ計画で、残りの2回は統合意識体のロボットじゃないか」
「ちょっと待って、いま彼は2回、と言ったわ」
「・・・・・・嘘だろ、ザウラーズかよ」
「マジで?」
 一同驚愕の視線が、一斉に長田に集中した。いずれもHMDの偏向プラスチック越しである為に、居心地の悪さは格別である。これは直ぐには帰れそうにないことを、長田は何となく悟ったのであった。


「ブレットの様子が変だったのは、シューゾー・オサダの名前を見たからだったのね」
「あぁ。ザウラーズの中でも、ゴロー・イシダ、タカコ・コジマ、そして彼の名前は知っていた」
 体育館の隅に積まれていたパイプ椅子を引っ張り出して長期戦の構えを見せる彼等に、長田は思わず肩を竦めた。彼等の興味を満たす材料を果たして持っているだろうか。とはいえ断ろうにも五対一では分が悪い。止むなく椅子の一つに腰掛けると、メンバー達もめいめいが円を描く様に椅子を並べた。
「見事にメインパイロットがいないな。
 俺達はともかく、それにしてもどうして五郎なんだ? あいつもザウラーズ歴は公表してない筈なんだが」
「オーディンズの監督に聞いたことがあります。
 あそこのバタネン監督は、知っての通りラリー選手でしたが、ゴロー・イシダをラリーに勧誘しているそうで・・・その話を聞いた時に」
「そうだったのか。意外な所で縁があるものなんだな」
 北欧チームのオーディンズは次レースの対戦相手である。思い掛けないことを聞かされて、長田は驚いた。ジュニア・フォーミュラでF1レーサーを目指して好成績を上げ続け、世間では天才ドライバーと見られている石田五郎は、先日のレースで発生した大クラッシュに巻き込まれたことによる負傷により現在は療養中だ。命に別状はないとの事だったが、今シーズンの成績は絶望視されていた。どうやって目をつけたのかは分からないが、落ち着いて勧誘をかけるにはよい機会、ということなのだろうか。
「そういえば、俺も訊きたかった事があるんだ。
 君達の所属はNASAで、宇宙飛行士の訓練生だと聞いているけど、どうしてWGPに参加しているんだ?」
「カリキュラムの一環です。チームで長期的な目標に取り組むことで、チームワークとリーダーシップを学んでいます。
 また実際の装備と設備を使って、メンバーとオペレータ双方が訓練を積める利点もあります。
 レースに不測の事態は付き物ですから、その対応の訓練も出来ますし、下手な演習より余程有意義です」
 よく尋ねられることなのだろう、ブレットがすらすらと答える。
「実際の装備と設備・・・衛星と繋いでいると聞いたことがあるが、そういう理由だったんだな」
「それはオペレータルームを介して衛星と連携する訓練ですね」
「リーダー、そんなことまで話しちまって大丈夫かよ?」
 エッジが恐る恐る尋ねたが、「大したことじゃない」と一蹴される。ブレットは続けてエッジ達を見回し、自分のHMDを指しながらこう言った。
「それより丁度いい機会だ。俺達の装備について、1つ皆にも教えておきたいことがある。
 シューゾー・オサダ。今、俺達が使っているこのインターフェースには、貴方の理論が採用されています」
「俺の理論が?」
 長田もメンバー達も、大いに驚いてブレットを見る。今度こそ本場のアメリカンジョークではないのかと期待するが、ブレットは大真面目な顔のままでこう答えた。
「統合意識体由来のシステムオペレーションにおける注意誘導による補助と学習促進の可能性・・・確かこれは貴方が主幹の論文だった」
「・・・確かにそうだ。だがあれは理論ではなく単なる仮説に過ぎない。
 それがどうして君達のシステムに応用されている?」
 確かに、その現象を最初に疑って調査を始めたのは長田だった。車を整備する時と、ロボットを整備する時の感覚の違い・・・それは長田だからこそ気付けただろう現象である。論文の体裁で発表したのは何年か経ってからのことであるが、ザウラーズへのヒアリングを含めた一通りの調査は小島尊子と共に、ロボットに乗っていた時に行っていた。
 その内容を要約すると、ロボットを託された子供達が初見のそれを支障なく運用出来たのは、ロボット側から子供達の認知に対して何らかの働きかけがあったからではないか、という仮説である。またその働きかけは恐らくザウラーブレスやパイロットスーツなどの装備を介してより強化され、これによる補助を受けた子供達はその反応を学習すると、やがてその補助が無くともロボットを運用可能になる。
 これらを調べた長田達は、複雑なシステムとのサブインターフェースとして、システムがオペレータに対し直接的な注意喚起を行うことの有用性を主張してこの論文を結んでいた。機械が人間を操作する内容にも取れる為、実際にそのシステムにより地球を救った実績が無ければ主張し辛い内容であり、発表当時は様々な反応を呼んだものだ。
 なお、その後に行われたライジンオーでの追調査でも、原理は不明ながら同様の結果が得られている。長田は仮説を強調したが、それは、信頼性の高い仮説であった。
「理由は論文の通り、学習効率が高まって、訓練期間の短縮が期待されるからです。
 方式は統合意識体のテクノロジーに到底及ばないでしょうが、システム側で重要だと判断した計測値乱れが発生した場合に、その計器に視線を誘導する機能などが、実装されているそうです」

「・・・あ、こいつを使うと妙にオペレータの指示が分かり易いのって、そういうことだったんだ」
 ミラーがぽつりと言った。
 その何気ない言葉が、本当に彼の理論が使われているのだということを長田に思い知らせる。

「余計なことを聞くんだが、そのシステムを使うことへの抵抗はないのか? ブレット」
「何故?」
「・・・機械に操られるだとか、機械と1つのシステムに組み込まれるだとか、批判も結構あったと思ったんだけどな」
「貴方もそう感じたんですか?」
「いや」
「そうですよね。貴方の論文は、なんと言うか・・・好意的だったから」
 ブレットは笑って、少なくとも自分は、このシステムを体の延長のように感じているのだと語った。人、一人が出来る事には限界がある。仲間と協力することも、機械に補佐されることも、限界を超える為の手段としては全く同じ事なのだと。
「それに俺は、これが無いと目も殆ど見えません。本当に身体の一部なんです」
 眼前を覆うHMDに触れながらさらりと言われた事の重大さに、思わず問い返す。
「そうなのか?」
「後天的な疾患です。普通の器具では矯正視力を出せないので、本来なら、宇宙を目指すことも無理だったでしょう。
 まぁどうやっているのかは・・・企業秘密ですが」
「普段は全然、不自由してないわよね。見た目もクールだし、むしろ、便利って感じかしら?」
 悪戯っぽくジョーがそう言って、自分のHMDを外す。
 年相応の可愛らしい表情が覗き、その眉が少々困った様に八の字を描いた。「もう少しキュートだとよかったんだけど」

 示し合わせた訳でもないだろうが、彼等は皆、何とはなしに天井を見上げた。
 天窓越しに覗いた春近い空には、白く霞んだ月が見える。
 かつての戦いで少しだけ地球との距離を詰めた月は、長田が昔仰いだそれよりも輝き、そして近いものに思えた。



[19677] SABER
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/09/05 19:23
 長田は五つ子達の中の一台を手に取り、滑らかな流線型を描くカウルをしげしげと見る。不要なパーツを外し、可能なものは全て軽量化パーツに交換してセッティングを行ったマシンは、豪のそれに近いものであった。WGPマシンではないのでボディにはヤスリをかけ、所々肉抜きを施している。勿論、セイバーとしての機能に影響の無い範囲を見極めた上でだ。
 巷でセイロクと呼ばれるセイバー600は、土屋が開発したフルカウルミニ四駆、セイバーの量産型である。ウィング形状の異なるタイプが複数試作されており、それぞれが烈のソニックセイバー、豪のマグナムセイバー、黒沢のブラックセイバーとして昨年の国内レースでは活躍したそうだ。それら試作型の中庸を得て完成されたのがこのマシンである。
 またセイバー600は、初めて実用化されたSABERとして、業界では画期的と言われるものであった。市販されてから然程時が経っていないにも拘らず、その売り上げは空前のものであるという。理由は、これまでのモデルと比べて突出した速度と走行安定性に拠る。
 しかし何故、セイバー600が画期的と言われるのか?
 国内レースでは依然としてアバンテやマンタレイといった既存モデルも使用されており、セイバー600と同等に渡り合う者も居るという。性能の高さから次第にセイバー600の割合が増えているとはいえ、それは画期的と言える程のものなのだろうか。
 長田がそう尋ねた研究員達からは、現実に走行するSABERを生み出したことに意味があるのだという答が返って来た。それは未来の可能性の扉を開くものであるのだそうだ。
 新素材が次々に使用されて車体は軽量化し、バッテリーもまた小型化と高出力化が進む近年、マシンの速度は飛躍的に向上している。それにつれて無視出来ない存在となりつつあったのが、空気の存在、空力であった。ミニ四駆がより速さを追求しようとした時に立ちはだかったのが空気の壁だったという訳だ。
 空気抵抗を減じ、また高速走行時のマシンの安定に欠かせないダウンフォースを効率よく発生させる為の形状の研究は各所で進められていたが、一部の研究者達は、それを空気を切り裂き音速すら超えるジェット戦闘機の機能美をカウル形状に取り込むことで実現しようと考えた。
 この概念が《SABER /セイバー》と名付けられ、ミニ四駆研究者達にとって体現するべき共通の目標の一つとなったのだそうだ。
 故にその最初のマシンとしてコースを走った土屋のセイバー600が注目されたのだ、と説かれて長田は納得したのである。

「あれ? ということは、所長が作ったもの以外のSABERも存在するんですか?」
 そう長田が尋ねた時、何故か田中も中村も苦い顔をした。「あぁ、存在する」「するね」

 最近の土屋のマシンは全て、セイバーの名を冠しておらずともセイバーの技術を応用した空力マシン/エアロマシンである。
 それはリョウのネオトライダガーの原型となったトライダガーも、藤吉のスピンコブラの原型であるスピンアックスも同様だ。セイバーの空気の扱いを汎用的とあえて定義した時、トライダガーとスピンアックスのそれは限定的であると表現することが出来る。トライダガーはダウンフォース発生に特化しており、スピンアックスは瞬間的な加速の空気抵抗を去なすことに優れた形状をしている。その特徴を保ったまま、この2台は改良が重ねられた。スピンコブラの開発自体は既に三国グループで行われているのだが、土屋の思想は尊重され、確実に継承されている。
 対してサイクロンマグナムとハリケーンソニックは、セイバーの試作機から進化してきたマシンである。いわば直系の子孫達と言いたい所であるが、その表現が辛うじて当てはまるのは、土屋のマシンと触れ合って来た豪の意見が大きく反映されて開発されたサイクロンマグナムのみである。ハリケーンソニックは自機の改良に行き詰まり苦悩の末思い切った決断を下した烈によって、余りにもドラスティックな変貌を遂げており、直系というよりは混血という言葉の方がしっくりとくるものとなっていた。
 それは何との混血か。奇しくもハリケーンソニックの有り様は、プロトセイバーEVOの鏡映しであった。
 そう、プロトセイバーEVOはセイバーの名をこそ持つが、それは土屋のセイバーではないのである。

「大神という研究者が居るんだがね、彼もまたSABERを実用化したのさ」
 嫌悪の表情を隠そうともせずに田中は続けた。「優秀なのは認めるが研究のやり方が強引でね! 私は好きになれないんだがねっ!」
「所長と同じく鉄心先生に師事していた人なので、SABERへの思いは所長と同じようにあったと思いますよ。
 ただバトルレースに傾倒していましたし、ウチの研究所とは相容れないというか何とういか」
 中村がどうどう、と田中を宥めつつフォローする。田中も漸く落ち着いて、失礼、と咳払いすると言葉を続けた。
「元々、J君は大神研究所に所属していたレーサーで、プロトセイバーEVOの原型は大神のプロトセイバーJBなんだ。
 そうプロトセイバーは、大神のSABERなんだよ」

 プロトセイバーEVOは、大神の開発したプロトセイバーを基にしながらも土屋研究所で開発された、一風変わった経歴を持つ。
 そしてハリケーンソニックは、土屋の開発したセイバーを基にしながらも大神研究所で開発された、特異な経歴を持っていた。
 土屋に僅かに遅れて完成した大神のSABERは、プロトセイバーと名付けられてセイバー600と同様に現在では市販されている。冠されたプロトの文字は、全てのSABERの原型となる完成度を有することへの、強烈な自負を伺わせるものである。
 プロトセイバーEVOから今なお見て取れるプロトセイバーの設計には、土屋のセイバーと同じく、大神という研究者の空力に対する基本思想が如実に反映されている。ギミックに依って空気の流れに積極的に機能を与える設計は明らかに土屋とは趣きが異なっており、それは長田の目にも明らかなものであった。また、ハリケーンソニックの装備するフロント—リアウィングの複雑な構造も、大神の研究成果が応用されたものである。
 対して土屋の設計は風を受け流し風に乗るというもので、よりジェット戦闘機という本来のモチーフに近い印象がする。如何なる経緯があったのかは不明だが、所長席の傍にはジェット戦闘機に乗る土屋の写真が飾ってある。彼はその超音速の世界に魅せられた思いを持って、SABERの名をもつマシンを設計したのだろう。
 研究員達との遣り取りを思い出しながら、しげしげと手にしたセイロクを見ていた長田は、そこで一人ごちた。
「しかし、どうやったら飛ぶんだ?」
 豪の必殺技だというマグナムトルネード。
 銃弾の如く回転しながら空中を飛び大胆なショートカットを果たす国内レース映像を想起しつつ、長田は首を捻った。



「なぁ豪、ちょっと訊きたいんだけどさ」
 屋内コースの隅で高笑いを上げていた少年に声を掛ける。
「いま俺、忙しいの!」
 膠も無い答に「ちょっとだけだから」と再度頼むと、渋々とそのハイテンションを収めてこちらまでやってきた。何かの遊びだったのだろうか、取り残されたもう一人の見知らぬ少年もそれを追う様に走ってくる。他の子供達は現在おらず、ホールは途端に静かになった。
「しかたねーなー。何だよ?」
「なんだなんだ?」
「・・・ところでどちらさま?」
 初めて会う少年に首を傾げる。先程の様子を見るにとても仲の良い友人らしく、歳は豪と同じ頃だろうか。黒髪のため遠目ではクラスメートかと思っていたが、コーカソイドの特徴を表す顔を見てWGP関係者かと考え直した。
「こいつ? ニエミネンていうんだ。オーディンズのメンバーだよ」
「初めまして、オーディンズのブッちぎりレーサー、ニエミネンです。お邪魔しています」
 礼儀正しく挨拶するニエミネン少年に、長田も自己紹介を返す。
「それで訊きたい事って? 俺達忙しいからあんまり時間の掛かることは無理なんだけど・・・」
「あぁ、直ぐ終わるさ。このセイロクでマグナムトルネードは出来ると思うか?」
 長田のセッティングしたセイロクを受け取った豪は、途端に真剣な顔でその観察を始める。ややあって頷いた。
「出来ると思うぜ。これ秀三さんがセッティングしたの?」
「そうだよ」
「たまみ先生より上手いな。ちょっと見直したぜ」
「そりゃどーも。ちなみにマグナムトルネードって屋内コースじゃ出来ないのか?」
「ここじゃあ無理だよ。狭いから。
 トップスピードが長く続かないと飛べないし、それにすげー飛ぶから、ショートカット出来る距離が無いとコースアウトしちまうんだ。
 秀三さんもマグナムトルネードしたいの? 今は無理だけど、教えてあげるぜ?」
 「マシンはやっぱカッ飛びだからな!」と豪は気勢を上げる。
「まぁどうやったら、ああなるのか興味があるからな。時間がある時に頼むよ。
 あと、サイクロンマグナムのことなんだけど。GPマシンになってから、マグナムトルネードしたこと、あるか?」
 長田が最も気にしていたのは自分のセイロクではなく、現在の豪が使うサイクロンマグナムであった。あたかも飛行機の様な動作をGPチップは想定していない。果たして今までの様な走りが可能なのかどうかが、非常に気掛かりだったのだ。
 果たして豪は、こう答えた。
「そういや無いな。スピードが速くなってちょっとジャンプするだけで十分だし、丁度いいコースもなかったから。
 でもやろうと思えば出来ると思うぜ。多分」
「・・・そうか。解った、有り難う」
 マシンを熟知する豪の言葉なので、GPチップのプログラムがマグナムトルネード発動を阻害することは無いのかも知れない。しかし一抹の不安を残したまま長田は頷いた。これは注意深く見守る必要があるだろう。
「じゃ、もういい? 俺達練習しないといけないんだよ」
「あぁ。忙しいとこ悪かったな」

「あ、そうだ。俺も訊きたいことがあったんだ。
 ミニ四駆は速さが一番大切だと思うんだけど、秀三さんはどう思う?」

 不安そうに値踏みする様な、豪らしからぬ細められた視線を受けて、長田は思わず応えに詰まる。
「最近皆、酷いんだよ。フォーメーション、フォーメーション、チームランニング、フォーメーションって、それじゃあカッ飛べねぇじゃんか。
 こいつなんて、その所為で次の試合、オーディンズのメンバーから外されちまったんだぜ?」
 豪の言葉に、ニエミネンは項垂れてそれを肯定する。「次の試合はフォー・トップレースだから4台でも問題ないって・・・フォーメーションを乱す俺は要らないって監督に言われちゃって・・・でも、ミニ四駆はブッちぎりなんだ、そこは絶対譲れねぇっ!」
「そうだ、それでこそ真のミニ四レーサーだぜ!」
「だよな? そうだよな?!」
 長田の返答を待たず、二人は何やら盛り上がり始めたがその話を総合すると、速さを追求する豪とニエミネンの二人は、チームランニングを重視する他メンバーと反りが合わないという共通点により意気投合し、カッ飛びブッちぎりの高速走行の素晴らしさを他メンバー達に知らしめるべく、ここで特訓していたのだということだ。ずっと響いていた高笑いは、特訓の一環であったらしい。
 しかし北欧チームは兎も角として、豪はプロトセイバーEVOとの連携を身を以て体験し、チームワークの重要さを認識したのではなかっただろうか。それでも尚、彼にとってはチームワーク以上に、速く走ることが大切だったということなのだろうか。それが信念であるならば、長田に言えることは何も無いので、その点については指摘せずに口を噤む。
 そして、土屋のセイバーとしては、サイクロンマグナムの在り方が最も素直だと感じる。だから長田は事実だけを伝えた。
「ミニ四駆としてどうなのかは俺にはわからないけど、所長のセイバーとしては、速さの追求は自然だと思うな」
「土屋博士のセイバー?」
 中空を切り裂いて飛翔する翼の様を、最も体現したのはサイクロンマグナムだ。
「ほら、セイバーのモデルはジェット機だろ?」
「・・・そっか、そうだよな! カッ飛ばないジェット機なんてジェットじゃないもんな!」
 ジェット機、の言葉を理解した豪はすっかり御満悦の様である。それでレースに勝てるかどうかは別問題だが、理屈を説いても徒労に終わる予感がするので長田は何も言わなかった。そして、今なら土屋の心境が良く解る。そもそも土屋の思想とチームランニングこそが、相容れないものであったのだ。土屋の思いを忠実に受け継ぐ豪だからこそ、土屋はそれを否定することが出来ないというジレンマがそこには存在したのである。

「なぁなぁ」
 袖を引っ張られてそちらを見ると、ニエミネンが心細そうな顔でじっと見上げていた。
「俺は? 俺のホワイトナイトは? ブッちぎりじゃ駄目なのか?」

 たっぷりの沈黙が流れる。それと共にニエミネンの目には涙すら浮かんでくるようで、大いに慌てた。
「あー、その、なんだ?」
 しかし唐突に問われたところで、ホワイトナイトの設計思想など微塵も知らない長田には答えようがない。そもそも白騎士/White Knightか、白夜/White Nightなのかすらも判らない・・・北欧チームということは白夜の方が《らしい》のかも知れないが。
 豪と同じ考えだというニエミネン少年が、チームの中でやり辛い思いをしていることは容易に想像出来る。大丈夫だと言うのは簡単であり、そう元気づけてやりたいとも感じたが、誰も彼もが真剣にレースと向き合っているのだ、根拠の無い事を断じるのには大きな抵抗がある。返答に窮した長田の声を遮る様にして、豪はニエミネンを引っ張った。
「・・・二、ニエミネン、そろそろ練習の続きしようぜ!」
「え? なぁ、俺は? 俺のホワイトナイトは?!」
「あぁ! あと秀三さんお願いがあるんだけどさ!」
「なんだ豪?」
 彼なりに迷惑を掛けたと感じたのか、ニエミネンの後ろで豪は片手を顔の前に上げて必死に謝っていた。
「覆面2つ買ってくんない? 百均でいいからさ」
「覆面? あぁいいぞ、何でもいいぞ。さぁ行こう、早速行こう、直ぐ行こう!」
 尚も食い下がろうとするニエミネンの質問をのらりくらりと交わしつつ、一同はホールを後にした。



 ちなみにこの時に長田が購入した覆面は、カッ飛びブッちぎりの高速走行の伝道師である正義の覆面レーサーの装束として使用されたそうである。合同練習に励むTRFビクトリーズ・オーディンズのメンバーと監督、そして取材に来ていたelicaの前に、高笑いと共に現れ高速走行の素晴らしさを朗々と説き始めた豪・ニエミネンの勇姿を後からビデオで見せられて、だからこそのあの高笑いだったのか、と、長田は腹を抱えて大いに笑ったのであった。



[19677] KMレポート
Name: もげら◆6cba0135 ID:1ccd6962
Date: 2010/09/27 22:16
「おぉ正信、ここに居ったのか。さっきオラクルに聞いたが、お前が気にしてたZMCの新しい論文が出とったぞ」
 音井信之介が彼の館の中でも奥まった場所にある書斎を覗くと、息子は先程届けられたばかりの荷物の梱包を解いている真っ最中であった。両手を広げた程に幅のある包みは重量もかなりある様で、作業に難儀しているらしい。正信はその手を休め、汗を拭う。
「本当ですか? 有り難うございます、父さん」
「それが例のKMレポートかい? しかしまたえらく物々しいのう」
 破れた段ボールの隙間から覗くジュラルミン製の櫃を見てぼやいた信之介に、正信は櫃から伸びる電源コードと通信ケーブルをぷらぷらと振り回して、反対の手でカード状の認証キーを示した。
「あちらの研究所で軽く目は通したんですけどね。
 映像が無かったから先方に無理を言って、全部紙資料で用意して貰ったんですよ。そうしたら何故かこうなっちゃって」
「中身は全部紙かい! またお前も無茶なことを」
 正信が自身の研究の為に今回貸与された品は、信之介の記憶が正しければ高い機密性を有し、慎重な扱いを要求される代物である。それをネットワーク全盛の時代にあって管理が煩雑になる物理的資料で要求するという非常識振りに、我が息子ながら頭痛を覚えた。
「ご丁寧に全頁チップ付き、光学スキャン防止用の特殊紙に印刷されてます。
 この中の資料、ケースから10m以上離したらアウトなので気を付けてくださいね。
 それからケースに中身が収まっていない状態で電源と通信ケーブルが切れても防衛隊に通報されちゃいますから」
「この部屋にシグナル達は入れられんな」
「あはは、確かに」
 正信は苦笑する。あの破壊魔達にかかれば即日通報される羽目になるだろう。
「しかし徹底しとるのう。じゃがスキャン防止とはいっても、写真は撮れるだろうに。
 ウチにはロボット達も居るから、仰々しい割には意味が無さそうだがの」
 HFRにとって、"For your eye's only" は無意味である。信之介が尤もなことを指摘するが、正信は否定する。
「それは、外部接続不可の端末貸与でも、シンクライアントでも同じでしょう。
 最後は信用ですよ。いやー、やっぱり日頃の行いってのが大切なんですねぇ」
「お前が言うと全く説得力がないの。
 しかしこれだけ場所をとるなら、シンクライアントでも借りた方が良かったんじゃないのか?」
「そちらを強く勧められましたし、確かにDr.ハンプティは失くしそうだと、端末を借りた様ですがね。
 こういうのは広げて見た方が解り易いじゃないですか。端末1台だけ借りても多分、使い難いと思ったんですよ」
 確かに、その意見にも一理あった。

 正信がDr.ハンプティらと研究しているのは、MIRAを利用した人体により近い義肢の開発である。勿論、MIRAを使用する以上、信之助も共同研究者として名を連ねてはいたが、それはあくまでもMIRAの扱いに関する部分のみであった。
 近年、高性能義肢の需要は高い。これは無機知性体の侵略が残した負の遺産である。その攻撃により市中で機械化された被害者の中には、物質復元装置による蘇生には成功したものの、四肢を欠損した者が少なくなかった。
 通常、機械化が行われるのは無機知性体の放つ機動兵器とETロボットの交戦区域である。機械化した物体は高硬度の金属で構成される為、生半可な衝撃で壊れるものでは無いが、運悪く周囲の破壊に巻き込まれ身体を破損する者も皆無ではない。
 また、数回だけ世界規模で行われた機械化でも、その後の機械化区域の保存状態が悪く破損が進んだケースがあった。機械化された人体は優先的に回収・保管されていたものの、巨大な機械に塗り込められてしまったものについては回収不能であったからだ。
 破損の度合いは、指を数本、といった軽微なものから、手足の欠損、脊椎損傷といった重篤なものまで、様々である。
 被害者が自然な生活を送れるよう、高性能義肢の研究は事件終結直後から世界中で進められて来た。
 しかし、より自然に動かせる、より人体に近い義肢を求める声は尚強く、各方面からの要請に依って現在、頭脳集団アトランダムではHFR技術を応用した義肢開発プロジェクトが推進されているのである。
「だが、よく貸与の許可が降りたのう」
 正当性は十分にあるのだが、しかし例の事件に関わる物理的な資料を防衛隊が貸与したことに、信之介は驚きを禁じ得なかった。
 何故ならば物質復元装置に関連する技術は、この世界で一番といっても過言ではない機密だからである。機械化された物質を復元する為には、機械化のメカニズムを解明する必要がある。即ちそれは、人が自ら機械化を引き起こす可能性を手にしたことに他ならない。
「物質復元装置そのものの資料ではないですからね。
 防衛隊でも、際どい資料は既に全てが封印されているそうです・・・恐らくはORACLEに」
 絶対に流出を許してはいけない技術を預けるのに最適な場所、それがORACLEである。それは確信であった。
「KMレポート自体は、人体の機械化から復元までを詳細に調査した唯一の症例の記録です。
 僕達にとっては非常に重要な研究材料になると思いますよ。
 きっとMIRAの組成式が非公開じゃなかったら、貸してくれなかったんじゃないですかね。
 それだけ父さんのMIRAに期待してるんですよ。MIRAなら、人体に違和感の無い義肢を作れそうですから」
 流石は父さん、と茶化す様に賞賛してから、正信は付け加える。
「あぁそれに、Dr.ハンプティの所のメッセージは物質復元装置の開発で大活躍でしたっけ。
 それも影響してるんじゃないですか?」
「そういや、そうじゃったの。手の空いた情報処理系ロボットが居らんか血眼で探しまわっとったわ」
 当時の組織の混乱振りを思い出した信之介は、懐かしそうに目を細めた。今となっては良い思い出である。

「それでこのレポートの主は、どこか欠損しとるのか?」
「いえ、ピンピンしてるらしいです。今でも復元後の追跡調査には協力しているそうですよ。
 特に、彼・・・男性なのですが、彼の場合は完全に機械化する前に物質復元装置に掛けられているので、その時に生身だった部分への後遺症が心配されている様ですね。今の所は健康そのものみたいですが」
 それは初耳だった。機械化は一瞬にして完了するものであり、生身の部分を残すなどという話は聞いた事が無い。
「機械化する前? 部分的に機械化したということなのか?」
「そうです。これが非常に珍しいケースなんですけど、機械化光線が掠った箇所から1〜2週間掛けて徐々に機械化が進行したんですね。
 その為に、詳細な調査を行うことが出来たらしいですが。最終的には人体の95%近くまでが機械化したそうです」
「・・・・・・それは、恐ろしかったじゃろうなぁ」
 まるで蛇の生殺しではないか。その恐怖を想像して、信之助は顔を曇らせた。
「えぇ、その辺りのカウンセリング資料も含まれてます。彼、KMは当時12歳でした」
 正信は「酷いものでした」と告げる。顔を背け、ジュラルミン櫃の設定を再開する。
「自分だと確信していたものが段々失われていく恐怖が記されていましたよ。
 今ここに居る半機械の自分は、本当に自分なのか。全て機械になった時、そこに自分は残るのか。
 読むのが辛い内容でした。
 しかも機械化がかなり進行した状態で、一度、無機知性体にコントロールを奪われて友人の首を絞めたそうです」
「何じゃと?」
 余りに衝撃的な内容に絶句する。まるでそれは「アトランダムに操られたパルスやカルマの様ですよね」そう、現在ピンピンしているというKMは、自我を奪われた後、一体どうやって正気を保つことが出来たのか。彼はロボットではなく、人であるにもかかわらず。
「幸い、途中でコントロールを取り戻して事無きを得たそうですし、周囲の友人達の理解を充分に得ています。
 が、中々忘れられるものでは無いようですね」
 認証キーを翳して蓋が問題無く開いたのを確認すると、正信は一安心、とばかりに息を吐く。そして早速、頭を突っ込むと資料を漁り始めた。信之助と顔を合わせない様にしているようにも見える。
「数年経ってからも、今だに悪夢を見るとか。
 それから、いつか、自分の身体が機械に戻るのではないかという思いを持つことがある、と。
 これは恐らく、他の被害者にも共通している恐怖だと思います。
 義肢を作る際は、なるべくメカニカルな構造を排する配慮が必要でしょうね」
 事件、と称される程に軽微な損害だと言われる無機知性体による地球侵略だが、それでも被害が無い訳ではない。普段は意識することの無い事実を突きつけられて、思わず信之助は口にする。
「ザウラーズのお陰で地球は救われたが、戦いの傷跡というのは、ずっと残るもんじゃのう」
 正信は、暫し沈黙した。
「・・・そうですね。もっと上手く戦えたんじゃないかとか、外野から心ない事を言う人も居るようですしね」
「正信?」
「あぁいえ、すみません。父さんにそういうつもりが無いのは解ってます。
 色々な所に行くと、そういう話を聞くこともありまして。
 このレポートにも書かれていることなのですが・・・・・・」

「実はこのKM、ザウラーズのパイロットなんです」

 信之助は目を瞬いた。ならばKMは、幾度となく対峙し目の当たりにしてきた敵と同じ機械となる恐怖を抱えつつ、その敵に身体を乗っ取られて戦友を殺しかけ、それでも尚、心挫けること無く、遂には無機知性体を退けたということなのか。たった齢十二の少年が。
 何という、心の強さだろう。
 正信はまるで信之助の心を読んだかの様に続ける。
「このレポートを見ると、学術的な内容よりも、まず彼の心の強さに驚きます。
 自身が完全に機械化しようとしているにも拘らず、物質復元装置に掛かるのを拒否して、友人を助ける為に敵の機動兵器に突っ込んで行ったそうですよ。サイボーグ化した身体を生かしての大活躍だったそうですが。
 たとえ完全に機械になったとしても、彼にとっては仲間を見捨てない心こそが、自分である証明だったそうです」
 KMは自らの心を信じ、その心を彼の仲間達もまた信じた。そして地球は救われた。信之助は尋ねる。
「なぁ正信」
「はい」
「儂らがロボットを造ることを、彼等はどう思っとるんじゃろうなぁ。
 Dr.クエーサーが、アトランダム・ナンバーズを破壊しようとしたのも・・・案外、あの事件が後押ししたのかもしれんのう」
 不完全な人の模倣であるロボットは、人の手に余る。だから破壊する。
 かつての頭脳集団アトランダム総帥、クエーサーの偏った考えは、一面では正しかった。
 傲慢な生命により作られた無機知性体は、やはり傲慢に他者を押し潰そうとし、それ故に子供達によって破壊されたのだ。
 正信は、薄く笑って開いたファイルから取り出した一枚の紙を渡す。それは、KMとカウンセラーの遣り取りの記録であった。


   C(カウンセラー)
   K(KM)

   C:身体が戻る前と後での、君の感じ方を教えてくれるかな?
   K:はい。

   C:TVや自動販売機みたいな機械を見てどう思う?
   K:別に、変わんないなぁ。

   C:じゃあ、機械化獣は? 
   K:これも変わんないっすね。昔から怖いは怖かったけど、もう慣れたかな。

   C:今、世界で活躍している様な人型ロボットはどうかな?
   K:んー(間が空く)見た事ないから分かんないな。
     でも別に、機械だから怖いとかは無いと思う。

   C:自信がありそうだけど、何か理由があるみたいだね。
   K:先生も言ってたけど、人を見た目で判断しちゃいけませんて、あれ本当だったんだよな。
     機械でも(かなり間が空く)エンジン王みたいに(かなり間が空く)いい奴はいたし。
     もしあいつが生きてたら、絶対仲間になれたと思う。

   C:もし、いいロボットと会ったら仲良くできそう?
   K:もっちろん。教授も言ってたぜ、俺達と機械は仲良く出来る筈だってな。
     皆だってそう思ってる。それにさ、そもそもキングゴウザウラーだってロボットなんだぜ?


