現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2010年12月9日(木)付

印刷

 ルイ・ヴィトンのバッグに、子猫ほどのぬいぐるみを二つぶら下げた女性を見かけた。通勤電車でのことだ。使い込まれた飾り物は、通学かばん時代からのお友だちなのだろう。ブランド物を買える年頃になっても別れがたいとみえる▼個人の趣味に難癖をつけるつもりはないが、持ち物は持ち主を語るともいう。バランスを欠いた装いは、早晩おかしさに気づくか、笑われるかして改まることが多い。大人になるとはそういうことだ▼市川海老蔵さん(33)が、慣れ親しんだ新之助から今の名になったのは26歳の時だった。派手に飲み歩き、時に酒にのまれる素行と評判は、歌舞伎の大名跡に何ともそぐわない。その似合わない「ぬいぐるみ」を、この人は最近までぶら下げていた▼泥酔の末に殴られ、商売道具の顔を手術した海老蔵さんが、約500人の報道陣を前に無期限の公演見合わせを発表した。おわびと反省の言葉を神妙につなぎ、「当分、お酒を飲む気にはならないと思います」と、不似合いの元を断つそぶりも見せた▼6年前、パリで襲名披露するご本人を間近で見た。華のある舞台や仏語での口上もさることながら、人々が何より感嘆したのは役者本人の色気だ。祝宴の海老蔵さんは、ほんのり桜に染まり、湯気が立つような美しさである。「高級ブランド」ならではの輝きだった▼伝統芸能の担い手が大きくなるための、遅めのステップならば謹慎も無駄ではない。妻麻央さんに諭されたという「心の勉強」を重ね、荒々しく戻ってきてほしい。夜の街へではない。

PR情報