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[22810] 【甘党の為のお茶会シリーズ】~ニヤニヤして床でゴロゴロ転がる為のSS集~
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/12/06 04:10
この物語は、各シリーズの登場人物たちが、それぞれの世界、それぞれの時代、それぞれの場所で、
それぞれの人間関係や立場に応じた甘ったるい会話やシーンを構築していくだけの話です。
コンセプトは
「出来る限り少ない文章で、出来る限り甘いシーンを」

「すごく甘ったるいけど好きな人には極上となるケーキ」
を目指してます。

分かりやすく言うと、
『ニヤニヤして床でゴロゴロ転がる為のSS』
です。



某所で投稿、そして保管してたシリーズなのですが、
保管公開していたHPのサーバー元であるinfoseekにて、無料HPサービスが終了してしまったため、
続編も含めリハビリ投稿。

とりあえず前に書いて保管していた分を、文章や構成を微調整しつつ順次投稿。
毎日二、三話更新予定

第1シリーズ『執事さんとお嬢様』…「本編 全50話」 「番外編 数話」
すでに調整前のものは完結済。微調整しつつ毎日こつこつ投下

第2シリーズ『放課後寄り道帰り道』(仮題)…「現時点 10話まで準備。全話数…未定」




[22810] 第1シリーズ 『執事さんとお嬢様』 舞台・人物解説【表】
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/11/05 03:58
第1シリーズ

『執事さんとお嬢様』


とある異国の館を舞台に、館の主たる少女と、彼女に付き従う執事。

そして、少女、執事がともに心を開いている一人のメイド。

そんな三人が織り成す、甘く、静かな物語。



豪華な料理よりも、小さなお茶会が好きな貴方に。

<全50話 + 幕間数話>


舞台世界

   近代ヨーロッパの某国を思わせる国の辺境。
   そのとある丘の上に建てられた館が、本物語の舞台装置。   

登場人物

 『お嬢様』
   とある丘の上に立てられた館の、主である少女。
   父親より、館と使用人の管理、そして事業の一部を任されている。
   
   従者である執事の青年に、強く信頼と親愛を置いており、
   その想いは憧れから恋慕へと変化しつつある。

   甘党。


 『執事』
   出身国、経歴、スキル等、「この国に来る前」までの情報は全て不明。
   
   少女が唯一わかっていることは、海を越えた遥か東方の島国、ということと、二十歳は超えているということだけである。
   また、意外な技術を持っていることがあり、主の少女をよく驚かせている。

   この国では少ない、黒髪、黒い瞳の持ち主。

   少女を、主として強く敬愛している。
   少女からのスキンシップに、戸惑うことがある。

   辛党にして甘党。


 『メイド』
   館で働くメイド達――の一人。
   少女のお気に入りであり、オールワークスでありながら少女専属に近い。
   その結果、少女と共にいる執事の青年とも面識が強い。

   軽食、焼き菓子などを担当することがあるが、
   これは料理・キッチンを己の城とする、専属のコックがいる館としては異例といっていいだろう。
   

 『その他の重要な人々』

 少女の父親
   娘を強く愛し、そして良家の跡継ぎとして厳しく育てている厳格な父親。
   「館・人の管理と運営。そして事業の一旦を担い、結果を出すこと」という家の伝統である教育法は、本来男子の跡継ぎに行われるものであるが、彼は一人娘であるという理由で少女にその責務を負わさせた。
   我が娘ならばきっとできる、という強い信頼と愛があればこそである。
   また、補佐として執事を信頼し、娘のサポート役を託した。



[22810]  第一話   「日常」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:11
第一話 「 日 常 」

===================================

 Tea time.1

 Event that occurred at midnight.


===================================
 
 
 
 小さな音がする。
 
 
 無機物が擦れ合う冷たい音。
 
 だが、時計の刻む規則的な音とは異なり、そこには確かな人の意思があった。
 
 
「どうしたの? こんな時間にの照明の手入れなどして」
 
 
 突然の少女の声に驚いたのか、ほんの僅かに肩を震わせ、その男はゆっくりと振り向いた。
 
 
「お嬢様……申し訳ありません。起してしまいましたか?」
 
「いいえ、起きたのも、ここを通ったのも、たまたまなのだけれど。音がしたから気になって」
 
 照明具から手を離したその男に、少女は「続けていいわよ」と呟く。
 
「……ええ、最近これだけ調子が悪いようでして。……よし、とりあえずですが点くようになりました」
 
「何も今でなくても、いいと思うのだけれど。昼間の方が明るいし、そもそも執事である貴方の仕事ではないでしょう」
 
 そうですね、と青年は頷く。
 
 館の備品の管理や確認そのものは男の仕事だが、「直す」のは別の人間の仕事だろう。
 
 
「確かに作業という点ではそうです。しかし、私の役目は、この館と、お嬢様の日常を守る事です。
 成長という変化を拒絶する事は愚かですが、昨日と同じ今日を守ることは、大切だと思うのです」
 
 
 この廊下は、毎日少女が通り、そして当たり前のように柔らかな光が彼女を導いている。
 ただそれだけのことではあるが――青年には、守るべき日常だ。
 
 
「貴方も几帳面ね。とても、緑色のお茶を飲む人とは思えないわ」
 
「私の故郷では、一般的なのですが……」
 
「わたしはそろそろ眠るわ、貴方も早く休みなさい」
 
「ありがとうございます。お休みなさいませ……どうなさいましたか?」
 
 
 なかなか立ち去ろうとしない自分の主に、青年は戸惑いながらそう問うと、少女はくすりと笑って
 
 
「日常は大事かもしれないけれど……でも、今夜貴方と逢瀬できたのは、日常が守られなかった(ハプニングの)
おかげでしょ?」
 



[22810]  第二話   「読書」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:11
第二話 「 読 書 」

============================================
 Tea time.2

 This book gave the girl the mischief mind.


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「どうぞ」
 
 
 すでに就寝したものと思っていた主の書斎から漏れる光に、もしやとノックをすれば、確かな少女の声。
 
 
「お嬢様、まだ起きておられるのですか?」
 
「なんとなく買っただけの本が、面白くてね。区切りのいいところでやめようとは思ったのだけど。」
 
「娯楽小説ですか。お嬢様にしては珍しいですね。どのような内容か、聞いてもよろしいですか?」
 
「お嬢様に密かな思いを持つ執事の話」
 

 くすくすと笑う少女の顔に、少し頭痛めいたものを感じながら、
 

「本当に、なんとなく買われたので?」
 
「もちろん、貴方をからかう為に。……な-んて、ね。ただ、本当に面白かったのは予想外だったわ。でも……さすがに明日に差し支えるから、もう眠るわ。でも其の前に……」
 
「レモネード、ですね? 温めてまいります」
 
「あら、よくわかったわね。ありがとう」
 
「もちろんです。片思い中ですから」
 
「……ぷっ! くすくす……もう、拗ねないの。変なところで子供っぽいんだから」
 
「それでは、失礼します」
 
「そうそう、言い忘れてたわね」
 
 
 下がろうとした青年に、少女は先ほどと同じような笑顔で呼び止める。
 
 

「なんでしょう?」
 
「この小説だけどね。……実は二人、両思いなのよ」



[22810]  第三話   「美声」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:12
第三話 「 美 声 」
 
===========================================================

 Tea time.3
 
 Girl's voice has a presentiment of the question on love.

 
===========================================================


「貴方の声って、きれいよね。たまに、嫉妬するわ」
 
「ありがとうございます。ですが、私はお嬢様の声が一番好きです。とても美しい声だと思います」
 
「社交辞令のお返しをされても、嬉しくないわよ」
 
「私がそのような事が苦手なのは、知っていらっしゃると思いましたが」
 
「そういえば、貴方はお世辞は言わないのよね。相手がどんな名士でも。……それに、わたしにも」
 
「飾りは着けた者を引き立たせる為にあります。ですが、着け過ぎた飾り、偽りの飾りは、着た者の価値を貶めてしまいますから」
 
「そういう……ものなの?」
 
「私は、そう思います。いえ、……ただ、派手な飾りが苦手なだけかもしれませんね」
 
「それでは、飾らない言葉で、あなたがわたしの事をどう思っているか教えてくれる?」
 
「……大切な方ですよ」
 
「素っ気、無いのね」
 
「言葉では語りつくせぬこともありますから」
 
「いいわ。許してあげる。……そのかわり」
 
 
 届かない首の変わりに、彼の背中に手を回す。少女は彼の顔を見上げ、少し意地悪そうに微笑んだ。
 
 
「言葉では、足りない想いを唇に」
 
「この想いは親愛にて、唇までは届かず」
 
 
 不機嫌そうに睨む少女の腕からするりと抜け出して、執事は優しい声で続ける。
 
 
「なれど主の命令オーダーに応える忠誠により、親愛の証を貴方の頬に」



[22810]  第四話   「贈物」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:12
第四話 「 贈 物 」
 
================================================================
 
 Tea time.4
 
 The steward was able to find the present from the best friend.
 Signorina was interested in it.

 
================================================================
 
「今日はよく笑うのね。なにかいい事でもあったの?」
 
「ええ、随分前に無くしたと思っていた、友人からの贈り物が見つかったのです」
 
 
 いつもより弾んだ声。
 
 自分でない存在が、この従者の心を癒したことに、軽い嫉妬をする。
 
 
「大切なもの、なの?」
 
「どうでしょう……。捨てられないことは事実ですが、手放すこと自体は、残念ではあっても辛いというわけではありません」
 
「そう……貴方らしい答えね。でも、少し怒った」
 
「はぁ……なにか失言があったでしょうか」
 
「なんだか、貴方の恋愛感を語ってるみたいなんだもの」
 
 
 執事の苦笑。
 
 だが、否定の言葉はない。それは、主人に対して異を唱えることがないだけか。
 
 その真偽を問う前に――
 
 
「それで、その贈り主は、男、女?」



[22810]  第五話   「菓子」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:12
第五話 「 菓 子 」

==========================================
  
 Tea time.5

 The girl's aesthetics is in a sweet cake.

 
==========================================
 
「甘っ……悪くないけど、ちょっと甘すぎね、コレ」
 
 いつもよりシロップの装飾が多い、そのクッキーを口にして、少女は思わずそう呟いた。
 
 急いで砂糖を入れていない紅茶を飲み干すと、横で控えていた執事によって、すぐにそのカップに新たな茶が注がれる。
 
「お気に召しませんでしたか?」
 
「ううん……美味しい、不味いで聞かれれば、それは決まってるんだけど」
 
 
 味に関していえば、合格点には違いない。ただ、この甘さは酷く刺々しい。
 
 
「お嬢様は、大の甘党だと記憶していたのですが」
 
「それはそうなんだけど……直接的な砂糖の甘さはちょっと、ね。
 作る過程に砂糖やシロップを入れるのはわかるんだけど……。
 出来上がったお菓子に改めてかけてしまうのは、お菓子を楽しんでるのか、甘さを楽しんでるのか分からなくなってしまうもの」
 
 
 小さなこだわり。だが、そんな些細なことが、少女の美学。
 
 執事の頬が緩む。彼女に仕える事を、また、これで誇れる気がする。
 
 
「なるほど……作り手のメイドに伝えておきましょう」
 
「お願いね。そうだ……ねぇ、知ってる?わたしの味への嗜好と、異性への嗜好がとっても似てるって」
 
 
 きょとんとする執事の胸に、自らの背中から寄りかかり、まるで身に着けるかのように、その手を取って、自分の体の前で組ませた。
 
 執事が、少女を後ろから抱きしめているように、見えなくもない。
 
 その腕に、擦り寄りながら、少女は言った。
 
 
「ほら、お菓子は口を。貴方は心を。同じもので満たしてくれる――」
 
 
 
 求めるものは、『甘さ』と『深さ』



[22810]  第六話   「我侭」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:14
第六話 「 我 侭 」

==========================================
  
 Tea time.6

 To know the truth, I learnt my foolishness.

 
==========================================
 
「わたしは、我侭かな」
 
「何故、そう思われるのですか?」
 
「だって、わたしは与えられてばかりだもの。それに甘えて、貴方……だけでなく、他の給仕、メイド達を、いつも困らせてる」
 
「我々は、お嬢様の生活を守り、助け、喜んで頂く事で賃金を頂いているのです。ならばそれは、お嬢様の持つ当然の権利ですよ」
 
「でも、普通の家庭の女の子に比べたら、我侭でしょう?」
 
「……我侭というのは、自分の立場、器以上を望み、それにより他者に迷惑をかけることだと私は思います。
 もし、それでも欲するなら、相応の努力をしなければなりません。立場に差こそあれ、それが出来るか出来ないか、ですよ。
 もっとも、『贅沢』と称されることは、否定いたしませんが。それに……」
 
 目を伏せ、穏やかに笑う執事。
 
 それは、確かに少女の悩みを子ども扱いしての笑いだ。
 ――でも、不快に思えないのは、それが少女の成長を感じた喜びでもある為で――
 
「それに?」
 
「私達は皆、賃金、主従だけでなく、純粋にお嬢様に喜んでいただきたくて、ここにいます。
 そのための行為を、迷惑をかけていると思われることこそ、おそらくは不本意かと」
 
「そうなのかな……」
 
 
(自分にそれだけの価値があるのだろうか。
 貴方がわたしにくれる、この暖かいものに吊り合うだけの――)
 
 
「ねぇ、最後に、ヒトツだけ聞いてもいい?」
 
「なんでしょう」
 
 
 
「貴方にずっとそばにいて欲しい……って、我侭になるのかな?」



[22810]  第七話   「責務」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:14
第七話 「 責 務 」

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 Tea time.7
 
 The purpose of the girl's having the pen is to fulfill an important obligation.

 
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 カッカ、カリカリカリ…
 
 ペンを走らせる音が、書斎に響いている。
 
 
 書類の目録のチェックとサイン。それが、少女の責務。
 
 ただそれだけの単調な作業は、スペル一つの過ちで、幾人の人生すらも左右する。
 
 
 本当は、それを背負えるだけの器は自分にはない。だからせめて――。
 
 一枚たりとも、怠ることなく、誠実に。
 
 それが、己にできる精一杯。
 
 
 不意に差し出されたカップには、暖かいレモネードが満たされている。
 
 少女の感謝の言葉と笑顔に、執事は声は出さず、静かに頭を下げる。
 
 そしてまた、今までと同じように、半歩下がって彼女を見守った。

 
 ペンを走らせる音が、書斎に優しく響いている。



[22810]  第八話   「盤上」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:14
第八話 「 盤 上 」

================================

 Tea time.8

 Cheakmate!


