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ルーアン地方編
第二十三話 ナンパ騒動!
<ルーアン市 倉庫街>

エア=レッテンの事件を解決したエステル、ヨシュア、カルナの3人は遊撃士協会への帰途についていた。
南区画の倉庫街の前にエステル達が差しかかった時、少女の困惑する声が聞こえて来た。

「道を塞がないで通して下さい」
「せっかく街まで来たんだ、ゆっくりして行けよ」
「俺達と楽しもうぜ」
「ひゃあ、その凛とした制服姿、オレの好みだわ」

エステル達が声のする方に視線を向けると、クローゼが3人組の男に絡まれていた。

「まあ、こっちに来いや」

3人組のリーダー格の男がクローゼに向かって手を伸ばそうとすると、シロハヤブサが鋭い鳴き声をあげて、急降下して来た!

「ジーク!」
「うわっ!」

男は驚いてその伸ばした手を引っ込めた。

「これ以上しつこくすると言うのであれば、私もジークも容赦しません!」
「何だよ、つれねえな」
「そのツンツン具合、ますますオレのタイプ♪」

クローゼと男達の空気が一触即発となったところで、あわててエステル達は駆けつけようとした。

「待ちたまえ!」

その時、北区画の方からやって来た青年が大きな声で止めに入った。

「ギルバードさん?」
「君達、そちらのお嬢さんが嫌がっているじゃないか。男女交際はもっと健全に行うべきだ」

堂々とした態度で宣言したギルバードを見て、男達3人はウンザリとした顔で舌打ちをする。

「ちっ、うるさいのが来た」
「こいつ、先にボコっちゃおうぜ」
「ぼ、暴力で解決しようとするのか! 不良はこれだから困る!」
「なんだとっ!」

男達が1歩詰め寄ると、ギルバードは3歩後ずさった。

「この市長の腰ぎんちゃくが!」
「呼んだかね?」

ギルバードの後ろからゆっくりと姿を現したのはダルモア市長だった。

「げ……」

3人は余裕たっぷりのダルモア市長の態度にたじろぎ出した。

「君達がどんな服装をしようと、どんな生活をしようと自由だ。しかし、街の女性に強引に声を掛けるのはよくない事だ」
「ふん、貴族だからって偉そうにしやがって!」
「いつも俺達を見下した目で見て、気に入らないんだよ!」

ダルモア市長は穏やかな声で注意をするが、男達は反抗的に言い返した。

「これ以上騒ぐと、遊撃士協会に通報するぞ!」
「ふんっ、何かと言うと遊撃士ってやかましいな、自分で掛かって来ないのかこの腰抜けめ!」

強気になったギルバードがそう言うと、3人の男達のリーダー格の男が鼻で笑った。

「あんた達、また何か街の人に迷惑を掛ける事をしたのかい?」

到着したカルナが声を掛けると、3人の男達の顔色が変わった。

「げっ、カルナ」
「ロッコ、手下のしつけがなっていないようだね。そんなことでレイブンの頭をやっていけるのかい?」
「俺達は別に悪いことしていないって」
「そうそう、ただナンパをしていただけですよ、姉御♪」
「私はさっきから一部始終を見ていたんだよ! ディンとレイスも口答えだけは一人前だね」

カルナがそう言い放つと、3人の男達はすっかり震えあがってしまった。

「ちっ、気分がそがれたぜ、行くぞ!」

ロッコはそう言い残して倉庫街へと立ち去って行った。
ディンとレイスも慌ててロッコの後をついて行く。

「クローゼ、大丈夫だった?」
「エステルさん……」

エステル達に再会できた喜びからか、クローゼの顔がほころんだ。

「全く、彼らは街の評判を落としめるひどいやつらだ。市長、やはりかれらのたまり場を取り押さえ、リーダー格を逮捕するべきです」
「まあギルバード君、彼らも街の住民の一員なのだから手荒な事はしたくない」
「しかし、現に私の母校のジェニス王立学園の後輩であるクローゼ君が襲われそうになったのですよ」

