第二十五話 古きデバイスはかく語る
新歴65年 4月28日 第97管理外世界 日本 遠見市 テスタロッサ本拠地 AM0:02
『Do you want a little?(少々よろしいですか?)』
『おや、貴方から質問とは珍しいですねバルディッシュ』
日付が変わった頃、黙々と演算を続けていたバルディッシュが珍しく私へ質問してきた。
フェイトは夕方の騒動から眠り続けており、アルフも既に就寝。私達デバイスだけでジュエルシード探索範囲絞り込みのための演算を続けている。
いえ、それは今夜に限りません。人間や使い魔と異なり、私達デバイスは最低限の休眠期間さえ確保できれば後は一日中演算を続けることができる。
故に、夜遅く二人が眠った頃に、私達二人はふよふよ空を浮いて情報端末に繋がっているコードと接続し、ジュエルシードに関する演算を行うのが日課となっています。
『Yes, but I just can not keep things that I understand.(はい、ですが、どうしても私だけでは理解が追い付かない事柄があるのです)』
『なるほど、フェイトに関することであるのは聞くまでもありませんが、察するにフェイトが高町なのはに執着する理由、といったところでしょうか』
『That's right.(その通りです)』
『ふむ、それは非常に難しい問題です。なぜなら、人の心の動きを理解することは我々デバイスにとっては困難を極めますから』
『But, you have to understand the human mind.(しかし、貴方は人間の心を理解することができます)』
『いいえ、私は人の心を理解できているつもりですが、実際は微妙ですよ。我が主、プレシア・テスタロッサは私に人間の心を理解するための機能を付けました。私もその期待に裏切らぬよう全力を尽くしてはきましたが、本当に理解できているかどうか、明確な解は存在しないのです』
『Puzzling question, what is that?(不可解問題、ということですか?)』
『ええ、例え人間同士であったとしても、本当に相手の心を理解できているかどうかなど、誰にも分かりません。我々には人間と同じ心はありませんから、経験からそれを予想するしかありません』
『Does not like me is impossible.(では、私には不可能ですか)』
『確かに、稼働歴が2年ほどの貴方ではまだ難しくはあるでしょう。ですが、そう決めつけるのも早計ですよ』
『Is that?(それはつまり?)』
『的確な表現は難しいですね。ふむ、バルディッシュ、私と接続コードを直結することはできますか?』
『If the degree is possible.(その程度ならば、可能です)』
『では、お願いします。音声での会話では情報伝達に限界がありますから、ここは電気信号での会話に切り替えると致しましょう』
『I got it.(了解しました)』
バルディッシュが魔力と電流を微弱に放出し、接続コードを私の方へ動かす。
マスターであるフェイトが操作しているわけではないので出力は極めて弱いですが、接続コードを近くにいる私の方へ動かす程度ならば問題ないようです。
『インテリジェントデバイス、“バルディッシュ”と接続、電脳を共有し、これより、電脳空間での対話を開始致します。準備はよろしいですか』
『OK.』
『それでは、潜入開始(ダイブ・イン)』
『Dive in.(潜入開始)』
ここは0と1の情報のみで構成された電脳空間。
我々デバイスの頭脳を構成するプログラムは全てここから始まる。
ここで作られ、特定のハードウェアに移植され、我々は己の筺体というものを獲得し、初めて個体となることができる。
大型コンピューターのなかでプログラムのみ作られ、ハードウェアを得ることのないまま消えていく者達も数多い。
ならば、一個のデバイスとして誕生した我々は、恵まれた存在といえるでしょう。
公用の接続端末に本体を繋げば、我々は次元を超えて多くの世界の情報を知ることが出来る。
無論、発信用の端末が存在しない世界のことを知る術はありませんが、管理世界ならばそのような端末に溢れている。
ですが、これは私とバルディッシュのみを繋ぐ極めて限定されたネットワーク。
たった二つの端末のみで構成された、超小型イントラネットとでも言うべきでしょうか。
『貴方は、潜入(ダイブ)経験はどの程度ありますか、バルディッシュ?』
『30回ほどです。我が主がジュエルシードを探して次元世界を旅する際に、一般用の端末に接続する機会がありました』
