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[24778] 【ネタ】たぶん病気な、俺と×の物語【ラブコメ?】
Name: ハイント◆069a6d0f ID:c94e815a
Date: 2010/12/10 19:55
 突然だが、俺には奇妙な同居人が居る。
 同居人、というのも変な表現かも知れない。ソイツはおよそ真っ当な意味で人ではないのだから。

「あー! もっと優しく扱ってって言ってるでしょうが!? 力入れすぎ!!」

「‥‥‥」

「だからアンタは繊細さが足りないってのよ! 傷付いちゃうじゃない!」

 今日も今日とて、耳障りな罵声を飛ばされる。ここしばらくの間、こいつの文句を耳にせずにすんだ日の記憶が無い。
 叶うならば今すぐにでも、やかましい!、と言ってやりたかったが自重する。そんなことをすれば、先に倍する勢いで罵倒が飛んでくるのは間違いない。

「ちょ、付けすぎ付けすぎ! なんでそんなにぽんぽん打つのよ!? 前から思ってたけど、思慮が足りないわよ思慮が! そんなに私の肌を傷だらけにしたいわけ!?」

 我慢我慢‥‥‥

「落ーとーしーてー! 拭う前に落として!」

 忍耐忍耐‥‥‥

「って、なんなのこれ! てっしゅ硬いわよ!? もっといいの買ってきなさいよ!」

 怒鳴り声を聞き流し、感情を抑えつつも、努めて優しく肌を拭い終える。蛍光灯の灯りに照らされたそいつを目をすがめて観賞する。
 しかし『てっしゅ』て。ババ臭いな。

「ふふん。どうよ、相変わらず美しいでしょ?」

 腹立たしいことに事実だった。少なくともこの美しさがある限り―――この美しさに魅了された記憶がある限り、俺はこいつを手放そうとは思わないだろう。

「‥‥‥ちょっと、いつまで眺めてるつもり? いい加減寒いんだけど」

 そんなわけねえだろ、と俺は思ったが、よくよく考えると温暖な瀬戸内生まれのこいつにとって、北海道の冬は初体験のはず。暖房を入れていても、精神的に寒さを感じることはあるのかもしれない。

 ‥‥‥精神、ねえ。

 自分が随分と毒されていることに気付かされ、俺は溜息を吐こうとして自重した。今鼻息でも掛けようものなら、烈火のごとく怒られるのは目に見えている。
 俺は油に手を伸ばす。さっさと塗ってやって、今日は終わりにしよう。

「ねえ、ちょっと」

 なんだ。俺は口に出さず先を促した。

「てっしゅ、ちょっとは解しなさいよ。そのまま使われたんじゃたまったもんじゃないわ」

 ‥‥‥文句の多い奴だ。

 仕方ないので、俺は左手でティッシュを数枚取ると、まとめて指先でくしゃくしゃと解してやる。片手だと実に解しにくい。あらかじめ用意しておくべきだったな‥‥‥。

「ちょっと、私の方がお留守になってるわよ」

 はいはい、分かりましたよ。

 もう右手もしっかりと握りなおす。ぐっと握り締めてやると、機嫌を直したのか大人しくなった。
 それにしても、と俺は思う。なんでこんなことになっているのだろうか‥‥‥。

「どうしたのよ?」

 問いかけに、俺は顔を背けて答えた。

「自分の境涯を嘆いていた所だ」
「嘆けるような身分でもないじゃない、馬鹿なの?」
「それは言わないで欲しい所だな‥‥‥」
「ま、私としてはどうでもいいけどね。いい加減就職したら?」
「‥‥‥」

 俺は何故、こんなけったいな代物に説教されているのだろうか‥‥‥。

「べ、別に現状を非難してるわけじゃないのよ? 私としてはどっちでもいいんだけどね!」
「‥‥‥もういいだろ。油塗るぞ」

 面倒くさい話になってきたので、会話を打ち切る。
 最近妙な知識をつけたのか、俺の生活に文句を言われることが増えてきた気がする。由々しき事態かもしれない。

「あ、ちょっと、付けすぎないでよ?」
「いい加減心得てる」
「それと、もう大丈夫だと思うけど、元の方から先端に向かって優しく拭うんだからね!」
「さっきからそうしてるだろうが。一々言われなくても大丈夫だ」
「そう、ならいいけど‥‥‥」
「‥‥‥さっきからどうした。今日は妙に突っかかるな」
「だって‥‥‥」