 やがて、目を上げた信之介の顔は明るい。



「さて、梱包は返却用にとっておかないと・・・と、クリスちゃんは居ないんでしたよね。
 仕舞うの手伝って貰おうと思ったんだけどな」
 設置を一通り終えた正信は、山と積まれた梱包材に溜め息を吐く。戦闘用ロボット達をこの部屋に入れるのは危険極まり無いため、片付け作業に適任と思われた助手は、生憎と外出中であった。
「そういえばここの所、彼女、外出しとることが多いのう」
「何百だか何千万ドルだか、売り上げ目標達成しないと実家に連れ戻されるらしいですから。
 必死なんでしょうねぇ」
「何じゃいそれは」
「あれ父さん、知らなかったんですか?」
 正信は首を傾げる。クリスが話していない筈はない。
「ナントカの世界大会、アメリカ開催だったのが急に日本に変更されて、クリスちゃんの実家がカンカンになってるって」
「はぁ?」
 しかし、信之助はまるきり初耳といった顔をする。とすれば、研究に没頭する余り上の空であった信之助が聞き流していたのだろう。
 正月を過ぎた辺りから、実家に連れ戻されるかも知れないと青い顔をして右往左往していた助手の混乱振りは印象深いが、それはラボの外だけで見せていた姿だったのかも知れない。恐らく信之助にはただ淡々と、事実のみを伝えたのであろう。見事に聞き流されてしまった様ではあるが。
「ドタキャン同然だったからかなりの損が出て、実家の皆さんがかなり頭にきてるみたいですよ?」
「だがなんでそこでクリスなんじゃ」
「そりゃあドタキャンした先方へのプレッシャーじゃないですか? 曲がりなりにもサイン財閥御令嬢ですから。
 日本暮らしも長いですし、適任だと思われたんでしょう」
 信之助に「外出が多い」と思われているらしい彼女が何だか不憫になったので、正信は彼女の活躍を伝えておく事にする。
「クリスちゃん情報だと、ノルマ達成の為に日本で仕事を取ろうと三国コンツェルンとバトルしてるそうです。
 国内事業はあそこがほぼ独占しているらしくて、そこからパイを少しでも食い千切ぎるって気炎を上げてましたよ。怖い怖い」
「余程帰りたくないんじゃなあ」
「《A-T》開発もありますし、ロボット工学者としては、ここで帰るのはなしでしょう。
 だからクリスちゃん喜んでましたよ。
 父さん、いま開発を一時ストップしてるから、心置きなく出稼ぎが出来るって」
 信之助は頭を掻く。
「詰め込み過ぎたら、動かん代物になりそうな雰囲気がしてきたからのう。
 道具から作り直しじゃい。ま、そういうことならゆっくりやるかな」
「きっと喜びますよ。
 そうそう、確か今日あたりニュースになってるんじゃないかな。
 大きい仕事を毟り取って来た! って、随分前にクリスちゃんが喜んでたのが」

 正信はTVを付けると、タイミング良く流れたニュースの「アストロドーム来日」というヘッドラインを示すのであった。



[19677] ドッキリ大作戦
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/10/17 23:06
 港に停泊するものと言われたらさて、何を連想するだろう。
 水上バス、フェリー、漁船、商業港ならコンテナ船やタンカー、リゾート地であればヨットにクルーザー。何れも船のカテゴリに属する物が脳裏に閃くのが普通ではないか。
 しかし四月某日に水平線の彼方から現れたのは、そのどれとも異なるものだった。
 先ず、フォルムが全く違う。舳先も船尾も無くお椀を伏せた様な形をしている。
 そして大きさが違う。巨大タンカーもかくや、という幅と高さを誇示しながら三隻の牽引船に先導されて静々と海面を渡る様は、蜃気楼と見紛う程に現実離れしていた。陸で待ち構えていた双眼鏡片手の野次馬らが歓声を上げ、遥々大平洋の向こう側からの長旅を終えようとしている彼女を拍手と共に迎え入れる。
 船と呼ぶには余りにも奇妙な風貌をした彼女は、その名をアストロドームという。



 前代未聞の航海が今まさに終わろうとしているのを、波止場からじっと見詰める二つの影がある。そのひとつは彼女に太平洋を渡るよう指示した者であり、もうひとつは本来ならば動き得ない彼女に足を与えた者だった。つまりそれはサイングループ日本法人特別交渉役であるクリス・サインと、アストロドーム移設責任者のローガン・スミスである。
 三国財閥が各種建設を牛耳るWGPに於いて、例外的にこの事業はアメリカに本拠を持つサイン財閥が指揮を執るものであった。
 本来ならばアメリカで開催される予定であった第1回WGPにまつわる事業は、サイン関連会社主導により行われる筈だった。しかし唐突な開催地変更により、多くの建設が翌年に延期されて今期の売り上げ予定は激減している。この想定外の事態による損失を如何に減じるかを目的として立ち上げられたワーキンググループの一員が、ローガンである。そして親日家として知られる令嬢クリスもまた、交渉時の《顔》として上層部の采配により、特別にこのグループに組み込まれていた。
 彼等はFIMA役員との交渉を重ね日本国内の仕事の受注を図るも、名誉会長の影響力の強さを見誤った為に、速やかに彼の合意を得た三国財閥の独占を許してしまう。あまりの失態に動揺する面々に対し、クリスは打開策として、既に建設済であったNAアストロレンジャーズのホームコースであるアストロドームの、日本移設の実現可否を問うた。
 荒唐無稽な計画である、と、常ならば一笑に付す様な話である。
 しかしローガンらは藁にも縋る思いで建設を行った関連会社に確認を取り、驚くべきことに「別途工事は必要だが不可能ではない」との回答を得たのであった。
 これにより、改めてFIMA役員との会合が持たれ、移設責任者としてローガンが選出された。
 彼等は「第1回開催を予定していたアメリカチームのホームコースをお披露目する」という名目により、その移設費と日本での運営費として、決して少なくない額を稼ぎ出すことに成功したのである。


「先ずはお疲れ様ね。言い出しっぺの私だけれど、よくもまぁ無事に成功させたと、正直なところ驚いてるわ」
「有り難うございます」
 赤毛の女性の労いに短く応えたスーツ姿の男性は、己の手がけたプロジェクトの迎えた大きな節目に如何なる事故をも許さぬよう、未だ着岸していない彼女に厳しい視線を遣ったままだ。
 その日の空は澄み渡り、珍しくけぶりの少ない海上の遠くまでをすっきりと見通すことが出来た。
 暫し沈黙が続くとやがてローガンは、濃灰色の上着の袖を捲り腕時計の針先を確かめる。午前8時20分、時間通りであった。腹の底に響く重厚な金属音と共に、彼女を支え海に浮かぶ基底部がこちら側に設営されていた土台に連結される。慎重な操作を経て彼女、アストロドームは、晴れて日本と陸続きになったのだ。
 ここで漸く表情に安堵が浮かんだ。
「はじめはクリスお嬢様の突拍子もないアイデアに皆で驚いたものですが。まさか本当にアストロドームが動くとは、恐れ入りました」
「動かした本人がよく言うわね!」
 女性は呆れた様な声を出す。確かにこのドームを実際に動かす算段をつけたのは他ならぬ男性だ。それは各方面との面倒極まり無い交渉を必要とするものであり、誰にでも出来るものではなかった。
「しかし私には絶対に、この発想は無理でした」
「こんなこともあろうか、と、可動を想定しておくのは、技術者として当然でしょ」
 サイン財閥令嬢でありながら、普段のクリスはロボット工学者として、ビジネスとは縁遠い生活を送っている。十代前半にして大学課程を終了し、現在はかの有名な音井信之助に師事しているその優秀さは、ローガンをはじめとしたサイン関連会社の多くの者の知るところであった。故に、クリスが科学者の嗜みとして自作ロボットに自爆ボタンを装備させるという、独特の思考回路の持ち主であることもまた知られている。
「そんな事を想定するのは、クリスお嬢様だけだと思っていたものですから」
 陸で待機していた作業員達が次々に海上組と合流する様に見入る余り、正直過ぎる意見を述べてしまったローガンは、次の瞬間、膝裏に緩やかな衝撃を感じて平衡を崩した。揺らぐ視界は濁った海面を捉え、真っ直ぐに潜入しそうになるのをたたらを踏み辛うじて堪える。
「そこは、流石は天才美乙女ロボット工学者のクリスさん! でしょ。分かってないわね」
「危ないですよ。スーツの替えなんて持ってないんですから・・・それに寒中水泳は勘弁して下さい」
「もうそんなに寒くないんじゃない? ま、そうならない様に加減してるわよ。落ちなかったでしょ」
 ふふん、と赤い瞳をすがめて悪戯っ気たっぷりに笑うその親しみ易さは、周囲から好意的に受け止められているものである。
 しかしその思考回路も行動様式も、このお嬢様は中々どうして、独特であった。


「では改めてお訊きしますが、どうしてまた、動くなどと考えたのですか」
 建設担当者であれば、移設を思い付くことに不思議は無い。しかし、サイン関連会社横断的に要員を集め結成されたワーキンググループの面々がこの着想を得るのは困難だ。しかも発案者は、WGPの存在すら知らなかったクリスなのである。
「単純な連想よ。アストロドームのコース構成は当然、知ってるわよね」
 既に嫌という程に見慣れたコースだ、ローガンは頷く。その設備には愉快なアイデアがこれでもかというくらい詰め込まれていた。お陰でドーム運営には特別に訓練を受けたスタッフが必要となり、人材派遣の面でも利益を上げられる程の専門性を有するものである。
 そのコース構成は5つに分割することが出来た。

 ドーム周囲の海上に巡らせた浮桟橋を使用する、サーフウェーブコース。
 ドーム内の高速オーバルコースである、マッハトライセクション。
 同じくドーム内のスーパーテクニカルコースである、メビウスラインセクション。
 海底に食い込ませたチューブから水を抜くことで瞬時に干潟様の路面を持つ海底トンネルを造り出す、タイドランドコース。
 そして海上のストレートコースである、オーシャンフロート。

「周囲の海を上手く利用しているものですね」
「そう、海よ。5セクション中の3セクションが海の状況に左右されるのよ。どんなマリンパークだっての。
 ロケーション確定するだけで一苦労するのは、今回、嫌ってほど味わったわよね」
 確かに、全てのセクションを設置可能な条件を満たす港の選定には非常に苦労した。ドームを収容可能なスペースがあることに加え、他の船舶の航行ルートをドームとその周辺施設から遠ざけるよう融通可能である必要があった為だ。しかもその上、アメリカチームのホームコースというだけあって、海風の条件等スポンサーたるNASAの注文は実に多かった。
 クリスは顔を顰めて続ける。
「特に第4セクションのタイドランドコース。あんな海底をガリガリ削る設備なんて、保護団体に喧嘩売ってるとしか思えないわ。
 いくら環境アセスをクリアしてたって、何時立ち退きを要求されるか判ったもんじゃないと思わない?
 で、ウチの建設担当者だったらそれ位は想定してると思った訳よ。そこで移設を受注して、もう一稼ぎしようと思うでしょう、普通は」
 意外にも筋の通った説明をされてローガンは些か驚いた。設計者と直接話す機会は無かったが、その必要性が無いにも拘らずドーム基部がメガフロート用建材を設置可能な構造となっていたのは、正しくその通りの理由からなのだろう。
「それに、あのリュケイオンだってカルマが根性出したら動くのよ?」
 ローガンの心底驚いた顔にドッキリ成功とばかりに、にやっとして付け加える。「多分、ね」
「冗談ですよね?」
「冗談かもね。でもリュケイオンて、区画全体がわりかしアグレッシブに動いたりするのよ。昔、それで死にそうな目に遭った事があるんだから。
 そんな訳だから、NASAの愉快な機能満載のこの子が動けない訳が無いじゃない? 勘よ、ピピッと来たの」
「恐れ入りました。流石は天才美乙女ロボット工学者のクリスお嬢様です」
 彼は素直に賛辞を述べただけなのだが、クリスは微妙な顔をして話題を変えた。
「・・・ま、このドーム自体が壮大なドッキリだってのには、正直NASAの本気っぷりにさしものクリスさんも恐れ入ったけれど。
 首尾はどうなのかしら?」
「上々です。最新の設備でロケーションのシミュレートをさせました。
 午前一杯の海風が特に強くなる地域を選択しています」
「あら心強い。じゃあタイドランドコースの水深も、衛星の探査範囲を超えられたの?」
「はい。この辺りは岸壁の近くから急に海底が落ち込む場所ですから問題ありません」
「それはよかったわ」
 クリスは海上のアストロドームを見上げ、呟く。
「一度限りのドッキリに、NASAもお金、掛けるわよねぇ。
 まさか、アストロレンジャーズもホームコースに裏切られるとは思ってないだろうし、ちょっと可哀想だわね」
 そう、このコースは、NAアストロレンジャーズの戦法を熟知するNASAが、敢えてチームメンバーとオペレータールームを想定外の事態に直面させる為に仕組んだ、一つの壮大なドッキリと言えるものであった。屋外に多くのコースを配置することで天候の影響による不確定要素を増やすことは勿論、衛星とリンクして状況を分析する彼等のルーチンとも言える行動を崩す為に、第4セクションの海底トンネルは衛星の探査不能な水深に設置する手筈となっている。当然、その事実が監督を含むメンバー達に伝えられることは無い。
 宇宙飛行士を目指すメンバーと、そのバックアップチームにとっては、想定外の事態の発生を予期し冷静に対処する準備が必要なのである。その重要性を知らしめる為の演習の一つとして、このアストロドームは設計されていた。負けることの許されないホームコースでのレースというプレッシャーの中で発生する異常事態に、果たして彼等はどの様な反応を示すのだろうか。
 ドッキリの仕掛人でもあるクリスとローガンは共に、母国の不利ともなるこの仕掛けに一種の後ろめたさを覚えている。
「やはり日本チームを応援されるので?」
「日本贔屓だと思われてるのねぇ。でも当然、アストロレンジャーズに決まってるじゃない。
 アストロドームのこけら落としの日本戦、絶対に勝ってもらわないと困るわよ!」
 クリスは拳を握る。
「日本のあの変な会長の所為で、こっちはメンドクサイ事になったんだから、しっかり見返してやらないと!
 本当は、プレ・グランプリで開催地がアメリカに戻ってたら楽だったのに・・・
 ・・・でもまぁ、開催地が戻っちゃってたら、さしものローガンも引き攣ったかしらん。工事が丸々無駄になっちゃう訳だから」
 彼女の言葉は、プレ・グランプリに於いてFIMA役員達と名誉会長との間で非公式に行われた合意を指していた。プレ・グランプリ開催当初、急遽参加の決まった日本チームのGPマシン開発期間は1ヶ月に満たず、実績を重ねている欧米チームとは異なりそのポテンシャルは未知数であった。
 世界初のWGP、かつミニ四駆発祥の地としての日本のネームバリューがマイナスに働くことに危惧を抱いた役員一同は、5位以内に日本チームが1台もランクインしなかった場合は実力不足として、開催地をアメリカに戻す旨の合意を名誉会長に取り付けていたのだ。
 しかし結果はネオトライダガーが5位に終わり、日本開催が確定する。
 クリスはそれを残念がっていたが、けれども付け加えた言葉の通り、仮にアメリカ開催に戻っていればいたで、既にアストロドーム移設に着手していたローガンをはじめとする現場は大混乱であっただろうから、実は日本チームの善戦は非常に有り難いものであった。
「そうですね。今回は、上の動きが全く読めません。フットワークが軽過ぎると言いますか、根回し無しで予定が決められてしまうので非常に困りますね。
 あの日本チームも巻き込まれた被害者の様ですが・・・開発を始めたのが今年に入ってからだという話が本当なら、プレ・グランプリまでのほぼひと月でマシンを仕上げて来たということです。そんな急造で本場のGPマシンと遣りあえるとは、流石は日本というところでしょうか」
 GPマシンと非GPマシンの違いによく用いられる喩えが、自家用車とF1カーである。速さをはじめとする性能は勿論乖離しているが、そもそもコンセプトが異なり比較しようとすること自体が誤っている。如何に日本チームをバックアップするのが有数の研究施設であろうとも、GP経験無しにGPマシンを造り上げたその技術力には一目置くだけの価値があった。
「でもやっぱりアメリカには、是非とも頑張って欲しいわ。
 上といえば・・・そうそうあの会長、何となく態度がセクハラっぽくて苦手なのよ」
「そうですか?」
「視線が微妙にヤラシイの、サングラスで視線は見えない筈なんだけど、何だか落ち着かないのよね。
 しかもよく解らない内に向こうの都合のいい様に話を持っていかれちゃうし、あーあホント、苦手だわ」

「何はともあれ、これで無事に日本戦をパスしてアストロドーム運営が軌道に乗ればノルマ達成、やっと研究に戻れる!
 苦節数ヶ月、長かったわ!」

 彼女は満面の笑顔を浮かべている。水を注すなら早い方が良いだろうとローガンは口を開いた。
「残念ですがクリスお嬢様。想定よりも順調にリカバリが進んでいるので追加ノルマが発生しました。
 第2回大会用に、今回移設したドームの代わりとなるアストロドーム2の建設を受注するよう、昨日に社命を受けております」
「何ですって?」
 その晴れ晴れとした表情が固まる。
「これで! やぁっと! 実家から解放されると思ったのにー!!」
 そして驚きの余りか水平線の彼方に向かって奇声を発するクリス。
 その声を掻き消すかの様に、港には注意喚起の警笛が断続的に鳴り響く。着岸工程を終えたアストロドームの船舶としての機能を停止し、観覧施設として作動させる為の準備が始まったのだ。



[19677] 瞳の性能
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/11/14 23:09
「僕達のチームにも、秘密兵器が必要だと思うんです」
 秘密兵器、何とも心踊る響きである。
 食堂でカレー蕎麦を啜っていた長田の前でTRFビクトリーズのリーダーである星馬烈は、そんな少年時代の宝物の様な言葉を口にした。
「パワーブースターみたいな?」
 先日アストロドームで行われた対アメリカ戦では、序盤優勢にレースを進めた日本チームだが、ブレットらの秘策であったパワーブースターなる機構に因り惜敗を喫している。それはバッテリー残量の全てを駆動力に回すことで強力な加速を得る、ミニ四駆の常識を裏切ったシステムであった。実際に彼等が目にしたバックブレーダーの速度は、高速仕様/カッ飛び仕様であるサイクロンマグナムの最高速をも超えるものだったのである。
 その悔しさの所為かと思い長田が尋ねると、烈は頷いた。
「きっと秘密兵器を持ってるのはアメリカだけじゃない。他のチームも皆、勝つ為に色々やってると思います。
 豪のマグナムトルネードじゃないですけど、奥の手を用意しておけば、いざって時に役に立つかなって。あれから考えました」
「あぁ、そういえば見事に飛んでたな」
 豪の担当した最後のセクションであるオーシャンフロートでは、製作者の強い懸念など知ったことかと言わんばかりにサイクロンマグナムは問題無く飛翔した。強い海風に流されて一時は海面に落ちるというアクシデントこそあったものの、大きく開いた相手との距離を縮め遂に一時とはいえ追い抜けたのもまた、その翼があったればこそだった。
 しかしあの弟にして、この兄である。
「その考えの十分の一でも、豪には分けてやりたい所だな?」
 そうすれば随分と兄の悩みは減るだろうに、と長田が揶揄えば烈はかくりと肩を落とす。
「あいつの頭の中にはカッ飛ぶことしかないから駄目ですよ。それに僕は成り行きですけど一応、リーダーですから」
 苦笑混じりのその言葉通りの自覚を持って、烈は一戦々々の結果を誰よりも重く受け止めているのだろう。しかし彼はリーダーとしてだけではなく、レーサーとしても優秀なのだ。余り負担を増やしても益はなく、その心労の一端を軽減するのには長田も吝かでない。
「で、それを俺に相談するってことは、何か作りたいものがあるんだろう。
 そいつと関係あるのか?」
 卓上に置かれたビデオディスクへ顎をしゃくりつつ、椀の底に残った汁を掻き込んだ。
「はい。この間、オーディンズとの合同練習の時に、elicaさんが取材で来てたんです。あの時も豪は変な事をやらかして、呆れられちゃったんですけど・・・その時に・・・あれ、そういえば秀三さんってelicaさんに会ったことありましたっけ?」
 首を傾げた烈に、長田は頷いた。確かに土屋研究所の面々とelicaの接点は今の所、特に無い。しかし長田にとっては地球防衛の激戦を共に潜り抜けた友である(ちなみに、激戦を潜り抜けた実感は余り無いので誇張表現である)。良い面も悪い面も・・・自らの命の危機を目前にした際の利己的な主張も、覚悟を決めた瞬間の清々しい表情も既に知る、無二の友人の表現も過言ではない者である。ただし無二と言っても、彼にはその様な友人があと十六人程は居るので、この表現は妥当でないのだが。
「あぁ、知ってるよ。それに元々彼女とは友達だったから、時々WGPのこと、聞かれたりしてるし」
「そうだったんですか?! じゃあ、サインとか貰い易いですね!」
「まぁ・・・貰いたいと思えれはお得なのかも知れないけど。昔からの付き合いだからあんまりそうことはないかな」
「そうなんですか。ちょっと勿体無い気もしちゃいますね」
「あれ。烈、サイン欲しいの? 直接言えば喜んで書くと思うけど。結構お調子もんだしあいつ」
 どうやら烈の世代には、elicaとザウラーズの関連性は意味を持たないらしい。考えてみれば、事件当時に彼等はまだ三、四歳だったから余り覚えていないのかも知れなかった。とはいえ親族に被害者が居そうなものだが、これも被害に地域差が大きい為に一概に言えるものではない。土屋とはまた異なる烈の反応に、己の過去への追求が無かった事への大きな安堵を覚えつつ、長田は気を楽にしたまま会話を続ける。
「それであいつがどうしたって?」
「ピットボックスっていう機械が僕達の役に立つんじゃないかって、教えてくれたんです。
 タイヤやバッテリー交換を自動でやってくれる機械なんですよ。こういうのって自分の手でするものだと思っていたので、言われた時は驚いたんですけど。でも・・・もし僕達のマシンの為のピットボックスを作れたら、凄い有利なんじゃないかと思うんです」
 日本チームへのアドバイスとは、如何にもサポーターらしい振る舞いである。彼女は真面目に仕事をしているのか、と、当たり前の事に長田が妙に感動しているのを他所に、烈は説明を続けた。
「自分達でタイヤ交換をすると、20秒は掛かります。もしそれが2秒で出来たら、タイムを大きく縮められる。
 だからこのピットボックスをビクトリーズの秘密兵器にしようって、J君と一緒に相談して決めたんです。秀三さん、どう思います?」
「いいんじゃないかな。所長は何て言ってた? あの人だったら直ぐにでも作り始めそうだけどな」
「まだ聞いてないんです。博士、忙しそうだから悪いかなって。
 マシンとも直接は関係ないですし、今、新しいモーターの研究でずっと忙しいでしょう?
 でも早く帰らなくちゃいけないし。だから、僕達で作ってみようと思ってます」
「まぁ、そっか。俺はそれを手伝えばいいのかな?」
「出来たら・・・」
 烈は上目遣いで長田を見る。土屋を介さないで長田の助力を仰ぐのには、幾許かの心苦しさがあるのだろう。土屋程に身近ではないが、けれども他の研究員達よりは遠くない。ここに、長田の微妙な立ち位置が表れていた。
「設計はJ君と僕でやってみようと思います。
 そのチェックと、実際に組み立てる為の部品の作り方を教えて欲しいんですけど・・・」
「いいよ。面白そうだし、皆の役に立てるのは嬉しいしな」
 土屋が体調の為に早く帰るのは自業自得とはいえ、長田が尻を叩いているのが事実であるから、ここは彼等に協力すべきであろう。それに何より、秘密兵器の響きの甘美さには抗い難かった。長田の快諾に烈の口元が綻ぶ。
「よかった! 有り難うございます! 一応これがelicaさんに貰ったピットボックスのイメージなんですけど、見て貰った方が解り易いと思って、持って来たんです」
 烈はビデオディスクを手に取ると飛び跳ねる様にして、夕食には些か早い時間の為に沈黙していたTVの電源を入れると、その映像を再生した。画面がよく見える様に席を移した長田の目の前で、今やすっかり見慣れた紺色スーツに身を包んだelicaが、マイクを握り元気良く語り掛ける。


【お父さんの為のWGPハイライト】

『皆さんこんにちは、あ、こんばんは、でしたね。
 なんとロケの予算が付く様になったので、本日はここ、ミニ四駆の本家本元はTAMIYAの敷地内からお送りします、お父さんの為のWGPハイライト。
 これも皆様のお陰です!』

『さてさて今日は、GPマシンの走りを支えるタイヤやバッテリーの開発を行った研究所にお邪魔してみようと思います』

『ミニ四駆のタイヤ、何で出来ているかご存知ですよね。そう、ラバー、つまりゴム製です。
 ところで不思議に思った事はありませんか?
 富士ノ湖サーキットの様な路面μの高い、』

 そう説明しながら、摩擦係数μ(ミュー)の定義を丸文字で手書きしたフリップを示す。アイドルらしい文字を目指して書き方を散々練習したというその成果は今や全くの無駄になり、ミスマッチを生み出していた。この愛らしい丸文字達もまさか将来、μやらSIRIUSやらを表現させられるとは予期していなかっただろう。

『つまり凸凹の大きいアスファルトのコースを何千メートルも走ったら、普通のミニ四駆のタイヤならボロボロです。
 でも、選手達が路面コンディションが変わったタイミング以外でタイヤ交換することは、まずありませんよね』

『その秘密が、ここで開発された特殊ハードラバーです。
 なんとこの素材で作られたタイヤは、F1マシンのタイヤよりも丈夫だという驚きのテスト結果が出ているそうですよ』

『タイヤと言ってもその種類は沢山ありますから、完成品が出来るまでには、試作したノーマルタイヤやレインタイヤを装着したマシンを、コース上で何日間も走らせたということです。その数、何と64台! バッテリー交換だけで一苦労ですよね! そんな開発者の皆さんの強い味方が、このピットボックスです。お話を伺ってみましょう」

 マイクを向けられインタビューされた男性は、その箱型装置がタイヤ・バッテリー交換を2秒程度の短時間で行えることを語る。そして新型タイヤの特徴を解り易く解説した。

『GPマシンというと斬新な形のボディにばかり目が行ってしまいますが、こんなところもどんどん進化しているんですね。
 それでは来週はバッテリーの秘密にも迫ります。お茶の間のお父さん達、お楽しみに!』


「そんな訳で、彼等は秘密兵器を作り始めた様ですよ」
「私の方でもピットボックスには注目していたんだが、流石は烈君だ」
 土屋は感心した様であったが、その意外な反応に長田は首を捻る。
「ピットボックスが有用だというのは賛成ですが、でも、既にありそうな物だと思うんですけど。
 だから所長が驚いたことに、むしろ驚きます」
 今までのレースを見る限り、各チームがピットボックスに相当する機材を使用している様子は無かったので、導入すれば確かにアドバンテージとなるだろう。だがGPレースに一日の長のある欧米チームが今までタイヤ・バッテリー交換を自動化していなかったことに、長田は疑問を覚えていた。
 しかし土屋は、その考えを否定する。
「いや、作ろうとするとあれは中々難しいよ。マシンのセッティングはとてもデリケートだから。
 例えばタイヤの履き替えでウィング角度が変わりました、じゃあ困るだろう? しかもレース中にだ」
「言われてみれば・・・確かに、ただガッチャンコすればいいってもんじゃないですね」
「結局はマシン形状に合わせて設計しないといけないし、最終的にはレーサー自身が調整する必要もあるだろう。
 そもそも、マシン開発チームとレーサーの接点は、普通はあまり無いんだ。
 だから他のチームには、ピットボックスの発想そのものが無かったのかも知れないね。現にこのピットボックスも、レースとは関係の無いパーツ開発で使用されているものだ。
 ・・・ただ、elicaさんの紹介で各チームが導入する可能性は大いにある」
 どうやらelicaは、業界関係者にも目から鱗の技術を発掘してしまったらしい。
「深夜番組だから、そこまで心配する必要はないと思いますけど」
「甘いぞ長田くん。あの番組は、幾つかのチームに取材を申し込んでいる筈だ。
 つまり、アメリカ、ドイツ、オーストラリアは確実にチェックしているだろう。
 烈君とJ君にも、他のチームが同じ物を開発しているかも知れないことを、伝えておいて貰えるかい?
 少々開発を急いだほうがいいかも知れない」
「了解です」
 にわかに責任が重くなったことに戸惑いつつも、長田は頷いた。
「宜しく頼んだよ。ただ子供達も、私に教えてくれたっていいのにな。仲間外れで寂しいよ」
 土屋は残念そうな顔をする。
「彼等なりに所長に気を遣ってるんだと思いますよ。V2モーターの開発が難航していることも、きちんと分かってるみたいですし」
「皆には迷惑を掛けているみたいだなぁ」
 土屋は頭を掻く。その顔色は数週間前に比べ改善されつつあったが、まだ無理をしてはいけない時期だ。しかもアトミックモーターV2プロジェクトは最近行き詰まりを見せており、土屋はそちらに掛かり切りとなっていた。そういえばここ暫くは田中と会話した記憶が無いことに、長田は思い至る。
「田中さん、最近元気ですか?」
「あまり元気じゃあ、ないかもな。外国チームが新モーターを共同開発していると専らの噂があるが、そいつが何時完成するか、気が気でなくて焦ってるのがよく判るよ。
 ドイツ、アメリカ、オーストラリアに先を越されたら、太刀打ち出来ないかもしれないからね」
「あぁ」
 間の悪い事に、今はアメリカで開発された新理論のモーターが実用化し洗練される直中、つまりモーター技術の躍進期であった。駆動系の性能向上はタイム短縮に大きく寄与する為、WGP開催期間中も各国は競って研究開発を続けているらしい。土屋研究所もまたそれに乗り遅れまいと必死なのである。
「何か手伝えることがあればいいんですけど」
「いや、君には子供達のサポートをして貰って助かっているんだ。
 君まで新モーターに掛かり切りになってしまうと、それこそ身動きが取れなくなってしまうからね。
 それに君にしか出来ないこともあるし・・・・・あぁ、忘れてた!」
 話しながら長田の週次報告を確認していた土屋は、唐突に額を抑えた。それはプロトセイバーEVOの修正を、正式に採用するどうか確認する内容である。
「忘れてましたか、エボリューション。可哀想ですね」
「いやはや申し訳無い。エボリューションのAI改修の件だが、サポート指向化にも特に問題が無い様だから、フィックスしておいてくれるかい?」
「了解っす」
 修正を加えたプロトセイバーEVOは、その後のオーストラリア戦、北欧戦、アメリカ戦で、支障無い動きを見せている。仮想神経網の構成も安定しており、心配されていたJの指示との葛藤を発生させることも無かった。長田の確認はあくまで形式的なものであり、土屋の答は予想通りである。
 仲間同士の協調により発揮される力を彼等に示したプロトセイバーEVOを思い浮かべ、土屋は呟く。
「次のレースは、ロシアとだな。うちのチームワークも随分成長したと思うし、今度はどうだろうね」
「勝てるんじゃないですか?」
 長田はちょっと考え、付け加えた。「秘密兵器が無ければ」



