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2006年7月4日(火曜日)

夫婦別姓論議・なぜ「スウェーデン」は語られないのか

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夫婦別姓論議・なぜ「スウェーデン」は語られないのか

法務省案に最も近い「選択制」を採用しているただ一つの国・スウェーデンが議論の俎上に登らない。そこには推進派にとって都合の悪いこんな事情があった。

『明日への選択』編集長 岡田邦宏
『明日への選択』平成14年1月号




 選択的夫婦別姓制導入の議論が、今年の通常国会で山場を迎えようとしている。しかし、別姓推進論には、あまりにも杜撰な主張、というよりむしろウソともいうべき意識的なトリックが多い。昨年八月に発表された世論調査結果を「別姓賛成派が多数になった」というマスコミ報道のウソについては、これまで本誌で取り上げてきた。しかし、問題はそれだけではない。

 

◆「多くの国が選択制」というトリック

 実は、政府機関である法務省や内閣府の審議会という公的機関の主張にも同じようなトリックが見られる。例えば、法務省は、選択的別姓制を推進する理由の一つに「世界各国でも、多くの国が選択的夫婦別氏制度を採用しています」(民事局ホームページ)という。また、男女共同参画会議基本問題専門調査会の「中間まとめ」も、「諸外国の法制を見ると、近年選択的夫婦別氏制度の導入が進んできており、今日では主要な先進国において、夫婦同氏を強制する国は見られない」と述べている。この文言を読めば、何か日本の制度は実に不自由で、世界の趨勢から取り残された時代遅れのものだという印象だけが残る。しかし、これは事実ではないのだ。

 例えば、最近の先進諸国で法改正したケースを見ると、ドイツは一九九三年に民法を改正して夫婦別姓を容認したが、その基本的な考え方は、同姓を原則としながら、結婚後の姓について夫婦の合意ができない場合にのみ夫婦別姓を「例外」として認めるというものである。つまり、別姓は許容したが、夫婦同姓の原則はあくまでも維持されているのである。

 また、フランスは妻が夫の姓を名乗るという慣習法を前提として、別姓や結合姓を認めている。逆に中国のように伝統的な別姓を原則的に採用しながら、結合姓や同姓を例外として認めるようになった国もある。

 つまり、各国はそれぞれの伝統を踏まえつつ、同姓(もしくは別姓)を原則とし、例外的に別姓(別姓の国においては同姓など)を認めるという方向を採用しているわけである。

 一方、法務省が提起している別姓案は、こうした原則・例外をまったく認めない、いわば一〇〇%の選択制であり、世界的に見ても非常に特異な法制度と言える。それを「選択制」という言葉で、例えばドイツと同趣旨だと主張するのは言葉のトリックと言うべきである。

 また、参画会議が言う「主要な先進国において、夫婦同氏を強制する国は見られない」というのも同様である。ヨーロッパ諸国でいう同姓制度は、法制度自体が妻が夫の氏に改姓するという「父姓優先」であり(従って、子どもの姓も原則的に父の姓になる)、夫が妻の姓を名乗る制度はほとんどない。同じ同姓制度といっても、日本のような夫か妻どちらかの姓を名乗るという同姓制度(その意味で日本の現行同姓制度の趣旨は夫婦間の相互選択制だとも言える)とはまったく意味が違うのである。

 

◆触れたくないスウェーデンの事情

 では、法務省案と類似した制度の国はないのかというと、実はまったく自由な選択制を採用している国が一国だけある。それがスウェーデンである。

 スウェーデンの現行「氏名法」によれば、同姓・別姓の選択はまったく自由であり、さらに結婚した男女双方が相手の氏を中間氏とすることも自由に選択できる。そこに原則・例外の別はない。その意味では、基本的考え方は法務省の「選択的別姓」制に最も近いと言える。

 ならば、世界各国が採用しているなどと言わずに、スウェーデンと基本的に同じ考え方の制度を日本も採用するのだと言ってもいいはずなのだが、しかし、不思議なことに別姓推進派はスウェーデンについてほとんど触れようとしない。

