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[10094] 萌え?・・・いや、むりっしょ?《ネギまエウ゛ァ憑依》
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/04/03 23:13
アンデルセンについて追記。
イメージ絵ですので過度の期待はしないでください。

日本編予定絵 http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=9635946

遺跡探索時、耳と尻尾なし http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=7924791

1話~13話周辺 http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=7924933

はじめまして、やっちゃった感バリバリのフィノと申します。
できうるかぎり頑張りますのでよろしくお願いします。なお、感想は辛口から
応援まで来るもの拒みませんのでよろしくお願いします。

チラシの裏からの移動です、生暖かい目で見守ってやってください。

今書いているアンデルセンですが、一応は原作基準で書こうと思っています。
一様理由としましては、アンデルセンの生年月日が不明な点がひとつ。
アンデルセンが、年をとらないのではと思われる事がひとつ。
これは、原作でマクスウェル幼少期と現在の絵が一緒なため。
あと、感想板にありました四人の男でアーカードに杭を打った人ですが、
あれは、アンデルセンではありえません。
すでに原作でアーサー、モリス、セワード、ヘルシングと、
アーカードが語っています。

なので、一応は違和感のなさそうな今の時期に登場という運びになりました。



[10094] プロローグ
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/11/11 08:53
プロローグ


 あぁ、案外人ってよく飛ぶんだな~。

現在進行形で飛んでいる自分の体を見ながらの素直な感想・・・。

いや、夜にコーヒー買いに来て大型トラックに轢かれて死ぬってどうよ?
そんなことを考えていると、飛んでいた自分の体が頭から地面に着地。
グジャ、とかバキッとか激しい音がするかと思ったが、体が突っ込んで割れた店のガラスの音の方が派手で、そんな音は聞こえなかった。
ただ衝撃は激しかったらしく、近くに行って見てみると、体のあちこちが変な感じに曲がっているわ血は出るわで、結構グロイ感じになってる。

でも、それを見ても悲しいって言う感想は無い。
そもそも俺の場合いきなりの衝撃の後は、殆ど感覚が無かったのだから、今転がってる俺自身の死体を見てもなんとも言いようが無い。
一応殺したヤツの顔を見ようと運転席を見ても、もぬけの殻。
何がなにやらと思って周りを見れば、坂の上から走ってくるおっさん・・・。
あぁ、サイド引き忘れか、故障に気づかず止めて作業していたらトラックが下りだして、俺にヒットしたと。
これで、トラックのライトがついてなかった謎が解けた。
解けたのはいいが、もう死んでいるのでいまさらだが、嬉しさはこみ上げてこない。
ただ、小さな心残りがあるとすれば、

「そういえば、走馬灯見忘れたな。」

 と、出た感想もその程度。いまさら、走馬灯といっても俺の人生はとことん普通だ。
普通に小中高校と卒業して就職。
小中学校では合気道をやって腕はそこそこだったが、特に大会に出たり活躍したりという事は無く引退。
高校では中華料理屋と居酒屋でのバイトで料理スキルを鍛えてみたり、
何故か生徒会に入れられ気がついたら副会長になっていたりもしたが、そこまで凄い事とは思わなかった。
なにせ、気がついたらなってるってどれだけよ・・・。
そんな感じで高校までを終了。
だが、その頃には余りにもの普通さ加減にいい加減嫌気がさしていた。

だから、仕事ぐらいは面白い事がしたいと考えて、入ったのは自衛隊。
銃を撃つのは面白かったし、訓練もきつかったが、それなりに面白かった。
でもさすがに、繰り返しているとその楽しさも半減していく。
そして、俺は自衛隊を辞め一般企業に就職。
高校は工業系だったので特に問題なく入れた。
だが、その時点で諦めていたのかもしれない。
どんなにがんばっても魔法は手に入らないし、アニメのような刺激的な日常は起こらない。
魔法やなんかの事を考えたのは、オタク的な生活をしていたからそんな事を思ったのか、
それとも、単にし非日常の投影として魔法を選んだのかは不明。

もしかしたら、遅れて来た中二病かも知れない。
どちらにせよそんなことが起こってくれれば、多少の心残りはあったかもしれないが、
諦めていた俺にとってはいまさら生きている事も億劫なぐらいで、事故死でもしないかななどと馬鹿な事をよく考えていた。
そして、今俺は死んでしまった。
目の前の死体は確かに俺だし、それを見ている俺は今空に浮いている。
世に言う幽体離脱的な状態な俺だが、どうやらお迎えが来たらしい。

享年23歳、あっけない。
が、それも普通の人生だろう。
そう思い、もう、感覚も無く体があるのか、魂と呼ばれるものだけなのかは不明な状態で天を仰ぐ。
そこには、とても黄色くだがどこか浮世離れしすぎて、まるで張りぼての様な満月が輝いていた。

「こんな時に言うセリフは・・・、今夜はこんなにも月が綺麗だ・・・否、これは違う。」

もっと月の色が紅や蒼ならこのセリフでしっくり来るのだろうが、今ある月は違う。
それなら・・・、いくつかの漫画やアニメの記憶を呼び出すがなかなかシックリ来るものが無い。
そして口をついて出たセリフは、

「こんな夜だ血も吸いたくなるさ・・・。しっくり来るが来世は吸血鬼にでもなれと?」

出たセリフは某有名な吸血鬼のセリフ。
個人的な思いだが型月キャラよりも、黄色い月はこの人に似合う。
しかし最後の最後のセリフがこれだとすると、行き着く先は地獄かね~。
そう思うと俺の感覚は薄れていった。



[10094] プロローグ 2
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/11/11 08:53
プロローグ 2


 お祈りを済ませて、今日あった事をベッドに入って考える。
今日は私の10歳の誕生日パーティーが家で行なわれ、今まで会った事の無いお父さまの友人の方や、
いつもは別のところで暮らしている御祖母さまや伯父さままで呼んで盛大に行なわれた。
今まで何度かパーティーは開いてもらったけど、今日のパーティーは特に盛大だったと思う。
だから私がお父様とお母様に、

「こんなに楽しいんだったら、毎日お誕生日パーティーにしましょう。」

と言ったらお父様は笑いながら

「それじゃあ、すぐにエヴァはお婆ちゃんになっちゃうね。」

と、言われたしまった。
楽しいのも好きだし、御祖母さまも好きだけど、いきなりシワシワになってしまうのはいただけない。
その事をうんうん唸りながら考えていると、叔父がこちらに寄ってきた。
実を言うと、私はこの伯父の事が好きではない。
別に見た目に問題があるとか、変な行動をするとかは無いのだけど、
初めてこの伯父に出会った時から感じる、伯父の私を嘗め回すような視線が嫌いだった。
だから、伯父が近づいて来るのを感じると私はお母様のドレスの影に隠れた。

「もうこの子ったら。すみませんお義兄さん、この子ったら人見知りは治ったと思ったのですが。」

そう言ってお母様は私を前に出そうとするが、私はお母様のスカートの裾を掴み駄々をこねる。
すると、

「いやいいよ。その子が今晩の主役なんだからね、主役の嫌がる事はしないさ。」

そういって伯父は私を見ずにお母様と話し出した。
私はその隙にこの場を離れようと裾から手を離したが、そのせいでお母様に気づかれ、伯父の前に出されたしまった。
しかし、今日の伯父は変だ。
いや、そんな多く会っている訳ではないと思う。
少なくとも、私が7歳ぐらいの頃に比べればだが。

 7歳の頃、私は風邪をこじらせて一月ほど寝込んだが、まさにその時が地獄だった。
なぜなら、お父様が連れて来たのはお医者様ではなく、何故かこの伯父だったからだ。
その時も伯父は私を嘗め回すような視線で見ながら、私にさまざまな薬を出してきた。
多い時は一日に十数個もの薬を飲み、そのせいで逆に具合が悪いんじゃないのかと思う時もあったが、
どうにか熱は収まり、それと同時にこの伯父と接する機会も減った。

ただ、年に何回かこの伯父から薬が届き、それだけは必ず飲むように言われ、正直嫌だったが、
また動けなくなるのも嫌だったので、おとなしく飲んだ。
そして、その伯父様が目の前にいる、ある一点を除いてこれといった特徴の無い伯父が。
その私を嘗め回すような観察するような眼さえなければ無ければ、まだ私は彼に恩義を感じられただろう。
そして変だと思ったのは、この伯父の視線が私を嘗め回すでもなく観察するでもなく、

(喜んでいる・・・?)

ただただ純粋に喜んでいる、まるで長年世話をしてきた花が咲いたかのように無邪気に。
だがそれに気がついた瞬間、私は金縛りにあったように動けなくなった。
その動けない私の前に片膝を付いた伯父の顔が迫る。
そして何か伯父が話しているが、私はそれ所ではない。

ただ気持ち悪く、恐ろしい。
この時間が早く過ぎ去ってくれればどんなに楽か・・・。
私がそう思っていると耳に伯父の声が入ってきた。
さっきまでは何も聞こえなかったのに、だ。

「・・・・・・、今夜だよ。」

『何が』と、思った時には彼は私の前からもう歩き出し、ほかのパーティー客に混ざってしまった。
その後、私は母から彼に対しての態度が悪いと叱られたが、私としては全然問題ない。
その後は特にこれといって嫌なことは起きず、むしろ私のためのパーティーなのだから存分に楽しめた。

そして少女は眠りに付いた。

次の日のから始まる悪夢を見るために。

肉体を失った男は考えていた。

何も無い真っ暗な空間でいったいどうしろと。



[10094] え・・・マジ?な第1話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:15
え・・・マジ?な第1話


 背中がなんだか痛い、それとなんだか肌寒い。たぶん昨日はしゃぎ過ぎたせいでベッドから落ちたのかもしれない。
でも、それでもいい。今日も楽しい一日が始まるのだから。そう思って目を開ける。目を擦ってみる、目の前の光景は変わらない。
いつもの私の寝室は朝になれば、朝日が大量に入って明るいし、お父様やお母様にもらったぬいぐるみや可愛い小物がたくさんある。
中でもお気に入りのチャヤゼロは寝る時も一緒のベッドに入っている。
それだけではなく朝になればメイドたちが起こしに来てくれるはずなのだ。

 それだけでも何かが違うという事は分かるし、まして今見上げているのは自分の使っている天蓋付きベッドの天蓋や部屋の天井ではない。
今見上げている天井は石が剥きだしになっていて、やたらゴツゴツとした印象を受ける。
それに、日の光は無く蝋燭の光があたりを照らしている。
とりあえず体を起こして今の状況を見ようとして、

「な、何で裸なの・・・?それになにこれ?」

 体を起こしてみて愕然のする、寝ている時に着ていたネグリジェは愚か、下着すらつけていない。
その代わりに、体には何か赤黒いモノで、変な模様の様なモノが書かれている。
そしてあたりを見回してみると、今私がいる場所を中心に、私の体に書いてあるのと似たような模様が赤黒い何かで書かれている。
ますますもって意味が分からない。

そうして考え込もうとしていると、何かの音がしたので、その方を見ると伯父が立っていた。
しかし着ているのは、いつも会う時に着ている正装ではなく長いローブ。
それも、所々赤黒い染みがある。
それに、片手には伯父の身長と同じぐらいの杖を持っている。
とりあえず、状況が分からないので話を聞こう。そう思い口を開く。

「伯父さま、ここはどこですか?私はさらわれていて、おじ様が助けてくださったの?」

とりあえず今の私が考えられる内容はこれぐらいだ。
私をさらってお金を要求すれば、お父様から大金を取れるだろう。
そう考えて言ってみたが、伯父はニヤニヤと私の方を見たまま、まったく予想だにしない事を言い出した。

「目覚めたかねエヴァ。いや、真祖といったほうがいいかな?
どちらにせよこれで私の悲願はかなう、なに君がどうこう考える事とはしなくていい。
君は私の可愛いお人形さんなのだからね。こうなる事は、君のミドルネームがアタナシア・キティになった時から決ていたよ。」

そういって狂ったように高笑いをしだす。
だが、そんな事は関係ない。今伯父はなんと言った?真祖とか言うのはよく分からない。
でも伯父は私の事をお人形さんと言った。それは今のこの状況を作り出したのが、伯父だという事を示しているのではないか?

「伯父さま、いったいどういうことです!真祖とか言うのはよく分かりませんが、この状況を作り出したのは伯父さまなのでしょう?
 だったら早く私をおうちに帰してください。そうしてくだされば、お父様にも怒りはしないよう私から言いますから。」

私は一刻も早くこの状況から逃げ出したくて、伯父に向かい言葉を紡いだが、帰ってきたのは残酷な言葉だった。

「いいことを教えてあげようエヴァ、まずキミが真祖になる事を望んだのはあの愚弟だよ。
 余りに可愛い娘をそのままの姿で永遠に残したいと言ってね。しかし、アレには魔力はあったが才能はなかったし、
 同じように錬金術の才能も無かった。あるのはただ、戦場で人を殺す能力だけさ。まぁ、そのお陰で君は今までいい暮らしができたんだろうがね。
 そして、あの愚弟は私を頼ってきた、どうにかできないかとね。私も私で真祖化に興味があったので快く引き受けてやったさ。
 そして、できあがったのが今のキミだよ。キミは知らないだろうがね、準備はしてあったんだよ。高熱の時に持ってきた薬、
 その後私が送り続けていた薬。それらすべてが今のキミにつながるのさ。」

伯父の話を聞いて頭が真っ白になる。
今の状況を望んだのがお父様?嘘だ、きっとこの伯父は嘘を言っている。
あの優しかったお父様がこんな事を私にするはずが無い。
だからこの伯父、シー二アスが嘘をついているはずだ。
そう思い、口を開こうとする前に、シーニアスが先に口を開いた。

「聡いキミの事だ、どうせ嘘だとか考えているんだろうが関係ないよ。
 そうだ、いい物を見せてあげよう。キミの父がどれほどまでに君を愛していたかの証拠をね。」

そういうと、シーニアスは杖を持っていない方の手で何かを私に投げつけてきた。とっさの事だったので私もそれに手を伸ばす。
そして、私の手で受け止めた物の正体に気づき絶叫する。
だって・・・これは・・・。

「お父さま・・・おとうさま!!!!」

私の手で受け止めたモノは目蓋を閉じて血の気が抜けて青白くなっている父、ヴァレンタインの生首だった。
何で、どうして・・・、頭の中がぐちゃぐちゃになる。私は楽しく誕生日を迎えただけだ。
まったくとは言わないが、今までした悪い事はちょっとした悪戯ぐらいだし、寝る前にもちゃんとお祈りしたし、安息日には教会にも行っている。
なのに、なのになんで?

「あぁ・・・神様、これは悪夢ですよね?
 きっとそうなのですよね?本当はベッドの上で寝ていて、何も無いように朝になれば目覚めるんですよね?」

泣きながら手の中の生首に向かって話しかけているエヴァに向かって、シーニアスはまたもや声を上げて笑い、
ひとしきり笑った後、穏やかに、しかしその顔には狂気を張りつけて喋りだす。

「どうだいキミの父親の愛は。術式の中で血縁者の血液が大量に必要だという事がわかったら、
 すぐにこの愚弟は自身と妻の血を差し出したよ。娘が永遠になれるのならとね。そして、後の事をすべて私に託して死んだよ。
 私としては内心、笑いが止まらなかったがね。これが成功すれば私も真祖になれるし、失敗してもこの家と財産で好き放題さ。
 いやまったくキミのおかげだよ。クッ、ハハハハ・・・・・。」

シーにアスの耳障りな笑い声を聞いた瞬間、私の中で何かがはじけた。殺そう・・・、目の前のこの男を・・。
目障りで私の幸せを奪って、高笑いをするこの男を。そう思うと体に力がみなぎってくる。
体が軽い、なんだか分からないけど、今なら目の前の男を殺せる。

そう思いシーニアスに向かって殴りかかる。シーニアスとの身長差は70cmを越えるだろうが、今の私には関係が無い。
殴りかかろうとジャンプしただけで、軽くシーニアスの目の前までいけるのだから。
後数メーターそうすればシーニアスに手が届く。
手が届けば、私はこの男をきっと殺せる。
しかし、その数メーターは私には届くことのできない距離だった。

「躾のなってない子だな。リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 魔法の射手 炎の矢1発」

シーニアスの持っていた杖が淡く輝がやいたと思うと、中から炎の玉が飛び出してきた。
そしてそれは空中で避けようも無い私の右肩に命中した。
命中した瞬間、炎に焼かれる痛みとその反動で後ろに飛ばされる。

「うぐっ・・・・」

「やれやれ、君が急に暴れるからついつい攻撃しまったじゃないか。しかし、あぁ、これは酷いね骨まで焼けちゃってるよ。」

そう言われて私は自身の右肩を見る。そこには今まであった白い肌ではなく、黒く炭化した肩だったモノがあっただけだった。
そして、その事実に私は脅える事しかできない。こうなってしまってはもうダメだ、私はこの目の前の男に復讐もできずに死ぬ。
でも、最後に負け犬の遠吠えと言われてもいいから・・・。

「殺す・・・。キサマだけは必ず殺す。」

そう言って、人を呪えそうな位の怒りを込めて目の前の男を睨むが、男はニヤニヤ笑うだけ癇に障る。
今すぐ殺したい・・・、殺したいが、もうダメだ私は死んでしまう。そう思っていると。

「君はまだ死ねないよ。むしろこの程度で死んでもらっては困る。何一つ実験をしていないのだからね。それと・・・。」

そういって男はどこからともなく剣を取り出し私の喉を切り裂いた。とたん口の中に血の味が充満して息かできなくなる。
苦しい、窒息する。涙目でシーニアスを見上げる、しかし男の顔は無表情。

「口の悪い子は嫌いだよ。エヴァ、キミはこれから私の為だけに生き続けるのだからね、もう少し利口に口を開いた方がいい。」

そう言って男はエヴァに杖を向けて眠りの霧を唱えた。そして次の日からエヴァにとって地獄が始まる。
シーニアスの『耐久力を試す』の一言で再生しては殺されて、殺されては再生すると言う日々が始まり、最初のうちは抵抗もしたし、
体が動かない状態なら悪態もついた。そうしていると、シーニアスは先ず、エヴァの喉を切り裂く事から始めるようになり、
エヴァも、この終わる事の無い狂気に次第に死を願う人形ようになり、運命の日が訪れる。

「シーニアス、とっとと私を殺してくれ・・・・頼むから。お願いだからもう・・・・、終わらせて楽にさせて。
 あぁ、神様いるのでしたら殺してください。もう終わらせてください。それが無理ならどうか誕生パーティーの時まで戻してください。」

そう言葉を紡いでいると扉からシーニアスが入ってくる。
不機嫌そうに私の顔を見て口を開く、まるで憂さ晴らしでもするかのように。

「うるさい娘だ・・・。そういえば今、誕生パーティーとか言っていたがそれは嘘の記憶だ。
 キミは10歳の誕生日の日にはもうその体だったのだからね。」

それを聞いてもう何度目の絶望に打ちひしがれる。涙はもう枯れた。
楽しかった記憶の代表としてあった誕生パーティーの記憶も嘘だといわれた。
あぁ、もう無理です神様。もうこれ以上は耐えられません。誰のための復讐かも、もう分かりません。
そう思っていると。

「耐久力実験は今日でおしまいだよ。まったく、キミは膨大な魔力を持っているのにそれが使えないから、
 痛いだけの実験になってしまったというのが分からないのか?まぁ、障壁を張ってなかったからこうして、
 剣や何かで耐久力を調べられたんだがね。さてと・・・。」

そうして始まった実験によりエヴァの意識は深く深く落ちていった。


ーside ?ー


いったいここはどこだろう?轢かれて死んだはずなのだが、気が付いたら真っ暗な所にいる。時間の感覚は無い。
不思議な事に、それを不快にも感じないし、身体の感覚がまったく無いが、それも気にならない。
これが世に言う死後の世界というやつだろうか?悪い事は人並みにしかしてないし、良い事も人並みにしかしてない。
そのせいで神様が迷っているのか?そのためここにいる事になっているのだろうか?暇という感覚が無いのはありがたいが。
と、そんな事を考えていると、いつの間にか人がいた。

俺の居る所は一つの光も無い完全な闇の空間だ・・・、多分。でも人が居る、身体を持った他人がいる。
そうすると、ここが死後の世界というのが微妙になるのだが・・・、まぁ、俺が死んだのは確実だし気にしても始まらない。
そう思い少女の方に近づく。いや、足とか無いんだけどね、身体ないし。そうして近づくにつれ、その子のすすり泣く声が聞こえてくる。
体育座りの要領で足を組み、膝に顔を埋めた小さな女の子。金髪だから多分外人だろう。ついでに何も服を着ていないという状態。
一瞬煩悩から、

(これは世に言うご褒美というものですね。GJ。)

という思考が流れてきたが、なんというか問題だ。流石に誰も見ていないとはいえ。
と、とりあえず頭を振って思考を振り払い少女に話しかける。

「ねえキミ、何で泣いてるの?」

と、言った後に気づく『俺はしゃべれるのか?』と。しかしそれはどうやら取り越し苦労だったらしい。
なぜなら少女は顔を上げたからだ。だが、見えてはいないのか辺りを見回すばかり。
うすうす感じていた事だが、本当に俺身体無くなったんだな。
と、そんなことより話をせんとな。

「見え無くても大丈夫。声は聞こえるから、どうして泣いてたの?それとお名前は?」

できうるかぎり優しく話すと、少女は自身の事を話してくれた。
どうやら少女の話によると、散々な人生を現在進行形で歩んでいるらしい。
何だよ再生するから殺すって。型月のシエル先輩の過去まっしぐらじゃん。
そう思っていると少女はとんでもないことを口にする。

「お願い私を殺して。私を無かった事にして・・・、私のすべてを亡くして。
 そのためだったら何でもする。痛いのは嫌だけど、もうそれも慣れてしまったから多分大丈夫。だからお願い!」

最後の方はもう叫ぶように言った。正直言えば助けたい。助けたいが体も無く少女の所への行き方も分からない。
そうなるとどうしようもない。そう思っていると。

「あなたでは無理なのね。」

そういって少女はまた泣き出した。何とかしたい・・・、状況を思考しろ。最良ではなくとも手は無いか。
そうして考え始めて、ふと思った事がある。俺と少女の違いと現状。少なくとも少女には身体、
つまり魂の受け皿があるのだから、死んではいない。それは少女の何度も殺されると言う事からも分かる。
しかし、ここは多分死後の世界とか、そういう所に最も近い所だと思う。現に俺の体は無い。

次に俺の事だが、まず俺は俺が誰であるかを思い出せない。いや、記憶喪失とかではない、単に俺の名前という部分。
俺が俺であると言う証拠、それが今の俺には無い。多分このまま行けば俺はなくなるのだろう。
これが死後の世界での転生とか、生まれ変わりのプロセスの途中というのならうなずける。
ここまで考えて思いついた事がある。しかし、それはある意味最悪の結果を出すかもしれない。
その方法とは、

(魂の入れ替え・・・・。)

これが俺の思いついた方法。多分俺と少女が入れ替われば少女は消滅する。
彼女の望みである死は与えられる。代わりに俺が大変な事になるが、普通ではなくなる。そこで俺の中に懐かしい感覚が生まれる。
普通である事を嫌い、普通である事に絶望していた俺の目の前に、普通ではない事に巻き込まれている少女がいる。
しかし・・・、

「君を助けられない事は無い。多分この方法ならキミは君でいられなくなる。それは多分死ぬという事だよ。」

そういうと少女が、がばっと顔を上げて立ち上がる。
裸とか何だとかはどうでもいい、ただ率直に俺が抱いた感想は『綺麗だ』だった。

「その方法を教えて。お願いだからその死ぬ方法を教えて、お願い。」

少女の目には決意がある。けしてして褒められた決意ではない。
だがそれは周り、つまり他人から見たらの事で少女は純粋に、ただ純粋にそれを願っているのだろう。
それなら・・・、俺も腹をくくるか。ここまで言われて、なおかつ可能性を見つけてしまったのだ。

「方法は簡単だよ。君の名前を・・・、君の存在すべてを表している名前を俺にくれ。
 そうすれば、今の名前の無い俺は君になる事ができると思う。そうすれば君は名前を無くし、君ではいられなくなる。」

それを言うと少女はとてもうれしそうな顔で口を開く、まるで待ちわびていたプレゼントが届いたかのような声で。

「本当に、本当にそれで楽になれるのね?」

「あぁ、多分なれる。最悪入れ替わりは起きると思う。決まったら君自身を俺にくれ。」

そういうと少女は微笑み口を開く。
まるで歌うように、とてもとても愛しい物に出会えたかのように。

「私は今、この時この場において宣言します。『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』はそのすべての存在を捨て、
 私の前にいるであろう姿無き闇に与えます。」

えー、ありのままあった事を話すぞ。
泣いてた少女はエヴァンジェリンでした。はい、ありがとうございます。
って、ちょっと待て。・・・・・マジ・・・・・なのか?
同姓同名の別人・・・・、いや無い。殺しても死なないって状態は人ではない。
心当たりがあるとすれば『ネギま』か、そうなのか。
俺は平行世界とかパラレルワールドとかに飛ぶのか?しかも闇の福音として。

やばいな~、でも方法教えたしな~。
まぁしかし、これはこれで面白いのか?っと、こっちからの返答がないからエヴァが不審に思ってる。
え~っと、呪文なんか知らんのだがな。
と、思っていると勝手に口(?)が動いた。

「すべてを捨て去りし娘よ。汝は無に帰する事を望み我は願いを聞き届けた。
 今この時この場より、我が名は『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』となる。
 契約はここに、代価は胸に、すべてを喰らい終了とする。」

そういうと、周りの闇がすべてエヴァに殺到していき・・・・・。



[10094] 緊急指令死亡フラグを撃破せよ・・・な第2話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:17
緊急指令死亡フラグを撃破せよ・・・な第2話




「知らない天井だ・・・・っと、鉄板をやってる場合じゃないな。」

 とりあえず現状把握だ。そう思って身体を起こす。体を起こすのもいつ振りだろう・・・、死んだ後ぶりか。
先ずはと思い自らの手を見る。そこには、23年なれ親しんだ無骨な手ではなく、白く小さな手があった。
指などは前の指の長さの半分ぐらいしかなく白く細い。俗に白魚のような指という表現があるが、まさか自分かそんな指を持つとは思わなかった。
しかし、これではっきりした。俺は本当に『エヴァンジェリン』になってしまったのだろう。
鏡を見ていないから、容姿は分からないが、少なくとも男ではなくなっている。

慣れ親しんだ物がある感覚もないし、見ても無い。神というモノがいるならばここで愚痴のひとつ、怨みの言霊でも贈る・・・、事は無いな。
贈るのはむしろ感謝だ。あの少女がエヴァだと分かっていれば、俺も少しは考えたが・・・・・、考えるだけだな。
腹もくくっていたし、何よりあそこまで頑なな意思を持っての願いなら、間違いなく俺はその願いを叶えただろう。
たとえそれが一人の少女と入れ替わり、すべてを奪い殺してしまうと言う事態でもだ。
と、そこまで考えて、

「このままでは俺が殺され続ける羽目になるのか・・・。」

それはダメだ、いただけない。
現状を打開しなくては少なくともネギまが始まらない。
いや、それ以前の問題だろう。少なくとも、俺はネギまを知っている。
知っているが、アレはネギが主人公なのであって、エヴァが主人公ではない。
それにエヴァの話を元にするなら、吸血鬼化してエヴァはまだ間もない。

つまりそれは、少なくとも600年は生きなければならないし、その間に最強と称されるほどの実力をつけないといけない。
原作には無い600年間の行動は間違いなくエヴァと違う事になる。
これは原作ブレイクとか言ってる場合ではなく、完全にブレイクするしかないと言う事だ。

それならそれで、こっちとしても動きやすい。
俺が居る時点で原作は原典に変換するしかないだろう。
原作開始後に入れ替わるなら、それに添って最善を行なえばいいが、現状では添うものが無く、完全にフリーだ。
それならば原作でのエヴァ自身が語っているフラグは回収するとして、それ以外は好きにさせてもらおう。
となると、先ずは今の死亡フラグの排除からだ。

いくら死なないとは言え、そう何度も殺されるのは勘弁願いたい。
それに、殺すからといって服も着せずに素っ裸なのも嫌だ。
そう思っていると扉の開く音がする。

「もう再生したか。私自身が真祖にしたとは言え、恐ろしいものがあるな。
 まさか灰にした状態からの再生がその速度とは。」

扉を開けた男が何か言いながら近づいてくるが、俺はそれどころではない。
今の俺は怒りと情報を制御するだけで精一杯だ。この怒りは多分、

(エヴァ自身の怒りか。それにこの情報も・・・、これは弔いにこの男を殺さんと収まらんな。)

そう考えると、相手と自分の戦力差を考えないといけない。
怒りに任せての攻撃などエヴァの二の舞になりかねない。
頭に流れ込んできた情報からすると、男は魔法使いで間違いない。
どの程度の使い手かは不明であるが、人を真祖にできるのだから、それだけの腕前はあるのだろう。

それと対峙して勝つためには、何かしらの策が必要になる。現状で言えば、耐久力は間違いなく折り紙付だ。
流れてきた情報をあさると、その殆どが実験と証する拷問の記憶。そして目の前の男の・・・、シーニアスのニヤ付いた顔。
これは俺が見ても腹が立つ。と、そうではない。俺の今使える札は吸血鬼の身体能力。
これは目の前の男の顔を狙えるぐらいだから、相当に上がっている。

その上、エヴァの感覚からすると、まだまだ全力ではない。次に膨大な魔力。
これについてはシーニアスの最後の発言と、原作知識からして、あるのだろうが、少なくとも今はなんとも言えない。
流石にこの短時間で魔法を使う事はできない・・・、多分。それに、不確定要素に頼るという賭けも、今回ばかりはしたくない。
最悪この2度目の反抗で失敗すると、意識を奪われるという事になりかねない。
となると身体能力で攻めるしかないが、不安があるとすればエヴァと俺とのリーチ感覚の差。
これについては体を起こして、手を見ただけだが、問題はない。

今の所、死ぬ前の体とまったく同じ感覚で今の体も動かせた。
しかし、激しい運動などをしていないので不安といえば不安だ。
現状で幸いな事と言えば、シーニアスが無造作に近づいて来ている事だろう。
杖は持っているが幸い、そのまま近づいてくれば俺の近くに杖が来る。
とりあえずは、すぐに攻撃ができるよう姿勢を変えるか。

「ほぅ、いつもはその石のベッドに寝てばかりなのに体を起こすとは。
 とうとう私に付き従う決心が付いたかい?ならば先ずは隷属の言葉でも紡いでもらいたいねエヴァ。」

苛立つ。その粘りつくような声と薄笑いの顔、自身の力を絶対と信じ、目の前の人をまるでムシケラと見下げるような視線。
苛立ちが爆発しそうになる。頭の中でカチリと俺とエヴァが本当の意味でシンクロしたような気がする。
だがまだだ、今の姿勢ではまだ遠い。
情報と経験では違う。

カチリとはまったお陰で、経験その物も自身の物として扱える。
だからこそこの距離ではダメだ。
それならば癪で仕方ないが。

「・・・・」

俺は無言で立ち上がり男に近づく。
頭を下げたまま、けして顔を見られないように。もし、今顔を見られれば間違いなく攻撃される。
それほどの怒りの表情をしているのが分かる。前の俺は、普段はポーカーフェイスだが、今ばかりはそんな事にかまっていられない。
一歩一歩確実に歩を進める、確実に仕留められる距離まであと3歩・・・、

2歩

1歩

「エヴァ、そこで跪き私に誓え。私の元に歩を進めたという事は、その意思があるのだろ?
 さぁ、そうすればもう痛みを与えることは無い。 私にすべてを捧げれば福音をもたらそう!」

シーニアスが腕を広げ叫んでいる。
最初はろうろうとした感じだったが、最後の方には絶叫している。
この男が俺に福音をもたらす?ふざけるのも大概にしてほしい。距離は詰めた、杖を持つほうの腕も確かめた。
この状況なら確実に仕留められる。さらに嬉しい誤算とすれば、1歩1歩近づく度に身体に力がみなぎる。
そして、身体に何かまとわり付く感じがする。多分これが魔力なのだろう。
原作でも、膨大な魔力を持つこのかは、無意識に魔力を扱っていた。
そして、俺は膨大な魔力を持っている。

さらに言えば呪文などとは別として『魔法』が在る事を知っているし、この体にも魔法によるダメージを受けている。
ならば、魔力というものが少しは制御できてもおかしくは無い。
さぁ、ここまでくれば後は自身と言う弾丸を放つだけ。
狙いは杖を持っている左手から左胸。
本来は頭を狙いたいが、この場合少しでも時間を短縮したい。

武器を持った人間は敵が飛び掛ればその武器を振るおうとする。
ゆえにこの範囲を狙えば、最悪杖を落とさせる事が出来る。
さぁ、すべての条件はそろった。
放つべき弾丸もある、中に込めるべき怒りもある。
ならば、自身の殺意を持って幕を下ろそう。
姿勢を低くし一気に飛び掛る。

「キサマが福音?ふざけるなよゲスが!」

あえて声を上げる事によって、攻撃の意思を示したおかげで、予想通りシーニアスは腕を振るった。
まぁ、そんな人間の反応速度などに、今の俺が負ける訳は無い。
そして、グチャリとした生肉の感覚、次にベニア板を打ち抜いたぐらいの感覚、最後にまた生肉の感覚というコラボレーション。
最初は掌手を放つ予定だったが、途中で手刀に変えた。理由としては飛び掛った時の感覚としか言えない。

しかし、それが功を奏してシーニアスの肩と腕の繋ぎ目を貫く事ができた。
こうなってしまえばもう、左腕そのものが使い物にならない。
そう思っていると、男が無理やり俺を引きはがそうと、残った右手で俺の米神を殴ろうとするが、
それより早く男の腹を蹴り、その反動で貫いていた腕を引き抜く。

もちろん左腕を代価に貰って行くのも忘れない。
貰って行く為に残っていた肩の上下の肉を引き千切る事になったが気にしない。
腹を蹴った時に肋骨が何本か折れた感触がしたが、これも気にしない。

「グぎゃやああアアああ・・・・、う、俺の腕が・・・、この小娘が甘くしていれば付け上がりやがって。」

ゲスが何かをまだ叫んでいる。俺としてはとっとと死んでほしいんだがね。
杖はすでに男の届く位置にはない、その上あの出血量だ、正直言ってショック死しなかった方にある意味驚きだ。
しかし、もう終わりにしよう。

「見苦しいな、ゲスが。その汚い口をもう開くな、最後の慈悲だ。
 私が闇の福音としてキサマを殺してやるよ・・・。もっとも残酷な方法でな。」

多分今、俺は凄惨な笑みを浮かべているだろう。
多分、この喜びはエヴァの身体が覚えているエヴァ自身の喜びとしての感情なのだろう。
このままこの男を殺せば本当の意味でエヴァのすべてが終わる。

憎しみも、悲しみも、痛みも、怒りも。
そう、この身体が今も覚えている記憶が終わる。そしてエヴァとしての俺が始まる。
それは素敵な事だ、とてもとても素敵な事だ。これで、エヴァとの約束も果たせるだろう。
そう思い、男に歩み寄っていく。一歩また一歩と。
しかし、シーニアスはすっくといきなり立ち上がった。

「エヴァ、覚えていろ今は引く。 引いてやるさ、だが覚えていろ。
 消して忘れるな・・・、私はいずれキサマを迎えに来る。」

やばいと思ったが遅かった。
シーニアスは残った右手で小さな杖を取り出し詠唱も無く転送術式を発動させ姿を消す。

「くそっ、離れる時に無理にでも心臓に蹴りをいれるんだった!そうすれば少なくともヤツはその時点で終わっていたのに。くそっ!」

八つ当たり気味に奴から奪い取った左腕を投げ捨て、顔に付いた帰り血をぬぐう。
その際口に入った奴の血の味は最悪だった。




[10094] 現状の思考と考察・・・な第3話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:20
現状の思考と考察・・・な第3話



とりあえずあのゲスは殺してはいないが、重傷を負わせてやった。
ついでに言えば奴の腕も俺が持っているから、くっ付けると言う事はできない。
杖を持っていた事から考えると多分利き腕だったのだろう。
そう考えると次に奴が襲い掛かってくるまでに、多少の時間がかかると推測できる。
最悪、奴の寿命を待って穏便に済ませると言う選択肢もあるが、この案は採用したくない。
奴へのトドメは今の俺から過去の彼女への手向けだ。
と、いかんいかん。

奴との戦闘で興奮していた頭が少しずつ冷めてくると、自身が素っ裸だということを思い出した。
いや別に欲情とか、目を逸らさんと駄目という事は無い。簡単な話、自分の体を見てハァハァする奴がいないように、
今の俺はすでに『エヴァンジェリン』であると言う認識があり違和感も無い。むしろ、それ以外になり得ないと言ったところか。
闇の中にいた俺は俺と言う知識だけであり、自己が無かった。だからこそ、この入れ替わりが成功したのだろう。
エヴァの体からエヴァの魂だけをアンインストールして、俺と言う魂をインストールすると言う事か。

「とりあえず、ここから出るのと服の調達か。」

流石に露出狂ではないので、何時までも裸でいるという事はしたくない。
別に寒くは無い、ゲスとの戦いのおかげで魔力と言うものが感知できるようになったお陰で、
その魔力を自身の体の周りに漂わせていると、特に寒いと言う事は無い。だが、何時までもここにいるのも嫌だ。
そう思いシーニアスが入ってきた扉から外に出てみる。扉を出ても真っ暗なままだと言う事は、少なくとも地上ではないようだ。
それと、さっきから足の裏に伝わってくる地面の感触は、土ではなく多少ごつごつしている事から多分どこかの地下室なのだろう。
そう思いながら、上に上がる階段を目指し歩く。

吸血鬼と言うことで真っ暗な中でも昼と変わらず、よくあたりが見えると言うのは多少奇妙な感覚だがそれは今更だ。
あのゲスの腕を奪った時にもう、人ではなくなってしまったのだな、と、心のどこかが勝手に折り合いをつけてしまった。
そう思い今は階段を上がっている。上の扉が出口だとするなら距離はそれほど無い。
そう思い多少速度を速め、その扉から外にでる。扉を出てみると、そこはどこかの書斎のようだ。
高そうな机や本棚などが並んでいる。そして、時間帯は夜。
差し込んでくる月明かりで、そう分かるが正確な時間は分からない。

取り合えず、時場所を把握しようと辺りを見回してみると結構広い。
それとあたりの物がでかい、当然と言えば当然か。前の体の身長は170cmを超えていたが、今は130cm位しかない。
その上今は、女の子で子供。エヴァの記憶と経験はそのまま俺が使えているから問題は無いが、気分としては小人だ。
そう思い記憶の糸を手繰り寄せると、どうやらここはエヴァのパパさんの書斎だったようだ。
それはそれで好都合。どこかに幽閉されていたら大変だったが、自宅の地下なら問題ない。

「とりあえずは体を洗うか・・・、血まみれのままはさすがに問題がある。となると厨房か。」

ここが日本ではないとすれば、水は貴重品になる。という事は風呂はまず無い。あるとすれば蒸し風呂になるだろう。
そういう関係上、風呂よりも厨房に備蓄してあるだろう水を使って体を洗った方がましだ。という事で、記憶を頼りに厨房までダッシュ。
いや、軽く走ったつもりが早い早いまるで、車に乗って走っているかのようだ。程なくして厨房に到着。
中を見ると壁際に蓋をしたいくつかの大きな瓶があった。

この中のどれかが水瓶だろうと蓋を開けていると、二つ目で正解にたどり着けたのでありがたかった。
そして、近くに水を掬う物が無かったので、瓶の中のそのまま浸かろうかと考えて水瓶の中を覗き込み、自分の顔が水面に映り目が合う。

「こうして自分の顔を見ると本当になってしまったんだなって・・・・・、ちょっと待て。これはどういう事だ?」

とりあえず、顔の作りとかはエヴァだ。それは間違い無い。
間違い無いのだが、原作と違うところが1つだけあるそれは、

「白髪?エヴァは金髪だったはずだが、エヴァが色を持っていったのか?それとも、何かの特典か?」

謎だ、激しく謎だ。なぜに白髪?いや、趣味としては金髪より白髪の方が好きだが、これじゃあアルビノとかわらんな。
それとも、ベルバラよろしくエヴァの苦悩により白髪になったのか?それとも、人の口を勝手に使ったやろうが何かしたのか?
とりあえず、本物か確かめるために、自身の髪を引っ張ったり、触ったりしてみるがそのどれから帰って来る反応も、
この髪が自身のモノであることを指している。

「悩むのは後だ、俺がこの瓶に浸かると他の人が飲めなくなるが・・・?」

そこで頭の中にエヴァ以外の情報が流れてくる。えーなになに、暇は出した?真祖化は成功?死なない殺せない?って、ちょっと待て。
この情報の出所ってもしかして・・・?情報を掘り下げるが、出る情報は断片的で余り意味を成さない。
だが、さっきの単語からしてこれが、誰が持っていた情報か分かる。十中八九間違いなくあのゲス、シーニアスだ。
しかしなぜこの情報がある?

「とりあえずは風呂だ。単語で暇は出したって事は、使用人はいないんだろう。なら問題ないな。」

そういって瓶にジャンプして飛び込み、中で全身を手で洗う。
エヴァの幽閉期間は分からないが、水浴びは気持ちがいい。
体に付いたシーニアスの血を洗い流して、先に髪を洗えばよかったと、ひそかに後悔したのは内緒だ。
身体に付いた血を洗い流して瓶から出る。そのうち石鹸を作ろう。
そう思いながら身体を拭く物を探していると、シェフ達が置いていったのだろうエプロンがあったので、

それを拝借して身体を拭き、エヴァの部屋に行く。
ついでにワインセラーにあったので、ワインとグラスも持って厨房を出る。
エヴァの部屋に行けばエヴァの服があるだろう、これで裸とおさらばだ・・・・。
いかん、エヴァの服という事はゴスロリか・・・、フリフリかフリフリなのか?
これは精神衛生上よとしく・・・、

「無くは無いんだよな。むしろ、服の着方なんかの情報がポンポン出てくるし・・・。
 まぁ、これで戸惑って時間を食われるよりはマシか。」

そう思いながらエヴァの部屋に到着。
ベッドの近くの机の上にワインとグラスを置き、クローゼットと言う名の普通の部屋と、
同じぐらいの広さの部屋から服と下着を見繕う。知識で知ってたけど、エヴァ本当にお嬢様だったんだな。
とりあえず、取り出したのはペチコート、俗に言うカボチャパンツである。
ちなみにこれは意外とやばい下着で、又の間にスリットがあるというトンでも構造だたりもする。話がそれた。
とりあえず出した下着と服を着て一息。近くに鏡があったので見てみると、鏡の中にはフランス人形のように可愛らしい少女がいた。

自分で言うのもなんだが、髪の色が金から白に変わっただけで、結構印象が変わるものだなと思いながら、
ベッドの近くのイスに腰掛けてワインをグラスに注ぎ、一口飲み考え始める。先ずはここがどこかだが、
多分ヨーロッパのどこかだろうと思う。世界が違うせいで俺の知っている歴史と、この世界が同じ歴史かは知らないが、
少なくとも貴族やなんかの単語が出るのは中世ヨーロッパ方面だけだ。
しかし、正確な年代はわからない。

だが、エヴァは確か600年前の生まれだ。
多分このままここに居れば、百年戦争に巻き込まれる可能性がある。
それは避けたい、下手に巻き込まれると魔女裁判なんていう拷問にかけられかねん。それは御免こうむりたい。
となると、先ずはこの地を離れることは決定事項か。

行く場所は魔法世界に行きたい、できれば魔法学校に入学と言う形で。
そうしないといくらなんでも、魔法の勉強を独学と言うのは厳しい。
原作エヴァは人間から真祖になってほとんど旅をしていたみたいだが、それを真似るわけにはいかない。
自身を守るためにも復讐のためにも力が必要だ。そこまで考えてワインを飲み、

「しかし、行き方が分からんのだよな。
 あっちに行けば行ったで、どうにかならん事も無いと思うんだが、ままならんな。」

と思っていると、また頭に情報が流れて来る。部屋、ポート、新世界、後はノイズ。
厨房でも思ったが、これは多分シーニアスの持っている情報だ。
たぶん間違いないと思う。しかし出所に心当たりが・・・・?

「もしかして、某有名吸血鬼の能力か?それとも吸血鬼自体が持ってる能力か?どちらにせよ、これって血が教えてるんだよな?あのゲスの血が。
 有名吸血鬼曰く『血は魂の通貨、知識の銀板』だったか?深くは思い出せないが、まぁなんにせよこれは助かる。」

情報が穴だらけなのは、多分血を飲んだのがごく少量だったからだろう。
地下にある腕の血を啜れば多分、知識の補完は出来る筈だ。
あのゲスの血と言うことで余り飲みたくは無いが、今回ばかりは目をつぶろう。
そうと決まればとワイングラスをテーブルに置き、近くに置いてあったエナメルの靴を履き地下に向かって歩き出す。
無論、地下に向かうまでの間にエヴァの知識を使い、
どの部屋がどの部屋に対応しているのかを確認するのも忘れない。

そして、つい数時間前に這い出してきた地下へ階段を下る。
出る時は感じなかったが、地下と言う事もありなんだかカビ臭い気がする。
そう思い歩を進めると地下に着いた。地下は一本道だが両脇にいくつかの扉がある。
しかし、扉の中に関してはエヴァの知識からは拾えない。

代わりにシーニアスの知識が出てくるが、穴だらけで分からない。
そう思い、自身が閉じこめられていた部屋の扉を開く。
部屋の中はほとんど散らかっていない。
あるのは樽がいくつかと、大量の血が辺りに飛び散っているので、それが戦闘の名残となる。

「さてと、腕は・・・あぁ、あったあった。」

転がっていた腕を拾いふと考える。
これが吸血鬼としての初めての吸血だが、よりにもよって敵役の血とはなんとも皮肉だ。
だが、今は割り切るしかない。

そう思って手首の辺りに噛み付く。
すると犬歯が鋭く長くなって、手首の肉を割り口の中に血の味が広がる。
そのままチューチューと血を吸っていたが、すぐに無くなってしまった。
多分時間がたったため、殆ど腕から血が抜け落ちていたのだろう。

だが、知識の補強は出来た。ノイズだらけだった部分がクリアになった感じがする。
その知識をあさっていけば、シーニアス自身の事、魔法の事、魔法世界への行き方などが分かった。
しかし、余り深い知識は得られない。多分血が少ないからだろう。
まぁ、そこはどうとでもすればいい、他人の知識だけで魔法を使うのはあまり気分のいいものではない、
それが敵役のモノとなればさらにだ。

「まぁ、必要な時きは躊躇しないんだけどな。」

そう思いながら他の知識を詳しくあさる。
それで出てきたのはシーニアスの魔法の事。どうも奴はまともな魔法使いとはいえないらしい。
まず、魔力が低い。それはこちらとしてはプラスになるからよし、しかし得意としていた魔法は闇系統で降霊術と死霊術。
一応新世界の魔法学校を卒業しているらしいが、それ以上は分からない。
しかし、この二つは魂や霊体に対する攻撃が出来るので油断が出来ない。

後はこの家に関する知識だが、この地下室はシーニアスとエヴァパパの共同実験室件宝物庫だったらしい。
お金は調達する必要がなくなって大助かりだ。
あとは・・・、考えていると転がっている樽が目に入った。
これはなんだろうと思っていると情報が出てくる。
これは・・・・、胸糞悪いな。何せ樽の中身は、

「私から抜いた血か・・・、あのゲスめ。いったい何が目的だ?」

とりあえず樽を叩いてみるとチャプチャプと水の音がするから、固まってはいないのだろうが今は使いようが無い。
それにもうここでやる事も無い。そう思って地下から地上に上がる。外を見てみれば空は白み始めている、もう夜明けなのだろう。
そう思うと眠くなってきた。太陽の光は・・・、多分大丈夫だろう真祖なんだし。そう思いエヴァの部屋に戻りベッドに入る。
服を着替えるのも億劫だ。そう思ってふと横を見ると不気味な顔があった。

「チャチャゼロか・・・・、ご主人をお驚かせるなバカ。」

そういって、チャチャゼロをイスに座らせてベッドに入り意識を手放す。



・・・さま、・・・・うさま。

ん~、誰かが呼んでいる。
眠いがこの状況でおきないのマズイ、何が起こるかわからないから。
そう思い目をあけると、

「お嬢様おきてください、いったい何時お戻りになったのですか?」

「知らないメイドさんだ。」

「?、何かおっしゃいました?」

目を開けると目の前にはメイドさんがいた。
マテ、意味が分からない。そう思い起き抜けにもかかわらず、無理やり頭を働かせる。
すると出てきた知識は、エヴァの御付のメイドさんで名前はエマ。
今はこの家に仕えていた使用人が彼女を除き暇を出されている事。
今の彼女はシーニアスの御付をやっていたことがわかった。

「おはようエマ。今は私では無く伯父さまに付いていた筈だけど、どうかしたのかしら?」

とりあえず、しらばっくれよう。しかし、昔のエヴァはネギまみたいじゃなかったんだな。
まぁ、いい所のお嬢様があんな喋り方する分けないか。したらしたでイロイロ面倒くさそうだし、
エマがここに居る間は少なくともこれで行くか。そう思っているとエマが話し出した。

「『どうしたの?』ではありませんお嬢様。朝からお屋敷に来て見ればシーニアス様は居らず、代わりに誕生日に旅行に行くと、
 ご家族でお出になったお嬢様が居られるではありませんか。いったい何があったのです?
 それに、 あの美しかった髪の色もすっかり抜け落ちたかのようではありませんか?」

なるほど、これだけ大きな家の一家がいなくなっても騒がれなかったカラクリはこれか。
あのゲスの完全に計画通りって訳か、ただ一点俺の事以外では。となると、エマさんには暇を出して帰ってもらわないといけないし、
偽装工作もしなければならない。今の状況での偽装工作となると・・・・亡命か。
これが一番信憑性がある。そうと決まれば、

「エマ、よくお聞きなさい。私がここに居るのはお父様が戻られるまでの間です。今お父様は他国への亡命のため、
 さまざまな所を回っているわ。私はお父様達と途中で別れ、秘密裏にこの家に戻ってきたの。」

それを聞いてエマの顔が青くなる。流石これだけ大きな家の住人が亡命すると聞かされれば青くもなるだろう。
しかし、可哀相だが俺に着いてくるよりはいい。少なくともあの男から狙われる事は無い。

「お嬢様、その話は本当なのですか!?しかし、それならば、なぜお嬢様だけお屋敷に?」

青くなりながらも必死に主の事を思う。
いや、いいメイドさんだよ顔も可愛いし、吸いたいけど流石に感情で動く訳には行かない。

「お父様は今回の旅で命を落とす可能性が高いと思われました。そして、それに私を巻き込む事を良しとせず。
 私をこの家に戻されたのです。しかし、エマ、私の事を可哀相とは思わないで。
 もし、この亡命が成功すれば私はこの屋敷を出ます。無論この屋敷の一切を焼き払って。」

取りあえず、理由のでっち上げは成功。少なくとも時代背景上無くは無い事なので、問題は無いだろう。
ついでにここを焼いてしまうのは勿体無いが、そうして私は死んだという事にしていた方が動きやすいし、他の人間にも迷惑がかからない。

「お嬢様・・・・、私も。」

「ダメですエマ。」

付いて来るとか、近くに居させてくれと言うつもりなんだろうが、それは出来ない。
今の俺は人を守れるだけの力が無い。

「なぜですお嬢様、私はお嬢様の乳母も勤め我が子のように可愛がっていました、なのに何故です!」

あぁ、エヴァは本当に色んな人に愛されていたんだな。
例えそれが今の結果に結びついたとしても、それが愛であると言う事には代わり無い。
だからこそ、この人を巻き込む事は出来ない。

「エマ・・・、あなた一人なら逃げ出すのは楽でしょう。ですが私は違います。今の私はマクダウェル家当主としてここに居ます。
 それが亡命するまでの間だとしてもです。お願いエマ、あなただけでも生き延びて、出来れば死なないで。私も生きるから。」

これを聞いたエマさんはもうなんか涙ぼろぼろです。
はっきり言って心が痛い、心が痛いがこうでもしないとこの人は着いて来る。
だから、ここでこうでもして繋がりを切らないといけない。
下手に俺の回りにいると間違いなく死ぬ。
だから、ここで突き放す。

「お嬢様ご立派になられて・・・。」

そういって泣いているエマさんに向かって、『ちょっと待って』と断りを入れて部屋を出る。そして走って向かう場所は宝物庫。
そこから手近にあった袋に金貨を詰め、それを持って部屋に帰る。彼女の事は情報で知っているし、今の俺はエヴァだ。
ならこれは俺からの感謝の印。いずれ完全に俺という情報に塗り潰されてしまうだろう彼女への手向け。

「エマ、あなたは今までよく私とこの家に仕えてくれました。これは少ないですが私の感謝の印です。どうか受け取ってください。」

そういってエマの手に袋を持たせる。持たせた瞬間姿勢が崩れたが、何とか持ち直した。
考えてみれば袋にパンパンに詰まった金貨なんて相当重いんだろう、我ながら失態だ。

「お嬢様。私は私の意志で勤めたのであって、金銭が欲しかったのではありません。ですからこれは受け取れません。」

そういって袋を返してくる。これはなんというかメイドと言うより、騎士といった方が似合うような気がする。
だが、流石にこれは受け取ってもらわないと困る。そうでないと俺の気が治まらない。多少無理やりな方法でもだ。

「エマ、貴女は私のためによくお菓子を作ってくれましたね。私が駄々をこねるたび困ったような顔をして。
 今からそのお菓子を作りなさい、そしての金貨はそのお菓子の代金です。貴女のお菓子はいつも、私に笑顔を運んできてくれたわ。
 私はその笑顔を運んでくれる手にいかほどの代価を渡せばいいか分からない。だから、その金貨で足りないなら言って。
 あなたを連れて行く事は出来ないけど、それならば私にも出来るから。」

それを聞くと、エマは泣きながら部屋を出た。多分お菓子を作りに行ったのだろう。俺は近くのイスに座って考える。キツイ・・・な。
自分でやっておいてなんだがキツイ、心が痛い。多分、悪として生きると言う事はこういう事となんだろうな。
俺は間違いなく正義にはなれない。でも、完全な悪に成れるかも分からない、そんな中途半端な存在。

どちらにせよ、何かをしなければ正義も悪もない。この評価はやっている本人ではなくあくまで、他人からの見た感想でしかないのだから。
それから程なくしてエマが帰ってきた、大量のお菓子を持って。そして食べた。普段のエマは一緒の席には着かない。
だが、今は無理を言って座らせた。エマは何も話さない。俺も話さない。いや、俺にはきっと話す資格がない、
これはそういう領域の問題だろうと思うから。そうして食べ終わるとエマが立ち上がった。

「お嬢様、今までお嬢様にお使え出来た事を私は誇りに思います。」

「私も貴女のような方に会えて幸せでした。」

そういうと、エマは一言失礼しますと言って俺の唇に口付けをして出て行った。

その光景を空に浮かぶ月だけが見ていた。



[10094] チャチャゼロ・・・・ゼロ?な第4話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:26
チャチャゼロ・・・・ゼロ?な第4話




 エマは出て行ってしまった。もう戻ってくることも無いだろう。
ほかの使用人も、もうここに来る事はない。これで一人になってしまった。
そう、一人に。その事をボーっと考えながら外を眺めていると、あたりは次第に暗くなりぽつぽつ星も出始めた。
べつに、部屋が暗くなっても困りはしないが腹は減る。つまりは料理を作らないといけない。
そこまで考えて、この時代には電子機器その物が無いんっだと思い、取りあえず原作でのエヴァの始動キーである、

「リク・ラク ラ・ラック ライラック 火よ灯れ」

とやってみたが発動しない。その後何度かやってみたがダメだった。
そこで思ったのが、この始動キーはエヴァのモノであって俺のモノではない。なら、俺仕様の始動キーを作る必要性がある。
しかし、これが俺の頭を悩ませる事になろうとは思わなかった。何せ呪文である。どうやって決めるのが良いかわから無い。
そこで取り出した知識によると、始動キーは自己に対する魔法を使うと言う宣言だと言う事。
呪文は起こる現象を決定付けるもだと言う事が分かった。
そして、この二つに熟達すると無詠唱が出来るようになる。
出た知識としては大体はこんな感じだった。

「始動キーねぇ・・・、魔法魔法魔法・・・。」

別に言いやすければいい。短ければさらに使いやすい。
が、形式美にこだわるならそれなりに意味のある言葉にしたい。
そう考えて出てきたのが、

「エメト・メト・メメント・モリか・・・、えらく不吉な気がするがまぁいいだろう。」

 エメトは真理を表し、メトは死。どちらもゴーレムをまともに作り破壊しようとした場合に使うワードで、確かヘブライ語だったと思う。
そして、メメント・モリは死を忘れるなと言う意味。これは自らの戒めになる。
いくら死なない身体と言っても何かしらの封印なりはうける。
原作で封印されたエヴァは怪我をすれば包帯などを巻いていたが、それが治りが遅いから巻いていたのか、
再生できないから巻いていたのか、それとも一般人に見せるためのフェイクか、これは分からない。

だが、600年を生きている間に魔力を封印して倒そうという輩が出なかったとは考えられない。少なくとも、人間は考える動物だ。
それならば、フェイクだろう。治りが遅くとも包帯や何やらに頼るよりは、封印して少なくなった魔力でも操作して再生にまわせばいいし、
痛みが気になるなら麻酔でもモルヒネでも打てばいい。
しかし、不死性に頼ってばかりではいつか足元をすくわれるだろう。

そして、出来た始動キーを使い火よ灯れと、指先に意識を向けて行なった時に、指先から火柱が上がりそうになって取りやめた。
原作ではライターの方が便利だと言っていたが、魔力量の問題でここまで恐ろしい事になろうとは。
下手をすれば事をなす前に屋敷ごと火達磨になる所だった。
取りあえず、これを見て魔法学校に早く行かなければと心に誓った。
それと同時に戦力である。それに関しては心当りがある。

「そういえばチャチャゼロがいるんだよな。こいつは動いてくれるのか否かだが、どうなんだろう?」

そう思ってイスの上のチャチャゼロを見る。チャチャゼロ。
エヴァの一番古い従者にして、長い時を歩む事になるパートナー。
しかし、目の前のチャチャゼロは動かない。
いや、動かしようが無い。エヴァの知識の中にも糸を繰って人形を動かす知識や、腹話術の知識は無い。

まったくと言うわけではないが、お遊戯レベルだ。
となると、俺がその技術を磨き上げる事になるのだが、それはそれで面白そうだからいい。
しかし、磨き上げるまでチャチャゼロを持ち歩く訳にはいかない。

流石に追われる身である今は戦力は欲しいが、荷物はいらない。
そう思いうんうん唸っていると、ふと一つの閃きがわいた。
原作を読んでいて思ったのだがもしかすると、チャチャゼロには魂が封じ込めてあって、
エヴァがチャチャゼロに魔力を流すことによって動く自らの意思を持つ人形なのではないかと。

仮にそうでないとするのならばチャチャゼロが動けない理由が見当たらなくなる。
何せ、魔力は無くとも糸を繰ることは出来るし、腹話術なら喋ることも可能。だが、それが出来ないと言う事は、
さっき考えたことが当たらずとも、遠からずなのだろう。
確証は無い。確証は無いがやってみるしかない。

失敗しておかしな事態になった場合は、すべてを燃やして隠蔽すればいい。
それに、やり方はあのゲスの血の中にある。アレの得意魔法が降霊術と死霊術で助かった。これなら魂を降ろす事が出来る。
魔力は有る、ついでに言えば今日は昨日と比べて、
えらく身体にまとわり付いてくる魔力の感覚が多いと思ったら、幸運なことに空には満月も浮かんでいる。
何かしらを呼ぶにはこんなに条件のそろった日は無いだろう。

「これは思い立ったが吉日と言う奴か。前はどちらかと言うと幸運ではなく、悪運しかなかったが今は幸運に・・・、
 恵まれてるのか?判断に迷うが。」

そう言いながら、知識を呼び出す。必要な物は先ず依り代。
これはチャチャゼロ人形を使うからよし、次に依り代にパスを通し、主と求めさせるための血液。
これは地下にある樽から代用しよう、わざわざ再生するからと言って自分の血を流すのは嫌だ。
知識では一応これがあれば何かしらの魂を呼ぶことが出来る。

出来はするが、今の俺がこれで魂を呼んでも誰がくる分からない。
こういう術の場合、たいていは自身に関係のある人の魂を呼び出すのがお決まりだと血が教えてくれるが、これは困った。
俺にはこっちに知り合いが居ない。エヴァになら居るかもしれないが、多分俺では呼べない。

俺は『エヴァ』ではあるが『エヴァの魂』ではない。まぁ、だからこうして俺が機能出来る訳だが。
それに、もし俺の魂が誰かを呼ぶにしても無理がある。何せ、俺は今よりもはるか未来に生きていた。
つまり、生まれもしていなければ死んでもいない、俺に縁のある人々を呼ぶのは不可能になる。さて、どうするべきか。
何か策は無いかと考えて出た一つの案が、何かしらの媒体を用意すると言うもの。
媒体があれば、ある程度は呼ぶ魂を指定できるらしい。

これならば、最悪そこいらに漂っている悪霊を呼び寄せて変な事態になる事は無いだろう。
もし悪霊を呼び出したら、チャチャゼロ人形を焼いて身体を奪うだけだが。余談だが、吸血鬼よろしく俺には幽霊が見える。
最初見たときは感動したが素っ裸の時だったので特に考える事も無く幽霊の中を突っ切ってみた。
しかし、幽霊の方は気がついていないのだろう。そこに立ったままだった。

「よし、取りあえずは地下だな。あそこには宝物庫もあるし、血の樽もある。」

悪霊対策として、部屋から出て厨房に行きアルコール度数の高い酒とコップを2つを探す。
火柱は出せるが、地下は石造りのため引火性の物がいる。それに、あんな所で火柱を上げ続ければ窒息死は必死だろう。
それに、まともな物が呼べたら酒ぐらいは振舞っても問題は無いだろう。少なくともこれからを生きるパートナーだ、友好関係は築きたい。
そして、地下室に到着。取りあえず、チャチャゼロ人形の人形の服を脱がし、手近にあった樽の蓋を破壊して中に突っ込む。
血に浮かぶチャチャゼロ人形、無駄に似合っている。取りあえず第一準備はよし。次に媒体を探しに宝物庫に向かう。
宝物庫の中には沢山の金銀宝石類が転がっている。

一度エマに渡すため取りに来た時も思ったが、本当にこの家の当主は金持ちだったんだな。
しかし、これはラッキーだ。こういう風に地位を持っている人間は多かれ少なかれ貢物をもらったり、趣味で骨董なり何なりを集めようとする。
つまり、これらを媒体にすれば何かしら古くて、なおかつ愉快な物を呼び出せる可能性が高い。
それに、型月理論で行けば、神秘も追加できるのだろう。そう思い探してみるが、なかなかでてこない。
金の剣やえらく綺麗な装飾のされた鎧はあるが明らかに真新しい。

「ここ以外ならあるのか?いや、古い壷とかで呼び出しても、戦闘に耐えうるものは呼びだせんだろ。
 と成ると武器系統がいいんだが・・・・・、ん?」

ごちゃごちゃ置いてある物に隠れて分からなかったが、奥の方に一つ箱がある。
この部屋には、剥き出しの宝物はあるが、箱に入ったものは無い。それを不思議に思って近づいて、箱をあけてみると。
えらくぼろぼろな何かが4つ出てきた。その一つ手にとって見ると辛うじて剣だろうと言う事は分かる。

「この4つで一セットか?まぁ、同じ箱に入ってるんだからそうだろう。しかし、これはなかなかに面白そうな物が出てきそうだな。
 しかし、変なフラグの前触れでもある。どうするべきか・・・・・・。まぁ、普通で無いならそれでいいか。ククク。」

取りあえず媒体は決まった。それにこれ以上探していると、チャチャゼロ人形が何もしていないのに勝手に動き出しそうで怖い。
そう思い、樽のある拷問部屋に帰って魔法陣を書く。当然この陣を書くときに使ったのは樽の中の血。
そのせいで樽が全部空になってしまったが使い道が無いので問題ない。
そして、陣の中央にチャチャゼロ人形を置きその周りに持ってきた物を置く。さぁ、これで準備は出来た。
準備は出来たが・・・・、

「クソ、あのゲスめ。肝心なところで使えん。」

いってしまえば、血の量が足りなかったのか、出てきた呪文は歯抜けで意味を成さない。これで下手に召喚すれば暴走するだろう。
だからこそ何か別の呪文で代用するしかない。召喚用の呪文なんてほとんど知らないが・・・、いや、心当たりはある。
一つだけだが、一応覚えている。Fateの召喚呪文だがこれは使えるのか?しかしやってみるしかない。やらないと準備した物がもったいない。

暴走すればした時だが、しなかった場合はそれなりに何か出るだろう。
幸いなことに剣で斬られたぐらいじゃ死なない身体だ。なら、一つかけてみようじゃないか。
ついでに呪文もいじろう。何が出るかはお楽しみだが、どうせなら、神父服でも探してきておくんだったな。
いや、いまならミニスカに赤上着でツインテールか。
そう思い陣の端に両手を着く。

「よし、やってみるか――――――――――――

  エメト・メト・メメント・モリ

  素に銀と鉄。 礎に血と契約の主。 祖には我がわが同胞たる真祖。

  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

今の所はまだ、何も起こらない。ただ、自分の血を解してそこに魔力を流すだけ。
もともとが自分の物だけあって、うまく流れているようだ。

「 閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

  繰り返すつどに五度。

  ただ、満たされる刻を破却する悠久なるたびの終焉をここに」

ここまで言って、部屋の中の空気が変わる。吸血鬼にある第六感が何かしらの動きを感じ取る。
呪文はまだ完成していない上、所々変えているがうまく作動しているようだ。

「 セット

  告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の武器に。

  わが言霊に従い、この意、この思いに従うならば応えよ」

ここまで言っている間に陣から風が吹き上がる。
部屋の中で小さな竜巻でも出現したのでは無いかというぐらいの暴風。
目を開けていられないが、手を放すと何が起こるかはわからないし、言葉も紡ぎ終わっていない。
しかし、いくらなんでもこの風の量はおかしい。アニメで見た感じではここまで・・・・って、誰もまともに召喚しているシーンがねぇよ!
うっかり魔術師は二階にフェイカー落とすし、へっぽこは気づいたら出来ちゃいましたって感じだ。てことはこれで合ってるのか?
景気良く魔力を持っていかれているような気もするし。まぁ、完成してから考えよう。

「 誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者

  我は常世総ての悪を敷く者。

  汝三大の言霊を纏、人形ヒトガタに新たに宿りし魂よ

  抑止の輪より来たれ、死の先を生きる者たちよ―――!」

紡ぎ終わった瞬間陣が爆発した。いや、正確にはボロボロだった物が粉々になってチャチャゼロ人形に吸い込まれていったようだ。
それと同時に、吹き荒れていた風が一気に爆発したせいで俺は吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がってしまった。
乙女の肌に傷がついたらどうしてくれるんだ。取りあえずチャチャゼロ人形は一発殴る。
ん?傷なんて再生できるだろうって?気分の問題だ気分の、可愛いは正義なのだよ例え理不尽でも。

そう思いながら身体を起こしてみると。男と目があった。
一瞬ポカンとする。だってそうだろう、チャチャゼロ人形に魂を宿らせようとして人形の代わりに細みな男が居たら誰だって驚く。
しかも、顔を見たら何故かドキドキする。男にドキドキするなど言語道断だ、まかり間違っても俺の魂は男だ。
男としての尊厳とかは得に問題ないが男との恋愛とかは嫌だ。
そこで考えて思ったのは、何かしらの魔法ではないのかという事。
そして互いに口を開き言葉が被った。

「キサマゲスの手先か!」

「君が俺を呼んだのか?」

被ってしまった為、お互い次の言葉が出ない。しかし、しかしだ。
目の前の男は『俺を呼んだのか?』と聞いてきた。ならば、目の前の男は多分そうなのだろう。
取りあえず確証がほしい。そう思い男の方を見ると、男の方もどうした物かと考えているらしい。
それなら好都合だ。幸いな事に襲ってくる気配もないし。

「キサマの本体が人形ならば、間違いなく呼んだのは私だ。いったいキサマは誰だ?
 なぜ、人形じゃなく人の姿をしている?」

そういってやると、男の方もややあって答えてくれた。
なかなかに衝撃的な回答を。

「俺はフィアナ騎士団の騎士。名はディルムッド・オディナ、状況が分からないが本体が人形というのは間違いない。
 それと、ゲスというのが誰かは分からないが手先ではない。」

さて、出てきたのはゼロランサーでした。チャチャゼロとゼロランサーはゼロつながりだからありだよね?
って、いったい俺はどれだけフラグブレイカーな存在なんだ?いや、本体は英霊の座とかいうところにあるからFateには出演するのか。
しかし・・・・、そう思いディルムッドの方を見上げる。確かこいつって神話でも不運だしFateの方でも不運。

おまけに幸運のパラメーターはEだったよな?その上俺の所に来るとか、どれだけついていないんだ?
まぁ、俺としては曲がりなりにも英雄、その上強さだけを考えるなら対一戦ならば、最優といっても変わりない彼が出てきたのは幸運である。
が、流石にどうした物か?そう考えているとディルムッドのほうが口を開いて来た。

「取りあえずは、君が呼んだという事は君がマスターでいいのか?確かに魔力は君から流れている事を感じられるが。
 見た所敵もいない様だし、それに英霊の座との繋がりも変な感じなのだが?」

さて、どうしたものだろう。
このままマスターだと名乗ってもいいが、それだと令呪も持ってない俺は宝具を喰らってしまいそうだし・・・・。
うまくいけば、600年あるいはそれ以上一緒に居る事になる。ならば、こちらの状況を話そう。
少なくとも情報量では俺のほうが勝っている。ならば、後はそれをどう活用して欲しい答えを導き出すかだ。
交渉の基本は顔は笑顔で右手で握手、左手でわき腹を貫通させてさらにカードを奪い取る立ったよな?
少なくとも、俺はこうとしか覚えていない。そうとなれば交渉の席に移そう。

「着いて来い。少なくとも、互いの事が分からなければどうしようもない。私との契約は話を聞いた後でかまわない。
 話を聞いて契約したくなければそれでもかまわない。」

そういって歩き出すと、どうやら後ろからつ着いて来くれるらしい。足音はしないが気配で分かる。
そして、連れて来たのはエヴァの部屋。最初ここがどこかと聞かれて、寝室だと答えると少し戸惑っていた。
お互い席について昨日持ってきていたワインを昼から片付けていないカップに注ぎ互いの前においてさぁ、交渉といこう。

「まずは話を聞いてくれ、質問は後で受ける。まず私は人間ではない吸血鬼の真祖だ。
 それと、私は正義でもなく悪でもなく自身の思う道以外は進む気がない。そして、最後に私はお前の事を知っている。
 それが真実かどうかは確かめるすべはないが少なくとも知っている。この状況でもし仕えるというのならば私は喜んで契約を結ぼう。」

そこまで言ってワインを一口。
口を湿らせてディルムッドの方を見て今度はお前が話せと目で送ってやると話し出した。

「俺の方はほとんど分からない事ばかりだ。猪に轢かれ和解した筈の友に見殺しにされ、もう後は死ぬだけだと思っていたし、
 事実俺は死んで英霊の座という所にいた。しかし奇妙な事が起こった。俺の本来の魂が情報を渡した後に急激に引っ張られた。
 それはもう無理やりにだ。座は引っ張られる俺の魂には目もくれず、渡した情報で仮初の俺を登録し俺は今に至る。
 これが俺の方の状況だ一応座との繋がりはあるが、今はあちらが本物で俺が偽者になっているんだろう。
 しかし、世界は矛盾を嫌うため俺はもう長くはいられない。」

そう言われて手を見せられた。ディルムッドの手は少し透け始めている。その後自身の言う事は言ったと沈黙する。
出したワインは飲まない、毒か何かを警戒してるのか本体が濡れるのを危惧しているのか・・・・。さて、どうするべきか。
少なくとも今の話を聞いたかぎりでは、こいつ曰く本物は自分だといっている。個人的にはあまり問題ないがどうした物だろう。

魂があるなら成長できるし、たぶんプラスと見ていいのだろう。
魂と聞いて思いつくのは、今回の召喚で使った魔方陣は召喚と言うよりは降霊術の陣を使った。
内容は、おろした魂を問答無用で依り代につなぎ止めるという物。多分そのせいで今の妙な状態なのだろう。さて、

「キサマに時間がないのは分かった。で、どうする?そのまま消えるか。
 それとも私に着いて来るか?その二択以外はない。私はキサマの意志に任せる。」

そう問いかけるとディルムッドは重い口を開いた。どうでもいいが、こいつは何故か子犬のように感じる。
クーフーリンが猛犬と呼ばれたからそういう印象なのか、目の前の奴があまりに不幸だからなのかは分からない。
ただ、物悲しそうには見えるが。

「ついていくも何も俺は消える以外の意外の選択肢がない。
 だが、仮に永らえることが出来れば次こそは騎士の忠義という物を貫きたい。」

なるほど、Fate/zeroでも神話でもコイツは騎士の忠義を求めていた。
ふむ、こいつが消えるのは惜しいな。それに、考えているとおりならこれで解消するはずだ。

「ディルムッド・オディナ。キサマは私に忠義を尽くす気があるか?尽くす気があるのならば私はお前を私の騎士として迎えよう。
 何、私もこれから悪の魔法使いと呼ばれることになる、戦力としてお前は欲しい。どうだ、私は全世界がキサマのことを不義だの何だのと、
 のたまった所で気にしない。私だけはキサマの事を忠義の騎士だと認めようどうだ?」

それを聞いたディルムッド目を見開く。自身の欲した物が目の前にある。
目の前にあるが自身には時間がない、自らの身体は刻一刻と消えていっている。
目の前の少女は俺に手を取れというかのように手を差し出してくる。あぁ、この手を取れればどんなにいいか。
葛藤するしかない。

「君の騎士になれるのなら・・・・、君がその誓いを守ってくれるのならどんなに嬉しい事だろう。
 だが俺はもう消えるしかないそれ以外の道がないんだ。」

そういうと、目の前の少女は笑った。声は上げていないただ、その顔は笑っているまるで、
俺のいっている問題が『何だその程度の事か』と言いたげに。明かりのない部屋で月明りだけを顔に受けとても綺麗笑っている。
そして俺の話を聞いてもなお、手を差し出したままだ。あぁ、これは、きっと悪魔の罠なのだろう。まるで彼女と交わしたゲッシュのように。
そう思いながら少女の手をとった。そうすると少女が一言俺に言った。まるで、こうなる事を初めから分かっていたかのように、

「喜べ騎士、君の願いはかなう。」

さてと、ディルムッドが手をとってくれるかが問題だったが、とってくれたの大丈夫だろう。
後はこのままでは消えてしまうので、とっとと消えないように処置をしよう。成功確率は不明だ。
しかし、これなら出来るだろうという奇妙な確信がある。要は、彼が彼であることに矛盾がなければいいのだ。

「ディルムッド槍を・・・。ゲイ・ボウを貸せそして片膝をつけそれで決着がつく。」

そういうと、ディルムッドは槍を取り出し俺に貸しいてくれた。まぁ、それでも奴の顔と俺の顔とがようやく同じ高さぐらいだ。
そして、片膝をついた奴の顔に槍の穂先を向ける。

「ちょっと待ってくれ君はいったいどうするつもりだ。その槍の効果を知らないのか?ならば教えてやるよ。
 その槍で傷を負えば消して癒える事がない、その槍はそういう代物なんだ。」

ディルムッドやけにうろたえている。まぁ、無理もない自身の獲物の効果は自身が一番知っている。
コイツだけはこの槍を踏んでも大丈夫だがそれ以外では傷を負うだろう。だからこそ今からやる事が可能になる。

「だまれ、私は強欲でな自らの物には自らの物であると印をつけるようにしている。
 キサマは私の手をとった、それはつまりキサマは私だけの騎士という事だ。ならば、キサマに私の物だという印をつけなければ成らない。
 それと聞くが、この槍は常時効果が有るんだよな?私が扱っても大丈夫か?」

それをきくと、ディルムッドは律儀に答えてくれた。
もう、うろたえている雰囲気もない。むしろ、騎士として勲章でも受け取るかのように喜んでいるような気がする。

「あぁ、そのことならばどう言う訳か、今のゲイ・ボウもゲイ・ジャルグも真名の開放型になっている。
 多分、効果を出さないように巻きつけていた布のせいだろう。俺が持たないと開放は出来ない」

「そうか、ならばキサマも槍を持ち開放しろ。」

そういうと素直に持ってくれた。もう本当に時間がないのだろうチャチャゼロ人形が透けて見えている。
狙うは顔の黒子。ディルムッドの魔貌とも称されるこれを消すことが出来れば、こいつはディルムッドでは居られなくなる。
これがただの傷なら無理だっただろうだが、この槍の傷は癒えない。この槍を持って黒子のある位置を傷つければ魔貌は意味をなさなくなる。
俺とディルムッドは見つめあう。俺の顔は多分赤いだろう。だが、今はそれをネタにする気もない。

「準備は良いかディルムッドよ。これが終わればお前はお前の代名詞でもあるその魔貌を失う。そして、私だけの騎士となる。」

「あぁ、かまわない。私はこの傷を受け君だけの騎士となろう。」

そしてディルムッドが真名を開放する。

必滅の黄薔薇ゲイ・ボウ

瞬間、俺は槍を縦に引いた。そして、ツーッとディルムッドの顔に決して癒える事の無い傷が刻まれ血が流れる。
身体を見てみると、さっきまで透けてい所が今はもう透けていない。かわりに偉く身体が疲れた、多分これが英霊を従者にし宝具を使うという事なのだろう。気をぬいたら倒れるという事はないが少しダルイ。それと、ディルムッドの血がえらくうまそうに見える。
男から吸うのはいやだが、忠義の代価はやらんとな。

「ディルムッドその顔の傷を持ってキサマをエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの騎士として迎える。」

「はっ、ありがたき幸せ」

そういって片膝いた姿から頭だけを下げる俺は槍を横に置き、ディルムッドのそばまで行き、今傷をつけた顔を両手で持ち上げる。
一瞬キョトンとした顔が現れるが別にいい。今はそれを弄るよりもこっちの方が良い。そう思って奴の傷口を舐め上げる。
うっかり魔術師は英霊の血は毒だといっていたが、これはなかなかにうまい。ただ残念なのは情報として使えないことぐらいだろう。

「あ、主いきなりなにを!?」

えらくうろたえている。
生前確か友人の婚約者と逃避行したというのになかなかに初心だ。

「私はキサマに言ったぞ真祖だと、吸血鬼だと。ならば血を飲んでなにが悪い?」

それを今思い出したかのようにディルムッドの顔が青くなっていく。グール化でも恐れているのだろう。
まぁ、それよりも彼に降りかかる悲劇は多分彼の考えている事の斜め上を行く事になるだろう。
何せ、俺は快楽主義者で退屈を嫌い普通を嫌う。
用は楽しく愉快でないと気がすまない、それは当然従者になったディルムッドにも当てはめる。
まだ焦っているディルムッドに言葉を投げかけてやる。

「安心しろグールにはならん。それよりも貴様は私の従者になってしまったのだ。
 そう、なってしまったのだ、この悠久の時を生きる吸血鬼の手をとってしまったのだ。これからは馬車馬のごとく働いてもらうぞ。
 それと、今の傷口への口付けは代価だ。処女の乙女の、しかも主の初めての口付けだ。
 これよりも高い代価はほかを探してもなかなかないぞ、光栄に思え私の騎士。
 では、私はもう寝る。後は好きにするといい。
 酒ならば厨房にあるからたらふく飲むといい。ではお休み。」

ディルムッドが何か言いたげにこちらを見ているが今は無視。
それはもう白み始めている。
夜の住人である吸血鬼にはもう寝る時間だ。
後の事はまた今夜にでも話そう。





[10094] 良い日旅立ち・・・炎上な第5話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:19
良い日旅立ち・・・炎上な第5話




・・・・じ、・・・・・るじ・・・・・

誰かが呼ぶ声がする。なんだか前にもあったような気がするが誰だろう、俺の眠りを覚ますのは。

「主そろそろ起きて下さい。」

目を開けるとそこには

「知ってる顔だ。って、チャチャゼロ?」

目を開けるとそこにはチャチャゼロ人形の顔があった。
はて?なぜにチャチャゼロ?我が騎士は?ディルムッドは?
そう思い混乱していると。チャチャゼロが話し出した。

「取りあえず落ち着いてください主。今のこの姿は仕方がなかったとしか言いようがないのです。」

そういいながらチャチャゼロは短い手足を使いベッドの横に立ち、人の姿になり方膝を突いて今の状況を話し出した。

「あの姿は主のためを思い、霊体化して魔力の温存に勤めようとした結果のなのです。
 それと、あまり良い知らせではないのですが、今の私は英霊の座との繋がりが断絶しています。
 どうかお許しを主。私はあなたの騎士になると誓ったのに、もう英霊でもなくただの魂宿る人形になってしまったのです。」

そう語り終わったディルムッドは悲痛な面持ちで頭を垂れている。下手に突付けば壊れてしまいそうだ。
ふむ、コイツないったい何に対して謝っているのだろう?わけが分からない。

「取りあえずディルムッドキサマはなにかを勘違いしてないか?
 私はディルムッド・オディナと言う存在を騎士として認め、従者として雇い入れたのであって、
 べつにそれが英霊であろうと無かろうと関係ない。それに、人形だろうと何だろうとキサマと言う魂がそこに宿り、
 息づいているのなら問題なかろう?」

そういってやると、ディルムッドの顔が見る見るうちに明るくなっていく。
まるで、先ほどまでの憂鬱で今にも死そうな顔が嘘そだったかのように。

「主、私は貴女の手をとって良かった。本当に良かった。
 私は、貴女の為の騎士で居られるのですね?」

嬉しいのは分かるが、そんなに近づけるな。男の顔をドアップで見たくない。
取りあえずディルムッドに「あぁ」と返事を返して。ふと思った事がある。
コイツを騎士と扱うのは問題ない。チャチャゼロ人形に化けれるのは、多分依り代がチャチャゼロだからだろう。
それはいいのだが、武器や宝具関連はどうなっているのだろう、聞いてみるか。

「現状を詳しく聞きたいからこれから言う事に答えてくれ。先ずは武器・・・、つまり宝具の事だが今の貴様は使えるのか?
 後、英霊の座との断絶の影響は何かあるか?」

そう聞くと、ディルムッドは自らの宝具である二槍を取り出して見せた。

「主は私を呼ぶとき私の四つの武器を媒体に呼ばれた。すなわち二槍のゲイ・ボウ、ゲイ・ジャルク、双剣のモラルタ、ベガルタ。
 しかし、今の私は二槍は使えても双剣は使えません。二槍は常時展開は出来ず真名の開放型になり、双剣に関しては使えないと言うよりも、
 私の依り代である人形を守るかのように表面に漂い形作れ無いのです。それと座との断絶の影響は特に感じませんが、
 スキルの魅惑の黒子は無くなっています。最後に、私は霊体にはなれません。なれるのはあの人形、チャチャゼロでしたか?
 それだけです。むしろ、あの人形の身体が動きやすく、人の姿だと若干動きが悪いようにも感じます。」

聞いたかぎりだと、かなりオイシイ状態じゃないか。代価に差し出したのが双剣の使用不可能状態と、スキル一個の消滅、それと若干の動き辛さ。
もともと、黒子を傷つけた時点で、このスキルが無くなるのは分かっていたし、むしろなくなってよかったと言える。
動き辛さはディルムッドに任せて任意で姿を変えてもらえば良い。槍に関しても、開放すれば使える。
ここまで見るとトータル的に見て神様は割りと俺の事が好きらしい。
後は、あのゲスに復讐さえ出来れば俺は晴れて自由の身だ。

「聞いたかぎりだと、そこまで問題は無いようだな。魂も有りキサマを不幸にした黒子は消えた。
 双剣は依り代を守ってくれる、良いことずくめじゃないか。さて、現状の確認は済んだ。
 私はこれから新世界に旅立予定だが何か質問は?」

そういうとディルムッドやや考えこみ口を開いた。

「主が旅をするというのは分かったが、新世界とはどこです?」

考えてみればそうだった、コイツはここがどんなビックリ世界か知らないんだった。
取りあえず、それは新世界についてからでも話そう。口で言ってもそうそうこのビックリ世界は語りつくせない。
何せ、一般人でも頑張り次第では魔法を使ったり気を使ったり出来るのだし。

「取りあえず行けば分かる。それと、今からキサマの事をチャチャゼロと呼ぶ。キサマは私の事をエヴァと呼べ。」

そういって旅支度をしようとベッドから降りると、またションボリ顔のディルムッドと目が合う。
今度はいったい何かと思い聞こうとしたら。

「主・・・主の事を呼び捨てにするなど出来ません。
 それに出来れば私の事もディルムッド、もしくはオディナと呼んではいただけませんか?」

ふむ、名前が今度は気に入らないと・・・。
割かし注文の多い奴だが、これは譲れないな。

「却下だ。チャチャゼロ、私が強欲なのは言ったな?キサマは私だけの騎士だ。
 その騎士がおいそれとそこいらの雑兵に対して名乗りを上げるのは我慢ならん。だが、安心しろ。
 私は、キサマが名乗りを上げるに相応しい相手と敵対した時には名乗りを上げさせる。その戦いの結果こそが私に対する忠義の証だ。
 それに、日常生活で主などと呼ばれるのは疲れるし、これから私とお前は主従関係だけではなくパートナーだ。
 共に悠久の時を歩み常に背中を預けるパートナーだ。ならば遠慮は不要だ、ゆえに私の事はエヴァと呼び、今を生きる事を楽しめ。」

それを聞いたディルムッドはやや考え込んだ後、

「はいわか・・・・、いや、了解したよエヴァ。」

それを聞いた後の行動は早かった。
ディルムッドには食料と、私と奴の背丈に合う服。それと金品を探させ、俺は地下に旅行の必需品である鞄をとりにいった。
この鞄は血の知識が教えてくれたのだが、新世界の魔法工芸品で鞄の中にいくらでも物が詰め込めると言う、一種の四次元ポケットも様な物だ。
これが置いてある場所は地下にある書庫だったので、ついでにその書庫にある本や巻物などを片っ端から詰め込んでいった。
そうこうしていると後ろから声がした。

「エヴァ、荷物は取りあえず集めて上の部屋においてある、ほかは何かやる事はあるか?」

やることか・・・、あぁ、一つあった。あの部屋を燃やそう。
もともと旅立つ時はこの屋敷を燃やすつもりだった。なら、あの部屋を念入りに燃やそう。
私と俺とが入れ替わったあの部屋を、俺とコイツが出会ったあの部屋を。あの、俺が生まれてからの濃い記憶が詰まった、
あのほの暗く悲惨な部屋をすべて燃やしてしまおう。

「キサマを呼んだ部屋があったな、あの部屋に酒が置いてあるから撒いておいてくれ。
 出来れば、もう3~5本追加して。」

それを聞いてディルムッドは不審な顔をしながらも答えてくれた。

「あぁ、分かった。酒は厨房に沢山あったから、それを撒こう。少しもったいない気もするがな。」

さて、ディルムッドに支持を出しながらも進めていた、書庫の本の詰め込み作業は全部詰め込めたので終了。
後は宝物庫からお宝を突っ込むだけだ。そう思い、宝物庫の中にある宝石やら金やら銀やらを詰め込んでいると、ふと目に付いた物があった。
全体的に銀色で長さが大体20cmぐらいの棒状の物。

「キセルか・・・。懐かしいな、前は何度かこれでタバコを吸った事もあったし・・・、これは手持ちで行くか。」

そう言いながら懐にキセルを突っ込む。これは、家を焼く前にタバコの葉を探さないといけない。
そう思いながら詰め込んでいると液体をこぼす音がしてきた。あぁ、ディルムッドが酒を撒いているのだろう。
そして、お互いの作業が済んだので階段の前で合流する。

「終わったかチャチャゼロ?」

「あぁ、おわったよ。しかし、何であそこに酒なんて撒いたんだ?
 しかも、元から置いてあった一本は割と度数の高い奴だったみたいだが。」

まぁ、何も無い地下室に酒など撒いたら不振で仕方ないだろう。
が、その前にディルムッドには、やってもらわなければならない事がある。

「チャチャゼロ、取りあえずなにか適当な服に着替えてくれ。これから向かうのは近くの森だが、それでも町は通る。
 なのにその格好は不自然だ。」

ディルムッドはいつもの軽鎧姿のままでキョトンとしている。まさかのたわけは自身の格好がおかしくないとでも思っているのだろうか?
確かに、今の時代こんな格好をするやつもいるが、貴族である俺と一緒と言うのが不味い。
せめて正装をしてもらわないと、この後の事がいろいろと面倒になる。

「着替えるのは構わないのだが、一体どんな服装が良い?
 俺は生前戦いばかりで、あいにく服の知識はあんまり無いんだ。」

ふむ、まぁ、英霊になれるわけだからそれだけ戦っていたのだろうし、その過程では服に気を配る事も無かったのだろう。
おまけに黒子のおかげで女性は勝手に寄ってくる・・・。どこのエロゲーの主人公だコイツ。はぁ、まぁ、いいかそんな事。
そう階段を上がりながら考えて、出たのはエヴァのパパであるヴァレンタインの書斎。

取りあえずここでディルムッドが持ってきた服の山から、タキシードと机の上でキセル用の刻みタバコが見つかったので、
ディルムッドにタキシードを渡し、俺は部屋の外に出て刻みタバコをキセルにセットし慎重に魔法で火をつける。
確かに、これならライターの方が楽だ。もう名前も思いだせない俺はどうやら愛煙家だったらしい。出てくる情報ではよくタバコを吸っている。
そう思いながらキセルから一吸い。紫煙を肺に入れれば、どことなく懐かしさがこみ上げてくる。
煙を吐きながらそんな事を考えていると着替えたディルムッドが出てきた。

「エヴァ着替え終わったがどこか変な・・・・・、いったい何を吸っているんだ?」

ディルムッドは基本的に美形なので、タキシードも良く似合っている。
ただ鏡が無かったせいか、ネクタイが曲がっているので直してやるとしよう。

「タイが曲がっているぞ。直してやるから身体をかがめろ。それと、吸っているのはタバコと言う趣向品だ。」

そう言ってやるとディルムッドは素直に身をかがめてネクタイが手に届く位置まで来たので直してやる。
その後はディルムッドが用意した荷物を鞄にしまい準備完了。
さて、これで出発できる。

「さて、私たちはこれから旅立つ訳だが。旅立つに際してこの屋敷を焼く。
 もう、ここには戻ってくる気は無い、忘れ物は無いか?」

「俺はここに来たばかりなので特にはなにも・・・・。しかし、どうしてこの立派な屋敷を焼き払うんだ?」

まぁ、不思議だろうな。まかりなりにもこの屋敷は立派だ。
むしろ、お城といってもいいぐらい立派だ。だからこそ、ここに勤めていた使用人たちに迷惑がかかる。
今のご時世不吉な噂が立てばその噂の場所に居た人間まで不吉な物とされかねない。
だからこそ、屋敷を燃やし何があったか分からないようにするのがいい。

「今のご時世いろいろと面倒なんだよ。
 特に、吸血鬼なんて化け物が巣食っていた屋敷に勤めていた人間なんぞ同類と見られて殺されるかもしれん。
 だからこそ屋敷を焼き、何もなくす。幸い私は吸血鬼になり立てだ。歳だって見た目どおり十になったばかりだ。
 だからこそ、証拠さえなければ下手な噂も立たない。それに、この屋敷には憎しみしかない。私を真祖にしたゲスと父親に対してのな。」

今の言葉を聞いてディルムッドはなにやらブツブツ言っている。
たまに『エヴァが10歳だと!』とか、『真祖になった?』や、聞き捨てならないのが『エヴァたんハァハァ』だったがあえて無視した。
まぁ、何かあるなら後で聞いてくるだろう。そう思っていると、ディルムッドが口を開いてきた。

「エヴァ、今言った事は本当なのか?真祖にされたとか吸血鬼になり立てだとか・・・・・、
 これが一番疑問なんだが、エヴァがまだ10歳だとか。」

なかなかこいつも言ってくれる。しかも、一番最後の質問が一番信じられないというかのように。
まぁ、中身の俺は少なくともエヴァの倍は今の時点で生きてる訳だから、仕方ないといえば仕方ないがなかなか傷つくな。

「今言った事はすべて本当だ。真祖にされたのも吸血鬼なのも、私が10歳なのもな。
 私は10歳の誕生日の日まで何も知らない普通の女の子だったが、ゲスが・・・、伯父であるシーニアスと父であるヴァレンタインに気がつくと、
 吸血鬼の真祖にされてしまっていた。いや、父もゲスに殺されたから憎むべき復讐相手はシーニアスになる。」

そういい終わると、ディルムッドは神妙な顔で話し出した。

「すまない。エヴァがそんな境遇だとは思っても無かった・・・・。
 これから旅立つのは、そのシーニアスとか言う伯父を殺すためなのか?」

ふむ、今の状況であのゲスと戦って勝てるかと聞かれれば微妙だ。真祖というアドバンテージとディルムッドという破格の手札。
勝てない事は無いと思う。だが、この復讐劇でディルムッドという手札は切りたく無い。
これは俺から私への手向けの復讐なのだから、俺の手でしなければ意味が無い。
だからこそ今から俺は新世界に行って、魔法学校に入るつもりなのだし。

「いや、今はまだ駄目だ。この復讐は私の手でやってこそ意味のある事だ。しかし、私は弱い。
 真祖といえど生まれたてで、何が出来るのかも分からない。シーニアスは、まかりなりにも私を真祖にするだけの知識がある。
 だから一筋縄ではいかんだろうし、私は魔力はあるが魔法を知らない。だからこそ、私は力をつける。
 新世界に行くのは魔法の修行のためだ。チャチャゼロ、私の復讐のために力を貸せ。」

そういうと、ディルムッドは笑いながら

「エヴァの願いは俺の願いでもある、すべては我が君が思うままに。」

そう言うと、胸に片手を当てて一礼した。
よし、これで全ての準備は整った後は火をつけるだけ。

「エメト・メト・メメント・モリ 火よ灯れ」

最初にミスをして火柱が出た呪文だったが、今はそれがありがたい。
そして最初に居た書斎から地下に下りて、酒を撒いた部屋でキセルを手に持ち杖のようにふってやると火柱が出た。
火をつけた後は地上に戻り出口に向かうまでの間に、何度か呪文を唱える。
そして今、俺と鞄を持ったディルムッドは燃え落ちる屋敷を眺めている。

火は俺が予想していたよりも早く回り、今はもうその屋敷全体を包んでいる。
先ほどまで振っていたキセルに、また葉を詰め火をつけて一服。未練は無い。例え今それがエヴァが生まれて死に、
俺がエヴァとして生まれた場所だとしても。そういえば、俺は始めてこの屋敷から出たんだなと星を眺めながら考えて、
そんな感傷も今は要らないと思い頭を軽く振って言葉を発した。

「行くぞチャチャゼロ。」

短くそう言って歩き出すとディルムッドは素直に後をついてくる。
ややあって俺の横に並び口を開いた。

「行くのはいいんだが一体どこへ?
 新世界とかいう所は歩いていける所なのか?」

ふむ、確かに疑問だろう。が、原作知識とあのゲスの知識のおかげでそれは解決している。
ただ、今から向かうのは転送ポートでは無く、あのゲスの隠れ家のうちの一つ。シーニアスの知識では治療系の魔法は出てこないので、
習得していないか、苦手なのだろう。あの怪我で隠れ家でのうのうとしているとは考えられないから、奴の隠れ家にいけるのだが。
今のまま、あの転送ポートに行けば少なくとも迷う。さらに言えば、この膨大な魔力量のおかげで真祖という事がばれかねない。
なので、あのゲスの隠れ家で奪う物がある。

1つは転送ポートまでの地図。場所が異界と言われるだけあって、血もあやふやな知識しか出さない。
行くまでの知識手順はちゃんと知識として出てくるから面倒は多少省けるのだが。2つ目は魔力を抑えるアイテム。
これは、奴がそのうち私につけようと作っていたもので、後一歩で完成という所。
完成してしまえば強力な効果を発揮するらしいが、魔法を知らない俺ではどうすれば完成か分からない。
だが、今はそれで良い。未完成だからこそ効果は半減するだろう。

「新世界に行くには転送ポートを使わないといけない。
 だから、そのために必要な物を奪いに行く。場所は森の中のシーニアスの隠れ家だ。」

「シーニアス・・・、復讐相手の隠れ家なんかに乗り込んで大丈夫なのか?
 いきなり戦闘とかになるかもしれないぞ?」

そういうと、鞄を持ち歩いているディルムッドは開いているほうの手を見て拳を作っている。
多分戦闘で活躍していい所を見せようとしているのだろう。
まぁ、ぬか喜びさせるのも悪い先に話しておこう。

「一応は安全だと思う。ゲスには深手を負わせているし治療系の魔法は使えないようだ。
 それに今から行く隠れ家は研究用の道具はあっても、治療用の道具は無いらしい。」

そういうと、ディルムッド多少驚いたような顔になり疑問を口にした。

「行った事あるのか、その隠れ家に?やけに詳しいみたいだが。」

当然と言えば当然の疑問か。それとも、コイツは私が吸血鬼と言う事を忘れているのか。
それともこいつの知っている吸血鬼はこんな能力が無いのか。
まぁ、吸血鬼と好き好んで話し事も無いから知らないのだろう。

「吸血鬼は血を吸う事で、相手の血に刻んである知識を読み取ることが出来る。
 しかし、私はまだ未熟なのか血の量が少ないと得られる知識が減る。隠れ家や何やらのことを知っているのはそのせいだ・・・。
 先に言っておくが私はゲスの奪った腕から血を吸ったのであって、ゲスから直接吸った訳ではない。
 それと、お前の血からは何も読み取れなかった。理由は不明だが、まぁ、人でないのはお互い様だ何かしらの理由があるのだろう。」

そう話している内に町を抜け、うっそうと木々の生い茂る森の入り口に着き、中に歩を進める。
月明かりをさえぎり、辺りは光も無いのに、普通に辺りが見えると言うのは便利だ。
ディルムッドの方は夜目が利いているのだろう、俺と同じ速度でついてくる。
そして、ようやくシーニアスの隠れ家に着いて扉を開ける。

「危ない!!」

そう言ってディルムッドは持っていた鞄を下から上へ振り上げた。扉を開けて飛んできたのは3本の矢。
それぞれ内臓、心臓、眉間と狙ってきたのだろうが、俺の背が低いため当たるのは内臓を狙って撃たれた矢のみ。
それも、俺は目で追えていたし、取ろうと思えば簡単に取れた。だが、それをしなかったのはした方が危なかったからだ、
あのまま動いていればディルムッドが振った鞄で手を強打していただろう。

「大丈夫かエヴァ、怪我は無いか?」

「あぁ、大丈夫だお前がすべて叩き落したからな。礼を言うぞ。」

そういうと、ディルムッドはまだ罠があるかもしれないと先に入っていった。俺もそれに続くように中に入る。
中の広さはそんなに広くない。ただ、散らかっている。ゴミではなくかつて人だったモノで。
辺りにはミイラ化した死体や生乾きの死体、ほかにも体の一部が無かったりと多種多様な散らかりざまだ。
あのゲスは本当に人を胸糞悪くするのがお好きらしい。ディルムッドの顔も心なしか顔をしかめている。

「とっとと探してここを燃やすぞ。」

「あぁ」

そうお互い短く言い合い辺りを探す。程なくして探していた二つは見つかった。嬉しい誤算は新世界の地図が一緒に手に入った事。
いくら原作を知っていても地名などまでは覚えていない。もう一つの魔力を抑えるアイテムは指輪の形をしていた。
ただ、これは俺の指には大きく直ぐ外れて危ないので、紐で縛り首から提げている。これでも効果を発揮してくれるらしく、
周りを漂っていた魔力はどこかに行ってしまった。ただ、誤算なのはディルムッドが魔力が足りなくて人の姿になれないという事だろう。

まぁ、身体は動かせるようだからいいのだが本人は落ち込んでいた。そして、隠れ家にあったローブをお互いに纏い。
隠れ家の外に出て火をつけて後にする。ディルムッドは人形のままでは鞄が持てないので、俺が持っている。
そして、転送ポートのある所まで歩く。チャチャゼロは原作では空を飛んでいたので試しに聞いてみたら飛べないとの事。
多分そういう術式を人形に彫りこんでいないからだろう。そうして、途中で休憩を挟んで歩き続け朝霧が出始めた頃、
ようやく転送ポートに着き正式な手続きをして新世界に無事に飛ぶことが出来た。

「エヴァ・・・・、これが新世界という所なのか・・・。」

「あぁ、多分そうだろう・・・・しかし、これはなかなか・・・。」

新世界について早々見たのは空を飛ぶ巨大な竜の大群。
あたりをも回しても獣人やら、見た事の無い妖精っぽいものまで居る。
原作でも人種の坩堝簿だと思っていたが、ここまでカオスだとは。
考えてみればネギはオコジョ妖精を持っているし、出てくるキャラクターは悪魔や鬼、あるいは神までも出演する作品なのだ。
ついでに言えば俺はその神すらも軽く殺せる性能を秘めている・・・・。
なんか頭痛くなってきた。

「まるで神代にでも戻ったかのようだな。ここまで神秘が溢れているとは・・・。」

ディルムッドは素直に感動しているようだ。
俺も何も知らなければ感動できただろう。だが、今だけは俺の知識が恨めしい。
あればあるほど危険への対処は出来るが代わりに、何が出てくるか分からないパンドラの箱にも思える。

「はぁ、とりあえず魔法学術都市アリアドネーに向かおう。少なくとも、そこなら魔法を学べる所もあるだろう。」

そういって感動したまま辺りを見ているディルムッドをズルズル引っ張って歩く。
程なくして、

「ハッ、俺はいったい何を・・・って、すまないエヴァ手を放してくれないか。
 あまりにも感動して意識を飛ばしていたようだ。」

そう言われて放してやる。
そうするとヨチヨチと歩き出す、見ていると可愛いのだが今ので『コイツ大丈夫か?』と思ってしまった。
まぁ、楽しいのなら楽しいで構わないのだが。
ついでに、ここがどんなトンでも世界か話しておいてやろう。
そう思い歩きながら口を開く。

「感動するのは構わんが覚えておけ。ここはお前が考えているような甘い世界ではない。
 少なくとも奴隷制度はあるし、賞金稼ぎも居る。それだけは無く住んでいる人間事態が旧世界、
 新世界ともに半端ない強さを持っている可能性もある。楽しむのは構わんが気をつけておけよ。」

そういうと、実にディルムッドは楽しそうにしている。チャチャゼロの姿だが
なんとなくその表情が笑っているように見える。

「ここはそんな所なのか・・・・、すごく楽しみじゃないか。
 エヴァ、俺は必ず君を守り誓いを果たそう。例えどんなに相手が強くとも俺の双槍をもって貫いてみせる。」

とりあえず、やる気は出たようだ。まぁ、ケルトの戦士は戦い好きで風のように戦場を駆け。
敵と対峙してもその敵を認めればともに酒を酌み交わすように気質だ。
なら、コイツにとってこの世界は最高なのだろう。
使えるべき主が居て、戦うべき敵が居て。
それならばやってもらう事は多いな。

「取りあえずは、学校に入学できてからだ。
 キサマにもたっぷりしてもらう事があるんだから覚悟しろ。」

そういいながら、転送ポートの近くにあった換金屋で金貨を換金して資金を調達して、
近くのワイバーンを使ったタクシーのような施設に行き金を払い魔法学術都市アリアドネーの都市を目指す。



[10094] 学校とはとにも奇妙なところだな第06話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/04/13 21:43
学校とはとにも奇妙なところだな第6話




現在上空2000m位ワイバーンの背中で雄大な新世界を見ている。
隣に居るディルムッドは終始見るものに、感動したりはしゃいだりしている。

「エヴァ見て見ろ、こんなにも竜が近くを飛んでるぞ!あはははは、まるで夢でも見てるみたいだ。」

ディルムッドが人の姿だったら、間違いなく目を輝かせて、さぞあの美形な顔で喜んでいただろう。
かく言う俺もワイバーンに沿うように巨大な竜が飛んでいる事に感動していたが、
隣に居るディルムッドがあまりにもはしゃぐものだから、どこか冷静だ。

「とりあえず黙れバカ。はしゃぐなとは言わんが落ちたらバラバラだぞ。」

だが、竜が火を吐いた時には流石にあせった。灰になっても生き返るとはいえ早々灰になりたがる奴は居ない。
そうしながらワイバーンでのフライトを終え、やってきたのは魔法学術都市アリアドネー。
町全体が迷路のように入り組んでいるのは神話にでも因んでいるのだろう。
これでミノタウロスでも居れば完璧なのだが・・・。
いや、この世界なら居そうで怖い。しかも一人と言わず一族として。

そんな事を考えながら町を歩く。
取りあえずは学校なのだが、入学するなら出来るだけ古い学校がいい。
なぜなら、古ければ古いほど古い書物が眠っている可能性が高い。
それに、旧世界ではまだ産業革命が起こっていないので、本の量産が出来ていない。
これを考えると、今ある書物を読まないと今後その書物がなくなる可能性が高い。
まぁ、新世界は妖精なんかを使って、量産している可能性も捨てきれてはいないのだが・・・。

「なぁ、エヴァとりあえず2~3校ぐらい見たがどうする?」

「悩みどころだな・・・。」

ワイバーンから降りて、すでに何校かは回ったがなかなかいい学校が無い。
今まで見たのは真新しい作りの学校ばかりで、年季と言う物が感じられない。
さて、ここで妥協はしたくないのだが・・・。

「とりあえず一旦休憩だ。事を急いで仕損じるなんぞ愚の骨頂だ。」

「了解。おっ、あそこに軽食屋があるみたいだぞ。」

そう言われて見てみると、オープンカフェのように軒下に机などを並べた店が見える。
考えてみれば、ここに来るまでエマのお菓子以外まともに飯を食べていない。
そう思うと腹が減ってきたので、店に入りメニューを見て適当に注文する。
むしろ、文字を読めても出てくる料理が想像出来ないとは思わなかった。
程なくして出てきたのはドリンクと大きなタコスのような物が数個。
中の具財は分からないがまぁ、食えるだろう。

「なぁ、エヴァ俺も食べたいのだが・・・。」

カフェテラスに陣取っていざ食事と言う時に、ディルムッド声をかけてきた。
ここまでの事を見るとディルムッドはこちらに来てから、かなりフランクになっている。個人的には嬉しいかぎりだ。
と、そういえばこいつはチャチャゼロの姿だが食えるのだろうか・・・?
とりあえず、原作で酒をガバガバ飲んでいるのは知っていたが、
固形物となるとどうなのだろう?

