『マスター! 結界反応!』
「管理局か!? それともベルカ式!?」
ファイスが突然上げた報告に反応して、祐一はベッドから飛び起きる。次いでファイスと携帯を引っ掴んだ。
『解析完了。ミッド式の強装結界です!』
「分かった!」
とりあえず月へと電話をかける祐一。電話は三コール目で繋がった。
『祐一?』
「管理局の結界が張られたみたいだ。俺はどうすればいい?」
祐一がまくし立てる。だが、返ってきたのは軽い口調の声だった。
『今回あなたが出ると捜査妨害に加担した事になっちゃうから、そうね……はやてちゃんの家を訪ねてみたら?』
「どうして?」
『守護騎士が帰った時のサポートをお願い。負傷しているかもしれないから。私達はもう出るわ、あなたは今夜の事件に関わらない様にする事。いいわね』
「……了解」
携帯電話を閉じるとポケットに入れる。そして祐一は部屋から剣道具一式を肩に背負い、はやての家に向かうべく家を後にした。
そして、結界内部。
赤い少女と白髪の男を、十数人の武装局員が輪に並んで包囲していた。
「管理局か」
「でも、チャラいよこいつら。返り撃ちだ!」
赤い少女がハンマーを構える。同時に武装局員達は散開して行った。
「え……?」
「上だ!」
白髪の男の声に赤い少女が上を見る。そこに浮かべられていたのは無数の青い魔力剣。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
クロノの声と同時に、剣が環状の魔法陣に包まれヴィータ達のほうに向く。
「ってえ!」
そして加速射出された無数の剣は、赤い少女の前に躍り出た白髪の男の青みがかった紫色のバリアに遮られる。
着弾した魔力剣は次々と炸裂していった。
「少しは、通ったか……?」
息を荒げながら煙の中を見つめるクロノ。
だが煙が晴れて現れたのは腕に三本の剣の破片を突き刺した白髪の男と、その後ろで無事に守られた赤い少女の姿だった。
「ザフィーラ!」
「気にするな。この程度でどうにかなるほど、やわじゃない……!」
白髪の男が腕に力を込める。同時に突き刺さっていた魔力の刀身が砕け散った。
「上等!」
赤い少女が強気の笑みでクロノを見る。二人が動く、その直前だった。
近くのビルの屋上になのはとフェイトが、その向かいのビルにユーノとアルフが転送されて来る。
「なのは、フェイト……!」
呟くクロノに二人は小さな笑みを向ける。
「あいつら……!」
一方赤い少女は警戒の声を上げる。前回の痛み分けに終わった戦いを思い出したためだろう。
「レイジングハート」
「バルディッシュ」
「「セーット、アーップ!」」
二人がそれぞれのデバイスをかかげ、デバイスを起動させる。
ところが起動した途端、二つのデバイスは新しいシステムにチェックを掛け始めた。
「え、こ、これって……」
「今までと、違う……」
螺旋を描く帯状の魔法陣の中、なのはとフェイトが呟く。その呟きにエイミィが通信で答えた。
『二人とも、落ち着いて聞いてね。レイジングハートも、バルディッシュも、新しいシステムを積んでるの』
「新しい、システム……?」
なのはが疑問の声を上げる。それに対し、エイミィは誇らしげに告げる。
『その子達が望んだの。自分の意志で、自分の思いで。……呼んであげて、その子達の新しい名前を!』
『Condition, all green. Get set』
『Standby, ready』
二つのデバイスが軌道準備を終えた。そしてなのは達はデバイスの新たな名を呼ぶ。
「レイジングハート・エクセリオン!」
「バルディッシュ・アサルト!」
『『Drive ignition』』
二人の姿が魔力の輝きと共に変わっていく。同時にレイジングハートとバルディッシュが杖の形をとる。その先端部と柄の間には金属機構が追加されていた。
「あいつらのデバイス、あれって、まさか……!」
赤い少女の目に警戒の色が宿る。それに対して、フェイトとなのはが口を開いた。
「私達は、あなた達と戦いに来たわけじゃない」
「闇の書を完成させる方法。戦って無理矢理奪うなんてやり方はやめて!」
その言葉に、赤い少女は警戒を解かぬまま腕を組んで二人を見下ろしてくる。
