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[24739] Muv-Luv 血涙 ~輪廻の先に~
Name: 紫 武人◆7b555161 ID:b1cc4556
Date: 2010/12/05 09:35
はじめまして、紫 武人と申します。

以下、本SSの注意事項等です。
・オリキャラ有り。

・独自設定有り。

・残酷な死の描写あり。

・原作に登場したキャラで、名字のみのキャラクターには、オリジナルの名前をつけています。

・恋愛成分は薄め。
などです。



[24739] 序章
Name: 紫 武人◆7b555161 ID:b1cc4556
Date: 2010/12/05 09:38
 それは見慣れた光景であった。やや色褪せた白い天井、あざやかな白いカーテン。少々古めの大型エアコン。
 少なくとも、横浜基地の自室には当たらないものばかりであった。

「帰って来たんだな……」

 男はそう呟きながら身を起こす。目の前には、茶色の洋服ダンスと取っ手にかけられたかつての制服。
 様々なものに目が行き、懐かしさが込み上げてきた。しかし、あるものが目に入った時、彼は、大きな違和感に気づく。そこにあるはずのものが無く。無いはずのものがあったのである。

「冥夜がいない……?しかも、これって……?」

 首にかけられたDog Tag。そこには、『国連太平洋総軍第11軍横浜基地』の名と『白銀 武 少尉』の名が確かに刻まれていた。
 そして、白銀にその違和感を気付かせた元凶。壁にかけられたカレンダーは、たしかに10月22日を示していた。

「おいおい……。国連軍の制服まで付いてきたのかよ……」

 かつてともに戦いし少女の姿が無いと言う事実。そして、自分が戦いの世界に身を置いていたという証の制服。
彼にとって記憶も姿形もそのまま、この平和な世界へと帰って来たということになる。散って行った仲間たちのことを覚えていることは、うれしくもあったが、どこか複雑であった。
 いや、無意識にそう思うことで予想される現実から目を背けようとしていたのかもしれない。

「純夏も部屋に居ないみたいだな……」

 窓からすぐ隣の幼馴染の部屋に視線を向け、着なれた軍服からかつて着込んでいた制服に着替える。鍛え抜かれた体には少々きついところもあったが、むしろ身体に合い、見てくれは良くなっているだろう。

「しかし、国連の制服もこっちじゃただのコスプレだな。それにしても、あいつは……?」

 部屋の様子、家の様子は記憶にあるものと変わりは無い。ならば、なぜあの気高き少女が傍らに居ないのであろうか?
 白銀は、記憶を手繰りながら考えたが、結論は出ない。そして、違和感にも気付く。
 彼は、たしかに仲間をこの手で撃った。過酷な宿命を背負い、それから逃げることなくその生涯を終えた気高く、美しき少女、御剣冥夜を。
そして、幼き日より常に傍らにあった幼馴染、鑑純夏のその最後をたしかに看取ったのだ。
 しかし、なぜ自分はあそこまで、涙を流したのであろうか?
彼女たちは、尊い存在と呼べる仲間であり、自分の一部と言えるほどの無くてはならない友人である。
 それでも、それだけの理由であそこまで慟哭することがあるのであろうか?
仲間の死を受け入れることは、かつての上官、伊隅みちるの気高き最後をその心に刻み込んだことで、自らの心に刻みつけたはずなのだ。
 失いたくない二人。いや、かつての仲間たちの死に涙をすることを自分は許さない。そう、決意したはずであった。

(でも、純夏はなぜ自我を取り戻したんだ?)

 今も忘れることのできない、幼馴染を襲った死すらも生ぬるい悲劇。そして、壊れてしまった彼女を救うために犠牲となった世界。
 そのことは、覚えている。彼女を救うための犠牲とは、単なる建前でしかない。すべては、自分の愚かさが招いた悲劇なのだ。
 その世界も自分の帰還とともに再構成され、幼馴染と恩師。そして、50億の人々を襲った悲劇も忘却されたはずなのである。
 戦いの記憶もある。散って行った仲間たちの記憶も。だが、なにか大切なものを失っているようにも感じる。
そして、なにより感じる、この現実への違和感。

(――静かすぎる)

 周囲から、人が生活を営む音、気配、暖かさ。それらが何一つ感じられないことが。

「俺は……、帰って来たはずだよな?」

 白銀は、そう呟きながら階段を降りる。リビングは、かつて自分が暮らした家の造りと寸分の違いもない。そして、きれいに清掃され埃などもない。
両親は、旅行に出かけているのだから前もって掃除ぐらいはしているはず。そう結論付けた。

――鼓動。

 リビングから玄関へと向かう白銀は、高揚感が全身をつつみこむことを自覚した。意識はしていなかったが、本能は分かっていたのであろう。

――この眼前に広がる光景が、現実であることを……。

 広がる廃墟群。破壊の限りを尽くされたその地にあって、動くものは無く、ただ風の舞いあがる音だけが耳をついた。それは、かつて自分が暮らした平和な世界の景色以上に親近感を抱くことのできる景色であった。

「はは、戻って来たのか……。喜んでいいのか、悪いのか……」

 そう軽口をたたく白銀であったが、その表情を他人が見れば、喜びと判断するであろう。悲しげな喜びであることはすぐにわかるであろうが……。
 そして、周囲見回す白銀が感じる違和感。それは、記憶への違和感と同様のものであった。

(しかし、どういうことなんだ?)

 先ほど部屋から見た光景。それがなければ、もう少し早く気付いていたのだろう。幼き時より共に過ごした、唯一無二の親友。鑑純夏の生家が自身の実家と共に健在であったのだ。

「たしかに、撃震はあるけど……。リアクションに困るな、これは。……新たな展開ってやつなのか?」

 鑑家と白銀家の門前に倒れる巨大な鉄塊。それは、この世界における人類の剣であり、盾でもある。戦術歩行戦闘機と呼ばれる兵器であった。
 白銀の記憶にある限りでは、鑑家を押しつぶす形で白銀と邂逅していたのだが……。

「初めは、純夏の家が押しつぶされているのを見て、笑っていたよな……俺」

 思い出すと申し訳なくなってくるが、初めの彼は、御世辞にも歴史に残る衛士の片鱗など欠片も見せていなかった。
 かつての平和な世界おいては、ごく平均的な頭脳と体力であっても、この世界においてただの役立たずであった。成長を見せたはずの前の世界においても、自分は、恩師に、上官に、仲間たちに助けられ、生きながらえることができたのであった。

「……やめよう。自嘲したところであいつらは喜ばない……。それにしても……」

 かつて、この位置からでも見えていたはずの建物が無い。自分にとって、第二の生家と呼べる場所、国連軍横浜基地が本来あるはずの場所は、荒れ果てた小高い丘のままであり、整地の為の重機が、数台動いているだけであった。

「……まだ、工事中ってことは……、でも俺は間違いなく死んでいるんだよな……」

 この世界の白銀は、すでに死亡しているはずであり、身元を証明する手段もない。

(Dog Tagや軍服の階級章を見せたところで、逆に怪しまれるだけだよなあ……)

 横浜基地が無いということは、香月夕呼はおそらく帝都にいると思われるが、こ
のまま不用意に動けば、多摩川沿いに展開している部隊に捕まる。
 横浜がこのありさまであり、戦術機の残骸が転がる以上、ここは、BETAの侵略を受けている世界であることは、間違いない。ならば、恩師であり、数多の世界で白銀が最も頼みとする女性、香月夕呼と接触しないことにはどうにもならない。

