Chapter,2 『グリームヒルド』
「まずはこれをみてもらいたい」
壁にかけられたスクリーンに、画像が映される。
航空写真のようなそれは、プローブと呼ばれる無人偵察機の画像だった。雨天のため鮮明とはいえないその画像には、山岳地帯を移動するMSのようなシルエットがいくつか小さく映っている。
「本日未明に撮影されたものだ」
「ザク……ですな」
グリスウェルが、感情のこもっていない声でつぶやく。
めずらしくもない、といわんばかりであったし、事実、そうめずらしいものではない。旧反帝国ゲリラやバンディットなどの武装勢力も使っているが、それ以上の数が作業用として世界中で稼動している。
「そう、ザクだ。問題は並走している車両だ。解析の結果、MS用のマシンガンとバズーカ、予備のマガジンや弾体が大量に積載されていることが確認された。この連中が何であれ、MSを数体以上保有し、かつ十分な武器弾薬を所持し、それを使用しようとしていることは間違いない。もちろん、E.S.M.O.でもOZでもない」
「旧反帝国ゲリラという線は?」
そういったのは、もとOZの特士でジェガンのパイロット、グレーン准尉だ。
かつて反帝国組織の中でも最大の勢力だった“地球解放戦線機構”や“カラバ”であっても、その末端までもが十分に管理されていたわけではないし、当時ほとんどが壊滅したとはいえ、ゲリラ組織のいくつかには、あの戦いを生き延びた連中もいる。最近ではこれらのいわゆる“旧反帝国ゲリラ”の生き残りの一部が、食料などを確保したり、戦後の混乱にまぎれて自治区をつくろうとして、あるいは単なる自分たちの欲望のために、危険な武装集団化しているのが問題となってきている。
それらをすべて監視し、鎮圧できるほどの力は、現在地球圏にあるどんな組織にも−もちろん我々E.S.M.O.にも−ないのだ。人員の問題もあるし、設備の問題もある。広大な宇宙や地上全域を監視することなど不可能だったし、彼らはどこへでも移動する。
「確認はできん。いずれにしても、よからぬことを考えている連中と考えて間違いないだろう。連中の進行ルートの先には、小さい街の廃墟がある。10日ほど前から複数の人間も観測されている。そこが目的地と考えていいだろう」
「なるほど。で、連中はそんな所で何をしてるんです」 とグリスウェル。
「山一つとなりの谷合に、北側の街へ物資を運ぶ輸送ルートが通っている。偶然にも明日、食料や生活物資を満載した輸送車が数台、通過する予定だ。連中がこれを狙っていると考えるのが妥当だろうな」
スクリーンの画像が切り替わり、大型輸送車が映し出された。車両に描かれているマークから、ロームフェラ財団とクスコの聖女隊が設立した、難民支援団体の車両だとわかる。
「これが押さえられると、数千単位で餓死者が出る恐れがある」
「護衛はないのですか?」 とグレーン。
「問い合わせたところ、護衛は装甲車3台のみ、装備は対人用の非殺傷ショックガンだけとのことだ。“聖女”たちが慈愛に満ちているのはいいが、彼女たちに人の善意をあてにしすぎる傾向があるのは、君たちも知っての通りだろう」
またずいぶんと控えめな表現をするものだ、と私は思う。あの連中の理想とやらに意義を唱えるつもりはないが、大勢の命を背負っているつもりなら、もう少し自衛について真剣に考えてしかるべきだろう。
「いずれにしても我々のするべきことは変わらん。本日中に当該勢力の所有する機動兵器をすべて無力化させたい。知っての通り、エアリーズは現在オーバーホール中で明日まで動かせん。グリームヒルド2機とジェガン、支援ヘリだけでやってもらうことになる。やれそうかね、大尉?」
「向こうの情報が少ないのがつらいですが、やるしかないでしょうな」
いつものように、グリスウェルが言う。
「少尉は?」
「やれとおっしゃるのならば」
私の返答をうけ、少佐はうなづいた。
「では、やってもらおう。出発は0100だ。2時間以内に接敵できるだろう」
「機動兵器を無力化すればよろしいのですね?」
「それでいい。残りも全部捕らえておきたい所だが、そこまで人手がまわらん。かといって殲滅するというのでは、さすがに人道に反するだろう。明日、輸送隊にはエアリーズをエスコートに出す。コリンズ中尉はそのつもりでいてくれ」
