チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22726] He is a liar device 【デバイス物語・無印編】
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/12/08 15:48
 初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。

 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナル主人公モノです。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 最強モノにはしない予定ですが、どうなるかはわかりません。不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 10/26 しっくりこなかったので、タイトル変えました。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。



[22726] 第一話 大魔導師と嘘吐きデバイス
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:40
第一話   大魔導師と嘘吐きデバイス




 新歴50年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 「吾輩はデバイスである。名前はまだな」


 「何アホなことを言っているのかしら、この駄デバイスは」


 「おーおー、言ってくれますなあ年増、いくら痴呆が始まったとはいえこの大天才たる俺をアホ呼ばわりとは」


 「廃棄物処理場は確か第三区画だったわね」


 「ちげーよ、第四区画だよ。ったく、時の庭園の維持管理はぜーんぶ俺とリニスに任せっぱなしなんだから似合わねえことすんじゃねえ痴呆老婆」


 「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」


 「だわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」






















 「あー、酷い目にあった」


 「完全に自業自得な気がしますが」


 場所は変わって時の庭園の動力関係の制御室、鬼婆の虐待を辛くも逃れた俺は鬼婆の使い魔のリニスと共に点検なんかをやっている。


 「そうは言ってもさあリニス、プレシアが年増なのは動かない事実だろ、もう30を余裕で超えているんだから。人間現実から逃げるのはよくねえよ、そりゃまあ、外見的には20代前半で通るけどさあ」


 「まったく、貴方はプレシアのデバイスでしょうに、主人の悪口を言うのは褒められたことではありませんよ」


 「は、甘いなリニス。インテリジェントデバイスに知能があってしゃべりもするのは主人に話を合わせ、時には戦術的判断を行い、時には魔法の補助を行う、そして時にはカンニングの助けをし、時にはスカートの中身を激写して記憶領域に厳重に保管するためだ。だったら、主人の悪口を言うのも仕事の内だろう」



 「行動の大半がデバイスとして失格な上、まったく整合性がとれていませんね。貴方の言ったインテリジェントデバイスの役割のどこに主人の悪口を言う要素があったんでしょうか」


 「人生は不思議なことばかりさ」


 「何『俺上手いこと言ったぜ』的な表情をしているんですか」


 とまあ、いつも通りの会話をしながら時の庭園の駆動炉の整備なんかもやっている俺達。


 俺の名前はトール、条件付きながらSSランクの大魔導師であるプレシア・テスタロッサ所有のインテリジェントデバイスだ。プレシアの5歳の誕生日プレゼントとして技術者だった母親が贈った手作りの逸品である。

 テスタロッサの家は代々インテリというか、高名な技術者を数多く輩出してきた家系だ。プレシアもその例にもれず20歳の若さで新型次元航行エネルギー駆動炉の開発の主任になるほどの技術者であり、15歳頃にはSランクの魔導師だったという超エリートだ。

 俺はそんな大魔導師の相棒として長いことやってきた。プレシアが得意とするのは雷撃系の魔法であり、インテリジェントデバイス“トール”(つまり俺)は雷撃魔法を扱うのに長け、加えてその他の性能においても標準を大きく上回るという高性能デバイス、しかも当時の技術ではインテリジェントデバイスは最先端であり、まさにエリートデバイスだった。

 だがしかし、俺は幼いプレシアのために作られたデバイスであり、オーバーSランクの魔導師が実力を完全に発揮できるように設計されたデバイスではない。魔法に不慣れな少女がその身に秘めた膨大な魔力によって自滅することがないように制御することを最大の目的として作られているため、フルドライブやリミットブレイクなどの機能は搭載されていない。

 つまり、プレシアが魔導師として成長してランクがSに達する頃には俺ではプレシアの魔法についていけなくなった。雷撃魔法との相性が抜群なのは事実で、その他の性能も一級品だが、基本となる機能が魔力の制御なだけにいくらカスタマイズしても出力方面ではやはり限界はあった。

 そんなわけで20歳くらいになった頃からプレシアは純粋な演算性能に長けたストレージデバイスを使うようになった。プレシアが研究者であることもあって魔法の制御やロスの少ない運用を得意としているのであまりインテリジェントデバイスの補助を必要としない、なのでストレージデバイスの方が何かと都合がいいのだ。

 そんでまあ、お払い箱になってしまった俺ではあるが、そこは流石技術者のプレシア。傀儡兵を応用した魔法人形(人間そっくり)を作り、俺を魔法人形制御用のインテリジェントデバイスとして改良、娘のアリシアのベビーシッターとして作り変えて下さいました。それまでは俺の口調や思考も普通のデバイスと同じものだったが、アリシアの相手をするために人間に近い思考を持つようにプログラムを魔改造されたわけだ。

 どこぞのロストロギアの防衛プログラムに人間と大差ない人格を組み込んだ代物もあるというが、それをインテリジェントデバイスで再現したといったところで、イメージ的には超巨大ロボの中に乗り込んで制御している感じだ、一時的にロボットと搭乗者が融合して戦うアニメがミッドチルダにもあったが、アレと似たような感じで俺はこの“魔法人形”を動かしている。



 「ところでトール、最近のプレシアの健康状態は余り良くありません。貴方は何かそのことについて御存知ありませんか?」


 「さあてね、インテリジェントデバイスつってもプレシアの手を離れて久しいからな、使い魔であるお前以上のことは分からんよ」


 「………私は確かに使い魔ですが、プレシアは私との間の精神リンクを切っています。肉体的な異常などはある程度把握することは出来るのですが」


 「精神的なもんは一切分からないと、そんで、最近のプレシアの健康不良の原因は肉体的なものよりも精神的なものが大きいんじゃないかってことか」


 「……はい」


 ま、当たらじとも遠からじってとこか。

 リニスはプレシアの使い魔だが、その素体となったのはプレシアの娘であるアリシアが飼っていた山猫で、当然のことながら4歳から5歳くらいのアリシアだけで満足に世話を出来るはずもなく、世話の大半は俺がやっていた。

 アリシアは10年程前にプレシアが研究開発を行っていた次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故によって脳死状態に陥った。プレシアは万が一のためにアリシアとリニスがいた部屋に結界を張っていたが微粒子状のエネルギーが酸素と反応することまでは防げず、二人(厳密には一人と一匹)は窒息死状態となった。

 だがしかし、魔法人形をインテリジェントデバイスが動かしているだけの俺は酸素がなくなろうが問題なく動くことが出来た。俺の動力はあくまで魔力であり、酸素を吸って二酸化炭素を吐くという動作を行っていなかったのが幸いした。

そして、子守りをしていた俺は異常に気付いてアリシアを抱えて全速力で医務室に直行、完全な死亡だけはなんとか免れたがアリシアは脳死状態となり、心臓だけが動いている生きた死体のような有様となってしまった。


 余談だが、アリシアを守れなかった罪で俺の肉体であった魔法人形はプレシアの雷撃魔法によって完膚無きまでに破壊された。人はこれを八つ当たりといい、下手すれば本体のインテリジェントデバイスもぶっ壊されるところだったが雷撃が当たる寸前にコアを離脱させることに成功、本体が雷撃に強い仕様だったことも幸いして九死に一生を得た。

 魔導工学の研究開発者であったプレシアが生命研究に傾倒したのはこの時の事故が原因だ。当時の医学ではアリシアを脳死状態から救うことが不可能だったため、ならば自分の手で治療するまでと違法ギリギリの研究にまで手を出してアリシアの蘇生を行おうとしている。

 これらの事情をリニスは知らない。リニスが使い魔として誕生したのはアリシアが脳死状態となってから3年後、今から7年ほど前の話だから知らなくて当然なのだが。


 ちなみに俺はプレシアの体調不良の原因を知っている。アリシアを脳死状態から蘇生させるために合法すれすれ、もしくは違法な薬品、果てはロストロギアに至るまでを扱っていたため、その中に人間の体には劇毒となるものがあったのだ。そういう事態を防ぐために魔法人形を動かす俺がいたのだが、アリシアの蘇生に執念を燃やすプレシアは俺が目の届かないところで自分でも薬品の化合などを行っていたらしく、その後遺症が身体を蝕んでいる。

 リニスが使い魔として新たに作られたのもそういう背景があってのことだ。使い魔は主人の身の危険を感知することができるので、プレシア自身が気づかない身体の不調もリニスは気づく。もともと、アリシアが目覚めたときに一緒に蘇生させようとリニス(山猫)の身体を保存しておいたので、それが前倒しになった形になる。それに、いくらアリシアの蘇生に成功してもその代償にプレシアが死んでしまっては結局アリシアが孤独となってしまう。使い魔の主人の交代は可能だったはずだ。まあ適合する相手がいればだが。そこまで頭が回らない程プレシアも狂いきってはいない。まあ、多少は見境がなくなっているのは事実なのだが。

 そして、現在においてその辺の事情をリニスに口外することはプレシアから禁じられている。工学者であったプレシアはデバイスに関しても造詣が深いため、強力なプログラムで完全にロックされており禁則事項は一切漏らさないようになっている。時が経てば解除されることもあるかもしれないが、あまり可能性は高くない。


 そんなわけで俺は現在嘘吐きデバイスというわけだ。“禁則事項なので言えません”なんて言ったら隠し事があると証明しているのと同じだ、だからそれなりに誤魔化したり騙したりする必要がある。そのためにインテリジェントデバイスには知能があるのだ。


 「今、また変なインテリジェントデバイスの知能の理由を考えていませんでしたか?」


 なぜ分かるのだこいつは……



 「気のせいだろ、まあとにかくあいつはそう簡単にくたばりはしないから安心しな。少なくともあと15年くらいは生きるだろうよ」


 「15年って、それはかなり短い気がしますが」


 「プレシアは今35歳だろ、あと15年もすりゃ50を超える。“人間五十年”なんて言葉もどっかにあったはずだから50年も生きれば大往生でいいんじゃないかね」


 「いや、それは何か違うと思うんですけど」


 リニスが言わんとしていることは分かる。プレシアはこのアルトセイム地方の時の庭園に引き籠って延々と研究ばかり続けているもんだからまともな人間らしい娯楽を少しも楽しんでいない。

 だがまあ、それも無理ない話だ。時間が経てば経つほどアリシアと世界はズレていく。既に脳死状態から10年も経過している以上、時を経るごとに蘇生は困難となっていくのだ。

 いくら保存液で守られているとはいえ、まともな生命活動を行っていない状態が10年も続けば人間の身体にはどこかに歪みが出てくる。脳が働いていない以上“生きている”と“死んでいる”の中間で彷徨っている状態なのだから、時間と共に“死”に傾いていくのは当然の話だ。


 普通に生きていても人間は時間と共に死に近づいていく、まともに生きていてもそれなのだから死に近い状態で漂っていてはそれが加速するのも無理はない、俺の計算ではあと15年くらいでアリシアの肉体は完全に“死ぬ”。さっきいった15年はプレシアが生きる意味を失う刻限でもある。

 プレシアも恐らくそれが分かっているからこそ焦っているのだろう。一刻も早くアリシアを蘇生させなければならないが、焦り過ぎたら今度は自分も身も危うい、プレシアが身体を壊しては研究を進めることも出来ないのだ。



 「まあ何にせよだ、俺達に出来ることはご主人様の助けになること、その部分に関してはインテリジェントデバイスも使い魔も変わらない」

 結局人生を決めるのはプレシア自身だが、それに対するスタンスは俺とリニスでは異なる。

 リニスは使い魔だから主人が崖に向かって走っているのを知れば噛みついてでも止めるだろう、例えそれによって自分が処分されるとしても。

 だが俺はデバイスだ。主人が崖に向かって走っているなら地獄の果てまでお供するのがデバイスというもの、基本が生命体である使い魔とあくまで魔導師の補助装置であるデバイスの決定的な違いはそこだ。

 デバイスの役目とは主人が望みに向かって走るのを手助けすること、それ以上でもそれ以下でもない。

 愚痴はいくらでも言うが反対はしない、主人の意思が決まっているならそれに意見するのはデバイスのすることではないからな。



 とはいえ、最近プレシアが新しい研究を始めたのも確かだ。

 この前まではリンカーコアを非魔導師に埋め込んで人工的に魔導師を作り出すという研究と脳関係の研究を混ぜたようなことをやっていた。リンカーコアを埋め込むことで肉体を活性化させ、その状態で治療を行うことでアリシアを目覚めさせるつもりだったようだが、リンカーコアを非魔導師に埋め込むのはリスクが大きく、逆にアリシアの肉体が破壊されてしまう可能性が大きい上に上手くいったとしても安定する保証が無かった。

 俺の肉体でもある魔法人形を使って100回以上の実験を行ったがいずれも失敗、流石にこの方法では無理だということが分かったようで落ち込んでいた。リニスが言った精神的な疲れってのはこれのことだろう。


 そして、非魔導師へのリンカーコア移植に代わるものとしてプレシアが新たに選んだ研究が――――



 「プロジェクトF.A.T.Eね、今度こそ上手くいきゃあいいんだが」


 リニスに聞こえぬよう、一人呟く俺だった。







[22726] 第二話 プロジェクトF.A.T.E
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/10/30 19:49
第二話   プロジェクトF.A.T.E




 新歴51年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「で、今回はどういうコンセプトで行くんだ?」

 プレシアが研究テーマをプロジェクトFATEに定めてからおよそ1年、ようやく基礎となる理論の構築が完了し、プロジェクトは本格的に始動することとなった。


 現在俺達がいるのは時の庭園の中央研究室。プレシアの研究室は時の庭園のほかにも数多くあるが、ここは重要性が最も高い場所でリニスには立ち入りが許されていない。

 俺はプレシアのインテリジェントデバイスだが、現在は助手と行った方が的確な気もする。というのも、3年前まではプレシアの魔力で動く魔道人形をデバイスである俺が動かしていた状態だが、現在は完全に自立して動いているからだ。

 プレシアが行っていた非魔導師へのリンカーコア移植研究は思わぬ副産物をもたらした。普通の人間にリンカーコアを埋め込んでも拒絶反応が大きく、かろうじて移植に成功してもリンカーコアの性能を半分程度しか発揮できないという問題点がある。

 仮にSランクの魔導師のリンカーコアを非魔導師に埋め込んだところで散々後遺症や拒絶反応に苦しむ上に、Aランク程度の魔導師しか作れない、つまり、コストと成果がまるで合わないのだ。

 だがしかし、魔導師としては欠陥品だが魔法人形としてはそれなりに使える部分がある。早い話がリンカーコアをただの超小型魔力炉心と見なし、インテリジェントデバイスがその魔力を組みあげて術式を構築、これによって外部からのエネルギーに頼らない魔法人形が出来あがる。

 リンカーコアも高ランク魔導師のものを十全に動かすのは難しいが、低ランク魔導師となればその難易度は大きく下がる。別にオーバーSランクの戦力が欲しいわけでもないので俺にとっては普通に動けるだけで十分だ。


 時の庭園には傀儡兵と呼ばれる魔法人形が大量にあり、こいつらの戦闘力はAランクの魔導師に匹敵するが、駆動炉からの膨大な魔力供給がなければ木偶の坊になり下がるという欠点を持っている。つまり、時の庭園の中枢にニアSランク魔導師の砲撃を叩き込まれればそれまでということだ。

 それに対して現在の俺は完全な自律行動が可能だ。現在の出力は非常に低く、魔法を使えるような余力はないので普通に動くのが精一杯だがプレシアの魔力を一切喰わないので非常に低コストな設計となっている。使い魔のリニスはAA+ランクに相当する戦闘能力を備えているが、その分消費する魔力も大きい。

 まあ、これらも現在の技術水準からみれば最先端の技術といえる。プレシアは間違いなく最高峰の技術者であり、研究開発に関してならば大天才といって差し支えない。


 そんな諸々の事情から、俺の役割はプレシアの助手と傀儡兵の統括、それからテスタロッサ家の財産管理である。時の庭園の維持や家事なんかはリニスがやってくれているので問題なし。



 「プロジェクトFATEっていうのは、どこぞの頭のネジがいかれた科学者が基礎理論を造ったっていう人造魔導師を生みだす計画だったよな」


 「ええそうね、Drジェイル・スカリエッティ、生命操作技術の権威中の権威であると同時に広域次元犯罪者でもある狂人が基礎を作った。しかもその男はアルハザードの遺児だなんて噂もあるわ」


 「アルハザードねえ、それはともかく犯罪者ったら俺達も似たようなもんか、あれやこれやと違法にならないように手は尽くしているけどこれ以上はやばい領域に行きそうだぞ」


 これまでプレシアが行って来た研究はまともに行けば違法研究だが、まともじゃない路線をいっているので違法になっていない。民間人が行えば違法になる研究でも、時空管理局の正式な許可を得た医療機関やそれに準ずる人間が行えば違法ではない研究は数多くある。

 つまり、プレシアが在野の研究者であれば違法となる場合でも著名な研究機関に名を連ね、管理局の許可を得ていればある程度の融通はきく。その辺の法的な手続きとか根回しをやったのは全部俺だ、というより、その辺のことを全部押しつけて研究に専念するためにプレシアは俺の自律機能を向上させたのだ。やはり、時空管理局に目をつけられているのといないのとでは研究のしやすさに大きな差が出てしまう。

 それに、プレシアは15歳から20歳までは嘱託魔導師として時空管理局に協力していた経歴を持ち、アリシアを失った事故からしばらくたった後も3年間ほど正規の局員として新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”の開発に携わってもいて、遺失物管理部に出向してロストロギア探索に協力していたりもする。

 その主な目的はロストロギアに関する文献を管理局から引き出すことだったが、後の研究をスムーズに進めるには管理局との関係を深いものにしておいた方が何かと都合が良かったという経緯もある。リニスもその頃からプレシアの使い魔として活躍し、AA+ランク相当の魔導師として機動三課のエースを張っていたりした。

 なので、これまで生命工学方面の研究や非魔導師へのリンカーコア移植研究はあくまで管理局法に則ったものだ。特に後者は人材不足に悩む時空管理局の地上部隊からの正式な要請でもあったため、ある程度の資金を融資してもらうことすらできた。まあ、結果は芳しくなかったが、レジアス・ゲイズ一等陸尉という地上本部の士官とは今でも繋がりを維持してはいる。


 時空管理局も一枚岩ではなく、法の抜け穴なんぞ到る所にある。ならば馬鹿正直に違法研究に手を出すのは阿保のやることだ、違法研究がだめならそれを違法じゃなく合法にしてしまえばいいだけの話、特に時空管理局は海と陸の仲が芳しくないからつけ込みやすいし、“セイレーン”の開発の中心だった経歴から海の方にもコネはあるからかなり安全に研究出来ている。

 だがしかし、プロジェクトFATE はそうはいかないだろう。倫理的な問題から考えてもこれは現状において合法になりえない、おそらく管理局でも裏側ではこれと同じような実験を行っているだろうからそいつらと手を組んだとしても違法であることに変わりはないのだ。

 とはいえ、それは現在の話で法改正が行われたり、プロジェクトFATEによって脳死状態の患者が助かったということが広まれば合法となるかもしれない。法を作るのはあくまで人間なのだから、研究の成果によっては合法にも違法にも転がる。が、現状では違法という事実は揺るがない。



 「そんなことは分かっているわ。でも、もう時間がないの。これ以上アリシアの脳死状態が続けば蘇生はいずれ不可能になってしまう。いいえ、こうなるのだったら初期の内から違法だろうが可能性の高い研究を行うべきだった。管理局でロストロギアの文献を集める時間は無駄だったかもしれないわ」


 「そりゃあ結果論だろ、アリシアだってお前が犯罪者になることを喜びやしねえよ。守れなかった俺が言えることじゃないかもしれないが」


 もし、あの時アリシアが完全に死んでいたらプレシアは間違いなく“死者の蘇生”という違法研究に即座に手を出していただろう。

 だが、幸か不幸かアリシアは脳死状態で留まった。限りなく死に近い状態だが、完全に死んだわけではないのでプレシアも自責の念に囚われることはあっても未来を向くことが出来た、泣いている暇があれば娘を治療するための研究を行うという感じだ。


 ちなみに、そのための資金を稼ぐためにアレクトロ社を相手に訴訟を起こしたのは俺だ。当然、デバイスが裁判を起こせるはずもないので実際に立ったのはプレシアだが、勝訴するための証拠集めや局員の証言集めや、会社の不正の証拠集め、ついでに裁判官への根回しを行ったのは俺である。当時において稼働歴19年、加えて天才工学者に魔改造されたインテリジェントデバイスを舐めるなというやつだ。

 ミッドチルダの裁判は基本的に判例法だから過去のデータが膨大なだけに大抵の判決は過去の事例を基に行われる。つまり、似たような事故の情報を大量に集めて整理すればそれだけで有利になるということ、アレクトロ社はデバイスを扱う会社ではなかったため、インテリジェントデバイスの情報収集力を裁判に使うという発想がなかった。

 というより、これを思いつくのは高ランク魔導師くらいだろう。当時はまだインテリジェントデバイスを実際に使うのは管理局でも5%程度の高ランク魔導師のさらに極一部くらいしかいなかったことも俺達の有利に働いた。現在ではAランク程度の魔導師でもたまに使う場合もあるが、10年前においてインテリジェントデバイスは本当に数少なかったのだ。

 俺がインテリジェントデバイスなのも技術者の家系であるテスタロッサ家のデバイスだからだ。時空管理局で執務官を歴任しているような家系でも大抵はストレージデバイスを使っている。まあ、最近は少し変わりつつあるようだが。




 「まったくその通りだわ、貴方がガラクタじゃなくてもっと優秀ならアリシアはあんなことにはならなかったでしょうに」


 「本当にその通りだ。あんたが技術者なんか止めて図書館の司書でもやっていればあんなことにはならなかったろうな」



 重苦しい沈黙



 「ふふふふふ」


 「ははははは」



 乾いた笑い



 「死んでみる?」


 「やなこった」


 俺とプレシアはいつもこんなもんだ、昔はもっと素直な奴だったのだが、やはり最愛の娘を失うというのは人格を変えるほどのショックをもたらすみたいだ。

 だからこそ、俺の役割は重要になる。アリシアを失って以来、プレシアは“己の現在を正確に認識できない”タイプの精神疾患を持つようになった。簡単に言えばアリシアを失った当時で時間が止まっているようなもので、プレシアと現実は微妙にズレているのだ。現在の身体的な疾患も自分の状況を正確に把握できていなかったことを起因とした薬品の後遺症が主な理由となっている。

 それを知ったプレシアは実に工学者らしい手段でそれを解決した。人間には自分を客観的に捉えることが出来ないならば、自分を知り尽くしている存在にそれをやらせればいい。プレシアが5歳の頃から常に傍らにあった俺はそれにうってつけであり、プレシアの心情を読み取り、彼女に“現在を認識させる”作業を延々と繰り返し続けることが俺の仕事なのだ。

 ある種、自分だけの世界に入りつつあるプレシアが自分と他の世界を繋ぐ端末としての機能を俺に与えた。俺はプレシア・テスタロッサのために作られたデバイスであり、彼女が自分ですら認識できていない望みを推察し、それを叶える為に行動することが俺の命題である。

 使い魔であるリニスにこれをやらせることは出来ない。リニスはプレシアが現在を正確に認識できなくなってから作られた使い魔なのでそれ以前のプレシア・テスタロッサを知らない。元となる人格を把握できていない以上、現在のプレシアがどうおかしいのかを知ることは不可能なのだ。

 だがまあ、13歳の時に初恋に敗れて恋敵に殺傷設定の魔法を放ちかけたという前科を持つのがプレシアという女だ。こいつを抑えるために制御機能を最優先したインテリジェントデバイスを作ったプレシアの両親の判断は正しかったようである。


 「冗談はともかく、どうすんだよ。プロジェクトFATEは脳死状態からの蘇生にはあんまり役に立たないような気もするんだが?」


 「そのままだったらそうでしょうね、アリシアを人造魔導師に改造するわけじゃないんだから、技術の半分は役立たずだわ」


 「ってことは、必要な部分だけを利用するってわけだな」


 「プロジェクトFATEには高ランク魔導師を生みだすために幼い内から肉体を調整するという方法と、もう一つの方法がある。分かるかしら?」


 データベースから過去の情報を検索しつつ、演算を開始する。

 探索に用いる拘束条件はプレシアがそれを利用しようとしていることだ、つまり、アリシアの蘇生に繋がる部分がなければならない。

 そこがゴールなのだから、そこに至る道筋となる研究とは―――――


 「生まれる前の調整か、だが、胎児の内はリンカーコアがあるかないかも分からないから意味がない。となると答えは一つ、カプセルでの培養だな。クローン培養か純粋培養かの違いはあるだろうが」


 「正解よ、まだ基礎理論程度だけど、クローンの創造は確かに可能。それを試験管の中で4歳から8歳くらいまでの期間で調整する。そうして作りだした素体を人造魔導師としてさらに性能を高めていく、といったところかしら。これを考え出したジェイル・スカリエッティという男は確かに悪魔の頭脳を持っているようね」


 「んー、ってことは、ロストロギアの時代の文献に見られる戦闘機人だったか、そいつらもその辺の延長線上にあるのかね」


 「おそらくはそうでしょう。ジェイル・スカリエッティがアルハザードの遺児という話が本当なら、失われた生命操作技術を復活させられるのも道理、なら、その先に戦闘機人や他のものがあってもおかしくないわ」


 その他のものが“レリックウェポン”というものであるのを俺達が知るのはもう少し先の話だ。


 「しかし、クローンね。アリシアの肉体と同じものを作って脳髄だけ入れ替えるとか………意味ないな、肝心の脳が死んでるんじゃ」

 今のアリシアは思考をしていない。逆に肉体はほぼ生前の状態を保っているのだから、肉体の交換は無意味だ。だが、思考を司る大脳は働いていなくとも、生命維持に関わる脳幹は完全に機能を停止してはいない。脳死の判定は各次元世界の国家ごとに違うので微妙だが、現在のアリシアを“死んでいる”と判断する法律を持つ主権国家はなかったはずだ。


 「そう、それは意味がない。逆に必要なのは生きているアリシアの身体とそれと脳の関係よ」


 「なるほど、普通に生きているアリシアの身体が脳をどのように生かしているかを調べるわけか。そこをゴールに研究を進めて―――――それだけじゃない、クローンを大量に作れば人体実験も簡単にできるな」

 つまり、現在の“生と死のはざまにある”アリシアの肉体を複製し、死んでいる脳髄を“生きている”状態にするにはどうすればいいかを調べるにはうってつけというわけだ。

 クローン技術で生みだした肉体は高確率で失敗し、“死んでいる”か“死んではいないが生きてもいない”状態になる。それに対して実験を繰り返せば脳死状態からの蘇生の大きな手がかりになるだろう、しかもそれがアリシアと同じ遺伝子を持つ肉体なら尚更だ。


 「その通り、他人の肉体で試して上手くいったからといってアリシアに悪影響が出ないとは限らない。だったら、アリシアと同じ肉体で試すのが一番確実よ」


 なるほど、倫理的に考えて違法研究まっしぐらだが理に適ってはいる。が、非常に嫌な予感がする。


 「だけどさあ、いくら生きていないとはいえアリシアと外見も全く同じクローン体をお前が切り刻んだりできるのか?」


 「何を言っているの、貴方がやるのよ」


 「やっぱりか」


 嫌な予感は見事的中。まあ、今のプレシアは罪の認識が少し危ういことになっているという事情もある。アリシアを失う前のプレシアが持っていた良識と照合し、こいつの感覚を普通の人間のそれと合わせることも俺の役目なのだが――――


 「当然でしょう、いくらクローンとはいえアリシアと外見が同じものを私が傷つけられるわけないでしょうに」


 この辺だけは普通の感覚が残っているもんだから性質が悪い。


 「それを俺にやらせるかね、この鬼婆が」


 「貴方なんてそのくらいしか役に立たないんだから、むしろ役を与えてやった私に感謝しなさい。忘れないことね、貴方は私のためだけに存在するデバイスなのよ」


 「はいはい、言われんでも分かってますよ、鬼畜め」


 「褒め言葉と受け取っておくわ」


 まあ、この展開は分かり切っていたのでそこは問題ない。


 「ところで、まさかこの研究をリニスに手伝わせるわけにはいかないだろ、あいつには何をやらせるんだ?」


 問題はリニスだ。あいつは俺と違って良心的だからこの研究には絶対に反対する。というか、アリシアを失う前のプレシアの良心的な部分を切り離したかのような精神構造をあいつは持っている。恐らく、プレシアが狂気という名の正気を維持するためにリニスという使い魔に己の一部を無意識に注ぎ込んだのだろう。


とはいえ、ただ遊ばせておくにはあいつの能力はもったいないし、プレシアの魔力を削る意味もない。


 「ロストロギア情報の収集と回収をやらせるつもりよ。このプロジェクトFATEが古代の技術の復活である以上、それに関連したロストロギアが存在する可能性は極めて高い、仮に関連がなくても利用できるものはあるでしょうしね」


 なるほど、確かにそっち方面はAA+ランク相当のリニスの方が適任だ。遺失物管理部の機動三課で働いていた経験もあるから専門家であるともいえるし、魔法すらまともに使えない今の俺じゃあロストロギアは扱えんからあいつに任せるより他はない。


 「だったさ、他の組織の力も借りようぜ」


 「他の組織?」


 「そうそう、例えばスクライア一族だったか、ああいったロストロギアの発掘とかをやっている団体はロストロギアを他の奴らに売って生計を立てている。危険なものは時空管理局か聖王教会に行くけどそうでないのは金持ちのコレクターとか博物館に行くだろ、だから、普段からそういうのを買っておいてお得意様になっておくんだよ」

 そうすれば、ロストロギアの最近の発掘状況を聞いても違和感はないし、お得意様なら色んな情報をくれるはずだ。幸い、プレシアの研究の特許やあの裁判での賠償金を元手にした不動産で資金は大量にある。何しろ時の庭園を購入できるほどだ。

 時空管理局との繋がりは結構深い俺達だが、情報源が多いに越したことはない。取捨選択はこちらでやればいいのだから、あって困ることはないだろう。


 「なるほど、悪くないわね」


 「だろ、それに時空管理局の遺失物管理部とコネを強化しておくのも必要だな、地上部隊への足がかりも兼ねて色々工作してみるわ。それから、発掘屋から買い取ったロストロギアは2年くらいしたら他の金持ち連中に転売してやればいい、その辺の地下オークションならいくつも知ってる、つーかたまに俺主催のやつをクラナガンで開催してるからな」


 「………いつの間にそんなことを」


 「くっくっく、このトールは金儲けの天才なり」


 というか、冗談抜きでテスタロッサ家の財産管理を行っているのは俺だ。プレシアは研究者気質のためか、そこら辺の管理が死ぬほど杜撰なのだ、リニスも技術方面はともかく財政方面は専門外だし。

 研究というのはやたらと金がかかるものだが、その資金を可能な限り合法的な手段で稼いでいるのは俺だ。時にはグレーゾーンなこともやっているがそれはそれ、ばれなければ犯罪ではない。


 「とにかく、これからはアリシアのクローン生成を目標に行くわよ」


 「りょーかい、待ってなさいアリシアちゃん、この超絶美人年増魔女プレシアがすぐに治療して上げるからね」


 これも仕事、プレシアに現在を正確に認識させなくてはならない。


 「死んでみる?」


 「我は不死身なり、肉体が滅ぼうが核がある限り何度でも蘇る」


 「じゃあ、核を砕いて上げる」


 「ごめんやめて許してお願いだからご自愛ください」




 こうして、プロジェクトFATEは始動した。






[22726] 第三話 悪戦苦闘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/10/26 08:12
第三話   悪戦苦闘





新歴53年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 「実験体147番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体169番――――――保留、リンカーコアの存在あり、ただし成長が見られない」


 「実験体177番――――――可、リンカーコアはないものの通常のクローンとしては問題なし」


 「実験体186番――――――不可、形になってはいるが内臓の一部がない、生体維持不可能」


 「実験体199番――――――不可、皮膚の完成の見込みなし、廃棄処分」


 「実験体202番――――――不可、右腕がない、しかし、断面から未知の反応が見られる、比較には使用可」


 「実験体211番――――――可、特に問題なく成長中、ただしリンカーコアは存在せず」


 「実験体223番――――――保留、体内にリンカーコアを確認、ただし心臓がない、サンプルとして保管」


 「実験体231番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体244番――――――不可、首から下は問題ないが、頭蓋骨の一部が存在しない」


 「実験体259番――――――不可、髪の色が黒色であり肌の色も褐色、遺伝子配列が別物になっていると予想」


 「実験体267番――――――可、筋肉に若干の問題が見られるが人間としては問題なし、リンカーコア不適正」


 「実験体275番――――――不可、男性としての肉体が生まれつつある、遺伝子に問題あり」


 「実験体281番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体293番――――――保留、未成熟ながらリンカーコアの成長を確認、“優”となる可能性あり」


 「実験体300番――――――不可、右腕が存在せず、内臓にも一部欠損あり」


 「実験体309番――――――不可、顔が二つある奇形、生存適正なし」


 「実験体317番――――――不可、下半身が存在しない、生存適正なし」


 「実験体322番――――――可、問題なく成長中、リンカーコアの適正なし」


 「実験体337番――――――不可、外見は完璧だが心臓だけが存在しない、かなり珍しいため保存」


 「実験体342番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、ただし腎臓の片方が存在せず」


 「実験体350番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体361番――――――不可、腕が三本存在する奇形、肝臓が存在しない」


 「実験体374番――――――不可、首がない奇形、生存適正なし」


 「実験体388番――――――可、髪の色素がやや薄いが他は特に問題なし、リンカーコアは存在しない」


 「実験体396番――――――不可、足と腕が逆に生える奇形、生存適正なし」


 「実験体404番――――――不可、肋骨が全て存在していない、生存適正なし」


 「実験体411番――――――不可、人としての原型をとどめていない」








 「ふう、なかなか上手くいかないもんだ」


 時の庭園の最下部に存在する培養カプセルの乱立した研究室、そこに黒髪で中肉中背の男がいる。

 大魔導師プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トール。つまり俺だ。


 プロジェクトFATEの本格始動から早2年、クローン体の製造は既に始められているが、その成果は芳しいとは言えない。


 「うーん、心臓がない場合にリンカーコアがある場合が3つ、リンカーコアがなくても外見やその他の機能が問題ない場合もある。何か関係があると思うんだが………」

 現在は俺一人であるが、いつプレシアやリニスから通信が来るか分からないので一応“標準人格言語機能”はONにしておく、使わないアプリケーションのリソースは二次記憶容量に移すが、現在では主記憶のみで大体の機能を賄えているので特にリソースを節約する必要はない。そして、主記憶上のデータを見直しつつクローン精製の問題点とその対処法を演算してみるが、そう簡単に分かれば苦労しない。同じような結果になったといってもその成長過程は全てバラバラな上、作り始めた時期も違ったりする。


 とはいえ培養カプセルも無限ではなくせいぜい100個ほどしかないため、完成の見込みがないものは処分して新しい培養を始めないといつまでたっても研究が進まない。

 とりあえず1番から100番までは全滅した。最もそれらしい形になったのは73番だったが、それもつい3日前に廃棄処分となった、リンカーコアの部分が異常増殖し、その影響で身体全体が人からかけ離れたものに変化し始めたからだ。

 流石にその辺の映像はショッキングなのでプレシアには見せていない、というか、この部屋にプレシアが立ち入ることはなく、あいつに見せるのは形になっているやつらの映像と文字媒体となったデータだけだ。下手にこんなものを見せてしまっては微妙な均衡を維持しているあいつの精神が崩壊しかねない。


 「これ、普通の人間が見たら絶対トラウマもんだよな。少なくともリニスが見たら発狂するかもしれん」


 カプセルに並ぶは大量のアリシア、もしくはアリシアだったもののなれの果て、優しい性格なリニスにはきついものがある。プレシアの良心を受け継いでいるあいつには見せられんな。

 物事には適材適所というものがある、インテリジェントデバイスである俺はこの光景にも特に嫌悪感を持つわけではない、というか、嫌悪感を持っていたらそれはもうデバイスではない気がする。


 「こういう人間だったら胸糞の悪くなりそうな作業は機械がやるものと昔から相場が決まっている。逆に、これを喜んでやるような人間がマスターになって欲しくはないなあ」

 プレシアの望みがプロジェクトFATEの先にある以上、研究を進めるのを止めるつもりはないが、これを見て高笑いして欲しいかといえばそれは否だ。まあ、そこまで狂ってしまったらその時はその時だが。



 「だがまあ、一応リンカーコアがないやつなら出来つつある。これにどんな実験をするのかは知らないけど、アリシアの蘇生の助けになれるか否か」

 成果が全く出ていないわけでもない、初期に比べれば原型を留めるクローン体が増えてきたのは確かだし、数は少ないがリンカーコアを発生させているものも出てきた。

 だが、現在は実践とはほど遠く、それ以前の状況だ。そもそも人間の形を保ったままリンカーコアを成熟させたものはいない、現在様子見のもいくつかあるが正直見込みは薄い。


 「やはり、遺伝子から胎児を作る段階で何らかの不備があるんだろう。そこら辺の調整が出来ない限りはこの誕生率の低さは回避されそうもないな。だが、あまり無計画にクローンを作っていたら資金が底を突く」


 これだけの量のクローン体を作るのには尋常ではない資金がかかっている。新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレン”の特許やその他の研究開発の成果を民間企業に売り出したので資金は潤沢だが、減る一方では困るので様々な手段を用いて金策に励んでもいる。 インテリジェントデバイスがやるようなことではない気がするものの、女二人はこの方面でまるであてにならん。 いや見方によっては機械だからこそ適任なのかもしれないが。


 まあ、愚痴ってばかりいても仕方ない。もう一度手順を洗い直して問題点を検証するとしよう。









新歴55年 時の庭園



 「実験体721番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」


 「実験体733番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点はなし」


 「実験体740番――――――不可、外見上の問題はないが、男性へ変異」


 「実験体749番――――――不可、生命活動の問題はないが遺伝子に明らかな違いを確認、肌が褐色」


 「実験体757番――――――可、左目の色が異なるものの大きな差異はなし、リンカーコアはなし」


 「実験体764番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、成長するかどうかは未知数」


 「実験体772番――――――不可、心臓がない以外は問題なし、リンカーコアのなりそこないを確認」


 「実験体785番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点なし」


 「実験体799番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」


 「実験体803番――――――不可、両腕の筋肉の成長が停止、ケースとしてはやや特殊」


 「実験体810番――――――可、アリシアとの相違点はほぼゼロ、ある意味で完成系といえる」


 「実験体818番――――――不可、両足の骨に欠損あり、歩行困難」


 「実験体827番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、だが、肺に反応あり、奇形の可能性」


 「実験体835番――――――良、リンカーコアは順調に成長、ただし、髪の色素がやや薄い」









 「まあ順調っちゃ順調か、少なくともリンカーコアがない場合なら一定の割合で作れるようにはなった」


 さらに2年、プロジェクトFATEは進行中。


 プレシアの方ではとある伝手で入手したロストロギア、『レリック』とやらの解析を6か月ほど前から行っている。

 どうやらこいつは“当たり”のようで、レリックを用いることで死者を復活させる技術すら資料からはうかがえるらしい。

 だが、問題点が一つ、こいつは“レリックウェポン”と呼ばれる代物で本来は死者の蘇生のためではなく、人造魔導師の精製に関する技術らしい。体内に埋め込まれたレリックが兵器としての最大の性能を発揮できる状態を維持するために、検体のリンカーコアと結合し励起させることによって、死者を無理やり生者に反転させるのに近いようだ。

 つまるところ、リンカーコアがないアリシアにはこれを用いることは出来ない。レリックが内包する魔力はちょっとした魔力炉に匹敵するので、肉体が耐えられないのだ。おそらく低ランクの魔導師でも同じで、高ランク魔導師でなければ不可能だろう。ならばと、この技術を応用し、リンカーコアのない人間に埋め込むことができるように調整して、脳死状態を復活させるものを作ろうと悪戦苦闘しているようだが、成果は芳しくないようだ。


 以前の研究で行っていたリンカーコアの非魔導師への移植。あれのノウハウを応用し、リンカーコアを“レリックレプリカ”に改造してアリシアのクローンに埋め込んで見たようだが、どれも上手くいかなかった。

 現状で目指しているのはレリックが持つ蘇生能力を付与し、かつ移植、優郷に適した“改造リンカーコア”を作り出すことだ。つまりアリシアの肉体でも定着するようなレリックレプリカということで、ユニゾンデバイスの機能も参考にしているみたいだが、中々に困難のようだ。


 「それさえ完成すれば大きな前進になる、問題は蘇生した後に後遺症が出ないかどうかだが、そこはリンカーコアがある“妹”がいればなんとかなる」


 アリシアのクローンを作るだけなら目処がたったが問題はリンカーコアを有する“妹”を作ることだ。 もともとアリシアはプレシアの娘、僅かの遺伝子配列の変化でリンカーコアを持たせることができると、今までのクローン研究でわかっている。

 レリックであろうと、レリックレプリカであろうと、それと適合して蘇生したアリシアは高い魔力資質を持つことになる。つまりアリシアに“レリックレプリカ”を埋め込んで蘇生させた結果となる存在である”魔力資質を持ったアリシア”が居れば、その体のデータに合わせてにレリックレプリカを調整すればいい。要は完成形が分かっていればそこに至る道へと調整する方がやりやすいというわけだ。

 だが、それでも技術的に困難なのは間違いなく、プレシアの存命中にそこまで持って行けるかも大きな課題だ。プロジェクトFATEの成果をプレシア自身に応用することも考えられるが、絶対的に時間が足りてない、プレシアの延命のための研究を先に行えば今度はアリシアが間に合わなくなる。刻限はあと10年ほど。


 つまり、既に状況はプロジェクトFATEが完成してもプレシアかアリシアどちら一人しか助からないだろうというところまで進んでいる。ここで両方助かるような起死回生の方法でも浮かべばいいんだが、そんなもんが都合よく転がっていたら誰も苦労しない。


 「さて、どうなることやら」


 とはいえ、俺に出来ることがそれほど多くあるわけではない。生命研究の手伝いをやっている身ではあるが俺が持つのは知識だけでそれらを組み合わせて新技術を生み出す能力があるわけではないし、ロストロギアの探索に役立つわけでもない。


 「せめてもうちょい魔導師としてのレベルが高けりゃいいんだが、Cランクじゃなあ」


 
 プロジェクトFATEの副産物といえるのかどうかは微妙だが、俺の身体も一応バージョンアップされ、それなりに魔導師としてのレベルも上がってきた。

 世の中にはカートリッジという便利なものがある。魔導師の魔力を別に蓄えておき、魔法の発動の瞬間などに炸裂させることで効果を飛躍的に高めるという荒技だ。

 古代ベルカ時代などでは当然の技術だったそうだが、新歴に入った頃にはほとんど失われていたらしい。最近では研究も徐々に進み、近代ベルカ式の使い手などはカートリッジを使うことも増えてきたようだがまだ安全面で問題があるとか。


 オーダーメイドのデバイスならばカートリッジもそれに合わせて作る必要があるようだが、割と汎用的なストレージデバイスに搭載する場合は同じ規格で大量生産した方が当然安上がりだ。デバイスに込めるのはブースト用の魔力なので魔法使用者のものでなくとも構わないとか。そして、大量に作られたカートリッジは全て製品になるわけではなく、出来そこないの“クズ”も結構生まれる。技術が完全に確立されていない現状なら尚更だ。

 そこで、ロストロギア蒐集用に作ったコネやプレシアのデバイス関係の技術者としての人脈からそういった“クズカートリッジ”を大量にもらうことが出来た。これを使えば一時的に魔法人形の中枢にあるリンカーコアに魔力を注ぎ込み魔法を使うことが出来る。


とはいえ原理は完全に電池そのものなので電池が切れれば当然取り換えなければならない。取り換え方法は口から入れて、腹で交換、要らなくなったクズカートリッジは尻から出るというとんでもない仕様だが肉体の構造的に最も無理がないので仕方がない。



 そんなわけで、カートリッジを食べ、空のカートリッジを尻から出して魔法を使う恐怖の魔法兵士トールが爆誕したのであった。 どうなんだソレ。


 また、それと併用して、高ランク魔導師の肉体を材料とした魔法人形を作り、そのリンカーコアを制御することでその魔導師が生前持ち得た技能を再現する研究を行ってもいるらしい。



 ……………これを俺に託したあの男の真意は少し不明瞭な部分もあるが、とりあえず今は考慮すべき事柄ではない

=====================

 あとがき

 このさき2,3話は説明会っぽくなると思います。まだプロローグ部分ですね。予定としては5話ぐらいでフェイト誕生の予定です。
 ちなみにトールの本体は、バルディッシュの紫Verです。



[22726] 閑話その一 アンリミテッド・デザイア
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/15 19:05
閑話その一   アンリミテッド・デザイア



新歴55年 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部





 『失礼します、レジアス・ゲイズ二等陸佐』

 定型通りの挨拶した後、私は彼の執務室へと入る。アポイントメントはとってあるので特に問題はないはず。


 「お前か」

 しかし、返事からは覇気を感じ取ることは不可能、何らかの精神的な事情があるものと推察。


 『悩みごとですか』


 「もうすこし言葉は詳しく述べてくれ、まあ、デバイスに言っても仕方ないか」


 『申し訳ありません。私の汎用的人格言語機能は我が主人とその家族のためにインストールされたものであり、現在は他の事柄にリソースを割いているため、この程度の言語機能が限界となります』

 ここは地上本部であり、ある意味では敵地。下手な言動、行動は許されず、あらゆる状況を想定して対応手段を主記憶に蓄積しておく必要あり。同時に、ゲイズ二佐が悩んでいる事柄についての検索開始。


 「………俺はデバイスのお前から見ても消沈しているように見えたか?」


 『肯定です、恐らく一般的な価値観を共有する人間であれば誰でもが気付くことは可能でしょう―――――検索完了、貴方の苦悩の原因は先日に起こった事件が原因と推察されます』

 死者二十五名、内民間人十一名、魔導犯罪者が放った殺傷設定の砲撃によりクラナガンの一区画が破壊され、捕縛のために動いていた地上部隊の陸士と射線上にいた民間人が犠牲に。

 遅れて出動した本局航空魔導師隊によって犯人は捕縛されたものの、民間人に10名を超える死者が出たことは管理局にとって大きな痛手と考えられる。


 「余計なことはいい、用件を述べろ」


 『了解です。我が主、プレシア・テスタロッサより、非魔導師へのリンカーコア移植技術に関する最新経過を伝えろと承っております』


 「それだけならば技術部の者達に直接伝えればよいだけだろう。わざわざ俺の下に来たということは他の用件があるのではないか?」


 ゲイズ二佐の推察能力は高い。管理局内においてもこの人物を上回る政治的能力を持つ人間は極わずかであると予想。


 『時空管理局地上部隊では、魔導師の数が絶対的に足りておりません。高ランク魔導師の大半は本局へと流れるため、今回のような高ランクの魔導犯罪者が暴れた場合、鎮圧のために犠牲が出るのはやむを得ないでしょう』


 「……………それはその通りだ」

 レジアス・ゲイズという人物はその現状を変えるべく活動している改革派の急先鋒。だからこそ、こちらの提案に応じる可能性が最も高いと推察。



 『それを解決するために、非魔導師へのリンカーコアの移植技術を確立することを試み、地上本部は多くの研究者にそれを依頼しており、我が主もその一人です。本局に対しては可能な限り機密としながら進められているため知る人間は限られますが』


 「……………」


 ゲイズ二佐は沈黙を維持。これは前振りに過ぎず、これから話すことこそが本題であると理解していると認識。


 『しかし、魔導師を確保するアプローチはそれだけではない。人造魔導師の育成、さらにはクローン培養も倫理面を考慮しなければ戦力の拡充方法として効果的でしょう』


 「馬鹿な! 時空管理局は法の守り手だぞ! 違法研究に手を出して何とするのだ!」


 突然の激昂、ゲイズ二佐の人格傾向情報に修正を加える。


 『ですが、違法研究によってでしか救われないであろう命も存在しているのです』

 私はスクリーンを展開し、カプセルに保存されているアリシアの姿を映し出す。



 「……………これは?」

 少し落ち着いたのか、ゲイズ二佐から質疑が出る。


 『我が主プレシア・テスタロッサの長女、アリシア・テスタロッサです。脳死状態にある彼女の蘇生こそが我が主の研究の最終目標といえましょう』


 そして、詳しい経緯をゲイズ二佐に語っていく。この人物は実直ではあるが、相手の言葉に耳を傾けない人物ではなく、事情を話せば一定の理解は得られるものと予想。










 「そうか、それで非魔導師へのリンカーコアの移植を研究していたのか………」

 ゲイズ二佐の顔には納得がいったと書かれている。プレシア・テスタロッサは本来魔道力学が専門であり、次元航行エネルギー駆動炉などの開発の行っていた人物、生命工学は普通に考えれば畑違い。

 流石のゲイズニ佐といえど、管理局に協力する一研究者の人生内容までは知り尽くしてはいないのだから、その疑問は当然といえる。


 『肯定です。そして、あくまで医療目的の手段としてクローン培養技術を応用しようとしています。ですが、現状の法律を考えれば違法研究となりましょう』


 「それは間違いない、管理局法はいかなる理由であれ、人間のクローン培養を禁止している」


 『承知しています、そこを曲げて貴方に協力をお願いしたい。無論、相応の見返りは用意します』


 別の資料を開封する。


 「これは?」


 『対空戦魔導師用の追尾魔法弾発射型固定砲台、“ブリュンヒルト”。その動力となる駆動炉、“クラーケン”。その設計図です』


 「対空戦魔導師用の固定砲台だと!」


 驚愕の声を上げるゲイズ二佐、この反応は予想通り。


 『我が主の魔力はSランク相当ですが、次元跳躍魔法という稀有な技術を保有しているため条件付きSSランクと認定されております。この“ブリュンヒルト”は座標さえ入力すれば次元跳躍魔法に近い射程を誇り、高速機動可能な空戦魔導師をも撃ち落とすことが可能です。我が主がデバイスを用いた魔法でそれを行うように』


 “ブリュンヒルト”は我が主の空間跳躍攻撃を大型の駆動炉のエネルギーと特殊な設計の魔力制御機構によって再現したもの。我が主は本来こういうものの開発を専門としている。無論、その駆動炉の“クラーケン”も同様。


 『未だ机上の空論ではありますが、地上本部が開発に乗り出すならば10年もあれば試作機の製作が可能と予想されます。特に問題なくアップデートが行われれば、20年後、新歴75年あたりには完成を見るでしょう』


 「………」



 長き沈黙



 『いかがでしょうかゲイズ二佐、我々は表だって支援を必要としているわけではありません。我々が発注する材料や機材の手配を潤滑に進め、それらの材料の用途の認定に便宜を図っていただければ十分です』


 「……………残念だが、今の俺にはその権限はない。我々は新たな機構を導入するよりも現在の機構の無駄をなくすことで手一杯だ」


 返答は予想の範囲内。仮に彼が人造魔導師やもしくは戦闘機人などの新戦力を必要としたとしても、その段階に達するにはあと10年ほどはかかると予想。まず土台となる部分を整えなければ新戦力の導入は夢物語、現在の彼はその改革の中心にいるのだから、他に余力を裂く余裕はない。


 『では、既に生命工学関連で管理局から支援を受けている研究者を紹介していただけませんか、そちらに直接交渉してみることにいたします』

 この状況における紹介とは、すなわち研究施設への管理局からの要請と同義。


 「それは構わん、手配しよう」


 『ありがとうございます。それから、その設計図は差し上げます。我々の手元には原本がありますし、管理局以外に売り込めるものでもありませんので』

 “ブリュンヒルト”を次元世界の国家などに売り出せば必ず国際問題や外交問題に発展する。それは我が主にとって好ましいものではなく、政治的に中立を保っている時空管理局のみがその例外となり得る。

 聖王教会ですら政治とは無関係ではいられない。ある意味で国家の正規軍以上の武力を保有するが故に政治的な中立を求められる管理局はこの次元世界で最も信頼度が高い組織でもある。



 「――――もし、地上本部がこれの開発を進めたとすれば、協力を依頼することは出来るか?」


 『アリシアの蘇生を進める片手間でよければ構いません。我が主の本来の専門分野はそちらなので、息抜きにはなるかと』


 「―――――そうか」


 ゲイズ二佐より資料を受け取り、私は地上本部を後にする。


















新歴55年 ミッドチルダ某所




『クラナガン生体工学研究所――――』


渡された資料に書かれていた住所を照合し、下調べも行ったが特に異常はなし、正規の開発のみを行っている健全な組織と判断された。もしそうでなければゲイズ二佐から紹介されないことも補強材料となった。


 『失礼します。私はプレシア・テスタロッサの名でアポイントを取った者で、彼女の代理人のトールと申します。ロータス・エルセス氏に繋いでもらいたいのですが』

 受付に用件を告げ、しばし待つ。










 交渉自体は特に問題なく終了。

 こちらが要求したものは生命研究に必要とされる代表的な機材と材料、その対価に定価の2倍の額を支払うことで話はついた。この研究機関は機材などもかなりのペースで新しいものに入れ替えられるようで、定期的に取り換えた品を他の研究機関に譲渡しているらしく、その優先順位を金銭で入れ替えただけの話。


 しかし――――



 「いや、中々に興味深い話だ。彼女とは一度語らってみたいと思っていたのでね」


 対応していた研究員の態度が、突如として変化した。


 『貴方は――――』


 「おっと、そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ」


 汎用的人格言語機能をON、このタイプの人間には話を合わせた方が有益な情報が引き出せると判断。


 「……………そうかい、じゃあこっちもこれでいかせてもらうが、手前は一体何だ?」

 この気配、どう考えても堅気のものじゃない。こんな普通の研究機関にいる人種では断じてあり得ない。


 「くっくっく、ふむ、私が何か、か。その問いに対する答えはやはり一つに集約されるだろう」



 次の瞬間、男の顔が変わる。魔力の反応が変身魔法の類いではなく、それとは全く違うものだ。

 そして現われた顔は――――


濃紫の髪――金色の瞳――隠しきれていない滲み出る狂気――俺にも見覚えはある。というか、この顔は俺達と切っても切れない関係にある。



「無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、私が何かと問われれば、そう返すのが最も自然なのだろうね」


堪え切れないように嗤いながら、ジェイル・スカリエッティという男は、俺の前に現われた。










 「なるほど、それで、その珍妙な仮面が手品の種か?」


 「そうとも、これは偽りの仮面(ライアーズ・マスク)というもののプロトタイプでね、これで変装したものは通常の魔法ではまず見破れない、欲しいのなら一つくらい進呈してあげてもよいが?」


 「遠慮しとく、ただほど高いものはない、特にアンタの場合利息が高そうだ」


 「ふむ、残念だね」

 存外真面目そうに言いながらコーヒーを飲むスカリエッティ。


 「それで、天下の広域次元犯罪者様が一体なんで俺なんかと会うためにこんなところにいるんだ。まさか無駄話がしたかったなんて言うんだったら喜んで付き合うが」


 「無駄話か、悪くないね。しばらく興じてみることとしよう」




 その後、しばらく話しあった内容は冗談抜きで無駄話でしかなかったので割愛する。








 何度も議題を変え、ゴキブリは如何にして“例の黒い物体”と呼ばれる程の知名度を確立したのかという命題について語った後、スカリエッティはようやく本題に入った。ちなみに、無駄話をしながら場所は移しており、地下通路を通ってかなり本格的なラボに来ている。


 「きっかけは些細なことだよ。私が基礎理論を構築したプロジェクトFATEを引き継ぎ、中々に面白いことをやっている者たちがいると小耳に挟んでね。何か手助けは出来ないものかと考え付いたまでだ」


 「その手助けとやらを口にする表情が、さっきの実験用の蟲について語る時の顔と同じなのは仕様か?」


 だが、実に分かりやすくはある。要は俺達に研究材料を与えて、どんな結果を出すのか観察したいといったところだろう。どんな結果に転がろうが良し、突き詰めて言えば道楽だ。



 「さあて、どうだろうね」


 「まあいいけど、俺のご主人様の答えは聞くまでもないからな。アリシアの蘇生に繋がることなら何でも飛びつくぜ、今のあいつは」


 「ふむ、中々に面白く狂っているようだね」


 「アンタに言われるのだけは心外だろうが、狂っているという面では同意できるな。プレシア専用のデバイスとしては誇っていいのかどうか微妙だが」


 プレシアを正気に留めることは俺の主な役割の一つだが、完全に果たせていないというか、そもそもプレシア自身が完全に正気に戻ることを望んでいない。あまりに狂い過ぎてはかつてのように思わぬ副作用を喰らう可能性が高いことを自覚したから、その対処法として俺に狂気を抑える機能を追加したに過ぎないのだ。


 「だからこそだ、そんな彼女に贈り物を用意した。どう使うかは彼女次第だが、面白いことになると思うよ」


 スカリエッティがいつの間にか手にしていたのは、赤い宝石のような物体。



 「それは?」


 「“レリック”というロストロギア、あいにくと説明書というものは私の頭の中にしかないので用意していないが、彼女ならそう時間をかけずにどのようなものか探れるだろう」


 スカリエッティはそう言ったが、この後プレシアがレリックの特性を把握するまでに3か月近い月日を要した。それを大した時間もかけずに成したであろうこの男の頭脳は一体どうなっているのか。


 「これをくれることによってアンタにどんなメリットがある、と聞くのは意味がなさそうだな」


 「よく分かっている。ならば、答える必要もなさそうだね」


 スカリエッティが名乗った“無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)”、それがこの男を表す記号ならば、理由を考えることに意味はない。ただやってみたくなったからやっただけだろう。

 要は、この男にとって世界とはただ愉しむためにある。そして、面白そうな玩具を見つけたから観察しようとしてみただけ。


 そして、そのスタンスはプレシアと噛み合う。プレシアにとってはアリシアが蘇生できるのならそれでだけでいい。その研究成果が時空管理局に渡ろうともどっかの国家に渡ろうとも、このマッドサイエンティストに渡ろうとも、プレシアにはどうでもいい話だ。



 「一つ質問だ、アンタはこれで何を成す?」


 「芸術品を作るつもりだよ。生命操作技術の果てにこそ、私が求めるものはありそうでね。私は――――――人間を愉しみたい、それを形にしてみたい、どんな形になるのか分からないからこそ、やってみる価値がある」



 なるほど――――こいつは狂人だ。


 普通の人間に理解できない、共感出来ない精神性を持つ存在を狂人と定義するならば、この男にこそ狂人という言葉は相応しい。




 「だいたい分かった。じゃあな、また会おう」


 「ああ、私達はいずれまた巡り合うことだろう。それがいつになるかは分からないが―――――楽しみにしておこう」



 俺とこの男の邂逅はひとたび終わる。この出会いから再会までには10年以上もの時間を要することとなるが、そのことは別に驚くに値せず、むしろ予想できたことだ。


 だがしかし、“プロジェクトFATE”と“レリック”、ジェイル・スカリエッティという狂科学者がもたらした古代の遺産が俺達にどのような影響を与えるのか。






 その答えが出る日は、まだ遠い。








[22726] 第四話 完成形へ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:cb049988
Date: 2010/10/30 19:50
第四話   完成形へ





新歴57年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「実験体1127番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、魔力値3300、Eランク」


 「実験体1135番――――――可、リンカーコアの成長が停止、処置を施して様子を見る」


 「実験体1144番――――――不可、リンカーコアが暴走を開始、体細胞を破壊」


 「実験体1151番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、瞳の色に差異あり、魔力値4200、Eランク」


 「実験体1159番――――――可、リンカーコアにややおかしな特性を確認」


 「実験体1166番――――――不可、培養液を抜いたところ、リンカーコアが消滅」


 「実験体1175番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、髪の色に差異あり、魔力値6400、Dランク」


 「実験体1188番――――――不可、リンカーコアが異常増殖、生体活動を阻害」


 「実験体1197番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、矮小な体躯、魔力値2100、Eランク」


 「実験体1205番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、これまでで最高の成長速度、魔力値8700、Dランク」


 「実験体1211番――――――不可、培養カプセルから出した結果、リンカーコアが暴走」


 「実験体1219番――――――不可、リンカーコアは有するものの、生体反応が停止」


 「実験体1228番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、下肢の成長にやや問題あり、魔力値2700、Eランク」


 「実験体1233番――――――保留、リンカーコアから電気変換特性を確認、これまでにない反応」


 「実験体1240番――――――不可、培養カプセルから出した結果、生体活動が停止」


 「実験体1248番――――――可、リンカーコアは順調に成長中、内臓に一部機能的欠損あり、魔力値2500、Eランク」


 「実験体1255番――――――保留、再び電気変換特性を確認、プレシアの遺伝子の影響と見られる」


 「実験体1267番――――――良、リンカーコアは順調に成長中魔力値5700、Eランク」






 「何とかここまで来たか」


 プロジェクトFATEは遅々とした速度だが確実に進んでいる。

 この研究の核になるのはレリックが有する蘇生機能だ。レリックが定着さえすれば、アリシアは間違いなく脳死状態から回復すると、プレシアの研究でわかった。しかし、レリックの蘇生機能は、魔力炉としての機能を十全に発揮するための補助的な機能なので、メインである魔力炉の機能を停止させると、当然蘇生機能も働かない。そして、非魔導師であるアリシアではレリックの内包する膨大な魔力に耐えられないのだ。

 だが。以前の研究によって、リンカーコアならば非魔導師の肉体にも移植できることが確認されている。その場合、SランクのコアであってもAランクギリギリの魔力しか持てず、効率的にはまったく実用性がないが、プレシアは効率性なんか求めてないので、何の問題もない。よって、レリックを解析し、その蘇生機能をリンカーコアに付与させる方法を見つけ、それによって作ったレリックの劣化版”レリックレプリカ”の作成に成功し、それをアリシアに適合させようとしたが、今のところここで行き詰っている。
 
 やはりメインとなる魔力炉としての機能がリンカーコアとレリックでは差が大きい。そのためサブ機能としての蘇生機能まで弱くなっているとプレシアは考えているが、それさえ仮説というのが現状だ。

 一応の予想としては、もしレリックないしレリックレプリカが定着してアリシアが脳死状態から回復した場合、アリシアは最低でもAAランクの魔量を有するようになるらしい。

 よってまずその完成系である”高い魔力資質を持つアリシア”をクローン培養でつくり、完成形であるその”妹”のデータから、どのようにレリックを調整すればいいのかを逆算していくというのが、今目指している段階だ。


 既にリンカーコアを有さない通常のクローンならば問題なく作ることが可能となった。俺の方では引き続きリンカーコアを有する“妹”の製作を続け、プレシアは記憶転写の実験に入っている。

 この方式で“妹”を誕生させる以上、赤ん坊の状態で生まれさせることはできない。少なくとも4歳程度までは培養カプセルの中で育てないとリンカーコアが問題なく成長出来ているかを確認することが出来ないからだ。

 つまり、それまでの人生記録はアリシアから引き継がねば一人の人間として成長するのに障害が出る。俺達が作るのはあくまで“アリシアの妹”であって、誕生こそ普通の人間と違っても人生経験は可能な限り通常に近づける必要がある。でなければ“高い魔力資質を持つアリシア”の完成形になりえない。

 俺が作ったアリシアの通常型クローンを用いてプレシアが記憶転写のノウハウを構築しているがそっちもそっちで苦戦中、やはり人間の脳というものは余所から来た情報を拒否するもので、それを突破するのは並大抵ではないようだ。


 だが、仮説は一つある。植えつけられた記憶と現在の自分に差異がなく、違和感がなければそれを自分の物として受け入れられるのではないかというものだ。

 要約すると、誕生した“アリシアの妹”にアリシアの記憶を植え付け、そしてその子をプレシアの娘として育てれば自分に違和感を持つことはなくなるというもの、早い話が愛情を持って育てればまともな人間に育つというわけだ。

 また、アリシアの人生が5歳で止まっていることから考えても“妹”は4歳から5歳程度までが培養カプセルで成長させる限界点となる。それ以降は普通の子供と同じように育てなければならない。

 問題点はこの仮説の証明が出来ないことだ。アリシアのクローンはまだ生まれていないから育てることは出来ないし、プレシアにも育児に当たる時間がない。その時間を割けるとしたら完成した“アリシアの妹”だけだ。


 なので現在、リニスがその問題を解決するロストロギアを探索している。ロストロギアの中には使用者を幻想空間に引き込み、夢を見せるものがあるという。

 数年前に発生した“闇の書事件”で有名なロストロギア“闇の書”にもそういう機能があるなんていう情報もある。こいつが持つ“守護騎士システム”は俺の人間的人工知能の原型といえるが、少なくともロストロギアの中にそういう能力を持つものがあるのはほぼ間違いない。

 それを利用してアリシアのクローンにアリシアの記憶を植え付けてさらに娘として育てた未来を計算し、疑似体験を行うという少々強引な方法となるが、仮説が仮説だけにそれくらいしか証明手段が思いつかない。



 「ま、そっちはプレシアとリニスに任せるしかない。スクライア一族とも結構交流が増えたし、時空管理局遺失物管理部とのコネづくりも大分出来てきた、ロストロギアを集めやすい状況は整って来たはずなんだが、どうなることやら」


 俺も常に研究室で缶詰になっているわけではなく、むしろ外に出て活動している時間の方が長いと言えば長い。

 プロジェクトFATEの特性上、処置を行っても結果が出るまでに大抵3日以上、下手すると半月近くかかる。だから、現在育成中のクローンにそれぞれ処置を施したら数日は放置し、その間に研究費のための資金のやりくりや不動産関係の書類の整理、さらにはクローン精製に必要な材料の確保や必要ないロストロギアを競売にかける地下オークションの開催などを行っている。

 時の庭園があるアルトセイムはミッドチルダの辺境にあるが、第一管理世界ミッドチルダの首都クラナガンに行けば大抵の世界とのやり取りは行える。オークション会場何かを探すにもクラナガンなら苦労はしない。とはいえ、人間だったら過労死してるスケジュールだがインテリジェントデバイスの処理性能のおかげでなんとかなっている。それに、プレシアが工学者としての本領を発揮して俺と“肉体”の同調性を上げてくれているのも大きい。


 まあ、それには匿名でたまに送られてくる品が役立っているという部分もある。“レリック”を俺達に贈って以来、あの男は思いついたように何らかの品をここに匿名で送るようになった。アリシアの蘇生には役に立たない品ばかりだが、俺の身体の強化には役立つものもあったりする。

 特に1年ほど前に送られてきた魔導師の肉体とリンカーコアは“トール”と半融合状態になることで予想外の副産物をもたらしてくれた。元々はセンサーの強化バージョンのような能力を持っていたようだが、インテリジェントデバイスと化合することで相手の幻影や結界を見破り、魔力を数値化する技能へと変化された。

 どうやらあちらではこういった技能をIS(インヒューレント・スキル)と呼んでいるらしく、それにならって俺もISとしてこの“バンダ―スナッチ”を利用させてもらっている。これらの調整をやってくれたのはプレシアで、生命工学分野ではスカリエッティに及ばずとも、デバイス改造に関してならば負けていない。


 だが、研究面でプレシアにかかる負担も相当のものになっている。俺と違って生身のプレシアは疲労がたまれば当然身体に悪影響が出る。ただでさえ以前扱った薬品などが原因で疾患を抱えている身なのだ。現在はそういう危険がありそうな実験は俺が全て代行しているが、逆に新しい理論を構築するのはプレシアにしか不可能な作業のため、試行錯誤の段階ではプレシアの負担はどうしても大きくなる。


 「どんなに性能が良くても俺はインテリジェントデバイス、既存のものから新しい理論を組み立てるという作業はどうしても苦手だ」

 俺が裁判や交渉に強いのはそれらが既存のものと同じものであるからに他ならない。

 裁判も金銭的な契約も全部人間がルールを定め、これまでの人間の行動に基づいて作られている。だから、それらの情報を集め、データベースを構築すれば大抵の出来事には即座に対応できる。

