その日の朝、カーナの女王であるヨヨは最近には無かったすっきりとした朝を迎えていた。
各国との間に平和協定が結ばれて戦争は終結したものの、戦禍によって荒廃したカーナを復興することは
戦争以上の労力と根気が必要な仕事である。
彼女は女王としての職責を疎かにすることはその最期以外には無かったが、仕事とそれ以外の事情からくる
ストレスを酒で晴らすようになっていった。
(何かが……おかしい……何が……?)
彼女は酒に強いわけではない。慢性的に悩まされるようになっていた二日酔いが無いのは歓迎すべき事態である。
だが、彼女は現在の状況に違和感を感じ、落ち着かない気分でいた。
(あれ?私はここにいるわけがないのに。)
ヨヨは頭を軽く二度振り、眠気を覚ますと見慣れた自室を見渡す。カーナの職人が一つ一つ丹精を込めて作った落ち着いた色彩の
使い慣れた家具が並んでおり、そこには何もおかしなところはない。……そう、見慣れた自室の光景だ。
(判った。この部屋がまだ存在しているのがおかしいのよ!あの時……この部屋で……まさか、私だけが生き残ったの?)
最悪の想像に、ヨヨは身を震わせた。だが、同時にそれは無いと考えていた。あの理不尽な力に対抗することは人間には無理なのだから。
それが例え彼であっても……
落ち着きを取り戻した彼女は、ベッドに腰掛けて先日までのことをゆっくりと思い出していた。
彼女は最期の時以外は、女王の職責を放棄したことは無かった。だが、最期のそのとき、彼女は公人としての立場を
完全に捨てて私情を優先したのである。
カーナの滅亡……それがヨヨの運命の分岐点だったのは間違いない。国を滅ぼされて蹂躙され、両親を殺され、自身は囚われの身となり、
幼馴染で恋心を抱いていたビュウの生死は不明。
そんな彼女をグランベロス帝国への復讐心と憎悪だけが支えていた。
ヨヨは彼女の世話係をしていたパルパレオスからグランベロス帝国の情報を収集しながら、彼の語る戦略論、戦術論を利用して
帝国を打倒する手段を模索していた。帝国の将軍達の能力、性格などの情報を整理した彼女は一つの考えに至る。
サウザーとパルパレオスが倒れれば帝国は崩壊する。
無力な彼女がそのための手段として選んだのが、皇帝の右腕であるパルパレオスの篭絡、彼らに相打たせること……ともすれば溢れ、
灼熱に身を焦がしそうになる憎悪と怒りを笑顔の仮面に隠し、パルパレオスに甘える演技をしながら、彼女は帝国相手に一人戦う決意を心に秘めていた。
(でも、ビュウが助けてくれたのよね。あの時は嬉しかった。抱きしめたかった。)
ヨヨは思い出して目を閉じ少しだけ幸せそうに笑う。彼女は、帝国との戦いには楽観視していなかった。寧ろ確実に
負けるとすら思っていた。そのため、自分に篭絡されつつあるパルパレオスという切り札のカードを放すわけにはいかなかった。
自らの心を切り刻みながらことさらにビュウに冷たく当たる日々。
すべては国のため、帝国を分裂させて戦力を低下させ、仲間たちを……ビュウを死なせないためと自分に言い聞かせ、
敵も味方も全ての者を欺いて、吐き気を堪えながら好きでもない……いや、全ての仇である相手と愛を語らう日々。
戦いには彼女の思惑通りに勝利し続けたが仲間は自分に対して白い眼を向け、ビュウの心は離れていく。
(考えてみたら当たり前ね。でもあのときは、すべてが終わればまたビュウと愛し合えると信じてた……。)
グランベロス帝国を滅ぼし、神竜たちやアレキサンダーを巡る戦いに目処がついたあの日、ヨヨはビュウをようやく抱きしめることが出来た。
パルパレオスがようやく用済みとなったからだ。だが、返ってきた体の反応は明確な拒絶。
彼女は慌てなかった。これからの平和な時には長い時間があり、ゆっくりと誤解を解いていけばいいと考えていた。
そして、いつかは結婚し……ビュウは救国の英雄であり、敵国の将軍と通じていた自分よりも国王として誰もが認めるだろうと。
幼いときの約束は果たせると。
まず、邪魔なパルパレオスをサジン、ゼロシンに命じて暴徒を装わせて暗殺した。国を治める器を持った人物が全て死に絶えた
グランベロスは混乱の極みにあるが、彼女の心は少しも痛むことは無い。ただ、報告でそれを事実として受け止め、
両親の墓に復讐が終わったことを報告しただけだ。彼女にとってはその程度の出来事。
平和な時代が始まり、ヨヨは女王として多忙となる一方で、ビュウはオルレスの騎士と呼ばれるオルレス中の平和を見守る役を引き受け、
王宮に顔を見せることは少なくなった……いや、避けていたというべきだろうか。
何度も呼び出したにも関わらず、彼は王宮にだけは立ち寄らなかった。
そんなある日、カーナの城下町で薬屋を営んでいたフレデリカがふらっと王宮に現れる。
病気がちでひ弱でありながら、それでもあの厳しい戦いを最後まで戦い抜いた彼女をヨヨはそれなりに好意を抱いていたため、
久しぶりに会うこともあり、帰ろうとしていた彼女を自室に招いて侍女に紅茶を用意させて談笑していたが、彼女の話す内容はヨヨに衝撃を与えた。