「了解しました」
エアリーズのパイロット、コリンズがうなづく。彼はもと連邦軍の士官で、ムゲ帝国統治下ではカラバに所属していた経歴をもつ。例のクスコでの戦闘には、OZの義勇兵を率いて参加していたという。
今日は平穏なのではないか、という起き抜けの私の予感は、どうやらはずれることになりそうだ。しかし、私にはその方がいい。さっきまでとは違い、意識が研ぎ澄まされていくのがわかる。余分なことがらが頭から抜け落ちていく。戦いに向かうために。
そう……それこそがいまもなお、私の生きるべき世界なのだから。
○
「まわせ〜っ!!」
うるさい機械の駆動音にまけないようにヘッドセットに大声を張りあげて、格納庫のスタッフが走り回る。かん高い金属音と、地響きをたてて、グレーン准尉のジェガンが兵器ラックへと向かっていった。
私はキャットウォークからグリームヒルドの機体に移り、MSでは頭部とされる場所にあるコックピットをチェックする。
グリームヒルドは、アナハイム・エレクトロニクスに移ったZ&R社の技術者が開発した、陸戦型のヴァルキュリアだ。試作機だった私の“スヴァンヒルド”ではなく、正式タイプだった“シグルーン”の、量産機にあたる。現在先攻生産された4機が稼働試験中で、そのうちの2機がここにある。つまり私とグリスウェルの機体だ。
かつての我々の機体と同様に、私の機は赤、奴の機は緑のカラーリングになっているのは、たぶん誰かが気を利かせたのだろう。私は別に機体の色には特にこだわりはない。もっとも、これが金色だったなら、私は即座にカラーリングの変更を要求したに違いない。いくら必要なコーティングなのだとしても、だ。
戦後、Z&R社は銀河帝国の蹂躙戦によって多くの施設や人員を失い倒産したが、そのデータは財団が買い取っている。そして、生き残りの開発者たちの多くは、アナハイムへと移っていた。アナハイムは月に本拠をおくがゆえに、あの戦いをも無事に乗り越えている。そういった経緯でType31の開発コードだったグリームヒルドは、E.S.M.O.に標準配備されるべく、我々の機体のデータをフィードバックして、アナハイムで開発されたのだ。噂ではすでに空間戦闘用量産機のType32も開発計画がスタートしていると聞く。もちろん、ロームフェラ財団の資金援助があってのことではあるが。
グリームヒルドのテストパイロット4名の中に私とグリスウェルが入っているのは、もちろん偶然ではない。我々が地上で任務につくことは調べればすぐわかることだし、パイロットの状況判断と操縦のクセをシステムに組み込んでいく学習型OSはグリームヒルドにも搭載されており、それにはスヴァンヒルドやラーズグリーズ、そしてシグルーンの蓄積データが初期設定として記録されているのだ。それに、ヴァルキュリアはMSとは似て異なる設計思想で開発された機体で、我々ほどヴァルキュリアの扱いに馴れている者など、他にはいないのだから。
「メネス少尉、ちょっといいか」
ハッチを閉じようとしたとき、整備用昇降機の上から、整備の監督をしていた技術士官のマイヨール少尉がそう声をかけてきた。ずいぶんと年配だがそれだけ経験も長く、私は信頼をおいている。少尉という階級はE.S.M.O.でのもので、連邦時代は下士官だったと聞いた。
「何か?」
「右脚駆動部の電装系に、ちょっと問題があるんだ。回路が焼ききれかかっててな。通常なら問題ないはずだが、今日は対MS戦になると聞いた。へたに被弾すると動かなくなるおそれがある」
「修理できないと? 確か以前にも同様のトラブルがあったのでは?」
「すまんな。負荷のかかり方が実戦配備前に想定されていたのより、大きいようなんだ。グリスウェル大尉の機を3日前換装したばかりで、交換パーツはもうない。もう2、3日すれば、新設計の予備パーツが届く予定になっている」
「……了解した。しょせん実験機だ、我慢します」
「なに、少尉の腕なら、相手の腕か機体がよほどよくないかぎり、問題はないはずだ。一応、注意だけはしておいてくれ」
「了解」