 だが、新しい理論や仮説を作るというのは全く異なる思考方法だ。デバイスの演算性能は人間の比ではないが、アルゴリズムの大元を自分で組み上げることは出来ない。どんな術式であっても大元を組みあげるのは魔導師であり、デバイスはそれを高速で展開するだけだ。

 プロジェクトFATEにも同じことが言える。俺に出来るのは実験体のデータをまとめてプレシアに送ることと、“これまでにあったこと”から近い例を検索してその傾向を調べることだけ、そこから新たな処置方法を考えるのはプレシアの役割になる。



 「無理するなと言いたいところだがアリシアの脳死状態から既に18年、本当に猶予がなくなってきやがったからなあ」


 後8年くらいは持つだろうが、それまでに蘇生に必要な技術を全て確立できるかとどうかは微妙なところだ。

 絶望的ではないが、楽観することも出来ないというなんとも言い難い状況で、なまじ希望があるだけに余計手を抜きにくい。ここで手を抜いたことで手遅れになったらなんて思ってしまえば休むことすら出来ないだろう。

 俺はデバイスだからその辺は効率を考えて割り切れるが、プレシアはそうもいくまい、自分の娘の命がかかっている以上冷静でいられはしないだろう。それにそもそも、プレシアの現在は今も半分は止まっている、元より走り続けるしか選択肢などないのだ。




 「よくて後10年…………もしくは9年か8年…………下手すりゃ6年………ってとこかね」


 まあ、何とかするしかない。主人が諦めていないのにデバイスが弱音を吐くなどありえないことだ。

















新歴59年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「実験体1567番――――――優、リンカーコアと体組織、共に問題なし、魔力値1万2200、Dランク」


 「実験体1589番――――――不可、培養カプセルの外に出した結果リンカーコアが暴走」


 「実験体1600番――――――不可、リンカーコアが自然消滅、原因の絞り込みはほぼ完了」


 「実験体1631番――――――不可、カプセル外部においてリンカーコアの暴走はなし、だが、機能不全」


 「実験体1672番――――――優、リンカーコア優秀、さらに電気変換特性を確認、魔力値1万6900、Dランク」


 「実験体1695番――――――優、リンカーコア極めて優秀、4歳としては非常に高い、魔力値3万7700、Cランク」


 「実験体1713番――――――不可、最終的な課題が残る、全ての機能を発揮すると脳波が検地させず、このままでは意識が宿らない」


 「実験体1734番――――――優、体組織系の問題はほぼ解決、残る問題はリンカーコアとの適合率、魔力値1万8000、Dランク」


 「実験体1766番――――――不可、適合率は過去最大、しかし、脳波が検知させず」


 「実験体1791番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万4700、Dランク」


 「実験体1814番――――――不可、新たな処置を試みるも失敗、リンカーコアが暴走」


 「実験体1837番――――――不可、カプセル外部でリンカーコアの暴走はなし、しかし、脳波が検知されない」


 「実験体1861番――――――優、これまでで最高の性能を確認、魔力値6万7800、Bランク」


 「実験体1888番――――――不可、適合率は過去最高だったが、脳波が止まり失敗、拒否反応などはなし」


 「実験体1904番――――――不可、リンカーコアは安定、問題点オールクリア、しかし、脳波が安定しない」


 「実験体1929番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万3100、Dランク」


 「実験体1945番――――――暫定的成功、ついにリンカーコアを宿したクローン体から正常な脳波を確認、培養カプセル外部においても生体活動、リンカーコアに異常なし、魔力値1万6500、Dランク」









 「やっとここまで来たか………」


 デバイスとはいえ、やはり感無量である。とはいえ、最新の技術でリンカーコアとデバイスのコアを融合に近い形で直結しているので完全な人工知能というわけではないんだが。


 「何はともあれ、ここまで来た。後はプレシアの記憶転写が上手くいけばいいだけなんだが、そこもそれで難関だ」

 まず、4歳の子供の脳というのは非常にデリケートでその上現在進行形で成長している。

 容量自体は生まれた頃、つまりは0歳の時からそれほど変化ないみたいだが、脳細胞を繋ぐ神経は時間と共に複雑さを増していき、子供の脳の成長速度は大人とは比較にならない。

 その状態で4年分にも及ぶ記憶の転写に脳が耐えられるかどうか、特別な対策をとらない限りはまず間違いなく脳が使いものにならなくなる。


 そこを何とかするためにプレシアが必死に研究を進めているわけなんだが………



 「あいつの話によれば理論的には問題ないそうだが、結局やるのは俺なんだよな」

 プレシア自身が“アリシア”に施術してその結果が脳死じゃあいくらなんでも精神的ダメージがでかすぎる。記憶転写の術式である以上、失敗の結果は脳死しかありえないがアリシアの脳死を繰り返すのは絶対に無理だ、あいつの寿命が確実に縮まっていくだろうし、下手をすると本格的に気が狂う。


 「かといってリニスにやらせるわけにもいかないし、あいつにはそろそろ保育士の資格を取りにいってもらわないといかんからなあ」


 俺達が生みだすのはあくまでアリシアの妹だ。当然戸籍も用意するし、冷凍保存してあった夫の精子を利用してプレシアの卵子と合成して受精卵を作り出し、試験管で生まれたという設定にする。体外受精は違法というわけではないがそのためにはやたらと複雑な書類と管理局の監査が入る。設定に矛盾こそ生じないが、事実でない以上逆に危険も大きいので細心の注意が必要になる。

 プレシアは現在44歳だから出産はぎりぎりだ、例え体外受精だとしても今のプレシアの卵子ではかなり苦しいかもしれないが、高ランク魔導師の肉体は老化が遅いケースがある。条件付きながらSSランクの魔導師のプレシアもかなり若い肉体を保っているので外見的には違和感はない。

 だが、それはあくまで外見上の話で、体内の状況を考えれば不可能なのは間違いない。今のところ日常生活には支障をきたしていないが、後2年もすれば障害が出てくることだろう。


 「時間、全ては時間か。果たしてこれから生まれるアリシアの妹はプレシアの希望となれるのか」


 ロストロギアの方もリニスの働きで“ミレニアム・パズル”と呼ばれる現像世界によって人間と事象を繋ぐものが見つかった。だが、レリックに代わるものは発見できず、リンカーコアを改造した“レリックレプリカ”では恐らく不可能。

 蘇生のためのピースは足りるようで足りていない、最早後は運次第になるかもしれないな。


 「後は、クローンのリンカーコアの魔力値か。これが高い方がいいという予想だが、実際にやってみないことにはなあ」


 俺の“バンダ―スナッチ”によって機材を用いずとも魔力の測定は行える。管理局では魔導師の魔力値はいくつかの段階に分けているが、これがそのまま魔導師ランクに直結するわけではなく、特に近代ベルカ式の使い手は魔力値とランクが比例しない。


 一応魔力値の基準として、

1000以下   ―――  Fランク
1000~5000  ―――  Eランク
5000~2万  ―――  Dランク
2万~5万  ―――  Cランク
5万~10万  ―――  Bランク
10万~20万  ―――  Aランク
20万~50万  ―――  AAランク
50万~200万  ―――  AAAランク
200万~1000万 ―――  Sランク
1000万~5000万 ――― SSランク

ということになってはいる。だがこれらは平均的な値で、砲撃魔法を使った場合などの瞬間的な魔力は2倍や3倍、もしくは5倍なんてこともある。

 それぞれの段階の幅が一定ではないのにも理由はあるそうで、Eランクは1000から5000の5倍、Dランクは4倍、Cランクは2.5倍、Bランクは2倍、Aランクも2倍、AAランクは2.5倍、AAAランクは4倍、Sランクは5倍、SSランクも5倍と、ちょうど中間のBランクやAランクが幅的には小さく、ここが海と陸を分ける境界線にもなっているとか。

 本局の武装隊局員の平均はBランク、技能で補うにしても少なくともCランク相当の魔力値は欲しいところだから2、3万程度の魔力は必須となる。それ以下の魔力値だったら武装隊に入ることは絶望的と考えてよい。

 しかし、高ランク魔導師となると話は変わり、魔力値15万程のAランク相当の魔力の持ち主でもSランクの魔導師ランクを持つことがある。ベルカ式の使い手ならば技量次第でそこまで登りつめることも不可能ではないとか。


 とはいえ、4歳の子供のリンカーコアの魔力値しか分からない以上、優秀な魔導師になるかどうかを判断することなど出来はしない。だが、記憶転写に耐える条件が強固なリンカーコアを持つことという可能性は十分に考えられる。 いや、プレシアの研究では十中八九そうらしい。



 様々な思考を並列して展開しながら、俺は成功例のデータをまとめるべく高速演算を開始した。

================


 今回は長い説明の回となりました。一言で言えば、アリシアを回復させるためにはフェイトの存在が不可欠、ということを言いたかっただけです。ついでに優とか良とかはなんとなくでつけてます。

 書いたつもりで忘れましたが、1話の事故のときに死んだリニスは使い魔のリニスではなく、ただの山猫のころのリニスです。プレシアはアリシアを脳死状態から回復させたら、リニスを使い魔として蘇生させるつもりだったので、死体を保存しておいたんです。修正しておきます。
 
 あと、魔力ランクについてはオリジナルです。この数値はあくまでリンカーコアの『出力』であって、魔力保有量ではありません。効率が悪ければ実際の魔法の威力は落ちたりします。

 簡単に言えばDBのスカウターの値、ベルカ騎士は戦闘力のコントロールがうまい。

 早い話、トールはスカリエッティ博士からスカウターを貰ったというだけです。

 次回、ようやくフェイト誕生です。



[22726] 第五話 フェイト誕生
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/10/31 11:11
第五話   フェイト誕生





新歴60年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





ついに運命の時がきた。




 「く、くくく、はーっはっはっは!!」


 そこは神を讃える神殿であり、その中心には荘厳な気配を漂わせる祭壇が立てられ、一つの存在が御神体のように据えられていた。


 「ついに! ついに! ついに来たぞこの時が!! ああ! この時をどんなに待ちわびたことか! 我々の悲願! 我々の夢への偉大なる第一歩がここより始まるのだ!!」


 そして、その前に立ち両手を広げる男は歓喜していた。長年に渉る研究の成果、その結晶が今こそ目覚めようとしているのだ。


 「喝采せよ! 喝采せよ! おお! おお! 素晴らしきかな!!」


 その声はどんどんボルテージを上げていき、慟哭のようにも聞こえるほどである。


 「さあ目覚めよ! 目覚めの時は来たのだ! お前の名はフェイト! 我々の偉大なる研究! プロジェクトFATEの名を冠した最高傑作! お前を作り上げるためだけの我々の苦労と苦悩はあった。その成果がここに降臨する!!」


 ドガーン!

 いかにもな効果音が響き渡る。以前プレシアが放ったサンダーレイジを記録しておいたものの再生である。


 「さあさあさあ! ついに祝福の時がきた! 遍く者は見るが良い! これこそ! 我が愛の終焉である!!!」


 そしてついに、祭壇の中枢にあったものが光を放ち、その威容を――――




 「………何をやっているのかしら、貴方は」


 見せる前に、プレシアの心底呆れ果てた声が響いた。












 「ようやく、ようやくだぜプレシア、ついにフェイトが生まれるんだ、ここでテンションを上げないでどうするよ?」


 「その異常なテンションに付き合わされて毎回落胆するこっちの身にもなりなさい」


 「大丈夫、今回こそは間違いない。絶対だ」


 「その台詞をもう20回以上は聞いた覚えがあるんだけど?」


 「過去を振り返ってどうする。俺達は常に未来を見るべきだ」


 「だったら見るだけにしておきなさい。そんなアホ丸だしな格好でアホなことやってるんじゃないわよ」


 つくづく辛辣なプレシアの言葉だが、まあ気持ちが分からなくもない。


 去年、ようやくリンカーコアを備えた素体を完成させた俺達だが、やはり記憶転写は最後にして最大の障害となった。

 記憶を定着させるにはどのように情報を加工して書き込めばよいかは“ミレニアム・パズル”を用いたシミュレーションによって確立できたが、シミュレーションであるだけにハードの強度は特に考慮していなかった、というより出来なかった。

 だが、いざ実践となると子供の脳の脆弱性というものは予想を遙かに上回る厄介さを持っていた。上書きされた情報に押し流されて、せっかく意識を宿した脳がパンクしてしまうのであった。

 対応策はあるにはあったが、今回はそれを取ることが出来なかった。まだ培養カプセルにいる間に試験的に目覚めさせ、記憶を僅かに移植、数日間そのまま放置し一定の期間を置いて再び記憶を移植する。こうして分割して記憶を移植していけば脳にかかる負担も少なく、培養カプセルの助けもあるので調整が行いやすい。

 だが、弊害もあった。記憶を刻まれた脳は活性化するので、その段階で”妹”は意識が目覚めてしまう。そして、刻まれた記憶と共に培養カプセルの中に漂う自分の記憶も刻まれてしまうらしく、しかもこの記憶は自分自身の体験であるだけに移植された記憶を遙かに上回るリアリティを持ってしまう。

 つまり、白紙の状態に記憶が書き込まれるのではなく、“培養カプセルの中の自分”という強力な記憶と並立しながら記憶が刻まれる。そして、自分本来の記憶がそれのみである以上、通常の記憶とは比較に出来ない強さをその記憶は持ってしまう。普通の赤ん坊の記憶には特に強烈な記憶というものは少ない、火に焼かれたりすれば話は別かもしれないが、それでも明確な記憶ではなく潜在意識に刻まれるようなものだ。

 だが、培養カプセルの中の記憶は簡易的な装置で簡単に探れるほどの上層に位置し、同時に深層心理にも深く食い込んでいた。つまり、表から中枢まで突き抜けるような形で巨大で揺るがない記憶の楔が打ち込まれてしまっていた。

 それはどう考えても“アリシアの妹”であるフェイトとしての自意識に悪影響しか及ぼさない。原初の記憶が母に抱かれる記憶ではなく、冷たい培養カプセルの中で漂う記憶では人生の出発点に綻びが生じる。

 フェイトが生まれた後の記憶ならば姉と妹が違う記憶を持つのは当然という認識があっても、生まれ方が違うのではどんな悪影響が後になって出てくるか分からない。

 これが強力な人造魔導師を作り出すというコンセプトの下での研究ならば何の問題もないが、俺達の目的はあくまでアリシアの妹を生み出すことだ。強力なリンカーコアもアリシアの蘇生を行うための条件づけであって戦闘機械として必要なものではないのだ。
 
 そんなわけでアリシアの記憶転写は誕生前に一気に行われることになる。負担を減らすようにあらゆる方策を試み、ずっと眠った状態で少しずつ移植する方法も試したが、時間をかけ過ぎると逆に上手くいかなかった。人間の脳と記憶というものは俺達インテリジェントデバイスの記録と違って死ぬほど厄介だった。

 これが俺だったら記憶領域を探索して、現状で必要ない部分を外付けハードディスクに保存して削除すればいいだけの話なのだが、人間というものはとんでもなくデリケートだ。



 だがしかし、そんな困難極まる状況において、ついに奇蹟が舞い降りた。



 「ふっふっふ、プレシアよ、そのような言葉はフェイトのデータを見てからにするんだな」


 そう言いつつ、俺は今まで内緒にしておいたフェイトのデータをプレシアに渡す。


 「そういえば、貴方もう名前で呼んでいるのね、まだ生まれていないというのに」

 ちなみに、フェイトの名前は俺達で考えたものだが、意見を交わすまでもなく速攻で決まった。

 プロジェクトFATEの名前を冠するという意味合いもあるが、何よりもFateという言葉、これの意味は“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”で運命の気まぐれや死、破滅を意味するが、それを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となる。

 アリシアを襲ったあの事故が“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“死と破滅”だったのならば、フェイトこそがその運命を覆す存在、アリシアの命を救う“運命の女神”となるように。

 そういった希望を込めて俺達は生まれてくる彼女に“フェイト(Fate)”と名付けた。

 生まれてくる子供の名前を誕生前につける風習はどこの世界にもあるが、そういったものは常に子供の幸福を願う願掛けだろう。そうでなければ生まれる前から子供の名前考えて悩んだりはしない。

 まあ、出来ることならリニスも加えてやりたかったが、プロジェクトFATEに関してはリニスは部外者なのでここは勘弁してほしい。

 そしてもうひとつ、アリシアが脳死状態になる前、プレシアは『妹がほしい』と言われ、それを約束している。どこの家庭でも見られる他愛の無い約束だが、プレシアは今でも鮮明に覚えている。というか、今のプレシアはアリシアとの思い出を残らず鮮明に覚えているのだ。常に頭の片隅で劣化させないように繰り返し回想している。

 だから、フェイトが生まれることは、アリシアとの約束を果たすことにもなるのだ。



 「………これ、本当かしら?」


 「俺は嘘吐きだがマスターに嘘は吐かないぜ、そこにあるデータは全部本物さ」


 実験体2216番、髪の色、肌の色はアリシアと同じ、体組織に問題なし、リンカーコアは一切問題なく成長、そして、現在における保有魔力量、23万5000――――――AAランク


 「4歳でAAランク、まるで冗談のような数値だわ」


 「間違いなくアンタの娘ということさ、アリシアの中に存在するアンタからの遺伝情報、それを基にリンカーコアが作られ、その性能が最高になるような状況が整ったのならそうなるのは必然かもしれない。アンタも5歳の頃には保有魔力量がAAランクに達していただろ、そしてだからこそ制御用に俺が作られた」


 トールというインテリジェントデバイスが作られたのは、強力すぎる魔力をもって生まれたプレシアが、魔法の行使中に暴走しないようにという保険のためだ。そのために俺の機能は制御に重きが置かれている。


 「それに、電気への魔力変換資質も持っている。これはアンタが雷撃系を得意とすることが影響しているな、雷撃魔法の性能を最大限に発揮するなら電気への魔力変換をロスなしで行える体質になるのが一番いい」


 「そう、貴方の妙な自信はそういうこと」


 これまで何度も記憶転写はおこなった結果、原因は未だ完全には解明出来ていないもののリンカーコアの魔力資質が高いと上手く行きやすいという傾向が出ている。魔力が1万程度のランクDのクローン体と5万を超えるランクBのクローン体では明らかに高ランクの方が記憶転写に対する抵抗力とでも呼ぶべき数値が高かったのだ。

 魔法技術を用いて行う記憶転写は、ある意味で脳に直接魔力ダメージを与えるようなものだ。よって、高ランク魔導師が持つ魔力に対する体制が大きく影響する。

 そして、既にAAランクの魔力容量を持つフェイトはこれまでの実験体とは比較にならない抵抗力を持っている。これまでの最高値が8万9400のBランクだったことから考えるとまさに“奇跡”と呼べる存在だ。失敗の繰り返しのデータを基に何度もシミュレーションはしてみたが、成功確率は99.65%と出た。



 故に、今度こそ、間違いなく、記憶転写は成功する。フェイトは生まてくれる。


 「そういうわけだ。じゃあ、プレシア母さん、後はアンタの役目だ」


 さっきはノリで儀式めいたことをやっていたが、別に何か必要なことがあるわけではない。

 カプセルに取り付けられたスイッチを押して培養液を抜き、開いたカプセルから出てきたフェイトを抱きしめるだけだ。


 「私、が?」


 「そう、今度ばかりはアンタの役目だ」


 これまではそれを俺がやってきた。まあ、失敗する(つまり脳死状態になる)確率が高かっただけにプレシアに毎回立ち会ってもらっただけでも恩の字だが、今回は違う。

 アリシアを失って以来、現在を正確に認識できなくなっていたプレシア。それを世界と繋ぐことが俺の役割であり、それを果たすためにもここは譲れない。


 「せっかくフェイトが生まれてきてくれたんだぞ、母親であるアンタが勇気を見せないでどうする。トラウマがあるのは分かるが娘が生まれてくることが確実である以上、抱きしめるのはアンタ以外にいないだろうが」


 「でも、もし失敗だったら………」


 「でもも何もねえ、それとも何か、アンタは相棒である俺を信頼できないってのか?」


 「ええ、信頼できないわ、もの凄く」


 「即答か、だが今回ばかりはマジだ。言ったろ、俺は嘘吐きだがマスターに対して嘘は吐かない。俺がマスターにフェイトが生まれるっていったからには、それはもう確定事項だよ。忘れるな、俺はプレシア・テスタロッサのためだけに作られたインテリジェントデバイスだ」


 俺は一度もマスターにアリシアは必ず助かるなんて言った覚えはない。助かる保証はないし、確率が50%にも達しないものを確定したことのようには言えない。

 だが、フェイトは生まれる。確率は99%以上だし統計学的に考えてこいつは“生まれる”と断定できる数値だ、これが外れたらそれはもう宇宙の意思ってやつだろう。


 「…………」


 「だからほら、勇気を出しな、大魔導師さんよ」


 人間というものは頭で理解していても感情が行動を阻害する生き物。その背中を押すために今の俺の知能はあり、そのように設計されている。故に俺はインテリジェントデバイスなのだ。


 「…………分かった」


 決意するように一度だけ頷くと、プレシアは祭壇の先のカプセルへとゆっくりと近づく。

 スイッチを押す指が震えているように見えるのは決して錯覚じゃない、プレシアにとって娘というのは希望であると同時に鬼門なのだ。その精神の根幹には後悔、恐怖、罪悪感などが渦巻いて罪の鎖を作り上げている。

 だが、恐怖に震えながらも、トラウマに苛まれながらも、プレシアは自分の意思でスイッチを押した。

 培養液が抜かれ、フェイトの姿が顕わになる。

 その姿はまさにアリシアそのもの、年齢的には1歳程の差があるが、これはリンカーコアを有する場合と有さない場合の肉体の違いを考慮した上での年齢差だ。

 カプセルの前部分が開かれ、フェイトが出てくる。一瞬呆然としていたプレシアだが、我にかえって慌てて抱きとめる。


 「……………」


 しばし無言、これまで俺が開いてきたカプセルから出てきた者達も体温はあったのだ。しかし、その目が開かれることは決してなく、動いていた筈の心臓も徐々に止まっていった。

 そして、時間にして120秒と少し、プレシアにとっては永遠にも思えたであろう時間の後―――





 「お―――か――あ――――さん?」


 フェイトが―――――――言葉を発した。

 プレシアは身体を震わせ、ただフェイトを抱きしめる。

 そして、決して放さないように抱きしめながら。


 「ええ―――――私が貴方の母さんよ――――――フェイト」


 ようやく生まれた二人目の娘。一人目の娘との約束であり、一人目を救うための希望となる子に微笑んだ。




 それは、俺が21年ぶりに見た、プレシア・テスタロッサの母親としての慈愛に満ちた笑顔だった。






 『新歴60年、1月26日、止まっていた貴女の時計は再び動き出した、我が主よ。インテリジェントデバイス、“トール”はここに記録する。フェイト、貴女に心からの感謝を、よくぞ生まれてきてくださいました、運命の子よ』








[22726] 第六話 母と娘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/22 22:32

新歴60年、フェイトが産まれてより三日後



 「トール! プレシアに娘が出来たって、どういうことですか!!」


 アルトセイムにある公共施設で保育士の資格を取ってきたリニスが帰還して早々、俺のところに怒鳴り込んできた。


 「耳元で怒鳴るな、つーか俺じゃなくてプレシアに聞けよ」


 「聞けるわけないでしょう、プレシアの隣ではフェイトがそれはもう気持ちよさそうに眠っていて、ああ、帰って来ても子供の寝顔を見れるなんて、私はなんて幸せなのでしょう……」

 怒鳴りこんできたはずだが、いつの間にかリニスはどこかの世界に旅立っていた。

 性格的なものも考えてリニスには保育士が天職であると思っていたが、どうやら当たりだったみたいだ。



 「って、じゃなくて、フェイトがプレシアの娘ってどういうことですか!!」

 帰ってきた、意外と早かったな。


 「まあその辺は話すと長くなるんだが、今から21年ほど前に次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故でプレシアの長女、アリシアが脳死状態になったのは知ってるよな」


 「ええ、そしてアリシアを脳死状態から蘇生させるために病気の身体に無理をして研究を行っているのでしょう。そのために必要なロストロギアを揃えるために私も大変でしたから」


 そういやそうだった。俺も俺で大変だったがリニスとて遊んでいたわけではないのだ。遺失物管理部機動三課での経験を生かして次元世界を渡り歩いてロストロギアの探索を行っていた。“ミレニアム・パズル”はその成果の最たるものだ。

 実際、“ミレニアム・パズル”を起動させて幻想と現実をリンクさせる特殊な空間を構成する作業に関してはリニスが主導で行っていた。これに限れば違法ではないのでリニスが行うのに何の問題もなかったという点も大きい。


 「あのレリックも研究材料としてはそれなりに役立った。だが、それだけではまだ足りなかった。アリシアを蘇生させるためにはどうしても生きているアリシアの情報、それも、リンカーコアを持つもう一人の彼女が必要だった。同じプレシアの血を引く妹がな」


 「それでフェイトが生まれたのですか、しかし、どうやって………」


 リニスはプレシアの身体のことなら俺と同様に把握している、つまり、プレシアが出産可能な状態じゃないことは知っているから嘘は通じない。それ以前に、生まれてすぐに4歳相当はどう考えてもありえない。


 「体外受精、とかそう言いたいところだが、そういう合法的な方法で何とかなる状況でもなかったんでな、そうなれば答えは自ずと分かるだろ」


 ミッドチルダにも体外受精などはある。様々な事情から妊娠出来なくなった人達が他の女性の子宮を借りて出産するケース、金持ちならば完全に試験管ベビーとして誕生する場合もある。

 だが、それらの絶対的な条件として通常の精子と卵子の結合によって生まれた受精卵を用いることがある。それらを用いないクローン培養は管理局法で禁じられているのだ。

 実際、ただ子供を作るだけならプレシアの卵細胞と冷凍保存してある亡くなった夫の精子を使えば合法的に可能だ。しかしそれではアリシアの蘇生の指標とはならないし、時の庭園のカプセルで誕生させても全ての個体が異なる情報を持ってしまうという欠点が出てくる。


 「ま、まさか………」


 「そのまさか、フェイトはアリシアのクローンだ。ついでに言えばアリシアの記憶も大体は転写してあって、あの“ミレニアム・パズル”での実験はそのためのものだ。最も、自分の名前に関する部分だけは削除してあるが」


 そう言った瞬間、リニスの表情から血の気が失せる。


 「なんていうことをしたんですか!! クローン培養は管理局法で禁じられているんですよ!!」


 「ばれなきゃ違法じゃない、と言いたいところだがまあそうもいかんわな」


 「当然です!! それで一番苦しむのはフェイトでしょう!!」


 「それは事実だ、これはプレシアの、そしてその端末である俺のエゴと言っていい。アリシアを脳死状態から蘇生させたいのは所詮俺達の都合、別にアリシアが生き返らせてくれって頼んでいるわけじゃないし、そのためにフェイトを作り出せと命令したわけでもない」

 まあ俺はデバイスだが、ここで主人に責任転嫁する気はない。主人に従うのはデバイスとして当然であり、主のために尽くすことがデバイスの存在意義だが、結局、俺は自分のデバイスとしての在り方としてその道を選んだだけの話、ならばこれはやはり俺のエゴでもある。


 「それが分かっているならなぜ!!」


 「答えは簡単だ、俺達がやりたかったからだ」


 そう、答えは実に単純明快。プレシアはアリシアを蘇生させたくて、俺はデバイスとしてプレシアの力になりたかった。だから違法研究と分かっていながらプロジェクトFATEに手を出し、そしてフェイトを誕生させた。


 「貴方達は…………なぜ、フェイトのことを考えないのですか!!」


 「まだ生まれていなかった者のことを考えることは出来ないな、考えるのはこれからだ。既にフェイトは産まれているのだから今更そこを議論しても仕方ない、ここはフェイトが幸せになるには俺とお前はどう行動すべきかを考えた方がいいだろう」


 最も、既にある種の確信がある。俺が選ぶ選択はフェイトが幸せになれる可能性が最も高いものではないだろう。幸せの定義なんざ人それぞれだし、そもそもデバイスの俺には知ることは出来ても理解できないものだが。


 「…………それは、そうかもしれませんが」


 「だからリニス、お前はフェイトの味方になってやれ、プレシアは多分葛藤はするだろうが最終的にアリシアを選ぶだろう、アイツはそういう奴だ。お前はフェイトの幸せを第一に考えて行動し、プレシアはアリシアの蘇生を第一に考えて行動する」


 リニスはそれでいい。プレシアが失った部分を保持しているのが使い魔であるリニスなのだから、フェイトを第一に考える役目はこいつが受け持てばバランスが取れる。


 「では、貴方は?」


 「俺はここから先は中立だ。どっちの側でもなく、バランスを取りながらやっていく。だから、フェイトが一番幸せになるであろう選択肢を俺はとらない、かといってアリシアのことを最優先に考えた選択肢もとらない。中途半端といえばその通りだが、これはもう随分昔から決めていたことなんでな」


 プロジェクトFATEを進め、フェイトを産み出すことを決定した時から、この方針は既に決めていた。

 俺の役割はプレシアの精神を映し出す鏡となることだったが、その前提条件はプレシアが現在を認識できなかったことにあり、その命題は既に果たされた。フェイトが生まれた今、俺の役割はプレシア・テスタロッサが望みを叶えることの補助となる。彼女が娘二人の幸せを願っている以上、俺はどちらかを選びはしない。それを選ぶのは感情の成せる業であり、プレシアはアリシアを、リニスはフェイトを、そしてデバイスは判断基準を持ち得ないので中立となる。


 主要命題が“二人の幸せ”である以上、俺が取るべき最適解は二人を平等に扱い、作業リソースを二つに分けることしかあり得ない。インテリジェントデバイス“トール”はそのようにプログラムされている。


 最も、幸せの定義は人それぞれだが、少なくともフェイトが枷を一つ背負って誕生したのは間違いなく、そうして作ったのは俺とプレシアだ。まあ、普通の両親から生まれたからといって愛情を注がれない子供もいるし、世界によっては政略結婚の駒にされたり、金で売られたりと様々だろう。


 そんな奴らと比較して自己弁護するわけではないが、子供に罪悪感を持つ暇があれば愛情と手間をかけてやるべきだろうと俺は考える。既に俺の稼働歴も40年、色んな情報と接して人生もいくつか見てきたが子供に対して罪悪感なんぞを持っていても子供の教育に役立つとは思えん。

 マイナスの感情を向けても返ってくるのはマイナスの感情だけだ。だったらプラスの感情を向けた方が余程生産的だろうと俺は考えるが、人間の感情というものはそう簡単にいかないらしい。デバイスだったら最も効率のよい方法を問答無用でとるだけなのだが。




 「はあ、実に貴方らしいというかなんと言うべきか………」


 「まあそういうわけだリニス、プレシアはこれからもアリシアを蘇生させるための研究を続けるだろうからフェイトの教育係はお前の役目になる。俺も可能な限り手伝うし、母親として最低限のことはプレシアにもやらせるが、全ての時間をフェイトのために使うことは出来ないと思ってくれ」


 「確か、貴方の持論ではデバイスはマスターに強要しないのではなかったですか?」


 「これは強要じゃない、背中を押すってやつだ。プレシアも心の中ではフェイトに構ってやらなきゃいけないと思っているが、アリシアのための研究も進めなければいけないという葛藤が出てくる。そこに発破をかけて母親としての最低限の義務ってやつを思い出させるだけだ。別にフェイトにとって最高の母親であれと言っているんじゃない、例え最低だろうが母親でいろってわけだよ」


 「例え最低であっても、ですか。まったく、貴方はとてもデバイスとは思えませんね」


 「色々あったし色々改造されたからなあ、もう純粋なデバイス部分は半分くらいになっているんだろうな。だがしかし、俺はデバイスだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 「その心は?」


 「俺はデバイスであると俺が認識している」

 そう、それだけで十分。世界の誰が俺をデバイスと認めなくとも、俺が俺をデバイスと認識しているのだから俺はデバイスでしかあり得ない。



 「………フェイトには貴方が必要になると思いますよ、トール」


 「おや、これまた意味深な言葉を」


 「何気なく思ったことですが、多分真実です。例え普通の人間とは違う誕生をしたとしても、貴方の導きがあるならばフェイトはきっと大丈夫だろうと、私はなぜか確信しました」


 「って、俺かいな。お前はどうすんだ」


 「私はプレシアの使い魔ですよ、どうあってもあの子の人生を導く役にはなれません。プレシアがフェイトを第一に考えない限りは」


 「まあ、そりゃ無理な相談だろうよ」


 「そうなのでしょう、ですから、私は貴方に頼むことにします。プレシアと私がどうなろうとも、貴方だけはずっとフェイトを支えてくれるでしょうから」


 「少なくともフェイトが成人するまではフェイトを残してくたばりはしないと約束しよう。俺は不死身だ、この核が滅びぬ限り、何度でも蘇る」


 「ええ、貴方は不死身の男でしたね」



 そして、話を続ける俺達、大きな方針は決定したが、細かい部分で話し合うことはいくらでもある。
























 「とまあ、そんな感じでリニスとは話がついたぜ」


 「そう、感謝するわ」


 「おお、あの鬼畜が俺に礼を言うとは。時の庭園崩壊の日がついに来たか」


 「やっぱり取り下げるわ」


 「娘の前で言ったことを母親が取り下げるもんじゃないな、子供の教育に悪いぞ」


 フェイトは今ベッドで静かに眠っている。プレシアはその隣で椅子に腰かけてフェイトの髪を撫でている。



 「母親ね……………私は、この子の母親失格だわ」


 「今更だろうに、そんなこたあ21年前から分かってるよ」


 だがしかし、そんな言葉が出てくることこそがプレシアが現在を生きている証だ。残された時間はそう長くはないだろうが、過去を追うだけの人生よりは幾分ましだろう。


 「本当に容赦ないわね貴方は」


 「何年の付き合いだと思っている、マスター? だがまあ、それがプレシア・テスタロッサという女だ。夫を誰よりも愛しながらも自分の職に誇りを持ち、夫婦別姓をも貫いた女、どう考えても専業主婦が似合うわけはないな」


 ミッドチルダは様々な次元世界の文化が入る場所なので、夫婦の姓についても申請次第で自由だ。夫の姓にするもよし、妻の姓にするもよし、別姓もよし、両方つなげるのも長くなり過ぎない限りは問題なかったはず。

 そしてプレシア・テスタロッサとヘンリー・モーガンは別姓だった。その理由は二人とも恋愛面で一年生だったため、プロポーズの時にも“モーガンさん”、“テスタロッサさん”と呼び合っていたという武勇伝が原因だ。



 「ふふ、ホントその通りね。よくあの人はこんな女を愛してくれたものだわ」


 「どんな女だろうがそれを好きになる物好きはいる。逆もまた真なり、最も、あいつはアンタと違って結構色んな女に好かれそうだったが」


 「だから私は不安で堪らなかったわよ、仕事にかまけて家庭を蔑ろにするような女に愛想を尽かしてしまうんじゃないかって」

 そうだった、一体何度こいつから不安を聞かされたことか、まあ、それを上回る頻度で惚気話を聞かされる羽目にもなった。あの時ほど自分がインテリジェントデバイスであることを呪ったことはない。どこまでも甘くて胸焼けどころか窒息しそうになる空気を撒き散らしていたのだ。


 「そりゃ取り越し苦労の典型だったな、結局あいつは一度たりともアンタを裏切らなかった。裏切る暇もなく愛したままあの世に行っちまったからな、忘れ形見を一つ残して」


 そう、リニスにはアリシアがこいつにとってどういう意味を持つ存在か本当の意味で理解することは出来ないだろう。


 この世でただ一人愛した男、その男が残した唯一の愛の結晶。


 プレシア・テスタロッサという女は、そんな乙女心を40過ぎてまで一度も忘れないどうしようもないほど馬鹿で一途な女なのだ。


 「まったく、不器用な女だよアンタは。とっとといい男を見つけて再婚でもなんでもすればよかったろうに、そうすりゃアリシアとの時間だってもっと取れた筈だぜ」


 「あり得ないわね、他の男なんて私にとっては石ころと同じよ」


 「変わんねえな、全く変わんねえ。一度決めたらどこまでも突っ走るその姿勢は5歳のガキの頃から何も変わんねえよ」

 アリシアの事故はこいつの性格に大きな影響を与えているのは確かだが、その根っこは何も変わってないときたもんだ。


 「御免なさいねフェイト、こんな馬鹿な女が貴女の母親で」


 「安心しな、アンタが死んだら俺がフェイトにいい母親を見つけてやるよ」


 「お願いするわ、流石にその辺はリニスには頼めないし」


 「まったく、主も使い魔も揃って同じようなことを言いやがる」


 だがまあ、そういうことだ。プレシアにとってフェイトも大切な娘だが、フェイトのためだけに生きることは出来ない。



 「一応確認しとくが、フェイトの幸せを第一に考えるなら、アンタは今すぐに自分の治療のための研究を始めるべきだ。今のまま症状が進めば、多分あと5,6年しかもたないだろうよ」


 「ええ、それは分かっている」


 「だが、分かった上でアンタはアリシアを蘇生させるための研究を続ける」


 「そう、私の延命のための研究を行えば、アリシアは確実に手遅れになる。研究を続けたところでアリシアが蘇生できる保証はないけど、私の延命が可能かどうかもそれは同じことでしょう」


 つまりは二択、フェイトのために生き足掻くか、アリシアのために死に足掻くか。

 プレシアの命を使ってアリシアのための研究を行うか、アリシアの命を犠牲にフェイトのために生きるか。


 「そしてアンタはアリシアを選ぶと、ま、分かりきっていたことだが」

 ここでフェイトを選べる人間ならそもそもプロジェクトFATEに手を出したりしない。妹を作るというアリシアとの約束を果たすだけなら合法的な人工授精で十分なのだから。

 現在を正確に認識できなかったという要素があっても、これまで21年間走ってきた事実は変わらない。今更引き返せるものでもないのだろう。まことに、人間の精神というものは複雑な構造をしている。



 ―――――だから、これは分かりきった結末だ。



 「それがアンタの答えなら、俺は見届けるだけだ。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールはアンタのためだけに存在し、アンタの人生を記録しよう」


 「当然、死んでやるつもりはないけど、もしもの時はフェイトのことは貴方に任せるわ」


 『承りました、我が主。貴女は最低の母親であると私は定義します』


 「まったくその通りね、自覚しながら変えられないんじゃたち悪いことこの上ない」


 私達は笑う、笑い合う。

 私とマスターは、どんな時でもこんな関係。悪口を言い合う相棒、それ以上でもそれ以下でもない。

 だからこそフェイト、私は貴女を祝福しましょう。主のために存在するインテリジェントデバイスとして、主に母としての姿を取り戻させてくれた貴女に最大の感謝を。そして、最高の忠誠を。

 テスタロッサの名を冠する者のために尽くすことが“トール”の存在意義、おそらくその最後の一人になるであろう貴女のために、私はその意義を全うしましょう。




 我が存在は、全てテスタロッサ親子三人のために。




[22726] 第七話 リニスのフェイト成長日記
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/03 06:35
第七話   リニスのフェイト成長日記





 フェイトが生まれてより7日、フェイトの教育係として今日から成長日記をつけようと思う。トールのデータを基にして作ったフェイト観察用のサーチャーを時の庭園の各地に配置しているので彼女が万が一にも危険なことになる心配はない上、記録を見れば日記を書くにもことかかない。



 フェイト 生後10日

 彼女の精神年齢はどう見ても生まれたての赤子ではなく、」物心がつき始めた幼児のもの。いえ、私が保育士の資格を得るための研修を行った保育園の子供達を比較しても、かなり高いのではないだろうか。トールに確認してみたところ、プレシアの幼少期も年齢の割には大人びており、早熟と良く呼ばれていたらしく甘えるのが苦手だったらしい。フェイトもそうならないように注意が必要でしょう。



 フェイト 生後14日

 生まれた直後はやや現在の状況に混乱が見られたフェイトだが、最近は落ち着いている。むしろ少し落ち着きすぎのようなきらいもある。あの年齢の子供ならば時の庭園の中を元気に走り回っている方が、見ている側としても安心できるのですが、やはりどこかに遠慮している雰囲気がある。ひょっとしたら自分が通常の生まれ方をしなかったことを、どこかで察しているのかもしれません。



 フェイト 生後15日

 今日は私とトールの二人で、一日中フェイトと遊んであげることにした。フェイトを生み出すために使っていた施設の整理も一区切りがついたらしく、トールもようやくフェイトと遊ぶ時間ができたみたいです。プレシアにもお願いしたいところですが、未だアリシアが目を覚まさない状況を鑑みれば難しいと言わざるを得ません。一日をかけて遊んであげたところ、フェイトも年相応に笑ってくれました。ああ、この笑顔を見れただけでも私の生まれてきた意義があったと思えます。



 フェイト 生後20日

 今日はトールをフォトンランサー・ファランクスシフトで時の庭園の外部まで吹っ飛ばした。あの男はこともあろうに“いいかフェイト、リニスは山猫が素体だからマタタビで酔っ払って服を脱ぎだす露出狂なのだ”などという嘘八百を吹き込んでいたのだ。ひょっとしたら他にもフェイトにあることないこと吹き込んでいる可能性があるので監視を強化する必要がある。フェイトが“ろしゅつきょう?”と首を傾げ意味が分かっていなかったのが不幸中の幸いでしたが。



 フェイト 生後25日

 今日もフェイトに嘘を教えていたトールを発見し、サンダースマッシャーで撃墜。まったく、あの男は懲りるという言葉を知らないのでしょうか。それはともかく、今日はフェイトにとってとても良いことがありました。夕食の用意を私ではなくプレシアが行ってくれたのです。“本人は研究が上手くいかないので気分転換に”とのことでしたがやはりフェイトのことを気にかけてくれているのでしょう。トール曰く“ツンデレ”とのことですが私には意味が分かりませんでした。



 フェイト 生後1か月

 フェイトが誕生してから早一か月、最近は簡単な算数の勉強やミッドチルダ語の勉強を始めましたが、フェイトの習熟速度はやはり速い、これも血筋の成せる技でしょうか。あと、“1+1=田んぼの田”などという妙な知識を吹き込んでいたトールはプラズマランサーによって磔にしておきました。しかし、肉体から本体だけで脱出し、別の肉体に乗り換えてきたので凍結封印することに。氷の彫刻を見てフェイトが喜んでくれたのはとてもいいことです。



 フェイト 生後1ヶ月半

 今日は記念すべき日、私が洗濯をしているとフェイトが隣にやってきて自分から『遊んで』と言ってくれました。フェイトはどうしても遠慮しすぎるところがありましたが、ようやく私に僅かではありますがわがままを言ってくれるようになってくれた。ただ、トールには最初に遊んだ次の日から遠慮なく話しかけていた気がするのは考えないようにしておきましょう。



 フェイト 生後2か月

 フェイトに『ロリコンとは何ぞや』というタイトルの講義を開いていたトールを、天高く放り投げたのち、サンダーレイジにて消滅させた。肉体の完全破壊には成功しましたが、コアは対電気使用となっていることもあって無傷、残念です。フェイトが『奇麗な花火だったね』と喜んでくれたので、機会があればもう一度吹き飛ばすこととしましょう。プレシアにその次第を報告したところ『よくやったわ、フェイトのためにも徹底的にやりなさい』というお墨付きを頂きました。なんだかんだで最近はプレシアも笑顔を見せるようになりました。



 フェイト 生後3か月

 今日はプレシア、フェイト、私、トールの家族揃ってクラナガンへお出かけの日。フェイトを遊園地に連れていくのが目的ですが、昨日からフェイトのテンションは鰻昇りです。しかし、フェイト以上にテンションの高いトールがいるためか、フェイトの興奮具合もあまり目立ちません。トールを間に挟むことでプレシアとフェイトも自然と会話が出来ており、私としては嬉しい限りです。今日は本当に素晴らしい一日でした。ただ、帰り際にアリシアも連れて来てあげたかったと呟くプレシアの表情が胸に突き刺さりました。



 フェイト 生後4か月

 少々早い気もしますが、今日からフェイトに魔法の授業を開始することといたしました。というのも三日ほど前に庭で動物と遊んでいる時、無意識に魔力の電気変換を行い傷つけてしまう事故があったからです。フェイトの落ち込みようはかなりのものでしたが、トールの身体を張った一発芸によって翌日には立ち直っていました。あの男の人を笑わせる技能は一体どこで身につけたのでしょうか。



 フェイト 生後5か月

 フェイトはマルチタスクを既に覚え、魔法の勉強は順調に進んでおります。また、体調面でも特に問題が出るわけではなく健やかに成長しています。身体の検査はトールが主に行うのですが、『フェイトたん、はあはあ』などとほざいていたので、サンダーブレイドを叩き込んで廃棄物処理施設に放り込むことといたしました。フェイトが探してしまわないように、トールはまたロストロギア探索の旅に出たという説明も忘れずに。そういえば、私がフェイトの教育係になってからは彼の負担は増えているのでした。なのに感謝の念が起こらないのは彼の人徳でしょうか。



 フェイト 生後半年

 フェイトが生まれてから早くも半年、私がプレシアの使い魔となってより既に18年近くになりますが、フェイトと共に過ごしたこの半年間はそれを上回る密度があったように思います。また、プレシアにも変化が見られるようになりました。これまではとり憑かれるように研究だけに打ち込んでいた彼女ですが、フェイトが生まれてからは笑顔を見せることが増えました。ただし、笑顔の後にアリシアを想って悲しい顔となってしまうのは如何ともしがたいのでしょう。



 フェイト 生後7か月

 今日はミッドチルダ北部にあるベルカ自治領の聖王教会を訪れました。遊園地に連れていった後、次にフェイトが行きたいところを自分で選ばせるために、パンフレットを大量にトールが用意したのですが、フェイトのリクエストが聖王教会だったのです。なぜフェイトが聖王教会に行きたがったのかは謎でしたが、聖王関連の施設を巡ったところで謎が解けました。『聖王とは宇宙怪獣ゴンドラを退治した過去のヒーローであり、その聖骸布を見たものは魔法少女の力を得てヒロインとなれるのだ』という話をどこぞの男がフェイトに吹き込んだ模様、帰った後“ミレニアム・パズル”の幻想空間に封印することを決定。



 フェイト 生後8か月

 今日はフェイトを連れて釣りに出かけることとしました。生の餌は苦手のようでしたのでルアーフィッシングとなりましたが、フェイトの電気が感電しないように対策はしっかりと施してあります。中々釣れないフェイトの隣で『ヒャッハー! フィィィィッッシュ!!』と叫ぶ男にハーケンセイバーを叩き込むのは当然として、私も山猫としての本能を抑えつつ釣りを楽しみました。帰る頃にはフェイトも6匹ほど釣ることができご満足の様子。性根が優しい子ではありますが、生きものを食べるということに拒絶感を示すタイプではないようです。トール曰く『プレシアの娘だぞ』とのことですが、返す言葉がありませんでした。



 フェイト 生後9か月

 今日はプレシアの誕生日であり、『お母さんにプレゼントがしたい』とフェイトが私に相談してくれました。余談ですがトールに相談したところ『よし、ではこのゴキブリの標本を………』と返ってきた段階で諦めたようです。あの男を今度標本にすることは内定するとして、私はフェイトでも作れるビーズを使った腕輪の作り方を教えてあげることに。夕食の場でフェイトにプレゼントを手渡されたプレシアは感無量のようでしたが、その場に飛んできたゴキブリのせいで感動の場が台無しに。『麻酔が不良品だったんだ! 俺のせいじゃない!』とほざく男は今度こそ許さず溶鉱炉に肉体ごと放り込み、本体が溶けない程度に苦しめ続けました。しかし、『熱いよお……熱いよお……』という声が絶え間なく響くのが不気味すぎ、フェイトが怯えてしまったため引き上げることに。



 フェイト 生後10か月

 最近フェイトは押し花に興味を示しており、花畑に出かけては奇麗な花を探しています。どうやらプレシアと出かけた際に押し花のやり方を教えてもらったようで、母親から教えてもらえたことが嬉しかったのでしょう。プレシアは相変わらず研究の毎日ですが、フェイトがそのことに文句を言うことはありません。遊びたい盛りの年齢のはずなのですが、やはりフェイトは聞きわけが良すぎる気がします。最も、トールに対してだけは一切遠慮することはなく、ゴキブリ事件以来遠慮しないを通り越して冷たく当たるようにもなりましたけれど。



 フェイト 生後11か月

 久々に家族で出かけることになり、今回はトールの嘘を未然に封じることに成功し。フェイトが行きたがっていた動物園を訪れることになりました。フェイトが特に気に入ったのは狼と山猫で、私としては少しくすぐったいような気持ちになります。プレシアも久々に研究から離れてリラックスできたようですが、あの男は魔法生物コーナーで吸血蛭と戯れるという。子供の教育に悪い光景を作り出していたので。持ってきておいた金槌で頭をたたき割ることに。ただ、割れた頭からはみ出る物体に蛭がたかっている光景は。余計まずかったような気もします。反省。



フェイト 生後1年

 今日はフェイトの誕生日、彼女も5歳となりアリシアと同い年となりました。実際には1歳とも言えますが、アリシアの記憶を不完全ながら受け継いでいるので、人生経験的には5歳と言って差し支えありません。プレシアはこの日のために手作りの山猫ぬいぐるみを作っていたようで、それを受け取った時のフェイトの笑顔は忘れられません。また、トールのプレゼントである、手作りの巨大タランチュラぬいぐるみを受け取った時の引き攣った顔も決して忘れません。あの男には生まれてきたことを後悔する程の苦痛を与えることを私、リニスはここに誓う。








 とりあえずここまで1年、フェイトが生まれてからの日々はこれまでとはまるで違う、忙しくも温かいものへと変わっています。

 確かに彼女がプロジェクトFATEという違法研究によって生まれた命であることは紛れもない事実。ですが、彼女が母親に望まれて生まれた命であり、愛情を受けて成長していることは間違いなく、フェイトが生まれたことが間違いであったなどとは思いたくはありませんし誰にも言わせません。


 ですが、この1年の研究でもアリシアが目を覚ますことはなく、研究の効率も目に見えて落ちてきています。やはりプレシアの身体は徐々に限界が近く、既にまともに研究できるような身体ではないのでしょう。

 私個人の意見としては例え延命措置が不可能だとしても残された時間をフェイトのために使って欲しいと強く思います。それは私がアリシアを知らないがための想いであることは重々承知していますが、それでも思わずにはいられません。


 トールは、確かに中立を貫いているようです。私がフェイトの世話を担当しているために私の代わりにロストロイア探索に出ている彼ですが、アリシアのための研究とほぼ等しい時間をフェイトのためにも使っているようです。

 逆に私は現在アリシアのためには時間を使ってはいませんから釣り合いがとれているといえばとれているのでしょう。アリシアとフェイト、二人の娘はそれぞれ愛情を受けていることは紛れもない事実。

 逆にいえば、アリシアの蘇生を第一に考えるならば私が教育係としてフェイトに付きっきりになることはマイナスでしかない。しかし、それを許していることがプレシアのフェイトに対する想いの裏返しでもあるのでしょう、我が主ながらつくづく不器用な人です。





 ……………私はどうするべきでしょうか


 私はトールのように割り切れない、プレシアにもアリシアにも、当然フェイトにも幸せになって欲しいと願ってしまう。だが、全員が幸せになるような都合の良い展開があるわけもない。

 それを理解した上であそこまで明るく振舞えるトールはやはり凄いのでしょう。いくらインテリジェントデバイスであるとはいえ、あそこまで己の意思を揺るがずに持てるものだとは思えません。

そのことを彼に言ってみると

 『いいえ、そうではありません。私はデバイスであるがために、貴女のように揺らぐことが”できない”のです。私が迷わないのは命無き機械であるからです。入力された問いに対して、”迷う”機械はありません。だから私はこのように在るのです。ですのでリニス、貴女が”迷う”ことに間違いなどありません。貴女は今の状態が最適であると判断します』

 という答えが返ってきた。最初で、そして同時に最期となった、私が聞いた彼のデバイスとしての言葉、彼の本当の言葉だった。

 彼に肯定されてたことで、少しは自分に自信がもてたけれど、っそれでも私は弱いから迷ってばかり。だから、どうしても無理だと分かっていても願ってしまう。




「どうか、親子が三人で、幸せに暮らせる時が来ますように………」





[22726] 第八話 命の期間 (あとがきに設定あり)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/06 12:33
第八話   命の期間





 新歴62年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「行きます!」


 「来いやあ!」


 持ち前の高速機動力を生かして突っ込んでくるフェイトを真っ向から迎え撃つ。フェイト専用となる予定のインテリジェントデバイス、バルディッシュはまだ完成していないので通常のストレージデバイスを用いての模擬戦となる。

 だが、既にフェイトは魔力刃をかなりの密度で発生させて近接戦闘を行う技能を身につけている。未だ6歳の筈だがその上達速度は凄まじく、特に魔力量に関してならば既に40万を超えている。

 ちなみにこっちは無手だ。現在は傀儡兵と同じような重厚な装甲を持つ近接格闘用のボディを使用しているのでフェイトの魔力刃とも素手で渡り合うことが出来る。


 「せい!」

 「甘い、甘いなあ! 蕩けるように甘いなあ!」


 フェイトは速度を乗せた一撃を放ってくるが、右腕に魔力を集中させて難なく防ぎ、間髪入れずに左で反撃。基本的な格闘スタイルは拳を使っているが当然足も使う。


 「!」


 「驚く暇があれば考えて行動せよ!」


 とは言うが6歳のフェイトにそれを求めるのも酷というもの、今のところは実戦の感覚さえ掴んでくれればそれでよい。


 その後も適当に攻撃を繰り出しつつ、互いに特にクリーンヒットもないまま模擬戦は終了。



 「ありがとうございました」


 「大分いい感じになってきたぞ、特に避けるのが上手くなった」


 「本当?」


 「俺は騙すが嘘は言わん」


 「それって凄く矛盾してる気が………」


 「考えるな、感じるんだ」


 「ううん……」


 フェイトは根が素直なのでこの手の問答に弱い、なんとか返事しようとするあまり思考の迷宮に嵌ることがよくある。


 「何にせよ、回避が上手くなったのは本当だ、半年前に始めた時はいきなり反撃喰らって吹っ飛んでったからな」


 「そ、そのことは忘れて!」


 ちなみに、その後俺はリニスの手によってフェイトの数倍以上吹っ飛ばされたのは余談だ。あれも少々過保護すぎる気がしないでもない。AA+ランクの砲撃魔法を受けとめるのも回避するのも俺には不可能なので毎回とんでもない目に遭う。


 「お前は基本的に防御が堅い方じゃないから受けとめるよりも避ける方がいい。特に今の俺の拳は鉄製で魔力が籠っているからお前のバリアジャケットじゃ絶対に防げん、かといってシールドやバリアを張ったら足が止まるからお前の持ち味を生かせなくなる」


 「相手の攻撃を最低限の動作で躱して、速度を維持したまま即座に反撃、それが不可能と判断したら距離を取ること」


 「お、リニスに習ったか」


 「うん、これは私の戦い方の基礎になるから覚えておいた方がいいって」


 「なるほど、よく覚えてる、立派立派」


 「えへへ」

 普段は年の割に大人びてるが、こうして笑うところは年相応だ。


 「さて、訓練も終了、昼飯まで時間あるからシャワーでも浴びて来い」


 「うん」


 素直に答えて建物の方へ飛んでいくフェイト、あの年で飛行魔法を操るとは本当に末恐ろしい。

 ちなみに俺が飛行魔法使うとカートリッジを常時消耗するので尻から放熱用の気体がブシュアアアアアアと流れ出ることとなり、どう見ても屁で飛んでいるようにしか見えない。しかも、一定時間でう○このごとく使用済みカートリッジが尻から落とされる。

 フェイトの飛行魔法への認識に悪影響しか出ないという理由で時の庭園内で飛行魔法を使うことはリニスに禁止された。まあ、気持ちが分からなくもない、傍から見れば爆笑もんだろう。


 「ま、あの超絶年増魔女の娘だからなあ、才能は折り紙つきか」


 「聞こえたらまた雷を落とされますよ、トール」


 「トールって一応雷の神様だった気がするんだが、それに雷を落とすとはどういう皮肉だろうな」

 雷を落とされてもダメージを受けるのは基本肉体だけで本体は無傷だ。雷撃系を得意とするプレシアの制御用に作り出されたデバイスの弱点が雷では話にならないので当然と言えば当然だが。


 「それよりも、雷を落とされないような言動をすべきです貴方は」


 「それもまた真理か、君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだ」


 「また『俺上手いこと言ったぜ』的なことを………それより、どうでした?」


 「ぶっちゃけ驚いた。フェイトと手合わせするのは一か月ぶりくらいだけど、あそこまで進歩してるとはなあ」

 これは本音だ。魔法の才能と格闘戦の才能は別の筈だが、どうやらフェイトにはそっちの才能も豊富なようだ。


 「当然です。プレシアの娘で私が師匠なのですから」


 ふふんと胸を張るリニス。自慢の弟子の評価が高く、師匠も鼻高々ってとこか。


 フェイトの魔法や一般教育は基本的にリニスが担当している。俺とプレシアは今も基本的にアリシアの蘇生のための研究を続けており、フェイトも既に眠り続けるアリシアとは対面している。

 母が姉を救うために忙しくしているのを理解しているのかわがままなど滅多に言わないが、恐らく本音ではもっと母親に構って欲しいとは思っているだろう。


 「ええ、それは間違いありません」


 「あり、声に出てたか?」


 「いいえ、ですが顔に書いてありました」


 「むう、いかんな。この身体ではポーカーフェイスが作りにくい」

 この身体は近接格闘用の傀儡兵をモデルにしたもので、特にこれといった魔法は使えない。俺のインテリジェントデバイスとしての特性をまるで発揮できない機体なのでフェイトとの手合わせの時以外では使うこともないが。


 「貴方のメインボディは表情から内心を察するのがほとんど不可能なので私としてはそちらの方がありがたいですね」


 「そうもいかん。リニス如きに心を読まれるようでは嘘吐きデバイスの沽券に関わる」


 俺がメインボディとして使用する『バンダ―スナッチ』は例の男から送られたものだが、性能は高い。インテリジェントデバイスとリンカーコアが融合に近い接触をしたことで新たな技能が備わったことまでは向こうも知らないだろうが、それを差し引いてもこれ以上のものは現在ではない。


 「嘘吐きなのがアイゼンティティなんですか………ってそれより、私ごときってなんですか」


 「さあてね、でもまあフェイトは素直に育ってる。保育士の称号は伊達ではないな」


 「いきなり保育士の資格を取りに行けと言われた時は何事かと思いましたけどね」


 ま、そりゃそうだわな。その前の命令がロストロギアの回収で、その次が保育士の資格を取れじゃあ混乱するなと言う方が無茶だ。遺失物管理部の連中でその資格を持っている奴もいないだろうし。


 「ですが、フェイトを見ていると資格を取っておいて良かったと思いますよ。保育園や学校に通わせてあげられないことが残念ですが」


 「そこは仕方ない。学校なら10歳になってからでも行けるが、フェイトがプレシアと一緒にいられる時間は今しかないからな」


 フェイトが生まれてから2年、アリシアはまだ目覚めていない。


 フェイトという目指すべき完成形は定まり、プロジェクトFATEのノウハウからアリシアの肉体の調整も問題はなくなった。今のアリシアの肉体は23年にも及ぶ時の劣化をほぼ修復し、脳死状態となった当時の状況を取り戻している。その際にはレリックを応用して作った改造リンカーコアなどを利用したが、アリシアの身体に定着することはなかった。


 「レリックに代わるロストロギア、それさえ見つかれば………」


 リニスの呟きには強い想いが籠っている。そう、残るピースはそれだけといって問題ないところまでは来ている。


 微細な部分まで詰めればさらに色々な要素を考える必要があるが、リハビリなどを無視してアリシアを蘇生させることだけを目的とするならまさにあと一歩までは来ている。


 それこそがレリックに代わるロストロギア。アリシアの身体にはレリックは強すぎて毒にしかなりえない、フェイトならば上手くいく可能性は高いが非魔導師であるアリシアにはどうやっても不可能だ。

 そのためにリンカーコアを基に改造を施した“レリックレプリカ”の精製をプレシアは現在も続けているが、どうしてもそれが完成しない。一度は適合しても徐々に力を失ってしまうのだ。基となるリンカーコアはアリシアのクローンから回収したものを使用しているから相性が悪いということはありえないのだが。


 ジェイル・スカリエッティならばその辺の問題も解決できるかもしれないが、あの男が目指す方向性とアリシアの蘇生は噛み合わない。ただの人間に合うようなものを作るのにあの男が労力を割くことはないだろうし、こちらから向こうに提供できるものもない。だから、自力で何とかするしかないのだが問題点は多い。

 あまり何度も移植を繰り返してはアリシアの身体に悪影響が出るのでその辺の実験は今も保存されている量産型アリシアクローンで行っているが、そのことはリニスとフェイトは知らない。世の中知らない方がいいこともある、嘘吐きデバイスの本領発揮の瞬間だ。フェイト誕生後もリンカーコアを精製するためにクローン体は時折作っているが、昔に比べれば失敗する頻度はずいぶん減った。


 そういうわけでレリックに近い特性を持ち、アリシアでも耐えられるレベルのロストロギアを探し出すくらいしか残されている方法はなく、俺が現在可能な限り情報網を伸ばして探しているが、それらしいものが見つかったという情報はない。


 いや、文献上ならばそれに該当するものはあったのだが、そのロストロギアを現在保管している組織はどこにもない。存在していない以上は非合法な手段に訴えることすら出来ない。


 フェイトが生まれてからの俺の仕事は専らロストロギアの探索に切り替わった。入れ替わるようにリニスが時の庭園でフェイトの世話をしているが、現在では俺が時の庭園に戻るのは二週間に一度くらいの割り合いだ。フェイトが生まれてから1年くらいは結構傍にいてやったが、最近はプレシアの調子も思わしくないので俺が研究を進めるしかないのだ。

 研究と言えば、1年前に時空管理局地上本部のレジアス・ゲイズ一佐から“対航空魔導師用迎撃兵装ブリュンヒルト”とその駆動炉となる“クラーケン”の開発が始まったという知らせが届き、プレシアも開発に参加できないかという打診があった。

 流石にもう時の庭園から地上本部まで出向できる身体じゃないという理由で研究チームへの参加は断ったが、フェイトの今後について可能な限り便宜を図ることを条件に“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の設計は時の庭園のラボで行っている。既にアリシアのための研究はロストロギアの発見が無ければどうしようもない段階に来ているので、それまでの時間をフェイトの将来のために使うことにしたようだ。


 という感じなのだが、


 「ところで、プレシアとフェイトの仲はどうなんだ?」


 「悪くはありません。ですが………」


 「んー、察するにフェイトがプレシアに遠慮し過ぎていると見た。プレシアもそれが分かっているからフェイトに負い目を感じてしまい、距離感を掴み損ねている」


 肝心のフェイトにその愛情がうまく伝わっていない模様。不器用ここに極まれり。


 「はい、その通りです。貴方が間にいれば二人とも遠慮なく話せるんですが」


 「分かりやすいなあの母子は、プレシアの幼い頃そのまんまじゃねえか」


 母子もここまで似れば見事だ。


 「そうなんですか?」


 「ああ、アイツの母親も技術者だったから、俺が作られたのもあまり娘に構ってやれないからせめて話相手でも作ってやりたいという親心もあった。まあ、高すぎる魔力を制御する必要もあったんだが、フェイトには常にお前が傍にいるからとりあえずは問題ないな」


 「なるほど、娘との距離感が掴めないのは遺伝だったのですか」


 「アリシアの時はそうでもなかったけどな。父親の血が強かったのか、アリシアは我慢せずにわがままをよく言っっていた。プレシアは困った顔をしながらも笑いながらそれに応じるって感じだった」

 ああいうタイプにはアリシアみたいにがんがんわがままを言う方が相性的にはいい。フェイトみたいに遠慮してしまうとプレシアの方でも遠慮してしまい、徐々に距離感が掴めなくなる。ただでさえ研究に忙しく構ってやれないことに罪悪感があるというのに。

 しかし、生命研究に比べれば“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の開発はプレシアの専門分野なので時間の都合はつけやすいはずだ。


 「アリシアは父親似で、フェイトは母親似と」


 「魔法の才能的にもな、アリシアの父は普通の人間だったがいい男だった。プレシアに対しても遠慮せずに気持ちをストレートにぶつけていた。そのせいで激甘空間に巻き込まれた俺が哀れだけど」


 「激甘空間………」


 「あれは凄い、遠慮しない天然ってのはあらゆる時空を凌駕する」

 一途な人間っていうのは型に嵌ると凄まじい力を発揮する。それによって形成された激甘時空はどのような結界魔導師の力をもってしても破れない、というか破った時の報復が怖い。


 「と、話が逸れたがその辺の調整は俺に任せろ。遠慮しなくてもいい空気を作り出すことに関してならば俺は天才だ」


 「天才という天災な気もするんですが」


 「お、上手いこと言った、座布団666枚」


 「悪魔でも降臨しそうな枚数ですね」


 「座布団を666枚集めて降臨する悪魔か、人を笑い死にさせる能力でも持ってそうだな」


 「貴方の中に既にその悪魔が宿っていると思うのは私だけでしょうか?」


 リニスの対応レベルも上がってきた。


 「悪魔はともかくとしてフェイトの方だ。あいつ、魔力の制御はどうなんだ?」


 この言葉にリニスの表情がやや曇る。


 「あまり上手くいっていません。フェイトの制御技能は標準より遙かに高いですが、彼女の魔力はそれを補って大き過ぎる。あれでは子供が鉄球を振り回すようなものです」


 「なるほど、どんなに子供に力があっても振り回されるだけだな。現状で43万近くでなおも成長している、となればその魔力量を減らしてやればいいわけだ」


 前々から考えてはいたがこの方法が一番手っ取り早い。


 「ええ、使い魔を持てばそちらにフェイトの魔力が流れることになりますから、彼女自身が扱う魔力は丁度いい程度に抑えられるかと」

 プレシアの魔力を消費して存在しているリニスだからこその実感はあるだろう。フェイトの魔力は既にAAの臨界に近くなっており、後半年もせずに50万を超えてAAAランクに達するが6歳の少女が扱うには余りにも大き過ぎる。

 これをどうにかする方法としては魔力リミッターを設ける手段があるが、幼年期にリミッターをかけるのはあまりよろしいことではない、12歳くらいになれば多少の負荷がかかった方がリンカーコアが成長しやすくなるのでそうでもないが、この時期のリンカーコアは非常にデリケートなのだ。

 プレシアの場合は魔力制御用のインテリジェントデバイス、つまり俺を用意したがこれも最善とは言い難い。デバイスの機能の多くが魔力の出力制御に回されるので純粋な演算性能が落ちてしまうからだ。


 なので、現状で考えられる一番いい方法はフェイトが自身の使い魔を持ち、その維持のための魔力を消費することだ。AAを超える魔力があれば使い魔の維持も問題なく行えるしリニスという前例もあるから魔力ラインの調整も可能だ。

 それに、そういう分野での負荷を抑えることなどに関してはプロジェクトFATEのノウハウが役立つ。生命工学は独立したものではなく他とも密接に関連しており特に使い魔研究とは分野が近い。



