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[24644] 小作品「比翼」
Name: アナクレトゥス◆14ce7c98 ID:7edb349e
Date: 2010/12/08 11:34
小作品「比翼」

君の話をするにはあまり時間は懸けられぬ。

「?」

過ぎた話をするのも野暮というものだろう。

だが、君は知らねばならぬ。

君の全てが無為で無かったと君自信が分かる為に。

では、始めから話そうか。

「・・・・・」

昔々、あるところに一人の忌子〈いみご〉が棲んでいた。

村人達から酷く嫌われていた忌子はある日の夕暮れ森の奥に置去りにされた。

道に迷った忌子は其処で一冊の本に出会う。

その本が実は大昔の魔法使いの残した遺産だとも知らずに。

あらゆる万能へ至る知恵を身に付けた忌子は村を焼き滅ぼし、教会から追われる身となった。

教会と敵対するようになった忌子は魔女の烙印を押され、何百年も戦い続け、終には教会の上層部

を完全に消滅させるに至った。

魔法使いの叡智に教会は負けた。

そうして、忌子は偉大で邪悪なる者の称号を得たが、一人の騎士と戦い破れる事となった。

騎士は忌子に手を懸けなかった。

腐敗した上層部がいなくなった事で新たな教会を打ち立てる事ができたからだ。

蔑まれ憎まれ恐怖されながらも忌子のやった事には罰が下る事は無かった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

君には未だ分からぬかもしれぬ。

だが、確かにその胸にしまっておいてほしい。

必ずいつか分かる日がくるだろう。

「何処に行くの?」

戦いに行かねばならぬ。

戦い抜き、もはや叡智と自己を失った君はただ其処で見ているがいい。


天幕が開く。
足音が響く。
鬨の声が上がる。
戦場は今正に其処だった。


君は新たなる教会の冠となるだろう。

邪悪なる者を打倒した新たな聖女は君だ。

「死ぬ・・・・の?」

違う。君と闘い切った数十年。私は最初から死んでいた。ただの狗に成り下がっていた。だから、

私の人生は此処から始まる。短いか長いかは分からぬ。だが。それでも。君を守る為に戦える事を

誇りに思う。

『邪悪なる魔女を打ち滅ぼせぇええええええええええええええええええええええ!!』

怒声に怯える幼子を背に騎士は剣を抜き放ち、高らかに告げる。

否!!
此処に坐すは新たなる聖女なり!!
自らの利権に目の眩んだ者達よ!! 
亡者と成り果てる前に新たなる威光を知るがいい!!



戦場はその日その場を持って閉じられた。

騎士を倒した者はなく。

その背は力尽きて尚そのたった一つの天幕を背に巌の如く在った。


凱歌よりも強く一人の騎士に哀歌を歌う者がいた事を誰も知らない。

                                     fin



[24644] 小作品「聖なる夜に」
Name: アナクレトゥス◆43fc0296 ID:bbfd5a42
Date: 2010/11/30 14:59
小作品「聖なる夜に」

雪の降る晩に子猫が一匹足元に擦り寄ってきました。
貴方の選択は?

1無視して歩く。
2拾い上げて連れて行く。

子猫が実はもう助からない命でした。
貴方の選択は?

1埋葬の準備をする。
2病院に連れて行く。

動物病院で多額の医療費が掛かると知らされました。
貴方の選択は?

1それでも見てもらう。
2静かに見守る。

自問自答した挙句、結局のところ僕は亡くなった子猫を埋葬している。
真冬の真夜中丑の刻

「・・・・・・・・・・・・・・」

正しい選択などない。
簡単な話ではある。

たった数万円を消えかけた命に使うのは善行だが、それでは今月の生活費が払えない。
住所があるだけマシな僕が子猫を飼えるわけもない。

猫など一年で何万匹も処分されている。
だが、人間は処分されていないと言えるのか?

社会は自動的に機械的に不適格なモノを洗いざらい弾き出す遠心分離機のようなもので、最下層に近い暮らしをしている人間は漫然と行き詰るようにできている、とも思える。

緩慢で合理的で容疑者のいない殺人など立件できない。
そうなってしまうだけ、なのだから。

どうしようもない。

悪の組織が「お前らを皆殺しにしてやるぜ。ぐへへへへ」とでも存在しているならばどれだけ楽だろうか。

フラストレーションの行き場が出来てきっと悪の組織は誰からも感謝される事だろう。
何時だろうと何処だろうと本当に重要なものは誰にも見え難い場所にある。

社会が悪いというお約束のフレーズは的外れだが、いつの間にか大切なものを見えなくしてしまう社会の巨大さへの当てつけのようにも感じる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

子猫は天に召される事もなく、暖かい食事にありつく事もなく、母を見たかも定かではなく、ただ道端で出会った見知らぬ人間に見捨てられて、冷えた肉の塊となって埋葬される。

人間味がない言い方だろうか?

真実はいつだって人間の数だけある。
現実はいつだって自分の前に広がっている。
事実はたった一つだが見方は無数に存在する。

どれだけの真実を現実を事実を積み上げても、子猫を救う術は自分に無かった。
そう思うだけの虚偽ならいいと思う。

子猫と自分を天秤に掛けて明日の空腹が勝った人間。

そんな自分を恥じはしない。
事実を知って見下される事を恐れ、こうして埋葬している事を恥じはしない。

ただ、余裕無き容赦無き今を生きていく事だけが重要で、それ以外が無いだけだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

そっと横たえれば、まだ微かに柔らかい。

子猫を一度だけ撫でる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

裕福な家庭の子供にでも拾われれば良かったのだろうが、僕はそんな者ではない。
だから、ただ名も無い子猫に土を被せてそこら辺の石を上に置く事しかできない。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

大切なものは見え難い。

子猫を見つける視線は結局こんなみすぼらしい偽善者しかいなかった。

そんな今が悪いと言うだけの権利も力も地位も無く。

ただ、夜が明けるまでそうしていた。



大きな大きな社会の中で、今日もただ磨り減らされながら、野良猫を見つめる。



もしも、今一度機会があるならば、その時僕はきっと野良猫を飼うだろう。
                                       fin


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