 車椅子の青年はぽかりと口を開けて、その端正な顔立ちを台無しにしていた。
 常ならばエンジンの唸り轟くサーキットは、ここのところ子供達の声で騒がしい。観客席も、コースの上も、普段の姿を知る者にとっては違和感溢れる別世界と化していた。特にホームストレートに隣接して建設された人工のスキーゲレンデには目を引くものがある。平野部に比べて肌寒いとはいえウィンタースポーツには時期外れとなった今、その斜面は人工降雪機が真白く整えているのだろう。何しろ手元のリーフレットによれば、そこは日本の四季をテーマとした今回のレースの最後を盛り上げる《冬》のセクションだ。
 その斜面を全速力で駆け下りるであろうレーサーの身体能力に素直な感嘆を覚え、レースへの興味が少々増した。
 間の抜けた顔のままで青年は一頻り、様変わりした富士ノ湖サーキットを堪能してから周囲を見回して、銀髪の北欧人が現れることを期待する。このレースの関係者であるという彼の知人にして偉大なる先輩は、怪し気な関西弁風味の流暢な日本語で「ニエミネンは兎も角、ジャネットとマルガレータまで消えおって・・・ゴローちゃんごめん、ちょっと待っといて。ヴィルヘルムは一緒にあいつらを探すぞ、ワルデガルドは車椅子見といてな」と、招待客用のシートの一角に石田五郎を残して姿を消してしまったのだ。一人取り残されるならば兎も角、初対面の子供と話題無く沈黙を共有するのは勘弁して欲しかった。
 とはいえ車椅子の押し手を握ったワルデガルドもまた、大層困惑しているのがよく解ったので、石田は口を開く。
「普段もこうして、他のチームの試合を見に来るのかい?」
「はい」
 話し掛けられて驚いたのか車椅子が揺れ、一拍置いてから丁寧に答が返される。
「いつもという訳ではないですが、注目しているチームの試合は、一度は見る様にしていますね。
 シルバーフォックスはうちのチームと同じく雪や氷のコースを得意としていますから、監督は今シーズンの仕上がり具合をチェックしたいと、考えているのだと思います。あとビクトリーズはレースをする度に強くなっているから眼が離せない、と。僕もそう思います」
「ビクトリーズって、どこの国だっけ」
「知らないんですか? 日本ですよ。そもそも富士ノ湖サーキットは日本のホームコースなのですが」
 ワルデガルドは、自国のチーム名すら知らない石田に不思議そうに問い掛ける。北欧チームのリーダーだという彼に、石田は申し訳無くなった。
「勉強不足で済まないんだけど、実は僕、ミニ四駆はさっぱり知らないんだ。
 今日だって急にバタネンさんに連れて来られただけだから」
 幾ら話をする為の口実とはいえ、週末の晩に掛かって来た電話を取ったが最後、あれよという間に富士五湖くんだりまで連行されたのだ。ラリーの素晴らしさを滔々と語りつつ高速道路を浮かんばかりに爆走する前に、先ずはWGPについての解説が欲しかった。
「監督、強引ですからね」
「でもあれ位じゃないと、チーム監督は務まらないのかな。何だか大変そうに見えるよ」
「主にニエミネンが原因なんですけどね」
 少年が背後で苦笑したのが判った。妙に大人びた疲れた笑いである。
「君も苦労してるみたいだ。
 バタネンさん達、何処まで探しに行ったのかな? まだ時間はあるけど、ずっとここに立ちっぱなしじゃ君も疲れるよね」
 「僕は大丈夫です」という声を無視して石田は再び注意深く周囲に目を走らせ、そうして、探しものとは異なる有り得ないものを発見した。
 セミロングの髪を軽やかに春風に遊ばせながら歩いてくる華やかな女性と、その彼女の言葉に相槌を打つ、水色のシャツにジーンズの男性。更に後ろには白衣の男性が続いていたが、前者二名が石田にとって非常に見覚えのある者だったことに大いに驚く。
「あれって・・・」
「elicaさんと、ビクトリーズの監督ですね。お知り合いですか?」
「監督? 誰が?」
「白衣の方が、監督です。elicaさんと話している方は、ビクトリーズのスタッフだと思います。以前、コースで見掛けたことがありますから」
 石田は思わず立ち上がろうとしてギプスで固めた両足に気付き、舌打ちする。「どうしたんですか?」驚くワルデガルドに構わず叫んだ。
「おーい、エリー、秀三!」
 観客席のざわめきに掻き消されたかと思ったが、二人が弾かれた様に振り向き、そして目が合う。
 その顔に同時に驚きの色が広がったのが、妙に滑稽であった。



「秘密兵器はユーリ君だったということだな」
 前回に引き続いての惜敗に落胆の色を隠し切れていない土屋であったが、そのレース内容自体は素晴らしいものであった為、次に向けた心の切り替えは既に済んでいる。競り合うネオトライダガーのスリップストリームを利用してゴール直前までぴたりと張り付き、チェッカーフラッグを奪うタイミングを見事に見切ったロシアチームのリーダーは、秀逸なレーサーとしての眼の性能を存分に見せつけた。マシンスペック至上主義を否定する立場の土屋にとって、その事実が喜ばしいものであることは確かだ。
「何のことですか?」
「いや長田君とね、今日のレースは相手チームに秘密兵器が無ければ勝てるだろうと、そんな話をしていたんだよ。
 まさか単独で君に仕掛けてくるとは思わなかったから、少々驚いていただけさ。
 でも、とても良いレースだったよ、リョウ君。本当に惜しかったね」
「ありがとうございます博士。足の怪我も完全に治りましたし、次は絶対に勝ちます!」
 惜しくも一歩及ばなかった結果に消沈するかと思いきや、満足のいくレースが出来たのかリョウの表情は清々しい。前回は不慮の事故による片足の負傷で残念ながら欠場を余儀なくされた彼であったが、その力強い言葉の通り、巧みなスノーボード捌きに怪我の影響は全く見られなかった。
「その意気だよ。あとは豪君・・・君はもう少し、周りの事を考えてだね・・・」
 良い仕上がりを見せたリョウとは対照的に、レースとなると視野が一気に狭窄するこの問題児は、今回も見事にやらかしてくれたのである。最早諌める言葉も尽き果て溜め息混じりに絶句するしかない様子の土屋に、運悪くその被害を受けた藤吉がその怒りを再燃させて噛み付いた。
「そうでげす、わてのマシンがリタイヤしたのは豪君のせいでげす! どう責任取るつもりなんでげすか!」
「だーかーら、悪かったって謝ってるだろ。しつこいなぁ」
「全然反省してないでげすな・・・怒るのもバカバカしくなってきたでげすが・・・
 そんなにカッ飛ぶことばっかり考えてないで、もうちょっと頭を使って欲しいでげすよ」
 暖簾に腕押し、糠に釘。怒りの遣り場に困って拳を震わせるしかない藤吉に「だから悪いって思ってるって」と豪は謝る。一応、謝ってはいる。だが反省はしていない様だ。
「でもさぁ、俺は、マグナムが走りたいように走らせてるだけだしな。カッ飛ばないのは、無理だよ。
 秀三さんも、マグナムはカッ飛ぶもんだって言ってたし」
「どういう理屈だか全然解んないでげすよ」
「えっと、何だったかな・・・ジェット機、そうそう、博士のセイバーはジェット機がモデルだからカッ飛ぶのは自然だって、言ってた」
 どうせ自分に都合のいい部分だけを聞いていたのだろうと、藤吉は胡散臭げな顔をして土屋を見る。豪の言葉が正しいのかを尋ねられているのだと気が付いて、土屋は控え目に肯定した。
「確かにSABERのモチーフがジェット機なのは確かだから、最高速の伸びを追求出来る機体であるのは間違いない。
 だがねぇ豪君。それとチームワークを軽んじるのは話が違うぞ?」
「解ってるって博士。次はちゃんと飛び越えられる様に頑張るから」
「解ってないでげす。全、然、解ってないでげす」
 解り切っていたことではあるが、何を言っても無駄なのである。遂に藤吉は匙を投げた。

「そういや、その長田君は何処に行ったんじゃ? レースに負けたっちゅうのに、反省会に顔も出さんとはいい度胸じゃな」
「うおぁ! て、鉄心先生、何時の間に此処に?! ってか何しに来たんですか!」
 長テーブルの端で大きな音を立ててカップ麺を啜り上げた鉄心に、一同は椅子を蹴倒す程に驚いた。尚、彼等は昼食の真っ最中であり、約一名、二郎丸などは鼻から牛乳を吹き出して悶絶している。
「elicaちゃんとお昼でも〜と思っとったんじゃがの、先約があるとかでな。寂しいから来ちゃった、テヘ☆」
「・・・そうなんですか・・・メイワクな・・・elicaさんなら、長田君と一緒ですよ。会場で彼等の友人に会いましてね」
「何か怪しからん事を言われたような気もするんじゃが、ほうほうそうかい。あの若造がelicaちゃんを取ったんじゃな」
 この老人は放置すると何をやらかすか理解不能なので、土屋は仕方無くフォローする。
「この場合は長田君ではなく、友人の方ですね。どういう縁かは知りませんが、オーディンズと一緒に今日のレースを見に来ていて、ばったり会ったんです」
「オーディンズ? あいつらもここに来てたんだ!」
「ああ。私達の偵察に来た、というところだろう。
 それで鉄心先生、石田レーサーをご存知ですか? その彼が、長田君達の同級生だったらしくて。その・・・小学校の時の」
 モータースポーツ最高峰を目指す天才ドライバーとして名を上げつつある若手レーサーの名を挙げる。鉄心よりも早く、烈が反応した。
「石田レーサーって、あの石田五郎ですよね? elicaさんといい、秀三さんの友達って有名人が多いんですね」
 そして、その言葉は更に連鎖する。
「え、秀三さんってelicaさんと友達だったの? 全然、そんな話聞いたことなかったぜ。J、聞いた事あるか?」
「ううん、初めて」
 やいのやいのと子供達が騒ぐのを見て、鉄心は小声で土屋に尋ねた。
「なんじゃいこいつらにあの若造のこと、まーだ教えとらんのか」
「はぁ、まぁ」
「elicaちゃんのお友達って所で結びつかないなんて、平和になったもんじゃのう」
「いいことじゃないですか。それに、レースとは直接関係ありませんし」
「成る程の。じゃが、ちぃっとばかし関係してくるかもしれんぞい?」
 小声で聞き返そうとした土屋は、次の瞬間に思い切り片耳を引っ張られて飛び上がる。何をするにも予告というものが無いことに閉口するが、抗議するだけ無駄である。
「お前達は騒がしいの、落ち着いて話も出来んわい。こりゃ土屋、ちょっとこっちゃ来い」
 態とらしく声を張り上げると鉄心は控え室を後にし、当然の如く土屋も引き摺られる様にして連れ出される。手加減を知らない為にぎゅうぎゅうと引っ張られる耳がとにかく痛い。その手を何とか振り切るも、しかし老人は止まらないので大人しくついて行くしかないのである。
 そのまま廊下の端にあるエレベーターで最上階へと向かう。着いたのはゲストラウンジであった。
 ここでゆっくり話をしようということなのか、鉄心の意図が読めず表情を窺うと、彼は入口にほど近いテーブル席に向かって声を掛けた。
「丁度いい所に居った、バタネン監督」
「これは、ミスター鉄心と土屋監督。どうかされましたかな?」
 見知った顔であったが、しかしテーブルを囲むオーディンズの面々は普段のコスチュームではなく私服であった為、土屋は声を掛けられるまで全く彼等の存在に気付かなかった。鉄心は思いの外に目敏い。
「お前さんがご執心のゴローちゃんは何処に居る? ここでelicaちゃんとお茶しとるのは分かっとるんじゃ」
「あぁ、彼なら奥の席に。しかしミスターが何の御用で?」
「うんにゃ、ゴローちゃんじゃない方に用があるんじゃよ。ま、野暮用って奴じゃな」
 バタネンの示す方には観葉植物の鉢に隠れて見え辛いが、確かに談笑する三人の姿が見えた。彼等は礼を述べてそちらへと向かう。
 話は随分と弾んでいる様だ。然程混雑していないこともあって近付くにつれ、その言葉の幾らかを拾うことが出来た。

「いや、光るおっさんのネタ帳はマジでこう、口で言えないくらい難しいんだよ!」
「そんなに凄いのか?」
「あたしに聞かないでよ。でも何かこう、端から見ててヤバそうなのは伝わって来たわ。
 五郎くんは高校違ったから知らないと思うけど、最後の方は明らかに変になってたからこの人」
「複雑で難しいんじゃなくて、何語喋ってるのか分からないっつーか、何が言いたいのかが分からないんだ。さっぱり」
「・・・メモなんだろ? 暗号じゃなくて」
「多分、親切で付けてくれたメモ、ってか解説の筈。でも初見で何が書いてあるのか解る人は誰も居なかった」
「どんだけ癖字なのよ、あの小父さんは」
「もう思考レベルで不思議な癖がつきまくってる感じとしか言えない。思い出したら身体が痒くなってきた・・・」

 とはいえ、端から聞いていて意味の解るものではなかったが。
 逸早くelicaがこちらに気付いて長田をつつく。彼もまた振り向くと腰を浮かせたので、闖入者である土屋はそれを制した。
「所長、何かあったんですか?」
「鉄心先生が君に話があるそうだ。邪魔をしてしまって本当に申し訳ない、石田君もすまないね」
 レース前に一度会っただけの石田とは、簡単な自己紹介を交わしたのみである。況してや鉄心の事など知る由もない石田には、状況が飲み込めないであろう。だが彼なりに納得したのか、席を外すことを申し出る。
「僕の方から急に呼び止めてしまったので、何か用事があるならそちらを優先してください」
「あー、別にここに居てくれとって構わんよ。車椅子だと移動も大変じゃろうて」
「しかし・・・」
「それで会長が何の御用でしょう?」
 困惑気味の石田に構わずelicaが尋ね、長田は近くの空いた椅子を引いてきて二人に勧める。《会長》の肩書きに石田がぎょっとしたのが手に取るように判り、土屋は苦笑う。
「おうおう、そこな若人にちょっくら頼まれて貰いたい事が出来たんじゃよ」
「俺にですか?」
  鉄心の行動には碌な事が無いという先入観が確立されていた為に、石田を除いた周囲は自然と警戒態勢に入る。土屋などは、如何にも不穏な言葉に顔から血の気すら引いた。咄嗟に脳裏に過るのは、柳たまみが代理監督に任命された時のことだ。それと同じ様に無茶な事を言い出すのだろうかと、嫌な予感がしてならない。
「じゃが」
 一体何を言われるのかと、一同は固唾を飲んだ。
「とりあえず土屋、その前に注文じゃ。グリーンチーを勿論、ホットで頼むぞい」

 湯気を立てる緑茶が目の前に置かれ、漸く鉄心は本題に入る。
「さて、長田君。お前さんにお願いしたいのは、WGPの流れにも関わる役目と言えるじゃろう。
 じゃがまぁ、そんな怖い顔をする必要は無いんじゃ。ざっくばらんに言えば、雑用じゃよ、ざ、つ、よ、う」
 軽い口調で雑務であると前置きされて安心しかけた所に、「とはいえ、お前さんのちょいと珍しい経歴じゃからこそお願い出来ることでもある」と聞き捨てならない言葉が添えられる。珍しい経歴、の意味する所は明白であったが、それと鉄心の立場が結び付かず長田は説明の続きを待った。
「土屋は当然知っとるだろうが、WGP参加チームのバックアップ体制には結構な差があるんじゃ。
 まぁ、本国同様の援助があるかそうでないかで、ざっくり2つに分かれるの。
 1つは十分な支援を受けられるチームだが、アメリカ、ドイツ、イタリア、オーストラリア、北欧、そして当然、日本じゃな。
 逆に、中国、ロシア、アフリカ、ジャマイカの4チームは組織があまり大きくないから、思う様に支援が出来ておらんと聞いとる。
 もっとも、中国とロシアは単に日本に設備が無くて小回りがきかんっちゅうだけじゃが。だがアフリカとジャマイカについては殆ど機能しておらんのだ」
 ここで緑茶を啜り上げ、反応を確かめるよう一同を見回す。口を挟む者は無い。
「そこで問題は支援が貧弱な4チームの方なんじゃが、あいつらが深刻なマシントラブルを抱えた場合、レース続行に支障を来す事態になるのが明白じゃ。
 それも含めてチームの実力と言ってしまえば身も蓋も無いんじゃがの。
 だが、第1回の開催ちゅうこともあって、FIMAもチーム数を増やしたかったらしいんじゃなあ」
「FIMAのサポート規定のことでしょうか?」
 歯切れの悪い言葉に、思い当たる節でもあったのか土屋が尋ねる。未だに話が見えて来ない為に少々苛立ちが滲んでいたが、鉄心は意に介さず続ける。
「そう、GPチップやセンサー、最低限のパーツの供給をサポートするから是非参加してくれということで、勧誘したチームも中にはあるんじゃよ。
 しかしパーツがあればマシンが動くっちゅうもんではない。
 どのチームもメンテナンスには苦労しとるじゃろうし、さっき言った通り、でっかいマシントラブルを非常に恐れとる。前にプロトセイバーEVOを一から造り直したことがあったが、あんなことは普通は不可能じゃ。
 しかもだ、お前達は新マシンやらモーターやらをどんどん開発出来るが、向こうはそうもいかん。仮にアイデアがあって設計までは出来たとしても、専用の設備なんぞ持っちゃいないからのう。こいつはオフレコじゃが、ここ最近はレースを続けて行くのが限界だと洩らすチームもある位でな。
 じゃが、無理を押して参加に漕ぎ着けた手前、会期中にギブアップされてもFIMAだって面子丸潰れじゃ」
 面子、などという単語が鉄心から飛び出したことで周囲に軽い驚きを与えたが案の定、世捨て人は舌を出してこう宣う。
「・・・・・・というのは建前での。
 儂は、レーサー全員に、最大のポテンシャルを発揮したレースをして欲しいと思っとる。設備が無いとか下らん理由で折角のレースを台無しにしたくはないんじゃ。
 そういう訳で、急遽、共用の開発設備を整えることにした。その計画にお前さんが必要なんじゃよ」
「「は?」」
「というのも、お前さんは土屋の所に居りはするが、儂らとは無縁の業界に属しておる。
 この世界にも派閥っちゅうもんがあっての、土屋や大神にしろ、他の研究者にしろ、柵は避けられないんじゃ。
 外国チームなら尚更、自分の所のマシンを見せるのは抵抗があるじゃろうて」
 しかしそこでどうして長田の名が挙がるのか。土屋と長田の両名には、非常に嫌な予感が膨れ上がってくる。
「防衛研ならミニ四駆とは無縁もいい所じゃから、各国に対して公平に対応出来るし、設備も充実しとる。
 お前さん自身も、マシンには詳しくない。だが、詳しい者が指示すれば、その通りの物が作れるのは土屋んとこで実証済じゃ。
 要は、レーサーの手足になってマシンを調整出来るスタッフ、設備の管理者として丁度いいんじゃな。
 日本の技術を流すことも無いし、他のチームの技術を盗む心配も無いじゃろう」
 その言葉の意味を理解するのに数瞬、長田ではなく、土屋が大きく首を横に振る。
「駄目です! 困ります! 彼はうちのチームのスタッフなんですよ?!」
「解っとるわい。何もずっと張り付けと言っとる訳じゃない。要請があった場合に対応してくれりゃあいいんじゃ」
「そんな無茶苦茶な。それに設備だって、防衛研が首を縦に振る筈がないでしょうが。いくら鉄心先生でもナンセンス過ぎです!」
 悲鳴の様な抗議に、鉄心はそれを面白がっているのか、口の端を吊り上げた。
「ところがどっこい防衛研に協力をお願いしたら、快く引き受けてくれたわい。
 勿論、以前に籍を置いとった・・・いや、今も籍は残っとるらしいが、その長田君が出入りするっちゅう条件付きなんじゃが。
 近場に民間利用出来る関連施設があるから、そこを使おうと思っとる。めぼしい機材は今、準備しとる真っ最中じゃ」
 つまりは彼を研究所に引き戻したいであろう先方の思惑を利用したということか。「お願いしたい」という言葉とは裏腹に、上司である土屋に拒否権が無い程度には根回し済の様である。土屋は、長田が怒り出すのではないかと心配になり様子を窺った。

「会長、それは決定事項ですか?」
 長田はこの人物に酷い目にあった記憶しか無い為に、どうにも《先生》の敬称を付ける気にはならない。かと言って何と呼べばよいのか迷った為、その肩書きを口にする。
「儂としては是非とも引き受けて貰いたいところじゃが、別に無理強いはせんよ。
 あくまでこれは、お願い、じゃ。無理なら他を当たる。
 じゃから、elicaちゃんもご友人も怖い顔でこっちを見んといてくれ。寿命が縮むわい」
 鉄心は大袈裟に首を竦めた。
「あら私は別に。口を出す立場ではありませんから」
「僕も、部外者ですからお気になさらず」
 言葉とは裏腹に、二人は冷ややかな視線を向けた。なまじそれぞれ顔が良いだけに、その様子には凄みすらある。
「おお怖い。そんなに怒らんでもえぇじゃないか。
 それこそ部外者で歳の功しかない儂に言わせりゃあ、性能が悪いなら改造せい、足りないならもっと増やせ、それでも見えんなら鼻でも耳でも使わんかい、と言う所なんじゃがな」
 彼は土屋には解らない言葉を口走り、二人はおや、と表情を動かす。
 鉄心が事情の幾許かを押さえており、その上でこの依頼を持って来たということに長田は気が付いた。
「武田先生と話したんですか。防衛研の件も、先生経由なんですね」
 どうにも妙な話の成り行きだと思ったが、長田の担当教授である武田は防衛隊附属の技術研究所、通称防衛研の出身である。その口添えがあるのならば納得も出来るというものだ。尚、その名字から判る通り武田は防衛隊長官の親族である為に、非公式な影響力も馬鹿に出来るものではない。
 案の定、鉄心はそれを肯定した。
「そうじゃよ。ついでに、ちょいと世間話をな。ロボットやら永久機関やら、お前さんの相棒の話やら」 
「なら聞いたかも知れませんが。俺の相棒達は天才だからなのか、はたまた霊媒師の家系だからなのか、お化けが視える様でしてね。一体どんなビジョンを視ているのかよく解らない。
 でも俺は、よく解らないものを信じられない性分でして。
 視えもしないものに話を合わせる余裕が無かったんですよ。今でも自信がありません」
「諦めて自棄になるには30年早いと思うんじゃがのう」
「どうですかね。そんな気も最近してきましたが、その話はとりあえず置いときましょう」
 長田がET研究から抜けた際の騒動を知る優しい友人達の気を揉ませぬように、彼は努めて軽く言い捨てる。
「今の話、俺に出来ることは限られていると思いますけれど、それでいいならお受けします。
 勿論、所長の許可があれば、ですけど」
 ほぉ、と鉄心は眉を上げた。
「だ、そうじゃ。土屋?」
「私の意見なんて最初から聴くつもりが無いでしょうに。
 しかし、気が進まないなら無理をする必要はないと、私は思うよ。長田君。
 設備の件にしたって、いざとなれば私の研究所を使うことだって出来るんだ。方法は幾らでもあるだろう」
「はい。有り難うございます」 
 土屋は鉄心の子弟としての責任を感じてこう申し出る。長田は暫しその言葉を勘案してから答えた。
「・・・ただ会長の言う事が本当なら、実際に困っているチームがあるということでしょう。ホスト国としては、可能な限りサポートするべきだと思います。
 その話が俺に回ってきた理由は釈然としませんけど、ここで俺が断れば、それだけ対応が遅れるでしょうし。
 出来る範囲でいいと言って貰えるなら、俺としても負担にはなりませんから」
「では、決まりじゃな」
 鉄心は満足気に湯呑みを干す。結局、全てはこの老人の思惑通りに進むのであった。



[19677] 新しい道
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/12/12 10:40
「あ、所長ですか? 長田です、お疲れ様です。
 例の雑用の件ですが、会長から話のさわりだけ聞いたんですけど、結構作業が重そうなんですよ。
 詳しくは話せませんけれど、二週間位はこちらに缶詰状態になりそうです・・・はい、ですから、もしGPチップ周りの不具合が出たらこの携帯まで連絡貰えるでしょうか? 当然、ビクトリーズ優先なので。・・・いえ、所長の所為じゃないですって、悪いのは全部! 会長だって解ってますから!
 それから所長、くれぐれも無理はしないで、今まで通り早く帰って下さい。俺はそれが心配です。Jに報告して貰う様に頼んでますから、誤魔化せませんからね? ・・・ピットボックス? 大丈夫です、烈にも相談があったらこっちに電話するよう伝えてありますから。何かあったら俺が佐藤さんに愚痴られるんですから、悪いと思うならちゃんと協力して下さい。くれぐれもお願いしますよ? えぇ。はい。それじゃ、失礼します」



 FIMAのロゴの入った黒塗りの高級車は緩やかに減速し、コンクリート打ち放しの無骨な門柱の前で停まる。ドライバーが進入の許可を得るべく運転席を離れたのを待つ間に、パワーウィンドウを開いて道の先にある建物をまじまじと見詰めていた少年が、深い疑念の色を載せた声音で尋ねた。
「ここに、新しいマシンを作る為の設備があるのですか?」
「そうじゃ、信じられんかい?」
「はい。全然信じられませんね」
 嗄れ声は幾許かのプレッシャーを感じさせたが物怖じせずに返答すれば、背後からは別の柔らかな声が掛けられる。
 「どうしてなの? カイ」明らかに少年よりも年長である人物の表情には、にもかかわらず彼に対して一目置いた様な信頼が窺えた。周辺の地理に疎いのも頷けるネグロイドの女性の問に、カイはその歳らしからぬ落ち着いた物言いで答える。
「ここが、我が国では防衛隊と呼ばれる軍隊の附属研究所だからですよ、監督」
「まぁ、本当? ・・・ミスター鉄心。私は国営の研究施設としか伺っていませんでしたけれど。
 あらやだ、私ったら何も考えずにこちらの設備を開放させてしまったわ。
 ・・・軍事施設だなんて、後で問題にならないといいのですが」
 眉を顰め、形の良い唇を覆った腕には鮮やかな彩りのビーズ飾りが覗く。そこには若干の戸惑いが見て取れた。
「まさか軍事施設だったら儂等が入れる訳ないじゃろが。
 半分当たりで半分ハズレ、ここは防衛研と産総研の合同研究施設で、公的な研究機関以上の意味は無いわい。
 カイの言うのは、山ひとつ向こうの研究所の方じゃな。
 どちらにしろ防衛隊の相手は人間じゃないからの、シンディちゃんが考えとる軍隊とは違うと思うぞい」
 人ではない、との言葉が女性は腑に落ちたのか手を打った。東の果ての国が脅威であった《恐怖の大王の軍勢》共の存在は今尚、有名なのである。
「あらいえ、私はその様なつもりでは。ただうちの子供達を、物騒なことに関わらせたくはなかったものですから。
 もし軍事施設であれば、いくらミスター鉄心の御紹介でも、ノーと言わせて頂く所でしたわ」
「シンディちゃんは相変わらず、はっきりしとるのう」
 鉄心は彼にしては珍しく一瞬苦笑いを浮かべたが、直ぐにそれを消すとシートにふんぞり返る。「まぁその辺は儂だって考えとるさ」「だったらよろしいのですけれど、信じられませんわね」「ほんと、きっついのう」
 後部座席で和やかに会話する大人二人の言葉が途切れたのを見計らい、少年は振り返って再度確認する。やはり信じ難かったのだろう。
「それでは、ここでマシンを作るというのは、冗談ではないのですね」
「そうじゃよ。疑り深いのう」
 今では大神研究所と袂を分かってバトルレースから足を洗い、国内レースでもすっかり姿を見ることのなくなった少年を、他国マシンとの圧倒的なスペック差に悩むアフリカチームと引き合わせたのは鉄心であった。その理由は以前、彼が長田に語った通り、技術的なハンディキャップを抱えるチームを離脱せざるを得ない状況に追い込まない所にある。
 しかし、このミニ四駆開発の祖にはもう一つの狙いがあった。
 今回のWGPは結果的に土屋研究所のマシンを使用するレーサーが出場する運びとなったのであるが、土屋の兄弟弟子でもある大神によって開発されたマシンが世界にどれだけ通用するのかにもまた、鉄心は多分に興味があったのだ。とはいえ大神という男は優秀な研究者であり、それ故にプライドが非常に高い。昨年の国内レースではライバル視する土屋のマシンに大いに水を空けられた為に、そのマシンが日本代表を務めるWGPなど、見たくもない状態であろうことが容易に想像出来た。そんな大神が他国チームを重んじ、かつ的確にサポート役をこなすことなど不可能である。恐らくは暴走するに違いなかった。
 そこで白羽の矢を立てたのが、空気を精密に操作する大神マシンの真骨頂を体現した傑作、ビークスパイダーを知り尽くしたレーサーである沖田カイであったのだ。
 無論、少年は研究者ではなく一介のレーサーに過ぎない。しかし大神研究所に出入りしていたレーサー達は皆、その感性をマシンに反映させるべく大神から多くの機材の使用を許されており、マシン設計に親しんでいたことを鉄心は知っていた。
 この少年ならば、長田にマシンイメージを的確に伝えられると期待したのである。
「じゃが、お前さんの心配もちっとは当たっとるな。
 大神の所みたいな設備も人も、期待するんじゃないぞ。ここは急拵えの設備に過ぎんから、居る人間もミニ四駆の研究者ではない。
 カイ、あくまでお前さん自身が作るべきマシンを示し、自分の手で作り上げる気概が必要じゃ。
 次のレースに間に合わせるつもりなら、何を優先させるかも十分に吟味せんとなぁ。助っ人コーチの腕の見せ所じゃろうて」
 少年の常は自信に満ちている面差しに、僅かに不安の影が落ちる。
「解っています。僕は彼女達に勝利を約束しました。どんなことがあっても、やり遂げてみせます」
「でも、貴方に手を貸して貰うとはいえ、これは私達サバンナソルジャーズの問題なのですから、」
 カイをコーチとして招聘することを決めたアフリカチーム監督であるシンディが、そう微笑みかける。カイは既に、チームに随分と馴染んでいる様だった。
 かつては勝つことのみに執着し、余りにも激し過ぎた少年の気性。それは星馬烈、豪らとの真剣勝負を経た今や、すっかり落ち着いたことに鉄心は気付いている。だからこそ、コーチを任せる決断が出来たのだ。事実、少年は十分な信頼を獲得することに成功していた。
「私に、いえ、私達に出来ることがあれば、遠慮無く言ってくださいね」
「はい。素晴らしいマシンを、皆さんで作りましょう」
 カイは揺らいだ瞳を強いものに戻すと、頷いた。
 やがて運転手が戻り、期待と不安を乗せて車は再び動き始める。



