2010年11月15日10時19分
カナダの心理学者、ブルース・アレグザンダーは、「ネズミの楽園(Rat Park)」という実験を行いました。
ネズミを、理想的な環境で育てられたものと、ケージ(かご)に閉じ込めて育てられたものの二つのグループに分け、それぞれにモルヒネ入りの水を与えた場合、どちらが依存症になりやすいか調べたのです。
それまでの実験では、ネズミなどの動物は、自分を傷つけたり、餓死したりするようなことがあっても、薬物そのものの魅力が強いために依存症になるのだと考えられていました。しかし、「ネズミの楽園」実験ではまず、動物は、環境が過酷であればあるほど薬物依存になるという仮説を立てたのです。
この仮説は結果的に立証されました。理想的環境で育てられたネズミはほとんどモルヒネに興味を示さなかったのに対し、閉じ込められた環境のネズミは簡単に中毒になりました。また、理想的環境に置かれたネズミは、いったん中毒になっても、簡単にそこから抜け出せたのに、過酷な環境のネズミは依存から脱却できませんでした。
日本でも、大阪大学の幸福度調査で、たばこを吸う人は、統計的に不幸だと感じていることが明らかになりました。これはたばこを吸うから不幸なのではなく、不幸だからたばこに頼ると言えるのかもしれません。
すなわち、私たちは、薬物のマイナスの効果を十分に知りながら、そのプラスの効果にあらがいきれずに薬物依存になるわけです。プラスの効果の大きさは個々人の環境によって異なり、より過酷な環境に置かれている人ほど、大きくなります。
したがって、何かの依存症を治療するには、どのような環境要因がそれに向かわせているのかを分析、改善しない限り、再発する可能性が高いわけです。
私自身も30歳過ぎまで、たばことお酒に依存していました。それを断つことができたのは、ワークライフバランスを整え、かつ、人間関係を見直して、過重な労働やストレスから逃れたからだと、いまとなっては振り返ることができます。
自分自身がなぜ、依存症に陥ってしまうのか、依存により何から逃げているのか。自己分析する必要があることを、この実験は教えてくれています。
(経済評論家・公認会計士)
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参考文献 ローレン・スレイター著「心は実験できるか――20世紀心理学実験物語」(紀伊国屋書店)
1968年東京都生まれ。経済評論家・公認会計士。早稲田大学大学院ファイナンス研究科、慶応大商学部卒。当時最年少の19歳で会計士補の資格を取得し、マッキンゼー、JPモルガンなどを経て経済評論家として独立。05年、「ウォール・ストリート・ジャーナル」から「世界の最も注目すべき女性50人」に選ばれる。著書に「お金は銀行に預けるな」(光文社)など多数。
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