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[24864] 【習作】 25 December
Name: saki◆c45b560a ID:6152c160
Date: 2010/12/11 18:07





 うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだ。
 柔らかで、暖かくて、安心できる誰かを感じていないと
 悲しくて寂しくて、涙が沢山こぼれて
 やがて、冷たくなって死んじゃうの。

 あぁ、一人ぼっちはさみしい。
 暗闇の中で、必死に腕を伸ばして誰かを探す。
 
 ある人は、私を怒鳴りつけ
 ある人は、私を拒絶して
 ある人は、可哀想だねって残して離れていった。

 多量の酒を無理に呷る。
 ふあふあを通り越して
 ふらふらも通り越して
 もう、何も考えられないくらいになって、やっと何かが薄らいでいく。

 そうやって消えていく意識の中
 いつの間にか掴んでいた、この暖かな手は
 果たして、私の望むものだったんだろうか…?






 21.December.2009



 気だるさと喉の渇き、そして不自然な頭痛の響きと腫れぼった目蓋。
 カーテン越しから射す晴れやかな陽気に無理やり起こされ
 何だかしょうがない気分で、重い身体をごろんと転がす。
 
「ぅ、…あぁ。つら、いぃ」

 完全な二日酔いの症状。
 ここまで派手にやるのは、酒を覚え初めた学生の頃以来だろうか。
 最近、確かに量が増えてきたかな~とは思っていたけれど
 こりゃ、本格的に自粛しないとまずいかもしれん。
 出来る筈も無い禁酒の誓いを一瞬浮かべ、ようやく身体を肘の高さ分持ち上げる。
 
「とにもかくにも、まずは水分補給かなって、……うわぁ
 髪ばさばさなってるし、顔もぱっつんぱっつん。せめてシャワーだけでも浴びてから寝ろよ、昨日の私ぃ」
 
 日曜なのが何よりの救い。
 とりあえず水だけ飲んだら、昼過ぎまでだらだらベットでまどろもう。
 ホント、この不快な状態から逸さないことには何もする気が起きてこない。
 残された力を振り絞って、芋虫みたいな動きで布団をはがす。
 
「ぅー、さみぃ。早いトコ、済ませないと凍え死ぬやも」

 そうして一歩を踏み出したところで、ようやく私は一つの異変に気が付いた。
 台所から、久方聞きなれなくなったジュージューという小気味良い音。
 いや、それだけならまだしも
 なにかが焦げてる凄い匂いと、真っ白い煙が漂ってくるのですけど。
 
「…?」

 ここ最近、自炊するのもめんどくさく、お弁当続きだった我が家の食卓。
 昨日の夜どころか、二、三日とか、もしかしたらそれ以上の期間使用されていない台所
 勿論、今日の朝にタイマー指定で美味しいご飯が炊けるようにとか気を使った覚えも全く無い。
 ……え?
 これ、もしかして
 
「火事っ!??」

 いや、ちょっとまって、なんですか! マジですか!
 ガス栓とか閉じてないと自動発火とかするの!?
 あぁ、そういえばコンセントとかキチンと掃除しないと危ないんだっけ?
 いやいや、これもしかしたら隣の部屋の人がやらかしたとか?
 110番? ちがっ、119番だっけ? あれ、でも、まずは火災探知機とか効かないのだっけか。
 混乱なんてもんじゃない。
 立ち上がったらまず頭痛、歩こうと思ったら吐き気でふらり。
 緊急時でも、映画かマンガの主人公みたいに人は上手いこと動き出せるもんじゃないんだなぁ、と馬鹿な考え思いつつ。
 なんとか台所の淵に足をかける。
 
「あ、起きた~? もうすぐご飯出来るからちょっと待っててね」

 その時の表情といったら、そんじょそこらの芸人も真っ青なあほ面していたんじゃないだろうか。
 茫然自失のだらしない顔した私の視線には、
 ボウボウと燃えさかる炎の代わり、だぶだぶのトレーナーを羽織る見たことの無い少女がフライパンを不器用に操っている。 
 
