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[24697] 【ネタ】ヴァナ・ディール浪漫紀行(クロスとか現実転移とか)
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/03 18:35
FF14が巷で(酷い方向に)話題ですがなんか無性にヴァナの話を書きたくなった。
のになぜか出足がゼロ魔。何故だ。
書きたいところだけ書きたいように書くつもりなので不定期更新&ぽんぽこ話が飛ぶやも。

【ハルケギニア編】ヴァナに転移して冒険者になったルイズ達がハルケギニアに帰ってきてからの話。ゼロの使い魔とのクロス。

【ヴァナ・ディール編】現実から転移しちゃった一般人が冒険者しながら帰る方法を探す話。ゼロ魔キャラはサブキャラで登場未定。あと小説版のキャラも出るかも。


ヴァナ編で言及しますがゲームシステム的な部分は一部排除してます。
サポジョブとか、ベッドが入るかばんとか。
あとミッション関係はあんまり絡まないかなあ、私自身クリアしてないもの、覚えてないものも多いので。まあ、そのうちそのうち。



[24697] ハルケギニア編01
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/03 18:36




 何度と無く失敗した。
 幾度と無く失敗を繰り返し、繰り返した果てについぞ今まで成功の二文字は彼女の前に現れはしなかった。
 そして今も。

 陣を敷いた草原に爆音と土煙が舞う。また失敗だ、ルイズの心は落胆できるほど上を向いてはいない。
 春の使い魔召喚試験においてかつてこれほどまでに失敗し続けた生徒はいないだろう。元より失敗するような魔法ではないのだ。

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラ・ド・ラ・ヴァリエール。周囲の生徒から『ゼロのルイズ』と罵られる彼女は、その名の通り今まで魔法を成功させたことがない。
 故にゼロ、成功率ゼロのルイズ。
 貴族にとって、メイジにとってこの上ない侮辱であり、しかしルイズはプライドの高い少女であった。いずれ名高いメイジとなって彼らを見返してやると常日頃から心に決めていた。

 しかしその機会も、今失われようとしている。
 使い魔召喚はメイジにとって通過儀礼のひとつだ。魔法学院での進級をかけた試験であると同時に、呼び出された使い魔からメイジ自身の資質を測るバロメータでもある。
 だがそう、あくまで通過儀礼のはずだったのだ。ルイズはここであっと皆を驚かせるような使い魔を召喚してやろうと密かに思っていたし、今までいくつかの不測の事態を除いて──例えば緊張で当日になって体調を崩すだとか──召喚に失敗して落第するような生徒はいなかった。
 それだけに失敗を重ねるルイズの心中には絶望だけが広がり、そして監督官を努める教師のコルベールの胸中にもルイズを不憫に思う気持ちが重なっていった。

「ミス・ヴァリエール。今日はこのくらいにしておきましょう」

 ルイズ1人を落第させるのはあまりに哀れだし、こう言っては何だがここで落第生を出すのはコルベール自身の、ひいては学園の沽券にも関る。
 学院長に相談して後日彼女に再召喚の機会を与えようと思っての進言だった。この召喚場もまだ数日は使えるはずだ。

 しかし疲れと悔しさに打ちひしがれていたルイズにとって、それはまるで最後通牒のように聞こえた。

「待ってください! 私はまだ出来ます、お願いします……もう一度だけやらせてください!!」

「いい加減にしろよゼロのルイズ! そう言ってもう何度目だよ!!」

 待たされることに焦れてきたのだろう、先に召喚を終えた生徒が明らかな罵声をぶつけてくる。
 コルベールはそれをひと睨みで黙らせると、唇を強く噛んで耐えるルイズに努めて優しく声をかけた。

「ではもう一度だけです、それで本日はいったん終了しましょう。大丈夫です、私の生徒から落第生を出させたりはしませんよ」

「はい!!」

 いくらかは勇気付けられたか、あるいはまだチャンスを与えてもらえることに希望を抱いたのだろう。瞳に活力を取り戻したルイズは、今一度召喚のための魔法陣に向かってタクトのような杖を振りかざした。



 そんなルイズたちから10歩ほど離れたところに集まった生徒たちの中で、唯一他の生徒とは違う目でその様子を見守るものがいた。
 赤い髪の少女──キュルケは、杖を掲げるルイズの姿をじっと見つめながらため息をついた。

「全く、よくやるわよあの子も」

 キュルケの隣には、対照的に蒼い髪を持もち眼鏡をかけた小柄な少女がいたが、彼女の返答を期待していたわけではなかった。半分独り言だ。

 キュルケともう1人の少女……タバサは、今年の2年の中では"アタリ"とされる2人だった。その2人がともにトリステインの人間でないというのは、学院にとって憤懣やるかたないかもしれないが、それはともかく。
 共にこの歳でメイジの第3階位であるトライアングルの実力を持ち、片やキュルケは火竜山脈もサラマンダーを、片やタバサに至っては幼いとはいえ風竜を召喚したほどた。

 そんなキュルケであるが、実力において天と地ほども評価に差があるルイズとは浅からぬ縁があった。
 なにせ実家の領地が国境をはさんで隣接していることに加え、かねてより……まあともかく、主にルイズからしてみればとかく気に食わない女の筆頭がこのキュルケであった。
 逆にキュルケからしてみればルイズは良いおもちゃである。
 何かにつけてちょっかいをかけてみれば、他の生徒に対しては我慢を覚えることでもキュルケに関してはことのほかよく噛み付いてくる。そのこらえ性の無い猫のような挙動が嗜虐心をいたくそそるのだ、と本人は思っている。

「ここで落第なんてことになったら、ヴァリエールの家もそれまでね。まあ姉のほうは優秀って聞くけれど」

 そもそも魔法がまともに成功しないのに学院に入れたのも、相当に実家であるヴァリエール公爵家の横車があってのことだろう。しかしここで落第しようものならいい加減かばうことも難しいはず。ともすれば退学にもなりかねない。

 ヴァリエールがいなくなれば……それは少し、惜しい。彼女のいない学院は今よりいくらかつまらなくなってしまうだろう。
 そう思いながらもう一度ため息をつき、キュルケは僅かに驚いた。
 タバサと目が合った。ルイズにさしたる興味も無い彼女は、本に没頭していると思っていたのに。

 読書狂いで無口な親友がぼそっとつぶやいた。

「心配?」

 その意味を一瞬図りかね、理解してからぷっと思わず噴出してしまった。

「やぁね、そんなんじゃないわ。ただヴァリエールにここでいなくなられたら良いおもちゃがなくなるってだけよ」

 それだけなんだから。
 そう言ってルイズに視線を戻す……というよりもこちらを見つめる透き通った瞳から視線を逸らせたキュルケに、タバサは何も言わなかった。

 言ってもどうせ本人は認めないだろうし──ルイズを見つめる目が、出来が悪いけれど憎めない妹を見つめるようだったなんて。

 それでもしばらくキュルケを見つめていたタバサだが、やがて興味をなくしたように本に目を向け……ようと思ったところで、本日最大の爆音が響き渡った。
 煩わしげにそちらに目を向けたタバサは、かすかに目を細めた。



 爆風に煽られながら、ルイズは今度こそ地面に膝をついた。
 彼女の魔法は常に"爆発"する。結局、この日与えられた最後のチャンスさえ棒に振ってしまったのだろう、そう思うともう立っている気力すらわかなかった。

「ミス・ヴァリエール」

 コルベールが声をかけてくるが、それに応える言葉も考え付かず、ルイズはただうつむくばかりだった。
 その肩にコルベールの手がかかる。
 ようやくのろのろと顔を上げてみると、コルベールはこちらを見ていなかった。

「?」

 コルベールの顔に浮かぶのは驚愕の二文字だ。目を丸く見開いてルイズの起こした土煙の中を見つめている。
 何事かとそちらを見て、彼女もまた驚きに包まれた。

 土煙が徐々に晴れる。
 そこには、鏡のようなものが浮いていた。

 ルイズは一瞬まさかと肝を冷やした。まさかアレが自分の使い魔か、と。
 しかしその鏡は、どう見てもただの鏡ではない。
 鏡面は水面のように波打っているし、そも自分たちの姿が映っていない。かといってその向こうの草原が覗けるわけでもなく……鏡に映し出されているのは荒野であり、高原であり、砂漠であり、深い森であり……刻一刻とその姿を変えている。
 遠見の鏡というマジックアイテムに似ていなくも無いが、こんな奇妙なものは見たことがない。

「ミ、ミスタ・コルベール……あれは一体……?」

「おそらく、ですが……召喚のゲート、ではないかと……」

 召喚のゲート? ルイズは思わぬ答えに首をかしげた。
 確かに鏡がどこか遠くの土地と繋がっているような印象を受けるが、しかしゲートがこのような形で姿を現すことなどあるのだろうか?
 そもそもゲートが開いているのに使い魔が現れないのはどういうことなのか。
 次々と映し出すものを変える鏡は、まるで……。

「探してる、の……?」

 まるでルイズが呼び出すはずであった使い魔の姿を必死で探しているように見える。
 そう思った瞬間、ルイズは弾かれたように立ち上がり、鏡に駆け寄っていた。

「あ、待ちなさいミス・ヴァリエール!」

 コルベールの静止も聞かず鏡に取り付くと、映し出される光景に必死で目を凝らす。

 ────どこ、どこにいるの……? お願い、姿を見せて……ッ!