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「ああん!もう!」


 チェックメイト、の声を聞くまでもなく、少女は駒を崩した。
 
 
「もう夜も更けました。そろそろお休みされた方が…」

「もう一回だけ!納得いかないわ。あなたチェスは初めてだって言ったのに、なんでわたしが一回も勝てないのよ!」

「私の故郷に、良く似たゲームがあるのですよ」


 少し、昔を思い出すように仰ぐ執事。
 
 
「ふぅん……ねぇ。貴方の国のこと、聞いてもいい?」

「どのようなことです?」

「ううん、単に、貴方の国の話が聞きたいの」

「構いませんよ。それでは、明日のお茶の時にでも…」

「イヤ。今聞きたいの。それを聞いたら眠るから。夜伽話代わりに…ダメ?」


 彼女は上目遣いで伺うように執事の顔を覗き込む。
 
 
「……本当に、それを聞いたらお休みになりますか?」

「もちろん」


 だから、お願い。と、少女は片目を瞑る。

 命令ではなくお願い。
 だからこそ、逆らえないことがある。
 
 彼は、決して主に分からないよう、肩だけでため息をついて、
 
 
「分かりました、それでは……っと、どちらへ?」

「うん、貴方の寝室よ?わたしのベットでは、貴方には小さいし」

「……あの、話が見えないのですが」

「さっき、わたしは『夜伽話として』って言ったわよね」


 貴方はそれを承諾したわね、と、少女。小悪魔的な笑みを浮かべて――

 
「だから今日は、わたしの隣で寝てくれるって事でしょ?」



 ――チェック・メイト。



[22810]  第九話   「後悔」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:14
第九話 「 後 悔 」
 
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 Tea time.9
 
 A female cat woke up by small bird's twittering.

 
===========================================================
 
「大っキライ!!」
 
 
 走り去る少女。執事は呼び止めず、ただ溜め息だけを漏らした。
 
 原因は些細なことだ。最近、少女の就寝が遅くなっていることをたしなめただけなのだが、どうも、お互い歯車が少しずれたように、口論が歪な方向に向かってしまった。
 
 追いかけはしない。
 
 それで自暴自棄になるほど彼女は愚かではないし、家出をするほど「強く」もない。
 
 そも、このような事も極めて珍しいというわけではなかった。
 
 
「あら、こんな遅くに痴話喧嘩?」
 
「覗き見とは人が悪いですね。それに、痴話は余計でしょう。お嬢様にも失礼です」
 
「もう…。二人きりなんだから、堅苦しい言葉使い、やめてよ」
 
「……夜は更けても、この服を着ているうちはそうは行きませんよ。あなたも、まだ仕事中でしょう」
 
 
 ホールに繋がった廊下から顔を出した、シックな紺色にまとめられたメイド服を着た女性は、ふふん、と軽く笑う。
 
 
「あらかた終ったわよ。残ってるのは、戸締りのチェックと…貴方の部屋のベッドメイク、かな。寂しいのなら、朝まで添い寝してあげるけど?」
 
 
 擦り寄る。
 
 吐息と共に絡ませてくる柔肌は、少女が普段してくる暖かさと違い、気を抜くと堕ちるような、熱さ。
 
 執事は、しばらくそれを味わうように、任せるままにしていたが、やがて軽く彼女を押しのけた。
 
 
「……やめておく。そういうことは、雑念抜きでないと、君にも失礼だろう」
 
「あたしは構わないけど……ううん、やっぱり嫌ね。心の何かを埋めるためなら、遊びでも良いけど、誰かの代わりじゃ悔しいから」
 
 
 少しだけ名残惜しそうに。
 
 執事の頬に唇の感触を残し、彼女は離れた。
 
 
「お休みなさい。気が向いたら、あたしの夢に遊びに来てね。」

「お休み。気が向いたらそうさせてもらうよ」
 
 
 
 
 どうせそれも、あの子お嬢様の機嫌を取る方法を思いついた後でしょうけどね。
 
 執事を見送る女の、軽いため息。




[22810]  第十話   「困惑」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:15
 
第十話 「 困 惑 」
 
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 Tea time.10
 
 Like or Love?

 
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「貴方は、ずるいわ」
 
「なにか、不手際がありましたでしょうか」
 
「わたしがどんなに望んでも、貴方はいつだって、額と頬にしか、接吻けてくれない」
 
「…申し訳ありません」
 
「謝って欲しいわけじゃない。それは、貴方が本気にはなってくれないということだから。……でも、わたしはっ!」
 
 
 危うく、『ルール』契約を破りそうになる瞬間、少女は彼に抱きしめられる。
 
 心が込められた本気の――ただし、力強い恋人のそれではなく、あくまで優しい、親愛の抱擁。
 
 それが本心なのか、あくまで主従の立場ゆえ偽っているのかは、わからない。
 
 問うたとしても、きっと執事は困ったように微笑むだけだ。
 
 
「…いつも、そうすれば、わたしが大人しくなると思ってる」
 
 
 そして…貴方の思い通りになってしまう――。
 
 
「たから…ずるいって言ったのよ」
 
 
 寄り添った胸から伝わる暖かさと鼓動にまどろみながら、彼女は悔しそうに執事の服を噛んだ。



[22810]  第十一話  「料理」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:15
第十一話 「 料 理 」
 
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 Tea time.11
 
 She cooks like writing the love letter.

 
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「貴方って、本当に嬉しそうに料理するのね」
 
「あら、お嬢様。何か変ですか?」
 
「だって、大変じゃない。献立を考えて、色々準備して、ずっとおなべをかき回して。そういうのにも楽しさがあることは、分かるつもりだけれど」 
 
「そうですねぇ…確かに大変なんですけど。でも、あたしには恋をしているのと同じようなものですし」
 
「?…よくわからないわ」
 
 
 トントントンと野菜を刻み、他の素材と混ぜ合わせ。
 
 時には包丁を滑らせ、手の甲に新しい傷を増やしてしまう。
 
 コトコトと、ずっとずっとシチューと格闘。
 
 熱気が襲い、頭がぼうっと苦しみを訴える。
 
 毎日が、そんな事の繰り返し。

 それでも――。
 
 
「だって、恋をすると、どうしたら相手が喜んでくれるか、好きになってもらえるかと考えて、色々するじゃないですか。
 それは大変かもしれないけど、やっぱり楽しいでしょ?」
 
 
 美味しいと言ってくれる誰かがいるから。
 
 朴念仁のあの人も、顔を綻ばせてくれるから。
 
 
「だから、きっと料理は、あたしの恋文なんです」
 
 
 料理は愛情ですから――。そう続けて、笑う彼女。
 
 
 
 
 少女は気づかなかったが――
 
 それは、一人の執事をめぐった、小さな小さな恋敵ライバル宣言。




[22810]  第十二話  「研磨」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:15
第十二話 「 研 磨 」
 
===========================================================
 
 Tea time.12
 
 Who ground the jewel?

 
===========================================================
 
 
 鏡台の前に座る。
 
 
 湯上りの湿り気を帯びた髪。
 ほんのりと上気する白い肌。
 フラワーベビードールのネグリジェを、滑らかに隆起する胸のライン。
 
 そう言うと艶めかしく感じなくもないが、「女」ではなく「少女」の自分がそこに居た。
 
 
 悔しい。
 
 
 従者であるはずの彼に、どうしたって、自分は届かない。
 
 あの人に求められるために、わたしはどんな宝石になれば良いのだろう。
 
 着飾り、化粧して、花をつければ大人に近づけるのだろうか。
 
 
 顔も覚えていない、何人かの婚約者候補からもらった、高価なアクセサリーと化粧品の山。
 
 今までずっとほうっておいたが、初めてそのうちの一つを、手にとって見る。
 
 取り出した真っ赤な口紅を、小さな唇にそっと近づけ――
 
 
 
 
 やめた。
 
 
 ダイヤ、サファイア、トパーズ、水晶。
 金、銀、プラチナ、翡翠に琥珀。
 
 
 もしもただの石ころだったとしても、わたしはわたし。
 
 研磨はしても、絵の具で彩る愚者ではない。
 
 そんなものを喜ぶ彼なら、わたしはこんな思いはしていないはずだ。
 
 理を学ぼう。
 感性を磨こう。
 そして、世界を知ろう。
 
 自分で自分を誇れるように。彼を支えることが出来るように。
 
 
「お休みなさい、また明日…ね」
 
 
 鏡の横にぶら下がっている、どこかの誰かに似た人形を、ちょん、とつつく。
 揺れる人形が、彼の肩をすくめる動作に重なり、少女はくすりと吐息を漏らす。
 
 ベッドに潜り込み、目を閉じて、ゆっくりと夢の世界を目指していく。
 
 
 
 
 
 明日も、良き一日でありますように――。



[22810]  第十三話  「演奏」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:15
 
第十三話 「 演 奏 」
 
===========================================================
 
 Tea time.13
 
 For whom was the concert held?

 
===========================================================
 
 どこかで誰かの、慌てた声がする。
 
 忙しさで駆け回る誰かの音が、別の誰かを苛立たせた。
 
 屋敷に溢れる、ノイズ。
 
 
 
「何をしているの?」
 
「ピアノの調律です。この前お嬢様が演奏されたとき、僅かに音がずれていましたので」
 
「それは、確かにわたしも気づいたけど……貴方、良くわかったわね。それに調律までできるなんて知らなかったわ」
 
「まあ……一時期は色々な事を経験しましたから。お嬢様はどうしてこちらに?」
 
 そう執事に切り替えされた少女は、なんだか誤魔化されたみたいだけど、と、少し唇を尖らせた後、
 
「部屋の掃除で追い出されたの。それに、この時間帯は、皆忙しいから。
 わたしが変にうろうろして、気を散らさせてしまっては、悪いでしょう。だから、少しここでピアノでも、と思って」
 
「そうですか。それでは、お邪魔にならないよう、私は退室いたします」
 
「……忙しいの?」
 
 明らかに不満げに問いかける少女に、執事は少しだけ困ったように額を押さえ、
 
「いえ、私の場合、この時間の方が落ち着いていますね。その代わり、朝が忙しくなるのですが。」
 
「なら、いいじゃない。執事は主人の傍で仕えるのが一番の仕事でしょう?それに――」
 
 自分で、曲を作ってみたの。
 
 そう言って、少女は少しだけ頬を染めてピアノに向かう。
 
「そこで、聞いていてくれる?」
 
「喜んで」
 
 
 鍵盤をなぞる、宝石のような指。風に乗せて、屋敷に音符達が広がっていった。
 
 
 働く者達の足音が、ほんの少し柔らかくなる。
 そんな、昼下がりのコンサート。
 



[22810]  第十四話  「価値」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:15
第十四話 「 価 値 」
 
===========================================================
 
 Tea time.14
 
 The flow of time teaches us an important thing.

 
===========================================================
 
 
「あら、調べ物?」
 
「ええ、少し纏めたい資料がありまして。本日は丸一日ここで書類と格闘することになりそうです」
 
「そう……。ねえ、わたしも、ここで本でも読んでいて良いかな。邪魔にはならないようにするから」
 
「それは構いませんが…本日はお嬢様の久々の休日では?街で買い物、観劇等、以前から要望していらしたのですから、有意義に過ごされてはいかがでしょうか?」
 
 
 ――バカね。そんなの貴方がいないのなら意味がないじゃない。
 
 
 そう返して、困らせてやりたい。でも、悔しいから口にはしない。
 
「いいのよ。たまの休みだからこそ、ゆっくりする事にしたんだから」
 
「ですが…私も作業に集中してしまいますと、おそらくお茶を入れる事も、会話もままならなくなるかと。
 暗く埃の積もった、不衛生なこの部屋ではなく、一人メイドを付けさせますので、お部屋でゆっくり癒されては…」
 
「もう!わたしが良いと言ったら良いの!……でも、それが貴方にとって迷惑なら止めるわ。そういう我侭だけは、わたしはしたくない」
 
 
 普通であれば、こう言われて『迷惑です』と答える従者はいないだろう。
 
 だが、彼はそういう「世辞」は決して言わない。
 
 相手を喜ばすため、評価として多少の誇張は使っても、真実を求められての嘘は、裏切りになると彼は思っている。
 
 それが、少女が彼を選んだ理由であり、そして、未だ恋人としての愛を問えない理由でもあった。
 
 
「いえ、構いませんよ。お嬢様が不自由な思いをされていないか、という意味では気になるでしょうが……。この部屋は少し、寂しすぎますから」
 
 ――私も、癒されます。そう微笑んだ、執事の本音。
 
 
 それはきっと些細なこと。
 でも、自分を必要だと言ってくれる。
 
 それが、嬉しい。
 
 
「ありがとう。じゃあ…わたしは本と紅茶を取ってくるわね」
 
 
 部屋に向かう途中、少女は僅かに心とときめかせ、今日という休日のこれからを想う。
 
 何かを得るでもなく、身体を癒すためでもなく。何度も読んだ本を片手にまどろみ、時々、責務に追われる執事に、目を落とす。
 
 きっと、それだけの繰り返し。でも……
 
 
 
 そうして貴方と過ごす時間。無駄であっても無意味じゃないでしょ?



[22810]    幕間1   「接吻けの価値」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/14 21:45
幕間1 「接吻けの価値」
 
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 Intermission.1
 
 This memories tie you and me.