「ぇ、…あ、うん」 

 えっと、あの、貴方は何処の誰さんでしょう?
 身長は自分より一回りも二回りも小さく、並んで立てばきっと肩までも届かない高さのちんちくりん。
 幼い顔立ちとあわせて、恐らく小学校入るかどうかの小さな女の子なんだけど
 これぐらいの子の知り合い、私の周りには親戚含めて一人も居なかったはず。
 駄目だ。まだ夢の中に居るんだろうか。
 起き抜けなうえにまだ酒の残る鈍い頭では、この状況にとてもついていけそうにない。
 ここまでだって十二分に凄いことだし、心臓破れそうなくらい戸惑ってるってのに
 ――ぴこぴこ、ぴこん。
 擬音に合わせて揺れるのは、少女に生えた不思議な突起物。
 
「ゆき?」

 そこの可愛い顔した見ず知らずのお嬢さん。
 私の名前呼びながら、どうしたの? って顔して振り返っているけれど
 こっちの方が百倍その言葉を出したいんだからね。
 それと、……あぁ、もう
 まずはその黒焦げ作ってるフライパンの火を止めつつ
 換気扇を全開で回してくれないことには、素直に驚くことすら出来ないじゃないか。
 なんなのよ、そのふさふさ長い、どうみてもウサ耳のそれ!
 どうなってんのよ、ぴょこぴょこ揺れ動く、おしりの尻尾!
 
「うがぁぁぁ~~~~っ!!」

「ふにゃぁぁ~~~~っ!?」

 こんな夢見たいな出来事、夢の中でだって一度も出会ったことがない。
 とにかく何がなんだか判らない。
 朝起きたら身体が異様に重かった。これは判る。昨日飲んだお酒の所為だ。
 はいはい、私が悪う御座いました、しばらく自粛したいと思います。
 焦げた匂いと真っ白な煙。これもまぁ、だいたい判る。
 ちょっと色んなものに目を瞑れば、朝食用に作ったんだと思われるハムエッグ(?)を換気扇も回さずに焼きすぎただけらしい。
 朝っぱらから家主に断り無く料理を作ってる謎少女。
 私のトレーナを、恐らくは裸に直接着込んでる刺激的な格好。
 なにより、頭にぴょこんと生えているウサ耳とおしりの尻尾は、えぇいどうなっているんだ面妖な!
 
「え、っと、そこのあなた」

「ふぇ、……?」

 改めてじっくり眺めると、少女の尋常じゃない容姿の良さに気が付いて言葉が詰まる。
 丸みをおびてぷくぷくと膨らんだほっぺたに、まん丸の大きな瞳。
 くせっ毛まじりのショートヘアは、どうやって染めているのか銀色に淡く輝いている。
 こうして、不思議そうに顔を傾けた仕草も壮絶に可愛く
 映画に出てくる、お人形さんみたいな海外の有名子役かと疑うばかりだ。
 
「う、う~ん」

 絶対に一度でも会ったことのある知り合いではない、それは寝起きでふやける頭でも断言できた。
 大体、こんな美少女に会っておいて記憶にすら残っていないとか有り得ないだろう。
 ここは私の部屋。
 この子は見知らぬ他人。ウサ耳付き。
 えっと、……もしかしてこれ、やっぱり夢なんだろうか。
 ――ぐにぐに
 こちらをの顔を覗きこむようにして近づいてきた少女を捕まえて、耳を触る。
 
「わっ! や、やめてよ~。お耳いじられるのいやなのーっ」

 な、なんだこれ。
 見た目に背かぬふあふあした感触と、人肌より少し高い程度の暖かさ。
 しかも、信じられないことに、それが少女の動きにあわせてピクピクと跳ねている。
 
