2010年7月28日15時55分
人間の不条理とかなしみを独特のユーモアにくるんで表現してきた版画家・彫刻家の浜田知明さん(92)の歩みをたどる展覧会が、神奈川県立近代美術館・葉山(同県葉山町)で開かれている。新作も10点。「原点回帰」を感じさせる作品もある。今も創作への意欲は尽きず、ますます透徹したまなざしで人間と社会を見つめる。
■戦争体験 哀愁 ユーモア
戦争体験を下敷きにした版画「初年兵哀歌」シリーズ(1950〜54年)で知られる浜田さん。その後も人間のずるさや弱さ、不安に満ちた社会を風刺する作品を次々に発表し、海外での評価も高い。
今展は代表的な版画作品はもちろん、学生時代の油彩画から近年力を注ぐブロンズ彫刻の新作まで、300点以上で構成した。版画の下絵や銅製の原板など、創造の過程をたどるうえで貴重な資料も示し、作家の全体像を見せる。
2005年以降に制作した彫刻6点とデッサン4点が初公開となる。目を引くのが、少女が恐怖にひきつらせた顔を小窓からのぞかせる2点のデッサン「忘れえぬ顔」だ。
4年近く従軍した中国の黄土地帯で見た光景を、日本兵の行軍とコラージュ風に表した。「日本軍に見つかれば、特に女性はひどいことをされる。我々を見つけた時の少女の顔がどうしても忘れられなかった」と話す。
やはり新作のデッサン「夜行軍、雨」には、軍隊生活でたった一度、泣いた夜のみじめさと悔しさを込めた。
「雨の夜、ひと1人がやっと通れる山道を部隊で移動した。どこへ行くかも知らされず、ぬれて冷えた体で馬を引きながら、一体何のためにこんなバカなことをしなければならないのか、誰がこんな戦争を始めたのか、涙が出てきてしようがなかった」
70年近い年月を経てなお、繰り返し心によみがえる風景。「それらは作者の精神世界の一部をなし、表現は永遠性を獲得している」と、担当学芸員の橋秀文さんは話す。