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[20888] 【チラ裏より】Fate/ EXTRA 衛宮士郎の聖杯戦争
Name: りお◆e92fa6fc ID:85afff74
Date: 2010/08/18 17:58
泥濘の日常は燃え尽きた
魔術師による聖杯戦争
運命の車輪は回る
最も弱き者よ、剣を鍛えよ
その命が育んだ、己の命を試すために






   残り 128人












≪1回戦 1日目≫



目が覚めた直後、自分が今どこで寝ているのか理解できなかった。

あのアカイ光景を夢だと認識するまでに数秒。
それから周囲が白いことに気付いた。

どうやら保健室らしい。
いつの間に倒れたのだろう。


それから、倒れる直前に見たあの光景を思い出す。

行き止まりのはずの廊下。
扉の先に広がる世界。
行く手を阻む、意味不明の人形。


そして、サーヴァント……。


サーヴァント、と聞いて思い出すのはあの騎士王である少女。
半人前以下の魔術師に剣を捧げ、付き添ってくれた女の子。
彼女と出会えなければ、己は何度も死んでいた。


……いや、彼女がいても何度も死にかけた。


紅の槍を持つ青い軽鎧を着た男には心臓を貫かれた。
灰色の益荒男はその腕力のみで人を握りつぶすことが可能だろう。
花鳥風月を愛する寺の門番は騎士王と競い合った。
神代の魔術師はたったひとことで人を殺すことができる。
紫の女性は学校の生徒、教師全員から生気を吸い上げた。
あの英雄王だって、簡単に人を串刺しにする。


そして、あの赤い男は……。


そんなことをぼんやりと考えてから、ベットから起き上がる。

どこにでもあるような保健室だが、どこか異質だというのを肌で感じる。



「やれやれ、ようやくお目覚めか。随分とのんびりしたものだな」



どこかで聞いたことのある声がした。

傍らに立つのは真紅の外套を着た、浅黒い肌の男。


1番見たくない男だ。

「……アーチャー……何でお前がいるんだ……」

すると男……アーチャーは嫌な笑みを浮かべた。

「ほう……もしやと思うが、私の真名を知っているのか?」
「……ああ、知ってるよ」
そう吐き捨てる。


「エミヤシロウ。俺の未来の可能性の1つ、だろ?」


そう言うと、アーチャーは少しだけ怪訝そうな顔をした。
「……確かに、私が人間だった頃はエミヤシロウと呼ばれていたが……私が生きていたのはこの時代から30年ほど前のことだぞ」
「え……?」




なんでさ?




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Fate/EXTRAの主人公が衛宮士郎だったら、という話です。
男主人公の名前が思いつかなくて、衛宮士郎と入力していたことからのネタ。


続くかどうか分かりません。



[20888] 1回戦 1日目ー2
Name: りお◆c3f99232 ID:85afff74
Date: 2010/10/03 10:53
混乱している士郎を他所に、アーチャーは姿を消した。
それと同時に保健室の扉が開く。

入ってきたのは……間桐桜。

「桜!?」
思わず士郎は立ち上がった。
「あ、衛宮さん目が覚めたんですか? 良かったです」
だが桜は他人のように振舞う。
「体の方は異常ありませんから、もうベッドから出ても大丈夫ですよ。それと、セラフに入られたときに預からせていただいた記憶メモリーは返却させていただきましたので、ご安心を」
混乱している士郎に、桜は淡々と説明をしていく。

それはとても家族同然の相手への対応ではなかった。

「聖杯を求める魔術師は門を潜るときに記憶を消され、一生徒として日常を送ります。そんな仮初の日常から自我を呼び起こし、自分を取り戻した者のみがマスターとして本戦に参加する――――以上が予選のルールでした。貴方も名前と過去を取り戻しましたので、確認をしておいてくださいね」

……要は、士郎が今まで何も思いだせず月海原学園で過ごしていたのは記憶が消去されていたから、だろう。
そして消された記憶が返却されたから、今までのことを思い出したのだ。


確かに記憶は戻っている。
だが……どうしてこんな場所にいるのか思い出せない。

自分がここに来る直前の記憶がないのだ。
それだけではない。

冬木で行われた第五次聖杯戦争。
それに参加した、士郎が知る限りのマスターとサーヴァント、真名などの知識は思いだせるものの、どのように出会い、どのように戦ったのかがまるで思い出せない。

唯一思い出せるのはあの紅の槍を持った武人に心臓を穿たれたこと。
そして月下での騎士王との出会いに……。

聖杯戦争を通して関わった、今現在士郎のサーヴァントとなってしまった男が仕え、そして裏切られた少女。
彼女との具体的な思い出はないが、それでも大切な存在だということに変わりはない。

そして今目の前にいる少女は家族同然だったというのに。
「……桜、俺、どうしてここにいるんだ? まるで思い出せないんだが……」
「え……記憶の返却に不備があるんですか? ……それはわたしには何とも。わたし間桐桜は運営用に作られたAIですので。

運営用?
AI?

士郎にはさっぱり分からないことだらけだ。

そして桜は今の士郎の言葉をなかったかのように微笑む。
「あ、それからこれ、渡しておきますね」
「? これは……?」
「携帯端末機です。本戦の参加者は表示されるメッセージに注意するように、との事です」

携帯電話のようなものなのだろうと士郎は判断した。











保健室を出て、士郎は溜め息をついた。
「溜め息をつきたいのはこちらの方だ」
すると傍らに赤いサーヴァントが現れる。
「貴様、どうしてここに来たのか分からないのか?」
「ああ、さっぱり。……ついでに俺があの聖杯戦争でどうやって過ごしてたかも覚えてない。……セイバーや遠坂と過ごしたってことは覚えてるのに」
「……そうか」
ふとアーチャーは懐かしそうな目をした。

例え記憶が磨耗しても、あのセイバーとの出会いが思い出せなくなることはないのだろう。

それからなぜか、アーチャーは眉間に皺を寄せた。
「……まさか、凛の実験か何かじゃないだろうな」
あの遠坂凛なら、肝心なところで「うっかり」をやらかす遠坂凛なら、実験で誤って士郎をここに送ってしまうことくらいやりかねない。

その事故の結果士郎を未来へ、しかもセラフに送ってしまったのだとしたら……。

「……有り得そうで怖い。アーチャー、この話はなしにしよう」
「……そうだな」

やはりアーチャーもシロウだ。この当たりの見解は同じらしい。

それから士郎はふとアーチャーを見上げる。
「お前さ、俺のこと殺したいとか思わないのか?」
するとアーチャーは顎に手をあて、考え込んだ。
「ふむ……そう思う理由は分からなくもないが、少なくとも貴様を憎いとは思っていない」
「……そりゃ良かった。後ろから刺される心配はなさそうだ」
「貴様の場合、前からでも簡単に刺されそうだがな」
「うるせえっ」

いくら殺される心配がなくなっても、この男は相容れないのだろう。










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第二段を投稿しました。
これも感想をくださった方たちのお陰です。

更新頻度はあまり高くないかもしれませんが、細々と繋いでいくつもりです。

どうか暫くの間お付き合いください。



[20888] 1回戦 1日目ー3
Name: りお◆22486290 ID:85afff74
Date: 2010/10/03 10:56
何気なく屋上に出る。
空は青空なのだが、いつも見ていた空ではない。

電脳世界セラフ。
ここが日本どころか地球ですらない、ということを改めて思い知らされた。

そんな屋上に1人の少女がいた。

「……一通り調べてはみたけど、おおまかな作りはどこも、予選の学校と大して変わらないのね」
壁や床をぺたぺたと触って、何やら呟いている。

間違いない。見間違いようのない後姿。


「遠坂……」


彼女は遠坂凛だ。
仮初の学園生活を送っていたときの記憶にも、彼女の名前がある。


士郎の知る『遠坂凛』と、この世界にいる遠坂凛。
ほとんど同じ外見と服の趣味に、期待してしまう。


彼女が士郎のことを知っているのではないか、と。


「……あれ? ちょっと、そこのあなた」
ずっと立ちすくんで見つめていたからだろう、凛は士郎の存在に気がついた。
意志の篭った目が和らぐ。
思わず周りを見回すが、屋上には士郎と凛しかいない。
「……俺か?」
「そう、あなたよ」

その言動は、やはり桜と同じように士郎とは初対面ということを如実に表していた。

それでも士郎は動けない。
いや……だからこそ動けない。

ここにいる遠坂凛が、士郎の知る『遠坂凛』とは別人だと思い知らされて。


さらに言うならば、あの機械オンチである『遠坂凛』がこうしてこの電脳世界にいることにも驚きなのだが。


「……そういえば、キャラの方は、まだチェックしてなかったわよね。うん、ちょうどいいわ。ちょっとそこ動かないでね」
凛はこちらに寄ってきたかと思うと……士郎の頬に彼女の指が触れる。