「も~、急になにするのぅ?」

 驚いた隙をみて逃げられ、警戒しながら涙目で距離をとられる。
 
「ほ、ほんもの!?」

「当たり前だよぅ! も~、昨日のことぜんぜん覚えてないの?」

「え? ご、ごめん。でも、あの、貴方って私の知り合い、なのかな?」

「えぇ~っ! ゆきってば酷いよぅ、今更そんなこと言うなんて」

 びっくりして、混乱して、頭きて、訳わかんなくて。
 だからもう
 
「そ、そしたら、とりあえずコンロの火を消してお茶でも飲もうか」

 こんな状況の中、それだけでも口に出来たことは
 手放しで褒められたって良い、結構な行いだったと私は思う。








「えっと、それでモモちゃんは天使でウサギで、私の願いを叶えるために来てくれたってこと?」

「モモちゃんじゃなくて、モモって呼んでくれた方がモモは嬉しいよ」

「あ、うん。って、……いやいや、そうじゃなくって」

 終始こんな感じのポヤポヤした問答を繰り返して30分。
 正直、私は自分の頭がおかしくなってしまったんじゃないかと何度も疑い
 やっぱりこれは夢で、久々の深酒が悪影響した所為じゃないかと幾度も思った。
 けれど、狭いリビングに置かれたテーブルの対面。
 あくせくと大げさなジェスチャーを交えて質問に答えるウサギ少女の耳や尻尾は、どう弄ったって本物にしか見えない代物だったし、
 実は天使でもあるんですなんて空中浮遊まで見せられたら降参するしかない。
 
「そもそも、天使さんの貴方がどうして私のトコなんかに来てくれたりして。
 更に叶えてくれたお願いが、ウサギさんの格好なわけなのさ」
 
 どうにも要領の得ない会話を纏めると、
 元々、天使見習いであったモモちゃんはクリスマスのお手伝いの為、昨日の夜に来日。
 そこでたまたま出会った私と意気投合。
 天使一人ひとりが生涯に一度しか使えないという奇跡の力を使ってウサギに変身、暫く一緒に暮らす約束をしたとのこと。
 ホントはもっと現実的なトコを突っ込んだ会話もしたいのだけど、
 こうしてファンタジー色満々な彼女と話していると、
 そういう生々しい話題を避けなくちゃいけないみたいに不思議と思えてくるから困りものだ。
 ウサ耳生えてるし、空飛ぶし、でら可愛いしで、ただの家出少女じゃないんだろうってことには同意するけど、
 だからといってそう簡単に納得が出来るかと言ったら別問題だろう。
 
「ぶ~っ。あなたじゃなくて、モモだって言ってるのにー」

「いや、ごめん。だけどさ……」

「だけどじゃないよぅ。も~、昨日はあんなにすんなりと信じてくれたのに、どうして今日になって疑うの?
 天使の話も、ウサギの話も、何度繰り返しても一向に判ってくれないし」

「うう~ん。だから、情けないけど昨日の私は完全に重度の酔っ払いだった訳でして、
 本当に申し訳ないことなのですが、全然さっぱりその辺りを覚えていなくて」

「ウサギさんになったのだって、ゆきにお願いされたからしてるんだよ?」

「そ、そなの?」

「そなの! ゆきが寂しくて死んじゃうっていうからウサギになったのに、
 それがどうしてって今更聞かれても、ももだってよくわかんないよぅ」

「ぅ、…はい」

 いったい、昨日の私はどんな想いでもって
 ウサギになってくれだなんていう、酔狂な願いをしたんだろうか。
 そら、こんだけ可愛い子とだったら、少しぐらい一緒に暮らすことはやぶさかではない、
 というか改めて考えてみれば結構楽しそうだし嬉しい状況ではありそうだけども。
 
