自転車事故で母親を亡くした東京都稲城市の会社員、東(あずま)光宏さん(40)が12日、東京地裁で開かれた加害者男性の判決公判に臨み「被害者のグループをつくり、自分の体験を伝えて共有したい」と決意を語った。東さんは被害者参加制度を利用し、公判で加害者への厳しい処罰を求めたものの、判決は執行猶予付き。「今は気持ちの整理が付かないが、今後、同じ立場の人が何をしていいか分からず不利な状況にならないよう、体験を語り合う場を設けたい」と話した。【馬場直子】
東さんの母令子さん(当時75歳)は1月、大田区の交差点で横断歩道を渡ろうとして、赤信号を無視した男性会社員(43)のスポーツ用自転車にはねられ、頭を路面に強く打ち死亡した。
「暗闇にいるようだった」。東さんは事故からの10カ月を振り返る。自転車事故の被害者団体はなく、気軽に相談できる窓口もなかった。加害者の責任追及もどうすればいいか分からず、3月に「全国交通事故遺族の会」に連絡したが、会員に自転車事故の被害者や遺族は見当たらず、当初は情報を得られなかった。
加害者の男性は8月に重過失致死罪で在宅起訴された。東さんは被害者参加制度を利用して公判に立ち会うことを決め、公判での意見陳述を巡り、検事や「遺族の会」の戸川孝仁副会長(66)から助言を受けた。それでも遺族の体験を共有する場はなく、「自転車事故の被害者や遺族は取り残されている」との思いは消えなかった。
10月7日の初公判と22日の第2回公判で、東さんは被告人質問に立ち、男性を厳しく追及して実刑を求めた。だが、11月12日の判決で前田巌裁判官は「最近、自転車事故が多発し、同種事故を防ぐため厳しい処罰で警鐘を鳴らす必要がある」と指摘する一方「無謀運転ではない」などとして、男性に禁固2年、執行猶予3年(求刑・禁固3年)を言い渡した。
法廷で東さんは大きくため息をつき、前田裁判官が説諭で「ご遺族には不満かもしれませんが」と述べた際も、思わず「不満です」との言葉が口をついた。閉廷後、東さんは「人の命を奪ったのだから厳しい判断をしてもらわないと」と話し、検事に控訴を求めた。
一方で「裁判に参加したことで思いが伝わったこともある。体験を語り合う場を設けたい」と述べ「遺族の会」に入会して自転車事故の被害者や遺族に呼び掛け意見交換する意向を示した。
戸川副会長は「自転車事故は増えており、被害者救済の活動は必要。それには当事者がけん引役になるべきで、東さんには中心になって活動してほしい」と話している。
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毎日新聞 2010年11月13日 東京夕刊