 もしかしたらこのどこかに自分の使い魔が見えるのかもしれない。そう思えばいても立ってもいられない。
 なおも鏡は次々と映し出すものを変える。砂浜、風車の回る丘、湖のほとり、暗い洞窟の中、奇妙な形の塔、雪と氷の大地、荘厳な城、巨大な樹、石造りの街……。
 それはルイズの知るどんな土地とも違う世界だった。
 ひとつひとつはさして違和感のある景色ではない、だが目まぐるしく変わる景色を見続けるうちに直感する。ここに映し出されているのは、酷く遠いどこかだと。

 しかし次の瞬間、まるで蝋燭の火を吹き消したように、すべての映像が途絶えた。

「そんな!」

 まさか、諦めてしまったのか?
 だが何も映っていないかと思われた鏡に、誰か……そう、誰か人の姿が映ったかと思った瞬間、ルイズの体に突風が襲い掛かった。

「え、きゃあ!?」

 あたかも鏡がその周りにあるものすべてを飲み込もうとするように、風を吸い込んでいく。
 思わず鏡面に手を突いたルイズはぎょっとした。右手が、鏡の向こうに消えている……!
 左手を鏡のふちにかけてどうにかこらえる。少しでも気を抜けば全身丸ごと飲み込まれてしまいそうだ。

「だ、誰か……ッ!」

 期せず呼んだ"誰か"が自分を羽交い絞めにするのを感じルイズは振り向いた。
 ルイズの体に抱きつくようにして支えているのは、寮の隣の部屋に暮らすいけ好かない同級生だった。

「何やってるのよ、ヴァリエール!!」

「な、あ、アンタの助けなんか要らないわよツェルプストー!!」

 反射的にキュルケの腕から逃れようともがいてしまうが、そんな場合じゃないでしょ! と叱責され暴れるのをやめる。
 確かに、今は差し伸べられた助けに文句を言っていられる場合じゃない。

「油断してるとこっちまで吸い込まれそうだわ……腕は抜けないの?」

「できればとっくにやってるわよ!」

 それどころか腕はじりじりと飲み込まれていき、先ほどはひじまでだったのが既に二の腕まで見えなくなっている。
 ぐっ、ともう1人誰かがルイズの体を抱きとめる。
 見れば蒼い髪の少女がいた。名前までは分からないが、キュルケとよく一緒にいたのを覚えている。

「タバサ!? あなたは危ないから、」

「手伝う」

 3人で思い切り力をこめて引くものの、それでも鏡はルイズの腕を解放しようとはしない。それどころか風はさらに強く吹き込み、いまや肩までが鏡の中に飲み込まれようとしていた。
 そして。

「あ」

「ちょっと、何、どうしたのよヴァリエール!?」

「何か掴んだ……」

「ちょ、何かって何よ!?」

 鏡の中で踏ん張りどころを探してもがいていた腕が、その向こうにある何かをつかんだ。
 と思ったその瞬間、ルイズの腕が今までになく強く引かれ、そして3人は悲鳴を上げるまもなく鏡の向こうへと姿を消した。







 一体何が起こったというのだ。
 頭髪の薄くなった教師コルベールは、今目の前で起こった事態に頭の回転が追いついていなかった。
 ルイズが召喚を行ったらゲートと思しき鏡が現れ、当の本人を含めて3人もの生徒がその中に飲み込まれてしまった。コルベール自身も吸い込まれないように必死だった、鏡から5歩は離れていたというのにだ。
 周囲では生徒や使い魔たちが落ち着きなく騒いでいる。無理もない、あまりにも事態が異常すぎる。
 彼女ら飲み込んだ鏡は既に消えてしまっている。あとに残されているのは3人が落として行った杖だけだ。
 もはや状況はコルベール1人でどうにかできる域を超えている。すぐにでも学院長なりに指示を仰ぐ必要があるだろう。

「皆さん落ち着いてください! とにかく冷静に、今は教室に戻り、」

 しかし、予想だにしない事態はさらに続けて起こった。

 魔法陣の上に魔力が集まり始めたのだ。
 それはすぐさま大きなうねりとなり、光を放ち始める。
 空間がゆがみ、景色が揺らぎ、いっそうまばゆく輝くとコルベールはもう目を開けていることも出来ない。

「な、何が……ッ!?」

 光が晴れたとき、そこにいたのは……。



「や……った……成功、した……やっと戻ってこれたのよ!」

「くぅぅう……長かったわ……よーやく帰ってこれたのね……!」

「…………」



 きゃっきゃと喜びをあらわにする、たった今消えたと思った3人の少女だった。

「な、ミ、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ……無事でしたか!?」

 ルイズたちは声をかけられると、それでようやくこちらに気づいたとばかりに振り返り、何故か僅かに戸惑ったような表情をしながら満面の笑みを向けた。


「あ、え、ええと……そう、コルベール先生! お騒がせしました、召喚と契約の儀はこの通り成功させましたわ」


 そういって笑うルイズの腕の中には、蒼く輝く見たこともない幻獣がおさまっていた。










 その夜。

 ルイズは寮の自室の窓から外を……漆黒の夜空に浮かぶ2つの月を眺めながら、ほうとため息をついた。
 ようやく、この部屋にも帰ってくることが出来た。自分たちの住むべきところに戻ってきたのだという実感が遅まきながらにやってきたのだ。

 あれからは慌しかった。
 しきりにこちらを心配するコルベールをどうにかなだめ、それから異常が無いか調べるためにと医務室に連れて行かれ、最後には学院長室に呼び出されることになった。

 ────自分の召喚魔法はまだ誰も見たことが無いほど遠くの土地と繋がった上、魔法が不具合を起こし飲み込まれてしまった。しかしそこでエメラルド色の幻獣と出会い、契約を交わしこの地に戻ってこれた。

 教師たちにはそう説明した。
 もちろん嘘ではない、だが話していないことも……いや、話していないことのほうが多い。
 学院長オールド・オスマンも、コルベールもしきりに首をひねっていたが、しかし自分たちの話以上に証拠が無いためそれ以上追究はしなかった。
 しかしコルベールの明らかにこちらを警戒した目には肝を冷やした。
 自分たちに何らかの違和感を感じたのだろうか、おそらく偽者や、あるいは操られていることを想定したらしく、念入りにディテクト・マジックをかけていた。
 けれど何も見つかるはずが無い。当然だ、自分は正真正銘本物のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのだから。

「カーバンクルも、つき合わせてしまってごめんなさい。ここはあなたの見守る世界ではないのに」

 膝の上にちょこんと丸くなった幻獣を、ミトンをはめた手で優しくなでる。体長は小型の犬ほどで両腕で抱きかかえることができる。全体のシルエットはリスにも似ているが、ウサギのように長い耳と3つ股に分かれた尻尾が特徴的だ。足は短いが、太くしっかりとしている。
 そして極め付けに、額に輝くルビー。
 それが、ルイズが自分の使い魔ということにしてつれてきた幻獣……いや、神獣カーバンクルであった。
 気持ちよさげに目を細めていたカーバンクルは、ルイズの言葉を聞くと体を起こし気にするな、というように首を振った。

「うん、ありがとう」

 そして満足げな表情をすると、また丸くなる。

 ルイズの部屋の扉がノックされたのは丁度そんなときだった。
 返事をする間もなくノブをひねって入ってきたのは、キュルケとタバサの2人だ。

「はぁいルイズ。全くやっと終わったわ、あれこれ聞かれて大変だったんだから」

「ちょっと、誰も入っていいって言ってないわよ」

 ルイズの抗議もどこ吹く風でキュルケは勝手知ったる様子でベッドに勢いよく腰掛ける。その動作は優雅ながらどこか乱暴で、貴族のお嬢様としてはいかがなものかというところだ。
 タバサも同じようにベッドに腰掛けた。そこにはつい先ほどまでは無かったはずのルイズに対する気安さがうかがい知れる。

「いいじゃない、どうせいつもあなたの部屋が溜まり場だったんだし」

「今までと同じ」

 全く勝手なものだ、ルイズはカーバンクルと目を合わせて諦めたようにため息をついた。
 しかし、悪い気はしない。
 こうして3人で集まると、まだあの世界にいるような気がしてくるのだ。今にして思えば、まるでひと時の夢のように駆け抜けたあの冒険に満ち溢れた世界に。

「夢じゃないわよ」

 はっとして振り返ると、キュルケはどこから取り出したのか、親指の先ほどもある大ぶりな真珠を加工したピアスを手にしている。その隣でタバサも同じように。
 ルイズは慌てて自分のかばんを──鏡の向こうから密かに持ち込んだ背負いかばんをごそごそとまさぐり、自分も同じ物を取り出す。

 それは証。
 自分たちと、そして今ここにはいない仲間たちとの絆の形。

「そうね……夢じゃない、わよね」

 そうして3人は今一度思いを馳せる。
 危険と、スリルと、そして冒険の世界、ヴァナ・ディールへ。




 コルベールの懸念はある意味で当たっている。
 ルイズたちは昼間鏡に飲み込まれ姿を消したときのそのままでは決して無かった。なにせ彼女たちの体感時間にして実に8年以上の時を別の世界で過ごしていたのだから。