「ゆきぃ…」

 気が付けば、少女の顔が不安そうに曇ってきている。
 そりゃあそうかもしれない
 この子の話が本当だとすれば、日本に来て初めて出会ったという私の願いを叶えた矢先、
 一夜明けたらその本人から実は昨日のことは綺麗さっぱり全く覚えていませんなんていう理不尽で無責任なことを言われているんだ。
 それに加え、願い事が受諾されるまでの一定期間は願い主の傍を彼女は離れることが出来ないらしく、
 しかも今回の願いがちょっと特殊になってしまった故に、自分自身でもその終了の期限がよく判らないみたいだし。

「ち、ちょ~っと待ってね。いますぐ、思い出すから」

 暫く一緒に暮らすってことなら、もうまったくもって問題ない。
 出会って数十分の間柄だけど、この少女が悪意の欠片もない良い子なのは見て判るし、
 一人暮らしで暮らすこのマンションの一室は二人だと多少手狭に感じるだろうが、
 知り合いなんかが泊まりにくること事態珍しいことでも何でもなく、ある程度の備えは整っているからそう不便も無いだろう。
 けど、さっきから何かが頭を掠めてしょうがないのだ。
 酷くもやもやとした感情が胸を行き来していて、それが邪魔をして上手く記憶を辿れない。
 っと、そうだ。
 さっき少女が言っていたじゃないか
 私が寂しくて死んじゃうから、うさぎになったって
 
「……っ…」

 エアコンで温まった部屋の中、一瞬走った不快な記憶に身体が震えた。
 
 
 
 
 いつもみたいにして家や仕事の状況を愚痴る私に対して、いつになく真剣な表情で聞き黙るあいつの雰囲気に妙な予感はあったんだ。
 二十台も後半に差し掛かってから出来た、
 同年代だけど私とは比べ物にならないくらいしっかり者だった彼に、突然別れを告げられた。
 世界が一瞬にして崩れる浮遊感。
 立っていられなくなった身体を支えてもらい
 でも、離別を下した直後だっていうのに変わらないその優しさが怖くて
 彼の腕を思いっきり突き飛ばして、そのまま逃げた。
 あとはもう、自暴自棄になりながらお酒をあおったことしか覚えていない。最初はビールやサワーだとかの弱いやつを口にして、
 気が付けば芋焼酎や栗焼酎を濃い目のお湯割りでかっくらい、頭をがくんがくん揺らしながら、それでも飲み続けた。
 先程からの何処か浮き足立っていた気持ちが、跡形も無く消え去っていく。
 どうにか涙をこぼさなかったのは、心配そうにこちらを見つめる澄んだ瞳があったおかげだ。
 
「あ、うん。全部じゃないけど、ちょっと思い出したかも」

 スンと鼻を鳴らして、にじみ出そうになる苦味に今は蓋をする。
 状況はよく判った。
 そんな状態であれば、目の前の不思議な少女をぽいぽいと拾ってきてしまう事実にも頷ける。
 なにせ私は、生まれついての筋金入った寂しがり屋だ。
 それこそ藁にもすがる思いでその手を握り、しっかり掴んで離さなかったことだろう。
 
「ごめんね、こんな変なのに捕まっちゃって。本当は色々やることあったんでしょ?」

 完全な被害者たる彼女の境遇に同情する。
 引き起こした本人が、こんなことをいうのもなんだけど。
 この子は、っていうより天使全般というべき存在は、人を疑うだとか、そういうことを根本的に知らないのだろうか。
 べろべろになって、崩れる寸前だった酔っ払いの願いを聞き入れ
 可愛いウサ耳と尻尾をつけ、裸同然の格好で朝から食事の支度をもくもくとこなす。
 私だったから良かったものの、いや厳密には良くないんだけど、
 でもこれがもしも危ない趣味を持ったおじさんなんかだったとしたら、それこそ大変な事態になっていただろう。
 身包みをぽぽいっと剥がされ、ズンボロに酷いことをされ、ドナドナよろしく遠い場所へ売られていく。
 冗談なんかじゃなく、そういう目にあっていた可能性も十分あった筈だ。
 