 しばし躊躇うように沈黙して、そいつは言った。

「だって、アンタこの前逆に拭ったでしょ?」
「ああ。あれは迂闊だったな」

 この俺としたことが、随分とうっかりしていたものだとしみじみ後悔した。そして、しっかりと教訓を心と体に刻み込んだ。あんな真似は一度で十分だ。
 などと俺の中ではとっくに整理のついていた話だったのだが、しかしながら俺の手の中に居るこいつは、俺以上にその一件を引きずっているようで、

「そうよ、迂闊な真似をして! アンタ凄い血出してたじゃない!」
「‥‥‥おまえが『凄い』と形容するほどの出血じゃないと思うんだが」
「でも、骨まで見えてたでしょ!?」
「自分の骨なんで見る機会がないから新鮮だったな」
「あー、もう!」

 腹に据えかねたように叫ぶ。

「だから! アンタがこれ以上怪我しないように! あどばいすしてあげてるんじゃないの!!」

 そんなこと叫ばれてもリアクションに困る。
 というか俺は、こいつに心配されるほど落ちぶれたつもりはないのだが‥‥‥。

「べ、別にアンタの心配をしてるわけじゃないんだからね! 私にアンタの血を付けられるのが嫌なだけなんだから!」
「はいはい、俺だって付けたくないよそんなもん。というか、この前だって最優先でおまえに付いた血の処理をしてやっただろうが」
「うー‥‥‥」

 唸るな。

「とにかく、怪我しないように注意するから。だからいい加減油を塗らせろ。いつまで経っても終わらん」
「分かったわよ‥‥‥怪我しないでよ?」
「留意する」

 こうして、俺はようやく作業の続きに取り掛かることが出来た。












 さて、いい加減にこいつについて説明するべきだろうな。

 この口やかましくて横柄で、割とナルシストで微妙にツンデレ入ってるような同居人(?)

 ‥‥‥察しのいい人はとっくに気付いているだろうが、遅ればせながら、ここで“彼女”の正体を明かそう。

 この物語のヒロインにして、俺の部屋に居座るお姫様。

 輝く地肌に、優雅な曲線を描くすらっとした細身のシルエット。

 いつまで眺めていても飽きないような美しさに、触れれば切れる危うさを兼ね備えた“彼女”の正体は―――






















 ―――『日本刀』である。
















 たぶん病気な、俺と刀の物語

 第一話「日々の手入れ」





 登録記号番号 香川ろ第30×××号
  種別 わきざし
  長さ 37.5センチメートル
  反り 0.8センチメートル
  目くぎ穴 1個
  銘文(表)備州住勝光


 以上が、香川県教育委員会発行の銃砲刀剣類登録証に記された、彼女―――というには、些か抵抗があるのだが―――のデータだった。
 縁あって、というか、普通に俺に買われて家に来たのが今年の春。以来俺の部屋で無聊をかこっている。

「んー‥‥‥やっぱりてっしゅじゃ駄目よ。ちゃんとした拭紙(ぬぐいがみ)買ってきなさい」
『あれ高いんだよ。文句言うな』

 小さく切った眼鏡拭きで丁子油を塗りながら、口に出さず反論する。実の所、こいつと会話するのに声を出す必要は無かった。‥‥‥というか、そもそもこいつの声が俺にしか聞こえていない時点で、多分この声も俺の妄想の産物である。恐らく統合失調症だ。なんてこったい。

「高いって言ったって、高々五百円でしょ」
『おまえが頻繁に手入れしろって言ってこなけりゃ、拭紙使うところなんだがな‥‥‥』
「刀の手入れはマメにしないと駄目なのよ。特に私、白鞘(しらさや)持ってないし」

 マメにやりすぎても傷が付く気がするのだが。それ以前に毎週手入れさせられては、流石に紙代も馬鹿にならない。
 今回は勘弁していただくことにして、先ほどのティッシュを使って拭っていく。刀身を挟み込むようにして鍔元(つばもと)から切先(きっさき)へ。これを逆にすると、先週の俺のように指先を切る羽目になる。

「なによ、小さく切って使ってたくせに」
『あの紙、元がでかいんだからいいだろうそれくらい。一回の手入れに一枚全部なんて必要ないわ』
「貧乏性‥‥‥」
『貧乏ですが、何か?』

 いい年して無職の俺が、そうそう無駄遣いできるわけ無いだろうが。

『というか今回打粉(うちこ)打つ意味あったのか? 週一で手入れしてるんだから必要ないだろうが』
「なによ、あんたがしばらく打粉打ってないなー、とかぼやくから練習させてあげたんじゃないの。‥‥‥余計な傷、付けられそうになったけど!」
『それについてはすまんかった』