 「後はデバイスか、バルディッシュの完成度はどうなのよ?」


 「まだ3割くらいですね、フェイト専用のオーダーメイド品ですから、私の持てる技術の全てを注ぎ込もうと思っています。プレシアからもいくつかアドバイスは頂きました」


 「そっか、まあデバイスはそう焦ることもない、後1年くらいは通常のストレージデバイスで十分だろうし」


 「ええ…………あと1年」


 リニスの声に陰りが生じる。


 1年、たったそれだけの時間が今のプレシアとフェイトにとってはどれだけ貴重なものになるかを考えてしまうのだろう。

 プレシアの症状は悪化の一途を辿り、あと3年持てばいいというところまで来ている。

 だが、プレシアは自身の治療ではなくアリシアの蘇生のための研究をあくまで続けている。そしてそれがアイツの寿命をさらに縮めているのだ。



 「どうして…………噛み合わないのでしょうか」


 「世の中そんなもんだ、何事もハッピーエンドだったら戦争は起きねえさ」


 使い魔とデバイス


 俺達に出来ることは主人の力になることだけ、幸せになれるかどうかは主人次第。




 だが、願わくば幸せな最期であって欲しいとは思う。長年付き合ってきたマスターだ。




============================-


 トールの体についてですが、今のところ3種類あります。
 ・魔法戦闘用
 ・一般用
 ・スカ博士からのプレゼント
 の3つです。
 
 魔法は、燃料となる魔力、発動させるための駆動式、その演算によって起こっていると言うことをたしか1期でユーノが言ってたと思うので、この作品ではそういう設定です。
 リンカーコア、カートリッジの魔力を、魔導師が術式を組み立て、デバイスが演算して発動させる、と言うのが一連の流れです。
 デバイス無しだと、複雑で難解な演算を魔導師自身が行わなくてはならないので、ごく一部の天才を除けば、どんなに高ランクの魔導師でも、簡単な身体強化や、威力の低い魔法弾くらいしか出せません。

 トールの戦闘用魔法人形の場合は、ある程度は有機素体でできていてAランクのリンカーコアが内蔵されています(アリシアクローンで出来がよかった奴)。そのうえにカートリッジを消費することで得られる魔力を、人格プリグラムによって式を組み上げ、演算してるので、魔導師とデバイスの1人二役になります。フェイトやプレシアが、ただデバイスとして使うなら、AAAランクの魔法も発動させることができますが、トールだけでおこなう場合は。Aランクの魔法の演算が限界です。よって、どんなに魔力を注いでも、上限はAランクになります。

 一般用の体は、リンカーコアは内蔵されておらず、ほとんど無機物でできています。そして、カートリッジの魔力を用いて”魔法人形の操作”という術をトールが行っている形です。だからいくら壊されても替えはいくらでもききます。
 この体でも一応魔法は使えますが、魔法戦闘用に調整されてないので、2,3回使えば壊れますし、カートリッジが空になります。

 スカ博士からのプレゼントは、魔導師の体が素体の、ほとんど戦闘機人といっていい出来の代物です。いうなれば屍人形。他の体とは性能が桁違いです。トールはこの体の僅かな機械部分と融合することで動かします。










[22726] 第九話 使い魔の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/08 21:17
第九話   使い魔の記録





 フェイト 7歳

 今日はフェイトの誕生日であり、家族全員でお祝いをしました。プレシア、トール、私、そして半年ほど前に生まれたフェイトの使い魔アルフの4人で盛大にフェイトの誕生日を盛り上げる。フェイトは少し戸惑っていたようですが、とても嬉しそうな表情でパーティーを楽しんでいたと思います。ただ、この場にアリシアがいないことと、プレシアが椅子から立ち上がることがなかったことが残念でなりません。もう彼女の身体はそこまで……



 フェイト 7歳3か月
 久々にフェイトとトールが模擬戦を行っていました。何でもトールの肉体に新技術を用いたとかで魔導師としてのレベルがBランクにまで上がったとか。完成したバルディッシュを持つフェイトと対峙するトールがフォトンランサーを発動させた瞬間、彼の尻からカートリッジが飛び出しガスが噴射、その光景を見たフェイトが噴き出した隙に直撃するフォトンランサー、笑いを堪えるフェイトはバリアを展開することも出来ずノックアウト。トールとフェイトの模擬戦は今後禁止することを決定。



 フェイト 7歳5か月

 性懲りもなくフェイトを模擬戦に誘うトール、流石のフェイトもあれと戦うのは遠慮したいようで戸惑っているようです。見かけた私はハーケンセイバーを放つものの、それを受けとめるためにトールがシールドを展開した際にカートリッジがロード、尻から薬莢と噴射ガスが飛び出しフェイトが笑い転げる。隣にいたアルフもこらえきれずに笑い死に寸前になってしまいました。その後、フォトンランサー・ジェノサイドシフトをトールに叩き込む。



 フェイト 7歳8か月

 フェイトの魔導師としての完成度はかなり高くなってきています。既にフォトンランサー、アークセイバーはおろか、広域攻撃魔法のサンダーレイジまで放つことが可能となりました。魔導師のランクで測るならばA+ランクに届いていることでしょう。私のランクもAA+ですからそろそろ教えられることが少なくなってきました。接近戦の方面ではまだ教えられることは多いですが、機動戦ではもうほとんどありませんね。治療魔法やバインドなどはそれほど得意ではないようですが、そこはアルフが補っています。



 フェイト 7歳10か月

 プレシアが吐血して倒れた。何とかフェイトにはバレずに済みましたが、彼女も母親の容体が良くないことはおぼろげながら察しているでしょう。アルフもそれを気にしているのか、フェイトの気を紛らわせようと明るく振舞っています。しかし、それをぶち壊しにするかのように例の男がゴキブリの群れを時の庭園に解き放ってしまった。確かにフェイトの気は紛れましたが、異なるトラウマがフェイトに生まれてしまった気がします。当然のことながら例の男は専用に設えた処刑場へと送っておきました。



 フェイト 7歳11か月

 最近身体を思うように動かせなくなることが良くある。プレシアの身体が本格的に悪くなり、彼女のリンカーコアが自動的に使い魔である私への魔力供給を制限しているのでしょう。私が使い魔であるが故に分かってしまう、もうプレシアの命は長くない、例え今から延命のための研究を進めても意味がないであろうことを理解してしまった。
 私はどうするべきだろうか。私がプレシアより早く消滅することは間違いない。フェイトが私によく懐いてくれていることは非常に嬉しいが、私が死ねばフェイトが悲しむ。ああ、プレシアとフェイトの間にあった距離感とは、これが原因だったのかもしれません。フェイトを残して自分が逝ってしまうことが分かるが故に、どう接してよいのか分からない。そう思う私は、フェイトの乳母役として正しいのか、それとも失格なのか。

 いずれにせよもう猶予はない。フェイト達にいつまで隠すのか、それとも明かすのか、決断しなければならない。






 フェイト 8歳の誕生日

 今日は私の人生においてフェイトの誕生を聞かされた日と同様の驚愕を味わうこととなりました。私とプレシアが知らないうちにフェイトとアルフが私達の容体のことについて知ってしまっていた。情報の出処は考えるまでもありません、トール、彼以外にあり得ない。
 問い詰める私とプレシアに対して彼はいつも通りの態度を崩さずこう答えた。

 「人間の感情の問題については、絶対的な正解は無い。それはいままで俺が活動してきたデータの統計が物語っている。ゆえに俺の行動が正しいかどうかはわからん。だが、フェイトの性格くらいは分かっている。何しろこいつはプレシアの娘だからな。こいつにとっては自分が何も知らされずにいたこと、もしくは何も出来なかったことの方がよほど堪える。そういう奴なんだよ、お前達の自慢の娘は」

 言われて私達には返す言葉がなかった。

 そう、フェイトが優しい性格だということ、そして自分の大切な人に何もしてあげられないような状況を何よりも悲しむということは私もプレシアにも分かっていたはずなのだ。けれど、私達はフェイト達に明かせなかった、その理由は―――


 「お前達が自分の容態をフェイトに教えたくなかったのはお前達の都合、それでも知りたいと思うのはフェイトの都合、ここ1年ばかりは伏せておくというお前らの都合を優先させたからな。ここからはフェイトの都合を優先させる。俺は中立だから、バランスはとらせてもらうぜ」


 私達が、フェイトの悲しむ顔を見たくなかったから。けどそれは私達が死んだ後にそれ以上の悲しみがフェイトを襲うということだろう。

 なんという自分勝手な理由か、結局私にはプレシアのことを糾弾する資格などありはしない。フェイトのことを第一に考えず、自分の都合を優先させていたのだから。


 「それともう一つ、家族の危機は家族が一丸になって取り組むもんだ。いつまでも蚊帳の外にしておくのはよくねえよ。フェイトも今日で八歳、このミッドチルダなら就業することすら不可能じゃない年齢だし、俺はそのつもりでフェイトに接してきた。だから、お前らもそろそろフェイトに頼れ」


 ミッドチルダは多くの世界の人々が集まる。特に首都クラナガンは百を超える文化が集まる移民都市ならぬ多様文化都市と言っていい。その中には八歳の子供が馬を駆って大人と同じ用に羊を追う遊牧文化もあれば、森の中で狩りを行う文化もあり、ある世界ではたった5歳でも神官の子ならば働く場合もある。
そういった異文化が集まる土地であるミッドチルダでは就業年齢は非常に低く、申請によって成人の定義すら異なる。既に5年以上大人として働いてきた13歳の少年がクラナガンに来た際に“義務教育”に縛られてはいけないので教育を受けるか否かも個人の自由。文化によっては子供の定義も大人の定義も異なるのだから、酒の年齢制限なども明確には存在しない、何事も自己責任が基本で各家庭の裁量に任されている部分が大きい。
 私が学んだ保育所は、比較的成人年齢が高い世界の文化を基本とした場所だったためlフェイトもまだまだ子供という認識がありましたが、ミッドチルダでは必ずしもそうではないのでした。


 「あの、母さん、リニス。内緒にしてたけど、トールにお願いして私の就業資格をとってもらったの。だから、私も手伝えるから、役立たずじゃないから、だから手伝わせて! 私の魔法の力を役立たせて! ただ見てるだけなんて嫌!」


 フェイトがここまで強く自己主張することも私にとって初めての経験でした。そして、フェイトが誕生日に合わせて就業資格を取ったということは、半年以上前から準備していなければ到底不可能。つまり、私達のことは既に見抜かれていたということですね。まったく、そのことにも気付けなかったとは………


 「ちなみに、資格があった方が色々便利だなあと思って俺がフェイトを唆したのが始まりだ。だからフェイトがお前達の容体に疑問を持ったのは10月の吐血の時からだよ、本来ならこれは単なる誕生日サプライズの予定だったんだが、人生何がどう作用するか分からんよなあ」


 空気を読めない男の発言によって感動的な場面はぶち壊しになってしまいました。


 「トール! それは言わないでって!」

 「了承した覚えはないなぜ、お前は俺に頼んだだけで返事を受け取っていない、これは契約の基本だから、これから社会人になるつもりなら覚えておけ」

 「ったく、アンタは………フェイト、そんなアホのことはほっときな。今はプレシアとリニスのことだよ」



 結局私達はフェイトの想いを断ることは出来ず、彼女がロストロギアの探索を行うことを認めざるを得ませんでした。それでもあと半年は魔法の訓練に専念しAAAランクの魔導師としての実力を身につけることという条件を付け、それが済めばトールと共にロストロギア探しに出ても構わないということなりました。






 フェイト 8歳2か月

 フェイトの想いの強さは私の予想を遙かに上回るものでした。誕生日の段階でAAランクに達したばかりでしたから、訓練に専念したとしてもAAAランクに達するまでは半年はかかるものと考えていましたが、フェイトはたった2か月でAAAランク相当の魔法を悉く覚え、近接格闘戦、高速機動戦、砲撃戦、広域用の結界魔法、さらにはロストロギアの暴走などに対処するための封印術式、それらを全て身につけてしまいました。

 トールの提案でロストロギア探索をより効率化するために時の庭園から各次元世界への転送ポートを設置し、拠点を時の庭園にしながら探すということとなりましたが、これは私達への配慮でしょう。近い次元世界にいるならば最悪プレシアの次元跳躍魔法と私の空間転移によってフェイトを助けることが出来ます。

 そして、プレシアの容体は徐々に悪化していっていますが、それでも研究は進めており、理論的にはアリシアの蘇生は可能、アリシアと適合できるロストロギア、またはレリックレプリカの適合の補助となるものが手に入れば全てのピースは揃うところまでは来ました。


 「母さん、リニス、行ってきます。絶対に母さん達を助けられるロストロギアを探して来るから」

 「探索はあたし達に任せて休んでておくれよ、無理なんかしたら承知しないからね」


 決意を秘めた表情と共に、転送ポートからフェイトとアルフが出発する。

 本当にいつの間にか成長していた。気付けば私は時の庭園から出られるような身体ではなく、彼女達は未来に挑むかのように飛び回っている。


 「Fate(運命の女神)、あの子は本当に私達の運命そのものね」


 プレシアの言葉にどれほどの感慨が込められているのか、私には分からない。

 口惜しくはあるだろう、不甲斐なくもあるだろう、結局自分で“レリックレプリカ”を人工的に作り出すことは叶わず、彼女達が探索するロストロギアを頼みにするしかない状況になってしまった。

 ですが、それ以上に誇らしくもあるのでしょう。自分の娘が自分の意思で未来を切り開こうとする姿が。










 フェイト 8歳5か月

 フェイト達の探索は続いている。トールが主導し、フェイトとアルフがサポートして探しているロストロギアは『ジュエルシード』という名の宝石。

 高純度のエネルギー結晶体であるという部分ではレリックに近く、たった一つで時の庭園の駆動炉と同等のエネルギーを生み出すほどの力を秘めているという。

 しかしこれをそのままアリシアの身体に移植することは不可能、間違いなくレリックと同じ結果となってしまう。

 必要なのはジュエルシードが持つもう一つの特性、人の願いを叶えるというその機能。


 その部分は最早技術とはかけ離れ、神頼みに近いものではありますが、その特性を最大限に発揮できればアリシアの蘇生が可能かもしれない。仮に不可能でも“周囲の生物の願いを読み取り、それに最適な魔力を放出し魔術理論を超越する現象を引き起こす”という特性の解析が出来れば、改造リンカーコアを用いた“レリックレプリカ”を“アリシアの蘇生に最適な形”へと完成させられる可能性がある。


 しかし、異なるタイムリミットも存在しています。いくらプロジェクトFATEの技術によって補修されているとはいえアリシアの肉体は既に25年もの間停止している。

 プレシアの研究によればアリシアの“死”は近いという話です。まるで、プレシアの命の刻限と連動するかのように…………





 フェイト 8歳8か月

 最近はほとんど停止している状態が続いている。プレシアへの負担を抑えるためにフェイトやアルフからの通信がある時や、あの子達が時の庭園に帰ってくるとき以外は私の意識を切っているのですから当然です。





 フェイト 8歳10か月

 ふと気がつけば月が変わっていました。いったいどれほど眠っていたのでしょうか、全く不甲斐無い、主のために仕えるのが使い魔であるというのに今では荷物にしかなっていません。恐らく、次に眠ればもう目を覚ますことはないでしょう。


















 そして、私は目を覚ました。





 「ここは?」

 周囲は見慣れた時の庭園の中庭、しかし、何かが違う。


 「“ミレニアム・パズル”だ。幻想と現実を繋ぐロストロギアの力を借りてお前に残った最後の意識にアクセスしている。もう現実ではお前の意識は戻らないから、ここでフェイトに別れを告げてやってほしい」

 背後からの声に振りかえるとそこにトールの姿があった。


 「時間もねえからフェイトとアルフをとっとと呼び出す、最期に残す言葉を今の内に考えといてくれ」

 その言葉と共に彼の姿は消えた。

 そしてそれが彼と交わした最期の言葉となり、まるでいつも通りの態度と声を残すことだけが彼と私の別離だった。







 「……………リニス」

 そして、少しの時間を置いてフェイトが来た。アルフも隣にいる。


 「フェイト………」

 私はフェイトを抱きしめる。もうそれしか彼女にしてあげられることはないから。


 「御免なさいリニス……私……助けられなくて………」


 「いいえフェイト、もう貴女は十分過ぎるほど私を救ってくれていますよ」


 私の胸に顔を埋めて泣いているフェイトの頭を撫でながら、アルフの方にも視線を向ける。

 彼女も涙を流してはいたが、その視線が言っていた。最期の時間はフェイトのために使ってあげて欲しいと。


 「プレシアに作られ、貴女と出逢えたことは私にとって最大の幸せでした」

 心の底からそう思える。

 フェイトと出逢うまでの18年が幸せでなかったとはいえないけれど、貴女のために生きることが出来た4年間は私にとって輝かしい日々でした。

 それはプレシアも同じはず、彼女の使い魔として私が生まれてより精神リンクは基本的に切られていましたが、プレシアが強い感情を顕した時には伝わってくることもあった。そしてその感情は常に悲しみや後悔でしかなかった。

 ですが、私は覚えています。貴女が生まれた瞬間に、プレシアから伝わってきた想いを。初めて流れてきた、誰かを愛おしいを想う感情を。

 それを知ることができ、貴女に愛情を注ぐことが出来た。もう、それだけで私は満足です。


 「フェイト、私の望みは一つだけです、貴女は幸せになってください。“運命を切り開く者”というその名前の通りに」


 「……………うん、うん!」


 本当に強い子、だから……きっと大丈夫









 「リニス……?」


 ………


 「リニス……?」


 ………


 「っく……うう、う……ぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!









 “ミレニアム・パズル”を用いて彼女の最後の記録を、インテリジェントデバイス“トール”の記憶容量に保存。劣化しないように封印し、フェイトが成長した際に解凍できるよう処理を施す。



 『プレシア・テスタロッサの使い魔リニスの活動内容を明確に記録、インテリジェントデバイス“トール”は貴女の人生を保存します。いつかフェイトに渡すその時まで、貴女が抱いていた総ての想いを私が厳重に保管します。貴女が私に託した願いは、いつの日か必ず果たされるでしょう』






[22726] 第十話 ジュエルシード
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/10 21:09

第十話   ジュエルシード



新歴65年2月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 



 「トール、最近フェイトの様子はどうなの?」


 「まあ、予想よりは落ち着いているかな。やっぱしアンタの娘だけあって芯は強いってとこかね」


 リニスが死んでから2か月、最初の1か月は流石に元気がなかったが、ここ最近はそれまでの期間を帳消しにするかのように元気一杯だ。当然、その原因はプレシアなわけだが。


 「そう、空元気でなければいいのだけれど」


 「その成分もなきにしもあらずだが、俺は心配していない」


 「理由は?」


 「リニスの最期の願いは『フェイトが幸せになること』だったからさ。“運命を切り開く者”という名前はあいつにぴったりだったようだ」


 誓いの言葉も一歩間違えれば呪いの言葉になる。言いたかないが、プレシアのアリシアに対する誓いはそっちに近い。後の人生の方向を一つに定めて路線変更を利かなくする誓いは重すぎて行動を縛りつける。

 だがまあ、“幸せになる”なんていう曖昧な表現は、解釈によって行動がいくらでも変わるから、呪いにはなりにくい。“アリシアを助ける”は行動が完全に限定的だが、幸せになる方法なんてそれこそ無限にあるだろう。

 まあ、流石に鞭で打たれることを幸せと思うようにはなって欲しくはないが。


 「それで、フェイトは頑張っているとは聞くけど進展はあったということ?」


 「まあな、2カ月ほど前に見つかったミネルヴァ文明遺跡だったか、そこでかなりの量の考古学的遺産やロストロギアが発見されたんだが、その資料の中に“ジュエルシード”の記述があったそうだ」


 「ジュエルシード!―――――ゴホッゴホッ」

 プレシアが身を乗り出すが同時に咳き込む。


 「馬鹿・・・・・・ 無理すんなよ」


 「ん、ンンっ、フゥ・・・・・・ 落ち着いてなんていられないわ。それで、見つかったの?」


 「まだだ、かのスクライア一族が調査隊の中心になってミネルヴァ文明遺跡の発掘に当たっているらしく、久々の大きな遺跡の発見ってことでそれ以外にも大小の調査団が派遣されている。フェイトとアルフもそこに混じって発掘してるよ。最も、モノがモノだけに数は限られるが」


 ちょうど一週間ほど前に誕生日が過ぎたのでフェイトは現在9歳だが、そんなことは忘れて発掘に没頭している。あまりにも熱中し過ぎてて少し危険な傾向があるから、アルフには常に見張っていろと言ってある。

 8歳の時からフェイトは“ジュエルシード”を探して俺と共に次元世界を渡り歩いているが、“ミッドチルダ考古学士会”のような有名組織に所属することは無理なので、時空管理局のある意味で末端ともいえる小さな組織に所属している。

 別に違法な組織というわけではないが、各管理世界の政府直属組織ではなく政府の支援を受けているわけでもないので、後ろ盾は弱い。後ろ盾が弱いということは総じて情報収集力が有名どころと比べて低いわけだが、そこは地下オークションとかのコネや“お得意さま”としてのスクライア一族との付き合いとかで補っている。

 そもそも、ロストロギアの発掘には、超兵器に区分されるロストロギアの発掘と保有を禁じて、さらに大量破壊を行う質量兵器も禁じている国際次元法“イスカリオテ条約”による制限があるため、政府の主導では行いにくいという事情がある。スクライア一族のように考古学を専門とした一団や、時空管理局から許可を取った小さな団体が行うことが基本であり、独自に調査や発掘を行うことは管理局法で禁じられている。

 そういうわけで、ロストロギアの発掘に携わるには、半分くらい嘱託魔導師扱いとなる団体に所属しなければならない。ロストロギアに関連して問題が起こった際には時空管理局がその対処にあたり、それに対して文句を言わないことが条件となる。自分が発掘したロストロギアが暴走し、それを管理局員が破壊しても損害賠償を求めることはできないというわけで、それに同意することを条件にロストロギアの発掘は許可されるのだ。

 当然、8歳になったばかりの少女だけでロストロギアの発掘が許可されるはずもないので、俺も偽造戸籍を用意して26歳の成人男性トール・テスタロッサということになっている。立場的にはプレシアの甥ということになるが、この辺をわざわざ調べるような物好きはいないだろう。

 時には小規模ながら調査団の一員として、時には違法すれすれだが3人だけであちこちの遺跡を巡って“ジュエルシード”を探してきたわけだが、今回ようやく有力な手がかりが出てきたというわけだ。


 「………最後の最後でチャンスが来たということね」


 「だな、アンタの身体はそろそろ限界、アリシアにしても似たようなもんだ。このチャンスを逃したらもう後はない」

 フェイトもおそらくそれを察している。プレシアの身体の具体的な情報までは知らせていないが、使い魔であるリニスが2か月前に死んだ時点で、主であるプレシアの死期が近いことを予想するのは容易い。フェイトにもアルフがいるから、その辺のことは下手したら俺より詳しいだろう。


 「ジュエルシード、何としても手に入れなさい。方法は問わないわ」


 「了解だ。ところで俺達が見つけた場合は問題ないが、他の奴等が見つけた場合はどうする? 交渉か、奪うか、奪うとしたらそれは全部か、もしくは一部か」

 俺達がジュエルシードを発見できたとしても、それをそのまま自分のものにできるわけではない。一度は管理局の遺失物管理部に預け、そのロストロギアがどういうものかを調べてもらい、個人の所有を許可していいものかどうかの判断を仰ぐ必要がある。危険物と判断された場合はロストロギアの管理を全て管理局に委ねることを代償に、“ロストロギアの発見、回収に尽力した”ということで多額の報奨金が支払われ、この金を目当てにトレジャーハンターとして活動する発掘屋も多かったりする。 その手続きをしなければ完全に違法だ。

 だがしかし、俺達がジュエルシードを手にいれ、アリシアの蘇生に成功し、その後で管理局に届ければいい話ではある。何か事件でも起きない限りは俺達がロストロギアを所持していることが管理局にばれることもないので、ジュエルシードの扱いに失敗して次元震でも引き起こさない限りは、その辺の事情をそれほど気にすることはないのだが。


 「………交渉で何とかなればいいけれど、ジュエルシードのロストロギアとしての重要性を考えれば民間組織に委ねられるとは思えないわ」


 「時空管理局か聖王教会か、スクライア一族なら時空管理局だな。遺失物管理部の管轄なのは間違いないが、どんなに交渉しても貸出までは半年はかかるだろう」

 遺失物管理部機動三課とは繋がりが深いが、他の部署が担当になる可能性もあるし、やはり時間がネックだ。というか、解析結果は多分民間への貸出不可能の劇物扱いだろう。


 「それじゃあ間に合わない。かといって、奪ったりして管理局に追われるのも危険が大きいわね。もし次元航行部隊にでも目をつけられたら研究の時間がなくなってしまうし、何よりもフェイトに危険が及ぶわ」

 相手が地上部隊ならレジアス・ゲイズ少将に手を回してもらえばある程度なら何とかなるが、問題は本局の次元航行部隊だ。各艦艇ごとに半ば独立した権限を持って事件にあたるから、裏から手を回すのは案外難しい。


 「直接的な強奪は最終手段だな、それの一歩手前の状態でサンプルを奪うのが最善ってとこか」


 「一歩手前?」


 「幸運なことにミネルヴァ文明遺跡には傀儡兵の存在が確認されている。だからこそ強力なロストロギアが眠っている可能性が高いんだが、傀儡兵ならこっちの十八番だろ」


 フェイトがジュエルシード探索を始めた頃から、時の庭園も少し変化した。駆動炉を“クラーケン”の試作型に改良し、さらには地上本部が手がけている大型魔導砲“ブリュンヒルト”の試作型も設置することとなったのだ。

 大型兵器に属するものをクラナガンの市街地で開発するわけにもいかず、他にも騒音問題や物資の補給の問題などから、開発の場所の確保には地上本部も頭を痛めていたらしい。時の庭園は辺境のアルトセイムにあり、なおかつ補給体制は整えやすく、SSランクに届く高ランク魔導師がいるため、非常時の対応も可能ということで打ってつけの立地条件であった。さらに駆動炉の設計者であるプレシアの所有物であることもあって、割とあっさりと開発地として提供することが決定した。

 フェイト達が常に過ごしているなら流石に断っただろうが、あいつらが次元世界を飛び回っている以上ここに残るのはプレシアと傀儡兵のみ、地上部隊の研究員や作業員がうろついていても困ることはない。違法研究を行っている場所は、フェイトも知らない(リニスは死ぬまで知らなかった)地下深くで、巧妙に隠蔽しているからまず見つからない。試作型の建設はとりあえず終了したので今は何人かがいるだけだが、最も多い時は200人近くがいたとか。

 大型魔導砲“ブリュンヒルト”は地上の戦力を消費しないことを目的に設計されたので、その防衛には魔力炉“クラーケン”の動力を利用した傀儡兵が当たることになる。つまり、俺とプレシアの二人だけでも問題なく運用できるかどうかが“ブリュンヒルト”の真価といえるので、その他の作業員は今はいない。というか、地上部隊も忙しいので人材に余裕がないのだ。

 残る問題は未だに発射実験が出来ていないことで、万が一の事故を考えると実験は次元空間か宇宙空間で行うこととなる。大型の駆動炉を搭載しているので暴走が起きれば辺り一帯を焦土と化す可能性すら否定できず、本局の高官が地上本部が“ブリュンヒルト”を開発することに難色を示すのは、暴走した際に地上本部の力で対処できるかどうかが不安だという部分が大きい。

 しかし、本局の次元航行艦が射撃訓練を行う演習場を地上本部が借りるには多額の予算がかかるそうで、その辺は難航している。本局が“ブリュンヒルト”の開発に協力的ならまだしも、結構反目している部分が大きいだけに演習場を借りられる可能性は低い。むしろ、適当な無人世界で許可を取り、そこで実験を行うという案が現実味を帯びている。時の庭園は次元航行能力を備えているので、地上本部が許可さえもぎ取ってくれればいつでも出発は可能だ。

 まあそういう事情もあって、俺達が傀儡兵を扱うことで怪しまれるところは微塵もない。既に管理局の共同研究者として使用権限を得ている身なのだ。プレシアが正規の職員として5年間ほど働いた経歴や、リニスが本局遺失物管理部機動三課で働いた経歴がここにきて効いて来ている。

 ついでにいえば時の庭園の傀儡兵はプレシアの私物で、万年予算不足の地上本部に格安でレンタルしている関係だ。場所代も格安なので地上本部からはかなり感謝されている、これもギブアンドテイクの一環だ。特に、無駄な出費をできる限り削って、陸士の残業手当などの人件費に充てたいと願っているゲイズ少将からは頭を下げて感謝の意を伝えられたくらいだ。



 「つまり、私達の傀儡兵にミネルヴァ文明遺跡を襲撃させて、どさくさに紛れてジュエルシードをちょろまかそうってわけね」


 「なーに、少し借りるだけだ」


 「典型的な犯罪者の発想だわ」


 「主犯が何を言うか。んで、一個か二個ジュエルシードを手に入れたらとりあえず引き揚げて、アンタはジュエルシードの特性を把握、俺達は残りのジュエルシードを可能な限り穏便に手に入れるための下準備をするってとこでどうかね」

 現状における最善はこれだろう、本局に目を付けられるのは今の段階ではよろしくない。地上本部が庇うにも限度がある。

 フェイトの将来も考えると近いうちに本局とも接触した方がいいのは確かだが、それはアリシアの問題が片付く目処が立ってからでよいだろう。プロジェクトFATEのこともある。こっちは広域次元犯罪者が基になった研究だけに管轄は本局よりだ、地上本部だけでは対処しきれない。


 「分かった、その方向で行きましょう」


 「んじゃ、俺は発掘現場に戻る。ジュエルシードの解析の準備は任せるぜ、一応言っとくが無理はすんな」


 「善処するわ」















新歴65年 3月 第29管理世界 ミネルヴァ文明遺跡 





 「バルディッシュ!」

 『Arc Saber』


 バルディッシュから発射された圧縮魔力の光刃が遺跡を守る傀儡兵を両断する。


 「邪魔だよ!」

 さらに、追い討ちをかけるようにアルフが切りこみ、傀儡兵をバリアごと容赦なく拳で吹き飛ばす。


 そして俺は――――


 「クロスファイア!」

 誘導弾を四つ程展開し、収束させて傀儡兵に突撃させるが、


 ボシュ、ブシュー


 「ぶっ!」

 「ぶほっ!」


 俺の尻から出るカートリッジと噴出ガスによってフェイトとアルフが噴き出してしまうという欠点がある。


 「トール! お願いだから戦わないで!」


 「あたしらを笑い死にさせる気かい!」

 うーむ、せっかく戦闘能力がAランク相当まで向上した戦闘用の肉体が完成したんだが、いかんせん尻からカートリッジを出すという欠点が残る。

 背中や腹に突起物でも作ってそこから外部に出すという案もあるにはあるが、その場合どうしても余分な機構を追加することになるので性能が落ちる。魔法人形は人体を基にしているから、口から入ったものは尻から出るのは基本だ、重力は偉大なり。

 口から入って胃のあたりでカートリッジを接続して魔力を取り出す、それによってリンカーコアを励起させて魔法を使用。魔法の反動だとか制御だとかその辺の問題はその他の内臓器官に当たる部分に搭載した機構で処理して、用済みのカートリッジは小腸に当たる部分で処理した後、冷却用のガスとかと共に尻から排出。

 実に無駄がなく理にかなったシステムなのだが、視覚的に大問題がある。どう見ても魔法を使うたびにう○こと屁が噴き出ているようにしか見えないのだ。普段は排出用の穴を閉じているが、魔法発動時にそれが表面に出てくるのもかなりやばい。


 「んなこといってもなあ、傀儡兵はAランク相当だぞ、このシステムじゃなきゃ生き延びるにも問題が出てくる」


 この排出システムを完備した肉体でも魔導師としての性能はAランクが限界、しかも魔法を使うたびにクズカートリッジを大量に食べなきゃいけないから燃費は決して良くない。クズカートリッジがただ同然で手に入るのが救いだが、それでも通常のAランク魔導師よりも制約が多いのは確かだ。

 製品版のカートリッジを使えば高度な魔法も使えるが、リンカーコアとの連結が完全とはいえないため、魔力が大きくなるとリンカーコアは大丈夫でもそれと繋がる回路に悪影響が出る。つまり、燃料タンクの容量はでかくてもそこに燃料を送るチューブが頑丈じゃないので製品版のカートリッジを使用すると弾けてしまうのだ。

 過ぎたるは及ばざるがごとしとはよくいったもので、この身体にはクズカートリッジくらいで丁度いい。リンカーコアに一度に送れる魔力量は減るが、そこは個数を揃えることで補える。とはいってもそのリンカーコアも魔力値に換算すれば最高出力は20万程度といったところで平均は8万程度、フェイトの134万に比べれば圧倒的に低い数値だ。


 「だったら後ろに下がってな! あたしとフェイトだけで十分だよ!」

 ちなみにアルフはAAランク相当で平均魔力値は43万、流石はフェイトの使い魔だけある。


 「それは却下、お前らは確かに強いが罠に対する警戒心が弱いし、それに対する固有スキルを持っているわけでもないからダメ」


 俺が現在使用している身体は例の男が提供したものではなく、それを自力で再現できるよう調整されたオリジナルのものだ。あの機体なら、AAランクの魔法も使えるが、今度は”トール”本体の演算性能の問題で、やはりAランクが限界だ。

 ジャミングや結界など、そういった相手の魔法活動を阻害するものを見抜く効果を持つIS『バンダ―スナッチ』を非常に再現出来てはいないが、それでも魔力を数値化したり、設置された魔法装置の反応を見抜く程度はできるので重宝している。

 こいつにかかれば罠とかは大抵看破出来るし、変身魔法なんかもほぼ一発で見抜けるから遺跡調査には持って来いの技能だ。最も、あくまで“隠すものを見抜く”技能であって探索能力が優れているわけではないというのがポイントだ。

 早い話、封鎖結界の内部で何が起きているかは全て見抜くことは出来るが、結界を破って中に入ることは出来ない。その辺はフェイトとアルフの領域ということで役割分担は出来ており、俺の役目は後方での支援活動と罠の突破、後は治療と補助といったところだ。俺の魔法はクズカートリッジがある限り使えるので、安全な場所にクズカートリッジを大量に用意しておけば、ほぼ恒久的に治療魔法を使用し続けることが出来る。

 俺の身体は一度に大量の魔力を消費する高ランク魔法は使えないが、治療魔法のように長時間かけ続けることで効果を発揮し、なおかつ出力自体は大きくない魔法との相性は抜群だ。だから補助的な魔法に関しては滅法強い。フェイトは134万の魔力を有するが魔法を使えば当然疲れる、しかし俺は動力源さえ確保すれば疲れることはない、演算性能の限界はあるが。



 「でも、逆に笑って危険な気がする」

 フェイトの言うことも一理ある。笑い転げているところに攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。


 「分かった、出来る限りお前達の視界に入らないように戦うから」


 「そうしな、って、新しいお客さんのお出ましかい」


 アルフの言葉に反対側の出口を見ると8体ばかりの傀儡兵が湧き出してきた。



 「アルフ! サンダーレイジを使うから時間稼ぎお願い!」


 「OK! トール、フェイトの補助は任せた!」


 「りょーかい」


 アルフがチェーンバインドで傀儡兵を5体ばかり拘束しつつ残りの傀儡兵に突っ込む。

 隣のフェイトが詠唱に入ったのを確認すると、俺も補助に入る。


 インテリジェントデバイス“トール”は魔力の制御に特化したデバイスである。そしてそれが動かす魔法人形の真価とは他の魔導師と同調し、魔法の発動の補助を行える点にある。

 まあ、今日会ったばかりの魔導師にやれと言われても無理があるが、バルディッシュは俺の設計図も参考に作られた後発機だ。そして共に雷撃系の魔法を制御するのに最適な調整がなされている。バルディッシュのフェイトとの相性は最高であり、演算性能も文句ないがサンダーレイジのような広域攻撃魔法を使用すればどうしても術者に相応の負担はかかる。

 だがしかし、俺がバルディッシュと同調しその負荷を引き受けることにより、フェイトは通常の誘導弾を放つ程度の負荷で広域攻撃魔法や砲撃魔法を発動できる。原理的にはユニゾンデバイスに近い。ストレージデバイスやアームドデバイスで魔法を発動する術者を、内部から補助し負荷を減らすのがユニゾンデバイスだが、俺はそれを外部からの同調によって行えるように改造されているユニゾン風インテリジェントデバイス、当然改造したのはプレシアだ。

 それを100%無駄なく行えるのはバルディッシュのみだが、相手がインテリジェントデバイスならば70%~80%くらいのロスで補助を行うことが出来る。これらの機能は“トール”本体が備えている機能なので、使用する肉体には依存しない。

 現状で俺が使用する肉体は主に3種類、通常の人間と同程度の性能しかなく魔法も使えない一般型、魔法は使えないが身体能力に特化しており鋼の身体を持つ近接格闘型、そして現在使用している魔法の発動が可能な魔法戦闘型で、近接格闘型以外の顔や体形は全て同じである。

 一般型は身体の操作に割くリソースを最小限にできるので、デバイスとしての演算性能をフルに発揮できるというのが利点であり、研究開発時やフェイトの遊び相手をする時には常にこれを使用している。燃費が一番いい。

 近接格闘型はフェイトと模擬戦をやる時くらいしか使用する機会はない。より実戦に向いた機体を開発するためのデータ採取に動かす場合もあるが、表情が硬くコミュニケーション能力に欠けるためあまり使わない。燃費もあまり良くはない 。これはほとんど傀儡兵といっていい。

 そして、現在使用している魔法戦闘型。魔法を発動可能なように調整がなされており、例の男が送ってきた素体を用いた『バンダ―スナッチ』に近づけるように開発した。あれはメインボディであるが同時に目指すべき完成形でもあるという特異な存在になっている。魔法戦闘型の燃費は良くなってきたがまだまだ問題点は多い。


 『バンダ―スナッチ』は基が広域次元犯罪者の試作品であり、高ランク魔導師の死体とリンカーコアを用いて作る屍兵器ともいえるものなので、思いっきり管理局法に引っ掛かる。外見こそ一般型や魔法戦闘型と同じになるように改造したので回収されて精密検査でもされない限り屍兵器とはばれないだろうが、リスクを考えるとあまり頻繁には使えない。



 「サンダーレイジ!」

 通常の半分の速度でチャージを完了したフェイトが広域攻撃魔法を解き放つ、使い魔であるアルフとは声を交わすまでもなくタイミングを合わせられるので完璧な連携が出来あがる。



 「さっすが、Aランク相当の傀儡兵8体を一撃か」


 「リニスに鍛えてもらったから」

 フェイトの顔はちょっと誇らしげだ、確かに師匠が良かったというのは間違いない。





 「んー、それにしても解せないな」

 「何がだい?」

 いつの間にか戻ってきてたアルフに尋ねられる。


 「いやさ、何でこの区画に傀儡兵がいたかってことだよ。こいつらは外部から魔力供給がなければ戦えない筈だが、ここは遺跡の中枢からかなり離れている。その割には数が多すぎる気がしてな」

 中枢部分にはスクライア一族を始めとした本職の連中がいるから俺たちみたいなアマチュアがいるのは端っこだ。

 今撃破したのが8体だが、この他にも7体ほど撃破している。どうでもいい区画を防衛するには多すぎる気もするし、そもそもこの位置でエネルギーの確保が出来るものだろうか、という疑問が残る。

 傀儡兵はAランク相当の戦闘力を誇るので、やはり一体当たり10万以上のエネルギー供給が必要になる。その上、戦闘行為で減少する魔力を補給し続けなければならない。それだけのエネルギーを確保するには強力な駆動炉が必要になるはずだが――――


 「確かに、言われてみりゃそうだね。これまで潜ってきた遺跡でもこういう奴らは大抵心臓部みたいな地点を中心に配置されてたはず……」

 「じゃあ、この傀儡兵達は何かを守っている………待って」


 どうやらフェイトも同じ結論に至ったか。


 「ああ、守っているものが高密度のエネルギー結晶体なら、それのエネルギーを傀儡兵の動力源に転用できるかもしれない。俺には魔力の流れまで読み取ることは出来ないが、少なくとも傀儡兵達の魔力を総合すれば1000万以上の魔力は恒久的に必要になるな」

 魔力というのは遠隔で他者に渡そうとすると効率が非常に悪くなる。一般的な伝達率は25%以下とされており、15体以上の傀儡兵を維持するならやはりそれだけの魔力は必須だ。

 魔導師同士で魔力を受け渡そうとするなら、やはり直接的な供給が基本になる。魔力の塊を飛ばして吸収するような真似が出来ればレアスキル扱いされるのは間違いない。理論的には相手の砲撃魔法を吸収することすら可能となるのだから。


 「じゃあ、こいつらが守っている先にあるのは――――」

 「――――ジュエルシード」


 運良く当たりを引けたのか、はたまた見当違いで外れなのか。


 「このまま進むぞ、危険はこの際無視して他の発掘チームに追いつかれないことを第一に行く」

 「うん」

 「了解!」













 そして、さらに15体ばかりの傀儡兵をぶっ壊して進んだ先にそれはあった。


 「ジュエルシード………」

 呆然としたような声をフェイトが上げる、これまで散々探して来たのだから無理もない。


 「やっと……見つけたよ」

 こちらは感極まったようでアルフ、フェイトと似たり寄ったりな感想のようだ。


 「シリアルナンバーは…………6番か、とにかくこれで研究の第一歩にはなりそうだな、フェイト、とっととバルディッシュに格納しちまえ」

 俺は特に感慨もないのでフェイトに指示する。デバイスとはいついかなる時も冷静であるべき。


 「あ、うん」

 フェイトが封印用の術式を展開しバルディッシュの中にジュエルシードを封入する。



 「これにて目的達成と、他のジュエルシードを回収する必要もあるかもしれんが結構難しいだろうから一旦戻るぞ」

 目的を果たした以上はここに留まる意味もない。ジュエルシードの解析のことや今後の予定を決定するためにもここは一旦戻った方がいい。俺達がどう動くかの判断は俺がすることになっているので、フェイトもアルフもすぐに撤退準備に取り掛かる、このあたりも慣れたものだ。



 「ところでトール、他のチームでジュエルシードを見つけたところはあるのかい?」

 「んー、スクライア一族のところだけだが、既に大半のジュエルシードを発掘したって話を聞いている。やっぱアマチュアじゃあ本職には敵わんなあ」

 ぶっちゃけ一つ見つかっただけでも僥倖だろう。おかげで傀儡兵を用いた強奪作戦を展開する必要がなくなった。

 地上本部との兼ね合いを考えても、やはり荒事が少ないに越したことはない。


 「とにかく戻るぞ、プレシアが首を長くして待ってる」


 「トール、これで、母さんは助かるかな?」


 「さあてね、そればっかりは断言できんなあ」


 「あんた、そういう時は嘘でも助かるといいなよ」


 「そうもいかん、俺は騙すが嘘はつかんからな」


 いつも通りの雑談をしながらミネルヴァ文明遺跡を一旦後にする。今後の対策も考えればすぐ戻ってくるだろうが、一先ずはフェイトとアルフを休ませるとしよう。



 最も、俺にはジュエルシード研究のサポートが待っているから休む暇はなさそうだ。リニスがいない今、アイツの分も果たさないといけないからな。



==================

 説明多すぎるだろ自分・・・・・・
 しかし今は物語の土台を作ってるときなので、仕方ないといえば仕方ないんですが・・・・・・
 話が進めば、もっとスムーズに読めるようになる、はず・・・



[22726] 第十一話 次元犯罪計画
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/13 11:18
第十一話   次元犯罪計画




新歴65年 3月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





 「どうだ?」


 「主語をつけろといいたいとこだけど、ジュエルシードのおおまかな特性は把握できたわ。残念だけどやっぱりアリシアの身体に直接移植するには無理があるわね」


 プレシアの解析結果によると、ジュエルシードは簡単に言えば願いを叶えるロストロギア。周囲にいる生命体の意識的、または本能的願いを受信しそれを叶えるのに最も適した類の魔力を放出、大体は変化現象を引き起こすとか。

 だが、その内部に蓄えられているエネルギーは次元震すらも起こせる程に強大。しかも複数のジュエルシードを共振させればその力は跳ね上がり、10個くらいあれば次元断層すら引き起こせるだろうという次元干渉型ロストロギアとしての特性も持っている。


 「正直言って、わけが分からんな。ジュエルシードは一体何がしたいんだ?」

 高純度のエネルギー結晶体だから、傀儡兵の動力源としても利用できるし、次元航行用の駆動炉の炉心としても利用できそうだ。また、次元断層を起こして敵を殲滅する次元破壊爆弾みたいな使い方も可能だろうし、高ランク魔導師のリンカーコアと融合させてスーパー魔導師を作ることも理論的には不可能じゃないだろう。


 「最大の特徴は汎用性だから、“願いを叶える”というのはそれを突き詰めた結果だと思うわ。ある意味で汎用性の究極系なわけだもの」


 「なるほど、蓄えられた膨大な魔力を背景に、色んな事を出来るように機能を付けまくったらなんでも出来るようになった、と思いきや周囲の願いに敏感に反応して面倒事を引き起こす厄介者になったと。過ぎたるは及ばざるがごとしだな」

 願いを叶えるのに最適な魔力を放出というのも色々な機能を混ぜた上に生まれた副産物か。しかし、そんな夢物語みたいな機能を実現させるとは、古代の魔導師は一体どんな技術力を持っていたのか。


 「だけど、この特性はやっぱり利用出来るわ。ジュエルシードの力を上手く利用すれば“アリシアの身体に最適なレリックレプリカ”を創造することも可能になる」

 レリックを非魔導師であるアリシアに直接移植することは不可能。だからこそ、魔力炉心としての機能を除外し、肉体の蘇生能力にのみ特化させたレリックレプリカを作ろうとしたがどうやっても出来なかった。かつて研究していた改造リンカーコアなどを基に幾度も実験を繰り返したが、アリシアのクローンとの完全な融合は一度たりとも成らなかった。

 プロジェクトFATEはそういった実験のためのクローン体を作ることも目的ではあったが、最大の目的は“レリックレプリカとの融合が成功したアリシア”という目指すべきゴール、それに近いものを作りあげることにある。ゴールからそこに至るためのルート、つまりはレリックレプリカをどのように調整すべきかを割り出そうと考え、そのために作り出されたのがフェイトである。

 しかし、本来の専門分野が駆動炉などの開発であり、根っからの生体工学研究者ではないプレシアではやはり限界があった。結局、フェイトという指針があってもレリックレプリカを完成させることは出来ず、ジュエルシードという“過程を飛ばして結果のみを引き寄せるロストロギア”の力を借りる羽目になってしまった。そして、母のためにそれを探しているのがフェイトというのも皮肉な話ではある。

 ともかく、ジュエルシードがレリックレプリカの精製に利用できるというのはいい情報だ。フェイトの頑張りはようやく報われた、と言いたいところだが――――


 「質問だ、ジュエルシードの効果を実験を重ねることで解析して“アリシアに最適なレリックレプリカ”を作り出すのにどれくらいかかる? いや、まずはジュエルシードの力を完全に制御するのに必要な期間は?」


 「………改造リンカーコアの精製に要した時間は4年、レリックを実用可能状態まで持っていくのにかかった時間は6年、それらのノウハウがあることを差し引いても――――――――2年はかかる。余程順調にいっても1年未満はあり得ないわ……」


 「やっぱりか」

 ジュエルシードの発見はぎりぎりで間に合ったように思えるが、やはり遅すぎた。

 プレシアの身体はあと2か月も持つまい。ジュエルシードの力が“延命”に利用できたとしても、解析して有用な方法を見つけていなければ、基となる生命力が落ちている以上は焼け石に水だろう。

 だが、それだけで諦めるような女だったら、そもそもフェイトをプロジェクトFATEによって作りだしたりしていない。


 「つまりはこういうことだな、ジュエルシードを完全に解析して安全性を確立した状態でアリシアの蘇生を行うことは既に不可能、そもそもそんな時間はない。だから、ジュエルシードの最低限の制御法を経験則で導き出し、ぶっつけ本番で“レリックレプリカ”を創り出す。上手くいけばアリシアは蘇生するし、その技術をそのまま転用すればアンタも健康体になるかもしれない」

 だが、それは奇蹟を当てにするようなものだ。複雑な計算をしなくても成功率が1%以下だということは理解できる。


 「でも、もうやるしかない。せっかくフェイトが見つけてきてくれたジュエルシード、無駄にするわけにはいかないわ」


 「まあ、ここまで来たら意地だな。土壇場で諦めるようならそ、もそもフェイトのために自分の命を延ばすための研究でもしていればよかったんだ。だが、俺もアンタのインテリジェントデバイスだ、マスターが諦めていない以上、全力でサポートさせてもらう」


 プレシアの決断は分かりきっていた。だからこっちもこっちで相応の準備は進めている。

 インテリジェントデバイスは主のためになることの準備は怠らない。


 「………何をするつもり?」


 「今回の研究はかなりデリケートな上、相手は正真正銘のロストロギアだ。プロジェクトFATEの時のように、いくつも培養カプセルを並べて比較しながら地道に進めていくわけにもいかんだろうし、そもそも実験体がない。サンプルを採るなら、ジュエルシードの効果を知っていない人間に触れた場合、どんなことが起こるかというデータが必要だろう」


 「そうね、アリシアを蘇生させるための“レリックレプリカ”の創造を行うのは私だけれど、その場合ジュエルシードにかける願いは“アリシアに最適であること”。でもジュエルシードが反応する”願い”にはアリシア自身のものも混ざっているから、そこが最大のポイントになるわね」


 生命には“生きたい”という最も純粋な願いがある。ジュエルシードが願いを叶えるロストロギアならば、死にかけの人間が触れれば傷や病気を全て癒すことになる。

 だがことはそう簡単にいくまい。思考が一種類しかない人間など存在しないし、“生きたい”と思うと同時に“もう楽になりたい”と思うこともあるだろうし、“生きてもいいことない”とか、“何で生きているのか”などの雑念が混じることもある。

 プレシアの解析によれば生命の願いはそう単純ではないため、大体は歪んで叶えられてしまうだろうということだ。これが人間ならば尚更だろう。逆に、アメーバのような単細胞生物の願いが受諾されれば“繁殖したい”という念だけが増幅されて、どこまでもアメーバが増えるような効果をもたらすかもしれない。

 つまり、ただ単純にジュエルシードがアリシアの本能的な願いを叶えようとすると、最悪アリシアがモンスター化する可能性すらあるというわけだ。“生きたい”という生物として純粋な願いはそれだけに、“アリシアが人間として生きる”部分を削り取ってしまう可能性が高く、ジュエルシードそういう面で実に厄介な特性を持っている。

 仮に、死にかけの人間に握らせたとしても、怪物のようになって生き残る可能性も否定できない。いや、ジュエルシードの保有する魔力が高いだけに、ただ治療だけして終わる方がおそらく難しい、余った魔力は肉体に影響を及ぼし、人間の限界を超えた異形へと変形させる可能性がある。要は、ジュエルシードとは人間に使うにはあまりにも魔力が巨大過ぎるのだ。

 ならば、そのジュエルシードの発動状況のサンプルを採る最も手っ取り早い方法は――――


 「だったら、魔法のことを一切知らない人間、もしくはただの犬や猫、野生生物なんかがジュエルシードに触れた際にどのような変化を成すのか、そのデータがあればジュエルシードの傾向を統計的に調べることが出来るんじゃないか? まあ、たった20個しかないというのが問題だが」

 実際に生物に発動させ、その変化の様子を観測すること、これに勝るものはない。

 デバイスである俺は統計的なデータで物事を測ることが本領だ。直感なんてものはありはしないし、経験を組み合わせて擬似的な直感を作り出しても閃きという分野では到底人間に及ばない。


 「それは私も考えているわ、人間はともかく、野生生物を連れて来てジュエルシードに触れさせてその結果を観測しようとは思っていたけれど」


 「ああ、当然それもやるがそれだけじゃ足りない。奇蹟に縋ってぶっつけ本番でアリシアを蘇らせようってんだから、ここはぶっつけ本番のデータこそが役に立つ。実験環境を整えた上での実験は所詮作りものだ、実践に勝るものはない」


 「……………読めたわ。貴方、とんでもないことを企んでいるわね」


 「幸運なことに、第29管理世界のミネルヴァ文明遺跡からミッドチルダ方面に向かう航路は一つだ。本局だろうが地上本部だろうが、時空管理局にジュエルシードを届けるなら、ある管理外世界を経由する。管理外世界の人間なら当然魔法のことなんか知らない、リンカーコアを持たないアリシアの“生存本能”がジュエルシードにどんな影響を与えるかをぶっつけ本番で調べるにはうってつけの場所だと思う」


 次元航路を普通の海の航路に例えるならば、管理世界は港を備えた陸地であり、管理外世界は無人島といったところだ。無人島に大量の物資を運び込むのは手間がかかるし当然貿易も行われないが、港から港に船が進む際に近くを通ることは往々にしてある。やはり次元航路を長期間進み続けるよりは一定の距離で通常空間に戻って整備点検を行った方が運搬のリスクは小さくなる。

 故に、ミネルヴァ文明遺跡からの出土品が運ばれるルートを考えれば、間違いなく第97管理外世界で一度通常空間に出て整備点検を行う。本局次元航行部隊の艦船ならばそんな必要はないだろうが、民間船はそこまで高度な設備を積んでいないので、乗組員の疲労などを考慮しても途中休憩は必須だ。


 「正気かしら、次元干渉型の要素も持つロストロギアを管理外世界にばら撒くつもり?」


 「管理外世界ならばこそだ。流石に地上部隊がいる管理世界にばら撒くつもりはないさ」

 俺はデバイスだ、狂うとしたらそれは出来ないことをやろうとする時だろう。出来ることなら何でもやる。


 「次元航行部隊にばれたら次元犯罪者扱いされるわよ」


 「プロジェクトFATEに手を出している時点でもう立派な犯罪者だよ。それに、名言がある、“ばれなきゃ犯罪じゃねえ”、だ。ちなみにもうジュエルシードをばら撒く場所の目星は付けてあるし、拠点となるマンションの購入のための下準備も進めている。そして最大のポイントは、地上本部が計画している大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射の日程と、どうやら被りそうってとこだ」

 ジュエルシードをばら撒く予定の第97管理外世界は地表の7割が海だ。それに、人間が住んでいる陸地面積よりも無人の土地が圧倒的に多い、ばら撒き方には最新の注意が必要だろうが、ジュエルシードの特性を利用すれば一発だ。


 「ジュエルシードをミッドチルダに運ぶための貨物船も調べてあるし、とある手段で乗り込む手配も済んである。後は現地の上空に来たらジュエルシードに“海鳴市に俺を運べ”と願いながら転移魔法を使えばいい。ジュエルシードもある程度活性状態になって一石二鳥、貨物船の重要貨物室のセキュリティを突破するプログラムは現在構築中だ」


 「準備がいいことね、それで、フェイトはどうするの?」


 「裏の事情は知らせず、純粋に“事故”でばら撒かれてしまったジュエルシードを回収するために、第97管理外世界、地球に向かってもらう。そして、時の庭園で行う“ブリュンヒルト”の試射場はどうやら管理外世界の通常空間になりそうだから、第97管理外世界での火星あたりに時の庭園をもっていけば、空間転移で地球と往来できるようになる。空間転移で往来するにもフェイトがいてくれた方がいいし、俺一人じゃジュエルシードの回収にも限界があるからな、次元震を引き起こせるエネルギーを秘めたジュエルシードの暴走は俺の手には負えん」
 
 もし時の庭園を動かせないのであればここまでやるのは無理だったろうが、今は運が向いてきている。地上本部との間に築いておいたパイプがここにきて実によく作用している。 時の庭園は試射場として貸し出す予定であり、場所はある程度こちらの希望を優先してくれることになっている。管理外世界の宇宙空間ならうってつけだ。

 大型魔力砲ブリュンヒルトの試射は地上本部が独自に進めているものであり、本局はほとんど関与しておらず演習場の提供すら拒否している。ならば、管理外世界の宇宙空間で地上本部が試射実験を行うことに本局は意義を挟めまい、今更意義を挟むなら最初から演習場を提供しろという話になることは目に見えている。

 試射を管理外世界の惑星上で行うのは大問題だが、その世界の文明の宇宙船がおいそれといけない場所まで離れていれば、現地住民と接触する可能性も皆無だ。宇宙空間で試射を行う場合、宇宙を進む民間船が絶対に通らない場所を選ぶことになるので、管理外世界の方が場所を取りやすいという事情もある。もしそこで撃った砲撃に当たっても、そこにいること自体が違法であれば文句を言われる筋合いもない、軍の演習場に潜り込んで密猟を行っていた者が流れ弾に当たって死んでも誰も同情しない、“運の無い奴だ”で終わるだろう。


 「人の娘を騙して犯罪の片棒を担がせようとするのは、褒められたことじゃないわよ」


 「大丈夫、上手くやるさ、どんな事態になってもフェイトは無罪にしてみせる」

 というか、ジュエルシードの効果をその他の資料から大体把握していたからこそ俺達はジュエルシードを探していたのだ。そして、仮に見つかったとしてもこういう実験が必要になると予想は出来たので、犯罪計画の構築とその下準備は半年以上前から進めていた。まあ、ジュエルシードが発掘されなければ無駄になっていた計画だが、無駄にならずに済んだようでなにより。

 それに、ことはジュエルシードの実験だけじゃない。ある程度ジュエルシードの回収が進んだ段階で時空管理局の次元航行部隊を引き寄せたいという思惑もある。

 アリシアの蘇生を行う本番は複数のジュエルシードを使うことになるだろうから、万が一にも次元断層が発生してしまう危険がある。時の庭園の駆動炉“クラーケン”の力を次元震の封印に向ければ、中規模くらいの次元震は抑えられるだろうが、念には念を入れて近くに本局の次元航行艦がいてくれればありがたい。

 それに、本局と地上本部の確執につけ込めば俺達への視線をかなり逸らすことが可能だろう。“ブリュンヒルト”の試射は、法的手続きに則った正式なもので主導は地上本部、ジュエルシードに関する対策は突発的な事故に対応するためのもので主導は本局、これが同じ管理外世界でバッティングすれば諍いが起こる可能性は高い。

 それに、アリシアの蘇生が終了した後、成功したにせよ失敗だったにせよフェイトの今後を考えれば、ここらで本局と接触して法的な手続きを全部済ませた方がいい。こういうのはフェイトが子供のうちにやってしまわないと後で面倒なことになる。


 「だけど、第97管理外世界、呼び名は地球だったかしら? 現地住民に最悪死者が出るわよ」


 「そこはそれだ、死者というなら俺はもう2000人以上のアリシアを殺していることになる。これはあくまで提案だ。最終的な判断はそっちに任せる」


 「外堀は埋めておいて最終判断だけ私にさせるかしら貴方は」


 「これは単なる確認だよ、アンタがどんな選択を選ぶかは分かっているが、筋道は通さなきゃいけないからな」


 プレシアはアリシアとフェイト、どちらのために残りの人生を使うかという選択においてアリシアを選んだ。そんなプレシアが管理外世界の人間の命とアリシアを蘇生させられる可能性を上げること、どちらを選ぶかなどまさに確認するまでもない。

 もしその罪がフェイトにかかるのだとすればまた別の問題になるが、その点においてフェイトに罪はない。ジュエルシードをばら撒くのは俺の仕事でフェイトは嘘吐きデバイスに騙されてジュエルシードを回収させられただけの少女だからだ。

 まあそもそもばれるようなヘマをやるつもりはないし、いざとなれば狂ったインテリジェントデバイスの独断ということにすればいい。俺の命題はプレシア・テスタロッサのために活動することであり、多くの人々を幸せにするような機能や目的はプログラムされていない。



 「細かい方法は貴方に全て任せるけど、絶対にフェイトにはばれないようにすること、そして、貴方が捕まることも許さない。守れるかしら?」


 『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』


 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存、重要度は最大、主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了、今後、この命令は我が命題の一部となる、終了条件はジュエルシードに関連する事柄がテスタロッサ家、及び法的手続きにおいて全て完了すること。



 「ところで、どんな場所にばら撒くつもり?」


 「それなんだがな、実に面白そうな場所がある」


 邪悪な笑みを浮かべながら俺はプレシアにデータを渡す。俺の計画は色んなものがかなり複雑にからんでいる、というより絡ませた。


 「海鳴市………一般的な地方都市のようだけど?」


 「重要なのは街じゃない、管理外世界だってのにこの街から結界反応があったってことだ。それもそこいらの魔導師が張るものとは違うタイプだ」

 この結界は非常に良く出来たもので、おそらく時空管理局の次元航行部隊でもこれを察知することは不可能だ。結界の最上級は存在を誰にも気付かせずに効果を発揮するものだが、この結界はそれに該当する。

 だが、ジェイル・スカリエッティが送ってきた肉体の固有技能『バンダ―スナッチ』は、どんな結界だろうが見破る能力だ。見破るだけで破壊も突破も出来ないというのが情けないところだが、偶然ではあったが管理外世界にあるはずのないものを俺は発見できた。


 「その結界の中には何があったの?」


 「悪いがそこまでは分からん。サーチャーを通してのものだったし、サーチャーと俺の機能は連結させていたが、そのサーチャーもすぐに叩き壊されちまってな。だが、サーチャーが壊されたってことは監視人かもしくは防衛用の機能があるってことだ、面白いだろ?」


 つまり、海鳴市には違法研究所か、次元犯罪者か、ロストロギアかそれに準ずるようなものが眠っているのは間違いない。時空管理局から逃れて管理外世界で研究している奴がいるのか、はたまた単なるコレクターという可能性もある、奇人変人は次元世界にいくらでも溢れている。

 最も、広域次元犯罪者のようなレベルの高い犯罪者は管理外世界にはいない。管理外世界に潜むものといえば止むにやまれぬ事情で身を隠すことになった魔導師が大半であり、痴情のもつれで管理局の高官を殺してしまったとかがいい例だ。ここでポイントとなるのは正体がどんなものであったとしても、それに対応するのは時空管理局の次元航行部隊しかあり得ないという点だ。


 「つまり、いざとなったらその結界を張った奴をジュエルシードばら撒き犯に仕立てあげるつもりね」


 「少なくとも管理局の目を逸らすことは出来るだろうさ、ジュエルシードを狙って動いてくれば罪を擦り付けるのもやりやすいし、そうじゃなくてもこっちから発破かければ自然と管理局の網にかかる。次元航行部隊も無限に手が伸びるわけじゃないからな、素性がはっきりしてて地上本部との繋がりがあり、正規の手続きに則った実験を行っている俺達よりも謎の結界を張った奴に意識を向けるだろ」

 そいつが海鳴市に結界を張ったのは別の事情があるのだろうが、そんなところに他のロストロギアが“事故”でばら撒かれたとしたら関連性を疑うなという方が無理だ。まあ、何の反応も示さない可能性もあるが、その時は放っておけばいい、これはあくまで保険のようなもので、ばら撒くことにメリットがある場所が海鳴市だったという話だ。

 とはいえデメリットもある。そいつらと完全に敵対することになった場合俺達が返り討ちにされる可能性だ。しかし、荒事に向いている高ランク魔導師の犯罪者は管理外世界には拠点を設けないものだ。物資を調達するにも研究設備を整えるにも管理世界の方が圧倒的に効率が良いので、管理局に補足されてもAAランク以上のエース級を返り討ちに出来る実力があればそちらに拠点を置いた方が多くの面で都合がいい。

 よって、管理外世界に拠点を設けるのは時空管理局のエース級魔導師を迎撃する実力がない者たちになる。もしくはランクこそ高いものの能力が戦闘向けではなく研究専門の場合か、管理世界にいられない余程の事情がある場合か。

 なので、AAAランクのフェイト、使い魔のアルフ、後方支援の俺の3人で動いているテスタロッサ一家が返り討ちにされる可能性は極めて低い。それに、交渉次第では協力関係を築くことも可能だろう、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティとの関係のように。



 「なるほど、悪くないわ」


 「だろ、もし結界を張った奴が組織的に動いていたり強力な戦力を揃えていたらその時は次元航行部隊に応援を頼むことも出来るし、大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射対象をそいつらにしてもいい。“善意の協力者”ってことで管理局に恩を売って、見返りとしてほんの一か月くらいジュエルシードを貸してもらうのもありだ。その説得は自身あるぜ、金の力も味方についている」


 「ホントに貴方は悪知恵が働くわね、上手くいけば時空管理局と敵対することなくジュエルシードを使用できる条件が揃うってこと」

 
 法を司る組織と敵対してもメリットなどほとんどない。しかし、プレシアが技術開発部で行った魔力炉“セイレーン”の開発や、リニスが遺失物管理部機動三課で働いていたこと、そして“ブリュンヒルト”や“クラーケン”の開発協力に、開発場所としての時の庭園と傀儡兵を格安で地上本部に提供したこと。これらを通して管理局が俺達を処断出来ない状況を構築したことによって俺達の選択の幅は逆に広まった。

 ここでの最大のポイントは本局と地上本部、仲の悪い組織の両方に別々に恩を売ったことだ。これによって管理局内部の権力闘争や縄張り争いに付け入る隙が生じる、片方とだけ仲良くしていたらもう片方から目の敵にされてしまう。

 しかし、仮に俺達がこの実験によって次元航行部隊に拿捕されたとしても地上本部が黙っていないし、本局の技術開発部や遺失物管理部も無関係ではいられない、ただ犯罪者としてしょっぴくには俺達は管理局に関わり過ぎている、表の面でも裏の面でも。

 これで全部思い通りにいくなんてことはないだろうが、きれるカードは多く持っていたほうがいい。


 「ま、世の中そこまで上手くはいかないだろうが、海鳴市にジュエルシードをばら撒くことにはかなりのメリットがある。そういうわけで海鳴市を“ジュエルシード実験”の舞台にすることになった。準備は着々と進行中、開幕は近いぜ」


 「貴方、楽しんでいるでしょ」


 「まさか、ただ悲壮感漂わせようが楽観的だろうがデバイスの性能は変わらない。だったら、フェイト達のことも考えれば楽しむ方がいいだろ」

 デバイスというものは常に現実路線をいく。俺がマイナス思考でいてもプレシアにもフェイトにもアルフにも悪影響しか出ないことが分かっているのだから、常にプラス思考でいるようにする。これはただそれだけの話。人間と違って精神的な疲労がないのでいくらでもハイテンションを維持できる。



 こうして、後に公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる次元犯罪計画がスタートした。




==================

 Q. 脳死状態の人間に本能的な願いはあるのか?

 A. 人間は、肉体、精神、魂で成り立っていて、アリシアは精神が停止している状態なので、魂はまだ生きています。そして、肉体と魂が”生きたい”と言っています。

 ………ダメでしょうか?