それとも、ディルムッドの魂があるから食えるのか?そう思い、試しに一つ渡してやると普通に食べた。
しかも割りといい食いっぷりで。それを眺めながら俺も一つ口に運ぶ。味は、辛さはあるがわりとさっぱりしている。
そう考えながら食べていると『ガリッ』っと何かを噛み砕いた気がしたと思ったら気持ち悪くなってきた。

「げほっ、うぇ、何だこれ。」

「どうしたんだエヴァ急に吐き出して?・・・あぁ、にんにくが丸ごと入ってるな。」

一緒についてきたドリンクを飲み口を潤す。
吐き出した物の中ににんにくがあった、基本的に俺は臭い物が嫌いだった。
代表としてにんにくとネギと玉葱後、キムチ。中の二つは調理の仕方しだいでは問題ない。
にんにくに関しては匂いを消した上で少量なら大丈夫だったが、キムチは完全にアウト。

考えてみれば今の俺は五感が人間よりもかなりいい。
だから、余計嫌いな物が駄目なのだろう。これは食事には気をつけないといけない。
下手に食えば自爆は必死だ。ついでに言えばねばねばした物も嫌いだった。例としては里芋、山芋、オクラなど。
だが、納豆は好きだった。そんなことを考えていると、

「吸血鬼って本当ににんにくが弱点だったんだな。」

などと能天気に言いながら料理をぱくついている。
なんだか、目の前の人形が急に恨めしくなってきた。
これは意地悪でもしないと気がすまない。

「にんにくは弱点ではない、ただ大嫌いなだけだ。ふむ、今晩は猪鍋にでもしよう。
 きっと美味いだろうなぁ~。もちろんキサマも食うよな・・・?」

そういってディルムッドを見た。俺の言葉を聞いた瞬間、料理に伸びていた手が止まり急にガタガタ震えだした。
まぁそうだろう、猪に殺されたコイツが猪の肉なんぞ食いたい訳が無いのだから。

「エ、エヴァ嘘・・・だよな。そんな拷問じみた晩餐は。」

それを聞いた俺はさぞ嫌味な笑いを浮かべているだろう。
だが、楽しいからお構いなし。

「まさか、拷問じみたではなく拷問なのだからな。主からの心温まるほどこしだ、たっぷり食べるといい。」

「ナマ言ってすみませんでした。」

そういってペコペコしている。
心なしか元から小さいチャチャゼロが、さらに小さくなったような気もする。
まぁ、あまり苛めるのも可哀想だ。そもそも新世界に猪鍋があるか知らないし。

「まぁ、猪鍋は冗談として、あまりここで油を売っていても仕方が無い。
 その料理をとっと食って片付けろ。」

そういうと、ディルムッドは再び料理を食べだし程なくして完食。俺にいたってはドリンクと煙草だけの食事となった。
ディルムッドが食事をしている時、俺は通りの方を見ていたが、流石魔法学術都市と銘打つだけあって学者っぽい感じの人間が多い。
あくまでぽいと言うだけで基本的にローブを着たやつが多いからそう感じたのだろう。
そんな中通りを歩く男女の一団から声が聞こえてきた。

「なぁ、知ってるか?町外れの学校潰れるらしいぜ?」

「えっ、本当?あそこって結構歴史のある学校じゃなかったっけ?」

「あぁ、本当だ。なんでも生徒が取れないんだと。まぁ、あんな不気味な学校行きたくは無いわな。
 なんたって、あそこにはいろんな黒い噂があるし。それに、あそこって最新の魔法教えないし。」

「そういえばそうね。潰れても仕方ないわね。もう潰れたの?」

「いや、とりあえず今募集してる生徒まで取ってそれが最終組になるらしい。
 まっ、あんな所に途中編入したがる物好きはいないから実質おしまいだ。」

ふむ、なにやら耳寄り情報ありがとう。
とりあえずの目星は着いたな、後は学校名と入学費とかか・・・。

「よし、行き先は決まった。いくぞチャチャゼロ。」

そういってキセルをくわえたまま歩き出す。
その後をディルムッドがヨチヨチと着いてくる。

「決まったって、学校か?今見て来た所に良い所が無いって言ってたはずだが?」

俺の横に並ぶと見上げながら話しかけてくる。
こっちに来て助かった事の一つに人形が喋っていても、歩いていても注目されないという事がある。
まぁ、コイツとしては人の姿で居たいのだろうが下手に目立つよりはずっといい。

「あぁ、今まで見た所は駄目だ。だが、今いい情報が入った。
 町外れに古い潰れそうな学校があるそうだ。取りあえずは下見だがたぶんそこに入学するだろう。」

「そうか、よしなら行こう。」

そういって、町外れを目指して歩き出した。途中何度か迷い、そのたびに近くに居た人間やらエルフやら獣人やらに道を尋ねたが、
なかなかに親切に教えてくれた。ちなみに、ディルムッドはやはり嬉しいのか、話すたびに浮かれていた。そして着いたのが目の前の学校。
石造りで見た目は結構立派そうだが、あちらこちらに修復の後と補強の後が見える。

ついでに言えばなかなかに不気味だ、見方によっては城のように見えなくも無いが、どこか巨大な棺を連想させる。
そんな事を思いながら大きな門をくぐる。中には大きなグランドとなにやら研究室のような建物が無造作に乱立しており。
その乱立した物は後から付け足されたのだろうと思う。

そして受付に着いた。

「すみません・・・・。」

そう声をかけると受付嬢は辺りをキョロキョロしている。分かっていたことだが、今の俺の背は低い。
街中を歩いていて思ったのだが、ここに来るまで俺と同じぐらいの身長の奴に出会わなかった。
多分みんな学校なのだろう。

「あら、可愛いお客さんね。今日はどうしたのかな?」

受付から出てきたのはエルフのお姉さん。ちなみに巨乳。これを見て、「あぁ、やっぱりネギまか」と思ったのは内緒だ。
心の奥に閉まって鍵をかけておこう。と、いかんいかんこのままでは話が進まん。

「今日は、ここに入学するために来た。初めまして私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う。
 そっちの人形は私の騎士でチャチャゼロ。」

そういうと、ディルムッドは慇懃に一例そして

「俺は主の騎士。名はディ・・・・、痛いじゃないかエヴァ。」

頭を殴り言葉を止める。
この馬鹿は人の言った事を聴いてないのかそれとも、名乗れるのが嬉しいのか・・・。
まぁ、名乗らせはせんのだがな。

「チャチャゼロ。キサマ私の言った事を忘れたわけではあるまい?」

そういってジロリと見てやると、ややあってディルムッドは

「俺は主の騎士。名はチャチャゼロよろしく頼む。」

不満タラタラな感じで名乗りなおした。
本当にお前は忠義の騎士を目指してるのか?
ククク・・・、なかなかにいい壊れ具合じゃないか。

「そう、私の名前はエルシア気安くエルって呼んでね。っと、そういえば入学したいんだったわね。
 いいわよ書類と入学金用意してくれれば。」

そういってエルシアは受付カウンターから数枚の書類を取り出してわたしてくれた。
内容を読んでみると、書かれていたのは入学手続きに必要な物と寮を借りるか否かと言う書類。
屋敷を焼き払った俺には住む場所が無いので、寮があるのはありがたい。それに、入学金もこちらに来た時に換金したお金で足りる。
後は羽ペンを借りて書類に必要事項を書き込み完成。正直、入学には手間取ると思ったが思いのほか簡単だった。

「エル、すべて揃った。これで大丈夫か?」

そういって今書いた書類と、鞄からお金を取り出し受付カウンターに置く。
そうすると、エルはえらくニコニコしながら。

「毎度有り~、ようこそ最後の新入生ちゃん。足りない物なんかは、町で買うか、学校の中で販売所があるからそこで買ってね。
 本格的な勉強は明後日辺りからになると思うけど、それまでは自由だから好きに見学するといいわ。あぁ、後これね。」

そう言われて手渡されたのは一つの鍵。
たぶん寮の鍵だろうがその寮がどこにあるのやら。

「エル、寮はどこにあるんだエヴァが困っているだろ。」

おぉ、困ってる人を助けるってちょっと紳士っぽい。
考えてみれば、コイツは女には言い寄られまくっただろうから当然のスキルなのか?

「あぁ、ごめんね~、流石は騎士くん気が利くね~。寮はこの受付を出たら右奥よ一応クレータ寮って書いてあるから大丈夫だと思うわ。
 部屋は角部屋13号室ね。」

そういいながら、エルシアは奥に引っ込んでしまった。ふぅ、ここに長く居ても仕方ない。それに、いい加減疲れた。
ついでに言えば腹も減った。確か鞄の中には食料も詰め込んでいたはずだ。取りあえずはそれでも食べて腹を満たそう。

「チャチャゼロ行くぞ。流石にここまで来るのに疲れた。ついでに言えば昼間は私の寝る時間だ。」

「あぁ、クレータ寮だったか。どんな所だろうな。」

そうして、エルシアに言われたとおり、受付を出て右奥に進む。
寮に向かっている途中グランドの方を見ると、何人かの子供が魔法の射手を壁に向かって撃っている。たぶん魔法の練習なのだろう。
これを見ていると、本当に魔法なんてモノを俺が学ぶんだなと現実味が増してくる。そう思いながら歩いているとクレータ寮に着いた。
着いたのはいいのだが、これはどうなのだろう・・・・・?
とりあえず建物自体は立派だ。

それは間違いないのだが、いかんせんその後ろに増築されたであろう、建物が邪魔をして非常に日当たりが悪い。
ついでとばかりに辺りを見てみると、えらく毒々しい色のキノコなんかが生えている。
新しい我が城ながらこれはなんとも。
・・・、まぁ、住めればいいか。

「なぁ、エヴァ、俺ってカビとか生えないよな?もしくはキノコとか。」

寮の門を開き中に入ろうとすると、そんな声がディルムッドから聞こえた。
ふむ、もし生えてそれが人の姿になった時も反映したら・・・・ヤバイ、意外と笑える。

「まぁ、確証は無いが多分・・・・きっと・・・・・・・大丈夫?」

「エヴァ、出来ればいつもみたいに迷わず最後のセリフだけくれ、ついでに言えば疑問系なしで。」

そんなバカ話をしながらエルシアが言っていた部屋の前に着き鍵を差し込み開ける。部屋の中はベッドとクローゼットに机。
個室の方には風呂とトイレがあった。必要最低限な物は揃っている。
ただ、日当たりが悪い。窓はあるがそこから日の光は差し込みそうも無い。
まぁ、闇の魔法を使うにはうってつけの環境と言えなくも無い。

「エヴァ、ここでどれくらい暮らすんだ?」

一緒に中に入り今は机に備え付けのイスの上に座っているディルムッドが口を開く。
ふむ、あまり長くは留まれない。長く留まれば不審がられる。となれば・・・、

「大体2~4年をメドにしたい。出来れば、早くあのゲスを始末したいな。」

「そうか、まぁ、俺は俺が出来ることをするだけだ。」

そういうディルムッドに期待していると伝え風呂へ。
考えてみれば、水瓶にダイブして以来始めての風呂。魔法のおかげか普通にお湯が出る。
浴槽が深いためお湯を半分満たし、ローブと着ていた服を脱ぎゆっくりつかる。
お湯につかると俺の白い髪がお湯に漂っている。

「ふぅ、なんと言うか・・・かんというか・・・。ふぅ・・・・。」

自身の白く小さな手でお湯を掬い顔を洗う。改めてみても小さいな。
そして、身体も髪も洗っていなかったので、気力で湯船から出て髪を洗い身体を洗う。
感想としては、エヴァって敏感・・・・だった。
いかん、この思考はカットだカット。自身の身体で欲情してどうする。
そう思いながら、もう一度湯船につかっているとふと、俺は下着も洋服も用意していないことに気づく。
まぁ、どうにかなるだろうそう思っているとなにやら外から声がする。

「チャチャゼロ君エヴァちゃんは?お買い物か何か?」

「いや、風呂だが何か用かエル?」

「ん~、用と言えば用なんだけどね、最初に書いてもらった書類で出し忘れた物と検査し忘れた事があったのよ。」

「検査・・・・か?そのやたらヤバそうな色の飲み物と関係があるのか?」

「うん、でもエヴァちゃんが居ないなら出直そうかな?」

ふぅ、そろそろ上がるか。考えてみれば俺は水も大丈夫なんだな、吸血鬼の弱点のはずなのに。

「お~い、チャチャゼロ下着と服とタオルを持ってきてくれ。」

そう声をかけると外でごそごそする気配が伝わり続いて少し開けた扉の隙間から服が差し込まれた。
別に見られたぐらい気にしないんだがな。ついでに言えば、隙間から見えたエルシアの目が異様にギラついていた様な気がする。
取りあえず、早くネグリジェに着替えよう。差し出されたタオルとネグリジェで身支度をして風呂を後にする。
風呂場の扉を開けると扉の前で仁王立ちしているディルムッドと、それに対峙するエルシア。
意味が分からん。

「おい、いったい何があった?」

仁王立ちしているディルムッドにそう聴いてみると

「いや、エヴァに用事があるって言うからエルを部屋に上げたんだが、エヴァは風呂に入ってたから、風呂に入ってると伝えたんだ。
 そうしたら、出直すと言いながらエルが風呂場に突貫しようとしたのでな。」

それを聞いてエルシアの方を見ると。
それが如何したと言わんばかりに、ただでさえ大きな胸をさらに張り真顔で答えた。

「可愛い物を愛でて何が悪い!私は可愛い物が大好きだ!」

うん、この人実は頭痛い人だったんだな。うん、忘れよう例え女でも今の俺は少女。
つまり、女の人に酷い事言ってもOK。

「エル、愛でて良いのは愛でられる覚悟がる奴だけだ!ちなみに、私に巨乳属性は無い!」

そういった瞬間、エルが見る見るうちにしぼんでいったような気がする。それでやる気の無くなったエルシアが用事を言い出した。
ちなみに、ディルムッドは今の言葉でエルシアに戦意がなくなったと見たのかイスの上で黙って座っている。

「あぁ・・・、忘れた書類とこれ飲んで。」

そういって渡された物は専攻学科の書類と口では表現しきれない色の液体。これは飲んでも大丈夫だろうか・・・?
いや、死にはしないだろうけどさ。後回しだ後回しチキンと言うな、俺の本能が嫌がるんだよ第六感的な意味で。
そんな事を考えながら、学科の書類を見ると学科は2つ。しかも、両方選んでも問題ないとの事。
そして、書類をめくって学科名を見ると魔法学と錬金術。はて、この世界にも錬金術があったのか。
まぁ、書いてあるからにはあるんだろう。まかり間違ってもここは学校だ。

「学科は両方で頼む。しかし、錬金術なんてあるんだな。」

それを聞いたエルはやはりやる気が出ないのか適当に答える。
良くこれで雇ってもらえた物だ。

「あぁ~、錬金術ねぇ、これもうほとんど廃れてるからやってる人居ないのよ魔法の方が便利だし、錬金術とちがって材料いらないし。
 だから、ここ潰れたら後は町に居る錬金術師に習うしかないんじゃない?
 それに、錬金術師最高の称号であるアルケミストはもう持ってる人いないし。」

ふむ、今の時点で廃れていれば、もう後には伝承程度しか残らないだろう。
下手をすれば架空の産物になるかもしれない、これはなかなかいいな。
最終的にこの技術を持つのが俺だけになる可能性が高い。これは選考してよかった。
今は役立つか知らないが、いつか役に立つだろう。
後はこの不気味な液体だな・・・。しかし、いったい何なんだこれ?

「おいエル、これは何の液体だ?」

「・・・・・・・媚薬。」

聞いた瞬間地面に投げつけようとした手をエルシアが止める。
一瞬俺の知覚以上の動きをしたようだが、ギャグ補正か?
ディルムッドもイスの上で目をパチクリさせている。

「ごめん私が悪かった。これはね、魔法の適正を見るための薬よ。」

「ならさっさとそういえ。」

「エル、悪ふざけが過ぎるぞ、エヴァが怒ってるじゃないか。」

そう二人でエルシアに言うと『ちぇ』などともらしていた。
まぁ、適正薬なら飲んでも大丈夫だろう。そう思い一気にあおる・・・・。
飲んだ薬はえらくノドに絡みつく。味は・・・・、無い。むしろ、匂いも無い。それが逆に恐ろしい。
どこをどうすればあの色で無味無臭の薬が出来上がるんだ?

「おぉ~、一口でよかったのに全部あおるとは良い飲みっぷりだね。」

「こいつ・・・・、殺しても良いよな。取りあえず、こいつから始末して良いよな。」

「エヴァ落ち着け!なんか駄々漏れになってる!」

おっと、いかんいかんなんか外に出たようだ。
目の前のエルがガクガクではなくカクカクしている。
なんかロボットみたいだ。

「で、これでどうやって調べるんだ?」

「はっ、エヴァンジェリンさまその白魚のような指から一滴ばかり血をお恵みください。」

なんか知らんがエルがオカシイ何があった?

「チャチャゼロ何があってエルはああなった?」

「知らぬが仏という奴だ。」

まぁ、いちいち調べていても埒が明かない。それに、いい加減眠りたい。そう思いエルに血を渡して部屋から追い出しベッドに入る。
ついでに鍵もしっかりとかける。チャチャゼロには自由にしていいぞと言ったら、不埒な輩が何時来るか分からないとの事。
まぁ、あのエルを見ていれば警戒したくもなる。そんな事を考えてベッドでまどろんでいると少しずつ眠りに落ちていった。


ー翌朝ー


取りあえず、久々にベッドでよく寝た。
今日までに落ち着いて寝る事なんてあっただろうか?外から日差しは差し込まないけど気にしない。
そう思って机の方を見るとイスの上にはディルムッド。こいつの場合寝ているのか起きているのか分からん。
そう思って見ていると。

「ん、エヴァかおはよう。」

「あぁ、おはよう寝てたのか?」

「いや、考え事だ」

俺はそうかと返して風呂へ行って洗面を済ませ、持ってきた服に着替えてキセルで一服。流石にこの格好は目立つな。
今日は服とか含めての買出しをしよう。そんな事を考えながら鞄から干し肉とパンとワインを出し食べる。
ちなみに、ディルムッドも横で同じように食事をしている。
そんな感じに朝のユルイひと時をすごしていると、

コンコンコン

この学校でこの部屋をノックする奴なんて、一人しかいない。
はぁ、朝から昨日のカオスなテンションは出ないんだがな。ほら俺吸血鬼だし。
とりえず、そろそろ扉がぶち破れるんじゃないのかというぐらい叩いているので、いい加減うるさくなってきた。

「はぁ、チャチャゼロ開けてやれ。」

「・・・、そうだな、新しい城がいきなり壊されるのは、俺もどうかと思う。」

そういってヨチヨチ歩いてディルムッドが鍵を開けてやると案の定エルシアがなだれ込んで来た。
ちなみに、その衝撃でディルムッドはゴロゴロ転がっている。

「もう、エヴァちゃん朝から私時間無いの。今週遅刻すると減給なの。だからこれ読んで。以上では良い朝を。」

そういってエルは今度は風のように部屋から出て行った。
なんというか、良い朝をと言った本人がその朝を壊している気がする。

「生きてるかチャチャゼロ?」

転がってピクリともしないディルムッドに声をかけてやるとムクリと立ち上がった。
顔色は見えないが、なんというかよろしくは無いのだろう。

「エヴァ、昨日から考えていた事なんだが、俺はまだこの身体を使いきれていない。
 だから俺は俺を鍛えなおす、俺は必ず強くなるよ。君の騎士として恥じる事の無いように。」

そういって立ち上がったディルムッドは硬く拳を握っている。
そこまで決意があるなら、主から激励の一つも送ってやらないとな。

「ククク、当然な事を言うな。最強の魔法使いを目指す私の騎士が、よもや弱いなんて事は無いだろう。
 キサマは最強の騎士を目指せ。」

そういってやると、ディルムッドは『うぉぉぉ・・・、やってやる、やってやるぞ~。』と、どこかに行ってしまった。
まぁ、この学校からは出ないだろう。そう思いながら先ほどエルシアが持ってきた書類を見る。内容は俺の魔法適正。
読み進めて分かったのは俺の得意属性は闇と氷、これはエヴァがそうだったからそうなのだろう。
だが、後一つ得意属性があったそれは

「重力ね・・・、私は重い男だったのか?まさかな。」

そう、重力である原作では確かアルビレオ・イマが使っていた。
まぁ、プラスだな。後の属性はどんぐりの背比べで、光系統はほぼ壊滅的。
吸血鬼というか不死属性のなせる業というか。まぁ、俺自身光系統ってイメージわかないからOKか。
そう思い、いったん思考を中断し外に買い物に出る。このとき髪が邪魔になったので、リング状の髪留めで髪を止め、
さらに大き目のリボンでリング全体を隠すように結び準備完了。
さて、何から買おうか。



[10094] 人間交差点・・・・な第7話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/28 15:17
人間交差点・・・・な第7話




鞄をもって部屋を出てから販売所を探して校内を歩く。
髪をリング状の髪留めとリボンを使い、首の後ろで一つに纏めたので邪魔にならない。
しかし、屋敷から持って来た服は黒系統のゴスロリ服ばかりなので早く他の服をそろえないと、目立ってしょうがない。
今もこの服で校内をうろついていると、何人かに2度見された。

元がエヴァだから似合ってないという事は無いと思うが、正直どうなのだろう。
それに、ディルムッドの正確な現状も気になる。ディルムッドは前に聞いた時は多少の動き辛さがあるといっていたが、
その多少の認識が俺とあいつではかけ離れている可能性もある。

その辺りを正確に把握していないと、いざと言う時に判断を誤る材料になりかねない。
そんな事を考えながら歩き回っていると、どうにか販売所を見つける事が出来た。中を覗いてみると、レジには骸骨が居た・・・。
パイプを加えて新聞みたいな物を読んでるから、生きているんだろう。一応目っぽい物もあるし。
なんか、こういう悪魔やらエルフやらを見ていると、真祖と言う事をばらしても問題ないような気がしてきた・・・。
はぁ、まぁ、今の所は穏便に行こう。下手に動いて封印されるよりはいい。
そう思って中を見ていると骸骨の方から声をかけられた。

「客かい?客なら中に入りな。出入り口をふさがれると商売上がったりだ。」

「あぁ、客だ邪魔をする。」

そういって店内に入る。店の中には所狭しといろいろな物が置いてあった。ネギまでおなじみの練習用の杖やローブ。
他にもマジックアイテムなど。ちなみに、アイテムの名前は分かるが何の効果があるかは分からない。
だが、ネギまの新世界のアイテムはチートアイテムが多いから下手をするとそんな類の物があるかもしれない。
そう思い物珍しそうに見ていると。

「嬢ちゃん新入生かい?やけに珍しそうに見ているが?」

「あぁ、こっちの世界には始めて来た。ついでに、最後の入学生だそうだ。」

そういうと、骸骨は何が可笑しいのか『ガハハハハ』と笑い出しその後やけに親切にしてくれた。
何でもこの骸骨、ここで働き出して勤続50年。昔は戦技も教えていたが歳には勝てず今は、この販売所で店主をしているそうだ。
だが、この学校ももう閉校と言う事で完全閉校したら子供の所に転がり込むとの事。

しかもこの販売所、やたら学生に人気が無く、ほとんど人が来る事が無い。
それで久々の客の上に、最後の入学生が来たと言う事で嬉しくなったらしい。
そうやって話が弾んだので、いくつかアイテムを見繕ってもらう事にした。

本当は原作でエヴァが持っている別荘があればいいのだが、それがないので精神修行用に幻想空間幽閉型の巻物や、
魔法の教本、錬金術の教本、後は、従者のための気入門。その他雑多な物を買った。ついでに、魔法の杖に関して良い物が無いかと聞くと。
店主曰く、好きな物を使えばいいとの事。何でも練習用の杖は魔力の通りやすい素材で作られて最初はそれで練習すればいいが、
そのうち魔法が上手くなればみんな好き勝手に魔法を使う媒体を変えるので、どうせなら最初からこれだと思う物を使えばいいとの事。
ついでに言えば、肌身離さず持てる物がいいと言われた。
そこで考えて出したのが、

「なぁ、店主これでも大丈夫か?」

そういって見せたのは、屋敷を出てから手放せないキセル。
これが使えれば、趣味もかねているので無くさずにすむ。
そう思い布懐からキセルを出したら、店主が手にとって見たいと言うのでキセルを渡してやる。

「嬢ちゃん、ただでさえちっこいんだから、こんなモン吸ってたらさらにちっこくなっちまうぜ?」

「うるさい、それでそれは使えるのか?」

げらげら笑いながらも、真剣な目で骸骨はキセルを眺めている。
そうして、しばらく眺めてから。

「嬢ちゃん、こいつは使えるぜ。素材もなかなかにいいみたいだしな。」

そういって、こっちにキセルを投げ渡してきた。

「そうか、ならこれを杖に使うか。」

そういってキセルを懐に直し『また来る』と言い金を渡し店を出る。
出る間際に骸骨からサービスだと言われて吸い込み式の魔法薬をもらった。

「そんな物持ってるんなら吸うだろ?嬢ちゃんぐらい魔力があれば要らないだろうが。
 多分俺の見立てじゃあこの学校でも多分3~4番目の魔力量があるしな。」

「それはいいんだが、これ何の薬だ?」

そういうと店主が薬の説明してくれた。
なんでもこれは錬金術で作られていて、魔力増強効果があるとか。
だが、子供はこの味が駄目な奴が多いらしくあまり売れないし、親もあまり進めたがらないとの事。
店を出て、もらった魔法薬をキセルに詰めて火をつけて一吸い。
上がる煙の匂いはシナモンのような甘い香りで、少し癖はあるが味も悪くない。
ふむ、これはいい掘り出し物かもしれない。俺も錬金術を専攻しているから、そのうち作れるようになるだろう。

その後魔法薬を吸いながら校内を見て回る。
と、言っても鍵が掛けてある所もあるので外を見ただけだが、いくつかの施設には看板が掲げてあったので助かった。
その中でも、特に興味を引いたのは図書館だ。俺はオタクと言う事もあり本を読むのは好きだった。
しかも今はそれだけでなく本当の魔道書が眠っている可能性もある。
これは、絶対に読みに行かねば。そう思って図書館を眺めていると、

「あ、あぶねぇーー!そこ退いてくれーー!」

「へ?ちょ、おま!?」

結果だけ言おう。杖にまたがった奴に轢かれた。
いや、杖に乗ってた奴が腕をばたつかせたので、そのばたつく腕が俺の頭にヒット。
そのせいで吹っ飛んだ。

(あぁ、こんな感じの飛び方なら痛みとかも味わうんだろうな。)

そんなことを考えながら地面にダイブ。
身体に危機に本能が働いたのか、魔力が守ってくれたので身体に傷は無し。
ちなみに、起き上がって辺りを見ると俺に特攻してきたヤツも横に仰向けに倒れていた。
コイツはお礼をしてやらんとな、いったいコイツが誰に何をしたのかという事をきっちり教えてやらないとな。

「つぅ~、おい大、ぐぇ・・・・。おい、足を・・・。」

「だまれ、キサマがいったい誰に何をしたか教えてやる。」

そう言って、男の腹を踏む。ちなみに両足で。
今履いている靴はハイヒールだから踵の方に体重を掛けると非常に痛いだろう。
まぁ、体重が軽いから場所によればつぼマッサージとも取れなくないが。今は軟らかい腹の上、しかも鳩尾付近。
相手の歳は俺と変わらないぐらいの男なので結構厳しいだろう。

「俺は退けろって言っ・・・・、すんません、ジャンプしないでください。」

「黙れ。」

腹の上で連続ジャンプ。
あんまりやると吐くかと思ったが、下の男も魔法使い障壁でも展開しているのだろう。
目に見えたダメージは無い。

「お、俺が悪かったから踏むのをやめてくれ。」

「黙れといったが、まぁ、踏むのはやめてやる。」

そういって男の上から降りると『たすかったぁ~』などと言って立ち上がったので、不意打ちに頬ひっぱたいてやった。
まぁ、全力でやると首がねじ切れそうなので手加減はしたが。景気よく吹っ飛んで気絶したようだ。
取りあえず、この気絶した男をどう料理しようかと考えていると。

「お~いエヴァ、どうしたんだ道の真ん中に立って。」

声のした方を見るとディルムッドが、ヨチヨチと歩いている。
どこかに行ったかと思えばこんな所を歩き回っていたのか。

「あぁ、いまそこに転がっている男に轢かれたんでな、その礼をしていた。」

そういって、気絶している男を指差してやる。
ディルムッドはその方を一目見てすぐに興味を無くしたのか俺の方を見て。

「そうか、エヴァに怪我は無いか?」

そういって、身体をぺたぺた触っている。こいつなりに怪我が無いか調べているのだろう。
背伸びしならがら肩の辺りを触ろうとしているが届いていない。はぁ、なんか馬鹿らしくなってきた。
これ以上この男にかまっていても何の利益も無い。

「怪我は無い。チャチャゼロ、散らかった荷物を拾え。部屋に帰るぞ。」

「あぁ、俺の方も話しておきたい事があるしな。」

そういって、二人で散らかった物を拾い集めて寮の部屋へ。
部屋に戻ってくると、扉の所にエルシアからの張り紙があったので剥がして部屋に入り読んでみる。
内容は明日から授業に出る事と、それに必要な物。後、明日の朝迎えに来るなんて事が書いてあった。
まぁ、読んだかぎりでは必要な物は先ほどの買い物で大体そろっている。
そう思い俺はベッドに腰掛け、イスに座っているディルムッドに話しかける。

「なぁ、チャチャゼロ明日から授業に出るがキサマはどうする?」

それを聞いたディルムッドは多少考え込み、

「今後のためを考えれば魔法の知識は欲しい。だが、今は身体を使いこなす事を優先したい。
 それに、この体型だとまともに槍が振れないからその鍛錬もしたい。」

確かに、ディルムッドの言っている事は優先事項ではあるな。
それなら鍛錬ついでに一つ課題を出そう。まぁ、出来ればの問題だが。

「私が呼ぶ以外はそれでかまわん。ついでに一つ課題を出そう、この世界には『気』と呼ばれる物がある。
 これは簡単な話、体内で生命エネルギーを錬って外側に放出して技を出す物だ。
 ちなみに、これは体力勝負な所があるがキサマにはもってこいだろう。
 これを習得できたら、次のステップもあるから出来るだけ早く形に出来ることを祈る。」

それを聞いたディルムッドはなにやら深く考え込み口を開いた。

「それは、俺も使えるのか?俺はルーンなんかの知識は一応あるが。
 魔法なんかの知識はゼロだ。ついでに言えば今は人でさえないのだが。」

これについては俺も考えていた。しかし、今のコイツには魂が宿っている。ついでに言えばそれの受け皿である身体もある。
ならば、後は練習しだいだろう。これに関しては未知数としかいえないが、一般人でも練習しだいでは使えるのだからコイツも使えるだろう。

「だからこその課題だ。精神を司る魂があり、人形とはいえ生命を司る身体もある。ならば、キサマの練習しだいだろう。」

そういってやると多少は不安が残っているようだが、首を縦に振りうなずいた。

「あぁ、エヴァが望むのなら頑張ろう。それで、エヴァの方はどういう方針で動くんだ?」

「あぁ、今の所は魔法のみで行こうと思う。体術に関しては多少の経験があるがそちらを伸ばすよりも今は、
 魔法に関して伸ばしていきたい。ほかの事を伸ばすのは復讐を果たしてからでも遅くは無い。」

少なくとも、今の俺は死なない。
それでも、魔法に関する知識が圧倒的に足りなさ過ぎる。それならば、魔法の方を伸ばした方が得策だろう。
錬金術に関しても今は片手までいいだろうし。今行動方針を誤ると復讐自体が長引く可能性が高い。

「わかった。しかし、いざ使えと言われても全く知識の無い物はなんともな。」

そこで、ディルムッドに昼間買った『従者のための気入門』を投げて渡すと、それを受け取り読み出した。

「なぁ、エヴァ結局これを使えるとどうなるんだ?」

気をつかえると、か。個人的にはディルムッドには咸卦法までマスターしてもらいたい。
まじめな話、今のまま生きていけばコイツの想像しているよりもはるかに過酷な事になる。
それに、依り代であるチャチャゼロ人形が壊れた場合、ディルムッドそのものの死亡という状況になりかねない。
ただの人形ならば壊れても直せば問題ないだろうが、流石に今のコイツが壊れた状態から修復して元どおりになるとは考えられない。
ならば、力がいくらあっても問題ないだろう。それに、俺は俺でエヴァの固有スキルである『闇の魔法』を使いたい、ついでに改良もしたい。
少なくとも、これが物に出来るまでになれば早々簡単にやられることも無いだろう。

「簡単な話、私ぐらいの娘が鋼鉄の塊で出来た馬を殴り飛ばせる。しかも結構な距離で。」

そういってやると、読んでいた本をさらに熱心に読み出した。それを見て、俺の方も買った本を読み出す。
内容としては簡単な基礎と、初期魔法から中級までの魔法の呪文が載っている。魔力を使い魔法を使うと言うのはやはり精神力の問題がある。
後は術法を覚える事。しかし、ただ呪文を唱えればいいというものではなく、イメージの力も必要となる。
最初に俺が『火よ灯れ』で失敗したのは、単に『大きな火が欲しい』と思って出したためにそうなったのだと分かった。
そうやって基礎をを読みながら、よくよく考えると俺はこの学校に途中編入と言う形で入っていると言う事を思い出した。

やばい、下手をすると追いつけない可能性がある。俺は天才ではなく、どちらかと言うと努力型。
つまり、生半可ではなく、ひたすらやらなければいけないという事になる。これはまずい、置いてけぼりなんぞくらってたまるか。
そこで今日買った幻想空間幽閉型の巻物を取り出す。あの骸骨に聞いた話ではこの巻物は精神のみに作用する仕様で、
精神の体感時間を一時間を一日最大展開でも二日と言う物。あまり多用すると精神的疲労がたまるから気をつけろといっていた。

「チャチャゼロちょっと行ってくる。」

巻物を開き、聞いた時間設定のやり方で時間を二日にセットする。

「行くってどこにだ?昼飯でも食べに行くのか?」

「いや、精神修行だ。一時間ぐらいで目覚める。」

そういって、ベッドに寝転び巻物を展開する。そうすると巻物から光があふれ思わず目をつぶる。
そして、次に目を開けた時にはグランドのような場所に居た。

「ここが巻物の中か。現実と代わらんな。」

何せ風の音も日の光も何もかも本物と変わらない。しかし、だからこそ修行がしやすい。下手に道場や何かに出されるよりずっといい。
そんな事を思いながら、自らの首にぶら下がっている指輪をはずす。現実世界では指輪をしたままだが、
外すしたと言う事で魔力の封印がなくなったような気がする。これは一度外の世界でも指輪を外してみないといけない。
まぁ、何を持って吸血鬼とばれるかが微妙だが、少しぐらいなら大丈夫だろう。
ディルムッドに関しても人の時とチャチャゼロ人形の時、どちらがやりやすいか聞かないといけない。

「さてと、取りあえずは基礎の前に私の体の確認か。」

そうして自身の身体の限界を探る。簡単なところでは走る速さや握力等。足の速さは100mを大体6秒ぐらい。
これに関してはまだまだ伸びそうな気がする。ついでに言えばこれで瞬動が使えるようになればさらに速度が上がるだろう。
次に握力。これに関しては凄いの一言、辺りにあったコブシ大の石を握って壊そうと力を込めてらみたら簡単に砕けてしまった。
その後もいろいろやったが自身の能力に関しては大体理解できた。ただ、これが現実世界でも反映されるかと言う疑問も残るが。
シーニアスの腕を奪った時の事を考えると多分大丈夫だろう。次が吸血鬼としての能力。これは取りあえずコウモリ変化から試してみる。
といってもやり方が分からないのでコウモリをイメージしながら、更に身体を分解するようにイメージする。

最初はぜんぜん出来なかったが何度も強くイメージしていくと指先から少しずつコウモリが出るようになってきた。
そして、日が傾き一日目の終わりごろには体を完全にできるようになっていた。ただ、問題なのはこのコウモリたちの操作の仕方。
今の段階では集団で飛ぶしかできない。練習しだいではコウモリを操って数匹なら広範囲にもばら撒けそうだ。
それにコウモリになっていると、吸血鬼としての第六感などが鍛えられているような気がする。このスキルは更に伸ばそう。
そう思いコウモリの操作と持続時間を延ばす。


そのまま休憩せずに、二日目に突入。


今日は主に魔法を重点においてやる、といっても今は師も無く殆ど本を読んだ我流のやり方になるが仕方ないだろう。
先ず最初は魔力を感じる事から始めようと目をつぶり瞑想する。ついでにコウモリで鍛えた第六感も動員。
そして、魔力と言う物をイメージする。イメージの仕方は、身体に纏わり付いている様な感覚をイメージする。
このイメージについては、実際に指輪を首から下げる前に見た事を元にイメージする。魔法を使う基礎の基礎としてこれは入念にやりこむ。
半日程度だろうか、こればかりやっていたので荒さは残るが感じられるようになった。そして、そのままもう半日。
そして外に出る。目を覚ますと自分の部屋、ディルムッドは相変わらずイスの上で渡した本を読んでいるそして、
目覚めた私に気が付いたら、なにやら興奮して話しかけてきた。

「おはようエヴァ、気というものは凄いな!
 今もらった書物を読んでみたが、こんな事が出来るようになればさぞ戦いで役に立つだろう。」

「そう思うなら精進しろ。私の期待にこたえてくれるんだろ?」

そうニヤリと笑いながら返してやるとディルムッドの方もニヤリとぎこちなく笑い返してくる。
どうも、コイツはチャチャゼロ人形を本当の身体だと認識して行けば表情なんかも作れるようになるようだ。
そんな事を考えているとディルムッドが声を掛けてくる。

「エヴァ、精神修行といって巻物を開いて寝ていたが、何か理由があるのか?出来れば俺も精神修行はしたいのだが。」

そういわれて巻物を見る。まぁ、二人で入っても問題ないだろう。

「そうか、ならこっちにこい。」

そういってやるとイスから降りてベッドの上に載ってきたその後巻物のことを説明してやると、
『こんな便利な物があるとわ』としきりに感心していた。そして、また巻物の中に入る。

「エヴァ、ここは本当に精神世界なのか?本物と変わらないじゃないか。」

「あぁ、だからこそ修行が出来る。こっちなら人でも人形でもどちらでも練習していいぞ。
 ついでに、感覚だけでもいいから人と人形の時の違いを探しておけ。」

「あぁ、わかってる。」

そういって首から指輪を外すと人の姿になり走り出した。
どうも、外の世界での束縛は一様精神世界でも反映されるらしい。

「さて、今日もコウモリと魔法か。」

そうして、コウモリの姿になるちなみに、コウモリの数は任意で変えれるが余り多いと制御が難しい。今の時点では大体100匹ぐらいが限界。
しかし、修行と言う事で時間ごとに50匹ぐらい増やしていく。別に一気にと言うわけではなく徐々にだが。
後、ここが精神世界のせいか疲れが無い。だからこそ荒業とも言えるぶっ続け修行が出来るのだが。

そうやって数を増やしながらなおかつコウモリの状態で動けるように、
さらには人に戻る時のタイムラグやコウモリと俺との割合などを調べていると、一日の終わりがもうやってきた。
今日の最終的な数としては案定数が300匹。不安定でもよければ倍の600匹となった。後、タイムラグだが殆ど無いに等しい。
まぁ、考えてみればコウモリも俺なら、俺も俺なのである。
当然と言えば当然だ。

そのまま休み無く二日目。

ディルムッドは昨日コウモリ姿で飛行している時に見かけたが人の姿で槍を振るったり、瞑想したりといろいろやっていた。
そして今、俺の前に出てきたディルムッドは人形の姿。多分身体の確認だろう、そう思って魔法の練習に入ろうとすると話しかけてきた。

「おはようエヴァ昨日は途中から姿が見えなかったが、これは勝手に外に出れるのか?」

「いや、昨日は殆ど人の姿ではなかったから分からなかったのだろう。」

そういうと首をかしげている。ややあって

「あぁ、吸血鬼なら狼とか霧とかコウモリに化けれるんだっけ?」

そういってきたので、目も前でコウモリに化けてやると素直の驚き、その後お互いの修行に入る。

「エメト・メト・メメント・モリ 火よ灯れ」

そういってキセルの上に火を浮かべる。しかし、なかなかうまくいかない。
まず、思い浮かべたのはライターの火ぐらいだったのだが、今出ているのはバーナーの炎ぐらいの大きさがある。
それに、安定性も無く絶えず大きくなったり小さくなったりしている。

「これは、コウモリなんかよりも難しいかもな。」

そんな独り言をいいながら火の安定を目指す。
ついでに操作も出来るかと思って試してみたが、なかなか思うようにはいかない。
それでもめげずに一日を投入。最終的な個人評価としてはダメダメの一言だった。
理由としては自身の魔力量の大きさがネックになっている。
つまりは原作ネギと同じような状態と言う事だ。これは相当な荒行が必要だろう。そう思い修行方法を変える。
先ず、一つは自身の魔力の限界を知るために魔法の射手の限界数までの射撃。

その際ただ撃つのではなく、一度矢を待機させてから順番に撃つようにする。
次に操作訓練として、石を一つ投げ上げてその石を砕かず落とさず、なおかつ全ての矢を操作すると言う物。
これの元ネタはリリなのだったりする。そうやって二日目も終わり外にでる。
外に出て早々一緒に修行していたチャチャゼロ姿のディルムッドが話しかけてきた。

「エヴァ今の修行で分かったんだが、動きや性能の面で見ると今の姿がいいんだが、扱い方なんかで見ると人の姿がいい。
 たぶん修行すればそれも無くなるとは思うんだが、今の所は人の方が戦いやすいと頭に入れておいてくれ。」

そういうと、もう一度使っていいかと聞かれて許可を出すとディルムッドは巻物の中に入ったようだ。
今の話しを聴くかぎりじゃ、一長一短なのだろう。スペックだけ比べるならチャチャゼロ人形がいいんだろうが、
戦闘経験の反映を考えるとスペックの悪いディルムッド本人の姿がいいと。まぁ、あの姿ではまともに槍を振るおうとすれば無理が出る。
それに話を聞いたかぎりでは、修行でそのことは無くなる。それならば、俺の出来る事は先ず飛行術式をチャチャゼロ人形に施す事だろう。

これが出来れば少なくとも身長と言う面では改善される。
そう考えながら、鞄の中からワインとチーズ、干し肉にパンと取り出し遅めの昼食を楽しみながら買ってきた魔法の本を読む。
そうしていると、ディルムッドの精神が帰ってきたので入れ替わりに入って修行開始。
そうやって風呂に入り寝るまでの時を過ごした。


ー次の日ー


相変わらず薄暗い部屋で起きる。ついでにディルムッドも一緒に起きてきた。
今日は学校初日と言う事で気合を入れようと朝からシャワーを浴び昨日買った丈の短いローブを着込み、
魔力封印の指輪を首から下げ、昨日と同じように首の後ろでリングを使い髪を束ねた後に大き目のリボンで全体を覆う。
その後、朝食にパンと火を使える所があったので、そこで昨日買った食材を炒めて出来上がり。
前の俺なら朝食をブラックコーヒーとトーストで済ませても良かったのだが、
どうせ時間もあるしディルムッドも食うだろうから問題ないだろう。
出来た物を机の方に運ばせて最後にコーヒーを入れて出来上がり。
そして食事を開始する。

「チャチャゼロ、言い忘れたが今日は一緒に授業に出ろ。」

そういってやると、炒め物をぱくついていたディルムッドが食べていた物を飲み込み口を開く。

「ん?何かあるのか?」

「あぁ、クラスメイトとの顔合わせだ。不測の事態のためにも顔ぐらいは知っておいた方がいいだろう。」

そういって食事を再開。その後昨日の魔法薬をキセルに仕込み一服。
本当ならここで新聞が欲しいが無いので昨日買った本を読む。
そうしているとノックの音と声がした。

「エヴァちゃん起きてる~?起きてないなら添い寝だよ~。」

朝からこいつは何を言ってるんだか、これだけでも精神修行になりそうな気がする。

「またおかしなのが来たな。」

「言うなチャチャゼロ。それとエル起きてる、開いてる、入っていいぞ。」

そう言ってやるとエルシアが入ってきた。
今日は珍しく落ち着いているように見える、言動以外はだが。

「準備できてる?出来てるならもう出発って何吸ってるの未成年?」

そういって指差してきたのはキセル。
やれやれ、朝の一服もゆっくりできんとわ。

「エル、これは魔力増強薬だ。さもなくば病気のための薬だ問題ない。」

「いや、流石に魔力増強薬でも問題だから!一応未成年禁止!」

はぁ、仕方ない。そう思いキセルの中の火のついた薬を水を入れた木のコップに落とし火を消す。
その後エルシアがキセルを取ろうとしたが。杖の代わりということで勘弁願った。それから、エルシアとともにチャチャゼロをつれて部屋を出る。
そして、今日から勉強する教室の前につれてこられた。ついでに新事実だがエルシアは教師だった。
もしかすれば、受付はローテーションでやってるんじゃないだろうか?そんな事を考えているとエルシアが

「私が先に入って呼ぶからそしたら入ってきてね。」

そう言ってエルシアは扉を開けて中に入っていった。
そして程なくして中から声がしたのでディルムッドと中に入る。
中に俺が入ると男どもがえらくうるさい。まぁ、エヴァの容姿なら仕方ないかなどと考えて教壇へ。

「は~いみんな、今日から新しくこの子が勉強するようになりました。じゃあ自己紹介をお願いね。」

そう言われて教室を見回す。良かった、生徒は一応はみんな人間のようだ。
そう思った後に自己紹介しようと口を開きかけたら。

「あっ、てめぇ昨日はよ・・・・。」

「黙れアノマ。」

自己紹介しようと思ったら、いきなり一番後ろの席の男子生徒が俺を指差して立ち上がり叫びだしたと思ったら、
エルシアが全て言い終わる前にその男にチョークの様な物を投げつけて黙らせた。
気のせいが血が出ているように見えるが気のせいだろう。
ちなみにディルムッドは今のエルシアの動きに対して『出来る』などと言っていた。

「ゴホン、気を取り直して自己紹介をどうぞ。」

そう言われて、黒板に自らの名前を書き皆の方を向く。

「私の名前はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、そしてこっちは騎士のチャチャゼロ以後よろしく。」

そういって、 ディルムッドの方にも自己紹介するように促してやる。

「エヴァから紹介のあったように俺の名前はチャチャゼロ。エヴァともどもよろしく頼む。」

そう自己紹介するとクラスから歓声が上がった。あまり目立つのは好きではないのだがな。
そう考えているとエルシアが俺の席を教えてくれた。

「エヴァ、貴女の席はさっき立って叫んだ馬鹿の横だから。」

なるほど、分かりやすい。
しかし、こういう時は大体ゲームだとフラグなんだよな。まぁ、俺に恋愛要素は無いから大丈夫か。
そんな事を考えながら席に着く。ちなみに、隣の男はまだ倒れたままだ。ディルムッドに関しては席の後ろに棚があったので、
そこにでも座っているように言ったら、棚に座り昨日渡した本を取り出して読み出した。

その後、クラスメイトから質問攻めにあい疲れたが、今の所は概ね順調。隣の男はまだ倒れたままだが大丈夫だろう。
そう思いながら授業を受けだして二時間目の授業が終わり考える。授業自体は今の所着いていける、問題は実習だろう。
そんな事を考えていると隣のヤツが起きた。ダメージが残っているのか目を抑え頭を振っている。

「つぅ~、いってぇ~、あの教師オレを殺す気だろ。しかも、昨日は変な女に気絶するぐらい殴られるし踏まれるし・・・・。
 まぁ、パンツ見たからいいか。」

なるほど、隣の男は昨日の轢き逃げげ男か。
しかも、謝るから気絶で済ませてやれば俺の下着を見てご満悦と。
よし、とりあえず殴ろう。そう思っているとディルムッドが俺の横に来た。
なるほど、俺の怒りを感じ取ったかいい騎士だ。

「謝るから許してやればオマエはどうも死にたいらしいな。」

そう言いながら睨むと男と目が合った。その瞬間男がジャンピング土下座。
どうでもいいけど、こっちの世界にも土下座ってあるのな。
そんな事を考えながら立って、男を見下ろしていると、

「すみません、許してください、もう気絶するのは嫌なんです。」

と、そんな事をいっている。朝のエルシアを見るかぎりでは、このクラスの男子は結構な頻度で気絶しているのだろう。
まぁ同情はしないがな。と、そういえばこいつの名前だけ知らないな。後のヤツはすでに自己紹介してもらったのだが。

「おいオマエ名前は?」

「はっ、オレの名前はアノマ・スプリングフィールドです。」

なん・・・だと・・・・、今こいつはなんと言った。いや、待て、待て俺。もしかしたら他人の空似かもしれない。
いや、そうだろうん、きっとそうだ。まさか、あのスプリングフィールドじゃ無いだろう。
そう思って考えているとチャイムが鳴ったそして、アノマは顔をあげオレのローブの中に頭が入った。

「えっ、ここはどこだ。」

目の前の馬鹿はオレのローブの中でもごもご話している。カボパンに息がかかる。
あぁ、このエロ体質はネギのご先祖様だきっと間違いない。
そう思いながら膝蹴りでアノマを追い出すと、ディルムッドが追撃しアノマをボコボコにしている。

「キサマはよくも、エヴァを辱めるような真似を。」

「た、たすけてぇ~。」

はぁ、先ずは顔でも見るかそうすれば、ご先祖様なら多少は面影があるかもしれない。

「チャチャゼロ、取りあえずはもういい。」

アノマはディルムッドにボコボコにされて教室の真ん中の方にいっている。とりあえずは顔だな。
そう思ってアノマの顔を両手で掴み顔を見る。
周りがなにやら騒がしいが今はそれど頃ではない。
アノマは顔が赤いがディルムッドに殴られまくったせいだろう。

(ん~、似ているような違うような・・・・、一応赤髪って言うのは同じなんだが。)

そう思って見つめていると、ディルムッドが話しかけて来た。

「エヴァいくらなんでも、もう離してやれ。流石に吸うわけにもいくまい?」

「あぁ、吸う気は無い。ただちょっとな。」

そういってアノマを離してディルムッドを連れて自らの席に戻る。
はぁ、どうした物かね~。辺りはやたら騒がしいが、俺はその事も気に留めず考え込んだ。



[10094] 頭痛がおさまらないな第08話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:21
頭痛がおさまらないな第08話




 入学して約半年。魔法、錬金術ともに授業に関しては今の所問題ない。そう、授業に関しては、だ。
入学して今まで授業を受けて錬金術に関しては、今の所様々な数式や薬品の調合。物質変化に関する考察やレポート。
特殊な文字への理解。そして、今俺が錬金術で力を入れているのが、無機物への魔法もしくは素材でのエンチャント技術。
少なくとも、俺は工業系の高校を卒業していたおかげで、今の所数式やらレポートやらに関しては問題ない。
しかし、エンチャント技術が魔法では無く錬金術に属しているとは知らなかった。

その事について、一度錬金術の授業で質問してみると、エンチャント技術はあくまで、
魔法では無く、ちゃんとした理論式によって成り立つ現象と定義され、その式の意味合いを理解しないと成り立たないが故に、
錬金術に分類されると言われた。確かに今まで俺が習った授業ではエンチャントの際、なんに属性を持たせるにしても薬品の調合やら、
基の物質の性質、強度、はては成分にいたるまでを計算して、初めてエンチャントが成功するという状態だ。
しかしエンチャントの効果は絶大で、壊れないかぎりはその物に半永久的な効果を宿す事になる。
それを考えると、錬金術が廃れている理由が分からないかも知れないが簡単な話、錬金術には金がかかる。しかも大金が。

エンチャントだけ見ても、それに使う薬品やら材料は簡単な物なら安いが、与える効果次第では金がいくら有っても足りないという状態になる。
それに、この世界の錬金術師の最終目標は、完全なる人間の作成だと言うぶっ飛んだ物だった。
作り方は先ず、オリハルコンを生成して人の骨格を作る事から始まり、次にエリクサーを血液代わりに作りこれを各器官に流す、
更に賢者の石を脳にして、最後にそれらにホムンクルスで意思と思考を肉付けして完成するらしい。
ちなみにアルケミストの称号を得るためには、これの内のどれか一つを作らないといけない。
しかし、これらを作るための材料が今では殆ど手に入らないので、事実上アルケミストはいない事になっている。

 次に魔法に関してだが、精神世界では操作にしても安定性にしても大分マシになった。しかし、現実世界はそうは行かない。
今の俺の状況だが、先ず魔力感知や相手の魔力量を読む事は出来るようになった。
これは吸血鬼としての第六感が一番大きな要因を占めている。それに伴い、自身の魔力操作もマシになったし、魔力の調整も上手くなった。
と、ここまでは精神世界の話。現実世界では命一杯頑張ってもこれの半分が限界。
理由にして、最大の原因は魔力封印に使っている指輪。これのせいで、魔法を使おうにも何をしようにも全て阻害される。

しかし、この指輪が無いと吸血鬼とばれてしまいそうなので、簡単にははずせない。そんな状態が一ヶ月続き、
そのジレンマから精神世界に逃避行する事が多くなったが、そのおかげも手伝って今では現実世界でも大分マシだ。
使用出来る戦闘呪文も基本にして使い勝手のいい魔法の射手、同じく基本の武装解除、精霊召喚、後はエヴァが使っていた魔法と、
新しく重力も使えるようになったので、それに関して鍛えている。後、入学前に校内を歩き回って見つけた図書館はかなりの広さがあり、
それにちなんで禁書も禁書庫に数多く置いてあった。

まぁ、錬金術と魔法の禁書が収めてあるのでこの量になったのだろう。
そして、この学校の禁書は観覧は手続きを行なえば簡単にできるが、持ち出しは不可。
しかし写本はOKとの事なので、連日授業が終わると図書館に篭り片っ端から禁書を写本した。
当然、最初はディルムッドにも手伝ってもらって2人で写本していたが、量が多くてとても終わりそうに無かった。
そこで、精霊召喚魔法の修行も兼ねて闇の精霊を召喚しながら写本をし、現在は大体3割といった所だろう。

 ここまで、そうここまで見れば順調なように見えるだろう。今俺が一番頭を抱えているのが、一つは変な集団が出来てしまった事。
二つめは俺の隣の席の住人に関する事だ。
一つめの変な集団と言うのが、最近ディルムッドに教えてもらい更に、チャチャゼロ人形に盗聴術式を仕込んで確証を得た集団だ。
これに関しては、俺もへっぽこの口癖の『なんでさ』と言いそうになった。
その集団と言うのが、

「なぁチャチャゼロこの『エヴァンジェリンさまに虐めて貰う会』って言うのはどうにかならないのか?」

「どうにかと言われてもな。正直、俺もこんな集団の対処は範疇外だ。」

俺は入学初日にアノマを膝蹴りし、顔を掴み教室で見詰め会うなんて事を教室でしてしまった。
別に俺はその時の行動がおかしな行動だと思っていなかったし、むしろ復讐のために力が欲しい俺にとっては、
クラスから孤立する絶好の機会だと解釈していた。しかし、現実は甘くない。俺がその行動を起こした後もクラスの奴らは普通に話してきた。
それならそれでかまいはしないのだが、その話しかけてくる奴らの中に仕切りに俺を食事や、デートに誘う奴らが出てきた。
そして、俺はそのしつこさにとうとうキレて引っ叩いてしまったのだ。
しかし、これが引き金になろうとは思わなかった。

「やぁミス・マクダウェル授業の後は暇かい?もし良ければ遊びにでも行かないか、景色の綺麗な場所を知っているんだ。」

そんな事を考えていると、一つめの頭痛の種のご登場。
今は昼食時で俺は魔法の修行もため何時もグランドで食べている。
そして、今俺に話しかけているヤツ、名前はクーネというヤツで、顔はまぁカッコいい方だろう。身長も高くスラッとした優男だ。
俺個人が男に興味が無いので殆ど相手にしていないが、噂では女をとっかえひっかえしているらしい。
しかも、俺とコイツの年齢差は5歳。言ってしまえば高校生が小学生をナンパしているような物だ。
まぁ、今の時代いつ死ぬか分からないから、若い方が良いとは言えこれはなんとも。

「いや、けっこうだ。私は忙しいのでな。」

「だ、そうだ出なおしてくれ。」

「君には聞いてないよ人形の騎士。
 ミス・マクダウェルそんなツレ無い事を言わずにさ、君だって本当は僕に声を掛けられて内心は嬉しいんだろ?」

はぁ、頭が痛い。そう思いながら、俺は食べていたサンドウィッチをディルムッドに渡して立ち上がり。

「黙れ下郎、目の前から消えろ。」

そういって、クーネの尻に回し蹴りを一発。無論力は入れるが手加減はしている。
ただ、俺が蹴りを入れようとした時にはすでに、クーネの方はバッチコイな状態で俺の方に尻を突き出している。
そして、綺麗にクーネの尻に命中。初めて言い寄ってくるヤツを引っ叩いた時は、流石にマズイかと考え、
相手が起きるまで膝枕をしてやったら、それ以降やたらと誘いが増えその叩いたヤツもいまだに誘ってくる。

最初の頃は何故オレなのか意味がわからなかった。どうして引っ叩いたり、踏みつけたりする俺を誘うのかと。
そして、それ以外のヤツはなんでそれを見ても俺にアタックするのか?いや、今思えば俺もその答えから逃避していたのだろう。
何せ、やつらの中では俺のことが『ツンデレ』もしくは、『女王様』として認識されているのだから。
初めてディルムッドから聞いた時は信じられなかったし、それを確かめる為に盗聴もした。
そして、盗聴から出てきた音声は、

「おい、今日の女王様は蹴りか・・・、なっ、今日は踏むだけでなくそのままぐりぐりと、
 順番で挑んでいるとはいえ羨ましいな。」

「あぁ、俺も早くあの細く綺麗なおみ足で蹴られ踏まれたい物だ。
 それに、あのゴミを見るかのような目、まったく持って感服する。」

「オレは、最初のように引っ叩かれたい。そして、あの柔らかい膝でもう一度膝枕をしていただきたい。
 オレはあの膝枕の中で新たな真理を得たんだ。それすなわち、女王様に自身をささげデレ期を待てと。」

「リーダー、しかしリーダー以外はみな足蹴にされるばかり何らかの策はないのでしょうか?」

「同志馬鹿を言うな、最近は新たなご褒美に腹を踏む事や、あまつさえジャンプまで増えたと言うじゃないか、
 それにより彼女のスカートの中の心理に近づけると言うものよ。ん、戻ったか同志よ。」

「はっ、私も初めのうちは疑っていましたが、まさかこのように素晴らしい事があるとわ。」

「うむ、新たなる同志よ『エヴァンジェリンさまに虐めて貰う会』に新しく入会を許す。女王様にけして気取られる事のないよう注意しろ。」

これを聴いた瞬間、なんと言うか産毛が逆立った。
叩いても蹴っ飛ばしても絶えず声をかけてくるヤツラの真相がこれか。
ディルムッドも、この音声を聞いてドン引き。その後、二人で、よって来るヤツを片っ端から殴ったがめちゃくちゃ幸せそうな顔で倒れた上、
なんか余計に増えたので、今は諦めて素直に警告した後ぶん殴るなり蹴り飛ばすなりしてやる。
考え方によってはこれも一種のストレス発散と蹴りや打撃の訓練になっていると思えば悪いものではない。
あくまでヤツ等の思想に目をつぶった場合だが。

「お疲れエヴァ、なんと言うか人の業は深いな。」

ディルムッドの横に座りサンドウィッチを受け取り食べる。
蹴っ飛ばした男は地面を転がり動いていないが気にしない。
勝手に挑んでなおかつこうなる事を望むものに、それ以上の慈悲をかける気はない・・・・、かけたらさらに増えそうだし。

「頭痛の種だ。いったい何がコイツ等を引き寄せる?はぁ、まったく持って頭が痛い。」

「さぁ、とりあえず言い寄ってくるのは一日一人、エヴァが殴るか蹴ればもう来ないし実害もないんだから。」

ディルムッドが俺の横でそんな事を言いながら笑っている。そう、チャチャゼロ人形の姿のまま笑っているのだ。
これについては嬉しい誤算と言えばいいのだろうか、1つの奇跡と言えばいいのだろうか。
今のディルムッドは俺からの魔力供給無く動いている。これに気がついたのはチャチャゼロ人形に飛行術式を彫っていた時の事だ。
あの時俺は錬金術のエンチャント技術と特殊な文字を組み合わせて飛行術式を作り教師に見せ、動作確認をした後彫る事にした。

「チャチャゼロ、ちょっとこっちに来い。今日は写本をやめてオマエに飛行術式を彫る。」

授業が終わり、図書館での写本の日々が続きディルムッドもそれに従い、毎日写本漬けの日々の中での久々の休息と言う事で。
ディルムッドも嬉しそうについてきた。それに、前に飛行術式を組み込めば少なくとも身長と言う面と、
空中からの攻撃ができるという面で、戦闘でのアドバンテージが有ると話した所、
本人も首を長くして待っているという状態だったのだが、とうとうその術式が使えると言う事ではしゃいでいるのだろう。

「あぁ、ようやくだな。ありがとうエヴァこれで君を守る力が増すよ。」

そんな事を言いながら部屋に入り、術式を彫る準備をする。
準備と言ってもそれほど必要な物は無く、術式自体はすでに教師に大丈夫の太鼓判を押され完成しているし、
術式を施すために必要な物も部屋にそろっている。つまりは、後はチャチャゼロ人形に彫るだけの状態だ。
そして、ディルムッドを机の上に乗せ術式を施す。術式展開の基点はチャチャゼロ人形の両翼に彫る。

キセルで魔法薬を吸いながら、式を彫りこみだして片方の羽に式が終わった頃、チャチャゼロ人形の羽が動いていた。
はて、前はこんな事できていただろうか?とりあえず、残りの術式を掘り込み完成すると同時に、
今までチャチャゼロ人形に向けていた魔力をゼロにする。それでもやはり、羽は動いている。

「おいチャチャゼロ、今お前は動けるか?」

「なにを言っているんだエヴァ、動けるに決まっているじゃないか。」

そういって普通に立った。
立ち上がったのだ。

「・・・・、おい、お前はなんで動けるんだ?」

そういうとディルムッドは笑いながら笑顔で答えた。そう、チャチャゼロ人形の姿なのに笑顔なのである。
それで混乱していると、こっちの気も知らずに答えてきた。

「何を当然な事を言っているんだ。今までだって散々歩いたり殴ったりしていただろ?」

「いや、それに関しては私が魔力を送っているためそれを利用してやっている物だと思っていた。
 しかし、今私はキサマにまったく持って魔力を送っていない。」

「ちょっと待ってくれ、今俺は普通に立って歩いているんだが・・・・?」

それを聞いて、二人でしばらく考え込む。何故動けるのか。何故話せるのか。
そして、1つの仮説が立ち一つ一つ試してみる事にする。ある意味俺も信じられない仮説だし、第一に確証も無い。
とりあえずキセルに新しい魔法薬を詰めて火をつけて一服。
やれることはやっておこう、

「今からする質問に答えろ、キサマの名は何だ?」

「なんだ、藪から棒に。さっきも呼んでただろ『チャチャゼロ』と。」

「次にキサマの身体はなんだ?」

「チャチャゼロ人形だろ何時も動かしている。なんだか少し重い気もするが。」

「最後の質問だ、キサマは前の自分とどれくらいの違いが有る?」

この質問については少し考え込み神妙な面持ちで話し出した。

「どれくらいと言われると、全部違うかな?
俺の身体はこの人形だし、前の姿は魔法での仮初の姿だろ宝具も双剣は無くなり、槍も真名の開放型になって常時展開は無い。
君への忠義の証に魔貌と称された顔は治らない傷を負い意味を成さない。
ただ、一番変わったのは今の俺は騎士としての忠義のために生きて行けるという事かな。」

煙を吸い込み一気に吐き出して、ゆらゆらと昇る煙を見ながら考える。考える人物は二人。
一人は『人形師 蒼崎橙子』、もう一人は『衛宮 士郎』何故この2人が思い浮かんだかと言うと2人とも人形になった事あるという点。
橙子は死ぬと自分と寸分違わない人形として目覚める。士郎に関しては確か、どれかの結末で人形に一時期なっていたと言う記憶がある。

つまりはディルムッドの今の状況はそれになっているのでは無いだろうか?
無論、チャチャゼロ人形に血液なんてものは無い。しかし、こいつは生前の姿も魔力で作れるし、
この世界の魔力は自己生成ではなく空間にある魔力を使っている。それに、動く人形は幽霊の相坂さよの実例もある。

「チャチャゼロ推測での話だが、キサマは世界から『チャチャゼロ』として認められた。
 少なくとも今のお前の現状と、前に聞いた英霊の座で起きた事、キサマの魂が宿っている事から推測すると、
 今のお前はチャチャゼロであり意思があり、自身の身体を人形と知っても動かせている。
 つまり新しく誕生した生命だと定義していいと思う。人形は少なくとも人に似せて作ってあるから不思議ではないし、
 お前を召還した術式は剥き出しの魂を人形に閉じ込めて意思を持たせると言うもの。

 今は他の人間からもキサマはチャチャゼロという、
 動く人形として認識を受けている。強引な考え方だが、この世界にオマエの魂がようやく定着したと言う事なのかもしれない。
 まぁ、魔力を送れば人の姿にもなれるし、さながら本当に真名の開放と言った所か。」

今俺の言った推測は自身で言うのもなんだが、多分どこかに穴がある。
だが、悲しいかな俺にはまだその穴を埋めるだけの知識が無い。
今の話を聞いたディルムッドは特に考えたと言う事も無く口を開いた。

「今を生きて主がいて俺の真の名を呼べる主がいる。私はそれだけで十分ですよ主。
 私はあの月の綺麗な晩に貴女の手を取り貴女のモノであると言う印を刻まれました。
 それに、貴女は私に言ったではありませんか、世界がどう言おうと貴女は私を忠義の騎士であると認めると。」

そう、穏やかな顔で俺に返す。まったく、コイツは俺には勿体無い。
英霊の座にまで上り詰めたのに、そこから無理やり引き摺り下ろし人形にされ、さらには自身の名前までも世界から爪弾きにされてしまった。
それなのに、コイツは俺に忠義を尽くすと言っている。ならば、最高の主とコイツから称えられるほどにならないと顔向けできんな。

「あぁ、私は世界からキサマを奪った。そして世界はキサマを捨て、紛い物を座にすえた。
 まったく持って馬鹿だよ世界は、今のキサマの真名を呼べる者はこの世界でたった一人だ。
 我が騎士よこれで名実ともに私だけの騎士だ。」

そういい、お互い顔をあわせてニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。本当に世界は馬鹿だ、こんなにも良い騎士を捨てるのだから。
その後は、ディルムッドにエンチャントで施した飛行術式の説明をして精神世界での修行で終了。
飛行術式の扱いは難しいと愚痴っているが、もともとの身体能力が高いため今ではだいぶ制御に慣れてきている。
本人もこの術式を有効活用しようとほとんど一日飛んでいる。ちなみに、気の習得に関してはまだまだとの事。
元は魔力供給で動いていたから、気の習得は厳しいと考えていたが、今は供給無しでも動いているので大丈夫だと思う。

サンドウィッチを食べ終わり、キセルに魔法薬で一服、最初の数日でエルシアは諦めて今は何も言ってこない。
個人としては嬉しいが教師としてはどうなのだと、小一時間問い詰めたい。
まぁ、やったら薮蛇だからしないけどね。

「お~い、こんな所にいたのかって、大体いつも昼時のエヴァンジェリンはここに居るか。」

はぁ、昼下がりの穏やかな休息は中々貰えないらしい。頭痛の種2つめが今、声を上げながらこっちに来ている。
どうせなら、こいつを誰か闇討ちをしてくれないか・・・・。まぁ、返り討ちだろうけどね。

「はぁ、アノマ声を上げるな。キサマの声は生娘の悲鳴のように頭に響く。」

「エヴァンジェリン生娘って何だ?なぁ、チャチャゼロ知ってるか?」

「お前には後6年ぐらい早いんじゃないか?」

頭痛の種その2うちの隣の席の住人アノマ・スプリングフィールド。コイツに関してはなんとも頭が痛い。
出会いは最悪その上、次に会った時はボコボコ。そんな出会いなのに、このバカはなぜか俺になついてくる。
その上、うちの学校の実習はたいてい隣の席のヤツと組んで練習する。つまり、必然的にアノマとの行動時間が増えるという事だ。
ついでに言えば、ネギ、ナギのご先祖様かと聞かれれば、こいつはこの学校で一番の魔力保有者の上エロ体質、他には赤毛で魔法剣士タイプ。

なんというか、この事実に俺が泣いた。俺としては、スプリングフィールドという苗字のヤツに近づきたくない。
理由としては2つ、1つは世界を救ってもらわないと困るから。
これに関しては起こるかどうか不明だが、ナギの活躍した大戦の最後ぐらいに、
世界を壊す魔法なんて物騒な物があったので、それを止めてもらわないと困る。2つめは学園への封印。
別に麻帆良に行くのは問題ないというより行きたい。ただ、行くのに関しては自分の足で行きたいので封印は勘弁願いたい。
これが理由。

「はぁ、エヴァンジェリンは可愛いんだからわら・・・・、いや、そのままで良いです。」

「誰の所存でこんな顔になっていると思っている?あぁん?キサマが毎回毎回人の服をポンポン脱がすからだろ。」

「エヴァ大丈夫だ、この後の授業で逝ってもらうから。」

ネギまを読んでいる時は、あまり気にしなかったが実際にエロハッピーの星を持つこいつの近くにいるとよく思う。
何故ネギはあれだけのエロを巻き起こして、明日菜達をモノにできたのかと。
ちなみに、実習が同じという事で今は俺が脱がされまくっている。
それも、ほぼ毎日に近い頻度でだ。
実習を二人、俺の場合はディルムッド入れて3人でやっている。
最初の頃は、壁や空に向かって魔法の練習をやっていた。

そして、ある程度慣れると実戦形式の練習が主になる。
つまり、俺はアノマと戦う事になる訳だが、今の俺は魔法剣士タイプではなく魔法使いタイプとして練習している。
無論本気で戦えば先ず負けないだけの魔力と身体能力があるが、今はその2つは隠していて使えない。
つまり、今の俺の状態は魔力の多い普通の女の子のような状態。そんな状態でアノマとやり合ってる訳だから、はっきり言って分が悪い。
最近ではディルムッドも参加しているので、大分マシになった。まぁ、それでも脱がされるわけだが。

「チャチャゼロ、怖い事と言うなよ俺気絶嫌なんだよ。これ以上馬鹿になりたくないんだよ。
 と、そろそろ時間か行こうぜエヴァンジェリン。」

「あぁ、行こうか。」

そして、場所は変わって戦技用のグランド。

「はぁ~い、みんな今日も楽しく逝きましょう。・・・・、アノマ、てめぇエヴァ脱がしたら殺すからな。」

(アノマ今日も存分に脱がせ、成績をアップしてやる。)

「いや、何時も不可抗力な訳でして。」

(ラジャーエルシア、その期待に答えよう。)

俺の横でエルシアとアノマが話しながら、なにやらアイコンタクトを取っている。
はぁ、どうせろくなことじゃないだろう。

「エヴァ、今日はどうする?」

俺の横でディルムッドが聞いてくる。今言っているのは戦闘方針ではなく互いの行動方針。
今の俺は、魔法戦闘での経験が不足しているので、それを補う事と魔法の練習兼最適化を念頭においている。
ディルムッドに関しては、飛行訓練と気の使用を念頭においている。
ちなみに、今の俺の状態はちょっと魔力の多い女の子程度と思われている。
これは今まで本気で力を振るったり指輪をはずしていないからだ。

もし、指輪なしで魔法使ったり格闘戦をやったりしたら間違いなく相手がミンチになる。
しかも最近では、接近戦のたびに重力魔法を使用して殴る時は限りなく重さを0にしてスピードを上げ、
相手に当たる瞬間だけ重さを上げるなんて事もやっている。威力がどれくらいまで上がるかと思って、
1回外に出てこれで木を殴ってみたら俺よりも太い木に穴が開いてしまったので、流石に対人戦では全力でやるのは自粛している。

「私は何時どおり魔法の使用を行う。必要な時以外は前には出んから、接近戦は任せた。死ぬような事は無いから私にかまうな。」

「了解。俺の方は気と飛行の訓練と行こう、最近では飛行もだいぶマシにはなってきたし、俺の獲物も使いたいんだがな。」

そう言って木で出来た槍を持ってみせる。流石に戦闘訓練と言えどもやっているのは子供なので、本物の武器の使用は禁止されている。
そこでエルシアに何なら使って良いのかと聞いた所、木製の物で布を巻いていれば良いと返された。
そこで作ったのが今ディルムッドが持っている槍。重さはと長さがゲイ・ボウ、ゲイ・ジャルグと同じように作り、布を巻いている。
一応エンチャントを使って強化と風属性を与えているので魔法の矢なんかを切り裂く事も出来るが問題は強度だろう。

「さて、準備の整った組からはじめなさ~い。」

エルシアがそう言うと辺りにいたクラスメイトたちは戦闘を開始して行く。さてと、俺たちもやりだすか。

「こいアノマ、今日も勝たせてもらおうか。」

戦闘の勝率は大体俺が7割ぐらい勝っている。
言ってしまえば、アノマは熱血派俺は理論派と言った所だろうか。

「へっ、今日の俺には秘策がある。そう何度も気絶するかよ。」

「俺がいる限りエヴァに近寄らせるか。」

そう言って戦闘を開始する。

「はっ、アノマとっとと気絶しろ。」

「するかバカ。お前が空に浮いてるんならまだどうにかなる。ラス・ララ グ・スキス クロテル 勝ち鬨の祈り!」

そういって、肉体強化と風を纏ってディルムッドと接近戦をやっている。
この魔法の厄介なのがただ速くなっているのではなく、風を纏っているから攻撃をするにも、その風で攻撃がそらされて中々有効打にならない。
しかも、今のディルムッドが使っているものは布を巻いただけの槍。一応やってやれない事は無いが分が悪すぎる。
だが、ディルムッド曰くこれからの事を考えるとこれぐらいでちょうど良いとの事。

目の前ではチャチャゼロ姿のまま、二槍を回転させながら縦横無尽に突き、払い薙ぎ倒そうとするディルムッドと自らの拳と杖で対処するアノマ。
ディルムッドが地上で槍を振るっていれば相手にならないが、浮いているなら別。簡単な話しまだ慣れが足りないのだ。

「さて、私もボチボチ始めるか。エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・重力の30矢、行け。」

そういって、キセルを指揮者の指揮棒の様に振るい魔法の射手を操作しながら飛ばす。
今使った重力の矢だが、この矢の利点は矢自体に重力効果がある事。つまり、矢に触れた瞬間いきなり身体が重くなったり、
逆に軽くなりすぎて格闘戦をするやつにとっては辛い。
しかも、俺は打ち出すだけではなく地雷のようにアノマとディルムッドを囲むように配置している。

「ちっ、いつもながら面倒くさい。」

「ふっ、アノマ動きが鈍ったな。」

そういうと、ディルムッドの槍がアノマの右わき腹を突く。
しかし、決定打にはならない。突かれたアノマもその反動を利用して地雷原から抜け出す。
無論、俺は地雷その物を動かしてアノマを追撃。ディルムッドは、その動かしている地雷の最後尾をゆっくりと飛んでいく。
今のディルムッドは空中で強風が吹こうが静止できるほどまで腕が上がったが、飛行速度の面と攻撃時の姿勢の安定感がまだまだで、
今はそれの訓練中だったりする。

「ラス・ララ グ・スキス クロテル 光の精霊13柱 我が盾となれ。」

呼び出された精霊に俺の魔法の矢は直撃して消える。しかも、アノマの方は精霊の半数は削れたがまだ健在なものが多い。
ちっ、もう少し魔力上乗せしておくんだった。

「今度は行かさせて貰うぜチャチャゼロ。ラス・ララ グ・スキス クロテル 魔法の射手・雷の矢連弾45矢。」

そういって、精霊を操りながら魔法の矢を撃ってくる。ディルムッドは精霊を1人で5体の精霊と戦闘しているため抜け出せない。
さて、こうなったら俺も前に出るか。

「早々やられるわけにはいかん。エメト・メト・メメント・モリ 夜想曲を展開。」

これが俺の強化魔法。といってもまだ研究途中のためあまり出来がよろしくない。
基本を重力系統で作ったため。自身の重さを自由に変えて戦闘できるのは良いが、問題は展開すると魔力を結構持っていかれること。
まだまだ最適化が必要だ。アノマの雷の矢を夜想曲とレフレクシオーで反射したりしながら空きに上がりかわす。

「追加だ食らえ。エメト・メト・メメント・モリ 氷神の戦鎚!」

キセルを天に向け、その上に氷の玉を作り地面に向かって投げつける。大きさは原作ほどではなく大体2mぐらいの球体。
しかし、夜想曲展開中だとこの玉がすごい凶器になる。まず、玉の重さを0にして投げる瞬間に元の重さプラス50Kgぐらいにしてやると、
あら不思議。地面にクレーターが出来るぐらいの威力になる。
しかも、そのクレーターが出来ると同時に土砂やら氷の破片やらがばら撒かれるので相当迷惑だろう。

「ちょっと待て、お前殺す気だろ?!って、えぇい ラス・ララ グ・スキス クロテル 来れ、虚空の雷、薙ぎ払え 雷の斧 !」

アノマは、俺の投げつけた氷神の戦鎚を地上から雷の斧で真っ二つにしてしまった。
どうでも良いが、ここまでの戦闘を毎度やっていると魔法学校ではなく人間兵器学校にでも通っているようだ。
氷神の戦鎚は斬られて真っ二つになったとはいえ完全消滅はせず地面に着弾。そのせいで一気に視界が悪くなる。
本来ならここで、こおる大地あたりを出したいのだが、魔力封印の所存で思うように出せない。一応詠唱とかは可能なのだがね。

そんな事を思っていると、地上から木と木のぶつかる音がする。たぶんアノマとディルムッドが打ち合っているのだろう。
さて、ここは上空から爆撃機よろしく辺りを蹂躙するのが一番なのだろうが、あいにく今は授業中なので他にも人間がいる。
仕方ない、地上でやるか。そう思い音のなる方へ飛んで行くと、

「エヴァ近寄るな!」

「もらったぜ、今日こそは成功させるラス・ララ グ・スキス クロテル 風花・武装解除!」

そう声が聞こえると、一気に辺りの埃が風によって吹き飛ぶ。ついでに言うと、俺の服もすべて吹き飛びネックレスとカボパンのみになる。
辺りを見ると、最後に見た時よりさらに倍の戒めの風矢によって、身動きの取れないディルムッド。
流石に、全包囲攻撃だと避けきれなかったのだろう。後、その横で俺に杖を向けて冷や汗をたらしているアノマ。
この馬鹿は、毎回俺で武装解除の練習をする。

一応授業の勝敗は武装解除して杖を飛ばされたら負けとなっているが、誰も服まで無くせとは言っていない。
それとこの馬鹿は、今の戦闘訓練で見たように戦闘に関しては中々にうまい。しかし、なぜかこの武装解除だけは苦手との事。
しかも、杖であるキセルは飛ばせないのに服だけ飛ばすというエロ体質。俺に露出癖は無い。
ついでに言えば、人前で裸になるのは恥ずかしいしあまり目立ちたい方でもない。
が、この馬鹿は許せない。とりあえず、片手で胸を隠し、真っ赤になっているであろう顔のままひたすら抑揚の無い声で話す。

「・・・・・アノマ、そろそろ逝こうか。」

「いや、エヴァンジェリンさん、これは不可抗力でして。」

「うん、わかってる。」

今はすごい笑顔で目だけ笑っていないであろう俺の顔を見て、アノマが青くなっている。
後ろで捕まって動けないディルムッドがやけに暴れている。
あれ、おかしいなアイツは俺に忠義を誓っているはずなのに一緒に青くなってる。

ーsideアノマー

目の前にすごい笑顔のエヴァンジェリンが居る。
俺の武装解除が失敗して、その病的なまでに白い肌を日の下にさらしパンツ一丁で片腕で胸だけをかくして。
毎度思うのだが、本当にエヴァンジェリンは綺麗だ。その白い髪も小さな身体も鈴を鳴らしたかのような声も。
初めて会った時は間違って轢いたため気絶するほど殴られた。まぁ、あれは仕方ない。
転校初日は間違ってローブの中に頭を突っ込んで膝蹴りを食らってチャチャゼロにボコボコニされた。
が、その後とんでもないことが起こった。
ボコボコニされた俺の顔をエヴァンジェリンが両手で掴み教室のド真ん中で見詰め合うなんて事をしたのだ。

俺は、その時初めてエヴァンジェリンの顔をよく見たがすごく綺麗だったし、なんだかいい匂いがした。
そんな事があったものだから、俺はエヴァンジェリンをよく観察するようになった。
見ていて思ったのは何かを焦っているような気がする事だ。
表面上は分からない。エヴァンジェリンはだいたい何時も教室ではパイプで魔法薬を吸いながら本を読んでいるし、
あまり人とも話さないし、あまり笑わない。放課後は放課後でチャチャゼロをつれて魔法の練習やらたまに格闘をやっている。

ちなみにその時のエヴァンジェリンは強い。チャチャゼロの方が格闘に関しては強いが、魔法が入ると別になる。
この二人がいったい何を目指しているのかは知らないが、できれば俺もエヴァンジェリンの横に立ちたいな。などと考え始めている。
しかし、今のエヴァンジェリンは怖い、まず、顔は聖母の様に微笑んでいるが目がまったくもって笑っていない。
むしろ反転しかかっている。そんな状態で出てくる声は抑揚も無く、だが、ひたすらに甘い。
まるで脳の中にガムシロップでも流し込まれたかのように甘い。

前に『エヴァンジェリンさまに虐めて貰う会』なんて会からの接触があって話してみたが、
彼らはこの甘い声と小さな子に手加減されて暴力を振るわれると言うのがお好きらしい。オレにはよく分からない世界だ。
と、目の前のすごい笑顔のエヴァンジェリンが話しかけてくる。

「アノマ、一応殺さないであげる。ただ死ぬほど痛いから。」

そういって、エヴァンジェリンはオレのレバーに回転をつけたフックを叩き込む。
意識の薄れていく中、最後に見たのはエヴァンジェリンのピンクのポッチだった。エルシア先生・・・・、オレやったよ・・・・。


ーside俺ー


とりあえずアノマは粛清してやった。そのためか、ディルムッドを縛っていた風はもう無い。
遠くの方でエルシアが俺の事をガン見しているが意識の外に追い出しておこう。
ついでにこの場を速く離れないと注目の的になる。
そうすると変な連中がまた増えそうなので嫌だ。

「いくぞチャチャゼロ、戦域を離脱する。」

「了解だエヴァ、教室にローブを仕込んである。それを回収して再出撃しよう。」

そういって、お互いに走り出す。ちなみに、エルシアはアノマを介抱している。なぜかお互いすごい笑顔だが気にしない。
そうして教室で新しいローブを着込んで授業再開。なんというかここ最近で毎度脱がされるヤツの気持ちが分かったような気がする。
出来れば一生分かりたくは無かったけどな!

こんな感じで日々楽しく(?)生活して今は2年も終わろうかという所。魔法もある程度は上達したし錬金術も同じ。
ディルムッドも飛行になれ、気の取っ掛かりを掴んだとか言っていた。図書館の写本の方もほぼ終わり鞄の中に詰めている。
後は闇の魔法や人形の造形なんかにも手を出そうかとしている時に、ひとつの情報が舞い込んできた。
俺は、販売部の骸骨の所で旧世界と新世界の情報誌を買っている。
そして、それに書かれている内容で目に留まったものがあった。

「『ジャンヌ・ダルクの処刑間近」か・・・・確かこの頃なら、あいつがいるな。」

「何をブツブツ言ってるんだ?」

今は授業も終わり晩飯を食べ、キセルで一服ついている所。歴史にある百年戦争で有名な人間は俺の中で2人。
一人はジャンヌ・ダルク。「オルレアンの乙女」と呼ばれフランスを勝利に導いた英雄。
しかし、最後は火あぶりにあい異端者とされその後何十年も魔女とされた後、ようやく聖人として認められた人。
そして、もう一人はジル・ド・レイ。ジャンヌとともに戦い「救国の英雄」とも呼ばれた男。
しかし、戦争終結後は自身の領地での虐殺行為や錬金術での悪名がとどろきジャンヌが死んだ後数十年かして処刑される。

多分ジルはジャンヌの事を敬っていたのだろう。好きとか、そんな言葉で表せないほどに。
しかし、彼女が魔女にされてしまった事により、彼の心は壊れた。そして、悪行が始まった。
だが、俺が思うのはなぜ彼女を助けなかったのか?と言う点だ、歴史的に見ても確かにあの状況でジャンヌを助け事は厳しい。
しかし、けして無理ではないのだ。彼には土地も金もあったのだから。だが、それをせず壊れた為、彼は武勲よりも悪名が有名になる。
そう、青ひげとしての。そんな事を考えていると目の前の英雄にひとつ質問してみたくなった。

「なぁチャチャゼロ、いい英雄と悪い英雄の違いは何だと思う?」

本を読んでいたディルムッドが顔を上げ視線を中にさ迷わせた後口を開く。

「ん~、難しい質問だが、悪いのは裏切りを重ねたやつじゃないのか?エヴァはどう思ってるんだ?」

確かに間違いではないのだろうが、それを歴史になおすとどうなのだろう。
後から見れば間違いではなかった事など山のようにある。

「私か・・・、いい英雄は早く死んだやつ。悪い英雄は長く生きたやつ。これだな。」

それを聞いたディルムッドがすごく複雑そうな顔で口を開いた。

「エヴァ、それは死んでこそのいい英雄と言う事なのか?」

「いや違う、単に兵法者が政治ができるかと言う事だ。
 考えてみろ、地位がある金がある功績があるそれなのに、導くだけの手腕がないが為につぶれた国など腐るほどある。
 いってしまえば英雄は戦に出てこそ咲く華と言う事だ。
 キサマがもし、国王より莫大な領地をもらったとしてそれが運用できるかと言う事だよ。」

ディルムッドはやはりバツの悪い顔のまま黙り込んだ後、

「エヴァは・・・・、いや、何でそんな事を急に言い出したんだ?」

「あぁ、ちょうどその見本のような奴等が居るものでな。見に行くか?今の時代を生きる英雄と言うものを。
 一人は確実に見れるが、もう一人は  少し微妙だ。まぁ、根回しでもすればどうにかなるだろうが。」

「あぁ、エヴァの言った事も気になるし、見れるものなら。」

そう話したと、再び情報誌に目を向ける。もう処刑まであまり時間が行けば見れるだろう。
それに、個人的な話だが顔は別としてfate/Zeroのジルは嫌いじゃない。と、そういえばあの顔はあの本のせいである可能性もある。
しかもジルは確か若い頃は美男子じゃなかったか?まぁ、今なら俺が行ってもあいつの趣味じゃないだろう。
旧世界に行く事を考えながらその夜は過ごした。



[10094] 真実は小説よりも奇なり・・・俺のせいだがな第09話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/04/13 21:44
真実は小説よりも奇なり・・・俺のせいだがな第09話




ーsideディルムッドー

 オレの主は普通では無いと思う。吸血鬼の真祖という時点で普通では無いのだが、そうでは無くまず、考え方や行動が年相応では無いのだ。
彼女と2年間一緒に暮らしていて、彼女の身体は少しも成長しない。だが、中身は別だ。そもそも、彼女への不信感は昔からあった。
初めて召喚されて出会った月の綺麗な晩。彼女はオレが欲しい物を的確に提示した上で、自身の要求を通すと言う交渉を行い。
その後、自身と、自身にそれまで仕えていた者の事を考えて屋敷を燃やした。
しかも、闇雲に燃やすのではなく、きっちりと目的を持ちその後の行動方針を持って。

 しかし、そこで不審に思うのは彼女の年齢。彼女はあの時10歳になったばかりだと言った。それであれだけの判断が下せるだろうか?
しかも、ただ判断を下せば良いと言うモノではなく、いきなり吸血鬼にされ、親を殺され、さらには拷問にあっていたという状態でだ。
普通なら、混乱や絶望といったものに捕らわれても仕方が無い。だが、彼女はその素振りさえ見せない。
最初はこれも吸血鬼ゆえの能力かと思った、彼女は血を飲む事で相手の知識を得る事が出来るから、それを利用しているのかと。
だが、屋敷を出てから彼女は今まで一滴も血を啜ってはいない。
一度彼女になんで血を吸わないかと聞いた事があった、それに対して彼女は、

「知識が有っても経験が無ければ意味を成さない。特に、今は復讐を誓い修行の身だ。
 彼我の戦力差だけを見れば私が勝っているのは一目瞭然。魔力にしろ、筋力にしろ、第六感にしろ、それに吸血鬼特有のスキル。
 それだけ見ても勝ってはいるが、それだけでは足りない。相手には私には無い最大の武器が有る。

 それは知識と経験だ。私を吸血鬼にするだけの知識があり、それを行った経験がる。
 その一点がお互いの戦力差を五分以下にする。相手を知り己を知れば百戦危うからず、しかし、相手は私の事なぞ知り尽くしているのだよ。
 それに、今吸血鬼という事実が周りにばれるのは不味い。なまじ人とは違う物はそれだけで差別される。
 最終的にバレルにしても、今はまだその時ではない。」

普通、子供なら憎い相手がいる場合その相手をすぐさま追うだろう。
しかも、吸血鬼の真祖という破格のスペックを見ても追わない手は無いし、大人でもすぐに駆け出すだろう。
しかし、彼女はそれをしない。復讐を誓い、自身を研磨し、その狂気を鋭いナイフのように日々研ぎ続ける。
だが、けしてその復讐を掲げる日々の中でも笑いを忘れず、安らぎを忘れず、余裕を持とうとタバコを吸い自身を休める事も忘れない。
それだけの事が簡単に出来るだろうか?オレはそうは考えないし考えられない。

 そして、体術。俺は初めて彼女と会った時、彼女はフリフリのドレスを着ていた。
それに、こっちに来てからも外に出る際はそれを着ている。さらに、彼女は自身の事を貴族だといっていた。
なので、体術の心得が有ると言っても簡単なものだと思っていた。それに、彼女は魔法使いタイプを選択している。
これだけ見ても、体術が使えないと思っていた。しかし、それもブラフだったのかもしれない。
オレが飛行できるようになり、彼女から木製の槍を貰った頃、彼女が気分転換に模擬戦をやろうと俺に言ってきた。
さすがに、一回目は断ったが彼女の『私は死なない』の言葉で相手をすることになった。

 そして俺は思った、俺は彼女を侮っていたのだと。
最初に彼女は俺に向かい手加減は要らない事、飛行術式になれる為に飛んでおく事などを言って、俺もそれを与えてもいいハンデだと思った。
そして、彼女と対峙してその考えを改めた。俺が持つのは槍、彼女が持つのは何時も吸っているキセルというパイプ。
無論、彼女のキセルは錬金術や魔法で強化されているため折れる事は無い。そして、彼女はオレと対峙してからずっとオレを視ている。
ただ、全体を見るのではなく、目、肩、肘、膝、そして、手に持つ槍の穂先。つまり、オレの攻撃時に必ず動く部位。
胴体なんぞまったく持って注目していない。その上、槍で突けば、刃をキセルで流し、枝を手で取ろうとする。
隙を作って見せれば飛び込むでなく、あえてリズムを崩す、自分で作った隙以外は見向きもしない。はっきり言って厄介の一言。

 熱くなってくれるのならば楽でいい、隙を見て仕掛けるならばカウンターを取ればいい。
だが、それらを一切しようとせず、自身の戦闘を前に押し出し、それを呑ませようとする。
これがただの人間なら、多分それをされても簡単に倒せただろう。だが、彼女は違う。人でなき吸血鬼。
それに、この方法を取るには決定的に時間が足りなさ過ぎる。簡単に言えば、この方法は泥臭い戦闘方法だ。
ひたすらの修練の先で手に入れられる一つの理想。だが、それでもまだ荒い。理想の形まで至りきれていないし、本当の殺気を知らないのだろう。
だからこそ、今のオレでも倒せたのだろう。だが、だからこそおかしい。
十になったばかりの貴族の少女がそんな泥臭さを知っているのが。

そして、今の旅行。なぜ彼女は彼らの事を知っているのだろう。
しかも、その行き先を暗示するような質問をオレにして。
オレは彼女に忠誠を誓った。だが、それでも彼女の事を知らない、彼女は自身の事をあまり語らないから。
でも、この旅行で彼女に聞いてみようと思う。君はいったい今までその瞳に何を写してきたのかと。


ーside俺ー


俺とディルムッドは何でも入る鞄を持ち旧世界に来ている。
目的はもちろんジルとジャンヌ。しかし、あの情報誌を見てからいろいろと準備をした。
年齢詐称薬を作ったり、足りない技術で人形を作ってみたり後は認識阻害魔法やら何やらかんやら。
まぁ、お金に関してはエヴァの家から持ってきた財宝のおかげでまったくもって問題がないのだが、いかんせん時間がなさ過ぎる。
あの情報誌を見て、処刑まで1~2週間を見て準備していたのだが、旧世界へ行くための観測に時間を食われて、
なかなか思うようには行かなかった。まぁ、それでも大半は形になったからよしとしよう。

ちなみに、旧世界ということで今はリングをはずして魔力全快。姿は子供のままだがね、ディルムッドは無論人の姿である。
ついでに言えば、俺がディルムッドに英雄の話をしてから難しい顔をする事が増えた。
まぁ、生きていれば考え事の一つや二つ出来て当たり前なのでスルーしている。

しかし、なんと言うか戦後という事も手伝ってか町は汚いし、裏路地には死体はごろごろ転がってるし変な臭いもするしで最悪である。
これなら伝染病なんか流行っても仕方が無い。そんな事を考えながら移動して、ルーアンに到着。幸いまだ処刑は行われていないようだ。
この時代の処刑は一種の娯楽でもあるので、行われていればさぞ人が集まり罵倒雑言の嵐だろう。
そんな事を考えながら、ジャンヌが捕まっている拘留所などを下見していたら日が暮れたので宿で休息をとる。

「後数日もすれば処刑も行われるだろう。それまでは、こっちでしか出来ない魔力全快での修行をするのも良いだろう。」

そういって、部屋のベッドに座り、キセルで薬を吸いながらディルムッドに言ってやる。
流石に精神世界と現実世界では勝手が違う事もあるだろう。
俺も魔法の練習をしたいが、流石にジャンヌの前に処刑されるのはごめんこうむりたい。だが、生きている聖人の血には興味がある。
趣向品にするにしても、錬金術の材料にするにしても、こういう物は有る時に手に入れておくのが定石だ。
そのために、増血剤の用意やら転送用に術式やらを急ピッチで練習したのだから。

「なぁ、エヴァ少し話をしないか?」

部屋が静かで、外の物音がBGMのけだるい空間で薬の煙をボーっと見ながら、行動方針を模索していた所にディルムッドが話しかけてきた。
最近増えた小難しい顔のままである。別にその顔が嫌いなわけではないが、優男のしかめツラと言うのはなんとも見ていて居心地が悪い。

「何だ改まって?別にいくらでも話はしてやるが、題目は何だ?」

「・・・・、『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』という少女についてだ。」

それを聞いた瞬間、俺はついに来たかと思った。
考えてみれば分かると思うが、俺は自身の行動で一度も十歳の少女然とした行動をとっていない。
それに、それ以外の面にしても、おおよそ貴族の少女が取るとは思えない行動をしている。
ディルムッドがその事を聞いてくる事が無ければ、俺も話さなかっただろうが、その事を聞かれれば答えるしかない。
言って見ればこれは忠義に対する礼だ。

「いいだろう我が騎士よ。いったい何が聞きたい?」

「主の成り立ちと経験について。主の今までの行動はいくらなんでも十歳の貴族の少女では無い、逸脱しすぎているんだ。
 俺は主に忠義を誓っているその上で、我が主の事を知りたい。」

なるほど、こいつも良く視ている。流石は英雄という事か、物事の本質を突くいい質問だ。
さて、ならば話そうか俺の荒唐無稽にも程が過ぎる俺の体験を。

「いいだろう。話してやるとも、この場で話す事は真実だとゲッシュしてもいい。」

そして俺は話した。名前も思い出せない俺に起こった事、エヴァに起こっていた事、そして闇の中での事。
ディルムッドは終始俺の言葉を静かに聴いていた。そして話し終わると質問してきた。
まぁ、性別に関しては話てないのだがね、それは些細な事だろう。
姿、形なぞ吸血鬼には問題ない。

「・・・・、主は無理やり今の状況に置かれたと言う事ですか?」

「いや、それは無い。確かに最初は無理やりだったかもしれないが、今はそれ以上にこの世界を楽しんでいる。
 少なくとも私は私の足で歩いている。 それでも不満が有るなら私の前から去れ。」

今まで聞いた事を頭で理解しようとでもしているのだろう、目を閉じて無表情に天を仰いでいる。
俺としてはコイツがいなくなるのは惜しいが、これを話して俺の前から去る事を選択するというなら仕方の無い事だ。
そう思い、もうどれくらいの時が過ぎただろう。ゆらゆらとキセルから昇っていた煙はいつしか消えている。
そして、ディルムッドが目を開け、片膝を付き俺の目を見て話す。

「私が、我が主の元を離れる訳がありません。貴女が自身の足で歩いているのなら、私はその道の先にある障害を取り払いましょう。
 貴女が躓き怪我をするような事が起こったなら、誰よりも先に駆けつけその傷を癒しましょう。
 フィアナ騎士団の騎士ディルムッド・オディナはそのすべてを主の忠義のために捧げます。」

そう言って頭をたれる。
騎士の礼節なんぞ知らんが、こいつは俺にその礼節をもって接しているならば、主としておかしくない行動を取ろう。
そう思ってディルムッドの前まで行き、キセルを手に持って言葉を紡ぐ。

「そうか。ならば先ず、キサマはもうフィアナ騎士団の騎士ではなく、
 たった今この時この場よりエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの騎士として行動しろ。」

そうして、両の肩をキセルで叩いてやる。

「はっ、その任この時この場よりわが身が朽ち果てるまで拝命いたします。」

そう言って、顔を上げ互いに笑いあう。俺も気づかなかったが、コイツにはなんだかんだで精神的に助けられていたのだろう。
久々に見たコイツの笑顔はなかなかに綺麗だった。

笑いあった後、俺はキセルに薬を詰め吸いながら思い返した。
最初の闇、あれは一体なんだったのだろう。少なくとも、彼女は俺というよりは闇に食べられたような気がする。
そして、俺は目覚めればエヴァになっていた。

あの空間を表すなら・・・・、根源なのだろうか?両シキつまり、遠野と両義は一度死んで生き返り根源に通じた。
俺は死んで別の形で今を生きている。未来永劫きっと朽ち果てる事の無いこの身体で。
まぁ、そのあたりも探るとしよう。そんな事を考えていると、ディルムッドが後ろから抱きしめてきた。

「・・・、一体何のつもりだ?私の身体にでも欲情したか?」

「いや、そうじゃない。ただ、俺の主がココにいる事を感じたかった。」

「そうか。」

抱きついたまま好きにさせてやっていると、スッとやつの腕が伸び俺の加えていたキセルを俺の口から奪い、いきなり吸い出した。

「・・・・、キサマ何をしている?」

「いや、エヴァがいつも吸っているからそんなにいいモノなのかと思ってね。しかし、これはまたなんとも。」

そう笑いながらイスに座りキセルを俺に返す。俺もそれを受け取りベッドに座る。

「はぁ、まったく。」

そういってまたキセルで煙を吸い出す。考えるのはこれからの事、ジャンヌとジルをどうするかだ。
救える方法もあるし、見殺しにする事も出来る。一番いいのは、歴史を変えずに助ける事だろう。
ついでにここで恩を売っておくと何かいい事が有るかも知れない。
まぁ、しないならしないでもかまいわしないんだが、

「おいチャチャゼロ、キサマは二人の英雄を助けたいと思うか?」

そう聞くと、少し考えた後、

「俺としては助けれるものなら助けたいかな、少なくとも二人とも騎士で、国のために尽くしたんだろ?」

なるほど、コイツは二人のどちらかを自身に重ねたか。まぁ、それなら助けるとするか。
ついでに、血を採決できればよし、ジルから財産の半分でもせしめれればなおよし。
金は少なくとも邪魔にはならないし、事を起こすなら必要になる。

「ならば行動を起こそう。クックックッ・・・、なに、悪魔との契約だ不法な料金の代わりに望む事はしてやろう。」

「悪だなエヴァ。」

「今更だなチャチャゼロ、キサマにも分かるようになる。行くぞ!」

やる事はいくつか有る。まず一つに、ジャンヌの救出。これについては、昼間に場所把握しているから問題ない。
二つめ、ジルの意思の確認。ジルがジャンヌを求めていないのなら、彼に彼女を合わせる理由がない。
まぁ、求めているだろうと思うから、これは形式上の確認だ。
三つめに、ジャンヌにもう戦場に立たないという誓いを立てさせる事。
いまさら、大規模な戦争の旗持ちなんてやって貰ってもまた大量に人が死ぬし、今はもうそんな事をする必要性がない。
最低限やらせるのはこれだけだろう。後は、こちらがどれだけ有利に立てるかだ。


ーsideジルー


「おぉ、神よ。なぜ貴方は私達を見捨てたもうたか。」

長い戦争がもう時期終結というさなか、私が最も敬愛していた聖少女様が敵の手に落ちてしまった。
何故だ、一体何故なのだ!私たちは貴方の導くままに戦い、導かれるように輝かしい勝利を収めてきた・・・・、なのに何故今なのだ!
その上、彼女は異端と罵られ火刑にかかろうとしている。あれほどまでに勇敢に戦いフランスの為に尽くし、神のために身を捧げたのに何故だ!
あまつさえ、助け出そうにも兵は居らず、王と顧問官達は今の状況を見ても一切兵を出そうともしない。
何故だ、何故だ!何故だ!!何故なんだ!!!!権力が欲しいのか?金が欲しいのか?
馬鹿らしいそんな物、聖少女様の前では泥の塊に過ぎんと言う事が分からないのか?