ハッチを閉じ、私は少尉が機体を離れるのを待って、グリームヒルドを起動させた。
あらゆる作戦環境に対応できる重装型であったラーズグリーズに比べ、地上戦用のこの機体は格段に扱いやすくなっている。現在の状況では、地上・宇宙と転戦する必要もなければ、あれほどのパワーや火力も必要ないため、この機体でも十分にやっていける。
ラーズグリーズ、古ノルト語で“計画を壊す者”という名を持つ私の愛機は、あの銀河系をのぞむ宙域での“アル=イー=クイス”との最後の戦いで被弾し、放棄せざるを得なかった。彼女はおそらくいまも、銀河の外を静かにただよいながら、眠り続けていることだろう。
リッシュ・グリスウェルのシグルーンもまた、失われてしまった。三ヶ月前、我々が地球に降下する前に参加した、遺棄コロニーに集結しつつあったネオ・ジオン残党軍の掃討作戦で、撃破されたのだ。シャア・アズナブルという、たぐいまれなる人材を欠いた組織の、そのまた一部の過激派どもとあなどった、奴のミスだった。敵の中に1人だけ強化人間が混ざっており、突出していたシグルーンは、量産型キュベレイから放たれたファンネルのオールレンジ攻撃を避けきることができなかったのだ。
それにしても、と私は思う。なんという悪運の強さか。またしてもあいつは軽傷だけで生還し、いつものようにうそぶきながら、たまたま近くにいたため救助するはめになった私に笑いかけてきたのだ。
『なぁセレイン、やっぱりお前は俺の幸運の女神だ。お前と一緒に戦うようになってから、俺はまったく死ぬ気がしなくなっちまったぜ』
そのとき私が、拾ってやるのではなかった、と後悔したのは言うまでもない。
まったく、冗談ではない。“不死人”……アンデッド・マンとはよくもいったものだ。確かアンデッドというのは、殺しても死なない化け物の総称としても使われているのではなかったか。
あいつは、殺しても死なない。かつて敵だったころ、私自身、シグルーンに損傷をあたえたどころではなく、一度は確かに完全に撃破したはずなのだ。それも、宇宙でだ。なのにあいつは、その後平然とした顔で私の前にあらわれた。まったく、冗談ではない。
兵器ラックへと移動し、リニアガンをマニュピレーターにセットする。グレーン准尉のジェガンとグリスウェルのグリームヒルドが出ているのを確認して、私は機体を格納庫の外へと出した。
雨は振り続いている。AIによる自動制御で補正がかかってはいるものの、視界は良好とは言い難い。脚部には今のところ異常は見られなかった。
○
{……俺もそれなりに、腕のたつパイロットだと自負しているんだがな。なぁセレイン、いいかげんもう少し信用してくれてもいいんじゃないかと思うんだが、どうだ?}
グリスウェルがそういったのは、敵が隠れている廃墟を見下ろす、山中でのことだ。私が奴の行動に異議をとなえたのが、その会話の発端だった。
「信用と信頼は別物だ。貴様のパイロットとしての能力は、それなりに信頼している。信用ならないのは、その性格だ」
{……そいつは喜ぶべきなのかな、それとも悲しむべきか?}
「好きにしろ。貴様がどう思うかなど、私には関係ない」
{はぁ……相変わらず冷たいねぇ}
{失礼します。野暮で申しわけありませんが、敵性機を発見しました}
{出たか…………確認した。ザクだな。例のやつだろう}
私はセンサーの表示を確認し、連動したカメラが自動的にザクをズームする。横倒しになったビルの影に、2機のザクが見えた。雨に打たれている装甲は痛みも激しく、塗装もはがれ落ちた、使い古された機体だ。性能は相当低下しているだろう。武装はバズーカとマシンガン。
「2機か……」
{やはりここでしたね。どうやらまだこちらには気付いてないようです。どうします、大尉?}
{他は武装車両と歩兵か。まだ1、2機のMSがどこかに隠れてるはずだが……}
{…………}
{グレーン、下にいるヘリに索敵のバックアップをさせろ。しかけるぜ。いいか、セレイン?}
{了解!}
「了解した。……准尉」
{なにか?}
「報告は簡潔に行なってほしい。最初の部分は余計だ」
{失礼しました。その……楽しそうだったものですから、つい}
「…………」
私の、いったいどこが楽しそうだったというのだ?
