矢澤祐史(奈良ダルク)
リカバリー・ダイナミクス・プログラム(Recovery Dynamics Program)
日本におけるアディクション治療の伝承
龍谷大学 矯正・保護研究センター研究年報第7号、2010年10月発行予定
はじめに
本稿は,奈良ダルクで実践している依存症回復プログラムについて論じる.奈良ダルクは,導入するプログラムの選択にあたり,依存症関連問題の先進国であり様々な形態のプログラムが存在する欧米に目を向け,調査を継続してきた.日本に導入できる効果的なプログラムの検討を進めた結果,12ステッププログラム(以下12ステップとする)を多角的な視点から再解釈,再構築を図り,施設用の回復プログラムとして高い効果を上げている「Recovery Dynamics Program」(以下RDとする)に着目し,奈良ダルクの回復プログラムとして導入し実施している.RDはクライアントに対して12ステップを手渡すことに尽きるため,一般的な心理カウンセラーとしての専門的な技術を求めていない.米国の施設では,RDを手渡すための手引きとして,400頁にも及ぶ詳細なカウンセラー用マニュアルが用意されている.
本稿では,回復施設のスタッフとしての関わりの中で見えてきた問題点と,その解決策として導入したRDの実施結果を提示したうえで,これからの回復施設に必要な要素を考察する.なお,筆者が依存症を持つ当事者であることから,自助グループへの参加歴と経験が考えとして多分に含まれていることを先に申し上げておきたい.また,12ステップおよびRDについては簡単に触れているため,参考文献で理解を深めていただきたい.
1.日本における12ステップ・プログラムの現状と問題点
12ステップは,1935年に成立したアルコール依存症からの回復を目指す自助グループ「AA(アルコホーリクス・アノニマス)」(以下AA とする)で始まった.現在,AAは世界180カ国に広がりをみせている.また,アルコールの問題に限らず,薬物やギャンブルなどの様々な12ステップグループが立ち上がり,そのグループは現在200種類にも及ぶ.12ステップは世界中で依存症に苦しむ人たちの回復における中心的プログラムであり,その生き方の拠り所となっている.日本の回復施設の多くでは,12ステップを中心とした回復プログラムが組まれており,12ステップは各施設の共通プログラムであり共通言語の役割を果たしている.
日本における薬物依存症回復の中心的な施設であるダルクが誕生してから25年が経過し,現在全国54カ所以上に存在している.しかし,施設によって行われているプログラムの傾向には大きな差異がある.この差異を良い意味での個性と考えれば,幅広い傾向を持つ依存症者に対して有効な一面となりうる場合もある.RD導入以前の奈良ダルクでは,より影響力のある個人の回復ストーリーを施設のプログラムの根底に置き,12ステップを実践的な原理というよりは感覚的なものとして伝える傾向があった.プログラムの伝承には,個人の経験的,感覚的な部分も大切であるとされてきたが,その部分に重点を置きすぎることはプログラムの特異化を招き,12ステップの特徴である汎用性を損なうことになる.というのも,個人の経験に基づくプログラムの伝承は,あくまでその基礎となる12ステップの実践に基づくものだからである.
12ステップは,本来,1から12の順で連動するプログラムであり,その一部のみを伝えるという使い方はされていない.たとえば,12ステップの一部のみを伝える施設は,12ステップを基盤にプログラムを構築していながら12ステップを基本通りに伝えるスキルを持っていないとも言える.実際,RD導入以前の奈良ダルクは,クライアント・スタッフともに,12ステップをうまく活用することができない状態であった.