 そう結論付けた白銀に耳に瓦礫を踏み崩す音が届いた。今まで気づくことのなかった、複数の人の気配に白銀は慌てて背後へと目を向けた。

「えっ……!?」

 思わず声を上げた白銀の眼に飛び込んでくる光景。言葉にならない衝撃が彼を襲っていた。
 

 白銀の介入を待たずして、世界はすでに動き始めていたのである……。



[24739] 出立編 第1話 海行かば①
Name: 紫 武人◆7b555161 ID:b1cc4556
Date: 2010/12/05 09:48
※これは、オルタの世界ではなく、多少異なる確率時空でのお話です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

『さらばだ安倍君。……九段で会おう!』

 轟音に包まれる艦橋内に響く男の声。最後の言葉は、安倍と呼ばれた男だけでなく、彼につき従う全将兵に向けられた花向けであったのだろう。
 日本帝国海軍、第2艦隊所属の戦艦信濃の艦長を務める(第2戦隊司令も臨時に兼任)安倍治信大佐は、兵学校以来数多くの戦場を共にしてきた親友との別れを、ほんのひと時惜しみ、その猛々しく輝く双眸を今もなお殺戮の続く陸地へと向けた。

「砲撃を続ける。ウィスキー部隊の最後尾は、どのあたりまで来ている!?」

「現在、SW1エリアからSW2エリアに向けて後退中。殿を務めるのは、斯衛第16大隊です!」

「よし!座標修正の後、支援砲撃を再開するぞ!」

 安倍の号令は、即座に彼の座上する戦艦信濃から追従する第2戦隊各艦へと伝達されていく。砲弾の備蓄は間もなく尽き、無傷の艦はわずかしかいない。だが、彼等の士気はいまだに健在であった。


 西暦2001年12月25日。イエス・キリスト教におけるイエス・キリストの生誕の日は、この場に居る全将兵にとって、希望の生誕の日であった。
 人類史上最大の敵種『BETA』。その憎むべき敵種の巣であり、前線基地でもある『ハイヴ』とその頭上にある『モニュメント』と呼ばれる建造物は、国連軍の開発した戦略兵器によって、彼等の眼の前で砕け散ったのである。
 その光景は、BETAとの戦いの中で散って行った数多の戦士たち。そして、平穏な生活とその尊い生命を焼き尽くした数多の民が願い、そして、見ることのなかったものであった。
 多くの将兵の心に希望という名の炎を灯したのである。
 しかし、その希望をもたらした兵器も今やその存在の危機にあった。突然の機能停止による各座とそれを狙ったのかのようなBETAの攻勢を受けたのである。
 幸い、兵器の起動コンピューターは、すでに戦場を離脱しており、かの超兵器が再び無用の長物と化す危険性は去った。それは、人類の反攻の実現を意味している。
 そのためには、大陸における反抗の先兵たる陸上戦力の減少は、何としても避けなければならなかった。安倍以下の将兵が、帰還の可能性を無視した戦いに身を投じているのは、そういった理由があった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 一回の斉射で、百近い化け物どもが爆ぜていく。しかし、所詮は一部に過ぎない。敵の持つ最大の脅威は、物量。地上戦力の中でも随一の火力と防御力を有する戦艦であっても、彼らを単艦で相手にすることなど当然不可能。
 師団規模を超えもすれば、戦隊規模での相手も不可能に近いのである。

「鈴谷、艦尾に被弾、戦闘速度低下」

「足柄、艦橋に被弾。尚も戦闘を継続中!!」

 戦闘開始から奮戦を続けていた重巡二隻もついに被弾した。これで、無傷の艦は存在しない。旗艦である信濃も、各部に火災を起こしており、経戦可能時間は残りわずかであろう。
 そして、レーザーの束が再び艦体に突き刺さり、戦艦信濃を激しく振動させる。

「くっ、各部の被害を知らせ!」

「第二砲塔制御室付近に被弾。第2砲塔弾薬庫、限界温度を超えています!!」

「両舷の第2注水区画に注水。急げ!!」

「艦長、それでは、艦速が……」

「今のままでは、長くは持たん。ウィスキー部隊の撤退まで時間を稼がねばならんのだ」

「しかし……」

「的になってこそ、我らの任務には意味がある砲撃を続けろ」

 安倍の決断に、彼の副官は反論するも、弾薬庫に火が入れば、その時点で艦は真二つである。特に、第二砲塔は、基部が照射により固定しているため、空冷を行うことも難しいのだ。
 副官の男もそのことは分かっている。しかし、艦速が落ちれば、それだけレーザー照射の的になるである。だが、最大の脅威となる光線級のレーザーから後退中のウィスキー部隊を護るには、こうする以外に手は無かった。
 しかし、それも間もなく限界であった。
 事実、その副官も、乗艦同様に体の各部を負傷し、痛々しく巻かれた包帯から血がにじんでいる。皆、必死に艦を支えているが、すでにマンパワーそのものが限界を迎えつつあった。
 コンピューター制御が発達したとはいえ、艦を動かす人の力をコンピューターが代替することなど不可能であった。

「レーザー照射多数!!左舷高射砲区画が照射を受けています!」

「データリンク標準!第一、第三砲塔、撃てえ!!」

 すでに、両舷の照射耐久値は、20%を切っている。それでも、信濃は、後続の艦艇に比べれば、まだましな状況であった。装甲の薄い駆逐艦など、各部が融解し、赤く焼けている艦もあるのだ。

「弾着、今!!」

 オペレーターの声とともに、投影画面に映し出された数十体の光線級が爆ぜる。見るもおぞましい、薄緑色の軟体が体液と内腑と思しき物体を撒き散らして行く。
 その光景に、艦橋につめる乗組員たちは、ほんの一瞬であったが、目を背けた。
 直接、干戈を交える戦術機の衛士達ならば、間断なく迫りくる脅威へと意識が向くため、眼前に広がる殺戮の跡を苦にすることなどほとんどない。
 だが、戦艦のように遠距離からの攻撃を主任務とするものでは、どうしても戦場以上の余裕が生まれる。幾多もの戦場を経験している者も、その余裕がもたらす嫌悪感から逃れるのは容易なことではなかった。
 生きていれば脅威となり、死してなお、こちらに嫌悪感を抱かせる。どこまでも、人類とは相いれない生物たちだ。と、安倍は思った。
 安倍らの一瞬の沈黙の間に5色に彩られた戦術機群が、残存BETA群を蹂躙していく。殿を務める斯衛第16大隊の勇士たちであった。

「該当エリアの光線級の殲滅を確認」

「さすがだ……」

「ええ」

 安倍の呟きに、副官も頷きながら答える。他の者たちも先ほどの光景を、脳裏から追いやることができたのか、多くの者が安堵の表情を浮かべている。
 それだけ、鮮やかな戦いぶりであった。こちらの砲撃点を狂いなく先読みし、BETAの体制が整う前に決着をつける。精鋭の揃う斯衛軍にしかできない芸当であった。