「お会いいただき有難う御座います、女王陛下。私はもう…一般人ですのに…ごほっ…」
「戦友に会うのはおかしいことじゃないでしょう……大丈夫?無理をしてはいけないわ。それにしても、久しぶりね。」
「あ、はい。今日は体の調子もいいですし……王宮に皆さんに……どうしても自分で報告したかったから……。
私、結婚するんです。一週間後にカーナの教会で。」
長い髪を三つ編みにしたゆったりとした神官服を着た穏やかな雰囲気の女性、フレデリカは顔色こそあの戦いの中の時と
同じであまり良くないが、幸せそうに笑った。
「そう。おめでとう。フレデリカ。それで相手は?」
「それが……ビュウさ……じゃなかった。ビュウなんです。マテライトさんも大笑いで祝福してくれましたし、センダックさんは……
ちょっと泣いてましたけど。あはははは……」
センダックの様子を思い出したのか、苦笑するフレデリカ。だが、ヨヨにはそんなことを気にする余裕はなかった。彼女の言っている意味がわからず、問い返す。
「え……ビュウ?」
「はい。結婚は私がこんな身体ですし、彼の幸せを考えると出来ないと諦めてたんですけれど、ビュウはそれでもいいっていってくれたんです。」
少し涙ぐみながら彼女はそう続けた。ヨヨは笑顔でその言葉を受けながら、フレデリカに対して心中では、グランベロス帝国に
囚われているときに帝国に対して感じた以上の激しい憎悪と嫉妬を抱いていた。
自分は、想い人を助けるために文字通り身も心も生贄として捧げたというのに、彼女は何も失わずに彼を得ようというのか。
ビュウのため、仲間のために自分がやってきたことはなんだったのだろうか……。
私、あんなに頑張ったのに。どうしてっ!
ビュウも……約束を忘れてしまったのだろうか……私と一緒に教会に入ってくれるって……。
そして、同時に理解する。彼が今、彼女の恋人として傍にいてフレデリカとしていることを想像するだけでも、怒りがこみ上げ、
やるせない気分になり、悲しい思いをするこのことは……。策略のためとはいえ自分が彼に目の前でしたことだということを。
彼は私が他人と教会に入っていくのを目のあたりにしても、最後まで自分の職責を投げ出さずに歯を食いしばって戦い抜いた。本当に強い人。
だけど私には、ビュウが他の人と一緒に教会で愛を誓うなんて認めることは出来ない。彼は私のもの。例え誰であろうとも、そんなのを見るくらいなら──。
「おめでとう。ビュウは私の大事な幼馴染なの。幸せにしてね?」
ヨヨは完璧な笑顔でフレデリカに、内心で死の宣告を告げた。
結果、教会に入る直前にフレデリカはサジンに暗殺され、サジンから黒幕がヨヨであることを伝えられたかつての仲間達は……
ヨヨには正確な情報は伝わらなかったが、恐らくはラッシュとトゥルースあたりが暴発したのだろう。帝国の将軍と通じたヨヨを憎む、
帝国に地獄を見せられたカーナ国民の義勇軍とカーナ国軍とでカーナを二分する戦いとなり、激戦の中ビュウは少数人数でカーナ城に潜入。
城を守るマテライトとセンダックを倒し、
(埃と血と涙でぼろぼろになりながらビュウはこの部屋に来て、私と二年ぶりの再会を果たした……。昔と同じように触れれば
倒れそうな身体で、それでも強い意思の篭った瞳で私を見つめられて……。あれが夢なわけはない。私はこの部屋でわざと
アレキサンダーを暴発させてビュウと一緒に……。助かるわけが無い。それならどうして?)
考えても答えは出ず、腰掛けていたベッドから立ち上がるとそこで始めて視点が普段と異なることに気づいた。
(部屋が大きい?いや、身長が……体が小さくなってる?)
ふらふらと姿見の鏡へと近づく。そこには十歳程度の頃の──ビュウと始めて出会った頃の自分の姿があった。
暫くは呆然としていたヨヨであったが、ある可能性に気づくと、寝起きのネグリジェ姿のまま部屋を飛び出した。竜騎士見習いたちの
訓練場が見える場所へと……そして、目的の人物を遠くから発見すると、再び部屋へと戻りベッドへと身を投げ出すと
堪えきれないように嗤い始めた。
「くっ……ふふふ……まさか、こんなことが……あはは……」
あの出来事は悪夢だったのか──いや、そうではない。
(何故ならアレキサンダーはまだ私の中にいる。魔力も以前のまま。これは奇跡なのね。私とビュウが一緒になれないなんて、
神様も認められなかった、ということかしら。)
「今度こそ、間違えない。今度こそ、幸せになるの。誰の血をどれだけ流してでも。」
濁った目をしたヨヨはベッドに顔を押し付けながら暫くの間、嗤い続けていた。
あとがき
妄想が浮かんだので慣れないSSを書いてみた。書きたいことが書けてるかは微妙。
続きは書けません。
誰か上手く書ける人に期待。
ヨヨ様は頑張っていい女にしようと思ったんですがさっぱりで、ただパルパレオスがさらに涙目になっただけでした。
反乱に関してはありえるんだろうか。
ただ何が起こってもマテさんとじーさんは姫様に味方する気がするのでこんな感じに。
サジンとゼロシンはおともだちです。
フレデリカはいい子。
名前間違えてたので修正。有難う御座います。
wiki見て書いたのに間違えて涙目。