 こいつを傷つけるのは、所有者の俺としても不本意である。‥‥‥しかしながら、こいつがぎゃーぎゃー騒がなければ、もっと丁寧に扱えたんじゃないかと思うと、文句を言われる筋合いはないのではないだろうか。
 さて、先ほど塗った油を数度拭い、薄い油膜が残る程度になったところで、御刀様の判断を仰ぐ。

『‥‥‥こんな所か?』
「まあ、いいんじゃない?」
『質問に質問で返すな』

 この時は、拭いすぎても拭い足りなくても駄目である。頻繁に手入れする場合、拭いすぎるということはあまり心配しなくてもいいのだが‥‥‥まあ、俺の場合は聞けば済む。有難いといえば有難い話である。
 油を塗った刀身を灯りにかざして見る。地鉄(じがね)の美しさは勿論だが、俺は油を塗った直後の曇った輝きも結構好きだった。

「いや、いいから鎺(はばき)嵌めて」
『‥‥‥人が浸っている所を‥‥‥』
「刀身の観賞なら鎺嵌めてたって出来るでしょ? 手を滑らせて指落としたらどうする気よ?」

 ‥‥‥ご尤も。

 横に置いておいた鎺を手に取ると、茎尻(なかごじり)から嵌めこむ。ちなみに、こいつの茎は至って普通の形状だ。茎尻は刃上栗尻(はあがりくりじり)といったところか。素人判断なので断言しがたい。ちなみにどうでもいいことだが、栗尻とは、『栗の尻のように丸い』という意味らしい。だからどうしたと言われても困る。閑話休題。

 軽い抵抗を感じつつ、親指でゆっくりと鎺を押し込む。

「んんっ」

 妙な声を出すな。

 奥まで押し込んで一息つく。刀身の観賞の場合は、鎺を嵌めて行うこともある。手を滑らせた時、鎺があればいきなり指を落とす羽目にはならないからだそうだ。こいつは脇差なので片手で保持するのも楽なのだが、大刀ともなれば結構な重さがあるはず。気をつけるに越したことはないのだろう。

「見ないの?」

 鎺を嵌めて一息ついた俺に、御刀様は言った。そんなに見て欲しいのだろうか。
 しかしながらさっきの妙な声で気分が萎えていた俺は、さっさと次の工程に移ることにした。

『柄嵌めるぞ』
「‥‥‥まあいいけど」

 俺はまず、鍔と切羽(せっぱ)に手を伸ばした。嵌めこむ順番は、最初に切羽、次に鍔、また切羽の順である。鍔を挟み込むのが切羽の役割だ。
 なお、こいつの鍔は、片面に人物が彫金されている。この彫金がどちらを向くかというと、切先ではなく柄の方を向くのだ。刀の装飾要素は刀を腰に差したときに見栄えがするようになっており、決して抜いて対峙する相手に見せるものではない。刃文(はもん)だって、対峙した相手からは見えない。友達に模擬刀の切先を向けてもらったことがあるが、本当に点にしか見えないから刀は怖い。

 次いで、柄を嵌める。この時刀は片手に持って垂直に立て、もう片方の手で柄頭(つかがしら)を叩いて嵌めこむ。これも先ほどの話と繋がるのだが、叩くのは柄“頭”である。刀を腰に差したとき、上を向くから柄頭だ。刀身の場合は切先が上になるので茎“尻”だが、拵(こしらえ)―――刀の外装、つまり柄、鍔、鞘など―――の場合は逆になる。よって腰に差した時に下になる鞘の先端は、鞘“尻”(さやじり)となる。

「‥‥‥さっきから誰に解説してるの?」

 心を読むな。
 それにしても、今俺が叩いたのはこいつにとって尻なのだろうか、頭なのだろうか‥‥‥。

 さて、柄を嵌めたら、最後に目釘(めくぎ)を入れる。目釘こそは刀身を保持する最重要パーツであり、その重要度たるや、目釘の無い日本刀は日本刀として認められないほどである。
 刀身を手で持ったまま、目釘を指で挿し入れる。

「んっ、もうちょっと奥まで‥‥‥」
『あとで目釘抜(めくぎぬき)で打ち込んでやるから黙ってろ!』

 だから何故一々声を上げるのか。これが俺の妄想だとすると、俺は全く以って度し難い変態ということになる。
 たしかに俺は日本刀が好きだが、別に性的な意味ではないはずなのだが。