「左舷高射砲区画は、全滅です……」

「SEエリアの重金属雲が薄れつつあります」

「羽黒より入電。AL弾の追加射撃の許可を求めています」

「待て、現在の浸透率では、同士討ちの可能性がある。後方への支援砲撃の密度を上げるんだ!」

 戦術機の躍動に見とれるのも束の間、次から次へともたらされる難問。それへの対処も、対BETA戦の指揮を執る者には、慣れたものであった。

「ウィスキー部隊の撤退状況は?」

「間もなく、全将兵の収容を終えます。収容完了まで、残り五分!!」

「斯衛第16大隊、再び後退を開始。なお、いまだに損失を出しておりません」

 オペレーターからの報告に、艦橋内がどよめく。
 ウィスキー部隊が撤退を完了すれば、安倍以下第2艦隊の役割は終わる。そして、その時は間もなく訪れようとしているが、オペレーターの発した言葉は、彼等を発奮させるのに十分であった。
 普段から、冷静さを失わないそのオペレーターの声も、興奮からか上ずっているように思えた。
 斯衛第16大隊。摂家、斑鳩家の現当主が直卒する斯衛最精鋭部隊である。
 日本帝国政威大将軍の護衛を主任務とする斯衛部隊にあって、その勇名は、留まることを知らない。
 かつては、武士階級の特権からか、後方に位置するだけのごく潰しと罵られる側面もあった。しかし、かの京都防衛戦において、斯衛第16大隊の先達達が見せた伝説的な奮戦は、帝国軍の全将兵の心に刻まれている。
 いまだに、斯衛軍事態に反感を持つものは多くいるが、この第16大隊に関しては、そう言った意見はそれほどみられない。むしろ、ともに戦えることを誇りとする者が多いのだ。

「そうか、さすがだな……。戦隊のAL弾は、あとどれだけ残っている?」

「残り、2回までであります」

「ようし、斯衛第16大隊の奮戦に報いるぞ。換装を急げ!!」

 残り二回。それは、信濃単独の攻撃ではなく、艦隊の全斉射回数である。2回もできれば上出来であった。

「主砲、発射準備よし!」

「副砲、同時射撃準備よし!!」

『美濃、砲撃準備完了!』

 やがて、換装が終わり、安倍が斉射を命じようとしたその時、艦内に絶望を伝える警報が鳴り響いた。

「な!?何事だ……!?」

 安倍は、上げかけた右腕を下ろすと突然の出来事に顔を青ざめる管制員に向けて、彼にしては珍しく声を荒げた。

「コ、コード991発生。A―02各座地点を中心に佐渡島全域に、ぐ、軍団規模のBETA群が出現しています!!」

「な、なにい……!?」

「HQより、データの転送を確認。予測進路は、……て、帝国本土、帝国本土への上陸を目指しています」

 A―02とは、先の超兵器の部隊呼称である。正確には。BETAの出現域に、A―02各座地点が含まれるというものであった。しかし、その凶報に接した将兵にそのようなことを気にする余裕などなかった。
 鳴り響く警報に、安部が絞り出すかのような声を上げると、次々に絶望的な報告が艦橋内に響き渡る。
 驕りがあったのであろうか?すでに、A―02による攻撃によって、敵の大半は薙ぎ払われ、最終増援と思われた大部隊もすでに掃討段階に入っているのだ。
 敵の戦力が予想を上回っていた。それは、まぎれもない事実であり、大陸での戦いから続く戦訓にも刻まれていた。それでも、相手を軽んずる愚かさが、自分達には残っていたのであろうか?
 そして、その驕り、はたまた油断が最悪の結末を呼び起こさんとしていた。
 先月の新潟防衛戦で奮戦した3個師団は、新潟防衛線から後退しており、日本海岸は完全に丸裸。上陸を許してしまえば、絶対防衛戦に展開する守備隊だけで、軍団規模のBETA群を相手にしなければならない。そこを抜かれれば、BETAにとっては何の障害もなく、今も多くの民間人が暮らす関東平野の蹂躙が可能なのだ。

「……現在の砲弾備蓄量で、どれだけ戦うことが可能だ?」

 ブザーの鳴り響く艦橋で、初めに声を上げたのは、艦長たる安倍であった。その双眸は、絶望に打ちひしがれる艦隊乗組員の中で、いまだ衰えぬは覇気を保っていた。

「はっ。AL弾は残り1割を切っておりますが、通常砲弾は、通常弾、炸裂弾、ともに3割を維持しております。十数分であれば」

「ウィスキー部隊の後退はほぼ成ったな……。よし――第2戦隊各艦に伝達。信濃以下交戦可能な艦艇は、出現中のBETA群の後背を突く!!」

 安倍のその言葉に、艦橋乗組員は、思わず顔を上げる。
 そして、BETAはまだ海を渡っていないと言う事実に改めて気付く。戦艦の砲撃能力をもってしても、海中に展開してしまったBETA群を攻撃することや本土に上陸したBETA群に今から追いつくことが不可能なことは、全員が分かっている。
 それならば、彼等の為すべきことは後背よりBETA群を討つこと。少なくとも、重光線級だけでも打ち払うことが彼らには求められているのであった。

「取り舵一杯!目標を旧八幡から旧新穂一帯に出現中の光線級に合わせるるんだ」

「了解!!!!」

 安倍の力強い命令は、瞬く間に戦隊全体に波紋していく。損傷の大きい艦と駆逐艦は、ウィスキー回収艦隊の後詰めに残し、交戦可能な艦艇が己が持つ砲門を憎むべき敵種へと向けるまでほんの数瞬の時を必要としてだけであった。
 一つの決断が、一つの運命を動かそうとしていた……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 突如現れたBETAの襲撃。残存BETAの最後の抵抗かと思っていたが、事態はそんな生易しいものではなかったのだ。
 砲撃の間隙を抜けた突撃級が、次々と凄乃皇に激突する。目の前の要撃級を撃ち抜くと、即座に奴らの弱点である臀部に銃撃を加えた。
爆ぜる肉片と崩れ落ちる衝角。そのあまりにバランスの悪い耐性に、極東国連軍横浜基地所属の柏木晴子少尉は、半ば呆れかえりながらも次々に向かってくるBETA群を屠っていった。
 しかし、一向に減ることのない敵種に徐々に焦燥感がつのっていく。残弾量も乏しくなり、いつ倒れるかもしれないという恐怖も当然あった。そして、戦術機の索敵機能がさらなる絶望的な報告を彼女に告げたのである。

「……!要塞級出現!大尉、急いでください」

『柏木!貴様だけでも、離脱しろ!』

「バカ言わないでください!ハッチは守っていますから早く!」

 しかし、絶望的な状況には変わりない。オルタネイティヴ計画(第4計画)の直属任務部隊であるA―01に所属する実力であるため、一般水準の衛士から比べれば遥かに技量に優れる衛士であっても、たった一人で要塞級を相手にできる人間などごく稀ににしか存在しない。
 もっとも、彼女はその稀な人間を目の当たりにしていたのだが、同じことができるとは思っていなかった。

「あはは……、白銀、こんな奴らを相手に、あんたはすごいよ……」

 先ほどまで行動を共にしていた仲間の姿を思い出しながらも、凄乃皇へと迫りくるBETA群を駆逐するが、要塞級の触角や衝角に邪魔をされて先ほどのように効率よく屠って行くのは、困難であった。

「気安く近寄るんじゃないよ!」

 今、凄乃皇にいる伊隅みちる大尉の脱出までの時間を稼がねばならないのである。そして、彼女を失うことが、第4計画にどれほどの悪影響を及ぼすかを彼女は理解していたのである。
 たとえ、自分の命を失っても……。無意識のうちに彼女はそう思ってすらいた。