ギルバードがダルモア市長にそう訴えかけると、カルナはクスリと笑う。

「でも、下手をすると痛い目にあっていたのはあいつらの方だったかもしれないね」
「私も相手の挑発に乗ってしまいそうになって申し訳ありませんでした」

クローゼはカルナに向かって軽く頭を下げた。

「えっ、クローゼって戦えるの?」

エステルが驚きの声をあげた。

「そういえば、クローゼ君は男子を押し退けてフェンシングの試合で優勝したじゃないか。OBの僕としても鼻が高いよ」
「ありがとうございます」
「しかし、彼らが街に居る事で困った事になった……」

ダルモア市長が眉間にしわを寄せて難しい顔をしてつぶやいた。
疑問に思ったヨシュアが尋ねる。

「どういうことですか?」
「これから、エア=レッテンから戻って来るデュナン公爵を門まで迎えに行くのだが、公爵と彼らがはち合わせる事になったら面倒になる」
「なるほど、挑発に弱そうですからね」
「あたしもあの玉ねぎ頭はからかいたくなるし」
「彼らは貴族・王族に対して敵対心を持っていますからね、市長」
「私が思い切り脅しつけてやったから、しばらく街には顔を出さないでしょう」
「助かったよカルナ君」

ダルモア市長はカルナにお礼を言うとギルバードと共に街の南門の方へと立ち去って行った。

「私がジャンに報告をして行くから、あんた達はその子を学園まで送って行きな」
「あ、私は通い慣れた道を通るので平気です」
「じゃあこの2人にルーアンの地理を覚えさせる手伝いを頼むよ」
「そういうことなら」

クローゼはカルナの頼みを笑顔で受け入れた。



<ルーアン地方 メーヴェ海道>

遅めの昼食をとってからエステル、ヨシュア、クローゼの3人はジェニス王立学園を目指す事になった。
潮風が心地よくほおをなでる海岸沿いの街道は、砂浜に降りなければ危険な魔獣に遭遇する事も無く、安全に歩く事が出来た。
おしゃべりをしながらゆっくりと歩いていたエステル達の耳に、男性の悲鳴が聞こえて来る。

「く、来るな、僕を食べてもおいしくないぞ!」

崖に囲まれた砂浜のくぼみで、男性が数匹の魚型の魔獣に取り囲まれているのが見えた。
エステル達は急いで助けに向かう。

「大丈夫!?」

エステルは装備していた武器の棒で魔獣の中の1匹を思いっきり殴ったが、魔獣の固い皮膚には対して効き目が無かったようだ。
ヨシュアが装着していた情報のクォーツをかざすと、クォーツの表面に魔獣のデータを示す文字が表示される。

「魔獣の名前はサメゲーター。防御力が高いから、アーツで攻撃するのが良いみたいだ」
「全く、アーツは苦手なのよね」
「私もアーツで攻撃します!」

クローゼは戦術オーブメントを身につけると、アーツの詠唱を始めた。
エステルとヨシュアはクローゼが戦術オーブメントを持っている事に驚いたが、今は戦闘中なので、自分達のアーツの詠唱に集中する事にした。

「あなたは、壁際まで逃げて魔獣からなるべく離れて下さい!」
「わ、わかった」

逃げた男性を取り囲んでいたサメゲーターが追いかける。
しかし、その動きは鈍重だった。

「ダイアモンドダスト!」

クローゼが詠唱した水の上位アーツは、取り囲んでいたサメゲーターの数匹を一瞬で凍りつかせた。

「凄い……!」

そして、エステル達は残った数少ないサメゲーターの方にアーツの照準を集中させる事が出来た。

「どうして、戦術オーブメントなんて持っているの? もしかしてクローゼも遊撃士だとか」
「いえ、そう言うわけでは……」
「さっきのアーツもかなり高度の物だったね」

ヨシュアが感心したようにそうつぶやいた。

「そうね、シェラ姉より凄かったかも」
「その……家の事情で、私も1人で戦えるように護身用に習ったんです」
「へえ、クローゼはかなり良いところのお嬢さんなんだ」
「そんなところです」