細く、柔い指。
強い眼差しの持ち主が、まだあどけなさの残る少女であることを改めて実感した。

「へぇ、温かいんだ。生意気にも。……あれ? おかしいわね、顔が赤くなってるような気がするけど……」
少女の顔が鼻先3センチまでぐっと近づく。
その距離に、心臓がどきりと鳴ってさらに士郎は動けなくなった。

頬にかかる微かに温かい吐息。
首筋を掠める風に流れる長い髪。
無遠慮に肩やお腹をぺたぺたと触る指。

どれもが士郎を混乱させ、動きを束縛する。

心臓の音がやけにうるさい。
これが気付かれやしないかとハラハラしながら、士郎は凛の行動を甘受するしかなかった。

「なるほどね。思ったより作りがいいんだ。見掛けだけじゃなく感触もリアルなんて。人間以上、褒めるべきなのかしら」
彼女が顔をしかめつつ、誰もいない後方を振り返る。
恐らく姿は見えないが、彼女のサーヴァントがそこにいるのだろう。

士郎の後ろでアーチャーが声を殺して笑っているように。

「……ちょっと、なに笑ってんのよ。NPCだってデータを調べておいた方が、今後何かの役に……」
それから凛ははっとしたように士郎を見る。
「……え? 彼もマスター? ウソ……だ、だってマスターならもっと……ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃあ、いま調査で体をベタベタ触ってたわたしって一体――――」
つい先ほどの行動を思い出したのか、凛は顔を真っ赤にしてしまった。
こちらも釣られて赤面する。
「くっ、なんて恥ずかしい……。うるさい、わたしだって失敗ぐらいするってーの! 痴女とか言うなっ!」
後半の台詞は、恐らく彼女のサーヴァントが余計な茶々でも入れたのだろう。
「職業病みたいなものよ。これだけキャラの作りモデルが精密な仮想世界も無いんだから、調べなくて何がハッカーだっての」
まくし立ててこちらの説明してくる。

どうやら言い訳らしい。

黙っていたのが悪かったのか、責任がこちらに転化されてきた。
「大体、そっちも紛らわしいんじゃない? マスターのくせにそこらの一般生徒モブキャラと同程度の影の薄さってどうなのよ。今だってぼんやりした顔して。まさかまだ予選の学生気分で、記憶がちゃんと戻ってないんじゃないでしょうね?」

自分はぼんやりした顔をしていたのだろうか。
まさか凛に見とれていたとは言えない。

「いや、記憶はちゃんとあるぞ。だけど、ここに来る直前の……というか、ここに来た理由と方法は分からないけど」
「え……ウソ。本当に記憶が戻ってないの?」
凛は恐らく冗談で言ったのだろう。表情が翳る。
「それって……かなりまずいわよ。聖杯戦争のシステム上、ここから出られるのは、最後まで勝ち残ったマスターだけ。途中退出は許されていないわ。記憶に不備があっても、今までの戦闘経験バトルログがなくても、ホームに戻るコトはできないわよ? ……あ。でも別に関係ないわね。聖杯戦争の勝者は一人きり。あなたは結局、どこかで脱落するんだから」
彼女の心配そうな声が、急に醒めた。

目の前にいるのは、聖杯を奪い合う敵。

――――いや、目の前の一人だけではない。
凛にとって、この聖杯戦争に来ている者は全てが敵なのだ。
彼女のまとう空気がそれをはっきりと示している。
実感は沸かないが、目に映る人間は全て、殺し殺される関係にすぎない。
そんな事実を嫌でも気付かせてしまう。

それはいつかの……ビルの屋上からこちらを見下ろしていた姿と重なる。

「……ま、ご愁傷さまとだけ言っておくわ。今回のオペは破壊専門のクラッキングだけじゃなく、侵入、共有のためのハッキングだったし。一時的にセラフが防壁を落としたといっても、あっちの事情はわたしたちには知れないしね。あなた、本戦に来る時に、魂のはしっこでもぶつけたんじゃない? ロストしたのか、リード不能になってるだけか、後で調べてみたら?」
そう言われても士郎には半分も理解できない。

クラッキングもハッキングも士郎は出来ないし、いきなり魂とか言われても士郎にそんな高等技術が出来るわけがない。
士郎が出来るのは強化と投影、それにあの術しかないのだから。

「……ま、どっちにしても、あなたは戦う姿勢が取れてないようだけど? 覇気というか緊張感というか……全体的に現実感が無いのよ。記憶のあるなし、関係なくね。まだ夢でも見てる気分なら改めなさい。そんな足腰定まらない状態で勝てるほど、甘い戦いじゃないわよ」

そんなの分かっている。
それで何度も死にかけた。

それを助けてくれたのはセイバーと、凛だ。

なのに目の前にいる凛は敵。

「……でも、遠坂とは戦いたくないぞ」
「ばっ……!」
とたんに凛は顔をまた赤く染めた。
「何言ってんのよ! あなた、この聖杯戦争は勝つか負けるかしかないの! 組み合わせ次第ではあなたと私が戦うことになるのよ! あなた、そんなんじゃすぐ負けるからね!」
そう言い、凛は屋上を去っていった。

その後姿はちっとも優雅ではなかったが。

「……まさか、遠坂とそっくりの少女がいるとは」
アーチャーも凛が校舎の中に入っていくのを感慨深そうに見送るしかなかった。







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帰省するのでお盆前最後の投稿になるかと思います。

凛が登場しました。
ランサーもアーチャーも互いに姿を現してないので見えてません。



連載するのを確定したので、チラシの裏から板移動をするかもしれません。
もしそうなっても、どうかお付き合いください。






[20888] 1回戦 1日目-4
Name: りお◆80e9eda2 ID:37190350
Date: 2010/08/28 22:40
「……しかし。あの物言い、不思議と懐かしい。もしや女難の相でもあるのか、俺は……」
思わず感慨深げに呟くアーチャーに、思わず士郎も同意してしまう。
「……お互い幸運値ラック低いもんなぁ……」

こればっかりは死んでもどうしようもない。

「遠坂はどこでも変わらないんだな……」
他愛もない日常のようで、思わず和む。

ここが命のやり取りをする聖杯戦争の舞台であることを一時忘れる。

それにアーチャーも気付いたが、溜め息をついただけで何も言わなかった。
「藤ねえに桜、セイバーに遠坂、ルヴィア……」
思わず数えてしまうあたり、アーチャーもシロウなのだ。

これは現実逃避に過ぎないが、してしまうほど運は低いのだ。


それに、命のやり取りをするこの聖杯戦争で、少しでも衛宮士郎が平静を保てられるならばそれもいい。
いくら不本意だろうと、ここでのアーチャーのマスターは衛宮士郎なのだから。マスターを気遣うのはサーヴァントの役目なのだ。

そのマスターが例え未熟な己の過去だとしても、世話焼きの性分は染み付いてしまっている。

そしてサーヴァントは、マスターを勝ち残らせるのが役目。
そのためにはペナルティも負う覚悟。

問題は士郎の心構えだけだ。









士郎が所属していたことになっている2年A組はマスターの控え室となっていた。

黒い学生服の生徒は生徒会……聖杯が用意したシステム運営用AI。そして桜みたいな、与えられた役割をこなすだけのNPC。
それ以外は全員今回の聖杯戦争に参加するマスター、ということになる。

それらの説明をアーチャーから聞いて、士郎は頭が痛くなった。
ここに桜や柳洞一成という士郎も知っている人がいても、士郎が知る桜や一成とは別人。

そしてこの世界は聖杯を手に入れるために作られた世界……セラフ。

何より頭が痛いのは、質問をするたびに嫌味で返してくるアーチャーだ。
それでもちゃんと士郎の質問には答えてくれるのだから、親切……なのかもしれないが、アーチャーは意地悪なのだと士郎は信じて疑わない。
事実アーチャーの目は笑っていた……ような気がする。

いくら本人が士郎を殺す気がないにしても、根幹の部分で相容れないのだ。





士郎は他の参加者からみても、とても勝ち残れるようには見えないらしい。
凛に言われるまでもなく、士郎自身それを自覚していた。

第五次聖杯戦争に参加したとき、やはり凛に言われたような気がする。

「へえ、衛宮も残ったんだ」
そのためか、他のマスターたちは士郎に警戒心をあまり抱かず話しかけてくる。
「ん……ああ」
曖昧に頷く。
相手のことを士郎は覚えていない。それでも気安げに話しかけてくるのだから、偽りの学園生活の中でもそれなりに親しかったのかもしれない。
「対戦者が決まると、いよいよ本戦って気がするわよね」
「……対戦者? もう決まってるのか?」
士郎の言葉に、女生徒が怪訝な顔をした。
「え……もしかして、まだ対戦者が決まってないの? 管理者の言峰神父を探してみたら? 何か知ってるかもしれないし」
「言峰……神父……?」

その名前を聞いて思い浮かべるのは……あの胡散臭い神父。
あの神父が……管理者?