「へんなのじゃないよ! ゆきはすっごく良い人だもん。
 モモが寒いねぇって言ったらお洋服を貸してくれたし、お布団にも一緒に入れてくれた。
 今だってこうして暖かい牛乳だしてくれてるし、お部屋もポカポカにしてくれてる」

 暗めにしてしまった空気を流そうと吐いた軽い自虐に
 ふくふくのほっぺを真っ赤に火照らせて、猛然と噛み付かれる。


 唐突に、この子は本当に人じゃないんだなぁと思わされた。


 だって、こんなの普通じゃない。
 間違っているとは思わないが、それでも建前じゃない本物の正論をかざして生きていける人間なんかこの世に存在出来る訳がない。
 それは例え子供の世界だって同じこと。
 あんぱんに毎度ぶっ飛ばされるバイキンの主張は、いつもいつも完全に間違った画然たる悪ではなかっただろうし。
 段々と成長を追うごとに覚える社会の善悪は、いつだって身につまされて味わう辛い現実から見えてくるものだ。
 純粋すぎて危うく。
 だけどそれを貫き通した先にある、人では持つことの出来ない強さ。
 あまりにも澄み切った『天使』の思想に怯まされる。
 八方美人に取り繕う仮初めの偽善しか持たない私なんかでは、決して届くことの無い別次元の優しさ。
 
「あは、は……」

 洋服を貸しただとか、布団に入れただとか、なんて些細な行動だろう。
 そんなの誰だって出来る当たり前のことで、お礼を言われるほど大層なことじゃないのに。
 だけど、彼女は怒ってくれた。
 私を咎める私自身を、出会ったばかりの偽者な私を
 真っ直ぐで純粋な心で、良い人だって褒めてくれた。
 
「天使、か」

「ふぇ…?」

 昨日のことで心が弱くなっていたのかもしれない。
 たったそれだけのことが嬉しくて嬉しくて、胸が張り裂けそうになってくる。
 
「色々と忘れちゃっててホントにごめんね。
 それでさ、改めてになって申し訳ないけど、出来ればこのままお願いを続行して暫く一緒に居て欲しいかな、なんて」

「うん!」

 力いっぱい振られた頭に合わせて、おおきくぴょこんと垂れ下がるウサ耳。
 そうして、私達二人の奇妙な共同生活は始まりを告げた。






 盛り上がっていた気分が落ち着くと、代わりに段々と現実が見えてくる。
 そんな中、もっか一番に取り組むべきは
 目の前でふあふあと微笑む、ウサギっ娘の身なりを整えてやることだろう。
 
「ねぇ、モモが今着てるのって私の服だけど、それ以外に自分の持ってるやつは何があるの?」

 暖房を入れているとはいえ、裸にトレーナー姿でうろうろさせ続けるのは流石に問題大ありだ。
 部屋を出て、トイレや廊下に立てば寒いまんまだろうし、
 なにより、先程からふとした拍子に見えてしまう大事な部分は
 それが例え子供のまんまであったとしても、色んな意味で目に毒だった。
 
「ん~? えっとね、これでしょ、あと、これとこれ」

 どこに置いてあったのか、小さなリュックを引き寄せ
 ぽんぽんと乱雑に数着の服が床に放り出されていく。
 どうみても着ぐるみにしか見えないトナカイ形のオーバーオール。
 やたらと、もはもはしたファー付きN3Bブルゾン。
 どっか斜陽の観光地で売っていそうな、
 リアル過ぎて不気味なアザラシやマンボウの顔がプリントされたTシャツ数点。
 
