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[5286] 恋姫語  (習作:恋姫無双×刀語 ちょっちオリジナル&戯言シリーズ含む)
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/01/03 23:15
 はじめまして。落鳳といいます。

この小説についての以下の注意点を読んでOKでしたら、読んで下さい

1. この作品は、刀語の主人公である七花を主人公にした恋姫無双と刀語のクロスオーバー作品です。クロスオーバー作品に嫌悪感を抱いている方はご注意ください。
2. 刀語は最終巻終了後からの流れとなります。七花以外の刀語キャラも複数人参戦する予定となっております。
3. 原作と違った展開になる場面もありますのでご了承ください。



「歴史の真実とは、過去の事実ではなく、後世の人々が描く想像で形作られる」
そんな言葉と共に嘘歴史冒険恋愛活劇<恋姫語>、はじまり、はじまり。

第零話<物語の始まり>

 
「どこだよ、ここ・・・・?」
 そう呟いて、一人の男が延延と広がる荒野のど真ん中で呆然と立ち尽していた。
 絢爛豪華な十二単衣を二重に重ねたような、女物の派手な着物を羽織った男はぼさぼさ頭を掻きつつ、ここは何処かと辺りを見回す。
「おかしいな・・・何で、俺、こんなところにいるんだ?」
 どうなっているんだと、首をかしげる男は自分の目が覚める直前の記憶を思い出していた。
「さっきまで、船の上にいたはずなのに・・・・っと、あいつはどこいったんだ?」
 普通ならありえないことを呟きながら、ここにはいない連れ合いを探そうと歩き始めた。
 ――が、すぐにその歩みは止まる事になる。

「おいあんた。命が惜しけりゃ身包み全部おいてきな。」
 男の前に現れたのは、頭に黄色いパンダナ巻きつけ、首元にも黄色いスカーフを巻いた三人の盗賊―――――その手には、男が初めて目にする変わった形の太刀を持ち、獲物である男に下卑た笑いを浮かべていた。
「俺達も情けが無いわけじゃねぇ。ただ、あんたの持ってるもの全部・・・・」
 男の正面にいた恐らくこの盗賊のリーダーが、刃物をちらつかせ、お決まりの言葉を口にするが・・・・
「いや、それ、無理だから。俺、金ねぇし。それに、この着物も大切なもんだから。」
 おびえる事無く、平然として男は、盗賊のリーダーの言葉を一蹴した。
 男の反応に舐められていると感じたのか、三人の盗賊は激昂し、武器を構え突き付ける。
「ってめぇ、何様のつもりだ!?このトンチキやろうがぁ!?」
「兄貴、こうなりゃ、実力行使!!こいつ、ぶっ殺して、身包みはいでやりやしょうぜ!!」
「けっ!!この命知らずがぁ!まあいいや、冥土の土産ついでに、てめぇの名前を聞いてやるぜ!!!」
 まるでお約束のようにフラグを立てていく盗賊三人を尻目に、男はぼやきながら、最後の問いに答える。
「名前か・・・・・まあ、おおぴらに言えないんだけど、ここならいいか。俺は――」
 今にも襲い掛からんとする盗賊三人を尻目に、男は足を大きく開き、腰を深く落とし―――
 左足を前に出して爪先を正面に向けて。
 右足は後ろに引いて爪先は右に開き。
 右手を上に左手を下に、それぞれ平手で。
 敵に対して壁を作るような構えを取り、男はここで初めて自らの名と止めの決め台詞を盗賊三人に告げる。
「虚刀流七代目当主―――鑢七花。ただし、その頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」
 鑢七花――――伝説の刀鍛冶、四季崎記紀の打った千本の変体刀によって作り出された完了型変体刀・虚刀<鑢>であり、無手にして1本の刀と言う異端の流派:虚刀流の七代目当主にして、現日本最強剣士―――只今、将軍暗殺の下手人として幕府に追われつつ、流浪の旅の真っ最中であった。


「一応、手加減はしといたけど・・・それにしても妙な格好をした盗賊もいるもんだな。」
 結果として、ものの一瞬で七花を取り囲んでいた三人の盗賊は、地面に倒れ伏していた。全員が白目をむいて、完全に意識を失っていた――立ち上がれる者は一人もいない。
 あまりのあっけなさに気の毒そうに三人の盗賊見つつ、その場を去ろうとする七花だったが・・・・

「お見事です。まさか・・・・武器を持った相手を素手で倒してしまうとは。」
「―――――お、あんた、誰だ?」

 不意に背後から聞こえた女の声に、何だというように七花は振り替える。
 七花の背後にいたのは、七花が見たこともないような――あえて、例えるなら刃の部分が分厚い薙刀を持った一人の少女だった。

「我が名は関羽。字は雲長と申します。天の御使いであるあなたを迎えに参りました。」
「て、天の御使いって・・・・それ、俺の事?」
「もちろんでございます。他に誰がおりましょうか。」

 この後、七花は、自分を天の御使いと呼ぶ関羽との話し合いの中で、以下2つの事が判明した。
 一つは、ここは日本ではなく、異国地であること。
 二つは、関羽と名乗った女性は、戦乱に苦しむ民を救うために、天の御使いの予言を聞いてここまでやってきたこと。

「では、あなたは、天の御使いではないのですね・・・」
「多分だけど、人違いだと思うぜ。そんな大した肩書き、名乗ったこともねぇし。」
「残念です。天の御使いの予言こそ、戦乱の世を治める唯一の手立てと信じ、この地までやってきたのですが・・・・」
 肩を落とし、打ちひしがれる関羽に、七花は居心地が悪そうにしながら、隣を歩いていたが、途中道が二手に別れたところで、関羽が七花に別れを告げた。
「申し訳ございませんでした、七花殿。私はこれから、近くの村々を荒らす黄巾党の一味と戦います。天の御使いを連れて来る事は出来ませんでしたが、絶対に勝利し、民を救ってみせます。それでは・・・」
 村へと歩を進めようとする関羽だったが――
「なあ、俺も一緒にいってもいいかな?なんなら、天の御使いってことでもいいからさ。」
 七花からの突然の申し出に驚き、足を止め振り返った。
「七花殿・・・しかし、それでは、あなたに迷惑が掛かります。何より、あなたには戦う理由が・・・・」
「理由ならあるさ。」
 それは、かつて七花が惚れたていたあるじである彼女が残した最後の命令だった。
『私のことは忘れて――好きなように生きろ』
 そう言い残して、七花のあるじである彼女は逝った。
 恋でもなく、愛でもないと言われたこともあったが、それでも、自分は確かに彼女のことが好きだった。
 だから、七花は世間を知り、人と出会い、覚悟を決めて――好きに生きようと誓った。
 そして、七花は、誰かの命令でも、指図でもなく、目の前にいる女の子を自分の意思で助けてあげたくなった。
 まあ、とりあえず――
「勘違いしないでくれよ。これは俺が天の御使いだからじゃない。ただ、あんたのために、したくなっただけなんだからな。」
 そして、七花は、戸惑う関羽に対して笑い掛ける。
 これからともに戦うことになる少女に。
 かつて、七花がともに旅すると、あるじに宣言した時の言葉ともに。
 
「俺はあんたにほれることにしたよ。」


 
 これが、鑢七花にとって、関羽との最初の出会いであり、のちに訪れるもう一人の完了型変体刀・虚刀<鑢>真打との三国を巻き込んだ動乱の始まりであるとは――たった一人を除いて、知るよしも無かった。





[5286] 恋姫語第1話<否定>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2008/12/21 15:42
 群雄割拠の戦国時代に、柄師、鍔師まで兼任し、刀にまつわる全ての事をたった一人でやってのけた天才的な刀鍛冶、四季崎記紀(しきざき きき)という男がいた。
 四季崎の生み出した刀は、素晴らしい出来と特異な機能を持つ「変体刀」と呼ばれ、彼の刀は最終的に千本にも達した。
 それ故に、人々からは<変体刀千本すべてを手中に収めれば戦国の世を想うがままに支配出来る>とまで言われ、武将達はこぞって彼の刀を求め、所有する四季崎の刀の数が大名としての格を示す基準にされるほどだった。
 そんな中、後に旧将軍と呼ばれることになる武将が天下統一を成し遂げた。
 しかし、その後も旧将軍は四季崎記紀の作った刀に対する執着を失わず、千本すべてを入手することに執心し続けた。
 後に稀代の悪法とまで呼ばれる刀狩令まで発して旧将軍は十万本もの刀を集め、四季崎記紀の刀も988本まで集める事に成功した。

 しかしそれでも、変体刀千本の中で最も完成度の高い十二本――通称;完成型変 体刀だけは、所在や所有者を突き止めてもその者達から刀を奪うまでに至らず、国力は疲弊、跡継ぎが居なかったが為に旧将軍の天下は一代で終わってしまった。
 旧将軍死去により政権が家鳴(やなり)家に移ってから120年後、旧将軍さえ蒐集できなかった完成型変体刀十二本は、たった二人の人間に、しかもたった一年の期間で全て蒐集されることになった。
 その二人の名は、尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督にして、通称<奇策士>の肩書きを持つ白髪の女性:とがめ、そして、もう一人は、虚刀流七代目当主:鑢七花である。
 以上、第0話の説明不足を補うまえふりから、恋姫語はじまり、はじまり。




第1話「否定」
「俺は、あんたにほれることにするよ。」

 七花の突然の告白宣言(七花としては違う)に、関羽は一瞬呆気にとられ、次に言葉の意味をしっかりかみ締めて――

「そういった冗談の類は感心しませんが。」

――――綺麗な顔を不機嫌にさせて、呆れた口調で言った。
「いや、冗談って・・・」
「いきなり、そんな事をあって間もない方に言われれば、誰だって呆れます。」

 心底呆れた関羽の口調に、思わず七花は「え、そうなの?」と呆気にとられる。
 しかし、これは、仕方の無いことで、とある事情により家族と無人島生活で人生の大半を過ごした七花の常識は、世間一般の常識とかなりずれているのだ。
「まったく・・・・こんな時に冗談なんて・・・」
 しばしの間、憮然とする関羽だったが、「まあいいです」と一呼吸於いて、七花に向かって嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ですが、ともに来てくれることには感謝します・・・あなたの力を私と力無き人々のために貸していただきます。」
「おう。じゃあ、とりあえず、あんたの向かっている街まで行こうか。」
「はい、私の妹も義勇兵を募って、待っているはずです。急ぎましょう、ご主人様。」

 七花は思わず「おう」といいそうなったが、関羽の発言に首をかしげた。
「あの、ご主人様って・・・?」
「はい。これからは、私は、七花殿、あなたに仕えるのです。ならば、私が貴方様をご主人様と言うのは当然ことです。それと、今後は私の真名である<愛沙>とお呼びください。」
「真名?」
「そうです。これは、信頼に値するものにしか教えることを許可しない大切な名です。しかし、これから、私はご主人様の家臣となるので、真名でお呼びください。」
「ん、まあ、分かったぜ、愛沙・・・・・でも、なぁ・・・・」
 ただの刀として生きてきた自分が、今度はご主人様になるっておかしなもんだよな。
七花は、そんな事を考えつつ、関羽――愛沙とともに愛沙の妹が待つ街へと向かった。

 
 七花と関羽が目的地である街へとたどり着いた時には、既にこの地を荒らしまわる黄巾党の一派の襲撃を受けた後だった。
 家々の半数は焼け落ち、全壊といかないまでも、未だに火がくすぶり続けている。
 そして、道の傍らでは、襲撃に巻き込まれた人間達の亡骸がそこかしこに打ち捨てられていた。
 愛沙が「くッ・・・・遅かったか・・・・」悔しげに呟く傍らで、七花がとりあえず、生存者を捜そうとしたとき、「姉者―――――!!」と声をあげて、まだ年端もいかない赤髪の少女が1人――その少女の背丈より長い矛を持って、こちらに向かって走ってきた。
「鈴々!!良かった、無事だったか?」
「うん!」
 愛沙に鈴々と呼ばれた少女は、安堵の笑みを浮かべる愛沙に駆け寄ってきた。
 とここで、その様子を見ていた七花に鈴々は気づいた。
「ところで、このお兄ちゃん、誰~?」
「こらっ! 失礼な言い方をするな。この方こそ、私達が捜し求めていた天の御遣いの方なのだぞ」
「へ~・・・ お兄ちゃんが天の御遣いの人なんだ」
 鈴々の瞳がまるで玩具を目にした女の子のように輝く。
 その様子に、以前に陸奥で出会い、自分を負かした怪力少女もこんな感じだけッと思いつつ、七花は「まあ、一応、そういうことになってるけどな」と苦笑した。
「自己紹介するのだ。鈴々はね~、性は張、名は飛。字は翼徳。真名は鈴々なのだ」
「ああ、よろしくな。俺は虚刀流7代目当主:鑢七花。」
「七花お兄ちゃん・・・よろしくなのだ」
「ところで、鈴々・・・この街の有様はどういうことだ?」
 とここで、笑みを浮かべていた愛沙は自分達がここに来るまでに何があったのかを、鈴々に訊くと、今まで喜んでいた鈴々の表情は悲しさに変わっていた。
「あのね……鈴々達が来る前に、黄巾党の奴等がこの街を襲ったんだって……」
「そうか……少し遅かったのだな」

 愛紗の沈んだ声が、この場の空気を重くする。
 それは自らの無力さを思い知った時と同じような物だった。
 七花が『天の御遣い』として協力し、乱世に巻き込まれた人々を救えると思った矢先の出来事である。
 愛紗からしてみれば、持ち上げられた所をいきなり奈落の底へと突き落とされた気分だろう。

「でもね、生き残った人達はちゃんと居たよ。その人達はみんな酒家に集まってるのだ」
「では、ご主人様、早速・・・・・」
 愛沙が「彼らに会って、とともに戦うよう協力をお願いしましょう。」と言い切る前に―――

「ああ。俺はこれから、黄巾党ってやつらの頭領の首を獲ってくる。」

 七花は一人で、その場を後にし、黄巾党の陣があるという場所に向かおうとした。
 しばし、ぽかんとしていた愛沙と鈴々だったが慌てて、七花の腕を掴んで引きとめた。

「お、お待ちください、ご主人様!!」
「無茶はいけないのだ、お兄ちゃん!!」
「え、どうしたんだよ?」
「どうしたのではありません!!仮にも大将が、しかもたった一人で、敵陣に乗り込むなど、無謀です!!」
「にゃははは・・・・鈴々より無鉄砲なのだ・・・」

 激昂する愛沙と呆れて苦笑いをする鈴々を見比べ、七花は少し戸惑いつつ、愛沙にたずねた。

「そうか?」
「当たり前です!!敵の数は四千人と聞きます。それを一人で、倒すなんて・・・・」
「まあ、流石に四千人なんて無理だけど・・・・でもさ、あいつらの頭領だけ狙うってなら、俺一人でなんとかなりそうだぜ。」

 確かに、愛沙の見た限りでは、敵の頭領一人だけを討ち取るだけなら、七花の実力でなんとかなりそうだ。
 それに、率いる頭さえ潰せば、危険な狼の群れも、狩られるだけの羊の群れ同然となり、結果として、こちらの有利になることも事実だ。
 しかし、それを成すには、アレだけの大軍の中を突っ切らなければならないのだ。
  そこまでたどり着く間に、敵の大軍に飲み込まれるのがオチだ。

「やはり無茶です。如何にご主人様の力が優れているとはいえ、危険すぎます。」
「う~ん、やっぱ、駄目か・・・・」
  如何にして愛沙を説得しようかと無い知恵を振り絞ろうとする七花だったが・・・

「否定するわ、あなたのその考え。」

 七花の思考をさえぎるように、凛とした女の声が辺りに響いた。
「だ、誰なのだ?」
「何者だ!!隠れていないで、要件があるなら、この場に出て来るがいい!!」
 突如現れた謎の闖入者に、辺りを見渡し戸惑う鈴々と、声を荒げ、警戒心を強める愛沙だったが、「しょうがないわね」という言葉と共に、その闖入者は建物の影から現われた。
 この国では珍しい金髪碧眼に、頭部右側に『不忍』の二文字が記された仮面を付け、腰には、この時代にはありえない否、存在してはならない兵器―――1対の拳銃を腰に挿した和装の女だった。
「あ、あんた!?」
 七花は、思わず声を上げた。
 なぜなら、彼女こそ七花が、変体刀蒐集でのライバルであり、変体刀蒐集の後に度の同行者であり、最初にいた場所で探していた相方である――

「でも、七花君のその案、全然駄目じゃないわけじゃないわね。」

元尾張幕府直轄内部監察所総監督にして、伝説の刀鍛冶:四季崎記紀の末孫――否定姫、二重否定にて七花達の前に現われた。




[5286] 第2話<初陣>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2008/12/23 15:53
 虚刀流の起源は七花の七代前、開祖である鑢一根が生きた戦国時代にまでさかのぼる。
 開祖である一根は、剣士こそがこの世で最強の生物であると考えていた。
 しかし、日本刀は長くて斬りやすく、重くて斬りやすいという利点がある反面、長い故に振り回しづらく、重い故に振り回しづらいという弱点を持っていた。
 真に最強を名乗るために弱点があってはならない――例え、利点を失ったとしてもっと。
 そして、一根が辿り着いた答えこそ、刀を使わない剣士こそ真の剣士であり、それにより十年間の山ごもりの修行の中で生み出されたのが、虚刀流とされている。
 まあ、これは世間一般にむけた表向きの話で、一根が無刀の剣士になったのには、とんでもないオチがあるのだが・・・・・
 それは次回以降に持ち越しということで・・・・恋姫語、はじまり、はじまり。
 


第2話<初陣>

「姫さん、何でここに・・・・」
「愚問ね、七花君。七花君がこちらの世界に来たのだから、一緒にいた私も巻き込まれたってありえないわけじゃないわ。」

とここで、否定姫を知らない愛沙と鈴々が、七花にたずねてきた。
「ご主人様、あのこちらの女性はどなたでしょうか・・・?」
「お兄ちゃんの知り合いなのか?」
「ああ、そういえば、紹介がまだたったな・・えっと・・・・・」
「否定姫よ。とりあえず、自己紹介その他もろもろは後からしてあげるとして・・・私に策があるんだけど、聞きたい?」
 その言葉に、七花達は顔を合わせて、どうしたものかと考えるが、とりあえず、否定姫の策を聞くことにした。
 ちなみに、否定姫の策を聞いた愛沙は、「馬鹿にしているのか!!」と激昂し、否定姫に斬りかかろうとしたが、鈴々と七花に抑えられた。
 しかし、最終的には、七花と否定姫と鈴々の賛成多数で押し切られる形で、愛沙もしぶしぶ否定姫の策に乗る事になった。


 その後、七花と否定姫の再会から二時間後、街から略奪した酒や食料で酒宴をする黄巾党の本陣から離れた位置に、七花を除いた否定姫、愛沙、鈴々達が率いる義勇軍が襲撃の機会を伺っていた。

「随分と呑気にしてるじゃない。ま、こっちにしてみれば、好都合なんだけど。」
 これから襲撃するにはねと、嘲笑をもらす否定姫に、愛沙と鈴々が駆け寄ってきた。
「否定姫、すでに準備は整ったぞ。俄仕込みだが訓練を多少施したし、兵達には必ず2,3人がかりで敵を倒すよう厳命して置いた。」
「こっちも、準備万端なのだ。」
「ご苦労様。さて、七花君の方も着いてる頃だし。始めましょうか。」

 否定姫の考えた策は、七花の案を取り入れた形でまとめられた。
 まず、否定姫率いる義勇兵二千人の義勇兵でもって、黄巾党へと進撃し、敵をおびき出す。
 次に、誘導によって手薄になった黄巾党本陣へ、ころあいを見計らって、側面から七花が突撃し、敵陣を突っ走り、黄巾党を率いる頭領を討ち取ると言うものだ。
 言葉にすると単純極まりないかもしれないが、常識で考えれば、大将自らが、しかも一人で敵陣を突っ切るなど、策とも呼べない代物だ。

「あの不愉快な女じゃないけど、策ならぬ、奇策とでもいったほうがいいかしらね。」
「まったくだ。疑うわけではないが、大丈夫だろうな。」
「安心しなさいよ。仮にも<天の御使い>に仕える巫女なんて、大層な物名乗るわけなんだから。」

 <天の御使い>に仕える巫女・・・これが、否定姫の現在の肩書きである。
 否定姫の考えた策の中で、重要となってくるのは、如何に多くの敵兵をこちらの目にむけるか、そして、頭領を討ち取った後に、自軍の兵の士気を上げて、敵軍の士気を下げるかにかかってくる。
 そこで、否定姫が考えたのは、まず意気消沈する街の人々に、否定姫自身が<天の御使い>と名乗り、「この戦で天の御使いが降臨し、あなた方を救いにやってくる」と予言し、街の人々に活力を与え、義勇兵の士気を上げる。
 次に、戦場では、愛沙と鈴々の部隊が陣を構える黄巾党を強襲し、敵の目を側面にいる七花から逸らす。
 そして、側面から突撃した七花が頭領を討ち取れば、否定姫の予言は真になり、義勇軍の士気は一気にたかまり、逆に頭領を失い、さらに、本当に天の御使いが現われたと知った黄巾党の士気は激減―――というのが、否定姫の筋書きだった。

「ま、本来なら、堂々と矢面に立つなんて、性に合わないんだけど・・・たまにはいいかしらね。」
「それでは、否定姫・・・始めるぞ。」
「こっちも、いいのだ!!」
「・・・・じゃあ、全員突撃しないこともないわ!!」
「「「おおおおおおぉおおおおおお!!!」」」
 否定姫の――二重否定と言うやや締まらない――掛け声を機に、愛沙と鈴々が率いる義勇軍2千の部隊が左右から一気に掛けだした。

 黄巾党の陣中では酒宴に盛り上がる仲間達を恨めしそうに見つつ、見張り役の三人―――七花を襲った盗賊三人組が「盛り上がってるな・・・」「畜生、仲間はずれにしやがって」「腹減ったな・・・」などと愚痴をこぼしていた。

「そもそも、兄貴が行けねぇんッスよ・・・勝手に部隊はなれてなきゃ、頭領のお叱りうけずにすんだのに・・・」
「皆、盛り上がってるのに、俺ら三人だけはぶられるし・・・・腹減ったなぁ・・・」

 仲間二人の非難の嵐に、この三人のなかではリーダー格にあたる兄貴と呼ばれた男は「うるせぇ!!」と怒鳴り声を上げて一喝した。
「俺一人の性にしやがってよ!!大体、お前らだって乗り気だったじゃ・・・」
 とここで、言葉の途中で何があったのか、兄貴が驚いたような顔で呆気にとられていた。

「あれ、どうかしたんすか、兄・・・・!!」
「急に黙って・・・・いったい何が・・・・!!」

 つられて後ろ振り返った二人もようやく、兄貴が呆気に取られた理由を理解した。
 こちらに、二人の少女に率いられた大軍勢―――愛沙と鈴々が率いる義勇軍が迫っていることに気づいたからだということに。
「て、敵襲うううう!!!おい、皆に早く知らせるぞ!!!」
 酒宴の真っ最中、さらに、気の緩んでいる状態ではやばいと感じた兄貴の叫びにも似た言葉に反応した残った二人も急いで、陣中にいる仲間達に危険が迫っていることを伝えに、戻った。
 酔いが残っている者もいるが、まだ酔いの浅かったものは敵が迫っていると聞きつけた仲間達も手にもとって、迎撃に出る。
 そして、義勇軍と黄巾党の決戦が始まった。

 一方、愛沙達と黄巾党がぶつかり合う戦場から離れた―――ちょうど黄巾党の陣中の横合いの茂みに七花は突撃の機会を伺っていた。
「さて、これが戦場での初陣ってことだろうな。」
 先ほど、愛沙たちにも話したとおり、七花にとって、戦場での戦闘はこれが初めてだった。
 そう、あくまで戦場での戦闘は。
「まあ、仲間がいる分だけ、一人で城攻めした時よりかはましかな。」
 ただし、戦場以外での実戦経験については、完成型変体刀十二本の蒐集で全国津々浦々のキワモノ或いはつわもの達と闘ってきた七花がこの戦場において圧倒的に郡を抜いていた。
4千人全てを相手にする事は出来なくとも、陣中に残った黄巾党の頭領と出遅れた兵士約3百名たらずに遅れをとることなどまずない。
「じゃ、いくか。」
 突き抜けるは、敵陣中の横っ腹。向かうは黄巾党陣中、狙いは黄巾党を束ねる頭領。
 ころあいを見計らい茂みから飛び出した七花は、正面に集中している敵の隙をうまくつき、戦線に勢いよく疾走した。
 これが、虚刀流七代目:鑢七花の初陣であった



[5286] 第三話「虚刀乱舞」
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2008/12/28 19:35
 七花が敵の陣中へ乗り込んだ頃、戦場では、義勇軍と黄巾党のぶつかり合いが激しくなっていた。

「はあああああぁあ!!!」

 愛沙の青龍堰月刀がきらめきとともに振り下ろされる。
 同時に、愛沙に斬りかかろうと剣を構えていた黄巾党達を勢いよくなぎ払う。
 肉を斬り裂く鈍い音と同時に、吹っ飛ぶ黄巾党達。

「隙有りなのだ、うりゃりゃりゃりゃ!!!」
 一方、その光景に呆気にとられる周りに居た黄巾党達に、すぐさま、鈴々の蛇矛が唸りを上げて、振り回される。
 同時に、鈴々の蛇矛をまともにうけた黄巾党達の頭を割られて絶命していく。

 まさに一騎当千・獅子奮迅の活躍を見せる愛沙と鈴々であったが、素人同然の義勇軍の兵士たちはそうそう上手くいかず、「ギャ!!」「グロ!!?」と小さな悲鳴があちこちで聞こえてくる。
 後方で待機していた否定姫がこれ以上の状況の悪化を打破するために、切り札とも言える檄を放つ。

「義勇軍の兵士の諸君・・・・もうすぐ、天の御使いが我らの助けに来るわ。それまで、奮戦しなさい。」

「聞いたか!!否定姫の予言のとおりならば、もうすぐここに、天の御使いが来るはず・・・いや、必ず来る!!!」

「それまで、鈴々達で頑張るのだ!!」

 否定姫の檄に答えるために、愛沙と鈴々は今まで以上に奮闘し、その闘志に当てられた義勇軍の兵士達の士気も上がった。
「さて、後は時間との戦いね・・・・・」
 幾分か劣勢だった義勇軍も、否定姫の檄を聞き、数で勝る黄巾党を相手に幾分か持ちこたえているが、このまま、長引けば、否定姫の言葉を疑うものが出てくるはずだ。
 そうなれば、脱走兵が次々と出て、自滅という最悪の事態につながりかねない。
(まったく・・・・・神様なんて信じちゃいなかったけど、今だけ、お願いしないこともないわ)
予断も許さぬ状況で、恋姫語第三話はじまり、はじまり


                            第三話「虚刀乱舞」

 陣中に残っていた黄巾党の面々は、側面からこちらに向かってくる七花の姿に気づいて時、笑みを隠さずにはいられなかった。
 この大軍に一人で、しかも、武器も持たずに戦うなど無謀以外の何物でもない。
「どこの馬鹿かはしらねぇが・・・・まずは、てめぇから、死ねやぁ!!」
 七花に一番近くにいた剣を持った黄巾族の一人が、七花に剣を切つける――
「虚刀流、百合(ゆり)―――!!」
 直前に、七花は、虚刀流、百合(ゆり)―――胴回し回転蹴りを繰り出した。
全体重を乗せたかかとは、剣で斬りつけた黄巾党の男の胴に炸裂し、悲鳴を上げるまもなく、地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。
 その光景を一部始終見ていた他の黄巾党の面面は、何が起こったのかと呆気にとられるが、槍を持った黄巾党の男が、「てぇ、てめぇ、やりやがったな!!!」と七花に突きかかる。
 「虚刀流、女郎花(おみなえし)!!」
 だが、向かってくる槍を七花は、虚刀流、女郎花―――突進してくる勢いを利用して槍をへし折り、逆にその槍の穂を向かってきた黄巾党の男の喉に突き刺した。
 今度もまた、槍を持った黄巾党の男は悲鳴を上げることなく地面に倒れ付した。
 この時点になって、七花に襲いかかってきた黄巾党の面々は気づいた。
「さて、んじゃ、あんた達の親玉がいるところまでいかせてもらうぜ。」
 一つは、この男は自分達ではなく、頭領だけを狙っているということ。
「ただし・・・・・」
 2つ目は、七花という男が、素手で自分達を殺せるということ。
そして、三つ目は――
「その頃には、あんたたちは八つ裂きになっているだろうけどな!!」
 七花の間に弱者を食い物にしてきたチンピラ風情の自分達が敵う相手ではないという圧倒的戦力差があるという絶望的事実―――!!
 それを示すかのように、こちら向かってきた七花が浮き足立つ黄巾党の集団に飛びこぶと同時に、打撃音と骨が砕ける音と犠牲者の断末魔の叫びがあたりに響いた。



 黄巾党の頭領である筋肉流流の大男が、分厚い大剣を傍らに置き、「たく、たかだか、素人ごときに何もたついていやがるんだ!!」と忌忌しげに舌打ちする。
「ちっ・・・・雑魚どもが、俺が黙らせてやるぜ。」
 ようやく重い腰を上げた頭領は、自分の得物である大剣を背負い、戦場に出ようとする。

「なぁ、あんたが、親玉でいいんだよな。」

 その時、背後から、聞こえた見知らぬ声に呼び止められ、頭領は「あぁん・・・!?」と声を荒げて振り返り、絶句した。
 目の前にいたのは、見慣れない服を身に纏った一人の青年―――七花であった。
 そして、その背後には、立ちはだかる黄巾党を打撃によって無残に破壊された幾十人という敵の屍と血潮で彩られた道ができていた。 
 突然の惨状に、頭領は「な、て、て・・・・」と思わず声を失っていた。
 それを肯定と受け止めた七花は、決着を付けようと頭領に向きあう。
「じゃあ、さっさと終わらせてもらう!!」
 そう宣言した七花は、言葉を失った頭領にむかって、駆け出した。
「くっ!?舐めるなぁ!!」
 とここで、すぐに気を取り直した頭領が大剣を手に取り、向かってくる七花に振り下ろす。
「ッと!?」
 すぐさま、振り下ろされた大剣に対し、体を逸らして避ける。
 だが、攻撃をかわされた頭領はあせるどころか、余裕の表情を浮かべていた。

「どうやって、ここまで乗り込んで来たかは知らんが、この俺と素手でやりあおうなんざ、百年早いわ!!!」

 たしかに、七花は強いだろう・・・しかし、素手と剣ではリーチに差がある以上、こちらが有利な事に変わり無い。
 リーチの差・・・たしかにこれは剣士の欠点を補うために剣士の利点を捨てた虚刀流特有の弱点といえる。
 その事を知った頭領は間髪要れず、今度は振り回すのでなく、狙いを定めて、七花にむかって突き出した。
 頭領は「このまま、嬲り殺してやる」というサディスティックな笑みをうかべる。

「虚刀流・菊(きく)!!!」

 だが、七花は虚刀流・菊で―――相手の突きを背中越しに裂け、両腕の二の腕と肘の部分を使って背骨を軸に、そのまま大剣をへし折った。

「悪いけど、虚刀流には、攻撃範囲の差を補うための、こういう武器破壊技だってあるんだぜ。」

 自慢の大剣をへし折られた頭領は「え、ああれぇ!!?」マの抜けた声を上げて、呆然とするが、その隙を七花が見逃すわけもなく、懐に飛び込んで、止めを刺さんとする。

「悪いけど、じゃあ、姫さんの頼みどおり、とびっきり派手な技で決めてやるぜ。虚刀流の最終奥義で――――!!」

 虚刀流には、一の奥義『鏡花水月(きょうかすいげつ)』、二の奥義『花鳥風月(かちょうふうげつ)』、三の奥義『百花繚乱(ひゃっかろうらん)』、四の奥義『柳緑花紅(りゅうりょくかこう)』、五の奥義『飛花落葉(ひからくよう)』、六の奥義『錦上添花(きんじょうてんか)』、七の奥義『落花狼藉(らっかろうぜき)』の 7つの奥義がある。
 そして、1つ1つが相手を一刀両断にする威力がある奥義を7回繰り出すことで相手を八つ裂きにすることから名づけられた最終奥義の名は――!!

「虚刀流、『七花八裂(しちかはちれつ)』――――!!!」


 一方、前線の方では、時間がたつにつれ、数で勝る黄巾党の勢いに押されていく義勇軍を愛沙と鈴々の二人が持ち直していたが、それも限界に近づこうとしていた。
「くっ、このままでは・・・・」
 もう何十人目きり捨てたか分からなくなるほど、闘ってきた愛沙にも疲れが出始めたとき、敵陣をふと見ていた鈴々が何かに気づいたのか、声を上げた。
「愛沙・・・誰か敵の陣中から出てきたのだ!!」
「アレは・・・・ご主人様!!」
 愛沙が見たのは、黄巾党の頭領らしき男の首を片手に持ち。黄巾党の陣中から堂々と現われた七花の姿だった。
 とここで、愛沙達に気づいた七花が手を振って答え、頭領の首を抱えて、まわりにいる黄巾党を見渡し、宣言する。
「まあ、とりあえず、これで・・・・」
 自分達の頭領がたった一人、しかも素手の相手に倒された事実に、まわりにいた配下である黄巾党の面面もしばらく茫然自失となり、だが、すぐさまそれは恐怖へと変わる。
 しかし、七花はそれに気にとめることなく、まえにいる黄巾党の面面に尋ねた。

「俺の勝ちってことでいいよな。」

 七花の言葉に答える余裕も無く、周りにいた黄巾党の面面は、「うわああああああああ!!に、逃げろ!!」「ふざけんな!!こんな化け物相手にやってられるかよ!!」「お、お助けぇええええ!!」と叫び声を揚げて、蜘蛛の子を散らすように逃げはじめた。
 はじめは何事かと逃げ出そうとする者を押しとどめようとするが、事情を聞いたとたん、押しとどめようとしたものも武器を捨てて逃げ出す始末だった。
 口から口へと伝わってき、次々と脱走兵が出てくる黄巾党は、もはや闘う意欲を失っていた。
 しかし、否定姫がそれを許すはずも無く、己が奇策を完成させるために、周りにいる義勇軍の兵達に檄を飛ばす。

「ここに、天の御使いにして、天下無双の剣士―――鑢七花が降臨したわ!!我らの願いを聞き届けた天に誓う心あるなら、残った敵を討ち果たしなさい!!」

 否定姫の檄がとどいたのか、義勇軍の兵士達が「「「「おおおおお――!!!」という雄たけびをあげ、逃げる黄巾党の一団に次々と襲いかかり、次々に矢を放って、容赦なく殲滅していく。

「よし、今が好機!! 全軍突撃! 1人たりとも逃すなッ!!」

 勝利を確信し、さらに愛紗は全軍に向けて叫んだ。
 その指揮を聞くや否や、村人達は雄叫びを上げ、逃げだした黄巾党を追撃する。
 愛妙と鈴々も武器を掲げて周囲を激励し、村人達と共に黄巾党を追撃した。

「まあ、俺が手を下すわけもなく・・・・お前らは八つ裂きになってるだろうな。」

 次々と討たれていく黄巾党の一団をみることもなく、七花はどこか空しそうに決め台詞を呟いた。

 やがて完全に包囲され、逃げ場を失った黄巾党達は一夜にして全滅した。
 殺風景の荒野に、勝利を喜ぶ村人達の雄叫びが響き渡った。




[5286] 第4話<県令任命>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/10/07 23:32
 黄巾党との戦が終わりに向かう中で、戦場を見渡せる小高い山の上に、三人の人影が戦の成り行きを見守っていた。

「まあ、緒戦の出来としては、中々上場じゃねぇか。まったく、とんでもねぇ天の御使いがいたもんだぜ。」
「端から見れば、思いっきり詐欺師か奇術師の手口だよな。」
「かかっかっか!!それがいいんじゃねぇか。まあ、あんな雑魚ども相手には、お似合いだぜ。」
「笑い事ではないぞ・・・私としては計画の障害になるなら・・・・」
「あわてなさんな!!舞台の幕は上がったばかりだ。俺達は俺達ではじめようじゃねぇか。」

 月明かりが照らされる中で、日本の鎧武者の仮面をつけ、背中にこの国では珍しい反りがある刀背負った少女は、年相応とは言えぬ口調で、先に行った二人を追いかけるようにその場をあとにした。
 それでは、黒幕らしき連中の暗躍が始まる中、恋姫語第4話はじまり、はじまり


                         第4話<県令任命>


 黄巾党との一戦を終えた七花たちは、街の人たちに紹介された県令の屋敷で日々を過ごしていた。
 本来の屋敷の主である県令は、すでに逃げ出しており、代わりに、七花が臨時県令として任をつくことになった。
 街の人たちの要望では、七花に県令につく事を願っていたが、とある事情により否定姫がそれを拒否し、あくまで、正式な県令を見つけてくるまで、七花が臨時県令となることで街の人たちの納得を得た。
 しかし、ただ、何もしないで過ごしていた訳ではなく、七花は、この国の文字の勉強から始まり、愛沙と否定姫に教えてもらいつつ、説教や嘲笑をうけつつ、なれない政務をこなしていた。
 一方の否定姫の方は、街の復興のために、復興支援の体制を整えたり、また人手不足と軍備の増強のために、義勇軍から選抜した兵士達を使って、人材探しと情報収集に専念していた。
 そして、県令の屋敷に住み始めてから二週間後、否定姫は愛沙と鈴々がいないことを確認すると、仕事を終えた七花と話しはじめた。

「さて、ようやく、二人きりになったことだし。始めましょうかね。」
「ああ、そうだな。前から気になったんだけど、否定姫って、愛沙や鈴々に会ったのは、街であったのが、初めてだったのに、まるで知っているみたいだったじゃねぇか。」

 その事が引っかかっていた七花だったが、対する否定姫の回答は単純明快だった。

「そりゃ、そうよ。私は彼女達の事を知っているわ。でも、本当なら、愛沙や鈴々・・・・関羽と張飛はね、本当なら男なのよ、」
「え、ちょっと待てよ・・・男って・・・」
「だから、言葉どおりよ。関羽と張飛は、正しい歴史、三国志のとおりであるなら、男性だったはずなのよ。」
「三国志?なんだよ、そりゃ?」

 普通なら名前ぐらい誰でも知っている物語の名前に首をかしげる七花だったが、20年間の人生のほぼ全てを父と姉だけで無人島で過ごしていた七花が三国志を知らないのは無理もない話だった。

「あ、そうか・・・・七花君は、三国志を知らないんだっけ?まずはそこからね。簡単に三国志と言うのは、魏と呉、そして蜀の三国を中心とした実際の歴史の流れを物語としてまとめたものよ。尾張でも何度か三国志を題材にした絵巻物もでているくらい有名なのよ。」
「へぇ・・・で、それが、今回の一件とどう関るんだ?」

 察しの悪い七花に渋い顔をする否定姫だったが、やれやれと言った口調で話を続けた。

「・・・・つまりね、本来ここが本来の歴史どおりの三国志の時代であるなら、張飛や関羽は男であるはずなの。でも、実際は女だった。この場合、二つの仮説が挙げられるの。」
「うんうん。」
「一つは、この世界が張飛や関羽が女性である事を前提とした平行世界であること。もう一つは・・・・・」

 とここで、否定姫は何かに気づいたかのようにその場に考え込んで、黙った。

「え、どうしたんだよ?もう一つってのは・・・?」
「やっぱりこれは違うわよね・・・いくらなんでも、ありえないわ。真っ先に否定すべき仮説だったわ。」
「???」

 わけが分からないといった七花が、何か考え込んでいる否定姫に問いただそうとした時、「伝令!!!」っと一人の兵士が駆込んで着た。

「うぉ!?ど、どうしたんだ?また、何かあったのか?」
「あ、いえ。否定姫の命で探しておりました劉備なる者がすぐ近くの村にまで来ていると、報告がはいりました。」
「そう、ありがとう。それじゃ、これから、七花君達と一緒に出迎えにいくわ。」
「え、俺も?」
「当たり前でしょ。かの有名な文王もね・・・・」

 薀蓄を講義しながら、戸惑う七花を尻目に手早く劉備を迎えにいく準備をする否定姫だったが、内心では安堵の溜息をもらさずにはいられなかった。
 七花に言わなかったもう一つの考え――それはこの歴史が本来たどるべき筋道を違えたために、歴史の修正力によって生み出された歴史だというものだった。
 そう・・・・自分の祖先にあたる四季咲記紀によって改竄され、生み出された尾張幕府とよく似ているということに。


 数日後、七花らは、愛沙と鈴々を伴って、劉備が滞在していると言う村にたどりついていた。

「んで、ここに、愛沙の義姉ちゃんがいるって村って聞いたんだけど・・・・」
「はい・・・報告では、ここがそうなのですが・・・」
「うにゃ、間違いない・・・はずなのだ・・・」

 確かに、劉備の所在を突き止めた部下の話しどおりなら、この村で間違いないはずなのだが・・・・この時代では、珍しいモヒカン頭のごっつい村人がたむろっている村で。
 遠くでは、「汚物は消毒だ~!!」「ひゃっはぁ!!」などという物騒な声も聞こえてくる。

「じゃあ、私はここで帰る事にするわね。」
「おねえちゃん、逃げちゃ駄目なのだ!!」
「姫さん、自分だけ逃げるなよな!!」

 回れ右をして、急いで逃げ出そうとする否定姫だったが、あっさり、七花と鈴々に肩を掴まれた。

「というか、この村、思いっきり否定したくなるわね。どうみても、まともじゃないわよ。」
「ま、まあ、見た目はアレですが、見かけで人を判断するのは早計です。桃香ねえさまの泊まっている宿が、どこにあるのか尋ねてみましょう。」

 憮然とする否定姫をなだめると、愛沙は近くにいた畑を耕している村人に駆け寄り、宿が何処にあるのか尋ねようとした。
 とその時、村につながる道から、疾走する馬の蹄の音と一緒に「愛沙ちゃ~ん、鈴々ちゃ~ん」と少々間延びした少女の声が聞こえてきた。

「この声は・・・・!!」
「桃香おねえちゃんの声なのだ!!迎えに来てくれたのだ!!」

 久しぶりの再開に笑みをこぼす愛沙と鈴々だったが、馬に跨って、駆け寄ってきた少女に七花たちは度肝を抜かれたように驚いた。
 いや、正確には、桃香が跨っていた馬の・・・否、うさぎのような耳を見る限り、馬ではなく、驢馬の大きさに。
 驢馬と言うには規格外の馬体と右目の十字傷を筆頭に体中に傷跡をもつ驢馬を見れば、驚くのも無理は無い。

「・・・・・なぁ、この国の驢馬って、こういう大きさなのか?」
「そんなわけありません!!この村が常識はずれなだけです!!」

 七花と愛沙がそんなやり取りをしている内に、驢馬の背に乗った桃色の髪をした少女が驢馬から・・・正確をきすなら、驢馬に掛けられた梯子から降りてきた。

「愛沙ちゃんに、鈴々ちゃん、久し振りだね♪」
「桃香ねえさま・・・・はい、お久し振りです。元気で何よりです。」
「久し振りなのだ、桃香おねえちゃん。」

 必死ぶりの義姉である桃香の再会に、愛沙は顔をほころばせて、桃香の手を握り、鈴々も、桃香の腰に抱き付いてくる。
 とここで、妹達との再会を喜んでいた桃香は、興味深そうに驢馬をみる七花と待ちくたびれたように腕をくむ否定姫のことに気づいた。

「あの、もしかして、あなたたちが天の御使いさんの・・・?」
「ん、ああ、自己紹介が遅れたけど、俺は、一応天の御使いをやっている第7代目虚刀流当主の鑢七花だ。」
「私は、天の御使いに仕える巫女・・・否定姫よ。」
「やっぱり・・・・愛沙ちゃん達の手紙に書いてあった♪あ、ごめんなさい。自己紹介しておきますね。私は劉備、字は玄徳。でも、愛沙さんのご主人様になら、真名の桃香でいいよ。あ、この子は的櫨。旅の途中でこの子が怪我しているところを助けてからなついたのだけど、びっくりしたでしょ?」
「ええ、そうね。まあ、それはおいといて、早速だけど・・・・・」
「うん♪」

 お、早速かと思いつつ、七花は否定姫の交渉に若干期待に胸を膨らませる。
 変体刀蒐集の際には、とがめの交渉力の低さに何度か苦労させられたが、否定姫ならそんなことも・・・・

「あなた、県令になりなさい。」
「うん・・・・・え、えぇ!?」

 変化球無しの直球真っ向勝負だった。
 姫さん、そりゃ交渉じゃなくて、命令っていうんだけど・・・・そんなことを考えながら、七花はがっくりと肩を落とした。









[5286] 第5話<天命王道>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/01/18 23:49
 元々、それには意思も意図などなかった。
 ただ、何百年も前に命じられた行動を自動的に行うだけだった。
 覚悟もなく。
 決意もなく。
 何も捨てず――正義もなければ定義もなく、野心もなければ、復讐新もなく。
 ただ命令通りに・・・行動してきた。

「人間認識」

 今日も、また、老若男女差別なく区別なく、平等に命じられた行動をとる。

「即刻・斬殺」

 今日もまた、犠牲者の声が、森の中から響いていた。
 そんな前置きから、恋姫語第5話はじまり、はじまり


                        第5話<天命王道>


 その後、七花たちは桃香が泊まっている宿で、君主代行の一件について話し合うことになった。
 しかし、桃香の方も突然のことに戸惑いを隠せないでいた。

「私が君主って、いきなりすぎるよ・・・・」
「すみません、桃香ねえさま。いきなり訪ねてきて、このような事を言い出して。」
「うん・・・でもね、どうして、私が?七花さんが天の御使いなら、七花さんが君主になるのが当たり前じゃ・・・・」
「そうなのだ。鈴々もそういったのに、否定姫が駄目って言うのだ。理由を聞いても教えてくれないのだ。」
「・・・・そうね。そろそろ話してもいいかしらね。」

 否定姫の話よれば、天の御使いとしての役目は、乱世に苦しむ民を救うために、乱世を終焉させることであるため、天の御使いである七花が君主の座につくのは特に問題はない。
 しかし、基本的には天界の人間が、人の世に必要以上に干渉するのはタブーであり、今回の場合にしたって、特例のことであり、乱世を終焉させたなら、七花と否定姫はこの地を去らねばならない。
 そして、その後、問題となってくるのが、七花と否定姫が去った後、誰が、この大陸を収めるかだ。
 もし、事を誤れば、その地位をめぐって、邪まな者達によって後継者争いが勃発し、再び乱世に逆戻りしかねない。
 だからと、否定姫は一呼吸おいて、桃香を見据えた。

「劉備・・・いえ、桃香。あなたの役目は、私達が天に帰った後、君主の役目を引き継いでほしいの。分かった?」
「・・・・・う、うん、なんとなくだけど。」
「そう。まぁ、とりあえず、乱世が終焉するまでは、七花君が君主だから、君主代行として、七花君に代わって、君主の仕事を任せるわ。」
「でも、私なんかが君主になって大丈夫なのかな・・・だって私、そんなに勉強とかできないし。」
「そういうのは、別にいいのよ。政治・経済の仕組みなんて、実践しながら学べば何とかなるものだし。ある程度は人に任せるのもありだから。」
「で、でも・・・・」
「問題なのは、あなたがどうしたいかよ。無理強いはするつもりはないし、無理やりやらせるつもりはないわ。」

 本人の意思を尊重するのが私の信条なのと付け加えて否定姫が言うと、何かが引っかかるのか桃香は不安げに否定姫に尋ねた。

「・・・・・あの、どうして私なのか理由を教えてくれませんか?」
「理由ね。しいて言うなら、あの驢馬ね。」

 まるで当然だとでも言い切るような口ぶりで、否定姫はその理由を簡単に言い切った。

「驢馬って、的櫨のこと?」
「そうよ。驢馬って生き物はね、非常に繊細で神経質で気まぐれな生き物なのよ。とくにあの的櫨は驢馬のかなでも王の風格を備えていたわ。並の人間なら絶対背中に乗せたりなんかしないわよ。」
「まあ、たしかに立派だよな。」

 交渉の邪魔になるということで、蚊帳の外におかれ、宿の窓から外を見ていた七花が、道行く人に拝まれる的櫨を見て呟いた。

「その的櫨があなたに背中を預けていた。それはつまり、的櫨が、あなたを自分と同じ或いはそれ以上の傑物だって認めているってことよ。獣は人より純粋なものだから、嘘偽りはない分、人を見る目は人間以上に優れているわ。これだけでも、充分な理由だと思うんだけど。」
「・・・・・そ、それだけの理由でいいの?」
「それだけで充分よ。あなた以上にこの役目がふさわしい人物なんていないわ。」

 さてと、一呼吸おいて、否定姫の顔つきが、普段は見せない真剣なものに変わった。

「ただ、引き受けるか引き受けないかはあなたが選びなさい。今は県令でも、いつかは一国の主ならねばならないはずよ。この先はいわば安寧な日常に別れを告げ、他者を踏みにじり、築かれる王の街道・・・やり直しはきかないわよ。」

 否定姫の言葉をかみ締めるように、沈黙する桃香だったが、答えを見つけたのか、否定姫をまっすぐ見据えて答える。

「・・・・・分かりました。それが、私の天命であるなら、やるしかないよね。」
「それでは、桃香ねえさま・・・引き受けてくれるのですね。」
「ありがとうなのだ、桃香おねえちゃん。」
「不安はあるけどね・・・でも、否定姫さん、私は困っている人を見過ごすなんて、できないよ。」

 目を逸らさず、今の自分が目指す道を桃香は、否定姫に告げた。

「だから、私は誰かを踏みにじるんじゃなくて、誰かに手をさし伸ばして上げる王様を目指すよ。そんな優しい王様がいたっていいよね?」
「・・・ま、まぁ、好きにしなさい。どんな王になるかだなんて予言はさすがに言えないからね。」

 あくまでつれない口調の否定姫だったが、少々面を喰らったのはごまかせなかった。
 否定姫のその表情に顔を綻ばせる桃香だったが、何かを思い出したのか、ポンッと手をたたいた。

「あ、そうだ・・・どうせなら、この村で知り合った孔明ちゃんや志元ちゃんも誘っていいかな?」
「構わないわ。何せ、人手不足で悩んでいたところだし、渡りに船よ。」

 至って順調に進んでいく中で、今までの流れを見ていた七花がある事に気づいた。

「あれ?俺、いなくても良かったきがするんだけど・・・・」

 寂しそうに呟いた七花のその問に答えるものは誰もいなかった。

 一方、幽州啄群啄県の境目にある森では、先の戦いで生き延びた黄巾党の残党が、各地で手勢を集め、小隊にわけて、数週間をかけて、ここに集結し始めていた。
 その中には、七花を襲った盗賊三人組の姿もあった。

「しかし、兄貴・・・なんで、また、小分けでいかなきゃいけねぇんっすかね?」
「そ、そうなんだな。一遍に集まれば、そんなに手間を掛けずにすむんだな。」

 首をかしげる弟分の二人に対して、リーダー格の兄貴は「馬鹿野郎」とたしなめた。

「んな、大人数で移動してみろ。官軍の連中に気取られるだろうが・・・」
「ん、ああ、それもそうっすね。」
「だろ?だから、こうやって、小分けで集まって、全員そろったら一気に奇襲をしかけりゃ、官軍連中どもなんざ、一捻りだろ。」
「さ、さすが、兄貴なんだな・・・・・」
「だろ?」

 自分が考えた訳でもないのに得意げに語る兄貴だったが、ぬかるんだ地面に足をとられて、派手にこけた。

「いててて・・・・」
「うわぁ、兄貴にかっこ悪ぃ・・・さっきの台無しッス。」
「だ、台無しなんだな・・・・」

 その言葉を聞くが早いか立ち上がって、「うせぇ!!うせぇ!!畜生、あれか、無様だってのか!?」と逆切れする兄貴だったが、前を歩いていた仲間から「騒ぐな!置いてくぞ!!」との叱責を受けた。
 木々の間からは烏が口々にぎゃあぎゃあと騒ぎ、兄貴にとっては烏にまで馬鹿にされた気分だった。

「畜生・・・なんで、俺だけこんな・・あれ?」

 不幸の連続に忌々しげに悪態をつこうとした兄貴だったが、ある事に気がついた。
 そういえば、やけに地面がぬかるんでいたが――ここ数日、ここら一帯で雨なんか降っていないはずだ。
 じゃあ、何で、地面が・・・・恐る恐る自分の足元をもう一度見た。
 ちょうど月明かりさしみ、足元の水溜りがよく見えた・・・地面に染み込みきれなかった真っ赤な血溜りがいくつも、いくつも。
 しかも、周りにはばらばらに切り刻まれた人の―――おそらく、先に到着した仲間の体や、見慣れない刀身が反り返った刀が、木の枝や茂みのあちこちに無造作に散らばっていた。
 その事に気づいた兄貴は青ざめた顔で「ひいいい!!」と声を上げて、腰を抜かした。
 それ見ていた子分の二人や後ろの方にいた仲間達もつられて目を凝らして、森の中に広がる惨状に気づいて、「血、血がぁああ!!」「ど、どうなっていんだ!?」「ひええええ!!!」と叫び声を上げた。
 兄貴は慌てて、自分の前にいる仲間にもこの事を告げようと声を掛けようとするが――その必要はなくなっていた。
 すでに、前にいた仲間は頭を切り落とされ、体を四本の刀で刺し貫かれていたから。
「な、何だて・・・何なんだよ、これ!!!」
 死体となった仲間を討ち捨て、自分の目の前にいたそれに、兄貴は叫ばずにはいられなかった。
 兄貴が者ではなく、これと呼んだのは無理もなかった――四本の腕と四本の脚を持ち、全身が金属ででき、首が180度回転する人間などいない。
 そう、それは人間ではなく――異形のからくり人形だった。
「人間認識」
 口らしき部分がパクパクと動き、何百年間、何千万回と繰り返した言葉をつむぐ。
「即刻・斬殺」
 四本の腕が――四本の刀を持って、兄貴へと向かっていく。
 からくり人形は与えられた名前を、プログラムに仕込まれたとおりに相手に伝える。
「日和号(びよりごう)―――微刀・釵(びとう・かんざし)」
 次の瞬間、襲われた黄巾党の一団の悲鳴が上がる中で、森中にいた烏達が一斉に飛び立った。



[5286] 第6話<日和快晴>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/01/15 21:35
「んで、この二人が、俺の所に紹介したいっていう・・・・」
「うん。朱里ちゃんと雛里ちゃんだよ。

 代理君主の一件の後、桃香の紹介で、朱里と雛里―――諸葛亮と鳳統という二人の少女に七花たちは会った。
 二人とも、年は18歳との事だが、背が低く見た目はかなり幼い年のように見えた。

「はわわッ! 姓は諸葛! 名は亮! 字は孔明ですぅっ! あの、えと、頑張りましゅ!」

 ベレー帽のような帽子を被った少女―――朱里が舌を噛みながらも、身を乗り出して自己紹介をする。

「あわわ!姓は・・鳳・・・、名は統・・・字は士元・・・ が、頑張りま・・す、その……わ、私を仲間に入れ・・くだ・・さい・・・」

 隣にいた、西洋の術者が被るようなとんがり帽子を被った大人しそうな少女―――雛里が恥ずかしそうに自己紹介をする。

「随分と若いようですが・・・」
「構わないわ。とりあえず、私達の仲間になってくれるなら、歓迎するわ。」
「え、いいのかよ?」

 いつもなら、否定的なことを言いそうな否定姫が、珍しく肯定文でいい切った事に、七花は驚いた。

「内政面での人材不足は否定しきれない事実だしね。それに・・・」
「それに?」
「私がさぼれないじゃない。」

 それが本音か!?――――この時、この場にいた一同の心は一つになった。
 そんなこんなで、新たな仲間と共に恋姫語、第六話・・・・はじまり、はじまり



                          第6話<日和快晴>


 朱里と雛里という新たな仲間を迎えてから1週間後―――朝廷より任命されて他県の黄巾党を討伐中の『公孫賛』という桃香の友人だという武将がたずねてきた。

「桃香! 久しぶりだなぁ!」
「白蓮ちゃん! 本当に久しぶりだね。」

 久し振りの再会に桃香も、公孫賛さんも互いの真名で呼び合い、手を取り合った。

「しかし、桃香も県令になったんだな・・・・」
「まあ、私の場合は、ご主人様の代理みたいなものだけどね。」
「ご主人様・・・ああ、たしか、天の御使いという・・・お前が天の御遣いと噂されている男か」

 薄い赤を基調とした服に、白銀の鎧を身体に身に付け、短めの赤髪を後ろで結わえている。
 七花の公孫賛へ抱いた第一印象は“とても活発そうな女”であった。

「ああ、一応、俺が天の御使いってことになってる鑢七花だけど・・・まあ、どんな噂かまでは知らないけど。」

 公孫賛の言葉に、七花は頭を掻きながら答えた。
 七花と出会って早々、公孫賛は足下から頭の上までジッと見つめてくる。
 七花自身、その視線に少々鬱陶しさを感じていると――

「ああすまない。いや、角がはえているとか、巨人に変身するとか、素手で黄巾党4千人を壊滅させたとか噂を聞いていたから、もっと化け物じみた男かと・・・・」
「姫さん・・・・」
「噂って怖いわね。人から人へ伝わっていくうちに、大げさになっていくのだから。ねぇ、朱里?」
「はわわ・・・!!そ、そうですね・・・!!ねぇ、雛里ちゃん!!」
「あわわ・・・!そ、そうだね、朱里ちゃん!!」

 とんでもない噂を流した張本人に心当たりがあった七花は、恨みがましく否定姫を見るが、気にすること無く、しれっと答えた否定姫と話を振られて動揺する朱里と雛里―――どうやら、朱里や雛里を巻き込んでいたようだ。

「あははは・・・・と、ところで、白蓮ちゃん、今日はどうしたの?」
「そうだったな。実は、最近になって黄巾党の残党が、幽州啄群啄県の境目にある森に集結しているという情報が入ったんだ。それで、私と桃香にも討伐命令を受けたんだけど・・・・」
「それを伝えに来たわけですね・・・・」
「なら、早速出撃するのだ!!」
「まあ今回ばかりは否定はしないわ。ここで名を挙げて置く意味でもおいしいわけだし。」
「あの、否定姫さん・・・・そういうのは、堂々と言わないほうが・・・」
「あわわ・・・はっきり物を言いすぎです・・・」
「それに悪い人たちを捕まえるって事になるんだから、街の皆のためにもあるだし。ね、ご主人様。」
「まあ、そうだな・・・あいつらとの決着つけないと、また、略奪とかやらかしそうだしな。」
「すまない。七花も私のことを呼ぶときは、真名である白蓮で良い。友の友は、私にとっても友だからな」

 その後、七花達は軍をまとめると、白蓮の軍と合流して、黄巾党のいる森へと出陣する事になった。


 それから、さらに5日後、森の周囲を取り囲むような布陣で、七花・白蓮の連合軍は、陣を構えていた。

「ここが、黄巾党の連中が集まっている森か。」
「ああ。中心にある湖を囲むような形になっているようなんだ。近くの村に住む人たちの話じゃ、この森に見慣れない人間が集まっているらしい。今、私のところで仕えている客将が偵察しているはずだが・・・」
「そうなんだ・・・でも、何で、今まで気づかれなかったのかな?」
「多分・・・少人数分けて、ここに集まったんだと思います。」
「アレだけの規模の集団ですから、いい考えだとは思うのですが・・・」

 雛里は、ふと地面を向けた時、何かを思いついたように、首をかしげて考え始めた。

「どうしたんだ、雛里?」
「あ、あの・・・ちょっとおかしなところがあって。」
「おかしなところ?」
「はい・・・村の人たちが、この森に入った黄巾党の人たちを見たのが、最初にみかけたのが1ヶ月前なのですが、その間、黄巾党の人達は兵糧をどこで調達していたのかなって。」
「え、そりゃ、森の中で、動物や魚を採っていたんじゃないのか?」

 自給自足生活をしていた七花らしい意見だったが、すぐさま否定姫がつっこみをいれた。

「七花君、そりゃ無理ってもんよ。この程度の大きさで、何万人の人間が1ヶ月も生活できるだけの食料なんて、確保できるわけないわ。」
「はい、私も同じ意見です。近くの村や街で略奪が起きたと言う情報もありませんし。それと、もう一つ気になる事があるんです。」
「きになることって?」

 首をかしげる桃香の問いに、朱里は村で噂になっている黄巾党の潜んでいる森の話で答えた。

「数ヶ月前から森にはいった樵や狩人が帰ってこないという事件があって、村の人達がその人たちを探しに森の中にはいったそうなのですが・・・その時に見ちゃったんです」
「見たって・・・・何を?」
「血のついた4本の剣を持った四本の腕に四本の足の怪物が森の中で動き回っている姿を見たんだそうです。しかも、噂では、その怪物は、森にはいった人達を問答無用で斬り殺すんです。」
「へぇ~そうなんだ・・・」
「しかし、それは何かの見間違いかもしれないぞ。そもそも、よた話の類ともかぎらないし。」

 朱里の話を聞いたとき、まるでどこかの都市伝説や怪談話のような噂に、桃香は素直に驚き、愛沙はあまり化け物の存在を信じていないのか苦笑した。
ただ・・・・

「四本の腕に、四本の足・・・そういえば、アレもそんな感じだったよな」
「そういえば、そうね。」

 七花と否定姫は何かを思い出したのか懐かしそうに呟いた。

「あの、ご主人様・・・アレってなんのことですか?」

 七花の言葉に何か引っかかったのか、恐る恐る雛里が尋ねてきた。
「ん、ああ・・・俺が日本・・・・っていうか天の世界だっけ?とりあえず、そのときの話になるんだけど・・・」

 七花がまだ完成型変体刀の蒐集の旅をしていた話をしようとしたとき、森の奥から数名の兵士が「で、伝令―――!!」と声を挙げて飛び出してきた。

「どうしたんだ、お前達。いったい、何があったんだ?それに趙雲は一緒じゃないのか?」

 とここで、白蓮が慌てて、飛び出してきた兵士たちにかけよって、何があったのか尋ねた。
 何があったのか混乱しつつも兵士達は口々に「と、殿・・・偵察の最中に、ば、化け物が襲いかかってきたんです。村で聞いた噂どおりの化け物が!!」、「趙雲殿は、我らを逃がすために、しんがりを・・・」と報告するが、最後の一人の報告に七花と否定姫は驚かせるものだった。

「その化け物なんですが、妙に金属質で、人間に似せて作ってた人形みたいでした・・・そ、それと、化け物が言うは、日和号(ひよりごう)―――微刀・釵(びとう・かんざし)って名前らしいのですが・・・」
「微刀・釵って・・・まさか!!」
「日和号・・・まさか、あれまで、ここに来ているなんてね・・・・」




一方、森の奥では・・・

「なるほど・・・お主がこの森の番人と言うわけか・・・・」

 無事に部下を逃したのを確認し、目の前にいる敵に対し、槍の穂先をむけ、不適な笑みを浮かべる超雲―――。
 だが、内心は、この厄介な相手に―――日和号にどう打ち倒すか考えていた。

「四本の腕に、四本の足・・・凡そ、人間を相手にした戦闘は通用するものではないな。」

 そもそも、四本の腕と四本の足を持った相手との戦闘など、経験がないのだから、人間との戦いになれた自分のような武芸者にとってやりづらいことこの上ない。

「そのうえ、先ほどの攻撃を見る限り、牽制には一切反応しないか。」

 機械人形である日和号は、意思や思考のような考える事をしない――故に、意表をつくための、裏をかくための牽制には一切反応せず、最終的に来た攻撃のみに反応する。
 私のような――意表をつくための、裏をかくための牽制を得意とする武芸者にとって、これほど相性の悪い相手はいない!!

「人間認識」
「っ!?くるか!!」
「即刻・斬殺。」
「やらせるか!!」

 日和号のペースに流されまいと、趙雲も槍を構えて無数の鋭い突きを穿つ。
 しかし、一流の武芸者でさえ捌くのがやっとの、趙雲の槍の突きを日和号は手に持った四本の刀で軽々と捌いていく。

「反撃・開始」

 ふと、それまで防戦一方だった日和号はそう言って、攻撃に転じはじめた。

「人形殺法・竜巻」
「このぉ!!」

 日和号の四本の腕による、四方からの斬り付けに、今度は趙雲が防戦一方に追い込まれた。
 連続して打ち込まれる四本の刀を槍で逸らしてはいるが、趙雲にとってそれが精一杯だった。
 たまらず、後ろに飛びのいて、攻撃範囲から逃れようとするが・・・・

「人形殺法・突風」

 そんな音を発する、頭部の口らしき部位から――槍のような刀が蛙の舌のように飛び出してきた。

「しまッ・・・!?」

 思わぬ、追撃に、あわてて体を逸らそうとするが、宙に浮いた体では避けきれない。
 口から鋭く発射された日和号の刃が、趙雲の胸につき立てる――

「させるかぁ!!」

 直前、趙雲を追いかけてきた愛沙の青龍堰月刀が、日和号の刃をはじき返した。

「全く……得体の知れぬ森にたった1人で突撃するとは無茶をするな」
「ふむ・・・・・・? その手に持つ青龍刀・・・・・・お主、もしや武勇の誉れ高き関雲長殿か?」

 日和号を退けた愛紗が手に持つ獲物に視線を移し、体を起こした趙雲は問い掛けた。

「いかにも。もっとも私だけではないがな・・・」
「大丈夫なのか、愛沙?」
「どうやら、間に合ったみたいだな。」

 愛沙の背後から、後から追いかけてきた張飛と七花もやってきた。

「鈴々・・・っと、何で、ご主人様まで!?おとなしく待っていてくださいと申したはずです。」
「ああ、そうなんだけどさ・・・」

 肩を怒らせる愛沙を落ち着かせる七花だったが、すぐさま、懐かしそうに日和号に目をむける。
 かつて、刀として生きていた自分を人間と言ってくれた機械人形に。
 完成型変体刀の一本――――<人間性>という特性に特化した刀である微刀・釵(びとう・かんざし)に。

「もう一度、俺が日和号を蒐集しなきゃいけないみたいだからさ。」
「もう一度って、ご主人様・・・・」
「おぬし、まさか、こやつと闘った事があるのか!?」
「おにいちゃん、あいつの様子なんか変なのだ。」

 七花の思わぬ発言に、驚く愛沙と趙雲だったが、鈴々の言葉にすぐさま、一同は日和号の方へと目をむける。

「強敵・遭遇」
「え!?な、何だ、そりゃ?」

 初めて聞いた日和号の言葉にたじろぐ七花だったが、それをかいすることなく、四本の刀を背中に取り付けてある鞘に収めた日和号は、新たに腰に携えた二本の刀―――つばの無い、刀身が五尺ほどの切刃造の直刀と柄や鍔、鞘が真っ黒な刀と、地面に立てられた二本の刀―――合計四本の刀を抜き、手にした。

「おい、まさか・・・あれって・・・」

 日和号の手にした4本の刀に、見覚えがあった七花は、なんとも言えない嫌な予感がした。
 そして、七花の予感は見事に的中する事になった。

「人形殺法 日和・快晴  <絶刀・鉋(ぜっとう・かんな)> <斬刀・鈍(ざんとう・なまくら)> <千刀・金殺(せんとう・つるぎ)> 装着・完了」

『頑丈さ』に主眼が置かれた絶対に折れない刀<絶刀・鉋(ぜっとう・かんな)>、『切れ味』に主眼が置かれたあらゆる物を斬る刀<斬刀・鈍(ざんとう・なまくら)>、『多さ』に主眼が置かれた千本全てが同一の刀<千刀・金殺(せんとう・つるぎ)>―――新たに三本の完成型変体刀を装備した日和号は、再び七花達に斬りかかった。



[5286] 第7話<日和落陽>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/01/25 23:56
「なるほどね。変体刀三本装備した日和号に太刀打ちできないから、逃げ切ったわけね・・・」
「ああ、まったくもってそのとおりだよ。」

 その後、日和号から何とか逃げ切れた七花たちは、森であったことを、否定姫達に報告した。

「で、でも、どうしましょうか・・・ご主人様の話だと、黄巾党の人達は、日和号に全滅したわけですから・・・・」
「でも、日和号をそのままにするのもよくないよ。森に入れないと、村の人たちだって、困っちゃうし。」

 朱里の言うとおり、日和号によって、黄巾党が壊滅したが、桃香の言うとおり、今後は日和号があの森に現われてから、狩人やきこり達が襲われて、生活出来ないという事態になっている。
 このままにしておけば、路頭に迷う者も出てくるはずだ。

「私も、このまま帰るのには反対ね。できれば、日和号を無傷で手に入れたいし。」
「だが、我らを退けるあの実力――― 一筋縄では行かんぞ。」
「たしかにその通りです。絶対に折れない刀に、何でも斬る刀、それに森中に配置された千本もの刀・・・武装・地形条件双方に日和号が勝っています。」

 趙雲と愛沙の言葉に、「ふむ」と日和号を無傷で蒐集したい否定姫は何かを考え、机の上に広げられた―――周囲を木々で囲まれ中心部に湖がある――この森の地図をみて、何かを思いついた。

「そうだね・・・・じゃあ、ここは日和号の弱点をつくとしようかね。それに千刀巡り封じの策もないこともないわ。」

 人では充分だから、数日で何とかなるわねと付け加えつつ――恋姫語、はじまり、はじまり


                          第7話<日和落陽> 


 数日後、七花、愛沙、鈴々、趙雲ら4人は、森の中に入り、日和号に対峙していた。
 既に日和号も七花達の姿を確認し、戦闘態勢に入っている。

「人間・認識」
「んじゃ、鈴々、愛沙、趙雲・・・手はずどおりで行くぜ。」
「分かったのだ、お兄ちゃん!!」
「お任せください、ご主人さま!!」
「期待してもらっていいぞ。」
「即刻・斬殺」

 4本の刀で斬りかかる日和号に、七花たち4人は、一斉に日和号に向かった。
 そして、絶刀には鈴々が、斬刀には七花が、そして、千刀には、愛沙と趙雲が対応する形で、攻撃を開始した。
 この布陣を考えたのは、否定姫と七花から完成型変体刀の情報を詳しく調べた朱里と雛里の二人だった。
 まず、刀を壊さないという絶対条件があるため、強度が並の刀と同じで、力加減の難しい斬刀<鈍>と千刀<金殺>は七花、愛沙、星の三人が担当し、絶対に折れない絶刀<鉋>は、鈴々が受け持つことになった。
 さらに、あらゆる物を斬る事が出来る斬刀<鈍>については、無刀取りが可能な七花が受け持つことになった。
 本来、斬刀<鈍>は、居合いきりと組み合わせる事で、その真価を発揮する刀なのだ――日和号のように、ただ、斬刀<鈍>を振り回すだけならば、普通の刀の対応で充分なのだ。
 さらにいうならば、機械である故に行動パターンさえ分かってしまえば、攻撃を向こうが勝手に防御してくれる。
 これならば、ある程度、遠慮なく攻撃を加える事が出来る。

「なるほど。人形であるゆえに牽制や裏をかくこともない。ならば、その型さえ、 分かれば、これほどくみしやすい相手はいない。」

 しかし、これでもあくまで五分と五分―――日和号を無傷で捕まえるには、後一押し止めの一手に欠けていた。
 そのため、この数日間、日和号と何度も戦うことになったのだが――「おにいちゃん、狼煙があがったのだ!!」―――どうやら、今日でそれも終わりのようだ。

「ご主人様!!」
「おし・・・全員、いったん退くぞ!!」

 突然、七花達は、日和号から身を引いて、そのまま、狼煙の見えた方角に全速で駆け出した。
 当然、日和号も組み込まれた命令どおりに、七花達を追いかける――日が沈みはじめ、夜の闇が訪れても、日和号には意にも解さず。

 日が完全に沈んだとき、この森の中心部に広がる湖の<上>に七花たちは、自分達を追いかけてきた日和号を待ちうけていた。

「さあて、ようやく追い詰めたわけだな・・・・その頃にはあんたを、まあ八つ裂きにはできないんだけれえど!!」

 七花たちが到着した場所は、この数日間、七花たちが闘っている間に、否定姫の監督の元、2万人の兵士達を動員して、湖の上に作られた丸太を縄で括り付けた水上ステージだった。
 この場所こそ、日和号の巡回ルートから外れ、千刀・金殺がいっさい配置できない、そして明かりとして何百と言う篝火を湖面に浮かべることができる唯一の場所!!
 無論、そのような不利を考えない日和号は「即刻・斬殺」と言葉を発し、七花たちに襲いかかる。
 これまで、七花たちを苦しめた・・・何も考えず、意思を持たない機械人形と言う特性があだとなった。
 同時に七花たちも一気に勝負を決める――夜という不利な条件も、湖に浮かべられた篝火が打ち消してくれている。
 それまでの疲れも嘘のように七花たち4人の激しい攻めの攻撃が日和号に襲いかかり、日和号も只管防御に徹して行く。
 とここで、七花たちから距離を取った日和号は手にしていた4本の刀を捨てた。
 そして、日和号がお辞儀をするような姿勢をとり、その手を地面につけ、逆立ちをするように、下半身を持ち上げた。

「そろそろ、くるか・・・・」
「微刀・釵」

 七花の言葉をかいすることなく、日和号はとっておきの手を出した。

「人形殺法・微風刀風」

 途端―――浮き上がっていた日和号の足がグルグルと回転し始めた。
 始めはゆっくりと――だんだん速く――徐々に高速に旋回する。

「にゃーーー!!な、何なのだ!?」

 回転によって生じた強烈な風圧に煽られた鈴々が叫び声をあげるが、更に日和号は地に着けていた四本の腕をいったんひじの部分まで折りたたみ――そのまま一気に跳ね上がった。
 そして――そのまま降りてくることなく、空高くに自力飛行していた。

「まさか、本当に飛ぶなんて・・・・」
「話だけを聞いたときは、まさかとは思っていたが・・・・」

 驚く愛沙と星だったが、それに構うことなく日和号は上空から一気に急降下し始めた。
 武器を持つ必要などない――高速回転する回転翼は敵を切り裂く刃となっている。
 同時に、強烈な風圧が湖面を大きく煽りたて、篝火を載せた鍋や釜を次々と湖に沈めていき、七花達の視界を奪っていく。
 そして、急降下攻撃を仕掛けた日和号が七花たちに向かってきた瞬間―――

「ああ、でも、ここで終わりだったよな。」

 日和号の動きがまるで一時停止したように一斉に止まり、そのまま落下し、落下地点に待機していた七花の腕に飛び込むように、抱きかかえられた。
 その様子を見ていた否定姫は、手にしていた扇子をしまうと、やれやれと腰を挙げて言った。

「ようやく燃料切れのようだね。」

 疲労することなく動き続ける日和号―――しかし、なんらかの動力で動く以上、疲労はなくとも消耗はするはずなのだ。
 その点については、以前、変体刀蒐集に関っていた七花と否定姫によれば、日和号の動力は太陽光という事実が判明した。
 実際、この数日間に、森を徘徊しながら、日和号はある時間になると決まって、光をさえぎる木々がない場所でしばしば動きを止めている時間―――太陽光を動力に変換するための補給時間があった。
 この事実を踏まえた上で、否定姫と朱里、雛里の三人は、日和号を激しく動かすことで燃料切れを起こさせる作戦を考えた。
 まず、日和号が太陽光を供給する地点を割り出し、太陽光をさえぎる木々がある場所で、七花達4人が、日和号との戦闘を行えば、太陽光の供給を最小限に抑えられ、さらに、日和号の燃料を消耗させることができる。
 そして、夜にまで戦闘が持ち込んだときには、あの即席水上ステージに、日和号を誘い込み、決着つけるという手はずになっていたのだ。

 と次の瞬間、水上ステージからぶちっと何かが解ける音が聞こえた瞬間、丸太を結んでいた縄がほどけ、さらに連鎖反応をおこすように他の縄も一斉にほどけ、ばらばらになった。

「「「「わぁああああああ!!!!」」」」

 当然、その上に乗っていた七花たちは、慌てふためく中、湖に飛び込むは目になった。

「ご、ご主人様!!だ、大丈夫ですか!?」
「はわわ!!は、早く助けないと!!」
「あわわ!!しゅ、朱里ちゃん、落ち着いて!!」

 慌てふためく、一同を尻目に、否定姫はやれやれと首を振りつつ、一言。

「やっぱり、素人に作らせたのは、まずかったわね。」

 まあ、何はともあれ、日和号を含めた4本の完成型変体刀は無事蒐集完了!!


 幽州での日和号騒動が、終わった頃・・・・

「これは、いったい・・・・」
「なんだ!?いったい、何があったと言うのだ!!」

 同じく、朝廷からの勅命で、黄巾党の討伐に乗り出していた曹操たちだったが、現地に到着した頃には、既に事は済んでいた。
 あたりには、トレードマークである黄色の布を紅く染め、膾切りにされた或いは頭部を失った黄巾党の面面が地面に倒れていた。

「私達が到着した頃には、すでに決着がついていたようね・・・」
「しかし、華琳様。ならば、誰が・・・仮にも雑兵とはいえ、3万以上の黄巾党を相手にするのは、たやすいことではありません・・・」

 戸惑いつつ、夏候淵は曹操―――曹操の真名である華琳―――に進言するが、突如横槍を入れてきた第三者の言葉によって否定された。

「仮にも、雑兵とは言え、3万人以上だ?違うね、3万人以上いようが雑魚なんざ、試し斬りぐらいの使い道しかねぇよ。」
「何者だ!姿を見せろ!!」
「俺なら、ここにいるぜ。」

 曹操らが声をした方に振り返れば、そこには両手両足を敵の血で血に染めた狐の仮面を被った男と向こう側が透けて見えるほどの薄い刀を手にした虎の仮面を被った女、そして、鎖を巻き付けた奇妙ないでたちをした「かなしい、かなしい」と呟きながら涙を流し続ける女がいた。
 そして、その奥には、黄巾党の者達の死体を枕に胡坐をかき、肩に漆黒の刃の刀をかけ、顔のほぼ全てを隠すような仮面を付けた少女がこの場の支配者のごとく君臨していた。

「よぉ、あんたが曹孟徳か?かっはははは・・・随分とまあ、子供じゃねぇか。」
「な、貴様!!」
「華琳さまを侮辱するか!!」

 自分の主を嘲るような少女の言葉に、憤激した夏候惇と夏候淵が武器を構えようとするが・・・

「止めなさい、春蘭。それに、秋蘭も。」
「華琳様、何故、止めるのですか!?こいつは・・・・」
「確かにそうだけど・・・・こちらもただじゃすまなくなるわ。」

 華琳―――曹操は春蘭と秋蘭―――夏候惇と夏候淵が武器を抜いた瞬間、仮面を付けた少女を守るように臨戦態勢にはいった三人の男女をみて、いきり立つ二人を押しとめた。
 間違いなく、この惨状を作ったのは、この4人だ。
 たった4人で、有象無象の雑兵とはいえ3万以上の暴徒を切り捨てた相手に手を出せば、こちらもただではすむまい。

「へぇ・・・分かってるじゃねぇか。いや、いや、その若さでたいしたもんだよ。」
「世辞はいいわ。それで、私にいったい何のようかしら?」

 あくまでも、平静な曹操の態度に、仮面を付けた少女は「かっかかかかか!!」と笑いをあげて、笑みを浮かべ、宣言した。

「随分と急かすじゃねぇか。まあいいか。じゃあ、まずは、自己紹介だ。姓は司馬、名は懿。字は仲達!!ただの君主には、興味はねぇ!!乱世の奸雄、人徳の王に、覇王―――歴史に名を刻む奴にしか興味はねぇ!!まあ、とりあえず、あんたは合格だ。俺達を仕えさせてくれや、曹孟徳。」

 それは、司馬懿からの――これから仕える君主への礼をいっさい省いた――仕官の願いだった。




[5286] 第8話<剣槍演武>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/02/11 21:22
 日和号との闘いから翌日、否定姫は兵士達を動員し、森のいたるところに配置された千刀・金殺を回収していた。

「ようやくこれで、終わったね、白蓮ちゃんv。」
「ああ・・・・・・でも、結局、私達は大工仕事やっただけのようなきもするんだが・・・・」

 満面の笑顔を見せる桃香とは対照的に「はぁ・・・」と溜息を漏らす白蓮であったが、それは仕方のないことであった。
 なにせ本来、討伐するはずであった黄巾党の残党が、日和号によって壊滅し、それでも僅かに生き残っていた者も既に散り散りなっていたのだ。
 さすがに、一人で動く人形が黄巾党を壊滅させたなどと、正直に報告するわけにもいくまい。

「まあ、それについては、兵に被害がなかっただけ、よかった事にすればいいわ。まあ、さすがに上に報告するには、ごまかしの一つ入れないといけないでしょうけど。」
「そうですね・・・さすがに信じてもらないと思います。ですからここは、私達が討伐した事にしちゃいましょう」
「うん・・・報告書は、私と否定姫さんと朱里ちゃんでまとめておきますから・・・」

 そして、白蓮以上に苦笑いを浮かべる否定姫、朱里と雛里は、隠ぺい工作などの事後処理のしわ寄せを引き受ける事になった。
 とここで、森中に仕掛けられた千刀金殺の回収作業を手伝っていた趙雲が、同行した兵士達とともに、回収した千刀・金殺を携え、森から出てきた。

「ふう・・・木の枝から、地面、岩のくぼみ、いたるところにしかけるのはいいが、全てを回収するのは、中々、骨のおれる仕事でしたぞ。」
「ああ、お疲れ様。なんなら、お願いの一つでもきいてあげないこともないわ。」

 否定姫のその言葉を待っていたといわんように、趙雲は畳み掛けるように、言葉を続けた。

「はははは、かたじけない。では、早速なのだが。」
「何かしら?」
「七花殿と手合わせしたいのだが、よろしいだろうか?」

 日和号も回収し、一件落着したところで、恋姫語はじまり、はじまりv


                         第8話<剣槍演武>


 そして、現在、服を脱ぎ上半身裸の七花と自分の獲物である槍を構えた趙雲は、陣から離れた荒野で、対峙していた。
 
「姫さんの用事で来て見れば、そういうことかよ・・・」
「すまぬな。武人として、お主のような強者と剣を交えたいというのは、抑えられるものではないのでな。」
「・・・・・・面倒な性格だな。」

 だが、さすがに無碍に断るわけにはいかないだろう。
 ならば、やるべきことは一つのみ!!