「あのさあ、ベルカのことわざにこういうのがあんだよ。『和平の使者なら槍は持たない』」
その言葉になのはとフェイトは顔を見合わせ、二人とも首を横に振った。赤い少女は挑発するように笑って告げる。
「話し合いをしよーってのに武器を持ってやってくるやつがいるか馬鹿って意味だよ、バーカ」
「い、いきなり有無を言わさず襲い掛かってきた子がそれを言う!?」
「それにそれはことわざではなく、小噺のオチだ」
なのはがその言葉に突っ込み、さらに白髪の男も口をはさんでくる。それに赤い少女が眉を吊り上げた。
「うっせえ! いいんだよ、細かい事は」
そう赤い少女が返したその時、結界の上部から紫色の光がほとばしり、なのは達の向かいのビルの上に落ちる。
そこに立っていたのはピンクの髪をした剣士だった。
「あの時の、剣士……!」
「ユーノ君、クロノ君。手は出さないで。わたし、あの子と一対一だから!」
その言葉に赤い少女が顔を険しくする。それだけなのはの能力を警戒しているのだろう。
「アルフ。私も、彼女と……」
「ああ。あたしもあのヤローにちょいと用がある」
フェイトは剣士と、アルフは白髪の男と向き合う。そこから離れた高層マンション屋上で、ユーノとクロノは念話を交わしていた。
(ユーノ。それならちょうどいい。僕と君で手分けして、闇の書を持っているもう一人の仲間を探すんだ)
(主が持っている可能性は?)
(蒐集の事実を知らないのなら、この場にはいないだろう。だがあの連中は持っていない。蒐集をして来た以上、闇の書を持ち出しているはずだ。僕は結界の外を探す。君は中を)
(分かった)
そしてユーノは下に、クロノは結界の外に飛んで行く。
その一方で、なのはは赤い少女と、フェイトは剣士と向かい合った。
「ヴォルケンリッター鉄槌の騎士、ヴィータ。テメーの名は?」
「なのは。高町なのは!」
「高町なぬ、なぬ……ええい、呼びにくい!」
「逆切れ!?」
目を丸くしたなのはと言葉を噛んだヴィータが対峙している横で、剣士とフェイトは睨み合っている。
口を開いたのは、剣士の方からだった。
「私はヴォルケンリッターの将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン。お前の名は?」
「時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ・アサルト」
お互い名乗りを上げ、両者共に笑みを浮かべる。
その時、割り込むようにレイジングハートが声を上げた。
『Master, please call me “Cartridge Load” (『カートリッジロード』を命じてください )』
「うん。レイジングハート、カートリッジロード!」
『Load cartridge』
マガジン状の弾倉から魔力が圧縮されている弾丸が充填され、撃発される。
同時にレイジングハートの中に強力な魔力が宿った。
『Sir』
「うん。私も、だね。バルディッシュ、カートリッジロード」
『Load cartridge』
デバイスの先端部と柄の間に取り付けられたリボルバー式の弾倉が回転し、カートリッジが撃発される。
それと同時にバルディッシュも強い魔力を帯びる。
カートリッジシステム。その慣らしを兼ねてなのはとフェイトは互いの相手へと向かっていった。
ヴィータはなのはの放った、威力を底上げされた十六発の誘導制御弾――アクセルシューターに追い立てられ、シグナムがフェイトと近距離から中距離で攻撃を交し合い、一進一退の戦いを繰り広げる。一方、アルフと白髪の男は拳を構えたまま動かなかった。
「あたしの名はアルフ。あんたの名は?」
「ザフィーラだ」
「そう。……ザフィーラ、闇の書の蒐集は無理矢理襲い掛からないといけないもんなのか?」
「……どういう意味だ」
アルフの意志を図りかねるように眉をひそめるザフィーラ。それにアルフは静かに告げる。
「それこそ管理局に泣き付いても良かったんじゃないかってことだよ。主の命を助けるためなら、局員に協力してもらえば襲い掛かって奪わなくても――」
(無理な話だ)