「い、一貫性がないうえに、どれもこれも実用性が難しい服ばっかりだなぁ。
 あと下着とかは? それにスカートやパンツとかも無いみたいだし」

「これで全部だよぅ?」

 きょとんとした瞳、不思議そうにぴこぴこと揺れ動くウサ耳。
 
「う、……」

 最初に見たときから思っていたが、この表情はちょっと反則すぎやしないだろうか。
 あざとさを軽く通り越し、ある種の神々しささえ感じる卓越した可愛さ。
 昔流行ったチワワのCMとかあんまり好きじゃなかったのに、なんていうかこれも天使が持つ力の一端なんだろうか。
 元々ポテンシャルの高いその容姿と合わさって、些細な仕草の一つ一つが身悶えするほど強烈に心をときめかせる。
 
「あ、あーっ、よし! そしたら、まずはその辺を揃えに買い物行こうか。
 ももがうちに来てくれた歓迎ってことでいくつか見繕ってもあげる」
 
「にゃっ!?」

「はい、そうと決まれば早速出発ね。この黒い物体は適当に処理しとくから、
 遅い朝ごはん兼お昼ごはんなんかも食べつつ、ぶらぶらと服を見に回ろ?」
 
 せっかく作っておいてもらってなんだけど、
 放置されたおかげですっかり焦げ焦げの冷め冷めになったハムエッグは、見てくれの良い僅かな場所を齧っただけで廃棄処分。
 テレ隠しもあって、普段のからは信じられないくらいの軽快な動きで片付けと身支度を済ませ、
 わたわたと未だ話についていけていないウサギっ娘を急かして準備する。
 服を買いに行く為に着る服が無い。
 冗談みたいな今の状況にちょっと呆れて、
 でも、そんな冗談みたいな驚きを感じることが不思議と凄く楽しい。
 
「ゆき~? さっきからずっと笑ってるけど、モモの格好そんなにおかしいかなぁ?」 

「ちがうちがう、こうやって素直に会話できるのが久々だったから嬉しくなっちゃっただけ。
 心配しなくても、お人形さんみたいに可愛い感じになってるから平気だよ」

 とりあえず、ショーツだけは私のものから出来るだけ色気のないやつを選んで穿かせ
 あとはこの子の私物(?)である着ぐるみオーバーオールとトレーナーを組み合わせれば
 即席ながら、だいぶ見てくれのましな外着の格好になったと思う。
 但し、幼い容姿が更に数年若返ってしまう不慮の事態もあったりはしたけど。
 
「ぶーっ! モモ、子供じゃないもん!
 昨日だってちゃんと一人でこの国へ来れたし、
 こうしてゆきのお願い事だって叶えてあげてるんだから、立派な大人だよぅ」

 いやいやいや、立派な大人はパンツも履かずにトレーナー姿でうろうろしませんから。
 あ、でも、夏だったら私も怪しい日が無きにしもあらず……かな。
 ぐぅ、人のこと言える立場じゃないか。
 
「っと、あとはその耳が問題だよね~。
 可愛らしいとは思うけど、精巧に出来たウサ耳カチューシャって訳にはいかないよなぁ」

 触れるか触れないかの手つきで軽く擦ると
 長くふさふさした白い耳は、くすぐったそうに左右へ逃げる。
 
「モモのお耳って、どこか変?」

「いや、……そうじゃ、ないんだけど」

 触られるのが苦手とあって、ちょっと嫌そうに首をすくめはしたものの
 それでも、私の心配する気配を察したのかじっとしたまま静止してくれる健気なウサギ。
 
「う~ん、どうするかなぁ」

 本人の前ということもあり口には出さないが
 変か? と聞かれればそりゃあ間違いなく変だろう。
 なにせウサ耳である、私だって存在自体は知っていたけれどお目にかかるのは始めてだ。
 その手のいかがわしいお店に行けば、出会える事はあるかもしれないが
 日曜の昼間、それもショッピングセンターの中を練り歩くには
 あまりにも非日常的な存在と言わざるを得ない。
 
