2010年12月7日15時4分
極端に目の大きな少女雑誌の挿絵は「過度に感傷的なるもの、病的なるもの」、男女の駆け落ちなどを描いた「卑猥(ひわい)俗悪なる漫画及び用語」は、児童書や漫画本からは「廃止すべき事項」である。1938(昭和13)年10月、内務省警保局図書課は「児童読物改善に関する指示要綱」を発してそう定めた。
『あばれはっちゃく』などで知られる児童文学作家、山中恒さんは、新刊『戦時児童文学論』(大月書店)で、当時の児童書や漫画本への規制の経緯を追っている。
前年に開戦した日中戦争が長期化の様相を見せ始めていたこの年の5月、国家総動員法が施行されていた。その直前の2月、内務省は当時「赤本」と呼ばれていた安価な漫画本の編集者を集め、今後は漫画も検閲を受けるよう指示していたという。
山中さんは「赤本は夜店などで売られ俗悪な漫画が多かったから、日本の青少年を健全に育成するためだといってみな規制に賛成した。しかし本当の狙いは、当時最大の大衆出版社で、『少年倶楽部』などの版元でもあった講談社ではなかったか」という。
要綱は「教訓たらずして教育的たること」「絵は極めて健全なるものたること」などと指示しているが、客観的な基準は示されていない。俗悪本を取り締まると称して、出版社が当局の意向を常にうかがわなければならない体制が作られたというのである。
さて、いま東京都は、過激な性描写を含む漫画などの販売を規制するとして、都青少年健全育成条例の改正案を提案しており、12月議会で可決される可能性がある。
改正案に反対する漫画家や文化人、出版関係者などが3日、東京都庁で開いた記者会見で山中さんは「官僚は法令の拡大解釈にはたけている」と、条文のあいまいさによる拡大解釈の危険を訴えた。
会見では法社会学者の河合幹雄桐蔭横浜大教授も、今回の条例改正案は「警察にとっての使い勝手は良いが、表現の自由にかかわる出版物に対しては、最低限の歯止めにとどめるべきだ」と発言した。
現行の改正案では「強姦(ごうかん)等の著しく社会規範に反する性交または性交類似行為」などの表現が対象となる。わいせつに関する「社会規範」は、時代による変遷が大きい。河合教授はこれを「13歳未満の子供に対する暴力的な性犯罪」「強姦と強制わいせつ」などと明示的に限定しても、都の主張するような青少年の保護という目的は十分に達成されるはずだとも指摘する。
「子どもを守る」という目標の前では、「表現の自由」はかすみがちになる。だが、だからこそ、漫画や児童書の規制を入り口に、権力が表現をコントロールしようとしてきた歴史を、もう一度かみしめたい。(樋口大二)