 
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 薄汚れた路地裏で、薄汚れた肌着。
 ついで出るのは空虚な言葉。
 
 下を向いて歩く自分にはお似合いだ。
 
 
「また…やっちゃった。」


 客を取って、抱かれて、いくらかの紙切れをもらう。
 いつものこと。そして、条件もいつもと同じだ。
 
 ――接吻けだけはしない。
 
 そういう契約だったのに。行為に及んでしばらくたってから、客の男はそれを求め始めた。
 
 かえって征服欲を刺激したのか、金を追加するといわれたが…そもそも金銭の問題ではないのだ。
 
 次第に苛立った男は強行しようとして――
 
 
「あの店で、もう商売できないなあ……」
 
 
 殴って、窓から逃げ出してしまった。
 かろうじて下着とシャツ一枚はつかめたのは幸いだが。
 
 
 
 初めての接吻けは、どうしたって特別でありたい。
 
 
 
 身体は売っているというのに……つまらない意地だ。
 でも、女である最後の意地だ。
 
 
「でも、このあとどうしよう…」
 
 
 この姿のまま表通りは歩けない。
 
 かといって、この裏通りを行くのは、襲ってくださいというようなものだ。
 いっそどこかの家に潜り込んで服を失敬しようかと思い始め――
 
 そのとき
 
 
「逃げないで、欲しい。何もしない」
 
 
 足音に気づき、警戒するように身体を隠す彼女に、一人の男がそう声をかけた。
 
 暗くてわかりづらいが、異国の男のようだ。 
 
 
「確認を取りたいのだが、君は名は――」
 
 
 男から出る女の名前。なぜ、知っているのか、と、彼女はますます警戒の色を強める。
 
 
「君が、部屋から飛び出した、と聞いて、探していたのだが……待つ手間が、省けたな」
 
 客取りをしていると聞いて、店で待っていたのだが――
 と、異国の男は、まだこの国の言葉に慣れぬようにたどたどしく音を区切りながら、コートを脱いで彼女にかける。
 
 それは少しよれてはいたが、暖かかった。
 
 
「あの……なんで、あたしを?」
 
 
 男は、懐から何かを取り出す。ロケットの付いたペンダントだ。見覚えがある。
 
 確か昨日、店の前で落ちていたそれを、客の誰かの落し物だろうとマスターに預けたものだ。
 
 金の鎖に、修飾の見事なロケットが付いていて、一目で高価なものだとわかる。
 
 始めは自分の物にしてしまう事も考えたのだが――
 
 
「君が、届けてくれたと、店の主人から聞いた。この界隈で、誰かに拾われたら、間違いなく酒に変わってしまうと、落胆していたのだが」
 
 
 そんなことはできない。あたしにできるわけがない。
 だって、中を見てしまったから。
 
 
「君に、感謝する。本当はこれに見合った金銭があれば良いのだが――あいにく、こんなものでしか礼ができない」
 
 私物で悪いが、と、男が礼の品を渡す。礼が欲しかったわけではない。だが、断るのも何か悪い気がして、思わず受け取ってしまった。
 
 
「それから、早く家に帰ったほうが良い。そのままだと……風邪を引く」
 
 
 それは――客を取るようになってからかけられた、初めての優しい言葉。
 
 ロケットを開けて、この人の過去に触れてしまったからだろうか。
 
 それを聞いたとたん、肌を晒している自分の姿を、この男に見られていたことが、なぜか急激に恥ずかしくなる。
 
 裸を見られるなんて、慣れているはずなのに。
 
 それは、初めての感覚で――
 
 
「あ、あの!」
 
 考えるより、声が先に出た。彼が止まり、振り返った後も、言葉は止まらない。
 
「あ、あたしを…あたしを、買ってくれないかな」
 
 
 震えるように、すがるように。
 初めて、自分という体の売込みを、断られたくないと思った。
 
 男は、しばらくその娼婦の目を見据え、そしてゆっくりと、区切るように答えた。
 
 
 
「君を抱く、値段は?」
 
「……あなたの、接吻け(キス)で決める」
 
 
 
 
 二人が、一つの館で再び出会うのは、まだしばらく先の話。
 
 その館で、一人のメイドが愛用している男物の時計のことは――また、別の機会に。



[22810]  第十五話  「酒宴」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:15
第十五話 「 酒 宴 」
 
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 Tea time.15
 
 Does she have a happy dream by drinking the wine?

 
===========================================================
 
「あなたは、あまり飲まないのね」
 
「明日に響くからな。酒の匂いをさせてお嬢様に仕えるわけにも行かないだろう」
 
 
 そう答えた執事と、同じ館でメイドとして働く彼女。
 
 この執事にべったりで、メイドの彼女とも仲の良い、皆がお嬢様と呼ぶ少女を、なんとなくグラスに思い浮かべる。


「……相変わらず、あなたの中心は、あの子なのね」
 
「ただのマナーと、仕え働く者の常識の問題だ。それに、私は君のように酒に強くない」
 
「そう言う割には、水で割らないじゃない。弱いくせに、アルコールが高いのが好みなの?」
 
「いや、これは単に私のこだわりの問題だな」
 
「こだわり?」
 
「酒が強いからと水で薄めて飲むのは、幸せを薄めているのと同じ気がするだけだ。その酒が無理なら、自分にあった種類の違う酒を探せば良い」
 
「それで、今の生活は、あなたにはどんなお酒?……わたしには、ずいぶんとアルコールが低そうに見えるけど」
 
「確かに……少し足りないな。だが、だからこそ十分だ」
 
「そう……」
 
 
 彼女は、乾したグラスの氷を軽くまわした。
 
 
「寒いわね。温かい紅茶でも飲もうかな…」
 
「アルコールは、もういいのか?君にしては珍しい」
 
「そんなことはないわ。まだ酔いたいもの。でも――」
 
 
 軽く、執事の肩にしなだれかける彼女。
 
 
「どうせなら、足りない分は貴方で酔いたいの」



[22810]  第十六話  「就寝」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:16
第十六話 「 就 寝 」
 
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 Tea time.16
 
 I want to sleep as it being held by the lover.
 Surely,the nightmare runs away from me.

 
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 疲れきって、何もする気力が起きない。
 それでもベッドで思い返すのは、今日一日の事。
 
 
 
 館での仕事は厳しく、疲労し、体から力を奪う。
 でも、決して辛いとは思わない。
 
 冷たい水仕事に手はあかぎれて、刺繍や料理で傷も増える。
 悲しい事、悔しい事。そんな事は茶飯事だ。
 
 
 だが、それで喜んでくれる誰かの笑顔があるから、そんな一瞬のために頑張ろうと思う。
 
 
 
 朝は優しく、昼は騒がしく、夕方は忙しく。
 でも、夜は寂しい。
 
 
 伸ばした指先に誰も居ない不安を抱き、何回夜を過ごしたのだろう。
 
 包まった毛布は暖かく、少しだけ心を落ち着かせ、彼女は眠りに付く。
 
 
 
 いつか、毛布があの人に変わることを夢見て。



[22810]  第十七話  「試着」 
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:16
第十七話 「 試 着 」
 
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 Tea time.17
 
 Let's dressing up!!

 
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 服飾店の大き目の試着室の中で、一人のメイドが様々の服を少女にあてて歓喜の声を挙げている。
 
 
「こっちも似合いますね……あー、これもいいなあ。うっふふ、どれから試しましょうか、お嬢様」
 
「わたしの服を選ぶというのに、貴方は嬉しそうね」
 
「楽しいですよー。等身大の着せ替え人形なんて、小さい頃からの憧れですもの」
 
 
 はっきりと失礼な事を言う彼女。
 
 そんな不真面目そうなこのメイドの心地よさを、少女は気に入っていた。
 
 
「それに、お嬢様はあまりアクセサリや衣類にこだわりませんから。少しそういう喜びも覚えて欲しいんです」

「それは…確かに貴方に誘われなければこんなところに来なかったけど。
 そうでなくても、毎月贈られて来るから、あまり必要に感じないのよ」
 
「確かに、お嬢様の服の数は豊富です。でも一種類しかないじゃないですか」
 
「そう?いろんな種類の服があったと思うけど」
 
 甘いです、と彼女。そう言いながらも楽しそうだ。
 
「身分や立場に関係なく、女には、二種類の服が必要なんです」
 
 
 鏡の前の少女に、いくつかの布地をあてる。
 
 
「一つは、自分を着飾るための服」
 
「……」
 
「もうヒトツは、男に見せるための服」
 
 
 肩から上の肌を晒した、少し薄めの白いドレス。
 
 鏡の前で自分にあてがってみる。
 
 今の服を脱いでこのドレスをつけた自分を想像し、少女は朱に染まった。
 
 
「この服を来たら、彼、喜んでくれるかな……」
 
「パーティのような人前で来ていたら、多分、大慌てで着替えさせようとするでしょうねぇ」
 
 
 あの執事が慌てふためいている様子を想像して、そのメイドはこらえきれずクスクスと笑う。
 
 そしてその笑顔のまま、彼女は少女と一緒に鏡に写りこむよう、後ろから軽く少女を抱きしめた。
 
 
「でも、間違いなく、数秒はお嬢様に見とれると思いますよ」
 
 
 
 そして少女のクローゼットには、一着の白いドレスが、いつか着てもらえる日を待ち続けている。



[22810]  第十八話  「紅茶」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:16
第十八話 「 紅 茶 」
 
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 Tea time.18
 
 It is tea of magic that heals you.

 
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「ふう……」

「あら、あなたが溜息なんて珍しいわね」
 
 
 食器棚の前ででカチャカチャと音を立てていた、シックなメイド服に身を包んだ女が、少し頭を押さえて天井を仰いでいる執事に、そう声をかけた。
 
 
「私にも、一息入れたいときぐらい、ありますよ」
 
「一息入れたいなら、堅苦しい言葉遣い、やめればいいのに。どうせあたしだけなんだから。…ま、あなたらしいけど」
 
 
 彼女は、軽く、肩をすくめる。
 
 
「君は、仕事はよろしいのですか?」
 
「とりあえず、ね。本当の戦いは夕方からだけど。今はちょっと休憩もらったから。あなたは?」
 
「書類を整理していたのですが、書庫への書類の持ち運びが……。久々の力仕事は、少しこたえましたよ」
 
「なさけないわね。あたし達は、毎日が重労働なんだから」
 
 少しだけ、勝ち誇ったように、彼女。
 
「それじゃ、そういうときの良いリラックス方法を教えてあげましょう」
 
「ほう?」
 
「まず、ゆったりと椅子に座るの」
 
 執事は、言われたとおり、椅子の奥まで腰を落とし、座り直す。
 
「そして、目を瞑って深呼吸」
 
 深く、深く息を吐き、ゆっくりと吸う。
 
「さ、それじゃ、静かに目を開けて」
 
 
 呼吸を整えながら開いた目の先には、彼女がいつの間に用意したのか、テーブルにポットとティーカップを並べられていた。
 
 ――二人分。
 
 
 
「そしたら、ココからが重要」
 
 執事の前に座り、女は微笑む。 
 
「あたしと一緒に、紅茶を飲むの」
 
 湯が注がれたカップからは、優しい香りが広がってくる。
 
 彼女に似た、甘い匂いだった。



[22810]    幕間2   「魔と戯れよ」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/14 21:54
幕間2  「魔と戯れよ」
 
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 Intermission.2
 
 The Melancholy of Steward.


 
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 悪魔が近づいてくる。


 黒い悪魔が、少女に向かって這いずる様に。

 しかし、その動作は決して緩慢なものではなく。
 時折その翼を広げては、厭らしげに己を誇っている。

「い、いや……」
 
 あまりの恐怖に、その場に崩れ落ちた少女のドレスが歪む。


 逃れられない。
 逃れられない。
 逃れられない。


「誰か…助けて…助けてよぅ……」


 虚しい願いの吐息。
 そして、悪魔は少女に襲い掛かり、再び悲鳴――


「ほい、と」


 あっさりと、執事が手袋越しに黒い悪魔を捕まえ、そのまま何事もなかったように窓の外へ捨てる。

 そのゴキブリは草の葉に紛れ、かさかさと音を立てて消えていった。


「大丈夫ですか?お嬢様」


 少女を安心させるためか、普段見せないような笑顔で、執事は腰が抜けて座り込んだ少女の前に跪く。

 そして、悪魔を倒した『その手』を差し出して――


「い……」

「……い?」

「いやー!!もうキライ嫌いきらい!こっちにこないでー!」




「……」

「……お願いだから、落ち込むなら自分の部屋でやって」


 そして彼女の、辛辣な言葉



[22810]  第十九話  「寝室」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:16
第十九話 「 寝 室 」
 
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 Tea time.19
 
 I wish you sweet dreams.

 
=========================================
 
 
「おやすみなさい。明日もよろしくね」
 
 
 小さな蜀台が控え目に光を放つ、少女の寝室の前で。
 背伸びをして、執事に軽い抱擁をしながら、彼女はそう囁いた。
 
 執事の顔に、変化は無い。
 
「おやすみなさいませ。お嬢様」

 少女が離れると、彼はやはり表情を変えないまま、返答と共に目を瞑り一礼する。
 
 
 パタン、と。
 
 
 少女の部屋の扉が閉められたことを、音で確認して、執事はゆっくりと頭を上げる。

 目の前には、彼女のネームプレートがかけられた扉。
 その扉の向こうで、あくびをしながらベッドに入ろうとしているであろう、少女を想う。
 

 
 周りに誰もいない事を、軽く確認して、

「おやすみ。よい夢を」

 微笑みながら、優しく呟く。



[22810]  第二十話  「魔笛」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:16
第二十話 「 魔 笛 」
 
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 Tea time.20

 What did Mozart whisper to her?

 
=========================================
 

 ちょっとだけ、このままで――


 そう言って、少女は執事の胸に顔をうずめ、僅かに震えながら嗚咽を漏らし始めた。 

 きっと、執事の知らないところで、何かがあったのだろう。

 もちろん、気にはなる。
 だが、聞いて欲しいことであれば、いずれ少女自身が語るだろう。

 それに、今彼女が望んでいることは、そんなことではないはずだ。

 片方の腕を彼女の背中に。もう片方を、髪を梳くように撫ぜながら、その小さな身体を抱きしめる。
 いつもより、ほんの少しだけ本気で。


 
 随分と長く感じる数分間。そして、少女が自ら離れる。


「ありがとう、落ち着いたわ。……ごめんね」


 かすかに赤くはれた目を瞬かせて、笑顔でそういった。


「いえ、私などでよろしければ――」


 ううん、と。少女は執事の言葉をさえぎる。


「貴方だから、よ。貴方は、わたしにとっては、魔法の笛だもの」

「…光栄です」

「お茶にしましょうか。それで……少し、話を聞いてくれる?」

「仰せのままに」




 これは、魔法の笛。
 これさえあれば、いついかなる時にも、
 人の苦難を助け、悲哀を歓喜に、憎しみを愛に変えます。

 ―― オペラ「魔笛」より




[22810]  第二十一話 「質問」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/11/07 22:17
第二十一話 「 質 問 」
 
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 Tea time.21

 People smiled when they ate the soup.