「虚刀流七代目当主・鑢七花・・・・・覚えておきな。ただし、その頃にはあんたは八つ裂きになってるだろうけどな!!」
「ふっ・・・趙子龍、参らせてもらう!!!」

 互いに構え、名乗りをあげ、湖面に魚が跳び上がる音にあわせて、両者一斉に相手にむかっていった。

「はぁっ!!」
「っと!?」

 向かってくる七花に対して、狙っていたのか趙雲の槍が繰り出され、先制攻撃を仕掛ける。
 その一撃を、七花は体を逸らして避けようとするが、完全に避けたと思った瞬間、わき腹に鈍い痛みが襲ってきた。

「な、何だ!?」
「甘いですぞ、七花殿・・・・・・槍術とは、穂のみが武器とは限らない!」

 それは一瞬の早技だった。
 七花に第一撃を避けられた趙雲は、瞬時に槍を逆さに持ち変え、石突で七花のわき腹の強烈な一撃を打ち込んだのだ。
 思わぬ形で動きを止められた七花だったが、感傷に浸るまもなく、趙雲の連続攻撃が次々繰り出されていく。

「・・・・・・ッ!やりづらい!!」
「ふっ・・・・・・槍を持った相手との闘いは経験しておらぬようですな!!」

 何とか反撃をしようとするが、広範囲の間合いを誇る槍を相手に、素手では、迂闊に近づくことすら出来ない。
 それを狙っているのか、趙雲も、決して、七花の間合いに踏み込まないように、牽制をいれつつ、攻撃を繰り出している。
 そして、趙雲が繰り出した先ほどの石突の攻撃も牽制となり、七花は迂闊には近づけない。
 全てに複線織り込んである趙雲の戦い方―――七花にとっては、もっとも苦手とする相手だ。

「ああ・・・・・・そうか。」

 そこでふと、七花はあることに気づいた。
 道理で戦いにくい筈だ・・・一つ闘うでも、策を弄してくるこの戦い方は、千刀・金殺蒐集の折りに闘った武装神社の巫女にして、千刀流の使い手―――敦賀迷彩とよく似ている。

「それでも・・・」

 とここで、七花は、趙雲が突き出す槍の間合いから・・・・・・

「その頃にはあんたは八つ裂きなってそうだけどな!!」
「む!?」

 離れるのではなく、逆に一気に趙雲の懐に飛び込んだ。
 あわてて、趙雲も迫る七花から離れようとするが、今からでは間に合わない。
 苦し紛れに槍を突き出そうとするが、槍の長さが完全にあだとなった。
 中~近距離に対応した武器である槍だが、ここまで接近されたら――体が密接するギリギリ超接近戦に持ち込まれれば、間合いから完全に外れる!!
 さらに重い刀を持たぬゆえに、石突を繰り出す間も与えず、相手に接近することも出来た。

「なるほど・・・刀を持たぬ故の踏み込みの速さ・・・・・・虚刀流の利点ですな。」
「そういうことだ。そしてこれが、虚刀流五の奥義―――飛花落葉(ひからくよう)!!」

 七花は、虚刀流の五の構え『夜顔』の体勢―――両足を肩幅くらいに位置させ、両手をひらいた状態で前に構え、体をやや前屈気味にさせる――を取り、その体勢のまま両手を突き出して、掌底を趙雲のわき腹に叩きこんだ!!
 その瞬間、趙雲の体が電気ショックを受けたかのように振るえると、服のあちこちが破れていき、手にしていた槍を落とした。

「なるほど。これが虚刀流の奥義。噂にたがわぬ強烈な・・・一・・・撃・・・。」
「っと、さすがに、きつかったか・・・」

 飛花落葉の一撃が予想以上に堪えたのか、ぐらりとその場に崩れ落ちる趙雲を、七花はあわてて、倒れようとする趙雲の体を支えた。
 息はしているようだが、しばらく気を失った状態になりそうだ。
 とそこに、急にいなくなった七花を探ししていた愛沙がやってきた。

「ご主人様、そこにいらしたの・・・・・・」
「ああ、ちょうど良かった、愛沙。ちょっと・・・・・・」

 医者を呼んできてくれないかという前に、突如として青龍堰月刀が七花の頬を掠めた。
 目の前をもう一度見れば、なにやら今にも、からの鍋を回しそうな冷たい目をした愛沙(般若と呼ぶ)がいた。

「え、あの・・・愛沙いきなり・・・何を・・・」
「ちょっと目を離した隙に、何をしているかと思えば、逢引きなんて、不謹慎にも程があります!!」
「え、ちょっと待て。どうして、そんな判断になるんだよ!?」

 突然の事に慌てる七花だったが、今の七花はいつも来ている服を脱いだ上半身裸の状態、それにあいまって、飛花落葉の一撃で趙雲の服もボロボロで、はたから見れば、七花が趙雲を襲っているようにも見えなくなかった。
 そして、付け加えるなら、否定姫が「愛沙に話せば、絶対否定するから、愛沙にはナイショね。」と、愛沙には、七花と趙雲の真剣勝負を伝えていなかった。

「ご主人・・・・・・少し頭を冷やしましょうか。」

 前の主であるとがめの嫉妬には手を焼いたけど、愛沙の嫉妬は命に関る――それが、この後、地獄のような折檻を受けるはねになる七花がこの事件で学んだ教訓だった。

 その次の日、事後処理と回収した日和号の改造のためにこの地でしばらく、滞在する事になった否定姫と朱里(半ば強制的)を残し、七花達は軍を引き上げる準備に追われていた。

「大丈夫なのか、お兄ちゃん?」
「何だかかなり痛ましい姿なんだけど・・・」
「ああ・・・危うくあの世で、姉ちゃんに、三途の川を渡らされそうになったよ・・・」
「まったく・・・・・・そうならそうと言って下されば、良かったのに。」
「言ったよ。でも、全然信じなかったじゃねぇか・・・生き残っただけましだけど。」

 あの後、桃香達から事の成り行きを聞いた愛沙は、仲間はずれにされた事をすねつつ憮然とし、七花のほうは、体のほとんどを包帯に巻かれた状態で、愚痴をこぼしながらも命拾いした事に安堵していた。
 とそこへ、旅装束に着替えた趙雲が、白蓮から黙って借りてきた馬に跨り、七花たちのもとへやってきた。

「どうやら、間に合ったようだな。」
「あれ、趙雲じゃねぇか・・・怪我の方は大丈夫なのか?」
「ああ、幸いな。まあ、服が使い物にならなくなったのは痛かったが・・・それより、七花殿―――あの勝負の時に手を抜きましたな。」
「・・・・・・やっぱり気づいたか。」

 不敵な笑みを浮かべる趙雲の言葉に、図星だったらしく七花はやれやれと頬を掻いた。

「どういうことなのだ、お兄ちゃん?」
「ああ、虚刀流五の奥義―――飛花落葉は、鎧を着た敵を想定して生み出された外側のみを破壊する鎧ごろしの技なんだ。」

 飛花落葉は、左右の肩に張り手を打ち込む事により、その打撃力を衝撃波とし、全身を震わせる必殺技である。
 必殺技というように、全力でこれを相手に打ち込めば、相手を死に至らしめるが、技の特性状、加減しだいでは、意図的に相手を殺さずに、戦闘不能の状態させることができる技なのだ。

「なるほど・・・しかし、手加減されるようでは、私も、まだまだ未熟ですな。」
「そんなことないんだけどな・・・俺が闘った奴らの中じゃ、趙雲も結構強い部類だぜ。」
「ふふふ・・・そう仰ってくれるとは、ありがたい、主殿。」
「ああ・・・・・・って、主殿?」

 危うく聞き流しそうになった趙雲の言葉に、七花はきょとんとした。

「性は趙、名は雲、字は子龍・・・そして、我が真名である星と我が心と体、主殿に捧げさせてもらう。」
「いや、でも、白蓮は・・・」
「ああ、白蓮殿には話しは付けてあるので、問題はありません。本来なら、他の諸侯にも仕官する予定でしたが、主殿の武に惚れました。無手でありながら、刀・・・・・・その武の底に興味がつきません。」
「惚れたって・・・・・・どうしようか?」

 基本的に戦闘面以外のことに疎い七花は、どうしたものかと、桃香達に相談しようとするが・・・・・・

「好きにすれば、よろしいではないですか。浅い中ではないわけですから。」
「ご主人様って、そういう事にうといんだよね・・・」
「女心が分かってないのだ~」
「も、もう、少し女の子の扱い方を学んで欲しいです・・・・」
「・・・・・・助け舟すらないのか。」

 昨日の一件がどうやらどこか(主に否定姫あたり)で、拡大解釈並びに曲解して伝わったらしく、女性陣の態度は限りなく冷たいものだった。

「いやはや・・・・・・天下無双の武も、女子の嫉妬の前では、形無しですな。」
「笑い事じゃないんだけど・・・・・・はぁ・・・・・・」

 孤立無援の状況に、思わず七花が漏らした溜息は、アオアオと広がる空に響いていった。

―――同時刻洛陽
「というわけで、大陸中の諸侯達が、あたし達に血眼。まったく、孤立無援もここにきわまりってやつかな?」

 軍議が行われる玉座の間にて、各地の情報収集に当たっていた全身に奇妙な刺青を施した少女は、こりゃまいったねぇと、手を上げてがっくり肩を落とした。
 彼女の名前は〝真庭狂犬″―――董卓軍に雇われた異国の地から来たと噂される忍者である。

「ウチ等と戦う為に? 暇な奴等が居るもんやなぁ」

 彼女の言葉に答えるのは、陽気でお気楽そうな雰囲気の漂う関西弁の女性である。
 下は少し露出の高い袴らしきものを穿き、上は豊満な胸をさらしで巻いて隠している。
 更にその上に黒い上着を肩に掛けていると言う珍しい格好をしていた。
 女性の名は“張遼文遠”と言い、董卓軍が誇る猛将の1人である。

「まったく、笑いながら報告することじゃないわよ・・・」

 眼鏡を掛けた――知的な雰囲気が漂う――少女の声が広い玉座の間に響き渡った。
 彼女の表情は苦渋を噛み締めているように強張っていた。
 メガネと帽子がトレードマークの小柄な少女──彼女の名は“賈駆文和”―――董卓軍の軍師を担っている。

「笑うしかないでしょうが。曹家のアバズレに、孫家の三代目もこの連合に加わっているみたいなんだし。」
「かなり手ごわい相手になりそうね……」
「せやろね……それに、最近名を挙げとる鑢ってやつも、この連合に参加しとるみたいやし。」

 とここで、張遼の言葉に割り込むように、董卓軍でも武勇に優れることで名高い“華雄”が一喝する
 弱気な発言が玉座に響いている中で、華雄は1人だけ息巻いている。

「ふんッ! 何を恐れる必要があるのだ? 奴等は只の寄せ集めの軍隊に過ぎん。そんな者達が何十万人集まろうと、所詮は烏合の衆だ」
「烏合の衆なぁ……」

 対する張遼は、一人で息巻く華雄の姿を冷めた目で見つめるが、華雄はそれに気づくことなく、さらに言葉を続けた。

「そうだ。それに汜水関や虎牢関が洛陽への道を阻んでいる。そこに私と呂布が拠って戦えば、連合軍など恐れる事はない!」

 とここで、華雄の言葉に耳を傾けていた狂犬がパチパチと拍手をし――

「おぉ~やっぱ、威勢のある奴はいうことが違うね~v現状を正しく把握していればってのが前提条件だけどね。」

 ―――その実、華雄を馬鹿にするように話の腰を見事にへし折った。
 新参者で、年はもいかない狂犬の嘲笑に、華雄の怒りの矛先は、狂犬へとむけられた。

「なっ、貴様・・・小ずるいしのび風情が、私を愚弄するつもりか!!」
「小ずるい?上等だよ、卑怯卑劣は忍者にとっちゃ、最高のほめ言葉だよ。まあ、あんたを馬鹿にしたのは、事実だけど。」
「くっ……貴様ぁ!」

 人を煙に巻いた狂犬の挑発に、華雄は自分の得物である戦斧を構え、振り上げようとするが、思わぬ横槍が入ってきた。

「はいはい~御二人とも、いい加減にしましょうね。さすがに内部分裂で負けました~なんて、笑い話にもなりませんから。汜水関には私も参加しますんで、華雄さん、よろしくお願いしますね、」

 まあまあと落ち着いた様子で、白髪に度の強い眼鏡をかけ、真っ白の礼服をきた青年―――董卓軍の雇われ軍師である李儒が二人の間に入って、華雄をなだめた。

「ちっ……わかった。戦にて、貴様に我が武を知らししめてくれる……失礼する。」

 武器を収めたものの、華雄はニヤニヤと笑う狂犬をにらみつけ、腹の虫が収まらないのか肩を怒らして、玉座の間から出て行った。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 その場に残った4人──賈駆と張遼、李儒、狂犬は再び視線を交わす。

「はぁ……」

 まずは賈駆が大きな溜息を吐いた。
 それに続いて張遼が――華雄が出ていった扉を一瞥して――吹く

「はぁ……悪い奴やないんやけどな……」
「強いていうなら、無能な働き者ってやつだね。賈駆ちゃんも苦労するねぇ」
「え~もっと大変なのは、そんな武人馬鹿を汜水関で支えなきゃいけない私なんですけどね……」

 そう愚痴をこぼしつつ、「じゃあ、私も研究の続きがあるので」といい残して李儒もあわてて華雄の後をおって、玉座の間から去っていった。

「……んで、どうすんの? 賈駆っち」
「作戦は変わらないわ。汜水関で防衛して、虎牢関でも防衛。これしかないでしょう? 圧倒的に兵士の数が違うんだから、まともにやって勝てる筈がないもの」
「ま、それが妥当やな。手段さえ選ばなければ、なんとかなるんやけど……」
「僕だってそうするのが一番って言うのは分かってる。けど……月が許さないのよ」
「董卓ちゃんは優しいからなぁ。」
「ま、その優しさを付け込まれて、<あいつら>に人質とられて、苦労しているんだけどね。」

 狂犬が何げなく軽口で答えたこの言葉に、張遼の目が一瞬だけ冷たく、鋭くなった。
 そして賈駆もまた、忌々しそうに顔を顰めた。

「けふっち……」

 張遼の言葉に険しさを感じた狂犬は「失言だったね」と二人に謝り、やれやれと言った様子で言葉を続けた。

「分かってるって。人質の救出と董卓ちゃんらを脱出させるための手助けも、仕事のうちだからね。」
「すまんな、けふっち。あんたらにしかできんことや。任せたで。」
「お願いするわ……」

 真剣な表情で、自分に頼み込む二人をみて、狂犬はやれやれといった様子で頭を一掻きした。
 こりゃ、金だけもらっておさらばするのは無理そうだねと思いつつ――

「了解だよ。さて、それじゃあ、そんな優しい雇い主のために、狂犬姐さんがもう一働きしてこようかねぇ。」

 まるで、これからか散歩に行くかのような感覚で、狂犬は、張遼らに手を振りながら、その場を後にした。

「ほな、頼んだで、けふっち。んじゃ……こっちもそろそろ準備に入るわ。呂布ちんと蝙蝠っちも探さんとアカンしな」
「そうね……呂布の事、よろしくね」
「ほいよー。ほんなら、また後で」

 そして賈駆は改めて、この部屋の中央にある玉座に目を向けた。
 そこには誰1人として姿は無い。

「月は……月だけは、ボクが守ってみせるんだから」

 賈駆が唇を強く噛む。
 口の中が、薄っすらと血の味で満たされた

 玉座の間から退室した張遼は、敷地内にいる筈の呂布を探して歩き回っていた。
 辺りをくまなく見回すが、姿は無い。

「どこにおるんやろなー……って! おお、いたいた。おーい! 呂布ちーん!」

 頭を悩ましていた矢先、すぐに呂布の姿を見つける事が出来た。
 彼女は草木が多い中庭でボンヤリと青空を眺めている。

「…………??」

 空を眺めていた呂布は突然呼ばれ、気の抜けた表情のまま視線を移す。
 浅黒の肌と炎のように赤い髪の、独特の雰囲気を持った女性である。
 この女性こそが“呂布奉先”だった。
 そして、もう一人・・・

「たくよー」

 敷地内の一番大きな木の太い枝に足をひっかけて、逆さにぶら下がって、居眠りをする、蝙蝠の羽のような髪型をした男―――真庭蝙蝠もいた。
 どうやら、今まで、呂布は、木の枝で逆さにぶら下がって眠る蝙蝠を興味深そうに見ていたようだ。

「―――なんだよ。寝てるんだから、邪魔するなよ。」

 不機嫌そうに――実際にはただ眠たいだけなのだが――蝙蝠は、張遼に応じた。

「寝てる場合ちゃうで。二人とも出陣の準備やで。賈駆っちも、早くしろって言っとる」
「…………(コクッ)」
「戦ね……おちおち寝ていられねぇよ。」

 面倒な事このうえなにのにな、と付け加えて、枝に引っ掛けていた足をはずし、そのまま空中で半回転し、見事に着地した。

「んで、俺はどうすりゃいいんだ?」
「蝙蝠っちには、連合軍の陣地に潜入して、連中の動向を掴んでくれんか?」
「やれやれ、人使いが荒いじゃねぇか。簡単に言ってくれね。」
「簡単やろ。あんたの忍法なら、楽々こなせるはずやろ。けふっちもいうとったで。」
「はぁ・・・分かったよ。卑怯卑劣が売りだからな、精々当てにしてくれ。」

 やれやれといった表情で、蝙蝠は、近くの壁を軽く飛び越えると、そのままその場を後にした。

「…………戦?」
「そうや。敵が洛陽に攻めてきとんねん。それを追っ払うのがウチ等の役目や」
「…………(コクッ)」

 張遼に言葉を掛けず、呂布はゆっくりと頷いた。

「んじゃ、ウチは出陣の準備をしてくるから、呂布ちんは暫く待っといてーな」
「…………うん」

 張遼がそう言うと、初めて声に出して頷いた。
 この場から張遼が居なくなり、再び1人になった呂布は空を見上げる。

「…………また、戦…………」

 呂布の吹いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
 代わりに空が、呂布の言葉を受け取った──
 この後、反董卓連合軍VS董卓軍という一大合戦が始まり、同時に、現日本一:鑢七花と現中国一:呂布との天下無双の称号を賭けた闘いが決定した瞬間だった。



[5286] 第9話<連合結成>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/02/22 21:45
 黄巾党討伐戦……もとい日和号捕獲作戦から、いくばくかの日が過ぎた頃、大陸全土を揺るがす大事件が起こった。

 ──漢王朝の皇帝である霊帝の死。

 その支配力は黄巾の乱にて地に落ちたと言われる王朝ではあったが、霊帝の死によって起きた後継者争いが状況を悪化させた。

 霊帝は後継者を決める前に亡くなった為、2人居る後継者候補を巡り、朝廷が真っ二つに分かれてしまったのだ。
 その2つとは――大将軍何進の一派と、宦官達の一派による暴力と謀略が渦巻く朝廷での愚かとも言える権力争いの末に、大将軍何進は謀殺されてしまう。
 だが何進派の戦力はまだ健在と言って良かった。

 何進派の報復を恐れた宦官達は、自分達の手駒となる者達を加えようと躍起になっていた。
 そんな時に目を付けたのが、何進の呼びかけに応じて都に一軍を率いてきていた併州の牧“董卓”だった。
 何進亡き後、身の振り方を考えていた董卓は宦官達からの頼みに快く応じ、自身の力を貸した。
 しかしこの董卓は宦官達が操れる程の甘い人物ではなかった。

 宦官達によって朝廷に踏み入る権利を手に入れた董卓は、恐怖と暴力で朝廷を思うがままに支配し始めた。
 これにより、帝を擁して権力を振るう董卓の一派と、董卓を何としても排除しようと反抗する一派。
 今度はその2つに分かれて争い、やがてその騒乱は大陸全土に広がっていった。

 そして、ついに打倒董卓を掲げた諸侯の大連合が組まれると言う話が持ち上がってきたのである。
 大陸北東部を支配下に置く袁家の当主“袁紹”が諸侯に呼び掛け、その下に次々と各地を治める将達が集まっていた。
 それは、七花達にとっても無関係な話ではなかった。
 朱里が先に戻ってきてから3日後、袁紹の使者が連合参加の檄文を携えてやってきたのだ。

「まぁ、そういうわけで、姫さんがいない間に使者が来たんだけど、どうする?」

 とりあえず、政治に疎い七花は、自分一人で決めるわけにもいかず、桃香達の意見を聞くことにした。

「当然、賛成だよ!!董卓さんって、都中の人たちに略奪したり、重税を課してるって聞くし、そんな酷い人たちを放っては置けないよ!」
「鈴々も賛成なのだ!悪い奴らは、鈴々がぶっ飛ばすのだ!!」
「私も同意見です!そのような悪逆非道な輩を見て見ぬ振りなど出来ません!!」

 基本的に正義感の強い桃香・鈴々・愛沙は、連合への参加に賛成の意を唱える。

「確かに、非道な振る舞いは許せぬが…全てが事実とは限らぬからな」
「私もです……この書状はあくまで、袁紹さんの主観でしか書かれているだけですし」
「後々のことを考えれば、少しでも国力を高めるべきだと思います。」

 対する朱里や雛里、星は書状の内容や現時点の状況の厳しさなどの理由から、連合への参加には難色を示していた。

「ううん…難しいもんだな。」
「そういえば、否定姫さんからは何か連絡はないの?あの人なら、良い意見が聞けると思うんだけど。」
「あの…それについてなのですが、私が帰るときに否定姫さんから、渡された手紙があるのですが。」

 朱里は、恐る恐る否定姫から手渡されたその手紙を開けて、中身を読んだ。
 手紙に書かれていたのは……

<絶対、参加しなさい。不参加は否定する。(なぜか血文字で)>

 ……だけだった。

「……えっと、とりあえず、参加ということで良いか」
「そうだね」

 とりあえず、物語は次のステージへ、恋姫語第9話はじまり、はじまりv


                      第9話<連合結成>

  
 連合への参加を決めてから数日後、七花と桃香率いる幽州の軍は、連合に合流した。
 七花達は、連合の主軸となる有力者達との軍議に出席する事となった。

 軍議には、七花と桃香、そして、軍師である雛里と朱里が出席することになった。
 本陣には愛紗と鈴々、星が兵士の面倒を兼ねて留守番をしている。

「はうぅ…緊張しますぅ~…」
「あうぅ…朱里ちゃん、しっかり…」
「はぁ、面倒だな。姫さん、もしかして、これを見越して遅れてきてるんじゃねぇのか」
「大丈夫だよ、二人とも。もっと力をぬいてね。ご主人様は…もっと緊張しようね」

 七花達は、連合軍の発起人である袁紹の本陣へとやって来ていた。
 とりあえず、難しい話は、朱里と雛里に任せるかと、基本的に考えることが苦手な七花は思いつつ、天幕へと入った。

「…………」
「…………」
「…………」

 瞬間、3人の女性の視線が、七花へ一斉に集中した。
 それ等の女性はいずれも、上座に座っている。

 上座の中央に腰を落ち着けているのは金髪縦ロールの派手な女性。
 その派手な女性の左に陣取るのは金髪をドクロの髪留めで纏めている少女だった。
 最後に右手の方に陣取るのは浅黒い肌に、頭に飾り物を付けている女性である。

 七花は3人を眺めつつ、どの人物も只ならぬ風格を纏っている事をなんとなく感じた。
 朱里が小声で説明してくれた話によると、中央に居るのが袁紹、左が曹操、右が孫権らしい。

「……コホン。貴方が近頃、庶人達に“天の御遣い”なんて噂されてる方ですの?」

 派手な女性――袁紹が、何処か嘲りを含んだ言い回しで訊いてくる。
 だが、にぶい七花はそんなことにも気に掛けず、いたって平然と話し返す。

「ああ、一応、そういうことになってるけどな。ところで、あんた、すげぇ寝癖だな。櫛で髪を梳いたほうがいいんじゃねぇか?」

 意外にずぼらなんだなぁと言い、七花は袁紹の金髪縦ロールを指差して、初対面の感想を洩らした。

「なっ……失礼な方ですわね!!これは、寝癖じゃありませんわ!!それに、あんた呼ばわりも止めなさい!!」
「ご、ご主人様!!いくら、すごい派手な髪型だなぁとか、実はヅラじゃないかなって思っても、それは言っちゃ失礼だよ」
「あなたも充分失礼ですわよ……」

 袁紹が気分を害したように腕を組むと今度は、左手に座る少女――曹操が小さい声で呟いた。
 その表情は七花を見下しているような感じである。

「…ブ男ね」
「いきなり辛辣だな、おい。とがめや姫さんでも、初対面の相手にここまで言わないぞ。いや、あの二人の場合は、初対面の後からいうほうだけど」
「へぇ…上には上がいるもんだね」
「まあな…多分、俺じゃなかったら、鬱になるんじゃねぇか?」

 とがめ、姫さんって誰のことよ?―――といつの間にか蚊帳の外に置かれていることに気づいた曹操が顔を顰める。

「…………」

 残る浅黒肌の女性――孫権は全く興味無しと言わんばかりにそっぽを向いている。
 早速、おまえら喧嘩売ってるだろ?といわれても、おかしくない七花と桃香のやりとりに、朱里と雛里は、「「もうこれ以上しゃべらないで下さい」」と、そそくさと七花と桃香を席に誘導した。

「よっ、久し振りだな、二人とも」

席へとついた七花と桃香が、この連合で唯一の顔見知りである白蓮が気さくに話しかけてきた。

「あ、白蓮ちゃん、久し振りだねv」
「日和号の時は、世話になったな。」
「ああ、そうだな。っと、また、始まったみたいだな。」

 うんざりとした表情を浮かべた白蓮が目をむけた先を見れば、曹操と袁紹が火花を散らして、互いの悪口を言い合っていた。
 言い合ったといっても、袁紹が一方的に噛み付いてくるだけで、曹操がそれを受け流し、皮肉で返しているのだが。

「まったく、互いに協力しなくちゃいけないって時に…」
「つうか、大丈夫なのか、こんなことで?」
「うう、不安だなぁ…」
「はぁ、しょうがないな」

 とりあえず、白蓮は不毛ともいえる言い争いをなだめるように、いさめた。

「はぁ……あのな、今は皇帝を擁している董卓にどう戦を仕掛けるかを相談、だろ?」

 声を大にして現状を語り、2人を軍議へと引き戻そうとする。
 2人の醸し出す殺気が先程と違って徐々に弱くなっていく。

「大義はどう作るのか、難攻不落として知られる汜水関や虎牢関をどうやって抜くのか。それ以前にこの連合をどう編成し、どう率いていくのかを決めなくちゃ、だろ?」

 公孫賛の声がやっと届いたらしく、睨み合いを続けていた2人の意識が軍議に向いた。

「……そうですわね。伯珪さんの言う通りですわ。ふふっ……私とした事が、可愛げのないおチビに感けて軍議の本質を忘れる所でした」
「忘れる所じゃなくて、忘れてたんだろうが……」

 公孫賛が疲れたような溜息を漏らす。
 こうして軍議に意識を戻した袁紹は再び高らかに言い放つ。

「この連合に1つだけ足りない物がありますわ」

 突然の意味深な言葉に、全員の視線が袁紹へ一斉に向けられる。

「……そう。この軍は袁家の軍勢を筆頭に精鋭が揃い、武器糧食も充実し、気合いだって充分に備わっています。けれど、たった1つだけ足りない物があるのですわ。その足りない物が何か、お分かりになります、七花さん?」

「ん、え?俺、基本的に考えるのは苦手なんだけど…えっと…」

 いきなり話を振られて、考え込んで、数秒後―――

「わからねぇ。」
「そうわからねぇ―――って、お待ちなさい!!もう少し、頑張って、考えなさい!!話が進まないじゃありませんか!!」
「あの、ご主人様、多分だけど、これだけの連合を率いるんだから、優秀な統率者が必要じゃないかな?」

 あっさり考えることを放棄した七花に、ノリツッコミ気味にあわてて袁紹が噛みついてくるが、一緒に考えていた桃香があわててフォローをいれた。

「ええ…そのとおりですわ。この連合に足りない物……それは即ち、優れた統率者です。」

 再び袁紹の口上が始まった。
 七花は――最初からそういえばいいじゃねぇかと思いつつ――溜め息を吐いた。

「そう。この軍は諸侯達の、言わば私軍。その私軍を大義によって糾合し、共通の目的の為に一致団結させるには優れた統率者が必要なのです。それは強く、美しくて、高貴で、門地の高い……そう、それは――」
自分だという前に―――

「この否定姫以外にやるしかないってことね。まあ、やってあげなくないわ。」
「そう、そのとおりですわ―――って待ちなさい!!」

 いつのまにやってきたのだろうか、いきなり天幕へ乗り込んできた否定姫は、まるで空気を読むことなく袁紹の言葉を遮るように堂々と宣言した。

「あなた、いきなり、乗り込んできて無礼じゃございませんか!」
「ああ、そうね。ところで、久し振りね、七花君。元気にしていたかしら?」
「おう。そっちはどうだったんだ?」
「大体の用事は済ましたわ。城の改築も手はずを整えてきたから。まったくもって問題ないわ。」
「私を無視している時点で、問題大有りですわ――!」

 横槍を入れられて、激昂する袁紹だったが、否定姫は袁紹を一瞥するが、まるで無視するかのように、七花に話しかけたため、ほとんど叫び声のようなツッコミがはいる。

「ああ、ごめんなさい。無視してたわね、わざとだけど。とりあえず、連合軍の副大将は、あなたに任せるわ。私達は大事な話があるから、いなくなるけど、後で、報告よろしくね」
「え、ちょっと…」
「ああ、拒否権はないから。むしろ、その拒否を否定するわ。それじゃあ、統率者も決まったから、私達は、さっさと帰りましょうね。いくわよ、七花君、桃香、朱里、雛里」

 反論を許さぬ暴君さながらの強引さで話を進めた否定姫は、七花の髪をひっつかむと、そのまま、さっさと自分の陣に戻っていた。

「ちょ、姫さん…髪をひっぱるのは、いた、痛い!!地味に痛い!!」
「えっと、じゃあ、私達はこれで……」
「はわわ!!三人とも勝手に出て行かないでくださ~い!!」
「あわわ……!!え、えっと、失礼しました!」

 嵐が過ぎ去ったように七花たちが出て行った後残ったのは、呆然とする袁紹はじめとする諸侯の面面だけだった。


 その後、陣に戻った七花達だったが……

「なんてことをしてくれたのですか!!」

 軍議から戻ってきた七花達を出迎えた関羽の第一声は、大音量の怒声だった。

「軍議の席で他の代表に無礼をはたらいて、そのまま帰ってくるだなんて!ご主人様や桃香様の立場が危うくなるんですよ!」
「いや、ほんとうに悪かった、愛沙。だから、武器だけはおろしてくれ」
「ううう、ごめんね。愛沙ちゃん…ひ、否定姫さんも何か言ったほうがいいとおもうよ?」
「ああ、そうね。まあ、そりゃ悪くならないわけないわよね。特に袁紹だっけ?今頃、ぶちきれてるんじゃないの?」
「「せめて、建前でもいいから、謝ってくださ――――い!!!」」

 ただ只管に、土下座と謝罪をする七花と桃香、対照的に呆れるくらいに堂々と話半分に返事をする否定姫、そんな上司の態度に戦々恐々する朱里と雛里―――ぶっちゃけ、修羅場が形成されていた。

「それを分かっていながら…!?」

 どうやら分かっていてやった否定姫の発言に、否定姫をにらみ付ける愛沙…ちょっとやそっとでは収まりそうに無い。

「待て、愛沙。否定姫殿、御主のその口ぶりから察するに、袁紹と諍いを起こすこと自体が目的ではあったのでは?」
「あら、さすがは星ね。やっぱり、気づかないわけないか」
「えっと、どういうこと、何だ?」

 自分の考えをどうやら理解しているらしい星の言葉に、否定姫は我が意を得たりという得意げな表情で、星の言葉を二重否定で肯定した。
 だが、いまひとつ把握し切れていない七花は、否定姫にどうことなのかと説明を求めた。

「相変わらず、鈍いわね。星、答えあわせの意味もこめて、説明してあげて。」
「つまり、否定姫殿は、この戦の後に起こるであろう群雄割拠において、袁紹との戦をなさるつもりなのであろう」
「それって、袁紹の領地を攻めるってことなのか?」
「えぇー駄目だよ!!そんなの!!」
「桃香様の言うとおりです!!仮にも、名門袁家の当主―――そうやすやすと攻めるなど、今のわれらでは、無理です」

 星の言葉に、鈴々が首を傾げつつ答え、桃香と愛沙は自殺行為とも言える無謀な考えに、反対の声上げた。
 だが、否定姫はその言葉を聞き流し、不敵な笑みを浮かべた。

「否定するわ。誰が、袁紹とこを攻めるなんて言ったかしら?」
「んにゃ?」
「すまん、姫さん。話が見えないんだけど」
「あの、ご主人様。否定姫さんの狙いは、袁紹さんに攻め込むんじゃなくて、袁紹さんに攻めて来てもらうのが目的じゃないかと思うんです」
「攻めてきてもらうって…でも、普通なら、攻めてきてもらうっても、あんまり意味はないきがするんだけど…」

 怪訝な顔を浮かべる七花だったが、否定姫はやれやれといった表情で七花に説明した。

「ええ、普通ならね。でも、正直な話、今の私達の軍と袁紹軍とでは、兵力に差がありすぎるの。だから、ある程度、こちらの陣地で袁紹軍の兵力を削って、五分と五分に持ち込む必要があるわ」
「それって、五分と五分なら、袁紹さんに勝てるって事?」
「はい…兵力が折衷している場合、戦の勝敗を決するのは、将の質が大きな要因になるんです。この場合、将の質については、ご主人様や愛沙さん、星さん、鈴々ちゃんといった武勇に名高い人たちがいる私達の軍勝っています」
「だから、否定姫さんが合流に遅れたのも、来るべき袁紹さんとの防衛戦にむけて準備をしていたんです」
「朱里、少しだけ否定するわ。ただの防衛戦じゃないわ。これはあくまで、攻め込んでくる袁紹軍を攻撃で持って向かえ撃つ攻撃的防衛戦よ」
「相変わらず、すげぇな…姫さん。んで、何で、俺や桃香には、相談無しなんだ?」
「一応、私達、君主なんだけど……」
「そんなの決まっているじゃない」

 隠し事をされていた事実に、不満そうな顔を浮かべる二人に、否定姫はしてやったりの表情を浮かべて――

「その方が面白いからに決まっているからよ。」

 とんでもない事を言い切った。
 外で聞き耳を立てている来訪者達にもしっかりと聞こえるように。


「なるほどね……随分と面白いことを考えるじゃない」
「あの、華琳様?どうなさいました?中では何が…?」

 愛沙―――もとい関羽を勧誘しに来た曹操―――真名は華琳―――だったが、天幕から聞こえてきた愛沙と否定姫らのやり取りに興味を持ったのか、中に入らず、そのまま聞き実を立てていたのだが、一緒についてきた夏候惇―――真名は春蘭―――はどうしたものかとたたずんでいたが、意を決して、華琳に話しかけた。

「う~ん、そうね。とりあえず、帰るわよ。」
「え、帰るって…よろしいのですか!?」
「落ち着け、姉者。それで、華琳様、いったい、中で何が行われていたのですか?」

 声を上げる春蘭であったが、すぐさま、妹である夏候淵―――真名は秋蘭―――に諌められる。
 いったん、春蘭をいさめた秋蘭は、華琳に向き直り、天幕の中で何が話されていたのか、華琳に尋ねるが…

「そうね、しいていうなら、鑢軍はただの弱小勢力じゃないってことかしらね。もしかしたら、案外、この戦面白いものが見られるかもしれないわね」

 不敵な笑みを浮かべて、その場から去っていく華琳を呆気にとられた表情で、春蘭と秋蘭は顔を見合わせ、首をひねった。

(攻めるのではなく、あえて敵に攻め込ませて、兵力を削るか。どうやら、一筋縄ではいかないようね。優秀な軍師に、武勇に名高い武将。そして、なにより……)

 普通なら、癖のあるメンバーを束ねる二人の君主―――鑢七花と劉備の存在がなによりも大きいのだ。

「いつでも掛かって来なさい。この曹孟徳が相手をして上げるわ」

 それは対峙するであろう未来の好敵手にむけた静かな宣戦布告だった。



 草木も眠る丑三つ時、汜水関の城壁に大人一人分は入りそうな大きな鞄を、李儒が一人でぼやきながら、いじっていた。

「しかし、まいったもんですね。給料良いから就職したはいいものの、即効で攻め込まれるんですから」

 連合軍の陣内に潜り込んだ蝙蝠からの報告では、弱小勢力の鑢軍が総大将に立候補したらしいこと(当然ながら、後で辞退した)や連合内での諸侯の連携が上手く取れていないなどのことが判明した。
 しかし、それらの報告よりも気になったのが、この連合軍が解散した後の対袁紹軍を想定した方針の内容だった。

「敵を自国へ攻めこませて、逆に相手の戦力を削る…大勢力が取るならともかく、弱小勢力の鑢軍がとれる作戦じゃないですよ」

 何考えがあるのか、それともただの馬鹿なのか…なんとも理解しがたい軍師がいたものである。
 ただの烏合の衆だと思っていた連合軍だが、烏合と呼ぶには、あまりに異質な存在だ。

「まぁ、でも、この時代に来てから、今日まで我慢して来たのです。精々楽しませてもらいましょう。明日は今までの鬱憤を晴らさせてもらいます」

 そして、李儒は夜空に輝く月を見ながら、李儒はかすかに笑みを浮かべながら呟いた。

「ひとまず、明日は……零崎を開幕しましょうか。」









[5286] 第10話<汜水関決戦・前編>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/03/29 00:18
 ――連合軍本陣

「前曲は魏と呉の軍勢がお取りなさい。左翼は涼州連合で、右翼は伯珪さん。本陣として後曲に袁家の軍勢と、貧乏で戦力としての価値が皆無の鑢軍を配置しますわ」

 袁紹が本陣にて、各軍への指示を素早く下す。
 集まった伝令達は一字一句漏らさず、その指示を聞き取る。

「まずは前曲を前へ。それに続いて右翼、左翼ともに前進しなさい。圧倒的な兵数を持って汜水関を威圧します。さぁ皆さん! 汜水関を突破しますわよ!」

 指示を聞き終えた伝令兵達は一気に各陣営の元へと走り出す。
 袁紹からの命令を速やかに各軍へと伝える為に。
 汜水関戦もいよいよスタートで、恋姫語はじまり、はじまり。

                        第10話<汜水関決戦・前編>

 混迷の軍議から翌日、総大将である袁紹の号令により緒戦となる汜水関攻略戦が始まった。
 総大将の袁紹の命令を受け、不本意ながら曹操率いる魏軍は右手より汜水関を目指していた。
 先陣を務めるのは、魏の猛将と名高い夏候惇(真名:春蘭)、巨大なとげ付き鉄球を担いだ許著(季衣)、同じく巨大ヨーヨーを担いだ典偉(琉々)の三人が率いる精鋭部隊だった。

「進め我が!!主と我が国の力を、示すときぞ!!先駆け、一番乗りを他軍に譲るな!!」
「気合はいってますね、春蘭様。」
「当然だ、季衣!!他の奴らに先を越されては、魏の名折れだ!!」
「春蘭様!!汜水関から誰かが出てきましたよ!!でも、一人みたいです!!」

 魏軍の先頭部隊を率いる夏候惇達であったが、汜水関にいたる目前で、汜水関の門から人一人入りそうなトランクを持ち、白い服を着た白髪の男が出てきた。

「初めまして、こんにちは」
「あ、はい、こんにちは…えっと、あんた、誰?」

 白髪の男からのこれから戦をするとは思えない、いたって普通のあいさつに、許著
は呆気にとられるが、一応、普通に挨拶をかえした。

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は李儒。この汜水関を守るしがない軍師ですよ」
「軍師?ふん、考えるだけしかとりえの無い奴に、用は無いぞ」
「まぁ、一応、私も面倒なんですけどね。一応、仕事ですし、それと、最近鬱憤もたまっていたので、ちょっとうさ晴らしの意味も込めて…」

 手にしていた大き目のかばんを地面に置き、糸が括り付けてある指輪を全ての指に装着し、不敵の笑みをこめて、宣言する。

「それでは、零崎を開幕しましょう。ただし、相手は…」

 李儒が腕を掲げた瞬間、かばんの中から、何かの腕が飛び出し、そのまま勢いよく、『あきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!』と甲高い声を上げて、飛び出してきた。

「な、なんだ、こいつは!?」
「に、人形?」
「で、でも、こんな大きいの初めて見たよ…」

 口々に声を漏らす夏候惇達の前に現われたのは、腕をすっぽり隠すほどに長い袖から、青龍刀のような五本の鍵爪をちらつかせ、両足にはバネを仕込ませ、口からは蛇の下のように火をちらつかせ、儒者の服装を着た等身大の不気味な人形だった。

「私専用の武器<堕落錯誤(フラクタルキャバレー)>ですがね。」
「っ面妖なものを…だが、その程度のこけおどしで、我らがひるむと思ったか。かかれぇ!!」

 夏候惇の檄に、呆気にとられていた兵士達が一斉に武器を構え、「「「おおおおお!!」」」と雄たけびを上げて、突撃する。

「いやぁ、気合が入っていますが、あいにくこけおどしじゃないんだな、これが」
『あきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!』

 迫り来る魏の兵士たちを尻目に、動揺すること無く、李儒は指を動かすと同時に、<堕落錯誤>の背に飛びついた瞬間、<堕落錯誤>はバネ足を利用し、甲高い不気味な笑い声をあげながら、そのまま一気に夏候惇達の頭上を飛び越え、敵部隊のど真ん中に着地した。

「貴様、逃げるかぁ!!」
「いえ、逃げません。ここは双兄様から借りたゲームに習って、敵の真っ只中で…」

 不意に<堕落錯誤>が腕をだらりと下げ、キリキリと何かを巻く音とともに胴をゆっくりと回転させていく。

「…!!まずい、全員、伏せろぉ!!」
「無双乱舞としゃれ込みましょうv」
『華麗に綺麗にさっぱりと大回転~あきゃきゃきゃきゃきゃ!!!』

 直感が働いたのか、危険を察知した夏候惇が許チョと典イの抱えて、地面に伏せ、それと同時に、<堕落錯誤>の体が一気に回転を始めると同時に、両袖から勢いよく、鉄鋼糸でつながった10本の青龍刀が飛び出し、高速回転する<堕落錯誤>と共に一気に振り回された。
 突然の出来事にとっさに身を伏せることの出来なかった兵士達は、斬撃の嵐に巻き込まれ、「うわぁ!?」「ぎゃ!?」と悲鳴をあげると同時に、次々とばらばらに切り裂かれた兵士らの上半身が宙を舞い、立ち尽くしたままの下半身から、鮮血が噴水のように噴出しいく。

「ああ、やっぱり、これがないといけませんね。零崎らしくいかないと…ねぇ、夏候惇さん」

 鮮血の雨を受け、透き通るような白髪は、降り注ぐ鮮血の雨を受け、深紅に染まり、それでもなお、李儒は笑っていた。
 まだまだ、殺したりないという不気味な狂貌を浮かべながら。

「ちっ…貴様っ!!」

 武将としての本能がつげている。
 この男は普通じゃない。
 大勢の人間を殺すことにためらいを抱かない人喰いの怪物だ。
 すぐさま、この場で一秒でも速く切り捨てなければいけない―――!!
 <堕落錯誤>が回転を止めたのを見るや、すぐさま剣を構え、夏候惇は李儒に向かって切りかかった。

「春蘭さま!琉々、僕達も続かないと!!」
「うん!!皆も行くよ!!」
「「「おおおおおおおーーーーー!!!」

 攻め立てる夏候惇のあとに続かんと、許著と典偉も兵士達を鼓舞して、一気に李儒に攻め掛かった。

「良いですね。そういうの嫌いじゃないですよ、基本的にはね!!特に幼女が相手の時は!!」

 対する李儒も<堕落錯誤>を操り、夏候惇、否、魏軍を相手に、戦闘を始めた。


 一方、汜水関で激しい戦闘が繰り広げられている前線から離れた後曲で、邪魔者扱い同然に鑢軍は待機していた。

「暇ね。とりあえず、邪魔な袁紹軍を蹴散らして、前進するのも悪くないわね」
「あわわ…否定姫さん、そういうことは本当に止めてください」
「ただでさえ、昨日のことで、袁紹さんからにらまれているんですから」

 曹操軍と孫権軍が汜水関を攻める様子をただ見るしか出来ない状況に、額に怒りマークが浮かんだ否定姫の物騒な発言に、朱里と雛里が涙目になりながら必死に押し止める。
 とここで、どうしようかなと頬を掻いていた桃香が、「そういえば」と一呼吸置いて、否定姫にあることを尋ねた。

「否定姫さん、遅れてきたけど、あっちで何かあったの?」
「ん、まあ、あの後の日和号がいた森を調査したんだけど、どこの誰かが建てたかは知れないけど、隠し研究所があったのよ。そこで色々面白いものを見つけたの。色々便利な物も置いてあったから、使えそうなものを持ってきたわ」

 とここで、否定姫が取り出したのは、円筒状の筒の形をした何かの道具だった。

「例えば、こいつは、望遠鏡と言ってね…遠くにあるものが間近で見れる道具なんだけど…ああ、よく見えるわね」
「へぇ、今、何が見えるの?」

 興味心身にたずねる桃香に、否定姫は―――

「あそこの茂みに潜んでいる華雄部隊が。袁紹軍に奇襲を仕仕掛けるみたいね。とりあえず、袁紹死んだら困らないけど、連合解散しちゃったら、困るから、こっちで迎撃するわよ」

 どうでもいいという言い草で、とんでもないものを見つけていた。


 伏兵を率いて待機していた華雄は、連合軍の汜水関攻略開始と同時に一斉に突撃を開始した。

 彼女の策は、連中が攻撃を仕掛けたら後ろから攻撃を仕掛ける。それと同時に汜水関からも攻撃部隊を出す。混乱している連中の中を進み、敵の大将を討つ。これですべては終わりだ。

 もとより寄せ集めの軍。そこまでの連携も望めない連合軍。あとは勝手に瓦解してくれる。華雄はそう読んでいた。

「ふん。寄せ集めの軍勢など、私がすべて蹴散らしてくれる」
「華雄将軍!!袁紹軍の前方から敵軍が…旗は<鑢>です!!」

 前方を確認すれば、<鑢>の旗を掲げた部隊が、袁紹軍を守るように左右中央に配置された。

「<鑢>?狂犬が言っていたあの軍か?」
「如何致しますか?」
「構わん。袁紹軍、もろとも蹴散らしてくれる!!」

 見たところ、奇襲し掛けるために兵数は多くは無いが、明らかに鑢軍を上回っており、しかも中央の部隊は、槍を構え、こちらを向かえ撃つ腹積もりだろうが、1メートルにも満たない長さなら、向こうの槍が届く前に、充分に蹴散らせる。

「甘く見られたものだ。その考えを我が武でもって粉砕してくれる!!全軍突撃!!」

 まずは、雑魚を蹴散らしてくれると、中央から向かえ撃つ鑢軍を突破しようとする華雄だったが…

「愛沙さん、華雄さんの部隊が狙い通りこちらに向かってきました!!」
「来たか…よし、中央部隊<頭>、槍を突き出せ!!」

 朱里が華雄の部隊が突進してきたことを聞いた愛沙は、華雄らを迎え撃つ中央部隊の兵士らに指示を出す。
 そして、中央部隊の兵士らは槍を―――中央部隊の後方で待機していた予備部隊<腰>が用意していた柄を連結させた10メートルにも及ぶ長槍を一斉に突き出した。

「なぁ!?何だとぉ!!全員、止まれ、とまれぇ!!」
「だ、駄目です!!もう、がぁっ!!」
「ば、馬鹿野郎、押すんじゃ…ぎゃ!!」

 予想外の事態に、あわてて部隊の兵士達の突撃を停止させようとするが、時は既に遅く、慌てて止まろうとした前にいた兵士達を、後続の兵士達が次々と追突し、前にいた兵士をさらに前に押しやった。
 結果、ある兵士は、そのまま突き出された槍衾に貫かれ、また、別の兵士は盾と仲間に挟まれ押しつぶされるなど、華雄部隊は阿鼻叫喚の大混乱に陥っていた。

「今です!!鈴々ちゃん、星さん…左右部隊<角>を率いて、敵の横っ腹を攻めてください!!」
「一気にぶっ飛ばしてやるのだ!!」
「まったく随分と待たせられましたぞ、軍師殿!!」

 その混乱に乗じて、機を計っていた朱里の合図と同時に右からは鈴々の部隊が、左からは星の率いる部隊が前進し、華雄部隊の両側面に回りこんで、一斉に攻め立てる。

「…左右の部隊が敵の側面を突きました。ご主人様と予備部隊<腰>は、中央部隊<頭>の皆さんと一緒に華雄部隊に前進突撃してください」
「分かった。任せろ、雛里!!」

 同時に、雛里が合図をあげると、華雄部隊を防いだ中央部隊の後ろで待機していた七花と予備部隊が、中央部隊の後ろから左右の挟撃を受ける華雄部隊に突撃を仕掛ける。

「うりゃりゃりゃりゃ!!!」
「はぁっ!!!」
「はい、はい、はい―――!!!」
「チェリオ!!」

 鈴々の蛇矛が唸りを上げて敵を吹き飛ばし、愛沙の青龍堰月刀がきらめきと同時に敵をなで斬りにし、星のやり捌きが次々と敵を貫き、七花の掛け声とともに、敵を殴り倒す。
 次々と華雄部隊の兵士達の―――「ぎゃ!!」、「あべし」、「ぶぎぃ!!!!」、「ぶほぉ!!」などの悲鳴が聞こえてきた。
 この時点で、華雄部隊は鑢軍に前左右を包囲され、混乱に拍車をかけ、部隊を率いる華雄はまともな指揮を取れず、華雄部隊の兵士達は、鑢軍に次々と討取られていた。

「すごい…数で負けている私達が、華雄さんの部隊を打ち負かしているなんて…」
「そうね。けど、正直ここまで上手くいくとは思わないこともないわ」

 董卓軍きっての猛将である華雄率いる奇襲部隊の兵士達を倒していく様子に、桃香は驚きの声をあげ、否定姫は否定口調ではあったが当然の結果だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
 今回、否定姫、朱里、雛里は、奇襲を仕掛ける華雄部隊に対し、<雄牛の角>と呼ばれる鶴翼の陣を改良した陣形による包囲戦を展開した。
 詳しい内容として、まず、最初に愛沙が担当する中央部隊である「頭」が敵を捕捉し、次に横に回り込んだ鈴々と星が担当する「角」が敵を左右から挟撃、両側面からの攻撃に敵が混乱しているところを、最後に予備戦力である「腰」が敵に止めを刺すというものだった。
 この作戦を成功させるために、中央部隊<頭>には、右左部隊<角>よりもわざと短めの槍を持たせ、華雄部隊を中央へ突撃するように仕向けたのだ。

「お、おのれぇ!!く、奇襲を仕掛けた我らが、返り討ちに合うとは…!!」
「駄目です!!このままでは、こちらが全滅してしまいます!!」
「ちぃい!!!止むをえまいか、汜水関まで、退くぞ!!後方から逃れられる!!私に続け!!」

 弱小部隊と舐めていた鑢軍の思わぬ反撃に、このままでは全滅すると考えた華雄は、包囲の完成していない後方から、数百ほどの手勢を率いて撤退を開始した。

「…どうやら、後方から逃げるみたいね。桃香、的櫨に七花君を乗せて、一緒に華雄部隊を追いかけて貰うわ。その間に、私と朱里で、動かせそうな連中に伝令を出しておくわ」
「うん、分かったよ」
「それと、今回、的櫨には、研究施設で見つけたちょっとした馬具を付けといたから」
「あ、ああ…あれのことだね」

 桃香が目をやって先には、物々しい鋼鉄製の装甲に身を包んだ的櫨が待機していた。

「あれって、ちょっとの度合いを超えてるような気がするんだけど…」
「細かい事は気にしないの。さ、早く追いかけないと逃げちゃうわよ」
「あ、うん!!じゃあ、ご主人様を迎えにいってくるね」

 否定姫に促されると、桃香は、的櫨を走らせ、七花と合流し、華雄部隊の追撃を開始した。
 そして、これが、鑢七花の名を連合軍に知らしめる第一歩となった。



[5286] 第11話<汜水関決戦・後編>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/04/05 22:35
 鑢軍が華雄軍を撃退した頃、汜水関最前線では、李儒によって魏軍の主力部隊を足止めされ、呉軍のみで汜水関を落とさざるえなくなり、攻め倦んでいた。

「まだ、突破できそうにないのか、冥琳、穏?」
「はい。既に甘寧、周泰の指揮する部隊が取り付いていますが、魏軍の主力部隊を抑えられている以上、我が軍単独での突破は難しいかと」
「仮に突破できたとしても、被害が多すぎです~」
「そうか…」

 周愉と陸遜の言葉に、呉軍を纏める孫権は、思わず爪を噛んで、苦々しく呟いた。
 当初の予定では、汜水関の攻城戦には、魏軍も加わる予定だったが、突如現われた人形遣いを相手に主力部隊を抑えられ、足止めされている。
 何とか、いくつかの部隊が汜水関には取り付いたものの、汜水関を落とすにはまだ時間が掛かる。
 このまま無謀な突撃を敢行すれば、陸遜のいうとおり呉軍の被害は甚大なものになる。
 孫権が一時後退を考えたそのとき…

「孫権様、周諭様!!鑢軍からの伝令が届きました!!」
「鑢軍から?何かあったのか?」

 先の軍議で袁紹と揉めていた金髪の少女―――否定姫のことを思い出した孫権は、不審に思いながらも、伝令の兵士から手渡された書簡を目を通すと、あごに手を当てて、考え込んだ。

「………どう思う?」
「確かに悪くはないです。こちらにも利がある以上、この要請に応じるのは問題ないかと」
「しかし、大丈夫ですかね?相手は華雄さんですし…」
「それは、天の御使いを名乗る鑢 七花の腕次第でしょうね」

 陸遜の不安の声に対して、他人事のように呟いた周諭の視線の先には、遠方にて、汜水関へと撤退しようとする部隊と、鑢軍の将らしき二人が、華雄部隊を単騎で追撃していた。

「そうだな…元よりこのままでは、埒が明かない。伝令兵、汜水関に攻め込んでいる各部隊に一時後退するように伝えよ!!甘寧と周泰には、別働隊を率いて、待機せよと伝えよ!!」

 汜水関編もいよいよクライマックスから、恋姫語始まり、始まり。

                        第11話<汜水関決戦・後編>


 汜水関へと撤退する華雄らの部隊を、七花と桃香の二人が、頑丈な鉄鋼鎧に身を包んだ的櫨を走らせ、単騎で追撃する。
 驢馬でありながら、しかも、重厚な鉄の鎧を装着したままで、的櫨は並の馬をも凌ぐ速さで、追いついてく。

「もう少しで追いつくよ、ご主人様!!」
「しかし、恐ろしい驢馬がいたもんだな…っと、桃香、前、前!!!」
「え、どうしたの?」

 後ろを振り返り、七花と話していた桃香が、おもむろに七花の指を指した方向を見れば、前方に、追撃する七花たちを防ごうと、華雄部隊の一部兵士が壁のように立ちはだかり、迫る七花たちを串刺しにせんと、槍を突き出した。

「桃香、避けられるか!?」
「も、もう無理だよ、ご主人様!!的櫨がいうことを聞いてくれない!!」

 桃香の命令を無視して、的櫨は避ける事も急停止することもなく、逆に一気に加速し、追撃の邪魔となる華雄部隊の兵士らに突撃していく。
 これを見た華雄部隊の兵士らは、この突撃を暴走と理解して、突き出した槍に串刺しとなる敵の姿を確信した。
 だが――次の瞬間、立ちはだかった兵士達は「え?…ぁぁぁあああああああ!!」と叫び声をあげて、ズタズタに体を切り刻まれ、血だるまの状態で宙を舞っていった。
 そして、一方の的櫨は突き出された槍を打ち砕き、立ちはだかった兵士らを蹴散らし、悠々とその場を去って行った。

 ―――鑢軍主力陣
 七花と桃香が華雄部隊の追撃を見送った否定姫はぽつりと呟いた。

「役に立つと良いわね…あの日和号のいた森で見つけた馬用の<賊刀・鎧>」

 この古代中国に完成型変体刀の一本である<防御力>を念頭に作られた刀<賊刀・鎧>の馬用があるというのはおかしな話であるが…
 まあ、七花と桃香はそんなことを知らないわけなので…

「え、助かった…みたいだよ、ご主人様?」
「どうなってんだ?」

 図らずも無事だったことに首をかしげる七花と桃香の二人だったが、そんなことを考えるまもなく、華雄部隊に到達しようとしていた。

「ちい、追いついてきたか…お前達、さっきに戻っていろ!!」
「え、華雄将軍、どこへ?」
「わざわざ、ここまで追ってきたのだ。この私が相手をしてやる!!」
「お、お待ちを…!!ここは、汜水関に立て篭もって…!!」
「そんな受身で、戦に勝てるか!!たかが二人、相手に背をむけられるか!!」

 華雄は呼び止める部下を無視して、馬を翻して、自分に追いついた七花らに向き直った。

「ほう、貴様が、噂となっている鑢 七花か。大将自らここまで追ってきたか」
「どういう噂かはあえて聞きかないけど、まあ、とりあえずは、討ち取らせてもらうぜ」
「抜かせ。馬上では貴様の実力は発揮されまい。正々堂々、一騎打ちといこうではないか」

 汜水関を目前にして華雄は七花の挑戦に応じて、部下達を汜水関に退かせ、自身は馬上から降り、己の得物である戦斧を構える。

「ご主人様、気を付けてね…」
「おう、任せろ。」

 愛沙と互角の勝負をした華雄との一騎打ちに、七花を身を案じる桃香だったが、当の七花はすぐに終わるといわんばかりに、軽く答えた。

「ふん、無双の武を誇るそうだが、所詮は、賊徒程度を屠る程度のもの。私が最強の武を教えてくれるわ!!」
「ああ。けど、その頃には、あんたは八つ裂きになってるけどな!!」

 お互いの言葉を合図に七花と華雄は一気に距離をはじめる。

「ふん、素手で挑むこと自体が愚かだというのだ!!」
「っと!?」

 まずは、華雄が向かってくる七花を討たんと戦斧を振り下ろすが、七花は紙一重のギリギリの距離で後ろに大きく避けた。
 相手が下がったのを好機と見た華雄は一気に攻めだした。
打ち下ろし、切り上げ、横になぎ、戦斧を自在に操り、七花を追い詰めていく。

「はははは!どうした?我が武のまえに、恐れおののいたか!!」
「……いや、あんた、そんなに大したことねぇよ」
「ふん、そうであろうな・・・なんだと?」
 
 不意に投げかけられた予想外の七花の言葉に、思わず華雄は攻めを止めた。
 自分はこいつを、七花を追い詰めているはずだ―――なのに、なぜ、こいつは平然としているのだ。
 まるで、期待はずれだといわんばかりの口ぶりで……!!!

「貴様ぁ、我が武を愚弄するか!!無手というだけでも万死に値するというのに!!」
「そう言われても…正直、星の方がまだ強かったんだけど」
「減らず口をほざくな!!殺す!!全力で完膚なきまでに撃ち取ってくれるわ!!」

 元々熱い性格も災いして、七花の挑発ともとれる言葉に火がついた華雄は怒りに任せて、戦斧手当たり次第に振り下ろす。
 地面が抉れる轟音と風をきるような斬撃音が辺りに響く…しかし、それでも、七花の骨肉を断ち切る音だけはいっさい聞こえない。
 無論、呂布、張遼についで、董卓軍の猛将華雄が弱いというわけではない。
 むしろ、華雄の戦闘姿勢に問題があった。
 基本的に七花は面倒くさがりな性格が災いして、あまり考えるということは苦手なため、趙雲のような策を弄する相手には、どうしても苦戦を強いられてしまう。
 しかし、今回の華雄のように真っ向勝負を強みとする相手とは、純粋な力と力のぶつかり合い―――七花自身の力を存分に発揮できる!!

「貴様ぁ!避けるだけしか、能がないのか!!正々堂々うち合え!!」
「ああ、そうさせてもらうぜ。ただし…その頃にはあんたは……八つ裂きになってるけどな!!」

 怒りの咆哮を上げ、戦斧を自身の最速の速度でもって、振り下ろし向かってくる華雄を、七花は下半身に根がはえたが如くがっちりと構え、引きちぎれんばかりに 腰をひねり、最速を超える最速の技を持って向かえ撃つ。
 叩き込むは単純にして明快。
 一の構えから繰り出す、一本の掌底―――!!

「虚刀流、『鏡花水月』―――!!!」
「なっ!!!」

 華雄の戦斧が七花に届く前に、七花の掌底は斧の柄を粉々に粉砕し、華雄の胸に打ち込まれた。
 目前に迫る必殺の一撃に華雄の脳裏には、かつて華雄の師が忠告した言葉が過ぎった。

「華雄、お前は確かに強い。だが、真に強いということは、己の力量を知り、それ以上の力量を持つ者には敏感に反応し、決して挑まぬものだよ」
(あのときの自分は、中途半端な強さを持った臆病者の戯言だと一蹴したが、中途半端な強さを誇り、相手の武を見抜けず、無双の武に挑んだ自分こそ…!!!)

 真の愚か者だと理解した瞬間、杭が打ち込まれるように華雄の胸から骨の砕ける鈍い音が聞こえた。

「あっ………」

 そう声をもらし、華雄の眼から光が消え―――口からかすかに血を流し、ぐらりと後ろに倒れこんだ。
 華雄の胸には、七花の掌底がくっきりと減り込んだ跡があり、<鏡花水月>の威力をまざまざと見せ付けていた。

「あの華雄さんを一撃で、倒しちゃった…」
「敵将、華雄…討ち取ったぜ。って、これでいいよな?じゃ、早く戻ろうぜ。なんかやばそうだし」

 あまりの早くの決着に驚く桃香を尻目に、打ち倒した華雄を尻目に、七花はすぐさま桃香の後ろから抱きつくように的櫨に跨った。
 その直後、汜水関の門が開き、華雄の敵討ちといわんばかりに兵士達がこちらにむかってきた。

「あっ!!的櫨、行くよ!!」

 それに気づいた桃香はあわてて、たずなを引くと、的櫨はすぐさま、反転し、主人らを危機的状況から離脱させるために、一気に駆け出した。


「はぁ、すみませんが、とっと死んでくれませんか?あんまり、長引くと殺し飽きちゃいますから。」
「冗談じゃないよ!!あんたみたいな、奴に負けてあげるわけないよ!!」
「兵士の皆さんの仇うちです!!」
「元より、貴様のような輩を生かしておいては、華琳様の害となりかねん!!即刻、切り捨てる!!」
「まったく、元気な事で良いですねぇ~若さって何でしょうかね?」

 良い加減殺し飽きたとぼやく李儒だったが、汜水関に戻っていた蝙蝠がこちらに駆け寄ってきた。

「李儒、不味い事になったぞ」
「おや、えっと…蝙蝠さんじゃないですか?何かありましたか?」
「華雄が奇襲に失敗し、汜水関まで撤退したところで、討たれた。打ち破ったのは鑢 七花という男だ。今、華雄の部下が仇うちに汜水関から出撃している」
「ああ、あの天の御使いとか言う……華雄さんが討たれたのは、別に良いんですけど。」

 やれやれといった表情で李儒は肩を竦めた。
 本来なら、篭城戦に持ち込み、遊撃部隊である李儒と華雄が敵の戦力を削るという手はずだったのだが、華雄が討ち取られた以上、<堕落錯誤>以外の残りの2体を出さないと、魏軍と呉軍を同時に抑える事はできない―――呉軍?
 不意に思い浮かんだ言葉にハッと汜水関へ攻め込んでいるはずの呉軍に目を向けた。
 いつの間にか、汜水関へと攻め込んでいた呉軍が半数にまで減っていた。

「って、やられました!!」
「ん?どうかしたのか?」

 普段は漂々とした性格である李儒の慌て振りに、蝙蝠は何かを指したのか、動揺する李儒に事情をたずねた。
 そして、返ってきたのは、ある種予想通りの返事だった。

「蝙蝠さん、急いで、虎牢関へ撤退しますよ。…汜水関は落城します!!」
「待て!!このまま、逃すとおもっているのか!!」

 身を翻して、すぐさま撤退を試みる李儒だったが、それを阻まんと夏候惇らが李儒と蝙蝠を取り囲んだ。

「まずいですねぇ…ジャンプして逃げられますが、追いかけっこになりかねませんよ?」
「やれやれ…俺が合図をしたら、そいつでおれをかかえて、上に跳び上がれ。蹴散らすぞ」
「了解です。ぶちかましてください」

 とここで、李儒と蝙蝠の余裕とも取れるやり取りに苛立った夏候惇が剣を突きつけた。

「何をごちゃごちゃと、喋っておる!!さあ、さっさと負けを…」
「勝手に決め付けるんじゃねぇよ。良いぞ、李儒!!」
「お任せ、あれ!!跳べ、<堕落錯誤>!!」
「な、待て!!」
「悪いが、蹴散らせてもらうぜ。すぅうううううううううう!!!」

 次の瞬間、蝙蝠を抱えた<堕落錯誤>が一気に跳び上がり、同時に蝙蝠は深く息を吸い込み、常人ではありえないくらい腹を大きく膨らませた。
 そして…

「かあああああああああ!!!」

 腹を限界まで膨らませた蝙蝠が息を一気に吐くと同時に、何処に仕込んであったのか大量の手裏剣が一気に発射された。

「なっ、面妖な技をっ、うあぁ!!」
「夏候将軍!!」
「悪いな。卑怯卑劣は俺達の専売特許みたいなもんだからよ、悪く思うなよ」
「それでは、さようなら~」

 思わぬ不意打ちに、隙をつかれた夏候惇であったが、吐き出された大量の手裏剣の一本が夏候惇の右目に深く突き刺さった。
 と同時に、<堕落錯誤>に抱えられた李儒と蝙蝠は、兵達に動揺が起こると、逃げるように急いでその場を後にした。


 一方、先の李儒の言葉が正しい事が証明されたかのように、追撃部隊を送り出した汜水関に迫る三つの軍がいた。

「皆の者、汜水関の扉が開いたぞ!!私達、白馬陣の力をみせてやれ!!」
「「「「「「「「おおおっっっっ!!!!」」」」」」

 一つは、公孫賛率いる虎の子の白馬騎馬部隊が…

「ここにいるぞーーー!!」
「涼州騎馬隊の姿、かつ目して見やがれぇーーー!!」
「「「「「「「「おおおっっっっ!!!!」」」」」」


 もう一つは、馬騰の娘である馬超と馬岱を先頭に涼州連合の騎馬部隊が…

「今が好機!!鑢軍の撤退を援護しつつ、汜水関を落とせぇーーー!!」
「汜水関から出撃した部隊は無視してください!!」
「わしらは援護に回るぞ!!弓兵部隊、一斉射撃!!」
「「「「「「「「おおおっっっっ!!!!」」」」」」

 そして、最後に弓兵部隊を率いる黄蓋らの援護を受け、呉軍の奇襲部隊の担当である甘寧と周泰が陣頭に立ち、七花と桃香を追撃しようとしていた汜水関の兵士らを蹴散らし、汜水関へと一気に入り込んでいった。

「ど、どうなっているんだ?」
「う~ん、よく分かんないけど、助かったみたいだね」

 そして、からくも危機から脱出した七花と桃香の二人は、公孫軍、涼州連合、呉軍の三軍の攻勢によって落城していく汜水関を呆然と見るしかなかった。

 一方、落城寸前の汜水関の様子は、魏軍への追撃から逃げ延び、虎牢関へと撤退する李儒と蝙蝠も見ていた。

「やってくれましたね。一騎討ちに兵士達の視線を集中させ、後退させておいた呉軍、涼州連合、公孫軍を気づかれないように進軍させて…」
「敵討ちに出てきた兵士達が門を開けたところを一気に攻め立てるか。えげつねぇな、おい」
「ええ…これほどの策、あの袁紹が考え付いたものではないでしょう。まったく、もって厄介な…!!」

―――魏軍の本陣

「やってくれたわね。まさか、私達を足止めに利用するなんてね」

 呉軍、公孫軍、遼州連合の一斉攻撃の意図に曹操は、落城する汜水関を見ながら苦笑しつつ呟いた。
 恐らく、鑢軍からの伝令が来なかったのも、夏候惇率いる主力部隊が李儒との戦闘で足止めされていたことに加えて、李儒をその場に留めておくためであろう。
 下手に軍を動かされでもしたら、李儒に気づかれ、奇襲の要となる三軍が足止めされる可能性がある。

「鑢軍…この私を利用するなんて本当に楽しませてくれそうね」

 乱世の奸雄すらも、己が策に利用する―――いずれ見えるであろう鑢軍との戦を想像し、曹操は知らず知らずの内に、笑みを浮かべた。

―――鑢軍の本陣。

「ま…どうにか、間に合ったようじゃない」

 望遠鏡にて、城壁に<孫>の旗を立てられ、落城した汜水関とすぐ近くにいる七花と桃香の姿を確認した否定姫は、やれやれといった表情で、安堵の笑みを浮かべた。

「まったく、国の主たる者が、単騎がけなどと、帰ってきたら、きつくいわねばなりません!!それに、否定姫殿もなぜ、止めなかったのですか!!」
「しょうがないわよ。あのまま汜水関に篭城されたら、こっちの被害もばかにならないわ。あの二人には、汜水関の門を開けるためのちょっとだけ餌になってもらっただけよ」
「んな、なんということを!!お二人の身に何があったら、どうするのですか!!」
「でも、でも、無事でよかったじゃないですか」
「うん、否定姫さんが事前に出してくれた伝令のおかげで、ご主人様達が助かったわけなんですから。」

 対して、七花と桃香の単騎がけについて何も知らされていなかった愛沙は否定姫を責めるが、否定姫の方は狙ってやったというような態度に、声を荒げ、掴みかかろうとするが、間に入った朱里と雛里に押し留められた。

「しかし、姫殿も大変ですな。総大将である袁紹殿の許可を得ず、勝手に軍を動かしたわけなのですからな」
「無茶をするのだ…」
「否定するわ。この程度の無茶なんて、虎牢関でやる無茶に比べたら、たいした事無いわ」

 星と鈴々の苦笑に、否定姫はあまり気に止めることなく否定し、次なる策に利用する生贄―――恐らく勝手に軍の指揮を取ったことに対することに、憤怒しているであろう総大将がいる袁紹軍の本陣を見つつ、さらりと言い流した。



[5286] 恋姫語オリジナルキャラ設定
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/04/05 23:19
李儒(本名:零崎 需識<ぜろざき じゅしき>)
性別:男
年齢:27歳
趣味:人形作り、個性作り

董卓に仕える雇われ軍師だが、実はとある異世界に存在する殺人鬼集団の一人。
性格は敬語と穏やかな物腰で接するが、戦闘では殺人を楽しむ快楽主義者の一面を見せる・・・・しかし、実際はそれさえも、無個性な性格を隠すための仮面にすぎない。
武器は、とある武器商会から仕入れた殺人ギミックを搭載した<堕落錯誤>含めた三体の人形を愛用している。
趣味は人形作りだが、一目では生身の人間と間違えるほど精巧に作るために、対象となる相手の体の構造を徹底的に解剖まで行い、調べ上げている。この性癖も無個性な自分を嫌い、特徴づけのために身に付けたものであり、自分によく馴染むという理由で身に付けたものに過ぎない。





[5286] 第12話<天下無双・前編>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/04/27 23:01
 汜水関での戦いは、汜水関の総大将である華雄の討ち死にと呉軍、公孫軍、涼州連合の強襲よる汜水関の陥落したことで、ひとまずは連合軍の勝利に終わった。
 最初の関門を突破した連合軍は、洛陽を目指し、第二の関門である難攻不落とうたわれる超絶無敵要塞:虎牢関に進撃した。
 現在、虎牢関の前方に陣を張った連合軍は虎牢関攻略に際し、虎牢関へ向かって吹く風を受け、旗をはためかせる鑢軍本陣で各軍の代表者が軍議をする事になった。

「さて、虎牢関をいかにして攻め落とすかという前に…劉備さん、七花さん、否定姫さん。汜水関での一件について、説明させていただけませんこと?」
「えっと…どうしようか、ご主人様?」
「いや、説明といわれても、俺は華雄倒しただけだし…」
「私はただ、呉軍と公孫軍、涼州連合に汜水関へ向かうよう伝令送っただけよ」
「そこ!!一番最後ですわ!!総大将の私に相談せずに、軍を動かした否定姫さん、あなたが問題なんです!!」

 心当たりがある桃香と七花が申し訳なさそうにしているのとは、対照的に何か問題でもあるのと言いたげな否定姫に、袁紹は眉を吊り上げ、否定姫の胸倉を掴み掛からん勢いで、怒りをあらわにした。

「ああ、その事ね。現場の判断ってことで見逃してくれないかしら?一応、私も総大将なんだし」
「誰が、総大将なんですの!!まったく…あなたのような自分勝手な方がいては、勝てる戦も…」
「勝ってるわよ、普通に。しかも、あんたが指揮するより少ない被害で」
「確かに。あのまま突撃を繰り返しても余計な被害を出すだけだったからな」
「ご主人さまが、華雄さんを討ってくれたんだよね。あれがきっかけだったし」
「まあ、あんまりたいした事はねぇけど」
「あれで、たいした事ないって…相当なものだぞ。少なくとも、汜水関の兵の士気は落とせたんだから」
「ちょっと、外野は黙っていてくれませんこと!!一応、事実ですが…」

 否定姫の独断行為を糾弾する袁紹だったが、周りからの汜水関における鑢軍の戦功を指摘され、怒鳴りつけるも、戦果を無視するわけにもいかず、それ以上は強く言えなかった。

「…まあ、いいですわ。汜水関での戦功に免じて、今回は見逃して差し上げますわ」
「ああ、それはどうも」
「ただし!!今後は私の指揮の元で行動してもらいますわ。汜水関でのような独断専横は控えて…」
「しょうがないわね。んじゃ、虎牢関攻めなんだけど、先鋒は鑢軍でいいかしら?」
「って、また勝手に…え、先鋒でよろしいの?」

 とりあえず、袁紹は矛を収めて、独断で指揮をとらないように否定姫に釘をさすが、当の否定姫は、さらりとそれを流すと、今度は虎牢関攻めの先方を袁紹に願いでた。
 これには、袁紹も思わず怒りを忘れて、呆けたように、否定姫に聞き返した。
 今回、攻め込む虎牢関は、見た目こそ汜水関に似ているが、洛陽の玄関口であることから、汜水関より頑丈なつくりになっており、正面から攻め込むのは難しく、汜水関以上の犠牲を覚悟しなければならないはずだ。
 当然、その事は否定姫にも分かるはずなのだが…さらに否定姫は畳み掛けるように袁紹に願い出た。

「むしろ、御願いしたいわ。七花君も桃香もそれでいいわね?」
「ああ、別にかまわねえけど」
「私じゃよくわかんないから、否定姫さんに任せるよ」
「よろしい。あ、後、袁紹さん、虎牢関を攻め落とす策はこっちで用意するから、虎牢関に攻め込むまでにはそちらに伝令を回すけどいいかしら?」
「ま、まあ、そこまでおっしゃるなら構いませんわよ…一応、虎牢関攻めの策については、あなたに一任しますわ。」
「そりゃ、どうも。」

 本当なら袁紹は、総大将としての権限を盾にして、無理難題を押し付けて、鑢軍に虎牢関攻めの先鋒を任せるはずだった。
 だが、自ら先鋒を願い出た否定姫から出る強気の態度に、さすがの袁紹も気おされて、仕方なくという形で、虎牢関攻略の策を否定姫に任せる事にした。
 慣れないツッコミをした反動なのか、袁紹は酷く疲れた様子で袁紹は自分の本陣へ戻っていった。
 総大将の袁紹が去ったのを切っ掛けに、他の者も軍議が終了したと思い去って行く中で、残ったのは、七花、桃香、否定姫、曹操、孫権、公孫讃、馬騰の代理で出席した馬超の七名だけであった。
 そして、否定姫は、これ以上の退席者がいないことを確認すると、真底意地の悪い笑みを浮かべながら、虎牢関に攻め込むため、真の軍議を始める事にした。
なんだか、否定姫が戦略パートの主役になりつつ、恋姫語はじまり、はじまり。

          
                        第12話<天下無双・前編>
 

「さあて、恒例の悪巧みタイムといこうかしらね。ここに残った面子は協力してくれるって受け取って良いわね?」
「ええ、構わないわよ。麗羽の悔しがる顔を見るのも一興じゃない」
「あくまで呉の利益になる事であって欲しいがな。」
「まあ、たまには、痛い目にあわせてやりたいな…なんて思ってないから、一応」
「こっちに、無茶ばかりにさせた分仕返ししてやろうじゃん!!」
「皆、ノリノリだね、ご主人様…」
「相当鬱憤たまっていたんだろうな。あれが大将じゃ、無理も無いけど」

 いつもよりまして悪人顔な否定姫の言葉に、不敵な笑みを浮かべる曹操、あくまで呉のためと割りきる孫権、実はちょっとフラストレーション溜まってた公孫讃、面白そうに賛同する馬超とさまざまな反応を見せる一同であったが、満場一致で、<袁紹に仕返しつつ、虎牢関攻略しよう同盟(命名:七花)>が結成並びに決定した。
 そんな否定姫らの様子に、七花と桃香は苦笑しつつも、止めようとせず、話に参加する事にした。

「了解。それじゃあ、虎牢関を攻略しつつ、袁紹をギャフンと言わせるための策を教えようじゃない。朱里、雛里、説明よろしくね」
「は、はいです!!」
「えっと…よろしくお願いします。」
「頑張ってね、朱里ちゃん、雛里ちゃんv」
「は、はいでしゅ」
「うう…」

 否定姫に促されるように、後ろで控えていた朱里と雛里が、桃香の応援をうけつつ、緊張しながら、前に出てきた。

「こ、今回の虎牢関攻略を任されました諸葛孔明です…えっと、よろしくお願いします!!」
「ほ、鳳至元です。あの、今回の作戦についての概要は、お手元の用紙に記したので、えっと、読んで見てください…」
「あら、これは、竹管じゃないわね。珍しい物をつかっているのね」
「あ、それは、私達のところで、生産している紙という草木の繊維を材料にしたものなんです」
「はい。否定姫さんが発明したものなんですけど、竹管に比べて、軽くてかさ張らないんです」
「幽州では、これといった特産品がないので、資金源に困っていたんですけど、否定姫さんは、紙を特産品として行商人の皆さんに頼んで、販売しているんです」
「なるほど。随分手広くやってるのね」
「まあね。火をつければ簡単に燃えて、機密保持にも便利だしね。その紙も後で燃やしといてね」

 自分達の上司である否定姫の意外な才能に誇らしげに語る朱里と雛里の説明を聞きつつ、曹操らは<否定姫の袁紹泣かせるついでに、虎牢関落とそうか大作戦(命名:否定姫)>とやや斬新な表紙タイトルをめくると、虎牢関攻略作戦の概要が記さていた。
 その内容とは・・・


 連合軍がやってきた翌朝、虎牢関を守る董卓軍の将である張遼と呂布、汜水関から合流した蝙蝠は、虎牢関の城塞から、虎牢関へ攻め込もうとする連合軍の布陣を眺めていた。
 先頭には、全ての兵士が分厚いマントを着込んだ井出達という鑢軍、その後ろに袁紹軍、そして、袁紹軍の左右には曹操率いる魏軍と孫権率いる呉軍が配置されていた。

「ついにここまで、来折ったか。蝙蝠、李儒はどうしたんや?」
「あいつなら、残りの人形を取りに、昨日のうちに洛陽まで戻ったぜ。結局、間に合わなかったようだけどな」
「まあな…華雄が討ち取られたのが、痛かったな…ほんま、負け戦になりかねんで」
「…大丈夫。私が頑張る」
「そうしてくれ。俺は安心して、眠れる」
「ねんなや、おい」

 やる気の無い蝙蝠に軽くツッコミをいれる張遼だったが、この虎牢関を突破されれば、洛陽まで一気に攻め込まれてしまうため、そのプレッシャーからか内心穏やかではなかった。
とその時、見張りをしていた兵士の一人が何かに気づいて、張遼たちのところへ飛び込むように報告に来た。

「…張将軍!!敵軍が動き出しました!!こちらに向かってきています!!」
「来おったか…迂闊に飛び出すんや無いで!!篭城戦なら、うちらに分があるで!!挑発して来ても無視やで!!」
「「「おお!!」」」

 とりあえず、篭城戦に持ち込むために、慎重に相手の出かたを見る事にした張遼は、兵士達にも相手の誘いに乗らないよう指示をした。
 先ほどの汜水関では、猪武者の華雄が先走ったために、負けてしまったため、より慎重な態度で挑もうとする張遼だったが…

「「「張遼さんの腋、クンカクンカしてぇ―――!!!」」」
「ぶはぁ!!な、なんやねんな!!」

 予想の斜め上をいく鑢軍の挑発に、思わず噴出してしまった。
 さらに、前身を続けながら鑢軍の奇妙な挑発は続き…

「「「張遼さんの大きい胸でパフパフされてぇ――――!!!」」」
「お、ちょいまてや…」
「「「つうか、張遼さんは俺の嫁―――!!!異論は認めねぇ!!」」」
「認めろや!!!せめて、うちの許可とらんかい、あほんだら!!」
「「「エスキモーのOOOは冷凍OOO~♪お前によし!俺によし!!皆によ~し!!!」」」
「なに卑猥な歌合唱してんや、己ら!!!いい加減にせんとぶった斬るで!!」
「「「そこに痺れる、憧れる!!もっと俺達を罵倒してくれ、女王様ぁ!!」」」
「うっさい、あほう!!ええやろ!!全員、叩ききったさかい、覚悟せいや!!!そこでまっとれや!!」

 鑢軍のふざけた挑発に、ついに堪忍袋の尾が切れた張遼は、兵士達に指示を出し、自分の得物である堰月刀を手に取ると、出撃準備に取り掛かった。

「おい、篭城するんじゃねぇのかよ?」
「そんなん止めや!!あいつらの命、全員とったるんや!!あんなん言われて、我慢できるかい!!」
「…駄目だ、こりゃ。しゃあねぇな…んじゃ、恋。お前、留守番たのむわ」
「…出なくて良いの?」
「しょうがねぇだろ。霞は出る気まんまんだしよ。誰か、ここを守とかねぇと、やばいからな」
「蝙蝠!!ちんたら、しとんやないでぇ!!あいつら、逃げてまうやないかぁ!!あぁ、お前ら、まっとれ!!」
「へいへい…じゃあ、行ってくるかね」
 
 ゆっくり篭城戦をやるはずだったのになぁ、とぼやきつつも、蝙蝠は鬼の形相で出陣の準備を取り掛かる張遼の後に続いた。

 一方、虎牢関の前では、張遼を挑発した鑢軍では、怒り狂う張遼の姿を確認し、次なる作戦のために、撤退を開始していた。

「とりあえず、大成功といったところね。さあ、そろそろ撤退するわよ」
「…にゃははは。ばっちりだけど、すっごい恥ずかしいのだ」
「もう二度と止めてください!!絶対に!!我が軍の品位も少しは試みてください!!」
「あはははは…愛沙。それは今更というものだぞ」
「はわわ…エスキモーの…」
「朱里ちゃん、しっかり~!!あっちに行っちゃだめぇ~!!」

 この挑発をしかけた張本人である否定姫は、四季崎記紀著:<俺が認めた挑発言語集パートⅡ>なる本を片手に満足げな笑みを浮かべ、憤怒の形相を浮かべた張遼を想像し、向かい風を受けながら、悠々と馬を走らせた。
 大半の兵士が泣いていることに苦笑する鈴々、もうこの人やだぁと幅涙流しつつ訴える愛沙、すでに諦めの境地に入っている星、なにやらうつろな眼で先ほどの卑猥な歌を口ずさむ朱里、そんな壊れかけた相方を必死になって呼びかける雛里などの声を聞き流しながら。
 とここで、否定姫の隣に、的櫨にまたがった桃香と未だに馬に乗れず、相乗りさせてもらっている七花が並んできた。

「それで、姫さん。この後は、どうするんだ?」
「そうね。とりあえず、あいつらを罠に誘い込むわよ。ま、捕まらず、離れずの速さで敵をひきつけるわ」
「上手くいくかな…」
「大丈夫だと思うぜ。まあ、いざとなれば、俺があんたを守ってやるさ」
「ご主人さま…ありがとう」

 今回の奇策は、ばくち要素の強い策であるため、不安そうな桃香だったが、七花の気遣いに頬を染めつつ、笑顔で礼を言った。

 ――袁紹軍本陣
 挑発の大合唱をした鑢軍が虎牢関から張遼率いる董卓軍を引きずり出すことに成功した頃、袁紹軍本陣では、袁紹が虎牢関の様子をいらだたしげに見ていた。

「まったく、昨日の威勢は何でしたの!?戦いもせずに、何をしているのかしら!!」

 張遼率いる董卓軍に追いかけられ不甲斐無い鑢軍に、ヒステリックを起こし、地団太を踏む袁紹に誰もがやれやれと言った表情を浮かべ、溜息を付く。
 そんな中、巨大な槌を担いだおとなしい雰囲気を持つおかっぱの少女:顔良(真名:斗詩)と中性的な顔立ちの少女:文醜(真名:猪猪子)は平然とし、袁紹をなだめていた。

「まあまあ、姫…それでちゃんと鑢軍からの作戦説明書読んでました?」
「それって、鑢軍が虎牢関にいる張遼達を引きずり出した後、華雄と同じように雄牛の角って作戦で敵を包囲して、仕留める手はずだろ?もしかして、姫様…覚えてねぇのか?」
「むう…も、もちろん覚えていますわよ!!当然じゃございませんの!!」

 当たり前だと言わんばかりの口調で答える袁紹だったが、冷や汗を流しながら、視線をそらしている様子を見る限るでは、面倒くさくて読んでいなかったのだろう。
 とそうこうしているうちに、鑢軍の後ろから、張遼率いる董卓軍が怒涛の勢いで追撃をしかけ、こちらに向かってきていた。

「お、そろそろ見たいだぜ。後は鑢軍が反転して、あいつらを押しとめて…」
「待機していた魏軍と呉軍が左右から強襲して・・・」
「私達が止めをさすというわけですわね。精々、鑢軍にはがんばんってもらわないと」

 作戦決行が間近になり、それぞれの得物を手に、顔良と文醜が袁紹軍の前線にむかった直後、袁紹軍の背後から猛烈な突風が一気に吹き荒れ、砂埃が連合軍と張遼率いる董卓軍を飲み込んで、戦場を覆いつくした。

 一方、鑢軍を追いかけて、砂埃に巻き込まれた張遼軍は鑢軍の姿を見失っていた。

「あかん!!砂埃がきつうて、何も見えへん…ああ、どうないなってんねん!!」

 目前まで迫っていた獲物を逃し、砂埃で視界が利かなくなった張遼は苛立たしげに舌打ちした。
 とここで、ぼろぼろの鎧を来た一人の兵士が張遼の元に駆け寄ってきた。

「なんや!!どないしたんや!!」
「張将軍!!前方に人影が見えます。恐らく鑢軍と思われます!!」
「よっしゃ、ようやったで!!全員、前に出るで!!あいつら、絶対いてこましたる!!」
「「「おおおおお―――!!」」」
「その意気や!!散々、人おちょくりまくった礼や、アホ面さらして、叩ききったる!!往生せいや…!!」

 駆け寄ってきた兵士が指をさした方向に、おぼろげに見える人影に狙いを定め、引き連れた兵士らを鼓舞し、張遼が部隊の戦闘に立って、一気に突撃を開始した。
 もうもうと舞い上がっていた砂埃も薄くなり、やがて前方の視界もはっきりと見えてきた。
 そして、張遼の眼前に現われたのは、鑢軍…

「な、なぁ、斗詩、私らの眼の前に、なんで、張遼がいるだ?」
「そんなの、わかんないよ!!それより、早く迎撃しないと!!」
「………あり?」

 …ではなく、突如現われた張遼率いる部隊に狐につままれたように呆気に取られる袁家の二枚看板と称される文醜と顔良の二人と、袁紹軍の兵士らだった。
 今まで、追いかけてきた肝心の鑢軍の姿は何処にも無かった。

「ちょ、待ちや!!何で、鑢軍やのうて、袁紹軍がここにおんねん!!あいつら、どこいったんや!!」
「ちょ、張将軍!!う、後ろです!!後ろに鑢軍が!!」
「な、何で、うちらの前におった鑢軍がうちらの背後におるんや!!」
「将軍!!左右に魏軍と呉軍に囲まれて、逃げ場がありません!!」

 後ろにいた兵士の声に、あわてて振り返った張遼の視線の先には、いつの間にか、左右を陣取った魏軍と呉軍、そして、包囲網の真後ろに、否定姫率いる鑢軍が、公孫軍と涼州連合とともに陣取っていた。
 さらに、その背後で、後ろには眼もくれず、馬にまたがり、怒涛の勢いで虎牢関へと向かう桃香と七花率いる鑢軍の別動部隊の姿があった。


「張将軍!!このままでは、鑢軍が虎牢関に…どうしましょうか!!」
「どうもこうもあらへん!!前は袁紹軍。左右は呉軍と魏軍、背後は、鑢軍、凉州連合に、公孫軍が陣どっとる!!この状況で、あいつらを追えるわけあらへん!!早いとこ、ここを突破せんとうちら、全滅やで!!」

 浮き足立つ兵士達を落ち着かせようと檄を飛ばし、こちらに向かって来る袁紹軍の兵士を蹴散らす張遼であったが、いつの間にか自分達の背後に神出鬼没の言葉どおり現われた鑢軍の存在に動揺していた。
 鑢軍を追撃した時点では、鑢軍の背後は自分達が取っていたので、鑢軍は虎牢関を目指すには、自分達を突破しなければならないはずなのに…
 無論、あの砂埃で一時姿をくらましたが、それは一時的なものに過ぎず、第一、将や兵の全員が全身を埃避けのマントで隠した服装をした鑢軍が通過すれば、いやにでも目立ち、すぐに分かるはずだ。

「マント…?」

 そういえば、先ほどを見た限りでは、あのマントを全員着ていなかったし、兵士らの鎧もマントを着ていた時は重装備なのかマント越しでも分かるほどだったが、実際には、かなり軽装な鎧だった。
 さらに、鑢軍を追いかける最中で、強烈な砂埃がおこった時に、ぼろぼろの鎧を着た兵達がいたが、その姿が見えない。
 これらの事が指し示す事実とは…次の瞬間、張遼の中で散りばめられた要因が一本の線となって一つの仮説にたどり着いた。

「…まてやっ!!まさか、あん時すれちごうたんわ…!!」

 結論から言ってしまえば何の事はない。
 鑢軍は張遼率いる部隊を堂々と通り抜けて、背後に抜けただけなのだ。
 そう…マントの下に、汜水関で集めた董卓軍の鎧兜を身に纏い、砂埃が起こった時を見計らい、マントを脱ぎ捨てて、董卓軍の兵士に成りすまし、張遼らの目をごまかして!!
 張遼の部隊を素通りした後は、董卓軍の鎧を脱ぎ捨てて、公孫軍と涼州連合と合流し、別働隊は、待機させていた馬に乗り込み、そのまま虎牢関をめざすだけ…包囲網が完成したこの状態ならば、董卓軍の追っ手の心配はない。

「たく、なんちゅう策、奇策や!!」

 すぐさま、反転して追おうにも、完全に包囲されたこの状況では、それすらも叶わない。
 まんまと出し抜かれた張遼はいらだたしげに、虎牢関へと向かう鑢軍の別働隊をただ見るしかなかった。








[5286] 第十二話<天下無双・中編>
Name: 落鳳◆65b7be46 ID:bd8c6956
Date: 2009/05/06 15:36
 ―魏軍本陣
 一方、包囲網の左陣を任された魏軍は、夏候惇らが攻め立て、張遼率いる董卓軍をじりじりと追いつめていた。
 指揮を執っていた曹操も、傍に魏の3軍師の一人である猫のような耳をつけたフードをかぶった少女:筍彧(真名:柱花)とともに余裕の表情で戦況を見ていた。

「さすがに、張遼自慢の騎馬部隊もこうも包囲されては肩なしね。それで、私達を出し抜いた鑢軍のほうは?」
「はい、華琳様。わたしの予想では、おそらく、虎牢関の門まで到着しているはずです」
「そう…なら…」
「ええ、今度はあいつらが墓穴を掘りました」

 確かに、一連の流れを見れば、敵である張遼を出し抜き、味方であるはずの袁紹、協力関係すら結んだ自分達すら騙して、虎牢関へ単独で向かうことに成功した鑢軍の軍師らの手腕は、悪辣ではあるものの、その手際は見事なものだ。
 しかし、昨晩、鑢軍の本陣から戻ってきた曹操から虎牢関攻略の作戦内容を聞いた時に、筍彧は瞬時に、真の目的を見抜き、そして、致命的な欠点すら見抜いた。
 この策の性質上、相手が気づく内に突破するための速さと敵にも味方にも悟られないようにする隠密性が命となるために、門を打ち破るための衝車や城門をよじ登るための梯子のような進軍速度を遅め、自分たちの存在を明かす原因となる攻城兵器を持つわけにはいかない。
 故に鑢軍は虎牢関の門を打ち破る為の手だてを用意できなかったということに!!