「納めるぞ」

 一声掛けて―――無論顔は背けてである。唾でも飛ばした日には、一晩中怒鳴られ続ける羽目になるだろう―――鞘を取り、棟(むね 峰と言う方が一般的か)を下にして鞘に納めていく。ゆっくりと、一定の速度で、刀身を鞘の内側に触れさせないように、だ。ここが非常に気の使いどころと言っていい。下手に扱うと鞘が削れたり、刀身に傷が付いたりする。刀身の擦り傷をヒケ傷と言い、ほぼ全ての愛刀家はこれを恐れる。
 無論鞘の損傷も忌避すべきことだ。特にこいつの拵は中々の時代物で、鞘は小柄櫃(こづかびつ)付の代物だ。かなり気に入っているので、損傷は出来る限り避けたい。

「‥‥‥ふう」

 最後ぐっ、と力を込めて刀を納め終えると、俺は息を吐いた。刀の手入れはそれなりに神経に緊張を強いる。引き篭り気味の今の俺には、少々辛い。

「お疲れさま。‥‥‥それと、外に出なさい」
「心を読むな。てか、気付いたら雪が積もってやがるんだが」
「出なさい」

 何故俺は刃物に説教されているのだろう。

「ちょうどいい機会だし、近所に新しく出来たっていうスーパーで、良いてっしゅ買ってきなさいよ。来週使ってみるわよ」
「ティッシュは駄目なんじゃなかったのか」
「一応使ってみてから批判するわ。一応最近の本には、てっしゅでもいいって書いてあるんでしょ?」
「薬品含まないやつな。まあ、部屋のティッシュも無くなってるし、買ってきてもいいか‥‥‥」

 たまに高級品を使うのも悪くは無い。できれば安売りやってるといいんだけどな。

「そういえば昨日使い切ってたわね。ゴミ箱にはいっぱいあるのにね」
「おまえ少し黙れ」

 寒いんだから仕方ねえだろうが。それ以外の用途が無いとは言わないが。

「水に流せるてっしゅが便利だー、とか言ってたくせに」
「便利なものを便利だと言って何が悪いんだ‥‥‥!」

 実に口うるさい御刀様だった。
 というかなんで刀なのに女性人格なのか。フロイト的におかしいと常々思っているのだが、いまだに答えが見つからない。単なる俺の願望だと言う説が最有力ではあるが、正直認めたくなかった。

 刀を擬人化するなら、渋い古武士だろう常識的に考えて‥‥‥!

 などと憤ってみても現実は変わらない。そもそも俺が見ている現実は、多分本物ではない。なんだこのホラー。この話、ラブコメじゃなかったのか。タイトル詐欺にもほどがある。

「なんか変な思考が挟まったけど大丈夫?」
「電波が飛んできたようだ」
「‥‥‥頭、大丈夫?」
「貴様の存在そのものが、その疑問に答えをくれているな!」












 ―――とまあそんなこんなで、どうにか俺は今日も生きている。

 この物語は、たぶん頭のイカレちまった俺と、刀の物語。

 ここまで読んで後悔しなかった方は、また次回もお付き合いいただければ幸いに存じ候―――
















あとがき

 皆様はじめまして。ハイントと申します。
 ふと気が乗ってしまった物で、こちらに場所をお借りし、習作など公開させていただきます。
 自ら書いた文章をネットで公開するのはほぼ初めてなので至らない点、多々あるかと存じますが、平にご容赦下さいますようお願いいたします。
 ご感想などお待ち申しております。

 さて、この話ですが、最近『俺妹』にハマってしまいまして、ツンデレラブコメなんぞを書いてみようと思って書き上げた次第です。
 つまり『俺の脇差がこんなに可愛いわけがない』という発想です。二次創作と紛らわしいので、タイトルは変えましたが。
 ヒロインは日本刀です。別に擬人化されているわけでもなく、単に主人公の脳内に声が聞こえる、ただそれだけの存在です。
 途中で主人公の病状が悪化し、美少女形態とかも見えるようになるかもしれませんが‥‥‥そこまでネタが続くか、正直微妙です。
 とりあえず次回は、「駄目ー! 目釘穴広がっちゃうー!」を予定しております。
 この度はこのような駄文をお読みくださり、誠にありがとうございました。