 
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 いつもより、少し早めの厨房にて。
 まだ、ほとんどの者が眠りについている、その時間。
 
 コトコトと鳴いている鍋を前に、一人のメイドが鼻歌を歌いながらパンを焼いている。
 
 
 
「おはよう、今日は随分と早いのですね」
 
「あら、おはよう! この料理、ちょっと仕込みに時間がかかるのよ。そういう貴方も早いのね」
 
「ええ、どうも目が覚めてしまいまして。散歩でもしようと思ったのですが……君の声が、聞こえたから」
 
 
 最後の部分は、この執事にしては珍しく、素の口調。
 そうやって、自分の前で自然に心を開いてくれることが、彼女は嬉しかった。
 
 
「……君は、ここでの生活は、幸せですか?」


 突然の問いかけ。ステップを踏むように、楽しそうに料理をしていた彼女の手が止まる。
 

「いきなり、変なこと聞くのね。あなたは幸せじゃないの?」

「昔は、いろいろなことがありましたから……こうして、お嬢様に使え、平穏に暮らしている自分が、時々、酷く非現実的に思えることがあります。
 なんとなく、今の君を見ていたら、幸せとはなんだろう、私は幸せなのだろうかと、考えてしまいました」
 
「自分が幸せかどうかなんて、簡単にわかるじゃない」
 

 そう言いながら、彼女は再び料理を始める。トントンと、リズミカルな包丁の音が心地良い。
 

「……自信たっぷりですね。一生悩んで、その答えを見つけようとした人もいると思うのですが」
 

 ざざ、っと、香草を調味料に浸していく。


「簡単よ。夜、ベッドの中で、やっと一日が終ったと思うのか、明日はどんな日になるのかを思うのか」


 コトコトから、グツグツに変わった鍋に、向き直る。
 

「朝起きて、今日も一日が始まったと溜息を吐くのか、今日はどんな日になるのだろうと心踊るのか。たったそれだけの違いでしょ?」
 

 『おはよう』と『おやすみ』。
 その二つを微笑んで誰かに言える人は、幸せなのだと彼女は言った。
 彼女自身が微笑んで。
 
 
「それに、今日はあなたも、あの子も、楽しい日になるわ」


 小皿に移したスープを軽く口に含むと、彼女は執事を振り返り、微笑む。
 

「だって、今日の朝食のスープ、会心の出来だもの」
 

 
 日常を捨ててでも幸せを求めようとする人と、日常の中にこそ幸せを見つけられる人。
 きっと、その差が、彼女の笑顔を作っている。



[22810]  第二十二話 「帰宅」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/11/05 05:09
第二十二話 「 帰 宅 」
 
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 Tea time.22

 Welcome home who said in me?

 
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 何気なく館を見上げる。

 それは当然自分のものではなく
 世間的に言えば、職場でしかない。
 
 
 それでも、中から漏れる光は暖かく、

 自分を迎え入れてくれるのだと安堵する。
 帰ってきたと思える場所。
 

 それが、『家』であるたった一つの条件だろう。
 

 
「おかえり、ご苦労様」
 


 彼女が出迎えてくれる。
 少し煤けたメイド服からは、焼きたてのパイの匂いがしている。

 暖かいのは、館の灯りだけではなさそうだ。



[22810]  第二十三話 「贅沢」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 03:37
第二十三話 「 贅 沢 」
 
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 Tea time.23

 Where is the place from which I am standing in the play?

 
======================================================
 
 
「ねえ、貴方はお金が溜まったら、どんなことがしたいの?」
 
 仲のよいメイドに髪を鋤いてもらいながら、少女はふと浮かんだ疑問を彼女に投げかけた。
  

「そうですねぇ……ここでの生活が楽しくて、考えたことなかったですね」
 
「そうなの?いつも忙しくて大変そうだし……。たまには誰かに作ってもらったおいしい料理や、服とか買いに行くとか、そういう事をしたくはないの?」
 
「……そういう贅沢って、なんとなく性に合わないんですよね」
 
 
 言って、笑う。
 
 
 
 それは、半分は嘘で半分は本当だ。
 
 そもそも、彼女の給金のほとんどは、彼女の「家族」の元に送られている。
 
 確かに住み込みで働いている以上、生活費はほとんどかからない。
 
 だから、見た目に浪費がなく、質素な生活を送るこのメイドは、お金を貯めるため働いていると思ったのだろう。
 

 少女は賢明なほうだ。
 だが、まだ世界を知らない。
 
 彼女だけでなく、他のメイドにも、陽気な庭師にも、そして、あの彼も。
 皆、それぞれ何かを背負ってこの館にいる。
 

 それを自ら語る必要はない。少女が自分で気づかなければならないことだし、自分が惨めにもなる。
 
 しかし、答えた彼女の言葉は、決して負け惜しみではない。
 
 
 櫛を置く。
 そして、少女のお気に入りのリボンを取り出した。
 
 
「料理をほんの僅かに美味しくするために、手間を二時間増やしてみる。そういう贅沢が、好きなんです」
 
 
 リボンが絹の様な少女の髪に巻かれる。
 鏡に映った姿は、女の彼女から見ても、別世界の美しさだと思った。
 
 
 
 きっと、あたしは、この館にいる限りヒロイン(お姫様)
にはなれない。
 でも、それでいい。
 
 
「大きな幸せはいらないけれど、今ぐらいの幸せがずっと続いて欲しいって……やっぱり、贅沢かな?」
 
 だって、誰か(王子様)の隣で演じる方が、それ以上に輝けるから。



[22810]    幕間3   「少女は鳥篭から空を見る」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/14 21:53
幕間3 「少女は鳥篭から空を見る」
 
======================================================
 
 Intermission.3

 I want to meet you again.
 I want to hear your voice again.

 
======================================================
 
 
「なんだ。君は、それだけのことで自分に自由がないと思ったのか?」
 
 男が笑う。
 
「牢獄に監禁されるでもない。手足を失ったわけでもない。ただ、一人で生きる術を知らず、そうする勇気もないだけだろうに」

 
 そんなのは、何処の子供も同じだろう、と。
 
 彼は、作成していた書類から離れると、ぽん、と少女の頭に手を置いた。
 
 
「扉が開いたままの鳥篭で、餌がもらえないからと逃げ出さない小鳥は、閉じ込められているとは言わない。檻のどちら側で生きるか選べるのだから」
 
 そして、その決断をいつか自ら行うために、子供は学び、成長するのだ、と。
 少女の父の行う商談の為に、通訳として臨時で雇われたこの異国の男は、嘲りではなく、諭すようにそう言った。
 
 
 
 それは粗雑な口調だったが、不思議と嫌な気分はしない。
 
 一つ一つの言葉が、導いてくれる。
 
 今まで、なんとなく怖いと……契約最終日の今日まで、彼を避けていた自分が悔しい。
 
 
 
 少女の、休憩時間が終る。
 また、あの退屈な学習、稽古事の時間の始まりだ。
 
 
「最後に一つ……聞いても良い?」


 背を向け、また資料作成に没頭していた彼は、振り返らずに手だけ振って、どうぞと伝える。
 
 
「わたしが貴方を雇う、と言ったら……貴方は私に仕えてくれますか?」
 
 少女の問いかけに、青年は少し驚いたように振り返った後、
 
「……君が、君自身の手で得た金で私を雇うというのなら、真剣に考えよう」
 
 やわらかい返答。
 そして、少女が始めて見た、青年の微笑み。
 
 そして、少女は決意する
 
 
 
「今は無理でも、近い未来に。
 わたしが、貴方の前で自分を誇れるその日まで」



[22810]  第二十四話 「距離」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:00
第二十四話 「 距 離 」
 
======================================================
 
 Tea time.24


 I did not reach though I requested you.
 How many times is this repeated?

 
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(執事)自分(少女)との距離。
 
 
それを、比喩ではなく、純粋な意味で、考える。
 
普段の執事の仕える位置は、少し遠いと感じていた。
 
甘える時はゼロになっても、それはいつだって自分からだ。
 
 
少しだけ悲しい。
少しだけもどかしい。
 
 
お互いが伸ばせば、指先が触れ合う。
 
それを知っているからこそ。



[22810]  第二十五話 「小鳥」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:01
第二十五話 「 小 鳥 」
 
======================================================
 
 Tea time.25

 A small shuttlecock flaps in the sky.
 I believe that I can surely fly.

 
======================================================
 
 
我侭、無邪気、純真さ。
少女であるが故のその特権。
 
成長するにつれ、失っていくものであるが、
それは、自ら捨てる必要はなく。
 
 
少女の翼は美しく、だが、空を飛ぶには目立ちすぎる。
きっと、その身を狙われ傷ついて、淀んだ空気に燻られ、
血と灰と悪意が彼女の羽を汚していく。
 
 
それでも、彼女が決意を持ち、羽ばたいて飛び立とうとするのなら、
きっと、自分は見守ることしか出来ない。
 
いつか、その日が来る事を望み、その為に自分はここにいるはずだ。

だが――
 
 
舞い落ちる羽を掴み、青年はそれにそっと接吻ける。
もう一度、小鳥(少女)が腕の中に戻る事を願って。



[22810]  第二十六話 「装飾」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/07 22:03
第二十六話 「 装 飾 」
 
==============================================================
 
 Tea time.26

 True accessories make not the face but the mind beautiful.

 
==============================================================
 
 
きっと彼女には、淡い小さなブローチが似合う。
煌びやかなドレスも良いだろう。
 
清楚に着飾ればその美しさに目を奪われ、
豪華に宝石を身に着ければ手厚く迎えられ、
艶やかに唇と肌に朱を引けば男達が色に迷う。
 
 
だが、柔らかな指先が選ぶのは、
鈍い光沢の調理具と、すす汚れた箒に、大きな水桶。

傷と埃。そして泥が彼女に重ねられていく。
 
 
それでも――働く彼女の姿は美しく。
 
 
ならば、使う度にくすんでいっても
飾りとしては合格だ。
 
 
彼女が笑えば誰かが笑う。
 
そして彼女が本当に笑う。
 
 
 
笑顔の上を伝う汗が、彼女の最高の化粧となる。
 
 
 
 
「喜んでくれるあなたのために、あたしは、今日より美味しいものをつくりたい」



[22810]  第二十七話 「麻薬」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/11/08 04:28
第二十七話 「 麻 薬 」
 
======================================================
 
 Tea time.27

 Which of the philter or the drug do you use?

 
======================================================
 
 
 メイド服から私服に着替えた彼女。
 少し頬杖を付くように、階段横の小さな休憩所で、溜息をついていた。
 
 
「どうした?こんな夜中に」
 
 
 昼間には見せない、執事の素の口調。
 不思議と、彼女にはその方が優しく感じてしまう。
 
 
「ちょっとね…昔の事を考えてたら眠れなくなって」
 
「……辛いことでも、思い出したのか?」
 
「辛いこと、か。今から思えば辛くない日なんかなかったんだろうけど……。
 ……あのころは、それが当たり前だと思っていたから」
 
 
 それでも、笑うことが出来たのは、半ば孤児院化していた教会の皆がいたから。
 
 その家族のためならば、過酷な労働で自分の肌に傷が付くのも、数枚の紙幣と硬貨(かみきれといしころ)で男に抱かれるのにも、何の感傷もありはしない。
 
 
 ――そんな、過去。
 
 
「知ってる?愛情はね、麻薬に近いの。
 異性でも、友人でも、家族、仲間。種類は違っても基本は同じ」
 
 
 愛を得ることによる快楽と悦び。そして安堵。
 与えられた時の温もり。そして希望。
 
 愛を失うことによる苦痛と哀しみ。そして恐怖。
 奪われたときの冷たさ。そして絶望。
 
 どちらも、人が狂うには十分すぎるほどの材料だ。
 
 
「だから、どんなことにも耐えられるの。
 大切なものを失うことに比べれば、自分の痛みなんて本当に些細なことだから」
 
 そんな事を繰り返して、全ての感覚が麻痺していく。
 いつかは、愛していたことすらも蝕んで。
 
「愛は麻薬と同じ。幸せを感じさせてくれても、強すぎれば破滅するだけ」
 
 そう言って、彼女は自嘲気味に笑う――似合わない、と執事は思った。
 
 
 
「それでも……あたしは、愛は正しいものだと信じたい。たとえ、愛により狂気に堕ちたとしても」
 
 
 照明に映し出される二つの影が、ゆっくりと重なる。
 
 
「……それを救えるのは、やっぱり誰かがくれる愛情だもの」



[22810]  第二十八話 「騒動」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/09 00:58
第二十八話 「 騒 動 」

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 Tea time.28

 The girl came to be able to support him by growing up.


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「めんどくさい……でも、それがわたしの責務の一つ、か」
 
 
 社交界。
 
 はっきりいって、少女には興味がない世界だ。
 でもそれは、彼女がこの屋敷にいるために――。
 
 
 いつもより着飾る。
 そんなことに、意味などない。
 
 ドレスも、アクセサリも、見せたい相手の為でないのであれば、単なる重りでしかないというのに。
 
 
「準備が整いました。お嬢様」
 
 いつもどおり、執事の声。
 一礼し、少女を待つ。
 
 今回のパーティに合わせて、周りには、執事の他にも何人かの館の者達が待機していた。
 それは、それだけこの乱痴気騒ぎが、仕事として重要であることを示している。
 
 
「ええ、それでは行きましょう……?」
 
 
 ふと、少女の足が青年の前で止まる。
 
 訝しげな表情。
 そして、少女と執事の距離が短くなる。
 
「お嬢…様?」
 
 腕を伸ばし、執事の頬に手を添える。
 
 いつものような甘え――否。
 賢明な少女は、皆の前で、そういう行動は取ることはない。
 
 そして、なにより、少女の表情は甘えではなく――
 
 
「~~~~!っバカ!!」
 
 
 怒り。
 
 
 
 
 
 
「面目ない……」
 
 
 執事の部屋。
 
 女はメイド服の袖をまくり、布を水に浸す。
 
 
「あなたが熱を出すなんて……よほど疲れが溜まっていたのね。最近忙しそうだったけど、毎日ちゃんと休んでる?」
 
「一応……二時間は睡眠をとっていた」
 
「……呆れた。良いから今日は、しっかり休みなさい。これは、あの子の『命令』なんだからね?」
 
「ああ……すまない。そうさせてもらう」
 
 
 そう言ってすぐに、執事の寝台から静かな寝息が聞こえ始めた。
 
 彼女は、執事の額に、冷やした布を当てる。
 
 
 
 思い返すのは、半刻前の玄関ホールでの光景。
 
 いつもと変わらない、いつもの執事。
 
 なのに、少女だけが、異変に気づいた。
 
 自分だって、その数分前には同じ距離で彼と話していたというのに。
 
 それに、もう一つ驚いたことがある。
 
 あの時、この執事にべったりな少女は取り乱したり、パーティを欠席して彼を看病する、と言い出すと思った。

 だが、少女は医者の手配と、その後の看護を他に使用人たちに指示した後、最後に彼の容態が大事ではない事を確認して、戸惑いも見せずパーティに出かけたことだ。
 
 
 少女にとって、彼が大事でかけがえの無い存在であることは、なんら変わっていない……むしろ大きくなっているはずだ。


 きっと、彼を従者として付き添わせないパーティは心細いだろう。
 きっと、彼のことが心配ですぐにでも彼を自分で看ていたいだろう。
 
 だが、それでも、少女は適切な判断をして、大事な「仕事」に出かけていった。
 
 
「あたしは……馬鹿だ。あたしに余裕なんて、初めから何にもないのに」
 
 
 どこかで、自惚れていた。
 
 少女は、どこまでいっても少女でしかないと。
 
 彼や自分に甘えるだけの存在だと。
 
 だから、本当の意味でこの人のそばにいるのは、自分なのだ、と。
 
 
 今日、たった数分間の出来事で、その全てが否定された気がする。
 
 少女は……いや、『彼女』は、成長している。
 人として――そして、女としても。
 
 
 
 
 
 
 
 生まれて初めて、本気で、小さな恋敵(ライバル)
に嫉妬した。



[22810]    幕間4   「蜂蜜は異文化の香り」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/14 21:55
幕間4  「蜂蜜は異文化の香り」
 
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 Intermission.4
 
 The Melancholy of Steward Ⅱ.


