小作品「比翼」
君の話をするにはあまり時間は懸けられぬ。
「?」
過ぎた話をするのも野暮というものだろう。
だが、君は知らねばならぬ。
君の全てが無為で無かったと君自信が分かる為に。
では、始めから話そうか。
「・・・・・」
昔々、あるところに一人の忌子〈いみご〉が棲んでいた。
村人達から酷く嫌われていた忌子はある日の夕暮れ森の奥に置去りにされた。
道に迷った忌子は其処で一冊の本に出会う。
その本が実は大昔の魔法使いの残した遺産だとも知らずに。
あらゆる万能へ至る知恵を身に付けた忌子は村を焼き滅ぼし、教会から追われる身となった。
教会と敵対するようになった忌子は魔女の烙印を押され、何百年も戦い続け、終には教会の上層部
を完全に消滅させるに至った。
魔法使いの叡智に教会は負けた。
そうして、忌子は偉大で邪悪なる者の称号を得たが、一人の騎士と戦い破れる事となった。
騎士は忌子に手を懸けなかった。
腐敗した上層部がいなくなった事で新たな教会を打ち立てる事ができたからだ。
蔑まれ憎まれ恐怖されながらも忌子のやった事には罰が下る事は無かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
君には未だ分からぬかもしれぬ。
だが、確かにその胸にしまっておいてほしい。
必ずいつか分かる日がくるだろう。
「何処に行くの?」
戦いに行かねばならぬ。
戦い抜き、もはや叡智と自己を失った君はただ其処で見ているがいい。
天幕が開く。
足音が響く。
鬨の声が上がる。
戦場は今正に其処だった。
君は新たなる教会の冠となるだろう。
邪悪なる者を打倒した新たな聖女は君だ。
「死ぬ・・・・の?」
違う。君と闘い切った数十年。私は最初から死んでいた。ただの狗に成り下がっていた。だから、
私の人生は此処から始まる。短いか長いかは分からぬ。だが。それでも。君を守る為に戦える事を
誇りに思う。
『邪悪なる魔女を打ち滅ぼせぇええええええええええええええええええええええ!!』
怒声に怯える幼子を背に騎士は剣を抜き放ち、高らかに告げる。
否!!
此処に坐すは新たなる聖女なり!!
自らの利権に目の眩んだ者達よ!!
亡者と成り果てる前に新たなる威光を知るがいい!!
戦場はその日その場を持って閉じられた。
騎士を倒した者はなく。
その背は力尽きて尚そのたった一つの天幕を背に巌の如く在った。
凱歌よりも強く一人の騎士に哀歌を歌う者がいた事を誰も知らない。
fin