また,これまでは,施設においてミーティング(グループセラピー)を中心とした回復プログラムが組まれることが多く,その結果としてミーティング至上主義に陥った.つまり,様々な問題を抱えているクライアントに対し,ミーティングを活用すること以外の有効な対応策を示唆できず,問題の解決をミーティングに丸投げするような傾向が存在した.一般的に,施設入寮中であっても多くのクライアントはミーティングのみで回復を目指しているのが現状である.この現状のために,施設を退寮する段階になっても12ステップを理解できず,施設退寮後12ステップを活用できずに1年から3年で薬物依存症の自助グループNA(ナルコティクス・アノニマス)などから姿を消し,結果的に回復の唯一の手段であったはずのミーティングからも離れてしまうケースが多く見られる.
これらの問題点は,施設だけではなく,ダルクのクライアントが通う12ステップを使用している自助グループにもあてはまる.そこには,ミーティング中心,すなわち,ミーティングに参加し語ること(のみ)で回復できるといった風潮がある.もちろん,自助グループのミーティングに参加することはきわめて重要な回復手段のひとつである.しかしながら,ミーティングへの参加は12ステップの実践ではない.ミーティングの役割は,あくまでも回復を守り維持することであり,回復を進めるプログラムである12ステップを実践するための環境的,心理的基盤を提供することである.AAやNAが「12ステップグループ」と呼ばれる理由はそこにある.12ステップグループは,12ステップ・プログラムがあってこそのものである.この点は,後述のAA文献「Alcoholics Anonymous(通称Big Book)」にもあり,12ステップグループの成立以来一貫して示されてきた点である.したがって,ミーティング至上主義が優勢な日本においては,回復資源としての12ステップの在り方がいびつになり,ローカライズという言葉の範疇に収まりきれないほど変質している可能性がある.問題は,回復のツールとしての12ステップを,本来の効果的な形で手渡せてこなかったことに収束される.以下は筆者の推測にすぎないが,ミーティングとステップの実践を混同するに至った原因は,欧米から回復のメッセージが届き日本に自助グループがはじめて誕生した折,そもそも手順通りに12ステップ・プログラムが手渡されていなかったことにあるのではないだろうか.
以上のような問題認識から,回復のプログラムの基本に立ち返り,12ステップの本来の手渡し方について正確な知識を得る必要があるとの認識に至った.奈良ダルクでは,望ましい形の施設プログラムの条件を検討した結果,「Recovery Dynamics Program」に着目した.その実施について誤解や混乱があるとは言うものの,12ステップは日本の回復プログラムの基本に位置付けられており,その汎用性,実績からも12ステップを中心とすることに疑問の余地はなかった.RDの利点は以下の5点である.(1) 12ステップを部分的にではなく,1つの連続したプログラムのパッケージとして提供できる,(2) 周辺資料やテキストが完備されている,(3) 日本語で提供できる,(4) 比較的短期間にプログラムを終了できる,(5) 米国において確かな治療実績がある.RDは,12ステップを基礎に置く施設プログラムとして,現在7ヶ国400ヶ所以上の回復施設に採用されている.この実績からも,RDが奈良ダルクの求める新しい施設プログラムの要件を満たすものと判断し,2009年度中の導入を目標に計画を進めた.
2.リカバリー・ダイナミクス・プログラム(Recovery Dynamics Program)とは
RDとは,米国の回復施設Serenity Park(アーカンソー州リトルロック)で開発され使用されている依存症治療プログラムであり,全ての12ステップグループの基礎となったAAの基本文献である「Alcoholics Anonymous(通称Big Book)」に書かれている12ステップの手渡し方を,30日間の施設治療プログラムに翻案したものである.クライアントを堅固な回復に導くために,標準化されたプログラム,それに用いる教材,カウンセラー用マニュアルなどが完備され,基本計画に従って進めれば,クライアントは1ヶ月間に1から12までのステップを2巡することができる.またRDは,もともと汎用性に優れている12ステップを基礎においているため,アルコール依存のみならず薬物依存,ギャンブル依存などの各種依存症に対しても効果と実績がある.