『柏木!伊隅を乗せたリフトが上がるまで30秒よ!』

「了解!」

 第4計画の責任者であり、自分達の上司である香月夕呼横浜基地副司令からの通信に、柏木はさらに気迫を込めてBETAに向かっていく。伊隅が脱出できたとしても、要塞級がいる以上簡単に脱出は難しい。ならば、一体でも減らすしかない。
先ほどの、光景がよみがえる。

(あの時、白銀は、長刀を使っていた。一か八か)

 そう思った柏木は、突撃砲収納し、追加装甲を眼前の要撃級へと投げつけた。
直撃を受けた要撃級が吹き飛び、重なる幾多のBETAが押しつぶされていく。
 その光景を、なんら感銘を受けることなく見送った柏木は、静かに背中の長刀を構えた。
 一瞬の静寂。それは、彼女以外の者にとっての光景。しかし、彼女には、それが何十倍もの長さにも感じられた。
 そして、感じられる浮遊感。即座に、要塞級の巨大な頭部が、接近してくる。
 行き先をふさぐかのように立ちふさがる要塞級。その巨体は、多くの将兵を畏怖させ、命を奪ってきた。しかし、その巨体ゆえに重大なダメージを与えれば、行動不能に陥りやすい。
 今回のような乱戦でなければ、支援砲撃による撃破を待つのが一般的なのだ。
 しかし、眼前の化け物に引くわけにはいかなかった。どのみち、これらが行く先を邪魔するのだ。

「うおおおおおおおお」

 長刀を構え、一気に距離を詰める。狙うは動体と脚部の連結部分。この弱点を突く以外は、120㎜で地道に削る以外に対処法は無い。
 そして、まともに弱点を突くことは、それこそ不死身の化け物クラスの衛士以外には不可能であったのだ。しかし、今は違う。
 振り下ろされた長刀は、確実に要塞級の弱点を切り裂き、眼前の化け物が崩れ落ちていく。その先の展開していた小型種を次々と潰しながら要塞級の頭部は滑落していった。

「やった……?」

 たった一体。それでも、倒すことが不可能でないことを彼女は証明した。彼女と同等の腕とOSを持ちさえすれば、可能なのだと。
 それは、天才だけの特権ではなくなったのである。
 しかし、束の間の勝利の余韻は、最悪の事態を彼女にプレゼントしたのであった。

「……!しまった!このままじゃ大尉が!」

 凄乃皇のハッチ付近に群がる赤い悪魔。
 BETAの中で最大の個体数を誇る戦車級BETAの群が、凄乃皇に群がっていたのだ。
 そして、それに気を取られた彼女にも、大いなる脅威が差し迫っていた。

『柏木!後ろだ!』

 一時の油断。それが、死につながることは戦場の掟であった。それに背いたものにもたらされるものもまた、変わることは無い。
これまでか。眼前に迫る衝角に目を向けながら柏木は思った。
 機体は動いている。それでも、間に合わないだろう。それでも、目をそらすことも、目を閉じることもしない。ただ思うことは一つだけ。

「もう一度、あの子達に会いたかったな……」

 ほんの束の間、彼女の脳裏に浮かんだ彼女によく似た二人の少年。そして、浮かび上がる一人の栗毛色の髪を持つ青年。
 自然と彼女の目からは、涙がこぼれつつあった。
 巨大な触手が鞭のようなしなやかさを持ちながら唸りを上げ、目前まで迫っていた……。そして、彼女の機体は激しい振動に襲われた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 操縦区画からハッチへ駆け上がった伊隅みちるは、一つの覚悟を持って再び操縦区画へと降り立っていた。
 その身を糧として、祖国を救う。聞こえはいいが、その代償は自分の命である。
 オルタネイティヴ計画直属部隊に属し、己が手を血で染めて来た。その辿りつく果てが今日の結末ならば、それは、一種の幸福であるだろう。誰にも恥じることなく、逝けるのである。
 そう思いながら、伊隅は凄乃皇のメインコンピューターに手をかける。先ほど転送された、主機のコントロール機能を見開きながらその解除コードを打ち込んでいった。
 一つ、安心することは、目の前で部下を失う姿を見ずに済んだことであろう。



 ハッチへやって来た、伊隅の目に飛び込んできたのは、柏木の搭乗する不知火に迫りくる要塞級と凄乃皇に群がる戦車級の姿であった。

「柏木!後ろだ!!」

 一向に回避行動をとらない、柏木機に思わず叫び声を上げるが、すでに目前に迫る触手は柏木機を貫かんとしていた。
 刹那、轟音とともに周囲が爆ぜ、柏木機に迫っていた要塞級もまた、突然の砲火に体勢を崩していた。
 伊隅はこの時知る由もなかったのだが、第2戦隊が南下をしながら凄乃皇付近へと精密射撃を行ったのである。もちろん、伊隅、柏木両機には直撃しないよう、最大限の配慮をしていたため、柏木機に襲いかかっていた要塞級に直撃したのはまったくの偶然であった。
 だが、襲いかかった衝角の直撃は免れたものの、その巨大な体躯が柏木機を突き飛ばしたのだ。

「――!柏木!!」

 思わず、部下の名を叫ぶ伊隅。強化装備の通信からは、香月と副官のイリーナ・ピアティフ中尉、中隊のCPを務める涼宮遙中尉の声が重なりあう。

『衝角が伊隅機の右胸部を破壊!管制ユニットも重大な損傷』

『柏木少尉のバイタルモニター、著しく低下……』

『カウンターショックの準備を。急いで』

『了解!!』

 伊隅のリンクにも柏木機の状態が知らされる。右腕が抉り取られ、操縦席にまで達しようとしていた。当然、中に居る柏木も無事では済まないだろう。

「涼宮!柏木は!?」

『…………!大尉、心肺機能回復。全身を負傷していますが、無事です』

 リンクに映る涼宮の安堵の表情に、伊隅も思わず、肩の力を抜いた。しかし、いつまでも呆けている場合ではないのだ。

『副司令、エコー艦隊に収容済みの2個中隊を大尉の救助に向かわせましょう』

 伊隅の耳に重く、威厳に満ちた声が届く。甲21号作戦における日本帝国側の最高指揮官小沢由三郎提督であった。

「小沢提督。おやめ下さい、脱出はすでに不可能です」

『――何を言うか大尉!貴様は特殊任務を預かるA‐01の指揮官。簡単に楽になれると思うな!』

 伊隅の耳に小沢の怒声が届く。彼が、国連軍への反感が根強い帝国軍にあって、榊是近前内閣総理大臣とともに、後ろ盾になってくれていたことは、伊隅も知っていた。
 帝国海軍が、今なお世界屈指の戦力を維持しているのは、彼のような指揮官が多く揃っているからでもあるのだ。
 だからこそ、伊隅も香月も彼等の期待を裏切るわけにはいかなかったのだ。