[24697] ハルケギニア編02
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/03 18:36


 むにゃむにゃと胡乱に目を覚ましたルイズが感じたのは、妙に暖かくてやわらかい圧迫感だった。
 なにか、と思って目を開けるとそこには丸くてやわらかいものが2つ。
 触ってみる。手のひらから多少こぼれるがむにゅむにゅと素敵なさわり心地。以前いたずらに捕まえたリーチ(丸くてぷにぷにした生き物。ヒルらしいがルイズには信じがたかった)をもうすこしやわらかくした感じだ。
 丸いものの頂には表面を包む布の下にちょこんと他とさわり心地の違うふくらみがある。そこを触ると、もぞもぞと丸いものが震えた。

「ぅん……あ、ん……」

 鼻にかかったような女の声がする。
 頂をつつくと聞こえてくる声は艶のある割に可愛らしく、もう少し聞いてみたいのと直接触ってみたいので手は布の切れ目を探し……。

「…………なにしてるの?」

「うひゃぃ!?」

 後ろからかけられた声に飛び起きる。
 何事かと首をめぐらすと、声をかけてきたのはタバサだった。ネグリジェ姿でベッドに身を起こしている。自分を挟んでタバサの反対側にいるのはキュルケだ、やはり寝巻き姿で幸せそうな寝顔を浮かべている。少し頬が赤いが。

 な、なんでこいつらと一緒に寝てるの?

 混乱気味の頭から記憶を呼び起こす。
 昨晩はやっとのことで魔法学院に帰還したあとルイズの部屋に集まって……それからそうだ、もういい時間だからと3人で湯浴みに行った。寝巻きに着替えてまた部屋で雑談に興じて……そのまま3人で寝てしまったのか。

 いやまてしかしそれより問題なのは私は寝起き何をもみしだいていたのか。
 いまだ夢の世界にいるキュルケを恐る恐る盗み見る。その体に実ったたわわにゆれる2つの……。

 考えるな考えるな思い出すな私!
 ぶんぶん頭と手を振ってけしからん感触を記憶から追い出す。

「目、覚めた?」

 ずっとその様子を見ていたタバサの表情には相変わらず何も浮かんでいないように見えるが、しかし間違いなく呆れられているなと確信できる程度には頭も冴えてきた。

「え、えぇ、大丈夫……今何時?」

「おそらく6時を回ったところ」

「う、またずいぶん早く目が覚めちゃったわね」

 ベッドから乗り出して窓の外を見れば、まだ太陽も昇りきっていない空は群青に染まっている。
 授業の時間までは……確かまだ1時間以上あったはずだ。ここにいた頃はもっと遅くまで寝ていたように記憶している。
 とはいえ"向こう"にいた頃は早寝早起きも習慣のようなものになっていたわけだから、今朝は相当に気が緩んでいたということなのだろう。キュルケに至ってはなおも爆睡中だ。

 憎たらしい顔で眠っているこの女を蹴りだすかどうするか悩んでいると、ベッドを抜け出したタバサがごそごそと着替えを始めていた。
 何故ここで着替えると思わなくもないが、装備一式はかばんに詰めてこの部屋に持ち込んでいるのでわざわざ自分の部屋に戻るのが面倒なのだろう。ここで洋服ではなく装備と考えてしまう辺り、ルイズの思考はすっかり貴族のそれではなくなっている。
 手早く身支度を整えたタバサの身を包むのは綿鎧だった。鎧というといかつい印象を与えるがこれは布製の生地に綿を詰め込んだものなので私服としても通用し、ことに前あわせを体の右側に寄せ金具で留める左右非対称のデザインや大きなカラーを持つガンビスンは洒落た一品としても知られている。
 何かと青を好むタバサは、蒼く染め上げられたアクトンと呼ばれるガンビスンをよく街着や運動着として着用していた。

「どうするの、タバサ?」

「体を動かす」

 そう言ったタバサの手に握られているのは二振りの曲刀。素振りでもしにいくのだろう。

「なら私も行くわ。ちょっと顔をゆすぎたいもの」

 タバサについていったのはまだ手に残る感触を洗い流したかったからではない、決して。






 2人で並んで外に出ると、まだ陽の差しきらない学院の庭は肌寒く、ルイズは思わず羽織ってきたマントの前をあわせた。
 清涼な空気が眠気を洗い流していく。人々が起き出すほんの一瞬前。夜と朝の狭間にある薄暗がりの澄んだ空気は、向こうの世界で覚えた素敵なものの1つだ。

 井戸のあるほうへ歩みを進めながら、ルイズは久しぶりに袖を通した制服に目をやった。
 ちょっと前まで着慣れていたはずのそれは、妙に落ち着かない気分にさせる。
 ブラウスとスカート、それにマントを羽織っただけの服装は妙にすーすーとして心もとない。それもこれも向こうでは厚手のダブレットやローブばかり着ていたからなのだろうが、当初は逆にそれが落ち着かないと思っていた気がする。人間の適応力と慣れというものは恐ろしい。

 益体も無いことを考えながら井戸の洗い場に先客がいた。
 黒のドレスに白いエプロンとヘッドドレスの出で立ちはこの学院に使えるメイドのものだ。大きな洗濯籠に山と詰まれた洗物をせっせと消化している。
 袖まくりをした腕が洗濯板の上を上下するたび、肩口で切りそろえた黒髪がさらさらとゆれる。
 その腕は色白でほっそりとしているが、その実しなやかな筋肉が育っているなとルイズは見て取った。よく似た筋肉のつき方をするものを見たことがある。あれは確か……。

 なんとなく熱心な仕事ぶりを見つめていたが、メイドのほうがそれに気づいて顔を上げた。ルイズ達の姿を認めるとはじかれたように立ち上がって深く腰を折った。

「お、おはようございます、申し訳ありません! 私、夢中になっていて気がつかなくて……」

「あ、う、うん、いいわよ別に。熱心にやってるわねと思ってみてただけだから」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 いたく畏まられむしろルイズのほうがしどろもどろとしてしまう。
 そういえば貴族と平民の関係はこうだったと思い直す。ヴァリエール公爵家としての誇りを忘れたつもりはなかったが、貴族も平民も無い異世界の思考がすっかり染み付いていたようだ。メイドに傅かれるのも久しぶりだ。

「と、とりあえずお邪魔でなければ顔を洗ってもいいかしら」

「あ、はい、すぐに片付けますので!」

「そのままでいいから! あなたはあなたの仕事を続けてちょうだい」

「はぁ……」

 どこか納得のいかない表情で仕事に戻るメイドに見えないように、はぁとこっそりため息をついた。
 何だってこんな朝から押し問答しなければならないのか。やっと元の暮らしに戻れたはずなのに落ち着かないことばかりだ。

 うなだれるルイズを尻目に、タバサは「じゃあ」と一言だけ残してその場を離れる。鍛錬のためだろう。
 その背中に「後でね」と声をかけ、ルイズも井戸に向かった。
 水をくみ上げ(これもメイドがやろうとしたので必死に押しとどめた)手をつけるとひんやりと刺すように冷たい。それを我慢して顔をすすぎ、メイドが手渡してきたタオル(こちらは素直に受け取った)で拭うと、すうっと頭の芯が冴えたように感じる。

「ふぅ……さっぱりした」

 頬をなでる風もいっそう涼やかだ。
 いくらかその感触に身をゆだねていると、ふと下から見上げてくる視線に気づいた。

「どうかしたの?」

「あ、い、いえそのすみません……!」

「あのねえ……別に怒ってないわ。私の顔に何かついてた?」

「えっと、その……」

「ん?」

「ミス・ヴァリエール……ですよね?」

「え?」

 おずおずと切り出しにくそうに尋ねられ、思わずぽかんと口を開けてしまった。
 果たして自分はこのメイドと面識があっただろうか? いや、あったかもしれないが正直覚えていない。向こうだっていくら仕える相手とはいえ学院の生徒全員を覚えてるわけでもあるまいに、名指しされるような覚えは……。

 ────ああいや、1つあったわね……。

 ルイズは魔法学院の中でもひときわ悪目立ちしているのだった。本人もすっかり忘れていたが。
 自分たちにとって使い魔召喚の儀式から今日までは8年の時が経っているが、他の人々にしてみれば昨日の今日だ。メイドたちの間にも"ゼロ"の二つ名は浸透していたということだろう。
 手を止めたメイドは腰を下ろしたままながら顔色を伺うようにしている。

「そうだけど、なに?」

「ええと……お体はなんともありませんか? 昨日その、噂で聞いたんです、ミス・ヴァリエールやミス・ツェルプストーが使い魔召喚のゲートに飲み込まれたって」

「ああそのこと。この通りぴんぴんしてるけれど……それとも他に何かもっと噂になっていたかしら?」

「い、いえ、そんなことは!」

 簡単に引っかかってわたわたと手を振るメイドの姿に、思わず噴出さないようにこらえるのは一苦労だった。

「だから怒らないってば。ねえ、教えて? どんな噂になっているの?」

「それは……でも……」

 貴族に自分たちの悪口を言えと言われてはいと言える平民は少ないだろう。そういう意味でこの反応は至って普通、というよりもルイズのほうがやたらと鷹揚なのだ。
 「私もキュルケもタバサも怒らないし、誰が話してたかも追求しないわ。杖に誓って」という言葉に押されて出たメイドの答えに、ルイズは今度こそ耐え切れなかった。