クローゼは困って表面を取り繕った苦笑でそう答えた。

「君達が来てくれて命拾いしたよ」

助けられた男性は安心した表情になってエステル達にお礼を述べた。

「どうして、こんな所に居たんですか?」
「僕はジミー、大陸をまたにかけるトレジャーハンターさ」

ヨシュアが尋ねると、ジミーは胸を張ってそう答えた。

「さっきの逃げていた様子だととてもそうは見えないけど……」
「正確には、トレジャーハンター志望なんだけどね」
「そうなの」

エステルはあきれ顔でため息をついた。

「逃げ足の速さには自信があったんだけど、この窪みを調べている間に入口を魔獣達に塞がれてしまってね」
「この窪みに何か秘密があるの?」
「この地図を見てくれ!」

エステルに尋ねられたジミーは懐から古い地図を取り出してエステル達に見せた。

「ここから南東の浜辺に×印があるだろう? そこに海賊シルマーの財宝が隠してあるらしいんだ!」
「ええっ、財宝?」
「海賊シルマーと言えば、数百年前にこの海域を荒らしたと歴史の教科書にも載るほど有名ですけど……」
「その話が本当なら凄いじゃない!」
「そうだろそうだろ」

ジミーは得意げに鼻を鳴らした。
うさんくさそうだと思ったヨシュアがジミーに尋ねる。

「でも、それが本物だとは限らないじゃないですか」
「ふふん、街の雑貨屋の親父さんに特別に譲ってもらったんだ」
「もしかして、オニールさんですか?」
「そうだよ、よく知っているね」

ジミーの返事を聞いたクローゼは疲れた顔でため息をついた。

「オニールさんはスケールの大きなホラ話をするので有名なんです。多分、その地図もそれらしく作ったものでしょう」
「これが偽物だって? そんなはずはない、オニールさんが冒険の末に手に入れた地図だって話だし、いかにも本物らしいじゃないか」
「僕は話も地図も偽物だと思いますけど」

ヨシュアの態度には不信感がありありと出ていた。

「そんなに君が疑っているなら、白黒つけようじゃないか」

ついにヨシュアとクローゼの気持ちに気がついたのか、ジミーは怒りだしてしまった。

「この地図の場所に宝が実際にあるかどうか、探そうじゃないか!」
「ええっ!?」
「あの、遊撃士としてはあなたを速やかに街へと送り届けなければいけないのですが……」
「面白そうじゃないヨシュア、あたし達も宝を探そうよ!」
「エステル、何を言っているんだい?」

ヨシュアが渋ると、クローゼが言いにくそうにヨシュアに提案する。

「私もジミーさんの気が済むまでつき合ってあげた方が良いと思います。無理に街に連れ帰っても、また外に飛び出してしまうかもしれませんし」
「でも、それじゃ君を学園に送り届ける仕事が……」
「私は1人で戻れますから、お2人を学園に案内するのはまた今度と言う事で」

クローゼはそう言って、エステル達に別れを告げてジェニス王立学園に通じるヴェスタ林道へ入ろうとした。
しかし、それをジミーが大声を出して引き止める。

「おい、君は世紀の大発見の瞬間を見て行かないのか?」

クローゼは足を止めてジミーの方を振り返った。

「きっと海賊シルマーの財宝はこの地図の場所に埋まっているはずだ、僕はそう信じている!」

熱病に犯されたように興奮して訴えかけるジミーを見て、さすがのエステルも引いてしまった。
クローゼはじっとジミーの顔を見つめた後、クスリと笑う。

「これだけ夢に純粋になれる人、久しぶりに見ました」
「よーし、それじゃあさっそく行こう!」

仕方無くヨシュアが先頭を歩いて、地図が差すと推測される場所へと向かう。

「何だか、マーシア孤児院の子達がそのままの心を持って大人になったみたいです」
「それって、ジミーさんがクラム達と同じ精神年齢だって言う事?」

エステルはあきれた顔になってためいきをついた。

「ダメだ、これ以上は道が切れているよ」

砂浜の終点で、ヨシュアはそう言って振り返った。

「そんな、地図だとまだ砂浜が続いているはずだろう?」
「きっと、その砂浜は干潮の時に姿を現すのかもしれません」
「今日の干潮は後どれぐらいで来るんだい?」
「その、時刻は季節によって異なりますから、私にはわかりません」