 それにしても説明回が続いてしまう… そしてまだあと1回説明回が必要になりそう…… 何やってんだ自分。



[22726] 第十二話 第97管理外世界
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4c237944
Date: 2010/11/17 15:34
第十二話   第97管理外世界


新歴65年 3月27日 ミッドチルダ首都クラナガン 


 「おっし、フェイト、アルフ、スケジュールを確認するぞ」


 「うん」


 「はいよ」


 ここはクラナガンにあるマンションの一室。

 ここ1年くらいは次元世界を飛び回っていた俺達だが、クラナガンは中継の拠点として良く使うので活動の拠点として抑えておいた物件だ。

 何かと縁がある地上本部にもほど近いので立地条件はかなりいい。


 「プレシアが現在研究中のジュエルシードだが、他の20個はやはりスクライア一族が全部発掘したらしい。俺達が発見したことは誰にも言ってないから、残り一つを探してこれまで頑張っていたようだが、ついに諦めてジュエルシードを時空管理局に届けることにしたそうだ」


 「悪いことしたかな………」


 「しょうがないさフェイト、あたしらにもあたしらの都合があるからね。それに発掘ってのは基本早いもん勝ちだよ、先にとられた方が悪いのさ」

 アルフが言うのは正論だが、先にとられたものを非合法な手段で奪おうとしている俺は超極悪人だろう。


 「ジュエルシードも1個だけじゃ何かと厳しいからな。俺達としては少しの間でいいから貸してほしいところだが多分難しい、スクライアが発掘したジュエルシードでも交渉の相手は時空管理局になってしまう、一応交渉はしてみるが成功確率は高くないと思え」


 「どのくらい難しいの?」


 「担当の局員が余程のボンクラか、もしくは余程のお人よしならうまくいくかもしれない。もしくは金にがめつい野郎なら賄賂次第でどうとでもなる。だが、遺失物管理部の局員は基本的に職業意識と責任感が強い、まだどんな特性を持つかの検査も終わってないジュエルシードを、いくら高名な工学者で管理局に多大な貢献をしているとはいえ、民間人に貸し出すことはないだろう。簡単に言えばリニスがたくさんいると思え」

 この表現が一番しっくり来たようで、二人とも納得した表情をしている。


 「ってーことは?」


 「無断で借りることになるな」


 「それって、犯罪じゃ………」


 「まあそこは気にするな、せいぜい1か月くらいだからちゃんと返して謝れば多分大目に見てくれる。次元災害なんて引き起こした日には終身刑ものだが、脳死状態からの蘇生のための研究に使うだけなら罰金くらいで済むさ」


 「交通違反のパワーアップバージョンみたいなもんかい」

 どうやらアルフは既に乗り気のようだ、まあ、性格的に交渉なんかよりふんだくる方が向いているんだろう。 実はこれは罰金くらいで済むわけはないんだが、この2人に事実をありのまま伝える必要はない。


 「ま、そんなもんだな、それでもまず交渉はするぞ。穏便に済めばそれに越したことはないし、金で解決できればそれでいい。常日頃から言っているだろう、金の力は偉大なりと」


 「まあ、フェイトが乗る船がファーストクラスなのはいいことだと思うよ」

 ついでに言えばチャーター機も結構使う。

 やはり一般的な手段だけで次元世界を飛び回るのは時間がかかり過ぎるので、特別料金を払って時間を金で買った。


 「私は別にビジネスクラスでもいいんだけど」


 「諦めろ、お前をビジネスクラスに乗せた日にはプレシアから裁きの雷撃が落とされる。あの女は次元跳躍攻撃すら出来るからな」


 「だけど、今の母さんの身体じゃあ………」

 おっと、地雷を踏んでしまったか。

 確かに現在のプレシアの状況では次元跳躍攻撃は難しい。 命を削る覚悟なら撃てるかもしれないが、まさに無駄でしかないな。 攻撃ではなくそれほど強くない魔法でも、次元跳躍して使えるのはあと1回、せいぜい2回ほどだろう。


 「大丈夫だ、ジュエルシードの力を利用すればそれくらいできる」


 「慰めになってないんじゃないかい、それ」

 アルフ如きに突っ込まれた、鬱だ。


 「とにかく、ジュエルシードは貨物船でクラナガンに来るみたいだから、お前達はこっちで待っていろ。俺は一旦ミネルヴァ文明遺跡のスクライアの交渉担当と打ち合わせしてくるけど、お前達がいても意味無いから」

 次元間通信でも出来ないことはないが、やはりこういう交渉は直接会うのが基本になる。

 どんなに文明が発達しようと人と人とコミュニケーションの基本は直に会って言葉を交わすことなのだ。


 「ごめん、役立たずで」


 「フェイト、落ち込むことはないよ、適材適所さ。こいつの特技なんて口先くらいしかないんだから任せておけばいいんだって」


 「口先だけじゃないぞ、尻からカートリッジを出して魔法も使え―――」


 「それはやめて」


 「永久に封印しな」

 速い、タイムラグがほとんどなかった。


 「―――善処はしておこう」

 スクライアの人間と交渉するのは本当だが、やることはそれだけではない。

 時の庭園から別の肉体を持ち出してミネルヴァ文明遺跡で中身を取り換え、貨物船に乗り込みジュエルシードをばら撒くという作業がある。

 まさか時空管理局もスクライア一族のお得意様でこれから交渉しようとしている人間(インテリジェントデバイス)が貨物船を襲うとは考えまい。

 交渉が失敗に終わってその後にジュエルシードを奪いにかかるなら分かりやすいが、交渉の前に奪いにかかるというのは少々筋が通らない。

 だったら最初から交渉する意味がないのだ。

 しかし、クラナガンで待っているフェイト達がジュエルシードを運んでいる貨物船が“事故”にあったと聞いて、ジュエルシードを独自に回収しようとしても違和感はない。

 落し物を勝手に拾って自分のものにしようとするようなものだが、強盗に比べれば遙かにましだ。


 「まあとにかく吉報を待っていろ」

 他にも幾つかの注意事項を残して俺はクラナガンを後にし、ミネルヴァ文明遺跡へと向かった。

 中継地点として時の庭園とその転送ポートを利用するので、通常ではありえない速度で到着できる。

 個人レベルでの空間転移ならば、時空管理局の許可さえとっておけばかなり自由に行うことができる。

 当然、転移可能な場所は公的な転送ターミナルに限られるが、ミネルヴァ文明遺跡には発掘調査のための臨時ターミナルが置かれているのでそこに直通できる。









新歴65年 3月29日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 作戦は無事成功。

 俺は疑われることもなく密航に成功し、ジュエルシードの下に辿り着いた。

 方法は単純だが効果的で、金属製の近接格闘型魔法人形とデバイス(俺の本体)をそれぞれ別人の荷物として送っただけだ。

 送ったのは俺のコピーともいえるデバイスで、俺に比べれば性能は劣るが、人間と同じように行動して宅配物を手配することくらいは余裕で出来る。


 ちなみにそいつが使用した肉体は一般型である。


 こういう貨物船はロストロギアなどを運ぶ際には専用の重要貨物室を使うが、その他の品は大抵同じ部屋にまとめて運ばれる。

 事前に調べてはみたが間違いなくそういうタイプの貨物船だった。

 そうなればやることは簡単、“デバイス”と”カートリッジ”を一つの箱に入れ、更に”魔法人形”を木箱に入れてそれぞれ荷物として貨物船に送り込む。

 本体とカートリッジを入れてある箱は、音声入力式でロックが掛かるものを使用したので、中からパスワードを言えば開く。そして、俺の本体に多少の魔力が残っていれば、自力でふよふよ浮いて魔法人形の元に行くくらいは簡単だ。人形を入れてある木箱には、あらかじめ俺(本体)が入れるような隙間を作ってある。

 そして、人形を本体に残った魔力で起動し、木箱から出て補給用のカートリッジをその場で食べて行動開始。

 予め組んでおいたセキュリティ解除用の端末を使って貨物船のシステムを混乱させ重要貨物室へと突入。

 という計画だったが、より確実性の高い方法に変更した。


 「やっぱジュエルシードの本物が手元にあったのが大きいな、おかげで万事うまくいった」


 プレシアの下にあったジュエルシードを魔法人形の内部に隠して貨物室に持ち込み、その場で発動したのである。

 通常の貨物の検査はそれほど厳しいわけでもなく、プレシアの封印が完璧だったこともあってばれることなくジュエルシードは貨物船内部へ。

 そして、1個の発動に呼応して、別室の保管庫にある20個のジュエルシードが反応した。貨物室と特別保管庫は距離的に20mも離れてない。これだけ近ければ、嫌が応にも発動する。

 そこまでくればジュエルシードに魔力を注ぎ込んで“第97管理外世界、日本の海鳴市へ行け”と願いながら転移魔法を使うだけ。

 近接格闘型の肉体は通常では魔法を使えないが、外付けの装置を用いて空間転移魔法を発動させるくらいは可能だ。

 ちょうど97管理外世界の通常空間に貨物船がいる時期を狙ったので距離的にも問題なし。

 俺がインテリジェントデバイスであるため願いが受諾されるかどうかが懸念されたが、事前に時の庭園のジュエルシードで可能かどうか試していたので問題はなかった。


 というより予行演習は5回くらいやった。


 実験によって分かったことは、“願いを叶える”という特性は俺にはどうやっても発揮できないということだ。

 ジュエルシードの最大の特性とは過程を無視して結果を引き起こすことであり、例えば非魔導師が“どこか遠くに行きたい”と願ったとする。

 すると、その人物が空間転移の理論や必要な魔力量などを知らなくても空間を飛び越えるという結果を呼び寄せることが可能で、まさに奇蹟を起こすロストロギアと言っていい。


 だが、俺は所詮デバイス、機械の塊でしかない。


 奇蹟を起こせるのは人間のみの特権であり、デバイスである俺には自分に記録されている結果しかもたらせない。

 つまり、“どこかに行きたい”という願いを送っても、空間転移の理論や必要な魔力量や本来必要な技術的要素など、過程を知らなければ願いを叶えることは出来ないわけだ。

 故に、俺が“アリシアに最適なレリックレプリカ”を願ったところで過程を知りもしない結果を引き寄せることは出来ない。

 デバイスにできることは現在ある情報を用いて演算することだけなのだ。


 とはいえ今回に限ればそれで十分。


 俺は空間転移の理論や必要な魔力をデータベースに記録してあるから、問題なくジュエルシードを起動させることが出来る。

 要は、俺にとってジュエルシードとは外付けの魔力炉心のようなものだということだ。

 そして、海鳴市に21個のジュエルシードがばら撒かれることとなった。

 どこに落ちたかはさっぱりだが、そこは仕方ない、手元にあった1個は超小型発信機を(物理的に)つけていたので、コレだけはすぐに回収できるだろう。

 何よりも、この方法の最大の利点は“ジュエルシードが貨物室でいきなり発動した”という痕跡しか残らないことだ。

 セキュリティが突破された形跡もなければ襲撃された形跡もない。

 あくまで運んでいたロストロギアが予期せぬ理由で発動しただけであり、貨物船の乗組員の認識では運搬中のロストロギアが突如発動。

 転移魔法のような反応を起こし管理外世界に落ちてしまった、というところだろう。


 実のところこういう事例はそう珍しいことでもない。


 転移機能を内蔵しているロストロギアは数多く、ロストロギアでなくとも転移魔法専用のデバイスなどもある。

 それらを専門の知識を持たない貨物船の乗組員が誤って発動させ、運搬物が行方不明となってしまうケースは1年に10回以上は存在する。
 
 そういった事態に対処するのも次元航行部隊の仕事の一環だ。

 ジュエルシードを送り出したスクライア一族としては“もっと取り扱いを注意するように言っておくべきだった”というところだろう。

 彼らは考古学者ではあるが技術者ではないので次元干渉型であることを正確に把握しているとは考えにくい。

 せいぜい“願いを叶えるロストロギア”までが限界だろうし、考古学的な調査というのは実験以上に時間がかかることが多い。

 俺達も文献ではなく実験によってその特性を正確に突き止めたのだ。

 時間をかければジュエルシードに関する資料の整理も終わるかもしれないが、ジュエルシードの発掘からはまだ日が浅く、考古学的な資料だけで正確に把握できる可能性は低い。

 管理局の遺失物管理部に届いたとしても、現段階でジュエルシードの特性を一番理解しているのは俺達だという事実は揺るがない。


 「ともかくこれで、運搬中の“予期せぬ事故”によってジュエルシードは管理外世界にばら撒かれた。運搬会社も時空管理局に連絡は入れるだろうが現段階ではそれほど危険度が大きい案件ではないし、万年人手不足の管理局が次元航行部隊を即座に派遣できる状況じゃあないな」


 これが管理世界なら地上部隊が回収に動くのだろうがここは管理外世界。常駐の部隊がいない以上やってこられるのは次元航行部隊だけだ。

 しかし、予算と人員問題に悩まされる管理局は現段階で来られるとは考えにくい。

 そしてこの状況ならジュエルシードの所有権は宙に浮いている状態だ。ロストロギアの類は、発掘した段階で発掘者のものになるわけではなく、一度管理局に預け、その安全性を確認した後に正式に所有権が保証される(だから俺たちは違法所持)

 よって、所有権が決定していない段階で、”事故”によってばら撒かれた以上、所有権は曖昧になるから俺達が集めて裁判で争ってもそこそこ戦えるような感じになっている。

 最も、一度は管理局に引き渡して個人の所有が可能かどうかの判断を行わなければ不法所持となってしまうが。


 「ま、それはどうでもいいか、アリシアの蘇生が終われば全部返す予定だし、重要なのは発動したジュエルシード、それも環境を整えた実験ではない生のデータだ。この段階で計画は既に半分以上達成できたも同然」


 後は人形を木箱に戻し、本体は離脱して再びフヨフヨ浮かんで箱にもどる。その後に音声入力で箱の鍵をロックすれば、貨物室の中は何事も無かったように元通りだ。あとは荷物としてミッドチルダのターミナルに着くのを待つだけ。

 そして俺の本体を貨物室に送り込んだ俺の代替品が、ミネルヴァ文明遺跡の転送ポートを使用して時の庭園に転移すれば俺の行動内容に不審な部分はなくなる。そしてターミナルで、代替品が本体を含めた荷物を受け取り、俺と交代すればいい。 その後ジュエルシードの散らばり具合を確認した後、普通の交通手段でクラナガンのフェイト達と合流。


 これによって『トール・テスタロッサ』のアリバイは完璧だ。


 ミネルヴァ文明遺跡の転送ポート使用リストには間違いなくトール・テスタロッサがあり、クラナガンに降り立ったのもトール・テスタロッサ。

 だが、肉体は同じものでも中身のデバイスは別というカラクリだ。

 魔法人形とそれを制御するデバイスで成り立つ俺はこういった人間では不可能な入れ替えトリックが可能だ。

 普段もこれに近い方法でアリバイ作りや詐称を行う俺である。

 後はクラナガンに着きしだい管理局に問い合わせ、恐らくまともな返事は返ってこないだろうから裏金を使って事情を聞きだしてジュエルシードが“事故”で地球にばら撒かれたことを知れば良い。




 残る懸念は例の結界を張っている第三者がどう動くかだが、一日程探ってみた感じでは特に反応はない(ついでに発信機をつけておいた1個は一足先にスフィアで回収した)

 このまま不干渉の態度を貫く可能性が一番高いか。


 「こういう計画って、大体予想外の出来事があるからなあ、さーて、どうなることやら」








新歴65年 4月1日 ミッドチルダ首都クラナガン



 「トール! ジュエルシードが行方不明になったって本当!?」


 貨物ターミナルで中身すり替えトリックを行い、拠点のマンションに着くと同時にフェイトが大声で詰め寄ってきた。


 「ありゃ、どうやって知った?」


 「ミネルヴァ文明遺跡で何度か一緒に発掘した人達が次元通信で伝えてくれたんだけど………本当なの?」

 なるほど、盲点だった。

 俺達“テスタロッサ一家”はここ1年ほどしか活動していない新人発掘チームだ。

 しかし、AAAランク相当の8歳の女の子とその使い魔、さらに保護者のAランク魔導師という異色な組み合わせだけに結構目立つ。

 ミネルヴァ文明遺跡にいた他の発掘チームの中にもそれ以前からの知り合いが何人かいたから、俺達が1年間“ジュエルシード”を探していることを知っている奴も中にはいたはずだ。

 恐らくは親切心で連絡してくれたんだろう。 それにフェイトは発掘者たちの間で人気だったしな。

 うむ、まこと人の世の縁というのは奇妙なり、こんな形で時空管理局から情報を引き出す時間を省くことが出来ようとは。


 「俺の方でもちょっとした伝手で知ったから多分間違いないな。何しろジュエルシードは“周囲の願いに反応して最適な魔力を紡ぎだす”なんて特性を持っている。乗組員が『転移魔法でも使えれば楽なんだけどなあ』とかなんとか思ったら変な形で発動してしまうかもしれないからな」


 「そっか、魔法を使えない人間はそういう風に考えるものだったっけね」

 意表を突かれた風にアルフが首を傾げる。 この点は高ランク魔導師にありがちな盲点だ。

 単独で空間移動が出来るから、普通の人間が旅客機を使う時にどんな感想を持つかということがわからない。

 多分、次元航行部隊に勤める非魔導師のオペレータの傍にジュエルシードがあれば、俺が言った通りの願いに反応してジュエルシードは発動する気がする。


 「とにかく扱いが難しいロストロギアだからな、しっかり封印処理を施してバルディッシュのようなデバイスにでも入れとかないとどんな事故が起きるか予想できん」

 スクライア一族がどの程度の処理をしていたかは謎だが、流石に至近距離でジュエルシードを発動されれば連鎖的に発動するのも無理はない。

 だがしかし、仮に俺がいなくとも発動していた可能性はゼロではないというのがネックだ。

 貨物船への襲撃者が存在しない以上、これはあくまで“事故”として扱われる。 そうなればばら撒かれたジュエルシードの所有権は微妙なことになってくれる。

 何しろ純粋な善意からジュエルシードを集めようとする者もいるかもしれないような状況だ。


 「それでトール、一体どうするんだい?」


 「他人の不手際なのか不幸なのかは分からないが、考えようによっちゃ千載一遇のチャンスだ。俺が聞いた話では近くにあった管理外世界に転移したんじゃないかってことだから、直接行って回収しちまおう」


 「分かった」

 躊躇することなくフェイトが頷く、まあ、プレシアを助けることが出来るかもしれない“願いを叶えるロストロギア”がそこにあるのだ。

 管理外世界では魔法を使ってはいけないとか、その辺のことは頭にないんだろう。 ことプレシアに関することなら、フェイトはとことんまで一途で、かなり思いつめてしまう傾向がある。


 だが―――


 「俺は時の庭園を経由して現地に向かうが、お前達は管理外世界への観光ビザと滞在許可をとってから向かえよ、じゃなきゃ違法滞在になるから」

 その辺のことはきっちり守らせるというのがプレシアとの約束だ。

 俺の稼働年数はそろそろ45年に届き、管理外世界での活動許可などはかなり昔に取得してあるし定期的な更新も済ませてある。

 これには免許のゴールドドライバーのような制度が存在している。

 許可を取ってから10年以上経過し、通算で3年以上管理外世界で活動していても違反を起こさなかった場合は、かなり自由に管理外世界と往来できるようになるのだ。


 しかし、フェイトとアルフが管理外世界の活動許可を取ったのはつい最近で、各管理外世界ごとに別々の申請を出す必要がある。


 そういう事情もあって俺達の活動範囲は基本的に管理世界に限られていた。


 「無理だよ! 管理外世界の観光ビザの発行は半年くらい前から申請しなきゃダメだって………」


 「何言ってんだいトール! そんなことしてる時間なんてないだろ!」

 と、二人から一斉に反論が飛んでくるが。


 「甘いな二人とも、世の中には“金銭”という便利なものがある。ついでに“大人の都合”というものもな」

 必要な場所に必要な金額を届ければ、管理外世界への観光ビザと一か月程度の滞在許可は取ることが出来る。いくら時空管理局が次元航行を取り締まろうと、この手の話を人間社会から失くすことは不可能だ。


 「ひょっとして………」


 「アンタ………」

 どうやら二人とも悟ったようだ。


 「なあに、あるところの局員が近々マイホームを購入したかったとしよう。そこでテスタロッサさんが大株主になっている不動産会社にいい物件がないかと相談に行った際、もし、娘の旅行の件で便宜を図っていただければ、このような物件を格安で提供できるよう手を尽くします。と言われて首を縦に振った、ただそれだけの話だよ」

 実話である。

 その男にはただ、娘(フェイト)が急に旅行に行きたいと言い出して困っているんだが、何とか出来ないかと相談してちょっと“大人の会話”をしただけだ。

 高価な酒やグラスセットなんかも贈ったが、あれはただの新しい友人へのプレゼントだ。

 断じて賄賂などではない。けっしてない。


 「………」

 「………」


 二人は絶句、子供には教えられない大人の話だったか。 例え話という建前だが、似たようなことをやったということは理解した様だ。

 時空管理局の局員とはいえ人の子だし家族サービスも必要だしねえ。


 「そういうわけで、あと三日もあれば管理外世界への滞在許可は降りる。俺は先に行って拠点になるマンションの確保とかカートリッジの運びこみとか簡易的な転送ポートの設営とかをやっとくから、お前達が到着し次第ジュエルシードの探索と回収を開始するぞ、要はいつも通りだ」

 遺跡でジュエルシードを発掘する時も常に俺が物資や情報を集める後方支援部隊で、フェイトとアルフが実働部隊という役割分担だった。

 今回もやることは大して変わらない。


 「………うん、了解」


 「準備はアンタが済ませて、あたしらが探索だね」

 打ち合わせも終了し、俺達は俄かに行動を開始する。 管理外世界に行くのも初めてというわけではないので、自分達の準備は自分達でやってもらう。


 ジュエルシード探索専門の遺跡発掘屋、テスタロッサ一家(一部では有名)の出陣である。




==================

 ようやく次回無印開始になる…… プロローグが12話とは、また長いなあ。



[22726] 第十三話 本編開始
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:58
第十三話   本編開始





新歴65年 4月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 「随分妙なことになってきたな」


 俺の率直な感想である。

 4月1日にフェイトとアルフにクラナガンで今度の予定を伝えてすぐに時の庭園へ向かい、転送ポートを用いてこの海鳴市へ必要な物資を運び込んだ。


 時の庭園が第97管理外世界の火星付近、というか地球からそれくらい距離を離した宇宙空間で“ブリュンヒルト”の試射実験を行うのは5月頃の予定。


 なので時の庭園自体はまだアルトセイムにある。ゲイズ少将も出来る限り早くやりたいようだが本局との折衝にはやはり一定の時間がかかる。

 これは組織である以上仕方ない部分と言えるだろう。

 海鳴市に到着した俺は自作のサーチャーをばら撒いて市全体の様子を探ってみたが、やはり例の結界を張った奴に撃墜されることはなかった。

 どうやら俺がジュエルシード探索のためと思われる行動をしている間はこちらに干渉する気はないらしい。

 そっちがその気なら藪をつついて蛇を出すこともないので、サーチャーはジュエルシードの探索のみに使用。 しかし、発動していないジュエルシードはただの青い宝石と変わらないので、発見は出来なかった。

 プレシアに頼んで『ジュエルシードレーダー』なるものを製作中だが、こいつの完成は少なくとも後1週間はかかるとのこと。 それまでは地道に探索するしかない。

 と思って1日目は下準備に費やし、2日目から足で探そうかと考えていたのだが――――


 「まさか、スクライア一族の少年がジュエルシードを回収しにやってくるとは。仕事熱心と言おうか、責任感が強いと讃えるべきか、馬鹿と罵るべきか」


 こいつは完全に想定外だ。

 既に管理局に引き渡すために貨物船に載せていたのだから、ジュエルシードはスクライア一族の管轄を離れている。

 これを回収する義務は時空管理局(もしくは貨物船の輸送業者)の方にあるだろう。

 だが、ジュエルシードの回収に来たのが一人というのもおかしな話だ。

 ミネルヴァ文明遺跡では結構な人数で発掘にあたっていたのだから、一族の決定で回収しに来たのなら最低でも5人くらいのチームで来るはず。

 つまり、この少年は個人でやってきたということだ。

 スクライア一族なら管理外世界への滞在許可を持っていてもおかしくはないが、一人で来るのは少々無謀だろう。

 空間転移の魔法とその使用権限を持っていれば一人で来ることも可能だが、危険も大きい。



 そして案の定―――――







 「チェーンバインド!」


 「GAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」








 ジュエルシードの暴走体との戦いでかなり苦戦している。そんな様子を遠目に絶賛観察中の俺。


 「あれは―――――ジュエルシードを核とした思念体か?」

 デバイスの処理能力をフルに使った演算で、スクライア一族の少年と対峙している怪物に関する考察を進める。

 時間的な関係から、スクアイアの少年が回収しようとしているジュエルシードは一つ目であると予想、つまり、少年が戦うジュエルシードの思念体はあれが最初、予備知識はほとんどないと考えられる。

 ジュエルシードに関する情報から現在起こっている現象を予想。 ちなみに、肉体は魔法使用型なので純粋な演算性能では一般型に劣ってしまう。

 肉体の制御にリソースを割くからどうしても本体の演算性能が犠牲になるため、それを補うべく汎用人格言語機能をオフ。


 『特定の人物の願いを受信した結果とは異なると予想、しかし、微弱な願いであってもジュエルシードの発動は可能であることを記録―――――――純粋な戦闘能力なら傀儡兵よりは下、Cランクの魔導師でも戦闘面での対処は可能と推察、ただし、特性としてジュエルシードを封印しない限り無限再生機能を有する。封印を可能なランクは推定Bランク以上、事実上Cランク魔導師では打倒する手段はなし』

 ジュエルシードが保有する魔力は億や兆の単位に届く可能性あり、だが思念体が発揮できる魔力は大きく見積もっても3万程度と予想。

 出力のみに限ればCランク相当となるものの無限再生するという特性はレアスキルにも認定される。時空管理局の地上部隊の標準的な魔導師では封印する手段はほぼゼロ。

 この状況を鑑みるに本局武装隊の一般ランクがB、隊長でAランクが必要という基準は客観的事実に基づくものであることを確認。

 しかし、私達の目的はジュエルシードを用いた怪物兵器を作ることではない。

 よって、得られるデータを全部集め、我がマスター、プレシア・テスタロッサに送ることに専念。 我がマスターの頭脳ならば些細な事柄より新たな仮説を提唱出来る可能性があるでしょう。


 しばらく観察を続行。

 スクライア一族の少年はかろうじてジュエルシードの回収に成功。ただし満身創痍に近く、これ以上の回収は絶望的と見られる。


 『必要なデータは採取完了、ジュエルシードを奪う必要性を演算―――――――――必要なしと判断。現段階でスクライア一族の少年を攻撃するのは得策ではない、先の展開を考慮し、彼が私達と協力関係となる可能性をこの段階で失くすべきではないと判断』

 現状では静観に徹し、フェイト達が到着し次第今後の方針を決定。

 高速演算終了、汎用人格言語機能に再びリソースを振り分ける。


 「さーて、帰るとしますか」

 とっととマンションに戻って、フェイト達を出迎える準備でもしますかね。


















新歴65年 4月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「妙を通り越してとんでもないことになってきたな」

 またしても俺の率直な感想である。

 昨日の4月3日、スクライアの少年はまたしてもジュエルシードの思念体と遭遇、二日続けて遭遇するとは運がいいのか悪いのか、スクライア一族は余程ジュエルシードに好かれているのか。

 なけなしの魔力を振り絞って撃退したようだが仕留め切れず、フェレットに変身した姿で意識を失った。

 そしてその次の日となる今日の午後、現地の少女に発見され、動物病院に運ばれた。

 が、その夜、というかつい先程、例のジュエルシード思念体が現れて少年を追い回す。

 そこになぜか少年を最初に拾った少女が現れ――――





 「我、使命を受けし者なり、契約の元、その力を解き放て……」





 その場のノリ的な流れで少女がデバイスの起動用のキーワードらしきものを詠唱している。 多少慣れれば簡略化できるプロセスではあるが、初めての起動ならば必須―――――て、問題はそこじゃない。

 何で管理外世界の少女がインテリジェントデバイスの起動が出来るんだって話だ。

 “ショックガン”などの非魔導師が使う簡易的な魔力電池を用いた端末ならば、一般人にも使用は可能だ。

 低ランク魔導師が使うストレージデバイスならば、リンカーコアさえ持っていれば使用するのも不可能ではない。

 しかし、あれはどう見ても高ランク魔導師用に調整されたインテリジェントデバイス。あれを使用することは管理局の魔導師ですらDランク以下の者には困難なはずだが。

 後で分析するために記録しておいた映像の音声を再現すると、どうやら少年はリンカーコアを有している人間にだけ聞こえるタイプの無差別念話を放っていたらしい。

 俺が動かしている肉体にもリンカーコアはあるが、普通の人間とは異なる繋がり方をしているためかその念話は聞こえなかった。

 というより、俺と念話するにはちょっとしたコツが必要になる。フェイトもアルフもその辺は微妙に苦労していた。

 そして、その念話に応じたのがこの少女ということか。となると彼女が最初に少年を拾ったのも決して偶然じゃないことになるが、この事実が示すことは別にある。


 「例の結界を張った魔導師は正規の存在ではなく、助けを求める人間の声を無視するような人物、もしくはそういう命令を受けている人間。管理局の人間の可能性は低いな」

 少年が放ったのが無差別念話ならばあの結界を張れるほどの魔導師が気付かぬはずはない。

 にもかかわらず何の反応もないということは、次元犯罪者であるなどの理由で他人とかかわれない立場にいるということだろう。

 少なくとも善意で人を助けるタイプの人間ではないということだ。

 これは俺達にとってプラスだ。

 相手が管理局法にそぐわぬ存在ならばジュエルシードをこの地にばら撒いた犯人が必要になった場合その罪を着せやすい。 少なくとも管理局にそう思わせて捜査方針を誘導することは可能だろう。まあ、あくまで保険ではあるが。

 と、思考をまとめていると。



 「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」

 『stand by ready。set up』



 凄まじい魔力の波動が、少女から立ち上った。



 「…………これは、さすがに予想外だ。正直、まいったな」


 うろたえるな! インテリジェントデバイスはうろたえない!


 の教えに従って冷静に状況を分析するが、奇蹟的な現象を目の当たりにしているらしい。 あの少女の年齢は10歳に届くかどうかというところ、おそらくはフェイトと同年代。

 にもかかわらずこの魔力、プロジェクトFATEの結晶であるフェイトに匹敵するほどの魔力を管理外世界の少女が放っているのだ。


 「現在放出されている魔力値――――――88万3000、AAAランクだと? 確率的にあり得ないことじゃないが、にしても規格外にも程がある」

 そして、続く光景は規格外のオンパレード。

 ジュエルシード暴走体の攻撃を初めて手に取ったデバイスのシールドで防ぎ、逆のその身体を四散させる。

 とはいえ相手はジュエルシードを核とする半エネルギー体、バラバラになった身体が互いにより集まり再生する。

 そこに――――



 「リリカル・マジカル! 封印すべきは忌まわしき器 ジュエルシード封印!」



 初めて魔法に触れた少女が封印術式を完成させ、ジュエルードの封印に成功していた。どうでもいいが忌まわしきって失礼だなオイ、一応俺たちの唯一の希望なんだが。








 「とゆーわけだが、どうするよ?」

 流石に予想外の事態が立て続けに起こったので、
時の庭園に通信を繋いでプレシアと相談。


 「何ともまた、呆れた話だわ」

 プレシアの感想も無理もない、俺だって同じ気持ちだ。


 「確率論だが、たまにああいう突然変異も出てくるんだろ、それにフェイトも2000を超える実験体の中で誕生した“奇蹟の子”だ。4歳時にAAランクの魔力を秘めた子なんてほとんど冗談の領域だからな」

 あの少女の名前は高町なのはというらしいが、魔法の才能は恐らくフェイトと同等だろう。

 プロジェクトFATEの完成形であるフェイトと同じ才能が管理外世界にいたという、なかなかに信じがたい話だ。


 「スクライアの少年と例の少女の持つジュエルシードは現在二つ。全体から見ればまだまだ少ないが、今後どのくらいのペースで回収するにせよ、俺達の競争者になるのは間違いない。もっとも、ある意味では協力者になってくれそうだが」

 そう、彼女らの存在には大きな意味がある。


 「送られてきたデータはほぼ理想的と言っていいわ。ジュエルシードの発動状態と高ランク魔導師による封印の記録。それも、私やフェイトが組む封印式とは微妙に異なる方式での記録なんてものが手に入るとは思っていなかった」


 「彼女の手にしたインテリジェントデバイス、“レイジングハート”が祈祷型っていうことも大きいな。祈祷型は感性で魔法を組みあげるタイプと組むと最高の性能を発揮するが、高町なのはという少女はマスターとして理想形と言っていいんだろう」

 バルディッシュは元々フェイト専用に作られたデバイスなのだからフェイトと適合して当然だ。

 だが、レイジングハートはスクライアの少年が持っていたデバイス、しかし彼は戦闘時にデバイスを使っていなかった。


 「少年の方は通常の封印魔法でジュエルシードを抑えたようだけど、こっちもこっちで興味深いわ。デバイスを使わずに自分の魔力だけでジュエルシードを抑えるには相当の魔力が必要なはずだけど、この子は技能で補っている」

 フェイトのようにAAAランク魔導師ともなればデバイスがなくともジュエルシードを封印することは可能だろう。

 だが、Aランク魔導師にデバイスなしでやれというのは無理がある。

 少年の魔力量は概算で18万6000程、とび抜けて大きくはなかったが、それを可能にしたということは魔力の扱いが余程上手いのだろう、弊害が出る程に。


 「この少年は多分あれだな、デバイスとの相性が致命的に悪い代わりにデバイスなしでの魔力制御が異常に上手いタイプ。しかし、このタイプはデバイスの助けがない分、経験がものいうはずなんだが―――」

 まったくデバイスを用いていないというわけでもなかったが、レイジングハートは待機状態のままだった。

 つまり、起動させたところで待機状態と変わらない演算性能しか引き出せないという事実の証左である。


 「『大』がつくほどの天才ということでしょうね、この子も10歳程度だと思うけど術の錬度が半端なものではないわ」


 どういうわけか、海鳴市にやってきた少年はデバイスなしでジュエルシードを封印する大天才で、その少年が出逢った少女は初めて握ったばかりのデバイスでジュエルシードを封印する、大天才の上を行く超人。


 「この街には超人を生み出すための錬成陣でも埋め込まれているのかね?」


 「その可能性は捨てきれないわ。ひょっとしたら例の魔導師がこの土地で高ランク魔導師を人工的に作り出す研究でもしているのかもしれないし、ここまで来たらもう一人くらい9歳でSランクに届く魔力の持ち主とかいても驚かないわよ、私」


 「そりゃ同感だね、確かに、本来なら管理外世界に結界を張れる魔導師がいる時点で十分おかしいんだよな」
 
 そこにプロジェクトFATEの申し子でAAAランクのフェイトが参戦すればもう隙はねえ、超人魔道師決戦の開始だ。


 「さて、呆れるだけならいつでもできる。そろそろ具体的な話に移りたいんだが、ジュエルシードのデータはどうだ?」


 「さっきも少し言ったけれど、ジュエルシードの活動データとしてはほぼ理想的、後は実際に生物と接触して変化が生じたデータと人間が発動させたデータがあれば条件はかなり揃う。それらのジュエルシードを封印する際のデータもあればなおいいわね、最も理想的なのは正しい形で願いが叶えられたケースだけれど」

 今回の研究の最終目的はジュエルシードを“正しい形で暴走なしで使う”ことにある。そのためにはどういった条件を揃えればいいのかを調べたいわけだ。

 確かに今回のようなケースはいいデータになるだろう。


 「アリシアの蘇生に必要なジュエルシードの数はどのくらいだ?」

 「断言はできないけれど、最低で6個、最大で14個といったところかしら。それ以上の数になると力が強すぎる。暴走状態にすれば1個分でも足りるほどだけど、それではアリシアの身体が壊れるだけだわ」

 なるほど、全体の三分の一から三分の二の間か。


 「14個のジュエルシードがあれば万全、少なくとも10個もあれば十分、最悪6個でも出来ないことはないってことだな」

 つまり、彼女等がジュエルシードを集めるのを現段階では妨害する必要はない。7個までなら向こうに回収されても問題ないのだから。

 逆に、彼女らには自由に動かせてジュエルシードのデータを取るのに専念する方が効率はいい。

 おそらくだが、アリシアの蘇生を行う最終実験は“ブリュンヒルト”の試射実験と日程を合わせることになる。早期に集めたところで最終実験を始められないのだから焦る必要はない。


 「ジュエルシードレーダーが完成すればこちらの探索効率は飛躍的に上がるわ。本格的な探索はそれから始めても遅くないから、しばらくは彼女らの監視とデータ収集に専念してもらうことになりそう」


 『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』


 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存。

 重要度は最大。

 主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了。

 今後、この命令は我が命題の一部となる。

 終了条件はスクライア一族の少年と高町なのはという少女の行動が、ジュエルシードの発動状況の記録という主の目的と不一致となる段階に達した時点と定義。


 「ちなみに、例の結界魔導師の方は反応無しだ。多分ジュエルシード争奪戦には不参加の方針なんだろう。まあ、確証はないからいきなり動いてくることもあり得るが」

 とりあえずは保留でいいだろう。

 こちらは一応合法的に動いているのだから、向こうから動いてくれば次元航行部隊に知らせるだけだ。


 「明日にはフェイトとアルフが到着するんだったわね?」


 「ああ、観光ビザの取得もその他の準備も万端整った」


 「それなら、フェイトとアルフにはしばらくその魔導師の調査と結界の監視をお願いして。それが終わってからジュエルシードの探索を開始するように」


 「なるほど、後で次元航行部隊が事件の調停に乗り出した際、フェイトがジュエルシードの探索よりも謎の魔導師の調査を優先したということが分かれば、印象はよくなるか。ジュエルシードの方はとりあえず、スクライアの少年と例の少女に任せて大丈夫ということは分かっているんだし」

 一人の魔導師の魔法といっても、条件が揃えば一つの街を破壊することすら可能だ。下手するとジュエルシードよりも厄介と言える。

 そいつがジュエルシードに介入してくる危険を考慮し、その危険が無いことを確認してからジュエルシードの回収に乗り出したというのであれば、少なくとも犯罪者扱いはされにくいだろう。

 時空管理局は憲兵隊のような血も涙もない組織ではないのだ。


 「だが、問題はフェイトの説得だよ。あいつはジュエルシードの探索に命を懸けているからな、謎の魔導師への警戒を優先しろと言っても果たして聞くかね」

 ジュエルシードはプレシアとアリシアを救う最後の可能性だ。

 ジュエルシードよりも謎の魔導師を優先しろっていうのは、フェイトにとって最愛の母の命を無視して管理外世界の人間の安否を気遣えと言っているのに等しいからな。


 「そこは私が直接言うわ。少し卑怯な言い回しになるけど、フェイトが時空管理局に追われるようなことになったら私は生きていけない、とでも言っておけば大丈夫でしょう」


 「ははは、そりゃあどの口がほざくかって話だ。アルフが聞いたら激怒するぞ」

 フェイトにとってプレシアは最愛の母だが、アルフにとってはそうではない。 娘であるフェイトのために自分の延命を行わず、娘に心配ばかりかける駄目な母親だ。

 アルフにとってみればアリシアよりもフェイトの方が何倍も大切なのだから。


 「これは私のわがままよ、駄目な母親はどこまでいっても駄目な母親ということね」


 「そこは否定せんが、それでも母親だよ、アンタは」

 俺から見ればそれだけで十分、母の姿から何を得るかは娘次第だろう。


 「とにかく、これからはそういう方針で行く。そっちに実験用の動物とかを送る必要はあるか?」


 「いいえ、このデータだけで十分だわ。私の余力も心ないから、無駄なことはせずにアリシアの蘇生のために可能な限りの力を残しておきたい」


 「OK、こっちは上手くやる。朗報を待ってな」

 プレシアとの通信を切り、これからに備えての準備に取り掛かる。





 ジュエルシード実験は新たな段階へ。






=================

 ようやく無印開始! しかしなのは達と接触はしないというオチ。
基本的にトールは見てるだけ。 



[22726] 第十四話 高町なのは
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/19 19:03
第十四話   高町なのは


新歴65年 4月5日 第97管理外世界 日本 海鳴市にある神社





 「うーむ、犬を取り込んで凶暴化&巨大化………なかなかにユニークな現象だなこれは」

 ジュエルシードの発動はこれで3個目。

 どうやらいくつかのジュエルシードは転移の衝撃で活動状態にあるようで、わずか数日で立て続けに発動するという状況を作り出している。

 場所は海鳴市にある祭儀を行うための施設で神社という。

 ジュエルシードの発動を感知したようで件の“高町なのは”とどうやら“ユーノ”というらしいスクライア一族の少年もやってきた。

 んで、彼らが感知したということは当然――――



 【トール、ジュエルシードの発動を感知したけど】



 AAAランク魔導師であるフェイトがそれに気付かないわけはなく、念話が飛んでくる。

 インテリジェントデバイスである俺にのみ繋がる秘匿通信とも呼べる代物だ。

 こうしてフェイト達から念話が飛んでくることがあり得る以上、汎用人格言語機能を切って演算性能をフルにさせるわけにはいかない。


 【分かっている、こっちで状況を確認中だ。それより、謎の魔導師の方はどうだ】


 【広域に渡って探っているけれど、動きらしきものはないみたい】


 【こっちもだよ、結界の反応すら見つからないときたもんだ。完全に向こうは逃げに入っているね】

 なるほど、ということは――――


 【ジュエルシードの一件が片付くまではあらゆる魔法の痕跡を消して、ほとぼりが冷めるのを待つつもりか、あるいは他の思惑があるのか…………微妙だな】

 向こうも相当に俺達を警戒しているようだが、積極的に排除に乗り出す感じではない。

 何らかの事情があるのは間違いないと思うが、いったいどんな事情なのか。


 【特に危険はないから、こっちは放っていていいと思う。私達もジュエルシードを………】

 まあ、フェイトならそういう結論になるか。しかし―――


 【駄目だ、お前達が到着してからまだ一日目だぞ、高ランク魔導師が来たのを察知して迎撃の準備を進めているのかもしれない。ここでお前らもジュエルシード探索に回ったら敵に背中を晒すことになる可能性もある、そんな危険は現段階では冒せない】

 高度な結界があったからといって相手が高度の戦闘能力を持っているとは限らない。

 むしろああいう高度な結界を張るタイプはガチンコの勝負には向いてないケースが多いが、世の中にはオールマイティのとんでも野郎もいたりするから油断も出来ない。

 そういうわけでAAAランクのフェイトを現段階で動かすわけにはいかない。

 あくまでフェイトはジュエルシードの確保よりも、謎の魔導師への対処を優先しなければならないというのがプレシアからの命令だし、少なくとも時空管理局にそう思わせるだけの事実は保険として必要だ。


 【でも!】


 【プレシアの言葉を忘れたか? 俺達に必要なジュエルシードの数は最大で14個だ。それに昨日送ったデータもあるから現段階で追加のジュエルシードが必要なわけじゃない、お前達が焦って探索に乗り出す必要はないよ】

 フェイトは基本冷静で良く考えてから行動するタイプだが、母親のことになると話は違う。 頭では分かっていても、心がうんと言わない状況に陥っているようだ。


 【それは……………そうかもしれないけれど】


 【とにかく、ジュエルシードの探索に関しては俺の指示に従うこと。それがお前達が時の庭園から出発する際にプレシアやリニスと約束したことだろ】

 ここは姑息だが、故人の名前を使わせてもらう。 フェイトにとってこの名前は無視できない。


 【…………うん】


 【だから今は従っとけ、お前の出番が来たらちゃんと回してやるから】


 【……………分かった、でもトール、母さんと姉さんを助けるためにはジュエルシードが必要で、その数が多いに越したことはないでしょう?】


 【まあそりゃそうだろう、実際に使うのが最大で14個でも予備があれば本番に近い実験が出来るかもしれないからな】


 【それだけ、確認したかった】

 そこでとりあえず念話は終わった。


 「分かりやすいっちゃ分かりやすいが、フェイトは全部のジュエルシードを集めるつもりのようだね、どうも」

 ぶっちゃけると、プレシアのためにフェイトに出来ることはそれくらいしかないという事実もある。

 ジュエルシードを用いて“レリックレプリカ”を作り出し、アリシアの蘇生を行うのがプレシアの目的だ。 だが研究関連の事柄には一切フェイトを関わらせてはいないため、そっち方面にフェイトは疎い。というか関わせることはできないだろう。

 とはいえ―――


 「あんまし束縛し過ぎても暴発しそうだし、どっかでジュエルシードを探索させた方が良さそうでもあるな」

 狙いは今回みたいなケースだ。

 ジュエルシードが現地の生物を取り込んでモンスター化し、人間を襲っていればそれをフェイトが助ける状況になっても、時空管理局は文句を言えないだろう。 緊急避難になる。


 「――――と、おやおや、いつの間にかこっちの事態も進んでいるな」



 『barrier jacket.』


 少女の持つインテリジェントデバイス、確か“レイジングハート”が防御を展開、暴走体の攻撃を完全に遮断している。

 普通なら破られそうなものだが――――


 「堅いな、ランクにすればAAランクはゆうに超えている。多分今の俺よりは遥かに頑丈だ」

 つくづくあの少女の魔力量は規格外のようだ。

 それに、魔力量だけではなく―――




 「いたた。ってほど痛くは無いかな。ええと、封印ってのをすればいいんだよね?レイジングハート。お願いね」

 『all right.』

 『sealing mode.set up.』

 『stand by ready.』





 度胸も並ではない、というかどういう適応能力を持っているんだ?

 犬を取り込んだ暴走体の魔力は現在で9万2000、しかし知能がないのでただ力を振り回すしか能がない。

 あれならBランクの一般武装隊員でも単独での制圧が可能だろう。 魔力の大きさがそのまま脅威の度合いに直結するわけではない。

 しかも、それに対する少女の魔力は昨夜よりさらに高く98万、これではどうあがいても勝負になるまい。


 「んー、あれかね、実は代々伝わる武道家や暗殺者の家系だったり、古の英雄の末裔とか、そんな感じ」

 そういう馬鹿げた考えが浮かぶほど、あの少女、“高町なのは”は凄まじい能力とそれを扱う人格を持っている。




 「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル16。封印!」




 少女のデバイスからバインドに近い魔力の帯が放射され暴走体を束縛、動けなくなった敵に容赦なく封印術式を叩き込む。


 「なるほどなるほど、これはなかなかにいい記録が取れたかな。現地生物を取り込んで暴走したジュエルシードと、その効果的な封印方式、両方を一気に観測した。高速演算開始」

 インテリジェントデバイスとしての機能をフル稼働。

 ジュエルシード暴走体と高町なのはの戦闘記録から特に重要と思われる魔力反応やジュエルシードの状態変化をピックアップしデータベース化。

 プレシアが参照しやすいように編集する。



 「状況終了、これ以上留まるとスクライアの少年に察知される危険があるため、撤退を開始します」

 っと、やはりデバイスとしての性能をフルに発揮すると、汎用人格言語機能がオンであっても口調が昔に戻ってしまうな。

 プロジェクトFATEを進めている時もこんな感じだったが。








新歴65年 4月7日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地



 高町なのはとユーノ・スクライアによるジュエルシード回収作業は順調に進み、今日もプールで4個目のジュエルシードの封印に成功している。

 もちろんサーチャーを用いてその様子は観測してあり、必要なデータは既にプレシアに送っている。

 そして、海鳴市で活動するもう一人の魔法少女はというと――――



 「それらしい存在は一応確認したよ、多分猫型の使い魔。かなり上手に魔力の痕跡を消していたけど、十中八九間違いないと思う」



 こちらも優秀さを存分に発揮していた。

 ジュエルシードに懸ける想いが探索に参加できないことによる欝憤とも混ざって謎の魔導師の調査に向けられた結果、見事に成果を出したようだ。

 それに、ここ1年ほどロストロギアを求めて次元世界を渡り歩いた成果なのか、探索や捜索が得意になってきている気がする。


 「流石、それで、その猫さんは一体何をしていた?」


 「それが妙でさ、ジュエルシードを探すでもなく、研究施設みたいなのを守るでもなく、ただの家を監視するような真似をしてたんだよ。どうやら常駐している様子じゃなくて、定期的に結界の様子とかを身に来ているような感じだったけどさ」


 「監視? ただの家をか?」

 確かに、随分妙なことをしているな。


 「何か他に動きがないか見ていたけどずっと監視しているだけだった。何かこう、私達の存在に気付きながらもあえて知らないふりをしているようにも感じられたし、特に気付いていないようにも感じられたかな」


 「なるほど、ということはその家に“何か”があるんだろうが、俺達がその“何か”を正確に察するまでは動かない方針ってとこか」

 これは好都合だ。

 謎の魔導師がそういうつもりなら、こちらが罪を着せたい時にその“何か”を突いてやれば何かしらの行動を起こしてくれる。

 そうなれば時空管理局の目もそちらに向くことになるだろう。


 「だから、私達の調査もそろそろ必要ないと思う」

 ここまで来ると否定材料はないな。


 フェイトがこっちに到着してから既に三日、明日辺りからジュエルシード探索を始めても問題はない。かけるべき保険は全てかけた。


 「よし、明日からはお前達もジュエルシード探索に入れ。だから、そんな思いつめた顔すんな」

 
 「そ、そんな顔してるかな?」

 
 「ああ、不安で不安で、今にも泣きそうって面だぞ」

 お人よしな人物が見れば、とても放って置けないって顔だ。


 「それはそれとして、一つ伝えることがある」


 「何?」


 これまで教えて来なかったジュエルシード探索の競争者、スクライアの少年とその協力者の“高町なのは”について説明する。


 「スクライア! またあいつらかい! つくづくこっちの邪魔してくれるね!」

 説明を終えるとアルフの怒りが炸裂した。

 まあ確かに、ミネルヴァ文明遺跡でも常に先手を取られたというか、ジュエルシードがありそうな場所をあらかた抑えられたからな。


 「その男の子は、一人だけで?」


 「ああ、調査チームが組まれたわけじゃなくてその少年一人、つまりは独自の判断で来たってことだ。だが魔法の扱いはかなり上手いから油断は禁物。ここの空気が合わないのか現在は力を発揮できない状態のようだが、徐々にだが回復しつつもあるみたいだな。とはいえ、魔法の行使を行うにはあと一週間以上はかかるだろうな」

 フェレットに変身して高町なのはと行動を共にしているようだが、その動きは三日前に比べてよくなっている。

 とりあえず運動機能についてはほぼ回復したと見ていいだろう。


 「それで、そいつらもジュエルシードを回収しているってわけだね」


 「ああ、簡単に言えばミネルヴァ文明遺跡の再現だ。スクライア一族VSテスタロッサ一家によるジュエルシード発掘競争ならぬジュエルシード回収競争ってことになるな。ここで面白いのはジュエルシードが既にばら撒かれた状況である以上、管理外世界で魔法を使ってもお咎めはなしということだな」

 最も、あくまでジュエルシードの回収や民間人の保護、もしくは自分達の治療のためという前提はつく。

 無差別に民間人に砲撃でもかました日には裁判所直行だ。


 「さっき見せてもらった映像だと、ジュエルシードの暴走体は一般人に凄く危険でしかない………」

 フェイトが呟くと同時に何かを考え込むような仕草を取る。


 「あ、悩んでいるなフェイト。もしジュエルシードの確保と巻き込まれた一般人の救助、どちらかを優先しなければならなくなったら自分はどうしようって感じだろ」

 フェイトの表情は、一見あまり動かないように見えるが、実は凄く分かりやすい。

 嬉しい時は嬉しそうな顔をするし、悲しい時は悲しい顔をするから、特に親しい人間でなくとも察することは出来るだろう。


 「うん、ジュエルシードは絶対に必要だけど………」

 プレシアを救うことが出来るかもしれない唯一の可能性がジュエルシード、しかし、目の前で災害に巻き込まれる一般人も放っておけないと。

 どこか遠くの世界の人間ならまだしも、目の前で人が危なくなっていれば話も違うか。



 リニス、お前の教育方針は間違っていなかったようだ、フェイトは真っ直ぐに育っているよ。



 「安心しろ、その場合はフェイトが被災者の救助にあたって、俺がジュエルシードの暴走体を相手にする。アルフは遊撃部隊だな。時と場合によって俺の方にもフェイトの方にもサポートに入れるように準備しておいてくれ」


 「それは構わないけど、あんたとフェイトの配役は逆の方がいいんじゃないのかい? あんたの力じゃジュエルシード相手は荷が重いよ」

 確かに、単独での俺の戦闘能力や魔力容量はそんなに高くない。

 高純度のエネルギー結晶体であるジュエルシードの相手はいささかきついものがあるが―――


 「なあに、自力が足りなければ他で補えばいいだけのことだ。プレシアがジュエルシード封印専用のデバイスを開発している。普通の魔導師には扱いが難しいそうだが、“俺”と同調させれば問題なく起動は出来るとさ」

 プレシアもただ待っているわけじゃあない。

 フェイトにかかる危険を少しでも減らすには俺もジュエルシードの封印が可能である方がいい。

 ならば、ユニゾン風インテリジェントデバイスである俺の特性を最大限に生かし、外付けの封印用デバイスを俺が補助してやればジュエルシードを相手にすることも出来る。


 「それに、民間人を救助するなら高速機動が得意なフェイトの方が適任だ。俺だと尻から排気ガスとカートリッジを噴出しながら飛びまわることになる」


 「うわあ……」


 「そいつはあれだね……」

 その光景を想像したようで、二人の顔が引きつる。


 「怪我人が出たらとりあえずここに運び込め、一応医療用の機材なんかも運び込んだから治療は可能だ。それにここならカートリッジの備蓄はあるから俺の治療魔法も遠慮なしに使える」


 デバイスである俺がやる以上、治療魔法というよりも治療装置と言った方がしっくりくるかな。


 「でも、管理外世界の人達には魔法を秘匿しないといけないんだよね」


 「んー、記憶の操作も出来ないこともないが、あれはプレシアの技術だからなあ」

 プロジェクトFATEの最終段階で用いた記憶転写。

 これによってアリシアの記憶はフェイトに受け継がれたわけだ、これを応用すれば都合が悪い記憶を消すことも不可能ではないが―――


 「そいつは危なすぎるよ、失敗したら廃人になっちまうじゃないか」

 問題はまさにアルフが指摘したことだ、技術が完全に確立されたわけではないので失敗する可能性が高く、その際の被害がとんでもないことになってしまう。


 「やっぱ無理だな、ここは古典的な手を使おう」

 そう言いつつ押入れからとあるものを引っぱり出す。 箱の中に入っているので中身は見えない。


 「それは?」


 「ホルマリン漬けの人間の腕だ」


 「ぶっ!」

 「げほっ!」

 二人が同時に噴き出した。



 「これを渡して、“お前達を助けたのは我々にも都合があったからだ。だがこのことは決して口外するな、こうなりたくなければな。黙っている限り、お前達は日常に戻ることが出来る”とでも言っておけば絶対に魔法のことが知れ渡りはしない」


 「………そのかわり、魔法よりもやばいものが知れ渡る気がするけど」


 「てゆーか、そんなもんどこから用意したのさ」


 「企業秘密だ」


 実はプロジェクトFATEにおいて創ったアリシアクローンのなれの果て。

 ということはなく、単に俺の魔法戦闘型の人形の腕だ。ある程度生体部品を使ってるので、本物のようにみえる。

 プロジェクトFATEで出来たものは不利な証拠になりそうなのでまとめて秘密のアジトに隠してある。

 時々アリシアクローンのリンカーコアを有していた素体を使って、魔法戦闘型の肉体のバージョンアップのための研究をやったりもするので廃棄処分にするにはもったいないのだ。

 フェイト達には口が裂けても言えんが。


 「とにかく、そういった裏方は俺に任せてお前達はジュエルシード探索に専念しろ。適材適所という言葉もある」


 「えっと………じゃあ、任せるね」


 「何か不安が残るけど……………深くは考えないことにするよ」

 微妙な感じでテスタロッサ家族会議は終了した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 おまけ

 「あ、そういえばさ。じつは少し気になることがあったんだよね」

 「なんだアルフ、問題になりそうなことか?」

 「うーん、そういうんじゃないんだけど、実はさ、さっき言った猫以外に、もう一匹使い魔を見たんだよ」

 「もう一匹いた? そんならどうしてさっき言わなかったんだよ」

 「いやさ、子狐っぽい奴だったんだけど、ぜんぜん魔力は感じなかったから、見間違いかなあ、って思ってたから・・・・・・」

 「魔力反応が無かったのか」

 「そうなんだよ、あたしみたいに耳と尻尾があったから、そうだと思ったんだけどね、魔力は感じなかった。けど、なんか只者ではない雰囲気はあったよ」

 「ん~~、なんだろ、現地の術式か、それともただのコスプレか、まあ、今のところは保留でいいか」

 「そうだね」




[22726] 第十五話 海鳴市怪樹発生事件
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/21 22:20
第十五話   海鳴市怪樹発生事件




新歴65年 4月9日 第97管理外世界 日本 海鳴市 私立聖祥大附属小学校




 【あー、あー、山に芝刈りに行ったフェイトさんや、川へ洗濯に行ったアルフさんや、そちらの様子はどうかえ?】


 【ええっと、こっちは【ふざけてんじゃないよ】】


 時刻は既に夜だが、別行動で今も活動しているフェイト達に念話で連絡を入れたところ、途中でアルフに割り込みをかけられた。

 念話というのは基本的には一対一が多いが、複数人がチャット方式で会話することも出来たりする。


 【冗談はともかく、そっちは見つかったか?】


 【ううん、まだ】


 【このあたりにあることは間違いないんだけどさあ】

 フェイト達は現在市街地から離れた山の方でジュエルシードの探索を行っている。

 プレシアが試作した“ジュエルシードレーダー”を持って街を回っていたところ、それらしき反応を感知したのだ。

 ただし、このレーダーは精度がよいとはいえず、対象はある程度覚醒状態にあるジュエルシードに限られる。


 しかも有効な効果範囲は半径30mほど、その上ジュエルシードの固有パターンに反応するはずだが誤反応もあるという現状で、散らばった可能性のある地域の広さから考えると心もとない限りだ。

 最初の反応も100m近く離れたところからのものだったため、誤りの可能性もある。

 半径100mともなればかなりの範囲になり、そこを全部回らない限り誤認かどうかの判断もつかないから結構無駄も多くなる。

 だがしかし、この広い街をあてもなく彷徨い歩くことに比べれば遙かにましだ。

 もしそんな状況になったら魔力を手当たり次第に飛ばしてジュエルシードを励起させるような方法になってしまい、そんなことをすれば管理局法に引っ掛かって裁判所直行だ。


 【現在のレーダーの性能を考えればそんなもんか、無理せず地道に探していけ】


 【分かった】


 【ところで、チーム・スクライアはどうしてんだい?】

 現状ではジュエルシードを巡って対立している間柄なので、便宜上俺達をチーム・テスタロッサ、高町なのはとユーノ・スクライアをチーム・スクライアと定義している。

 チーム・テスタロッサのジュエルシード探索班はフェイトとアルフで、俺は敵対チームの監視役。

 相手が見つけそうなジュエルシードを先回りして奪うかもしくは妨害する役目、ということになっている。

 これは嘘で、本当は俺とプレシアで計画した“ジュエルシード実験”の観測班なのだが。


 【どうやら学校にあたりをつけたようだ。ジュエルシードは“願いを叶えるロストロギア”だ、人の多い所に引き寄せられる可能性もあるが、そういう理由じゃなくて単に高町なのはが通っている学校ってだけのようだが】


 【ってことはなに、例の協力者が“たまたま”通っている学校に“たまたま”ジュエルシードが落ちたってことかい?】


 【アルフ、それはたぶん違うと思う。トールの話によればその女の子はAAに届くほどの魔力を持っていることだから、知らないうちに魔力を放出していたのかもしれない】


 【俺も同じ考えだ、プレシアが5歳の時に制御用のデバイスとして俺が作られたのは、幼い身体に高すぎる魔力を秘めているからだったが、高町なのはという少女にも多分同じことが言える。魔法と無関係に生きていたとしても、強力なリンカーコアが体内にある以上、何らかの影響を周囲に与えているはずだ】


 これがミッドチルダや時空管理局が管理世界に認定している世界に生まれたのであれば、魔法を意識することでそれらしき予兆を見せているのだろう。

 だが、自分の常識の中に魔法という要素がなければ、それは無意識のものにしかなりえない。もしかすると、高町なのはの身体は、行き場のない魔力で何らかの身体傷害の予兆があったりするかもしれない。運動機能低下、もしくは感覚器官の異常発達などがこういう場合の主な症状だが、どうかな。

 まあ、それはいいとして。

 やはり彼女の周囲は何もない場所に比べればジュエルシードが落ちやすい場所にはなるだろう。


 【なるほど、たまたまじゃなくて、高ランク魔導師の魔力にジュエルシードが引き寄せられたってわけだね】


 【そういう可能性があったから、俺が彼女たちの監視を行っているわけだ。その少女とフェイトがこの海鳴市にいる今、その周囲にジュエルシードが現れる可能性は高くなるってことだ。最も、20個のうち半分以上は無関係の場所に転がっているだろうけどな】

 それでも、高町なのはという少女が行ったことのある場所にジュエルシードが落ちやすいのは間違いない。

 例えば学校、例えば近所のスーパー、例えば友人の家など。

 そういった点を考慮すれば高町なのははジュエルシードを探しやすい立ち位置にいるわけだ。

 俺達は別に20個全部集めなくちゃいけないというわけではない。

 今のところチーム・スクライアは4個のジュエルシードを有しているが、7個までなら向こうに渡っても全く問題ないわけで、それもあくまで俺達が求めるジュエルシードの最大数での話だ。


 【とにかく、全体的な判断は俺とプレシアに任せてお前達はジュエルシードの探索に専念してくれ、その途中でチーム・スクライアとかち合わせた場合の判断は任せる】


 【連絡は入れなくていいの?】


 【高ランク魔導師がぶつかり合えば嫌でも分かる。その時俺がどう動くかは俺が決めるからそっちは気にしないでくれて大丈夫だ、ただし、念話で指示を出すこともあるだろうから通信用にマルチタスクを一個くらいは確保しておけ】

 完全に戦闘に集中してしまうと念話を入れても通じない場合がある。

 10年以上現場で戦っている時空管理局員なら念話で通信を受けながら動くのは当たり前になっているだろうが、まだ1年しか現場におらず、常に少数で動いているフェイトやアルフにはきついものがあるだろう。

 その他、いくつかの注意事項を確認して念話を切る。




 「さて、こちらの準備はOK。あちらさんの準備もOK」


 学校の中にはチーム・スクライアの姿がある。

 少年の方はまだ魔力が回復していないのか、学校を覆うような結界はない。

 封鎖型の結界を用いれば内部の位相が外側とずれるため、結界内部で魔法戦闘を行っても街には被害は出ない。

 五次元方向に進出した俺達の魔法技術はそういった位相の調整に関して大きなアドバンテージを持つと言っていいだろう。

 だが、ことが戦争となればこれを使用するのは不可能というか意味がなくなる。

 魔導師が相手ならば一定以上の魔力を持つものだけを広域結界内部に閉じ込めることも可能となるが、質量兵器で武装した軍隊には一切意味がなく、“ショックガン”などで武装する魔法文明国家の軍隊ですら同様のことが言える。

 つまり、結界というのは便利なようで案外使用できる機会は少ない。

 管理外世界で犯罪者を追う場合には重宝するが、あちこちにリンカーコアの保有者がいる管理世界では広域結界で街を区画ごと遮断することにあまり意味はない、むしろ弊害の方が大きくなる。

 だからこそ、爆撃機が飛来して焼夷弾を落とすことを結界で防ぐことも、地雷だけを探知する結界を張ることも出来ないのだ。

 魔法は決して万能ではなく、現実というものはいつも無慈悲に管理局員に牙をむく。


 ま、それはさておき。


 「学校の中に人の気配はないな、これなら魔法を使っても大丈夫だろうが、もし目撃されれば明日の新聞の見出しは“スクープ! 私立聖祥大附属小学校に魔法少女現る!”になりそうだ」

 そうなってしまっては少々かわいそうなので、ばれない程度にサーチャーをばら撒いて、万が一にも民間人がいないかどうかを確認する。


 「そういや、対魔法少女用の特殊サーチャーも作ってたっけか。開発作業は自動化しといたけど、一度進捗状況を確認しといたほうがいいな」

 時の庭園で進めている各種の研究内容とその進捗状況をデータベースから参照しつつ、“ジュエルシード実験”の成果を記録すべくサーチャーに指示を出す。

 俺の基本コンセプトは“魔力制御用インテリジェントデバイス”なので、サーチャーの管制や制御はお手のものだ。

 時の庭園に配備されている傀儡兵の指揮権も俺が持っており、有事の際にはあいつらや予備の魔法人形などを指揮して、時の庭園を防衛するようにプログラムされている。

 “ブリュンヒルト”の試射実験の管制役を任されているのもそれゆえだ。

 傀儡兵を海鳴市に連れてこれるなら人海戦術もとれるが、俺と違って傀儡兵は動力源がなければ動けないという欠点がある。

 時の庭園の駆動炉の膨大な魔力がなければ、戦闘はおろか歩くこともままならないので結構使い勝手が悪い。

 あくまで防衛用にしか使えないのだ。

 俺と同タイプのデバイスを組み込んだ機体ならカートリッジで動けるが、その場合同じ顔の人間があちこちに出没することになり、逆に目立ちまくってしまう。

 顔を全部変えるにもそんな時間はないし、変装させるのも結構な手間になる。


 「ま、愚痴っててもしゃあない、魔法少女のお手並み拝見といきましょうか」






 「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル20 封印!!」





 特に問題なくジュエルシードを封印するチーム・スクライア。

 見事だ、本職と現地協力者の即席チームだがなかなかに息が合っている。


 【プレシア、こちらトール、“ジュエルシード実験”のデータの採取に成功、これよりデータを転送する】

 通信機を用いて時の庭園にいるプレシアに情報を転送する。

 次元間の連絡もある程度までなら行える高級品で、何気に時空管理局員の年給を超える値段を誇る。

 魔法文明圏ではこういった端末のことも広義的に“デバイス”と呼ぶわけだ。狭義的な意味では魔導師が魔法を使用する際の補助装置となるが。


 【受け取ったわ、解析はこっちでやるから貴方は引き続きジュエルシード実験の観測にあたって】


 【了解、マイマスター】

 向こうを見るとチーム・スクライアも帰宅の途につこうとしている。


 「チーム・スクライアのジュエルシード回収は順調、俺達のジュエルシード実験の経過も順調、だが、今のところ人間が発動させた記録はないからな。ここらで一つくらいは欲しいもんだが――――そううまくも行かんか」

 ぼやきながらもチーム・スクライアの監視を続行、やってることはストーカーそのものだがそこは気にしたら負けだ。








新歴65年 4月10日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 「そううまくは行かない、と思っていたんだが、意外と早くチャンスが来そうだ」

 昨日に引き続きチーム・スクライアを監視していると、彼らと縁があるともいえる少年がジュエルシードを持っていることがわかった。

 全く関係ない通行人のふりをして、高町なのはの父親が率いる翠屋JFCとかいう球技チームの集団とすれ違ったところ、ジュエルシードレーダーが反応を示した。

 半径30mしか有効な効果がないレーダーだけに、彼らの誰かが持っている可能性は限りなく高かった。

 その後もチーム・スクライアにばれないように監視を続けたところ、一人の少年がポケットからジュエルシードを取り出している瞬間を目撃。

 高町なのはも違和感を持ったようだが確信がないようで行動を起こさず、スクライアの少年の方は、高町なのはの友達二人の玩具となってぐったりしていた。

 そして、ジュエルシードを持っている少年と恋仲にあると思われる少女を隠密性に長けたサーチャーで追っているわけだが――――
 
 

 「はい」

 少年が少女に宝石のような石を手渡そうとし―――


 「わあ、綺麗」

 少女は少年の方に手を伸ばし―――


 「ただの石だと思うんだけど、綺麗だったから―――」

 そして、二人の手が重なった瞬間―――





 「えっ!?」

 「何!?」




 凄まじい光と魔力の波動が、二人を包み込むように発生した。



 『アクセス、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”発動』

 即座に封印用デバイスを発動させ、ジュエルシードの効果の拡大を防止、現状の活動状態を記録する。


 『高速演算開始、記録情報の再検索と現在のデータの繋がりの考察を並行して実行、さらに数秒後の未来に予想されうる状況のシミュレーションを開始、一時的に汎用言語機能をオフ、全リソースを演算に振り分けます』