「…………ミス・ヴァリエールたちはその、召喚のゲートの向こうで魔物に取って代わられたんじゃないか、って口さがない人たちは言ってます」

「ぷっ、やだなにそれ……くくっ……笑わせないでよもうっ」

 なるほど、得体の知れないゲートに消えたと思ったらけろっとして戻ってくれば、そんな風にも見えるかもしれない。
 しかし魔物に取り付かれたときたか。自分たちもそんなような依頼を請け負ったことがあったが、何せ長年異世界で暮らしていたのだ、発言には気をつけないと異端にたぶらかされたくらいには疑われるかもしれない。
 実のところルイズにこそ当てはまらないものの、魔に取り付かれているといって差し支えのない人物はいるのだ。それが妙におかしかった。

 ってここでこんなに笑ってたら余計怪しいわね。ほら、メイドが怪訝そうな顔をしてる。

「あの、ミス・ヴァリエール?」

「くすくす……ご、ごめんね、でも安心して。私たちは魔物に取って代わられてもいなければ悪魔にも取り付かれてないわ。でも……ねえ、あなた名前は?」

「え、あの、シエスタといいます」

「そう、教えてくれてありがとシエスタ。これ以上変な噂が立たないように気をつけるわ」

「は、はぁ……」

 気づけばそろそろ朝食の時間が近い。
 狐につままれたような顔をしているシエスタをおいて、ルイズは一度寮に引き返した。






「ああぁぁぁぁ……お腹が重たい、あとでもたれそう……」

「太った……絶対太ったわ……」

「…………」

 朝日も昇りきった頃、教室に向かうルイズ達は青い顔でお腹を抱えながら教室に向かっていた。

 というのもこれまた失念していたのだが、学院生徒たちが利用する食堂で出される食事は、揃いも揃って無意味に豪奢でとにかく量が多いのだ。ほとんどの生徒は自分の食べたい分だけ手をつけて大半を残していくところを、長年の冒険生活で食べれるときに食べるべしの精神が染み付いていたルイズらはうっかりそれをすべて平らげてしまった次第だ。
 朝から鳥のグリルが出てくるメニューもたまったものではないが、なんだかんだで食べきってしまう自分たちというのも大概ショックだった。
 そんなわけでルイズらは絶望的な面持ちで教室への道のりを歩んでいるわけである。唯一タバサだけが平然としていた。

「誰かハラヘニャーかけてくれないかしら……」

「やめなさいよ、アンタ一度はらピーゴロで酷い目にあったの忘れたの?」

 キュルケの言葉に思い出したくない記憶を掘り返されたルイズはさらに顔をゆがませる。
 あの時はつい食べ過ぎたパイを消化してもらおうとして……いや、ダメだ、これ以上はとてもではないが。

「それにしても……」

 つぶやきつつ、キュルケはしきりに制服の襟や裾を気にしている。

「久しぶりに着るとなんだか生地が薄くて落ち着かないわね、制服」

「考えることは同じねぇ……」

 上等な生地ながらひらひらと頼りないブラウスは、肉体を保護することに重きを置いた向こうの服とは比べ物にならないほど心もとない。
 向こうにもこの手の服が無かったわけではないが幾度となく死線を潜る生活の中ではそんなものに袖を通す余裕は無かった。

「まあ、お気に入りの装備は持ってこれたからいいわ。こんなときは自分が戦士やナイトでなくて良かったと思うわぁ」

「なによそれ、服のために魔道士になったわけ?」

「鎧だったらかばんにつめるのも一苦労って話よ」

 ゴブリンのかばんは見た目の大きさに比べて内容量は驚くほど多いが、それでも何でも入るというわけではない。
 当然のことながらかばんよりも大きなものは入れようがないし、無限の容量があるわけでもない。向こうにいる仲間にもよく状況に合わせたさまざまな装備を持ち歩くのに仕舞い方に四苦八苦しているものがいた。
 当のルイズたちもこちらに帰ってくる際に何を持っていくかでだいぶ悩んだものだ。結局消耗品の類はほとんど入れず、いくつかのローブや装束、装飾品を持ち込むにとどめた。

 ちなみにルイズは今もその中から数点の装備を身につけている。
 両手にはめたミトンに、その下にはリングを1つ。背には杖を一本。先端に拳ほどもある宝珠をあしらったデザインの杖はキュルケの背負うそれとおそろいだが、ルイズのものは宝珠が白に、キュルケのものは赤に輝いている。
 これらはすべてルイズの足元をちょこちょこと歩いている霊獣カーバンクルを喚び出しつづけるためのモノだ。
 その本体を異界に置く彼ら召喚獣は、分身を限界させておくだけでも使役者の魔力を消耗させていくのだ。強い魔法の力を持った装備でそれを抑えることによって、やっとカーバンクルは他の使い魔と同じように振舞うことが出来ていた。

「そういえばアンタたちの使い魔はどうだったの? ええと、サラマンダーに風竜だっけ?」

 カーバンクルを見て思い出したことだったが、自分たちが帰ってこれたのは2人の使い魔の存在あってのことなので気にはしていたのだ。
 こちらも主に付き従うように歩いていた尾に火をともす大柄なトカゲが、キュルケの使い魔のサラマンダーである。名はフレイムといったか。

「この子は平気よ、私のことを忘れている様子もないしちゃんとラインも繋がってる。今更だけど間違いなくもとの時間に戻ってこれているってことね」

「タバサのほうは?」

 綿鎧から制服に着替えた青い髪の少女の使い魔は幼くも竜だ。その巨体ゆえに屋内には入れられず、今は主の命を待ちながらどこか外で気ままに過ごしているだろう。

「問題ない。ただ……」

「ただ?」

「私は私でも、さっきまでの私ではない……そう言っていた」

「そう……」

 それは間違っていない。いくつかの意味で。
 タバサの使い魔シルフィードは風竜、いや人語や魔法を操る風韻竜だという話は聞いていたが、やはりそういった感覚には鋭いのだろうか。
 使い魔が主の不利益になるようなことを吹聴するとも考えられないが、既に妙な噂が立ち始めていることも事実だ。気をつけてしかるべきだろう。朝方シエスタに聞いた話は、伝えたほうがいいか。

「私たちが魔物と入れ替わったとか悪魔に取り付かれたとか、その手の噂が出回ってるみたいよ」

「まぁ早晩そうなるとは思っていたけれど……ね」

 がらり、と。

 教室にたどり着いたキュルケが戸を開けると、中にいた生徒たちの視線が一斉にこちらを向き、逸らされた。
 既に昨日あった出来事は学院中に広まっているのだ、食堂でもちらちらと盗み見るような視線やひそひそと囁きあう気配を感じていた。それを誤魔化すように食事に没頭していた部分は否定できない。
 教室に漂う空気もそれと同じものだった。

 探るような、異質なものを見るような視線は慣れがたいが、こちらと目が合えば慌ててそっぽを向くような連中の目など、獣人たちの憎悪に満ちた目に比べれば何のこともない。
 割り切ってしまえば態度はむしろ堂々としたもので、3人は颯爽と通路を抜けて最前列の席に並んで腰掛けた。後ろに座るのはなんだか逃げたようで癪だからだ。うっかり隣の席になってしまった少女がルイズが座ったとたんにびくりとすくみあがったもので、にっこり微笑みかけてやればぷるぷると震えだした。失敬な。

「全くもう、失礼しちゃうわ」

 ちょこんと机の上に乗っかったカーバンクルを撫でながら口を尖らせる。まるでデーモンに睨まれたかのような反応だ。

「大差ないんじゃないかしら。きっと彼女は子供にこう言い聞かせるわ、悪さをしたらルイズがやってきて失敗魔法で吹き飛ばすぞって」

「なーんですって……?」

「日ごろの行い」

「タバサまでっ」

 他愛も無い話をしているうちに教師が入ってきて教壇に立った。
 二つ名に"赤土"を冠するシュヴルーズという名の中年女性は土属性を専属にする教師であり、そのふくよかな体躯は確かに豊穣といった言葉を連想させる。最も本人に農耕の知識は無いだろうが。

「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうして新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 教壇に立つシュヴルーズはそう言うと一度言葉を切り、室内を一巡。その視線がすっとルイズの元で止まった。

「ミス・ヴァリエールも素敵な使い魔を召喚したようですね」

 探された。直感的にルイズはそう感じたが、おそらく間違いではない。
 つまり教員たちの間でも自分たちはある程度マークされているということなのだろう。考えていなかったわけではないが、こうまで露骨だと辟易せざるを得ない。
 というかそういうのはもう少し隠すべきじゃないかしら。シュヴルーズは声音こそ平静を保っているが今の一言が完全にぼろである。