「神よ、貴方がそのつもりならば私はもうかキサマヲアガメナイ。
 この身が朽ち果てるまで、キサマヲ呪い続け、アクマトノ取引にも応じよう。」


ーside俺ー


「・・・、エヴァあれが本当に英雄なのか?どう見ても危ない人にしか見えんのだが。」

「あぁ、あれで合ってる。あの狂いっぷりは間違いなく本物だ。
 しかも、彼女の処刑を聞いて聖処女から聖少女といっているのだから何とも。」

現在俺とディルムッドはジルの居城であるマシュクール城に来ている。
そして、こっそりジルを見ようかと思って、出くわしたのがこの状況。いや、なんと言うかイッちゃってるね。
なまじ顔が普通に美形だから、よりイッちゃってる感倍増だ。まぁ、だからこそ付け込める隙があるとも言うのだがね。
まったく持って好都合だ。ついでに言えば、この時代の処刑の際には処女を殺すといけないと言う決まりがあり、
ついでに、彼女が人の娘である事を知らしめるため陵辱される。

「さてと、ヤクザな交渉でもしに行くか。」

「いったい何を貰う気なんだエヴァは?」

「簡単なものだ、カネだよカネ。ゴールドの方が嬉しいが、まぁ、貰える物は統べて貰うとしよう。」

実際、今のジルには莫大な遺産がある。それを代価にお好きな聖少女様が手に入るのだから安いものだろう。
それに、このままジルに財産があればまた戦争を始めかねん。心なしかディルムッドが呆れているような気がするが、
生きて行く上では色々といるのだよ。そんな事を言いながら転送魔法を準備する。行き先はもちろんジルの目の前。
全身をすっぽりと丈の長いローブで隠し、口元だけ見えるようにしてキャスタールックの出来上がり。

「交渉の場に着いて来るか?」

「いや、止めておこうヘタに行くややこしくなりそうだ。」

「そうか、ではちょっと行ってくる。」


ーsideジルー


狂おしい程までに神を憎み始めていた私の前に悪魔が舞い降りた。
見た目は小さな子供ぐらいだろう、だが、目の前の存在は人の枠では当てはまらないと、戦場で鍛えた感が言っている。
あれは危険だと、あれと交渉してはならないと。だが、それほどまでに頭で分かっているのに、目の前の存在から目が話せない。
そして、それが口を開き喋り出した。脳を蕩かす様な甘美な声で甘い甘い悪魔のささやきを。

「神を憎みし元帥よ。そなたの言葉に答え願いを叶えよう。代価はそなたの財産すべて。
 それが飲めるのならば、ここにキサマ自身の血を持って契約としよう。」

そういって差し出されたのは、一枚の羊皮の用紙。これに私の血を持って印を押せば願いが叶うのだろうか?
あの聖少女様が手に入るのだろうか?それならば、是が非でもない。金などいくら積んでも勿体無いなどとは思わない。
私はその用紙を自身の手にとって目の前の悪魔に声をかける。

「悪魔よ、貴方は本当に約束を違える事は無いか?」

私に言葉を聞くと、目の前の悪魔が微笑んだ。
無論ローブで顔は見えないが、それでも笑っている事が幻視できる。

「血の契約とは、我等が最も尊重する物。それを破る事は無い。」

それを聞いた私は、すぐさま用紙に自身の血で契約を結んだ。
それを書き上げた後、悪魔に渡し契約成立となった。
そして、悪魔が去り際に、

「娘はここに連れてくるとしよう。
 連れてくる日取りは処刑の日、代価の支払いもその時だが、万が一用意されていなければ全てを灰燼に帰すと思え。」

そういって、影の中に消えていった。私は契約してしまった悪魔と。ならば、用意するしかないだろう私の全財産を。
カネなど、今の地位にいればいくらでも手に入る。その事を考えればこの取引はけして悪くは無いはずだ。

「フフフ、フハハハハハ・・・、帰ってくる、あの清らかなる聖少女様が私の元に返ってくる。
 あぁ、神よキサマはまったく持って使い物にならないクズだ。もう私はキサマの事を信じない。これからは、悪魔を信じるとしよう。」


ーside俺ー


なんか、イケナイ道に一人叩き落したような気がするが、まぁ、元が元だから問題ないだろう。
そんな事より、これからの行動が大変だ。今のジルの城からルーアンに戻り、一芝居うたなくてはならない。題目は天使と聖少女だろう。
ジャンヌ・ダルクの伝説に火刑にあっても心臓が焼け残ったという伝説がある。
とりあえず、これを再現するとともにジャンヌの身代わり人形も用意しなくてはならないが、幸いな事に人形はすでに準備してある。
後は入れ替えるタイミングの問題か。

「おい、チャチャゼロ後で台本を渡すから目を通しておけ。」

「なんだかややこしい事になりそうだな。まぁ、君が望むなら楽しむとしよう。」

そんな事を話しながら、文字どおり飛んで帰って来たのはルーアン。
大至急で台本をでっち上げてディルムッドに渡し、俺は俺で人形やら何やらの準備に入る。
処刑の日までわずかしかない、出来る限りの手は打ってやるだけの事はやろう。あ、ここだけの話ジャンヌの血ゲットしました。
吸うのではなく採血で。量は2リットル位抜いたけど、増血剤のおかげで割かし元気っぽいです。まぁ、登場する時があの格好と名前ならね。
ついでに、ジャンヌ・ダルクという名前も奪い完璧。ただ例外として、ジルの前ではジャンヌを名乗ってもいいと言う事にして。
そうじゃないと、下手すると殺されかねん。


ーそして、処刑の日の当日ー


上空約600メーター、この位置なら地上の人からばれないだろうと空のド真ん中にディルムッドと陣取っている。
ちなみに、俺の姿は年齢詐称薬で約19歳ぐらいまで上げている。着ている服は白いローブだが、背中に氷の羽を生やして天使っぽくしている。
ついでに、手にはそこら辺で買った剣を持ってミカエルの出来上がり。

いろいろな説があるが、ジャンヌにミカエルなら問題はないだろう、彼女に信託をもたらしたのがミカエルと言う説があるくらいだし。
ディルムッドには、羽を生やしてやる事は出来なかったが、代わりに宝具を持ってもらって威厳を増してもらった。
ここまですると、ほかの魔法使いたちに気づかれそうだが、実際に俺の本体もディルムッドの本体も見せていないので、追うのは困難だろう。

「始まったみたいだなエヴァ」

地上には火刑用の十字架を中心に多くの人が集まり、口々に罵声や恨み辛みを発している。
究極的に見て英雄も人殺しも大差は無い、ただ、あるのはいつどこで殺したかという事だろう。
戦争中の言葉で一人殺せば殺人者、十人殺せば大量殺人、百人殺せば英雄というのがある。
ようはそれだけだ、英雄のように数多の血を浴びれば、それだけ怨嗟の声が増え、いつしかそれに取り殺される。
それに、英雄であるためには一度も負けない事が絶対条件だ。もし負けてしまえば、今眼下に見える彼女のようになるだろうから。
正義と悪との定義で、いつも強い方が正義として成り立つのは、簡単な話し、数の暴力の賜物だろう。
負けてしまえばそれだけ多くのモノを失う。そして、それを取り戻そうと足掻きいつの間にか悪に落とされる。

「滑稽な事だな。勝手に戦い勝手に死んで、それでも前を目指そうとした彼女の結果がこれか。」

「気に食わないのか?」

「いや、そういう問題ではない。根本的に考えが違うから話にすらならん。さて、そろそろ始めるか。」

そのかけ声と共に、広場の真ん中に急降下。今現在ジャンヌは張りつけになって天に向かい祈りを叫んでいる。
心の中でため息が出る。少なくとも、神は祈りを捧げた位では手を差し伸べないと言うのに。
いくら、今磔になっているのが人形ジャンヌだとしても哀れすぎる。人形と入れ替えたのは採血の時だが、
その際、彼女の血を飲んで彼女の行動パターンを読み取り、今目の前のジャンヌ人形に魔法でトレースさせている。
だからこそ、目の前の人形は忠実に彼女を演じてくれている。

「神よ、すべての子らの父よ。私を救いたまえ、私は貴方の神託により王太子を戴冠させ、
 オルレアンを解放し、フランスの勝利も目前と言うのに。」

ジャンヌの祈りは人々の嘲笑を買い、そのせいでさらに野次が飛ぶ。とっとと終わらせようこんなくだらない茶番劇。
そう思い、優雅に広場の真ん中に降り立つ。背中にある氷の羽を羽ばたく様に扱って小さな動作にも気を配りながら宣言する。
こんな羽が生やせるのも、魔力操作を練習したおかげだろう。

「わが名はミカエル、この者に神託を与えし大天使長。聞けよ民衆。この者の裁きは我々が行う。
 何人たりともその意見を覆す事はならない。これはメタトロン様の意向でもある。」

そういい、集まっている民衆を見回す。辺りでは、突然の光景に地に座すもの。
頭をたれ崇める者など、さまざまだ。ここで下手な事を言う輩がいたら火よ灯れで火達磨にしている所だが、
幸い登場の仕方からして演出したおかげでそんな奴はいない。まぁ、いきなり空から羽を生やした人間が降ってきて、
あまつさえ天使だと名乗れば正常な判断をそぐには十分だろう。

「すべての事柄は私が預かろう。裁きを下し、浄化を行い、この穢れた世界から魂の開放を行い、神のおわす所までこの者の魂を運ぶとしよう。
 大天使長よ、浄化を行い奇跡をこの場に示せ。」

ディルムッドが威厳たっぷりに黄色い短槍を使い俺に向かって指示する。
ディルムッド両の手には彼の宝具が握られ、さらに、俺が過剰供給とも言えるまでの魔力を流し込んでいるおかげでオーラっぽいのが見える。

「あぁ、天使様。私は神のおわす所に登る事が出来るのですね、私の魂はこの時浄化されるのですね。すべてを貴方様に任せます。」

さて、後はとっととこの人形を燃やし、心臓を拾って暇するとしよう。
宿で眠りの霧を使って寝かしているジャンヌも、後どれくらい寝ていられるか。

「裁きはわが剣に、安息は死の後に、神託に従い戦いし娘よ。もう、汝に下す神託は無い。魂の休息を。」

そういい終わると同時に、すでに詠唱を完了していた火よ灯れを使い火柱を上げ人形を焼く。
ちなみに、この人形は木製なのでよく燃える。心臓だけを陶器で作り後は灰にしてしまえば証拠隠滅完了。
これだけの人が人形をジャンヌとして見た上にそれが浄化されたのだからもう、ジャンヌは社会的に死んだ事になる。
もう彼女が戦場に立つ事はないだろう。実際の彼女にも今と同じような事を言い、すでに神託に左右されないようになっている。
すべて焼き終わり残った心臓をディルムッドに捧げながら口を開く。

「すべてが終わり、この焼け残りし心臓が聖者の証。メタトロン様この者を聖者の列に加えてくだされ。」

そういうと、ディルムッドが心臓を受け取り口を開く。その声はどこまでも厳かだ。

「しかと聞き届けた。この者を聖者の列に加えよう。聞けよ民衆、この者は神の名の下に聖者の列に加わった。
 何人たりともこれを覆す事を許さん。では、もう旅立とう。この者の魂を神へ捧げるために。」

ディルムッドがそう言うと、俺は氷の羽を広げ空に飛び立つ。ディルムッドも心臓を持って付いてきている。
とりあえず、上空2000メーターぐらいまで上がれば大丈夫だろう。

「ふぅ、終わったなエヴァ。なかなかに面白い見ものだったじゃないか。」

「私には三流劇にしか見えんよ。デウス・エクス・マキナもいい所だ。本来なら、神による救済など起こりはしない。」

そんな事を言いながら宿に帰り心臓を鞄に収める。さて、後は寝ているジャンヌをつれてジルの所に行き報酬を頂くとしよう。
そして、ジャンヌを担いでジルの居城であるマシュクール城へ。

正直、ジルにジャンヌを渡していいか悩む所が有るが、お互い戦場で背中を預けた中だ、そうそう酷い事にはならんだろう。
なったらなったで、そこまでは流石に保障はもてない。もちろんジルの前に登場する時はキャスタールック。
薬の効果も切れたのだろう元の身体に戻っている。

「さて、行ってくる。キサマは鞄を持って先に行き片っ端から詰めだせ。」

「了解、まぁ、正当な報酬だな契約もあるし。」

そういうと、影のゲートを使い二人して城の中に入る。


ーsideジルー


今日は一日まったく持って落ち着く事が出来ない。今日は私の聖少女様が帰ってくるのだ。そう、とうとう彼女が帰ってくるのだ。
聖少女様の為に美味しい食事も用意した。悪魔のために、全財産をすべて地下にまとめて用意した。
これでもう憂いはない、後は来るのを待つばかりだ。あぁ、まだかまだかまだか・・・・、早く聖少女様に会いたい。
そう思い、時刻はもう夕暮れあたりは夜の灯りが降りてきているのだろう。すでに部屋は薄暗く、数本の蝋燭のみが灯っている。
そして、気がつけばその影から這い出て来たかのように、数日前に現れた悪魔が何かを担いで佇んでいた。

「元帥よ、約束の品だ。」

そういって、担いでいたものを床に置く。
そして、その担いでいたものが人だとわかり、顔を見た瞬間自身の感情が止められなくなる。

「聖少女様・・・、聖少女様!聖少女様だ!!帰ってきた私の聖少女様が帰ってきた!
 あぁ、なんという事だ、神にも出来なかった奇跡たった今悪魔の手で起きた。ははは、神よ、やはりキサマはクズだ。」

一刻も早く聖少女様に触れたいと、駆け出そうとした時、悪魔が手を前に出し止まれの姿勢をとる。
一体なんだと言うのだ、目の前には聖少女様がいるのに。

「代価を・・・、いったいどこに準備してある?」

「あぁ、そんな事か、地下にまとめて全部置いてある。好きに持っていけ!」

「そうか、ならそうするとしよう。」

そういうと、悪魔は闇に飲まれ消えていった。残されたのは私と聖少女様の二人だけ。
あぁ、これからはけして貴女を放しませんよ聖少女様。


ーside俺ー


とりあえず、やることは終わったし、後は金を詰めるだけ。しかし、流石はジル・ド・レイ財産の桁が違う。
エヴァの城も凄かったが、こいつの財産はそれよりもすごい。地下にあると言うので、見に来たが部屋全体が金で埋め尽くされている。
そう思い見回していると、先に詰めていたディルムッドが現れ、二人で金を詰めて、どうにか詰め終わった。

「ふぅ、流石に疲れたな。エヴァ、これからどうする?」

「いったん宿に帰って休んでから帰るかな。授業を休むのもよくない。」

そういって、ジルの城を後にし、休息の後新世界に帰る。
しかし、この時に気づいておくべきだったのであろう。
俺を追う影がゆっくりと、だが確実に迫っている事を。



[10094] モンスターハンター・・・待て、何故そうなるかな第10話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:29
モンスターハンター・・・待て、何故そうなるかな第10話





 ジルとジャンヌを見物して、大金を巻き上げた後も学生生活は続いて三年目という所。
入学当初は人も多かったが、今ではだいぶ人が少なくなった。
それもそうだろう、いつ沈むともわからない船にいつまでも乗りたがる人はいない。
つまり、閉校の足跡がもうすぐそこまで聞こえてきているという状況である。
まぁ、だからこそ、学校の機材を貰ったり安くで買い叩いたり出来る。特に、図書館の書籍関連。
そこら辺は廃棄処分用の本なんかを片っ端から貰っている。ついでに、錬金術の材料に関しても片っ端から貰い材料を充実させている。

 修行している魔法の方もだいぶ形になってきて、使えるものが増えた。
ただ、『闇の魔法』に関しては、まだ取っ掛かりの段階で、前に精神世界で修行していたら、自身に攻撃魔法を取り込んだ瞬間、
身体が爆発してなかなかにグロテスクな事になった。まぁ、それでもめげずに練習したおかげで何とか取っ掛かりと言う所。
ほかにも、エクスキューショナー・ソードを練習してみたが、長さが足りず、キセルの周りを覆うようにしか展開できず、
さながらソードでは無くナイフという有様。

まぁ、それでも三年目でこれだけやれれば御の字だろう。
ついでに言えば、こっちでは指輪もつけっぱなしなのだし。
ただ、ありがたい事と言えば重力系の魔法や操作がかなり上達した事。相手に触れさえすれば、
相手の対魔力にもよるが普通に操作できるようになった。これにより、アノマ何かをポンポン投げ飛ばしている。
ついでに、対悪魔用消滅呪文なんてものも練習中。これを闇の魔法にでもセットしたら、どうなるのだろうかなり楽しみだ。
ついでに、ディルムッドからルーンも習っているがそちらはまだまだだ。

ディルムッドの方に関しても、結構進展があり飛行術式の飛行速度が上がり、
最近ではまったく歩く事がなく羽をパタパタさせながら空を飛んでいる。多分これも日々の戦闘訓練の賜物だろう。
槍を両手に飛ぶさまは、チャチャゼロ人形の容姿なのでさながらワルキューレのようだ。
それに、気に関しても本人の努力が実ったのか、それとも、魔力供給無く動ける事が幸いしたのか少しずつだが使えるようになり、
今は虚空瞬動と攻撃を飛ばす方法なんかを練習中だとか。ただ、身体に纏うのがどうもシックリ来ないと言っていた。

 そんなさなか授業が終わった後、教室で愛用のキセルで一服していた所をエルシアから俺と隣の席のアノマが呼び止められた。
そういえば、最近気づいたのだが魔力増強薬の所存か、学校で2番目までの魔力に上がっていた。
ただ、それが指輪装備中でその魔力だと言うのだからなんとも。ちなみに、依然1番はアノマだが、それでもだいぶ近接している。
これで指輪をはずせば間違いなく魔力だけなら一級品だろう。と、いうより少なくとも、元からエヴァは莫大な魔力を持っていたのだから、
それをさらに強化したらナギなんて目じゃ無くなるんじゃないだろうか?

「エヴァ、そろそろ無視しないで話を聞いてやらないか?そろそろエルが泣くぞ?」

「あぁ、思考の外だった。」

そういってエルシアのいる教壇の方に向かう。

「エヴァちゃん無視なんて酷い、いつか夜這いかけてやる。」

「鍵の複製及び、残存している合鍵も無駄だ。すでに対処はしてある。ついでに言えば、その先は俺の槍を越えてからだな。」

「エルシア、もうちょっとマシにならないか性格?」

「はぁ、そんな事より本題は何なんだエル?」

何とも教壇に着くなり疲れる会話だ。まぁ、それでも三年もやれば慣れるというもの。
ついでに言えば襲うのはいいが、襲われるのは性に合わない。そんな呆れとも、感慨ともいえる感想を抱く中エルシアが喋り出した。

「とりあえず、貴方たちを呼んだのはお願いがあるのよ。最近この町の郊外で何体かのモンスターが暴れているのは知っているでしょ?
 それの討伐に参加して欲しいのよ。もちろん、私は引率に着くしモンスターのランクもそんなに高くない。
 それに、ここを出れば実戦も行うだろうから悪い話ではないと思うんだけど、どうかしら?」

ふむ、モンスターハント自体はディルムッドをつれて小遣い稼ぎとともに、材料収集を行うと言う名目でよくやっていたが、
こういう風に正式なハントの依頼は初めてだ。ついでに言えば、今までこっそりやっていたものだから、
ほかの魔法使いや従者の実力を探るのもいいだろう。

「エル、モンスターの内容と報酬はどうなる?」

そういうと、エルシアは視線を逸らし、アノマはキョトンとしている。もしかしてこいつら・・・・、

「なぁエヴァンジェリン、ハントで報酬なんて出るのか?
 今までエルシアに頼まれて何度かやったけど一回も貰ったこと無いぞ?」

そうアノマがいったので、エルシアに向かう視線が増える。
そして、耐えられなくなったのかやけに汗をダラダラ流しながら口を開いた。

「え~っとね、エヴァちゃん。何で報酬の事なんて知ってるのかな~?お姉さん不思議でたまらない~。
 それとアノマ、お前が今までやったのは単位が足りない分の補習だ補習。」

そう、アノマに告げているがいつもの強気な態度は無く、どこかぎこちない。
おおかたエルシアはハントの報酬を自身の懐にでも入れていたのだろう。
アノマはバカだが、少なくとも真面目に授業も受けているし、魔法も戦闘も結構できる。
それを考えれば、補習というのもおかしな話だ。
はぁ、エルシアは本当に教師にしておいていいのだろうか?
3年目になるが、この疑問にもそろそろ終止符を打ちたいものだ。
そんな事を考える中、ディルムッドがアノマに説明しだした。

「アノマ、少なくともモンスターハントは危険な事が多いから無償では行われない。
 少なくとも、こう言う物は町の自警団なり賞金稼ぎなりが受注してやるんだよ。」

「て、事はオレは今まで無料ご奉仕をエルシアにしていたと?そういう事かチャチャの字。」

「少なくとも、本当に補習なら・・・・、いや、補習でハントって一体何の補習になるんだ?
 少なくとも、戦闘訓練なら毎度毎度やっているだろう?」

そうディルムッドが言ってやるとアノマは頭をガリガリ掻きながらエルシアに詰め寄っていった。
どうでもいいが、これだけアノマがエルシアに勝てる要素があるのに、勝てる気がしないな。

「エ~ル~シ~ア~、オレの金は?マネーは?いったい何処だーーーーー!!」

そう叫ぶアノマに対してエルシアは平然とした顔でシレっと

「まぁまて、魔法使いは無償で人々に尽くす事を使命としているはずよ。
 それなら、このお金を持たざるものに奉仕するのもそれの一環だ!」

なんというか、むちゃくちゃな理屈である。
まぁ、個人的に魔法使いが『無私の心で世界の人々のために力を尽くす事を使命とする』というのが胡散臭い上に、
肌に合わないのでその辺りは適当に流している。少なくとも、この辺りの歴史も探るとしよう。
歴史発見ミステリーツアーを一人で行うのもなかなか乙なものだろう。道連れにする奴も居る事だし。
と、目の前のやり取りから現実逃避気味に考えこんでいると、どうやら決着がついたらしい。

「確かに、それはエルシアの言うとおりだな。オレがマギステル・マギを目指すためならしかたな・・・・い分けあるかボケ!」

「いいわよ、ならアノマはこのまま進級も卒業も出来なくする上、授業料ぼったくるから。」

あぁ、やっぱり胡散臭いぞ魔法使い。ここまで堂々とボッタクリ宣言するとか。いや、エルシアが特殊なのか?
まぁ、どちらにせよアノマが敗北してorzの姿勢をとり、それを見たディルムッドが優しく肩をたたいている。
人形に慰められる級友、なかなかにシュールだ。

「はぁ、バカばっか。で、目標と報酬は?無償なら他を当たってくれ。」

そういうと、エルシアは渋々と言った感じで話し出した。

「とりあえず、詳しい事は分かってないんだけど目標はドラゴンよ。
 ワイバーンらしいんだけどそんなに強くないみたいだし、他のハンターもいるから大丈夫なはずよ。報酬は折半という事でお願いします。」

聞いた話ではかなり不確定要素が多いな。
ドラゴンハント事態はディルムッドと何度かやった事があるから問題はないんだが、さすがに、楽観は出来ない。
これが本当にただのワイバーンなら重力魔法で地面に縫い付けてやればいいんだが。
まぁ、三人だけじゃない事を考えればやれない事は無いか。

「それなら参加しよう。当然チャチャゼロの分の報酬も出るんだろうしな?なぁ、エル?」

「うわヒド、エヴァちゃんの超絶サド!守銭奴!愛が足りないよ愛が!」

「エル、俺が貰うのは当然の権利だろ?」

「今回はオレにもよこせよエルシア。」

今度はエルシアがorzになっているが、まぁ、今まで甘い汁を啜っていたんだし当然の報いだろ。
その体勢のままなにやらブツブツとマジックアイテムと洋服のブランド名を言っているが、大方報酬を独り占めして買うつもりだったのだろう。
そうして、魂が半分ぐらい抜けた状態のエルシアが話し出した。

「そういえば、アノマもエヴァちゃんも従者がまだ居ないわよね、この際どっちかが従者になっちゃえば?
 アノマは接近戦得意だし、エヴァちゃんは普段は前に出ないけど、なんだかんだでオールマイティーに何でもこなすんだし。
 アーティファクトも手に入るんだから、ぶちゅっと一発どうよ?二人とも中いいんでしょ?」

この馬鹿はいきなり何を言い出すのだろう。
確かに、アーティファクトという手札は有ると戦闘の幅が広がるからいいんだが、
今それをすると、間違いなく吸血鬼とばれた時に強制召喚されかねない。それに、相手がアノマというのも不味い。
少なくとも、アノマには家庭なり子供なりを作ってもらわないと困る。

じゃ無いと、大戦の最後に世界を破壊する魔法発動で、人類滅亡エンドなんてシャレにならない事態になる。
少なくとも、それは楽しくない。そんな事を考えていると、顔を赤くしたアノマがこちらを上から見てくる。
ちなみに、初めて会った時のアノマは俺よりちょっと背が高いぐらいだったが、最近は成長期か背が伸びまくって175cm位ある。
後は、髪を伸ばしだしたらいよいよと言った所。どちらにせよ、俺には男との恋愛フラグは無い。

「却下。私にはチャチャゼロが居るから不要だ。」

「エヴァちゃんって、たまに本当に鬼だよね。」

エルシアがジト目で俺を見てくるがスルー。アノマの方は本日2度目のorz敢行中。今度はディルムッドの慰めはなし。
むしろ、『ケケケ』と笑っている。まぁ、チャチャゼロ人形だから様になってるからいいんだが、コイツも楽しむ事を覚えだしたのだろう。
そんな事を思いながら本日は解散。狩の出発は明後日と言う事なので、準備には念を入れておこう。
本当に必要なものは鞄にしまっているので、部屋は閑散としているが、それでも、かさ張る物はある。
そう思いながら教室を後にした。


ーsideアノマー


はぁ~、ほんのちょっと期待したオレが馬鹿だったのか、それとも、あれがエヴァンジェリンの照れ隠し・・・・、いや、希望的観測はよそう。
いきなりエルシアに仮契約の事を言われた時はビビった。だって、仮契約っていったらその、キスしなきゃいけないだろ。
エルシアに言われた時、オレは真っ先に、彼女のピンクの小さく柔らかそうな唇を見てしまってドキドキした。
多分俺の赤い顔を見られてしまっただろう。

彼女が入学して3年。その3年間、オレはほとんどの授業をエヴァンジェリンと受けて、服を吹き飛ばして殴られたり、
間違ってそのまま押し倒したりして蹴り飛ばされたりもしたが、なんだかんだで彼女は許してくれて、一緒に授業を受けてくれている。
最初の頃はあまり笑わず、話さなかったエヴァンジェリンも、3年という月日の賜物か普通に話すし、俺の前でも笑うようになった。
そして、初めて見たエヴァンジェリンの笑顔はとても綺麗で、目が放せなかった。
多分、それからだろう、もともと俺は強さの中に危うさを抱えたエヴァンジェリンに惹かれていたが、その笑顔でさらに惹かれた。

俺はエヴァンジェリンの事が好きなんだと思う。あのすぐ人を殴る所も、強さを追い求め、探究心を前面に押し出して模索する所も、
そして、悔しいが彼女が騎士といって憚らないチャチャゼロとともに行動する姿も。すべてが一枚の絵になると思う。
それに、前に俺が戦闘訓練で武装解除に失敗して裸にした上に、彼女を押し倒した時に。

「裸は覚悟しているが、まさか押し倒されるとはな・・・・、クックックッ、だが、気を抜きすぎだバカが。」

そう言って、笑顔を浮かべた上で殴り飛ばされた。
多分、あの状況で俺の精神が万全じゃなかったら、そのままキスしてしまっていただろう。
だが、あの時は出来なかった・・・、多分俺の覚悟とか、強さとかそんなものが彼女には届いていないと思ったから。
俺にはまだ、彼女のように泥にまみれても前に進むだけの力が無い。チャチャゼロのように彼女の信頼を勝ち得てもいない。
だから、告白は俺からしたいと思う。

それに、最近思うのだが、彼女は入学当初からほとんど成長していないように思う。
よくウチのナンパ師が、『時よ止まれそなたは美しい』なんて言葉をいうが、彼女はそれを地で行っているんじゃないだろうか?
これに関しては、彼女の裸を一番間近でなおかつ数多く見た奴しか知らないだろう。
多分、それが彼女の秘密であり、同時に何かの拠り所なのだろう。だからこそ、いつか彼女を守れる存在になりたい。


ーside俺ー


物の準備等も終わり出発の日、朝から定番となった髪をリング状の髪留めで止めるのと、大きなリボンを装備してキセルで一服。
持ち物といっても、鞄一つで後は特に無い。と、言うよりもこの鞄さえあれば後は最悪捨ててもかまわない物ばかりだ。
これは、いつあのゲスに襲われてもいいようにとの措置で、今ではすっかり癖になっている。
無論、襲われるのを待つ出なく、襲いに行く事が出来ればいいのだが、生憎奴の居場所が分からない。
これは、奴をおびき出す餌も模索しないといけないかもしれない。

「エヴァちゃん、チャチャゼロ行くよ~。」

そのエルシアの掛け声で学校を出発。
行くとしても町の反対側の郊外なので、そこまで時間をとられるわけでもない。
ついでに言えば飛行魔法で全員空を飛んでいるんだし。

「エヴァンジェリンは怖くないのか?今回のハント。」

そういって俺の横を飛んでいるアノマが話しかけてくる。
アノマの装備はいつも通りのローブと杖。
後は、何やらネックレスなんかのマジックアイテムをつけているが、余りレアなものではなさそうだ。

「怖いかか、さ~てね、相手を過大評価する気も無ければ、過小評価する気も無い。
 ただ、在るがままを受け入れ、それを粉砕するだけだ。」

「おっかねぇな~。流石はエヴァンジェリンって事か。」

「なに、少なからず恐怖を持っていた方が生存率は上がる。命知らずが突っ込んで死ぬように、臆病者はその死を見て震えながら死に学ぶ。
 生き残りたいと思うならば、突っ込むでなく、まずは冷静さを失わん事だな。」

「うへ、オレには無理っぽいな。チャチャの字はいいな死なないし、壊れたらエヴァに直してもらうんだろ?」

そういいながら、首をすくめてディルムッドの方を見る。

「俺は・・・、どうだろうな、壊れたら直るとかは正直分からん。そもそも、俺もちょっと特殊なエヴァのお手製だからな。
 正直な話、手足や、横真っ二つぐらいなら直ると思うが、粉砕やら丸焼けなら無理だろう。」

「ん、チャチャの字はエヴァンジェリンの魔力で動いてるんじゃないのか?」

この事に関しては、いろいろな魔道書を見て調べてみたが、どうしても完璧な答えというのが見当たらない。
そもそも、これは魂に関する術式。エヴァの真祖化との絡みもあるだろうから、調べておきたくはあるのだがどうとも。
それに、これらに該当する術式の最終点は悪魔やそれ以上の存在の消滅術式。

つまり、高次元な存在を攻撃しなおかつ消滅させる事の出来るもの。
この点だけを見ていけば、概念武装とは違うが、いわば概念魔法といった所か。
少なくとも、ネギまの世界の魔法は祝詞を捧げ事を成す儀式めいた魔法だ。
魂魄の重みというモノがあかは知らないが、何かを成すたびに精霊や妖精はては神に祈りを捧げ力を借りる。

有る事を成せば有ることが起こる。という定義の基それを行っている。ついでに言えば、魔力を集める場所が森羅万象。
つまり、世界から魔力を持ってきて、それを自身の身体で変換して使っているという事になる。
少なくとも、魔力の貯蔵量とは一度に変換できる魔力の事であり、
魔力が無くなったと言うのは逆に魔法の連続使用によるオーバーヒートした状態だろう。
しかし、不死者というのは自然的なのだろうか?
それとも、正義と悪という大きな枠組みの中で、悪と銘打たれるからこその恩恵なのだろうか?
少なくとも、俺はもともと人間でエヴァも人間から真祖になった。
そのあたりの情報はあのゲスしかもっていないが、何とも。

「いや、今は魔力なしで動いているよ。気の修行のためにね。」

「ふぅ~ん、なかなか不思議な事もあるものだ。っと、エヴァンジェリンえらく難しい顔してどうした?」

「いや、考え事だ。」

そう短く言葉を切って、キセルに薬を詰めて吸い出す。

「みんな~、もう着くよ~。」

先頭を飛んでいたエルシアが、高度を落とし出しそれに続くようにみんなで降りだす。
降りた辺りは特にこれと言った物も無く、住宅街なのだろう辺りは静けさに包まれている。

「あっれ~、おかしいな。ここで集まってから討伐するはずなのに。遅刻はしてない筈なんだけど。」

「間違えたんじゃないのか降りるとこ。」

そう、エルシアとアノマが辺りをきょろきょろしている。しかし、俺は当たり出を見るではなく、鼻を動かす。
どうも、さっきここに降り立ってから血の匂いと腐臭がする。
辺りは見た限りでは死体もないし、特におかしな所も無いがいったいなんだ?

「チャチャゼロ、余りいい予感がしない。戦闘に備え、獲物を出しておけ。」

「了解、確かにこの静けさは不気味だ。」

そういいながら、二本の槍を取り出す。

「ん~、どうしようかな。流石にこんな事態なら。帰った方がいいかな。」

そんな事をエルシアが言った瞬間

グギャォーーーーーー!!!!!

と、現在地より先から雄叫びが聞こえた。

「ど、どうするエルシアなんかヤバそうだぞこの声。」

「撤退したいけど、このままじゃこの町が危ない。私が見てくるから二人はここにいて!」

そういって、エルシアは空を飛び、行ってしまった。さてと、どうするべきか。少なくとも、この先にいるものは真っ当な物じゃない。
それは、先ほどから強くなる血と腐臭が教えてくれる。少なくとも封印の指輪が無ければもっとよく分かるんだが。

「エヴァ行こう!なんか知らないけど、このままじゃエルシアが危ない気がする。」

アノマは真剣な表情で俺を見てくる。
ふぅ、何の因果か楽なハントのはずが結構ヤバげな雰囲気だ。
だが、なかなか面白そうじゃないか。

「あぁ、行こうか。チャチャゼロ、アノマ私に続け!」

そして空を飛び、匂いを頼りに飛んでいくと、程なくして巨大な竜が見えた。
それもワイバーンなんて可愛い物じゃないし、生きてもいない。

「ドラゴンゾンビ!?何でそんなもんがこんな所にいるんだよ!」

「チャチャゼロ、あれをどう見る?」

「撃破するには中々骨が折れるが、無理ではない。」

「って、二人とも狩気満々!?あっ!」

そういって、アノマの視線を追い先を見るとエルシアが一人でドラゴンゾンビと激戦を繰り広げていた。


ーsideエルシアー


あ~もう!ドジった。盛大にドジった!簡単なハントって事で一番有望な二人を連れてきて、経験積ませようと思ったけど、これは不味い。
いくらなんでもドラゴンゾンビは不味い。ただでさえ、毒の瘴気で接近戦は出来ず、その上でモンスターとしても破格の強さ。
それに、私だけが見に着てよかった。あのドラゴンゾンビにやられたのであろう、ほかのハンターの死体が転がっていた。
中には動ける奴が居たかもしれないけど、少なくとも、助けに行けば彼らの二の前になる。

エヴァちゃんはそれを見ても、助ける事なく冷静にドラゴンゾンビを狩る事を選択するだろうけど、アノマは別だ。
あいつは間違いなく助けに飛び込む。この状況でそんな事をやられたら助けきれるとも思えない。
ただ、疑問なのは普通、ドラゴンゾンビは自然に発生しない。少なくとも、龍は誇り高い生物なので死んだ後の醜態をさらす事などしない。
となれば誰かが何かの目的で操っているのだろう。まったく、めんどうをふやしてくれちゃって。

「あ~もう!プテ・ビギナ・ナル・ユエ 来たれ雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ南洋の風 雷の暴風!!」

ーside俺ー

おぉ、エルシアが雷の暴風を使ってドラゴンゾンビを粉砕しようとしてる。
しかし、いかんせん魔力が足りないのか、片方の羽の一部を壊すにとどまった。
だが、これで奴の飛行能力は抑えられた上、後ろに後退してくれた。
そう思い、いったん距離を置いたエルシアの横に行き肩を叩く。

「中々楽しそうだなエル。」

「うひゃ!?って、エヴァちゃん!?何で、どうしてここに居るの!?それにほかの奴も!」

「加勢に着たんだよエルシア。な、チャチャの字」

「俺はどちらかと言うとエヴァの前衛としてだな。」

そう口にエルシアに向かい言葉を放つ。エルシアは一瞬驚いたような顔をしながら、すぐさま真剣な顔で口を開いた。
俺の方も、これを見ればシャレで済まないのは分かっている。でも、先ずは作戦会議だな。そう思い薬を吸いだす。

「危ないって事、分かってるんでしょうね?少なくとも、ここで甘えは通用しないわよ。」

「ふぅーっ、少なくとも、甘える気は無いよエル。」

「帰れとは言わないんだなエルシア。それに、真面目なエルシアなんて初めて見た。」

「能ある鷹は爪を隠すという奴か。」

「みんなが酷い事に関する件。ってそんな場合じゃない。はっきり言って教師としては帰って欲しいわ。
 大事な生徒を危険な目に合わせる訳には行かないから。でも、今はそうも言ってられない。少なくとも、貴方たち二人は魔力量が高いし、
 エヴァちゃんの属性は相手を行動不能にする魔法が多い。アノマは高い魔力量で相手を粉砕する魔法が使える。
 チャチャゼロは、人形だから毒が効かないおかげで囮になれる。以上の点を踏まえて、あの腐れ龍を狩るわよ!」

それから一気に作戦会議にもって行き。
前衛兼囮はチャチャゼロ、拘束若しくは凍結して行動不能にするための俺、そして、最後に龍を粉砕するアノマとエルシアという事になった。
しかし、エルシアはなんだかんだでいい指揮官なのだろう。少ない時間で的確に人を配置し、なおかつそれを運用できる。
勝てる見込みがあるなら、それ向かって動く。その上で、士気を下げないため討伐隊の壊滅を知らせない。
少なくとも俺は到着直後、血の臭いで討伐隊が無事ではないと思ったが、まさか自分たちが敵わないからと言って、
人柱が如く魔力障壁であのゾンビを抑えているとは思わなかった。
今の所、まだ息のある奴の方が多いが、いつまで持つか。
さて、とっととこの腐乱死体を始末しよう。

「いい?たぶん今もてる最大の魔力をあれにはぶつけないと如何する事も出来ない。だから、出し惜しみ無し、全力で行くのよ。
 でも、気絶はしないで、助ける事の出来る人員がチャチャゼロしか居ないから。」

そういって、みんなを見回しニヤリとする。

「何とも厳しいオーダーだなエル。だが、嫌いじゃない。」

そういってのどを低く鳴らしニヤリと笑う。

「はぁ、ちゃんと報酬はよこせよエルシア。」

そういって、アノマもやれやれと言った感じで笑う。

「俺はエヴァしか助けんけどな。」

そういって、口を三日月にして笑う。

「「ひど!!」」

っと、二人が突っ込んで、みんなでもう一度ニヤリと笑う。さて、戦闘開始だ。

「チャチャゼロ、あれの攻撃をそらせ。私に欠片一つ、塵一つ届かせるな。」

「オーダーを承りました我が主。」

そういってディルムッドは微笑むとドラゴンゾンビに向かい飛んでいった。
昔は、槍を羽のように構えていたが、今の身体になってからは槍をクルクル回しながら遠心力を加え攻撃をするようになった。
と言っても、ディルムッドとドラゴンゾンビの体格差は像と人間といった所。
しかし、それでも囮として、若しくは前衛としては優秀で、ついでに言えば最近鍛えている虚空瞬動を使い翻弄している。

「先ずは エメト・メト・メメント・モリ 万物に等しき恩恵を与える優しき王よ 我が呼びかけに答え この場に威信を示せ 王の玉座!」

これは、俺が使える重力魔法で威力は中程度。
出来る事も、範囲内の任意の物体への重力制御で今はドラゴンゾンビを丸まる地面に縫い付けている。

「追加だ エメト・メト・メメント・モリ 来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を こおる大地!」

使える術式が増えてきて、連携で使えるモノを模索していた所で出来たモノ。
実戦では初めて使ったが、ここまではまるとは思わなかった。

グギャォーーーーーーー!!!!!!

龍の方も上からの圧力と、地面からの凍結で完全に身動きをとれず、後はエルシアとアノマが止めを刺すだろう。
ブレスを吐き散らしているが、出る直後から凍っていっている。

「アノマ、同一点に魔法を叩き込め! プテ・ビギナ・ナル・ユエ 来たれ雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ南洋の風 雷の暴風!!!」

「分かってるよ ラス・ララ グ・スキス クロテル 来れ、虚空の雷、薙ぎ払え 雷の斧!!」

二人の魔法が同時弾着したおかげで、あたりが霧と氷の破片に包まれる。やれやれ、これで終わったか。
魔力の方はもともと封印されているため、無くなればその封印された分が出てくるから減った感じはしない。
そんなことを思い、霧が晴れるのを待っていると、

ヒュン!

カシャン!

何かが飛んできたので、キセルで叩き落したが、中身の大半の液体が身体にかかった。一体なんだこの液体は。
そう思い臭いや色を見てみるが、特に変な所は無い。色も透明だから水か何かだろうか?
そうして、液体を手で拭いていると辺りが晴れ、下には先ほどまでドラゴンゾンビだったものがある。
幸い、人柱の人々はエルシアの最初の一撃のおかげで逃げ出す事に成功したらしい。

「お~い、下に降りよ~。もう疲れたよ。」

と、エルシアの号令で下に降りる。

「いや~、なんというかエヴァちゃん、よくあんな大きいの2つもぶっ放したね。」

「足止めとのオーダーだったんでな、満足行っただろ?」

「チャチャの字、あのエヴァンジェリンに勝てると思うか?」

「出来れば戦いたくない相手だな、戦う気も無いが。」

そんな事を言いながら、俺はドラゴンゾンビの鱗やら骨やら錬金術の材料を収穫中。
エルシアはお金を貰いに行くと言って出かけ、ディルムッドは俺とは反対の方から収穫中。
手持ち無沙汰だったアノマは俺の横で一緒に収穫中。

「なぁ、エヴァンジェリン。これっているか?」

そういって見せてくるのは何だかよく分からないモノ。

「とりあえずは集めておいてくれ。」

「りょ~か~い。」

そう言って、アノマは集積場所にもって行き、俺の方もひと段落ついたので立ち上がった時。

「っつぅ、何だ今のは?」

立ち上がった瞬間立ちくらみが俺を襲った。今まではそんな事は無かったが、一体なんだろう?
そんな事を考えているとアノマが戻ってきた。

「エヴァンジェリン、エルシアが撤収するってってうわ!」

「あぁん?」

俺が振り返った瞬間、アノマ降って来た。そしてそのまま、

ガチッ

えぇ~、歯と歯が当たりました。はっきり言って今折れそうなぐらい痛いです。
って、ちょっと待て歯と歯が当たっただと?それって事はつまり・・・・・・、やっちまったな。
とりあえず、未来を気にせず殺しておくか黒歴史の根源。
アノマに押し倒されたままそんな事を考えて、キセルを振ろうかどうか考えていると。
アノマが押し倒したまま腕だけで身体を起こした。アノマの瞳には俺が映っている。
そして、俺の瞳にはアノマが映っている。

「・・・、ごめん。でも、もう止まれない。」

そういって、顔を近づけてきた。待て、これはヤバイこれはヤバ過ぎる。
そう思い、手を振ろうとしたが、先ほどの眩暈がまた襲い動けない。
距離は詰まるばかり。人生最大の危機はここに。

「アノマ、悪いが続きは俺を倒してからにして貰おうか。」

そういって、ディルムッドがアノマを横から蹴っ飛ばす。
気のせいか足にルーンを纏っていたような気もするが、たぶん見間違いだろ。
ゴロゴロ転がったアノマは、しかし、その衝撃を利用して立ち上がった。

「チャチャの字・・・、俺たちは相容れないのか?」

「貴様が不貞を働く限り、相容れる事は無い。」

そう言って二人が無言になり、拳で語りだした。
俺も、身体を起こしそれを眺める。
なんだか出遅れた気分だ。

「お~い、何してんのあんたら。帰るよ~。」

そう言ってエルシアがこちらに来る。空にはもう星がポツポツ見え始め、月ももうじき出るだろう。
先ほどの眩暈はもう無く、身体にも問題ない。たぶん魔力の使いすぎでの一時的なものだろうから、大丈夫だろう。
そう思い、その時は気にしなかった。

彼はまだ知らない、この日々が終わる事を。

闇の中、男は笑う。自らの狂気を胸に。



[10094] 復讐は我にありな第11話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:31
復讐は我にありな第11話






闇の中男が笑う・・・・

ひたすらの狂気を込めて・・・・・

闇の中男がさらに笑う・・・・

自らに群がるモノ達を見ながら・・・・


「クハハハハハハ・・・・・・、ようやく見つけましたよ。
 三年半前、あの時屋敷を燃やし私の腕を奪った、私の成果を全て詰め込んだ貴女を!
 全てを取り戻しましょう。そう、全てを取り戻し、あの暗い地下室でまた楽しい実験と、享楽の日々を過ごしましょう!あぁ、キティ。
 アタナシア・キティ!急いて、急いて!急いて!!早く貴女に触れて今の全てを破壊して、貴女の絶望にゆがむ顔を見せて!!!
 くふ・・・、 クハハハ・・・・、あぁ、楽しみだ、まったく持って楽しみだ!すでに賽は投げられた。
 私が真祖になる準備も整った。後は貴女さえ手に入れば全てが元通り。そう、全てが元通りになる。
 さぁ、私の下僕たち、楽しい楽しいパーティーの幕開けだ。老いも若きも男も女も、一切全てを引き連れて開演と行こう!
 さて、まずは・・・・。」


ドラゴンゾンビの一件から半年。
はっきり言って、この半年が一番辛かった。何が辛いって、いつ襲うとも分からない目眩。体調不良。
それに熱っぽさ。最初の頃は、等々俺にも女の子の日が!と慌てもしたが、よくよく考えれば成長しないのだから、そんなものが来るはずが無い。
いかん、だいぶ参ってる。そんな調子な物だから、この半年ほとんどと言って良いほど何もかもがはかどっていない。
ただ、表面上は何時もと同じように取り繕っている。そうしなければ、下手に医者なんぞに連れて行かれれば、一発で吸血鬼とばれるだろう。
だから取り繕ってはいるが、戦闘訓練なんて地獄と同じ。ただ、そのおかげか、ディルムッドが結構気を形にしてきた。
ただ、まだ飛ばす事は出来ない。だが、槍なんかの強化はできるようになってきている。
それを聞いて、コイツの技を一緒に考えてみたが、どうも俺の言う技は難しいらしい。
だが、無理ではないと練習しだした。

もともとコイツはランサーと言う特性上俊敏さには事欠かない。
それを軸に技を考えたから割りとシックリ来ると思ったのだが、なかなか甘くは無いらしい。
俺がディルムッドに提案したのは、チャチャゼロボディになってから癖になりつつある槍を回してからの一撃と言うもの。
簡単に原理だけ言うなら、視認限界以上の速度で槍を高速回転させてからの一撃。
当然、視認限界以上の速度からの一撃なので交わすのが困難なのと、槍が二本在るので、片方を体の前で高速回転させ、
その回転する隙間をもう一本の槍で縫うように突きを放つと言うもの。
これなら攻防一体の攻撃となるだろう。

後は、身体に柔軟さがあるなら槍を高速振動させ蛇のように曲がる一撃と言うのも良いかもしれないと言ってやった。
ディルムッドが槍を持っている特性上どうしても居合い拳は使えない。
簡単な話し、居合いを行うために必要な滑らせて加速する物が無いのだ。
それ以外の方法で速さを求めるなら、回転させるか振動させるかと言う二択になるだろうと思い提案したのだが何とも。

後は、槍を投擲しても問題ないように手の部分にアポーツの術式を施してやろうかとも検討中。
これができれば、戦闘の幅が増える。
気で強化した真名開放状態の宝具を投げ付けるとか、はっきり言って反則としかいいようが無い。
しかも、ディルムッドの宝具の特性上、投げる槍によるが、ゲイ・ジャルグの場合、
魔法で打ち落とすのは先ず無理な上に、魔法障壁なんかも簡単に貫く。

これはセイバーの王風結界を消したり、ランスロットの疑似宝具を無効化した事から分かる。
そんな槍が何度でも飛んでくるのだから相当厄介だろう。
ゲイ・ボウの場合は、もっと簡単で、どこかにさえ当たってくれればいい。
それだけで、治らない傷ができ身体に刻まれていく。ある意味これは夢広がる戦い方だ。

まぁ、これを行うにしてもなんにしても、先ず俺の体が治らない事には始まらない。ディルムッド自身は、俺の言った業を目下練習中。
俺も、早く身体を直して色々とやりたいのだが、治る気配が無い。しかし、こんな病気まがいの状態に置かれた理由なら推測がつく。
あのドラゴンゾンビとの一戦の後に浴びた液体。あれが何かしらの毒なのだろう。そして、そんな毒を作れる人間を俺は一人しか知らない。
俺が復讐を誓い、最も殺したい相手、シーニアスだ。あいつならば、そう、エヴァを真祖にしたあいつならば俺に効く毒薬を作る事ができる。
つまりは、復讐の終焉が近い事がわかる。あいつに先手を取られたのは痛いが、争い事なんぞ準備不足の連続の上で起こるもの。
そう割り切って考え、自身にできる最善では無く、最も選択肢の多い答えを探す事が必要だ。
最善を選べば、確かにその時はいいかもしれないが、後を考えると続か無い事が多い。
そんな選択肢をとるぐらいなら、最初から選択肢の多い選択を続けたほうがマシだ。

「なぁ、最近エヴァンジェリンおかしくないかチャチャの字。」

「まぁ、少しピリピリしてるかな。で、お前は何でここにいる?」

今俺がいるのはクレータ寮の自室。三年半暮らしてみたが、やはり人を住ませていい環境とは思えない。
まぁ、住んでいる俺が言うのもなんだがな。で、今俺の部屋には珍しく客が来ている。
ここ最近というより、俺がここに住みだしてこの部屋を尋ねて来たのは、わずかに二人。
一人目は少し時を遡るが、販売部の店主である骸骨、名はムクロという。
こいつが尋ねてきた理由は簡単で、販売部を閉めるからと言うもの。
それで、店を一番利用していた俺の顔を見に来て、魔法薬のレシピと遺跡発掘都市で暮らす娘からの贈り物を俺にくれると言ってやって来た。

コンコン

「誰かは知らんが開いてるぞ。」

「よぉ、嬢ちゃん。よくもまぁこんな所に住んでるな。」

そういいながら、入ってきたのはムクロ。
こいつにとってこの寮は天敵だろう。骸骨ならすぐにカビそうだし。

「で、何の用なんだ?まさか、冷やかしを言うためにわざわざこんな所に来たわけではあるまい?」

そういうと、ムクロは笑いながら話し出した。

「いやな、おめぇさんに渡そうと思うものがあってな。少しはえぇが販売部を閉める事にしたんだわ。だからホレ。」

そういって投げて寄越したのは、一冊の本とやたら年季の入ってそうなカギ。

「これがいったい何なんだムクロ?」

「あぁ、いやな、嬢ちゃんが色々本をもらってるって聞いたからよぅ、俺からも一冊と思ってな。
 その本をよみゃあお前さんが買ってる魔法薬のレシピやら、ほかにもいろんな道具の作りかが乗ってらぁ。」

そう言われて、中に目を通すと錬金術に関する書籍である事が読み取れた。しかも、この書籍には別荘の作り方が記載されていた。
はっきり言ってこれはかなりありがたい。今までは巻物を使っての精神修行がメインだったが、これが作れれば色々とできる。
ただ、今まで吸っていた魔法薬の項目を読むと、成分だけ見るなら年単位で寿命が削れる毒薬のような素材が元になっていた。
もしかして、ムクロは仲間を増やそうと俺にこの薬を寄越したんじゃなかろうかと、一瞬頭をよぎったが、まぁ、あえて突っ込まないでおこう。
しかし、もう一方のこのカギはなんだろう?

「おい、これはどこのカギだ?」

「あぁ、そいつぁな俺の娘、名はドクロっつてな、ちょっと前まで遺跡が腐るほどあるヘカテスってぇ町にいたんだが、そこの土産だとさ。
 どうせなら酒とかの方が嬉しいんだが、返すのもなんだし貰っておいたんだが、使い道がねぇ。それで、嬢ちゃんにやろうかとな。」

「ようは、ゴミを押し付けに来たと?」

そういうと、ムクロは豪快に笑いだし、

「いや、そいつぁあドクロ曰くどこぞの遺跡のカギなんだとさ。つっても一体何処に在るやらでな。暇だったら探してみるといいぜ。」

フム、遺跡発掘か・・・・、一応未来のビジョンの一つではあるな。少なくとも、この世界は色々と不可思議な事が多すぎる。
それを調べるための文字通りカギになってくれるとありがたい。

「それならありがたく頂いておこう。」

「そうしとけ。ついでに暇ならドクロに会って話を聞いてみるといい。
 何時もぴぴるぴる何チャラってって言ってるから分かりやすいだろうよ。」

そういって、ムクロは俺の部屋を後にした。
しかし、ドクロって名前でぴぴるぴる何チャラが口癖とは・・・・、
下手に会うとエクス何チャラが飛んできそうな気がするから止めておこう。
そうして、次の日にはもうムクロは学園を去っていた。なんというか、簡単でもいいから贈り物でもしておくんだったな。

 そして、目の前にいるのが二人目の来訪者であるアノマ。
こいつはドラゴンゾンビの一件以来、どうも俺にいい所を見せようと奮闘しているようだ。
この前も、俺の体調が悪い事に気付いたのか、色々と薬やら魔法やらを調べていた。
ただ、どうして俺にレモンやらミカンやら酸っぱそうな物を送ってくる?
これは何かの嫌がらせなのか?

「はぁ、酸っぱい物なら間に合ってるが、何のようだ?」

そう言って、キセルから煙を吸いながら話す。
体はだるいが、こればかりは止められない。

「あ、あぁ。そのな、今度町でお祭りをやるんだけど、一緒に行かないか?
 それに、サーカスも来るらしいから一緒に見に行こうかと思って。ほら、チケットもあるし。」

そういって差し出されたのは、ピエロの絵がプリントされたチケット。ホーント・リッチサーカス団と名うってある。
はぁ、どうしたものか。個人的には、祭りやサーカスなんぞそっちのけでダラダラしていたいのだが、それをするとこのバカはまた世話を焼いてくる。しかも、間違った方向で。ここはおとなしく着いて行くとするか。

「チャチャゼロも勿論一緒で良いんだろうな?」

そう言うと、一瞬眉をしかめたがそれでもOKといってきた。
それならば、せいぜい楽しむとしよう。


ーsideアノマー

最近元気がなくて心配していたが、エヴァンジェリンはオレの誘いに乗ってくれた。
まぁ、チャチャゼロが着いて来るのは、半ば予想の範疇だったとしても少し悔しい。
やはりエヴァンジェリンは俺の事をまだ信頼してくれていないのだろうか?悔しいが、チャチャゼロは強い。
飛び始めた頃はそんなでも無かったが、飛行に慣れると本当に強くなった。オレもそれに必死に喰らい付こうと頑張ってはいるが難しい。
それに、ドラゴン退治以来エヴァンジェリンが変だ。表面上はなんとも無い様に装っているが、それでも行動の節々に違和感を覚える。
原因が何かは分からないし、もしかして、あの時のキスで子供が出来ちゃったのかと思って、酸っぱい物とかを大量に送ったら逆に怒られた。

さすがにオレもそこで冷静になって考えてみたが、キスで子供が出来る訳が無い。
そうすると、単に体調が悪いのかと思って色々魔法を調べたが、そもそも、彼女のどこが悪いのか分からず、空回りもいい所だった。
そして無い頭で考え付いたのが、今のサーカスの誘い。
簡単な話、珍しいものでも見てもらって、気晴らしをすれば少しはマシかと思い誘ったのだ。
もしこれで誘いに乗ってくれなかったら、折角ドラゴンゾンビ退治で手に入った報酬をはたいて買ったチケットが無駄になってしまう所だった。
しかし、このチケットを見た時どうして、このサーカスの公演にエヴァンジェリンを連れて行かなければと思ったのだろう?
それに、オレにこのチケットを売ってくれた男はどうして、腕に包帯なんてぐるぐる巻きにしていたのだろう?

それもサーカスの演出のひとつなのだろうか?
まぁ、そんな事はどうでも良いか。せっかくのエヴァンジェリンとのデートだ。
お邪魔虫のチャチャゼロはいるが、それでも楽しまないと損だろう。祭りの日の公演が楽しみだ。

ーside俺ー

公演の日までそう日は無い。しかし、別段俺に準備するものは無い。
服にしてもなんにしても、もともと普段着はエヴァの持ち物を使っているので品質に関しては問題ない。
それに、むやみやたらと宝石なんてものも着けたくは無い。基が良いのだからシンプルイズベストが最適だろう。
ついでに暇だから、ディルムッドのチャチャゼロボディ用の服でも作るか。人間の時なら適当に買って着せれば良いが今は人形。
それに、屋敷から持ってきた服も何着かはあったが、戦闘訓練やら何やらで大分ボロボロになってしまっている。

「と、言うわけで服を作ってみた。」

「何が『と、言うわけ』かは、分からないが、折角作ってくれたのなら着るとしよう。」

そういって、俺から服の入った袋を受け取る。ちなみに、中身はディルムッドだとしても、容姿はチャチャゼロ人形。
つまる所、可愛らしいのだ。ならばそれに見合う服が良いだろう。
そう考えてデザインしてちまちまと縫い上げたのが、

「なぁ、エヴァ。たまに思うんだが、エヴァの愛情表現って歪んでないか?」

そう言いながら出て来たのは、メイド服姿のディルムッド。
ちなみに、なんちゃってメイドが着ているようなミニスカタイプではなく、由緒正しいロングスカートのメイド服。
デザインの基は屋敷を出る前に会ったエマの服をイメージして、ディルムッドのために作ったので、濃紺の生地と白いエプロンが似合っている。
ちなみに、背中の羽が出るように作るのが一番苦労した。

「クックックッ・・・、えらい言われようだな。折角似合う服を作ったというのに。実際に似合ってるぞ。」

「いや、しかしだな・・・・。」

そういいながら、スカートをいじったり、新しく新調したヘッドドレスを弄ったりしている。
と、そう言えば忘れる所だった。

「そのヘッドドレスは大事にしろ。念話補助用の術式が仕込んである。」

「そうか、それは助かるな。」

もともと、俺がこいつを召還に使った魔法陣はサーバント召還ではなく、魂を人形に込めての動くオートマーダーのような物を作る術式なので、
サーバント契約とは違い、こちらの意思を魔力に乗せて送る事は出来ても、相手からの意思は感じ取れない。
もともとが、自身を守るためだけにつかう人形のだから、人形の意思何ぞ知った事かと言う所なのだろう。しかし、今の俺としては困る。
簡単な話し、声に出しての会話によるタイムラグや、お互いの別行動時の会話手段として必要だったのだ。
それを考えて作ったのがこのヘッドドレス。後、服も普通の服よりも頑丈になるように術式をこめて作ってある。
防御力は大体、鉄の軽鎧程度。しかし、それをエプロンと重ねて着ているのだから結構頑丈だろう。しかも、元が布だけに軽い。

そんなこんなで、祭りの日の当日。空は快晴で月齢では今晩満月になるらしい。
そのせいか、少しは体調がいい。

コンコン

「あぁ、待て今行く。チャチャゼロ準備は良いか?」

「あぁ、問題ない。」

そういって鏡を見てから外に出る。今俺が着ているのは、エヴァの家から持って来た黒いゴスロリ服。
全体的に黒くフリルで豪華な感じになっていて、胴の部分にまく布が深紅の生地で出来ていて、後ろの部分でリボン結びをしている。
髪はいつも同様リング状の髪留めで留めて、リングの上から黒い大きなリボンで覆っている。ついでに、キセルに薬を詰めて吸えば準備完了。
ちなみに、ディルムッドはこの前渡したメイド服を着込んでいる。

「おはよさんっと、エヴァンジェリンの私服って毎度可愛いよな。チャチャの字はなんと言うか・・・・・、ご愁傷様?」

「褒めても何もではせんぞ。ついでに言えば、チャチャゼロの服は私のお手製だ。」

「ケケケ・・・・、アノマ、やはりお前とは分かりあ合えないようだな。」

そんな馬鹿話をしながら学校を出て市内へ向かう。
しかし、ディルムッドは割り切ったのかどうなのか、割と渡したメイド服を気に入ったようだ。
渡した後、どこかにフラフラ出て行ったので、興味本位で見に行ったら鏡の前で一回転していたので、生暖かく見守り退散した。

「今日のサーカスの公演は、夕方からやるらしいから、それまで色々見て回ろうぜ。」

「あぁ、かまわんよ。」

そう言って、祭りを見物して回る。しかし、いろいろな人種を見たと思ったが、今日はさらに色々な人種がいる。
それについて思った事なのだが、少なくとも、公式設定では原作開始より約一世紀前まで両世界の事は互いに知られていない。
しかし、遺跡にしろ道にしろは、そこに確かにあるのだ。それに、御伽噺に成ると言う事は、
少なくとも、両世界を偶然にでも行き来出来ていたかもしれないという事。それに、旧世界には妖精やドラゴンと言った物の伝説には事欠かない。
少なくとも俺の場合は、ゲートの存在を知っていた事と、あのゲスが少なくともそのゲートを使った事があるという事で、
こちらの世界に来ることが出来た。
ただ、ゲート自体がまだ機械整備されていないので、行き来できる周期はちくじ観測する必要性があった。

「エヴァンジェリン楽しんでるか?」

「楽しんでるさ。それにしても、人も出店も多いな。」

キセルから煙をユラユラさせながら答える。
少し思考に走りすぎたか・・・。

「そろそろ小腹も空いてきた、何か食おうじゃないか。」

そういうとアノマはきょろきょろと辺りを見回して一軒の店に目をつけた。

「そうか、あれなんてどうだ?」

そういって指差したのはオープンカフェテラスのある店。
はて、どこかで見た事があるが、まぁ良いだろう。
そう思って、その店に入る。

「注文は適当にしておいてくれ。ちょっとお花を摘みに行ってくる。」

そういって席にアノマとチャチャゼロだけを残してトイレに立つ。


ーside残された二人ー


「なぁ、チャチャの字、エヴァンジェリンの好きなものって何だ?」

そういってチャチャゼロに聞く。
悔しいが、こいつなら間違いなくエヴァンジェリンの好きな物を知っているだろう。
本当ならこいつに聞かずに注文しておきたかったが、知らないものは仕方が無い。

「なんだろうな。
 何時もサンドウィッチやら、保存食やら食べれれば良いとか、機能的なモノを食べているが・・・、はて、好物言うと・・・。」

アノマに聞かれて考えるが、何なのだろう。
ココで生き血なんて馬鹿な事も返せないし、俺が知っている限りではサンドウィッチや、こっちの世界の保存食や携行食料何かをよく食べていた。
一度、なにか他の物でも食べないかと提案したら、その時は偉く豪華な料理が出てきた。
しかし、それが好物かと聞かれればなんとも。まぁ、飲み物ならコーヒーでいいんだかな。

「なら、これで良いか。機能的で栄養あるし。」

そういって、アノマが何か頼んでしまった。


ーside俺ー


席を外して、裏口から外に出てコウモリを飛ばす。これは保険だが、不特定多数の人間が今はこの町にいる。
今まで外に出る時はこんな事をしていなかったが、あの薬を浴びたからにはこれ位して置かないと気が休まらない。
しかし、今の体調では飛ばせる量も質もガタガタで、本当に気休めと言った所だろう。

「ただいま。」

「あぁ、お帰りエヴァ。」

「帰り、もう料理は頼んどいたから。」

そう言われて、料理が来るまでキセルで薬を吸いながら雑談をしてすごす。
どうでも言い話だが、この薬は拡散性が強くキセルなんかで吸った奴は影響を受けるが、キセルから立ち上る煙には有害性は無い。
代わりに、シナモンのような甘い香りを振りまくだけだ。と、どうやら料理が来たようだ。店員が料理を並べ終えて席を離れる。

「ありがとさ~んっと、じゃあ食べようぜ。」

そういって、アノマが運ばれてきた料理をぱくつく。
しかし、俺は手が出ない。どうしてかって?
それは、

「チャチャゼロ、これは私に対する嫌がらせか?」

「すまない、料理を確認するんだった。まさか、ニンニク入りの料理だとは。」

今、俺の前に出されているのはここに来た当初に食べたニンニクタコス。
ただでさえ具合が悪いのに今これを食べたら確実に死ねる。

「ん?何かあったのかエヴァンジェリン。」

「あぁ、私の大嫌いなものが入ってるだけだ。それ以外気にする事は無い。」

そういうと、アノマの顔色が悪くなる。
まぁ、好意を持っている女性に、その女性の嫌いな物を出したのだから仕方ないだろう。

「わ、悪いエヴァンジェリン!今から何か頼みなおすから。」

そういってカウンターに走って行った。俺の方は料理をディルムッドに全て渡し、コーヒーを啜りキセルで薬を吸う。
そして、程なくしてフルーツの盛り合わせを持って、アノマが帰ってきた。

「まったく、チャチャの字も知ってるなら教えてくれれば良いのに。これなら食べれるか?」

「あぁ、上出来だ。これなら問題ないよ。」

「すまんアノマ、先にエヴァの嫌いな物を教えておけばよかった。」

「なに、かまわんさ。」

そう言って、三人で食事をした後、また祭りを見て回り日も暮れだしてボチボチ星が見え出した頃、俺たちはサーカスのテントの前にいた。
しかし、俺はサーカスと言うものを見た事が無いが、こんなにもお香やら何やらの臭いがするものだろうか?
その臭いのせいで、逆に身体能力を落とすハメになるとは何とも。
そんなこんなでサーカスのテントの中に入り開演を待つばかりという状況。
しかし、最前列の席を取ってくるとは、なかなか金のかかっている事だ。
コウモリは闇に紛らわせて、もう体に返しているし、今の所問題は無い。せいぜい楽しめるなら楽しむとしよう。

「もうじき開演みたいだな。」

そうアノマが俺に囁いて来て、真っ暗だった舞台の中央が明るくなり、ローブで全身を隠した男が一人出てきた。
男は枯れ木のように細く。そのほかにも、闇で蠢く何人か感じ取れる。

「今宵は我がホーント・リッチサーカス団の公演にお出でくださいましてありがとうございます。
 と、言っても私どもは貴方方に興味がありません。 私が興味があるのはただ一人、そう、ただ一人だけ!」

男が舞台上で叫んでいる。舞台演出にしてもこれは少々おかしな気がする。

(チャチャゼロ、もし有事の際は私ではなく、アノマを優先して逃がせ。)

そう、念話を送るとすぐに返答が帰ってきた。

(何か理由があるのか?)

(ある、これは決定事項だ。確実にこなせ。最悪秘密をばらしてもかまわん。)

そうやり取りをしている間に、男の言葉は終わろうとしている。

「さぁ、今宵は満月。すべての闇の眷属よ!すべての闇の王たるものよ!そして、我が愛憎の対象よ。その名と姿をすべての前に知らしめよう。
 食事なら腐るほどある!それが終われば、あの懐かしの地下室に帰ろうか。
 なぁ、真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダ ウェルゥ!!!!!!」

そういった瞬間、一瞬枯れ木のような男と眼があったと思ったら、辺りから悲鳴と、

ドスッ
ジュパッ

「ぐがぁっ!!」

俺の胸から剣が生え光が消えた。痛い・・・・、イタイイタイイタイイタイ・・・・。思考が燃える。再生が遅れる。力が出ない。
口は息をするだけで精一杯。そんな仲でも、隣から俺を呼ぶ声がする。

ーsideアノマー

舞台公演が始まり、舞台上の男が何か喚いていて、最初の方はオレもこれがサーカスの演出なのかと思っていたが、なんだか雲行きが怪しい。
そして、男が、


「真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルゥ!!!!!!」

待て、何で男エヴァンジェリンの事を知っている?
混乱しながら、エヴァンジェリンに話かけようと思ったら、

「ぐがぁっ!!」

エヴァンジェリンの声が聞こえた後、顔に暖かいものが付いた。
そして、オレの目に飛び込んできたのは、

「なっ!」

串刺しにされ、目から血を流すエヴァンジェリンと、辺りでは人が人を襲っている光景。と舞台上で笑う男。
いったいどういう事だ、何が起こっている。しかし、そんな事はどうでもいい。

「エヴァンジェリン!放せばか!!早く病院に連れて行かないと!!」

そういって、エヴァンジェリンを串刺しにしているローブの大男に挑みかかろうとするが、男はその場からジャンプして舞台の上に上る。
オレがエヴァンジェリンを追いかけようとした瞬間、エヴァンジェリンの声と、オレの首根っこを力任せに引っ張るやつがいる。

「がぁ、ちゃ・・・、ちゃz・・・、ゼロ。やれ・・・。」

どうしてその声が聞こえたのか分からない。
距離もある、回りは悲鳴と逃げ惑う人間でごった返している。そんなさなか彼女の声が聞こえた。
そう、オレではなく彼女が騎士と言ってはばからない彼を呼ぶ声が。
そして、それを聴いた瞬間、オレは天高く舞い上がっていた。

「放せチャチャゼロ!俺をあそこに戻せ!」

「だまれ!これはエヴァの意思だ、キサマを自身より優先して逃がせとな。」

そういって、チャチャゼロは虚空瞬動を使いサーカスから急激に遠ざかっていく。

「それでも放せ!このままじゃエヴァンジェリンが死んじまう!今ならまだ間に合うかもしれない!!」

それを聞いてもチャチャゼロは無言で飛び、サーカスの会場からすでに何キロとも言えない所まで来て、オレを地面に投げ付けるように下ろした。

「チャチャゼロ、お前何しやがる!何でオレなんだよ!何でお前はオレじゃなくてエヴァンジェリンを助けないんだよ!!」

そう言うと、チャチャゼロも苛立たしそうに口を開いた。

「だまれ!!俺だって彼女を一番に助けたいさ!だが、それは出来ない!キサマを逃がす事が彼女からの最優先任務だからだ!
 もし、キサマを逃がさずエヴァの元に残ればそれだけでオレは俺としての資格を失う!!」

「それでも、何でオレなんだよ!それに、真祖とか吸血鬼とか言ってたし、わけわかんねぇーよ!」

「本当の事だ。エヴァは吸血鬼の真祖。あの状況でも死なない。では、俺は行くぞ!」

そういって、今にも飛び立とうとするチャチャゼロと一緒に俺も飛ぼうとするが。

「ぐはぁっ!てぇめぇ・・・・なに・・・・しやが・・・・る!」

「オレの任務の邪魔をしないでもらおうか。」

飛んできたのは腹への強烈な蹴り。今にも吐きそうな位の衝撃で吹っ飛ばされ意識が持たない。
オレの目の前でチャチャゼロは飛んでいった。クソ!俺では彼女をエヴァンジェリンを守れないのか・・・・。


ーsideディルムッドー


苛立つ・・・・、苛立つ!・・・・、苛立つ!!
何で俺はあの時気付けなかった!それに、どうしてアノマを優先させた!
少なくとも、旧世界に行った時に話して、エヴァが色々と先の事を知っているとは聞いた。
しかし、彼女はその先の事を教えようとはしない。理由は未来なんぞ変わってなんぼだと言う事からだ。
しかし、それでも彼女が傷つくのは我慢ならない!なぜ彼女なんだ!どうしてなんだ!彼女がいったい何をした!

「えぇいクソ!」

短くそう毒づきアノマを逃がした道を急速に戻る。
彼女からの魔力は弱々しくだが感じる。彼女はまだ生きている。それならば急ぐしかない。
過去のオレは飛べなかった。しかし、今の俺は飛べる!それに更なる速さを手に入れている!

「必ず間に合わせて見せる!我が忠義に誓って!!」


ーside俺ー


「クハハハ・・・・、いいザマだなキティ?どうだ、俺の所に戻ってくる気になったか?」

「戻るか・・・・、キサマわ・・・・、コロ・・・ス。」

痛いイタイイタイ・・・、串刺しにされたままのせいで再生できない、目は戻ったが、それでも魔力が抜けて完全回復しない。
もともと、自然治癒力も半端ではないが、それでも魔力のあるなしでは速度が違う。それにこの痛みは、身体だけの痛みではない。
精神が魂がギチギチと軋みをあげる。痛いイタイイタイ・・・・。
それでも、まだだ、まだ俺は死ねない!死なない!死んでやるものか!目の前のゲスを殺すまでは絶対にだ!

「そうか・・・・、ならこれはどうだ・・・、ヤレ、キメラ。」

シーニアスがいった瞬間、両肩から感覚が消える。
変わりに、身体の中が急速に冷たくなる。

「ぐあぁぁぁぁああぁぁ・・・・・。」

「あぁ、いい悲鳴だ・・・・。どうだ、戻ってくるなら早くしたほうがいいぞぅ?
 じゃないと、芋虫になってしまうぞ。ククク。」

「ころす・・・・・、キサマだけは殺す・・・・、確実に・・・・。ぐっ。」

俺の喉を熱い線が走る。そのせいで、口も利けなる。

「口の悪い娘は嫌いだといったのに。はぁまったく・・・・、必要な物はそろったし、キミ以外でも良いかな。
 多少面倒はあるが、人間なんぞ腐るほどいる。それならば君を殺すのもいいか。計算上なら、今の君なら灰にすれば死ぬはずだ。」

喉は使えない、腕は切り落とされたままで、胴体は串刺し。しかし、まだだ。これ位ではまだ終わらん。
少なくとも、エヴァの知識ではこれでもまだ序の口。それならば、彼女より長く生きている俺がここで挫ける訳には行かない!
彼女を殺してしまった俺が、こいつを殺し復讐を果たさないと気がすまない。それがいくら満身創痍だとしてもだ。
それに、俺の騎士が帰ってくる。あの忠義を重んじるあいつが。

「ふん、その反抗的な目つきも気に入らんな。折角俺たちの世界で見た時は笑っていたのに、今は醜い。」

そういって、睨んでいた俺の目をキメラが切り裂く。

「・・・・・」

「ふん、口をパクパクさせてもなにもでんよ。」

そうだ、喉が切り裂かれているのだから声が出ないのは道理だな。
しかし、念話なら別だ。

(我が騎士よ、後どれくらいで来る?)

(今はもう、御前に。)

そう頭に響いた瞬間、斬撃音とともに俺の身体がドサリと地上に落ちる。


ーsideディルムッドー


オレがサーカスの会場に戻った時にはすでに、エヴァの身体はボロボロだった。
あの綺麗だった顔は血で赤く染まり、白かった髪と肌はどす黒く汚れ、両腕は切り落とされている。
そんな中、オレに彼女からの念話が届く、どこにいるのかと。とても静かな声で。しかし、声は静かでも怒りは伝わってくる、深い深い怒りが!
その声で悟った、彼女は諦めていない。彼女はいまだにあの男を殺す気でいる。それならば、彼女の騎士として誓った事を果たそう。
彼女からもらった飛行能力で、天高く舞い上がり槍を構えて急降下する。狙いは、彼女を貫いている大男。
そして

斬!!

急降下による加速と、気による強化で斬撃速度を上げてきり飛ばす。

「下がれ下郎!俺が相手をしてやる。」

そういいながら双槍を構え威嚇する。

「あの時見かけた人形か。やれ我が下僕ども!叩き潰してしまえ。」

そういって。周囲で人を襲っていた化け物や、目の前のローブを着込んだ男がオレに殺到してくる。

「雑兵なんぞで俺が止められると思うなよ!」

そういって、戦闘を来た奴から首を飛ばし、喉を突き、心臓を穿ち、或いは、頭を叩き割り、あたりに死体の山を作っていく。
エヴァはまだ身体が治っていない。切られた腕は生えてこず血を流し、後の部分もいまだに再生していない。

「ふん、人形の割にはと言う所か。キメラ、やれ。」

そういった瞬間、男の横にいた大男が動き出す。

「いくら数が増えようと問題ではない!」

そういって、大男との戦闘に入る。しかし、この男は不気味だ。
エヴァを串刺しにしたままの姿勢で、俺が帰ってくるまでをすごし、それでもなお疲れを見せない。
だが、それでも俺が止まる理由にはなりえない。

「ふっ、誰であろう何であろうと、俺を止める事なんぞ出来はしない。俺を止める事が出来るのはただ一人。我が主のみと知れ!!」

そういって、大男との戦闘に入る。が、

「止まらなくても結構。すでに欲しい者は手に入った。」

そういわれて、男の方を見ると、男の目の前にエヴァが倒れていた。

「クソッ、転送魔法か!えぇいどけ!!」

そういって、大男を飛んで交わそうとするが、

パンパン

銃声が響く、男の方を見れば。
纏っていたローブが外れ、そこから出て来たのは腕が六本あり、それぞれの手に双剣、双銃、双槍という井出達の継ぎ接ぎだらけの男。
腰のベルトには数多くの銃弾と刃物がぶら下がっている。下手に飛べば銃を撃ち、接近戦なら槍と剣を使い攻撃をする。
それに、切り落とした筈の腕が生えている。少なくとも、切り落とした腕は転がっている分があり、切り落とした断面には新しい腕がある。
再生力が高いのだろう、俺の槍が昔通りなら問題ないが、今は開放型のため、普通の槍と変わらない。
そうして、大男と対峙している間に声が聞こえてきた。

「知っているか人形。言う事を聞かない物、必要なくなった物の末路というものを。知らないだろうなぁ、キミは人形なのだから。
 ククク・・・、 優しい私が教えてあげよう人形君。答えは簡単焼き捨てるのさ!」

そういって、男がエヴァの身体に火を放つ。

「エヴァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」



[10094] 新たな一歩なのかな第12話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/04/13 21:46
魔力が足りない。力が出ない。血が足りない・・・・。

心が折れてはいないが、体中がガタガタで立ち上がる事はおろか、這いずる事も出来ない・・・・。

あぁ、そういえば、這いずるにも俺、今腕がないんだっけか・・・。

辺りを見回そうにも、目も潰されて、声を上げようにも、喉は裂かれ・・・・。

はは、本当に、本当にボロボロじゃないか・・・。

あのゲスを殺そうと、今まで色々頑張ったし、辛い事も楽しい事もあった。諦める事なんぞしない。
けして、そんな逃げ出すような真似はしない。しかし、俺の頭上から声が聞こえる。あのゲスの耳障りな声が。

「知っているか人形。言う事を聞かない物、必要なくなった物の末路というものを。知らないだろうなぁ、キミは人形なのだから。
 ククク・・・、 優しい私が教えてあげよう人形君。答えは簡単焼き捨てるのさ!」

そして、俺の体に火が放たれる。骨まで焼け落ちるような業火。熱さも感じず、ただ、確かな体の喪失感のみを伝えてくる。
再生出来ない。体が動かない。魔力が足りない。諦めは無い。しかし、俺に這い寄る暗い闇。あぁ、この感覚はあの時の・・・・・。


新たな一歩なのかな第12話


「クソっ!俺はなんだ!俺は何なんだ!!彼女と成り代わり、彼女の代わりに復讐を果たそうとしてこのざまか!クソっ!」

放り出されたのはいつかの闇の中。だが、そんな事は同でもいい。
体があれば辺りにあたり散らして、目に映るモノをすべて破壊しつくしているだろう。
しかし、俺はまた体の無い闇に成り下がった。

「クソっ!」

こうやって、悪態をついている間にも、俺に語りかけてくる奴らがいる。
最初の時は気づかなかったが、もしかしたら最初も語られたのかも知れない。

曰く、もう楽になれと。

曰く、もう後はゆっくりとここに居ろと。

曰く、もう諦めてもいいのだと。

曰く曰く曰く曰く・・・・・・。

頭に響く、心にするりと入り込もうとする。甘い甘い甘言で俺を取り込もうとする。
さぁ、楽になろう、さぁ、諦めよう、さぁ、もう立ち上がる事無く、ここで一つになろうと・・・・。

「舐めるなよ。」

顔なぞない、目なんてあの男に切り裂かれて、ここに来る前から潰されている、声を上げる為の喉も切り裂かれて声も出ない。
それでも辺りを睨みつける。そんな事は関係ない。そう、関係なんかあるものか!俺の諦める理由なんぞになりえるわけが無い!

「だまれ!キサマ等がどう言おうと、何を囁こうと知った事か!俺は俺だ!あの時彼女に成り代わりを持ちかけて彼女になった!
 俺の名前は『エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル』不死の子猫の名を冠する、不老不死の吸血鬼の真祖!
 キサマ等なんぞに屈するか!キサマたちのような闇なんぞに成り下がってたまるか!!私が手に入れたものはすべて私のものだ!
 この痛みも苦しみも楽しさも悲しさも、すべてが私のものだ!何一つキサマ等なんぞにくれてやるか!」 

そう、辺りに叫ぶと、それまでの囁きは消え変わりに水を打ったような静寂に包まれる。そして変わりに、すすり泣く声がする。
あぁ、この声は懐かしい声だ。俺がエヴァとして始まった時の、彼女が彼女として終わった時の。その声の方に歩みを進める。
そして、見つけた。この真っ暗な闇の中でも確かに存在する事の分かる彼女を。まるで、あの時の焼き直しのようだ。
顔を膝に埋める姿も、この闇の中で輝く月のような金髪も。ならば、話しかける言葉は決まっているだろう。

「ねえキミ、何で泣いてるの?」

そう聞くと、彼女は泣きながら答えを返す。
なぜ彼女が居るのかは分からないし、それを詮索する気も無い。
ただ、ここに彼女が捕らわれたままだという事実だけでいい、そして、その事実を壊せるだけの力があるなら。

「私は死ねなかったの。私を助けてくれた人は居たけど、多分その人も死んじゃった。
 私はここでその人の事を見てたから多分だけど分かる。そして、私は助けてくれた人以外の何かに捕まったから、死ねなかったの。」

そういって、彼女はすすり泣く。俺が彼女を喰らったと思った時から、もう三年半。
吸血鬼は魂の病気だと、何処かで聞いた事があるが、それがこの結果か。
こんな暗闇に三年半の間、彼女は捕らわれ続けたのか。
彼女が死んでいたと思っていた馬鹿な俺を殴りつけたい。
それに、彼女に対しての申し訳なさで胸がいっぱいになる。

「すまない。キミがこんな事になる位なら、何も提案しなければよかった。」

そういうと、彼女は顔を上げ立ち上がる。

「貴方は誰?」

そういって、俺の目が在るであろう所を見る。
俺は彼女に名乗る名なんて無い。
自身が誰か分からない、まがい物の俺では、彼女の前で彼女の名前を名乗れない。

「俺はキミに成り代わりを持ちかけた闇。名前なんて無い、しがない闇さ。」

そういうと、彼女は大きく首を振る。
まるで、聞き分けの無い子供のように大きく首を振り叫ぶ。

「違う、貴方には名前を・・・、私のすべてをあげた。だから、貴方は闇ではない。お願い、貴方の名前を教えて。」

そういって、俺に涙を流しながら哀願してくる。
あぁ、そうだ、俺は俺は彼女から全てを貰いあの世界に生まれ出でた。
過去の自分なんて、もう名前の思い出せない自分なんて要らない。それは俺の一部であればいい。
俺はもう既に、彼女としてあの世界で生きていく覚悟を決めていたのだから。俺はあの戦場に彼女として戻ら無ければならない。

「そうだった。すまない。キミからの贈り物を蔑ろにするなんて、馬鹿にも程がある。俺の名前は・・・、いや、私の名前は

               『エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル』

 かつて、ここの闇の一部として漂い、そして、君という奇跡に出会えた存在だ。」

そう言うと、今までは体が無かった俺に体が生まれる。目の前の少女とまったく同じで、ただ一点髪の色が違うだけの俺の体が。
それを見て、少女が口を開く。とても申し訳なさそうに。

「はじめまして、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。
 そして、御免なさい。私が貴女に全てを押し付けてしまったが為に今までいろんな苦労をかけたわね。」

「いや、構わない。全ては私が選択した事だ。後悔は全て終わった後の死の瞬間だけで十分さ。」

「それなら、貴女はこれから後悔する事無く生きて行かなくちゃいけないわね。」

そういって、お互い笑う。目の前の彼女の体は少しだけだが透け始めている。
そして、自身が透け始めて事を悟ったのか、彼女が口を開く。

「ねぇ、今度は貴女がちゃんと私を終わらせて。貴女の牙で、私の全てを吸い尽くして。」

そういって、髪を掻き上げ俺の方に白い首筋を差し出してくる。
それを行ったら、いったいどうなるかなんて想像できない。言ってしまえば他人の魂を魂が食べようとしているのだ。
いや、もしかしたらこれは融合する事になるのかもしれない。まったく持って予想なんてものは付かない。
だが、これは最後の彼女からのお願いだ。ならば、俺が断るわけが無い。

「君が望むのならば。」

そういって、彼女に抱きつき首筋に牙を立てる。
初めて飲んだ彼女の血はとても甘く、今まで飲んだどの血よりもすんなりと俺の中に流れ込んでくる。
これで、彼女は闇に捕らわれる事無く、無事に逝けるだろう。
そう思いながら、彼女から吸っていると、不意に彼女の手が動き頭をなでられた。

「フフ、吸われるのって意外と気持ちいいのね。それに、貴女の白い髪はとても綺麗。だから、私の髪の色は、私が持っていくわ。
 これぐらいなら、罰は当たらないでしょ。」

そういいながら、何度も何度も俺の髪に指を通す。
俺は彼女の首筋に牙を立てているために言葉を話す事が出きない。
しかし、彼女の言葉に答えるように小さく首を動かし、問題無いと返す。
そして、彼女から全てを吸い尽くし、もう何も無いような世界から彼女の声が聞こえる。

「じゃあ、私もそろそろ行くね。貴女には辛い道きつい道、その他色んな苦難がある。
 でも、もうここに来ては駄目よ。ここに着たらもう戻れなくなっちゃうだろうからね。
 だから、もうここには来ないで。私はもういないから。」

それを最後に。彼女の声は聞こえなくなってしまった。
俺はその声を聞いている間ずっと涙を流していた。いなくなってしまう彼女の為に。
全てを俺に差し出し、死ぬ事を願い続け、それでも俺を見守ってくれた彼女の為に。

「ハハ、見送る時は笑顔でって決めてたのに、これは無理だ。
 それに、俺には君を呼ぶ権利が無い、君の名前を知らない俺には君を呼ぶ事が出来ない。」

俺はひとしきり泣いた。もう、名前も思い出せない彼女のために。泣いて泣いて、見っとも無いと言われようと関係ない。
泣きたい時に泣けない奴よりも、泣く場所を弁えた上で泣ける奴のほうがいい。そして、この涙は彼女との永遠の別れを告げる涙。
ここで流す涙は彼女のための涙であり、俺のための涙でもある。そして、ひとしきり泣いた後、また闇から誘いの声が聞こえてくる。
ここに居れば、すべて忘れられる、ここに居れば、悲しみも、痛みも、苦しみも、すべてを含めた苦痛から開放してやると。

「確かに、ここに居れば楽なんだろう。苦しみも、しがらみも、傷みも。おおよそ全てを放り出す事が出来るだろう。
 だがな・・・・、 そう、だがな!この痛みは私が生きている証だ!この苦しみは私が悩んでる証だ!私の全ては私のモノだ!
 足の指先から、頭のてっぺんまで その全てが私のものだ!キサマ等なんぞに、くれてやる物なぞ何一つ無い!
 私をあの場所に・・・、あの憎悪と狂気と醜悪の詰まったあの場所にあの、私の戦場に帰せ!!」

そう言うと、無数の声が消え、代わりに一つの声が聞こえる。男か女か、若いか老人か、
その一切全てを内包し、それでなお意思というものを持つ声が黒い闇の塊から俺に語りかけてくる。

「我が意思に隷属せよ、さすれば願いをかなえよう。」

「そんなものするものか!私を舐めるなよ、キサマ等に隷属などするか!逆だキサマ等の様な弱者が私に隷属しろ!
 そうすれば、キサマ等を使ってやる、それが代価だ。キサマ等が私に力を寄越し、私がその力を自由に使う!それ以外の形など認めん!」

そういって、俺は牙を剥き出して闇の塊に喰らい付きそれを啜る。
瞬間、全神経に針金を通したような痛みが俺を襲い、脳が焼け溶けそうになる。しかし、牙は離さない。
そうして、吸い続けるたびに、体に魔力が流れ込んできて、中を蹂躙して作り変えようとする。
それから、いったいどれ位の時間がたっただろう。すでに体の感覚は無く、噛んでるのかそれとも、すでに倒れているのか。
全てが曖昧になった中で声が聞こえる。

「・・・・、名はなんと言う。」

「エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル・・・・、誇り高き真祖の吸血鬼だ。」

「そうか、ならばもう行け。吸ったモノは体に繋がった。すきに行け。」

そう言われて、立ち上がる。あぁ、よかった。
まだ俺には体があり、全てがそろってる。彼女からもらった全てが。

「あぁ、こんな辛気臭い場所もう二度と来ない。私は私の復讐を果たすために、あの戦場に戻り、
 私に忠義を誓い、私の帰りを待っている騎士と共に打ち破る。それに、私にはもう奴の声が届いている。」

そういって、目を閉じた・・・・・。

俺の名前を呼ぶ奴がいる・・・・・。

大声で叫んでる奴がいる・・・・・。


ーsideディルムッドー


目の前で、エヴァは灰にされてしまった。微弱だった魔力は今はもう感じられない。彼女は死んでしまったのだろうか。
あの、どこまでも自身を貫こうとする彼女が、吸血鬼の真祖である彼女が!答えは否だ。
彼女が死ぬはずなど無い。それならば、俺はここで待つしかない彼女の戦場であるこの場所で!

「クアハハ・・・、よくも見上げたものだな人形、しかし、お前の主は灰になった!あの毒を喰らい、弱ったあの娘なら、
 間違いなくこれで終わりだろう!どうだ、私に仕えてみないか。クハハハハハ・・・・。」

「ゲス、お前ははエヴァを理解していない。お前はエヴァの事をまったく持って分かってはいない!」

そういってやると、シーにアスの顔つきが見る見るうちに変わり、悪魔のような顔つきになる。
いや、実際悪魔なのかもしれない。いまだにローブから顔だけ出したその姿は、そう思わせるだけの威圧がある。

「貴様もか人形!貴様も私を馬鹿にするか!ならばいい、キメラ、それと下僕ども!その人形をいたぶり壊せ!」

シーニアスがそういうと、残っていた化け物どもが俺に殺到してくる。
然し、

ドドドドド・・・

目の前の一体を穴だらけにして声を上げる。

「キサマ等程度では俺は倒せないと言った!」

そういいながら、自身の小さい身体と飛行術式、新しく手に入れた気という力を使い、手当たりしだに屠って行く。
しかし、力が足りない。彼女からの魔力も切れ、自身にある力も残り少ない。だが、ここで引く訳には行かない。

「どうした、化け物ども!俺一人に臆したか!」

そういいながら、左から噛み付こうとした化け物の首をゲイ・ボウで跳ね飛ばし、後ろから捕まえようとした化け物を横に体をずらして交わし
ゲイ・ジャルグで胴を薙ぐ。まだだ、俺はまだやれる!双本の槍を回しながら、目の前の化け物の両腕を刎ねて、ドロップキックを胸に見舞う。

「ふん、元よりお前は対象外だ リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 魔法の射手・炎の矢3発。 燃え落ちたまえ。」

「その程度が何だ!」

そういって、飛んでくる魔法の矢を気で強化したゲイ・ジャルグで切り裂き、シーニアスに近付こうとした時に、

パンパン・・・・

と、何発かの銃声がする。
とっさに槍で受け止め、何発かエヴァからもらった服が衝撃を吸収したが、片方の足先を潰された。

「ちぃっ、だが、まだだ!」

俺は飛べる、脚をやられ、体のバランスが崩れるが、それでもなお戦う事は出来る。
ここで朽ち果てる訳にはいかない。彼女が帰ってくるであろう、この戦場で彼女が帰って来た時に無様を晒す訳にはいかない!

「諦めればいいものを。今ので足先が砕けたぞ。」

そういって、目の前の男はニヤニヤ笑いながら杖を構える。
俺の方は、まだ完全に使いこなせていない気を使い、魔力もほとんど無いのにこれだけの大立ち回り。
飛行術式は魔力を食わないから問題が無いが、それ以外の面では、ボロボロもいい所。
もうすでに、何体屠ったかの覚えてもいない。だが、

「諦めなぞするか!我が主は帰ってくる。我が主は必ず帰還を果たす!
 我が主であるエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルはキサマを殺すために必ず帰ってくる!!!!」

そういうと、男は失望したかのような顔で俺を見てくる。

「壊れた人形なんぞゴミだな。現実を見ろ。リラ・ライ・ア・ドック・ナララット・・・・。」

そう唱えだすと、杖の周りに魔力が集まって行く。そして、俺には待ちに待った声が聞こえてくる。
彼女は、彼女が灰になった場所から現れた。一体いつ現れたのか、分からなかった。でも、彼女は確かにそこに居た。

「流石は我が騎士、それだけ吠えれれば上出来だ。」

「なぁっ!?ちぃっ!!」

そう言って、シーニアスは空を飛び後ろに下がる。
そして、エヴァはその姿を一目見た後、俺に向かい言葉を発する。

「留守をご苦労。キサマの声はいい道しるべになる。
 まるで、夜明けを知らせる雄鶏の様だ。そんな声を上げられれば嫌でも目が覚めるぞ。」

そう言って、裸の彼女はにやりと俺に向かって笑いかける。
あぁ、あの表情は間違いなく彼女が浮かべるものだ。それに対して、俺は片膝を付き答える。
シーニアスの下僕たちは動かない、そして、シーニアス自身も動かない。

「我が主よ、寝ぼけすぎです。今ここは貴女の舞台なのですから急に寝てもらっては困ります。」

そう言って、俺もニヤリと帰す。
あぁ、これからが本当の戦いだ、これからが本当の俺の戦いだ。
そう思っていると、男が空間を震わせるかのような声で叫んだ。

「何故だ、何故だ!何故だ!!何故だぁぁぁぁぁぁァ・・・・・!!!!何故キサマが生き返れる!?貴様は間違いなく生き返れないはずだ!
 何だ、どんなペテンだ!言え、言うんだアタナシア・キティ!!!!」

そう、シーニアスが叫ぶと、エヴァはそちらを振り返り。
さも当然なように口を開く。

「何故だと?キサマは真祖がそんなに簡単に死ぬと思っているのか?思い上がるのも大概にしろよ!キサマ如きに殺されるほど私は優しく無い!
 さぁ、ここはキサマが作った舞台で、キサマは私の名を呼んだ。それなら一つ馬鹿踊りでもしようか!」

そういうと、シーニアス目を大きく見開き、さも楽しそうに狂気な笑みを浮かべ、ローブを脱ぎ去ってそれに答えた。

「いいでしょう、貴女を殺せるなら大歓迎ですよ!!!キメラあなたは人形を抑えなさい!!!ダンスの誘いは私一人で十分です!」


ーside俺ー


暗い闇の中から帰還を果たすと、ディルムッドが孤軍奮闘していた。しかし、いくら英霊と言えども数の暴力のせいか、
片方の足は壊れ、体のあちこちは返り血で汚れたり、煤けたりしている。しかし、こいつは諦めなかった。
そして、俺が帰ってくる事を信じ戦い続けた。ならば、こいつの舞台も用意してやろう。

「我が騎士よ名乗りを上げよ!貴様の誉れ高き名を名乗り、私の前に立ち塞がるモノの一切を穿て!!魔力は好きなだけ持っていけ!
 真名など好きなだけ開放しろ!その一切の力を持って全ての障害を潰せ!!私は私の仕事をこなす!キサマはキサマの仕事をこなせ!」

そう言ってやると、俺の横で片膝を付いていたディルムッドは嬉しそうに一言返した。

「我が主の思うがままに。」

そう言って、化け物どもの前に行き名乗りを上げている。あいつならば、確実にオーダーをこなしてくれるだろう。
俺は俺でやる事がある。そう思い、シーニアスの方を見る。

「ククク・・・、何度でも殺してあげますよ、そう、何度でもね。あぁ、そう考えれば貴女が生き返ったのも、
 そんなに悪いものじゃないかも知れませんね。そう思いませんかキティ。」

そういいながら、嫌味ったらしく笑う。シーニアスの身体には一つおかしな所がある。それは、俺が奪った筈の腕が付いている事。
俺はあの時確実に奴の腕を奪ったが、何かしらの方法で付けたのだろう。
辺りに居る化け物どもも、フランケンシュタインよろしくな奴等が半分を占めている。
多分、奴の術で死体を操った結果という所か。

「私としては、とっととキサマに死んでほしい。
 そうすれば、何の憂いも無くなる。それと・・・、来い我が杖よ。髪留めよ髪を上げろ。」

身支度を整え、コウモリで身体を隠し、シーニアスを睨みながら対峙する。当然戦うと言う事から、夜想曲はセット済み。

「フフフ・・・、貴女が言ったんじゃ在りませんか、馬鹿踊りをしようと。」

そう言って、シーにアスは杖を構える。それに合わせるように、俺も杖を構える。

「あぁ、踊りは踊りでも、キサマと私が踊るのは、どちらかが死ぬまで踊り続ける死への戯曲だ。」

そして、一瞬の静寂の後、

「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・重力の30矢!」

「リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 魔法の射手・闇の矢15矢!」

そう呪文を互い唱え、俺は空に舞い上がる。出した矢の数は俺のほうが倍数。
半分は、相手の矢と会い打ちさせ、残り半分をシーニアスに向ける。しかし、

ギャリ!ギャリ!ギャリ!

何発かは魔法障壁で潰され、もう何発かは奴の包帯を巻いた腕で叩き落された。
だが、そのおかげか巻いてある包帯が外れ、腕があらわになる。そこにあった腕はミイラのように干からびた黒い腕。
しかし、第六感で見るとその腕に纏わりつく無数の亡霊がいる。それに、奴の魔力量は少なかったが今はかなり多い。
たぶん腕に何かしら仕掛けがあるんだろう。

「ちっ、胸糞の悪いものを。」

「フフ、これは私のお気に入りですよ!」

そう言って、俺のほうに杖を向け、呪文を詠唱しだす。

「リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 暗き闇よ 集まり集いて 枷となれ 亡者の腕。」

そう言って出て来たのは、闇の腕。闇系の捕縛呪文だが、つかまると魔力を少しずつ削がれて行く。
しかし、幸いな事に、今の俺が居るのは空中その利点を生かし、腕を交わしながら詠唱に入る。この距離なら、いける!

「おそいぞ、その程度なら、真正面から打ち砕ける!
 エメト・メト・メメント・モリ 来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け常夜の氷雪 闇の吹雪!」

詠唱を完成させ、真正面からシーニアスの術を破壊していく。魔力封印時はそれほど威力が出せなかった。
しかし、今は違う。封印は外れ自身の持つ魔力をフルに使っての戦闘。
それならば手加減はいらない。俺が放った闇の吹雪は高速回転するミキサーのように黒い腕を磨り潰しシーニアスに向かい進む。

「これはこれは、早々中るわけには行きませんねぇ。来い下僕ども盾になりなさい!」

シーニアスの腕に纏わりついていた亡霊たちが、呼びかけに答えて互いを喰らい魔力障壁を作る。
しかし、それでも完璧に防ぎきれる訳は無く障壁が片っ端から砕ける。それを見ながら、さらなる詠唱に入る。

「エメト・メト・メメント・モリ 氷神の戦鎚!」

重力を操作し、巨大な氷の玉を投げつけ、シーニアス居た場所ごと粉砕する。
さすがに、これを喰らえば奴もただではすまないだろ。なにせ、投げた場所にはクレーターが出来、
舞い上がった氷はそのまま一気に重力で加速させ、再度シーニアスの居た位置にたたきつけた。しかし、奴の魔力はまだ感じられる。

「遊びは終わりです、キティ取り殺して差し上げましょう。」

今までの壊れたスピーカーのような声でなく、水を打ったように静かな声を発したシーアにアスは、土埃の中ミイラのような腕を掲げて立っている。
しかし、さすがに無傷ではなく。あちらこちらから血を流し、氷が刺さっている所もある。

「リラ・ライ・ア・ドック・ナララット 闇の深淵にて苦重にもがき蠢く闇よ 祖の言葉は実態を持ちいて 生有るモノを穿つ。」

シーニアスの言葉が紡がれるたびに、腕に纏わりつく亡霊たちがざわめく。それは歓喜か或いは死への呼び水か。
どちらにせよ拙い、あの魔法がどんな魔法かは知らないが、少なくとも、真っ当な魔法とは思えない。
奴のミイラのような腕は纏わりつく亡霊たちを吸収しながら魔力を膨れ上がらせていく。

「クソッ、間に合え! エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・闇の45矢!」

詠唱を完成させないよう、障壁突破までつけて魔法の矢を打つが、奴の腕に纏わりついている亡霊たちが邪魔をして中らない。
仕方ない、そう思い一気に距離を詰める。
今俺が出来る接近戦用の魔法はエクスキューショナー・ソードしかなく、後は自前の体術と吸血鬼の身体能力。
エクスキューショナー・ソードを展開させながら、後数メートルという距離にまで近付いた時に奴の呪文が完成する。

「ククク・・・、貴女の様な高位の存在を打ち滅ぼすための呪文です。さすがに、これなら貴女も無事ではすまないでしょう。」

そう言って、俺の方に腕をむけ、静かに最後のトリガーを引く。

「終焉の闇」

言葉を聞いた直後は、まったく持って辺りには何も起こっていなかった。しかし、

ずるり・・・・ずるり・・・

ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・

ぐちゃ・・ぐちゃ・・・

辺りから不気味な音が響く。辺りは明るかったはずなのに、その陰影で生まれる影が今はやたらに暗い。
そして、何かが這いずり出てきた。そう、何とも分からないなにか。色は乳白色を少しくすませた感じの何か。
それが、闇の中からずるり、また一つずるりと姿を現しだす。

「何だ、この呪文は一体・・・。」

辺りの光景に戦慄を覚えながら、気が付いたら言葉が出ていた。
そして、その問いに答えるのは、その術を発動させたシーニアス。

「言ったでしょ、貴女のような存在を滅ぼす魔法だと。肉体に打撃を与えようとも再生してしまう、死ぬほどの苦痛を与えても立ち向かう。
 そんな忌々しい存在を滅ぼすなら、肉体的、精神的に殺して、更に魂を砕くしかないでしょう?」

そう言って、ニタニタ笑っているシーニアスが徐々に透けていく。そして、代わりに残ったのは今も闇から這いずりだしている何か。
後ろで戦っていたディルムッドの音も聞こえない。ただ、聞こえるのは不快な音と這いずる音。

「クソッ、せめて術式さえ分かれば。」

そう毒付き、空に舞い上がる。そして、自身を落ち着かせ思考に入る。今の光景と、奴の言葉からヒントを紡ぎ出せ。
俺の持つ知識から答えを出せ。何かあるはずだ。俺も、まだ完全には使えないが、悪魔の消滅術式はいくつか練習していた。
その中に答えがあるはずだ。


ーsideディルムッドー


時は多少さかのぼる。

彼女と話し分かれた後、俺は俺の戦場に立っていた。辺りに居るのはシーニアスによって、亡者にでもされたのであろう人々。
目に生気は無い。むしろ、何人かは魚の死んだような濁った瞳で俺を見てくる。そして、俺の脚を砕いたあの大男・・・、
キメラも自身の主の命により俺と対峙している。彼女の成す事は自身の復讐。そして、俺の成す事は、

「彼女の道を作る事。まったく持って騎士冥利に尽きるじゃないか。」

そう言葉を吐いて、口を大きく吊り上げて辺りの亡者ご一行を睨みつける。
そして、大きく息を吸った後、自身の名誉ある名を大きく叫ぶ。

「我が名はエヴァンジェリンが双槍の騎士ディルムッド・オディナ!我が主の命により、この場に居るすべてを穿つ!」

そう言って、自身の体を人形から人へ移行する。そして、それまで律儀に待っていた亡者たちが殺到する。
数はざっと見て20と言った所。
しかし、

ドス・・・、斬!!

一番初めにかかってきた亡者の口から後頭部までを貫き、引き抜く反動を利用してもう片方の槍で首を刎ねる。

「キサマ等程度の亡者では障害になりえない!我が忠義はすべてを穿つ!!」

そう言いながら、槍をくるくる回し踊るように、舞うように、亡者の頭を潰し、心臓を貫き、あるいは、その両方を穿つ。
そんな中、気になるのはキメラ。奴はほかの亡者と違い、その場に立って体を抱くように腕を組み俺を見ている。いや、視ているのかもしれない。
目に光は無い、体は継ぎ接ぎで、まともな精神と思考があるとも思えない。だが、奴は不気味だ。獣ではなく怪物。そんな言葉が頭に浮かぶ。

「・・・・、不気味な奴め。」

言葉を一つ吐き、眼前の亡者の両腕を切り落とし、頭を蹴り顎を砕き、穴だらけにする。
そうして、ほとんどの亡者が行動不能になり、俺とキメラとが残る。

「やはり俺の脚を砕いたキサマが残るか。」

そういいキメラを見る。キメラは感情らしい感情を浮かべず、しかし、口を開いた。
しかも、大男には不釣合いすぎて吐き気を催すような綺麗な少女の声で。

「人形かと思ったら優男だったのね。その美貌なら彼女が熱を上げるのが分かるわ。ただ、その傷は減点ね。」

顔は笑っていない、顔の筋肉が何一つ動いていない。それなのに、かん高い女の声で楽しそうに言う。
不気味で、歪で、気持ちが悪い。あの、エヴァがゲスと言って憚らないシーニアスという男は一体何が目的なのか。
いや、俺が考えても始まらない。俺は彼女に騎士であり、それ以外の何者でもない。ならば、どんなに考えようとやる事は決まっている。
それに、この怪物は俺と彼女とを最も強く繋ぐ顔の傷を馬鹿にした。それは万死に値する。

「お褒めに預かり恐悦至極。しかし、キサマの様な化け物に言われる筋合いは無い!!」

そういうと、俺は突きを繰り出しキメラはそれを逸らしながら、おどけた口調で返してくる。

「あら、怒ったかしら坊や。まだ若いのね!」

ぶつかり合う互いの槍先。俺の槍技を点とすれば、彼女のそれは面と言った所。
両手で持った槍を技無くただ、俺の槍先にあわせて振るうだけ。しかし、それでも近付くには攻めあぐねる。
点ならば逸らす事ができる、それに、俺のように両手に槍を持つような敵と対峙するのも、ほとんど始めてだ。
それに、仮に飛び込めたとしても、その後には双銃と双剣。隙を待つか。そう考えて、あえて動きを鈍らせる。

「あら、どうしたのかしら坊や?動きが鈍ってよ!」

そういいながら槍を大きく縦にふるう。そして、俺はその槍を横に体を滑らせてかわし、
そのままキメラの槍を踏み砕き、そして槍を振るい槍を持っている左手首を真名を開放しながらゲイ・ボウで斬りとばす。
こんな見え透いた隙に簡単に食いついてくるとは、エヴァならまず有り得ないな。

「あら、斬られちゃったわね。でもね・・・。」

そう言いながら、俺に斬られた断面を見せ付けてくる。
大方、再生できるから無駄だと言う事をアピールしたいのだろう。

「無駄だ、キサマの再生能力を知った上で刎ねたんだ、策が無い分けないだろう?」

「何よ、一体何なのよこれ!・・・、そうだ、多分お肉が足りないのね。」

俺の言葉に耳を貸さず、周りにある亡者の肉を槍で突いて、口に運び食べて再生を試みている。そんな光景を見ていると憐れの一言だろう。
キメラが、どうしてこんな状態なのかは知らないが、自身でこの姿を望んだのだろうか?そんなキメラがため息を付いた後こちらを見た。

「ふぅ、駄目ね。なら良いわ、痛みもないし。それに、こうすれば使えるでしょ?」

そう声だけで笑って、銃の片方を直し、そのままその手で、左手の断面から肘までの骨を力任せに引き抜き、代わりにそこに折れた槍を仕込む。

「フフ、驚いたかしら坊や?」

そういって、俺に折れた槍の先を向け見せ付ける。

「いや、ただ憐れだ。」

そういいながら、槍を回転させる。エヴァが言った槍をすばやく振るう方法で、一つだけ失念してるか或いは、
無理だと思って俺に言ってないであろうモノがある。それは、武器に纏わせた気を爆発させるというもの。
槍というのは、リーチ面では優秀だが、攻撃範囲という面では酷く他の武器に劣る。
なぜならば、相手に有効だを与えようとした場合、刃の部分が極端に短く、そのせいで、面ではなく点で攻撃する、いわゆる突くという動作になる。
だからこそ、彼女も言わなかったのだろう、刃の部分で斬撃を出してみろと。
俺の宝具であるゲイ・ボウは傷を負えば癒す事が出来ない。
しかし、槍は突く事に特化し、その能力も点でしか示せない。
それに、俺は筋力もあまり高くなく、細い部分なら問題ないが、首なんかは流石に無理だった。
しかし、それを解決する方法が見つかった。
それが気だ。彼女を驚かそうと修練した技。それを今ここで試そう。

ヒュンヒュンヒュン・・・・・・

「憐れ・・・・ね。貴方が人の事言えて?貴方も彼女のお人形さんでしょ?
 偽りの記憶なり、強制認識なりで、無理やりそんな事になってるんでしょうに。それを聞いた私の方が貴方に哀れみを持つわ。」

そう言いながら、俺に槍を放ってくる。気を練るのにまだ時間のかかる俺では、まだ練りが足りない。
だからこそ、動いて交わし、ゲイ・ジャルグのみで応戦する。

「俺は、俺の意思で彼女に付き従う。それを憐れだと思うキサマは今まで良い主に出会えていない証拠だ。」

互いの槍先を交え、左に回り込めば頭を狙い突きを出し、それをキメラが剣でいなし銃を撃ってくる。
それをかわし後ろに下がる。

「貴方の言う事なんてもう知らないわ、私の主は私の体を直して、さらに痛みともさよならさせてくれたんですからね!」

初めて、キメラの声にキメラ自身の感情がこもったと思う。
今までせせら笑うような話し方だったが、この言葉だけはどこか、苦虫を噛み潰したような感じを受ける。
だが、それももう終わりだ。気も練りあがった。ゲイ・ボウに纏わせるのも終わった。

「そろそろ終わりにしよう。主を待たせるわけにはいかない。」

そういい、俺は姿勢を低くし腰をひねり回転させて全身のバネを使えるように。そして、ゲイ・ボウが自身の体に隠れるようにする。
これからやるのは、俺だからこそ出来る技だろう。自身の槍の長さを正確に理解し、さらにはその刃の部分までも熟知した俺だから出来る技。

「あら、私はまだ踊っていたいのだけれどね、釣れない殿方。」

そういいながらも、終わりが近いのを悟ったのかキメラも構える。そして、互いの視線が絡み合った瞬間技を放つ。
一撃目は、心臓を狙い全身のバネを使って繰り出すゲイ・ジャルグでの突進突き、しかし、それをキメラは自身の腕を立てに受け止める。
しかし、それが本命ではない。
二撃目は、その槍を引き抜く反動を利用して体を立て回転させ真名を開放したゲイ・ボウでの頭への斬撃。
キメラはそれを受け止めようと、双剣を掲げたが、

「甘い!!」

あたる直前に一気に気を爆発させて、速度と威力を増し剣を砕きながら頭を切る。
そして、最後に着地すると同時に体を回転させ、双槍を真名を開放して振るい、首を跳ね飛ばす。
キメラの首は最後の攻撃で刎ね飛び、地面を転がる。そして、時間差で体がドサリと地面に倒れる。

「この技はまだ研鑽がいるな。」

そう言って、転がっているキメラの首を見る。
この怪物は最後まで主の命に従い戦って散った。
それでこいつは満足だったのだろうか?