『リフト再下降!管制ブロックに向かっています』

『――何ッ!?』

『伊隅、こうなった以上……分かっているわね?』

「はい。柏木をよろしくお願いいたします」

 網膜に映る、半壊したかつての自分の愛機を見つめながら伊隅は口開く。すでに、自立歩行を開始し、数の減ったBETAの攻撃を受け流している。

『分かったわ。現時刻を持って、プランGへ再移行。エコー艦隊に砲撃中止命令。第2戦隊に後退命令を。特に、第2戦隊には厳命をしなさい』

『――了解!』

『……了解』

 香月の指令にピアティフと涼宮が答え、二人の声が伊隅に届く。涼宮が声を詰まらせているのもよく分かった。

『副司令……』

「提督、A‐01の指揮官だからこそ、やらなければならないことがあります」

 今なお、納得のいかない小沢の苦渋に満ちた声が、届く。それに伊隅は、毅然と答えるしかなかった。

「この作戦の結果が、オルタネイティヴ4の存在を脅かす事態になることだけは、絶対に避けねばなりません。――このままでは、佐渡島ハイヴの排除は叶わず、本土の蹂躙を許すことになります。それだけは、絶対に避けなければなりません。――今から手動で主機を起動します。第2戦隊とエコー艦隊を退避させてください」

 伊隅の言葉に、押し黙る小沢と香月。前者は、無念さに口元を一文字にきつく結び、後者は表情を変えることなく、その言葉を聞いていた。その美麗な指先をもつ手を固く握りしめ、静かに震わせながら。
 伊隅の決意表明とも言うべき言葉は、彼女をよりも遥かに階級の上位者たる両名をも黙らせる一種の凄味があったのだ。
 そして、彼女の運命もまた、今日この日に、永遠の静寂を迎えることが決まったのだった……。



 最後の文字を打ち込むと、機械独特の稼働音が操縦区画を包みこむ。
 伊隅、柏木機に襲いかかっていた要塞級の攻撃が止み、凄乃皇へと群がっていた戦車級以下のBETAが、弾けていくのが伊隅の目に飛び込んできた。
 それを合図に二体の不知火がゆっくりと上空へと舞いあがり、戦域を離脱していった。光線級は、真野湾を南下した第2戦隊に集中しており、この付近には出現していないことも幸いした。

「こちら、ヴァルキリー1。戦艦信濃、応答されたし。繰り返す、こちら、ヴァルキリー1」

 沈黙。先ほどもたらされた情報によれば、第2戦隊は旧河原田一帯から撤退中のウィスキー部隊最後尾へと向かったBETA群戦闘中だという。それも、今、彼女が凄乃皇の主機に火を入れたことでまもなく終結するだろう。伊隅にとってそれは永遠ともいえる長さであった。
 身を呈して、自分の部下を救ってくれた者たちへの感謝の言葉ぐらいは伝えねば、先に逝った者たちの列に身を連ねる際に席次が狭くなる。
 伊隅は、自分の軽口ともいえる思考に苦笑しながらも応答を持った。

『こ……、……濃。くり……。こちら信…。ヴァル……1、応答……たし。繰り返す。ヴァル…リー1、応答されたし』

「こちらヴァルキリー1。どうぞ」

『少し待て、安部艦長につなぐ』

 わずかな雑音混じりの通信に続き、はっきりと言葉の伝わる通信が伊隅の耳をついた。

『こちら、信濃艦長、安部。国連軍の、伊隅みちる、大尉か?』

「はっ!火急の時にも係わらず時間を設けていただき、感謝の念に堪えません」

『いや、こちらこそ。祖国を救いし、英雄に一言、お礼を申し伝えたかった』

 英雄。その言葉に、伊隅は思わず皮肉めいた笑みを浮かべた。
 英雄という名は、今日のこの日佐渡島に散った将兵にこそ相応しい称号だろう。人類の未来という大義名分を盾に、この身を血に染めて来た身が、このような死に場所を得ただけでも過ぎたるものだ。英雄などという呼び名はふさわしくない。

「安部艦長。部下が一人、そちらへ向かっております。最後まで任務を全うした者であります故、面倒をお願いできますか?」

『心得た。その身を人類の未来に捧げし、A―01部隊の隊員を運ぶことは、軍人の誉れでもあります』

 安部の力強い返答に伊隅は、肩の力を抜く。凄乃皇の主機に火を入れた以上、ここ佐渡島における戦闘は終結に向かうはずだ。
 なにより、部下を無駄に死なせなかったことが、先に逝った者たちへの土産になるのだ。そして、その身を呈して部下達の道を切り開いてくれた戦艦乗りたちも救うことができそうであった。

『ところで伊隅大尉』

「はい?」

『貴官の旅立ちに、小官も供をさせていただくことになった』

「え?」

 安堵の矢先にもたらされた通信。それは、戦場の雄である伊隅すらも絶句させるに十分な言であった。




[24739] 出立編 第2話 海行かば②
Name: 紫 武人◆7b555161 ID:b1cc4556
Date: 2010/12/08 00:28
 
 自分達の行動が、本来散りゆく運命にあった一つの命を救いつつあったことを知る由もなく、第2戦隊の交戦は続いていた。

「砲撃を続けろ。重光線級の殲滅を優先させるんだ!レーダー手、出現点を見逃すな」

「了解!」

「敵の数は圧倒的だ。だが、光線級さえ駆逐できれば、我々の敵ではない。諸君の奮戦を期待する!!」

「おお!!」

 安倍の声に艦橋員はもとより、他の部署の乗組員たちも声を上げる。すでに満身創痍の艦体にあって、頼りのなるのは高い士気だけであった。
 現実を見れば、艦体の残存砲弾のすべてを叩きこんだところで、撃破できるBETAはほんの一部であろう。現に出現中のBETA群の半数以下の戦力に3個師団を壊滅させられたことはいくつも存在していたのだ。
 そして、ここに居るものにとっての忌まわしき記憶。BETAの日本侵攻の際に、佐渡島に襲いかかったBETA群は、まさにこの軍団規模であった。
 おのれの無力さを徹底的に埋めつけられた相手でもあったのだ。

「艦長……」

「どうした!?」

「HQより入電です」

「――?こんな時にか?読んでくれ」

 先ほど別れを済ませた相手。個人的な友誼があったとはいえ、自分のわがままを無理強いさせた相手からの者と思われる通信に、安倍は首をかしげながらも通信士官に報告を促す。多少の予感はあったが、戦場における一種の高揚感がそれを頭の片隅から追いやっていたこともあり、通信内容まで予測をするほどの余裕はなかった。

「は、……HQより交戦中の第2戦隊各艦、直ちに戦闘を停止し、真野湾より離脱せよ。以上です」

 淡々と表情変えずに、内容を読み上げる通信士官の声に、安倍を初めとする艦橋員達は、言葉を失う。

「後退命令です。艦長」

「どういうことだ?今さら、我々が後退する意味などないだろう」

「ウィスキー部隊もまだ、安全圏には届いていないんだぞ。我々がここを離れたら……」

「艦速が遅いうえに、戦術機を搭載した母艦など的になってしまうぞ」

 通信士官の淡々とした言葉が癇に障ったのか、副官他の参謀たちが声を荒げる。
 血気盛んな若手士官が多く詰めているため、今にもHQに対して反問を行いかねない勢いであった。