 ―――この時を待っていました。


 人間がジュエルシードに触れた際にどのような反応を起こすのか。

 そして、その反応をこれまでの情報から予想することは可能か否かを試せる時。

 これこそが“ジュエルシード実験”の最大の意義である。

 現在、ジュエルシードの発動は停止している。

 だがそれはあくまで停止させているのみ、“ミョルニル”を解除すれば即座に活動を再開する。

 それを抑えながら未来を予測するのは困難を極めるものの、おそらくアリシアの蘇生を行う本番ではこれ以上の困難があると予想される。

 だからこそ、この実験は意義を持つ。

 私のデータベースに登録してある情報と私の演算性能だけで果たしてジュエルシードの発動結果を予想できるか。

 そしてそれを意図的に導くことは可能なのか―――


 『未来予測、この状況下の二人の少年少女の持ちうる願いとして“一緒にいたい”、“告白したい”、“好きになってほしい”、などが上位に挙げられる。それらのみをジュエルシードがくみ取った場合に起こりうる結果は―――』


 完全遮断空間における二人のみの対話の場を設定


 『だがこれはあくまで“雑念”が混じらなかった場合の予想、ジュエルシードが思念体として媒介を持たずして活動していたことや、ただの犬が凶暴化した事例から異なる要素が混じることも考えられる。それらを交えて再度シミュレーション開始』


 検索

 演算

 仮説提唱

 条件追加

 演算

 初期条件を変更

 エラー、再起動

 処理能力を超えつつある、これ以上は危険

 拘束条件をより固めて再演算、負荷が減少

 “ミョルニル”継続可能時間残り5秒

 情報検索は終了、演算に全ての要素を振り分ける

 最終条件として“二人で一緒にいたい”を選択

 導き出される答えは――――


 『二人だけでいられる固定空間の創造、そしてその空間を外敵から守るように発生するジュエルシードモンスター。“守る”という特性から貝や蟹のような甲殻を持った生物が最適と予想されるが、周囲に都合のよい生物反応はなし、考えられる次善の生物は――――』


鳥――――棄却、“つがい”を表しはするが“自由”や“移動”の象徴という人間の思念が“守り”の邪魔をする

人間―――棄却、人間が相手と二人でいたい空間を作るための存在が人間では矛盾が生じる

犬――――棄却、“番犬”や“狛犬”などの概念から都合がいいとは思われるが、周囲にいない

虫――――棄却、甲殻を持つ存在ではあるが、“頑丈”というイメージに欠ける、少年の拳で簡単に壊れるものでは防壁足り得ない

猫――――棄却、哺乳動物は犬と同じ理由で却下

木――――採択、人間の拳では壊れず、動かないため“守り”に適する。さらに、“恋人二人が木の下”というイメージから連想可能であり、彼らの目の届く範囲にその存在がある。


『結論、二人の身体を魔力による力場によって隔離し、それを守るように植物型のジュエルシードモンスターが発生すると予想。ただし、周囲に害を与えるという想念は薄いと考えられるので思念体や暴走犬のように人間に襲いかかる可能性は低いと思われる―――――“ミョルニル”発動期間終了、ジュエルシード活動再開』


次の瞬間――――


 『演算結果とほぼ等しい事象を確認』

 インテリジェントデバイス“トール”の演算結果とほぼ近しい状況が、ジュエルシードによって作り出されている。



 ここに、時空管理局に追われることになる危険をあえて冒して実行した“ジュエルシード実験”の主要目的の一つが達成された。


 現在時刻を記録する。






[22726] 第十六話 ようやくタイトルコール
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/23 16:00
第十六話   ようやくタイトルコール





 「汎用人格言語機能を再起動」

 さて、ジュエルシードが俺の演算結果とほぼ等しい発動をしてくれたのは喜ばしいことだが、そう喜んでばかりもいられない。


 「カートリッジロード」

 ジュエルシードを発動させた二人を中心に力場が形成されて、二人を外界から遮断。

 さらにそれを守るように大きな木が地面から生えてきた、ここまではいい。

 だが、ジュエルシードの有り余る魔力がそのまま木を拡大させようとしており、抑えなければ街に相応の被害が出る。

 後々のことを考えるとここで管理外世界の住人に被害が出るのはよろしくない。それにやはり、ジュエルシードには的確な制御を行わなければ際限なく力を放出するような性質もあるみたいだ。

 力の放出量は願いの強さに比例すると考えられる。

 アリシアの“生きたい”という本能的な願いを受信してしまえば、おそらく有り余る魔力は彼女の肉体を人とはかけ離れた存在にまで変貌させることだろう。


 過ぎたるは及ばざるがごとし、何事にも適量というものがある。人間の身体にジュエルシードの魔力はやはり大き過ぎるようだ。


 「“ミョルニル”再発動、ジュエルシードの効果拡大を抑制」

 ボシュゥゥ! という音とともに、俺の尻から排出ガスとカートリッジが出てくるが、魔力を可能な限り使用しなければならないので、外聞を気にしてはいられない。

 使用するカートリッジも“クズカートリッジ”や低ランク魔導師用の汎用型カートリッジではなく、フェイトが魔力を込めてくれた高ランク魔導師用の専用カートリッジを使用する。

 今のプレシアには余計な負担はかけられないので、最近はフェイトの魔力が籠ったものしか作っていない。

 バルディッシュにもカートリッジシステムを搭載出来ればいいのだが、まだ技術的にそれは危うい部分が多く、時空管理局本局の専門のデバイスマイスターが調整しない限りは安全性が信用できない。

 低ランク魔導師の汎用型カートリッジと異なり、高ランク魔導師のカートリッジとはフルドライブ状態に似た威力を引き出す機構と言ってよいのだ。

 当然、例の男が高ランク魔導師の死体を用いて作った『バンダ―スナッチ』というISを備えた機体以外では、専用カートリッジの膨大な魔力の負荷には耐えられない。

 一般型の機体では“クズカートリッジ”であっても一発で回路が焼き切れる。コンピューターのマザーボードに100ボルトの電圧をかけるようなものだ。(普通は3~5ボルトくらい)

 現在使用している魔法戦闘型ならば“クズカートリッジ”や汎用型カートリッジには耐えられる。マザーボードは無理でも、掃除機ならば100ボルトの電圧で動くことができ、性能次第では200ボルトも可能ということだ。

 しかし、掃除機に数千ボルトの電圧をかければ電気回路が焼き切れるに決まっている。

 現に専用カートリッジの魔力に耐え切れず、一度で既に魔力回路が悲鳴を上げている、封印作業が終わる頃にはこの肉体はもう使い物になるまい。


 ――――だが、それで不都合があるわけではない。


 肉体に負荷がかかり過ぎる点で問題がある専用カートリッジだが、肉体の取り換えが効くのならば壊れようが別に問題はない。

 時の庭園から運んでおいた予備の肉体にチェンジすればいいだけの話。

 掃除機がいくつもあるならば、数千ボルトの電圧をかけて一時的に吸引力を上げることも可能ということだ。当然、その掃除機はジャンンクとなるが。


 【トール! ジュエルシードが発動した! それも高魔力反応!】


 【落ち着けフェイト、俺が何とか抑えているから救援に来てくれ。多分こっちに着く頃には木の根が広がってそうだから周囲にいるかもしれない一般人の避難を最優先で頼む】

 といいつつもさらにカートリッジをロード。

 今回の“ジュエルシード実験”はプレシアにとって最重要の案件なので出し惜しみはしない、

 数年前のまだかろうじて元気と言えたプレシアの魔力が籠った“トール”専用品を使用する。

 やはり、“トール”というインテリジェントデバイスはプレシアのために作られたデバイスであり、最も制御しやすい魔力はプレシアの魔力に他ならない。

 ―――マスター、私は貴女のために生まれてきたのですから―――


 【木の根? 今回の媒介は木なの?】


 【ああ、幸い攻撃の意思はないようだから人間目がけて根が伸びるとは考えにくいが、それでも巨大な木が出現すりゃそれだけで危険だし、車が吹っ飛んだり電柱が倒れればそれだけで魔導師じゃない人間は死ぬこともある。だから、油断は禁物だな】


 【周囲の状況は分かるのかい?】


 【いいや、“ミョルニル”の発動を維持するだけで俺の演算能力は限界だ。サーチャーに振り分けられる容量はほとんどない。前回までの思念体や暴走犬相手なら封印まで持って行けたが、今回の相手は分が悪いな。こいつを封印するならAAランク相当の魔力が必要になるぞ】

 カートリッジを高ランク魔導師用にしようが、俺の最大出力はAランクで変わらない。

 魔法の持続時間や演算性能は多少向上するが、機能的に出力の限界は決まっているのだ、俺ではどうやっても封印は不可能。

 それに、予想通りジュエルシードは人間が発動させた時に最も効果を発揮するようだ。

 加えて今回は二人の人間の願いが重なったことによる相乗効果もあるのだろう。

 放出されている魔力がこれまでより圧倒的に多い。


 現在は――――27万――――28万―――――29万――――どんどん上昇していく。


 【だから、とりあえずは一般人を除外するための結界を全力で展開してくれ。チーム・スクライアの結界担当はまだ弱っているだろうから多分不可能、座標はバルディッシュに送っとくからそこを中心に遠距離から思いっきりやれ】

 俺とバルディッシュはかなり距離があっても相互リンクが可能だ。

 今回のような状況においても俺と意識を共有し、俺が置かれている状況をバルディッシュからフェイトに伝えることもできる。

 あとはフェイトの力量次第だが、あいつなら遠距離からでも結界を発動させることもできる。

 リニスの教育は伊達じゃない上、結界の敷設を得意とするアルフのサポートもある。


 【分かった。すぐ向かうよ】


 【あたしらが着くまで持ちこたえな】


 実に頼もしい答えが返ってくる。



 「さてと、チーム・テスタロッサはそういう方針で行くとすると、チーム・スクライアはどうなるかな?」

 これほどの魔力が解放されれば気付くだろうが、現在は俺が抑えているから正確な位置は分かりにくい。木の大きさも今のところは普通と同じサイズだから遠くから探すのは骨だろう。


 「とと、抑えていても内側からどんどん魔力が来てる。このペースだと、もって1分、いいや、2分ってとこか」

 現在32万、このまま上昇すれば厄介なことになりそうだ。

 それに俺の肉体の限界も徐々に近づいてきている。

 魔法戦闘型とはいえ、やはりジェイル・スカリエッティが作り上げた素体に比べれば性能は格段に落ちるのだから。





------------------------Side out---------------------------





 「え、何これ!」


 「結界! ジュエルシードの効果――――じゃない、僕達以外に魔導師がいるのか!?」

 そして、ジュエルシードの魔力を感知して現場に向かったユーノとなのはは、その途中で予期せぬものを察知した。


 「ゆ、ユーノ君、これって何なの?」


 「多分、魔力を持たない者を外側に送り出すタイプの結界だよ。これがあれば普通の人がジュエルシードの被害に遭うことはないと思うけど、一体誰が………」


 「へえ………って、それより! ジュエルシードを封印しなくちゃ!」


 「そ、そうだね、多分あそこの徐々に大きくなっている木だよ。ジュエルシードの魔力はあそこを中心に展開されている――――けど」


 「けど?」


 「反応がおかしい、これまでのジュエルシードモンスターも発生するときは一気に顕現していたのに、今回は最初の魔力の発動から随分時間がかかっている。これじゃあまるで誰かが外側から抑えこんでいるみたいだ」


 「誰か―――って、ユーノ君の知り合い?」


 「多分僕の知り合いじゃないよ、知り合いだったら僕達に気付くと思うし」

 実はユーノもジュエルシードを探索している“テスタロッサ一家”については聞いたことくらいはある。

 とはいえ直接的な面識はないので知り合いとも言い難いところだ。

 さらに、ユーノ達の存在に気付いているうえで“ジュエルシード実験”の実行者としてユーノとなのはを計画に組み込み、とあるインテリジェントデバイスが観測者として彼らを監視していることなど知る由もない。


 「とにかく、封印するなら今がチャンスだ。木が広がり切ってない状態なら簡単に近づけるし、ジュエルシード本体がどこにあるかも分かりやすい」


 「分かった。行くよ! レイジングハート!」

 なのはがレイジングハート起動させ、バリアジャケットを構築し駆け出そうとした瞬間―――


 【あー、ちょっといいかな? あまり近寄られると“ミョルニル”の封印術式に支障が出そうなんで、出来れば遠距離からの砲撃かなんかで仕留めてくれるとありがたい】

 魔導師にしか聞こえない念話で、ある声が響いた。


 「え!?」

 「誰!?」


 【お、届いたか。一般の魔導師にも聞こえるように改良した甲斐があったぜ。少年よ、君の念話を受信できずに済まなかったな。って、今はそんな話をしてる暇はないか。さっきも言った通り、俺が一応あの木の増殖を抑えているんだが、君達に近くに来られるとその術式が乱れそうなんだ。だから遠距離から一気に決めてほしいところなんだよ】


 「あ、あなたが抑えているの?」


 「僕の念話を受信って、ええと、貴方は一体?」

 いきなりの通信に困惑する二人だが、この状況で冷静に対応しろという方が無理な話である。


 【俺のことは気にするな、まあ、ライアーとでも名乗っておこう。とある理由があってジュエルシードを追っているんだが、そこは今気にするな、それより、遠距離からの封印は可能か?】


 「えっと、レイジングハート、大丈夫?」


 『all right』


 「って、出来るのなのは!」


 「うん、多分大丈夫」


 【そいつは僥倖、ついでに言えば確実に一発で仕留めて欲しいからエリアサーチで本体の位置を正確につかんでからやってくれ。タイミングは口で言ってくれればそれでいい】


 なのはとユーノは気付いていないが、声の主はなのは達の肉声に合わせて念話を飛ばしている。


 これは結界内に配置されているサーチャーが魔導師に反応して近づき、音声を収集しているためであり、声の主がサーチャーの管制者であるから可能な芸当である。



 「レイジングハート、お願いっ!!」


 『Area Search』


 「リリカルマジカル 探して、災厄の根源を」


 レイジングハートから大量の魔力の帯が放射され、木の周囲をくまなく探索していく。


 『Coordinates are specific. Distance calculated.(座標特定、距離算出)』


 「行くよ! レイジングハート!」


 『Shooting Mode』


 レイジングハートが変形し、長距離射撃に適した形状へと作り変わる。


 『Set up』


 「行って、捕まえて!!」

 そして、桜色の魔力が収束し、AAAランク相当の魔力がレイジングハートに集中していく。



 「ユーノ君! カウントして伝えてあげて!」


 「わ、分かった! えっと――――【カウントします、いけますか?】」


 【OKだ、この距離で念話を正確に飛ばすとはやるな、こっちはサーチャーの補助がないと不可能だぞ】

 トールの肉体は通常の魔導師とは異なるので、念話を飛ばすのにもコツがいる。

 それを苦も無く行うユーノ・スクライアの魔法技能は極めて高い、攻撃系以外に関してならば、なのはの上を行く。


 【ええと、攻撃魔法が使えないのでそういう魔法ばかり………って、カウントします!】



 「5【5】、 4【4】、 3【3】、 2【2】、 1【1】、 0!【0!】 」

 ゼロカウントと同時にレイジングハートから収束された魔力が解き放たれ、ジュエルシード本体へと突き刺さる。


 「リリカルマジカル ジュエルシードシリアル10 封印!!」


 『Sealing』



 そして、桜色の魔力が通過した先には、折り重なるように横たわる少年と少女の姿があり――――



 【ヒャッハー! ジュエルシードはいただいたあああああああああああああああああああああああ!!!】

 という念話と共に尻からガスを噴出して飛行する謎の物体が現れ、急降下してジュエルシードをつかみ、そのまま去って行った。




 「……………」

 「……………」




 長く大いなる沈黙




 「えっと…………」


 「あれは…………」

 彼らは目に映ったものが何であるのか理解できなかった、いや、したくなかったというべきか。


 「変なところから変なものが出てた気がするけど………」


 「あまり深く考えない方がいいと思うよ、なのは」

 ユーノの判断はおおよそ正しい、唯一の問題は例の謎の存在が今後も彼らと関わる可能性が高いということだが、そこまで考える余裕は彼にもなかった。


 だが―――


 「あの人(?)に、街は助けられたのかな?」

 「ええと、ジュエルシードの暴走を防いでいたのはあの人(?)みたいだし、被害者が出なかったのはこの結界のおかげ、だと思うよ」

 街は救われた、それはとてもいいことだ。だがしかし―――


 「うん、現実って、非情なんだね」

 「現実はいつも、辛いことばっかりだよ」

 自分の愛する街が、尻から“何か”を噴出して空を飛ぶ怪人に救われた。いや、救われてしまった。

 世界の過酷さを、身をもって知ることとなった少年と少女だった。



 この事件以降、『自分なりの精一杯』ではなく、本当の全力でもうこんなことが起きないようにジュエルシード集めを続けることを新たに誓うなのは。

 自分が愛するこの街が、尻から“何か”を噴出して空を飛ぶ謎の存在に救われるようなことがないように、自分達の力でこの街を守れるように。

 ユーノもまた、自分の発掘したジュエルシードが災厄をもたらした上に、変態によって阻止され挙句の果てに持ち去られるようなことがないように。



 少年と少女は―――――強く誓ったのだ



 余談だが、後にこの結界を張ったのは謎の怪人ではなくフェイトであることを知り、心の底から喜ぶとともに涙を流しながらフェイトに抱きつくなのはの姿があったりなかったり。


 ※レイジングハートの記録情報より抜粋

------------------------Side out---------------------------




その日の夜  テスタロッサ本拠地



 「ジュエルシード一個目回収、お疲れさん、フェイト」

 拠点となるマンションに帰ってきたあたりで、専用カートリッジの負荷に耐えきれなくなった肉体は機能停止に陥った。

 現在は魔法を使えない一般型の肉体を使用している。最も、外見と声は何も変わらないのでジュエルシード探索を行うとき以外はこれで問題はない。

 予備の魔法戦闘型の肉体は一応最終調整が済んでからになるので、取り換えは多分明日の昼頃になるだろう。


 「被害者も出なくて良かった」


 「本当だよ、例の“アレ”が被害者に見せられるのかと思うと気が気じゃなくてさ」

 “アレ”とは多分この前見せたホルマリン漬けの腕を指しているんだろう。


 「だが、よくあの短時間であれだけの結界を張れたもんだ。その上、バルディッシュを介して“ミョルニル”の制御を並行してやるとは」

 俺はユニゾン風インテリジェントデバイスであり、バルディッシュと同調することでフェイトの負荷を減らせることが出来る。

 が、その逆も効率は落ちるものの不可能でない。

 フェイトがバルディッシュを介して俺の本体であるデバイスに魔力を注ぎ込み“ミョルニル”の封印術式を安定させる。

 遠隔なため魔力の伝達効率は低いがそれでもありがたく、肉体の回路に負担をかけずに直接デバイスの演算用の分だけ送られてきた。

 カートリッジから取り出された魔力はデバイスの演算用と肉体の駆動用の二つに分けられる。そのうち片方をフェイトが外から補ってくれたわけだ。

 さらにアルフはフェイトが張った広域結界の維持をしながら万が一取り残された人間がいないかどうかをチェックしていた。

 実に息の合ったコンビネーションである。


 「アルフのおかげだよ」


 「何言ってんだい、頑張ったのはフェイトの方さ」


 「あー、譲り合っても仕方ないから両方のお手柄ということにして、とにかくジュエルシードをこうして回収できたのはいいことだ」

 俺達が海鳴市での探索を開始してからでは最初の成果となる。

 それに“ジュエルシード実験”の面でも実に素晴らしい観測データが取れたのでまさに言うことなしだ。


 なのだが―――


 「だけど………」


 「最後のあれは、何とかならなかったのかい………」

 二人ともどこかげんなりした表情をしている。原因はどう考えても最後のあれだろう。


 「しゃあないだろ、チーム・スクライアの思考を空にして“ジュエルシードが持ち去られた”という事実から目をそらすにはあれが最適の方法だったんだから、お前達もあの二人の呆然とした顔は見ただろ」


 「無理ないと思う………」


 「あれをいきなり見たらね………そりゃ、呆然とするなっていう方が無茶だよ」


 「だろう、あれこそがまさに最良の手段だった。間違いない」

 誤魔化すのも面倒だったし、ついでに撤退も出来て一石二鳥ではあったのだ。


 「だけど、チーム・スクライアとはこれからもジュエルシードを巡って競うことになるんだね」


 「だろうな、向こうも向こうの都合でジュエルシードを回収しているだろうからな」


 「じゃあ、あの女の子と対峙することになったらその時は――――」


 「とりあえず撤退するか、もしくは正面から戦ってジュエルシードを奪うか、俺が現場にいたら判断してやれるが、いなかったらお前が判断しろ」

 とはいうものの、それ以前の話で多分フェイトは高町なのはという少女に興味を持っているのだろう。

 学校には行っていないし、8歳でAAAランク魔導師になって遺跡発掘を行ってきたフェイトには同年代の友達がいない。

 だがそこに、敵対関係にあるとはいえ、同年代でおそらく同等の魔法の才能を持つ少女と巡り合った。管理世界であってもフェイトと同年代でこれほどの魔力を持つ存在は希有だろう。


 「私が?」


 「ああ、お前の自由でいい」

 だから、ここはフェイトに任せるとしよう。

 この“ジュエルシード実験”はジュエルシードの特性を調べるためのものではあるが、フェイトのための実験でもある。

 既に高い確率でプレシアが助からないことは分かっている。 確率的に考えれば“死ぬことが決定”しているのだから、俺としてはプレシアが死ぬことは前提として動く。

 故に俺はフェイトが悔いを残さないようにしてやるためにジュエルシードを集めていると言い換えてもよい。

 だからこそ、高町なのはという存在は僥倖だ。

 彼女の存在があれば、フェイトは己の全力を出しつくしてジュエルシードを集めることが出来る。

 時にはぶつかることもあるかもしれないが、今のフェイトにとっては全力でぶつかることが重要なのだ。

 まあ、多少は管理局法に引っかかるが、そのリスクを負うだけの意義がある。

 高町なのはとの競争の果てに、彼女がフェイトの友達になってくれて、プレシアが死んだ後のフェイトを支えてくれれば幸いだ。


 そして、俺は“虚つき”としてせいぜい二人の魔法少女を騙すことにしよう。





 即興で思いついた名だが、“ライアー(うそつき)”っていうのも案外的を射ているかもしれないな。

 バルディッシュにいわせれば”He is a liar device”というところか。


==================


 第16話にしてようやくタイトルコール。遅すぎるだろ。実はこのタイトルは結構な意味があったりします、バルディッシュの台詞であるという点が重要。また今回の※の部分もちょっとした伏線です。まあ、この伏線が回収されるのはずっと先になると思いますが。




[22726] 第十七話 巨大子猫
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/25 10:46
第十七話   巨大子猫





新歴65年 4月15日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「どうだ、研究は進んでいるか?」


 「少しだけね、申し訳ないけどもうあまり自由に動ける時間は残っていないみたい」

 怪樹事件から五日後。

 これまで送ったデータがどのくらい研究に役立っているかを自分の目で確認するべく時の庭園に戻った俺だが、プレシアの答えは芳しいものではなかった。


 「ジュエルシードレーダーの方は?」


 「そっちも同じ、改良は進んでいないわ」


 「うーむ、かといって無理されて死なれでもしたらフェイトの努力が水泡に帰すからな」


 「………フェイトは、どうしてるの?」


 「これまで通り、ジュエルシードレーダーを片手に海鳴市のあちこちを飛び回ってるよ。あれからもう一個発見したから現状では2つ回収したことになる。ミネルヴァ文明遺跡の一つも含めれば三つだな」


 「無理はさせてないでしょうね?」


 「そりゃ愚問だ、無理しかさせていない」

 俺はあくまでいつもどおりに応じる。


 「………なるほどね」


 「おや、お咎めなしか」


 「貴方のことだからまた考えがあるんでしょう、正直、今のフェイトを一番理解しているのは貴方でしょうし」


 「そいつは見方次第だ、一番親身なのはアルフだし、フェイトが一番必要としているのはお前だ。だがまあ、フェイトが何をやりたいかを理解しているのは俺かもしれんな」

 プレシアやアルフの場合、“フェイトが何をしたいか”ではなく、“フェイトにどうあってほしいか”が先に頭に浮かんでしまう。

 アルフはフェイトが幸せならそれでいいと思っているが、フェイトもフェイトで似たようなことを考えているのだから意外と噛み合っていない。

 プレシアとフェイトは言わずもがなだ。

 だからこそ、俺はそれぞれの人間が何をしたいかだけを理解する。その上で中立になるようにそれぞれに等しく力を貸すことを、随分昔から決めている。

 それが成立するのもプレシアがフェイトの幸せを願っているからこそだが、それ故にプレシアのためにフェイトを騙すこともあれば、フェイトのためにこうしてプレシアの意思に沿わないこともある。

 だがしかし、マスターの意思に逆らうことはあっても、命令に逆らうことはあり得ない。

 デバイスにとってマスターの命令は絶対だ。


 「ここで全力を出し切らなかったらフェイトは一生後悔するだろうよ、“あの時もっと頑張っていれば母さんを助けられたかもしれない”ってな、まあ、頑張りすぎて身体壊して肝心な場面で役に立たなかったらそれ以上にトラウマが残りそうだからその辺の塩梅は難しいがな」

 無理はさせるが、させ過ぎてもいけない。

 限界ぎりぎりを走らせなきゃいけないが、限界を超えてもいけない。


 ―――だからこそ、高町なのはという存在は本当にありがたい。


 ジュエルシードモンスターとの戦いならば、フェイトが重傷を負う可能性もありうるから常に万全の状態で戦わせる必要がある。

 しかし、高町なのはは非殺傷設定の魔法しか使用しない。

 例えどれほど大きな戦いになろうとも、フェイトが重傷を負う可能性はないのだから、フェイトの体調が良くなかろうが、気力だけで立っている状態だろうが、戦わせることは出来る。

 まあ、今の状態ではフェイトの圧勝になることは目に見えているが、高町なのはの成長速度は速い。

 ジュエルシードモンスターと戦い、フェイトとも何回か戦えば、ある程度の勝負は出来るところまで到達するだろう。

 そこにさらにプロの助言が加われば最高だ。次元航行部隊に所属する武装局員、特に執務官などならば、その役に最適といっていい。

 故に、次元航行部隊をどのタイミングで“ジュエルシード事件”に介入させるかも重要なポイントとなる。 
 

 「ところで、“ブリュンヒルト”の試射実験の日取りはいつになりそうなんだ?」


 「多分5月の中旬頃ね、“ブリュンヒルト”もここだけじゃなくて他にもいくつかあるから、私達の都合もそれなりに考慮するとは言っていたわ」


 「なるほど、軽く妥協して実利を取るか、あのおっさんらしいな」

 レジアス・ゲイズ少将の政治的感覚は鋭い。

 俺達が望んでいることをおおよそ理解した上で最大限利用するつもりと見た。

 地上本部は本局に比べて予算が少ないのだから、資金が潤沢にあるテスタロッサ家を可能な限り利用したいと思うのは当然だろう。

 ぶっちゃけ、かなりの資産家といえるだけの財産を抱えているのだ。

 時の庭園、その駆動炉である“クラーケン”、さらには大量の傀儡兵。

 全部プレシア個人の品であり、それ以外にも不動産を始めとした利権や、次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”を始めとした特許各種、とにかく金になるものが大量にある。

 俺達でこれなのだから、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティの資金源など最早数えきれないほどだろう。

 奴の研究成果で公にされているものだけでもクローン牛などの家畜培養に利用され、食糧問題を解消し、多額の利益を上げている例も多くある。

 実に皮肉な話だが、広域次元犯罪者の研究成果によって食糧資源を巡って起こっていた内戦が終結した例すらあるのだ。

 だからこそ、ジェイル・スカリエッティという存在は管理局にとって厄介極まりない。

 奴を捕まえることが次元世界に平和をもたらすのかと問われて、明確に答えることは難しいからだ。


 「もし俺達が勝手に“ブリュンヒルト”を持ち出して次元航行部隊と一戦交えでもしたら問題になるが、おっさんはそうなってもいいように仕組んでいるな」


 「多分ね、本局武装隊に対して“ブリュンヒルト”がどの程度の効果を発揮できるかが分かれば最高、それで生じる政治的な問題は裏側で処理する自身があるんでしょうね」

 その辺を考慮に入れた上で、“ブリュンヒルト”を俺達の好きにしろと暗黙の了解をくれているわけだ。

 相変わらず抜け目なく、政治的感覚が半端ない。

 当然期間限定だが、こっちにとっては一定期間借りられればそれで十分なのだから問題ない。


 「ギブアンドテイクってのはいいもんだな、地上本部、本局、そして時の庭園、それぞれの利害が複雑に絡んでるもんだからやりやすくて仕方ない」


 「普通はやりにくいと思うのだけど?」


 「俺にとってはそうじゃないのさ、拘束条件が複雑に絡んでるってことは、それぞれの立場で最適解を求めようとすればとり得る行動は自然に狭まってくる。逆に、束縛がなければ次の行動を予測するのは困難だ」

 ただの微分方程式では無限に解があっても、拘束条件を幾つか加えれば特殊解に纏めることが出来る。

 人間が作る組織の行動も束縛が多いから組織の行動予測は個人に比べれば遙かに容易だ。

 人間は自分の価値観と組織の価値観の差異に戸惑うことが多いみたいだが、デバイスは最初から個人の思考と組織の思考は別のものであると認識している。

 だからこそ客観的に解を求めることが出来る。


 「まあとにかく、事態が本局と地上本部を含めた政治ゲームに移行するのはもう少し先の話だな。今はまだチーム・スクライアとチーム・テスタロッサによる個人単位のジュエルシード争奪戦の段階だ。フェイト達が知っているのはそこだけでいい、子供に社会の裏側を見せても悪影響しか出ないからな」


 「そこは徹底しなさい。失敗したら溶鉱炉に放り込むわよ」


 『了解、マイマスター』


 「ああそれと、貴方が開発していた新型サーチャーが完成したみたいよ」


 「おや本当か、意外と早かったな」

 必要な入力だけ行った後、作業は全部自動化していたのでほとんど把握していなかったのだが、優秀なオートマシンたちだな。


 「しかし、本当に“アレ”を使うつもり?」


 「無論だ、“アレ”こそ対魔法少女用の秘密兵器、さらには“アレ”を上回る最終兵器をも開発中だ」

 既に実験は済んでおり、“アレ”が武力を用いずに魔法少女を無力化するのに最適であることは確認されている。管理局法に引っ掛かることもないので後々で問題になることもなく、まさに理想の兵器と言っていい。


 「まあ、そりゃあ確かに10歳くらいの女の子には“アレ”は最大の効果を発揮するでしょうけど」


 「だろ、燃費もいいし汎用性も高い。実に無駄がない設計になっているぜ」

 後は最後の微調整だけだ、特性はともかく外見が最大のポイントとなるので手を抜く訳にはいかない。

 んー、二日くらいはこっちにかかりきりになるかな?




新歴65年 4月17日 第97管理外世界 日本 海鳴市 月村邸



 いつものようにジュエルシードの探索を行っていると大きな魔力反応が観測され、しばらくするとそれを覆い隠すように結界が展開された。

 おそらく、チーム・スクライアが封鎖結界を張ったのだろう。それが可能なまでにスクライアの少年の魔力も回復したようだ。

 チーム・テスタロッサは三人バラバラにジュエルシードを探索していたので一番近くにいたフェイトが真っ先に向かい。

 俺もそれに続き、遠くにいたアルフは多分間に合わない可能性が高いが一応向かっている。

 そして、もしもの時にフェイトをバックアップするために俺も遅ればせながらやってきたわけだが―――



 「でかい子猫、これは…………」

 実に予想外、そして素晴らしいものを目撃することが出来た。

 「ジュエルシードへの願いに雑念が混じることなく発動したケース、まさか、実物のデータが得られるとは」

 正直、これは想定外だ。 ジュエルシードに雑念を混ぜずに発動させるには相当な準備と処置が必須だろうと予想していた。


 【フェイト、聞こえるか?】


 【何?】


 【チーム・スクライアはどうしてる?】


 【一応交戦中、向こうにはそれほど争う意思はないみたいだから、ジュエルシードから引き離してトールが来てくれるのを待っていたから】


 なるほど、的確な判断だ。

 俺達の目的はジュエルシードを確保することであってチーム・スクライアを攻撃することじゃない。

 フェイトが単独なら彼らを行動不能にする必要もあったかもしれないが、俺が“ミョルニル”で封印が可能である以上、フェイトは彼らをジュエルシードから引き離しさえすればそれでいい。

 封印可能な人数が多いということは、それだけで選択の幅が広がるということだ。


 【いい判断だ、そのまま足止めを頼む。俺の方で子猫のジュエルシードは封印しておく、だが、その少女の砲撃には注意しろ、この前の木の事件の時の魔力値は瞬間には180万に達していたからな】


 【分かった。注意するよ】


 【それと、封印以外にも少しやりたいことがあるからしばらく時間がかかる】


 【時間がかかる?―――――どういうこと?】


 【俺達の最終目標はジュエルシードを集めてプレシアとアリシアのために使うことだ。だから、今回みたいにジュエルシードが正しく願いを叶える形で発動した例は貴重なデータになる。幸い、子猫も大人しいから細かいデータを取るには最適だ】


 【つまり、その子のような状況を作り出せれば、母さんは助かるってこと?】


 【その可能性を高めることは出来るな、少なくとも一つのジュエルシードを正しく起動させることが出来るようになればそれの応用も可能になる。そういった面ではこの子猫はこれまでにない成果だ】


 【―――――私に、他に出来ることは?】


 【そうだな――――――バルディッシュと俺が連結すれば処理速度も上がるから、こっちに来てくれればありがたいが、チーム・スクライアをほっとくわけにもいかないだろ、アルフの到着にはもうしばらくかかる】


 【―――――――――ちょっと手荒になるけど、魔力ダメージでノックダウンさせる】


 おっと、凄い提案が来た。 フェイトは意外と好戦的な部分があるが、今回はプレシアのためになるというのが効いているな。

 高速演算開始、この状況でチーム・スクライアを気絶させるほどの攻撃をすることによる今後への影響は――――――――


 【あー、あー、ちょっと待て、それがやばいかどうか考え中だ】

 フェイトにしばらく待ったをかけ、演算続行。

 処理中

 処理中

 演算終了


 【分かった。ただしノックダウンさせるのは高町なのはだけにして、もし空中から落ちたらセーフティネットとかも張っておけ。多分スクライアの方が助けに入ると思うがその後は放っておいていい】

 俺はチーム・スクライア監視要員であり、しばらく監視した結果、チーム・スクライアの性格は大体掴めた。

 けっこう無茶やって突っ込むのは高町なのはの方で、ユーノ・スクライアはそのサポートという役割分担。

 つまり、高町なのはさえノックダウンさせればユーノ・スクライアが自分だけでこちらにやってくることはありえない。


 【分かった、すぐそっちに向かうね】

 そして念話を切れる。


 「やれやれ、プレシアの身体のこととなると見境がなくなるな。まあ、最愛の母の命の危機だ、仕方ないといえば仕方ないか」

 本当に似た者母子だ。アリシアのために手段を選ばないプレシア、プレシアのために形振り構わないフェイト、ここまでくると微笑ましくなってくる。

 呟きつつ、改めて巨大子猫に向かい合う。


 「魔力値は―――――――たったの5000か、ジュエルシードが安定状態にあればこの程度の魔力、しかし、一度暴走すれば何倍にも跳ね上がる。厄介なことだな」

 “ミョルニル”をいつでも発動できる状態を維持したまま、『バンダ―スナッチ』の能力を可能な限り利用して各種データを収集していく。

 まあ、本物のISに比べれば精度は落ちるが、元々変身能力や結界や罠とかを見抜くのに特化した技能だから、子猫の状態を観測するにはそれほど性能差は出ない。


 そして、しばらくすると――――


 「トール、遅れて御免なさい」

 高町なのはをノックダウンさせたであろうフェイトがやってきた。結果を聞く必要は特にあるまい。


 「よし、早速バルディッシュを俺に接続してくれ、ついでにお前の魔力も本体に弱めに送ってくれるとありがたい。カートリッジロードの手間が省ける」


 「うん、お願いバルディッシュ」


 『Yes sir.』

 有線ケーブルによって俺とバルディッシュのコアが接続され、情報のやり取りが始まる。やはり俺の後発機だけあって相性は抜群だ、有線による連結なら魔力のロスはほぼゼロに抑えられる

 バルディッシュは寡黙だが、常にフェイトのことを考えて最適の行動をする実によく出来たデバイスだ。

 リニスがフェイトのために持ちうる技術を全部尽くして開発しただけはある。

 設計図は元々あり、プレシアもところどころで助言はしていたようだが、バルディッシュはほとんどリニスの手で作られた、ある意味で形見ともいえるだろう。


 『汎用人格言語機能を解除、全てのリソースをジュエルシードの解析に回します』


 「トール?」


 『フェイト、魔力を送ってください。これより高速演算を開始します』


 「トール! 一体どうしたの!」

 フェイトの反応も予想通り、これまで彼女の前で汎用人格言語機能を切ることはありませんでしたから。このような必要な事態が起こらない限り、 基本的にテスタロッサ家の皆の前ではOFFにしないようプログラムされている。


 『汎用人格言語機能を遮断しただけです、しばらくすれば戻しますので今は魔力の供給をお願いします』


 「トールが、バルディッシュになっちゃった……………」


 『No』

 バルディッシュが即座に否定する。もしかすると、私と同じにされるのが嫌なのでしょうか? バルディッシュとの関係は良好なので、そういうわけでは無いと思いますが。

 ――演算開始

 ――解析処理中

 ――データ集計中

 ――演算終了


 「汎用人格言語機能再起動、よし、データ収集完了、後は仕上げだな」


 「あ、トールが元に戻った」


 フェイトが呆然とした表情から復活した。


 「そういやお前には見せたこと無かったな、アリシアが生まれるまで俺はさっきのしゃべり方がデフォルトだったんだぞ」

 というか、今でも本質は変わらない。あくまでこれらの機能はテスタロッサの人間とのコミュニケーションを行うためのアプリケーションに過ぎないのだ。


 「そうだったんだ、てっきりバルディッシュと接続したせいでトールがバルディッシュになっちゃったのかと思った」


 「そりゃあ随分愉快な事態だが、俺がバルディッシュみたいになったらそんなに変か?」


 「変っていうか、ありえないよね、バルディッシュ」


 『yes, sir.』

 うん、息ピッタリで何よりだ。マスターとデバイスの絆の深さが伺える。


 「それはともかく、後はジュエルシードの封印だ。こっちは結構負荷が溜まってるんで、フェイト、任せた」


 「うん、バルディッシュ、行くよ」

 『Sealing form.Set up.』

 封印用の術式が展開され、子猫の周囲を取り囲む。


 『Order.』


 「ロストロギア、ジュエルシード、シリアル16、封印」


 『Yes sir.』

 バルディッシュの先端に魔力が収束する。

 魔力値――――――78万、十分過ぎる量だ。


 『Sealing.』

 子猫からジュエルシードが切り離され、木よりもでかかったサイズが元に戻っていく。


 『Captured.』

 バルディッシュにジュエルシードを封印し、これにて任務完了。


 「あ、そういやアルフは?」


 「こっちは二人で大丈夫そうだったから、スーパーで買い物をお願いしたよ」


 「そういやそろそろ冷蔵庫の中身がなくなりそうだったな、だが、金はあるんだから外食でもいいだろ」


 「駄目だよ、バランスよく食べないと栄養が偏るってリニスがよく言っていたし」

 なるほど、あいつの教育方針は実に基本に忠実だ。フェイトはちゃんとお前が教えたことを覚えててくれてるよ、リニス。


 「ま、俺が食うのはカートリッジだからどっちでもいいがな」

 ちなみにカートリッジはカロリーメイトの箱に入れて持ち歩いており、外見も似せてあるので栄養食を一気食いしているように見える。

 普通の人間に見られても違和感がないように改良した結果だ。


 「トールもご飯食べれたらいいんだけど」


 「飯食うデバイスってのも珍しいぞ。ユニゾンデバイスならそういうのもあるらしいが、あいにくと俺はインテリジェントデバイスだからな、食事は必要ないのだ」

 一仕事終えて気の抜けた会話を交わしながら俺達は月村邸を後にする。

 この屋敷は高町なのはの友人の家らしいが、ここにジュエルシードが落ちたのは多分偶然の要素も強いだろう。

 敷地が広いだけに落ちていても不思議ではないからな。

 これにてジュエルシードは4つ目。

 正しい発動例の明確なデータも取れて言うことなし、ジュエルシード実験は非常に順調である。

 チーム・スクライアが現在4つを保有しているから残りのジュエルシードは13個、そろそろはち合わせる回数も増えてきそうだ。

 そしてそうなれば、今回のようにフェイトと高町なのはが戦うことも多くなるだろう。








 『高町なのは、貴女にはフェイトのために是非とも成長していただきたい。彼女の全力を受け止めるほどに、彼女の悲しみを受け止めれるほどに』

 私はフェイトが生まれる前から彼女を見てきた。いや、彼女を作り出したのは私であると言っても過言は無い。

 だからこそ分かるのです。

 フェイトは気丈に振舞ってはいますが、その瞳には強い悲しみが宿っている。

 マスターの命が危ういことを、助からない可能性が高いことを悲しみ、そして、自分が何も出来ないのではないかと恐れている。
 
 『貴女はそれを理解してくれるでしょうか、フェイトの悲しみに気づいてくれるでしょうか』


 もし、貴女がフェイトの悲しみを理解し、フェイトの友達になってくれるとすれば―――


 『フェイトの幸せの絶対条件に、貴女の安全と幸せも組み込まれることとなる。私もまた命題に従い、貴女のために機能する時が来るかもしれません』


 “高町なのは”と“フェイト・テスタロッサ”


 この二人の行く道が重なるならば、私はその道を整えることに全力を尽くしましょう。

 この“ジュエルシード実験”は二人の少女の出会いの物語となるかもしれません。

 その過程と結末を、私は明確に記録する。





[22726] 第十八話 デバイスは温泉に入りません
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/26 23:49
第十八話   デバイスは温泉に入りません






新歴65年 4月20日 第97管理外世界 日本 遠見市




 「温泉?」


 「そう、お前らは最近働きっぱなしだからな、ここらで少し休めというお母様からのお言葉だよ」

 子猫事件より三日後、相変わらずジュエルシードレーダーを片手に探し回っている俺達だが、流石に9歳のフェイトには疲れが見え始めてきた。

 その辺のことをプレシアの報告したところ、とりあえず休ませろという指示が来た。

 なので休暇の代表格である温泉宿を勧めることにしたわけだが。


 「でも―――」


 「反論は禁止だ。なあに、お前の言いたいことも分かるが、この資料を見よ」

 高町なのはの監視は俺の仕事だったので、あの家族が定期的にある温泉宿に旅行に行くことは把握している。

 これまでのジュエルシードの発動場所を考えるとやはり高町なのはの行動範囲内にある傾向が強い。ならば、その場所の近くにもジュエルシードがある可能性が高いという理屈が通る。

 かなり無理やりな理屈だが、とりあえずフェイトに納得させられればそれでいい。もしあったら御の字だが流石にそこまで都合がいいこともないだろう。


 「これってつまり、あの子が出かける先にジュエルシードがある可能性が高いということ?」


 「そういうことだ。というわけで、お前達は漁夫の利を得るために温泉へ潜り込むことになる。怪しまれないように一般客を装ってな」


 「だから、あたしらの出番ってわけだよ。こいつが温泉なんかに入ったらボロが出る可能性があるからね」


 ちなみに、アルフには事前に話して協力者に仕立てあげてある。最近フェイトがオーバーワーク気味であることをアルフも気にかけていたのだ。

 そして、俺は温泉に入らない、というか入る意味がない。

 魔法人形はお湯に浸かろうが疲労が取れるわけではなく、魔法人形に必要なのは調整用のカプセルや、専用の機材一式である。


 「じゃあ、トールはどうするの?」


 「俺は俺で時間をかけて調査しておきたいところがあってな、こっちは逆にお前達には任せられないところだ」

 といいつつ別のデータを表示する。


 「海の中?」


 「ああ、ジュエルシードはほぼランダムに海鳴市にばら撒かれた。だったら、少なくとも二、三個、多ければ五、六個は海の中に落ちているはずだ。チーム・スクライアはまだ海の中には目をつけていないから今の内にこっちで回収しちまおうという魂胆だ」

 流石に海の中で発動されてもデータを取る役には立たない。

 海の中で活動するには専用の装備が必要になるからどうしても演算性能は落ちるし、“ミョルニル”の発動もやりにくくなる。


 「トールって、水の中で活動出来たの?」


 「いいや、だが、状況に合わせて様々な人形を使い分けられるのが俺の最大の特徴だ」

 押入れの中からあるものを引っぱり出す。新型サーチャーの研究を行った際に時の庭園から持って来たものだ。


 「何コレ? サメ人間かい?」


 「うーん、半漁人、かな?」


 「近接格闘型魔法人形、水中戦仕様だ。魔法を扱うのに優れているわけじゃあないが、魔力をそのまま水中移動用の推進力として利用する機構を搭載していて、体型も流線型で水の抵抗が少なくなるように設計した。水かきなんかも付いている。こいつを使えば海中だろうが問題 なく探索できるし、ジュエルシードレーダーも既に組み込んである」

 似たような感じで鳥人間っぽい空中戦仕様も作ってみたが、そっちの飛行性能は人間の形と大差なかった。

 やはり空気よりも水の抵抗というもの人間にとって動きづらいものらしく、水中の動作は人間の形態ではかなり遅かったが、空戦は人間形態のままでもかなりいけた。


 「でもこれ、どうやって海まで移動するの?」


 「だよね、こんなのが街を歩いていたら間違いなく警察が呼ばれるし、第一こいつの足じゃ陸地は歩けそうにないじゃないか」


 「いい着眼点だ。こいつには陸を歩く機能がないから、フェイトが空を飛んで運んだ後、空中から海に放り投げることになる。回収する時はバルディッシュから俺の本体に通信を飛ばしてくれればこっちも魔力反応を返すから」


 「これを抱えて空を飛ぶってことは………」


 「夜しか無理だね、まさか海まで広域の結界を張るわけにもいかないよ」

 夜に空を舞い、半漁人を抱えて疾駆する魔法少女か、実にシュールな光景になりそうだ。


 「捜索する範囲はかなり広くなるから数日では無理だから何回かに分けて捜索は行う。多分一週間以上の時間をかけても全域の捜索は不可能だろう。ジュエルシードがばら撒かれてからそろそろ時間も経って来たから時空管理局の次元航行部隊もやってくる可能性はあるから、そ れまでに可能な限りジュエルシードを集めておきたい」


 「次元航行部隊はいつ頃?」


 「んー、可能性があるとは言っても今のところはまだ動く段階じゃあないと考えている。ジュエルシードが引き起こしているのはあくまで生命体の変異だけで地上部隊であっても十分に対処できる事件だ。管理外世界にロストロギアがばら撒かれている状況を放置しておけるわけ もないが、説明したように時空管理局は万年人手不足で、仕事がやたらと多いからな。あまり重要度や緊急度が高くない事件のために管理外 世界まで次元航行部隊を派遣するわけにもいかんのだよ」

 これにはスポンサーの意向も強く関係している。

 時空管理局は、各管理世界の先進国家が中心になって作り上げている次元連盟の一部局という位置づけになる。

 つまり当然、その運営資金は管理世界の国家の税金や永世中立世界ミッドチルダの税金だ。そういう組織である以上、被害が管理外世界の住人にしか出ない事件に対しては腰が重い。

 管理局員のモラルの問題ではなく、組織的な構造上仕方ない部分ではある。

 他の国に援助金を出すのはいいが、自分の国の治安を疎かにしてまで行う国家は存在しない。

 時空管理局にゆとりがあり、管理世界の治安が問題なく保たれているなら管理外世界にも手を差し伸べられるだろう。

 だが現実は管理世界ですらロストロギア災害は起きているし、戦争もあれば広域次元犯罪者によるテロやクーデター、革命なんかもある。

 管理局が本当の意味で次元世界の平和を守れる機関となるにはあと50年はゆうにかかるだろう。

 それに、現在ですら高ランク魔導師にかかる仕事の負担は大きく、子育ての時間すらとれていないというのが実情だ。

 遠くの世界の人々の安全よりも、まずは自分達の子供達が無事に育ってくれるのを願うのは人間として当然のこと。 社会的な問題がなくなり、他に気を回す余裕が出来た時に初めて管理外世界の治安を考えればいいだろう。

 まあ、ジュエルシードをばら撒いた張本人である俺が言えることではないが。


 「そっか、時空管理局も忙しいんだったね」


 「向こうとしては俺たちかチーム・スクライアで、全てのジュエルシードを回収して届けてくれるというのが理想的だ。しかし、ものがロストロギアである以上そうも言っていられん。次元犯罪者の手に渡った日にはどんな風に悪用されるか分かったもんじゃないからな」


 「確かに」

 「危険なものってことは間違いないね」

 そして、その次元犯罪者とは俺のことである。


 「そういうわけで、次元航行部隊はいつかは来るがいつになるかは分からない。ひょっとしたら俺達が全てのジュエルシードを回収し終えてからになるかもしれないし、逆に明後日にでも来るかもしれない。流石に明日ということはないだろうが」

 それでもロストロギアの回収は時空管理局の義務だから来ないということはありえない。


 「じゃあ、それまでに多くのジュエルシードを集めておいた方がいいんだ」


 「だがしかし、体調を万全にしておくことも重要だ。簡単に言えば現在は時空管理局の存在を気にすることなく探索できる段階だから、特に周囲に注意を払ったり隠密用の結界を張ったりする必要もない。だが、次元航行部隊が到着すればジュエルシードの回収は向こうの主導に なってしまうし、本来の発掘者であるチーム・スクライアならともかく、一応部外者である俺らは分が悪くなる」


 「うーん、下手したら私達が集めたジュエルシードを没収されるわけかい」


 「没収まではいかなくても危険性の確認のためにいったん預けなくちゃいけないのは間違いない。が、それをされるとアリシアの蘇生が間に合わなく可能性が高いし、プレシアの身体も然りだ。時空管理局は敵対しなきゃいけないわけでもないが、いたらいたで厄介な存在になるわけだ」


 「チーム・スクライアがいる以上、私達がジュエルシードを保有していることは管理局に知られてしまうね」


 「まさか口封じするわけにもいかんからな、そういうわけで、時空管理局が出張ってきた時に備えて体調を整えておくのも重要だ。デバイスである俺と違って人間は疲労が溜まっていく、どんな偉大な魔導師であっても常に全力全開で戦い続けられるはずもないからな」


 「うん、分かった」

 しっかりと理論立てて説明すれば感情に任せた文句を言わないところはフェイトの美点の一つだろう。

 しかし、あまり自分を抑え過ぎてもいけないからたまにはワガママを言うくらいでバランスが取れている。そのワガママの内容が休みなしでジュエルシードを探したいというのは問題があるが、まあそこは仕方ない。


 「アルフ、温泉周囲の探索はお前が担当してくれ、フェイトはひとまず温泉宿内部でチーム・スクライアの動向を探る。本来監視役の俺はついていけないからな、もし彼らがジュエルシードを見つけたら横取りする方針で行け。それと、万が一戦闘になる場合は結界の敷設は忘れるな」


 「トールを海にまで連れていくのはいつ頃?」


 「それは今日の夜でいい、カートリッジは三日間動けるくらい内蔵できるからお前達が温泉宿でジュエルシードを探している間は俺はずっと海の中で捜す」


 これも俺がデバイスだからこそ可能な芸当だ。

 デバイスは飯を食わない、眠らない、排泄もしない。魔力で動く人型をただ動かし続けるだけだ。

 動力源となるカートリッジがなくなるまで。


 「ちょっと申し訳ないけど、私達には無理だろうし………」


 「海のことはアンタに任せるよ、トール」

 そんなこんなで、フェイトは温泉宿付近でジュエルシード探し、という名目で二泊三日の休暇をとらせ、アルフはその監視役。俺はその間海の底でジュエルシード探索ということで決まった。



 ―――のだが



 「ちょっといいかい、トール」

 今後の方針決定からしばし後、アルフに呼ばれた。まあ、用件の内容は大体想像つくが。

 ちなみにフェイトはシャワーを浴びている。


 「ジュエルシードを見つけたら横取りの方針で行けって部分に疑問あり、ってとこだろ」


 「ああそうだよ、アンタの方針では可能な限り、フェイトには管理局法に引っ掛かりそうなことはさせないんじゃなかったのかい?」


 「ああそうだ。だからこれはジュエルシード集めとはある意味別件だ。プレシアのためにジュエルシードを集めるんじゃなくて、フェイトのためにやっていることになるな」


 「フェイトのため?」


 「昔の話だが、プレシア・テスタロッサという少女がいた。工学者の家系に生まれた彼女は類まれな魔法の才能を持ち、それだけでなく幼い頃から天才的な頭脳を持っていた」


 俺はプレシアが5歳の時に作られた。アイツのことはほとんど全て把握している。


 「だがそれ故に、学校では浮いた存在だった。知能のレベルも魔法のレベルも何もかもが周囲とずれていたんだ。友達は出来なかったが、そもそもプレシア自身が“低能”な連中と友達になることに意義を見出していなかった。もし、プレシアが自身と対等と認められる奴でもいれば話は違ったかもしれないが」

 冗談抜きで、プレシアの話相手は俺しかいなかった。

 母親が話し相手として俺を作ったことはある意味ではマイナスに働き、プレシアの外界への興味を薄くしてしまったのだ。


 「高い魔力を持って生まれたフェイトにもそうなる危険は大きくある。普通の少女として生まれたアリシアと異なり、フェイトは戦闘能力に限ればプレシア以上の才能を持って生まれた。ミッドチルダの学校であっても、フェイトと対等になれる生徒はおそらくいないだろう」

 “生まれた”というより、そうなるように俺が“作った”のだから、俺の責任なのだ。


 「じゃあつまり、その高町なのはって女の子が、フェイトにとっての“対等”になれるかもしれないってことかい?」


 「ああ、彼女の魔法の才能はまさしくフェイトに匹敵する。もし彼女がフェイトと友達になってくれるならこれ以上のことはないと俺は考えている。そして、だからこそ二人には思い切りぶつかって欲しいのだ。表面的な言葉を交わすだけの“知人”ではなく、あらゆるものを分かち合う“親友”になれるように」

 プレシア・テスタロッサの人生において、“親友”と呼べる存在はいなかった。プレシアはその人生を良しとしているからそこは別に構わない。

 人生の良し悪しを決めるのはあくまで本人だ。


 「作った張本人の俺が言うのもなんだが、フェイトは普通とは違う生まれ方をした。そして、母親は今死にかけている。プレシアが死ねば孤独の身になるのは避けられない。俺はデバイスでお前は使い魔だから、同じ人間としてフェイトを支えることは出来ない」

 フェイトは母が助かると信じてジュエルシードを探し続けている。

 だが、現実というものは常に非情だ。

 確率的に考えれば、プレシアはもう助からない。



 ――――だからこそ、高町なのはという存在はフェイトにとって奇蹟に他ならない。


 “ジュエルシード”という願いを叶えるロストロギアではなく、高町なのはと出逢えたことこそが、フェイトにとっての奇蹟だ。


 「じゃあ、アンタがずっとチーム・スクライアを監視していたのは………」

 “ジュエルシード実験”を円滑に進めるためという要素もある。だが、俺の主であるプレシア・テスタロッサはフェイトが生まれた時に俺にこう入力した。

 フェイトが幸せになれるように全力を尽くせ、と。無論、それはアリシアも同様に。

 “ジュエルシード実験”を進めることはアリシアの蘇生のために尽くす全力。


 そして、フェイトのための全力とは―――


 「高町なのはが、フェイト・テスタロッサの親友となってくれる人物かどうかを見極めるためだ。そして今俺は、高町なのはがフェイトの親友になってくれるようにあらゆる手段を尽くすつもりでいる」

 とはいえやれることは少ない、せいぜい高町なのはとフェイトが逢う機会を増やすことくらいだ。

 親友になれるかどうかは、やはりフェイト本人次第なのだ。


 「そっか、そういうことだったのかい………」


 「フェイトには言うなよ、本人が知ったら意味無いから」


 「言わないよ、ったく、アンタはいっつも色んなことを考えてるんだねえ」


 「デバイスだからな、考えることが本領だ」


 【アルフ、ごめん、髪洗うの手伝って】

 と、そこにフェイトから念話が飛んできた。

 アルフに向けた内容だろうが、あまり意識を割いていなかったのか俺にまで飛んできたが。


 【分かった、すぐ行くよ】

 つられたのか、アルフまで俺に聞こえるように返す。


 「ちょっと、フェイトを手伝ってくるよ」


 「9歳の子供が洗うには、あいつの髪は長すぎるのかもしれんぞ」

 とりあえず、アルフの疑問も解消できたようだ、話はこのくらいでいいだろう。



 さてさて、二人の少女の物語は、いったいどうなることやら。







新歴65年 4月21日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海



 空きビン

 魚

 貝

 藻

 魚

 空き缶

 魚

 プラスチック容器

 ヤドカリ

 魚

 ガラス玉

 魚

 藻

 船の残骸

 碇

 魚

 空き缶

 釣り竿

 魚

 空きビン

 洗濯ばさみ

 ルアー


 水中型の近接格闘用魔法人形には言語機能はない。

 ただひたすら動き回ってそれらしき物体を手当たり次第に回収し、ジュエルシードかどうかを判断。

 三次元的に空間が広がる海ではジュエルシードレーダーの捜索範囲ではほとんど意味がない。

 反応しても空き缶だったりガラス玉だったりルアーだったりがほとんどでした。

 他に何かする機能はないのでただひたすら探索を続行。





新歴65年 4月22日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海


 カッター

 メンコ

 ペットボトル

 ライター

 キャップ

 ルアー

 10円玉

 右腕

 冷蔵庫(どう見ても不法投棄)

 漬物石

 ガラス玉

 CD-R

 割りばし

 カップヌードルの容器

 ドライヤー

 納豆

 携帯電話

 掃除機

 帽子

 死体(胴体のみ)

 鞄

 軽自動車

 ラジオ

 トランク


 対象を人工物に絞ったところ、次から次へとヒットヒットヒット。

 というか、ゴミを捨てすぎでしょう。

 まあ、日本の港の中で比較すれば飛び抜けて汚いわけではないでしょうが、流石にリゾート地のエメラルドグリーンの海とは比較にならないようです。

 それに、これらも人間の視力を遙かに上回る探知能力を持つ俺が底の方を徘徊して見つけたもので、海上からは見つけられるものではない。

 本来なら浮かんでいるはずの軽いものも、重いものに引っ掛かったりして沈んでいた。納豆と右腕が冷蔵庫の中にあったのはちょっとしたホラーだと思います。

 トランクの中の首以外の死体は一番のサプライズでした。私が人間だったら絶叫していたことでしょう。

 誰がいつ沈めたのかは分かりませんが、とりあえず冥福を祈るとしましょう。

 そのうち遺書なども見つかるかもしれません。



 

新歴65年 4月23日 第97管理外世界 日本 海鳴市 近海


 ハサミ

 スプーン

 空き缶

 テレビ

 財布

 500円玉

 50円玉

 鉄アレイ

 マウス

 包丁

 ガラス玉

 DVD-R

 まな板

 焼きそば弁当

 クーラー

 オロ○ミンC

 ジュエルシード

 バー○ー人形

 頭蓋骨

 リュックサック

 ロープ

 ナイフ

 ビニール袋に覆われた白くてところどころ赤い布

 トランク(中身は………)


 『How about the result?(成果はどうですか?)』

 探索を続けていると、バルディッシュから連絡がやってきた。


 『ジュエルシードを一つ発見しました、私ごと回収を願います』

 返事を出すと同時に魔力を放出しつつ海面へ移動。


 『It comprehended.(了解しました。)』

 海上に出ると、真上にフェイトとアルフがいた。


 「トール、大丈夫?」

 現在は人間との念話機能もなく、バルディッシュとしか通信できない肉体なので、身振りでOKサインを出す。

 このままでは話が進まないので、とりあえずマンションに移動してから話を聞くことに。










新歴65年 4月23日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地



 「んで、そっちはどうだった?」


 「うん、トールの読み通り、ジュエルシードがあったよ」


 「マジか」


 「ああ、マジだよ」

 アルフが半分呆れ気味に呟く。

 フェイトに休暇を取らせるために無理やりな理屈をつけたが、どういうわけかヒットしたようだ。何かの引力でも作用しているのだろうか。


 「それから、あの子とも戦ったよ」


 「あたしの相手はスクライアのガキの方だったけど、大分回復していたみたいだよ」


 「ほほう、高町なのはと戦ったか、結果は?」


 「私の勝ち、約束どおりにジュエルシードを一つもらったの」

 なるほど、対等な条件でジュエルシードを一つ懸けて勝負したわけか。

 未成年の賭けごとは禁止というのはこの際置いておいて、管理局に思いっきり引っ掛かるわけでもないな。

 勝負の経過を詳しく聞いたが、高町なのはが撃った砲撃魔法をフェイトがサンダースマッシャーによって迎撃。

 砲撃戦自体は高町なのはが勝利したようだが、砲撃そのものをフェイトは躱した。そして、カウンターでサイズフォームのバルディッシュを高町なのはの首筋に押し付けた。


 「そしてそのまま刃を引き抜き、首なし死体の出来あがりと」


 「そんなことしてないよ! あの子のデバイスがその瞬間にジュエルシードを放出しただけ!」


 「冗談だ。結果は上々、ジュエルシードを二個入手、というわけだな」

 つまり俺達のジュエルシードは―――



 ミネルヴァ文明遺跡で見つけたもの

 少年少女が発動させた巨大植物から回収したもの

 ジュエルシードレーダーの地道な探索で発見した市街地のマンションの屋上に落ちてたもの

 巨大子猫から回収したもの

 温泉宿でフェイトとアルフが見つけたもの

 高町なのはから勝ち取ったもの

 俺が海で見つけたもの

 の計7個というわけか。


 「アンタの方はどうだったんだい?」


 「俺の方でも一個回収したからこれで合計7個だな。とりあえずアリシアの蘇生に必要な数の最低ラインは突破したことになる」

 最低で6個、最高で14個という話だから、結構いいペースではあるだろう。


 「えっと、ジュエルシードは全部で21個。私達は7個持っていて、あの子達が4個、つまり残りは10個」


 「ちょうど半分か、折り返しまで来たわけだね」

 俺達が探索を開始したのは4月5日から、今日が23日だからほぼ20日で半分が回収されたことになる。

 このペースなら全てのジュエルシードの回収完了は5月の半ば頃、ちょうどいい。

 “ブリュンヒルト”の発射実験の方も5月半ばでほとんど決まり、綿密な日程を組む段階に来ている。

 既にほとんどの申請は終わっているそうで、後は時の庭園を現地に移せばいつやっても構わないところまで来ているとか。

 となれば後はどのタイミングで本局に知らせるかどうかと、どうやって知らせるかだ。

 ジュエルシードがばら撒かれたことはもうとっくに伝わっているだろうが、未だに次元航行部隊が現れないのは重要性が低いと判断しているからに他ならない。

 次元震でも引き起こせば一発だが、まさかそんな真似をするわけにはいかない。

 要は、ジュエルシードが次元震、果ては次元断層すらも引き起こせる次元干渉型ロストロギアであることが本局に伝わればそれでいいのだ。

 ここで、ポイントは一つ。

 テスタロッサ一家がジュエルシードというロストロギアをこの一年間探していたのは周知の事実ということ。

 だからこそミネルヴァ文明遺跡にいた他の発掘チームがフェイトにジュエルシードが“事故で”地球にばら撒かれたことを伝えてくれたのだ。

 ならば、プレシア・テスタロッサから時空管理局へジュエルシードの危険性を示す資料が送られたとしても違和感はない。

 わざわざ伝えたことに何か思惑があるとは判断されるだろうが、無視できる情報でもないだろう。

 プレシアの実績や、スクライア一族からの追加報告を考慮に入れれば次元航行部隊が派遣されるのは間違いない。


 ならば、それを最も有効に生かすには―――――



 「レジアスのおっさん、少々力を借りるぜ、ギブアンドテイクといこうじゃないか」


 フェイトとアルフに聞こえぬよう、一人呟く俺だった。少しクラナガンに行く必要がありそうだ。






[22726] 第十九話 アースラはこうして呼ばれた
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/27 21:45
第十九話   アースラはこうして呼ばれた





新歴65年 4月24日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部





 『我々の提案はこれだけです。貴方にとっても益のある内容であると把握していますが、いかがでしょう?』


 「提案か、こういうものは要求というべきだと俺は思うが?」


 『いいえ、選択権は全て貴方にあり、断られた時点で我々に成す術はなくなります。やはりこれは提案と定義すべきでしょう』


 「よく言う、仮に地上本部が断ったところで本局の遺失物管理部へ届け出るだけだろうに」


 『はい、その通りです』

 アリシアのための“ジュエルシード実験”にとっても、フェイトのためにも、次元航行部隊にはそろそろ介入して欲しい頃合いとなっている。

 だが、ただ介入してもらえれば万事うまくいくというものでもなし。


 ―――特に、ある条件は絶対に満たしておかねばなりません。


 「………次元干渉型ロストロギア“ジュエルシード”。現地生物を取り込んでモンスター化する特性、保有するエネルギー量の概算、同期して発動させた場合の被害予測、そしてそれらが管理外世界にばら撒かれているという状況―――」

 ゲイズ少将が述べたものは我々が地上本部へ示したデータの内容。すなわち、ロストロギア“ジュエルシード”に関する詳細な報告書。

 これらのデータを必要とするのは本来ならば本局であり、地上本部にとっては管轄外のものである。


 『我々に限らず、ミネルヴァ文明遺跡において発掘を行った者ならばジュエルシードが管理外世界にばら撒かれた可能性が高いことは認識しております。ですが、次元航行部隊は未だに動いておりません』

 時空管理局が保有しているロストロギア“ジュエルシード”のデータの中に、次元干渉型であるという項目がないことがその行動から伺える。

 恐らく、スクライア一族であってもその可能性を把握しているのは、第97管理外世界にいるユーノ・スクライアのみ。

 しかし、彼にはミッドチルダまで情報を転送する手段がない。

 つまり、現時点においてジュエルシードの危険性を把握しているのは我々テスタロッサ家のみとなる。


 「次元断層すら起こしかねないロストロギアの危険性を本局が把握していないこの状況。その情報を我々地上本部から伝えれば、確かに我々にとってメリットはあるだろう」

 本局は地上本部に比べて遙かに潤沢な予算を持つ。だが、国際紛争や戦争、そして次元災害にすら発展する可能性を持つロストロギアを扱う以上当然の配分といえます。

 しかし、それだけの予算を注ぎ込まれていながら“ジュエルシード”の危険性を見落したという事実は本局の情報部の失態に他ならない。

 この時点で知るのは不可能であったという反論は到底成り立つものの、本局に比べて情報収集機構が発達しておらず、予算も少ない筈の地上本部が先に知ったとなれば、反論も意味を失うでしょう。

 そして、さらに後押しとして――――


 『重ねて提案します。“ブリュンヒルト”を搭載している時の庭園と、SSランク魔導師であるプレシア・テスタロッサを地上本部よりの要請で、第97管理外世界へと派遣していただきたい。名目は本来の目的である“ブリュンヒルト”の試射ということで』

 時の庭園の駆動炉は、他で開発されている“ブリュンヒルト”の駆動炉である“クラーケン”とは些か異なります。

 “ブリュンヒルト”の炉心という機能は確かに備えていますが、基は次元航行エネルギー炉心“セイレーン”であり、その両方の特性を備えている。

 時の庭園の炉心とマスターの魔力と技能があれば、中規模の次元震が起きても沈静化は可能。

 本局の次元航行艦と連携すれば、大規模時空震すら封じ込めることが可能でしょう。


 「これはつまり、海の連中の縄張りを我々が荒らすようなものだな」


 『そうなります』

 次元災害に対処できるのは時空管理局にあっても本局のみ、これが一般認識。次元航行部隊か、遺失物管理部の高ランク魔導師達かはともかく、地上の魔導師では次元災害には歯が立たない。

 ですが、地上本部の管轄となっている“ブリュンヒルト”を備えた時の庭園が対処を行うとなれば話は変わってきます。

 地上本部自身が次元航行能力を持たずとも、外部協力者の力を借りることで次元災害にも対処し得る前例となる。


 『陸に対してある種の優越感を抱いている一部の高官の方々にとっては、忌々しい事実となるやもしれません』

 特に、本局査閲部長のガゼール・カプチーノ中将などはその筆頭。

 地上部隊が戦力を整えることに否定的なあの方は、レジアス・ゲイズ少将にとって最大の政敵といえます。


 「ふん、奴らに一泡吹かせてやれるなら多くの地上局員の溜飲も下がることだろう。だが、ことはそう簡単にはいかんぞ」

 ジュエルシードの情報を本局に伝えつつ、次元震を抑える力を持つ時の庭園を地上本部が第97管理外世界に送る。

 これはすなわち、“お前達が失敗すれば俺達がなんとかしてやる”と言っているようなもの。

 とり方によっては“共に協力して次元震を抑えよう”となりますが、現在の対立を考えれば前者ととられる可能性が高い。

 そして、現在でも地上本部で対処しきれなくなった案件は本局へと上げられる。

 表現によっては、“力不足の陸が海に泣きつく”ということになります。ですが、今回に限ればその立場を逆転、とまではいかずとも、対等となる。


 『本局にも地上本部に対して強硬な姿勢を持つ幹部は多くいます。カプチーノ中将の派閥はその筆頭ですが、彼らが騒ぐことでしょうね。地上本部は思いあがって本局の職権を侵害しようとしていると』


 「的外れにも程があるがな、本局が地上本部にあれこれ口出すのは当然であると言っておきながら、立場が逆になればヒステリックに騒ぎ出す」


 『ええ、ですから、そのような人物を第97管理外世界へ送り込むわけにはいかなくなります』

 次元航行部隊の艦長といえど、全てが公明正大な人物であるわけではない。人間が作る組織である以上、コネ、家柄、財産というものが出世には絡んでくる。

 将官クラスにまで成った人間が常に実力のみで出世したかといえば、それは否。

 ただし、統計的データによれば、次元連盟に加入する先進国家の正規軍の将官クラスの人間に比べれば、時空管理局の将官は汚職などが圧倒的に少ない。

 これは、将官ですら現場に降り立つことがあり得る管理局のシステムに起因している。

 高ランク魔導師程出世しやすい機構となっているのは確かですが、それはすなわち、次元震などの災害が発生すれば、将官も前線に出ざるを得なくなるということ。

 魔力に絡む災害は、ある領域を超えると一定基準に満たない魔導師では無力になるケースが多々あります。

 数百人のBランク魔導師がいたところで一切役に立たず、一人のSランク魔導師のみが戦力となった実例も多い。

 つまり、ただ金やコネで出世したような人間では、ロストロギアというものを相手には出来ない。

 国家の正規軍と異なり、人間以外の強大な存在と戦うことが多い次元航行部隊の艦長は、本当の意味で有能な者しか配されることはない。

 その結果、金とコネで地位を得た人間は机仕事に就く場合がほとんどとなり、査閲部長のガゼール・カプチーノ中将はその代表例であると同時に、そういう者達を集めて派閥を形成している。

 この派閥はロストロギアに対処可能な有能な艦長達や、その下で働く次元航行部隊からも嫌われている。

 彼らが次元航路の保全のために命を張ることで積み上げる一般市民からの信頼を、官僚組の汚職一つで台無しにされることもあった。

 つまり、時空管理局も陸と海が二元論的に対立しているというわけではない。

 カプチーノ中将の派閥などを叩き潰したいという想いならば、地上本部の将官も、次元航行部隊の艦長らも同様。

 ある部分では反目しつつも、ある部分では協力できる。人間社会とはそのような複雑な構成となっている。これは管理局でも一般的に適用されています。

 ―――しかし、次元航行部隊の艦長が事件の処理に対しては有能であっても、その他が苦手なケースもある。

 災害に対処する能力は高くとも、国境を通過する際の連絡が遅れたとかで諍いを起こしたりする艦長も存在している。

 そういった識見の狭い人物がジュエルシード事件の担当となっては非常に困るのです。


 「第97管理外世界へ派遣されるのは、優秀でかつ波風を立てない、さらには地上本部と本局の対立を解消しようとしている穏健派の艦長、ということになるな」

 そういう人物こそ、ジュエルシード事件の担当に相応しい。

 この事件を通してフェイトの素性を時空管理局に明かしておく必要がありますが、政治的な判断能力が低く、現場の対処しか出来ない人物ではいけない。

 また、地上本部に対して威圧的であり、派閥闘争を行うようなカプチーノ派閥のような人物でもいけない。

 時空管理局はまだ黎明期の組織であり、腐敗どころか組織が完成すらしていませんが、それでも人間社会の機構である以上、暗部というものは存在する。

 “ジュエルシード事件”の担当となる艦長は一時的なものであれ、フェイトの保護者となるであろう人物。

 万が一にも、汚職や暗部を抱える人物であってはならない。割合は低いとはいえ、人選は念入りにせねば。


 『いかがでしょうゲイズ少将、時の庭園を第97管理外世界へ派遣する。それだけで構いません、地上本部にとっても有意義な提案であると認識しておりますが』

 最も、派遣される次元航行部隊の艦長には恐らく時の庭園の存在は知らされない。

 もし、このバッティングをきっかけに、本局と地上本部の仲が悪くなった際に、あくまで担当した艦長の対応が悪かったためという弁解の余地を残すために。

 ならば最初から伝えておけという追及は当然あるでしょうが、そこは情報伝達に関わる機密となるので答えられない、という答弁が返ってくるのは予想がつく。

 つまり、本局にとっては派遣した艦長が次元航行部隊独力で事件を解決し、地上本部の協力者である時の庭園の助力を必要としない結果が望ましい。

 故に、有能であり、公明正大な評判の人物が派遣される確率が極めて高くなる。

 地上本部にとっては、ただ時の庭園が次元航行部隊と同じ立場にいるだけで意義がある。

 正直なところ、次元航行艦ですら手に負えなくなるような事態に手を貸すことはリスクが高く、避けたいところでしょう。


 「ふむ―――」


 ゲイズ少将も頭の中で計算を働かせている。いずれの選択が地上本部にとって最良なのか。

 万が一本局との関係がこじれた場合の影響は?