追伸
 ちなみに刀の手入れにおけるティッシュの使用についてですが、普通のティッシュは原則使えないものと思っておいて下さい。
 作中では省きましたが、結構条件厳しいです。興味のある方は自己責任で。



[24778] 第二話
Name: ハイント◆069a6d0f ID:c94e815a
Date: 2010/12/11 03:17
 それは、ある日のことだった。
 いつものように御刀様の手入れをしていた俺は、ふと思い立って訊いてみた。

「なあ、この目釘、いつから使ってるんだ?」
「んー?」

 ‥‥‥寝てやがったなこいつ。
 刀が寝てどうする。敵は起きるのを待ってくれないんだぞ―――などと言いそうになった俺は、別にこいつが起きてようが寝てようが、武器としての威力に差異はない事実に気付いた。
 あれ、こいつ何の為に人格獲得したの?

「そんなこと言われたって知らないわよ。大体私が物を考えられるようになったの、あんたと出会ってからだし」
「なんて投遣りな設定。俺の妄想力も衰えたもんだ‥‥‥」
「妄想じゃないっての。自我はなかったけど記憶はあるんだから」
「ほほう」

 それでは先ほどの疑問に答えられるはずだな?

「目釘? えーと‥‥‥先の戦の後、先帝陛下がお隠れあそばされる前、かな‥‥‥」
「範囲広いな!?」

 意外に歴史を感じさせる代物だった。最低でも20年以上使われていたことになる。

「‥‥‥ってことは、この拵はそれより前から使われてたのか」
「拵は‥‥‥んーと、徳川がまだ公方様だった頃に作られたかな」
「またしても範囲が広すぎる‥‥‥」

 古刀は伊達ではなかった。流石に足利将軍の御世に打たれたというだけのことはある。

「しかし、それ回答になってないんじゃないか」
「しょうがないじゃない。当時は元号なんか興味もなかったんだし」
 たしかにそうかもしれんが。そういえばうちに来る前は、結構長いこと蔵に放り込まれてたとか言ってたっけか。
「で、目釘がどうしたの?」
「ああ、ちょっとな」

 訊かれたので、目釘をかざしてみせる。
 至って平凡な竹の目釘である。先端が若干削れたようになっているが、頭は丸めてある。ちなみに、目釘の頭を丸めるのは打ち込みやすくするための心得だそうだ。御刀様が言っていた。

「こいつなんだが、少し細くないか?」
「今まで使ってて不自由なかったんだから、問題ないと思うけど」
「しかし頭側はいいんだが、反対側が微妙に穴に対して浮いてるように見えるんだが」
「‥‥‥穴の位置、ちょっとずれてるからね」

 柄の目釘穴は刀身の目釘穴に対応して開けるのだが、なにしろ規格もスケールも無かった時代の話である。穴の位置が完璧に合っていることなど中々無い‥‥‥というより、使っているうちに微妙にずれる。こいつは装身具としての意味合いが強い脇差なのでまだマシな方かもしれないが、それでも長い年月の間に多少の狂いは生じていた。
 具体的にはこいつの場合、切羽の厚みを変えたのかなんなのか、刀身が若干切先寄りにズレていた。ついでに言うと目釘の角度が若干斜めになっている。目釘は鍔に対して垂直が基本だった気がするのだが‥‥‥まあ、これはこれで刀身のズレに対応しやすいかもしれん。

「というか鍔鳴りしてるじゃないか。緩んでるぞこれ」
「ずっと観賞用だったからね‥‥‥なんだかんだで、今となっては拵も骨董品と言えなくもないし‥‥‥」
「売っても二束三文だろうけどな」

 柄は痛みも少なく比較的しっかりしているが、鞘は所々塗装が禿げている。というかそもそも買った値段が安い。研ぎ上がりの刀身と拵の揃いで六万である。

「大体刀身の目釘穴が大きすぎるんだよな。そのせいで変な位置に目釘が入ってる」
「別にいいでしょ!? あんたが持ってる似非刀みたいに、目釘が目釘穴にぴったり合ってる方がおかしいのよ!」

 模擬刀のことか。あれは刀身ごと一気にドリルで穴あけてるんじゃないか?
 ちなみにうちの模擬刀は、俺が中学生の頃、誕生日に買ってもらったものだった。居合用でそれなりの高級品である。当然こいつよりも俺との付き合いは長い。