 
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「きゃっ…」
 
 少女の突然の悲鳴。
 執事は慌てて目を見開いて驚いたままの少女に駆け寄った。
 
「どうなさいました! お嬢様」
 
「う、うん。急に蜂が飛んできたものだから。でも、もう外に逃げたみたいだから、大丈夫よ」
 
「……ふむ、先日、メイド達からも同じような話が出ていましたね。
 もしかしたら巣を作っているかもしれません。少し注意して調べてみます」
 
「気をつけてね。ただの偶然だと思うけど、本当にあったら専門の人を呼びましょう」
 
 
 無意味に貴方が危険を冒すことはないんだから、と――
 
 言葉には出ていないが、そんな少女の気遣いを察し、執事は頷いた。
 
 
「でも……ちょっと恐いけど、本当に蜂の巣があったら、取れたての蜂蜜が食べられるかも」
 
 そうしたら、あの子にそれでお菓子作ってもらわなくちゃ。
 と、おどけた様子で少女。
 
 執事も、思わず微笑む。
 
 もちろん少女も本気で言っている訳ではないだろうが、それに合わせてみるのも一興だ。
 
「それはいいですね。蜂の子も取れますし、彼女に何か作ってもらいましょう」
 
「……………………」
 
「……お嬢様?」
 
 
 少女の雰囲気が急に変わったことに気づき、執事は言葉を止めた。
 
 
「え、えと…蜂の子ってあの、うねうねした幼虫……よね」
 
 言いながら、形を再現するように、腕をグネグネと揺らす少女。
 少し、顔が引きつっている。
 
「そうですが……それがなにか?」
 
「あ、貴方の故郷だと、そういうの、食べるの? その、昆虫とか、芋虫とか……」
 
「え、ええ。そうですね。よく、と言うほどではありませんが、たまに珍味として蜂の幼虫、成虫、他にはイナゴ……バッタの一種ですが、それを甘く煮付けたものはよく食べましたね」
 
「…………」
 
「故郷では一般ではありませんでしたが、私が昔渡り歩いた大陸の地では、アリ、こおろぎを揚げたものや、虫ではないですがサソリやムカデ、蜘蛛等など、よく食べたものです」
 
「……………………」
 
「……お嬢様?」
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、またあの子に追い出された、と」
 
「…………」
 
「お願いだから、落ち込むのは自分の部屋でやって」
 
「……昆虫食は、むしろこっちの国の方が盛んなくらいなのに……蜂の子やイナゴくらいたいしたことないじゃないですか。そんなこといったらこっちの国じゃ『黒い悪魔』ですら養殖までして食べ」
 
「いいから、あたしの部屋から出て行く」



[22810]  第二十九話 「空言」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/10 01:36
第二十九話 「 空 言 」

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 Tea time.29
 
 You cheat me by a gentle lie.
 Therefore, I hate you.
 ...Though it is a lie.


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「よく、女の涙は信用できない、勝てないっていうけど……。
 そんなふうに言われるの、なんかずるい気がするのよね」
 
「別に、『勝てない』という話ではないのでしょうが……。
 妙なところに、こだわるのですね」
 
 
 あなただって、泣いたあの子に勝てないくせに。
 そう、軽く毒づくメイドの彼女。
 
 
「女は優しくされることには勝てないのに、そのことは比較されないもの」
 
 
 たとえ、全ての言葉が嘘だとしても、許すことしか出来ないから。
 たとえ、全てをわかっていても、望んで騙されてしまうから
 
 だって、優しさで騙されるのは、虐げられるよりよほど残酷。
 
 
「だから……もし、あなたの優しさが偽りなら――最後まであたしを騙し通して」
 
 
 ただの言葉遊びから――彼女が脆くなる一瞬。
 
 執事は、黙って彼女の髪に接吻けた。



[22810]  第三十話  「変化」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/11 23:41
第三十話 「 変 化 」

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 Tea time.30

 Is it your mind that the cat saw?


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「おや、お嬢様……?」
 
「……どうしよう、この子」
 
 書斎で学習をしていた少女の膝の上で、一匹のネコが幸せそうにくつろいでいる。
 
「ああ……そういえば、先ほど猫が入り込んだとメイドたちが騒いでました」
 
「んー、ごろごろごろ」
 
 猫の喉を撫でる。
 指先に返される感触がここちいいらしく、少女は顔を綻ばせている。
 
「貴方も、触る?」
 
「いえ、私は……っと!」
 
 猫特有の気まぐれさで、不意に少女の膝から飛び降りたそれは、ぐるるるる……と好意の音を鳴らして、執事の足に身体を擦り付けてきた。
 
「ほら、この子は貴方が気に入ったみたい」
 
 クスクスと笑いながら、少女は猫から執事へと視線を上げる。
 
 すると、そこにはいつもは見られない、不思議な表情で固まっている青年の姿がある。
 
「どうしたの? ……猫、苦手だった?」
 
「いえ……少し、驚いてしまいまして」
 
 
 執事は、言葉通り恐怖や苦手と言った様子ではなく、本当にただ驚いた顔をしていた。
 
 
「猫……犬もそうですが、私に懐いた事などなかったもので。
 躾けられた動物も、触らせてはくれますが、どうも嫌そうな感じでした」
 
 
 
 それは、母国のときも、この地に着てからも、変わらなかった――
 
 ただ、ここ数年、愛玩動物と触れ合う事はほとんどなく、忘れてしまっていた事。
 
 
「なにか、食べ物の匂いでも付いていたのでしょうか……」
 
「なんだ、そんなこと?答えは簡単。貴方がそのころと変わったからよ。」
 
「私が、ですか?」
 
「そうよ。わからないの?」
 
 
 わたしには、簡単にわかるのに。
 昔の貴方と今の貴方の違いなんて――
 
 少女は、得意げにそんなことを良いながら、猫に擦り寄られ動けないままの執事に近寄る。
 猫を抱き上げ、『にゃーお』とその前足を執事に向けて、
 
 
「ここで暮らして……貴方は笑顔が増えたの。きっと、それだけよ」



[22810]  第三十一話 「奇跡」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/12 03:15
第三十一話 「 奇 跡 」

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 Tea time.31

 A small miracle made my life good.


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「お嬢様……お疲れですか?」
 
 
 ぼうっとした様子で、机の上の暦表を見ていた少女に、少し不安げに執事が問いかけた。
 
「ううん、そうじゃないの。今日は、貴方と初めて会った日なんだなって。……あの時のことを思い返してたの」
 
 言われて、青年ははっとしながら壁にかけられたカレンダーを見た。
 
「……ああ、そうですね。あの時は、まだ雇われていないとはいえ、随分ご無礼な事をしてしまいました」
 
「わたしは、ああいう貴方も気に入っていたのだけれど。
 ……というより、そういう貴方を見せてくれなくなったことが、とても不満」
 
 
 あからさまに冗談だと判る拗ねた口調。
 でも、それには少しだけ確かな本気が混じっている。
 
 
「でも、不思議よね。あんなことがあったのに。今、こうして貴方はわたしのそばに居てくれる」
 
 
 これって、奇跡だと思わない?
 そう言って微笑む少女。
 
 執事は主に仕えるものとして、本当はここで頷くべきなのだろうが――
 
 
「すみません、お嬢様。私は、どうも運命、奇跡といった言葉はあまり好きにはなれないのですよ」
 
 嘘という裏切りは、できない。
 
「私にとっては、あくまでも偶然……そして必然です。お嬢様と出会えたこと。あの頃のお嬢様と私の関係。私が雇われるに至った様々な出来事。それら全てが――」

 一度、言葉を切り、

「偶然によるきっかけ。そして、私の決意とお嬢様の決意によって生まれた必然です。
もちろん、その結果、貴方に仕えられることを、心から感謝はしていますが」
 
 
 
 奇跡や運命を、認めない。
 
 でなければ、奇跡が起こらなかった者は報われない。
 でなければ、運命で苦しんだ者は報われない。
 
 でなければ、『   』が――
 
 
 ぎりっ、と、胸元に在るロケットを握り締めるイメージで、彼はほんの僅かにこぶしに力を込める。
 
 ほんの一瞬の、青年の闇。
 それは、瞬時に霧散する
 
「……全てが公平に不平等な偶然で成り立つからこそ、人は、自分の意思で選択した必然の結果を背負える。私は、そう思うのです」
 
 そして、僅かな無言の間。
 
「……きっと、貴方の言っていることは正しいと思う。わたしがどんなに運命だったと望んでも、きっとそれは偶然」

 少女の返答に、執事は少しばかり驚く。
 てっきり、同意を得られずに、いつものように拗ねた、そして不満そうな顔をすると青年は思っていたのだが。
 
 少女は、その年のころの持つ、特有の柔らかい笑顔で言葉を続ける。
 
「でもね、運命や奇跡が本当にあるかなんてどうでもよくて――その偶然を、『奇跡』って言った方が美しいなら、たったそれだけの理由で、奇跡だったと言っていいと思うの」
 
 別に、不治の病が治ったり、生き別れの肉親に再開したり、天文学的な確率な幸運なんて必要は無いの。と、彼女は前ずけて、
 
「例えば、誰かを好きになっただけでも、世界中の異性からその人を選んだ事は、十分に奇跡だと、わたしは思うの」
 
 
 少女の言葉は、意地にも似た青年の確執を、なんでもないかのように、すり抜ける。
 
 
 ぽかん、と。
 彼は、表情を変えないまま、確かに放心していた。
 
  
 だって、もしそうだというのならば。
 あれほど望んで手に入らないと嘆いた奇跡は、ずっと、当たり前のように、自分と大事な人(『あの子』)
に起こり続けていたのだから。
 
 ああ――そういえば、驚きで放心するなど、何年ぶりだろう、と、青年はどうでもいいことを思い出して――
 
 
「それは……素敵なことですね」

 そんな、正直な言葉が、執事から漏れる。
 心の底からあふれ出たような、微笑と共に。
 
 
 
 
 執事の答えに、嬉しそうに彼の手を取り、少女は自らの頬に添える。
 
 
「だから、貴方が今こうしているのは、小さな奇跡のおかげ。そういうことにしましょ?」



[22810]  第三十二話 「味見」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/13 04:13
第三十二話 「 味 見 」

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 Tea time.32

 The reason why the stew is delicious is secret.


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「うー」
 
 うまくいかない。
 レシピには自信があったのに。
 
 
「不満そうですね」

「うん。だって、この組み合わせを思いついたとき、久々に会心作ができた! って思ったのに」
 
 はい、と。
 
 小皿に鍋の中身を少しだけよそって、彼に渡す。
 彼は、それを十分に美味しいと言ってくれたのだけれど。
 
「あなたがお世辞を言わないのは知っているけどね」
 
 でも、たいていの食材は、それだけで十分に美味しいし、
 たいていの料理も、普通に作れば十分に美味しいの。
 
「でも――心を込めるのだから、『とっても』美味しいものを作らないと」
 
「……本当に、君は料理が好きなのですね」
 
「好きなのは確かだけど……多分、料理をすることそのものは、特別好き、というわけではないのよね」
 
「そう……なのですか?」
 
 彼が首をかしげる。
 意外に可愛い。
 
 ……そうだ。
 ここに彼の好きな香草を刻んで入れてみよう。
  
「あたしの料理を食べた人が、それで幸せを感じて笑ってくれたらって」
 

 ――それも、建前かもしれない。
 

「そうすれば、あたしも幸せになるから」



[22810]  第三十三話 「弔花」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/11/17 03:29
第三十三話 「 弔 花 」

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 Tea time.33

 "……"


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「はぁ……」
 
 
 ペンを置き、ため息をつくのは何度目か。
 
 少女の後ろに、執事はいない。
 
 一年に一度、曜日に関係なく彼が館を離れる日がある。それが今日だ。
 
 
「それにしても、ちょっと意外でした」
 
「どうして?」
 
「絶対に、知りたがると思いました」
 
 
 執事に代わり、後ろに立つのは、少女が慕っているメイドの彼女。
 
 青年が、何故この日に館を離れるのか、このメイドは判っている――と、少女は今日知った。
 
 
 やらなければならないたくさんの事を忘れて、『誰か』の事だけを考えたい日が、彼にもあるんですよ、と。
 
 もっとも、彼女にしても彼に直接教えてもらったわけではなく、以前に彼の私物を見てなんとなく、ということだが。
 
 
 
「知りたいに決まってるわ。でも……それは、裏切りになる気がするから」
 
 それとも、聞いたら教えてくれた?
 ――少し試すように問う少女に、女は慌てて首を振る。
 
「わたしは、館にいる彼しか知らない。それだって、ただ勝手に『知っているつもり』になってるだけかもしれない。
 でも、館での彼の姿は偽りじゃないって信じているから」
 
 だから、今日、館を出る彼に向かって、一言だけ伝えたのだから。
 
 貴方が、話すべきだと、そして話したいと思ったら、聞かせてね――と。
 
 そして執事は、少し困ったように、失礼します、とだけ答えた。
 
 
 
 きっと、それが――彼との距離。
 
 
 
 
「でも、貴方がわたしの知らないあの人を知っているのは、少し、悔しい」
 
 
 責めている訳でなく、少女は、ただ寂しそうに窓の外に顔を向ける。

 その横顔を見ながら、女はメイド服の裾を掴み、無意識に「ごめんなさい」と呟いていた。
 
 
 
 
 
 
 赤く染まった丘の上で、一人の男が佇んでいる。
 
 風が強く吹きぬけ、墓石の前の花束が大きく震えた。
 
 
「……また、くるよ」


 呟きを残して、男が墓石に背を向ける。
 
 花は、一枚の花弁も散ることなく、優しく揺れていた。



[22810]    幕間5   「天使の入浴」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/14 22:07
幕間5  「天使の入浴」
 
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 Intermission.5
 
 I saw the heaven.
 I saw the angel.
 