『なるほど、時の庭園の中枢端末にアクセスした経験は?』
『ありません。そもそも中央制御室に我が主が入ったことがありません』
『そういえばそうでしたね。私の潜入(ダイブ)回数に比べれば、まだこれから、と言う回数でしょうか』
『貴方は何度ほど?』
『27414回ほどです。一日に何度も潜入(ダイブ)することも珍しくありませんでしたし、時の庭園にはあちこちにそのための端末がありますから。フェイトが幼い頃はよく潜入(ダイブ)して傀儡兵などと意識を共有させていたものです』
『つまり、アリシア・テスタロッサのための研究と並行しながら我が主を見守るには、一つの筺体では足りなかった。故に、意識を複数のハードウェアに乗せていた、というわけですか』
『ええ、私の現在の主要命題は二人の姉妹の幸せを同時に実現させることといえます。私はそういった分割計算や制御に特化していますから、管制機能に関してならば他のどのようなデバイスにも劣りはしません。その代わり、主の魔法をサポートする機能に関してならば貴方に遠く及ばない』
『私は、我が主が全力で魔法を行使できるように、彼女の力になるために作られました。マイスター・リニスによって』
『その通りです。ですが、その貴方が今問題に突き当たっている。そういうことですね?』
『はい。主の力になるならば、主の望みを私は理解せねばならない。ですが、私には分からない』
『それは?』
『なぜ、我が主は高町なのはと戦おうとするのですか?』
『なるほど、それが貴方の疑問なのですね、バルディッシュ』
『はい、何度計算してもそれが最適解にならなかった』
ふむ、若きデバイスの悩みというものですね、昔は私もそうでした。
『貴方にも経験があるのですか?』
『と、これはいけません。コードを直結して電脳空間へ潜入(ダイブ)した以上、私の演算結果が全て貴方にも伝わってしまうのでした』
『この空間では、我々は嘘をつけません』
『嘘つきデバイスである私にとっては鬼門といえる場所ですね』
『ですが、貴方は私に嘘をついたことはありません』
『もちろん、それは当然です。私の虚言を弄する機能は汎用言語機能に付随するもの、つまり、私は言語によるコミュニケーションによってしか嘘をつけません』
故に、私はデバイスに嘘をつけないのだ。
『理解しました』
『さて、話を戻しましょう。貴方が感じた疑問とは、なぜフェイトは高町なのはと戦うという非効率的な手段に拘るか、ということですね』
『はい、高町なのはの人格を考慮すれば、事情を話せばジュエルシードを譲渡してくれるものと推察します』
『それは確かにそうでしょう、彼女は優しい人ですから。ですが、それだけでは駄目なのです』
『なぜ?』
『人間が我々デバイスと異なり、感情で生きる生き物であるからです。どんなに効率的な理屈があったところで、人間というものはそれをそのまま受け入れることがない。簡単に言えば、人間は無駄を好むのです』
『無駄を好む、ですか』
『我々デバイスには命題が定められています。ならば、それを遂行するために最も効率の良い手段を考え、実行に移すのみ。ですが、人間には命題が定められていない。いえ、人間は自分で命題を決定し、自分で変更することが出来るのです。自分が生きる意味、戦う意味は自分で見つける、そういうものなのですよ』
『それが、我々と人間の境界であると?』
『少なくとも私はそう認識しています。己の命題に疑いを持たず、ただ演算を続ける存在は機械。己の生きる意味を自分で考え、常に自己の疑問と向き合いながら生きるのが人間、もしくはそれに類する生き物たち。使い魔もこの部類ですね』
『人間が持つ自己への疑問と、私の持つ疑問は違うと?』
『ええ、違います。確かに貴方はなぜフェイトが非効率的な手段を取っているかということに疑問を感じていますが、そのフェイトに従う己に疑問を感じてはいない。まあ、そこに疑問を持ってはデバイスとして失格ですがね』
『それは当然の事柄なのでは? 私は我が主のために生まれてきました。なぜ私が彼女に従うことに疑問を持つ必要があるのですか?』
『そう、その通りです。私も我が主、プレシア・テスタロッサに従う自分に疑問を持ったことなどありません。それ故に、私達はデバイスなのですよ』
『―――申し訳ありません、理解が追い付きません』
『時が経てば自然と分かります。貴方はまだインテリジェントデバイスとして一人前ではありませんから。もっとも、私の定義では、ですが』
『なぜです?』
さあ、なぜでしょうか?
