「あっ、電車だ!」。線路もないのに、乗り物好きの長男(2)が車の窓に張り付く場所がある。筑紫野市役所近くの閑静な住宅街。3階建て民家の玄関先にレトロな電車が鎮座している。仕事中もよく通るだけに気になって仕方ない。通学や散歩で通り掛かる近所の人たちも「何でこんな所にあるのか不思議だった」と口をそろえる。ちょっと聞いてみよう-。
筑紫野市二日市西にあるその家には、生粋の鉄道マニア手嶋通久さん(61)が住んでいた。旧国鉄、JR九州に勤め、現在は鉄道模型製作販売会社「ワンマイル」を経営している。
鎮座する車両は、1940年代から75年ごろまで西日本鉄道の天神大牟田線を走った「200形」。89年まで甘木線で使われ、90年に払い下げてもらったという。
3分の1に切断し、運転席を含む前頭部だけを保存。輸送費や改造費など総額約200万円かかった。2年前に自宅の建て替えに伴い、交通量の多い道路沿いに移設して、一層注目されるようになった。
手嶋さんは高校時代、二日市駅-下大利駅間を200形で通学したため、思い入れは深い。西鉄が保存していた同形車両は解体されたため、現存する唯一の200形でもある。「当時の最先端技術が詰まった機能的な美しさ。もう二度と同じ物は造れないのだから大事にしたい」と力を込める。
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「本当に来たあ。ぴかぴかになって…」。20年前、自宅に200形が運び込まれるのを、小学校の授業を抜け出して眺めて感動したのが、手嶋さんの長男康人さん(31)=中間市。こちらも父に負けない鉄道マニアに成長した。現在、父の会社の取締役営業部長。北九州市・門司港レトロ地区の路面電車の維持管理を任されたり、赤村で観光トロッコ列車運行に尽力したり、鉄道の魅力を伝えるべく全国を駆け回る。「仕事半分、趣味半分です」と康人さん。
2001年、鉄道ファン十数人で「北九州線車両保存会」を結成。お金を出し合って、かつて西鉄北方線(北九州市)を走っていた路面電車2両と路線バス1台を計約45万円で手に入れた。現在、JR筑豊線の筑前山家駅(筑紫野市山家)の敷地内で保管。08年5月からは毎月第4日曜日に無料で公開している。
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手嶋さん親子は04年に「ワンマイル」を創業。西鉄や福岡市営地下鉄、路線バスなどの模型約20種を製造販売している。
今年8月、西鉄二日市駅構内に自社の模型や鉄道グッズなど約50種を販売する店をオープンした。1月に開店した筑豊電鉄通谷駅(中間市)に続く2号店。定休日の月曜以外は二日市駅の店に立つ手嶋さんは「子どもたちが喜ぶ顔がうれしい」と笑う。
鉄道の魅力を尋ねると、手嶋さんは「人の役に立ち、生活の一部になってしまう存在感」。康人さんも「電車には必ず『通学で使っていた』とか『夏休みに家族で遊びに行った』とか、行き先の思い出がついて回る。電車が触媒になって話が弾むのがおもしろい」と目を輝かす。
2人には将来、本物の車両を使った私設鉄道博物館を開く夢がある。生粋の鉄道マニア親子が、筑紫野市に新たな名所を築く日が待ち遠しくなった。
=2010/11/27付 西日本新聞朝刊=