 It is not possible to endure it.
 Please take me to the world.


 
=========================================

 
「ね、一緒に入りましょ?」
 
 
 少女の入浴時間。
 
 いつものように着替えの衣類を用意したメイドに、主たる少女がそう誘った。
 
 
「よろしいのですか?」
 
「一人でゆっくりするのもいいけど、たまには、こういうのもいいじゃない」
 
 元々、少女が主従関係に重きを置かないこともあるが、メイドの彼女自身も、それほど気にしない性格で――。
 
「わかりました。では、失礼させていただきます」

 特に断る理由もなく、頷いた。
 
 
 
 
「おや?」
 
 
 執事がいつものように夜の館を見回っていると、足元がおぼつかない様子で廊下をふらつく者が居た。
 
 少し湿った髪を揺らし、メイドの彼女が半ば呆けたように歩いている。
 
 
「お嬢様と一緒に浴場へ向かったと聞いていましたが………………っと、どうしたんですかそれは!」
 
「え……?」
 
「鼻血です! ああ、もう! なんで何も処置をしないで放置してるんですか!」
 
 メイドが反応する前に、執事はポケットからハンカチを取り出し、彼女の鼻に押し付ける
 彼女はとろとろと鈍重な動作で、ようやく自分で彼のハンカチを手にして、自分で処置を開始する。
 しかし、相変わらずその目は焦点が合っていないように、どこか遠くを見ている。
 
 
「まったく……いったいどうしたというのですか?」
 
「……危なかった……」
 
「……は?」
 
「ふふ……ふふふ……あの肌は……反則、よね」
 
「あ、あの…何があったんですか?」
 
「ふふ……あのね、ふにふにしてるの。それで、すべすべしてるの。
 ……襲いたくなるのも仕方ないの。だってぷにぷにって……ふにゃーん、ぷにゃーん、って……」
 
「………」
 
 執事は彼女の目を改めて見て――悟った。
 
 
 
 
 なんかヤバイ。
 
 
 
 
「知ってる?愛情はね、麻薬に近いの……」
 
「それはこの前のあのフレーズ!?しかも恍惚の笑みで溢れんばかりの鼻血!?」
 
「うふふ、うふふふふふふ……」
 
 
 
 
 ――館の夜は深けていく。



[22810]  第三十四話 「魔法」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/15 03:18
第三十四話 「 魔 法 」

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 Tea time.34

 The wizard made a lot of people pleased by magic and changed sadness into the smile.
 Because she likes to see it.


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 小さい頃、それは魔法だと信じていた。
 
 
 
 指先が触れていくと、ただの布が宝石に変わる。
 
 それが嬉しくて、ただ嬉しくて、ずっとその光景を見守っていた。
 
 
 
 自分が始めたのはいつだったか。
 
 自らやりたいと思ったのか、糧を得るためやらされたのか。
 
 どちらにしろ、それが魔法の解けた瞬間だ。
 

 
 宝石に変えるのに必要なのは、呪文ではなく針と糸。
 

 
 指先から鮮血が滴るたび、失敗の代償が血であることだけはそれらしい、と思った。
 
 それでも、いつかは望んだ形が彩れるようになって――
 
 
 
 
 
「綺麗……すごいなぁ……」
 
 
 感嘆と共に、少女はハンカチに刺繍された花弁を指先でなぞる。
 
 たまに光に透かしてみたり、見る方向を変えてみたりと、せわしない。
 
 
「お嬢様用に何か作りましょうか? 動物や植物でなら、大抵の物は作れますけど」
 
 刺繍を凝らしていた別のハンカチを、メイド服の膝元に置き、楽しそうに彼女が言う。
 
「いいの?」
 
「ええ。それに、こういうのものは、自分のためより、誰かのために作る方が楽しいんですよ」
 
 それなら……と、少女は少し照れた様子で、お気に入りの動物の名前を挙げる。
 
 彼女が承諾して、少女は礼を述べると再び刺繍に目を向けた。
 
 
「それにしても、元は針と糸だけなのに。なんだか魔法みたい」

 言われて、彼女は思わずくすりと吹いてしまった。
 
 
 
「そうですよ。あたしは、魔法使いですから」



[22810]  第三十五話 「手紙」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/17 03:21
第三十五話 「 手 紙 」

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 Tea time.35

 Many thanks for letting me know...


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「手紙って、大変よね」
 
 
 父親、そして幾人かの近縁に出す定期報告の意味もある手紙を書きながら、少女は唐突にそんなことを呟いた。
 
 
「何故そう思われるのですか?」
 
「親しい人に、ただわたしの日常を伝えるだけなのに。どんな文で書こうか考えてしまうの」
 
 ああ、確かに、と執事は頷いた。
 
 
 飾らない言葉で書けばいい、といわれれば、確かにそうだ。
 
 だが、だからといって、会話の時のように言葉を紡ぐのとは違うだろう。
 
 伝えなければ意味のない言葉と、口にすることで、価値の下がる言葉もある。
 
 直接会話するより不便だからこそ、気づかせてくれる言葉の重さ。
 
 
「それに、書く内容が社交辞令やただの定型文だとしても、ドキドキしてペンを持てない事だってあるのよ」
 
「それが、すでに決まっている文章でも、ですか?」
 
 
 少女は、そうよ、とそっけなく頷く。
 可愛い仕草で、少しだけ頬を膨らませていた
 
 
「だって、あなたに送った雇いたいっていう手紙と、貴方に渡した契約の書類。……わたしにはラブレターそのものだったんだから」




[22810]  第三十六話 「霖雨」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/21 02:36
第三十六話 「 霖 雨 」

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 Tea time.36

 Hear the word of rain.


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「今日も雨、か」
 
 
 昨日から続く雨を見据えながら、曇った窓に手を乗せているメイド服の彼女。
 そんな様子に何か思うことがあったのか、執事はなんとなく声をかける。
 
「雨は嫌いですか?」

「昔は……嫌いだったわ。雨にさらされて立っていると、自分の惨めさに気づいてしまったから」
 
 
 女は過去を思う。
 
 自分と、家族の生きる糧の為、肌を晒した衣装で男に声をかけていたあの頃――
 
 扇情的に誘いながら、これは夢の世界のことなのだと誤魔化していたのに、雨の冷たさで現実に引き戻される。
 それが、嫌だった。
 
 
「……それが、忘れたい過去だとしても、自らが辿った道を、惨めだと言わない方がいい」
 
 素の口調で。
 執事は窓に置かれた彼女の手に自らの手を重ねる。
 
 彼女は、とろんと微睡む様に、その腕に軽く頭を乗せて、気になっていたことを問う。
 
「あのとき…初めてあたしと会ったとき――『女』を売っているあたしを、貴方はどう思った?」
 
「抱きたいと思った」
 
 
 
 即答される。
 
 
「……」
 
「どうした?」
 
「う、うん。ちょっと考えてなかった答えだったから。
 絶対、微妙な言い回しで言葉を濁すと思っていたのに」
 
 執事は、彼女の言葉に珍しく照れたように顔を伏せ、

「つい先日、言葉の重さについて考えさせられる出来事がありましたので」

 口調を元に戻して答える執事。
 
 そんな青年の姿を見て、女はなんとなく理解する。
 
 ――ああ、多分それは、『あの子』との出来事なのね。
 と。
 
 気づいて、でも聞くことはない。
 せっかくの僅かな逢瀬の話題に、なにも恋敵の名を出すのは野暮にして愚挙というものだ。
 
 それでも『あの子』なら一緒でもいいかな、と思ってしまう自分に、女は顔には出さず苦笑する。
 
 
 
 唐突に、ボーン、ボーンと、時計の音が響く。
 
 どうやら、過去を思い返す時間は、もう終わりのようだ。
 
 
 別れの言葉も無く、それでは、と仕事に戻ろうとする青年は、ふと、立ち止まって、
 
「っと、肝心な事を聞いてませんでした。昔は……ということは、今は違うのですか?」
 
 そんなことを、彼女に問う。
 
 
 
 そうね、と。
 
 目線を斜め上に向けて考えながら、彼女は唇に指を当てて、
 
 
「やっぱり、今でも嫌いよ」
 
 
 しかし、そう答えながら、彼女はどことなく楽しそうで――
 
 
「だって、せっかくの焼きたてのパンが、湿気を吸ってしまうから」
 
 
 やわらかく笑って、窓の外を見た。
 
 
 
 
 この館で、あなたとあの子と暮らす限り、窓の外が嵐だとしても、好きになれる。

 そう呟いた、優しい雨の日。



[22810]  第三十七話 「暖炉」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/11/22 01:05
第三十七話 「 暖 炉 」

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 Tea time.37

 Her good intentions make the warm world.


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暖炉に火を入れる。
  
暖かさが広がり、悴んでいた指先にも温もりが染み渡った。
 
次にこの部屋に入ってきた人も、きっとその空気の優しさに、表情が緩むはずだ。
 
 
 
自分の仕事というわけではない。
 
ただ、一番初めに来た人がそうすることが、暗黙の了解になっていた。
 
 
でも、誰よりも早く起きるだけで、
その最初の一人になるだけで、
誰か一人を温かさで迎えられなら――
 
そんな贅沢はないと思う。
 
 
さあ、ドアの向こうから、コツコツと、彼の規則正しい足音が聞こえてきた。
 
 
今日はどんな一日になるのだろう――。
 
おはようの言葉と共に、そんな事を考えてみる。



[22810]    幕間6  「彼女達の居る風景」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/24 01:44
幕間6  「彼女達の居る風景」
 
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 Intermission.6
 
 Housemaid festival!!


 
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「貴方ばかり、ずるいです」
 
「そうよ、いくらお嬢様のお気に入りだからって、不公平よ!」
 
 鋭い叱咤の声が、階段の踊り場に響いていた。
 
 
「あ、あたしはそんなつもりじゃ…」
 
 うつむいた彼女の震えた声。
 
 脅えたものではないが、どうしたらいいのか困り果てているようだ。
 
 
 本来、口を挟むべきではないのはわかっていたが――
 
 
「どうしたんですか。仕事中ですよ」
 
 
 執事の声に、三人のメイドが振り向いた。
 
 
「いったい何を争っているのですか。事としだいによっては、それなりの処罰も考えますよ」
 
 少女が彼女に懐いている事は事実であるし、執事にとっても彼女は仕事抜きで大切な存在だが――
 
 館に働く者にとって、彼の地位は大きなものである。
 だからこそ私情は挟めない。
 
 それが、例え彼女であっても。
 
 
 
 厳しい表情で、三人のメイドを見ていると――彼女を責めていた二人が、その口を開いた。
 
 
 
「聞いてください!彼女はずるいんですよ!」
 
 なるほど。ずるい、と。
 しかし、使用人たちの評価や給金において、彼女を特別取り立てたことはないはずだ。
 
 少女にしても、そのあたりはしっかりわきまえている。
 むしろ、その仕事の働きの質や量を考えれば、他の使用人たちのほうがよほど厚遇だろう。
 
 となれば、規約の厳守や福利厚生についてだろうか。
 
 
「お嬢様と仲が良いのは知ってます……でも、こんな差はひどいですよ」
 
 
 主たる少女の贔屓――。たしかにそれはあるかもしれない。
 しかし、それで何かが変わるということは無いはずだ。
 
 部屋の割り当て、支給品、それらは執事の青年の管轄だ。
 個人個人からの要望をある程度聞き入れているとはいえ、そこに特出した不公平はないと自負している。
 
 少女の気まぐれやなんらかの想いから、何かを与える、ということも、無いとは言わないが、その程度であればどの使用人に対しても行われることである。
 雇ったばかりの雑用係が絵を描くのが好き、と聞いただけで、使われていないアトリエを貸し与えることもあるくらいだ。
 
 では、何が――?
 
 
「私達だって、お嬢様と一緒にお風呂入りたいのに!」
 
 
 は――?
 
 と。
 青年は、思考が完全に止まり、目の前の「それ」がいったい何を言ったのかと、「考えること」すらも考えられない。
 
 
「アタシが……アタシがどれだけお嬢様の洗濯物の匂いだけで我慢してたか……彼女にはわからないのよ!」
 
「そうよ!こんなこと、お嬢様にお願いできるわけ無いじゃない! でも、でも……あのモチモチしたほっぺたを見て、ふにゅふにゅした唇を見て、いつかは一緒のお風呂に、と夢想してたのに」 
 
 執事は思った。
 ウチのメイドはこんなんばっかりなのだろうか、と。
 
 
「……とりあえず、お嬢様の肌に触れた彼女と、一緒に風呂に入るというのはどうでしょう」
 
 なげやりだった。
 自分でも何を言ってるのか良くわからないが、構わなかった。
 
 頭痛ですら、もう、どうでもよくなってくる。
 
 そんな青年の言葉に、「へ」と間の抜けた声を上げる彼女。
 そして、そんな彼女の肢体を服の上から想像するかのようにじっとりと見つめる二人のメイド。
 
 
 
 
「……悪く」
「……ないかも」
 
 
「え?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えええええええええ!!」
 
「そうと決まれば」
「レッツゴー」
 
「ちょ、ちょっと、まっ……」
 
 
 
 
 
 
 そのまま、ずるずると引きずられていく彼女を、執事はさわやかな笑顔で見送りながら――
 
「メイド三名、来期の給料査定、減点2と……」



[22810]  第三十八話 「感謝」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/11/29 02:43
第三十八話 「 感 謝 」

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 Tea time.38

 I have the message that wants to be passed on to you.
 However, it doesn't say now


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 月が美しく踊る深夜。
 風の軋みさえ届かない静まった館の一室で、少女が黙々とペンを走らせている。
 
 
「お嬢様、そろそろお休みになられてください」

「……ごめんなさい、どうしても、今は出来るだけやってみたいの」
 
 
 彼女には、彼女の責務がある。
 それらを果たすため、学ばなければならないことがある。
 
 一つを学び覚えれば、それを有用するための術を覚えなければならない。
 有用することができれば、その結果からさらに効率の良い方法を学ばなければならない。
 
 おそらく一生かけても尽きることは無いだろう。
 
 時は金なりと誰かが言ったらしい。
 時間は金の如く貴重で大切なものだという。
 
 それを至言と思った者が商人でないのなら、ただの愚か者だ。
 
 時は命である。
 時を無駄にするのは、人生を無駄にしているのに等しい。
 
 だからこそ、勉強する時間があるということは、すさまじい意味がある
 しかし――そのために睡眠を削るのは、薦められる事ではない。
 
 学習とはいえ、少女のこれは、ただの我侭に過ぎないだから。
 
 
「わかりました。あと一時間。それでお願いいたします」
 
 
 すでに、普段の就寝時間よりも数時間は過ぎている。
 だが、執事は少女にそう告げた。
 
 それは、それが「お願い」だから、ではない。
 
 少女が、為すべき事として自ら決意したものだからだ。
 
 
「……ありがとう」
 
 少女が静かに礼をした。
 
 
 
 
 
 
 ごめんなさい、と――少女は口に出さず、ただ一瞬だけ目を伏せた。
 
 自分の就寝が遅くなる。
 それだけで、彼の仕事は続いてしまう。
 
 これが自分の我侭でしかないことは、承知の上だ。
 
 「先に休め」とは言えない。
 それは執事としての彼を侮辱することにもなるのだから。
 
 絶対に「ごめんなさい」と言うことはできない。
 彼が、単なる主従から自分の言葉を聞き入れたわけではないことも、わかっているから。
 
 
 だから、心の中で謝り、
 そして声に出すのは――ありがとう。
 
 
 
 レモネードを、入れてまいります、と、執事が部屋を立つ。
 
 扉が閉まったあと、少女はもう一度同じ言葉を呟いた。



[22810]  第三十九話 「祝福」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/12/06 03:39
第三十九話 「 祝 福 」

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 Tea time.39

 Blessing to a small master.


