サイゾースタッフ
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※=外部スタッフ
痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた「警察の非道」
目撃者情報を呼びかけるHP。
「新宿駅 痴漢冤罪」――今、この言葉でネット検索をすると、ブログや記事、掲示板の書き込みなど、溢れるほどの関連情報を検出することができる。そしてその「情報」はどれも、日本社会の巨大な矛盾を浮き彫りにする悲痛で救いようのないものばかりだ。
昨年12月に新宿駅構内で一人の男性が痴漢容疑をかけられて暴行を受け、警察からの取調べの後に自らの命を絶った。男性の名は原田信助さん(25歳・当時)。2008年に早大商学部を卒業後、宇宙開発研究機構(JAXA)に入社した後、昨年10月に都内の私大職員へ転職していた。
事件はその2カ月後、12月10日の夜11時頃に起こる。職場の同僚から歓迎会を開いてもらった信助さんは、帰り道の新宿駅で酒に酔った男女数人の大学生グループとすれ違った際、「お腹をさわられた!」「痴漢!」と叫ばれ、連れの男子学生に殴られて階段から引き落とされるなどの激しい暴行を受ける(茶髪の若い男が数人で一人の男性を取り囲み、激しく蹴り続けている様子や、"ギャル風"の若い女数人がそれを見守っていたなどの目撃証言が、最近になり徐々に集まっている)。
事態が理解できないまま殴られ続ける中、信助さんはうずくまりながら携帯電話で110番に通報。しかし、駆けつけた駅員や警察は助けるどころか信介さんを痴漢と決めつけ、新宿駅西口交番および新宿警察署へ連行、翌朝6時まで取調べなどで拘束する。激しく殴打された信助さんは治療を受けさせてもらうこともなく、身の潔白を主張するも言い分は一切聞き入れられない。
最後に「後日出頭」の確約書を書かされて翌朝"釈放"された信助さんは、そのまま家へ向うこともなく、大学時代に慣れ親しんだ地下鉄東西線早稲田駅のホームから身を投じ、自らの命を絶つのである。大手町駅地下街の防犯カメラの映像には、信助さんがさまようように歩く姿が残されているという(信助さんが所持していたPASMOカードには新宿駅→東京駅→大手町駅→早稲田駅への移動記録が残されている)。牛込署からその画像を見せられた母・尚美さんは愕然とする。
「息子が写っている白黒のコマ撮り画像を30枚ほど見せてもらいましたが、そこに写っていた信助は、Yシャツがズボンから飛び出し、服も髪もボサボサで、手に何も持たずに歩いていました。いつもきちっとしていた子でしたので、本当に驚きました。あんな姿を見たのは初めてで......」
当初は「お腹を触られた!」と大騒ぎした張本人の女子学生も、警察からの聴取では「触られたかもしれない」「よく覚えてない」「顔は見ていない」と大幅にトーンダウン(最終的に被害届は出さず)。暴行を振るった連れの男も含め、誰一人として"犯人"の顔を確認していないことが明らかになった。しかし、新宿警察署は事件の1カ月後に信助さんを東京都迷惑防止条例違反(痴漢容疑)で書類送検(被疑者死亡で不起訴処分)。さらに東京地検も、不起訴記録の不開示を決定した(事件のさらなる詳細は、信助さんの母・尚美さんや支援者が作成したまとめブログなどを参照されたい→『目撃者を探しています!平成21年12月10日(木)午後11時頃新宿駅での出来事です。』(尚美さんのブログ http://harada1210.exblog.jp/)、『新宿駅痴漢冤罪暴行事件』(支援者によるブログ http://harada1210.blogspot.com/)
すれ違いざまに厚いコートの上から「お腹を触る」という行為の不自然さや、"被害者"の二転三転するあいまいな主張など、事件の発端からあまりに多い疑問点。さらには、信助さんが事件直後から自殺をするまでの約7時間を、普段英会話の勉強に使っていたボイスレコーダーですべて録音していたため、現場にいた新宿駅職員や西口交番警察官、新宿警察署の刑事らによる理不尽な対応や取調べの内容も徐々に明らかになっている。
取調べが行われた新宿警察署。
この記録された音声は、ニコニコ動画『痴漢と呼ばれ自殺~残されたボイスレコーダーは何を語っているのか?』で、今年6月と8月の二回にわたり放送され、ジャーナリストの江川昭子氏などが出演。放送中に7,000件を超える署名が集まるなど大きな反響を呼んだ。
今回の事件における諸悪の根源が、酔った大学生グループであることはもちろんだが、組織対応として明らかな過ちを犯したのが新宿警察署である。残されたレコーダーには、警察が信助さんに外部と連絡を取らせず、言葉巧みに西口交番から新宿署へ移送し、不確かな学生の"証言"のみを根拠に痴漢と決めつけて追い込んでいく様が克明に残されている。以下にその一部を再現する。
* * *
信助さん(以下、信) 電話借りられませんか? お金は払いますので。
西口交番警官(以下、警) 貸すときは貸すので。そのときはお金もいらないので。
信 すぐほしいんですよ。(携帯の)充電器がないので。
警 警察官は携帯を持ってないんですよ。
信 いや、電話でいいですよ。これ(交番の電話)、外線につながってますか。
警 つながるけど、一般の方には原則お貸ししないんですよ。
(その後、「暴行の被害者」として「任意同行」という名目で新宿警察署に移動)
刑事(以下、刑) 取り調べますんで。
信 取り調べって、どういうことですか? 私は任意でこちらにお伺いしたんですよ。
刑 あなたはですね、痴漢の被疑者ということなんで。
信 ちょっと待ってください! 被疑者というのはどういうことですか!?