アルフの言葉に、シグナムが思念通話で割り込みをかける。幾分自嘲を含んだその言葉に、アルフは怪訝そうな顔をした。
(我らと管理局との溝は深い。管理局と接触したなら、主は間違いなく夜天の書ごと封印措置を受けることになる)
「なんでだよ! 頁を全部埋めても暴走しない抜け道があるって話じゃないか!」
(……祐一から聞いたか。だが、それは一種の賭けだ。確実かどうか分からないものを理由に、管理局が蒐集を許してくれるとは思えん)
どちらも決して間違いとは言えない主張。だからこそ、どちらの陣営も自分の意志を曲げる事はできなかった。
(なら、何故あなた達は蒐集をするんですか? 暴走したら、あなたたちの主は……)
(次善の策がある。そちらも分が悪い賭けではあるが、主だけでも助けることは出来る)
割り込んできたフェイトにシグナムが答える。
シグナムは連結刃状態のレヴァンティンをフェイトのバルディッシュに絡め、互いに一歩も譲らない攻防をしていた。
その一方でなのははアクセルシューターを駆使し、ヴィータを中距離より先に踏み込ませないよう戦闘を進めている。
それ以上離れれば砲撃が飛んでくることに気付いているのか、ヴィータは鉄球に魔力を付与してハンマーでなぎ払い、何とか近接戦に持ち込ませようとする。
赤い魔力を帯びた鉄球は、放たれる度にアクセルシューターに砕かれ、なのはとヴィータは膠着状態に陥っていた。
そして強装結界の外、クロノはビルの上に立ち結界を見つめていた緑の服の女性の後ろを取り、その後頭部に杖を突きつけていた。女性の手には一冊の書が握られている。
「捜索指定ロストロギアの所持、使用の疑いであなたを逮捕します。抵抗しなければ弁護の機会があなたにはある。同意するなら、武装の解除を」
緑の女性が硬直し場の空気が張り詰める。
だが、そこに闖入者が現れた。仮面をつけた青い髪に白い上着を纏った男がクロノの腹に蹴りを入れ、向かいのビルのフェンスに叩き付ける。
「あなたは……?」
「使え。闇の書の力を使って結界を破壊しろ」
「でも、あれは……!」
緑の女性が何か話そうとした瞬間だった。下からビルの屋上に二人の黒いコートを纏った人物が現れる。二人とも黒いフードを深く被り、その顔を判別することは出来ない。
「何者だ!」
叫ぶ仮面の男への返答は、黒コートの一人の魔法攻撃で行なわれた。
仮面の男はとっさにカードを取り出しバリアを張る。が、黒コートの手の平から放たれた抜き撃ちの砲撃はバリアを数秒の拮抗の後に砕き散らした。
その直後に、もう一人の黒コートが仮面の男の腹に一撃を見舞う。
仮面の男はその場に悶絶して倒れ込んだ。
「あなた達は!?」
突然の事の連続に目を白黒させながら緑の女性が言う。
「シャマル。私があの結界を破壊する。その隙に騎士達を撤退させろ」
拳を放った黒コートの言葉に緑の女性は目を見開き――そして頷いた。
(皆。今からこの結界を破るから、そうしたら撤退を!)
(((応!)))
そして黒コートの人物は犬のような装飾の金属製の籠手を嵌め、結界に向き直る。
一方でもう一人の黒コートは仮面の男をビルの下に放り捨て、クロノと向き合った。
「一体どうなっている。お前達は何者だ!」
クロノの問いに答えることなく、黒コートは両手を広げて立ちはだかる。
自らの身を犠牲にしても通さない。
クロノにはそのように見えた。
「魔を祓いし狼の叫びよ。紅月の下、群れ集いて鳴り響け」
銀色の籠手に魔力が充填されていく。その魔力の総量は、なのはの砲撃魔法を優に越えていた。
「我が眼前の魔を打ち砕け。蒼月の下、我が祈りは今轟きとなりて世界へと響き渡らん」
そして込められた魔力に籠手に小さくひびが入る。
だがこれも予定の内だ。
崩壊するその直前まで魔力を充填し、崩壊と同時に解き放たれるその咆哮はあらゆる結界を打ち砕く。
「ハウリング・ウォルブスッ!」
オン、と大気が鳴動した。
次の瞬間、場を覆っていた結界がガラスのように粉々になって砕け散る。
一方、その咆哮を放った狼の籠手には亀裂が縦横無尽に走っていた。
結界の中から飛び出していく三筋の光。
そして緑の女性が転移しようとしたその時、クロノと対峙していた黒コートが女性の手を掴む。