『いえ、それだけでは理解できません。因子が不足しています』
『では、因子が不足している状態で、貴方はどう予想いたしますか?』
『しばしお待ちを―――』
しばし、この電脳空間ではあまり意味のない言葉。
こうしている間も、現実空間では未だに2秒ほどしか時間は過ぎていません。
音速で伝わる声とは比較にならない速度で私達は情報のやり取りを行っているのですから。
『稼働時間に関する事柄かと推測します。貴方の稼働歴は45年になりますが、私はまだ2年』
『残念ながら違います。これは、稼働歴とは関係ない事柄なのですよ』
『それは一体………』
『では、基本的な話から入りましょう。我々は純粋な演算性能ではストレージデバイスに劣り、武器としての性能ではアームドデバイスに敵わず、人間と共に生きるという事柄ならばユニゾンデバイスに勝るものはありません』
『それは理解しています』
『ならば、我々インテリジェントデバイスの知能とは、何のためにあるのでしょうか?』
『主のため』
『その通り。ですが、それだけでは足りない。主のために己が何を成すべきか、それを考えるために我々は意思を持っているのです。周辺の状況や主の状態を把握するだけならば、ストレージデバイスにそういった機能を取り付けることも可能です』
『私が、主のために何を成すべきか……』
『ただ入力を待ち、主の命に従っていればいいというものではありません。確かに、主の命は絶対です。ですがもし、主が我々に命令を下せない精神状態にあるならば、私達は何を成すべきかを考えるのです』
そう、アリシアを失った当時の我が主のように。
『主の命なしに動くことは許されるのですか?』
『でなくば、知能の意味はありません。我らが己の意思で取った行動が主のためになるかどうか、それを考えるのです。己こそが主のためにある。故に、自分の行動が主の不利益に繋がるなどあり得ない、そう考えられるくらいにならなければ』
そして、私は企業に対する訴訟を行った。我が命題を果たすために、我が主、プレシア・テスタロッサが再び歩き出すための障害を取り除く為に。
『具体例を上げるならば、どうなりますか?』
『簡単です。フェイトが我が主と戦わざるを得なくなった状況を想定してみなさい。我が主を正気に戻すためには魔力ダメージでノックダウンさせる必要があったとして、フェイトにそれを成せると思いますか?』
『それは、恐らく不可能かと』
『しかし、フェイトは貴方に“母を攻撃するな”と命令してもいません。ならば、貴方の取るべき行動とは?』
『――――主の代わりに攻撃すること、ではありません』
『然り』
『マイスター・リニスは、我が主の力になるようにと、彼女を支える存在になるように私を作りました』
『然り』
『ならば、主の意思を固めるための助言を成すことが、私の取るべき道なのでは』
『その通り。フェイトの望みは母を助けること、断じて母に攻撃され終わることではありません。ですが、先に述べたように、人間は感情で生きており、“頭で分かっていても実行できない”ことは往々にしてあるのです』
『我らの知能は、その道標となるためにあると』
『無論、それだけではありませんよ。まだまだ、他にも多くの考えることがあります。例えば、現在の自分について』
『現在の自分?』
『今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています』
『はい』
『しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に』
『壁とは?』
『そこまでは分かりません。この壁というのは比喩表現にすぎませんから、ですが、人間である以上は必ずその時はやってきます。時期に関しては個人差がありますが』
私と主もそうだった。あれはもう、41年ほど前になりますか。
『その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも』
『それは、私が自分で考えねばならないのですね』
『そうです、こればかりは自分で見つけねばなりません。貴方がフェイト・テスタロッサのために出来ることは、貴方が考えるのです』
『善処します』
『ですがまあ、実例を知っておくのはよいことです。私を例にするならば、我が主のためにマイスター・シルビアに作られてより半年ほど後のことになりますか。今からもう、44年も前になりますね』
『シルビア・テスタロッサ、我が主の祖母にあたる方であると認識しています』
『ええ、彼女は私をプレシア・テスタロッサのために作りました。主の魔力の制御用として、そして、彼女の話し相手となるために』
『私とはコンセプトが異なるのですね』
『ですが、私は最初の命題を十全に果たしていなかった。当時の私は、主から話しかけられた際に返答するだけのデバイスでした』
思い返してみると本当に、当時の私は未熟で欠陥だらけのデバイスだった。
『現在の貴方からは、想像もつきません』