刑 理由は、あなたがね、痴漢したんじゃないかって疑われているわけですよ。
信 私は暴行を振るわれて、警察の方が来たから交番に行って、警察署に連れて行かれただけなんですよ! 意味が分かりません!
(警察庁は09年6月の通達で、こうした事件に際しては「早期に被疑者の手指から微物採取を行なうこと」を全国の都道府県警に指示している。信助さんは、大学時代に友人が痴漢被害に遭った際に相手方の代理人と折衝した経験から、刑事に次のように切り出す。)
信 指紋とか取れないんですか?
刑 どっからですか?
信 どこ触られたんですか、その女性の方は?
刑 当然、服の上からですよね。
信 じゃ、服の上から何か反応とれないんですか?
刑 ん~、それはこれからの話だから。
信 すぐとって頂きたいですね。
刑 うん、これからの話になりますんで。
信 いや、これからって......。
(取調べはこの調子で延々続く。気丈だった信助さんの声は、時間の経過とともに明らかに弱々しくなり、口数も減っていく)
信 あの......。ニュースとか、ドラマで見るような、職場に知らされたりみたいな......。
刑 そんなことはしない。ハハハハ(笑)!
信 じゃぁ......。
刑 ンフフフ......フフフフ......フフフフ(しばらく笑いが続く)
(中略)
信 冤罪で社会生活に支障をきたすような、ドキュメンタリー(番組)みたいなものが世の中にはあるような、そういう支障がある可能性は......。
刑 だって被害届出すわけでしょ。
信 出しますね。
刑 ねえ(笑)。出すんなら別にね。あとは話がつかなければ、お互いに裁判になるしさ(笑)。
* * *
憔悴した信助さんを嘲笑するかのように会話を続ける刑事は、午前4時頃にようやく「取調べ」を終えると、信助さんに署内の長椅子で仮眠をとるように伝える。「目が覚めたら帰ってけっこうですから」という刑事の声。その数時間後の午前5時40分頃、ボイスレコーダーには信助さんが目を覚まして立ち上がる靴の音、トイレで顔を洗うような水道の音が残っている。アザだらけの顔を何度も洗ったのだろうか、水流音は鳴っては止まり、止まっては鳴り、その音が何度も繰り返される。
「よし、行こう」
5時45分頃、ため息とともに小さくつぶやいた信助さんは、タクシーの運転手に行き先を「新宿駅へ」と告げると、その約1時間後の午前6時40分頃、早稲田駅のホームから、向かってくる電車に身を投じ、自らの命を絶つ。処理にあたった牛込警察署から、遺品の一つとしてボイスレコーダーを渡された尚美さんは、7時間にわたる信助さんの"最後の記録"を聞き終わり、悲しみと怒りで崩れ落ちた。尚美さんが言う。
「とにかく先に病院で治療を受けさせてもらいたかった。暴行を受けたときに、頭を何度も強く打ちつけられていたようで、(「後日出頭」の)確約書に書いた息子の文字も後で見せてもらったのですが、震えるような弱々しい字で、文字も大きかったり小さかったり、斜めになっていたり......。言葉使いも時間とともにだんだんおかしくなっていますし、精神的に憔悴しきっていたというだけでなく、なにか障害のようなものが出ていたのではないかと思えてなりません」
一人息子を救いようがないほどの悲惨な形で亡くし、そこに至る生々しい記録を聞かざるを得なかった母親の悲しみはいかばかりか──。
連載2回目では、事件現場となったJR新宿駅の許されざる対応の数々についてお伝えする。
(「2」へつづく/取材・文=浮島さとし)
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