内部告発サイト「ウィキリークス」問題の確実な解決方法が一つある。インターネットをなくしてしまうことだ。それを除き、明白な解答は存在しない。
今年の夏、映画館の待ち行列で筆者の前にいた二人連れの男の一人がこう話していた。「フェースブック(Facebook)は大嫌いだ。発明されなかったらよかったのに。でも、もうそれなしじゃ生きられない」。ウィキリークス問題も同じだ。それはインターネット自体と一緒に生まれた。それなしでは生きられないものはすべて、身を滅ぼすおそれがある。
今年10月、シークレットサービスは、40万件のクレジットカード番号を所持していたマレーシア人の男をニューヨークで逮捕した。男はこれらの番号を、クリーブランド連邦準備銀行やその他の金融機関からハッキングしていた。昨年、ある委託業者が、潜在的に破壊力を持つロジックボム(論理爆弾)を連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)のサーバーに遠隔挿入し、危うくデータの多くが消え去るところだった。
職場の同僚についてはどうか。サンフランシスコ市当局の技術局に勤務する職員が、同市のファイバーWAN(FiberWAN)ネットワーク上の、同市の事実上すべてのファイルと業務に自分がアクセスできるようにする一方、ほか全員のアクセスをブロックするパスワードを作成した。職員は逮捕されたが、職員はしばらくの間、市を「人質」にとって、パスワードを市に明け渡すことを拒否した。
米銀大手バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)は、(ウィキリークス創設者の一人)ジュリアン・アサンジュ氏が所持しているとするデータを、「盗まれた覚えはない」と確信をもって言えるだろうか。言えないはずだ。何かをひとたびネット上に置けば、それはもはや、決して「安全」でも「プライベート」でもなくなる。
米高性能サーバー大手サン・マイクロシステムズの共同設立者スコット・マクネリ氏の有名な言葉に、「プライバシーはゼロだ。あきらめるしかない」というのがある。それは分かっている。われわれが分からないこと、あるいは認めたくないことは、機密性 ― 国務省の公電、兵器システムの設計、健康記録 ― の概念が、おそらく恒久的にむしばまれてしまっていることだ。
ヒラリー・クリントン以下全員が、外交公電流出に「衝撃」を受けている。しかし、こうした事件が起こる可能性について、データシステム・アーキテクチャーの専門家に去年世論調査をしたならば、ほとんどは、それがいずれ必ず起こると答えたはずだ。
米会計検査院は、この問題についての調査を次から次へと発表してきたが、どれもみな、今年6月の報告書の表紙に印刷されている「サイバーセキュリティー ― 対処する必要のある重要課題」を繰り返すばかりだ。議会は、サイバーセキュリティーを目指した法案を何十と提出してきた。
ウィキリークスはオバマの落ち度だろうか。そうではない。この問題にグーグル社員の全知能を投入してみてもいい。解決策を編み出すかもしれないが、それは解答にはならないだろう。問題は、インターネット自体と同様に込み入っている。
民間企業はすでに、データ・システム保護のためのソリューションを提供している。「データ保存時(data-at-rest)」および「データ移動時(data-in-motion)」プログラムは、ネットワークを移動中の、またはハードディスクに保存された、Eメールその他のデータにおける異常を探す。SIM(セキュリティー情報管理)ソフトは、ネットワーク侵入を追跡する。それは、天気予報がなかなか便利だという意味では、なかなか便利だ。
しかし、こうした技術が、よい目的にそれを使用しようとする集団に突きつける腹立たしいパラドックスがある。ほか全員の創造的な活動を妨げることなしに悪漢を捕まえる手順をどうやって設ければいいのか。
米国(や欧州)に大きな相対的強みがまだ一つ残されているとすれば、それは情報の強みだ。情報満載のアイデアを互いにぶつけあう多くの賢人の組織的なセレンディピティ(予期せぬ発見をする才能)から、素晴らしいものが生まれる。知識社会で働く者は、がん治療の進歩に取り組むにせよ、最悪の敵を殺傷する無人飛行機のためのソフトウェアを開発するにせよ、多くの情報を必要とし、それを今すぐ必要とし、かつ、それについて同僚とネットワーク上で「話し合う」必要がある。つまり、データ・ネットワーク上では、「新奇」であるにせよ、まっとうなことが起こるということだ。新奇なことすべてを、悪事と区別するのは難しい。
中国のセキュリティー対策は、情報の流れを抑圧することだ。創造性などお構いなし。こちらから盗めばいい。(米新聞大手ニューヨークタイムズのコラムニスト、トーマス・フリードマンから昨日こう尋ねられた。「中国にウィキリークス関係者がいたらどうなる」。答えは一言、処刑される。)
国防総省や、国務省、各銀行は、誰または何を監視すべきかを規定しづらいため、危機にさらされている。だとすれば、各機関は、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』風の「監視」局を設ける必要があるだろう。いや待て。われわれはすでにそれを設けた。米国土安全保障省だ。一件落着。
9・11以降、情報を内部のデータベースにとどめ、相互にコミュニケーションをとらない連邦省庁が大きな問題として浮上した。機密情報の省庁間流通を図るため、SIPRNetが創設された。現在、国務省はSIPRNetへの接続を停止している。考えてみてほしい。米中央情報局(CIA)は決してSIPRNetに加わらず、そのため激しい非難を浴びた。筆者は、アサンジュ氏がCIAのタリバン掃討無人機空爆計画についてのデータにアクセスできないことを喜ばしく思う一人だ。
戦後の世界を大きく変えたものが二つある。核分裂とインターネットだ。核分裂は、クリーン・エネルギーと原子爆弾をもたらした。インターネットはどうか。ウィキリークスによってわれわれがたどり着く先にあるのは、核の魔神をランプに戻すことのインターネット版だ。
この本質的に脆弱(ぜいじゃく)な技術の持つパラドックスの明白な解消法はないだろう。しかし、ただ手をこまねいて放置したまま生き延びることもできない。いずれ、インターネット「原爆」が炸裂するだろう。混乱したわれらが国家指導者のために、こんな考え方を示しておこう。悪者が文明の利器を悪用するのを阻止する必要があると人類が初めて結論付けたとき、共通のルールが定められた。そのルールを破った者は、監獄送りになった。
アサンジュ氏のためにデータすべてをダウンロードした罪に問われているブラッドリー・マニング米陸軍上等兵は、クワンティコ海兵隊基地で拘束されている。同上等兵は52年の刑に処せられる可能性がある。当然のことだ。インターネットの魔神と共存することを願うなら、それはほんの手始めにすぎない。
(執筆者のダニエル・ヘニンガー氏はウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニスト)