モーニング娘。を卒業した、久住小春、初のエッセィ集
タイトルはまさに「久住小春 17歳の転職」
久住小春書き下ろしノンフィクション初エッセイ!
大自然育ちの村娘が12歳でアイドルになり、
17歳で今新たな道へ。
生い立ちからたどり、
17歳で転職へといたる久住小春の心境。
健康への道、農場への道、モーニング娘。時代の経験、全てを今ここに語る!!
☆著作/久住小春
☆価格/本体価格1429円(税込1500円)
☆発行/(株)アップフロントブックス
☆発売/(株)ワニブックス
久住小春の「17歳の転職」PART1
本の発売の前にその一部をご紹介します。
これからもどんどんご紹介していく予定です。
第1章 小春の故郷~和島村での生活~
【久住小春誕生(0歳~6歳)】
新潟県和島村小島谷、244世帯、人口985人の小さな村。
そんな日本海に近い小さな小さなのどかな村で、久住家の二女として小春は生まれました。
1992年7月15日午前10時50分、身長50.5㎝ 体重3646g。
【レトロな村での春夏秋冬】
豪雪の冬
東京と村のギャップ「タケノコに金払えるか!」
タケノコは山ほどあって、タダでいくらでも食べれるものだと思っていたから東京に来た時、和食料理屋さんで筍料理にいい値段がつけられていたことにびっくりした。
空から薬が降ってくる
田んぼだらけの新潟の夏、毎年2,3回行われる「航空防除」。ヘリコプターで一斉に畑、田んぼに薬品を撒く日。小春は薬品が恐くて、絶対外に出なかった。むしろ、終わってからもしばらく家にこもっていたかな。
第2章 田舎の小学校生活
【とことん真面目な小学生(小学校低学年)】
負けず嫌いでとことん真面目な小学生
小春の通っていた小学校は全校生徒90名。1学年は19人~30人くらい。もちろん、クラス分けなんてない。ひとクラスしかないから。
テストでは絶対満点じゃなきゃ嫌で、98点とかの90点台でもすごく落ち込んでいた。馬鹿にされるのが嫌で、恥ずかしくて、勉強をがんばった。
珠算一級&暗算一級
お稽古事と言ったら、バレエ教室、ピアノ教室、公文や英語なんて洒落た習い事は全然なくて、地元の子供達ほとんど全員通うのが、お習字とそろばん。昔ながらの寺子屋が2軒。久住家の子供達も皆と一緒、小学校に入ったら通い始めました。
第3章 オーディション
履歴書送付
姉 「お姉、高校卒業したら東京いくよ~」
小春「小春どうしたら一緒に行ける?」
姉 「小春連れて行きたいけどお父さんたちに普通に東京行くっていったらダメっていうにきまってるじゃん。う~~ん。なんか許してもらえる方法ないかな?・・・・あ、芸能界に入れば?小春ならいけるよ。」
またとてつもない発言だ。
小春「じゃあそうしようかな」
小春もお姉ちゃんにつられて軽く答えた(笑)
そしてある時、普通のファッション雑誌でたまたま『モーニング娘。オーディション』の募集を見つけた。募集事項を見たら、12歳以上と書かれていて、お姉ちゃんとああいうやりとりもあったことから「12歳以上??あれ?小春12歳だ。受けなきゃだ!!」と思ってお姉ちゃんにこのことを伝えた。
姉 「受けろ!」
第4章 モーニング娘。時代
東京生活のはじまり
ダンボールいっぱいに入ったモーニング娘。のシングルCDや、アルバムや、PVのDVDを渡され、すぐに全部覚えるように言われた。
その他にダンスのレッスンが入ったり、歌のレッスンが入ったり、全く寝てなかった。一分一秒寝てる時間なんてなかった。
【健康オタクだぜ!】
喉が・・・。声が・・・でない。
『リボンの騎士』のミュージカルの時、月島きらりとしてのお仕事と重なっていて、とにかく声を使うことが多く、寝て起きたら声だけ違う人になっていることがよくあった。
ずっと喉の薬を飲み続け、仕事以外では紙に言葉を書いて会話をした。
やっぱり、心のなんらかのプレッシャーが喉を緊張させてたのかな?常に体の一本一本に神経が通ってて、常に24時間何かを考えていた。常に頭の中がいっぱいいっぱいで、常に力が入っていたからか、それが抜けた休みの日には風邪を引いたり、熱で寝込んだりしていた。