前述の通りクライアントは1ヶ月の期間中にステップを2巡する.ステップ4で書き上げる棚卸表を用いてステップ5を完了することは,もちろんこの期間に含まれる.これまで日本の回復施設ではこの段階に至るまでにおおむね1年から3年を要することが多かった事を考えると大きな差異である.RDでは,ステップ1の実践がステップ2の実践を,ステップ2がステップ3を引き起こすというように,ドミノ倒しのように力動的なベクトルを持ち,次のステップへの扉を開いていくと説明される.また,前のステップと次のステップとの関連性についても明確な説明が与えられる.さらに,それぞれのステップが12のステップのなかで持つ意味と役割を明示している.ステップ1から3までは心のワークであるとされるが,それはつまり,ステップ1で自分の問題の正体を知り,ステップ2でその解決策を知る(ステップ1とステップ2はクライアントに徹底的に情報を与え,クライアントはそれを踏まえステップ3へ進む)ということである.そしてステップ3で回復のための行動(4ステップから9ステップを実行すること)を決心する.ステップ4から9までは過去の自分から解放されるための行動のステップである.ステップ10から12までが現在の自分の成長と回復のためのステップとされる.クライアントはセッション期間中に1から9までのステップで過去と向き合い,10から12のステップを用いて日々の回復と成長の維持を図ることを学ぶ.セッション,ワークブック,マニュアルはすべてそのように方向付けがなされている.RDでは,何をするかではなく,どういう順番で行うかが大切だとされ,ステップを順番通りにおこなうことの重要性が強調される.クライアントは12ステップをステップ単位ではなく一連のプログラムとして実践する.この連続性が,プログラムの力動的な効果を生み出す.これまでの日本の回復施設では退寮後に実践するとされてきたステップ4,5も,RDでは12ステップの中の通過すべきポイントとして位置づけられているに過ぎない.これまでの日本の回復施設の大きな傾向として,ステップ1・2・3の重視があげられる.すなわち,施設入寮中はステップ1・2・3についての取り組みを繰り返し,退寮してからその先のステップについて取り組むという流れである.この流れは,前述のクライアントのミーティングからのフェードアウトを助長している一因と考える.ただし,この日本での現状を逆の視点から見れば,多くの施設入寮者がステップ3の段階までクリアしているともいえよう.このことは,奈良ダルクでのRD導入にあたってのアドバンテージとなったとも考えられる.
3.奈良ダルクにおけるリカバリー・ダイナミクス・プログラムの導入
奈良ダルクは,米国Serenity Parkで研修を受けた人物を講師に迎え,2009年9月1日から9月30日までの30日間,午前と午後の1日2回を基本とし,28回のセッションを実施,1ヶ月後7日間のフォローアップを加えたスケジュールでRDの導入を行った.これはSerenity Parkで行われているプログラムとほぼ同じスケジュールである.奈良ダルクのスタッフおよびクライアント,合計16名が参加し,そのうち2名の脱落者を除き,14名がプログラムを完了することとなった.以下,参加したクライアントの中で特徴的な3つのケースに分類し,それぞれについて検討する.
〔ケース1〕RDが有効に機能したケース
2010年5月現在,奈良ダルクではRDを中心的なプログラムとして本格的に取り入れている.以下で経緯を説明する2名はRDの担当者となっている.いずれも熱心にRDに取り組み,セッションの中で中心的な役割を担う.
――経緯
2人は男性,いずれも長い施設経験(10年以上)を持ち,複数の施設(6ヶ所と9ヶ所)を経験しており,従来型の12ステップに関しては十分な知識を有している.年齢は48歳と30歳で,共に最終学歴は高校卒業.暴力的なタイプではなく温厚で配慮がいきとどく皆に頼られるタイプである.理解力,認知力には問題がなく,ともすれば考え込みすぎる傾向がある.毎回の薬物再使用のパターンでは,自身の内面の感情を恥じそれを表現せずに姿を消すという傾向が共通してみられる.セッション中の2人の様子に関しては,特筆するような目立った行動はなく,与えられたプログラムを自主的に進めている印象があった.ただ,ステップ4の過去の棚卸しに関しては2人とも苦しんでいたようであるが,それ以降のステップに関しては順調に推移した.セッション終了後もステップ10の日々の棚卸しを積極的に行い,スポンサー(相談相手)との分かち合いの機会を多く持っている.