「ぅー、可愛くなれたなぁ~って思ってたのにぃ」

「あ~、ちがちが。可愛いか可愛くないかで聞かれれば、もう五つ星つけちゃいたいくらい可愛いよ。
 ふあふあの銀髪くせ毛から飛び出してるトコなんか、その手の人でなくても魂奪われそうになるくらいヤバ可愛いと思う、
 んだけど」
 
 なんていうか、ね? わかるでしょ?
 そんな目を向けるものの
 世間知らずのうさぎっ娘にはどうにも全てが通じていかない。
 ……はぁ、前途多難だろうとは思ってたけど、まさかここまでとは。
 
「あのね、もも。この世界じゃ、ウサ耳つけた人間なんて一人もいないの」

「ふぇっ!? そうなの!!」

「うん」

「えっ、でもでも、じゃあどうしてゆきはモモのことウサギにしてって、お願いしたの?」

「それは、……えっと、なんでだろう?」

 自分のことながら、さっぱりそれは判らない。
 男に振られ、やけになって酒を飲んだことは覚えている。
 その帰り道、どうやら公園に居たらしいこの子を拾ってしまったことも
 記憶にはないけれど何となく私ならばと理解出来る。
 けど、流石にウサギになってくれだなんていう酔狂な願いをしたことについては
 全く、全然、かいもく見当もつかないほど意味がわからん。
 
「と、とりあえずその話はまた今度するとして、外へ出るにあたってはやっぱりその耳を隠しておく必要があると思うの。
 なので、え~っと確かこの辺に」

「?」

「お、あったあった。はいこれ、ちょっとかぶってみてくれる?」

 がさごそとクローゼットをあさり手に取ったのは、何の変哲も無いニット帽。
 お洒落にそれほど興味無く歩んできた所為でそう多くない衣類の中
 この子でもかぶれそうな筒型の形状をしたそれがあったことは、本当に幸いだった。
 
 
 
 
 
「ふにゅぅ、ごそごそして窮屈だよぅ。帽子やだぁ」

「う~ん、気持ちはわからないでもないんだけど、暫くの間だけだから我慢しててね。
 その代わりといっちゃなんだけど、可愛い洋服選んであげるから」
 
 家を出て、五分と二十分と間を挟んでまた数分。
 ご飯だけは駅前のファミレスで軽く済ませ
 ようやくたどり着いたショッピングセンターで、モモが口にしたのは
 道中、何度も繰り返し漏らされた弱り声。
 
「さっ、折角来たんだしどんどん見ていこう。あんまり長居するのも無理そうだしね」

「ぅん」

 なんだかんだいって、この子は本当に今時めずらしいほどの良い子だ。
 きちんと説明すれば、拗ねたりはしても素直に言うことを聞いてくれるし
 なにより人の嫌がることを機敏に察し、自然と避けていく能力が驚くほど高い。
 
「じゃあ、とりあえずこのお店から入ろっか?」

「ここは、洋服やさん?」

「うん、そそ。まぁ、他にも小物やら何やら並べてはいるけど、基本的にはそんな感じ」

 質問の連続。
 ここへは、というよりもこの世界に昨日初めて訪れたらしい少女にとって、
 目に映るもの全てが好奇心の対象であり、今後知っておかなければならない『常識』のカタマリだ。
 朝からの様子を見るに、通常生きていく上での知識や知能は持っているようであるが
 それでも、例えるならばジャングルの奥地に住んでいた住人を無理やり日本へ連れ出してきた状態とでも言えばいいのだろうか。
 食事のために料理をすること、移動のために乗り物へ乗ること、服を買うためにお店へ行くこと
 などなど、それらの行動に関する理屈や原理、分類といったものには多少理解があるのだが
 これが、ひとたび実践的な段階に進むと途端に判らなくなる。
 飲食店では、食器の用意から食べ物の調理、その後の洗い物まで全部が任せられること
 電車に乗って数十分経つと、景色どころか漂う空気さえも違う別の街へやって来れること
 洋服や小物、アクセサリーなどが所狭しと並べられる小奇麗なお店が洋服屋であること
 そういう部分に対しては目を丸くしながら驚き、矢継ぎ早に私へ質問した。
 
