きょうのコラム「時鐘」 2010年12月4日

 「私が初めてふるさとを目にしたのは、汽車に乗った時である」。青森に生まれた詩人、寺山修司の言葉である

夢を追って夜行列車に乗り込んだ青年は、車窓から遠ざかる景色に、初めて自分の郷里を意識したのである。「おいらの故郷は汽車の中」とも詠んだ。東京と青森は遠かった。「望郷の果てへゆく汽車葱(ねぎ)青し」(修司)

岩手生まれの石川啄木は「ふるさとのなまりなつかし」と上野駅の人混みで歌った。望郷の念を、鉄道の風景で表現する詩人が東北には多い。東京へのあこがれと故郷を捨てる切なさが、長くて時間の掛かる東北本線に象徴されていたに違いない

新幹線が青森まで開通し3時間20分で東京とつながった。この時間では、車窓に消える故郷を心に刻む余裕も感傷的になる暇もない。かつて夢と現実をつないだ鉄道は、今や朝に出て、夜に帰る気軽な「足」になった

高速交通網の整備は、時間の感覚ばかりか土地と人間の関係を変えて行く。北陸新幹線が開通した時、どんな歌が生まれるだろう。ふるさとをいっそう強く思う若者が生まれてほしい。今からその力をつけておきたい。