――要因
この2人に対しRDが有効に働いた第1の要因は,2人が12ステップに関する十分な知識を有していたことが挙げられるだろう.10年以上の施設経験により,日常的に12ステップに感覚的に触れ続けてきたため,知識が蓄積されていた.このことがRDの理解をより円滑にしたと考える.
第2の要因としては,これまでの経歴からステップ1〜3までの準備が完了していたことである.RDではステップ3で回復への決心を固めることが重要視され,この決心のステップが自らを回復に導くターニングポイントとされる.これまでの日本の回復施設においてはステップ1〜3までが重視される傾向にあり,入所者は事あるごとにステップ1〜3を繰り返し意識させられる.このことから,2人はつまずきがちなステップ3のハードルを比較的容易に越えることができたものと考える.
第3の要因としては,RDと2人のもっていた回復へのポテンシャルがうまくかみ合ったことが挙げられるだろう.2人とも施設にいながらも1年以上のクリーンタイム(薬を使用していない期間)を得たことがなかった.2人とも,施設にいながらも薬を使い,再び違う施設に移動してやり直した経験を持っている.つまり,この2人には,10年以上の施設経験を持ちながらも従来の施設のプログラムでは回復の糸口がつかめずにいたという認識があった.ミーティングや従来型のプログラムの経験と知識を多く持ち,回復への変化を受け入れる動機と準備が整っていたことが,結果的にRDの効果を補強したとも考えられる.
――このケースから見えてきたもの
この2人のケースは,日本でのRDの可能性を検討する上で示唆に富んでいる.このケースで挙げられた要因のほとんどは,これまでの日本の施設経験者についても多かれ少なかれ共通する要素である.長期にわたり施設に入所するものの入退所を繰り返すクライアントは施設ジプシーとも呼ばれ,問題視されている.RDの導入はこの問題の有効な解決策の1つになる可能性が高い.施設ジプシーのケースは,日本の回復施設の治療プログラムの不在,空洞化の表出である.この仮説が正しければ,施設が適切な回復プログラムを提供すれば,これまで以上の回復率の上昇を見込むことができる.施設スタッフとしての個人的な感想として,これまで十分な回復への下地がありながら回復へと導けなかった従来型プログラムに対して自省と疑念を禁じ得ない.
〔ケース2〕RDが機能しなかったケース
RDセッション中に脱落した参加者は2名である.脱落者数としては,これまでの経験から得た直観的な予想よりは少なく,その意味で良好な結果となった.この2名は,RDに対して明白な拒絶を示したことが顕著な特徴である.
――経緯
この2人は,45歳と38歳,男性,いずれも14歳からシンナーを吸い,暴走族に入り先輩から覚醒剤を勧められた.そして,暴力団構成員として組織で過ごしたのち,ダルクに入寮した.奈良ダルクに入所するまで,回復施設に入所した経験,および,自助グループへの参加経験はない.つまり,12ステップに関して全く知識のない状態からのスタートであった.2人は最初の2〜3回セッションに参加したものの,次第に参加を拒むようになり,最終的には全く参加しなくなった.セッションに参加しているあいだ,落ち着きが無く,ほかの参加者にちょっかいを出すなど,プログラムに全く興味を示さずただ時間が過ぎるのを耐えるような様子が見られた.あたかも学校における問題行動児をみているようであった.なぜ参加しないのか問うと,昔から勉強が苦手であり,理解できないと述べ,RDセッションを学校での学習のようなものと認識しているようであった.RDのプログラムを苦痛に感じ忌避していることが傍目からも容易に感じ取れた.
