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[24740] ALIVE 魔法少女クワイエット、すずか篇 (魔法少女リリカルなのは・習作)
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2010/12/05 19:22

まだ幼かったあの頃。冒険と称し家の中の駆け回った。鳥篭の中での宝物探しは、
夢と希望、それから期待に満ち溢れていた。子供の無邪気さは突拍子もなく、また
際限が無い。小さな体に、紫色の髪を揺らしながら、少女は陽気にはしゃいでいた。

メイドや執事達は、ちょっとした邪魔者で、出来れば会いたくなかった。冒険の敵なのだ。
家族もそうだ。父、母、姉。出来れば会いたくなかった。勇気が揺らいでしまうから。
猫、に関しては可愛いから良かった。大歓迎だった。邪魔もしない。

「あっち」

一匹の猫を両手で抱えながら、すずかは屋敷の中をぐるぐると巡っていた。
齢は四つ。後の淑女加減も未だ芽吹かぬ元気な幼女模様、ちゃんとお付のメイドがいることも
知らずに、自分の世界に入りきっていた。男の子でいえば、風呂敷マントで戦隊ごっこといった所だろうか。

猫は離してくれと言わんばかりに無粋な顔をしていたが、ぎゅっと抱きかかえるすずかが
手放す筈も無く、体をだらりとぶら下げたままなすがままになっていた。
右へ、左へ。まだ見ぬ部屋を一つ一つ入っては調べて、入っては調べての冒険が続く中
ある部屋へと辿りつく。部屋の中は、怪獣が住んでいそうな、薄暗く怪しい雰囲気をしていた。
部屋の中は、大量の本が無造作に積み重ねられているだけだ。カーテンが引かれ、窓から僅かな光が差している。
埃臭さと紙の古さからくるダブルの臭いに、少し尻込みしてしまう。

以前、姉が言っていた。庭にあるトゲトゲは怪獣の尻尾なのだと。(※アロエ)もしかしたら、
それが住んでいるのかもしれない、とすずかは思った。恐怖した。もしかしたら、怪獣に食べられてしまうかもしれない。
そう考えると自然に扉は閉ざされる。猫を強く抱きかかえたまま、走ってその場を後にした。

それを家族に報告すると、そうか、怪獣がいるのかと笑っていた。他人事ではないすずかは
たまらない気持ちになった。家の中に怪獣がいるなどと、誰が認められるか。もしかしたら、夜。
寝ている部屋に入ってきて、食べられてしまうかもしれないのだ!

それを家族に告げると、ますます笑っていた。メイドや執事達まで微笑んでいる。
酷い、とすずかは思った。大人はともかく、子供は真剣に悩んでいるのだった。

「それでしたら、私がご一緒差し上げましょうか?」

ノエルが、提案してくれる。

「私でもいいわよ? 明日は休みだし」

姉も、参加してくれるといった。だというのに、すずかは首を横に振らなかった。

「いい」

フォークを手にしたまま、頭を横に振る。子供心にたった一人の冒険心を邪魔されるのが嫌だったらしい。
自尊心だけは高かった。

「一人で行くもん」

「食べられちゃうかもよ?」

「一人で行くもん!」

半ば意地になって声が大きくなる。まぁまぁと母親に宥められ、父親は満足そうにワイングラスの中の赤ワインを
泳がせていた。すずかは一人、悲壮な決意を固めていた。明日、怪獣がいるかもしれない部屋と一人行くのだ。
決意を固めた。でもお風呂には、姉と一緒に入り、母親と一緒に眠った。怖くないもん、という意地だけが大きかった。
余談だが、部屋はすずかが恐怖した部屋は蔵書室から溢れた本の、いわば一時的な物置になっているような部屋だった。
それだけだった。

翌日、姉が学校へ行ったのを見送り、すずかもまた、冒険へと出かけた。のっしじゃがんがずっしん。のっしじゃがんが
ずっしんと勇気ある足取りで目的の部屋を目指す。すれ違うメイド達からは、頑張ってねと応援される始末。昨日と同じく、
猫をぎゅぅと抱きかかえたまま、すずかは意を決した。部屋の扉の前にくると、手を伸ばしドアノブを掴み、えいっと一気に開けた。

相変わらずの埃臭さが鼻をつく。本の山と、薄暗い部屋。心臓の鼓動は早まるばかり。そろりそろりと、足は前に出る。
中へと入っていった。……いつ怪獣が襲ってくるかもしれない恐怖とすずかは戦い続けた。逃げちゃ駄目だと自分を煽りながら、
部屋の中の様子を探る。見た限り、怪獣はいなさそうだった。でも、何かがいるという気がしてならなかった。

「…………………」

部屋は本当に本の山ばかりだった。題名も良く解らないものばかり。すずかが好きそうな絵本も無かった。
それでも、一冊の本に手を伸ばし、開いてみる

「…………わぁ」

中は、よく解らない文字が多様に綴られていた。そして、魔方陣も描かれていて、それが妙にすずかを魅了した。
子供心に、珍しいものに反応しただけかもしれないが、夢中になってページを見ていると、突然。どさどさと本の山は崩壊した。
すずかの緊張も決壊した。

「ぎゃーーーーー!」

こっそりと見ていたノエル曰く、この世の終りのような悲鳴をあげ一目散に逃げ出したとの事。走って走って、
もう怖くないというところまで来て、ホッとしたすずかだが右手に猫、左手には、一冊の本が抱えられている事に気づいた。
無我夢中でよく覚えていなかったが、一冊だけ持ってきてしまったらしい。しっかりとした作りの本はやたらと気品を放ち、
すずかには宝物に見えた。直ぐにこれが欲しいと思い、母親の許に馳せ参じる。

勿論、笑顔で許可を頂く。怪獣の部屋から、宝物をゲット! という興奮から、すずかはたまらない気持ちになった。
だが、毎日眺めていたある日、本の中は、白紙になっていた。自分の宝物は、母親以外には話しておらず、誰もそれを
信じてはくれない。母親も、本の中身まではみていなかったので真偽はさだかでない。すずかは本への興味を失いかけたが、
夕食の際、父と姉にそれを話したら、白紙ならば日記をつけたらどうか、という提案を受ける。

すずかも、それを受け入れた。ちなみに、そこからが皆が知る月村すずかの始まりである。意味不明の絵日記から、たどたどしい文章へと
転じ、そしていつの間にか、一日数行の日記をつけるのが日課となる。解らない文字を調べ、本にさらなる興味を見出し、
お転婆娘は、いつしか百合のこうべを上げるほどの淑女さを手にしていた。あの腕白さは何処へ行った、という少女になる。
そして、今。月村すずか小学三年生。











魔法少女クワイエット、すずか。









固められた掌が、机にたたきつけられる。過酷な音が教室の中に響き渡った。
誰もがその音に招かれる。それでも、原因の激情は止まらなかった。

「あんたにとって、友達って何なのよ! 必要な時だけ寄り添って、いらなきゃごめんで通すのが友達なの!?
ふざけんじゃないわよ!」

「ア、アリサちゃん……」

高町なのはに向かい辛辣な言葉をかけるアリサに、すずかは気が滅入りながらも止める事もできなかった。
言われている当人、高町なのはは少し俯きながら、ごめんねと繰り返すだけだった。それが癇に障ったのか、
アリサはふんと鼻息一つで一蹴する。

「行こう、すずか」

「え、で、でも……」

さっさとアリサは踵を返して教室を出て行ってしまうが、困るばかりの月村すずかは、どもる。
一人佇むなのはは寂しげに微笑んでみせた。

「行ってあげて、すずかちゃん」

「なのはちゃん……」

「私は大丈夫だから」

「…………うん……」

申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ごめんね、となのはに詫びてから踵を返しアリサを追いかける。
上履きが廊下の上をたたく。髪を揺らしながら、月村すずかはアリサ・バニングスの背を目指した。

「アリサちゃん!」

「……何よ」

アリサは足を止めない。背から受ける声も気にせず突き進む。追いついたすずかは、走るのをやめた。
歩き続けるアリサに合わせて歩き始める。静かな足音が聞こえ始めた。

「……あれは言いすぎだよ、アリサちゃん」

「解ってる……」

そうは言いながらも、頑なな声は苛立ちと怒りに満ちていた。それを機敏に感じ取ってしまうすずかには、
どうしようもなかった。二人は歩き続け、人が来ない階段の踊り場まで来る。そこで、ようやくアリサは
足を止めた。当然、すずかも足を止める。

「気に入らないのよ」

「え?」

すずかを見ているわけじゃない。前方を睨みながら、アリサは吐き捨てた。

「だから気に入らないのよ、私達に相談もしないで自分だけは辛いですっていう顔してるのが。
相談にのってあげたいじゃない! ……友達なんだもの、出来る限りの事はしたいわよ。
でも、なのははそれを許さない。それも嫌だし、私は、何よりも何もできてない私にいらだつ。
あああああむかつくわ……!」

「アリサちゃん……」

「……ごめん、すずかに当たっていいようなことじゃないって解ってるのに」

「ううん、大丈夫だよ」

「……ありがとっ。
ちょっと休み時間半端になっちゃったわね、屋上行いきたいんだけど、いい?」

「うん」

二人は、再び並んで歩き出す。階段を上り、屋上へと向かう。迎えてくれるのは千切られた雲に
無限に広がる青い空、風。新鮮な空気が心地よい。他の生徒達の姿もぽつぽつと見えていたが、
アリサは気にするでもなく両手を広げ体を伸ばしていた。

「ん~~~………ッ……~~……………………はぁ、いい天気ねー」

「そうだね……」

少し控えめな太陽の日差しも心地よい。このまま、ここで昼寝をして授業をサボってしまいたいという
一抹の願いが生まれるが、そんなことできるはずもなし。些細な願望で終わる。

「あーあ。毎日休みだったらいいのに」

そんなどうしようもない呟きに、すずかはくすくすと笑って見せた。

「アリサちゃん、それじゃナマケモノになっちゃうよ」

「解ってるわよ、きっと退屈で退屈で死ぬほど暇な毎日なんでしょうね
まったく、小学生の時点で人生上手くいかないんだから、人生思いやられるわよ。
まぁ、それが人生なのかもしれないけど」

「…………」

やれやれと溜息を落とすアリサの横顔をすずかは見つめていた。まだ幼い年齢ではあるが、
アリサ・バニングスは他者よりも強い人だ、という評価を月村すずかは下していた。他者よりも
鋭い思考、前向きかつ遠慮を知りながらも前のめりに出していける意見。美貌。全てが羨ましかった。
魅力、という意味では高町なのはもそうだが、すずかは他人を羨む事が多い。

何もかもが思い通りにいく、なんてことはない。それは二人とも重々承知していた。それが現状の
友人関係であり、etcetc。何もかもがうまくいく世界があるならば、それはただの夢物語だ。尤も、
安易な人生があればそれはそれで羨ましさがないわけでも、ないのだが。

「あー今日ヴァイオリンの稽古の日よね……」

「そうだね、コンクールの練習だよ」

「面倒臭いわね……まぁっ、やるからにはちゃちゃっと頑張らないとだけど」

「うん、頑張ろう」

「当然」

よしっ、とアリサは気持ちを入れ替えた。少しは頭もすっきりしたのか、教室へと二人は戻る。
でも、当然戻ってもなのはとアリサが接触する事は無い。すずかはいたたまれない気持ちになった。
少し前から、高町なのはが急に塞ぎこむようになって、それにアリサがイライラして、という形が
できあがってしまっている。

今日に限りそれが爆発してしまったという事である。教室にチャイムが響けば他の生徒達も
ばたばたと席に着き始める。事前に準備しておいたノート類を取り出しながら、すずかは気持ちを切り替えようと
自分を落ち着かせていた。大丈夫、きっとうまくいくと心の中で念じ続ける。少しの捩れは、時間が経てば元に
戻る。そう思っていた。時間の進行が少し遅く感じながらも、授業は滞りなく終わった。全ての授業が終われば、
生徒は解放される。すずかも僅かな安堵感を感じながらも、帰りの会(SHR)も終わると、ちらりと二人を横目にする。

賑わいの中。アリサと、なのははあれだけ仲が良かったにも関わらず、二人は挨拶を交すことなくそれぞれ教室を出て行ってしまう。

「あ……っ、」

残されたすずかも、慌てて鞄を取り教室を出る。なのはは、アリサよりも先に行ってしまったので追いつくことは無い。
もとより、アリサと行動を共にするので、少し気まずくなるのは遠慮したかった。今は友人をも拒むなのはは、少し異質だ。
そう思わざるをえない、心の奥底では思ってしまう。早足に、ようやく追いついた。

「待ってよ、アリサちゃん」

「悪かったわよ。ほら、行くわよ」

ばつが悪そうに、でも少し拗ねてる感じに謝られる。下駄箱で靴を履き替え、他の生徒に混じって帰る。グラウンドからは、
クラブ活動の生徒達の姿が早くもみえていた。二人は黙っていた。とくに会話もない。正門を出て少しのところに、車が待っていて
二人は乗り込む。無論、高級車。バニングス家の私用である。

「お帰りなさいませ、アリサ様」

「疲れたわ……まったく」

乗り合わせている執事にぐだぐだ文句を言うアリサに引き換え、すずかは苦笑の素振りを見せながらも、窓の外を眺めるのみ。
外の音を遮断しながら走る車の中は静かだった。

「………」

一応、何かアリサがいうのにあわせ相槌をうった記憶はあるが、何を言っていたかは定かではない。ただ、漠然と羨望を抱えていた。
何に対して? 何を抱いて? という想いはともかく、ただすずかは人様を羨んでいた。その後のヴァイオリンの稽古もそつなくこなした
……つもりだったが、楽器は正直だ。迷いのある音しか奏でられなかった、とだけ記しておく。家に帰宅後も、机の端に足の小指を
ぶつけて痛い目見たりと、ふんだりけったりだった。

「………………」

稽古の先生には集中しろとさんざ言われ、家に帰れば両親はいなかったものの、姉と義兄候補が食堂でべたべたしていて、
やっぱりふんだりけったりだった。学校では親友二人があの始末。ベッドに顔を埋めながら、溜息を落とした。部屋の中では
猫達がいたるところでごろごろにゃーんと鳴いていた。横になったまま手を伸ばすと、猫が擦り寄ってくる。癒しだった。