「私のリンカーコアを持っていきなさい」
「え……?」
突然の申し出に戸惑う緑の女性。だが黒コートは自分の胸に女性の手を当てた。
「急いで。もう時間が無い」
はっと上を見る緑の女性。そこには入れ替わりにもう一人の黒コートと対峙しているクロノの姿があった。
緑の女性は覚悟を決めたのか顔を引き締め、黒コートの胸に腕を突き刺し、リンカーコアを取り出して書を開く。
「夜天の魔導書、奪って」
『Sammlung』
リンカーコアから光が失われていく。女性は残りかすの様に小さな光になったリンカーコアを胸の中に戻す。
倒れ込む黒コート。緑の女性が転移魔法で消えようとする刹那、もう一人の黒コートが白い球体を屋上の床に叩き付けた。
ノイズのような音が辺りに響き渡る中、緑の女性は転移する。
「エイミィ!」
『ごめん、クロノ君! 今のでジャミングされた。追跡できない!』
エイミィからの通信に奥歯を噛み締めるクロノ。
ビルの下を見ると、そこには既に仮面の男の姿は無かった。
クロノはコートを纏った二人に杖を向ける。
「捜査妨害の容疑であなた方を逮捕します。抵抗しないなら弁護の機会があなた達にはある。投稿するなら、武装の解除を」
杖を向けられても黒コートの二人は動じる様子も無く、立ち上がった黒コートと立っている黒コートが手を触れ合わせた。
立ち上がった方の黒コートが取り出した白い立方体がルービックキューブのように変形し、直後白い光の奔流が二人を包み込む。
光が収まった時、屋上には誰の姿も無かった。
『今の、魔力反応が全然無かった。……魔法じゃない力で転移した? だめ、途切れてる。他の世界には飛んでいないみたいだけど……』
「エイミィ。今の三人について祐一に尋ねよう。何か知っているかもしれない」
『分かった。とりあえず今は帰投して』
「了解した。なのは達は捜査本部まで祐一を連れて来てくれ」
(はい!)
(分かりました)
クロノの言葉になのはとフェイトが頷く。そして二人は高町家へと空を駆けた。
その一方で、祐一は八神家にてはやてとすずかを相手に談笑していた。
「――でな、クレーン荒らしの異名をとった俺はゲーセンの親父に恐れられる事となってな。おかげでしばらくはクレーンのアームを弱くされて、苦戦の日々が始まった。そしてそこに現れたのが、クレーン久瀬と名乗る男だった」
「へー。ライバル登場やね」
「祐一さん、クレーンゲーム得意だったんだ」
はやてが合いの手をいれ、すずかは素直に感心した。
祐一はさらに得意になって、過去の仲間達との愉快な思い出話に熱を入れようとする。
「まあ、そう呼ばれるようになるまではこれまた苦難の日々が――」
「ごめんなさいはやてちゃん! 遅くなりました――――ってあれ? すずかちゃんに祐一君?」
玄関が開くなりダイニングに飛び込んで来たシャマルが、テーブルに座っていた祐一とすずかの顔を見て目を丸くする。
「お帰り、シャマル。他の皆は?」
「ただいま戻りました。――む、祐一」
「ただいまはやて!」
「ウォフ」
ヴォルケンリッターが私服の姿で帰ってくる。
シグナムは祐一と顔を合わせ、ヴィータがはやてに抱きつきながら祐一とはやての間に身を割り込ませる。
「祐一、お前が何故ここに」
「いや、シグナムが剣道場から帰るのが遅くなりそうだからって言ってたから、はやてちゃんが寂しくないように寄ってみたんだ」
シグナムの問いに笑って答えた。それに不審そうな顔をするシグナム。
(……それで、本当の目的は何だ)
(母さんの指示だ。お前らがダメージを負っていた場合のサポート役。多分、他意はないと思う)
シグナムが思念通話を繋げてくる。祐一からは出来ないが、向こうからラインを繋げてくれるなら会話が出来る。
「そうや。祐一さん今日は鍋やって聞いたらお肉追加で買うてきてくれたんよ」
「まあ、ありがとうございます」
シャマルが笑顔でお礼を言う。そして既に準備の整っている鍋のコンロにはやてが火を点ける。それからはやては冷蔵庫に向かい、切られた野菜を取り出してきた。
(今日シャマルが黒いコートに身を包んだ二人組に出会ったそうだ。それがお前の両親か?)