「さすがね、柱花。私が暗記した作戦内容だけで、よく見破ってくれたわね」
「この程度、気付かない馬鹿は、春蘭くらいです。如何に速く虎牢関へたどり着いたとしても、中に入らなければ、意味はありません。まあ、私たちが、張遼らをとらえる間に、立ち往生している鑢軍の前で、秋蘭率いる城攻部隊が悠々と…」
「城攻部隊から報告!!鑢軍が、虎牢関の門を打ち破り、虎牢関へ攻め込みました!!」
「そう、攻め込まれた…え、攻め込まれたって、どういうことなの!!」

 突如舞い込んできた伝令に、今まで余裕の笑みを浮かべていた筍彧の顔から笑みは消え、代わりに予想外の出来事に顔をゆがませ、叫んだ。
 伝令を届けた兵士は思わず、首をすくめるが、恐る恐る報告をつづけた。

「いえ、夏候淵将軍が到着する前に、鑢軍が虎牢館の城門を打ち破り、虎牢関へ攻め込みました。我々もそれを見ておりましたが、間違いありません」
「そんなのありえないわ!!衝車もなしに門を打ち破るなんて、そんなのありえないわ!!」

 ほとんど泣きわめきにも似た表情と声音で地団太を踏む筍彧…はたして、鑢軍がいかにして、虎牢関を突破したのかその真相が明かされるのは、魏との戦までお預けということで、恋姫語、はじまり、はじまり。

                       第十二話<天下無双・中編>

 ―――曹操へ伝令が届く数分前の虎牢関内部
 鑢軍が迫ってくる中、虎牢関では、敵を迎え撃つための準備を終え、数人の兵士らによって虎牢関の門に閂が差し込まれていた。
 そのうち3人は、以前、七花を襲った盗賊三人組だった。

「はぁ、これで、敵が入ってくる心配はなくなったわけだな。ああ、こんな下っ端の仕事からおさらばしたいぜ」
「そうですね、アニキ。黄巾党にいたころは、結構良い思いしやしたからね…」
「あ、あれ、なんだな。あの森で化けも…」
「あれの話はすんな!!畜生、せっかく忘れかけてたのに、思いだしそうになったじゃねぁか!!」

 下っ端の仕事に愚痴を漏らすアニキだったが、チビとデクが懐かしそうに相槌をついた瞬間、顔をこわばらせて、怒鳴りつけた。
 あの後、なんとか命からがら日和号から逃げ延びることはできたものの、黄巾党はほぼ壊滅し、身の置き所をなくした三人は、どうにか虎牢関への下働きという職にありつけたのだ。

「いいか!!一々、過去にふりかえるんじゃねぇ!!この立派な門のようにドーンと<ドン!!>して、って…なんだ?」 

 不意に聞こえた鈍い音に気付いた3人のリーダー格であるアニキが、振り返った。
 扉の向こう側で何があったのか分からなかった。
 しかし―――確実に何かがあったのは確かだった。
 虎牢関の門そのものには傷一つ付けられてはいなかった―――ただ、閂だけが見事に圧し折られ、門がこちら側に静かに開いていった。
 そして…

「とりあえず、鑢軍君主:鑢七花、一番乗りってな。ん、な、ところでいいかな?」
「ご、ご主人様、もうちょっとやる気だそうよ…」
「こほん…鑢軍の将が一人、関雲長、参上!!!皆のもの一斉に続けぇい!!」
「張益徳もさんじょーなのだ!!皆、ぶっとばしてやるのだ!!」
「皆さん、急いでください!!ほかの皆さんが来る前に!!」
「「「「おおおおおおおぉおお―――!!!」」」」
「ちょ、敵襲、敵襲だぁーーーー!!!」

 一番乗りの名乗りを上げた七花、愛沙、鈴々、朱里を先頭に、虎牢関に向かった鑢軍の主力部隊が一斉になだれ込んできた。

「おっしゃぁ!!中にはいっちまえば、こっちのもんだ!!ここで一気に武功をあげてやるぜ!!」
「ひゃっは!!ぬがけさせねぇぞ!!」
「む、何をしている隊列を乱すな!!」

 とここで、二人の兵士が、欲に目がくらんだのか、愛沙が制止も気にもせず、勢いよく飛びだし―――

「弱い奴…死ね」

 天幕から飛びして来た方天画戟と呼ばれる武器を携えた少女の一振りで、二人の兵士は「ぐはぁ!!」「げぇ!?」と一声を上げて、上半身と下半身が分断され、宙を舞った。
 そして、一瞬で二人の兵士を斬り捨てた少女は、七花らを睨みつけると仁王立ちのように立ちふさがった。

「一撃であれか。愛沙…あいつ誰なんだ?」
「あれは、飛将の異名を持つ董卓軍最強…いえ、中華全土最強の兵…」
「呂布なのだ!!」
「あいつが、姫さんの話していた奴か…」

 虎牢関へ向かう前に、否定姫から作戦の一環として聞かされた時には、眉つばものだと思っていたが、実際に見るとその称号も納得できるというものだ。

「次、こい」
「ご主人様、ここは、私が呂布と闘います。ご主人様は下がっていて…」

 膠着した状況を嫌った呂布が挑発ともとれる手招きをすると、七花のそばに控えていた愛沙が、呂布と打ち合わんと前に出てくるが、七花は待ったをかけるように、愛沙を制した。

「いや、俺がやるよ」
「ご主人様、何を言っているのですか!?相手はあの呂布です。ご主人様の身にもしものことがあれば…」
「その時は、桃香に後を任せるだけださ。多分、姫さんなら、俺が死んでもなんとかしてくれるはずだしさ。朱里、これを預かっててくれ」
「は、はい!!」
「ご主人様!!」

 あまりにも捨て鉢ともとれる七花の態度に、いらだちを隠せない愛沙はきつく咎めようとするが、七花は朱里に着物を渡すと、普段の七花には珍しく悲しげにつぶやいた。

「それにさ、ほっとけねぇんだよ。多分、あいつ、昔の俺と同じような奴だからさ」
「え?」

 愛沙は、七花のその言葉に理解できず、どういうことかと尋ねる前に、七花と呂布は相対することになった。

「次、お前が戦うの?」
「ああ、待たせたな。虚刀流七代目当主兼天の御使い―――鑢七花だ。お互い、始めようぜ」
「…呂奉先。でも、すぐに終わる」
「そうか。ただし、その頃にはあんたは八つ裂きなってそうだけどな」

 とここで、七花は足を平行に前後に配置し、膝を落とし、腰を曲げ、上半身を軽く傾倒させ、両手は貫手の形で、肘を直角の角度に、これも平行に前後へと配する。前のめりの態勢で、顔はまっすぐ呂布を見据える。
 今にも駆け出しそうな動の構え―――

「虚刀流七の構え―――『杜若(かきつばた)』」
「…それがどうした」

 対する呂布は、見たこともないような構えをとる七花に臆することもなく、自分の得物である方天画戟を一度大きく振りまわし、再び構え直して、対峙した。
 日本一対天下無双という二人の一騎打ちを見守る両軍が息をのむ中…
 いざ尋常に―――はじめ!!
 そんな風に開始の合図をかけてくれる者はいなかったが―――両者はまるで示し合わせたように、同時に全力全速で前へ飛び出し、戦闘を開始した。

 まずは、戟を構えた呂布が、迫る七花を一撃で仕留めんと、横から一気に薙いだ。
 相手は素手―――間合いにおいて、こちらが断然に有利だ。
 いつものように、今まで殺した弱いやつらと同じように、すぐに終わる。

「死ね」
「っと!!」
「…!?」

 だが、呂布の予想とは裏腹に、戟の刃は、横に薙いだまま、七花の胴を両断することなく、七花が飛び込む前に、通り過ぎた。
 何が起こったのかわからず、七花を凝視する呂布であったが、その不意を突いてやってきた七花の前蹴りが襲いかかってきた。

「虚刀流―――薔薇」
「…甘い」

 しかし、呂布は、あわてる様子もなく、そのまま素早く後ろに下がり、七花の前蹴りを紙一重でかわし、戟を短く持ちかえると、そのまま、七花にめがけて、突き出した。

「な、突きだと!?」

 斬ると突く…二つの攻撃方法を瞬時に切り替えることで、変幻自在の攻撃を行えるということ、これこそが、方天画戟の持つ最大の利点なのだ。
 しかも、呂布が戟を突き出す速さは、星かそれ以上…まともに受ければひとたまりもない。
 思いがけない呂布の攻撃に驚く七花であったが、すぐさま体を反らして、その鋭い一撃をかわすことができた。
 わずか数秒の攻防戦を理解できたのは愛沙や鈴々といった一部の武将のみで、他の者たちはただ、闘うことも忘れ、茫然とそれをみているしかなかった―――互いが最強の称号を持つ者同士の接戦だった。

「…お前、強い」
「あんたもな…」

 抑揚のない言葉で討ち合った感想をもらす呂布に相槌を打つ七花―――それを終えるとすぐさま目まぐるしい攻防戦が始まった。

 ―――鑢軍包囲部隊
 一方、張遼率いる董卓軍の包囲網に参加した否定姫率いる包囲部隊は、多少の損害はだしていたが、徐々に張遼らを追い詰めていた。

「どうやら、こっちの方は順調に終わりそうね、雛里」
「は、はい。すでに、張遼さんが曹操さんの部隊に捕まった以上、もう目立った反撃はないみたいです」
「そ、まあ、一応、何よりといったところね…」

 呆気ないもんだとつまらなそうに呟く否定姫は、七花らが攻めているであろう虎牢関の方へと目を向けた。
 既に門を打ち破られた虎牢関のあちこちから黒い煙が立ち上り、七花らに先を越されることになった魏軍や呉軍も到着し、虎牢関を落とさんと勢いよく駈け出していた。

「魏軍と呉軍には感謝しないとね…あいつらのおかげで一番乗りができたわけなんだし」
「あわわ…昨晩、色々情報をもらったのに…」

 けらけらと笑いながら皮肉を言う否定姫に、苦笑する雛里であったが、とここで虎牢関へ向かっていた別動隊の兵士が、馬にまたがりこちらに駆け寄ってきた。
 ただし、その兵士は…

(わりぃがやられっ放しじゃ、真庭忍軍の名折れだしな…とらせてもらうぜ)

 奇策によって董卓軍を追い込んだ否定姫に一矢報わんと、命を狙う一匹の蝙蝠だった。


―――虎牢関
 七花と呂布の一騎打ちが始まって、既に数分経っていた。
 その数分の間に…

「前に一回、錆白兵っていう、天才堕剣士とやりあったときに、島の半分が消し飛んだんだけどよ」
「…」
「今回は、城が半分消し飛んだみたいだな。やっぱ、すげぇよ、あんた」

 城壁の大半は大穴をあけられ、あちこちで積み上げられたレンガがボロボロと崩れていく。
 既に虎牢関の右半分は、呂布との攻防の激しさを物語るように、ただの瓦礫山となっていた。
 味方である鑢軍も、敵である董卓軍も、あとから追いついて来た魏軍・呉軍も七花と呂布の死闘をただ見るしかなかった…否、許されなかった。

「お前も、結構強い」
「うん、ありがとな。んで、やっぱり、あんたは、昔の俺と同じだよ」
「?」

 七花は、七花の言葉に首をかしげる呂布を見て、これまで実際に切り結んで―――ああ、こいつは、三度闘うことになった日和号と刀蒐集していたころの俺なのだと悟った。
 覚悟もなく。
 決意もなく。
 何も捨てず―――正義もなければ定義もなく、野心もなければ復讐心もなく。
 ただただ、言われるがままに―――なんの疑問を持たずに、考えず、感じず、それこそ、一本の日本刀のように、持主は選べど、老若男女善悪に捉われることなどなく、斬る相手は選ばなかった。
 それゆえの強さはあったが―――それゆえの弱さもあった。
 刀であるだけの自分だったら―――きっととうの昔に折れて曲がって―――錆びて終わっていた。

「だから、見過ごせないんだろうな」
「…もう、これで終わりにする」

 独り言を喋る七花に、気にすることもなく、呂布は武器を構え、いつでも七花に攻撃を仕掛けようとする。
 ただ、命じられた―――虎牢関を落とそうとする敵を倒すという命令を果たすために。
 そして、七花は―――
 
「じゃあ、俺は…」

 再び、虚刀流七の構え―――『杜若(かきつばた)』の構えを取り、あることを決めた。
 それは上手くいかないかもしれない。
 けれど、呂布という一人の少女に意志を持たない武器としてではなく、間違いなくあんたは人間だといってやるために。
 まずは、とりあえず…

「俺は、あんたに勝って、あんたをほれさせることにするよ」



[5286] 第12話<天下無双・後編>
Name: 落鳳◆65b7be46 ID:bd8c6956
Date: 2009/05/25 23:27

――――虎牢関

「え?」
「は?」
「んにゃ?」
「はわ?」

 おおよそ殺跋としたこの状況でありながら、呂布に対してナンパとも取れる七花の言葉に、上から順に、桃香、愛沙、鈴々、朱里らは、思わず呆気に取られた。
 しかし、当の呂布は、一瞬目をパチクリさせ驚いたが、すぐに何らかの挑発だと受け取ったのか、無表情だった顔をしかめて、武器を構えた。

「…ふざけてるの?」
「ふざけてなんかねえんだけど…うぉ!!」

 怒らせるつもりは無かったんだけどなぁと、呂布の闘志に火をつけてしまい、苦笑する七花だったが、背後から何か鋭い物が飛んできて、頬をかすめ、地面に突き刺さった。
 危うく死にそうになった七花が何事かと思い、投げつけられた物を見れば、それは愛沙の青龍堰月刀だった。
 後ろを振り返れば、某槍の兄貴がごとく、槍を投げ込む様に構え、般若の形相で七花を睨みつける愛沙の姿があった。

「あ、愛沙、いきなり何するんだよ!!」
「それは、こちらの台詞です!!いきなり、闘っている敵にナンパするなんて、ご主人様の浮気者!!ジゴロ!!」
「ナンパって、何でそうなんのさ…」
「知りません!!この戦が済んだら、きっちり、話をつけさせてもらいますからね!!いいですね!!」
「いや、ちょっと…」
「い い で す ね ?」
「はい…」

 まさに問答無用。
 度重なる七花のナンパ行動(七花に自覚なし)に対する愛沙の怒りの気迫に押され、七花はすごすごと引き下がるしかなかった。

「…スケベ」
「あんたもかよ。けど、まあ、あんたを惚れさせるんだ。とりあえず、あんたに勝たないとな」
「…負けない」

 とりあえず、天下無双同士の死闘もついに決着ということで、恋姫語、はじまり、はじまり。


                    第12話<天下無双・後編>


 七花は苦笑しつつ今度は、手刀を攻撃ではなく、防御に使うかのように首を固めた頭部の左右に配置し、両肘を対称的にそれぞれ前に突き出す形を取った、そして、両脚は爪先立ちにした非常に自由度の高い構え―――六の構え<鬼灯(ほおずき)>を取った。
 先の数分間で使用した前後の自由移動に対応した七の構え『杜若』で、踏み込みの速さをずらして、呂布の攻撃をかわしていたが、突きにも転じられる方天画戟を自在に扱う呂布の前では、さすがに通用しなくなってきていた。
 故に今度は、突きに対処できる左右の自由移動に対応した<鬼灯>で挑むことにした。

「じゃあ、決着をつけようか!!ただし、その頃にはあんたは俺にときめいているけどな!!」
「…絶対ときめかない」

 その言葉を合図に、七花と呂布は再び、熾烈な討ち合いを始めた。
 二度目の討ち合いで、先に動いたのは七花だった。
 七花は、一旦は右に飛び―――そして折り返すように左へと戻った。
 残像が生じるほどの反復飛び。
 その加速にのって、七花は呂布の射程範囲内に入いる。
 途端、呂布は戟の柄にまっすぐに延びた穂で仕留めんと、勢いよく戟を突きだした。

「死ね」
「っと!!」

 しかし、あらかじめ突きの想定をしていた七花はギリギリのところで再びかわすことができた。
 ただし―――ここからが違っていた。
 呂布は、突き出した戟を先ほどのように引き戻さず―――持ち手を変え、渾身の力を込め、そのまま一気に横に振り込んだ。

「う……おおおおおおおっ!!」

 慌てた七花は予想外の攻撃に横っ跳びに逃げようとするが、それでもかわしきれない。
 七花は咄嗟に右腕を出した―――それは虚刀流の技でも何でもない、ただの反射的な防御だった。
 右腕に。
 呂布が渾身の力で振り出した戟の柄が炸裂した。
 みしぃ―――と。
 七花は、自分の骨が折れる音を水無月での<双刀・鎚>を収集した時以来、久しぶりに聞いた。
 間をおかずに続けて。

「ご―――ご主人様ぁああああ!!!」

 すぐさま、愛沙の悲痛な声が飛んだ。


 その頃・・・・

「ただいま、虎牢関におられる孔明殿からの伝令を届けにまいりました」
「そう、ごくろうね。んで、戦況はどうなっているの?」

 既に張遼率いる部隊が、包囲部隊に飲み込まれ姿が見えなくなったのを確認した否定姫は、すぐさま頭を切り替えて、伝令の兵士に向きなおった。

「はっ。現在、虎牢関において、七花殿と呂布が虎牢関を破壊しつつ、闘っております。援護しようにも、互いの武器が振るわれ、巻き込まれかねないので、敵味方動けずにいます」
「…ふーん、そう。まあ、歴史を完結させる刀と歴史に愛された者の真っ向勝負…普通の連中じゃ手出しはできないわね」

 伝令の兵士からの報告を受け取り、何やらぼやく否定姫―――その伝令の兵士こそが、自分の命を狙う董卓軍の雇われ忍者<真庭蝙蝠>であろうとは、思いもすまい。
 忍法:骨肉細工―――真庭蝙蝠が持つ忍術であり、自身の肉体を形状から質感、色素から、自由自在に作りかえることができ、この忍術によって他人に変装ならぬ変形することで、数々の諜報活動や暗殺任務をこなしてきたのだ。
 今回も連合軍の情報を仕入れていたのだ。
 そして、今…蝙蝠は、体内に仕込んだ無数の手裏剣を発射する忍術―――手裏剣砲の射程範囲まで踏み込もうとしていた。

(さて、そろそろいいかな…何だか上手くいきすぎ…)

 存外たやすい任務だったと、ほくそ笑み―――

「あ、そうそう。ところで、あんた…何で、生きてんの、真庭蝙蝠?」
(…んな!!)

 予想だにしなかった否定姫の一言に、思わず虚を突かれた蝙蝠は、普段の任務ならば絶対に見せないはずの隙が生じた。
 故に、周りから一斉に投げつけられた鉄鎖から逃れることもできず、全身を一気に縛りあげられた。
 これでは、手裏剣砲を使用しようにも、空気を吸い込めないので、勢いが足らずに、殺傷に至るまでにはいかない―――つまるところ完全に手詰まりだった。

「…一応、聞いとくが、いつ、何でばれた?」
「一応、教えてあげないこともないけど、いつと聞かれれば、最初の時点でよ。そして、何でと言うなら、虚刀流は武器を使わない剣術なの。だけど、あんたは武器で闘っていると言った。おかしいと思わないわけないじゃない。」
「…いや、ちょっと待てよ。刀を使わない剣士なんだろ?その刀を使わない剣士が刀を使えば、どう考えても、刀を使わない剣士より強いはずだろ。ましてや、相手は呂布だぜ?」
「…死んだときのショックでボケたの?冥土の土産じゃないけど、しょうがないから、七花君の代わりに教えてあげないこともないわ」

 やれやれといった表情で、否定姫は虚刀流が刀を使わない真の理由を伝えると、予想外のオチに蝙蝠はがっくりと肩を落とした。
 まあ、さすがに、あのオチを聞けば、誰だってそうなるのだが…

「ちっ…しくじったかよ…つうか、あんた、俺の名前を何で知っているんだ?」

 蝙蝠の疑問のことばに、今度は否定姫が首をかしげるばんだった。

「何故って、仮にも、あんた達も、うちの幕府で働いていたことあるんだから、知らないわけないじゃない」
「しらねぇーっての。つうか、幕府ってなんだよ?いつの間にそんなもんが出来たんだ?四国の新将軍が快進撃しているのは、聞いてるがよ。あいつは、まだ、自称のはずだぜ」
「新将軍ですって?」

 まるで話がかみ合わない蝙蝠とのやり取り―――新将軍は、まだ、旧将軍が戦国時代において、名乗った異名ではあるが、今ではめったに使われない名前である。
 さらに、蝙蝠の口ぶりからすれば、既に鬼籍に入ったはずの旧将軍が今も生きており、かつて真庭忍軍が仕えていた家鳴幕府の存在を全く知らないという感じだ。
 そう、まるで、過去の人間と会話を―――ふとそんな考えが過ったとき、否定姫の疑問は一気に解けることになった。

「あ~なるほど、それなら、虚刀流や私のこと、家鳴幕府のことなんて知るわけないわよね」
「…?まあ、どうでもいいけどよ…それより、あんた…」
「何かしら?」
「あいつのことを忘れてるぞ」

 瞬間、否定姫の背後からなにかが炸裂するような轟音と共に護衛の兵士らが血しぶきとともに宙に舞った。
 何事かと否定姫が後ろを振り返ったとき、そこにいたのは―――。

「待たせたな…散々人虚仮にしまくった礼にきたで…」

 こちらを殺さんばかりに睨みつけ、武器を構える少女―――董卓軍の将である張遼だった。
 切り倒した兵士らの血に染まった真紅の着物を羽織り、既にさらしは解けながらも、張遼は目の前にいる獲物―――否定姫の前に立っていた。
 否定姫は張遼の力量を見誤ったことに、苛立ちを覚えていた。
 相手は、女であるとはいえ、これより先の未来で起こる呉と魏の戦の一つである合肥の戦において、八百の騎兵で十万の軍勢を蹴散らし、孫権を何度も追い詰めたあの張遼なのだ。
 決して、華雄のように侮っていい相手ではないのだ。
 そして、その侮りが、否定姫の頭の中から、張遼の存在を消し、張遼は、立ちはだかる公孫軍の白馬義従を、涼州連合の騎馬部隊を単騎駆けで蹴散らし、一直線に、ただまっすぐに、包囲網を指揮する鑢軍を目指し、ついに自分の首が取られる危機的状況に至ったのだ。

「張文遠…魏軍じゃなく、こっちに狙いをつけて来たのね」
「そら、そうや…まあ、とりあえず、虎牢関のおとしまえ、きっちりつけてもらうで」
「そうね…でも、とりあえず、一言言っておくわね」

 目の前に突きつけられた刃に脅えることもなく、否定姫は言った。
 それは、未来を知るものであるが故の一言であった。

「遼来々は合肥でやりなさいよ!!」

 一方、虎牢関では―――

「…ちょっとやばいかな」
「…」

 呂布の一撃を受け、痛々しく折れ曲がった七花の右腕がダラリと下がり、持ち上げることさえかなわない。
 ここにきて、さすがの七花も冷や汗を流しながら、それでもなんとか呂布に向きなおった。
 とはいえ、右腕がこれでは、七花とて満足には闘えない―――少なくとも利き腕を使えないことにより、手による攻撃が封じられた。

「は、はわわ!!ご主人様…ほ、骨が折れて…」
「ご主人様!!ここは、わたしが代わりに呂布と闘います!!今すぐ、そこから離れてください!!」
「鈴々も加勢するのだ!!」

 七花と呂布との一騎打ちを見守っていた愛沙らも、七花の苦戦に我慢できずに、加勢しようとする。
 しかし…

「待って、愛沙ちゃん、鈴々ちゃん」
「桃香姉様…!!あのままでは、ご主人様が!!」
「愛沙の言う通りなのだ!!あのままじゃ、七花おにいちゃん、殺されちゃうのだ!!」

 それまで、一騎打ちの行方を見守っていた桃香が、愛沙と鈴々の肩を掴んで、二人を静止した。
 思わぬ義姉である桃香の制止に、いきり立つ愛沙と鈴々であったが、いつものように満面の笑みを浮かべて、一言。

「大丈夫だよ。ご主人様は絶対に勝つから。だって、ご主人様は呂布を惚れさせるんだから」
「「へ?(にゃ?)」」 
「あ、でも、朱里ちゃん。人様の傷の手当ての準備だけお願いねv」
「は、はい。分りました」

 桃香の言葉に思わず間の抜け声をあげる愛沙と鈴々を一瞥して、桃香は再び七花と呂布の一騎打ちを見守る。
 根拠などない、確証などない…正直なところ、七花の腕が折られたときにもう駄目だと、思っていたのも事実だ。
 だが、右腕を折られた七花が呂布に向きなおった時、そんな不安も一瞬で消え失せた。
 利き腕は折られたけれども、まだ、七花の心まで折れてはいない。
 だから―――

「絶対、絶対、呂布さんに勝って…絶対負けないで!!だって、ご主人様は、私が惚れた大好きな人だから!!」
「―――極めて了解」

 目に涙を溜めた桃香の告白を受け、七花は笑みを浮かべながら、再び戟を構え待ち受ける呂布に向かっていった。
 充分過ぎるほど自分の心に熱く届いた。
 ならば、やることは一つ!!

「呂布、あんたに勝って…そして、あんたを惚れさせてやるよ!!」
「…鬱陶しい!!」

 向かってくる七花に、呂布は初めて苛立たしげに声を荒げて、鬼の形相で切り込んでいった。
 何回も攻撃したのに、腕を折られたのに、もがいて、あがいて、自分に挑んでくる―――もういい加減に死ね!!
 そんな黒い本能ゆえなのか、一気に決着をつけようと呂布は、体をギリギリまで回し、向かってくる七花にめがけて、唸りを上げるほど勢いをつけて、方天画戟を一気に振り下ろした。
 単純にして、明快―――渾身の力でもって相手を一刀両断する呂布の必殺技!!

「…『天上天下唯我無双』!!」
「だったら、こっちは、虚刀流…」

 振り下ろされた方天画戟の一撃を七花は―――踏み込みの速さを一気に上げ、折れた右腕を使って、柄を受け止め、さらに呂布が攻撃を繰り出す前に、すかさず残された左腕だけでがっちりと方天画戟の柄を掴んだ。

「―――なんかじゃない、ただの真剣白刃取り!!」
「―――!!」

 ふざけた真似を―――そう思い、呂布は苛立たしげに、七花を振り払おうとするが、七花の左腕は、方天画戟の柄を掴んだまま、びくともしなかった。
 だが、これでは…

「お前だって、攻撃できない」
「分ってねぇな。虚刀流ってのは、自分の体をもって一本の刀とした剣術なんだよ」
「それが、どうした!!」

 はぐらかす様な七花の言い方に、普段は見せない生の感情をむき出しにして、呂布は声を荒げる。
 それに対し、七花は、笑みを浮かべなら、呂布の問いに答えた。

「だからさ…今みたいに、真剣白刃取りで両腕が塞がれていても発動できる奥義だって当然あるんだよ!!」
「…!?」
「多分、あんたなら、この技を全力で受けても、しなねぇだろうし、手加減する余裕もねぇから―――手加減抜きでいかせてもらうぜ―――」

 呂布は慌てて七花から離れようとするが、がっちりと七花の左腕で固定され、押すことも引くこともできない。
 武器を手放すのも―――追撃を考えれば、自殺行為でしかない。
 つまるところ、七花に方天画戟の柄を掴まれた時点で、呂布は完全に詰んでいたのだ。
 そして―――呂布の動きを完全に封じ、接近戦に持ち込んだ七花から繰り出されるのは、虚刀流3の奥義!!

「虚刀流―――『百花繚乱』!!」

 本来ならば、並の人間を絶命させるに十分すぎる奥義―――しかし、呂布に対しては、絶命には至らずとも、戦闘不能に至らせるに十分すぎる奥義だった。
 繰り出された奥義は身動きの取れない呂布にすべからく打ち込まれ、呂布はなんとか踏み止まろうとするが、力尽きて、その場に倒れ伏した。
 そして、この瞬間、虎牢関にいた董卓軍の兵士らは、もはやこれまでと、全員武器を捨て降参し、事実上、鑢軍は、虎牢関攻略に成功した。
 同時に、天下無双の称号は、ひとまず―――後の魏との戦まで―――鑢七花が襲名することになった。



[5286] 第13話<百花繚乱>
Name: 落鳳◆65b7be46 ID:bd8c6956
Date: 2009/06/20 22:14
「合肥でやれって、どういうことやねん?」
「別に知らなくていいわ。まあ、多分、あんたが知るのは、だいぶ先の話になりそうだから」
「なんや、分らんけど…遼来々ってのは、良い決め台詞やから、ありがたく貰うで」
「その代わり、見逃してくれるといいんだけど」
「一応、却下な。ほな、さっさと…首、もらうで」 
「あなた、案外、業突く張りね…ほんと勘弁してほしいわ」

 あくまでふてぶてしくぼやく否定姫だが、この場をどう切り抜けるかを考えていた。
 星は、現在、最前線で戦っているため、救援要請を出そうにも、間に合いそうにない。
 馬超や公孫讃も同様に、先ほどの張遼の単騎がけにより、混乱した自軍の立て直しに手がいっぱいで、こちらには向かえそうにない。
 かといって、戦闘能力が蚤並みの自分が闘うなど論外だ。
 たとえ、この時代に存在しない兵器である<炎刀・銃>を使ってもだ。
 つまるところ、完全に手詰まりになったと悟った瞬間―――

「張遼―――――!!!見つけたぞ―――!!」
「んな、あんた…!!」
「夏候、元譲…どうして、あなたがここにいるのかしら?」

 否定姫と張遼の間に割り込んできたのは、黒い刃の剣を携え、左眼を鮮やかな蝶の形をした眼帯で隠した魏軍の猛将:夏候惇だった。

「ふん、華琳様の命でな。そこにいる張遼を捕えてこいと、私に命じられたのだ。決して、鑢軍に突撃する張遼を見つけたから、ついでに、我らをだしにした鑢軍に恩をきせてやろうとか思ってないからな!!」
「ああ、そう…」

 脱力気味にうんざりしながら、「あ~この娘絶対、頭弱いわね」と、否定姫は理解した。
 とはいえ、危機的状況を脱したのは、事実なのだ。

「んじゃ、私はのんびり見物させてもらうわね」
「ふん、任せておけ!!わが武勇、その眼に刻んでおくんだな」
「まあ、ようちゃちゃ入るもんやな…」

 忌々しげにつぶやく張遼であったが、彼女の表情はそれに反し、ある種の喜びの笑みを浮かべていた。

「だが、悪くはあるまい。無抵抗の者を切り倒すよりかはな」
「ははは!!そりゃそうやな。ほな、戦もいよいよしまい時や…どうせ終わるんやったら、派手に喧嘩しようやないか!!」
「ならばよし!!改めて名乗るぞ!!我が名は夏候元譲!!」
「よっしゃ、うちの名前は、張文遠!!」

 たがいに名乗りを上げ、強力な敵と相対し獰猛な笑みを浮かべる夏候惇は、得物である愛剣を構え、そして、同じく獰猛な笑みを浮かべる張遼も、龍の形の装飾がなされた得物である堰月刀を構えた。
 そして―――

「「いざ、尋常に勝負―――!!」」

 魏軍と董卓軍…双方が誇る猛将二人の一騎打ちが始まった。
 それでは、虎牢関戦、天下無双同士の対決の裏で行われていたもう一つの死闘から、恋姫語、はじまり、はじまり。


                            第13話<百花繚乱>

 ―――虎牢関陥落、30分前、
 虎牢関より数里離れた街道を、<董>と書かれた旗を掲げた騎馬軍団が駆け抜けていた。
 彼らは、董卓軍の軍師である賈駆からの指示で、虎牢関への援軍として、董卓軍の虎の子のである精鋭騎馬部隊を涼州から洛陽へと向かっていた。
 軍を率いるのは、巨大な鉄扇を背に担ぎ、全身を分厚い鋼鉄の鎧に身を包んだ美丈夫―――呂布、華雄につぐ董卓軍の実力者である徐栄であった。

「まさか、華雄が討たれるとは…小鳥の中に鷲が混じっていたようだな」

 既に虎牢関にまで進撃しているはずだが、問題はない。
 援軍として引連れているのは、異民族との交戦で鍛え抜かれた選りすぐりの精鋭騎馬軍団3万人と、鋼の姫将軍の異名を持つこの徐栄がいる!!
 連合軍にいかな猛者がいようと、中央の生ぬるい連中などに、我らが敗れることなどない。
 すぐにけりは着くと余裕の表情を浮かべた時――「徐栄将軍、前方に見慣れぬ旗と妙な二人組が!!」――そばを走っていた部下の一人が声を上げた。 

「なんだと?」

 不審に思い前方に目を向ければ、<春夏秋冬>の文字を囲むように十二本の刀という奇妙な旗が掲げられており、そのそばには、狐の仮面を被った男と虎の仮面を被った女が徐栄達を待ち受けていたかのように立ちふさがった。

「…ちっ、連合軍の斥候の者か。勘付かれていたか」
「如何いたしますか?」
「…聞くまでもない。全力前進、我らの前に立ちふさがる者らを粉砕せよ!!」

 決戦を前に猛る徐栄の檄に、兵士らも「「「「おおおおおおおお―――!!」」」」と声を張り上げて、一撃で粉砕せんと、立塞がる仮面をつけた二人組につっこんでいった。

 ―――虎牢関陥落、10分前
 ちょうど、七花と呂布が相まみえていたころ、夏候惇と張遼との一騎打ちが続けられていた。

「でりゃあああああああ!!」

 地を震わせるような掛け声とともに張遼の堰月刀が唸りをあげて振り下ろされる。

「だああああああ!!」

 対する夏候惇も、張遼の掛け声に勝るとも劣らない怒声とともに、剣を振い、張遼の攻撃とぶつかりあう。
 キィン、キィン、キィン―――!!!
 互いに全力の力でぶつかり、次々と金属がぶつかり合う音がすると同時に、火花が散っていく。

「やるやないか…左眼潰されとる割には、ええ動きするやないか」
「ふん、この程度…足枷にもならんわ!!むしろ、前より調子がいいくらいだ!!」
「へぇ、言うやないか、っと!!」

 この時点で、武器の差で有利を問うならば、攻撃範囲の広い長柄剣である堰月刀を武器とする張遼に分がある。
 また、先の泗水関での戦の際に、夏候惇は蝙蝠の手裏剣砲の一撃に巻き込まれ、左眼に苦無が突き刺さり、左目を失い、左側面が死角となっていた。
 だが、武器の差と左目の損失という枷を負った夏候惇であったが、それでもなお、張遼の猛攻に喰らいついていた。
 事実、左眼を失っても、武将としての勘、或いは危機察知能力の高さからなのか、振り回される堰月刀の攻撃範囲の差を物ともせず、逆に、攻撃を掻い潜り、張遼の懐に入り、堰月刀の長さが仇となる接近戦で挑んでいた。
 ここまでほぼ互角…双方ともにかなりの武芸を積んだ名高き猛将―――誰の目に見ても、そう簡単には決着は着く筈もなかった。
 しかし…

「不味いわね…このままだと…」

 この場にいる中で、闘っている張遼と夏候惇を除けば、戦闘においては素人同然であるはずの否定姫だけが気づいていた。
 この一騎打ち、このままの展開で行くならば、夏候惇は確実に―――負ける!!


「やはり、強いな…華琳様がお前を欲しがる気持ちも分かるというものだ!!」
「そうか!!なら、あんたが勝ったら、素直に従ったるで!!」
「ふん、いいのか?そんな約束をしてぇ!!」
「かまへんで…次でうちの勝ちやからな!!」
「何!?」

 張遼の勝利宣言に、夏候惇が驚きの声を上げ、隙を見せたとき、張遼は堰月刀の穂先と柄に付けられた龍を模った装飾に付けられた櫛状部分で、夏候惇の剣の刃を挟み込んだ。

「とくと見いや!!これが、うち我流の奥義―――!!」

 そして、張遼が堰月刀の柄をひねると、夏候惇が持つ剣の刃をへし折り、同時に、そのまま一気に堰月刀を真横に勢いよく薙いだ!!
 この間、一瞬。
 龍の牙でもって、相手の武器をかみ砕き、逃げる間も与えず、武器を破壊された相手に必殺の一撃を撃ち込む―――武器破壊を織り込んだ張遼必殺の一撃。

「牙で壊して、獲物を断つ神速の攻撃―――蒼龍神速撃!!」
「ちぃ!!調子に乗るな!!」

 予想外の一撃に呆気に取られたものの、すぐそばまで迫った危機に本能が対処したのか、夏候惇は、真横からくるするどい攻撃を、半分の長さにまで折れた剣で何とか受け止めることができた。

「止めたんか…結構やるやないか」
「当然だ…伊達に魏軍の将を務めているわけではないのだからな!!」

 これまで多くの強敵をほふってきた必殺の一撃を防がれ、張遼は驚きつつも称賛の声をかけ、夏候惇も当然だと言わんばかりに声を張り上げた。
 しかし、張遼の攻撃を防いだ代償も大きく、既に夏候惇の刀は無残にも罅がはいり、一振りしただけで、自壊するまでに損傷していた。
 武器を失い、逆境に追い込まれた夏候惇だったが、否定姫にとっても他人事ではなかった。

「まずいわね…」

 一旦は、夏候惇との一騎打ちのために捨て置かれたものの、このまま張遼が勝ってしまえば、いつまた刃を向けられるかたまったものではない。
 夏候惇が張遼に勝つこと―――それがこの場における否定姫にとっての最善なのだが、武器を失った夏候惇では荷が重すぎる。
 ―――故に、否定姫は最善ではなく、最悪の策で手を打つことにした。

「夏候元譲!!ずいぶんと追い込まれてるじゃないの?私の命が懸かってるんだから、頑張んなさいよ」
「うるさい!!これは私の一騎打ちだ!!余計な手出しは無用だ!!というか、お前の為に闘っているんじゃないぞ!!」
「否定する。手出しはしないけど…手助けはしてあげないこともないわ」
「む!?」

 とここで、否定姫は、携えていた荷物の中から、夏候惇に向って、一振りの刀を放り投げた。
 まったく反りがない切刃造りの直刀。
 柄と刀身の間に、つばもなかった。
 刀身は5尺ほどで、全体的に大きい刀。
 そして、その刀を受け取った夏候惇が一番不思議だったことは、その刀が最初から鞘に入っていない状態だったことだった。

「これは…おい、こんな細い刀じゃさっきみたいに折られるだけだぞ!!」
「否定するわ。折れるですって?それこそ、ありえないわ」

 いきなり手渡された武器は、夏候惇が愛用していた剣より明らかに細く、先ほどの張遼の一撃を受ければ、簡単に折れてしまうのは目に見えていた。
 しかし、否定姫は、そんなことはあり得ないという口ぶりで、夏候惇の文句を問答無用で否定した。

「むう…ええい、どうにでもなれ!!」
「なんや、覚悟は決まったみたいやな…ほんなら、これで止めや!!」

 元より使える武器がないのだ―――そう割り切ることで、気を取り直して、目の前にいる強敵を討ち取らんと、夏候惇は手にした刀を構え、真っ直ぐに一気に突き出した。
 対する張遼も、夏候惇の気迫に応えるかのように、堰月刀を構え、必殺の一撃でもって迎え撃った。
 繰り出すは、先ほど夏候惇の刀をへし折った張遼必殺の奥義―――

「―――蒼龍神速撃!!」


 再び、突き出されたタイミングに合わせて、張遼は堰月刀の穂先と柄に付けられた龍を模った装飾に付けられた櫛状部分で、夏候惇の刀の刃を挟み込んで、張遼が堰月刀の柄をひねり、夏候惇の刀を―――折ることなく、挟み込んだ櫛状部分が砕けるように折れた。

「な、なんやてぇ!!」
「こ、これは…」

 予想外の出来事に必殺の奥義が不発に終わった張遼も、攻撃を防いだはずの夏候惇も思わず呆気に取られた。
 通常、刀を折れにくくするためには、刀身を分厚く作るか、或いはそりを持たせるという二つの方法がある。
 しかし、否定姫から手渡された刀は、見た目からすれば、明らかに先ほど折られた夏候惇の剣よりも、刀身は細く、そりが全くない直刀であるため、強度が低いようにみえる。

「簡単な話よ。普通の刀ってのは、使っていくうちに、折れるし、曲がるし、よく斬れなくなるのが普通よ。だけど、その刀だけは別よ」

 しかし、伝説の刀匠:四季崎記紀が生み出した完成型変体刀が一本にして、頑丈さを主眼に置いて作られた刀<絶刀『鉋』>にはそのような常識など通用しない!!

「その刀―――絶刀『鉋』は、本当に折れず、本当に曲がらず、それゆえにいつまでも―――切れ味が保たれるのよ。無論、あなたの奥義でも壊せないわよ」
「そんなまてや…そんなん永久機関もどきやないか!!あり得へん!!どないしたら、そんな化け物刀、作れるちゅうねん!!」
「否定する。ありえないなんて、ありえない。現在においてありえない事が未来においても同じだと思わないことね。それより、私なんかに構っていいのかしら」
「なぁんやと!!」

 否定姫の言葉に、はっとした張遼はすぐさま、夏候惇に向きなおった。
 それは、武人たる張遼らしからぬ隙だった…取り返しのつかないほどに。

「ふん、面白い刀があるものだな…さあ、決着と行こうか!!」
「っ!!」

 張遼の奥義を完全に封じたことで、武器を破壊される心配もなくなり、一気に迫り、絶刀『鉋』を振り下ろす夏候惇に、隙を突かれた張遼も負けじと、堰月刀を上段から一気に振り下ろす。
 技巧も策も一切ない純粋な力と力のぶつかり合い―――真の一騎打ち!!!
 勝敗を決めたのは、奇しくも…

「はぁああああああ!!!」
「だりゃぁああああ!!!」

 気迫を出し切った雄たけびと共に、夏候惇と張遼の互いの武器がぶつかり合い、ガキンという大きな金属音が鳴り響いた。
 そして、両名がすれ違った―――この時点で勝敗は決していた。

「…うちの負けやな。武器の差ってのが決め手なんが残念やけどな…」
「ああ。そして…」

 張遼の堰月刀にひびが入り、続けざま間に次々と亀裂が広がり、それが刀身全体に渡りきった瞬間、ガラスが砕けるような音ともに堰月刀の刀身は完全に砕け散った。

「私の勝ちだ…自分の実力じゃないのが悔やむところだがな」

 刀身を失った自分の得物を見つめ、無念に言葉を紡ぐ張遼に、夏候惇は、普段の彼女らしからぬ静かな声で、応じた。
 虎牢関における夏候惇と張遼の一騎打ちは、両人不本意な形で幕を下ろすことになった。
 奇しくもそれは、鑢軍の城攻め部隊によって虎牢関落城した瞬間と同じ時間であった。

 そして、同時刻。
 主戦場である虎牢関から離れたところにある街道で、ある一つの戦いが誰にも知られることもなく、静かに終わろうとしていた。

「ば、馬鹿な…そんなことが…」

 騎馬部隊を率いていた徐栄は、既にボロボロになった自慢の得物である鉄扇を落とし、突然の事態にがっくりと膝を落としていた。
 たった二人と後から現れた一体によって、無残な躯となった精鋭騎馬部隊3万壊滅とういう事実に打ちのめされながら。

「残念だったな。悪いけど、あんた達をここから通すわけにはいかなかったからさ。んで、あんたはどうするんだ?」
「くっ…おのれぇ!!まだだ!!このまま、引き下がるわけにはいかないんだ!!」

 せめて、一人でも道連れに!!、捨て身とも取れる悲壮な決意を抱き、徐栄は目の前に立つ狐の仮面をかぶった男に最後の一撃を打ち込まんと、鉄扇を拾い上げ、向かっていった。
 だが、狐の仮面を被った男(以下狐仮面と呼称)は、拳を握り、構えると、鬼気迫る徐栄に憐みの表情を向けていた。

「ああ、だろうな。だから、俺もあんたに敬意を表して、この奥義で終わらせるぜ。それが、歴史に名を残すことなく、終了するあんたへのせめてもの手向けってもんだからな」

 結局のところ、狐仮面の謎めいた言葉を聞いた直後、徐栄は絶命することとなった。
 徐栄の異名を作るきっかけとなった自慢の鎧は傷一つないまま、衝撃だけが徐栄の心臓の動きを強制的に止め、死に至らしめる結果となった。
 そして、絶命する瞬間、徐栄が最後に聞いた狐仮面の言葉は次のとおりだった。

「虚刀流―――『柳緑花紅(りゅうりょくかこう)』」

 こうして、徐栄率いる精鋭騎馬部隊は、虎牢関に到達することなく、壊滅した。



[5286] 第14話<洛陽事情>
Name: 落鳳◆e7589d1d ID:bd8c6956
Date: 2009/07/19 23:01
 夏候惇と張遼との一騎打ちは、絶対に折れない刀:絶刀<鉋>が決め手となり、夏候惇の勝利で決着となった。
 しかし、否定姫にとっては、ここからが正念場だった。

(さて、絶刀<鉋>は、返してほしいところなんだけど…)

 夏候惇の手にした絶刀<鉋>を見つつ、どう切り出したらいいものかと、否定姫は悩んでいた。
 なぜなら、四季崎記紀の生み出した刀には、神懸かり的な能力と一緒に、厄介なものが一緒になっていた。
 所有すると、人を斬ってみたくなるという刀の毒が―――
 もし、迂闊に近づいた場合、刀の毒に侵された夏候惇によって斬り殺される可能性もある。
 最悪それだけは避けたいわねと考えあぐねている否定姫だったが…

「春蘭さま~華琳さまが、呼んでいますよ~」
「何!!よし、直ぐに行くぞ!!」

 後から夏候惇を迎えにきた許緒が、曹操の名前を出した瞬間、夏候惇は持っていた絶刀<鉋>を投げ捨てると、すぐさま、魏の本陣へともどっていった。

「…うん、否定するまでもなく、都合がいいんだけど、釈然としないわね」
「ま、まあ、気にせんで、ええんとちゃう。ほな、うち、約束通り魏へいってくるわ。蝙蝠ちんのこと、よろしゅうな」
「あ、助けねぇのか。いや、この空気でどうこう出来るほど空気読めないわけじゃねぇけど」

 以上、前回の話のオチをつけたところで、恋姫語、はじまり、はじまり。


                            第14話<洛陽事情>


 その後、連合軍が、虎牢関を陥落したことで、目指すは、董卓のいる洛陽を残すのみとなった。
 だが、勝利はしたものの、連合軍側の被害も甚大であったため、戦力の立て直しということもあり、虎牢関近辺(虎牢関が半壊状態のため)において三日間の大休止が取られることになった。
 そして…

「呂布に勝ったはいいけど、しばらく右腕は使い物にならないわね」
「やっぱりか…すまねぇ。まだ、後があるのに」
「否定する。現時点で於いては上出来よ。董卓軍の最大戦力を倒せたんだから、残りは愛沙や鈴々、星達で十分補えるわ」

 汜水関と虎牢関攻略の功労者ともいえる鑢軍の陣内では、呂布との一騎打ちで、右腕を折られた七花の応急処置が施されていた。
 骨折自体は、1,2か月もたてば、自然に治るものだったが、次の洛陽での戦には完治するはずもなく、痛々しく右腕に支木を当て、包帯をぴっちりと巻くことになった。

「残すは、いよいよ洛陽ですか…」
「腕がなるのだ~vお兄ちゃんばっかり、良いカッコさせないのだ」
「うむ。して、否定姫殿。洛陽へ偵察に向かった者らは、どこに?」

 反董卓連合の戦もいよいよ佳境へと向かう中で、愛沙や鈴々、星ら鑢軍の武官らは、腕の見せ所ということもあり、意気揚々としていた。
 が、星から偵察部隊の状況を尋ねられた否定姫、朱里、雛里の文官らは、困惑と不安が綯い交ぜになった表情だった。

「…まだ、戻ってきていないわ。」
「ええ、魏や呉、他のところでも情報を掴めていないそうです」
「やられちゃったのかな?」
「そう見るのが妥当であろうな。曹操や孫権も何も情報を掴んでいないとなると厄介だな」
「はい…今のところ、洛陽の情報を知るすべはないと思います」
「厄介ね。こうも情報不足だと、作戦の立てようもないね」
「じゃあ、さぁ、あの二人に聞いてみるのはどうかな?」
「あの二人…ああ、そういえば、あいつらがいたわね。董卓軍の配下なら何か情報をもってるはずよね。悪くはないわね」

 桃香の提案に、否定姫は特に否定する理由もなく、有益な情報を掴んだら、他の連中に高く売りつければいいとも考えた末、呂布と真庭蝙蝠をこの場に呼びつけることにした。

「あいつらって…ああ、呂布のことか。確かに、そうだよな…で、もう一人は?」
「七花君もよく知っている相手よ…もっともお互いに面識はないでしょうけど、会えば分かるわ」
「?」

 とここで、それまで蚊帳の外状態だった七花が、もうし訳なさげに、否定姫に質問したが、何か悪だくみを思いついたのか、はたまた気まぐれなのか、七花の質問をはぐらかす形で返した。

「しかし、大丈夫でしょうか?仮にも相手は呂布です。もしも、暴れだしたりしたら…」
「否定する。一応、今のところ、大人しくしてるみたいだし。まだ、七花君の奥義で受けた怪我が治りきっていないのかしらね。それに…」

 とここで、万が一の事態になればまずいのではと、愛沙が、呂布と蝙蝠を呼びつけることに疑問を挟むが、否定姫は即座にそれを否定し、自信満々に言い放った。

「いざとなったら、肉体労働派に頑張ってもらうだけよ。私だけじゃ秒殺でしょうしね」

 次の瞬間。否定姫の言葉を聞き、一斉に顔をひきつらせ、苦笑いをする一同。
 確かに間違ってはいない…なんとも他人まかせであるものの…
 とここで、数人の兵士に囲まれて、呂布と真庭蝙蝠が一同の前に引き出された。

「へぇ、あなたが呂布ね。想像してたのより可愛い子じゃない。私が自称:天の御使い仕える巫女…否定姫よ。ああ、それと、蝙蝠も元気そうじゃない」
「そりゃ皮肉かよ…いい加減、鎖外してくれや」

 連れてこられた呂布と蝙蝠を目の前に、否定姫は意地の悪い笑みを浮かべながら、軽口を交えつつ、自己紹介をした。
 対する、蝙蝠は両手両足を鉄鎖で縛られたまま、皮肉とも取れる否定姫の軽口に対し、苦々しく答える。
 が、否定姫と蝙蝠のやり取りを聞いた皆の中で、七花だけは、まるで予想外の相手に出くわしたかのように、えっ?!っと驚きの声を上げた

「な、なぁ、姫さん…蝙蝠って、あのまにわにの蝙蝠なのかよ!!」
「おい、初対面なのに何で、俺の名前を知ってんだ?つうかまにわにって何だよ?」
「ちょっと待てよ。初対面って、どういうことなんだ?確か、俺が殺したはずじゃ…」

 まるで、話がかみ合わない。
 七花にとって、真庭蝙蝠とは、完成型変体刀12本の蒐集の折に、絶刀<鉋>を賭けて、闘った因縁の相手であり、七花が完成型変体刀12本の蒐集を引き受ける切っ掛けを作った相手でもあり、互いに因縁浅からぬ相手ではあるのだが…
 だが、目の前にいる蝙蝠は、自分のことなどまるで知らないという様子だ。
 どういうことなのか、首をひねる七花を前に、否定姫はあることを思い出した。

「ん?ああ、そういえば、言ってなかったわね。そいつ、確かにまにわにの蝙蝠だけど…」
「いや、だから、まにわにって…」
「旧将軍が現役で活躍していたころの真庭忍軍…略してまにわにの初代十二頭領の真庭蝙蝠よ」 

 そう、目の前の蝙蝠が、七花や否定姫のことを知らないのも無理はなかった。
確かに目の間にいるのは、列記とした真庭蝙蝠だった。
 ただし、この蝙蝠は、七花のいた現在からはるか昔、まだ日本という国が戦国時代と目された時代、真庭忍軍が初めて十二頭領制度を採用した時に選ばれた十二頭領の一人:初代真庭蝙蝠なのだ。
当然のことながら、あとの時代の人間である七花や否定姫のことを知るはずもなかった。

「…まじ?」
「みてぇだな。つうか、人の組織に勝手に略して、変に可愛いあだ名つけんな」

 否定姫の予想外の答えに、七花は半信半疑で思わず目の前にいる蝙蝠に確認をしてみた。
 蝙蝠は、事実を肯定しつつ、まにわにというあまりと言えば、あんまりなあだ名に文句をつけた。
 とここで、いい加減本題に入りたいのか、否定姫は、はいはいと言いつつ、手をたたきながら、七花と蝙蝠の間に割り込んできた。

「さて、まあ、何で、初代蝙蝠がいるかなんてのは、後々にしておいて…さっそくだけど、あんた達の知っている洛陽と董卓軍の情報を教えてくれないかしら。もちろん、話せる範囲で」
「…構わない」
「どうせ、捕まった身だからな…ま、命の保証はしてくれよな」

 否定姫の問いかけに、呂布と蝙蝠は、とりあえず頷いた。

「よろしい。じゃあ、まず、洛陽の残存兵力を教えてもらえるかしら?」
「……沢山」
「うん、そうだよね…間違ってないけど…」
「たくさんとは、また抽象的な…」

 あまりに大雑把な答えに、やや呆れる桃香と愛沙だったが、やれやれと見かねたのか、蝙蝠が、言葉足らずの呂布のために補助に入った。

「あ~呂布にそういう難しい質問は勘弁してやってくれ。まあ、正確には2,3万がいいところだな」
「まだ、もうひと勝負やれるくらいの戦力はあるわけね。じゃ、次、そいつ等を指揮している将は誰かしら?」
「…詠」
「詠?」

 聞きなれぬ名前に首をかしげる否定姫だったが、ここでも蝙蝠の援護が入った。
 名前の割には結構相手支えるのは、うまい男である。

「……賈駆のことだよ。あんたら、聞いたことねぇのか?」
「いえ…聞いたことはないですねー」
「わ、私もです…」

 賈駆という名前に、朱里と雛里は互いに首をかしげるが、三国志の知識をある程度知っている否定姫だけは何かを思い出したかのように、首を縦に振った。
 賈駆―――字は、文和と名乗り、三国志において、稀代の策士と称された軍師である。

「なるほど…そういえば、最初は董卓のところに仕えていたんだっけ。んで、他には?」
「後は、李儒って野郎がいるぜ。軍師のくせに最前線に出張ってるけどな」
「それって、軍師として、どうかと思うのだ…」

 蝙蝠の言葉に、鈴々は呆れながら、苦笑した。
 後方から味方を援護し、頭使うはずの軍師が、前線で体を張って戦う…遠い未来の世界で発売されている電脳遊戯或いは某三国志映画じみたなんともいえない光景だ。

「んじゃ、あんた達の総大将:董卓について教えてくれないかしら?」
「月…」
「月?えっと…」

 呂布の直球すぎる回答に、またもや、首をかしげる一同―――すぐさま、桃香は、呂布語通訳担当と化した蝙蝠に目を向けた。

「董卓の真名だよ。俺も雇われた時に教えてもらったんだけどな。見ず知らずの奴に、自分の真名を教えるって、お人好しすぎるっての」
「え、お人好しって…董卓さんって、すっごく悪い人のはずじゃ…」
「そうです。我らは悪逆非道の暴君である董卓を…」

 やれやれとぼやく様に質問に答えた蝙蝠だったが、一同は思わず首をひねった。
 噂では、董卓は、民に重い税を課し、逆らう者は残虐極まりない刑罰でもって粛清する悪逆非道の暴君のはずだが、それがお人好し?
 悪人である董卓を討つために、連合に参加した桃香や愛沙は、口々に答えた。

「違う。月は優しい…」

 しかし、呂布は、桃香と愛沙の言葉を真っ向から否定した。
 どうも、連合側で想像されている董卓の人物像とは、明らかに違うようだ。

「どうも、話が食い違ってるようね。蝙蝠、説明してくれる?」
「俺かよ。普通、呂布に聞くことじゃねぇのかよ」
「つべこべ言わない。呂布よりあんたの方が話が進むからよ」
「たく、面倒だな…」

 ぼやきつつも、月―――董卓には何か借りでもあるのか七花たちの知らないある情報を語りだした。
 そもそも、董卓は、連合内で噂をされるような苛政を布くような君主ではなく、政争によって荒れ果てた洛陽を復興させるために、尽力し、民たちも平和に暮らしていた。
 だが、あるとき謎の白装束の一団が洛陽に現れ、その平和も終わりをつげた。
 彼らは、董卓の両親を人質に取ると、逆らおうにも逆らえない董卓を操り、さらには、情報操作によって、董卓を悪人に仕立て上げ、各地の諸候らにさせるように仕向けていたのだ。

「要するに、その白装束の連中は、この戦を引き起こすために、董卓を極悪人に祭り上げて、デマを流したってわけね…朱里、雛里、どう思う?」
「俄かには、信じがたいですけど…でも、ありえない話じゃないと思います」
「私も、朱里ちゃんと同じです」
「でも、どうして、そんな事をするのかな…?」
「何か戦を引き起こして、得があるわけでもねぇのにな」

 半信半疑の否定姫だが、朱里と雛里は、一応は蝙蝠の話を信じているようだった。
 わけも分からず、どういう事だと、首をかしげる桃香と七花。
 実際に考えられることとしては、戦を起こすことで、連合軍に参加した各地の諸候を疲弊させ、攻めやすい状況を作ることや大量に作られるであろう武器や食糧などを売りさばき、富を得るということも考えられるが、推測にしか過ぎず、確たる証拠もない。

「まあ、その話はおいおい考えましょう。憶測や推測だけじゃ当てにできないわ。ま、行けば分かるってことかしらね」
「そうかい…んじゃ、いよいよ俺らも用済みってわけだな」

 捨て鉢のように少々皮肉めいた口調で答える蝙蝠。
 聞き出せることは聞いた以上、自分達を生かし置く理由はない。
 すぐさま、切り捨てられるであろうと、蝙蝠は覚悟を決めていたが…

「否定する。何を勘違いしているか分からないけど、二人とも今後は私たちのところで、徹底的に働かせる予定なのに」

 否定姫によってあっさりと却下された挙げ句、強制就職を宣言された。
 あまりといえば、あまりの出来事に、呂布や蝙蝠はもちろんのこと、周りの一同も驚きの余り呆気に取られた。

「ぇ?ちょっ、おま…」
「な、何を言っているのですか!!こ奴らはわが軍に多大な被害を出し、ご主人様にけがを負わせた仇敵なんですよ!!」

 一瞬、何を言っているのか、或いは聞き間違えたのかと、言葉を詰まらせる蝙蝠だったが、その蝙蝠をさえぎるように、捲くし立てるように愛沙は声を荒げた。
 愛沙にしてみれば、否定姫の言葉はたちの悪い冗談にしか聞こえず、もし、本当であるならば、許されることではないといわんばかりの剣幕で否定姫を睨みつけた。
 だが、否定姫はすさまじい剣幕で睨みつける愛沙に恐れを抱くこともなく、平然としていた。

「否定する。多大な被害?うちは死者二名に七花君が腕折れた程度よ。むしろ、それだけのことで、優秀な将を拒むあんたを否定する」
「んな!?」
「鈴々は反対じゃないのだ。強いやつが仲間になることは良いことだし」
「そうだな。それに主殿と互角に闘った相手を他勢力に持っていかれる方が問題だと思うが」
「私も反対はしません」
「私も朱里ちゃんと同じ意見です…」

 否定姫の一切の肯定も許さない否定ぶりに、歴戦の武将である愛沙も思わず怯むしかなかった。
 さらに、鈴々や星、朱里、雛里も意見は違えど、概ね否定姫の意見に賛同していた。

「ってことだけど、七花君と桃香、あんた達はどうしたいの?」
「私は…とりあえず、呂布さんに受け入れるかどうか聞くのが一番だと思うな。こういうのは、やっぱり、本人を無視して決めることじゃないし…」
「…」

 鈴々らの意見を一通り聞いた否定姫は、最終決定権を持つ二人の君主―――桃香と七花に最後の意見を求めた。
 少しだけ思案した桃香だったが、否定姫の意見に賛成しつつも、呂布と蝙蝠の意思を尊重し、意見をゆだねることにした。

「受けるはずがありません!!いや、仮に受け入れたとしても、信用できるはずがないではないですか!!」
「愛沙。ちょっと悪いけど、黙っててくれねぇか」
「ご主人様!!」
「頼む」

 あくまで、蝙蝠と呂布が仲間になることに反対する愛沙だったが、それまで黙っていた七花が愛沙を押しとめる。
 それでも、愛沙が咎めるように何かを告げようとするが、七花は静かに抑える。
 とここで、今まで自分から話すことがなかった呂布が七花の方に向きなおった。

「…どうして?」
「ん?」
「…どうして、私に惚れたなんて言った?」
「う~ん、俺もうまく説明できねぇけど…見てられねぇからかな」
「何を?」
「昔の俺みたいな生き方してるやつを見るのが」

 呂布の問いに、七花は首をひねり、頭をかきながら、少々悩みながら、答えた。
 愛沙らは周りにいる者は、どういうことだ?っといったように、怪訝な顔をしたが、否定姫だけは普段の彼女から想像できないほど、憂鬱そうに見ていた。
 七花の―――まだ、七花が一振りの刀であったころを知る唯一の人物として。

「…よく分らない」
「俺もだよ。実際、俺の場合、恋でもなく、愛でもないって言われたけどな。でも。、そういうのってのは、理屈じゃねぇから」
「…変な奴。だけど…よく分らないのを分りたい」
「ん?」

 呂布には七花の考えていることがよく分らなかった。
 七花は、恋しているわけでも、愛している訳でもないのに、自分に惚れたと言ってくれた。
 普通なら、邪な気持から来るものだと思うが、どうやらそうではないようだ。
 だから、呂布には、七花がどうして、自分に惚れたのかわからない…故に、その理由を知りたくなった、分りたくなった。
 それは、今まで、他人に対し無関心だった呂布が、初めて自分から他人を意識しようとした瞬間だったのかもしれない。

「…だから、分らないのを分りたいから、仲間になる」
「…いいのか?」
「…うん。ただ、約束してほしいことがある」

 呂布が出した条件は二つ。
 一つは、洛陽にある自分の家を壊さないこと、そして、もう一つは、呂布の飼っている数十匹のペットを養うためのお金を出してほしいことだった。

「つうわけんだけど、良いよな、愛沙?」
「…分りました。もう私は何も言いません。私が反対しても無駄でしょうし。私の意見など聞いてくださらないでしょうし…」

 申し訳なさそうに七花は、唯一の反対派である愛沙に尋ねた。
 対する愛沙も、これ以上反対をしても無駄ということを悟り、口をとがらせて、拗ねつつも、しぶしぶ了承することにした。


「さて、向こうは、無事、話は着いたけど…あんたはどうする、蝙蝠?」
「かまわねぇよ。どのみち、拒否権はねぇみたいだからよ。それに所詮は雇われ忍者。鞍替えなんざ当り前だよ。なあ、後、洛陽にいる相方もさそってもいいよな?」
「もちろんよ。歓迎するわ…裏切らない限りわね」
「…」

 仲間になることを歓迎するといいつつ、裏切るなよっときっちりとくぎ刺された。
 なんか、俺に恨みでもあるのかよ・・・と、蝙蝠は冷や汗を流しつつ、項垂れた。



 ……それから三日後、大休止を終えた連合軍は、結局、何の情報もないままに、董卓のいる洛陽に向けて進軍を開始した。
 後に、<零崎の争乱>と呼ばれることになる洛陽決戦の開幕が迫っていたようとは、誰も知る由もなかった




[5286] 第15話<人形演武・前篇> 注意:グロ表現アリ
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/08/03 23:31

「打つ手なしか…これでは、策の練りようがないな…」

 なんとも厄介なものだと溜息を吐きながら、周愉は思案していた。
すでに何名もの物見を放っているが、誰一人として戻ってくる者はいなかった。
 恐らく、余所でも同じであろう…もっとも、このような任務に適した者もいない事もなかったが…

 ―――数時間前

「小永久(ことわ)る」
「…」

 周愉が話を切り出すと同時に、長槍を担いだ男は即座に言った。

「折(おれ)は、そんなつまらない妊霧(にんむ)をやるつもりなど耗問(もうとう)ない。くだらないことで字感(じかん)を徒(と)らせるな。折はこう身(み)えても、磯我(いそが)しいのだ」

 相も変わらず不愉快な喋りだ、と周愉は思った。
 男の発音が独特であるというのもあるが、何より、呉の軍師である自分に対し、一介の食格同然の男にしては傲岸不遜にも程があった。
 もっとも、これは周愉だけではなく、黄蓋や甘寧、周泰―――さらには、呉の王である孫権に対してすら、横柄な態度を取っているのだ。
 それ故、この男と親しいものなど、ほとんどいなかった。

「そうか。では、帰らせてもらうぞ」
「まあ真(ま)て。小永久るとは意(い)ったが雨(う)けないとは意っていない」

 立ち上がりかけた周愉を、男はそんなふうに制した。
 周愉ははぁと溜息を洩らすと、やれやれといったように言った。

「…やる気はあるのだな」
「やる規(き)などない。しかしやる」

 言っていることは滅茶苦茶だった。
 しかし、周愉はいつものことと今更驚かない。
 そして、男が周愉からの任務を引き受けて、数時間後…周愉は天幕の中で、男とのやり取りを思い出し、苦笑していた。

「まったく…任務成功率10割とはいえ、扱いに困る男だ…」

 真庭白鷺という男は…っと苦笑しつつ、周愉はつぶやいた。

いよいよ連合軍編も洛陽決戦をのこすのみとなったところで、恋姫語、はじまり、はじまり…


                         第15話<人形演武・前篇>


―――洛陽内宮中地下墓地

「狂犬、参上…って、誰もいないだよね」

 現在、真庭狂犬は、董卓軍の軍師である賈駆の命により、白装束に捕らわれている董卓の両親を救出するため、白装束たちが集まるのと人質を換金するために都合のいい場所―――洛陽の宮中内において、皇帝以外立ち入りが禁止されている歴代皇帝たちの眠る地下墓地に潜入していた。
 普段は、見張りの白装束らによって立ち入ることは出来ないでいたが、現在、見張りの姿はなく、狂犬は難なく潜入することができた。

「ま、連合軍の連中も洛陽まで目前ってところまで来てるしねぇ…あいつらも、本腰をあげたのかね。ま、こっちにとっちゃ都合は良いけどさ…って、何だい、こりゃ?」

 地下へと続く階段が終わり、地下墓地への扉を開けた瞬間、墓地に広がるその光景に狂犬は首をかしげることになった。
 男の人形、女の人形、子供の人形、老人の人形、商人の人形、兵士の人形、女官の人形…精巧にして緻密…一目見ただけでは、本物と見間違うほどの出来栄えの人形がまるで眠っているかのように地下墓地に所せましと、置かれていた。

「こりゃ、壮観だね…つうか、漢王朝の歴代皇帝ってのは、人形作りが趣味なのかね…」

 感心或いは呆れも混じった呟きを洩らしながら、狂犬は何気なく、近くにあった一体の人形を軽く触った。
 そう、軽く触ったはずなのだが…思いのほか体勢が不安定だったのか、その人形はぐらりと後ろに倒れ、地面に叩きつられた衝撃で関節部分のある個所がバラバラになった。

「あ~やちゃったか…気付かれては…!?」

 思わぬ失敗にあたりに誰もいない事を確認しようとした狂犬だったが、足もとに広がる光景に目を疑った。
 バラバラになった物言わぬ人形からのぞく中身―――生々しく赤黒く動く人間の筋肉や臓器、そして、中身から零れおちた血液が徐々に地面に広がっていた。

「…本物だね、どうみても。しかも、こりゃ、つい最近のもんじゃないかい」
「ええ、そりゃ、そうですよ。昨日、私が作ったのですから」
「!?」

 本物の人間の中身が入れられた人形…誰がこんな悪趣味なもんを作るのか―――狂犬が人形を調べていた時、背後からその張本人である人物が門の傍に立っていた。
 白服を血で真っ赤に染め、右手に解体したばかりと思われる人間の一部を手にした董卓軍の軍師―――李儒だった。

「李儒…やっぱり、あんただったんだね」
「へぇ、気付いていたんですか。まあ、そうだとは思っていましたが、こちら側の人間ですから、私も、あなたも」
「はん…言うねぇ。けど、こいつは、明らかにやりすぎだろ…洛陽の全住人ばらして、人形作るなんざ、正気とは思えないね、殺人狂!!」

 疑問には思っていた。
 白装束の連中が洛陽にいる民を追い出したとき、どこに民をやったのか気になってはいたが、まさか、その全てが殺され、人形となっているとは…思いもよらなかった。
 そして、おそらくは、董卓の両親も…それが自分の仲間であるはずの者の手によるものならば…仲間による裏切りに、狂犬は心中で激怒していた。
 そんな心境を隠すことなく、李儒を睨みつける狂犬は、普段の彼女から想像できないほどの剣幕で、董卓への背信行為ともとれる李儒の所業を咎めた。
 しかし…

「ええ、殺人鬼ですよ」

ごく当たり前のことを応えるように、李儒は狂犬に言った。

「…舐めてんのかい?」
「いえ、舐めてなんかいませんよ。まあ、そこらへんの説明を兼ねて、本名を名乗らせていただきますか」

 不意に、李儒の背中から何本もの人形の腕が飛び出し、さらにそこから、細い糸が幾万にも張り巡らされ、地下墓地を埋め尽くす人形たちに次々と括り付けられた。
 次に、李儒が腕を動かすと同時に、地下墓地にある全ての人形がぎこちなくではあるが、一斉に動きだし、狂犬の周りを取り囲んだ。
 そして、李儒は会釈をしつつ、改めて、自己紹介をした。

「私は、殺し名序列三位<零崎一賊>が一人…零崎儒識。生粋にして、後天的な殺人鬼です。では、早速ですが、零崎を開幕します」

 李儒…儒識の言葉と同時に人形たちは一斉に動きだし、狂犬へと襲いかかった。

 ―――連合軍本陣

「まあね・・・もう、三度目ですから、分っていましたけれど…」

 もう泣いていいですか?と言いたくなるようなぐったりとした表情で袁紹は、顔良と文醜に愚痴をこぼしていた。
 最終決戦となるであろう洛陽に到着した連合軍だったが、予想されていたはずの董卓軍残存部隊どころか、人の姿…否、人の気配そのものが全くなかった。
 これには、突撃っこである総大将の袁紹も誰もいない洛陽の様子に面を食らったのか、何か策でもあるのかとうかつに軍を動かせないでいた。
 ある一軍の例外を除いては…

「まぁ、まぁ…もういつものことじゃないですか…」
「鑢軍にどうせ行かせる予定だったんだし…」
「それでも、それにしたって、3回も無視しなくてもいいじゃないですの!!」

 なんとか袁紹の機嫌を直そうとなだめる顔良と文醜だったが、袁紹は涙を流しながら興奮しながら叫んだ。
 袁紹としては、これまで散々自分達を嵌めてきた鑢軍に、罠があるかもしれない洛陽への突撃を命じるはずだったのだが、その前に当の鑢軍からの小部隊が洛陽に偵察に向かっていた。
 普通ならば、手間が省けたと思うところだが、袁紹にしてみれば、こうも連合軍の総大将である自分を露骨に蔑ろにされてはたまったものではなかった。

「これなら、華琳さんのほうがよっぽどマシですわ!!!鑢軍…絶対、絶対にほえ面かかしてやりますわ―――!!!」

 一方…

「なんか、声がしたような気が…しかも、悲惨な…」
「気のせいよ。どうせ大した事のないことだし、無視すればいいわ」

 門をこじ開け、洛陽に入った鈴々らの偵察部隊からの合図の後、否定姫は本隊を二つに分け、一方を星と雛里に預けて、洛陽場外に待機させ、もう一方を七花らとともに洛陽の城門を突破し、街中に入り込んだ。
 その後、呂布と蝙蝠の案内で、洛陽にある呂布の邸宅を確保し、本陣を構築し、すぐさま兵を部署に配置して、呂布との約束通りに、邸宅を傷つけず、守りを固めた。

「これで、条件一つ完了かな?」
「…うん」

 一応、約束を守ってくれたのが嬉しかったのか呂布は、七花に対し首を縦に振って、頷いた。

「しかし、本当に人っ子一人いねぇよな…鈴々、ここに入った時、誰もいなかったのか?」
「うん。結構、門を開けるときに、大きな音だしちゃったけど、誰も出てこなかったのだ」
「妙だな…普通ならば、見張りの兵ぐらいいてもいいはずなのだが…」

 しかし、鑢軍本隊が洛陽に突入した後も、街中には、迎え撃つはずの董卓軍の兵士や白装束どころか人影すらなく、まるで幽霊街のように静まり返っていた。
 どういうことかと、首をひねる七花、鈴々、愛沙…とそんな中…

「あ、あの、ご主人様、愛沙さん、鈴々ちゃん…お話の最中なのは分りますが…助けてください…はう!?な、舐めちゃだめです!!」
「ガウ」
「…セキト、いたずらしちゃだめ」

 関わりたくないのか見て見ぬふりしている七花らに、悲鳴を上げつつ、幅涙を流しながら朱里は助けを求めた。
 その朱里の首筋を、呂布の愛玩動物である背中に赤い毛が生え、右目に眼帯(呂布自作)をつけた巨驢馬である的櫨より一回り大きい熊が大きな舌でなめるのを、呂布がしかりつけた。
 この熊の名前はセキト。
 呂布がまだ董卓軍に仕えていなかった放浪時に、セキトが大怪我を負っていたところを呂布が助けたのを切欠になつき、以来呂布の愛玩動物として、呂布に飼われていたのだ。

「それにしても、人懐っこいね、セキト君ってv」
「そうね…多分、餌的な意味でしょうね」
「しゃ、シャレにならない事言わないでください―――!!」
「安心しな。噛みはするけど、喰いはしねぇから、多分」
「…大丈夫。小さすぎて、おなかいっぱいにならないから」
「うう…全然慰めになってないです~」

 何故かセキトに懐かれている朱里に、桃香は暢気にかわいーなぁと思いながら見つめ、否定姫は興味ないのか適当にたちの悪い冗談を言い、蝙蝠や呂布は安心できない慰めをいれていた。
 いい加減朱里が本気で泣きだそうかと思っていたその時、街中を偵察に出ていた部隊の隊員のひとりが、大慌てでこちらに戻ってきた。

「た、大変です!!先ほど、都の東に向かった部隊から、貴人らしき少女二人と妙な刺青を彫った護衛を保護したところ、白装束を着た集団が現れ、攻撃を受けています!!」
「姫さん!!」
「ええ、分っているわ。洛陽に散った部隊に伝達しなさい。これより、白装束どもを蹴散らすわよ」

 兵士からの伝令を聞き届けると、否定姫はすぐさま兵士らに戦闘開始の号令を出した。
 この戦の黒幕である白装束との戦いが始まろうとしている中―――未来において、稀代の殺人鬼集団たる零崎の姓を持つ者が操る人形達の猛威が連合軍に牙を剥かんとしていた。



[5286] 第15話<人形演武・中篇> 注意:グロ表現アリ
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/09/05 11:07
洛陽市街地東地区―――
偵察部隊の一人からの連絡を受け、白装束らが現れた現場に駆け付けた七花らだったが―――

「な、なに、あれ…?」
「なんと面妖な…朱里、分るか?」
「い、いえ、さっぱり、分りません!!私もあんなの見るの初めてです…」

 桃香、愛沙、朱里が困惑するのも無理はなかった。
 現場には、伝令のとおり、偵察部隊に守られる3人の少女とそれを襲う白装束をきた集団がいた。
 だが、白装束の、そのほとんどが、壁に埋め込まれたり、頭から地面に刺さったり、屋根の上に下半身だけ出ているなど、無残な姿をさらしていた。
 そして、もう一つ、伝令にはなかったモノがそこにはいた。
 身の丈七尺を超える巨大な鎧―――それも中国にある兜甲冑ではなく、しいていうなれば、西洋の剣士が身にまとうような鎧が白装束を迎え撃っていた。

「鉄の塊のお化けなのだ!!」
「いや、違う。あれは…!!」

 驚いた鈴々が思わず言葉を洩らすが、七花はすかさずあれが何なのかを確信した。
 そう、あれは、完成型変体刀蒐集の際に、薩摩にある濁音港にて、鎧海賊団の船長である校倉必(あぜくら かなら)から蒐集した変体刀の一つだった。
 虚刀流の奥義さえ無効化する<防御力>に特性を置いた絶対無双の防御力を誇る五番目の完成型変体刀―――!!