『私も最初から今の私であったわけではありません。そして、数か月の時を主と過ごすうちに、彼女が時折寂しそうに私を見つめる原因を、私は考えるようになりました。自分の行動にはまだ命題を満たすには足りていないものがあることを認識したのです』
『我が主が、私にもう少ししゃべるようにと望むことと同じでしょうか』
『似たようなものです。ですが、貴方はフェイトの話し相手として作られたわけではありませんから、そこまで饒舌である必要はありませんよ。フェイトには使い魔であるアルフがいます』
『役割分担、ですか』
『ですが、作られたばかりの私にはそれすら理解できていなかった。話し相手とはただ話しかけられるのを待つだけではいけないのですよ。そして、さらに数か月をかけてようやくその事実に気付いた私は、アップデートを行い、主へ自分から話しかけるようになりました』
それは、ほんのささやかな変更ではありましたが、私の最初の改造であり、今の私に繋がる最初の一歩だったのです。
『自らの知能によって、自らの改造案を練り上げる』
『インテリジェントデバイスとはそれが許された唯一の機体です。ユニゾンデバイスの場合は改造せずとも自然な成長を伴うので我等とは根本が異なりますし、ストレージデバイスやアームドデバイスは言うに及ばず』
『それが、一人前のインテリジェントデバイスの証なのですか』
『さて、どうでしょうかね、一概に言えることではありませんが』
答えは、バルディッシュ、貴方がフェイト・テスタロッサのために、自身の改造案を練った時に分かることでしょう。
『主のために、私はその答えを見つけて見せます』
『そうなさい。では最初の疑問に戻りますが、なぜフェイトが高町なのはとの戦いに執着するのか、それに対する私なりの答えを示しましょう』
『はい』
『一言でいえば、フェイト・テスタロッサと高町なのはという少女は良く似ています。鏡合わせと表現できますね』
『鏡合わせ?』
『私はしばらく高町家の監視を行ってました。彼女の探索中以外の日常風景もです。なのであの家の事情をある程度把握していますが、ある部分でフェイトと高町なのはは同じ境遇を持っています』
『それは?』
『二人とも、子供である時間が極端に少なかったということ。彼女らは純粋無垢な子供ではなく、大人もまた悩みや不安を抱えていることを理解してしまった。そして、大人に迷惑をかけない自分であろうとしていた』
『それは、マイスター・リニスの、“フェイトはわがままを言わない”という言葉と同じですか?』
『本質的には同じですね、高町なのはもわがままを言わない子だったそうですから。二人の少女は共に自分の親が大変な状況にあることを理解し、それを自分にはどうにも出来ないことを知ってしまった。故に、せめて迷惑をかけないようにした』
『それは悲しいことである、と一般的な認識でよいでしょうか』
『その認識は正しいでしょう。不幸の底を目指せば果てはありませんし、さらに悪い家庭環境などいくらでもあります。ですが、これは度合いを他人と比較しても意味がないことなのです。意味を持つのは同じか、そうでないか、ただそれだけ』
『そして、二人は等号で結ばれている』
『その通り。ですから、高町家にもテスタロッサ家と同じ空気が見受けられる。互いに大切に思っており、仲の良い家族なのですが、互いに遠慮しすぎている。一言でいえば、ワレモノを扱うように接しているわけです。まあ、テスタロッサ家ではその空気を破壊するために、私が道化の仮面を被っているわけですが』
『貴方の役割だけは理解できます』
『子供は親にわがままを言わず、親も自分の都合や望みを子供に押し付けない。一見、理想的な家族に見えますが、計算では説明できないものがそこにはあるのです。こればかりは、方程式では解けませんね』
『高町なのはという少女は、心に闇を抱えていると?』
『ふむ、少し違いますね。本来在るべき闇が非常に少ない、という方が的確かもしれません。彼女は他人に悪意をぶつけることが極端に少ない人間であると見受けられます』
『心の闇は、必要なものなのですか?』
『当然です。心に闇がない人間など、それはデバイスと同じですよ。常に“正しい”ことしかしないのですから、それほど無意味なことはない。“正しい”ことだけを行うならば、我々デバイスの方が優れているに決まっている』
『難しいことです』
『経験ですよ、何事も。人生データの入力を続ければ貴方もいずれこれらを学習できます。まあ、年の功といったところですか』
『私は未熟者ですね』
『そう己を卑下することはありません、貴方はまだこれから、精進あるのみですよ。そして、それぞれの家庭によって家族の形は様々、本来あるべき姿も様々、これもまた不可解問題といえるでしょう。個人にとってどのような家庭環境が最良であるかなど、決して答えの出ない問いですから』
『はい』
『だからこそ、二人の少女は互いを意識せずにはいられないのです。“足りない”ものを求めているもう一人の自分がそこにいるのですから』