(片方は母さんで、もう片方は知り合いだな。どっちもはやてちゃんの味方だ。まかり間違ってもはやてちゃんの害になるような事はしない)
シグナムが目を落とす。とりあえずシグナムには信用してもらえているようだ。剣道場に通い詰めたのも無駄ではなかった。
(あの……じゃあ仮面の男について知ってるいますか?)
(目的までは知らない。けど、あいつらは最終的にはやてちゃんの敵になる。警戒しておいた方がいい)
(あいつら? 複数いるのか?)
(二人組みだったと思う。かなりの使い手だ。拘束魔法を受けないように気をつけろ)
シャマルとシグナムが目配せをする。はやての傍にいるヴィータも口数が少なくなった。何か会議でもやっているのだろう。
そうこうしている内に鍋の出し汁が沸騰した。そこにはやてが野菜と肉を入れていく。
「そういやシグナム、あんまり祐一さんのこと話さへんようになったなあ」
「そうでしょうか」
「うん。前は道場に行く度に祐一さんのこと話してくれとったのに」
「いや、それは俺が口止めしといたんだ。恥ずかしいからやめてくれって」
とっさに嘘をつく。シグナムは無言で頷いた。
「でもシグナム祐一さんの事をべた褒めしとったで。恥ずかしいことあらへんよ?」
「俺も男の子だからな。負け越してるのを話されるのは恥ずかしいんだよ」
「そーいうもんなん?」
「そーいうもんだ」
そこではやての祐一を見る目が変化する。その猫のような目に祐一は覚えがあった。
アリサがSっ気を出し始めた時と同じ目だ。
「祐一さん、もしかしてシグナムの事好きなん?」
「ん? そりゃ嫌いなわけないけど?」
「んー……。祐一さん、それはマジボケ?」
「……意味がさっぱり分からないんだが」
シグナムの方を見る。目を逸らされた。すずかはおかしそうにくすくすと笑っている。
「要するに、恋をする方の好きっていうことや」
「あー。ないない、それはない。年が違いすぎる」
「いや、恋に年の差は関係ないで。祐一さんはシグナムの事なんて思うとるん?」
シグナムの事をどう思っているか。祐一は考えに考え――そして嘘偽り無く本音を口に出す事にした。
「小さい子達には面倒見のいいお姉さん。大きなお兄さんには剣の鬼。武人としてはあこがれてる。あとおっぱい魔人」
「表に出ろ祐一。我が剣の錆びにしてくれる」
シグナムの目は本気だった。祐一はすぐに頭を下げて謝罪する。
「すいません最後のは冗談です。……というか気にしてたんだな、胸大きいの」
「祐一さん。触ってみたいんか?」
「是非に。……冗談だ判れキレるなごめんなさいもうふざけません」
はやての質問にノリで答えたところ、シグナムが剣型のペンダントを取り出した。祐一は即座に詫びを入れる。シグナムは胸が大きいのがコンプレックスらしい。
「結局シグナムは祐一さんとどういう仲なん?」
「んー。知り合い以上ライバル未満?」
「一応友人のつもりで接してきたつもりです」
「なるほどなあ。じゃあ祐一さんが今一番気になっとる女の子は誰なん?」
その答えに詰まってしまう。ここでふざけてはやてちゃんと言えば、レヴァンティンの錆びにされかねない。
「気になってるというか、助けてやりたいやつならいるかな」
「どんな子なん?」
「ずっと泣いていたやつでな。どうにかして笑わせてやりたいって思ってるんだ」
虚空に視線を浮かせ、この世界のリインフォースの事を想う。
もう悲しい涙を流させるつもりはない。
そのための布石は、あと一つ。仮面の男達二人を拘束する事。これは月達なら簡単に出来るだろう。
鍋を食べ終えてしばらくして、すずかは迎えの車に乗って帰っていった。
祐一もシグナムに見送られて玄関に出る。
「なあ、蒐集はどこまで進んでいる?」
「少し待て。呼んでみる」
シグナムが目を瞑る。そこへ家の中から闇の書が飛んできた。シグナムがページをめくっていく。
「五百五十八頁。残り百八頁だ」
「そうか……。分かっているとは思うが、蒐集が終わったら――」
「ああ。約束は守ろう」
視線を交わしあい、シグナムと別れる。