「いらん詮索だな。と、エヴァの方も終わったか。」




[10094] 肉体とは魂の牢獄なんだろうな第13話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:36
肉体とは魂の牢獄なんだろうな第13話





ずるり・・・・ずるり・・・

ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・

ぐちゃ・・ぐちゃ・・・

相変わらず眼下には、影よりとめどなく何かが出ている。
そして、それは次第に集まり、人の形を作ろうとしては崩れて飛び散り、そしてまたあの不快な音を出しながら集まり、
人の形を取ろうとする。そして、何度も何度もそれを繰り返し、今は顔のようなものが見える。
顔といっても目も鼻も耳も無くただ、のっぺりとして、しかし、その顔であろう部分には口がある。
唇は無いが、そののっぺりとした部分に横一文字の亀裂が入ると、やたら歯並びのいい歯が並んでいる。
それを見て思うのは不快の一言。そんな何かを見ずに、俺は今の状況の打開策を探さなければならないというのに、
それでも、その何かが集まり崩れて、時折手のような部分を延ばそうとして、それの崩れる音しか聞こえない。
この何かは、叫び声一つ上げない。そのせいで、不気味さと、精神的嫌悪感が膨れ上がる。

ずるり・・・・ずるり・・・

ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・

ぐちゃ・・ぐちゃ・・・

ほかの音は聞こえない。ほかの音はまったく聞こえない。

「えぇい!エメト・メト・メメント・モリ 来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け常夜の氷雪 闇の吹雪。」

魔法を使い、その何かを攻撃するが、崩れ落ちるばかりで、一向に減ったという気がしない。
むしろ、今も闇より溢れ出て来る。このほかにも、一通り広域魔法以外の魔法を試したが、一向に何かに通じる魔法が見つからない。

ずるり・・・・ずるり・・・

ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・

ぐちゃ・・ぐちゃ・・・

「あせるな・・・。」

そう自身に言い聞かせ、キセルを口に銜える。
中に薬は入ってないが、少しは落ち着く事が出来る。そして、目をつぶって思考を再開する。
相変わらず、あたりには不快な音が響いているが、それは無理やり意識の外に追い出す。
まぁ、それでも聞こえてくるのだが、それはこの際無視だ。

「何かがあるはずだ・・・、何かが。」

そう思い、目をつぶる。目の前の何かは少なくとも、空は飛べないようだ。それは今の現状で分かる。
しかし、いずれは今闇よりあふれ出している何かとくっ付いて、俺の所まで手のような物を伸ばしてくるだろう。
そして、今俺は自身の魔法の中で精度のいいものを順番にぶつけてみたが、ダメージは無いように見える。
ただ、魔法が中っても何事も無いかのように、崩れた何かが集まり、また人の形をつくり、そして、自壊する。

次に、この場所の事だが、多分ここは俺が元々戦っていた場所ではないと思う。
理由としては、まずディルムッドが居ない事。あいつは違いなく俺の後ろでキメラと戦っていた。
それは間違いない。それに、今も魔力を持っていく感覚があるから、現在進行形で戦闘中だ。

そして、最後に、自身の考えた前提。
つまり、これが悪魔殲滅呪文であるかと言う事。少なくとも、俺はまだ悪魔殲滅用呪文をまともに発動できない。
巻物で練習した時は、型崩れした魔法が出たぐらいで、成功とは思えない。だが、これが今の問題ではない。
問題なのは、あのシーニアスの行った言葉を鵜呑みにして良いのかと言う事。あの、俺に執着する狂信者のような男の事を。

前提が違えば、結果が変わる。そして、あの男の事で間違い無いのは、俺に執着して、俺をこの場に迎えに来たと言う事。
そんな男が、片腕を奪われても、新しい腕をつけてまで俺を追ってくるような男が、果たして俺の事をそうやすやすと諦めるだろうか?
答えは、否だ。あの男はそんな生易しいものじゃない。あの男は、少なくとも欲しい物のためになら、一切の躊躇を無くす。
ならば、この呪文は悪魔殲滅用呪文とは毛色が変わってくるのではないだろうか?

ずるり・・・・ずるり・・・

ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・

ぐちゃ・・ぐちゃ・・・

そこまで考えて、もう一度眼下の何かを見る。別に、それを見ても精神的に疲れるだけだ。
この、精神的嫌悪感はたまらない。

「いや・・・・、待てよ。」

そもそも、眼下に見える何かは、何でこんなに不快なんだ?それも、見るだけで嫌悪感を覚えるぐらいに。
それだけじゃない、下の何かは、何故俺に攻撃しない・・・・。いや、もしかすれば出来ないのか?
自身の不快なものに近付こうとする者は居ない。だから、物理的攻撃は出来ない。もし出来るとすれば、

「精神攻撃・・・・。」

そこまで考えて、眼下に見える何かの前に降り立ち対峙する。
不快感は消えない。だが、目をつぶらず、逆に睨みつける。
何かは、今まで通り、手のような何かを延ばそうとするが、俺に届く事は無い。
これは多分、鏡の中の自身に触れないのと同じ原理なのだろう。この怪物の発生源は俺の嫌悪感。
だからこそ、俺には。というより、この魔法にかかった奴全員が全員まったく違うものが現れて、そして、それと対峙する。

何せ、人の嫌悪感は千差万別だ。だからこそ、同じものは現れない。
そして、この魔法によって敗れた奴は多分、奴の腕に群がる亡霊の一人となる。
シーニアスは、あの、暗い地下室で、俺の事を人形と呼んだ。少なくとも、今の段階では、俺の精神は問題ではない。
体が残れば、あいつの場合別の魂でもおろせばいいのだから。

「そうなると、これは精神幽閉型ないし、空間幽閉型のマジックアイテムの結界攻撃か。十中八九あの腕がアイテムだろうな。」

そうなると、対処の仕方が変わる。精神型だった場合は目の前の何かから、嫌悪感を無くさなければならない。
俺の精神がこれを作っているとするのならば、少なくとも、嫌悪感が無くなれば、目の前の何かは消える。
そうすれば、同時にこの魔法そのものの前提が消えるために、俺の精神は元の体に戻るだろう。

もし、空間型だった場合はこの空間の成り立ちである目の前の怪物を殺す。
少なくとも、嫌悪感を作り出しているこの空間の主が居なくなれば、空間の維持が出来なくなる。

そして、時間が無い今の俺が取れる一番手っ取り早いやり方。それは、ラカンと同じように力技だ。
やり方としては、空間のオーバーロード。つまり、この空間に入りきらないだけの魔力ないし、物理的な何かを出す。
魔法を使う時に、少なからず精神を消費する。その事を考えるなら、ここから出せと念じながら魔法ないし、
魔力放出を一気に行い、それで破壊する。

「さぁ~て、やる事は決まった。それに、今晩は満月。私が最も力を振るえる時間だ。
 あのゲスに、夜に吸血鬼の真祖に挑むと言う事が、どれほど馬鹿な事かを教育してやろう。」

そう思い、目の前の何かを見ながらニヤニヤして、口を開く。
さぁ、あの世界に帰ろうか。これで長い長い夜も終わる。

「エメト・メト・メメント・モリ」

自身の始動キーを紡ぎ、一気に空間に莫大な魔力流す。
そして、あたりがギシギシと軋みがあがる。

「さて、後どれくらいここが持つか。」

そう思いながら、さらに魔力を流しつつ、自身の杖であるキセルに魔力をためていく。

「外に出るなら、扉を開けないといけないよなぁ。そうだろう?化け物、キサマが、もし私の一部なら付いて来い。」

そう言って、自身の持つキセルを高らかに掲げて、一気に振り下ろす。
瞬間、

パキィ――――――ン

鼓膜が破れるかと思う位の音が鳴り、あたりが崩壊し、元の世界に戻る。
瞬間、聞こえて来たのは、もううんざりするあの声。だが、今の声は少なくとも胸がすっとする。
何でかって、それは。

「グッ、グギャァァァァァァァァアァ!!私のお気に入りが、私の魔力とコレクションがぁぁぁぁああぁぁぁあ・・・・!!!」

目の前でシーニアスが両膝を着いて叫んでいる。奴の体についていた黒い腕はもう無く、代わりに血を流している。
そして、俺は一気に駆け出した。自信のもてる最高速度で。風よりも、稲妻よりも、一瞬より早い刹那よりも早く。
そして、奴の胸をキセルで貫き、遅延呪文で詠唱していた亡者の腕を発動して捕縛する。

「どうだ殺される気分というものは?」

そう言って、シーにアスの顔を見る。
奴の顔はすでに正気ではなく、狂ったようになっていたが、今の俺の言葉はどうやら耳に届いたらしい。

「キィティイィィィィィィ・・・・!!!!嫌だ、嫌だ!いやだぁぁぁあぁぁぁぁあ・・・・!!!!!
 死にたくない、まだ、死に無くないぃぃいぃい・・!!!!そうだ、キティ。私を使え。私をキミの従者にして、共に永遠を生きよう!」

そう言いながら、俺の腕をつかんでくる。滑稽で哀れで惨めだ。
あまりに哀れすぎて、心が凪ぐ。

「いらんよ、キサマなぞ。」

そうそっけなく返せば、また壊れたように喚き出す。

「私しをぉぉぉ・・・・!助けろぉぉぉぉ・・・!この最高の英知を持ち、永遠を生きるに相応しい私を助けろ小娘ぇえぇぇ!
 今なら、まだ許してやる、今ならまだ何もしないでやる、だから助けろ!!」

もう、こいつとは口も利きたくない。
こんな奴のために、エヴァが苦しめられていたと思うだけで、悲しくなる。

「もう、喋るな。まだ、完成には程遠いが、今のキサマなら相応しいだろう。」

そう言って、呪文の詠唱には入る。これからやるのは、こいつの様に紛い物ではなく、本当の悪魔殲滅様呪文。
もう、こいつの魂が輪廻の輪に組み込まれないように。もう、こんな奴が生まれて来ないように。

「エメト・メト・メメント・モリ 光無き未来永劫暗き檻の中に在りしもの達よ 生在る者たちを妬み恨み僻み 渇望するする深淵よ・・・」

呪文を読み上げるたびに、あたりの魔力と、自身の魔力が減っていく。
しかし、これでも完全発動にはまだ遠い。

「やめろ、一体何の呪文だ、嫌だ、やめろ。やめろ吸血鬼。人を殺すのか?俺を本当に殺すのか?知識がなくなるぞ。
 俺を生かしておけば人に戻れるかもしれないんだぞ!!」

シーニアスが何かを喚いている。まったく持って耳障りだ。
だが、今心をブレさせる訳には行かない。慣れてない今そんな事をすればどうなるか分からない。

「我は汝等に奉げよう 生在る者を 罪深き汝等の同胞を 全てを無に帰っせよ・・・・」

あぁ、これで終わる。後はトリガーを引くだけだ。

「じゃあ、これで最後だな。もうキサマの顔を見る事も未来永劫無いだろう。」

「いやだぁぁぁぁ、放せと言ってるだろう薄汚い吸血鬼!
 この最高の頭脳を、この場で捨てるというのが、どれほど冒涜的なことか分からないのか!!!?」

そう言って、シーニアスは口から泡を吐きながらまくし立てる。
何だろう、こいつに合うのは、ゲスにも劣る、ゴミにも劣る、外道という言葉ですらもったいない。

「あぁ、そうか、キサマは何でも無いんだな。では、そろそろ逝こうか。」

そして、最後のトリガーを引く。

「贄の井戸」

そして、シーにアスの胸からキセルを抜き、そのままシーニアスから少し離れてシーニアスの方を向きどっかりと座り込む。
シーニアスの方はキョトンとしている。今はまだ、奴の体に何も起こっていないから。

「クククハハハ・・・・、あれだけ意気込んで、あれだけ意気込んでおいて不発かキティ。
 やはり、キミでは俺は殺せない。 キミ程度の魔法の腕では私は殺せない。」

そういいながらのけぞるように大笑いしている。
そして、俺はそれをただ見ている。

「終わったのか?」

「あぁ、チャチャゼロ。終わりだ。」

いつの間にか横に来ていたディルムッドの問いに答えると、ディルムッドも俺の横にどっかりと座り込んだ。
シーニアスは、いまだに笑っているが、もう気付いてもいいころだろう。
何せ、奴は貫かれた自身の胸から血が流れていない事に気付いていないのだから。
そして、その傷口から、闇よりもなお黒い夜色の手がシーニアスを抱くように伸びているのだから。

「エヴァ、あれは一体何の呪文なんだ。」

俺の横で座っているディルムッドが聞いてくる。
心なし、どこか声が震えているような気がするが、あの呪文の本質は高位存在の消滅呪文。
簡単な話し、魂なんかを消し飛ばせる。コイツにとっては天敵だろう。

「あれは、私や悪魔といったものを消滅させるための魔法さ。
 まぁ、あれでもかろうじて発動していると言った所だろう。本来ならば、もっと展開が早いらしい。」

ディルムッドに静かに教えてやっていると、シーニアスも自身の体の異変に気付いたらしい。
自信の胸から出る夜色の手を必死に振り払おうとするが、払った手が今度は黒く染まり、逆に取り込まれていく。

「な、何だこの魔法は!!いえ、キティ!!!」

「高位存在の消滅魔法。ただそれだけだ。」

それを言ってやると、シーニアスの顔が驚愕にゆがむ。
そして、頭を激しく振り、声にならない声を上げ喚きちらし、その後に俺を睨む。

「魔法を止めろキティ!今ならまだ許してやる!!今ならまだ許してやるさ!!!」

「ならば止めんよ。キサマを殺すのが私の殺意なら、その代価にキサマからは命をもらおう。
 もっともすぐにキサマの事なぞ忘れるがな。」

そういうと、また絶叫して、喚き散らす。
醜い、その一言だろう。

「止めろ!止めろ!!止めろ!!!止・め・ろーーーーーーーっ!!!」

それに対して、言うのはひどく冷たい一言。
もういい加減こいつの事を忘れたい。シーニアスの体は殆ど闇に飲まれて、あと少ししか残っていない。

「無理だ。止め方を知らない。それに、止める気も無い。」

「ならば、私を恨め、貴様の胸に私という存在を刻み付け、未来永劫私を呪え。
 このサーカスでたいていた香は私が死ねば、キサマを吸血鬼と認識させる。
 どうだ、これなら私を恨めるだろう。未来永劫、私のせいで君は追われるのだからな!!!」

なるほど、この強い匂いはそう言う物だったか。まぁ、それがどうしたと言う所か。
旅立ちの期日が少し早まっただけで、後はそんなにあわてる事も無い。

「恨まんよ。どこの誰とも分からん奴は恨めんだろう?」

そういって、残酷な笑みを浮かべる。
瞬間、シーニアスの顔が崩れる。

「私を恨め!私を刻め!!私を忘れるな!!!」

シーニアスが、何かをいっているが無視する。もう、奴の体は闇に飲まれ、後は首しかない。
それに、こいつとこれ以上話す気は無い。

「チャチャゼロ、寮に行って私の鞄をとって来い。出発する。」

「了解、ほかに要る物は?」

「無い。それだけあれば問題ない。書籍にしろ、道具にしろ、必要なものは全て鞄の中だ。私はここで待つよ。」

そういうと、ディルムッドは天高く舞い上がって寮の方に向かっていった。
俺は、魔法で薬を取り出し、キセルで一服する。長かった。今晩はとても長かった。

「だが、まだやる事はある。」

最後の最後に、このテントを壊さなければならない。
少なくとも、キメラや、そのほかの死体を人目に触れさせて自身の事を貶めたくは無い。
どうせ、これから追われるなら、誇り高い悪と言うモノをやってみようじゃないか。
そう思い、天高く舞い上がる。そろそろ朝なのだろう東の空が白み始めている。

「エメト・メト・メメント・モリ 契約に従い、我に従え、氷の女王。 来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが。
 全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也。」

ここまで詠唱して下を見る。そこには、巨大な氷の塔。
これを自身で作ったという実感はあまり無いが、それでも、魔力の減った感覚はある。
それと、今この塔は日の光に当たってキラキラ輝きとても綺麗で、壊すのが勿体無い。

「だが、これも仕方ない事か。
 しかし、どこかを旅立つたびに何かを破壊しているような気がするが・・・・・、まぁ、気のせいだろう。
 さて、祭りの後はモノ悲しさがあるが、今はそれによく似た気分だ。だが、門出としては最良か。」

そこまで一人事を言って最後の言葉を紡ぐ。

『おわるせかい』

そして、全ての氷が砕け、あたりに舞い散る。
その後、地上に降りて、自身が座っていた位置にもう一度どっかりと座り込み、薬を吸う。
静かだ・・・、とても静かだ。辺りはさっき砕け散った氷が雪のように覆いかぶさり、さながら雪原の様だ。
いくらなんでも、ここに単身で乗り込む魔法使いはいない。少なくとも、真祖に一人で挑もうとする奴はいない。
そんな中、空から声がする。昨日ぶりだが、どうやら生き延びたらしい。
まぁ、死なれても困るんだがな。


ーsideアノマー


「いっつぅ~・・・・、行かなくちゃ、早く行かなくちゃ。」

一体どれくらい気絶していたのだろう。もしかしたら、全てが終わっているのかもしれない。
でも、それでも俺があそこに、俺を生かそうとした彼女が戦った戦場に行かない理由にはならない。
幸い、俺の杖は俺が握ったままだ。これなら飛べる。これならきっと駆けつける事が出来る。
そう思い、杖にまたがり舞い上がる。行った先がどうなってるかなんて関係無い。ただ早く。

「加速!!」

魔力の残りなんて気にしない。そんなものを出し惜しみするぐらいなら、行かないほうがましだ。
俺は彼女にあの戦場で助けられた。俺の大好きなエヴァンジェリンに助けられた。
だから、俺はどんな形でも、彼女の元に行かなければならない。
俺は彼女にお礼の一つも言っていない!

「最大加速!!!」

さらに、速度をあげる。空はもう白み始めている。夜が終わる。
彼女の騎士が言っていた事が本当なら、彼女は眠りにつくかもしれない。
でも、それならば最後に一目でも良いから彼女が見たい。
今、俺があそこに行っても戦闘中なら、彼女は怒るかもしれない。
でも、それでも俺は彼女の所に行きたい。この思いだけはけして、けっして譲れない!
今、エヴァンジェリンに会わないと、彼女がどこか遠くへ行ってしまいそうだから!

全力で飛んで、もうテントが見えるか見えないかという頃、そのテントがあるべき位置から巨大な氷が生え出しているのが見えた。

「いる!エヴァンジエリンはまだあそこに居る!!」

それを見て、さらに速度を増す。
彼女がそこに居るという事だけで体に魔力がみなぎってくるような気がする。
そして、その巨大な氷が砕けて程なくして、俺はそこに着いた。
エヴァンジェリンの魔法で、彼女の居る辺りが雪原のようになったその場所に。
そして見つけた。エヴァンジェリンは、いつもと変わらないように魔法薬を吸い、空を眺めていた。
その顔は、どこか物悲しさと、清々しさが同居しているような顔だった。

「エヴァンジェリン・・・・。」

「ん?あぁ、アノマか。」

彼女はいつもと変わらない。ただ、魔力が俺なんかでは足元に及ばないぐらい膨大になっている。
でも、そんな事は俺にとって些細な事だ。別に、魔力のあるなしが人をどうこうする事は無い。

「どうしてここに来た?わざわざ真祖の吸血鬼が居るかもしれない所に来るなんぞ、正気の沙汰じゃないぞ?」

そう言って、のどを低く鳴らしエヴァンジェリンは笑った。
でも、俺はそんな事どうでもいい。いつ彼女にやられたのか。もしかしたら、最初に轢いた時からなのか、
それとも、教室で見詰め合ったときなのか。でも、はっきりしている事がある。
俺はエヴァンジェリンがどうしようもなく好きだ。

「エヴァンジェリンに血を吸われるなら本望だ。むしろ、吸ってくれ。」

そう、俺が言うと、彼女は見る見るうちに不機嫌そうな顔になっていく。
そして、吐き出される声も不機嫌だ。

「キサマ・・・、私を舐めてるのか?」

そう、俺に問いかけてくる。彼女の目も、俺を咎めるかのような眼差しだ。

「舐めてない。俺はエヴァンジェリンの事が好きだから、愛してるから!
 だから、一緒に居させてくれ。どんな酷い事をされてもいい。だから、一緒にささせてくれ。」

「却下!」

彼女の俺の言葉に間髪入れず否定を下す。

「泣くな人間。何がそんなに悲しい。キサマは生きているというのに、何を泣く。」

そう、エヴァンジェリンが子供をあやすような声で話してくる。
あぁ、そうか、俺は気付かないうちに泣いていたのか・・・。

「エヴァンジェリンの事が、切なくて泣きたくなる位、好きだから。」

そう返すと、彼女は困ったような顔で答える。
その顔を見るだけで心が締め付けられる。

「やめておけ人間。化け物に恋などするな。人は人として生き、人として終わるのが一番いい。」

「でも、それじゃあエヴァンジェリンと一緒に歩めない。」

「それでもだ。朽ち果てる事の無い体なんぞ、魂の牢獄もいい所だ。まぁ、私はこれ以外の生き方を知らないがな。」

そう言って、ニヤリと笑い俺の方を見てくる。
一体俺はどうすれば彼女と一緒にいられる?何をすれば認めてもらえる?
そんな思いが頭をぐるぐる回る。何か言わないと、彼女は行ってしまう。どこか遠くへ。

「どうすれば、俺を認めてもらえる?」

そう、俺は彼女に聞くしかない。俺は馬鹿だから、女の子の気持ちなんて分からない。
だから、彼女に聞くしかない。そして、答えを探すしかない。

「人としての生涯を駆け抜ければ。」

彼女からの返答はその一言。でも、それじゃあ、それじゃあ。

「でも、それじゃあ一緒に居られない!」

「あぁ、だが、キサマの子なり、子孫なりとは一緒にいられれる。私とキサマの間にある時間という溝は深い。
 私が瞬きをする間に人は年を取る。そして、私を置いて逝く。だがな、人間。それでも、私に愛を囁くと言うのなら、私を一人にするな。
 人として生き、人として終わり。思いを繋げ、血をつなげ。そして、いつか私を人に落としてみろ。」

歌うように言葉を紡ぎ、彼女は苦笑しながら語った。
彼女はどうして、俺にそんな思いを託すのだろう。
出会ってまだ3年半しか一緒にいない俺に。
こんな馬鹿でどうしようもない俺に。
 
「エヴァンジェリンを人に落とす?」

「あぁ、私のような化け物とも暮らせる世界を作ってみろ。キサマは目指すのだろ?『マギステル・マギ』を。
 キサマのような人間が、やはり最後の最後で正しい選択をするものだ。私は私で、かってにするがな。」

そう言って俺の顔を挑発でもするかのように犬歯を見せながら笑う。
その彼女の牙を見ても、彼女が人でない事が分かる。
そして、俺は彼女と同じ時を歩めないのだと。
彼女の意志は固く、そして、彼女は俺を選んでくれたのだと。

この場所でどんな戦闘があったのか俺は知らない。
それでも、彼女は俺を選んでくれた。
こんな馬鹿で、どうしようもない俺を。
これで、俺はようやく彼女の背中が見えたのかもしれない。

「・・・・、エヴァンジェリン約束しろ。いつになるか分からないけど、人に落ちるまで絶対に死なないと。」

そう俺が言うと、彼女は珍しくキョトンとした顔になり、その後笑って頷いた。
いつものニヤリとした笑いでもなく、のどを鳴らしての笑いでもなく、彼女は純粋に笑った。

「あぁ、その契約は守るとしよう。契約の証だ受け取れ。」

そういって、エヴァンジェリンは、自身のいつも付けているリング状の髪留めを髪からはずし、
唇を噛み切り、その流れた血を髪留めに塗って寄越した。

「これは?」

「それがあればキサマの居場所が分かる。
 よぼよぼの爺さんになって、逝く間際にでもなったら顔でも見に行くさ。その時は、子と孫の顔でも見せろ。」

髪留めを渡して、俺にからかう様に言う。
俺はエヴァンジェリンが好きだから、その先の事なんて分からない。
でも、好きだからこそ、彼女を一人にしたくない。

「俺、結婚するかわかんねぇーよ。」

「今言ったことを覆すか?キサマは少なくとも、私と契約をしたんだ。しかも、私の行く末をどうこうするな。
 ならば、歩め自身の足で。時には立ち止まる事もあるだろう。時には逃げ出して、回り道する事もあるだろう。
 だがな、人間というモノは一度歩むと決めた道を歩みだしたら、どんなに打ちのめされても、どんなに叩きのめされても、
 決して下がる事をしないものだ。」

そういった後、お互いの顔を見て笑う。
笑って、笑って、エヴァンジェリンの顔を俺の目に焼付けて、それでも足りずに彼女を見つめて。
でも、時間というものは流れる。それが楽しい時間なら、なおさら早く。

「さて、そろそろ行け。あんまり長居するといい事は無いぞ。」

「・・・、もう、そんな時間なのか?」

名残惜しい、本当に名残惜しい。
次にエヴァンジェリンに会えるのが、何十年後になるのか。
彼女は言った事は守る。でも、守るからこそ、その時まで会えない気がする。
どんなに探しても、どんなに追い求めても。そうして、あたりに沈黙が下りて、彼女に背を向ける。
振り返らない、いや、振り返れない。今振り返れば、俺は前に進めないような気がするから。
そんな中、後ろからエヴァンジェリンの声がする。

「世界は何処までも無慈悲で残酷だが、だが、それでも絶望するほど酷くは無い。多分お前のような奴がいるからだろう。」

その言葉は、彼女からの激励か、それとも、彼女との約束を守るための枷か。
俺には判断が付かないし、俺は彼女じゃないから、何を思って言ったのかは分からない。
でも、それなら明るく考えよう。少なくとも、彼女は絶望していない。彼女は強い人だから。
そして、俺の事を人間と呼び、思いを分けてくれた。それなら、惚れた女の分まで頑張ろう。


ーside俺ー


「ふぅ~、終わった、か。」

「ご苦労様、しかし、エヴァがあそこまでアノマを買ってるとは思わなかった。」

「帰ってたのか。」

そう声をかけると、俺の後ろにディルムッドが立つ。
いつからいたのかは聞く気も起きないし、聞いた所で終わった事に意味は無い。
ただ、この世界の魔法はずるいな。人の発言にも魔力があるなんて。
あれだけの思いが詰まった言葉なら受け止める方の身にもなって欲しい。

「おい、チャチャチャゼロ。こっち来い。」

そういって、ディルムッドをこっちにこさせて、胸を借りる。
声は上げない。体も揺らさない。ただ、涙が止まるのを待つ。
俺には男と恋愛する趣味は無い。だが、それを差し引いてもアノマの言葉には魔力が乗っていた。
だからだろう、俺が泣いているのは。それに、俺の未来の知識はアノマの思いを使い算段を立てた。
それを悔やむ事は無い。だが、それでもやるせ無い。


ーsideディルムッドー


(けっきょく、アノマとは相容れないか。)

俺の胸に、顔をうずめるでもなく、抱きつくでもなく、声を上げるでもなく、震えるでもない我が主がいる。
主は、ただ泣いている。俺の胸に額を当てて。それを見て、アノマを羨ましくも思い、同時に嫉妬もする。
エヴァは強い。だから、人をあまり頼ろうとしない。自身で背負い込んで解決していく。
でも、そんな主が、今始めて思いを人に託したように思う。そう、人に。

その事が羨ましい。そして、嫉妬する。でも、それは多分俺とアノマの領分の違いだろう。
俺はエヴァの騎士であり、エヴァの盾だから、彼女と共に永遠を歩み付き添わないといけない。
だが、アノマは人で、短い一生の中で事をなさないといけない。
だからこそ、彼女は人の可能性にかけてみたのかもしれない。

どれくらい立っただろう、彼女は俺からは離れ、

「行くぞ、旅立ちだ。」

そう言って、空に上がり、俺も続く。

「エヴァ、行き先は。」

「ヘカテスに行く。そこを拠点に遺跡の発掘と、金を集める。」

「そうか。」

そう言って、俺とエヴァは空を飛び続ける。
あたりは雲ひとつ無い快晴で、太陽が天高く昇ろうとしている。
お互い無言の空の旅。そんな中、エヴァが不意に口を開いた。

「・・・・、人は何処までいけるのだろう。」

「なんか言ったか?」

「いや、なんでもない。」

エヴァが何を思ってそれを言ったのかは分からないが、それでも、彼女にも何か思う所があるのだろう。
鞄一つで町を飛び出し、俺たちはヘカテスを目指す。



[10094] 絶賛逃亡中?な第14話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2010/02/26 12:37
絶賛逃亡中?な第14話







アリアドネーを旅立って早数ヶ月。しかし、いまだにヘカテスには着いていない。
町を出た後、流石にヘカテスまでの道を飛んで行くのは無理があると判断して、
徒歩と飛行魔法とを使い分けながら進んでいるのだが、なかなか距離が稼げない。
ついでに言えば、ディルムッドは町を出てすぐにチャチャゼロボディに戻して、人の姿を隠蔽した。
理由としては、色々あるが、一番の理由は、隠密行動のためだ。お互いがお互いを隠さないといけない関係上、
こういった保険は必要になる。それに、いまだにヘカテスに着かない理由が、賞金稼ぎ、真祖化の秘密を探ろうする奴等、
後は、正義の名の下にな連中。そいつ等が俺を襲撃するもんだから、なかなか前に進めないでいる。

まぁ、幸い、魔力を隠す必要性がなくなったので、今の魔力を前提とした攻撃や、魔法が使えるのはありがたい。
闇の魔法は、依然取っ掛かりから進めてはいないが、それでも、ゼロよりはましといった所か。
まぁ、そんな中でも持ってきた道具で、ディルムッドの壊れた足を直したり、
色々と薬を作ったりしているわけなんだがなんとも。
そんな旅を続けて、今はようやく、ヘカテスまで後少しと言う所。

「ふ~、なかなかに刺激的な旅だったな。ついでに言えば、実践訓練もつめる。」

「あれで刺激的といえるエヴァは、なかなかに肝が据わってるよ。」

今は、休憩中。キセルで薬を吸いながら、そんな事を話す。
最初の頃の襲撃は楽でよかった。相手も俺の事をまだ舐めていたのだろう。そのおかげで、楽に追い返した。
しかし、かいが重なるごとに相手も一筋縄ではいかなくなっていく。その過程で、何人か殺したが、俺の方も、
戦闘のたびに無傷とは言わず、どちらかというよく体を吹っ飛ばされるし、血を流すなどよくある事。
互いを襲うのだから互い様だ。相手も俺を殺す気で来ているのだから、そいつ等が自身が殺される事を覚悟していない訳が無い。

ただ、正義を語る奴等だけは駄目だ。あいつ等は、自身が正義である事を疑わず、そして、その正義が負ける事を考えない。
だからこそ、俺に追い詰められた時に、自身たちの脆さを露呈し、同時に俺に呪詛を吐く。簡単な話し、こいつ等には明確な欲が無い。
賞金稼ぎは金を。秘密を探るものは知識欲を。しかし、正義を歌うこいつ等には求めるべき物が無い。
だからこそ、自身の拠り所が無く、それゆえに他者である悪に依存する。言ってしまえば、
悪が負けるという前提の出来レースのようなものだ。だからこそ、自身が負ければ呪詛を吐く。
見ていて気分のいいものではないが、少なくとも、こいつ等の命を奪うのは俺なのだから、見取るぐらいはしている。

まぁ、それでも殺した人の数はあまり多くなく、どちらかと言うと、引き際を踏まえた奴等が多いと思う。
それに、俺は俺で引く奴等を追って殺す気も無い。だからこそ、襲撃者の方の生還率は割と高い。
ついでに言えば、女性は殺す気が無いし、子供といっても曖昧だが、少なくとも私より若いような奴は殺す気が無い。

「そういえば、エヴァ、どうやって町に入る?このまま行けば、俺たちは間違いなく襲われるが。」

そういって、ディルムッドが話しかけて来る。
今日は、朝から襲撃も無く、時間は昼時という事で、隠れて軽い昼食をとり、コーヒーと魔法薬で一服と言う所。
服に関しては、ディルムッドはメイド服で、俺の方コウモリを使った服とマントを使っている。

「その事には考えがあるが、正直、何処まで通用するか分からん小手先の技だ。」

簡単な話し、今の現状で俺が吸血鬼だと分かるのは魔力の所存だと思う。
これに関しては、ディルムッドに送ればどうにかなると思うがなんとも。
封印用の指輪はすでに、あの戦闘でな無くなり、仮にあったとしても今度は自身の手で砕いていただろう。
次に、自身の体。真祖もしくは吸血鬼の伝説は学校で調べたおかげで、特徴や弱点は分かった。
だが、ただ、それが分かっただけで後は分からず、総じて書いているのが、悪いもの。という、どこかしっくりこない言葉だけだった。
まぁ、今はそれでもいい。重要なのはその項目で、吸血鬼は成長しないと言う所だ。
つまり、外見を幻術なり、年齢詐称薬なりでごまかせばいい。

幸いなのは、現状で俺を襲ってくる奴等が、俺の事を見つける一番の特徴として莫大な魔力を探す事。
ほかは、子供で人形をつれている事などを踏まえて探している。今挙げた例を考え今からやる事をすれば、
少なくとも、外見は変わるし、魔力もディルムッドを人に戻せばもって行かれる。
一応、これなら大丈夫だと思うが、さらに念を入れて一つ作りたい。
それは、

「チャチャゼロ、頼んでおいた物はあるか?」

「苦労したが、まぁどうにかといった所か。
 しかし、血が欲しいなら、吸えば良いじゃないか直接。」

そう言って、俺に献血キッドと、その他もろもろをを渡してくる。

「違う、これは飲むためじゃなく、作るために必要なものだ。」

「作るって、何を?」

不思議そうに俺を見つめるディルムッドを尻目に、俺の方は鞄から色々と取り出すものがある。
フラスコにビーカーに、後はその他の薬品と、書物に空き瓶。

「作るのは獣人化の薬だ。年齢詐称薬はまだ前に作った分があるが、
 一応、念には念を入れてだな。」

そう言って、調合に取り掛かる。
ディルムッドの方は、手持ち無沙汰からか、槍を振るっている。

「そういえば、どれくらい気はモノに出来た?」

調合を進めながら、ディルムッドに聞いてやると、槍を振るいながら返してくる。

「一応は、形になってると思う。飛ばす事はまだ駄目だが、それ以外ならどうにか。
 一番の問題だった気を練る速度も、だいぶ上がった。まぁ、それでも多少は時間がかかるが、最初とは雲泥の差。
 それに、体に纏わせるのも今はだいぶいい。最初の頃のシックリこないのがだいぶ薄れたよ。」

そういいながら、槍に気を纏わせている。
さて、どうするか。咸卦法の事を教えた場合練習し出すのは構わないんだが、今の状態で教えていいものか。
それに、原理としては知っているが、それを習得できるかはまったくの別問題。
俺が精神世界で闇の魔法う練習し始めた時は、自身の体が内側から爆発してグロ意事になった。

咸卦法は、体内に取り込む事はないが、代わりに気と魔力を融合させる。その事を考えると、爆発してもおかしくはないし、
下手に体に纏わせると、反発力によりディルムッドの体が、チャチャゼロ人形が持たない事も考えられる。
果てさてどうしたものか。言葉をお教えれば意味を知りたくなる。意味を知ればそれを欲する。
そして、欲した先がどうなるか。自滅か或いは成功か。
神のみぞ知るなんて言葉はごめんだ。少なくとも、コイツは俺のモノなのだから。
だからこそ、無茶をしないよう釘をさして教えるとするか。

「チャチャゼロ、キサマ『咸卦法』という言葉を知っているか?」

薬を吸い、調合を進めながらディルムッドに聞く。
そうすると、ディルムッドは振るっていた槍を止め俺の方を向き答える。

「『咸卦法』か、一応知ってる。
 前に図書館で写本している時にそれに関する書籍があって、それを流し読みした。」

「それを使いたいと思うか?」

そう聞くと、ディルムッドは俺の目を見ながら、
とても複雑な表情を作る。

「使いたいが、今の俺には難しい。いまだに気をまともに使えない俺では、この技法を習得するには、
 まだまだ練習が必要だ。だから、まだ咸卦法を練習しようとは思わない。」

フム、自身の意思での選択か。
なら、それでかまいはしない。代わりに下地を作るとしよう。

「なら、それでかまわん。
 ただ、暇を見つけたならこれからは自身を無にする瞑想をするんだな。」

そういうと、ディルムッドの方も考え込み
そして、一つ頷き口を開く。

「分かった、それが下地を作る方法だろ?」

「ほぅ、気付いたな。」

そういうと、首をすくめて見せる。

「今の話の流れでいけばな。いずれは手にする技法だ。
 今の、気に戸惑っている俺が、素早くそれをモノにするなら、フライングするしかないだろ?」

そう言って、ニヤリと笑いかけて来る。
なかなかにいい向上心だ。それがあるなら、コイツはいずれ咸卦法をモノにするだろう。
後は、これから人になるなら、それだけ気を練るのが難しくなる。その状態で早く練る事が出来るようにの訓練か。
ディルムッドは、ニヤリと笑った後、また槍を振るいだした。そこでふと思い出したのが、襲撃者から奪った物の整理がまだだった事。

「おい、暇なら奪った物の整理を頼む。いくら、色々入るからといって、
 いざという時に見つからないじゃ話にならん。」

そういうと、槍を振るうのを止め、鞄の方に行きゴソゴソし出した。

「なぁ、この中で要らない物ってあるのか?」

「いや、とりあえずかっぱらったから何かは見ていない。
 名前を言ってくれ。分かるものでいい。」

そう言って、ディルムッドが最初に取り出したのは、

「え~っと、性別詐称薬。(口調も変わるヨ)EX。」

読み上げられた名前に、まず俺がこけた。
ディルムッドの方を見ると、物珍しそうに見ている。

「まぁ、なんかの機会に使うだろう。入れといてくれ。」

そして、次に取り出したのが、

「あぁ、これは武器だな、ムチ。」

「まて、今までの襲撃者にベルモンド一族なんていたか!?」

その突っ込みに、ディルムッドはキョトンとしている。
待て俺、COOLになれ。しかし、何だろうこの歴戦をくぐりましたと言うようなムチは。
いかん、何かヤバイ気がする。

「他は?」

あまり精神衛生上聞きたくないが、聞かないと進まない。
そんな俺を尻目に、ディルムッドが鞄をゴソゴソして次々に取り出していく。

「次わっと、これか。」

そう言って取り出したのが、木の棒に四角く黒い鉄の塊がついたスレッジハンマー。
何かいやな予感がすると思っていると、ディルムッドがハンマーを振り下ろす。
そして、出たのが木の杭。これって、もしかすると?

「エヴァ、偉く実践的な武器だな。これなら、叩けば致命傷になる。
 それに、これは山査子の杭か。」

そういいながら、ハンマーを振り回している。
しかし、俺は心穏やかでなわ無い。だって、これって

(モーラハンマー。)

そう思うと、なんだか冷や汗が出てきた。
この世界にはヴェドゴニアがいるのか?そうなのか?
いや、早計だ。俺は撃退した中で、そんな奴見た事無い。
そして、次に見たのが、細長い何か。

「刀、なんか刃の部分に溝があるな?」

(あれ、小夜?翼手?)

いや、化け物はいるけど、あんなグロイのは見た事無い。
と、言うかいくらなんでも、これだけのハンターに襲われた記憶は無い。
多分、きっとこれは何かの間違いだろう。うん、そうだきっとそうだ、そうに違いない。
ちなみに、俺はorz寸前。だが、薬を作っている手前それも出来ん。
そんな事を考える中、ディルムッドが最後の品を取り出した。

「これで最後か、お歳暮。って、これエヴァの字じゃないか。」

そう言って、ディルムッドが俺の方を見てくる。
はて、お歳暮なんて誰に贈ろうと思ったのか・・・・・・?
そう思って、考えていると、あの人の事を思い出した。

「あぁ、しまったな渡しそびれた。」

「誰に渡す予定だったんだ?」

そういいながら、お歳暮に手を伸ばすと、ディルムッドが俺に渡してくれる。
年代的には、会える可能性があったんだが、いまさら会いに行くと、アラブ人あたりに酷い事をされそうなんで、もう行かなくて良いだろう。

「ヴラド・ツェペシュ、またの名をワラキア公。一応、私たちの名前を世に知らしめてくれる人だ。」

そういうと、ディルムッドは腕組みして考えながら、

「吸血鬼なのか?」

と、聞いてきた。
まぁ、今の話ならそう思われても仕方ないか。

「いや、一応人間の英雄だ。ルーマニアで戦い、そして散った。今だと、ちょうど散るか散らないかの瀬戸際だろう。
 まぁ、別名は串刺し公といって、オスマン帝国の使者を串刺しにした。」

そう、言いながらお歳暮の中身を散りだす。
ちなみに、中身は血です。まぁ、わたす相手がいないからいいかと思い、チューチュー吸い出す。

「いくらなんでも、お歳暮に血液は無いだろう。」

「なら、何ならいいと思う?」

そういうと、ディルムッドがやや考え込んだ後、ぽんと手を打ってまるで名案でも思いついたような顔になり、

「十字架なんてどうだろう?敵か味方か分からないんだったら、先制攻撃という事で。」

ディルムッドそれを言った瞬間、俺は思わず血を噴出しそうになった。
いや、なんと言うか・・・・、色々と染まったなコイツも。
そう思いながらディルムッドを見ると、ウンウンと頷いている。
そんなこんなで、精神的に疲れながらも薬は完成。
ディルムッドを周囲の偵察に出させて、安全を確認した後、人払いの魔法を使い、今の場所を隠す。

「さてと、薬も完成したし、後はこれを飲んでキサマを人にして年齢詐称すれば、大丈夫か。」

「これで漸くという所か。」

そう言ったディルムッドに魔力を流し、人の姿に変える。
ディルムッドの方も、数ヶ月ぶりという事で、首の骨をコキコキ鳴らしている。
さてと、俺の方もとっとと飲むとするか・・・・、その前に着替えなならんな。
少なくとも、今の服はコウモリで作っている。その事が下手にばれると、一発アウトの可能性がある。

「チャチャゼロ、服を取ってくれ。取るのは、ローレグの下着とブラ、後は丈の長い服を頼む。」

そう言いながら、俺はコウモリを自身に仕舞っているのだが、一向に服が来ない。
何かと思ってディルムッドの方を見ると、ローレグの下着を持って固まっていた。

「キサマ一体何をやっている?」

そう聞くと、一瞬顔を赤らめて、俺に下着と、服を渡してきた。
まぁ、ローレグ、もしくはストライクパンツとでも言えばいいんだろうか?
これに機能性を求めようとする方が間違っているが、ノーパンは避けたい。
それに、獣人化すれば尻尾が生える。そのことを考えれば、このチョイスしかない。
そう思い、パンツを履き、年齢詐称薬と獣人化薬をあおる。
そして、体は大体前と同じ19歳ぐらい。生えた耳と尻尾は、

「なんだろうこの生物は・・・・・。」

そう思いながら、自身に生えた耳を触ってみる。
自分で言うのもなんだが、フニフニしていて気持ちいい。
と、そうではない。そう思い自身の尻尾を見る。そこには、白い毛に覆われたふっくらとしたやや大きめの尻尾がある。
これは、多分狐だろう。そうなると巫女服が欲しかったな、お稲荷さま的な意味で。
そう考えながら、服を着込む。


ーsideディルムッドー


何だろう、目の前にやたら愛らしい生物がいる・・・・。
いや、何を隠そう我が主エヴァンジェリンなのだが、なんと言うか、俺の主は無防備だ。
まぁ、それは今に始まった事ではない。しいて言うなら一緒に暮らしだしてずっとと言った所か。
戦闘や、勉強、知識に戦術。その辺りのイロハは申し分ないし、俺もその辺りは助けられる事が多い。
しかし、私生活となると結構な割合で無防備だ。俺に風呂の中に下着を持ってこさせたり、
普通にバスタオルで体を拭きながら、出てきたりする事はざらで、部屋で下着姿でうろついたりもするし、
洗濯の時は、俺のも自分のもまとめて洗う始末。別にそれが悪い訳でもないし、洗濯に関しては効率的だろう。
それに、彼女の外見は10歳だ。その事を考えれば、あまり気にはしないのだが、今は成長した姿でいる。
ついでに言えば、頭には2つの耳を生やし、それがピコピコ動いているし、後ろ姿なので、
触り心地のよさそうな尻尾がフリフリ動いているのも見える。

「はっ!」

危なかった、本当に危なかった。一瞬気を抜いた瞬間、彼女の2つの耳を後ろから触りそうになっていた。
慌てて気がついて、自身の伸ばした手をもう一方の手で掴む始末。いかん、俺は大丈夫なのだろうか?
いや、大丈夫だ。むしろ、これを触らない方がおかしいんだ。きっとそうに違いない。うん、きっと。
目の前では白い耳がピコピコ、白い尻尾がフリフリ・・・・・。


ーside俺ー


とりあえず、自身の胸が大きくなった事に多少挫けながら、ブラをつけた後、他の服を着込む。
俺はスレンダーな方が好きです。超個人的だがな・・・・、まぁ、今はよしとしよう。
着た服は黒のハイネックに、同じく黒のズボン。首には鞄から取り出した逆十字のシルバーネックレス。
たまには、こう言うのを着けるのもいいかも知れない。ちなみに、髪は黒い大きなリボンで纏めている。

そこまでして、後ろを振り向くと、ディルムッドが変な事になっている。
何と言うか、自身の手で自身のもう一方の手首を掴み、しかしその掴まれた方の手は更に前に出ようとしている。
うん、誰か状況説明頼む。そう思っていると、ディルムッドと目が合い、姿勢を正してやや血走った目で口を開いた。

「エヴァ、その・・・・、触らせてくれないか?」

そういって、ヤツの視線を追うと、俺の頭の上の2つの耳に行っている。
別に触るのはいいんだが、何と言うかその前にコイツを野放しにしておいていいのだろか?

「まぁ、触るのはいいが、優しく触れ。人間と一緒でデリケートだからな。」

そういって、ディルムッドの目の前に頭を差し出す。
ちなみに、成長しても俺とコイツとの身長差は大体15~20cmなので、顔を見上げる形になる。
そんな事を考えていると、ディルムッドが手を伸ばし、やけに慎重に耳を触る。
慎重に触れといったが、何もそこまでというぐらいに。

フニフニ・・・・・フニフニ・・・・・フニフニ・・・・・・・・。

「えぇい!いつまで触っている!」

「はっ!」

なんというか、こいつに変な属性でも付いたか?
そんな事を考えながら、キセルで魔法薬を吸い、ディルムッドの方を睨む。
何故か、ヤツはお預けを食らった犬みたいな目で俺を見てくる。
あぁもう、うっとうしい。

「何か言いたい事があるか?」

「・・・、先生・・・!!耳が触りたいです・・・。」

どうせその台詞を言うなら、どっかでボールでもついてろと、声を大にして言いたい。
はぁ、こんな事で、俺たちはヘカテスにたどり着けるんだろうか・・・・?
そんな事を、目の前のディルムッドを無視して考える。
そして、煙を吸い、いい案が思いついた。

「キサマ、私の耳が触りたいんだな?」

そういうと、顔を輝かせながら、矢継ぎ早にまくし立てる。

「あぁ、そうだ。エヴァの耳が触りたい。さっき触った時の感触は中々忘れられるものではない。」

そう言って、俺を見てくる。
きっと、俺が折れて触る許可をくれると思っているのだろうが、そうは問屋が卸さない。
これだけ欲望むき出しなら、それのベクトルを操ればいい方に転ぶだろう。

「そんなに触りたいなら、今の人の姿で気を瞬時に練れるまで練習しろ。
 私が見て、OKを出せるレベルになったら、好きなだけ触らせてやる。」

それを聞いたディルムッドは、考え込み、そして納得したように口を開く。

「それは、エヴァが重んじる『契約』と受け取っていいのか?」

ふむ、この契約を取り付ければ、少なくとも咸卦法への近道にはなるし、戦力は上がる。
それに、あくまでOKを出すのは俺基準。うまく乗せれば、この契約の利益率はかなり高い。
だが、なんとなくこれで契約すると、後々面倒な事になりそうなんだが・・・・。
まぁ、今の所戦力第一か。

「いいだろう、これは『契約』だ。内容は話したとおり。それでいいか?」

「あぁ、契約しよう。いかなる困難にも打ち勝って見せるさ。」

うん、なんか駄目な方に突っ走ってる気がするが、いいのか?
これで本当に良いのか?自身の耳を両手でペタンと頭に押さえつけながら、
ウンウン唸る。何だろう、この釈然としない感じは。
とりあえず、現代になったらこいつをアキバから遠ざけよう。
まぁ、俺は行くけどね、パチモンとか色々有りそうだし。

そんな事を考えながら、その夜、夕闇にまぎれてヘカテス入りを果たす。





[10094] 幕間その1 残された者、追うことを誓った者
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 21:48
幕間その1 残された者、追うことを誓った者









アリアドネーでの学生生活も、もう今日で終わる。
事実、卒業式はさっき終わり、エヴァンジェリンは卒業辞退者となった。
これは、エヴァンジェリンが卒業に必要な単位をすべて修得したが、同時に卒業式に出ないための苦肉の策という学校の会見と、
アリアドネー以外の国からの、

『なぜ、真祖に魔法を教えたのか?』

という追求のため、苦肉の策としてそうなった。
しかし、流石はあらゆる権力にも屈しない、魔法世界の独立学術都市国家。
学ぼうとする意思と意欲を持つ者なら、たとえ死神でも受け入れると言われているだけの事はある。
あんな事件を起こした首謀者かもしれない、エヴァンジェリンを卒業させる気でいたのだから。
もっとも、エヴァンジェリンならこの事実を聞いても、

「必要なのは知識であって、それを使えるだけの経験だ。卒業証書という紙に、いったいいかほどの価値がある?」

と真顔で聞いてきそうだ。
そんな卒業式を終え、今俺は自身の机に座っている。
隣には、クラスでポツリと空いた席。いや、これからこの学校は閉校だから、二度と座る者もいないか。
そこの主は半年ほど前に俺の前から消え、それと同じように学園から消え、さらに言えば、魔法界全体から追われる様になった。
そう、彼女の名は『エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル』真祖の吸血鬼にして、
俺に思いを託した人物。

そして、俺の初恋の相手で、今なお追い続ける人物そして、今の俺の一番の苦悩の種。
俺はあの幻想的な雪原で彼女から言葉をもらい、思いを託され、そして、契約した。
彼女を人の落とすと。彼女の様な人で無き者が穏やかに住める世界を作って見せると。
そして、その契約をした日から俺は猛勉強した。
前に進むために、先を見据えるために。

しかし、勉強は難しくエヴァンジェリンの言った事の難しさをさらに痛感する事になった。
先の見えない旅、答えの出ない設問、意地悪な解答欄。エヴァンジェリンを人に落とす為には、
この回答を一文字一句間違いなくパーフェクトに答えなければならない。
そう思い、ひたすらに勉強すればするだけ、欲した答えは遠のき、代わりに別の設問たちが生まれだす。
それを考えて考えて、そんな事をしていると、ある時エルシアが俺に向かって、

「今のアノマって、幽霊みたいで怖いよ?少しは肩の力抜いたら~?」

と言って来た。そして、俺はその言葉に怒ってしまった。
今思えば、馬鹿な自身への八つ当たりの代わりだったのだろう。
答えの出ない設問や、終わりの見えない旅への恐怖による。
そして、俺のそんな言葉を聞いても、エルシアは何も言わず、
ただ穏やかに怒る俺の言葉を聞いていたのが印象的だった。
さらに言えば、エルシアはそんな事があっても俺に関わって来た。

エルシア、俺とエヴァンジェリンの間に何時もいて、事を引っ掻き回すトラブルメーカー。
しかし、エルシアの教師としての質や、先生すなわち、『先』に『生』まれた者としては非常に頼りがいがある。
エヴァンジェリンが真祖だと分かった朝でも、エルシアは、

「エヴァちゃんが真祖?あぁ、別にそれだからなんだって事はないでしょ?
 現に今までエヴァちゃんに何かされたとかっていう羨ましい生徒はいないんだし。
 ・・・・・、いたとしたら言ってやる!『何で私じゃないんだ!』ってね。」

なんてのたまう胆力を持った女性である。
そして、俺がエヴァンジェリンと分かれた朝に初めて出会った女性でもある。
そんな彼女とも、今日でお別れ。
そして、これから俺は一人で道を探さなくてはならない。
約束を果たすために、未来の彼女が笑顔になれるために、
そう思いながら、自身の髪留めを触る。
彼女が唯一俺にくれた物で、彼女との繋がり。

その繋がりを離したくなくて、これをもらった時から髪を伸ばし、今ではもうこの髪留めを使うのに十分な長さになった。
それからずっと、この髪留めは俺が使い続けている。
これがあれば、なんだかエヴァンジェリンが見ていてくれる様な気がするから。
でも、本人にその事を伝えたら、

「女々しいにも程がある!まったく、これ髪留めで、それ以上でもそれ以下でもない。
 これに幻想を抱くのはかまわんが、抱いた幻想に食われるなよ。」

なんて事を睨みながら言ってきそうだ。
でも、それでもなお今の俺にはその幻想が必要なのかもしれない。
進むべき道も、見据える明日も、確定された未来もすべてない、あるのは白紙のキャンバスと自身という絵の具。
しかし、俺はその白紙のキャンバスに絵の具を垂らすのを恐れている。

「ふぅ、答えは霧の中か・・・・・、そういえば一度もあの後にあそこに行ってないな。」

そう思い、歩を進めるのは彼女が三年半暮らした寮の部屋。
ここも壊されれば、彼女のいたという痕跡はアリアドネーから抹消される。
そんな事を考えながら、両脇に扉のある廊下を進むと、日当たりの悪い彼女の部屋が見えてくる。
ほかの部屋の扉は閉ざされている、しかし、その下手の扉は閉ざされておらず、隙間が空いている。
もしかすれば、エヴァンジェリンいるのかと思い、こっそりと気付かれない様に中を覗くと、目に映ったのはエルシアだった。

彼女は日当りの悪い部屋の真ん中に立ち、エヴァンジェリンが何時も腰掛けていたベッドに向かい口を開いた。
エルシアの表情は見えないが、声の調子は何時もと同じようだが、どこか何時も以上に優しいという印象を受ける。

「卒業証書、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル殿。
 貴殿は本校の卒業生たる知識をその身に宿し、何時如何なる時もその知の刃を自身の力と信じ、
 ありとあらゆる苦難、逆境を跳ね除ける為の礎とし、自身の信じる道を突き進む事をここに証明する。」

そういって、どこで手に入れたのか、エヴァンジェリン用の卒業証書をベッドの方に差し出している。
しかし、そこにその卒業証書を取る者はいない。
当たり前といえば当たり前だが、この部屋にはエルシアしかいないのだから。
それでも、エルシアは卒業証書をベッドの方に掲げ続け、幾ばくかした後、証書を引っ込めてベッドに座った。
そして、薄暗い天井を見ながら一人口を開く。

「まったくもう!エヴァちゃんってば、居なくなるなら居なくなるでもっと早くに言ってよね。
 そしたらこっそり卒業証書を前渡しして、『私の生徒はみんな優秀に卒業しました。』って、胸を張って言えたのにさ。」

そこまで言ってエルシアの語尾が少し暗くなった。
エルシアも何かしら考える所があるのだろう。
彼女は、事あるごとにエヴァンジェリンを気にかけていたから。

「ふぅ・・・・、ズルイよ。エヴァちゃんズルイよ!!私は頼りないかも知れないけど先生だよ!?
 悩んだり、迷ったりしたら少しは相談してよね!まったくもう!・・・・、って言っても、エヴァちゃんは相談しないんだろうね。
 貴女達は自身の足でここに来て、自身の足でどっかに行っちゃったんだからさ。」

そう言いながら、エルシアはベッドに仰向けに寝転ぶ。
多分、俺は今のエルシアの独白を聞いちゃいけない。
でも、その聞いちゃいけない独白の中に一片ひとひらの光が輝いているようにも思う。
そおう思うと、俺の脚は鉛のように重くなり、動かなくなる。
そんな俺を尻目に、エルシアの独白は続く。
今まで聴いた事のないエルシアの声で。

「あ~あ、本当にもう、今年の生徒はみんな手がかからなさ過ぎだよ。
 知ってるエヴァちゃん?『エヴァンジェリンさまに虐めて貰う会』のクーネってやつ。
 エヴァちゃんが真祖だって噂が出回った瞬間アイツったらキザったらしく、
 『あれほど綺麗な華なら棘があるのは当然。むしろ、真祖と分かって我等が会は、更なるご褒美を求め彼女を追う事を決意した!』
 なんてのたまうのよ?もう、これじゃぁ先生が諌める事も出来ないじゃない。普通、そこは手の平返して、
 『あんな化け物と一緒に学んでいただなんてゾッとする』とか言うでしょ?
 そしたら先生的に『馬鹿を言うな、彼女が一体何をした!彼女はただここで学んでいただけだ!』
 とか、言って本当の意味での『マギステル・マギ』の在り方を教えてあげれたのにさ。
 それに、一番変わったのはアノマかな?」

そう言いながら寝返りを打ち、俺の方に背中が見える。
今気いたが、エルシアの背中はこんなに大きく、同時に小さかっただろうか?
俺がここに入学して、エルシアが担任になって、いつも見続けた背中はこんなにも・・・・、
こんなにも暖かかったのだろうか?

「アイツったらさ、生意気にも男の顔をする様になったのよ?
 エヴァちゃんが何かしたんだろうけど、それでも・・・・、うん、見違えたと言うより、
 あいつの中にあったあやふやさが消えたって言うのかな?

 エヴァちゃんが来る前はその時その場がよければ、割りと後はどうでもって感じだったけど、今は違うね。
 どんな目標があるのか、エヴァちゃんに何を言われたのかは知らないけど、それでも、アイツの中に1本の芯が通ったよ。
 はぁ、本当はこれも先生の役目なんだけどね、それでも、各人が各人の足で歩き出すのは嬉しいかな?

 まぁ、あの馬鹿は今度は、猪突猛進過ぎて自分の体ぶっ壊しそうだし、私もここが潰れたらしばらくは暇だから、
 うちで一番手のかかるアイツの事を見ようかとも思ってるけど、これはここだけの秘密ね。
 だって、なんだか照れくさいじゃん、もう先生でもないヤツがいきなりきて教えるなんてさ。」

エルシアの独白、独り言、愚痴。
そのすべてと取れて、どれにも当てはまらない言葉は続いている。
しかし、俺はエルシアに気付かれない様にその場を後にした。

寮から外に出てみれば空は蒼く高く、あの朝見た空とは違うが、同じ空がそこにある。
多分、俺は焦っていたのだろう。エルシアからも肩の力を抜くよう言われるぐらいに。
焦っていた原因は分かっている、俺一人の力で、彼女を人に落とそうとした事。
彼女に認めてもらいたくて、彼女に俺がこんなに凄い事をやってのけたんだって胸を張りたくて、
でも、その欲望が結局俺の目を曇らせ、さらには彼女が俺に望んだ、

「人としての生涯を駆け抜ければ。」

という言葉さえ忘れさせてしまっていたのだろう。
まったく持って、俺は大バカだ、大バカヤロウだ。
でも、それでも俺は立ち止まらない、前を向いて、先を見て歩く事を決めたのだから。
彼女はまだ、この世界に生きていて、なおかつ、彼女は、

「世界は何処までも無慈悲で残酷だが、だが、それでも絶望するほど酷くは無い。」

とまで言ったのだから、俺が立ち止まる事なんて、俺自身が許さない。
行き先は分からない、行った先も分からない。しかし、今はそれが心地いい。
まるで、春風に乗って、彼女の吸っていた魔法薬のシナモンのような甘い香りが吹いてくるように。

さて、俺は出来の悪い生徒だ。
卒業はしたが、下から数えた方がいい成績で、さらに言えば、猪突猛進脳筋バカ。
だけど、それは問題じゃない。俺には心強い味方がいる。彼女にチャチャゼロがいたように、
俺には先生としてのエルシアがいる。だから、もう少しエルシアには迷惑を被って貰おう。
ついでに言えば、俺も先生を目指そう。俺より『後』に『生』きる者達に、『先』に『生』きた者として、思いを繋いで行こう。
そうすれば、始まりの蕾は小さくても、いつかは大輪の花を咲かせて、それを彼女にプレゼントできるだろうから。
フフ、そう思うと、俄然やる気が出てきた。

俺は相変わらずバカだが、それでも俺は立ち止まらない。
彼女のために、そして、俺の今この胸にある熱い思いのために。
そう思っていると、寮からエルシアが出てきた。
タイミングは上場、今なら間違いなくエルシアの返事はイエスだろう。
だから俺は声を張り上げて叫ぶ、

「エルシアーーーーーーーーー!!!!!!勉強教えろーーーーーー!!!!!!!!!!!!」



[10094] ラオプラナな第15話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:28
ラオプラナな第15話








夕闇にまぎれ、ヘカテスに入った後、俺とディルムッドは路地裏で野宿で一泊し行動しだした。
一番最初にやったのは、町の地形の把握。これは、逃走経路の確保という事もかねて、最優先で行い、
昼過ぎ頃には5分の1は回れた。ちなみに俺は、野宿した路地裏で竹箒を一つ失敬し、何食わぬ顔で今はキセルで薬を吸っている。
何でこんな事になったかと言うと、偽装というのが一番大きい。簡単な話、俺は杖がなくても魔法が使える。
これは、逃亡中実際に試さざるおえない状況で行ったから間違いない。しかし、普段はキセルを使っている。
それに、アリアドネーの時も杖はキセルだった。その情報がハンター達に漏れていないとは思えないので、
擬装用としてあえてこれを選んだ。あと、ディルムッドには学校で作った槍を二本とも渡し、それを担いでいる。

それにしても、遺跡発掘者の町というだけあって、辺りには荒くれ者といった感じの人々が多い。
ついでにいえば、町を回っている間に喧嘩が4件と食い逃げが3件ほどあった。まぁ、食い逃げに関しては、
3件とも店の店主だろう人が捕縛して引きずっていったので問題ないだろう。
喧嘩の方は、とりあえず、ダブルKOを見た以外はスルーした。
そんな中、ディルムッドから俺に念話が飛んでくる。

(エヴァ、町には入れたのはいいんだが、名前はどうする?)

そう言えば、その事についてコイツに話していなかった。キセルで薬を吸い、箒を担いで、念話を飛ばす。
どうでもいいが、ここに来るまでにライダーに追われる綾子の気持ちがわかった気がする。
理由としては、ディルムッドのヤツが、俺の耳を見ながらピッタリくっ付いて来る。
まぁ、ここで下手に騒ぎを起こしてもなんなので、今は見過ごしているがなんとも。

(名前については、私はエヴァンジェリン・アタナシアで通す。さすがに、逃亡者がそのままの名前を言うとも思うまい?
 それに、ばれても今度は特徴が違いすぎるからごまかせる。キサマの方はチャチャゼロ・カラクリで通せ。)

(了解。エヴァの呼び方は好きにさせてもらうよ。)

そう言って、念話を切る。本当はアンバーとジェイドと名乗ってもよかったのだが、
洗脳探偵と黒幕が登場しそうなので、泣く泣く今の形に落ち着かせた。

「そういえば、どこに泊まる?また、野宿でもするか?」

こちらを見ながら鞄を持ったディルムッドが聞いてくる。
宿か・・・・、できれば酒場と兼用の宿がいい。そうすれば、情報収集がしやすい。
それに、そういう宿は、長く泊まるか早く出るかの二択になりやすい。理由としては、遠くからの発掘者が溜まるか、
町を通り抜けようとする旅人が、一杯引っ掛けて休んで旅立つと言う事が多い。それを考えると、隠れ蓑としても使える。
しかし、今見た限りではそれらしい物がない。となるとどうするか悩む所だ。

「キサマは見なかったか?酒場と宿が兼用になっている所を。」

そう聞くと、ディルムッドの方も首を横に振るい、

「見いてはいないが、さっき町の見取り図らしきものはあった。
 まぁ、喧嘩をやっていた位置だから巻き込まれて壊れてないといいが。」

「そうか、なら案内しろ。」

そういって、ディルムッドを先頭に見取り図のあった位置まで移動する。
そこには、喧嘩に巻き込まれたのか、かろうじて原型を留めている見取り図があった。
その事でどうしようかと思っていると、顔にあざを作った二人組が来て、新しい見取り図と変えていった。
多分、これもこの町の罰かなんかなんだろう。喧嘩で壊したものは直しましょうとか。
まぁ、こちらとしては渡りに船だ。そう思いながら掲示板を見る。しかし、好転はしない。
現在地から、宿場街と酒場がある地点まではかなり距離があるようだ。代わりに、今俺たちがいる地点には、
商店と、発掘品、出土品の販売所。後は、個人的な露天商なんかいる。こうなれば、宿を取るより先に買い物か。

「先に買い物だ。宿場は後で箒で飛んでいくとしよう。」

「あぁ、それがよさそうだな。保存食も確か底を付きかけていた筈だ。
 それに、追われるなら、買える時に買っておいた方がいい。」

そう言いながら歩き出す。この買出しでどうしても揃えて置きたい物がある。
それは、エヴァの別荘であるダイオラマ魔法球の素材。まぁ、魔法と付いてはいるが、中身は錬金術バリバリで、
術式やら素材やら道具やらがとにかく金がかかる。しかし、この別荘の完成時の実用性はかなり高い。
なので、これを早急に作りたいのだが、だがしかし、物事は甘くない。ムクロにもらった本を読んで、
現在の知識と技術を鑑見ると、どう考えても数年かかる。

なら、どっかからかっぱらうかとも考えたが、そうすると、
今度はその術式に手が出せず、壊れた場合や、ほかの機能を与える場合に苦労する上、
術式が違えば、きっちり機能しない可能性もある。総じてこれは自分の手で作り上げないといけない事になる。
なので、ここは1つ腰をすえて作成したい。それに、この町に着た本来の目的も、すぐさま終わると言う物でもない。
そんな事を考えながら、錬金術の素材や、保存食。それに、珍しい所で魔法銃があったので、何丁か買って、
動作確認を済ませたハンドガンタイプの魔法銃を1つを腰にぶら下げ、
後は細々とした物を買い、宿場街を目指すために、箒にまたがる。

「おい、どうした早く乗れ。」

「えぇ~と、後ろに乗っても?俺は飛べるから問題ないんじゃないのか?」

そんな事を言ってくる。まったく、こいつは何を言っているんだ。

「羽が見えているなら問題ないが、今のキサマは見えてないだろ。その状態で飛んだら不自然すぎる。」

「・・・・、わかった。失礼する。」

そういいながら、俺の腰に手を回してくる。
しかし、なんか緩い。普段は俺も箒を使わず、学校では浮遊術 を使っていたが、
実際この術も簡単ではなく、ほとんどの魔法使いは杖ないし箒を使う。ちなみになぜ俺が使えるかというと、
重力魔法の所存が大きい。飛ぶ時は夜想曲を展開し、自重を限りなくゼロにした上で、魔力放出を使いコントロールしていた。
まぁ、これは魔力操作の練習を積んだお陰と言う所だろう。重力の矢の地雷設置もこれの応用だったりする。
と、話がそれた。

「そのままじゃ落ちる。私も人を乗せて箒で飛ぶのは初めてに近いんだから、しっかり掴め。」

そういうと、腰に回した手が締まる。よし、これなら問題ないだろう。
そう思い、一気に空に舞い上がる。出だしはまずまずと言った所か。速度も、高度も安定している。
耳に当たる風も気持ちいいので、加速して速度を増す。そんな中、後ろから声がする。

「エヴァ、頼むから、尻尾と髪をどうにかしてくれ。毛並みが良すぎて、触りたくなる。」

そういいながら、今度はくしゃみをしている。

「我慢しろ、速度を上げたから、もうじき着く。」

そう、顔を向けながらディルムッドに言い聞かせ、程なくして宿場街の入り口に着く。

「よし、到着。」

「なかなかに酷い拷問もあったものだ。精神が削れるとはまさにこの事。」

「バカ言ってないでとっとと行くぞ。」

そんな事を言いながら、キセルに薬をセットして火をつけ吸いながら歩く。
辺りを見てみると、見栄えがよく豪華そうな所から、店自体は大きいが、リーズナブルそうな所。
後は、2階が宿で、1階が酒場の半壊しているが営業している所と様々だ。しかし、この壊れ方は魔法銃でも使ったか?
さっき商店街で見かけたし、不思議ではないな。そもそも、魔法銃は従者向きの武装で、魔法使いは普通に詠唱して魔法を使えばいい。
しかし、その従者となると、魔力供給とアーティファクトでの戦闘となる。しかし、魔力供給はあくまで執行時間があり、
戦闘中ずっと使えるとは限らない。それに、魔法使いの方も戦闘中なら魔法を使うので、送るだけの魔力を捻出できない事がある。
あと、アーティファクトも性能がピ-キーで、何が当たるか分からず。
遠距離補強兵装としても、魔法銃は用いられる。

ちなみに、魔法銃の製作は錬金術技術で行われ、その弾丸や何かも錬金術技術のため、
未来では作成方等が失伝してもう作られていないのだろう。
ネギはアンティークコレクターとして魔法銃を持っていたが、なんとも。
どちらにせよ、下手したら弾切れで使えない状態案じゃないだろうか?
まぁ、魔力常時流入式弾丸なんて言う弾要らずの弾も有りはするが。
そんな事を思いながら、宿場街を歩いたが、なかなかこれだと思う所がない。

「なぁ、どこがいいと思う?」

歩きながら横を歩くディルムッドに聞く。
究極的に言ってしまえば、雨風さえしのげて後はそれなりの広ささえあれば問題ない。
そう思っていると、ディルムッドはすぐさま口を開いた。

「あの、ボロボロの所にしよう。」

「ボロボロって、あの穴だらけの半壊した所か?」

そう、思わず聞き返す。別にかまいわしないのだが、何かしらの理由があるのか聞いておきたい。

「あそこである理由はあるのか?」

「あぁ、ある。ああいう風に壊れても営業しているって事はそれなりの固定客がいて、
 なおかつ、いろいろな揉め事が持ち込まれるって事だ。それならば、情報にしろ隠れ蓑にしろ両方役立てれる。
 それに、賞金稼ぎがいるなら、ああ言った所で一番情報を集めようとするだろう。他の所は、本当の宿っぽいからな。
 人の入れ替わりが激しければ、それだけ情報の交錯が激しい。町の情報を集めるなら、ああいう所が一番だ。」

なるほど、確かに言われればそう思えなくもない。
ならば、こいつの言う事を信じてあそこに決めてもいいだろう。
それに、こいつはこいつで生前は恋人と逃避行劇を繰り広げたんだ、それなら、逃げる隠れるはお手の物だろう。

「よし、ならあそこにするか。店の名前は『ララス』か。」

そういい、箒を担ぎキセルを口に銜え魔法薬を吸いながらディルムッドをつれ中に入る。
中に入ったとたん、バーテンとガラの悪い男達の視線が突き刺さる。なるほど、これだけゴロツキがいれば情報には事欠かない。
少なくとも、こういった連中は群れるのが好きだ。だからこそ、そういった情報網が発達する。
より弱いやつを見つけ、食い物にし、骨までしゃぶっては次の獲物を探す。
ある意味ハイエナの様な嫌われ者で、同時に彼らは彼らのルールを守るから存在を許される。
そんな事を思いながら、カウンターまで行き尻尾に気をつけながら席に着き、バーテンに注文を下す。

「一番高くて美味い酒をボトルで後、一番高くて美味い料理。それを二人前。」

そういうと、バーテンが準備をしだす。
そして、俺の横に座ったディルムッドが声をかけてくる。

「良かったのかエヴァ、そんなに高いものを選んで?」

「かまわんよ。これはある意味牽制と駆け引きだ。」

そういいながら、煙を吐き出す。
ディルムッドの方は少々考え込んで辛口を開く。

「牽制と駆け引き?」

ディルムッドがそう言うと、バーテンが無言で酒のビンと、グラスを二つ置いて下がる。
そして、ディルムッドがグラスに酒を注ぎ、俺に渡した後、自身のグラスに注ぐ。

「先ずは乾杯と行こう。」

そういってグラスを掲げると、ディルムッドもあわせる様にグラスを掲げ、チンとグラスを合わせた後に飲み始める。
久々の酒は、のどを熱くし、体に染み渡る。ディルムッドも同じなのか、目を閉じて味わっている。

「こういう場所の鉄則は、1、弱みを見せない。2、情報がほしければ餌を出す。3、高いものを食って飲んで店に貢献する。
 これがルールだ。そして、これのうちどれかを外せば、めでたく路地裏行きだろう。」

そういいながら、薬を吸い、酒を煽る。そんな中でも、頭の上の両耳は絶え間なく音を収集する。

「なるほどね、昔の俺達なら何も考えずに飲んで食って喧嘩だったな。
 おっ、料理がきた。」

そう言って運ばれて来たのは肉厚なステーキと、酒のつまみであろうサラミと塩にレモンとライム。
それをバーテンが俺とディルムッドの前に置いて話しかけてくる。

「あんたらここは初めてか?」

そう聞いたが、俺は口の中に肉が入っていたので、ディルムッドが変わりに口を開く。

「あぁ、昨日来たばかりだ。そうだマスター、部屋に空きはあるか?」

そう聞かれたバーテンは、奥に行き何かごそごそしている。
大方宿泊帳簿を見ているのだろう。そんな事を思いながら食事をしていると、いくつかの声が耳に入った。

(やっちまうか?)

(美女と優男だろ?不幸だねぇ~。)

(娘は奴隷がいい。あれは高く売れる、男は発掘現場に売ればいい。)

はぁ、小物チックでやられ役オーラ全快の会話をありがとう。
そう思い、ディルムッドの方を見ると、向こうも首をすくめて返す。
会話の内容は聞いていたらしい。そして、念話で話しかけてくる。

(さてどうするエヴァ?)

(どうもせんよ、適当にあしらってやれ。あぁ、後、槍は抜いても殺すなよ。面倒になる。)

そんな事を念話で話していると、一人が声をかけてきた。姿からしてヘラス族だろう。褐色の肌が特徴的だ。
ほかにはそいつの仲間らしいのが4人。われ関せずが残り5人。

「よぉ色男、ここは初めてか?それなら、教えてやるよ。
 ここで飲むにはカウンター料金て言うのを俺達に払わなきゃいけないんだぜ。」

そんな事を言いながら、ニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。
なんというか、小物だ。だからだろう、ひそかに俺の顔には笑いが浮かんでいる。
少なくとも、こいつらに負けるほどウチのツレはヤワではない。
そう思っていると、ディルムッドの方もアチラの流儀で答えた。

「そうか、蹴りと槍どっちがいい?」

そう言って、相手を挑発するように唇を吊り上げ、
歯を見せて笑いながら立ち上がる。やれやれ、こいつもなかなかに楽しそうだ。
ならば、俺は俺で、マッタリやるとしよう。そう思い、自身の腰に触れる。
動作確認は済ませた。ジャムる気配は無い。後は、自衛隊で培った感が感としてつかえるかか。
まぁ、銃を撃つのは、自転車の乗り方と一緒で一度やり方を覚えると、なかなか忘れない。
ならば、問題ないだろう。それに、ハンドガンなら反動を心配しなくていいし、今の身体能力なら反動自体感じないだろう。
銃を撃つ時、命中率を下げる要因はいろいろあるが、一番は反動だと思う。銃自身に癖があるが、それはもう直しようが無い。
ならば、後はその癖を見抜き、いかに反動を流すか、その一点だろう。そんな事を考えていると、後ろからいきり立った声がする。
どうやら、そろそろパーティーの幕開けらしい。

「バーテン、負けた方から修理代は取ってくれ。」

そう吸った煙を吐き、酒を飲みながら言うと、
バーテンの方も頷き答える。

「当然だな。それと、私はキール。お美しいお嬢さんは?」

「エヴァンジェリン・アタナシア。最近有名で困る。」

そういって、シニカルな笑みを浮かべると、キールも同じ様に返す。

「真祖ですか、最近現れたとい言う。同名では、そうなるのも吝かではないですよ。」

「あぁ、そうだな。」

そういって、ニヤリと笑う。キールが、俺を信じる信じないは関係が無い。
ただ、俺と真祖という等号が消えた。それさえあればいい、そのために、今回の騒ぎを大きくしているようなもんだ。
これで、俺とディルムッドがここのゴロツキを倒せば、後は勝手に噂が広がる。
そう、ここのゴロツキが獣人の娘と、優男にボコられたと言う。
そう思っていると、後ろで開幕したらしい。


ーsideディルムッドー


「上等!色男、吠え面かくなよ!」

そういいながら、男が左の拳で殴りかかってくる。しかし、たかがゴロツキ、
殴り方も大振りで、まるでカウンターを打ってくれと言わんばかりだ。
なので、男の拳に合わせて斜め前に出て、そのまま鳩尾に膝をくれてやる。
そうすると、男は面白いように吹っ飛んだ。それを見た、男の仲間であろう4人がテーブルから立ち上がる。
そして、最初に吹っ飛んだ男が、腹を押さえながら立ち上がり、

「てめぇ!ただで済むと思うなよ!行くぞヤロウども!」

といいながら、今度は合計5人で攻めてくる。しかし、こいつら程度は脅威は感じない。
それだったら断然、旅の間に襲われたハンター達の方が脅威だ。

「いいからさっさと来い。ウチの姫が怖くて早々時間が取れないんだ。」

そういいながら、自身に供給される魔力を抑え気を練る。しかし、それでもやはり、
供給無しのチャチャゼロボディとは違い、上手くは行かない。そんな事を思いながら、気を練る。
男達は俺一人めがけ三人で迫り、あとの一人は遅れながら来る。俺は最初の一人を足払いで倒し、次のヤツを、
その足払いの反動を利用した回し蹴りで同を打ち抜き、最後の一人をようやく練りあがった気を乗せた拳で殴り飛ばす。
そして、その吹っ飛んだヤツが、遅れた一人にぶち当たり、二人で抱き合うように転がって行く。

「どうした?もうおねんねか?」

「チクショウ!まだだ!」

そういいながら迫ってくる。今度は一人、魔法の矢をエヴァと同じように体の周りに浮かせているが、量が少なく、
俺の方は気を再度練り直しているので、問題はないだろう。そんな中、後ろから音がした。
見ると、男が一人エヴァの横で額から煙をあげて倒れたいる。我が主ながらなんとも。
後、その横のヤツは誰だろう?そう思いながら、迫ってくるゴロツキの相手をする。


ーside俺ー


後ろで男供が吹っ飛んで辺りが壊れているが、修理代は負けた方持ちなら問題ない。
そう思いながら、料理を平らげ、酒を飲む。

「へへへ、嬢ちゃんおとなしくしな。そうすれば怪我・・・・、待てよ嬢ちゃん。」

近づいていた男の事は知っていた。なので、特に問題なく対応できる。
男が俺の肩を叩いて何か言っている。その間に腰から魔法銃を抜き男の方を振り向き、額に魔法銃をゴリッと押し付ける。
魔法銃の威力は知らないが、この距離なら問題ないだろう。こんなゴロツキに俺自身の魔力を使うのももったいない。

「何秒待とうか?3秒?2秒?1秒?」

何食わぬ顔で男に聞くと、男の方は手を上げたまま今度は怒鳴ってきた。

「ふざけんなよ嬢ちゃん!てめぇの手ぇ震えてるぜ!」

いや、さすがにここで怒鳴るのはないでしょゴロツキさん。ちらりとキールの方を見ると、
むしろ撃ってくれと目で訴えかけてくる。ならばご要望にこたえよう。

「ならば、その震える手で風穴を開けるとしよう。」

そういって引き金を引く。瞬間パンッ!という発砲音が鳴り、男が額から煙を上げ崩れ落ちる。
まぁ、崩れ落ちた所で、死ぬような威力はないようだ。現に額から煙は上がっているが血も出ていない。
大方脳震盪と言った所か。そう思い、カウンターを向くと、いつの間にか俺の横に女性がいる。
ついでに言えば、ディルムッドのステーキにフォークを突き立てている。
一応そいつの方に銃口を向けながら問う。

「キサマもあのゴロツキの仲間か?」

そう聞くと、その女はステーキを一欠けら食べ。答えた。

「アタイがあんな連中とつるむかってぇの。後、キール。負け組みに付けでぴぴるぴるぴー1杯。」

そういって勝手に注文している。どうも、この騒ぎに乗じて現れた漁夫の利を狙うやつらか。
まぁ、俺の財布が痛まないなら、どうなろうといいが。

「キール、ついでにツレと私の分のステーキ追加、それとボトルで酒だ。後、そこの女にも食うならくれてやれ。
 当然、支払いは負けたやつらで頼む。コッテリと遠慮なく搾り取ってくれ。」

そう言うと、キールは苦笑しながら厨房に入って行った。
そして、俺の横の女が俺の方を見て楽しそうに歯を見せながら笑う。
う~ん、種族は何なんだろう?横に立てかけられている巨大な棍棒・・・、いや、見た目が釘バットっぽいな。
額に二本の角があるし、鬼なんだろうか?そんなことを考えていると、向こうから話しかけて来た。

「あんた、見た目の割りにはやるねぇ。それに容赦がねぇ。気に入ったよ。」

そういいながら笑う。

「伊達や酔狂でここには居ないと言う事だ。」

そういいながら魔法薬を吸う。
そうしていると、後ろからディルムッドの声がする。

「終わったぞって、俺の食事が・・・・。」

手をパンパンとはたきながらディルムッド帰ってくる。
その奥には、山積みになったさっきのゴロツキたち。一応皆息はしているから問題ないだろう。

「料理と酒は追加した。そこの女は誰かは知らん。」

それを聞きながら、ディルムッドは俺の席の横に座る。

「名前も知らんやつが俺の飯を食ったのか。」

そういって、恨めしそうに女の方を見るが、女の方はそ知らぬ顔。
俺としても、料理が来るまでの辛抱だからとなだめて、その後ほどなくしてキールが厨房から出てきて
料理と酒を置いていく。ちなみに、結局その女の分も料理は運ばれてきた。まぁ、財布は痛まんから気にはしないが。
そう思うと、キールはカウンターから出てゴロツキ御一行の懐から財布を出して料金を徴収している。
それを尻目に、俺達は二度目のステーキに舌鼓を打ちながら話す。

「ところで女、キサマは誰だ?」

「ん?アタイかい?アタイの名前はドクロ。あんたらは何処の誰だい?」

そう言いながら、ステーキを口いっぱいに頬張っているドクロ。
はて、ドクロ、ドクロねぇ。どっかで聞いた事があるはずなんだが、
そう思っていると、ドクロが口を開く。

「いや~、しかし兄さん強いねぇ。しかもいい男だし。どうだいアタイに乗り換えないか?
 今だったらアタイの全てがついて来るよ。」

そんな事を言いながらディルムッドを熱っぽく見てくる。

「いや結構だ、すでに先約と契約があるんでね。」

「だ、そうだ諦めろ。ついでに言うなら、男漁りならここは止めたほうがいい、
 さっきのゴロツキしか居ないんじゃないか?」

そう言うと、ドクロのほうは落ち込みもせずあっけらかんと、

「そりゃそうだ、こんな地の果ての方がマシな酒場にいい男がいるわけがねぇよ。」

といって笑い、その笑っているドクロの頭に徴収の終わったキールの鉄拳制裁が入る。
ちなみに、キールが殴った時の音がやけに水っぽかったが、大丈夫だろうか?
ドクロの方は頭から煙を出してカウンターに突っ伏している。キールは、そのまま厨房の奥に行ってしまった。

「エヴァ、ドクロは生きてると思うか?」

「ギリギリじゃないか、チャチャゼロ。」

そういっているとドクロが、がばっと起き上がって、
俺達の方を見ながら聞いてくる。

「あんあたら、エヴァとチャチャゼロって言うのかい?
 それって、アリアドネーで騒ぎ起こした吸血鬼の真祖じゃないか、あんたらもしかするのかい?」

そう聞いて、釘バットを取ろうと手を伸ばしているが、それを止める。
むしろ、ここから情報誘導を行うとしよう。

「違うよ、アリアドネーの真祖は子供と、連れは人形だ。いくらなんでも、私達は違う。
 むしろ、間違われて迷惑しているよ。改めて名乗ろう、エヴァンジェリン・アタナシアだ。」

「俺はチャチャゼロ・カラクリ、よろしく。」

そういって、手を差し出すと、ドクロの方は何だというばかりに握手してきた。
よし、これでまたほかの情報が流れるな。と、言ってもこの手もそう何度も通じない。
ここがばれた場合は、後一回通じればいい方だろう。そんなことを考えていると、ドクロが口を開く。

「よろしくよ、そういえば、こんな所に何しに来たんだいあんたら?」

そういって不思議そうに見てくる。
そもそも、俺がこの町に着たかったのは遺跡が目当てだ。
学校で見た吸血鬼の資料は、資料として役に立たずなぜ、吸血鬼が恐れられているのか。
なぜ、ほかの吸血鬼という存在の資料がないのかという疑問がずっと渦巻いていたからだ。
そもそも、この世界の真祖は、吸血鬼は人からなる。そう、吸血鬼の元をたどっていけば人になるのだ。
なのに、なぜこれほどまでに吸血鬼は嫌がられるのだろう?しかも、新世界旧世界あわせて。
最初に考えたのは、グール化と言う所だったが、この世界には吸血鬼の抑制剤や、魔力レジストリで吸血鬼にならずにすむ。
だから、この可能性は潰した。

次に考えたのが、不老不死という事。これは、現実世界ではほとんど眉唾と思われているであろうから、あまり関係ない。
ただ、エヴァが真祖になった時代背景なら、魔女裁判のせいで、受け入れられないと思ったのかもしれない。
だがしかし、魔法世界には魔女裁判はないし、真祖になるには魔法が要るのだから、
新世界で受け入れられないという事実がおかしい。

そして、最後に考えたのが突拍子もない話だが、マギステル・マギを広めた『魔法使いと戦士による世界の救済』
ここまで遡るのではないだろうかと思う。そもそも、この二人が何と戦ったのか、その辺りは触れられていない。
だが、戦った相手を考えるなら、悪魔たちなのだろうと思う。しかし、その悪魔達からもあまり吸血鬼は歓迎される気配はないし、
そもそも、神クラスの最強生物と言う括りになる真祖を悪魔が歓迎するとも思えない。

それならば、逆に考えて、真祖とは人側の悪魔に対する1つの最終兵器なのではないだろうか?
そう思うと、いくつかの辻褄が合う。まず、この膨大な魔力量は、悪魔殲滅用呪文を使う事を前提とした魔力である事。
悪魔を倒すのはこの術式以外は通じず、後は、瓶による封印となる。しかし、その瓶がいくらでもあるとは考えられないし、
戦闘中にそれをどれくらいの確立で発動できるかが問題になる。現に、スタンは自身の石化と引き換えにヘルマンたちを封じる事となった。

次に、回復能力と身体能力は、兵器として戦闘続行のスキルとしてあるもの。これは、悪魔が悪魔殲滅用呪文以外では、どこかに帰り、
そして、また何度でも現れる事に対する措置ではないだろうか。後は、杖を使わずとも魔法が使える事。
これは、単純に両手を使えると言う事での戦闘幅の向上、それに、杖があると邪魔になると言う事も考えられる。
後は、吸血能力と不死性だが、簡単な話し、不死性はエヴァの別荘の使用を前提とした能力なら辻褄が合う。
つまり、短時間で強力な魔法を使える兵士を作る事ができると言う事を現実化させ、吸血は半吸血鬼と言う状況をあえて起こして、
魔力供給のいらない高い身体能力の兵士を作ると言う事ではないだろうか。
ちなみに、半吸血鬼の対象は高畑のように呪文詠唱ができない体質の人間を使う事で解決する。

と、そこまで考えて、なら、何故、今真祖が居ないのかと言う疑問だが、これは多分人と真祖の殺し合いがあったのだろう。
方や悠久の時を生き、人ではたどり着けぬような境地に居る真祖と、それを恐れる人間。構図としてはこんな感じではないだろうか。
しかし、そこまで考えて、俺も幾らなんでもこれは荒唐無稽すぎると思い思考を中断。
しかし、自身の事という事で、これへの興味は尽きず、現在に至るといった所か。

と、いかん思考に走りすぎた。そう思っていると、どうやらディルムッドがフォローを入れたらしく、
ドクロとの話はつつがなく終了。後の事は、後で聞くとしよう。
そう思っていると、キールから角部屋が空いているとのお達しがあったので、その部屋に宿を取り、
ディルムッドと、今後について語る。





[10094] 思い交差点な第16話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:28
思い交差点な第16話








一階での騒ぎの後、俺とディルムッド後、何故か着いて来るドクロを引きつれ取った部屋に向かう。
向かいながら、ディルムッドに念話でドクロを追い払いように言うと、ディルムッドの方から、
一度話を聞いた方がいいと帰って来たので、そのままつれて来た。
まぁ、今の所は正体がばれる要素が少ないから情報源に使えるならいいだろう。
そう思いながら、キールに言われた部屋に行き、今は部屋の中で一息と言う所。
部屋は、それなりの広さとベッドが二つ。
後はシャワー室とテーブルにイスが2つに机が1つと言う作りで、これといって特徴は無い。
まぁ、アパートや寮と違うのだからこんなもんだろう。
そう思いながら、俺は箒と魔法銃をはずし、ディルムッドの方も槍とカバンを置いて、
ベッドに座り、ドクロはドクロで棍棒を立てかけイスに腰掛け口を開く。

「あんたら、この町に遺跡の発掘と調査にきたんだろ?なら、アタイを雇わないかい?」

そういいながら、こっちを見てくる。
雇う雇わないの前に、こいつの腕前も、どれくらい使えるのかも分からない。
その事を考えれば、答えはNOなのだが、こちらとしても遺跡の発掘調査なんてビギナーな上、この町に詳しいやつは欲しい。
そう思っていると、ディルムッドの方が先に口を開いた。

「とりあえず、何ができるんだ?俺たちも無能を雇うほど暇はしてないが。」

そう言ってディルムッドはドクロの方を見る。
俺は、キセルに新しく魔法薬を詰めて、吸いながら自身の尻尾をいじる。
どうでもいいが、モフモフして抱き枕にいいかもしれない。そう思って毛繕いをする。
ドクロの方は、それなら問題ないというかのように自身の事を話し出した。

「いうねぇ、カラクリ。それに、エヴァも同じ事考えてるだろ?
 アタイはこれでも、フリーの発掘屋でね色々と遺跡を見てきたから腕はあるよ。」

そう言って、こちらを見てくる。しかし、ドクロの話はおかしい。
普通、発掘をするなら、パーティーを組む。それは、それだけ遺跡には危険が潜むからだ。
だから、フリーで発掘するのは普通はしない。まぁ、メリットといえば発掘したものを山分けせずに独り占めできる事ぐらいか。
しかし、それも生きてこその報酬。ついでに言えば、その報酬も早い者勝ちなので、フリーというのはやはりおかしい。

「キサマの言っている事とはおかしい。いくらなんでも、発掘調査を一人でやるのは危険すぎるだろ?」

そう言って、軽く睨んでやると、ドクロの方も話し出す。

「あぁ、言い方が悪かったね。フリーの発掘屋と言っても、アタイはパーティーの追加要員みたいなもんだよ。
 いろんなパーティーに雇われては、報酬分の働きをするって言うね。まぁ、そんなんだから知り合いは多いよ。」

なるほど、それなら話は通る。実際旅をするにしても、何をするにしても同じ目的を持つ奴に出会える確率は低い。
その上で、アリアドネーなんかの学者が発掘調査をする際、自分達だけですべてをまかなえるとは思えない。
しかも、この町は荒くれものが多い。それはそれだけ、ゴロツキ達がいて、なおかつそれなりのルールがあると言う事だ。
その事を考えれば、こういう職業の奴がいてもおかしくはない。ついでに言えば、トレジャーハンターたちも同じだろう。
自分たちで遺跡調査をするにしても、その過程で情報がいる。いくら遺跡があってもそれが発掘された後なら、くたびれ儲けもいい所。
なら、ここでコイツを雇うのはありか。しかし、ただ雇うのも問題がある。先ずは、

「雇うのは吝かじゃない。だが、先ずはこの目で腕を見てからだ。」

「あぁ、いいぜ。腕を見せるにも料金がいるが、まぁ、そこはいい男もいるし半額にしてやるよ。」

そう言って、お互い握手する。しかし、握手しながらもドクロの目線の先はディルムッドに行き、やはり物欲しそうにしている。
だが、ディルムッドの方はドクロの視線をどこ吹く風と受け流している。なんだかややこしい事になりそうだ。
そう思っていると、

「それじゃあ、アタイはこれで帰るよ。また明日の朝ここに来るから。」

そういって、後ろを向き手をヒラヒラさせながら出て行こうとしている。
それなら、明日来るまでに色々とそろえてもらうか。朝から来てもらっても、今の所する事は無い。
それならば、昼にでも来て貰って、その時情報やら何やらを貰った方がいいだろう。

「まぁまて、帰る前にそろえて貰う物がある。」

そう言って呼び止めると、いきなりかよと言う風な感じでこちらを向き口を開く。

「せっかちだねぇアンタも。で、なんだい?報酬分は働くって言った手前、言われれば動くけど。」

「あぁ、そんなに難しいもんじゃない、先ずは、今ある遺跡に関する情報。次に、真祖に関する情報。
 後、錬金術師がこの町にどれくらいいるかを知りたい。」

そういうと、ドクロは物珍しそうに俺の方を見てくる。
一体なんだ、何か不味い事でも言ったか?そんなにおかしな事は言っていないが?
そう思っていると、ドクロではなく、ディルムッドが口を開いた。

「ドクロ、何か問題でもあったか?後、ついでに服飾に関しての本があれば買ってきてくれ。」

そういうと、ますます物珍しそうに見ながらドクロが口を開く。

「いや、このご時世、錬金術師を探す奴が珍しかったモンでね。それと、カラクリ服飾の本なんて何に使うんだい?」

フム、それは俺も気になった。何でコイツは服飾の本なんて欲しがった?
そう思って、ディルムッドの方をドクロと一緒に見る。

「なに、旅でだいぶ服がボロボロになってね。
 それをエヴァだけに直させるのも心苦しいんで、後学の為にやれる事をやるまでさ。」

そう言って首をすくめて見せる。確かに、この町に来るまでに俺の服は別として、ディルムッドが着ていた服はボロボロになっている。
それを自身で直したいと言う事か。もしくは、そろそろメイド服に嫌気が差したかの二択だな。
まぁ、どちらにせよそうして貰えると俺の方としてもありがたい。
しかし、ドクロは何で錬金術師で珍しいと言ったんだろう?

「ドクロ、錬金術師はそんなに珍しいか?」

「あぁ、珍しいというより、あんな銭ゲバな連中とかかわろうとする奴自体が少ないよ。あの連中は何に関してもカネカネうるさくてね。
 そのくせ、実用性はあるからいなくならない。でもまぁ、今はもうそんなに人数はいないねぇ。
 しかし、何で錬金術師なんかに会いたいんだい?あんた魔法使いだろ?」

確かに、錬金術にはカネがかかる。しかも、作るものしだいでは大金が。その事を考えれば、銭ゲバと言われても仕方ないか。
しかし、俺も錬金術を多少なりとも習得している身。どちらにせよ、実践で錬金術をしている奴には会っておきたい。

「何、私も錬金術を習得しているんでね。後学の為に実践している奴に会いたい。ついでに、この町で商売をしてもいい。」

そういうと、ドクロは嫌な者でも見るような目で俺の方を見てくる。

「アンタも銭ゲバ一族だったか・・・。まぁいいさ、錬金術師はカネに細かい分、支払いはきっちりしてるしねぇ。」

そういった後、ドクロはこれで話が無いなら帰ると言い、俺の方も明日は昼から来ていい事を伝えドクロと分かれる。
そして、部屋に残ったのは俺とディルムッド。と言っても、特に艶の話も無い。
俺は魔法薬を吸いながら毛繕いし、ディルムッドの方はカバンからワインを出して飲んでいる。

「チャチャゼロ、ドクロをどう見る?」

そう聞くと、ワインを飲んでいたディルムッドがこちらを見ながら答える。

「明日の昼次第と言った所かな。さっき提示した物がどれだけの量と質で集まるかによるよ。
 まぁ、名前と言動からしてムクロの娘なんだろ、それなりには使えると思うが。」

「それもそうか・・・・、なに!?ムクロの娘?!」

「・・・・、気づかなかったのか?」

ディルムッドそう言った後、俺は生命の神秘について考えながらシャワーを浴び、手に入れた魔法銃の整備と、改造プランを模索する。
威力としては、今のままでは問題無いとは言えない。なんせ、ゼロ距離射撃で脳震盪と言うくらいの威力しか出せないのだから、
実戦でなおかつ距離があった場合は中ってもダメージが入らない。その事を考えるなら、改造した方がいい。
ついでに言えば、魔法銃に原作のネギが使うような大口径な物が多い。
これは純粋な魔力を打ち出すのではなく、魔法の矢を打ち出すと言う仕組みの物が多く、
そのため、一回で何発かの魔法の矢を出すと言う、いわば散弾銃のような仕組みの弾丸が多いからだ。
だが、その弾丸は弾幕としては便利だが、貫通力が無い。魔法障壁を張られるとダメージが届かない可能性がある。
それを考えるなら、貫通力重視の口径が小さい物の方が扱いやすい。そう考えると、いくつかの銃が浮かぶ。

形だけなら、扱い慣れた64や89のようなライフルが楽だが、持ち運びには不便だ。となると、ハンドガンタイプでなおかつ扱い易い物。
ジャムる事が少なくて、威力の出せる物・・・・、ドア・ノッカーか。ククク、いいじゃないか。
今の俺の体は、保身事態が必要ない。その事を考えれば、保身無きゼロ距離射撃を目的とするこの銃はおあつらえ向きだ。
そうと決まれば、先ずは今ある銃をばらし、使えるパーツとそれ以外のパーツ分け。それに、ランタンも作らないといけない。
少なくとも、作る弾頭は常時魔力流入式弾頭で作るとして、命中率はランタンで補正してもらおう。ただ、作成には多少時間がかかるか。
いくらパーツ流用とはいえ、簡単な構造だが無いパーツの方が圧倒的に多い。目処としては4日で鋳造から完成まで行きたい所だが。
そんな事を考えながら銃をバラしていると、後ろから声がする。

「エヴァ、せめて上の下着はつけないか?下はまぁ履いてるからいいとして、バスタオルだけと言うのは目の毒だ。
 ついでに言えば、尻尾は濡れたままじゃないか。」

「あぁ、気にしてなかった。髪と耳は拭いたから暇だったら尻尾は拭いといてくれ。」

「拭いといてくれって・・・・、まぁいいか。」

そういうと、ディルムッドは尻尾を拭き出した。
途中なんか尻尾をモフモフされた様な気がするが、まぁ、拭いていたから偶然だろう。
そう思いながら、銃をバラし終わり、昼間着ていたハイネックの黒いシャツを着て尻尾を抱き枕代わりに就寝。
そうして、ヘカテスでの夜は過ぎていった。


ー次の日ー


この町が荒れていると言うのがよく分かる・・・。いや、正確にはこの店か。
朝一で叫び声がすると思って目を覚ますと、一階部分で人が吹っ飛びだしていた。多分誰かが魔法を使ったんだろう。
俺の部屋は角部屋だから大丈夫だったが、下手な所に泊まると1階まで寝たままダイブする事になりそうだ。
そう思いながら、あくびを1つし挨拶をする。

「くぁ~っ、とりあえずおはようチャチャゼロ。」

そう言って、横を見るよ、いつもの軽鎧のディルムッドが窓から下をのぞいている。

「あぁ、おはようエヴァ。それにしても、ドクロの言った『地の果ての方がマシ』と言うのは頷けるな。」

「そうか、だが、隠れ蓑としてはもってこいだ。これなら多少の荒事は見逃してもらえる。
 それに、こんな町だからこそ集まる情報と言うのもある。」

そう言って服を着替える。着る服は白いワイシャツに黒いズボン。後は黒いリボンタイに黒い大きなリボンで髪をまとめて出来上がり。
銃は完成していないので、昨日と同じハンドガンに箒を持って、キセルで魔法薬をすう。
ディルムッドの方も、軽鎧から着替え黒いパンツにカーキー色のシャツと言ういでたちで木の槍を二本もって1階に降りる。
そこには、風通しのよくなった出入り口と、カウンターでお金を数えるキールがいた。

「おはようキール、風通しがいいな。」

そう言いながら、カウンター席に着くと金を数えるのをやめたキールが返す。

「おはようございます。エヴァンジェリン嬢、チャチャゼロさん。オープンカフェには持って来いの日和でしたので。」

そう言って、何事も無いかのように返してくる。
まったく持ってコイツも肝が据わっているというかなんと言うか。

「マスターも思い切った事をする。」

と、呆れた様に言いながら、ディルムッドが辺りを見回している。
そして、その後朝食を注文して食べ、昼間ではまた町で買出しを兼ねた散策。
昨日の時点で、最終的に5分の3まで回れていたので、残りの2を回る。しかし、その2は特にこれと言った目ぼしい物は無く。
しいて上げるなら、警察のような所があったぐらいか。ちなみに、俺の顔はばっちり犯罪者兼賞金首として乗っていた。
まぁ、今の時点では問題ないか。そう思い、ララスに帰ってくると、すでに棍棒を背負ったドクロの奴がカウンターでメシを食っていた。
ついでに言えば、他にも何人か血の気の多そうな連中がいるが、それはいまさらと言う事か。

「よぉ、お二人さん。頼まれたもんは大体そろったよ。後、キールぴぴるぴるぴー追加~。」

そう言いながら、飯をかきこんでいる。しかし、ドクロは細めなんだが一体どこに入っているんだ?
それとも、ムクロと同じように最終的に骨だけになるから細いのか?生命の神秘は計り知れない。
まぁ、まだムクロの娘と断定された訳ではないのだが。原作のトサカと奴隷長が親子と言う事もあるし、ありなのか?
そんな事を考えながらディルムッドと俺が席に着き、昼飯を注文する。ドクロの方は、早々と料理を平らげ爪楊枝のような物を加えている。

「とりあえず、カラクリ受取りな。」

そう言って、包みに入った一冊の本らしき物をディルムッドに受け渡している。

「これは俺が昨日頼んだ本か?」

「そうだよカラクリ、一生懸命探したんだから褒めておくれよ。」

そう言いながら、ドクロの方は頭を差し出しているが、とうのディルムッドは包みを開け、本を読んでいる。
それに気がついたドクロは、今度は机に『の』の字を書き出した。なんというか感情豊かな奴だ。
そう思いながら、キセルに魔法薬を詰め火をつけて一服。

「で、後の物は?まさかそれだけしかないとは、言わんだろうな?」

そう聞くと、ドクロの方は俺の方を見て、何枚かの紙を渡し説明しだした。
ついでに言えば、後ろで喧嘩が始まったのか、やけにうるさい。

「とりあえず、今の所はその紙に書いてあるとおり、錬金術師は町に4人。そのうち一人は知り合いだから機会があったら会わせてやるよ。
 次に、真祖の情報だけどサッパリだね。ここの近くで目撃されたのを最後に今はどこに雲隠れしたやらって言う状態だよ。
 まぁ、今から発掘するあんたらにとっては好都合だね。下手に真祖と出くわしたら、命がいくらあってもたりゃあしないよ。」

そこまで言って、ドクロはキールからカキ氷のハワイアンブルーのような色の液体の入ったグラスを貰い口を湿らせた。
今飲んだのがぴぴるぴるぴーなんだろうか?少し飲んでみたいような気がする。そんな事を考えながら、貰った資料に目を通し
今のドクロの証言と照らし合わせていくと、ほとんど一緒のことが書いてある。
後は、遺跡か。そう思って顔を上げると、ドクロの幸せそうな顔が目に飛び込んできた。
何事かと思えば、ディルムッドが遅ればせながらと言った感じで頭をなでている。
まぁ、ディルムッドの目は本にしか行っていないのだが。

「洋裁から採寸、鎧の修繕から他には生地選びにフリルやレース果には、召還師の衣装まで。パーフェクトだドクロ。」

「そうだろぅ?もっと褒めておくれよダ・ン・ナ。」

そう言って、とろけそうなぐらい幸せそうにディルムッドに引っ付いているのだが、なんだかなぁ~。
そんな事を思っていると、ドクロのいた位置に人が飛んできた。多分、後ろで喧嘩していた連中だろう。
そして、そいつはそのままの速度でドクロを巻き込んでカウンターの向こうに吹っ飛んでいく。
ついでに言えば、ディルムッドはディルムッドで頭をなでていた手をいつの間にか引っ込めていたもんだから、なんのすがりようも無い。

「これは、ドクロが天に召されたか?」

「いや、それはいくらなんでもないだろう。」

そう言って、カウンターの奥を見る。ついでに言えば、後ろで喧嘩していた連中も一緒になって覗き込んでいる。
ただ一人、キールだけが何事も無いかのように拭いていたグラスを置き、カウンターの上の木片なんかを掃いている。
誰も話さない、なんだろうこの嵐の前の静けさと言う言葉がぴったり合いそうな言葉は。ただ、辺りにはカウンターを掃く音だけが聞こえる。
そして、飛んでいった奥から一瞬、紅い光が光ったかと思うと、ドクロと一緒に飛んでいった男がこちらに飛んできた。
そして、地を這うようなドクロの声がする。

「アタイの幸せを・・・・、アタイの夢のようなひと時を・・・・、奪ったのはどいつだ!!!!」

そう言いながら、背負っていた棍棒・・・、やっぱり釘バットか。
を手に持ち、悠々と喧嘩をしていたやつらの真ん中に行く。心なしか、紅いオーラが見えるような気がするが、どうなんだろう。
それを見ている俺たちにキールが静かに一言。

「血が嫌いなら見ない方がいいですよ。」

そう言って、またカウンタを掃きだした。
キール、それは虐殺フラグなのか?そうなのか?そう思い、とりあえず耳をベタンと両手で頭に押さえつける。
そうした瞬間、ディルムッドが口を開く。

「鬼がいる。」

その言葉が引き金になったのか、ドクロが暴れだした。
それも、殴るとか、蹴るとかが可愛らしく聞こえるような感じで、やけに水っぽい音とともにグジャとかバキッとか聞こえてくる。
その上、バーサーカー並みの雄たけびを上げながら。
まぁ、実際の物は聞いたことないんだけどね。
でも、尻尾が本能的に逆立つ。

「どいつだーーーー!!!アタイの幸せ奪ったのはーーーーー!!!!」

そう言いながら、後ろで破壊活動をするドクロを尻目にディルムッドが指をさしながら俺に聞いてくる。

「なぁエヴァ、あれどうやったら止まる?」

どうやったらと聞かれてもな。なんか、初号機ばりの暴走状態な上に血濡れの釘バット持った鬼をどうとめるか。
・・・・・、あぁ、なるほど、原因を消せばいいのか。

「ドクロ~、幸せ奪ったのはそこの全員だ。だから、叩きだせ。」


ーsideドクロー


だれだ、だれだ!だれだーーーー!!!
結婚適齢期が近づいてそろそろやばいかな~アタイ、なんて思ってた私の前に現れた王子様。(この際コブの白い女狐は無視。)
その方とアタイの、甘いひと時をメチャクチャのグチャグチャにした奴はどこのどいつだ!
アタイの目の前にはいつもこの店によっついてるゴロツキどもがいる。いつも喧嘩ばっかしてる連中だけど、大概は目をつぶっている。
しかしね、しかしだね、今回は許せない、いや、許しはしないよこのごくつぶしども!!
そう思いながら、自信の愛用している棍棒を振るう。
そのたびに、ゴロツキどもはどっかに吹っ飛びやけに水っぽい音を上げているが、アタイの知ったこっちゃ無いよ。
何せ、こいつらのうち誰かはアタイの幸せなひと時を邪魔したんだ。それならミンチになっても仕方ないだろ。
アタイの乙女心を返せって言うんだよ!そう思いながら、棍棒を振るっていると後ろから声がする。

「ドクロ~、幸せ奪ったのはそこの全員だ。だから、叩きだせ。」

アタイの幸せを一番邪魔してそうな奴の声だが、まぁ、雇い主だからこの混乱に乗じて亡き者にしよう・・・・、
なんて、そんな事は考えない。うん、きっと考えなかったんだからね!
しかし、そうかい。そこにいる奴ら全員がアタイの幸せを奪ったんだね。
だったらキッチリと落とし前をつけて貰おうじゃないかい!
今日のアタイの一撃は乙女の心の叫びが乗るからたたじゃすまないよ!