「エセ刀って言ってやるなよ。拵の立派さで負けてるからって‥‥‥」
「なーにーよー! ちょーっと真新しい素材で作られてるだけの量産品と比べないでくれる!? 大体ねえ、拵がいくら立派でも、刀身にあんなちばけた金属使ってるくせに『カタナ』名乗ってるなんざごうがわくんよ!」
「標準語か英語か北海道弁で頼む」

 何処の言葉だ。

「とにかく、私はあんなのと違うれっきとした備前刀なんだからね!」
「おまえさんの主張は理解したが、話の本筋は覚えてるのか」
「なんだっけ?」
「目釘を新調しないか、って話だ」
「‥‥‥最初からそう言いなさいよ」

 たしかに話を脱線させたのは俺だった。こいつとは普段暇つぶしの会話ばかりしているので、こういうことがままある。社会復帰のために、こういうところは改めなくてはなるまい。

 ‥‥‥いや、刀と会話してる時点でアウトか‥‥‥。

 などと己の人生に深刻な不安を抱える俺に、御刀様は鷹揚に返事した。

「ま、あんたがそんなに目釘作ってみたいなら反対はしないわよ」
「やっと許しが出たか!」

 というわけで、今回のお題は。










 たぶん病気な、俺と刀の物語

 第二話「目釘の製作」










「じゃあとりあえず、こいつでやってみようと思うんだが」

 言って取り出したものを見て、御刀様は渋い顔をした。
 ―――いや、顔ってどこだよ。俺は今何が見えたんだよ。
 思わず頭を振ったが、視界には特に変なものは映っていない。危うく一線を越えるところだったのだろうか。こいつの声が聞こえるようになってからというもの、毎日が刀刃の上を渡るような生活である。死にたい。

「それ、木じゃない。竹じゃないの?」
「竹は加工が難しいだろ。これだって、一応は武道具屋の店主から譲ってもらった目釘材だぞ」
「‥‥‥まあ、あんたの練習だと思って我慢するわよ」

 俺が取り出したのは、直径六ミリほどの白っぽい木の棒材だった。東急ハンズで竹ひごの横に売ってそうなアレである。先日御刀様の要望で下緒(さげお)を買いに行ったとき、ついでに所望した所、タダで譲ってもらえた物だ。
 別に竹の割り箸なんかを使って作っても良いのだが、今回はとりあえずこれでやってみようと思う。

「で、目釘の作り方は知ってるの?」
「当然調べた。間違ってたら指摘してくれ」

 まず、刀を鞘に納めたまま床に置く。穴の大きい方を上にして、大体の大きさの目安をつける。
 次に小刀で目釘材の片方をテーパー状に削る。出来る限り角度が緩やかになるように削るのが重要である。

「‥‥‥意外に難しいな」
「小刀が大きすぎるんじゃないの?」
「本来接木用らしいからな。肥後守買ってくるべきか」

 昔使っていた肥後守は少し前に失くしていた。このサイズの木材を削るには、最適だったのだが。

「でも随分と切れるじゃない」
「こいつも一応宗近の系譜らしいからな。奈良で買った」
「えっ」

 驚いていた。まあ、伝説的な刀工の末裔が接木用の小刀打ってたら驚くか‥‥‥。

「三条宗近って山城国(京都)じゃないの!?」
「驚く所そこか! いいじゃねえか弟子が大和(奈良)で作刀したって!」

 たしかに五箇伝的に引っかかるけどな! 俺も当時店の人に訊いた覚えがある。

 ‥‥‥などと世間話をしている内に目釘材の加工の目処がついたので、会話を打ち切って次の工程に移ることにする。
 先細りに加工した目釘材を目釘穴に挿入し、軽く目釘抜で打ち込んで固定、両端を切断する‥‥‥のだが。

「‥‥‥なあ」
「‥‥‥何よ」
「なんで途中で引っかかるんだ」

 挿し込んだ目釘材は、何故か目釘穴にきっちりと収まらなかった。まさかというか、これって普通に。

「‥‥‥目釘穴、ズレ過ぎじゃ」
「あんたの加工が悪いの!」
「いやいやいや、明らかに刀身の目釘穴の縁で引っかかってるぞこれ」
「穴にあわせて臨機応変に対応するのが筋なのよ! 自分の技能不足を私に転嫁しないでくれる!?」