「……そうしてみる」
信じたくないと思いながら、士郎は教室を出て行った。










校舎の1階、玄関の前にその男はいた。

「本戦出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者となる。私は言峰。この聖杯戦争の監督役として機能しているNPCだ」
男……言峰は士郎に気がつくと、そう挨拶をしてくる。
背後でアーチャーも絶句している気配がする。

NPC……ということはこれは士郎の知る本物の言峰綺礼ではない。
だが嫌悪感、というものはどうしても生じてしまうものらしい。

言峰はこちらのことなど気にせず、型通りの説明を開始した。
「今日この日より、君たち魔術師はこの先にあるアリーナという戦場で戦うことを宿命付けられた。この戦いはトーナメント形式で行われる。1回戦から7回戦まで勝ち進み、最終的に残った1人に聖杯が与えられる」

128人のマスターたちが毎週殺し合いを続け、最後に残った一人だけが聖杯に辿り着く。
それがこの聖杯戦争のルール。

「非常に分かりやすいだろう? どんな愚鈍な頭でも理解可能な、実にシンプルなシステムだ。
戦いは1回戦毎に7日間で行われる。各マスターたちには1日目から6日目までに、相手と戦う準備をする猶予期間モラトリアムがある。君はこれから6日間の猶予期間モラトリアムで、相手を殺す算段を整えればいい。そして最終日の7日目に相手マスターとの最終決戦が行われ、勝者は生き残り、敗者にはご退場いただく、という具合だ。何か聞きたい事があれば伝えよう。最低限のルールを聞く権利は、等しく与えられているものだからな」

アーチャーからある程度伝えられていたとはいえ、改めて聞くとショックだ。
しかもその聖杯戦争の管理者がよりにもよって言峰綺礼。
さらに気分は落ち込むやら綺礼への敵愾心やらで複雑な気分となる。

だが……聞けば教えてくれる。反対に聞かれなければ教えてくれない。
これは本物の言峰綺礼と同じらしい。
今言峰も言ったことだし、士郎は試しに聞いてみた。

「なあ……聖杯戦争は一体何なんだよ。7日目に相手と殺しあうって……?」
「いま言った通りだ。6日間の準備の末に、相手を守備よく殺せばいい。そのために、サーヴァントという強靭な剣が与えられただろう?」
「必ず、殺さなきゃいけないのか? 例えば相手と同盟を結んで……」
「結びたければ結ぶがいい。だが、必ず7日目には相手と殺しあってもらう」

必ず……最後まで勝ち残るのなら7回、相手の命を奪わなければならない。
その事実をつきつけられ、目の前が真っ暗になりかける。

それを堪え、士郎は聞き覚えのない単語を口にした。

「……猶予期間モラトリアムって、何だ?」
「敵にも同様に、サーヴァントで君を殺す準備をしているということだ。猶予期間モラトリアムは等しく与えられている。準備の手段など、私は知らん。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
素っ気ない返答。
このモラトリアムというものの間に敵サーヴァントの情報を探れ、ということなのだろう。

相手の真名、そして宝具が分かれば対策も立てやすくなる。

そういえば……。
ちらりと姿を消しているアーチャーがいるはずの空間を見やる。


アーチャーの宝具……固有結界リアリティ・マーブル
魔法に最も近い魔術。
魔術教会での禁呪であり、衛宮士郎に許された魔術。
最大の奥義であり、魔術の到達点のひとつ。

……士郎には実感のないことなのだが。

士郎が参加した第五次聖杯戦争ではアーチャーエミヤシロウは未来の英霊だったため真名は本人が明かさない限り知られることはなかった。
しかもマスターである遠坂凛にも「記憶が混濁している」と通していたわけだし。

だがここは士郎のいた時代よりも未来。
この時代の衛宮士郎がどうなっているかは知らないが、やはり知名度は低いはず。

真名が知られたとしても、あまり支障はない気がするが……やはり知られない方がいい。

何せマスターが英霊の過去なのだから。


「……なあ、サーヴァント同士の戦いにマスターが介入することは可能なのか?」
「もちろんだとも。サーヴァントへの援護は認められている」
言峰が鷹揚に頷いた。

人間を越えた動きをするサーヴァントに、どこまでマスターが介入できるかどうか。

それに、今の魔術師は士郎が本来いるべき時代の魔術師とは定義が異なっている。

ここでも士郎は異端。

それを確認して、士郎は桜から貰った端末を見せる。

「……この端末ってのは、何に使うんだ?」
「それは聖杯システムからのシステムメッセージを受け取るものだ。配信されるメッセージは、注意深く見ておくといいだろう」

やはり携帯電話のようなものだろうか。
士郎の知る遠坂凛だったら使いこなせないだろうとくだらないことを考えてしまう。

それでは最後に1つ。

「……俺の対戦者が決まってないみたいなんだけど……」
そう言うと、言峰は訝しげな表情をした。
「ふむ……少々待ちたまえ……。
――――妙な話だが、システムにエラーがあったようだ。君の対戦組み合わせは明日までに手配しよう」

システムにエラー。
やはり、過去の人間というイレギュラーが混じったからだろうか。

「それと、本戦に勝ち進んだマスターには個室が与えられる」
言峰が何か手渡してきた。
「それは。マイルーム認証コードという。君が予選を過ごしたクラスの隣、2-Bが入り口となっているので、この認証コードを携帯端末に入力インストールしてかざしてみるといい」

要は学校での自室が与えられる、ということだろう。

「……さて、これ以上長話をしても仕方あるまい。アリーナの扉を開けておいた。今日のところはまず、アリーナの空気に慣れておきたまえ。アリーナの入り口は、予選の際、君も通ったあの扉だ。では、検討を祈る」
言峰が歩いていった。

「……なんでよりにもよってアイツなんだよ」
そうぼやいたのも仕方ないと、思う。







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お盆休みが明けて帰ってきました。
正式に連載を確定させたので、今回からチラシの裏より板を変更いたします。
更新頻度はそう高くないかもしれませんが、どうかお付き合いください。



[20888] 1回戦 1日目ー5
Name: りお◆b03585f6 ID:37190350
Date: 2010/08/28 22:41
試しに言峰に言われたとおり、2-Bの教室に行ってみた。
手をかけて扉を開けようとしても、びくともしない。
「えっと……ここで……」
インストールというあまり慣れない作業に少し苦戦し、それから端末を扉にかざしてみた。
すると扉から機械音のような音が響き、開く。

中は……教室だった。
どこにでもあるような、何の変哲もない教室。

「ここは、個室というより教室だな」
早速姿を現したアーチャーが適当に机と椅子をどかし、勝手に自分好みにセッティングし直す。
どうやらアーチャーは黒板前に自分の定位置を定めたらしい。机を次々と積み上げてから、どこからともなく取り出した(恐らく投影品ではないかと士郎は推察)を赤い布を積み上げた机の上にかけた。
そして最後に椅子にどかりと座り、前に置いた椅子に足を乗せ、組む。

この間士郎は見ているだけ。

「作戦を話し合う場所があるのはそれだけで有用なものだな」
確かに作戦を話し合う場所があるのは助かる。ここなら他のマスターに話を聞かれる心配もない。

なのだが……。

「ふむ、拠点としてはこんなところか。座り心地はイマイチだが、贅沢を言える立場でもない。――――さて。このみずぼらしい部屋に愛着が沸く程度には勝ち残りたいものだな、マスター?」
「……何でそんなに偉そうなんだよ、アーチャー」
「気にするなマスター」
「しかも嫌味ったらしそうにマスターなんて呼ぶし。俺をからかって遊んでるだろ」
鳥肌がたちそうになり、士郎は二の腕をさする。
「当然だ」
「このっ……。……令呪を使うぞ。俺に従えってな」
左手の甲に刻まれた令呪をちらつかせると、流石にアーチャーが怯んだ。
「貴様……遠坂のように短絡的じゃないだろうな」

アーチャーは凛に令呪を使われた記憶はないが、記録は残っている。
だが、それがあまりにも印象的なのだ……悪い意味で。

「……まあいい。衛宮士郎」
相変わらず態度は偉そうだが、その目は一転して真面目なものになった。
「何だよ」
「この聖杯戦争は私たちが参加した、冬木の聖杯戦争とは違う。128人で行われるトーナメント形式だ。1つの戦いで確実にどちらかが生き残り、どちらかが死ぬ。……理由は分からんが、貴様はまたも巻き込まれたのだ。この聖杯戦争で、勝ち残ることが出来るか?」
「それは……」

頭では理解している。
だが、誰かを犠牲にして生き残るなんて……。

「……出来るわけ、ないだろ……」
「なら貴様が死ぬだけだ」
無情にアーチャーは切り捨てた。
「あの聖杯戦争とはルールが違う。勝者はひとり。最後まで生き残り、聖杯を手にするのもひとり。ここから出るのも……ひとりだ」
「俺は……聖杯なんて、いらない……」
「ああ、エミヤシロウならそう言うだろうな。私も聖杯なぞ興味ないし、貴様がどこでくたばろうと知ったことではないが……」
アーチャーが立ち上がる。
「貴様が覚悟を決められないというのなら……この手で貴様を殺してやろう」
「……っ」
殺気が士郎に向けられる。