 ワックスが掛け直されたばかりのリノリウム床は、ブラインドの隙間から零れる春の陽を反射して部屋を柔らかに彩っている。
 部屋の片隅のサーバラックが収める筐体は最新型で、密やかに呼吸を繰り返す。反対側の隅にはビニールテープで纏められた段ボールが幾つも壁に立て掛けられ、その中身と思しきものが部屋のあちこちに置かれていた。
 新品の匂いに満ちた空間は、新しい住人を迎えたばかりであることを主張していた。
「久しぶりの古巣はどうかしら?」
「全然落ち着きません。土屋研究所の方が断然、居心地がいいですよ」
「それは良かったわね。上手くやれているようで安心したわ」
 開け放しの扉の向こうから掛けられた声は、久し振りに耳にするものである。
 机の前の長田は振り向いて、搬入したばかりの機材の取扱説明書をファイリングする手を休めた。
 そこには予期した通り、妙齢の女性が佇んでいる。
「それに、俺が居たのは山ひとつ向こうで、ここに来たのはニ、三回だけです。こっちの方が新しいから嬉しいですけどね。
 でも武田先生、もういらしてたんですか」
「近況を訊いておこうと思いましたからね。岡田さんとクライアントがくる前に。
 まぁまぁ、『今、一番アツい開発の現場』は肌に合ってるようで良かったわ。土屋さんには感謝ねぇ」
 武田は、恰幅の良い彼女の兄とは対照的に小柄で痩せぎすの肩を揺らして笑う。
「アツ過ぎですよ。こうなるって知ってたんですか? 二年からインターンシップなんて無理矢理過ぎですって。
 あれって普通、三年生からでしたよね」
「大丈夫ですよ、学部長は私だから」
「職権濫用ハンターイ」
 軽口を叩きつつ、長田は試料保管用の冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出して紙コップに注ぐ。新しいラボにシンクは備えられているが、まだ食器までは手が回っていなかった。
「そう言えば、一度訊きたかったんですけど。先生と土屋博士の接点て何なんですか?」
「そりゃ貴方、学会ですよ」
「学会? それこそ接点が無さそうですけど」
「色々ですよ。別に私だってエネルギー一本でやっている訳じゃありませんからね。
 ミニ四駆研究者には沢山の分野の研究に興味を持つ方が多くてね。専門の研究を一つ持たれて、他は応用や実証の論文を発表することが多いのよ。土屋さんは、流体力学が専門でらっしゃるけど、材料系の研究も岡田さんから引き継いでされているわ。それから、基盤系や情報システムの論文もあるわね。あと共同研究も積極的にされているから、それこそあちこちで、エネルギー学会でだってお会いすることがあるのよ?
 ポスターのセンスが大変よろしくてねぇ・・・貴方も確か、中学生の時だったかしら?
 あれも確かエネルギー学会だったと思うわ。京都で一度、お会いしてた筈だけれど」
 過去に面識があったという衝撃の事実が発覚し、長田は記憶を探るが土屋の顔を思い出すことは出来なかった。土屋も何も言っていなかったので、互いに覚えてはいないのだろう。
「覚えてませんね。むしろ、教授に鴨川に落とされたことしか覚えてません」
 小学生だった頃から付き合いのある武田は、教授の単語の意味を正確に汲み取れる人物である。微笑んで頷いた。「暑い夏だったわねぇ」
「ミニ四駆研究者は独特なのよ。勿論、TAMIYAのモデルとして採用されればインセンティブは入るけれど、そんなのは本当に一部だけ。 
 多くはその過程で開発した素材やシステムの特許で食べているみたいね。
 土屋さんは大変成功された方ですけれど、ミニ四駆の研究費を調達するために全く関係の無い研究をされている人も多いし。それだけ魅力があるのかしらねぇ」
「確かに土屋研究所の人は皆、ミニ四駆が大好きな人ばかりですよ。皆さん、専門は色々だったですけど」
 ミニ四駆学会なるものが存在する訳ではないため、土屋研究所の面々は、その成果を各自の専門とする関連学会で発表している筈だ。考えてみればその研究所のボスが土屋なのであるから、彼があちこちに出没するのは自然なことである。
「それにしても先生、幾ら面識があるからって・・・新マシンの開発だなんて、雑用にしてはかなり荷が重い依頼ですよ。
 しかも時間も余り無いみたいで。日本チームのマシンもそうでしたけど、どうしてこんなにスケジュールがカツカツなんでしょうねぇ」
「そこまで期待されてないわよ、出来る範囲で適当にやりなさい。依頼料は確かに貰っているけれど、殆どボランティアなんですから」
「まぁ確かに適当に頑張るしかないんですが」
 困り顔をして長田は頭を掻く。たとえ無理難題を吹っかけられたとしても、彼には状況に適した対応を心掛けること位しか出来ないのだ。
 長田の困惑を知ってか知らずか緑茶に口をつけて、武田は何か思い出したのか「あぁそうそう」と、話を変えた。
「兄に、尊子さんから連絡がありましたよ。五月に日本に帰るから挨拶に来るんですって。勉君も一緒にね。
 久し振りですからね、あの人も柄にもなく喜んでいたわ」
「長官の所に? しかも喜ぶなんて、雪が降りますね」
 武田の兄は防衛隊長官である。その彼とザウラーズの付き合いには浅からぬものがあるのだが、その中でも小島尊子と長田のコンビとは特に縁があり、今なお交流を持っていた。実に数年ぶりの帰国であるから、彼に連絡が行くこと自体は自然な流れである。
 とはいえ縁と言っても、地球防衛の為の発明と称した実験に付き合わせて防衛隊に数十億円規模の損害を与えたり、ETロボットを模倣したエネルギー機関———現在ではエルドラン・コア/EC理論として知られている———を搭載した巨大ロボットを共同開発して盛大に失敗し、やはり桁を数えるのも恐ろしい額の予算を食い潰してみたりと、碌なことをしていない。あちらにしてみれば《縁のある》ではなく《トラウマを与えた》存在、と言った方が正しいだろうと長田は確信している。
 何しろ逸話には事欠かない。例えば、長田が機械化された街から発明用の資材を得ようとしてうっかり一区画を倒壊させ、雪崩を打った金属塊に因って長官をその部隊諸共に危うく葬り去りかけた時、頂戴した大目玉は相当なものだった。雷とは正しくあの怒鳴り声を指すだろう。しかし大の男に、年端も行かない小学生相手に涙目で怒鳴り散らすという醜態を晒させてしまったのだ。その件一つ取っても、本当にもう色々と申し訳無かったと、未だに反省している出来事である。
 勿論、地球防衛組の小島勉と長官の交流もありはするのだが、トラウマの度合いはこちらの方が上だろう。そんなことで勝っても全く嬉しくはないのだが。
「やっぱり最近、長官は暇なんですか?」
「そうね。暇そうよ?
 でも、何かあれば真っ先に前線に出て行く指揮官失格の頑固者だから、暇にして貰っていた方が安心ねぇ」
「そんな。長官だって色々考えて結局ああなっちゃったと思うんで、失格とか言わないであげて下さい。俺の胸が痛みます」
「駄目よ、甘やかすとますます頭を使わなくなってしまうんですから。
 毎度毎度、寿命の縮むったらありゃしない。何時戦車ごと踏み潰されてしまうかと、気を揉む家族の身にもなって欲しいものだわね」
 二人は共に、未知の脅威に対して全く勝ち目の無い/それ何て無理ゲーな状況でも立ち向かわざるを得ない防衛隊の悲壮さを知っていた。だからこそ彼女は兄の下した決断に大いに不満を持ち、ことあるごとに兄を指揮官失格と扱き下ろすのである。「捨て駒の兵士達の士気を上げる為に、自分が率先して捨て駒になろうとするなんて英雄志向も度が過ぎるわ」と。
「とにかく、暇で結構なことですよ。
 それに今年は桂ちゃんが大学に上がりましたからね、入学式一つとっても大騒ぎ。
 今から成人式が思いやられるわ」
 長官席の写真立てには、日本人形の様に可愛らしい少女の写真が今でも飾られている。目元が目の前の女性に似ているということは、あの可憐さは父親由来ということか。
 武田はその言葉とは裏腹に笑いながら言う。
「尊子さん達が来る時に、秀三君も一緒に顔を出してやって欲しいわ。きっと喜ぶから」
「分かりました。でも俺は夏休みに帰ってくるとしか聞いてなかったんですが・・・五月って随分早くないですか?」
「あらやだ、SINA-TECのアカデミックカレンダーを見てみなさいな」
 言われて、首を傾げつつも携帯電話を取り出した。ワンタッチの短縮ダイヤル操作をして「今年のSINA-TECのアカデミックカレンダー」と送話口に呟けばネットワークの向こう側から、既に市販されている家庭用ロボットの原型/アーキタイプでもあるブラキオJr.が受諾を示すチャイム音を返す。電話を切れば直ぐに、画像の添付されたメールが着信した。相変わらず仕事が速い。
 見れば、確かに五月から七月一杯がサマーバケーションとなっていた。
「あれ、本当だ。てっきり七月に来ると思い込んでました・・・教えて貰ってよかったですよ、ありがとうございます」

 クライアントの到着までには今暫くの時間が残されており、長田と武田は現状の確認作業に入る。
 
「書類一式はもう庶務から回ってきている?」
「はい。えぇとサバンナソルジャーズの作業依頼書と、シンディさんと沖田さんの機密保持契約書と入館証申請書。
 あとは、俺用の機密保持とラボの稼働報告書ですね。稼働は俺が書けばいいですか?」
「そうね、お願いするわ。毎月20日に私に回して頂戴」
 眉を上げた長田に「私になってるのよ、責任者」
「忙しいんじゃないですか?」
「忙しいわよ! でも、変則的な施設の使い方だから他の人にお願いするのもね。
 それから確か、前倒しで作業は進めているのだったわねぇ。何か阻害はある?」
「今の所は問題無しですね。サバンナソルジャーズに開放してもらった3サーバへの接続も、確認出来てますし」
 長田は開発を行う為の事前準備として、現行マシンの制御プログラムを収めた開発環境への接続を要求したのだった。それは快諾され、先方の開発者との数度のメールの遣り取りの末に、既にこのラボのネットワークは遠いアフリカの地と接続済である。
「構成は?」
「ファイルサーバ2台に、ビルドサーバが1台です。
 ファイルサーバのチーターとイーグルがタンザニアに在って、ビルドサーバのエレファントはチュニジアです」
「チーター、イーグル、エレファント・・・・・・ガンバルガー? ・・・タイガーじゃないのが惜しかったわね」
 かつて隣接次元の住人達と戦ったロボットのモチーフが虎、鷲、象であったのを想起して武田は微笑んだ。海の向こうに、きっと彼等を愛してくれているだろう人々が居たことを知って、嬉しくない訳が無い。
「俺も思いました。でもサバンナといったらチーターだから、譲れなかったんじゃないですか?」
「愉快なアレンジね。ネットワークの速さは?」
「タンザニアサーバは遅いですが、チュニジアはそこそこです。
 チュニジアータンザニア間は回線が太いので、エレファントを踏み台にして作業すれば問題ないかと」
「ビルド環境をこちらで作った方がやり易いのかしらねぇ」
 武田は呟く。作業が重く、期間設定も短いとの訴えを聞いたばかりなのだ。ネットワーク遅延などという無駄な時間は無くすに越した事が無い。
「いや、サバンナソルジャーズのGPチップが使用しているAI-SDKのバージョンが低いんですよ。
 お陰でプログラムは読み易くていいんですが、このラボで用意しているのは生憎と最新バージョンで。同じ環境を用意するのが難しいですから、このまま行った方が手間が掛かりません」
「そう、AIのバージョンが低いのね。
 あれは最近大幅に性能向上したけれども、昔のものということはGPチップの構成は比較的単純なのかしら」
「そうですね。チラ見した感じだとコア部分のソース規模はビクトリーズの半分ってところでした。
 どうも旧バージョンだと余り凝ったプログラムは載せられないみたいです。
 土屋研究所の人には散々言われましたけど、俺がビクトリーズのマシンに載っけたプログラムはやり過ぎだったみたいですから」
 一学生だと信じていたアルバイトにその予想を全く裏切られ、大層驚いたであろう研究員達の表情を想像して少々愉快になると、武田は人の悪い表情を浮かべた。「何をしたの?」
「ブラキオJr.の思考パッケージを抜粋して移植してみたんですよ。そうしたらGPチップに思考を載せるのはオーバースペックだとかで突っ込みを受けました」
「あら。最新版だと、GPチップにそこまで高度な思考が載るのね。
 それなら今回のマシンも、最新版でビルドし直すだけで相当性能が上がるんじゃないかしら?」
「確かに上がるとは思いますが、今回はそこまで冒険しないです。現行マシンのGPチップの反応は十分に安定しているそうですからね。
 後は、沖田さんがどんなプランを持って来るかなんですが・・・上手く組み合わせられるかどうか」
「成る程ねぇ」
 武田が机の上の封筒を取り、中の書類を広げて頷く。事前に鉄心から渡されていたそれには、今回の依頼内容一式が入っていた。サバンナソルジャーズの現行マシンをベースとして大幅にスペックアップした新マシンの開発を依頼する旨が記載されており、開発の方向性については沖田なる人物から指示があるとのことだ。
 そろそろ、クライアントが尋ねてくる時間だと、更に3つの紙コップを机に出したところで、内線電話のコール音が響く。
 キンキンに冷えた出来合いの緑茶飲料に鉄心は文句を言うに違い無かったが、熱い緑茶を用意する暇など与えられなかったのだから仕方が無い。現実逃避気味にそんなことを考えつつ、長田はその受話器を取り上げた。



「私がサバンナソルジャーズ監督のシンディです。今回は協力して頂き、有難うございます」
 すらりと背の高い、色鮮やかな民族衣装を纏った女性がそう告げて握手を求める。これを受けて武田も挨拶を返し、長田も直ぐに紹介された。
「私が責任者の武田です。実質的な作業はすべて、この長田が行います」
「初めまして、長田です」
 見上げると深い色の瞳と目が合い、吸い込まれそうな印象を受ける。宗教上の理由なのか、ゆったりとした衣装で身体の線を覆い隠し、剃り上げた頭にはぴったりとした帽子を被せて見事に女性らしさを排しているのが残念な程の美人であった。ビクトリーズの監督と比べると、溜息が洩れてしまう程の落差である。人好きのする笑みを絶妙なタイミングで浮かべられ、感情表現に不得手な日本人としては曖昧な笑みを返すのが精一杯だ。
「随分お若い方なのね。コーチと気が合いそうで良かったわ」
 シンディの視線が自らの隣に向けられたので、長田が視線を大きく下げるとその人物は会釈した。彼女とは対照的にとても小柄で色素の薄い日本人の少年だ。金茶の髪は今時よく見掛けるが、殆ど赤に見える瞳は珍しい。「・・・コーチ?」
「はい。僕がコーチの沖田カイです。宜しくお願いします」
 視線を彷徨わせる。そこにはにやにやと人の悪い笑みを浮かべる鉄心の黒眼鏡があり、それが冗談ではないことを知って溜め息を吐いた。
「あらあら、随分と可愛らしいコーチだこと」
 武田がころころと笑い、少年は僅かに表情を固くしてそれに応じる。
「確かに僕は皆さんに比べれば若いですが、年齢がハンデになるとは思いません」
「こう見えて、カイは去年の国内レースでは何度も優勝しとる。ミニ四駆に関してはプロフェッショナルじゃよ」
「そうですね。失礼しましたわ。
 いえ、長田に初めて会った時のことを思い出したら、なんだか可笑しくなってしまって。
 カイ君よりも少し上だったとは思うけれど、彼もやっぱり小学生だったのよ。それがこんなに大きくなったのだから、年を取る筈だわ。
 岡田さんが推薦されているのだから、それを疑うなんてことはしませんよ。確かに、年齢なんて些細なことですからね」
 少年が驚いた様に長田を見上げたので、六年生だったよ、と応じる。
「俺も、同じ様に散々笑われたから、気にすることはないさ」

 自己紹介の交換もそこそこに、長田はサバンナソルジャーズに対して開発計画の提示を求める。
「基本的なプランはカイと私で作り、サバンナゼブラの開発チームに確認して貰いました。一週間あれば形に出来ると思います」
「サバンナゼブラというのは?」
「私達が現在使用しているマシンの名前です」
 カイの差し出した円筒状のメモリを受け取ってPCに差し込むと中を覗き、abstractの名が如何にもな文書ファイルに当たりをつけて開いてみる。白い壁面をスクリーン代わりにしてプランの概要が投映された。一同がそちらを向く中で、長田はそれを頭に叩き込むべく、一際熱心に目を凝らす。
 その内容はこうだった。

 サバンナゼブラのGPチップはこのまま使用を続行し、シャーシとカウルを全く新しいものと交換する。
 これは既にカイの手によって設計済であり、別途設計図がメモリ内には格納されていた。ただし、あくまでも国内レーサーであるカイはGPマシンに詳しくない為に、GPチップとの接合部分についてはサバンナゼブラで使用しているシャーシの配線を参考にして詳細を相談したいとのことである。
 同様に、GPチップに対する制御プログラムの組み込みもまた、個別のロジックのみが準備されている状態であり、GPチップとの連携箇所は空白になっていた。
 またその素材が明記されていなかったので尋ねると、開発期間短縮の為にオーソドックスな繊維強化樹脂を使用するとのことだった。本来はアルミハニカムやドライカーボンを試したかったそうであるが、確かにそれには時間が足りなかった。

 結果的に上手く動作するかは別問題であるが、新マシンと言っても土屋研究所で開発した時とは異なり既に土台となるGPマシンがある為に、以前より作業は容易そうだというのが長田の感想だ。AIの構造が複雑ではないことも、短い開発期間では有利に働くだろう。加えて、これまでの経験を通じた長田自身のノウハウ蓄積による作業効率の向上も無視出来ない。一週間もあれば、というシンディの言葉は真実であった。
 しかし、それ故に一点気になることがあり、長田はシンディに尋ねる。
「今更ですが、そちらの開発チームに任せるのは無理なんでしょうか?
 この内容ならば、サバンナゼブラの開発者に此処で作業して貰った方が効率が良いと思いますよ」
「それが出来ればよかったのですけれど」
 彼女は首を横に振る。
「生憎と日本に随行している者が居ないのです。皆、別に仕事を持っているものですから」
「あぁ、それなら仕方がないですね」
 その言葉に以前の鉄心の言を思い出した。確かにこの状態で大きなマシントラブルを抱えれば深刻な事態となるだろう。
 力になることが出来てよかったと思いつつ、計画資料の確認を終えた長田は続いてカウル設計図のファイルを開きその形状を見る。
「・・・・・・何だか、大神博士のマシンを彷彿とさせますねぇ」
 プロトセイバーEVOやハリケーンソニックのギミックを想起して、思わずそう洩らした。洩らしてから直ぐに、周囲の反応がおかしいことに気付く。
 カイの何を当然な、という表情と、鉄心の如何にも面白そうな顔がこちらに向けられていたからだ。
「あれ? 俺、何か変なこと言いました?」
「カイのマシン、ビークスパイダーは大神の設計じゃ」
「BSゼブラは、そのビークスパイダーを元にしています。似ているのは当然です」
「へぇ」
 心の中では更に感嘆詞を連呼する。これは自分もミニ四駆に詳しくなってきたという事なのか。もしそうであるのなら、喜んでいいのだろう。
「ミニ四駆は知らんとか言っとった割に、よく判ったの」
「エボリューションとソニックは結構見てますからね。そのスリットの形状なんて独特ですし、直ぐ判りますよ。
 しかし、大神博士のマシンがモデルなんですか・・・だとすると」
 かつて田中にブツブツと聞かされた、バトルレース特化型のマシンのえげつなさ、とやらを思い出す。空気砲を発射したり、風の刃を繰り出したり、高硬度の針で内部メカをピンポイントで破壊したり、或いは重量で押し潰したり。ラインナップを聞く限りでは兵器オタクで凝り性な人物という印象が強いが、田中曰く、嫌味で子供っぽい、実に嫌な人物なのだそうだ。そう断言されると、余計に気になるのが人情である。特に、ミニ四駆に重量を求める発想力が常人ではないとしきりに感心していた所、関わらない方がいいとまで忠告されてしまった。
 そんな愉快な人物のマシンを原型としているならば、何かしら物騒な機能が搭載されているのではなかろうか?
 プロトセイバーEVOの様にバトルパーツを除去していれば問題は無いのだが。そう意識して再度、設計図を見直した長田は沈黙する。絶句せざるを得なかったとも言う。
 何故ならば、最初に俯瞰した時には非表示に設定されていた部品のアノテーションに、高周波発生器と記載されているのを発見したからだ。鉄心でもシンディにでもなく、長田はカイに尋ねる。この物騒な装置は如何にもビークスパイダー由来の物であると直感した為に。
「カイ、この装置は何に使うんだ?」
「障害物を排除する風の刃を発生させる装置です」
 少年は事も無げに答えた。
「風の刃?」
 再度、田中の言葉を思い出す。風の刃を繰り出したり・・・風の刃を、繰り出す?
「・・・新マシン・・・BSゼブラは、走行する時に色んなものをスパスパ切るってことなのか」
「はい。ビークスパイダーの機能です」
「シンディ監督は、これを搭載するのに賛成しているんですか?」
 賛成しているからこそ、この計画は提示されたのである。つまりこの問に意味は無い。
「私達は元々オフロードを得意とするチームです。風の刃はその長所を更に伸ばす為に役立つと確信していますわ」
 バトルレースの存在は聞かされていたが、よくもまあ、ここまで危険な物を子供に扱わせるものである(子供達がETロボットを扱ったのも十分危険な行為なのだが、これを引き合いに出すと思考停止に陥る為に一時棚上げするものとする。ただしひょっとすると、ETロボットを子供達が問題無く扱ったからこそ、大人は子供を信頼することを学んだのかも知れない)。カイは障害物の排除に使用すると明言したが、何れにしても対人の安全装置は確実に必要だ。恐らくは既に備えられている筈だが、確認は怠るべきでなかった。
 危険物への認識の差に軽いカルチャーショックを感じつつ、長田は最後に鉄心の言質を取ることにする。
「会長、このマシン物騒ですが、言われた通り作っても大丈夫なんですか」
「問題ないぞい。気にせずちゃっちゃと作るとええわい」
「・・・了解っす。でも、こんなマシンを素手で扱って怪我とかしないんですかね?」
「風の刃と言っても、実体はマイクロ衝撃波じゃ。周波数が合わんから人体に当たってもちょっぴり切れる程度じゃよ」
「怪我するんじゃないですか」
「ビークスパイダーのコントロールは精密です。目標だけを正確に切り裂きますから心配ありません。
 それに、走らせる時にはこれを付けていますから」
 そう言ってカイは金属製の篭手を取り出して見せた。そう、篭手である。
 既に随分と崩壊していたミニ四駆に対するイメージが更に崩れる音を聞きながら、長田は考える。メカニックの立場としては、ただ言われるがままに危険な機能を搭載するのは容認出来かねた。レース当日に安全確実にマシンを走らせることが出来る様に、万全を尽くす義務が彼にはあるのだ。だから彼は尋ねた。
「で、それはサバンソルジャーズの人数分あるのか?」
 鳩が豆鉄砲を食った様な、カイは間の抜けた顔をした。
「あ」
「・・・会長、板金加工までは俺一人だと手が回らないので何とかして下さい」
「そこは盲点じゃったのう。分かったわい、大神にでも作らせるとするか」
「そうして下さい。是非そうして下さい。絶対そうして下さい」
 こちらは全く真剣だと言うのに、何が可笑しいのか武田が笑い出す。「笑い事じゃないですよ、怪我したらどうするんですか!」「それを貴方が言うことがね。何と言うか、諧謔的なのよねぇ」
 


 二つのチームの関係者である長田は、その日のレースを見に行かなかった。
「今日のWGPレース、ビクトリーズ対サバンナソルジャーズの結果、詳細」
 長田の呟きに応じて着信したブラキオJr.からのメールには、1位ジュリアナ・ヴィクトールとある。引き続いてのビクトリーズの負け越しと、サバンナソルジャーズが得た貴重な勝利に複雑な気分となりつつも、そこで奇異な事に気が付いた。一体どれ程に荒れたレースだったのか、1位以外は全台がリタイアであったのだ。
 果たして何が起きたのだろうか。
 風の刃の暴走から食中毒発生まで、一瞬にして十数通りの可能性を考えた長田は更なる詳細を確かめるべく、土屋とカイのどちらにそれを尋ねるべきかを考えて、またもや複雑な気分に陥ったのであった。



[19677]    幕間・夏の風物詩、あるいはORACLE監査役の居る光景
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/08/12 01:01
「暑ぃなぁ・・・」
 土屋研究所の玄関先に立っていた巨躯の男は、インターホンの釦を押し込んだ。これで何度目になるか分からないのだが、扉の向こうは沈黙したままで一向に人の気配がしない。本日10時に此処を訪れる予定になっていたのだが、まさかすっぽかされたのだろうかと確認の電話を入れてみても延々とコール音が繰り返されるばかりである。
 そして日本の猛暑は年々苛烈さを増していた。未だ午前中だというのにじりじりと照りつける太陽から身を隠す様、玄関先の庇が作る僅かな影に身を寄せる。
「はぁ、災難だねぇこりゃ」
 誰にともなく独りごちた。このままでは頭が煮えてしまいそうだ。そしてこの後の予定も詰まっている。
 はてどうしたものか、誰か関係者が来ないものかと男が弱り果てて門扉の辺りを眺めていると、天の佑けか一台のリムジンが表に停まり、子供が何人か降りて来た。この暑いのに一人が元気に駆けて来ると、男と同じ様に日陰に身を寄せつつ尋ねる。
「おじさん、何やってるんだすか?」
 本来ならばもっと年長者に向けるべき呼称を修正したい衝動に駆られたが辛うじて抑え、男は彼を見上げる少年に答える。
「10時に待ち合わせをしているんだが、誰も居ないみたいで参ってるんだ。
 君は此処の関係者なのかい? いや、それにしても暑い暑い」
「そんなコート着てたら暑いに決まってるだす。脱げばいいんだす。・・・怪しい奴だすな」
 少年は正論を吐くと、男を不審者扱いする。待たされているのはこちらだというのに、純真無垢といった風情の少年にかかるとどちらが悪者だか分かりゃしない。そう些かの理不尽さを感じつつも、心外だとばかりに両手を振って釈明した。
「いやいや、お兄さんは怪しい者じゃ御座いませんよ?
 ちゃーんと、此処の所長さんのアポをとって来てるんだから」
「所長さん・・・あぁ、博士に会いに来たんだすか。
 今朝、研究所に雷が落ちて電気が点かないらしいだす。おら達、冷蔵庫の中身の掃除の手伝いに来たんだすよ」
 落雷? 言われてみれば、早朝に酷い雷雨があった。男は脳裏でネットワークにアクセスし、瞬時にしてこの地区の落雷証明を取得する。どうやらアポイントメントをすっぽかされるという希有な事態は、彼が訪れた目的を妨害するための工作によるものではないらしい。急に発生した停電の為に所長は対応に追われ、彼の来訪を失念してしまったのが真相なのだろう。
「じゃあ、この中に人は居るのか。
 誰かに、玄関で客が待ってることを伝えてくれないか? このまんまだと本気で俺、煮えちゃいそう」
「わかっただす。けど、暑いならコート脱げだす。・・・あ、冷たい」
「こらこら、悪戯するなって」
 少年は掴んだコートの冷たさに驚いたのか、こちらに向かって歩いてくる二人の少年の一方にきゃいきゃいと叫んだ。そのまま男が止める間もなくコートの中に潜り込む。
「あんちゃん、あんちゃん! このコート、コートなのにひんやり冷たいだす!!」
「どうした次郎丸」
「あ、次郎丸君、HFRの冷却コートを温めちゃダメでげすよ!」
「・・・ロボット? この人が?」
 首を傾げるリョウとは対照的に、さも当たり前のことであるかの様に藤吉は注意すると、次郎丸を白く分厚いコートの下から引っ張り出した。リョウは翻る裾から確かに冷気を感じ、慌てたようにそれを掻き合わせて溜息を吐く男を胡乱気に見上げる。
 くすんだ金髪をオールバックにセットし、同じ色の房飾りの付いた縁なし帽子をちょこんと載せた男は、2m超の身長と分厚いコートが相俟って、白い小山の様に見える。しかしそれはリョウの思い浮かべるロボットの形をしてはいなかった。
「藤吉お前、一体何を言ってるんだ?」
「まぁ、目を覗いてみるでげす」
「目、だすか?」
 次郎丸は言われた通りに見上げようとするが、如何せん身長差がありすぎて飛び跳ねる羽目となった。
「ん? お兄さんそんなに見られたら照れちゃうなあ」
 男はそんなことを言いつつも、律儀に身を屈めて次郎丸と目を合わせた。グレープ味の飴玉の様に色鮮やかなそれをじぃ、と見詰めた次郎丸はやがて感嘆の声を上げる。
「うわぁ、四角いだす!」
「ん、君も見るの? あらやだ俺ってば大人気」
 釣られてリョウも同じ様に覗き込んで息を呑む。本来、円を描くべき虹彩が次郎丸の言う通り鋭角を持っていた。
 ロボットである、と、そう言われてみれば、至近距離から見る男の眼球には潤みが無く、肌は妙に滑らかで静脈の陰りがなく、呼気と熱は感じるものの体臭の代わりに漂うのは微かなオゾン臭。ここに来てはじめて人との違和感を覚えた。
「・・・そんなにじっと見詰められると、お兄さんたら照れちゃうなあ。
 綺麗なお嬢さんなら大歓迎なんだけど、少年と見詰め合う趣味はなかったり?」
「あ、あぁぁぁ、す、済まない!」
 人ではない何かが人そのものの仕草をしたこと。
 その事実に、リョウは自分でも思いの外に吃驚し、慌てて飛び退った。それは彼が密かに苦手とするお化けに遭遇した時の反応とまるで同じだったのだが、幸い相手は失礼極まりないリョウの反応に気分を害さなかった様だ。
「いや、そんなに照れられると逆に照れるというか。まぁいいけどね。
 それにしても、いやー、三国の坊ちゃん、毎度ORACLEをご利用頂き有り難う御座居ます。今後ともご贔屓に。
 して此方にはどの様な御用事で?」
 小山の様な身を更に屈めて取り出したる扇子でぺしりと額を叩く様は、鷹羽兄弟に奇妙な既視感を与える。その原因である藤吉は逆に尋ねた。勿論、同じ様に取り出したる扇子でぺしりと額を叩きつつ。
「それを聞くのはこっちでげすよ。どうしてORACLEの監査役が土屋研究所にいるんでげすか」
「何をおっしゃるお猿さん、監査をする為に決まってるじゃあないですか」
「げげ、土屋研究所ってそんなに凄い所だったんでげすか? 今の今迄知らなかった・・・でげす」
 何かにショックを受けたのか大袈裟に膝をついた藤吉に、まるで頓着せず次郎丸が尋ねる。
「おらくるって何だすか?」
 しかし華麗にスルーされた。
「いや、それにしてもおかしいでげす。は、TAMIYA! TAMIYAの推薦でげすね!」
「その辺は坊ちゃんのご想像にお任せということで」
 だが次郎丸は諦めない。
「・・・おらくるって、何だすかっ?!!」
「うわぁ耳元で叫ぶな! でげす!
 ORACLEというのは、選ばれた研究機関だけが接続出来る情報保管、情報共有の為の特別な専用空間/クローズド・ネットにして超!特殊な上位ネットでげす! 参加する為の審査基準がとっても厳しい上に、定期的に研究成果だけじゃなくコンプライアンスまでチェックされて、クリアしないと登録抹消されるんでげす!」
「何だかよくわかんないだすな」
「まぁ研究者以外には縁のない機関でげす。
 ここに居るオラトリオは、そのORACLEの唯一にして絶対の鬼監査役なんでげす。畏れ敬え、でげす」
「いや、別に畏れ敬われても」
「あのちょっとずぼらな博士が、この鬼監査をパス出来るとは到底思えないでげす」
「いやいや、組織が小規模な方が、法律を守り易いから監査は結果的に甘くなりますよ。
 ま、坊ちゃんとこはデカいから突っ込みがいがありますわ」
 かか、と笑うと男は両手を合わせた。「それで所長さんに連絡とって貰えます?」男自身がまるで可愛くないと思うその仕草にも、三国財閥の御曹司は快く応じる。
「分かったでげすよ。
 多分、博士達は居住区の方にいるからオラトリオのことには、全然気づいていないんだと思うでげす」
 男は思う。三国といいサインといい、財力を恣にする者になれば成る程に偉ぶらない。不思議なものである。