――要因
この2人に対しRDが機能しなかった第1の要因は,RDをプログラムではなく学習と混同してしまったことであろう.2人は,学習というものに対して劣等感を主とした忌避感情を強く持っており,この感情がRDに対する反発を引き起こしたと推測する.
第2の要因としては,施設側の対応の問題が挙げられる.2人のセッション不参加時において, 結果的に疎外感を助長することになってしまった.セッション実施時,自分たちだけが他の参加者と違うことをしていることからくる疎外感,罪悪感,劣等感などのネガティブな感情に対するケアが十分ではなかった.散歩や対話の時間を設けるなど,できるだけの対応を心がけたが,職員の人員不足などから,セッション内容の復習や職員の付き添いのもとでのフォローアップなど,ほかの手段を十分に提供することができなかった.そのことが2人のRDに対する忌避感を決定的なものにした可能性がある.なお,セレニティーパークでは復習や個人セッションの時間も設けられている.この点は今後参考にしていきたい.
第3の要因は,繰り返しセッションの中に神という言葉が現れる事に対し,この 2人が抵抗を感じると述べていたことである. 2人には,ここでいう神とは宗教でいう「GOD」ではなく,12ステップのいう「ハイヤーパワー」であるということもたびたび説明したが,抵抗感は払拭されないようだった.12ステップはキリスト教的文化が支配的である米国で生まれたプログラムであるため,日本人の視点から見ると理解しづらく拒否感を招く恐れがある.一神教的な背景を持たない日本人には,伝え手の丁寧な説明と配慮が必要となる.
――このケースから見えてきたもの
このケースが示唆するものは,第一に,配慮を必要とするクライアントが存在するという点である.この2人については,RDセッション開始初期にすでに拒否反応があらわれていた.たしかに,RDには多分に学習的要素があり,それぞれのセッション終了時には理解度を確認するテストもある.これは学習に対して苦手意識を持っているクライアントには敷居が高く感じられる部分である.セレニティーパークではこの問題を緩和するために映像や音声を用いた教材も作成されているが,残念ながらまだ日本語版は準備されていない.完成が待たれるところである.
第二に,クライアントの個人資質に対して理解が必要である点である.RDは汎用性に優れた回復プログラムであるが,決して全てのクライアントに効果を発揮するものではない.何らかの理由で,自分に正直になる能力のない人などには向いていないとも考えられている.そのようなクライアントに対しては,他のアプローチからのプログラムも必要である.
〔ケース3〕RDセッション終了後退寮に至ったケース
RDセッションは問題なく終了したものの,1ヶ月後のフォローアップの段階で施設から退寮し,プログラムから脱落したクライアントが2名存在する.
――経緯
セッション期間中,両名ともプログラムにはかなり積極的に取り組んでいた.1人目は,33歳男性で,自分の問題を見ようとせず暴力的であり,考え方の傾向として,問題を状況や人のせいにすることが多い.施設入寮経験は3カ所目.前の2カ所では職員や利用者とのトラブルから自ら退所している.2人目はバイセクシュアル(性的マイノリティー)の24歳男性.穏やかで配慮のいきとどく性格だが,人の評価を過剰に気にしてしまい,自己主張が苦手であり見捨てられ不安が強い.両名ともステップ4を書き終え,ステップ5で自分の問題と向き合った.ステップ8で過去の埋め合わせのリストを書き終えた後,ステップ9の埋め合わせの実行の段階でつまずき姿を消した.それぞれ回復の中断,薬物の再使用に至った.
――要因
このケースの要因として考えられることはただ1つ,ステップを途中で中断したことである.2人ともステップ9の段階でその実行を放棄した.1人は, それまでの施設生活の中で,度々他のクライアントの言動をコントロールすることがあり口論にもなっていた.周囲が諭すも自分が正しいという主張を変えようとしなかった.その後ステップ5の効果により自らの性格上の欠点を自覚するまでに至った.恐れ,恨み,罪悪感などの感情が,他人のせいではなく自分の内的問題であったことが理解できたのだが,ステップ9で間違いを正すことを実行できなかった.RDでは正直に間違いを正すことで自尊心が回復し,日頃感じている罪悪感から解放されるとされている.埋め合わせをすることによって,それらの問題は昇華され,人格の回復がなされるはずであった.今回のケースの場合,羞恥心に負けそのステップ9の実行を拒んだことが,プログラムからの脱落の直接の原因であると考える.