 内心がっくりと項垂れながらも顔には笑みを貼り付けて答えた。

「はい、おかげさまで」

「その子が貴女の使い魔ね? なんだかとても不思議な……子犬、いえ、大きなリスかしら……?」

「カーバンクル、と申します。今年の使い魔ではタバサの風竜にも引けをとらないと自負しておりますわ」

 気取った口ぶりにキュルケが小さく噴出すが黙殺。カーバンクルはシュヴルーズに向かって首をかしげている。愛想のいいことだ。

「まぁ、可愛らしい」

「へ、どうせその辺から連れてきた子犬に仮装させてるんだろう。それとも盗んできたのか? "ゼロ"のルイズにそんなものが召喚できるはずが無い!」

 野次を飛ばしたのは少し後ろのほうに座る太った少年だった。
 この空気の中でそんな口をきけるというのは、彼も案外図太い大物なのか飛びぬけて空気が読めないのか……多分後者だ。常からルイズをゼロと嘲ってきた彼にはその成功や周囲の注目が気に食わないのだろう。
 シュヴルーズも少年をいさめようとしているが上っ面で聞き流しているのが丸分かりだ。

 野次を聞いて分かりやすく腹を立てていたのはカーバンクルだった。険しい表情でクルルルル、と唸っている。
 自分が……あるいは主が侮辱されたからか。
 霊獣は決して召喚士の従僕ではないが、互いに誠意を抱き強い信頼関係で結ばれている。少年の言葉はどちらにとっても気分のいいものではない。

 カーバンクル、と小さく声をかけると、エメラルド色の獣は心得たとばかりに少年のほうへ駆け寄っていく。人懐こい子犬のように。
 そしてぴょんとその太った体に痛くない程度に爪を立ててしがみついた。

「うわ、な、何だよこいつ……」

「ずいぶん懐かれたみたいね、ええと……マルリンコルリン……?」

「マリコルヌだ!!」

「そうそう、マリコルヌ。でも気をつけてね、カーバンクルの爪には毒があるから」

「んなっ!?」

 さらりと言った言葉にマリコルヌがさっと顔を青くし慌ててカーバンクルを振り払おうとするが、カーバンクルのほうも心得たものでちょこちょこと背中のほうに駆け上ってその腕をかわしている。

「は、離れろこいつ! ぁ痛! いま爪、爪立てたぞ!!」

「あははっ……もういいわよカーバンクル。安心してちょうだい、私が指示しなければ毒を出したりしないわ」

「何てことするんだ、全く!!」

 主の一声にさっと身を引いてまたルイズの机の上に戻るカーバンクル。
 シュヴルーズはそのまるで長年連れ添った相方同士のような以心伝心ぶりにしきりに感心している。

「とても賢い子ですね。でもダメですよ、お友達を驚かすようなことをしては」

「気をつけますわ」

 内心誰のせいだと思いながら腰を下ろすと、一連の様子を笑いながら見ていたキュルケがひじでつついてきた。

「自重するんじゃなかったかしら?」

「う……い、いいのよこのくらい。ああいう手合いは少しくらい怖い目見たほうが……」

「余計な噂が立つ」

「うぐっ……す、すみませんでした。っていうかそう思うなら止めなさいよ!」

「ミス・ヴァリエールも。もう授業を始めますよ」

 そんなこんなでようやく授業が始まった。
 この時間は教師がシュヴルーズであることからも分かるとおり土の系統、錬金の講義になる。

「まずはおさらいです。魔法とは4つの系統からなるものであり……」

 『火』『水』『風』『土』の四大属性がこれにあたる。また伝説に謡われる『虚無』を足して五系統とする場合もあるが、基本的には四系統魔法、あるいは単に系統魔法と言って間違いがない。
 これらは通常独立しており、下位の呪文と系統に依らないコモンスペルを除けばメイジ自身の系統に沿った呪文しか使うことが出来ない。ただし下からドット、ライン、トライアングル、スクウェアとメイジの階位をあげることによって複数の属性を足した呪文を唱えることも可能となる。
 属性自体の強弱関係は立証されておらず、系統の異なる同位の呪文の優劣は術者自身の力量によるというのが一般的な見解……ではあるが、メイジは皆自らの系統が最も優れてると信じて疑わない。

 シュヴルーズもまた土系統に対する賛美を交えながら講義を進めた。
 万物の組成を司る土系統は、農耕、製鉄、建築土木と様々な分野で広く活躍している。講義の主題となる錬金の呪文もまた然り、これは形状のみならず物質の組成そのものを変換して別の物質へと変換してしまうという反則的な呪文だ。合成職人が聞いたら卒倒すること請け合いである。

 久しぶりの授業を新鮮な思いで聞きながらつい、比べてしまう。

「四大系統、懐かしい言葉ね。私は火の系統に特化していたから"微熱"だったかしら」

「アンタのは色ボケからついた名前でしょうに。タバサは"雪風"だったっけ?」

「そう」

「そしてルイズは"ゼロ"よ」

「うるさい」

 向こうでは属性は8つあった。火、水、風、土、雷、氷、そして光と闇だ。
 属性に関しては4が5でも結局は分類の問題なのでたいした違いは無いだろうが、重要なのはハルケギニアのメイジは自らの属性の魔法しか操れないという点だ。これは向こうとの大きな違いだった。
 そもそも向こうにおいては八属性というのは魔法の分類ではなく世界を構築する最も根源的な要素とされていた。魔道士たちはそれぞれの属性を司る精霊から力を引き出すことによって魔法を行使する。天候や曜日に左右されるほど魔法は自然界と密接に関っていたのだ。
 変わってハルケギニアのメイジは自らの魔力のみで魔法を行使するゆえに、自身の系統に関しては応用が利く割に他の系統が不得手になり、総じて視野が狭くなってしまうのだろう。

 これは魔法のみならずメイジ全体の意識にも直結する。
 魔法とは始祖ブリミルから賜った恩寵。それが常識だ。
 だから今あるもの以上に開拓しようとはしないし、4つの系統から外れるものはすべて先住魔法として異端の烙印を押す。

 6千年、人々が停滞し続けるだけのことはあるというわけだ。

 つらつらとそんなことを考えているうちに、シュヴルーズは教壇に置いた石ころに錬金の呪文をかけて真鍮に作り変えていた。

「杖を落としてきちゃったばかりに系統魔法は使えなかったし……向こうで杖をもらってからは使ってる暇なんか無かったし、まだ系統魔法使えるかしら」

「私は別にどっちでもいいわ。使えなくても"ゼロ"のままなだけだもの」

「なに拗ねてるのよ。あなたも腕利きの白魔道士なんだから錬金くらい……あぁッ!」

「ちょ、な、なによキュルケ?」

「失敗したわ、オリハルコン……いえせめてアダマン鉱を持ち込んで複製すればぼろ儲けできたんじゃ……ッ」

「ばッ、アンタねえ。大体オリハルコンもアダマンチウムもこっちじゃ流通ルートないでしょうが」

「そんなのウチでいくらでも開拓できるわよ!」

 のたまうキュルケの実家はゲルマニアでも有数の豪商だ。確かにやってやれないことはないだろう。
 しかしそもそもハルケギニアでは価格や品質安定のためにもメイジが練成した金属類は大手の取引ルートにはほとんど乗らないのだ。ついでにルイズら3人には高位の土系統のメイジもおらず、実行しようとするとまずそこから探さなければならなくなる。
 そんな危ない橋を渡るのは真っ平ごめんだ。

 で、加えて言うならば今は授業の真っ最中なのである。

「こら2人とも! 今は授業中ですよ、私語は慎みなさい!」

「は、はい! すみません!」

「おしゃべりしている余裕があるなら……そうですね、ミス・ヴァリエール。こちらに来て錬金の実演をして御覧なさい」

 瞬間、教室中が凍りついた。
 恐る恐る手を挙げたのはモンモランシーとかいう縦にロールした髪型が特徴的な少女だ。

「あ、あの、やめておいたほうが……危険ですから」

「危険?」

 恐怖におののく生徒たちと、いまひとつ分かっていないシュヴルーズを尻目にルイズは「やります!」と意気込んで立ち上がった。

「ちょっとルイズ、アポロスタッフでやるつもり? そんな装備で大丈夫なの?」

「大丈夫よ、問題ない」

 キリッとした顔で力強く受け答えるが、これはどう考えても……。

「確信犯」

「分かっててやってるわね、全く……」

 そそくさと机の下に避難するキュルケとタバサ。ついでにカーバンクルも引っ張り込んでおいた。
 やめろ止めろと口々に騒ぐ生徒たちはしかし力ずくの手段に出る勇気もなく。



「錬金!!」



 例に漏れず石ころは教壇ごと盛大に吹き飛んだ。
 生徒たちは「やはりゼロのルイズはゼロのルイズだった」と結論付けた。







==

習得ジョブ

○ルイズ:白魔道士、召喚士

○キュルケ:黒魔道士、学者

○タバサ:赤魔道士、青魔道士




[24697] ヴァナ・ディール編01
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/04 02:28