ーside俺ー


俺の言ったことが届いたのか、ドクロは一度行動を止め、
ただブンブン殴りつけていた棍棒を今度は野球のスイングをするように構えて、大声で叫んだ。

「これが乙女の心の叫びだよ!唸りを上げろ!エクスカリバーーーーーン!!!撲殺しうるミズ○ノの一撃

そういって、目の前の奴ら全員を吹き飛ばして、ドクロはやけにすがすがしい笑みを浮かべながら、
さらに風通しのよくなった入り口を見ているている。
俺としては、今聞いた事を無かった事にしたいが、エクスカリバーンって聞こえたし、
真名開放っぽく撲殺しうるミズ○ノの一撃とも聞こえたし・・・。
まぁ、戦力としては申し分ないか。ついでに言えば小さな初代魔王様が出てこなくてよかった。

「なぁ、チャチャゼロ。ドクロのアレは宝具とかじゃないんだよな?」

そう聞くと、ディルムッドはひどく難しい顔をしながら腕を組み口を開いた。

「いくらなんでも、違うよエヴァ。アレはどこをどう見ても唯の棍棒だ。
 たぶん、ドクロが気かなんかを使ったんじゃないか?」

そんな事を言っていると、キールが俺たちに少し席をはずすといって外に出て行った。
あぁ、料金の取立てか。しかし、あのバーテンが何気に一番精神的にタフなんじゃないか?
俺の方は真祖なのに、たまに胃に穴が開きそうなぐらい痛むし。主に人間関係で。
そんな事を考えていると、ドクロがこっちを振り向いて目が合う。
心なしか冷や汗を流しているように見えるが、おおかた、ディルムッドに見られたくなかったとかだろう。

「・・・・・、エヘ」

そう可愛らしく言った後、少し顔を赤くし咳払いをし、席について飲み物を飲んでいる。
こちらとしては、最後の一言がアレじゃないなら何とかフォローやら、してやれたのだが、アレはいくらなんでもフォロー出来ない。
と、なればここはディルムッドを使うか。そう思い、念話を繋ぐ。

(チャチャゼロ、全力で慰めろ。)

(慰めろって・・・・、しかも全力でか?)

そう言いながら、俺の方を嫌な顔をしながら見てくる。
まぁ、さっきのアレを見たらその気持ちも分からなくはないが、このまま落ち込まれても後味が悪い。
チラリとドクロを見れば、グラスの水滴がカウンターに溜まって出来た水溜りで絵を書き出している。
うん、重症確定。ここは、生前のモテ男スキルで乗り切ってもらおう。

(あぁ、全力でだ)

そういうと、ディルムッドはドクロの頭をなでながら、口を開いた。

「とりあえずお疲れ様。ドクロのおかげで落ち着いて話が出来るよ。
 それに、俺はドクロのお転婆な所も嫌いじゃないよ。」

そう言いながら、柔らかくドクロに微笑みかけている。
ちなみに、ドクロの方は最初の頭ナデナデで少し機嫌が直た上での今の話だったので、
色々と妄想状態に入っている。そんな中、俺の方に念話がとんでくる。

(エヴァ、なんか行ったらいけない方に行った様な気がするんだが・・・・。)

まぁ、今のが慰めの言葉か、愛の囁きかと問われればひどく疑問だ。
むしろ、6:4ぐらいの割合で愛の囁きに取れなくもない。
ここは、1つディルムッドに強く生きてもらおう。

(チャチャゼロ、健闘を祈る。)

そう念話を送った瞬間、ドクロが俺の方を見ながら、にまぁーっと笑いかけてくる。
あぁ、完璧に勘違いしたなコイツ。不幸な事故て通じればいいが、最終的に誠くんな展開は勘弁願いたい。
ちなみに、その場合俺が世界で、ドクロが言葉か。いかん、やけに鮮明にその姿が目に浮かぶ。
てか、その場合俺達どっちも死亡してるし・・・・。
そんな事を考えていると、ドクロがやけに嬉しそうに話しかけてくる。

「ちょっと、聞いたかいエヴァ。いまカラクリ・・・、もうこの際ダーリンでいいや。ダーリンがさ。
 アタイのおかげで話しやすくなったって、しかも、嫌いじゃないってさ。もう、これはラヴだねラヴ。」

そう言いながら、肩を組みながら、話しかけてくる。多分の、今俺の耳と尻尾は確実に下に垂れている。
もう、この上なく垂れている。ここまで、乙女の妄想力とやらが強いとは思わなかった。
むしろ、ディルムッドに任せたらリアルスクールデイズフラグじゃないか。
はぁ、何でこんな状況に。そう思いながら、ドクロに釘をさす。

「妄想する分はかまわんが、チャチャゼロはやらんぞ。」

そういうと、今までニヤニヤしていた笑いが引っ込み俺の方を見てくる。
心なしか、組んでいた腕に力が入っているようにも思う。

「あんたも、アタイの幸せ奪う奴かい?」

「頭を冷やして、昨日のやり取りを思い出せ鳥頭。」

「何を!この女狐!」

そう言いながら、棍棒を持ち出す。俺も俺とて、銃を取り出す。
銃が人を殺すんじゃない、降りかかる火の粉が俺に銃を抜かせるんだ。特に今のドクロとか。
そう言って、お互いカウンターを離れてジリジリと距離を取り出す。
そうして、睨み合っていると、キールが風通しのよくなった入り口から入ってきて、通りすがりに、

「私はドクロの事好きですけどね。」

と、この状況で物凄い爆弾を投下して何食わぬ顔でカウンターに戻る。
俺はそのキールの背中を見ながら心の中で一言、

(あんたは男だよ。)

と、賞賛を送ってドクロを見ようとした瞬間、

「ぐぇっ」

いきなり首をつかまれた。しかも、手じゃなくてラリアットで。
コイツには本格的に一度世間の厳しさを教えてやろうか。特に、今だれにラリアットかませたかとか。
そう思いながら、痛む首をさすり、ドクロを見ると、頬に手を当てイヤイヤという風に顔を赤らめ首を振っている。
うん、もう面倒くさいからこのままほっとこう。うんそうしよう。そう思って、カウンターに行こうと思って振り向くと手をつかまれた。
なにかと思うと、ドクロが真剣に俺に聞いてくる。

「女狐・・・・、今のキールの言葉。どう思う?」

頼むから、これ以上他人の恋愛に巻き込まないでくれ。
しかし、キールが嘘を言うような男かと言われれば、少なくとも昨日から見た限りではそんな奴には見えない。
と、いうよりドクロの方が付き合い長いんだから、知ってそうなもんだろ。

「キサマを好きという奴は、キサマに嘘をつくような奴なのか?」

そういうと、ドクロはどこか目から鱗が落ちたようになり、

「そうだね、キールはそんな奴じゃないね。それは、付き合いの長い私が知ってそうなモンなのに、
 女狐に教わるとは一生の不覚。頭冷やしてくるよ。」

そう言いながら、ドクロはどっかに行ってしまった。
はぁ、遺跡の情報がまだ聞けてないんだがな。


ーside男二人ー


「よかったのかキール?」

そう言って、オレは目の前のキールに聞く。
ここに来てっといっても、ほとんど日は立っていないが目の前の男は寡黙な男だと思う。
そんな男が、今もエヴァたちの諍いを一言で解決してしまった。
まぁ、その仕方もどうかと思う所もあるが。そう思っていると、キールが口を開いた。

「事実ですから。」

と、簡潔な言葉。しかし、簡潔だからこそ、それ以上の意味もそれ以下の意味も持たない。
ならば、あの告白はキールの本心なんだろう。
そう思いながら、近くの酒を飲んでいると、キールが口を開いた。
エヴァたちは後ろの方で何やらゴソゴソ話しているし、話し相手をするのもいいかも知れない。

「貴方は彼女の事が好きなのですか?」

そう言って、俺の方を見てくる。
さて、彼女とはどちらの事か。言葉のニアンスは感じ取れない。
むしろ、キールの声は抑揚も音の高低もなく平坦だ。
だから感じ取れない。

「ドクロの事なら答えはノー。エヴァの事なら・・・・、やっぱり答えはノー。
 少なくとも、エヴァに関して言えば。好きとか嫌いとかそんな言葉じゃ表せない。」

そういうと、キールは珍しそうな物を見るように口を開いた。

「てっきり、貴方たちは愛し合っている物とばかり。
 しかし、現実はそれ以上でしたか。私の眼力もまだまだです。」

そう言いながら、小さく笑う。
それに対して、俺も小さく笑う。
エヴァの事は、何だろう。好きとか、愛とかそんなんじゃない。うん、それははっきりしている。
ならば、忠義だけかと聞かれればそれもまた微妙だ。最初の方こそエヴァに付かず離れず逆らわず。
だったが、最近はそうとも言えない。ならば、これに合う今の関係を表す言葉は何だろう。
そして、ふと俺の口を付いて出たのが、彼女とであった頃に彼女が言った言葉。

「パートナーか・・・。」

そう、口からもれて、それにキールが反応する。

「なるほど、あなた方の関係はパートナーですか。その顔の傷に分けがおありでも?」

そう聞いてくる。俺の方も、気がつけばエヴァに付けられた顔の傷を指で撫でていた様だ。

「しいて言えば、俺が彼女のパートナーである証かな。」

そういって、キールに笑い返し、キールもそれを聞いて満足行ったかのような顔をし
その後エヴァが戻ってくるまで、キールがいつドクロを好きになったのかという話を酒の肴に語り合った。




[10094] 色々とな第17話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:29
色々とな第17話






キールの告白とドクロの暴走から早数ヶ月。
ドクロが出て行って、次の日ちゃんと来るかと少し心配したが、ドクロは、何事も無かったかのようにララスで朝飯を食べ、
キールもキールであの事がまるで無かったかのようにドクロに対応していた。
その事をドクロにこっそり聞いたら、バツの悪そうな顔をして、

「今更なんだよ・・・、キールとの付き合いは長いし、気心が知れてるっていえばそうなんだけど、なんと言うか、
 今更なんだよ。」

といいながら、頭をガリガリ掻いていた。
しかし、二人からは絶えず微妙な雰囲気が流れ出しているように思う。まぁ、それは二人に解決してもらおう。
遺跡の情報に関しては、今の発掘が終わっている物から、まだ手付かずの物、後は、危険では入れないものなど様々で、
ついでに色々な出土品の情報もドクロが持ってきてくれたので、どの遺跡に大体どんな物があるかという事の目安になる。
しかし、もって来る出土品で、目が三つ書かれた人面像や、カメのような絵の描かれた石版があるのはどうなんだろう。
どこかでこれと似たような物を見た事あるんだが、勿論本物じゃなく、知識としてだが。

銃の方も、ドア・ノッカーは当初の完成予定日数より倍かかったが完成し、今は俺の腰にランタンと一緒にぶら下がっている。
後は、ダイオラマ魔法球を作成中だが、大きさ、中に入れるもの、空間軸の計算その他様々な理論式やら魔法式やら、
特殊文字による装飾やらがいって、なかなか前に進まない。まぁ、当初の予定では年単位で作成しなければいけないものだから、
現状で、作成スピードが遅いのか早いのかと聞かれれば、答えは微妙だ。

フニフニ・・・・・フニフニ・・・・・・フニフニ・・・・。

まぁ、それでも、ドクロの知り合いの錬金術師と知り合って色々と情報交換が行えたので先ずはよしとするか。
ただ、その情報交換せいでドクロの言った『銭ゲバ』というのが身にしみて分かった。
何をするにしても、カネを要求され、しかも、こちらもそれがそれだけの価値がある事を知っているものだから、
無碍に突っぱねる事もできず、ズルズルとお金をせびられた様な気もする。
でも、それを差し引いて実戦で錬金術をやってる奴との情報交換なので色々とプラスにはなった。

ちなみに、この錬金術だが、何故俺がこの廃れた技術を完全に習得しようとしているかというと、
未来になるとコストが下がる。今使っているガラス製品や薬品類、それに計算式や術式。
これらをすべて現状では人間一人でやっているが、未来でパソコンという機械ができる事を知っている俺にとっては、
現状が人間作業でも、それを肩代わりする物が必ずできるという確信と、使うガラス製品なんかも大量生産されるようになれば、
それだけコストが下がる。まぁ、それでも、錬金術の素材という面ではなかなかコストが下がりそうな感じはしないでもないのだが。

後、錬金術師たちは群れない。これは、自身の錬金術用の素材を誰かに取られないためや、
錬金術の得意分野が違えば、それだけ資金割が難しく、得意な分野と不得意な分野では資金が倍違う事なんて事がある。
そのせいで、錬金術たちは群れる事を嫌い、自身の道を突き進んでいる。
まぁ、それでも現状で廃れていて後継者や、未来有望な弟子なんかもいるわけも無く、確実に風化する技術である。
結局、最終目標が最終目標だしね。どれを作るのが楽かは別として。
ちなみに、俺がドクロの知り合い名はヨハンと言うが、そいつに会いに行った時は色々と割安で教えてもらえた。
くっ、話を聞くだけで料金設定されていたとわ。

フニフニ・・・・・・・フニフニ・・・・・・・・フニフニ・・・・・。

後、めぼしい所で言えば、近隣から、少し離れた所の悪徳商人なんかからカネと本を奪い取ったり。
その過程で魔法戦をしたりして、真祖の噂や情報をばら撒いてさらに居場所をかく乱している。
そのおかげで、2つ名の『闇の福音』を手に入れたり、『血と契約の姫君』なんて呼ばれもした。
福音はいいとして、2つめの『血と契約の姫君』だが、戦闘の過程で商人の奴隷から情報と引き換えに商人からの開放を行っていたら、
いつの間にかそう呼ばれるようになった。個人的には姫君なんて呼ばれるのは心苦しい気もするがなんとも。
多分、戦闘をする時はいつも子供姿に戻り獣人化も解き、ゴスロリ服を着ていたからだろう。

フニフニ・・・・・フニフニ・・・・・・フニフニ・・・・・・。

ディルムッドの方も、現行での成長は上場。
気を練る速度も上がり、ついには距離はまだ出せないが斬撃を飛ばす事にも成功した。
しかし、本人曰く面は斬撃を飛ばすのでいいとして、点としての突きを飛ばしたいと、そちらの方にも精を出している。
無数の突きが文字通り遠距離から飛んで来る状態は、下手をすれば近距離でマシンガンでも撃たれているような物だろう。
しかも、ランサーを冠するだけあって、その突きの速度は閃光にも等しい速度を叩きだせるのだからなお厄介だ。
後は、前々から考えていた、物を取り寄せる術式をチャチャゼロ人形の両手に彫り、これで槍を投擲しても問題ないようにした。

ただ、ディルムッドとしては彫られたばかりのこの術に対して、シックハックしていると言っていた。
しかし、それでも、この術の使い勝手のよさは気に入ったのか、色々と試しているようだ。本人曰く、

「これで、槍を投げても問題ないというアドバンテージも得られる。それなら、色々と戦闘に幅も増えるし、
 気で強化して、すべてを穿つ一撃という高みまで昇華して見たいものだ。」

そう言いながら、日常生活でも色々と取り寄せて訓練している。
あと、コイツにも2つ名が付いた。その名も『騎士人形』これも、商人なんかの襲撃の時は、
人の姿から、人形の姿に戻って襲撃しているからで、本人も納得している。ただ、2つ名は『姫の守り手』がよかったなどと愚痴っていた。
まぁ、その2つ名を得るには、本人の修練や行動しだいだろう。自身で名乗って広めるのを別にすればだが。

フニフニフニフニフニ・・・・・・・。

と、そこまで考えて、そろそろ思考に現実逃避するのをやめようと思う。
何で逃避していたかと言うと『契約と代価』と言った所か。
前に、人の姿で俺が認められる速度と精度で気を練れるようになったら、好きなだけ耳を触らせてやるといって、
それに向けてひたすらに努力したディルムッドは、この数ヶ月でチャチャゼロボディの時と同じように気を練れるようになり、
さらに飛ばせるようにもなった。動機は不純だが、その成果を認ないとは言えない。
と、言う事で既に数時間ほど俺のキツネ耳はディルムッドに弄ばれている。

「なぁ、そろそろ満足したんじゃないか?」

「・・・・・・・まだ。」

そう言いながら触っている。俺の方は、いい加減耳を触られるのが嫌になってきているのだがなんとも。
そう思いながら、魔法薬を吸い、下に垂れている尻尾でディルムッドをポフポフと叩き、ささやかな抵抗をしながら本を読む。
今読んでいる本は、商人達から奪った古い魔導書。内容は闇属性オンリーで、他にも重力オンリーや雷オンリーといった、本が転がっている。
それを読み、ディルムッドを尻尾で攻撃していると、とうとう俺の耳からディルムッドの手が離れた。
そして、ディルムッドの顔を見てみると、ツヤツヤのテカテカだ。

「満足は行ったか?」

「あぁ、これであと千年は戦える。」

俺に耳に千年の価値があるかは知らんが、まぁ本人が満足ならそれでいいのだろう。
ディルムッドは、胸に手を当て、目を閉じている。
はぁ、そんな顔をするなら、別の場面でして欲しかった。まぁ、それも今更か。
そう思いながら、その日はベッドに入り俺は就寝。
ディルムッドの方は、針と糸で何かを作っているが、服飾の本をドクロに貰ってからずっとやっているので、
もう気にはならない。まぁ、出来上がった後に錬金術で色々と追加するとしよう。


ー翌日ー


いともどおり、朝は喧嘩の罵声で目を覚ます。ここに来て慣れたが、本来なら勘弁願いたい目覚めだろう。
そんな事を考えながら、シャワーを浴びキセルを咥えてディルムッドとともに一階に下りる。
今日は珍しく風通しがよくない。そう思いながらキールに挨拶をする。

「おはようキール、店が暗いから、もう日が暮れたかと思ったぞ。」

「おはようキール、朝飯を頼む。」

そう言うと、他の客の料理を作っていたキールが挨拶を返してくる。

「おはようございます、朝食はホットサンドでよろしいですか?」

その質問に頷いて返して、ドクロが来るのを待つ。時間帯はいつもこの時間ぐらいだから、もうじき来るだろう。
そう思っていると、店の扉を文字通り飛んで入ってくる男と、それを追ってくる女。
まぁ、女はドクロなんだが、朝っぱらからなんだ?そう思ってみていると、

「てめぇ、アタイが買った物を掠め取ろうとするなんざいい度胸だね。」

そう言いながら、ドクロは男の胸倉をつかんで鼻と鼻が触れ合うぐらいの距離で怒鳴りつけている。
鬼の形相とはまさにこの事。まぁ、ドクロは頭に角もあるし元から見た目鬼っぽいんだが。

「お、俺が悪かった!頼む、物は返すから見逃してくれ!」

胸倉を捕まれている男は、もう涙目で降参状態。これが動物なら、ひっくり返って腹でも見せているだろう。
そう思っていると、男と目が合った。

「た、助けてくれ!同族のよしみだ頼む!」

見れば、男も頭に耳を生やし尻尾もある。
今の俺は獣人化して、狐耳に尻尾つけているから獣人から見れば同族と見えるんだろう。

「助けるのはかまわんが、いくら出す?もしくは、遺跡の出土品でもいいが。」

「カネとるのかよ!ちくしょう!これをもってけ。」

そういって、布に包まれた何かを投げてよこした。手に取った感じカネではないから出土品だろう。
まぁ、物は見ていないが契約は成立。それなら、後は早い。だって、胸倉つかんでるのドクロだし。
そんな事を考えていると、ディルムッドが俺の顔を呆れ顔で見て口を開く。

「普通に助ければ感謝されるんじゃないか?」

「普通に助けても、感謝こそすれそれ以上はない。それに、代価を貰った方が相手も心苦しくはない。
 『俺はコイツに支払ったから結果を求めて当然』といった感じにな。無償の手助けなぞ人を駄目にするだけだ。
 ついでに言えば、『物より思いでよりお金、プライスレス』と言う素敵な言葉もある。
 それと、ドクロそろそろ放してやれ。物は返すってそいつも言っただろ。」

そう言うと、渋々と言った感じでドクロは男を放し、取られた物を返してもらっている。
俺の方は、それを尻目に出されたホットサンドを冷ましながら食べ、男が寄越した物を見る。
布をめくり出てきたのは、手だった。まぁ、手と言っても人の物ではなく、ターミネーター。つまりは機械の手。
はてさてこれは何だろう。心当たりが有るとすれば・・・・・・、錬金術師の目標。

アルケミストが集まり作る事のできる奇跡、完全なる人。名称はオドラデクエンジェルと言う。
これのパーツの一部じゃないだろうか?まぁ、成分やなんかを調べて見れば分かるだろう。
一応、買ったり奪ったり写したりした本の中には、オリハルコンの事も書いてあったし。
そう思いながら、手を見ているとディルムッドがその手を珍しそうに見ながら口を開いた。

「えらく精巧に作られているが、何が目的でここまで作りこむんだ?」

「あぁ、目的ならば簡単だ。予想通りこれがオドラデクエンジェルのパーツの一部だとするなら、
 人としておかしな部分をなくし、人以上でもなく人以下でもない『完全な人』を作る。
 まぁ、それでも本を色々と読むと使われ方は多種多用で、簡易技術として人形に封印した悪魔や鬼なんを詰めて使役する技術なんかもあった。」

それを見た時は、超がこの技術を使って学園に封印された鬼神なんかを使役したんだなと考えていた。
ついでに、完全な人は今はもういない。本に書かれている技術や作成法なんかは残っているのだが、現実稼動している物はいない。
理由については色々と文献を漁って調べてみたが、どうも悪魔たちが優先的にこれを壊し、ついでにそれを作れるアルケミストも同じく、
悪魔たちに殺されたらしい。たぶん、過去の世界の救済の時に、この完全なる人を戦争に投入でもしたのだろう。
まぁ、あくまで推測だが。

ついでに言えば、完全なる人は人なのだから人の中では見分けがつかない。
言葉遊びのような表現だが、木を隠すなら森の中、人を隠すなら、やっぱり人の中と言う事だ。
だから、いくらいないと言ってもそれを確かめる術がない。まぁ、新世界の人間全てを健康診断すれば結果が出るかもしれないが。
そんな事を思いながらディルムッドと手を見ていると、ドクロがディルムッドの横に座りながら声をかけてくる。

「なんだか、アンタに漁夫の利ってやつを奪われた気がするよ。」

そう言いながら、お馴染のぴぴるぴるぴーを注文している。
俺も一度飲んでみたが、味としてはカクテルのブルームーンによく似ている。
これで、そのままブルームーンと言う名前でドクロがキールに頼んでいたら悲惨だ。
だってこのカクテル、女性が男性の誘いを断る時に使うカクテルなのだからなんとも。
まぁ、他の意味を言えば、「完全なる愛」「叶わぬ恋」「出来ない相談」なんて言うのがあるから、
一概にとは言えないが、今の二人をあらわすには他の意味の方が打って付けなのかも知れない。

「ドクロ、今日は何を持ってきたんだ?」

「今日はこれだよカラクリ。」

そういってドクロがゴソゴソして出したのはカメの置物。
ん~、さすがにもうカメはいいんだが。もしかして、こいつがカメが好きだから買ってきているんじゃないだろうな?
そう思いながら、ドクロとディルムッドを魔法薬を吸いながら眺める。

「可愛いだろぅ?この流線型のフォルムとか特に。」

「可愛いかどうかは別として、防御力は高そうだし、空も飛べるんだろ?」

「あぁ、見たやつは少ないけど、聞いた話じゃぁ、みゅとか鳴くらしいよ?」

そういいながら、カメの置物を二人で突付いている。なんだかいまさらな光景だ。ついでに言えば見飽きしカメ。
ちなみに、遺跡の壁画にはこのカメが飛んでいる絵がたくさん描いてあった。
しかし、みゅってカメが鳴くのか・・・・・、みゅ!?
まて、何か思い出せそうな気がする。そもそも、何か大きな事を見落としているような気がする。
そう、何か前提をひっくる返しそうな何か。何だこの何かは・・・?
とりあえず、今ある情報を整理しよう。

「ドクロちょっといいか?」

そう言うと、ドクロは訝しそうに俺を見ながら口を開いた。

「なんだい急に改まって気色の悪い。で、なんだい?」

「難しいことじゃない、そのカメの情報をすべてよこせ。」

そう言うと、ドクロは顎に指を当て視線を宙にさまよわせた後、指を折りながら話し出した。

「そんなに知ってる事はないよ。まず空飛べる事だろ、みゅって鳴く事だろ、後は・・・・、そうそう、温泉が好きとかって言ってたね。」

あぁ、何で考えなかったのだろう。この世界は少なくともすでに他の話とクロスしているじゃないか。
あくまで、符号としての繋がり、作者としての繋がりだが、その中の奴はそれを知らない。
どこかで聞いた話だが、小説家や漫画家は別の世界を垣間見て、その世界を紙に描くと聞いた事がある。
なら、この世界はあの世界ともつながる。むしろ、この世界の中にあの物語が内包されていない方がおかしいのか?

「わかった、それだけあればいい。むしろ、予期せぬ拾い物だ。」

ん~、本当に予期しない。むしろ、これがプラスになるとすれば、やはり昔世界が繋がっていたと言う証か?
欲しいのはその情報じゃなくて、吸血鬼だったんだが。まぁ、それは手の方が解決してくれるとありがたいんだがなんとも。

「相変わらずな変な奴だね。後キールぴぴるぴるぴー追加~。」

「俺も同じのを飲むからさらに追加~。」

「私の分も追加で計3つだキール。」

そう頼むと、キールがグラスを3つ用意してぴぴるぴるぴーをついで行く。
そして、それで口を湿らせてドクロを見ながら口を開く。

「なぁ、ドクロ、これがどこで出たものか分かるか?」

そう言って渡すのは、朝の男から巻き上げた手。
これがどこから出たものか分かれば、闇雲の探すよりはまだいいだろう。
何せ、現状で回った遺跡ではそれらしいものは見つからず、代わりにエロトラップに引っかかり、
半裸状態で中をさまよう羽目になりそうにもなった。
ちなみに、遺跡発掘をして分かったのだが、トラップの中で武装解除系のトラップが一番極悪だ。

いきなり、装備が吹っ飛ばされたりした上に、追加で色々と起こる。しかも、潜れば潜るほどその頻度が多くなる。
ちなみに、遺跡でのどかが未来で手に入れる鬼神の童謡を見かけて、手にとって確かめてみると作られた技術はやはり錬金術。
魔法具と錬金術アイテムとの違いは汎用性にある。魔法具は魔力の大小で発揮できる効果も範囲も変わるが、
錬金術は常に一定の効果をだす。多分、未来では錬金術そのものが忘れられたため、全てを魔法具で統一しているのだろう。

「エヴァ、多分だけどこれリヴァイヴァ遺跡の出土品だと思う。」

そういって、腕を返してくる。
しかし、リヴァイヴァ遺跡か・・・・・。聴いた事ない遺跡だがどんな所だろう。
そう思っていると、ディルムッドの方が先に口を開いた。
多分、最近気を飛ばせるようになったから、それを試せる場所を求めているのだろう。

「そこはどういう遺跡なんだ?トラップだけの遺跡か?」

「いや、なんていうかねぇ、そうだ、キールちょっときな。」

そういって、他の客の対応をしていたキールを呼び寄せる。
しかし、なぜこのタイミングでキールなのだろう?

「何でキールを呼ぶ?知っているならキサマが話せばいいだろう?」

「いやねぇ、アタイよりあの遺跡に関してはキールの方が詳しいんだよ。
 なんたって元発掘者だからね。」

そういっている間に、キールが俺たち三人の前に来る。
キールの顔はいつもどおり無表情で特に関心なさそうに見えるし、なぜ今呼ばれたかも分かっていないのだろう。

「キール、あんたリヴァイヴァ遺跡について詳しいだろ?こいつらが聞きたいってさ。」

そういってキールに話を振る。そして振られたキールは懐かしそうに話し出した。

「リヴァイヴァ遺跡ですか。懐かしいですね、私が学生を卒業してすぐの時でしたか、あそこは不思議な場所でしたよ。
 チームを組んで潜りましたが、ファーストアタックは魔物に阻まれ入り口まで行けませんでした。
 そこで、さらにチームメイトを増やし潜りましたが、2階層まで潜って、これ以上は難しいと断念。
 風の噂では、今は発掘者たちも寄り付かないと言っていました。ちなみに、ドクロと出会ったのは2回目の時ですね。」

そこまで言って話をきる。
ん~、いくらなんでも話が大まか過ぎる。こちらとしては、その遺跡に潜りたいのだが、
今の話だと、今までドクロと潜った遺跡よりも難易度は上という事だろう。
果てさてどうすべきか。ここは、ディルムッドと二人で潜った方がいいのか、それとも、別の遺跡を探した方がいいのか。
とりあえず、現実味のある情報を吐き出してもらおう。

「難易度が高いのは分かったが、具体的に頼む。
 今から潜るかもしれない場所だ、実用性のある情報を期待するが?」

そう言うと、キールは静かに目を閉じ考えながら喋り出した。

「そうですね、一言で言えば現実と幻想、二つのゲンが交じり合う場所です。
 今は分かりませんが、私が行った時は、魔物は魔族がメインで他には竜やミミック系が多いです。
 後は・・・・、そうですね、トラップが厄介なものが多いです。落とし穴や魔法の矢が急に飛んでくるもの、
 他は幻想幽閉トラップ。私が見たのはこれぐらいですが、他のメンバーはもっと色々見たと。」

具体的な情報を欲しがったのはいいが、出された情報が具体的過ぎて厄介すぎる。
今の話だと、潜るのも一苦労なら、出るのも一苦労。その上、魔族まで巣食っていると。
潜りたくないが、潜りたい遺跡と言った所か。そう思いながら、手を見る

「なぁ、キール。その遺跡はどれくらいの深さまであるんだ?」

そうディルムッドがキールに聞くと、代わりにドクロが答え、キールが補足する。

「アソコは、確か3階層までって言ったかねぇ?」

「ドクロ違いますよ。一番新しい正式な調査結果ではアリアドネーの調査隊との共同発掘で4階層となっています。
 ですが、実際の発掘者たちの話だと後1階層下があるそうですよ。まぁ、すでに10年前の記録ですが。」

「と、言う事は10年間は発掘者がいないと?」

「公式記録ではそうなります。」

発掘出来ずに放置されて10年か・・・、しかし、俺の手元にはその遺跡から出土したかも知れない物があると。
現状ではその事実だけだがあるし、他の遺跡はその殆どが誰かしらの手が入り続けている。
つまりは、このリヴァイヴァ遺跡が一番俺の探している場所である可能性が高い。
そう思っていると、

「行く気なんだろエヴァ?」

そう言いながら、ディルムッドがこちらを見てくる。
そうだな、可能性がある時点で潜らないという選択肢はないな。

「当然だチャチャゼロ。準備に念を入れて、それからの発掘だろう。
 ドクロ、今回のは・・・。」

その先を言おうとしたら、ドクロに急に手で口をふさがれた。
なんだろうと、非難の目でドクロを見ると、ドクロが俺の目を見ながら話してくる。

「おい女狐、あんた危ないから来るなとかそういう事言おうとしたろ?
 自慢じゃないけどねぇ、アタイだって今まで色んな遺跡回って発掘してんだよ。
 それをビギナーのアンタに、危ないから来るなって言われてみろ?この町じゃぁ笑いモンだよ。
 報酬はガッチリ頂く、遺跡までの道案内はする。そして、中にも一緒に入るし、終わったら一緒にお天とさんも拝む。
 分かったかい?女狐。」

クックックッ・・・・、面白い。
今のドクロの目は有無を言わさず、自身のプライドと実績を信じ前に進む者の目だ。
こんなヤツを置いて行くなんて言っていい事があったためしがない。
なら、ドクロの実績とプライドを買って使い倒そうじゃないか。
そう思いドクロの手を引っぺがす。

「何をバカな事を言っている?キサマは私に雇われているんだぞ?
 それならば、キサマは報酬をもらっている間は私に馬車馬のごとく使われるためにいるんだ。
 当然、今回のリヴァイヴァ遺跡発掘も付いて来てもらうし、戦闘もこなしてもらう。
 私の方こそ、今のキールの話でキサマが臆病風に吹かれはせんかと心配した。」

そういって、ドクロの目を見ると、その瞳には、笑いを浮かべている。
そして、現実でも大声を上げて笑い出した。

「あはははは・・・・、いいじゃないかエヴァ。馬車馬のごとく働いて、アンタから大金をぶん取ろうじゃないか。」

そういって、歯を見せて凶悪に笑う。
それに対して、俺も

「取れるモンならとってみろ。キサマの働き次第ではいくらでもくれてやる。」

そういって、喉を低くならし笑う。

「はぁ、まったく。エヴァ、どれくらいで発掘に行く気なんだ?
 今すぐなんて無茶な事は言わないよな?」

そう、呆れ顔のディルムッドが話しかけてくる。
実際、今すぐ行けるかと聞かれれば答えはYES。
発掘道具も保存食もその他必要な物はカバンに詰まっている。
しかし、それでも今すぐは行かない。
今日の所は装備の再点検と、ドクロの装備品をそろえさせないといけない。

「行かんよ。いくらなんでも、今すぐ行ける訳がないだろう。
 行くとすれば、後2~3日後と言ったところだ。」

そう返すと、思わぬ伏兵が現れた。
そう、何を隠そうこの人、

「私も同行しましょう。あそこには私が一番詳しいですから。」

キールである。しかし、いきなりなんでだろう?

「報酬は出んがかまわんのか?」

そう聞くと、キールはいつもの平坦な声で返した。

「かまいませんよ。私はあの遺跡の奥を見たいだけですから。」

そう静かに返して他の客の対応に回っている。
まぁ、何にせよこれで行く面子も充実した。
後は、その遺跡で何が出てくるかか、まぁ、行ってもいない見てもいない物を考えるだけ無駄か。

「よし、行く面子は決まった。ドクロ、今日は奢ってやる好きに飲め。」

そういうと、とたんにドクロの顔が青くなる。
見れば、ディルムッドも青いような。

「カ、カラクリ、アタイら死ぬのかもしかして?あの銭ゲバ一族の女狐が奢るなんて。」

「いや、いくらなんでも死ぬ事は無い。たぶん瀕死の重傷だろう。短かったな俺の人生。」

そういい、ドクロは震え、ディルムッドは天を仰いでいる。
よし分かった、この二人は俺を怒らせたいか、俺に殺されたいかの二択なんだな。
そう思い、ドア・ノッカーを無言で腰から抜く。ついでに、ランタンもつける。
よし、これならやれる。特に声は聞こえないけど。

「カラクリおちょくり過ぎたかねぇ。なんかエヴァから黒いモノが溢れてる気がするんだけど・・・・・。」

「間違いじゃない、てかヤバイぞドクロ。」


銃を構える俺を2人があわてて止めて、その後、日は終始ララスでの飲み会となった。



[10094] おいでませな第18話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:30
おいでませな第18話









色々あったが、酒を飲みまくりキールの店に多大な貢献をした後、一度解散して装備品やら、
遺跡発掘に要る物をそれぞれ揃え改めて集合。
ちなみに、装備を揃えるまでに3日。
うち、二日酔いでぶっ倒れていた日数2日。
まぁ、俺は倒れなかったが、残りの面子が驕りと言う事ではしゃぎ過ぎた結果だ。
何はともあれ遺跡へ出発という所までこぎつけた。
キールの方は、今日から臨時休業の札を店に下げ、最後の支度をしている。

ドクロはドクロで、棍棒と発掘ツールが詰まったバッグを背負いローブをスッポリ被っている。
準備万全いつでも出発できると言った所。
ちなみに、俺はスラックスの黒いパンツに白いワイシャツに赤いリボンタイ、最後にベストを着込み、
腰にはドア・ノッカーとランタン、片手に杖代わりの箒を担いで、口にはキセルを咥え魔法薬を吸っている。
その横には、Fateの時着ていた軽鎧に気の槍を二本背負いカバンを持ち、
さらに俺が錬金術を仕込んだロングコートを羽織っているディルムッドがいる。
ちなみに、このコート頑丈さで言えば重鎧並みの強度がある。しかし、布なので燃え易いのが玉に瑕か。

ついでに、前から考えていてようやく完成にこぎつけた、カバンと自身の影を任意でつなげる事にも成功したので、
このカバンの有用性がかなり上がった。
ちなみに、カバンとの繋げ方だが、影のゲートを返してカバンの中の影に道を開き、そこから出し入れするというもの。
取り出す時のタイムラグなんかは殆どなく、割と大きい物も取り出せるし、入れるのも同じ。
ついでに言えば、これのおかげで人形をカバンに詰めまくって、自身の影から取り出して人形の軍団を作る事も可能になった。
まぁ、人形自体は自身で作らないといけないから、そこが問題か。ちなみに、人形は現在5体。
ジャンヌの一件以来落ち着く暇がなかったので仕方ないと言えば仕方ない。

ちなみに、偽ジャンヌの心臓だが、現在ジャンヌ自身の血に浸かっている。特に意味はないが、無くなると困るのでそうした。
ただ、心臓はかなり力を入れて精巧に作ったので、血の中でビクンビクン動いているとかなり不気味だ。
まぁ、魔力を通して動くようにして使っていたのだから問題はないのだが、ジャンヌの血から漏れる魔力で動くとは思わなかった。
ついでに言えば、ジャンヌが聖者の列に加わった事で信仰の対象となり、この血からも少しずつ嫌な気配が漂うようになった。
たぶん、聖遺物とかになり始めているんだろう。と、話がそれた。

ディルムッドには今の所木の槍を持たせているが、行った所次第ではゲイ・ボウ、ゲイ・ジャルグを抜く事になるだろう。
それをいってしまえば、俺も真祖という事がばれる可能性もある。
まぁ、人の命と真祖を隠す事の優先事項なぞ聞くまでよりも明らかだが、
それでも自分の所存で俺の事を知らない面子が死ぬよりましだ。
命の価値なんてものは俺は知らないが、少なくとも、死なないという前提のある俺と、
何時死ぬか分からないという奴等との違いがあるなら、多分、それが命の価値なのだろう。
何気に、俺の命懸けの行動というのは実はかなり安っぽい行動なんじゃないだろうか?たまにそう思う時がある。
何せ、命を懸けた所でその命はなくならないのだから、イカサマもいい所だ。

まぁ、あるカードはすべて使うのが俺の流儀だから、このカードは常に有効に使わせてもらおう。
ついでに言えば、残りのカードである魔法使いや吸血鬼なんて言うのも、勝負の板をひっくり返すのに有効なカードだ。
そんな事を考えながらディルムッドに念話を送る。

(行った先がどういう所かは知らんが、危なくなったらドクロたちを優先しろ。)

そう念を飛ばすと、ディルムッドがこちらを咎める様に見て念を飛ばしてくる。

(またか・・・、アノマの時もそうだったが、君は命を軽く見すぎる。)

さて、どう話を返すか。
命を軽く見すぎるか・・・・、そんなつもりはないし、俺も殺されるつもりもない。
ついでに言えば、他人を巻き込んで殺す事もしたくはない。あくまで敵以外だが。
まぁ、しいて言うなら、

(持つ者と、待たない者の違いだ。私は自身が灰になろうとも復活する命のペテン師だ。だが、他のヤツはお前も含めて違う。
 塵は塵に、灰は灰に。人は死ねば生き返らず土に返る、私は死なずに私に帰る。ただ、それだけの違いだ。)

そう返すと、なおも咎めるような視線で俺を見ながら渋々と言った感じで返してくる。

(それが君の騎士であると言う事なら、なかなかに厳しい茨の道だな。
 主より他者を優先して、尚且つ自身も死なぬように行動しなければならないと、さらに力が欲しくなったよ。)

ディルムッドのしかめっ面は直らないが、一応は納得してくれたか。

「生還こそ私は誉れだと思う。命をいくら懸けても、それで死んで事を仕損じれば犬死もいい所だ。
 命を懸けていいのは私の様な・・・・死なない者だけだ。」

そう、ドクロたちに聞こえないように口で言うと、今度は疲れたような、楽しいような、そんな顔をして話し出した。

「それなら、俺はエヴァが命を張る必要がないくらい、エヴァが全てをゆだねてくれる位の力と判断力をつけるとしよう。」

そういって、自身の手のひらを見ている。
そうしていると、キールの準備も終わり、いざ出発という事になった。
ちなみに、キールの武器は全身に巻きつけたナイフと炎系魔法だそうで、魔法剣士タイプなので前衛としては頼もしい。
このパーティーでの組み方だが、前衛3に後方1と言った所か。まぁ、回復系は原作と違い多少かじっているから、いけない事は無いが、
それでも無いよりはマシと言った所。代わりに、薬関連を大量に作ったからそれで補うとしよう。
そう思いながら歩き、ヘカテスを出て少したったぐらいでドクロが口を開いた。

「こっからリヴァイヴァ遺跡まで大体1日位だから、途中で一泊するけど問題ないかい?
 多分、まともに歩いても魔物と出くわすだろうから。」

確かに、魔物がいる場所に入るなら朝の方がいい。
あちらは昼夜関係ないが、こちらは夜になると、視界が悪くなるやつが多い。

「地図で見た限りでは大体そんな所だったか。宿はどうするんだ?」

それに対してキールが答える

「途中に温泉宿があります。そこで一泊しましょう。」

そういいながら、地図を見ている。
しかし、温泉か一波乱ありそうだが、まぁ何とかなるだろう。

「そうか、ならまずはそこを目指して行こう。」

目的地も決まり、俺が掛け声をかける。
ただ、そこに行くまでも余り安全とは言えない様だが、何かに出くわしたら、戦闘のデモンストレーションと行こう。
現状ではキールの戦闘能力が一番不確定だし。まぁ、あの町であの酒場の店主なら大丈夫だとは思うが。
そんな事を考えながら歩き出して早4時間と言った所、方向としてはケルベラス大樹林の方に向かっている。
途中で休憩を挟みながら歩いているから、目的の宿まで後どれくらいかは分からない。
ついでに言えば、俺はキセルで魔法薬を吸いながら一人箒に横座で乗って飛び、箒の先に荷物を引っ掛けて荷物持ちをしている。

「エヴァ、疲れたから乗せろ。」

と、言って来たのはドクロ。まぁ、棍棒を背負って歩いているのだから疲れるのは当然か。武器は手放せないし。
しかし、こちらとしてもこれ以上物は増やしたくない。別に魔力が心配いと言う訳ではないが、
すでに箒の上は荷物と俺で満員状態。乗る隙間がないので、当然

「却下だ。キサマが乗ったら重くてかなわん。」

「何を目狐!」

そう言うと、ドクロが食って掛かってくる。
なかなかにおちょくり甲斐のあるやつだ。まぁ、今に分かった事じゃないが。
そんな事を思いながら、ドクロをからかっていると、

「エヴァ、その辺にしたらどうだ?宿に着く前にドクロの血管が切れるぞ?」

と、ディルムッドが茶化し、

「ドクロ、きついなら私が背負いましょうか?貴女なら、私にとって羽よりも軽いでしょうからね。」

と、キールがフラグを回収しようとしている。
いや、こんなやり取りもなかなかに新鮮だ。他人の恋愛劇を見守るなんて今までした事もなかったし。
そんな事を思っていると、ドクロが罰の悪そうな顔をして、頭の後ろで手を組み、

「カラクリ、アタイの血管はそんなヤワじゃないよ。ついでにキール、恥ずかしい事言うの禁止。」

といいながらスタスタ早足で歩き出した。
残された俺たちも、顔を見合わせて一度首を竦めてから、それを追うように歩き出す。
そして、先を行ったドクロから聞こえてくるのは、

「ちぇ、やりにくいったりゃありゃしないよ。・・・・・、そりゃチョットは嬉しいけどさ。」

と、愚痴る声。まぁ、その声は俺しか聞こえないんだけどね距離あるし。
ドクロもドクロで、まさか聞こえているとは思っていないのだろう。
それが本音なら、キールも報われると言うものだが。
そうしてさらに1時間。順調だと思っていた旅にも招かざる客というものがやって来る。

「エヴァ、あれ見えるか?」

そういって、ディルムッドが槍で差した先には竜が二匹。
原作ネギが森で戦ったのと同型。今の俺とディルムッドにとっては雑魚でしかない。

「あぁ、見えてる。しかも、こっちにまっすぐ飛んでくるって事は餌と思われたか。」

「なんだい?なんか来たのか?」

そうドクロが俺たちに聞いてくる。キールの方は気づいたのか、ナイフを2本取り出しながらドクロに言う。

「虎竜ですよドクロ。2匹ほどですが。」

キールがそう伝えると、ドクロは背中から棍棒を取り出して、ブンブン振りながら、

「そいつぁちょうどいい。たまった鬱憤晴らさせて貰おうじゃねぇか。」

そういって、俺たちの視線の先に顔を向ける。
竜の方もこちらに飛んできているのだがら、そろそろ目視でも見えるだろう。
そう思うと、角の辺りが光った。

「キサマら集まれ。」

そういい、みんなを集め魔法障壁を展開。
直後、

バシィバシィバシィ・・・・・・。

魔法障壁に竜からの電撃が着弾。
しかし、魔法障壁は完璧でこの程度で貫かれるほど甘くはない。
そう思っている間に2体の竜がご到着。牙を向き、こちらを威嚇しながら、角を光らせている。
さてと、このまま遊んでいる訳にもいかないし、さっさと片付けるとしよう。

「ドクロとキールは右の竜を狩れ。私とチャチャゼロで左を狩る。異議は?」

「「「無し!」」」

そういって、キールとドクロは駆け出して行く。
俺たちも俺たちで、

「チャチャゼロ、私が動きを止める。キサマが仕留めろ!エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・重力の52矢!障壁突破!」

魔法の矢と障壁突破を唱え、竜の両翼を狙う。
しかし、魔法の矢が飛び出す場所が箒の柄なので、気分としては弾幕ゲームっぽい。

「任された!」

そう言いながら、ディルムッドは全身と武器を気で強化し、竜の電撃をかわして、
姿勢を低くしながら瞬動で一気に竜の懐に潜り込み。

「特に言う事は無い。しいて言うなら力量を見極められなかった自身を呪え。」

そう言った後、2本の槍で顎の下から一気に脳天まで貫き、その場を離れる。
そして、

ズズン・・・。

という音の後、竜がその場に倒れる。
さすがに、顎を貫いて脳まで達する一撃、これで生き残ったらなかなかにホラーだ。

「終わったか、なかなかにいい動きだったぞ。」

「それはそれは、気に入って頂けましたか姫君?」

そういって、おどけて返してくる。
そうしている間に、キールとドクロのコンビも終わったようだ。
ただ、竜の頭が吹き飛んで、血の噴水だ上がっているが。


ーsideキール&ドクロー


さてさて、このまま何も起こらず宿までつけばと思いましたが、そうも行かないようですね。
こうやって魔物と戦うのも久々ですが、腕が鈍っていないか試すにはちょうどいいでしょう。
手には使い慣れたナイフが2本。指には、これまた使い慣れた魔法発動媒体である指輪が二つ。

「ドクロ、足止めとトドメどちらがご希望です?」

そう聞くと、ドクロの方は当然と言ったように、

「トドメ!むしろ、それ以外は嫌だね。チマチマやるのは性に合わないよ!」

そう言いながら、飛んできた雷撃を棍棒で打ち返す。
やれやれ、その決断の気持ち良さが私を惹きつけるんですかね。
最初に出会った時からこんな感じですが、それが今も変わらずと言うのは、成長していないのか、
それとも、あえて変わらずいるのかは微妙なところですが。
しかし、それも彼女の長所でしょう。彼女のその明るさと決断力は、私にとって好ましい。
逆に、か弱くて泣き言しか言わない彼女なんて気持ち悪すぎて間違って殺してしまいそうですし。
さて、狙うのは両翼の付け根ですかね。そこなら頭も下がりますから。

「それなら私が前衛をしましょう。戦いの旋律。」

そういって、キールは竜の元へ、滑る様に駆け出していった。
キールとこうやってパーティーを組んで発掘するのは2回目。
今回のリヴァイヴァ遺跡発掘で出会った後、キールはララスを親父から継いで発掘業は引退した。
だから、キールは10年ぶりの発掘で、魔物との戦闘も多分10年ぶり。
町でゴロツキを相手にしているから体が鈍る事は無いと思う。
現に、キールの動きはあの発掘の時見た動きと余り変わらない。
滑るように地を駆け、瞬く間に魔獣や魔物に近寄ったかと思うと、ナイフで突き刺し、一気に離脱しながら、

「破せる焔。」

その一言でナイフに纏わせた魔力を爆破する。これでナイフは残るんだから詐欺だね詐欺。
しかし、その戦闘法は鮮やかであり、その爆発までの間は静寂しかないので、敵に気づかれる事の無い暗殺者を思わせる。
まったくキールらしい戦い方だ。と、そんな事を考えてる場合じゃないよアタイ。
手に持ったエクスカリバーンには気を充填し終わっている。
それなら、このまま駆け出せばちょうどアタイの一撃の前にボールが来るって寸法だ。

「ドクロ行きましたよ。」

「ああ、キールいい送球だ!」

そして、掛け声とともに一気に振りぬく。

「唸れ!エクスカリバーーーーーン!!!撲殺しうるミズ○ノの一撃

全力の一撃、寸分たがわずジャストミートしたボールは、衝撃に耐えられず砕けて飛び散った。我ながら馬鹿力だと思う。
そして、ほんのチョットそれが恨めしくもある。アタイがあの女狐見たいに綺麗でか弱そうなら、まだキールとの付き合いも変わったのかねぇ。
まぁ、無いものねだりしても仕方ない。アタイはアタイ、女狐は女狐。
それに、あの女狐は外見がそう見えるだけで、中身は下手するとアタイらより逞しいかも知れないしねぇ。
そう思いながら、ナイフを拾った後のキールの差し出した拳に拳を合わせる。

「料理はお気に入りいただけましたか?」

「喰い散らかすほどにねぇ。」

そういっていると向こうから女狐の声がする。


ーside俺ー


向こうも終わり、こっちも終わり、残ったのは竜の死体が2体。
さて、これからする事と言えばただ一つ、モンハン風に言えば皮剥ぎです。
そう言う訳で

「チャチャゼロ、竜から鱗と角その他モロモロを引っぺがして来い。
 時間が余り無いから必要最小限でいい。私の方はドクロたちが狩った方から剥いで来る。ドクロとキールは休憩しておいてくれ。」

そういって、錬金術に使えそうな物を剥いでいく。
剥ぎだして大体30分と言った所で切り上げてまた出発。
その後の襲撃は特になく、強いてあげるならドクロとキールの間の空気が少し落ち着いたぐらいか。
そんなこんなで着いたのはキールが言っていた温泉宿。
しかし、ついたのが日暮れ前なので、殆ど人通りはない。
ただ、昼間につけば露天商がちらほらいて、それなりの賑わいを見せるらしい。

そんな事を宿の主人から聞きながら部屋を取り宿泊。
ちなみに、部屋の空きが無く4人同室という事になり、宿代を負けてもらった。
そして、部屋に荷物を置き、ドクロが自身の荷物をゴソゴソし出す。

「なをやってるんだドクロ?」

そう聞くと、ドクロは顔を上げないまま答えた。

「話を聞いてなかったのかいエヴァ?ここは温泉宿だよ。温・泉・宿。
 それなら一っ風呂浴びようってすんぽうさぁ。あんたも浴びんだろ?」

そう言いながら俺を見てくる。
そういえば、温泉宿で休むって言ってたっけか。
さてどうするか、風呂道具もあるし、浸かれば疲労も抜けるんだろうが、はてさてどうするべきか。
別に、いまさら女性の体が~と言うテンプレをする気は無いが、なんとなく騙していて申し訳ないような気がしないでもないんだが。
そう思っていると、ディルムッドが声をかけて来る。

「エヴァ、風呂に行くんならこれをもって行くといい。俺たちも男風呂に向かうし。」

そういって手提げ袋を渡された。
ここまでされたら、後は入るしかないと言った所か。
まぁ、これも一つの男の夢の体現なのかどうなのか迷うが、これから長い人生のうちこんな事もあるだろう。

「分かった、入ってくるとしよう。ドクロ、風呂の場所は分かるか?」

そう聞くと、ドクロの方も準備が終わり、後は出発だけといった所。

「あぁ、知ってるよ。付いて来な。」

そういって、ドクロが歩き出しその後に俺も続く。
そして着いたの女湯の脱衣場。なんというか、のれんを一つ潜るのにも新鮮さを感じると言うのは面白い。
そんな事を思いながら服を脱ぎだす。ちなみに、辺りには他の客だろう女性がいて、みんな巨乳だったりする。
はぁ、スレンダーさんはいないのか。そう思い溜息をついていると、ドクロが声をかけてくる。

「なに風呂場に来るなり溜息ついてるんだい、たく辛気臭いねぇ。」

「いや、スレンダーな奴がいないと・・・・、目の前にいたか。」

そう思い、ドクロの胸を見ると、残念な事と言うよりは、他の人よりは小さいと言った所。
まぁ、それなりの大きさはあるんだが。そう思っていると、ドクロが俺を恨めしそうに見てくる。

「悪かったねぇ女狐、アタイはそんな塊ほしかぁないよ。第一、スイングし辛いったらありゃしないよ。」

そう言いながら、視線は俺の胸に突き刺さっている。
なんだか、そのまま見られていると、もぎ取られそうで怖いので胸を隠しながら、

「私もこんな物欲しくは無かった。むしろ、スレンダーな方がいい。」

そう言うと、ドクロが今度は目を手で覆いながら、

「アンタは今、世界を敵に回したよ。それだけ綺麗な体しといて何を文句言う。えぇ、この口か、この口かい?」

そう言いながら、俺の口に手を伸ばしてくるので、それをひらりとかわし、

「世界を敵に回そうと、伝えたい気持ちと言うものもある!」

そういって、風呂場の中に入る。
それに続き、ドクロもぶつぶつ言いながら風呂場の中へ入ってくる。

「たく、アンタ見てると何も要らないんじゃないかって思えてくるよ。」

「そんな事は無い、色々と要るさ。特に今は石鹸とかな。」

そういって、近くの洗い場に座りまず、尻尾に石鹸をつけて泡立てる。
そして、一回綺麗に流し、もう一度尻尾を泡立てる。

「アンタ、そんなに尻尾ばかり洗ってるけど汚れてるのかい?」

「いや、単にこうすると便利なだけだ。」

そうして、泡立った尻尾で背中を洗う。
何気に、これが獣人化してからの癖になりつつあるが、使い勝手いいのでよし。
これが猫なんかの細い尻尾なら無理だろうが、狐の尻尾という長さも大きさもある尻尾ならではの芸当だ。
そんな俺を見てドクロが、

「器用なのか面倒くさがりなのか分からないねぇ、それ気持ち言いのかい?どれ。」

「みぎゃっ!」

言うが早い、俺の尻尾を鷲掴みにしやがった。
いや、痛くは無いんだけど、一応耳と並んでデリケートな部分なんでいきなり掴まれるのは良くない。
そんな、涙目の俺をドクロがモノ珍しそうに見ながら。

「アンタも悲鳴あげんだねぇ。」

「私も痛みも感じれば悲鳴も上げる!何をバカな事を言ってるんだキサマは!」

そう言うと、ドクロは斜め上を見て少し考えた後、

「いや、アンタが案外人形って言われても驚かないと思ってねぇ。いやぁ、生きてて良かった。」

そんな事を言って笑い出すもんだから、頭に来て氷水を頭からかけたら大人しくなった。
その後、耳の中に水が入らないように慎重に頭を荒い、湯船に浸かる。
あぁ、温泉は日本人の心のオアシス。もう日本人じゃなくて人でもないけどね。
でも、このとろける感覚はなんとも。

「ふにゃ~。」

「女狐が見た事も無いような極上の笑みを浮かべて・・・・、これを、カラクリに売れば・・・。」

なんか、ドクロの声がするが今はそれよりも、この気持ちの良さが優先。
下手な事にはならんだろう。

「ふにゃ~。」

そうして風呂から上がり、体を拭いて着替えを取り出す。ドクロの方はもう着替え終わって、髪を乾かしている。
考えてみれば、この着替え全部ディルムッドが用意したんだよな。まぁ、それもいまさらか。
そんな事を考えながら、ローレグパンツとブラをつけ、後は着る物と、
着替えを取り出したはいいんだが、こんな物アイツはどこで手に入れた?

「なんだい女狐固まって、って、その服なんだい?」

中から出てきたのは、薄手の茶色い布で作られた丈の長い服。
追加装備としては赤黒い長い布。はい、答えは浴衣です。ありがとうございます。
しかし、俺がコスプレまがいの格好をするとは思わなかった。
そう思っていると、ドクロがポンと拳で手のひらを打った。何かと思えば、口を開き喋りだした。

「なるほど、カラクリのヤツこれ用の布を欲しがってたのか。」

ディルムッドが布を欲しがる?
それなら、自身の服を縫っているはずだが、それとこれとが何故繋がる?

「ドクロ、詳しく話せ。」

そう言うと、ドクロが話し出した。

「前に服飾の本を買ってきたのは覚えてるだろ?その後に布を買って来てくれって言われてねぇ、
 それでどんなのがいいのかって聞いたら、薄手のヤツがいいって言ってんで、その色の布を買ってきたんだよ、まさかこうなるとわねぇ。」

そう言いながら、浴衣をしげしげと見ている。
何だろう、ディルムッドが戦闘以外の方向でダメな方に走って行っているような気がするのは、間違いじゃないよな?
・・・・・・、ま、まぁ、深くは考えないでおこう。俺の精神の為にも。
そう思い、浴衣を着込み神は相変わらずの黒い大きなリボンで纏めて完成。
そして、部屋に帰り、今日の労をねぎらうと言う事で。

「え~、途中で竜に襲われもしたがみんなの無事と、明日の遺跡発掘の無事を祈って、カンパ~イ。」

「「「カンパ~イ。」」」

そういって、各人で飲みだす。

「よかった、エヴァにその服が似合うと思って作ったがいい出来だ。」

そう言いながら、俺の横に座るディルムッドがうんうん頷いている。

「キサマは、私の与えた服が嫌で、自身の服を作っていたんじゃないのか?」

そう聞くと、今度はきょとんとして、

「エヴァから貰った服が嫌な事は無いが?」

そう言って真顔で返してくる。
ん~、なんだろうこの敗北感。何に負けたと言う訳じゃないんだがなんとも。

「そういえば、この服も服飾の本に載ってたのか?」

そう聞くと、あぁ、その事かと返してくる。

「まったく同じと言う訳じゃないが、似たのが載ってたんでな。それを参考に作った。」

そう言いながら、俺を見てくる。
はぁ、まぁ、似合っているなら問題は無いか。
そう思いながら、酒を啜り、キールとドクロも向こうで話が弾み、
そんな中、宿での夜が過ぎていった。



[10094] 幕間その2 騎士と主と在り方と
Name: フィノ◆a5d9856f ID:8813959a
Date: 2009/08/01 22:30
幕間その2 騎士と主と在り方と









ドクロもキールも寝静まり、起きてるのは我が主であるエヴァンジェリンと俺だけ。
明日の事を考えるなら、早く体を休めた方がいいのだろうが、俺はどうも寝付けないでいる。
エヴァの方も、寝ずに先ほどまで騒いで酒瓶の転がったテーブルのイスに座り夜空を見ながら、キセルで魔法薬を吸っている。
虫の奏でる音色だけが聞こえ、辺りは月と星の明かりのみが照らし出している、明るい夜。
そんな中考えるのは、自身の在り方と主の在り方の違い。

俺は彼女を裏切る気は無い。さらに言えば、俺は彼女だけの騎士である事を誓った。
その誓いは敗れる事は無い。しかし、彼女は自身よりも他者を優先する。
それが俺にとっては歯痒くて仕方ない。今回のドクロとキールの事もそうだ。
彼女は彼らを優先しろと言ったが、俺は彼らよりも主を、エヴァを優先したい。

それが俺の本音だ。だが、それをすれば彼女は間違いなく俺を怒鳴り散らし、下手をすれば切って捨てるだろう。
それは、彼女のとの朝の会話でもうかがえる。彼女は命を軽く見る気は無い。
それも朝の会話で感じ取れる。ならば、彼女が彼らを優先する理由は多分、自身の誇りなのだろう。
自身が死なないと言う前提を持つが故に、他の弱い者を守ると言う生き方。多分それだと思う。

エヴァは、ヘカテスに着くまでに賞金稼ぎを何人か殺している。
ついでに言えば、ヘカテスに着いてからも、商人を襲った際に何人か殺している。
その時の彼女は何も考えていないかのように無表情で、同時にその無表情な顔の中で、
彼女の目だけが苦悩の色を薄く浮かべている。

彼女の苦悩のある場所はどこにあるのか分からない。
彼女が殺した一人目のゲスは彼女の殺意に・・・・、憎しみによって殺された。
それは間違いないだろう。彼女がゲスを殺した時に彼女からは色濃い殺意が伺えた。
しかし、それ以外の人を殺す時は薄い苦悩を浮かべる。

そんなに苦悩を浮かべるなら、もう人を襲うなと、血で汚れるのは俺だけでいいと彼女に向かって言いたい。
さらに言えば、人の命を奪った際にその最後を無言で看取るのも止めろと言いたい。
現に、一度俺は彼女に同じ事を言ったことがある。そんな苦悩するならもう止めろと。
しかし、彼女は疲れたような笑みを浮かべ、

「私が奪った命が私の糧となるなら、その最期を看取るのも私の役目だ。
 私の様な弱者は他者に依存しなければ生きてはいけない。そして、他者に依存してもまた生きてはいけない。
 それは、多分私の生き方が歪だからだろう。自身の楽しみと、自身の快楽。
 普通で無い事に楽しみを見出し、同時に、自身の周りの者にも彼らの楽しみと快楽を強制しようとする。
 ゆえに、私に仇名す者には死を与えそれを看取り、自身が隠れて近づいた者なら、目の届く範囲で助ける。
 何せ、自身の身内が死ねば気分が悪かろう。キサマが私だけの騎士になったと言う事は同時に、
 私以外の人間の命を優先する事が多くなると言う事だ。キサマとしては悔しいだろうが、
 それでも、キサマ意外に頼めるやつがいないのも事実だ。私が死ななくとも、他の人間は簡単に死ぬからな。」

そう言いながら、俺の前を歩き出した。
彼女は小さなその体にどれ程の歪みを抱えているのだろう?
生きる為に他者を殺し、殺すが故に自身に苦悩する。
それの一番根深い闇は彼女自身の語る、普通ではない事に対して楽しみと快楽を感じると言うあり方。

しかし、彼女の行動は彼女を知る者にとっては聖人としての一面も覗かせる。
自身の命が尽きない事を知っているが故に、他者の命を優先する。
他者に罪悪感を与えない為に、自身が悪を演じ金銭を巻き上げる。
現に彼女は、賞金稼ぎから四肢を吹き飛ばされた事もある。
しかし、その賞金稼ぎが撤退する時は追う事をしない。

それが彼女に余力があろうと無かろうと変わらない。
しかも、俺が追ってトドメをさそうとすると、彼女はしなくていいという。
それをするだけの必要性を感じないと。
さすがに、それを聞いた時は俺も彼女を怒った。
いくら死なないからと言っても、そんな事をされれば腹も立つだろうと。
君を血達磨にしたヤツが憎いだろうと。俺がそう叫ぶと、彼女は柔らかい笑みを浮かべ水を打ったような静かな声で、

「死なないと言う事は、ある意味自身への興味を一番に無くす事だと思う。
 現に、私は今の戦闘でただの人間ならすでに4~5回は死んでいるだろう。しかし、不思議とそれが悔しくは無いんだ。
 可笑しな物だろう。人は死ぬが故に生きる事に執着する。私は死なないが故に執着する生が無いんだ。
 だから、代わりに執着するものがある。それが他者の生なんだろう。もちろん世界の全てを数なんてバカな事をいう気は無い。
 私の小さな手では、私の目の届く範囲に居る者を助けるだけでも定かではないからな。」

そういって、彼女は柔らかい笑みを讃えたまま魔法薬を吸いだした。
しかし、俺には彼女の笑みが、その時には泣き顔に見えた。
まるで、終わりの無い迷路を歩き出した迷子のように。
それを見て、俺が思ったのは、彼女の言う

『私だけの騎士』

と言うのは、彼女が唯一弱みを見せれて、尚且つ彼女と同じ時を歩めるもの。
彼女の心を守り、彼女を支えられる者の言うのではないだろうか?
彼女は、俺に対しても他の人間に対しても態度を変えない。
そんな中で彼女が泣いた時に胸を貸せる人間がいるだろうか?
俺はいないと思う、彼女が泣いた時に胸を貸した俺だからこそ言える言葉だ。

彼女は人間に胸を借りる事はしない。人間はいなくなってしまうから。
彼女は人間に弱みを見せない。人間か彼女にとって思いを分ける対象だから。
彼女は人間を無闇に殺さない。殺す必要性を見出せないから。
彼女は強さを求める事を止めない。それが、自身の楽しみを増大させるから。

そんな彼女の生き方を俺はやはり歪だと思う。
しかし、俺もまた歪なのだろう。主が永遠を持つが故にその主の行き先を見たいと思う。
俺が彼女だけの騎士であるために、彼女が生還と他者の命を優先すると言うなら、
俺は喜んでその為に力をつけよう。彼女の映す瞳の先の光景には、いったい何が映っているのか。
彼女の望む行く末と言うのが一体何なのか。答えは彼女の心しだい。

彼女は簡単に朽ち果てる事はしない。
何せ、それは彼女の発動キーにも歌われている、心理、死そして、死を忘れるなと。
彼女はこれが自身の戒めであり、同時に、自身が最も忘れやすい事だといい、私が忘れたら思い出させろとも言った。
だから、俺は彼女が他者の命を優先するたびに彼女に問いかけるだろう『それでいいのか?』と、
だが、彼女からは同じ答えが返ってくるだろう『かまわない』と。そんな彼女のために出来る事は、彼女のために力をつける事。

彼女が安心して無茶が出来るようにするのが俺の仕事で、彼女が倒れずに進めるようにして、
そして、彼女の心を守るのも俺の仕事。まったく持って強欲な主だ。しかし、それが嬉しくもある。
何せ、彼女は俺以外にこれほどの欲望をぶつける事も無いのだから。
小さな主が一番の信頼を寄せ、一番に意見を求めるのは俺なのだから。
そう思うと、魔法薬を吸っていた彼女の口から声が漏れる。
歌とも詩ともつかない言葉だが、それでも今の俺の子守唄にはもってこいだ。

玉の緒よ 紡げよ紡げ 輪廻の輪

続けよ続け死者の列 耕す庭は死の庭に

生者の種を蒔きましょう。

終わり無き事 我が命

外れし輪廻の輪の中に 羨み妬むも人の業

悟りて 悟るは 人の儚さよ

歩くは 行く末 未明の地 されどもされど

続く道 一人ならばの寂しさは 呼ばれし一人の

知己の元 歩く道末 二人なら

続く道のり 楽しけり 

玉の緒よ 続けよ続け 永遠に

終わり無き事 輪廻の輪 見守る二人の道先も 

行き着く先は 同じ場所








[10094] 発掘も楽じゃないよな第19話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:a2fde05f
Date: 2009/08/01 22:31
発掘も楽じゃないよな第19話







翌朝、日も上がらないうちから宿を旅立ち、遺跡までもうすぐと言う所。
荷物は全て俺の影の中に突っ込んで、魔獣達との戦闘でも問題なし。
しかし、微妙にディルムッドのヤツが眠そうだが、本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。
まぁ、眠いのは俺も同じか。昨日は綺麗な月夜で、それを見ながら一人でチビチビやってたし。
そんな事を思いながら周りを見る。辺りは森林地帯に入って薄暗く、さらに言えば魔力妨害岩が多いせいで、
妙に魔法が使い辛い。まぁ、使い辛いと言っても多少タイムラグが出るぐらいだが、油断は禁物だろう。
それに、ここに来るまでに既に魔獣の襲撃を3度ほど受けている。
そして現在、

「ドクロ、左へよけてください。」

ドクロが思いっきり魔獣の顎を棍棒で殴り上げ、胴体ががら空きになった所にキールの投げたナイフが3本突き刺さる。
そして、それを見たドクロが楽しそうに顔を歪めながら、

「よっしゃ、キールど派手にキメな!」

と、言った後キールが魔法を発動する。
すると、ナイフの刺さった場所が爆発し、

キシャーーーーーーー!!!!!

と言う雄叫びの後魔獣が絶命する。ちなみに、辺りには魔獣の死体がすでに7体ほど転がっているが、
それでもまだ、魔獣の方が群がると言う表現のように集まりだしている。
4度目の襲撃と言うべきか、間違って縄張りに入ったと言うべきか。
それとも、まったく別の要因か。

「エヴァ!そっちに行ってるぞ!」

肉食魔獣の巣窟ともいえる場所に俺達はいる。ちなみに、ここを抜けないと遺跡には辿り着けないとか、
まさに悪夢と言った所か。幸いな事と言えば、敵が強くない事とぐらい。

「わかった。」

目の前には、ディルムッドの攻撃ですでに体のあちこちから血を流し満身創痍の魔獣。
しかし、それでもなお俺を食おうと言うのだからたいした執着心だ。
そんな事を思いながら、右手にドア・ノッカーを持ち箒で加速する。
魔獣は、空を飛ぶ蛇の様なヤツなので、そのまま飛び込めば、ちょうど頭の真下に入り込める。
そして、そこから行なうは保身無きゼロ距離射撃。銃口を魔獣の肉にめり込む位押し付けて発砲する。

バヒューーーン

その一撃の元、魔獣の顎から脳天までを撃ち抜き絶命させる。
俺の作ったドア・ノッカーは魔力常時流式弾頭で作っているので弾の交換が要らない。ついでに言えば、障壁突破も施している。
だが、そのせいで魔力の充填に約2~3秒かかる。まぁ、それでも弾の交換と比べると速度が早いのでいいのだが、
それでも、この弾で何度も撃つと弾が壊れる。壊れる頻度は大体10回が目安と言ったところか。
その為、同じ形式の弾頭を50個ほど作っていて、ちなみに今使っている弾は10個目。ついでに言えば今ので10発目。

カチン、パシューーー・・・・

チャチッ、カチン

弾の交換を早くやり、次の弾を再装てん。実弾ではなく魔力弾なので、火傷する事は無いが、
しかし、このままここで魔獣とダンスし続けてもいい事は無い。
そう思っていると、ドクロから声がする。

「エヴァーーーー!なんかいい突破プランは無いかいぃぃぃぃ・・・・・・。」

突破プランか、あると言えばある。今の場所は辺りに仲間もいるので広域殲滅呪文をぶっ放すなんていうバカな選択はしない。
ついでに言えば、この場所を突破するのにエクスキューショナーソードでは長さが足りない。
そこで登場するのが、この魔法。

「チャチャゼロ、少し時間を稼げ!エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 祖の切っ先は 全てを切り捨て凍て付かせる。」

詠唱している間も魔獣が攻めてくる。当然俺も動くが、
動かなくても俺には魔獣の攻撃は届かない。

「悪いな魔獣、ここから先は通行禁止だ!」

そう言いながら、ディルムッドが接近してくる魔獣の一匹目の頭を槍で貫き、
その体を足場にジャンプし、急降下してくる魔獣の腹を擦れ違い様に切り裂き、
最後に、槍を二本とも投擲して、俺に左右から迫る蛇型の魔獣の頭を貫き、槍を再度取り寄せる。
そうしている間にも、辺りではドクロが魔獣を殴り飛ばし、あるいはキールが炎で焼き爆破していく。
そんななか、俺は走りみんなの前に出る。でないと、この場を突破できないし、この場所でないと使えない。

「我が前に現れるは 優美なる剣 氷王の剣!」

箒の先に作りあげたのは、長さ約10メーターの透き通る氷で作られた剣。込められた術式は触れた物の凍結。
まぁ、剣と言ってもツバも持ち手も無く、しいて言うなら正八面体を平べったくして、片方の先っぽを引き伸ばした感じ。
この形になったのは、投擲と斬る事の両方に対応させた結果らしい。ついでに言えば、射出する際は量を増やせて、
氷槍弾雨の強化版と言った所。さらにいえば、これの弾道は俺の撃ちたい方に撃てる。まぁ、撃つ際は追加呪文が要る訳だが、
今はここを突破するために必要なのは剣なので問題ない。

「突破する!私に続けーーーーー!!!!!」

そう言いながら、氷の剣を振るい辺りを斬りながら駆ける。斬る度に剣の一部が砕けたりするが、
それをさらに魔力で作り直し、魔獣も木も触れたモノ全てを凍結させ切断しながら突っ走る。

「ドクロ、キール遺跡の入り口まではあとどれ位だ!」

そう、剣を振りながら聞く。今の一撃でまた魔獣が凍り剣の一部が砕けた。
魔力の残りは問題ない。むしろ、今までに魔力切れと言うモノを味わった事が無い。

「このまま突っ走りな、今まで運動不足だろ?」

きっとニヤニヤ笑っているドクロがいる。
うん、これは間違いない。続いてキールの声がする。

「ドクロ、答えになってませんよ。エヴァンジェリン嬢、このまま約900メーターほどまっすぐ走ってください。」

そう、キールから聞こえてくる。
ドクロにはお仕置きが必要だな。無論、殴って怪我をさせても仕方が無いし、
この状況で自ら足手まといを作る気も無い。よって、

「ドクロ!キサマは飯抜きだーーー!!!!」

「そんな!」

今にも泣きそうなドクロの声で胸がスッとした。
しかし、ここまできても締まらない会話のやり取りだな。
そう思っているとディルムッドが声を上げる。

「見えた!エヴァ、きっとあそこだ!!」

そう言った先には、暗い洞窟の入り口が一つ。
辺りを見れば、骨組みだけが残った遺跡後が転々としている。
と、言っても走りながら見ているので詳しくは見れない。

「おい、キサマ等、後はどうなってるーーー?」

そう聞くと、キールが答えた。

「安売りに集まったご婦人方と言った所ですか、大入りですよ。そのまま穴に入ってください。」

そのキールの声の下、俺は氷の剣を振り上げ、

「殿を勤める!先に入れ、じゃないと邪魔だ!!」

そういい、他の面子を中に入れる。擦れ違い様にディルムッドから念話が届く。

(一人で大丈夫か?)

(かまわん、むしろ、この程度では肩慣らしにもならん!キサマは洞窟内の安全確保を優先しろ!)

そう念話を返して、目の前の魔獣達を見る。
やれやれ、あれだけ凍結させたのに一体どこから湧いて出て来るのやら。
そう思いながら、剣を振るい凍り漬けの魔獣を増やす。ついでに、詠唱を開始する。

「エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 祖の切っ先は 全てを切り捨て凍て付かせる
 我が前に現れるは 優美なる剣群 降り注ぐは 凍結の調べ 氷王の剣遊!」

自身の持つ剣と、さらにその上空に同じ大きさの氷の剣の群れを出現させ、迫り来る魔獣に撃ちだす。
当然、この剣も今持っている剣と同じ効果がある。なので、魔獣たちは片っ端から凍り、自身の達の死骸で進路を塞いで行く。
そして最後に、洞窟の入り口を囲むように撃ちだした剣群を地面に突き刺し俺も中に入る。
一応、この防柵があればそう簡単には中には入って来れないだろう。
そう思って、キセルで魔法薬を吸いながら箒を担ぎ遺跡の中に歩を進める。

「お疲れ様エヴァ、怪我は無いか?」

そういって、奥から顔を出すのはディルムッド。
こいつが一番に顔を出すという事は中の安全は確かと言う事か。
辺りを見ると、キールとドクロが座って休憩を取っている

「いやぁ、頑張ったねぇ。」

そう言いながら、ドクロがこっちを見てくる。
まったく、人の気も知らないで。
はぁ・・・・、まぁ、全員無事なら問題は無いか。

「取り敢えずはよしとしよう。で、ここから先がどうなってるのか分かってるのか?」

そう聞くと、ドクロがニヤリと笑い。

「こっから先の情報は有料だよ。料金は昼飯だ。」

そういって、ニヤニヤしている。
ふっ、交渉で俺に勝とうなんぞ百年早いと言うのに。

「なら、ドクロはそのままでいい。キール、先はどうなってる。」

そう聞くと、座っていたキールが答えだす。

「第一階層はそこまで大変ではありません。大変なのは大体3階層からです。
 ついでに言えば、エヴァンジェリン嬢が外からの魔獣達の進入を防ぐようにして頂いたおかげで、
 これ以上魔獣が増える事はありません。道筋は私が覚えていますのであしからず。」

そういって、自身の持ってきたナイフを整理しだす。

「そうか、ならドクロ以外の面子で昼食をとって出発と行こう。
 なに、ドクロからは情報を貰っていないから支払う代価も無い。」

そういって、ドクロを見てニヤリとする。
その横にいるディルムッドは呆れた様な顔で俺を見てくる。
キールは我関せずと言って感じでナイフ整理を続行。
そして、御預けを食らったドクロが悔しそうに俺を見てくる。

「女狐、あれだけ魔獣を相手して動き回ったから報酬を要求するよ。」

「報酬か、ならば金貨でいいか?
 なに、あれだけ働いたんだ、それなにりは出すさ。」

そう返すと、今度は地団駄を踏み出した。
横にいるキールは相変わらず我関せずと言ったところか、
ナイフを整理し続けちらりとドクロを見た後顔を背けた。
多分、キールはニヤニヤしてるんだろうな。
そしてドクロはキールに目もくれず、泣きそうな顔をしてディルムッドをみる。
しかし、とうのディルムッドも苦笑しながら、

「諦めろ、こうなったエヴァを言い負かすのは至難の業だ。
 下手に言い合いするより、完結に要求した方が楽だぞ?」

そう、言われドクロが傲慢に口を開く。

「飯を要求する!」

だいぶ腹が空いて気が立っているのだろう、
目がギラギラし出している。しかし、それだけでは飯はやれんな~。
なにせ、魔獣達を突破する時に飯抜きだって言ったんだし。

プリーズお願いしますが抜けてるぞドクロ?」

そういって、ニヤリと見てやる。
ドクロが俺を睨んで来るが、今の俺をどうこうす事は出来ない。
なにせ、飯は俺の影の中にあるんだから。

「ぐぬぬぬ・・・・、性悪め、プリーズお願いします飯を要求する!これでいいだろ?」

人を殺せそうな視線と言うが、多分今のドクロの視線がそうなんだろう。
そんな事を思いながら、影からそれぞれの荷物を取り出す。

「よく言えました。さて、ならば手っ取り早く食事をとって先に進むとしよう。」

そういって、それぞれで飯をを食べだす。
ちなみに俺は保存食の固いパンとチーズ後は干し肉。
ディルムッドも同じモノを食べ、ドクロはなにやら色々食べている。
と、言うかチーズの丸いヤツを丸々1つ食べる昼食って何だ?他にも食べてるが。
キールの方は俺達よりも質素で、保存食用のパンを千切って食べている。
そんな食事風景をみながら、食後に白湯を飲み、魔法薬を吸う。

「さて、腹が落ち着いたなら進もうか。」

俺のかけ声の下、遺跡を知っているキールとドクロが先頭に立ち歩き出す。
いくばくか歩いただろうか、辺りはだいぶ狭い。こんな所だと使える魔法も制限されるし、
この遺跡その物が魔力妨害岩で作られているのか、どうも変な感じがする。
そんな事を思っていると、先頭を歩くキールが口を開いた。

「トラップ関連は今の所どれくらい生きているかは不明です。
 一応、私が最後に入った時に1階層は殆ど解除されたと言う結論が出ていますが、
 その後の調査でどうなったかは不明です。ついでに言えば、魔族も生息していたので気をつけてください。」

そう言いながら、キールはナイフの先に火を灯して先頭を進む。
しかし、魔族か・・・、一応、普通の魔法で殺す事も出来る連中だから楽でいいが、
手強いのは手強いな。それに、悪魔と魔族は見た目が余り変わらんのが問題だ。
だから、下手に魔族だと思って攻撃すると痛い目を見る。
はてさて、遺跡の奥に巣食うは魔族か或いは悪魔か。
霊格の違いと言われても困るんだがな、まぁ、俺も霊格が高い事にはなるのか真祖だし。

そう思いながら、遺跡の奥を目指す。
地面は石畳で、ぎっちり敷き詰められていて特に道が荒れていると言う印象は無い。
壁は、草木の蔦のせいで多少不気味な印象を受けるが、そこまで酷いと言う事は無い。
ただ、問題なのは道の狭さと天井の低さ。一応四人が横一列で通る事の出来る広さはあるが、それでぎゅうぎゅうと言った所。
天井の高さに関して言えば、大体3メートルと言った所か、無駄に圧迫感を与える造りだ。

ちなみに現在の人員配置は前にドクロとキール、後に俺とディルムッドと言う体制。
こうなったのは、この中で一番俺が体術が使えないからである。代わりに背後からの銃撃で援護と言う形になった。
それに、この遺跡のせいか魔力障壁を展開していても硬さが失われたように思う。
まぁ、それでも全員を守るように展開はしているのだが。

そう思い、自信の腰にぶら下がるブルースチールのランタンとドア・ノッカーに手が伸びる。
現状では武器はコイツらが頼りだ。こんな狭い所で下手に魔法を使えば同士討ちないし、遺跡の倒壊を引き起こしかねない。
それを考えると、この面子の中ではどうしても俺の取れる選択肢は減る。
最悪を考えるなら、いつでもここにいる全員を俺の影にでも投げ込んで、俺一人で魔物と戦った方がましかも知れない。
そんな事を考えていると、ディルムッドから念話がとんでくる。

(エヴァ、また良からぬ事を考えているだろう?)

ちっ、地味に良く見ている。
こいつを頼りにしない事は無いが、こいつに死んで貰うつもりも無い。

(まさか、私が良からぬ事を考えるのは何時もの事だ。
 ついでにオーダーだ、帰ったらまた服を作ってくれ。)

そう、俺の内心を悟られぬようにおどけて返す。
しかし、コイツがそう言い出すって事は少なくともそういう素振りを見せたと言う事か。
まだまだ俺も精進が足りんな。

そんな事を思いながら進み現在は2階層目。
1階層では殆ど敵が出て来なかったから楽でよかったが、同時に発見も無かった。
これで、2階層でも同じ結果なら色々と考える事になる。
そう思っていると、ドクロから声が上がる。

「お宝はっけ~ん、さて、女狐仕事だよ。」

そういって、俺を見る。
基本的に宝箱を開けるのは俺の役目だった。
理由としては、対物理対魔法用の障壁が張れるからと言うのが大きい。
それに関しては、ディルムッドも納得している。
キールも、魔力量の関係から俺が開けるのを当然だと思ったのだろう、特に口を挟む事は無い。

「さて、障壁は張っているが、中身は何だと思うドクロ?
 一応調べたんだろ?」

そう聞くと、ドクロの方は両手の手の平を上に向け、首をすくめて見せた。

「場所が悪いのか何なのか、調べ様にも調べられないって言うのが現状だねぇ。
 どうする、ここを出てから開けるかい?」

フム、どうするべきか。そう思いながら、銃口で箱を突付く。
中身が分からない以上、ここは安全を考えて外に持って出るべきだな。

「今は開けん。外に出てからだな。」

そういって、宝箱に手を伸ばそうとした時、一瞬チクリとした、
しかし、俺が声を上げるよりも先に他の所を調べる為に離れたドクロが声をあげる。

「あたっ!」

一応、俺も自身のチクリとした位置を見るが特にどうともなってはいない。
しかし、ドクロのヤツもなんだと言うのだろう?
いきなり声を上げるだなんて。
そう思って、後ろを振り向くと、ディルムッドとキールも首筋をさすっている。

「どうした?虫にでもかまれたか?」

そう聞くと、各々が口を開く。

「そう言う訳じゃないんだが、今一瞬チクッとしたんだ。」

「私もです。首筋ですかね、特に虫がいたと言う事は無いのですが。」

そういって、向こうに立つドクロの方を見ると、

ポトリ・・・・、ドサ・・・・。

ドクロの首が落ちて、時間差で体が崩れ落ちた。
誰も話さない、ただ、ドクロの体と首から流れ出る血が床を汚し広がっていく。
そして、

「ドクロ・・・・・?・・・・・、ドクロ!!!!!!」

キールが大声を上げドクロに駆け寄る。
しかし、このままでは危ない、一体何が起きたのか現状が把握できない状況で下手に動けば、
ドクロの二の舞になる。それだけは避けたい、ドクロがは既に助かる見込みは無い。
何せ、頭と胴体がお別れしてしまったのだから。

「待て!下手に動くなキール!」

そう言って、俺が手を伸ばすがギリギリの所でキールには手が届かず、俺の手をすり抜けてしまう。

「待てエヴァ!何かがおかしい!」

そういって、ディルムッドが俺を後から羽交い絞めにする。
えぇい、今はそんな事を言っている場合ではないというのに!

「黙れ!先ずはキールを止める!」

そう言って、キールの方を向けば、薄っすらとだがキールの首筋に巻き付くような黒い糸のようなものが見える。
そして、それが一気にキールの首を刎ね飛ばし、さらに縦横無尽に動き頭と体を細切れにする。
何だ、一体何なんだこれは?さっきの糸といい、今の現状といい、一体何が起きている!?
クソ、これで2人目だ。すでに、この遺跡に二人食われた。

「チャチャゼロ、今のあれが見えたか?」

そういって、俺を羽交い絞めにしていたディルムッドに問いかける。

「あぁ、見えた。何かは分からないが、確かに見えた。」

「そうか、なら先ず放せ。背中合わせで2人を殺した化け物を狩るぞ。」

そう言うと、ディルムッドが俺を放し、背中を合わせる。
クソ!コイツを叱り飛ばすのは後だ。守りたかった・・・・、
俺の頼り無い背中でも、どうにか守れると思ったが世の中甘くは無いらしい。
2人は死んでしまった、なら、ここからは俺達2人だけだ。
そう思い、辺りを見回す。人よりも優れた五感で、さらに第六感までつぎ込んで、
目で辺りを見回し、肌で気配を探り、耳で音を聞き、鼻で臭いを嗅ぎ、空気の味で流れを読む。
そして、第六感で敵を視る。どこだ、どこに潜んでいる。

「何か見えたか?」

「いや、見えない。気配が無さ過ぎる。」

そういって、静かでランタンの明かりだけが頼りの道の真ん中で辺りを探る。
銃は何時でも撃てる、見つかればすぐさま殺せる。
そう思っていると、背中をヌルリとしたものが滴る。
この状況でこんな事が起こればいい予感なんてしない。
むしろ、最悪しか想像出来ない。そして、案の定。

ポトリ・・・・、ドサ・・・・。

その音を聞くより早く、ディルムッドの方を視る。
もしかすれば、敵の糸の一部でも掴めるかも知れない。
しかし、ディルムッドの体の何処にも糸は無い。
だが、首は刎ね飛び体の後こちから血が噴出して、両足も斬り飛ばされている。
クソ!一体何なんだ、ここに一体なにがいる?

そう思いながら、銃を右手で構え、キセルをもう一方の左手で持つ。
こうなれば、大規模魔法でも使って遺跡ごと化け物を葬るか?
そう思いながら、辺りを見回す。しかし、

パシャ!

自身の顔に暖かい何かがかかる。キセルを持っている方の手の甲で拭おうと手を上げた時に、
ポトリと手首から先が落ちる。そして、ズルリと肩が落ちる。
待て、何時だ、何時斬られた?斬られて感触は無い。
痛みも無い。そう思っていると、急に地面が近づいてくる。
そこで気付いたのが、どうも俺も首を飛ばされたらしいと言う事。
そうか・・・・、俺はこのまま死ぬのか・・・・・。






まて、あぁ、大いに待て。俺がこの程度で死ぬ?
バカを言うな。俺はこの程度では死なない。死ぬ事が出来ない。死ぬ訳には行かない。
ならばこの状況は何だ。自身の首が飛んで、文字通り頭から血が抜けたらしい。
ならば思考しろ、この状況を。このろくでもない状況をとっとと抜け出せる手がかりを探せ。

そう思い、辺りをもう一度良く見る。
辺りには死体が転がっている・・・、いや、死体はいい、死体は。
なら、なぜこの順番で死んだ?思い出せ、死ぬ前に全員に起きた事を。
そう、何かしらに刺されたんだ俺達は。なら、怪しいのはその刺したやつだ。
ついでに言えば、俺達は死ぬ時に痛みを感じたのか?一番最初のドクロは首を飛ばされ死んだ。
これなら痛みを感じる暇も無いだろう。次のキールも同様に首を飛ばされた。そして、ディルムッドも首が飛ばされた。

そして、最後の俺もだ。ならば、なぜ首を飛ばす事に拘るのか。
いや・・・・、違う。よく考えろ、これは首を飛ばす事が目的じゃない。
痛みを伝えない事が目的だ。俺は手首を斬られ、肩も切り飛ばされたが痛みを感じていない。
ついでに言えば、体も再生していない。それはつまり、五体満足なら、それ以上付け加える五体も、
再生する五体も無い。つまりは・・・・・、

「俺の五体はいまだに健在と言う事か。さらに言えば、他のやつも一緒だろう。」

普通の人間なら、自身の体が気付かないうちに刻まれればパニックを起こすだろうし、
首が刎ねられれば死を覚悟して自覚する。しかし、俺は違う。手足をもがれようが首を刎ねられようが関係ない。
だからこそ気付けるトラップ。だからこそ攻略できる罠。
精神系の魔法か、空間系の魔法かは知らないが、取り敢えずここから起きよう。
目覚ましにしては痛いが、しかし、痛みを感じさせないと言う事は逆に痛みを感じれば起きられる可能性がある。

「え~っと、この辺りかな。これなら、キールからナイフでも借りるんだった。」

銃を自身の体の中心に持ってきて、無いはずの左手を掲げる。
狙うは自身の左手の甲。目には見えないが、多分そこに存在はしているのだろう。
これで撃って何も起きなければ、また違う策を考える。逆に、これで目が覚めれば手を即座に再生させて、
他の面子を叩き起こして、化け物を狩る。なに、化け物の目星はもうついてる。
そして、

バヒューーーン

パシャ!

発砲音とともに、自身の顔に温かい雨と、焼けるような痛みが襲ってくる。
ヤバイ、自分で作った銃だけどこんなに痛いとは。

「ぐっ!つぅぅぅう・・・・あぁぁああもう!!」

無理やり傷口に魔力を流し込んで再生する。
これで一応痛みは消えるが、再生したすぐはどうも感覚が鈍る気がする。
っと、そんな場合ではない。辺りを見回せば、五体満足のドクロやキール、ディルムッドがいる。
そして、今一番の問題はドクロが宝箱に喰われそうな事。くっ、やっぱりミミックだったか。
俺に気付いたミミックも、細い針のようなものを箱から出ている触手から打ち出してくる。
多分、この針に幻覚を見せる成分か何かが入っているのだろう。
そう思い、針を無詠唱で出せる氷盾で弾きながら一気に走りより、宝箱の中のに銃口を突っ込んで、

「有象無象の区別なく、私の弾頭は許しはしない。
 キサマはもっと風と日に当たるべきだろう、風穴を開けてやる。」

そういって、引き金を引く。

グジャアァアァアァァァア・・・・・

獣とも何ともつかない叫び声の後、宝箱は動かなくなった。
多分、これで死んだのだろう。そう思い、あたりの面子を蹴って起こす。

「っつぅ・・・・、エヴァ、頭を蹴らないでくれクラクラする。」

そう言いながら起きたのはディルムッド。
そして、次がキールで、

「してやられましたね。もっと早くに気付くべきでした。」

そう言いながら、腹を押さえている。
最後にドクロなんだが、

「ぐ~~~っ、ぐ~~~っ。」

豪胆と言うかなんと言うか、自身が死んだ幻覚を見せられて、
その状況でいびきをかきながら寝るなんて、『これが本当の永眠(笑)』なんていうつもりか?
はぁ、洒落のセンスにしても、ボケのセンスにしても、俺にはハードルが高すぎて突っ込めない。
そう思っていると、笑いの神が舞い降りたらし。

ヒューーーーーっ・・・・ごん!!!!

「あいた!!!!誰だ、どいつだ、アタイの美貌を傷つけるヤツはどいつだ!!!!」

ドクロを起こしたのは天井からの落石。その辺りを見ると、
弾痕があるので、多分俺が手を打ち抜いた時に着弾したものだろう。

「起き抜けからうるさい!キサマの顔なんぞ、石に当たろうが腫れようがかわらんだろ。」

「変わる、大いに変わる!って、アタイなんで生きてんの?」

そう言いながら、自身の首を触っている。
そういえば、コイツが一番に殺されたんだっけか。
そう思っていると、キールがドクロに説明をしだし、ディルムッドが俺の方を見てくる。
そんなディルムッドに念話の送る。

(すまん、取り乱して醜態をさらした。)

そう言うと、ディルムッドは多少驚いた顔をして念話を返してくる。

(いいさ、俺は君だけの騎士なんだから。しかしエヴァが謝ってくれるとは思わなかった。)

む、俺が謝るのはそんなに驚く事だろうか?
そんな事を考えていると、キールのドクロへの説明も終わり、こちらと合流する。

「さて、楽しい楽しい発掘も、潜って帰って始めて完了だ。気合入れるぞ。」

そういい、俺達はさらに地下を目指す。



[10094] 嫌な確信が出来たな第20話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:a2fde05f
Date: 2010/04/13 21:50
嫌な確信が出来たな第20話









ミミックを撃破して歩き出して考えるのは俺に毒が効くのかと言う事。
少なくとも、俺は腕をもがれ様が、手を銃で吹き飛ばそうが、灰になろうが生き返る。
そんな生物に果たして毒は効くのだろうか?
自慢ではないが、今の体になって体調を崩した事は過去に一回。
あのゲスが用意した毒のみ。しかし、あの毒はあのゲスだからこそ用意できたモノだろう。
あんな物がごろごろ転がっているような世界なら俺は恐怖の対象で無くてもいいはずだ。
ならば、もしかして他に仕掛けがあるんじゃないだろうか?
そう思っていた時にキールが口を開いた。

「エヴァンジェリン嬢、何かしらの認識阻害ないし、視線をどこかに誘導する魔法はありませんか?
 あれば私達にかけて頂きたいのですが。」

いきなりコイツは何を言い出すんだ。
こんな場所でそんな事をすれば殺してくれといっている様なものだ。
同じ事を考えたのかディルムッドが反論する。

「キール、いくらなんでもここでそんな事をするのは危なすぎる。さっきのがいい例じゃないか。」

しかし、キールの意見に賛成するものがいる、言わずとも分かるがドクロである。

「カラクリ、もしかしたらキールの言うとおりにした方が安全かもしれないねぇ。」

それを聞いたディルムッドは混乱しているのだろう、眉をひそめて俺の方を向く。
しかし、今の構図は分かりやすいな。反対意見を持つのが、この遺跡に潜るのが始めてのやつで、
賛成と、意見そのモノを出したのがここに潜ったことのあるメンバー。
つまりは、何かしらの理由があると言う事か。

「納得できる理由があるなら。一体何のために必要なんだ?」

魔法薬の煙を吐きながらキールとドクロを見ながら聞くと、
キールは壁を調べながら口を開いた。

「私も迂闊でした。過去の調査記録ではこのトラップはもう機能していないとでていたのですが、
 まさか生きているとは思いませんでしたよ。・・・・・・・、これを見てください。」

そういって指を指すのはコケと蔦を取り払った遺跡の壁。
何かと思い俺とディルムッドは覗き込み、ドクロは俺達の後ろで周囲を警戒している。
キールの指を指している場所を見ると、そこには何かしらの図形・・・・・・、いや違うな。

「あまり詳しくは見ない方がいいかも知れませんよ。
 調査結果では一つでは機能しないとありましたが、それが何処まで信用できるか分からなくなってしまいましたから。」

俺達の横からキールの声が降りかかる。

「これは何なんだキール。よく分からない絵にしか見えないんだが。」

そうディルムッドが口を開きながらキールの方も向いているが、キールも首を横に振りながら、

「詳しくは分かりません。ただ、これに幻想を見せる作用があると言うことぐらいしか。
 しかし、最終調査隊の記録では幻想は見ていない、という報告でしたので、もう機能していない物と思っていました。
 それに、見てください。」

そういって、キールは他の壁のコケや蔦を取り出した。
多分、そのあたりにこれと似たような物があるのだろう。
俺の、それを尻目に影からカバンを取り出し、その中から学生時代にまとめた錬金術のノートを取り出す。
必要なのは、その中に書いてある特殊文字の早見表で、これには、禁書の分も含めての文字が完成せずに載っている。

なぜ文字を完成させずに載せているかと言うと、完成した文字を載せると一体何が起こるか分からないからと言った所か。
そういう風な理由で、錬金術の特殊文字に関する本は全て辞書数冊分の分厚さがある。
調べだして少したった頃にキールがまた新しく図形を発見したのだろう声が上がる。

「チャチャゼロ、キールの見つけた文字を写して来い。」

そう言うと多少驚いたような顔をして俺を見てくる。

「写すのはかまわないが、これは文字なのか?」

「あぁ、たぶん錬金術の特殊文字だ。それも古い古い過去の遺物だろう。」

そう言うと、ディルムッドはカバンから木炭と紙を取ってキールの方に向かった。

「アンタ、これ読めるのかい?」

そう声をかけて来たのはドクロ。
声は多少疑いの色があるが、まぁそうだろう。
過去の調査でもなんだか分からないと言われていた物が、ぽっと出のビギナー発掘者に分かるわけが無いと思われたのだろう。
だが、発掘はビギナーでも、それ以外の方では違う。俺にあるのは未来の知識と、今の時代の知識。
その差がこの文字の出所を教えてくれる。

「読める・・・・、とは言いきれないが、どうこうする事は可能だろう。
 取り敢えずは、これが幻想を見せる手段という事が分かれば前に進める。」

そう言うと、何時の間に来たのか、後からキールの声がする。
ナイフで何かを削る音がするから、またどこかの壁に書かれている文字を探しているのだろう。
そんなキールから声がする。

「一応分かっているのは、この文字が遺跡のいたる所にあり、それを私たちが無意識に見ているという事ぐらいですよ。」

「ついでに言やぁ、下の階層に進むにつれ、コケや蔦が減るからそのせいで余計に見るのかもしれないねぇ。」

最後にドクロが補足して声が途切れる。
しかし、厄介だな。無意識に文字を見て、頭の中でその文字を理解しようと勝手に組み立てて、
そして、必要な文字を見終わると完成し、同時にトラップが発動する。
多分、俺達が一斉に幻覚にかかったのは明かりがキールのナイフしかなく、さらに言えばこの狭い通路の作りのせいだろう。
と、言う事はあのミミックには毒がなかったと言う事か?