「落ち着け。中尉、小沢提督につないでくれ。艦長室にだ。それと、加賀に私が戻るまで指揮を代行するよう伝えてくれ」

「はっ」

「艦長……」

「少佐、艦の指揮を頼む。あまり、熱くなりすぎるな」

 不満そうに口を開く副官に、一言、釘をさすと、安倍は損傷と砲撃の轟音の響き渡る艦橋を後にした。



「安部艦長……」

 艦長室に戻った安倍を迎えたのは、予想された初老の提督ではなく、妖艶な美貌を持つ一人の美女であった。

「香月副司令!?」

「はい。今回の件は、私から説明すべきことと思いまして」

 説明を受けるまでもない。香月の姿を見てとった安倍は、即座にそう思った。
 例の新兵器に関することであろう。先ほどの回収任務の際にプランGへの移行を進言したこともすでに聞き及んでいた。

「そうですが……。……あなたが、来た。ということならば、私ごときの抗弁は、無益ですな……」

 両名が顔を合わせたのは、今日、12月25日が初めてである。しかし、安倍も軍内部に轟く『唾棄すべき横浜の女狐』のことは知っていた。帝国はおろか、国連内部にも太いパイプを持ち、目的のためには手段を選ばず、時として祖国日本を陥れることすらも厭わない。
 この他、オルタネイティヴ4誘致の際にその美貌と優れた肢体をもって、故榊是近内閣総理大臣を籠絡したという、失礼極まりない流言が流れたこともあった。
 しかし、安倍のような硬骨漢はそのような噂に振り回されることもなく、そして希望を人類に示してみせた彼女を素直に評価していた。
 そして、評価しているからこそ、自分や部下達の感情的な抗弁など無駄なことも察してしまっていたのだ。
 通信の相手が、小沢提督であれば、安倍も可能な限りの抗弁をしたであろう。信頼と甘えがお互いに通じる関係であればこそである。しかし、小沢は本人ではなく、香月を寄こした。つまりは、無言の拒絶である。
 なれば、当然のように、抗弁は不可能だった。

「御想像の通り、プランGへと再移行いたしました」

「では、すでに件の衛士は、脱出を?」

「それは……」

 僅かに表情を曇らせる香月であったが、やがて一つ息を吐くと、元の真面目な表情に戻り、平静を保ったまま口を開いた。

「A‐02が起動すれば、展開中のBETA群はA‐02に吸い寄せられます。その隙に戦術機を移動させますので、回収をお願い致します」

「承知した。だが、光線級が……」

「他に手はありません」

「そうですか……。なれば、我々としても出来得る限りのことをいたしましょう」

 件の戦術機は、オルタネイティヴ4直属部隊。相当の精鋭であるという噂であり、その腕前を信じる以外に手は無いのだろう。
 そもそも、BETA群の中に孤立した時点で生還はほぼ不可能なのだ。

「すでに、プランGは発動しています。回収が済み次第、全力で戦域を離脱してください」


 
 安倍と香月の短いやりとりが終わった頃、戦隊は、さらなる傷を増やしながらも健在であった。パネルに映る僚艦の多くも黒煙を上げ、あまりの高熱にいまだ赤く焼き付いている艦もある。

「後退!?」

「そうだ。すでに、ウィスキー回収艦隊は離岸した。我々がここに留まる理由もない」

「しかし……」

 副官を含めた若手の参謀たちは、見るからに納得していない表情であった。だが、それも致し方のないことかもしれなかった。
 安倍自身もそうであったが、他の者たちも死を覚悟して殿軍を務めていたのだ。その決意に水をさされたと言う感情は、安倍自身も捨て切れていない。
 だが、犬死したところで意味は無い。

「BETA群への対応策は、すでにとられている。今の我々の任務は、少しでもBETA群を減らすことと次なる戦いに備えることだ。各人、持ち場に戻れ」

 安倍の子どもを諭すかのような、落ち着いた口調に、副官達も折れ、ある者はこぶしを震わせ、ある者は唇を血が滴るほどに噛みしめながら、己が任務へと戻って行った。

「第2戦隊各艦に告ぐ、作戦は再びプランGへと移行した。A‐02の爆破に備え、三連斉射の後、後退を開始する。リンク上の光線級のみを狙え!他の属種にはかまうな」

 副官達の姿を横目に、安倍は自身の口から戦隊各艦へと命令を伝えた。戦隊指揮官本人からの伝達に初めは、難色を示していた艦も渋々ながら納得し、最後の砲撃準備へと移って行った。


 わずかな間とはいえ、砲撃が止んだことにBETA群も反応し、残存の光線属種が次々と雪の高浜へと集結しつつあった。
 高性能コンピューターの塊といえる戦艦であるが、海上である以上距離があり、優先撃破対象となる飛翔体が無い状況では、BETAからの攻撃も弱まりつつあった。
 そして、皮肉なことに、BETA群の大半が本土に向けて南下していたことが、第2戦隊への攻撃を和らげる一因にもなっていたのだ。
 そのわずかな時間が、第2戦隊へ思わぬ恩恵をもたらしていた。
 最大射程内の全光線属種を完全に割り出すことができたのだ。

「全艦、斉射準備よし!!」

「誤差修正、上下角プラス1」

「目標、雪の高浜から旧新穂一体!砲弾が尽きるまで、怒りを込めて撃ち尽くせ!!」

 爆音とともに唸りを上げ、襲いかかる46サンチ砲弾。およそ、50年前、世界最大級の艦砲として登場し、航空機によって無用の長物とかしたその大口径砲弾は、今や人類の刃として、その種を脅かす存在を蹂躙していた。
 体液を撒き散らしながら、四散する醜き化け物たち。その中でも、人類から鳥が羽ばたく空を奪った唾棄すべき敵種、光線属種もまた、他の種とともに四散し、その醜い薄緑色の容姿を永遠に失わせた。
 本来ならば人類が屹立すべき大地すらも完全に抉り取るほどの激しい砲火は、怒りという以外、表現の思余のないほど激しいものであった。
 燃え上がる爆炎、波立つ海、震える空気。僅かな時間であったが、人間の生み出す破壊の時は、BETAの蹂躙にも勝るものであったのかもしれない。

「――!AL弾頭、撃破されず。重金属雲濃度、変化なし!」

「かまうな!砲火を光線級出現ポイントに集中!撃って、撃って、撃ちまくれ!!」

 止めどなき砲火に、艦全体が激しく揺さぶられる。砲身も長くはもたないかもしれないが、すでに次なる戦に参戦することは困難なほど、信濃もそれに随伴する艦艇も消耗しきっていたのだ。

「――!!レーザー照射多数!直撃、来ます!!」

「――総員、対ショック防御!!急げぇー!」

 今なお、唸りを上げる艦砲群。その一面だけを見れば、人類側の一方的な破壊と殺戮の宴だったのかもしれない。

 しかし、その人類最大の敵種としての矜持か、思考を持たぬものが見せた意地なのかは分からない。だが、その矜持や意地は、安倍以下の将兵が搭乗する、戦艦信濃にある一撃を贈ったのである。

 それは、レーザーと鋼鉄とが奏でる滅びの一節であった。

「くっ!!」

 何百もの太陽が眼の前に集結したかのような光。恐るべき敵種、重光線級よりもたらされた灼熱の光の矛が、重厚に張り巡らされた艦橋の装甲を貫いたのである。その光は、艦橋につめる者達の視界を奪い、そして次なる破壊をもたらした。
 轟音とともに、爆ぜる信濃の艦橋。その振動は、今まで奮戦を続ける戦隊を指揮し、先頭に立ってきた者たちに、永遠の静寂を贈ったのである。
安倍もまた、振動と爆風によって、壁面に身体を叩きつけられ、その身を艦橋の床へと落下させた。
 身体の中心で何かが破れたように感じた。自分の体の変化を直に感じながら、安倍は身を起こし、周囲を見回す。
 ほんのわずかな差で、彼を初めとする幾人かの生命は護られたのであった。だが、一瞬の間に、艦橋は地獄絵図と化し、蒸発を免れた者の多くが、その衝撃によって命を奪われた。