 ──伝説は、こうしてはじまる
   すべての起こりは「石」だったのだと。


 ゲームは、そんな語りから始まった。








 気づいたら見知らぬ場所にいるというのはなかなか出来る体験ではないし、っていうかぶっちゃけしたくもない体験だ。
 健全な男の子の夢としてある日突然超能力とかサイヤ人とかに目覚めないかなあなんて夢想していた時期は俺にもあったが二十代も半ばをまたげばそんなのは黒歴史だ。全うなオタクとして妄言と現実の区別はつけて生きてきた。
 しかしその現実として、俺は気づいたら人気の無い荒野に一人たたずむ羽目になっていた。最後の記憶は会社から帰って飯食って風呂かっくらって寝巻きでベッドに倒れこんだところだ。ああいやその前にネットを徘徊していたか。
 ともかく目が覚めたら外で、しかも荒れ野に着の身着のままというのは、ちょっと尋常な事態じゃない。着ていたのが長袖のTシャツに綿のパンツというそのまま外に行ける格好で助かったなんて考えられるのは、異常すぎてむしろ冷静になってしまっているからだ。

「いや、しかし……ホントにどこだここ」

 呟いても返事はない。
 携帯も手元に無いので誰かと連絡を取ることも出来ず、仮にあったとしても電波が通じてるのかどうかさえ怪しい。何せ見渡す限り枯れた大地と岩ばかり、ところどころに朽木がぽつんと立ち尽くしているのが唯一の景色の変化で、あとは遠目に山の連なりが、あるいはもう少し手前に切り立った岩壁見えるばかりだ。むしろ日本なのか、ここは。
 全く持って途方にくれることしか出来ない。誰か人をとっ捕まえて襟首引っつかんでここはどこだと聞き出したいものだが、辺りに人の姿は無い。移動しようにもどっちに行けばいいのか見当もつかないし何より……。

 足元を見て大きくため息ひとつ。

 寝ていたのだから仕方ないのだが、ハイパー裸足タイム中なのであった。




 悩んだ挙句、俺は裸足のまま歩き始めることにした。無論当てはない。ただ道しるべはあった。どれほどか歩いたところで道にぶつかることができたからだ。
 最も道といってもコンクリートで整備されたようなものではなく、ただ大地に人が歩き続けた結果できた街道のようなものだがそれでもないよりマシだ。影の動きから考えるに南北に伸びる街道だが、道があるということはどちらに向かうにせよ人がいるところに繋がっているはず。そんなわけで俺は南に向かって街道を辿っている。

 が、しかしである。

 代わり映えのない景色にどこまで続くかも検討のつかない道行きというのは人を消耗させるもので、どれほど歩いたかは知れないが既に疲れ果ててきていた。不思議と体力的には疲れを感じないのだが、精神が消耗して足取りが重くなる。時計もないので時間も分からないが、如実に影の動きの変化が見て取れるほどだ、1時間は経過しているだろう。
 裸足のままというのも疲れに拍車をかける。当初はシャツの袖を千切って即席の靴にしようかとも考えたが、吹きすさぶ風が思いのほか冷たくて断念している。

「くそ、ホントに何なんだよ。北か? 俺も拉致被害者の一覧に入ったりしちゃうのか? 遊んでんじゃねえよ日本政府……」

 話す相手もいない、八つ当たりするものもない。わけのわからない状況にぶつくさと愚痴がこぼれ、自分でも心がすさんでいくのが感じ取れる気さえする。

 ただ1つ、先ほどから脳裏を掠める妙な違和感……というよりも既視感というべきだろうか。
 何故か俺はこの代わり映えのない景色をどこかで見たことがあるような気がしてならないのだ。

「なんだったかなあ……グランドキャニオンか……? いや、あそこはもっと赤っぽいっていうか、この辺灰色って感じだし……いや勝手なイメージだけど」

 独り言が多くなっているのは追い詰められてるからかそれとも思ったより自分は寂しがりだったのか。
 どっちにしても一人ぼっちだ、そう思いながら俺はまた歩き続けた。





 代わり映えのなかった周囲の様子に変化が現れたのは、そろそろ足の裏がヤバイ感じになってきたかと思い始めた頃だった。

 はじめに聞こえたのは音だった。
 大地を鳴り響かせるかのような腹の底に響く途切れることのない重低音が、道の先から聞こえてきた。

 やがて進むにつれて音は大きくなり、鼓膜を、そして体全体を打ち振るわせる。その頃には音の正体も見え始めてきた。
 荒れ野にでんっと腰を下ろす巨大な鏡餅のような岩山を迂回すると、その先には切り立った崖と、その上からひと筋流れる白い線が見えた。いや違う、アレは滝だ。それも馬鹿にでかい!

 疲れも忘れて思わず駆け出す。

 滝まで50mほどはあろうかというところで、既に自分の呼吸音さえ意識しなければ聞こえないほどの轟音が響き渡っている。
 街道の先は大地が途切れ、差し渡し10mほどの深いクレバスになっており、滝壺はそのクレバスの底にある。

 知らず体が震える。今までに見たこともない雄大な景観だった。
 クレバスは底を流れる川が気の遠くなるような年月をかけて作り出したものだろう。滝の流れ落ちる岩壁のてっぺんから滝壺までゆうにビル10階分ほどはある。
 壮大で、遠大で、今までに見た何よりも力強く、なのにどうしてだろう。何故俺はこの滝の名前を知っているのだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その今までに見たこともないはずの景色はしかし、これまで以上に強い既視感を植え付け、俺の脳裏に1つの"まさか"を生み出した。

「まさかそんな、出来の悪い二次創作じゃあるまいに……やっぱ夢、じゃねえよなあ、足痛いもん」

 体の疲れが逃避する気力も湧きあがらせない。
 いや、うすうす感づき始めていたのだ。それを否定する材料をずっと探していただけ。今もまだ、探している。
 だが俺のそんな願いは、無慈悲に打ち砕かれるのであった。


 ぱきり。


 小石を踏み潰したような音に振り返り、

「うぉあぁ?!」

 思わずたたらを踏んで盛大にしりもちをついてしまう。
 いつの間にか背後に忍び寄っていたのは、亀だった。しかも直立歩行する亀の化け物だ、某ミュータントな忍者も真っ青だ。
 背の丈は俺とそう変わらないだろうに、そのずんぐりとした鈍重そうな体躯が何倍にも体を大きく見せる。その亀野郎は右手に長剣を、左手に盾をはめて俺をねめつけていた。

 まずい、襲われる。
 反射的にそう思った。こいつらは人間に容赦しない、なぜならこいつらは人間たちを憎んでいるからだ・・・・・・・・・・・・・

 亀の化け物が長剣を振り上げたのを見て、とっさに横に転がり生きながらえる。俺がつい一瞬前までいたところに刃が叩きつけられた。
 ぐげげ、と亀が喉を鳴らす。

 こいつ……嘲笑いやがった。

 カッと頭に血が上り、俺は脚を振り上げて後転の要領で体を起こした。火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、このところ運動不足だったはずの体は思いのほか良く動いてくれた。あるいは嗜む程度にかじっていた合気道のおかげか?
 だがそこから先につなげようがない。こっちは丸腰で、向こうはリーチのある長剣。よしんば懐に飛び込めたところで奴の体はあの堅牢な"鎧"が覆っている。素手で殴って痛い目見るのはこっちだ。
 じりじりと間合いを取ろうにも、向こうも離れた分だけ詰めてくる。一気に押し込んでこないのは……遊ばれているからか。

 どうする。むしろどうすればいい。逃げるか、いや逃げられるのか。
 やたらと体温が上がり粘っこい汗が背中に浮かぶ。頭の中を意味を成さない言葉が飛び交い、今の状況に集中できない。にもかかわらず目だけは相手に釘付けだ。

 パニックを起こしかけた頭が結論を出す前に、亀のほうが動いた────ッ。
 担い手の見た目に反してよく手入れされている長剣が振り上げられ、刃が陽光にきらめく。そしてそのまま俺の脳天めがけて振り下ろされ………………なかった。

「やぁ!! やぁ、やぁ!!」

 どこからともなくダッカダッカと荒い足音を立てて俺たちの間に割り込んできた巨大な黄色い鳥が、亀に向かって威嚇するように声を張りながらくちばしを振り下ろしている。

 ぐげぐぐ……。

 苛烈な鳥のくちばし攻撃に恐れをなした亀野郎は、恨めしげな視線を投げよこすとほうほうの体で逃げ出しはじめる。確かにあのくちばしでえぐられては堪ったものではないだろう。
 やがて亀野郎が岩陰の向こうに消えると、それを威嚇するようにクェッと啼いていた鳥もようやく大人しくなった。

「ふぅぅ……追い払ったかな。君、怪我はなかったかい?」

 そして鳥が俺のほうを見て話しかけて……いや、話しかけてきてるのはその背の鞍にまたがった小さな人影だ。あんまりに小さいものだから半分羽の中に埋もれてしまっている。
 羽の中から顔をのぞかせたのは、フードつきのローブを纏った小さな子供……いや、小人だった。

「それにしてもクゥダフがこんな街道まで出てくるとは、運がなかったというか。それとも君、アイツに何かしたのかい?」

 ああ、やっぱあれクゥダフだったのか。
 命が助かったという安堵にへたり込んだ俺は、なにを考えるよりもまず自分の考えがあたっていたことに納得してしまっているのであった。






     伝説は、こうしてはじまる

     すべての起こりは「石」だったのだと。




     遠い遠い昔、大きな美しき生ける石は
     七色の輝きにて闇を追い払い
     世界を生命で満たし
     偉大なる神々を生んだ
     光につつまれた幸福な時代が続き
     やがて神々は、眠りについた





