「医者になった本当の理由」をテーマに、11月3日に産業医科大学(北九州市八幡西区)で開かれた第136回患者塾。04年度から始まった新しい「臨床研修制度」のあり方について医師らが議論した上で、これから医師を目指す若い人たちへエールを送った。
◆新臨床研修制度
小野村さん 医師免許を取得した新人医師が2年間の研修先を自由に選べるようになった「臨床研修制度」が04年度から始まりました。希望先が大都市や民間病院に集中するなど影響が出ていますが、この制度についてどう考えますか。
田中さん 地方の大学病院の研修医が減っています。従来は大学の医局から離島や地方に医師を派遣し、地域医療を支えていました。それが根底から崩れ、地域に医師を送ろうとしても送れない危機的な状況です。
楠原さん 大学病院は一般病院では診ないような患者さんも経験します。難しい疾患を診て悩んで勉強して解決するというプロセスを学べるのは大学病院だと思います。
松本さん 地域での医師の偏在や診療科の偏在を生んでおり怒りを覚えます。小児科や産婦人科、外科は成り手がいません。新制度が始まってからは、夜勤や当直などが少ない「楽そうな」ところに行きたがる傾向がより進んでいます。
久保さん 優秀な人はどこにいっても優秀な医師になりますが、もう少し頑張らないといけない人たちはこれまで医局が10年単位で教育をしてきました。新制度ではもう少し頑張らないといけない人の面倒が見切れていません。これは患者さんにとっても大変不利益を被る話です。
◆若い医師へのエール
小野村さん 医療を巡る厳しい状況はいろいろとあると思いますが、その中でこれからを担う若い医師やその卵たちにアドバイスを送ってください。
田中さん 「楽しく美しく格好良く仕事をしてくれ」と言っています。楽しくないと診察も研究も身につきません。美しくないと患者さんやスタッフから嫌われます。研究成果を格好良く発表すれば全国が注目します。また何事も心を込めることです。一人一人の患者さんを心込めて診察すればきっと何かがつかめるはずです。
津田さん 若い時勤務していた福岡の病院に、せきが止まらないという5歳の子供が入院しました。何の病気か分かりませんでした。ある雪の日その子が「外に出たい」と言ったので、主治医の私は「お母さんと一緒なら」と外出させましたが、心臓と肺が停止した状態で戻って来ました。しかし、蘇生できませんでした。
後に肺から組織を取って調べたら当時では珍しい病気でした。私は「外出させたから亡くなった」と自責の念を抱いていたのですが、両親は「亡くなったことは仕方がない。あの子のためにも先生はこれからいっぱい勉強して子供たちのために尽くしてください」と言われました。そのことが少しでも子供のために勉強をしたいと思うきっかけになりました。
平田さん 医師は「患者さんのために」と自分を犠牲にしているイメージがあると思いますが、なぜ患者さんのために仕事ができているかというと、手術の後や退院時に患者さんや家族が言ってくれる「ありがとうございます」の言葉がこの上ない喜びだからです。そういう喜びを感じている間は仕事が続けられると思います。
◆記者の一言
記者になった本当の理由は、囲碁の観戦記が書きたかったからだ。と話すと驚かれることが多い。社会の不正を追及したり、人の気持ちを動かすような話を発掘したりなどの志は露ほどもなく、大学で囲碁ばかりしていたためだ。結局、観戦記は書けず、特別な実績もないまま30年近く新聞作りに携わってきた。ただ振り返れば、多くの人との出会いがこの仕事の醍醐味(だいごみ)だった。人と出会うということは、その人の喜怒哀楽と向き合うこと。そして、そのことで自分が「試される」ということに、ようやく気がついたのだが、遅すぎたか……。【御手洗恭二】
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田中良哉さん=産業医大病院副院長・第一内科学教授▽松本哲朗さん=同副院長・泌尿器科教授▽楠原浩一さん=産業医大小児科学教授▽久保達彦さん=同公衆衛生学教室講師▽津田文史朗さん=つだ小児科アレルギー科医院(福岡県水巻町)▽伊藤重彦さん=北九州市立八幡病院(外科)▽平田敬治さん=福岡山王病院(福岡市、外科)▽高倉翔さん=産業医大医学部5年▽国枝佳祐さん=同5年▽井上嶺子さん=同6年▼司会 小野村健太郎さん=おのむら医院(福岡県芦屋町、内科・小児科)
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〔福岡都市圏版〕
毎日新聞 2010年12月7日 地方版