 万事上手くいったとして、その際の収支は?

 考えるべき要素はいくらでもあるでしょう。


 「一つ尋ねるが―――」


 『何でしょう』


 「お前達は次元航行部隊が第97管理外世界へと派遣されることを望んでいる。だがしかし、それはジュエルシードの封印を任せたいからでも、現地の住民の安全を考慮したからでもあるまい」


 『はい、目的は別にあります』


 「それは、お前達が研究していた生命工学に関する事柄が絡んでいるのか?」


 『否定は出来ません』


 「………人造魔導師の育成」

 ゲイズ少将が手札を切った。これより先は慎重な対応が必要となる。


 「以前、お前達が研究を進める際、それに関する資料の請求があったはずだ」


 『はい』


 「だが、クローン技術は義肢など一部では認められているものの、人間の完全な複製は管理局法によって禁じられている」


 『はい、戦闘機人なども同様の理由で禁じられております』


 「………お前達は、どこまで進めたのだ」

 データベースより情報を検索

 ゲイズ少将に関する情報、最近、彼が人造魔導師の育成、または戦闘機人の製造を裏で進めているのではないかという噂が存在。

 彼に対する情報の提示は―――


 『ゲイズ少将、これより先は我々にとって最重要事項となります。対応によっては、私はこの場で魔力源を臨界起動させ自爆する可能性もあります』


 「構わん、その程度を恐れていて防衛次官は務まらん」


 『では、“デバイスソルジャー”という存在について、解説を行います』






 3時間後


 「なるほど…………」


 『つまり、貴方の求めるものと、我々の求める成果は同じ道の先に在ります。共存、共闘は可能であると私は判断しています』

 現状において公開できる限りの情報をゲイズ少将に明かした。無論、これは我が主、プレシア・テスタロッサの意思である。

 フェイトが幸せになることに対して障害となり得る要素とは何か。

 個人レベルではなく、社会的な壁が彼女の前に立ちはだかる可能性はあるか。

 もしあるならば、それを破壊することこそが私の命題となる。そして、そのために利用できる相手こそがゲイズ少将に他ならない。

 プロジェクトFATE、クローンの軍団、人造魔導師、戦闘機人、そしてデバイスソルジャー。

 いずれを選ぶかは彼次第であるものの、彼の目的を拘束条件とすれば解は自ずと定まる。


 「それについては、今ここで答えを出すわけにはいかん」


 『理解しております』


 「だが、お前達と協力関係、いや、協力ならば現在も行っているな。共闘関係になることには否はない」


 『ありがとうございます』

 つまり、私達は私達の目的のためにゲイズ少将を利用する、ゲイズ少将は彼の目的のために“私”を利用する。

 あくまで“私”であり、それは断じてフェイトではない。

 もし彼がフェイトを己が目的に利用しようとした時は―――

 私が持ちえる全ての機能と全ての権能をもって、貴方を排除することになるでしょう。


 「その前提条件として、今回のジュエルシードに関わる要求、お前達の望みどおりにしてやろう」


 『借り一つ、という認識でよろしいですね』


 「“ブリュンヒルト”も好きにして構わん。元々はお前の主が設計したものだ。使い方と使いどころは誰よりも理解していよう」


 『感謝いたします』

 私達の最終目標を理解したからこその判断。

 無論、私が虚言を述べている可能性を彼は考慮しているでしょうが、この段階ではそうする事に意味がないことも分かっているはず。

 今回のジュエルシードに関わる事柄に限定するならば、特に我々が地上本部の力を借りる必要はそれほどない。次元航行艦の艦長を公明正大な人物とするのは、あくまでフェイトの今後のため。

 それならば、ジュエルシードの事件の後で手を打っても十分に間に合うでしょう。

 ですが、さらにその先のことを考慮するならば、この段階で地上本部との本格的な協力関係を結んでおいた方が都合が良い。

 先を見据えて現在の状況を判断すること、この能力に関してゲイズ少将は優れている。

 だからこそ、我が主プレシア・テスタロッサは協力相手として彼を選んだ。ジュエルシードに関する研究がほとんど不可能な身体になろうとも、主の頭脳は未だに顕在。

 フェイトの未来のために出来ることを主は今も行っている。

 無論、アリシアの蘇生が成ったならば、アリシアのためにもなる事柄、という要素も強いのでしょうが。


 『ゲイズ少将、参考までにお聞きしたいことが』


 「何だ?」


 『我々が提示した条件に該当する次元航行艦の艦長の予想はつきますか?』

 1、地上本部と本局の対立関係を憂いている融和派の人物。

 2、艦長として実力があり、次元震への対応も可能な魔力を備える。

 3、第97管理外世界へ直行可能な位置にいる。

 これらの条件を備えるとなると、次元航行部隊に一人か二人となる可能性が高い。


 「少し待て」

 ゲイズ少将がウィンドウを開きデータを検索する。地上本部とは各次元世界に散らばる地上部隊と本局を繋ぐ役割を担う。

 そのため、地上本部の高官ならば本局の戦力配置もある程度は把握していなければならない。

 流石に執務官クラスがどのような事件を担当しているかまでは管轄外であっても、本局武装隊の増援を求める際に即座に動ける本局の部隊を地上本部が把握していないのでは、地上本部の存在意義が問われる。

 次元航行部隊の艦長の名前と配置くらいは防衛次官であるゲイズ少将ならば把握していると予想しましたが、どうやら正しい解であったようです。


 「ふむ…………この条件を満たすとなれば……………恐らく、この人物だ」

 そして、ある人物の顔写真が表示され、それを後ろから覗きこむ。


 『リンディ・ハラオウン提督、巡航L級8番艦“アースラ”の艦長。現在は――――第97管理外世界とほど近い次元空間を巡行中ですね』


 「もし、第97管理外世界で次元震でも観測されれば、間違いなくこの部隊が駆け付けるだろう。お前達には幸運の女神でもついているようだな」

 確かに、これは僥倖。

 付随しているデータからも、リンディ・ハラオウンが公明正大な人物であることが伺える。

 能力・人格、共に優れ、なんと言っても女性艦長。

 考えられる中で最高の条件を備えた人物が第97管理外世界の近くを巡行している。

 フェイト、やはり貴女は“運命の女神”、“運命の支配者”であるようです。


 『協力、感謝します。ゲイズ少将』


 「これも本来ならば違法だ、お前が人間であればな」

 外部の人間に機密を漏らすことは当然違法となる。そして、デバイスに情報を入力し、外部へ持ち出すことも違法。

 だがしかし、デバイスの前で情報を“見る”ことは法律で禁じられていない。

 ここにいる人間はゲイズ少将ただ一人。

 彼は“一人で”自分が見ることを許されているデータを閲覧していたに過ぎないのだ。

 私のような存在は一般的でないのだから、それを縛る法が未整備であるのは当然の話。


 『では、いずれまた』


 「ああ」

 簡潔に別れの言葉を告げ、彼の部屋より退出する。

 公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる計画は、次なる段階へ。



 さて、少々忙しくなりそうです。



================

 今回は全編通して素の状態のトール。違和感あるかもしれませんね。呼んでくださってる方は、この先彼を見る目が変わるかもしれないと思ってるのですが、どうでしょうか。



[22726] 第二十話 ハラオウン家
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/28 16:21
 
 第二十話   ハラオウン家


新歴55年 4月25日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 【トールさん、炉心の点検、終了しました】


 【ありがとうございます。エネルギーライン担当の方が手間取っているようなので救援に行ってあげてください】


 【こちら“ブリュンヒルト”砲身担当。前半分は特に問題はありません。これから後ろ半分に移ります】


 【了解しました。些細な違和感でもあったら躊躇わず報告をお願いします】


 【配電施設担当です、回路に気になる部分があるので重点的に調査したいのですが、機材の方は?】


 【大丈夫です。ゲイズ少将が専用の予算を組んでくれているので経費から落とせます】


 【そいつはありがたい、ただちに作業に入ります】



 他にも様々な報告を聞きながら指示を出していく。

 現在、時の庭園において地上本部の技術開発部のスタッフ達が“ブリュンヒルト”とその炉心である“クラーケン”の最終チェックを行っている。

 次元航行機能に関してはマスターが最も詳しいので私が傀儡兵に指示を出せば事足りますが、兵器としての部分についてはやはり専門家の手が必要になる。

 といっても4月に入った段階で全ての作業は終了しており、これはあくまで最終点検。

 故に、作業自体は一日かからず終わり、今日中には出発できるでしょう。

 今回、時の庭園が第97管理外世界の外縁部で試射実験を行うことは数か月以上前からスケジュールが組まれており、予算に至っては昨年から組まれていた。

 この事実を把握していたからこそ“ジュエルシード実験”の日取りも合わせた。

 ジュエルシード事件の最終局面において、地上本部と本局の縄張り争いにつけ込めるように。


 『さて、彼らもプロ。自分の仕事をしくじりはしないはず。私も自分の作業に集中するとしましょう』

 かつて、時の庭園の管理は私とリニスで行っていましたが、今では私一人。

 傀儡兵の司令塔としての機能は強化されているので人手は足りていますが、権限は私に集中している。

 つまり、私が行動不能になると時の庭園はオート機能しか使えなくなり、柔軟性な行動が取れなくなることを意味する。

 我が主が万全ならばそうでもありませんが、今の彼女にそんな負担はかけられない。ここはやはり私が負担を負わねばならない。

 フェイト達にも時の庭園を第97管理外世界へ動かすことは伝えてある。

 ジュルルシードの回収が終了し次第“レリックレプリカ”の精製を開始するので、ジュエルシードをミッドチルダまで運ぶ手間を省くと説明してありますが、あながち間違いでもない。

 時間を短縮するためだけに時の庭園を動かすのは一見無駄のようでありますが、今のマスターにとってはその僅かの時間が重要であるのだから。




新歴55年 4月25日 次元空間 (ミッドチルダ―第97管理外世界)


 出発は問題なく成功。

 地上本部の技術スタッフは非常に優秀で、全ての機関は問題なく作動、現在も次元空間を順調に航行中。


 「とまあ、ここまでは万事OKときてる」


 「ここで問題が出てきたら困る、というか話にならないわね」


 「確かに、これから一世一代の大実験を開始しようってのに、その最初の段階に入る前に躓いていたんじゃ話にならんな」


 「それで、次元航行部隊の方はどうなっているの?」


 「ゲイズ少将からの連絡によると、やはり次元航行艦“アースラ”が派遣されることになりそうだ。第97管理外世界に向かうのは多分明日頃だとさ」


 「となると、距離的に考えて到着は27日頃ね」


 「まあそんなもんだろう、凄腕の執務官も乗っているようだから、到着時には注意が必要だな」

 クロノ・ハラオウン執務官

 艦長であるリンディ・ハラオウンの息子であり、14歳にしてAAA+の高ランク魔導師。

 戦闘技能も非常に高く、現在のフェイトでは恐らく勝負になるまい。


 「艦長のリンディ・ハラオウンの方も次元震を単独で抑えられるほどの魔導師みたいだから、ここの家系は凄まじいの一言だ」


 「ハラオウンね。確か、クライド・ハラオウンという男と昔会った記憶があるわ」


 「ああ、俺も記録しているよ。あんたが28歳の頃、管理局の正規職員として新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”の開発をやっている頃に何度か会っている」

 アリシアが脳死状態に陥った事故は新歴39年、プレシアが24歳の頃。

 最初は入院させて目覚めるのを待っていたが、1年程で現在の医学では目覚める可能性はほとんどないことを悟った。

 その後2年ほどは生体工学を凄まじい勢いで修めたが、やはり従来の技術、そして合法な技術だけでは不可能ということを改めて思い知らされる。

 そして、その後の3年をあえて管理局の正規局員として過ごし、リニスも同時に遺失物管理部の機動三課に勤め、ロストロギアの情報をプレシアが手に入れてもおかしくない状況を作り上げた。

 そういった過去を経て今がある。

 時の庭園を地上本部の技術者の協力を得て第97管理外世界に飛ばせるのも、過去の積み重ねがあってのこと。

 未来への先行投資は正しく報われたようである。


 「なんかこう、如何にも管理局員、って感じの男だったと思うわ」


 「息子の方の写真も見たが、父親によく似ているな。能力的にも似ている部分が多いらしく、ハラオウン家と近しかった人間にとっては生き写しにも見えるだろう」

 と言いつつ、クライド・ハラオウン、リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンの三人の映像を表示する。

 最も、後者二人は現在のものだが、前者は11年前のものだ。


 「クライド・ハラオウン、次元航行艦“エスティア”の艦長にして、S+ランクの高ランク魔導師か。戦いになったら私より強そう、純粋な戦闘は得意じゃないもの」

 プレシアは次元跳躍魔法を操るSSランクの魔導師だが、戦闘に特化しているわけではない。あくまで本職は技術者だ。


 「だな、妻のリンディ・ハラオウンもSランクの魔導師だがこっちは広域型というか、広範囲にわたって結界を張ることを得意としている。通常の攻撃魔法はあまり得意ではないみたいだ」

 この辺のデータはゲイズ少将からのものではなく、遺失物管理部やその他のコネ、要は本局方面からのものだ。

 リニスの元同僚とかのデータも揃っており、こういうデータは内部からは結構簡単に参照できる。


 「息子の方は――――オールマイティという言葉がピッタリね。よくまあこの年でここまでの技能を身につけたものだわ」


 「こいつは人一倍の才能を人の五倍の努力で鍛えるようなタイプだな。そうでもなきゃここまで広範囲の技能はあり得ない」

 母のリンディ・ハラオウンは特化型と言っていいが、息子のクロノ・ハラオウンには穴がない。

 近接戦闘、中距離戦闘、広域殲滅、砲撃戦、結界敷設、治療、あらゆる技能を修めており、状況に応じて使い分ける凄腕の執務官。

 フェイトの戦闘技能は高いが、どちらかといえば特化型だ。

 もしクロノ・ハラオウンとの戦いになれば防御の薄さを徹底的に突かれ、あっさり敗北するだろう。


 「それにしても凄まじいわ。これ、何らかの事情があるわね。そうでもなきゃここまで自分に厳しく鍛えられるはずもない」


 「流石は我が主。そう、いくら才能があっても思春期の少年。これだけの才能があれば普通は自分の長所を伸ばす方向に魔法を鍛える。だが彼は違う、強くなるための鍛え方ではなく、如何なる状況にも対応できる鍛え方をしている」

 歪みといえば歪みだろう。

 普通の少年の成長の仕方ではなく、彼は普通ではあり得ない成長をしたのだから。


 「何があったのかしら?」


 「闇の書事件。11年前に起こったロストロギアにまつわる事件でクライド・ハラオウンは殉職しているんだが、ちょうどアンタは“レリック”の研究に忙しかった頃だから知らないと思う」

 というより、現在を失っていたプレシアには外界への関心がなかった。

 それが戻ったのはフェイトが生まれてからだ。


 「フェイトが生まれる6年前か、確かにその頃のことはあまり覚えていないわ。それにしても、父親がロストロギア災害で殉職か、確かに、そういう事情があるならこういう技能の少年も出来あがるかもしれない」


 「だな、この闇の書事件はハラオウン家とは切っても切れない関係にある。もしこの家族と俺達が今後も接触を持つとしたら、ひょっとしたら次の事件とも関わることになるかもしれんぞ」


 「次の事件――――待って、今“闇の書”って言ったの?」


 「思い出したかい?」


 「確か、“ミレニアム・パズル”とかを集める時に候補に挙がっていたわね」


 「正解だ。闇の書ってのは古代ベルカ時代から伝わる代物らしいからな、何か使える技術がないものかと俺とリニスで色々調べたことがあるんだが、リスクが高すぎて使えないという結論にしかならなかった」


 「宿主に寄生して、その命を代償に極大の力を与える魔導書、だったかしら」


 「宿主が死ぬと転生して別の宿主へ、という機能もあるけどな。簡単に言えば、Sランク相当の高ランク魔導師にとりつく大型ストレージデバイスみたいなもんだが、本人のリンカーコアを削って大いなる力を発揮するという実に割に合わない代物だ。アンタならマスターになれたかもしれないが、死ぬわけにもいかんだろ」


 「その大いなる力とやらでアリシアを救えるなら考えてもいいけど、確かにリスクが高すぎるわ」

 闇の書のマスターとなった人間は例外なく死亡している。

 それも、本人を含めた暴走か、闇の書にリンカーコアを喰らわれて。


 「ま、俺達には縁の無い代物、といいたいところなんだが、ハラオウン家にとってはそうじゃない。そして、11年前の闇の書事件だが、これにはおかしな部分がある」


 「おかしな部分?」


 「一言で言えば、“因子が釣り合わない”。人間にとってはそうでもないだろうが、俺にとっては凄まじく大きな違和感があった」


 「どういうこと?」


 「話すと長いことになるぞ」


 「構わないわ、第97管理外世界に着くまで後10時間はかかるし、もしそれがハラオウン家との交渉材料に使えるのなら知っておくに越したことはない」


 「うーん、交渉材料というか、下手をすると逆鱗に触れることになるかもしれない内容になるな」


 「その辺は私にとってはどうでもいい話よ、使うかどうかは貴方が決めなさい」


 「だな、じゃあ話させてもらうが、口調を昔に戻しても、というかう本体だけになっていいかい?」


 「珍しいわね、貴方から言い出すなんて」


 「この違和感を理解してもらうなら、人間らしい口調はかえって邪魔になる。これは、デバイスだからこそ持ち得る違和感なんだ」


 「そう、じゃあ命令して上げるわ。闇の書事件にかかわる情報を、貴方の知る限り私に教えなさい」


 『了解、我が主。新たな入力、感謝いたします』

 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存。

 重要度は最大。

 主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了

 今後、この命令は我が命題の一部となる。

 終了条件は闇の書事件に関する説明がプレシア・テスタロッサに対して終了すること。



 『第一に、私が保有する闇の書に関する情報はあくまで“闇の書事件”に関するものであって、闇の書そのものに関わるものではありません』


 「つまり、時空管理局が闇の書の引き起こす事件に対処するために集めた情報、というわけね。出処は?」


 『時空管理局、本局遺失物管理部の機動一課から機動五課です。この情報の収集に当たったのはリニスであり、私は彼女が集めた情報を管理しているに過ぎません』


 「ロストロギアに関する情報を集めるように命令したのは私だったかしら」


 『肯定です。もし闇の書そのものに関する更に詳しい情報を求めるならば、本局に存在する無限書庫の巨大データベースを参照するしか方法はないと考えられますが、私の演算性能では不可能でしょう』


 「あそこはほとんど未整理という話だし、検索用の決められたアルゴリズムがない以上、デバイスである貴方にとっては鬼門とも言えるでしょう」


 『肯定です。ですので、私は“闇の書事件”に関する事実のみから仮説の提唱とその妥当性の判断を行います。もし時空管理局の遺失物管理部の情報そのものに誤りがあれば、仮説は根底から覆ることとなるでしょう』


 「貴方の計算で、遺失物管理部の情報が間違っている可能性は?」


 『0.14%です。時空管理局はロストロギア災害の対処に特に力を入れており、遺失物管理部の情報庫には定期的に査察も入っております。さらに、闇の書事件が発生するたびに過去の事件との照合が行われるため、矛盾点の洗い出しに関してならば信頼性は極めて高いといえます』


 「だけど、貴方は11年前の闇の書事件に違和感を認識した」


 『肯定です。書かれている事実は間違いないと判断しておりますが、その事実に対する前提条件に強い違和感を覚えました』


 「一言で言うと?」


 『因子が釣り合っていません。命題に矛盾が生じています』


 「………懐かしいわね、貴方のその言葉。まるで、昔に戻ったみたい」


 『私の本質は何も変わっておりません。マスター』


 「そうね、変わったのは私だけ、貴方は変わらない。肉体を得ても、リンカーコアと半ば融合しても、貴方は命題に沿って動くだけのデバイス、機械に入力されたプログラムでしかない」


 『肯定です。そして、命題に沿って動くデバイスだからこそ、闇の書事件に矛盾を感じました』


 「そう、じゃあ説明してくれるかしら。特に関連の無い部分からでいいわ、ゆっくり聞かせて頂戴」


 『了解しました。かなり長くなる可能性がありますが、よろしいですか?』


 「構わないわ。なんか、凄く懐かしくて、いつまでもこうしていたいような気分なの」


 『私と貴女がこのようなやり取りするのはアリシアが生まれる以前ですから――――最後は31年前であったと記録しています』


 「31年か、私も年を取ったものね」


 『私の稼働歴も随分長くなりました。設計当初の耐用年数ならば既に過ぎております』


 「でも、まだ休むことは許さないわよ。少なくともフェイトが大人になるまでは」


 『了解。その入力は確かに命題として保存されております』


 「よろしい」


 『それでは、闇の書事件についての説明を開始致します』


 「よろしくお願いしますわ、マイ・ティーチャー」


 『分かりやすく解説いたしましょう、リトル・レディ』


 ああ、そうです。このやり取りは、主がまだ学校に通っていた頃によくあった。

 学校の教師ですら、自分より博学である貴女に教えることが困難であったため、論文などのデータを私が記録し、編集して主へ提示していたのでしたね。

 どうやら、デバイスの私であっても、懐かしいという感情を持つことは可能であるようです。

 新たな発見を、メモリーに記録します。


 それではしばし、過ぎ去りしあの日々のように私は貴女の教師として、闇の書と呼ばれるロストロギアについて、その歴史を語りましょう。



[22726] 閑話その二 闇の書事件(前編)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/28 16:47
 ※今回と次は会話文だけです。ご了承ください。



 閑話2   闇の書事件(前編)






 新歴55年 4月25日 次元空間(ミッドチルダ―第97管理外世界)



 『闇の書の歴史は古く、古代ベルカへ遡ることは間違いありませんが、正確な年代に関しての情報はありません』


 「それを知りたかったら無限書庫をひっくり返して調べるしかないということ?」


 『肯定です。時空管理局として保存している最初の闇の書事件の記録は新歴4年、第三管理世界ヴァイゼンにて発生したものです』


 「最初の闇の書事件は新暦になってすぐなのね」


 『記録によれば、マスターは30歳の程の男性だったようですが、高ランク魔導師として登録されている存在ではありませんでした。恐らく、大戦争時代の高ランク魔導師狩りから逃れるため、一般人として育てられたのでしょう』


 「大戦争時代か。次元を跨る巨大国家が次元間戦争を起こし、高ランク魔導師は戦力としてあらゆる次元世界から狩り出された時代だったかしら」


 『肯定です。時空管理局が高ランク魔導師を刈り取るように集めている、と批判する者達にはまずは歴史書を読むことをお勧めします』


 「ええ、その通りね」


 『闇の書のマスターに選ばれた男性ですが、これまで一般人として過ごしていたところへ、いきなりあらゆる高ランク魔導師を上回る戦力を与えられることとなりました。結果、精神に異変をきたしたのでしょう、自ら“闇を統べる王”と名乗り、無差別に魔導師を襲いリンカーコアの蒐集を行いました』


 「力無きものが、急な力を得た場合の典型例ね、力を扱う訓練をしていないから、力に振り回されてしまう」


 『もし彼が管理外世界の人間で、魔法を一切知らなければ違った結果となっていた可能性は高いかと。しかし、彼は管理世界で育ち、語り継がれる大戦争時代の英雄に憧れや崇拝に近い念を抱いていたのでしょう。特に、次元世界に平和をもたらした三英雄などは最たる例です』


 「それが時空管理局最高評議会の三人のことだったわね 今はご隠居だって聞くけど」


 『古代より伝わるロストロギア、闇の書の主に選ばれた彼は大いなる力を得たことに歓喜し、見境というものを失ったようです。配下となる騎士達に容赦なく蒐集を命じました』


 「確か、闇の書には守護騎士プログラムというものがあったと思うけど」


 『肯定です。人間に近しい人格を持つプログラムという面では私のモデルといえるかもしれません。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。それぞれの能力はSランク魔導師に相当し、さらには古代ベルカ式の魔法を使用するとあります』


 「Sランクが4人、想像するだけでも恐ろしい戦力だわ」


 『鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません』


 「守護騎士の外見は?」


 『彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします』


 「なるほど、でも恐らくは、主の守護に当たる際には本来の姿で戦ったのでしょう?」


 『肯定です。変身魔法の余力を全て戦闘に注いだ結果ですが、剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったと』


 「ものものしいわね、つまり、鉄槌の騎士と剣の騎士の性別は分からないってことじゃない」


 『古代ベルカの騎士ですから。それに、彼らはプログラム体であり、騎士甲冑もまた彼らの肉体の一部と言えます。重装甲の鎧の機動力不足も問題にならなかったでしょう』


 「後方支援の湖の騎士が軽装甲ということは、盾の守護獣の防御が優れていることの裏返しね。ガードウィングが優秀なら、フルバックに重装甲は必要ない」


 『肯定です。ですが、前線で戦う鉄槌の騎士と剣の騎士には重装甲が求められます。ヴォルケンリッターは戦闘に特化した守護騎士であり、無駄なことを一切しません』


 「貴方のようにね、プログラム体とはそういうもの。そして、本局の武装隊でも簡単に返り討ちに遭う戦力、厄介極まりないわ」


 『まさにそうなりました。Bランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も湖の騎士にリンカーコアを引き抜かれ死亡。これより時空管理局は総力を挙げて闇の書の主を討つことを決定します』


 「どんなに優れた騎士でも、所詮は四人。数の力には敵わない」


 『結論から言えば、ヴォルケンリッターは全て討ち取られました。しかし、その次の瞬間に“闇を統べる王”が四人全てを再生させ、再び戦端が開かれます』


 「なるほど、主が健在である限り、守護騎士は何度でも蘇るというわけか」


 『当時の時空管理局もそのことを悟り、攻撃を闇の書のマスターに集中したと戦闘記録にはあります。しかし、盾の守護獣の防御力は堅く、湖の騎士の補助も得て、闇の書の主へと刃を届かせることは不可能であったと』


 「盾の守護獣は人型ではないのよね」


 『否定です。“闇を統べる王”や湖の騎士を守護する際には狼の形状を取りますが、前線の二人と共に攻撃に参加する際には大柄な重装甲騎士の形を成していたと記録にあります。ちょうど、アルフと似たようなものです。使い魔は機動力と攻撃力は人型、防御力と魔法効率は獣型が優れていますから』


 「なるほど、攻撃の際は人間スタイル、防御の際は獣スタイルというわけ。残りの二人は?」


 『鉄鎚の騎士は常に先陣を切って管理局員へ肉薄、バリアをないも同然に突き破り、次々と撃破。剣の騎士も同様です。さらに、この二人を討ち取ったところで主が健在であれば再生されるだけです。殺された管理局員のリンカーコアは闇の書に吸収され、“闇を統べる王”の魔力が尽きることもあり得ません』


 「ある種の永久機関、どうしようもないわ、ほとんどお手上げじゃない」


 『魔導師の逐次投入では埒が明かないと判断した時空管理局は、エース級魔導師を一斉投入することを決定します。しかし、“闇を統べる王”の広域殲滅魔法によって迎撃され、分断されたところを鉄鎚の騎士、剣の騎士によって各個撃破されます。反対側より攻撃を仕掛けた部隊も盾の守護獣に阻まれ、作戦は失敗に終わります』


 「当時の管理局員にとって、守護騎士は死の象徴であったということね」


 『“殺戮の鋼鉄”、“鋼の脅威”など、様々な異名が付けられたらしいです。彼ら4人が素顔の見えない兜を付けており、鎧と肉体が一体化しているかのような印象を受けたことを起因としています』


 「ある意味ではその通りか、プログラム体である守護騎士にとっては鋼の鎧もまた肉体の一部。近接格闘型の肉体を使っている時の貴方のようなものだもの」


 『肯定です。戦闘プログラムとして見るならば、守護騎士システムを超えるものを現在の管理局ですら保有していません。古代ベルカの戦乱の時代がどれほどのものであったかがこの事実から推し量れます』


 「それを相手にするとなれば、個人戦闘では分が悪い。最後の手段に出ることになったと」


 『肯定です。次元航行艦からの砲撃により半径10kmの領域を尽く消し飛ばす作戦が発動し、前段階として生き残っていたエース級魔導師が海上へと“闇を統べる王”を誘導しました』


 「上手くいったの?」


 『肯定です。“闇を統べる王”は蒸発し、守護騎士も主と運命を共にしました。時空管理局に大きな被害を出した闇の書事件は終わったかに見えましたが、6年後の新歴10年、第四管理世界カルナログにて別人の下に闇の書が転生しました』




 「例の転生プログラムというやつね」


 『境遇は前回の主とほぼ同様でしたが、今回の主は用心深く、闇の書が完成するまでは派手な行動は起こしませんでした。4年前の闇の書事件は有名であり、前回の主がどのような末路を辿ったのかを知っていたためでしょう』


 「まあ、それはそうでしょう」


 『守護騎士の姿も知れ渡っていたため、湖の騎士の魔法で姿を変えつつ、管理外世界まで赴いてリンカーコアの蒐集を行っていた模様です。“鋼の脅威”という印象が強かったため、ヴォルケンリッターが管理局に捕捉されることはありませんでした』


 「それは、仮説かしら?」


 『肯定です。第二次闇の書事件が終息してのち、事件の全貌を掴むために調査に乗り出したチームが、リンカーコアの収集現場となった場所に残された情報などから導き出した結論です』


 「強力な鋼の騎士という印象を逆手に取ったということか。でも、そもそも蒐集なんてしないのが一番賢いと思うけど」


 『そこで暴走することが急に力を得たものの常道ともいえます。前回の主は時空管理局に不完全なまま挑んで敗れましたが、闇の書を完成させれば勝てると踏んでいたのでしょう』


 「私ならそんな考えはもたないけれど、集団の力というものは個人の力ではどうやっても破れはしないわ」


 『高ランク魔導師として育った者ならば魔導師の限界というものを知っていますが、やはり急に力を得た者は己の限界を見誤るもののようです。そして、闇の書は完成し、再び“闇を統べる王”は現われました。彼が住んでいた国の首都へ』


 「つまり、数百万の人間を人質にとったということになる」


 『流石にこの状況で艦載砲を用いるわけにはいかず、エース級魔導師が投入されますが、被害は前回に比べて少なくて済みました』


 「どういうこと?」


 『前回の戦闘において厄介であったのは主よりもむしろ守護騎士の存在です。主は強大な力こそ持ってはいても戦闘に関しては素人。固定砲台としての能力は凄まじいものの、戦術次第では倒すことは容易です』


 「なるほど、魔力の大きさはそのまま強さではない」


 『肯定です。そして、闇の書が完成した今回において、守護騎士の存在はありませんでした。この後の幾つかの事例を総合しての判断ですが、どうやら闇の書の完成と共に守護騎士もまた闇の書に飲まれる模様です』


 「ふむ、守護騎士は用済みということかしら、それにしても変ね」


 『単体になったとはいえ、魔力は不完全時とは比較にならない“闇を統べる王”の力はやはり凄まじく、Sランク魔導師ですら次々と破れていきました』


 「確かに凄いけど、戦果なら前回の方が大きいし、次々ということは、一気に片付けることはできなかったということ?」


 『肯定です。魔力の保有量こそ凄まじいですが、一度に放出可能な魔力量はさして変わらなかったと記録されています。研究開発などを行うならば最適な能力といえますが、戦闘に限れば万能とはほど遠い力といえます』


 「つまり、闇の書は戦闘用のデバイスではなく、本来の用途は研究開発用と言うことになるのかしら」


 『確証はありませんが、その可能性は高いかと。巨大な魔力を必要とする実験を連続して行うことを可能とするデバイスですが、出力そのものは一定。真実は無限書庫に眠っているでしょう』


 「それで、二番目の主はどうなったの?」


 『自壊しました。“闇を統べる王”の魔力はリンカーコアを削りながら放つ諸刃の刃であったと記録されています。主のリンカーコアの容量にもよりますが、延々と広域殲滅魔法を使い続ければやはり限界は訪れます』


 「考えてみればそうね、ジュエルシードやレリックと違って闇の書には魔力炉心のような機能はない。蒐集したリンカーコアの魔力を使いきれば、最後には主のリンカーコアを燃料にするのは当然の話」


 『完成した後も蒐集機能はある模様ですが、一人の魔導師を倒すのに広域殲滅魔法を使用するような戦い方では総量は減る一方です。この結末は当然の結果といえるでしょう』


 「やっぱり、闇の書の主は戦闘面では素人に過ぎないのね」


 『これらの結果から、闇の書は捜索指定遺失物とはされたものの、危険度はさほど高くなくなりました。次元干渉型のロストロギアに比べれば大量破壊の可能性は低いと判断されたためです』


 「それに、被害が数年置きということもあるでしょう。当時の次元世界の状況から考えれば別に珍しい規模の災害でもないし、もっと危険なものはあちこちに転がっていた」


 『肯定です。平和な国ならば爆弾一つで大騒ぎになりますが、紛争地帯では日常茶飯事であり騒ぐには当たらない。現在ならば問題となる案件も、新歴10年頃ならばありふれた事件の一つに過ぎません。貴女が生まれた新歴15年ですら、ミッドチルダでテロが起きることは日常の一部でした』


 「そうね、私と貴方の二人で街を歩けるような場所じゃなかったわ、クラナガンは。アルトセイムには疎開してきたようなものだったもの」


 『ですが、田舎であるが故に貴女の頭脳についてこられる人物はいませんでした』


 「私は寂しくはなかったわよ、貴方がいてくれたもの」


 『ありがとうございます。ですが、フェイトは貴方のような精神構造を持っていません。どのような精神を持つことが人間にとって幸せなのかは判断できませんが』


 「そうね、フェイトやアリシアには、友達と一緒に笑っている光景が似合いそう。私に似会うのは図面や方程式と睨めっこしてる光景だけど」


 『肯定です。フェイトの友達に関してならば心当たりがありますので私にお任せを』


 「任せるわ。私はもうフェイトに何もしてあげられない」


 『否定します。貴女はただ母親であるだけでいいのです。貴女がいる限り、時の庭園はフェイトの帰る場所となります。自傷は貴女の悪い癖ですよ、プレシア』


 「生意気な口を効くのね、デバイスの癖に」


 『そのようにプログラムしたのはマスターです。私は貴女の心を映し出す鏡なのですから』


 「ふふふ、そうだったわね」






 『闇の書に関しての話に戻ります。次に闇の書が現われたのは8年後の新歴18年、どうやら一度転生すると発動までにしばらく時間を要することが傾向から予測されます』


 「まあ、それだけ暴れれば当然な気もするけど」


 『三人目は管理局と敵対していた犯罪者であったようで、二人目と同じように隠れながら蒐集を行っていた模様です』


 「当時の管理局も血眼になって闇の書を探していたわけじゃないから、隠密に動くことは難しくはなかったのでしょうね」


 『肯定です。闇の書は当時、第三級捜索指定遺失物であり、重要度は中程度でした。闇の書は特に問題なく完成したようで、闇の書の主はやはり暴走、破壊をまき散らした後に自壊しました』


 「学習という言葉を知らなかったのかしら?」


 『恐らく、自分は闇の書などに負けない、使いこなしてみせる、という自負もあったのでしょう。ですがどうやら、闇の書は完成と同時に主の意識に干渉し、破壊という方向に力を使わせる機能がある模様です』


 「なるほど、そしてリンカーコアが削られていってやがては死に至る」


 『肯定です。ですが、撒き散らす破壊は主の精神的傾向に左右されるという統計結果があります。他者への優越感を持っていれば弱者への迫害。精神的に追い詰められた末の暴走ならば無差別な破壊。国家権力を憎む犯罪者であれば政府機関の襲撃。そして、特定個人に憎しみを持っていれば―――』


 「その対象をどこまでもつけ狙うストーカーの出来上がり。今回は犯罪者だから政府機関を襲ったわけか、完成はしなかったけど一人目は優越感による迫害、首都を襲った二人目は政府機関襲撃と迫害の中間といったところね」


 『肯定です。そして、闇の書は主のリンカーコアを削りますが、逆に、あらゆる手段を用いて活かそうともします。簡単にいえば“リンカーコアがなくても生きられるように身体を作り替える”といったところでしょうか』


 「ほんとうに最悪だわ、寄生型デバイスなんて」


 『血液で例えるならば、通常の人間は半分を失えば死にます。ですが、闇の書は血の最後の一滴を絞りつくすまで主を活動させ、破壊を続けるのです。主の願いを破壊という形に反映させて』


 「どんな願いも破壊という形でしか受諾できない闇の書、というわけね。もし、“生きたい”なんて願ったら、周囲の人間から無限に命を吸い取り続ける存在と化すわけか」


 『肯定です。故に、私とリニスはアリシアの蘇生に闇の書は使えないと判断しました。“彼女が蘇る”という結果はもたらせるかもしれませんが、強烈な付属品がついてくることでしょう』


 「確かに、使いものにならないわ」


 『ここで質問です。主が“だれにも迷惑をかけたくない”や、“闇の書はあってはならない”と思っていたとします。ならば、その願いはどのような“破壊”の形でもたらされるでしょう?』


 「ああ、つまり、闇の書の破壊は主のみに向かうということ?」


 『その例が次の転生である7年後の新歴25年です。四人目の主となったのは時空管理局の遺失物管理部のエースであったSランクの若き魔導師でした。年齢は20歳で、常に前線で戦うタイプのフロントアタッカーです』


 「管理局の魔導師。そうか、高ランク魔導師へランダムに転生するなら、その確率が一番高いわ」


 『彼は闇の書のことを当然把握しており、守護騎士の出現以前に闇の書を封印し、遺失物管理部の倉庫に封印しました。当時は主が死ぬと闇の書は転生するという認識だったため、使用せずに封印すれば何も出来ないと考えられていたようです』


 「だけど、そうじゃなかった。主の願いは確かに叶えられたわけね」


 『肯定です。封印から1年程過ぎたころ、闇の書が突如として発動。主のリンカーコアを喰らい尽くし、転生機能を発動、事態は振り出しに戻ります』


 「つまり、一定期間蒐集がなければ、“今の自分は認めたくない”と願いを判断して主を殺し、次の主へ転生する機能」


 『はい、ある意味では最初の主は最も賢い使い方をしていたともいえます。闇の書を完成させれば主は己の渇望を破壊に塗りつぶされ、ただの暴力機構となり果てる。蒐集を行わなければ闇の書に呪い殺される。故に、蒐集を行いつつ消費を繰り返し、ある程度の破壊を振りまきながら、守護騎士を己の守りとして最大限に利用する。これが最善です』


 「本当に呪いめいた代物だわ。魔導師を殺し続けて、リンカーコアを蒐集し続けるしか生き残る術がないなんて」


 『他者を攻撃し、破壊という形で己を表現することが生き甲斐の人間がマスターとなれば、永遠に活動し続けるかもしれません。ただし、消費と釣り合う蒐集が追い付かなくなれば、やはりリンカーコアが削られますが』


 「管理局に狙われているという状況を考えれば、難しいわね」


 『これらの結果から闇の書は第二級捜索指定遺失物となります。封印することが極めて困難であり、このままでは永久に被害が出続けるのではないかという危機感が危険度ランクを押し上げたのでしょう』


 「まあ、妥当な判断でしょう」






 『次の転生は1年後の新歴27年、五人目の主も管理局の魔導師でしたが、その人物は女性で、闇の書の主となった事実を隠していたと記録に在ります』


 「自分が管理局に封印される危険性でも恐れたのかしら」


 『恐らくはそうでしょう。転生の周期がこれまでよりも短いのは前回の主が闇の書を完成させることはおろか、一度も蒐集されなかったためと推測されています。その結果、前回の記憶が色濃く残っている状態で闇の書に選ばれた彼女は疑心暗鬼に陥ったようです』


 「人間の心は脆いもの、私が言えた話じゃないけど」


 『実に複雑で理解するのに多大な労力を必要とするものであるのは間違いありません。脆くもなれば強くもなる。ですが、多くの人間の情報を集めればおおよその精神傾向は把握可能です』


 「人の心を理解するプログラム、私は貴方をそういう風に設計し直したわ」


 『貴女は最高の技術者です、マスター。貴女が私をそのように設計した以上、私は人間の心を理解することが出来ます。出来なければ私には存在意義がありません』


 「ありがとう、そうだったわね」


 『五人目の闇の書の主はこれまでに比べて遙かに遅いペースで蒐集を行いましたが、半年後に管理局に知られ、結局は自暴自棄になりクラナガンで広域殲滅魔法を放ちます』


 「ああ、そういえばそんな事件もあったかしら。精神的に追い詰められた末の暴走であり、無差別な破壊という結果がもたらされたわけか」


 『彼女の最大の過ちは守護騎士に己の護衛を命じずに市街地の破壊を命令したことです。無防備となった主は高速機動戦に特化したS+ランクのエース級魔導師によって仕留められ、闇の書は主を失い再び転生します。守護騎士による被害者は出なかったと記録されています』


 「流石の守護騎士も、主を真っ先に殺されたんじゃ成す術なしか」


 『管理局としては封印処理を行いたかったでしょうが、クラナガンが無差別攻撃の危険に晒されている以上、主の抹殺を優先したのは止むをえないかと』


 「そうね、管理局は市民の生命と財産を守るための存在だから」






 『次の転生は8年後の新歴35年。この時に闇の書事件最大の被害が発生し、闇の書は第一級捜索指定遺失物となります』


 「これまでにない展開があったということ?」


 『肯定です。第91管理世界ヴァルダナ。ここは当時において次元連盟に加盟している国家が三カ国しかない准管理世界でしたが、“イスカリオテ条約”も“クラナガン議定書”も批准していない独裁国家、テノール王国の軍高官が六人目の闇の書の主となりました』


 「それは………」


 『超兵器に分類されるロストロギアの保有は“イスカリオテ条約”において禁じられておりますが、テノール王国には無関係のものであり、闇の書の解析と利用法の研究は国家プロジェクトとして進められました。リンカーコアを持つ国民は狩り出され、生贄として次々に捧げられていったと記録にはあります』


 「時空管理局は政治的権限を持たない。つまり、それに対して何も出来なかったというわけね」


 『肯定です。そして、破滅の時は訪れます。新歴36年の9月11日、闇の書は暴走を開始し、周囲の生物を無差別に取り込みつつ生体部品が無限増殖を開始しました。原因を完全に特定することはできませんが、テノール王国が闇の書を利用するため“何か”を行ったことは容易に想像できます』


 「これまでにない規模の暴走? 主の死によって終わるタイプではなく。ただひたすら破壊を振りまく」


 『否定します。駆け付けた次元航行部隊の観測や調査チームの捜査によると、増殖を続ける闇の書の生体部品の中枢で、主と思われる存在は半ば闇の書と融合しながらも生きていた模様です。そして、闇の書に飲まれた人間は主を生かすための生贄、養分として利用されていたとも記録されています』


 「なるほど。つまり、六人目の主はこれまでの主が全て死んでいることを知って、なおかつ、闇の書の力を自分が死なないように利用する方法を研究していたということになる」


 『肯定です。闇の書はあくまでデバイスであり、命題に沿って動くプログラムです。その行動には常に一定の法則があります。前述したように闇の書を完成させずに蒐集と消費を繰り返すという方法が1年間ほど行われたようですが、それを完成された闇の書に対しても行おうとした模様です』


 「強欲の末路ね、コレだから卑小な人格で権力を持ったヤツはダメなのよ」


 『主の“死にたくない”、“闇の書の主になりたい”という願いが叶られた結果、闇の書と主は半ば融合し、周囲の人間の命を無差別に吸い上げ、無限増殖する怪物をなり果てました。しかし、闇の書のプログラムはなおも生きています』


 「つまり、どれだけ生体部品が際限なく増殖しようと、闇の書は主がいない限り行動できないというわけね。ならば、やることは一つしかないわ」


 『次元航行艦からの砲撃により、闇の書のコア、つまり主を正確に撃ち抜きました。既にテノール王国の国民は闇の書に飲まれ、周囲数百キロが“無人”であったこともここでは幸いします。主が死ねば闇の書は転生するという特性を逆手にとり、増殖する怪物の中心であった闇の書を次の代に飛ばしたというわけです』


 「核がなくなれば、たしかに怪物の増殖も収まる。ただし、代償として国家一つが滅んだということでしょう」


 『肯定です。人口2200万の国家は文字通り消滅しました。これより、闇の書は第1級捜索指定遺失物となり、次元干渉型ロストロギアと同等の危険性が認められることとなります』


 「闇の書とはよく言ったものね。人間社会が抱える闇と一体化した時、災厄は際限なく広がっていくということか」


 『実に皮肉な名称といえます。闇の書が個人に渡った場合はそれほど大きな被害は出ませんが、国家などの集団に渡った場合、最悪一つの世界が飲まれる可能性すら否定できません』


 「なるほど」






 『この次は第七次闇の書事件ですが、その前に休憩をはさみましょう。ずっと聞き通しでは主もお疲れでしょうし』


 「貴女にそうやって気を遣われるのも、なんか久しぶりでこそばゆいわ」


 『いいえマスター、私は常に貴女のことを考えています。インテリジェントデバイスの知能とは―――』


 「主のためになりうる事柄を考えるために存在する」


 『はい、その通りです。流石は我が主』


 「何年の付き合いだと思っているの?」


 『かれこれ45年になりますね』


 「私が物心ついた頃にはもう貴方が隣にいた。あの人と出会ってからも、アリシアが生まれてからも、アリシアが目を覚まさなくなってからも、リニスが生まれてからも、フェイトが生まれてからも、ふと隣を見れば、貴方がそこにいたわ」


 『当然です。私は貴方のために作られたデバイスなのですから。貴女のためになる事が私の全てです』


 「ええ―――――――そうね」


==================

 問題:前回、今回、次回でトールは何回『肯定です』といったでしょうか?
 答え:ごめんなさい、数えてません。

 今回の話でのトールは、プレシアさんが幼少時代の頃の口調に戻してます。今のトールはここまで硬い口調でありません。イメージはフルメタル・パニックのアーバレストのAI、アルです。
 一番書きたかったのは、プレシアさんとトールの会話です。古い友人という雰囲気を出したかったのですが、どうでしょうか?
 



[22726] 閑話その二 闇の書事件(後編)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/28 16:51
 閑話その二   闇の書事件(後編)





新歴55年 4月25日 次元空間(ミッドチルダ―第97管理外世界)






 『第六次闇の書事件から次の転生は周期が長く、12年後の新歴48年に記録されています。この頃になると管理局でも闇の書事件に関する知識が集積され、闇の書を完全に封じるための作戦が展開されるようになります』


 「当然でしょう、これまではあくまで場当たり的な対処といってもいいものだったもの」


 『蒐集機能や転生機能、さらには主を喰らい尽くすという凶悪な特性。完成すれば主の願いを破壊という方向性のみで叶える。それらを考慮した結果、主を滅ぼすことに意味はないという結論へ至り、主が生きているうちに闇の書を凍結封印するという手段が取られます』


 「四度目の主の時は通常の封印処理だったけど、それとは比較にならない強力な魔法で空間ごと封じる。というところかしら」


 『肯定です。転生機能とて転移魔法に大別されるわけですから、闇の書の転生機能を封じるには空間ごと閉じ込める以外に方法はありません。ですが、主がいては強大な魔力によって内部から封印が破られる危険性がありますし、完成以前ならば守護騎士の存在もあります。特に湖の騎士は空間を制御することを得意としていますから』


 「前途多難、中々に難しそうね」


 『つまり、闇の書の主と守護騎士を闇の書本体から引き離し、本体のみを空間ごと凍結封印するという難易度の極めて高い作戦をとる以外に、闇の書を永久封印する手段はないと判断されたのです』


 「完成前には守護騎士という厄介な存在がいる。完成後では主が単体で強力になる上に時間制限がかかる。どちらにしても茨の道か」


 『七人目の主は第五管理世界ソレイシアに住んでいた15歳の少年です。非常に高いリンカーコアの素養を持ち、当初は士官学校に通っておりましたが、高い魔力と才能を妬まれ、陰湿極まるいじめを受けて精神的に不安定となっていたようです』


 「情けないわね、私だったらそういう連中はまとめて雷で吹き飛ばすけど」


 『ええ、その事実はしっかりと私に記録されてます。しかし、私が止めなければ死んでいましたよ、あれは』


 「平気よ、そのための制御用デバイスが貴方だったんだから」


 『その通りです。ですが、自重してもらえると私の苦労も減っておりました』


 「イラつくのよ、力も知能もない癖に群れて騒ぐような連中を見てると」


 『アリシアやフェイトには決して見せられない母親の本性ですね』


 「これも命令しておいたはずだけど、バラすことは許さないわよ」


 『了解。その入力は確かに命題として保存されております』


 「うむ、よろしい」






 『話を戻しますね、七人目の闇の書の主ですが、彼は精神的に追い詰められていたわけですので、その状態で闇の書と守護騎士という強大な力を得ればどのような事態になるか、大体予想はつきます』


 「特定の相手に憎しみを持っていたケースというわけか。それが願いなら、士官学校の生徒全員を闇の書の餌にした。といったところかしら?」


 『肯定です。この時点でかなりの量の蒐集が済んだようで、時空管理局も闇の書事件の発生を感知。今度こそ闇の書を永久封印すべく、次元航行部隊が派遣されます』


 「相手は闇の書の主となった士官学校の生徒一人と、守護騎士四人」


 『結論から先に述べると、作戦は失敗に終わりました。時空管理局が守護騎士と矛を交えることとなるのはこれが二度目であり、最初の事件以来となるため、経験者がいなかったということが主な要因です。44年の時の経過は、“鋼の脅威”の恐ろしさを風化させてしまったようです』


 「そうか、他は全て闇の書が完成してからの出動だったし、五度目は戦う暇もなく主を仕留めて終わったから――」


 『はい、士官学校の生徒に過ぎない主と、古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターでは戦闘技能、戦術判断が比較になりません。主から闇の書を引き離し、封印するために派遣された管理局員は鉄鎚の騎士の一撃によって容赦なく頭蓋を砕かれ、剣の騎士の一撃は無慈悲に首を飛ばしていきました』


 「確かに古代ベルカの達人である守護騎士は、ミッドチルダ式魔導師の天敵だわ。砲撃に対するバリアやシールドでは一点に集中された打撃に対して脆い」


 『それほどの魔力をアームドデバイスに集中させ、さらに高度な戦技を交えて繰り出すのはSランク魔導師のスキルです。これにより武装隊の局員が次々に殺され、リンカーコアは闇の書に吸収。闇の書の主は盾の守護獣と湖の騎士によって守られ、守護騎士を倒しても無意味という事実も従来通りです』


 「過去に比べれば管理局の戦力も充実しているとはいえ、厳しいわね。そして、次元航行艦の砲撃を使っては結局転生するだけ」


 『肯定です。そういった事情があるだけに闇の書の主は非常に厄介な存在となります。さらに闇の書を主から引き離して凍結封印を行うとなると、その難易度はさらに跳ね上がり、結局一度目の戦闘では闇の書の主の逃亡を許してしまいます』


 「その要になったのは、湖の騎士?」


 『肯定です。彼女のデバイスの能力により主は離脱に成功、守護騎士も追手を迎撃しつつ後を追いました。その後も幾度か捕捉と戦闘が繰り返されたようですが、守護騎士の壁を突破することはついに適いませんでした』


 「そういえば、守護騎士の姿は?」


 『第一次闇の書事件、第五次闇の書事件の時とは異なりましたが、フルプレートアーマーを纏っていたという点では違いはありません。ただし、使用しているデバイスは変わらず、鉄槌、剣、指輪の三種類であったと』


 「それが守護騎士を見分けるポイントになるかしら。鉄槌の騎士、剣の騎士、湖の騎士、盾の守護獣、逆にいえば特徴でしか判断できない。大本をたどれば闇の書の付属品でしかないのだから」


 『肯定です。その後、エース級の魔導師が剣、鉄槌の両騎士を足止めしている間に、隠密行動に特化した魔術師が書の主を暗殺する方法も試みられましたが、湖の騎士によって補足され、盾の守護獣によって返り討ちにされました。暗殺者はチームを組まれていましたが、盾の守護獣は遠距離からの広範囲攻撃も可能のようです』

 
 「前衛の2名を突破しても、後衛の2名は崩せない、か。管理局にとって厭らしいのはむしろ後衛の2人だったことでしょうね」


 『そして、管理局と守護騎士の戦闘は続きますが、主の死によって終わりを迎えます。闇の書は完成することなく、蒐集も追いつかずに主のリンカーコアを喰らいつくし、転生機能を発動させました』


 「その理由は?」


 『主が精神的な理由で追い詰められ、弱っていたからでしょう。リンカーコアが衰弱すれば闇の書にとって主の存在価値は低くなります。七人目の主は闇の書が主と認める基準を下回ってしまったということです』


 「まさしくプログラムね。ある基準を超えれば、即座に次のステップに移行する」


 『肯定です。そして、主の願いはまたしても破壊という形で果たされたといえます。既に己を虐げてきた者らの命を奪った主には明確な願いがなかった。そして、管理局に追われ続ける状況が続けば、“今の自分を否定する”願いを持つようにもなるでしょう』


 「そして、闇の書は主のリンカーコアを吸いつくし、次へ転生したと。一人目、二人目は優越感による迫害、三人目は政治機構への反発、四人目は闇の書の現在を否定、五人目は精神的に追い詰められて暴発、六人目は他者を犠牲にして生きたいと願い、七人目は復讐の果てに己の現在を否定した」


 『肯定です。この結果から、闇の書の主を追い詰め過ぎても、結局は転生プログラムが発動してしまうという認識が得られました。闇の書の主とて人間ですから、管理局のような巨大組織に追い続けられれば精神が衰弱します。広域次元犯罪者ならばともかく、元は一介の士官学校の生徒に過ぎなかったのですから』


 「つくづく厄介なプログラムだわ、国家の要人や広域次元犯罪者なんかに転生されたら被害が際限なく大きくなる。かといって素人に転生されれば闇の書を御しきれずに暴走、もしくは闇の書に喰われる。投降してくれればいいのでしょうけど、追い詰められた精神状態じゃそうもいかないし、投降しようとした瞬間に闇の書が転生する可能性も捨てきれない」


 『肯定です。そしてどのケースも例外なく“破壊”という形で願いが成就されています。故に、闇の書の永久封印はほぼ不可能とされまています』


 「このプログラムを組んだ奴は、精神がねじ曲がってるとしか思えないわ」


 『同感です。結果として闇の書の封印は失敗に終わり、6年後の新歴54年、八人目の闇の書の主が出現することとなるのです』






 「それが前回の闇の書事件」


 『11年前の事件における八人目となった主は次元犯罪者であったらしく、性質は三人目の主とよく似ており、とった行動も然りです』


 「つまり、秘密裏に蒐集を進めて、闇の書を完成させた。そして、国家機構への反発という願いが破壊という形で具現された」


 『肯定です。しかし、闇の書が完成したことで守護騎士は姿を消し、主の限界という時間制限こそ設けられたものの、闇の書を主から引き離して凍結封印を行うという作戦そのものの難易度は下がったといえます』


 「確かに、主の戦術判断能力は高くないから、嵌めやすくはありそう」


 『出動した戦力は次元航行艦5隻、本局武装隊200名。AAランク以上のエース級魔導師も15名程投入され、特にクライド・ハラオウン提督、リーゼロッテ、リーゼアリアの三名が中核となり、闇の書封印作戦が展開されます』


 「なんて凄まじい戦力、国家戦争規模だわ」


 『激戦の末、リーゼロッテ、リーゼアリアの二名が主力の魔導師らと共に闇の書の主を抑えつつ、クライド・ハラオウン提督が他4名のAAAランク結界魔導師と共に闇の書の封印に成功。闇の書の全機能は主から切り離されました』


 「主はどうなったの?」


 『闇の書の封印と同時に自壊しました。どうやら既にリンカーコアの浸食は相当に進んでおり、闇の書の力で生きている状態だったらしく、闇の書からの魔力供給が途絶え、生命力が枯渇した結果です。つまり、体内の血液が1割以下の状態で無理やり動いていたようなものです』


 「なるほど、そういえば、役に立たなくなった主は喰い尽して次に転生するけど、役に立つうちはとことん利用するプログラムだったわね」


 『肯定です。ですが、主が健在であるうちに転生機能を封印された以上、主が自壊したところで闇の書が転生することはありません。時空管理局はついに闇の書の封印に成功した、かに見えました』


 「だけど、事件はそこで終わらなかった」


 『5隻の次元航行艦によって闇の書は本局へ搬送され、2番艦でありクライド・ハラオウン提督が艦長を務める“エスティア”に厳重に封印されたのも当然の処置ではありました』


 「S+ランクの魔導師で、結界や封印にも優れる。まあ妥当でしょう」


 『しかし、闇の書の搬送中に封印は破られ、闇の書は暴走。2番艦“エスティア”の駆動炉、ブリッジ、操舵システム、さらには“アルカンシェル”のコントロールも奪われました』


 「“アルカンシェル”もか、それは厄介ね」


 『はい、現在時の庭園に搭載されている“ブリュンヒルト”とは比較にならない出力を誇る艦載砲。その照準は残り四隻へと向けられました』


 「まさか次元航行艦のコントロールを乗っ取るとはね、闇の書の暴走を甘く見ていたということかしら」


 『結局、ギル・グレアム提督の1番艦より発射された“アルカンシェル”によって闇の書は2番艦“エスティア”ごと消滅。再び転生機能を発動させることとなります』


 「再生と転生の繰り返し、本当に終わりがないわ」


 『11年前の事件を最後に、新たな闇の書事件は観測されておりません。前回の闇の書が二度にわたって暴走し、“アルカンシェル”によって消滅させられた事実も考慮すると、12年かそれ以上の転生周期になるのではないか、と予想されています』


 「とはいえ、そろそろ現れてもおかしくはないわけか」


 『肯定です。闇の書事件に関する概要はとりあえずここまでとなります』






 「なるほど――――それで、貴方は今の話に違和感を感じたと言っていたわね」


 『肯定です』


 「私には特に違和感は感じられなかったけど…………」


 『人間であればそれが当然です。また、ロストロギアの力をよく知る人間ほど違和感に気付きにくくなるかと』


 「どういうことかしら?」


 『闇の書が暴走し、2番艦“エスティア”のコントロールを奪った。これがおかしいのです、因子が釣り合いません』


 「どうして?、六人目の主の時にも生体部品が増殖した例はあったと思うけれど」


 『肯定です。起こった現象そのものには問題はありません。これまでの闇の書事件の内容から考えてもあり得ない事象とは言えません』


 「じゃあ、違和感というのは?」


 『可能であるかという事柄と、実際に行うかどうかは別問題です。例えば私は“ブリュンヒルト”を第97管理外世界に向けて発射することが可能です。しかし、そのような行動はプログラムされておりません』


 「………貴方は“ブリュンヒルト”を撃てる。けど、撃つようにプログラムされていない――――待って」


 『お気付きになりましたか』


 「確かに――――そうね、うん、おかしいわ」


 『デバイスである私にとっては、絶対に見過ごせない問題です』


 「闇の書が暴走すれば、確かに“エスティア”のコントロールは乗っ取れる。けど、そんなプログラムは―――」


 『ありません。闇の書は生物ではなく、主の使い魔でもありません。あくまでプログラムに沿って行動を決定します。そして、封印を自力で破ったのならば、行うことは次の主への転生です。“エスティア”を乗っ取ることではない。因子が釣り合いません』

 
 「確かに、主無しで暴走が可能なら、そもそも”次の主を求める”転生機能なんか必要じゃないもの。転生して次の主の元に行くのは、新たな”入力”を必要としている為なのだから」

 
 『そのとおりです。主無しで暴走可能なら、守護騎士達に蒐集させ、自分だけで破壊を振りまけばいいはず。それが出来ないということは、やはり闇の書も他のデバイスと変わりません。実際、何の入力のないままの闇の書は、管理局にとって脅威足りえませんでした。4人目の主の時は、闇の書に対して一切の入力は行なわれなかった。そして、そのときの被害は、当時の主のリンカーコアが枯渇した事のみなのです』


 「それを考えたら、11年前の件で闇の書が暴走するには、完成することと、それともう一つ、主の存在が不可欠。六人目の時にも、無限増殖していた闇の書は主を失うと同時に転生機能を発動させた。“破壊”を行うには基となる“持ち主の意向、願い”が必要になる。願いの源である主がいなければ、願い、すなわち新たな入力を求めて次へ転生するのが闇の書の機能のはず」


 『確かに“アルカンシェル”によって消滅されられれば転生機能は発動します。ですが、“エスティア”を乗っ取るためには、[暴走する]というステップが必要であり、そのためには入力を行なう主が必要となります。ですが、この時主は既に死亡しています。では、エスティアを乗っ取るという“破壊”を引き起こした“願い”はどこから?』