     ────世界の名は、ヴァナ・ディール。








==

一人称書きやすい。

本作は逃げ男氏の『ゼンドリック漂流記』、検討中氏の『ログアウト』、黄金の鉄の塊氏の『Atlus-Endless Frontier-』に強い影響を受けているような気がします。




[24697] ヴァナ・ディール編02
Name: 為◆3d94af8c ID:b82d47da
Date: 2010/12/04 16:29


 ファイナルファンタジーXI。
 有名RPGシリーズの第11作目が国内初のコンシューマ対応オンラインRPGとなったことでその話題を耳にしたことのある人は多いはずだ。2002年に正式サービスを開始した本作は現在追加ディスク4枚にダウンロード販売の追加シナリオと今なお広がりを見せ続けている。
 発売当初こそブロードバンドユニットやらなにやらでやたらと高かった敷居も、デフォルトでインターネット接続機能のあるXbox360版や日々スペックアップを続けるPC版の登場でだいぶ手を出しやすくなっている。
 先ごろ同社の大規模MMO第二段となるファイナルファンタジーXIVが発表されたものの、根強い人気が続いている。まあFF14が予想の遥か斜め下を行く出来栄えとの評判も無関係ではないだろうが……。

 かくいう俺も、もう足掛け8年このFF11の舞台となる世界、ヴァナ・ディールを駆け回ってきた冒険者の一人である……。





 街に着いたのは日が沈んでもう一度上ってからだった。
 まああの滝……臥竜の滝ドラッケンフォールを横目に大地の裂け目にかけられた橋を渡ったところで俺の足の裏も限界に達しており、無理くり騙し騙しでどうにかその先の歩哨小屋アウトポストに辿りついた所で動けなくなってしまったというのもあるのだが。
 結局俺たちは夜はそこで明かした。そう、俺たち2人は、だ。

 例の亀の化け物から助けてくれた小人──いや、どっちもより正確な表現を使おう。獣人クゥダフとタルタルだ──は、俺の姿を見るや、

 ────君は冒険者、には見えないね。旅人かな? それにしてもそんな格好でグスタベルグをうろつくなんて正気じゃない……やぁ! どうしたんだ、裸足じゃないか! 靴はどうしたんだい、失くしたのか、それとも君はそういうなにか信仰でもあるのかい? とにかくとにかくこの辺りも最近は危険だよ。君はこれからバストゥークに向かうのかい? それならちょうどいい、ボクも街に向かっているところなんだ。良かったら君の護衛を引き受けさせてくれないかな。そうと決まれば先を急ごう、歩哨小屋に立ち寄れば履き物も融通してくれるだろうさ。

 そんな感じで黄色い鳥(これも言わずもがなだろう、チョコボだ。ゲームをしない奴でも名前くらいは聞いたことあるだろう)をその場で降りて俺を街まで案内してくれた。

 タルタルって奴は文字通り小人のような小さな体に笹の葉のような尖った耳と子犬のような黒い鼻を持ち、生涯を子供のような姿で過ごす種族だ。
 メルと名乗った彼も例に漏れず俺の腰にも届かないような体躯で、なのに俺には今まで出会った誰よりも心強く思えた。

「さ、ついたよ。ようこそバストゥークへ、と言ってもボクはウィンダス国民だけどね」

 そう言ってメルは小さな両手をいっぱいに広げて俺を歓迎してくれた。

 山肌をくりぬいて作られたゲートの向こうは、とにかく広かった。
 切り出した石を組んで作られたバストゥークの街は周囲を山に囲まれた盆地に築き上げられているはずなのだが、そんな閉塞感を微塵も感じさせることはない。
 ゲートを潜った先は橋の様な通りが続いており、それぞれの看板を掲げた店舗が軒を連ねている。そしてその向こうに見える噴水広場と、さらにその向こうの巨大な建築物。多段構造の打ち上げられた船のような形をしたそれは、バストゥーク名物の大工房だろう。ぶっとい煙突から煙が絶えず立ち昇っている。
 大筋で俺が知っている通りの街並みだが、それがとにかく広い。ゲート前の広場はちょっとした公園ほどもあるし、武器・防具・雑貨屋の三軒並びと呼ばれたゲートから続く商店の並びにはもっとたくさんの店が並んでいる。通りを行きかうのは鎧やローブを纏った格好からして旅人や傭兵……ではない、この通りを賑わせているのは冒険者たちだ。
 ゲームでは省略されていた世界が現実になるにあたって拡張されたような、そんな印象を受けた。

 とにかくご飯にしようご飯に、というメルに連れられて街へと歩き出す。確かにアウトポストでは疲れがピークに達していてたどり着くなり意識を失ってしまったから、食事は朝にもらった干し肉を食べただけだ。腹が空腹を訴えている。
 三軒並び(三軒じゃなくなってるが)を抜け噴水広場(確か炎水の広場だったか)を通り、大工房の前を通り過ぎて港区へ。ここまで行くと俺にも行き先はなんとなく分かっていた。

 たどり着いた先は案の定『蒸気の羊亭』だった。看板女将のヒルダというNPCの営む酒場だ。

 店に入ると中は昼前という時間もあいまってか既にそこそこの人入りだった。中には既にジョッキを傾けているものの姿もある。
 2人で奥のテーブル席に腰掛けると、メルが給仕を呼び止めた。

「ボクはベークドポポトとソーセージ、あとメロンジュースにしようかな。君はどうする?」

 首を傾げて尋ねるメルについ金持ってないぞ、と言ったらおごりだよ、と微笑まれた。
 子供にたかっているようで気は引けるが空腹には耐えがたいし、メルも振る舞いを見るに子供という年齢でもないのだろう。見た目では判断がつかないし、声音も子供っぽいというかともすれば女の子っぽい高さだが、タルタルはそういうものだと思うし、どうも受ける印象が年上っぽい気がするのだ。ならばここは素直に甘えておくとしよう。

 注文は決めていた。蒸気の羊亭といえば、頼むものは決まっている。

「じゃあソーセージと……あとブンパニッケルはある?」

「はい、今朝ザルクヘイムのほうからライ麦が届いたので、焼き立てですよ」

 なるほど今のところバスはコンクエ1位か、などと考えてしまうがバス国民でないと買えないはずなのでその辺はフレーバーなのだろう。
 あと何か飲み物を、と思ってメニューを見せてもらう。
 メニューには酒類にジュースがいくつか載っているがコーヒーはなかった。昼間から酒を飲むのも食事と一緒に甘いものを飲むのも趣味ではないので、結局水で妥協する。

「ふぅん……」

 給仕が下がるとメルが妙な目で俺を見ていた。

「な、なに?」

「いや、なんでも。それより……一息ついたところで色々聞いてもいいかな? リックのこと、結局道中じゃはぐらかされっ放しだったからね」

 ヒューム(地球人と同じ姿の種族のこと)サイズの椅子とテーブルがゆえに、椅子の上にずっと背負っていたかばんを置いてさらにその上に座ったメルが、今度こそ逃がさないぞ、という口調で問いかけてくる。

 リックは俺のことだ。もちろん純粋日本人の俺の本名じゃあない。昨日アウトポストで眠気と戦いながら交わした自己紹介をどう聞き取ったのか、彼はずっと俺のことをリックと呼んでいるのだ。
 まあ違和感はない。なんせお袋はやめてくれというのにこの年まで俺をりっ君りっ君と呼んでいたし、そのせいで幼友達はみんなそう呼ぶ。更に言えばFF11での俺のキャラの愛称でもあった。

 閑話休題。

 バストゥークに来るまでの道すがら、メルの質問をかわし続けていたのはなにも答えられないと思ったからではない。むしろ俺自身が逃げ続けていたのだ。

「リックは、いったいどこから来たんだい?」

 その疑問から。

 まさか、と思い。
 そんな馬鹿な、と否定して。
 亀野郎やメルに出会ってそれでなお、俺は答えを出すのを避け続けていた。

 だがしかし。クゥダフ、グスタベルグ、バストゥーク、チョコボ、ここはタルタル、君はウィンダス。
 ここまで出揃えばもう覚悟を決めるしかない。

 俺はどうやらFF11の世界に迷い込んでしまった、ということらしい。おかしいのはこの状況か、俺の頭か。

 壮大などっきりを期待したがクゥダフもチョコボもメルもどう見てもCGなどではなかったし、バストゥークのゲートハウスには熊のような巨体のガルカがつめていた。尻尾ももちろんあった。
 あえて言うがFF11が感覚投入型のバーチャルゲームになったなんていう話は聞かないし、そもそもそんなSFな技術はまだない……と思う。少なくとも発表はされていない。
 ではすべて夢なのだということにしてしまいたかったが、その可能性は俺自身が最初に否定してしまった。
 どうするにしろ、そろそろ覚悟を決めないといけないだろう。