「申し訳ない! 本当に、申し訳有りませんでした!!」

 少年達が敷地の奥に消えて程無くすると、地響きを立てる程の勢いで足音が近付き、ガチャガチャと慌てふためいていることがありありと分かる有様で玄関を開いた白衣の男が、飛び出す様にして頭を下げてきた。この勢いで土下座をすると、スライディング土下座になるのだろうと、益体もない事が連想される。
 ともあれ事態は好転した、仕事開始である。
 男・・・オラトリオは放っておくとエンドレスで謝り続けそうな研究所の責任者、土屋を落ち着かせると落雷の影響を尋ねた。
 土屋の話によれば、監査のメインとなる経営状態の健全性を示すための資料は既に紙ベースで準備済であり、作業に支障は無いとのこと。停電状態が続いている為にネットワーク状態のチェックは出来ないが、午後の早い段階での復旧の目処が立っているらしい。肝心の監査対象となる機器の状態については、停電・落雷対策を行っている為に破損が無いことは確認済だということだ。
「それならば手順通り、経営状態の監査から行いたい所なのですが・・・機械の身には、ちと過酷な環境ですねぇ」
「まだこの棟は電気が戻っておりませんので・・・重ね重ね、申し訳無ありません」
「いやいや、雷は土屋さんの所為じゃありませんよ。そう責任を感じないでください。
 しかし実際問題として、もう少し温度を下げるか電源が欲しい所ですねぇ。よく冷えた冷却液でも構いませんが」
 案内された小部屋の窓は開け放たれていたが、弱々しく吹き込んでくるのは熱風である。頼みの冷却コートも電源が無ければ午前中にも効力を失うだろう。日を改めたい所ではあったが、しかし、生憎と明日以降にも予定は詰まっていた。何しろ彼は、世界一多忙なHFRなのである。かと言って機密も混じる資料をその辺の喫茶店に持ち出す訳にもいくまい。
 諦めて机の上の書類の山に無機質な視線をむける。
「ま、最善を尽くして電気が早く復旧するのを待つしかないですかね」
 その足下で、何時の間にやらやってきていた御曹司の声が上がった。
「暑いでげすな、こんな所でデスクワークなんて拷問でげす!
 というか、エアコンが無いと、何処も彼処も暑くてたまったもんじゃないでげす!
 彦佐、彦佐ぁ!!」
「おや坊ちゃん、さっき振りですねぇ」
 既にに暑さにやられ気味なのか、赤い顔で更にお猿さんのようになっている藤吉は彼の付き人を呼ばわった。何処からともなく影の様に現れた水沢彦佐に何事かを指示すると、藤吉はオラトリオに向かって胸を張る。
「これでちょっとはましになる筈、でげす」
 その言葉通り程無くすると部屋には氷のブロックが運び込まれ、窓の外に設置した発電機を使って扇風機が回される。様変わりした部屋の様子に、稼働年数がそれなりに長く海千山千と称されるさしもの《A-O》オラトリオも引き攣り笑いを浮かべるしかない。
「あの、ここ迄して貰わなくても電気だけ貰えれば大丈夫なんすけど・・・」
「なーに言ってんでげすか! そしたら、わてらが暑いじゃないでげすかっ!!」
「・・・さいですか。じゃあまぁ、お言葉に甘えて」
 冷却効率が微妙に下がって居心地の悪いコートを脱ぎ、冷風に身を晒す。電脳の温度低下を検知したセンサーが、快感という名のシグナルを送った。デスクワークを主な仕事とし戦闘型の様に放熱効率を追求していないオラトリオの機体は、しかしその演算能力の高さにより非常に蓄熱し易いのである。
 その快感を感じつつ、オラトリオはさて仕事を始めようかと思ったのであるが。藤吉と、その知り合いらしい子供達は一向に立ち去る気配がない。それを土屋が咎めようともしないのを見て、これ以上時間を無駄にする訳にはいかず確認した。
「私は構いませんが、このまま始めて構わないんですか?」
 子供とはいえ、機密情報を見せて良い筈がなかろう。だが土屋は申し訳なさそうに、こう申し出た。
「お邪魔でなければ、彼等もここに居させてよいでしょうか。
 思った以上に温度が上がっていて、このままだと熱中症が心配なので・・・」
 実に恐るべきは日本の夏である。思わぬクライアントの言に、オラトリオには頷くしか選択肢が無い。
「そちらが構わなければ、まぁ、いいのですが」
「そうですか! 有り難うございます!!」
 土屋が頭を下げると、何故かもう一人、明らかに日本人ではない子供が増えた。合計四人、一体この研究所には何人子供がいるのだろうかとオラトリオは溜め息を吐く。
 その時、廊下から研究所の職員だろう、誰かの切羽詰まった声が響いて来た。
「所長、装置の起動順、早く決めて欲しいんですけど!」
「分かった、直ぐ行く!!」
 土屋は大声でそれに返す。そしてもう何度目になるか分からないが、再び頭を下げた。
「私は席を外しますが、何かあったら彼等に言って貰えますか。内線も使えないものですから」
「・・・・・・わかりました、お構い無く」
 オラトリオは愛想良く頷いた。セキュリティもへったくれも無いその近年稀に見るオープンさに、かなり面食らいつつも。

 この様な経緯を経て、きゃいきゃい騒がしい子供のお喋りをBGMにオラトリオは小一時間程作業を続けた。
 年長の少年二人がエキサイトする年少組の音量をその都度下げてくれた為、その声は然程邪魔にはならなかった。彼の弟達の騒がしさに比べれば全く静かなものなので、作業効率はいつも通りである。
 積まれた書類を人間には到底無理な速度で理解し、監査役として指摘事項を書き出して行く。オラトリオにとっては慣れた作業だ。
 その尋常でないスピードで減って行く書類の山を、少年達は面白くて仕方がない風に眺めていた。
 ・・・ただ一人を除いては。
「喉、乾かないだすか?」
「そうだね、何か買って来ようか」
「いい考えだす!」
「ちょっと寒くなってきたから、わても行くでげす」
「・・・リョウ君はどうする?」
 年長の少年の内の一人が、もう一人に尋ねる。リョウ、と呼ばれた少年の頬が引き攣ったのを、オラトリオは見逃さなかった。
「あ、あぁ。皆が行くなら、俺はここに居る。次郎丸、何か買ってきてくれるか?」
「分かっただす! あ、おじさんは何か飲むだすか?」
「お、兄、さ、ん、は、大丈夫だ。お構い無く」
「分かっただす、お、じ、さ、ん」
 ロボットに飲み物を勧める少年の様に微笑みつつ、しかしこいつ・・・誰かを思い出すな・・・無邪気に笑う少年の声の甲高さに、オラトリオは小さな方の弟を思い出した。可愛い顔して傍若無人というか、妙に共通点がある。
 そんな彼等が部屋から出て行くと、途端に部屋が静かになった。オラトリオは作業に戻り、一人残った少年も黙り込んだ。
 三十秒してオラトリオが声を掛ける。
「なぁ、少年」
「うぉあ?! な、なななな、なんですか?!!!」
 予想以上の反応に、声を掛けた方は思わず吹き出してしまった。オラトリオの一挙手一投足を見逃すまいとばかりに此方を凝視していた筈なのに、声を掛けられることをまるで予期して居なかった少年の狼狽振りには一見の価値があった。
「そんなにロボットが怖いなら、無理してここに居なくていいんだぞ? まぁ。外は暑いんだけどな」
「こ、ここここ、こ、怖くなんてないですよ! な、ななな何を言うんですか?!」
 リョウ、と、そう呼ばれていた少年の顔は見事に固まっていた。その表情は、オラトリオの記憶にある、とある表情に一致する。
「俺の弟はお化けが嫌いでね。少年のその顔、怪談を聞かせた時の弟にそっくり」
 茶化す様に話した筈なのに、何故か少年の引き攣り具合は酷くなる。図星だからなのか。それとも、人でないのに人の様に振る舞う機械仕掛けの人形を恐れているのか。心情の機微という奴の類推は、高性能HFRの《A-O》オラトリオにも難しい。
「お、弟?」
「そ、弟。製作者が同じHFRは慣例で兄弟扱いされるのよ。
 その末の弟が、とっても高性能なんだけども何故かお化け嫌いなんだわ」
「・・・ロボットでもお化け、苦手なんですか?」
「何でも理解出来ないものは怖いらしくてね。
 少年も、俺が、理解出来ないから怖いんでしょ?」



 その瞬間に男は、呼吸動作とランダムな身体制御を意図的に停止した。



 唐突に具現したマネキンに、少年、鷹羽リョウは心底身震いして頷いた。実際、ロボットに最適な温度を目指して乱立させた氷柱の為に、室温はかなり下がっていた。
「はい、すみません。どうしても怖いです」
「謝るこたぁないさ。それが、自然なのさ」
 たっぷりの沈黙の後にマネキンが声を発する。マネキン? 剥製? 幽霊? ともかく生きては居ない何か。
 リョウは部屋を飛び出したい衝動を、懐のネオトライダガーに触れる事で何とか去なすとまた呟いた。「すみません」


 ゆっくりとマネキンが息を吐く。瞬きを止めていた瞼が落ち、そして開く。
 口元が弧を描く。肩が揺らぐ。



「だからね、別に謝らなくてもいいんだって。それに、無理して一緒に居ることも無いんだよ?
 無理されると、お兄さん困っちゃう」
 ただそれだけの動作の後に紡がれた音声に、リョウは何故か、酷くホッとした。
 生物と無生物の間。此岸と彼岸の間。それを一瞬にして、行き来した気がしたのだ。



 それはとある夏の日、得体の知れないお化けであるところのORACLE監査役がいる光景。



[19677] 【映画ネタ(仮)】電子兎とミニ四駆の城の少年
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/09/12 13:47
 地球には、人の創り出した異世界が存在する。
 それはこの世から近くて遠い場所に在り、創造主たる人は其処を覗き窺うことは出来ても、真に見て触れることは叶わない。だがその地に踏み入れられない事実は、創造主にとって些細なことでしかなかった。彼等は異世界そのものを1つの道具として行使することで多大な利便を生み出すことに成功しており、その結果に非常に満足していたのである。
 今や数え切れない程に存在する電脳/電子計算機/コンピュータとそれを繋ぐ有線無線の経路を飛び交う信号は、人が介入する際に発生する異世界の震えだ。信号は形無き情報(なんという曖昧な言葉!)を形作って相互に影響し、影響した事実そのものが新たな情報としてフィードバックされ、電脳と経路の織り成すネットワークに累々と蓄積する。その膨大な情報を人が読み取った時に初めて、其処には広大な世界が具現化するのだ。
 それは人の営みの写像である。
 人は異世界を電脳空間/サイバースペースと名付け、物理法則の一切から解放された世界の有り様に羨望の眼差しを向け、時に仮想現実と蔑視し、然してやがて、拡張現実として手繰り寄せようとしている。
 その過程で、電脳空間を窺う為の多くの方法が創り出された。
 中でも最も人に馴染み易いものは、Virtual Scape Construct Protocol/観境構築プロトコルである。電脳のあらゆる状態の可視化を行う為の通信規約は、その為に他のプロトコルの包含が可能である。つまりテキストベースの情報を遣り取りするHTTPは書物として、SMTPとPOPは一葉の絵手紙を手にした愛らしいデザインのポストマンとして表現されるのだ。
 可変部で定義するデータの可視化ルールによって、人はアバターから素数分布まで凡ゆる物を描画した。
 人に解りやすいVSCPは爆発的に普及し、今やインターネットの3D表現は珍しくない。送信側がVSCPに対応していなくとも、受信側でデータをラップすることにより仮の可視化が容易なことは大きな利点であり、その普及に一役買ったと言えるだろう。
 ショッピングサイトは美しい硝子張りのアーケードを拵え、有名店はこぞって凝った意匠の店舗のデザインを競い合う。今では温度、味、匂いなど、それぞれ規格化された任意の情報を付加したVSCPeXtendedの通信も多くなり、電脳空間は、時を経るにつれてリアルさを増しつつある。



 VSCPにより可視化された電脳空間において情報の無い領域は通常、闇として表される。無音無明、如何なる刺激も無い暗黒が与える印象を和らげる為の、座標軸を示すグリッドだけが淡い明滅を繰り返し、無限の彼方へと続いていた。異世界の大部分はこの様な空白領域で占められ、ORACLEやリュケイオンといった各システムは、さながら宇宙に浮かぶ星の如く虚空で煌くのである。
 そんな電脳空間の深淵を蛍光緑/ネオングリーンの尾を引く彗星が飛んでいた。
 ズームアップしてフォーカスを合わせれば其処にはたおやかな乙女と一羽の兎が、乙女は蛍光緑の髪を永遠に吹くことのない風に靡かせて、兎は大きな耳を翼の様に羽ばたかせて、太平洋を横断する光ケーブルの数多の信号増幅器を飛び越えていた。
「さて、今日はどちらへ参りましょうか?」
 おっとりと微笑んだ鮮やかな色彩を纏う乙女の名は《A-E》エモーション=エレメンタル=エレクトロ=エレクトラ。《A-E》の称号から判る通りアトランダム・ナンバーズの一体である。頭脳集団アトランダム現総帥のカシオペア博士に制作された古参ナンバーであり、機体を持たない人格プログラムのみの存在だ。彼女の真価は人らしい感情を実現したそのプログラムにあり、以降のナンバーの豊かな感情表現を可能とした類稀なる技術の結晶である。
「エルエルはエルに、南に向かうことを提案いたしますわ!」
 ぴょんと跳ねた兎は乙女の肩に乗り、南米大陸へと伸びるメインストリートを示す。
 それは彼女が《エモうさ/エモーションの兎》と呼ぶ、半自動で動作する作業用端末の一体。エモーション自身でありながらエモーションそのものではないオプショナルな存在である。
 エモーションは、彼女であってそうでないこの作業用端末をモニタリングすることで、擬似的な多重経験蓄積/マルチ・エキスペリエンスを実現していた。これは彼女の学習効率を向上させると共に、強力な攻撃プログラムも強固な障壁プログラムも持たない彼女の行動範囲を劇的に広げる役にも立っている。最悪の場合には作業用端末のみを破棄することが出来るため、違法ネットすら格段に安全に探索することが可能であった。
 作業用端末の個体名はその時の気紛れ———そう彼女こそがロボットに《気紛れ》を齎した存在であった———により決まり、今回の名をエルエルという。エモーションはその愛称をエルと言い、自らの名を重ねた音を、兎に与えたのであった。
 己と同じ色合いの毛並みを撫でて、エモーションは頷いた。
「なら、そうしましょう。
 そういえばあちらの方のお店は、あまり覗いたことがありませんでしたわね」
 もとより独り言の延長である。相談は一瞬で終わり、一人と一羽は再びふわりと浮き上がった。


 やがて闇の中にポツポツと灯りが見えてくる。エモーションが25番ポートに意識を向ければ明らかに数の増えたポストマン達が慌ただしく駆け回っていた。(余談だがVSCPの普及により、電子メールを始めとした各種通信の暗号化が急速に進んだ。平文で飛び交っていた通信は可視化されることで余りにも他人に理解し易いものとなってしまったからだ)
 更に進めばリマ・シティのシステム群が広がり始め、人のアバターと擦れ違う。みな、彼女の精緻なグラフィックに驚くのか、一様にその動きを止めて飛び去る彼女を見送った。やがてこの街でも、電子の妖精の噂がまことしやかに囁かれる様になるのだろう。
「エルエル、このシステム、何だか奇妙ではないかしら?」
 さぁ何処に舞い降りてウィンドウショッピングを楽しもうかとリマ・シティのネットワーク像を俯瞰していたエモーションは、主要システムの何れからも離れて浮かんでいるそれに目を留めた。
「座標が移動しているのですわ。現実空間/リアルスペースの座標が。
 システムまるごとで移動するなんて、足が生えているのかもしれませんわね」
「まぁ、足が? それは是非とも確認しなければ!」
 乙女は手を打って喜んだ。「追いかけますわよ、エルエル!」「ラジャーです!」
 サファイアとアクアマリンの立方体をフラクタルに組み合わせたアイコンを目印に、エモーションは現実空間ではペルー近海を漂うそのシステム上に過たず降下した。その由来を示す情報を取得すると、常ならば過剰な程にシステムの宣伝文句が連ねられる筈のそこには、ただ施設名だけが記載されている。
「グランドアクアポリス・・・この規模ですと、何かの研究施設でしょうか」
 エモーションはグランドアクアポリスの周囲をぐるりと回って一般に開放された場所がないかと見て回ったが、そもそも扉が見つからず、彼女を酷くがっかりさせた。アイコンを公開していながら立ち入れないというのは珍しいことではないのだが、それにしても非常にクローズドなシステムの様だ。或いは必要な時にだけ、扉は現れるのかも知れなかった。
「エル、こちらに怪しい扉を発見しましたわ!」
 エルエルがアイコンの反対側から通知を上げて来た。その目を介してエモーションは、複雑な凹凸に隠れる様にして刻まれた扉の形の溝と、鍵穴を見る。「まぁ、お手柄ですわね」
 早速そちらに向かうとエモーションは、今度は自分の目で扉を観察した。ぴたりと閉じられたそれは当然施錠されており、押したところで何の反応も無い。やはりIDとパスコードを要求されるのかと、エモーションは何気なく鍵穴に触れた。
「!」
 鍵穴からはIDの要求が、特殊な方式で発された。
 それに対してエモーションは、いや、エモーションに埋め込まれたアトランダム・ナンバーズのID管理モジュールは自動的に応答した。彼女の頬の紛れも無いEの刻印が輝いて、ここに《A-E》が存在する事を高らかに証明する。
「大丈夫ですか? トラップなのですか?!」
 思わず目を閉じたエモーションの動揺に反応し、エルエルはぴょんぴょんと恐慌を起こして無意味に周囲を跳ね回る。
「いいえこれは、アトランダム・ナンバーズの個体認証? でもここはアトランダムの施設ではありません。
 一体どうして」
 彼女の目の前には、ぽかりと暗い口を開けた扉があった。ここは迷わず戻るべきなのであろう。個体認証機構は、頭脳集団アトランダムの限られたシステム、およびORACLEのみで使用されるものだ。何故それが、この様な場所に存在するのか。
「好奇心は猫をも殺すと言いますが・・・・・・」
 豊かな感情表現を目的として造られたエモーションは存在することで既にロボットとしての役割を果たしている為、日頃は自由に電脳空間を飛び回り、更なる経験の蓄積に励んでいる。学習を至上命令とした行動原理は時に旺盛すぎる好奇心として発現し、周囲を心配させることも多い。
 すっかりこのシステムのミステリアスさに魅了された彼女に、今、ここで引き返すという選択肢は存在しなかった。
 手の上に乗せた兎をじっと見る。この様な時の為の作業用端末だ、兎はとん、と胸を叩いて請け合った。
「大丈夫、私/わたくしは兎! 誇り高き《エモうさ》が一羽! 何を恐れる必要がありましょうか?」
「・・・ですわね」
 エモーションはにっこりと笑い、そっと扉の向こうへ翠に輝く兎を放った。


「それでは、エルエル、突入いたします!」
 威勢の良い声と共にグランドアクアポリスに進入したエルエルとの接続を、直ぐにエモーションは確認した。状態は良好で現在の所、危険は無い。自らの周囲の安全を再度確認した上で、彼女はエルエルとの同調率を高めた。

 青い光に満たされたシステムは深い水底を思わせ、真っ直ぐ続く回廊は静まり返っている。
 道なりに進んだエルエルは、高い天井のホールで跳躍する動きを止め、用心深く周囲を観察した。一面に蛍の光の様なアイコンが舞う、システム制御中枢の一つであった。というのも蛍の光の一つ一つが制御ポイントであり、触れたエルエルに対して自らの機能を惜しみなく提示してきたからだ。その幾つかに躊躇いがちに接触したエルエルは、更に目的を持って幾つかにタッチし、現実空間の構造と警備網の把握を一瞬にして完了させた。他にも建物そのものの制御網や、学術データが蓄積されているらしい領域など、全ての機能がエルエルの指示を待ち受け輝いている。しかしエルエルはそれ以上のことをしなかった。
 兎はぶるりと毛並みを逆立てる。引き返そう。
 これはシステム乗っ取りのためのバックドアではないか!
 誰が何の為にこの様なことをしたのかは解らない。だが、犯罪の片棒を担がされているのだとしたら、恐ろしい事実である。
 エルエルは把握した監視網を使って電脳・現実空間の両方に、この進入が気取られていないことを確かめる。
 電脳空間については全く問題がなかった。《A-E》に付与されたシステムアカウントは正規のもので、全ての行動は一見正しいものに見える筈だ。接続元IPを辿られる可能性にしても、広大な電脳空間を飛び回る際に刻々と変化している彼女の足取りを追うのは至難の業だろう。
 現実空間にもまた、如何なる警告も発されてはいなかった。設備の規模に対して人の数は少なく、監視カメラ越しにその誰もが忙しく自分の仕事に没頭している様子が見える。内装や機材、飛び交う用語を窺う限り、ここはやはり一般家屋ではなく何かの研究施設の様だった。
 ほう、と安堵の息を吐いて、エルエルは更に耳を澄ませる。そうして今一度、異常が発生していないことを確認した。

 誰かが啜り泣く、押し殺した声が聞こえた。

 監視網から拾い上げた静かな声に、エルエルはそれまでの様々な思考を破棄して即座に反応した。彼女にとって人間の子供は慈しまなければならない存在であったからだ。子供が泣いている。子供は泣いていてはいけないものだ。子供を泣き止ませなければいけない!
 集音したカメラを特定し、その近辺の出力装置を検索する。ここは最新鋭の施設らしく、多くの3Dプロジェクタを抽出した。
 その中の一つに狙いを定め、エルエルは躊躇い無く現実空間へと現出する。
 薄暗い部屋だった。
 きょろりと3Dプロジェクタ設置台の上から啜り泣きの主を求めるが、誰も居ない。声も止んでいた。エルエルが間違えたかと首を傾げた時、鋭い誰何の声が上がる。
「誰だ!」
 視線を下ろすと、台の下、床に座り込んだ少年の光る眼とぶつかった。齢は十歳を超えた頃だろうか。彼の高い声は、泣き声と一致していた。
「初めてお目にかかります。私は、エルエルと申します」
 兎は優雅に深々とお辞儀する。礼儀正しさはエモーションのアイデンティティであり、それは条件反射である。常の様に長々としたフルネームを名乗らなかったのは、ひとえに声を発しているのが作業用端末であり、それが違法ネットでの活動を考慮して身元を明かさぬよう名乗りに関する制限を設けている為に他ならなかった。
「あなたは? どうして泣いていらっしゃるの?」
 丁寧に話し掛けてくる奇妙な兎に気勢を削がれたのか、少年はもごもごと答えた。俯けた顔の所為で、つんつんと跳ねた髪が揺れる。
「僕はリオン・・・泣いてなんかない」
「でも、私はあなたの悲しみを感じましたわ。ですからこの部屋に来たのですもの」
 リオンと名乗った少年は顔を真っ赤にして目元を擦る。「あぁリオンちゃん、そんなに目を擦っては痛めてしまいますわ」
 母親の様に諭す兎を彼ははっとして見上げたが、言われた通りに手を離した。
「それで、おま・・・エ、エルエルは何者なんだ? 父さんのプログラム?」
「私の製作者は女性なので、リオンちゃんのお父様ではないですわね。
 このグランドアクアポリスは、頭脳集団アトランダムゆかりの施設なのでしょうか?
 私はこちらを通りかかった者なのですが、何故か扉が開いてしまったので、気になって入ってしまったのですわ。
 驚かせてしまい大変失礼いたしました」
「アトランダム? 知らないな。
 ここは父さんの・・・クスコ博士のミニ四駆研究施設さ」
 そう種明かしをされて彼女は得心した。建物を縦横無尽に、外壁の外にさえも張り巡らされたリボンの様な構造物は、ミニ四駆のレーンであったのか。リュケイオンにある、マシンボイス連動用に高度に可動性の上げられたそれとは造りが全く異なった為に気付かなかったが、理解した上で見れば、その形状は確かにコースの形をしているものだった。そしてその規模は、リュケイオンのものよりも遥かに巨大である。
「まぁ! この素晴らしいシステムはミニ四駆の為のものなのですか?!」
 エルエルの感嘆の声に、リオンは胸を張った。
「そうさ、父さんは世界一のミニ四駆研究者なんだ。
 このグランドアクアポリスは世界中何処へでも移動することが出来て、常に最新の研究が出来るんだってさ」
 それで現実空間の座標が動いていたのかとエルエルは更に納得する。しかし、この施設に縁の深そうなリオンは、アトランダムのことを全く知らないと言った。それでは、あの個体認証は一体何だったのか。謎は深まるばかりである。
 だがエルエルにとって、現在の最優先事項は少年の様子だった。
「どうして泣いていたのでしょう? このエルエルでよければ、相談に乗りますわ!」
「・・・・・・うん」
 兎のグラフィックも手伝ってかリオンは既に警戒を解いている。親身、としか表現できない声音で語りかけられて、数瞬の逡巡の後に、頷いた。

 リオンはエルエルの隣に椅子を引いてやってくると膝を抱え直し、ぽつり、ぽつりと涙の理由を語り始める。
 彼が、今年開催されるミニ四駆のワールドグランプリに出場予定だった南米チームのリーダーであったこと。
 自慢の愛機はガンブラスターXTOという最先端のミニ四駆であること。
 その機体には、彼の父であるクスコ博士が開発中のGPチップタイプγという制御装置が搭載される筈であったこと。
「でも、父さんのGPチップは完成が間に合わなかったんだ。
 だからWGPに出場できなかった僕らは、チームを解散するしか無かった」 
 非常灯とエルエルの発する光だけが照らすこの部屋は、リオン一人には広すぎた。薄暗く寂しい空間の片隅で目を細める。「ここは休憩場所だった。皆でチーム走行の練習をした後は、ここで反省会をして、それからずっと喋ってた」
「父さんの言う事は分かる。研究が凄いんだってことも。中途半端な状態で出場したらガンブラスターが可哀想だってことも」

「でも僕だけでガンブラスターを走らせても、何だか、寂しい」
 
「エルエルは、エルエルは、悲しいですわ!」
 エルエルは思わずリオンの膝に飛び上がろうとして見事に失敗し、3Dプロジェクタの投影範囲外に突き抜けた。「だ、大丈夫?!」「・・・久々の失態ですわ」ぷるぷると耳を震わせて体勢を立て直すと、リオンを真っ直ぐ見たエルエルは手を挙げ提案した。
「リオンちゃん、一人は寂しいですわ。
 せめて今日は、私も一緒にガンブラスターさんと走りたいですわ! よろしいかしら?」
「君と? でもコースにプロジェクタは無いよ?」
「ノープロブレムです。リオンちゃんのその右目のゴーグルはHMDなのでしょう?
 ちょっと掛けてみてくださいまし」
 促されたリオンが半信半疑で右目にHMDを落とすのを見届けて、エルエルはふいと掻き消えた。次の瞬間、リオンはその瞳を驚きで見開く。
 HMD越しの視界に重なる様にして鮮やかな光を放つ兎が宙に浮かんでいた。
「君は・・・妖精なの?」
「いいえ、私は只のエルエルでございます」
 ゆっくり降りてくるのを受け止めようと、思わずリオンが差し出した掌にちょこんと載ったエルエルは、右目の中で深々とお辞儀する。現実空間を捉える左目は、ただ虚空に伸ばされただけの手を映していたが、リオンはふんわりとした温もりを感じた気がした。

 

 一人と一羽はグランドアクアポリスのコースをガンブラスターXTOと共に駆け回り、ふと気付くとエルエル/エモーションがカシオペア邸へ戻る時間が迫っていた。時間通りに戻らなければ心配性の彼女の兄が、攻撃プログラム片手に此処に殴り込みを掛けかねない。
「そろそろお暇いたします。今日は本当に楽しかったですわ、ありがとうございました」
「僕も、とても楽しかった。こんなに楽しかったのは久し振り」
 白い歯を見せて屈託なく笑ったリオンは、床に座っているエルエルの前で屈み込むと、躊躇い無く右手を差し出した。エルエルはちょっと驚いて少年を見上げると、毛皮に包まれた小さな両手で、その座標を撫でる。
 近いようでいて永遠に届くことのない距離で交わす握手に、お互いに不思議な擽ったさを感じて、リオンは顔を少しだけ赤くし、エルエルは大きな耳で顔を覆った。
「エルエル!」
 片耳を上げると、リオンが尋ねる。
「また、会える?」
 また会いたい気持ちは山々だったが、エルエルは注意深く答える。
「大人達に見つからなければ、きっと会えますわ。
 悪意が無いとはいえ私は招かれた者ではないのです。見つかったら扉は閉められてしまうでしょう」
 不自然極まり無い個体認証とシステム掌握が可能な程の強力な権限付与は、それが巨大なシステムであるだけに、キナ臭さを感じさせる。リオンには何も話さなかったが、今、こうしているのも、実は危険極まり無い行為なのだ。
 リオンは、友人としてのエルエルと、システム侵入者としての彼女とを秤にかけて少し迷った様だったが、秘密にすると、断言した。
「僕、絶対に秘密にするから。父さんにも。
 ・・・だから、きっとまた遊びに来て。待ってるから。
 大丈夫、何時も一人だから、誰にも見られないよ」
 ロボットは須く人の意に沿うべきである。だからエルエルはこっくりと頷いた。
「分かりましたわ、リオンちゃん。きっとまた遊びに来ますわね」
 リオンは名残惜しげに手を振る。「じゃあ、バイバイ」
 眼前に広がっていた少年の姿は小さな画面に吸い込まれて、HMDへの結像を解除したエルエルの前に浮遊する。その顔には再び孤独の影が射していたが、しかし彼は笑っていた。
 解決しない不思議はあるが今やそれは些事であり、エルエル/エモーションはそれらを棚上げした。孤独で泣いている子供がいるのなら、幾らでも手を伸ばそう。今までもそうしてきたのだ。
 一つ大きな決断をすると、蛍光緑の彗星は、暗い空へと飛び立つ。遥かな闇を切り裂いて、今日も電子の妖精は異世界を疾駆していた。