ジミーに問い詰められたクローゼは悲しそうに首を振った。

「干潮の時間なんて待っていられるか!」

ジミーはそう言って砂浜の先へと駆けだして行った。

「ははっ、水につかるのは腰ぐらいまでだ、行けるぞ!」

そう言ってジミーは浅瀬をジャブジャブと歩いて行ってしまった。

「このまま進んだら、靴や靴下はもちろんのこと、下着まで濡れてしまいますね」
「乾いても塩水だからベタベタになるんだろうね」
「でも、ジミーさんの行った先に魔獣が居たりしたら危険だから、放ってはおけないよ」

顔を合わせて戸惑うクローゼとエステルにヨシュアは言い残して、ヨシュアがジミーを追いかけて浅瀬の中へと足を踏み入れて行った。

「仕方がありません、私達も」
「行きますか!」

ジミーを追いかけてエステル達が浅瀬を進んで行くと、やがて窪地に囲まれた砂浜が見えて来た。

「うわ、なんかいかにも秘密がありそうな場所ね」
「そうだろう、そうだろう」

エステルの言葉にジミーは上機嫌でうなずいた。

「あれ、何か埋まった木箱みたいなものが顔を出しているけど……」
「きっとそれが海賊シルマーの埋めた宝箱に違いない!」

探索を続けて間もなく見つけたエステルの近くに、ジミーは興奮して駆け寄った。

「きっとどこかで難破した船からの漂着物が、長い年月の砂の堆積によって埋められたんですね」
「多分、海賊が自分で埋めたものじゃないと思うよ、こんなに浅い所に埋めるわけが無いし」

否定的な事を言いながらも、ヨシュア達が協力して木箱を掘り出すと、どうやらジミーの言葉通りの宝箱だったようだ。

「鍵が掛かっているけど、箱の部分が腐っていて穴が開いてるね」
「ヨシュア、箱の中に何か光るものがあるけど、これって……!」

エステルが古びた宝箱の底から引っ張り出したのは、青色に輝く大粒のセプチウムの結晶だった。

「おおっ、やった! ついに海賊シルマーの財宝を発見したぞっ!」
「まさか、本当の宝の地図だったなんて……」

ジミーは飛び上がって喜び、ヨシュアはショックを受けたようにへたり込んだ。

「本当に世紀の大発見の瞬間に巡り合えるなんて思ってもみませんでした。信じる者は救われるとでもいうのでしょうか」
「そうね」

クローゼとエステルはただただ感心するばかり。

「宝箱に入っていた他の財宝は流れ出ていたんだろうど、その結晶は大きくて重かったから流されずに残っていたんだろうね」
「違う、この宝は僕に発見されるのをここで待っていたんだ! トレジャーハンター、ジミーの誕生の瞬間だああ!」
「まあ、今日はジミーさんが正しいと言う事にしてあげなさいよ、ヨシュア」
「そうだね」

狂喜乱舞しているジミーの姿を見て、ヨシュアは降参したようにため息をついた。
その後周辺を探索すると、ドクロの装飾がされた古いダガーと、海図の切れ端を見つけた。

「このナイフや海図の切れ端ももしかして、海賊シルマーの?」
「あの……良かったら、これからみなさん御一緒にジェニス王立学園の方に来て下さいませんか?」
「僕もかい?」
「ええ、ジミーさんにも来て頂いて、コリンズ学園長にそれらの品々を鑑定して頂こうと思って。それに服の着替えも用意できると思いますし」
「ああ、僕は構わないよ」
「あたし達も元々クローゼを学園に送り届けるつもりだったし……」

