カシャンボ
紀伊半島南部に分布するカシャンボは、河童が山棲みしたもので、山童の一種であると考えられる。その呼称は魍魎(もうりょう)の仲間である火車(かしゃ)が由来であるとか、カシャグ(イタズラするという方言)性質からきているとか、頭(カシラ)という意味であるとか、諸説ある。田辺市でははっきり火車とあて字しているが、カシラン坊やカシラともよばれていることから、その名前にはいくつかの意味を複合させているかもしれない。
冬期カシャンボは山に棲み、夏期は川を下って海に行き、ゴーライまたは甲羅法師(ごーらぼし)とよばれる河童に変化するといわれる。カシャンボは地域によって子供のようだとか、猿のようだと語られてまちまちである。足跡が水鳥のようだという伝承は、兵主部(ひょうすべ)との関連も考えられる。
田辺市ではカシャンボは一本足の妖怪で、ヒトツダタラ(一本ダタラ)と同一の妖怪だという。また日高郡南部(みなべ)町ではコダマ(山彦)と同一の妖怪だという。さらに東牟婁郡熊野川町では山姥のことだという。これらの伝承はさまざまな妖怪伝承が混融した結果のようで、たいへん興味深い事例である。
日本の一本足の妖怪の起源は中国にあり、山童の祖にあたる山ソウもまた、元来は一本足であった。山姥を山姑とよぶ地方があるが、これもまた中国の山ショウとよぶ精の雌を示す名で、同じく一本足であった。そして山ソウと山ショウは同じ仲間だったそうである。さらにコダマも中国の彭侯(ほうこう)を由来とし、これらを総称して魑魅(ちみ)とよんでいた。魑魅はキあるいは虚(きょ)とよぶ一本足の神を祖としている。つまり中国大陸においてさまざまに分化した一本足妖怪が、紀伊半島南部においてふたたび融合するかたちをとり、カシャンボは、魑魅と同様の、山の妖怪の総称になるに至ったと思われる。