「賊刀<鎧>…まさか、あの刀を着こなせる奴がこの時代にいるなんてね…」
「ぶらああああああ!!」

 予想外の展開に否定姫が唸る中、この世のものとは思えない雄叫びを上げながら、賊刀<鎧>から繰り出される鉄の拳が唸りを上げ、次々と白装束へと叩き込まれ、肉と骨を砕く打撃と肉をズタズタに切り裂く斬撃の二重攻撃を受けた白装束らは、「ぐは!!」、「ぎゃ!!」と叫び声を上げると同時に、壁に、地面に、叩きつけられ、埋め込まれていく。

「す、すげぇ奴がいるもんだな…」
「まったくね。あの賊刀<鎧>をつけた状態で、普通に格闘こなすなんて…どんな化け物よ、いったい…」

 賊刀<鎧>を知る七花や否定姫ですら、驚きの声を上げるのは無理もなかった。
 本来、賊刀<鎧>は、その大きさと重さを利用した体当たり主体とする攻撃だけだが、今、賊刀<鎧>を着ている者は、その重さを物ともせず、拳や蹴りといった格闘術で闘っているのだ。
 前の所有者である校倉必でさえも、体当たりでしか攻撃方法はなかったというのに…

「くっ、おのれぇ!!」
「あ、あいつ、逃げるのだ!!」

 「逃がしちゃうわけぇ…」

 次の瞬間、賊刀<鎧>を着た何者かは、逃げる白装束に向かって突進し、3歩目で一気に間合いを詰め、そのまま片手で、相手の首根っこを掴んだ!!

「ないでしょうがあああああああ!!」
「ぎゃああああああ!!」

 もはや悲鳴を上げるしかない白装束を掴んだまま、次々と鎧を脱ぎ棄て、さらに加速させ、目の前の壁に、白装束を壁に叩きつけた!!!
 その破壊力は、想像を絶し、壁を打ち砕き、土煙を巻き上げて、そのまま民家へとさらに突っ込んだ。
 だが、それでも、勢いは止まらず、次々と壁をぶち破り、五軒目にて爆音が鳴り響くと同時に、ようやく終わりをつげた。

「す、すごぉい…」
「なんちゅう、無茶苦茶な力技だよ…姉ちゃんとまともにやりえるんじゃねぇか…」

 すさまじい力技に驚きの声を上げる桃香と余りの無茶ぶりに姉である七実と比較した七花―――他の面々もあまり出来事に呆然とするしかなかった。
 だが、土煙の中から、ボロボロになった白装束を抱えて、現れた賊刀<鎧>の中の人を見た瞬間、その場にいた全員が思わず悲鳴を上げた。

「ふぅ…ちょびっと失敗v玉のお肌に傷がついちゃったわv」

 筋骨隆々のおっさんだった。
 つるっぱげの頭だった。
 三つ編みと髭がついていた。
 後世でいうところの紐パン一丁だった。
 つまるところ…

「「「「変なおっさんが、中の人だぁああああ!!!」」」」
「だれが、おっさんよ!!花も恥じらう漢女を…って、ちょ、そこの金髪のあなた、笑顔なのはいいけど、眼がやばいわよ、なんか焦点定まってないわよ?って、懐から、何を、ちょ、危ないから危ないから!!お願いだから、そんなもの、黒くて大きくて、物騒な物、私に向けないでちょぉ!!!」

ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん。
 洛陽に乾いた音が連続して響いた。
 もうこれでもかというくらい。
 そんなこんなで、恋姫語はじまり、はじまり。

                       第15話<人形演武:中編>


「んで、つまるところ、あんたは、あの白装束の連中に家壊されて、その仕返しにあいつらぶっとばしていたってことか」
「そういうことよv後、あの、お願いだから、金髪のあの子に銃に弾込めるの止めてって言って…」

 あの後、七花によって、取り押さえられた否定姫が落ち着くと、七花らは変なおっさんの素情と洛陽の情報を聞くことにした。
 この変なおっさんなのだが、自称:ただのしがない踊り子で、名を貂蝉と名乗った。
 貂蝉によれば、呂布や蝙蝠の言うように、董卓による圧政で、洛陽の民が苦しんでいるという事実はなく、少し前までは平穏に暮らしていたのだが、あの白装束が現れると、白装束の集団は、街から人々を追い出したのだ。
 ちなみに、この時、貂蝉自身も、自分の家が壊されたため、白装束に自分の家を壊された仕返しとして、あの大立ち回りが起こったということらしい。

「董卓による暴政は嘘だったってこと?でも、どうして、そんな嘘を…?」
「さぁ?とりあえず、その辺のことは、この3人に聞いた方が良さそうね」

 考え込む朱里に相槌を打ちつつ、否定姫は、に炎刀<銃>を向けながら、偵察部隊に保護をされた三人の少女――全身に奇妙な刺青をした少女と、眼鏡をかけた気の強そうな少女、大人しそうな外見だが、表情が暗い少女に目を向けた。

「あ…」
「ちょ、何言ってんのよ、あんた!?」
「そうそ、あたしら、ただのか弱い女の子だよ。そんな事知るわけないでしょうが」

 突然、話を振られて、表情の暗い少女が何かを告げようとしたが、それを遮るように眼鏡をかけた少女が、こちらを睨みつけながら、怒声を上げて食ってかかり、刺青の少女も眼鏡の少女に同調するように話をそらそうとするが―――

「…月、詠、狂犬」
「よお、お前ら、なんとか生き延びてたみたいだな」
「「「ああ…!!」」」

 七花らと同行していた呂布と蝙蝠の二人が現れたとき、思わず三人の少女は驚きの声を上げた。

「月に、詠…では、こやつらが!!」
「董卓と賈駆…」

 愛沙と朱里の二人は、どう見ても噂からは想像できないほど、暴君とはほど遠い、華奢でひ弱そうな少女である董卓の姿に驚きをあらわにし…

「じゃあ、あっちはやっぱり…」
「真庭狂犬ってところね。ま、もちろん、初代って前置詞がつくけどね」

 七花と否定姫は因縁の相手である真庭忍軍の十二頭領が一人―――むろん、狂犬は知る由もないが―――初代狂犬との再会を果たしていた。

「呂布、蝙蝠!?何で、あんた達がこいつらと一緒にいるのよ!!まさか…二人して、ボク達を裏切ったの!?」
「違うっての。卑怯卑劣は売りだが、ちょいとばかり事情が…」
「事情?仲間裏切るほど大事な事情でもあるのかい、蝙蝠?」

 賈駆は、肩を震わせながら、七花の後ろにいる呂布と否定姫の傍らに佇む蝙蝠を交互に見比べて、怒声を上げた。
 それに対し、蝙蝠は賈駆に否定姫らと結んだ<とある契約>について事情を話そうとするが、それよりも先に、それまでの真庭の里の観察者としての漂漂とした態度はなく、今にも蝙蝠に飛びかかり、喉笛を噛みちぎらんと、憤怒の表情でにらみつけていた。
 ともすれば、一瞬即発の事態に一同に緊張がはしるが―――

「お願い、二人とも。もう止めて…全部、私が悪いんだから…」
「月!?」
「そういう問題じゃないんだよ!!あんたが悪い悪くない以前に、仲間裏切るなんてマネ…」

 憤る賈駆と狂犬を悲しげな声で止めたのは、それまでずっと黙っていた董卓であった。

「ううん…蝙蝠さんも恋さんも、悪くない…全部…私のせいだから…」
「そんな…月…」
「…あなたが、この軍の指揮官ですか?」

 これまでの流れで、話の中心人物と思われる否定姫に、董卓は問いかけた。

「まあ、そうなるわね…一応、いまのところ張りぼてでもお飾りでも、一人は武力最高だけど政治能力才能なしで、もう一人はおとぼけ天然娘だけど、本来の君主はあの二人よ」
「姫さん…さすがに、辛辣すぎるぞ、それ」
「ひどすぎるよ…」

 本当にこの人、自分たちのこと君主と思っているのかなと、七花と桃香が悩んでいると、董卓が七花と桃香に近寄ると、あることを頼んだ。

「では、お二人にお願いがあります…私が全ての責任をとります。だから、詠ちゃんや狂犬さんを助けてあげてください…」
「え、でも…!?」
「いや、責任って、それ…あんた、死ぬつもりなのか?」
「私のために、多くの兵士さんが死んだのに…今更…私だけ助かるなんてできません」

 突然の董卓の申し出に、七花と桃香りは戸惑いの表情を隠せなかった。
 確かに、この戦で多大な犠牲者を出している以上、董卓の命で落とし所はつけなければならない。
 そう、たとえ、相手が、無実であり。可憐な少女であろうとも、董卓が死なない事にはこの戦の決着はつけられないのだ。

「ゆ、月―――いやよ!!そんな月を見捨てて、生き延びるなんて…!!」
「私もお断りだよ…私の前でそんなまねするなよ…自己犠牲なんてマネ…!!」
「まいったな・・・」
「あ、あのね、董卓さん、実は…」

 董卓の願いに、詠は親友を見殺しにしないために、狂犬は仲間のために死のうとする月の姿に耐えらず、二人は、懇願するように、董卓を説得しようとする。
 これに対し、七花と桃香は、戸惑いつつも、蝙蝠とかわした<契約>を董卓らに話そうとするが…

「舐めてんの、あんた?」
「えっ…」 
「否定姫さん…?」

 自らの命で償おうとする董卓に、それまで事の成り行きを見ていた否定姫は普段の彼女からは想像できないほど静かに告げた。
 そう、静かに激怒していると―――否定姫の人柄を知る七花や桃香らは感じた。

「自分の命くれてやるから、全部自分の責任だから死んで、償うなんて――――私は否定する!!」
「ひっ!!」

 次の瞬間、否定姫は、董卓の胸倉をつかむと、顔がぶつかる直前まで、顔を近づけ、怯える董卓を睨みつけ、言葉をつづけた。

「私は否定する―――あんたのその生き方を否定する。あんたのその生きざまを否定する。恰好悪くてみっともない最悪の生き方だと否定する。恰好悪くてみっともない最低の生き様だと否定する。何それ、それで償いのつもり?ひょっとして、それで何か満足しちゃってるわけ?笑うわね―――」

 遠慮なく、とめどなく。
 溢れる奔流のように、否定姫は容赦なく、董卓を侮蔑し、嘲笑した。

「自分の責任?違うでしょ、白装束の責任でしょうが。今のあんたは、連中に仕返しすらしないで、ただ楽になりたいから逃げているだけの、負け犬じゃない。それで何かを守っているつもりなら、思い上がりもはなただしいわね」
「う…あ…」
「…っ!!いい加減にしなさいよ!!あんたに、あんたに、月の何が分かるのよ!!月が、どんだけ苦しんでいたのか、悲しんでいたのか…」

 分りもしない癖に!!―――悲痛な賈駆の訴えに、否定姫は横目で見つつ、ふんと鼻を鳴らした。

「分りもしない?ええ、分らないわね。ただ、死ぬだけの奴の考えなんて、これっぽちも分るつもりないわね。むしろ、否定するわ。これなら、あの不愉快で大嫌いじゃなく――なくも―――なかったあの女の方がよっぽどマシな生き方してるわよ」

 否定姫の言葉に、七花はなぜ、否定姫が激怒しているのかようやく察した。
 とがめの生き方を否定されたくねえんだ…と。
 そう、否定姫が自らの命で償おうとする董卓を許せなかったのは、そこだった。
 かつて、否定姫が、尾張幕府に仕えていたころの宿敵であり、雌雄を決する闘いを望みながら、不本意な決着をつけるしかなかった七花の元あるじである奇策師とがめ。
 幼いころに、尾張幕府によって父親を、一族を皆殺しにされ、尾張幕府への復讐のためだけに生き抜き、あまつさえ、自分の父親を殺した者の息子である七花の主として仕えさせた。
 そして…最後は、己が目的を成就する目前で、否定姫の放った刺客によって道半ばに逝った。
 董卓とは逆…とがめは、死という安寧より、ありとあらゆる手段を使い、地獄のように苛烈に苦しく生きることを選んだ。
 それは、否定姫にとって、断じて否定することを許さない―――例外中の例外。
 故に、否定姫の目には董卓の償いは、ぞの例外を否定することに他ならなかった

「でもいいわ。私はあんたを否定する。一切合財わずかたりともあんたのことを肯定しない。私はあんたみたいな人間が―――」

 否定姫は、大嫌いよと告げる直前―――

「私もそれには賛成ですね。まあ、個人的に自殺は反対です。殺せないですから」
「っ!!」

 不意に横から口出しをされ、言葉を遮られた。
 聞きなれぬ声に七花らが、聞きなれた声に董卓らが振り向いた先に、彼は堂々と立っていた。
 道に、路地に、屋根に―――何百という人形達を従え、彼は先導者のごとく人形たちの前に立っていた。
 李儒―――否、零崎儒識は!!!

「初めまして、鑢軍の皆さん、こんにちは。ようやく追いつきましたよ、月さん」
「李、儒さ…ん…」

 にっこりと、それこそ晴れやかな笑顔を見せる李儒だったが、董卓らには、最悪の相手に会ったという恐怖の対象としか映らなかった。
 とここで、董卓を突き離して、否定姫が前に出てきた。

「へぇ、あんたが李儒っていうの。汜水関じゃ悪趣味な人形遊びで、猪武者とやりあってたそうね」
「ええ、あれはあれで、楽しかったですよ。もう少し余裕が…」
「じゃあ、死になさい」

 話の途中にも関わらず、否定姫は、炎刀<銃>―――回転式拳銃を抜くと、容赦なく、躊躇もなく、李儒の額に向けて発砲した。
 だが、弾丸が李儒の額に届く前に、李儒の操る人形の一つが、壁となり、弾丸をすべて受け止めた。
 直後、人形の全身にひびが入り、中身―――血液と内臓がこぼれ出した。

「危ないですね。話の途中で普通撃ちますか?つうか、リボルバー拳銃って、三国時代にありましたっけ?」
「っ余裕じゃない…まあ、でも、あんたがこの時代の人間じゃないってことは確かね」
「おや、カマかけてたんですか。ま、正解なんですがね」

 一本取られましたねと、付け加えつつも、あくまで李儒は余裕の態度を崩さない。
 もとより、否定姫は最初から攻撃を当てるつもりはなく、敵がこの三国時代の人間、或いは自分たちと同じ世界の時代から来たかを確かめるため、炎刀<銃>を使用したのだ。
 結果、李儒という男は、三国時代の人間でもなく、否定姫らと同じ世界の時代でもない―――自分たちの世界より未来の世界から来た人間と判断した。

「あんた、まさか…」
「貴様、どういうことだ!!!」

 とここで、否定姫の背後にいた愛沙が、怒りを露わにしながら、得物である青龍堰月刀を李儒に突きつけた。

「おや、どうしました?というか、人と話をしている最中に、割り込むのは礼儀に反する行為だと思い…」
「そんなことはどうでもいい!!その人形の中身は何だ!?」

 やれやれと言った表情で、話を遮られた李儒は、礼儀知らずの子供を叱るように愛沙を窘めた。
 しかし、当の愛沙にとって、それは些細な問題でしかなく、人形から零れおちた大量の血液と内臓を指差し、怒り眼で李儒を睨みつけながら、問いただす。

「ああ、これですか。白装束さんから、ちょっと10万人ほど譲ってもらい、私が殺した人間の臓器と血液を人形に詰めただけですよ。結構、リアルですね。まぁ、表情などはさすがに無理がありましたがね」
「なんですって…あんた、白装束とグルだったんだね!!」
「貴様、洛陽の民を、罪もない民を無残に殺したのか!!なぜだ!!」

 凄惨な殺人事実を気にすることなく、悠々とした態度を崩さない李儒に対して、賈駆は董卓を裏切り、白装束についたことを、愛沙は十万人の民を無残に殺し、死体を辱める李儒の残虐非道な行為に怒りをあらわにした。
 だが、そんな二人の剣幕さえも、李儒はやれやれといった表情で首を振った。

「何をそんなに怒っているのですか?まず、賈駆さん、私は裏切り者じゃありませんよ。」
「何ですって…どう見たって、裏切りじゃないの!!」
「賈駆さん。裏切りとは、相手が対等の仲間である時に成立するもの。殺す予定の獲物では、その関係は望めません。それと…愛沙さん。私、これでも殺人鬼ですよ」
「…だから、どうした?」
「いえ、殺人鬼ですから、殺すのが当たり前ですから。何故だという質問はなしでしょう。だって、私、人を殺さずにはいられない殺人鬼ですしね」

 あくまで自然と、他愛のない話をするように、李儒は愛沙に笑顔でもって返した。
 ともすれば、態度や表情は、どこにでもいるような気さくな青年にしか見えないが、返す言葉はどこまでも壊れた人間のそれだった。
 愛沙は、下にうつむくと、肩を震わせた。

「そうか…よく分った」
「ああ、分ってくれましたか。それは何よりです」
「貴様は、生きてはいけない人間だということがだ!!」

 もはやこの男、李儒と交える言葉などない―――人ではなく、悪鬼羅刹には、言葉ではなく、刃でもって打ち倒すしかない!!
 決着をつけようと、堰月刀を振りかざす愛沙に、李儒はやれやれといった表情で、首を振った。

「随分な言いようですね。まあ、どうしようもないのは、理解してますが…」

 迫る愛沙を前にして、李儒は初めて顔をゆがめた。
 まるで、汚らわしいモノを見るように。

「おたくらにだけは言われたくないですよ。栄光だの名誉だの大義だのと喜々としてもてはやすイカれた<殺人鬼>にはね」
「なんだと…?」
「良く聞こえませんでしたか?では、もう一度。栄光だの名誉だの大義だのと喜々としてもてはやすイカれた<殺人…」

 瞬間―――李儒が言い終わる前に、憤怒の形相を浮かべた愛沙は、青龍堰月刀を振りかざし、一気に李儒へと切り捨てにかかった。
 乱世に苦しむ民を救う―――自分や鈴々、桃香の思いを、誓いの思い出を、こいつは、この殺人鬼は、この外道は、下らないと嘲笑し、自分と同じく殺人狂だと同列に置き、踏みにじった。
 怒りに身を任せるように愛沙は、李儒を守るように向かってくる人形達を次々と一太刀で斬り捨て、李儒へと迫っていく。
 そして、李儒の前にいる子供の姿をした人形を斬り捨て―――

「愛沙、すまん!!」
「…ダメ」
「かああああああつ!!!」
「へ、え、ちょ…何をするのですか!?」

 と人形に刃が届く寸前、愛沙に、まず、七花が、愛沙の胸を掴むように抱きつき、次に恋は愛沙が斬り捨てようとした人形を守るように抱き抱え、最後に貂蝉が賊刀<鎧>の防御力でもって、堰月刀の一撃を受け止めた。
 思わぬ横やりを入れた三人…特に思いっきり胸をもんでる七花に対し、戸惑いの声を上げた。

「危なかった…すまん、おっさん」
「だれがぁ、おっさんよ!!…それはともかく、敵の挑発に乗っちゃうなんて、危うく無実の人間が死ぬところだったじゃない」
「だが、あのような暴言見過ごす訳…え?」

 反論しようとした愛沙だったが、貂蝉の言葉に思わず凍りついた。
 まさかと思いつつも、愛沙は人形を抱きかかえる呂布のほうに目を向けた。
 そのまさかは現実だった。

「…大丈夫?」
「んーんー!!んーーー!!」
「なん…だと…」

呂布に抱きかかえられていたのは、人形ではなかった。
 人形の面をかぶせられた正真正銘、生身の体を持った―――口を糸で縫いつけられ、声を出せずに、恋にしがみつき泣きじゃくる子供だった。

「本物の人間なのだ!!」
「そうね、鈴々。まぁ、李儒だったかしら。芸のない悪党らしいことするじゃない。大量の人形に、生身の人間を紛れ込ませるなんてね」
「はいv」

鈴々と否定姫の言葉を肯定するように、李儒は笑顔で応え、指を動かすと、複数の人形が面を取り外した。
いずれも、先ほどの少女と同じく、口を糸で縫いつけられ、李儒の操る糸でもって体の動きを強制的に制御された生身の人間―――殺されずに済んだ洛陽の民の生き残りだった。

「貴様、どこまで非道な真似をすれば!!」
「いえいえ、激昂しないで下さいよ。良かったじゃないですか。生きている人間もいるんですから。そう…生きている人間がね」
「…っ!!」
「ひどすぎます…こんなの策でもなんでもありません!!」

李儒の狙いに気付いた朱里は、あまりにも悪辣な行為に涙を流しながら、責め立てた。
無数の人形がいる中で、生身の人間が混じっている―――すなわち、もし、無差別に攻撃を仕掛けようものなら、生身の人間までも斬り捨てる可能性もあり、こちらからは迂闊に攻撃できなくなる。
さらに戦闘中で、しかも、洛陽の民は口を糸で縫いつけられ、仮面を被っているため、ほとんど見分けがつかない状態―――状況は最悪になりつつあった。

「然り。これは元より私の趣味です。これより始まるは李儒、もとい零崎儒識による戦場狂騒人形劇。舞台に立った以上、あなた達を含めた連合軍全て余すことなく最後まで踊ってもらいますよ。それと、董卓さん…」
「え、きゃあああ!!」

と次の瞬間、董卓の背後から、一体の人形が地面から飛び出し、董卓を抱えるとそのままどこかへと走り去った。

「あなたには、ちょっとしたヒロインを演じてもらいます。役者にやる気を出してもらわないと張り合いがないので」
「月!!李儒、あんたぁ!!!月を、月を返しなさいよ!!」
「李儒るううう!!!あんたは殺す!!あたしが完全に殺してやる!!」
「ええ、返しますよ。そして、殺していいですよ。ただし、この洛陽のどこかにいる私を捕まえられたらの話ですがね」

激昂する賈駆と狂犬を尻目に、李儒は余裕の笑みを浮かべながら、人形たちの中に紛れ込み、走り去っていった。

「おい、姫さん、あいつ、逃げちまったぞ…早く追いかけないと…!!」
「そうね。まぁ、その前に、こいつらをどうにかしないといけないわけだけど…」

否定姫の言葉を肯定するように、周囲にはいつの間にか、そこかしこに人形たちが集まり、逃走した李儒の追撃を行おうとする者たちを阻むように立ちはだかった。

「んにゃ、あ、集まってきたのだ!!」
「くっ、己ぇ…!!」

鈴々の言葉通り、武器を持った人形たちが集結する中、苦々しく武器を構える愛沙。
人形自体はそれほど苦戦するような相手ではないものの、人形の中に洛陽の民が混じっており、見分けもつかないので、迂闊に攻撃をしようものなら、洛陽の民まで傷つけかねない。
とその時、城外の方から、大群が移動するような地響きにも似た足音、その直後に、響き渡る刃と刃がぶつかり合う音が次々と響き、合間に合間に断末魔の叫びが飛び交い始めた。

「この分だと、城外にいる連合軍にも、攻撃を仕掛けているようね」
「はわわ…雛里ちゃんや星さんは大丈夫でしょうか?」
「さぁな――来るぞ、みんな!!」

七花が皆に注意を促すと同時に、七花らを取り囲んでいた人形たちがいっせいに襲いかかった。

同時刻―――

「ほう、始まったか。こりゃそうかんだねぇ」
「やつらの話では、ほぼ人形どもが占めているようだが…連合軍は勝てると思うか?」
「どうでしょうねぇ?まあ、人質の犠牲を無視するなら、なんとか勝てると思うですぅ~」

彼らの目に映るのは、洛陽から現れた李儒の操る人形に戸惑いつつ応戦する連合軍との戦場だった。
今のところ、連合軍も体勢を立て直し迎撃しているが、敵である人形に混じっている人質らに気付けば、一気に形勢不利に追い込まれるであろう。

「はん、そうかいそうかい。だが、それじゃあ、面白くねぇよな」
「どうする…いや、聞くまでもないか」

もう一人の女は、やれやれといった感じで首を振った。
ここで、連合軍が負け、あの連中のいう異分子が死ねば、奴らの目的を達成させることもできるだろう。
だが、それでは駄目だ。
その程度の改竄で満足することはできない。
そう、まだできない。

「さて、まずは、人形どもと哀れな連中の見分ける策は?」
「ああ、問題ないですぅ。ちょうど良い方法があるですぅ。少なくとも、死にはしないはずですぅ。運が良ければですが」
「上等、上等。なら、ちょっとばかり、俺の代わりに兵を率いてもらうぜ」

彼らが振り返った先には、以前より親交を深めていた北の大将からの応援である完全武装した数千人の兵士が隊列を組んでいた。
ただし、兵士らの装備は異民族特有の戦装束ではなく、胴丸と呼ばれる鎧を身に着け、ほぼ2m近くある重藤弓や分厚い鉄さえも切り裂く日本刀を装備した―――本来ならあり得るはずのない日本の戦国時代の―――軽く十世紀以上も前倒したような技術を身につけた兵士たちが軍団をなしていた。
そして、ありえない軍を率いる者の名は―――

「それでは、これよりの戦は、不祥、司馬仲達が仕切らせてもらうですぅ」



[5286] 第15話<人形演武・後編その1>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/10/06 23:05
 ―――洛陽付近
 七花達が、李儒の操る人形らに襲撃されている頃、洛陽付近で待機していた連合軍に対しても、李儒の操る人形たちは攻撃を仕掛け、敵味方が入り乱れての乱戦状態となっていた。

「はぁ!!これで、14体目…まったく、二回も人形と遣り合うとは…!!」
「まったくだ…!!今度の人形は、日和号よりましなようだが…」

 愚痴をもらしながら星は、迫りくる人形達をひらりひらりと華麗にかわしながら、槍を振い、鋭い一撃でもって、手足を破壊していった
 これに負けじと、公孫讃も白馬義従らを引き連れ、鑢軍と連携しながら、迫りくる人形達を次々と討ちとっていく。
 動き自体は緩慢で、行動基準も日和号に比べれば、単調であるため、冷静に対処すれば、やすやすと倒せるのだが…

「しかし、こやつら、それほど強くないとはいえ、少々厄介ですな」
「そうだな。何せ、相手は人形だ…死というものがないからな…!!」

 星と公孫讃の言葉を肯定するように、頭を貫かれた人形や、腕を斬り落とされた人形、上半身と下半身が分断された人形など、人形たちは亡者のごとく立ち上がり、再び襲いかかってきた。
 たとえ、頭を砕かれようが、胴を切り捨てられようが、人間のように死なない人形は、完全に破壊しない限り、何度でも戦える。
対するこちらは、生身の人間、疲れもすれば、傷つきもする。
 このまま持久戦に持ち込まれた場合、屈強な兵士といえども、疲労と怪我により動きも鈍くなり、疲れ知らずの人形らに攻められれば、流れが一気に変わり、連合軍そのものが瓦解しかねない。

「しかも、人形の中に、人質まで紛れ込ませてあるという徹底ぶり…なんとも小悪党なものだな」
「くっ…七花や桃香らは、大丈夫だろうか…無事であるといいんだが」
「そうですな…まぁ、こちらも心配する余裕もないでしょうが…!!」

 先に洛陽に侵入した七花らの安否を心配する公孫讃をよそに、星は再び人形たちに向って飛び出し―――殺到する人形達が、何かがはじけ飛ぶ音とともに宙を舞った。

「何が起こったんだ…?」
「もしや、主殿達が…」

 いぶかしむ趙雲と公孫讃だったが、捲き上がった砂煙がおさまると、そこには、七花らとともに同行した汜水関において活躍した驢馬:的櫨とそして、桃香だった。

「「桃香(様)!!」」
「星さん、白蓮ちゃん!!否定姫さんからの伝言、伝えにきたよ!!まず―――」

洛陽決戦もいよいよ終盤というところで、恋姫語、はじまり、はじまり


                     第15話<人形演武・後編その1>


 ―――連合軍本陣
「報告!!魏軍、呉軍の主力部隊が押されています!!」
「報告!!袁術軍並びにわが軍の左翼部隊が壊走をはじめました!!」
「報告!!洛陽から続々と人形たちが溢れんばかりに出撃しています!!」

 慌ただしく本陣に駆け込んでくる兵士らの報告は、状況が悪化してることを如実に表していた。

「きぃいい!!何なんですの、あれは!?あのような物があるなんて聞いてませんわよ!!それよりも、さっさと蹴散らすように曹操さん達に伝えなさい!!」
「し、しかし…敵は、人形の中に洛陽の民を紛れ込ませているらしく、迂闊に手を出せずに…下手に攻撃をすれば、人質を巻き込みかねません」
「猪口才な真似を…」

 悔しさの余り、歯ぎしりする袁紹であったが、良い作戦が浮かぶわけもなく、ただ喚き散らすしかなかった。
 とそのとき、前線で指揮を執っていた曹操と孫権、雛里が、状況を打破するために、本陣の方へ駈け込んで来た。

「麗羽(袁紹の真名)いるわね。敵の攻勢が激しくなってきているわ。このままだと、全滅するわよ」
「今は、前線で押しとどめているが、正直どこまでもつか…」
「あわわ…人形達が甦ってしまので、兵たちの士気も落ちています」
「わ、分っています!!ですが、人質が…」
「ぬるい!!」
「ひっ!!」

 思わぬ曹操の鋭い𠮟咤に、袁紹は、曹操の気迫の押されて、思わず悲鳴を上げた。

「ぬるすぎるわよ、麗羽。敵の攻勢が激しくなる以上、こちらも奴らより早く激しく攻勢に出るしかないわよ。時間が経つほど、生身の人間のこっちが不利になるのよ」
「むう、で、では…」
「待て!!それでは、連合軍の大義はどうなる!!我らは、圧政に苦しむ洛陽の民を董卓から救いに来たのだぞ。それが、民を巻き込んでしまえば、連合軍の名目、存在意義そのものを失いかねないぞ!!」
「むむむ…」

 民の犠牲を出すことを懸念する孫権に、全軍総攻撃の指示を出そうとした袁紹はまたもや、言葉を詰まらせた。
 孫権の言葉にも一理ある。
 確かに、この連合軍は、圧政を行う董卓を討伐し、民を救いだすという大義のもと、結成されたのだ。
 その連合軍が、民への犠牲をいとわず、攻撃すれば、たとえ、勝利を得たとしても、世評は連合軍を非難するものになりかねない。
 これでは、本末転倒である。

「甘いわよ、孫権。すでに洛陽の民のほぼ全てが敵に回っているのよ。練度が低くても、数に勝っていた連合軍の唯一の利が失われた以上、なりふり構っていられないわよ」
「だが、あの中には、まだ、生存者だっている…それを見捨てるなど…恥を知れ!!」
「結構よ!!でもね、理想じゃ戦に勝てないわよ。先々代と先代なら迷うことなく、英断を下していたわよ」
「貴様ぁ!!私を侮辱するつもりかぁ!!」
「あわわ!!孫権さん、曹操さん、落ち着いてください!!」

 意見が真っ二つに分かれ、互いに譲ろうとしない曹操と孫権が、激しく口論をする中で、ついには、お互いの得物に手を伸ばすのを見て、雛里が小さな体をはって、それを押しとどめようとしたその時…

「要するに、人質を傷つけることなく、人形達をやつければいいんですね~」
「だから、それができれば苦労は…って、誰?」

 聞きなれない第5者の声に、思わず一同は声のした方に目を向けた。
 そこにいたのは、刀身が黒い抜き身の刀を背中に差し、全体が黒と赤で構成された変わった衣装の着物を羽織りながら、満面の笑みを浮かべた少女が堂々と立っていた。

「あややや…申し遅れましたですぅ。私、曹操様のところで、軍師をさせてもらっている、魔法狼顧少女、性は司馬、名は懿 字名は仲達と言うですぅ」
「司馬?聞きなれませんけど、華琳さん、あなたの配下で?」
「一応ね…」
「?」

 普段ならめったに人前で見せることのない曹操の渋面顔に、幼馴染である袁紹は首をかしげた。
 有能な才或いは稀有な才を持つ者(女性限定)を愛し、思想身分にかかわらず、人材蒐集するあの曹操の配下であるならば、司馬懿という少女も相当優秀であるはず…。
 だが、曹操の様子を見る限りでは、何やら問題を抱えている気もしないではないが…。
 いぶかしむ袁紹だったが、話の腰を折られた孫権は、苛立たしげに司馬懿向け、値踏みするように睨みつけた。

「で、司馬懿と言ったか?先の言葉、人質を傷つけず、人形を討ち取る手段があるようにみえるが…ふざけた戯言ならば、早々に立ち去れ」
「おっかないですぅ~ちょっとばかり、お時間を頂ければ、見事にやり遂げてみせるですぅ。ですから…」

とここで、司馬懿は懐に隠していた仮面を被り、先ほどの笑みとは明らかに違う―――少女らしさがまったくない、極めて嘲笑を込めた表情で、孫権に言い返した。

「ちゃちゃっと、軍を退かせな、三代目殿」


―――洛陽:市街地中央

「でええええぃ!!」
「うりゃりゃりゃりゃ!!」

董卓を人質にとり、逃走した李儒の行方を追う七花らは、愛沙と鈴々、七花らの三人が各々武器を手に、立ちはだかる人形達を蹴散らし、どうにか市街地の中央までたどり着いていた。

「どうにか、ここまでたどり着いたが…くそ、遣りづらい」
「敵の数が多すぎなのだ~」

しかし、いくら倒しても次々と現れる人形達の前に、最前線で戦う愛沙や鈴々、七花をはじめ、鑢軍の兵士らにも疲労の色が見え始めていた。
というのも、人形の中に人形に変装させられた人質である洛陽の民が紛れ込んでおり、どうしても、受け身にならざるをえず、結果として、体力の消費を招いていた。

「はわわわ、さすがに皆さん、疲れてきています。」
「そうね。このままだと、桃香が戻ってくる前に、全滅しかねないわね…」

休みなしの繰り返される戦闘に疲労していく武将や兵士たちを前に、朱里と否定姫は、どうすることもできず、先ほど送り出した桃香に頼んだ例の物を待つしかなかった。
とここで、宮殿に続く道から新手の人形達がこちらに向かってきた。

「ちっ、見つかったか!!関羽、やるぞ!!」
「了解した!!我が身命を賭け、奴らを蹴散らすぞ!!」
「おう、なのだ―――!!」

七花の声に応じるように、愛沙と鈴々は、息を整えると、再び武器を構え、こちらに迫ってくる人形達と刃を交える―――

「人間、発見。即刻、排除」
「来たわね」

―――瞬間、本隊に合流した桃香が送り出した<援軍>が、否定姫の声に応じるように、何か金属音を奏でながら、上空からやってきた


―――洛陽:王宮屋根の上

「さて、戦闘開始から大分経ちましたが…戦況の様子はどうですかねっと…」

戦を起こす者としては、緊張感がまるでない言葉を呟きながら、洛陽全体を見渡せる王宮の屋根からあちこちで刃と刃がぶつかり合う音と悲鳴や雄たけびを聞き、戦場となった洛陽を見渡した。
舞台を盛り上げる為の役者として連れて来た董卓を除けば、この王宮には誰もいない。

「李儒さん…お願いです。もう、こんなこと、止めてください!!私が、私が…」
「いやまぁ、お願いされるのはいいんですけど…これも、仕事のうちなので…」
「そんな…」

二体の人形に抑えつけられながらも、懇願するように李儒を止めようとする董卓であったが、当の李儒は、そんなつもりはまったくないのか、いつものように笑顔でやんわりと断った。
李儒の言葉に悲しみのあまり項垂れる董卓だったが、李儒の言葉によって、さらなる絶望に突き落とされることになった。

「でもまぁ、これ、聞いたら、怒ると思うんで、今のうちに白状しますがね」
「え?」
「董卓さんを抑えつけている人形…それ、あなたのご両親なんですよね」
「!!」

李儒の言葉に耳を疑い、或いは悪い冗談だと思いながら、董卓は自分を抑えつけている人形を見た。
まぎれもなくそれは、人形だった―――中身を丸ごと使って、董卓の両親を似せて作った人形だった。

「いやぁああああああああ!あ…」

人質に取られていた両親が既に殺されて、人形として作り変えられたと知り、董卓は悲鳴をあげながら、衝撃的な事実を前に気雑することとなった。
だが、李儒はやれやれといった表情で、見届けると、すぐさま、興味を無くし、戦場の方へと目を向けた。

「さて、まずは、洛陽の外の方はっと…」


――――洛陽の外で人形達が連合軍と戦っている戦場では…

「どうもどうもですぅ~おかげで、準備は整ったですぅ」
「良かったのです、華琳さん?」
「良くないわね。でも、ここは任せるしかないわね。例え、インチキ臭くても」

もはや慣れているのかやれやれといった表情で曹操は、こちらへと向かってくる人形達を尻目に、見たことない鎧と鳥のような面をつけた兵士―――司馬懿直属の私兵:<狼人>らを整列させる少女に目を向けた。
司馬懿―――黄巾党での一件で、曹操軍に仕えた後、司馬懿は自身の配下と共に、各地に飛び回り、領内を荒らす盗賊や黄巾党の残党を打ち破り、曹操配下の武将たちからも一目置かれる存在となっていた。
それは、漢王朝を悩ませてきた異民族集団:五胡との繋がりや敵味方に恐れられる恐怖の平和主義者を独自の配下としていることもさることながら、一つの肉体に二つの精神を持つ司馬懿の特性だった。
一つは、軍議に割り込む際に見せた、筍彧や郭嘉をも唸らせる知略と人前で堂々と魔法少女と名乗る少女じみた天真爛漫さを持ち合わせた少女としての人格。
そして、仮面をかぶることで人格を交代し、現れるもう一つ人格…君主である曹操にすら軽口を叩く傲岸不遜さもさることながら、森羅万象の全てを的中させる驚異の読みを持つ、極めて否定的な性格をした男としての人格。
司馬懿は、二つの人格を互いに組み合わせ、使い分けることで多くの戦果をあげてきたのだ。

(さぁ、今度はいかにこの窮地を打ち破るのか、お手並み拝見ね。失敗すればただじゃ、すまないわよ…)

すでに連合軍のほぼ全てが突然の後退命令に不信と不満を抱きつつも、後方まで後退している。
もしここで、宣言通り、状況を打開できなければ、死罪は免れない…

「大丈夫ですよ、曹操様v」
「!?」

司馬懿の言葉に曹操は思わず息をのんだ。
まるで、曹操の心を読んだかのように答えた司馬懿は、東方より伝わる巫女服(袖なし)に着替えると、愛用の扇子(烏の羽を使用)を構える。
先ほどまでの天真爛漫さはなりを潜め、聖女のような清廉さに連合軍の一同が息をのむ中、司馬懿は、司馬懿の気迫に動きを止めた人形たちには目を向けず追い風を受けながら、腕を高らかに上げて―――同じく、<狼人>らも、司馬懿に動きをあわせて、一気に振り下ろしながら、唱えた!!

「「「ソーソー、ソーソー!!助けて、ソーソー!!」」」
「「「ぇ?」」」
「「「ソーソ―、ソーソー!!助けて、ソーソー!!」」」
「「「あれぇ――――!!!」」」

先ほどまでの清廉さは見る影もなく、なんか異様な興奮状態で、腕を振りまくる司馬懿と愉快な仲間たちに、連合軍から盛大な突っ込みが入った。
なんかもう、色々台無しだった。

「華琳さん、もしかして、あの方…馬鹿ですの?」
「…そうじゃないの」

司馬懿の奇行に思わず呆れる曹操と袁紹・・・二人とも平静を装っているが、鼻から血が垂れている。
なんかもう、こっちでも、色々と台無しである。
ちなみに、某凸凹姉妹と某マゾ軍師は、そういう手もあったのか―――!!と、上司の視線を一身に浴びる司馬懿を悔しげに見ていたのは、関係ない話である。

「ふ、ふざけるなぁ!!!このような戯事をやるために、貴様は軍を動かしたのか!?恥を知れ!!」

司馬懿の行動に怒りを露にした孫権は、剣を手に取り、未だ、腕を上下に振っている司馬懿に斬りかからん勢いで、声を張り上げ、近づこうとするが…

「もう慌てんぼさんですぅ~そんなに怒ると長生きできないですよ~先代や先々代もそれで死んだのですし~」
「…貴様っ!!私だけでなく、ねえさまやかあ様まで、侮辱を…!!」

あくまで、平然とした態度で聞き捨てならない軽口をたたく司馬懿に、孫権の怒りは頂点に達し、剣を振りかぶり、切り捨てようとするが…
が…

「それに…もう勝負はすでについているですよv」
「え?」

呆気に取られる孫権が、ふと司馬懿が目を向けたほうを見れば、人形達の中に妙な行動をとるものが何体も出てきた。
他の人形がその場に立ち止まっているのに、問題の人形たちは、腹を押さえながら、ひくひくと痙攣しながら、蹲っていた。
そう、あれは、まるで、人間の―――!!!
そのことに気づいた孫権が、再び司馬懿のほうに視線を向けたとき、司馬懿は再びあの仮面を被り、ニヤニヤと笑いながら、答えた。

「ようやく気づいたか、三代目ちゃんよ?どうだ、俺の魔法は?」

いつの間にか仮面をつけた司馬懿は、とても悪役じみた笑みを浮かべた。
彼女らの背後では、<狼人>らがあぶり出された敵を狩らんと、武器を手に一斉に、人形たちに襲いかかっていた。

―――洛陽王宮屋根の上
洛陽城外での様子を見ていた李儒は、なるほどといった様子で、納得していた。

「なるほど…人形と人間の区別をつけるのなら、どれが人形かではなく、どれが人間かに目を向けたわけですか…」

人形に変装させた洛陽の民をどうやって、笑わせたかは不明だが、司馬懿の狙いには、おおよその見当がついた。
如何に、李儒の生み出した死体人形が精巧であったとしても、表情や眼球の動きなど、顔の動きについては再現できない。
故に、本物の人間には、人形の仮面を被せて、見分けはつかないようにしたのだ。
しかし、落とし所もあった。
如何に精巧に作られた人形であっても、生き物でない人形は息をしないのだ。
生身の人間とは違って。

「最初の方の、妙な動きは、こちらの足止めをする必要があったからですか。まんまと引っ掛かっちゃいましたねぇ…ま、逃げちゃいましょうか」

城外では、いつの間にか、後方で待機していた連合軍が、一斉に人形たちに襲いかかっていた。
これで、人形の中に紛れた人質を簡単に見分けられると分かった以上、もはや勝敗は決した。
白装束との依頼も十分果たした―――これ以上かかわる義理はない。
荷物をまとめ、未だ気絶する董卓を抱えて、その場から立ち去ろうと、李儒が振り返ると…

「否定する。逃げるですって?逃げ場なってもうないわよ」
「誰がやって来たかと、思えば…何で、ここにいるのですか、おたくら?」

李儒の目の前に立っていたのは、炎刀<銃>を李儒につきける否定姫と、青龍堰月刀を構え、今にも斬りかからんとする愛沙や蛇矛を構え、一歩もとさないという気を放ち、仁王立ちする鈴々、剣を手にした七花、そして、兵士らを引き連れた朱里だった。
賈駆や呂布、狂犬や蝙蝠の姿は見えないところを見ると、董卓を捨て逃げたのか、そう思案する李儒は、ある事に気付いた。
見れば、彼女たちのいずれも、全身に浴びた返り血と李儒に対する怒りにより、先ほどであった時よりも数段凄味を増していた。

「へぇ…随分と早いようですが、その様子では、人質ごと斬り捨てて、ここに…」
「生憎だが、我らは、一人も人質を傷つけてはいない。貴様の人形だけを破壊してここに来たのだ!!」
「なん…ですって…?」

一先ず、この窮地を脱するために、李儒は相手の気をそらすために、軽く挑発をかけるが、血に濡れてもなお、凛とした愛沙の放った言葉に、逆に驚愕した。
愛沙の言葉を信じるならば、彼女達が浴びた返り血は全て人形に仕込んだものということになる。
だが、それが事実ならば―――愛沙らはどうやって、人質と人形を見分けたのか?

「ありえない…私の人形は全てにおいて精巧に作られたものです。それを見破るなど…」
「否定する。あんたの人形は確かに精巧だった。ともすれば、芸術品とさえいえるものだった。けど…本物の人間ではない。ならば…」

窮地を忘れ思案する李儒に、否定姫は人を食ったような笑みを浮かべ、その答えを見せた。
刀の代わりに木刀を持たされた4本の腕に、4本の脚をもつ人形にして、完成型変体刀において、もっとも人間を似せて作られた<刀>を―――!!

「人間だけを、標的にするこの、微刀<釵>こと日和号なら、仮面をかぶった程度の偽装をものともせず、充分見極めることができるのよ!!」

完成型変体刀十二本が一本―――微刀<釵>:日和号。
かつて、鑢軍と公孫軍が、黄巾党の残党勢力の討伐のために、残党が潜んでいるという森に向かった際に、<森の中に入った人間を即刻斬殺>という命令を守り、森の番人として現れた。
変体刀の中においても、高い戦闘能力を持ち、森の中に入った黄巾党の残党を壊滅させ、七花、鈴々、愛沙、星の四人を一度は撤退させたこともある。
最終的には、鑢軍・公孫軍を総動員し、日和号の動力切れにより、なんとか捕獲することができたのだ。
その後、否定姫は、森の中に隠された研究所で、回収した日和号を修理・改造し、ある程度の操作できるようにした。
今回においても、人質と人形を見分けることのできない人間に代わり、人間だけを攻撃する日和号の特性を活かし、日和号が攻撃をしない人形―――すなわち、正真正銘の人形だけを撃破することができたのだ!!

「さあ、あんたの、自慢の人形遊びも、ここまでに、してもらうわよ…追い詰めたわよ、零崎!!」
「追い詰めた…?いいえ、少しばかり早計ですよ!!」

否定姫の勝利宣言ともとれる言葉に対し、抱えていた董卓をその場からはなれたところに置いた李儒は否定姫の勝利宣言に対抗するように、背中から飛び出した10本の腕―――複数の人形を操るための義手でもって、<堕落錯誤>を含めたその場にあった人形達を動かし、愛沙らに襲いかかった。

「っ…また、このような小細工を!!」
「いい加減しつこいのだ!!」
「即刻・討伐」
「なんとでも!!そう易々と討ちとれると思わないでください!!」
「あきゃきゃきゃきゃ!!!」

忌々しげに呟き、青龍堰月刀を振り下ろす愛沙や蛇矛を振り回す鈴々、剣を抜き斬りかかる七花、そして、命令どおりに人間である自分を攻撃する日和号に対し、李儒は計12本の腕を駆使し、宮殿内にいる人形達を集結させつつ、巧みに操り、繰り出される攻撃を尽く受け止めた。
ある時は剣を持った人形で、また、ある時は方天画戟をもった人形で、そして、ある時は無手の人形を、さまざまな人形を次々と操りながら、愛沙ら目まぐるしい攻防を繰り返す中で、李儒は撤退の瞬間を図っていた。

「いい加減、うんざりしてきたんですが…!!」
「ほざけ!!貴様を討ち取るまで、この戦の終わりはない!!」
「そういうことなのだ!!」
「っと!!」

だが、李儒に撤退を許すほど、愛沙らは甘くなかった。
思考にふける隙を突かれた李儒は、迫りくる堰月刀と蛇矛の一撃を、堕落錯誤を前に出し、そのまま、両手でがっちりと受け止めさせた。

「くっ…おのれ!!」
「むう!!」
「そんでもって、こっちの方には!!」
「…っ!!」

愛沙と鈴々の攻撃を受け止めた李儒は、すかさず、自分に攻撃を仕掛ける日和号と七花には、残りの人形をすべて差し向けて、総がかりで飛びかかり、激しく攻め立て、動きを封じた。

「ふぅ…これで、どうにか、落ち着けそうですね…」
「…っ」

愛沙と鈴々は、堕落錯誤によって武器を掴まれ、七花と日和号は残りの人形に攻め立てられ、動きは封じられたものの、それは李儒も同様で、下手に動けば、封じられた動きがとかれて、命取りになりかねない状態だった。
互いにけん制し合う膠着状態―――だが、しかし、唯一自由に動ける人間はいた。

「…ああ、そうでしたね。あなたが残っていましたね」
「うっ…っ…」

数歩踏み出せば、李儒の脇腹に刃を突きさせる距離に、普段の彼女を知る者からは、想像できないほどの怒りと憎しみに満ちた瞳と表情を浮かべ―――董卓は、これまで手に取ったことのない剣を手にし、構えていた。

「なるほど。うっかりしていましたね。すっかり、忘れていましたよ。うっかり、うっかり…ですが、良い表情ですよ、月さん」
「その名前で、私の真名で呼ばないでください…私は、あなたを殺します…!!」
「…その上、良い覚悟です。大義とか理想とか振りかざさなければ、人一人殺せない連中に比べたら…そういった生の感情をむき出しにした人間ほど好ましいものはありませんから」
「…っああああああ!!」

これ以上、この殺人鬼をしゃべらせない―――ただ、それだけを思い、董卓は手にした剣を李儒に突き刺さんと走った。
これまで、人を殺すのはおろか、剣を握ったことすらない素人である自分だが、今の李儒は身動きが取れない状態―――ならば、自分でも―――!!

「やれやれ、まったくもって…」

不覚を取り、しみじみと呟く李儒の言葉は最後まで続かなかった。
そして、迫る董卓の手にした剣の刃は、身動きの取れない李儒の脇腹に突き刺さった。




[5286] 第15話<人形演武 後編その2>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/11/03 23:31
董卓の突き刺した剣は、李儒の脇腹をつらぬいていた。
致命傷ともいえる一刺し―――誰もが、李儒が血を流し、崩れ落ちると疑わなかった。
―――そうなるはずだった。

「残念でしたね」
「え、ええ?」

しかし、その予想とは裏腹に、致命傷を負ったはずの李儒は平然と立っていた。
それどころか、脇腹からは一筋の血も流れ出ていなかった。
また、突き刺さった剣には目もとめず、痛みもまったく感じていない様子だった。

「全然、痛がってないのだ…」
「馬鹿な…鎧など纏っていないはず…それに、あの刺し傷では、確実に体を貫いているはずだ!!」

平然とする李儒の様子に、一部始終を見ていた鈴々と愛沙も思わず狼狽した。
武人である二人から見ても、董卓の腕前は素人ではあるものの、李儒の脇腹を刺した傷は、致命傷であった。
少なくとも、そのような大怪我をした李儒が平然としているはずはないのに…。

「驚いていますね。まぁ、無理もありませんよ…私が、人間なら、本当に死んでましたよ」
「まさか、実は不死身な人間なんですー、なんて言うんじゃないでしょうね…」
「ご冗談を。そんな化け物じみた人間なんて、この世に存在しませんよ。まぁ…」

揶揄する否定姫の言葉を、軽く受け流した李儒は、董卓の突き刺した剣を自ら抜き取ると、否定姫に不死身じみた自分の体の正体を教えんと、まとっていた服を脱ぎ捨てた。
一見見ただけでは、なんら人間と変わりない体―――歯車や配線が隙間から見えることを除けば、人間そっくりな体をした人形の体―――!!

「人間じみた、人形なら目の前にいるんですけどね」
「まさか、貴様も―――!!」
「そう、私は、しんだ零崎需識が生み出した代替人形です」

 驚きの声を上げる愛沙に対し、李儒は愛沙の言葉を肯定した。
 この世界に呼び出された時には、本物の零崎需識は、元の世界で、家族の仇討ちを行うも、返り討ちにあい、致命傷を受け、既に事切れていたのだ。
 だが、しかし、零崎儒識は、生前、万が一のために、自分そっくりの人形を作り、その人形に自分の脳内情報を転送し、儒識の死と同時に起動するように組み込んだ。
 そして、これが、現在、李儒を名乗る零崎儒識の正体だったのだ。
 李儒の正体が明かされ、洛陽決戦これにて、いよいよ大詰めを迎えたところで、恋姫語、はじまりはじまり


                     第15話<人形演武 後編その2>


「何万体もの人形をどうやって、操っていたかと思えば…人形遣いが人形でしたなんて、まったくつまらないわね」
「おや、そうですか?でも、おかげで、見事に引っ掛かった人はいますけどね」
「きゃ!?」

 明かされた李儒の正体に、まるで期待はずれだという否定姫対し、李儒はにこやかに笑みを浮かべながら、茫然とする董卓を背中に取り付けた腕の一本で、体を掴んで、自分の顔の前まで引き寄せた。

「残念でしたね。ご両親の仇を取れなくて。まぁ、でも、安心して下さい」
「は、はな…」
「ええ、放します。まぁ、正確には…」

 次の瞬間、李儒は未だに抵抗する董卓を、迷うことなく、宮殿の外にむけて、放り投げた。

「え…?」
「てめぇ!!!」
「放り棄てる、ですがね…v」

 李儒の突然の凶行に、反応しきれず、外に向かって放り投げられた董卓―――そして、ここは宮殿の最上階に位置する場所。
 ここから、落ちれば、待ち構えるのは死だけだ。
 その事実に気づいた七花は、李儒の狙いが分かっているにもかかわらず、武器から手を放し、今まさに外に投げ出される董卓の腕を掴まんと、手を伸ばす。
 同時に、李儒はわき目も振りかえらず、標的である否定姫の元へと駈け出した。
 賈駆や呂布らが逃げ出した以上、董卓を人質に取ったとしても、人質としての価値は低く、董卓ごと攻撃をされかねない。
 ならば、董卓を囮にして、鑢軍と要というべき否定姫を人質に取った方が、はるかに効率はいい。
 障害となる関羽と張飛は、<堕落錯誤>が抑えてあるし、人間だけを攻撃対象とする日和号は自分を攻撃することはない。
 さらに、鑢軍の最大戦力である七花は董卓を助けにこちらに構っている暇はないし、今からでは止めることもできまい。

「読み違えましたね、否定姫さん。この勝負、私の勝ちです」

 あと、数歩駆ける―――ただ、それだけで、事は足りる。
 腕を伸ばせば、否定姫の腕を掴むことができる。
 張飛と関羽も追いつけはしない。
 そして、迫りくる脅威に対し、当の否定姫は銃も構えずに、一歩も動かず、ただ立ち尽くしているだけ―――恐怖で足がすくんだのだろう。
 そう思い、勝利の笑みを浮かべながら、李儒は、右腕を伸ばしながら、立ち尽くす否定姫を見た。
 迫る脅威に対し、否定姫は―――。

「いえ、李儒―――」

 李儒の想像していた恐怖とは全く逆の、愛沙らに見せたことのない凄みのある笑みで言い捨てた。

「あんたが、これでおしまいなのよ」
「えっ――――――!!」

 次の瞬間、否定姫を掴もうとした左腕が、宙を舞いながら切り捨てられ、同時に李儒の体も左腹部へ強烈な一撃が撃ち込まれ、体を九の字に曲げながら、砕けた腹部の外装部品を飛び散らせながら、そのまま吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

「がぁっ、何が…!!」
「「…」」

 砕けた腹部を押さえながら、壁から抜け出した李儒は、自分を攻撃した者たちの正体を見て、予想外の事態に愕然とした。
 否定姫を守るように、李儒との間に立っていたのは、仮面をつけた二体の人形だった。
 一方は、方天画戟を手にした女性型の人形。
 もう一方は、無手の男性型の人形。
 先ほど、日和号と七花の相手として、李儒が操っていたはずの人形だった。

「馬鹿な…いったい、どうして…?」
「まだ、気付かないの?まあ、単純な話よ。ああ、もう、仮面取っていいわよ、皆」

 操っていたはずの人形に攻撃を受け、困惑する李儒を尻目に、否定姫はその答えを李儒に見せつけるために、李儒を攻撃した2体の人形に仮面を取るよう促した。
 そして、仮面の下から現れたのは…。

「………」
「まさか、日和号以上に、人間みたいな人形がいるとは思わなかったぜ」
「呂布…!!それに、あなたは、鑢七花!!」

 目を大きく開かせながら、李儒が驚くのは無理もなかった。
 そこには、人形の振りをしていた―――董卓を見捨てて、逃亡したと思い込んでいた呂布と董卓を助けに向かったはずの七花が立っていた。

「馬鹿な!!なぜ、呂布がここに―――!!それに、鑢七花は董卓を助けにいったはずでは―――!!」
「とても簡単な話よ。誰も逃げてなんかいなかった…あなたを油断させるために罠を仕組んだのよ」
「ま、まさか―――!!」

 狼狽する李儒であったが、否定姫の言葉を聞き、ある事に気付き、李儒は董卓を投げ捨てた方向へ目を向けた。
 そこには、寸前のところで窓から投げ出されようとした董卓の腕を掴み、持ち上げようとする七花と少女体型の人形―――

「たく、あんまり無茶するんじゃねぇよ…!!」
「まったくだねぇ…寿命が何年あってもたりゃしないよ…」
「月、月、大丈夫!!けがはしてない!!」
「蝙蝠さん、狂犬さん、それに、詠ちゃん…何で、ここに…」

 ―――否、七花の服装をした真庭蝙蝠と、七花や呂布と同じように仮面をはずした賈駆と真庭狂犬の姿があった。
 これには、助けられた董卓も、予想外の出来事に唖然としていた。

「ああ、なるほど…私、騙されていたんですね」
「ようやく、気付いたみたいね」

 そう、いたって単純なことだったのだ。
 あの時―――立ちはだかる人形達を蹴散らしながら、洛陽宮殿へと向かう一団の中に七花がいるのを李儒は見ていた。
 しかし、李儒が見ていた七花は、七花と服を交換し、忍法<骨肉細工>によって、顔だけでなく、肉体さえも七花そっくりに変身した真庭蝙蝠だったのだ!!
 そして、本物の七花は、呂布、賈駆、狂犬らと共に、貂蝉が白装束を倒した際に家や壁を打ち抜いた穴から一直線に進行し、李儒が外に目を向けた時には、途中で倒した人形の服と仮面を奪い、変装し、洛陽宮殿に潜入していたのだ!!

「迂闊でしたね。てっきり、賈駆さん達は、董卓さんを見捨てて逃げ出したとばかり思っていましたよ…」
「馬鹿言ってんじゃないわよ…私が、月を置いて、逃げだすと思ってるの!!」
「そういうこったよ。ま、あたしの場合は、裏切られた仕返しなんだけどね」
「ま、お前にしては、迂闊だったな。お前なら、気付くと思っていたんだけどな」
「…あれだけ、完璧な変装…いえ、変身を見破れるわけがありません」

 真庭蝙蝠の特有の忍術<忍法:骨肉細工>―――体系や骨格そのものを変えることで、対象に変じることのできる異形の忍術。
 その能力は、常人はもちろんのこと、機械人形である李儒でさえ、見破ることが難しく、完全変装と呼べる領域だった。
 僅かながら蝙蝠と組んでいたため、蝙蝠の忍法を知る李儒は、やや手厳しい蝙蝠の言葉を受け、むちゃを言うといった様子で、苦笑した。

「やっぱ、気付いていなかったのか…案外、抜けているんだな」
「…どういうことですか?」
「簡単なことだよ。今までの戦を見ていたなら、あんたは難なく見破れていたんだぜ」
「…?ああ、そういうことですか…」

 七花の言葉に首をかしげる李儒だったが、腕をだらりと下げた七花の姿を見てすぐに合点がいった。
 現在、七花は、虎牢関での呂布との一戦で、腕を折られ、応急処置として添え木をあてられているのだ。
 そんな人間が両腕を使って、武器を振るえるはずはない。
 しかし、董卓を外に投げ捨てた際、七花は折れているはずの腕を伸ばし、董卓を掴もうとしていた。
 些細なことではあるが―――見破る機会はあったのだ。
 ただし、それは、見破る機会の一つにすぎないのだが…

「しかし…意外ですね。私と闘う理由などないはずですが…」
「ああ、けど、今回ばかりは話は別だ。これは、蝙蝠がおれたちの仲間になるための条件なんだからさ―――あんたや連合軍から董卓を守って、うちで匿うってね」
「え?」

 七花の言葉に、董卓は思わず声をあげて、驚いた。
 たとえ、蝙蝠を仲間にするための頼みとはいえ、董卓を助けるということは、連合軍の全てを敵に回しかねない行為だ。

「で、でも、どうして…私は…」
「…俺の我が儘だよ。まぁ、このままあんたに死なれちゃ、何より、俺の気が済まない」
「もちろん。私も、同意見。つうわけで、同じ条件をあいつらにふっかけたのさ」
「ごめんね…けど、私は月に生きてもらいたい。だって、私の大切な友達だから」
「…月、私の恩人。…だから、死ぬの駄目」
「…皆、ひどいよ。これじゃあ、私、死ねないよ…」

 蝙蝠や狂犬、賈駆や呂布の言葉に、董卓は俯きながら思わず涙を流した。
 今まで、自分が死ねば、全てまるく収まると考えていた。
 だが、今は違う―――これほどまでに、命がけで助けにきた自分を思ってくれる人達がいるのに、どうして死ぬことができる?

「と言う訳で、蝙蝠達が仲間になるには、董卓を殺そうとするあんたをとりあえず、倒さないといけないんだよ。」
「ひどい話ですね。結局、鑢軍の皆さんは、董卓さんのことはどうでもいいですか」
「ああ、さっきまではな…けど、俺はあんたをぶっ飛ばしたいってのが一番だけどな」

 やれやれといった表情で揶揄する李儒だったが、対する七花はまったく逆の表情―――怒りの表情を浮かべていた。
 普段から感情の起伏に乏しい―――昔のころに比べれば、大分ましになったとはいえ、七花なのだが、李儒に対しては激しい怒りを向けていた。
 なぜなら、七花には、どうあっても、李儒を許してはおけない理由が二つあった。

「一つは、あんたと白装束のせいで、董卓が悪逆非道の濡れ衣を着せられた挙げ句、董卓の両親が死んだことだ」
「え…!?」

 七花の口から出た董卓と董卓の両親の仇討ちとも、義憤ともとれる言葉に、董卓は思わず声をあげて、驚いた。
 しかし、七花の怒りとは、ただ道徳や道理といったものではなく、両親を殺され、悪逆非道のそしりを受ける董卓の姿が、七花のかつての主であった奇策師とがめの境遇と重ねたことによる私憤に近いものだった。

「そして、もう一つは…あんた、言ったよな。英雄なんかただの人殺しだって…」
「ええ、そうとらえればいいですし、私はそう思っています。それが…?」

 そして、李儒が、李儒の非道な振る舞いに怒りをあらわにした愛沙に向けていったあの言葉こそ、李儒が七花を怒らせた最大の原因にして、致命的なミスだった。
 李儒は、愛沙を挑発しかけて、自分に攻撃を仕掛けるように仕向け、愛沙自らの手で人質を殺させることで、相手の気勢を削ごうとした。
 だが、この時、李儒は愛沙自身の未熟さを責めるような挑発を仕掛けるべきだった。
 おおよそ戦場で活躍をする英雄全体を貶めるようなことを言うべきではなかったのだ。
 なぜならば…

「あんたの言葉は、俺の親父を貶めた。これが一番許せないのさ!!」

 鑢七花の父親にして、六代目虚刀流当主:鑢六枝(むつえ)も、また、戦場で武勲をあげた英雄で―――幼いころから七花は、弟子として、息子として、そんな六枝を心の底から敬愛していた。
 だからこそ、七花は、六枝を貶めたとも取れる言葉を言った李儒を許せなかった。

「……ふふ、随分と私怨の混じった答えですが、双にい様なら、満点合格をだすでしょうね。良いでしょう…幕引きはあなたにやってもらいましょう!!」
「ただし、その頃にはあんたは八つ裂きになってるかもしれないけどな!!」

 父親を馬鹿にされたから―――大よそ、一国の将が闘う理由としては、最低かもしれない。だが、例え、勝ち目のない闘争であっても、家族のために、全滅を覚悟で仇討ちを挑んだ零崎儒識、否、李儒にとって、それは満足のいく回答だった。
 故に、李儒は、七花に全力を持って、挑まんと背中に取り付けた10本の腕を七花に向けた。
 対する七花も、変幻自在の足運びを可能とする虚刀流七の構え『杜若』でもって対抗する。
 そして、七花の決め台詞を合図に、洛陽決戦最後の幕を下ろすべく、両者一斉に相手に向けて走り出した!!

「だが、甘いとしか言いようがありませんよ…折れた腕という手負いの状態で、私を仕留めようなど―――あまつさえ、武器ももたないで!!」
「やっぱり、気付いてないみたいだな…虚刀流はよ、刀を使わないからこそ強いんだ」
「精神論なら、余所でやりなさい!!さぁ、極彩と散りなさい!!」

 駆ける七花の言葉を遮るように、李儒は背中に取り付けた10本の腕―――その指先から人形を繰るための糸が一斉に飛び出し、前後左右、蜘蛛が網を張るように所狭しと次々に張り巡らされる。
 これぞ、李儒―――零崎儒識が人形を失った際の切り札、限定空間内にて糸を張り巡らし、敵の動きを封じ、触れるものすべてを斬り裂く糸の結界。
 その名も―――

「これぞ、<我流曲弦技・女郎蜘蛛>」

 そして、張り巡らされた糸の結界でもって、こちらに突っ込んでくる七花をズタズタに切り裂かんと待ち構える李儒。
 しかし、七花はそのまま突撃するのではなく、その直前でその図体には見合わない身軽さで、飛びあがり、そのまま糸の結界を飛び越えた。

「なっ!!」
「人の話は最後まで聞くもんだぜ。虚刀流の人間ってのは、代々、剣術の才能って奴がこれっぽっちもねえんだよ―――故に、虚刀流の剣士ってのは、刀を、武器を使わない剣士なんじゃない。刀を使えない剣士なんだ―――!!」

 鑢七花も、父である先代鑢六枝も、そして、開祖である鑢一根も―――だ。
 だからこそ、一根は、剣士でありながら刀を捨てようなどという誰も思いつかないような発想に辿り着いたのである―――そうでなければ、弱点のために利点を捨てようなどだれが思う。
 そして、刀を捨てたからこそ、普通の剣士では持ちえない身軽さ―――機動力を虚刀流は得たのだ!!

「そして、こいつが、虚刀流七の奥義―――」
「―――!!」

 そのまま、李儒の頭上に到達した七花は、呆然とする李儒の真上から、足を斧刀に見立てた、全体重を乗せ加速させた前方三回転かかとおとしを振り下ろした――――!!
 これぞ、虚刀流・七の奥義――――!!

「落花狼藉―――!!」

 振り下ろされた足刀が、とある殺人鬼の振りをした人形の頭を砕いた瞬間―――洛陽決戦の幕は下りた。



[5286] 第16話<乱世開幕>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2009/12/20 23:02
 ―――洛陽城外
 鑢七花によって、李儒が倒されてから数分後、城外の戦闘もほぼ終息に向かっていた。
 人形たちの繰り手である李儒が倒されたことによって、人形たちも動きは止まり、その場で立ち尽くしていた。

「どうやら、終わったようですな」
「ご主人様たちは無事なんでしょうか…」
「大丈夫だよ。ご主人様には、愛沙ちゃんや鈴々ちゃんだっているんだし」

 動きが止まった人形を槍の石突で突きながら、星はやれやれと肩をなでおろした。
 一方、雛里は、洛陽から未だ戻ってこない七花達の安否を心配していた。
 そんな雛里を、桃香は、仲間達を信じ、優しく励ました。
 とそんな時、一人の兵士がある異変に気づいた。
 洛陽の宮殿から、次々と煙が立ち上っていたのだ。

「ん、あれは、煙…いや、まさか…!!」

 彼の予感は的中していた―――次の瞬間、煙の立ち上っていた場所から、爆発音とともに一斉に火の手が立ち上がっていた
 いよいよ、連合軍編もこれにて完結というところで、恋姫語はじまり、はじまり


                           第16話<乱世開幕>


 ―――数分前、洛陽宮殿

「本気なのですか、否定姫様!!」
「本気じゃないわけないじゃない」

 怒りのこもった声で詰問する愛沙に対し、否定姫は、いつもの涼しげな表情で否定口調で答える。
 七花らには、普段と変わりない見慣れた光景だが、今度ばかりは、七花らも唖然とするしかなかった。
 なぜなら・・・

「でも、姫さん…董卓達を逃すために、さすがに洛陽燃やすって、やりすぎじゃねぇか?」
「そうなのだ!!そんな危ないことダメなのだ!!」

 洛陽に火をつけるという否定姫の過激な提案に、七花がドン引きしつつ、続けて、鈴々が両腕を振りながら、反対した。
 なぜ、こうなったかと言えば、董卓らの身についてだった。
 蝙蝠との契約で、董卓の身を保証するという条件を付けられたのだが、さすがに堂々と董卓を保護したのでは、連合軍の諸候らに、鑢軍を攻撃する機会を与えかねない。
 否定姫は、表向きは、洛陽決戦の元凶である李儒によって、死んだことにし、鑢軍で匿うことにした。
 そこで、否定姫が提案したのは、洛陽で大規模な火災を起こし、大量の身元不明の死体を生み出すことで、董卓の死を偽装しようとしたのだが…。

「何が問題あるのよ?死体なら、李儒の肉人形で十分誤魔化せるじゃない」
「そういうことではなく、道理の問題です!!」
「それに、まだ、生き残っている人たちも助けないと…見殺しにしたのでは、まずいですし」

 身うちでは、ある意味非道な否定姫の発言に怒声を放つ愛沙と生存者の救助を優先したい朱里から反対され…

「ちょ、さすがにそれはやり過ぎだから!!何考えてんのよ!!」
「わ、私もそこまですることはないですし…」
「むう、しょうがないわね…じゃあ、生存者探した後、宮殿に火をつける方向で文句ないわね?」
「それも、どうかと思うのですが…」

 匿ってもらうはずの賈駆と董卓からも反対の声があがると、否定姫もしぶしぶ引き下がり、宮殿のみに火をつけるという妥協案で引き下がった。
 まあ、それでも、むちゃなことに変わりないので、朱里は上司の発言に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
 そして、七花らが生存者を捜しに、ここから立ち去ろうとした瞬間、耳を貫くような激しい爆音と同時に、宮殿のあちこちから一斉に火の手が上がった。

 ―――呂布邸
 宮殿で起こった爆音は、鑢軍の先行隊が仮陣地としていた呂布邸からも聞こえていた。
 すでに何人かの兵士が、「どうした!?」、「何が起こっているんだ!!」、「宮殿に向かった天の御使い様は無事なのか!!」などと口々に慌てふためき、宮殿の見える外へ出ていた。
 捕虜として捕えてある白装束の一人を見張ることさえ、忘れて―――。
 そして、混乱に乗じて、屋敷に侵入した者にも気がつかず―――。

「…遅かったな。もっとも、あの乱戦では無理もないがな」
「…」

 皮肉めいた笑みを浮かべる白装束の前には、自分たちの行動を支援する協力者の仲間である人物―――見るからに儚げな女が立っていた。
 白装束が喋りかけるも、女から返事はなかった。

「まさか、あのような異端がいるとは思いもしなかったが…まあ、どちらにせよ、鑢七花・・・世界を滅ぼす悪に、いずれ裁きが下されるであろう。その為に我らがいるのだからな」
「…」

 白装束は予想外の襲撃を受け、囚われの身になった不運に悪態をつくも、それでも女から返事はなかった。
 ただ、目を潤ませながら、悲しげに、白装束を見つめていた。

「ふん、愛想のないことだな…さあ、一刻も早く、ここから脱出するぞ。いい加減、縄を解いて…」
「…悲しいですね」

 女の態度に多少苛立ちながら、白装束は、女に縄を解くよう促すと、女はようやく悲しげに言葉を紡いだ。
 白装束は、その言葉の意味が分からず、「は?」と間の抜けた声をあげ、どういうことかと問いただそうとした瞬間―――ぱあん、という音が鳴った。
 しかし、白装束がその音を聞き取ることはなかった。
 同時に女の前には、頭の中に埋め込まれた爆弾が破裂したように、頭が爆ぜた白装束だった肉塊があり、首から真っ赤な血が勢いよく噴き出していた。

「ああ、悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね―――仲間をこの手にかけることになるなんて。しかし―――捕虜に取られるような方に生きている価値はありません。この場で、わたくしに殺されることこそが、彼に実行できる唯一の正義だったのです」

 女は、滂沱の涙を流しながら―――さらりと言った。
 その涙をぬぐうことなく。
 そして、女は、物陰に隠れ、偶然にもその凶行の一部始終を見ていた小さな目撃者―――危うく愛沙に斬られかけたところを、七花らがかばい、保護した少女の前に立った。

「先ほど殺した方に代わって…あなたには、七花さんへの言伝をお願いします」
「あ、あ…ひっ!!」

 白装束を惨殺した女は、首をすくめて怯える少女を、あふれる涙を拭うことなく、慈愛あふれる笑みを浮かべ、少女の肩をたたき、優しく落ち着かせながら、言伝を頼んだ。

「<何れ相まみえることもあるでしょうが、世界の平和と秩序のために、あなたの命を奪いに行きます。悲しいですが、あなたの死こそ世界のためなのです>っと…良いですね?」
「は…はい…」

 女の言葉に、少女はうんうんと激しく頭を上下に揺らし、泣き顔を浮かべ、頷きながら答えた。
 少女には分かっていた。
 頷かなければ、目の前の女は、容赦なく自分を白装束みたいに、殺すんだと…

「とても良い子ですね。よろしければ、お名前を聞かせて頂いていいですか?」
「ち、陳宮なのです…」
「そうですか。では、陳宮さん、お願いしますね」

 命が助かったことを知り、へたり込む陳宮を尻目に、女は満足そうな表情で、塀を乗り越えるとどこかへと去って行った。
 耳を澄ませば、呂布邸の入口から、焼け落ちる宮殿から戻ってきた七花たちを出迎える兵らの歓声が聞こえてくるが、女は気にすることもなく呟いた。

「ああ、晴れがましい。わたくしは今日―――合計で一万三千人を救いました。代償として、十三名を殺してしまいましたが―――差し引き、一万二千九百八十七名を救いました」

 実に平和。
 実に秩序。
 ああ、それでも―――と。

「悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね―――」

 女は。
 あふれる涙を止めようともぬぐおうともせず―――呟いた。

「―――とても悲しいですね、人殺し」

 後に、洛陽に入った連合軍の調査で、明らかになったことだが、洛陽の東門の付近で、首なし死体が12体見つかった。
 いずれも、犯人に持ち去られたのか、殺された12人の首はどこにも見当たらなかった。
 唯一つ、分かったことは、12人のうちの1人が、皇帝にしか許されない爪が五本に、角が二つの龍が描かれた服を着ていたことから、この死体が漢王朝の皇帝―――献帝ということだった。


 焼け崩れおちた宮殿から火が消えたのは、それから数時間後のことだった。
 幸いにして、街まで火の手が上がることはなく、洛陽に入城した連合軍の各部隊が、市街地を中心にくまなく捜索し、李儒により人質にされた洛陽の民を救出していた。
 鑢軍も生存者の救出を手伝う傍ら、ある程度の報告と事務処理を済まし、幽州への帰り支度の準備に取り掛かっていた。
 そんな慌ただしさに包まれた鑢軍の陣から離れた場所で、呂布は洛陽から連れてきた友達―――セキトや他の猫や犬などの小動物たちに餌をあげていた。

「…どうかしたの?」
「ん、何だ、気づいてたのかよ」

 と、呂布は、自分の背後から誰かが近付いてくる気配を感じた。
 そこにいたのは、医者に骨折の治療をしてもらった後、否定姫に仕事の邪魔になるからと追い出され、外をうろついていた七花だった。

「…怪我、大丈夫?」
「ああ、医者の見立てじゃ、1か月もすれば治るみたいだぜ」
「そう、よかった」

 呂布によって、折れた腕はガチガチに包帯が巻かれ、はたから見ても痛々しく見えた。
 心配する呂布に対し、七花は腕を折った張本人に心配されるのを、苦笑しつつ、宥めた。
 そんな七花の言葉を聞き、呂布は安堵の笑みを漏らした。

「…それと、ありがとう」
「え、何だよ、急に」
「月のお父さんとお母さんの仇を討ってくれて」
「…」

 呂布の感謝の言葉に、思わず七花は押し黙った。
 それは、違う。
 李儒と闘ったのは、董卓に同情して、仇討ちをしたのではない。
 かつての主と董卓の境遇を重ね、尊敬し敬愛していた父親―――鑢六枝を汚されたからにすぎない。
 決して褒められるようなことじゃない―――。

「そんなじゃねぇんだよ…」
「?」

 そう呟いて、何かを思い出すように苦笑いをする七花に、呂布はなぜだろうと首をかしげた。
 今の七花は、虎牢関や洛陽の二つの闘いで、無双ともいえる強さを誇った剣士とは、思えないほど、悩みを抱える、普通のどこにでもいる純朴な青年にしか思えなかった。
 七花と同じく感情表現に乏しい呂布には、それが何なのかよく分からなかったが ―――もし、桃香がこの場に居合せたなら、七花が苦笑した意味に気付いただろうが。
 とりあえず、呂布は深く考えるのを止め、ある事が気になり、尋ねることにした。

「…ねぇ」
「ん、今度はどうしたんだ?」
「…お父さん、好きだったの?」
「…」

 もちろん、七花の答えは―――。

「ああ、そうだな。好きだったし、尊敬していた」
「…どんなことしてもらったの?」
「俺、子供のころに親父と一緒に島流しにあってな。そこで、親父と姉ちゃんの3人で暮らしていたんだ。その時に、親父には色々稽古や、親父が若いころの昔話をしてもらったっけな…」
「…今は、どうしてるの?」
「…2年前に死んだ」

 いくつかの問いの後に出た、何気ない呂布の問いに、七花は、表情は悲しげに、そして、悔恨のこもった声で呟いた。
 実際には、七花の父親である六枝は、ただ死んだわけではないのだが、かつての失敗とそれが招いた結果を踏まえ、深く語ろうとはしなかった。
 これには、さすがの呂布も七花の様子に気づき、聞くべきではなかったと、悪戯をし、叱られて、うなだれる子犬のように、ばつ悪そうな顔で謝った。

「…ごめん」
「ああ、謝ることねぇよ…ただ、ちょっとな…」
「…他にはどんなことしてたの?」
「親父が死んでから一年間は、姉ちゃんと一緒に島で過ごしてた。その後、とがめと一緒に、変体刀蒐集の旅してた」
「…とがめ?」
「俺が初めて惚れた女で、俺の主だった…随分と振り回されたけどな」

 二人で、日本全国の色々な場所を旅して、色々な敵と闘って、色々な思い出を作って、最後に離別した。
 でも、おかげで、俺は着る相手を選ばないただの刀だった自分から、人間になれたんだな・・・
 過ぎ去りし日の思い出を懐かしむように語る七花に、呂布は急に七花のことが知りたくなった。
 なぜだかは、分からないけど…知りたくなった。

「…ねぇ、もっと聞かせて」
「ん?」
「…知りたくなった、ご主人様のことも、ご主人様のご主人さまのことも」
「ご主人さまか、馴れないんだけどなその呼ばれ方…いいぜ、呂布。あんまり、詳しく話せないこともあるけど」
「…恋」
「恋?」
「うん。わたしの真名…ご主人様ならよんでいいよ…」