「おい、さっきの化け物には毒等は無かったのか?
 一応解毒薬は渡したが。」

「軽い毒程度なら。弱っているなら効きますが、それ以外なら問題ありません。」

なるほど、なら問題ない。
しかし、あのミミックの攻撃の痛みが幻想の内容の決定付けになったのかも知れないな。
流石はここを住処にする魔物、あるものは有効に使い獲物を狩るか。
しかし、トラップの内容が見えだしたなら、それの解除の糸口もどうにかなるかもしれない。

「チャチャゼロ、後どれくらいで終わる?」

「もうすぐだ。」

そうディルムッドから声が上がる。
俺の方もとっとと出来る事をしよう。今、俺がノートで見ている所はゲートに関する場所。
あのゲートにたどり着くまでの岩には、いたる所にこの遺跡の文字と似た文字が使われている。
それはつまり、この遺跡がゲート作成の時代と同じか、或いは前後の近い次代に作られた事になる。

さらに言えば、この遺跡には錬金術の文字が使われている事から、
この遺跡を作ったのが錬金術しないし魔法使い。
しかし、どちらにせよとラップには錬金術を使っているので、天秤は錬金術師に傾くだろう。
まぁ、これで酒場で巻き上げた腕が、この遺跡の出土品であると言う可能性がさらに増した。
そうしていると、写しが終わったのかディルムッドが紙を持って俺の方に来る。

「写しは終わったが、劣化の激しいものは写していないよ」

そう言いながら、俺の前に差し出す。

「かまわん、むしろ、その方がいい。」

そういって、渡された紙を見る。
他の面子は小休憩と言う事で俺の周りに座りあたりを警戒している。
そんな中、ふと気になったが、キールたちが潜った時はどうやってこのトラップを回避したのかと言う事。
今はこのトラップを解く事に全力だが、それでも腹案は欲しい。

「ドクロにキール、前回はどうやってこのトラップを解いた?」

そう聞くと、キールは薄く自身の指の腹を切り、

「痛みによって。後は自身の精神力ですか。
 魔力量の問題で幻覚の内容や掛かり具合も変わるそうですよ。
 今回同じ幻覚を見たのは多分、エヴァンジェリン嬢の魔力障壁のせいでしょう。
 障壁のせいで、エヴァンジェリン嬢の見た幻想を他のメンバーにも投影してしまったのでしょう。」

それを聞いて、ディルムッドやや顔をしがめる。

「それじゃぁまるでエヴァが悪いみたいじゃないか。」

それを聞いて、キールは申し訳ないような顔をして、

「それは失礼。悪く言うつもりは無かったのですが。」

それにさらにドクロが追い討ちをかける。

「キール、アンタ無神経すぎだよ。」

それを聞いたキールが凹むという珍しい絵が見れた。
と、そうじゃないそうじゃない、ディルムッドが写して来た文字を見るが、
そうもこれだけで完成していない。まぁ、数を見て遺跡の奥に入るにつれ発動するトラップなら当然なのだが、
それでも、このバラつきは何とも。そう思い、いくつかの紙を重ねて眺めながら、ノートを使い解読する。

「女狐、後どれくらいかかんだい?」

そうドクロがやる気なさそうに聞いてくる。
後どれくらいか、今の現状であるのが写した特殊文字と、俺のノートに書いてある文字。
そして、ゲートにたどり着けるように使う魔法。一応はこのゲートたどり着く為の魔法を使えば効果を薄める事は出来ると思うが、
完璧とはいえない。術式が違えば、まったく聞かない事も考えられる。
ふぅ、まったく持って現実的で幻想的な遺跡な事。

「一応は目処が立った。しかし、効果が万全じゃない。
 進むならキールからナイフを借りた方がいいな。」

そう言うと、キールが各人にナイフを配る。
俺の方は、魔力障壁を張りその障壁に術式の投影と、
ついでに人形を影から引っ張り出してデコイ代わりに使う。
少なくとも、この人形と、俺を結ぶ糸が切れない限りは幻想と現実との区別がつく。
まぁ、魔物なんかに糸を切られたらそれでお終いの、本当に簡単なデコイだが。

そこまでして、ようやく遺跡の地下に進む事が出来る。
まったく持って厄介だ。今の階層が2階層だから、最深部までは後3階層。
何が出るのやら。そう思いながら、奥に進み、3階層目に降りる。

3階層目はコケと蔦の量が減り、代わりに壁が剥き出しになっている。
つまりは、幻想トラップにかかりやすくなると言う事か。
ついでに言えば、ここに来るまでに朽ちた先輩冒険者の亡骸が多数あった。
まぁ、ミイラ化もしくは屍蝋化していたので、かなり古いものだというのが分かる。
それに、体のあちこちが食われていたり、腕が無かったりしている。

もし、俺達も幻想に捕らわれ続ければ、魔物に美味しく頂かれるか、先輩のようにミイラか或いは屍蝋になるか。
俺はどちらにもならず彷徨い続けるだろうが、そんな結末は間違っても望んではいない。
しかし、幸いな事にモンスターに襲われはしたが、今の所幻想トラップは発動していない。
これが術式のおかげか、それとも最初にキールの言ったトラップが発動しないという事なのかは分からない。
だが、今はそれを確かめる気も無い。今そんな物が発動すれば、どうなるか分かったものじゃない。
先頭を歩く人形が無事だから今の所はモンスターも含め大丈夫なのだろう。

ついでに言えば、宝箱を開ける時は人形を使い、武装解除を避けたり、飛んできた魔法の矢を人形が受け止めたりして、
人形がかなりボロボロになってしまった。
これ一体を作るのに時間も労力もかかるが、しかし、永遠にさ迷う事と人形がボロボロに成る事を天秤にかけるなら、
俺は少なくとも、人形に身代わりになって貰う方を選ぶ。

「キール、後どれくらいで4階層に入る?」

そうキールに聞くと、キールは微かに考え込み、

「記憶が確かなら、もうすぐです。
 ただ、ここまで来るのも一本道ではなく、私が過去に通った道を記憶と目印を辿りながら進んでいますので、
 正確の時間は分かりません。」

そのキールの発言にディルムッドが食いつく。

「その道は間違ってないのか?さっきのトラップのせいもあって割りと不安なんだが。」

そう言うと、それにはドクロが答えた。

「間違っちゃぁいないよ。アタイもここまでは潜ったことがあるから確かさ。
 ついでに言えば、床と壁をみな。小さなナイフ傷があるから。」

そういって、ドクロが壁を指差す。
そこにはナイフで付けられたであろう傷がある。
これに気付かないとは、今度は無意識に壁を見ない様にしていたのかも知れない。
なんだか、遺跡に玩ばれている様な気がするな。そう思いながら進む。

奥に進むにつれ辺りには、また遺体が増えだした。
しかし、こんなに遺体があってよく先輩達は潜ろうとしたな。
そう思いながら、しげしげとあたりの遺体を見ていると、ドクロが茶化してくる。

「エヴァちゃ~ん、あたりをキョロキョロシて怖いでちゅかぁ?
 お化けはいまちぇんよ~ってな。」

そう言いながら豪快に笑っている。
ドクロのこれは病気か、或いはシリアスが出来ないか、もしくはムードメーカーが間違った方に突っ走ればこうなるのだろう。
まぁ、こんな忘れられた墓所と言っても過言ではない場所で、これだけの口が叩けるのだから、生半可な精神力じゃないだろう。
きっとドクロの心臓は鋼鉄で出来ていて、さらに有刺鉄線かなんかでグルグル巻きになっているに違いない。

「怖くは無い。ただ、これだけ死体が転がっていてよく潜ろうと思ったなとな。」

魔法薬を吸いながらそう言うと、横のディルムッドもコクコク頷いている。
しかし、このおかげでなかなかに衝撃的な事が聞けることになる。

「あぁ、違うよこれ。死体じゃなくて何て言ったなねぇ?
 キール、説明しな。」

そう言われたキールはやれやれといった感じで口を開いた。

「全てと言う訳ではありませんが、この中の何体かは錬金術師が作ったオドラデクエンジェルという物の残骸らしいですよ。」

「・・・・・・・、マジか?」

「本当と書いてマジと読むなら、マジですね。」

そう言われて、あたりの死体を再度見る。
しかし、やはり死体は死体で死体しかない。
この死体の中からオドラデクエンジェルを見つけるのは至難な業か、
あるいは全部壊して回れば・・・・・・、確実に呪われるな。
呪いが効くかは分からんけど、要らん恨みを買う必要は無い。
しかし、一体ぐらい欲しいなぁ、オドラデクエンジェル。
そう思っていると、横にいるディルムッドが疲れた顔で話しかけてくる。

「エヴァ、キールの話を聞いた瞬間目の色が変わったぞ。
 頼むから、死体を荒らさないでくれよ、一体何が起こるか分からないんだから。」

そう言われると、余計欲しくなるのだが。
人間止められると、余計その止められた事をしたくなるのは人の性よの。
だが、本当にしたら何が起こるのか分からないのもまた事実。
そう考えると余計調べたくなる。

「む~っ。」

「『む~っ』じゃ無い、物欲しそうに見ない。」

ピシャリとディルムッドが俺に言ってくる。
ん~、ここはディルムッドに身売りならぬ耳売りをすれば、どうにかならないだろうか?
そのやり取りをみていた、キールは苦笑し、ドクロは

「女狐、アタイへの当て付けか?
 カラクリと仲のいい所を見せ付けるという当て付けなんだな。
 彼氏のいないアタイへの当て付けなんだな!?」

そう言いながら棍棒を振り回している。
ついでに言えば、ドクロの横では自身の顔を指差しているキールがいる。
あぁ、可哀相に。その動作をして気付いて貰えないのは痛い。
だが、気付いて貰えないのもまたお約束か。

そんな感じで、ユルク遺跡の奥を目指し、途中でミミックや他の魔獣を殺して影に投げ込んで、
溜め込まれたアイテムやお金を回収しながら奥へ進む。ゲームなんかでモンスターからアイテムや金を得る事が出来るが、
実際の迷宮では、死んだ先輩達の持ち物がそのまま、俺達の得るお金か或いはアイテムになる、非常にシビアな世界だ。
言ってしまえば、死んだ先輩が多いダンジョンほど、いい金儲けが出来るという事になる。
だが、それはそれだけ難易度が高い場所なので迂闊には入れないだろう。
そう思いながら、着いたのは4階層への入り口。

「ここから先は何があるか分かりません。どうか、気を付けてください。」

そうキールに言われて再度気を引き締めなおす。
一応、4階までは調査が入っているとは言え、それが安全に繋がるかと言えば答えはNOだ。
この遺跡は生易しくは無い。その事を考えれば、この奥に一体何があるのやら。
錬金術の秘術か、或いは魔法使いの魔導書か。まぁ、俺の目的は吸血鬼についてなんだが。

そう思いながら階段を下り、いよいよ第4階層。
あたりは完全にコケや蔦は無く、むしろ、風化した後も見受けられない。
その綺麗さがなお不気味さを際立たせる。冥府へと続く道、暗い回廊を見ているとそんな言葉が頭をちらりとよぎる。
いや、実際にここに来るまでの間に死体を見たから、あながち間違っていないのかも知れない。
それに、心なしかキールやドクロの顔つきも引き締まったように思う。

「調査結果の中にこの階層のマップは無かったのか?」

そう聞くと、キールは横に首を振って返した。

「ありませんね。記録は全てアリアドネーに持っていかれています。」

そう言われて辺りを見る。
石造りの壁と、あるのはどこかに通じる多くの扉。
多分、この扉を開かなければ問題が無いという事だろうか?
しかし、開けない事には発掘も調査もあった物じゃないんだが。
そう思いながら、闇の精霊を行う。

「エメト・メト・メメント・モリ 闇精召喚 徘徊する闇。」

そうして呼び出した闇の精霊の数は20体。
この精霊を各扉に向かわせ、中を探らせる。
ちなみに、この精霊たちだが、俺と視覚共有ができる。
そうやって、精霊を散らばせているとキールが驚いたように俺を見てくる。

「良くこの中でそれだけの召喚が行えますね。
 私の魔力量だとせいぜい5体が限界ですよ。それに、それをしてしまえば後は戦えませんしね。」

そう言いながら、精霊たちを見送っている。

「エヴァは特別魔力量が多いから当然だろ。」

そう言いながら、どこか得意げにディルムッドが腕を組、
ドクロが頭の後ろで手を組みながら、

「それでも接近戦が出来ないと、この遺跡はつらいよ。
 何せ、妨害岩だらけだからね。」

「分かっているなら黙れ、気が散る。」

確かにドクロの言うとおり、あたりの岩のせいか精霊の操作も、
視覚共有もどうもまちまちで、精度が落ちる。まぁ、それでもしないよりはマシだ。
そう思いながら、精霊達を操り近くの部屋から暴いていく。
その間、俺達もおくにゆっくりと進む。

部屋の中は、大概は前の調査隊が持ち去ったのか、閑散としている映像が頭に浮かび、
それ以外の所も似たような印象を受ける。そして、どんどん奥の部屋を見ていくと、
1つ入れない部屋が出てきたので、取り敢えずその部屋の扉のある位置まで行ってペタペタと調べる。
いや、部屋といっても扉がないので今は壁か。遺跡の構造や、この階の作りからして、この位置には部屋があるはずだ。
現に、精霊達もこの位置で行き詰っている。

「どうしたんだい女狐、壁なんて触って。」

そう言いながら不思議そうにドクロが見てくる。

「いや、ここに部屋があるはずなんだ。チャチャゼロ、私の耳じゃ壁に当てれん。
 チョット耳を壁に当てて音を聞いてくれ。」

そう言うと、ディルムッドは方膝を尽き、壁に耳を当てる。
そして、扉のあるであろう位置を軽く叩いていく。

こんこん・・・・・、こんこん・・・・・、

「違いは在るか?」

「今の所はない。もう少し位置を変えてみたらどうだ?」

そう言われて位置を変えるために後を向くと、そこには壁に耳を当てたドクロと、
それと見詰め合うように耳を当てているキールがいた。
うん、真面目だという事は分かるんだが、何だろうこの真っ暗な遺跡の中で、
3人の人間が壁に耳を当てているというシュールさは。

そう思いながら、米神を掻く。
しかし、本人達は真面目なのだろう、ドクロが早くしろと目で訴えてくる。
はぁ、まぁ、発掘だし、隠し扉っぽいしこう言うのもありか。
そう思いながら、俺自身も聴覚を研ぎ澄まし壁を叩いていく。

こんこん・・・・、こんこん・・・・、コンコン

今、1ヶ所違った。そう思い、その辺りを叩く。
位置はドクロの後辺り、俺の動作を見た他のメンバーも、各人で壁に耳を当てその辺りを叩き出す。

こんこん・・・・・、コンコン・・・・、コンコン。

「あぁもう!じれったいねぇ!」

そういって、ドクロが切れだした。
まぁ、これだけコンコンやれば当然か。
だが、もう少しで位置が特定できそうだ。
そう思っていると、ディルムッドから声が上がる。

「エヴァ、多分この位置が一番深い。」

そう言われて、ディルムッドが叩いていた辺りの壁の音を聞く。

コンコン・・・・、コンコン・・・・、コンコン

ビンゴ!確かにこの位置だ。ここが一番音の通りがいい。
まぁ、見た目は石造りの壁だが多分ここの奥には部屋がある。

「キール、石の隙間にナイフを挟んで爆破してくれ。」

そう言うとキールは素早く石の隙間にナイフを挟みこんでいく。

「準備できました。多分10本分なら確実でしょう。」

そう言われて、その壁の位置から下がり、俺の後ろに三人を控えさせて、障壁に魔力を回し更に安全のために氷楯を出現させる。
ちなみに、氷楯は魔法を跳ね返す効果もあるので、魔力をつぎ込むとかなり安全性が上がる。
そして、

「破せる焔。」

ドゴォォォォォオォォオオ・・・・・・。

キールが両の指輪を向け、ナイフを爆破する。
さすがに10本まとめて爆破すると中々に派手な事になる。
氷楯から顔を出してナイフのあった位置を見ると焦げてヒビの入った壁が見える。
あの爆破でヒビだけとは中々頑丈に作ってある。と、言うか頑丈すぎだろこれ。
そう思って後を見ると、他のメンバーも困惑している。
ただ一人元気に笑っているのもいるが、
はぁ、こいつにGO サインを出すのはなんだか嫌な予感しかしないんだよな。

「非常に不本意だが、ドクロ、あの壁を全力でぶち壊せ!!」

そう言うと、ドクロは楽しそうに氷楯を飛び越えて壁の方に向かって行き、
思い切り棍棒を振り上げながら。

「ぶち抜け!!エクスカリバーーーーーン!!!撲殺しうるミズ○ノの一撃

気合一線、いた、一撃か。その一撃のもとヒビの入っていた壁は砕け、奥に続く道が現れる。
そして、その道の中に闇の精霊と、人形を操作して送り込み中の偵察をする。
道の行き止まりは直ぐに現れるが、しかし、それは行き止まりではなく扉。
どうも、精霊はこの中に入れないらしい。多分、何らかの結界が張ってあるのだろう。
そう思い、人形に扉を開けさせる。その間、俺達も扉の方に近付く為に奥にはいる。

この場所は、調査の手も魔物も入らなかったのだろう。
辺りは埃は溜まっているが、それ以外に見当たる物は無い。
そして、着いたのは先ほど人形を送り込んだ扉の前。
しかし、扉の中の様子は伺えない。多分魔力封印結界だろう。
あの人形も糸を使って魔力を送っていたが、扉の手前までは糸に魔力が流れても、
それ以降は魔力が流れない。どのレベルの封印魔法かは不明だが、なかなか怖いな。
ついでに言えば、開けたはずの扉も閉まっているし。

「チャチャゼロ、キサマはここで外を警戒しろ。後、キールも外で待機の方がいい。
 どうも中は魔法が使えんようだ。」

そう言うと、ディルムッドは納得するが、キールが納得せずに口を開く。

「魔法が使えないのなら、ドクロだけ連れて中に入るのは危険でしょう。
 せめて、チャチャゼロさんは連れて行ってください。彼の力なら魔力に関係なく戦えるでしょう。」

しかし、それには却下を下すしかない。
下手にディルムッドを連れて中に入ればコイツ自体が人形に戻る可能性もある。
それに、外で待機して貰っていた方がいざと言う時の対処がしやすい。

「すまんが、外を2人で守ってくれ。
 一応精霊を飛ばして周りを見た結果この部屋は正方形だ。
 だから、ここで待っていてもらって、外で何か起きた時と中で何か起きた時の対処を頼む。
 なに、何か起これば悲鳴ぐらい上げるさ。それに、この銃は作りが簡単な分こんな事も出来る。」

そういって取り出したのは、ドア・ノッカー用の実弾。
これに関して言えるのは作りが簡単だったから実現した物という所だろう。
中折れ式で、なおかつ1発ずつ弾を込める形式だから、こうやって実弾との相互性が出せる。
ただ、中の結界がどういう種類か分からないので持って行く実弾の量が多くなるのが問題か。
そう思いながら、ドア・ノッカーに1発。腰の周りに更にベルトをつけて、そのベルトに弾を20発。
伍長のように片腕の手甲に弾を10発。合計31発。

「キール、俺達はここで彼女達の安全を守る盾になる。
 少なくとも、ここに来るまでに魔物の爪痕は無かった。だから安全と言うわけじゃないが、
 だが、危険度で言えばこの道を魔物が通って入ってくる可能性の方が高い。」

そう言いながら、ディルムッドは二本の槍を両手に持つ。

「そうそうキール、アンタも男を見せな。愛する女達の帰る場所を守るって言うね。」

そう言いながらドクロが笑ってみせる。
それを聞いたキールは苦笑しながら、

「チャチャゼロさんはエヴァンジェリン嬢を信頼しているのですね。
 それと、ドクロ今のは死に行く者の言葉ですよ。生きて帰ってきてくださいね私の愛する人。」

それを聞いたドクロが顔を真っ赤に捨てそっぽを向く。
クックック・・・・、発言は別にしてドクロは中々に初心で純情らしい。
さて、ドクロが爆発する前に中に入るか。そう思いドア・ノッカーを手に持ち、
魔法薬を大きく吸い込んで吐き出し、言葉を吐く。

「さて、話も決まった。何が出るかは知らんが、生きてここに戻ってくる。」

そういい、棍棒を構えたドクロと共に部屋の中に入る。



[10094] 予想しておくべきだったな第21話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 21:59
予想しておくべきだったな第21話











ーside中の2人ー


言葉を残し、押し戸式の扉を押し中に入る。
バタンと言う重厚な音の後、入って直ぐに目に入ったのは糸の切れた俺の人形。
どうも、扉の閉まる勢いで糸が切れたらしい。
しかし、それは俺の後ろの扉がそれだ密閉率が高くなおかつ、
鋼程度の強度のある糸を磨り潰し、切る事が出来る事を物語っている。
ついでに言えば、奥の方から水がこぼれる音がする。
どこかに穴でも開いているのだろうか?

「ドアは開かないみたいだねぇ、なんかの仕掛けかい?
 ついでに言やぁ、なんか身体が重いねぇ。一応、障壁とかは張れるけど。」

そういって、ドクロは今入った扉を調べている。
部屋の中は明かりも無く、今の光源は俺のブルースチィールのランタンだけ。
まさしく、この銃とランタンの持ち主が如く死沼へ誘う鬼火に導かれるままこの部屋に入った気分だ。
そう思いながら、腰のランタンを左手に持ち、奥を照らせるようにする。
ここに入る前にキセルを直しておいて良かった、下手に出したままだと邪魔になる。

部屋の広さは大体200メーター四方の正方形で奥の方は見えない。
ついでにどうも、魔力封印の結界でも張ってあるのか、今の俺の魔力の上限は大体魔法の矢5発分ぐらいか。
ただ、ディルムッドに流れる魔力が変わらないので、この部屋限定なのだろう。

「多分魔力封印のせいだ、そのせいで、身体強化も魔力障壁もガタガタになっている。
 何があるかは分からんが、無茶はするなよ。」

そう言いながら辺りを照らす。
映し出されたのはいくつかの本棚群。
近付いて見ると埃も被らず、やけに綺麗なのが分かる。
多分、使われなくなって長く、更に密閉率のせいで空気の流れも最少しかなく、
部屋その物が缶詰めのような状態だったのだろう。

「あ~あ、本ばっかり、金目の物は無いかねぇ?」

そう言いながら、本を引っ張り出してドクロが見ている。
俺も近くの本を見てみるが、理解できる文と出来ない文がある。
どうも、この本は今の古代文字と、その前の古代の文字を組み合わせて書いてあるようだ。
その事から考えれば、ここの書物は相当に古い。
下手すれば紀元前クラスか、ゲートで使われている文字もあるし。
ドクロの方は早々に飽きたのか、俺の横に立っている。
たぶん、明かりが無い所をうろつくのはマズイと思ったのだろう。

「ドクロ、契約どおり書籍関連はすべて貰うぞ。」

そう言うと、ドクロの方は首をすくめながら、

「あぁ、アタイじゃ捌けないし好きにしな。」

そういいながら俺を見てくる。
ドクロとの最初の契約で、報酬の支払いは総額を5:5、ただ、
これはディルムッドの分も含めてなので、ウチの分は2,5と2,5の併せて5となる。
ただ、例外として本関連が出た場合は、ウチがすべて総取りとなっている。

これは、基本的にトレジャーハンターの目的は遺跡の魔法具や錬金術アイテム、錬金術の素材、後は金銀宝石など、
即物的で、価値が分かり易い物を求める傾向が強く、本や石版、その他、歴史的価値のある物は求めない。
理由は、自由貿易都市まで運ぶのが大変な事や、基本的にそういった物を欲しがるヤツがアリアドネーなどの、
学術都市関連のいわゆる、学者や探求者、後は趣味として扱う人間しかおらず、
現状では発掘調査以外での書籍関連は、かさばるため遺跡に残されるので、
いくら魔法で加工されていようと大変勿体無い事になる。

「そろそろ奥に行かないかい? なんか音もかすかに聞こえるしさぁ。」

そう言いながら、俺の袖を引っ張る。
ふむ、ここで止まっていても仕方が無い。
現状では、本を読む事よりも先に扉を開く方が先か。
いくら本があっても、ここから出れないんじゃ意味が無い。
ついでに言えば死なない関係上、下手をすれば一生ここで暇に暮らすのか。
それは俺にとって拷問に等しい、一体何の刑罰なんだまったく、考え出したら薄ら寒くなってきた。

「あぁ、扉を開いて外でじっくり見るとしよう。
 さしあたっては音のなる方へか。」

そう言って、ランタンとドア・ノッカーを構え、水の音のする方へ進む。


ーside外の2人ー


二人が中に入って扉の前でキールと共に帰ってくるのを待つ。
幸い魔力はエヴァから流れてくるので問題は無いが、念話は通じない。
まぁ、彼女が簡単に死ぬとは思えないので、今はここで彼女の帰りを待つとしよう。
そう思い、壁に背中を預けて腕組みをして立っていると、扉に背を預けて方膝を抱え込む姿勢で座っていたキールが口を開く。

「チャチャゼロさん少し話をしませんか?
 私にはどうしても分からない事があるのですよ。」

そう言いながら俺を見上げてくる。
分からない事・・・・、もしかして、この遺跡のトラップで何か気付いた事があるのだろうか?
それならば、早く中の彼女達に教えた方がいいのかも知れない。

「何だ、何か気付いた事でもあるのか?」

そう言うと、キールは俯きながら言葉を漏らした。

「いえ、人に聞いても答えが出るとは思えないのですが・・・・、」

そういって、一旦言葉を切り深呼吸をして、俺の目を見ながら、

「人に好きになって貰うには・・・・、信頼してもらうにはどうしたら良いのでしょう?」

そういって、また顔を俯かせる。
参ったな、この手の質問だったか。
しかし、俺もこれにばかりは答えられない。
何せ、今の俺自身エヴァの信頼を総て貰っていないと思っているのだから、
こればかりは、どう答えていいモノか非常に悩む。
なので、そのままの現状を返すか。

「それは俺にも分からない。
 何せ、エヴァは俺を信頼していてくれても、その総てを預けてはくれないからな。」

そう言うと、キールは信じられないモノを見るように俺を見てくる。
そして、事実声も信じられないといっている。

「エヴァンジェリン嬢が貴方に信頼の総てを預けていないと?
 そんな事は無いでしょう。何せ、貴方方がララスに来て、すでに半年以上がたちますが、
 その間、彼女が何時も一番に意見を求めるのは貴方でしたよ?それで総ての信頼を勝ち得ていないと?」

そういって、不思議そうに俺を見てくる。
確かに、キールの言っている事は正しいが、
それでもなお俺とエヴァにはあるのは、信頼関係という言葉では表せないさまざまなモノであり思い。

「あぁ、俺とエヴァの関係はそうだな・・・、パートナーであり共犯者であり、そして、主と騎士だ。
 しかし、エヴァはまだ俺に満足していない。何せ、欲張りな彼女だ、彼女に信頼を勝ち得る為には力をつけ、
 彼女と共に駆け抜けるだけの気概を持ち、さらにそれを楽しめる度量がいる。そんなもの、一朝一夕では完成しない。」

そう言うと、キールは目を丸くしている。
そして、考えながら、

「貴方方はもう連れ添って長いのではないですか?
 貴方方を見ていると、すでにもう何十年もの時を共にした様な仲に見えるのですが?」

そう言われて、目をつぶって思い出すのは、彼女と初めて出会った月の綺麗な夜。
考えてみれば、俺の今はあの夜に始まり、そして今なお続いている。
あの時彼女の差し出す手を取り、顔に癒える事の無い傷を負い、
そして、今もまだ忠義を尽くし彼女と共にいる。

考えてみれば彼女から貰ったものは多い。
今の世界の知識に新たな力、自身の最も欲していた騎士としての忠義に、今を楽しむと言う生き方。
彼女は歪で歪んでいるが、それでもなお俺を引き付ける。
その事に時間は必要か・・・・・、答えは『否』だろう。
それに、彼女は依存されるのは気にしないが、依存する事は無い。

「エヴァと出会ってから5年ぐらいか、片時も側を離れた事も無いが、
 それでも目を離すと彼女は勝手に何処かに行ってしまう。
 それを追うのも大変なら、追った後も大変で、毎度毎度そんな事に首を突っ込むなと言いたくなる事ばかりだ。
 だが、それでも不思議と悪くないんだよ・・・・、彼女と2人ならね。」

俺がそう言うと、キールは言葉を噛み締めるように目を閉じ口を開く。

「フフッ、たいした惚気ですね。まったく持って羨ましい。」

あぁ、エヴァンジェリン嬢が羨ましい。
そして、目の前のチャチャゼロさんがもっと羨ましい。
チャチャゼロさんは気付いていないかも知れないですが、
彼の顔はエヴァンジェリン嬢を良く言う時も、悪く言う時も変わらず、ずっと楽しそうなのですから。
それに、癖なのか自身の顔にある傷を話しながら、たまに触っているんですよ。
まったく持って、完璧に惚気られたしまいましたね。

それに、チャチャゼロさんの言葉の節々に彼の苦労も見え隠れしますし。
考えてみれば、私はドクロと遺跡に潜ったのは今までに1回、今回を併せて2回目でしたね。
なるほど、そんな男を好きになるのも無理なら、信頼するのも無理。
ついで言えば、前に潜った時には、

「キールつったねぇ、あんた歩くの早すぎ。ちったぁこっちの事考えな。」

なんて、声をかけられたのが初めての出会いで、
次は、ララスで、

「なんだい勿体無いねぇ、それとも根性が足りないの根性が、
 アンタとならまた他の遺跡にも2人で潜っても良かったのにねぇ。
 あ、そん時はアタイに合わせて歩くんだよ、アンタ歩くの早いんだからさぁ。」

そんなこんなで、彼女が私の店に入り浸るようになり、
私もそれに合わせるように店の店主になって、考えてみれば、
今回こうやって私がまた遺跡に潜る気になったのも彼女に言った、
2人でなら潜ってもいいと言う言葉を、エヴァンジェリン嬢とチャチャゼロさんに重ねていたのかもしれませんね。

私らしくないと言えば、私らしくないですが、それでも今回潜った事で、
何かしらの歯車が回ってくれれば私としては嬉しい限りです。
何せ、今回は彼女から『歩くの早すぎ』とは言われて無いのですから。

彼女を好きになったきっかけは・・・・、今はもう思い出せませんね。
しいて言うなら、私の店で一度彼女が飲みながら愚痴った時ですか。
彼女が、

「もう死なせない、こんな仕事してりゃぁ人が死ぬのなんて見飽きるけど、でも、もう死なせない。キール酒!」

そう言いながら、彼女は浴びるように酒を飲んでしました。
後から聞いた話では、彼女が加わったパーティーが彼女を残し全滅して、
その代わりに、彼女は傷一つ負う事無く助かったと言う、割と良くある話でした。

でも、私が覚えているのはそんな事件の内容では無く、
彼女が愚痴っていた言葉では無く、彼女の泣きたいのに泣けないといった表情。
その表情が頭から離れず、今もなお思い出せます。
そして、その時私が思ったのは泣きたいなら泣けばいいのにでした。

しかし、彼女は泣かずに、ひたすら悲しみを噛み締めていて、でも泣かなくて・・・・。
そして、どうして泣かないのかを考えるようになり、出た結果が『涙を預けられる相手がいないから。』でした。
だからでしょうか、その後は意外と早くなら私が預けられる相手になれば良いと思い、
そして好きになっていたという所ですか。多分、これで間違い・・・・・無いでしょう。
フフッ、今考えると青臭い気もしますが、でも、その青臭さがあるからこそ出来る事もあるのかも知れませんね。

カシャン・・・・・、カシャ・・・・・・ン、

と、どうやらお招きしていないお客さんのようですね。
今までのように簡単に倒れてくれるとありがたいのですが、
そう思い、横を見ると、チャチャゼロさんも2本の木の槍を独特な構えで構えています。
はてさて、私達は後の扉を守ってお留守番するのが彼女達からのオーダーなのですから、
酒場の店主としてはきっちり答えるとしましょう。

「キール、ここは狭い上に天井も低く、俺は槍で突く事が主体になる。援護は任せたぞ。」

そう言いながら、チャチャゼロさんは槍を構えて、闇の中を見ようと目を凝らしています。
さて、私も私に出来る事を頑張りますかね。

「分かりました、では、まずは明かりをつけましょう。」

そういって、キールは数十本のナイフを壁にめがけて投げつけ、
そして、壁に刺さったナイフが光りだした。
なるほど、これなら辺りが見やすくて助かる。
そう思い、通路を渡り俺達の前に姿を現すモノを見逃さないよう闇に目を凝らす。


ーside中の2人ー


50メーターぐらい進んだだろうか、部屋の中は相変わらず本棚が乱立して続いている。
そのせいで奥の方まで見えず、だが、それでも水の音には近付いている。
水の音に一定のリズムは無い、ただ、何かを汲み上げて、それをどこかにこぼす音。
それと、この部屋だがどうも遺跡と言うには古さが足りない、逆に今の技術では作れないような気がする。
オーパーツ、そんな言葉が頭をよぎる。

しかし、もしもの話だが、超の言う最大のネタバレである火星人と言う事が本当なら、
もしかすればこの遺跡群はテラホーミング用の母船か、或いは研究施設なのではないだろうか?
確信は無い。あるのは推測のみで、他は自身の目で見た事実のみ。
しかし、この遺跡や、他の遺跡も潜ってみて分かったが、どうも技術的に今の時代で作るには到底不可能なものが多い。
それに、超は自身を未来人と言い、そして未来に帰っている。
その事を考えれば、時間の壁と言うモノをこの世界では越える事が出来る。
さらに言えば、ゲートを用いれば他の世界に飛ぶ事も可能。

何だろう、昔映画で見たスターゲートと言う作品が思い浮かぶ。
行き先や何かは違うが、大まかに言えばあれの類似作と考えると頭の中がすっきりするかも知れない。
まぁ、出た先が古代エジプトに似た世界ではなく、魔法上等ファンタジーな世界だったと言う所か。

「なんだいエヴァ、難しい顔して。今はとっととここを出る方法をさがすんだろ?」

ドクロの声で思考を中断する。
確かに、ここに閉じ込められたままでは今の思考に意味はない。
この思考が何時役立つかは知らないが、それでも何らかの形で役立つ事もあるだろう。

「あぁ、そうだな。それに、もう水の音も近い。あの本棚を越えた辺りか?」

そう言いながら、乱立する本棚の中を進む。
そして、出たのは本棚が無く開けた場所。
辺りには檻のような物があったが、今はもう使えないのだろう壊れている。
しかし、問題はそこではない。そう今の問題は

「あぁ~ん?今日は客が多いじゃねぁか。何だ、こんな大罪人の所によぉ。」

そういって、自身の目の前にある樽の様な容器から何かを御椀で掬い出して口に運ぶ。
しかし、その掬い出して飲んだものは、体に刺さっているチューブからまた容器の中に戻っている。
近くには、刃こぼれした鉈のようなナイフがいくつかあり、地面に突き刺さっている。

「エヴァ、アイツ生きてるのかい?」

「知らん、しかし、喋るなら死んではいないのだろ?
 ついでに目がチカチカ光ってる。」

目の前にいる人物・・・・、いや、黒い骨が白い白衣を着た骨格標本とでも言えばいいのだろうか?
両手は太い手甲で覆われてはいるが、それでも、それに続く腕は骨で、指も骨。
きっと、その白衣の下も骨なのだろうし、ズボンの中も同じだろう。しかし、これ魔族や魔物の類ではない。
その上で、この密閉率が高く、壁に塗り込められた部屋で生き続け事の出来るもモノで該当するもの。
さらに、この遺跡でここに来るまでに出会っていないもので該当するのはオドラデクエンジェル。
それが、今目の前で動いている物の正体ではないだろうか?

「なんでぇ、何黙ってやがる?あぁん?」

なんというか、ガラが悪い。
しかし、そんな中でも樽の中から御椀で掬い上げて飲む動作を止めない。

「うるさいねぇ、アンタ見てるとウチのじぃ様思い出すんだよ。ちょっと黙ってな!」

あぁ、これで、コイツがムクロの娘だって事がハッキリしたな。
ディルムッドに言われた後、何度か聞こうかと思ったが、何だかんだで聞きそびれていて聞けなかった。
今の感想を言えば、のどに刺さった小骨が取れた感じだろう。
と、いかんな。今は目の前の動く骸骨にかまってやらないと。

「そういきり立つなドクロ。それと、キサマに聞きたいのは、ここが何処で、どうやって外にでるかだ。
 知っているなら教えて頂こうか。細身のジェントルマン。」

そう言うと、白衣の骸骨は樽の中の液体を飲みながら喋りだした。
その口調はとても疲れていて、同時に自暴自棄であり、さらに言えば、苛立っている。

「出方なんてしらねぇよ、もう何もかも忘れちまった。
 そもそも、俺が何でこんなとこにいるのかも、何でこれがなくならねぇのかもよぉ。
 ついでに言えば、俺の罪もだ。哀れだろ、何を償っているのかわからねぇのに、償い続けるって言うのもよぉ。
 ・・・・・、しってっか小童ども、永遠と言う名の美酒は同時に終わりの無い酒乱を生むってよぉぉぉぉ!!!!」

そう言いながら、近くに有った鉈のようなナイフを右手で抜き切りかかって来た。
ついでに言えば、あの骸骨が立った事によって部屋の電気がついた。

「ちっ!女狐、あいつ殺していいのかい!?」

そう言っている間も、白衣のドクロはこちらに切りかかってくる。
身長は、座っている時は気かなかったが2メーター半ぐらいあり、その手も足も長い。
その体格から繰り出されるナイフは鋭く、さらに言えば、距離感が掴みにくい!
一撃目はどうにか2人とも後に下がりかわす事が出来た。
しかし、白衣の骸骨の追撃は止む気配が無い。

「かまわん、ヤってやれ。さもなくば私達がヤツのお仲間になる!」

「じぃ様みたいになるには、アタイはまだチョット早いねぇ!!」

そう言いながら、ドクロは武器を構え、俺もドア・ノッカーを構える。
どんぶり勘定で一発撃った後のリロードは大体5秒。だが、この数字を出すには火傷を気にしない事が条件。
まぁ、再生できるから問題は無いが、それをこなすだけの精神力が持つかか・・・・、いや、持つかではなく持たせるの間違いか。
そもそも、今はそんな事を言っている場合ではない。目の前の白衣のドクロは傍若無人に鉈で斬りかかって来るんだし!

目の前に迫る横薙ぎの鉈を、ドクロは伏せて避け、俺はバックステップで避ける。
その後、ドクロが四つん這いで獣のように後に跳躍して俺の横に来る。
俺の方は、かわしたつもりが、完全には回避できず、胸の下あたりの服がパックリと横に切られた。
白衣のドクロの方は、一旦仕切りなおしか、俺達に背を向け、樽の中の液体を飲んでまた樽にチューブから吐き出している。

「ドクロ、好きなだけあの酒乱をド突いてヤれ。私は先ず、活路を開く!」

そう言うと、ドクロも楽しそうに棍棒を構えながら、

「そいつぁーご機嫌だ!アタイ好みだよ!!」

そう言われて、銃を構える。
狙うは白衣のドクロの眼。人と違い骨なので的はデカイ。
しかし、問題なのはそこを撃って有効かと言う事。まぁ、やらない事には始まらないか!
相変わらず、白衣のドクロは液体を飲んで元気になったのか、鉈を技なく振るいながら迫ってくる。
試しにドクロが、鉈を横の滑る様に交わして回し蹴りを放ったが、大きな手甲に阻まれ、有効打にはならない。
さて、現状では俺達がと、言うよりドクロが不利なのは明白。俺の場合は、俺自身がダメージを追おうとどうとでもなる。
さて、それを前提として反撃と行こうか!

「ドクロ、考えて動けよ!」

そう言って右眼に照準を定め、

バヒューーーン

発射した弾は銃口を飛び出し、寸分たがわず白衣のドクロの右眼に吸い込まれるように飛んでいく。
その間も、俺はドア・ノッカーを素手で掴み、手のひらの焼ける感覚を感じながら弾を込める。
弾込めに4,5秒。予想より0,5秒早い、これはプラスだ。だが、俺の手の方もボロボロなのでトントンか。
痛みを誤魔化す為、一気に魔力を流し傷をふさぐ。しかし、魔力が少ないせいか、傷の再生には時間がかかる。
ドクロの方も、俺の撃った弾が有効化を見極めようと、骸骨の眼に着弾する瞬間を見ている。
しかし、

ガキン!

やたら鈍い音の後、俺の撃った弾はポロリと床に落ちた。
相手の眼の方は殆ど無傷・・・・?

「いてぇな!クソ餓鬼が!眼がチカチカしやがる!!」

そういって、弾丸の当たった右の眼を左手で押さえた。
それを見たドクロが、一気に走りより棍棒を縦に叩き付ける。
しかし、骸骨の方は残った右手を大きく振りかぶりドクロの一撃が当たった瞬間に鉈の柄でドクロの脇腹を殴りつける。
一応、ドクロも障壁ないし気での身体強化はしている。ならば、大丈夫だと思いたい。
ついでに言えば俺は、ドクロの疾走を見た瞬間に、その後を追い走り出していた。

あるチャンスは使う。勝てる見込みがあるなら、それに向かって進む。
ならば、今できる事はこの銃の最大活用である保身無きゼロ距離射撃!
幸い、骸骨の腕はドクロを払いのけて大きく開かれた腕と、片方の目を覆う手。
警戒するのは、目を覆っている手と、両足でいい。、
ドクロの後ろを走ったおかげで距離は詰めている。
蹴りを出すには近く、膝を出すには有効ではない距離。

身長差はあるが、ならば狙うのは顎の下から脳天にかけて。
一気に加速し体を体当たりするように相手にぶつけて、すぐさま腕を上に伸ばす。
銃身をゴリッっと顎の下に押し付けてゼロ距離で弾丸を撃ち出す!

バヒューーーン

しかし、それを行った後、顎を撃ち抜かれて大きく上向いた顔がガクンと下を向き、
刹那、俺の眼と骸骨のチカチカ光る眼が合う。

(効いてない!?)

思った瞬間、俺は左手で首を後から持ち上げられて、力任せにドクロと同じ方の壁に投げつけられた。

「ぐぁ・・・・。」

背中から叩き付けられたせいで肺から息が漏れる。
ついでに言えば、あの白衣の骸骨は中々に馬鹿力なんだろう、どうも首の感覚もおかしい。
あらかた骨が折れたか、砕けたかだろう。射撃のために魔力を総て使って、障壁も何も無かったから仕方ないか。
そう思い、首の辺りに魔力を集めて回復する。しかし、どうも首のすわりが悪い気がする。
ついでに言えば、瓦礫が体に乗って重い。

「めぎつねぇ、生きてっかぃ?」

声のする方を見ると、瓦礫を体から退けているドクロ。
コイツの方は、どうやら骨折等は無いらしい。

「不思議な事に生きてる。」

「ちっ、アンタもしぶといね。」

「お互い様だろ。さて、問題は今の動けない状態であの色黒伊達男が近寄ってくる事だが、何か案はあるか?」

そう言いながら未だに瓦礫が退ききらないドクロを見る。
しかし、ドクロの方も、案が無いのか怒鳴り返してくる。

「あるわけ無いだろ!あのハゲをぶん殴りたいけど、さすがに分がわりぃ。
 ついでに言えば、頭はアンタだよ。アタイは弾丸で、アンタは射手OK?」

そういっている間にも、白衣の骸骨は近寄って来て、もう一歩と言う所できびすを返した。
何だと思って見おくると、樽の中身をガブガブ飲んでいる。

「あのハゲ、酒乱じゃなくて酒好きじゃねぇか!
 チクショウ、今のでトドメさせたのに、情けをかけやがったあのバカは!!!」

そう言いながら、ドクロは無理やり瓦礫を退かしている。
確かに、ドクロの言うよに今のを見るだけなら酒好きに見える。
俺達を始末する事より、目の前の一杯を優先させたのだから。

ちっ、首の座りが悪いせいか、思考に靄がかかる。
しかし、答えのピースは揃っている筈だ。

「ドクロ言葉遊びだ!」

そう言うと、ドクロは怪訝な顔をして俺を見てくる。
しかし、そんな物はかまわない、やらなければ目の前に迫る脅威と無策で戦う羽目になる。
そう思いながら、睨み返す。

「なんだい女狐、恐怖で・・・・、はん!いいだろう、してやろうじゃないかい!」

その声を聞いて俺の方も、瓦礫を退けながら言葉を叫ぶ。

「大酒飲んだら!」

「二日酔い!」

ドクロも、俺に答えるように叫ぶ。

「暖かいベッドで!」

「寝て酔い覚まし!」

「酔えない酒は!」

「地獄のごうもぉおん!!」

そういって、ドクロは自身に乗っている最後の瓦礫を退ける。
俺の方も、体が回復してきたのか、頭に血が回りだした。
確かに、酔えない酒は拷問で、二日酔いならとっとと寝たい。

昔どこかの拷問に無理やり食べさ続ける言う物があった。
ならば、あの骸骨はそれと同じような拷問を受けているのだろう、何時終わるとも無く、
誰が止めるわけでもなく、酒が無くなり、綺麗さっぱりいい夢が見れるようになるまで。
しかし、酒は飲んでもチューブで樽に戻り、新たなる一杯に早代わり。
いい感じに永久機関だな。

「ドクロ、あれを永眠させる方法が見つかった。」

そう言うと、ドクロはニヤリと笑い、

「いいねぇ、最高だねぇ!なら、とっとと閻魔様にでも会って来てもらおうじゃねぇか!」

そう言いながら、立ち上がる。
俺の方も、立ち上がり、骸骨の横の樽を見る。
あれが壊せれば、このろくでもない罪人は寝る事が出来る。
しかし、あれを壊そうにも中々骨が折れそうだ。
そう思いながら、新たなる銃弾を込める。

俺の作った銃弾は貫通力重視の物だが、それでもこの口径から撃ち出せば大体の物は撃ち壊せる。
後願うなら、あの樽があの骸骨と同じ素材で作られてない事だろう。

「アレを引き付ける事は出来るか?」

そう言いながら銃口で骸骨を指す。
ドクロの方は一瞬考え、

「見栄は張らない、真正面で10秒、逃げながら打ち合って20秒。
 悔しいけど、今の状況ならそれが限界かねぇ?」

そうなると、俺が相手をした方がいいな。
何せ、俺はチョットやそったじゃ死なない。
そうと決まれば、

「私がアレを引き付ける!キサマは樽をヤれ!」

そういって骸骨に向かって駆け出す。

「あ!女狐、アタイにも殴らせろ!」

そう言いながらドクロは俺を追ってくるが、途中から姿を消した。
多分、本棚の隙間を使って樽に近寄る気だろう。
となれば、俺は俺の仕事をするか。
ガバガバ樽の中身をのんでいる骸骨に向かって言葉を放つ。

「咎人、どうやら死神がお迎えにきたらしいぞ?」

そう言うと、骸骨はお椀を樽の中に投げ込み、
手の甲で口を拭いながら、

「そうかい、しかし来るのがすこぉしばかり遅くねぇか?
 なんせ、俺は干乾びて風通しがこんなに良くなっちまった!!」

そう言いながら、今度は両手でナイフをもっって俺めがけて突っ込んでくる。
骸骨のはためく白衣の下は、骨と最低限の臓器を模しモノのしかなく、本当に風通しがよさそうだ。
そう思いながら、突っ込んでくる骸骨を樽から遠ざけるために、銃弾を頭めがけて放つ。

バヒューーーン

撃った弾の弾道は額に命中するコース。した所で有効打にはならないが、中らないよりはいい。
そう思いながら、発射して直ぐの銃に弾を込める。
触れた瞬間『ジューーー』という肉の焼ける音と臭いがするが、そんな物にかまっている暇は無い。
何せ、あの骸骨は止まらない。
そう思い、手早く弾込めをして、カチンと込めた瞬間に骸骨が右手で突きを出し、
さらに、そこから、左足で踏み込みながら左手で横真一文字に斬り裂き、
おまけに、その左足を軸足にして回し蹴りを放ってくる。

俺の方は、1つ目の突きを銃身でそらし、斬り裂きをバックステップで避け、
最後の蹴りを体の正面で受けるように反転して、銃を突き出し、回し蹴りにあわせて脛に打ち込むと同時に後ろに下がる。

「いってぇなぁ嬢ちゃんさっきからよぉ。」

そう言いながらも、骸骨はまったく持って無傷。
痛いと思うなら凹むぐらいはして欲しい。
今の状況でコイツは少なくとも戦車の装甲以上の硬さを持っている事になるんだし、
それぐらいのサービスはして欲しい。そう思いながら、焼けた銃身を素手でさわり弾を交換する。
ちらりとドクロを捜せば、もう樽の直ぐ側、今のままいれば気付かれないか。

「痛いと思うなら倒れたらどうだ?楽になるぞ?」

そう言うと、骸骨の方は左手で頭を掻きながら、

「そう言う訳にもいかねぇんだよ、俺はまだ終わっちゃいねぇから・・・・、な!!」

言葉を言い終わる前に左手に持っていたナイフを俺の頭めがけて投げつけてくる。
それを、姿勢を低くし左に滑る様にかわしたが、

「見えてるぜ嬢ちゃん。」

ちっ、読み違えた。
そう思った時はもう遅く、骸骨は自身の大きな体をフル活用して渾身の水面蹴りを左から放ってくる。
ナイフに目が行き過ぎた、この状況では避け切れない!
そう思い、銃を持っていない左手を盾に使い骸骨の蹴りをその腕だけで受け止める。
腕に蹴りが当たった瞬間、一気に手首から肘までに骨が軋みあがり、そして、砕けていく。
これで左手はダメになった。そう思いながら、腕で受けた反動を使い右に転がる。

「さてと、これでまた俺の知らない罪が増える。初めての罪がなんだったか、何で俺がここにいるのか。
 さっぱりだがよぉ、まぁ、運が悪かったと思って諦めてくれや。」

仰向けになって止まった俺の頭上には、俺を見下す骸骨。
しかし、俺の目の端には勝利の影がちらつく。何でかって、それは、

「クソハゲ!とっとと寝ちまいな!」

その言葉を聴いて、骸骨が口を開きながら後を向く、

「あのクソアマ!」

そう言葉を発するが、時すでに遅くドクロが渾身の力で樽を殴りつける!

ゴォーーーーーン!!!!!!

派手な音はした。
しかし、樽が砕けるには至らず、それを見たドクロもあっけに取られている。
そんな中、顔に手を当てて笑うのは白衣の骸骨。

「ハ八、ガハハハハ・・・・・、なんでぇ、これで眠れると思ったら、まだ俺は許されねぇのか?
 一体何をやらかいたってぇんだ俺は?何時になったら終わるんだ?なぁよお!!!」

それは八つ当たりだろうか?
それとも、自身が思い出せない事への苦悩だろうか?
俺には分からない。だが、今出来る事をしよう。
見れば、ドクロも放心状態。まったくらしくない。

「ドクローーーー!!!!これに合わせろーーーーー!!!!!」

そういって、構えるはドア・ノッカー。
最後に弾込めをしていたおかげで、後は狙って引き金を引くだけ。
俺の言葉に、一瞬ピクリとした後、ドクロは何時もの打撃姿勢をとる。
そして、

バヒューーーン

撃ち出された弾は回転しながら樽に向かって突き進む。
それを見た骸骨が、手を伸ばすがそんな速さでは銃弾は掴めない。
そして、

ゴォーーーーーン!!!!!!

と、音がした後、ドクロの全力の一撃が入る。
多分、この空間では何時もの力は出せないのだろう。
それでも、自身の信じる相棒の名を高らかに叫ぶ!

エクスカリバーーーーーン!!!撲殺しうるミズ○ノの一撃。」

その一撃により、

ピシ・・・・・・・・、ピシピシ・・・・・・、グァシャァァァァアンン!!!!

樽が砕け散って、中に入っていた液体が一滴残らずぶちまけられる。
そして、ピチャチピチャリという水滴の音がこだまするだけの空間で骸骨が口を開く。

「なんでぇ、本当におねむの時間かよ。
 まぁ、これで俺ももう飲まなくてすまぁ・・・・・、ありがとよ。」

そういって、あくびしながら骸骨は何処かに向かう。
それを見送っていると、いつの間にかドクロが俺の横に来て立たせてくれた。
そして、ドクロと共にあの骸骨を追って歩き出す。

「なぁ、女狐、ありゃあ一体なんだったんだ?」

そう言いながら、俺を見てくる。
何かと聞かれれば推測しか立たない。

「多分だが、ただ寝たかっただけだろう。何百年何千年、或いは何億年。
 ここでただ一人飲み干す事のできない酒を飲み続け、寝る事も酔う事もできずにただただ杯をあおる。
 それは拷問以外の何ものでもなかろう?だから、アイツはただ眠りたかっただけだろう。」

そう言うと、ドクロは頬を膨らませながら、

「そんなんだったら勝手にしろっつぅの!アタイらにはいい迷惑だよ!まったくもう!」

そういっているうちに、骸骨は立派な棺の中に自身の体を横たえた。
そして、それと同時に何処からとも無く機械の駆動するような音が聞こえ出した。
もしかすれば、この骸骨はこの遺跡を起こす最後の部品で、そして今その最後の部品がはまったのかもしれない。

「さて、女狐お互いボロボロだ。一旦ここを出ようじゃないかい。」

「そうだな、一旦出て、その後本を詰めよう。」

そういって、骸骨の横たわる棺を後にする。
リヴァイヴァ・・・・、確かその意味は蘇生や復活ではなかっただろうか?
ならば、あの骸骨もあの液体を飲むことで自身の命を長引かせる復活の儀式を強いられていたのだろうか?
謎の多い遺跡だまったく。そう思い、外に出る扉を目指す






[10094] あいつらも大変だったようだな第22話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 22:14
あいつらも大変だったようだな第22話












闇に甲冑の軋むような音が響く。
そして、ナイフの光により削られた闇の中から姿を現したのは、やはり甲冑の騎士だった。
片手には装飾も無く、ただ無骨な細身の剣が握られ、全身を覆う甲冑は闇に溶け込むかの如く漆黒。
ただ、光って見えるのはその騎士の片方の瞳、頭全体を覆う兜の中で顔は見えないが、
まるでこれを目印にしろと言わんばかりに淡く輝いている。
対峙する距離は大きく踏み込んで一撃が入る距離。
しかし、敵で届かない距離。
多分、それを理解して止まったのだろう。

声は発さない、ただ、闇の中より現れ、今俺たちの目の前に姿を現し左手に無骨な剣をだらりと持っている。
しかし、俺の戦士としての感が訴える。こいつは危険だと。こいつは一筋縄ではいかないと。
そう思い敵を観察すると、動いてもいないのに一瞬鎧の下が蠢いた様な気がする。
それを見て、エヴァから貰った木の槍を握る手にも力がこもる。
場所は最悪。槍をふり回すには幅が狭すぎる。縦に叩き付けようとすれば、今度は天井が邪魔になる。
こんな時、俺の愛用の双剣があればどれほど楽か。

いや、無いものねだりはよそう。
今ある最善を尽くし、なおかつ、彼女のオーダーである俺の後ろにいるキールを守りながら戦おう。
無論、援護は貰う。何せ、彼女は勝たないと、生き残らないと誉めてはくれないだろうからな。

「チャチャゼロさん、あの騎士をどう見ます?むしろ、モンスターで無い事に驚きましたが。」

そう思っていると、俺の後ろのキールが話しかけてくる。
手には指に挟んだ3本のナイフ。それが両手で6本。キールの戦い方を考えるなら、ナイフ投げか、一撃離脱の二択。
しかし、この場所は、一撃離脱もしづらい。まったく無理と言う訳ではないが、それでも厳しいように思う。

「技量は高い、地形は不利、しかし、リーチならば俺たちの勝ち。ならば、何であろうと負ける道理は無いさ。」

そう、この俺は英霊にまで上り詰め、さらにそこから先を修練した身。
エヴァと共に生きた道のりは、けして生易しくなく、むしろ、その1戦1戦が常に不利の中で行われた。
しかし、その状況が俺をさらに強くする。この世界の魔法を知らなかった俺なら、当の昔に朽ちていたかも知れない。
だが、俺の主はそれさえも見越して俺を鍛えようとした。ならば、その期待に答えよう。
考えてみれば、エヴァと完全に離れた状態の戦闘と言うのも、こっちの世界では初めてだ。
ならば尚更無様はさらせない。

「キール、俺が隙を作るし狩れる時には狩る。キールは確実に狩れる時に狩るってくれ。」

そういうと、キールはコクリと頷き、

「ならばお任せしましょう。しかし、私もおんぶに抱っこでは示しがつきません。
 火力が必要な時、手数が必要と判断した時は手出ししますよ。」

そう言いながら、 隙無くナイフを構える。
まったく、この男も不思議な男だ。
冷静かと思えば遊び心があり、さらに言えば、内に秘めた焔は灼熱。
だから炎系の魔法使いなのだろうか?

っと、あちらもどうやら待ちきれないらしい。
最悪、今の木製の槍は折られるだろう。
しかし、それが足かせにはなりはしない。
何せ、俺の本来の獲物はこの槍ではないのだから。
そう思っていると、キールが口を開く。

「行きますよ!!」

そう言いながら、ナイフを二本、左右から襲い掛かるように騎士に投げつける。
それに合わせる様に気で身体強化した右の槍で神速の突きを放つ。
しかし、敵はそれを後ろに流れるように体を引きながらしゃがみやり過ごす。
放った一撃は手加減抜きの一撃。さらには左右から迫るナイフにより、
相手の取れる選択肢は後ろに下がると言う選択肢しかない。
つまりは、

「見え見えだ!!」

そう言いながら、左の突きを顔めがけて、右の突きを更に心臓が来るであろう位置にと神速の突きを放つが、

「・・・・・」

一撃目の左をしゃがんだ姿から更に上体を後ろに反らしてかわし、
一瞬目が光った後、二発めの右をその状態から剣を振るい、俺の気で強化した木製の槍の切っ先をきり飛ばす。
はっきり言って、今の動きは体が柔らかいとか言う事で片付けられる動きではない。
自身で言うのもなんだが、俺の突きは早い。
その早い突きを気で強化しているので、荒さは残るが、それでも更に速さは増している。
更に言えば、気で強化された獲物は少なくとも木とはいえ、鋼並みの強度は出せる。

そんな突きを避け、更に言えばその槍に切っ先を切飛ばすと言う事を目の前の騎士はやってのけた。
更に言えば、その状態から!

「ちっ!?」

剣で突きを放ってくる!
まったく持って手に負えない!
俺もその突きに合わせるように後ろに跳び、相手の剣先に無傷な左の槍を絡め、突きの軌道を下にそらす。
そうなれば、獲物が一つしかなく、更に顔ががら空きになっている獲物を見逃さない奴がいる。

「そこまでです、俗に言うチェックメイトと言う奴ですか。」

そう言いながら、ナイフを騎士の顔の両脇に投げ、

「破せる焔!」

そう言いながら、投げたナイフを爆破させる。
流石に騎士もこれには反応できなかったのか、爆発をもろに受け後ろに吹っ飛ぶ。

「やりましたか?」

そう言いながら、キールは爆発で起こった煙の向こうを見ようと目を凝らしている。
俺としても、これで終わって欲しい。終わって欲しいが、

「まだだ・・・、まだくたばってはくれないらしい。」

煙が晴れて行くと、次第にあたりの様子が分かるようになってくる。
ついでに言えば、見たくない奴のシルエットもだ。
しかし、その煙の晴れた場所に立っていたのは、異形としか言いようがない騎士。

キールの攻撃で、兜は吹き飛んだ、がその下から出てきたのは赤い液体に包まれた黒いドクロ。
そして、そのドクロの瞳の部分にはまった石のような物が、淡く光っている物の正体だった。
そして、ソイツは今の爆発も何事もなかったかのように悠々と剣を構えるが、
鎧のひび割れた所から血のように赤い液体が零れ落ち、姿勢が崩れる。
そんな骸骨の騎士を見てキールが言葉を漏らす。

「そんな顔なら、騎士の格好よりも死神を模した方がお似合いでしょうに。」

「確かに、これなら剣よりも大鎌の方が似合う。」

そんな軽口を叩きながらも、そのドクロの騎士を睨みつける。
多分、あいつを覆っている液体のおかげであんな無理な動きが出来るのだろう。
ついでに言えば、あいつの体が液体なら、俺の攻撃はほとんど無効化される可能性がある。
となると、

「キール、あれを焼き滅ぼせるだけの火力を出せるか?」

そう聞くと、キールは両手にナイフをもてるだけ持ち、

「魔法使いとは、詰まる所砲台です。私は魔法剣士をやっていますが、それでも元を正せば大して変わりません。
 ゆえに、答えはYESです。」

となれば、俺は俺の出来る事をしよう。
エヴァに聞いた話では、大きな魔法を使うなら、それなりに時間もかかるし、集中力もいるはずだ。
ならば、その時間を稼ごうじゃないか。

「キール、時間は稼ぐ、その代わり、確実にしとめろ。」

そう言うと、キールはニヤリと笑い、

「オーダー畏まりましたお客様。」

そういって、キールは詠唱に入る。
騎士の方も、魔力の流れに気がついたのか、キールを斬り殺そうと剣を振り上げるが、

「まぁ、まて。」

そう言いながら、木の槍を投げる。
いくら、目の前の骸骨が物理攻撃が効かないとはいえ、
今の骨にしがみ付いていないと動けないような状態なら、その骨自体を封じてしまえばいい。
しかし、相手も相手で、俺の投げた槍をスッパリと縦真っ二つにする。
だが、これは布石、俺の勝利条件はキールの魔法の完成。
相手の勝利条件は俺を倒し、更にキールを殺す事。

ならば、ここからが踏ん張り所だ。
そう思い、自信の本来の得物、赤き魔槍 ゲイ・ジャルク
黄色の魔槍 ゲイ・ボウを両手に取り出す。
相手の剣の切れ味はすでに確認済み。 
しかし、それでもこの二つの、俺と共に英霊に至る道を駆け抜けた、
この双槍は俺が望まない限りけして折れる事は無い。

「こい、一曲踊ろうじゃないか!!」

そう声を上げると、あちらの方もそれに答えるように俺に襲い掛かってくる。
振るわれる剣は、一閃一閃が常に必殺。俺の命を刈り取ろうと急所めがけて剣を振るって来る。
これが、ただの冒険者なら、数回打ち合っただけで瞬く間に命を刈り取られていただろう。
しかし、俺は違う。騎士の剣閃を両の槍でいなし、かわし、隙を見ては突きを入れ牽制する。

「アグニ・アルト・カグ・ランス 全てを灰燼と帰す 灼熱の龍 宿りし 焔は 破壊の息吹 
 蹂躙せよ!」

後ろで詠唱するキールの魔法も完成まじか。

「悪いな、迷わずお仲間の所に逝ってくれ!」

そういい、槍に気を集中させる。
まだ、突きで気を飛ばす事は出来ない。
しかし、飛ばなくても槍の先を伸ばす事は今の俺にも可能。
本来なら、斬撃でちゃんと気を飛ばした方がいいのだが、今の地形ではそれは不可能。
ならば、出来る選択肢をとるとしよう。

相手の騎士も相当今の状況が気に食わないのか、手当たり次第に攻撃をしてくる。
しかし、それは俺にとって好都合。焦れば焦るほど、苛立てば苛立つほど、その乱れた精神に隙が出来る。
ゆえに、現在手数で勝る俺に大振りなんて愚を犯す!

槍墜穿!そうついせん!

敵は大振りを振りながらも、それを囮に懐に飛び込もうとしたのだろう、
しかし、今はなった俺の技がその進行を止める。

技の内容は簡単な上未完成。自身の持つ槍の長さ分の長さの気の刃を出せると言うもの。
あくまで飛ばす事は出来ない。しかし、今の状況なら、ただでさえリーチの長い槍のリーチが更に伸びたのだ、
相手も対応できずに、着込んでいる鎧に二つの穴を開け、後ろの吹っ飛ぶ。

「チャチャゼロさん、伏せてくださ、熱風が来ますよ!」

そういった後、俺の前に駆け出し、手に持ったナイフを全て投げつけ、
キールは最後の詠唱を完成させる。

「火龍の牙!」

放たれたナイフは全て炎を纏、ドクロの騎士を咀嚼せんと襲い掛かる。
騎士の方も、その炎をどうにかしようと足掻くが、明らかに分が悪く、俺の開けた鎧の穴や、
それ以外の部分から、内部の液体を焼かれていく。
俺は、とっさに自身の着ているコートを翻して伏せたが、吹き荒れる熱風はすさまじく、肌がヒリヒリする。
そうして、炎が収まった後どくろの騎士が居た位置を見ると、焼け焦げてボロボロになった骨だけが残っている。

「凄い火力だな。」

そういって、キールを見るとキールは焼け焦げた骨に背を向け、苦い顔をしながら、

「しかし、代償は大きいですね、投げたナイフは全て消し炭。更に言えば、私の魔力はもう殆ど残っていませんよ。
 出来て後「破せる焔」が2~3発という所ですか。」

そういって、首をすくめて見せる。
そうしていると、パシュンと言う音の後、エヴァたちが入った扉が開き、
そちらの方を向くと、銃を構えたエヴァがいて、

「動くなよ?」

そういった後、躊躇なくキールの方に向け銃弾を発射した!
一瞬の事であっけに取られていると、エヴァが口を開く。

「危なかったな、危うく首を飛ばされていたぞキール?
 ついでに、勝って兜の緒を締めろという奴だ。」

そういわれてキールの方を見ると、キールの後ろには首の無い骨が立っていて、
それも時間差でくずれ落ちた。
そんな中、エヴァは何事も無いかのように俺達の間をすり抜け、
壁に当たりバウンドして吹っ飛んで行った頭部を回収して俺達に見せる。

「これがコアだ。」

そういって、見せられた頭部には、淡く光っていた目の部分に鉛弾がめり込んでいた。

「コア?いったい何の事だ?」

そう不思議に思って聴いて見ると、

「これがいったいどう言う物かは知らんが、少なくとも、この骨の中で一番魔力が集中していた。
 多分これを核に動いていたんだろう。」


ーside俺ー


いや、ヤバかった。
あと少しでも外に出るのが遅かったらキールは死んでいたかも知れない。
まぁ、それでも何とかなったのだから御の字としよう。
ついでに、キールはそうでもないが、ディルムッドの方は結構ボロボロだ。
大方、俺の言いつけを守って、キールを前に出さないようにしていたのだろう。
そう思い、今もっているドクロと、残りの体の部分を影に沈める。

「チャチャゼロ、よくやった。さてと、キール、動けるか?」

そういって、キールを見ると、銃弾の通り過ぎた方の耳を掻きながら、

「一応聴覚等に問題はありません。しかし、今度からこんな事はよして欲しいですね。」

と、悪態をついている。
まぁ、それだけの口が叩けるなら問題は無いだろう。

「お前たちも中に入って手伝え、中の書物を全て詰め込む。」

そういって、カバンを出しキールに渡すと、それを扉の近くに置き、
中のドクロに声をかけて、本を詰め込んでいく。

「エヴァの方も大変だったみたいだな。」

そう、ディルムッドが俺の服を見ながら声をかけてくる。
俺の服は中での戦闘の所為で腹の辺りがパックリと横に破けている。
フム、邪魔だな。
そう思って、キールから借りているナイフでチョッキごとグルリと切り取り、へそだしルックの出来上がり。
気分としては、Rioだな。ギャンブルやら無いけど。
そう思っていると、ディルムッドが俺にコートを差し出しながら、

「その、目のやり場に困る、これを着ておいてくれ。」

そう言われると、受け取るしかないのだが、コート自体が長いため、
ギリギリ床につかない長さと言う事になった。

「ありがたく使わせてもらおう。ついでに、槍を抜いたんだな?」

そう言うと、ディルムッドは事も無げに、

「必要だと判断したんでね。」

と返してくる。

「そうか、なら問題ない。」

そういって、ディルムッドを門番に立たせまた中に入り、
中の相当な量の書物を片っ端から運び出し詰め込こむ。
個人的には今すぐにでも読みたいが、それは出来ない。
何せ、これから前人未到の最終層が待っているのだから。
そう思い書物と後は、樽に微量に残っていた液体を採取して、
いったん休憩をとった後、今の横穴から本来の通路に戻る。

本来の横穴は、相変わらず暗いが最初にきた時は光っていなかった奥の方が光っている。
たぶん、俺達が倒した骸骨のおかげだろう、あれのおかげで、電力が回復したと言う事か?
そう思いながら、奥に進む。
そして、ついたのが最終層へ続くであろう階段の前。
光はその階段の下の方から漏れだしている。

「準備はいいか?」

そういって三人を見回すと、

「今更だねぇ、これ以上用意するものも無いよ。」

そういって、ドクロはげらげら笑い。

「早く降りましょう。ここに長居は無用です。」

そういって、キールは階段の下の方を見ている。

「俺も特に無いかな。」

そういって、彼自身の得物である双槍を肩に担いでいる。
さて、準備万端後は行くだけ。
旅の終点で、折り返し地点も近い。

「最後だ、気を引き締めていくぞ!」

そういって、階段を下り出す。
階段を下るにつれ、光は強くなり、次第にあたりの装いも、コケなどが完全に消え綺麗になっていく。
さて、これはいったいどこに続くのか。
そう思いながら、歩を進めていくと、階段が終わり、短い廊下に出た。
あたりは特に何も無い。

「あの奥に扉がありますね、行ってみましょう。」

そう言われて、短い廊下を渡り奥に続く扉を開ける。
そして、そこには、

「すげぇ、アタイこんなの始めてみた。」

そう声を漏らすのはドクロ。
扉を開けて開けた場所に出たが、そこには金銀宝石といった即物的なお宝が広い部屋に所狭しと転がっている。
確かに、この光景には圧巻だな、ついでに言えば、光が乱反射して目が痛い。
後、天井に何か釣り下がっているようだが、中は見えない。

「確かに、これは凄いですね・・・・・。」

俺としては、ここまで来てこのオチと言うのも何だかいただけないが、
しかし、まぁ、あるものはあるのだから仕方ない。
そう思い、影にしまいこんだカバンを取り出し、

「とりあえず、ドクロとキールは片っ端から詰め込んでくれ。
 私とチャチャゼロは辺りを調べてくる。」

そう言って、ディルムッドを連れて歩き出す。
目指すのは、とりあえず部屋の壁。
今の部屋の広さが財宝のため正確に分からないので、とりあえずの目標としてこれを選んだ。

「しかし、凄いなエヴァ、こんなに多くの財宝どこから集めたんだろうな?」

ディルムッドが歩きながら、口を開く。
はて、確かに言われてみればそうだ。
こんなにもの財宝をいったいどこから集めたか・・・・、
いや、もしかしたらこれは目くらましではないのだろうか?
ここまで必死に来て、手に入る財宝の量にしても、今見ている財宝は十分に見合うだけのものがある。
更に言えば、俺達が見つけた横穴の存在を知らなければ、疑うのは難しいし、
錬金術を知らなければ、ここまでたどり着けるかも怪しい。

「気をつけろよ、何が潜んでいるか分からん。」

そういって、辺りを見回しながら壁を目指し、程なく歩いた後に壁にたどり付き、
その地点にドア・ノッカーで銃弾を落ち込んで目印にして、そこから時計回りに壁にて触れながら歩き出す。
歩いてどれくらい立ったか、少なくとも、4分の1は回ったと思うが、あたりは依然として何も見えない。
ただ、構造としては円筒形をしているのだろ。壁が緩やかにカーブし続けている。

「チャチャゼロ、何か見つかったか?」

辺りをキョロキョロしているディルムッドに聞いてみるが首を竦めるだけで、特には発見も無いようだ。
そうして、入ってきた入り口の位置まで来て半分。更にそこから先に進みだす。
そして、本当にここまで来てこれで終わりか?と思っていた頃にようやく奥に続くであろう扉が出現した。

「今更言うのもなんだが、初めから逆回りして居ればよかったな、エヴァ。」

「本当に今更だな、まぁいい、行くぞ。」

そういってその扉を開けると、中にあるのは馬鹿に長い机と、その奥に座る一人の人物。
辺りの様子はとても豪華で、エヴァの家で見た貴族の住む場所としてのイメージが強い。
ただ、それでも一部荒れている所があり、その所為でこの部屋が余計不気味なものとして映る。
他は数多くの本。とりあえず、近くの本を手にとって見ると、内容は横穴と同じで今の段階では読めない。
仕方ないので、先に座っている人物に近づこう。

「エヴァ、不用意に近づくのは、この遺跡の経験だと危ないと思うが?」

確かに、ディルムッドの言う事も確かなのだが、

「それでも行ってみらんと始まらん。」

そういって、近付いて見ると、座っているのはまるで生きているかのような少女で、
他は机の上にスープ用の皿と、別の皿にパンが乗っている。
少女に動く気配は無い。ついでに、パンをとって調べてみていると、
ディルムッドが少女の顔を見ながら口を開く。

「死んでいるのか?」

「いや違う、ついでにこれを触ってみろ。」

そういって、さっきまで触っていたパンを投げてディルムッドに渡す。
ディルムッドの方もそれを難なく受け取り手で触っている。
俺の方はそれを見ながら、目の前の少女を触って確かめながら口を開く。

「それを触ってどう思う?」

そういって、ディルムッドをちらりと見ると、難しそうな顔をしながら、

「石で出来たパンか、何でこんなものを机の上においてあるんだ?」

そういう答えにやはり行き着くか。
しかし、今渡したパンは石で作ったにしては本物過ぎる。
ついでに言えば、スープ皿の中身には、コーンだろうか?それの石化したものがあった。
最初は石化魔法かとも思ったが、それなら食事だけ石にする必要性が見当たらない。
つまりは、

「パンが石になるほどの年月ここに放置されたものだろう、そう考えればしっくり来る。
 ついでに言えば、この娘は完成されたオドラデクエンジェルだ。屍蝋になるには、この部屋には水分が少なすぎる。」

しかし、ここまで精巧で人と変わらないものが、実は人ではないとは、確かに一度人に紛れ込めば見分けが付かなくなる。
そう思いながら、少女の顔や体を調べる。
いたって壊れている所は見当たらない。
しいてあげるなら、首の後ろに小さな鍵穴のようなものがあるだけ。
今の所、ここにくるまでに鍵は見ていない。ならば、この部屋のどこかにあるのだろうか?

「チャチャゼロ、本を私の影に詰めながら鍵を探せ、どこかにあるはずだ。」

そういいながら、手分けして部屋を探しながら本を詰め込む。
手に取る本は、劣化も無く上々、後はこれが読めるようになれば問題は無いか。
そう思いながら、机の下や壁、本棚、ほかの机などを調べる。
そうして、半時ほど立ったが鍵の見つかる気配は無い。

「みつかったか?」

「いや、しかも、一部天井が壊れている所があった。
 それを考えるとそこからモンスターが入ったのかもしれない。」

ディルムッドがそう答える。
そうなると最悪だ、モンスターに取られたとなると、永久に見当たらない当可能性がある。
ついでに言えば、現状で動いているオドラデクエンジェルがいない以上、これを修理するというのも困難になる。
となると、この中に入っている情報が取り出せない。
クソッ、このままでは本当に無駄骨になるな。
そう思っていると、オドラデクエンジェルの鍵穴を覗き込んでいるディルムッドがとんでもない事を言い出した。

「なぁ、エヴァ。鍵ってエヴァが持ってなかったか?」

「・・・・、なに!?待て、私はここに来るまでに鍵なんて拾ってないぞ?」

そういうと、ディルムッドは首をすくめながら、

「ここに来るまでに拾ってはいないが、貰った物はあるだろ?」

そういって自身の頭の中をひっくりかえす。
そして、出てきたのは、ドクロがムクロに送りそれを俺が貰った鍵。
その鍵がこれの鍵と言う確証は無い。だが、少なくとも俺は偶然は信じないが必然、
つまりは、望み続ける限り諦めない限りはいずれそれのか、それに順ずる結果は得られるモノだと考えている。
まぁ、それは無限の時間が得られた今なら間違い無い事だと思う。
それから行けば、鍵はあるべくして俺に廻って来たのだろう。
そう思い、影から鍵を取り出し鍵穴に差し込む。
ビンゴ!寸分たがわずカチリと鍵がはまる。

「良くやったチャチャゼロ。」

そういって、鍵を捻ると、カチンと言う小さな音と共に目の前の少女の目がパチリと開く。



[10094] 目玉だな第23話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 22:35
目玉だな第23話








オドラデクエンジェルは目を覚ました後、喋る事も無く沈黙している。
時折目の中に文字のような物が浮かんでは消えている。
多分、パソコンに例えるなら起動開始の準備でもしているのだろう。
何せ、こいつはパンが石になるほどの年月、この地で一人ずっと座していたのだから。
まぁ、更に驚く事と言えば、これがその年月を経てもきっちりと人間に見え、
更にはちゃんと起動するという事の方が驚きだ。

そう思いながら、オドラデクエンジェルを見ている間も、
ディルムッドが影に書物を入れてくれたので、全て詰め込む事が出来た。
そして、それが終わっても、動かない目の前のオドラデクエンジェルを指をさして口を開く。

「エヴァ、これはちゃんと動くのか?沈黙したままだが。」

隣にいるディルムッドが俺に聞いて来る。
まぁ、目を開いてから沈黙したままだから仕方ないか。

「問題は無いと思う。確証はないが、今は起動に必要な処理を行っているんだろう。
 まぁ、その処理がどれくらいかかるかは分からないが。」

そういって、俺とディルムッドが見ていると、
処理が終わったのかオドラデクエンジェルが口を開いた。

「現行における情報収集を終了。・・・・・、おはようございます。」

そういいながら、俺とディルムッドをみてくる。
ファーストコンタクトは成功と言う所か、これで下手に認証やらなんやらが要ったら大変だった。
そう思いながら口を開く。

「あぁ、おはよう。先ずは、名前は何と言う?私の名前はエヴァンジェリン。こいつはチャチャゼロだ。」

そう言うと、横にいたディルムッドが一礼して、

「エヴァの騎士をやってるチャチャゼロだ。よろしく。」

そう言うと、オドラデクエンジェルの方も首だけで礼を帰して口を開いた。

「私は多目的情報集積型指揮統制用個体。ミークと申します。」

オドラデクエンジェルの名前はミークと言うらしい。
多分、各文字の頭文字でも取っているのだろう。
っと、そうではない。
こんな所で話すよりは、ここから連れ出して外で色々と話を聞いた方が安全で建設的だろう。
と、言う訳で。

「ミーク、早速出悪いがここを出る。必要なものをまとめてくれ。」

しかし、ミークは首を横に振る。
もしかして、どこか壊れて動けないのかと思った矢先にミークが口を開く。

「私はここを離れる訳には行きません。現状で私の指揮していた個体からの反応は、微弱なもの一つ以外全てありませんが、
 私はここの指揮官です。それに、私がこのイスを離れれば、この場所の機能が停止し、私も停止します。」

そう、とても穏やかな顔でミークは答えた。
この場所で幾星霜、パンは石になり、スープも干上がり具が石になる。
そんな長い年月をここで一人で過ごし、更に未だにここで自身の使命を全うする。
それは立派な事なのだろう。だがしかし、俺の口をついて出た言葉は賛美でも労いでもなく、

「悲しい・・・・、な。」

そんな言葉だった。
いかん、今、俺は目の前のミークと自身を重ねてしまった。
彼女が朽ち果てないように、俺もまた朽ち果てる事が無い。
その事を考えれば、何百年、何千年あるいは何億年先には俺も彼女と同じように遺跡で眠っているのかもしれない。
そんな事が俺の頭をよぎり彼女と自身を重ね合わせてしまった。

しかし、これは感傷でしかない。俺は彼女ではないから、彼女が何を思い何を選択してここにいるのかは知らない。
もしかすれば、製作者がそう命令したのを忠実に守っているがゆえに、この地を離れないだけなのかもしれない。
他者の持つ痛みはそいつだけの物で、他人がいくら言葉で言い繕っても、けして同じ痛みは得られない。
だから、感傷をするぐらいなら、前を向き、他にできる事を探す。
そう思っていたが、

「エヴァ?・・・・・、泣いているのか?」

「え?」

ディルムッドに言われて、自身の頬を触ると、そこには、涙の後があった。
はぁ、らしくない。泣いてしまうなんて全く持ってらしくない。
しかも、それに気付かないなんて。
そう思っていると、ディルムッドが心配そうに俺を見てくる。
そうだな、俺はこいつの主なのだから確りしないとな。

「気にするな。」

「いや、しかしだな。」

「いいから気にするな。
 しかしミーク、キサマがここから出られないとなると、キサマが持っている情報はどうやって外に持ち出す?」

これは割りと疑問だった。
調べた限りでは、オドラデクエンジェルを作るのに必要なもの、
すなわち、賢者の石、オリハルコン、エリクサー、ホムンクルス。
これらが必要な事は分かっているのだが、しかし、
起動しているものが無いため、それらの本当の機能と言うのはイマイチいまいちよく分かっていない。
まぁ、賢者の石は大体全ての情報が記されたモノとして扱われているから、それと一緒なんだろうか?

「それなら問題ありません、他に賢者の石があれば、情報を並列化し私達の持つ情報と同じ情報を持つオドラデクエンジェルが作成できます。
 なので、私が動く必要はありません。私達は私達が得た情報を集積し並列化し続ける事で最善の策を算出し続けます。」

そう言ってミークは黙る。
横にいるディルムッドは何が無いやらと言う感じで、
目を白黒させているが、俺としては大体意味が分かった。
用は、オドラデクエンジェルはタチコマ、若しくは草薙素子なのだろう。
違うとすれば、脳があるのではなく、あるのがホムンクルスと言う擬似的な魂と、
数多くのオドラデクエンジェルと言う仲間達との並列化された情報。

個にして群で、群にして個。
多分そんな感じなのだろう、そして、賢者の石が延々情報を蓄積し続けると言うのなら、
それはまさしく、俺達の知らない過去の情報を知っているそして、そこから未来を導き出す。
あくまで統計学的なものだが、それでも情報量が情報量なので間違いはほとんど無いと思う。
まさに、聞けば答えてくれる賢者の石といった所か。

結局の所、魔法と科学は根っこが同じなのだろう。
多くの人に同じだけの恩恵を与える科学と、個人の資質のみで、個人に恩恵を与える魔法。
この場所では、ただ科学が錬金術と言う言葉に代わっただけ。
それに、錬金術は発展すれば科学になるから問題はない。

っと、考察はここまでにして、
現状での問題は賢者の石がないと、このままここで朽ち果てる石が最後の一つになる訳か。
しかし、新しい問題といえば俺が賢者の石を持っていない事なんだが。
そう思っていると、ディルムッドが俺の服の袖を引っ張りながら話しかけてくる。

「エヴァ、今の話分かったか?
 俺は全くさっぱりなんだが、これでエヴァが分からないと無駄足になるな。」

そういいながら、残念そうな表情をする。
フム、こいつは、自身が分からないのが残念のか、俺が分からないと思っているのか。
まぁ、どちらでもいいか。

「あいにくと、私には全て理解できたよ。
 まぁ、ミークの方も少し掻い摘んでいった感はあるが、問題は無い。」

そう言ってディルムッドにニヤリと返すと、
尊敬の眼差しが飛んできた。よせよ、照れるじゃないか。

「しかし、今の話だと賢者の石が必要になる訳だが、現状私達はそれを持っていない。
 余りかなんかがどこかにあるか?」

そう言うと、ミークはおかしな事を言うとばかりに俺を見ながら口を開いた。

「エヴァンジェリンが持っているではないですか、貴女の影から反応が反ってきますが?」

はて、俺はそんな・・・・・、いや、もしかすると?
そう思い自身の影の中に手を突っ込む。
心当たりがあるとすれば一つ、俺が撃ったあの骸骨のコア。
しかし、

「これの事か?」

影から出して見せたコアには俺が打ち込んだ弾丸がめり込んでいる。
うん、これで使えなかったら、俺の所存で無駄骨になるかも・・・。
そう思い冷や汗を掻きながら、ミークに渡した。
そうすると、ミークは俺の渡したコアをためつすがめつしながら、口を開いた。

「外部からの攻撃により一部破損していますが、現状ここで生きているのはこれだけです。
 一応は、データの転送が出来ますが、万全ではない為、一部失われる可能性もあります。
 応急処置をしてから送りますので、後は修理してください。」

そう言いながらいじっている。
しかし、これが賢者の石だとすると、もう一つ心当たりがある。
それは、俺とドクロが撃破したヤツの物。
あれが使えれば問題ないんじゃないだろうか?

「ここにくるまでに、横穴で自身を咎人と言うヤツに会ったが、そいつには賢者の石は積んでいないのか?」

そう言うと、ディルムッドが呆れたように俺を見てくる。

「君達の帰りを心配して外で待っていれば、中で一戦やらかしていたのか。
 全く、俺にこれ以上心配させないでくれ。」

そういって、やれやれと言った感じで首を振る。
まぁ、その仕草をしながらも、どこか楽しそうだからいいのだが、
問題はそれを聞いたミークの方。目を丸くして、心なしか顔色が青いような気がする。

「あ、あれに出会ったのですか?」

声が震えているが、何か問題があったのだろうか?
しかし、そんな状況でも作業の手を止めないのだから、たいした者だ。
最初は球体だった

「寝られるといって寝たが問題があるのか?」

それを聞いたミークがまくし立てる様に喋る。
まぁ、喋るだけで立ちはしないのだが。

「あれは戦闘用特化個体で、ここの守護隊の隊長でした。
 しかし、ある時自身を本当の人間だと言い出し、私の命令を無視しだしたのです。
 そして、決定的な罪として、人を殺しました。その咎により彼は許しの時までの償いを命じられたのです。
 すでに、彼の賢者の石とはリンクが切れていて、持ってきた所で意味を成しません。」

フム、これだけ生き生きとして、継ぎ目も何も無い完璧に人間に似たものなら、
いつかはそれを言い出しそうだ。そもそも、最終目標が『完全なる人』だから、問題は無いんじゃないだろうか?
それとも、賢者と言う意味での『完全なる英知を持つ人』と言う意味なんだろうか?
と、結局問題事項が見当たらん。

「何をしたかはいいとして、問題はなんなんだ?」

そうディルムッドが聞くと、コホンと咳払いを一つして問題を言い出した。

「はい、彼は最終的に逃げられないように処置をされ、特別資料室の一部に警備員として配置されました。
 そして、彼が撃破されるか、寝るような事があれば予備電力が復旧して、ここの最終警備システムが稼動するのです。」

ありがちな罠と言えば、ありがちな罠。
古典的といえば、古典的。しかし、これは逆に言えばそれだけ効果があり、
なおかつそれに引っかかる確立が高いからこそ、ここまで広がった罠。

「つまりは罠が発動すると?
 しかし、安全装置なり、緊急停止なりできるんだろ?」

そういうと、ミークは非常に微妙な表情をして口を開く。

「ここのオドラデクエンジェルの指揮系統最上位は私です。
 しかし、トラップや、警備システムとなると話は別です。すでに、収集した情報によると、
 ここもだいぶボロボロなので、どこまで指揮命令系統が容認されるかが問題です。
 現状、警備システムが・・・・、作動しましたね。」

そこまで言った時に、明るかった部屋の電気が落ちる。
うん、嫌な予感しかしない。むしろ、この場合危ないのはドクロとキール。
同じ事を感じ取ったのか、ディルムッドも俺の方を見ているようだが、
目が眩んだか、微妙に違う所を見ている。

「緊急事態だ!全て解除しろ!」

そう言うと、ミークは自身が座していたイスから立ち上がった。

「私がここから離れれば、魔法式の機能が停止します。
 それと、これをどうぞ、私達が持っていた情報が入っています。後、電気系統を復旧します。」

そう言って、あたりが明るくなったのと同時に、先ほどの賢者の石を渡される。
しかし、

「早く座れ!キサマは立ったら機能が停止するんだろ!?」

そう言うと、ミークは首を横に振り、

「私も、そろそろ疲れました。指揮官は指揮する者がいないと、その存在意義を失います。
 それに、これは部下の最後の不始末です。責任は私以外に取る物もいません。
 幸い、私の実働停止までは残り900秒ほどあります。」

そう穏やかに言って、なにやら取り出している。
どいつもこいつも、ここのやつはかってだ。
何もわからない状態で、勝手に時が過ぎて、勝手に思いを紡ぐ。
だが、それでも、ここで止まっている訳にはいかんな。

「分かった、キサマは準備がいるようだから、準備して来い。
 チャチャゼロ、私達は先行するぞ!」

そういって、今貰った賢者の石を影に入れ、
ドア・ノッカーに魔力弾を詰めてディルムッドをつれ部屋を出る


ーsideキール&ドクロー


多少時は遡る。

「いやー、こいつは本当に凄いねぇ、キール目に焼付けとくんだよこの光景。」

「ドクロ、そんな事より早く詰めましょう。」

全く、こいつはせっかちでロマンが無いねぇ。
でもまぁ、口だけで働かないやつよりはマシかねぇ。
今もセコセコとカバンに財宝詰めてるし、しかし、チャチャゼロも女狐もどこに行ったのかねぇ、
辺りを調べてくるなんて言って、帰ってこないし。

「ドクロ、手が止まっていますよ。量があるんですから、手っ取り早く詰めましょう。」

「わーってるよ、それにしても凄い量だねぇ。」

そう言いながら、ドクロが金に頬擦りをしている。
ふぅ、これは全て詰めるのにどれくらいかかるのやら。
そう思っていると後ろのドクロが、

「なー、キール。アンタさぁ、アタイのどこが良くてあんな事言ったんだい?」

突然ですね、全く。
こういうのは心の準備が要るものなのですよ、まぁ、それをドクロに求めても無駄そうですがね。
何といっても、デリカシーと言う言葉から一番遠い方でしょうから。

「さて、人を好きになるのに時間が要りますか?
 まぁ、私と貴女はなんだかんだで、いつも顔を合わせていますがね。」

そう言うと、ドクロももくもくと手を動かしながら口を開く。
ここにあのお二人がいなくて良かった。
背中越しとはいえ、顔から火が出そうですよ。
私の属性上、それがシャレにならない可能性もあるのですが、

「そうかい、ならあんたもまた戻るかい?発掘者に。
 それなら、パ、パートナーとして一緒にいられるだろ?」

「え・・・・?」

今なんでしょう、目の前の宝物よりも嬉しいものが送られたような。
マジなんでしょうか?本気と書いてマジなんでしょうか?
振り向いてみると、相変わらず、見えるのはドクロの背中。
でも、良く見ると細い首筋が少し赤くなっているようにも思えます。

「よろしいのですか?」

「ば、ばぁか、冗談に決まってるだろ、アンタがララスからいなくなったら、
 誰があの店の店主やってアタイに酒を出すんだよ。」

あぁ、もう!
らしくないねぇ、なんというか、アタイの性格だと、今までにアタイから言い寄るヤツはいたけど、
逆に言い寄ってくるヤツはいなかったからねぇ。
・・・・、どうしたらいいんだろ。
ぶっちゃげた話、キールの事は嫌いじゃない。

これは確かなんだけどねぇ、でも、もうこいつの前で可愛らしい女を演じるのは無理。
近すぎるから、アタイを今更さらけ出すのも恥ずかしいから無理。
それに、発掘をやめたら何をしたらいいかも分からないしねぇ。
はぁ、考えるのは後回し、今はこれをとっとと詰めようかねぇ。

「そう言やぁ、キール。アタイいい事思いついたんだけどいいかい?」

「私との挙式ですか?そうですね、うちの店でなんてどうでしょう?」

こいつは真面目に言ってる。うん、こいつは真面目に言ってる。
って、事は天然ってやつかい?
前に女狐がカラクリの事をそう呼んでた事があったけど、これがそうなのかねぇ?
ついでに言えば、アタイも女だから、こういう事を言われたら嬉しくなくは無いんだけどねぇ。

「違うよ、その女狐のカバンだけど、もって走り回ったら勝手に吸い込んでくれるんじゃないかねぇ?」

そういうと、キールの方もポンと拳で手の平を打って、

「名案ですね、試してみましょう。では、私から。」

そういうと、キールはカバンを持って走り出す。
すると、カバンを近付けたものがどんどん吸込まれていく。

「ドクロ、このカバンは、持った人が近付けて中に入れたいと思うと吸込んでくれるみたいですね。
 かなりの至近距離になりますが。」

「そうかい、そいつぁあ便利でいいね。」

そうして、お宝がほとんどカバンに詰め終わった頃。

「エヴァンジェリン嬢とチャチャゼロさんが遅いようですね。」

「あぁ、それなら、さっき女狐の撃った銃弾と別の所で扉を見つけたからそこじゃないかねぇ。」

そういいながら、ドクロが壁の方を指差す。
と、言っても壁が遠くてよくは見えないのですけどね。
これなら、千里眼も習得しておくべきでしたか。
そうやって、キールが壁の方を見ていると、ドクロが口を開く。

「ねぇ、キール。あの天井のやつなんだと思う?」

そう言って、指を指された先には天井に釣られている何か。
はてさて、なんでしょうね。
考えられるとすれば・・・・、思いつきませんね。

「私の範疇外です。ドクロはなんだと思います?」

そう聞くと、ドクロが腕組みをして、『フッフッフッ』と笑っています。
エヴァンジェリン嬢ではないですが、全く持っていい予感がしませんね。
今更ですが、あの方の苦労が分かった気がします。
まぁ、それでも彼女が楽しいならかまいはしないのですが。

「聞いて驚けキール、アタイが思うに、あれにお宝が入って運ばれてきたと思うんだよ。」

そう言って、得意そうに胸をそらす。
ここはエヴァンジェリン嬢の言葉を借りましょう。

「非常に不本意ですが、どうしたいのです?」

そう聞くと、予想通りの言葉が返ってきました。
ここで聞き返さないという選択肢は無いとは言え、別の答えが欲しかったですね。

「当然、お宝回収のためにあれに穴を開ける。と、言う訳でキール開けておくれよ。」

魔力は、今の所多少戻っていますが、あれをあけるとなるとどの道ほとんど使わないといけませんね。
けど、これも惚れた弱みと言うやつですか、ドクロの笑顔は見たいですし。

「いいですけど、あまり魔力が回復してないですから、
 これをやったら後は戦いの旋律ぐらいしか使えませんからね。」

使うナイフは1本。
すでに、ひとつ前の壁で失敗していますからね、
こう言うのは一本にしぼって魔力を集中してからやった方がいいでしょう。
それに、いつもは無詠唱ですが、ちゃんと詠唱した方が威力も上がりますしね。

「ドクロ、集中しますので。アグニ・アルト・カグ・ランス 火の精よ 破壊と蹂躙の使者よ 我が捧げる魔力を糧に
 破壊の一矢を示せ 破せる焔。」

そういって、投げた一本のナイフは風を切り天井に釣られた物めがけて飛んで行き、

ドゴオォォォォォーーーーーー!!!

と爆発が起こりそして、

「やったーー!、キールやったじゃないかい、あれなら貫けてるはずだよ。」

っと、ドクロが喜んでいると、フッっと辺りの明かりが消えた。
はぁ、嫌な予感と言うのは存外当たるものですね。
自身で手を下しましたが、それでも、ここまで如実に帰ってくると返す言葉も無いですね。

「ドクロ、無事ですか?」

そういいながら、ナイフに火よ灯れで火を起こしてあたりを見る。

「大丈夫だよ、全くなんだって言うのかねぇ。」

そう思っていると、辺りに光が復旧し、

「おーい、ドクロー、キールゥー無事かー?」

どうやら、この事態のおかげで彼女達も出てきたようですね。


ーside俺ー


良かった、ドクロとキールは無事なようだ。
ただ問題とすれば、

「エヴァ、あれが警備システムか?」

見上げた先には、釣り下がっていた者に穴が開いている。
もしかすれば、これが引き金でシステムが稼動したのかもしれない。
ついでに言えば、

ギョロリ

穴の開いた所から見えるのは目玉。
多分、大きさから見るに目玉だけなのだろう。
そして、天井から触手が伸びてきている。

「多分、あれだ!二人ともこっちに来い!」

そう言うと、二人ともこっちに走しってくる。
しかし、その間にも触手が人の髪の様な量で伸びてくるので、

「チャチャゼロ、行くぞ。いったん二人と合流する。」

「了解、俺も解放してあれを斬って来る。」

そう言って、ディルムッドは飛び出していく。
俺の方も、銃を腰に下げ、箒を取り出し、呪文詠唱に入る。

「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・氷の126矢!」

そういって、一気に魔法の矢をばら撒く。
ディルムッドの方も、

「斬槍閃!!」

と叫びながら斬撃を飛ばして応戦している。
しかし、多勢に無勢だな。そう思っているうちにドクロたちと合流。

「キサマら怪我は無いか!?」

そう聞くと、

「私とドクロは問題ありません。しかし、多勢に無勢ですね。
 私の方は戦いの旋律分ぐらいの魔力しかありませんし、ドクロの方もあれには打撃は効き辛いらいでしょう。」

確かに、目の前の触手は細い。
キールはナイフだから、自身を守るのに問題は無いが、ドクロの方は得物が悪い。
と、なると、

「キール、キサマは戦いの旋律で自分を守れ、ドクロはこれを使え!」

そういって、渡すのはドア・ノッカーと魔力弾、後はランタン。
一応、ランタンに色々と補助効果があるから大丈夫だろう。

「分かりました、エヴァンジェリン嬢、カバンは影に沈めてください。」

そういって、キールはカバンを俺の影の上において、戦いの旋律を使い応戦。
残った問題はドクロか、

「女狐、これどう使うんだい?」

そう言いながら、ガンベルトと、ランタンを装備して、銃を見ている。

「魔法銃だ、引き金を引けば弾がでる。弾の交換は十発。忘れるなよ、十発だからな!」

そう言うと、ドクロの方は

「あいよ!十発だね。」

そう言って、片手にドア・ノッカー。
もう一方にエクスカリバーンを持って飛び出していく。
さて、俺は俺のできる事をしよう。
今の構図は前衛3に後衛1。ならば、徹底的に砲台になる!

「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・氷の矢267!」

「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・闇の矢347!」

ばら撒く魔法の矢は500を越え、触手と本体を攻撃していく。
他の仲間も、同じように触手を攻撃する。
多分、天井の目玉が本体なんだろうが、中々攻撃が通じない。
ここで必要なのは、面ではなく点それならばうってつけのヤツがいる。

「チャチャゼローー!本体を穿て!」

そう言うと、ディルムッド自身の投擲しやすい位置に移動していく。
さて、俺の方も前に出るか。ディルムッドが投擲を成功できる用に前に出ないといかんな。

「エメト・メト・メメント・モリ エクスキューショナー・ソード!」

そう思い、剣を展開して辺りの触手を消し飛ばしながらディルムッドの横に行く。

「準備時間は?」

「数秒でいける!」

すでに、何がとは言わない。
お互いにやる事がわかっているから。
ディルムッドはゲイ・ボウを槍投げの選手の様に構えている。
そして、前進のバネを活かし、

必滅の黄薔薇ゲイ・ボウ!!!!

全力で黄色の槍を投擲し目玉を穿たんとする。



[10094] 全て世は事も無しな第24話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 22:37
全て世は事も無しな第24話





ギャリギャリギャリ・・・・・・!!!!!!!!

ディルムッドの投げた槍が、目玉を穿とうと触手を切り裂きながら突き進む。
そして、現在、槍は目玉の表面まで到達し、それを貫こうとなおも前進している。

ピシ・・・・、ピシピシ・・・・・。

表面にヒビが入り、このまま突き進めば、貫通できるか否か。
しかし、目玉の方も黙ってはおらず、突き進む槍に触手を巻きつけだし、引っ張り戻そうと足掻いている。
だが、俺達もそれをさせまいと触手を斬り、撃ち、或いは魔法で吹き飛ばす。
だが、問題は触手の量と太さ。人の髪の様に細く、黒々とし蠢いている。
たぶん、人の頭皮がそのまま目玉にくっついたらこれが出来上がるのだろう。
そして、ディルムッドの投げた槍が全て触手に巻きつかれ引き抜かれる。

「ちっ、貫通せんか!第2射準備!!」

「了解!!」

貫通しない様を見て、ディルムッドに2回目の投擲準備をさせる。
そんな中でも触手をエクスキューショナー・ソードで斬り飛ばしていく。
だが、触手の所存で中々上手く行かない。
そんな中、ドクロの悲鳴が上がる。


ーsideキールー


多勢に無勢とはまさにこの事ですね。
質、量共に迫り来る触手は事欠きません、全く持って料理のしがいがあります。
そう思い、両の手の指にナイフを3本ずつ挟んで、戦いの旋律で体を強化して戦いますが、正直、分が悪いですね。

ピシピシ・・・、パキン。

「ちっ。」

今砕けたナイフですでに10本目。
いくら私がナイフを大量に持ってきているからと言って、限度があります。
それに、破せる焔に魔力をつぎ込んだので、強化もはっきり言って気休め態度。
あたりを見れば、エヴァンジェリン嬢はチャチャゼロさんに投擲をさせるために、
チャチャゼロさんの前で、迫り来る触手に大立ち回り。
あの方は不思議な方ですね。

いくら魔力が多いからと言って、ここにくるまでに相当な量の魔力を使ってらっしゃるでしょうに、
それでも、魔力切が無いかのように魔法を使われるのですから、頼もしい限りです。
それに、存外に身体能力も高い。
ですが、どこか自身の体を気にせず、いつもギリギリの行動を取られるから、危なっかしくて仕方が無いですね。
と、危なっかしいと言えばドクロもですか。
エヴァンジェリン嬢に銃を借りて撃っていますが、どうも銃に振り回せれている感がありますね。

バヒューーーーン

「チクショ!また外れた。女狐め、よくこんなもん振り回してたねぇ!!」

今撃った弾もはずれ・・・。
扱った事はありませんが、いったいどういった物なんでしょうね。
まぁ、彼女も銃は使い慣れていないから、その所為もあるのでしょうが。
しかし、その所為で余計目が話せませんね。

チャチャゼロさんとエヴァンジェリン嬢は、二人でどうにかなるでしょう。
なら、私はドクロから目を離さないようにしないといけませんね。
私のなけなしの魔力でも、それぐらいは出来るでしょうから。

「ドクロ、背中は守りますよ。」

「好きにしな!アタイは手一杯だよ!あぁ、もう、また外れた!」

見たところ、ランタンもつけて、エヴァンジェリン嬢と同じように撃っているはずなのですが、
そんなにこの銃は命中率が悪いのでしょうか?彼女が使うなら、そんな事はないと思うのですが。
多分、ドクロの錬度が足りないのでしょうね。
と、そうでは無かったですね。そうしている間にも、体中に傷が増えていっているのですから。
流石は前人未到の最終階層といった所ですか。


ーsideドクロー


あぁ、もう!!
弾が当たらないねぇ!
全く、撃つたび撃つたび銃口がぶれて仕方ないし、撃ったら撃ったで反動が激しくて、
狙いもなんもあったモンじゃないよ。
女狐め、いったいあの細腕のどこにそんな力があるんだか。
あの女狐を真似してランタンもつけてるけど、気休めもいい所だよ全く。
魔法かなんかで銃を押さえつけでもしてたのかねぇ。
あの部屋で、樽を撃った時も結構な距離があったのに、あの体制で中てるんだから、たいしたもんだよ全く。
それに、エクスカリバーンは振るたびに避けて触手がくるから、振っても意味が無いしねぇ。

でも、今はそれじゃないんだよねぇ。
触手が細くてアタイのエクスカリバーンじゃ、下手に殴ると巻き取られちまうし、
キールから借りたナイフはとおの昔に砕けて、使い物になりゃしない。
キールが背中を守ってくれるって言うから、安心感はあるけど、それでもきびしねぇ。
でも、こうやって、誰かに背中を預けて戦ったのも何年ぶりかねぇ。
たぶん、アタイだけが生き残った時以来かねぇ。

あの時は酷い戦いだったねぇ。
未熟なやつらの発掘に付き合って、そして、アタイだけが生き残った。
傷だらけのボロボロならまだ諦めもつく。全力を出して、守れなかったのなら、まだ納得も出来る。
でも、あれはそうじゃない。むしろ、アタイは何も出来ずに守られる側になっちまったんだから。
魔中との戦いが始まって、無傷で勝利した時にトラップが発動して。
そんな中で、アタイの背中を未熟なやつらの一人が押した。
最初は何事かと思ったけど、振り返ってみれば、後ろにはぽっかりと開いた大きな穴。
そして、その穴に降り注ぐ岩。

助けるのは絶望的、いくら魔法使いがいたからといって、あの状況じゃぁ対処のしようも無い。
現に、あのパーティーはアタイを残して全滅。死体の一つも出て気やしない。
あの時、誰がアタイを押したのか、トラップに気づいて押したのか、それともたまたまだったのか。
答えは出ないけどねぇ、それでも、あの時は荒れたね。あの時あの場での熟達者はアタイだった。
今も、発掘での熟達者はやっぱりアタイだった。戦闘や頭の回転なんかは、女狐達の方が上で、
正直、アタイが考えるよりはるかにマシな道を導き出す。

でも、今はそうじゃないねぇ。
こちとら4人に対して、相手は1人。
でも、その1人が100人にも、200人にも見えるねぇ。
女狐も、アタイらが万全なら、大型の魔法で一気に消し飛ばしてるかもしれないけど、
今の乱戦状態で一ヶ所にまとまるのは危険だからねぇ。
多分、相当歯がゆいんだろう、魔法の矢なんかをばら撒いたり、剣なんかで斬ってるけど、
それでも歯がゆそうだねぇ。・・・・、そういえば、魔法って両手で使えたのかねぇ?
剣で斬りながら、魔法の矢を撃ってるけど。

バヒューーーン

「あぁ、もう、また外れた!」

外れた所で、他の所に弾が当たるから問題かと言えば問題ではないんだけど、
でも、狙い通り中らないのは歯痒いねぇ!

「あぁもう!こうなりゃ乱射だよ、キール、ちゃんとよけな!」

「元から乱射しているじゃないですか!弾切れ注意ですよ!!」

キールが何か言っているけど、今はそれど頃じゃないねぇ!

バヒューーーン

バヒューーーン

バヒューーーン・・・・・・。

カチン!