――このケースから見えてきたもの
このケースの場合,プログラム実行中(ステップを踏む中)での出来事であり,その蹉跌の理由は個人的資質の問題を含め明確ではない.このケースが示唆してくれるものは, 12ステップを途中でやめては人格の回復には至らないということである.つまり,ステップを部分的に飛ばすことやそれぞれのステップを個別の単位で扱うことは回復の手段として意味をなさず,ステップは1から12まで順番に連続して行わなければ効果がないということである.このケースは12ステップの厳しさと原理を証明して見せてくれた.なお,このケースのうち1名は後日ステップを再開し,埋め合わせのステップを続け現在は半分を終えている.
まとめ
以上,奈良ダルクにおけるRD実施の結果,現時点で特徴的な3つのケースを取り上げた.以下にこのケースに含まれなかった参加者の変化を全体的な傾向を含めて記述する.全体的な印象としては,各人苦労しつつも,それぞれのペースでプログラムの課題に取り組みセッションは終了した.セッション終了後1ヶ月後の参加者の変化について筆者の意識にとくに残ったものを列記しておく.
・相談の内容の変化
・12ステップの意識化
・日常生活の中でのステップの活用
・各人の問題点の自覚の鮮明化
・スタッフとクライアント間の交流の緊密化
むすびにかえて
現在,奈良ダルクでは,日本でこれまで当然視されてきた「ミーティングで回復を手渡す」という方法論をプログラムとして採用していない.従来の12ステップに対する捉え方はかなり漠然とした印象があり,12ステップとは実践するものではなく,どちらかと言えば生活指針的な捉え方・考え方として活用していたのではないかと推測する.筆者は,RDを受けることにより,12ステップとは実行するものであり,また,連続して行うものだという理解を持てるようになった.奈良ダルクでは,現在はクライアント同士の日常会話やミーティングの中にステップの話が登場する頻度が増え,本来のフェローシップの力を手に入れたと理解している.ミーティングでの分かち合いの質が高まり,ステップについての話が多くなることで,新しく来たクライアントから「早くステップを教えて欲しい」という要望が増えた.このような状況こそが,経験と力と希望を分かち合うということの本来の意味であろう.また,クライアントの12ステップへの理解が進んだため,問題が起きた時に「ちゃんとステップ10やってる?」などと12ステップを用いた解決策についての分かち合いやフィードバックがエンカウンターグループでもできるようになっている.12ステップが実践的共通言語としての生きた働きをしてくれている証拠のひとつである.
今回のRD導入では,ステップ5(ステップ4で一覧に書いた恨み・恐れ・傷つけた人・性的に傷つけた人のリストを聞いてもらうステップ)を行うにあたり,施設スタッフがその聞き役としての役割を果たすことになった.その結果,クライアントがその担当のスタッフに相談を持ちかける回数が増えてきている.明らかに相談の内容が変わり、従来より自分の問題点と解決策に焦点を当てた内容が増えてきた.プログラムを受けたことにより自分の問題点が自覚できたことによる変化だと考えている.このような変化をとげたクライアントは,RDが示すとおり,人の問題や状況に自分の感情が害されるのは,自分の側の問題であることがはっきりと理解できるようになっている.同じくして解決策も実践的に身についているため,新たな視点が生まれる.これにより,感情的に煮詰まることがなくなり,プログラムを用いて自分で問題点を整理することの出来るクライアントが増えてきた.これは,施設を退寮し,自助グループへとスライドした後生涯を通して使えるスキルとなる.