誰もクローゼの提案に異論をはさまず、全員でジェニス王立学園へ向かう事になった。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園>

ヴェスタ林道を抜けたエステル達は、西の空が茜色に染まり始める時刻ぐらいにジェニス王立学園の正門へとたどり着いた。
海水で濡れた服は重くなり、エステル達の体を苦しめ到着時間が大幅に遅れてしまったのだ。
ヨシュアとジミーは服を脱いで水分を絞り取る事が出来たが、エステル達はそうはいかない。

「やっと着いたあ」

エステルは息も絶え絶えになってため息をついた。

「寒い季節だと風邪を引いてしまうところでしたね」
「だから君達は砂浜で待っていてくれても良かったのに」
「今さら言ってもしょうがないじゃん」

夕暮れ近い学園の校庭では、運動部の部活動が行われていた。
学園の敷地内にエステル達はクローゼを先頭に踏み入れた。
服が濡れている奇妙な集団はそれなりに生徒達の注目を集まる。
そんなクローゼ達に校舎の中から駆けて近づいて来る制服を着た少女と少年の姿があった。

「クローゼ、そんな服がびしょぬれでいったい何があったの?」
「一緒に居るやつらは初めて見る顔だな」
「外出先で知り合ったんです」

クローゼは2人にそう答えると、エステル達に2人を紹介した。

「こちらは私が学校で親しくさせて頂いているジルとハンス君です」
「どうも」
「やあ」

ジルと紹介されたポニーテールを赤いリボンで束ねた眼鏡を掛けた少女と、人当たりの良い笑顔を浮かべた少年があいさつをした。

「コリンズ学園長にお目にかかりたい用事があるのですけど、大丈夫ですか?」
「うん、学園長ならさっき会ってきたよ。学園長室に居ると思うけど」
「何かあったのか?」
「ふふ、僕が見つけた財宝を鑑定してもらうのさ!」

ジミーが自信たっぷりにハンスに答えると、その声が大きかったからかジルとハンスだけでなく、近くに居た生徒達も驚いて騒ぎだした。

「ちょっと、とんでもない事になったわね」
「早く学園長室へ行った方が良さそうですね」

冷汗を垂らしてつぶやくエステルに、クローゼも同意した。

「ほらほら、どいてどいて」

ジルの先導でエステル達は学園の本館に入り、1階にある学園長室の前までやって来た。
職員室などがあるこの場所では生徒達も追いかけて騒ぐ事も出来ず、やっと静寂さが戻った。
クローゼが学園長の部屋のドアをノックすると、中から老齢のコリンズ学園長の声が返って来た。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園 学園長室>

室内に通されたクローゼ達は、自己紹介を済ませるとコリンズ学園長に事情を説明した。
コリンズ学園長はジミーから大粒の青く輝くセプチウムの結晶を受け取ると、本棚から本を何冊か取り出し、調べ始めた。

「どうやらこれは海賊シルマーの財宝の1つ、『女神の涙』の可能性が高いな」
「そ、それって本当かい!?」

コリンズ学園長の言葉を聞いたジミーは上ずった声でそう聞き返した。

「ただし、このセプチウムが本物であればな」
「昔から偽物と言うのはあったんですね……あの、こちらもお願いします」
「これは、海図の一部のようだが?」

ヨシュアに手渡された地図の切れ端を見て、コリンズ学園長の目が輝きを増した。

「このナイフと一緒に、そのセプチウムの結晶が収められた宝箱の近くに流れ着いていたんです」
「こちらも歴史的に価値がある品物かもしれんな」
「学園長先生の探究心に火がついてしまったみたいね」

ジルはそんな学園長の姿を見て苦笑を浮かべた。

「それでは、鑑定をお願いできますか?」
「よろしい、責任を持ってお預かりしよう」

ヨシュアの言葉にコリンズ学園長はゆっくりとうなずいた。

「学園長先生、私達は探索中に浅瀬を歩いて、服が濡れてしまったのでこちらの方達に寮の施設を提供したいのです」
「おお、それは大変な事だ、ジル君、ハンス君も彼らを案内して差しあげなさい」
「分かりました、お任せ下さい!」