「よしよし……」

誰も私を解ってくれないなんてネガティヴ思考に陥っても、猫が居れば切り替えは万全だった。落ち込んでも、その倍頑張る。
それがすずかのモットーだった。猫を抱きしめたままごろごろして暫く、眠くなる前にベッドから起き上がると机に向かい、
本棚から一冊引き抜く。厳かな雰囲気すら持ち合わせるその本を開き、頁を軽快に捲りながら、シャーペンに手を伸ばした。
何かの図鑑や特別な本に概観は見えるが、中身はただの日記帳だった。一応、誰にも読まれていない筈だった。

「えっと……」

シャーペンのノック音をカチカチと聞かせながら、すずかは今日一日の記憶を引きずり出す。楽しい事悲しい事、書くことは
様々だが、本日……というよりも、此処最近は楽しい事よりもがっかりな出来事が多い。主に、それは友人関係であり事態の
収拾を願っていた。蟠りや仲違いを起した関係というのは面白いものではない。シャーペンは、淀みなく日記を綴っていく。

書くのに要した時間は五分足らず。
最後の句読点を打ち、文章の構築は完了する。が、シャーペンは直ぐに置かれなかった。何かを考え込むような素振りの後、
ちょっとした追記を付け加えることにした。神社で願いを込めるように。すずかは日記帳のノートに願いを込める。

「……はやく仲直りできますように……っと」

文の終りに、「魔法でも使えたらいいな?」と冗談めかして書いておいた。それで満足だった。シャーペンを戻し、日記帳も
閉ざして、本棚に戻した。それと同時にあくびが込み上げてきて、小さな口に手を添えて、眠気に身を任せた。

「寝よう……」

再びベッドに戻ると、直ぐに眠りの中へと落ちていった。静かな吐息だけが、部屋の中を満ちていた。
途中、メイドが照明を消しに訪れたのも知らずに、穏やかな眠りと共に在った。



月村すずかは、自宅の屋敷の中に一人。寝巻きのままぽつりと立っていた。だが、不思議な事に誰かが居る気配は無い。
メイドも、そして執事達も。元々広い屋敷だが、人の気配がしないことは稀有だった。周囲をきょろきょろ見渡しながら、
違和感を覚えながらも、はだしのまま、ぺたぺたと廊下を歩き始めた。

本当に、誰もいない。勿論、勝手知ったる我が家だ。恐怖は無い。とはいえ、違和感を抱えているが故、
どうしようもない妙な感覚は捨て切れなかった。両親の部屋、姉の部屋、使用人達の部屋、リビング。客室。
いろんなところを除いても、人っ子一人いない。そんなこと、今まで一度も経験は無かった。一人、廊下に佇み
誰か誰かと心の中で願いながらも、やはり人はいない。どうしてだろう、と思いながら初めて恐怖を感じた時の事。

「怖がらせてしまったね」

「!?」

背後から、唐突に声が聞こえすずかは振り返った。心臓が握り締められたかのように緊張していたが
相手は少しだけ距離を置いていた。ただし、恐怖を覚える容姿ではない。なにせ、スーツ姿の高町なのはだったのだから。
ただし、髪は下ろしていた。

「(なのはちゃん…………?)」

安堵にも似た何かが、胸の中に蔓延る。
高町なのはは優しげには微笑んだ。

「怯えないで、私は貴女の案内をしに来ただけだよ」

「え?」

虚を突かれる。なのは顔は頷いた。

「私は彼の為に動いている。彼は貴女の存在を危惧し、私は此処にいる。
月村すずか。貴女は今、つり橋の上。……生憎彼は私を望んではいない。でも私は彼であり、彼は私でも在り
……蛇が来る前に、答えが欲しい」

「……???」

頭の回転が相手の話に追いつかなかった。それを解するのか。具出る。もといなのは顔はさらに、大きく頷いた。

「ごめんね、何言ってるか解らないよね。……でも、此処じゃ何だし」

「…………」

なのは顔は踵を返しながらすずかを誘う。

「部屋に行こう」

「(…………)」

そして歩き出した。静かな足音を誘いながら、少しずつ離れていってしまう。そんな後姿を見つめながら、
すずかは迷った。これは夢か。それとも、現実か。あまりのリアルさに疑心暗鬼に囚われたが、夢ならば
どんなことをしても問題はない、と踏む。自分が死のうが夢は夢だ。一時の幻に過ぎない。正夢ならば、
少し困るが……そっと、唇は強く結ばれる。鳥肌が頬を這う。緊張が己を撫でていた。

それでも、すずかの足はなのは顔に引っ張られるように、前へと進んでいた。遅れて、自分の心臓が
やや早足に刻まれている事に気がつく。足は複数の歯車が噛みあい動くように止まる事は無い。前を往く人を
追いかけていた。夢は蒙昧かつ曖昧な外的現象だが、何かの本に、夢はその人が普段抑圧し意識していない願望や
意識が如実に表れる事がある、と記されていた。夢の表現を歪める傾向、とも。

若しくは、眠りを保護する為のもの、とも。だが今のすずかにしてみれば、そんなことはどうでも良かった。
夢は一時の物語だ。そして、今。月村すずかはこの状況を心の何処かで楽しんでいる風でも、あったのだ。
今だけの物語、趣味は己の自己満足として許容できなければ意味がない。それは今の夢も同じだ。そして、
今を楽しむ。まるで本を読むかのように、足音は静かに、小説の頁を捲る音のよう。

単調なリズムにも関わらず、すずかの耳朶にはとても濃密な音色に聞こえた。
屋敷の中を歩く事暫く、勝手知ったる屋敷の中の道順に疑問を抱いた。前を往く高町なのは顔に何度も
たずねようとしたが喉から声が飛び出すことは無い。足は止まらない、が
その終りはすずかの予想通りとなる。振り返る追いかけた背中。

「ついたよ」

「…………………………………………私の部屋…………?」

まさしく、すずかの部屋の前だった。疑問に対しての答えを得る。

「うん。そう、でもちょっと違う」

「?」

「これは夢の世界だけど、私が貴女に干渉している。だから、この部屋の中は」

その先を言う事は無かったが、言わんとしている事は解るような気がした。すずかもそれを理解する。
普段ならば、扉を開ければ見慣れた部屋が広がるがそれが覆される事を。

「月村すずか」

一瞬、扉に向けられていた双眸が高町なのは顔に戻される。

「それじゃあ、入ろうか」

「……」

扉に伸ばされた手がドアノブをしっかりと掴み、捻る。そのまま、押し開かれた。はたして何が待つのか。
視界が開けるまでの一瞬の期待は永遠に見えた。それでも、視界は開かれると、あまりにも呆気ない様相に迎えられる。
部屋の広さも、すずかが記憶する自分の部屋とは違った。おおよそ、六畳程度と元の部屋よりもはるかに狭かった。

窓も無い。
絨毯も無い。
ベッドも机もない装飾の色気も無い部屋だった。ただし、部屋の中央にぽつんと、一つの椅子が置いてあった。
それも味気の無い木の椅子だった。時を動かすように、なのは顔は中へと入る。入り口で、立ち止まっていたすずかは、
それを見ていた。遅れて、振り返って誘われる。

「どうしたの? 入ろうよ」

「あ、……」

足は、一歩二歩と部屋の中へと入っていった。扉は静かに閉ざされる。

「座って?」

「…………」

促されるがままに、すずかは椅子に腰掛けた。加重による軋みが僅かに聞こえた。
高町なのは顔はすずかの視界に入る壁際に立つと、ほんの少し、寄りかかった。揺れた茶髪が静止した時、なのは顔は
口を開いた。

「まずは、自己紹介。……と言いたいんだけど、ごめんなさい。私、名前は無いの」

「?」

「この顔も、貴女の記憶から親しそうな高町なのはって子を選んだだけなの。
怖がらせないために。ごめんね?」

「い、いえ……」

一応、外面は友人である高町なのはなのだ。そんななのはちゃんに呼び捨てに
される違和感を覚えながらも、異なった口調も新鮮さが無いわけでもなかった。立って見下ろす目線と、座って見上げる目線は交錯する。

「私の事は好きに呼んで。まぁ、それはおいといて……」

とてもじゃないが呼ぶ気にはなれないすずかだった。

「願ったよね」

「え?」

「友達関係が上手くいっていない、はやく元通りになりたいって」

胸が一気に締め付けられた。何故、という想いがにじみ出た。アリサならば言わなくても解るだろうが、
誰にも相談はしていないのだ。どうして知っているのか。……これも、夢の中の故なのかと、すずかは疑った。
なのは顔は微笑む。

「それから、貴女は昨日未明に願った。魔法を使いたいって」

相手の一方的な物言いについていけず、言葉で踵を返した。

「…………貴女は誰ですか…………?」

「?」

「………………貴女の目的は、一体なんですか? どうしたいんですか?」

随分と強気な言葉が出た。それを顕著に見せるかのように、拳は硬く握り締められ震えていた。
なのは顔もそれを目にはしていたが口には出さない。

「聡明だね」

なのは顔は僅かに目線を落とすと、腕を組みながら吐息を落とした。それを見つめるすずかに苛立ちこそ無いが、
相手の未知数さからの戸惑いは確かに存在していた。そんななのは顔は目線を落としたつつ床の上をさまよわせていた。
唇は哀愁に歪んでゆく。

「私は、おまけに過ぎないただの案内役だよ」

「……おまけ?」

「うん。全ての決定権は私であり私ではない。彼に在る。彼は私であり、私は彼であるが、彼と私は別物だ。
……だから私の一存で全てを話す事はできない。そう心配しなくても、いずれ全てを話す日は来る」

「彼って、誰?」

「……彼の自己紹介は、多分。彼自身が行うよ。いずれ会える。……貴女が望めばね。
夢を夢として終わらせるかの判断は、全てすずか次第だもの。
貴女はもう力を目の前にしている。後は、選ぶだけ」

「……………」

答えになっているようでなっていない回答に僅かな苛立ちが生じた。椅子に座ったまま、拳を固める。

「こ、答えになってないよ……」

あえてすずかは言ってみた。

「……そうだね。ごめんなさい」

高町なのは顔は、僅かに目線を落としながらそっと呟いた。

「……私は私であり、私は彼である。……月村すずか。 その椅子に座った事を忘れないで。
これで貴女は選ばれた。……後は、彼と貴女が決める事だもの」

「さっきから言ってる、彼って誰……?」

「……何れ会えるよ。きっとね。
すずか。私は直接貴女に会えて良かった」

「……………………?」

「……ごめん、時間だ。
もっと話したかったけど……無理みたいだ。じゃあね。
ばいばい。日記、これからもちゃんと書いてね?」

「え? あ、」

高町なのは顔は、寄りかかっていた壁から離れ、扉に手をかけると躊躇無く出て行ってしまった。
順を追って話してもいないし、意味不明な有様に何がなんだか解らなかった。これも夢かと落胆した時。
すずかは目覚めた。夢が終わる。

「……………」

暖かな朝の日差しと柔らかなベッド。横になったままま開かれたすずかの双眸は天井を見つめていた。

「(……夢…………)」

体を起す。
今居るのは、自分の部屋だった。広さもありベッドに机本棚等、いろいろと置いてある自分の部屋だった。
一匹の猫がベッドの上で丸まっている。いつもどおりの朝、何も変わらぬ朝だった。そんな有様に、僅かな
軽薄感を覚えた。掌を額に当て吐息を落とした。

「……変な夢だったなぁ」

所詮、夢は夢だとばかりに気持ちを切り替える。猫を撫でながらベッドから這い出ると、寝巻きを脱ぎ制服に着替える。
身だしなみを整えつつ、鞄の中の教科書を確認しようとした時、すずかは机の上の日記が開かれたままな事に気がついた。
昨日書いてから、そのままにしてしまったのかとしまおうとした時、昨日記した日記とは別に、日記とは異なる記述が、
ページの隅に小さく書かれていた。赤い、文字。そして文字の隅には、血痕のような後が一つ二つと残されていた。

"どうする?"

たった一言。だが、すずかは自身が書いていないその一言を注視したまま動けなかった。夢が夢でないのか。それとも、
何かが異なるのか。日記を手にしたまま暫く。朝の少ない時間が削られている事を思い出し、やむなく日記を本棚に戻し、
すずかは部屋を後にして洗面所へと向かった。猫は欠伸をしながら、ベッドに残っている。一つ、忘れていた。
日記は昨夜、本棚に戻した事を。



[24740] ALIVE 魔法少女クワイエット、すずか篇 第二話
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2010/12/11 22:24
教室。
数十名の生徒が教室の中で授業を受ける。その中の混ざる月村すずかは、教師の説明を聞きながらも
頭の片隅では別のことを考えていた。

「…………」

昨日の夜に見た夢が、どうしても忘れられなかったのだ。そして、それが本当に夢に過ぎないのかは、
すずか自身も怪しかった。まるで御伽噺の世界だ。夢が現実となり、現実は夢へと繋がる。正夢とは
何処か違った齟齬がある。

「(あのなのはちゃんは、私を知っていた……)」

夢の中に出た高町なのは。それを思い返しながら、何気なくなのはの席をチラリと見やる。いつも通りの髪型で、
ツインテールがピコピコ揺れていた。でも、すずかの眼は夢の中の高町なのはを見ていた。髪を下ろし、
彼がどうとか私がどうとか言っていた。それに関しては相変わらず解らないことばかりだが、夢がただの夢で
終わらないというのは、今朝方見た日記にあった。あの高町なのはも日記を匂わせ、そして夢の続きのように、
先を期待させる一言があったのだ。

それが、今授業中にもかかわらず気になり続けるが所以だった。夢で夢で終わらず、もしもという名のifが
すずかの目の前にちらついている。だというのに学校で授業を受けなければならないもどかしさがあった。
まるで、買ってもらったばかりのゲームを早くやりたい子供の心情だ。そういう感覚を得ていることは当人も
理解していた。

授業を受けながらも、家に帰ってあの日記帳に何かを書いてみたい、そうすればまた、夢を見られるかもしれない
という非現実行為にすずかは引き寄せられていた。ファンタジーやSFといった現実とは異なり、乖離された世界に
願望を持つのは、誰でもある事だ。読書好きで多くの本を嗜むすずかが引き寄せられるのは、ある意味道理でもあった。

「月村さん?」

あの夢が導いてくれるものは何か? あの高町なのはは選ぶだけと言っていた。ならば、何を選ぶのか。

「月村さん」

はやく、先を知りたかった。物語を見たかった、とも言う。

「月村さん!」

「はい!?」

呼ばれていることにようやく気づき、裏返った声で返事をしてしまうと回りの生徒達はクスクス声で小さく笑う。
途端に、恥ずかしくなり羞恥心に犯された。教壇の上の教師も、少しあきれているようだったが、普段真面目なのが
効してか。教師は首を捻っていた。