それに士郎は反抗できなかった。

この命は、他の命を犠牲にしてまで生き延びえるほど価値があるのだろうか。

あのアカイ地獄の中、他の人を見殺しにして生き延びた命を。

「……ああ、出来ないだろうな。貴様は自分の命を省みず、ただ他者を救う『正義の味方』となるのを理想としているのだから」
「……ああ」
「そしてこの聖杯戦争は、貴様の目指すものとは大きく違う」
「ああ……!」

どうして参加者同士で殺しあわなければならないのだ。
こんなの認められない。

「だが、貴様がこのルールを受け入れられないのなら……死ぬだけだ」
「ああ……」

訳も分からず巻き込まれて。
いきなり生きるか死ぬかの戦いを強いられて。

これではあのときの再現だ。

あのときは理不尽な戦いを止めるために参加した。

だが今回はそれすら出来ない。


ただ死ぬのを受け入れるか、他者の命を犠牲にして生き残るか。
この2択しかない。


こんな理不尽な死を受け入れられるはずがない。


「どうする、衛宮士郎」
「……分からない」
俯いて、士郎はそう答えるしかなかった。

ここで死ぬわけにはいかない。
でも、他人を殺してまで生き延びていいのか。



コノ命ハスデニ他者ヲ犠牲二シテ生キ長ラエテイルノニ。



「……こんな聖杯戦争、許せるわけないだろ……。誰が決めたのか知らないけど、許せない……」
「……戦えない、と言わないだけマシか」
そんな士郎の様子をある程度予想していたのか、アーチャーは溜め息をついただけだった。

殺気が霧散する。

「……ひとまず今日はアリーナ散策に向かおうではないか。問題を先延ばしにするだけだが……貴様も突然で戸惑うだろう」
「……分かった」
珍しいアーチャーの気遣いに、士郎は素直に従った。






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間違えてプレイしていたデータを消してしまいました……。ショックです。




[20888] 1回戦 1日目ー6
Name: りお◆28e2ef18 ID:37190350
Date: 2010/09/11 21:21
アリーナに向かう前に校舎の散策を行う。

アリーナに入ってしまうとその日はもう学園には戻ってくることはできず、アリーナを出ると翌日まで何も出来なくなる。買い物、情報収集など学園でしなければならないことは、アリーナに入る前に済まさなければならないのだ。

地上3階立ての建物の地下一階には購買部があり、校舎の横には弓道場まである。
さらに校舎裏には教会まであるのだから、不思議なものだ。

よりによって監督役があの神父なわけだし。

購買部には焼き蕎麦パンやカレーパンなどのパン類はともかく、サーヴァントの体力を回復させるエーテル、体操着など品揃えは様々だ。
「えっと……学生服に、体操着も礼装、なのか……」
礼装の欄にある商品を見て、思わず呟く。
「マスターの精神力アップ……装備1つで魔術が使えるのか」
随分と簡単なものだ。
だが、果たして半人前の身でどこまで礼装に付属している効果を使いこなせるか。
「鳳凰のマフラー……サーヴァントの体力を小回復……か」
支給されているお金でとりあえず鳳凰のマフラーとやらを買ってみる。

それから端末で操作し、礼装装備から試しに鳳凰のマフラーを選択。
月海原学園の制服という外見が変わったわけではないが、これで装備したことになったらしい。実感が湧かない。

他にも買えるだけ回復アイテムとパン類を買い、購買を出た。










階段を登り、1階に戻る。ここからアリーナに行くつもりだ。
だがそこで、思わぬ人と出会ってしまった。
「ねえねえ衛宮くん、ちょっと先生のお願い、聞いてくれないかなー?」
間違いなく藤村大河その人だ。
「ふ、藤ねえ……」

分かっている。ここの藤村大河はNPCだ。
聖杯よ、どうしてこうも衛宮士郎と関わりのある人物ばかりをNPCに選ぶのだ。

「むー、駄目よ衛宮くん。いくら先生が好きでもその愛称は駄目だわ」
大河は本物と変わらぬハイテンションで続ける。
「それで実はね、私の愛用の竹刀が行方不明なのよ。用具室に置いといたら、アリーナに紛れ込んじゃったみたいで……。だから、アリーナから、竹刀を取ってきてほしいの、それで一回戦の間に渡してくれればいいわ。ただ、私も毎日いるわけじゃないから、タイミングよく、声をかけてね。じゃあ、よろしくー」
そう言い、大河は去っていった。
「……竹刀? まさか、あれじゃあ……」
虎のストラップがついている竹刀を思い出してしまう。

藤村大河愛用の竹刀といえば、アレしかない。
アーチャーも今の士郎と同じような顔をしているはずだ。

「……なあ、わざと忘れていい……よな?」
「……フ、忘れたければ忘れるがいい。ただしその後は知らんぞ」
「うっ……」
忘れたら虎が爆発しそうな気がする。








[20888] 1回戦 1日目ー7
Name: りお◆dea7f8d4 ID:37190350
Date: 2010/09/23 23:11
その場所には学校の面影など微塵も残っていなかった。
床も壁も、空気、気配、全て違う。いつ物陰から怪物が現れてもおかしくない、異様な空間。

アリーナはまさに地下迷宮ダンジョンと呼ぶのに相応しい場所だ。


予選のとき、あの人形を連れて歩き回った場所とよく似ているが、どこか違う。


ここがアリーナ。
この聖杯戦争で戦闘が唯一許可された空間。



 ≪一の月想海 第一層≫


「不適格なマスターを排除するためセラフが敵性プログラムエネミーを放っているようだが、半人前マスター鍛錬には丁度いいだろうさ」
「……半人前ってのは、俺のことか?」
「他に誰がいる?」
「ぐっ……」
半人前なのは自分でも認める。

だが、よりにもよってアーチャーに言われたくはないというのが士郎の心情だ。

「ま、せいぜいお前が死なないよう護衛に徹するとするか」
「お前に守ってもらわなくても大丈夫だ!」
「ほう……」
アーチャーの目が怪しげに光った……気がした。
「なら、やってみるか?」
そう言うと、アーチャーは士郎の学生服の襟を掴み……ブロックのような敵性プログラムエネミーKLEINの前に放り投げた。
「んなっ!?」
とっさに受け身を取って床に着地するが、エネミーは士郎を敵と認識してしまう。

ブロックのような体を使い、体当たりしてきた。

投影トレース開始オン!」
士郎の両手に干将・莫耶が現れ、瞬時にエネミーの体当たり攻撃を防ぐ。
「あ、危ないだろ!」
「ほら、来るぞ」
アーチャーに叫ぶが、当のアーチャーは本来守るべきマスターを敵の目の前に投げておいて、マスターの後ろで平然と腕を組んで立っている。
「このっ……!」

敵の前で背中を見せるなど愚の骨頂。

アーチャーに気を取られたすきに、KLEINが突進してくる。
大きなモーションの突進を避け、士郎は左手の莫耶で思い切り斬りつけた。

KLEINの姿が塵となって消えていく。

それを確認してから士郎は投影した干将・莫耶を破棄して、アーチャーに詰め寄った。
「アーチャー……!」
「衛宮士郎、ひとつ収穫ではないか」
「何がだ!」
士郎をアーチャーが鼻で笑う。
「アリーナでマスターも魔術が使え、なお且つ敵性プログラムエネミーと渡り合える」
「あ、そういえば……」
先ほどはただ理不尽なアーチャーへの怒りで頭が一杯だったが、確かに戦えた。
投影精度にも問題ない。ランクが1つ落ちるのは仕方ないことだが。
「……だからって、俺を投げることないだろ!」
「未熟者の実力を見ただけだ」

悪びれてないアーチャーは、密かに準備していた投影の設計図を破棄する。

その代わりに小さく「同調トレース……」と呟いたのだが、それは士郎の耳に入らなかった。
そしてアーチャーが訝しげな顔をしたのだが、鬱憤を溜め込んでいる士郎は気付かない。

それからアーチャーは今自分が何をしたのかおくびにも出さず、いつもの皮肉気な笑みを浮かべた。
「まあ今の敵性プログラムエネミーは雑魚だったようだからな、かろうじて及第点というところか」
「っ……いいさ! 次はテメーをぎゃふんと言わせてやる!」
「ほう、サーヴァントの代わりに戦ってくれるとは、従者思いのマスターで助かる」
「ああ見てろ! この程度なら簡単に倒してやる!」
そう宣言して、士郎はずんずんアリーナを進んでいく。