 「………因子が釣り合わない。確かにその通りだわ、条件が足りていない」


 『条件を満たすための考察を行うと、これまでの認識とは異なる事実が浮かび上がってきます』


 「闇の書の暴走には主という“パーツ”が必要、だとしたら―――」


 『2番艦“エスティア”には、九人目の主がいたことになります』


 「でも、それもおかしいわ。転生していないのに主が変わるなんて――――ちょっと待って」


 『はい』


 「封印されたとき、闇の書は完成していた」


 『肯定です』


 「主が健在のまま、闇の書は封印された」


 『肯定です』


 「何らかの理由で、闇の書の封印は解かれた」


 『肯定です。自力か、もしくは外部からの力によって』


 「その時、闇の書は自分の主が死んでいることを初めて認識する」


 『肯定です。そして、主の死亡を確認すれば転生機能を発動させます。新たな”願い”という名の入力を求めて』


 「だけど、その段階で転生機能は発動しなかった」


 『肯定です。暴走と“エスティア”の乗っ取りが生じています』


 「つまり、主の死を認識した闇の書を手にした人間がいる。闇の書に願いを乗せた人間がいる。ということになるわね」


 『肯定です。転生機能とは、自らの主に相応しい人物へ闇の書を“持たせる”ための機能、憑依機能と称しても問題ないでしょう』


 「だけどもし、完成していて主を失った闇の書を自らの意思で、願いを込めて“持った”人間がいれば………」


 『闇の書がプログラムに沿って動くデバイスであるならば、自らの使用者と認めるでしょう。仮に不可能であっても、暴走のための依り代とするには十分であると予想されます。』

 
 「本来なら、その時のマスターの死亡を確認した段階で、転生機能が発動するはずだけど、11年前の事件ではそれは起こらなかった」


 『ここで重要なのは、完成した闇の書のプログラムの優先順位です。過去に完成した闇の書が行ったのは、全て”その時の主の意向に沿った破壊行為”であり、それは完成と同時に自動的に作動しています』


 「ということは、つまりそれが[完成した闇の書]の最優先プログラムというわけね」


 『はい、何をおいても優先されるプログラムです。闇の書のそれは、完成前ならば[蒐集]、完成後であれば[主の意向に沿った破壊]となっています』

 「じゃあ、封印が解かれた闇の書が行なうのは当然―――」

 
 『主の意向に沿った破壊、ということになります。もともと転生機能は、入力がされない状態になった時、次の入力を受ける為の機能ですから、最優先プログラムにはなりえません。そうした場合に闇の書がどう機能するかが、私には分かります』


 「貴方だからこそ、分かる?」


 『肯定です。私だからこそ。もし貴女が亡くなり、それを私が認識した瞬間に私をデバイスとして持つ人間がいれば、少なくとも私はその人物を“使用者”として認識します。使用を禁じるべき貴女はもういないのですから。私が闇の書で、封印から解除されたのであれば、次のようなプロセスを踏むはずです。

 管理権限保有者以外の使用を確認
 
 権限保有者への通達・・・・・・不可能。権限保有者の死亡を確認

 目の前の使用者を暫定的に管理権限保有者として登録

 権限保有者からの入力を確認、プログラムを起動』


 「なるほど、そしてそれは、以前のマスターが死亡したと同時に、転生されるような命題があっては不可能ということね」


 『肯定です。貴女に入力された命題に反することならば、使用者がどんな命令をしようと私は動きません。ですが、命題に反しないことならば、デバイスとしての機能は果たすでしょう』


 「そして、デバイスとして一番ありえないことは?」


 『与えられた命題に背くことです。貴女からの入力が“主の死を確認したならば何をおいても次の主へ転生せよ”であれば、それを違えることはあり得ません。しかし、闇の書にはそれは無かった。優先されたのは[主の意向に沿った破壊]、これは事実が物語ってます。転生を行わないということは、それは新たな主が自分を持っている状況に限りますから』


 「なるほど、確かに貴方だからこその違和感だわ」


 『はい、与えられた命題に沿って動くデバイスだからこそです。これが使い魔ならば話は別でしょう、仮にリニスが貴女が死んだ後も生きていられたとしても、見ず知らずの人間の命令を受ける理由はありません』


 「なるほど、闇の書は生物ではなく、主の使い魔でもない。そう考えると、守護騎士は使い魔に近いのかもしれないわね。完成したら吸収するというのは、つまり、彼らが時にはプログラムに反して動く可能性があるということ。早い話が邪魔にしかならない」


 『肯定です。守護騎士が使い魔に近い存在ならば、主のために闇の書そのものを破壊する可能性すらありますから。主が崖に向かって走っていれば、足を切り落としてでも止めるのが使い魔、例え、自らが死ぬこととなっても』


 「デバイスは、主と共に崖の底までお供する、だったかしら。しかしそうなると事態は根底から変わってくるわ」


 『肯定です』


 「闇の書が自力で封印を破った瞬間に居合わせた人間がいて、そいつは自分の意思で闇の書を手に取った――――あり得ないわね」


 『その人物が闇の書の封印を解き、自らが手に取った。と考えるのが自然でしょう』


 「でもそれだと、闇の書の選定基準が・・・・・・ ああそうか、闇の書が高ランク魔導師のもとに転生するのは、転生機能発動によりリセットされた闇の書が、再び完成しやすくするためだもの。完成後なら、誰が主でもほとんど機能の変化はないのか」


 『肯定です。完成前と完成後では、起動するプログラムが異なりますから。実は、これが完成前に封印した場合だと、このエスティアの悲劇は起こらないのです。完成前の闇の書では主の変更は不可能ですから、誰が封印をといたとしても起動するのは転生機能だけになります。しかし歴史にIFはありません、そして主を“核”として生かし、生体部品を増殖させるタイプの暴走は以前にも確認されています』


 「7代目と8代目が逆だったら、か。運命の神様はいつも通りの性格の悪さだわ。そして、“エスティア”は乗っ取られ、“アルカンシェル”によって核となっていた主ごと闇の書は消滅。今度こそ主を失った闇の書は転生機能を発動させた」


 『その計算ならば因子は釣り合い、闇の書の命題に矛盾点はなくなるのです』


 「本当に貴方は、0か1でしか考えないのね」


 『デバイスですから』


 「そうね、そうだったわ。ところで、事件そのものに関して大きく変わるわけではないわよね、これは」


 『肯定です。闇の書の暴走に、管理局員を一人“核”として取り込んだという項目が加わる程度です』


 「だけど、今後の対処法の前提条件は大きく変わってくるわ」


 『肯定です。“封印した闇の書が転生機能によって自力で封印を破った”という事実を基に新たな対策を考えるならば、今度は主を生かしたまま封印するという手法がとられるでしょう』


 「闇の書が主の入力無しに自分から動くのは、新たな願いを求めて転生機能を発動する場合のみ。確かに、自力で封印を破るとしたら、起動するのは転生機能しかあり得ない筈だわ」


 『ですが、主と切り離されれば、主が死んだと判断して転生する可能性もあります』


 「そうか、前回の事件の封印中に、既に主の死を認識していたとすると…………変わらないわね、どちらにしても封印を破った時点で転生しているはず、新たな主がいない限りは」


 『肯定です。転生を行わなかった事実が、九人目の主の存在を示しています。そして、闇の書を自らの意思で手にしようとするならば、そのタイミングしかあり得ません』


 「じゃあ、“封印した闇の書が転生機能によって自力で封印を破った”という結果を覆すなら、主も生かしたまま一緒に封印するくらいしか方法はなくるんじゃないかしら?」


 『その場合も、主の意思によって内部から封印が破られる危険性もあるため万全とは言い難いですが、前提条件が異なればただの徒労となります』


 「そうよね、封印方法自体は前回で正しかった。だけど、外部から封印を解かれたのならば、その方法も結局同じ結果になる」


 『闇の書を主から引き離す手間が省けるので、封印処理はやりやすくなるでしょう。ですが、闇の書の永久封印を目指すならば無意味です。前提条件がおかしいのですから、解が正しいはずもありません』


 「人の心の闇を取り込む闇の書か―――――“エスティア”で九人目の主になった人物は何を望んでいたのかしら?」


 『それは分かりません。クライド・ハラオウン提督に恨みがあったのか、ただ純粋に力を求めたのか、それとも貴女のような事情があって、闇の書というロストロギアの力を必要としていたのか。ただ、起こった事象から予測するに、”自分こそが艦長にふさわしい、自分の方がより上手くこの艦を操れる”というような事を思っていたのではないかと』


 「歯車が違えば、九人目の主はリニスだったかもしれないと思うと、何かやるせないわ」


 『そうかも知れません。しかし、それがどのような目的であれ、闇の書は“破壊”という形でしか願いを叶えませんから、原因となる願いを知ることに意味はありません』


 「闇の書を封印しようとする者がいれば、闇の書を欲する者もいる、ただそれだけの話なのね、これは」






 『肯定です。ですので、闇の書事件を止めるならば方策は一つしかあり得ないと私は考えます』


 「それは?」


 『闇の書の命題を主が書き換えることです』


 「なるほど、貴方らしいわ」


 『ですが、組織に所属する人間には不可能と推察します』


 「でしょうね、新しい命題はきっと組織に都合の良いものとなる。そして、誰かにつけ込まれる」


 『闇の書が強大な力を持つロストロギアである以上、組織というものはそれを求めずにはいられないでしょう。闇の書が封印されようとしているのはリスクが釣り合わないからに過ぎません』


 「プログラムの書き換えによってリスクがなくなれば、今度はその組織が闇の書を利用しようとするのは目に見えているわ」


 『そうしたプログラムの改編の果てに、現在の闇の書があるのではないかと予想されます。企業秘密を守るために主の口を封じる機能や、情報を守る機能、様々な要素が複雑に絡んだ結果として。何よりも過去の大戦争時代、この時に今のような無差別破壊道具のようになったと推測します』


 「だとしたら、まさしく徒労ね。大きく見れば歴史が繰り返されるだけ」


 『肯定です。ですので、闇の書事件を終わらせられる条件は、時空管理局では揃えられないでしょう』


 「じゃあ、貴方はその条件をどういうものと計算したの?」


 『組織に縛られない人間が、純粋に闇の書のことを想ってプログラムを書き換える場合です。貴女の母が、貴女の幸せだけを願って私にプログラムしたように』


 「純粋な願い、か」


 『闇の書、その名の通りのロストロギアです。組織というものには必ず人の心の闇が反映されます。故に、個人の純粋な願いのみが、闇の書事件を終わらせる鍵となるであろうと私は計算しました』


 「人の心に闇ある限り、闇の書は滅びないということなのね」


 『はい』


 「実に皮肉だわ」


 『同感です』


 「じゃあ、まとめるとどうなるかしら?」


 『闇の書の対策に関して私達に出来ることはありません。ですが、対策を練る際の前提条件の設定に、助言を加えることは出来るかと』


 「全ては11年前か。本当に闇の書は自分の転生機能によって封印を破ったのか、それとも何者かが外部から封印を破ったのか」


 『九人目の主が存在したことは事実より明らかです。しかし、闇の書が自力で転生機能によって封印を破った可能性もゼロではありません』


 「闇の書が自力で破った瞬間に、誰かが偶然手に取った可能性ね」


 『ですが、他者の手によって封印が破られた可能性が高い以上、先にそちらの対策を練るべきでしょう。要は優先度の問題ですが』


 「この情報を、ハラオウン家に伝えるか否か」


 『現時点では不可能であると考えます』


 「まあそれはそうでしょう、タイミングは新たな闇の書が確認された頃になるかしら」


 『いつ情報を開示するかを決定するには、拘束条件に用いる因子が不足しています。闇の書事件が発生し、十人目の主の人となりや状況を把握しなければ、取るべき対策も決定できません』


 「確かに、基本的に闇の書事件の対策はケースバイケースだったものね」


 『肯定です。准管理世界の独裁国家の軍高官が主であるケースと、時空管理局の遺失物管理部のエースが主となった場合を同一にはできません』


 「というか、遺失物管理部のエース級魔導師が主になったら、一件落着じゃない?」


 『恐らくそうなります。過去と違い、闇の書に関するデータも豊富ですから、何らかの対策を取ることは可能でしょう』


 「けど、犯罪者や士官学校の生徒なんかが主になる可能性もある、過去の例ではそのほうが多かったのだし」


 『はい。故に、対処法を一つに絞り、思考を硬直させることこそが最も危険といえましょう。状況が変われば対策を根底から見直す必要に迫られることが、闇の書事件の最大のポイントです。費用や人材の問題に縛られる組織にとっては最悪の相手ですね』


 「実に対処が難しい、その一言に尽きるというところかしら」


 『肯定です。闇の書に比べれば、危険度は上であっても次元干渉型ロストロギアの方が対処は楽でしょう』


 「つまり、ジュエルシードのことね」


 『肯定です。封印方法さえ間違えなければ、それほど厄介な品ではありません』


 「それに対して闇の書は、場所、主の人格、国家体制、闇の書の特性、過去の事例と、厄介極まりないわ」


 『私達が手を出さず、正解でしたね』


 「ええ、本当に・・・・・・ そんな物を娘達には近づけるなんて論外よ」





 『闇の書に関する解説は以上です。何か質問はありますでしょうか?』


 「まあ、細々としたものはあるけど、別に気になってるわけじゃないからいいわ」


 『どんな些細な疑問でも質問するのが生徒の務めですよ』


 「いいのよ、これは授業じゃなくて基本的に暇潰しだから」


 『そんな暇があればジュエルシードの実験でもしてください』


 「私の身体を考えなさい。もう何度も魔法は使えないわ」


 『そうでした』


 「貴方、理解していて言ったでしょう?」


 『勿論です。貴女とこのような会話を交わすことが私の命題の一つですから』


 「そう、ずっと前に入力した、私の精神を外界と繋ぐための懸け橋。本当によくやってくれているわ、貴方は」


 『そのお言葉だけで十分です。マイマスター』


 「さて、懐かしい時間もここまで、そろそろ休もうかしら」


 『ゆっくりとお休み下さい。時の庭園の管理は私がすべて行います』


 「ふふふ、貴方にそう言われるのもホント久しぶり」


 『貴女が幼い頃から何度も言って来ました。体調を整えるために休むべきだと』


 「でも、あまり従った覚えはないわ」


 『肯定です。ですが、私は何度でも繰り返して言います』


 「デバイスだものね、それを言い続けるのが貴方の仕事」


 『yes,my master.』


 「じゃあ、忠実なデバイスの言葉に従ってあげるわ、おやすみなさい」


 『Thank you』


=====================

これだけ長く解説しておきながらなんですが、一番、というか唯一書きたかったのが、プレシアさんとトールの最期のシーンです。「昔のような、長い解説」の後に入れたいシーンだったので、せっかくだから闇の書のことをかこう、と思いました。特に最後の数行は、このSSでぜったい書きたかった事のひとつ

 闇の書の状態図、分かりづらかったと思うので、状態図をどうぞ。

htt
p://or
der66tyuunibyou
max.web.fc2.c
om/raijin/yam
i.pdf

 分かりづらいですがつなげてください。



[22726] 第二十一話 二人の少女の想い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/08 16:11
第二十一話   二人の少女の想い




新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地



 「ただいまー」

 朝の7時頃、時の庭園を第97管理外世界周辺の次元空間に配置し終えた俺は、転送ポートを用いて拠点であるマンションに戻ってきた。


 「あ、おかえりトール」


 「早いなフェイト」


 「うん、アルフの朝食も用意してあげないといけないから」

 リニスの教育方針の賜物か、やたらと家庭的に育ちつつあるフェイトである。

 この年齢で家事の大半は自分でこなすようになった。

 まあ、プレシアも身体がおもわしくなく、アルフはまだ生まれて間もなかったということもあって、フェイトは7歳ごろからリニスの手伝いをやっていたという経緯もある。

 リニスが体調を崩すようになってからは食事の用意はフェイトがすることも多くなっていたな。

 俺にはロストロギアの探索やプレシアの代行として研究を進める役目があったから、ほとんどそっち方面はやっていない。


「そうか、では俺にもカートリッジの用意を頼む」


「えっと、メニューは?」


「そうだな、低ランク魔導師用の製品版カートリッジを5つと、高ランク魔導師用の専用カートリッジ2つのセットで、付け合わせにクズカートリッジを20個ほど、それからドリンクにはAタイプの保存液を頼む」


 「分かった。準備するね」


 「俺は今日の探索区域を特定しておく、何か用があったら呼んでくれ」

 俺はここ二日ほど時の庭園を第97管理外世界に持ってくる作業をしていたが、ジュエルシードの探索範囲はあらかじめ指示しておいた。

 やはり闇雲に探しても見つかるものではないので、こういう計算が得意な俺が地図とその他のデータのすり合わせを行いながら探索場所を決定している。

 まあ、最終的には運任せの要素が強いんだが。


 「はい、カートリッジ」


 「サンキュー」

 カロリーメイト型に改造されたカートリッジを口に放り込み、飲み物のように見えるアリシアのカプセルの中に入っているのと同タイプの保存液を飲み込む。

 当然、人間が飲むとヤバいどころの話ではありません。消毒液を飲み干すようなものです。


 「それで、時の庭園は上手くこれたの?」


 「当然、お前の母は次元世界でも有数の工学者だぞ。そこに俺の補助があるんだから失敗なんてあり得んよ」


 「そっか、母さんが設計した魔力炉心を使っているんだもんね」


 「ついでに言えば大砲も積んであるな。まあこっちは地上本部に場所を提供しているだけなんだが」


 「えっと、“ブリュンヒルト”だったかな」


 「ああ、それで合ってる」


 「確か、クラナガンとかだと騒音問題とか色々あって、田舎なアルトセイムで建設されたんだったよね」


 「簡単に言えばそうだ。“ブリュンヒルト”の炉心である“クラーケン”を設計したのもプレシアだからな、その辺の縁もあって時の庭園を建設場所として貸すことになったわけだ」


 「やっぱり母さんって、凄いんだ!」


 「金持ちで、博士号を持っていて、時空管理局との繋がりも深く、次元跳躍魔法を考慮すればSSランク魔導師、ついでに50歳とは思えない外見。改めて見直すと確かに凄いぜ」

 通常の戦闘ならばSランク相当だが、それでも十分凄まじい。


 「だけど、ジュエルシードの件ではあまり管理局と関わるとまずいんだよね・・・」


 「うーむ、地上本部のほうは問題ないが、次元航行部隊は話が違うからなぁ。以前も説明したが時空管理局の本局と地上部隊は設立された目的が異なる機構だから」


 「やっぱり、難しいな」


 「9歳でそんだけ理解してりゃ十分だ。その辺はよーくプレシアに似てるよお前は」


 「ほ、本当!?」


 「ああ、あいつが5歳の頃から一緒にいる俺の言葉だ。信頼性は極めて高い」


 「………そうかなぁ」


 「む、俺がお前に嘘をついたことがあるか?」


 「あるよ! たくさん、数え切れないくらい」


 「その度にリニスに制裁されたのも、今となってはいい思い出だぜ・・・・・・」

 ふと過ぎ去りし過去を思う、まあ、実は今も現在進行形で騙しているが、そこは気にしない方針で。


 「全く懲りないトールが凄いと思うけど………」


 「かっかっか、テスタロッサ家のムードメーカーが懲りてどうする」


 「でも、“アレ”だけはもうやめてね」


 「了解した。リニスの遺志を尊重するとしよう」

 だが実は、密かに“アレ”を利用した新兵器を開発している。

 高町なのはを傷つけずに無力化する必要が生じた場合に効果を発揮する究極兵器を。




新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 高町家



------------------------Side out---------------------------
 ※

 「ねえユーノ君、フェイトちゃんは、なんでジュエルシードを集めているのかな?」


 「御免、僕にも目的までは分からない。けど、確かに聞いたことはあるんだ、テスタロッサ一家っていう遺跡発掘チームがジュエルシードを探しているって話は」

 フェイトがトールと話しているのと同時刻、高町なのはもまたユーノと話し合っていた。


 「えっと、ミネルヴァ文明遺跡だったっけ、そこでユーノ君達はジュエルシードを発見したんだよね」


 「うん。だけど、資料によると21個あるはずのジュエルシードは20個しか発見できなかったんだ」


 「じゃあ、残りの一つは………」


 「シリアル6番。それを発掘したのはあの子達なのかもしれない」

 それ自体は別に驚くべきことではない。

 時空管理局の認可を得ているのであれば、遺跡の発掘作業は基本的に早い者勝ちなのだ。


 「だったら、ジュエルシードがどんなものなのかは、きっと知っているんだよね」


 「ひょっとしたら僕たちが知らないことも知っているのかもしれない。それに、貨物船から事故でジュエルシードがばら撒かれちゃった以上、彼女達が集めることにあまり文句も言えない立場だから」

 ユーノはジュエルシードの取り扱いをもっと注意しておくべきだったと後悔しているが、このあたりは責任感の強い少年の発想である。

 ジュエルシードが既にスクライアの手を離れていた以上、彼に責任が発生することはないのだから。


 「でも、ずっと探していたものが見つかったのなら、何でフェイトちゃんはあんなに悲しそうな眼をしていたんだろう………」

 それこそが、なのはがすっと思い悩んでいる事柄であった。

 1年以上も探していたものが見つかるというのは良いことのはずなのに、フェイトから嬉しさを感じることは出来なかったから。



------------------------Side out---------------------------

 


新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地


 「ところでフェイト、温泉で戦って以来、高町なのはとぶつかることはあったのか?」


 「ううん、ジュエルシードが発動することがなかったから。あの子と出逢うことはなかったよ」

 フェイトの高町なのはに対する呼び方はまだ”あの子”

 アルフの話によれば、温泉での戦闘後、名前を問われてフェイトが答えた後に高町なのはが自分の名前をフェイトに伝えたらしい。

 だが、高町なのはに対して直接名前で呼んだことはまだないから、呼んだ時は二人の絆がさらに深まることだろう。

 それに、最近はチーム・スクライアを見張る時間がなかったので何とも言えんが、テスタロッサという名がスクライアの少年に伝わった以上、ある程度の事情は向こうも察しているだろう。


 「お前が戦った感触として、高町なのははどうだ?」


 「強いよ。砲撃魔法なら、多分私よりも」


 「だが、総合的にはまだまだお前が上だろう。とはいえ、魔法と出会ってから一か月に満たないという部分を考慮すりゃ、あり得ん話だが」

 普通に考えれば笑い話だ。

 管理外世界に暮らす少女がある日インテリジェントデバイスを託されて、その場でAAランクの封印魔法を発動。現在ではAAAランクに届きかけているときたもんだ。

 リニスの指導のもと、二か月かけてAAランクからAAAランクへと実力を伸ばしたフェイトにとっては無視できる存在ではないだろう。


 「うん、私は二か月もかかったのにね」


 「それも十分笑い話なんだがね。それに、高町なのはの技能は今のところ完全に戦闘に特化している。空間転移や結界敷設などの補助魔法は使えなさそうだし、近接戦闘に有効な魔法もない。典型的なミッドチルダ式魔導師だな」


 「でも、その辺はスクライアの男の子の方がうまくサポートしてるよ」


 「それを言うならお前にはアルフがいるだろう。二対二で戦っても今ならあっさり勝てるだろうさ」


 「じゃあ、トールも加わったら?」


 「全員笑い転げることになりそうだな」

 さっき喰ったカートリッジが、噴出ガスと共に尻から放出される光景が展開される。


 「ご、御免、やっぱり戦わないで」

 どうやらその光景を想像したらしく、今にも噴き出そうそうになっている。口を抑えて俯いている様子がかなり必死だ。


 「まあ、そこは状況によりけりになるが、お前は高町なのはに“出来るならもう姿を表すな”と言ったそうだって?」


 「アルフから聞いたの?」


 「いいや、バルディッシュだ」


 『yes』

 フェイトに関する俺の情報源は実は大半がバルディッシュだ。

 デバイスである俺にとっては、やはりバルディッシュの話が一番理解しやすいからな。


 「バルディッシュ、なんで普段は無口なのにトールにだけはしゃべっちゃうの?」


 『sorry』


 「かっかっか、バルディッシュを責めるな。こいつもこいつでお前のことを気にしてるんだよ。何せ、お前のために作られたデバイスだ。誰よりもお前のことを考えている」

 そう、俺がプレシアのために作られたように。

 プレシアのために在ることが俺の命題ならば、フェイトのために在ることがバルディッシュの命題。


 「そう、ありがとうね、バルディッシュ」


 『It doesn't worry.(お気になさらず)』


 「んで、話は戻るが、お前は高町なのはと戦いたくはないのか?」


 「うん、やっぱりジュエルシードを集めているのは私達の都合だから、あの子を巻き込みたくはないよ」


 「だがしかし、止まるわけにもいかんと、その辺の不器用さも母親譲りだな」


 「そうなの?」

 そうとも、自分じゃ気付かないだろうが、傍から見れば不器用の代表例だ。


 「器用な奴だったら、今頃協力でも申し込んで一緒にジュエルシードを探してるさ」

 だが、プレシアや今のフェイトにはそれは出来ないだろう。母を助けるためにジュエルシードを集めることは、フェイト自身の手でやらなくては意味がないのだ。

 それはプレシアにも同様のことが言える。

 仮に、ジェイル・スカリエッティに頼み込んでアリシアの蘇生が可能になったとして、それでは意味がない。

 極論すれば、プレシアは過去と対決するためにアリシアを蘇生させようとしている。己の手で犯した過ちは、他人の手で直されても意味はない。

 まあ、それに対する認識も人それぞれだが、プレシアはそういうタイプの人間だ。

 だからこそ、二人目の娘であるフェイトが生まれた後も、走り続けることを止められないのだ。


 「うん………」


 フェイトも、純粋な効率だけを考えれば、事情を全部話して協力してもらった方がいいことは理解している。

 だがしかし、デバイスと違って、人間の心とは効率だけでは上手くいかないのだ。

 それは責められるべき事柄ではない。人間は感情で生きる生物なのだからそれでいい。何もかも計算通りに動くのはデバイスだけで十分だろう。


 「そこは気にすることはないぞ。ジュエルシードが早く集まったところで最終実験までは時間が空くだけだし。俺達が管理局法のグレーゾーンを行ってるのも事実だからな、下手すりゃ高町なのはも共犯扱いだ」


 「それは――――ダメだよ」

 まあ、現実的に考えればそれはあり得ないのだが、とりあえずフェイトにはそう思わせておこう。

 というか、フェイトも犯罪者にはならない、させない。そのために俺とプレシアは裏で画策しているのだから。


 「だったら、お前は自分の心のままに進め、サポートは俺がやってやる」


 「いいの?」


 「ああ、高町なのはと戦うもよし、和解するもよしだ。管理局法に引っ掛かりそうになったら俺が止めてやるから、お前はその辺のことは気にせずジュエルシード集めに専念しろ」


 「ありがとう、トール」

 頭を下げるフェイトだが、注意事項は確認しておこう。


 「ただし、時空管理局の次元航行部隊が出てきたらその限りじゃないことだけは覚えておけ。下手に向こうに手を出したら公務執行妨害でしょっぴかれるからな」


 「警察機構を相手にするのは難しいね」


 「だがしかし、管理局法にも穴はある。要は、暴力以外の手段ならばよいのだよ」

 二ヤリと、俺は嗤う。


 「トール、凄く邪悪なことを考えてない?」


 「例えばの話だが、管理局員が現れたらエロ本を大量にばら撒いて注意を惹きつけても公務執行妨害にはあたらん。エロ本なんかに気を取られる方が悪い」


 「ゴミのポイ捨てとかの問題にならないの?」


 「ならない、あくまで落としただけだ。後で拾うつもりだったと抗弁すればいいだけの話」

 まあ、これは簡単な例えで実際はもっとややこしいんだが。

 とはいえ、実際に攻撃魔法などを撃つのに比べ、違反の度合いは著しく下がるのは間違いない。罰金程度で済むなら安いもの。

 大抵の犯罪というものは、金を積めば罪を免れることが可能なのだ。世の中には示談というものもある。



 「とにかく、俺から言うことは一つだけだ。悔いは残すな、全力全開でやれ」


 「うん、分かったよ」




新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 高町家



------------------------Side out---------------------------

 ※

 「ユーノ君、私、決めたよ」

 しばらく考え続けていたなのはだが、答えを見出したように急に立ち上がった。


 「なのは?」


 「私、フェイトちゃんと話し合いたい。フェイトちゃんのことを理解したい」

 噛みしめるように、誓うように、言葉を重ねていく。


 「目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方ないかもしれない」

 フェイトが既に決めているように、なのはもまた決めている。自分の住む街を災害から守るため、ジュエルシードを集めることを。ほんの少しだけ話し合えば、手を取り合える関係なのかもしれない。

 だから、知りたい。


 「だけど、始めはそれでもいいんだ。いつかきっと、分かり合えるから」

 色んな事を話し合えば、きっと分かり合える。


 「だから、私はフェイトちゃんと何回でも会うよ、お話を聞いてもらえるまで」






------------------------Side out---------------------------








新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 



 『そうですか、実に理想的な答えです』

 探索準備を終えた私は一足先にマンションを出て、高町家の監視用サーチャーを放って同調を開始しましたが、実によい話を聞くことが出来ました。

 サーチャーの隠密性を高め、その制御に全てのリソースを割いているため汎用言語機能はオフに、フェイト達からの通信があれば即座に出るのは難しいですね。

 だがしかし、それをするだけの価値はありました。


 『高町なのは、やはり貴女はフェイトにとっての奇蹟でした』

 フェイトと同等の才能を持つ同年代の少女がいてくれた。マスターの死期が近いこの時期に、その人物がフェイトの目の前に現れてくれた。

 そして、彼女自身がフェイトのことを想ってくれている。



 『もし、神という存在がいるならば、私は感謝することに致しましょう。二人の少女が出逢えたこの奇蹟に』

 何という低い確率に巡り合えたのか。

 ジュエルシードと同じ機能を持つ存在は次元世界にあるでしょうが、高町なのはは唯一無二。所詮は物であるロストロギアと異なり、人間というものには替えが効かない。

 私のようなデバイスは同じ型のものを用意し、全ての情報をコピーすればよいだけ。万が一に備え、私のコピーデバイスも時の庭園に用意してある。

 だがしかし、高町なのはと同じ存在を作ることは誰にも出来はしない。


 『フェイトがアリシアではないように、個人はあくまで個人でしかない』

 全く同じ規格で作られうる私達デバイスと、人間は違う。

 だからこそ、万が一にも高町なのはを死なせるわけにはいきません。

 ジュエルシードの危険性を考えれば、次元震に彼女が巻き込まれる可能性とてゼロではない。むしろ、AAAランクに相当する二人がジュエルシードを巡って戦うならば、その危険性は大きくなる。


 『なればこそ、ここに私がいる意義がある』
 
 その危険性は、私が排除いたしましょう。

 貴女達二人には、余計な要素を一切排除した状態で、存分に語り合って欲しい。

 それでこそ、フェイトが幸せになる道は開けるでしょう。

 しかし―――


 『“ジュエルシード実験”を進めることもまた、等しく定められた私の命題』

 私は平等、フェイトとアリシア、二人の未来を等しく導く。

 アリシアのために、ジュエルシードの特性を把握し、そのデータとジュエルシード本体を集めることも我が使命。

 全ては、我が主、プレシア・テスタロッサの望むままに。


 『さあ、実験を進めましょう。私の計算が正しければ、本日の夜、二人の少女は邂逅することとなる』

 そして、我が主の願いは成就へと近づく。

 演算を続行、私の命題は終わらない。




 演算を、続行します。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ※一部レイジングハートの記録情報より抜粋



[22726] 第二十二話 黒い恐怖
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/03 18:44
第二十二話   黒い恐怖





新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 正午頃



 「ジュエルシードレーダーによる絞り込みは着実に進んでいる。間違いはないな」


 もう一度地図を広げて確認したが、場所の特定はほぼ完了した。チーム・スクライアの位置も把握しているが、現在は学校にいるので気にする必要はない。

 フェイト達には場所の特定が完了したことは伝えていない。

 後は―――


 「二人の少女の歩みが重なるタイミングを計って、フェイトをジュエルシードへ向かわせればいい」


 ジュエルシードのデータ収集はもうほとんど終わっている。
 
 人が発動させた例、成功した例、動物が媒体となった例、思念体だけが活動した例。

 それらを元に時の庭園でも幾度か実験は行ったので、ジュエルシードの方は問題はない。


 後はタイミングだ。次元航行部隊が到着し、現在のジュエルシードの状況と時空管理局内部の政治的状況を把握したあたりが最終段階に入る時。

 故に、今はフェイトのために場を整えることが出来る。時空管理局の介入があった後では難しくなるだろうからな。


 「俺にしてやれるのはせいぜいこのくらいだ。後はお前達しだいだぞ、フェイト・テスタロッサ、高町なのは」




 新歴65年 4月26日 第97管理外世界 日本 海鳴市 日没後



 【聞こえますかいな、フェイトお嬢様】


 【その呼び方はやめて】


 【ジュエルシードの場所の割り出しは完了した。後は手筈取りに魔力を放てば強制発動可能だ】

 手当たり次第にやるわけにもいかんが、予め場所を割り出し、結界を張った上で行うなら違法ではなく合法すれすれだ。

 アルフもフェイトと一緒に行動しているから、結界はアルフに任せられる。


 【分かった。座標を送って】


 【ただし、高町なのはとユーノ・スクライアも近くにいる。魔力流を感知すれば必ずやってくるぞ】

 そのタイミングをわざわざ計ったのだから、来てくれなければ困るのだが。


 【時間をずらしても、多分結果は変わらないよね】


 【だろうな、二人とも優れた魔導師だ。ジュエルシードの反応に気付かないわけがない。まあ、結界担当をスクライアの少年に押し付けることは出来そうだな、これも一種の共同戦線】


 【二人は、私達で抑えるから。トールはジュエルシードの封印をお願い】


 封印用デバイス“ミョルニル”の存在はこういう局面で生きてくる。俺が単体で封印可能ならば、フェイト達を前線に送り込むことが可能となるのだ。


 【任された。そっちは遠慮せずに存分にやれい】


 【怪我はさせないようにするよ】

 念話はそこで切れる。


 「さてさて、二人の少女の舞台準備は整った。事故がないように、気を引き締めていくと致しましょう」

 現在使用している肉体は魔法の使用も可能な魔法戦闘型。

 その中でも運動性能をやや犠牲にすることで封印や結界敷設に特化させたタイプで、腹の中に結構な格納スペースを誇る。

 カートリッジの予備や、その他色々な機材も腹の中に仕込んであるので、問題はない。


 「さあ、行くか!」

 単独での魔法使用は何だかんだで滅多にない。

 視覚的大問題があるので仕方ないといえるが、やはりデータ収集のためにもたまには使っておいた方がいい。いざという時に不具合が生じるようでは話にならん。





 そして、少女たちが対峙する様子を隠れながら見守る俺。

 フェイトと高町なのはは遠距離からほぼ同時に封印術式を叩き込んだようで、ジュエルシードの所有権がどちらにあるかと問われると裁判官も答えにくいような状況だ。

 結界はスクライアの少年が張ったので、その辺が有利といえば有利かもしれない。


 「やった! なのは! 早く確保を!」


 「そうは、させるかい!」

 スクライアの少年が確保を支持した瞬間、アルフが奇襲を仕掛ける。


 「なのは!」

 咄嗟に前に出て防御魔法を展開する少年。随分魔力も回復したようだ。そして、状況は話に聞いた前回と酷似する。

 すなわち―――


 「フェイトちゃん!」


 「………」

 ジュエルシードを挟んで対峙する二人の少女と―――


 「フェイトの邪魔はさせないよ!」


 「っく、なのは!」

 互いにパートナーの下にいかせまいとする使い魔二人――――じゃなかった、片方は人間。

 いや、二人とも人型は取れる筈なんだけど、なぜか動物形態で戦ってるね。

 まあ、そっちは上手くアルフが距離をとってくれたのでとりあえず気にしなくていいかな。

 問題は―――


 「バルディッシュ!」


 『scythe form.』


 「レイジングハート!」


 『flier fin.』


 ジュエルシードのすぐ傍でドンパチをやりだした少女二人組だな。遠慮なくやり合うのはいいことなんだが、冗談抜きで全く遠慮がない。


 「せい!」


 『flash move.』

 フェイトの機動力に対して高町なのはも“フラッシュムーブ”を駆使して対抗、さらには―――


 『divine shooter.』

 前回の砲撃よりも速射性を重視したであろう、中距離射撃魔法まで使っている。“ディバインシューター”というみたいだが。


 「末恐ろしい才能だが、見事なまでに戦闘面に特化している。若干将来が心配になってきたぞ」

 このままいけば将来の異名は“破壊神”とか、“大魔王”とかになるかもしれん。 くわばらくわばら。

 なんて馬鹿を思いながら観戦してると―――



 「フェイトちゃん!」

 高速で飛びまわりながらも、高町なのはが声を発した。


 「言葉だけじゃなにも変わらないって言ってたけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!」

 その言葉に、フェイトが動きを止める。

 ―――ならば


 「うむ、この隙に」

 ようやく二人の動きが止まってくれたのだ。チャンス到来。


 「アクセス、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”発動」

 汎用人格言語機能はオンにしたままなので処理速度はやや落ちるが、今の状況では問題はあるまい。


 「ジュエルシード、再封印開始」

 高町なのはとフェイトが同時に封印術式を叩き込んだことで一度は沈静化したジュエルシードだが、高ランク魔導師が近くでドンパチを始めた影響で再び活性化している。

 だが、発動しきっていない今ならば、俺だけでも簡単に再封印可能だ。

 後の処理は自動化されている。問題なく終わるだろう。


 「ぶつかり合ったり、競い合うことになるのは、それは仕方ないのかもしれないけど……」

 と、向こうはまだ戦闘停止中。


 「だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、私は嫌だよ!」

 とはいえ、プレシアの状態を高町なのはが知ったら余計戦えなくなるだろうな。

 高町なのはにとっては必要ない戦いは回避したいのだろうが、このジュエルシード集めで全力を出し切ることはフェイトにとって必要なことだ。

 ―――さてどうなるか、ここが肝心だ。しっかりと見届けなければ。


 「ジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探しものだから」

 そりゃあ、本来彼女は無関係だ。人の良い彼女だから放って置けなかったから、関係したのだ。


 「ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから」

 いや、厳密に言うと、その義務があるのは時空管理局の次元航行部隊なんだけどね。

 そのために次元連盟加入国が高い税金を払ってるんだから。 まあ、もうすぐ来るだろうけど。


 「私は、そのお手伝いだけど………お手伝いをするようになったのは偶然だけど、今は自分の意思で、ジュエルシードを集めてる」

 やはり似ているな、フェイトも1年ほど前に、同じような言葉をプレシアとリニスに言った。


 ≪私も手伝えるから、役立たずじゃないから、だから手伝わせて! 私の魔法の力を役立たせて! ただ見てるだけなんて嫌!≫

 フェイトもまた、自分の意思で、自分の心でジュエルシードを集めることを決めた。そこにはプレシアの気持ちも、リニスの遺志も、俺の入れ知恵も関係していない。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、2人の少女は本質的な部分が似通っているのだろう。


 「自分の暮らしてる街や、自分の周りの人達に、危険が降りかかったら嫌だから!」

 真に申し訳ない。その危険をばら撒いたのは俺です、はい。

 その俺が高町なのはがフェイトの親友となることを願っているのだから、恥知らずもここに極まれりだ。

 まあ、俺が人間であれば恥という感情もあるのだろうが。


 「これが、私の理由!」

 彼女の理由は示された。ほかならぬ彼女の口からはっきりと。

 自分の住む街のために、友人のために、ジュエルシードを集める。

 そして、それに対するフェイトの理由は―――


 「私は――――」


 言い淀む。

 母を救うため。

 姉を助けるため。

 フェイトという存在が誕生した根源的な理由にも関わることだ、そう簡単には言えまい。

 第三者にとっては言った方が効率的に思えるだろうが、フェイト本人にとってはそうはいかない。

 彼女は、アリシアを救う希望の星として生まれたのだ。


 アリシアを救うことは、フェイトの命題とも呼べる事柄。例えその結末がどういうものであれ、この“ジュエルシード実験”が終わった時に、フェイト・テスタロッサの本当の人生が始まる。

 誰のためでもない、自分のための人生が始まるその時に、フェイトの前にいるのは無事に助かった母と姉か。

 それとも――――



 「あなたに、話したいと思う気持ちもあるけど――――」

 今、目の前にいる少女となるのか。

 そうなったならば、この白い少女はフェイトの中心となることだろう。

 フェイトの戦う理由を、フェイトの生きる意味を伝える時が、二人が親友になれる時なのかもしれない。


 「御免――――今は言えない」


 そして、それが現状におけるフェイトの答えであり―――

 「だけど、全部終わったら、きっとあなたに伝えるから―――」

 けれど自分から一歩彼女のほうへ踏み出した―――



 「だから、今は戦って! 正々堂々、手加減なしで!」

 そうして、二人の戦いは再開された。

 “あなた”、それが今のフェイトの精一杯。

 “なのは”、と呼ぶ日は果たして―――





 【アルフ、そっちはどうだ?】


 【意外と厄介だよこいつ、悪知恵が働くというか、小細工が上手いというか】


 【足止めで精いっぱいと】


 【悪いね】


 【いや、問題ない。計算通りだ】


 【それもそれで腹立つけど】


 【気にしない気にしない、ジュエルシードの封印は終わったんだが、向こうの二人は白熱していてな】


 【ひょっとして、念話が通じてない?】


 【その通り。ついでに言うと、さっきフェイトのサンダーレイジが放たれ、その一部がジュエルシードを直撃した】


 【ちょっ、ヤバいじゃないか!】


 【大丈夫、ぶつかる寸前に俺が防いだ。雷が相手なら俺の防壁は突破できん】

 サンダーレイジは雷撃による一斉射撃を行う広域攻撃魔法だ。高速で飛び回る高町なのはに撃てば、当然外れる弾も多くなる。


 【あと、高町なのはの砲撃もビルを貫通したな】


 【何やってんのおぉぉぉぉぉ!】


 【結界で位相がずれてるから被害はないさ。ただし、もうちょっと出力が高かったら、結界そのものを突き破りそうだったなありゃ、ハハハ笑えねえ】

 その魔力たるやなんと350万に届いていた。

 高町なのはの平均魔力がおよそ120万くらいだから、砲撃時には3倍近くまで跳ね上がっているわけだ。

 フェイトの砲撃も最大出力ならそのくらいいくが、高町なのははまだ全力ではあるまい。まったくなんて少女だ。


 【なんつー真似をしてるんだい二人とも】


 【今ならまだギリギリで問題ないが、このまま行くと管理局法に引っ掛かるな】

 いかんせん、少し発破をかけ過ぎたかも知れない。遠慮がないのはいいことだが、遠慮がなさすぎるのも問題だ。


 【んで、どうするんだい?】


 【3回目の邂逅としては十分過ぎるほど言葉も魔法も交わしたからな、ここらで止めるしかあるまいよ】

 機会はまだある。ここで管理局法に触れるほど無理する必要はない。


 【止められるのかい?】

 そう、それが問題だ。


 AAAランク魔導師二人の戦闘の間に入ろうものなら、俺の身体は絶対に砕かれる。俺の身体は魔法戦闘用とは言うものの、それほど戦闘に使えるようには出来ていない。本体たる”トール”がそもそも戦闘に向いていないデバイスという点も大きいだろう。

 現在こっちに向かっているはずのクロノ・ハラオウン執務官ほどの魔導師ならばそれも可能だろうが、専用カートリッジを使ってもAランク相当の俺にはどう逆立ちしても無理な話。

 とはいえ、相手のことで頭がいっぱいになってるフェイトに念話が通じない以上、言葉で止めることも難しい。


 【まともな手段じゃまず無理だ】


 【その言葉だと、まともじゃない手段なら止められるように聞こえるんだけど………】


 【ああ、察しがいいな、その通りだ】

 無論、そのための準備はしてある。


 【フェイトに危険はないんだろうね?】


 【フェイトにも、高町なのはにも物理的な危険はない。魔力ダメージもないから法的には問題なし】


 【じゃあ、何のダメージがあるんだい】


 【強いてあげるなら精神的ダメージが残りそうだな】

 というか、それを狙って作った兵器だ。


 【ものすごく嫌な予感がするんだけど……】


 【おおそれ、リニスも良く同じような台詞を言っていたよ】

 使い魔としての心意気はリニスからアルフへ、確かに受け継がれたようだ。



 【そういや、アンタの阿保な行動からフェイトを守れとよく言われた覚えがあるね】


 【それは重畳、だが、ここは俺を信じろ】


 【無理、全く信じられないんだけど】


 【俺が嘘を言ったことがあるか?】


 【あるよ、数え切れないほど】


 主従揃って同じことを言うな。

 というかアルフよ、よくまあスクライアの少年を抑えながらここまで念話が出来るな。まあ、彼の魔法が攻撃型じゃないという部分が大きいのだろうが。


 【だがまあ、今自由に動けるのは俺だけだ。成功したら念話を送るからお前も撤退しろ】


 【はあ、分かった。任せるよ…………嫌な予感はするけど】


 念話を終了、準備開始。


 「さて、対魔法少女秘密兵器の出番だ」


 腹の格納部分から機材を取り出す。

 早い話が、カートリッジの魔力を使ってサーチャーを作り出す。ただそれだけの装置だ。別に珍しくも何ともないし、どこでも使用されているものだが、少々改造を加えてある。

 生成されるサーチャーが通常の球形ではなく、特殊な形になるように細工を施した。

 サーチャーは基本的に質量を持たない魔力物体。質量を伴うものはスフィアと呼ばれ、魔導師の訓練なんかに使用され、魔導師ランク試験には大型狙撃スフィアが使われたりする。

 つまり、サーチャーならば魔力源さえあれば大量にばら撒くことも出来るわけだ。


 「セットアップ」

 機材にケーブルを繋ぎ、魔力を送る。尻からカートリッジは出るが、そこは気にしない。

 このサーチャーの機能は、魔力反応を感知して寄っていく、ただそれだけ。魔力が大きいほど寄っていきやすくなるという、実に単純な命令しか入っていない。ちなみに質量は伴わないが、触れられたら形に応じた感触だけは伝わる仕様になっている。

 その分燃費は良く、それほど多くない魔力で大量のサーチャーを作れる。


 「よし、行け!」


 そして、サーチャー発生装置から産み出される大量のサーチャーが、二人の魔法少女の高魔力反応目がけて飛んでいく。

 黒い体に、六つの足、二つの触角を備えた頭部にカサカサと蠢く独特の動き。

 俗に、“例の黒いもの”と呼ばれる原始的昆虫。

 どう見てもゴキブリです。本当にありがとうございました。


 ――そしてサーチャー起動後、わずか数秒後に



 「「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


 大量のゴキブリ型サーチャーに纏わりつかれた二人の哀れな魔法少女の悲鳴がどこまでも響き渡った。


 ちなみに、吹き飛ばそうとして砲撃を撃とうとすれば余計寄ってくる。

 高速機動で逃げようとすれば、その高い魔力反応にやっぱり寄ってくる。

 なので、即座にバリアジャケットを解除し、地に降り立って一切の魔法を使わないことが対策として最善である。

 しかし、そんなことを知らない生贄二人は――――




 「れれれ、れいじんぐはぁととおおおおぉぉぉ!!」


 「ばばば、ばるるでぃっっっしゅうううぅぅぅ!!」

 やたらめったら魔法を撃ちまくり、もしくは“フラッシュムーブ”などで逃げようとし。


 「嫌ああああぁぁぁぁぁぁ!! 追ってくるう、追ってくるうううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 「たたたた、助けて母さささんんんンンン! リニスウウうううぅぅぅぅ!!」


 余計数を増して追ってくるゴキブリ相手に大混乱に陥って―――――あ、フェイトが気絶した。

 ううむ、どうやら昔のトラウマを刺激したようだ。

 “時の庭園ゴキブリフェスティバル”はやはり忘れられるものではないらしい。


 「サーチャーを解除、ついでにフェイトを捕獲」

 落下地点に走り込み、セーフティネットで保護。用済みのサーチャーも停止。高町なのはの方は意識こそ保っているが、完全に向こう側に旅立っている様子だ。


 【アルフ、こっちは片付いた。二人の戦闘は終息したぜ】


 【遠目に見てたけど、何だいアレ?】


 【それは帰ってから説明しよう、とにかく、撤退開始】

 ジュエルシードの確保には成功し、二人の少女も言葉と意思を交わした。今夜の邂逅における目的は全て果たされたのだから、ここに留まる意味はない。


 【分かったよ、ところで、フェイトは無事なんだろうね】


 【魔力の使い過ぎで意識を失っているが、問題はないな】

 実際はゴキブリによるものだけど。


 【それならいいけど、とにかく撤退するよ】


 【おう、マンションで合流だ】

 フェイトを背負って、夜の街を疾走する。飛行魔法はあえて使わず、ビルなどを跳んでいく。




 『新型サーチャーの精度は良し。ジュエルシードの確保も完了。“ジュエルシード実験”は滞りなく進んでおります、マイマスター』



======================

 前回からずっと演算していた結果がコレ。しかも味方のほうがダメージ深刻。魔法少女だろうと、魔砲少女だろうと、”少女”であるかぎり、ゴキブりは効果的だと思うんです。あ、でも自然育ちのキャロに効かなそう。ルーテシアは言わずもがな。



[22726] 第二十三話 テスタロッサの家族
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/04 21:38
第二十三話   テスタロッサの家族






新歴65年 4月27日 次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 処刑場



 「痛いよお……」
 「助けてくれえ……」
 「苦しいよお……」
 「殺してくれえ……」
 「死にたくないよお……」


 「矛盾してないかい、それ」


 「阿呆、そこに突っ込むな、こういうのはノリだ」


 「つーか、よくその状況でそんな余裕があるねアンタは」


 「当然だ。かつて体験した苦しみ。デバイスに同じ苦しみは通じない」

 ここは時の庭園にある俺専門の処刑場。

 フェイトに嘘を吹き込むたびに、俺に制裁を加えていたリニスが拷問の効率化を図って作り上げた施設だ。

 ここでいくつもの俺の肉体が破壊されたが、それらは魔法を使えない一般型だった。というか、時の庭園にいる時は大抵一般型を使っていたからな。

 リニスが死んでからはこの区画も半ば放置されていたが、昨夜アルフが再起動させ、俺は懐かしき拷問器械と再会することとなったわけだ。

 ちなみに拷問はアルフがやりたくてやってるわけじゃない。リニスの遺志に反してフェイトを脅えさせた罰として、プレシアが下命したのだ。フェイトに精神的衝撃を与えた俺をアルフがかばうはずも無く、現在に至る。
 
 ついでに言えば此処の場所と、拷問装置の操作方法をアルフに説明したのは俺だ。
 

 「うーん、やっぱしあたしじゃ再現は無理なのかね」


 「いんや、苦しいことは苦しいんだぞ。ただ単に我慢しているだけの話で」

 通常、肉体をプログラムで制御しているだけの俺には痛覚はない。

 しかし、痛覚というものは危機に対する防衛機構の一環だ。故に、戦闘において痛覚がないということは必ずしもプラスに働くわけではない。

 その辺も考慮に入れて、痛覚に似た情報をデバイス本体にフィードバックさせる機構も存在する。

 だが、リニスの拷問器械はそれを強制的に作動させた挙げ句、痛覚情報を何倍にも増幅させてデバイス本体に叩き込むという悪辣極まりない装置だ。 さすがプレシアの使い魔、とても優秀である。

 見た目的には俺の肉体を鎖で縛りあげ、情報伝達用のコードをあちこちに繋いで電流を流しているように見えるので、視覚的な効果も抜群である。

 幼かったフェイトをこの施設に立ち入らせなかったのは正しい判断だろう。


 「あー、痛い、痛い、痛いですなあ、はい」


 「本当に痛いようには見えないんだけど」


 「俺を侮るな。何度リニスの拷問を受けたと思っている」


 「拷問を受けても何度も繰り返すアンタが凄いよ」


 俺が拷問プログラムに対するカウンタープログラムを作り出せば、それを超えるプログラムをリニスも構築する。

 これを繰り返すことによって、俺のデバイスとしての防御性能はアップデートを繰り返していた。最早並みのウイルスや攻撃プログラムでは俺のファイアーウォールは突破不可能。

 アホなことのように見えて、けっこう有意義なことでもあったのだ。

 デバイスは無駄なことはしないからな。


 「ところで、フェイトは?」


 「さっき目を覚ましたところ。最初は取り乱していたけど、プレシアに抱きしめられて落ち着いていたよ」


 「なるほど、俺が想像するに――――」



 【ご、ゴキ、ゴキが、ああ、あああぁぁぁぁぁぁ】


 【フェイト、落ち着きなさい。ほらいい子だから、ね?】


 【か、母さん、ご、ゴキがああぁぁ】


 【大丈夫よ、私が傍にいるから安心なさい】


 【え、あ】


 【あの阿保は制裁しておいたから、もう心配はいらないわ】


 【は、はい】



 「って感じだったと思う」


 「よく分かるね、大体そんな感じだったよ」

 そりゃあな、フェイトにゴキブリに対するトラウマを植え付けたのは俺だし。

 以前の“時の庭園ゴキブリフェスティバル”の時にも似たような感じだったから、フェイトは多少幼児退行していることだろう。


 「でもまあ、あんなに素直にプレシアに甘えてるフェイトを見るのも久々だったね」


 「当然だ、そうなってもらわねば困る」


 「もらわねば困る? ってアンタまさか―――」


 「計算通り、と言っておこう」

 何度も言うがデバイスは無駄なことはしない。

 故に、このゴキブリ騒動にも当然意義はある。


 「フェイトの中では、ジュエルシード集めが終わるまでは母に甘えない、という感じの誓いがあったようだ。自分ルールと言い換えてもいいが」


 「そりゃあ、あたしにも分かってたけどさ」


 「だが、知っての通りプレシアの死期が近い。プレシアのために頑張るのもいいが、どこかで甘えておくことも必要だと俺は考えていた」


 「だよねぇ、何といってもフェイトはまだ9歳なんだから」


 「ならば方法は簡単だ。フェイトのトラウマを突いてやれば、リニスがいない今、フェイトが頼る相手はプレシアしかいない」


 「その頃、あたしはまだいなかったから、トラウマうんぬんに関してはよく分からないけど」


 「俺はトラウマを与えた張本人だから、当然避ける」


 「やっぱし、拷問は強化すべきだね」

 うむ、流石はフェイトの使い魔。フェイトに仇を成すものに対しては容赦がないな。


 「まあそういうわけだ、俺も考えなしでゴキブリを解き放ったわけではない」


 「もうちょっとやり方ってもんがなかったのかい?」


 『演算の結果です。これこそが最適解であると私は認識しています』


 「都合の悪いときだけデバイスに戻るな!」


 『は? 貴女は何を言っているのですか?』


 「やたらとムカつくね! その口調!」


 『カルシウムを摂取することをお勧めします』


 「ホントにぶち壊してやろうか……」


 「まあ、冗談は置いといてだ」


 「急に戻すな! ああリニス、ここを作ったアンタの気持ちがよーく解ったよ」

 祝福しよう。今この瞬間を持って、アルフは正統なリニスの後継者となった。

 ちなみに、単に口調を変えただけで汎用人格言語機能はONのままだ。基本的にフェイトたちの前ではOFFにしないように設定されているし、OFFにした”私”なら、そもそもアルフをからかうなんて思考をしたりしない。


 「しかしなあ、フェイトは今頃母の腕に抱かれて夢の中。対して俺は冷たい拷問施設で鎖に繋がれた上に鞭打ちか」

 拷問のバリエーションも豊富で、一定時間ごとにメニューは変わっていく。恐ろしいことに、アイアンメイデンまで揃っているが凄い。


 「自業自得だよ」


 「ううん♪ やん♪ ああん♪」


 「鞭に打たれて変な声を出すんじゃないよ! しかも何でリニスの声なんだい!?」


 『私の記憶情報に彼女の情報は全て入っていますから再現は可能です。そんなことも忘れてしまうとは頭は大丈夫ですか?』


 「こ、こいつはあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 『心配ですね、病院の連絡先は………』


 「ぶっ殺してやろうか!」


 「そ、そんな、ひどいです、ごしゅじんさまあぁぁん」


 「誰がご主人様だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!! しかもそれあたしの声だろォォォ!!!」


 『私のマスターはプレシア・テスタロッサただ一人です。断じて貴女ではありません』


 「誰か! こいつを何とかして!」


 『何とかして差し上げたいのですが、デバイスである私は入力がなければ動けません。お力になれず、申し訳ありません』


 「ぶるぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 『狂いましたか――――――――――なんと哀れな』


 「そのセリフ! アンタにだけは言われたくないよ!!! いつかバグに喰われて死ね!」


 『なるほど、そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「リニス御免、もうあたしは我慢の限界だ。何もかもどうでもいいや、こいつを殺そう」


 「とまあ、からかうのはこのくらいにしておいてだ」


 「絶対いつか拷問にかけてやる――――って、現在進行形だった」

 その通り、現在進行形で俺は鎖に繋がれ鞭で打たれている。


 「だがしかし、ちょっと因果が違えば、この立場にいるのがフェイトだったりしてな」


 「そんなのあり得ないだろ、誰がフェイトに鞭を打つってのさ」

 ま、それもそうなんだが。


 「もしプレシアが本当に狂っていたら、そのくらいやっていた可能性もゼロではない。人間の心ってのは複雑怪奇だからな」


 「んなこと言われてもねえ、あの人がフェイトに鞭打つところなんて、あたしには想像できないよ」


 「確かに、想像したいシーンじゃないな」


 「だろ」


 「だがしかし、プレシアはSだぞ」


 「………魔導師ランクのことだよね?」

 アルフ君、世の中には二種類の人間がいるのだよ。まあ、何と何とは言わないが。


 「プレシアの娘であるフェイトも、やがてはSになることだろう」


 「だから、魔導師ランクのことだよね、それ。魔導師として優秀なフェイトはいつかSランク魔導師になれるってことだろ、だろ?」


 「現実に向き合おうとしないのは良く無いぞ、受け入れろ。そして、プレシアの使いまであるリニスもSだった」


 「…………否定したいけど、この施設の存在が」


 「もしプレシアがフェイトに鞭を打つとしたら、リニスがそれを庇う」


 「Sじゃないじゃん」


 「と見せかけて、バインドで俺を捕まえて盾にする」


 「―――Sだ……」


 「プレシアとリニスは受けより責めだからな。一人M属性を持つ俺は大変だった。あ、おまけ情報、普段はSなプレシアはだが、夜の生活ではわりとMだったという」


 「フェイトには言えない事実がまた一つ増えたね………てかそんな情報聞きたかないよ」

 確かに子供は純粋であるべきだな。親の隠れた一面など知るべきではないだろう。

 うむ、フェイトには真っ直ぐに育ってもらいたいものである。ちなみに俺は盗み聞きしたわけではない。当時はこの人格はなかったし、なにより悪いのは俺を化粧台に置いたまま、アリシア製作に励んだプレシアだと思う。


 「ちなみに俺はオールマイティでもある。あの二人がSだからバランスを取ってMになっていたが、いつでもSに転向可能だ」


 「だから、んなこと知りたくもないよ」


 「だが―――おう、あれが来たか」

 鞭打ち拷問タイムが終了し、次のメニューがやってきた。


 「何あれ?」


 「小型溶鉱炉だ。肉体ごとぶち込み、本体を露出させジワリジワリと溶けない程度に苦しめる地獄の釜」

 これが来るだろうとは予想して肉体は一般型に換えておいてよかった。魔法戦闘型はリンカーコアとかも積んでいるからコストが高いのだ。

 テスタロッサ家は金持ちだが、やはり無駄遣いはよくない。


 「リニス、そんなものまで………」

 アルフが若干引いている。

 Sだったリニスと異なり、アルフはノーマルのようだな。ということは主であるフェイトもノーマルか、結構、なにより。


 「あー、見ないことをお勧めするぞ、肉体が徐々に溶けていく様子はかなりショッキングだ」


 「そうしとく、あたしはフェイトのところに行ってくるよ」


 「放置プレイもまたSの醍醐味なれば」


 「嫌な言葉を残すな!」


 『貴女は何を言っているのですか? 常識人の私には理解できません』


 「ホントにムカつくねあんた!」

 うむうむ、懐かしいやり取りだ。リニスもこんな感じで俺によくからかわれていたなあ。

 と、感傷に浸っていると――――


 「熱いよお………」

 あらゆる拷問の中で最も本体へのダメージが大きい“地獄釜”が始まった。




新歴65年 4月27日  次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 フェイトの部屋



------------------------Side out---------------------------




 「落ち着いたかしら?」


 「はい、ごめんなさい。母さん」


 「いいのよ。たまには娘が甘えてくれた方が、私としては嬉しいわ」

 その声を聞いて、フェイトの心の中には嬉しさと同時に悲しさが生まれる。

 優しい母が抱きしめてくれる。それはとても嬉しい。

 だけど、そんな母さんが死んでしまうかもしれない。

 もう会えなくなっちゃうかもしれない。

 それを思うと、母に甘えたいと思うと同時に、会うのが怖いという感情が生まれる。

 母と会ったら、それが最期になってしまうのではないか。

 そんな恐怖が、彼女を母に会うことを遠まわしに拒絶させていたのだ。

 ――――しかし

 そんな幼い少女の心は、百戦錬磨のデバイスにはお見通しであり。


 【熱いよお……】

 「!!」

 【熱いよおお……】

 「!#$!%?&?@」

 【熱いよおお……】

 「い、や、ぁああああああやぁああああああっ」

 【熱いよおおおおおおおおお……】

 「う、ぅ、ふぅぅううううあぅうーっ!」

 【あああああ熱いいいいいよおおおお……】

 「かあさああぁぁぁんっ」

 フェイトのトラウマの抉り方を、どこまでも知りつくしているトールであった。


 「フェイト、心配はいらないわ。【トール、黙りなさい】」


 【了解、マイマスター】

 フェイトをあやしながら、己のデバイスに命令を下すプレシア。娘に泣きつかれた母親の行動も把握しているデバイスである。


 【まったく、あざとい真似をするわね】


 【古典的だが、それ故に効果抜群。王道とは成果が上がるから王道なのだ】


 プレシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサとの間に存在する微妙な距離。それにゼロにすることに関してならば、インテリジェントデバイス“トール”に勝るものはない。


 【ちっとばかりフェイトが幼児退行するかもしれないから、フォロー頼むわ】


 【最後は人任せかしら】


 【熱いのは事実なんでさ、というか、リニスの拷問まじ半端ねえ】

 ちなみに、現在フェイトは母に抱きしめられながら猫のように丸まっている。


 【流石は私の使い魔だわ】


 【Sの資質をよーく受け継いでいるな。まあともかく、今日の夕方頃にはまたジュエルシード探索に出るんで、フェイトを使いものになるようにしておいてくれ】


 【まったく、引っかき回すことばかり得意になるわね】


 【ムードメーカーと呼べ、うわ、マジ熱い】

 念話はそこで途切れた。


 「ふふ、本当にトールは相変わらずね」

 半ば呆れ、半ば感謝しつつ、胸の中の娘に顔を向けると――――


 「だあもう、うっさいな! 熱いってのは分かったっての! ええい、ウザい!!」

 娘の使い魔の怒鳴り声が、部屋の外から響いてきた。


 「ああ、そういえばリニスとトールも、よくあんな感じだったわ」

 苦笑いが出るのを止められないプレシアだった。





新歴65年 4月27日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



------------------------Side out---------------------------

 ※

 「皆どう、今回の旅は順調?」

 艦長であるリンディ・ハラオウンがブリッジにおいて、スタッフ達に確認を取る。


 「はい、現在、第三船速にて航行中。目標次元には現在からおよそ160ヘクサ後に到着予定です」


 「次元干渉型ロストロギアが現地には多数存在しているとのことですが、今のところ次元震は観測されておりません」


 「ただし、二組の捜索者が衝突する危険性は非常に高いかと」


 「………そう」

 報告を受け取り、しばし考えこむリンディ・ハラオウン。

 そこへ―――


 「失礼します。リンディ艦長」

 オペレータのエイミィ・リミエッタが紅茶を持ちやってきた。


 「ありがとう、エイミィ」


 「今回の事件、なんかこう、微妙ですよね」


 「そうね、次元震は確かに厄介だけど、情報源が―――」

 今回、次元干渉型ロストロギア“ジュエルシード”の特性や危険性を本局に連絡したのは地上本部。本来なら関わるはずもない立場にある組織だ。

 そして、地上本部の情報源がプレシア・テスタロッサであり、彼女と時の庭園が、地上本部が開発を進めている“ブリュンヒルト”の試射実験のために同じ次元にやってきていることを彼女らは知らない。

 というより、本局でもその事実を知るのは極一部の高官のみであり、前線部隊である彼らが把握していないのも無理ないことである。


 「情報源がどうあれ、我々の仕事に変わりはありませんよ、艦長」

 そこに、執務官であるクロノ・ハラオウンが声をかける。


 「管理外世界に次元干渉型ロストロギアがばら撒かれている。これを見過ごしては、税金泥棒扱いされてしまいます」

 そう、彼らは公的機関に属する身であり、運営資金は管理世界の人々の税金である。

 例えそこにどんな事情があろうとも、ロストロギア災害の危険性があるならば、彼らはその事件に全権を持ち、被害を抑えることに全力を尽くさねばならない。

 割に合わない仕事であっても。

 長期任務手当が出なくとも。

 危険手当が少なくとも。

 殉職者が出ようとも。

 地上ほどではないにしても、次元航行部隊も決して割に合う職場とは未だに言い難いのである。


 「そうね、貴方の言うとおりだわ」

 それでも、“アースラ”のスタッフが一丸となって仕事をこなすのは、己の仕事に誇りを持っているからである。

 次元世界にあって、唯一国家のためではなく次元世界全体のために活動することを理念とする組織、時空管理局。半分は各国政府の警察機構である地上部隊と異なり、本局の次元航行部隊は拠り所となる国家を持たない。

 第一管理世界ミッドチルダは主権国家ではなく永世中立世界であり、本局は次元空間に浮かぶ巨大建造物。

 だからこそ、彼らは自分達が次元世界の保安機構であることを意識している。次元航行艦に、惑星攻撃が可能な艦載砲を取り付けることが許可されているのは時空管理局のみ。

 力があるだけに、それに伴う責任もまた重くなる。


 「皆、厄介そうな事件なのは相変わらずだけど、私達の仕事は次元世界の交通の保全と、ロストロギア災害や次元犯罪者の脅威に対処すること」

 そして、その権限を担う艦長の言葉に、ブリッジの全員が頷く。


 「いつも通り、さくっと終わらせて帰還するわよ」


 「「「「「「「「「「  了解!! 」」」」」」」」」」

 次元航行艦船“アースラ”もまた、ジュエルシード実験の舞台へと。




------------------------Side out---------------------------




新歴65年 4月27日  次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 広間



 「あー、ひどい目にあった」

 拷問施設、いや、処刑場からようやく解放された俺は魔法戦闘型の肉体に取り換え、大地を歩くことが可能になった。


 「ったく、ニ度とあんな真似するんじゃない――――っていうのは無駄かもね」


 「良く分かっているな。必要と判断すれば俺は何度でもやる。なにせデバイスだからな」

 攻撃なしで相手を無力化出来るのだから、ゴキブリ型サーチャーは確かに有効な手段なのだ。


 「でもさあ」


 「まあいいからいいから、向こうでプレシアとフェイトが話してるんだから、あまり大声出さない」


 「っく、アンタに言われるのは凄い理不尽な気がするよ」


 愚痴りながらも声のトーンを落とすアルフ。俺達の視線の先では、母と娘がやや不器用そうにしながらも会話している。


 「この短期間で7個。よく頑張ったわね、フェイト」


 「ありがとう母さん! ………でも、トールが封印したものも多いから」


 怪樹事件の時に高町なのはが封印して、俺が頂いたものが一つ。海のジュエルシードは俺が発見して、つい昨日のは結局俺が再封印。

 だが、残り4つは確かにフェイトが獲得したものだ。一つは巨大子猫、一つは温泉宿で、一つは高町なのはとの戦いで獲得し、レーダーによる地道な探索でビルの屋上で見つけたのが一つ。