「具合が悪いなら、保健室に行ってもいいんですよ?」

「す、すすみません大丈夫です……」

意識は霧散する。穴があったら入りたい気分だった。少し俯きながら、吐息を落としシャーペンを握りなおす。
そんなすずかの有様を、アリサは黙ってみていた。その後の授業は真面目に受けた、とだけは記しておく。
チャイムの音が高らかと響き、一息つけるブレイクタイムになる頃には気持ちも少し落ち着いていた。授業の挨拶を
済ませ、教師が教室を出て生徒も一時の休み時間を得る中、教科書を仕舞うすずかの元に、アリサが訪れた。

「寝不足? すずからしくないじゃない」

「……うん。ごめんね、ちょっとボーっとしてたんだ。もう大丈夫だよ」

「やめてよね、すずかまで上の空なんて」

「平気だよ、アリサちゃん」

「どうだかねー」

「もう……」

軽い笑いと共にやれやれと溜息を落とすアリサに対し、すずかは笑って肩を落として見せた。確かに、授業を蔑ろにするのは
よくないことである。寝不足、というのも嘘だ。眠くは無い。授業には集中しようと改めて気持ちを入れ替えていた。
そんな二人を、なのはが見ていたことは知る由も無い。チャイムが鳴る前に次の授業の教科書とノートの用意をする。

”来なくていい”

「……?」

ふと、すずかは何かの声が聞こえたような気がして、振り返った。だが、その声の主が誰かは解らなかった。
いつも通りのクラスメイトの姿があるだけだった。

「(空耳……?)」

頭上にはてなを浮かべながら首を傾げる。聞き覚えのある声ではなかった……ような気もしたが、特別意識もしていなかったので
一瞬にして忘却してしまう。いいよね、と区切りをつけながら時計を見やる。もう直ぐチャイムが鳴って次の授業が始まるな、と
思っている頃合、再び学校全体に大きな音が響き渡った。同じヘマはしないのが月村すずかだ。残りの全ての授業、しっかりと
受けた。帰宅の時間までとくに問題は無かったが、相も変わらアリサとなのはの疎遠状態だ。すずかとなのははというと、それ程
酷くはないが、それでもなのはに一歩置かれている雰囲気はある。

なのはは何が問題なのか話してはくれない。心配は心配だが、相手が何も話してくれないんでは話にもならない。一度、アリサが
冗談と本気を交えて家の力を使ってやろうか、などと言ってはいたが、そんなものを使ったところで、いい状態に運べるわけが無い。
その日、すずかは鞄を掴むと一人で帰るとアリサに断りを入れて早足で帰宅した。バスにも乗らず迎えも断り、街中を歩いた。
誰もが思い悩み、そして人は無関係を装う。

人間関係って何なのか、たまにすずかは悩む。みんな優しくなれば、きっともっと変われるのにと思わずにはいられない。
でも、人は横断歩道のように一定ではいられないのだ。人は人だ。機械にはなれない。それぞれの考えがあり、思う事があって、
個性が存在する。友人関係とはある種の蜜壷だ。それが破綻した時、きっと元には戻れない。それが怖くて、すずかは帰途の途中
走った。

きっと、小学生が走る姿を見ても誰も何も思わない。可愛いなとでも思ってくれるだろうか?
これ見よがしだ、それみたことか!

「(私が何を想い、何を考えてるかなんて誰も知らないんだ……)」

その逆も然りだ。すずかは駆けた。道の途中、きらきら光る海を横目に何処までも駆けた。苦しみの中で家を目指す。
希望がほしくて、体は止まることのない歯車のように動き続けた。家路を走り続け、僅かに呼吸を乱して帰宅する。
ようやく、だ。

「ただいま」

声が反響しそう広い玄関の中に入ると、ファリンが出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ、すずか様。美味しいケーキがございますが、如何致しますか?」

魅力的だったが、今はそれも後回しだ。

「ありがとう、でも直ぐに片したい宿題があるから、後でお願い」

靴を脱ぐのも急ぎ足、おやまぁと、ファリンは微笑んだ。

「かしこまりました、では、宿題頑張って下さいねー」

「うんっ」

やはり早足で自室へと向かう。早く早くと自分をせかしていた。こんなに何かに執着し、興奮したことは今までなかったかもしれない。
あと少し、あと少しと自室へと迫る。そして、待望の我が部屋の前に辿りつくや否や、手はドアノブをしっかりと握り、押し開いていた。
数匹の猫が寛ぐ室内は相変わらず、背負っていた鞄を流れるような動作で下ろし、着替えもせず座ろうともせず、本棚の日記帳を取り出すと
ページを幾重に捲り、直ぐに今朝方のページの隅に目を寄せた……のだが、それと同時に、すずかの体は固まった。眼は丸くなり、部屋の中には
時計の秒針の音だけが、静かに聞こえていた。猫達もご主人を見ていたが、二宮金次郎像のように固まっている。

それから暫く、再起動するや否や前後のページを捲ったりしながら何かの確認をひたすらに行っていたが、どうにも腑に落ちないようだった。
そして、結論としての一言がすずかの口から、ぽつりと漏れた。

「……なくなってる……」

今朝方見た一言は、最初から無かったかのように消え去っていた。指でページの隅をなぞる。書いてあったはずの場所は真っ白だ。
すずかは自分を疑った。見間違いだったのだろうか? いや違うと直ぐに否定する。たしかにすずかはどうすると書かれていた一言を目撃したのだ。
それは間違いない。

「んー……」

机の前に立ったまま、暫し考える。之で終りというのはあまりにも呆気なく、そして勿体無い気がした。酷く、喉が渇いていた。
全速でないとはいえ走ってきたのだ。疲労が体を蝕むが、それを解しながらも後回しにした。席につく事も無く、シャーペンを取ると
少しだけ迷ってから、日記帳に走らせた。

"欲しい、私は選ぶ"

「……………」

しばし待つ……が、何も反応も無い。秒針の音と自分の呼吸音が聞こえるだけ。それでも、すずかは諦めない。次、次と日記帳に
書き込んでいく。

”力が欲しい”

”なのはちゃんとアリサちゃん、元通りになりたい”

”今を取り戻したい”

”助けて”

”手伝って”

”お願い”

”手伝って”

”私に力を!”

「………………ッ」

書けども書けども何かが起きる事は無い。小さな苛立ちと共に、これまた小さな硬質な音が聞こえた。震える手、音の正体はシャー芯が
折れた音だった。夢の中の高町なのはが、日記を書けといったから書いた。これ以外に術は解らず、魔法よ魔法助けたまえと叫べとでも
言うのだろうか。シャーペンの先が日記帳に食い込んだ。普段人前に見せぬ月村すずかの我がこれでもかと押し出されていた。無様過ぎる
建前は何処へ行ったのか。人前に晒さぬ自分が故か。拳は硬く握られ、打ち震える。これが、夢を信じた結果だろうか?

猫達に見つめられ、秒針の音は何処までも聞こえる。一頻りに怒りが収まると、シャーペンを置いて力なくふらふらとベッドに体を投げた。
静かな軋みを聴きながら、瞼を閉じた。無駄に疲れた。勝手に期待してこの有様だ。着替えてもいない。でも、たまにはいいかとすずかは妥協した。
疲れた。
ただ、それだけだった。









「すずか様ー おきて下さい」

「…………」

ファリンに起される。
眠い眼をこすりながら、すずかは目覚めた。部屋の中は照明がつけられ、外は薄暗くなっていた。光に慣れぬ瞳のお陰で少し痛みをおぼえる。
それから、喉が渇いていた。

「今何時……?」

「18時です、もうすぐお食事の時間ですが、如何致しますか?」

「ん……」

腹は、減っていた。それよりもまず、着替えたかった。制服のままだ。

「食べるよ」

「かしこまりました、体調が優れないようでしたらお持ちしますが」

「大丈夫、ちょっと疲れてただけだから」

「はい、では失礼します」

ファリンは一礼すると部屋を辞した。それを見送ると、すずかは水差しに手を伸ばして喉を潤してから、制服を脱ぎハンガーにかけ、
私服に着替える。その際、机の上で開かれたままの日記帳を見やったが、やはり、何もない白紙のままだった。眠る前に書いた自分の
言葉だけが無造作に並んでいる。それを眺めていると、無性に恥ずかしくなり羞恥心に駆られた。消しゴムを取ると掻き消す。カスが
散らばり、それを手で集めゴミ箱へと砂を落とすように捨て去る。去らば自分の恥ずかしい過去。

これで、ただの日記帳に逆戻りだ。仕方ないと思いながらも、すずかは着替えを済ませると照明を落とし、自室を後にした。
食堂に赴く。今日は珍しく、父と母と姉がそろっていて、家族水入らずの食事を済ませる。食事は、相応に豪華だ。それが
金持ちというものか。それに不満も、問題もすずかには無い。暖かな家族の偶像があった。だが、異なった落胆が胸の中を
蝕んでいる事に、すずかは気づいていた。家族がどうだ家がどうだという問題ではなく、自分自身だ。それが家族の誰かに
悟られる事は無い。

食事も済ませると、食休みの後さっさと風呂に入って、明日の支度を完了させ、寝巻きに着替えベッドに潜ろうとした。
でも、そこで今日の日記を書いていない事を思い出した。

「……どうしようかな……」

それでも、すずかはやはり真面目な子だった。ベッドに入る前に、のそのそと椅子に腰掛けて本棚に戻してあった日記を取り出す。
そして何も変わっていない事を確かめてしまい、落胆するすずかがいるのも確かだった。シャーペンに手を伸ばし、カチカチと
ノックをしながら今日の出来事を書き綴っていく。それから、軽く冗談めかして、今日の恨み言とばかりに残念賞の一言も添えておく。

「今日は残念だった……っと」

句読点を打ち、シャーペンを日記帳のページから離し閉ざそうとした時。ふと、すずかの手が止まった。先の一言が書かれていた場所に、
文字がゆっくりと浮かび上がる。まるでスパイ映画の隠された暗号が出てくるようだった。双眸は浮かび上がってきた言葉を凝視し続ける。
今までは何か。それと、今は、何なのか……

”残念なのは、こちらだ”

疑問系の一言だ。その言葉を見つめたまま、すずかの手は勝手に動いていた。ノックされるシャーペン、再び、文字は紡がれる。
胸に手を当てずとも、心臓は他人事のように動いているのを感じた。鼻から抜ける呼吸も、えらくリアルに感じられる。

”どうして?”

それに、直ぐ反応は返ってきた。先の文字は消え、代わりの文字が浮かび上がる。

”吾は御主を望んではいない”

「………………」

随分と否定的な言葉が出てきた。しかし、すずかは「吾」という字の読み方が解らない。とっさに辞書に手を伸ばすと、
ページをめくり続け、まずは「ご」で調べた。そこから更に一人称のページに飛ぶと、どうやら吾と書いて「われ」と
読むらしいことが解った。

「われ……」

なんだか、随分と偉そうな感じがした。われ、なんて一人称を使う人はテレビの中ぐらいしかすずかは知らない。
少しおかしくて、鼻で小さく笑ってしまう。否定的な文章だが口元に微笑みを残しながら返信を綴る。

”どうして?”

が、またもや反応は無くなってしまう。それにむっとしたすずかは、追記する。

”答えて”

すると、直ぐに答えが返ってきた。

”よく言う。吾は人ではない。人在らざる者が、人と交わったところで良き事もなし
だが、月村すずか。御主は門を開いた。故に私との接触が可能になる。私が拒もうと、
……云わば上位の権限が御主には在る。だから私は、こうして話しかけている。
そうでもなければ沈黙を保たせている”

「………」

すずかには、よく解らない話だったが、少し考えてから返答を書く。

”私は、貴方に会える?”

”吾はそれを望まないが、月村すずか。これだけは忘れないで欲しい。
御主が今欲しているものを手にした時、何かを失う事になる。
それが了承できないのであれば、来ないほうがいい”

ソレとは何か。一人首を傾げながら続けた。

”何を、失うの?”

返事は直ぐには来ない。ノートに浮かぶ文字を見ながら、すずかは脳裏に大切なものを羅列させた。
父や母や姉、家族。メイドや執事達。なのはやアリサといった友人達。月村すずかが築いてきた大切な時間。
お金。家。でも、ピンと来ない。

「…………ん………」

すずかは考えた。一体何を失うのかを。確かに、何かを得るには対価が必要だが、一体其れが何なのか
解らなかった。解らなかったが、解らないまま欲しいものを入手するというのも、おかしさを覚え、少しだけ
挑戦的になる。シャーペンを動かした。

”それでも、私は貴方に会いたい”

”……吾は男じゃない……”

「え?」

思わず、口にしてしまった。すずかは「吾」なんて一人称を使う相手だから、勝手に男と思ったのだが、
どうやら違うらしい。訂正を入れる。

”ごめんね、女性だったんだね”

”……………………もう、好きにして欲しい”

”うん”

くっくと笑う。どうやらシャイらしい。なんとなく、すずかの頭の中で大人な女性だけど、可愛いところがある人、
というイメージが出来上がる。ふと、思った。

”貴女に会えませんか?”

