2010年12月7日12時4分
年の瀬の日本に「第九」とともに響き渡るハレルヤコーラス。東京芸術大学の教員や学生らが上演するチャリティー公演「メサイア」が24日、60回の節目を迎える。英国生まれの宗教曲はこの「芸大メサイア」で日本に定着。思いがけない「儀式」も生み出した。
9月の東京・NHKホール。アントニオ・パッパーノ率いる英国ロイヤル・オペラハウスが本家本元ともいえるメサイアを上演した時のこと。「ハレルヤ」が始まったとたん、聴衆が次々に立ち上がった。客席にいた英国人の公演関係者らは「何事か?」と顔を見合わせた。
メサイアはヘンデル作曲で1742年に初演された。「ハレルヤ」はヘブライ語で「神をたたえよ」の意。欧州には、カトリックのミサは別として、演奏会で聴衆が立つ習慣はない。
ではなぜ日本に「ハレルヤ立ち」が根付いたのか。
英国王ジョージ2世がハレルヤで感極まって立ち上がり、他の聴衆も慌てて起立した。あるいは同じジョージ2世がたまたまこの曲の時に臨席したため、皆立ち上がった――。こうした説が日本に伝わり、王室および名作への敬意を表する「儀式」として定着していったようだ。
このハレルヤ立ちを定着させたのが、戦後の1951年に始まった芸大メサイアだ。同時に「年末メサイア」という習慣も日本に定着させた。メサイアは欧州では受難節のある春に上演されるが、芸大メサイアは戦災孤児支援の年末チャリティーとして東京の日比谷公会堂で開かれた。
メサイアの上演時間は約3時間。ハレルヤが現れるのは終盤だ。長い我慢ののちに訪れる大合唱の幸福感は、最終楽章に「歓喜の歌」がようやく登場するベートーベンの「第九」にも通じる。
「一年をしみじみ振り返り、皆で一斉に歌って心を解放し、新しい年に向き合う。そんな日本の年末文化にメサイアは絶妙に寄り添った」と東京芸大特任教授の滝井敬子さん。
東京芸大にとっても芸大メサイアは伝統文化だ。ソリストは大学4年生と大学院生からオーディションで選ばれる。世界で活躍するアルト歌手、伊原直子さんも芸大メサイアでプロへの第一歩を踏み出した。「舞台の上で非日常の緊張感を持ってこそ真の音楽家なんだ、と心に刻むきっかけになりました」
24日の公演は東京・上野の東京文化会館で午後6時半から。指揮は小泉ひろし。4千円、3500円。問い合わせは朝日新聞厚生文化事業団(03・5540・7446)。(吉田純子)