チャイコフスキーのオペラと言えば《エフゲニー・オネーギン》、《スペードの女王》が有名だが、彼の作品リストにはその他にもあまり知られていないオペラや未完の作品がいくつか並んでいる。
そのなかに含まれる《チェレヴィチキ》という珍しい作品がオーパスアルテからブルーレイディスクで登場したので早速観てみたら、これが実に素晴らしい舞台であった(オーパス・アルテ OABD-7073D)。無名の作品として埋もれてしまうのはいかにももったいない。
ほとんど上演機会のないオペラで私も聴いたことがないのだが、昨年の11〜12月、ロンドンのロイヤルオペラ(コヴェントガーデン)で同劇場としても初めて上演され、好評を博したという。今回発売された映像もそのときのライヴ公演を記録したものだ。
ロイヤルオペラがこの時期に《チェレヴィチキ》を上演したのは意味がある。クリスマスのウクライナを舞台にしたゴーゴリの作品を題材に本作の脚本が書かれているのだ。
鍛冶屋のヴァクーラは、恋人オクサーナに「宮廷の貴婦人が履くようなきれいな靴」が欲しいとせがまれる。「手に入れてくれたら結婚する」という言葉を信じたヴァクーラは、自分の母親(実は魔女)に言い寄る悪魔を利用してペテルブルクに到着、豪華な靴を手に入れて帰郷し、めでたくオクサーナと結ばれる。豪華なプレゼントで迎えるハッピーエンドは、まさにクリスマスの夜にふさわしい内容だ。ちなみに題名のチェレヴィチキは「小さな靴」という意味なのだという。
靴の話題と母親目当ての男たちの攻防以外に目立ったエピソードもなく、なんとも他愛のない話なのだが、チャイコフスキーは随所に民謡の旋律をちりばめつつ、派手なバレエシーンも用意して、《チェレヴィチキ》をお伽話ならではの魅力的な作品に仕上げている。バレエシーン以外にもチャイコフスキーらしい美しい旋律がちりばめられているし、アリアの完成度も高い。
演出はフランチェスカ・ザンベッロの、オクサーナ役のオリガ・グリャコーワとヴァクーラ役のフセヴォロド・グリヴノフなど主要な歌手陣と、衣装、装置、振付、指揮にいずれもロシアのスタッフを起用していることもあり、目と耳の両方でロシアのクリスマスの雰囲気を満喫できる。特に、ステージ全体をブルーや赤など深みのある原色で彩った舞台装置と、ウクライナの民族衣装をモチーフにした衣装の組み合わせが絶妙で、華やかさと陰のある暗さの対比が素晴らしい。
オーパス・アルテが最近映像化したロイヤルオペラの舞台は映像作品としてみても非常に完成度が高く、BBCが製作に加わった本作も撮影アングルの的確さ、ハイビジョン映像の画質ともに第一級の水準である。コサックダンスまで披露するバレエチームの奮闘ぶりも適切なカメラアングルでとらえているが、そこには普段からオペラとバレエの両方の舞台を収録しているスタッフの存在がある。
クリスマスの定番中の定番《くるみ割り人形》(2009年ロイヤルバレエ、オーパス・アルテ OABD7072D)と併せて見ると、ロイヤルオペラとロイヤルバレエの贅沢な組み合わせでクリスマスの雰囲気を満喫できる。