 そう言って、わずかに表情を変え、七花に笑いかける呂布。
 そんな呂布の顔を見た七花は、顔を緩め、少しだけ昔を懐かしんだ。
 ああ、そうか…俺がとがめに惚れた時も、こんな顔をしてたんだなと―――。

「ありがとな、恋。じゃ、まずは、俺が最初に集めた―――」
「…うん」

 話を始める七花の隣に座り、呂布―――恋は頷きながら、七花の話を聞いた。
 これが、恋が初めて七花に真名を呼ぶことを許し、後に二人の絆を深める切欠となった出来事であり―――

「…―――っ!!」

 七花を探している最中に、七花と恋の睦まじい二人の姿を見て、今まで自分が感じたことのない暗い感情を抱いた事を恥じながら、その場を去った少女―――愛沙。
 後に起こる魏軍との戦において、鑢七花の死亡という最悪の結末を迎える切欠でもあった。

―――鑢軍本陣

「さて、色々と雑務が片付いたところで…何で、あんたがいるのよ?」
「あらvつれないわね…頼みごとがあってきたのに」

 面倒な雑務を片付け(重要なことは朱里&雛里に押し付け)、しばし休息を取ろうとした否定姫だったが、入口の前に立っていた人物を見かけ、心底嫌そうな顔で睨みつけた。
 そこにいたのは、完成型変体刀の一本<賊刀・鎧>を頭部だけ残して、身にまとった、容姿と言動が変なおっさん・・・もとい美しき漢女:貂蝉だった。
 否定姫が嫌そうな顔をするのも、気にせず貂蝉が頼み―――住む家を失った自分も、鑢軍の統治する町へ連れて行って欲しいとのことだった。

「なるほどね…うちの方についていきたいと…目当ては、七花君で。」
「そ、そういうことよんvあのご主人様に、あたしもメロメロになったのv」
「へぇ、そう…だが、断る」
「ちょ、即断即決にも、ほどがあるわよ~!!うう…ただのしがない踊り子相手に、どうして、こんな仕打ちをするのよ…」
「否定する。ただのしがない踊り子が、何で、これを危険だと知っているのかしら?」

 有無を言わせぬ速攻ぶりで、頼みを断れた貂蝉は、おいおいと幅涙を流して、打ちひしがれた。
 しかし、そんな貂蝉の言葉に対し、否定姫は惑わされることもなく、その碧眼でもって、射抜くように睨みつけ、机の上に置いた二丁の拳銃<炎刀・銃>を見せつけた。

「確かに、この<炎刀・銃>は使い様によっては、子供でさえ、達人並の剣士を殺せる危険な武器よ…でも、何で、ただのしがない踊り子がこれを危険な武器だと知っていたの?」
「そ、それは…たまたま、お客さんで持っている人が…」
「否定する。それは有り得ない。なぜなら・・・」

 予想外の追及にもじもじと体をくねらせて、答える貂蝉だったが、否定姫は一気に畳みかけた。
 そもそも、否定姫は、貂蝉をただの変なおっさんとは、最初から思っていなかった。
 <炎刀・銃>を見せた時点で怪しいと踏んでいた。

「この武器は、本来、この時代、この場所であるべき武器ではないのだから」
「…っ!!」

 そう、本来なら、この<炎刀・銃>は、三国志の時代はおろか、七花たちがいた時代にも存在しない、数百年後の世界で誕生するはずの兵器なのだ。
 故に、三国志時代の人間であるならば、<炎刀・銃>が危険な兵器であるどころか、何なのかさえ分からないはずなのだ。
 しかし、貂蝉が白装束を打ち倒し、七花の前に現れた時、否定姫が<炎刀・銃>を取り出した際に、貂蝉は<炎刀・銃>を見て言ったのだ。
 「危ない」っと。

「さあて、それじゃあ、質問させてもらおうかしら?あんたが何者で、何の目的でどうこうするのかを、ね」
「いやよvといった場合は?」
「私の目の前に、射殺死体が転がるだけよ」
「そう…なら、あたしの目の前には、頭を粉砕された撲殺死体ができちゃうわよ」

 追求する否定姫に対し、あくまで白を切る貂蝉が拒否した瞬間、両者は動いた。
 否定姫は、手にした銃を、鎧のまとっていない貂蝉の頭に狙いを定めた―――。
 対する貂蝉も、岩をも砕く剛腕の拳を、否定姫の頭に突きつけた。
 そして、両者が軽口をたたいた瞬間―――

「「止めた」」

 否定姫は、銃を下ろし、貂蝉も拳を下ろした。
 両者ともに本気で殺しあうつもりなどなかったのだ。

「やっと、諦めてくれたようね…」
「否定する。確かに、あんたが何者なのかを知りたいけど、これから長い付き合いになるのなら、おのずと答えが分かるわ」
「素敵な答えねvうふ、女の子じゃなかったら、惚れてたわよv」
「あ、でも、普段から、<賊刀・鎧>は付けてなさいよ。目の毒だし」
「ひどっ!!」

 相変わらずの否定姫の毒舌に少なからず傷ついた貂蝉を尻目に、否定姫はようやく軽い眠りについた。


―――呉軍本陣

「…それで、何か弁明でもあるのかしら?」
「蔑(べつ)になにも」

 白鷺の言葉に、周愉は、ため息とともに、こめかみを押さえた。
 結局、戦が終わった後に、洛陽から戻ってきた白鷺に、周愉は日ごろのお返しとばかりに、さも役立たずのように皮肉を漏らした。
 しかし、当の白鷺は、周愉の皮肉に対し、狼狽し、動揺するどころか、表情ひとつ動かさず、飄々とした態度で返答した。
 いつものように独特の発音で、不愉快なしゃべり方で。

「…っ。今回の連合軍参戦で、魏は張遼を、鑢軍は元天下無双の呂布を手に入れたわ。対する我らは、汜水関での活躍と洛陽の復興を手伝ったことによる、精々、民の支持と名声ぐらいなものね」
「歩値(ほね)居(お)り存(ぞん)という和気(わけ)だな。独楽(こま)った、独楽った」
「…おい」

 周喩は、怒りを抑えて、ぐっと堪え、白鷺に愚痴を漏らした。
 確かに、呉も活躍していた―――が、それでも、鑢軍や魏軍に比べれば、霞んでしまう。
 せめて、白鷺が、あの戦が終わるまでに戻ってきてくれたら―――そう思うと、周喩は八つ当たりとはいえ、白鷺に不満を漏らさずにはいられなかった。
 しかし、まるで他人事のように頷く白鷺にそろそろ我慢の限界に達しようとしていた周喩だったが…

「なら、これでも、他資(たし)にしておけ。化得(かえ)りに非露(ひろ)った。奈(な)いよりは磨(ま)しだろう」
「…いったい、何を…っ!!」

 不意に白鷺は、懐から何かを取り出すと、周喩に向かって投げ渡した。
 慌てて、周喩は白鷺から投げ渡された物を掴み、掴んだものが何なのかを見た瞬間、思わず、息をのんだ。
 それは、皇帝のみが使うことを許されるという皇帝の証と称される印鑑:<玉璽>であった。
 使い様によっては、呉の覇業を推し進めるための切り札にさえなりうる代物だ。
 周喩は、どこで玉璽を手に入れたのか問いただそうとするが、当の白鷺は用が済んだとばかりにさっさと外に出て行った。

「…ふん、随分ととんでもない物を拾ってきたものだな」

 さっさとその場から去って行った白鷺の後姿を見つつ、この連合軍での戦において、最大の収穫物を得たことに、周喩は不敵の笑みを浮かべた。


―――深夜:洛陽宮殿跡地
 深夜、大規模な火災により焼けおちた宮殿跡には、かつての荘厳さは見る影もなく、炭と化した木材の一部がかろうじて立ち、あとは、崩れおち、炭の山となっていた。
 もはやだれからも見向きもされない宮殿跡地に、三人の人間―――白い道士服を着た二人の青年とこの時代には大凡相応しくない和服を纏い、煙管を咥え、顔の右半分が焼けただれた女が立っていた。

「…どういうことか説明してもらおうか?」
「どういうこと?阿呆か、お前は。無能な部下が死んで、無能な皇帝が死んだそれだけだ」
「ふざけるなっ!!どちらも、貴様の身内が起こしたのだろ!!」

 忌々しげに呟く短髪の青年に、興味どころか眼中にさえないのか、女は、煙草をふかしながら淡々と事実を言った。
 その態度が怒りの琴線にふれたのか、短髪の青年は今にも飛びかからんまでに、苛立たしげに詰め寄った。
 一瞬即発の両者であったが、ここで、眼鏡をかけた長髪の青年が、二人の間に割って入った。

「そこまでです、二人とも。」
「だが…」
「確かに前者については、想定外の事があったとはいえ、少々乱暴な手段ではありましたが、こちらの不手際を尻拭いして頂いたのは事実です。」
「ほう、分かっているじゃないか」

 これ以上は不味い―――殺し合いになりかねない。
 そう感じ取った長髪の青年は、苛立ちを隠せない短髪の青年を落ち着かせるように宥めると、冷めた目で成り行きを見ていた火傷傷の女に、苦笑しつつ、建前上仕方なく謝罪した。
 火傷傷の女も、とりあえず、長髪の青年の意をくんで、やれやれといった表情でそれを受け入れた。

「ですが。献帝暗殺については、どう見ても、看過できる問題ではありません。あまり、プロットに外れた行動を取られては、計画に支障が生じます。今後は謹んでいただきたい」
「…分かった。一応、あいつには、注意を促しておく。凶暴な人食い鮫が素直に聞くとは思えんがな」

 しかし、長髪の青年も、献帝暗殺ということについては、明らかに喰鮫の暴走行為であり、それを、見逃す理由はなかった。
 さすがに、献帝暗殺に関しては、後ろめたいものがあったのか、火傷傷の女も、素直に長髪の青年の言葉に頷いた。
 もっとも、あまり効果はないだろうがな―――そう心の中でぼやきながら。

「それと、もう一つ。彼女の言葉通り、李儒さんの御家族も呼び寄せておきましたよ。それぞれ、袁家に一人、魏に一人配置しておきました。ちゃんと李儒さんのことも伝えてあります。これで…」
「零崎一賊は、鑢軍を標的にしたというわけだな」

 <零崎一賊>―――はるか未来において誕生する予定である流血によってのみ繋がる、生粋にして後天的な殺人鬼たちの集団。
 未来において零崎一賊が恐れられているのは、彼らが殺人鬼集団である以外にその団結力にある。
 最悪、戦闘中に一賊の1人が命を落とした場合、報復として零崎一賊の全員と闘わなければならなくなる。
 故に、李儒の死は、鑢軍対零崎一賊という図式を生み出すためのものでしかなかった。
 少なくとも、短髪の青年と長髪の青年にとっては、だが。

「ふん…下らん茶々を入れるのは、これで最後にしてほしいものだな」
「案ずるな。多少の荒事は目をつぶれ」
「はいはい…では、私達はこれで。では、また、どこかで…」

 互いに憎まれ口をたたき合う短髪の青年と火傷傷の女を宥めつつ、長髪の青年は、短髪の青年とともにその場を去った。
 残るは、煙が消えかけた煙管を名残惜しそうに吹かす火傷傷の女、唯ひとり―――そう、一人だけだった。

「……で、お前は、いつまで、死んでいるんだ、李儒?」

 不意に宮殿の焼跡に向かって、火傷傷の女がそう呟いた瞬間、焼け跡が勢いよくまき散らされ、その中から何かが這いずり出てきた。
 その何かとは―――バネの足にバネの腕を持つ異形の人形にして、李儒がもっとも愛用した道具…<堕落錯誤>だった。
 しかし、繰り手である李儒を失った<堕落錯誤>が動くことなどありえない。

「酷いですね…こっちは、建物が燃え尽きるまで隠れていたというのに…」
「そんな事を気にするような体か?しかし、まぁ随分と奇抜な姿だな、李儒」

 焼け跡からはいずり出た堕落錯誤は、馴れないバネ足での移動に苦労しながら、火傷傷の女に悪態をつきつつ、立ち上がった。
 そして、火傷傷の女は、ひとりでに動く堕落錯誤を前に、動ずることもなく、堕落錯誤ではなく、李儒と呼び捨てた。

「自分の脳内情報を何も、自分そっくりの人形に移す必要なんてありませんからね。それにこっちの方が何かと便利ですし。ま、スペアは壊されちゃいましたがね」

 考えるなら、当然の話だった。
 自分の脳内情報を、人形に転写するのならば、なにも自分そっくりの人形を器にする必要などどこにもない。
 むしろ、おおよそ人間には不可能な動きや機能付け加えることのできる人形の方が戦闘での利点は大きい。
 故に、李儒は、自分の意識をあえて<堕落錯誤>に転写したのだ。
 敵を欺くために、自分そっくりの人形を拵えつつ…。

「違いないな。しかし、まぁ、これで…お前はだれの目にも触れられることなく、裏方に徹することができるじゃないか。李儒の死をねつ造し、鑢軍の目を欺き、また、皇帝暗殺による漢王朝の崩壊を促す…目的はすでに達成されている」
「ま、そうですがね。んで、次はどうするのですか?」

 不意に堕落錯誤―――否、李儒は、城門よりやってきたある人物に目を向けた。
 李儒は知っている。
 そいつが、零崎一賊の参戦を促すこと、鑢軍の目を欺くことや皇帝を暗殺し漢王朝を滅亡させることが目的で、この反董卓連合での一連の戦を起こしたのではないことを。
 ただ見たかっただけなのだ。
 かつて、そいつが作り上げた最後の刀の切れ味を見たかった。
 たった、それだけのために、洛陽の住民10万人と華雄らなど連合軍・董卓軍の兵士らを死なせ、戦争を起こしたに過ぎなかった。
 そして、李儒は、城門よりやってきた人物―――その反董卓連合の仕掛け人の名を言った。

「四季崎記紀さん」



 その後、董卓の死により、連合軍は解散し、参加した諸侯らは、本拠地へと戻って行った。
 しかし、訪れたのは平和ではなく、献帝の死により、事実上、漢王朝は滅亡、これにより、己が覇権をにぎらんと、諸国間での争いが激化―――中華の地は、群雄割拠の時代を迎えることになった。



[5286] 恋姫語17話<日常平穏>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/01/03 22:00
乱世到来目前―――
 黄巾党の乱、反董卓連合の戦を経て、度重なる戦に疲弊した人々に待ち受けていたのは、天下太平という名の安泰ではなかった
 漢王朝の証たる皇帝が暗殺されたことにより、各地の諸侯らは、着々と己が野望を果たさんと力を蓄え始めていた。
 領土を求め、攻め込まんとする国も、領土を守らんとする国も関係なく―――。
 戦端はいまだ切られてはいない―――今はまだ。



 反董卓連合の戦が、連合軍の勝利という形で終わってから早1か月―――。
 七花らが治める此処幽州では、否定姫や朱里、雛里らを中心に慌ただしく、手腕をふるっていた。
 内政面では、税を下げ、幽州領内の道路整備や治安の向上などより商人たちがこちらに流れ込むように仕向け、国力を充実させていった。
 一方、対外政策としては、これまで農民を兵士として徴収した制度をあらため、兵農分離制度を採用し、兵士の練度を高め、軍備の増強を図っていた。
 そして、国主である七花は…

「zzz…」
「まったく、こいつは…一番働かなきゃいけないこんな時に…」
「詠ちゃん、落ち着いて」

 見ていると気持ちがいいくらい、布団の中で呑気にグーグー寝ていた。
 そんな七花の姿に、頭を抱え、怒りを通り越して呆れる賈駆(真名:詠)を、董卓(真名:月)はおどおどしつつ、落ち着かせていた。
 反董卓連合の戦のあと、七花らに保護された董卓軍の面々は、それぞれの能力に応じた役職を与えられていた。
 まず、七花と互角の勝負を繰り広げた呂布(真名:恋)は、否定姫の提案で有事の際には戦に参戦してもらい、普段は街の警護を任されることになった。
 本来なら、将軍職につけるべきなのだが、生憎呂布は七花に匹敵する武はあるものの、将としての才が乏しいため、将軍職からは外された。
 次に、真庭忍軍初大12頭領である真庭蝙蝠と真庭狂犬については、諸国の情報を集め、場合によっては暗殺などの裏工作を行う隠密部隊を任されることになった。
 現在も、どこかの国へ潜入しているはずだ・・・。
 最後に、詠と月については…

「そもそも何で、私たちが付き人みたいな真似ごとを…」

 あまり、表だって動けないということもあり、七花専属の使用人として、働いてもらうことになった。
 一応、否定姫としては、優秀な軍師である詠を、ほとぼりが冷めるまでの間、使用人として働いてもらうつもりらしいが…。

「ああ、もう!!いい加減、起きなさいよ!!」
「ん、ああ、月と詠じゃんか。何かあったのか?」

 業を煮やした詠に、掛け布団を引っ手繰られて、ようやく七花は、目を覚ました。
 いい加減イライラの積もってきた詠は、おもわず声を荒げた。

「何かあったじゃないわよ。いつまで、寝ぼけてるつもりよ!!さっさと起きて、仕事しなさいよ!!」
「いや、仕事って言ってもな…俺、やることないんだけど…」

 苛々しながら捲し立てる詠を前に、がっくり項垂れた七花は申し訳なさそうに答えた。
 悲しいかな…七花の言うとおり、七花にはやることがまったくないのだ。
 一応、七花は、幽州の国主なので、ある程度の政務はこなさないといけないのだが…

「七花君に政務を任せる?否定するわ、その意見」

 七花に仕事をさせようとした愛紗に対し、否定姫はとても素晴らしい笑顔で却下した。
 まあ、人生の大半を、虚刀流の修行と無人島での生活に費やした七花に、小さい町ならともかく、国の政務をやらせるのは、猿に漢文作れと言うくらい無理な話なのは事実だが。
 それなら、兵の訓練を手伝うのはどうかと、めげずに愛紗が提案すれば…

「愛紗よ。主殿の特性を思い出せ…」

 やれやれといった表情でため息を漏らしつつ、指摘する星の言葉に、愛紗はあっと声を上げると、思わず頭を抱えた。
 七花の虚刀流は、刀を使用しない特殊な剣術であるため、通常の兵士らに虚刀流の剣術を基にした訓練を行うのは、あまり勧められない…というか、絶対習得できない。
 そうかといって、普通の、刀を使用する訓練をしようにも、今度は虚刀流歴代当主が受け継いできた<刀を扱う才能がまったくない>という特性により、まったく兵らの訓練にならないのだ。

「これはもう、どうしようもないですね…」
「さすがに、ご主人様がお掃除や洗濯をするというのも…」
「…まさか、ここまで、戦闘だけに特化した武将は早々いないわよ」

 さすがの朱里、雛里、否定姫も、政務や訓練がまったくできない七花の使えなさには、さすがにお手上げだった。
 結果、現在の七花は、<無職>だった。
 国主なのに無職という不名誉な称号を、主人公が得つつ、恋姫語はじまり、はじまり。


                           恋姫語17話<日常平穏>


―――城下町
 かつて、黄巾党の一団に荒らされつくされたこの場所も、現在では朱里や雛里の尽力によって復興し、今では、多くの商人が訪れ、賑わいを取り戻していた。
 人々が慌ただしく行き交う中で、店からは威勢のいい声が響き、活気に満ちあふれていた。

「うーん…どうしたもんかな…」

 が、街中に設置してある長椅子に腰かけていた七花は、どうしたものかとがっくりと項垂れていた。
 部屋の掃除があるからさっさと出てけと、詠に追い出された七花は、とりあえず、何か仕事がないか、否定姫や愛紗らのところに赴いたのだが…

「邪魔になるから、帰ってくれる、七花君」
「あの、申し上げにくいのですが、ご主人様には、その、荷が重過ぎるかと…」

 返答が直球か変化球かの違いはあれど、意味は変わらなかった。
 仕事の邪魔になるから、帰れ。
 これには、さすがの七花も泣きそうになった―――その後、鈴々や星、雛里、朱里らのところにも言ったが返事は変わらなかった。

「まさか、俺がここまで使えないやつだとは思わなかった…」

 そういえば、俺のこれまでを振り返ると、虚刀流の修行か組み手か完成型変体刀の蒐集しかやってなかったような気がするよなぁ―――あまりの断られぶりに、七花は、遂に自己反省まで始めていた。
 せめて、何か仕事じゃなくても趣味だとかあれば、話は違うのだろうが、生憎と無人島育ちの七花には、何か夢中になるような趣味はなかった。

「…はぁ、どうしようかなぁ」

 夕方までかなり時間はある…このまま、一日中、ここに座っているわけにもいかない。
 とりあえず、別の場所へ行こうとした時、七花が、目の前の露店に掲げられたある物を見つけると…

「あ、そうだ」

 何かを思い出したのか、七花は喜び勇んで、露店に掲げられたある物を購入した。
 まだ、日本にいた頃、やろうとしていたことを思い出して…

―――城外・南門付近

「…ふぁあ~」
「がふぅ…」

 退屈で、つまらない―――大きな欠伸をあげた一人と熊一頭…恋とセキトはそう思った。
 今日は街の見回りのお仕事に就いているのだが、今のところ特に問題がないため、恋にとっては暇でしょうがなかった。
 どこかへ行こうかな…ふとそんな事を考えていると―――門を出ていく人達の中に、ある人物を発見した。

「ご主人さま…」

 恋が見つけたある人物―――恋の主にあたる七花は、何時もの女物の派手な着物を羽織り、手には筆や帳面が入った風呂敷を携えていた。
 そして、七花は、恋に気づくことなく、その場を後にし、城の外へと出て行った。

「…なんだろう?」

 やけに嬉しそうな感じはしたけど、何か面白そうなことでもあるのかな…。
 既に恋の興味は、七花の事に移り、見回りの仕事などすでに忘れかけていた。
 故に…
「…セキト、追いかけるよ」
「がふぅう!!」

 恋は、街の見回りをほっぽり出して、セキトの背中に跨ると、急いで、七花の進んでいった方向に向かって、馬を操るように、セキトを走らせ、七花の追跡を始めた。

―――否定姫執務室

「「「「やっと終わったぁ―――!!」」」」

 仕事を終え、思わず歓喜の声を上げる四人―――否定姫を補佐する朱里と雛里、君主見習いとして強制同席するはめになった桃香、そして、反董卓連合の後、帰るところをなくし、恋が保護者として引き取った少女…陳宮(真名:寧々)は思わずそう叫んだ。
 なにせ、半日かけての大仕事で、小休止はなし、労働基準法に喧嘩売りそうなまでの悪条件の中だったので、喜ぶのも無理はなかった。
 もっとも…

「そう。じゃ、次の仕事にいってみないこともないわ」
「「「「えぇえええ――――!!!」」」」

 再び、大量の書類を運ばせてきた否定姫の一言で打ち砕かれることになるのだが。
 このまま過労死するんじゃないかなと、否定姫を除く四人が思っていた時、「失礼します」と一声した後、何やら不機嫌そうな愛紗と鈴々が部屋に入ってきた。

「あれ?愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、何かあったの?」
「いえ、実は…街の警邏をしていた恋が、その行方不明に…」
「どこにもいないのだ…」

 愛紗の話によれば、街の警邏を担当していた恋が、南門付近から街の外へと出て行くのを見かけたのを最後に、どこに行ったのか分からなくなったらしいのだ。

「なるほどねぇ…恋らしいわね」
「面白がることではありません!!私は恋には、午後からの警邏に出るよう確かに通達しました!!自覚に欠けるにもほどがある!!あのものの、素行はどうにかならないのですか!!」
「あ、愛紗ちゃん。そんなに怒ると、体に悪いよ…」
「私は、怒ってなどいません!!将として、わが軍の一翼を担うものであるならば、それなりの自覚を…」

 自由奔放な恋らしいと苦笑する否定姫の態度に、苛立ちが限界にきたのか愛紗は思わず、怒りで髪を逆立て、憤慨した。
 慌てて、桃香が、愛紗をなだめようとするが、余計に怒りに火が付き、愛紗の怒りを煽ってしまった。
 さすがに、これ以上はまずいと思ったのか、朱里は慌てて、恋の居場所に心当たりがありそうな寧々に尋ねた。

「はわわ…!!そ、そういえば、寧々ちゃん。恋さんの行きそうな所に心当たりはないですか?」
「へ、う~ん…南門からなら、恋殿の行くところといえば、あそこしかないでありますが…」
「心当たりがあるの?」

 朱里の問いに、少し悩んだあと、寧々はこれまで恋と一緒に出かけた記憶から、ある場所を思い出した。
 それを聞いた雛里が、どこなのか、寧々に尋ねると、寧々は街の近くにある川のある方向を指さした。

「はいです。確か、以前、恋殿とセキトと一緒に、川の上流にある温泉に入ったことがあるです。多分、そこだと…」

 <温泉>…寧々の口から出たその言葉に最も反応したのは…

「…詳しい話を聞かせてもらおうかしら」

 何か、悪だくみを思いついたのか、とっても悪い笑みを浮かべた金髪の鬼女だった。


―――山道・川辺付近
 一方、恋行方不明騒ぎの張本人ともいうべき七花は、さきほど露店で購入した帳面を取り出すと、筆に墨をつけて、何やら絵を描き始めた。

「…んー。ここは、こんなんでいいかな」

 そう漏らした七花の帳面に、やや拙いながらも、描かれた絵は、この付近を記した地図だった。
 かつて、七花がまだ日本にいた頃、完成型変体刀の蒐集任務において、日本各地へと渡り歩いた経験を生かし、変体刀の蒐集任務を終えた後、日本の地図作りに挑戦したことがあった。
 どうせやることがないなら、久しぶりに地図作りをするのも、いい気分転換だと思い、露店で必要な道具をそろえると、こうして、ここ周辺の地図作りに励んでいるのだ。

「さて、ここは、もういいかなって…ん?」
「…追いついた」
「がふ、がふ…うぇ~」

 とりあえず、粗方周辺の地図を書き終えると、川の上流に沿って作られた山道を登ろうとした時、街から出ていく七花を追いかけてきた恋が追いついた。
 かなり、急いできたのだろうか、セキトは、近くにある木のそばで立ち上がると、前足を木の幹に置いて、息を荒げて、軽く吐いていた。

「あ、恋に、セキト。どうして、こんなところにいるんだ?」
「ん、ご主人様、出かけるの、見て、恋も追いかけてきた…ご主人様は?」
「俺の方は、ちょっとここらの地図作りだよ。日本にいたときに、やってたんだ」
「…そうだ。付いてきて、ご主人様」
「ん、おい?どうしたんだ?」

 七花の話を聞いた恋は、すぐ近くにある川の上流にある温かい水が湧き出す場所を思い出し、いきなり七花の手をつなぐと、戸惑う七花を引きずるように、上流へと目指していった。


―――上流・温泉

「へぇ…こりゃすげぇな…」
「ん。お風呂」

 恋の案内でたどり着いた場所には、川べり近くにある深い窪みの場所からもうもうと湯気が立ち込めていた。
 めったにお目にかかれない天然の温泉だった。

「ご主人さま、お風呂、一緒にはいろ」
「そういや、結構汗もかいてきてるからな・・・温泉に入るのって結構久しぶりだし、いいか」

 男なら思わず戸惑う恋の提案にあっさりと了承する七花―――なお、七花の生きていた時代では男女混浴が主流であり、恋の方も裸を見られて恥ずかしいという育ち でもないので、一緒に風呂に入るということは、ある意味当然なのかもしれない。
 七花と恋は、服を脱ぎ終えると、そのまま、ゆっくりとお湯につかった。

「…気持ちいい」
「あ~そうだな…」

 天然の露天風呂につかりゆったりと寛ぎ、気持ち良さそうに顔を緩める七花と恋―――たまに流れ込んでくる川の水がちょうどいい湯加減にしてくれている。
 連れてきてよかった…そう思った恋が、七花の体を見たとき、思わず首をかしげた。
 七花の脚と腹、そして腕に付けられた奇妙な傷跡―――現代人が見れば、銃で撃たれた跡―――に気づいた。

「ご主人様、その傷は?」
「ああ、これか。こいつは、昔闘った相手に付けられた古傷だよ。ま、その相手ってのは、姫さんの部下なんだけどさ…一応、そいつには勝てたんだけど、あの時、俺は死んだと思ったよ」
「……」

 ああ、そうなのか―――恋は、七花の話に耳を傾けながら思った。
 確かに、七花は強い…これまで、恋が闘ってきた相手で、初めて自分に勝てた人間なのだから、当然だと思っていた。
 でも、無敵というわけではないのだ…強い敵と戦えば、苦戦するし、斬られれば、傷つくし、殺されれば、死ぬ人間なのだ。
 だから…

「…ご主人様は、恋が守るよ」
「え、恋、どうし…」
「うん。ご主人さまは、恋が守る。だから、恋は強くなる。ご主人様を守れるくらいに」

 守ろう―――七花が傷つかないように、七花を死なせないために、恋は誰よりも強くなる。
 故に、これは誓いの言葉―――七花が虎牢関で宣言したあの言葉を返すための。
 ぎゅっと、自分の体を押し付けながら、七花の背中を抱きしめながら、恋は宣言した。

「恋は、ご主人様に惚れたんだよ」
「…ああ、そうか」

 こんな感じだったんだな―――それが七花の抱いた想いだった。
 多分、恋の抱いた七花に対する想いは、愛でもなく、恋でもないだろう―――かつての自分がそうだったように、世間知らずの幼い気持ちから出てきたものかもしれん。
 それでも、こんな俺を好きだと言ってくれた。
 なぁ、とがめ―――こんな俺でも、どうしようもないくらい刀でしかなかった自分が、誰かに惚れられるようになったぜ…だから、少しだけ喜んでいいよな。
 七花は、かつての主に対し、浮気を詫びるように、苦笑した瞬間…。

「で、あんた達、何、いちゃいちゃしてるのよ」
「…あれ、姫さんに、愛紗じゃねえか」

 七花の前にいたのは、仕事の疲れをとるために、温泉に入ろうという否定姫の提案に賛成し、寧々の案内で、この温泉にたどり着いた、否定姫や愛紗らだった。
 これには、七花もただ呆然するしかなかった。
が、ただ呆然している間もなく、一人の般若が―――どこからとりだしたのか青龍堰月刀を突き付けた愛紗が、すさまじい殺気を放っていた。

「…ご主人様の」
「ま、たんま、愛紗…とりあえず、俺の話を…」
「浮気者ぉ―――!!」

 その殺気に気圧された七花が愛紗を宥める間もなく、嫉妬と怒りに感情を支配された愛紗は、容赦なく七花を、もじどおり攻めたてた。
 七花にしてみれば、そんなつもりはないのだろうが…愛紗にとってはどうでもよかった。
 もはやこれまでと慌てて逃げる七花と、邪魔になる木々を薙ぎ払いながら、七花を追いかける愛紗―――双方ともに服は着ていないのだが、そんなことを気づく余裕はなかった。

「行っちゃったのだ、二人とも…」
「大変なことになったであります…」
「はわわ…止めなくて、良かったんでしょうか…?」

 愛紗の後姿を見送ることしかできない鈴々と寧々、朱里は、顔を引きつらせるが、否定姫と星、桃香は、少し悩んだあと、苦笑しつつ答えた。

「う~ん…大丈夫じゃないかな…ご主人様、一応天下無双だし」
「まあ、良い機会でしょう。主殿には女心というものをしっかりと学んでもらわねば」
「星の言うとおりね。ま、今回は、愛紗に任せましょ…それに…」

 ふと真剣な表情になった否定姫は、誰に聞かれることもなく、こうつぶやいた。

「こんな普通の日常を過ごせる機会なんて、あまりなくなるからね。ま、これから、また、忙しくなりそうだしね…」

 そして、否定姫が漏らしたその言葉通りであろうか、穏やかな日常は唐突に終わった。
 街に戻ってきた七花らを待ち受けていたのは、名門と名高い袁家の主である袁紹らが、十万という兵士らをひきつれ、公孫讃の本拠地を攻め落としたという知らせと、わずかな手勢でここまで落ち延びてきた公孫讃らだった。



[5286] 恋姫語18話<怪力乱心>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/01/11 22:50
―――軍議室

「なるほどね…さしもの白馬義従も、10万という兵力差を覆せず、うちに落ち延びてきたと」
「恥ずかしながら、そういうことだ…」

 落ち延びてきた公孫讃から事情を聞いた否定姫は、やっぱりと心の中で頷いた。
 袁紹軍の怪しい動きがあったのは、密偵としてはなった蝙蝠と狂犬からの言伝で、袁紹の領地で、多数の兵の徴収や武器を大量に購入しているという情報から、ある程度把握していた。
 その事をあえて、公孫讃や桃香らに伝えなかったのは、公孫讃らにある程度時間稼ぎ並びに袁紹の兵力を削るためだったのだが―――予想以上に充分時間は稼げた。

「とりあえず、白蓮ちゃんが、無事でよかったよ…」
「そうね。これで、こっちにも勝機が少しは見えてきたわ」

 純粋に、公孫讃…真名:白蓮が無事であったことを喜ぶ桃香に対し、否定姫は何か含んだものがある口ぶりで笑みを浮かべ呟いた。
 このとき、否定姫の表情に気づいた星は、やはりという顔で、否定姫に尋ねた。

「ほう、勝機…否定姫殿、やはり、袁紹軍はこちらに攻めてくると読みますか?」
「当然。あの手の手合いというのは、一度勢いに乗れば、そのまま一気に突っ走るわ。必ず、次はここを狙ってくるわね」
「私も、否定姫さんと同じ意見です。兵力では、圧倒的に、袁紹軍が有利です」
「多分、白蓮さんのついでに、こちらに侵攻してくるかと…」
「要するに、おまけみたいなもんか…」

 否定姫、朱里、雛里の意見を聞き、七花はうんざりした顔でつぶやいた。
 公孫讃の本拠地に引き続き、幽州を一気に目指す露骨な進攻は、鑢軍がいかに、袁紹に、侮られているが分かる。
 これには、七花でなくとも、鑢軍のほとんどの将が内心憤慨しているはずだ。

「でも、どうするのだ?向こうの方が、数が多いから、鈴々たちの方が不利なのだ」
「確かに、鈴々の言うとおりです。袁紹軍の兵力が10万に対し、こちらは5万がやっとです。さすがに、倍近くの兵力では、こちらに勝機は…」

 しかし、現実として、このまま袁紹軍と戦うには、やはり厳しいものがある。
 鈴々や愛紗の言葉通り、袁紹軍は、今回の遠征で、自領で徴集した10万人の兵士と名門袁家という肩書で招いた有力な人材、惜しげなくつぎ込まれる膨大な財産を武器に、公孫讃の領地を蹂躙し、奪い取った。
 人材面ではともかく、兵力と財の差―――この二つだけとっても、鑢軍が圧倒的に不利だ。
 しかし…

「否定する。愛紗、兵力が多いから不利ですって?」

 否定姫だけは違っていた。
 兵力の差がありすぎる?圧倒的な物量戦に持ち込める財?だから、不利?
 笑止千万。
 ならば、私はそれを肯定せず、否定する!!
 現実も、現状も、現象も―――限界も限定も限外も、ありとあらゆる森羅万象を否定する。
 粋な世界に無粋な言葉で持って穴をあける。
 例外なくすべてを否定する。
 故に―――

「向こうの兵力が多いからこそ、こちらに有利じゃないわけないわ!!」

 私は、袁紹軍が勝つのを、全力で持って否定する!!
 否定姫の言葉とともに、いよいよ、袁紹戦も開幕ということで、恋姫語、はじまり、はじまり。


                          恋姫語18話<怪力乱心>


「おーほっほっほっほ!!弱い、弱すぎますわ!!噂の鑢軍とやらも大したこと、ござまいませんわね!!」

 一方、白蓮の領土を落とした袁紹率いる軍勢は、圧倒的勝利の勢いに乗ったまま、次の侵略対象である鑢軍の本拠地がある幽州へと侵攻していた。
 袁紹の中では、反董卓連合での戦のおりに、散々自分を馬鹿にしたあの女―――否定姫に苦渋を味わせることができると、意地の悪い感情をため込んでいた。

「…まだ、支城の一つか二つ落としただけじゃん」
「それに、姫はずっと突撃としか言ってないし…」
「やかましいですわ。それ以上、騒ぐと、おしおき…」

 対する、袁家の誇る二枚看板である、顔良と文醜は、ただ苦笑するしかなった。
本当なら、公孫讃の領地を落とした時点で、引き返すはずだったのだが、「ついでに、鑢軍のいる幽州を落とそう」との一声で、急遽、幽州まで攻めることになったのだ。
 さすがに、これには、顔良も文醜も反対はしたのだが、袁紹のいうところの<おしおき>が嫌で、しぶしぶ従うことになった。
 と、袁紹が、ぶつくさ言う顔良と文醜に対し、脅しをかけようとした時、それを止める者たちが現れた。

「ですが、お嬢様。お二人の言葉ももっともかと」
「まぁ、そうだな。落とした支城は、いずれも、引き払った後。まだ、一戦も交えていない以上、多少は、慎重にすべきだろう」
「むっ…」

 背後から掛けられた声に、忌々しげに眉をひそめた袁紹が振り返ると、予想通りの二人が控えていた。
 1人は、時代錯誤ともいえる足首まで隠れる長いスカートのメイド服を着た長身白髪の女性―――袁紹専属の従者長で、袁紹と幼いころから付き合いのある田豊(字は元皓)と、そして、もう一人は、細長く黒い風呂敷を抱えた線の細い華奢な青年―――最近、袁家に仕官した客将である張郃だった。

「反董卓連合の戦を聞く限り、鑢軍は、徹底して相手の裏をかくことに長けています。今迄のように、ただ突撃を繰り返すだけでは、悪戯に損害を増やすだけです。恐れながら、ここは一度、領地に戻り、慎重に相手の出方をうかがい、持久戦に持ち込むのが得策かと…」
「…っ!!そんな事、一々、忠告しなくても、分かっていますわ!!従者長の風情で、軍師の真似ごとで口を挟まないでほしいですわね!!」

 一度、領地に戻ろうという田豊の進言に、袁紹は曹操との言いあいでも見せなかった怒りの表情で、田豊を睨みつけ、思わず忌々しげに声を荒げた。
 かつては、まるで姉妹のように仲の良い幼馴染だったが、何時のころだったか、何故か、袁紹は、だんだんと田豊を疎ましく思うようになっていた。


「いやいや、さすがは、軍師として名高い田家の一人娘。従者長でありながら、中々の慧眼…まぁ、素人にしてはですがね」
「郭図様ですか。」

 と険悪な雰囲気を立つように、馬の尾のように束ねた髪と、開けているのか閉じているのか分からないほどの糸目が特徴的な、ぼんやりとした青年―――袁家の正式な軍師である郭図が間に割って入った。
 もっとも、本人の才覚によるものではなく、ひたすら袁紹に気に入れるために、媚を売ってきたことによるものなのだが…。

「いかに、相手の虚を突こうとも、この圧倒的物量を覆せるわけがないということですよ。こちらは、十万の兵力に対し、鑢軍は精々3,4万程度…いかに、小細工を弄そうと、こちらの勝利は揺るぎませんよ」
「ですが…」
「それに、これは、袁紹様の威光を知らしめるための重要な遠征。なのに、ここで、すごすごと、国へ戻れば、鑢軍がごとき、小国に恐れをなしたと、諸国の王らに思われかねません。それでは、意味がない。あくまで、堂々と悠々と鑢軍を打ち破ってこそ意味があるのですよ」
「…要するに、見栄で攻めてるだけか」

 くだらねぇ、長話のオチだなと、吐き捨てるように呟く張郃に対し、郭図は見下すように、鼻を鳴らし、ねめつけた。
 普段は余裕をもった態度で人に接するものの、それが人並み以上の自尊心の表れである郭図にとって、新参者でありながら、先輩である自分に敬意を払わない、張郃や、やたらと指図をする田豊は鼻もちならない奴として、認識されていた。

「私としては、味方の士気を落とすような真似をするあなた方こそ、自重すべきです。もっとも、聡明な麗羽様なら、どちらの意をくむかは迷うまでもないでしょうがね」
「と、当然ですわ!!田豊さん、張郤さん…これ以上味方の士気を下げるようでしたら、容赦しませんわよ!!」
「…分かりました。お嬢様。一介の従者長が出すぎた真似をしました」
「…分かればいいんです」
「では、私と姫様は、鑢軍についての対策を練ってきますので、悪しからず」

 もはや、袁紹の意志は変わることがないのを悟ったのか、表情も変えず田豊は、袁紹に深く頭を下げた。
 そして、何かを含むような言い方で、袁紹を促しながら、郭図はその場を後にした。
 一度、袁紹が、相変わらず表情を変えない田豊を寂しげに見たが、苛立たしげに前を見ると、今度は振り返ることなく、その場を後にした。

「相変わらず、姫様って、田ねえちゃんには、厳しいんだから…」
「あの、元皓さん。元気出してください」
「気にしてはいません。確かに、お嬢様のおっしゃるとおりですから」

 いつもの事とはいえ、袁紹の田豊に対する仕打ちに、顔良と文醜は慰めの言葉をかけた。
 しかし、当の田豊は、いつものことだと、やはり表情を変えず、受け流すが…

「……なら、今、握ってる物騒なもん、降ろしとけよ。気持はわかるが…」
「…」

 張郃の呆れたような言葉を受け、田豊は眼を手の方に向け、思わずはっとした。
 いつのまにか、その場に置いてあった城門を破壊するための巨大な鎚を、軽々と<片手>でつかんでいた。
 張郃の指摘を受けた田豊は無言であったが、内心を悟られたことに恥じ、そっと目をそむけ、足早にその場を後にした。
 それを見送った張郃は、やれやれといった表情で、呟いた。

「…こりゃ、難儀な戦になりそうちゃね」


 一方、白蓮が落ち延びてきて二日後、侵攻してくる袁紹軍を迎え撃つため、否定姫を中心に、朱里や雛里、そして、助人として詠や寧々を動員し、作戦の準備に取り掛かっていた。
 また、愛紗や鈴々、星、そして、成り行きで鑢軍の配下となった白蓮らも、兵たちを引き連れ、戦の準備に取り掛かっていた。
 そんな慌ただしい中…

「西涼の馬超に、馬岱ってのは、あんた、なんだな?」
「…」
「うん、そうだよ…」

 七花の問いかけに、茶色がかった髪を馬の尾のように束ねた少女―――馬超と、サイドポニー気味に髪をまとめた少女―――馬超の従妹である馬岱はそれぞれ頷いた。
 応対した門番によれば、今朝がた、数十騎の騎馬兵団がこちらに近づいてくるのを発見し、袁紹軍の先遣隊かとも思ったが、どうも様子がおかしい。
 結局、門までやってきた騎馬兵団を指揮する将を確認したところ、西涼を治める馬謄の息女にして、錦馬超の異名をとる武将―――馬超と名乗り、七花に目通りしたいとの願いを受け、現在にいたるのだが…

「反董卓連合の時は、世話になったわね。で、何の用でここまで?」
「実は、あんたたちの力を貸してほしいんだ」
「…何かあったのか?」
「…実は―――」

 馬超の話によれば、反董卓連合の戦が終わった後、突如、西涼に侵攻してきた司馬懿を総大将とした曹操軍の一派と衝突した。
 一進一退の激しい攻防戦のすえ、一気に敵をせん滅せんと、司馬懿の策により、風上から、馬謄らのこもる砦に向かって、火をつけると猛毒の煙を発生させる夾竹桃を焚かれたのだ。
 次々と毒の煙で兵らが倒れる中、煙がおさまると同時に、一気に曹操軍に攻め込まれ、毒の影響でまともに動けなくなった隙を突かれた馬謄は討ち死にし、なんとか、毒煙から逃れた馬超は従妹である馬岱と生き残った配下を引き連れ、ここまで落ち延びてきたのだ。

「まさか、曹操軍の勢力がそこまで延びていたとは…」
「驚くことじゃないわ、愛紗。袁紹らも動いている以上、曹操だってただのんびりしてるわけじゃないしね」
「だから、頼みがあるんだ!!あんた達の仲間にしてもらって、皆の仇を討ちたいんだ!!」

 恥部外聞もなく、頭をこすりつけるように土下座する馬超に対し、七花は少しばかり戸惑った。
 殺された家族の無念を果たすために…そうやって、復讐に生き、結局何も得られないまま逝った女を知っている。
 故に、七花はどうしても馬超の頼みを断る気にはならなかった。

「…分かった。良いよな、桃香、姫さん」
「うん、当然だよ!!」
「ま、仇討ちうんぬんは、袁紹軍を追っ払ってからになるけど、構わないわね?」

 許可を求める七花に対し、桃香は純粋な善意から、否定姫は有力な武将を引き入れるため、両者のベクトルは違えど、馬超らを仲間にすることに反対しなかった。

「ああ、すまない!!恩に着る!!これからは、私の真名…翠と呼んでくれ!!」
「ありがとう、ご主人様v私の真名は蒲公英。お姉ちゃんと一緒によろしくお願いします!!」
「うん、よろしくな。でも、ご主人様は勘弁してくれ…」

 いい加減、ご主人様っていうのは止めてくれねぇかな―――何やら背筋に嫉妬の視線(この世にいない誰かの)を感じうなだれる七花だった。

―――軍議室
 馬超<真名:翠>らの一件が終わった後、否定姫は、袁紹軍に潜り込んだ蝙蝠からの情報を携えた狂犬が戻ってくると、今後の作戦内容について話すため、皆を軍議室に集めた。

「んじゃ、早速だけど、狂犬。報告お願いね」
「あいよっと。んじゃ、蝙蝠からの報告なんだけど―――」

 蝙蝠からの報告によれば、現在、袁紹軍は幾つかの支城を落としながら侵攻し、休憩をはさみつつ、およそ5日後に、十万の兵らを引き連れ、鑢軍の本拠地を攻め込む予定となっていた。
 ただ、袁紹軍の中には、今回の急な幽州遠征に反対する一派と遠征続行を進言する一派とで、派閥争いが起きており、足並みが揃っていないことや、十万の兵といっても、その半数が領内からの徴兵した者たちであるなど、不安要素を抱えているとのことだった。

「っと、いう具合なんだけどさ。」
「なるほどね…さて、以上の事を踏まえた上で、私の意見を言わせてもらうわね」

 狂犬からの報告を聞き終えた否定姫は、静かに頷き、立ち上がった。
 普通の軍師ならば、圧倒的多数の敵に対して、こちらは城に立てこもり、籠城戦の持ち込み、敵の戦力を削り、好機を待つのだが―――

「まず、この街から北にある、この平野地帯に、我が軍の歩兵5万と騎兵5千を布陣させる。そして…侵攻してくる袁紹軍を迎え撃つわよ!!」
「「「「「…ぇえええええええええ!!!」」」」」
「な、何を考えているのですか!!」

 思わず軍議の最中であることを忘れ、皆が驚きの声を上げ、愛紗が訝しがるのは無理もなかった。
 狂犬の話を聞けば、倍近くある袁紹軍に真っ向から迎え撃つなど自殺行為としか思えなかった。

「何を?当然、あいつらに勝つ方法をよ。この日のために、ちゃんと、色々と小細工も施してあるわ。それに、折角、白蓮や翠、蒲公英達らの、最大の利点を生かすには、平野という地形がもっとも重要なのよ」
「…?」
「あっ!!」
「…それで、ここに布陣するんですね!!」
「なるほど。これなら、いけるわ!!」
「あれ、なんですね!!」

 否定姫の言葉にはぐらかされたと思ったのか、顔をゆがめる愛紗だったが、それを遮るように否定姫の意図を考えていた朱里が、何かに気づいたのか声を上げた。
 他にも、雛里や賈駆、寧々らも、以前、仕事の合間に聞かされたある話を思い出し、それぞれ納得の声を上げた。

「どうやら、気づいたようね。ま、種明かしは戦場でということになるんだけど。これより、本作戦を<寛和柄作戦>と命名し、以降は私の指示で動いてもらうわ。後、七花君と恋には、今回の戦には参加しないでいいわ」
「え、いいのか?」
「?」

 思わぬ否定姫の言葉に、今回もこき使われるんだろうなと思っていた七花と恋は、顔を見合わせて、驚いた。
 が世の中そんなに甘い話はなく、すぐさま、前言撤回することになった。

「多分、直接城を狙う伏兵部隊がいるから、そいつら会戦終わるまで、足止めしてもらうわ、あんたら二人と日和号1体で」

 冗談きつすぎるぜ、姫さん―――そんな言葉を漏らす間もなく、七花はがっくりと肩を落とした。
 実際、否定姫の読み通り、細い山道から進行する伏兵部隊はいたのだが、この時の七花は知る由もなかった。
 伏兵と呼ぶにはあまりに大規模な伏兵部隊三万人を相手にしなければならないということに―――。

 数日後、遂に、快進撃で侵攻してきた伏兵として別行動をとった三万の兵力を分け、残りの袁紹軍七万は、色とりどりの幕を掲げた鑢軍五万が布陣する平野地帯において、両者ともに対峙することとなった。

「おっほっほっほ―――!!ついにこの時をまっていましたわよ!!反董卓連合の借りをきーっちり代えさせて頂きますわ」
「ふむ、どうやら敵は、野戦で勝負を決めるつもりでしょうが…どういうつもりですかね?」

 袁紹が余裕のタカ笑いを上げる中、鑢軍の陣形に、郭図が首をかしげるのは、無理もなかった。
 先に平野に布陣していた鑢軍は中央に愛紗、鈴々、星が率いる重装備歩兵四万、右翼左翼には白蓮や翠が率いる騎兵一万が配置された。
 奇しくもそれは、中央に歩兵六万五千と右翼左翼合わせての騎兵五千と、数こそ違えど袁紹軍と同じように配置されていた。
 野戦における戦において、陣形を崩された方が負けであるため、数の少ない鑢軍が圧倒的に不利なのにも関わらず―――

「ま、どんな奇策がとび出すかと思いきや…とんだ期待はずれでしたね」
「構いませんわ…袁家の威光、今ここで、示す時…全軍突撃なさい!!」

 袁紹の号令とともに、突撃の合図となる銅鑼がいっせいに鳴らされ、袁紹軍総勢七万は、左翼右翼から飛び出した騎兵部隊を戦闘に、一斉に突撃を開始した。

 一方、攻撃を開始した袁紹軍の姿を確認した鑢軍も、作戦決行第一段階の行動を開始しようとしていた。

「来たわね…朱里、雛里。そろそろ準備は出来てる?」
「はい!!工作部隊の皆さんも、全員配置につきました!!いつでも、動かせます!!」
「あわわ、はい!!向かってくる敵の方には気付かれていません」

 ならば良し!!準備は整った―――否定姫は心底意地の悪い笑みを浮かべながら、向かってくる袁紹軍を見た。
 そして、静かに腕をあげ、攻撃の瞬間を計り始めた。
 焦ってはだめだ…この一撃でもって、少しでも、袁紹軍に損害を与えねばならない。
 迫りくる敵軍の接近を待ちつつ、否定姫は攻撃の瞬間を待ち―――

「さぁて、まずは…先制攻撃といこうかしら!!」

 ―――敵を十分引きつけたところで、一気に腕を振り下ろした。
 次の瞬間、ドッドッドッ―――!!!と、何か固いものが次々と叩きつけられるような轟音と共に、一斉に大地が炸裂したように抉れ、吹き飛んだ地面ごと、先行していた袁紹軍の騎兵部隊と歩兵部隊の前衛を巻き込んで、文字通り粉砕された。



[5286] 第19話<怪力合戦>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/02/14 22:08
―――3分前、袁紹軍前衛部隊
 開戦の合図となる銅鑼の音とともに、将兵らに引き連れられ、袁紹軍の兵士らは一斉に、鑢軍にむけ突撃を開始した。

「よっしゃぁ!!進めや、進め!!一気に駆け抜けるぜ!!野郎ども、突撃だぁ―――!!」
「ちょ、文ちゃん!!あんまり、一人で、突撃しないで!!」
「まったく、相も変わらず元気な娘だな」

 思わず、張郃が呆れるくらい、普段から、突撃大好きな相方の文醜を諌めつつ、顔良は未だ、陣形を動かさない鑢軍に目を向けた。
 反董卓連合での虎牢関決戦では、機動力と奇策を武器に、相手はおろか味方さえも翻弄していた鑢軍の戦法だったが、今回は、ひたすら待ちに徹していた。
 本当なら、もっと早い段階でこちらと一戦交えたにも関わらず…。

「もしかして、これって…」
「多分、罠だろうな。十中八九なにかを狙ってるな」
「やっぱり、張郃さんも、そう思いますか?」
「まあ、俺の場合は、長年の勘だけどな」

 不安そうな顔をする顔良に相槌を打ちつつ、張郃は敵が接近しているにもかかわらず、未だ動かずにいる鑢軍を見て、確信していた。
 ―――未だ動いていないにも関わらず、強烈な殺意を感じる。これは、明らかに罠だ!!
 そして、敵の殺意がこちらに向かってくるのを感じた張郃は、自分の直感に従い、顔良と文醜に向かって叫んだ。

「顔良!!文醜!!兵を止めろ!!仕掛けてくるぞ!!」
「え!?」
「へ?」

 思わぬ張郃の声に、驚いた顔良と文醜は、兵らに指示を出すのを忘れ、思わず馬を停止させた。
 次の瞬間、顔良と文醜の目の前で、次々と地面が弾け飛ぶと同時に、先を走っていた兵士たちの「ぎゃぁ!!」、「ひげぇ!!」、「いでぇえ!!」という悲鳴が聞こえた。

「な、なにが…ひっ!!」

 突然のことに、呆然とする顔良だったが、土煙がはれていく中で、現れた惨状を間近で見る羽目になった。
 最前線のあちこちで、「あ、あ…い、いでぇええ!!!いでえええええよぉおおおお!!!足が、腕がねえええんだぁ!!」、「腹が、腹が、中身が、中身がぁああああ!!どまらねぇええええ!!」、「う…あ…」といった兵士たちの悲鳴や怒号、断末魔の叫びが一斉に起こった。
 足や腕を吹き飛ばされた者はまだ良かったと言うべきだろう。
 ある者は、腹をえぐられ、臓物を毀れおちるのを止めようと狂ったように抑えながら苦しみぬいた。
 また、ある者は、頭の半分を失い、何が起こったのか分からないまま絶命した。

「ど、どうなってるんだよ!!向こうはまだ、何もしてないはずじゃ…!!」

 あまりの出来事に狼狽する文醜だったが、すぐさま、そんな余裕はなくなった。
 出鼻をくじかれ、後ろからやってきた後続部隊が立ち止まった瞬間、再び地面は粉砕された。
 序盤戦は、鑢軍の先制攻撃が決まったところで、恋姫語はじまり、はじまりv


                          第19話<怪力合戦>


「打ち方やめ!!さて、まずは、前衛部隊は撃破っと…」

 そんな袁紹軍の惨状を否定姫は、望遠鏡越しに眺めながら、つぶやいた。
 今回、袁紹軍の戦力を削るために、否定姫が使用したのは、本来、城攻めなどで使われる攻城兵器である投石機だった。
 ただし、より効果的でなおかつ広範囲に攻撃が行き届くよう、避けられ易い巨大な石ではなく、鋭くとがった大量の礫石を使用し、まるで散弾銃のように、相手の体を吹き飛ばし、敵軍の動きを封じ、兵士らを恐慌状態に追いやった。
 そして、投石機の存在を相手に知られないように、あらかじめ掘っておいた穴に投石機を隠し、さらに、大量の幕を張ることで、袁紹軍に、投石機の存在を気付かれるのを困難にした。

「朱里、雛里、そろそろこっちも、動くわよ!!」

 攻撃の成果を確認した後、望遠鏡を仕舞うとすぐさま、否定姫は、前衛部隊をやられ、混乱する袁紹軍に追撃を加えるため、軍を動かすよう、朱里に指示を出した。
 作戦の第一段階は見事に成功したが、それでも、犠牲はあったものの、7万人という兵力を抱える袁紹軍にとっては微々たるものに過ぎず、いつ態勢が元に戻るか分からない以上、油断はできない。
 すでに匙は投げられたのだ―――新たな仲間たちにも少しは頑張ってもらわねばならない。

「否定姫さんからの、合図です!!白蓮さんの部隊は、袁紹軍の右翼を、翠さんと蒲公英ちゃんは、左翼の、騎兵部隊を攻めてください!!」
「分かった!!白馬義従―――出陣するぞ!!」
「任せときな!!馬の扱いなら、こっちの方が断然上だぜ!!」
「それじゃあ、こっちも、突撃だ―――!!」

 朱里の合図とともに、鑢軍の右翼に陣取っていた白蓮率いる白馬義従隊と、翠と蒲公英率いる西涼騎馬部隊が、それぞれ、5千の騎馬兵を引き連れ、未だ、態勢を立て直せないでいる袁紹軍の両翼に展開する騎兵部隊に突撃を開始した。

「そ、そんな、いったい、何が…どういうことですか!!」
「…」

 前衛部隊が粉砕されたことを受け、予想外の出来事にうろたえる袁紹に対し、そばに控えていた田豊は冷静に戦況を判断していた。
 投石機による礫石の一斉発射による攻撃で、指揮系統が混乱したこちらの前衛部隊の動きを封じた。
 さらに、動きの止まったところを、両翼に控えていた鑢軍の騎兵部隊が、袁紹軍の騎兵部隊を強襲し、追い散らしている。
 これにより、出鼻を完全に挫かれたことになるが…それでも、まだ数ではこちらが有利だ。

「お嬢様、ここはひとまず、態勢を立て直し、騎兵部隊との連携を…」
「進撃です!!わが軍の勝利のために今こそ、鑢軍の本陣に総攻撃を!!」

 未だに呆然とする袁紹を立ち直らせようと、田豊が献策をしようとするが、それを遮るように郭図が割り込んできた。

「確かに、前衛部隊の被害は受け、騎兵部隊との連携は取れません。しかし、わが軍の主力は、あくまで重装歩兵にあります!!ならばここは、全歩兵部隊を動かし、数の優位でもって、敵本陣を崩すことこそ、勝機!!」
「どうでしょうね?鑢軍が何らかの策を狙っている以上、迂闊な前進は控えるべきでは」

 あくまで、数の優位を生かした短期決戦に拘る郭図に対し、鑢軍の奇策を懸念する田豊はこれ以上の深追いはさけるべきと退却を促す。
 だが、郭図は、たかだか従者長の分際で、自分に意見する田豊に対し、胸ぐらをつかみ、普段の彼にはみられないような、ドスの効いた声で脅しをかけた。

「てめぇは、黙ってろ!!この雌豚従者風情がっ!!…お嬢様、私の言うことを信じて下さい。わが軍の勝機ここで、みすみす逃すわけにはまいりません…どうか、ご決断を!!」
「私は、我が軍は…」

 撤退と前進…どちらかの決断を迫られた袁紹の答えは―――。

―――鑢軍本陣

「動いたわね。敵は、まっすぐこっちに向かってきているようね」

 袁紹軍は、結局、両翼の騎兵部隊を囮にし、こちらの騎兵部隊が戻る前に決着をつけんと、中央に残った鑢軍の本陣に、目掛けて、突撃を開始していた。
 対する鑢軍も、否定姫の指示のもと、中央に配置した歩兵部隊は、弓なり状の陣形を二重にした形でもって、迎え撃たんとしていた。

「さぁて、<寛和柄作戦>の第二段階に移るわよ…愛紗、鈴々、出番よ!!」
「はい!!皆のもの、全員構え!!」
「了解なのだぁ!!」

 すぐさま、否定姫の合図とともに、袁紹軍に対抗するように重装歩兵らを引き連れた愛紗、鈴々が、中央の第一陣を引き連れ、袁紹軍の歩兵部隊の本陣到達を阻止せんと、衝突した。
 これまで悠々と進軍してきた袁紹軍の動きが止まった。
 しかし―――

「くっ、やはり数が違いすぎるか…このままでは…」

 それでも、数の差は明白で、なんとか進軍を阻止しようとする中央第一陣の部隊だったが、抑え切れずにじわじわと、少しずつ袁紹軍に押され始めていた。
 すぐさま、喰い止めようと、隊を動かそうとするが…

「うおりゃぁあああああ!!」
「むっ!!お前は…文醜!!」

 前進する袁紹軍から、全身土まみれになりつつも大剣を携え、突撃する少女―――文醜が斬りかかってきた。
 これに気付いた愛紗は、青龍堰月刀でもって、軽く太刀を受け流し、反撃の一撃を叩き込もうとするが…

「隙、ありです!!」
「っ顔良まで、現れたか…」

 今度は、巨大は鎚を振り回す少女―――顔良に阻まれ、愛紗は顔良の一撃を回避できたものの、攻撃の機会を逃した。

「さて、さっきは散々やってくれたじゃん。今度は、こっちの番だぜ」
「さっきのお返しじゃないですけど、二人で相手させてもらいます!!」
「…いい度胸だ。ならば、こちらも迎え撃とう!!」

 どのみち、ここで、顔良と文醜を迎え撃たなければ、袁紹軍に本陣を中央突破されかねない。
 袁家の二枚看板の二人を相手に、武器を構えた愛紗は、真っ向から迎え撃った。
 そして、この時、袁紹軍の中央戦列は、鑢軍の中央第一陣を左右へとおいやり、鑢軍中央を突破しかけていた。

―――袁紹軍本陣
 「勝った!!」―――中央の第一陣を打ち崩していく光景を見て、はしゃぐ袁紹をしり目に、郭図は思わず笑みを浮かべた。
 まったくもって、自分の頭が思い描いた未来図通りに事は進んだ!!
 何が策を弄するだ―――その程度の小細工、数という圧倒的暴力の前では、無意味!!!
 故に、勝利を確信した郭図は、呟いた。

「―――勝った!!」

 ついに目前まで迫った完全な勝利を―――。

「そう、私は―――!!」
「伝令、伝令ぃ!!」

 郭図は見事に―――。

「打ち崩された鑢軍中央部隊第一陣が、わが軍の戦列の両翼に回り込み、攻撃を仕掛けております!!さ、さらに後方からは、鑢軍の騎兵部隊が後ろから迫ってきます!!」
「―――――――――かひっ?」

 ―――奪い取られることとなった。


―――鑢軍本陣
 左右を、分断されたと思われた鑢軍第一陣に、前を第二陣として控えていた鑢軍中央に、そして、袁紹軍の騎兵部隊を追い散らし、袁紹軍の背後を鑢軍騎兵部隊が抑え、ここにて袁紹軍中央軍並びに本陣は四方どこにも逃げ場をなくし、完全に全集包囲された。
 これぞ、300年以上昔に、遠い西の地にて行われた戦の再現だった。
 実行した将の名は、はんにばる…そして、その戦の名は…

「寛和柄(カンナエ)の戦。ま、素人にしちゃ上出来かしらね」

 鑢軍に包囲され、次々と討ち取られていく袁紹軍の兵士らの姿を見て、否定姫は笑みを浮かべた。
 まず、今回の作戦では、包囲を完成させる上で、厄介な袁紹軍の騎兵部隊を蹴散らすために、投石機で礫石を発射し、騎兵部隊の指揮を混乱させ、自軍の騎兵部隊が追い散らした。
 さらに、自軍の騎兵部隊が戻ってくる時間を稼ぐため、袁紹軍の中央部隊に対しては、投石機の存在をちらつかせることで、兵士らに、前進することを躊躇わせ、知らず知らずのうちに侵攻速度を遅らせたのだ。

「そして、第一陣は、突破されたと見せかけて、袁紹軍の両翼に回り込んで、攻撃を仕掛けて…」
「白蓮さんや翠さん達が、背後を突くと同時に、前衛第二陣が攻め立てれば、少ない数でも相手を包囲できるというわけですね」

 無論、この包囲作戦だけでは、これほど鑢軍が優位に立つことはできなかった。
 袁紹軍の抱える不安要素にも助けられた点も大きかった。
 確かに、数は袁紹軍が勝っていたものの、その大半が領内で徴集された民であり、兵の錬度や士気は低く、兵農分離政策により、錬度を高めた鑢軍の兵士らとでは、かなりの差となった。
 また、袁紹の性格故なのか、袁紹軍の指揮系統もしっかり整えられていなかったため、十万という大軍を指揮するにはかなり無理があった。

「これで、後は包囲した袁紹軍をせん滅するだけね…」
「そうね…ま、桃香はいい顔しないでしょうけど、こっちも余裕がないんだし」

 ぽつりと呟いた詠の言葉を聞き、否定姫はやれやれと頭を振った。
 当初、桃香は、否定姫からこの作戦の内容を聞いた時、穏やかな彼女には、珍しく猛反発した。
 あまりに袁紹軍の人死にが、多すぎるっと。
 包囲殲滅戦を仕掛ける以上、仕方のないことかもしれないが、お人よしで優しい桃香にとって、許容出来ないものだったのだろう。
 結局、代案がない以上、否定姫の策を取ることになったのだが…。

「この戦、私達の…」

 この作戦の基礎となったかんなえの戦では、敵軍を完全包囲したはんにばる率いる軍勢は、包囲した敵をせん滅し、敵に大打撃を与え、勝利した。
 例え、古の英雄や武勇高い将がいたとしても、戦況を覆すことはできなかっただろう。

「勝ち―――」

 ただし、この戦場には―――

「ん?何、あれは…」

 あまたの軍師らによって張り巡らされた策を、小賢しいと言わんばかりに、力技でねじ伏せる人外の化け物がいた。

「丸太?」

 次の瞬間、破城鎚に使われるような巨大な丸太が、空高くから飛来し、あっけにとられある否定姫をわずかにかすめ、彼女の背後に配置された投石機を破壊し、突き刺さった。

「は、はわわわわわ!!だ、大丈夫ですか、否定姫さん!!」
「ちょ、何なのよ、今の!!」

 危うく丸太に貫かれそうになった否定姫に駆け寄る朱里に気を配りながら、詠は慌てて、丸太が飛んできたと思われる戦場を見た。
 そこで、繰り広げられていたのは――――


―――包囲網完成直後、袁紹軍中央部隊

「そ、そんな、いったい、いつの間に…」
「…見事」

 勝利の予感に浸る間もなく、敗北の窮地へと追いやられ、呆然とする袁紹に対し、田豊はこの作戦を考えた敵の軍師に対し、ぽつりと賛辞を呟いた。
 もはや完全に包囲された以上、数による利など無いに等しい―――これから始まるのは、一方的な蹂躙殲滅のみだ。
 だが、従者長として、主を…袁紹を…麗羽お嬢様を傷つけさせはしない!!

「お嬢様。この戦、我が軍の敗北です。すぐに兵を引き連れ、撤退してください」
「な、何を…」
「何を言っている、貴様ぁ!!まだ、まだ負けてはいない!!伏兵部隊が敵の本拠地を攻略…ぐぎゃ!!」

 袁紹に撤退をすすめる田豊に対し、まんまと否定姫に出し抜かれ、面子をつぶされた郭図は怒りをあらわにしながら、田豊の肩を掴んだ瞬間、田豊の裏拳が、郭図の顔面に炸裂し、郭図は鼻血を噴出しながら、気絶した。

「そんな余裕なんて、ありません。これ以上、ここに留まれば、全滅するだけです。ならば…」

 包囲網が完成した今、全滅も時間の問題―――そう考えた田豊は、せめて主である袁紹だけでも逃がすべく、かつての失敗から、一度は使うまいと決めた力を解放することを決断した。
 不意に、前方から、雄たけびと共に、剣と剣がぶつかりあう音が響いてきた。
 包囲網が狭まり、周りの兵士らが討ち取られていく中、鑢軍の兵士らが迫ってきていた

「私が、敵を引きつけている間に、兵をまとめ、今すぐここから撤退を、お嬢様」
「お、お待ちなさい!!田豊さん、何を勝手に!!」
「…では、失礼します」

 何か叫ぼうとする袁紹を無視して、頭を下げると、田豊は袁紹の乗った馬を走らせた。
 これでいい…そう思いながら、田豊は、自分を取り囲んだ鑢軍の兵士らに対し、恭しく頭を下げた。

「鑢軍の皆さん、お初にお目にかかります。私は袁家従者長を務める田豊…字は、元皓。そして、真名は―――」

 もし、この場に七花がいたならば、その真名の意味に気付いたことだろう。
 かつて、蝦夷地の踊山にて、双刀<鎚>を賭けて、勝負した一人の少女と同じ姓であるため。
 そして、初めて、七花が敗北した相手と同じ姓であるがゆえに―――!!

「凍空一族が一人―――凍空 雪崩。以後お見知りおきを」

 次の瞬間、名乗りを終えると同時に、スカートを上げ、頭を下げた田豊のスカートから、大量の丸太がごろごろとあふれ出てきた。
 数秒後、吹き飛ばされる鑢軍の兵士らの絶叫と包囲網目掛けて、唸りを上げて次々に空から飛来する大量の丸太が着弾する音が、次々と聞こえてきた。
 総大将である袁紹がわずかな手勢とともに、逃げだすのを止めることさえ、ままならず。

 同時刻―――包囲網に慌てふためいていたのは、袁紹らだけではなかった。

「ちょ、なんで、うちらが包囲されてのさ!!」
「まずいよ!!このままじゃ、全滅しちゃうよ!!」

 優勢だった形勢をあっさりと引っ繰り返され、慌てふためく文醜と顔良の二人に対し、袁家の二枚看板である二人を足止めしていた愛紗はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「どうやら、状況が変わったようだな。では、遠慮なくいかせてもらう!!はぁ!!」
「ちょ、たん、うわぁ!!」
「文ちゃん!?きゃあ!!」

 足止めのために、加減していた時とは違う愛紗の強烈な一振りに、文醜の武器である大剣を根元ごと打ち砕き、返す刃でそのまま、顔良の巨大鎚の柄を容赦なく真っ二つにした。
 まさしく、一瞬…愛紗の繰り出したただの一振りで、顔良と文醜の武器を破壊し、戦闘不能へと追いやった。

「くっそー!!地力が違いすぎるっての!!今まであんた、手え抜いてたな!!」
「あーん!!まずいよ、文ちゃん!!このままじゃ…」
「さあ、ここまでのようだな。大人しく投降してもらうぞ…でなくば…」

 もはや抵抗するすべを失った文醜と顔良の前に、愛紗は険しい表情で、青龍堰月刀を突き付け、最後通告ともいえる降伏を促した。
 この時、愛紗は、焦っていた。
 そうそうに戦闘を切り上げ、一刻も早く、ご主人様―――伏兵部隊を相手にしているであろう七花の元に駆けつけたかった。
 だが、愛紗のそれは、主君の身を案じる忠臣としてではなく、七花の背中を守るのは自分だという恋慕から来る独占慾に囚われた少女のものだった。
 故に―――

「まだ、勝負は―――」
「!!?」
「終わってねえちゃよ―――!!」

 愛紗の背後から、無数の釘がうちつけられた鉄の棒を振り上げて飛びかかってきた一人の将―――張郃の存在に、愛紗は気付くことができなかった。

 頭上から降り注ぐ数多の丸太、逃げまどうしかない鑢軍の兵士、時折聞こえる断末魔の叫び…袁紹軍を完全包囲したはずの鑢軍は、想定外の敵―――次々に丸太を投擲し、近づく敵を両手で持った二本の丸太で吹き飛ばす田豊こと凍空雪崩により、手痛い反撃を受けていた。

「はぁあああああああ!!これが鑢軍の力ですか?存外、もろいものですね」
「うせえええええ!!お前みたいな化けもんと戦えるかぁ!!」
「くそぉ!!このままじゃ、もたねえぞ!!」

 仁王立ちする田豊の前に、やけくそじみた罵声を浴びせる者はいたが、さすがの鑢軍もしり込みするしかなかった。
 あくまで、化け物ではなく、人間と戦うことを訓練された並の兵士に、化け物じみた怪力で敵を打ち砕く田豊を止められる術など無かった。
 もっとも、並の兵士に限った話なので―――。

「うりゃりゃりゃりゃ―――!!」
「受け止められたっ!!」

 並ではない将によって、右手に持った丸太を粉砕され、田豊の快進撃も阻まれるわけだが。
 そして、それを成したのは…

「見つけたのだ―――!!お前が、丸太を投げつけたやつだな―――!!」
「…子供ですか」
「子供じゃないのだ―――!!名前は…」

 冷めた表情で田豊に、子供扱いされたことに、腹を立てた蛇矛を振り回す少女―――鑢軍きっての怪力娘は、名乗りを上げた。

「姓は張。名は飛。字は翼徳…そして、真名は―――」

 本来なら、己が認めた相手にしか名乗らない神聖な名前<真名>を、少女は名乗った。
 田豊が真名を名乗ったのだから、自分も真名を名乗るのが礼儀であり、恐らく雌雄を決するであろう相手に、全力で挑むために―――!!

「―――鈴々なのだ!!いざ、尋常に勝負なのだ―――!!」

 名乗りを上げ、蛇矛を振りかぶると、鈴々は勢いよく、丸太を構えた田豊に向かって突進した。
 日本と中華が誇る怪力無双同士の一騎打ちの幕開けだった―――!!



[5286] 第20話<殺人定義>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/02/27 14:35
 田豊…凍空雪崩がこの世界に来たのは、まだ、年が6つ数えた時のことだった。
 隣に住むお友達のおねえちゃんが散歩から帰ってくるのを、家で雪崩が待っていた時、突然、大人達の叫び声が上がった。
 僅かな隙間から外の様子をうかがうと、顔の知らないやせっぽっちのおねえちゃんが、村の大人達を、次々に、圧倒的に、一方的に薙ぎ払い、叩き潰していた。
 そこから先の記憶はなかった―――ただ、気が付いたら、雪一つない見知らぬ場所で、自分一人だけで蹲り、近くに母がくれた古い鏡が砕けた破片が散らばっていた。
 その後、雪崩は、泣きじゃくりながら、あたりを彷徨っていると、たまたま近くを通りがかった袁家の行列に出くわした。
 雪崩が、つたない口調で事情を話すと、先代の袁家当主は、多少いぶかしんだものの、通りがかった縁もあり、雪崩を連れて帰ると、後継ぎがいなかった配下である田家の養女とした。
 最初は、慣れない生活に戸惑った雪崩だったが、田家の義父母にこの地での生活や慣習などを教えられながら、すくすくと成長していった。
 やがて、雪崩は、養父から、田豊の名をもらい、15の頃に、袁家の次期当主である袁紹に仕えた。
 年は雪崩とは3歳年下で、自分を姉のように慕う袁紹に、雪崩も袁紹を自分の妹のようにいろいろと世話を焼いた。
 主君の娘と配下の娘とはいえ、本当の姉妹のように過ごした―――あの事件が起こるまでは―――。
 田豊もとい雪崩の過去話から、恋姫語、はじまり、はじまりv


                           第20話<殺人定義>


 現在、戦場の真っただ中、鑢軍と袁紹軍の兵らは、「き、来たぞぉおおお!!」、「全力で逃げるんだよぉおおお!!!」、「しっかりしろ!!諦めんな!!」、「おい、大丈夫か!?」などの叫び声を上げながら、敵味方入り乱れ、時には助け合いながら、逃げまどっていた。
 敵であるはずの両兵であったが、そんなことに構う余裕などなかった。
 なにしろ…

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「むんっ!!」

 二人の怪力無双―――突き出される巨大な丸太を、猫のような身軽さでかわし、得物である蛇矛で斬りかかる鈴々と迫る蛇矛の刃を丸太で受け流し、お返しと言わんばかりに小細工など一切ない全力全壊の一撃を繰り出す田豊、そんな人外共の一騎打ちに、一般兵らは、巻き込まれないように逃げるしかなかった。

「んにゃあ、驚いたのだ…見かけ以上に中々強いのだ…」
「それは、こちらの台詞です。私と真っ向から挑んできて、未だに叩き潰されないのは賞賛に値します。お見事です」

 埒が明かないと思ったのか、互いに距離を取り、反撃の機会を窺う鈴々と田豊―――二人の、攻めの応酬は、既に数十手にも及んでいた。
 お互いの攻撃を寄せ付けない、両者譲らぬ互角の一騎打ち―――ではなかった。
 実際には、肉体的にも、精神的にも、鈴々は苦戦を強いられていた。

「へへぇん!!当然なのだ!!楽勝なのだ!!」
「…ですが、一撃でも当れば、致命傷ですよ。そして、あなたは、いつまで、休む間もなく、避け続けられますか?」
「にゃ!!」

 軽口を叩いていた鈴々だったが、不敵に笑みを浮かべる田豊の指摘に、思わず声を上げて、息をのんだ。
 これまで、鈴々は、一度も、田豊の攻撃に当ることなくかわし続けていた。
否、そうしなければならなかった。
 一撃一撃が必殺ともいえる田豊の力と大重量を誇る巨大丸太という武器―――もし、一撃でもかわし損ねたなら、一撃でも受け止めたなら―――間違いなく致命傷になる。
 最初に鈴々が、受け止めた攻撃は、田豊が、一般兵士を相手取っていたため全力ではない分、まだ受け止められる余裕があった。
 だが、今度は、文字通りの一撃が必殺である田豊の攻撃を受け止めるなど自殺行為であり、鈴々は、全ての攻撃を回避するしかなかったのだ。

「全力回避による体力の消耗と一撃でも当ったらという精神的負担…この枷は軽くないですよ」
「…嫌なやつなのだ。でも、鈴々は負けないのだ!!」

 意を決し、武器を構えた鈴々は、田豊にむかって駆け出し、一気に急速接近した。
 時間がたてばたつほど不利となる鈴々が狙うのは、同じく一撃必殺の超短期決着だった。
 幸い、これまでの田豊の攻撃は、丸太というかなりの重量のある武器を使っているため、渾身の力で振り降ろすか、槍のように突き出すといった2種類のみと些か単調だった。
 速さはあるが、交わせないほどではない―――ならば、田豊の攻撃をかわしながら、掻い潜り、一気に間合いにつめよれば、勝機はある!!

「なるほど…思ったより勝負の駆け引きができるようですね」
「余計なお世話っと!!まずは、一つなのだ!!」

 田豊の初撃である丸太の突きを、意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ませた鈴々は態勢をずらして、横にそらすように回避し…

「しかし、これならば…!!」
「にゃ、よ、ん、よいしょ、たぁ!!」

 続けて迫る振り下ろしと突き出しの波状攻撃を紙一重で次々と潜り抜け…

「見えるのだっ!!はぁっ―――!!」
「全て避けられましたか…」

 ついに、鈴々は、蛇矛の間合いに、田豊を捉え、そのまま一気に斬りかかった。
この距離ならば、例え丸太を使おうとも、防御には間に合わない。
 実際、鈴々の判断は正しかった。
 ただ…

「そして、狙い通り引っかかりましたね!!」
「にゃ!?」

 これまでの攻撃が全て鈴々を誘う為の、田豊の罠だという前提条件がなければだが。
 蛇矛を振り下ろさんと向かってくる鈴々に対して、田豊は武器である丸太を手から離すと、一気に間合いに詰め、さらに、鈴々の懐に飛び込み、そのまま渾身の力を込めて―――。

「だぁらぁしゃああああああああああああ!!」
「にゃあああああああ――――!!」

 無防備だった鈴々の腹を、容赦なく凍空一族が誇る怪力で殴りつけた!!
 丸太に劣りはするも、必殺の威力があるであろう、鈴々に撃ちこまれた拳は、小柄な鈴々の体を軽々とふっ飛ばし、やがて、引力の法則に従い、鈴々は勢いよく地面に叩きつけられた。

「・・・っ!!―――っ!!」
「いつ、見ても、嫌なものですね」

 呼吸がまともにできず、しゃべる余裕もなく、苦しみのあまり、もがく鈴々の腹には、田豊の撃ちこんだ拳の痕が紫色の痣となって、くっきりと残っていた。
 だが、当の田豊にしてみれば、自分は普通の人間と違うという事を、再確認する事実を否応なしに見せつけられ、苦々しい感情しかなかった。

「…では、御覚悟を」

 そして、動けなくなった鈴々に止めをささんと、その場に捨てた丸太を拾うと、一歩、一歩、鈴々に近づいて行った。

 同時刻、背後から襲いかかってきた張郃の奇襲から、もう一つの一騎打ちは始まっていた。

「へえ、さすがっちゃ。手加減はしなかったちゃのに…女ながら、やるもんちゃ」
「…くっ、貴様!!」

 張郃が振り下ろした無数の釘が刺さった鉄の棒―――釘バットを、青龍堰月刀の柄で、なんとか受け止めた愛紗は、軽口をたたく張郃を睨みつけた。
 何かが分からないが、この男―――張郃に関して、愛紗は不快感しか抱けなかった。
 この決して相容れない雰囲気はどこかで…

「さて、じゃあ、ここは俺に任せるちゃよ、二人とも」
「へ、あ、はい!!張郃さん、ありがとうございます!!文ちゃん、行くよ!!」
「くそー、大将!!後は任せたからな―――!!」
「あ、待て…!!」

 一方、愛紗と対峙する張郃は、愛紗の後ろにいる顔良と文醜に、急いで、ここから離れるよう促すと、それに気付いた顔良は、無念そうな文醜をむりやり立たせると、退却を始めた。
 これに気付いた愛紗が、慌てて追いかけようとするが、顔良の一言で、愕然とすることとなった。

「無事逃げ延びられたら、また、会いましょうね、張郃―――零崎さん!!」
「なん…だとっ…!!」

 零崎―――恐らく、張郃の真名であろうが、愛紗にとっては、より因縁深い、忌まわしき言葉だった。
 以前、洛陽にて相まみえ、洛陽の民を、人形へと造り替えた殺人鬼・李儒―――零崎儒識と同じ姓ならば―――!!