途中出合った2体目のKLEINを八つ当たり気味に莫耶で斬り払い、アイテムフォルダからアイテムを取り出した。
中身はサーヴァントの体力を回復させる「エーテルの欠片」。
それを見て、士郎は肩を落とす。
「……マスターの体力を回復させるアイテムはないのか……?」
そんな士郎を後から悠々と歩いてきたアーチャーが笑う。
「マスター自身が戦うなど、セラフも想定していないだろうな。大人しく精神力でも回復しとけ」
「誰のせいで疲れたと思ってるんだよ!」
「ほう、自分の未熟さを棚に上げて私を非難するか?」
「うっ……もういい! じゃあお前が実験台になれ!」
士郎は端末を操作し、『heal(16)』を選択。

するとアーチャーが淡い緑色の光に包まれた。

「……成功した……!」
それを見て、士郎は目を丸くする。

今まで強化、投影くらいしか成功しないへっぽこ魔術師が治癒術を使えたのだ。

「……ふむ、礼装の保有スキルは装備しているだけで使用可能か。たとえ使用者が未熟者でも無関係とは……」
アーチャーが何やら呟いている。
「他の魔術もこんなに簡単に使えたらいいのに……」
「諦めろ。我々は1に特化した魔術師だ」
「分かってるよ……言ってみただけだ」
他の魔術も簡単にできれば遠坂の負担を減らせるのに、と士郎が呟いたのを聞いて、アーチャーは溜め息をついた。

それはアーチャーも考えたことである。










適当にアリーナでエネミーと力試しをし、一通りの探索をしてから士郎とアーチャーは学校に帰還する。
時間の管理はセラフがしているらしく、窓から見えた異質な空はすでに暗くなっていた。

1度アリーナを出てしまうと何もやることがないので、2人は大人しく与えられた自室に戻る。

「さて……」
するとやはり偉そうに、アーチャーは足を組んで椅子に座った。
士郎も余っている椅子を引き寄せ、アーチャーの向かいに座る。
「なんでお前と膝を突き合せなきゃいけないんだ……」

アーチャーとの距離は1メートルほど。

「それはこちらの台詞だ。……これでマスターが貴様でなかったら……」
「俺だってお前がサーヴァントなのを我慢してるんだぞ」
「…………」
「…………」
「……この話は止めておくか」
「……ああ」

どうせサーヴァントとマスターは変えられない。
互いに虚しくなるだけだ。

「……それでは、事務的なことを聞こう。
衛宮士郎。体に不調はないか?」
「ん……ああ。記憶があやふやなこと意外は。……あと戦闘でちょっと疲れたけど、これは寝てれば治るだろうし。それがどうかしたのか?」
アーチャーが自分のことを聞いてくるということを怪訝に思いながらも、士郎は素直に答えた。
「……いや。私が貴様と契約を結ぶのにあたって、一番の懸念は魔力の受け渡しだ」
「あ……っ」
そこでようやく士郎は事態に気付いた。

セイバーと契約したとき、魔力の受け渡しが上手くいかず結果的にセイバーを苦しめていたのだ。

「だが、今のところそれは順調に行われている。今回はまともな召還だったからか、それとも私と貴様の関係性故か……何にせよ、万全に戦えるに越したことはない」
「そうか……良かった」
胸を撫で下ろした士郎を見て、アーチャーは訝しげな顔をする。
それに気付いた士郎は憮然とした表情をした。
「いくらお前でも、俺は他人を苦しめるようなことはしたくない」
「……私は貴様が苦しむのなら、歓迎するが」
「ホントお前捻くれてるよな!」
「安心しろ、貴様だけだ」
「だからそれが捻くれてるってんだ!」
アーチャーが喉を震わせ、思わず士郎は席を立った。
「……だが衛宮士郎。今、貴様の体内に鞘はない」
「鞘……?」
「貴様の体を解析して分かったことだがな。……あれば現状の解明に役立つかと思ったのだが」
「おい、鞘って何だよ」
そう士郎が聞くと、アーチャーは少しだけ驚いたような顔をした。
「知らないのか? 彼女の鞘だよ」
「彼女って……セイバー?」
彼女と聞いて、士郎は思い至る人物が1人しかいなかった。

そして2人が「セイバー」と呼ぶのも1人。

「衛宮切嗣は体内に彼女の鞘を埋め込むことで貴様を助けたのだ。……それが触媒となって、彼女を召還したわけだが……」
「そうだったんだ……」

だから何も触媒を持たなかった士郎がセイバーアーサー王を召還できたのだ。

「……知らなかった、ということは彼女に返したわけではないな。となると肉体がどこかに放置され、何らかの原因で魂のみがセラフに紛れ込んだか……」
「……あ、そっか。この体、本物じゃないんだ」
あまりにもリアルで忘れていた。
外見は同じでも、ここにあるのは本物の肉体ではない。
「たわけ。そんなことも忘れていたのか? ……まあ、死ねば肉体の方も活動を停止するがな」
「分かってるさ!」
あえて他の参加者に殺されるという可能性は考えないようにして、士郎は怒鳴った。











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こういう解釈でいいのか、未だに不安です。ちゃんと調べているんですが……。今更ながら、二次創作の難しさを感じています。

任天堂某ゲームをプレイしているため、更新は遅くなります。

とにかく、これで1回戦の1日目は終了。次からは1日がこんなに長くなることはないと思いますが……



[20888] 1回戦 2日目ー1
Name: りお◆7b11cc2f ID:37190350
Date: 2010/10/05 22:44
≪1回戦 2日目≫






朝、突然無機質な電子音が教室中に鳴り響いた。
どうやらポケットにしまいこんだ携帯端末から出ているらしい。
士郎が携帯端末を取り出して確認すると、画面に何やら文字が表示されている。

『::2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』

対戦者の発表。
どうやらようやく1回戦の相手が発表されるらしい。
密かにこのまま対戦者が決まるな、とも思っていたのだが、願いは聞き届けられなかったらしい。
重くなる足取りのまま、士郎は2-A教室を出た。






2階の掲示板には見慣れない一枚の紙が張り出されていた。
真っ白な紙に書かれているのは、2人の名前。

マスター:衛宮士郎。

そしてもう1つの名前は――――。

マスター:間桐慎二
 決戦場:一の月想海

「へえ。まさか衛宮が1回戦の相手とはね。この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ」

それを呆然と見ていると、いつの間にか慎二が隣に立っていた。
「慎二……」
「けど、考えてみればそれもアリかな。僕の友人に振り当てられた以上、君も世界有数の魔術師ウィザードって事だもんな。各の違いは歴然だけど、楽しく友人やってたワケだし。一応、おめでとうと言っておくよ」

そうだ。
仮初の日常とはいえ、慎二とは友人だった。

そして士郎は慎二を友達だと未だ思っている。

「――――そういえば衛宮、お前予選をギリギリで通過したんだって? どうせ、お情けで通してもらったんだろ? いいよねぇ凡俗は、いろいろハンデつけてもらってさ。でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ?」
「分かってる。自分の実力くらいは見極めているつもりだ」
「そうかい? なら僕に勝てないってことくらい分かるよな」
慎二は笑みを浮かべて、前髪を掻き揚げる。
「けど、ここの主催者もなかなか見所あるじゃないか。ほんと、1回戦目から盛り上げてくれるよ。そうだろう? 嗚呼! いかに仮初の友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手にかけねばならないとは! 悲しいな、なんと過酷な運命なんだろうか。主人公の定番とはいえ、こればかりは僕も心苦しいよ」
慎二は陶酔した顔で叫ぶが、すぐにいつものにやついた表情に戻って士郎の肩をぽんと叩く。
「ま、正々堂々と戦おうじゃないか。大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだから」
「慎二……どうしても戦わなきゃいけないのか?」
「当然だろ?」
それが当たり前のように頷く。

たった1つの聖杯のために殺し合うということを何とも思っていないかのように。

実際慎二にはどうでもいいのだろう。
彼は自分が負けることを考えていないのだから。
だから敗者のことなど気にも留めない。

「それじゃあ、次会う時は敵同士だ。僕らの友情に恥じないよう、いい戦いにしようじゃないか!」
慎二は片手を挙げ、立ち去っていった。
「……慎二と、戦う……」

士郎の知る慎二も聖杯戦争のマスターだった。

慎二を殺さなくて済むと安堵していたのに、まさかこのセラフで慎二と戦わなければならないなんて……。

友人だった人間と殺しあうなんて、悪い夢のようだ。

だがこれは現実。
逃げることは許されない。

アーチャーは何も言わない。
それが今の士郎にはありがたかった。











[20888] 1回戦 2日目ー2
Name: りお◆b266ab89 ID:37190350
Date: 2010/10/30 22:04
こうして時間は過ぎていく。
ずっと慎二と戦わなければいけない、ということで頭が一杯だった士郎は携帯端末の電子音が鳴り響いたことでようやく我に返った。