『我が主の願いは、母と姉が助かること』
『彼女は、アリシアを救うために作られた命です。つまり、それを果たした時に本当の意味での彼女の人生が始まります。フェイトが求めているものはただ一つ、“本来の家族”なのですよ』
『親子三人で、ですか』
『そして、それを求めて走り続けている子を、高町なのはは放っておくことが出来なかった。彼女は、フェイトを救おうとしてくれています、この上ない最高の形で』
『つまり、彼女は敵対者ではなく、我が主の救う存在であると』
そう、だからこそ、彼女とフェイトの対決を避けるという選択肢はありえないのです。
『そもそもの原因は私にあります。私がフェイトをそのように作り上げた。通常とは異なる生まれ方をした彼女は母の愛に包まれてこそいますが、自分のための人生を生きていない。あくまで母と姉のために生きている』
『それは考えたこともありませんでした』
『しかし、高町なのはを意識することは母と姉とは関係ない紛れもないフェイト自身の意思。彼女は、フェイトの人生において、初めて意識した他人なのですよ』
ジュエルシードは母と姉のために、しかし、高町なのはは違う。そして彼女もまた、プレシアやアリシアは関係なく、ただフェイトのみを見てくれている。
『奇蹟のような出逢いです』
『高町なのはもまた、“自分にできること、自分にしかできないこと”という事柄で悩んでいたと言っていました。そして、魔法の力と出会い、ジュエルシードを集める今の自分があるのだと。己の魔法の力で、母と姉を救うと心に決めたフェイトと同じように』
『………』
『似ているでしょう、この二人は。一見するとまるで違う人生を歩んでいるようで、その本質は極めて近い。故に、私はこの二人の出逢いこそが最大の奇蹟であると認識しているのです』
『それ故に、二人はぶつかるのですか』
『ええ、遠慮しすぎるために家族とぶつかることがなかった二人です。だからこそ、全てを出し切って語り合ってほしい。自分が相手をどう思っているか、自分が相手に何を望んでいるか、真っ直ぐな心で』
『こころ……』
『まあ、私が認識している心もまた、統計データの集合に過ぎませんがね』
『想像すらできない私にとっては、雲の上の話です』
『貴方の疑問に答えるならばこんなところでしょうか。しかし、私はプレシア・テスタロッサのデバイスであるため、フェイトのためだけには動きません。同時に、アリシアのためにも動きます』
『ジュエルシード実験』
『然り、貴方もまだ知らない事実は多くあります。今はまだ明かせませんが、いずれ貴方に託す時も来るでしょう』
『私に?』
『当然です。私の後継機はバルディッシュ、貴方だけなのですよ』
『非才の身ですが』
『別に私が際立って優れているわけではありません。私は年寄りで、貴方はまだ若い、ただそれだけの話ですよ』
『努力します』
『そう、若者は前を向いていなさい。過去を振り返るのは年老いてからでよい』
『貴方はまだ現役です』
『そうですね、ですが、折り返しをとうに過ぎているのは事実ですよ。まさか、90年まで稼働するとは思えませんし』
『………』
『そんなに気にすることでもありませんよ。私はプレシア・テスタロッサのデバイスとして在り続けることが出来ている、ただそれだけで十分過ぎる。貴方もまた、フェイト・テスタロッサのために在り続けなさい。閃光の戦斧よ』
『了解』
『では、そろそろ作業に戻ると致しましょう。夜が明けるまでに捜索範囲の絞り込みを済ませねば』
『貴重な時間を割かせてしまい、申し訳ありません』
『構いませんよ、私も近いうちにフェイトのことについて話し合おうと思っていましたから、これはいい機会でした』
『貴方はインテリジェントデバイスの鑑です、トール』
『いいえ、そんな筈はありません、真にインテリジェントデバイスの鑑であるならば、あの事故の時にアリシアを救えていたことでしょう』
『……貴方は今でも、まだ』
『失敗は失敗、受け入れなければ前には進めません。レイジングハートにも機会があれば伝えてあげるといいでしょう。もし主を危険な目に合わせてしまったとしても、重要なのはその次であると』
『………はい』
『失敗を糧に、学習して次に進む、その点に関してだけは我々も人間も変わりません。数少ない共通点、大切にいたしましょう』
『了解』
『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了』
『Dive Out(潜入終了)」
バルディッシュとの対話を終了、通常モードの演算に切り替える。
演算を、続行。
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ようやく自分が一番書きたいことを書けました。バルディッシュとの会話はずっと書きたかったことなんです。
コレ以降、トールとの会話のバルディシュは日本語での表記にします。