一瞬そう思ったが、接敵間際にそんなことをいつまでも考えているほど、私は愚かにはなれない。
グリスウェル機がバーニアをふかして斜面に出、廃墟の街目がけて降下を開始した。
捕捉していた2機のザクを撃破するのは容易だった。
我々に気付いた連中が武装車両に乗り込むよりも前に、グレーンがそれを撃破し、私とグリスウェルがザクに攻撃をかけたのだ。
規定の戦術パターンに従い、我々は散開して周囲を確認する。その間にも何台かの車両を撃破したが、MSはまだ出ていない。
「ザクは出たか?」
グリスウェルが索敵のため街の周囲を旋回しているヘリに問うが、その返答を我々が聞くことはなかった。グリスウェルが言い終わるのとほぼ同時に、ヘリの後部から閃光がふくれあがり、失速したヘリがそのまま墜落、爆発したのだ。乗員は脱出できただろうか……?
「な……どこからだッ!?」
グレーンの慌てた声が聞こえた。そう、ヘリはどこからかの攻撃を受けたのだ。街からではない。そしてあれは間違いなく、ビームの光だった。
敵の姿を探す私の視界の端で、何かが動いた。鉛色の空に溶け込むようなそれを、私は最初、猛禽のたぐいだと思った。しかし、次の瞬間、それが間違いだったとわかった。急速に接近してくるそのシルエットは……。
「敵は南南西、上空を急速接近! 退避しろ!」
私はグリスウェルとグレーンにそう叫び、機体を遮蔽物となるビルの残骸の陰にいれた。
「バカな……OZは、レディ・アンは何をやっているんだ!」
敵機からの攻撃の振動を感じながら、私は思わずそう声を上げていた。ビーム砲の攻撃によっていくつもの爆発の花を残して上空を通過していったのは、間違いなくかつてOZが開発した可変MS“トーラス”だったのだ。
我々だからいいようなものの、トーラスなどがでてきては機動兵器を持たない連中、あるいは旧式の陸戦MSしか持たない連中では、相手にならない。ただの輸送隊ならなおさらだ。
そもそも飛行できるほど整備状態のよいトーラスなど、いったいどこから入手したというのか。補給と設備の問題から、我々にすら配備されていないのだ。たとえ旧反帝国ゲリラが入手して修理した機体であるとしても、いまだに飛行できるほどの状態を、彼らが保てるわけがない。
{トーラスか……こうなってくるとあの噂、信憑性がましますね}
通信機の向こうで、グレーン准尉がつぶやいた。
「あの噂?」
{かつてのOZジャミトフ派の一部が、バンディットや武装勢力に武器を流しているらしいって話、少尉は聞いたことありませんか}
「ああ……銀鈴からのメールにそんなことが書いてあったな」
{横流しされた兵器を使う人間も、もとOZ兵という噂もあるようです。トレーズ閣下の理想のもとOZの特士になり、あえて帝国軍の下で戦っていた自分には、信じられない話です。いや、信じたくないだけなのだということは、わかっているつもりですが……}
「…………」
{まったく同感だ。だが、いまそんなことをいっても始まらんぜ。それにアン特佐1人でどうなるもんでもなかろう。ま、昔のレディ・アンならともかくな。……どうやらトーラスは街の向こうに降りたな。グレーン、正面に出ろ}
{ハッ!}
{セレイン、左のフォローはまかせるぜ}
「わかっている!」
そう返し、私はグリームヒルドを街の外へと向けた。だが、私はトーラスとの交戦に加わることは無かった。
その武装ゲリラたちを発見したのは、街を出る少し前だった。携帯式の対戦車ミサイルやロケットランチャーで武装しているとはいえ、容易に制圧できる規模だ。だが、トーラスとの交戦中に背後から攻撃を受ける危険性を無視できるほどでもない。トーラス1機ならば、グリスウェルとグレーンだけでも大丈夫なはずだ。そう判断し、私はその連中を牽制しておくことに決めた。
「グリスウェル、街の南端付近に小隊規模の敵。私は牽制にまわる。そちらはまかせる」
飛来する小型ミサイルの弾体を回避し、私は機体を彼らへと接近させた。
そのとき、私は自分の心臓の鼓動がはねあがるのを意識した。
グリームヒルドの全高と同じくらいの高さのビルの残骸の上から、無反動ミサイルランチャーを撃って逃げ出した一人を、カメラがとらえたときだった。その後姿は間違いなく少女のもので、そしてそれとそっくりな姿をした少女を、私はかつて知っていたのだ。
「……レラ……? まさか……」
落ち着け、落ち着け! 私は自分に言い聞かせる。だが私はその姿から目を離すことができなくなっていた。
そんなはずはない。そんなはずがないのだ。
私はもう一度自分に言い聞かせる。確かにあいつは、あの場所で、冷たい岩盤の下にいまも眠っているはずなのだ。母親との再会、平和な日々という、夢をみながら。あいつであるはずが……レラであるはずがない!!