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 足音が刻む、彼の独特のリズム。
 それを聞きつけて、給湯室からひょこりと表れた彼女。
 
 
「……何をしているんですか?こんな遅くに」

 深夜も大きく回ったというのに、まだメイド服――仕事着を着ている。
 
「いきなり酷いのね。あなただって起きてるじゃない」
 
 それに、見てわからない? と手にしたトレイを見せた。
 
 ご丁寧に、ティーポットからのお茶の一式が揃っている。
 
「ほら、あたしのとびっきりのを入れたんだから。
 覚めないうちにあの子のところに持っていく」
 
「お嬢様のこと、気づいていたんですか?」
 
 
 いつもの就寝時間を数時間も越えて、少女は部屋で勉強をしている。
 
 今、やらなければならないわけでは――いや、だからこそ、今学んでいるのかもしれないが、その少女のためにお茶を用意しようとしていた執事。
 
 執事たる自分が休むわけには行かないが、彼女が起きている必要はない。
 
 それは、少女の我侭でもあるのだから。
 
 
「これはありがたく受け取りますが……貴方も明日は早いはずです。
 仕事熱心なのは感心しますが、もう休みなさい」
 
 できるだけ音を立てないようにトレイを受け取る。
 甘く、涼やかな匂い。
 
「……ばかね。『仕事』だと思っているなら、あたしはこんなことしないわよ。
 あの子が頑張ってると思うと、なんとなく、ね」
 
 そっけない、それでも優しい彼女の返答。
 その気持ちは、執事にとっても同感ではあった――が、彼女の言葉は終わっていない
 
「それに……」
 
「それに?」
 
「あたしだけじゃないもの」
 
 
 聞けば、事に気づいた使用人の中で、重鎮の者が何人も、少女の為に静かに何かをしているらしい。
 
 明日の少女を心休ませる香りで迎えるために花を用意する者。
 今後の少女の学習効率を上げるため資料を纏めている者。
 衣装を気合を入れて整えている者……
 
 立場は違えど、それは館に住まう者達の共通の想い。
 
 
「みんなね、あの子になにかしてあげたいのよ。たとえそのことに気づいてもらえなくても関係ない。
 ただ、あの子に笑って欲しいだけで、好き勝手にやってる――そんなおバカさんばっかり。
 ……だから、あたしはここが、好きよ」
 
 ああ――と。
 執事は仕事着のままでは珍しく破顔して頷いた。
 
 
「ありがとう。それでは頂いていきます。
 お嬢様もあと一時間ほどで休まれるそうですから、貴方もそろそろ……j
 
「うん、そうさせてもらうわ」
 
 
 おやすみ、と。
 二人同時に微笑みながら。
 
 
 
 
「お嬢様、どうぞ」
 
「ありがとう、そこにおいてくれる?」
 
 
 言われて、執事は彼女の邪魔のならない位置にトレイをおき、カップにティーポットからお茶を注ぐ。
 
 集中しているようで、少女は振りむかず黙々とペンを動かしている。
 
 それでも冷めてしまうのが嫌だったのか、手をカップに伸ばし、中身を口に含んだ。
 そして――唇を離すと、そのまま少女の動きが止まった。
 
 
「どうなさいました?」
 
「……ううん、わたしは、まだ本当に子供だなって」
 
 
 そういうことを、少女が彼の前で漏らすのは、極めて珍しい。
 普段、できるだけ大人であろうと、彼と対等でありたいと思っているのだから。
 
 だが、そう口にせずには――
 
 
 
 
 でも――そう思わずにはいられなかったの
 
 だって、お茶を飲めば、それが「誰」が淹れてくれたものかぐらい、わたしにはわかる。
 これは、彼の淹れ方じゃない。
 そして、この「暖かい」お茶が、どうして「今」ここにあるのかを考えるのなら――
 
 「彼」だけに、のつもりで、結局、「みんな」に支えてもらっている自分がいる。
 
 ああ、本当に、わたしは果報者なのだろう。
 
 
 
 
「ねえ」
 
「はい?」
 
 もう一度カップを唇に傾け、少女が執事に向き直る。
 
 カップ一杯の暖かさと、館いっぱいの優しさに、
 少女に浮かんだ胸いっぱいの笑顔。
 
 
「わたし、ここに居て……皆に居てもらって、本当に幸せよ」



[22810]  第四十話  「月夜」
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:2fb7bb05
Date: 2010/12/08 03:41
第四十話 「 月 夜 」

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 Tea time.40

 The Moon Princess doesn't return.
 I don't separate her.


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「珍しいわね。こんな所で一人で居るなんて」
 
 
 夜風にあたりに来たメイドの彼女が、テラスを一望できる大窓へと続くベランダに出てみると、
 そこに執事の青年が佇んでいるのを見つけて、少しばかり驚いた様子で彼に声をかけた。
 
「…そうですね。少しばかり、仕事を忘れたく思いまして」
 
「……なにか…あったの?」
 
 
 主人たる少女が珍しく定時よりも早く床に着いた今、彼の今日の仕事は、最後の見回りだけだろう。
 しかし彼のことだ。きっと、それ自体はもう終わらせているに違いない。
 本当に珍しく、仕事が全て終わった上で、仕事としての規定までの時間があまったのだ。
 
 しかし、その僅かとはいえ確かな『仕事の時間』を、彼が仕事着の執事服を着たまま『自分の時間』にしているのは、極めて珍しいことだった。
 
 
「いえ…特に悩みや問題があるわけではありませんよ。ただ……」

 ただ? と彼女が問い返す前に、執事は手袋に覆われた白い指先を空に向ける。
 その先にあるのは――
 
「綺麗な……月ね」
 
「ええ……最近は忙しくて、こうしてじっくり見る機会がなかったものですから」
 
「あなたに、こんな感傷的なところがあったんだ」
 
「酷いですね……。私の国では、こういうちょっとした風情を尊ぶのは、美徳なんですよ?」
 
 冗談よ、と返す彼女。
 
 執事に近づくいて館の光から外れる。
 そのまま館の影に入ると彼女の姿が一瞬だけ漆黒に染まった。
 だが、すぐに淡い月光に晒されて、彼女の姿がやわらかく浮かび上がる。
 
「でも、本当に素敵…」
 
 執事の隣に並び、首を上に傾ける。
 月と執事を両方視界に入れて、一枚の絵に見立てようとしてみると、彼より一回り小さい彼女は、ちょうど彼を見上げるような形になる。

 接吻けを交わす度、お互いが何度となく見た視線だったが、燐光のような月の光に照らされる彼女に――
 彼は、見とれていた。
 
「? ……どうしたの?」
 
 
 ボーンと。
 呆けていた青年の思考を裂くように、柱時計が鳴った。
 これで、青年の『館の者』(あの子の従者)
としての時間が終る。
 
 
「あ、ああ。なんでもない。……君が、綺麗だったから」
 
「えっへへ。お姫様に見えた?」
 
「いや、君はお姫様にはなって欲しくないな」
 
「……やっぱり、あたしじゃお姫様は似合わない、かな……」
 
「違うよ」
 
 
 うつむいた彼女を、青年は優しく抱きしめる。
 
 
「月のお姫様は、最後に月に帰ってしまうから」
 
 
 故郷には、そういう御伽噺があるから、と。
 彼女の耳元で囁くように。
 
 
 
 
 彼女が、少しだけ執事に寄り添ってくる。
 
「じゃあ……今夜、その物語を、聞かせてくれる?」



[22810] 『執事さんとお嬢様』 舞台・人物解説【裏】
Name: ぐったり騎士◆ebd5b07d ID:5acfeff4
Date: 2010/12/08 03:34
建前抜きの、裏設定。

貴方がこれをどう受け止めるのかは自由だ。
君達はここに書かれていることを事実だと信じてもいいし、ただのネタだと受け入れず笑うのも良い。

こちらは、物語が進むにつれ、事実が判明すると情報がいろいろと更新されていきます。
また、最新話とその前話によって更新された情報部分は太字となっています。


最新話まで読んでいればネタバレとなることは基本ありません。
ただ、ネタバレとならない程度の、未知の情報も少しだけ記載しています。

舞台世界

   近代(現代ではない)のヨーロッパのどこかっぽい国。
   あくまでも「ぽい」だけであって、そもそも地球とは限らない。
   汽車や船の技術は発達しており、移民もそれなりに多いらしい。
   
   そんな国の、辺境に近い場所の、とある丘の上にある館が舞台となる。

   丘を降りてしばらく馬車を走らせれば、それなりに大きな街がある。人口は多いが、人の入れ替わりも激しい。
   繁華街、市、歓楽街、そして色町として、良い意味でも悪い意味でも賑わっている街。
   なぜかたまに東方からの珍品が売りに出されることがある。
   

   丘の上にある屋敷で、それなりに古い歴史がある。
   埃がたまりやすいのが欠点だが、それ以外は作りもしっかりしていて、住み心地が良いらしい。
   館の給料は役割に応じたベース給料の他、働きに応じた昇給精度が実施されていてその労働意欲の向上に良い影響を与えている。


登場人物

 『お嬢様』
   とある丘の上に立てられた館の、主である少女。
   年齢、外見等は、物語を読んでいる人それぞれが決めてください。
   ただし、八歳以上、十六歳以下ではあります。

   父親より館と使用人の管理、そしていくつかの事業の一部をまかされている。
   事業については、あくまでも今後を踏まえた学習と経験の為であり、それほど重要なものを任されているわけではない。
   とはいえ、それなりの学と知識の運用と度量がなくてはできないレベルのものである。
   少女のスキルと比べると、彼女だけでは「無理」ではあっても「不可能」ではない内容(執事談)……らしい。

   また、自分の、そして他人の持つ美学を大事にする。
   これは、帝王学として学んだものではなく、彼女の天性的な感受性から、というのは執事の弁。

   執事に認められたい、という想いもあり、勉強には熱心。だが、知識だけではなく様々な体験や使用人たちとの会話などにより、見識が広がってきているため、学ぶことの重要性を自覚し始めてきている。

   お茶に関してはかなりこだわっていて、飲めば館の使用人の誰が淹れたかまでわかるとは本人の弁。


   執事さんのことが好き好き大好き。
   彼に対する「好き」が親愛、そして愛情なのは間違いなく、そして異性としても意識はしているが、恋に至ってるかどうかは、多分本人にも判っていない。
   「分からない」ではなく「判っていない」。
   だが、本人に聞けば、彼を男性として愛しており、そして『これ』が恋だと確信を持って答えるだろう。

   この微妙な食い違いは、彼女にとって『恋』と呼べるものが、今のところ『これ』だけだからである。
   初恋がこの執事さんだったのは、彼女にとって幸いだったのか不幸だったのか。
   どちらにしろいろいろと苦労することは間違いない。

   過去に、父親の仕事の手伝いとして雇われていた執事さんと会い、様々な経緯を経て、今、自分の従者として正式に彼を雇っている。
   始めてあった頃は、彼のことを怖がっていたが、とあるきっかけから、彼のことをもっと知りたい、認めてもらいたい、と思うようになった。
   なお、使用人の給金は館の維持費として父親が出しているが、執事の給金のみ、彼女自身の稼いだお金の中から捻出されている。
   メイドさんとはとても仲が良く、彼女を姉代わりに思っているところがある。
   ただし、『実の姉』としてではなく『悪友としての姉』ではある。
   『つまみ食い同盟』のメンバー。
   
   婚約者候補はたくさんいるが、ほとんどは覚えていない。
   そもそも婚約者候補達とは面識がないか、あっても1.2度。ついでに言えば婚約者として名前と顔が一致する人物はゼロ。

   毎月彼らから様々な贈り物がくるが、品物も送り主にも全く興味が無い。が、捨てるのは彼女の美学に反するため部屋に置いてはいる……のだが、置き場所に困り大半は倉庫行き。生活用品として使えそうなもの、もしかしたら使うかもしれないものといった、実益のあるものについては多少部屋に残している。
   
   父親には一月に一度のペースで手紙を送っている。父親に手紙を書くこと、受け取ること自体は彼女は好きなのだが、送った手紙の文章が便箋2枚以下だと父親が拗ねる上に、心配してテンパリまくった父親から大量の返信が来ることは、正直ちょっとうざいらしい。


   大の甘党。ゴキブリ大嫌い。
   お肌がすべすべつやつやで、女性さえも変な気を起こすくらいにふにふにぷにぷにふにゃーん。メイド曰く、「反則」。
   ちなみにそのお肌のふにふにぷにぷにに、他のメイド達も魅了されているらしく、たまにメイドたちの目線が怖いらしい。

   特技 『帝王学・経営学(初級)』
      『社交界に関わるスキル(中級)』
      『上目遣いのお願い(スキルマスター!)』
      『つまみ食い』


 『執事さん』
   出身国、経歴等、「この国に来る前」までの情報は全て不明。
   何故この国に来たのか、何故自分の国を出たのかも不明。
   お嬢様も彼の過去についてはほとんど知らない。