ジルはコリンズ学園長に対して元気良く返事をした。
ヨシュアは学園長室に置かれている通信機に目をやりながら遠慮がちにコリンズ学園長に尋ねる。

「あの……学園に泊まる事になった事を遊撃士協会に連絡して良いですか?」
「ああ、構わないとも」

ヨシュアは通信機に出たジャンに海賊シルマーの財宝の鑑定と学園に一晩泊まる事を伝えると、ジャンが意外な提案をして来る。

「それじゃあ、君達はしばらく学園に居てくれないかい?」
「えっ、どうしたんですか?」
「ルーアン市長の下にね、”怪盗紳士”の挑戦状が届いたんだ」
「怪盗紳士……!」

ジャンが話した怪盗紳士の名前には聞き覚えがあった。
ボース地方で帝国のダヴィル大使が勲章を盗まれた事件でヨシュア達が直接関わった事もあった。

「ダルモア家の宝、『蒼耀の灯火』を盗むって堂々と予告して来て、市長が軍に警備を要請してちょっとした騒ぎになっている」
「じゃあ、僕達もルーアン市に戻った方がよくないですか?」
「いや、市長邸には軍の警備隊が来てくれているから、大丈夫だよ。それよりも、その見つかったセプチウムの結晶は相当立派な物なんだろう?」
「ええ、伝説の海賊の財宝ですから」
「そのジミーって言う青年が周りに聞こえる大声で話してしまったんだろう? ウワサを聞きつけた怪盗紳士によってその『女神の涙』も狙われるかもしれない」
「可能性はありますね」
「学園内でさりげなく見張る事が出来るのは君達が適任だ。『蒼耀の灯火』の事件が解決して『女神の涙』の警備の人手が確保されるまでの間、よろしく頼むよ」
「わかりました」

ヨシュアはそう言ってジャンとの通話を切った。

「随分長く話していたけど、何かあったの?」
「実は……」

ヨシュアが”怪盗紳士”の事を話し、しばらく学園に滞在する事になるかもしれないと言う事を話すと、エステル達の反応は驚きと喜びが両方入り混じったようなものになった。

「それじゃあ、今週末に予定されている学園祭の出し物にヨシュア君達も参加してもらおうかな」
「そりゃあいいや!」
「ジル、ハンス君、エステルさん達は遊撃士の仕事で来ているのですから……」

クローゼが厳しい顔になって、嬉しそうなジルとハンスをたしなめた。
しかし、エステルはジルとハンスの言葉を聞いて目を輝かせる。

「学園祭!? 楽しそうじゃない、是非あたし達も協力するわ!」
「エステル、僕達は仕事なんだから……」
「ジャンさんも学生の振りをして見張れって言っていたんでしょう? 自然な学生にならないと、怪盗紳士に見抜かれちゃうわよ」
「君は溶け込み過ぎな気がするんだけど」

ヨシュアは疲れた顔でため息をついた。
ジルとハンスは目を輝かせてやる気になっている。

「よし、じゃあ2人は臨時の体験入学生と言う事にしましょう」
「さっそく制服を用意しないとな! では学園長、失礼します」
「ああ」

コリンズ学園長に見送られて学園長室を出たエステルはジルとクローゼに女子寮、ヨシュアはハンスに男子寮に案内された。

「ヨシュア、それが君に用意された制服だ」

しかし、ヨシュアは素早く畳まれた制服を広げ、スカートが紛れ込んでいるのに気がつく。

「これって女子生徒の制服じゃないですか!」
「ばれたか、君が着れば面白そうだってジルがな」
「僕は女物の服を着る趣味はありませんよ」

ヨシュアは少し顔をふくれさせてハンスに言い返した。

「そりゃあダメだぞ、何と言っても今度の文化祭で君に協力してもらう出し物はな……」
「ええっ、男女性別逆転の演劇!?」

ハンスに耳打ちされたヨシュアは叫び声をあげた。



<ルーアン市 市長邸>

怪盗紳士の犯行予告によって、リベール軍から兵士が市長邸に派遣されて滞在する事になってから数日後。
ダルモア家に仕えるメイド、ドミニクは1人、厨房で昼夜問わず警備を続ける兵士のために差し入れの食事を作っていた。
そこへ兜で顔を隠したリベール軍の兵士が1人、夜の厨房に入って来た。