『::第一暗号鍵プライマトリガーを生成
 第一層にて取得されたし』


第一暗号鍵プライマトリガー
聞き覚えのない単語に士郎は首を傾げる。

字面から察すると何かの鍵のようだ。

「……気が進まないが、あいつに聞くか」

本来なら顔を合わせたくない相手。
だが最低限のルールを聞かなければ先には進めない。

……慎二と殺し合うことを考えないようにして。







2階の階段前に言峰は立っていた。
「若きマスターよ。アリーナに向かう前に、私の話を聞いていきたまえ」
士郎が声を掛ける前に話しかけられる。

どうやら士郎を待っていたらしい。

「先ほど端末に第一暗号鍵が生成されたと通信があっただろう? 本戦の参加者は皆、6日の猶予期間のうちに、この暗号鍵トリガーを2つ、揃えなければならないルールとなっている」
暗号鍵トリガー……?」
携帯端末に届いた連絡にも出ていた単語に、士郎は首を傾げる。
暗号鍵トリガーとは、マスター同士が雌雄を決する闘技場の鍵だ。それをマスター自身の手で、猶予期間に集めてもらおうというわけだが――――それすら達成できないようでは、闘技場に入る前に電脳死ゲームオーバーを迎えることになるだろう。……なに、それほど身構えなくてもいい。決戦に値するかどうかを示す、簡単な試練ダスクだよ」
ゲームオーバー、という単語に無意識に身構えてしまったのを見て、言峰が付け加えた。
「……その、暗号鍵トリガーってのを、2つ集めればいいのか?」
「その通りだ。アリーナは、各対戦でそれぞれ2つの階層から構成されている。そして暗号鍵トリガーは各階層で1つずつ生成される。よって、各対戦で生成されるトリガーは2つだ。君たちマスターには、それを取得してもらう。その2つのトリガーを便宜上、第一暗号鍵プライマトリガー第二暗号鍵セカンダトリガー、と呼んでいる。
暗号鍵トリガーが準備出来次第、聖杯から君の端末に通達が入る。注意して待つがいい
「……分かった」

先ほどの通信は、その第一暗号鍵プライマトリガーが準備出来たということだったらしい。

「注意点を伝えておくが、7日目に闘技場に入る前の私闘は、学園であれアリーナであれ禁止されている。万が一アリーナで私闘に及んだ場合は、15秒ほどでシステム側から強制終了されるだろう。学園での私闘には、マスターのステータス低下という罰則が加えられる。気をつけたまえ」
「……ああ、分かった」

裏を返せば、罰則さえ構わなければ学園で仕掛けることも可能ということだ。

そのことに気付きつつも、士郎は何も言わなかった。











「やっと対戦者が決まったんだ。相手は……間桐くん? そうかぁ……。彼は結構強いわよ。割とその筋では有名なハッカーだし。ま、がんばってね」
2-Aにいた女生徒が同情するかのような目を向けて、教室を出て行った。
「……まあ、慎二でも勝ちあがるんだから、予選はよほど鈍くないと負けないよな。本戦も勝ち残れるかは判らないが……。参加者は皆、世界有数のハッカーたちだしな」
「そうなのか?」
男子生徒の言葉に、士郎は驚いた。
「おいおい、そうでなきゃ予選にも来れないだろ?」

そう言われても士郎がここに来たのは事故だ。
だからハッキングの知識もない。

恐らく参加者の中でも士郎は最弱の部類だろう。
そしてそれは士郎も自覚している。

「まあ、俺は遠坂や慎二みたくカスタムアバターは出来ないけどよ」
「カスタムアバター……?」
また知らない単語が出てきて、士郎は首を傾げる。
「ほら、みんな似たようなアバター使ってアクセスしてるだろ? だから誰がいるか分からないしさ……そういえば、衛宮もカスタムアバターだよな?」
「えっと……」

セラフに入るとき、一般的な魔術師は既存するモデルから自分となる分身アバターを選択しているのだろう。意識していなかったが、だから誰もがどこか似たような外見なのだ。
だが凛や慎二はそのアバターを独自に持っているため、他のマスターと違って見分けがつきやすい。
しかも凛は皆が一般的に着ている月海原学園の制服を着ていない。
それだけ実力が違う、と思っていいかもしれない。

とすると士郎も自分の覚えている自分の顔なのだから、平均よりかは上なのだろうか。

そういえば、士郎の脳裏に1人の少年が浮かんだ。
オレンジ色のスーツに身を包んだ、圧倒的な存在感を纏う少年を。

確か名前は……。

「あの、レオって子もか」
予選の自己紹介でそう呼ばれていた気がする。
「ああ、あのハーウェイの次期当主ね」
別の女生徒が教えてくれた。
「え、次期当主って……?」
「あら、知らないの? レオナルドはハーウェイの次期当主よ。あの若さで選ばれるくらいだから、相当出来もいいんでしょうね。……まさか、ハーウェイからあの子が来るとは思わなかったわ」
そう言われても士郎はハーウェイのことを知らない。

分かったのはハーウェイという有名な組織の次期当主がレオ、ということくらいだった。













「今日から保健室に支給品が届いたんですよ。1回戦に1度だけ、マスターの皆さんに支給ができますので、暇なときにでも立ち寄ってみてくださいね」
保健室に立ち寄ると、桜からエーテルの粉末が手渡された。

サーヴァントの体力を僅かだが回復させるアイテムだ。

「……ありがとう、桜」
強張った顔で士郎は礼を言う。
「どういたしまして」

この桜もAI。
元にしてるのは間違いなく士郎の知る桜だろう。

他にも言峰に藤村大河、それに柳洞一成。
どうしてこうも士郎と関わりのある人たちがNPCとして選ばれているのだろうか。


彼らの顔を見るたびに士郎の胸が痛む。


そして……。


1階のホールには慎二がいた。

「慎二……」

士郎の知る慎二とよく似た、同じ名前の別人。
慎二と戦うということを考えるだけで、士郎の思考が鈍る。

「お、衛宮。お前もトリガーを取りに行くのかい? 悪いけど、僕もこれから行くところさ。お前みたいなノロマには取れないかもしれないけどさ、精々頑張んなよ、あはは!」
高笑いしながら、慎二はアリーナの方へ向かう。
「……やれやれ。どこであろうと変わらない人相というのはあるのだな。凛といいあいつといい……」
「だけど……慎二はいい奴だぞ?」

士郎がこういう性格だからこそ、慎二とは上手く付き合っていけたというのに。

「……とにかく、我々もアリーナに向かうとするか」
「……分かった」
気は乗らないが、慎二の後を追ってアリーナへと向かった。








 ≪一の月想海 第一層≫

やはりと言うべきか、アリーナでは慎二が待ち構えているらしい。
「ふむ、この気配……気をつけろマスター。どうやら慎二がサーヴァントを連れてきているようだぞ」
その言葉に士郎は唾を飲み込む。
「しかし、これは何か情報を得られる好機かもしれん。アリーナに奴らがいるうちに、探し当てるべきだな」
「お前……どうしてそう冷静なんだよ。相手は慎二なんだぞ」
「そう言われても、私はマスターを勝ち残らせるために呼ばれたサーヴァントだ。……まあ、そのマスターが勝ち残る意思がないのなら、それを尊重するが」
「………」
黙り込む士郎を見て、アーチャーは嘆息する。
「……敵マスターと接触することが好機か、命の聞きかは状況次第だが……今日のところは相手の手の内を……貴様の覚悟を知る好機と考えてよかろう」
アーチャーが立ち止まる。それより1歩送れて士郎も立ち止まった。

通路の先で慎二と、見知らぬ女性が待ち構えていた。

慎二の隣にいる女性がサーヴァントだろう。
腰まで届く緋色の髪、顔を斜めに走る傷が目を引く。白いパンツに太ももまである黒いブーツを履いている。はだけている胸に思わず目がいき……すぐに士郎は顔を逸らした。

「遅かったじゃないか、衛宮。お前があまりにモタモタしてるから、僕はもう暗号鍵トリガーをゲットしちゃったよ! あははっ、そんな顔するなよ? 才能の差ってやつだからね。うん、気にしなくていいよ!」
士郎は表情を変えたつもりはないのだが、慎二にはそう見えたのだろう。
「はっ、ついでだ。どうせ勝てないだろうから、僕のサーヴァントを見せてあげるよ。暗号鍵トリガーを手に入れられないなら、ここでゲームオーバーになるのも、同じ事だろ? 蜂の巣にしちゃってよ、遠慮なくさ!」
慎二がサーヴァントを見上げて言った。するとサーヴァントが肩を竦める。
「うん、お喋りはもうお終いいかい? もったいないねぇ。なかなか聞き応えがあったのに」
それから士郎へと視線を移し、
「ほら、うちのマスターは人間付き合いがご存知の通りヘタクソだろ? 坊やとは珍しく意気投合しているんで、平和的解決もアリかと思ってたんだがねぇ」
「あ、俺としても平和的解決を望んでいるんだけど」
平和的解決が出来るならそれに越したことはない。
「な、なに勝手に僕を分析してんだよおまえっ。コイツとはただのライバル! いいから痛めつけてやってよ! 衛宮も! 勝手に和むな!」
「おやおや、素直じゃないねえ。だがまあ、自称親友を叩きのめす性根の悪さはアタシ好みだ。いい悪党っぷりだよシンジ。報酬をたっぷり用意しときな!」