「んなぁ!!」

あぁ、アタイも終わりかねぇ。
目の前には触手が迫ってるっていうのに、弾切れ。
エクスカリバーンを振りぬこうにも、避けてから突っ込んでくるから無理かねぇ。
はん、ここまで生きてきたけど、年貢の納め時かねぇ。
そう思い、静かに目を閉じる。

ドカッ

「いっつぅ。」

死んだはずのアタイが痛みを感じている。
そして、アタイの顔に暖かいものが降り注ぐ。
不思議に思っていると、頭上から声が降りかかる。

「ドクロ、貴女はもっと諦めの悪い人だと思っていたんですがね。
 まぁ、あの状況なら仕方ないですか。・・・・、ぐっ・・・。」

目を開けると、アタイの居た位置にあるのはキールの足。
多分、アタイはキールに蹴っ飛ばされたんだろう。そして、アタイの顔にかかったのは・・・・?
そう思っていると、キールの足がぽとりと落ちる。
これも、お決まりの幻覚かい?
でも、顔をぬぐった手には血がついている。
赤い赤い血が・・・。

「貴女が無事でよかった。」

そう言いながら、アタイの目の前で崩れるキール。
あぁ、これは幻覚じゃない、これは現実なんだ。
これは真実なんだ。キールの足が斬り飛ばされたのも、アタイの顔にキールの血がついているのも!

「キール・・・・・?キーーーーーールーーーーーー!!!!」


ーsideキールー


良かった、ドクロが無事で本当に良かった。
ドクロの命の変わりに差し出したのは私の足1本。
代価としては安い限りですね。・・・・、生き残れればですが、まぁ、今はそれは考えないでおきましょう。

「キール、キール、無事なのかい?生きてるか!?」

そういって私を抱き起こすのはドクロ。
ふふ、ここがベッドで立場が逆なら嬉しい限りなのですがね。

「なん・・・、とかですね。とりあえず、エヴァンジェリン嬢の所まで行きましょう。
 ここでは不利・・・・、です。」

そういうと、ドクロは私をお姫様抱っこで抱えて駆け出します。
男の夢をドクロに先に越されていますが、今は仕方ないですね。

「そのままでお願いします。」

切断された断面は・・・・、酷いですが、まぁ、これからの事を考えれば・・・・。

「アンタなにやろうってんだいナイフなんか傷口に当てて!!」

「走りながら・・・・、喋らない方がいい。舌をかみますよ。・・・・、後、悪臭がしますから口で息をしてください。」

戦いの旋律は使えないですが、初歩の初歩なら、そう、火よ灯もれぐらいなら、まだ出来ます。

ジュウゥゥゥゥゥゥ・・・・・

「・・・・・、うぐっ!」

心配させないため声を出さないようにしたのですが、さすがに無理ですか。


ーside俺ー


クソッ!
キールがやられた!
死んではいないが、足をやられた!

「チャチャゼロ、一旦投擲は中止だ!2人を援護して、体制を立て直す!」

「分かった!!俺が前にでる、エヴァはキールの治療を!」

そう言って、ディルムッドが走ってくるドクロとキールの代わりに前に出る。

「エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 闇の精!! 闇を従え吹雪け常夜の氷雪 闇の吹雪!!!」

流石にディルムッドといえど、あの量の触手が襲い掛かるのを1人では止められない。
なので、援護に闇の吹雪をぶっぱななす。この状況ではもう、真祖を隠すとかそういう考えは無い。
今は生き残る事だけで、てい一杯だ。そう思っていると、キールとドクロが到着。
ドクロはいい。傷が体中にあるが、致命傷は無い。
だが、問題はキール。片方の足が斬り飛ばされて、そこを焼いて止血したのであろう。
まだ真新しい火傷がみえる。それに、結構な量で出血したのだろう。顔が土気色になってきている。

「エヴァンジェリン・・・・・、助けておくれよぉ、キールが死んじまうよぉ・・・・。」

そういって、ドクロが顔をグシャグシャニして泣いている。
キールの方は、

「ドクロ・・・・、まだこれでくたばるほど・・・・、やわじゃないですよ・・・・・。」

強がりは言っているが、しかし、あまり時間は無い。

「少し待ってろ!エメト・メト・メメント・モリ 氷楯最強防護壁!!」

ちっ、練習したとはいえ、まだ使い慣れない・
使ったのは、最強防護の氷楯版。
氷楯を多重展開し、対物理と対魔法反射を強化した現在俺が出せる最強の楯。
ネギまのただの障壁は意外と脆い所がある。だが、詠唱による障壁は10tトラックの衝突を防ぐ程の強度になる。
そして、今のは最強防壁の進化権アレンジ版。簡単に突破される事は無いが、氷を作る関係上、
今の俺ではまだ7~8秒ほど時間がかかる。
それを、俺、ドクロ、キールを囲むように出現させ影から薬と増血剤を取り出す。

「ドクロ、これを使え。」

そう言って、渡すと、ドクロは急いでキールに薬と増血剤を飲ませる。
一応は、これで死ぬ事は無い。が、足はダメだろう。原作ほどまで時が進めば再生できたかもしれないが、
今の時点では再生できるほど技術が上がっていない。しかし、今の状況で足一本で済んだのは御の字か。
あの状況なら、2人のうちどちらかが死でもおかしくは無かった。

「きーる・・・・、何でアタイなんかを助けたんだ。」

「好きな人の死ぬ様など見たくないですからね。それに、これならもう早く歩く事もできないでしょ。」

そういって、キールは脂汗の浮かんだ顔でドクロに微笑みかける。
クソッ、現状で打開策は目玉をつぶす事。多分そうすれば連動して触手は止まる。

(チャチャゼロ、人形に戻すぞ。)

(分かった。)

念話でそう話をディルムッドに話をつけ、人の姿を消して人形に戻す。
そして、俺自身も今の姿を止める。今の姿のままでは、どう言う訳か、モウモリにもなれず、
真祖としての・・・・、吸血鬼としての力が使いづらい。
魔法の面では問題ないが、今は身体能力も欲しい。そう思い、自身を元の姿に戻す薬を影から取り出しあおる。

「ドクロ、キール。今から私はあれを潰す。必ずお前達を地上に戻す・・・、必ずだ。」

「ア、アンタその姿まさか!!」

そういって、ドクロが驚いている、同じく、キールも眼を丸くしている。
だが、それは関係ない。今する事はここを抜ける事だ。
そう思い、氷楯最強防護壁をその場に設置したままディルムッドの横に飛んでいく。

「状況は!」

「分が悪い、突いても斬っても触手が減らない!」

そう言いながら、襲い掛かってくる触手をきり飛ばす。
俺も、近付いて来る触手の真ん中まで行って魔力を込めただけの拳などを振るい攻撃する。
しかし、それでも触手が減らない。むしろ、更に量が増えているようにも感じる。

「ちっ、エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 祖の切っ先は 全てを切り捨て凍て付かせる
 我が前に現れるは 優美なる剣群 降り注ぐは 凍結の調べ 氷王の剣遊!」

迫り来る触手を斬り飛ばし凍て付かせる。
しかし、今度はその凍て付いた触手も使い攻撃してくる。
そんな中、俺達の後ろから壁の崩れる音と共にミークの声がする。

「準備完了しました。これより、警備システム中枢アイ イン ザ スカイを破壊します。
 事後、設計上ここが崩落しますので、脱出してください。」

そういって出てきたミークの後ろには、巨大な大砲の様な物。
多分、あれで撃ち抜く気だろう。

「分かった、地上までの道を開いてくれ!!チャチャゼロ、先に戻れ、私はここの梅雨払いをしてから戻る!」

「分かった!無茶はしないでくれよ!」

そう言って、ディルムッドはドクロたちの方に飛んでいく。
俺も俺で、氷爆と、氷の剣を打ち出し、ミークの所まで届かないようにして後ろに下がる。

「チャージ完了、目標設定確認、シーケンスオールグリーン、現行を持ってここを破棄します。
 エヴァンジェリン、私のために涙を流してくださいありがとうございました。」

聞こえて来たミークの声は、どこか晴れやかだった。
これが最後の任務で、それを全うできるから嬉しいのか、
それとも、人間を守れた事が嬉しいのか。
個人的な見解としては、自身のために涙を流し、ようやく解放される事が嬉しいのだと思う。
だが、彼女は自身をモノとして定義している。ならば、ようやく使いきってもらえて嬉しいのだろう。
道具の意義が使われる事に依存するなら、使われない道具はその意義をなくす。
それに、彼女は死んだわけではない。俺の影の中の賢者の石で無数の彼女と共に生きているのだから。

氷楯最強防護壁の後ろでは、ディルムッドがキールを抱えている。
それならば、早く俺がドクロを抱えるか。

「捕まれドクロ。」

「アンタが真祖だったとはね。でも、噂よりはずっといいやつじゃないかい。」

そう言って、差し出す手を力強くつかみ俺に抱えられる。
そして、ミークの、

「発射。」

その一言と共に当たりは光と、爆音に包まれる。
そして、その音が終わると同時に空を飛び、地上を目指す。

「チャチャゼロ、後れを取るなよ。遅れれば巻き込まれる!私の真後ろにぴったりつけ!!耳を狙う時のようにな!」

開かれた道はすでに崩れ始めている。
打ち抜かれたのが斜めに打ち抜かれたから、下手に飛べばもろに落下してくる岩が直撃する。
だから、俺が障壁を展開してそれから守る。

「分かった、外に出たらまた耳を触らせて貰おう!君の耳を触ると、俺の幸運のランクが上がるみたいだ!
 何せ、ここから誰も死なずに出られるんだからなぁ!!!」

そういいながら、地上を目指し始めに見えたのは、燃えるような赤い空。
辺りは星の光がポツポツ見え出しているから、もう夜の灯りがおり始めているんだろう。

「アタイらは生き残ったんだねぇ。」

そう、ドクロがポツリともらす。

「そうですね、帰ったら一杯飲みましょう。」

そう、キールが返す。
長かった、本当に長かった。
どれくらいあの中に居たのかは分からないが、でも、長かった。

「そういえば、それがカラクリの本当の姿なんだねぇ、中々可愛いじゃないかい。
 それに、その服もね」

そう言って、ドクロがディルムッドをからかっている。

「あぁ、そうかい?まぁ、エヴァのお気に入りだからな。もともとの俺の体は。」

そう言いながら、空を飛び、一旦近くの森に降りてディルムッドを人に戻し、
俺も年齢詐称薬と、獣人化薬を飲み姿を戻す。そして、キールに眠りの霧をかけ、
ヘカテスまで一気に夕闇を飛び帰る。一応、町の手前でばれない様に処置をしたから大丈夫だろう。
その後、ララスでキールに治療魔法を施す。ただ、本職じゃないので、できる事は少なく、
そもそも、増血剤と、体の抵抗力を上げるように作った薬を飲ませているので、今以上に俺にできる事は無い。
そして、次の日にキールを病院にほおりこみ、そのまま入院させ、ドクロも一旦検査などを受けると入院。
俺とディルムッドの方は、特に問題が無いので、そのままララスで休養。


ーそして月日は4年ほど流れるー


あの後は意外と大変だった。
キールの入院を聞きつけたゴロツキ達が、病院に駆けつけ押し合いへし合い。
そんな中で、ドクロが一番献身的だったと思う。
今思えば、あの空での会話もどこか強がりだったのかもしれないと思う。
そんな中で俺が何をやっていたかと言うと、義足の作成。
とりあえずの情報整理は後回しにして、これに着工。

出来上がった物は中々だったと思う。
人形作りスキルがいい感じに役立ち、更に錬金術を加えたので高価な一品になったが問題はない。
それと同時に、俺が義足を作っている事を聞いたドクロが俺に弟子入りした。
と、言うのもある時俺の部屋に来たドクロは、魔法薬を吸いながら作っている義足を指差し、

「なぁ、女狐。アタイもそれ扱えるようになるかい?」

そう聞いてきたので、

「使える使えないは問題ではない。必要なのは、使えるようになる努力だ。
 使えないと言われて、そうですかと諦めるようなら手出ししない方がマシだ。」

そう言うと、ドクロは俺に頭を下げ、

「エヴァンジェリン、アタイに教えてくれ。やれる事はなんでもする。
 しごかれても我慢する。だから、それの作り方とか、整備の仕方とかをアタイに教えておくれ。」

そう涙を流しながら懇願してくる。
これはドクロの贖罪なのだろう。キールの片足がなくなった事に対する。

「4年だ。」

そう返すと、ドクロはキョトンそして顔を上げた。
多分、俺が渋るとでも思ったのだろう。だが、これは俺の罪でもある。
こいつらの命を助けはしたが、その後の人生は多少違うように動いた。
だから、これは俺の罪でもある。それに、義足自体を作るのは問題ないが、
義足と足の切断面の接合部分が成長と共に具合が変わる。
なので、ドクロにはここをみっちり教えよう。

「キョトンとするな。私は、4年後にここを出る予定だ。
 それまでの間に今作っている義足の事を叩き込む。泣いても笑っても4年、使いこなして見せろ。」

そういうと、ドクロはその時から義足に噛り付きになった。
来る日も来る日も、俺の部屋に来ては義足と錬金術を学んだ。
俺の方も、駆け出しではあるが、そこは知識量の差で何とかカバー。
ドクロは、生徒としては優秀だったと思う。必要な知識を的確に選択し、それ以外を見ない。
だからだろう、今では事義足の事に関しては俺と同じぐらいの知識を有している。

そんな事をしながらも、俺の方は俺の方の研究を進め、半年ほど前にダイオラマ魔法球の作成が完了した。
ただ、色々いじった所為で機能が追加されている。
まず、ダイオラマ魔法球からの出方だが、1日で出ると言う仕組みではなく、専用の魔法陣で出るように改造した。
これは、研究を中途半端放り出す可能性を潰すため。精密な実験だと1分1秒が命取りになる。
そして、他には、ダイオラマ魔法球に小さな球をつけた。これは錬金術の素材を確保するため。
その中で、植物なり、魔獣を飼育するための物。だから、ちょっとハリネズミっぽい形になっている。

後は、ダイオラマ魔法球の魔力がどこから流れ出てくるのか不思議に思っていたが、
一部は世界から流れてくる。だが、それではどうも腑に落ちないと思っていたら、
なんて事は無い、魔道書から更にあふれてきて、空間を満たしている。
実際、俺は魔道書を収集しているのでかなりの量があり、俺と同じとまでは行かないが、
それでも外よりは十分に濃い。

そして、それを作った後、ディルムッドへの魔力を送る方法の一つとして、
魔法球と契約してもらった。まぁ、契約といっても俺の血を媒体としているので、そんなに大掛かりな物はではないし、
できる事もディルムッドの任意での姿の変化ぐらい。まぁ、これの狙いはそこだから問題なし。
ついでに言えば、暴れない時は俺が魔力を送っているから緊急処置のようなものか。

それから、ディルムッドと言えば完全に気をマスターした模様。
突きでの気を飛ばす事や、瞬動や虚空瞬動もマスターして縮地のレベルになっている。
後は、本人曰く小回りが利くようになればOKと言っていた。
それと平行して咸卦法の練習にもいそしんでいる。

で、肝心の俺が知りたかった事だが、吸血鬼が嫌われている理由だが、
賢者の石を石から飛んでくる指示どおり直して、今はうちのダイオラマ魔法球の中でメイド長になっている。
黒髪に二つのお下げ、丸い眼鏡をかけて、ロングのメイド服。戦闘時の装備品はナイフと重火器。
骨格は急造だったのでチタン合金で作成。後、必要なものを付加して出来たのは擬似オドラデクエンジェル。
時間があれば、ちゃんとしたものを作成したい所だ。
ちなみに、名前はロベルタ。たまに目つきが悪くなったり、家事が下手だったりするけど問題なし。
これがロベルタと言うものだろう。・・・・・、魂降ろしてないはずなんだけどな?
まぁ、そうやって作ったロベルタから聞いた話によると、

昔、世界は旧世界だけだったらしい。
そこでみんな暮らしていた。それこそ、魔法使いも魔獣も神さえも。
しかし、ある時一つの問題が起こった、その問題と言うのが広域魔力消失。
この先でナギが関わる危機の一つ。それが旧世界の世界規模で起こった。
原因は不明。止め方も、起こっている場所が分からないので不明。
そこで、そこに住まう者はみんなで協議した。

さまざまな意見が出た結果、2つの意見に最終的に分かれた。
1つはこのまま全てを受け入れると言う案。そして、もう1つは新しく住む場所を探すと言う案。
これに分かれ、そして、ゲートが建造された。しかし、最初の問題はこのゲートがどこに通じているかと言う問題が生まれた。
そこで作られたのが、先遣隊としてのオドラデクエンジェル達。
そして、数多く送られた世界で、今の新世界を新たな住まう場所として定めた。
理由は分からない。たんに人が居なかったのか、なんなのか、そこらへんのデータは失われている。

そして、新しく住む場所に人が流れ込み、新世界と旧世界と言う認識が出来る。
それから、この人が流れ込む時に真祖達が作られる。世界に住まう者と世界の結晶として。
新たな場所で新たな場所の守護として。だが、1つの問題は、ベースを人にしてしまった事だろう。
これは、人が住めれば大抵の生物が住めると言う決議の元決定されたらしい。
新世界と旧世界が繋がり時が流れ、その間で起こり始めたのが1つの争い。

魔法を使える者と、使えない者戦争。
旧世界は、魔力消失の所存で魔力が一時的に薄くなり、
それから時がたったため魔法が使えないものと認識されていて、新世界も同じ認識だった。
そして、新世界が押していた戦争のさなか、旧世界の方も真祖を作成する。
それから戦況は泥沼化し、最終決議として世界は閉ざされる。

で、肝心の吸血鬼が悪いものと認識される話であるが、
世界が閉ざされて、時がたつ。その頃は、真祖も数こそ減ったがまだいたらしい。
人々から離れて静かに暮らしていたが、ある時人間が永遠の命を求めて、真祖に懇願したらしい。
だが、真祖はその問いにNOと答えたが、永遠を求める人間は増える一方。
そんな中、1人の真祖は人に捕まり、永遠の秘密を探るために殺される。
そこで真祖が出した結論が、人々に対する絶対の力による支配。

そして、ここから先は殺し殺されの争いが生まれ、世界を救う2人組みが生まれる。
真祖も殺されて、今ではいるのかいないのか、絶滅なのかどうなのかと言うところ。
そんな中、旧世界の真祖はと言うと、自身の霊格を落として人と交わる道を選んだらしい。
交わり続け、真祖はいなくなった。

で、エヴァが真祖になれた理由だが、先ずは、シーニアスが薬と降霊術や死霊術で魂の格を無理やり上げ、
さらに、血縁者の意思ある血で血の濃度を上げ半吸血鬼させて出来上がりだと思う。
そこから時を経て、神秘を付随され最強の吸血鬼の出来上がり。
だから、最初の頃は吸血鬼らしい弱点も残っていたのだろう。

で、俺が魂を交換できた訳なんかになると、俺の魂の格はどうも高いらしい。
と、言うのも俺は起きてすぐに日光に当たっても平気だったし、シャワーなんかも普通に浴びる。
吸血鬼らしい弱点という物は皆無だ。
そこで考え付いた事と言えば、俺が死んでいて、無に戻ろうとした事。
人が死ねば、仏になる。と、言うのも輪廻転生と言う思想は仏教のもである。
転生・・・、と言っていいかどうかは不明だが、復活とは違うので問題は無いだろう。

で、問題はその転生のプロセス。名前を覚えている状態の転生なら、霊格の問題でエヴァには転生できないだろう。
そこで、俺はと言うと、少なくとも、俺は俺の名前以外は覚えているが、自己が誰だかはしらない。
つまりは、消える一歩手前かそんな所。無に近い状態で出会えたから、エヴァとの魂の交換に成功したのだろう。
が、問題はここからまた起こる。何せ、俺は普通の人だった。体は吸血鬼でも、魂は吸血鬼ではない。

だから、一度この体で死んだ。つまりは、あの戦いの中で、俺は確かにシーニアスに殺されたのだろう。
でも、そこで矛盾が生じる。死なないはずの攻撃で俺が死後の世界に行ってしまった事。
そして、2度目のエヴァとの再会。ここできっちりと、俺はエヴァの魂から真祖と言うものを吸い、吸血鬼の真祖となった。
それから、この世界の習わしが如く世界の意思と繋がり、エヴァの本当の魂が俺の変わりに転生する。
もともとの真祖が、世界とそこに住まう者の結晶なのだから、当然そうなるのだろう。
まぁ、あの声が世界の意思だとすれば、かなり横暴な気もするが、今はまぁよし。
多少穴のある考察だが、多分こんな感じで今俺が生きているのだろう。

「エヴァ、そろそろ降りないと問題だぞ。」

そう言ってディルムッドが入ってくる。
着ているのは神父服。何でかと言うと、今日が結婚式だからである。
まぁ、誰とも言わずとも分かると思うがキールとドクロのである。
最初に、ドクロの相談された時は非常に困った。

「なぁ、エヴァンジェリン。アタイはこれからどうするのが正解だと思う?
 キールから、『これで歩くのが早いとは言われませんね、私は貴女と共に時を歩みたい。』ってプロポーズされたんだけど。」

魔法薬を吸っている時に、いきなり言われたのでむせたのは未だに記憶に新しい。
まぁ、それに俺がどう返したのかと言うと、

「キサマしだいだろう。贖罪で嫌いなヤツと一緒になるか?」

そう言うと、ドクロは頬を染めながら、

「嫌いじゃないんだよ。でも、何だか踏ん切りがつかなくてねぇ。
 いったいどうすりゃぁいいんだか。」

そう、俺の部屋で飲みながら聞いてくる。
はぁ、まったく。俺はそういう事を相談される柄じゃないんだがな。

「答えが出ないなら、とことん悩め。
 キールの足を気にするぐらいなら、2人で二人三脚でもしろ。
 ない足でも、キサマの足があれば、歩けるだろう。1人よりは2人で歩いた方が暗い道も怖くは無いと思うが?」

煙を吐きながら答えると、俺の顔を見ながら、

「それは、死なないアンタの事を言ってるのかい?
 カラクリと歩むこの先の事を?」

「さてね、私も根無し草だから、先の事はわからんよ。
 殺される事も、先にチャチャゼロが逝く事も、覚悟はしているが、死ぬ気はない。」

そう言うと、ドクロはグラスを見つめて一気にあおった後部屋を後にした。
その後の経緯はどうなのか、俺はあまり知らないが、でも、何らかの選択をして今の結婚言う事になったのだろう。
そして、そこで俺がどうなっているかと言うと、ディルムッドに尼僧服のデザインを渡して作らせそれを着込み、
片手に聖書を持ってシスターの出来上がり。イメージはカレンです。ちなみに、はいてないスーツじゃないんでそこんとこよろしく。
まぁ、何でこんな事になっているかと言うと、ドクロとキールに誓いの言葉を聞いてくれと言われました。
と、言うのも永遠を生きる予定の俺の前で、永遠の愛を誓えばお互い破りたくても破れないだろうと言う事らしい。
それに追加して、俺の2つ名である『血と契約の姫君』と言うのもあるので、契約をかわすなら俺の前以外考えられないと言われた。

「今行く。」

そう言って、吸っていたキセルを影になおし。
1階に降りる。式場はララス、この店でも色々な事があったものだ。

「遅いじゃないかい。もうは始まっちまうよ。」

そう言ったのはウエディングドレスに身を包むドクロ。
まぁ、作ったのは俺とディルムッドなのだが。
しかし、そう言う声もどこか嬉しそうな雰囲気があり、現に顔も笑顔である。

「まぁ、落ち着いてくださいドクロ。」

そう言って、諌めるキール片方の足には、俺とドクロが作った義足がはまっている。
これからこの足の整備はドクロがやるのだろう。
後は、式が始まるのを待つばかり。
と言っても身内だけの小さな式だが、それでも人は多い。
何せ、ララス常連客もキールが身内として呼んだのだから。
ドクロの方は、懐かしい顔でムクロに出会ったが、一瞬目があった後、

「よぉ、縁があるなぁ嬢ちゃん。
 今日の良き日の誓いのみ届け人がてめぇじゃあ、あいつら怖くて浮気も出来やしねぇだろう。」

そう言って『ガハハハハハハ・・・』と、豪快に笑いながら俺の前を後にした。
ムクロは俺が真祖である事を見抜いたのだろう、そうじゃないと、あの言葉は出ない。
まぁ、それでも騒ぎ立てないなら問題は無い。むしろ、あいつの一族の人間はそれを知っても笑い飛ばしそうではあるが。
そんな中、式は始まり、

「汝、ドクロ。そなたはキールを病める時も健やかなる時も永遠に愛する事を誓うか?」

そう、問うと、ウエディングドレスのドクロが、

「永遠を誓います。」

と微笑みながら返し、
ディルムッドが

「汝、キール。そなたはドクロを病める時も健やかなる時も永遠に愛する事を誓うか?」

との問いに白いタキシード姿のキールが、

「永遠をここに誓う。」

と、返し。

「汝らの誓いを、エヴァンジェリンの名において聞き届ける。
 長き旅、苦難の果て、優しき雨に、陽の光。祝福しよう。永遠の愛を誓うもの達を。」

そういうと、2人は誓いのキスを交わし式はつつがなく終了。
誓い合った2人の顔は本当に幸せそうで、一本足の足りない二人三脚も2人なら歩いていけると思う。
はてさて、これから俺はどうするか。
当面は新旧含めて世界を回ってみるかな。



[10094] 知らぬが仏、つまりは知らないと死ぬ事だな第25話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/08/09 13:34
知らぬが仏、つまりは知らないと死ぬ事だな第25話





照りつける太陽、押し寄せる波、BGMを選ぶならウクレレでなんかの曲。
望ましいのはハワイアンナ感じ。
と、言うのも未だに俺はララスに居たりする。
まぁ、居ると言っても今はダイオラマ魔法球の中に入り浸っているのだが。
何でこんな事態になったかと言うと、キールとドクロがハネムーン旅行に行ったから。
当初の予定では、式の後旅立つ予定だったのだが、旅行中の留守番を頼まれそれを承諾した。
まぁ、留守番とってもする事がないので、狐耳はそのままに子供の姿に戻り、
ダイオラマ魔法球に篭って一時のバカンスを楽しんでいる。

「お嬢様、飲み物です。」

そう言って、冷たい飲み物を出してくれるのは、微妙に顔が赤いメイド長のロベルタ。
ちなみに、彼女のほかには10人ほどのメイドが、現在ダイオラマ魔法球の中で生活している。
それ以外の、戦闘用の本当のマリオネット的なものは20体程度は出来ているが、武器が魔法銃や剣と言った既存のものばかりである。

後は、ロベルタと言えば、ダイオラマ魔法球の外での行動は俺の糸を返して魔力を送っての簡易操作になる。
と、言うのも今の彼女の状態はコアである賢者の石はあるが、あとの2つエリクサーとホムンクルスがないため、
肉体と思考、それを伝達する血液と霊体のうち、思考と肉体のみが存在しているようなものである。
つまりは、思考を肉体に伝達するものがないために俺の糸をつかって、魔力制御で行っている。

まぁ、それはおいおいどうにかするとして、今の人格は無数の彼女達が入り混じって出来ているらしい。
それを考えると、今までいた無数の彼女達がいったい何をしていたのか非常に気になるが、
まぁ、用途がいろいろあるのだろう。

「あぁ、ありがとうマジカールメイドロベルタちゃん。そこに置いておいてくれ。」

そういうと、彼女は机の上に飲み物を置いてくれた。
当然、今の彼女には、猫耳と、鈴付きの首輪が首についている。
今、何でこんな呼び方をしているかと言うと、1つ目の罰だからである。
ちなみに、2つ目の罰は卵割10個。無論、殻の欠片が入らないようにである。
と、言うのもダイオラマ魔法球が完成して、中身を原作に似せた感じに作り、
たまには研究やらなんやらから離れようと思い、水遊びを楽しんだ後横になっているとロベルタが、

「お嬢様、マッサージなどいかがでしょう?」

と聞いてきたので、出来るならやってもらおうと思い、

「そうか、ならお願いしよう。」

と言って、腹這いに寝転んだのが運のつき。
考えてみれば、彼女達はもともと戦闘や、それを指揮した者達の集まりである。
ついでに言えば、家事もダメである。
新鮮な食材を渡したはずなのに、出てきたのが自衛隊時代に食べたレーション的なものや、
洗濯を頼むと、何も考えずに服を丸洗いしたりする。まぁ、料理は食べ慣れていたからいいとして、
服の方は、ゴスロリの服が数着ほどダメになってしまった。

まぁ、そんな感じの彼女に、特に考えずに頼んでしまった俺も悪いのだろうが、
結果的に言うと、肋骨を折られた。しかも、肺に刺さるように。
肺に血がたまり、自身の血で溺れそうなったので、流石にあわててジタバタしたが、
それを見たロベルタは、

「気持ちいいのでございますね。」

と、嬉しそうに言い、ロベルタは更にマッサージを続けて、俺は喋ろうにも口から出るのは自身の血ばかり。
そんな感じで、瀕死になっている俺を助けたのはディルムッドだった。
まぁ、今の状況はそれのお仕置き。ロベルタ自身は、最初これがどう言うお仕置きか分かっていなかったが、
懇切丁寧じっくりと教えると、このお仕置きの意味が分かってもらえ、今でも顔を赤らめている。
ちなみに、どう教えたかは秘密である。

後、ロベルタとディルムッドの仲はまずまずと言った所。
ただ、最初に出会った時にディルムッドが、

「なぁ、エヴァ彼女がロベルタか?」

と、俺の後ろからディルムッドが来たので、
それに答えるように俺もロベルタに背中を向け、

「あぁ、そうだ。新仲間になる。」

と、話していると、

バキン・・・・、

と言う音がしたので振り返って見れば、ロベルタの前のグラスがバラバラになっていて、

「チャチャゼロさん、お嬢様を呼び捨てにするとは何事ですか・・・。」

と、荒んだ目でディルムッドを見てくるというハプニングがあったりもした。
まぁ、それに関しては、俺がそう呼ぶように指示を出したと言う事で、決着がついているのでよしとしよう。
そんな感じで、今日も今日とて浜辺で水遊びをしているのだが、その際着る水着でも一悶着あった。
と言うのも、海的なものを作ったのはいいが、俺は水着を持っていない。
なので、最初はどうせ人もいないからとカボチャパンツとキャミソールで海に入ろうとしたが、海に走っていく時にディルムッドに見つかり、
目の前を通り過ぎようとした時に、後ろから脇の下に手を入れられてヒョイと持ち上げられ、

「エヴァ、頼むからそのまま海に入ろうとしないでくれ。」

と、ジト目で言われ、俺の方もそれに、

「仕方ないだろ、水着がないんだから。」

と、地面に足がつかずプラーンとした状態で返すと、ならば水着を作ればいいと言う事になり、更にそこにロベルタが参戦。
全く持っていい事が起こる気配が無いので、俺も俺で水着を作り完成したのが三つの水着。
先ず、1番目のディルムッドの水着は、

「エヴァなら、これが似合うだろう。」

そう言って出してきたのは水着は黒いビキニタイプ。ただ、尻尾の事を考えて下はローレグ使用。
泳いでいると結構危ない気がするのは、気のせいではないような気がする。
まぁ、尻尾の事を考えるとこの使用はありなのか?

2番目のロベルタが作ったのは、

「そんな肌を露出したものはよろしくありません、肌の白いお嬢様にはこちらの方がお似合いです。」

そう言って出されたのは、扶桑皇国の伝統的(?)なインナー。
軍人である美緒少佐も着ているから軍服でもあるはず・・・・。
いや、芳佳はと言うか、学校に通っていた人全員これを着ていたような・・・・・。
まぁ、何を言おうと出されたのは旧旧スク水である。現時点で旧旧がついていいのかどうなのかは別として、
形状としてはそれである。濃紺で体にぴっちり、下腹部には水抜きつきで、後ろには尻尾用の穴が開いているが、
もともとローレグ使用なのでいらないようなきもする。
後は、ご丁寧に胸の部分に『3ねん1くみ えう゛ぁ』と書いたゼッケンがつけてあった。
うん、着る勇気が出るまでちょっと待ってくれ、大体600年ぐらい。
ついでに言えば、色々と突っ込みまくりたい。

そんな2人に、何でこんな水着を作ったのかと聞くと、
ディルムッドは、

「服飾の本を見ていたら、天啓に導かれた。」

と答え、ロベルタは、

「私の中のゴースト達がささやきました。」

と答えてきた。
多分、その二つの真の正体は煩悩だろう。
そう思っていると、二人が言い合いをしだしたので、
俺は俺で作った、泥棒水着(オプションで足に鉄球型浮き輪つき。)を着て、
言い合っている2人を尻目に海に突入して事なきを得た。

まぁ、そんなこんなで今の所は大きな問題も無く、バカンスを楽しんでいる。
だが、何で俺の所には戦闘はピカ一なのに、私生活がダメダメな面子がそろうのだろうか・・・、まぁ、面白いからいいけどさ。
俺が海に入ったのに気がつくと、2人は拳で語り合った後、服の話で盛り上がって仲良くなったと言う経緯があったりする。

ちなみに、ディルムッドにはこの数年でいやと言うほど耳を触られた。
むしろ、こねくり回されたと言った方がいいかも知れない。
と、言うのもディルムッド曰く、

「エヴァの耳を触ると、俺の幸運にプラス補正が付く。
 満足するまで触ると、幸運がワンランクあがる。」

と、真顔で言ってくるのでとりあえず、ためしに触らせてみたのだが、
考えてみれば、それがどうやって上がったのかを知るすべが俺には無い。
つまりは、ディルムッドの口車に上手く乗せられている、よおな気がしないでもないのだが何とも。
ちなみに、そのことに関して突っ込むとディルムッドは

「エヴァ、こういうものは考えるんじゃない感じるんだ。」

と、まるで悟りを開いた仙人のように返された。
アーチャーが凛をいじるのと同じようなものなんだろうか、この耳を触ると言うのは。
まぁ、そんな感じで、日々精神的疲労に苦しむ中間管理職のお父さんのように、胃を痛めたりしながらも楽しくやっている。
そんな事を浜辺でつらつらと考えていると、向こうで咸卦法を練習しているディルムッドがみえる。
ちなみに、咸卦法は今の所発動は出来るようになった。苦節約10年、ようやく実った努力の結果である。
しかし、今度の問題は持続時間。現状では、咸卦法が発動してから約30秒程度で切れる。

これは本人の慣れの問題だろうが、個人的には発動時間よりも一撃の威力の方が今は欲しい。
と、言うのも咸卦法は発動しただけで使用者に疲労が蓄積される。
その事を考えるなら、発動の時間延長は使用しながら伸ばしてもらい、変わりに今の短い時間で如何に一撃を中てるか。
その一撃を当てた後で戦闘が問題なく継続出来るか、と言う所が問題の争点になる。
まぁ、そうはいっても使用者はディルムッドなので、どこをどう工夫して使っていくかは楽しみな所である。

後めぼしいと言えば、10年をめどにしていた闇の魔法も完成を見せている。
ついでに言えば、使ってみて分かったがフェイトの言うようにこれは完全に出力アップのドーピング魔法。
作った俺が言えば世話無いが、それでも使い方一つで悪手にも好手にもなる。
ちなみに、俺の闇の魔法の同調率は高い。と、言うか高すぎる。
俺は元々が凡人なのでトラウマ的な物は無いが、何が理由かと聞かれれば多分俺の思考の問題だろう。
これに関してはもう少し開発と研究を試みたいところだ。

そんな感じでバカンスを楽しみ、ハネムーンから帰ってきたドクロたちと別れ、
現在俺はオスティアと言うか、今まで荒らすだけだった魔法世界を見て回る事にして行動を起こしている。
まぁ、何故先ずオスティアかと言うと、この先で落っこちるから。これが1つ目の理由で、
2つめの理由が航空船の見物。色々なやつから血を吸ったりしていると本当にいろいろな情報が頭に入ってくる。

まぁ、その情報を俺のあまり良くない頭で考えていかないといけないので、俺が人間のままこの力を手に入れていたら、
間違いなく禿げていただろう。そんな情報を漁っていると、オスティアで航空艦隊が作成されたと言う情報が出てきた。
元々オスティアなどの浮遊島がこの世界にはあるので、今更航空兵器と言われてもピンとは来ないが、
元々魔法世界でも屈指の魔法先進国。見ていても将来的に損はないだろう。
そんな感じで今来ているわけだが、

「人の成長とは凄いものだな。アリアドネーに竜に乗って行ったと思えば、今度は機械仕掛けの魚。
 エヴァの言葉じゃないが、人は何処までいけるのだろうな。」

そう言いながら、ここにくるまでに乗っていた航空船を見ながら紅と黄の槍を背負ったローブ姿のディルムッドつぶやき、

「必要な機材と、発想、後はそれを行いたいと思う欲望がある限り、人の歩みは止まらんよ。」

そう大人で狐耳と尻尾を生やし魔法薬の煙を吐きながら俺が返し、
メイド服姿のロベルタが

「過去から衰退はしていますが、魔法の最適化は進んでいるようですね。」

と返してくる。
ちなみに、何故ロベルタが外にいるかと言うと、あの遺跡の中で眠り続けていて外の様子が分からないため。
個人的には、戦闘の時に影から呼んで戦ってもらいたかった。
掛け声は「あるるかん」あたりか、変化球で「其は、錬金術の光が落とす影」とかで呼んでもいいかと思ったが、
最終的には、そのまま「来い、ロベルタ」か、そのまま無言で影から引っ張り出す事にした。
まぁ、今は外に出ているので問題はないのだが。そんなロベルタは、現在日傘を俺の頭上にさしながらカバンを持って俺の横にいる。
ちなみに、なんだかんだで俺が一番身長が低い。まぁ、いいんだけどさ。

そんな感じで町を見ていく。個人的には、アリカのご先祖様とか、黄昏の巫女の一族とか、
会えるなら会っておきたいし、コネ的なものが作れるなら作っておきたい。
まぁ、それはもう少し先にならないと計画が成り立たないので、
現状では資金集めと各国の技術力なんかを分析しながら、見守っていた方がいいだろう。
それに、今まで俺が捕まらなかったのはゲリラ的戦法で、常にいろいろな場所で事件を起こしていたからであって、
俺が絶対に捕まらないという確証もない。
その事を考えるなら、事を起こすなら素早く、尚且つ目立たず、更にいえば、
違和感なくがもっとも望ましい。


ーsideサーヤー


俺達は昔から4人で賞金稼ぎをやっていた。
ギルドにはいろんなヤツらがいたが、1度会って2度と顔を合わせてないヤツなんザラだ。
何せ、この世界は互いの命の取り合い。あいつが死んで賞金首が生きてつかまる。
賞金首を殺して捕まえる。賞金首が死んで、捕まえようとしたヤツが死ぬ。
ここは、そんないつも死神が場っ歩しながら嬉しそうに手招きしているよな場所だ。

そんな賞金稼ぎの間での1番の話題はいつも一緒。
『真祖 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』死をもてあそび、死から見放された死のペテン師。
数多の魔法をその身に浴び、それでも死なずに歩き続ける『不死の魔法使い』。
人を殺せば、その死に顔を絶命するまで見続けると言う死神。
その癖に狡猾で、いつどこで事を起こすのかと言う予想もつかず、捕まえる事のできない化け物。

真祖が始めて事を起こしたのがアリアドネーでのサーカス団および、そこにいた来客者への無差別攻撃。
そして、最終的には殲滅魔法でサーカスのテントを破壊すると言う徹底振りを見せた。
奇妙なのは、サーカスのテントから人が逃げ出して、朝日が昇る頃に破壊された事だが、それは問題ではない。
その後、真祖は人形を連れ逃走し、途中で賞金稼ぎ達と交戦する。
しかし、死ぬ事の無い真祖はいつも逃走を成功させ、
結果として、雲隠れに成功した真祖は居場所を撹乱しながら事件を起こし続けている。

そして、今思えばそんな化け物に4人で挑んだ俺達もバカだったのだろう。
いや、ただでさえ凶悪な真祖がわざわざ人形をつれているのか?
その疑問を抱かなかった時点で俺達は敗北していたのだろう。
そして、真祖は逃げる者を追わないと言う噂と、女子供を殺さないと言う噂。
2つとも真実だった。悪かったのは、俺達の感だ。
あの時の悪夢は今でも夢に見る事がある。
当時、真祖が1番目撃されたのはアリアドネーとヘカテスの間辺り。
そこで俺たち4人は真祖を狩ろうとした。

パーティーのメンバーはグライス、カリス、クロラ、そして俺、サーヤ。
構成は魔法使いのカリスと、その従者である剣士グライスとクロラ。
俺も魔法使いだが、今の所従者を持つ気はない魔法剣士。
そんな気心の知れたパーティーで挑んだが、

「グライス、クロラ前を頼む。大きいのを放つから。」

「任せな『来たれ』。」

「はぁ、怖いから時間取るなよ『来たれ』。」

そう言って、2人が取り出したアーティファクトは、グライスが『闘劇舞踏会』。
これは、彼の行動を模倣するイリュージョンを出現させると言うもの。
攻撃力も本人と同じで、本人と重なって出現するため、一度の斬撃が多段ヒットする。
ただし、接近戦のみの形あるものしか模倣してくれない。

そして、クロラのアーティファクトが『彼岸の達成』。
使用すれば、一定範囲から出られなくすると言うもので、地形なんかはそのままに範囲を切り取っているようなものだ。
しかも、罠などを張っていれば、それを展開してからでもちゃんと発動できると言う使い勝手のいいもの。

そして、俺が攻撃兼クロラの護衛としてパーティーに入っている。
その時の真祖を狩る作戦は簡単で、真祖の進行先に罠を張ってクロラの『彼岸の達成』で捕まえ、
後は俺とグライスでダメージを与え弱った所をカリスが止めを刺すというもの。
真祖の再生速度は分からないが、灰にして分けて持ち帰れば大丈夫だろうと考えて、
カリスは炎系の魔法を練習して大規模なものを習得していた。
そして、戦闘に突入してからも俺達の有利はあった。

無論、有利があっても油断は出来ない。
真祖は殲滅魔法なんかも使えるうえ、他の賞金稼ぎの話によれば、接近戦もボチボチと言っていた。
だからこそ、罠を張って手数を増やした。
それに、真祖は子供と言う事を聞いていたので策を弄する老獪さを持つとは俺達は誰1人考えなかった。
現に、真祖と人形はクロラのアーティファクトに捕まり、更に発動する罠に体制を崩し、

「悪いな真祖、俺の剣の錆になってくれ!!」

ザシュッ

「グッ!」

そう言って斬りかかるグライスの剣で腕を斬り飛ばされ、

「子供を殺すのは気がひけるんだがな。」

と、疲れたようにいうクロラの魔法銃でその小さな体を撃ち抜かれたりしていた。
しかし、それでも真祖は止まらない。斬られた腕をコウモリに変え体に戻し、撃たれた傷を再生しながら、戦闘を続行。
俺も、自身の属性である水系の魔法で体を刻んだ。だが、有効と言う風には見えない。
だが、俺達はあくまで足止めで、真の狙いはカリスの魔法。
これさえ成功すれば勝利は絶対だと信じ真祖と、それのおまけの様に考えていた人形を攻撃し続ける。

そう、攻撃し続けていたのだ。
戦闘が始まってすでに半時が過ぎたのにである。
真祖が死なないと言う事は周知の事実として認識があった。
だが、この人形に関してはほとんど情報が無い。
当時あった情報は、派手な色の槍を使うと言う事ぐらいだろう。
だから、誰1人この人形が壊れようが、そうでなかろうが構わず、本命の真祖を狙っていた。

いくら真祖といえども、俺達の連携から逃げる事ができず、魔法も使えないまでに追い込まれていると勘違いして。
更にいえば、この時真祖は魔法障壁を切ってあえてダメージを受けていたのだろう。
真祖の魔力は真祖を追う者にとっては目印になるぐらい大きいのに、それでもダメージが通るのを疑いもせずに。
最初の攻撃が成功したために自身たちのほうが圧倒していると思って。
そして、

「シュルム・ライド・ドナ・ド 契約に従い 我に従え 炎の覇王! 来たれ! 浄化の炎 燃え盛る大剣
 ほとばしれよソドムを焼し 火と硫黄 罪ありし者を 死の灰に!」

カリスの詠唱は完成しつつある。
事実、アレが打ち出されれば勝敗は決すると思っていた。
だが、ここで初めて真祖が口を開いたのだ。それも、詠唱ではなく自身の連れている人形に向かって。

「チャチャゼロ、本命が出た!全てを無視してアレを潰せ!!」

そう言われるや否や両手に槍を持ち、真祖を守っていた人形はカリスの方に飛んでいった。
しかし、俺達は無駄な足掻きと思考から切り捨てた。瞬動を使おうとも距離的に人形が間に合う事はない。
そう思い、俺達も真祖の周りから撤退しだした。しかし、当の真祖はそこに佇んだまま何もしない。

「やった、勝てるぞ!!あの化け物を狩れるんだ!」

そう言ったのはグライス。

「ふぅ、これで俺達も名が挙がるな。」

相変わらず疲れたように言うのはクロラ。
そして、カリスが自身の持つ杖を前に大きく突き出しながらトリガーを引く。

「燃える天空!!!」

馳せる炎は大きく強大。
中れば間違いなく弱い魔法使いなら消し炭と化す広範囲焚焼殲滅魔法。
すでにカリスの目の前まで来ていた人形なぞ障害になるはずのない彼の取っておき。
だが、番狂わせはここからである。彼の目の前の人形が紅色の槍を振るいながら、

破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ!!!!」

と叫ぶと、とたんに槍がほのかに紅く輝き、代わりにカリスの杖に集中していた魔力が霧散していく。
そして、その光景に誰1人うごけない。
確定された勝利が目の前から遠ざかるその光景。
そして、聞こえてくる死神の声と、仲間の叫び。

「早く引けばよかったものを。そうすればエヴァは追わないのに。」

そう言葉を吐いたのはカリスの前の人形。
すでにカリスに息はない。黄色の槍が彼の胸に生えて、あの状態では回復も何もあったものではない。
そして、それを見てグライス、クロラそして、俺が敵討ちに真祖を襲うしかし。

「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手・連弾・障壁突破・氷の45矢」

その詠唱先ず、この中で一番弱かったクロラがその体を蜂の巣にされた。
障壁さえも突破して降り注ぐ氷の刃は当たるたびにクロラの体を削っている。

「てめぇ!死ねよ!!死んじまえよ!!!」

そう錯乱したように斬りかかるのはグライス。
切っ先は鋭く速度は速いが、今の彼の剣には冷静さは無い。
あるのは、真祖を殺すと言う一転の思いのみ。
書く言う俺もそのれは変わらない。
真祖は俺の仲間をすでに2人も屠っている。
そんな中、真祖がまた歌うように口を開く。

「襲う者には死を。逃げる者には慈悲を。死の包容は甘く切なく、烈火が如く激しさを持ち汝を蹂躙する。
 生への渇望は人の初原の欲望にして、本能と言う野獣が住まう。さて、貴様は剣を引くか、或いは撤退するかどちらだ?」

その問いに、俺とグライスは剣と魔法で答える。
取れる策は無い。あるのは復讐と言う言葉のみ。
しかし、

「死への覚悟より、生きる事の方が厳しいと言うのに。」

その言葉と共に、大技を避けられ、技後硬直状態になったグライスの心臓が刳り抜かれる。
残るは俺だけ。仲間も無く、助けを呼べる確立もなし。
魔法を使おうとも滅ぼせず、斬り刻もうがいに返さない化け物。
それでも、ここで朽ち果てようと俺にも引けない時がある。

「悪いが、俺は今までの光景を見て引けなくなった。ここで引けば俺はごみ以下に成り下がる!!」

そう言いながら、攻撃しようとするが、突如首の後ろから衝撃が走る。
辛うじて意識を残していると声が聞こえてくる。
聞こえるのは真祖と人形の話し声。

「やめろチャチャゼロ。」

「しかしだな、今ここで殺しておかないと後で何が起こるかわから無いだろ?」

「構わん、そもそもこいつは女性だ。殺す気はない。」

「っ!?・・・・、分かった。」

そう言いながら俺に聞こえてくるのは遠ざかる足跡。
待ってくれ、俺を殺してくれ。
俺に死を与えてくれ。
俺の死はお前の中にしかないんだ、その死を持ったまま何処にも行かずに、俺を殺してくれ。
俺を俺の仲間の持つ場所に・・・・・・・・・・・・・。

コンコン。

「サーヤ隊長、起きてくださ・・・・、どうかされたのですか?」

今、俺は賞金稼ぎを止めてオスティアの艦隊の隊長を務めている。
軍に志願したのは、パーティーが壊滅してすぐ。
真祖の情報が最も集まりやすいと思って、志願し魔法を研磨し、
自身の上れる高みを目指し今の地位にまで上り詰めた。
だが、俺の渇望は権力ではない。
俺の渇望は復讐であり、俺の死を持つ真祖ともう1度戦う事だ。

「懐かしい夢を見ただけだ。で、俺になんの用だ?」

「は!、紅と黄の槍を持った者の情報があがりましたので一応と。」




[10094] タヌキとキツネとだな第26話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 22:38
タヌキとキツネとだな第26話






ーsideサーヤー


「わかった、詳細な書類はそろっているのか?」

そう聞くと、部下のクライツは数枚の書類を取り出して渡してくれた。
しかし、この書類はあまり意味のないものだろう。
本当に真祖が現れているなら、先ずこんな資料ではなく、正式に討伐命令が上から下るだろうし、
町そのものが混乱の渦に包まれているだろう。
だが、現状ではそんな気配は微塵もない。
何時もの様に穏やかに時は過ぎ、何時ものように訓練をし、何時ものように穏やかに書類を整理する。
自身で勝ち取った地位ではあるが、多少の虚しさはある。

戦い朽ち果てる事を望んだ俺が、未だに生きている部下を指揮し、死なないように訓練すると言う矛盾。
戦闘が始まれば、その部隊で一番最後に死ぬ事を義務付けられた立場。
これならば、俺は一兵卒の方がよかったのだろうか?
部隊での死ぬ確立は、前線に出れば出るほど上がって行く。
もっとも、現状ではどの国もドンパチやっていないので、兵として死ぬのも今は無理か。
そう思いながら書類に目を通す。

書かれている文字の羅列は、さして重要な事を記していない。
拾える情報は、男が槍を持っている事。その男が狐の獣人と一緒にいる事。
そして、狐がメイドを連れている事。来た場所がヘカテス方面からである事。
必要と思しき情報はこれぐらい。
まぁ、正式な任務でもないのだから、個人で部下を使って集められる情報にしては上等だろう。

しかし、問題なのは真祖と符合する事が少ない事。
子供で人間の真祖、それと、つれているのは人形。
情報の人物は獣人と男とメイド。
この時点で同一人物か否かでいえば、否だろう。
真祖なんかと一緒に居たがる人間はいない。
いるとすれば、死にたがりか狂人、もしくは真祖に吸血され操り人形になっている人間。
風の噂では、奴隷達は真祖を待っているなんて言う事を聞くが、いったい何を考えているのだか。

まぁ、しかしである。
真祖がここまで姿を隠れきれる要素を探すなら、何かしらの種があるのは確実だろう。
あの狡猾で老獪な真祖はかならず、どこかに保険をかける。
アリアドネーで3年半気付かれる事なく魔法と錬金術を学んだ真祖。
その間、一度も尻尾をつかませなかった真祖。

真祖を評価するなら、それは魔法よりも、錬金術よりも、その狡猾さと老獪さだろう。
今まで事を起こしているが、その時は必ず子供で人形をつれている。
ついでに言えば、俺はその子供と人形と言う事で油断して仲間を殺されている。
つまりは、日常と言うものが全く読み取れないのだ。
真祖に日常と言うものがあるかは知らないが、それでも今まで捕まらない事を考えるなら、
何かしらの仕掛けを施して生活しているのだろう。

そう考えれば、こいつらに会って置くのも悪くはない。
はずれなら、それでも構わないし、当たりならば部隊が動かせる。
リターンは大きくリスクは皆無・・・・。
いや、会いに行く俺が殺される可能性があるが、あの真祖は俺を殺さないだろう。
出現した時から変わらず女子供は殺さず、撤退する者は追わないのだから。
何で、そんな事をしているかは知らないが、女を殺さない理由なら、たぶん、
血と肉が詰まった真祖の食事を生んでくれるからだろう。

「クライツ、この書類の人物達は今どこに?」

そう聞くと、クライツは自身の手に持った資料を見ながら、

「町に滞在してますが、それ以上は分かりません。ですが、映像ならあります。」

そういわれて手渡されたものを見ると、その3人組の姿が浮かび上がる。
顔に傷のある優男、白い毛の美しい獣人、黒い髪の眼鏡をかけたメイド。
何と言うか、統一感のない一団だな。だが、この容姿の面子がそろっていれば目立つだろう。

「最終目撃場所を割り出してくれ、私は明日から数日ほど休暇を申請するとしよう。」

そう言うと、クライツはこの資料を提供した者達の所に聞きに行くと言い退出した。
ふぅ、これから起こるのはバカンスか、或いは狩りか。
生きた死人のような俺が未だ現在動いているのは、死を真祖に持ち去られて死ぬ事が出来ないからだろう。
そんな無駄な事を考えながら、軍服から白いワイシャツと黒いスラックスに着替え、
愛用の軍刀サーベルを腰に下げ魔法発動媒体の指輪をつける。
昔は武器が苦手で、扱ってもナイフぐらいだったが、今ではこの軍刀サーベルと、指輪が一番信用がおける。
そして、休暇用の書類作成が終わった頃、クライツが戻ってきて、

「第2地区、町の宿と酒場と温泉が多数ある場所で足取りが途絶えてますね。
 しかし、隊長気を付けてください。真祖を狙っているのは隊長だけではありません。
 兵器開発部のシュヴァル技術長なんかは、生け捕りにして兵器転用できないかと事有る事に言っている位ですから。」

「分かっている。しかし、シュヴァルか・・・・、もう下がっていいぞクライツ。」

そう言うと、クライツは心配そうな顔をした後部屋を出た。
はぁ、出る前に嫌な名を聞いたものだ、シュヴァル・・・・、あの男は、はっきり言って気に食わない。
真祖を追うライバルとしても、その追って捕まえた後の使い方にしても、そして、人としても。
最近は鬼神兵なんていう訳の分からない物を研究だか、開発だかしているようだが、私には関係のない事だ。
目障りでは有るが、排除しなければいけないと言う事もない。

「あ~、そういえば、クライツに情報を破棄するように指示し忘れたな・・・・、下手にシュヴァルにばれなければいいが。」

そんな事を思いながら、部屋を後にして町に出る。
辺りは相変わらず平和だ。闘技場での歓声や、昼から温泉に向かう者。
取りあえずは、画像を基に酒場に向かうかって聞き込むか。


ーside俺ー


適当に酒場で宿を取り、現在は町の観光件逃げ道の確認の真っ最中。
いや、しかし一言で言えば広いな・・・。
町のあちこちに川なんかが流れているが、誰かが魔法で水を作っているのだろうか?
まぁ、そんな事を考えても始まらない、とりあえずはだ、

「温泉に行くぞ!者どもついて来い!」

手には風呂道具と着替え。
後は、ディルムッドお手製の浴衣。
服飾スキルの上がったディルムッド製の浴衣は、
一言で言い表すなら『パーフェクトだディルムッド』の、一言だろう。

「お嬢様、テンションが高いですね。」

「まぁ、温泉が好きみたいだからなエヴァは。」

後ろの方で、2人が何かブツブツ言っている。
まったく、せっかくの癒し。某使徒風に言えば、風呂は良いねぇ、風呂は人類の生み出した文化の極みだと言った所かな。
まぁ、この体になって、余計風呂とか温泉が好きになったような気もしないでもないのだがなんとも。

「ブツクサうるさい、洗面器は持ったか?石鹸は?シャンプーは?ハリーハリーハリー・・・・。」

「「お、温泉狂!?」」

「さぁ、入って上がるまでがお楽しみだ。最低でも、5セットはノルマだな。」

そんな事を言いながら、温泉へ突貫。
地味にディルムッドが立ち尽くしていたが、最終的には男湯に入ったようだ。

そして、女湯の脱衣場で、

「お嬢様、私は人形ですので、どうぞお嬢様・・・・・。」

ロベルタが何か言っているが、まぁ、問題にはならない事だな。

「知ってるか?チャチャゼロは丸洗いできた。
 と、言う事はだな、あの遺跡で壊れず稼動できて、
 更には現状コアだけのお前が今更風呂に入った所で問題ないだろう?
 まぁ、コアに水がはいってダメになるというのなら諦めるが。」

そういうと、ロベルタも諦めたのか、

「分かりましたお嬢様、僭越ながらお背中を流させていただきます。」

そういいながら服を脱いでいく。
ちなみに、ロベルタの体だが、今の所は原作の茶々丸のように関節部分が剥き出しになっている。
一応研究を進めて、新作ボディを作って間接部分が見えないようにしたいのだが、これはもう少し時間がかかる。
まぁ、いずれはドールマスターの称号を獲得するため大量の人形を作って、更にそれを操らないといけないが、
現状ではまだ人形を繰る技術が足りないので、そちらの技術向上もしていきたい所だ。

そんな事を考えながら、入る準備が出来たので中に入る。
しかし、普通に女湯に入るようになってそれなりに立つが全く持って恥かしくもなければ、
嬉しくも無いというのは俺が枯れたのか、それとも、他の理由か。
まぁ、問題はないな。ドクロと入った時も特に抵抗なく受け入れれたし。
ついでに言えば、俺はエヴァだし、今更女性が~と言うのもナンセンスか。

まぁ、何を置いても温泉である。
とりあえずは体を洗ってから入るとしよう。
そう思いながら、洗い場に座り、ロベルタに背中を流してもらい、
風呂に入って影から酒を取り出してロベルタにお酌をしてもらいながら飲む。

「ふにゃ~、そろそろ天国に行って良いですか~。」

「お嬢様、いい飲みっぷりなのは良いですが、天国には行かないで下さいね。」

ちなみに卵割の成果により、今回は失敗なく洗ってもらえたので気持ちよかった。
流石に、温泉を血で染め上げるのは勘弁願いたい

「ふにゃ~。」

気分は極楽~。
女の人が、エステとかそういった物に行く感覚が分からなかったが、今なら共感できるようなきがする。
そんな事を思いながら、風呂から上がり、ほろ酔い気分で浴衣を着て魔法薬を吸う。

「いや~、気持ちよかったな~。ロベルタはどうだった?」

「私は感覚がまだないのでなんともいえませんが、
 お嬢様の幸せそうな顔を見る限りいいものなのでございましょうね。」

そういいながら、微笑みかけてくる。
よし、これで気力がわいた。必ずロベルタは完成させよう。
元々完成させるつもりだったけど、確実に速やかに完成させよう。
そう思いながら外に出ると、すでにディルムッドが外で座って待っていた。
だが、心なしか疲れているような気がするんだが・・・・?

「何かあったのかチャチャゼロ?」

そう聞くと、疲れたような声で、

「エヴァ、この世界にはソッチ系の人もいるのか?いや、いて不味い事はないんだが、
 何か、風呂場で『ウホッ!いい男』って言った奴が擦り寄って来るんで離れた所に逃げたんだ。
 そしたら行った先で筋肉のムチムチしたヤツから一言、『やらないか』って聞かれたんで怖くなって即効であがったんだよ。
 あのまま中にいたらと思うとな、流石に俺も妻がいた身だから男の方に走るのはちょっとな。」

そういいながら、自身の体を抱いている。
あぁ、そう言えば、黒子は異性に対してのみ有効で、男には効かないからな~。
多分、神話では男とOKな世界観でも、女性の相手の方で忙しかったんだろ。
忠義や、礼節を大事にしそうなこいつが、男と女をとっかえ引返していたとはあんまり考えられないし。
そんなディルムッドにロベルタが追い討ちをかけるように、

「ガチムチですね。そちらの世界に行かれた際には、
 私がお嬢様をお守りしますので、どうぞ心置きなく行かれてください。」

それを聞いたディルムッドが更に落ち込んでいる。
やっぱり、幸運がEだと不幸に巻き込まれるんだろうか?
それとも、阿部さんが時空を越えて出現したのだろうか、くそみそ的な意味で。
まぁ、とりあえずはだ、

「ちょい顔かせ。」

「は?」

そう言って、ほっぺたをつかんで顔を固定する。
とりあえずは、顔の傷が再生しているようには見えない。
と、言うより再生したら宝具の名折れだろうな。
まぁ、確認と言う意味では見れて良かったか。見たかったらいつでも見れるけど。
そうやって、見詰め合っていると、ディルムッドの頬に朱がさす。
そして、

ドカッ!

「うぉっ!?」

そう言って、ディルムッドが足を押さえだした。
いきなりなんだと言うのだ。とりあえず、手を離すとつま先の方をさすっている。
そして、ロベルタの方を見ながら、

「ロベルタ、いきなり足を踏むなんて酷いじゃないか!?」

そういうと、ロベルタはしれっと、

「悪い虫がいましたので、お嬢様に付かない様にとの処置です。」

そういった後、今度はロベルタとディルムッドが見つめあ・・・・・、いや、睨み合ってるなこれは。
はぁ、この2人も仲が良かったり悪かったり忙しい事だ。
そう思いながら、魔法薬を吸った煙を吐き、

「とりあえず、行くぞボケナスども。
 いつまでも見詰め合っているな、こっちの方が焼けてくる。」

そう言ってやると、2人して俺の方に顔を向け。

「「そういう仲じゃない!(ありません!)」」

と、息を合わせたかのように返してくる。
ククク・・・、楽しい限りだな。

「なら、それでもかまわんよ。宿に戻って飲みなおすぞ。」

そう言って歩き出し、それを追うように二人が言い合いをしながらついてくる。
ふぅ、しかしよく喋るものだ。まるで、今まで眠っていて喋れなかった分を吐き出しているみたいだ。
それだけじゃなくて、良く動き働く。本当に早く完成させないとな。
そう思いながら、取った宿に戻り下の酒場に繰り出す。
付いて2~3日たつが、今の所は特にこれといった情報は集まっていない。
まぁ、見ようにも軍備関係の情報は早々流れてこないと言う事か。

そんな事を思いながら、浴衣姿で箒を手にした俺と、
同じく浴衣姿のロベルタ、ディルムッドをつれてカウンター席に向かう。
席順はロベルタを挟むように座り、

「ぴぴるぴるぴー1つ、お前達も好きな物を頼め。」

そういうと、ディルムッドは俺と同じ物を頼み、ロベルタは

「マスター、テキーラを一瓶。」

ある意味、飲む気満々なチョイスだな。
まぁ、俺もビールとか飲むよりはガツンと来る物の方が好きだから構いはしないが。
ちなみに、カクテルは別腹。アレは酔う物じゃなくて味を楽しむ物だしな。
そんな事を考えながら、飲んでいると、

「あちらのお客様からです。」

そう言って俺の前に店主が酒を置いた。
誰からかと考えていると、俺の横に誰か座った。
チラリと見ると、肩にかかるかかからないかの黒髪の飾り気のない女性だった。
角から見るに竜かな。まぁ、そんな事俺には関係ないか、そう思っていると、その女性が話しかけてきた。


ーsideサーヤー


目当ての人物達を探して半日。手がかりは映像と最終目撃場所。
ないよりはマシと言えばマシだが、ここが空に浮かぶ島だとしても町は広く人は多い。
だが、探さない事は1歩も踏み出せないと思い足で探して、今ようやく目的の人物達を見つけた。
バーのカウンターに三人でかけ、美味しそうに酒を飲みながら煙を吐く美しい狐が1人。
酒を瓶からラッパ飲みしているメイドが1人。その横で、呆れたようにメイドを見ている優男が一人。

はたから見ればちょっと変わった旅行者の集団だろう。
書く言う俺もそう思わずにはいられない。
これは俺の感が外れたかな、まぁ、外れても失うモノはないが、一応話を聞いておくか。
そう思い、狐の近くの席に座る。しかし、今の俺は相手の興味を引くものがなかったんだな。
これで俺が男なら、ナンパの1つでもすればいいが・・・・、すでに優男がいるからそれも無理か。
まぁ、でも、手が無い事はない。

「マスター。」

そう言ってマスターを呼び、狐に酒を一杯おごる。
酒場で話の口実を作るなら、一杯奢るのが手っ取り早いし、奢られた方も悪い気はしない。
それに、俺が女だから、女からは警戒されないだろう。
そう思い、マスターが狐に酒を出すのを見計らい席を狐の横に移す。

「やぁ今晩は綺麗なお嬢さん。見ない顔だな、一杯奢らせてくれないか?」

そう言うと、狐は一瞬目を細めた後、ニヤリと笑いながら、

「席が空いているなら好きに座ればいい。
 すでに目の前にはYESかNOか答える前に酒が出ている。
 それなら、好きにすればいいさ。ただし、ナンパは勘弁願おうか。
 私にそっちのけはないのでね。」

そういった後、狐は俺が狐に出すように注文した酒に口を付けた。
最初の接触はまずまずか。そう思いながら俺も酒に口を付ける。
優男とメイドは俺の方を見て来るが、あちらにも一杯奢るとしよう。

「マスター、この3人に一杯ずつ出してくれ。乾杯と行こう。」

そう言って、酒が回ったのを確認してグラスを掲げる。
そうすると、他の面子もグラスを掲げてくる。
それから、一口飲み口を開く。
このまま楽しく飲めれば良し、真祖ご一行ならなおよし。

「俺はサーヤ。所で狐のお嬢さん達のお名前は?後、どこから来たのかな?」

そう言って、横の狐に話しかける。
すると、

「サーヤか、私のはエヴァンジェリン。向こうの男がチャチャゼロで、隣がロベルタだ。」

そう狐が名乗ると、他の面子もグラスを掲げながら挨拶してくる。
はてさてどうするか。真祖とその連れていた人形の名前と合致する。
しかし、名前だけでは判断が付かない。本当にそういう名前かもしれないし、違うのかもしれない。
まぁ、先に会話の主導権を握って情報を引っ張り出そう。

「よろしく3人とも。オスティアは始めてかい?」

そういうと、煙を吐きながら狐が答える。
後ろの2人は2人で何か話しこんでいるが、話している内容はよく聞こえない。

「3人とも始めてさ。これでも私は魔法使いでね、旅をしながら世界を見て回っているよ。」

「そうか・・・・、真祖が闊歩するご時勢にご苦労な事だな。」

そういうと、狐は酒を飲みながら、

「あぁ、大変と言えば大変だが、怖がっていては始まらない。
 それに、目的があればこそだしな。そう言うキサマは何をしているやつなんだ。」

そう言って俺の目を見てくる。
彼女の瞳に映る俺が俺を見ている様な気がする。
いや、今はそれはいいな。

「俺は・・・、賞金稼ぎだった。今は普通に町で暮らしている。」

「そうか、店でも開いていれば、寄らせて貰おうかと思ったが、
 まぁ、そうは上手く行かんか。」

そう言ってパイプで煙を吸っている。
さて、この狐はどこまで本当を言って、どこまで嘘をついているか。
なんともいえないな。そう思い、話の矛先を変える。

「そういえば、チャチャゼロだったか、彼も魔法使いなのか?
 それとも、従者か?」

「ん?従者と言う呼び方は好かん。
 あいつは私の騎士だよ・・・・、惚れるなよ、ややこしい事になる。」

そう言って、横目で俺をチラリと見ながら、ため息を吐く。
あの優男の事で何かあったのだろうか?
まぁ、それはさておき騎士ときたか・・・・。
あの人形の2名に『騎士人形』と言うのがあったし、騎士と言うのは基本国に仕える。

目の前の旅人に騎士と人形のメイドが着くのは、それなりの身分の者だからだろうか?
しかし、それならばここで酒を飲んでいる理由は見当たらない。
まぁ、本人が呼び方が嫌いだからと言う事も考えられるが、
世界を救った魔法使いとその従者。つまりは、従者と言う言い方は悪いものじゃない。
それを騎士と呼ぶのだから、何かしら理由でもあるのだろうか?
そう考えていると、

「しかし、酒場に来るのに剣をぶら下げるというのは、中々に物々しい物を感じるな。」

「あぁ、いくら治安が良くても中々気が置けなくてね。」

「そうか、賞金稼ぎを止めて長いのか?」

「長いな、もう5年は越える。」

そう俺が言うと、狐は酒を飲み干し、メイドと優男に目配せした。
これで帰る気なのだろうか、それならばせめて、優男の得物を確認したい。
だめもとで聞いてみるか。

「チャチャゼロと言ったか、すまないが得物を見せてもらえないか?
 騎士と呼ばれるぐらいだから其れなりに見栄えの張るものを持っているのだろ?」

そういうと、立ち上がった男は何処からとも無く紅と黄の槍を取り出して見せた。
それを見て、俺はすぐさま自身の手に魔力を集める。
原理は分からないが、この槍が魔力を霧散させられるのなら、今の手の魔力を霧散できるだろう。

「これが俺の得物だ。」

「手にとって見ても?」

そう聞くと、優男は顔をしかめ、

「すまないが、それはよして貰おう。
 これは俺の相棒なんでね、早々簡単に人に貸すのはちょっとな。」

そう言って、男はすぐに槍を直す。
怪しいといえば怪しい。分からなくも無い見解といえば、分からなくない見解だ。
現状での怪しさは多く見積もって60%ぐらいか。
そう思っていると、

「今晩はエヴァが話し込んだようだな、礼を言うよ。」

そう言って、優男が手を差し出してきたので、それの俺も手を差し出して返す。

「あぁ、俺も楽しかった。
 また会う事があればその時は楽しく飲もう。」

そう言って、俺は酒場を後にする。
一応は、部隊を監視に付かせるか、あのメイドも人ではなく人形のようだったし、
すぐに槍を隠した男、真祖と符合する名前。そのほか、いくつかの合致点。
まぁ、これならば、監視を付かせる根拠足りえるだろう。
後は、空港の警戒レベルの引き上げだな。


ーside俺ー


横に座った女性が帰り、俺達も上の部屋に引き上げる。
サーヤと名乗ったヤツが酒場を後にするまで見守ったが、あの歩き方は訓練されているな。
軍と言う所は、基本的に規律に厳しい。歩き方、物の置き方、掃除の仕方その他たくさん。
まぁ、基準にしているのが俺の自衛隊の経験なのでなんとも言えないが、それでも歩き方を訓練する場所を俺はそこ以外知らない。
それに、

「チャチャゼロ、手の感触はどうだった?」

そう聞くと、ディルムッドは自身の手を見ながら、

「振ってるな、とてもじゃないが、あの手の感覚なら剣を置いて数年とはいえない。
 現在進行形で剣を練習しているはずだ。」

握手させておいて良かった。
俺なら看破出来ないかも知れないが、ディルムッドのように英霊まで上りつめられる者なら、
筋肉の付き方や、手の皮の厚さ、その他使用頻度などが読み取れうだろうと思ったが、
やらせて良かった。そこまで考えて、ロベルタが口を開く。

「お嬢様、現状ならまだ雲隠れできます。可及的速やかにここを出るべきです。」

そう、俺達を心配していってくる。
相手は多分、個人ではない。今の読み取れた情報では、多分そうなる。
となると、

「いや、それはダメだ。今出れば余計怪しまれる。それに、現状で私達はまだ見つかってはいない。
 ならば、身の潔白を知らしめるために行動を取る。」

そういうと、ディルムッドとロベルタは、どういう行動を取るのかと俺の方を見てくる。
今の曖昧な現状でやるのはただ1つ、監視が付くかはわからないが、それに無駄だと思わせる方法。

「明日から、思いっきり遊ぶぞ。何処の誰かは知らんが、遊んで潔白を見せ付ける。」

そう言って、ニヤリと2人を見ると、

「一応、逃げ道も見たし、エヴァがそういうなら従うよ。」

「緊急時の集合先や、そのほかも遊ぶついでに探った方がいいかもしれませんね。」

そう言って、2人とも納得してくれた。
まぁ、これで撒けると思うが、これからは持久戦だな。



[10094] 失態だな第27話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2010/04/13 22:39
失態だな第27話





買い物しながら遊びまわって早1週間。
自身で言うのもなんだが、久々に後手に回った気がする。
あの夜の時点で出した結論としては、間違いなく選択肢の多い選択だったと思った。
現に俺達が今も遊んでいるのがその証拠と言ってもいいだろう。
ついでに言えば、最初の頃は監視と言うのもお粗末な監視だったので、
検問がなくなるまで潔白を見せ付ける予定だったのだが、3日以降急に監視が巧妙になった。
なぜかと思い自身の行動を振り返ると、俺がこの町に来てすぐに航空艦隊の事を調べた事。
多分これだろう。

まぁ、航空艦隊は軍の持ち物である。
しかも、それが結成されて間もないものとなれば、少なくとも機密レベルは高い。
その事を失念したというか、今更目新しくないモノと思い聞いて回ったのがそもそもの間違いだったのだろう。
あのサーヤとか言うのに会ってから、始まった監視は最初の数日は問題なかったが、
それ以降は日を追う毎に巧妙になっている。

後、更に悪い事といえば、航空艇の船着場が抑えられた事。
どう抑えられたかと言うと、検問を敷かれた。
しかも、ご丁寧な事に軍服を着た軍人さん達がガッチリ空港を抑えている。
はっきり言って規模が大きく、更には行動が早すぎる。
それに、軍人が出張ると言う事は、サーヤも軍の関係者だったのだろう、
賞金稼ぎかと思い警戒不足だった。

持久戦を覚悟していたが、今の現状では、俺達の首が真綿で絞められているようだ。
押さえられている空港の検問には原作ネギが放り込まれて、
魔法を使えなかった牢獄を改造したかのようなゲートまで設置してある。
現状でそのゲートを通るリスクはかなり大きい。
下手を打てばディルムッドは一発で人形に戻るかもしれないし。

その事を考えて、更に町を遊びながら回った。
少なくとも、監視の付いた現状では、無害を見せ付ける他にできる事もないし。
そして一応、活路は見出せたが、良作とはいえない。
まぁ、何処で見出せたかと言うと、

「エヴァ、これ以外方法はなさそうだな。」

そう言って、地図を広げるディルムッド、

「この方法なら、逃走ルートは広がりますね。」

そう、地図に書き込みながら口を開くロベルタ。
今現在、書き込んでいるのは町に流れる川の場所。
活路とはつまり川である、何でそうなったかと言うとオスティアの地形の為。
オスティアとは空に浮いた島である、それも雲よりも高所に。
そうなれば、当然風は酷いし、空気は薄いし、寒さも酷い。
それらを解決しているのは島をぐるりと囲むように設置された結界のおかげ。

当然、この結界対魔法対物理防御つきで、下手をすると、索敵なんかも織り込まれているかもしれない。
その結界の裂け目が実は川なのである、何故裂け目になっているかと言うと、水を外に排出しないといけないから。
これが先ず1つ。2つ目は、この結果いの発生源は町を囲むようにあるポールの様な物を基点にして繋いで作っているから。
いわば、川の方が低く結界の基点が地面と言う高い位置に置いてある為、川の底までは結界が作用していない。
まぁ、これは町を回って川に色々投げ込んで確かめたから間違いないだろう。

そう言う訳で、逃げ道は川に潜って結界を抜けると言う事にしたのだが、
ここでの問題は、下手に川に入れば簡単に見つかるという事。
一応は、町の下に網目のように張り巡らされた下水用の通路から飛び込めば、
見つかる可能性は低いのだが、そこに入る方法が無いのが実情。
まぁ、それでも別の所から入って別の所から出るようにはしたのだがなんとも。
そう思いながら、キセルで魔法薬を吸う。

ちなみに、他の案では広域殲滅魔法をぶっ放して結界を壊し、その混乱に乗じて逃げるという方法もあったが、
被害の大きさと、広域殲滅魔法の危険性から却下した。
相手が人でなく、魔物の大群とかなら、氷系、闇系、重力系の魔法を使って問答無用で殺せば問題ない。
と、言うか殲滅系の特に重力魔法は間違っても簡単に人に使うようなものじゃない。

強化とか、付加効果とかに使うならばまぁ、まだいいだろう。
だが、重力魔法で殲滅をしようとした場合、ブラックホールを作ったり、縮大砲を撃ったり、
空間を削り取ったり潰したり、実に洒落にならない攻撃力を出してくれる。
練習した俺が言うのもなんだが、これはいくらなんでも人には使えない。
使っていいのはアルが使っていたようなものだけだろう。
まぁ、あれでも重力系では初歩に位置する魔法ではあるのだが。

と、そんな事を考えている場合じゃないな。
少なくとも、監視は付いたがこちらは決定打を出してはいない。
だから、このこう着状態はもう少し持つだろう。
その間に、できる事はしておかないといけない。
戦う気はなし、こちらの目的は逃走と、できれば今の姿は真祖とは関係無いと言う事にしたい。
この先も、色々と動かないといけないから、この保険だけは欲しい。
と、なると先ずは、

「私はとりあえず、人形作りに取り掛かる。
 お前達は、色々と情報を探ってくれ。」

俺が人形を作る理由は俺達の今の姿をした人形を作り、その人形達をどこかに国のスパイに仕立て上げるため。
当然、俺達は元の姿に戻り、人形達は今の姿で別行動させるので、フェイクとしては十分うだろう。
何せ、ちんけなスパイと真祖ではネームバリューが違いすぎる。
まぁ、関係性をなくすために元の姿に戻ったら被害の無い所で真祖がきた事を知らしめるように派手な魔法を使うかな。
ふぅ、時間はまだある、出来る限りの手を尽くし、策を張ろうじゃないか。
一応、アノマがよぼよぼになるまではこっちに居るつもりだったが、
旧世界への逃亡を視野に入れておこう。


ーsideサーヤー


狐と話して3日。休暇は当然切り上げてある。
しかし、現状としては相手の尻尾がつかめない。
狐に会った次に日には空港に検問をしき、狐がのこのこ検問に引っかかってくれるなら良かったのだが、
狐は検問なぞ気にするそぶりも見せずに精力的に遊んで回っている。
このまま狐が遊び続ければこちらとしては、検問の解除と監視員達の撤退を余儀なくされる。
そう思い、監視員達からの報告書を読み漁る。

上がって来る情報は、狐が高台で町を眺めて居たや、川の周りを歩いて回ったり、
買い物をしたりと、さながら田舎から出てきた観光客を思わせるような行動を取っている。
はぁ、持久戦ならば、こちらが不利なのは明白だ。
わざわざ不穏分子を国に留めるよりは、とっとと国から出てもらった方が効率がいい。
現状では、狐たちは怪しいが、それを裏付ける証拠が出ていないのだから。

そんな事を隊の自室で考え、凝り固まった頭を解そうと後の事をクライツに任せて、
宿舎の自室にもどり、久々に温泉にでも入りに行こうかと考えながら、部屋の扉を開く。

カチャ

「やぁサーヤ、なかなか・・・・。」

バタン。

疲れているのだろうか、狐の事ばかり考えすぎて。
会いたくない男ナンバーワンが俺の部屋に居た様な気がする。
そう思い、自室の前で目に手を当てて首を振っていると、部屋の扉が開き、

「酷いなぁ、折角僕が会いに着たのに。」

そう言って顔を出した白衣で眼鏡の男、
シュヴァルは実に嫌味ったらしく俺の顔を見てニタニタしている。

「お前を部屋に招待した覚えも、入出を許可した覚えも無い。とっとと消えろ。」

そう言うと、シュヴァルはニタニタ笑いのまま首をすくめて、

「ククッ、まぁそう邪険にするものでもないよ。
 今日はサーヤ、君のためにいい事を教えてあげようかと思ってきたんだからさぁ。」

そういいながら、目を細めて笑う。
チッ、気持ちの悪い。

「結構だ。今の俺は忙しい。」

そう、声に不機嫌だという感情を込めて話すも、
シュヴァルはいに返さず勝手に口を開く。

「まぁまぁ、少しは僕の話を聞いてよサーヤ。
 狐狩りがはかどってないんだろ?」

「何故それをお前が知っている。これは俺の管轄の問題であって技術部長が出る幕は無い。」

そう言うと、シュヴァルは腕を組んで指を左右に振りながら、

「チッチッチッ、今の決定打のない君じゃぁいつ検問の打ち切りを上から言われるか分からない。
 だから、その決定打を持ってきたのに、そんな態度じゃなぁ。」

そういいながら、顔に微笑を浮かべる。
そもそも、このシュヴァルと言う男とは昔から遭わない。
一応は、俺が軍に志願した時の面接官だったが、その時の事もよくは覚えていない。
が、シュヴァルの方は俺を良く覚えていて、事ある毎にこうやって会いに来る。
はっきり言って、邪魔の一言。
こいつの狙いは分からないが、少なくとも、腹を割って話し合いたい相手ではない。
だが、今のこいつの話が本当なら、少なくとも何かしらの打開策は見つかるかもしれない。
さてどうするか。

「・・・・。」

「フフッ、そんなに見つめても何もでないよ。
 いや、君の欲しそうな情報ならあるけどね。」

この男に借りなんてものを作るのは真っ平ごめんだ。
だが、それでも今は少しでも情報が欲しい。

「何が望みか言ってみろシュヴァル。」

そう言うと、シュヴァルは満足そうに頷きながら、

「君の艦に僕と荷物を乗せてくれ、それが望みだよ。」

そう言って、俺を見てくる。
シュヴァルを乗せるのは、まぁ、百歩譲っていいとして、

「荷物はなんだ。うちの艦は運送屋じゃない。」

「フム、君に鬼神兵って言って分かるかな?」

そういいながら、眼鏡をクイッと中指で押し上げる。
鬼神兵・・・、クライツがなんか言っていたが、よくは覚えていない。
確か目の前のシュヴァルが研究していたとは言っていたはずだが、
まぁ、それを運ぶ見返りが打開策なら悪くは無いだろう。

「危険な物でないなら構わない。」

そう返すと、

「交渉成立だね、サーヤ。
 じゃぁ、情報だよ、あの狐ねどうも君の艦隊を調べてたらしいんだ。
 つまりは、スパイの疑惑があるって事なんだよね。
 何せ、君の艦隊は新しく出来たばかりで、その装備品も運用方法も早々知らない。
 なのに、あの狐はそれを探っている。まぁ、探るにしては酒場なんかで聞いて回るなんて言うお粗末さだけど、
 それでも、その事実があれば多少強引にでも捕まえられるよ。
 さて、さっきの取引で話せるのはここまで。後の情報はまた何かしら支払ってもらってからだね。」

そうして、交渉は進む。
この男の嫌いな所は、このハイエナじみた交渉の仕方だ。
最終的には骨までしゃぶって喰らい尽くそうとする。
これは今、現にしゃぶられている俺だから言える事だ。
そんなワンサイドな交渉を終え、シュヴァルを部屋から追い出し手に入った情報を整理しだす。
手に入った情報は、1、狐が俺の艦隊を探っていた事。

2、これは俺も整理すれば気付けただろうが、狐の遊んで回っているルートをトレースすると、1つの事実が浮かび上がる。
それは、狐が常に河川を気にしている事と、高台から町を眺めて居る事。
多分、これはこの町からの脱出経路を模索しているのだろう。
巧妙なのは、それを感付かれない様に遊びの合間にしている事だろう。

そして、最後の情報が、シュヴァル独自のルートで手に入れたらしい、真祖と人形の画像集。
別段それ自体は珍しくないのだが、シュヴァルが出してきた画像の中に1つだけ目を引くものがあった。
それは、人形が紅と黄の槍を構えてる画像。
今まで出回っている画像で多いのは、人形は木の槍を構えてるものがほとんどだ。

と、言うのも情報もとのアリアドネー自体が情報封鎖を行い、最低限で出された画像が、今出回っている画像だからである。
当然と言っていいかは分からないが、真祖を狙う賞金稼ぎ達が真祖の写真をとったりはしない。
その事を考えると、この画像がどれだけ貴重な物かがうかがい知れる。
そして、その画像の槍と、先日の男の槍が似ているのも見て取れる。
だいぶ画像はぶれているが、刃の下にある模様なんかが夢で見るのとそっくりだ。
この情報は、シュヴァルには話さず、俺の胸にしまっておこう。

何せ、このれらの情報と引き換えに差し出したのが、
うちの艦隊での鬼神兵の運送任務と、その後の実験に付き合う事。
更には、狐狩りをする時にシュヴァルに通達する事なんかがあるのだから。
まぁ、それでも一応は情報と見合うものだと思っておこう。

そして4日目からは正式な任務として狐たちを監視している。
狐は相変わらず遊んでいるが、それでも何か思う所があるのだろう。
遊ぶ頻度が減り、最近は良く三人で部屋に篭っていると監視員達から情報が上がってくるが、
それでも正式な任務としてこなしているので、使える人員も増えた。
トータルして1週間でここまで身の回りを激変させれば、狐も焦るだろうと思っていたが、肝が太いのかまだ尻尾は出さない。
上の方も、そろそろ狐をスパイ疑惑で捕らえようかと考えているようだが、そうなればそうなったでこちらの優位性には変わりない。


ーsideシュヴァルー


部屋を出てから1人ほくそ笑む。いや、笑いを堪えられないな。
フフッ、いや、全くいい拾い物をしたよ。
なんだかんだで、サーヤと出会って数年立つけど、久々に彼女の目に光が戻った。
彼女の面接官をやった時は、まるで死んだ魚のような目をしていて、数年立つけど今も普段は変わらない。
でも、それでも彼女の目に光が灯る時がある、それは、真祖の話になった時。
今でも思い出すのが、彼女の面接官をして、最後に質問は無いか聞いた時に、

「軍律も何も興味は無い。ここにいれば、真祖と戦う事は出来るか?
 それが出来ないのなら、俺を落としてくれ。」

いやぁ、あの台詞にはしびれたね。
何せ、それを言っている時の彼女の顔は目がらんらんと輝いてまるで野獣のようだったのだから。
そして、彼女と真祖の因縁を知るために面接中にこっそり眠りの霧を使って眠らせて、彼女の夢を思う存分覗いた。
彼女の夢が決め手で、彼女を採用したといっても過言じゃないかもね。
きっと、彼女なら真祖を見つけてくれる駒になると思って。
その駒が今ようやく動き出しているんだから、これ以上嬉しい事はないよ。
あぁ、彼女についていけば、きっと真祖に出会える。
そしたら先ず何をしよう?

真祖と対談しようか?それとも、真祖を解体しようか?
それともそれとも、いったいどうやって真祖になったのか、真祖になって何がしたいのかを聞いてみようか?
ククッ、あぁ、楽しいなぁ。それに、真祖についてくる特典の人形も凄く興味がある。
だって、黄昏の一族でもないのに槍1つで魔法を霧散できるらしいんだもん。
欲しいなぁ真祖、真祖欲しいよぉ。早くアクションを起こしてくれないかなぁ。
サーヤに真祖に関する秘蔵の画像を見せた時の目の色からして、今サーヤが追ってる狐が真祖である可能性は高いんだろうけど、
どうしてもそれが本当に真祖かどうかは分からないんだよな。

まぁ、相手がいくら真祖でも、僕の鬼神兵にはかなわないだろうけどね。
現段階じゃぁまだ完成じゃないけど、それでも最新兵器の鬼神兵にはかなわないだろうなぁ。
あぁ、そう言えば真祖が見つかったらサーヤは用済みになるな。
でも、サーヤが今追っているのが真祖じゃないかもしれないしな~。
まぁ、それはそのとき考えようかな。


ーside俺ー


最近は部屋から出ていない。
と、言うのも持久戦2週間目、ダイオラマ魔法球に篭って身代わり人形をロベルタと共に3体作り、
それの動作確認なんかを行って、最近ではその作った人形が俺たちの変わりに外で動いている。
まぁ、そうは言ってもこの人形達は命令された動作のみを行うので、簡単なお使いなんかが主だが、
それでも目の部分にコウモリと血をを仕込んでいるので、それを媒体に指示を出せば思いのほか良く動く。

現状では、監視員と思しき面子も人形が出ればそちらを監視して、今泊っている宿の監視が薄らぐので身代わりとしては成功だろう。
一応、他の準備としては、ロベルタにと言うか、正確にはロベルタの核の賢者の石にだが血を塗りつけ、
いざと言う時に俺の魔力をたどって見つけられるようにと処置もした。
さて、後は逃げ出すなら下界が雨の時を狙って、雲に紛れて追跡を困難にしたいのだが、最近雨が降ってくれない。
一応、予報ではもうじき雨が降るらしいので逃げ出すならその時だろう。

ちなみに、逃げ出すときロベルタはお下げを解いて、眼鏡を外しメイド服からスーツに着替えて逃げてもらう事にした。
当然、スーツは錬金術で作り、魔法の矢なら5発ぐらいまでなら同時に中ってもダメージにならない。
ただ、武装に関しては魔法銃とナイフなんかが主になるので、火力だけで見るならばこの3人の中で1番低い事になる。
そうは言っても、逃げる事が前提なので、そこまで気に病む必要は無いし、ロベルタの手にも物を取り寄せる術式を彫り込んだので、
好きなだけ魔法銃用の弾薬が取り出せる。

と、まぁ、そうは言っても一応逃げる時は保険のために本体である俺達の方は1度目立たないといけない。
そう思いながら、今日は久々に外に出て町を見て回っている。
必要な物は買いそろえたし、特に表立ってする事は無い。

いわば、これは最後の逃げ道の確認。
選定したルートは全部で15、更に逃げられなかった場合の集合場所を5つ。
逃げるときは3人纏まって逃げる予定だが、最悪誰かが逃げられなかった場合を想定して集合場所を決めた。
ちなみに、俺とディルムッドとの離れて念話で話せる距離は大体10キロ程度。
ロベルタに関しては、糸で繋がっているので糸の届く限り。
まぁ、人形を操る技術が未熟なのであまり離れる事はできないし、糸を切られるとロベルタの行動が止まる。
最初はロベルタを影ないしダイオラマ魔法球に入れるという案もあったのだが、
逃げるルートが町の下に一旦潜ってから逃げると言うルートを選定していて迷う可能性があるので外に出しておく事にした。
さて、これで上手く逃げ切れれば問題もないのだがな。


ーsideサーヤー


今日も狐は町を見て回っている。
正式に任務の指揮権を得たので今は詰め所で監視員達から上がってくる情報を整理している。
本当はおれ自身が監視に付きたいのだが、すでに顔が割れているので、間違っても狐に見つかりたくは無い。
ついでに、狐が真祖である可能性が高いので、うちの隊の女性だけを集めた小隊を急造したが、何処まで使い物になるかは分からないな。

コンコン

「隊長、少々宜しいですか?シュヴァル技術部長から書類を預かっているのですが。」

そう言って、クライツが俺の前に書類を差し出す。
どうせ、これは鬼神兵のに関しての物だろう。
そう思い、書類に目を通す。そして、内容は案の定鬼神兵の護送任務の物。
ただ、気になるのが日付、

「クライツ、あいつは馬鹿なのか?いくらなんでも3日後は急すぎるだろ。」

そういうと、クライツの方も困ったような顔をしながら、

「自分もそう思いますが、すでに上の許可は取ってあり、積み込み作業も艦に積み込むだけとの事です。」

はぁ、あの男はどこまでも人の邪魔をする。
さて、どうするべきか。
演習なら、隊長がいないと話にならないが、今回は兵器を運ぶだけの任務。
それならば、

「クライツ、お前に今回の護送任務の指揮権をゆずる。
 護送だけなら問題ないだろう、なぁ副隊長。」

そう言って、クライツを見るとスッっと敬礼をしながら、、

「了解です隊長殿。荷物を運ぶだけならば、自分でも大丈夫でしょう。」

「そうか、なら後でそれに関する書類を渡す。」

そういうと、クライツは部屋を退出した。
しかし、本当に急な申し出だな・・・・・。
いや、このタイミングで依頼すると言う事は何かしらの考えがあるのか?
そう思い、手持ちの情報を漁ると、1つこれだろうと思うものが出てきた。
それは天候に関するもの。この国は空にあるので、事、天候に関しては色々と気を配る。
下手に雨の日に艦隊を動かせば、雷雲の中を潜る事になったり、視界が悪いせいで、
いくら上等の装備や魔法技術を使っていても他の航空艦と衝突する可能性もある。

そして、3日後の天候は予定では雨。
つまりは、狐が真祖で逃げるつもりなら、この日を選ぶ可能性は高いだろう。
となると、その日に何処から逃げるかと言う事になるが、多分川だろう。
どの川かと絞り込む事は出来ないが、出来ないならできないで人海戦術をしくまで。
さてさて、ようやく舞台は動き出した。

これで俺はまた真祖と戦う事が出来る。
真祖と殺し合い、そして、紅い華となって散る事が出来る。
たとえ、真祖が女子供を殺さないと言っても、それならば殺すしか無い様な状況に追い込めば言いだけの事。
つまりは、真祖に俺が脅威である事を示し、無視できない障害だと認識させればいい。
そうすれば、真祖も俺を殺すだろう。そのために、今日に至るまで剣に魔法にと磨き続けたのだから。
俺を殺してくれるまで、俺は真祖を殺し続ける。

「さぁ、真祖俺を殺しにいらっしゃい。」

さて、先ずは書類整理を済ませて、俺も準備をしないとな。


ーside俺ー


さて、一応準備は整った。さっき、窓から航空艦隊が空に浮かんでいるのが見えたが、特に問題にはならないだろう。
人形も上手く動き、ここは晴れているが島の下には雲海が広がっているから雨だろう。
と、いっても見ているのはコウモリを通して頭に浮かんでくる映像だ。
まかり間違っても、自身で町の外まで行って雲を確かめるなんていう馬鹿な事はしない。
そんな事をすれば、監視員達に今から逃げますと言っているようなものだろう。
まぁ、事実として逃げ出すのでなんともいえないが。

「お前達、準備は出来たか?」

「俺の方は問題ない、ロベルタは?」

「私の方も問題はありません。」

そう言って3人で顔を見合わせる。
俺の服装はコウモリで作り、ディルムッドはまだ人だが、人形に戻れば黒いメイド服。
ロベルタは、黒スーツとネクタイをしていて、姿だけなら、リップバーンぽいな。
そう思いながら、キセルで魔法薬を吸う、見つからなければまた後でゆっくり吸えるが、見つかったらどうなる事やら。
少なくとも、俺達を監視しているのが軍の関係者なら、面倒な事にはなる。
まぁ、すでに人形達は町に繰り出しているので、監視員達がいないから何ともいえないが、
例え、いたとしても宿の方に注目がいっていれば問題はない。
何せ、影のゲートを使って宿から離れた所に出る予定だし、
出た後は出た後で、人形と俺達を別物と思わせるために少しばかり暴れないといけない。
まぁ、暴れるといっても空に浮いて適当な魔法を放つだけだが、それだけでも俺達の方に目がいくだろう。

その後は、川沿いに町の下に潜って15のルートのうちのどれか1つを使って外に出られればいい。
行動としては、多少矛盾をはらんでいるが、保険と逃走を同時に取るなら、これ以外の策を思いつかなかったのが現状だ。
まぁ、地下にもぐれればほぼ逃走は成功したといっていいだろ。
なにせ、町を流れる川は多いし、今日逃走するという事実もどこにももらしていない。
逃走するなら、時間との勝負になるが地下に入れば後は、水路が迷路のようになっているので問題は無いだろう。
ついでに、人形達は人形達で俺達が影のゲートで出発したら宿に帰る様に指示を出してある。
そして、宿に付いたら、後は俺の手元に取り寄せて証拠隠滅。
流石にここまですれば、いくらなんでも俺達と人形との関係性が消えるだろう。
そう思い、影のゲートを使って町の外れの方に移動する。

「さて、今から一旦暴れるわけだが、最優先事項は逃走だ。
 これだけは忘れるな、誰も捕まらず逃げ切る事。」

魔法薬を吸いながら話、ディルムッドとロベルタの顔を見ると2人とも頷いて返してきた。

「よし、じゃあ今から元の姿に戻る、私が先に戻りチャチャゼロが人形になったら。
 逃走劇を始めるとしよう。」

そう言って、俺は本来の姿にディルムッドは人形にと姿を変える。



[10094] さて、どうしようかな第28話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/08/24 18:15
さて、どうしようかな第28話







「エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆!!」

現在オスティア上空、空を飛んでいた艦隊も見えなくなり、
必要な物は川に先行しているディルムッドに預けて、空に飛び上がり氷爆を連発中。
まぁ、何故この魔法かと言うと、派手で尚且つ自身の位置を文字通り煙に巻く事ができるから。
ついでに言えば、この空に浮かんでいる国に雪でも降らせて見ようかと思ったから。

「ふぅ、これだけやれば十分だろう。」

そう思って、下を見れば逃げ惑う人々で溢れかえっている。
フム、これだけ辺りが混乱していれば、監視していた人間も巻き込まれて人形への注意も薄らぐだろう。
それに、乱発したおかげで、町の上空には白い靄がかかったようになったので、俺の位置を探るのも困難だろう。
そう思い、地上にいるロベルタに念話を送る。

(辺りはどうだ?)