”……好きにすればいい。すずかが望めば、以前の夢のようにこちらに来れる。
行きたくないと思って眠れば、普通の眠りが待っている。……警告は、した”

”解りました。では、後程”

そう記してから、すずかは日記帳を閉じた。……思わぬ展開だが、どうやら、偉そうな吾君に会えそうだった。
胸は高鳴り眠れる自身はあまりなかった……が、行きたいと願いながら照明を落とし、ベッドの中にもぐる。
心臓が高鳴り、どきどきが聞こえていた。数時間前の苛立ちがうそのようだった。

「うーん……」

顔がにやけて仕方がない。はやく、眠りたかったがなかなか眠れない。そのもどかしさも、嬉しかった。
やっと会えるのだ。彼に会ったら、聞きたいこと、離したい事が沢山ある。待ち遠しくてたまらない。
まだかなまだかなと思いつつ、結局。すずかが眠りにつけたのは一時間半後のことだった。











「………………わ」

気がつけば、また昨日の夢と同じように。自分の家の廊下に突っ立っていた。これで、本体は眠ったと言う事になる。
意識だけ本の中に来ている……? よく解らなかったが、兎に角目標は一つ達成した。して、吾という人は一体何処にいるのか
すずかは考えた。何気なく、傍にあった部屋の扉を開いてみても、中はまったく現実世界と同じだった。となると、
最初に頼るべき部屋は、前回の異室ともいえる、すずかの自室だった。

そうと決まれば早い。足は動き出していた。勝手知ったる我が家だ。移動を開始する。はたして、どんなものが待ち受けるのか……
それもまた、好奇心を掻き立てられ、楽しみだった。そんな期待を胸に、自室にたどり着くとドアノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。
前回は、白い部屋。だが、今回は、……すずかは眼を丸くした。その場で硬直する。部屋の中は、図書館の本棚の列に酷似していた。
白い部屋のありえない狭さとは異なり、今回はありえない広さとなっている。というよりも、あまりの広さにどれだけのキャパなのか
すずかにはまったく解らなかった。本棚がずらりと並んでいる。

「(凄い……)」

入り口で関心していたが、暫くすると中へと足を踏み入れる。歩きながら、本棚の本を眺める。まったく読んだことのない本や、
難しそうな本、解らない本、外国語? のような本が整理整頓されきっちりと納まっている。一冊手にとってみたが難しいものは
まったく読めそうになかった。戻しておく。不思議なところに来てしまった、と思いながらひとまず本棚に沿って歩く。
歩く、歩く。どこまでも歩く。終りが来なさそうに見えたが、すずかは只管に歩くと、少しだけ開けている場所に出る。

そこに、目的の人物はいた。

「……………」

たった一つのダブルベッドの中に、子供が一人。丸まって眠っていた。華奢な体。そして、髪が異様に長い。立ったら床について、
尚も余っているぐらいの長さだった。歳は、小学校か幼稚園か。そんな狭間の年頃に見えた。胸を上下させながら、眠っている。

「(……この子が……?)」

吾の子? 彼? 彼女? よく解らなかったが、そうなのかとすずかは思った。しばらく眺めていると、

「あ」

その子は眼を覚ます。
微動だに動いた睫と共に開かれる瞼。
むずがゆそうに動いた唇。
ゆっくりと動く体。
長い髪。

小さな手が、ぺたりと自分の額に当てられる。寝ぼけているのか、少しの間ぼんやりとしてから、すずかを見上げた。
少し緊張してしまう。

「……こんばんわ」

「こ、こんばんわ」

挨拶された。そして、挨拶を返した。
妙な緊張を孕んでいた。吾と思われる子は憂鬱そうな溜息を落とした。何かを悟ったように、
子は呻く。

「来てしまったか……」

「え?」

それでも、首を横に振ると

「……いや、気にしないで欲しい」

子は、ベッドから降りない。眼をすずかに向ける。

「吾の名はフィッヒ・フンバルトグーデル・ゲーリベン。好きに呼ぶといい」

「あ、よ、宜しくお願いします……?」

「宜しく。敬語は無しでいい。近所の子供を相手にしているとでも思えばいい。
気楽に」

小さな手は握手を求め、すずかは誘われるように小さな手と握手を交す。
1、2とシェイクハンドの後、手と手が離れると、背後に小さな音がした。
それは白い部屋で腰掛けた、簡素な椅子だった。

「座って」

「……う、うん」

促され腰掛ける。小さなきしむ音が、聞こえた気がした。
気がした。ほんの僅かな沈黙が過ぎ去る。フィッヒは長い長い髪を細い腕と指で退けながら吐息を落とす。
どこから話そうかとぼやきつつ、人差し指をくるくる動かすと何か細い棒状のものが現れる。煙管(キセル)だった。
既に火と草は入っているのか、口をつけて暫く。煙は鼻から勢いよく逃げていく。その後の煙はゆらゆらと
漂ったのち消えていく。そんな朧気な架け橋を通して二人は目線を絡ませる。

「生物が進化する上で、食事をしなければならないので口という器官が発達した。歯ができた。
食べるものも、最初は微生物を取り込んでいたのが、いつしか次第に草なり肉なりに変化していく。
進化の環境に対応し肉体もまた変化し退化と進化と共に成長し続ける。歩くための足が出来て、何かをする為の手が出来る。
脳も発達してくると、考えての行動も多様化する。いつしか、人は道具を作り、生活に必要なものを作り始める。
それが、吾だ」

「……??」

言っている意味がすずかには解らなかった。座ったまま呆然とする。
フィは続ける。煙管に口をつけ、たっぷりの煙を吐き出してから

「……人は暗闇に抗う為、料理をする為、暖をとる為、火を手に入れた。焚き火となり松明となり他にも多くの手段に用いる
道具として火が使われた。それが人間の最初期の危険物だよ。すずか」

「?」

「包丁は危険だから使ってはいけないものか?」

「え?……えっと、料理に使うし、便利だし……使っていけないものじゃ、ないよ」

「そう。でも刃物として人を刺し殺せる。それが包丁だ。火も同じだ。照明に暖に調理に、他にも多くの事に使える。
その、火から数百年後。人の知識は格段に上がり、技術力もつき、道具も原始的なものではなくなってくる。その礎が、
規律だ。人は効率を求め、そして行動規則を求める。無駄を省くんだ。少しでも早く、少しでも便利に。それこそが人が
追い求める道具の便利さであり、効率さでもある。……とある世界で、道具の頂点は[プログラム]になった」

「パソコンの?」

「そう。パソコンで使われる、もっと簡単に言ってしまえば0と1の羅列。
生活をするのも、何をするにしても、プログラムが中心に据えられるようになった。闘うのもね」

話が一気にSFに飛び、すずかはへーと感嘆するしかできなかった。まさに御伽噺だ。
フィーはあざとく笑って見せた。

「世界は、この地球だけじゃなくて。もっといっっぱいある」

「え?」

とんでもないことを聞いた気が、した。

「もっといろんな世界、いろんな文化をもった星がいっぱいあるんだ。すずか。それらをまだ未発見なのは、この世界が
まだまだ未熟っていうことだよ。いつか、この星も外の世界に気づく日が来るかもしれない」

「来るの?」

「微妙だ。未発達のまま終わるかもしれないし、気づくかもしれないし。
それはこの惑星の子孫達の頑張り次第でもある」

煙管を咥えたまま飄々とした表情を見せるフィーは、子供にしか見えなかった。不思議な子供が、今すずかの目の前にはいた。
御伽噺染みているが、話している内容は不可思議なものであるが。

「それで」

話は続く。

「吾がいた世界は、プログラムを魔法と称した。インヴィジジョンカラーコーデックって。最初は呼ばれてた。
でもみんな、魔法魔法って気づいてたら呼んでいたよ」

「魔法? プログラムなのに魔法なの?」

「言葉は不思議だ。プログラムより魔法って呼べた方が道具として、もとい商品価値が高い。魅力も高まる。そうじゃなイカ?
プログラムっよりも、魔法っの方が近寄りやすさもあがる」

「……そうかも」

「それに、魔法と呼ばれてた所以がもう一つある」

「?」

「リンカーコア。もしくは魔力核、魔力集積器官とも呼ばれてた。吾がいた世界の人間は、皆持っていた。
魔力核は空気中に存在する魔力素、もっと簡単に言ってしまえば<エネルギー>を集めておく器官だ。
リンカーコアは外科手術で体を開いて、内臓みたいに見える器官ではない。ちょっと特殊だ。で、その
リンカーコアで集められた魔力にソース、いわばプログラムを絡ませると魔法というものが発生する。
これが先に言ったインヴィジジョンカラーコーデックになる。之により様々な魔法が生み出せる。
……魔力素と呼ばれるものを、自分の体内で練って<コーディング>し発動させる。まさに魔法だろう?」

「うん」

うんうんと、首を縦に振る以外すずかにはできない。フィーの鼻から煙は逃げる。臭い。

「……道具としての魔法を人は大いに利用した。生活に、仕事に。そういう意味合いでは
魔法は非常に有効かつ便利な代物だった。でも、人が作り出した便利な道具の結局行き着く場所なんて
どこの世界も似たり寄ったりだよすずか。何か解るか?」

「……えっ……と………………………………………戦争?」

「その通り。吾が生きた星も、魔法は殺し合いの道具に用いられた。空を自由に飛ぶ事もできた。
鋭い剣をつくることもできた。ビームを放つ事もできた。核兵器やミサイル、質量兵器と
呼ばれる存在を遥かに凌駕することになった。人は魔法に縋った。その結果。吾の生まれた星は人の住めぬ死の星と化した」

「ええ?」

「何億人という人が死んだ……その中に、吾も含まれているがね」

くっくとフィーは笑ってみせた。

「え?」

「吾が、不思議な日記帳の住人とお思いか? 否。
吾は戦争によって死ぬ前に、記憶をデータとして一冊の本の中に残したんだ。大量の魔法と一緒に。
肉体は闘った後死んだよ。でも、情報媒体としての吾は生き残った。幾重にも次元転移を重ね、無垢な世界を目指した。
その結果、吾はこの惑星・地球に辿りついた。それが、ええと、大よそ200年前の話だがね」

「に、200年前??」

「そう、そして吾は何も描かれていない本を装い様々な世界を流れた。最終的に、お主の家、月村家の書籍置き場の中が
収まっていたんだ……が、御主に拾われて一冊の本から日記帳に様変わりだよ。まぁ、悪くはなかったがね。
毎日毎日情報収集をせずとも無垢な子供の日記が進入してくるというのは」

「読んでたの?!」

思わず、すずかに似合わぬ大きな声があがってしまう。

「読んでたとも、最後のおねしょは八歳だったけど、隠そうとして怒られたのも
今では懐かしい記憶ではないかな?」

「………………」

赤裸々、筒抜けだった。さらば私の青春!とも言うべきか。そんなすずかを、やはりフィーは笑う。

「そんなだよ。吾としても、御主に干渉する気は毛頭なかった。だが……ちょっと想定外の事が起こってね。
御主は願った。魔法を使いたい、と。それが本の中の祈願型干渉プログラムLO-DE07210721.を起動させてしまったんだ。
想定外もいいところだ」

「祈願型?」

「特殊なタイプの魔法だ。願う力が強いだけ、魔法の力もあがるっていうタイプ
まさか発動するとは思わなかった、うっかりとは恐ろしい。 。
私の体、いわば本のプログラムに干渉してしまい、私の意志とは無関係に一部の機能が動き出した。
それが昨日、白い部屋へと導いた者の正体だよ。……吾にはもう御主を止められない。だから、御主は此処にいる。
異世界から流れてきた本、それが、御主の日記帳の正体だよ。……これで満足か?」

「?」

「御主が御伽噺に夢や希望、願望を持つのは解る。だが、中にはいたのは吾のような古臭い人間だ。
面白くもなんともないだろう?」

それを聞いて、すずかは即座に首を横に振った。それはフィーにとって不用意だったのか。
眼を丸くした。

「そんなことないよ。私の日記帳の中には住人がいてお話ができるのって、
すっごく素敵だと思う」

「そうなのかな?」

「うん。でもね」

すずかはフィーに近寄ると、ひょいと煙管を取り上げてしまう。
惜しむ暇もなく、頬は膨れた。

「喫は煙反対、だよ。体に悪いよ」

「いや、吾はプログラム」

「臭いよ」

「………………………………ぐむ」

本の持ち主には勝てないのか、フィーはうな垂れるしかなかった。
してやったりと、微笑むすずかだった。

「ま、まぁいい」

勝てないと踏んだのか。大人しく諦める本の主だった。何をするでもなく、すずかが手にしていた
煙管は消してしまう。

「此処に来るのは、すずかの自由だ。拒みはしない」

「本当?」

「そんなことで嘘をつく吾ではないわい。
……尤も、面白いものなどなにもないがね」

「そんなことないのに」

そうか? と首を傾げる目の前の玩具を眺めながら、すずかは納得した。ここは、楽だ。
フィーはあまりにも、すずかの事を知りすぎていた。それでいて受身なのだ。その感覚は家族に似る。
勿論、すずかはフィーが家族だとは思わないが、感覚が近い、というだけだ。人が他人と接触とする時、
誰であろうとも気遣いをしなければならない。その度合いが極端に少ないのが、フィーだ。更に言ってしまえば、
その感覚は恋人にも似るが……

無論。すずかがフィーに恋心など、ゼロだ。そしてこの物語の終了まで1が生まれる事はない。
執拗だが、あくまで精神的な負担面が家族や恋人に似て楽であるということだ。肩の力を抜いて話せる
相手がいるのは、楽である。恋人や家族。もしくは、兄弟的な感覚に似るかもしれない。

フィーの容姿は、すずかよりも下だ。馬鹿みたいに長い髪でベッドに寝そべったままである。
そこでふと、すずかは気がついた。

「フィー」

「なんだ」

「フィーは、男の子? 女の子?」

「両方だ」



「…………え?」

「正確には両方だった、だ。生前はちょっと特殊でな」

顎をちょい上げでくっくと笑ってみせるフィーだが、すずかは肩透かしだ。

「……ベタすぎて笑えないよ、フィー」

「う、嘘ではない!」

「つまんないよ……」

「酷すぎるぞ御主! いじめか! いじめなのか!?」

騒ぐフィーを尻目に、すずかは忍び笑いで逃げる。

「ええい! 吾とて生前はイゴスバゲヌの悪夢と呼ばれた凄い騎士だったんだぞ!
質量兵器と魔導兵器の雨あられを一人で防ぎ、連合を組んだ数多の王達とたった一人で戦い!
聖王ヴィヴィオンチャニフ・ナェネ・ミガユや卑猥な王とも引き分けたんだ!」

「……………」

そんな事を言っても、すずかが知る由もない。

「…………」

「大丈夫だよ、フィー」

そっと、優しく囁きかける。

「な、何がだ」

「証明できないものほど、無意味なものはないから」

「………腹黒すぎじゃ御主………」

沈黙が似合う男は何処に逝ったのか。
冗談を超えて半泣きのフィーと共に、すずかは笑うのだった。こんなに笑ったのは、いつぶりか。
アリサやなのはとの付き合いとは異なる笑いだった。誰にも聞こえぬ呟きが落ちる。

「女子に股間を見せて証明しろというのか……、吾は変態ではないわ」

うっうっと一人泣きする。尚、胸を見せたところでぺったんこだから意味はない。
実に余談である。本当に性別を両方持つかどうかは、誰にもわからない。とりあえず
どちらにも見えるし、どんな性別と判断するかは、それぞれにお任せする。

その後も暫く話した後、ふいに、帰ることを進められる。
夢からの離脱。
それは、すずかにとって楽しみから離される事でもあった。
秘密というものは、子供にとって宝物だ。それが、終わってしまう。