「今晩は」
「あっ」

兵士の男性に声を掛けられたドミニクは振り返った。

「今日も差し入れの料理を作って頂けているのですか?」
「はい、夜は火を使ってはいけないのでサンドイッチのような冷たい物しか差しあげられなくてごめんなさい」
「いえ、あなたの優しい気持ちが込められたこのサンドイッチはとても暖かいですよ」
「そんな……」

兵士に言われたドミニクは顔を赤くした。
ドミニクはこの顔も分からない兵士に心を奪われかけてしまっていた。
だから、その兵士が怪しい動きをしても気がつかなかったのかもしれない。

「ありがとう、私の同僚の方々もあなたの優しい心遣いに感謝していますよ」
「お、お仕事がんばってください」

厨房から出たその兵士は同じように市長の館を警備する兵士にそのサンドイッチを配って行く。
警備初日は怪盗紳士に対して神経をとがらせていた兵士達も、数日間の滞在ですっかり気が緩んでしまっていた。
そんな事もあって、今まで差し入れを拒否していた兵士も仲間から渡されたサンドイッチを食べてしまっていた。

「ふふっ、あらかじめ予告状を出したかいがあったものだ」

すっかり眠りこけてしまった警備の兵士達を目の前にして、その兵士は玄関ホールに飾られていた『蒼耀の灯火』をあっさりと盗み出す。

「警報装置の1つも付いていないとは、セキュリティーにもう少しお金を掛けるべきですね」

次の日の朝、兵士と『蒼耀の灯火』の姿は市長邸から姿を消していた。



<ルーアン地方 ジェニス王立学園>

その日の早朝、突然アネラスが学園にやって来た事にエステルとヨシュアは驚いた。

「大変だよ、『蒼耀の灯火』が盗まれたの!」
「ええっ、軍の人達が見張っていたのに盗まれちゃったの?」

アネラスの報告を聞いたエステルは驚きの声をあげた。

「見張っていた兵士さん達が全員眠らされたから、軍の面目が丸つぶれだって」
「そりゃ、そうよね……」

エステルはアネラスの話を聞いて苦笑するしかなかった。

「それでね、絶対に怪盗紳士を捕まえるって王都からリシャールさん達がやって来るみたいだよ」
「あの人達が……」

ヨシュアはボース地方での飛行船ハイジャック事件で顔を合わせたリシャール大佐の事を思い浮かべた。

「それで、あたしはエステルちゃん達に協力して、学園で『蒼耀の灯火』の警備をするように言われてやって来たの!」
「グッドタイミング! 学園祭の演劇で剣の使い手があと1人欲しくて困っていたところなのよ!」
「それは良かったね!」

エステルとアネラスは笑顔で手を取り合って喜んだ。

「そうだ、カシウスさんも怪盗紳士を捕まえるために要請されてルーアン支部に来ているんだよ」
「父さんが?」
「エステルちゃん達が学園祭の出し物を手伝うって事を聞いたら、今度レナさんと一緒に喜んで見に行くって!」
「ええっ!?」

ショックを受けたヨシュアは叫び声をあげた後、頭を押さえて青い顔で下を向いてしまう。

「最悪だ……父さん達はそう言う事には鼻が利くんだよな……」
「ヨシュア君、一体どうしたの?」
「あのね、今度の学園祭でヨシュアがやる役はね……」

エステルがアネラスに演劇の内容を説明すると、アネラスはお腹をかかえて笑うのだった。
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