自転車と歩行者の事故急増について、元建設官僚で現在は自転車交通の研究に取り組む元田良孝・岩手県立大教授(59)が「政策的に自転車を軽視してきたことを反省している」と、毎日新聞の取材に語った。事故対策には自転車と歩行者の通行の分離が不可欠として「自転車専用の通行空間整備が必要。政府は腰を据えなければならない」と訴えた。【北村和巳、馬場直子】
元田氏は75年に旧建設省入省。キャリア技官として道路行政全般を担当、土木研究所交通安全研究室長や大阪国道工事事務所長などを歴任した。98年に退官後、自転車道整備の歴史や利用実態などを研究する中で、自転車行政の不十分さを痛感したという。
官僚時代は、車の激増による渋滞深刻化を受け、車の円滑走行に向けた道路整備ばかりを考えていた。92年に「自転車先進国」とされるオランダを視察、整備された自転車道を見て、「こういうものがあることを初めて知った」と言う。
道路政策の分岐点になったと元田氏が位置づけるのは、「交通戦争」と称され、交通事故死者が史上最多の1万6765人、自転車乗車中の死者も1940人に上った70年。警察庁は車と自転車の分離による事故防止を目指して道路交通法を改正し、自転車の歩道走行も認めた。建設省も、道路の基準を定める政令「道路構造令」に、自転車も走れる幅の広い歩道として「自転車歩行者道」の規定を盛り込んだ。
元田氏は「自転車の歩道走行は緊急避難的措置だったのに、恒常化して40年間放置された」と指摘。本来は車両として車道走行を規定された自転車が歩道も走れるようになったことで、自転車を巡る交通法令は複雑化するとともに、あいまい化したという。「その結果、車道で自転車は邪魔者扱いされ、道路の狭さや用地買収の難しさから自転車の通行空間整備は後回しとなった」と分析。現在、歩道で自転車と高齢の歩行者が遭遇する機会は70年の70倍以上になり、重大事故の危険性が高まっていると指摘する。
研究の過程で、60年代後半以降に道路行政に携わった先輩の建設官僚OBら十数人にヒアリングしたところ、異口同音に「今考えれば自転車道も必要だった」と述べたという。あるOBは「自転車を歩道に上げたのは英断だったが、(その後の歩行者との事故増加を考えると)愚策だった」と振り返った。
地元高校生への交通ルール講習会や、自転車を取り巻く環境改善のため地域住民とのシンポジウム開催にも取り組む元田氏は「インフラ整備は時間がかかるが、行政は覚悟を決める時」と指摘する。一方、元田氏の調査では、盛岡市内のある高校で「自転車は歩道で徐行」という道交法の規定を知っていたのは4人に1人だけ。「歩行者優先は法律に明文化されているのに認識されず、守られていない」と、交通教育の必要性も訴えた。
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毎日新聞 2010年10月21日 東京朝刊