サーヴァントが二丁の銃を抜く。
どう見ても、あれが武器。

「……やれやれ」
嘆息をしアーチャーが士郎の前に出る。
敵性プログラムエネミーならともかく、サーヴァント相手にマスターを戦わせるわけにはいくまい。下がっていろ、衛宮士郎」
そう干将・莫耶を投影し、アーチャーは女性サーヴァントと対峙する。

これが戦いの合図。

とたん、アリーナが赤く染まった。

『セラフより警告≫アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています』

そんな文字が士郎と慎二を取り巻く。
言峰の言ったとおり、このまま戦闘を続ければ20秒ほどで強制終了されるのだろう。

それまで凌げればいい。

「チッ、もう気付かれたのかよ」
「なーに、手早く済ませればいいさ」

女性サーヴァントがアーチャーに向けて発砲する。

ただの銃弾がサーヴァントに効くわけがない。
だが相手もサーヴァント。当たり所が悪ければアーチャーも危険だろう。

それが分かっているから、アーチャーは銃弾を陰陽の剣で防ぐ。
そしてサーヴァントへと距離を詰めた。

干将の攻撃が拳銃で受け止められる。

「甘いんだよ!」

アーチャーの眉間を狙い、拳銃が発砲された。
身を屈めることでそえを避け、アーチャーは下から莫耶を斬り上げる。
「チィッ!」
すぐさまサーヴァントはアーチャーから距離を取り、体勢を立て直した。


『セラフより警告≫アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています』


その文字を無視し、サーヴァントが銃の狙いを定めた。
「稼げるときに思いっきりふんだくるのがアタシの主義さ!」
サーヴァントが銃を連射し、アーチャーを近づけまいとする。
「やれやれ」

一見無造作に、アーチャーが干将を投げた。

「どこ狙ってんだい!?」
干将はサーヴァントを掠めて飛んでいく。

だがサーヴァントが僅かに干将に気を取られた隙に、アーチャーはサーヴァントとの距離を詰めていた。

「チッ!」

アーチャーの間合いに入ってしまったサーヴァントはすぐに距離を取ろうとする。
だがとっさに身を横に捌き、背後から飛んできた干将を避けた。

「よく気付いた。腕の1本でも貰うつもりでいたが」

ここでこのサーヴァントを倒してしまってはセラフからペナルティを受ける。
ならばペナルティを受けない範囲で、7日目の決戦日まで治らないように痛めつければいいたけのこと。


『セラフより警告≫アリーナ内でのマスター同士の戦いは禁止されています』


「この……倍返しさ!」

鷹の目とも言われるほどの目を持つアーチャーにとって、直線的な軌道しか持たない拳銃の弾を避けるのは造作もないこと。
新に干将を投影し、今度は莫耶も同時に投げる。
「自分の武器を投げるたあ、随分と余裕だね!」
円を描くかのような軌道を取る1対の中華剣を、サーヴァントは前に出ることで避けた。


『セラフより警告≫あと5秒で、戦闘を強制終了します』


「藻屑と消えな!」
最後の足掻きとばかりにサーヴァントが銃を乱射する。
無手となったアーチャーは、あえて何も投影せず、黙ってそれらの攻撃をかわし続けた。

セラフの宣言通り5秒後、2人のサーヴァントがまるで見えない手があるかのように強引に引き剥がされた。

「チッ……セラフに感知されたか。まあいい、止めを刺すまでもないからね」
慎二がせせら笑った。
「衛宮はゴミのように這いつくばっていればいいさ! 泣いて頼めば、子分にしてやってもいいぜ? まあ、このゲームの賞金も、少しは恵んでやるよ。あははははははっ!」

アリーナから慎二とサーヴァントが消える。
帰還アイテム「リターンクリスタル」を使ったのだろう。

「ふむ……凌いだか」
「アーチャー……」
ようやく士郎は詰めていた息を吐く。
「しかし、あのサーヴァントの武器が銃だと分かったのは収穫だな。断言はできないが、飛び道具を使うなら、奴のクラスは私と同じアーチャーかもしれん」
「あ、そっか……」

弓兵アーチャーだからといって弓を使うとは限らないのだ。
何かを投擲する技能に優れていれば弓兵アーチャーのクラスになることは可能。

あのギルガメッシュ英雄王のように。

「……だけどさ、お前弓兵アーチャーだけど剣使うよな?」
「ム……」
表情を少しだけ曇らせたアーチャーを見て、士郎の気分が少しだけ晴れた。










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今回から少し眺めの投稿にしてみようと思います。そのせいで更新が遅くなるかもしれませんけど。……というより遅くなってますね。

先頭描写、如何でしょうか。次からはまた別の書き方をしてみようと思います。
やっぱり難しいんですよね……。



[20888] 1回戦 3日目
Name: りお◆d5212569 ID:37190350
Date: 2010/12/08 20:46
≪1回戦 3日目≫



この戦いは相手の情報を入手することに大きな意味がある。そのためには学園でも1日1日注意深く調査をする必要がある。
アリーナに入ってしまえば、その日の学園での調査はやり直すことが出来ない。そして仮想世界とはいえ、そこにいるのは生きた人間。その日に起こっていることが翌日も起きるとは限らない。

だからこそアリーナに入る前には学園内を調査し、他者の話に耳を傾けるのを習慣にしなければならないのだ。








2階の廊下を歩いていると、遠くで慎二の声が聞こえてきた。
「あの男、早速揉め事を起こしているようだな」
あまりに慎二らしく、士郎は苦笑する。
「何か情報が得られるかもしれないぞ、慎二だしな」
「……行けばいいんだろ? 行けば」
「分かってるじゃないか。戦うにしろ戦わないにしろ、相手の情報を得ていることはマイナスにはならない」
溜め息をついて士郎は慎二の方へと足音を忍ばせて近寄る。

慎二は誰かと話しているようだ。
今まで慎二の影に隠れていたせいで見えなかったが……。

「君はもうアリーナには入ったのかい? なかなか面白いとこだったよ? ファンタジックなものかと思ってたけど、わりとプリミティブなアプローチだったね。神話再現的な静かの海ってところかな、さっき、アームストロングをサーヴァントにしているマスターも見かけたしねぇ。いや、シャレてるよ。海ってのはホントいいテーマだ。このゲーム、結構よくできてるじゃないか」
「あら、その分じゃいいサーヴァントを引いたみたいね。アジア圏有数のクラッカー、マトウシンジ君?」

慎二と話していたのは遠坂凛だった。
どうやら2人は面識があるらしい。

「ああ。君には何度か煮え湯を飲まされたけど、今回は僕の勝ちだぜ? 僕と、彼女の艦隊はまさに無敵。いくら君が逆立ちしても、今回ばかりは届かない存在さ」
「へぇ、サーヴァントの情報を敵に喋っちゃうなんて、マトウくんったら、随分と余裕なんだ」

凛はシンジの自慢を余裕で流している。言動は家訓の通り優雅だった。

自分の失態に気付き、シンジの顔がさっと赤くなる。
「う……そ、そうさ! あんまり一方的だとつまらないから、ハンデってヤツさ! で、でも大したハンデじゃないか、な? ほら、僕の部ラフかもしれないし、参考にする価値はないかもだよ……?」
「そうね。さっきの迂闊な発言からじゃ、真名は想像の域を出ない。ま、それでも艦隊を操るクラスなら、候補は絞られているようなものだし、どうせ攻撃も艦なんでしょ? 艦砲射撃だとか、或いは……突撃でもしてくるのかしらね。どのみち、物理攻撃な気がするけど」
「う……」
「ま、今のわたしに出来るのは物理防壁を大量に用意しておくぐらいかしら」
慎二の顔が、みるみる青くなる。

サーヴァントの情報が敵に知られれば、対策も立てられてしまう。
個々の力が強力である以上、一方だけが対策を立ててしまえば戦いの結果は明らかだ。

「あ、ひとつ忠告しておくけど。私の分析アナライズが正しいなら、『無敵艦隊』はどうなのかしらね。それはむしろ彼女の敵側の渾名だし? せっかくのサーヴァントも、気を悪くしちゃうわよ」
「ふ、ふん……まあいいさ。知識だけあっても、実践できなきゃ意味ないし。君と僕が必ず戦うとも限らないしね」
慎二はそんな捨て台詞を吐いて立ち去るのが精一杯だった。

慎二が凛に背中を向け……士郎の方へ向かってくる。
物陰に隠れていたわけではないので、士郎はすぐに慎二に見つかってしまった。

「お前……! まさか、そこでずっと見てたわけ!? ふ、ふん……どうせお前じゃ、僕の無敵艦……いや、サーヴァントは止められないさ。どっちにしろ僕の勝ちは動かない。じゃあな。お前も精々頑張れば?」
士郎が何も言う暇もなく、慎二は横を通り過ぎて行った。
「……やれやれ。緊張感に欠けるマスターが多いわね」
凛も後に続き、士郎の横を通って行く。