「……ひ、被害を知らせろ」

「――艦橋、……、並びに第1砲塔、火器管制室に直撃。砲術長、以下……」

 唯一、生存していた管制員もそこで、力尽きた。それでも、五体満足な状態で最期を迎えることができただけ、彼女は幸せであったかもしれない。
 生き残りの艦橋員達が、戦死者を床へと寝かせていく。そこには、五体満足な遺体は少なく、腕を失ったもの。首のちぎれたものなど枚挙にいとまがない。それでも、全員が等しく負傷をしながらも動くことができたのは、先ほどまでともに戦っていた仲間の遺体をそのままにはできなかったのだろう。
 そして、苦悶の表情を浮かべる安倍の視界に、操縦桿を握りしめながら青ざめる操舵手の表情が目にとまった。

「はあ……、はあ……、どうした?」

 安倍は全身の痛みをこらえながら声をかけると、その操舵手は顔を青ざめさせ、全身を震わせながら、口を開いた。

「艦長……、た、大変です。舵を、舵をやられました……」

「な、なに……?」

 今なお、誘爆が続く艦内がさらに凍りつく。
 砲塔、火器管制室、艦橋を襲った悲劇は、艦の生命線をも焼き尽くしていたのである。
 艦橋内部に届く損傷報告。しかし、それらはもはや要を為さない。各砲塔は破損しながらも砲撃を続け、耐久値を割ろうとしていた機関部もいまだに健在であったのだ。

「そうか……、もう、これまでだな」

 安倍が、そう口を開いた時、着信を知らせるアラームが静かに艦橋に響いた。

「艦長、加賀より入電です」

 先ほど、HQより通信を受けた士官が、相変わらずの抑揚の薄い口調のまま告げる。彼女もまた、安倍と同じように壁面に身体を叩きつけられのか、口元に血が滲み、左腕も肘から先があらぬ方向へと曲がっていた。

『こちら加賀、交戦中のBETA群が後退を開始しました』

 その通信で、安倍は光線級の攻撃が止んでいることにようやく気付いた。A‐02は無事に再起動を果たしたのであろう。

「こちら、艦隊旗艦信濃、交戦中の全部隊に伝達。今より、第2戦隊は、戦闘中域より離脱する。全艦に伝えてくれ。また、現時刻を持って、指揮権限を加賀に移す」

『――了解』

 信濃の通信機構は、なんとか生きていたが、すでに旗艦としての役目は果たせそうもないのだ。唯一、指揮系統が健在である加賀が、後退の指揮をとるべきであろう。
 加賀との通信を終えた安倍は、今も戦闘を続ける乗組員たちへ通信をつなぎ、ゆっくりと口を開いた。

「総員、最上甲板。繰り返す、総員最上甲板」

 指揮官として最後の務めを果たそうとする安倍の声に、生き残りの艦橋員達は唇を噛み締め、いまだ戦闘を継続していた各部署の乗組員たちは、はじめは何が起きたかを理解できぬままその命令に耳を傾け、やがて嗚咽交じりの声が艦の各所から上がり始めた。
 すでに物言わぬ身となった戦友に取りすがって泣く者、怒りを鋼鉄の壁にぶつける者、それぞれがやり場のない怒りに身を任せるしかなかったのである。


 艦齢50年を超える殊勲艦は、まもなくその生涯を終えようとしていた。



「そうですか……」

 安倍から知らされた真実に伊隅は、短く返答するしかなかった。戦場にたらればは、存在しない。あるのは、今という名の現実。二人は、そのことを理解していた。

『信濃の、生存者が退艦するまで……、今しばらく、時間がかかる。それまで、時間は、延ばせるか?』

「それは問題ありません。BETAも現時点では、A―02に浸食することは不可能ですので。外部からの妨害の心配もまた、ありません」

『そうか……。いらぬ……、心配をかけてしまったな……』

 安倍からも安堵の様子がうかがえたものの、途中苦しそうに息をつく場面があった。彼が、負傷しているは間違いなさそうであった。

「安倍艦長。部下のこと、ありがとうございました」

『こちらこそ。……、命あるうちに、希望をみせて、もらった……。礼を言うのは、私の、方だ……。……ありがとう』

 話しぶりから、安倍もまた自分達の計画の断片は知っているのだろう。そして、それを知りながらも自分達の為したことを認めてくれる。
 帝国軍人というものを知る機会こそ、訓練校からA―01への引き抜きまでのわずかな期間しかなかったが、多くの軍人たちとはやや異なる型の人物だと伊隅は思った。
 ステレオタイプの軍人ばかりで今日のこの日まで、日本がもつはずもなかったのだ。

『伊隅大尉。HQからの、通信だ……。ゆっくり……、話したまえ』

「はい……」

 その言葉で、信濃からの通信は切れた。伊隅は、自分が知る中で最も過酷な道を歩んでいる女性と希望を運んできた敬愛する教官の忘れ形見ともいえる男の姿をその目に捉えていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「艦長。総員の退去が完了いたしました」

 信濃の戦闘不能を察知した、他の僚艦は、暴走する信濃になんとか接近し、脱出した生き残りの乗組員を救助していったのだ。艦の他にも、陸上より撤退した戦術機部隊の生き残りの姿もあった。
 生き残った彼等にとって、最後まで戦い続けた者同士、見捨てていくことなどできはしないのだろう。
 幸いにして、敵の砲火はやんでいる。各座したA―02に残った国連軍横浜基地所属A―01部隊、第9中隊(通称:ヴァルキリーズ)長伊隅みちる大尉が、特殊機関に火を入れたため、佐渡島に展開するBETA群は、A―02に群がっているのである。
 そのため、信濃が遁走する真野湾一帯は、およそ2年半ぶりに光線級の脅威から解放されたのである。

「一人のうら若き乙女が、その命を捧げ、得ることができたのは、失われし大地とその身すら残らぬ死者たちの想いか……」

 安倍は、誰にともなく呟くと、破壊の跡が色濃く残る艦橋から、もうじき消えゆく運命にある島へと視線を向けていた。
 自分とともに生死を共にしてきた親友や尊敬する上官の力をもってしても、奪われし場所を取り戻すことはできなかった。
 多くの将兵たちの生命を擲ったにもかかわらず……。

「ご苦労だった。――諸君、戦いは、まだまだ続く。生き残って次なる決戦に備えよ」

「艦長……」

 副官以下、生き残りの艦橋員達は、最後まで艦に残っていたが、ここに至って艦に残る理由は無くなった。
 供をしようにも安倍は決して許さないであろう。あの明星以来、彼とともに防衛任務に従事し続けた者達は、そのことを理解していた。


 副官達は、最後の脱出艇とともに信濃を離れようとしていた。
その光景を安部は一人艦橋から見据えた。脱出艇の後部に立ち、形の整った敬礼を向けてくるかつての部下達に安倍もまた、日本軍人の手本ともいえる最敬礼で返した。
 すでに他の艦は、司令機構が健在の加賀を中心に後退を開始し、あの脱出艇が戦域を離脱した時、信濃は役割を終える。