高町家への道を歩いている途中で携帯が鳴り始めた。通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
「はい、もしもし」
「あ、兄さん。よかった、繋がった」
「どうした? 何かあったのか?」
「うん。大切な話があるから、クロノ達のアパートに来て欲しいの」
おそらく、今日の戦闘についてのことだろう。頭の中で明かしてもいい情報と秘匿するべき情報を整理して、祐一は深く息をついた。
「分かった。すぐに戻る」
返事をして通話を切る。そして夜道を駆け出した。
白い息を吐きながら、少しばかり人間離れした速度で空気を切り裂きながら走る。
祐一がクロノたちのアパートに着くまで五分とかからなかった。
「こんばんはー」
「ああ。来てくれたか」
アパートのドアを開けた祐一をクロノが出迎える。
靴を脱ぎ、差し出されたスリッパを履いて上がりこむ。
「話ってなんだ? 今回俺は何もしていない筈だけど」
「それについては中で説明する。上がってくれ」
クロノに案内されて、なのは達のいるリビングに通された。部屋の電気が暗くなり、空中にスクリーンが表示される。
そこに映し出されていたのは、黒いコートを纏った二人組み。そして仮面を被った青い髪の男の姿が映し出されていた。
「今回捜査の妨害をしてきた人物だ。知っているか?」
「……ああ。仮面の方の目的は闇の書の暴走を引き起こす事。ただしそれで何をしようとしているのかまでは分からない。あと、仮面の男は二人いる。一人だと思っていると隙を突かれるぞ」
「黒いコートの連中は?」
「こっちは俺の仲間だ。闇の書の呪いを解くことが目的。その過程で管理者権限を使用するために闇の書の完成に協力している」
そこで画面が閉じられる。部屋の明るさが元に戻った。
そこでクロノが祐一の方に真剣な顔を向けてくる。だが、その目には最初に祐一を問いただした時のような険が取れていた。
「教えてくれ。君は闇の書について何を知っている」
「……後、もう少し」
「え?」
「もう少しで蒐集は完了する。そこで全てが明らかにするつもりだ。だけど、それまでは話せない」
クリスマスイヴまであと十数日。それまでには頁の蒐集も終わるだろう。全てを話すのはそれからでも問題ない。
「……仕方が無い。君が話さないと言うならこちらで勝手に調べさせてもらう。ユーノ、明日から頼みたい事がある」
「僕に?」
「本局の無限書庫で、闇の書の情報を探して欲しい」
無限書庫。祐一達が知っている知識も、元を辿ればそこでユーノが調べた情報だ。
だが、その程度の情報が今更出揃ったところでもう遅い。夜天の書の完成は間近なのだから。
玄関で靴を履こうとして、祐一はふと口を開く。
「クロノ。夜天の魔導書について調べて見るといい」
「夜天の魔導書?」
「闇の書の、本当の名前だ」
それだけを告げて外に出る。その後をなのはとフェイト、アルフがついてくる。
「おにーちゃん。闇の書の呪いを解くって本当?」
「ああ。そのためにこれまで計画を進めてきたんだ。あと少し――あと少しで全ての頁が埋まる」
白い息を吐いて、祐一は答えを返す。その祐一の右手を、そっとなのはが握ってきた。
「闇の書――えっと、夜天の魔導書の危険性は?」
今度は祐一の左にいたフェイトが質問してきた。だが、失敗した時の話などマイナスにしか働かない。
だから、祐一は出来るだけ気楽そうに口を開いた。
「確かに危険性はあるけど、すぐには何も起きない。それにもしもの時のためのプランも用意してある。後は、仮面の男達をどうにかしてしまえば俺達の勝ちだ。それからは危険な橋を渡って呪いを解くか、今の主が死ぬまで現状維持をとるか……主の選択次第だな」
だが、祐一ははやてが闇の書の呪いを解く道を選んでくれると信じている。
リインフォースの存在を知れば、はやてはきっと助ける道を選ぶだろう。
夜空を見上げる。冬の空は澄み渡って星々の光がはっきり見える。ようやくこの九年間の終わりが見えてきた。
決意を胸に、祐一は高町家の門をくぐる。その姿を、屋根の上から小さな影が眺めていた。