相も変わらずベッドの上で横になるフィーは諭す。

「まだ、夜明けまで時間はあるが」

一度、言葉を切った。

此処に来るからといって、すずかの体に負担がかかるわけでもない。
実質、夢を見ているだけなのだから来すぎて寝不足になることもない。
……それでも帰りなさい。此処に来る事を楽しみにする事は御主の自由だが、
馴れ合いになれば、それも少しずつ減り面白みもなくなる」

「?」

「……解らなければ、今はまだいいが此処でのルールだ。
吾への大概の無礼は許そう。だが、自分の意思でこの部屋に入ったのならば、
自分の意思でこの部屋から出て行け。朝を迎える前にだ。それができなければ、
吾は御主の入室を許さぬ。解ったか?」

先の冗談の雰囲気が消えた事を悟り、すずかもまた、まじめなかおで一つ。頷いた。

「うん、解ったよ」

「ならばもう、今日は帰れ。吾も少し眠りたい。譲歩だ。頼む」

何が譲歩かは解らなかったが、相手の言うとおりにすることにした。

「うん。それじゃまたね」

「うむ。御主も良い眠りを」

「おやすみなさい。フィー」

席から立ち上がると、すずかは踵を返しその場を後にする。本棚の林に入る前に、少しだけ振り返り手を振った。
振り替えしてくれるのを見てから、また、歩き出した。一人、本棚に納められている本を眺めながら、歩き続ける。
今度読んでみようという想いに駆られながら歩き続ける。そして、扉の前に来るとドアノブを握り、扉を開ける。
目の前の廊下は、見覚えのあるものだ。そうだ。夢の中の御伽噺がそこで終わる。すずかに迷いはない。
部屋から出て扉を閉ざす。ぱたん、という静かな音共に。意識ある夢は終了する。電源を落とされたテレビのように。

再び意識が戻ったときは、朝だった。目覚めただけだった。

「…………」

寝ぼける中。夢が夢じゃなかったことを思い出し、ベッドから這い出すと日記帳を本棚から取り出す。
ずっしりとした重量感が両手にかかる。それが、満足感とも言えた。だから言う。

「おはよう、フィー」

満足な朝だった。








魔法少女クワイエット、すずか篇 第二話 「パープルロッド・ザ・ヘイ」










すずかの日々の生活は、やや潤った。フィーの存在は、彼女にとって宝物でもあり、珍しいものでもあった。
現実生活というリアルの中で、異なった輝きを放つフィーは稀有なのだ。本来ならば手に出来ぬものを彼女は手にした。
とりあえず順調な日々、だった。

今日も暖かで突き抜ける蒼い空。陽気な天候の下、子供達は授業を受ける。教室の中はというと

「武藤君ー」

「はい」

「村八君」

「はい」

「月村さんー」

「はい」


席順に名前が呼ばれ出席が取られる。しっかりとした声で、すずかも返事を返した。気持ちは、やや晴れやかだった。
最大の理由は、今頃自宅の本棚で寝ているであろう日記帳だ。早く帰って話がしたい、という気持ちを膨らませながらも、
今は授業に集中と頭を切り替える。昼間は学校、夕方は塾か楽器の練習。その後帰宅。食事をしてから宿題を済ませ
風呂に入り、ベッドに入るとすずかにとって、一日の楽しみが待っているのだ。それが、生活のサイクルとなっていた。
学校、勉強、家、フィーという巡りである。そんなだから、他人には活き活きしているように映る。それは、なのはにも、
アリサにも解った。前者が話しかけてることはなかったが、後者には昼食の時間に尋ねられた。

「ねぇ、すずか。
何かいいことあった?」

「え?」

席を寄せ弁当を食べる中での質問に、一寸固まる。
アリサもおかずをつつきながら、首を捻る。

「最近、なんか楽しそうだったから……まぁ、暗いよりはいいんだけどね」

相変わらずのアリサ模様に苦笑する。口の中で転がるトマトを潰して飲み込む。

「特に何かあった訳じゃないけど……」

「でも今のすずか、前よりいいわよ。見てて気持ちいいもの」

「そうなのかな……? ありがとう」

そんな変化していたとは、当人は思わない。というよりも、変化した気は一切ない。周囲の眼にどう映っているかなど、
当人には解ったものではない。飲み物を口に含みながら、ぼんやりとそんなことを考えると

「ねぇ、好きな人でもできた?」

「ごべっ!?」

むせた。そして月村すずからしからぬ音で咽た。そんな慌て方に、アリサは笑う。

「何よ、図星?」

「げほっげほっ……ち、違……違うよ……好きな人なんていないよ」

「その反応は怪しいわね」

ふふふと笑うアリサに違うよ違うよといいながら、すずかの脳裏に一人の男? 少年の顔が浮かんだが、確信する。
フィッヒ・フンバルトグーデル・ゲーリベンに対して淡い恋心など微塵にも抱いてもいないことを。もとより、
自分よりも幼い少年に恋も糞もないのだが。異なったベクトルのあざ笑いならくれてやれるような気がした。
吾が何をした、と慌てふためく姿が思い浮かぶ。悪くはなかった。再び、トマトに口付けながら舌が迎え入れる。
プチリとつぶれれば、甘さが広がる。赤い実弾けた。

「なんでもないよ、アリサちゃん」

「怪しいわ……」

「何もないよ……」

ごくりとトマトを飲み下す。何もないと言いながらも、今アリサに嘘をついていることをすずかは自覚した。
どこぞの鉄腕も言っていた。良い嘘ならば、ついても良いと。千差万別もいいところだが、それもまあいいでは
ないかと自覚する。人間なのだ。嘘無しで生きられる人間がいたとすれば、それはそれで、凄い。

「(言えないよね)」

フィーの事を言った所で信じてもらえるとは思えなかった、というのもあるし楽しみが薄れる事への忌避感もあった。
月村すずかは紛いもなく、非日常に足を突っ込んでいるのは間違いなかった。それの崩壊など多大な拒絶を招くのも
間違いではない。うんうんと自覚しながら空になった弁当箱を前に、ご馳走様と頭を下げ片付ける。残りの昼休みは
アリサと別れ、図書室に赴き本を読んで過ごした。静かな時間は虚ろだった。本を読みながらも、早々の帰宅をすずかは
望んだ。

「(今何してるのかな)」

小説の文章に眼を落としながら、ページを捲るとはらりと静かな音が奏でられる。求められる人は寝ているか、
はたまたすずかと同じく本を読んでいるか。それ以外は思い浮かばなかった。子供は玩具を欲する。飽きていない限りは。
それ故か、フィーはすずかに出入りを就寝時以外禁じている。外への持ち出しも駄目と来ている。少しずつ、日常から
逸脱しているすずかにとって、これは面白くなかったが口に出す事はなく、また禁止事項を破る事は無かった。

本を読み続けて暫く、チャイムが鳴り本を閉ざした。席を立ち本棚に本を戻すと、図書室を後にする。
すずかは廊下を歩く。まるで、現実と蒙昧な何かの境界線を、綱渡りするかのように。足音だけが静かに聞こえる。
教室に戻ると、異質さにすずかは軋みを抱いた。本当の楽しいはずの日常、それが続いていれば、フッヒィうんたらなど
不要なのだ。二人の人物を見る。高町なのは、そしてアリサ・バニングス。二人とも、席に着いたまま普通を装っているが
友人関係においては、今。爛れている。

溜息も無い。それに巻き込まれているすずかの心も、爛れていた。原因はなのはだ。何があったのかは知らないが、
最近塞ぎこんでいる。そして理由を聞いても、答えてはくれない。すずかとしては鳴くまで待とうホトトギスで
かまわなかったのだが、アリサとしては絞めて鳴かすぞホトトギスだったらしい。人の性格とは、本当に面白い。

それでも

ホトトギスこと高町なのはは、未だ沈黙を続けている。アリサとすずかの関係は良好だ。書き忘れていた、すずかは
席に着く。……2対1は、やりづらい。いつもの三人組に戻れる日を、すずかは望んだ。神様にも心の中で願った。
どうか、どうかと。でも、神様はいるようでいてくれないし願えば適えば世話は無い。ありがとう神様。死ね神様。
次の授業のノートを取り出しながら、すずかは溜息を落とす。いつまでこの状況が続くのか。誰にも言えないが
溜息ものだ。教師が来ると意識を切り替える。最後の授業へと望む。

ああなればいい、こうなれば、それが思い通りに進む事は少ない。人間関係ならば尚更だ。金で解決できない事もある。
しかしそれを望んでしまうのが人だ。その例外に、月村すずかが漏れなく入っている事など、ありはしなかった。
望むもの望むべきもの…… 人は、あやふな生き物だ。それゆえに弱くも在り、強くも在る。

遅い遅いと思っていた時間も、過ぎてしまえばどうということはない。一日全てが終了すると、月村すずかは迷い無く
早寝をした。世界が切り替わると早足で移動し、かの部屋へと急ぐ。力強くドアノブを握り、何処か切迫した情緒と共に世界を押し開く。
本棚の林は、何時見ても相変わらずだった。それらを横目に、歩いた。そして、彼の下へと辿りつく。

……相変わらずだった。馬鹿みたいに長い髪、そして、ベッドから起き上がることも無く横になった小さな体。でも
双眸だけは向けられている。体を起した。

「……随分と、ご機嫌斜めみたいだね」

ぽとりと、的確な状況が述べられる。だが、すずかは自分の機嫌が悪いとは思わずフィーの物言いが解らなかった。

「ご機嫌斜め……?」

鸚鵡返しに聞き返した。直ぐ傍にある、自分用の椅子に腰掛け、喘がせながら。
フィーも直ぐに返事を返した。

「面白くないって、顔をしているな。悩み事か?」

「……………」

それを素直に答えるものこそ、面白くなかった。なんだかんだで、フィーは年上だということを実感する。腐っても鯛である。
そうでもなければ数百年の時を経た意味もない。良くも悪くも熟成していた。くっくと、静かな笑い声が聞こえた。

「だんまりしたければ、それでもいい。此処が嫌になれば、出て行けばいいだけだ」

そう言うと、フィーは煙管を取り出して咥える。ゆっくりと煙を浮かび、本棚から本を手繰り寄せると
読み始める。すずかはやはり、面白くなかった。もっと察してくれる優しいフィーを望んだ……ような気はしたが
そうしてくれる相手ではない事は解っていたはずだった。無様だ。椅子に座ったまま、気づかない間に頬を膨らませてしまう。
それでも、察してくれるフィーではない。長い時間が経つ。ただただ、本を捲る音だけが聞こえる。時折、取り替えられる本が
本棚を言ったり来たり。まるで意思をもったかのようにフィーの手に吸い寄せられ、また本棚へ……。

「……」

それを繰り返し、

「私」

すずかが口を開いた時、フィーは本を読むのを止めた。

「友達……が、いるの」

「それはいいことだ。健全だ」

「………喧嘩、してるの」

「ならば、ごめんなさいと自分から言うのも強さの一つだ」

首を横に振り、否定する。

「違うの……その子が、落ち込んでるんだけど、理由も話してくれなくて。他の子とそこから話が捩れちゃって……
どうしたらいいか、わからなくて……」

そこで、すずかは俯いた。いい答えなんて、一つも見つからない。垂れる釣竿が動くように、唇に操られる
煙管も動く。そっと、自分の髪を撫で付けた。

「時を待て、さすれば元通りになれる」

「………でも」

「急ぐなすずか。待てば海路の日和在りや急げば回れという言葉が、この国にはあるではないか。
その、友人達だって蟠りをどうにかしたいと思っているだろう。各々が友であったのならばな。
問題はない。お主はまだ、老婆でもなかろう? 生き急ぐこともあるまい」

「………………」

沈黙を守るすずかの顔には不満ですと書いてあった。それは、子供独特だった。どうしようもない程の隠されぬ我侭だった。
只管に静かだった。それでも、頑としてなんとかしたいというすずかの意思があった。フィーはソレを見つめながら、
やれやれと煙管を吹かした。しばらくすると、そこで初めてベッドを降りた。ずるずると長い髪を引きずりながら。

「待ってろ」

それだけいい残すと、本棚の林の中に消えてしまう。

「(歩いた……)」

まるで珍動物を見たかのような印象だった。ずっとベッドの上に居るところしかみていなかったので、妙な鮮度があった。
暫く待つと、戻ってきた。再びベッドにあがる。……髪をうんせうんせとベッドの上に乗せるのに苦労しているのは、妙な
光景だった。

「さて」

話を切り出す。

「お友達との関係だったな。やっぱり待つのが吉だ」

……凡庸な提案に、すずかが首を縦に振るわけが無い。溜息が落とされる。

「人間は皆一人だ。それは大人も子供も同じだ。解るな、すずか」

一つ、頷いた。

「どうしようもない事もある。もしかすれば、その友人達との関係も砕かれたまま終わる事もある」

「いやだよ!!」

少し大きめの声に、フィーは言葉を止めた。すずかの眼は、怯えていた。
溜息を落とす。

「……そうならないようにする術を探すか。……なぁ、すずか」

「?」

「忘れてはならない。人は一生、一人だよ。その中で生きる。一人で生きれば、あまり良い希望はない。
人は一人だからこそ、他人に希望を見出し、時に縋り、時に受け入れ、時に助け合い生きる生き物だ。
欲望は悪じゃない。でも、過ぎた欲望は身を滅ぼす。気がつけば独善になる。それの善し悪しは人によっても
異なるけど、……吾は、多くの人を見てきた。力を手にして強くなった者達の末路を。……出来るのであれば
すずかにはこのままでいて欲しい」

「……フィー?」

であった時のように、よく意味が解らなかった。気づいた。いつの間にか、煙管がない。
顔は割り方、真面目に見えた。

「……人間は、万物の尺度である。あるものについてはあることの、あらぬものについてはあらぬことの。
時それぞれ状況に応じた価値観を持たざるを得ないのもまた、人だ。すずかも、いつかは子供ではいられなくなる。
プロタゴロスだ。いともやさしいこころこそ、自然から人類が授かったもの、自然が人類に涙を送ったのがその証拠になる。
ユェナリウスだ。ならば、本当にそうなのか? 人は進化している。輝きを得る事。絶望を得る事。……どちらがいいとは言えない。
勿論、希望を得たほうがいいに決まっているが、一変の曇りもない輝きだけで、人は満足するかどうか。

……人としての魅力は、少ないだろうがね。
その反面、誰が、我々の中に居るこのカメレオンに驚嘆しないのでしょうか?……ピコ・デッラ・ミランドラ。
人間というものは驚くほど空虚な、多様な、変動する存在なのだ。これについて一貫した一体となった判断を
立てることは難しい。"私は存在(エートル)を描かず、移り行き(バッサージュ)を描く。それも、年齢から年齢を移り行きを
描くのではなく。日ごとの時々刻々の移り行きを描く。"、モンテーニュ。一つの個に囚われすぎず、本質を見て欲しい。