 そんなに怒られても。
 というか、流石に目釘穴から刀身の鋼が見えるのはまずくないか? とりあえず、試しに目釘抜で軽く打ち込んでみる。

「ちょっ、無理矢理入れないで!? 引っかかってる、引っかかってるから!!」

 打ち込むと、一応は入っていく‥‥‥のだが。

「抜いてー! 痛い痛い! 痛くないけど精神的に痛い! 中にすっごい響いてる!!」
「‥‥‥もう抜くから安心しろ」

 引き抜いた目釘を見てみると、見事に柄頭側がささくれている。前から使っていた目釘を見ると、やはり刀身が食い込んだ痕―――刀を振ると、多かれ少なかれ遠心力で刀身が目釘に食い込む―――のある方向が、やや抉れたような形状になっていた。

「つまり打ち込む側は柄の穴にぴたりと合わせ、内部では刀身が安定するように、中間部分の厚みを調整する必要があるのか‥‥‥」
「ううっ、あんな強引に打ち込むなんて‥‥‥広がっちゃったらどうするのよ‥‥‥」

 思った以上に難物だった。めそめそ泣いてる御刀様はとりあえず放置し、俺は対策を考える。刀身がぐらつかないよう、ぴたりと合わせなくてはならないのだが‥‥‥。

「とりあえず、ささくれを目安に削ってみるしかないか‥‥‥」
「広がってないわよね? 前の目釘、ちゃんと合うよね‥‥‥?」

 やすりも用意した方がよさそうだ。しかし竹で目釘を作った前所有者は凄いな。俺もいきなり竹でやるとか言い出さなくて良かった。
 ささくれを削り落として断面がやや半月状になるようにする。さらに刀身で引っかからないよう、前の目釘を参考に角度を調整する。折れやすそうな形状だが、入らなくては仕方ない。その辺は後で調整しよう。

「‥‥‥よし、とりあえず出来たな。試してみるか」
「うっ‥‥うっ‥‥‥」

 まだ泣いてた。

「いやいや、いい加減落ち着けって」
「だって、あんたがあんな無理矢理‥‥‥。もっと優しくしてくれると思ったのに‥‥‥」
「加減が分からなかったんだよ‥‥‥」

 なんだろう、凄くいたたまれない気分になる。こいつが俺の妄想だとすると、この反応は俺の罪悪感の表れなのだろうが‥‥‥。

「わかった、わかったから。ちゃんと丁寧に扱うから、とりあえず目釘試させてくれ」
「‥‥‥なによ、あんたっていっつもそう! そうやって自分の都合ばっかりで、私のことなんて考えてくれないじゃない!!」
「うるせえ味噌汁ぶっかけるぞ」
「うわぁーん!」

 凄い勢いで泣いたぁーっ!

 ‥‥‥いや、たしかに味噌汁は無かったな。ある意味折るより酷いな。

「ああもうわかったから! また今度下緒とか買ってきてやるから!」
「下緒じゃやだ! 刀掛買って!」
「なんだと!?」
「買ってー! もうプチプチで包まれて箱に入れっぱなしは嫌なのー!!」
「くっ‥‥‥」

 まあ、実は俺もちょっと欲しいと思ってたから、この機会に手に入れることは構わないか‥‥‥。

「分かった。買ってやるから泣き止んでくれ」
「ほんとに‥‥‥?」
「武士に二言は無い」

 今時口にする機会の無い言葉だが、ことこいつに限っては、この一言は絶大な威力を発揮する。

「わかった。約束だからね! 嘘ついたら十文字腹だからね!」
「わかったわかった。今度こそ切ってやるよ」

 しかし十文字腹とは、よほど怒っていたとみえる。いつもは一文字腹なんだけどな。
 とにかく気を取り直し、俺は先ほど削ったばかりの目釘を取り出した。我ながら中々丁寧な仕事である。

「さて。じゃあ入れるぞ」
「うん、来て‥‥‥」

 ゆっくりと目釘材を挿入する。上手い所引っかからずに奥まで入った。すくなくとも目釘穴は綺麗に埋まっていると思うが‥‥‥。

「どうだ?」
「うーん、ちょっと刀身が遊んでる感じがする」
「だよなあ‥‥‥」

 指で鍔を軽く弾くと、かちゃかちゃと音がする。元々金具に歪みがあるのかもしれないが、それにしてもちょっと鳴りすぎである。前の目釘のときより酷い。
 目釘材を抜かずに軽く振ってみるが、わずかに茎が動いている感触がする。