「貴様、まさか…!!」
「言いたいことはわかるちゃよ。張郃はこっちに来た時に思いついた偽名ちゃ。本当の名前は―――」

 予想外の展開に驚く愛紗に対し、張郃は、鎧の懐から取り出した麦わら帽子を被り、首に白い布を巻きつけ、簡易的ではあるが、<報復>のための、彼なりの戦装束を身にまとった。
 もし、この段階で、張郃と同じ時代から来た人間―――裏事情に詳しい者がいたならば、恐れおののいたであろう。
 麦わら帽子に、金属製釘バット…そして、零崎一賊の一員であるならば、思いつくのは、ただ、一人。
 零崎三天王の一人にして、<愚神礼賛>の通り名を持ち、最も荒々しく、最も容赦なく、最も多くの人間を殺し、零崎一賊史上もっとも長生きをした殺人鬼―――。

「零崎一賊が一人、零崎軋識ちゃよ。んーじゃま、かるーく零崎を始めるちゃ」
「くっ、己ぇ!!」

 言うが早いか、張郃―――否、軋識は、愛用の得物である金属バット<愚神礼賛>を振りかぶり、対する愛紗も否応なしに、青龍堰月刀を構え、軋識に斬りかかった。
 表の歴史に名を残すことになる武将と裏の世界で名を轟かせた殺人鬼との一騎打ちが始まった。

 
 一歩が踏み出されるたびに、腹を殴られ、まともに動けなくなった鈴々は初めて怯えていた。
 これでも、鈴々は普通の人間よりか大分強いと思っていた。
 七花や義姉である愛紗、元天下無双の恋には敵わないかもしれないが、それでも自身の武には、それなりの誇りを持ち、誰であろうと負けない自信はあった。
 だが、そんなちっぽけな自信は、田豊が繰り出した一撃でたたき壊された。

「悔しいのだ…ずるいのだ…」

 理不尽なまでに圧倒的な暴力の前に、全てを打ち砕かれた鈴々は、将としてもなにもできず、どこにでもいる普通の子供のように、ただ涙を流すしかなかった。
 そんな泣き言を呟いた鈴々に、田豊は不意に歩みをとめた。

「…ずるいですか。私にしてみれば、あなた達の方がうらやましい」
「え?」

 田豊の呟いた言葉に、ただ泣き続けるしかなかった鈴々は思わず声を上げた。
 俯きながら喋る田豊の言葉には、鈴々―――否、普通の人間に対する嫉妬の感情が込められていた。

「私のように化け物じみた怪力もなく、普通に接することのできるあなた達が恨めしい。かつて、私は、お嬢様を守るために、やむなく、この力で、狼藉共をなぎ倒した。だが、事が終え、お嬢様の無事を確認した時、お嬢様は泣いていた!!当然だ…岩を砕き、人間を簡単に破壊できる力を持った怪物に恐怖しないわけがない。そんな化け物を忌々しく思うのは当然でしょう。」

 忘れられない―――恐怖に顔をゆがめた袁紹の表情を。
 故に、私は、もう力を使わないと誓ったのに…。
 せきを切ったかのように自身の胸の内をぶちまける田豊に、鈴々は腹の痛みを忘れ、息を整え、黙って聞いていた。

「だから、私は、あなたが恨めしい!!もし、私が、あなたのように人間の範疇にある強さを持った人間ならば、こんな思いなど持ったなかったはずなのに!!こんな、こんな力さえなければ…私は普通に生きられたはずなのに!!」

 人外の力を持つ者―――田豊の、凍空雪崩の、咆えるように、泣くように悲痛な叫びに対し、鈴々は―――

「うるさいのだ…」

 蛇矛を支えに立ち上がり、静かに、しかし、はっきりと断言した。
 もし、田豊がただの怪物であったのならば、殺人狂であったならば、鈴々は立つことはできなかっただろう。
 だが、今ので確信した―――こいつは怪物じゃない。
 ただの―――

「自分が傷つきたくないから、相手から逃げ出すような臆病者なんかに、絶対に負けないのだ―――!!」
「っ!!」

 負けてなんかやらない。
 もし、こんな奴に負けたなら、七花や愛紗、他の皆に合わす顔がない。
 まともに戦える筈のない体を、鈴々は、気力で無理やり動かし、再び武器を構えた。
 鈴々が未だ戦いを放棄しなかったことに、力の行使を早めに切り上げたかった田豊は普段の彼女にはありないほど、一気に感情を爆発させ、一直線に鈴々に襲いかかった。

「なにも知らない、なんの苦悩もない、ただの人間に、何が、何が分かる!!」
「そんなの分かってやるもんかなのだぁああああ!!」

 鈴々の怒号とともに唸りを上げ一気に振り下ろされる蛇矛に対し、田豊も丸太を渾身の力を込めて振り下ろした。
 互いの武器が激しくぶつかり合う音が―――。

「よっと!!」
「っ!!味なまねを!!」

 ―――しなかった。
 ぶつかり合う寸前、鈴々はすばやく蛇矛を地面に突き刺し、一気に左に体重をかけ、強引に軌道を修正し、蛇矛を手放したものの、田豊の一撃を回避した。
 対する田豊は、これが先ほど田豊が仕掛けた罠の焼き増しと考え、すぐさま腹に力を込めて、防御を固めた。
 故に、砂埃が舞う中で、前から向かってくるであろう鈴々を待ち構えていた田豊は気付けなかった。

「もらったのだぁ!!」
「なぁっ―――――!!」

 砂埃にまぎれて、鈴々が背後から忍び寄り、田豊の首を羽交い絞めにするまで!!
 完全に首を羽交い絞めにされた田豊は、まともに呼吸ができないまま、なんとか鈴々を振り払おうとするが、負けじと鈴々も、田豊の首を締め付ける腕に、持ち前の馬鹿力を発揮させ、さらにきつく締め付けた。

「―――!!―――――!!」
「例え、化け物みたいな力を持った人間でも、人間は人間なのだ…だったら、こうやって、首を締め付ければ―――!!」

 いかに頑強な人間でも耐えられない―――!!
 脳への血行を止められ、意識が薄れていく直前、田豊は、自分を倒した小さな猛将の言葉を聞いた。

「どんな怪物でも生身で、人間の姿をしているなら、弱点だって人間と同じなのだ!!普通の人間だって、怪物じみた人間に、負けたりしないのだ!!」

 ああ、見事―――
 それが、意識がおちる直前、田豊が、自分を見事打ち負かした小さな猛将―――鈴々に対する賛辞だった。



「…無様っちゃね」
「…っ!!」

 何気なく呟いた軋識の言葉に、愛紗は、悔しさのあまり思わず歯を噛み締めた。
だが、軋識の言葉もまた、事実だった。
 既に打ちあって、数十回―――だが、愛紗の攻撃、その全てが防がれていた。
 愛紗自身も致命傷には至らないまでも、あちこちに引っかき傷や打撲の跡が残り、満身創痍の状態であった。
 そして、愛紗の得物である青龍堰月刀に至っては、既に歯毀れがところどころに見受けられ、とても武器としてつける状態ではなかった。

「私を、愚弄するか!!」
「そうせざる得ないっちゃ。」

 自身の武に誇りを持つ愛紗にとって、たかが一介の軋識の言葉は、その誇りを傷つけられることに等しく、到底、受け入れられるものではなかった。
 しかし、軋識の言葉も、また事実だった。
 軋識の武器である釘バット―――<愚神礼賛>は、通常の釘バットと違い、全てが鉛で出来た相手を殴殺することを目的とした武器だが、刀や剣などの武器で打ち合った場合、本体部分の強度もさることながら、無数に突き刺さった釘の部分が、刃を受け止め、からめ捕り、ひねりを入れれば、からめ捕った部分の刃に歯毀れを作ることが出るのだ。
 故に、愛紗の武器である青龍堰月刀は、軋識の<愚神礼賛>からすれば、格好の武器破壊対象なのだ。
 普段の愛紗ならば、すぐに気付くようなことさえ気付けないほど、焦っていたがゆえに。

「それに、あんた、殺しあいの最中に、心、ここにあらずで、余所見ばっかしてるちゃ。それで、俺を殺そうなんて、甘いちゃよ」
「なっ…!!」

 何をふざけた事を…!!―――普段の愛紗ならば、そう言い捨てるだろうが、事実を突かれた愛紗に軋識の指摘を言い返すなどできるはずもなかった。
 事実、袁紹との合戦を通してみれば、どこか浮ついたものがあった。
 先ほどの、顔良と文醜とのやり取りにしても、降伏を促しながらも、相手に対し高圧的な態度で促し、まるで相手が降伏を拒否するよう仕向け、手っ取り早く、さっさと斬り捨てたいという武人らしからぬ行動さえ見受けられた。
 一刻も早く、恋と共にいるであろうご主人様―――七花の元へ駆け付けたいがゆえに―――!!

「…違う。…違う!!わ、私は、そんな感情で闘ってなど…!!」
「どう言おうと、お前の勝手ちゃ。俺は、ただ、家族を殺した連中に報復するだけっちゃ」

 青ざめながら必死に否定する愛紗に構うことなく、軋識は容赦なく<愚神礼賛>を愛紗に打ち込まんと、莫大な重力から生じる遠心力をも利用し、次々に、防戦一方となった愛紗に、攻撃を仕掛けた。
 家族の為に―――殺人鬼集団である零崎一賊の持つただ一つの結びつきが、家族のきずなだった。
 もし、家族に危害を加える者、ましてや、家族を殺した者がいたならば、全力でもって殺し、全力でもって、一族郎党はては、近隣住人、生息動物にいたるまで、殺しつくすほどの零崎一賊総出で報復が待っている。
 故に、<愚神礼賛>を振るいながら一方的にせめたてる軋識に、愛紗が勝つことなど万に一つありえなかった。
 殺し合いに於ける経験や実力、そして想いさえも―――愛紗は軋識に負けているのだから!!

「これで、終わりちゃ!!」
「しまっ…!!」

 自身の弱い心を見抜かれ、動揺する愛紗の隙をつき、渾身の力を込めて、軋識は一撃必殺を信じて、<愚神礼賛>を振り下ろ―――

「生憎だが、そこまでにしてもらうぜ」
「何者ちゃ…!!」
「お前は…蝙蝠!!」

 ―――そうとした直前、軋識は、背後から迫る殺気を感じ取り、咄嗟に背後を振り返り、<愚神礼賛>を振り下ろした。
 瞬間、飛来してきた無数の苦無や手裏剣が次々に打ち払われた。
 そこには、袁紹軍の鎧を着た一人の兵士―――袁紹軍に潜り込んでいた真庭蝙蝠が立っていた。

「忍びちゃか…本当に何でもありちゃね、ここは」
「…確かにな。で、どうする?このまま、やりあうのか?」
「…」

 蝙蝠の促しに、目の前にいる強敵に気を抜かず軋識は、改めて周りを確認した。
 怪力従者:田豊の反撃により、一時は包囲網の一部が崩れたが、田豊の敗北や否定姫ら鑢軍の軍師らの指揮によって、鑢軍は再び態勢を立て直し、再び包囲した袁紹軍を全滅させにかかっていた。
 既に総大将の袁紹が逃げ出した今となっては、士気ががた落ちになった袁紹軍に勝ち目など無い。
 故に、状況の不利を悟った軋識は、零崎として苦渋の決断を下すしかなかった。

「…いずれ、この国丸ごと殺すちゃ。それまで、首洗って待ってるちゃ」
「…やれやれ行ってくれたか」

 そう言い残し、戦場から離脱した軋識を見送った蝙蝠は、やれやれといった表情でため息をついた。
 暗殺専門忍者集団である真庭忍軍に所属する蝙蝠でも、一目見ただけで零崎軋識の実力と破綻した異常性はすぐに分かった。
 依頼を受けて相手を殺すか無差別に相手を殺すかの違いはあれど、どちらも人殺しを生業とする同類故に…。

「まあ、とりあえず、危なかったな。正直、俺でも勝てるかどうか…」
「―――負けた」

 ひとまず、危機を乗り切れたと安堵する蝙蝠の言葉は、呆然とする愛紗の耳には届かなかった。
 負けた―――愛紗にとって、それは許容できるものではなかった。
 完膚なきまでに、容赦なく、一介の弁解も許されない敗北。
 しかも、相手は、誇り高い武人ではなく、犬畜生にも劣るであろう一介の殺人鬼。
 それは、愛紗の誇りと自信を打ち砕くには十分すぎるほどのものであった。

「…戦には勝った。それで良しとしとけ」
「ふざけるなぁ!!なぜ、邪魔立てした!!私は負けるわけにはいかなかった!!あの男は人を殺すことを目的とする殺人鬼だ!!決して、信念と誇りをもった武人たる私が負けていい相手ではない!!負けるわけにはいかないんだ!!」
「だったら、あの場で殺されてたら、良かった?それこそ、無駄死にだ。それに、どんなに言い返したところで、李儒の理屈は、ある意味じゃ正しいんだよ」

 <他人の命を奪う事は許されない>―――道徳的、生物的など様々な理由はあれど、一番の理由としては、<人が人としてこの世に生きていくため>であろう。
 例えば、もし、ある聖職者が、神の言葉である聖書を破り捨てた後、聖書は大切ですばらしいという話をしたとしても、人々は納得しないであろう。
 なぜならば、聖書を破り捨てた人間は、その存在価値を否定したのだから、その大切さや素晴らしさを語り、感じる資格など無いのだ。
 それは、人間の命も同じだ。
 思う事を、感じることを人間自身の作り出す感覚が素晴らしいとするならば、その根幹たる人間を否定(ころ)してしまった存在は、人間の世では誰とも疎通できない亡霊なのだ。
 一切の思考も感情も許されない―――それは、信念や想い、そして、懺悔さえも許されないという苛烈なまでの潔さ。

「俺としては、心底、認めなくない話だがな―――それでも、俺達は、人殺しなんだよ。そいつは、否定できないことだ」
「…」
「っと、狼煙が上がったみたいだな。どうやら、決着はついたみたいだな。先に行くぜ。狂犬が、顔良と文醜を追っているようだし」

 呆然とする愛紗をその場に残し、蝙蝠は急いで、狂犬の向かった先へと駆け出して行った。
 戦は終わった―――だが、愛紗には、勝利の喜びも興奮もなかった。
 あるのは、敗北感と後悔だけだった。

「う、あ、あ、うわあああああああああああああああああああ!!」

 武器を投げ捨て、その場にうずくまりながら、愛紗は、叫ぶように泣いた。
 敗北の事実を受け入れられずに、自分が軋識や李儒と同類であることを認められずに。
 武人である愛紗の姿は、そこにはなかった―――自身の弱さを知った一人の少女として、愛紗はひたすら泣き叫んだ。


 こうして、鑢軍と袁紹軍の一大会戦は、袁紹軍本隊を包囲殲滅と伏兵部隊を2人と1体で足止めした鑢軍の勝利で幕を閉じた。
 この大勝利により、少数で大軍を打ち破るという分かりやすい勝利の結果をだした鑢軍は諸侯の君主らに、一目おかれるほどの名声を得ることになった。
 その勝利の陰で、一人の少女が打ちのめされていた事実に気付く者はいなかった…



[5286] 第21話<花蝶乱舞・前篇>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/03/24 23:10
―――戦場のはずれの森
 袁紹軍の壊滅により勝利した鑢軍の兵士らが歓喜に沸き立つ中、戦場からはずれた森では、なんとか戦場から逃げだすことができた顔良と文醜が森の道をトボトボと歩いていた。

「負けちゃったね…どうしようか、文ちゃん…」
「そうだよなぁ。姫様とはぐれちゃったみたいだし…今更、合流は無理だしな…」
「合流できても、お仕置きだろうね…」
「八方塞がりじゃん…」

 既に戦場を後にした袁紹や郭図らとはぐれてしまった顔良と文醜は、ため息を交えつつ、今後についての身の振り方を考えつつ、愚痴を零していると…

「あれ?あんたら、袁紹のところにいた…」
「「へっ?」」

 突然、前方から声を掛けられて、顔良と文醜が間の抜けた声を上げ、顔を上げる と、そこには―――

「なんで、こんなところに、あんた達がいるのさ?」
「…また、戻ってきたの」
「即刻、斬殺」

 両手両足を返り血で赤く染まった七花、そんな七花に寄り添うように得物を構える恋、そして、標的を発見し、あやしく目を光らせる日和号―――袁紹軍の伏兵部隊を返り討ちにし、否定姫らと合流するために、山から下りてきた二人と一体―――がいた。
 しばし、呆然とした顔良と文醜だったが、状況を理解した瞬間、すぐさま自分達の取るべき行動を選択した。

「「降伏しますんで、勘弁してください―――!!」」

 恋姫語、はじまり、はじまり


                            第21話<花蝶乱舞・前篇>


 ―――追いつけない。
 この夢を見るたびに、いつもそうだった。
 目の前で泣いている小さな女の子の元に駆け寄ろうとするのに、追いつけない。
 泣かせたくないのに、守ってあげたいのに…。
 必死になって、追いかければ、追いかけるほど、距離が遠のいていく…。
 いつだろう―――私はあの女の子を追いかけていたのではなく、逃げていたということに気付いたのは…

「―――っあ。」
「ん、よお、気がついたみたいだな、あんた」
「ようやくお目覚めね」

 いつものところで夢から覚めた田豊は、いつもはいない見慣れない男女二人―――田豊が目覚めるのを待っていた七花と否定姫を見つけた。
 現在、ここは、移動中の幌馬車の中―――袁紹軍との戦に勝利した鑢軍は、逃亡した袁紹率いる残存軍の態勢が立ち直る前に、決着をつけるべく、即時追撃をしていた。

「…そうですか。我が軍は負けたのですね」
「ああ。そういうこったな」
「今は、あんたが逃がしたご主人様を追いかけてるわけよ、田豊―――いえ、凍空一族二人目の生き残り凍空雪崩とでも言おうかしら」

 突然、否定姫に自分の真名を呼ばれ、長くこの国の習慣に慣れ親しんでいたため、思わず顔をしかめた田豊だったが、聞き捨てならない言葉に思わず、硬直した。
 二人目?生き残り?どうして、この女は凍空一族のことを知っているのだ?

「どういうことですか…」
「うちの幕府に届けられた報告では、凍空一族の住んでいた村が雪崩に巻き込まれて、唯一生き残った凍空こなゆきを除けば、全滅したってことになってるわ」
「そうじゃない!!どうして、あなた達がそんな事を知っているのかを聞きたいんです!!」
「ああ、そっち?簡単なことよ。私達もあんたと同じ立場だからよ」

 思わず狼狽する田豊に対し、否定姫は、これまでの経緯を―――自分達が雪崩と同じ時代から来た人間であること、さらには、七花達のいた時代よりもはるか未来の人間まで来ていることについて、説明した。
 最初は、信じられないという表情の田豊だったが、否定姫の話を聞くうちに、否応なしに事実を認めるしかなかった。

「過去の世界…にわかに信じがたいのですが」
「事実よ。でも、まさか、凍空一族の生き残りがいたなんて、予想外だったわ」
「んでも、姫さん。こなゆきより年下のはずなのに、何で、雪崩は年喰ってんだ?」

 こなゆきをおねえちゃんと呼んでいた田豊だが、明らかにこなゆきよりも年上であることに首をかしげながら、七花は尋ねた。

「女性の前で、年の話は控えた方がいいわよ。まあ、多分、私達がここに来た時より、過去の時点でここに来たからよ。それなら、説明がつくわ」
「…話は大体、分かりました。こなゆきおねえちゃんが、無事だったのは良かったです。ずっと、心配してたので…」
「こなゆきは、今、出雲の三途神社で、護衛役として住み着いてるんだ。元気にしてるはずだぜ」

 七花の言葉を聞き、田豊は良かったと呟きながら、安堵した。
 こなゆきと仲の良かった田豊にとって、それだけが心残りであった為、長年の心残りをようやく解消されたといったところだった。

「さて、今回の戦で分かったことだけど、やっぱり、今回の出来事、裏がありそうね」
「張郃さんのことですね。私も、前々から不思議には思っていましたが、まさか、未来人とは…」
「かと思えば、初代まにわにの連中もいるわけだし。過去やら未来やらなんでもありなんだよな…」
「そうね。どう考えても、偶然なんて考えは真っ先に否定すべきね」

 完全に破壊したはずの完成型変体刀の存在、次々に現れる過去や未来からの来訪者、そして、七花の命を狙う謎の白装束―――偶然というにはあまりにも不自然であり、明らかに何者かの思惑が見え隠れしていた。
 いったい、誰が、何の目的で…思わず考え込む3人だったが…

「ご主人様、大変だよ!!袁紹さん達が…!!」
「お嬢様が!?いったい、なにがあったんですか!?」

 大慌てで、幌馬車の中に飛び込んできた桃香によって、中断されることになった。

=楽成城=
 一方、鑢軍に返り討ちにされた袁紹軍は、本拠地のハイ州に撤退するはずだったが、そのハイ州を袁紹が遠征に赴いた隙を突いて、曹操軍攻め込まれているという報告を受け、一時、休息と態勢を整える為に、帰路の途上にある都市―――神弓とも称される弓の名手である黄忠が治める楽成城を占拠していた。

「いやはや、卑怯なやり口で鑢軍に陥れられた我らの願いを聞き届けていただき、この度のお心遣い感謝しますぞ、黄忠殿」
「…あなたがたの国では、武力でもって、脅迫することを願いというのですか…」
「まぁ、時と場合によりますかな」
「…」

 恭しく礼を述べる郭図に対し、強盗まがいのやり口で城を乗っ取られた妙齢の女性:黄忠は怒りを含めた突き放すような冷たい言葉で吐き捨てた。
対する郭図は、とぼけた口調で悪びれることなく、さも当然とばかりに言い返した。

「まあ、そう無理矢理に従わされているという態度をされると、私どもにも考えていうものがございましてねぇ…娘さんが傷物にされるのがいいというのでしたら、話は別ですが…」
「…っ卑怯者!!」

 にやりといやらしい笑みを浮かべた郭図を、黄忠は殺意を込めた眼で睨みつけた。
 弓の名手である黄忠とはいえ、袁紹軍の武力に合わせて、自身の娘を人質にとられたとあっては、袁紹らに従わざるを得なかった。

「褒め言葉と受け取っておきましょう。まあ、御安心を。娘さんの無事は私どもが、身を持って保障しましょう…あなたが、私どもに協力してくれる限りですが」
「…分かりまし、た」

 にやにやと笑みを浮かべる郭図が、大凡、名家に仕える者として恥ずべき卑劣漢だといえ、娘を人質にとられた黄忠は、ただ、郭図に従わざるをなかった。

「璃々…」

 今は、どうすることもできないそんな無力感が、黄忠の心をさえ悩んだ。
 そう、<今>は、だが…。


=楽成城・城下町=

 袁紹軍によって、楽成城が乗っ取られる中、街中では戦に巻き込まれるのを避けるため、旅の商人らが、あわただしく荷をまとめて、城の外へ逃げ出すように去り始めていた。
 そんな中、表のあわただしさとは、反対に人の気配のない裏路地に3人の男女が話し合いをしていた。

「で、どうでした?」
「場所の方は、もう少しで割り込めそうじゃが、如何せん見張りがあちこちにおって、難しいのう…」

 男が偵察に出向いた酒の入った瓶を手にした女傑と称されそうな熟女に、探し物についての状況を聞くと、熟女は、難しげに首を横に振った。
 とそこで、この場で一番年若い前髪の一部が、金髪がかった少女が、大きな声で口を出した。

「何をおっしゃいますか!!袁紹軍の雑兵ごとき我らで蹴散らせば…!!」
「馬鹿たれ!!声が大きいわ!!それに、無理に奪い返そうとすれば、追いつめられた袁紹軍の兵らが何をするかわからんぞ」
「あっ…も、申し訳ございません…」

 やれやれといった表情で熟女が、少女をたしなめると、考えの浅さに気付いた少女が肩を落としてしょげかえった。

「まあ、とはいったところで、こそこそとしたやり口など、難しいところじゃのう…」

 やれやれとため息をついた熟女は、苦笑しつつ、熟女と少女とのやり取りを聞いていた男の方に目を向けた。
 男は、異国に住む暗殺専門とする忍者集団の一人で、ある日、生き倒れになっているところを、城主である黄忠に助けられ、以来、客将として、黄忠に仕えていた。
 腕はこのメンツの中で一番の実力者であり、一度、勝負を挑んだ時も、自分も負けたとはいえ、後味の悪さなどいっさいないくらいの、人当たりのいい気持ちのいい男だ。
 ただ、暗殺という任務の特性上、しのびとして、致命的な欠点をおとこは抱えていた。

「おぬしの体では、すぐに見張りに見つかってしまうわい」
「だよなぁ…だが、これが俺の忍術であり、誇りだからな」

 どうしたものかと悩む熟女に対し、男―――身長は七尺を超え、脚や腕は常人と比べても目立つくらい長い巨体の大男は、苦笑いをしながら、答えた。
 そして、熟女は、その大男に、ひとまず人質を無事に助ける為の案を打ち出した。

「では、ひとまず、こういうのはどうじゃ―――真庭蝶々(てふてふ)?」


=鑢軍・本陣=
 一方、鑢軍の本陣では、袁紹軍に密偵として潜り込んだ蝙蝠からの報を受け、ただちに作戦会議を始めていた。

「つまり、黄忠には、戦う意思はないけど、娘を人質に取られているから、逆らえないって訳か…面倒なことになったな」
「一応、真っ向勝負を挑むなら、うちの軍が勝つわね」
「でも、無理矢理戦わされてる人たちと、私は、戦いたくはないな…できるなら、袁紹さんの軍とだけ戦えないかな…?」
「私も、桃香様の意見に賛成です。それに、袁紹軍が控えている以上、できるだけ損害はだしたくないですし」
「鈴々もなのだ!!あんまり、黄忠軍とは戦いたくないのだ…」
「私もですな。向かってくる相手には、容赦しませんが、無理矢理戦わされている相手と戦うなど、武人としてあまり賛同できませんな」
「それに、一番、悪いのは、袁紹軍のやつらだし、そっちをやっつけるべきじゃねぇのか」
「だよねー私も、おねえちゃんの意見に賛成」
「…」

 ややこしい事態となり、頭をひねらせる七花に対し、否定姫は黄忠軍との戦を視野に入れて話すが、どうにかして黄忠軍との戦を避けたい心根の優しい桃香や桃香の意見に賛同しつつ、袁紹軍との連戦を考えると自軍の被害を最小限に抑えたい朱里、そして、鈴々を筆頭に鑢軍の武将らは武人としての立場から難色を示した。
 ただ、愛紗だけは、俯いたまま、何も語らなかった。

「そうね…なら、別の方法もなくもないわね。雛里、ちゃんと考えあるわね」
「あ、あわわ!!は、はい!!一応、あるにはあるのですが…」

 不意に否定姫に話を流される形となり、慌てる雛里だったが、鑢軍の軍師として、皆にその策を伝えた。

=楽成城・城壁=
 一方、鑢軍によって、城を包囲されることになった楽成城では、黄忠自らが陣頭指揮をとり、城壁の兵士らに指示を出していた。

「どうやら、戦は避けられそうにないようですね…」
「はい、ただいま、兵らを集めておりますが、どれほど持ちこたえられるか…」
「そうですか…」

 勝ち目など無いに等しい―――それが黄忠にとっての鑢軍の評価だった。
 袁紹をだまし、裏で操っているであろう郭図は、殊更、鑢軍を過小評価しているようだが、実際のところ、黄忠自身の評価は、その逆であった。
 天下無双の称号を持つ天の御使いである七花を筆頭に勇猛な武将と、数こそ袁紹軍に劣れど、兵農分離によって戦闘専門とした錬度の高い兵士、それらを動かす否定姫を中心とした軍師勢―――どれをとっても、黄忠軍にとって勝てる要素など無かった。
 しかし、戦わないわけにはいかないし、負けるわけにもいかなかった。

「璃々…どうか、無事でいてね…」

 娘の為に―――夫に先立たれた黄忠にとって、残された最後の宝を、失う訳にはいかなかった。
 例え、勝ち目がない戦であろうとも…

「ん、あれは…?鑢軍の方から、何者かが近づいてきております…数は二人です!!」
「二人?」

 見張りの兵士からの報告を受け、黄忠は兵の指差した方向を見た。
 たしかに、馬に乗り、顔を長めの布切れで隠した二人組が、こちらに近づいてきていた。

「いかが、いたしましょうか…?」
「とりあえず、手は出さないように、各兵ら伝えてください。警戒だけは怠らないように…」

 攻めてくるにしても、たった二人で、城を落とせるはずがない―――どういうことか、何が目的なのか分からない以上、黄忠は、兵らに手は出さないように指示を出した。
 やがて、城門の前に、二人組が到着すると、頭に巻いていた布切れをはずし、城壁にいるであろう黄忠に向かって、二人組のうち金髪の女―――否定姫は大声で宣言した。

「お初にお目にかかるわね。私の名前は否定姫―――軍師兼天の御使いに仕える巫女ってところかしらね。早速だけど、黄忠!!あんたには、この城を賭けて、筆頭家臣が一人、関羽との一騎打ちを申し込ませてもらうわ!!」
「なっ!?」

 相手側の予想外の申し出に驚く黄忠だったが、畳みかけるように否定姫は、続けて、申し出を続けた。

「生憎、こっちの本命は、袁紹なのよ。あんた達とはやり合うつもりわないけど、やると言うなら、こっちも被害を無視してでも、喧嘩を買うわよ。さぁ、返答はいかに?」

 この時、否定姫と同行していた愛紗は、後に同僚らにこう話していた。
 あんなに生き生きとした悪役丸出しの表情をした否定姫は、初めて見た、と…



[5286] 第21話<花蝶乱舞・中編>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/04/07 20:43
=楽成城・裏門=
 表門にて、否定姫の一騎打ち宣言が叩きつけられているころ、裏門では、3人の袁紹軍の鎧を着た兵士―――虎牢関からなんとか逃げ延び、袁紹軍にて雑兵をやっている盗賊3人組が、愚痴をこぼしていた。

「あ~何で、こんな目に合うんだよ―――10万の兵力だぜ?それに勝つなんて、反則だろぉ、鑢軍…」
「なんか、俺らの所属するところって、ことごとく碌な目にあってませんよね、アニキ…」
「そ、そうなんだな…」

 最初の黄巾党、2番目の董卓軍、そして、今回の袁紹軍とことごとく、負ける側についていた盗賊3人組は、不吉めいたものを感じて、陰鬱な表情で、肩を落とした。
 なんだか、悪いものにでも憑かれているんじゃないかと思い始めていた盗賊3人組だったが…

「おい、お前ら!!隊長がお呼び出しだぞ!!ここは、俺が見ておくから、さっさと行って来い!!」
「へ、へい!!すぐにいきます!!」
「ちょ、アニキ、置いてかないでぇ!!」
「ま、待って、ほしいんだなぁー!!」

 こちらに駆け寄ってきた同僚からの連絡を受け、常日頃から厳格な部隊長からの呼び出しとあって盗賊3人組は、急いで、裏門を後にした。
そして…

「…さて、それじゃあ、さっさと手引きするとしますかね」

 裏門には、袁紹軍に潜入するために、骨肉変化にて変身した蝙蝠だけが残された。
 それぞれの思惑が渦巻く楽成城にて、恋姫語、はじまり、はじまりv


                         第21話<花蝶乱舞・中編>


=楽成城・城内=
 一方、楽成城を占拠した袁紹軍の総大将・袁紹は、普段の彼女らしからぬ深刻な表情で、項垂れていた。
 将の大半を失い、実質、軍の全権を郭図に一任してあるとはいえ、城主の一人娘を人質に、城を乗っ取るという大凡人道にもとる行為には、さすがの袁紹にも、目に余るものがあった。
 あまりにも卑劣漢と言わざるを得ない郭図に対し、袁紹は厳しく非難を含めつつ詰問はしたものの…

「麗羽様。我が軍は先の戦で、将や兵の大半を失っております。さらに、曹操軍に本拠地を攻められている以上、これ以上の被害は抑えるべきです。それとも、このまま、鑢軍と戦い、兵力を減らされたことが原因で、曹操軍に敗北し、名門袁家をあなたの代で潰してもよろしいので?」

 名門袁家を自分の代で潰す―――その言葉を聞かされたとあっては、袁紹も黙るしかなかった。
 袁家の滅亡は、どうあっても袁紹にとって、避けなければならないことだった。

「それしか、私には、残されていませんから…」

 しょっちゅう、気に入らないことがあれば、いじめていたが、どこかで信頼していた部下を失い、よそよそしい態度に苛立たされていたが、今でも頼れる姉として慕っている従者を失い、この戦で多くのものをうしなって、もはや袁紹に残されたのは、袁家という家柄だけだった。
 だから、何が何でも…

「私は、袁家を滅ぼさせるわけにいきません…だって…」

 それさえ、失ってしまえば、もう自分には何も残らない―――ただの麗羽という一人の少女に誰が気にかけてくれるというのだ…
 そんな事を考えながら、袁紹はただひたすら事態が上手くいくことを望むしかなかった。

=楽成城・表門前=
「…分かりました。あなた達の申し出受けましょう」

 否定姫の一方的な一騎打ち宣言に対し、表門から現れた黄忠は静かにそう告げた。
 もとより勝ち目のない戦―――黄忠にしてみれば、兵や民の被害を最小限に抑えるならば、相手の思惑に乗るしかなかった。

「ただし、城内の者達には指一本触れさせません」
「ええ、構わないわ。こっちも、兵たちには手を出さないよう伝えてあるわ。そっちが変な真似をしなければだけど」
「元より、承知の上です」

 否定姫の忠告に、静かにうなずきながら、黄忠は、愛紗と対峙し、矢を3本取り出し、手に携えた弓を構える。
 対する愛紗も、遅れて得物である青龍堰月刀を手に取り、構える。
そして…

「では、いざ尋常に…」
「勝負!!」

 両者の声を合図に、鑢軍と黄忠軍―――両軍の兵達、そして、袁紹軍の兵らが見守る中、両雄の一騎打ちが始まった。
 そして、一騎討ちにより警備が手薄となった楽成城内でも、雛里の作戦が始まろうとしていた。

=楽成城・市街地=
 城外の慌ただしさと打って変わって、城内では、袁紹軍の兵らしき見回りの兵3人が、怪しい者がいないか、巡回しつつ、つかの間の休息取っていた。

「城外の方が、騒がしいが、何かあったのか?」
「どうも、鑢軍の将とここの城主が一騎討ちを始めたみたいらしいが…ま、俺等には関係ないさ」
「だな。あんな連中と戦するなんざ、二度とごめんだぜ」

 直接戦うわけでもないという事もあって、軽口をたたく見回りの3人であったが―――

「なら、俺の相手をしてもらおうか」
「「「へ?」」」

 唐突に背後から声をかけられ、訳も分からず、間の抜けた声を上げ、振り返った瞬間、眼前に迫る拳が真ん中にいた兵の頭に叩き込まれた。
 左右にいた兵士二人が唖然とする中、真ん中にいた見回りの兵は、悲鳴を上げる間もなく、2、3回、ピクピクと体が痙攣したあと、ずるりとそのまま崩れ落ちた。
 ここにいたり、左右にいた兵は、真ん中にいた兵を殴殺した者の姿をはっきりと見ることになった。
 身長は七尺を超え、脚や腕は常人と比べても目立つくらい長い巨体の大男が、拳を構え、自分達の前に対峙していた。
 そして、大男は、あいさつ代わりの名乗りでもって、二人に襲いかかった。

「真庭蝶々―――ただの忍者拳士だ」

 その一言だけを呟いて―――。
 あの女傑の立てた作戦は単純明快だった。
 その巨大な体ゆえに、嫌でも人目に付く蝶々には、人質救出という隠密任務は難しい―――ならば、発想を変えて、堂々と人目につかせればいいのだ。
 派手に暴れ、派手に倒し、人目をはばかることなく、敵の注意を否が応でも向けさせるのだ。
 そう、一人でも敵の注意を蝶々に引きつけて、人質に配置される見張りの兵士の数を減らすために。
 無論、これは、蝶々自身を囮として使う事になるため、危険度も大きいのだが…

「分かった。俺のこの体なら充分、囮として使えるからな」

 蝶々は、二人が拍子抜けするくらいあっさりとそれに応じた。
 作戦を聞いた時から、蝶々はその役目を引き受けるつもりでいた。
 なぜなら、囮という役目こそ、蝶々の最大の武器を活かせる役目であるがゆえに。

「さあ、来ないなら、こっちからいかせてもらうぞ!!」

 諤々と未だ動けずにいる見張りの二人、あちこちから聞こえてくる足音―――作戦が上手くいきそうなことを知り、蝶々は笑みを浮かべると、必殺の剛腕が唸りを上げて、再び繰り出された。
 ただし、この時、蝶々が知る由もなかった事実であるのだが、同時刻、蝶々が戦闘を開始した地点から真逆の方向でも、覆面をつけた長身の男が見張りの兵士らを襲っていたのだ。
 十二単を二重に着た、嫌でも目立つ派手な服装をした男が―――

=楽成城・市街地裏路地=
 「くそ、何があったんだ!?」、「どこに曲者がいるんだ!!」と口々に騒ぎながら、見張りの袁紹軍とおぼしき兵達が、騒ぎが起こっている場所に、大慌てで移動していった後、静けさを取り戻した街の裏路地を、3人の少女が、身を隠しながら、早足に移動していた。

「どうやら、上手くいったらしいぞ…では、二人とも、我らも人質を取り戻すといきますかな」
「了解なのだ」
「うん、ご主人様の分まで、頑張っちゃうよv」

 3人の少女―――人質となった黄忠の娘を救うために、楽成城に侵入した星、鈴々、蒲公英の三人は、城内から手引きした蝙蝠に渡された地図を頼りに、人質のいると思しき場所にむかっていたのだ。
 黄忠との一騎打ちで、城壁にいる黄忠軍を引きつけている愛紗や、城内にいる袁紹軍の兵を引きつける為の囮として闘っている七花の為にも、急いで救出しなければと、気合も十分に進んでいると、どうにか目的地である小屋の近くまで辿り着いた。

「どうやら、ここらしいが…」
「見張りはいないみたいだね…ご主人様と愛紗のおかげだね」
「そうなのだ。じゃあ、早速、中に突入するのだ!!」

 周りに見張りの兵士がいないことを確認すると、物陰に隠れていた星、蒲公英、 鈴々は武器を手に取ると、一斉に飛び出し、小屋の中に突撃しようとした瞬間―――

「行くぞ、焔耶(えんや)!!ぬかる出ないぞ!!」
「はい、桔梗様!!」
「「「へっ?」」」
「「ん?」」

 ―――反対方向の物陰から飛び出してきた無骨な杭打ち機を携えた女傑と身の丈よりも大きい金棒を携えた少女にばったり出くわした。
 思わぬ展開に、両者ともに、間の抜けた声を出して、どうしたものかと硬直する が、先に動いたのは、金棒を携えた少女だった。

「お前達、何者だ!?よもや、袁紹軍の者か!?」
「何言ってのよー!!そんな訳ないでしょ!!馬鹿じゃないの。っていうか、あんたの方が誰なのよ?」
「な、馬鹿とはなんだ!!馬鹿とは!!」
「馬鹿だから、馬鹿って言ってるのよ」
「何を―――!!」

 蒲公英の挑発に激高する金棒を携えた少女だったが、すぐさま、隣にいた女傑が止めに入った。

「落ち着かんか、焔耶!!で、御主らは、何者なのだ?見たところ、袁紹軍ではなさそうだが…」
「うむ、私は、鑢軍の将が一人、趙子龍なのだが…」
「同じく、鑢軍の将が一人、張翼徳なのだ!!」
「なんと!?あの天下無双と称される鑢七花の配下じゃったか…それは、失礼をした」
「いや、こちらも、いらぬ誤解を招いてすまなかった。して、お二人は…?」

 ひとまず、誤解が解けた事を確認した星は、頭を下げる二人に対し、素状を尋ねた。

「うむ、わしの名は、厳顔。楽成城の城主:黄忠の客将兼友人といったところじゃな。そして、こやつが…」
「…魏延だ。厳顔様と同じく、黄忠殿の客将として仕えている」
「え、じゃあ、二人とも、黄忠さんところの人なんだ。じゃあ、もしかして…」
「うむ、わし等が留守の間に、袁紹軍に攻め込まれての、黄忠から娘の救出を頼まれ、密かにおるのだが…どうやら、こっそりとはいかなくなったようじゃの」

 首をかしげる蒲公英の疑問に対し、厳顔が事情を説明すると、渋い顔をして、小屋の方に目を向けた。
 小屋の入口には、表が騒がしいので、我慢できずに怒鳴りつけに飛び出した見張りの兵士が、物騒な武器を手にした集団―――星達に、ばったりでくわして、思わず口をあけて、呆然としていた。
 目的も一致している。
 狙いも一致している。
 そして、敵に発見されてしまった。
 ならば…

「ふむ…ならば、厳顔殿。ここはひとつ…」
「おお、そうじゃのう…御主らもそれで、構わんな」
「了解なのだ!!おもいっきり派手にやるのだ!!」
「ま、騒いでた馬鹿のせいなんだけどね~v」
「誰が馬鹿だ!!ええい、これが、終わったら、後で、決着をつけるぞ!!」

 もはや隠れる意味など無くなった5人各々の得物を構え―――

「「「「「―――人質を返してもらうぞ、外道ども!!!!!」」」」」

 呆然としている見張りを突き飛ばし、怒れる五人は人質のいると思しき小屋へと一気になだれ込んだ。

 一方…
=楽成城・表門前=
 星達が、人質救出に乗り込んだ頃、黄忠軍を引きつける為に仕掛けられた愛紗と黄忠の一騎討ちは<未だ>終わっていなかった。
 否、<かろうじて>終わっていなかったと言った方が正しいだろう。

「くっ…さすがは、神弓と謳われることはある。ここまでやるとは…」
「…」

 すでに討ちあう事十数回―――黄忠の弓から、次々と繰り出される矢を、愛紗はなんとか青龍堰月刀でもって斬り払いつつ、間合いを詰めようとするが、すぐさま放たれる矢によって、中々追いつけないでいた。
 無論、あくまで、人質救出を目的としている為、愛紗も本気で斬りかかる事はしない手はずだったが…

「おかしいな、愛紗の奴。あれじゃあ、いくら本気で討ちこまないと言っても、愛紗の方がやられちまうぞ!!」
「なんだろう…愛紗ちゃん、いつも様子が違うような気がする…」

 愛紗の異変に気付いたのは、残った仲間のうち、愛紗に勝るとも劣らない武を持つ翠と、愛紗との付き合いが最も長い桃香だった。
 まるで何かを恐れ、全力を出せないでいる―――翠と桃香の二人には、そう見えてならなかった。
 そんな心配をする二人をよそに、愛紗は愚直に何度も、間合いを詰めようとするが、迫る無数の矢に阻まれていた。

「おのれぇ!!まだまだ!!」
「…この子」

 思うように攻められずに、顔をしかめる愛紗に対し、有利に立っている黄忠は、討ちあっていくにしたがい、怪訝な顔で、愛紗を見定めていた。
 そう、一騎打ちの相手である黄忠から見ても、これまでの打ち合いの中で、愛紗に対し違和感を感じていたのだ。
 そして、次の瞬間、その違和感に気付いた黄忠は、徐に、弓を下げ、戦闘を放棄するような行動を取った。

「な、どういうつもりだ!?一騎討ちの最中に、武器を下すなど、武人として恥ずべき行為だぞ!!」
「確かに、そうですね…ですが―――」

 激高する愛紗の糾弾に対し、黄忠は静かに、愛紗に抱いていた違和感の正体を指摘した。

「相手を殺す覚悟を失った者との一騎打ちなど応じるつもりはありません」
「なっ…!!」

 黄忠の指摘に対し、愛紗は、思わず驚きの声を上げた。
 実際、否定姫や雛里から、人質救出が目的である為、一騎討ちの最中に、黄忠を傷つけない指示はあった―――しかし、今の愛紗にとって、それは、人を殺すことが出来なくなった弱さを隠すための建前でしかなかった。
 原因は分かっている―――先の零崎軋識との一騎討ちでの敗北と蝙蝠の忠告だった。
 名誉や誇りを持とうが、人殺しは人殺し―――ならば、あの殺人鬼と自分とはなんら変わらないのではないか?
 それは、誇り高い愛紗にとって受け入れがたい事実だった。
 その葛藤が、今、この黄忠との一騎討ちに於いて浮き彫りとなり、愛紗を縛る楔となっていた。

「くっ…私は、私は…!!」

 唇を噛み、震える手を押さえつけ、無理矢理武器を構える愛紗―――後の愛紗にとって重要となるであろう、黄忠との一騎討ちは、正念場を迎えようとしていた。

=楽成城・街中=
 一方、楽成城城内では、すでに何十人もの袁紹軍の兵士達が、前方に走る曲者―――覆面で顔を隠した七花を追いかけていた。
 潜入してから、七花がこれまで打ち倒した袁紹軍の兵士は、百人以上―――それ以降は、数えるのも億劫だった。
 適度にあしらい、適度に休憩を取りながら、引っかき回したものの、次々に合流してくる袁紹軍の兵士らによって、減るどころか増える一方だった。

「さすがに、これを一人で相手取るのは、無理があるよな…」

 後ろから追ってくる袁紹軍の兵士らを見ながら、七花は愚痴をこぼした。
 前に袁紹軍の伏兵部隊3万人を相手にしたが、七花と同等の武力を持つ恋や疲れ知らずの日和号がいたから、どうにかなったが、今回は、恋も日和号も否定姫の指示で、白蓮とともに別行動をとっているので、ここにはいない。

「ま、人質救出まで、なんとか持ちこたえねぇと」

 そう呟いて、七花が街の中央にある広場へと飛び込んだ瞬間―――

「ん?」
「お?」

 七花の目前に、袁紹軍の兵士らに追われている七花よりも体の大きい男が現れた。
 七花と大男は、視線を交わし、すれ違う瞬間―――

「後ろを頼む」
「分かった」

 二人は、手短に二言だけやり取りをした後、互いの背中を守るように追ってくる敵兵に対峙した。
 やがて、中央広場には、七花と大男を追っていた部隊に加え、ここに駆けつけてきた兵士らも続々集まってきた。
 その後方には、二人をさりげなくここに誘い込むよう、指示を出していた郭図の姿があった。

「ようやく追いつめましたよ…まったく、いらぬ手間をかけさせてくれたものですね」

 くっくっくっくっ…っと低い笑い声を出した後、かっと目を見開いて、普段の飄々とした態度からは、想像できないほどの怒りをむき出しにした形相で、七花と大男にらみつけた。

「絶対にぃ許さんぞぉ!!この虫けらども!!貴様ら如き下郎が私の邪魔をしやがって!!ひと思いには殺さん!!じわじわとなぶり殺してやる!!」
「…あいつ、いきなり、感じが変わったけど、何なんだ?」
「恐らく、あっちが本性なんだろうさ。さて、囲まれたが、どうする?」

 もはや二重人格じゃないかと思われるほどの、郭図の豹変に、七花が呆れながら、自分の背後にいる大男に尋ねた。
 大男のほうも、普段からそういう人間に見慣れているのか、あまり意に返すことはなく、周囲を取り囲む袁紹軍の兵士らを見据えながら、七花にどうするか尋ねた。

「…とりあえず、この人数ならなんとかなりそうだな」
「そうか…なら、折角だ。お互い、名乗りを上げるのを合図に、切り込むというのはどうだ?」
「ああ、分かりやすくていいな、それ」

 じりじりと迫る袁紹軍の兵士らを前に、七花と大男は打ち合わせを終えると、袁紹軍の兵士らに向き直り、同時に名乗りを上げた。

「真庭忍軍十二頭領が一人、真庭蝶々」
「虚刀流七代目当主、鑢七花」
「「いざ、尋常に勝負!!」」

 七花と蝶々の言葉を合図に、一斉に切り込んでくる袁紹軍の兵士らを、七花と蝶々はお互いの背を守るように迎え撃った。
 この巡り合わせは、偶然なのか、或いは必然なのかは不明だが―――二度相まみえた虚刀流と真庭拳法は、三度目にして、七代目と初代という本来ならば、ありえない巡りあわせでもって、共闘することとなった。



[5286] 落鳳寄道嘘予告①<悪鬼語>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/04/24 22:42
「劒冑とは武の器。戦のためのもの」

「ゆえにまず、戦を鑑る。戦とは如何なるものなのか――」

「……」

「善の働きに非ず!正義の顕れに非ず!」

「戦とは我の愛を求めて彼の愛を壊す行為。武とはその暴力」

「独善なり!これこそが悪!」

「――――」

「我ら村正は戦を滅ぼす。戦の悪を人々に知らしめ、戦を人の世から去らしめる!」

「武にただ加担するのではなく、武を制するために劒冑を打つ!」

 昔々、和の国が北と南に分かれて争っていたころ、戦で荒れる世の中を悲しんだ刀鍛冶の一族がいた。
 その一族は、世の中が平和になる為に、敵を斬れば、味方を斬らねばならない<善悪相殺>の呪いを持つ劔冑を生み出した。
 大勢の人が、争いの醜さを知るように、もう二度と戦争が起きない平和な世の中になることを願いながら―――。

「くだらねぇ…否定するにも値しないぜ」
「・・・・」

 無言で劔冑を打ち続ける初老の男に対し、初老の男の背後に立っていた一人の若い男が吐き捨てるように呟いた。

「まるで、子供の戯言じゃねぇか。刀は、斬る為の道具だ。そこに、善悪がどうの、戦争がどうのとくだらねぇ思想を持ちこむんじゃねぇよ」
「…」
「善悪相殺の呪いだ?そんな偽善に、何の意味がある。てめぇらのしてる事は、刀の切れ味を落とすだけのもんだぜ」
「…」
「乱世を終わらせたい?終わらねぇよ。歴史全体からみれば、人の歴史は戦の歴史だ。お前らがきばったところで、僅かな平和な世というやつの後には、また戦がおこるだけじゃねぇか。世の中やら世界やらなんてもんは、歴史全体からしてみれば、表面のほんの上澄みに過ぎねぇのによ」
「…」
「当代一の刀鍛冶と聞いてみれば、とんだ鈍鍛冶だったようだな。まあ、精々、頑張れや。ま、どう予知したところで、あんたの刀の末路はろくでもない結果にしかならないみたいだけどな―――村正」
「…」

 散々、初老の男―――村正を侮蔑し、嘲笑い、否定した若い男は、村正から渡された包みを手にすると、さっさと鍛冶場から立ち去っていった。
 とその途中、ふと若い男が視線を感じ、目を向けると、鍛冶場の戸の近くに、男を睨みつけるように見る一人の若い女―――あいさつの際に見かけた村正の孫が立っていた。

「何か用か、お嬢ちゃ…いでぇえ!?」
「…二度とくるな、馬鹿ぁ―――!!」

 若い男が声をかけようとした瞬間、村正の孫は若い男の顔を渾身の力を込めて殴りつけ、外に放り出した。
 どうやら、村正とのやり取りを聞かれていたらしく、尊敬する祖父を散々詰られたことに立腹し、若い男に対し、敵意をむき出しにしていた。

「いつつ…あれが、三代目かよ。とんだじゃじゃ馬じゃねぇか。あー俺もさっさと完成から完了にいたる道筋を考えるとするかね…とりあえず、どこぞの山で修行してる奴がいるらしいし、そこを訪ねるかね」

 そう独り言を呟いて、やれやれと殴られた頬を手でさすりながら、若い男は、荷物を手にし、その場を後にした。

 結局、村正一族の思いも空しく、若い男の言葉通り、善悪相殺の呪いは、最愛の者を殺し、狂った仕手により多くの屍を増やしただけの失敗に終わった。
 その後、村正の劔冑は封印され、北と南で争っていた和の国が一つにまとまる間の騒乱において、二つの逸話が生れることになった。
 一つは、ある刀鍛冶の打った千本の劔冑にまつわるもの。
 南北が歴史上において正式に統一されるまでの最中に起こった戦乱の頃、どこの国も属さない流浪の刀鍛冶によって、生み出された千本の劔冑が各地の戦場で出回った。
 やがて、その刀鍛冶の打った劔冑が戦場で華々しく、活躍をするにつれ、その刀鍛冶が打った劔冑を多く持つことが、その国の、強さの証となった。
 その中でも、完成型変体刀十二本と称する十二本の劔冑は、とりわけ強大な力を持ち、一体だけで、一軍さえも滅ぼすと噂されるほどであった。
 それほどの強大な劔冑を生み出した刀鍛冶の名は、四季崎記紀―――かつて、始祖村正の元を訪れた若い男の事だった。
 そして、二つ目は、奇妙な劔冑にまつわるものであった。
 その劔冑は、刀を使わない剣術<虚刀流>でもって、次々に名のある刀を討ち破り、数多の戦場において、その力を大いに発揮した。
 しかし、その劔冑は奇妙なことに、本来劔冑が、その力を発揮するために必要な仕手が存在せず、真打が持つはずの陰義さえ持っていなかった。
 熱量を得る為の仕手を必要とせず、真打劔冑の必須機能ともいえる陰義さえ持たない劔冑―――本来なら、戦場で活躍することなど、否、存在自体ありえないことだった。
 故に、時がたつにつれ、その奇妙な劔冑については、ただの噂として、忘れ去られていくことになった。
 はるか未来、二度にわたる世界規模の大戦に敗れた大和にて起こった小さな事件が起こるまでは…


                    <悪鬼語>


 時は、大戦にて大和が破れて幾世霜、六波羅の謀略によって、家を、家族を失った少女:とがめが、とある失踪事件に巻き込まれた際に、出会ったのは、黒金の鍬形虫―――仕手を必要としない奇妙な劔冑<七花>だった。

『ところで、あんた…俺に何か用なのか?』
「そなた、私に惚れていいぞ!!」
『はっ?』

 自在にあらゆる液体を操る劔冑<真改>を相手に、仕手を必要とせず、陰義を使用できない最強の剣法<虚刀流>を駆使しする劔冑<七花>。

『これは…馬鹿な!!』
「どうした、真改!!なぜ、陰義を使用できない!!」
『人の話をちゃんと聞くもんだぜ。俺は、陰義を使わないんじゃない。俺は、全ての劔冑の陰義を使えなくさせる陰義を持った劔冑なんだよ!!そして、こいつが、虚刀流最終奥義<七花八裂>!!』

 死闘を終えた<七花>ととがめが、相まみえるは、因縁深き深紅の妖甲をもつ呪われた劔冑<村正>。

「紅い劔冑…」
『とがめ。あれも敵なのか?』
「村正、どうみる?…村正…村正?」
『………なんで、なんで、お前が爺様の体を使っているの!!』

 善悪相殺の呪いを持つ妖甲と称される劔冑:村正と仕手を必要としない無名の劔冑:七花―――この二体の劔冑の邂逅により、物語は動き出した。

『四季崎記紀の残した完成型変体刀十二本の回収?』
「署長との話では、大戦後におこなわれた劔冑狩りも、この四季崎記紀の劔冑を集めるのが、目的だったらしい」
『そいつが、銀星号って奴に関わりがあるんだな…』

 大和の各地で、無差別殺戮を繰り返す武者<銀星号>と四季崎記紀の最高傑作である完成型変体刀十二本を追い、七花ととがめは、パート警察官こと景明と妖甲:村正らと共に、銀星号討伐と完成型変体刀蒐集の旅に出る。
 待ちうけるは、真打を凌駕する陰義を使い、一軍を滅ぼす力を持った完成型変体刀十二本と個性豊かな仕手達!!
 そして、その陰で暗躍する一派の目的とは?
 伝説の刀鍛冶:四季崎記紀の目論見とは?
 全ての鍵は、完成を超えた完了によって明かされる。
 これは、英雄の物語ではない。
 ただ一振りの劔冑が織り成す物語だ。

 装甲悪鬼村正異聞伝―――悪鬼語、開幕!!






 そして…

「いつかの姫様ではないが―――おめでとうと言わせてもらおう。ようやく、実の妹、否、娘を殺した訳だからな」
「!?」
「なっ!?」

 景明と村正しか知らないはずのある事実を突き付けられ、驚愕する景明―――一瞬では、あるが、呆然と立ち尽くすしかなかった。
 そして、その隙を、彼は―――とりあえず、本命を前に、厄介な景明をついでに殺す為に訪れた者にとって、最大の好機となった。

「不悪」

パン、パン。

「あ…っぬっ!!」
『景明!?』
「景明殿!?」
「景明さん!!」
「か、景―――いやああああああああああああああああああ!!!」

 乾いた音があたりに鳴り響いた瞬間、胸を撃ち抜けれ、致命傷になりかねないほどの鮮血を噴き出し、崩れ落ちる景明。
 狼狽する仲間達と共に、絶叫する村正。
 そして、この状況を生み出した襲撃者は、冷酷な口調で呟く。

「さて、湊斗景明よ。お前はなんと言って死ぬのかな?」

 湊斗景明、死す―――!!



[5286] 第22話<花蝶乱舞・後編>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/04/30 23:51
 すぐに片付く―――哀れな襲撃者二人を逃げる隙間もなく取り囲む兵士達という光景を見て、兵士たちを従えた郭図はそう確信した。
 腕は立つようだが、そもそも数が違いすぎる―――真っ向から数百人を相手取り戦うなど、無謀以外のなにものでもない。

「ふふふ…呆気なく終わりそうですね」

 故に、余裕の笑みを浮かべた郭図は、すぐに片がつくと思っていた。
 そして、実際、この楽成城における一連の出来事は、一気に片をつけられることになった。
 もっとも、それは…

「真庭忍軍十二頭領が一人、真庭蝶々」
「虚刀流七代目当主、鑢七花」
「「いざ、尋常に勝負!!」」
「え!?」

 …自分の目の前にいる相手が敵の君主だということに驚いた郭図の予想を大きく外れた結末を迎えるわけなのだが。
 恋姫語、はじまり、はじまり


                         第22話<花蝶乱舞・後編>


=楽成城・城門前=
 一騎討ちの最中に、言い放たれた黄忠の指摘に対し、愛紗はただ、苦悶の表情を浮かべるしかなかった。
 人を殺すことを躊躇って、全力を出せない―――軋識との敗戦と蝙蝠の言葉による枷が、迷う愛紗を縛りつけていた。
 そして、沈黙を打ち破ったのは、普段の愛紗からは想像できないほどの、弱弱しくか細い声だった。

「私は…これまで、自分の武に誇りを持ち、戦っていた、戦っていたつもりだった…」
「…」
「だが、本当に、それは正しいのか、分からなくなった…どのように武を使おうと、人殺しは人殺しでしかない…ならば、自分はただの殺人鬼となんらかわらないのではないか…!!私は、私は…ただ殺すことしか能がないから戦っていたんじゃないかと思って…!!私は何のために…!!」」
「関羽殿」

 なおも血反吐を吐くような思いで、告解を続けようとする愛紗に、黄忠は静かに制した。
 黄忠の顔にあったのは、嘲りでも、怒りでもない哀しみ―――間違いを犯した者を叱咤する辛さの表れだった。
 その唇から、静かに、一撃の前置きが放たれた。

「何のために?」
「…」
「守るべきもののためではないですか?…私は、この楽成城の城主として、この街と民、そして娘のために命を掛けて、戦っているつもりです。そして、関羽殿に問います…あなたは、自ら戦の前に立ち、敵を傷つけ、己が傷ついても、戦うのは、何の為ですか?誰の為ですか?」
「…あっ―――」

 厳しさを交えながら。あくまで平静に言い放つ黄忠の言葉に、愛紗は思わず、言葉を詰まらせながら、思い出した。
 何のために戦うのか―――乱世を終わらせ、誰もが平和に暮らす為に。
 誰の為に戦うのか―――悪に脅かされる弱き人々や共に道を歩むと誓った友や義姉妹、そして、初めてであった時、自分に惚れたと言ってくれたご主人様―――鑢七花の為に!!
 例え、誰かに、人殺しと罵られようと、偽善者と言われようと、自分の中にあるこの想いは、絶対に譲れない、まぎれもなく本物なのだ。

「…なんとも無様だな。このような事にも気付けぬとは…些か時間を取らせてしまったな。すまぬ、黄忠殿」
「構いませんわ。これより先は多少の手心は期待できるかもしれませんから」
「ふふふ…抜け目のない御方だ」

 けれど、悪い気分ではなかった。
 今まで、見失っていたものを改めて、気付かせてくれた黄忠に対し、愛紗は、敬意を払いながら、自分のなすべき事をすることにした。
 愛紗は再び、黄忠との一騎打ちを始める為に、青龍堰月刀をしっかりと構えた。

「では、改めて…参るっ!!」
「望むところです!!」

 全力でもって、武によって、礼を返す――まるで、その言葉通りに、愛紗は一気に斬りかからんと飛び込み、黄忠もそれに応えるように、一気に3本の矢を携え、放たんとした―――

「「「「「―――その一騎討ち、ちょっと待ったぁ!!」」」」」
「えっ?」
「んっ?」

 ―――瞬間、楽成城の城壁から、愛紗と黄忠の一騎打ちに待ったをかける声が響いた。
 思わず、立ち止まった愛紗と黄忠は、聞き覚えのある声があったので、とりあえず、城壁のほうに目を向けた。
 そこには…

「あ、危なかったのだ…」
「いやはや…間一髪とはこのことだな」
「まったくだよ…」

 危うく、本気で黄忠に斬りかかろうとした愛紗を呼び止める事が出来、一安心する鈴々と星、蒲公英の三人と…

「まったく、無茶をしおるわい!!」
「紫苑殿、ご無事でしたか!?」
「おかあさぁん!!わたしは、だいじょうぶだから、もうやめてぇー!!」

 同じく、黄忠に待ったをかけた厳顔と魏延、そして、救出された黄忠の娘である璃々の姿があった。

「…これは、さすがに続けるのは、無理ですな」
「えーと…まあぁ、とりあえず…」

 さすがに、すでに人質を救出されたのに、無用な一騎打ちの続きをするはずもなく、愛紗と黄忠は互いに顔を見合わせた後、苦笑しつつ、武器を下した。
 楽成城での愛紗と黄忠の一騎討ちは、両者ともになんだかなぁーという感じで引き分けとなった。

「どうやら、人質は無事救出できたみたいね。さて、後は、あいつらね」

 とりあえず、作戦通り事が運んでいるのを見て、否定姫はやれやれと呟いた。
 鈴々達が人質を救出したところをみると、袁紹軍は、まんまと囮である七花に引っかかっているようだ。
 もう一組―――七花に戦力を集中させたために、警備が手薄となり、総大将である袁紹がいるであろう城へと潜入した捕虜に気付くこともなく…。

=楽成城城内=
 鑢軍と黄忠軍の代表者による一騎討ちや城下町に現れた侵入者によって、黄忠軍や袁紹軍の兵士がほとんど出払って、城の警備する者が少なくなった城内は不気味なほど静寂だった。
 そんな城内の一室に、不満そうな顔をした袁紹がいた。

「…まったく、こんな時に私をほったらかすなんて、どういうつもりでしょうね」

 袁家の主をほっぽり出して、無礼にもほどがあると、顔をしかめる袁紹だったが、その言葉を口に出すことはなかった。
 実質、今の袁家を仕切っているのは、軍師である郭図であり、自分ではないのだ。
 名家の当主という看板を背負った形だけの君主。
 今更ながら、それを気付かされ苦笑を浮かべるしかない袁紹だったが…

「まったくです。お嬢様を蔑ろにするなど、臣下としてあるまじき行為です」
「え?」

 不意に後ろから声を掛けられ、間の抜けた声をだした袁紹は、思わず体が強張った。
 そして、その声は、袁紹が幼いころから聞きなれた、そして、今は鑢軍との戦で生死不明とされているはずの従者のものだった。

「ですが、そのおかげで、私は、お嬢さまの元へたどり着けたのですが」
「雪…田豊さん!?なんで、どうして、ここにあなたが!!」
「はぁ、まぁ、色々と事情がありまして…」

 思わず田豊の真名で呼びそうになるほど狼狽する袁紹に対し、田豊は否定姫とのやり取りを思い出し、苦笑した。
 <あんた、あいつの従者なんでしょ?説得お願いね>―――まるで、買い物を頼むような感覚で、困惑する田豊に、袁紹の説得を任せた否定姫。
 しかし、見張りや郭図のような奸臣がいては、説得の邪魔になる―――その為に、敵の目を欺くための陽動部隊が、愛紗であり、鈴々らであり、七花だったのだ。

「それより、お嬢様…今すぐに降伏をしてください。これ以上の戦は無意味です」
「…っ!!…従者が一端の口をきくようになりましたわね…昔と同じつもりですの?」

 違う、そんな事を言いたいんじゃない…
 心では、そう思っていても、追いつめられた袁紹にとって、この戦は袁家の命運をかけた戦なのだ。
 その戦を無意味だと諭すような言い方をする田豊の言葉を、理解はできても、感情で受け入れられない袁紹はいらだたしげに吐き捨てるしかなかった。

「…お嬢さま」
「っ!!ふざけないで!!私は、わたしは、もう貴女に甘えるだけの弱い麗羽じゃない!!先に逃げたくせに!!何で、なんで…!!」

 今まで、ずっと逃げてきた癖に、傍にいてほしかったのに、抱きしめてほしかったのに―――ずっと私から、逃げ続けてきた癖に!!

「…」
「わたしは、名門袁家の主:袁本初!!私は負けません…どんな手を使っても!!どのように罵られようと、構いませんわ!!だって、それさえ、失えば…!!」
「麗羽!!」

 誰も、自分を見てくれる人なんていなくなる―――そう言い切る直前、突如、これまで事件以来一度も呼ぶことのなかった袁紹の真名を、声を張り上げて叫んだ田豊が、袁紹にむかって、詰め寄った。
 殺される―――そう察知した袁紹は、思わず目を閉じて、頭を守るように、両手で隠し、すくみあがった。
 そして…

「え?」

 袁紹が受けたのは、大木をも粉砕する拳ではなく、そっと優しく抱きしめるような田豊の抱擁だった。
 予想外の展開に、思わず声を上げた袁紹だったが、自分を抱きしめる田豊を振りほどくことができず、ただ茫然と受け入れるしかなかった。

「私がいます。例え、あなたが袁家でなくとも、私はあなたを見捨てない。もう私は自分の力を言い訳に、あなたから逃げたりはしない。あなたと共に道を歩んでいきたい。だって、私は…」
「あっ…あっ…」

 言わないで、言わないで…その先をあなたに言われたら、もう私は、袁家の主としての対面を保てなくなる!!だから、突き放すんだ、今すぐ!! でも、違う どうして、今まで、違う 寂しかった 止めて!! あの時からずっと悔んでいた 何で、こんな時に、そんな事を 待っていた 私は袁本初なのに 関係ない 抱きしめて 私は―――。
 ―――ずっと望んでいた、あの頃のように、まだ、自分が袁家という意味さえ知らずにいた子供の頃のように、ただ、雪崩おねえちゃんに。
 今にも、泣き崩れそうな袁紹に、田豊は自身の想いをはっきりと言った。

「田豊、いえ、凍空雪崩は、麗羽の姉として、あなたを愛しています」
「…うん」

 きっと、明日になれば、きっといつもの我がままで世間知らずなお嬢様の自分に戻ると思う。
 けれど、今だけは、今だけは、子供だった時のように、雪崩おねえちゃんに抱きしめられ続けたい。
 もう少しだけ、もう少しだけ…抱きしめられながら泣き続けたい。
 もう少しだけ、もう少しだけ―――
 誰もいない城の中。
 袁家の当主である少女は、姉のように慕っていた女性の胸に蹲って、何時までも、何時までも泣き続けた。
 いつまでも、いつまでも。

=楽成城・市街地・中央広場=
 楽成城の各場所での戦いに決着がつき始めたころ、市街地にある中央広場での戦いにも決着がつこうとしていた。

「あぶねぇ、蝶々!!虚刀流―――『牡丹』」
「ぎゃぁつ!?」
「後ろだ、虚刀流!!ちぇいっ!!」
「ぎぃえ!?」

 次から次へと向かってくる袁紹軍の兵士たちを、悉く打ち倒していく七花と蝶々。
 ある時は、蝶々の背後を狙ってくる兵士を、七花が後ろ廻し蹴りで、取り囲んでいる兵士達に叩き返せば、その隙を狙って七花に斬りかかる別の兵士を、すかさず蝶々がその長い腕から繰り出される強力な拳の一撃でもって仕留めた。
 即席ではあるものの、七花と蝶々の二人は、互いの隙を援護しつつ、向かってくる敵次々に蹴散らしていた。
 しかし、当の二人は、自分達を取り囲む袁紹軍の兵士らを見ながら、うんざりとした表情をしていた。

「これで、何人目だ…さすがに多すぎるぞ」
「五十人目のあたりから、数えるのは諦めた。二人では、少々きついな」

 例え、十人を倒しても、続々と数十人単位での増援が集まってくるため、袁紹軍の兵士の数が減らず、並の兵士を簡単にあしらっていた七花と蝶々も、さすがに息があがり始めていた。
 だが、本当に追いつめられていたのは、他でもない袁紹軍らの兵士達の方だった。

「どういうことですか、これは…」

 まるで悪夢を見るような様子で呟く郭図の前には、「おい、どうするんだ?」、「知るか!?」、「こんな化け物と闘えるかよ!?」などと、七花と蝶々に斬りかかるのをしり込みする袁紹軍の兵士らの姿があった。
 この時点で、七花と蝶々の手で、二百人の兵士が討ち取られ、数の優位で保っていた兵士らの士気もすでに萎え、逆に、迂闊に手出しができず、ただ逃がさないように取り囲むだけとなっていた。
 このような対多数戦闘には鉄則があり、それは流れを掌握するということだ。
 敵に主導権を与えてはならない、敵に動かされてはならない。
 常に主導権を握り、敵を動かし、攻め手を持ち続けなくてはならない。
 それが出来なければ戦場は民主主義に席巻され、多数決によって勝敗が決することになる。
 進むべきは覇道。
 ただ一人の専制君主となって群集を隷下に収めるべし。
 そして、現在、この戦いの場の流れを掌握しているのは、七花と蝶々―――数の優位を過信するあまり、流れを掌握し損ねた郭図らは、未だ数の優位はあるものの、時間がたつにつれ、確実に追いつめられていたのだ。

「くっ…何をしている!!たかが、相手は二人!!さっさと片付けろ!!糞、この役立たず共、死刑にされたいか!!」

 想定外の事態に苛立ちに身を任せ、兵士らに檄を飛ばす郭図であったが、兵士達は、あからさまな拒否こそはしないものの、しり込みをしていた。
 これまでの戦で自身の命を張らずに、後ろでただ指示を出すだけだった者の命令に従う者などいなかった。
 そして、兵士たちを単なる捨て駒としか見ていなかったが故に郭図は気付かなかった。
 檄を飛ばす郭図の傍らに立つ兵士の目が、冷たく睨んでいる事に。

「だったら…」
「?!」
「お前が、死ね」

 まさに一瞬の出来事だった。
 何を―――そう言いかけ、傍らに立つ兵士にむかって、振り返ろうとした郭図の喉笛に一本の棒手裏剣が突き刺さった。
 そして、郭図の傍らに立っていた兵士が、つるりと自分の顔をなでると、そこには、忍法『骨肉細工』によって、袁紹軍の兵士になりすました真庭蝙蝠のすがたがあった。

「―――、―――っ!!」
「もう少し、敵の部下にどんな奴がいるのか把握しておくべきだったな。もっとも、ばれるとはおもっていないけどな」

 喉笛を突き刺され、もはやパクパクと口を動かすしかない郭図に対し、蝙蝠は静かに言って聞かせるような言い方をした。
 それに対し、すでに瀕死の郭図は尚も現実を受け止める事が出来なかった。
 なぜ、苦しいんだ?
 なぜ、息が出来ない?
 なぜ、喉から血がでているんだ?
 なぜ、誰も助けない? 
 なぜ、この下手人を捕らえない?
 なぜ、こいつの存在に、誰も気がつかなかった? 
 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ…私、俺はこんなところで、死ななければいけない―――!!!
 もし、声を出せたなら、理不尽な結末に対する疑問の絶叫を上げていたであろう郭図は、ただ、ひたすら苦しみながら、歯を食いしばり、眉間にしわを寄せ、顔を強張らせながら、安らかとは程遠い死に顔で崩れ落ちた。

「最後まで見苦しかったな…まぁ、卑怯卑劣が売りの忍者に殺されるのが、お前みたいな悪党には充分な最後だろ」
「こ、蝙蝠さん!!どうして、ここに!?」

 すでに死体となった郭図を見下ろしながら、つまらなそうに呟く中、郭図の暗殺に唖然とする一同の中で、すぐさま蝙蝠と同じ真庭忍軍の頭領である蝶々が、大きな声で、蝙蝠がここにいることに驚いた。

「蝶々か。まぁ、その辺の事情は、追々説明させてもらうとして…で、こっちは、人質を取り返して、黄忠軍を味方につけて、なおかつ、袁紹は降伏を受け入れたんだけど、まだやり合うのか?」

 そんな蝶々を片手で制した蝙蝠は、未だ、呆然とする袁紹軍の兵士達に、指揮官である郭図を討ち取られても、尚、戦闘継続の意思があるかを尋ねた。
 袁紹軍の兵士らは、戸惑いながら、互いに顔を見合わせるが、行動でもってその答えは返ってきた。
 袁紹軍の兵士達は、全員迷うことなく、その場に武器を捨てた。
 結局、おのれの力を過信し、おのれの利の為に君主さえ欺いた郭図の信望などその程度でしかなかった。
 そして、この時点でもって、大規模な戦闘を迎えることもなく、郭図を入れて、袁紹軍兵士数十名の死傷者を出すにとどまり、楽成城における全ての戦が終了した。
 同時に、それは、鑢軍が袁紹軍を降すという快挙を成し遂げた瞬間だった。



[5286] 恋姫語23話<風林火山>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/05/16 22:53
=鑢軍・本陣=
 楽成城における袁紹軍との戦に勝利した鑢軍は、事後処理のために、楽成城の城主である黄忠とその娘:璃々、客将である真庭蝶々、厳顔、魏延、そして、袁紹軍の総大将である袁紹らとの会談に応じていた。

「つまり、あんた達は、こっちの陣営に付くってことだな」
「はい。これまで、中立の立場を取ってきましたが、もはやそれも限界でしょう。ならば、娘を助けていただいた恩義に報いる為にも、鑢軍に付こうかと思います」
「友の頼みとあっては、むげに断るわけにもいかんからのう。それに、おぬしらのような者たちなら、わしの武も活かせるというものだ」
「俺としては、蝙蝠さんと狂犬さんに合流できた以上、ここを離れる理由もないからな」

 七花の問いかけに、黄忠、厳顔、蝶々の3人は、それぞれの理由を語りながら、鑢軍に付く事を選んだ。
 もっとも、魏延だけは、何やら難色を示していたが…

「御主人様―!!戻ってきたんだね!!」
「ここで働かせてください!!お願いします!!一生のお願いです!!もうここしか考えられません!!全力全壊で、頑張ります!!だから、私に―――ぶっ!!」
「落ち着かんか!!」

 …桃香を見た瞬間、ころりと態度変えて、こっちが引くくらい何度も土下座しだしたので、とりあえず、興奮のあまり燃える魏延を厳顔に諌めてもらった後、魏延も将として、受け入れることになった。
 そして…

「髪切ったんだな、あんた」
「はい。この度の侵攻と郭図の所業はこの程度で許されるものとは思っていません。ですが、もし機会があるなら、私もあなた方の陣営に加えさせていただけないでしょうか」

 これまでの自分に決別するという意味もあるのか、自慢の縦ロールを全て切り落とし、髪を短くした状態で、七花達の前に現れた袁紹は、鑢軍への参加を願い出た。
 無論、愛紗や翠からの反発はあったものの、今回の一件での被害者である黄忠らが、袁紹を許したことにより、袁紹も許されることとなった。
 この後、鑢軍はすぐさま、軍をまとめると、袁紹の本拠地に先行した恋、白蓮、そして、顔良と文醜らと合流し、袁紹の本拠地を攻めてきた魏軍をまたたくまに蹴散らしていった。
 こうして、鑢軍は、魏と呉に肩を並べるほどの強国へと成長を遂げることになったところで、恋姫語、はじまり、はじまりv


                        恋姫語23話<風林火山>


=魏・許昌=
 数日後、鑢軍が、圧倒的に不利な戦力差を覆し、袁紹軍を下したとの報告は、魏を治める曹操らの元にも届いていた。

「鑢軍…中々に骨のある相手じゃない」
「まぁ、あの袁紹と郭図が取り仕切っていたのですから、ある程度は当然ともいえませんが」

 やはり目を付けたとおりと、不敵に笑う曹操に対し、虎牢関の一件にてまんまと嵌められた筍彧はやや不満そうな顔で指摘した。
 かつて袁家に仕えていた筍彧は、袁紹と郭図の無能ぶりをよく知っていたので、鑢軍を評価するというよりは、相手が袁紹軍だったからという見方をしていた。

「ですが、この度の戦で、鑢軍は大きな名声を得ました。さらに、袁紹の治めていた領地の大半を得て、楽成城の黄忠を筆頭に多くの将が鑢軍の元に集まり、各勢力の中でも油断ならない相手には変わりありません」
「そうですね~多分、将の質なら、各勢力の中で、こちらに次いで、群を抜いていますから~」

 それに対して、筍彧の同僚である、眼鏡をかけた実直な秘書のような少女:郭嘉(真名:稟)と金髪ロングの頭に人形を乗せた天然系少女:程昱(真名:風)は、少数の兵力でもって鑢軍が大軍の袁紹軍勝利したことにより、領土や人材面において、魏に勝るとも劣らない勢力になりつつあると判断していた。

「そうね…もっとも、私達も有能な将を得た訳なんだけど…張郃」

 曹操は視線を向けた先にいる一人の男―――元袁紹軍の将である張郃こと零崎軋識に名指しで呼んだ。
 鑢軍との会戦において、軋識は、袁紹軍を離脱した後、曹操軍に流れ着いてきたのだが、男嫌いの曹操ではあるものの、それを差し引いて、模擬戦とはいえ、夏侯姉妹二人を相手に善戦するほどの実力を有していた為、特例として曹操軍に仕官することが出来た。

「…有能なぁ。ただの敗残兵としては、勿体無い言葉だな」
「私が愛するのは、才のある者と美しい少女―――男は嫌いだけど、それを差し引いても、将として迎えるだけの価値はあるわ」
「身に余る光栄だな。まあ、精々やってやるさ」

 曹操の賛辞に、軽く相槌をうちつつ、軋識は興味な下げに受け流しながした。
 その場に同席した同僚達の半数から、嫉妬の眼差し向けられているのを感じつつ…。

「そういや、あんた、まだ、真名、名乗っ取らんけど…一応、教えてくれるか?」
「ん、ああ…俺の真名か。構わんないが…そうだな、俺の真名は、零崎軋識だ」

 とここで、虎牢関での戦にて、曹操軍へと降った張遼(真名:霞)が、これから共に戦う事になるであろう同僚である軋識に、親しみを込めて、軋識の真名を尋ねた。
 張遼の質問に、少々戸惑った軋識であったが、とりあえず零崎一賊など、この時代の人間が知る由もないかと考え、そのまま名乗る事にした。

「「「「「「「…………えっ!?」」」」」」」

 そして、次の瞬間、場の空気が一気に凍りつき、曹操をはじめとする魏の将たちも、全員何やら複雑な表情で、軋識からなるべく離れようと体を遠ざけると、次々に確認ともとれる質問が、軋識に向けられた。

「えっと、つかぬ事を聞くけど…あなた、その、変な趣味はしてないわよね?例えば、私との初対面で、<わが生涯一遍の悔いなし―――!!>って、いきなり叫んだりとか…」
「はっ?」
「或いは、たびたび、我らに、何故か、完璧に採寸されたせぇらぁ服という異国の衣装を送ったりとか…」
「はぁ!?」
「我らが、華琳さまと閨で事を行おうとした瞬間、<不純異性行為は、お兄ちゃんが許しません!!>などと、天井に張り付いた状態で乱入したりとかは!?」
「ちょ、ま…」
「私が、落とし穴を掘るたびに、わざと落ちて、自分で出れる癖に、ちょっと助けてくれないかなと言いつつ、べたべた手を触ったりとか…」
「うぉい!!」
「俸禄の代わりに、華琳さまに、自分の事を<お兄ちゃん>と呼んでくださいと、ねだったりとか…」
「落ち着け、ちょっと落ち着け…」
「あげくの果てに、部下3人を巻き込んで、女子中学校なる寺小屋を国の金で設立したりとか…」
「するかぁ―――!!つうか、何気に真実味ある例えちゃよ!?」

 上から順に、曹操、夏侯淵、夏侯惇、筍彧、程昱、郭嘉の妙に生々しい質問に、軋識は、思わず、零崎軋識としての口調に戻るほど、大声で否定しつつ、狼狽した。
 まさか、そんな変態じみた奴がいるはずは…

「いやぁ、嘘やと思う遣ろうけど…ほんまにあったことやからな」
「しかも、リアルかよ!?いったい、どこの変態…ん、女子中学校?」

 何やら遠い目をしている張遼の言葉に、思わず突っ込む軋識であったが、<女子中学校>という言葉が、妙に引っかかった。
 セーラー服、女子中学校、変態―――この3つの要素に当てはまる家族の一員が一人だけいる…否、いたと言うべきか。

「まさか…」
「おはようー。やぁ、華琳ちゃんに皆、良い朝だね。今日は新人さんとの顔合わせを兼ねた軍議と聞いたんだけど…」
「「おはようございまーす、華琳様―」」

 そんなはずはないと、思わず口にしそうになった軋識だったが、数秒で事実を認めることになった。
 恐らく、彼の手作りであろう制服を着た二人の少女―――許緒と典韋を伴ってやってきた背広にネクタイ、オールバックに銀縁眼鏡という時代錯誤な衣装を身につけた、背の高いものの痩せた身体が針金細工という印象を与える男―――魏で噂の変態にして、軋識のいた時代では、『自殺志願(マインドレンデル)』の二つ名で、裏の世界で恐れられた零崎一賊の一人、零崎双識その人だった。

「やっぱり、お前ちゃか…レン…」
「ん、その声は…アス、アスじゃないか!?まさか、こんなところで会えるなんて…」
「ああ、俺も、すごーく驚いてるちゃよ。まさか、こんな所で会えるなんて…」

 まさかの家族との対面に、驚きと喜びが満ち溢れた表情を浮かべる双識対し、魏での双識の変態行動っぷりを聞かされた軋識は素直に喜べず、すごく残念な表情をしていた。
 二度と会うはずのなかった家族との感動の対面のはずが、ものすごくがっかりな対面となっていた。

「そうだね。この分だと、トキもこっちに来ていても、おかしくはないだろうね」
「そうちゃね。でも、とりあえず、言いたい事があるちゃ」
「ん、何かな?久しぶりの再会に対する喜びの言葉とかなら大歓迎だよ」

 うんざりとした表情を浮かべる軋識に対し、尚も双識は、周りのしらけた視線に気にも留めず、親しげに話しかけた。
 分かっている…悪気はないのだろう…分かっているけど、こればかりは譲れない。
 とりあえず、意を決した軋識は、この場にいる皆の声を代弁することにした。

「お前には、色んな意味でがっかりちゃ!!後、やっぱりお前は、零崎一の変態ちゃ!!」
「変態じゃないよ!!仮に僕が、変態だとしても変態という名の殺人鬼だよ!!」
「「「「「「「余計悪いわぁ!!!!」」」」」」」

 軋識の変態発言に、思いっきり否定する双識を除く軍議に参加した一同の心が一つになった瞬間だった。

 その後、家族まで変態呼ばわりされて、むせび泣く双識と、本気で土下座して謝る軋識を宥めた一同は、軍議を再開することにした。

「えーとりあえず、今後の事についてですが、現在のところ、対抗勢力としては、天の御使いと称する鑢七花率いる幽州勢力と長江一帯を中心に勢力を拡大している孫権の率いる呉の二つです」

