北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議の日本代表を務めた薮中三十二・前外務事務次官の『国家の命運』(新潮新書)が出版された。少子高齢化のなか、内向き志向を強める日本の転回を説いている。尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件やロシア大統領の北方領土訪問などのトピックを中心に、薮中さんに聞いた。【中川佳昭、岸俊光】
日米関係について、薮中さんは「安保改定50周年の節目だったが、昨年11月のオバマ米大統領来日後の1年間に普天間問題から両国関係は揺らいだ」と指摘。「積極的な側面を強調すれば、日米が同盟関係や安保条約の果たしている役割を考え直す機会になった」と語った。
それに関連して、昨年12月のコペンハーゲンでの気候変動サミットを契機に、米中関係が悪化に向かったとの見方を示した。薮中さんは「米国内で『中国は傲慢だ』という声が上がった。グーグルへの事前検閲やイランの核問題への非協力的な姿勢から、中国を見る目が厳しくなっている」と述べ、「中国と向き合うには日米同盟が有効で、安保条約は東アジアの安全保障環境を守る重要な枠組み」と強調した。
中国漁船衝突事件を巡る日本政府の対応については、「日本の法律がきちんと執行されているかどうかが大事だ。国内法に基づき、逮捕、処分保留とした那覇地検の決定はぎりぎりのところでセーフだと思う」と評価した。一方で「国民がどう見たかは別問題。政府と国民との間にギャップがある」と語った。
またメドベージェフ露大統領の国後島訪問に関しては「領土交渉が急に厳しくなったとは言えず、日ソ共同宣言以降、本質的には何も動いていない。毎年のように日本の首相が交代している影響は大きい。日露ともに安定した政権基盤が、問題解決には必要」などと訴えた。
新刊『国家の命運』では、1989~90年に日米構造協議を担当した体験を基に、受け身の姿勢から脱却し自らの考えを持って世界に貢献する「アメリカ離れ」が強調される。国民生活などおかまいなしに交渉のペースを作ることができ、中国も悩ませる北朝鮮外交の手ごわさを示した章なども興味深い。
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■人物略歴
1948年生まれ。アジア大洋州局長、外務事務次官などを歴任し、今年8月に退官。現在、外務省顧問、立命館大教授。
毎日新聞 2010年12月1日 東京夕刊