自分でも心配になり、人間ドッグに入りMRI検査や血液検査を受けたこともある。
しまいには頭の脳検査までし始めた。
ついに倒れてしまった(2007年冬)「手術だと傷跡って残りますか?」
本の発売の前にその一部をご紹介します。
これからもどんどんご紹介していく予定です。
第1章 小春の故郷~和島村での生活~
【久住小春誕生(0歳~6歳)】
新潟県和島村小島谷、244世帯、人口985人の小さな村。
そんな日本海に近い小さな小さなのどかな村で、久住家の二女として小春は生まれました。
1992年7月15日午前10時50分、身長50.5㎝ 体重3646g。
【レトロな村での春夏秋冬】
豪雪の冬
東京と村のギャップ「タケノコに金払えるか!」
タケノコは山ほどあって、タダでいくらでも食べれるものだと思っていたから東京に来た時、和食料理屋さんで筍料理にいい値段がつけられていたことにびっくりした。
空から薬が降ってくる
田んぼだらけの新潟の夏、毎年2,3回行われる「航空防除」。ヘリコプターで一斉に畑、田んぼに薬品を撒く日。小春は薬品が恐くて、絶対外に出なかった。むしろ、終わってからもしばらく家にこもっていたかな。
第2章 田舎の小学校生活
【とことん真面目な小学生(小学校低学年)】
負けず嫌いでとことん真面目な小学生
小春の通っていた小学校は全校生徒90名。1学年は19人~30人くらい。もちろん、クラス分けなんてない。ひとクラスしかないから。
テストでは絶対満点じゃなきゃ嫌で、98点とかの90点台でもすごく落ち込んでいた。馬鹿にされるのが嫌で、恥ずかしくて、勉強をがんばった。
珠算一級&暗算一級
お稽古事と言ったら、バレエ教室、ピアノ教室、公文や英語なんて洒落た習い事は全然なくて、地元の子供達ほとんど全員通うのが、お習字とそろばん。昔ながらの寺子屋が2軒。久住家の子供達も皆と一緒、小学校に入ったら通い始めました。
第3章 オーディション
履歴書送付
姉 「お姉、高校卒業したら東京いくよ~」
小春「小春どうしたら一緒に行ける?」
姉 「小春連れて行きたいけどお父さんたちに普通に東京行くっていったらダメっていうにきまってるじゃん。う~~ん。なんか許してもらえる方法ないかな?・・・・あ、芸能界に入れば?小春ならいけるよ。」
またとてつもない発言だ。
小春「じゃあそうしようかな」
小春もお姉ちゃんにつられて軽く答えた(笑)
そしてある時、普通のファッション雑誌でたまたま『モーニング娘。オーディション』の募集を見つけた。募集事項を見たら、12歳以上と書かれていて、お姉ちゃんとああいうやりとりもあったことから「12歳以上??あれ?小春12歳だ。受けなきゃだ!!」と思ってお姉ちゃんにこのことを伝えた。
姉 「受けろ!」
第4章 モーニング娘。時代
東京生活のはじまり
ダンボールいっぱいに入ったモーニング娘。のシングルCDや、アルバムや、PVのDVDを渡され、すぐに全部覚えるように言われた。
その他にダンスのレッスンが入ったり、歌のレッスンが入ったり、全く寝てなかった。一分一秒寝てる時間なんてなかった。
【健康オタクだぜ!】
喉が・・・。声が・・・でない。
『リボンの騎士』のミュージカルの時、月島きらりとしてのお仕事と重なっていて、とにかく声を使うことが多く、寝て起きたら声だけ違う人になっていることがよくあった。
ずっと喉の薬を飲み続け、仕事以外では紙に言葉を書いて会話をした。
やっぱり、心のなんらかのプレッシャーが喉を緊張させてたのかな?常に体の一本一本に神経が通ってて、常に24時間何かを考えていた。常に頭の中がいっぱいいっぱいで、常に力が入っていたからか、それが抜けた休みの日には風邪を引いたり、熱で寝込んだりしていた。
自分でも心配になり、人間ドッグに入りMRI検査や血液検査を受けたこともある。
しまいには頭の脳検査までし始めた。
ついに倒れてしまった(2007年冬)「手術だと傷跡って残りますか?」
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(2010.12.07)