-------------------------------------------------
補足

・観境/scape はディアスポラ日本語訳より



[19677] 【映画ネタ(仮)】その者、ガイアの心臓を宿せり
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/11/27 22:05
 GPチップ生みの親であるザビー・クスコ博士は天才である。
 今でこそミニ四駆研究者としての姿が世間にはよく知られているが、情報工学のみならず電気、材料、波動等の各種力学に精通し、巨大建築や新エネルギーの分野での活躍も目覚ましい。世界広しと言えども、彼に匹敵する頭脳を持つ人間は両手の指に足りるだろう。
 様々な分野から彼を求める声は高いが、しかし近年の彼はそれらの全てを断り、出会って以来魅了され続けているミニ四駆開発に掛かり切りである。手の中に収まる程のマシンに彼の持てる技術の全てを結集することに、並々ならぬ熱意を傾けていた。
 この小さな機械に魅入られる科学者は意外にも多い。
 その理由について、とある研究者が語ったことがある。曰く、ミニ四駆はアイデアの試金石であるからだと。
 規格化された機体には速く巧みに走らせるという明確なゴールが定まっており、その目標に向けて様々な構想を盛り込むことが出来る。また、試行結果を短い期間で得ることが可能である。これはミニ四駆の名の通り、機体の小ささに起因する利点だ。付け加えるなら各種大会への出場は自らの技術を世間に宣伝する効果もあって、スポンサーを探している場合には好都合でもある。
 そしてクスコは彼自身の頭脳明晰さもさることながら応用の天才であり、非凡の閃きを有していた。その彼が、強固なボディと無尽蔵の動力、悪路をものともしない走行性、そして優秀な判断力を持つ究極のマシンを目指した時、何が起こったか。
 彼は先ず自らGPチップを提唱開発し、僅か1cm四方の集積回路上に人工知能の為の仮想神経網を構築することに成功した。AIの質としては既存のHFRに比ぶべくもないが、空間、電力共に制限された環境下で動作する事を考えれば画期的な成果であり、現在はミニ四駆のみならず家電を初めとした多くの機器に応用されている。
 また共同研究者であったミニ四駆界の権威である岡田の発明したZMC素材と、土屋の考案した形状を独自改良してカウルを成形した。空力マシンの第一人者の知恵を応用したそれは、一定の速度に達するとマシン周囲の空気の流れが安定し、大きな衝撃からマシンを守る機能を果たす。そして高い対衝撃性に加えて熱に強いZMCは、たとえ炎の中にあっても内部メカを十分に保護した。その軽量頑強な構造は乗用車への応用が期待されている。
 これだけでも十分な成果だが、更に日本の防衛隊が限定的に公開していた動力機関、俗に《ガイアの心臓》と呼ばれるエルドラン・コア/ECの理論を実践し、消耗が限りなく0に近く条件が揃えば半永久的にエネルギーを供給し続けるバッテリーの開発に成功した。統合意識体のロボットを研究する事で得られたECの理論は、かつて幾度となく実装が試みられて来たがその悉くが失敗している。その度に重要な知見が得られ見直しが続けられて来た研究者達の夢は、クスコの登場によって遂に実現したのであった。現段階では特定の素材、特定の形状、特定の環境下でのみ特定の出力を得られるという、実験室レベルの成果ではあるものの、それは革新的なエネルギーの出現を意味していた。
 驚嘆すべき事に、クスコはこれら全ての研究をほぼ同時に進めている。
 そして恐るべき事に、華々しい研究結果はその全てが、究極のマシンを実現する為の副産物に過ぎなかったのであった。

 だが、天才とは気難しいものだ、とスコシオは皮肉を込めて呟く。

 己の研究を進めるのに没頭する余り、クスコは政府の要請を全く聞き入れようとしない。要請が勧告となり、警告となり、遂には命令となるまで、その手を止めようとはしないのだろう。理由は幾らでも付けられるのだから強制的に事を運べば話は簡単だが、上層部からは出来得る限り穏便に済ませるよう指示を受けている。
 究極のマシン、ガンブラスターXTOの開発中止を要請する任を政府から受けたスコシオは、今年に入ってもう幾度目か分からない説得を試みていた。場所はクスコの研究施設であるグランドアクアポリスである。洋上に浮かぶそれの近辺には当然のことながら気の利いたバーも無く、あまり良い出張先とは言えない。
 正直な所、スコシオはこの任務に飽きていたが、しかし今日ばかりは例外だった。彼は次第に深刻化する問題の証拠として外部機関から得た情報を元に資料を整えており、たとえクスコの対応が常の通りであっても、次の対策を講じる準備が出来ていたからである。
「空軍から提供された情報の通り、」
 あたかもNASAのオペレータールームの様に機材の煌めきで満たされるメインラボで黙々と作業を続け、今やこちらをちらとも見ようとしないクスコに対してスコシオは懇々と説明する。
「この研究所から異常波が出ていることに間違いありません。かなり危険なものです。
 上空を飛ぶ航空機が影響を受ける位のものだ」
「何も兵器を作っている訳ではない」
 壁面に据えられたスクリーンの一つに表示された数十頁に及ぶ資料を、視線を一度も遣らないままでどうやって把握したのか。クスコはやっと、苦々しく応じる。
 その言葉は、消極的に異常波の存在を肯定するものであった。眼鏡を中指で押し上げ、クスコの表情に焦点を合わせる。
「悪い事は言いません。直ぐに研究を止めるべきだ」
 それが兵器であろうとなかろうと同じ事である。北に位置する超大国にその危険や高しと睨まれれば、国際問題に発展しかねない。ここぞとばかりにスコシオは言葉を続けようとするも、しかし遮られて口を噤まざるを得なかった。
「急がないと、世界グランプリに間に合わないんでね。異常波でヘリが落ちないことを祈っていますよ」
 これで話は終わりなのであろう。スコシオを見送る為にヘリポートへと歩き出したクスコの白衣の背に、これ以上の言葉は無いと書かれている。
 十分な証拠を揃えても要求を受け入れない頑さは無謀とも思えるが、しかし、クスコの業績は高い。無理にその研究を妨害すれば、いとも簡単に他国へと拠点を移してしまだろう。それが政府の望む所ではないことを知っているからこその、この態度である。エリートとはいえ未だ若いスコシオが抜擢された理由はここにあった。気難しい天才研究者に気難しい高級官僚をぶつけては、収拾のつかない事態になりかねないという判断が働いたのである。
 さしものスコシオも、木で鼻をくくった様な返答には罵りの言葉の幾つかを投げ付けてやりたい衝動に駆られたが、それをどうにか押し殺して帰還するべくヘリポートへと歩を進めた。そして、彼が独自に調査した結果も合わせて一つの決断を下す。
 最早、穏便に済ませる為に手段を選んではいられない。



 そしてスコシオの一手は、ある成果を見せた。研究機関専用上位ネットORACLEが動いたのである。
「貴国の調査請求に付与された証拠資料を検討した結果、ORACLEは請求を承認し・・・その後、我々は極秘裏にクスコ研究所の中核施設である、グランドアクアポリスの調査を進めてきた訳ですが」
 国連施設の一角で、黒髪に黒いスーツのスコシオとは対照的に明るい色合い、金髪に象牙色のコートを纏った男が告げる。「事務補佐官には一つ御協力をお願いしたい」
「協力ですか? 既にこちらは十分《協力》していると思いますよ」
 ただ直接的に《命令》という単語を選択すればよいのに何故それをさせないのか。ヒト—AI間の娯楽に成り得ない情報交換に、気遣いを演出する為の迂遠な言い換えを含む利点は無いように思え、文字通り全てが機械的なその男にスコシオは冷笑を返す。それは相手に対する蔑みではなく、人のプライドを刺激しない様に彼を創る為、費やされたであろう莫大なドル、ポンド、マルク、フラン、リラ、或いは円、そのほか諸々の通貨へと向けられたものであった。
 政府に身を置くスコシオは、先進諸国が合同で開発したORACLEの優位性を熟知している。日々巧妙化するサイバー犯罪から預託された情報を守る使命を帯び、あらゆる権力に阿ることの無い叡智の砦は、条件さえ揃えば各国政府に命令することすら世界に許されていた。命じるのはORACLE自身、即ちネット統御AIオラクルであり、その代弁者こそが今、目の前に座る人に非ざる監察官だった。その判断を司る者が人ではないからこそ、人の社会の上位に立つことを認められたとも言える。
 既にORACLEからの命によって、調査プログラムがグランドアクアポリスのネットワーク上に流されている。監視の為に一定の権限を持ったアカウントを付与されているスコシオにとって、それは容易な作業であった。当然のことながら、クスコ博士の許可を得た行動ではない。全てはORACLEと、セントーサ条約———通称ORACLE条約———を批准した国家が設置する窓口組織により水面下で進められたことである。なお、調査・解析用のプログラムと説明を受けたものの、スコシオはそれを全く信じていなかった。
 かの有名なアトランダム・ナンバーズでもあるその機体は、高度な情報処理機体であることを伺わせる巨躯を特別に用意された頑丈な椅子に預け、あたかも人の様に真摯な表情を崩さない。
「確かにそうですね。調査プログラムの件も含めて、これまでの事務補佐官の多大なお力添えには感謝しています。
 そのお陰で、我々はクスコ博士の研究の問題点を知ることが出来たのですから」
「犯罪者紛いのことはこれっきりにして頂きたいものですがね」
「ORACLEには独自調査権が認められていますから、全ては正規の手続きに則ったものです。御心配には及びません」
「えぇ、えぇ、勿論、解っていますとも。話を続けて下さい、監察官」
 言葉の端々に刺が混じるのはHFRと会話する違和感からくる不快の為だった。人の表情を読むのが仕事であるスコシオの目には、人の道理の通用しないHFRの仕草はどうにもちぐはぐに映り、予測を裏切り続けるその所作の一々が疲労を呼ぶのである。先方に恨みは無いが職業病の為に如何ともし難い。今後の為にロボット心理学への造詣を深めるべきだろうかと、益体も無い考えが浮かぶ。
 HFRであるという先入観がそうさせているだけかも知れない。駆け引きの余地を期待してよいのかも解らない機械に対する苛立ちが、不満の捌け口を求めているだけなのかも知れない。それとも無機知性体への恐れが誤った相手に向かっているだけなのか。しかし事実として、その動作を観察しようものならば不自然な規則性を見出してしまう。そして、それを見ているとスコシオは堪らなく憂鬱になるのである。呼吸や視線の揺らぎなど、相手の胸中を推し量る為に不可欠な要素を不完全に模倣するだけで、余りにも《人らしさ》が再現されてしまう事実を思い知らされ、自らの《中身》に思いを馳せざるを得なくなるのだ。いっそのこと人と思えば気分は楽になるのであろうが、何かが決定的に異なると感情的に確信出来るそれを人として扱うのは、数多くの人々を見て来た彼の矜持が許さなかった。
 スコシオの促しに応じてロボット監察官は続ける。
「異常波の発生は、タイプγによるECの制御実験時に集中していました。また、その強度は実験回数を重ねる毎に上がっています。
 高度6000フィートの航空機に影響が出たのは、特殊鋼が多く使用されたグランドアクアポリスと干渉した異常波が、偶然その近辺で増幅していた為でしょう」
「まるで見てきたかの様ですな」
「調査プログラムによる成果です。これは憶測ですが、制御に不具合があるのかも知れません。
 こちらでガンブラスターXTOの仕様を調査したところ、タイプγのGPチップでは、ECが発生させたエネルギーを電力に変換せずに使用します。言わば、光ニューロチップの亜種ですね。EC単独での実験時に異常波は発生していないので、ここに異常波を発生させる要因があると考えられます。補強材料として、タイプγ上の仮想神経密度の上昇と異常波強度の間にも相関が見られました」
「それで?」
「この研究自体に問題はありません。また、異常波発生についても本来ならばORACLEが関知することではありません。
 しかし、周囲の機器への悪影響が強く疑われ、貴国を含む周辺諸国が警戒していることを重視しました。そして・・・」
「強制介入によるORACLEの管理情報の押収を恐れているのですか」
「その通りです。タイプγは博士自身の研究成果であり、ZMCは公開情報です。しかし、EC理論は制限付きで研究利用のみ可/アカデミックユースオンリーとなっている貸与情報ですので」
「私達が困っているから動く訳ではないのですねぇ」
「それがORACLEの行動原理であり、制約でもありますから」
「いやいや非難しているのではないですよ。遮ってしまった、続けてください」
「・・・そしてもう一つ、ECを制御するタイプγが高度な知能を有しており、かつそれが開発段階にあることを我々は問題視しています。
 ECもタイプγも、それぞれが素晴らしい成果です。しかしどちらも未だ生まれたばかりの新しい技術、それこそ件の異常波の様に、解明されていない危険性もあるでしょう。それらを結合させて新しいマシンを作った時に何が起きるのか、誰にも予測出来ません」
「クスコ博士は研究を急ぎ過ぎていると? ですがそれこそ、貴方がたの関知する事ではないのではありませんか」
「いいえ」
 監察官は厳かに告げる。それはORACLEの言葉と同じだ。
「ORACLEは、この状況が最悪の事態を招くことを憂慮しています。即ち、ECの情報が閲覧資格を持たない者に流出する可能性です。
 まだ国家に押収されたものであればORACLEの権限によって回収出来ますが、もしも高い知能を持つガンブラスターが暴走し、クスコ博士の手を離れるようなことがあれば、誰の手に渡るか解りません。それだけは絶対に避ける必要があります」
「成る程、その為の協力ということですか。具体的には研究所の監視を続けよ、ということでしょうか」
「御理解が早くて助かります。
 クスコ博士は今のところ規則に違反していない為、ORACLEが現段階で研究中止を勧告することは出来ません。
 今の所、事務補佐官の監視下に置くのが最良だと考えられますので」
 ORACLEを動かせばこの退屈な仕事を片付けられると考えていたスコシオは、少なくない落胆と共に嘆息する。これでまた暫くは、洋上への週に二日の退屈な訪問が続くと思えば気分も滅入るというものだ。しかもその上、この会話によってORACLEが納得するまでは、彼がこの任から解放されないことが示された。
 彼は、そうなればいい、と切実な希望を込めてこうぼやく。
「問題が発生するとすれば、ガンブラスターが初めて起動する日でしょうかね」
 是非そうであって欲しかった。終わりの見えないスケジュールほどやり切れないものはない。殆ど独り言の様なものであったが、監察官は義務的に尋ねる。「どうしてそう思われるのですか」
「ただの憶測ですよ。タイプγは判断の主体となる自己を定義するものだとクスコ博士から聞きましてね。
 バッテリーの制約を外れた・・・ECを得た彼がもし、外の世界を見たいと望んだら、私達には止められないでしょうからな」

「外の世界、ですか」

 初めて、スコシオにとってはORACLEのインターフェース以上の意味を持たなかったロボットの声色が、人間味を帯びた。
 何かの衝動に駆り立てられ口をついた言葉に自らが戸惑い、その先に続く言葉を探している様な。固有の経験から導き出される反射的で自然な反応だ。こんな対応も出来るのかと、頭脳集団アトランダムの世界に名だたる技術力には感心する。HFRに対する評価は性急に確定しない方が良さそうだった。
「どうかされましたか、監察官」
「あぁいえ、我々の仲間にも、思考調整されていなければきっと何処かに飛んで行ってしまうような者がいるものですから。
 ガンブラスターの思考データは・・・」
「博士の息子さんのマシンのデータ、タイプβ上のものが移植されるそうです。そこから成長を促す様ですな」
「ということは、まだ研究所にデータは存在しないということですね。それでは最悪を想定する事にしましょう」
 監察官が表情を戻したので、スコシオもまた興味を失い別の疑問を解決することにする。
「しかし、ガンブラスターが暴走したとして、一体どうやって対処するのです」
「万が一の事態には、SPF/スクランブル・ペンタゴン・フォースの出動を要請し、速やかな保護、或いは破壊を行います」
「アメリカの特殊部隊ですか。些か大袈裟な・・・とは言いませんよ。あの異常波は厄介です、用心に越したことはない。
 しかし仮に、タイプγのAIにグランドアクアポリスを乗っ取られたら、さしものSPFでも手を焼くでしょうな」
「そうなれば、ORACLEが総力を挙げて、グランドアクアポリスのネットワークを解放するでしょう」
 預託情報を守る為ならば躊躇い無く戦闘集団を動かす。そしてその判断に人は介在しない。
 改めて考えると、利害関係が対立したならば、これ程に恐ろしい相手は居ないことにスコシオは気が付いて背筋の凍る思いを味わった。
「世界最高のコンピュータを敵に回したくはありませんな。私も、妙な気は起こさないでおくことにしましょう」
 監察官は神妙な表情で頷く。
「賢明な御判断です」



「ガンブラスターの起動実験を行うのはいつですか?」
「まだ暫くかかる。詳細は詰めていないが、八月になってしまうだろう・・・それが何か?」
 政府から派遣されているスコシオの質問に、グランドアクアポリスの全職員は誠実に答える義務がある。それは所長たるクスコも例外ではなく、質問の意図を憶測した結果、不審の表情を隠しもしていないが、その言葉に偽証は許されない。
「いえ、多分その頃だろうとは思っていました。ですが、グランドアクアポリスの日本への航行許可がその直前に出ていますね。
 私は報告を受けていませんが、これはどの様な意図でしょう?」
「事務補佐官は何か勘繰っていらっしゃる様だが」
 いつもの通りの定期視察の筈が尋問の場になり、新マシン完成に向けた追い込みで忙しい研究者は不機嫌そうに唸った。
「現在、日本ではWGPが開催されている。知っての通り、我が研究所は南米チームとして出場する予定だったが、マシンの完成が間に合わず今大会を見送ったのだ。来年への備えとしての下見をするのは当然のことだろう。それ以上でも以下でもない」
「成る程、博士はあらゆることを同時にこなしてしまうのですね。
 タイプγにECの並行研究でも驚きなのに、その上、来年の準備ですか。頭が下がります」
「全ては究極のマシンの為です。時間は幾らあっても足りませんからな。
 それでは、失礼しますよ」
 最早、勝手知ったる第二の職場となったグランドアクアポリスである。クスコもスコシオに案内は不要であると理解していたので、席を立つと応接室から出て行こうとする。それをスコシオは呼び止めた。
「クスコ博士、貴方も何か勘違いしているようですが、私は貴方を尊敬しているのです」
 突然何を言い出すのかと、奇異なものを見る様な目で白衣の男が振り向いた。
「ここ半年以上、私はここで研究の様子を見て来たのです。貴方がどれだけ研究に打ち込んでいたのかはよく理解しています。
 だからこそ、この危険な研究を即刻中止して欲しい。
 タイプγとECの安全性が確かめられるまで、タイプγでECを制御するなんて無茶をして欲しくはない。
 これは、貴方の研究者生命に関わることでもあるのです」
「・・・お話はそれだけですかな?」
「ええ、それだけです。解っていますよ、答は当然、NOなのでしょう?」
 クスコは暫く無言のままでいたが、結局そのまま口を開く事は無く、踵を返すと退室した。
 一人その場に残されたスコシオは、起動実験の日程を把握したことを思い出し、携帯端末を取り出すとORACLEに連絡を取り判断を仰ぐべくパスコードを打ち込んだ。はてさてどんな面白い事態となるのだろうか。叶うならばクスコが思い直してくれるとよいのだが、その可能性はゼロだ。
「ま、天才の研究を守るのも、我ら凡人の務めでしょうか。とはいえORACLE相手では、如何にも分が悪い。
 白旗の準備をしておくことにしましょう」
 皮肉混じりに呟くと、翠の兎と目が合った。瞬きした次の瞬間には掻き消えて、そこに据えられた3Dプロジェクタの存在に気付く。
 3Dプロジェクタのスクリンセーバーか。天才の考えることはやはり解らない、と独りごちた。


-------------------------------------------------
補足

・レツゴ本編でユーロ経済圏は未成立



[19677]    幕間・ゾイワコ・ノイワコ・ニンゲン・ゾイワコ
Name: もげら◆6cba0135 ID:1ccd6962
Date: 2010/09/20 20:11
 此処には無があった。天地が無く、光が無く、音が無い。五感が全く役に立たず、生身の人間であれば数分と耐えられないだろう虚無の淵とも言える場所だった。
 時の経過すらも定かでないその場所に、ある瞬間、すぅ、と電脳空間特有の座標軸を示すグリッドが走って天地が生まれる。
 やがて空間はぼんやりと発光し、光が生まれた。
 空間が十分に変容したのを見届けるかの様に十二分な時間を経た後で、その変化を齎した櫻色の淡い輝きは進入する。
「不穏な気配を感じて来てみれば・・・何なのだこの空間は」
 軽やかな春の色合いを纏うのは藍染小袖の青年だった。攻撃プログラムと思しき日本刀の柄に手を掛け、油断無く周囲を確認しながら進む様は堂に入っている。その繊細なグラフィックの動作は、青年が紛う事無きAIであることを表していた。
 青年は訝しむ。
 人の心の闇とすら称される電脳空間の暗闇においても非常灯の如く輝き続けるグリッド、それすらも拒絶していた空間は、しかしVSCPの伝送路として正常に機能している。だがその様な代物を、人もAIも好んで使いたいと思う筈が無い。ならば誰が、一体何の為にその様な奇特な設定を施したのであろうか。
 青年が敢えてこの奇妙な空間に踏み込んだのには理由があった。広大な電脳空間に点在する彼の隠れ処の一つが、この近辺に位置していた為である。
 その上、ある日唐突に出現した暗黒空間の奥からは実に嫌な雰囲気がした。違法空間につきものの不健全なプログラムが発する異臭、ウィルスの気配である。見過ごせる訳がなかった。
 暫く進むも、構造物は皆無である。けれども不穏な信号の検知が止むことは無く、そうして遂にそれは姿を現した。

 双頭の蛇。
 毛皮を被ったヒドラ。
 無数の目玉をギョロつかせる蛸。
 足が二十本はあろうかという蜘蛛。
 汚泥と鉄屑を捏ねて人型にした何か。

 ありとあらゆるウィルスのイメージが、重なり合い山と築かれ、気味悪く蠢いていた。
 やはり碌でもないプログラムの吹き溜まりであったかと眉を顰め、速やかな殲滅を誓う。
 だが侵入者/ハッカー、破壊者/クラッカーとの戦いにおいては百戦錬磨を自負するさしもの青年も、思わず歩みを止めてその様子に見入った。怯えたのではない。それらウィルス共が何ら活動することなく、つまり互いに侵蝕し合うこともせずに、ただそこに存在するだけであるということ。その事実に、純粋な違和感を覚えた為だ。
 思考が導くのは、何者かに統率されているだろうという推論だった。
 青年は飛翔して注意深く悪趣味なオブジェを観察し、やがて発見する。

 果たして其処には、大口を開けて眠っている男がいた。山と築かれたおぞましい物体の上で実に安らかに。

 個人空間でもない場所に、これだけのウィルスを集めるとは破壊者としか考えられない。大量のウィルスが統制を失えば、周囲のネットはちょっとした惨事となるだろう。
 その統制の鍵をこの眠り男が握っている。
 瞬時にそう判断した青年は躊躇い無く、光輝く刀身を振り下ろした。



「バ、バナナッ・・・! バナナって!! 痛たたたっ、コード痛い痛い痛い!!」
 ラボの床に伏せんばかりにして紫水晶の長髪を振り乱し大笑いする青年を、メカニカルな鳥人形が突き回す。鋭い嘴で啄木鳥の如き痛打をしこたま浴びせかけられて漸く青年は沈黙した。鳥人形は不機嫌さを隠しもせずに吐き捨てる。
「大体俺様が呼んだのは正信だけだ。どうして皆出掛けてるのに、シグナルとパルスが居るんじゃいっ!」
 HFRの様々な調整用機材が並ぶ部屋には、止まり木の様に誂えられた金属棒に鋭い爪を掛ける鳥人形、腹を捩っていた青年の他に、それを呆れた様に眺める黒尽くめの青年と、対照的に白衣姿の男性が居る。
「いや、阿呆パルスとの喧嘩の後片付けがあったから一緒に出掛けられなかったんだよね」
「寝ていたら置いて行かれてしまったらしい」
「起きてたら一緒に掃除だったろ」
 青年達の軽口に、正信と呼ばれた白衣の男は肩を竦める。青年達は何れも戦闘型ロボットであり(当然ながらその喧嘩は想像を絶する規模の破壊を齎し)、彼はこの場で唯一の人間であった。
「僕は元々仕事があったから仕方無いんだけど、二人は自業自得でしょう。
 それでコード、確認なんだけど。
 確かに《ヤミノリウス》と名乗ったんだね?」
「あぁ」
 鳥人形は首肯する。「ウィルスの山を殲滅した後に、確かに切り捨てた筈のそいつが現れてそう名乗った」
「気付いたら全く違う座標に飛ばされていて、細雪もこの通りだ」
 正信はコードが翼で示したディスプレイを覗き込む。シグナルと呼ばれた青年は再び笑いの発作に見舞われたのか、その身体は小刻みに震えていた。
「でも、いや・・・だからか。細雪がバナナにねぇ・・・いやはや、余りにも《らしい》よ、本当。
 シグナルの気持ちは解らないでも無いけど、あんまり笑い事じゃないよ? これは」
「え、何でですか?」
 きょとん、として尋ねるシグナルに、黒尽くめの青年パルスは小馬鹿にしたような表情で応じる。
「また一つ、世間知らずを露呈したな。
 若先生の言いたいのは、これが、隣接次元生命体の仕業だということだ。全く、ヤミノリウスの名も知らんのかお前は」
「りんせつ、じげん? ちぇ、どうせ僕は世間知らずですよーだ。兄貴風吹かせやがって」
「まぁ一連の事件が終結したのはもう7年も前の話だし。
 シグナルが起動した時点でも3年は経っていたから、知らなくても仕方無いのかな」
「事件・・・・・・?」
 不思議そうな顔のままのシグナルの知識には、確かに件のデータは含まれていないらしい。
「それは抜きにしても、ちょっと考えてみなさい。
 細雪自体はただの攻撃プログラムで障壁を持っている訳ではないけれど、扱いがとても難しいのは君も知っているだろう?
 下手に干渉しようとすれば、普通は干渉側が消去されてしまう」
 細雪。刃に触れたもの悉くを雪の散る様に消去することから与えられた銘である。現実空間では鳥型の機体に宿る人格プログラムの《A-C》コードが電脳空間上で振るう武器であり、それはプログラミングの天才、音井正信が開発した最強の攻撃プログラムであった。儚い名に反してそれは、扱う側を消去しかねない非常に凶暴な性能を有している。
 その内容を全く異なるオブジェクトに改変するなど、常識では考えられない。
 若輩で知識不足を指摘されることの多い最新型HFRである《A-S》シグナルにも、流石に正信の言わんとする事が理解出来た。
「とんでもなく凄い腕前ってことですね」
「そう、凄い腕前だよね? 腕前なら、ねぇ」
 正信は、はぁ、と深く溜め息を吐いて一同を見回し、強く釘を刺す。
「いいかい? コードも皆も、このことは口外しない様に。
 くれぐれも、く、れ、ぐ、れ、も! オラトリオには言ってはいけないよ? 勿論、オラクルにもだ!」
「当然だな」
「了解です」
「何でです? 若先生」
 当然の様に首を縦に振る兄達の行動理由が理解出来る筈も無くシグナルは首を傾げ、二体のロボット達は処置無し、と冷ややかな視線を送る。「そんな、あからさまに馬鹿にしなくてもいいじゃないか、知らないんだから!」「あのね、シグナル」
 正信は言う。ここで、ある程度まとまった量の情報を伝えておかないと、このロボットはうっかり口を滑らせかねなかった。
「コードが遭遇したヤミノリウスというのは、隣接次元生命体なんだよ。今は敵対していないけど、かつて積極的に人類を攻撃していた存在として名を知られていて、戦いが終わった後は何処へとも無く姿を消したと、言われていた。
 そいつはこの世界に隣接する異次元の生命、つまり人間ではない。勿論ロボットでもない。
 君に理解し易い様に言うと、お化けとか妖怪とか、そういった類の存在なんだ」
「お、お化けですか? またまた冗談を・・・」
 正信の説明に、シグナルの顔が引き攣った。彼はお化け、超常の存在を殊の外苦手としているのだ。
「冗談だったらどんなに気が楽か。隣接次元に限らず大魔王の軍勢達の技術に、僕達人類は太刀打ち出来ないんだ。
 まだ無機知性体が電脳空間に潜入/ダイヴ・インしたというなら、対抗出来るかも知れない。
 だが、相手はよりにもよって隣接次元生命体だ。恐らく、最も理解不能な連中だろうね」
 何も知らないシグナルに、一体どうやってその脅威を、恐怖を伝えればよいのだろう。 
「あいつらは・・・何と言えばいいんだろう・・・うーん・・・・・・」
 正信は沈黙する。適当な言葉を探しているようだった。
 《A-P》パルスが口を開く。

「世界を都合よく捩じ曲げてしまう」

 重々しく発されたその言葉に、正信は白衣の両腕を組んでぶるりと震えた。
「そう、それだよパルス! 電脳空間で僕達が好みの空間を造る様に、あいつらは現実空間を好みにアレンジしてしまうんだ。
 魔法みたいに。いや実際、魔法なのかな」
「・・・若先生から魔法なんて言葉を聞くなんて、違和感がありますね」
「あればっかりは口で伝えられる出来事じゃないからねぇ」
 例の事件を想起したのか、疲れた様子で正信は再びディスプレイを見る。
「まぁ、だからね。
 そいつは細雪をバナナにしたのとまるで同じ様に、ORACLEのセキュリティをバナナにすることも出来るのさ。
 しかもそれって、プログラムで行われることではないから、不可避なんだ」
 信じられないと、そう顔に書いてあるシグナルに、正信は畳み掛ける。
「いいかい? あいつらは、過程をすっとばして望む結果だけを発生させることが出来る。
 これがどんなに恐ろしいことなのか、君にも理解出来るだろう?」
「それを、あのワーカホリックが知ったら確実に精神バランスが崩れるということだ。
 まぁ元々その手の情報にはフィルタが掛かるようアトランダムの長老共が調整済の筈だが、危険な橋は渡らんに越した事は無い。
 理解したか? ひよっこ」
 鳥人形が軋んだ声で呟いた。
「そういうこと。だからORACLEの守護者であるオラトリオには、絶対に話してはいけないよ?」
 余りにも真剣な顔で念押しされて、シグナルは気圧されるように頷いた。
「あとついでに、あいつには上位次元の住人の話も御法度だ」
「上位次元?」
 また新しい言葉だ。この場に居るのは全く失敗であったとシグナルは顔を顰める。
 パルスが意外そうに問うた。
「奴等は完全に撤退したのでは?」
「表向きはね。だが、今回のコードの件もある訳だし、遭遇する可能性は考えた方がいい。
 電脳空間に潜入してくることは無いと思いたいんだけど・・・それが無くても物理障壁を完全に無効にする存在・・・そんな奴を敵認定してしまったオラトリオがどうなるか、考えたくはないね」
 正信は頭の痛そうな顔をしているシグナルに説明する。
「9年前に世界は、さっきの隣接次元とは違う奴等・・・五次元からも侵略を受けていたんだ。
 五次元、つまりこの世界よりも上位次元の生命体は、三次元空間を自由に移動したらしい。
 幸い時間軸の移動は確認されていないみたいだけど、それでも何処から現れるか判らないのは凄く脅威なんだよ」
「僕の生まれる前に、そんなに色々あったんですね」
「怒濤の3年間だったよ。アトランダムにも関連の研究依頼が沢山舞い込んでいたからね。
 この事件は有名だから、ちょっと調べれば直ぐに分かるだろう。
 常識の範囲だから、事件があったこと位は知っておいた方がいいかもねぇ。勿論、訊くならORACLE以外で頼むよ」
「分かりました、若先生」
「さて、シグナルの教育はこの辺にして・・・と。
 全く、どうしてコードがそんな奴に手を出したのかが不思議で仕方無い。シグナルじゃあるまいし」
「あいつらが潜入出来るなんて、知らなかっただけだ!
 それにそいつがプログラムで動作しているかなんぞ、空間統御プログラムでもない限り判らん」
 コードは不機嫌極まり無い声音で吐き捨てる。
「潜入が出来る件については確かに初耳だけどね。ただ、これからは気をつけてくれよ?
 本当は、もう二度と接触して欲しくないんだけど・・・・・・」
 正信は冷静にコードを観察した。普段の居丈高な態度が嘘の様に、消沈して一回り小さく見える(いや鳥型の彼の姿は大きなものではないのだが)彼は、無二の相棒である細雪を失った動揺を隠し切れていなかった。
「代わりの攻撃プログラムを見繕うことは出来るけど、君はそれで納得しないだろうしねぇ」
「む・・・」
「だったら、そいつに戻して貰う様に頼むしかない」
 さらりと周囲が耳を疑う発言をした正信を、三体は注視した。それを受けて彼は苦笑いを浮かべる。
「もう一度、そいつを見付けることは出来るかい? コード」
「あ・・・あぁ。最後に確認した時には位置は変わっていなかった。信号が独特だから多少移動されたとしても追跡可能だ」
「それなら最大の問題はクリアだな。
 話を聞く限り、その時にヤミノリウスが何か破壊活動をしていた訳ではないみたいだし。
 確かに公共空間にウィルスを集めてただけでも十分に排除する理由にはなるんだけど・・・一応、最初に仕掛けたのはコードなんだよね?」
「そうだ。あの状態でウィルス共が暴れ始めたら流石の俺様でも苦戦したし、周囲の空間も被害を受けそうだったからな。
 だが話し合いが通用するのか?」
 疑わしげに問うコードは、力強く頷く正信の表情を見た。勝算ありと確信しているその顔は、相手が何であろうとも勝利するだろうという安心感を与えるものであった。
「元々あちらに攻撃の意思が無いのならね。
 隣接次元の住人は意外に合理的だから、話し合いは有効だと思うんだけど。
 ・・・ただ、細雪を戻して貰うにも交渉材料がいるかもねぇ。コード、そいつをぶった切っちゃったんだっけ?」
「頼む正信」
「コードに頼まれる日が来るなんて、明日は雪だなぁ。まぁちょっと伝手をあたってみようか」

