北朝鮮による韓国・延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件で、中国の動向が大きな焦点となっている。「地域大国としての責任」を求め、中国に北朝鮮への影響力行使を迫る米国や日本。中国などの反対を予想し、国連安全保障理事会への提起に慎重姿勢の韓国。北朝鮮をけん制するため28日に予定されている米韓合同軍事演習は、米空母の黄海入りに反発してきた中国に対し、砲撃事件に「どう対応するのか」という“踏み絵”を迫っている。
「われわれは関心を表明する。関係各国は地域の平和と安定に役立つことを多くしてほしい」
中国外務省の洪磊(こうらい)副報道局長は25日の定例会見で、断固反対してきた米韓合同軍事演習での米空母の黄海派遣にそう表明。反対も賛成もせず、国際社会と国内世論の板挟みという苦渋の立場を浮き彫りにした。
中国は砲撃事件を受けた合同演習に反対して国際社会から孤立することを恐れている。しかし、国内では「韓国人の悲痛な気持ちは理解できるが、中国の安全保障上の利益を侵すべきではない」(25日付中国紙・環球時報)との反発が根強い。
尖閣諸島付近での衝突事件でも、国内の反日デモ続発が関係修復を進めようとした胡錦濤国家主席と温家宝首相の足かせになった。胡主席は来年初めに訪米する。米国と安定した関係を維持しつつ、国内の反米世論を抑える必要がある。
中国は今年3月の韓国哨戒艦沈没事件で「(北朝鮮の行為という)100%の証拠はない」と主張し、国連安保理の制裁決議案に反対した。今回の砲撃事件でも、北朝鮮と韓国の「双方の言い分は異なっている」(洪副局長)と中立的な姿勢だ。
だが、国内には「軍艦が沈没した事件と一般市民に死傷者が出た砲撃事件は(北朝鮮の関与が明確で)性質が異なる」(朝鮮半島問題専門家)と中立維持は困難との見方がある。
国際的孤立と国内世論の反発を同時に避けるためには、米空母の黄海派遣が見送られることが望ましい。しかし、韓国の金星煥外交通商相とクリントン米国務長官は25日の電話協議で合同演習の予定通りの実施を確認した。
一方、中国の楊潔〓外相は26日からの韓国訪問を「日程上の理由」で延期。空母派遣に間接的な不満を表明したものだろう。中国は朝鮮半島情勢の緊張が「北京の玄関口」(中国メディア)である黄海に押し寄せることに強い懸念を抱く。米国との直接協議を模索するなど、水面下でぎりぎりの外交交渉を続けている。【北京・浦松丈二】
国連安保理への提起に注目が集まる韓国は、外交通商省報道官が25日の会見で「国連だけを(砲撃への対抗措置として)考える必要はない」と安保理に多くを期待しない姿勢を示した。米での安保理理事国間の非公式協議でも、ある外交官は「韓国の国連大使が『(提起は)非常に難しい』と語った」と明かした。
理由の一つは今年3月の海軍哨戒艦沈没事件。韓国政府は「北朝鮮関与の証拠」を国連安保理に提出し制裁決議採択を要求したが、中国やロシアの反発で実効性の乏しい議長声明になり、今回の砲撃を許したとの分析がある。もう一つは、砲撃事件直後に李明博(イミョンバク)大統領が発したとされる「戦闘が拡大しないように管理しろ」との指示が、「弱腰」との印象を与えたことだ。
北朝鮮がさらなる攻撃を示唆する中、事態に即応できる軍事的な態勢整備を優先すべきだとの批判が噴出。大統領は「再び挑発できないほどの厳しい罰を与えねばならない」と発言。25日の延坪島周辺の兵力増強や、海兵隊削減計画の白紙化決定につながった。
米国の北朝鮮対策も、中国対策と同義語になっている。24日付米紙は「オバマ政権は今、北朝鮮に圧力をかけるため中国の協力を得ることに傾注している」と報じた。
オバマ政権は、北朝鮮の核問題は交渉で解決するしかないと考えている。だがそこに至るまでは「挑発行為に見返りは与えない」という「戦略的忍耐」を貫こうとしている。また、オバマ政権の目下の懸案はアフガニスタン戦争やロシアとの核削減条約批准だ。政治的エネルギーを北東アジアに投入する余裕はない。
中国に期待するのは日本政府も同じだ。前原誠司外相は25日のクリントン米国務長官との電話協議で、「中国が重要な役割を有している」との認識で一致。菅直人首相も同日、「中国もきちんと影響力を行使することが必要だ」と強調した。【西岡省二、ワシントン草野和彦、ソウル大澤文護】
毎日新聞 2010年11月26日 東京朝刊