人間が偉大なのは、自分が悲惨だと知っているという点において偉大なのである。木は自分が自分が悲惨だとしらない。
人間とはキマイラみたいなものではないか。なんという珍奇なもの、なんという怪物、なんという混沌。
なんという矛盾の塊、なんという脅威だろうか。省くぞ。……結局、自然の中で人間とはなにものだろうか。
無限に比べれば無、無に比べれば全体。無と全体との中間。両極端を理解する事からは、限りなく隔てられている為
物事の終りと始めとは、人間にとって底知れぬ神秘の中に隠されている。人間は自分が引き出されてきた無限をも
等しく見ることが出来ない。

……人間は一本の葦に過ぎない。自然の中で一番弱いのだ。だが、それは考える葦である。これを押しつぶすには、
全宇宙でなにも武装する必要はない。一吹きの上記、一滴の水でもこれをこれを殺すには十分である。しかし宇宙が人間を
押しつぶすとして、人間はなおも殺すものよりも、尊いだろう。人間は、自分が死ぬ事、宇宙が自分よりも勝っているからである。
宇宙はそんな事何も知らない。だから、私達の尊厳の全ては考える事のうちにあるまさにここから、私達は立ち上がらなければ
ならないのであって、空間や時間からではない。私達には、それらを満たす事が出来ないのであって、正しく考えるように
努めようではないか? いかに生きるかの根源が此処にある。……人間は、自分が死ぬ事を知っている。宇宙はそんな事何も知らない。
人間はいつも、絶望するか傲慢になるかという二つの危険に晒されている。この長いのでパスカルが終わる。

ジャン・ジャック・ルソー、アダム・スミス、カント、キルケゴール、ニーチェ、河上……もっとだが、すまない。無駄に長い話になった。
反省する。意味が解らなかっただろう」

呆然としていたすずかは、一先ず頷いた。どう返事をしていいものか解らなかったともいう。フィーははにかむ。

「人間ほど無様になれる生物はいない。今言ったものは、全部この星で生まれ、この星で死んでいった者達の言葉だ。
驚くよ。人間の本質なんか、数百年前に見抜かれてる。だというのに人間は未だに修正も出来ずに居る。人は、同じ過ちを繰り返す。
それでも人はかわっていくものだ。よき方向へとあろうとする。……200年、眠りと学習を繰り返してきた。
一度だけ、聞かせてくれ、すずか。御主は、吾が力を貸し近道をして早期の友人関係を取り戻す可能性に賭けるか。
それとも、吾が力を貸さずゆるりといく道を選ぶか。選べ。

前者の場合……痛い目に合うぞ」

「え?」

「御主が、魔法での戦闘を行わなければならない可能性が出てくる。下手をすれば死ぬ可能性すら出てくる」

「ちょ、ちょっと待って……」

先の話は適当に聞き流していたすずかだが、今度こそ訳がわからなかった。

「私は、仲直りがしたいだけだよ……?」

「だからこそだ、まずは高町なのはの悩みを開放させなければならない」

それがすずかには解らなかった。何故、高町なのはの悩みが魔法へと続くのか。意味すらも、解らなかった。
そこで、ふと気づく。すずかは、一度たりとも、もなのはの名前をフィーに言っていない事に。

「(で、でも日記になのはちゃんの名前書いてたし……)」

頭が混乱する中、見透かされ区切られる。

「知ってるさ。高町なのはアリサ・バニングス。御主等の日常も……吾は200年前にこの世界に来てから、情報を集め続けている。
その産物がこの本棚だ。人間を、世界を吾は見続けてきた。最近の日記の書き手の周囲ぐらい、把握する事など
どうと言う事は無い」

「……………」

それは、何から何までしられているということだ。
ひげぇ、すずかは恐ろしくなった。目の前の存在が。フィッヒという名の本の中の怪物が。逃げたい感覚が胸の中に
孕まされる。足は石のように動かない。手も同じく。この静寂の世界は、ある種のモンスターハウスに錯覚してしまう。
一体、自分は何と相対していたのか。

無音。
何一つ音がしない世界に、言葉は聞こえる。

「……臆するか。月村之すずか。
吾に、目的はない。ただ、この世界を眺めるだけのプログラム。
今は本を日記帳とする持ち主周辺を眺めていただけの事。何、然したる問題もあるまい」

喉を、両手で握られている気がした。
フィーはベッドの上だというのに。
これは
恐怖だ。

「……御主は、小説にも憧れていたな。ならば、差し出されるのは、毒りんごか。はたまた正義の剣か。
己の眼で見極めよ。決められぬならば、この場からいね。さすれば全てが元通りになるだけだ
結果的には後者になる。悪い事ではない。それに、逃げる事は悪い事ではない」

「(……………ッ)」

月村すずかは不甲斐ない自分を叱咤する。歯は食いしばられ、細い指は握り締められていた。
高町なのはに頼り、アリサ・バニングスに頼り、……そして今。フィーに頼ろうとしている。
自分は何処に居るのか。自分は何がしたいのか。なのはのように頑固になることも、アリサのように
自分の意見を前面に出す事も無い。取り戻したかった。楽しい時間とかつての友人関係を。

右手の拳は解かれ、掌はフィーに差し出された。

「フィー」

「うむ」

「力を、貸して」

その力強い言葉にうんうんと頷いて見せた。

「……いいだろう。だが、未だにデッドラインは超えていないから安心せい
まだまだ後戻りはできる……という事だな。吾としても戻って欲しい。だが、行くんだな?」

口の中の唾液を噛み締めたまま、すずかは頷いた。

「いいだろう。では、始めようか。
まずは高町なのはが、何故悩んでいるのかを教えてやろう」



[24740] ALIVE 魔法少女クワイエット、すずか篇 第三話
Name: 墨心◆d8e2e823 ID:ff49da9c
Date: 2010/12/12 23:20
「高町なのははな、ガンダムになろうとしておる」


白い悪魔……



ALIVE.魔法少女クワイエット、すずか篇 第三話 「以前の名前はポケットモンスター・エガシラでした」




ガンダム、と聞いてすずかはよく解らなかったが、知っている事は知っていた。有名なロボットアニメだ。
同じクラスメート達も、話している人たちがいたはずだった。ただし、内容は知らない。首をかしげた。

「なのはちゃんがガンダム?」

「うむ。……いやすまない。例えが漠然としすぎたか
言い直そう。あの小娘は、たった一人でアメリカ合衆国に喧嘩を売れる程の力を持ち始めている
と言えば解りやすいか」

意味不明であるが、すずかも馬鹿ではない。

「なのはちゃんが凄い力を持ち始めてるって事ですか……?」

「正確にいえばそうだ。それも、途方も無い……力だ。まぁ、吾の生前に比べれば雛だっ」

「フィーの生前はどうでもいいよ、なのはちゃんの事を教えて」

「お、御主も酷いのう…………すまん。話を戻す。
高町なのはは、魔法の力を手にした。そして戦闘能力を有している。戦闘魔導師として今現在メキメキと
成長しておる。たとえば、空を自由に飛べる。すずか、いくらアメリカの凄い飛行機でもまっすぐに飛んでたとして
二秒後にバックする事はできないだろう?」

「無理だね」

「だが、高町はそれができる。いや、正確には魔導師連中皆そうなのだが……
それに、ビーム……とでも言えばいいのか。そういう非科学的なものをばかすか撃てる。
特に高町の場合はおっきいビームを撃てる。解りやすく言うとシューティングゲームの飛行機が発射するビームだ
解るか?」

「あ……う、うん」

それはなんとなく解るすずかだった。一度だけアリサの家でシューティングゲームをやっているのを見ていたことがある。
しかし、とてもじゃないが信じられることではなかった。

「なのはちゃんがどうして……」

頭では、まだ受け入れられずにいた。
フィーはキセルを咥えタバコを吹かす。

「外の人間と接触して得たらしいな。それからすずか、一つ言い忘れた。今、海鳴は少々厄介な状況になっとる」

「え?」

「吾も全てを把握している訳ではないから、憶測も交える。全てを信用するなよ。
まず始めに、海鳴周辺にジュエルシードと呼ばれる超危険物・ロストロギアがちらばっとるようだ」

「……?」

「あれだ、あれ。この国にもクリスタルスカルとか怪しい力を持つと言われるオーパーツがあるであろう。
それの魔法の世界版だ。下手をすると惑星の一つや二つ軽く吹き飛ばすものもある」

「ええ……??」

「ジュエルシードもその類の仲間だ。幸いそれほど大きな力はでないが、やはり危険は危険だ」

「じゃ、じゃあ回収しないと……」

「落ち着け、魔法の世界も馬鹿ではない。ちゃんと警察みたいな組織がある。時空管理局だ。
そこの連中が地球に来て、回収作業に当たっている。ちなみに高町もそこに助力しておるようだ」

そこで、すずかの中で一つの答えが導き出される。

「………なのはちゃん、もしかしてそれを回収するために頑張って……」

「惜しいな。回収するだけならそれほど苦労はしない。敵がいるということだ」

「敵?」

「そう。それも面倒くさそうな奴だ。案ずるよりもなんとやらだ。見ろ」

「………………?」

フィーが何かを操作すると、空間に画面が現れ、金髪の見たことも無い少女が映し出される。
そして、それと交戦するなのはの姿もあった。

「(なのはちゃん……)」

今しがたの話と一致する姿だった。信じないわけではなかったが、自分の目で見るとなんとも言えない気分になった。
独特の服装で空を舞い、相手の少女と交戦し続けている。眺め続けるすずかを尻目に、フィーは呟いた。

「何故高町があそこまで悩んでいるかは知らんが、恐らく相手が原因だろう。
時空管理局は現地の人間には戦いを強いるような組織ではないはずだ。一応はな。
むしろ遠ざける、いー組織だと思う。推測だがな」

それも聞こえているのか解らないが、すずかは食い入るように画面を見つめていた。

「………………」

フィーは映像よりもむしろ、すずかを見ていた。何を案じるのかは、誰かが解るところではない。
そして眼を閉ざす。映像が止まるまで暫くの時間を要し、すずかは余韻ではなく、衝撃を受けたかに見えた。
何も言わず、また動く事も無い。暫くの静寂の後、フィーの双眸は開かれる。

「満足頂けたか」

「……………」

一度目での返事は無かった。

「すずか」

「……………………………………………………なのはちゃんが……」

「………………うん?」

両手は胸に添えられる。震えていた。

「なのはちゃんが……どうして?」

「吾はそれに対する回答を持ち合わせていない。
理由があったから、だろう。誰かに脅されてはないはずだ。
彼女は自発的に戦いの場にいるということになる」

「嘘!」

少し大きめの声が、悲鳴のように響き渡る。それでも、フィーの感情は動かない。

「ならば、すずか。お前は高町の何が解るといのだ」

「…………」

「親友、大いに結構。健全でありこれからも仲良くあってほしいよ。
それは吾も嘘偽りなくそう思い願ってやまない。だが、お前と高町は所詮他人だ。
相手が何を考えているか。どんな本質を抱えているかなど、誰にも解らない事だ。
これは人間の心理だ。先に述べた無駄に長い長い吾の独り言がそれに関連する。
人間は単独の生命体だ。高町の全てを解った気になるならやめてくれ、反吐が出る」

「……ッ! 貴方に……ッ!」

「何が解るって? 解らんよ、だが、たかだか10年程度しか生きていない子供に
論破される程柔な思考は持ち合わせておらんがね」

強硬な物言いに、すずかは悔しそうに手を握り締めていた。
何かを殴れば、壊してしまいそうなほどに。それを見つめながら、フィーは促した。

「落ち着け。深呼吸を繰り返すんだ。座っても構わない。事実を受け入れろ。高町なのはは闘っている。
今、御主は全てを知ろうとしている。それだけだ。余計な事は考えるな」

「……………」

言われたとおり椅子に腰掛け深呼吸を繰り返す。暫くすると平静が覗いたのか、表情は落ち着いたように見えた。

「それでいい。吾に怒りを向けたければ好きにしろ。憎しみも力の一つだ。
扱いを覚えればいい道具だ」

「……私も」

「ん?」

すずかは低い声で呟いた。

「私も……魔法を使って闘える?」

何かの決意を孕むのか。女としての意思を宿しているように見えた。
だが

「現時点では不可能だ。御主にはリンカーコアがない」

「…………」

「落胆するな。この星の人間はほとんどリンカーコアがない。御主ができそこないというわけじゃない」

「じゃあなのはちゃんは?」

「高町は偶然だ。宝くじレベルで偶然リンカーコアを有して生まれた人間だ。
そして実に、宝くじレベルだ」

「どういう事?」

「魔法使いとして凄い能力を持っているということだ」

「………」

「高町が魔法を手にしたのが、大よそ数週間前と推測し、多少なり訓練したにせよ
動画で見たレベルまで到達している。ある意味、神童って言ってもいいぐらいの力だ」

「フィー」

「ん?」

「最初に痛い目を見るって言ったよね。なんとかして闘える方法……あるんじゃないの?」

「拍手ものだ、勘がいいな」

ぱちぱちと自分の口で言いながら両手を合わせるフィーの姿は滑稽だったが、すずかは何処か
前のめりになっている気がした。

「……私も……」

「死ぬかもしれないな」

「……………でも、なのはちゃんだって!」

「……現実はそんなに甘くは無い。すずか、小説の中の戦いとは違うんだ。
高町だって死ぬ可能性は十二分に孕んでいる」

ならば、何も出来ない自分が、すずかは悔しくてたまらなかった。

「……それじゃあ、何もしないで指を咥えてろっていうの!?」

「たきつけておいてすまないが何度も言う。落ち着け。足が吹き飛び腸が飛び出しても文句を言わない覚悟はあるか?
相手を殺す覚悟はあるか? すずか、無いだろう」

「…………」

「……今挙げたものなんて、きっと高町も持ってないだろうよ。
だが、吾だって怖い。御主が死ぬ事が」

意外な一言に、すずかは眼を丸くした。

「私が?」

「当然だろう。情はある。むざむざ死んで欲しく無いに決まってる」

やはり意外な一言に、すずかの中に溜まっていたフラストレーションは、やや霧散する。
やれやれと、フィーは吐息を落とす。

「仕方が無い……か。すずかにとってこれは魔法の物語であったな。
そうだな。うむ。そうであった」

「……何を納得してるの」

「うむ。自分の役割を再認識したまでの事よ。
さて。……では結論を言おう。御主は魔法を使えるようになる」

その言葉は一筋の光明だった。自分もなのはと同じように戦える、と思うとたまらなく嬉しくなるすずかだった。

「本当!?」

「吾は嘘はつかぬ。まったく、信用せい。それから、安心せい。実際に戦う時は
ウルトラ強い吾が完全サポートしてやる。どうだ、安心したか」

「……………」

全然、という顔で沈黙するすずかだった。

「う……うぬぅ、まぁ良い。それでは、これから懸念される問題点をあげていこうか。
これが少々厄介でな……あの金髪少女と戦うだけならば、それほどの心配はしておらんのだよ……」