また,現在奈良ダルクでRDを担当しているのは,ケース1で前述した施設ジプシーだった2名である.奈良ダルクでは「Therapeutic Community(治療共同体)」の階層システムも取り入れている.この2人は現在、この階層システムの中でマネージャーとして活躍している.彼らのプログラムに対する姿勢は,誰もが認めるような熱心なものであった.クライアント同士で夜中までステップについての勉強会を開き,朝早く起きてステップを書いている姿は正に希望だ.彼らは解決策を見つけそれを欲したのである.
クリーンの期間が何年あったとしても,ステップをやっていないのであれば,12ステップについては当然ビギナーとみなされる.なぜなら,ステップは伝承形式で行われるため,経験していないものを手渡すことは不可能だからである.また,手渡す度にスキルは向上する.長年のクリーンがあれば,知識としてステップに対する理解は深まるだろう.しかし,ステップは実践するものであり,実践していれば技術が磨かれていく.例えるならば,熟練職人のようなものである.
繰り返しになるが,RDは施設退寮後もそのまま自助グループでの解決策として活かすことができる.また,クライアントは自分が次のクライアントに手渡すためにプログラム(ステップ)を受け取る.自助グループでは回復のメッセージを運ぶことを活動の大きな目的にしている.この点はダルクも同じである.新しく繋がってくるメンバーが一番大切であり,次の人に回復を手渡すことで相互援助システムが成り立っている.次の人に手渡すものとはステップのことである.回復のメッセージを運ぶというのはステップを実践した回復の希望を届けることなのである.クライアントは,自分が手渡すときのためにプログラムの中で一言一句もらさずに書きとどめている.ステップは伝承されるものなのだ.
[追記]
RD導入後6ヶ月を経過した現在の様子を記述するために,以下で,現在の奈良ダルクで行われているRDセッションの一場面を素描する.
日時 2010年5月,場所 奈良ダルクプログラムルーム
開始直後に進行役が前回までのおさらいを兼ねて,ワークブックに記載されたアルコホリズムの「病気の概念」の解説を参加者の中から求めた.手を挙げた参加者は図式の解説を続け,所々で詰まる部分もあり途中で投げ出すそぶりも見せたが,そのたびに周りから励ましの声が上がり結果として解説を完遂することができた.また周囲から解説の補足も入り終了時には拍手があがった.進行役はジュニアスタッフの2名であるが,講師的な態度ではなく共にステップを学ぶ仲間という態度でセッションを進める.参加者全員が共通して知っている自分の出来事を事例に用いて,本能のどの部分がどのように脅かされるのかの説明をする(RDでは本能の異常な働きにより人間は問題を起こすと説明されている).全員が共通して知っている出来事なので,笑いが沸きあがるなど反応が良い.熱心にメモを取る者や,しきりに頷く者もいる.解説部分が終了し「ここまでで理解できなかったことがあるか」との進行役の問いに「わかりやすかった」との声があがる.続いて今回のセッションをどこまで理解したかのテストが行われ,その後テストの答え合わせをしセッションは終了した.時間にして1時間半を要した.
セッションは和気藹々とした雰囲気の中進められ,誰かが困っていれば周囲から助けの手が入った.少数の人が多数の人に教えるというよりも,全員が平等な関係であり,知っている人が知らない人に伝え,参加者全員で回復の課題を検討するという印象があった.また,その印象は後半のテストの時間にさらに強まった.テスト回答中,参加者はわからない所に対しお互いに教え合い,この設問の回答はどの資料のどこの部分に書いてあるのかという情報を交換しあっていた.進行役に対しての質問もあり,2人はその質問に対して相談しながら答えていた.設問に対し模範解答が用意されているが,その解答には様々な意見が出る.活発な意見交換が行われ,全員で1つ1つの設問に対しての検討が行われた.全体的な印象は,同じ問題を共有する者達の勉強会という印象であった.共通の問題を共通の解決策を用いているグループのエネルギーに圧倒された.