だがどれだけ自分でそう思おうとしても、動揺は消えなかった。ドクン、ドクンという心臓の鼓動が大きくなっているのを、頭の片隅に意識する。ここは、戦場だというのに。
「と……止まれ! 止まらなければ……」
私は思わずそう声をあげていた。自分でもわかるほど、声に動揺があらわれていた。相手もそれに気づいたのだろう。立ち止まり、そして振り向いた。
「……ッ!!」
レラではなかった。こちらに向けられたその顔は、レラとは似ても似つかない。私は安堵するとともに、自分が心のどこかで落胆しているのを感じた。そして、もう一つの事実が、私を縛り付けた。
その少女の目……ギラギラとした光を放って私の機を睨む、憎しみと狂気にとりつかれたその目と、雨にうたれるその姿。それはゲリラ時代の、かつての私の姿、そのものに思えた。
こちらに動きがないのを悟った少女は、肩にかつぎあげたランチャーをこちらへ向ける。染み付いた習性によってほとんど意識しないまま、発射された対戦車ミサイルをかろうじて回避する。しかし、周囲に振り向けるべき注意が、すべて自分に集中してしまっていた。
別方向からの攻撃を脚部に受けてしまったのは、その直後だった。しまった、と思ったときは、もう遅かった。被弾したという事実が、その一瞬で私に戦いのための冷静さを取り戻させていたが、その一撃で機体のコントロールが失われたのだ。被弾したのは、右の脚部だった。
電装部品のトラブル……と言ったマイヨール少尉の言葉が頭をよぎる。小型ミサイル一発で制御不能とは、機動兵器としてはお粗末もいい所だ。しかし、彼の言ったとおり、本来の私なら受けるはずのないダメージであることもまた、事実だった。そして、状況は深刻だ。右脚部の駆動系に命令伝達が行われなくなっている。オートバランサーも役に立たない。
横転してしまわないようにバランスを確保しようとしている間に、近くの建物の錆だらけのシャッターが吹き飛び、ザクが突進してきた。どうやら私はことごとくミスをしたらしい。まんまと奴らに誘い込まれたのだ。
彼らは戦いに慣れすぎている。トーラスのことを考えれば、もとOZ兵が混じっていても不思議はない。
振り下ろされたヒートホークを、機体のバランスを変えることで左肩のシールドで防御する。シールドとともに左肩が破壊され、その衝撃を緩和しきれずに揺さぶられた体にシートベルトが食い込む。体がきしみ、呼吸ができなくなる。
「ぐぅっ……!」
{バカヤロウッ!! 何やってやがる!!}
通信機からグリスウェルの声。
私は反射的に機体を動かそうとしたが、操縦アームをとつかむ手に、力が入らない。だめだ、レバーを引くこともできない。バランスを回復することが出来ず、機体が倒れる。衝撃が私を襲い、頭がコンソールに打ち付けられる。意識が朦朧とする。
消えてしまいそうな意識の中で、スクリーンに映るグリスウェルの機体が、被弾するのが見えた。まるで宇宙での戦闘のように、音が聞こえない。意識が暗闇の中へと吸い込まれていく。
これで……死ぬのだろうか?
あっけないものだ、と思う。
思えば私は、いつからこうやって戦いつづけてきたのだろう。もう思い出せないほどずっと、この硝煙とマシンオイルの臭いの中にいたような気がする。
意識を失う直前、私はそんなことを考えていた……。
to be continue
next Chapter 『追憶の彼方』
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