   彼の故郷では、緑色のお茶を飲んだり、チェスににたボードゲームがあったり、月のお姫様の御伽噺があるとか。

   この国では少ない、黒髪、黒い瞳の持ち主。
   ただし、ブルネットの中でも、彼のような漆黒ともいえる完全なダークブルネットは、極めて稀。
   というか「そんな人本当にいるの?」というのがこの国と周辺国では一般的常識としての感想である。
   もっとも、執事さんの故郷では皆自分と同じ黒髪、黒瞳が一般的との事。
   その他の外見、年齢の細かい詳細は読んでいる人それぞれが決めてください。
   二十代前半かもしれないし四十過ぎとか初老かもしれない。

   唯一わかっていることは、海を越えた遥か東方の島国、ということと、二十歳は超えているということだけ。
   東方と言ってはいるが、実際は西周りのほうが近いかもしれない。
   あくまで、本人にとっては東周りで来たからそう言っているだけである。

   過去にいろいろあったらしく、執事としてはもちろん、その他事業運営一般に始まり、ピアノの調律まで、よくわからないスキルを多数持っている。
   基本的に「何でもそこそこに出来る人」
   そして「なんでもそこそこ」の実力であるが故に、彼は無理と無茶によって「どんなことでも素晴らしい成果」をあげる傾向がある。
   例えるなら、普通に頑張れば70点の結果を出せる力の持ち主が、命を削るレベルでの努力と頑張りによって90点の結果を出し続けている、ということ。
   多分、誰かが止めないと早死にや突然死するタイプだと思う。

   彼のお仕事は、開始は定時の時間からだが、就寝は基本的にお嬢様が眠りにつく(寝室に入る)まで。
   とはいえ、実際はその後にさまざまな作業や資料のまとめなどを行っている。が、「それは仕事とは別」というのが彼の主張。
   誰かちゃんと止めないとマジで執事さんが死んじゃう。


   様々な国を渡り歩いたらしく、商談に必要な複数の言語を話せることが評価され、少女の父親に通訳、その他事業運営の補佐として雇われていた。
   特に東方の言葉を使えることが大きかったらしい。
   言葉の翻訳だけでなく、東方での商売、会計の知識もあったため、こちらの国の商売における言葉の細かいニュアンスが正確に伝えられたことにより、取引がスムーズに行われ、独占に近い成果を生み出していた。

   主である少女には、いろいろと思うことがあるらしい。
   少女への「好き」が親愛、そして愛情なのは間違いなく、そして異性としての意識を全くしていないわけではないが、「今は」彼女への愛情が恋ではないことを、本人は判っている。
   それが「今は」であることも、判っている。
   少女の自分に向ける異性としての愛情も判っているが、それが恋なのかどうかは判らない事を判っている。
   また、彼の雇用における給金は、少女の父親が出している館の運営費からではなく、少女自身の働きで得た金銭より支払われている。
   これは、彼が少女に対して提示した『契約』の一種でもある。

   金の鎖のついたロケットを、肌身離さず持っている。
   その中身には、『大事な人』の姿見が入っているらしい。

   とある過去の経験から、運命、奇跡といった言葉を嫌っていた……が、あるとき、少女の『美学』の一つを聞いて、それも悪くない、と思うようになったとか。

   辛党にして甘党。
   猫ちゃんわんちゃん大好きー。でも、なぜか昔はそういった動物達に懐かれることがなく、自分から触ったり動物を飼う事は自重していた。
   
   いろんな国を渡り歩いたため、多くの食文化を経験しており、たいていの『ゲテモノ』も大丈夫。
   実は結構繊細で、意外なことでよく心が折れては、メイドさんに泣きついては追い出されてたりする。

   実は結構むっつりスケベ。
   気を許した同性といるときは、それなりに下ネタに走る程度にはおちゃらけた人。
   うっかり女性に下ネタを言ってしまった場合、もともと直接的な表現はしていないことと、普段の寡黙且つ整然とした雰囲気のため、なぜか結果的に良い雰囲気になってしまうことがある。

   正直『抱きたいと思った』は変態だと思う。

   ちなみにこの台詞を言った直後の照れ隠しは、本音を晒した気恥ずかしさだけではなく、気が緩んで漏れたエロ台詞に対して無言になってしまったメイドさんの反応に『はずした!?』と思ったことも理由にあるとかないとか。

   使用人たちの管理を任されているが、館に居るメイドさんたちに「アレ」なのが多くて頭痛が絶えないでいる。

   特技 『特出することなき1.5級品のオールマイティ』
      『つまみ食いの犯人の発見』


 『メイドさん』
   第九話より登場した、館で働くメイドさん。
   また、一部の料理と、菓子を担当している。

   彼女の年齢、外見は読んでいる人それぞれが決めてください。
   十六歳は超えていますが、十代かもしれないし二十代かもしれないし三十オーバーかもしれない。あとオッパイがでかいとかなんとか。

   出身は、館のふもとの街から、馬車で数日程度の距離にある、それなりに大きな街。
   出身、とはいっても、実際にそこで生まれたかどうかは定かではない。
   その街の孤児院の役割も果たしている教会に、乳飲み子のときから預けられ育てられた。家族――教会の孤児達の為、そして恩返しの為に働いており、彼女の給金の大半はその『家族』たちに送られている。
   こちらの街に着てから初めの頃は、場末の宿屋を利用し花町に立っていたが、とある『客』への自らの売り込みを最後に辞めたらしい。
   その後しばらくは、酒場などで酔っ払いをあしらいつつも料理を運び、水場の仕事もなんのその、埃舞う倉庫の棚出しどんとこい、と、明らかなオーバーワークもめげずに働いていた。

   さらにいろいろあって、この館で働くことになりました。
   過去にワケ有りオーラが漂う人だけど、今日も元気です。

   ちなみに、教会からは誰にも継げずに発ち、花町に立って稼いだ金を名前のみ記載して送っていたが、館で働くようになってから、ちゃんと自分の居場所を知らせ、そして定期的に連絡を取るようになった。

   基本的に働き者で、自分が行った行為に対して誰かが笑顔になることが大好き。
   特に、自分が作った料理で喜んで貰える事が何より嬉しく、また、料理はその味で人を幸せに出来ると信じている。
   料理ほどではないが刺繍も好きで、大抵の動植物の刺繍であれば、作ることが出来る。
   また、自分と同じように誰かのために頑張っている人が老若男女問わず大好き。

   ただし、気を許した相手には、身分や立場をあまり気にしなくなる性質で、「畏まる」事が無くなる為、不真面目のように思われることもある。
   ただ、そんなところがお嬢様のお気に入りであり、少女からメイドの中では一番、使用人の中では二番目に心を許されている。『つまみ食い同盟』の首謀者。
   執事さんとは、以前、こっちの街で会った事が在り、その後お互い館で顔をあわせたときはびっくりしたらしい。

   少女への「好き」が親愛、そして愛情なのは間違いなく、しかしながら同性として恋敵でもある――が、子供のそれであるとそれほど気にしてはいない。が、それが落とし穴になるかもしれない。
   実際、とある騒動にて綺麗に落っこちました。さらにある意味ドツボにはまる(自己嫌悪的な意味で)。
   しかし一晩寝たら「うっしゃー!負けるもんかー!」と復活しました。
   
   余談ではあるが、少女のお肌に魅了されて襲い掛かりたくなった(性的な意味で)ことがあるが、別に、その気(レズ)は無い。無いはず。無いよなぁ……。
   他のメイドたちからは、執事との関係ではなく、お嬢様との関係で嫉妬されてたりするあたりこの館はいろいろとダメだと思う。

   執事さんへの「好き」が恋であることを自覚し、そして執事さんも彼女の愛情がそうであることを判っている。
   
   執事さんの持っているロケットの中を、本人以外で見たことのある、唯一の人。
   彼女はロケットを拾った際、最初はそれを売ってしまうことも考えたが、中身を見て、それができなくなった。
   とはいえ、中をみたからというのはあくまできっかけであり、おそらくは中を見ていなくても、悩んだ末、店に届けていただろう。
   自分の行いで他人が笑うことを至上とする彼女には、自分の行いでどこかの誰かが悲しむことが、耐えられないからである。
   きっと彼女は「罪悪感を持つのが嫌なだけ」と否定するが、それが善人と呼ばれるもっとも重要な要素であることを、彼女は知らない。

   作者的に、執事さん云々を抜きにしても、是非とも幸せになって欲しい人。

   素敵な王子様が迎えてくれる『お姫様』に憧れている。
   シチュエーションに対する憧れであって、本当にそういう存在になりたいという願望があるわけではない。


   余談ではあるが、執事さんがお嬢様に「嫌い!」と言われるたびに泣きついてくるため、たまに「あれ?なんであたしコレに惚れちゃったかなー」と思うことがあるらしい。


甘党。
   特技『家事全般』
     『お菓子作り』
     『つまみ食い』
     

 『その他の出てこないけど重要な人々』

 パパさん
    
   少女の父親。仕事で国中、国外を飛び回っており、「血筋」「事業家」としてのランクは非常に高い。
   妻は娘を産んで数年後に病気にて他界。彼は今でも彼女を深く愛しており、再婚をする気はまったく無いらしい。
   だが娘からは「とっとと再婚でもして落ち着いたら?」とまで言われている。
   彼女の最後の言葉が「娘をよろしくね」であり、また少女が妻の生き写しのように似ていることが、娘を溺愛する原因でもある。
   だが、娘を溺愛しつつも、後継者として育てようと厳しく当たっている……つもりの人。実際のところダダ甘であり、むしろ執事さんのほうがよほど少女に厳しい。
   伝統である教育法の「館の主として人を管理し、また事業を成功させること」を、自分の娘にもきっちりとその任を与えた……が、本当は最後まで渋った困ったちゃん。
   少女はやる気満々だったが、「パパンと一緒にお仕事で世界を回ろう!伝統なんて良いから!」と言い出していた。
   娘に任せている事業も、伝統?建前だけ守ればいいよ!と本当はもっと簡単――というか子供でもできるよ!なお手伝いレベルのものを与えようとしていた。
   が、執事が「彼女ならこのくらいまで出来る。彼女が成長をしようとしているのだから、それだけのことをさせるべき」と、今の仕事を割り振るように提言した。
   さらには少女が「やってみせる!」といったため、今の形となる。

   彼がある意味臆病なまでに少女に甘いのは、過去に少女にひどいことをしてしまった、という後悔がトラウマとなっているため。
   彼は数年前、少女のことを想い、また妻に胸を晴れるようにと、家庭教師を大量につけたり、稽古事を多数学ばせたりしていたが、その為に娘がプレッシャーを感じていたことに、しばらくの間気づけなかった。
   これは当時の少女が、妻を亡くして塞ぎこんでいた父親を悲しませないため、そして喜ばせるために『わたしは勉強も稽古も楽しくやっているよ』と嘘をついていたことも原因ではある。
   その結果「妻に娘を託された自分を、その娘が苦しみながら気を使っていた」ことを知り、深く反省したのである。

   便宜や立場上、娘に婚約者候補をセッティングしてはいるが、ぶっちゃけ不満いっぱい。

   執事さんのことは、異国の人間としてはじめは警戒していたが、仕事として関わっていく中でそれは変わり、今ではとても信頼している。
   最終的に娘を置いて仕事に専念しているのは、それだけ執事さんを様々な意味で認めているからである。
   お嬢様が執事さんラブなことは知ってはいるが、それは兄弟のいない少女にとって兄的存在、家族としての親愛であり、その親愛にしても
   「でも本当はパパンのほうが大好きに決まってるもんねー!そうだよね?ね?」
   と思っている(……と思い込もうと必死になっている)ので、何も口出しはしてこない。
   もし、娘が「執事の彼の恋人になりたい」といったら、「よくも娘の心を奪ったな!」と愛銃の猟銃で彼を撃とうとするだろうが、
   もしその執事が娘の求愛を断ったら、「よくも娘を振ったな!」とやっぱり愛銃で彼を撃とうとするだろう。
   過去の分からない異国の移民云々ということで娘の相手に執事さんを認めない……ということは、おそらく考えない人。
   家の血筋や伝統を大切にはするだろうが、それ以上に娘の幸せが大事なので、娘に本当の笑顔を与えてくれるならどんな人間だって良い、というくらいに娘命。
   彼にとって重要なのは娘が自分より他の誰かのことを好きになった、ということだけである。

   娘のお気に入りのメイドさんについては、娘からの手紙で名前くらいは知ってはいるが、特に面識は無く何も思うところは無い。とはいえ、娘が懐くのだから良い娘さんなんだろう、とは思ってる。
   ちなみにその娘からの手紙であるが、文章が便箋2枚以下だと拗ねて一日仕事をしないらしい。さらに「なにがあったの?」「もしかしてパパンがいなくて寂しいの?」「パパンのこと嫌いになった?」と便箋数十枚に及ぶ手紙を返信するとか何とか

 コック
   
   この館の正式な料理人。「料理は愛情」を心情としている。
   しかし「オレは最高の一食を求める」とよく暇をもらってはどこかに旅立っている。
   メイドさんの料理スキルを鍛え上げたのは彼。
   彼女が「料理は愛情」の魂を一番強く持っていたから、とのこと。
   メイドさんが料理人を兼任するのはこのため。

   今は「透明すぎて見えないスープ」を目指しているとかなんとか。

   今後出る予定は全く無いが、たまに会話の端にその存在がちらりとするかもしれない。しないかもしれない。


 雇われ少年

   本編最新話現在、まだ雇われていない少年。
   ただし、幕間6の時点ではすでに雇われている。(幕間は本編と時間的連続性が無いです)
   
   第一シリーズには全く登場しないが、第一シリーズ中のどこかのタイミングで雇われる。
   多分、今回(38.39話)くらいのタイミングで雇われ始め多っぽい

 その他使用人のお嬢様ファン倶楽部の皆さん


   「せーの!おっじょおっさまあああああぁぁぁぁ!」

    とか暴走しちゃうくらいお嬢様が大好きな使用人の方々。
    アイドルの追っかけに近い。
    仕事は極めて真面目にこなし、お嬢様の前ではおくびもそんな様子を出さない。
    基本的にものすごく優秀で、それ以上にいろいろと駄目な人たち。

    とくにメイド集団あたりは変態的な意味でダメな人が多い。
    この館はお嬢様がいなくなったらパパンだけでやっていけるのだろうか?

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三十八話 あとがき

38、39話は連続話
次回は多分メイドさんのターン


三十九話 あとがき

メイドさんのターンのようで実質お嬢様のターンだった気もしてきた。


四十話 あとがき

完全なメイドさんのターン。
執事さんにかなりのクリティカルヒットを与えた回

しかしこのあとお嬢様ターンの猛攻があることを二人とも知らない。


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