 こうした「スウェーデン隠し」とさえ言える現状は、別姓導入に都合の悪い事情があるからに他ならない。例えば、スウェーデンの離婚率は五〇%(対婚姻件数比)を超え、平均的な婚姻年数はわずか十年と短い。また、事実婚を含めた同棲カップルが非常に多いことも特徴的で、二十歳から二十四歳のカップルに限れば、同棲が六一%を占め、既に結婚は多数派ではなくなっている。その結果、毎年生まれる新生児の約半数が非嫡出子であり、その非嫡出子の九五%は同棲カップルから生まれている。

 その結果、家族形態は当然複雑なものになる。都市部を例にとると、もっとも割合が多いのが母子のみの家庭で、次が再婚同士の夫婦とそれぞれの連れ子で構成される家族(混合家族)、そして三番目に両親とその間に生まれた子どもがいる家族が入り、四番目が父と子の家族だという。これは日本人からすると想像を超えた家族形態と言える。

 別姓導入に対しては「家族の一体感を損なう」「家族の絆が弱まる懸念がある」との反対論が根強いが、推進派は「大切なのは……愛情や思いやり」といった反論をし、自民党の法務部会では、そうした論議そのものを「神学論争」として切り捨てる始末である。唯一法務省案と同様の、まったくの選択制を採用しているスウェーデンがいわば家族の崩壊といってもよい状況にあるという事実には触れたくないということなのであろう。

 

◆本質は「家族」と「子ども」の問題

 むろん、スウェーデンが選択制を採用したから、結果としてこうした崩壊現象が生まれてきたというわけではない。むしろ、スウェーデン特有の事情から生じた事実婚の増加に対して、法律の方が追認せざるを得ないという事情があったというべきであろう。

 「同姓」「父姓優先」の原則を採っていたスウェーデンは、一九八三年の氏名法によって、同姓・別姓を自由に選択できるように氏名制度を革命的に変更した。その氏名法が成立する十年前の一九七三年、スウェーデンでは婚姻制度の大改革が実施されているのだが、その背景にあったのが事実婚の急増である。事実婚の件数の統計はないらしいが、七一年までの五年間で年間の法律婚件数が三五%減っているのに対して、同年の全出生数の二一・六%が事実婚による婚外子だという。まさに深刻な社会問題が起こっていたのである。

 言うまでもなく、事実婚の場合は別姓であり、それが全婚姻数のなかで大きな割合を占めていたということは、八三年に氏名法が成立する以前から現実としては同姓、別姓が混在していたということでもある。そう考えると、スウェーデンが今日のような選択制を導入したのは、表面的には「私法における男女の平等」ということらしいが、そうした事実を法的に追認したという側面は否定しがたい。

 そして、そうした事実婚の増加のなかで、スウェーデンにおいて最も憂慮されたのが子どもの問題なのである。菱木昭八朗・専修大学名誉教授はこう解説している。「事実婚の増加によって誰が一番被害を被っているかというと、それは子どもである。事実婚の解消には何等法的制約がないから簡単に別れることができる。……家庭法審議会答申(引用者注・婚姻法改正のために設置された審議会)のなかでも強調されているように子どもにとって必要なのは只単に物質的豊かさばかりではない。よりむしろ子どもにとって必要なのは両親の愛情であり、よりよき家庭環境である。最近のスウェーデンの青少年犯罪統計の示すところからもわかるように非行青少年の発生源は欠陥家庭にあると言われている」と。

 事実婚が増加したことを背景として婚姻法の自由化も、そして姓の選択制の導入も行われたのだが、その裏側で犠牲になったのは子どもだというのである。

 わが国では、別姓問題の世論調査で七割近い国民が「子どもへの影響」を憂慮している。別姓問題にとって、子どもの問題は最も核心の問題なのである。スウェーデンのケースは、別姓問題とは家族をどうするのかという本質的問題であり、それは決して「神学論争」などではないことを教えてくれている。

〈『明日への選択』平成14年1月号〉


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