また,テストでは,資料としてBig BookとRDのワークブック,RDの解説本の使用も許されていた.テストとしては厳密さにかけるところもあるが,そもそもこのテストには理解度を確認するという目的以外に,理解を深めるという意味合いが大きい.ケース2のように,学習というものに苦手意識を持ち,テストという言葉に拒否反応を示す者にとっては,このようなやり方が有効であるように感じた.
6ヶ月前に比べ,セッションの進め方も変化している.このことは奈良ダルクでのRDが,現在も試行錯誤を繰り返している最中にあることを意味しており,言い換えれば,奈良ダルクのRDは現在も生命力を持ち成長し続けているということである.
今後の課題
RD導入から現時点までの期間は1年未満であり,RDが日本の施設にとっても米国と同様に有効なプログラムであると断言するには臨床期間が足りない.しかし,我々がこの期間の中で試行錯誤をし得ることができた経験は,施設にとって有用なものとなることを確信している.奈良ダルクにおけるRD導入経験から,これからの施設に必要と考える課題は以下の2点である.まず,回復施設には明確な治療プログラムが必要であるということである.当たり前のことのように聞こえるが,このことを理解しなければ,回復施設はともすれば救護院と変わらないものになりかねない.治療プログラムとは,施設での生活スケジュールや自立計画のことではなく,回復に向かうための一連の一貫した手順のことである.日本では,施設のスケジュールに従って生活することをプログラムと呼ぶ場合もある.その根底には,仲間と共に生活し自助グループへ通うことで回復するという考え方がある.さらなる問題点は,カウンセリングの専門的技術を持つスタッフがいないことである.このような現状で,従来の方法論を治療プログラムと呼ぶことはできないだろう.RDの導入をはじめ,これらの課題を解消する努力が必要である.
参考文献
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Serenity Park Recovery Dynamics Program Workbook 1 2 3, Kelly Foundation, Little Rock, Arkansas(1989年).
Serenity Park Recovery Dynamics Program Counselor Manual, Kelly Foundation, Little Rock, Arkansas(1989年).
Joe MaQ, The Steps We Took, August house publishers, Inc. Atlanta, Georgia(1990年). 邦訳『回復のステップ―依存症から回復する12ステップ・ガイド―』,依存症からの回復研究会 訳/発行(2008年).
Joe MaQ, Carry This Massage, August house publishers, Inc. Atlanta, Georgia(2002年). 邦訳『ビッグブックのスポンサーシップ―依存症から回復する12ステップ・ガイド―』,依存症からの回復研究会 訳/発行(2007年).
宮永耕,「薬物依存者処遇におけるサービスプロバイダとしての治療共同体について (特集 薬物依存症からの回復--改革への挑戦(チャレンジ)」『龍谷大学矯正・保護研究センター研究年報』5号(2008年)19-40頁.
Alcoholics Anonymous (AA), a self-help movement, started in the United States in 1935 and has spread across more than 180 countries worldwide. The 12 Steps program stipulated in their basic textbook, Alcoholics Anonymous (Big Book) - first published in 1939, has been a mainstream methodology for recovery from alcoholism and other forms of addictions, and saved millions of lives. Recovery Dynamics (RD) is a recompilation of this 12-Steps program for a group therapy inside treatment facilities, designed as a way of counselors’ providing the program in a step-by-step sequence. Based on the Counselor’s Manual, they present the program through group sessions, divided and arranged in a specific order. As a result, clients should achieve three goals: 1. Identifying their problem, 2. Defining the solution, and 3. Carrying out the planned program of actions for their recovery. At Nara DARC, we have initiated RD as a core part of programs offered in the facility. This is a part of our effort for improving the hollowness of programs in Japan. Obviously, treatment facilities should provide treatment schemes; nonetheless, their absence was a problem in Nara DARC. On this paper, the author discusses the effectiveness of RD in our implementation with descriptions of several members’ cases.
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