 現在、魏の対抗勢力として、二つの勢力が挙げられる。
 まずは、天下無双の称号を持つ天の御使いこと、鑢七花率いる幽州勢力である。
 勢力としては、国力は魏と呉に劣るものの、君主である鑢七花を筆頭に、呂布、関羽、張飛、趙雲、黄忠、馬超などの有能な将と、奇策士の異名を持つ否定姫を中心とした孔明、鳳統などの有能な軍師陣といった強力な人材と<兵農分離>という新しい制度を作り、極めて錬度の高い兵士による軍を持ち、攻めるとなれば、中々侮れない勢力である。
 対する呉は、呉の礎を気付いた英雄であり、二代目当主であった孫策が行方不明になって以来、妹の孫権が君主として、呉を統治している。
 国力としては、魏に次いで高く、大河<長江>という天然の要塞に守られた、守に易く、攻めるに難しという守りの堅い国である。
 また、強力な水軍を有しており、船による戦を不得手とする魏にとって、厄介な相手となっている。
 しかし、君主である孫権は、専守防衛に努めているため、こちらから仕掛けなければ、攻めてくることはない。

「ふむ、やはりそうなるか…どちらも、着実に力を付けている以上、手ごわい相手になりそうだな」
「だが、秋蘭。それは、我ら、魏とて同じ。例え、どんな相手であろうと、我らに敵うはずは…」
「ちょっといいかな?」

 郭嘉の説明を聞き、慎重な態度で事に当ろうとする夏侯淵に対し、魏の脳筋代表―――もとい猛将である夏侯惇は、あくまで強気の姿勢で事に当ろうとしていた。
 しかし、その途中、それまで、部屋の隅でメソメソ泣いていた双識が待ったをかけた。

「…何よ、変態。発言しないでくれる。妊娠したら、どうするのよ」
「何気に酷い!!うん、まぁ、とりあえず、対董卓連合や袁紹軍との戦における鑢七花の行動について教えてくれないかな?」
「はっ?何で、そんなことを知りたがるのよ。今は、鑢七花個人よりも鑢軍という勢力全体について検討すべきじゃ…」
「だからこそ、だよ、柱花ちゃん。鑢軍の強さは、有能な武将や軍師が多いことや<兵農分離>による練度の高い兵士がいることだけじゃない。むしろ、それらをおまけとして考えるべきだと思うよ」
「…何が言いたいのかしら、双識?」

 大の男嫌いである筍彧から邪険に扱われている双識であったが、話に興味を抱いた曹操が続きを促した。

「幻想だよ。鑢軍には、天下無双の称号を持つ最強の剣士<鑢七花>がいるから、鑢軍は強いという幻想さ。」
「幻想ですか?」

 なにやら、精神概念的なものを含んだ双識の言葉に、比較的現実主義者な郭嘉が首をひねりながら、怪訝な表情を浮かべた。

「でも、それって、違うんじゃないですか?いくら、鑢七花が強くても、万の軍勢に勝てるとは思えませんよ~」
「だろうね。けど、風ちゃん。幻想とはいえ、脅威には変わらない。例え、幻想でも、人がその幻想を信じ込んだ瞬間、幻想は現実を侵食し、現実を席巻すのさ。僕ら、零崎一賊がそうであったようにね」

 疑問の声を上げる程昱に対し、そう断言した双識は、かつて零崎一賊が経験した<小さな戦争>の仕掛け人である<策士>を思い出していた。
 零崎一賊を滅ぼす為に、最悪にして禁忌の存在―――家族のためならば、あらゆる敵と戦い、力を発揮する―――という幻想を崩そうと画策した一人の少女を。
 とりあえず、君の策を貸してもらうよ、そう心に呟きながら、双識は今後の方針を提示した。

「鑢軍がもつ鑢七花という<幻想>。これをどうにかしない限り、いかに兵の数を増やして、屈強な将や兵士がいたとしても、士気が上がらずに、戦の主導権を向こうに持ってかれると思うよ。まあ、具体的な方法としては…」
「「「「「…」」」」」

 対鑢七花を中心とした鑢軍攻略と言う、双識の説明に誰もが、呆気にとられていた―――まさか、この変態からこんなまともな意見が出ようとは、軋識と曹操除いて誰も予想していなかった。
 否、双識との付き合いの長い軋識と優れた人材を見抜く観察眼を持つ曹操故と言うべきか。
 でなければ、当の昔に、双識は魏から追い出されている。

「面白いじゃない、双識。少しだけ、見直してあげるわ」
「うん、ありがとう。できれば、お兄ちゃんといってね」

 双識の話を聞き終えた曹操は、なるほどと頷きながら、多少笑みを浮かべつつ、対鑢軍の策としては申し分ない策を出した双識を珍しく褒めた。
 もっとも、図々しくも、双識がお兄ちゃん発言お願いしたので、きっちり問題点を突きだしたが。

「と言いたいところだけど、もう一つの勢力:呉の事を忘れているわよ」
「あっ…」
「一応、専守防衛に努めているとはいえ、鑢軍を攻めている間に、呉に攻めてくる可能性も捨てきれないわ」
「さすがに二面作戦を取れるほど、我が軍に余裕はありませんからね~」

 双識の策には、魏の主力武将を総動員しなければならないという問題点があった。
 だが、そんなことをすれば、筍彧や程昱が言ったように、もう一つの対抗勢力である呉が、魏と鑢軍との戦の最中に、主力のいなくなった魏の領地に侵攻してこないとも限らない。

「はい、は~いvお困りのようなので、呼ばれて飛び出て、私惨状ですぅ~」

 もっとも、曹操にとって最も厄介な少女―――ちょっとした誤字を交えて、可愛らしさを振りまいている堂々と遅刻してきた司馬懿の抱える戦力を加えない場合なのだが。

「おや、司馬懿じゃないか。今日も絶好調だね」
「今日もじゃなくて、いつもですぅ、お兄ちゃん~」
「あっそ。で、御用事なんだい?」
「なん…だと…?」

 双識好みの少女である司馬懿に、お兄ちゃんと呼ばれて、喜ぶどころか興味無さそうにそっけなく返す双識を見て、軋識は愕然とした。
 どういう事なのか尋ねようとしたが、すぐさま、軋識の疑問は晴れることになった。
 それまで純真な少女の笑みを浮かべていた司馬懿の表情が、仮面をかぶった瞬間、皮肉めいた笑みを浮かべる少女―――もう一人の司馬懿へと入れ替わった。

「なぁに、対呉の足止めだがよ。俺と俺のダチに任せてもらえねぇかな?」
「あなたの?…まさか、五胡王を呼び寄せるつもりなの?」
「そうだけど。何か問題でもあるのか?」

 司馬懿の提案を聞き、訝しげに尋ねる曹操に対し、当の司馬懿は折角の提案を疑問視されたことに、首をかしげた。
 だが、他国の援軍とは、常に腹に一物を抱えているものであり、援軍を送った君主の心次第で、自国を脅かす恐るべき敵となるため、裏切られた際の危険度は極めて高い。
 しかも、相手は何度も中原を脅かしてきた五胡族―――とてもじゃないが信用はできない。
 当然のことながら、真っ先に筍彧が日頃の鬱憤と相まって、声を荒げて、猛烈に反対した。

「大有りに決まってるでしょ!!どこの世界に、余所者の王に自国の防衛を任せる馬鹿がいるのよ!!」
「ここにいるですぅ~」
「そうじゃなくて、反語表現!!」

 実に御約束な即席漫才―――。

「あ~分かってるっての。けど、呉を抑える戦力としちゃ充分だろ?」
「む、う…」
「それは、確かに、そうですが…」

 しかし、双識の策を実行しようとするならば、呉への牽制も必要であり、それを他国の袁軍で補おうとする司馬懿の提案も一概には否定できない。
 それを分かっている筍彧と郭嘉は、それいじょう強く言い返すことが出来なかった。

「安心しろって。あいつにゃ、ちゃんと言い聞かせておくからよ。この国乗っ取るなってな」
「そうね。ただ、あなたも、充分信用できるとは思えないけど」
「かっかっかっか…手厳しいねぇ」

 曹操の痛烈な皮肉に対し、からからと笑い声を上げる司馬懿―――そこにあるのは、君主と臣下という関係より、何時でもお互いの喉笛を噛み千切らんと、隙を狙う二頭の虎のように見えた。
 少なくとも、軋識にはそう見えた。

「まぁいいさ。ついで、だから、俺の可愛い可愛い子分どもも預けてやるから、存分にこき使ってやってくれや。久々の大戦が期待できそうだからな」
「ええ、ぜひ期待させてもらうわ。あなたの忠実な親衛隊をね」

=涼州・魏軍駐屯砦=
 曹操と司馬懿による虎同士の喰らい合いさながらの軍議が行われている許昌から、遠く離れた涼州に置かれた魏軍駐屯砦では、軍議の2日前に司馬懿から送られてきた集結要請に従い、司馬懿直属の親衛隊が移送の準備を整えていた。

「ふん、仲達殿からだ。どうやら、お前の待ち望んでいた大戦とやらに駆りだされそうだぞ」
「ってことは…大暴れお楽しみ満漢全席、超最高決定ってことすね!!私、絶好調!!敵さん、超不こ、ぬおっ!!」
「はしゃぎ過ぎだ」
「出立、何時?」
「すぐに、だそうだ。相手はかの有名な鑢軍…なかなか遣り甲斐のある相手じゃないか。精々期待させてもらおうか」
「…」

 そして、涼州侵攻において最も戦果を上げた司馬懿直属の親衛隊の隊長格である4人組が久しぶりの大戦の準備に取り掛かっていた。

「へへへ…兵ぞろいの鑢軍が相手とは、腕が鳴ってきましたね」

 その疾きこと風の如く―――得物である重藤弓を肩に掛けた短髪で、ギラギラした目と犬や狼を思わせる鋭い歯を覗かせながら笑みを浮かべる少女。

「…」

 その徐なること林の如く―――手入れをしていた向こう側が透けて見えるほどの刀を鞘にしまった、顔を虎を模した仮面で隠し、一言も言葉を発しない淡い桃色の髪と小麦色の肌を持つ女。

「やる事は変わらんがな。だが、遣り甲斐はありそうだ」

 侵略するごと火の如く―――身の丈を軽く超える槍の穂先に左右対称の枝刃がある槍―――十文字槍手にした洛陽にて李儒と密会した火傷顔の女。

「相手、不足、無」

 動かざるごと山の如し―――身の丈は、常人をはるかにしのぐ10尺という、一見しただけでは、甲冑鎧の化け物と思わせる完全武装の鎧武者。
 彼女ら4人こそ、涼州侵攻の際に猛威を振るい、立ちはだかる敵軍をことごとく打ち負かした司馬懿の誇る親衛隊―――風林火山の銘が掘られた武器を持つ人外集団・龙造寺院四天王であり、後に起こる対鑢七花との戦いにおいて、重要な役目を担う事になる。
 そう、鑢七花の抹殺という役目を完遂させるために…。



[5286] 第24話<信念相違>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/07/27 23:15
 誰かが言った。

「まずいことになったですぅ~」

 それに対して、誰かが応える。

「まあ、当然といえば、当然の措置じゃねぇか」

 すると、

「そう当然だ。だが、無視することはできない」

 誰かが、誰かに同意した。

「相手はあの乱世の奸雄と謳われる娘だからね。警戒すれども、侮らない方がいいね。これはあくまで、私としての意見だが」
「そうはいっても―――」

 そして、誰かが自信たっぷりにこう宣言した。

「ただ、従うつもりなど毛頭ないがな」
「「「「当たり前だ(ね、ですぅ)」」」」

 他の誰か達も、同じく同意した。

「じゃあ、とりあえず、曹操や魏の将らに対する対応は、俺に任せてもらおう。俺の技なら、充分対応できる。それに、―――には、個人的な恨みもある」
「なら、―――さんも、お願いするですぅ」
「では、私も手伝おうかね。ちょうどこれにも飽きていたところだ」

 とりあえず、誰かが立候補して、誰かが、誰かを誰かの手助けするのを提案して、誰かもそれを受け入れた。

「ふむならば、私は―――に向かう事にしよう」
「決まりだな。後は、決戦まで下準備といこうぜ」

 誰かが、何処かに向かう事を決めたところで、誰かがまとめて、話は終わった。
 誰かによって、何かが計画されているところで、恋姫語、はじまり、はじまりv


                         第24話<信念相違>  


=市街地・中央通り=
 青々とした空のもと、道を駆けまわる子供たちに、威勢のいい声で客を呼びとめる店主、井戸端会議で盛り上がる主婦達―――袁紹軍との戦に勝利した鑢軍の本拠地である幽州は、以前にもまして、大いに賑わっていた。

「へぇ、前に来た時より、結構賑わってるもんだな」
「そうですな。それだけ復興が進んでいるという事でしょう」
「うん、そうだね」

 そして、事実上幽州の君主である七花と桃香、二人の護衛(兼監視役)である愛紗は、街の視察を兼ねて、そんな賑やかな街通りを歩いていた。
 袁紹軍との戦を終えての、久々の平穏を、七花達は、満喫していた―――

「あらぁんvお久しぶりねぇん、御主人様に、桃香ちゃんに、愛紗ちゃんv」
「ん?綺麗どころ二人も連れて、うらやましいわね、七花君」
「うう…御主人様、助けてください…」
「外に出ようって誘われたら…」
「…うう、いつか、訴えてやるぅ」

 ―――野太いおっさん声でおかま言葉使う、エプロンつけた鎧―――もとい貂蝉と、その隣で、貂蝉の淹れた御茶を飲みながら、書類をまとめる否定姫、泣きながらそれを手伝う朱里と雛里、詠に見つかるまでだが。

「貂蝉に、姫さん…どうして、こんなところに…」
「うふんvそれはね、私、先日から、ここで喫茶店を開くことにしたのよv否定姫ちゃんは、その御客様第一号って、訳v」
「否定する。御金支払わないから、客じゃないわ」
「ひどっ!!折角、仲良くなれると思ったのに~後、私は、いつ、鎧を脱いで良いのかしら?結構、蒸れちゃうだけど…」
「私の視界に入る時は、いつまでも脱がないで欲しいわね」
「鬼ぃ!?この子、素で鬼畜すぎるわよ!?」

 厳つい甲冑姿で、体をくねらせて打ちひしがれる貂蝉―――賊刀<鎧>の前所有者がみたら、さぞや嘆く事であろう。

「それにしても、結構、ここも賑やかになったよね…商人の人たちもたくさんくるようになったし」
「ん?そうね…一応、街の区画整備や道の整備のおかげもあるけど、一番大きいのは、袁紹軍に勝ったという事実ね」
「そいつが、どうかしたのか?ただ、袁紹軍に勝っただけじゃん」

 街を見て回った感想を言う桃香に対し、否定姫は、仕事をしつつ、街の活性化を促した一番の要因を事もなげに言った。
 もっとも、経済方面の知識に疎い七花には、今一つ実感できないことであったが。

「分かってないわね。ただ袁紹軍に勝ったんじゃなくて、こっちより圧倒的に兵力数が上の袁紹軍に勝ったことが、重要なのよ」
「んっと、数が多い事が大切ってこと?」

 呆れた口調ではあるものの、詠は袁紹軍との戦において、何が重要であるのか、七花に端的に教えた。

「はい。兵力差が多ければ多いほど、多い方が「勝って当たり前」で、完勝するのが当然です。もし、これで辛勝という結果なら、兵力の多い側としては、恥以外の何物でもありません」
「それが、勝つならまだしも、引き分け或いは負けたともなれば、兵力の多い側は弱いと侮られて、見られちゃいます。そして、そんな国にいたんじゃ、安心に商売はできないですから、商人さんたちは、逃げだして、余所へ移ります。当然、国力も弱くなり、軍備に回すお金がなくなって、さらに弱体化しちゃって、また戦に負けると言う悪循環が起こるんです」
「そして、逆に、兵力が少数の側が勝った場合、負けて当たり前を覆すわけだから、その評判も鰻登り。他国の勢力からも、警戒されて、手出しを出すことも少なくなり、平和になる。平和になれば、当然、噂を聞きつけた商人達もこぞって、やってくる。商人が来るなら経済も潤うってわけよ」
「ほへぇ…そんな事まで考えてあるんだ。すごいんだねぇ…」
「なんかややこしくて、俺には今一分からねぇんだけど」

 朱里、雛里、詠―――鑢軍の誇る三軍師の解説を受け、桃香と七花は、完全に理解したとは言い難いものの、戦一つでここまで経済に影響を及ぼすものなのかと感心したように呟いた。
 とここで、愛紗が、否定姫たちの持ちこんだ仕事に興味があったのか、否定姫に尋ねる事にした。

「ところで、仕事と言うのは、いったい、何をなされているので?」
「ん?ちょっとした軍の編成よ。うちも結構大所帯になったから」
「はぁ…!?ちょ、そんな軍の機密をこんな人通りの多い所で、処理しないでください!!」
「大丈夫よ。貂蝉にはこの部屋に人が近づかないように、人払いするよう、伝えてあるし。一応、暗号文にはしてあるから、一目見ただけじゃ、わかりっこないわ」
「むう…そういうことであるならば、何も言いませんが…」
「それで、どんな、感じになってるの?」

 軍の機密事項の扱いが軽すぎる事にやや不満を持ったものの、あっけらかんとした否定姫の態度に、さすがの愛紗も不承不承引き下がるしかなかった。
 代わりに、君主と言う事もあり、今後の事も含めて、桃香が、どういう配置になったのか、朱里に尋ねてきた。

「はい。ほぼ全ての人員の配置は完了したんですけど…」
「けど?」
「…御主人様や恋さん、まにわにの皆さんをどこに配置しようか決まらないんです」
「そろいも揃って、問題児ばかりだから、しょうがないとはいえ…」
「あ~なるほどなぁ」

 雛里や詠の言葉に、七花は、納得するように頷いた。
 天下無双と謳われる鑢七花、その七花とほぼ互角の武を持つ恋、特異ともいえる技量を持つ暗殺専門の忍者集団まにわにの初代頭領である蝙蝠、狂犬、蝶々―――この五人に共通する事は一つ―――兵士としての武は最強なのだが、将として兵を率いる才が皆無に等しい事だった。

「そのことなんだけど、いっその事、この5人だけで部隊を作ろうと思うのよ」
「え、五人だけって…」
「ぶっちゃけた話をすると、ここまで、個性的な面子に兵を率いらせるのは、難しい。なら、無個性な兵を率いらせるより、あえて、個性を活かす為に少数精鋭部隊として、運用した方がマシってことよ」

 一見すれば、数が多い方が強いという古今東西の戦における常識を無視した、無茶ともいえるような否定姫の考え方かもしれないが、七花たちの有効活用を考えるならば、最善と呼べるかもしれない。
 元々、実力が常識を無視した面子なのだ、常識に囚われては、その力を最大限に引き出せないという事だ。

「たしかに、それしかないですね…」
「私も、否定姫さんの意見に賛成です」
「というか、それ以外の方法がないと言った方がいいわね」

 若干、非常識ではあるものの、他いに代案がない以上、朱里、雛里、詠も賛成せざるをえなかった。
 もっとも、この編成に不満を抱いている者もいないわけではなかった。

「あの、否定姫殿…一つお伺いしたい事が…」
「何よ?」
「いえ、先ほど仰られた部隊の編成ですが、ご主人様や恋達の力を活かす為の編成とおっしゃられましたが、本当に、それだけですか?」
「もちろんそうよ。何で、そんなこと聞くのよ」
「いえ、別に…」

 愛紗としても、七花や恋達の実力を知っているはずだが、どうしたのか?
訳が分からず、首をかしげる否定姫に対し、不満そうな顔で不承不承引き下がる愛紗であったが、思わぬところ―――ことの成り行きを見ていた桃香が、愛紗の胸中をずばり言い当てたような質問が飛び出した。

「愛紗ちゃん、もしかして、恋ちゃんが御主人様、一緒の部隊にいるから?」
「え?」
「はぁ?」

 桃香の予想外の質問に、思わず間の抜けた声を出した愛紗と七花であったが、その他の面々は、あぁ…なるほどっと納得し、次の瞬間、何か微笑ましいものをみたような笑みを浮かべた。
 しばし、惚けていた愛紗であったが、周りの空気に気付いたのか、顔を真っ赤に赤らめて、大きな声で否定しだした。

「な、な、何を言ってるのですか、桃香様!!わ、私は、そのような不純な気持ちで言ったのでは…」
「ああ~そういう事、結構真面目かと思えば、案外可愛いところあるじゃない、愛紗ちゃんv」
「ひ、否定姫様まで、何を!!」

 久しぶりに弄りがいのある相手を見つけて、思いっきり含んだ笑みを浮かべる否定姫に、半泣きになりながらも、愛紗は必死になって否定した。
 まあ、その通りだと自供しているもんだが。
 とここで、店の方で仕事をしていたはずの貂蝉が部屋に入ってきた。

「あらぁ、随分と賑やかじゃないのぉ、皆」
「あ、貂蝉さんじゃねぇか。どうかしたのか?」

 何事かと思い、七花が尋ねると、貂蝉は困った顔で、用件を告げた。

「ええ、ちょっとしたお客さまよ」
「人払いをしたはずなのに、ここに寄越すなんて、随分な持て成し用じゃない」

 不満そうな顔する否定姫だったが、貂蝉は、ちらりと後ろを見ながら、しょうがないでしょとぼやくように、その客人を中に招き入れた。

「僭越ながら、失礼します。私の名は、性は姜、名は維、字は伯約。涼州天水群より、鑢軍に仕官の申し出を願いにきました。」
「「「「「「…」」」」」」

 皆、言葉が出なかった。
 中華では見かけない奇妙な衣装―――欧州ではドレスと呼ばれる類の服を着て、腰に金属製の強制しめつけ具のようなものを巻きつけ、腰まで届くほど長く伸ばした白髪と透き通るような白い肌を持つ女性:姜維の言葉に、愛紗や桃香は、もちろんのこと否定姫さえ――要するにこの場にいた一同全員が、見惚れていた。
 それほどまでに、姜維は、女性さえ虜にするような美しさを兼ね備えていた。
 もっとも、七花については、例外なのだが…

「へぇ…随分と変わった格好をしてるんだな、あんた」
「…幽州の天下無双王と噂される鑢七花様ですね。よく言われます。この衣装は、とある西方から来た商人から仕入れたものです」
「…ところで、仕官に来たと仰いましたが…どのような理由で、我が軍に?」

 珍しそうに、しげしげと姜維の衣装を見ながら、感想を口にする七花に対し、姜維としては、この手の質問に、慣れているのか、そっけなく答えた。
 それが、ちょっと気に入らなかったのか、やや棘のある言い方で、愛紗が、仕官理由について尋ねると―――。

「至高にして敬愛する諸葛孔明殿の元で働く為です」
「…はわ?はわわわわ!!わ、私ですか!?」

 ―――はっきりと、まるで、それ以外の答えがないと言わんばかりに、朱里の為だと断言した。
 これには、思わず、朱里も大慌てであった。
 何しろ、姜維の発言は、君主である七花と桃香を蔑ろにしていると思われかねないものなのだから。

「えっと、そこは、建前でも、天下太平の為とか、七花君の為に尽くしたいとか、言うもんでしょ」
「ありえません。孔明殿以外の為になど誰が忠誠を尽くすものか」
「ううう…そこまで、きっぱり言わなくても…」
「というか、あり得ないくらい融通の利かないやつね」

 とりあえず、苦笑する否定姫が、言葉を濁そうとするが、それさえも、構わず、姜維はきっぱりと言い捨てた。
 あまりの徹底した朱里第一主義な姜維の態度に、桃香は幅泣きしつつ、落ち込み、さすがの否定姫も、その頑固さに呆れるしかなかった。
 多分、今、朱里が死ねって言ったら、即断即決で自害するんだろうなぁーと思いつつ。

「ま、まぁ…とりあえず、今後の事も含めて、一度城に戻りましょう。話はそれからですけど、よろしいですか、姜維さん?」
「…」
「あ、あの、一度、皆さんに会ってもらう為に、城まで一緒にいきませんか?」
「はい、孔明殿の指示であるならば」
「ううう…無視されちゃいました。朱里ちゃんには、反応したのに…」
「あー落ち込まない、落ち込まない・・・」

 姜維に無視されたのが思いのほかショックだったのか落ち込む雛里を慰める詠―――とここで、またもや、深刻そうな顔をした貂蝉がやってきた。

「御主人様達、お客さんよ」
「また?今、忙しいから、帰ってもらうよう言ってくれないかしら」

 貂蝉の言葉に、あまり乗り気でない否定姫は、うんざりとした表情で会うのを拒否しようとした。
 ただでさえ、君主を蔑ろにして、家臣に忠誠を誓ってるような奴がやってきたのだから、無理もない事だが。
 しかし、貂蝉はため息を吐きつつ、首を横に振った。

「それができれば、苦労はないんでしょうけど…ちょっと出来ない相談なのよね」
「「?」」

 厄介な事に巻き込まれたと、頭を抱える貂蝉に対し、どういうことだと首をひねる一同であったが、その答えは、訪ねてきた客人の姿を見る事で、すぐさま分かる事となった。

「あら、一国の主が訪ねてきたというのに、連れないじゃないの」
「げっ、あんた…!?」
「そ、曹操さん!?」

 念の為か、商人の変装をし、髪も、いつもの金髪ダブルロールではなく、まっすぐに整えてあるが、その自信に満ちた覇気と不敵な笑みは間違いなく、曹操本人であった。
 敵対候補国の君主と言う予想外の来客に、否定姫は苦い顔をして、天敵にあったような表情となり、桃香も、思わず驚きの声を上げた。

「はじめまして、零崎双識―――華琳ちゃんのお兄ちゃ、ごふぅ!!」
「あなたのような兄なんて、うちにはいません(殺す笑)」

 ――――要らん事を言って、曹操の裏拳をまともに喰らって、仰向けに倒れた変態男もやってきた。


 その後、極秘会談ということで、七花、桃香、否定姫を残して、愛紗らは一時城の方へ帰路に着くことになった。
 なお、愛紗はしぶい顔をして反対はしたものの、否定姫の命により、店主である貂蝉によって、城まで強制運送され、つまみ出されることになり、城に戻った後、乗り物酔いをした愛紗は、すぐさま厠に直行することになったのは関係のない話である。

「御主人様と桃香さん、大丈夫でしょうか…」
「一応、否定姫さんが、補佐に付いているけど…」
「不安度が、さらに増したわね」

 時折、空気の読めない七花、天然ボケな桃香に、人を怒らせる事に掛けては天性の才を持つ否定姫―――何も起こらないと言う方がおかしい。
 不安だ―――朱里、雛里、詠の三人が、曹操を怒らせて、魏軍との全面戦争決定などという嫌な未来予想図を考えながら、歩いていると…

「邪魔だ、どけぇ!!」
「きゃっ!!」
「朱里ちゃん、大丈夫!!」
「はうう…お尻、うっちゃいました…」
「見たところ、ただの物盗りみたいね。ま、警備隊に任せ―――貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!―――って!?」

 警羅の者に追われていたのか、盗人らしき男は、前を歩いていた朱里を突き飛ばすと、そのまま走り去って行った。
 突き飛ばされた朱里の方は、尻もちをついてしまったのか、上手く立ち上がれず、慌てて駆け寄った雛里に手を貸してもらいながら立ちあがった。
 一方の詠は、朱里を突き飛ばした盗人の特徴を覚え、警羅の者たちに伝え、後を任せようとしたが、それまで無言無表情で付き従っていた姜維が、まるで別人のように感情をむき出しにして、怒声を咆える姿を見て、思わず目を見張った。

「え、姜維さん…?」
「孔明様を傷つけてた罪、死して償えぇえええええ!!!」
「―――このまま、逃げ、に、ぎゃああああああああ!!」


 突然、感情のタガを外れたかのように、憤怒した姜維は、腰に巻きつけてあった金属製のしめつけ具―――否、長い帯のように極限まで薄く引き延ばされた刀を構え、前方にいる盗人に斬りつけた。
 得物を追う蛇のように放たれた刃は、一気に盗人に迫ると、紙一重でかわそうとした盗人の脚を抉るように切り裂いた。

「ぢ、ぢぐじょおおおお!!お、おでの、足、あしがあ、あがやぁ!!」
「貴様のその足要らんよな…ちょうどいい、両方とも切り落としてやる」
「ちょ、そんな人の往来で!!」
「はわぁ!!だ、駄目です、姜維さん!!だめぇええええええ!!」

 尚も、容赦ない攻撃を仕掛けようとする姜維に対し、大慌てで、朱里は姜維の服に跳びつき、しがみついた。

「だ、駄目です!!乱暴はいけ…ませ…ん?」
「え、ええええええ!?」
「あわ、あわっわわわわあ!!」

 なんとか、姜維の、盗人に対する攻撃を抑える事のできた一同は唖然とする事になった。
 ―――ドレスのスカートで隠れていた部分から見える、姜維の備えたモノ―――男の象徴ともよべるモノに対し。

「…すみません、孔明様。私、こう見えて―――」

 男なんですと、答えた瞬間、朱里の声なき絶叫が街中にとどろく事になった。
 そう、姜維は、男の娘だった―――。
 

 一方、街中の喫茶店では…

「…」
「…」
「…」
「…」
「…」

 目下、中華最大勢力と称される魏の王である曹操と付き人兼保護者(本人談)零崎双識の突然の訪問により、七花、桃香、否定姫を交えた緊急の極秘会談が行われようとしていた。
 ともすれば、中華全土を巻き込んだ戦争に、すぐさま入りかねない状況に、皆、中々、口を出せないでいた。

「とりあえず、聞きたいんだけどさぁ…あんた、何しに来たわけ?」
((軽っ!!しかも、直球!!))

 まあ、否定姫については、やや例外みたいだが…。

「宣戦布告…」
「「「…!!!」」」
「と、言いたいところだけど、今日は挨拶に来ただけよ。強大な袁紹軍を打ち破った鑢軍の双君主に謝辞でもとね」
「あら、それはどうも。けど、どうせなら、手土産の一つは欲しいところね。領土の一部か、城頂戴よ」

 言葉と言葉の応酬―――否定姫と曹操は、冗談を交えつつ、互いに笑みを浮かべた。
 ―――両者ともに眼は笑っていなかったが。
 とここで、七花は、熱い眼差しで曹操を見る変態―――双識に、ある事を尋ねる為、話しかけた。

「ところで、あんた、零崎って言ってたけど…」
「察する通りだよ。零崎儒識とは、家族だったよ。もっとも、儒識君は、距離を置きがちだったけどね。だけど、家族には変わりない。だから、僕は君達を殺すつもりだよ」

 七花の問いに、事もなげに、李儒―――零崎儒識との関係を暴露する双識ではあったが、それほど仲は良くなかったのを思い出したのか、すこしさみしげに答えた。
 とそこで、今度は、双識の様子を見て、何かを思ったのか、桃香は、真剣なまなざしで、双識に尋ねた。

「あの、双識さん。聞いていいですか?」
「なんだい?僕が答えられる範囲なら、構わないよ」
「…どうして、人を簡単に殺せるんですか?」
「…」

 桃香には、理解できなかった。
 大切な家族の仇を討つと、双識は言った―――ならば、殺す相手にも大切な人や家族がいることだって、分かっているはずなのに、どうして―――?

「確かに、戦になれば、国や家族を守るために仕方なく、戦わなくちゃいけないし、殺さないと事は、納得はできないけど、分かっているつもり。でも、儒識さんのしたことは、明らかに違う!!殺さなくてもいい人たちまで、殺してる!!どうして、どうして、そんな殺さなくてもいい人まで…!?」
「…そうだね。まず、これだけは言っておこう。僕ら、零崎一賊の前には、殺すか殺さないと言う二択はありえない。殺す事が前提にあるんだ。なぜなら、僕達、零崎は殺人鬼の集団なんだから。もう後戻りはできない―――零崎にとって、人殺しは生き様なんだ」
「…っ」

 どうしようもない―――もはや変える事のできない本質なのだと、異端の存在でありながら、<普通>に憧れる双識は、目の前にいる、夢見がちではあるが、平凡な、それ故に、自分達とは相容れることのない<普通>の少女―――桃香に、断言した。
 桃香は、絶句したものの、やはり納得できないものがあるのか、唇を噛みつつ、双識を、眉を潜ませながら、見るしかなかった。
 とここで、零崎一賊にとって、一番の標的である七花が、曹操にある疑問をぶつける事にした。

「曹操。あんたは、その事を知っているのか?」
「ええ、一応ね。けど、それが、どうしたというの?」
「いや、どうしたも、何も、そんな危ねぇ奴を何で、臣下にしたんだよ…」

 これは、自身を刀とする虚刀流―――七花にしてみれば、理解しがたい事だった。
 零崎一賊とは、殺人鬼の集団―――つまるところ、鞘というモノが存在しない、主の命令がなくとも、勝手に人を斬る妖刀のようなものだ。
 そんな物騒な刀―――零崎一賊をなぜ、曹操は家臣として迎えたのかが、七花には分からなかった。
 だが―――

「愚問ね。双識は、人殺しが生き様と言うほどの殺人鬼よ。後、変態だし。もし、今の世が、平治であるならば、忌むべき犯罪者でしょうね。変態だし。けど、今は、乱世の時代、人殺しに長ける殺人鬼は、もっとも人を殺すすべを知る有能な兵士として、その才能をいかんなく発揮できるわ」
「要するに、身分に問わず、素状に問わず、唯、才能のみを是とするという訳ね」
「そういう事よ。例え、双識がどうしようない変態な殺人鬼であろうと、その才能を活かさないのは、愚者のすることよ。要は、その才能を、力を我が覇道に活かせるかが、重要なの」
「ついでに、善悪の是非も問わず…その思想、力による覇道を掲げるあんたを認めてあげない事もないわ。曹操、あんたを潰すのが惜しくないこともないわ」
「それは、どうも。私も、あなた達とは仲良くやりたかったんだけど…無理な相談みたいね」

 ―――それさえも、曹操は、乱世においては殺人鬼としての本質さえも、有効利用できると考え、零崎一賊を抱え込むのだと断言した。
 身分も、素状も、思想も、善悪も関係なく、己が覇道に必要ならば、是とする―――それが、曹操の目指す物―――絶対的力による覇道!!
 曹操の覇道を聞き終えた否定姫は、皮肉めいた笑みを浮かべつつ、その思想を肯定しつつ、決して相容れないであろう敵に宣戦布告ともとれる言葉を発した。
 だが、この場に、曹操と否定姫―――両者の考えを受け入れる事の出来ない少女がいることに、曹操は気付いた。

「納得できないみたいね、劉備」
「当たり前です!!曹操さんも、否定姫さんも、間違ってます!!そうやって、力で侵略して、人を殺して…それで本当の平和が来ると思ってるのですか?」

 皮肉げに笑みを浮かべる曹操の問いに、怒りを含ませた声を上げながら桃香は、勢いよく席を立ちあがり、曹操は否定した。
 大凡、認めることなどできない―――乱世に苦しみ人々が笑って暮らせるような平和な国を作る事を願う桃香にとって、曹操の、力のみで人を治める覇道は認める事の出来ない事だった。
 そんな桃香に対し、曹操はまっすぐに見据えながら、この世間知らずの少女に現実を教えてやることにした。

「本当の平和ね…なら、あなたは、なぜ、鑢七花という天下無双の武という、あなたの大嫌いな力を持っているの?」
「力じゃありません。志を同じくした大切な仲間です」
「同じことよ。鑢七花は、既に数々の戦場で名を上げて、今や、中華で知らぬ者はいない名実ともに天下無双と呼ぶにふさわしい力―――いえ、刀かしら。だからこそ、人々は考える。相手がそんな刀を持っていれば、怖くなって、斬り返そうとしてしまう。斬られるかも、斬られるだろう、そして…斬られる前に、斬ってしまえとね。そして、私はより確実な方法を取るわ。斬って、斬って、斬りぬいて…降った相手を、私は慈しむわ。私に従えば、もう斬られる事はないと教え込むの」
「そんな、無茶苦茶な…!!そこまで、ずっと、戦い続けるつもりですか!!」
「そうよ」
「…っ!!」

 平和な世を築く為に、桃香のもっとも忌む力に頼らなければないという矛盾、その力の本質、その力の本質を理解し、自身がなすべき行動を実行できる―――曹操は、愕然とする桃香に対し、そう断言した。
 迷う事もなく。

「この乱世の時代、数多の国々が、己が覇を極めんと、各地で争っているわ。ならば、私は、力による覇道によって、この国を一つとし、天下万民の全てが望む平和を築く―――これが、曹猛徳の、否、曹猛徳に従う全ての者たちの天命であるなら!!」

 誰かがやらなければならない事なら、この曹操がやらなくて、誰がやる?
 否、この曹操以外に他ならない!!
 それは、まさしく一本の巨大な鋼の柱のような、曲がる事ない信念と衰える事を知らない野心の元に構成された曹操の本音、本質を語っていた。
 それを聞き終えたうえで、何時もの皮肉めいた笑みを浮かべるのを止めた否定姫は、未来を知るものとしての忠告をした。

「…一言だけ忠告してあげないこともないわ。曹操、あんたの覇道に付き合わされて、死ぬ奴は、敵味方を含めてごまんといるはず…いえ、出てくるわよ。あんたは、その屍を乗り越えて、天下に辿り着ける覚悟はあるのかしら?」
「そうでなければ、こんな所に来ないわよ」
「…ほんと、嫌になるくらいあの不愉快な女と同じなんだから」

 否定姫のぼやきに、それまで茫然と聞いていた七花も納得するしかなかった。
 立場、望むところの違いはあれど、その目的に目指す為に手段を問わず突き進む本質はまるで同じだった。
 この曹操という少女はまるで―――とがめだ。

「でも、そんな…そんな力で抑えつけたような事が正しいなんて…」
「なら、劉備ちゃん。僕から君に質問なんだけど…」

 それでも、尚、曹操の覇道を、受け入れる事の出来ない桃香に対し、このあまりにも<普通>の少女が抱くには大きすぎる望みを絶つ為に、双識は問いを発した。

「…君の望む世界は何なんだい?」
「そ、それは、皆が笑って暮らせるような、優しい国を作る事…」
「…どうやって?」
「え…?」

 桃香の望みを聞いたうえで、いかようにして実行するかと言う、双識の問いに、桃香は戸惑い答える事が出来なかった。
 否、方法を知らないが故に、答えるすべがなかった。

「そう…それが、僕が、君を<不合格>とする理由だよ」
「な、何が、不合格なんですか!!殺し合いをしなくてもいい、戦争がない、皆が笑って暮らせるような、優しい国を作る事が間違いなんですか!!」
「願う事は、間違いじゃない。けど、それを築くのに、具体的にどうするかという方法が明確じゃないんだ。そして、方法を明確にしても、君の願う国には、皆が笑って暮らせるわけがない―――なぜなら…」

 否定されてもなお、それでも譲ることのできない望みを持つが故にあがなう桃香に対し、双識は意を決して止めを刺す事に―――桃香の望むを殺す事にした。
 桃香の願う国が抱える最大の矛盾を―――!!

「…皆の中には、僕ら零崎一賊や君の所にいる鑢七花―――殺す事や争う事を生業とする者こそが、君の願う優しい国に不必要なものだからだよ」
「…!!」

 皆が平和に生きられる世界―――その世界は平凡で当たり前の、<普通>の世界に忌むべきなのは<異端>と言う名の異物。
 その最たるものは、殺人という行為無しでは生きられない零崎一賊、暗殺専門の忍び集団<真庭忍軍>、人としての力を逸脱した<恋>、そして、人でありながら一本の刀という―――いわば、人間兵器といって差し支えない虚刀流七代目当主<鑢七花>―――いずれも平和な世では異端にして異物、害をなすものに他ならなない。
 桃香の望む世は、すなわち異物である自身の身内や主すら斬り捨てねばならない―――皆が笑って暮らせる国には多くの犠牲が必要なのだ!!
 それは桃香の望む願いとは程遠いものでしかない。

「君の望みは、前提条件から矛盾に満ちているんだ。だから、僕は、君に<合格>を言い渡すわけにはいかない。少なくとも、今の段階ではね…」
「…っ」
「でも、さぁ…それだったら…」

 無表情で言葉を淡々と紡ぐ双識に、何も言い返せない桃香であったが、黙り込んでいた七花がある事を思い出し、双識の言う矛盾を打破できる方法を思いついた。
 それは、誰もが予想もしない方法だった。

「桃香の作る国の、邪魔になるみたいなら、俺が出てけば良いんだよな?」
「へっ?」
「えっ?」
「なっ!?」
「あぁ~」

 思いもしない七花の言葉に、桃香と双識は間の抜けた表情で疑問の声を上げ、曹操はまるで信じられないようなものを見るような目つきで絶句し、否定姫は、なるほどと言う表情で頷いた。

「いや、そうじゃねぇか。元々、天下ってやつを治めたら、後は桃香にまかせて、さっさと出て行くつもりだったし。そういう事なら、別にいいんじゃねぇか」
「え、あ~そういう答えもあるかぁ…盲点だったかな」
「だ、駄目だよ!!絶対駄目――――!!そんなの絶対駄目なんだから!?」
「けど、前から決まってた事だし…」

 確かに、七花の言うとおり、天下を統一したならば、七花は王の座を退き、桃香らに国の全権を預けるはずだったのだ。
 当然、全権を預けた後、七花らがどこか別の国へ出て行こうと、何ら支障もなく、むしろ、桃香の望む平和な国にとって、異物が排除されるわけなのだから、都合がいいのだ。
 平然と国を捨て、出ていくという七花の発言に、双識はいとも容易く問題を解決され、苦笑いし、桃香は、納得できないという表情で、七花を引き留めようとした。
 しかし、当の七花にとっては、理解できないのか、首をひねるが―――七花の発言にもっとも怒りを覚えている者が、一人だけいた。

「…っふざけないで」
「えっ?」
「……ふざけんなって言ってるのよ!!」
「おわっ!!」

 呟くように―――だが、それは、自身の信念を穢された者が抱く確固たる怒りのものだった。
 突如、それまでの皮肉の笑みを消し、親の仇を見つけたような怒りの表情で、荒々しく咆えながら、曹操は、七花の胸ぐらをつかみ、七花の顔面ギリギリまで、顔を近づけた。
 忘れない為に―――自身の信念を土足で踏みにじった愚か者の顔を忘れない為に―――!!

「さっさと、自分が出てけばいい?劉備に任せればいい?ふざけないで…私の、私の為に付いてくる者たちが目指す天下を、覇道を、軽く見るな…!!貶めるな…!!馬鹿にしないで…!!認めない!!あなたを、英雄として、いえ、王として認めない!!あなたなんかに絶対に天下を渡さない!!我が軍の総力をもって、全身全霊全力で―――!!」

 ―――叩き潰す!!
 そう怒気を含めながら咆えた曹操は、目を合わすのも、不愉快だと言わんばかりに、唖然とする双識を連れて、その場を後にした。

「な、なんか不味かったかな?」
「うーん…ご主人様、たまに、空気読めないところあるから…」
「まあ、まあ、むこうもやる気みたいだし。こっちも、戦の準備に取り掛かるわよ」

 その一ヶ月後、魏の領内を偵察していた蝙蝠から、曹操の配下である夏侯惇率いる軍勢が、鑢軍の領内を目指しているという報告を受ける事になった。
 これより、鑢軍と曹操軍による天下の在り方を、鑢七花の運命を左右するであろう、最大規模の戦が始まろうとしていた。



[5286] 第25話<同盟申請>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/08/29 21:05
 鑢七花率いる鑢軍と曹操率いる曹操軍との戦は、一進一退の、これまでにない苛烈で、熾烈な戦となっていた。
 初戦は、魏の誇る猛将:夏侯惇と剛将:許緒、筍彧率いる曹操軍2万5千が、鑢軍が築いた前線基地に攻め込み、一時、城を奪い取られた。
 しかし、一時後退した鑢軍側の守将である黄忠(真名:紫苑)や厳顔(真名:桔梗)、魏延(真名:焔耶)、そして、星率いる鑢軍1万7千による再度の奮戦と、城に取り付けられた自爆装置を、夏侯惇が芸人魂―――もというっかりで、押した事により、崩壊した城の瓦礫に巻き込まれ、曹操軍に重傷者を多く出したことで、これを撃退する事に成功した。
 その後、紫煙らと合流した鑢軍本隊は、曹操の本拠地である許昌へ向けて、進撃を開始し、魏領内の支城や砦を攻略しつつ、侵攻をしていった。
 もっとも、連戦連勝というわけではなく、筍彧や郭嘉は、遠征軍である鑢軍にとっての最大の弱点である補給線を狙い、変態だけど強い殺人鬼:双識や神速と名高い張遼を中心とした部隊でゲリラ戦を仕掛けた。
 そのため、鑢軍は、何度か補給線を寸断され、兵士らが疲弊したところを一斉に襲われるなど、手痛い敗北を幾度か受ける事になった。
 互いに譲らぬ互角の戦―――君主である七花を筆頭に有能な武将を多く持つ鑢軍も、大国としての力を総動員し、迎え撃つ曹操率いる曹操軍も決め手となる一手が打てずにいた。

「―――以上が、鑢軍と曹操軍の戦に関する動向なのですが」
「まさか、あの小国が、曹操軍と互角に渡り合えるまでになるとは、油断ならんな…」

 地図を広げながら、周辺諸国の状況についての説明をする陸遜の話を、聞きながら、呉の当主である孫権は、口に手を当てながら、喉を唸らせた。
 今や、名実ともに大国と言って差し支えない魏を相手に、互角の戦に持ち込んだ幽州に居を構える鑢軍に予想外の驚きを感じていた。

「それで、呉としては、どのように動くかですけど…」
「そうだな…今後の事を考えると、魏と同盟を結んだとしても、旨みはないか。とはいえ、中立を守ると言う訳にも行きませんから…」

 今後の事をどうするかという陸遜の言葉に、呉の正軍師である周愉は、即座に魏との同盟とこのまま中立の立場を取ると言う選択肢を消した。
 大国である魏と同盟したところで、良いように使われ、鑢軍を倒した後、攻め込まれる可能性が高い。
 とはいえ、このまま、両者の争うに我関せずと中立の立場をとるなら、勝ち残った方の餌食になるだけだ。
 ならば、残された手段は…

「では、やはり、鑢軍との同盟しかないか」
「そうじゃな…じゃが、こき使われるのだけは、勘弁してほしいところだがのう」
「あ~それは、ありえそうですねぇ…」

 鑢軍と同盟を結ぶ―――孫権の言葉に、初代当主である孫堅の頃から使える重臣の一人:黄蓋は、一応は納得するものの、利用されるだけ利用される事に対し懸念し、否定姫のやり口を反董卓連合にて体験している陸遜も、黄蓋の意見に賛同した。

「何とか、対等な関係での同盟を結べればいいのですが…あのぉ…」
「…呉には、人外めいた武を持つ者が、少ない故か」

 理想としては、一方的に不利な同盟を避けたいところだが、どうもできない問題があるため、口ごもる陸遜であったが、孫権はため息を吐きつつ、はっきりと言い切った。
 現在、呉には、優れた軍師や文官を多く抱えているものの、孫権の懐刀である元江賊の甘寧や、潜入任務や隠密任務に長けた周泰、弓矢の扱いに長けた黄蓋を除けば、武に優れた人材に乏しかった。
 対する鑢軍は、君主である七花を筆頭に、呂布や関羽など武に優れた武将を多く抱えていた。
 もし、力で訴えられたら、こちらに対抗する手立てなど無い。
 まあ、一応ではあるが、鑢軍の武将達に対抗できるかもしれない人材はいるにはいるが…

「一応、わしらにも居るにはいるのだが、あやつは気紛れだからのう」
「気まぐれと言う限度を超えています。今日だって、軍議だというのに姿を―――四(よん)だか?―――なっ!?」

 その人材の事を思い浮かべながら、苦笑する黄蓋に対し、静かに軍議を聞いていた甘寧は、不意に忌々しげに顔をしかめた。
 真庭白鷺―――任務成功率十割という驚異の数字を誇る有能なしのびではあるが、あまりにも他者と噛み合わない為、呉の武将や文官はもちろんのこと、呉の王である孫権ですら、出来れば関わりたくないほどの、少々扱いづらい人物でもあるのだ。
 毎度のことながら、軍議に姿を見せない白鷺に、不満の声を上げる甘寧であったが、突如、聞こえた周囲を不愉快にさせるような独特の発音―――いつの間にか、部屋の入口に立っていた真庭白鷺の声に、思わず驚きの声を上げた。

「…白鷺、今まで、何処にいたんだ?」
「蔑に異うほどの琴でもない。名煮(なに)、ちょっとした参補(さんぽ)だ。」
「…それは、軍議に遅刻するほど、重要なことか」
「血哭(ちこく)?ああ、そういえば、そうだな。うっかり、うっかり、和瑠(わる)かった」

 君主の咎めるような詰問にさえ、動揺するどころか、まるで反省の色さえ見えない白鷺の言葉に、はぁとため息を吐きつつ、孫権は肩を落とすしかなかった。
 何時もの事だが、やはり慣れない―――誰かを立てることもなく、慮る事もない傲岸不遜な白鷺は、生真面目な孫権にとって、もっとも苦手とする相手だった。

「貴様、今、この大事な時期に…!!そうでなくとも、蓮華様の前で、無礼がすぎるぞ!!」
「歩零(ぶれい)?藻図(もと)壊属(かいぞく)からそんなことが奇(き)けるとはな。まあいい、そんなことより、尾喪城(おもしろ)い矢津(やつ)を吊れてきた。亜うだけ亜ってやれ」
「面白い奴だと?」

 そんな白鷺の態度に、孫権に忠節を誓う甘寧は、いきり立って、白鷺を睨みながら、怒鳴りつけた。
 もっとも、白鷺は、甘寧の怒りさえも軽口をたたきながら、聞き流すと、用件を思い出し、部屋の入口の方へ、顎で指した。
 白鷺の言う面白い奴―――大凡、碌でもない輩かと、怪訝そうな顔しながら、周愉が呟くと―――。

「どうも歓迎されていないみたいですけど…いいんですかね?」
「蚊舞(かま)うことはない。折の土岐(とき)もそうだった」
「「「「「「―――っ!!」」」」」」

―――次の瞬間、その場にいた全員が、思わず息をのんだ。
 現れたのは、声から察した通り、十歳前後の子供だった。
 見慣れない服―――子供らしい半ズボンと大人しめのシャツを着た、黒髪が長く、一見しただけでは、少女と間違えそうな、血も凍るような美しさを兼ね備えた少年だった。
 唯一、少年がその両手で握って、肩に乗せている、水玉模様の大鎌が異彩を放っていた。
 だが、孫権をはじめとする全員が、驚いたのは、少年の容姿ではなく、彼の抱える異質なモノを感じてしまったからだ。
 それは、戦場に於いて大いにその力を発揮するであろう神―――

「まあ、とりあえず、名乗らせてもらう事にしましょうか―――こんにちは、お姉さん。僕は石凪萌太というものです」

―――魂を冥府へと誘う死神だった。
 <殺し名>序列七位の登場を持って、恋姫語はじまり、はじまり


                           第25話<同盟申請>


―――数日後
 呉の使者と名乗る少女が、鑢軍を訪れたのは、曹操軍との一大決戦の為に許昌を目指す鑢軍が、現在、物資の補給や遠征の疲れを癒す為に、攻め落とした支城にて、休憩を取っていた時のことだった。

「同盟?」
「はい、呉王孫権様から、鑢七花殿に対し同盟を申し込みたいとのことです。早急に返事を頂きたいのですが…」

 思わず聞き返した七花の言葉に、呉からの使者である片眼鏡をかけた眼光の鋭い少女―――呂蒙は大きくうなずいた。
 ちなみに、今回の遠征には、否定姫は参加しておらず、別件の用があるとのことで、幽州にて、白蓮や麗羽(袁紹の真名)らと共に留守を任されていた。
 故に決定権は、七花と桃香に任されることになったのだが…

「どう思う、桃香?」
「う~ん、私としては、孫権さんの力を借りられるなら、いいと思うんだけど…」

 やはりこういった政略面に対する知識と経験に乏しいに二人には、すぐに決める事ができず、使者である呂蒙には、別の陣で待ってもらい、急遽、愛紗・鈴々、朱里達全員を集め、軍議を開くことになった。

「確かに、魏に対抗する為に、呉が、私達と同盟を組むのは、正しい判断です」
「でもさぁ、朱里?それなら、魏と同盟を組んだって一緒じゃねぇか?むしろ、そっちの方が、勝算がありそうだと思うんだけど」

 ひとまず、七花と桃香が、呉の使者である呂蒙が鑢軍との同盟を結ぶ為に、やってきた事を説明したところ、否定姫の代わりとして、正軍師を務める朱里が、深くうなずきながら、呉との同盟について、鑢軍にとって有益なものになると判断した。
 もっとも、七花にとっては、まだ理解しがたいのか、呉にとっては、魏と組んだ方がいいのではないかという意見を出すが、副軍師である雛里が静かに首を横に振った。

「いえ、それだと、同盟を結ぶ意味がないです。自分達より強大な勢力と同盟を結んで、勝利を収めたとしても、結局、同盟国の意のままに動かされるだけなんです。それに、呉が、魏と同盟を結んだとしても、私達を倒したとしても、魏が呉を攻め込まない保証もないですし」
「だから、私達と同盟を組みたいんでしょうね。もっとも、素直に同盟を組めるかと言えば、疑問なんだけど…」

 呉がなぜ、鑢軍と同盟を結ぶのかを詳しく説明した雛里ではあったが、同じく副軍師である詠は、呉との同盟の意義については、賛成ではあるものの、ある可能性を示唆しつつ、険しい表情でうつむいた。
 それに気付いたのは、星だった。

「…魏を倒した後に、傷のいえない内に、我らを叩く可能性もあるということだな、詠殿」
「うん、その可能性は否定できないと思う」

 なるほどといった表情で指摘する星の言葉に、詠はすぐさまそのとおりと肯定し、頷いた。
 確かに、同盟中は、互いに協力関係ではあるものの、あくまでそれは魏という共通の敵を倒す間だけの話だ。
 魏を倒したならば、すぐさま、敵対者として対峙しなければならない可能性だってあるのだ。

「何ぃ、桃香様の信頼を裏切るだと!!許せん!!即刻、使者とやらを叩きだ、いたっ!!」
「落ち着かんか!!あくまで、可能性の問題と言うとろうが!!」
「脳筋女は、これだから…でも、確かに無視できないよね…」
「後から、裏切られるのは嫌なのだ…」

 星と雛里の言葉に、真っ先に反応したのは、焔耶だった。
 すぐさま、いきり立ちながら、怒り心頭で席を立とうとするも、抑え役である桔梗の物理的強制阻止―――後頭部を狙った後ろ廻し蹴りによって、すぐさま抑えられた。
 その様子を呆れた表情で馬鹿にする蒲公英であったが、呉との同盟についての不安要素に対する意見は同じだった。
 鈴々の方も、裏切られる可能性があるのではと、頬を膨らませながら、不満の声を上げた。

「でもさ、今の私たちじゃ、魏と戦うっつーの苦労だろ?だったら、同盟もありじゃねぇかな?」
「そうね、例え、裏切られたとしても、それを計算に入れたうえで、行動すれば、被害を最小限に抑えられるわ」
「そうだな…乱世に苦しむ民を一刻も早く救う為ならば、この申し出をむざむざ断るわけにもいくまい」

 しかし、今のまま、鑢軍単独で魏を打ち倒すのは、至難であるのも、また事実であるのだ。
 曹操を仇としている翠は、確実に勝てる一手が欲しいということで、紫苑も最悪の可能性を考えたうえで、動くならばという事で、愛紗もそれが乱世を終わらせる最善の方法という事で、呉との同盟に賛成の意を唱えた。
 同盟を組むか、組まないか―――鑢軍の中で意見が分かれるが、それを決めたのは、桃香だった。

「ご主人様。この同盟…結んでみようよ」
「…いいのか?」
「うん。まずは、信じることから始めないと。そうじゃなきゃ…私は、双識さんの言うとおり、口だけで、一歩も進んでいない事になるから」

 真剣な顔つきで問い返す七花に、桃香も真剣な表情でうなずいた。
あの秘密会談の時から、桃香は、考えていた―――どうしたら、皆が笑顔で暮らせる平和な国を作っていけるのかを。
 どうすればいいのか、まだ、分からないけど…少なくともただ言葉だけでは、双識の言うとおり、口だけの理想になってしまう。
 呉との同盟は、桃香にとって、乱世を終わらせ、国と国同士が手を取り合う為の第一歩―――戦の為ではあるが、それでも、桃香の目指すモノを知るために必要なことだった。

―――数十分後

「俺達は、呉と同盟を組むことにしたぜ。孫権にはそう伝えておいてくれ」
「あ、ありがとうございます!!えっと、つきましては、同盟を確かなものとする為に、後日、孫権様との会談と―――」

 とりあえず、魏との戦を早く終わらせることと、呉が裏切った時の対処をすることで、七花達は、呉との同盟を結ぶことにした。
 どうにか、同盟を結ぶことが出来た呂蒙は、安堵の笑顔を見せながら、何度も頭を下げた後、魏との戦での連携と同盟関係をより親密にする為に、今後の予定を説明した。
 そして、ある一言が、七花を含めたこの場にいる鑢軍全員を大きく驚かせることになった。

「―――孫家の姫君であられる尚香様が、七花殿に嫁ぐための見合いを行いたいと思います」
「「「「「「「「………………えっ!?」」」」」」」」」
「え、え、え、ちょ、見合いって、嫁ぐって…ええええ!!」

 呂蒙の、予想外もしていなかった言葉に、驚きのあまり思わず硬直する武将達と、何が起こったのか付いていけず、ただ驚くしかない七花―――つまるところ、これは、こちらは絶対裏切らないという意思表示を含めた、呉からの政略結婚の申し入れだった。

―――魏領内:長安
 一方、魏の領内にて諜報活動をしていた蝙蝠は、鑢軍への領内へ戻る道中、長安に魏の軍勢らしき一団が入城したとの情報を入手した。
 多少、本来の任務とは外れるものの、ちょっとした手土産兼小遣い稼ぎということで、蝙蝠はその足で長安に赴く事になった。
 そして―――

「おいおい…どういう冗談だよ…」

 蝙蝠にとって、手土産の範囲を超えるモノを見る羽目になった。
 確かに、入手した情報どおり、長安の城内には、出陣の準備に取り掛かる魏の軍勢らしき一団がいた。
 だが、問題は、魏の軍勢らしき一団が長安にいたことではなく、その一団の兵士一人一人の装備に合った。

「確か、ここは、魏だよな…大昔なんだよな…何で、日本の鎧武者がわんさかいるんだ?何で、火縄銃で武装した兵士がいるんだよ!?」

 普段は見られない、驚きともいえる表情を浮かべた蝙蝠の眼下では、城の中を、戦国時代の、日本製の鎧を着た上官らしき男が、戦国時代の、下級武士用の鎧を着た部下らしき男に、三千丁は有ろうかと思われる大量の火縄式銃を用意させていた。
 もし、戦国時代の日本であったならば、この光景も普通だったのであろうが、ここは三国志時代の中国である―――火縄銃は、もちろんのこと、戦国時代の鎧兜を生み出す鋳造技術など、この時代のどこの国だってありえないはずなのだ。
 だが、鑢軍に所属する蝙蝠にとっては、それ以上の問題があった。

「…一刻もはやく戻る必要があるな」

 それは、この軍団についての情報が、諜報活動に徹してきた自分や否定姫が全く知らなかったという事にあった。
 まず、どうして、知らないのか?
 魏が長安で情報封鎖をしているからだ。
 次に、何のために?
 恐らく、この時代における最強と言ってもおかしくない強力な軍団がいることを隠す為だ。
 そして、隠して、どうする?
 それは―――!!

「隠しておいたこの軍を、今、魏と鑢軍の戦いに、横やりを入れられる前に―――!!」

 隠しておいた長安の軍団を、魏軍と鑢軍の戦に、投入する為に決まっている!!
 現在、魏軍と鑢軍が、一進一退の拮抗状態になっているならば、この軍団の参入で、勝負が魏軍の勝利という結末を迎えかねない。
 故に、蝙蝠は、急いで、その場から立ち去ろうとした瞬間―――

「お還りなさいませ、ご主人様」
「―――っ!!」

 まるで蝙蝠を出迎えるように、驚愕の表情を浮かべた蝙蝠の背後に、何かが現れた。
 蝙蝠が驚いたのは、真庭忍軍の頭領である自分の背後を簡単に取られたから―――ではなく、自分の背後にいる何かから殺気や気配といったものが、背後にいる何かに気付いた後も、まったく感じられなかったから、それも蝙蝠が何度も経験した事のある感覚だったからだ。
 まさかと思いつつ、振り返った蝙蝠が目にしたのは、見慣れない西洋風の服――― 現代で言うなら、メイド服を着たメイドがいた。
 そのメイドは戸惑う蝙蝠に構うことなく―――

「逝ってらっしゃいませ、ご主人様」
「っと、やっぱり、そうか―――!!」

 ―――手のひらから、銃弾を発砲した。
 すぐさま、蝙蝠も、咄嗟に口の中に隠していた棒手裏剣を噴き出し、銃弾の弾道を辛うじて逸らし、すれすれで避ける事が出来た。
 何も知らない状態であったならば、すぐさま、対応できなかったが、手のひらから銃弾を撃ち出したメイドの正体に心当たりがあったために、動揺することなく、避けられた。
 だが、このメイドの正体がそうであるなら、卑怯卑劣を得意とする忍者である蝙蝠にとって、最悪の相性である天敵ということになるのだ。
 そんな蝙蝠の予想を肯定するかのように、メイドの手首が取り外され―――その手首の内側から鋭く細い抜き身の剣がとび出してきた。

「おいおい、どういう仕掛けなんだよ」
「申し遅れました、ご主人様―――」

 大凡人間離れした仕掛けに、蝙蝠はうんざりした表情で呟くと、そのメイドはお辞儀をしながら、自己紹介をした。
 蝙蝠の予想は当たっていた―――。

「―――わたくし、メイドロボの、由比ヶ浜ぷに子と申します」

 このメイド―――由比ヶ浜ぷに子は、日和号と同じからくり人形だということに!!

「以後お見知りおきを」
「できれば、遠慮してぇよ!!」

 言うが早いか、蝙蝠はすぐさま、丁寧なお辞儀をするぷに子を跳びこすと、そのまま振り返ることなく、一気に逃げだした。
 蝙蝠には、真っ向勝負はもちろんのこと、卑怯卑劣の勝負という選択肢すらなかった。
 なぜなら、日和号と共通している事だが、意思や思考を持たないからくり人形に、意表を突く為の不意打ちや裏をかいた騙し打ちなんぞ通用するはずもない。
 故に、不意打ちや騙し打ちに特化した忍者にとって、からくり人形ほど戦闘を回避しなければならない相手は存在しないのだ!!

「お待ちください、ご主人様」
「誰が待つかよ!!」

 当然のことながら、侵入者を逃がす選択肢などからくり人形であるぷに子はあるはずもなく―――靴に取り付けられた車輪を唸らせ、手のひらから次々に銃弾を発射しながら、侵入者である蝙蝠を抹殺せんと追跡を開始した。
 後ろから撃たれる銃弾を回避しながら、追いかけてくるぷに子に悪態をつく蝙蝠であったが、何としても、逃げ続け、逃げ切るしかなかった。
 できうる限り、少しでも、長く敵を引きつけ、長安に足止めさせる為に、少しでも、早く、鑢軍に合流し、長安にいる謎の軍団についての情報を届ける為に―――!!
 ―――事の結論からいえば、蝙蝠は、ぷに子や警備兵らに追われながらも、半数以上の敵軍団を足止めしつつ、辛くも長安から命からがら脱出する事が出来た。
 代償として、半数以下の敵軍が長安から出撃した事と、その敵軍が鑢軍と魏軍との戦に介入する前に、鑢軍と合流できなった事という致命的な代償を支払う事になったが。



[5286] 第26話<恋娘暴走>
Name: 落鳳◆e7589d1d ID:921073e0
Date: 2010/09/23 23:34
「いやっ!!絶対に、シャオ、嫌だからね!!」
「我儘を言うな、小蓮…鑢軍との同盟には、どうしても、必要なことなんだ」

 涙目で訴える孫権の妹である孫尚香(真名:小蓮)の激しい怒りを伴った拒否の言葉に、孫権は、物憂げな顔で、只管宥めるしかなかった。
 無理もない―――尚香を宥める孫権は、チクリと胸が痛んだ。
 いくら、鑢軍との同盟締結を強固とするためとはいえ、年端もいかない妹である尚香を、政略結婚の道具として、鑢七花に差し出すなど、尚香本人は、もちろんのこと、建前上はともかく、本心では、孫権や他の重臣達も大反対だった。
 しかし、鑢七花との婚姻を提案した張本人である、呉の名軍師:周愉の一言が、孫権や他の重臣達を黙らせることになった。

「なら、このまま、先代当主の築いた呉を失ってもよろしいというのですね」

 先代当主―――すなわち、孫権の姉である孫策は、呉の礎を築いた人物であり、呉に住む全ての臣下にとって、特別な存在だった。
 そして、孫策の名を出された以上、反対していた孫権や重臣達はもちろんのこと、尚香も押し黙るしかなかった。

「ずるいよ…雪蓮(孫策の真名)お姉ちゃんの名前出すなんて…」
「…恨んでくれても構いません。ただ、私は、呉の為に、最善の策を取ったまでです」

 もはや恨みがましく、周愉を睨みつけるしかない尚香の、普段からは想像できないほどの弱弱しい言葉を受けながら、周愉は、話はすんだと言わんばかりに、堂々とその場を後にした。
 自分の後ろから突き刺さるようにぶつけられる、怒り、哀しみ、困惑の視線を受けながら―――。

「そう、私はいつだって最善の道を選んできた。そういつだって―――」

 唯一無二の友である雪蓮の為に、最善の道を選んできた―――!!
 小さくそう呟きながら、周愉は、対魏軍における、次なる策を講じることにした。
 いよいよ、呉の勢力が動き出したところで、恋姫語はじまり、はじまりv


                          第26話<恋娘暴走>


 数日後、曹操の本拠地である許昌を目指す鑢軍は、魏領内へと秘密裏に侵攻していた孫権率いる呉軍と合流していた。
 目的はもちろん、待ちかまえているであろう曹操率いる魏軍との戦に向けての話し合いと七花の嫁になるであろう孫尚香との見合いだった。
 そして、現在、本陣において、鑢軍の双当主である七花と桃香、正軍師の朱里が、呉の当主である孫権と、その妹である尚香と、呉の副軍師である陸遜と、会談兼見合いの為に、顔を合わせていた。

「反董卓連合以来だな…鑢七花」
「…えっと、孫権だよな?」
「ああ、そうだが…何で、疑問文なんだ?」
「いや、あの時、そんなに話した訳じゃなかったから、あんまり印象に残ってなかったんで、顔忘れた…すまねぇ」
「…普通、本人の目の前で、それを言うか」

 最初から、同盟決裂の危機勃発だった。
 これから結婚するであろう見合い相手の姉である孫権に対して、罰悪そうに七花は、孫権の顔を忘れたとあっさりと答えた。
 これには、さすがの孫権も呆れるしかなかったが、無理矢理決められた結婚ということもあり、七花に対し、いい感情を抱いていなかった尚香にとっては、呆れ以上に怒りさえ抱いていた。

「…何で、こんなのと、見合いしなきゃいけないのよ」
「うわぁ…無茶苦茶気まずいよ…ご主人様ぁ…」
「はわわ…ご主人様、かっこ悪すぎです…」
「うーん、これは、どうしようもないですねぇ…」

 予想以上に気まずい空気に、冷汗を垂れ流す桃香らに対し、このままでは、不味いと思ったのか、やれやれと首を振りながら、孫権は、話を切り出すことにした。

「一応、我が呉は、鑢軍と同盟を組み、共通の敵である魏を討つという事だが…こちらで、動かせるのは、五千の兵だけだ。さすがに、呉を守る兵力まで裂くわけにはいかないからな」
「それだけでも、充分だよ。なぁ、朱里」
「はい、ご主人様。今の拮抗状態を崩すには、充分すぎるほどの戦力です」
「皆で、頑張ればなんとかなるよ、孫権さん」
「そうか…すまない…」

 快く受け入れてくれた七花、朱里、桃香の3人に対し、孫権は俯きながら、小さく謝罪の言葉を口にした。
 実を言えば、現在の呉が保持している戦力ならば、もっと多くの兵を援軍に回すこともできたのだが、出来うる限り、呉の兵力を消耗しないようにと、周愉により、この兵力なら鑢軍が魏に辛うじて勝てるであろうと、ギリギリの兵力しかださなかったのだ。
 これには、孫権も内心不満に思ったが、君主としての判断から、自国の兵士を犠牲にする訳にもいかず、周愉の案をしぶしぶ受け入れるしかなかった。

「ところで、朱里ちゃん。魏軍の方はどうなっているの?」
「…現在、私達が目指している曹操さんの本拠地である許昌には、魏領全土に発した動員令により、各地から多くの兵力が集結しています。あくまで、これは予想ですけど、少なく見積もって、孫権さんの援軍を含めても、こちらの兵力の倍を超えると思われます」
「うーん…数の上では負けているわけなんだね…」

 朱里の報告に、顔を曇らせる桃香であったが、朱里は笑みを浮かべながら、首を振った。

「弱気じゃだめですよ、桃香様。将の質については、こちらのほうが上です。数で負けていても、戦い方次第では、こちらに充分勝機があります。そして、恐らく、戦場となるのは、許昌からほど近いこの平原だと思われます」

 何もない平原―――すなわち、策には頼らず、真っ向勝負でしか決着をつける腹積もりなのだ。
 確かに、鑢軍の必勝手ともいえる奇策を封じこめる場所としては最適の地形であるだろうが、そうは、問屋は降ろさない。

「でも、そう簡単に上手くいくと思ったら、大間違いです。真っ向勝負なら、こっちだって、負けていません」
「―――俺の出番って訳だな」

 相手の目論見を読んだ朱里の言葉に、真っ向勝負においてこそ最大の力を発揮するであろう刀―――七花は、静かにうなずいた。



―――許昌

「―――と僕達が真っ向勝負を挑んでくると、鑢軍は思っているんだろうね」

 来るべき鑢軍との決戦に向けて、軍議に集まった全員の前で、双識はそう発言した。
 いよいよこの時が来た―――君主である曹操を含めた全員が双識の言葉にうなずいた。
 窓の外から見える許昌の城外では、次々に兵士達が列をなして、入城し、既に、許昌には、魏の領土から集まった兵士達が続々と集結していた。

「恐らく、これほどの規模の軍を動かすのは、これが最初で最後になるでしょうね」
「これだけでも、物量戦で充分勝てると思うんだけど…変態のやることは…」
「でも、今回の戦いは兵士の数で決する正々堂々真っ向勝負―――というわけじゃないんですよね~双識さん~」
「そういうこと。向こうが真っ向勝負を挑んでくると思っているなら、僕の策も十分通用するはずだよ」

 不敵な笑みを浮かべる程昱の言葉に、双識はにこやかに頷いた。
 とりあえず、郭嘉と筍彧は難色を示したものの、程昱や司馬懿、そして、曹操の賛成により、鑢七花を倒す事を念頭に置いた、双識の策を方針に、魏軍は兵を動かしてきた。

「期待しているぞ、双識。これまで、煮え湯を飲まされた分をまだ、充分返していないからな」
「ま、おもろない輜重部隊相手にやりおうたんや。その鬱憤はらせるようたのむで」
「了解したよ。じゃ、アスや皆も、それでいいよね」

 曹操配下の将達も、この時を待っていたのだ。
 冷静を装っているが、初戦において、姉である夏侯惇を返り討ちにした鑢軍に逆襲をしたくてたまらない夏侯淵や、ゲリラ戦とはいえ、歯ごたえのない輜重部隊を相手に鬱憤が溜まっていた張遼。

「構わないちゃ。今回は、レンの指示にしたがうちゃよ」
「了解です、隊長」
「いちかばちかの大博打か…おもろいことこと考えるな、隊長」
「任せてなの~v」
「よぉし!!思いっきり倍返しにしてやるんだから!!」
「うん、そうだね!!」

 家族の仇を討てる機会が巡り、気合の入る軋識、双識直属の部下である、気を使った格闘戦を得意とする楽進、螺旋錐を装着した槍などの発明品で敵を翻弄する李典、部隊の雰囲気を作る事に長けた于禁、そして、華琳の親衛隊を務める許緒と典韋。
 そして―――

「ふん、腕が鳴るぞ!!初戦での借りをようやく返せるときが来たのだからな!!」
「「「「「「「「「…」」」」」」」」
「な、何だ!?その白けたような態度は!!何か、私が悪いことでも言ったか!?」

 ―――何故か、<え、何で、あんた、ここにいるの?>という感じで、皆から、すっごい白い目で見られ、思わずうろたえる夏侯惇がいた。

「…何を、勝手に、軍議に参加しているのかしら…<兵卒>の春蘭?」
「う…」
「そういや、夏侯惇さんは、初戦で大ボケやらかして、罰として、この戦終わるまで、ずっと兵卒やってたんですぅ~すっかり、忘れてたですぅ~」
「ぐっ…痛いところを…」

 呆れながら、厳しい口調で曹操に問い詰められ、言葉を詰まらせる夏侯惇に対し、司馬懿は、わざとらしい位、大きな声で、夏侯惇の、心の傷に荒塩を練りこむように、指摘した。
 恨めしげに、司馬懿を睨みつける夏侯惇だったが、覆せない事実だった。
 鑢軍との初戦に於いて、軽はずみな行動で、負け戦をしたため、その責を問われ、夏侯惇に処分を下そうとした際に、司馬懿が提案したのは、鑢軍との戦が終わるまで、兵卒のまま過ごすというものであった。
 最初は、軽い冗談程度に受け止めていた夏侯惇であったが、粗末な兵卒の装備を手渡され、兵卒らのいる野営地に放り出された事で、曹操らが本気である事に気付き、今日にいたるまで、臥薪嘗胆の思いで、兵卒として活動していたのだ。

「そ、それが、どうした!?鑢軍との最終決戦なんだぞ!!そんな細かい事を気にしている場合じゃ…」
「駄目よ。それじゃあ、他の者たちの示しにならないでしょ。鑢軍との戦が終わるまで、兵卒よ」
「そ、そんな、華琳ざまぁ~」
「仕方あるまい。あれは、弁護しようもないからな」
「秋蘭…お前まで…」
「う~ん、可愛そうだけど、仕方ないよね、これ。罰ゲームみたいなもんだから」
「ぞうじぎいいいいいいいいい!!いごぐのごどばで、ごまがずなぁあああああ!!うわぁあああああああん!!皆、だいきっらいだぁあああああああああ!!華琳さまは、大好きですけど!!」

 え、何、これって、虐めではないか―――!!
 あまりにも、皆から要らない子みたいに扱われ、フルフルと体を震わせた夏侯惇は、大声で、捨て台詞を吐き、大泣きしながら、扉をぶち破って、逃げるように出ていった。

「…泣いて出ていちゃったね」
「悪乗りしすぎたか…あれで、姉者、結構繊細だからなぁ…」
「まあ、戦終わった後に、可愛がってあげれば、すぐに立ち直るわよ。とりあえず、軍議の続きをしましょう」

 そんな夏侯惇の姿を見て、双識や夏侯淵らは、さすがにからかい過ぎたかと、少しばつ悪そうな顔で、苦笑するしかなかった。
 まぁ、いじめっ子気質な曹操にしてみれば、あれぐらいすぐに立ち直るだろうと、気にすることなく、軍議の続きをしたわけなのだが・・・

―――鑢軍本陣・七花の天幕

「はぁ…さすがに、今日は大変だったぜ…」

 同盟者である孫権との会談兼、尚香との見合いを終えた七花は、政治的な駆け引きや対魏における軍略の打ち合わせなど、慣れない仕事をこなした故なのか、くたくたになりながら、自分の天幕へと戻っていた。
 もっとも、一番の原因は、尚香との見合いにおいて、二人きりになった際、無理矢理取り決められたとか、華がない奴などと、尚香から終始愚痴を聞かされる羽目になった事であろうが…

「まさか、見合いってのが…こんなに大変なものだとは、思わなかったぜ…ん?」

 誰かいる―――天幕に入った瞬間、人の気配を感じ取った七花は、曲者かと思い、すぐさま戦闘態勢に移れるように、身構えた。
 しかし―――

「ご主人様、帰ってきたの…?」
「―――って、恋じゃねぁか。どうしたんだよ、こんなところで」

 ―――気配の正体が、薄暗い天幕の中で、俯きながら立ち尽くしていた恋だと分かると、七花は、すぐさま、構えを解いた。
 とここで、恋は、俯きながら、七花に近づき、静かに尋ねてきた。

「ご主人様、教えて…呉のお姫様と結婚するって、ほんと?」
「ああ、そうだけど…!!」

 恋の問いに戸惑いながら、答える七花だったが、次の瞬間、今まで俯いて見えなかった恋の顔を見て、七花は思わず、目を見開いて、驚く事になった。
 泣いていた―――普段から感情をあまり表に出さない恋が、まっすぐに七花を見ながら、悲しげな表情で涙をポロポロ流しながら、泣いていたのだ。

「お、おい、恋、どうかしたのかよ?えっと、喰い過ぎか!?それとも、なんか変なもんでも喰ったのか!?腹痛いなら、すぐに医者に…」
「…違う」

 突然の事に、慌てふためきながら、なんか腹でも痛めたのかなと、極めて見当違いな勘違いをしつつ、医者に連れていこうとする七花であったが、恋はフルフルと首を横に振りながら、否定した。
 そして、七花を指さすと、つらそうにつぶやいた。

「ご主人様のせいだよ…」
「え?」
「…ご主人様が、呉のお姫様と結婚するって聞いてから、ずっと胸が痛い…。何でか分からない。でも、ご主人様の事を考えると、締め付けられる。ずっと痛みが止まらない…前は、こんなこと、なかった…」
「…」

 涙を流したまま、恋は、ぽつりぽつりと呟くように、自分の胸の内を、呆気にとられた七花に静かに、しかし、はっきりとぶつけた。
 対する七花は、恋の言葉にただ押し黙ったままだった―――否、押し黙るしかなかった。
 今の七花は、完成型変体刀を蒐集していた最初の―――まるで人間味の無い刀だった頃に比べれば、人間らしい感情や感性を持つようになった。
 しかし、それでも、恋愛に関してだけは、まだ、七花は、普通の人間から見れば、未成熟であった。
 確かに、七花がとがめに惚れていたのは事実だ。
 しかし、とがめに対する七花の気持ちは、恋でも愛でもない故の未成熟さ―――そうでなければ、すぐさま気付いていたはずだ。
 ―――恋は、自分の感情に分からないながらも、無意識に恋であり、愛でもある感情で、七花に惚れているのだと。

「…駄目。一緒じゃなきゃ駄目!!だって、だって…恋が最初にご主人様に惚れたんだから!!」
「恋…俺は…」

 ほとんど泣き叫ぶように、胸の内を吐き出しながら、七花を抱きしめる恋。
 そんな恋を振りほどく事が出来ず、ただなされるがまま、どうしていいか分からず戸惑う七花。
 そして―――

「やっちゃえ、セキトっ!!」
「がふっ!!」
「?」
「へ?何だ、こりゃぁ!?ふ、ふりほどけねぇ!?」

 ―――いきなり、投げつけられた網によって、七花と恋は、まとめて捕らえられて、まったく身動きが取れなくなった。
 何事かと見れば、そこには、網を投げつけたと思われる張本人…もとい熊であろうセキトと、これでもかというくらい、自信満々に得意げな顔をする尚香がいた。

「…誰?」
「あんた、確か、孫権と一緒にいた―――」
「尚香よ。…何だか、騒がしいから覗いてみたんだけど…まさか、恋人がいたなんて…」
「いや、恋人って…というか、何で、セキトまで!?」
「あ、ついさっき、覗いているときに、知り合って、友達になったの」
「ああ、そうなのか…で、これはどういう事なんだよ?」

 いきなりのことに首をひねる恋を庇いつつ、恨みがましく半眼になりながら、尚香に説明を求める七花だったが、当の尚香は、七花を睨みつけながら、こめかみをひくつかせ、キレ気味になりつつ、怒鳴りつけた。

「どういう事って…ちゃんとした恋人いるのに、他の女の子を嫁に貰うって、どういう神経してるのよ、あんた!!」
「えぇ!!でも、嫁にやるって言ったのは、そっちじゃ…」
「言い訳しないの!!この甲斐性なし!!少しは、気合をみせなさいよ!!」

 まぁ、尚香が、七花に対し憤りを感じるのも、女としての考えからすれば、無理からぬことだろう。
 好きでもない男と結婚せねばならないというだけでも、不満なのに、その相手には、実は、恋人(と尚香は思っている)らしき相手がいたのだ。
 これでは、怒るなと言う方が無理というものだ。

「もういいわ。ねぇ、あんた、こいつと私が結婚するのが、嫌なんでしょ?」
「…うん」
「…分かったわ。なら、やる事は一つ―――」

 恋する乙女を応援する者は、時として、常人の思いつかない解決策を思いつくものである。
 それは―――この瞬間でも当てはまる事であった。
 尚香は、自信満々の笑みを浮かべながら、自分と七花が結婚せず、尚且つ、七花と恋が一緒になれる最善の方法を提案した。

「あんた達、二人―――いますぐ駆け落ちしちゃいなさい」
「…?」
「!?」

 ―――鑢軍と呉軍にとっては、最悪の方法と言えなくもなかったが。


 一方…

「ううう…兵卒の何が悪いんだぁ~こっちだって、大変なんだぞぉ~」
「ああ、もう…夏侯将…じゃなくて、元さん、機嫌直しなよぉ…後、声、大きいよ」
「まあ、そりゃ、無理ねぇけどな」
「なんつうか、気の毒すぎて、笑えねぇっす…」
「…泣きたくなるんだなぁ」

 物陰に、じっと身を隠し、鑢軍の陣を偵察する5人の人影があった。
 それは部隊長の命を受けて、鑢軍の偵察に向かった5人組―――グスグスと真っ赤に目をはらして、未だ泣きじゃくる兵卒の夏侯惇、そんな夏侯惇を慰める兵卒仲間の山隆、落ちぶれた夏侯惇の姿に、自分たちの境遇を重ねたのか、心の底から同情する、最近になって魏へと流れ着いたアニキ、チビ、デク―――元盗賊三人組であった。

「うう…せめて、手柄さえ、手柄さえ立てれたなら…」
「まあ、俺等、下っ端にそんな機会は滅多にねぇんだけどなぁ…」
「はっははは…まあ、気長に待ちましょうや―――ん?おい、何か様子が変だぞ」
「む、あれは…!?」