「どうして?」

「魔法には便利な非殺傷設定という機能が最近はあるらしい。吾も解析していて驚愕したわ。
そんなビックリセーフティ機能が今はあるのだよ……感動したよ。落胆もしたがね」

「…………………………」

「でだ。大雑把に今の表舞台を説明すると高町with時空管理局vs金髪少女という構図になっている
それは然程問題がない。が……もう一つ、スペシャルな懸念事項がある」

「?」

先ほどなのはと金髪少女が闘っていた映像を出していた光学ウィンドウに、再び映像が入る。
少し乱れているものの、見る分には問題なさそうだった。映っているものは、密林だった。
囀る鳥や動物の声が遠巻きに聞こえてくるだけだ。何か、カメレオンのように擬態しているものでも
あるのかと思い、じっと見るすずかだがとくに変化はない。顔をあげて、フィーを見る。

「すまない、1分30秒のあたりから出てくる」

「……」

少し、間がありそうだった。しばし待つ。そして、待望の1分30秒まで再生された時。密林の中からそれは現れた。

「………?」

「犯罪者コードKK09786576898-R2、正体不明、所属不明、目的不明。背後の組織も解らないままらしい。
ただし、その奇怪な姿から管理局の関係者筋ではこう呼ばれているらしい。"蛇"と」

「へび……」

すずかが動画を見つめる中、姿を現したのは一人の人物だった。華奢な体で、両腕が肩から存在しない。
そして一番奇怪なのは顔だった。まさしく面妖と言えた。卵のように丸く白い、被り物なのだろうか。
それがすっぽりと頭を包んでいて眼、耳、口、鼻といったものが何も見えない。どこが頬でどこが顎か。
どこから額なのかも解らないのだった。

「……変わってるね」

「見てろ、本番はここからだ」

フィーの言う本番が何なのか解らなかったが。ゆっくりと徘徊する蛇に対し、獣が接近していた。
大虎である。そこから、食事が始まる。

"カニバル!"

動画越しに声が聞こえた。

「(喋った……)」

「あのへんな頭はデバイスといって魔法使い、謂わば魔導師が戦いの補助に使うための道具だ。
高町のように杖だったり。あの金髪の鎌であったり、形状は様々だ。剣であったり、槌であったり、銃や
槍、ナックルであることもあるんだが……この蛇のデバイスは、少々特殊だ」

「……………あ」

先のカニバル、という言葉から少し。蛇という人物は姿勢を低くとると頭をゆっくりと揺らしながら
口元を変形する。同時に、大型の口と獰猛な牙が姿を見せ、獣に突進しすれ違う。一瞬の交錯で
獣は死んだ。

「あ」

そこでフィーの手により動画は止められる。

「この後、蛇はお食事。見てて面白くも無いからここで止める。……話に戻ろうか。今、第97管理外世界は
金髪少女と管理局のジュエルシード争奪戦真っ只中だ。だが、そこにこいつが来る可能性が絡んできた」

「……この人が……?」

動画を指差す。

「そうだ。吾は偶然にも蛇の所在を一月前に掴んだ。そして観察している。奴はその後、疎らな時空間移動を
繰り返しながら少しずつ、この第97管理外世界・地球に近づいてきている」

びっくりである。

「……ど、どうして……?」

「解らぬ。奴がどういう思考を以って行動しているのか等、吾には到底理解できぬ。
しかし奴は犯罪者だ。唐突に現れては無害な人を食い散らかし、建物を破壊する化け物だ
紛れも無い"悪"だぞすずか」

「酷い……」

「吾の一番の懸念は、御主が表舞台に上がった場合、奴と接触する可能性があるという事だ」

「………私が?」

「そうだ。高町及び金髪少女は非殺傷設定を使用して戦っている。言い方は悪いが優しい戦いをしている。
だがこの蛇はなりふり構わぬ殺しを用いてい来る。御主の首が食いちぎられ、死ぬ事だって大いにありうる。
だから吾は厳しくいうのだ。確かに戦いはセンスもあるが、経験値もものをいう。高町も努力してるからこそ、
金髪と渡り合っている。今戦闘経験のないすずかがぽいと戦場に出されて闘った場合、どうなるか解るはずもなし。
だから怖いのだ。できれば、吾はすずかに闘って欲しくない」

思ったよりも、フィーはすずかの身を案じてくれているらしい。それでも、すずかは思った。

「……でも、フィーはサポートしてくれるんだよね?」

それを言われると、頭をがりがりと掻くしかなかった。

「……ああ、そうだ。新兵をぽいと戦場に送り出して死なれても居心地が悪い。何より、吾が納得できん。
死なせないように、極力努める」

「大丈夫だよ」

「何を楽観的な……!」

「フィーもいてくれるし、この蛇だって絶対来るっていうわけじゃないんでしょう? なら、なのはちゃんとも
協力できるだろうし、大丈夫だよ」

「……………………」

あまりにも楽観的なすずかの考えに、フィーは、考えるのが馬鹿らしくなった。確かに蛇の移動先はあやふやでここにまで
来るかは解らない。ネガティヴすぎるという考えも確かにある。……常に最悪を考えすぎるというのも、考え物だった。
やれやれと溜息をついた。

「……すずか」

「ん?」

「吾がどういおうと、最終決定権は御主に在る。ただし、これだけは忘れないで欲しい。
戦いは、怖いということを。恐ろしいという事を。自分がそこで何を見出してしまうのかを。
……どうあっても、吾は、御主に闘って欲しくはない。忘れないでくれ。言いたい事はそれだけだ」

「……?」

その時のフィーは、今までのフィーとは少し違う気がした。

「もう一度だけ聞かせてくれ、御主は、何が来ても闘うか? 高町とバニングスとの仲を修正する為に。
失敗の対価が、己の死だとしても」

怖いか? いや、今のすずかに恐怖はなかった。唇を噛み締めたまま、一つ頷く。
それを確認したフィーもまた、しっかりと確認し一つ頷いた。








「まずはバリアジャケットだが……すずかの好きなものにするといい」

「?」

「……すまない。そうだったな、一から説明する。BJというのは装甲だ。
格好は自由だ。魔導師の自由だ。高町みたいにスカートにして空戦で下着を見られてもいいならスカートにするといい」

「………………」

無言で睨まれた。

「……ど、どうしてもスカートがいいならスパッツでも加えればいいだろう。
BJは主に魔力が壁になるから、概観はどうとでもなる。ただし、厚着になれば防御力は上がる反面速度は下がり、
薄着になれば速度は上がる代わりに防御力が下がる。解りやすいだろう。脱げば脱ぐほどなんとやら、だ。
では、格好をイメージしてくれ」

「え、えぇ?」

「細かいところはどうとでもなる。修正も聞く。まずは大雑把なものから、ほれ」

「え、えっと……」

せかされてイメージすると、すずかの格好は1秒とかからずに変わるが……フィーは、引きつった顔で目を逸らした。

「の、ノーコメントじゃ……」

「酷いよ!」

すずかは半泣きだった。格好は、体操着である。ただしブルマ。
実に卑猥である。

「何にしたらいいか解らなかったから、動きやすい格好って思ったのに……」

ぐすん、と泣き顔のすずかに取り繕う。

「悪かった吾が悪かった……。ならば、ジャージを上に纏うのはどうだ」

「う、うん……」

追加が加えられ、体操着の上にジャージが装着されるが、フィーは顔を顰めた。

「……一変、今度はシンプルを通り越して地味じゃな」

「………」

フィーが言ったのに、とばかりの不満顔のすずかだった。まあいいとフィー続ける。
胸部や肘に部分装甲が加えられていく。思ったよりも、悪くは無かった。

「……後は外套でもつければ悪くはないだろう。色はどうする」

「えっと……明るいのを」

「黒だな」

「……」

「冗談だ、空色にしよう。それから、デバイスだが……」

フィーはガリガリと頭を掻いた。

「……説明を忘れていた。すまないが、すずか。渡せるデバイスは一つしかない。許してくれ」

「デバイスって……あの、」

「そうだ。武器だったりするアレだ。吾が使っていたもののお下がりになる。
使い慣れたものは、吾の肉体が消滅した時に破壊されている。すまないが予備に使っていたものだ」

そう言いながら指をくるくる動かすと、すずかの眼前に無骨な……チェーンソーが現れた。

「…………」

何処から見てもチェーンソーだった。テクマヤコンテクンテクマヤコンヤンバラヤンヤンヤン所の話ではない。
なのはは格好よかったいうのに。格好は地味で、しかも武器がジェイソンだった。最悪だ。訝しげな顔で、すずかは指差す。

「……これ?」

「そう。名前は無い。好きに呼んでやるといい」

「……わ、私こんなの持てないよ……」

「魔導師の戦闘はそれほど筋力は要しない。まったく必要ないというわけではないがな。
高町と御主、多少の差あれど少女には変わりあるまい。今、魔力を流す。持ってみろ」

「……………」

いやいや、もとい恐る恐る手を伸ばして掴み、持ち上げてみると

「……あれ?」

然程の重量は感じられなかった。むしろ、両手ならば振り回せそうだった。

「それがデバイス。……使い方はまた後程……と、こんな所だ。詳しい事はまた明日にしよう
疲れた……」

「……うん」

すずかの格好と、手にしていたデバイスも消えてしまう。ただし、すずかの手には無骨な釘が残されていた。

「……何?これ」

「それがデバイスの待機状態。今はお守り代わりにでも持ってるといい。それじゃ」

「あ、うん。お休み……」

フィーはベッドの上にごろりと横になると、そのまま寝てしまう。それを見ながら、すずかも席をたとうとしたが

「……その椅子が電気椅子だったなら、次もすずかは座れるか」

「…………」

呟きが落ちる。立ち上がろうとした半端な姿勢のまま固まってしまう。
質問の意味が解らなかった。横になったままのフィーは怒りもせず、眼を閉ざしてしまう。

「引き止めてすまなかった。良い眠りを」

本当に、どういう意味だったのか。すずかには解りかねた。だが、問い詰める気にもならず、その日はそのまま
部屋を後にした。フィーは、静かになった部屋で一人。横になったまま天井を見上げた。200年眺め続けた。

「鎹……か」

そのまま眠った。部屋を出たすずかは、そのまま真っ当な夢を見た。日記に、なにやらいたずらがきをする
幼い自分。話したのはつい最近なのに、思い返せば日記帳とはそこそこの付き合いだ。あの日なにがあった、
今日はこんなだった。用事で家を離れたり、よほどの事が無い限り、必ず記し大切にしていた日記帳。
フィーというおまけに驚きこそしたが、それこそどうでも良かった。

大切なものを守るため、すずかは手を握り締める。だが、硬く、冷たいものが手の中で痛みを呼び寄せる。
開いてみると、一本の釘が入っていた。

「………………」

これからも起こりうる非日常。そして、自分がなのはのように闘うと言ってしまった事。後悔が無いわけではないが、
それを口にするすずかでもなかった。釘を手にしたまま、いつしか夢から立ち去っていた。何もかもが上手くいけば
誰も不幸になんかならない。思い通りにいくことが自由ならば、運命とは、人生とは何を意味するのか。戦いが目の前にあるのならば、
掴み取ってやるとばかりに、すずかは釘を手の中に収め握り締めた。小さな痛みを飲み込んで、彼女は何かと対峙する。
それが何なのか。
その答えは、戦いの果てに見つかることだろう。












「……………………」

朝。既に家ではない。
すずかは学校の教室の席についていた。まだ、クラスメートは誰も来ていない早い時間帯。いつもの送迎バスには乗らず、
自分の足で来てしまった。シンと静まり返った教室の中は、すずかの心を揺さぶった。昨日の夜の、フィーとの会話が
頭を離れなかった。瞼を閉じようとすると、がらりと教室の戸が開く音がした。ハッとして思わず振り返ると、そこには
なのはの姿があった。互いに、こんな早い時間に誰かがいるとは思っていなかったのか。直ぐに言葉は出なかった。

特にすずか。彼女は、疑うという事を知ってしまった。二人の間に妙な空気が流れる前に、なのはが切り出す。

「おはよう、すずかちゃん。早いね」

「う、うん。なのはちゃんも……早いね」

なのははそうでもなかったが、すずかの声は何処かぎこちない。それに、なのはは少し違和感を覚えた。

「どうしたの?………………………………………………………………アリサちゃんと喧嘩でもしちゃった……?」

「違うよ。……なのはちゃんがこんなに早く来るとは思わなかったから、驚いただけだよ」

「そっか」

えへへ、となのはは儚く笑う。まだ、どこか笑顔がぎこちなくて、影を落とした。それが心の決壊を導きそうで、すずかは
席から立ち上がると、足早になのはが立つ扉とは反対側から、教室を後にしようとした。

「すずかちゃん?」

「ごめん、ちょっとトイレ――」

なのはの声には振り返らない。戸を開き、さっさと教室を後にして逃げるように廊下を早足に歩く。
自分がよく解らなかった。股間に一物のつかぬ者の醜き在り方だった。トイレ、とは言ったものの
別に尿意も便意もなかった。足は自然と、ある場所へと向かっていた。階段を上り、屋上への扉を開け放つと相変わらずの
空が広がっていた。雲ひとつない快晴。心模様とは打って変わって素敵ないい天気。風がすずかを撫でていた。

気持ちを広げ、鼻から大きく空気を吸い込む。肺いっぱいに空気を満たした後、吐き出す。気持ちよかった。
髪は風に梳かれていく。遠くの景色を見つめながら、一人。すずかは眼を閉じて昨夜のフィーとの会話の続きを思い出した。
なのはは隠してる。アリサにも、そして自分自身にも。それは、騙していることになるのではない……かと、ついぞ疑ってしまう。
いけないことと解りながらも、すずかはあの金髪の少女に嫉妬した。なのはの感情を独り占めにしているお陰で、
蔑ろにされている事実は何なのだ?握りこぶしは硬く全てを拒絶し震える。

