内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ氏がほかにどんな業績を残していようと、同氏がインターネットについての無邪気な楽観論の時代に終止符を打ったのは間違いない。ウィキ(ユーザー参加型オンライン事典の概念)のイノベーター、ラリー・サンガー氏は、ウィキリークスへのメッセージの中で、「ウィキペディアの共同設立者の立場から言えば、わたしはあなたがたを米国の敵 ― 米政府のみならず、米国民の敵と見なす」という言い方をしている。
皮肉なことに、米政府の機密文書を投稿するためのウィキリークスの技術使用は、情報の自由な流れの制限に確実につながるだろう。腹立たしいのは、それがアサンジ氏の明示的な意図であることだ。
今回の公表分には、25万件の米国外交公電が含まれる。機密文書を封ろうで厳封していた時代以来、外交関係者が書きつづってきた内密の評価に類するものだ。この中には、サウジアラビアのアブドラ国王が米国に対し、イランの核開発意図に終止符を打つ― 「蛇の頭を切り落とす」― よう、強く求めたことも含まれている。イスラエル・米国陣営とのこうした連携は、アラブ世界では表ざたにされるべきではなく、したがって、漏えいは誠実な話し合いに水を差すことになる。
漏えいは、米国内の情報の流れも制限するだろう。9・11の諜報活動失敗の大きな原因は、政府省庁が情報を共有できなかった点にあった。それ以降、情報データはより広く共有されるようになった。オバマ政権は目下、情報の流れの制限強化を検討している。これは漏えい防止になりうるとしても、9・11以前の時代への逆戻りだ。
アサンジ氏は、メディアやパソコン通の間では、透明性の提唱者だと誤解されている。実際はといえば、米国がこのように情報の防護を固めることこそが、同氏の狙いだ。同氏がウィキリークスを立ち上げた理由は、内部告発者であるが故ではなく ― 外交公電自体には何ら不正なところはない ― 米政府の有効性を低下させたいがためだ。あまり報道されていない同氏の哲学によると、それを最もうまく行えるのは、政府関係者が情報の自由な流れにアクセスできない場合だ。
2006年にアサンジ氏は「国家とテロの陰謀」と「統治という名の陰謀」という二つのエッセーを書いた。同氏は米国を独裁主義的陰謀団ととらえている。「体制の行動を根本的に変えるには、明確かつ大胆な考えをしなければならない。何しろ、われわれが学んだことが何かあるとすれば、それは、体制が変革を望まないということなのだから」と同氏は記している。同氏はさらに、「陰謀団は、陰謀団が策動を行う世界についての情報を取り上げ、それを共謀者に広めることで、結果に影響を及ぼす」と書いている。
同氏の計画の要をなすのは、漏えいが政府当局者(同氏の見方では「共謀者」)の間の情報の流れを制限して、政府の有効性を低下させるという考えだ。あるいはアサンジ氏の表現に従えば、「陰謀団がもはや理解能力を失い、したがって環境に効果的に対応できなくなるところまで陰謀能力全体を低下させることによって、陰謀団の行動能力を失わせることができる。・・・・・・効率的に思考できない独裁主義的陰謀団は、自らを存続させる行動をとることができない」。
カリフォルニア州バークレーのブロガー、アーロン・ベイディー氏は先週、アサンジ氏の見解を次のように説明している。「直接的でオープンな通信網によって構成された組織は、外部からの侵入に対してずっと脆弱(ぜいじゃく)になるが、その一方、組織が(外部から注視に対する防御として)組織自体にとって不透明なものになればなるほど、組織自体とのコミュニケーションを図る上で、システムとして『思考』することがますますできなくなる」。アサンジ氏の考えは、十分な漏えいがあれば「治安国家はそれに対処するためコンピューターネットワークを縮小しようとし、それによって、国家自体がより鈍重かつ小さな存在になる」というものだ。
あるいは、アサンジ氏が先週、米誌タイムに語ったところでは、「より透明性ある社会を実現することは、われわれの目標ではない。われわれの目標は、より公正な社会を実現することだ」。漏えいによって、米政府当局者が「内部のつながりを断ち、分断化」すれば、政府当局は「従来ほど効率的ではなくなる」だろうと。
この世界観には先例がある。もう一人の数学マニアのアナキスト、テッド・カジンスキー氏は、20年近くにわたって郵便で爆発物を送り続け、3人を殺害、23人を負傷させた。同氏は、自らの「ユナボマー・マニフェスト」をメディアが公表すれば、行為をやめると1995年に申し出た。通称「ユナボマー・マニフェスト」と呼ばれる3万5000語のエッセー「産業社会とその未来」は、人々に「人間行動の自然なパターンからますます遠ざかる振る舞い方」をさせる「産業技術システム」に異議を唱えた。
アサンジ氏は爆発物を送りつけはしないが、同氏の行動は、命を脅かす結果を伴っている。ロサンゼルス在住の75歳の歯科医ホセイン・バヘディ氏のケースを考えてみればいい。ウィキリークスによって公表された機密公電の一つによると、米市民のバヘディ医師は、2008年に両親の墓参のためにイランに帰国した。イラン当局は同氏のパスポートを没収した。理由は、同氏の息子たちが、かつてイランの神政政治を批判したイランのポップシンガーらの米国でのコンサート・プロモーターをしていたからだった。
公電は、バヘディ医師がイラン西部の山地を越えてトルコへと馬で逃げることを決意したと伝えた。同医師は、テヘランの北の丘陵をハイキングして訓練を積んだ。心臓の薬も余分に飲んだ。だが、馬から転落して負傷し、危うく凍死するところだった。同医師が何とかトルコまでたどり着くと、米大使館が介入して、イランへの送還をやめさせた。
バヘディ医師は、自分の名前を挙げ、その快挙について述べた公電の漏えいのことを告げられて、米紙ニューヨーク・デイリー・ニュースに「これは家族にとって非常にまずいこと」と語った。イラン政府は、イラン在住の同医師の親せきを標的にする新たな口実を手に入れた。「どうしてこんなことを公表できるのだろうか」。
それは、もっともな疑問だ。ウィキリークスの世界で巻き添え被害に遭うのはたまったものではない。