「居るかな・・・?」正信は目の前のPCで、とある場所にアクセスする。
「あ、勉君? こんばんは。そうそう僕です、音井正信です。夜分急に済まないね。ちょっと相談があるんだけど・・・」

「あ、ひょっとして」
 なにやら伝手を辿り始めた正信を邪魔しないよう、少し離れた場所でそれを見守っていたシグナルは、あることに思い至った。
「若先生達が、あの妖怪家族に驚かなかったのって、この所為だったのか?」
 吸血鬼の父と幽体離脱体質の母を持ち、数多の妖怪変化を侍らせる謎の知人、江神美咲という存在がいる。かつてその奇異の一端を目にした音井正信・みのる夫妻が全く驚かなかった事にシグナルは首を捻ったものだった。
 その理由は、既にその様な存在が、広く知られていたからだったのか。
「そうだろうな」
「じゃあひょっとしてパルス、お前もあの時しれーっとした顔してたけど、知ってたんだな!」
「私はお前よりも知識豊富だからな。それにお前にも諦めが肝心だと教えただろうが。
 あいつらに対抗するにはガイア意識でも持ち出すか、諦めるしか無いのだから」
「また僕の知らない言葉を出す!」
「勉強しろ。だがまぁ優しい兄が一つだけ教えてやろう。
 なぁシグナル。諦めるしか手段の無い相手に侵略されて、どうしてそれを撃退出来た思う?」
 パルスに問われても、知らないシグナルには答えようが無い。元より返答に期待などしていなかったのだろう、パルスは謳うよう続ける。
「ガイア意識、統合意識体、エルドラン。色々な呼び方があるだろうが、それが答だ。後は自分で調べろ」
「・・・何だよ思わせぶりな事ばっかりいいやがって。ちゃんと教えろよ!」
「お前の脳天気な電脳に解る様に説明するのは面倒だ」
「言ったな?!」
「本当の事だろう」
 次第に臨戦体勢に入って行く二体の頭がバインダーで叩かれた。
「こら二人ともラボで暴れないで。改造するよ?」
 眼鏡のふちを怪しく輝かせたロボット工学者に、ロボットが逆らうのは自殺行為だ。二体は瞬時に凍り付いた。
「あぁいう非科学的な存在、というのは最早常識だからねぇ。
 勿論、頻繁に目にするものではないし、信じ難いのは確かなんだけど、在るものは在るからね。どうしようもない。
 あぁそうか、シグナルの常識周りのデータベースに、そんな新しい情報は入ってなかったのかな。
 父さんが更新をサボってたのか、その必要性を感じなかったのか」
 ぱこぱことバインダーがシグナルの上で、軽い音を立てる。
「まぁオカルト系の存在の起源はまちまちで、あいつらと江神さんとこの系列が同じとは言えないんだけどねぇ。
 系統立った解明がされている訳じゃなし」
 更にぱこんぱこんと音を立て続けるバインダーから逃げる様に身を逸らしてシグナルは尋ねる。
「わ、若先生、話は終わったんですか?」
「君達が騒々しいから早々に切り上げたんだよ。全く。
 とりあえず交渉材料、というか交渉人は手配出来そうだから。
 時間はこれから調整するとして・・・シグナル、コードと一緒に行っておいで」
「若先生、被害が拡大するだけでは?」
 即座にパルスに指摘され、再び兄弟喧嘩が勃発しそうになるのを改めてバインダーで叩いて沈黙させる。
「話し合い自体は、交渉人に任せておけば大丈夫そうだよ。ただ、その辺に転がってるウィルスについてはそうもいかない。
 今のコードは丸腰だからねぇ。パルスは電脳空間に対応してないし、シグナルと一緒の方が一応少しは安全でしょう」
 正信はじろりとシグナルを見た。
「解ってるとは思うけど、くれぐれも喧嘩を吹っかけるなんてことは、しちゃいけないよ?」



「若先生の言ってた人って誰なんだろう。
 名前も教えてくれなかったし・・・第一、聞いた名前を若先生にも言うなって、どういうことなんだ?」
「名を言うな、というのは、人には知られたくないということだ。
 凡そ想像はつくが、俺様達が知る人物ではないだろう」
「何でさ」
「正信が連絡をとっていたのは、SINA-TECの学生だ。曰く付きのな。
 あそこにお前の知り合いが居るというなら話は別だが」
 電脳空間に潜入した二体のロボットは、音井ロボット研究所が所有するネットで交渉人を待っている。
 待ち合わせ時間のきっかり5分前。
 前方から、小さな影が飛来して二人の目の前で停止した。それは青い竜を模したロボットのアイコンであり、そこから声が発される。
「こんにちは。音井正信さんという方に呼ばれた者ですが、ひょっとしてお二人がアトランダム・ナンバーズの・・・」
 青竜は器用に首を動かして二体を見る。
「《A-C》コードだ」
「《A-S》シグナルです」
 これが人のアバターか、と妙な感慨を覚えつつシグナルは挨拶した。
「やっぱり! 僕は風祭鷹介といいます。
 コードさんもシグナルさんも、お二人ともロボットなんですよね、お会い出来て感激です!」
 アバターに表情は無いが、声からは興奮した様子が感じ取れた。人のグラフィックが無いため想像するしか無いが、雰囲気からするとシグナルの設定年齢とそう歳が離れている様には思えない。シグナルはどうして彼がこの場に呼ばれたのかを理解していなかったが、コードはその理由を知っているのか躊躇い無く頭を下げた。
「この度は面倒を掛けて申し訳ないが、宜しく頼む」
「事情は、勉さん経由で聞いています。事故の様なものだと聞いていますし、普通に話せば大丈夫だと思いますよ。
 とは言っても僕の方が話し易いと思いますから、任せてください。道案内はお願いしますね」

 青竜を肩に乗せたシグナルは、コードの先導に従い移動を開始する。
「鷹介さんは、学生の方ですか?」
「はい、今は大学でソフトウェアの勉強をしてます。
 ロボットにはとても興味があるので、こんな事態で不謹慎かもしれないですけど、ちょっと嬉しいです」
「そうなんですか。えぇと、それでどうして若先生・・・正信さんが貴方を呼んだのか、いまいち僕には・・・」
「シグナルよせ、失礼だ。それに公共空間で滅多な話をするな、何処で覗き屋共が見ているか解らん!」
 鋭くコードに言葉を遮られ、シグナルは憮然とする。
「お気遣い有り難うございます、コードさん。
 そうですね、ちょっとここで話すのは不味いかも。すみませんシグナルさん」
 鷹介はそれきり口を噤み、シグナルもまた無言となった。

「ここだ。また空間の設定が妙なことになっているな」
 コードの示した場所に、シグナルと鷹介は見たままを口にする。
「真っ黒・・・だな」「ですね」
「何も見えないけど、この中に入るの? コード」
「いや、こうする」
 コードは懐から取り出した紅い簪を暗闇に突き立て、一連の手続きを諳んじる。やがて徐々に、暗黒は明るさを取り戻して周囲の空間と同じ色合いを取り戻した。凄いですね、と感嘆の声を上げた後に鷹介が尋ねる。
「この空間に、あいつ以外に誰も居ないか、判ります?」
「あいつとウィルスプログラムだけで、他の侵入者共は居ないな。
 元々、ここにこんなネットは存在しなかったから、人はまだ気付いていないのだろう」
「それは好都合ですね。なら、見つかる前にぱっぱと片付けちゃいましょう」
 青竜はシグナルの肩から飛び立つと、躊躇いなく得体の知れない空間に飛び込んだ。それをシグナルとコードも追いかける。
「鷹介さん、一人で先に行ったら危ないですよ! そいつって、凄く危険な敵じゃないの?」
「大丈夫ですよ、シグナルさん。この先に居るのが本当にあいつなら、そんなに怖くありません」
「はい?」
 シグナルの電脳は混乱する。バナナで不条理で理不尽で非常に恐ろしい存在なのに、怖くない?
「さっきの話、僕が来た理由なんですけど、僕はヤミノリウスの知り合いなんです。
 腐れ縁って言うのかな。だから行動パターンは大体解ります。
 今回の件も大方、寝てる所を叩き起こされた腹いせでしょう。電脳空間で寝てるのだって多分、野宿するのが寒かったからとか、そんな理由に決まってます。あ、」
 鷹介は急いで付け加えた。
「世間ではヤミノリウスは消息不明になっています。
 あいつの存在がばれたら大事になりますから、このことは是非秘密にしてくださいね」



「前回はその先に居た筈だ・・・居るな」
 コードが指し示す先に、シグナルはアメーバ状の巨大な肉塊の上で目を閉じる男を見た。思わず後退る。 
 アメーバ状の何かは、これまでにも違法空間で何度か目にしたことのあるウィルスだ。それも十分にシグナルの苦手とする不気味な形相を呈していたが、眠る男もまた異形であった。
 一見、白い洋風の長衣に身を包んだ大柄な男である。だが膚は完全に土気色であり、何よりもその貌、額や頬には死斑とも刺青ともつかぬ不気味な紋様が浮かんでいた。耳は尖り、また大きく開いた口から覗く犬歯も吸血鬼の様に尖っている。そしてだらしなく投げ出された腕の先の手指からは鋭い鉤爪が生えていた。
 確かにコードでなくとも、速やかに退治するべき悪であると本能が告げる様相である。
 しかし青竜は無造作に近付くと、異形の耳元でがなり立てた。
「こぉらヤミノリウス! 起きて起きて、全くもうこんな所で何やってるんだよ!」
 上半身をバネ仕掛けの様に起こした男は寝惚けているのか、左右に焦点の定まらない視線を振り、やがて青竜の姿を認めて再びアメーバに身を沈める。
「その声は鷹介か。ん? 
 それにしても随分と小さなゲキリュウガー。ちょっと見ない内に随分と小さくなったものだ」
 腹這いの体勢で青い龍にじっと目を合わせる異形ヤミノリウスに、鷹介はげんなりとした声で応える。
「・・・これは電脳空間用のアバターだよ。それよりもまた悪さしてるんだって?」
「そんなことはしておらん。真面目にジャーナリストをしているぞ」
「ならこんな所で何してるのさ。この人の持ち物をバナナにしたって聞いたんだけど?
 馬鹿な事して困らせてないで、早く戻してあげなよ」
 鷹介に促されて視線を移動したヤミノリウスは、コードを見ると「げー」と実に嫌そうな顔をした。思いの外に豊かな表情は、死人のおどろおどろしさから一転してユーモラスな印象に変わる。
「またお前か、シツコイ奴だな」
「ヤミノリウス!」
「あーあーわかったわかった、ブルーガンバーったら煩いんだからもう。私は眠いのだから放っておいてくれ」
 一つ大欠伸をして「サライヤ!」パチリと指を鳴らす。火花がコードの袖元で閃いた。「じゃあ、そういうことでお休みなさい」
 3秒と経たず鼾をかき始めたのを無視して鷹介が訊く。
「コードさん、戻りました?」
 一瞬にして交渉成立したことにきょとん、としていたコードは促され、袖口から一振りの日本刀を取り出した。
「戻っている、な」
 鯉口を切れば氷の刃が覗く。そのプログラム構造は彼の慣れ親しんだものと1フレーズの違いも無い。安堵の余りコードは思わず崩れ落ちたが、流石にシグナルも揶揄う気がしないのかほっとした顔で見るばかりである。
「それなら良かったです! じゃあ後は・・・」

「ヤミノリウス、ちょとそこに正座!」
「正座! ってそんな理不尽な」
 鷹介渾身の体当たりにより文字通り叩き起こされた異形の男は素直に正座する。
「どうしてこんなことしたの。ていうか何してるのさ。
 変な空間つくってウィルス集めて。また何か変なこと企んでるの?」
 シグナル達と話す時とは打って変わって強い口調で鷹介は尋ねる。だがヤミノリウスは慣れているのか、煩そうに手を振ってそれを否定した。
「それは濡れ衣だぞ鷹介。私は真面目にジャーナリストの仕事をしてだな、今はA国の紛争地域とやらに居るのだが、碌な宿が無いからここで休んでいるだけだ。雨風は凌げるし、静かだし、いきなり撃たれないし、綺麗な空気も無いからニンゲンの姿にならなくてもぐっすり寝られる。そんな安住の地を、こいつがぶち壊したからお返ししただけだ」
 指差されてコードは反駁する。
「元はと言えば、お前がウィルスの山を築いて怪しさ大爆発だったからいけないんだろうが!」
「うぃるす? 訳の分からん理由で私のお気に入りベッドを吹き飛ばしおって。一匹ずつ魔界獣っぽいのを厳選していたのだぞ?
 しかも折角真っ暗にしたのに電気点けちゃうし。お陰であの後、寝心地が非常に悪かったのだ!」
「じゃかあしいわ! 人の家の近くに変なもんを造るな!」
「何だと?! 動物に変えてくれようかっ!」
 一触即発となったのを眺めつつ鷹介は、やっぱりそんなことだろうと思ったと呟いた。
「とにかくヤミノリウス、その魔界獣っぽいのは集めるの禁止。人間のルールだから守ってね。
 そんなことしてるからコードさんだって攻撃しないといけなかったんだから」
「・・・そうなのか? 無害な生き物ではないか」
「いや、生きてないから。ほっとくと際限なく殖えたり、周りの空間を壊したり、僕達に攻撃してきたりして危ないんだよ。
 だから見付けたら、駆除しないといけないの」
 暫し押し黙り、やがて理解するに至ったのかヤミノリウスはあっさりと謝った。
「残念だが、ルールだと言うのなら仕方無い。悪い事をしたな、コードとやら」
 気勢を削がれたコードは「あぁ」と頷く。口調は(コード自身と同じく)無闇に偉そうなのだが、どうにも憎めない男であった。
「あと大事なこと、忘れてた。
 本名、名乗っちゃ駄目だって言われてるでしょう。まさか他の所でも自分の名前、宣伝してるの?」
「失敬な、清く正しくニンゲンとして生きとるわ。
 しかし、さいばぁすぺぇすとやらはニンゲンには入れない場所だと亜衣子さんに聞いたぞ?
 従ってここでニンゲンの名を名乗るべきではないと考えたのだ。
 ん? しかし鷹介もここに居るし、そいつらもニンゲンだな。
 ・・・・・・もう、亜衣子さんたらお茶目なんだから」
 コードとシグナルを見て衒い無く《人間》と呼ぶ異形に二体は、ある種の衝撃を受ける。
 鷹介もまた、その何気ない言葉に潜む哲学的命題に気付いてしまった様だが、心の底に仕舞うことに決めた様だ。
「とりあえずここでも本名を名乗るは禁止。
 この後でゆっくりたっぷり、亜衣子先生と電脳空間講義をしてあげます」
「しかし私は仕事で・・・」
「電脳空間を渡れるなら、こっちに来るのなんて簡単でしょ。ごちゃごちゃ言わないの」
「・・・ニンゲンって時々怖いんだよね。ホント何でだろう」
「何か言った?」
「いや、何も言ってはいないぞ。空耳ではないのか?」



「結局、何だかよく解らなかったけど、細雪が元に戻ってよかったな。コード」
「あぁ」
 交渉人は騒ぎの元凶を連れ、一足先に現実空間へと発っていた。
 残されたウィルスの後始末を終えたロボット達も、帰路に就こうとしている。
「まさかガンバーチームを呼んでくるとは、正信の人脈はつくづく謎だな」
「あ、ヤミノリウスって奴、さっき鷹介さんのことをブルーガンバーって呼んでたけど、どういう意味なんだ?
 それにそもそも勉さんって誰? ロボット工学者なの?」
「説明するのが面倒だ」
「酷いなコード、ちょっと位教えてよ」
「ちったぁ自分で調べんかい! 叩っ切るぞ」
「ちぇ、細雪が復活した途端元気になっちゃって、結構ゲンキンなのな・・・って・・・細雪こっちに向けんなコード!」
 現実空間に戻ったら例の事件を勉強することを決めたシグナルは、自らの機体に戻るべく帰還ルートを必死で演算し始めた。


-------------------------------------------------
蛇足

Q. 何ですかこれは?
A. ヤミノリウス|||世がチートな件について書こうとしてみました。あとシグナル・コードを書こうとしてみました。

Q. レツゴ本編に絡みますか?
A. 一切絡みません。ジャーナリスト闇野としてチラッと出してみたいと思ったのですが、バランスブレイカー過ぎました。

Q. 亜衣子先生とは・・・
A. ラブラブです。宇宙の真理です。

Q. ヤミノリウスはこの後どうするの?
A. たまにコードの隠れ処の縁側に現れてお茶を啜ります。
  そして無意識に「お前とニンゲンの違いは何なのか(いまいち理解出来ないらしい)」「何故ニンゲンは自分に似せた何かを創るのか(違うものを創った方が面白いのに)」「何故ニンゲンは直ぐに同類を殺してしまうのか(エネルギー的に勿体ない)」的な、哲学系の答え辛い質問をかまして、コードにうざがられます。




[19677] ◆設定
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/12 11:18
備忘録を兼ねた設定集です。
本作品中でよく使う呼称を見出しとして、クロス作品紹介を除いたカテゴリごとに何となく50音順です。



◆クロス作品紹介


いずれも詳細はWikipediaが参考になると思います。

○爆走兄弟レッツ&ゴーWGP(以下、レツゴ)

 ミニ四駆の傑作ホビーアニメ。
 日本で開催されたミニ四駆のワールドグランプリ優勝を目指し、世界各国のミニ四レーサー達と戦う日本レーサー達のお話。
 レツゴには、無印・WGP・MAXの3シリーズが存在。またWGP期間中の設定の映画版もあります。

 【本SS設定】
 ザウラーやシグナルとクロスしているため、技術面や社会背景が変わっていますが、基本的に原作と変わらないです。


○熱血最強ゴウザウラー(以下、ザウラー)

 エルドランシリーズ 第3作目。合体ロボットものの傑作アニメ。
 有機物を無差別に機械化する宇宙からの侵略者「機械化帝国」と戦う小学生達のお話。

 なお、エルドランシリーズのラインナップは以下の通り。
 本シリーズでは一貫して、光の戦士エルドランが小学生にロボットを押しつけ地球の平和を任せています。

 ・絶対無敵ライジンオー
 ・元気爆発ガンバルガー
 ・熱血最強ゴウザウラー
 ・完全勝利ダイテイオー

 【本SS設定】
 原作終了から7年後の設定です。
 なおダイテイオーについてはあまりにも情報不足であるため、関連事件は未発生です。


○TWIN SIGNAL(以下、シグナル)

 ロボット漫画。ロボットSFものとしては異色の傑作。
 天才ロボット工学者、音井信之介の製作したロボットを中心として繰り広げられるストーリー。
 人とロボットの兄弟関係がきめ細かく描かれているのが特徴的。
 特に、人とロボットを肉親として描写するのは日本特有の感性なのではないでしょうか。
 個人的に実写映画化して欲しい作品No.1です。

【本SS設定】
 原作終了から3年後の設定です。


《オマケ》○勇者警察ジェイデッカー

 勇者シリーズ 第5作目。合体ロボットものの傑作アニメ。
 警視庁が製造した超AIを積む新型ロボット(車両型⇔人型と変形可能)と警察官に任命された1人の小学生がハイテク犯罪に立ち向かうお話。

【本SS設定】
 本SSには全く出てきませんが、本SSから30年位が経過すると、この作品がクロスします。(感想掲示板よりインスパイア)
 ザウラーの巨大ロボット技術、シグナルのAI技術、レツゴのGPチップ技術が応用され、遂に人類は《自ら奇跡を起こす》巨大ロボット達を創造するに至ります。



◆登場人物紹介


○アトランダム(シグナル)

 《A-A》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。その最初の一体。
 海上人工都市リュケイオンの市長として製作されたが計画は頓挫し長らく封印される。
 その後、製作者達に反逆しリュケイオン乗っ取りを果たすも、紆余曲折を経て和解する。
 
【本SSでの設定】
 海上人工都市リュケイオンの市長となる。カルマと共に安定したリュケイオン運営を目指す。


○ヴィルヘルム(レツゴ)

 本名 ヴィルヘルム・ヨハンソン
 オーディンズのメンバー。小学6年生相当。
 リョウのそっくりさんという設定。大柄で無口。


○エッジ(レツゴ)

 本名 エッジ・ブレイズ
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学5年生相当。
 女性に優しく男性に厳しいお調子者。スケボーと物理学が得意。
 マシンは万能型のセッティング。


○elica(ザウラー)CV.林原めぐみ

 本名 光主エリカ/こうずえりか
 ザウラーズ司令官。また、ランドステゴおよびゴウザウラーの戦略&分析を担当。

 【本SSでの設定】
 アイドルデビューを目指していた彼女は、遂に歌手としてデビュー。
 伏せていたザウラーズ司令官の過去がすっぱ抜かれて以来、キャラ変更に四苦八苦している。


○エモーション(シグナル)

 本名 《A-E》エモーション=エレメンタル=エレクトロ=エレクトラ
 《A-E》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。機体を持たない人格プログラムのみの存在。
 エモーションがプロジェクト名、エレメンタル=エレクトロが設計理念、エレクトラが個体名。
 豊かな感情表現を目的としてカシオペア博士に製作された。


○エモうさ(シグナル)

 《A-E》エモーションとのインタラクティブコミュニケーションが可能な、エモーションの分身のようなもの。

 【本SSでの設定】
 半自動制御されるため、エモーションそのものではない。
 このためエモーションとの会話も可能であり、エモーションとの接続が切られても多少の独自動作が可能。
 複数同時制御も可能であり、個体名(エルエルなど)は任意にエモーションが設定する。


○岡田鉄心(レツゴ)

 ミニ四駆の父にしてとんでもない老人。土屋の師でありFIMAの名誉会長も務める。


○沖田カイ(レツゴ)

 本名 沖田カイ/おきたかい
 WGP参加チームのサバンナソルジャーズ(アフリカ)の助っ人コーチ。
 レツゴ無印では烈と豪のライバルとして登場した、元大神研究所所属レーサー。無印からWGPにかけて一体何があったのか、劇的に温和な人格者となった。
 マシンはビークスパイダー。


○長田(ザウラー)CV.天野由梨 ※11才時

 本名 長田秀三/おさだしゅうぞう
 ザウラーズのチーフメカニック。サンダーブラキオおよびゴウザウラーのメカニック担当。

 【本SSでの設定】
 本SS主人公。エルドラン・テクノロジーの申し子。
 教授と共に《人と機械の共生する社会》を模索していた筈が、何故かミニ四駆業界に脱線中。
 SS開始時点では大学1年生。


○音井信之介(シグナル)

 本名 音井信之介/おといしんのすけ
 世界最高峰のロボット工学者。彼の製作するHFRは特別に《音井ブランド》《音井ファミリー》と呼称される。

 【本SSでの設定】
 《A-T》トライを製作中。その片手間にAI-SDKを高機能化し、実はTRFビクトリーズのGPチップ性能の向上に一役買っている。
 三国グループとは関係があったりなかったり。


○音井正信(シグナル)

 本名 音井正信/おといまさのぶ
 音井信之介の息子であり優秀なロボット工学者にして改造魔人。《A-K》カルマを兄の様に慕っている。

 【本SSでの設定】
 頭脳集団アトランダムの要職に就く。小島家とは面識がある。
 《A-P》パルス バージョン3.0の構想を練る傍ら、MIRAを利用した義肢、義体の研究を行っている。


○オラトリオ(シグナル)

 《A-O》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。音井ブランドの一体。
 表向きはORACLEの監察官であり、裏ではORACLEをクラッカーから守る守護者/ガーディアン、兼、ORACLEを統御するAIのスペア。
 ORACLEを統御するAI(名は同じくオラクル)とは常にリンクされている。
 他のナンバーと異なり、法律上はアトランダム・ナンバーズではなく独立主権のロボットである。
 ORACLEを害する者に対しては、超法規的な権限を発動する事が可能。(つまり、相手が人であろうとも攻撃することを許されている)
 機体も権限もチートな機体。
 
【本SSでの設定】
 監査の関係で三国コンツェルン御曹司の藤吉とは面識がある。
 彼の持つ扇子を真似して藤吉も扇子を振り回し始めたが、その扇子捌きは藤吉の方が上手である。
 オゾン臭いというと多分凹む。

 蛇足だがヴァイツゼッカー家のミハエルとの面識はない。
 なお本SS中で監査役と連呼してしまったが、正式名称は監察官が正しい。


○カルマ(シグナル)

 《A-K》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。名称決定までは《聖櫃》の意味を込めアークと呼称された。
 《A-A》アトランダムの後継であり海上人工都市リュケイオンの市長として製作される。
 HFRとして社会的に成功した最初の一体であり、頭脳集団アトランダムの広告塔でもある。
 アトランダムによるリュケイオン乗っ取り事件の後は市長の任を解かれ、アトランダム・ナンバーズの統轄を務める。
 
【本SSでの設定】
 海上人工都市リュケイオンの副市長となる。アトランダムと共に安定したリュケイオン運営を目指す。


○教授(ザウラー)CV.大谷育江

 本名 小島尊子/こじまたかこ
 ザウラーズの参謀。マッハプテラメカニックおよびゴウザウラーの戦略&分析を担当。

 【本SSでの設定】
 エルドラン・テクノロジーの申し子。従兄弟の勉と共に、SINA-TECに留学中。
 機械化帝国との戦いから提示された命題《人と機械の共生する社会》を模索する。
 SS開始時点では大学3年生。(高校1年途中にシンガポールのハイスクールに編入→即飛び級で大学入学)
 現在は博士号取得を目指して論文執筆中。


○クスコ(レツゴ)

 本名 ザビー・クスコ
 ミニ四駆研究者。岡田、土屋の共同研究者でもあった。GPチップタイプβの開発後、次世代のタイプγの研究を行っていた。
 消耗率がほぼ0で、条件が揃えば永久的に動き続けるバッテリーを開発して新マシンに搭載する。
 また、新マシンのカウル形状は空気の鎧を作り出し、あらゆる衝撃を受け付けない。
 なおガンブラスターXTOは、X(クスコ)、T(土屋)、O(岡田)の頭文字をとっている。

【本SSでの設定】
 様々な分野でその頭脳を発揮する、ミニ四駆に魅入られた天才研究者。


○クリス(シグナル)

 本名 クリス=サイン
 音井信之助の押し掛け助手にして、アメリカを拠点とする世界規模のコングロマリットであるサイン財閥の令嬢。天才美乙女を自称している。
 自称は独特だが優秀ではあり、10歳の頃からロボット工学について学び始める。
 なお、姉であるコンスタンス=サイン=金はアトランダム・ナンバーズである《A-R》雷電の製作者である。

 【本SSでの設定】
 アメリカ開催を予定していた第1回WGPの突然の変更による損失をリカバリする為のサイン関連会社横断的ワーキンググループに強制的に組み込まれる。
 ノルマを達成出来なければ実家送りになるということで、売り上げ数字を睨み、FIMA役員や三国役員、岡田鉄心と丁々発止の日々を送る。
 本当はさっさと《A-T》開発を進める音井信之助の下に帰りたい・・・のだが、ノルマがどんどん増えるので侭ならない。


○黒沢(レツゴ)

 本名 黒沢太/くろさわふとし
 かつてはバトルレースを行っていたが、現在は正統派レーサー。国内レースでは星馬兄弟達のライバルである。
 マシンはブラックセイバー


○豪(レツゴ)

 本名 星馬豪/せいばごう
 TRFビクトリーズメンバー。小学4年生。
 マシンはサイクロンマグナム→ビートマグナム
 高所恐怖症。


○コード(シグナル)

 《A-C》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。《A-A》に続く古参ナンバー。
 人格プログラムが先に存在し、後に《A-S》シグナルのサポート機として鳥型の機体を持つようになった。
 強力な攻撃プログラム《細雪》を所持する。


○五郎(ザウラー)

 本名 石田五郎/いしだごろう
 春風小学校6年2組の学級委員長。この為、仲間達からは《委員長》と呼ばれる。
 ザウラージェットのパイロットにしてサンダーブラキオ砲撃手。コアロボのパイロットではないものの抜群の操縦センスを誇る。
 普段は穏やかだがストレスが閾値を超えると怒髪天を突く。《ばくはつ五郎》の異名を持ち、スパロボNEOでも遺憾なく爆発している。
 個人的にはルックスが良いと言われる洋二よりも顔が整っていると思う。
 
 【本SSでの設定】
 抜群の操縦センスを発揮してジュニア・フォーミュラのレーサーとしてF1レーサーを目指し活躍している。
 現在はクラッシュに巻き込まれた怪我の為、療養中。


○佐藤(オリキャラ)

 土屋研究所の副所長。


○シンディ(レツゴ)

 WGP参加チームのサバンナソルジャーズ(アフリカ)の監督。少年沖田カイをコーチとして招聘した。
 柳たまみをけば唯一の女性監督であり、恐らくは名字の無い部族出身。さっさと旧マシンであるサバンナゼブラに見切りをつける、感傷とは無縁の人物。

 【本SSでの設定】
 従軍経験有。その名の通りサバンナのソルジャーだった経歴を持つ。


○J(レツゴ)

 TRFビクトリーズメンバー。小学5年生相当(小学校に通っているのか不明)
 土屋研究所に身を寄せる日本人とソマリア人のハーフで、アメリカに同じくミニ四レーサーの姉がいる。
 マシンはプロトセイバーエボリューション(プロトセイバーEVO)。

 【本SSでの設定】
 プロトセイバーEVOをエボ鯛と呼ぶと多分怒る。


○ジャネット(レツゴ)

 本名 ジャネット・ストゥルソン
 オーディンズのメンバー。小学5年生相当。
 藤吉のそっくりさんという設定。プラチナブロンドの華やかな印象を与える少女であり、羽根扇子がトレードマーク。


○ジョー(レツゴ)

 本名 ジョセフィーヌ・グッドウィン
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学5年生相当の紅一点。長い金髪をポニーテールにしている。軍人家系。
 マシンは高速型のセッティング。
 WGP本編ではリョウといい感じ。


○シグナル(シグナル)

 《A-S》の名を冠するアトランダム・ナンバーズの最新型。《記憶する金属》MIRAの機体をSIRIUSで駆動させる、これまでのHFRとは一線を画するロボット。
 音井信之介の孫である信彦の《兄》として設定されている。
 通常は電脳が主導権を持つ青年の姿をしているが、信彦のくしゃみをコマンド・ワードとして、MIRAが主導権を持つ幼児の姿(CV.大谷育江)に変形するという特性を持つ。
 両者はSIRIUSにより連携を保っている。(このためSIRIUSは単なる動力源ではない)


○二郎丸(レツゴ)CV.大谷育江

 本名 鷹羽二郎丸/たかばじろうまる
 リョウの弟。小学3年生相当(小学校に通っているのか不明)。TRFビクトリーズのマネージャー的存在。
 「~だす」という口癖がある。
 マシンはGPマシンではなく市販されているセイバー600を改造した二郎丸スペシャルスペシャルスペシャル(以降スペシャルが随時追加されていく)