「……………馬鹿、だよね……違うよね……」

すずかは堪えた。なのはがそんな酷い子ではないと、わかっているつもりだった。……その解っているが、何なのか。
解らなくなりそうになる時もある。フィーに誑かされたように。それでも、堪えた。人を疑ったところで何かが出てくる訳じゃない。
他人が自分を理解してくれないように、自分も他人を理解してくれるわけがない。前に進まなければ、何も意味はない。
引きこもっても、あるのは自滅だけだ。

顔をあげる。
空は、いつも青い。
ほら、鳥が飛んでいる。

「…………」

鳥が人間に対して、どんな気持ちを抱いているかなんて、考える事は無い。子供は、鳥が空を飛べることを羨むだけ。
ただそれだけ。空はどこまでも青く、一点の太陽を掲げている。時に曇り、時に雨を寄越す。それでも眼を細めさせてくれる
太陽は、いつもそこにある。口を閉ざし、鼻から沢山の酸素を吸い込む。鼻が冷たい感覚になりながらも、胸いっぱいの酸素を
盛大に吐き出す。気持ちは切り替わった。

「よしっ」

踵を返し、屋上を後にする。教室に戻ると、すずかは気がついた。

「(あれ……?)」

なのはが、いなかった。席に座りながら時計を見る。未だ5分前。まだ少し余裕がある。少し気になった。鞄も無い。
大丈夫かと思いながらも何処か心配だった。アリサはいつもどおり席についている。微妙なそわそわ感があった。
一分、一秒と過ぎていき、ついになのはの姿は見えないままチャイムは鳴ってしまう。クラスメイト達が皆席についてしまう。
一つだけ、席がぽっかりと空いたままだ。気になったままの状態で教室が入ってくると、早々に刺激をくれた。

「おはようー、今日は高町さんはお休みです」

「(え……?)」

朝いたのに、という違和感を覚えながらもそれを教師にいう気にはならなかった。何か魔法と関係があるのか、と思いながらも
答えは無い。出席が取られ始め、連絡事項の通達の後。授業が始まる。特別、何かがある一日でも無かった。授業、昼食、授業
帰宅。習い事の類も無く、アリサと送迎バスでの帰宅する。

「(なのはちゃん……どうしたんだろう)」

そんな疑問が脳裏をさまよい続けた。答えを知りたければ、きっと動けば解る。家に戻り、自室に戻ると違和感に気づいた。

「あれ……?」

普段はベッドの上にいるはずの猫の一匹が、いなかった。どんな時間に帰宅しても、ベッドの上以外に居るところは見たことが
無かったのに。どこにいるのかと部屋の中を探すと、確かにいた。ベッドの隅に。鞄を置き、そっと近寄る。

「どうしたの? こんなところで……」

蹲っている猫の体に触れた時、すずかの手は止まった。

「(あれ……?)」

体が、全然温かくなかった。もしかして、という想いに狩られるが弱っているもののまだ生きていた。
焦る気持ちが膨らむ。直ぐに抱きかかえると、ファリンの元に急いだ。獣医が呼ばれ、直ぐに診てもらう事に。
ばたばたした時間が過ぎていく。両親も、姉もいない夕刻の事だった。診察の結果は今夜が山。との事。どうやら
病気にかかっていたらしい。すずかは、一人食事も摂らず弱った猫を抱いて部屋に戻った。暖かい毛布に包んであげながら、抱いた。
先のばたばたした時間が嘘みたいだった。ゆっくりと撫でながら、赤子に諭すように話しかける。

「……気づいてあげられなくて、ごめんね、辛かったよね……」

猫は弱弱しく、喉を鳴らす。医者による処置が済んだ以上、もうしてやれることはない。
ベッドの上で、いつまでもそうしていた。ファリンが食事を持ってきてくれて、少しだけ口にした。
猫はいっぱいいるのに。今日だけは、一匹だけに向けられていた。

「……ごめんね」

眠くなろうとも、そのままを努めたが眠気には勝てなかった。いつしか、眠りの中に落ちて夢の中に入ってしまう。
一人、いつもどおり廊下に立つ自分を見て、今日だけは戻ろうとしたが足を止めた。

”猫が心配なら、来い”

「フィー……?」

戸惑いながらも、猫の為にと足を向けた。部屋にたどり着き本棚の林を抜けると、ベッドの上では猫を抱くフィーの姿があった。
ややぽかんとするのだった。

「どうして……?」

「……御主、眠らない気だっただろう。明日学校を休むならいいが、子供が徹夜明けはつらいぞ」

「う……」

図星だった。

「それより、抱いてやれ。御主の猫だ」

「……………うん」

いつもの椅子ではなく、フィーが中央に鎮座するベッドの端に腰掛ける。
そっと、毛布に包まれた猫を抱き取る。

「……どうしてこの子も?」

「そうでもしなければ、御主も寝ないだろう。だから、連れてきた。」

「そっか……」

一抹の儚さが柔らかな羽毛のように舞い降りる。言葉は、ほんの僅かな、砂利だった。
夢の中でも猫を抱きながら、すずかは、思った。

「……良かった」

「………何がだ」

「この子が……消えちゃう前に見つけられて……」

「…………」

「…………私ね、もっとちっちゃい頃から、いっぱいの猫に囲まれてたの」

「……ああ」

「それでね。やっぱり死んじゃう猫がいたんだよね。生き物だもん。
でも、お父さんやお母さん。姉さん。それにメイドや執事の人たちはそれを優しく隠してくれてた。
最初は悲しみもわからなかったけど、少しずつ大きくなって、ああ、あの猫達は死んじゃったんだろうな……
って思う事が、よくあったよ……。……私、私ね。私の目の前で、猫が死んじゃうかもしれないの
……初めてなんだ……。
大好きだった子がいなくなると、泣き喚いた事もあったけど
でも、今目の前で死を目前にしている子を抱くっていうのは、
怖いね、
悲しいね、
こんな気持ちになるなんて、思わなかった……知らされるだけとは全然違うよ……」

そっと指先が猫を撫でてあげた。

「……私にしてあげられることって、もっとないのかな……」

「……冷たい物言いを許してくれ。今すずかがしてやっていることが全てだ」

「……そっか。そうだよね。ありがとう……」

すずかは猫を。フィーはすずかを見つめ続けた。

「……なぁ、すずか」

「何?」

「……残酷続きで申し訳ないが……あ、いや、すまない。
…………聞かなかったことにしてくれ」

あまりにも中途半端だった。思わず、ふっと笑ってしまう。

「どうしたの? 良いよ、言ってくれて」

「……いやいや、戦いが終わったら話す事にしたよ。……その時から、きっとすずかは魔法使いへの選択肢も広がる。
未来は、きっと明るくなる」

「本当?」

「ああ、本当だ……だから、悲しくて泣く事があっても頑張れ」

フィーも、そっと微笑んだ。

「うん……そうだね」

そこで、すずかは気づいた。

「あ……」

腕の中に抱く猫は、もう、眠っていた。
死んだと思うよりも早く、胸の中で何かが溢れ涙が毀れた。
思い出と、無念と、死者への想いと、様々なものがこみあげてきて、

「…………」

涙は溢れ続けた。歯は食いしばられ堪えるように猫を強く抱いた。

「死ん………じゃった…………!
……死んじゃったよぉ……!!」

「……」

フィーは、何も言わず、なにもせず、ただ死者に涙を流すすずかを見ていた。
むせび泣く者を前に、何を思うのか。

「私……わたし……ッ」

「…………」

何かを言おうとするすずかだが、泣きじゃくり言葉になっていない。
暫くの間すずかは泣き続け、猫を抱き続けたが、フィーがそれを止める。あまりにも、彼には
少女は眩しかった。目を逸らしながらだった。

「もう、御主は眠れ。後は、吾に任せろ……」

眼を真赤にして鼻をすするすずかから返事は無かったが、フィーの指先がすずかの額に寄せられると
彼女はベッドの上に倒れた。それを見届けると、すずかの腕から猫を抱き取り、ベッドから降りる。
ずるずる長い髪を床に引きずる。未だ体の熱を失わない猫の亡骸を抱いたまま、寂しそうに呟いた。

「……本当に。老害は人間だけだな、猫君」

そのまま、ずるずる髪を引きずりながら、部屋を後にした。静かに、扉は閉ざされる。





翌朝、目覚めたすずかは、傍に猫の姿が無いことに気がついた。慌てる前に、開かれた日記帳が枕元にあることに気づいて、
手に取る。隅っこに、小さなメッセージが刻まれていた。

"猫の亡骸は庭に埋めた。学校を行くにせよ休むにせよ、顔を見せにいってやってくれ"

既に、過去形になっていた。ベッドの上で一人、呆けてしまう。あの猫は、もういない。悲しみは随分と薄れていた。
夢の中ではあれほど泣いたというのに。その感覚がすずかをぼかしていた。涙は、出なかった。それの善し悪しは、
考えられなかった。

「………………」

窓から朝の暖かな日差しが差し込んでいる。ほんの少しの冷たい空気と、朝独特の時間の無さが身にしみるものの
学校には、行く気にならなかった。憂鬱な肉体は重く感じた。一つ吐息を落とす。

「(……今日は学校、休もう)」

アリサには申し訳なかったが、気が進まなかった。体を横にして枕に顔を埋めた。一日だけ、休みが欲しかった。
瞼を閉じる。心配して起こしに来てくれたファリンには体調不良と嘘でもない理由を述べておいた。普段真面目に過ごすというのは
こういう時に、便利だ。再び、眠りの中に戻っていった。当然、赴く場所は一つ。夢に入ると直ぐにフィーの部屋へと向かった。
本棚の林を抜け、相変わらず横になる姿は健在だった。だるそうに体を起す。その動きには髪が続く。

「……一応、目印は立てておいた。庭に行けば直ぐにわかる」

少し、意外だった。

「……違うよ。そういうことじゃない……」

「……?」

訝しげな顔をする。すずかはベッドに近寄ると、ダブルベッドの隅に体を横にする。

「……眠りたいの」

ならば此処にこなければいい、という野暮は言われなかった。好きにしろ、とも。ただ沈黙が舞い降りた。
夢の中で、再びすずかは眠りについた。死は、まだ形成しきれていないすずかの心に大きな衝撃を与え、
未だに治まる事をしらない。それを、フィーは懸念した。優しすぎるのも、時には毒だ。眠れ、今は眠れとばかりに
静かに、眠りを妨げぬ掠れた口笛が舞い降りる。淡い子守唄は、いつまでも聞こえていた。だが、明けぬ夜が無く
朝日が姿を見せないことはないように、時間は止まる事は無い。

……序盤は私の勝ちのようですね、マルペス……

……そんな声を聞いたような気がして、すずかは眼を覚ました。(フィーの部屋にて)

「……?」

目元をこすりながら、聞こえたような気がした声に違和感を持つ。体を起して周囲を見てもフィー以外はいない。
しかし、そのフィーも複数のウィンドウを起動させたまま、何やら忙しそうに操作していた。しかし、すずかが
目覚めた事に気づくと、それら全てを一斉消去してしまう。あまりにも、あからさまだった。寝ぼけた頭でたずねる。

「……どうしたの?」

「なんでもない。御主は気にしなくていい」

ぷりぷりむっつり、頬を小さく膨らませながら、ふんっと目を逸らす。

「(……何なんだろう)」

よく解らないすずかだったが、眠気を吹き飛ばすビープ音が突如として部屋に響き渡り眼を丸くした。
フィーは慌ててウィンドウを出すと何かを操作してビープ音を止めてしまう。部屋に、静寂が戻った。

「……どうしたの?」

「……御主は知らなくていい」

何処からどう見ても、何かを隠しているようにしか見えない。
少し、すずかはむっとした。

「教えてよ、知らなくてもいいことなら、知っても問題はないよね」

「ええい、今日に限って食いついてくるな。駄目だ、絶対にだめだ!」

意地頑なフィーに、すずかも頬を膨らませる。しかし、どうやって聞き出そうかと思った矢先。
今度はレッドアラームの警報が響き渡った。

「な、何……?」

「チッ……!」

戸惑うすずかに対して、フィーは舌打ちをした。

"蛇、第96管理外世界、シンニュウ"

「……え……?」

「御主は何も考えなくていい」

警報は解除される。静かになった部屋だが、すずかは考えがまとまらなかった。

「蛇……って……それに96……世界……」

「だから、御主は何も考えなくていい」

「フィー、どうして?」

「御主、蛇がでてきたとなると自分が止めに行きたいとかいうではないか?
駄目だ。いくらなんでも危険すぎる。訓練だって、ろくすっぽできていないんだ」

「……そういう事……?」

「そういう事だ。吾は御主を死なせることは絶対にさせん」

「蛇が、地球に来て暴れても?」

「そうだ。じっとしていろ。そうすれば災厄は過ぎ去る」

「……ッ!」

抗おうとするすずかだが、先手を取られる。

「ここまで来たからには、教えてやる。問題は蛇だけではない。現在、高町と金髪が、海鳴上空で戦闘中だ。
お前に何ができるすずか。むざむざ死に生きたいか」

「で、でもフィーは助けてくれるって」

「それは万全の場合だ、まだ生まれてもいない雛を外に出す馬鹿が何処にいる
吾は絶対に御主を送り出さないっ」

……確固たる意思を見せ付けられる。すずかの心臓は、少し早めに動いていたが、唇を噛み締めた。

「……前に、言ってたよね」

「……何をだ」

「……決定権は、いつも私にあるって」

「…………………」

何も言わない事は、肯定にしか捉えられない。フィーは、黙る以外できなかったかもしれない。

「お願い、手伝って。なのはちゃんも助けたい、蛇も止めたい!」

「まだ蛇が来ると決まったわけではない、状況をネガティヴに運ぶな!」

「来てからどうこうしても遅い! 最悪の状況を考えるんじゃなかったの!?」

「御主が言うな阿呆!」

無駄ないがみ合いだった。暫くにらみ合いが続き、フィーは溜息を落とす。

「……本当に行く気なのか。いきなり知らないスポーツをやれというのと同意なんだぞ、戦闘は。
その上死が加わる。御主は、死が怖くないのか? 仮に御主が死ねば家族も、そして多くの人が悲しむ。
御主が猫に与えられた悲しみの何倍ものを人様に拡散させることになる、解るか?」

「解る、解るよ……でもっ」

子供の理屈だった。それでも尚行きたいと思うすずかを目の当たりにして、フィーは決断を下す。


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