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【人界観望楼】外交評論家・岡本行夫 政府はまず「危機」の認識を
日本のまわりが騒然とし、これまで続いてきた状態(ステータスクオ)が崩れ始めた。
尖閣問題。中国は日本との対話姿勢などいっさい見せない。海上保安官が流出させたビデオによって、われわれは初めて事件の真相を知った。中国漁船は、巡視船が大破してもおかしくない粗暴なぶつけ方をしてきた。ほかの国の巡視船ならば漁船を銃撃していたところだ。政府はあのビデオを直ちに北京に送り中国指導部に見せて、こう言うべきだった。「この問題を封じ込めよう。船長を送還するから、公海上での暴力行為を中国側で処罰せよ。しないのならビデオを公表し、日本で起訴・処罰する」
中国政府は自らの不利を悟って日本の申し入れに応じたやもしれぬ。少なくとも国民をあおり立てたり、「謝罪せよ、賠償せよ」というあぜんとする日本非難などやらなかったはずだ。それが外交というものだ。ビデオ全編は今も公開されず、日本の情報管理体制の弱点を中国に印象づけるだけの結果となっている。中国にとって、ここまでくみしやすい政府はない。事件以降、漁業監視船を尖閣領海の接続海域に頻繁に派遣しはじめた。中国が南シナ海の諸島群を占拠していったやり方と同じだ。
ロシアのメドベージェフ大統領が国後島を訪問した。彼が北方領土訪問を言明したのは9月。それ以降、日本政府はロシア側に対して「大統領が北方領土を訪問するなら、横浜APECでの日露首脳会談など行える雰囲気はなくなる」と強い不快感を表明して全力で訪問阻止に動いたか。そう信じたい。駐ロシア・日本大使は「大統領が国内向けに指導力を誇示する狙い」と菅直人首相に説明したと報道されている。「だから、日本は騒ぐ必要はない」と聞こえる。ロシア側が喜ぶだけだ。
今度は北朝鮮の延坪(ヨンピョン)島砲撃。異常な国のやることだから真意はわからない。たしかにアメリカを2国間交渉の場に引き出す戦術でもあっただろう。しかし、それ以上に、金正恩氏の“王位継承”プロセスの一環だったのではないか。並みいる将軍たちの前で、金正日総書記が息子に肝試しをやらせたのである。金総書記自身、権力を掌握するまで、1983年のラングーン事件、87年の大韓航空機爆破といった強硬姿勢を軍部に見せて軍の忠誠を取りつけてきた。延坪島砲撃は、金総書記が息子に重要な役割を与え、軍から及第点を取り付けようとしたのではなかろうか。北朝鮮がラングーン事件を起こしたとき、金総書記は42歳。しかし金正恩氏はまだ27歳。これほど若い時から暴力的政策によって軍の忠誠を取り付ける手法を身につける若殿様がロクな主君に育つはずがない。北朝鮮はさらに危険な国になる。
東アジア地域のステータスクオを変えようとする中国が北朝鮮の後ろ盾となるものだから、北朝鮮の行動には歯止めがかからない。日米韓の強力なチームづくりが急務なのに、いちばん肝心の日米関係がきしんだままだ。仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事の再選で普天間問題の展望が開けるわけではない。政府はまず、「危機」という認識を持て。その上での外交戦略の組み直しだ。それなくば、2010年代に、日本はただの島国になってしまう。(おかもと ゆきお)