「ふぇぇ、すごいね~」

 感嘆に溢れるタメ息。キラキラとした羨望の眼差し。
 救いだったのは、彼女の出してくる質問の殆どがこのようにして最初の取っ掛かりだけで終わっていってくれること。
 正直、この世界の常識を逐一説明してくれなどと言われても
 そのために必要な知識、手間、時間は考えるまでもなく膨大に必要な筈で
 私みたいな人間が一人で、それも買い物の片手間で話せる簡単なものじゃない。
 
「どうかな? 一応、似合いそうかなって雰囲気のお店にはしたんだけど」

「ふぁ~、いっぱいたくさんあるんだね~」

 無邪気と、ひとくくりにしてしまうのが申し訳ないくらい
 純粋で、手間がかからなくて、可愛くて、人懐っこいウサギ耳をつけた天使。
 
「ふふっ、感心してるのはいいけど、あんまり時間かけちゃうと次が見れなくなっちゃうよ?
 よければいくつか見繕ってあげるから、好きなのあったら教えてね」
 
「うん、ありがとね。ゆき」




 結局、買ったのは
 私の貸したものとよく似たトレーナーと、柔らかな素材の裾の広いパンツ。
 それから、なんとも子供っぽいウサギ柄の入ったTシャツくらい。
 遠慮しなくてもいいんだよ、と声もかけたんだけど
 これ以上は、駄目だよ~の一点張り。
 すんごく嬉しいよ。ゆきありがと~、なんて見ているこっちが嬉しくなってしまいそうな笑顔まで見せられ、
 ほんとその手の趣味がなくても今日だけで随分と骨抜きにされてしまった気分だ。
 夕食もついでに外で済ませ、ようやく家まで帰ってくると途端に眠気が襲ってくる。
 
「ふぁ~」

「ゆき、もうおねむ?」

「そだね、久々にはしゃいじゃったから疲れたのかも、モモは平気?」

「ぅー、ゆきのあくび聞いたら急に眠くなってきた~」

「そっか、じゃあ今日はもう寝ちゃおう。明日もはやいし」

 なんか、すごく意識がふあふあと漂ってきて気持ち良い。
 お酒にもクスリにも頼らず、こんなにも自然に睡魔がやってきたのはいつ以来だろう。
 あいつに振られたのが昨日だってことが信じられない。
 これが最後なんだって、ずっと思ってきた。
 今回を逃したら、もう私は終わりなんだって怖くてしょうがなかった。
 
「ゆきぃ」

「ん?」

「おやすみなさぁい」

 一緒のベットに二人で潜り込み、まだ冷たい布団の感触を避けるようにして肌を寄せ合う。
 しがみ付いてくる小さな手、それが心地よくてしょうがない。
 求めることはあっても、求められることは無かった。
 愛していると言ってくれた彼もまた、私の傍を離れていった。
 
「え、…あ、うん。おやすみ」

 人肌の恋しさ。
 いつかの誰かが私に言った。
『お前はめんどくさ過ぎる。甘えてくるのはいいけど、それにしたって限度があるだろ?
 俺にだって自由な時間が欲しいときはあるんだよ。毎日、お前の相手だけをしてやることなんて出来ないんだ』
 電話の声だけじゃ不安だった。
 笑いあうだけのデートじゃ寂しくなった。
 肌を重ねあった後、行為だけを終えて離れてしまうのが嫌だった。
 お願いだから一人にしないで、
 私を感じ、そして貴方を感じさせ続けて欲しい。

「おやすみなさい、モモ」

 胸に埋まる小さな身体を自分からも抱き寄せ、そっと呟く。
 出来るなら、この拘束の力がいつまでも抜けないことを祈り
 そうして私は目を閉じた。



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