○スコシオ(レツゴ)

 ザビー・クスコのガンブラスターXTO開発中止を要求する某国の事務補佐官。

 【本SSでの設定】
 諸々の理由により強行手段をとることが出来ない為に、ORACLEにクスコ研究所の調査請求を行い解決を図ろうとする。
 しかし逆にORACLEに使われる結果となってしまい、余り意味が無かった。


○鈴木(オリキャラ)

 土屋研究所のシャーシ担当。魚嫌い。ただし蟹は大丈夫。


○武田先生(オリキャラ)

 長田の大学の学部長であり担当教授。防衛隊附属技術研究所の出身。
 防衛隊長官である武田の妹。


○田中(オリキャラ)

 土屋研究所のモーター担当。
 なお、イメージはレツゴに登場したアトミックモーター担当の研究員。


○たまみ(レツゴ)

 本名 柳たまみ
 ナイスバディがけしからん豪の担任。26才。ファイターといい感じ。
 TRFビクトリーズの代理監督を勤めたことがある。


○土屋(レツゴ)

 ミニ四駆研究者にしてTRFビクトリーズの監督。苦労人。


○勉(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 本名 小島勉/こじまつとむ
 地球防衛組の参謀。祖母は霊媒師。
 
【本SSでの設定】
 エルドラン・テクノロジーの申し子。従兄弟の尊子と共に、SINA-TECに留学中。
 SS開始時点では大学3年生。(高校2年途中にシンガポールのハイスクールに編入→即飛び級で大学入学)
 現在は博士号取得を目指して論文執筆中。


○藤吉(レツゴ)

 本名 三国藤吉/みくにとうきち
 TRFビクトリーズメンバー。小学3年生。三国コンツェルンの御曹司。妹がいる。
 「~でげす」という口癖がある。
 マシンはスピンコブラ→スピンバイパー。土屋ではなく藤吉が独自に設計しており、三国グループの総力が結集されている。

【本SSでの設定】
 グループ系列の研究所がORACLEを使用している関係で《A-O》オラトリオとは面識がある。(MIT卒の彼の父がロボット好きだったため早々に引き合わされている)
 彼が扇子を振り回すのはオラトリオの影響であるが、オラトリオに扇子捌きの妙を教えたのは藤吉。
 故に二人揃っていると妙な印象を周囲に与える。


○中村(オリキャラ)

 土屋研究所のボディおよびドルフィンシステム担当。


○ニエミネン(レツゴ)

 本名 ニエミネン・スノオトローサ
 オーディンズのメンバー。小学4年生相当。
 速度重視の走行スタイルは豪と良く似ている。
 

○バタネン(レツゴ)

 WGP参加チームのオーディンズ(北欧)の監督。何故か微妙な関西弁。
 フィンランド出身のラリードライバー、アリ・バタネンがモデルか。
 なお、最終話のスタッフロールでは、隣に怯えるニエミネンを乗せてオフロードを車でぶっ飛ばす彼の姿がある。

 【本SSでの設定】
 元ラリー選手。石田五郎の几帳面さと大胆さを兼ね備えた走りを見抜き、ラリー転向の勧誘をしている。


○ハマーD(レツゴ)

 本名 ハマー・デーヴィット・グラント
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学6年生相当の大柄な少年。趣味はバスケットボール。
 頭脳派でありデータ分析が得意だが、データに依存しすぎるきらいがあり、慌て易い。
 マシンはトルク重視のセッティング。
 なお、「魚が残ってたっていうのか!?」「オペレータールーム!」は余りにも有名。
 というか、オペレータールームでググると結構凄かった(2010.09.04現在)が、オペレータールームは一般用語ではないのだろうか。


○パルス(シグナル)

 《A-P》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。シグナルの兄弟機。電脳空間への潜入機能を持たない。


○ファイター(レツゴ)

 本名 杉山闘士
 ミニ四駆レースの実況を担当し、《ミニ四ファイター》《ファイター》と呼ばれ子供達に絶大な人気を誇る。
 なお、女性の実況者《ファイターレディ》も存在し、分担して各地のレースの実況を勤めている。
 WGP期間中は《WGPハイライト》なるTV番組でお茶の間の皆様にWGPレース結果をお届けする。
 かつては優秀なミニ四レーサーであり、岡田鉄心からシャイニングスコーピオンを託された。

 ※ファイターレディはMAXで登場し、WGPの女性実況者は設定資料では「女ファイター」と書かれているが、多分ファイターレディが正式名称だと思われる。

【本SSでの設定】
 ザウラー本編21話「銀河系デスマッチ!」の、某国の軍事衛星をベースとした機械化獣サドレイガーの攻撃による被害を間一髪で免れている。(なおこの時は世界中が攻撃され、NYの自由の女神なども機械化された)
 この時の衝撃から、座右の銘は「今を楽しめ!」となっている。メメント・モリと同義だが、キャラじゃないと総突っ込みを受けた為こちらを使用。


○ブレット(レツゴ)

 本名 ブレット・アスティア
 NAアストロレンジャーズのリーダー。年齢は小学6年生相当だが、MITを主席で卒業している天才少年。
 常にNASA装備のゴーグルを外さない。
 口癖は「クールに行こうぜ」。なお、「落ち着け!ハマーD!」は余りにも有名。

【本SSでの設定】
 後天的な疾患で視細胞がダメージを受けほぼ失明状態のため、ゴーグルで視力を補っている。(ゴーグル全面のカメラで撮影した映像を、網膜直下に埋め込んだ疑似視細胞に送信している)
 このため、明所では現実を認識するまでに映像送信による一瞬のタイムラグがあることが悩みだが、暗所ではむしろ有利だと自分に言い聞かせている。


○彦佐(レツゴ)

 本名 水沢彦佐
 藤吉の執事。サンドイッチ作りからヘリの操縦まで何でもこなす。どじょう髭とあご髭がチャームポイント。
 被り物、着ぐるみ、コスプレの達人。


○まこと(レツゴ)

 本名 こひろまこと
 豪の同級生。国内レースでは豪のライバルでもある。
 堅実な走りをする模範的レーサー。


○マルガレータ(レツゴ)

 本名 マルガレータ・イーレ
 オーディンズのメンバー。小学5年生相当。
 Jのそっくりさんという設定。大人しいが芯の強い少女。


○ミラー(レツゴ)

 本名 マイケル・ミラー
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学4年生相当の小柄な少年。アイスホッケーが趣味。
 マシンはテクニカル重視のセッティング。


○ヤミノリウス(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名  ヤミノリウスIII世
 人間名 闇野響史
 かつては大魔界の尖兵として人類と敵対していた闇の大魔導士。
 根はいい奴としか言えず、大魔界に反逆して最後はガンバーチームと共同戦線を張る。
 大魔界が破れた後は、ニンゲン・闇野響史として人間界で亜衣子先生と幸せに過ごしている。

 【本SSでの設定】
 電脳空間への潜入能力を持つ。(魔法で何でも出来るのでSS設定というのも語弊がありそうではある)
 ジャーナリストとして仕事をしているが、どんな危険な場所でも死ぬ訳がないので、次第に危険地域にばかり飛ばされる様になった。
 (彼を使っている雑誌編集長は正体を知っているとしか思えない)


○鷹介(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名 風祭鷹介/かざまつりようすけ
 エルドランにロボットを託され、大魔界と戦った秘密のヒーローであるガンバーチームでブルーガンバーとして活躍する。
 気弱で運動は苦手だが、ガンバーチームの中で最もメカに強い。
 
 【本SSでの設定】
 SS開始時点で高校3年生。その春に大学に入学して情報工学を学んでいる。
 教育熱心な母親の存在、およびガンバーチームの正体は現在でも表向き秘密とされているため、普通の学生生活を送って来た。
 とはいえエルドランチーム同士の連絡は存在し、小島家および長田とは面識がある。
 現在のET研究には関わっていないが、ゆくゆくは防衛隊の研究所に入りたいと考えている。


○リョウ(レツゴ)

 本名 鷹羽リョウ/たかばりょう
 TRFビクトリーズメンバー。小学6年生相当(小学校に通っているのか不明)
 マシンはネオトライダガーZMC。他マシンと異なりZMC-β製の頑強なボディを持つ。
 父親はトラック運転手で全国を飛び回っており、弟の二郎丸と共に山中でテント生活を送っている。
 その昭和の男っぷりに反して大のお化け嫌い。

 【本SSでの設定】
 凝ったもの(主に揚げ物)を食べたくなったり風呂に入りたくなると土屋研究所を利用する。
 

○リオン(レツゴ)

 本名 リオン・クスコ
 南米チームのリーダーだが、父であるクスコ博士のGPチップタイプγが完成せず、第1回WGP出場を断念した。
 マシンはガンブラスターXTO。


○烈(レツゴ)

 本名 星馬烈/せいばれつ
 TRFビクトリーズメンバーにしてリーダー。小学5年生。豪の兄で甘い卵焼きが好物。
 マシンはハリケーンソニック→バスターソニック


○ローガン(オリキャラ)

 本名 ローガン・スミス
 アストロドーム移設責任者。サイン関連会社横断的ワーキンググループに所属する。


○渡辺(オリキャラ)

 elicaのマネージャー。


○ワルデガルド(レツゴ)

 本名 ワルデガルド・ダーラナ
 オーディンズのリーダー。小学6年生相当。
 烈のそっくりさんという設定。真面目で優秀だが運が悪い。
 設定資料だと姓はダーラナだが、Wikipediaではダーナラである。どちらが正しいのか教えて下さい。



◆登場人物紹介(名前のみ)

○亜衣子先生(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名 立花亜衣子
 ガンバーチームのクラスの担任教師。
 一時的に記憶喪失となった闇野響史(ヤミノリウス)を助けた際に、彼に想いを寄せるようになる。
 その後、記憶を取り戻したヤミノリウスの説得を試みた。
 
【本SSでの設定】
 闇野響史と幸せに暮らしている。教師は続けている。


○大神(レツゴ)

 土屋をライバル視するミニ四駆研究者。
 大研究所を有し学園経営もこなしていたが、バトルレース普及に失敗して凋落する。
 とても親子には見えない可愛い娘がいる。


○カシオペア(シグナル)

 本名 マーガレット=クエーサー=カシオペア
 《ロボットプログラミングの母》の異名を持つ、頭脳集団アトランダムの総帥。


○クエーサー(シグナル)

 本名 エリオット=ステイシー=クエーサー
 頭脳集団アトランダムの総帥であったが事故により爆死したとされている。
 若いころからかなり長い期間に渡り美形を維持したため、周囲からは《妖怪》と呼称される。

 【本SSでの設定】
 剣と魔法のファンタジー世界に絶賛TS転生中。(その他板「ロボットに命じただけだ」リスペクト)


○KM(ザウラー)

 本名 峯崎拳一/みねざきけんいち
 キングゴウザウラー、ゴウザウラー、マッハプテラのメインパイロット。
 機械化光線を受け、身体の90%以上が機械化するという悪夢に見舞われる。


○デニス(レツゴ)

 WGP参加チームのNAアストロレンジャーズ(USA)の監督。
 NASAとは無関係の人物であり、レースの指導のみを行う。
 元ネタはマクラーレンのロン・デニスかと思ったが、こちらはイギリス出身のため謎。


○ハンプティ(シグナル)

 通称 ジョルジオ=ハンプティ
 本名 ゲオルグ=アイシュタント(ハンプティは屋号)
 頭脳集団アトランダムに所属する科学者にして陽気なイタリア好きのドイツのおっさん。
 アトランダム・ナンバーズ《A-M-1》メッセージの製作者。また、義体の第一人者。

 【本SSでの設定】
 防衛隊の要請を受け、対機械化帝国の切り札として開発した物質復元装置プロジェクトに《A-M-1》メッセージを派遣する。
 この時、長田および教授とは面識があったりなかったり。
 またドイツ人つながりでヴァイツゼッカー家と面識があったりなかったり。


○防衛隊長官(ザウラー(エルドランシリーズ))

 本名 武田
 様々な勢力にフルボッコされた防衛隊の長官。エルドランシリーズ皆勤賞。
 立派な髭を蓄えた恰幅の良い男性。意外に子供っぽい部分もあり憎めない。


○ユーリ(レツゴ)

 本名 ユーリ・オリシェフスカヤ
 ССРシルバーフォックスのリーダー兼、実質的な監督。小学6年生相当。リョウにライバル認定されている。
 ロシア人の姓は性別により構造変化するため、女性名のオリシェフスカヤではなく、男性名のオリシェフスキーが正しいのではないかという説がある。ただし必ずしも変化する訳ではない為、何か理由があるのかも知れない。

 【本SSでの設定】
 ССРシルバーフォックスの最終兵器/リーサルウェポン。


◆用語紹介

○アイゼンヴォルフ(レツゴ)

 WGP参加チーム(ドイツ)。WGP序盤のメンバーは二軍(リーダーのみ一軍)で構成されている
 自動車大国だけあって強豪。


○アトミックモーター(レツゴ)

 アメリカで開発された新技術を元に、土屋研究所で開発しているモーター。
 モーターは各国チームが重視する要素であり開発合戦が繰り広げられている。
 作中でV1モーター、V2モーターとバージョンアップされていく。


○アトランダム(シグナル)

 頭脳集団/シンクタンク・アトランダム。シンガポールを拠点とする組織であり、特にロボット工学において世界の最先端の技術を持つ。


○アトランダム・ナンバーズ(シグナル)

 頭脳集団アトランダムが製作したHFRに冠される称号。原作終了時点でA-A〜A-S(欠番あり)が存在する。

 【本SS設定】
 現在はA-T開発中。


○AI-SDK(オリジナル)

 SINA-TECにより開発された人工知能ソフトウェア開発キット。


○《A-T》トライ(オリジナル)

 《A-S》シグナルの次のアトランダム・ナンバーズとして音井信之介が開発中のHFR。
 シグナルと同様コンセプトは特に定められていないが、強いて言えばシグナルを超えるための《挑戦》がコンセプトと言える。
 名称決定までは《芸術的な人工物(Artistic Artifact)》の意味を込めアートと呼称された。


○ヴァイツゼッカー家(レツゴ)

 ドイツの名門。アイゼンヴォルフリーダー、ミハエルの実家。


○ARブーメランズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(オーストラリア)。アメリカ・ドイツと並んで技術力が高い。
 マシンは太陽光発電パネルを搭載するネイティブ・サン。
 メンバーは何故か土佐弁、松山弁で話すが、これはオーストラリアと四国の見た目が似ているから(天の声)らしい。
 なお、最終話のスタッフロールでは、ARブーメランズのロゴの入ったソーラーカーに乗ったシナモン(ぞなもし)を見る事が出来る。

 【本SS設定】
 オーストラリア大学連盟により支援されるチーム。
 ネイティブ・サンは太陽光発電により全電力を賄う次世代の電気自動車、究極のエコカーの実験機である。
 実験の最大の目的は、SIRIUSを使用したソーラーセルの実用化である。なお、MIRAは使用されていない。
 チェッカーフラッグを越えた所に彼等の目的はあるため、他チームとはレース勝敗の捉え方が根本的に異なっている。
 WGP9位というその成績も彼等にとっては、ネイティブ・サンのソーラーセルの発電効率が1年間酷使しても低下しなかったことの証明なのである。


○ССРシルバーフォックス(レツゴ)

 WGP参加チーム(ロシア)。正式名称は、Soviet Socialist Racing シルバーフォックス。
 キリル文字を冠しているのに何故かロシア語ではない。
 メンバー同士は何故かコードネームで呼び合う。マシンはオメガ01

 【本SS設定】
 メンバーは新ロシア人(ソ連→ロシア体制移行により出現したニューリッチ)で構成されており、ロシア内ではやっかみの対象。
 このためメンバーには何かと気苦労が絶えない。


○NAアストロレンジャーズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(USA)。宇宙飛行士の卵達で構成され、NASAから全面バックアップされるチートなチーム。
 しかし監督はNASA関係者ではないらしい。

 【本SS設定】
 チームメンバー達は月面の有人調査を目的として養成されている。
 これは、機械化帝国との最終決戦時に月-地球間の距離が若干縮まった上に、月面での戦いによりかつてアポロ計画で設置したレーザー反射鏡等の機器が破損、もしくは位置が変わり使用不能となっており、再調査が必要な為である。
 なお、ETにより月到達コストは大幅に下げられるため、現実程には莫大な費用を必要としない。
 ちなみに、レツゴMAXで登場した軌道エレベータ相当の設備で地球重力圏外に出てから月に向かう予定のため、皆の憧れのロケット打ち上げイベントは省略される。


○エルドラン(ザウラー(エルドランシリーズ))

 太古から地球に存在する光の戦士。地球に危機が迫ると巨大ロボットを小学生に託して撃退を丸投げする。
 子供からは《光る小父さん》と身も蓋もない呼ばれ方をすることがある。

 【本SS設定】
 エルドランは単一の意思を持つ生命?ではなく、地球というシステム(ガイア理論におけるガイア)が発現させた意識だと考えられている。
 このため公式な場では《統合意識体》、《ガイア意識》、などの呼称が用いられる。


○エルドラン・コア/EC(オリジナル)

 エルドランに託されたロボットの動力機関を研究することで得られた理論、また、その実装を指す。
 莫大なエネルギーを無補給で生み出す驚異のテクノロジー。《ガイアの心臓》とも呼称される。
 ザウラー本編に登場したボウエイガー(防衛隊と教授・秀三作)に搭載されていた《夢の永久機関》がその原型である。
 ボウエイガーの動力機関は結果的に失敗に終わり、ボウエイガーもまたエルドランによってグランザウラーへと生まれ変わるが、その後も研究は続けられた。
 見かけ上補給が不要であるため永久機関と誤解されるが、多次元に跨ったエネルギー総量は保存則に従う。
 ORACLE預託情報であり、防衛隊が許可した機関のみ、学術的な利用が可能。

 なお、本SSではJデッカーは改良が重ねられたECを動力機関としている。


○オーストラリア大学連盟(オリジナル)

 ARブーメランズを支援する団体。サンシャインモーターなど新技術の開発・投入に意欲的。


○オーディンズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(北欧)。バイキングをモチーフとした奇抜なコスチュームが特徴的。
 なおメンバー達はTRFビクトリーズのそっくりさん、という設定でデザインされている。


○ORACLE(シグナル)

 研究機関専用上位ネット。高度なAI、オラクルにより管理される。
 研究機関の情報を安全に保管・共有することが可能で、世界最先端の研究情報が預けられている。
 研究機関が利用する為には、ORACLEから指名されるか、スポンサーにより紹介される必要がある。
 共有される情報の他、絶対に流出してはいけない情報(治療法の見つかっていない病原菌の情報など)もその安全性から多数預けられている。
 このため、ORACLEには超法規的権限が与えられており、その情報を守るためには手段を選ばない。
 守護者兼AIのスペアである《A-O》オラトリオとは常にリンクされている。


○ガンバーチーム(ザウラー(ガンバルガー))

 エルドランに巨大ロボットを託された青空小学校の4年生3人により結成されたチーム。
 正体がばれると犬になる呪いをかけられた為、秘密のヒーローとして活動する。呪いの解けた最終話で正体がばれる。

 【本SS設定】
 最終話で正体がばれるがメディアには報じられていない。大魔界撃退後に、異例の匿名で国から褒章を受けた。


○軌道エレベータ(一般用語)

 地球上から静止軌道以上まで伸びる軌道を持つエレベータ。
 アーサー・C・クラークのSF小説などで有名だが、現在の技術レベルでは素材強度が足りず構想のみの建造物。
 カーボンナノチューブなどの素材が建材候補となっている。
 なお、レツゴMAXの最終決戦は軌道エレベータと連結したボルゾイタワー(敵本拠地)であり、宇宙までミニ四駆で駆け抜けている。

 【本SS設定】
 気密やエネルギー源などの技術面でETが使用されている。


○グランドアクアポリス(レツゴ)

 クスコ博士のミニ四駆研究所。
 海中を移動し、洋上に聳え立つ巨大施設。


○ゴウザウラー(ザウラー)

 身長   44.8m
 重量   120t
 最高速度 マッハ5.6(空中) 960km/h(地上)
 最大出力 53万馬力
 エルドランが託した人型の巨大ロボット。
 マッハプテラ・サンダーブラキオ・ランドステゴが合体した形態である。
 最終話でエルドランに回収された。


○機械化帝国(ザウラー)

 全宇宙の機械化を目論むザウラーズの敵。地球を除く太陽系の機械化に成功し、地球の機械化を目論んだ。
 機械化光線を浴びたものは全てが機械化される。人間も例外ではない。
 人類に似た生命体の身勝手さに絶望した機械をルーツとしている。
 なお、最終的に防衛隊の開発した物質復元装置により機械化されたものは全て復元された。

 【本SS設定】
 機械化帝国という呼称がアレだったためか、公式の場では《敵性の地球外無機知性体》《無機知性体》と呼称される。


○サイン財閥(シグナル)

 アメリカ屈指の財閥。ここの令嬢であるクリス・サインは音井信之介の下でロボット工学を学んでいた。


○ザウラーズ(ザウラー)

 エルドランに巨大ロボットを託された春風小学校の6年2組18人により結成されたチーム。

 【本SS設定】
 機械化帝国撃退後に、国から褒章を受けている(アンサイクロペディア リスペクト)。


○サンダーブラキオ(ザウラー)

 全長   58.8m
 重量   59.8t
 最高速度 160km/h(地上) 460km/h(ホバー時)
 最大出力 27万馬力
 エルドランが託したブラキオサウルス型の巨大ロボット。
 火力に優れた重量級メカ。


○SINA-TEC(シグナル)

 シンガポール-アトランダム工科大学。上述のアトランダムにより運営される。
 大学院を持たず、論文提出による大学卒業時の博士号取得が可能。ただし超☆難☆関☆


○SIRIUS(シグナル)

 正式名称     Siliconoid Regenerator by Integrated Unisonous Solar-rays
 正式名称(和名) 斉調化陽光群の収束による珪素質性動力再生晶体
 吸収した光をエネルギーに変換する、酸化チタンを含むシリコン結晶。その自浄作用により劣化しない光触媒作用を持つ。
 音井信之介により開発され、《A-S》シグナルに動力源として搭載されている。
 シグナルに搭載された光ニューロコンピュータ、および全身を構成するMIRAと組み合わせることで、シグナルは人間に近い独特の学習機能を獲得している。このため、SIRIUSを単なるエネルギー源として捉えるのは誤りである。

 【本SS設定】
 原作終了3年後には、SIRIUSの扱い易さも向上し、汎用化に向けて秘匿性が下げられている。
 高効率・無劣化の光触媒作用に着目したオーストラリア大学連盟により、ARブーメランズの機体、ネイティブ・サンのソーラーセルに使用されている。


○シャイニングスコーピオン(レツゴ)

 岡田鉄心がZMCを用いて作成した幻のミニ四駆。


○ジャーク帝国(ザウラー(ライジンオー))

 5次元からの3次元侵略を目論む地球防衛組の敵。侵略対象の嫌うものをベースとして兵器《邪悪獣》を作り攻撃を仕掛ける。
 侵略対象の嫌うものの抽出条件が「迷惑」というキーワードであるため、《メイワク》は作中で禁句である。

 【本SS設定】
 ジャーク帝国という呼称がアレだったためか、公式の場では《上位次元生命体》と呼称される。
 また、《メイワク》は侵略が開始された年の実質的な流行語大賞であったが、侵略を助長する可能性があるため受賞が見送られた。最近になって数年遅れの授賞式が行われた。


○GPチップ(レツゴ)

 WGP仕様のミニ四駆に搭載される学習機能チップ。
 現行のGPチップはタイプβであり、映画版では次世代のタイプγが登場した。
 タイプγを搭載したガンブラスターXTOは高度なAIを有し、タイプγ開発の遅れにより去ったチームマシン(=仲間)を捜すため暴走する。

 【本SS設定】
 GPチップの規格は統一されていないが、クスコ・土屋・鉄心の開発したタイプαおよびタイプβが唯一商用生産されているものである為、事実上の標準規格/デファクトスタンダードとなっている。タイプαが一般ユーザ向け、タイプβがプロユースとなっている。いずれも主に海外で流通している。また家電等の制御に応用されている。
 なお、内部に積むソフトウェアや、外部に接続するシステムによりWGP参加各国は独自色を出しておりハードは同一である。
 また、土屋はGPチップの開発プロジェクトには関わっていたが、GPチップにより制御される側のシステムを担当していたため、GPチップそのものには詳しくない。

 最新型のタイプγはエルドラン・コアと連携した使用が想定されており、ECが発生させた特殊な波長の電磁波を使用する。この為か、異常波を発生させ周囲の機器に悪影響を与えるという問題を抱える。


○ZMC(レツゴ)

 岡田鉄心が開発した素材。しなやかで軽いグラスファイバーと硬くて熱に強いセラミック両方の性質を合わせ持つ。
 ZMC-α(初期型・シャイニングスコーピオンに使用)、ZMC-β(改良型・ネオトライダガーZMCに使用)、ZMC-γ(汎用型・ネオトライダガー以外のWGPマシンに使用)。
 なおZMC-γはZMC-βに比べ強度は劣るが、蒸着が可能であるため汎用性が飛躍的に上がっている。

 【本SS設定】
 電磁波を吸収する特性を持つ。


○スクランブル・ペンタゴン・フォース/SPF(レツゴ)

 所属不明の戦闘集団。

 【本SS設定】
 アメリカの特殊部隊。


○大魔界(ザウラー(ガンバルガー))

 大魔界からの地上侵略を目論むガンバーチームの敵。大魔界から召還した魔界獣により侵略を行う。
 しかし大魔界の尖兵であった魔導士ヤミノリウスIII世は、侵略後の支配民を減らすことを良しとしなかったため、実は一人の死者も出していない。
 我々人間も見習うべきである。

 【本SS設定】
 大魔界という呼称がアレだったためか、公式の場では《隣接次元生命体》と呼称される。
 

○TAMIYA(レツゴ)

 言わずと知れたミニ四駆の本家本元。

 【本SS設定】
 ミニ四駆業界の総元締の企業。ORACLEのスポンサー内の一社。


○地球防衛組(ザウラー(ライジンオー))

 エルドランに巨大ロボットを託された陽昇学園5年3組18人により結成されたチーム。
 スパロボNEOではザウラーズより年下であったが、実際はザウラーズの1学年上である。

 【本SS設定】
 ジャーク帝国撃退後に、国から褒章を受けている。


○TRFビクトリーズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(日本)。正式名称は、土屋レーシングファクトリー。

 【本SS設定】
 名前の元ネタが完全勝利ダイテイオーに由来するが、関連事件は未発生のため設定が矛盾している。


○電気王(ザウラー)

 機械化帝国の幹部。3日で太陽系の90%を機械化した恐るべき機械。その名の通り、高圧電流を多用した。
 金星を、水星を、次々に機械化して地球に迫り来る電気王が人類に与えた恐怖は計り知れない。
 しかし力至上主義の戦士気質であり、ゴウザウラーをライバル視した機械らしからぬ機械でもある。

 【本SS設定】
 《人類のトラウマ》と言えば電気王を示す。
 ちなみに、《人類の脅威》と言えば機械神(機械化帝国の首魁)を示す。


○ドルフィンシステム(レツゴ)

 プロトセイバーEVOに搭載されるエアカウル発生システム。
 どのような局面でもイルカが泳ぐ様に滑らかな走行を可能とする。


○バトルレース(レツゴ)

 速さを競うだけではなく、互いのマシンを様々な手段で攻撃し潰し合うレース。
 日本では、かつて大神がバトルレースを推進していた。
 土屋はバトルレースに否定的であり、現在の公式レースでは土屋派が主流となっている。
 しかし、バトルレースは様々な追加パーツの需要を見込めるため、企業側としては《おいしい》ものであり、これが完全になくなることはないだろう。(レツゴ本編にもバトルパーツを売り込みにくる営業マンの描写がある)
 海外ではバトルレースへの忌避はなく普通に行われているが、これは、レースが明確に区分されている為ではないかと思われる。


○VSCP(X)(オリジナル)

 Virtual Scape Construct Protocol (eXtended)/観境構築プロトコル(拡張)。
 電脳空間を可視化する技術。
 拡張版では温度、味、匂いなどの情報付加も可能。

 ※観境/scape の用語はディアスポラ日本語訳より


○FIMA(レツゴ)

 ミニ四駆国際連盟。WGPを主催する。


○HFR(シグナル)

 ヒューマン・フォーム・ロボットの略。


○ビークスパイダー(レツゴ)

 大神が作成したミニ四駆。風の刃で敵を切り裂くバトルマシンであり、その威力は金属をも切断するが、ネオトライダガーのZMCやスピンコブラの複合素材を破壊することは出来なかった。
 サバンナソルジャーズの新マシンBSゼブラの原型となる。

 【本SS設定】
 風の刃は真空波ではなく、極度に指向性の高い衝撃波である。これに使用される高周波発生器は、大神が開発を断念したショックレゾネータの中間成果物でもある。
 振動数が一致すれば金属をも切断するが、複合素材への威力は著しく減衰する。このためコーティング素材であるZMCや、スピンコブラの複合素材を破壊することは出来ない。同様の理由により人体に大しても比較的安全であり、更に安全性の高い振動数のみを使用する様に調整されている。


○防衛隊(ザウラー(エルドランシリーズ))

 バラエティ豊かな侵略者から日本を守る軍隊。だが毎回勝てない。
 しかしザウラーの作中では物質復元装置を開発して世界を救うなど、やれば出来る子である。

 【本SS設定】
 何故か毎回地球侵略の標的にされる日本を守るため、時限立法により結成された。
 侵略の一段落した現在も、外交上の思惑から防衛隊の存続期間は更新され続けており、エルドラン・テクノロジー解明の最先端を行く。


○マシンボイス(シグナル)

 カルマの使用する音声により機械を操作するシステム。


○マッハプテラ(ザウラー)

 全長   34.1m
 重量   38t
 最高速度 マッハ4.8(空中) 120km/h(地上)
 最大出力 8.8万馬力
 エルドランが託したプテラノドン型の巨大ロボット。
 機動力に優れたメカ。


○三国コンツェルン(レツゴ)

 ミニ四レーサーである三国藤吉の父が経営する大企業。


○MIRA(シグナル)

 正式名称     Metalomorph of Inner-Reflexive Articulation
 正式名称(和名) 内帰性調律鉱態
 人間型ロボットの体組織用素材として長年開発研究され、音井信之助により実用化さると《A-S》シグナルに使用された。
 「金属自体の判断による形態変化を行う金属」であり、金属、非金属両方の形態を持つ万能素材。
 尚、某A国により研究された前世代の試作物MOIRA(組成式と物質構造はMIRAと別物)は過去に暴走爆発事故を起こしており、これに巻き込まれた音井家にも死傷者が出た。

 【本SS設定】
 原作終了3年後には、SIRIUSと同様に扱い易さが向上し、汎用化に向けて秘匿性が下げられている。
 しかし、SIRIUSよりも扱える人間が限られるため、一般的な存在ではない。
 現在は、音井正信によって義肢(義体)への応用が試みられている。これは、無機知性体の攻撃により機械化→復元された被害者の中には、体器官を損傷した者も少なくなく、これを効果的に補う可能性がMIRAに期待されているためである。


○ランドステゴ(ザウラー)

 全長   34.5m
 重量   40.5t
 最高速度 200km/h(地上) 580km/h(ホバー時)
 最大出力 10.6万馬力
 エルドランが託したステゴザウルス型の巨大ロボット。
 守備力に優れた重装甲メカ。


○リュケイオン(シグナル)

 海上人工都市。カルマを市長として統御されていた。

 【本SS設定】
 現在はアトランダムを市長、カルマを副市長としている。
 ミニ四駆の楽園都市として年々別の方面での知名度が上がっている。



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.03448009491