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内部告発サイト「ウィキリークス」による米国の外交公電の暴露が続いている。多くの国の政府から敵視されるなかで、創設者で編集長のアサンジュ容疑者が英警察に逮捕された。スウェ[記事全文]
自衛隊と米軍あわせて4万5千人が参加する過去最大規模の日米共同統合演習が、今月3日から九州、沖縄や日本海の周辺で行われている。北朝鮮の軍事挑発とともに中国の著しい海洋進[記事全文]
内部告発サイト「ウィキリークス」による米国の外交公電の暴露が続いている。
多くの国の政府から敵視されるなかで、創設者で編集長のアサンジュ容疑者が英警察に逮捕された。スウェーデンでの強姦(ごうかん)容疑である。逮捕の当否は捜査の行方を待つほかない。
けれども、ウィキリークスの情報発信活動への評価は、編集長の容疑とは切り離し、公開する情報が最終的に市民の利益になるか、つまり公益の重さを中心に判断すべきである。
イラクで米軍ヘリがロイター通信記者ら民間人をテロリストとみて誤射、殺害した映像を、ウィキリークスは今年4月に暴露し注目された。ついで、イラク戦争の犠牲者約10万9千人のうち、民間人が約6万6千人にのぼっていることなどを明らかにした。
いずれも米政府が隠してきた戦争の悲惨な実態であり、功績はジャーナリズムに関わる者として評価したい。先月末に始まった25万通におよぶ外交公電の公開も、朝鮮半島の将来像をめぐる各国の思惑や、北朝鮮による弾道ミサイル輸出などを明らかにした。
外交公電の大量公開では、ウィキリークスから情報提供を受けた英ガーディアンや仏ルモンドなど欧米の新聞や雑誌は、それぞれが文書の内容と信頼性を吟味したうえで報道した。現時点までこのネットとメディアの協業は、読者に公益性を感じさせ、民主主義に資する情報を流通させる役割を果たしているのではないか。
各国政府の担当者がこれまでのやり方での外交や情報収集をしづらくなるのは事実だろう。また、公開を前提としていなかった情報が国内世論をあおり、その結果、理にかなった外交政策の遂行が難しくなる恐れはある。
だが、国際関係の真相を知ることは市民が国のあり方や針路を決める民主主義に欠かせない。政治権力が国益を盾にして都合の悪いことを隠してきた歴史は、ベトナム戦争や沖縄返還交渉を思い出すだけでもきりがない。
一方で、国家機密を大量に入手してネットを通して世界中にばらまく手法には、危険も大きい。紛争を収める交渉のさなかに、当事国の思惑が暴露されればまとまる和解も壊れかねない。情報源や協力者に危害が加えられる恐れもある。米政府が安全保障上で重視する世界の施設の一覧も明らかにされたが、テロリストに重要度を知らせることにもなりかねない。
民間におよぶ情報は市民のプライバシー侵害の恐れもある。不正行為が存在するならば、その点だけを選んで告発する手法がとれる局面もあろう。暴露そのものが自己目的になって情報公開という大義から逸脱する危険を、発信者もそれを伝えるメディアも、常に細心に警戒する必要がある。
自衛隊と米軍あわせて4万5千人が参加する過去最大規模の日米共同統合演習が、今月3日から九州、沖縄や日本海の周辺で行われている。
北朝鮮の軍事挑発とともに中国の著しい海洋進出を牽制(けんせい)するのが狙いだ。演習には沖縄本島から与那国島にかけての、いわゆる南西諸島を防衛するための海上・航空作戦が含まれる。
近年の中国海軍の活動をにらんで、これまで手薄だった離島地域の防衛体制を大幅に見直す。そんな議論が、「防衛計画の大綱」の年内改定に向け政府・与党内で進められている。
ここは結論を急がず、熟慮してもらいたい。
この地域の防衛力は現在、沖縄本島の陸上自衛隊約2100人や航空機部隊が中心で、それ以西は宮古島のレーダーサイトだけだ。地理的な制約や住民感情に配慮し、本島に駐留する米軍の抑止力に頼ってきたことが大きい。
2004年にできた今の防衛大綱は、初めて中国の動向を意識して「島しょ部に対する侵略への対応」を盛り込み、防衛省は冷戦時代の北方重視を改め、「南西シフト」と呼ばれる部隊や訓練の見直しを進めてきた。
同省は現在、与那国島への陸自配備などを検討している。
9月の漁船衝突事件もあり、尖閣諸島への自衛隊配備や米海兵隊のような水陸両用部隊の創設を求める意見が、民主党内からも出た。
とはいえ、日中両国の相互依存関係は深まる一方であり、近い将来、中国が武力侵攻を起こすとは考えにくい。日米の緊密な防衛協力体制がそれを抑止している。米中が正面から軍事的に衝突する展開も、ありそうにない。
そうした状況で、脅威対応型の発想に傾きすぎるのは得策ではあるまい。かえって、日米中3カ国の安定した政治的枠組みを構築していく地道な作業を妨げることにならないか。
洋上の移動手段もない陸上部隊を島々においても、中国海軍の艦艇に対する抑止効果は望めない。
仮に海兵隊のような攻撃力の高い部隊をおけば、それこそ中国側に軍備拡張の格好の口実を与えかねない。
この地域で今後起こりうる危険は、偶発的な海上衝突だろう。それを避けるには、まずは対話を通じ両国間の連絡メカニズムや危険回避のルール作りを急ぐべきだ。
同時に、これからも続くと見られる中国の民間船や公船との摩擦に備え、海上保安庁の警察機能を充実させ、領海警備をめぐる海自と海保の連携を深めることである。
万一の場合の備えが必要としても、機動性の高い艦艇や航空機を遠方からでも投入できるよう即応性を高める方が賢明ではないか。「鎧(よろい)」を見せつけるだけが抑止ではあるまい。