「その前に聞かせてくれないか? なんでメルはここまで俺に良くしてくれるんだ。言っちゃなんだが俺って相当怪しいと思うぞ」

 思えばクゥダフから助けられてからこちら、彼はずっと俺に好意的だ。
 わざわざ借りていたチョコボを放してアウトポストに案内してくれただけでなく余っていたブーツを融通してくれるように頼み込んでくれ、あまつさえこうしてバストゥークまで付き添ってくれて飯をおごってくれる。とてもじゃないが行きずりの男に対する施しにしては行き過ぎている。
 困っている人を助けるのは冒険者の義務だなんて嘯いていたが、それなら街で放り出したって構わなかったはずだ。

 そう言ったら、メルは笑った。

「君から匂いがしたんだ」

「におい?」

「そう、何か面白そうなことがありそうな匂い、冒険の匂いと言ってもいい。そしてボクは冒険者だ。好奇心のない冒険者なんて死んでるようなものだ」

 そんなことをのたまうメルは、ちびっこい癖になんだかやたらとかっこよかった。
 不覚にもその表情に見入っていると、いたずらっぽく笑って付け足した。
 
「それに、あの時君はまるで帰る家をなくした子犬みたいな顔をしていたよ。荒野に放り出していくのはあんまりに寝覚めが悪かったからね」

 と。





「はい、ベークドポポトとマトンのロースト、それに自慢のソーセージが二皿です。黒パンはどちらかしら?」

 料理を運んできたのは店主のヒルダだった。看板女将の名は伊達ではなく、30代は過ぎているであろうに若々しく、おっとりと優しい顔をした女性だ。
 確か亡夫の遺したこの店を女手1つで切り盛りしているという設定だったはずだがなるほど、昼間から鉱夫や技師と見えるおっさんどもが入り浸っているのも頷ける。

 テーブルに並べられた食事に手をつけながら、俺はぽつぽつと口を開いた。

「まず、恩を仇で返すようで悪いんだけどな……全部話せるわけじゃない、というか俺自身理解できてないことだらけなんだ」

 前置きするとメルはふむ、と先を促した。

「そうだな……とりあえずまず、俺は自分がどこから来たのか分からない」

「記憶喪失、というわけじゃなさそうだね」

「ああ、自分がどこにいてどんな暮らしをしていたのかとかは分かってる。けど気づいたらあの荒野にいたんだ。右も左も分からないまま歩いてたらクゥダフに襲われて……」

「ボクがそこを助けたと……」

「ちなみに最後の記憶じゃ俺は自分の部屋のベッドに潜り込んで寝るところだったはずなんだけどな」

 それで裸足だったのかい。メルは納得したように1つ頷く。

「間の記憶はすっぽり抜け落ちてる。本当に寝て起きたらあそこにいたんだ……信じられないかもしれないけど」

「そうだね……とても荒唐無稽な話だけれど、嘘には突飛過ぎる。少なくとも君の認識している限りではそれが真実なんだろう」

「そういってくれると助かる」

「じゃあ次、君はどこに住んでいたの?」

 来た。一番聞かれると面倒な質問だ。
 別の世界から来た、と言ってしまうのは簡単だ。ヴァナ・ディールでもいくつか異世界は観測されているし、信じてもらうことは難しくないだろう。
 しかしそれらはいずれもヴァナ・ディールと密接に関係する異世界であり、ここがゲームの世界でそれを遊んでいた現実世界から来たと言っても信じられないどころかまず理解が及ばないだろう。

 どう答えるべきだろうか。
 出来れば嘘はつきたくないが、真実は説明するに出来ない。

「…………遠いところだ。帰り道も分からないくらい」

 結局こんなあいまいな言葉で逃げざるを得ない。

「そこは、聞かれたくないところ?」

「まぁ……そういうことにしておいてくれ」

「そういうなら。つまるとこ君は、正真正銘の迷子だったわけだ」

 いや、深く突っ込まないでいてくれるのはありがたいのだがそのまとめ方はいかがなものか。そんでもって否定できない辺りが悔しい。
 行くも帰るも分からないとなれば、それは確かに迷子といって差し支えないだろう。

「他にも聞きたいことはあるけど……ひとまず君、これからどうするつもりだい?」

「……どうしたもんかな。帰る手立てを探したいところだけど、当てもなければ金もないんだ。頼れる相手もいないし」

 はぁ、とため息1つ。
 ここまで絶望的だと嘆くも喚くも通り越してただただ途方にくれるしかない。これなら外国で身包みはがされたほうがまだマシだろうに。
 場所が異世界では駆け込む先も泣きつく相手もいやしない。

 まあ、しかし。
 全く考えがないわけではないというか、実のところほんのちょっとだけやってみたいと思っていることがないでもなかったり。この現実を受け入れてしまってからちらちらと脳裏をよぎっていたことだ。
 迷い込んでしまった先がヴァナ・ディールだったのはある意味幸運といえるだろう。
 これが別のゲームの世界だったりしたら目も当てられなかっただろうが、ここでなら1つ、どうにか身を立てていけるだろう手段がある。俺の持つヴァナの知識がある程度役に立つだろう職業。

「冒険者になるしかないかな……」

 冒険者。
 依頼さえあれば子供のお使いから傭兵家業、未開の土地の探索に果ては世界の危機をも救うどっちかというと荒事が得意な何でも屋。
 その生活形態は一定ではなく、自らの手を商品に、各々が求める"冒険"を報酬に日々を暮らしている。あらゆる国や民族、組織に囚われることなく好奇心や欲望を原動力に世界を駆け回る風来坊たち。
 アルタナ四国と呼ばれるヴァナ・ディール中西部に位置する四カ国では国際的にその活動が認められており、いずれかの国に所属することで様々な優遇を受けることが出来る。

 もっとぶっちゃけてしまえばMMOとしてのFF11におけるプレイヤーキャラクターたちの総称であり、一番馴染みのあるポジションといえる。こうしてヴァナ・ディールが俺にとっての現実になってしまった以上、その道を選ぶのが最も自然だと、そんな気がするのだ。
 どうすれば登録できるのか分からないが、半ば行き当たりばったりとはいえそのくらいの行動方針があったほうがこの先……何もせずにただ絶望しているだけということにはならない、はずだ。
 強いて問題があるとすれば剣を取って戦えるような腕っ節がない

「ちなみに市民登録や身分を証明するものがない場合先任冒険者の紹介が必要になるけど、そこはどうするつもり?」

 とか思ってたらいきなり冷や水かけられた。マジでか。
 だが考えてみれば当たり前か。国の金で部屋を提供したりしているのだ、どこの馬の骨とも知れない相手をほいほい冒険者にするわけにもいかないだろう。全国民に戸籍や住人登録がある世界ではないだろうから半分形式的なものとはいえ、なければないで色々面倒なのだそうだ。

「参ったな、いきなり躓くか……うあぁー、冒険者に知り合いなんていねえよこんちくしょー」

 のっけから頓挫した行動方針に思わずテーブルに突っ伏していると、おもむろにフォークで頭をつつかれた。いてぇ。
 顔を上げると心底不満そうな顔をしたメルがいた。

「なにするだー」

「あのねえ……なんでそこで真っ先にボクに頼るって選択肢を思いつかないかなあ」

「え、いやそりゃ悪いだろういくらなんでも」

「そっちが言い出さなかったらボクが君を冒険者に誘うつもりでいたんだ。悪いことなんてないさ」

「けどな、さっきも言ったけどほんとに文無しなんだ。ここの飯代だって返せやしないんだぞ……あ、いやもちろん出来るだけ早く稼いで返すつもりではあるけど」

「君は本当に律儀というか、むしろ頑固だ。融通が利かないといってもいい」

「むか」

 なんでそんな呆れた調子で首をふられにゃならんのか。
 まあ俺としてはこの好意を受け取るほかないのも確かなのだが、ここまで言われて黙ってちゃ故郷の母ちゃんに面目が立たない。

「お前はお人よしだな、馬鹿みたいにお人よし。あとちょっとおせっかい。誰かにいい人カモって言われたことないか?」

「言ってくれるなあ」

 ううん、とメルがうつむいて首をひねると、フードを被ったままなものだから布の塊がごそごそ動いているようにしか見えない。というか食うときくらいフード脱いだらどうなのか。
 にしても彼は妙に俺にご執心のようだが、俺のなにがそこまでコイツを惹きつけるのかさっぱりだ。匂いがどうとか言ってたが……袖口を嗅いでもわからない。当たり前か。

 やがて顔を上げるとぽんとひとつ手を打った。何か思いついたらしい。

「こういうのはどうだろう。これは取引だ」

「取引ぃ?」

「そう、さっきも言ったけど君からは何か面白そうな冒険の匂いがする。だから君の面倒はボクがみる、その見返りに君はボクに"冒険"を提供してくれ」

 悪くない話だろう?
 そういってメルは1つウィンクした。

 なにコイツ、なんでこんなにカッコいいわけ。惚れるっつーか俺コイツに掘られてもいいわ。とか思ったのは墓まで持っていく秘密である。

 あとで出来た仲間にいわれたことなのだが、このとき彼が俺をカモにして詐欺にかけようとしているとか、そういう可能性を俺は一切考えていなかった。思いつかなかったとも言う。
 思えばこのときからもう、俺もメルも互いにすっかり入れ込んでいたのだろう。
 正直に言って、俺はこのやたらと男前なタルタルと別れずに済むことを心の奥底でこっそりと喜んでいたのだから。






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