「この状態で試斬したら、柄割れるんじゃないか」
「試さないでね?」
「やらん」

 とはいえ、これはまだ手で挿入した段階である。

「打ってもいいか?」
「優しく、ね」
「了解」

 刀を床に置き、目釘材の尻を打つ。コッ、コッ、と鈍い音がして、目釘材が一ミリほど深く入った。

「‥‥‥どうだ?」
「ん、これくらいなら‥‥‥」

 これ以上御刀様の機嫌を損ねない内に、次の工程に移ることにする。飛び出した両側を切り落とす。前に購入しておいた細工鋸の出番である。
 柄巻に触れないよう注意を払いながら切断すると、綺麗な切断面が現れた。流石にメイドインジャパンの鋸は高性能である。というかやはり。

「刃物は日本に限るな」
「‥‥‥ふふっ」

 あ、ちょっと機嫌直った。

 ともあれ一応目釘も形になったので、もう一度刀を抜いて振ってみる。まだ鍔はかちゃかちゃ鳴っているが、先ほどに比べると若干遊びは少なくなった気がする。茎が動く感触も無い。
 うーん、これなら前の目釘のほうがよかったかなあ。

「金具の緩みは同じくらいじゃない?」
「だがこっちは真新しい木材だ。縮みや圧力による変形があるんじゃないか?」
「夏にはむしろ膨らんだり? あまり神経質にならなくてもいいと思うけど。前の目釘は少し痛んでるだろうし」
「材質的には竹の方が目釘向きなんだけどな。劣化分差し引いたら難しい所か」

 もう一度軽く振って、鞘に納める。新しく作った目釘を抜いて、切断面を小刀で削る。角を取って両端が丸みを帯びるように削れば出来上がりである。

「あんたって、そこそこ器用よね‥‥‥」
「大工仕事、刃物研ぎ、魚の解体に畑仕事と、田舎生活の必要技能はそれなりに習得している」
「仕事しろ」
「おまえの声が聞こえなくなったらな」

 これはこれで結構便利なんだけどな。如何せん病気だからなあ。
 とりあえず御刀様の追求は受け流して、新しい目釘を嵌めてみる。やはり小刀で削ると、鋸で切りっぱなしとは色合が微妙に変わって、印象が変わる。先ほどは雑な印象だったが、これなら及第点だろう。

「色が白くて少し違和感があるが、まあこんなもんだろ」
「ん、ご苦労様」
「いやいや。ところで古い目釘どうするよ」
「一応取っておいたら? 折れた時困るし」

 折れるような使い方をする予定はなかったが、捨てるのも惜しい。お言葉どおり刀の手入れ具と一緒にしまっておく事にしよう。

「と、その前に一応合わせてみるか。もう一回目釘抜くぞー」

 トントンと強く叩いて目釘を外し、古い目釘を嵌めてみる。改めて比べてみると、やはり新しい目釘はきつい。やっぱり前の目釘が緩んでいた‥‥‥というか、

「‥‥‥ねえ」
「‥‥‥なんだ」

 一瞬沈黙し、御刀様は叫んだ。

「やっぱり、 広 が っ て る じ ゃ な い ! ! 」
「ですよねー!」

 うん、まあ明らかに以前より深く入るようになってるしね‥‥‥。

「しかし作業手順上、目釘を新調したら多少は広がるのが普通じゃないのかこれ!?」
「うるさい! あんたが最初強引に打ち込もうとした時に広がったに決まってるでしょうが!? あの時速やかに目釘の調整してたら、こんなことにはならなかったのよ!!」
「うぐぅ‥‥‥」

 返す言葉も無かった。うぐぅの音しか出ない。

「だから私の言うことちゃんと聞かないから! こんなことになるのよ! 今度からちゃんと私の言うことに耳を傾けなさいよわかった!?」
「はい‥‥‥」
「そもそも最初に会った時からあんたは‥‥‥」













 ―――こうして、俺の初めての目釘製作は微妙な結果に終わってしまった。

 この後しばらくの間御刀様の怒りは収まらず、三日三晩脳内で説教され続ける羽目になる。

 こんなグダグダな毎日だが、俺は何とか今日も生きている―――












あとがき

 年の瀬の押し迫る今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 私は前回投稿した翌日、しみじみ思いました。

「この作品、笑い所はどこだよ‥‥‥」

 ともあれ第二話、投稿させていただきます。
 今回は刀を触ったことの無い方には些か状況が想像しがたい気がしたので、ヒロイン分増し増しを心がけました。
 ご感想、お待ちしております。

追伸
 なお、作者は極一般的な北海道民のため、作中で使用した岡山弁が正確かどうか保証できません。
 詳しい方が居られましたら、ご指摘いただけると幸いです。


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