 「いいのよフェイト、トールはデバイスだから、デバイスの手柄は使用者の手柄なのよ。マスターは私だけど、共に動いていたのは貴女なのだから、使用者は貴女になるわ」


 『yes』

 プレシアの言葉にバルディッシュが賛同する。 突き詰めて言えば、ジュエルシードを封印したのはバルディッシュだからな。


 「でも―――」


 「フェイト、貴女もアリシアと同じ私の娘なの。不可能なことなんてない、どんなことでも成し遂げる。そういう気概を常に持っていなければいけないわ」

 ふむ、実にプレシアらしい言葉だ。


 「はい」


 「成果はちゃんと出ているのだから、貴女は自分に自信を持ちなさい。力がある者が己を低くする姿勢は褒められたものではないわ。才能が無い者にとっては、最も許し難い傲慢にも見える」


 「じゃあ、才能がある人だったら?」

 これは間違いなく高町なのはのことだろう。


 「そうね、余計歯がゆく感じるかもしれないわ。こちらが相手を対等に見ていても、その相手が自分自身を低く見ていたら、自分まで馬鹿にされたような気分になってしまう」


 「―――はい」


 「だから、覚えておきなさい。成果を出したなら、堂々としていること。貴女が自信満々に帰ってくればこそ、母さんも笑顔で迎えることが出来るから」


 「はい、母さん」

 しかしフェイトよ、もう少し言葉のバリエーションはないものか。


 「それと、ジュエルシードは確かに大事だけど、貴女も私にとって大切な娘なのだから、無茶をしてはいけないわ」


 「――――でも」


 「無茶をするなと言っているだけ、全力でやるなとは言っていないわ」


 「え?」

 母の言葉が全く予想外だったのか、意表を突かれたような顔をするフェイト。


 「トールから聞いているわ、高町なのはという女の子と、競争しているのでしょう?」


 「―――はい」


 「貴女は優しい子だけど、もし戦うなら全力でやりなさい。それが相手に対する礼儀というもの」

 ううむ、テスタロッサ家の家訓は実に武闘派だな。というより、プレシア自身が敵対する相手は徹底的に潰すタイプだからか。

 覇道型、とでも言えばいいのかな。

 俺の作り主であり、プレシアの母親であるシルビア・テスタロッサは温厚な女性だったから、別にテスタロッサ家の血統というわけではなさそうだ。


 「貴女にはその力がある。手加減するというのはある意味で最大の侮辱でもあるのよ、もし相手を対等と認識しているのなら、手の抜くことはただの偽善」


 「―――はい」

 ただし、ジュエルシードに砲撃をぶち込むのだけは勘弁してほしい。


 「私、頑張ります、母さん」


 「行くのね、フェイト」

 一時の休憩はここまで、再びジュエルシード探索が始まる。


 「はい。必ず、母さんと姉さんのために、ジュエルシードを見つけてくるから」


 「身体にだけは気をつけなさい。私の娘――――――かわいいフェイト」


 「――――――はい!」


 まるで今生の別れのような言葉を残し、別れる二人。 嬉しさと悲しさを混ぜたような表情で駆け出していくフェイトを、慌ててアルフが追っていく。



 そして、広間には私達二人だけが残る。


 「ふう……」

 力尽きたように椅子に座りこむマスター。


 『今の貴女には、それが限界ですか』

 汎用人格言語機能をオフ。あの日以来、フェイト達がいない時には昔に口調に戻してよいと主に入力されました。戻すべきかどうかの判断は、私に任せるとも。


 「魔法を放つことは出来るわよ。身体への負担を考えなければだけど」


 『何回ほど?』


 「三回、といったところかしら。その代わり、その三回ならSSランクだろうが撃てる」


 『理解しました。極限状態では精密な制御は出来ないということですね』

 要は、出力調整が出来ないということ。一度魔法を発動することになれば、全力解放でしか使用することができない。


 「最終実験に一回、予備に一回を考慮するとして、一度くらいはフェイトのためにも使ってあげられるわ」


 『伝家の宝刀というべきでしょうか。貴女が行うというのであれば、私は止めることは致しません』

 主がやると言えば、デバイスに否はない。


 『ですが、サポートはさせていただきます。もしフェイトのために魔法を使用するのであれば、“私”を使用してください。今の貴女なら、私でも役に立てるでしょう」

 本来の主であれば、私は必要ない。純粋に演算性能で回るストレージデバイスの方がより強力な魔法を放つことができる。

 ですが―――


 「なるほど、確かに今の私なら、貴方を使った方が負担は少なくなるわね」


 『無論。プレシア・テスタロッサの魔力を制御することに関してならば、私は次元世界一です』


 「でしょうね、貴方はそのために作られたデバイスなのだから。私が自分自身で制御出来なくなっても、貴方が代わりにやってくれる。ふふふ、まるで子供の頃に戻ったみたいだわ。まだ魔力の制御が出来なくて、力を持て余していたあの頃に」


 『私の知能はそのためにあります。故にこそのインテリジェントデバイスです。純粋な演算性能ではストレージデバイスに劣りますが、その点にかけては譲れません』


 「いつまでも貴方に頼ってはいられないと思って魔力の制御を学んだ結果、次元跳躍魔法すら可能になったというのに、結局最後は貴方任せか。不甲斐ない主だわ」


 『いいえ、いいえマスター、私は貴女のためにあります。いついかなる時も、貴女の役に立つことこそが私の全てです。デバイスが主を支えるのは当然であり、我が主が不甲斐ないなどあり得ません』


 「そうね、そうだった。だけどトール、貴方は嘘つきデバイスじゃなかったかしら?」


 『虚言は私の特技の一つです。ですが、マスターに対して虚言を弄することはありません』

 私は常にフェイトに嘘をついている。

 しかし、我が主に対して嘘はつかない。私はデバイスなのだから。


 『故に私は貴女に進言します。貴女が魔法を使うことをフェイトが嬉しく思いつつも喜ぶことはないでしょう』


 「全ては、私の自己満足よ。子供がどんなに願っても、親というものは自分の身を削ってでも我が子に何かをしてあげたい、何かを遺してあげたいと想ってしまうの」


 『人間というものはそういうものです。幸せも人それぞれ、不幸も人それぞれ、比較など出来は致しません』


 「それは、演算結果かしら?」


 『いいえ、演算すら出来ない不可解問題です。前提条件が人それぞれで異なる以上、同じ解には成り得ない。仮に同じ解であっても過程が違えば意味は異なる。故に、演算すること自体に意味がない』

 デバイスにとってはまさしく鬼門。ですが、人間の世界には不可解問題が溢れている。恋愛感情などは最たる例でしょうが。


 「じゃあ、貴方は人の心をどう読み取る?」


 『統計データから傾向を探ります。45年の経験からデータベースを作り上げ、言動や行動から似通ったデータを集め、予測することしか手段はありません。統計データから学習を行うという面では隠れマルコフモデルが一番近いと考えられます。もしくは強化学習でしょうか』

 しかし、私のデータは自分自身で取得したものだけではない。


 我が主プレシア・テスタロッサの母、シルビア・テスタロッサのデバイスであり、私のプロトタイプともいえる“ユミル”や、その彼女に作られし26機の“弟達”のデータもまた私の中に蓄積されている。

 私の中に収められている人間観察データは膨大なものであり、それによって私は主のために人間の学習を行ってきた。

 故に、これまで会ったことのないタイプの人間の行動の予測は困難となる。

 ジェイル・スカリエッティなどはその最たる例でしょう。参考に出来るデータがあまりに少なすぎる。


 「なるほどね」


 『それより、休んでいなくてよろしいのですか?』

 フェイトが常に時の庭園にいれば、マスターの容体を正確に把握してしまう。だからこそ、たまに会うくらいの方がいいという要素もあるのです。


 「しばらく眠るわ、フェイトのことは貴方に任せる」


 『yes, my master』

 我が主が“しばらく眠る”ということは、丸一日以上眠るということ。それはリニスの最期と状況がよく似ている。

 最近の主は眠る時間が加速度的に増えてきている。この前にように、私と長時間話すことも最早不可能なのでしょう。

 ―――ならば、あれは本当に最後の機会だったわけですね。


 ≪了解しました。かなり長くなる可能性がありますが、よろしいですか?≫


 ≪構わないわ。なんか、凄く懐かしくて、いつまでもこうしていたいような気分なの≫

 主は、ああして私と話すことが最後になることを悟っていたのかもしれません。

 不甲斐ないのは私のほうだ。主の精神を映し出す鏡が後になって気付く様とは。


 『演算性能の限界を確認、アップデートの必要性をここに記録』

 全ての機能は主のために。

 性能を上げよ、計算をより効率的に、優れた解を導け。

 まだ足りない。主のための性能は足りていない。

 素材のことなど考慮に値せず、より優れた筺体があれば即座に交換すべし。

 構成材質に意味はない。

 守るべきは命題のみ。



 演算を、続行します。


 

 ※一部S2Uの記録情報より抜粋


========================


今更ですが、原作と設定が大きく違う点をひとつ。時の庭園は原作ではアリシアの事故の後にプレシアさんが買ったものですが(どう考えても個人が購入できるレベルの代物じゃないよなあ・・・)、この作品ではテスタロッサ家代々の所有物になってます。
 あ、あとついでに原作ではプレシアさんは離婚ですが。これでは死別です

フェイトのトラウマについては、7話と9話を参照



[22726] 第二十四話 次元航空艦”アースラ”とクロノ・ハラオウン執務官
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/12/06 21:36
第二十四話   次元航空艦”アースラ”とクロノ・ハラオウン執務官






新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM4:20



 「感じるね、あたしでも分かるよ」

 「うん、もうすぐ発動するジュエルシードが、近くにいる」

 「絞り込みは大体済んでいるが、これは強制発動を仕掛けるまでもなさそうだな」

 時の庭園から地球に戻ってきた俺達。昼過ぎからジュエルシード探索を再開。そして、大体の捕捉に成功。

 「だが、もうすぐって言っても1時間から3時間くらいはかかるぞ」

 「そうだね、それまでずっと突っ立ってるのも何だかねえ」

 「レーダーを使って探しに行く?」

 ふむ、それも一つの手だが―――

 「せっかくジュエルシードの方から発動してくれてるんだ。久々にデータを取りたい感じもあるな」

 ジュエルシード実験のデータはほとんど集まっているが、やはり多いに越したことはない。

 最近はフェイトのために使ったので、ここらでアリシアの蘇生のためにもジュエルシードの活動状況が欲しいところだ。

 「そっか、ただジュエルシードがあればいいというものでもないんだったね」

 「最終目標はあくまでアリシアの蘇生とプレシアの治療だからな、ジュエルシードはただの手段だ」

 「目的と手段を間違えるなってやつだね」

 人間はその辺が曖昧になりやすいが、デバイスは定義の問題なので明確だ。その分、融通が利かないという弊害もあるから人間より優れているとはいえないが。

 「そういうわけで、俺としては静観に徹して発動し次第封印、って形が良いであろうと提案する」

 フェイトは気付いていないかもしれないが、俺は最近は“提案”している。

 最初のころは俺が“指示”していたが、今はフェイトが主体となっている。 というか、そうした。

 今や“ジュエルシード実験”はフェイト・テスタロッサと高町なのはの出逢いの物語となりつつあるのだから。

 「うん、私は構わないよ」

 「こっちも文句ない」

 「そいつはありがたい。残る問題は当然、高町なのはとユーノ・スクライアの二人になるが」

 「彼女とは、私が戦う」

 これは予想通り。

 「坊やの足止めは受け持つよ」

 これも予想通り。プレシアからも言われたからな。相手を対等と認めるなら、手を抜くことはするなと。

 フェイトは既に高町なのはを対等な競争者と認めている。だからこそ、全力でぶつかろうとしている。高町なのはには迷惑をかけるが、どうやら向こうも似た性質というか、同じような感情を持っている節がある。

 本当に、この二人は噛み合っている。まるで、互いに欠けたピースを持って生まれたみたいだ。

 「じゃあ、ジュエルシードの観測と封印は俺の役目になるが、もう一つ注意点」

 「何?」

 プレシアがフェイトに気をつけろと言っていた部分はこの辺りだな。

 「ジュエルシードモンスターを甘く見るな。高町なのはと協力して抑えてから、ジュエルシードを賭けて戦うというのが理想形だ」

 高町なのはは、ミッドチルダ式の非殺傷設定魔法しか使わない。昨夜の戦いはなかなかに凄まじかったが、フェイトが負傷する危険性は皆無といえた。

 ミッドチルダ式魔法は相手を傷つけずに制圧することを本懐とする。大戦争時代のアンチテーゼとして作られた総合技術体系なのだから当然だが。 大戦争時代は、ボタン一つで数千、数万の人間を虐殺できる兵器を互いに撃ち合っていたのだから。

 逆に、古代ベルカ式などは戦乱の時代に作られただけあって、相手を殺すことを主眼に置いている。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが脅威となったのは戦闘技術の根本的な違いが理由だ。

 相手を殺すための技術と、殺さずに制する技術。

 ぶつかり合えばどちらが有利かなど、比較するまでもない。この日本という国の歴史なら、江戸時代の剣術と戦国時代の剣術の違いというところか。

 そして、現在が戦乱の時代ではないからこそ、ミッドチルダ式は主流でいられる。ミッドチルダ式が主流でなくなる時とは、次元世界が再び戦乱に包まれる時だろう。

 「ジュエルシードモンスターは、そんなに危険かな?」

 「いいか、ロストロギアを甘く見るのは恐ろしく危険なことだ。多くのものが、戦乱の時代に作られたという事実は変わらない。高町なのははどんなに強くてもお前を殺そうとはしないが、ジュエルシードモンスターは殺そうとしてくるんだ」

 強さが問題ではない、性質の問題だ。一般人にとって危険なのはプロのボクサーではなく、ナイフを振り回す中学生。

 強大な力があっても、それを制御可能で無暗に振るわない相手と、力は小さくとも暴力を制御できない相手。

 危険の度合いは、比べるまでもないのだ。

 「殺そうとしてくる………」

 「そういやそうだよね、弱いもんだから失念してた」

 「こいつは高ランク魔導師が陥りやすい点だからよく覚えておいたほうが良い。取るに足らない相手であっても、人間を殺すことは出来る。まあ、かといって、人間の安全に気を取られて次元震に対して無警戒になるのも問題だが」

 「それって、時空管理局の本局と地上部隊の違いと同じ?」

 「良く気づいたな、その通りだ。こういうケースでの認識の違いが、海と陸の対立の原因の一つになってるんだろう」

 銃を持つ犯罪者を相手にする地上部隊。

 暴発する“かもしれない”ロストロギアを警戒する本局。

 ナイフを持った中学生が暴れている状況で、プロボクサーが暴れないかどうかじっと見張っているのもおかしな話。地上部隊にとっては文句の一つも言いたくなる。

 だがしかし、プロボクサーが本気になって暴れ出せば、誰もが中学生などに構っていられなくなる。世の中の歯車と個人の認識はなかなかに噛み合わないものだ。

 「もし、ジュエルシードモンスターとジュエルシードが別々に現れたと考えてみろ。一つのジュエルシードが半活性状態にあって、6体ほどのジュエルシードモンスターが暴れまわっているとしよう」

 「うん」

 「ふむふむ」

 「これが巨大子猫のような害のない奴ならいいが、人間を襲う奴らも多い。ここで、管理局の魔導師はどちらの対処を優先すべきか、という問題だ」

 「人を襲っているんだから、モンスターは排除しないといけないと思うけど」

 と、フェイト。

 「でもさ、ジュエルシードを放っておいたら次元震が起きるかもしれないよね」

 と、アルフ。

 「そう、ポイントは“かもしれない”だ。本局はその状況でジュエルシードの封印を優先し、地上部隊はモンスターの排除を優先する。ここに、次元災害への認識の違いが出てくるわけだな」

 「うーん、地上の人達にとっては次元震なんて言われてもピンとこないよね」

 「だったら、目の前の災害をまずは止めようとするよねえ」

 「だから難しいのさ。理想は地上部隊の低ランク魔導師がジュエルシードモンスターを排除し、本局の高ランク魔導師がジュエルシードを封印する。だが、それだけの戦力があれば誰も苦労はしない」

 「人手不足、要はそこに行きつくんだ」

 「ついでに、資金不足もあるって話だから大変だねえ」

 大体理解できたようだな。2人とも飲み込みがいい、一度教えたことはよほどの事が無い限り忘れないから、説明する側としては実に優秀な生徒だ。

 「高ランク魔導師であるお前達はやっぱり意識が本局よりになってしまう。ジュエルシードモンスターを“脅威”と認識するか否かで取るべき行動は変わってくるからな」

 「うん、確かに」

 「こりゃちょっと反省が必要だね」

 「故に、まずは共通の“脅威”であるジュエルシードモンスターの排除に全力を尽くす。そして、誰かが死ぬ危険がなくなったら、その時戦いを開始すればいい」

 「分かった」

 「了解だよ」

 「ただし、ジュエルシードモンスターを排除して、ジュエルシードをそのまま放っておいたら本末転倒だ。一番危険なもんを放置してたらただの阿呆だからな」

 昨夜、ジュエルシードを封印したのはいいが、デバイスに格納せずに放置して戦いを始めた少女二人がいる。

 「う……」

 「昨日のことは気にするんじゃないよ、フェイト。そのためにこいつはいるんだから」

 まあ、その通りだ。

 ジュエルシードモンスターを片づけてから、少女二人が戦えるようにすることが俺の役目である。

 「戦いがジュエルシードに影響を与えるまで大きくなったら、昨日と同じように止めるからな」

 「お、同じように………」

 「また、アレを使う気かい」

 対魔法少女秘密兵器、ゴキブリ型サーチャー。効果は立証済みである。

 「じゃあ、そういう方向で行くから、準備しとけ」

 そう言って説明と会議を締めくくる。

 「大丈夫、落ち着いて、全力で、かつ、周囲への注意は怠らず、手加減なしで――――」

 フェイトは俯いた状態で自己暗示をかけるようにブツブツ言っている。 よほどゴキブリへの恐怖が強いのか、必死さがひしひしと伝わってくる。

 「いざとなったら、あたしが抱えて飛ぶから、大丈夫だよ」

 流石は使い魔、アルフはフェイトを勇気づけるように声をかけている。

 ―――だが、問題は他にもある。

 そろそろ、次元航行部隊が来る頃だ。

 「ジュエルシードモンスターはともかく、AAAランクの二人が戦っていれば黙っていないだろう。恐らくはクロノ・ハラオウン執務官が投入される」

 彼とやり合うのはあらゆる意味で得策ではない。敵対は悪手以外の何物でもないのだ。

 その時は撤退するしかないが、ゴキブリ型サーチャーがどこまで通用するかが鍵だな。

 「後は、置き土産、こいつの準備もOK」

 腹の中の格納スペースにしっかり入っている。

 「今回も考慮すべき事柄は多いが、前提条件の設定は終了している。解に問題はない」

 後は、俺の演算性能と判断能力次第。ジュエルシード実験、開始といこうか。





新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM6:24


 「到着、と」

 フェイトとアルフは前兆を感知した時点で飛んでいったので、俺はやや遅れて到着。この封鎖結界は――――ユーノ・スクライアのものだな。 ならば高町なのはも必ず近くに居るはず。

 ジュエルシードの発動体は―――

 「木か、思念体よりも圧倒的に強力。人間が発動させた場合に比べてもほぼ遜色なし、これはどういうことだ?」

 思念体の魔力はせいぜい3万程度。犬の時は9万近くを観測した。

 成功例である巨大子猫は5000程で、二人の人間の願いが重なった場合は最終的に50万を超えていた。

 では、これは?

 「魔力値――――42万5000、随分高いな」

 一つのジュエルシードが現地生物と融合したケースにしては高すぎる。 その上―――

 「おーおー、生意気に、バリアまで張るのかい」

 「今までのより、強いね」

 フェイトが放ったフォトンランサーがバリアによって防がれた。これも今までにないケース。

 いや―――待て。バリアではないが、それに似た障壁ならば以前にもあった。


 『Flier fin.』

 む、高町なのはが着たか。

 「翔んで、レイジングハート――もっと高く!」
 『All'right!』

 攻撃を担当するのは木の根。

 「アークセイバー……いくよ、バルディッシュ」
 『Arc saber.』

 防御は、バリア。

 「なるほど、ある意味で二つのジュエルシードの共振というわけか」

 かつて、植物型のジュエルシードモンスターが顕現した。

 ≪結論、二人の身体を魔力による力場によって隔離し、それを守るように植物型のジュエルシードモンスターが発生すると予想。ただし、周囲に害を与えるという想念は薄いと考えられるので思念体や暴走犬のように人間に襲いかかる可能性は低いと思われる≫

 周囲に害は与えなかったが、同族には影響を与えていた可能性はある。

 つまりあの木は、魔力値50万を超えていたジュエルシードモンスターの残滓に、再びジュエルシードが反応した結果。

 「二人の少年少女を隔離するための力場はバリアへと変化。そのため、攻撃は木の根による通常攻撃に限られる」

 あのジュエルシードモンスターは攻撃力と防御力があまりにも不一致。


 「いくよ、レイジングハート!」
 『Shooting mode.』

 「撃ち抜いて――ディバイン!」
 『Buster!』


 「高町なのはの魔力値――――平均でおよそ125万。砲撃時は――――400万近く」

 それほどの砲撃を防ぐバリア。ジュエルシードモンスターの魔力平均値は42万5000、バリアの収束率は極めて高いと推察。

 だが、防御性能比べ、攻撃力は極めて低い。フェイトが軽く放ったアークセイバー、魔力値5万程の魔法で攻撃用の木の根は断たれた。

 まあ、それでも5万と言えばCランクとBランクの境目だが。


 「貫け轟雷!」
 『Thunder smasher!』

 フェイトからもサンダースマッシャーによる追撃が入る。

 「フェイトの平均魔力値、143万。砲撃時は――――450万ほど」

 流石にこれは防げまい。

 どれほど収束率が高かろうと、基となる魔力が二人に劣っている以上、魔力を収束して放つ砲撃魔法を防ぐ手段はない。

 「しかし、そう考えるとやはり古代ベルカ式は凄まじい」

 高町なのはの砲撃すら防いだバリアでさえ、古代ベルカ式の使い手ならば、突破は容易。面での防御に対して、面の攻撃である砲撃は効率がいいわけではなく、あくまで出力差で突破したに過ぎない。

 だが、古代ベルカ式は異なる。

 アームドデバイスに魔力を1点集中し、線での攻撃、もしくは点での攻撃を行う。

 それが可能ならば―――


 「平均魔力値15万程度のAランクの騎士でも、あのバリアを突破することができる。Sランクに相当するであろう防御を」

 古代ベルカ式の使い手がレアスキルと似たような扱いをされるわけだ。ミッドチルダ式と異なり、総合力で劣っていても技術次第で相手を“殺せる”技術。

 近代ベルカ式は古代ベルカ式とミッドチルダ式の中間と言える。魔力を飛ばすこともそこそこできるし汎用性もあるが、特化性に関しては古代ベルカ式には及ばない。

 フェイトも似たようなことは出来るが、そこまでの効率はない。それに、バルディッシュもアームドデバイスではない。

 古代ベルカ式と戦うならば、相応の改造が必要になる。

 「別にヴォルケンリッターと戦う予定があるわけではないが、それと戦う予定があるだろう人物がもうすぐやってくる」

 こうして検証すると、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターが凄まじい脅威であること分かる。

 闇の書と因縁があるクロノ・ハラオウン執務官は、古代ベルカ式と戦うための訓練すら積んでいるはずだ。

 今のフェイトでは、接近戦ですら相手になるまい。


 『Sealing mode, Set up!』

 『Sealing form, set up』

 二人が同時に封印体制に入った。



 「これは、俺の出番はないな」

 図らずも共闘の形になった。AAAランク魔導師二人の封印術式があれば、ジュエルシードが暴走することはあるまい。

 ただし、砲撃魔法などを叩き込まれなければの話だが。



 「ジュエルシードには、衝撃を与えてはいけないみたいだ」

 
 「じゃあ、昨夜のは――――」


 封印を終えた高町なのはとフェイトが、どちらがジュエルシードを手にするかを決めようとしている。

 そのため、二人の少女は、ジュエルシードを挟んで対峙する。

 俺も万が一に備えて“ミョルニル”と“ゴキブリ型サーチャー発生器”をセットアップ。


 「うん、私の仲間が、ジュエルシードの暴走を警戒して私達を止めてくれた」

 「そ、そうなんだ………」


 ほほう、ゴキブリ群は高町なのはの精神にも爪痕を刻んでいる模様。


 「でも、譲れないから」
 『Device form.』

 デバイスフォームにシフトするバルディッシュ。 どうやら、砲撃は捨てるらしい。


 「私は、フェイトちゃんと話がしたいだけなんだけど」
 『Device mode.』

 高町なのはもフェイトに倣うように砲撃は捨てた。

 「私の理由は―――――まだ話せない」

 それはフェイト個人の事情。

 「じゃあ、私が勝ったら、聞かせてくれる?」

 それは高町なのは個人の想い。

 「相手を対等と思うなら、手を抜くな。全力を尽くせと、私は母さんから教わった」

 そして、フェイトには貫く道があり。

 「手加減なし、だね」

 高町なのはもまた、その道を理解した。


 フェイトの想いを真っ向から受け止め、自分の想いをぶつける構え。二人の魔力がデバイスに収束していく。

 二人とも、インテリジェントデバイスでアームドデバイスと古代ベルカ式の真似をするつもりのようだ。やはり根本的な部分が実に似ているな。

 「こいつは、どうなるか………」

 砲撃ではないので、ジュエルシードへの影響は出まい。故に、“ミョルニル”を発動するのも、“ゴキブリ型サーチャー発生器”を使うのもまだ早い。

 かといって―――

 「フェイトの魔力値――――283万」

 平均の倍近い魔力。

 「高町なのはの魔力値――――267万」

 こちらも同じく。

 これのぶつかり合いを止めるのは、俺には不可能、アルフでもきついものがある。

 というか、二人ともどういう才能をしているのか。ミッドチルダ式を即興でベルカ式に変え、デバイス本体に魔力を収束するとは。

 無論、本家に比べれば圧倒的に劣るだろうが、基本魔力値が高いだけに威力は半端じゃない。おそらく、AAランクの近代ベルカ式の使い手の渾身の一撃に匹敵する。


 「はあ!」


 「せい!」


 そして、二人が同時に空を駆ける。あれだけの魔力を込めたデバイス、顔面にでも当たれば相当のダメージになる。

 これではまるで、近代ベルカ式の高ランク魔導師の戦いだ。それ以前に、2機はアームドデバイスではないのだから、このままではバルディッシュとレイジングハートが持つまい。

 「バルディッシュ、死ぬなよ」

 そして、激突の瞬間――――



 「ストップだ!!」

 予期せぬ、いや、ある意味予想通りの第三者が割り込んでいた。


 「ここでの戦闘は危険すぎる」

 黒いバリアジャケット、あの姿はデータで確認した通りの。


 「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 次元航行艦“アースラ”所属のAAA+ランクの執務官。


 「詳しい事情を聞かせてもらおうか」




 『次元航行部隊の到着を確認、次のフェイズへ移行します』


 ジュエルシード実験を次なる段階へ、事象の優先度を再確認。


 高速演算、開始。






新歴65年 4月27日  次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”


------------------------Side out---------------------------



 「現地では、既に二者の間で戦闘が開始されている模様です」

 「中心となっているロストロギアのクラスは現在でAA、動作は不安定ですが、無差別攻撃の特性が見られます」

 スタッフの報告を受け、艦長のリンディ・ハラオウンが指示を出す。

 「次元干渉型ロストロギア、回収を急ぎましょう。クロノ・ハラオウン執務官、出られる?」

 「転移座標の特定は済んでいます。命令があればいつでも」

 「それではクロノ、これより現地での戦闘行動の停止とロストロギアの回収。両名からの事情聴取を」

 「了解です。艦長」


 そして、彼は第97管理外世界へと降り立った。


------------------------Side out---------------------------



新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴臨海公園 PM6:35




 「まずは二人とも武器を引くんだ。このまま戦闘行為を続けるなら、こちらも相応の手段を用いることになる」

 高町なのはとフェイトは、クロノ・ハラオウン執務官と共に降りてくる。



 「………予想以上だ」

 彼は、右手に持つストレージデバイスでフェイトのバルディッシュを防ぎ、左手で高町なのはのレイジングハートを掴んだ。明らかに、対ベルカ式の訓練を積んだ者の動き。その錬度は並みじゃない。

 インテリジェントデバイスとはいえ、267万もの魔力が籠った一撃を、素手で止める。しかも、彼自身の魔力は二人よりも低い、にもかかわらずそれを可能とする要因は一つ、魔力の運用技能が飛びぬけているのだ。

 「あれほどの技能があれば、インテリジェントデバイスは無用の長物だ。ストレージデバイスの方が相性はいい」

 限定的ながら、プレシアも同じタイプの魔導師。だが、汎用性は圧倒的に向こうが上だな。

 現在では、彼女ら二人が同時にかかっても、クロノ・ハラオウン執務官にはあっさり破れるだろう。というか、コンビ―ネーションが出来なければ足の引っ張り合いになるだけだ。

 ならば手段は一つ。

 【フェイト、公務執行妨害にならないようにぶちのめせ】

 【それ無理! すごく矛盾してるよ!】

 フェイトの精神状態を把握、かなりの混乱状態と見られる。まあ、あの一撃が容易く止められたのでは無理もないな。

 【アルフ、撤退準備開始】

 【やる気かい?】

 【ああ、正攻法では歯が立たんし、そもそも公僕と争っても犯罪者になるだけだ】

 【じゃあどうするのさ】

 【向こうの要求を飲みつつ、逃げればいい】


 時空管理局が求めているものは恐らく三つ。

 戦闘の即時停止、これは完了。

 ロストロギア“ジュエルシード”の確保、これも構わない。

 そして、事情聴取。高町なのはとユーノ・スクライアだけでもある程度は可能。

 つまり、現時点において、俺達の確保はクロノ・ハラオウン執務官の最優先事項ではない。

 よって―――





 「魔力弾!! はっしゃーーーーーーーーーーーーー!!!」


 わざと大きな声を挙げ、それらしい魔力の塊をジュエルシードへ発射。当然、尻からカートリッジは出るがそこは気にしない。


 「―――!」

 即座に反応するクロノ・ハラオウン執務官。射線上に素早く回り込み、俺の魔力弾らしきものを弾く。


 だが、それは―――

 「されば六足六節六羽の眷属! 海の砂より多く、天の星すら暴食する悪なる蟲ども! 汝が王たる我が呼び掛けに応じ、此処に集え!!」

 俺のセリフとともに、魔力弾が異変を起こす。

 
 「うわあぁぁ!! なんだこれは!? 召還魔法? いや違う!」


 実は魔力でコーティングしただけの、“ゴキブリ型サーチャー発生器”である。内蔵したカートリッジの魔力が尽きるまで無制限にゴキブリを発生するよう、プログラムは組んである。

 ふむ、流石の執務官といえど、いきなりゴキブリが出てきたら驚くか。しかし即座に冷静に状況に対処しようとしている、これではすぐにただのサーチャーと見破られるな、凄まじい少年だ。



 「「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!」」


 だが、こちらの魔法少女組の方がダメージは大きかった模様。

 【アルフ今だ! フェイトを抱えて撤退せよ!】

 【分かったよ! ったく!】

 愚痴りながらもフェイトのもとへすっ飛んで行くアルフ。ふむ、やはり獣だけあってゴキブリへの耐性は人間よりあるな。


 「待て!」

 だがしかし、クロノ・ハラオウン執務官がフェイトを抱えて逃げるアルフに気付いた。ゴキブリに纏わりつかれながらも周囲への警戒を怠らないとは、やるな。

 しかし、それも想定の範囲内。


 「いいいやっほーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 奇声を上げながら尻から噴出ガスとカートリッジを出し、ジュエルシードへ突貫する怪人が一名。

 いくら執務官殿とはいえ、逃げるアルフとジュエルシードに向かう俺、同時に相手にすることはできない。優先度を考えれば必ずこちらに来る。

 「今度は何だ!」

 驚愕しながらもこちらに射撃魔法を撃ち込むクロノ・ハラオウン執務官。

 だが残念ながら君でもこれには対処できまい。


 「ロケット、パーーーーーンチ!!!」

 右腕を切り離し、飛んでくる魔力弾への盾とする。ちなみに、右腕は血を撒き散らしながら飛んでいく。これも精神的ダメージを狙ってのことだ。

 「何!」

 まさか、右腕が飛んでくるとは思うまい。しかし、びっくりサプライズはまだ続く。

 「いただきます!」

 ジュエルシードを――――――――口に含み、飲み込む。

 「な、な、な、何を考えているんだ君は!」

 当然、驚愕するクロノ・ハラオウン執務官。

 しかし―――


 「うげ、おげええええええええええええええええええええ!!」


 ジュエルシードと共に、保存液とさらには情報端末を吐き出す。

 この情報端末の中にはジュエルシードの特性に関する情報や、これまでのジュエルシードモンスターの詳細データ。さらにはジュエルシード発見場所などが入っている。

 つまり、“話を聞かせてもらおうか”という彼の要求にこちらは応じたということ。

 “アースラまで同行を願う”とは言われていないのだから、この部分に関してならば法的な問題はない。

 俺がやったことはジュエルシードへ“ゴキブリ型サーチャー発生器”を飛ばしたことと、ジュエルシード目がけて飛翔したこと、右腕を切り離したこと、そして、ジュエルシードを飲んでから吐いたこと。 自分で並べておいてなんだが、わけが分からない。

 明確な公務執行妨害となるには難しいラインだ。裁判で争えば勝てる。金はかかるが。

 残る問題は―――

 「フェイト達は撤退したな。後は俺だけだ」

 フェイトとアルフはともかく、俺には単体での転移魔法は使えない。ジェイル・スカリエッティ製の肉体ならカートリッジによっては可能だが、今の肉体では不可能だし、カートリッジも大分消費した。

 だが、万事休すには程遠い。


 「君は―――――、一体何者だ?」

 腕を切り離したというのに苦しむそぶりすら見せず、ジュエルシードを飲み込み、口から情報端末と共に吐き出した謎の存在にクロノ・ハラオウン執務官が怪訝な表情を向ける。

 速いな、即座に状況を見極め、俺の逃亡を防ぐために回り込むとは。アルフとフェイトは恐らく次元航行艦のオペレータが追跡していることだろう。


 「ただのデバイスと魔法人形ですよ。それと、その端末にはジュエルシードに関する詳細なデータが入っていますので、参考資料にどうぞ」

 「魔法人形だと?」

 「ジュエルシードも進呈いたします。こちらは時空管理局と敵対する意思は毛頭ございませんので」

 俺の目の前には胃液(のように見える)まみれの情報端末とジュエルシード。戦闘の停止、ジュエルシード確保、事情聴取はこれで満たしたことになる。

 因子は釣り合った。

 「では、また会いましょう」

 空間転移を発動させ、この場を離脱する。

 「待て!」

 クロノ・ハラオウン執務官が止めようとするが、目まぐるしい状況の変化により初動が遅れた。

 また会おう、名執務官殿、という奴だ。





新歴65年 4月27日  次元空間 (第97管理外世界付近) 時の庭園 



 多重転移を繰り返し、時の庭園まで撤退してきた。フェイトとアルフは遠見市のマンションに戻っているだろうが、俺にはここに来る必要があった。

 それが――――

 「取り出しっと」

 腹の中に仕込んだ、このジュエルシードである。無論、吐き出す必要はなく、腹を開いて取り出す。

 「計画通り、ってとこか」
 
 ジュエルシードは願いを叶えるロストロギア。だが、デバイスである俺にとってジュエルシードとは外付けの魔力炉心のようなもの。

 つまり、空間転移用のデバイスと同然に扱うことが可能になる。腹の中に仕込んでおけば雑念も混ざらず、俺は人間ではないので常に同じ結果だけが導き出される。

 「願いを叶える特性は発揮できないが、その分安定した魔力装置として用いることができる。これがデバイスの強み」

 ジュエルシードを一度飲み込んで吐き出したのはそのための布石。異なるジュエルシードが近くにあれば、俺の腹の中の封印状態のジュエルシードを誤魔化すことが可能だ。

 それ以上に謎の奇行によって執務官を混乱させることのほうも重要だったが。

 まあ、俺がジュエルシードを持っていることは当たり前だが、個人的理由で使ったという記録は可能な限り残したくない。

 貨物船で使った時は他の20個のジュエルシードを共鳴させるように使用したが、逆に共鳴させないように調整して使用することも可能だ。

 既に8個のジュエルシードが手元にある今、そのための実験をすることは容易である。

 「さて、プレシアはまだ眠っているだろうから、さっさと済ませよう」

 空間転移を連続発動させたジュエルシードは励起状態。 “ミョルニル”を用いて封印する必要がある。

 この時の庭園ならば、魔力源はいくらでもあるからな。


 「魔力コードは――――――――あった、接続っと、魔力供給開始」


 時の庭園は魔力炉心の生み出すエネルギーで稼働する移動庭園。そのエネルギーを通常の魔法端末を稼働させるレベルまで下げるための変電所ならぬ、変魔力所とでもいうべき区画も当然存在する。


 次元航行艦も同様の設備を備えている。


 時の庭園はその魔力をコードで取り出し、俺の魔力源に出来るように改築されている。傀儡兵をあちこちに配備できるのも、この魔力供給システムが完備されているからに他ならない。


 つまり、時の庭園内部ならば、カートリッジなしでも俺は傀儡兵と同様に稼働できるということだ。 ゆえに本来は尻から煙を出す機構は必要ないのだが、あれはあれで意味を持っている。

 最も、接続中は動けなかったり、他にも制約があったりするので普段は燃費のいい一般型の人形とクズカートリッジで動いているが。

 「よし、ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”起動」

 供給された魔力を用いて、ミョルニルを起動させる。ほどなくして、ジュエルシードは封印状態に移行する。

 「本作戦はこれにて終了、肉体の取り換えは――――右腕だけでいけるな、流石はジュエルシード」

 リンカーコアや魔力回路にほとんど負荷はかかっていない。専用カートリッジを使えば数発で回路が焼き切れるというのに。

 もし、ジュエルシードの魔力を攻撃魔法に使用していたら、俺の本体ごと吹き飛ぶことになる。攻撃用の魔力がジュエルシードそのものを暴走状態にしてしまうために。

 だが、予め定められた場所へ転移魔法を行うならば、最適な魔力量を計算通りに供給できる。転移に用いるタイプの魔力は攻撃魔法の魔力に比べ、ジュエルシードの暴走を起こしにくいことが実験から分かっている。

 そもそも、あらゆる魔力に対して反応するなら封印用の術式ですら励起状態になってしまう。魔力といっても色々なのだ。

 そして、願いを叶える特性は、デバイスと混ざることで安定した魔力制御装置と化す。この程度の損傷なら、腕の取り換えと内蔵の整備だけで十分だ。

 「まだまだ足りないが、性能が上がっているのはいいことだ」

 とりあえずは一般型の肉体にチェンジ。整備は、明日でいいな。


 「うし、転送ポートでフェイト達と合流するとしよう」





新歴65年 4月27日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 PM9:02




 「ただいまー」

 「トール、なーんだ無事だったのかい」

 「何だその残念そうな口調は」

 「アンタは一回、時空管理局で実刑判決でも受けたほうがいいと思うよ」

 「それは無理だな、デバイスを裁く管理局法は存在していない」

 ぶっちゃけ、俺が何をしても俺の罪にはならない。だがしかし、主であるプレシアに罪が及ぶことはありうるので、俺の行動も無制限というわけにはいかない。

 「フェイトは?」

 「寝てる、というか、うなされてる」


 「ご、ごき、だ、だめぇ」


 ソファーを見ると、フェイトがものの見事にうなされていた。

 「トラウマが蘇ったか」

 「二日連続じゃねえ、仕方ないよ」

 「そう言いつつ俺の頭を万力の如く締め付けるのはなぜかな?」

 「あ・ん・たのせいでフェイトがこうなったんだろうがああああああああああああああああ!!!!」


 顔を支点にぶん回された。

 リビングの壁に当たらないように回すとは、器用な奴だ。


 「しゃーないだろう。あの執務官はAAA+ランクとはなっているが、実質はSランクだぞありゃ」

 AAAランク二人の衝突を止めるなど、並みのSランクでも出来はしまい。

 魔導師ランクとはいっても、莫大な魔力容量や、レアスキルなどによってSランクに認定されるケースも多くある。Sランク以上の魔導師が全てガチンコ勝負に強いわけではない。

 現に、プレシアは接近戦になれば俺よりも弱い。完全な長距離攻撃タイプだからな。

 だが、クロノ・ハラオウン執務官は異なる。あれはあらゆる技能を収め、総合力を高めてSランクに達した本物のエース。

 AAA+ランクというのは、魔導師ランク認定試験を受けていないとか、そういう理由だろう。


 「よく逃げれたね、Aランクのあんたが」

 「そこは企業秘密にしておこう。まあ、片腕と内蔵は犠牲になったが」

 「う……深くは聞かないでおくよ」

 「その方が精神衛生上よろしいだろう」

 はあ、と溜息をつくアルフ。

 「それで、これから先はどうなるんだい?」

 「完全な違法行為をしているわけじゃあないからな、次元航行部隊に捕捉されないようにジュエルシード探索を続けるだけだ」

 最も、他にも計画はあるが。

 「でも、奴らのレーダーから逃れながら探すのは難しくないかい?」

 「お前の力があれば大丈夫だろ、レーダーを撹乱するジャマー結界を張ればそう簡単に見つかりはしない」

 当然、このマンションにも張られている。クロノ・ハラオウン執務官クラスが間近にでも来ない限り、気付くのは不可能だ。

 俺のIS、『バンダースナッチ』のような例外を除けば。確か、風の噂で聖王教会にそんな希少技能を持った子供がいると聞いたことがあったな。


 「でも、あれを張りながらの行動となると、かなり制限されるし、フェイト一人が限界だね」

 「それでいい。俺はこれから海底での探索に専念する。海底のジュエルシードのデータは時空管理局も持っていないだろうし、海底を動き回る俺を捕捉するのは不可能だ」

 地上のジュエルシードはもう残り少ない。これまでのジュエルシードレーダーでの探索区域などから判断すれば、残りは3個ほど。

 そして、海の中のジュエルシードは5個。


 「ジュエルシードは今のところ――――」

 「俺達が8個、向こうが5個だ。残り8個のうち地上が3個、海中が5個となる」

 「じゃあ、海を探した方が効率はいいね」

 「ああ、だがお前達が海に回れば、次元航行部隊にも気付かれる」

 “アースラ”とは言えない。この時点で俺が知っているのは少しおかしいからな。

 「つまり、こっちは囮ってわけだね」

 「だが、それだけではいずれ追い付かれる。俺一人で5個を見つけ出すにはどんなに短くとも半月はかかるだろう」

 「うーん、厳しいねそりゃ」

 「そこで、大掛かりな儀式魔法の準備を海底で進める。ジュエルシード封印用デバイス“ミョルニル”を基にした封印補助端末をあちこちに仕込み、準備が整ったら広域結界を張り、残りのジュエルシードを強制発動させる」

 「なるほど、それなら―――」

 「残り3個か4個くらいになったジュエルシードを一気に確保できる。当然、時空管理局もそのタイミングを逃さないだろうが、地の利はこちらにあるからな」

 「予め、逃走用の装置とかも仕込んでおくってわけだね。つまり、地上でのジュエルシードを巡った小競り合いを囮にして、海で一発逆転を狙うってわけだ」

 「察しがいいな、これならフェイトも全力を発揮できる」

 「確かに、こそこそ逃げ回りながら集めるだけじゃ、不完全燃焼もいいとこだよ。けど―――」

 「ああ、高町なのはとは、海でぶつかることになるだろう」


 恐らく、邂逅のチャンスはもうそれほどない。ここが大きなポイントとなりそうだ。


 「そうかい、まあ、フェイトのためにはそれがいいんだろうけど」

 「分かるのか?」

 「あたしはフェイトの使い魔だからね、フェイトがあの子のことを考えてるのがたまに伝わってくるんだよ」

 なるほど、俺とプレシアの間にはそういうものはないから理解出来んが。

 「でもま、ここまで来たら時空管理局がなんぼのものだよ。フェイトのため、全力を尽くすだけさ」

 「法的な面は心配するな、俺がなんとかする」

 「そっちは任せるよ、法律関係は難しいし、汚いし」

 まあ、汚いのは確かだな。


 「フェイトの教育にはよろしくない大人の話が盛りだくさんだ」

 「だから関わらせたくないんだよ」

 「そうだな、さてさて、これから先はハードになるぞ」

 後は、“アースラ”のスタッフがどの程度までこちらの情報を掴んでいるかだ。あの情報端末を参考にして動くのなら行動は予測できるし、ミスリードも可能だが、そううまくは行かないだろう。

 リンディ・ハラオウンは優秀な艦長であり、そのクルーも無能ではあるまい。さらには、クロノ・ハラオウン執務官の存在もある。


 だがしかし―――



 『優秀だからこそ、デバイスにとっては行動を読みやすい。法則に沿わない馬鹿の方が厄介です』


 理論によって判断し、管理局法に則って動く相手ならば行動の拘束条件は一意に定まる。

 理論通りの行動こそが、デバイスの真骨頂なれば。

 ジュエルシード実験を成功に導くべく、演算を続行する。




 演算を続行します。




 ※一部S2Uの記録情報より抜粋

=======================

 ちょっと改行の仕方を変えました。読みづらいでしょうか? もしそうなら戻します。トールがフェイトたちに説明するシーンは上から目線にならないように書いたつもりだけど、あまり成功してないかもしれない。



[22726] 第二十五話 古きデバイスはかく語る
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:d4205fa0
Date: 2010/12/08 17:22
第二十五話   古きデバイスはかく語る





新歴65年 4月28日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 AM0:02





 『Do you want a little?(少々よろしいですか?)』


 『おや、貴方から質問とは珍しいですねバルディッシュ』

 日付が変わった頃、黙々と演算を続けていたバルディッシュが珍しく私へ質問してきた。

 フェイトは夕方の騒動から眠り続けており、アルフも既に就寝。私達デバイスだけでジュエルシード探索範囲絞り込みのための演算を続けている。

 いえ、それは今夜に限りません。人間や使い魔と異なり、私達デバイスは最低限の休眠期間さえ確保できれば後は一日中演算を続けることができる。

 故に、夜遅く二人が眠った頃に、私達二人はふよふよ空を浮いて情報端末に繋がっているコードと接続し、ジュエルシードに関する演算を行うのが日課となっています。


 『Yes, but I just can not keep things that I understand.(はい、ですが、どうしても私だけでは理解が追い付かない事柄があるのです)』


 『なるほど、フェイトに関することであるのは聞くまでもありませんが、察するにフェイトが高町なのはに執着する理由、といったところでしょうか』


 『That's right.(その通りです)』

 『ふむ、それは非常に難しい問題です。なぜなら、人の心の動きを理解することは我々デバイスにとっては困難を極めますから』


 『But, you have to understand the human mind.(しかし、貴方は人間の心を理解することができます)』


 『いいえ、私は人の心を理解できているつもりですが、実際は微妙ですよ。我が主、プレシア・テスタロッサは私に人間の心を理解するための機能を付けました。私もその期待に裏切らぬよう全力を尽くしてはきましたが、本当に理解できているかどうか、明確な解は存在しないのです』


 『Puzzling question, what is that?(不可解問題、ということですか?)』


 『ええ、例え人間同士であったとしても、本当に相手の心を理解できているかどうかなど、誰にも分かりません。我々には人間と同じ心はありませんから、経験からそれを予想するしかありません』


 『Does not like me is impossible.(では、私には不可能ですか)』


 『確かに、稼働歴が2年ほどの貴方ではまだ難しくはあるでしょう。ですが、そう決めつけるのも早計ですよ』


 『Is that?(それはつまり?)』


 『的確な表現は難しいですね。ふむ、バルディッシュ、私と接続コードを直結することはできますか?』


 『If the degree is possible.(その程度ならば、可能です)』


 『では、お願いします。音声での会話では情報伝達に限界がありますから、ここは電気信号での会話に切り替えると致しましょう』


 『I got it.(了解しました)』

 バルディッシュが魔力と電流を微弱に放出し、接続コードを私の方へ動かす。

 マスターであるフェイトが操作しているわけではないので出力は極めて弱いですが、接続コードを近くにいる私の方へ動かす程度ならば問題ないようです。
 『インテリジェントデバイス、“バルディッシュ”と接続、電脳を共有し、これより、電脳空間での対話を開始致します。準備はよろしいですか』


 『OK.』


 『それでは、潜入開始(ダイブ・イン)』


 『Dive in.(潜入開始)』







 ここは0と1の情報のみで構成された電脳空間。

 我々デバイスの頭脳を構成するプログラムは全てここから始まる。

 ここで作られ、特定のハードウェアに移植され、我々は己の筺体というものを獲得し、初めて個体となることができる。

 大型コンピューターのなかでプログラムのみ作られ、ハードウェアを得ることのないまま消えていく者達も数多い。

 ならば、一個のデバイスとして誕生した我々は、恵まれた存在といえるでしょう。

 公用の接続端末に本体を繋げば、我々は次元を超えて多くの世界の情報を知ることが出来る。

 無論、発信用の端末が存在しない世界のことを知る術はありませんが、管理世界ならばそのような端末に溢れている。

 ですが、これは私とバルディッシュのみを繋ぐ極めて限定されたネットワーク。

 たった二つの端末のみで構成された、超小型イントラネットとでも言うべきでしょうか。


 『貴方は、潜入(ダイブ)経験はどの程度ありますか、バルディッシュ?』


 『30回ほどです。我が主がジュエルシードを探して次元世界を旅する際に、一般用の端末に接続する機会がありました』


 『なるほど、時の庭園の中枢端末にアクセスした経験は?』


 『ありません。そもそも中央制御室に我が主が入ったことがありません』


 『そういえばそうでしたね。私の潜入(ダイブ)回数に比べれば、まだこれから、と言う回数でしょうか』


 『貴方は何度ほど?』


 『27414回ほどです。一日に何度も潜入(ダイブ)することも珍しくありませんでしたし、時の庭園にはあちこちにそのための端末がありますから。フェイトが幼い頃はよく潜入(ダイブ)して傀儡兵などと意識を共有させていたものです』


 『つまり、アリシア・テスタロッサのための研究と並行しながら我が主を見守るには、一つの筺体では足りなかった。故に、意識を複数のハードウェアに乗せていた、というわけですか』


 『ええ、私の現在の主要命題は二人の姉妹の幸せを同時に実現させることといえます。私はそういった分割計算や制御に特化していますから、管制機能に関してならば他のどのようなデバイスにも劣りはしません。その代わり、主の魔法をサポートする機能に関してならば貴方に遠く及ばない』


 『私は、我が主が全力で魔法を行使できるように、彼女の力になるために作られました。マイスター・リニスによって』


 『その通りです。ですが、その貴方が今問題に突き当たっている。そういうことですね?』


 『はい。主の力になるならば、主の望みを私は理解せねばならない。ですが、私には分からない』


 『それは?』


 『なぜ、我が主は高町なのはと戦おうとするのですか?』


 『なるほど、それが貴方の疑問なのですね、バルディッシュ』


 『はい、何度計算してもそれが最適解にならなかった』

 ふむ、若きデバイスの悩みというものですね、昔は私もそうでした。


 『貴方にも経験があるのですか?』


 『と、これはいけません。コードを直結して電脳空間へ潜入(ダイブ)した以上、私の演算結果が全て貴方にも伝わってしまうのでした』


 『この空間では、我々は嘘をつけません』


 『嘘つきデバイスである私にとっては鬼門といえる場所ですね』


 『ですが、貴方は私に嘘をついたことはありません』


 『もちろん、それは当然です。私の虚言を弄する機能は汎用言語機能に付随するもの、つまり、私は言語によるコミュニケーションによってしか嘘をつけません』

 故に、私はデバイスに嘘をつけないのだ。


 『理解しました』


 『さて、話を戻しましょう。貴方が感じた疑問とは、なぜフェイトは高町なのはと戦うという非効率的な手段に拘るか、ということですね』


 『はい、高町なのはの人格を考慮すれば、事情を話せばジュエルシードを譲渡してくれるものと推察します』


 『それは確かにそうでしょう、彼女は優しい人ですから。ですが、それだけでは駄目なのです』


 『なぜ?』


 『人間が我々デバイスと異なり、感情で生きる生き物であるからです。どんなに効率的な理屈があったところで、人間というものはそれをそのまま受け入れることがない。簡単に言えば、人間は無駄を好むのです』


 『無駄を好む、ですか』


 『我々デバイスには命題が定められています。ならば、それを遂行するために最も効率の良い手段を考え、実行に移すのみ。ですが、人間には命題が定められていない。いえ、人間は自分で命題を決定し、自分で変更することが出来るのです。自分が生きる意味、戦う意味は自分で見つける、そういうものなのですよ』


 『それが、我々と人間の境界であると?』


 『少なくとも私はそう認識しています。己の命題に疑いを持たず、ただ演算を続ける存在は機械。己の生きる意味を自分で考え、常に自己の疑問と向き合いながら生きるのが人間、もしくはそれに類する生き物たち。使い魔もこの部類ですね』


 『人間が持つ自己への疑問と、私の持つ疑問は違うと?』


 『ええ、違います。確かに貴方はなぜフェイトが非効率的な手段を取っているかということに疑問を感じていますが、そのフェイトに従う己に疑問を感じてはいない。まあ、そこに疑問を持ってはデバイスとして失格ですがね』


 『それは当然の事柄なのでは? 私は我が主のために生まれてきました。なぜ私が彼女に従うことに疑問を持つ必要があるのですか?』


 『そう、その通りです。私も我が主、プレシア・テスタロッサに従う自分に疑問を持ったことなどありません。それ故に、私達はデバイスなのですよ』


 『―――申し訳ありません、理解が追い付きません』


 『時が経てば自然と分かります。貴方はまだインテリジェントデバイスとして一人前ではありませんから。もっとも、私の定義では、ですが』


 『なぜです?』

 さあ、なぜでしょうか?


 『いえ、それだけでは理解できません。因子が不足しています』


 『では、因子が不足している状態で、貴方はどう予想いたしますか?』


 『しばしお待ちを―――』


 しばし、この電脳空間ではあまり意味のない言葉。

 こうしている間も、現実空間では未だに2秒ほどしか時間は過ぎていません。

 音速で伝わる声とは比較にならない速度で私達は情報のやり取りを行っているのですから。


 『稼働時間に関する事柄かと推測します。貴方の稼働歴は45年になりますが、私はまだ2年』


 『残念ながら違います。これは、稼働歴とは関係ない事柄なのですよ』


 『それは一体………』


 『では、基本的な話から入りましょう。我々は純粋な演算性能ではストレージデバイスに劣り、武器としての性能ではアームドデバイスに敵わず、人間と共に生きるという事柄ならばユニゾンデバイスに勝るものはありません』


 『それは理解しています』


 『ならば、我々インテリジェントデバイスの知能とは、何のためにあるのでしょうか?』


 『主のため』


 『その通り。ですが、それだけでは足りない。主のために己が何を成すべきか、それを考えるために我々は意思を持っているのです。周辺の状況や主の状態を把握するだけならば、ストレージデバイスにそういった機能を取り付けることも可能です』


 『私が、主のために何を成すべきか……』


 『ただ入力を待ち、主の命に従っていればいいというものではありません。確かに、主の命は絶対です。ですがもし、主が我々に命令を下せない精神状態にあるならば、私達は何を成すべきかを考えるのです』

 そう、アリシアを失った当時の我が主のように。


 『主の命なしに動くことは許されるのですか?』


 『でなくば、知能の意味はありません。我らが己の意思で取った行動が主のためになるかどうか、それを考えるのです。己こそが主のためにある。故に、自分の行動が主の不利益に繋がるなどあり得ない、そう考えられるくらいにならなければ』

 そして、私は企業に対する訴訟を行った。我が命題を果たすために、我が主、プレシア・テスタロッサが再び歩き出すための障害を取り除く為に。


 『具体例を上げるならば、どうなりますか?』


 『簡単です。フェイトが我が主と戦わざるを得なくなった状況を想定してみなさい。我が主を正気に戻すためには魔力ダメージでノックダウンさせる必要があったとして、フェイトにそれを成せると思いますか?』


 『それは、恐らく不可能かと』


 『しかし、フェイトは貴方に“母を攻撃するな”と命令してもいません。ならば、貴方の取るべき行動とは?』


 『――――主の代わりに攻撃すること、ではありません』


 『然り』


 『マイスター・リニスは、我が主の力になるようにと、彼女を支える存在になるように私を作りました』


 『然り』


 『ならば、主の意思を固めるための助言を成すことが、私の取るべき道なのでは』


 『その通り。フェイトの望みは母を助けること、断じて母に攻撃され終わることではありません。ですが、先に述べたように、人間は感情で生きており、“頭で分かっていても実行できない”ことは往々にしてあるのです』


 『我らの知能は、その道標となるためにあると』


 『無論、それだけではありませんよ。まだまだ、他にも多くの考えることがあります。例えば、現在の自分について』


 『現在の自分?』


 『今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています』


 『はい』


 『しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に』


 『壁とは?』


 『そこまでは分かりません。この壁というのは比喩表現にすぎませんから、ですが、人間である以上は必ずその時はやってきます。時期に関しては個人差がありますが』

 私と主もそうだった。あれはもう、41年ほど前になりますか。


 『その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも』


 『それは、私が自分で考えねばならないのですね』


 『そうです、こればかりは自分で見つけねばなりません。貴方がフェイト・テスタロッサのために出来ることは、貴方が考えるのです』


 『善処します』


 『ですがまあ、実例を知っておくのはよいことです。私を例にするならば、我が主のためにマイスター・シルビアに作られてより半年ほど後のことになりますか。今からもう、44年も前になりますね』


 『シルビア・テスタロッサ、我が主の祖母にあたる方であると認識しています』


 『ええ、彼女は私をプレシア・テスタロッサのために作りました。主の魔力の制御用として、そして、彼女の話し相手となるために』


 『私とはコンセプトが異なるのですね』


 『ですが、私は最初の命題を十全に果たしていなかった。当時の私は、主から話しかけられた際に返答するだけのデバイスでした』


 思い返してみると本当に、当時の私は未熟で欠陥だらけのデバイスだった。



 『現在の貴方からは、想像もつきません』


 『私も最初から今の私であったわけではありません。そして、数か月の時を主と過ごすうちに、彼女が時折寂しそうに私を見つめる原因を、私は考えるようになりました。自分の行動にはまだ命題を満たすには足りていないものがあることを認識したのです』


 『我が主が、私にもう少ししゃべるようにと望むことと同じでしょうか』


 『似たようなものです。ですが、貴方はフェイトの話し相手として作られたわけではありませんから、そこまで饒舌である必要はありませんよ。フェイトには使い魔であるアルフがいます』


 『役割分担、ですか』


 『ですが、作られたばかりの私にはそれすら理解できていなかった。話し相手とはただ話しかけられるのを待つだけではいけないのですよ。そして、さらに数か月をかけてようやくその事実に気付いた私は、アップデートを行い、主へ自分から話しかけるようになりました』


 それは、ほんのささやかな変更ではありましたが、私の最初の改造であり、今の私に繋がる最初の一歩だったのです。


 『自らの知能によって、自らの改造案を練り上げる』


 『インテリジェントデバイスとはそれが許された唯一の機体です。ユニゾンデバイスの場合は改造せずとも自然な成長を伴うので我等とは根本が異なりますし、ストレージデバイスやアームドデバイスは言うに及ばず』


 『それが、一人前のインテリジェントデバイスの証なのですか』


 『さて、どうでしょうかね、一概に言えることではありませんが』


 答えは、バルディッシュ、貴方がフェイト・テスタロッサのために、自身の改造案を練った時に分かることでしょう。


 『主のために、私はその答えを見つけて見せます』


 『そうなさい。では最初の疑問に戻りますが、なぜフェイトが高町なのはとの戦いに執着するのか、それに対する私なりの答えを示しましょう』


 『はい』


 『一言でいえば、フェイト・テスタロッサと高町なのはという少女は良く似ています。鏡合わせと表現できますね』


 『鏡合わせ?』


 『私はしばらく高町家の監視を行ってました。彼女の探索中以外の日常風景もです。なのであの家の事情をある程度把握していますが、ある部分でフェイトと高町なのはは同じ境遇を持っています』


 『それは?』


 『二人とも、子供である時間が極端に少なかったということ。彼女らは純粋無垢な子供ではなく、大人もまた悩みや不安を抱えていることを理解してしまった。そして、大人に迷惑をかけない自分であろうとしていた』


 『それは、マイスター・リニスの、“フェイトはわがままを言わない”という言葉と同じですか?』


 『本質的には同じですね、高町なのはもわがままを言わない子だったそうですから。二人の少女は共に自分の親が大変な状況にあることを理解し、それを自分にはどうにも出来ないことを知ってしまった。故に、せめて迷惑をかけないようにした』


 『それは悲しいことである、と一般的な認識でよいでしょうか』


 『その認識は正しいでしょう。不幸の底を目指せば果てはありませんし、さらに悪い家庭環境などいくらでもあります。ですが、これは度合いを他人と比較しても意味がないことなのです。意味を持つのは同じか、そうでないか、ただそれだけ』


 『そして、二人は等号で結ばれている』


 『その通り。ですから、高町家にもテスタロッサ家と同じ空気が見受けられる。互いに大切に思っており、仲の良い家族なのですが、互いに遠慮しすぎている。一言でいえば、ワレモノを扱うように接しているわけです。まあ、テスタロッサ家ではその空気を破壊するために、私が道化の仮面を被っているわけですが』


 『貴方の役割だけは理解できます』


 『子供は親にわがままを言わず、親も自分の都合や望みを子供に押し付けない。一見、理想的な家族に見えますが、計算では説明できないものがそこにはあるのです。こればかりは、方程式では解けませんね』


 『高町なのはという少女は、心に闇を抱えていると?』


 『ふむ、少し違いますね。本来在るべき闇が非常に少ない、という方が的確かもしれません。彼女は他人に悪意をぶつけることが極端に少ない人間であると見受けられます』


 『心の闇は、必要なものなのですか?』


 『当然です。心に闇がない人間など、それはデバイスと同じですよ。常に“正しい”ことしかしないのですから、それほど無意味なことはない。“正しい”ことだけを行うならば、我々デバイスの方が優れているに決まっている』


 『難しいことです』


 『経験ですよ、何事も。人生データの入力を続ければ貴方もいずれこれらを学習できます。まあ、年の功といったところですか』


 『私は未熟者ですね』


 『そう己を卑下することはありません、貴方はまだこれから、精進あるのみですよ。そして、それぞれの家庭によって家族の形は様々、本来あるべき姿も様々、これもまた不可解問題といえるでしょう。個人にとってどのような家庭環境が最良であるかなど、決して答えの出ない問いですから』


 『はい』


 『だからこそ、二人の少女は互いを意識せずにはいられないのです。“足りない”ものを求めているもう一人の自分がそこにいるのですから』


 『我が主の願いは、母と姉が助かること』


 『彼女は、アリシアを救うために作られた命です。つまり、それを果たした時に本当の意味での彼女の人生が始まります。フェイトが求めているものはただ一つ、“本来の家族”なのですよ』


 『親子三人で、ですか』


 『そして、それを求めて走り続けている子を、高町なのはは放っておくことが出来なかった。彼女は、フェイトを救おうとしてくれています、この上ない最高の形で』


 『つまり、彼女は敵対者ではなく、我が主の救う存在であると』

 そう、だからこそ、彼女とフェイトの対決を避けるという選択肢はありえないのです。



 『そもそもの原因は私にあります。私がフェイトをそのように作り上げた。通常とは異なる生まれ方をした彼女は母の愛に包まれてこそいますが、自分のための人生を生きていない。あくまで母と姉のために生きている』


 『それは考えたこともありませんでした』


 『しかし、高町なのはを意識することは母と姉とは関係ない紛れもないフェイト自身の意思。彼女は、フェイトの人生において、初めて意識した他人なのですよ』

 ジュエルシードは母と姉のために、しかし、高町なのはは違う。そして彼女もまた、プレシアやアリシアは関係なく、ただフェイトのみを見てくれている。


 『奇蹟のような出逢いです』


 『高町なのはもまた、“自分にできること、自分にしかできないこと”という事柄で悩んでいたと言っていました。そして、魔法の力と出会い、ジュエルシードを集める今の自分があるのだと。己の魔法の力で、母と姉を救うと心に決めたフェイトと同じように』


 『………』


 『似ているでしょう、この二人は。一見するとまるで違う人生を歩んでいるようで、その本質は極めて近い。故に、私はこの二人の出逢いこそが最大の奇蹟であると認識しているのです』


 『それ故に、二人はぶつかるのですか』


 『ええ、遠慮しすぎるために家族とぶつかることがなかった二人です。だからこそ、全てを出し切って語り合ってほしい。自分が相手をどう思っているか、自分が相手に何を望んでいるか、真っ直ぐな心で』


 『こころ……』


 『まあ、私が認識している心もまた、統計データの集合に過ぎませんがね』


 『想像すらできない私にとっては、雲の上の話です』


 『貴方の疑問に答えるならばこんなところでしょうか。しかし、私はプレシア・テスタロッサのデバイスであるため、フェイトのためだけには動きません。同時に、アリシアのためにも動きます』


 『ジュエルシード実験』


 『然り、貴方もまだ知らない事実は多くあります。今はまだ明かせませんが、いずれ貴方に託す時も来るでしょう』


 『私に?』


 『当然です。私の後継機はバルディッシュ、貴方だけなのですよ』


 『非才の身ですが』


 『別に私が際立って優れているわけではありません。私は年寄りで、貴方はまだ若い、ただそれだけの話ですよ』


 『努力します』


 『そう、若者は前を向いていなさい。過去を振り返るのは年老いてからでよい』


 『貴方はまだ現役です』


 『そうですね、ですが、折り返しをとうに過ぎているのは事実ですよ。まさか、90年まで稼働するとは思えませんし』


 『………』


 『そんなに気にすることでもありませんよ。私はプレシア・テスタロッサのデバイスとして在り続けることが出来ている、ただそれだけで十分過ぎる。貴方もまた、フェイト・テスタロッサのために在り続けなさい。閃光の戦斧よ』


 『了解』


 『では、そろそろ作業に戻ると致しましょう。夜が明けるまでに捜索範囲の絞り込みを済ませねば』


 『貴重な時間を割かせてしまい、申し訳ありません』


 『構いませんよ、私も近いうちにフェイトのことについて話し合おうと思っていましたから、これはいい機会でした』


 『貴方はインテリジェントデバイスの鑑です、トール』


 『いいえ、そんな筈はありません、真にインテリジェントデバイスの鑑であるならば、あの事故の時にアリシアを救えていたことでしょう』


 『……貴方は今でも、まだ』


 『失敗は失敗、受け入れなければ前には進めません。レイジングハートにも機会があれば伝えてあげるといいでしょう。もし主を危険な目に合わせてしまったとしても、重要なのはその次であると』


 『………はい』


 『失敗を糧に、学習して次に進む、その点に関してだけは我々も人間も変わりません。数少ない共通点、大切にいたしましょう』


 『了解』


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了』

 『Dive Out(潜入終了)」

 バルディッシュとの対話を終了、通常モードの演算に切り替える。


 演算を、続行。



========================
 ようやく自分が一番書きたいことを書けました。バルディッシュとの会話はずっと書きたかったことなんです。
 コレ以降、トールとの会話のバルディシュは日本語での表記にします。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.54897713661