「凛の言う通りだな。確かに、慎二はこの聖杯戦争での情報の重要性を全く理解していないようだ。らしいと言えばらしいが」

アーチャーが士郎の隣に並んだ。
「あんな間抜けは滅多にいないだろうが、とにかく学園でもアリーナ同様重要な情報が得られる可能性がある。今後も注意して調査をしてくれよ?」
「……分かった」

情報の大切さは痛切している。
もしランサークーフーリンの名と宝具を知っていれば、セイバーアルトリアが貫かれることもなかっただろう。

「……悔いの残らないよう、学園もアリーナも、探索、調査には万全を期することだな」
それっきり、アーチャーは姿を消した。










とりあえず凛が言っていた無敵艦隊について調べるため、士郎は図書館に入った。
月海原学園の図書館はかなりの蔵書数を誇り、ジャンルも多岐に渡る。中にはライトノベルまである。
「えっと……」
目当ての本は、様々な偉人に関する書籍が並ぶ世界史関連の棚ですぐに見つかった。



『無敵艦隊について』
大航海時代におけるスペインの海軍の異名。
千トン級以上の大型船100隻以上を主軸とし、合計六万五千人からなる英国征服艦隊。
スペインを「太陽の沈まぬ王国」と謳わしめた無敵の艦隊である。



凛はさらに「敵側の渾名」と言っていた。
それを信じるなら、慎二のサーヴァントはスペインの無敵艦隊を打ち破ったイギリス出身の英雄ということになる。

そして武器が二丁拳銃。


「二丁拳銃を使いそうな英雄? うーん……伊達政宗とかは、使っててもイメージが崩れなさそうだけど」

これは図書室にいた男子生徒の談。
「……そうか?」

伊達政宗といえば戦国時代の武将。それなのにどうして二丁拳銃を使うイメージがあるのか分からない。

「え? 知らないのかい? 2010年頃の戦国ブーム。その発端となったゲームで、伊達政宗は英語交じりに話してたんだよ」
「そ、そうなのか……?」
士郎の知らない世界に戸惑ってしまう。

あまり知らないほうがいいのかもしれない。

「まあ、想像するだけなら楽しいもんだけど、中々難しいねぇ」

そんなものだろうか。










「衛宮は暗号鍵トリガー取ったのか?」
「昨日は慎二と少しあって……行けなかったんだ」
「俺もまだ、暗号鍵トリガー1個も取ってないんだよね。まあ、まだ今日を入れて4日あるし、一気に取りにいくさ」

昨日暗号鍵トリガー発生のメールが来たのだから、まだ取れてない生徒が沢山いてもおかしくない。
士郎と、この男子生徒もそうらしい。

「へえ……もしかして、慎二くんと戦ったの?」
「……ああ」
女子生徒の言葉に少し躊躇ってから士郎は頷く。
「決戦日まで、私闘は禁じられてるって言峰神父に言われなかった? セラフの強制終了される程度ならいいけど、ペナルティが発生することもあるらしいから、気をつけなさいよ」
「そうするよ」
「間桐慎二とやりあったの? で、どうだった? 彼は強かった?」
するとまた別の女子生徒が興味津々で聞いてきた。
「……まあ」

だが、セイバーアルトリアやあのランサークーフーリンのような威圧感を感じたわけではない。

かといって、サーヴァント相手に士郎が勝てるわけがないのだが。

「そう……君が情報を何も持たずに挑んだのなら、その結果は当然。英霊が強力なら尚更ね。弱点も調べずに戦うなんて、自殺行為もいいところだわ」
「俺も頑張ってるんだけど、敵のガードが固くてさ。慎二みたいにペラペラ喋ってくれるヤツだとあり難いんだけどな」
男子生徒がそう溜め息をついた。

昨日廊下で慎二と凛が言い合っていたことはすでに広まっているらしい。

「そういえばさ、対戦者とちょっと話をしたんだけど、サーヴァントはマスターに縁のある英霊が選ばれるみたいね」
「そうなのか?」
士郎はそう言った女子生徒の顔を見る。
「ええ。もちろん、必ずそうとは限らないんでしょうけど」
「興味深いものよね、選定というものも」

ここにいるマスターたちは英雄と縁のある物を持っているわけではないのだ。

「……俺、どうやってもあいつを召還することになるのか?」

だが例え互いに嫌悪していたとしても、衛宮士郎はエミヤシロウアーチャーを召還してしまうだろう。
もしくはアルトリアセイバーか。


しかし、触媒が必要ないことを考えると士郎と縁のある英雄は他にもいることになる。
クーフーリンランサーにはその槍で心臓を貫かれたし、メデューサライダーは士郎が通う穂群原に結界を張った。メディアキャスターだって冬木の人から生命力を奪ったのを考えれば、縁があると言ってもいいかもしれない。そのメディアキャスターに召還された佐々木小次郎アサシンヘラクレスバーサーカーにだってセイバーと共に追い詰めらりもした。士郎の投影の種類が豊富なのはギルガメッシュアーチャーのお陰でもある。

……今回の聖杯戦争のなかで、士郎ほど英雄を知っている参加者もいまい。

「そういうのも情報マトリクスに載ってればいいのにね」
「……ああ、これか」
士郎は端末を取り出し、マトリクスの画面を呼び出す。

そこには自分のサーヴァントの情報と、対戦したサーヴァントの情報が載せられることになっていた。

相手の情報を得ることが勝利のカギ、と言っても過言ではないこの聖杯戦争。
対戦相手を調査し、それで得た情報は端末の「情報マトリスク」に自動的に記録されている。

現在士郎の画面に載っているのは「アーチャー」と「アーチャー?」の2つ。
1番上のアーチャーは言わずもがなエミヤシロウのこと。

しかし真名の欄は未だ埋まっていない。

その下の「アーチャー?」には慎二と、アリーナで出会った慎二のサーヴァントの画像が映し出されていた。
クラスにはハテナがついているし、真名も宝具もまだ分かっていない。クラススキルと保有スキルも同様だった。

情報を手に入れれば、空白は全て埋まるはず。













「しかし、128人の魔術師と戦うとは、風変わりな聖杯戦争もあったものだ。7人と戦うところしか原型を留めてないじゃないか」
アリーナ探索をしていると、アーチャーがそう呟くのが聞こえた。
「127人も犠牲になるんだ……こんな聖杯戦争、一体誰が……」
「……衛宮士郎」
アーチャーが足を止めた。
「な、なんだよ……」
その視線に士郎はたじろいでしまう。
「冬木の聖杯戦争を始めたのはアインツベルン、遠坂、そしてマキリというのは知っているな?」
「あ、ああ」
「だが、このセラフの聖杯戦争のルールを、誰かが定めたわけではない。セラフで行われる聖杯戦争に意思があってはならない」
「え……?」
訳が分からないという顔をする士郎に、アーチャーは珍しく丁寧に教える。
「純粋な生存競争に何らかの作為が交じっている、それはつまり聖杯の代行者がいるということだ。転じて聖杯の所有者ということになる。持ち主がいるのなら、聖杯戦争は起こらない」
「あ……!」

あの冬木の聖杯戦争だって、過去4回勝者がいなかったから起きているということだ。
肝心の第五回聖杯戦争がどうなったか、士郎の記憶にはないが、きっと無事に終わったのだと信じている。

「……しかし、よりにもよって20世紀の学校を戦いの舞台にするとはな。私はともかく、他の英霊には迷惑な話だろうさ。ただの偶然か、選定基準に何らかの意思が介在しているのか。一兵士として偶然であることを願いたいが――――聖杯そのものが用意したのであれば、ただの偶然だろうな」
「……だといいな。っと」
アイテムフォルダを発見し、開いてみる。


竹刀を手に入れた。


「……竹刀?」
「竹刀……だと?」



竹刀  竹を束ねた剣道用の道具。

解説 タイガーが学生時代から愛用していた竹刀。



「……やっぱ虎竹刀……!」
「くっ……セラフめ、何もこれまで再現しなくてもいいだろうが!」

藤村大河や言峰、柳洞一成という馴染みのあるメンバーだけでなく、まさかこんなアイテムまであるとは。

「ど、どうしようアーチャー。これ、藤ねぇに渡したほうがいいのか?」
「いくら藤ねぇでも、校舎の中で暴れることはないだろうが……多分……」
アーチャーも自信なさげなのは藤村大河という女性をよく知っているからだ。

あの無茶っぷりで死亡フラグですら叩き壊す勢いなのだから。
もしかしたらサーヴァントが相手でも負けないかもしれない、と思ってしまう。

「と、とりあえず……頼まれたからには渡した方がいいよな……?」
「……私は知らんぞ。それより……暗号鍵トリガーを取りに行かんか?」
「あ、ああ……」

結論。
存在を忘れることにした。










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