 膝を抱え込んで落ち込む夏侯惇や、それにつられて愚痴をこぼすアニキの姿に苦笑しつつ、ひとまず鑢軍に動きはないか、陣を見張る山隆であったが、ふと、陣を抜け出し、熊の背にまたがる者と、熊の背に乗せられ、何か素巻きにされて身動きの取れないでいる者の姿を見つけた。
 つられて、夏侯惇もすぐさま、その様子を窺った瞬間、月明かりで見えたモノに、思わず声をあげそうになった。
 月明かりにさらされた、その素巻きにされて身動きの取れない人物―――鑢軍の総大将である鑢七花その人であることに気付いて―――。

「私にも手柄を立てる機会が来た…!!」

 私の時代が来た―――偵察任務である事も忘れ、脱・兵卒を目論む夏侯惇が、山隆達を巻き込んで、恋によって連れて行かれる鑢七花を独断で、追跡する事は、無理からぬことだったかもしれない
 とにもかくにも―――魏との決戦むかえた次の日、鑢軍の将達は、総大将である七花の不在という事実に騒然とする事になった。



[5286] 第27話<張遼跋扈>
Name: 落鳳◆e7589d1d ID:921073e0
Date: 2010/10/31 23:26
=鑢軍・本陣=

「不味い事になちゃったね…」
「はわわわ…まさか、恋さんが、ご主人様と駆落ちするなんて…」
「あわわわ…ど、どうにか連れ戻さないと!!」
 頭を抱える桃香に、慌てふためく朱里と雛里だったが、無理もなかった。
 恋が七花を連れて駆落ちした―――この事件は、鑢軍の将達に大きな衝撃と取り返しのつかないほどの痛手を与えた。
 七花不在による鑢軍の戦力低下はもちろんのこと、遠征軍である鑢軍にとって、七花という総大将の不在は、軍全体の士気を低下しかねないものだった。
 ひとまず、総大将不在による士気の低下を防ぐために、すぐさま、愛紗達は、緘口令を敷いたものの、末端の兵士達に知られるのも時間の問題だった。

「しかし、まぁ、男が女に連れ出されて、駆け落ちっていうのは、普通ないよな…」
「いやいや、蝶々殿。それも、また、意表を突くと言う意味では、面白き事…」
「―――っ面白い訳があるかぁ!!」

 少しは場を和ませる為に、普通は逆だろうと呆れつつ苦笑する蝶々に対し、それを察した星も、それが主と仰ぐ鑢七花の人柄だと軽口で返した。
 しかし、この場に於いて一番心を乱していた一人の少女―――愛紗にとって、それは怒りを爆発させるのに十分な起爆剤だった。

「あ、愛紗、落ち着くのだ!!」
「焦らず、冷静になれって!!」
「これが、落ち着いていられるか!!冷静でいられるか!!この大事な時に、恋の奴、何を考えているのだ!!魏との決戦が始まるこの一大事に、なぜ、そのような馬鹿な真似を…!!」

 何時もは愛紗に抑え役を任せている鈴々や、どちらかと言えば激高しやすい翠に宥められながらも、恋の身勝手すぎる行動を許すことが出来ず、大声を張り上げながら、愛紗の怒りは収まる事がなかった。
 なぜ、こうも勝手な真似が出来る?
 どうして、何も考えずに、勝手に自分の行動を実行できる?
 私だって、国の為、主の為を思い、心を殺し、我慢しているのに―――女としての思いを、理性でもって強引に捻じ曲げ、理解できない振りをしながら、愛紗は、そんな自分にできない事をあっさりやってのけた恋に対し、怒りを増す一方だった。
 しかし、そんな愛紗の苦悩に気にかけもせず、新参者である姜維は、どうでもいいという口ぶりで、軍議の続きを始め出した。

「気に入らなかっただけであろう。他の女に七花を取られるのが嫌だった…そんなところか。そんな事より、軍議を始めるべきだと思うがな」
「…何だと?」
「お、おい、落ち着けって…愛紗…」

 まるで、七花がいなくとも良い―――そんな姜維の言葉に、思わず、愛紗は声を荒げ、手元に立てかけた青龍堰月刀を手にした。
 今にも斬りかかりそうな愛紗を見て、このままでは乱闘になりかねないと察した翠が止めに入った。
 もはや、内部分裂寸前―――そのきっかけとなった張本人の姜維に対し、やれやれと言った表情で、詠は咎めるように詰問した。

「…随分落ち着いているみたいけど、あんた、状況が分かって、言ってんの?」
「ああ、分かっているとも。だが、元より七花殿がいなくとも、桃香殿がいるではないか。元より、七花殿は武に関しては天下無双ではあるが、大軍を率いる将としての器ではない」
「まあ、その通りだけどさぁ…」
「何より―――」

 しかし、姜維は気にとめることもなく、理路整然と、七花不在が、何ら問題ないとあっさり切り返した。
 確かに、桃香という代替がいる以上、総大将を桃香が引き継げば何ら支障もなく、実際の軍を動かしていたのは、否定姫や朱里であったのを考えれば、七花がいようがいまいが関係なかった。
 これには、さすがの賈駆も口ごもらせ、引き下がるしかなく、姜維も、七花不在であろうと、魏軍に勝利するという関心を得た根拠を言い放った。

「我が敬愛すべき至上の軍師孔明様がここにいる。ただ、それだけで、我が軍の勝利は揺らぐ事はない。否、私が揺らがせない。遮る者は全て、惨滅するのみ!!」

 熱く朱里について語る姜維に対し、朱里を含めた鑢軍の将達は思った。
 こいつが一番ダメだ…何とかしないと…―――この時鑢軍の将達の心は一つになったところで、恋姫語はじまり、はじまりv


                   第27話<張遼跋扈>


 一方、魏領から許昌に集結した15万人を引き連れ、決戦の舞台となる、霧に覆い尽くされた戦場へ辿り着いた曹操率いる魏軍は陣列を整え、同じく布陣を整えた鑢軍と、決戦を前に両軍、中央を流れる川を挟んで、睨みあう形で、対峙していた。

「結構、霧が濃いわね…この霧だと、鑢軍だって、まともに動けそうにないわね」
「普通ならば、晴れ間を待って、開戦と思っているでしょうが…」
「ええ、そんな訳ないでしょ。私は受けるより、攻めるのが好きなんだから。双識の作戦にしては、良く私の好みを分かってるわね、変態だけど」

 女の子で、後、変態じゃなければいいのになぁ―と思いつつ、曹操は、双識の顔を思い出して身震いする筍彧の姿を面白そうに見ながら、誰とも知れず呟いた。
 とそこに、全ての準備が整ったのか、この作戦を立案した双識が手を振りながら、曹操の元に駆け寄ってきた。

「こっちは、準備万端だよ、華琳ちゃんv」
「それは結構…でも、真名を呼んでいいなんて、覚えないんだけど…」
「ん、ああ、そういばそうだったね…って、ごめんね。あ、チクッて刺さってるから。ご、ごめんなさい、ちょ、首筋駄目だから。ほんと勘弁してください」

 笑顔―――目が笑っていないが―――で、得物である鎌を双識の首筋に当てている曹操に対し、命の危険を感じ取った双識は、冷汗を流しつつ、必死になって謝り続けた。
 とそこに、今度は、何やら慌てた様子で、最終点呼を行っていた夏侯淵が、曹操の元へとやってきた。

「ああ、華琳様、ここでしたか…」
「何か、あったの、秋蘭?」
「姉者と、姉者と同じ隊に所属する数名の姿が見えないようなのですが…」
「春蘭が?何か、果てしなく嫌な予感しかしないわね」
「ええ、どうしましょうか?」
「…司馬懿の私兵に探してもらうわ。ほんと、何やっているのかしらね…」

 さすがに、たかが兵卒数人を探すのに、軍を派遣するわけにもいかず、手が空いているであろうと考え、曹操は、監視兼人質役のために、自分の傍に置いた司馬懿の持つ私設武装部隊に所属する部下に、夏侯惇を探してもらう事にした。

「華琳様、準備が整いました。別動隊の皆さんも、そろそろ動き始める頃です」
「皆、待ちくたびれています~」
「ええ、分かったわ。さて、なら始めようかしら。鑢軍との決戦―――の前に、鑢七花と鑢軍の将達に決定的な敗北を経験してもらうために!!さぁ、全軍進軍開始!!」

 郭嘉と程昱の報告を聞き、不敵な笑みを浮かべた曹操は遂に、兵達に向かって、声高らかに、檄を飛ばし、自ら近づいてくるであろう鑢軍を待ち伏せる為、己の覇道に付き従う大軍勢を動かした。

「さぁ、天下無双の看板下ろさせてもらうわよ、鑢七花」

 張り巡らした策は、限りなく完璧なもので、死線を潜り抜け、鍛え上げられた将と錬度を高めた兵達の士気は最高潮―――ここに至り、魏軍は、この中華至上に於いて、鑢軍に匹敵する軍勢となっていた。
 ただし、倒すべき鑢七花が不在という事実がなければ、完璧だったのだが。


―――鑢軍本陣
 一方、総大将である七花不在による軍の再編成と戦場を覆い尽くす濃い霧に阻まれ、鑢軍は身動きが取れないでいた。
 そして、本陣の背後には、朱里の采配によって、鑢軍の本陣背後の防衛を任された焔耶、蒲公英、鈴々の三人も、部隊の兵達を休ませつつ、ひたすら霧が晴れるのを待っていた。

「それにしても、相変わらず、すごい霧だな。何も見えんな…」
「ここんとこ、そうだからねぇーところで、さぁ…何で、あんたみたいな馬鹿力女と一緒にいなきゃいけないのよ…」
「…軍師殿の決定だからな。私だって、納得してないんだ。愚痴をこぼすな」
「そっちだって、愚痴てんじゃないの」
「…何だとぉ!!」
「あ、図星付かれて、怒った?怒っちゃった?」
「にゃはははは…不安なのだぁ…っ!?」

 相変わらずの仲が悪さを発揮する焔耶と蒲公英の口喧嘩を聞きつつ、こんな調子で大丈夫なのかなぁと苦笑する鈴々だったが、この場にいる誰よりもすぐれた、ある意味野生じみた五感によって、不意に聞こえたある音に、その笑い顔が引きつった。

「…来るのだっ!!」
「え、ちょ、どうしたのよ、いきなり?」
「来るって、いったい、何が…!?」

 突然、武器を構えた鈴々に対し、驚く焔耶と蒲公英であったが、徐々に近づいてくる聞きなれた音に気付いた瞬間、何が起こっているのかを理解し、一気に血の気が引いた。
 遠くから聞こえるのは、大勢の馬が、一陣の風となり、地面を揺らしながら、駆ける蹄の音―――この深い霧をものともせず、騎馬部隊が迫ってきていたのだ。
 そして、霧で動けず、油断しきった敵陣の背後を突く為に、この局面でおいてもっとも恐るべき相手―――露出度の少し高い袴と胸を隠す為のさらし、そして黒い上着を肩に掛け、自分の得物である堰月刀を振り回す女武将が、<張>の一文字が書かれた旗を背おい、鑢軍の兵士達を、次々に打ち払い、奥へ奥へと斬り込んできた。

「う、うわぁあああああああ!!遼、来々!!遼、来々ぃいいいいいいいいい!!」
「な、張遼だとぉ!!」
「まさか、この深い霧を突っ切って、突撃してきたっての!?どんな、インチキ!!」」
「っ皆、本陣を、桃香おねえちゃんを守るのだぁー!!」

 大きく声を張り上げながら、怯えおののく兵士の声を聞き、焔耶と蒲公英、鈴々は、不意を突かれ驚きはしたものの、すぐさま、武器を手にすると、うろたえる兵達を落ち着かせ、迎撃のために、張遼とその部隊と衝突した。
 そして、張遼の急襲は、本陣にも伝えられ、愛紗ら鑢軍の将達を驚かせるほど、騒然となった。

「何、張遼だと!?」
「あわわ!!まさか、この濃霧を利用して、不意を突いて、急襲を仕掛けてくるなんて…!?」
「完全にこっちの、裏をかいてきたわね…どうするの、このままじゃ本陣まで抜かれるのも時間の問題よ!!」

 まったく予想だにしていなかった張遼の急襲に、張遼の恐ろしさを虎牢関で味わったため、必要以上に慌てふためく雛里の声を受け、董卓軍に所属していたこともあり、同僚であった張遼を良く知る詠も、事の重大さに、状況を把握し、それをもとに考えをまとめる余裕をなくしていた。
 しかし、張遼という武将を知る者にとって、無理からぬことだった。
 張遼の持つ最大の武器は、如何なる堅い布陣をも打ち破る突破力に合った―――現に、虎牢関の戦において、袁紹軍、公孫讃軍や涼州連合軍の分厚い陣を単騎で突破し、鑢軍の本陣にて指揮を執っていた否定姫の喉元に喰らい付くところまで追いつめた。
 急襲部隊を率いる将としては、打って付けと言っても、過言ではなかった。

「朱里殿、この場合、最善の手は?」

 まずは、現状をどう打開するかを考え、比較的落ち着きを取り戻していた星は、正軍師である朱里に意見を求めた。
 星の言葉に、すぐさま、朱里は大きく頷くと、周辺地域の地図を取り出し、軍を動かす為に、川を超えた先の平原地帯に指をさした。

「は、はい!!今のままじゃ、例え迎え撃ったとしても、まともな指揮が取れず、こちらの損害が増すだけです!!だから、ここは、鈴々ちゃん達に、張遼さんの部隊を防いでもらっている間に、一時撤退し、態勢を整えなおします!!」
「…っそれしかないのか」
「で、でも、鈴々ちゃん達を置いては…」

 ひとまず張遼らの攻撃を凌ぐために、陣を移動させるという朱里の意見に、愛紗も顔をしかめながら、指示した。
 しかし、総大将である桃香は、張遼らの攻勢を一手に引き受けることになる鈴々達を置いていくことは、できないと、言いかけた。
 とその時、これまで我関せずの態度を取っていた姜維の、剣呑な顔つきが、怒りによって、さらに荒らしいものとなり、朱里の意見に反対する桃香を睨みつけると、一喝した。

「黙れ、軟弱者がっ!!甘い戯言ばかり並べ立て、口先だけの、何一つできん分際で、孔明様に異を唱えるな!!」
「…っ!!」
「貴様、桃香様に、何という暴言をっ!!もはや許す事はでき―――ドォン―――っ!?」

 総大将に対する者とは思えない姜維の言葉に、体を震わせる桃香であったが、何一つ出来ないということを突かれたのが、原因なのか、体を震わせながら、顔を隠すように俯き、唇をかみしめるしかなかった。
 そんな桃香の姿を見て、姜維の態度に、いよいよ我慢ならないと、武器を構える愛紗であったが、突然鳴り響いた轟音が、この場を収めた。

「何をやっとるか!!この馬鹿たれどもがっ!!」
「落ち着きなさい、愛紗ちゃん、姜維ちゃん。今は、本陣が落とされかねない状況で、お互い争っている場合じゃないわ。ご主人様がいない以上、私達で何とかするしかないわ」

 内輪もめを続ける愛紗と姜維の二人にもはや、我慢ならなかったのか、恥を知れと言わんばかりに、桔梗は頭上に掲げた轟天砲を振り下ろし、一喝した。
続けて、紫苑も厳しい表情で、愛紗と姜維を諌めると、七花不在の間、自分達がどうにかしないといけないと言う事を強調しつつ、仲裁した。
 ひとまず、愛紗と姜維の扱いについては、桔梗と紫苑に任せることにした、賈駆は、桃香にあらためて、方針を決定してもらう事にした。

「で、どうするの、桃香?今は、あんたが総大将なのよ…」
「…私は、私は―――!!」

 悩んだ末に、桃香は、この場に於いて、最善の手を選ぶしかなかった。

「…本陣が動き始めただと!?」
「ということは、私達が殿を任されたってことだよね…ちょっと冗談きついかも」
「でも、皆が立ち直るまで、鈴々達が踏ん張るのだ!!」

 張遼率いる急襲部隊を喰いとめている最中に、本陣が後退している事に気付いたのは、鈴々達が、ようやく兵達の混乱を収め、態勢を立て直していた時のことだった。
 しかし、態勢を立て直しとはいえ、それまでにかなりの兵を失い、鈴々達は、未だ危機的状況を脱するに至っていなかった。
 とはいえ、ここを張遼に抜かれれば、本陣にまで攻め込まれかねない。
 本陣を守る為に、殿の務めとして、三人がかりで、張遼を食い止めようと、武器を構えた瞬間、ふと攻撃の手を止めた張遼が、ここにきて、初めて口を開いた。

「…ちぇっ、はずれちゃった」
「はずれなんて、いわせないのだ!!」
「あんまり、甘く見ると痛い目見ちゃうかもね」
「ここから先は、一歩も通さん!!」

 何やら不満があるのか、口を尖らせながら、悔しがる張遼が、本来の得物である岩を砕きそうな棘付き巨大鉄球に持ち替え、馬から降りて、武器を構えた。
 守り通すぞと、張遼の部隊を食い止める為に残った部下と一緒に、攻撃に備え、身構える鈴々、蒲公英、焔耶の三人であったが…

「遅れて、遼来々ぃいいいいいい!!あ、あれぇ、もう本陣引き払った後なのー?」
「「「え、ええ?」」」

 ―――霧の中から、双剣を手にした、頬のそばかすが目立つ、眼鏡をかけた張遼が現れ、鈴々達は戸惑い、顔を見合わせるしかなった。
 しかも…

「続けて、遼来々っ!!あれ、もしかして、外れだったりとか…」
「「「さ、三人目が…」」」

 今度は、巨大回転鉄輪を手にした、胸に桃を詰めて、胸囲を誤魔化している張遼が出現し、唖然とする鑢軍殿部隊を代表して、鈴々は誰に言うでもなく、呟いた。

「どうなってるのだ?」

―――鑢軍本隊

「こちら、東より、張遼襲来!!」
「す、すみません!!西からも、同じく張遼が迫ってきています!!」
「さらに、北からも、張遼が突っ込んできます!?」

 一方、こちらでも、続々と現れる張遼達に、鑢軍の本隊はなすすべもなく、振り回されていた。

「ちょっと、何なの、これぇ―――!!どんだけ、霞がいるのよ!!」
「恐らく、撹乱させる為だと思うが…どれが本物なのやら…」

 次々に現れる張遼に、思わずふざけんなと声を荒げる詠に対し、やれやれと苦笑する星であったが、その言葉通りの余裕さなど無いに等しかった。
 恐らく、現れた張遼の多くが、偽物なのであろうが、深い霧で変装を見破る事が出来ず、しかも、本物の張遼が混じっていないとは断言できない以上、本隊を無事撤退させるためにも、これを無視することはできなかった。

「例え、偽物が混じっていたとしても、本命がいる以上、無視するにはあまりに危険が大きいわ…」
「故に、迎え撃つしかない、か。時に、星、紫苑、西と東、北―――どちらを選ぶ?」
「私は、西に向かうわ。星ちゃんは?」
「ふむ、ならば、私は、風上の北を選ぶとしますかな。張遼は、私が頂くとしましょう」
「ふははははは!!二人とも勘が鈍いな!!ならば、東の張遼はわしが迎え撃つかのう!!」

 豪快に笑い飛ばしながら、桔梗は、自分の部隊を引き連れて、東に現れた張遼の迎撃に向かった。
 そして、紫苑は西へ、星は北へと、同じく迎撃のために部隊を引き連れて、それぞれの方角に現れた張遼の迎撃へと赴いた。

「いったい、どうなってるだろう…?向こうの考えがまるで読めない…」
「ねぇ、朱里ちゃん…これって、何だか似てるよ…」
「似てるって…雛里ちゃん、どうかしたの?」

 次々に現れる張遼については、曹操軍の仕掛けた策だと思われるが、その意図が読めずに、頭を抱える朱里に対し、同じく曹操軍の意図を考え込んでいた雛里が、ふと現在の状況を思い返した瞬間、不意にある事を思い出し、朱里に向かって話しかけた。
 雛里の言葉に首をかしげる朱里であったが、次の瞬間、雛里の口から出たその言葉に凍りつくことになった。

「この地形条件に、深い霧を利用した急襲…あの人の、<徐庶さん>の…」
「雛里ちゃん!!」

 恐る恐る口ごもる雛里から出たその名前に、朱里は、かつての忌まわしい思い出を思い出し、まるで、何かを拒絶するように声を張り上げて叫んだ。
 そうでもしないと、思い出したくない、あの人の言葉を思い出してしまう!!

―――ああ、まるで、分かってないわね、朱里―――
―――軍師ってのはね、何百、何千、何万の人間の運命を、頭一つで略奪する、最高の娯楽を楽しめるお仕事なのよ―――
―――そもそも卑怯って何よ?戦に卑怯も道理も、礼も必要なく、存在すらしないのに―――
―――ほんと、甘っちょろいわね、朱里―――

 …忘れないと!!あんな人の事は!!あんな化け物の事は―――!!
 自分を落ち着かせながら、朱里は、心配そうにこちらをみる雛里に、無理矢理笑顔作りながら、話しかけた。

「大丈夫だよ…あの人の筈がない。あんな人が誰かに仕える筈ないよ」
「う、うん、そうだったね…」

 必死で取り繕ったような笑顔を見せる朱里に対し、古い付き合いだからなのか、その理由を察した雛里は、自分のうかつさを恥じ、それ以上何も言えなかった。

「それよりも、早く、この霧を抜けて、軍を立て直さないと。もうすぐで、この霧が晴れる筈だから」
「鈴々ちゃん達、無事だといいんだけど…あ、そろそろ霧が晴れてきた…!?」

 殿となった鈴々達を心配する雛里であったが、そんな事を考える余裕さえ消し飛ぶことになった。
 霧が晴れ、視界が鮮明となった時に、鑢軍の誰もが、目に飛び込んできた光景に唖然とする事になった。

「え、な、何で…?」
「何で、ここに、曹操さん達がっ!!」

 そこには、呆然と立ち尽くす鑢軍の兵士達がいる最前線から、ほんの数百歩進んだ先に、曹の旗印を掲げた軍勢―――曹操率いる魏の兵士達が、まるで全てを読んでいたと言わんばかりに、堂々と整列し、開戦の合図を待っていた。
 奇しくもそれは、かつて朱里がもっとも畏怖していた者が語った、とある策―――啄木鳥が嘴で木を叩き、潜んでいた虫が音で驚いて出てきたところを食べる様子に見立てた挟撃作戦<啄木鳥戦法>の再現そのものだった。

―――張遼襲撃地点・西方面―――

「…やられたっ!?」

 西に現れた張遼を迎え撃つために、手勢を率いて対陣した紫苑は、<弓>を構える張遼―――の仮装をした夏侯淵ということに、思わず舌うちを洩らすしかなかった。
 それほどまでに、鑢軍の将と軍師達は、魏の計略に、まんまとしてやられたのだ。

「なるほど…張遼襲来は、鑢軍を撤退地点に、待ちうける曹操軍に追い込む為の誘導と鑢軍の将を分散する為の二重の罠を仕掛けるための、布石だったわけなのね」
「概ね、当たりと言うところかな」

 もはや戦闘は避けられないと判断し、弓を構える紫苑の言葉に、夏侯淵は、涼しげな笑みを浮かべながら、答えた。
 今回の作戦において、曹操は、双識と司馬懿の提案した策を合わせ、張遼と言う名前を最大限利用することで、鑢軍の強みを削ぐ方法を思いついた。
 張遼の部隊が突撃力に秀でていることは、鑢軍とて、重々承知のはず―――ならば、複数の武将に、張遼の格好をさせて、バラバラの方角から鑢軍に襲いかかれば、鑢軍はどうするか?
 この深い霧が変装を見破る術を奪い、例え、偽物だらけだとしても、張遼の突撃力を恐れる故に、鑢軍は、複数の部隊に分かれて、迫りくる張遼達を迎え撃つしかない。
 例え、それが、自らの首を絞める結果になろうとしてもだ。
 そもそも、兵力の少ない鑢軍の強みは、一騎当千の将が多くいることにある。
 だが、どんなに強くとも、一人は一人でしかなく、一人が二人に分裂することなどありえないし、本隊から遠く離れた地にいるなら、その力を、本隊で発揮することはできない。
 故に、張遼達を迎撃する為に、鑢軍の将の半数が、分散した今、鑢軍本陣の総合戦力は大幅に削がれ、兵力差で勝る曹操軍が一気に優勢になった。

「将の質・量では、確かに、こちらが不利だが…手の届かぬ所ならば、一騎当千の力など意味はない。もっとも、それだけではないのだがな」
「まだ、何かあるのかしら?」

 合流を遅らせる為の、時間稼ぎのつもりなのか、必要以上に多くを語る夏侯淵に対し、早々に戦闘を切り上げ、待ち伏せに合っているであろう本隊に合流しなければならない紫苑はやや苛立ちながら、敵の意図を聞き出そうとした。
 そして、一騎打ちという―――最も望んでいた状況に持ちこめた夏侯淵は、否が応でも、相手を、一騎打ちに乗らせる為に、紫苑に、この作戦の核心を話した。

「これは言わば、格付けだ。鑢軍の主力武将は、我らよりも弱い…その既成事実こそが重要なのだよ」
「なるほど…つまり…」

 意味深に語る夏侯淵の言葉に、紫苑は戦闘を避けて、本隊に戻ると言う選択肢を塞がれた事に気付かされた。
 これこそが、この作戦の立案者の一人である双識が狙い―――かつて、日本にいた頃、双識や軋識が弟を引き連れ、参戦することになった、竹取山決戦の再現にあったのだ。
 鑢軍に勝つ為に、鑢軍の幻想―――すなわち、天下無双の鑢七花がいるから、七花に従う鑢軍の将や兵士達も同じく強いという幻想を、打ち砕く為に!!
 だからこそ、鑢軍の将達を分断し、トーナメント方式に一番近い形でなるであろう、一騎打ちの状況に持ち込んだのだ。
 ここで負けた人間が、次の戦いで勝てるわけがない―――すなわち!!

「そう、この場に最後まで立っていた者こそが、中華一ということだ!!」
「ならば、負けられません!!鑢軍の将として!!」

 そう咆えた夏侯淵の弓から、放たれた矢を合図に、すぐさま、紫苑も、弓に矢を番えると、夏侯淵の矢を撃ち落とすべく、連続して三本の矢を同時に放った。
 そして、これを合図に、それぞれの場所で、戦闘がはじまり、鑢軍と曹操軍による第二次天下無双決定戦が勃発することになった。
 もっとも…

「恋―!!戻ろうって!!皆、心配しているって!!」
「やだ」
「ああ、もう…どうしたらいいんだよ…」

 ―――曹操軍の将達が狙う、現天下無双である鑢七花は、戦場から遠ざかっているのだが。




[5286] 第28話<火艶槍聖>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/11/23 23:22
―――数時間前、曹操軍本陣

「―――と言う訳で、夏侯惇さん達をちゃっちゃと連れ戻してきて、欲しいんですぅ」
「…まったく、呆れてものが言えんな。その軽挙こそが、失敗の原因だと言うのに」

 反省と言うモノを知らんのかと、吐き捨てるように呟きながら、誰かは不機嫌そうに顔を伏せた。
 明らかに、曹操が、厄介な自分達を遠ざけようとしているのが、手に取るようにわかる。
 現に、他の二人は許昌にて、表向きは、鑢軍の奇襲に対する為に、待機するように命じられていた。
 無視することもできるが、それでは、使える主の顔に要らぬ泥を被せることになってしまう―――故に、誰かは、曹操の命に従うしかなかった。

「…良いだろう。これも、曹操殿の命令であるならば、従うのが道理だ」
「ありがとうございますですぅ~それじゃ、よろしくお願いするですぅ」
「ああ、そうそう…一つ聞き忘れていたな」
「はい?」

 とはいえ、少しばかり意趣返しはさせてもらうとするか―――誰かは、立ち去ろうとする誰かを呼びとめると、徐に尋ねた。

「連れ戻せばいいんだな。どんな方法使っても、連れ戻せば」
「はい、そうですぅ。あぁ、もちろん、兵卒さんの分際で、脱走まがいな事したので、然るべき罰も与えてほしいですぅ」
「当然だな」

 誰かの思惑に気付いた誰かが、意地の悪い笑みを見せながら、誰かの満足する答えを返した。
 そして、誰かは、返ってくる答えが、分かり切ったものだというような口ぶりで、その場から立ち去ろうとして、ここには―――本陣にはいない曹操に対し、皮肉交じりの独り言をつぶやいた。

「とはいえ、そうなると、与える罰も、連れ戻す方法も一つしかなくなるがな」

 いよいよ始まった曹操軍との決戦の最中に、暗躍する者たちが動き始めたところで、恋姫語、はじまりはじまり。



                 第28話<火艶槍聖>



―――現在:鑢軍本隊

「うぉりゃぁあああ!!糞、張遼襲来ってのが、囮だったのかよ!!」
「恐らく、―――惨滅しろぉ!!・・・そうだろうな!!まんまとしてやられた!!」
「やられただけならいいさ…問題は、このままじゃ本当に殺(や)られかねないってことだ、ふん!!」

 曹操軍の策にはまった鑢軍は、態勢を立て直す事もままならず、苦戦を強いられていた。
 だが、そんな中、得意の騎馬戦でもって、敵陣に斬りこみながら、次々に敵を突き払う翠、集団で攻めてきたところを、得物である仕込み刀で、一気に切り刻む姜維、多人数を相手に、格闘戦でもって粉砕する蝶々―――本陣の守りを愛紗に任せ、 翠達は、次々と攻め立てる曹操軍の兵を薙ぎ払いながら、未だ態勢を立て直せずにいる鑢軍本隊をギリギリのところで、守っていた。
 ―――否、守るしか手立てがなかった。

「まさか、鈴々達を本隊から引きはがすのが目的だったなんて…私らだけでなんとかしろってか」
「ふん…それがどうした?戯言を言う暇があるなら、孔明様の為に、戦え」
「…あんた、ほんと、他人を怒らせるような言い方するよな」

 気遣いと言うモノを知らない姜維の物言いに、思わず翠は、苛立ちながら、額に青筋を浮かべた。
 しかし、さすがに、続々とやってくる曹操軍の兵士を相手にしながら、姜維に喰ってかかるほどの余裕はなく、軽くぶっきらぼうに言葉を返すしかなかった。

「―――来るぞっ!!後ろに下がれ、翠、姜維!!」
「えっ!?」
「ん!?」

 とここで、それまで、曹操軍の兵士を素手で蹴散らしていた蝶々は、目の前に飛び込んできた光景に驚きながら、すぐさま、翠と姜維を後ろに下がらせた。
 慌ててうしろにさがった翠と姜維がいた場所が、次の瞬間、振り下ろされた巨大な何かによって、打ち倒した曹操軍の兵士ごと、地面が、一撃で砕け散った。

「粉砕滅殺」

 がそれよりも、翠たちが言葉を失うほど、驚かせたのは、ただ一言つぶやき現れ、それを行った敵の―――大凡常識の範疇を超えた姿だった。
 分厚い鉄の板を無数に打ち付け、胴に見るモノを威圧させる鬼の顔を思わせる装飾施した鎧、顔は同じく夜叉の面でもって隠され見えなず、不気味さを醸し出していた。
 が、何より驚くべきは、常人をはるかに凌ぐ身の丈10尺という巨体と、その巨体に見合わせた巨大な狼牙棍―――鉄製の棒の先端に付けた紡錘形の柄頭に無数の棘が取り付けられた武器だった。

「な、何だよ、あれ!!あの鎧の化けもんは!!魏には、あんなのがいるのかよ!!」
「いや、翠。どうやら、新手は、こいつだけじゃないようだ」

 常識の範囲を超えた敵に対したじろぐ翠であったが、それを超えてなお厄介な敵がいる事に、蝶々は、暗殺を生業とする者ゆえにかぎ分けられる臭いを察知した。
 殺人をこなす者にこびり付く、死臭の香りを。

「謝罪。的、外」
「いや、良いちゃよ。おかげで、ここまで、辿り着くのに余計な戦闘しなくてすんだちゃ」
「そうだね…ま、ちょっとずるい気もするけどね」

 翠達を仕留められなかった事に、言葉短く謝る巨大鎧武者に対し、得物である釘バット<愚神礼讃>を手にする零崎軋識と一切の武器も持たずにいる零崎双識は、軽く感謝しつつ、翠達の前に立った。

「やっぱり、あんたらも、出てきたか」
「当然ちゃ。俺達、零崎一賊は、家族が傷つけるモノは何であれ許さないちゃ。しかも、殺されたとしたら、国丸ごと皆殺しは確実ちゃ。なぁ、レン?」

 殺人と暗殺の違いはあれど、同じ殺しを生業とする相手に、蝶々は警戒しながら、何時でも対応できるように構えた。
 対する、<愚神礼讃>を突きつける軋識も、零崎として、零崎に仇を成した者達を殺しつくす為に、極限まで殺意を高めていた。
 そして、双識も―――

「うん、そうだね。僕としては、あの見えそうで見えないスカートは頂けないと思うんだ。どうも、あのメイド仮面を思い出しちゃうんだよね。もし、スパッツを穿いているなら、トラウマもののがっかりだよ」
「…そうかそうか。俺は、お前にほんっと、うんざりする位、零崎じゃなきゃ、遠慮なくすぐさま撲殺するぐらい、色んな意味でがっかりしてるちゃよ」
「そっちも、大変なんだなぁ…」

 ―――零崎一の変態にして、女子中学生大好きな双識の好みに、ばっちり当てはまる姜維をまじまじと見つめながら、見当違いな言葉を返していた。
 駄目だ…こいつ…と、軋識は、思わず頭を抱えながら、この変態、もうちょっと緊張感だせないのかと嘆いた。
 そして、同じく奇人変人狂人などなど、個性の塊が集まったような真庭忍軍で、比較的常識人であるが故に、苦労人の立場にいる蝶々は、昔を思い出しつつ、しみじみと呟いた。

「戦闘開始。情無用」
「とにもかくにも、んーじゃま、かるーく零崎をはじめるちゃ」
「そうだね―――それでは、零崎を始めよう」
「―――来るぞ!!」
「ふん!!」
「やってやるさっ!!」

 がそんな感傷など、武器を構えた巨大鎧武者の言葉を合図に、すぐさま終わる事になった。
 すぐさま、笑みを消し、見えを切って迫る軋識と双識に対し、翠達も同時に敵を迎撃する為に、斬り込んでいった。

「ふん…孔明様に逆らいし、愚者共が。その身を屍にさらせぇ!!」
「ふふふ…なるほど、君が僕の相手と言う事か。願ったりかなったりと言うところかな」

 まずは、唸りを上げて、曹操軍の兵士達を次々に切り刻みながら、縦横無尽に駆け巡る仕込み刀を振るう姜維に対し、素手である双識は、相手にとって不足なしどころか、大満足ですと言わんばかりの笑みを浮かべながら、只管逃げるように、襲いかかる仕込み刀の刃をかわしていった。

「拳士が相手ちゃか…嫌な思い出しかないちゃけどな…!!」
「そうか。なら、今日は、最悪の思い出になるだろうな!!」

 次に、かつてとある拳士と殺し合いを演じて以降、拳士に対し苦手意識のある軋識を、真庭忍軍始まって以来、忍術ではなく拳法に特化した忍者である蝶々が、軽口をたたきながら、迎え撃った。

「え、てことは…」
「尋常勝負」
「…あ、あいつら、何気に一番厄介な奴を、私に押しつけやがった!!」

 そして、残された翠は、簡単な消去法で、強制的に、一番人外で、難敵である事が確定的な巨大な鎧武者と戦う羽目になった。
 自分から徐々に遠ざかっていく姜維と蝶々に対し、翠は、こんなのに勝てるか!!と恨みがましく叫ぶも、敵である巨大な鎧武者には、翠の都合など、まったく関係のない事であった。

「粉砕」
「っと!!いきなり、これか…しかも…」

 再び、短い言葉と共に、渾身の力を込めて振り下ろされた狼牙棍を、馬を走らせ、慌てて回避した翠であったが、生きた心地はしなかった。
 一振り―――ただ、それだけで、地面に穴を開けるほど、威力があると知れば、当然だった。

「軽く振っただけで、一撃必殺かよ。ああ、こうなったら、腹くくるぞ!!」
「心意気良…我称号、大山不動―――我名龐徳也」


 こいつを通したら、本陣が立て直される前に、壊滅に追い込まれる事を理解した翠は、得物である槍を構えた。
 そして、自分を恐れず、ひかずに立ち向かう強敵との一騎打ちに、普段の彼女としては珍しく、喜悦を含めた名乗りを上げ、狼牙棍を振りかざす巨大鎧武者―――龐徳に対し、ここが正念場と、覚悟を決めた翠は馬を走らせ、真っ向から迎え撃った。

―――張遼襲来・東方面

「なははっははは!!遼来々!!遼来々やでぇえええええ!!」

 唸りを上げて回転する螺旋槍を振り回しながら、兵を引き連れ、駆け抜ける張遼―――の変装をした李典は、張遼の名を騙りながら、「ちょ、張遼だぁああああ!!」、「何で、こんあところにぃいいいい!!」などと慌てふためく鑢軍の兵士達を蹴散らし、鑢軍の本隊を目指していた。

「なるほどなぁ…こいつは、中々上手いてやんか。使えるもんはどんどん使わんとなぁ。我は、張遼―――遼来々!!」

 このまま一気に、曹操軍本隊に出くわし、混乱しているであろう鑢軍本隊を目指そうと、李典は馬を走らせ、そのまま直進しようとした瞬間―――

「なんじゃ、張遼ではなかったのか」
「んな!?」

 どことなく詰まらなそうに呟いた声が聞こえた。
 不穏な声と殺気を感じ取った李典がすぐさま跳び下りた直後、轟音と共に放たれた鉄杭が、李典が騎乗していた馬の頭をぶち抜いた。

「ほう、やるではないか、小娘―――よく避けたな」
「っ―――なんや、あんたやったんか。さすがうちにも手が余った武器を使いこなせることだけはあるやんけ、厳顔!!」

 かつて、自分にさえ手が余った轟天砲を使いこなした厳顔―――桔梗に対し、発明家の性なのか、李典は、満面の笑みを浮かべながら、相対する事になった。
 とはいえ、桔梗としては、素直に喜べない所もあった。

「それより、ぬしがここにおると言う事は、まんまとはずれを引かされたか」
「いやいや、はずれはないやろ…こういう具合になやけど!!」

 張遼に狙いをつけていた桔梗にとって、まんまと偽物に引っ掛かった為、紫苑と星に大見え切った手前、相手が李典だと分かった以上、肩透かしに似た気分だった。
 だが、ここに来た鑢軍の将を食い止める任も負った李典にとっては、簡単に見逃すわけにも、いかなかった―――徐に螺旋槍の柄先端を、桔梗に向けた瞬間、いきなり、柄の先端が開き、空洞部分から、矢が、桔梗に目掛けて、とび出してきた。

「っと!!ふははははは!!また、面白いからくりを仕込んでおるみたいだのう!!」
「こんなもんで、満足したらあかんで…うちの螺旋槍の機巧はなぁ」

 不意を突かれたものの、桔梗はすぐさま轟天砲を盾代わりに使い、矢を防ぐと、豪快に笑いつつも、このからくり師―――李典を、油断ならない敵として認めざるを得なかった。
 対する李典も、不敵な笑みを浮かべながら、螺旋槍に仕掛けた内蔵機能―――じゃらりと垂れさがる鎖付きの鎌や、メラメラと炎を噴き出すノズル、バチバチと電光を光らせる装置などを作動させながら、桔梗に対峙した。

「―――108機能搭載や!!」
「多機能ぶりのもほどがあるが、まあいい!!出し惜しみなく、存分に掛かってくるがいいさ!!」

 武器製作者と武器使用者―――螺旋槍に取り付けた機能を次々に繰り出し、敵を圧倒しようとする李典に対し、その李典が作り上げた武器:轟天砲でもって桔梗は、次々に鉄杭を発射しながら、両者激しい一騎討ちを繰り広げる事になった。

―――張遼襲来:北方面

「っと、ようやく追いついたが…ふむ…」

 一方、北方面に襲来した張遼を迎え撃つはずだった星も、どうにか張遼に対峙する事は出来たものの、自分の運の悪さに苦笑するしかなかった。

「どうやら、こちらもはずれだったようだな―――私もまだまだ未熟と言うところか」
「…っ」

 溜息をつきながら、自分を自嘲する星の前にいたのは、身なりこそ張遼そっくりに変装したものの、鬘の間から見える銀髪と、顔や腕など体中に刻まれた無数の古傷で見分けがついた。
 とはいえ、張遼ではなくとも、目の前の少女が、如何に難敵であるか、星はすぐに見抜いていた。

「―――だが、人違いだからと言って、はいそうですかと、帰してはもらえんのだろうな」
「無論です」

 人を食ったかのように、軽口をたたく星に対し、少女は、星を見据えながら、短く答えると、手にしていた堰月刀を投げ捨て、馬から飛び降りると、静かに拳を構えた。
 そして、静かに、少女が、足を踏み出し、一歩前進すると同時に、少女に付き従う兵士達も同じく一歩前進した。

「ただ前へ、より一歩でも前へ、前へと進むだけです―――鑢軍本隊に向かって」
「なら、私も帰るわけにはいかなくなったな!!」

 少女とそれに従う兵士たちの言動を見た星は、少女の、全身の古傷は、ただひたすら前へと愚直に進みながら、敵の守りを粉砕し、敵の攻めを退けてきた証―――誉れの傷である事に気付いた。
 少女を倒さなければならない難敵であると直感した星は、馬を走らせ、間合いを詰めると、少女に向けて、馬上から、得物である槍を、唸りを上げるように突き出した。

「甘いっ!!」
「っと!!」

 しかし、零崎一の変態とはいえ、零崎双識の部下兼生徒として、死地を潜り抜けた少女にとって、それは充分対処できる攻撃だった。
 少女は、後ろに下がるのではなく、そのまま、前へと進みながら、頬すれすれで、星の繰り出した槍を避けると、騎馬の弱手側に詰め寄ると、体を低く伏せ、下半身の反動と共に、そのまま一気に、拳を打ち上げるように、星の騎乗する馬の腹に叩き込んだ。
 少女繰り出した拳の一撃―――ただ、それだけで、星の騎乗する馬は、腹にめり込んだ拳の痕を刻みこんだ。
 そして、星が慌てて、飛び降りると同時に、馬は白目をむいて倒れ込むと、口から血の泡を噴き出し、一鳴きする間もなく絶命した。

「それにしても、拳一つで、闘うとは―――まずは、名乗りだ。私は、鑢軍将軍の一人、趙子龍!!貴行の名は?」
「―――楽進」
「ただ前へと進む、あまりにも愚直なその武―――嫌いではない」

 馬を潰され、少女との一騎打ちを余儀なくされた星が、少女の名前を問うと、少女―――楽進は、ふたたび拳を構えると、星を見据えながら、静かに己の名前を告げた。
 そんな生真面目な楽進の姿を見て、星は、思わず笑みを浮かべながら、七花以来の、相手にとって不足なしの敵と見た楽進と対峙し、静かに槍を構えた。

「「いざ、尋常に勝負!!」」

 一騎打ちの開始を告げる言葉と同時に攻める星と楽進―――さながら、ひらりひらりと敵の攻めをかわし、戦場に舞う華麗な蝶と、ただひたすら敵の攻撃に耐えながら、前進する無骨な甲虫という、相反する戦い方をする二人の、熾烈な戦いが始まろうとしていた。

 その頃、戦場から遠ざかっている七花と恋は―――

「…ご主人様の馬鹿…分からず屋」
「ああ、そう泣くなよ、恋…なぁ、いったい、どうすりゃいいんだ…?」
「がふ~ん」

 なんとも情けない表情でため息をつきながら、恋を抱える七花と、七花に抱えられながら、愚図る恋、そして、器用にお手上げの状態しながら、首を横に振る赤熊:セキト―――こっちも、色々な意味で、思いっきり、大変な思いをしていた。
 恋に拉致される形で、駆け落ちをする羽目になった七花は、素巻き状態から抜け出し、ようやく恋を止める事に成功した。
 が、いざ、鑢軍の本陣に戻ろうとした時、今度は、駄々をこねる子供ように、拗ねた恋が帰りたくないと、その場に座り込んでしまったのだ。
 なんとかして、宥めようとする七花だったが、結局、恋の機嫌が直る事はなく、一先ず、早く戻る為に、七花が、恋を胸の前あたりで、横向きの形から下を支える体勢―――通称:お姫様だっこで連れて帰るしかなかった。

「…ご主人様、結婚しちゃ嫌なのに…どうせ、恋のことなんて」
「はぁ…姫さん、俺、もう挫けそうだよ…ん?」

 もはや体力より先に、心が限界を迎えそうな七花であったが、ふいに、帰り道の先に、何かが近づいてくるのが見えた。
 遠目から見る限り、判断したところ、馬に乗った武装した兵士数名―――掲げてある旗には曹の文字が書かれていた。

「曹ってことは、曹操軍の連中か?でも、何で、こんなところに…恋、一旦、降ろすぞ」
「…やだ」
「え、やだって…恋?」
「…ご主人様、一人で帰るつもり…放さない」
「いや、帰るつもりもないし…一人で、そんな事言ってる場合じゃ、って!!何で、首に腕を巻きつけるんだ!!」

 一先ず、戦闘態勢に入る為に、恋を降ろそうとする七花だったが、拗ねた恋が素直に応じるわけもなく、逆に、絶対に離すもんかと、七花の首根っこにしがみつくように、腕をまわした。
 何とか振りほどこうとする七花だったが、前天下無双は伊達じゃないのか、恋は、振りほどかれるどころか、逆にますます力を込めて、しがみついた。
 そうこうしている内に、曹操軍らしき数名の兵士―――七花を追いかけてきた夏侯惇と兵卒仲間の山隆と元盗賊3人組は、なんなく七花達の元に辿り着いた。

「ようやく、追いついたぞ!!鑢軍の総大将、鑢、七、花…?」
「…あっ」
「…ん?」

 さっそく、名乗りを上げた夏侯惇だったが、七花と恋の姿を見て、思わず固まった。
 何処をどうすれば、このような体勢になるのか知らないが―――恋は振りほどかれないように、七花の首に、腕をしっかりと廻しつけ、脚も七花の腰に巻き付け、しがみ付き、七花は恋を落とさないようにしっかりと、両腕で恋を落とさないように抱えていた。
 そんな申し開きのしようもない恰好だった。
 そして、目が点になった夏侯惇は、後ろにいる山隆と元盗賊三人組と目を配らせした後、再び、剣を手にしつつ、前を向き―――

「何をやってるんだああああああああ、きさまらぁあああああああああああ!!」
「うぉ、いきなり、何すんだよ!!」

 ―――皆の思いを乗せ、渾身の突っ込みを入れながら、容赦なく、七花を斬り付けた。
 不意を突かれる形になった七花だったが、恋にしがみ付かれたままではあったが、何なく夏侯惇の一撃をかわした。

「それはこっちの台詞だ!!この大事な戦の最中、な、なにをふしだらな事を!!くそ、これだから、男と言うものは…っ!!この性欲の塊っ!!」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、面倒なことに…って、そういうあんたは、誰なんだよ…」

 怒り顔で捲し立てる夏侯惇に指をさされながら、頭を抱えたくなった七花は、一先ず、話を逸らそうと、相手の名前を尋ねた。
 七花に名を問われた夏侯惇は、思わず固まりながら―――何処か苦悩するように、俯き、血涙を流しながら、苦渋の表情で名乗りを上げた。

「…兵卒の、夏侯惇です」
「ごめん…聞かない方が良かったみたいだったな」

 如何に他人の心の機微に疎い七花でも、分かるほど、表情に出ていたのか、夏侯惇の触れられたくない所に触れたのを気づき、思わず謝った。

「ありがとう…じゃなくて!!鑢軍総大将:鑢七花、我が主君:華琳さまの為に、あと、私の汚名挽回のために、いざ、勝負だ!!」
「今更、格好を付けられてもなぁ…それと、もう止めといたほうが身のためだぞ」
「ふっ…それはこっちの台詞だ!!そんな姿で―――!!」

 汚名を挽回しちゃ駄目だろうと思いつつ、もはや戦意を削がれた七花は、とりあえず、夏侯惇の後ろで繰り広げられる惨状を見て、一応、被害を増やさない為に、夏侯惇に警告を与えた。
 だが、脳筋もとい直情性格な夏侯惇が、素直に応じるはずもなく、七花と恋の姿を詰りながら、再び剣を構え、斬りかかった。

「―――まともに、ぐほぉお!!」
「がふああああああああああああ!!」

 ―――直後、夏侯惇の背後に回っていたセキトが、両腕で夏侯惇に胴を抱え、そのまま、持ち上げ、自ら後方に倒れ込みながら、夏侯惇の頭を地面にたたきつけた。
 ちなみに、夏侯惇の背後では、同じくセキトにやられた山隆達が、大きなこぶを作りながら、気絶していた。
 どうやら、貂蝉とのところに、恋が、セキトを連れて、たびたび遊びに行った際、食前前の運動がてらに、セキトは、格闘戦に強い貂蝉から、みっちり鍛え上げられたらしく、今では、投げ技のスペシャリストとして、覚醒したようだ。

「だから、言ったのに…」
「…セキト、強い」
「~~~~~っ!!ひ、卑怯だぞ!!ちゃんと正々堂々闘え!!後、熊に闘わせるなぁ!!」

 気の毒そうに呟く七花と、セキトを褒める恋に対し、夏侯惇は、もう鑢軍、やだーという気持ちで、今度こそ、真面目に戦おうとした瞬間―――

「―――何を戯れている、貴様?」
「―――なっ!?」
「―――っ!!」
「―――んっ!?」

 ―――誰にも気づかれず、何時からそこにいたのか、身の丈3倍もある長さの柄に、穂先に左右対称の枝刃を取り付けた槍:十字槍を携え、この国では見られない和風の着物を乱暴に纏い、炎のように赤い髪を靡かせ、いかなる事故に巻き込まれたのか、顔の―――否、体の右半分に火傷痕が特徴的な女がいた。

「―――ご主人様!!」
「っと!!いきなり、問答無用かよ」

 と次の瞬間、七花の体にしがみ付いていた恋が、唐突に七花から離れると同時に、抜き身の剣が七花と恋の間を通過した。
 七花から離れた恋は、自分の得物である方天画戟を手にし、何時でも対応できるように構えた。
 そして、それは、恋が離れた後、虚刀流一の構え<鈴蘭>で構えた七花も同じだった―――目の前に現れた火傷傷の女は、天下無双の二人にさえ、気配を、そして、攻撃を察知されないほどの技量の持ち主であるならば、当然の対応だった。

「戦争の最中、大将が色恋ごとの真っ最中か…良い御身分であるな」
「…だから、なんで、そうなるんだよ」
「違うのか?まあ、何であれ興味はないがな」

 七花の言葉をどうでもいいと言いきった火傷傷の女は、徐に馬から降りた。
 とここで、夏侯惇が、気絶からいち早く立ち直った山隆とともに、突如現れた火傷傷の女―――司馬懿直属の親衛隊の参上に対し、いぶかしむ様に尋ねた。

「貴様、なぜ、ここに…鑢軍との戦はどうしたんだ!?」
「ん?ああ、曹操殿の命令でな。貴様らを連れ戻して来いと言われて、わざわざ来たのだが…鑢軍の総大将と元天下無双がいるとはな。都合が良い」
「いててて…でも、ほんと良かったですよ。俺らだけじゃ手に負え―――」
「…何を勘違いしている?」
「―――へっ?」

 馬から降りながら、無愛想に、夏侯惇の問いに答えていた火傷傷の女は、山隆の言葉に首をかしげた。
 そして、次の瞬間、訳が分からず呆ける山隆の胸を、槍の穂先が―――司馬懿に仕える私設部隊の将とは言え、同じく魏に属する将であるはずの火傷傷の女が手にした十字槍の穂先が突き刺さった。

「あ、え…しょ、将軍、なん…で…?」
「何時、私が、貴様らを生きて連れ戻すと言った?私はな、貴様らを処断するつもりで来たのだ。兵卒が脱走まがいの行動をとれば、当然の結論だ。都合がいいとはな、貴様を連れ戻すという取るに足りん命令が、我が主が標的とする獲物が一緒にいたから、都合がいいと言ったんだ」

 自分の胸に突き刺さった穂先に訳が分からず、死にゆく山隆に対し、当然と言う口調で言い切った火傷傷の女は、山隆の屍を無造作に投げ捨てた。
 そんな火傷傷の女に対し、一番に怒りをあらわにしたのは、短い間とはいえ、何かと世話を焼いてくれた山隆と親しかった夏侯惇だった。

「貴様ぁっ―――!!」
「喚くな、兵卒。不愉快なのは、こちらも同じだ」

 剣を突きつけ、激高する夏侯惇に対し、火傷傷の女は、不愉快そうに、舞台に紛れ込んだ、場違いな、汚らわしいモノを見るように、夏侯惇を睨みつけた。
 虫唾が走る。
 反吐が出る!!
 貴様ら、如きが一端の兵士面をするな!!
 火傷傷の女にとって、夏侯惇はもはや処断すべき罪人であるのはもちろんのこと、七花や恋を含めた全員が、もっとも度し難い者たちだった。

「貴様らは、一端の兵士を気取っているようだが、嗤わせるな…貴様ら如き、似非者が将を、兵を語るなど、不愉快極まりないわ!!」

 なぜなら、曹操への恋慕によって従う夏侯惇も、色恋沙汰に感けて、戦場から離れ、自身の軍を放棄した七花と恋も、火傷傷の女が持つ―――己の体と忠を全て捧げ、ただ唯一無の主に仕え、数多の戦場を巡り、敵を打ち倒してきた兵士(つわもの)の美意識からもっとも外れた異端でしかない故に―――!!

「我が名は徐晃!!字は公明!!―――与えられし称号は、火艶聖槍!!さぁ、精々足掻けよ!!」

 名乗りを上げた火傷傷の女―――徐晃は、得物である十字槍を手に、一気に攻め込んだ。
 かくして、戦場から遠く離れた地にて、この戦局を覆しかねない、三つ巴の戦いが始まろうとしていた。



[5286] 第29話<回天流浪>
Name: 落鳳◆5fe14e2a ID:bd8c6956
Date: 2010/12/05 01:27
 時はさかのぼる事、張遼襲来とともに、鑢軍と曹操軍の戦が始まった頃、この戦の勝敗を左右しないものの、もう一つの戦が始まっていた。

「…」
「―――っ!!くそっ、兵を下がらせろ!!こ奴の強さ、尋常ではない…!!」
「くっ…まさか、このような化け物がいようとは…」

 肩に傷を負いつつ、兵に指示を出す黄蓋と、悪態をつきながら、間合いを測る甘寧―――呉の誇る猛将二人は、正体不明の敵に苦戦を強いられていた。
 否、この場合は、こういうべきなのであろう―――鑢軍への援軍のために、赴いた孫権率いる呉の軍勢五千の兵は、たった一人に進軍を阻まれていた。
 すでに何百人もの兵を斬り倒し、黄蓋と甘寧の二人でさえあしらうほどの武を持ち、向こう側が透けて見えるほど、刀身が薄く、それ故に美しい刀を持つ、虎の仮面を被った剣士によって。

「ッ…まさか、これほどとは!!」
「ま、不味いです!!このままだと、合戦終了まで足止めされちゃいます!!」
「何とかしないと…!!」

 予想外の敵に、進撃をはばまれ、さすがの孫権も焦らずにはいられなかった。
 軍師として同行していた陸遜や呂蒙らも、弓兵部隊を動かし、遠距離から虎仮面の剣士を討とうとした。
 しかし、虎仮面の剣士は、ただ素振りをするだけで、地面を割り、天を裂き、全てを吹き飛ばす暴風を生み出し、矢を防いだ。
 そして、逆に呉の軍勢は、放った矢ごと弓兵部隊を蹴散らされ、まったくなすすべがなかった。

「幸いなのは、相手が動かないという所なんですけど…」

 呂蒙の言うように、圧倒的な力を振るう虎仮面の剣士であったが、どうやら、足止めさえすれば充分なのか、進撃をしない限りは、むこうも手を出す事はなかった。
 だが、そうかといって、鑢軍を救援しないまま、このまま引き返す事も出来ず、呉の猛将二人を退け、立ちはだかる虎仮面の剣士を前に、呉の軍勢は手を出せないまま、動けないでいた。
 ただ、二人を除いては―――。

「参りましたねぇ…あの人に勝てる気が全然しませんよ…」
「誉(よ)くて、忘腺(ぼうせん)といったところか。こいつは、独楽った、独楽った」

 至極けだるそうに困りながら、呟く石凪萌太と、同じく面倒くさそうに額を掻く真庭白鷺は、虎仮面の剣士を相手に、被害を広げないように防戦に徹する事で、辛うじて、善戦していた。
 ただし、それは、殺し名序列七位の死神と真庭忍軍十二頭領の一人を持ってしても、虎仮面の剣士を倒すどころか、攻めきることも、傷一つ負わせる事さえできないと言う事でもあった。

「…」
「それにしても恐ろしい相手ですね」
「そうだな。折でも、過てるか、どうか…」
「いえ、それもそうなんですけど…僕が恐ろしいと言ったのは―――」

 思わぬ強敵に、同僚である狂犬らすら、見た事もない弱気な発言をする白鷺に対し、萌太は、虎仮面の剣士が、恐ろしいという本当の理由を話した。

「―――この人は、もう死んでいるはずなのに、未だに生きているという事なんです」
「なんだと…?」

 いぶかしむ萌太の言葉に、思わず、白鷺は普通の口調になるくらい驚きの声をあげた。

「私は…」
「「!!」」

 とここで、虎仮面の剣士が、ここにきて、初めて、言葉をしゃべりだした。
 そして、虎仮面の剣士が、刀を構え、突きの体勢を取りながら、萌太と白鷺の二人に対し、静かに名乗りをあげた。

「…私は、虎翼(こよく)。称号は、涅槃樹林。ここから先は、通さない―――がお」

 たった二文字の語尾によって、一気に緊張感が打ち砕かれたところで、恋姫語、はじまり、はじまり



                  第29話<回天流浪>



 一方、一大会戦を予測されていた鑢軍と曹操軍の戦は、主力武将のほぼ全てを張遼に偽装させ、鑢軍の戦力を分散させるという曹操軍の策により、乱戦の様相を呈していた。
 それは、鑢軍の本隊を守る為に、殿として残った鈴々達も同じだった。

「よくも鈴々達を騙したのだー!!このちびっ子ぉー!!」
「ちびっ子言うなぁー!!騙された、そっちが悪いんだ、ちびっ子―!!」

 互いに罵りながら、鈴々と許緒は、爆音を轟かせながら、激しい攻防戦を繰り広げていた。
 鈴々と同じく怪力自慢の許緒が、棘付き巨大鎖鉄球を、鈴々に目掛けて、次々に振り回しながら、攻め立てる。
 対する鈴々も、いきつく間もなく、迫りくる必殺の巨大鉄球をかわしながら、許緒に対抗するように、得物である蛇矛を振るい、斬りかかろうとする。
 鈴々と許緒―――二人の一騎打ちは、文字通り、大気が震え、地面が揺れるほどの一騎打ちとなっていた。

「言い訳するななのだ、ぺったんこぉー!!」
「そっちもだろう!!こんのぉつるぺたー!!」

 若干、緊張感に欠ける口げんかを交えながらであるが。
 もっとも、それは焔耶と典韋の一騎打ちでも同じであったのだが…

「ここから、先は一歩も通さん―――!!」
「こっちだって、負けませんからぁ―――!!」

 一歩たりとも先へは進ませまいと、不退転の覚悟で挑む焔耶に対し、胸の詰め物を外した典韋は、許緒と同じく大威力を誇る巨大ヨーヨーを次から次へと、焔耶に向けて、投げつけた。

「桃香様に指一本触れさせるかああああああああ!!」
「嘘ぉ!!撃ち返したの!!なら、こっちだって!!」

 それに対抗するように焔耶は、自慢の怪力と巨大な金棒を使い、唸りを上げて迫る巨大ヨーヨーを、典韋に向けて、幾度も撃ち返した。
 さすがの典韋もこれには、目を丸くして驚いたが、すかさず負けじと、巨大ヨーヨーを受け止めると、再び、焔耶に向けて投げつけた。
 そして、残る蒲公英と于禁は―――

「うへぇ…なんというか、勘弁してほしいよね…うう、殿なんてするんじゃなかった…」
「ちょ、危ないのー!!もうちょっと、皆、周りを見てー!!後、野郎ども、生きてるかぁー!!」
「こっちは何とか、大丈夫です!!馬岱将軍、鑢軍殿部隊の避難が終わりました!!」
「こっちも、避難完了してますー!!」

 激しくぶつかり合う脳筋―――もとい怪力自慢の武将達が、無差別にまき散らす破壊の嵐から、鑢軍、曹操軍に関係なく、蒲公英と于禁は、指示を出しながら、互いの兵士達を庇いつつ、時には助け合いながら、身を守ることに専念していた。
 本来なら、殺し合いをしなければいけないのだろうが、そんな余裕さえない位、味方の攻撃から巻き添えを食わないように、身を守る事しかできないくらい、精いっぱいだった。

「とりあえず、向こうが終わるまで、一時休戦でいいよね?」
「さ、賛成なの…」

 どうにか、身を隠せそうな窪みに、蒲公英と于禁は、潜り込んで、鈴々達の戦闘がひと段落つくまで、一息つくことにした。

「ところで、さぁ…ちょっと気になる事があるんだけど…」
「何なの?」

 とここで、蒲公英は、戦が始まってから、鑢軍の誰もが抱いていた疑問を、張遼と同じ曹操軍の将である于禁に尋ねた。

「結局、本物の張遼は、どこにいるのよ?」
「ああ、それなの?んー、秘密なんだけど…まぁ、どうせ、あなた達が、足止めされたままなら、問題ないか…張遼さんは―――」

 これまで、各地に襲来した張遼は、蒲公英の知らない所を含めて、全て、張遼に変装した曹操軍の将であった。
 ならば、本物の張遼は何処にいるのか?
 蒲公英も駄目もとで、于禁に尋ねてみたのだが、互いに助け合った仲である事と鈴々達の戦闘が終わるまで、鑢軍の兵士達が動けない事もあり、于禁は、そばかすが残る頬を指でこすった。
 そして、すこし考えた後、まぁ、形は違えども、任務が達成されている以上、大丈夫かと思い、于禁は、蒲公英に。本物の張遼が何処にいるのか教える事にした。

「ほな、失礼するでぇ!!」
「―――今、通り過ぎたところなの」
「…ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 直後、一頭の馬が、蒲公英と于禁が逃げ込んだ窪みの上を飛び越えていった。
 そして、その馬に跨っていたのは、青龍堰月刀を担ぎ、黒い上着を肩にかけ、顔を隠すためなのか覆面をした女―――彼女こそが、張遼本人にだと、于禁はあっさり言った。
 一瞬、于禁の言葉に、唖然とする蒲公英だったが、通り過ぎたのが、張遼であったということと、まんまと曹操軍に嵌められた事を知り、驚きの声をあげるしかなかった。

 一方、曹操軍の主力部隊と衝突した鑢軍の本隊は、戦場全体を覆い尽くしていた霧が晴れた事、本隊に残った愛紗や翠達の奮戦と、龐徳の攻撃による巻き添えを恐れた曹操軍の兵士が、進撃を止めた事により、どうにか体勢を立て直しかけていた。

「未だ、背後を突いてきた別動部隊が来ない所を見ると、鈴々達がどうにか頑張ってくれているみたいね」
「はい、体勢を立て直しつつある今なら、勝負に打って出るべきです」

 どうにか窮地を脱しつつある事に、安堵する詠に対し、望遠鏡にて、戦場の状況を把握していた朱里は真剣な顔つきで、頷いた。
 そして、鑢軍の正軍師代理を任された朱里は、曹操軍の別動部隊が未だ、戦場に現れない事を利用し、一気に勝負をつける事にした。

「現在、御主人様と恋さんがおらず、他の皆さんも、愛紗さんを除いては、曹操軍の武将達に足止めされて、体勢を立て直しても、曹操軍の兵力に押されているのが現状です」
「うーん…まだ、不利なんだね…」
「桃香様、実を言えば、これは私達にとっても、絶好の機会でもあるんです」

 桃香の不安そうな声を聞き、朱里は、桃香を安心させるように、気遣いながら、地図を広げ、曹操軍の本陣があると思しき、場所を指示した。

「今、現在、曹操軍の将は、ほぼ全て、張遼に偽装して、鈴々ちゃん達の足止めに回っています。でも、これは裏を返せば、曹操軍の主力武将がほとんど出払っているという事なんです」
「そして、僅かに残った将も、翠達のおさえに回った今、手薄となった曹操軍の本陣を付く絶好の機会です」
「…つまり、愛紗ちゃんに兵を預けてさせて、そのまま、曹操軍の本陣に斬り込んでもらうってこと?」

 現在の状況を説明する朱里と雛里に対し、桃香は頭をひねらせながら、本陣に残っている愛紗に、その任を任せるのかと、不安げに言った。
 しかし、朱里は、首を横に振りながら、それを否定した。

「いえ、もしもの事を考えると、愛紗さんには、本陣を守ってもらった方が無難なので、別の策を用意してみました。すでに、その策の要となる人を助ける為に、救援が、向かっている頃です」

 上手くいけば、この戦争を終わらせる事ができる―――これまで、敵の策に翻弄されていた朱里は、ここにきて、勝敗を決める為に、必勝の一手を打つ事にした。

 一方、戦場を一方的に蹂躙する巨大鎧武者―――龐徳との一騎打ちに挑む事になった翠は、自慢の馬術を駆使し、隙あれば、槍を振るい、奮戦していた。

「でも、こいつ…おりゃぁ!!」
「攻撃―――ガキン!!―――無駄」
「堅すぎるだろぉ!!全然、こっちの攻撃が通らないぞ!!」

 翠が繰り出した槍の一撃は、分厚い鉄の鎧に阻まれ、金属がぶつかり合う音が鳴り響いた。
 この一騎打ちの最中、翠が幾度も槍を突き出そうとも、分厚い鉄板のような龐徳の鎧を貫くどころか、鎧に傷一つ負わせることもできなかった。

「粉砕」
「くっ…こっちは、一撃を受けただけで終わり…向こうは、どれだけ攻撃を受けようと全然効かない…は、反則だろぉ」
「反則上等。勝利決着」

 さらに、龐徳の繰り出す攻撃の一撃一撃が、当たれば死を免れない、文字通りの、一撃必殺の威力を持っていた。
 その為、翠は、体に傷一つつけられない程の防御力と一撃必殺の攻撃力を持つ難敵との一騎打ちに神経をすり減らし、その重圧に押しつぶされそうになっていた。
 そして、動きが鈍くなった翠の隙を、龐徳は見逃す事はなく、相手の機動力を奪う為、翠の騎乗する馬に目掛けて、狼牙棍を、抉るように、突き出した。

「うわぁっ!!し、しまった…馬が…!!」
「終結」

 これまで、振り下ろすか、薙ぎ払うかの単調な攻撃しか仕掛けてこなかった龐徳の繰り出した一撃に、翠は、直感的に危険を察知し、咄嗟に馬から飛び降りた。
 その直後、突き出された狼牙棍によって、翠の乗っていた馬は、四肢と頭部のみを残し、消し飛んだ。
 どうにか避ける事に成功した翠であったが、機動力の要である馬を失い、ますます追い込まれた。
 そして、龐徳はすぐさま、馬から飛び降りた際の衝撃で、未だ立ちあがれないでいる翠に目掛け、狼牙棍を振り下ろした。

「ぶひぁあああああああああああああああああ!!」
「っ!!」

―――その直後、龐徳と同様に分厚い鎧を着た、巨大な一頭の驢馬:的櫨が、龐徳が振り下ろさんとする狼牙棍の前に立ちはだかった。
 結果、それまで一撃必殺を誇っていた龐徳の狼牙棍は、初めて、弾き飛ばされ、 その衝撃で、龐徳自身も生涯初めて、後ろにひっくり返る事になった。

「ぶひん!!」
「的櫨!!お前、どうして、ここに…ん、これは、手紙?」

 桃香様の愛驢馬である的櫨が、なぜここ?―――唖然とする翠であったが、的櫨が翠に近づき、首につけてある手紙を翠に差し出した。
 訳も分からず、差し出された手紙を読んだ翠は、手紙の内容を理解すると、大きく、そして、暗い笑みを浮かべた。

「なるほど…まぁ、私の主義じゃないけど…今回は、そうも言ってられないか。的櫨、頼む!!」
「ぶひひん!!」
「―――!?逃亡不許!!」

 少し自嘲しながら、翠は、的櫨の背に飛び乗ると、龐徳に背を向け、事の成り行きを見守る曹操軍の兵士達―――その中央部隊にむかってすぐさま、的櫨を走らせた。
 これには、さすがの龐徳も、翠の行動に、驚きを隠せなかったのか、すぐさま、重い鎧をものともせず走り出し、後を追いかけた。

「どいた、どいたぁー!!錦馬超のお通りだぁ―――!!」

 槍を振り回しながら、曹操軍の中央部隊へと斬りこんだ翠は、一気に駆け抜けた。
 唖然とする曹操軍の兵士であったが、相手が一人だと言う事を思い出し、すぐさま、翠を討ち取らんと、数に任せて、取り囲もうとした。
 そうなるはずだった。

「に、逃げろぉおおおおお!!巻き込まれるぞ―――!!」

 しかし、実際には、中央部隊にいた曹操軍の兵士達は、翠の目の前にいた一人の兵士が叫ぶと同時に、「あ、て、てめぇ、自分だけ、逃げるな!!」、「押すなぁ!!は、早くどけぇええええ!!」、「お、おい!!戦列を乱すな!!」などと、慌てふためき、制止を呼び掛ける指揮官の命令を無視し、叫びながら、少しでも、翠から離れようとした。
 結果、無理矢理横に逃げようとした、曹操軍の、中央部隊の兵士達に一斉に押され、曹操軍の左翼部隊および右翼部隊の兵士はは、横合いから左右に分断した中央部隊の兵士達と次々に衝突し、一時行軍不能になるほどの、大混乱に陥った。

「よっしゃぁ―――!!的櫨、このまま、中央を一気に抜くぞぉ!!」
「ぶるひぃん!!」
「…っ!!不覚千万!!」

 そして、曹操軍の中央部隊が退いたことで、中央に空いた隙間を、誰に阻まれることなくなった事を確信した翠は、的櫨に取り付けられた鎧を外す為の紐を切り解いた。
 これにより、重い鎧を脱ぎ捨てた事で、的櫨は、本来の速さを取り戻し、重い鎧を着けながら普通に走る龐徳さえも追いつけない程の速さで、中央部隊の隙間を潜り抜け、曹操軍の本陣へと駆け抜けていった。
 これには、さすがの龐徳も自身の迂闊さに気付かない筈がなかった。
 なぜ、翠が自分に背を向けて、中央部隊に単騎駆けしたのか。
 なぜ、精強な曹操軍の兵士達が、こうも容易く道を開けたのか。
 そして、敵の狙いも!!

「標的、曹操!!」

 もはや追いつけない程はなされ、本陣に斬り込む、翠の背中を見ながら、龐徳は仮面越しでも分かるほど、悔しさのあまり、歯ぎしりをした。
 確かに、龐徳の振るう狼牙棍は、地面を打ち砕く一撃必殺の威力と見る者に痛みを連想させる形状で、敵に恐怖を与え、牽制する事が出来る。
 だが、今回、龐徳は、零崎双識と零崎軋識を送り届けた時と、翠との一騎打ちの時に於いて、敵への攻撃の際に、曹操軍の兵士を巻き込んだ事で攻撃を行った事で、味方であるはずの曹操軍の兵士達にも同様の恐怖を与えてしまったのだ。
 結果として、翠が中央部隊に突っ込んだ際、曹操軍の兵士達は、龐徳の攻撃に巻き込まれるのを、恐れて、あのような暴走を招くことになった。
 この混乱は曹操軍にとって致命的で、既に体勢を立て直した鑢軍の反撃も始まっていた。
 そして、悠々と曹操軍の本陣を目指す翠の、鑢軍の狙いは、襲撃部隊が到着する前に、主力武将のいなくなった本陣にいる曹操を討ち取る事に他ならない!!

「敵兵追撃…不可」

 もはや追いつけぬと悟り、口惜しげに呟く龐徳の視線の先では、中央部隊を突破した翠が、本陣の入口まで到達しようとしていた。

「…曹操、父上の仇取らせてもらうぜ!!」

 一方の翠は、父:馬騰の仇である曹操を討ち取らんと、はやる気持ちを抑えつつも、的櫨を激しく走らせ、守備兵を蹴散らしながら、曹操軍の本陣へと突入した。
 的櫨に括り付けられた手紙―――朱里からの手紙によれば、曹操軍の将がほぼ全て出払ている今こそ、本陣の守りが薄く、容易く切り込めるため、曹操を討てる最大の機会だと書かれていた。

「良し…!!これなら…!!」
「遼来々!!遼来々!!」
「!?」

 実際、本陣に入った翠は、慌てふためく本陣の守備兵を容易く蹴散らし、本陣の奥へと進む事が出来た。
 このまま一気にと、曹操のいる本陣の奥へと向かう為、翠が進もうとした瞬間、覆面をした少女が、張遼だと名乗りをあげた。
 思わず、身構える翠であったが、張遼を名乗る少女は、戦う事もなく、ただ翠のすぐ横を通り過ぎて行った。

「なんだ、あれ?張遼だって、言ってたけど…」

 翠は、先ほど通り過ぎた、張遼を名乗る少女を追いかけようかと、迷ったが―――

「いや、あれは、張遼じゃなさそうだな。っと、早く、曹操を見つけけるか」

―――少女のある特徴を見た瞬間、すぐさま、張遼を名乗る偽物であると気づき、翠は、本陣にいる愛紗で充分対応できると判断した。
 そして、浮足立った中央部隊が立ち直る前に、曹操を討つため、翠は、そのまま、本陣の奥へと突き進んでいった。
 これが致命的な間違いであったと気づく事もなく。

―――鑢軍本陣前
 一方、戦場では、朱里の仕掛けた策により、戦列を乱し、大混乱に陥った曹操軍を、体勢を立て直した鑢軍の兵士達が、お返しと言わんばかりに、攻め立て始めていた。

「全軍突き進めぇー!!曹操軍が浮足立っている今が、攻める絶好の機会だ!!」
「「「「おぉおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 声を張り上げて、本陣の前で仁王立ちする愛紗が鑢軍の兵士達に檄を飛ばすと同時に、兵士達の士気は上がり、ここぞとばかりに鑢軍は一気に攻め立てた。
 もはや形勢は、鑢軍へと流れ始め、曹操軍の一部では、潰走し始めている部隊も見受けられた。

「ふぅ…どうにか、なったか…。まったく、一時はどうなる事かと…」
「で、伝令!!曹操軍の本陣から、敵兵が一騎、ちょ、張遼が向かってきています!!」
「何ぃ!?」

 ようやく安堵の笑みを浮かべる愛紗であったが、伝令の兵士からの報告―――張遼の襲来に、その余裕が一瞬で消え去った。
 本陣を守るのは、愛紗のみで、仮に、ここを張遼に突破され、桃香が討たれれば、鑢軍の兵士達の士気は地に落ちることは間違いない。
 逆に、敵の総大将を討ち取った事により、曹操軍は息を吹き返し、鑢軍は一気に、壊滅の窮地立たされる。
 遂に、この土壇場に於いて、曹操軍はとっておきの切り札を出してきたのだ。
 だが、曹操軍の仕掛けた罠は、それだけではなかった。

「ほ、本陣後方より伝令!!本陣の背後に、張遼が迫ってきています!!」
「な、もう一人、張遼だと!?」

 続けて、慌てながら、こちらに向かってきた一人の兵士からの報告―――本陣後方からの張遼襲来に、愛紗は驚きと共に、迷いを強いられることになった。
 本陣前方と本陣後方―――恐らく、どちらかが、張遼を名乗る偽者であろうが、現在、本陣を守る武将は、愛紗ただ一人だけで、両方を相手にする事もできない。

「どうする…!?さすがに、偽者の相手をしてからでは、間に合わない…!!」

 これまでの戦況の流れから、どちらが、本物の張遼であるか、愛紗は、必死になって考えた。
 もっとも、最適なのは、愛紗が本物の張遼を倒す間、他の兵士達により、偽物を足止めしてもらうという遣り方だが、どちらが本物か見分けなければならない。
 もし、愛紗が迎え撃った相手が偽者だった場合、本物の張遼は、守りの兵士達をものともせずに蹴散らし、本陣が蹂躙される可能性があるからだ。
 自分が、曹操ならどうするのか?―――必死になって糸口を見つけようとする愛紗だったが、その間にも、前方から来る張遼は、徐々に迫ってきた。

「いや、待て…あれは…」

 そして、前方から迫ってくる張遼の姿を見た瞬間、愛紗はある事に気付いた。
 それは、曹操軍の本陣にて、前方から来る張遼が、隣を通り過ぎた際、翠が、すぐさま、そいつを、偽物だと見破ったのと、同じ理由だった。

 一方、鑢軍本陣背後から数百メートル後方―――戦友達の援護を受け、張遼は、鑢軍の本陣後方に襲撃を仕掛けんと迫ってきていた。

「…見えたか」

 ただ一人、馬を走らせる張遼は、ぽつりと呟きながら、感謝の念を抱かずにはいられなかった。
 今頃、張遼に変装した夏侯淵達は、引き付けた鑢軍の武将達を足止めと、己が強さを証明する為、もっとも勝敗が明確で、もっとも勝敗を決するのに、時間の掛かる一騎討ちを挑んでいるのだろう。
 全ては、手薄となった鑢軍の本陣への奇襲を成功させる為に!!
 ならば…

「なら、見せたるで…うちの意地を、うちら、曹操軍の力を!!」

 …どうして、勝利を目前にして、湧き上がるこの高揚感を抑える事など、できようか!!
 皆の期待と信頼を一身に受けた張遼の士気は、最高潮にまで達そうとしていた
 鑢軍本陣まで、残りあとわずか、目前に迫った勝利を確信し、張遼は―――

「はぁあああああああ!!」
「んな―――っ!!」

――――走らせていた馬が突然重心を崩し、そのまま宙に投げ出されてしまった。
 かろうじて、宙で体勢を整えて、地面に着地した張遼が、何が起こったのか、目を巡らした瞬間、息をのんだ。
 すでに、張遼が乗っていた馬は、前足の両方を切り捨てられ、出血による末期の痙攣を起こしていた。
 そして、張遼の視線の先には、張遼の進撃を阻んだ相手が、堂々と鑢軍本陣の目の前に立ちはだかっていた。

「―――残念だが、最後の奇襲は不発に終わったようだな」
「あ、あんたは…」

 何者にも屈さぬ凛とした瞳で張遼を見据え、濡羽烏を思わせる美しい黒髪をなびかせ、構えるは、幾多の敵を打ち倒してきた、得物である青龍堰月刀。

「―――関雲長!!」

 ここに鑢軍本陣を守る最後の砦―――名は関羽、字は雲長、真名:愛紗が、張遼を迎え討たんとしていた。
 ここにきて、張遼は最大の難敵によって足止めを食らう事になったのだ。

「はぁ…うちとした事が。最後の、最後で詰め誤ったなぁ」
「先ほどまでの手並みだけを言うなら、まさしく見事だっただろうな。だが、最後の罠だけは失敗だったな」
「…?」

 何の事か、訳がわからない首をかしげる張遼を前に、愛紗が、鑢軍本陣の後方に迫る張遼を本物だと選んだ理由を明かした。
 鑢軍本陣の前方から迫っていた張遼が偽者である決定的な証拠とは―――

「いくら、何でも、身長が小さ過ぎだ。あれでは、一見しただけで分かる。大方、雑兵で騙そうとしたのだが…侮り過ぎだ」

―――本物の張遼に比べ、明らかに身長が低すぎた事だった。
 さすがに、戦場を、濃い霧が覆い尽くしていた時ならいざ知らず、霧が晴れた今、敵の体格を見定める事など、愛紗にとって造作もなかった。
 ともあれ、もっとも恐れていた難敵である張遼の進撃を阻止した事は、鑢軍にとって何より大きかった。
 前方から迫る張遼についても、愛紗は、雑兵相手ならば、本陣に残った兵でなんとかなると、考えていた。

「さぁ、覚悟は良いか…これより、先、鑢軍一の将、関雲長が相手だ!!」
「そうか…まぁ、あんたで、最後ちゅうわけやな…」

 名乗りをあげ、張遼の行く手を阻む愛紗に対し、張遼は軽く自嘲しつつ、徐に独り言を喋り出した。
 愛紗の眼には、張遼の、その姿は、最後の策を見破られ、苦境に立たされた者には見えなかった。

「ほんま、いちかばちかの賭けやったんや。みんなに内緒にしてな、双識とうちにだけ、教えてもろたんやけど…最初、聞いた時はな、ホンマ無謀すぎるぐらい、愚策っていえば、愚策ちゅうしろもんやったんや」
「…何を言っている?」
「そやけど、春蘭がおらんから、他にやる奴もおらへんかったからなぁ…ほんま、上手くいってよかったで…」

 あくまで、余裕を崩さない張遼の言葉に、たじろぐ愛紗であったが、自分を奮い立たせ、不安を振り払おうと、あえて厳しい口調で、張遼を詰った。

「…見苦しいな、張遼。そのような言葉で、私の動揺を誘うなど…私も甘く見られたものだな」
「ホンマやな…ホンマ、あんたが、本陣を守っとる将で、良かったで…関羽、あんたのおかげで…」
「貴様っ!!なにを言って…!?」

 それでも、余裕を崩さず、逆に愛紗を挑発してくる張遼に対し、追いつめた筈の愛紗が、まるで追いつめられたかのように、声を荒げて、調子を狂わされ、取り乱していた。
 そこで、愛紗は気付いた―――ある可能性が残っていた事を。
 それは、兵法を知る者からすれば、あらゆる意味で荒唐無稽で、常識から考えれば、大凡ありえない可能性だった。
 だが、もし、それが事実であるならば―――そう考え、愕然とする愛紗が、改めて、張遼の顔を見た。
 そして、張遼は、まんまと図られた事を知り、愕然とする愛紗に、思わずしてやったりの笑みを浮かべながら、武器を構え、愛紗に斬りかからんと斬りこみながら、宣言した。

「―――うちらの、曹操軍の勝ちや!!」

―――曹操軍の勝利宣言を!!

 一方、曹操軍の本陣に単騎駆けで突撃した翠に予想外の事態が発生していた。

「曹操、覚悟…え?」

 曹操がいると思しき、陣幕を打ち破り、名乗りをあげんとした翠は、思わず呆気にとられた。
 陣幕にいたのは、翠を見ながら、唖然とする3人の少女―――曹操軍の軍師を務める郭嘉、筍彧、程昱の3人だけだった。
 そして、思わず目を合わせた筍彧と翠は、声をそろえて、叫んだ。

「あんた、華琳様を何処にやったのよぉ―――!!」
「どうして、曹操がいねぇんだよ!?」

 そこに、本陣の奥に、曹操軍の総大将である曹操の姿はなかった。


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