「ふう……」

 安倍は、額からにじみ出て来た鮮血を拭うと、座席へと腰を下ろす。先ほどの攻撃で受けた傷により、全身が悲鳴を上げているが、それも長くは続かないのだ。何より、痛みを感じているということは、まだ生きている証であった。

「うぷ……、ごふ……、ごほ、ごほ……。はあ、はあ、はあ……」

 今頃になって、身体の内部よりこみ上がって来た血の塊は、どす黒い色を浮かべながら艦橋に広がる。この量ではまず助かりはしなかったであろう。
 口元をぬぐいながら、安倍はそう思った。
 自分は幸せ者なのだ。とも。
 佐渡島を初め、祖国がBETAに蹂躙されていく様を、海上で見ていることしかできなかった自分の無力さへの悔恨の念。三年前の敗北以来、それに囚われない日はありはしなかった。
だが、多くの人間は、それを晴らすことなく無念のまま生涯を終えているのだ。
 それに比べれば、悲願であった佐渡島の奪回は目前に迫り、そして、人類の勝利への希望を目の当たりにすることができた。先に入った者たちへの土産話としては、十分なものであるだろう。

「……ん?」

 そんなことを考えていた安倍の耳に届く、わずかな着信音。すでに半壊している通信機が、その最後の力を振り絞ろうとしていた。

「……こちら、信濃艦長、――安倍です」

『――安倍君。私だ……』

「小沢提督……」

 威厳に満ちた声とともにパネルに浮かび上がる初老の男。通信の主は、尊敬する上官であり、長く戦場を共にした戦友でもある小沢由三郎提督であった。
 すでに別れは告げたはずであったが、安倍が脱出艇に搭乗していないのをみて、思わずつないで来たのであろうか。

『……自らの命のことを理解していたのかね』

「……ええ。長くは持たないであろうと。ですが、乗組員を救えたことで、悔いは残っておりません」

 初めは、口をつぐんでいた小沢であったが、安倍の口元をつたうどす黒く変色した血の跡を見て、顔をいっそうしかめながら口を開いた。

『そうか……。……例のモノのことは聞いていたな?』

「はい。これで、人類は救われます!!」

 小沢の問いかけに、安倍は可能な限り力強く答える。その姿は、つい先ほどまで勇戦を見せた戦艦乗りそのものであった。

『うむ。だが……、私としては、君もともにその時を迎えたかった』

「提督……。非才の我が身に対し、そこまでの御言葉を……。小官にとって、それ以上の餞別はありません」

 小沢の言葉に、安倍も先ほど告げられたことを思い出す。A―02に残った衛士の部下との別れが間もなく終わるのであろう……。そして、自らの終わりの時ももう間もなくであるということを悟った。

「提督。日本を、世界をよろしくお願いいたします。出過ぎたことを申しますれば、かの御方は稀代の傑物なれど、女性の身。提督の御力は必ずや助けになると思われます」

『うむ、約束しよう。――さらばだ。安倍君』

「さらばです。提督……!」

 言葉は短くていい。ともに戦い続けた日々が、二人には言葉など不要の友情めいたものを作り上げていた。
 そして、男の別れに涙もまた不要であった。


 小沢の姿が、パネルから消えると、迫りくる恐怖に近い何かが、身体じゅうに込み上げ、再び身体にたまった血を吐きだした。それは、先ほどとは異なり鮮やかな赤い色をしていた。
 安倍は、その赤から黒く変色しつつある装飾を見つめながら、大きく息をし、身体じゅうに感じていた死の足音を沈めながら、力強く窓辺へと足を進めた。艦の進路はちょうどA―02各座地点に向いており、その先には、霞がかった日本列島の姿が見て取れた。

(もう二度と、我が祖国が、彼奴らに踏みにじられることはあるまい……。代償は大きかったが、長年の悲願が、今ようやく実ったか)

 冬の陽は短い。しかし、それ故夕陽に照らされた陸地の姿は、なんともいえぬ美しさがあった。たとえ、BETAによって蹂躙されし大地であっても、そこに眠る力強さまでは奪うことなどできはしない。
 さらにその姿を目に焼き付けようと、さらに眼光を強める安倍であった。その双眸から流れる熱き血潮を拭うことも忘れて……。


 
『もう一度……、基地に咲く桜が見たかったな』

 一人の乙女の呟きとともに、黒き破壊の鼓動は、周囲を飲み込んでいき、やがて、信濃の遁走する真野湾一帯をも飲み込もうとしていた。

「小沢提督、田所君、井口さん、そして、香月副司令……。日本を、人類をよろしく頼みます……」

 安倍は、迫りくる黒き鼓動を前に、帝国海軍軍人の作法に基づいた最期を遂げ、彼の生命の鼓動が停止するのと時を同じくして、戦艦信濃はその雄姿を黒き鼓動へと投じて行った……。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「日本帝国軍並びに極東国連軍両軍に伝達。戦域を離脱に際し、負傷、傷病を除く全将兵は、英霊に対し、起立、敬礼せよ」
 
 日本帝国海軍小沢由三郎提督からの通達を受けた、日本帝国海軍第3戦隊旗艦、戦艦大和艦長、田所武文大佐は、通信の受諾とエコー艦隊全艦へ命令の履行を厳命すると一人艦長室へと戻って行った。
 波濤の底に消えていった亡き戦友の姿は、零れ落ちる雫によって彼の眼前からは消えゆこうとしていた。

 戦艦武蔵艦長、井口忠治大佐は、僚友のように独りになることを好まず、艦橋につめる部下たちとともに、消えゆく大地と年下の戦友の最期を見送った。海大を経ずに、艦長にまで上り詰めた叩き上げの男は、最後まで涙を見せることは無かった。
 翌日、彼の部屋を訪ねた副官が、空になった一升瓶を無言のまま片づけたことを除いて。

 そして、名を明かすことなく逝った一人の戦乙女を見送るものもまた、戦術機母艦『国東』、改大和級戦艦『加賀』の飛行甲板上から、静かに別れが告げられていた。
 彼等が別れを告げた英霊を他の将兵が知ることになるまで、今しばらくの時が必要であったが、それは今を生きる者達には、関係のないことであった。

 彼等の直属の上司も、一時の猶予もなく動き続ける頭脳をほんの一時、雑務から解放していた。彼女に、長年つき従ってくれた腹心の死を悲しむ余裕はなく、ましてや涙を流すことなど許されない。
 しかし、その一時の猶予が、彼女もまた一人の人間であることを証明していた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 西暦2001年12月25日午後3時27分。
 日本帝国領佐渡に屹立した甲21号目標、佐渡島ハイヴは、数多の将兵たちの血と生命を代償に永久にこの地上から姿を消し、日本帝国は、久方ぶりに歓喜に包まれることとなった。
 
 しかし、人々は知らなかった。本来であれば、失われることのなかった生命の存在を。
 そして、消えゆく運命にあった生命の存在を。
 消えゆく生命の行く先と救われし生命のもたらす未来。今を生きる人々に、それを知る術は何もなかった……。


◇あとがき◇

 一言。艦長ファンの方、お許しください。


 感想を書いてくださった3名の方、返信は後日いたしますので、少々お待ちください。


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