そう送ると、

(路地裏から見ていますが人でごった返しています。
 軍人らしき人々が指示を出していますので、何処かに避難場所があるのでしょう。)

非難場所か、うちの人形達が連れて行かれては困るな。
さて、やる事もやったしとっとと逃げるとするか。

(分かった、1度そちらと合流して逃走に入る。)

そう送り、ロベルタのいる位置に飛来して、預けていたローブを着込み。
一気に路地裏を走り出す。


ーsideサーヤー


「隊長、真祖が出たとの報告が!!」

その報告で、一気に辺りが慌しくなった。
まぁ、今日何かしらのアクションがあると思ってはいたが、ここまで派手だとはな。

「狐たちだろ、位置の特定は?」

そう返すと、報告に来た兵は大きく首を振り、

「違います!狐たちは今逃げている所です、真祖は町の上空で魔法を使っています!!」

「なに!?それは確かなのか?」

そういうと兵は、

「間違いありません、姿形、莫大な魔力量。上はすでに真祖と断定しています。
 現在、うちの部隊が町に展開しているので、その人員で対処してくれとの報告です!」

そう兵に言われて、外に出て空を見る。
空には、白い靄と爆発音がこだまし少し肌寒い気がする。
そして、その爆発の発信源は今も動いているのだろう、町の上空、あちらこちらで音がする。
多分、氷系の魔法、それも広範囲に広がるタイプ。
真祖が俺の仲間をひき肉にしたのも、確か氷系の魔法だった。
属性は同じ、更には上からの報告で真祖と断定されている。

ククッ、こんな時に笑うのは不謹慎だが狐狩りは終いだ。
今の俺の獲物は空に浮かんでいる。
さて、兵達には適当な指示を出して俺も真祖の所に赴くとしよう。

「総員、町の人々の非難を最優先とし事に当たれ!
 事後の補充隊員たちも指示は同じ。尚、急造した女性小隊はフル装備で待機させろ。
 私も装備を整え次第指揮を取る。」

そう、報告してきた兵に指示を出し部屋から追い出す。
さて、俺も装備を整えるか、そう思い、自身の装備品を取り出す。
肌にピッタリとした黒いインナーを着て、その上に魔法で処理をされた鎧を上から下まで装備して、
腰には軍刀サーベルを下げて指には魔法発動媒体の指輪。
最後にフルフェイスの兜を小脇に抱え、狐狩りの詰め所から、真祖対策の第一線防衛ラインの早代わりしたつめ所に向かう。
つめ所の中は上へ下への大騒ぎ。まぁ、真祖と言うビッグネームを聞けば浮き足立つのも仕方は無いか。
だが、今はそんな現状では困る。

「落ち着け!!!!」

そう声を張り上げ、扉の横の壁を勢い良くバンッと叩き兵達を落ち着かせる。
しかし、それもつかの間、

「隊長!」

その、1人の声と共に一気に隊員たちが俺に情報を持ってくる。
それを落ち着かせながら、情報整理をしていくと、
現在真祖は町の上空で魔法を連発している事、町の人々の非難は多少ごたついているが上手く言っている事。
そして、真祖が魔法を乱発したせいで、町の上空の視界が悪くなり真祖の位置特定が困難な事なんかが上がってきている。

「爆発音の方はどうだ?まだ続いているか?」

「はっ、それにつきましては先ほどより止んだとの報告です。
 ただ、兵の1人が空より地上に飛来したものがあったと証言しているので、もしかすれば町に潜んでいるのかもしれません。」

「分かった、捜索を続けてくれ。」

そう言って、兵を下がらせる。
さてはて、どうしたものかな。真祖の目的も位置もまるで分かっては居ない。
ただ、町に潜んでいる可能性があるというか、この状況で空より飛来したものとなると、
真祖以外考えられないが、それが何処に行ったかも不明か。
それに、今の状況でいくら魔力探知を行っても魔法を乱発された後なら追うに追いきれないだろう。
ちっ、狡賢いやつめ。せめて、目的でもつかめれば追う事は出来るんだが・・・・、

いや、まて、何故真祖はわざわざ魔法を使った?
しかも、何の意味も無い空であんなにも目立つ魔法を。
更に、もう1つ言えば、何でこのタイミングなんだ?
今までの真祖の犯罪歴をたどればアレだけ目立つ事をやっておいて、まさか愉快犯だとは考えられない。
それに、町に下りたという事は何かしらの目的が町にあるのか・・・・?
真祖の目的になりそうなもの・・・・・、

「おい、そこの、真祖は人形をつれていたか?」

そう近くの兵に聞くと、兵はすぐさま他の兵たちに聞き情報を集めて帰ってきた。

「いえ、1人だそうです。上層部の確認でも、空に浮かんでいた個体は1つだけだそうです。」

真祖が1人・・・・、
狐の連れの男の持っていた槍は人形の槍とそっくり。
そこまで考えて、1つの仮説が頭に浮かんでくる。
もしかすれば、狐達は真祖の人形から槍を奪い逃げていたのではないかと言う仮設。
そうすると、いくつかの辻褄が合ってくる。
先ず、狐達が真祖から逃げていたのならば、何らかの方法でこの国の艦隊の事を知り、
その艦隊ならば真祖を殺せるのではと思いこの国に逃げ込んだ。

しかし、艦隊の事は分からず、いつくるか何処に潜んでいるか分からない真祖から逃げるために、
平静を装い、装備品を調達しながら逃げ道を探していてのではないか?
それに、検問を気にしなかったのは彼らからしてみれば、検問はありがたく更に言えば、
アレがあるから真祖は入ってこれない、だからほとぼりが冷めるまでこの国で遊んでいようとでも考えて日々遊んでいたのではないか。

「避難場所に狐はいるか?すぐさま調査しろ。後、狐の監視をしていた最後の兵は俺の前へ。」

そう近くの兵指示を出す。
報告が上がるのが先か、兵が来るのが先か。
はたまた真祖が逃げるのが先か。
しかし、狐が見つからないとなれば真祖の足取りはつかめる。
なにせ、狐たちは川から逃げる予定だったのだから、当然川から逃げ出す気だったのだろう。
そして、それを追う真祖もまた然り、今ばかりは狐に感謝しよう。
あの夜奢った一杯が無駄ではなく、俺の所に真祖を運んできてくれて、更には行動の先読みまでさせてくれて狐に。
そう思いながら、着々と上がってくる報告書に目を通していると、一人の兵が書類を小脇に抱え、俺の前でビシッっと敬礼をして、

「自分が最後まで狐を監視していたものであります。後、狐は避難所にはいないとの事です。」

そう口を開き、書類を俺に差し出す。
大方、避難所の人員名簿だろう、しかし、今の俺にはそれは必要ない。
必要な一言、『狐がいない』と言うその一言さえ聞ければ問題なかったのだから。
多分、狐たちは川沿いをつたって町の地下にいのるだろう、真祖が空から降りたのを見計らって川から逃げるために。
それに、俺達が真祖と戦って、俺達が勝てば普通に国から出て、負けたなら負けたで川から逃げれば良しとの魂胆だろうから。

「了解した。後、空にいるシュヴァル技術部長に真祖が出たと通達してくれ。
 あぁ、後、狐はスパイじゃなかったと嫌味たっぷりに付け加えてな。」

そう兵に一言返した後、魔法で今俺の指揮の下にある隊員へ通達を下す。
アレに教えるのは気に食わないが、しかし、教えておかないと後でどんな嫌味を・・・・・、
いや、これから死ぬんだ、今更何がどうなろうと後の事はどうでもいいか。
そう思い、兵に通達しなくていいと指示を出そうかと思ったが、もう兵はいなくなっていた。
まぁ、アレがいてもいなくても変わらんか。

「各員へ通達!真祖は狐を追って地下に入った可能性が高い。
 それゆえ、各隊員は川伝いに地下に潜り索敵を開始せよ。
 なお、交戦は控えるように。真祖が外に出た所を見計らい俺、サーヤ以下女性小隊で攻撃を仕掛け真祖を撃破する。
 今こちらに残っている人員は地下の見取り図を早急に手配し、上がってくる情報を逐次書き込め。
 ここで下手を打つと、真祖に殺されるのは家族か友人か恋人だと思え!」

そう激を飛ばしながら通達を出し、イスにどかりと座り込む。
読みが的中すれば真祖は地下にいるはずだ、そして、俺は真祖と戦える。
死ぬために戦う、生きる為ではなく死ぬために。
非生産的な行為だが、俺が今まで生きてきた原動力はこれ以外に無い。
磨いた技も、練習した魔法も、痛めつける様に訓練に身をやつした体も。
全ては、戦い朽ち果てるために。真祖の敵足りえる為に、真祖の脅威足るために。

「みんな待っていてくれ、少し遅れたが今から俺もそちらに向かう。
 そっちに行ったらまた、馬鹿話でもしながら酒でも飲もう。」

そう、独り言を回りに聞こえないように呟き、町の地下の見取り図を開き、
書き込まれている情報を見に行く。


ーsideシュヴァルー


「シュヴァル技術部長、サーヤ隊長より真祖が出たとの報告です。後、狐はスパイじゃ無かったとの事です。」

「ん、ありがとう。あぁ、狐の所は嫌味たっぷりに言わないとね、そう彼女から指示が出てただろ。」

そういうと、兵はしどろもどろになっている。
フフフ、まぁ、そんな兵なんでどうでもいいんだけどね。
何せ、真祖だよ。読みとかなんとかどうでもいい、真祖が手の届く所にいるんだよ。
あぁ、嬉しいなぁ。しかも、サーヤの艦に乗ってる時だからなお嬉しいなぁ。
そう思いながら、ゲストルームを後にしてクライツ君の所に向かう。
何せ、今のこの艦の指揮者は彼だからね、彼にお願いしないと真祖の所にはいけないもの。
一応、念には念を入れて1つ手立てを打ってはあるけどね。

そう思いながら、歩を進めて着いたのは此の艦のブリッジ、いやぁ、僕もこの艦を作るのに携わったけど、
人が機械と魔法を使っているのか、魔法が人と機械を使っているのかそれとも、
機械が魔法と人を使っているのか分からない光景は楽しい限りだね。
でも、今はそれを楽しむよりも、もっと楽しい事が待ってるから早くしないとね。

「クライツ君、君の所に真祖の情報は上がってきてるかい?」

そういうと、クライツ君はぶすっとした顔で僕を見てくる。
やれやれ、隊長が僕の事を嫌いなら、それに着く副隊長も僕が嫌いと。
まぁ、いいんだけどね、興味ないし。

「言われるまでも無く情報は上がってきてますが、今は護送任務中です。
 元々日にちを今日と指定してきたのは貴方でしょう?技術部長殿。」

さっきの兵より彼の方が報告に着てくれた方がよっぽど嫌味が伝わったかもね。
まぁ、それはいいとして、

「ならば、任務変更を申し出よう。今すぐオスティアに引き返したまえ。」

そういうと、クライツ君はやっぱりぶすっとしたまんま。
いらない事で時間は取りたくないんだけどね、真祖がいなくなっちゃ元も子もないし。

「現在は任務中です。上からの帰還命令もありません。技術部長殿、言っておきますがね、我々は命令で動いているんですよ。
 一個人の発言が簡単に通ると思わないでいただきたい。」

ふむ、厄介だね。口では静かにそういいながらも、握ったこぶしが震えているよ。
あらかた、今オスティアで指揮を執っているのがサーヤだとでも聞いたのかな?
どちらにせよ、僕が言うのもなんだけど長生きできないタイプだよ彼は。
なんたって臨機応変さが足りないからね。

「ならば、技術部長としてこの艦を預かっている副隊長殿に命令しよう。
 国の一大事だ、今すぐ艦をオスティアに引き返したまえ。」

しかし、それでも彼は、

「残念ながら指揮系統が違います。貴方はゲストルームに篭ってゆっくりしていてください。
 自分とて戻れるものならすぐ戻りたいです。ですが、それでも自分達は命令で動いてるんですよ。」

ちっ、人をあまり怒らせないで貰いたいのだがね。
さて、彼がいなくなれば僕がこの艦のトップになるんだけど、
そればかりはどうしようもないね。まぁ、そろそろ打った手が届くと思うんだけど・・・・、

「クライツ副隊長、本国より入電、今すぐ帰還せよとの事です。
 なお、シュヴァル技術部長の指示に最大限に従うようにとの事です。」

そうモニターに向かう兵がクライツ君の方に声を上げる。
ククク、打った手は正常に稼動したようだね。
永遠の命なんて興味ないけど、欲しがるやつは欲しがるみたいだし。
それが生きてるうちに富を築いたやつなんかは時にそういう傾向にあるね。
まぁ、そんな事はどうでもいいか。
隣にいるクライツ君は僕の事を凄く不振そうに見てるけど、関係ないよ。

「まぁ、今報告のあった通りだよ。さて、国に引き返そうかクライツ副隊長殿。
 あぁ、後この艦についてる兵器、いつでも使用できるようにしておいてね。あぁ後、鬼神兵には触らないようにね。」

そういうと、クライツ君はやっぱり不振そうに僕を見てくる。
でも、それ以上に何も無いと思ったのか、

「分かりました技術部長殿。よし、総員持ち場に着け、これより本艦は全速力でオスティアに帰還する。」

そう言うと、辺りの兵達が慌しく動き出し各計器やモニターの前なんかに座る。
多少手間取ったけど、間に合うかなぁ?
そんな事を思っていると、

「礼は言いませんよシュヴァル技術部長。」

そう言ってクライツ君が見てくる。
礼ね、こっちの目的はこっちの目的であるから問題ないんだけどね、
まぁ、それでもここは、

「かまわないよ。早く帰ろう僕達の国にね。」

そう、僕達に国に・・・・・、ね。


ーside俺ー


ディルムッドと合流して地下に潜るまでは順調だったし、人形の回収も上手くいった。
ただ、雲行きが怪しくなったのは大体国の中央を過ぎた辺り。
全てのルートに共通している事だが、俺の選定したルートは全てこの国を横断するように選定してある。
まぁ、多少面倒だが、それでも通路を迷路として使うなら、こうやって奥深くまで潜ってから外に出るようにした方が、
追手も巻きやすいし、出る場所を特定されにくいという利点もある。
ちなみに欠点は道のりが長く、迷いやすい事。まぁ、うちらはロベルタがいるから迷わずにすむ。

で、今の現状はと言うと、コウモリをいくつかのルートに飛ばしながら国の半分まで来た時に、
1つのルートのコウモリから2人の人影の映像が流れてきた。
最初は迷い人とか、浮浪者とか、ここを寝床にしているヤツかとも思ったが、どうも毛色が違うらしい。
と、言うのも、その人影を追うと途中で止まって何かを話していたり、2人で辺りをうかがったりとどうも俺を監視していたやつらのようだ。
何と言うか、ここまでして俺を追うやつの気が知れないが、もしかすれば、この監視員達も軍人なのかもしれない。
となれば、今俺はこの国の軍の総力を上げて追われている訳か・・・。
まぁ、それでもここまで着たら逃げるしかないんだけどね。

ついでに言えば、向こうには頭の切れる指揮官がいるのだろう。
あの状況で、俺が町に潜む所まで考えるのならばまぁ、よくある。
更に、身代わり人形を追うのもまぁ、よくある。
しかし、その2つを繋げて、地下に逃げたというのを導き出すという事になると、
何かしらの外部情報があるか、さもなくば相当捻くれた考え方をしているヤツだろう。

「さてと、現状では私達を追う犬達が地下に放たれた。規模不明、人数不明、
 今の所こちらがコウモリを使って先手を打っているが、人数しだいではこちらが不利になる。
 何かしら意見はあるか?」

そう言って、スーツ姿のロベルタと、人形姿のディルムッドを見る。
そうすると、先ず口を開いたのはディルムッド。

「普通ならバラバラに逃げるのがいいんだろうが、そうしたら最後何処に出るか分からない。
 壁抜けは出来ないのか?後、どのルートから来るかの特定とか。」

そういうと、ロベルタが口を開く。

「無理ですね、地図を見た限りでは下手に壁に穴を開けると何が起こるかわかりません。
 それに、壁に穴を開けた時点で自分達がここにいると知らせているようなものです。
 ルートの方はお嬢様しだいですが、どうです?」

そう言って、ロベルタが俺の方を見てくる。
しかし、いくら俺とて万能ではない。むしろ、未だに修行中の身だ。

「無理だな、いくら先行させられると言っても良くて数百メーターだ
 むしろ、今回これが見つかったのは奇跡に等しい。」

そこまで言って、出る答えは結局同じでルートをたどって逃げる事。
影のゲートを使おうにも、使って移動した時点でロベルタの頭の地図と照合できなくなるので却下だな。

「仕方ない、見つからないように心がけるが、万が一の場合は交戦し、速やかに排除しよう。
 間違っても殺すなよ、どんな仕掛けがしてあるか分からん。」

そう言って、魔法薬を吸おうとするが、臭いでばれると困るので自重した。
ふぅ、早く外に出たいものだ。
そう思いながら、コウモリを先行させ、ロベルタに道案内をさせて外を目指す。


ーsideサーヤー


真祖の目的が不明で何をするか分からず、国の危機と言う事で指揮権限はすでに上層部に移っている。
まぁ、そのおかげで使える人員が増えルートから兵を送り込むという荒業が使える。
そして今俺はその上がってくる情報を整理しながら、女性小隊と共に戦闘待機中。
兵からの異常無しの報告は数分おきで、更に2人一組なので、どちらかが殺されても居場所の特定は出来る。
そうして、報告を聞きながらすでに数時間。包囲の輪は狭まり始めている。
これならば、見つかるのも時間の問題だろう、そう思っていると、

「サーヤ隊長、1つの班からの通信が途絶えたとの報告です。おそらくは・・・・・。」

そう言って、兵が俺の方に話しかけてくる。
さて、時は来た。死神と対面して俺の命を存分に刈り取ってもらおう。

「了解した。出現予定ポイントを割り出した後は私が指揮を取り小隊を展開する。
 情報は逐次こちらに流してくれ、いくら待ち伏せしても、真祖が来ませんじゃ話しにならんからな。」

そういうと、兵は『ハッ』といいながら敬礼し俺の元を後にした。
さて、出現場所が分かったら策を練らんとな。
私を脅威だと思わせ、更には撃破するしかないと思わせるだけの状況を準備しないとなぁ。

「さぁ、真祖。お前の手を俺の血で存分の染めてくれ・・・。」

そう呟き、1人ほくそ笑んだ後に、隊員達の待機場所に向かい、

「小隊隊員は出撃準備!なに、真祖は女は殺さん。一方的に弄ってやれ!」

そうか各員に告げ、士気を高める。
そう、真祖は女は殺さない。
今上がってくる真祖の噂もそう、だが、俺だけは殺してもらうぞ。


ーside俺ー


逃走が順調でなくなったのはつい先ほど、2人一組の兵を殴って気絶させた。
多分、これで俺の居場所が分かってしまっただろう。
後は時間との勝負で、どれだけ早く離脱ポイントにたどり着けるかだ。
さて、静かな逃走劇のはずが、やけに大掛かりで面倒な事になった。
そう思いながら、暗闇のなかをロベルタを先頭に進むが、

「先に2人いる。このまま行けば、俺達は逃げ隠れで着ない、やつらの意識を刈り取るぞ。」

そう言って速度を上げて進み、

「なっ!?」 「おま!?」

そう驚いた二人を、

「とりあえず寝てろ。」

「運の無い方々ですね」

と、ディルムッドが槍の尻で、ロベルタが拳で意識を刈り取る。
そして崩れ落ちる兵を見ながら思うのは、人海戦術の面倒くささ。
何が面倒くさいかといえば、点で攻めるのではなく、面で攻めるという戦法そのもの。
今気絶させた兵で人数は4人、班単位ならば多分2班。
そして、2班目と言うことは、当然点が線になったという事。

点が点のままならば、探しようも無くその周辺を探すしかないが、それが線になった瞬間、
一気に俺達の居場所が特定しやすくなる。
すでに今使えるルートは7つにまで狭まっているが、ここで急遽別のルートを入れるというのは勘弁願いたい。
なにせ、今ルートを新しく入れるぐらいなら、最初からルート選定などする意味が無くなる。
それに、他のルートでは外に出た時に丸見えになる場所が多い。

しかしは、だ。
入り口があれば出口がある。
そして、ここも入り組んで迷路のようだが、それでも、ここは迷路ではなく水路。
まぁ、それを言っても今更か。願わくば、出口の特定ができていない事を願おう。
残りの7つのルート、そのどれでもいいから引っかかってくれる事を願う。


ーsideサーヤー


また新しく連絡の取れない班が出て、これで真祖の逃走ルートが絞りやすくなった。
1つ目の点と2つ目の点を繋ぎ線とする。そして、他の真祖と接触していない班の位置を書き込み、
真祖の進んでいるルートを算出していく。今の時点では絞り込め切れないが、それでも絞り込めるのは時間の問題。
なにせ、必要ないと思われる所の人員は全て地下から離脱して、今度は2つ目の点から先を繋げようと地下を歩き回っている。

「サーヤ隊長、人員各員準備完了異常なし。いつでも出撃し展開できます。」

「了解した、ならば出撃しよう。現在真祖の出ると思われるルートは完全には判明していない。
 だが、それが分かるのも時間の問題だ。我々は先行してルートが絞り込めしだい部隊展開し真祖を撃つ、以上だ。」

さて、ここからは時間との勝負だな。
真祖が逃げ出すのが先か、俺が追いつくのが先か。
そう思いながら兜をかぶり自身の装備品を再点検して小隊の人員を引き連れ出撃する。


ーside俺ー


非常に面倒な事になった。
と言うのも、前だけの追っ手ならばまだ良かったが、どうも後ろからも追っ手が来ているらしい。
しかもご丁寧な事に2人一組で。まぁ、そうは言っても地上は目の前で後はにげるだけ、そう思いコウモリを先行させる。
しかし、どうも今日は厄日らしい。コウモリから通して見える映像には数人の鎧を着た人間が見える。
たぶん、どっかの部隊だか何だかが展開中か、もしくは展開して待ち伏せしているのだろう。
さてどうするか、

「とりあえずはだ、このまま外に出ても先には部隊が展開している。まぁ、規模自体は小さいから問題はない。
 さて、選択肢は2つ、1つはこのままみんなで突っ込むという案。ただ、これだと挟み撃ちに遭うと言う可能性がある。
 2つ、2手に分かれて片一方が外の部隊を撃破してから残りを呼ぶという案。欠点は特になし。
 強いてあげるなら外のやつらを片付けれるだけの火力があるかと言う事だが、それに関しては、私が出るから問題はない。
 さて、私は第2案を押すがキサマ等は?」

そう言うと、ディルムッドが真っ先に、

「エヴァ、またそうやって危ない方を取る。確かに、エヴァの火力が凄いのは認めるが、
 それでもあんまり危ない事はしないでくれ、2手に分かれるなら俺が出るから。」

そして、ロベルタが、

「チャチャゼロさん、心中お察しします。お嬢様、危ないことは私たちにお任せください。」

ふむ、その心遣いは痛み入るのだが、
しかし、物には適材適所と言うものがある。
例えば、面で攻めれるか否かとか。

「心遣いは嬉しいが、広域殲滅のできる私と、単一戦が得意なチャチャゼロ、装備品がナイフや重火器といった物のロベルタ。
 この事実がある限り、大人数を相手取るなら私だろう。」

そう、ここまでくればもう隠しても仕方ないと思い魔法薬を吸う。
ふぅ、久々と言うわけでもないが、あると落ち着くな。
そう思っていると、

「ならば、まとまって突破しよう。」

そう言ったのはディルムッド。
まったく、心配してくれるのは嬉しいんだがな。

「そうしてもいいが、そうすると私が行動不能になった時誰が助けるんだ?
 2手に分かれるのは何も突破だけが目標じゃない、最悪退路だけでも確保しようとするためだ。
 ロベルタ、最悪現在地点から撤退する時には一番離れた集合場所に行ってくれ。」

そう言うと、ロベルタは、

「誠に不本意ですが了解しました。」

そして、ディルムッドの方を見ると、ディルムッドも
釈然としないといった顔で、

「背中は守る。本当は、全面的に守りたいんだがな。まったく、本当に無茶はしないでくれよ。」

そう言いながら俺を見てくる。
さて、話はまとまった。後は俺が外の敵を一掃すれば万事逃走成功。
そう思い、キセルを片手に外に向かい駆け出す。



[10094] 中々にヒドイ事をするな29話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/08/28 14:04
中々にヒドイ事をするな29話






「エメト・メト・メメント・モリ 魔法の射手連弾・闇の29矢!!」

そう氷楯を展開して走りながら詠唱し、上に矢を放つ。
水路に降りていた兵たちは俺が外に出てから全て空に舞い上がり、
上空から爆撃機よろしく人の頭に魔法を放ってくる。
更には、水路のへりを楯にした兵が同じく俺に魔法を放つ。
選定したルートの中で、最終的に俺が選んだルートは高低差が一番ある場所に出るものだった。
しかし、今はそれが裏目に出ている。
何せ、向こうが高くこちらが低い位置にいるのだ。

昔何かの映画でテロリストと軍人が戦うものがあって、
下水から出てきた軍人達を高い場所から囲み一斉射撃で皆殺しにするというシーンがあった。
今の状況はまさにそれだろう。
ただ、何が違うと言えば、撃っているのが魔法であり、撃たれている俺もまた魔法を返し更には俺が死なない事だ。
そして、一番分が悪いのは兵が皆女性である事。
これでは迂闊に大きい魔法を放てない。

「チッ、何処の誰だか知らんが良く研究しているよまったくもってなぁ!」

そう悪態をつきながら魔法を頭上とへりめがけてはなっていく。
しかし、こちらが1つ魔法を放てば向こうは10と言った様に明らかに劣勢に追い込まれる。
放たれる魔法もバリエーション豊かで火、水、氷、風、闇、光その他、今現存する属性の魔法全てが俺に飛んできている。
それを氷楯で防ぎはしているものの、もうそろそろ砕けそうだし中る物は体に中っている。

「えぇい面倒な!エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆!!」

そう魔法を放ち、一気に辺りを凍気と爆風で包み視界を遮りながら上空の面倒な敵を追い払う。
そして、空に飛び上がり、

「エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆!!」

もう一度同じ魔法を使って、完全に上空をクリアにする。
と、言ってもこれでは時間稼ぎにしかならない。下手に時間を取られればまた上を押さえられる。
上空にいる敵たちが水路に下りてくれば、
その時点でこおるせかいを使って氷柱封印すれば事足りるが、早々上にいると言う優位性は捨てないだろう。
そう思いながら地上すれすれを飛び、着いたのは水が地上に零れ落ちる場所。
個人的には、このまま何事も無くディルムッド達を呼んで地上にダイブしたいのだが、
どうもそうも行かないらしい。
俺の目の前にはフルフェイスの兜をかぶり、鎧を着込んだ敵が1人。
そして、そいつが腰から剣を抜きながら、

「会いたかったぞ真祖。」

「私はキサマ。と、言うかキサマらに会いたくは無かったがな。
 私は何もしない。だからそこを通せ。」

そう言うと敵は、抜き放った剣をピッっと水平にした後、
自身の顔の前に祈るように剣を持ってきて、

「通すのは吝かじゃない。ただ、俺の屍を越えて行け!!」

そう言って、俺に剣で突きかかって来る。
それをバックステップで交わしながら、

「エメト・メト・メメント・モリ 氷結 武装解除!!」

魔法での武装解除を試みる。
キセルは当の昔に直したので、今は手で魔法を出しているが、まぁ、ダメ元と言うのが正直な所だ。
何かしら着込むタイプのアイテムがあればこれでダメにできるだろう。
そう思い放つが、敵も最初の突きが届かない事を悟り後ろに下がりながら、

「流水 武装解除!」

と、同じく武装解除魔法を放ってくる。
しかし、これの結果は空中で相殺ではなく水系魔法の凍結で終わる。
だが、それならそれでいい。

「自身の水で気絶しろ!」

そう言いながら、出来た氷を相手に向かい蹴っ飛ばすが、
それを一刀の元に切り伏せ、

「レイ・ラ・ロロロ・グリス 目醒め現れよ、浪立つる水妖 水床に敵を沈めん 流水の縛り手!」

すでに詠唱していたのだろう魔法を放ってくる。
しかも、捕縛で酸素を遮断すれば窒息死させれるというもの。
それが5つ人の手のように捕まえようと伸びてくる。
更に言えば、魔法を放った本人も俺に突きかかって来る。

「どうした真祖!貴様はそんなものか!」

誰かは知らないが、勝手な事をいう。
この場でこいつを殺してそのまま突破するか・・・?
一瞬そう考えながら、

「エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆!!」

と、ほぼゼロ距離で氷爆を放ち相手の視界を遮り水の手を凍結させながら、
相手がいたであろう位置に向かい無詠唱で魔法の射手を7本放つ。
ここで氷爆を使えば辺りに自身のいる位置を知らせているようなものだが、そうなれば、また追い払えばいい。
そう思い、先に誰もいないか確認するために進もうとすれば、

「屍を越えて行けと言ったが?」

その声と共に上空から俺の頭めがけて剣を突き立てて来る。
さらに、左右に、

「水精大瀑布!」

と、大量の水を上空から降らせてくる。
チッ、どうあっても前に進めさせないつもりか・・・・。
1度切れた間合いでお互いに睨み合いながら口を開く。
もっとも、相手は俺の顔が見えているが俺からは兜の所為で顔は見えない。
それに、無傷では突破で来そうに無い。
面倒なのは魔法もそうだが、剣技だろう。

「いいだろう、戦ってやる。死にたくなくばそこを退け!」

そう言うと、敵も剣を握りなおし、

「殺してもらおう。貴様の手を紅に俺の血で染めさせてもらおう。
 俺は貴様の敵だ。貴様に殺してもらうために存在する敵だ!さぁ、俺の存在意義を果たさせてくれ!」

そう吠える様に言い放ってくる。
目の前のこれはなんだ?
俺に殺してもらうために存在する?
殺される事が存在意義?

「ふざけるなよ!生きるためならいざ知らず、死ぬために戦うというならば、勝手にどこかでのたれ死ね!!」

そう言いながら、間合いを詰める様に走り出すと、
目の前の敵も合わせるように口を開きながら走り出す。

「それは出来ない。俺はお前に殺してもらって初めて俺として終われる!!」

そして、突いて来る剣を自身の右の手のひらを差し出し受け止め、
一気に根元まで差込、斬撃を封じ込めながら空いた左手で相手の顔めがけて魔法の射手を放つ。
しかし、相手はそれを首を振って避けるが、1発が兜に中りその衝撃で兜が飛ぶ。
それと同時に、暴れるように剣を振り、俺の右手の中で剣を180度ゴリュっと動かして薬指と小指の骨を切断して剣を引き抜く。
はっきり言って、かなり痛い。

最初の刺されるのも覚悟は要ったが、今の骨を削られ、更には切断されるというと言うのは、
洒落にならないほど痛い。こういう痛みと言うものは、はっきり言って慣れるものではないし、
慣れたら慣れたでいけない物だと思う。自身の体を好きかって使っているが、それでも、やはり痛みに慣れてはいけない。
そう、多少涙目になりながら手を回復させ、敵の顔を見ると、そこには数週間前の酒場で出合った、

「サーヤ・・・、だったか。」

そう言うと、サーヤは剣に着いた血を払いながら、

「あぁ、俺だ。」

そう短く俺の目を見ながら言葉を返してくる。

「退け!」

そう言葉を返せば、

「屍を越えて行けと言った。俺の血でお前の手を紅に染めると言った!そして、俺は俺の存在意義を果たさせてくれと言った!!」

最初は静かだったが、だんだんと声のトーンが上がり、最後には絶叫といって差し支えない程の声量で叫ぶ。
いったいサーヤをここまで駆り立てる物がなんなのか俺は知らない。
殺したやつの顔は少なくとも、できるだけ覚えるようにしてはいるが、それでも忘れていくものだ。
何かしたやつは忘れるが、された方は覚えているというやつなのだろうかこれは。
だが、それにしてはおかしい。復讐ならば身に覚えはある。
それこそ、こっちに来て色々やっている。悪い事もすれば良い事もする。
人を殺したり助けたり、蜂の巣にしたりされたり。

だが、それでも憎まれる事は覚悟していた。
人を殺してなお生きている俺は、確実にそいつの周りのヤツから憎まれているだろう。
殺した事に対して言い訳するつもりは無い。
ただ言える事は、俺も死にたくは無かったと言う事だけ。
いくら死なないと言っても、高位存在の消滅魔法何かを受ければ流石に無事ではすまないと思う。
それに、俺は今死ねば少なくともエヴァに顔向けできない。

俺にこの体を譲った彼女に消して顔向けできいし、今死ねば後悔しか残らない。
俺の身勝手だが、この体で楽しい事を沢山して俺に吸われた彼女に少しでも届けばいいと思う。
殺す事でしか救う事を見出せなかった、死を願うしか出来なくなってしまった、死ぬ以外に選択肢がなくなってしまった、
そんな彼女への俺が贈れる少しでもの手向けだ。

だが、目の前の女はなんだ。
復讐でもなく、憎しみでもなく、生きるためでもなく、まして、自身の選択しなど無限に広げる事ができるのに、
ただ、死ぬために俺の前に立つと言うこの女はなんだ!?
戦闘中と言う事も忘れ、自身の額を押さえ頭を振る。
そんな俺に、サーヤが口を開く。

「どうした真祖 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル!!
 俺ではお前の敵足り得ないか!?俺ではお前に殺してもらえるだけの価値も無いか!」

そういいながら、俺に斬りかかって来る。
どうすればいい?殺すのは簡単だ。
たんに心臓でも首でも頭でも潰すなり砕くなりすればいい。
もっと簡単に割り箸でも出して、鼻から差し込んで脳をシェイクしてやればそれで殺すには事足りる。
だが、この相手をどう殺さずに捌く?

「クソッ!エメト・メト・メメント・モリ 大気よ水よ 白霧となれ 彼の者等に 一時の安息を 眠りの霧!」

「そんな子供だましが通用すると思っているのか!?」

そう言いながら、出した霧の中剣をドスを構えるように腰にすえ突きを放ってくる。
そう、サーヤの剣全てに言える事だが、突きを主体として剣を振るってくる。
それが面倒で仕方が無い。斬るなら、横から叩き折ってしまえば使い物にならなくなるが、
突かれると避けるため、どうしても1動作遅れる。

さっきみたいにまた手を差し出せばと思うが、早々同じ手は食わないだろう。
サーヤの斬撃を避けるが、それでも中る物は中るし、斬れる物は斬れる。
斬り飛ばされた腕をコウモリに変えて体にくっつけ、避け損なって刺されて腹に魔力を流して再生させながら、
どう攻めるか、攻めあぐねていると、サーヤがピタリと動きを止め口を開く。

「あぁ、そうか。俺の魔力障壁が邪魔なのか。ならばそんな物切ってやる。
 鎧が邪魔なら脱いでやる。だから、俺と戦って殺してくれ。」

そう、懇願するように言葉を紡ぐ。
どうする?そう思いながら、口を開こうとした所で、

ドゴォォォォ・・・・・・・・。

一瞬頭上が光ったかと思えば後方から激しい爆発音。
今まで俺とサーヤの戦いに横槍を入れる者はいなかった。
多分、それは接近戦をしている関係上、下手に魔法を撃てば同士討ちになる事を恐れていたのだと思う。
だが、今の攻撃は味方なんで物お構い無しの、確実に中れば殺せる一撃だ。
何処からの攻撃かと思い、頭上を見上げればそこには航空艦隊。
これが最新かどうかはしらないし、見たいからここまで来たが、
誰も戦いたいとか、その威力を自身を標的にして確かめたいと言った覚えは無い。

一瞬これはサーヤの指示かと思い顔を見ると、
サーヤ自身も苦虫を噛み潰したような顔をしながら艦隊を見ながらボソリと、

「あの腐れ外道が。」

と、言っている。
その腐れ外道が誰かは知らないが、どうやらお開きらしい。

「サーヤ、悪いが私はここで捕まる気も、キサマを殺す気も無い。
 さっさと逃げろ、そのための中てない威嚇射撃だろ?」

そう言っている間にも、空に浮かぶ航空艦の下部の砲門がいくつか光る。
そしてそれと同時に、あたりに破壊の嵐を巻き起こす。
位置関係的に、俺に直撃させるならサーヤを打ち抜かないといけない。
しかし、サーヤは、

「問題ない。威嚇射撃を打つ時間があるなら、その分の時間でお前に殺してもらう。」

そう言いながら、俺に剣を振るう。
刹那、

ドゴォォォ・・・・・。


ーsideシュヴァルー

多少時は遡る。

フン、フンフン、フン。
ついつい鼻歌が出てしまうぐらい嬉しいね。
なんなら、ここで小躍りでも披露しそうだよ。
任務を中止して国に引き返し際に、真祖の出現ポイントが割れた時は、
正直間に合わないかと思ったけど、そうじゃなかったね。
艦のモニターから真祖の出現位置をモニタリングすれば、そこには真祖と思しき少女と、鎧を着込んだ人物。
そして、その鎧の兜がとんで現れた顔はサーヤ。
いやぁ、いい拾い物だよまったくね。

「死んだ目をしていた割には、中々どうして真祖に喰らいつくじゃないか。」

優勢劣勢で勝敗を見れば、サーヤの勝率はゼロ。
いくら剣を振るおうが、魔法で手や足を潰そうが、それを物ともしない真祖には有効打にはならないよ。
そう思っていると、横にいるクライツ君が、

「艦を前進させろ、真祖の上空に陣取り兵を降下させる!
 戦闘員は第一級戦闘配備!繰り返す、これは訓練ではない戦闘員は戦闘の支度をしろ!」

ふむ、無駄な策だね。
あそこにいくら兵を送っても、意味が無いよ。
あそこは、上からの魔法攻撃できる兵士と、下で戦ってるサーヤが居るからなり立つバランスであって、
人が増えれば、辺りが狭くなり、いたずらに兵が死ぬか、さもなくばその兵を囮に逃げるだろうね。

「クライツ君、君の案は却下だよ。この艦隊はあの水路に砲撃可能な位置に陣取る。」

そう言うと、クライツ君は僕の方をギョッと見ながら口を開く。

「シュヴァル技術部長、言っている意味がお分かりですか!?
 あそこで戦っているのは自分達の上官です。その上官を救援するために兵を送るんですよ。
 それを、魔力砲撃可能な位置に陣取っては兵達が送れない!」

ふぅ、どうしてこう頭に血の上りやすい人は怒鳴るのかねぇ。
そんなに僕に向かって叫ばなくとも聞こえてるよ。

「兵を送った所で逆に利用されるよ。真祖は広域殲滅魔法なんていうのも使えるからね。
 今のあの2人のバランスはとても危ういものなんだよ。
 何で真祖がそれを使わないかは知らないけど、少なくとも真祖はサーヤと戦ってる。
 だから、僕達はそのサーヤが踏ん張ってる間に、最大限今使えるものを有効活用するんだよ。」

そう言うと、クライツ君は僕を睨みつけながら、

「それが、この艦隊の火力と言う事ですか。」

分かりきった事を聞くなぁクライツ君も。
それは今更な回答じゃないか。

「人の火力で倒せないなら、それ以上の火力を用意する。それでも相手がどうにかしようとするなら、行動不能にする。
 クライツ君、君は戦術や戦略、戦闘理論と言うものを勉強したまえ。
 じゃないと、君の下につく部下はいたずらに命をすり減らすよ。」

そういった後、彼の耳元に口を近づけて小声で話す。

「それに、今の君の指揮じゃぁサーヤが浮かばれないよ。
 君はいったい今まで彼女の下で何を学び、何を考えて行動してきたんだい?
 君が活躍できるように、わざわざ、今日と言う日に無理に艦隊を動かさせているのも、
 君の有能性を上層部に見せるためだし、更には、ここで上手く真祖を捕まえれればサーヤ君の事を凄く誉めるだろうねぇ。」

そう言うと、クライツ君は僕の顔をマジマジと見てくる。
横目でチラリと辺りを見れば、ブリッジの職員が僕達に注目してるけど、そんな事はどうでもいいね。
今は目の前に移る真祖をどうするかが問題だしね。
さて、クライツ君は出世欲が旺盛か、それとも、恋に恋焦がれるピュアボーイか。
どっちでもいいけど、どちらかには食いついて欲しいね。
じゃないと、ジリ貧のサーヤじゃ長く持たないもの。
そう思っていると、一度目を瞑ったクライツ君が口を開く。

「艦隊は魔力砲撃可能な位置に陣取る。砲手は魔力砲撃準備をして待機。」

そう指示を出した後、前のモニターを見ながらボソリと、

「これはあくまで、貴方の案が有用だと思ったからです。
 そこを勘違いしないでいただきたい。」

「あぁ、結構結構。案を出したのが僕でも、それを指示して艦を指揮するのは君だからね。」

そう、指示を出すのも、指揮をするのも君。
今の案だって、切り捨てる事はできる。
多分、サーヤ君がここにいたならば、間違いなく切り捨てただろうねぇ。
だって、艦隊が魔力砲撃可能な位置に行って、後する事と言えば魔力砲撃しかないんだもん。
それなのに、クライツ君は駒を進めてしまった。
魔力砲撃するしかないと言う袋小路にね。

サーヤはもう用済みだから要らないし、真祖は多分この魔力砲撃じゃ死なない。
フフフ、サーヤも真祖と死ねるなら本望だろうね。
まぁ、その真祖は生き返るとしてもだけど、
あんなに死にたがっているんだから、殺してあげるのが優しさでしょ。
彼女の欲しがっていた舞台は彼女にあげた。
ただ、その舞台で彼女が彼女の思うように自身を演じきれるかは彼女しだい。

そう思っているうちに、艦隊の移動は完了して魔力砲撃可能な位置に。
眼下にはいまだに頑張ってるサーヤと真祖、そしてぐるりと囲むように空に浮いている兵士達。
空に浮いている兵達は攻撃したくてもできないといった所かな。

「クライツ君、空にいる兵達に下がるように指示をしたまえ。
 あそこに兵達がいてはどうしようもないよ。この艦隊は間違っても見掛け倒しじゃないんだからね。」

「その案は却下します。あそこから兵達を引かせれば貴方は魔力砲撃する気でしょう。
 それは出来ません、自分達にも意地と言うものがあります。」

また、邪魔な物を持ち出したね。
こういう人間ははっきり言って嫌いなんだよね。
意地じゃぁ越えられない壁はあるし、願いだけでは叶えられない思いもある。
むしろ、そちらの方が多いくらいだよ。
ふぅ、そろそろクライツ君と話すのも疲れてきたよ。

「悪いがクライツ副隊長、君の案こそ却下だよ。
 今現在、真祖は目の前にいて、更に喜ばしい事に捕縛可能かもしれない。
 今あそこに砲撃を開始すれば、それだけでその後真祖に襲われる人たちが減る。
 君も国の犬なら学びたまえ。たった1つや2つの命よりも、その後に控える無数の命の方をとると言う考えを。」

そう言うと、クライツ君は目を瞑ったまま口を開いた。

「悪いですがね、そうやって見捨て続ければいつかは自身が見捨てられますよ。
 自分は救えるものは救いたい、仕方ないものは仕方ない。そういう考えしか出来ません。
 そして、今はまだサーヤ隊長を救えます。このまま艦を前進させれば兵も送れます。」

会議、裁判に地位剥奪。
が、まぁ、そうはならないんだよね。
とりあえずは、彼が目を瞑っているうちに、

バキッ!!

グフッ!!

「ふむ、人の顔を殴ったのは初めてだけど、中々骨と骨が中って痛いね。」

そう言いながら、襟首をつかんでも一発。
痛いのは痛いんだよ。主に僕の手が。クライツ君は鍛えてるだろうから無傷みたいだし。

「シュヴァル!キサマッ・・・。」

先を言わせる気はないよ。
手っ取り早く心を折らせてもらおうかな。
そう思いながら、襟首を掴み額と額をくっつけ口を開く。

「夢を語るなら艦から降りたまえ。現実を見ないなら今の仕事を辞めたまえ。
 感情が抑えられず、身勝手な行動を取るようなら独房に行きたまえ。
 今がどういう時か理解していない君ではあるまい。今眼前には真祖がいて、そして戦う君の上司がいる。
 そう、今の状況まで持ちこたえたのはサーヤだからだよ。でも、彼女の魔力は無限ではないし、彼女も人なら疲れる。
 つまり、ここでこうやって言い合ってる1分1秒が彼女の死期を紡いでいるんだよ。君は選択しなければならない。
 彼女を真祖と共に撃ち、彼女を国の英雄にするか、それとも、ここでむざむざ殺させて犬死させるかをね。
 無論、ここで真祖を逃がせば次にここに真祖が現れるのは、いつになるか分からない。」

そうまくし立てると、クライツ君は両の拳を握り締めブルブル震えている。
こちらとしては彼から「放て」でも、「撃て」でも、どちらでもいいから聞きたいんだけどね。
その一声さえあれば、どうとでもなるんだけどね。

「・・・・。」

クライツ君はモニターを眺めている。
モニターでは戦う真祖とサーヤの姿。サーヤが圧倒している様に見えるけど、
真実はどうなんだろうね?動きはサーヤの方がよく動いている。
魔法も同じようにサーヤの方が使って、真祖は逃げてばかり。
さてはて、これ真祖の作戦かそれとも何かしら別の要因か。
そう思いながら、同じようにモニターを見ていると、とうとうクライツ君が口を開いた。
それは小さくて、でも苦渋に満ち溢れた声で搾り出すように紡がれた。

「撃て。」

「え?」

そう言ったのはどの兵か。
小さな声だったのに、その一言はえらく空間に響いたよ。
そして、クライツ君が爆発した。

「威嚇射撃だ、全ての空にいる兵たちに射線軸に入るから退避せよと伝達!
 兵の退避が完了し次第サーヤ隊長に威嚇射撃を警告!!それが終わり次第下方の砲門より連続射撃!!!」

フフフ・・・・・。
フフフフ・・・・・。
フッ、フッ、フッ・・・・。
とうとう言ったね、言ってしまったねクライツ君。
威嚇射撃?甘い甘い、あそこに砲撃を放った時点でそれは威嚇でもなく警告でもなく殺害予告だよ。
そう思っていると、第1射が放たれた。着弾地点は真祖の後ろ。
多分、サーヤに中るのを避けたんだね。
でも、サーヤはあそこから逃げないよ、何せ、彼女はアレと対峙して殺されるのが願いなんだから、逃げる訳が無いよ。
モニターにはこっちを眺めて、苦虫を噛み潰したようなサーヤの口が何か動いたけどもう遅いよ。
全ては今日真祖が出るか出無いかだったけど、出たからには君にもう用はないよ。

「さよならサーヤ、ありがとうサーヤ、そして、哀れな哀れなサーヤ。死ぬのなら、最後まで役立ってくれよ。
 ・・・・・、真祖を捕まえる人柱としてね。」

そう、口の中で周りに聞こえないように呟く。
そして、サーヤが真祖に斬りかかる時に近くに着弾。
あぁ、これは死んんだかな。
さて、後は回収するだけ。楽しみだね、まったく。


ーside俺ー


「えぇいクソ!」

口から出るのは悪態。
小脇に抱えるのは何の因果かサーヤ。
そして、今いる場所は今まで来たがっていた雨降る地上。
最後の斬りかかって来たサーヤの刃は届く事無く、代わりに近くに着弾した艦隊からの砲撃の所為で、
サーヤの頭に瓦礫がヒット。チッ、本当に魔力障壁を切っているとは思わなかった。
まぁ、体は鎧が砕けて守ったようだが、それでもそのまま川に落ちると思わなかった。
助けたのはもはや勢いと言う以外何も言えない。
一応、川に潜りながら、ディルムッドたちには外に出るな、逃走しろまた戻ってくると指示を出したから大丈夫だと思うが、
はてさてどうしたものかな。



[10094] 1と0の差かな第30話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/09/07 12:08
1と0の差かな第30話




「ロベルタ、大丈夫か?」

そう声をかけるのは動けないロベルタ。
辛うじて声は出せるがエヴァとの糸が切れたので今は動けない。

「文字通り糸の切れたマリオネットですねチャチャゼロさん。
 しかし、私の事よりお嬢様の事です。念話は最後の時から聞こえてきませんか?」

そう、心配そうな声を出すも顔は無表情。
現在、俺達はエヴァの指示に従い逃走を成功させ決めいていた集合場所の1つに隠れている。
エヴァと別れた後の戦闘は、面倒だが歯ごたえのある敵はいなかった。
何せ、ロベルタが魔法銃で敵の頭を抑えその隙に俺が小さな躯体を利用して接近して敵をなぎ倒すというもの。
当然敵は殺さず気絶させるにとどめてある。
これは、殺せば捨てておかれるが、生きているのなら救出しようとする人の心理と言うものを利用したものらしい。

まぁ、らしいというのはエヴァが言っていたからだが、俺自身もこれには納得できる。
殺して死体にしてしまえば見向きもしないが、気絶や負傷ならば助けようとする。
俺が騎士団にいた時もそういう場面には良く出くわした。
そうやって、退路を確保しながら戦闘をしていたときに急に背後が明るくなったかと思うと爆音が轟いた。
最初は、エヴァが殲滅魔法でも使ったのかと思ったが、どうも毛色が違うらしい。
そう思っていると、急にロベルタが膝から崩れ落ち、エヴァから念話で外に出るな逃走しろ。
振り返ってみれば、空からは数多の閃光が瞬きエヴァが行ったであろう道を破壊していた。

そして、その後は天井を破壊してロベルタの背中をつかんで逃走。
体の大きさの差はあるが、気を使えば特に問題なくロベルタをつれて逃げる事ができた。

「エヴァからの念話は聞こえてこない。多分地上にいるんだろう。
 元々、あの川から地上に逃走する予定だったんだしな。」

「そうですか。しかし、意外ですね。もっとあわてるものかと思いましたよ。」

そう私が言うとチャチャゼロさんは、

「いまさらと言う感じもあるし、心配していないといえば嘘になる。
 ただ、今の俺が落ち着いて見えるというのならば、それはたぶん、エヴァといったいどれだけ一緒にいたかの差なんだろうな。
 そのうちロベルタにも分かるさ。俺達が共に生きると言った主がいったいどれだけ無茶をする人か。」

そういうと、チャチャゼロさんはとても楽しそうに笑います。
しかし、一緒にいた時間ですか。私は少なくとも、あの地下から出るまでの間はずっと眠りについていました。
それは次第に少なくなっていく私達を傍観するという、自身が壊れて朽ちる様を無数に体験すつと言う作業でした。
それが悲しいと言う感情はありませんでした。
ただ、そこにある体験していない事実が私の中に流れてきて、それが私の事実になる。
1つ違う事といえば、それを体験して事実とする物が私以外にも数多くいた事でしょう。
しかし、私の中に私は無数にいますが、今の体を動かしている私は私しかいません。
それでも今の私少し変ですね。

今の状況を不快に思います。
少なくとも、楽しいという感情ではありませんねこれは。
多分、この感情をカテゴリーに納めるなら寂しさでしょうか?
あの地下にいたミークとい存在から新しく作られた私は、破損したもの以外ミークと同じものを持っていますが、
それでもお嬢様は私の体を作って私が目覚めた時に、

「え~っと、始めましてかな?いや、うん。初めてと言うわけではないんだがなんと言うかな。
 まぁ、これから宜しくたのむ。」

「はい、私の事はミークとお呼びください。」

そう言うと、お嬢様は困ったような顔をしながら、

「ミークか・・・・、いや、その名前はやめよう。お前はもうあの地下にいたヤツとは違う。
 少なくともお前は私の従者だ、ならば、別の名前をやろう。まぁ、嫌ならそれでもかまわんが、どうする?」

そして、私はお嬢様から今の名前をいただきました。
多分、今の私は母鳥の帰ってこない巣にいる雛のようなものでしょう。
それはチャチャゼロさんも一緒でしょうが、何が違うかと言えばチャチャゼロさんが私の兄だからと言うことでしょう。
そんな事を考えていると、チャチャゼロさんが、

「エヴァが帰ってきたら怒らないとな。俺とロベルタを心配させるなってさ。」

そう言って、チャチャゼロさんは私に向かいニヤリと笑ってきます。

「フフ、私はいいです。お嬢様に嫌われたくは無いですからね。
 そういう役目はに・・・、チャチャゼロさんにまかせます。」

そう言うと、チャチャゼロさんは首をすくめながら、

「あぁ、少なくとも君より付き合いの長い俺だ、苦言を言うのもだいぶなれたよ。」

そういいながら、仕方ないなぁと言う感じで苦笑されています。
お嬢様、早く帰ってきてくださいね、私達は待っているのですから


ーside地上の2人ー


ざー、ざー、ざー。
外は相変わらず雨が降っている。
今俺は地上のとある洞窟に非難している。
サーヤは相変わらず絶賛気絶中。
すでに数時間以上意識が戻っていないからもしかしたら、脳の方がイっているかもしれない。
まぁ、そうは言っても外傷は無い。
無論俺が薬を頭にぶっかけたおかげだが、中までは流石に保障できない。
ついでに言えば、魔法発動媒体であろう指輪は奪い、剣は何処にあるか分からない。
鎧はすでに砕けているので、下は別として上はノンスリーブの黒いピッタリしたインナーだけを着ている状態だ。
まぁ、女でも鍛えたのだろう。豹のようなしなやかさのある筋肉がついている。

ふぅ、本当に何の因果かな。
天空の都市で命の取り合いをしていたかと思えば、地上で共に焚き火にあたる。
まぁ、片一方は意識が無いから目覚めたら殺し合い再開・・・・、いや、殺し合いじゃないか。
そんな事を思いながら石に座り壁に背を預け、焚き火に小枝を投げ込みキセルで魔法薬を吸う。

「さて、どうしたものかな。復讐者ならまだあしらい方もある。
 賞金稼ぎなら適当に金でもばら撒けばいいし、名誉が欲しいなら適当に腕の一本でもくれてやって、
 後でコウモリにでも変換して呼び戻せばいい。まぁ、痛いのは嫌だから男ならブチ殺す可能性が無きにしもあらずだが・・・・。」

目の前の女は本当に何なのだろう?
復讐でも無く、正義でも無く、名誉が欲しい訳でも無く。
絶望に打ちひしがれるに足りえる理由があるのだろうか?
少なくとも俺の事を呼び、そして、俺に殺してくれと叫んだこの女には、少なからず因縁があるのだろう。
人を呪わば穴2つ、いや、この場合自業自得・・・・なのか?
なんにせよ、無意識の恨みでここまで歪んだ事を言うヤツも早々いないだろう。

あえて言うなら、それは何処までも突き抜けた馬鹿か、或いは袋小路に迷った迷子か、
それとも、俺のように絶望に食われた末に希望を飲み込んだ者か。
少なくとも、エヴァを殺した俺はもう、女性を殺したくは無い。
ついでに言えば、人を殺して喜ぶ趣味も、必要以上に血を吸う趣味も持っていない。
俺の吸血は趣向か、或いは必要な物を作る時に血を採血するぐらいだ。
と、綺麗事を言っても殺すものは殺す。この事実は初めの一人を殺した時から変わらない。
少なくとも、俺の中の行動原理を自身で下げるなら、楽しいか楽しくないかの2択しかないが、
それでいくと少なくとも、力を使うのは楽しいがそれで誰かを傷つけたいとか、物を壊したいとか、
そういった自虐的な破滅願望は無い。

「ふぅ、いかん、なんか思考がループしだした気がする。」

そう思っていると、

「うッ・・・・・・・、うん・・・・・。」

そう声がしたかと思うと、パチリとサーヤの目が開き、体を起こしたサーヤと目が合う。
お互いに声は発さない。ただ、互いの目を見る。
そして、サーヤが口をひらいた。

「何故俺は目覚めた・・・・。」

そうポツリと口から言葉が漏れた。

「少なくとも、治療はした。意識が無かったから頭がイったかと思ったが生きてるなら良かったな。」

そう、目の前の真祖は俺に向かって口をひらいた。

「何故俺を殺さない。」

そう俺が聞くと真祖はげんなりした様に口から煙を吐いた後、

「必要性が無い。そもそも、何故私好き好んで人を殺す必要性がある?」

瞬間、頭に血が上る。
目の前の少女の姿をした怪物は人の仲間を殺したくせに、
俺だけを1人のけものにし、俺以外の仲間を皆殺しにしたくせに!
軋む体を無理やり奮い立たせて、真祖の襟首をつかむ。

「キサマはぁ!!俺の仲間を殺したくせに!!!俺だけを残し復讐の種をまき、
 その復讐者が望むたった一つの殺してくれと言う願いさえ踏みにじって楽しいか!!」

そう額と額がぶつかり唾が顔にかかるほどの距離で叫ぶ。
そう叫ぶと真祖は逆に俺の首を掴み、睨みながら静かに口を開く。

「何故私を狙った?何が目的で私を狙った?
 警告はした、慈悲はくれてやった。それ以上に私は私の血と肉をくれてやった。
 それでもなお引かずに剣を向けたのは誰だ?私を殺そうと牙を向いたのは何処のどいつだ!?」

最後の最後のみ語尾を強め苦虫を噛み潰したような表情で喋る。
しかし、それは俺には偽善としか思えない。

「ならば何故俺を殺さない!俺はキサマに剣を向け牙をむいた!!それでもなお俺はお前が殺すにあたいしないか!?」

「あぁ、あたいしないな。絶望したならば勝手に首を括ってくれ。生きるために戦うでもなく、
 戦いを趣向するでもなく、死ぬために戦うならどっか私の知らない所でのたれ死んでくれ。」

そう言って、真祖は俺の首から手を放し、襟首をつかんでいる俺の手を払った。
そして、俺に背を向け、

「ちっ、拾った命、拾えた命。救うことができた命、救った後の命。
 キサマが生きている限り何をしようとかまわないが、それでも私を頼ろうとするな。
 キサマ自身ができる事はキサマ自身でカタを付けろ。自身の生き死になど自身が選択できる最大の権利にして、
 最も重い権利の1つだというのに、それを人に委ねるとは、私には理解できんよ。」

そう言って、真祖は石の上に座り何かを吸い煙を吐いた。
今俺の手には指輪は無い、愛刀はあの攻撃で消し炭になったか、或いはこの地上のどこかに刺さっているか。
それでもなお俺は目の前の存在に・・・・・、死と言う希望を見る。

「なぁ、真祖。何故キサマは女を殺さない?あの時あの場なら、俺の仲間を皆殺しにしたあの場なら俺が男なら殺していたはずだ。」

そう言うと、真祖は俺の方を向いて煙を吸って吐きながら、

「さぁーな。あの時あの場、その時その場、そんな仮定の話に意味は無い。
 今あるがままを受け入れ、そして先の未来を選択する。生きている人間に出来るのはそれだけだよ。
 ・・・・・、死人にくちなし、しかし、その死者に花束を送る事ができるのは生きているヤツだけだ。
 それに、女性を殺さないのは、子供が産めるからさ。」

ハン、そんな事だろうと思ったさ。
女を殺さない理由なんて、真祖自身の食事を提供する家畜を生かすような感覚なのだろう。
真祖からすれば女はみんな、

「血と骨の詰まった肉袋生産機と言うわけか。」

そう言うと、真祖はキョトンとした後、喉を低く鳴らして笑いながら、

「なるほど、そういう見解も出来るか。が、残念ながらはずれだ。
 私は少なくとも人の血を啜らなくても生きていけるからな。私は自己の体で自己が完結している。
 その時点で、他者と関わらずとも生きていける。」

そう、片足を立ててその膝に腕を置いて語っている真祖の瞳には多少の物悲しさがある。
しかし、ならば何故、そう何故、

「何故人を襲う?何故人を殺す?何故人に牙を向く?自身が自己完結しているなら、そのまま1人で消えていけ!
 お前のような怪物なぞ人の前に現れなければいいものを!」

そう言うと、真祖は俯き髪で表情が見えないまま喋りだした。

「怪物か・・・、いい事を教えてやろう。怪物の定義とは、1つ言葉を喋ってはいけない。
 1つ正体不明でなければならない。そして最後に、人を理解する心を持ってはいけない。
 少なくともこれらにうち1つでも外せばそれはもう怪物とは言えない。さて、それではキサマの前にいるモノはなんだ?
 怪物か、少女か或いは別の何かか?まぁ、人ではないのは確かだがな。」

そう言って喉を低く鳴らし笑う。
目の前の存在は何か?俺達が襲ったモノは何か?
俺の仲間を殺したモノは何か?そんなもの決まっている真祖だ。
自身で人では無いと言った目の前の存在だ。
しかし、何故真祖は俺に問う?
そもそも、真祖とはなんだ?
自己完結しているこれは何故・・・・・、人の前に現れる?
現れれば襲われるという事を知りながら何故?
そう考えていると、真祖が顔の見えないまままた口を開いた。

「キサマは何故人の前に現れたかと聞いたな?ならば答えてやろう。
 それはな・・・・、そう、他のどんな生物よりも寂しがり屋だからさ。
 人は死ねば終わるが、死ねない私は結局人の中で生きていく。しかし、どんなに心を通わそうと、
 どんなに愛を囁かれようと、結局囁いた者も通わせた者もいなくなる。後に残るのは悲しさと寂しさ。
 人の血を啜り半吸血鬼化させようと、どんなに人形を作ろうと、それはあくまで人の形をしているが、
 最終的には私に文句1つも言わない、子供の人形遊びとかわらん。もう、私はもとよりそんな子供だましは沢山なんだよ。
 だから、人を生める女性は殺さない。未来のある子供は殺さない。
 虐げられようと、嫌われようと、これだけは覆さない。それが私の誇りだ。」

そう、俯いていた顔を上げ俺の瞳を射抜くように見て言い放った後口をつぐんだ。
何だ。何だ!!何だ!!!何なんだ!!!!
俺達は・・・・、俺はいったい・・・・、何なんだ!
目の前のものは何だ!俺達が仕留め様としたものは何だ!

「いったいお前は何だ!人でなく怪物でなく!自身を自己完結していると言うお前は何なんだ!!
 いったいこれは何の冗談だ!お前は・・・・!お前は何だ!!」

分からない、今真祖が言った事が本当かどうかさえ分からない。
俺達はただ賞金が欲しいがために、名を上げたいがために真祖に挑んだ。
怪物と言われ、悪と言われ、恐怖の対称にしかなりえない目の前の存在は、今なんと言った!?
寂しがり屋?誇り?矛盾の塊でしかない目の前の存在は何なんだ!?
あの時俺も死んでいればこんな事にはならなかった!
あの時あの場にあった死を甘受できれば俺は・・・・・!

「人を殺し人を愛でて人と歩むというのか真祖!」

そう言いながら、真祖の細い首につかみかかる。
その拍子に髪が流れ目と目があう。
真祖の瞳に移る自身の顔は、鏡で見る自身の顔ではなく畜生の様だ。
そう考えた俺の思考を読んだのか、それとも、真祖にも俺の感じたように思えたのか、

「そのまま同じ所を死ぬまで回っていろ。何、犬畜生にはお似合だろう。
 先を見れば自身の尻尾、しかし、自身ではそれが自身の物とは気付かない。
 ゆえに結局同じ所をグルグルとループする。固着するものが違えば、或いは別のモノが見えたかもしれないが、
 命あるものが他者より与えられる死に希望を持って生きているという時点でキサマは破綻している。」

そう言った後、俺の頭に手を廻し頭突きをするように額をあわせ、

「生きているなら足掻いて見せろ!!私は私の生き方を貫く!!キサマがなんと言おうとだ!!
 キサマがなんと言おうと、私は私の抱える矛盾と共に生き抜くさ!!むしろ、その矛盾がなければ私は私たり得ない!!
 思考を持った者が矛盾を抱えないなんてありえない!!」

そうサーヤに言い放ち手を放すと、彼女は膝から崩れ落ちてペタンと座り込んだ。
チッ、起きて早々こんな不毛な言い合いか。
普通、死ねない者が死を望み、死ぬ者が生を望むというのが本来の形なんだろうが、
今の俺とサーヤに限っては立場が完全に逆転している。
ゆえに破綻した答えか、或いは平行線をたどるかどちらかが自我を通すか。
これらにしか行き着く場所は無い。

せめて、サーヤが真っ当な復讐者なら或いは救いがあったのかも知れないが、
そうでない以上、あるのは破滅と救いの二択のみ、今の事で多少変われればまぁ、望みが少しは出るか。
そう思いながら、魔法薬を吸いながら洞窟の外に出る。
落ちた時からの正確な時間は分からないが、少なくともとも体感時間で一日は過ぎたと思う。
そして、洞窟をチラリと見ればいまだに座り込んでいるサーヤがいる。

さて、どうするか・・・・・。
いや、もう答えは出ているか。

「サーヤ、私は上に戻る。残してきた者たちがいるのでな。キサマはキサマの好きにしろ。」

そう言って投げて渡すのは指輪と、影から出した箒。
少なくとも、この二つがあれば早々死ぬ事はないし、空も飛べる。
そう思っていると、サーヤが口を開いた。

「もし、あの時俺達がお前に剣ではなく背を向けていたなら、別の結果が手に入ったのか?」

そう、ボンヤリとした顔で聞いてきた。
まったく、こいつは人の話を聞いているのだろうか?

「仮定の話に意味は無いと言った。だがまぁ、それでもすると言うのならば、答えはイエスだ。
 私は逃げる者、背を向ける者に手を出す気が無い。その先の結果がキサマの望むモノかは知らないがな。」

そう言うと、サーヤは顔を俯かせて考え込んだ後、

「俺も上に連れて行け。今ここでお前を見失いたくは無い。
 その先に別の答えがあるかは知らないが、それでも今はそれ以外に道は無い。
 今のままでは、自身で自身の首を括る事なんてできない。」

はぁ、何が悲しくて今まで言い合いをしていたヤツをつれて上にもどらにゃならんのだ?
そう思い、額に手を当てて首を振っていると、

「嫌ならかまわない。今この場で頭を吹き飛ばす。」

そう言って指輪をはめた手で拳を作り米神に押し当て魔力をタメながら、

「上で俺が死んだ事になっているかどうかは知らないが、少なくとも俺はお前の見ている前で死ぬ。」

はっきり言おう、面倒この上ない。
勝手にしろとは言ったが、何も俺の前で死ねとは言っていない。
何でこう話がこじれるかなぁ?

「あぁもう!!連れて行ってやる。しかし、その後は保証せんし助けもせん。
 それこそ、自身の頭を吹っ飛ばそうと知った事か!今回だけだ、今回だけキサマを上に取れて行ってやる!」

そう言って、サーヤとつれて洞窟から出て箒に2人で跨り、
天空に浮くオスティアを目指し空を飛ぶ。


ーsideクライツ&シュヴァルー


砲撃を行った後、急いで基地に着艦させて砲撃箇所を調べたけど、
見つかったのはサーヤの剣だけ。
あ~あ、真祖蒸発しちゃったなかな~?
アレで死ぬはず無いんだけどな~。
そう思ってたら、真祖の連れていた人形がどこかに逃げたって情報がはいってきたんだよね。

それを聞いて一安心、人形が動いてるって事は少なくとも、どこかから人形に魔力が流れてるって事だから、
真祖は生きてるね、多分だけど。
となれば、その人形達を回収しようと動くと思うから今のうちに鬼神兵の準備をしなきゃ。
そう思いながら、着艦した舟から鬼神兵を降ろそうと思って、向かっていた時にでくわしたのが青白い顔のクライツ君。
多分、自分の指揮した砲撃でサーヤを殺したと思ってるんだね。
まぁ、それは事実なんだけどね、うん、僕はあくまで案は出したけど指揮したのも、号令を出したのもクライツ君。
つまりは彼の判断の結果だね。

一応、今上の方では真祖討伐の功労者って事になるようにしてるみたいだけどね。
そう思っていると、青白い顔のクライツ君と目が合って、

「貴様が・・・・、貴様があんな案を出さなければ!!
 貴様があの時あの場にいなければ!!!」

そう言って、僕の胸倉をつかんで一発殴った後、
廊下の壁に叩き付けられた。
鍛えてないひ弱な僕じゃ、いくら魔力障壁を張っていても痛いものは痛いね。
唇が切れてしまったよ。それを治癒魔法で治しながら、

「ひどいじゃないかクライツ君、いきなり殴るなんて。
 それに、今のは逆恨みだよ。今上の方では君を昇進させるか、除隊させるかで意見割れてるんだよ。
 そんな時に僕を殴るし叩き付けるし、はっきり言って、かなり分の悪い事をしたよ?」

そう言うと、クライツ君は

「知るか!俺は貴様を許さない!」

ふぅ、逆恨みは怖いねぇ。
自分で指揮した事なのにそれに責任持とうよ。
まぁ、今の状態なら、鬼神兵のテスト被験体に使っても問題ないかな?
彼が蒸発するにしても、仕方の無いような状態だし。
鬼神兵自体は人を使わず魔力で操作するつもりだったけど、
人の精神を中に流し込んでも面白いかもしれないな。
命の保障は無いけどね。

「クライツ君、君がそう言うなら、君に敵討ちのチャンスをあげるけど要るかい?」

そう言って、シュヴァルはニタニタ笑いながら口を開く。

「何、せめてものお詫びだよ、真祖はあの攻撃では死んでいない。
 むしろ、アレぐらいじゃ死ねないんだよ今までの情報を統合するとね。
 それに、真祖の連れていた人形はいまだに稼動しているらしい。となると、真祖はまだ死んでいない事になるよ。
 サーヤの事は僕だって悲しく思っているんだよ?何せ、彼女を面接してからと言うのも彼女に眼をかけてきたからね。
 だから、僕もそれの敵は討ちたい。幸いな事に、僕はその敵討ちが出来るかもしれないものを持ってる。
 何だか分かるかい?鬼神兵だよ。アレなら真祖を討てる可能性がある。
 神を封入したあの兵器なら、まだ神と等しき化け物の真祖を討伐できるよ。」

そう言ってくる。
敵討ち・・・・。自身がシュヴァルを殴ったのも逆恨みだとは分かっている。
だが、それでも目の前の人を弄ぶ存在が許せない。隊長が死んで生き残った真祖が許せない。
そして、何より指揮をした自分自身が許せない。
いいだろう、いいだろうさシュヴァル!

「貴様の甘言に乗ってやる。」

そう言うと、シュヴァルはニタニタ笑いながら、

「色よい返事だねクライツ副隊長殿。いいだろう、準備には今から取り掛かるから出来たら通達するよ。」

そう言うと、シュヴァルは肩を叩いて奥に進んでいった。
いいだろう、全ての事の始まりが真祖と隊長の出会いなら・・・・、
いや、その前の俺がした報告だというのなら、

「消せない事実を全て消去してやる。こい真祖。貴様を殺しシュヴァルを殺し。
 自分自身を殺してこのくだらない物語に終止符を打ってやる。」

そう、シュヴァルの過ぎ去った廊下を見ながら呟きその場を後にした。




作者より一言

難産でした。



[10094] 時間は勝手に進むものだな第31話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/09/21 17:04
時間は勝手に進むものだな第31話








シュヴァルと別れた後、俺は待機室に1人でいた。
そこで思い浮かぶのは自身が指揮して引き起こした結果。
自身の仲間を、隊長を自らの手で殺し、討伐目標であった真祖を取り逃がし、今をのうのうと生きている自分。
だが、それももうすぐ終わる。
シュヴァルの甘言に乗り、鬼神兵と言う訳の分からない物を扱い、戻ってくるか分からない真祖を討とうとしている。
いや、今の俺がやっている事はやつあたりなのだろう。
どんなに言葉で塗り固めても自身が引き起こした事実はかわらない。
しかし、そんな事はとうの昔に分かっている事だ。
生き恥をさらし生きている自分は更に恥をかき、滑稽と嘲笑われる、誰でもない自分自身に。

俺の家系は父さんも爺さんも、その前もその前もずっとこの国に仕えてきた。
そんな家で育った俺も将来はこの国に仕えるものと思い育ち、そして大人になりこの国に仕えた。
仕え始めて知ったのは、国に仕えるという事が実はそんなに綺麗なものではないと言う事だ。
仕えて出会う人間はそれぞれ自分の意思と言うものを持ち、こうしたいから、
ああしたいから国に仕えるというやつばかりだった。
しかし、別にそれが悪い事とは思わない。

生きていく上で仕事をしなければ食事にはありつけないし、服も買えない。
しかし、それを自分自身に当てはめると実は俺は何も持たずにただ、
国に仕えるという目標を持って国に仕えているという事実に愕然とした。
つまりは、俺は国に仕えた瞬間におれ自身の目標と言うものを達成してしまった。
そして、目標を達成した俺にはなにもなくなってしまった。
そんななか出合ったのがサーヤ隊長だった。
初めて隊長と出合った時、彼女は俺に、

「お前が新しい副隊長か。今度はどれくらい持つか分からんがまぁ宜しく頼む。」

そう隊長室の机に両肘を付いて、口の前で手を組んで話して来た。
実は、サーヤ隊長には悪い噂があった。
曰く、彼女は何を考えているか分からない。
曰く、彼女は常に死に急いでいる。
そんな噂のある彼女の副隊長に抜擢された時、俺はもうここには居られない物と思った。
そして、今目の前にいる女性を見てもそう感じた。
彼女は間違いなくどこか壊れていると。
そう思っていると、サーヤ隊長は一瞬何かを考えたようにして口を開いた。

「上からのお達しで、もうこれ以上新しい副隊長は俺の下には来ないそうだ。
 まぁ、残念だったと思って諦めてくれ。
 ・・・・、そうだ、お前が最後ならそのお前にいい事を教えてやろう。
 今、私の座っているイスが欲しいならすぐにでもくれてやる。
 ただし、それには条件がある、俺の所に真祖の情報をもってこい。
 条件はそれだけだ。無論、その真祖が何処にいるかまではっきりとした情報だがな。」

そう言って自虐的な笑みを顔に浮かべて低く笑った。
そして、それから俺は何かに取り付かれたかのように真祖の情報を探し出した。
しかし、出てくる情報はどれも同じようなものばかり、賞金稼ぎのギルドに顔を出してもそれは一緒だった。
むしろ、そこから出てくる情報は自身の名前に箔を付けようとするホラ吹きな連中の根も葉もない情報ばかりで、
酷いものになると、

「俺は真祖と1人で戦って真祖を殺した。何、あんなガキ一人殺すのは俺にとっては造作もないことだ。
 剣を振り上げた俺に真祖は恐れをなして、命乞いをして靴まで舐めたんだからなぁ、ガハハハハ・・・・。」

それを聴いた瞬間、もしこの場に真祖がいても目の前の男が同じ事をいえるのかと言う疑問を抱いたが、
それがホラだと分かって聞いたので何も言わなかった。
・・・・・、真祖。
隊長が探し、今は俺も探している存在。
アリアドネーで騒ぎを起こし、今もなお逃走し続ける怪物。
隊長と真祖にどんな因縁があるのか俺は知らないが、それでも、今の地位を捨ててもいいというのだから、
深い因縁があるのだろう・・・、いや、あったのだろうか。
そんな事を考えていると、待機室にシュヴァルが現れた。

「準備が整ったよクライツ君。着いてきたまえ。」

そう言ってシュヴァルは白衣を翻し歩いていく。
そして、俺も鉛のように重い自身の体を引きずるよう動かし後を追う。
持って行くものは特にない。強いてあげるなら、自身の指にはまっている魔法発動媒体の指輪ぐらいか。
そして、程なくして着いたのは艦隊のドッグ。
舟がズラリ並ぶその一番奥にシュヴァルと俺のお目当ての品があった。

「光栄に思いたまえクライツ君、君がこれから行おうとしている事は今までに誰もが成し遂げ得なかった偉業だよ。
 かつて人は神と言う存在に祈りを捧げる事しかできなかった。
 しかし、神は気まぐれで、祈りを捧げ、供物を捧げ、更には贄を捧げたとしてもお構いなしなエゴイストだった。
 でもね、これからは違うんだよ。この鬼神兵が完成すれば立場は逆転するんだよ。
 今まで好き勝手振舞っていた神を今度は僕達が好き勝手使い、使い潰す事ができるんだよ。」

鬼神兵を目の前にしたシュヴァルは、何時ものニタニタ顔で目を爛々と輝かせながら喋っている。
俺の前にある鬼神兵は、ずんぐりとした熊のような体で、顔つきもそれに酷似していて、その体は絶えずほのかに白く光っている。
そして、その体のあちこちに紅い魔法術式が打ち込まれ心臓の鼓動のように脈打っている。

「これに入っている神は何の神だ?」

そう俺が聞くとシュヴァルは、

「さぁ?僕はあくまで鬼神兵してこれを扱ったからね。
 これがいったい何の神なのか、荒神か、破壊神か、或いは豊穣の女神か。
 僕にとってはそれは酷く些細な事なんだよ。僕にとって大切なのは、今目の前にあるこれをいかに上手く扱えるか、
 いかにこれが命令に忠実か、そして、これがいかに僕の興味を引くかしかないよ。」

そう言って顔を歪ませてシュヴァルは笑っている。
こいつのこの薄気味悪い笑いを俺は後どれだけ見ればいいのだろうか。
目の前の鬼神兵がどうこうよりそちらの方に俺は興味が引かれた。
しかし、そんな事を考えていてもシュヴァルに伝わるわけもなく、シュヴァルは自身のうんちくを披露し続ける。

「ここまでこぎつけるのは大変だったよ。
 石化封印されたこれの封印を解いたはいいけど、解いた直後に酷く暴れてね。
 そこから試行錯誤の末ここまでたどり着いた。でも、そこからも問題は山積み。
 人口精霊を核にすれば動作は緩慢で小さな作業には不向き。
 魂を定着させようかと思えば、霊格の問題で定着できず、逆に飲み込まれる始末。
 実際今回サーヤの艦隊を借りたのも、実験が失敗した際にこれを止める為の抑止力が必要だったからだよ。」

今回の実験内容がなんなのか俺は知らないし、知る必要性もない。
兵器は兵器として運用されて初めて価値が出る。
そして、シュヴァルの言う事を聞けばこれはその兵器としての価値すらもない。
そんなものを使おうとする俺が滑稽なのか、それとも、
それをさぞ素晴らしいもののように話すシュヴァルが滑稽なのか、答えは出ない。

「シュヴァル、御託はいい。」

そう言うと、シュヴァルは首をすくめながら、

「折角の苦労話なのにつれないなクライツ君は。」

「馴れ合う気はない。扱い方を知れればそれで満足だ。」

そう言って、俺はジロリとシュヴァルを睨んだ後、目の前の鬼神兵を見上げる。

「分かったよ、こっちにきたまえ。」

そう言ってシュヴァルに連れて行かれたのはイスのある小さな部屋だった。

「クライツ君はそのイスに備え付けられているバイザーを被ってくれればいいよ。
 この部屋自体にすでに術式が仕込んであってね、クライツ君の精神だけをこの鬼神兵の核と融合させて、
 操作してもらおうってわけさ。でも、先に言って置くけど、融合している関係上鬼神兵が傷を追えば、
 その傷がクライツ君の体にフィールドバックする。どれくらいの割合でフィールドバックするかは分からないよ。
 何せ、今回の挑戦は初めての試みなんだからね。」

そういいながら、シュヴァルはテキパキと俺に鬼神兵の操作法をレクチャーしていく。
操作事態はそんなに難しくはない。ただ、それに伴うリスクは大きいがそれはもう今更だ。
隊長に槍の男の情報を持っていったのが自分なら、隊長を撃ったのも自分。
結局今回の騒動を始めたのは自分で、終わらせようとしているのも自分。
シュヴァルの話を片手間に聞きながらそんな事が頭をよぎった。
そして、

「操作法は今言った通りだよ。質問は?」

「この部屋はどれくらい頑丈なんだ?
 後、これが起動した際には何処に出る?」

そう聞くと、シュヴァルは怪訝そうに、

「君も変な事を聞くね、頑丈さは折り紙つきだよ。
 いざ暴走した際にここを潰されると、どうなるか分からないからね。
 起動した場合は君が砲撃来た地点の少し手前に出るよ、あの辺りなら、まだ非常事態宣言中で人もいないしね。」

そうか、そうな、それなら安心した。
なら、もうシュヴァルに用はない。

「なぁシュヴァル、今回の件でお前は何か失ったか?」

そう聞くと、シュヴァルは口を二ィっと歪めながら、

「失ったものはないね。むしろ貴重なデータが手に入って小躍りしそうなぐらいだよ。
 それに、今から君の分も追加されるしね。」

そう言って、シュバルは嬉しそうに笑っている。
そんなシュバルの横をすり抜けるように前に出て振り返りざまに、

「そうか、なら、何の憂いもない。」

そう言って、魔力を乗せた裏拳を振るう。

「は?」

そういったのが、シュヴァルが生きているうえで最後に残した言葉だった。
何せ、そう言った後には俺が文字通りシュヴァルの下顎を文字通り殴り飛ばしていたのだから。
下顎を殴り飛ばした時、シュヴァルの頬の肉がブチリと切れ、そこから血が噴出す。
その後、声にならない叫び声を上げようとしたので、人差し指と中指で喉を突いて潰す。
その痛みで顎と喉を庇う様に交差させた指を全て焼き炭化させる。
これでシュヴァルはもう喋る事も声を発する事も文字を書く事も出来ない。
俺の胸にあるモヤモヤは晴れる事はないが、それでも、幾分かはマシになったと思う。

「・・・!!・・・・!!」

未だに声にならない悲鳴を上げながら、のた打ち回っている。

「シュヴァル、お前は1つ勘違いをしたんだよ。
 お前はゲームを楽しむ感覚でここまで来て、そして常にそのゲームに勝続けた。
 だが、それがお前の失敗だ。ゲームに勝続けたがために、プレイヤーでしかないはずの自分をいつの間にかそのゲームのルールブックだと思った。
 普段のお前なら、俺と二人でここには来なかっただろうし、くるにしても保険をかけていただろう。
 が、お前は自分が常に安全な所にいると驕った。それが今のお前の代償だ。」

のた打ち回るシュヴァルを尻目に俺はバイザーを被り、イスに腰掛ける。
扱い方は今そこで血を流しているシュヴァルに教わった。
いや、むしろこのまま暴走しても特には問題ないか。

「全てを終わらせよう。始まりと終わりが一緒なら、今が丁度その時だ。
 シュヴァル、お前は神をエゴイストといったが、そのエゴイストを使役しようとしているキサマの方がはるかにエゴイストだ。
 そして、今ここに腰掛けている俺も同じ穴の狢だ。」

そして鬼神兵と精神をリンクさせ目覚めさせる。


ーside空飛ぶ2人ー


後ろにサーヤを乗っけてオスティアを目指し空を飛ぶ。
ふぅ、オスティアに着いたら箒ごとサーヤを空に置いてけぼりにして、とっととおさらばしよう。
じゃないと、下手にオスティアにいればまた騒ぎに巻き込まれる。
個人的にはもう騒ぎはお腹いっぱいと言うところだ。
そう思いながら空を全速力で飛んでいると、後ろから声がする。

「お前はこの後どうする。」

「悪いが逃げさせてもらうよ。
 少なくとも、私がこれ以上ここにいても得する事なぞない。」

そう言うと、サーヤは黙り込んだ。
天空のオスティアまではもう鼻と目の先。
辺りは暗いが、雲がないため下手に飛ぶと巡洋艇なんかが警戒していれば見つかりかねない。
そう思い、島の真下から回り込む。
何処に出るかは分からないが、川と月を目印にしておおよそのめぼしをつけ、オスティアの地表に飛び出る。
そして、

「サーヤ、私は少々目を悪くしたか?
 気のせいかオスティアが燃えている様に見えるんだが、これは祭りか何かか?」

そう聞くと、サーヤの方もまさかこんな事態になっているとは思わなかったのだろう、
呆然としたように、

「俺もここに住んで長いとは言わないが、それでもこんな奇抜な祭りは聞いたことがない。
 少なくとも、自分の国を煉獄にするような祭りがあってたまるか。」

なるほど、空を天国、地上を地獄ならその中間にあるのが煉獄とは、中々にパンチの効いた切り替えしだ。
ふと、そんな事を思っていると、町の中心から煌く閃光が天を突いた。
どうやら自体は芳しくない、俺がいない間にどう進展したかは知らないが、好転したようではない、むしろ悪化している。
が、流石にこの事態まで俺のせいにされては困る。
自身で蒔いた種ならまぁ、対処しようかとも思うが、流石にこれは身に覚えがない。
そう思いながら光のした方を眺めていると、何かが出てきた。

ずんぐりとした躯体は淡く輝き、その表面に見える模様は血脈のように鼓動している。
そして、そのずんぐりとした物体が再度閃光を天空に向け迸らせる。
それは雄叫びか、歓喜か或いはただ光らせているだけか。
流石にこれは俺の理解の範疇外だ。
そう思っていると、サーヤがポツリと、

「鬼神兵・・・。」

と呟いた。
鬼神兵・・・、確か原作では過去の大戦に投入され、学園祭では超の尖兵として運用された兵器。
実際の所、アレの強さはよく分からない。
何せ本では戦闘描写も少なく、口から魔力砲を撃っていたぐらいしか覚えていない。
だが、それでも鬼神兵は兵器なのだろう、鬼神と言う神を使った神造兵器ならぬ神様兵器そして、目の前に見えるのはそれのプロトタイプ。
迸る魔力砲はでたらめで、制御できているのかと問われれば多分答えはNO。
制御できて運用しているのなら自国を焼くような事はまずしないだろう。
そう思っていると、国の中心から空に何十隻かの戦艦が飛び出してくる。

見た感じではサーヤと戦っている時に見た物とは別のタイプ。
その戦艦群が鬼神兵に攻撃を仕掛けているがダメージらしいダメージは見て取れない。
そう思っていると、鬼神兵の口から迸る魔力砲で戦艦が一隻落とされた。
流石にこんなデタラメに付き合うほど俺もお人よしじゃない。
自国の事は自国でまかなってもらおう。

「さて、私はもう行くが後は好きにしろ。」

そう言って、真祖は箒の柄の先に立った。

「待て、お前はこの光景を見て何も思わないのか?」

そう問うと真祖は、眉をひそめながら、

「人の話はちゃんと聞け、私は元よりここから逃げるのが目的だ。
 キサマの国でキサマの国の兵器がキサマの国を壊す。
 結局の所の引き金がなんなのかは知らないが、少なくともこれに関しては私はノータッチだ。
 それに、キサマは私に矛盾していると言ったが、今のキサマも矛盾している。
 本来なら、キサマがこの光景を見ても何も思わなかったはずだ。
 なぜなら、キサマは死ぬために私に挑んだ。つまりは、私に挑んだ後の事なぞ知った事ではないのだ。
 それでもなお、キサマに思う所があるのなら好きにしてみろ。
 一度は捨てた命だろ、なら自分自身で使い潰してみるのも一興だぞ。」

そう言ってニヤリと笑った後、真祖は空を飛んでいった。
その背を見送り、目の前の鬼神兵を見る。
鬼神兵の攻撃を魔力シールドで防御するも、また1つ戦艦が落ちた。
傍目から見ても今空に浮いている戦艦群と、鬼神兵の戦力差は歴然。
浮いている戦艦が半旧式化しているとはいえ、それをほぼ一撃で落としているのだから攻撃力も半端なものではない。
アレと拮抗する手段、アレを倒す可能性のあるもの。

そこで思い浮かぶのは、自身が国から預かっている艦隊。
新造船艦群ならアレと渡り合える可能性がある。
しかし・・・・、今の俺にそれを指揮する権利があるのだろうか?
いや、その前に何故俺は真祖の背を見送ったのだろうか?
俺の願いは真祖に殺してもらう事だった。
だが、その願いは真祖自身に握りつぶされた。

アレと話をして、最後の最後まで俺は吠えぬく事が、自身の思いを持ち続けることが出来なかった。
死を望む俺と、生を望む真祖。自身の血肉を差し出し、その上で引く事を訴える真祖。
俺に向かい足掻けと叫んだ少女。
・・・・・、俺はまだ、足掻けるのだろうか?
追い縋る物もなく、虚勢を張る事も出来ず、自身をメッキで覆い隠す事もできない俺にいったい何が出来る?
そう思っている間にまた一隻落とされた。

そして、その光景を見かねたのか新造戦艦群が空に展開を始めている。
しかし陣形はデタラメで、下手に鬼神兵を包囲しているため、味方の弾で味方が落ちる可能性がある。
俺は・・・・、まだ・・・・、いや、俺はもう仲間を失いたくない・・・・・・。
そう思った瞬間、かつての絶望が胸を支配する。
仲間を失い、居場所を失い、世界でただ独りになったかと錯覚して、死を望んでいた。
復讐して真祖を討ち取ってもその後に残るのは自分ひとり、それなら死んだほうがマシだと思っていた。
だが、そんな絶望していた俺でも今は、そう今は、

「失うものがあり、失いたくないものが俺にもできたのか・・・・。
 この思いが正解なのか失敗なのか分からない。でも・・・・。」

今の居場所を失いたくはない。
隊の隊員の声を失いたくない。
そして、過去の仲間に花束を贈りたい。
今思えば、俺はあいつらが死んだ後、一度もあいつらに酒の1つも花の1つも贈っていない。
そうだな、俺が死んだらあいつらにそれを振舞うやつがいなくなるんだな。

「すまないみんな、生き残った俺を恨んでいるかもしれないが、その恨み言を聞くのはもう少し先になりそうだ。」

言葉を吐き、自身を奮い立たせて今展開している新造戦艦隊群に向かう。
あのまま攻撃を仕掛ければ間違いなく同士討ちが起こる、今の指揮官はいったい誰だ?
クライツなら、少なくともあんな布陣は敷かない。
あんなデタラメな布陣を敷くのは卓上理論がお好きなインテリか、さもなくば、卒業したての若い士官か。
そう思うと、箒を握る手に力が篭り、それの呼応するかのように速度が上がる。
頼む、攻撃開始前に間に合ってくれ。
そう思いながら艦隊に念話お送り続ける。

(新造戦艦隊隊長サーヤ・フライスだ、今すぐ攻撃態勢を解き一時離脱せよ。
 現指揮官に告ぐ、攻撃姿勢を解き一時離脱せよ。繰り返す・・・・。)

幾度とない呼びかけ、何時帰ってくるとも分からない返答。
だが、1つ確実な事は、俺は空を飛び艦隊群の方に向かっているという事。
頼む、間に合ってくれ!

(新造戦艦隊隊長サーヤ・フライスだ!頼む聞こえてくれ返答してくれ!)

(隊長!?ご無事だったのですか!)

そう、返された返答に一瞬泣きそうになる。
間に合った事に、そして、まだ俺を隊長といってくれる部下に。
だが、今はまだその時ではない、今は歯を食いしばり足掻く時だ。

(無事だ!今から艦隊の指揮を取る、ハッチを開き入れるようにしろ!)

それに答えるようにハッチが開き船へと帰還を果たす。

「ふぅ、サーヤは飛んで行ったか。」

あそこまで言って動かないなら、それもまたよしと思ったが、どうやらサーヤは動いたようだ。
さて、ならあとの処理は彼女達に任せて俺はこの燃え盛る町から自らの仲間を見つけるとしよう。

「チャチャゼローーーー!!ロベルターーーーーー!!念話でも返事でもいいから返答しろーーーー!!」

そう叫びながら空を飛ぶ。
まぁ、元々いそうな位置は分かってるんだけどねこんな事に出くわしたくなかったが、
その事も想定して集合場所を決めたわけだし。

(エヴァ!戻ってきたか!)

そう返したのはディルムッド。
どれくらい離れていたか分からないが、こうしてまた出会えたことをうれしく思う。

(あぁ、もどってきた。そちらの状況は?)

(今の所特に被害は無い、強いて言うならロベルタが動けないぐらいだ。)

(分かった、魔力をたどってそちらに向かう。見つけやすい場所に出ておいてくれ。)

そういって空を飛ぶと程なくしてディルムッド達の姿が見えた。

「大丈夫だったか、心配したんだぞエヴァ!!」

そう言ってくるのは人形姿のディルムッド、

「ご無事で何よりですお嬢様。」

そう言うのはディルムッドに持たれているロベルタ。
動けないだろうが、先ずは無事で何よりだ。
そう思っているとディルムッドが口を開いた。

「いったい何が起こってるんだエヴァ?
 まるでオスティアが地獄じゃないか。」

「私もそれに関してはしりたいです。私達が隠れている間に何をなさったのですか?」

そこはかとなく俺が何かして、こんな風になったと思われているような気がしないでもないんだが、
残念な事に本当に鬼神兵に関しては俺も見に覚えがない。

「悪いが私も全容を知っているわけじゃない。
 何せ、私も少し前まで地上にいたんだからな、流石にこの国に手の出しようもないし、
 少なくとも私は鬼神兵なんていう兵器を作った覚えも無いよ。」

そう言うと2人は、

「「鬼神兵?」」

と、きいてきた。
まぁ当然だろう。言わば今俺達が目にしているのはこの時代の最新兵器にして、
神と言うものを使用して動かしている兵器。
まぁ、それが暴走していようが、プロトタイプだろうが、そこから開く未来と言うのもあるだろう。
そんな事を考えながらロベルタと切れた糸を繋ぎ、口を開く。

「詳しくはしらんが、アレは神を使った兵器だ。
 強さにしろ魔力量にしろ馬鹿と冗談を投げ売りしているような物だろ?」

そう言っている間にも、鬼神兵は魔力を垂れ流し、
町の外に向かい町を壊しながら進んでいる。
アレの目的は知らないが、暴走しているなら目的もないだろう。

「なぁ、エヴァあれは神なのか?」

そう口を開いたのはディルムッド。
まぁ、その疑問は当然だろう、

「多分間違いない。少なくともあれの霊格は人なんかでは足元にも及ばん。
 それに、この世界は普通に龍がいて妖精がいて、精霊を使役できる。
 その事を考えれば今更神がいても驚きはせんだろう?」

「いや、俺はかなり驚いてるんだが・・・・。
 しかも、それを兵器として使おう何て。」

「お嬢様、あれの目的はなんなのか推測は付きますか?」

糸を繋ぎ、自身の体を動かせるようになったロベルタが振り返りながら俺に聞いてくる。

「流石に私も知らんよ。まぁ、あれが兵器なら暴走していて制御不能といった所だろ。」

そう言った時に上空の戦艦群が一斉に鬼神兵に射撃を始める。



[10094] 英雄の横顔かな第32話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/09/28 22:28
英雄の横顔かな第32話






艦に帰還を果たしブリッジまで走り抜けて、そこで見たのはオロオロする兵たち。
まったく、今のこの艦隊の指揮者は誰だ!?
こんな状態で隊を運用しても目の前の化け物の餌食になるだけだろう!
苛立ちを抑え、浮き足立っている兵たちに、

「落ち着けバカども!!そんな浮き足立った状態でアレを撃破できると思っているのか!?
 現指揮官は現在を持って解任、この艦隊の指揮は俺が取る!」

そう一喝し、次々と兵達に指示を出していく。

「現在ポイントより最終防衛ラインを後方40k!
 情報処理班!今上がっている情報を全てまとめて、アレを撃破するのに必要な魔力量を算出!
 なお、現在に至るまでの被害損失状況の報告!
 通信班!広域念話をフルオープンで配信すると全艦に通達!なお、事後の指揮は俺が取ると通達!
 各艦の武装整備班!これは演習ではない現実だ!全武装を再点検し報告をまわせ!
 いざと言う時に使えません何てほざいてみろ、俺がキサマらを処断する!
 さぁキリキリ動け!下手を打てば死ぬのは同胞ではなく家族か恋人だと思え!!
 俺達の後ろには城があり避難所があり、そこに集まっている者たちがいる!」

そう各人に発破をかけ兵達を動かし、俺はブリッジの隊長席へとつく。
今俺が生きている事、している事が正解なのかは分からない。
だが、それでもその正解も不正解も生きていなければ解らない。
そして、今俺がいる場所が、そう、ここが俺の居場所か・・・・、この席が今の俺のいる場所か・・・・。
なるほど、なら、文字通り刺し違えてでも生きるために目の前の怪物をぶち殺すとしよう。
そう思っていると、ブリッジの兵たちから次々と情報が上がってくる。

「現在の大破艦6機、中破艦4機、小破艦10機なお、中破艦小破艦に関しては戦闘続行可能!」

「広域念話スタンバイ完了!いつでも隊長の指示が通達できます!」

「各整備班より通電!武装に問題のある艦なし!全てオールグリーンとの事!」

各報告を聞きながら数キロ先に対峙する化け物に最適な陣形を考える。
しかし、現時点では艦を散開させるのは危険だ、下手にバラければ端から一機ずつ落とされる可能性がある。
かといって、密集していれば一撃で何隻持っていかれるか分からない。
チッ、後ろの城は動かせず、目の前の化け物は好き放題砲撃し、こちらは守りの一辺倒。
分が悪いどころの話ではない。

「情報処理班!報告はまだか!
 それと、新造戦艦隊の魔力シールドでアレの砲撃に何発耐えられる?」

そう聞けば、

「最大展開で2発、ただ、2発目の砲撃を受けた場合、新造戦艦が落ちる可能性があると本部より通達!
 なお、撃破に必要な魔力算出は不明!!」

2発か・・・・、いや、実質1発といっている様なものか。
しかも、敵を撃破するのに必要な魔力量まで不明と来た。
クッ、笑い話にしても、ジョークにしても性質が悪すぎる。
ただ、救いがあるとすれば、俺が外からあの化け物を見れた事だろう、
そのおかげで、あの怪物が攻撃を行う際必ず口を開くという動作をとらないという事が分かっている。
更に言えば、それ以外は武装らしい武装はなく、あるとすれば、それはアレについている手足ぐらいだろう。
そういう情報のもと導き出す陣形は、

「山型の陣形を展開!前方には中破、小破艦を置き艦を捨石とする。
 各艦に乗っているものは大至急脱出の準備をすると共に最後まで粘れ!
 なお、後方の艦は砲撃準備!集中砲火にてアレを叩き潰す!」

指示を下し陣形を整えるしかし、その間にも、

「先頭艦被弾!高度及び制御不能!!」

まったく、神と言うよりは悪食鬼だな、
陣を整えるまでの時間さえくれないのか・・・・、

「被弾した艦のクルーは退艦!!なお、化け物にぶつけれるなら特攻させろ!!
 なお、他の艦はシールドに全魔力をまわせ!!攻撃する前に落とされては犬死もいい所だ!!」

そう指示を下しながらも、刻々と時間は過ぎ、指示のとおり陣を組み上げて行く。
そして、

「各艦配置完了!なお、配置までの間に3艦隊大破、うち特攻に成功した艦は0!
 全て魔力砲で撃墜されました!」

チッ、考え無しに撃っている訳ではないという事か。
特攻していく艦は後一歩の所で鬼神兵の魔力砲に阻まれ決定打にならない。
だが、それでも俺は引く事は出来ない。
いや、今この艦にいるやつら、いや!今この隊にいるやつら皆が皆、強い眼差しで化け物を睨んでいる。
友をなくし、居場所を無くし、死と言う希望を握り潰された俺には、もう、今いるこの場所しか残っていない。
何時もの様な平穏、それが今はたまらなく愛おしい。

「チッ、神の如き化け物か、神が化け物か、或いは化け物が神か・・・・。
 みんなよく聞け!ここは天国でも地獄でもなく俺達の町だ!好きかって暴れまわるヤツには俺達が鉄槌を下す!
 引く事なかれ、恐るる事なかれ、見誤る事なかれ、しかして我等は一筋の光とならん!
 ここが正念場だ、機械に気合を入れろといっても仕方はないが、それでもあえて言おう!
 この国を守るために作られたのなら使命を果たせ以上だ!一斉射撃開始!!」

その指示の元、各艦より幾重もの魔力砲の光の筋が化け物を襲う。
しかし、

「障壁の突破なりません!」

そうクルーが泣き言を漏らす。
眼前に見える化け物に攻撃は中っているが有効打にはならない。
障壁を突破する方法は1つは直接触れて攻撃する事、1つは突破術式を込めてそれに見合う魔力を使って突破する事、
そして最後は、問答無用の力技、すなわち突破式に魔力を割かず、攻撃に全てを集約する事。

「泣き言はいい!今ある武装で最大出力の攻撃を出せ!!
 一点集中砲火で障壁を突き破る!!各艦は主砲の魔力を再チャージ!
 攻撃集約地点は追って通達する!!」

そう指示を出し、どっかりとイスに座り込む。
生きているなら足掻いて見せろ・・・、か。
ハッ!いいだろうさ、少なくとも、今この時この場は足掻きぬいて見せるさ!
例え俺の命を使い潰そうともなぁ!

「・・・・、俺は真祖に死ではなく生を持っていかれていたか。」

そう思いながら、眼前の化け物を睨みすえる。


ーside王宮ー


一体なんじゃ、何が起こっておるのじゃ!

「兵よ、一体何が起こっておる!自体の究明は!?」

昨日からの真祖騒ぎが終わり、ようやく安寧が訪れたかと思えばなんじゃ!
町からはコゲすえたような臭いがし、外は夜のはずなのに昼かと思うほど明るい。
一体何が起こったというのじゃ!
そう思い、自室のテラスまでを一気に駆け抜ける。
そして、そこから見えるのは・・・・、

「わらわの国が・・・、オスティアが燃えておる・・・・・。
 兵よ!!一体何が起こっておる!戦か!?何処かがわらわ達の国を攻めたか!?」

「姫、落ち着いてください。今詳細を確かめている所存です。」

そうわらわに返してくるのは鎧を着て武装した近衛兵。
しかし、

「遅い!!自体は今目の前で刻々と過ぎておる!
 それを何故今まで報告もせず見過ごした!?わらわはオスティアの女王ぞ!
 わらわの仕事はこの国を守り、民の笑顔を守る事ぞ!それが何だこの有様は!
 笑顔どころか、恐怖に慄く顔しか浮かべる事しかできぬではないか!」

そう怒鳴りつけているうちに一人の兵が部屋になだれ込んで来る。

「姫、報告します!
 現在起こっている事態は、技術開発部よりかねてより報告のあった鬼神兵の所存と思われます!」

鬼神兵・・・、確か小耳に挟んだ程度ではあったが・・・・、

「何故それが国内で暴れておる?」

そう問えばみな、口を閉ざす。
えぇい、今この場で目の前の兵たちに暇を出そうか?
いや、一時の感情で物事を決めては器が知れる。
かねてより父は、緊急時には冷静さをとおっしゃっておった。

「技術開発部に連絡を入れ、自体の全容を確かめよ。
 アレがいかな風にして動かされているかがつかめれば対処の糸口も見つかるであろう。
 可及的速やかに対処の糸口を見つけ対処せよ!
 眼前に浮かぶ艦隊はこの城を、この国の民達を守ろうと楯となり善戦しておる。
 わらわたちの仕事はけして、それを見ながら玉座でふんぞり返る事ではない!
 現状況に的確に対処し背を守る事ぞ!分かったならばさっさと動けこのアホども!!」

そう言えば、クモの子を散らすように人が引いて行く。
何たる不覚、

「国がこの様になった後に気がつくとは、何たる不覚じゃ。」

そう思い、燃え落ちる艦と民を守ろうと楯になる艦を見て唇を噛み締める。
そして、約半時後鬼神兵を操っている操縦室らしき場所があることが判明する。


ーsideクライツー


「グガガガガガ・・・・・・!!はぁはぁ・・・・・、ぎぃるるるる・・・・・・!!」

体が痛い、神経が燃える、思考が解ける、自身が侵食される・・・・。
一体どれくらいの時が過ぎた・・・・・?
バイザーをかぶった瞬間から、すでに神経は休まる事なく痛みを供給し続けて、
気がつけば両の手の爪は全て割れ、それでもなお強く掴んだ所為か指に爪がめり込んでいると思う。
口の中はジャリジャリとした感覚と鉄の味が広がる、たぶん歯を食いしばったせいで何処かの歯が砕けたのだろう。
体中からはバツンバツンと何かが切れる音がする・・・・、たぶん、腱や筋肉が千切れているのだろう。
一体俺は何でこんな苦痛を味わっている・・・・?
口から言葉が漏れるたびに、リンクしている鬼神兵は口から魔力光を垂れ流し戦艦を沈めていく。

「がはっ・・・・!ぐぎっ・・・・・!!がっ・・・・!!!」

たぶん、痛みがなければ俺はこの鬼神兵に・・・、神と言うわけの分からない物に飲み込まれ、磨り潰され、
すでに俺として機能していない。否、この悲鳴を上げるだけの惨めな存在は俺として機能しているのだろうか?
俺の目的はなんだった・・・・?
いや、目的があったのか・・・・?

「ガッ、ガッ、ガッ・・・・!」

痛みで頭が下がる、開いた口から何かが垂れる感覚がする。
目に見えるこの光景はたぶん、鬼神兵から見えているオスティアの光景だろう。
赤々と燃え盛る炎は地表を焼き、さながら地獄の業火のようだ。
ハハ、地獄か・・・、それはさぞかし俺にお似合いの場所だろう。
血反吐を吐き、痛みで自身を保つという滑稽さで心が砕けそうになる。
一体なんで俺はここに座って艦を落としているんだ?
いや、俺は艦を落としたかったのか・・・・?

「チガウ、確か・・・・。」

頭が垂れ下がった拍子に地上を見れば、黒衣を纏った白髪の子供、それと共にあるのは紅と黄の槍を持った人形。
他にも一人見えるが・・・・、それは関係ない。
そこで頭にこびり付くモノがある。
白髪の子供、紅と黄の槍、探していた人、俺が撃った人・・・・。
あぁ、そうだった、そうだったなぁ。

「俺は真祖を・・・・、俺を・・・・、このくだらない終焉に終止符を打つためにここにいるんだ・・・。」

滑稽で哀れで醜悪で・・・・、神に救いを求めようにも、今俺が血反吐を吐きながら操作しようとしているものが神らしい。
なら、その神は一体何に救いを求めればいいのだろうか・・・?
そして、救いを求めれば全てが元通りになるのだろうか・・・・。

「ハハ、ハハハハハハ・・・・、今更だ・・・・もう今更なんだ・・・・・。
 真祖、八つ当たりは分かっている、だが、彼女のへの手向けだ一緒に死んでくれよ!!」


ーside俺達ー


頭上には艦隊群、眼前には鬼神兵、そして俺たちがいるのはその中間。
元々この場所はオスティアから逃げる為にディルムッド達と集合ポイントを探して、
導き出したこの場所だが、今はそれが悪手以外の何ものでもない。
と、言うよりこのタイミングで鬼神兵なんて物が登場するとは流石に予測できない。
更に運が悪い事と言えば、頭上の艦隊は鬼神兵におされ気味で、ジリジリと後退している事だろう。
本当なら、何も考えずこの場をおさらばしたいのだが、さてどうすべきか・・・・。

「エヴァ、どうする?流石にこのままここにいても炎に巻かれるだけだ。」

「お嬢様、この場は撤退しましょう。アレと私達には何の縁もありません。」

さて、本当にどうするのが正解か。
普通ならにげるのが正解だろうし、ロベルタの言うように俺たちとアレには何の接点もない。
ついでに言えば、今燃えている町から肉の焼ける臭いがしない。
たぶん、ここは俺が砲撃を食らった地点の近くで、住民は避難していたと考えるのが妥当か。
逃げるにしても、この混乱を利用すれば楽に逃げ切れるだろう。
城の方に飛び、そして城を素通りして、そのまま対岸から地上へダイブと言う風に。

が、ふと頭上を眺めればそこに陣取って鬼神兵に攻撃を加える艦隊がいる。
そして、それの指揮を取っているのがサーヤだろう。
自身で足掻けと言っておきながら、言った張本人がこの場から逃走する。
少なくともこれは心残りだ。が、俺も俺とて守りたい仲間がいる。
目の前のディルムッドに、新しく仲間になったロベルタ。
俺1人ならばどんな無茶をしても構わないが、少なくとも今の状況なら2人を確実に巻き込む。
ふぅ、この国に来てからケチの付きっぱなしだなまったく。

「そうだな・・・、アレが明確な敵意を私達に向けない以上、私たちがあれに構う義理はない。
 ・・・・、逃走するぞ。」

そう言うと、人形姿のディルムッドがスッっと表情をなくし一言、

「エヴァ、それでいいのか?」

そう聞いてくる。
はぁ、そういうだろうなお前なら、だがな、

「買い被ってくれるなチャチャゼロ、私の手で守れるものは酷く少ない。
 こっちの世界に来て10年、その間に色々あった。そして、これからも色々ある。
 今この時この場で切り捨てる物と拾うものを選べというなら、私はお前達を拾いこの国を切る。
 さっきも言ったように、アレが明確な敵意を私達に示さない以上構う義理はない。
 それに、戦闘となれば必ず誰かが負傷する。それが私なら別に構わない。少なくとも私は早々死なないからな。
 だが、お前達は別なんだよ・・・・。私はお前達を失いたくはない。そのためなら、今この時この場で撤退する事を恥だとも思わない。



そう言いながらエヴァは苦悶の表情を浮かべる。
今俺が言った事がエヴァの決断を鈍らせる枷になる事は百も承知だ。
だが、それでも今の決断はエヴァ自身納得できていないのだろう。
納得できた決断なら少なくとも、あんな苦悩に満ちた表情は浮かべない。
だから、もう一度我が主に問おう、

「本当にそれでいいんだなエヴァ?」

「・・・・。」

そう言うと、エヴァは頭を抑えて黙り込む。

「チャチャゼロさん!お嬢様を迷わせないで下さい!
 今この時この場での選択で逃走するというのはもっともポピュラーなものです。
 眼前に見えるアレに立ち向かう方が蛮勇と称されるでしょう。
 チャチャゼロさん、貴方は死にたがりですか?それとも、自身の強さを誇示したいのですか?」

そうロベルタが俺に罵声を浴びせてくる。
そして、俺はそれを受け入れる事しかできない。
少なくとも、今ロベルタが言った事は全て真実なのだから。
そう思い、ロベルタの罵声を甘受していると、

「ロベルタ・・・、もういい。その罵声は私も浴びなければならないものだ。」

エヴァがそう言うと、今度はロベルタがオロオロし出す。
それを見ながらエヴァが口を開いた。

「少なくとも・・・・、そう少なくとも、傷を追うと言う覚悟をもってアレと対峙すれば倒しきれない事はないと思う。
 確証のない勝負で、まさに蛮勇と言う言葉が相応しい。
 しかし、その蛮勇を行えばこの国に住む顔も知らない大勢の人間は助かる。
 言わば、自身とその仲間を捨石にするか、それとも、顔の見えない大勢を捨石にするか。
 極端に切り詰めるとそうなるんだよ。そして、我が騎士は私に問うた。それでいいのかと。
 はぁ・・・、い・い・わ・け・あるかボケェ!!」

そう言ってエヴァが爆発した。
しかし、その表情はさっきとは打って変わって、何時ものように目の前の巨大な障害を精一杯背伸びしてみながら、
鼻で笑っているようだ。

「あぁもう!この国に着てからケチのつきっぱなしだ!
 新造戦艦を見ようかと思えば追い掛け回され、それが一段落すれば横合いから殴りかかるようにオスティアはこの有様。
 おまけに、足掻けといった人間は上で指揮を取って鬼神兵と対峙して必死こいてる。
 そんな、そんな面白い事態に背を向けておめおめと逃げれるか!」

それを聞いてロベルタはポカンとし、俺はその横で苦笑する。
はぁ、エヴァに無茶をさせたくはない・・・。
だが、それよりも苦悩に満ちた顔をさせる方が今の俺にとっては酷だ。
何せ、彼女はありのままの自由奔放な彼女の方が美しく、そして間違いなく強い。
彼女の強さが何処にあるかといえば、たぶん彼女あり方である、普通でない事に楽しみと快楽を感じると言うあり方。
つまりは、逆境に投げ込まれれば投げ込まれるほど、窮地に追い込まれれば追い込まれるほど、
異常な事態を目にし、直面すればするほど、彼女は彼女として動き出す
ふぅ、しかしまぁ、そう考えるようになった俺も彼女の影響か歪みだしているのかもしれない。
そう思いながら、横にいるロベルタにそっと話す。

「良く見ているといい、アレが俺達が使える主だ。」

そう言うと、ロベルタはジト目で俺の方を見ながら、

「今回はどう考えてもチャチャゼロさんがお嬢様に発破をかけたではありませんか。
 それについて弁解はあるのですか?」

「あぁ、少なくとも俺は彼女の苦悶に歪む顔よりも、今のように不敵に笑っている顔の方が好きだ。」

そう言うと、ロベルタは呆れたように、

「はぁ、そして、お互いがお互いのストッパーですか。
 無駄にバランスが取れて、しかもお互いが信頼している。
 片方が悩めば片方が引っ張る。これから先の苦労を考えると頭痛がしますね。」

そう言って頭を振っている。
なら、そこは1つアドバイスするとしよう。

「ロベルタ、頭痛がするじゃなくて楽しくてワクワクすると言ってみろ。
 少なくとも、気が楽になる。」

「それは空元気と言うものですよまったく。」

そういいながら、ロベルタは呆れたように笑っている。
そして、エヴァが俺達に向け口を開く。

「私にここまで言わせたからには覚悟はあるんだろうな?
 特に我が騎士よ、今回はこのまま穏便に行こうかと思ったが、少なくともこれで私とお前は戦場に立つ事になった。
 ロベルタはまぁ、影に・・・・。」

そう言うと、ロベルタが言葉を遮り、

「入る事なくお供しますお嬢様。
 従者が主を置いてオメオメと隠れていられる訳がありません。」

そう言うと、お嬢様は私の顔を見ながら、

「そうか、ならば覚悟をしろ。」

そう、鬼神兵を背に私を見ながら獰猛に笑いながら口を開きます。
分かっていますともお嬢様、この戦い、戦場に立って1つ間違えばあるのは死のみ。
そんな場所に行くのですから当然、

「分かっています、私は身みが朽ち果て死・・・。」

「ぬ覚悟なんていらんぞ。私が欲しいのはなぁ、全力で生き抜く覚悟だよ。
 この戦いで、いや、私の目の前で死ぬ事は私の従者には許されない。死ぬ覚悟なんてモノは簡単に出来る。
 その後の事を考えず、その時その場さえ良ければいいんだからな。
 が、生きる覚悟は簡単には付かんぞ、何せ、そこで出した結果が常に自身について回る。
 それに、死んでしまえばもう、この世界を楽しめないんだからな。
 みっともなくとも、生き恥をさらすと思おうとも、足掻いて泥の中をはいずろうとも、それでも生きろ!」

そう言ってお嬢様は私にニヤリと笑いかけてきます。
はぁ、生きる覚悟ですか。死ぬ覚悟と言う言葉はよく聞きますが、生きる覚悟と言うのは中々聞かないものですね。
しかも、その覚悟は死ぬ覚悟よりも重たいとは、これおちおち死んでいられませんね。

「簡単に出来る覚悟ではないですが、少なくとも私も死にたくはありません。
 生きてこの火の海を駆け抜けましょう。」

そう言いながら微笑みかけてくる。
はぁ、まったくどうやら俺も含めて俺の周りには、お祭り騒ぎが好きな連中が多いらしい。
しかも、それをやってどうなるというわけでもなく、ただ、それをしたいからすると言う連中が。
なら、少なくとも出来る事をやろうか。
とりあえずは、あの鬼神兵を倒せばカタがつくのだろうしな
そう思っていると、ロベルタが、

「お嬢様!!」

そう叫ぶロベルタは俺を見ていない。
ロベルタの視線を追うと、俺の後ろの鬼神兵に突き当たる。
そして、振り返ってみれば、鬼神兵が俺の方を見ながら口に魔力をため今まさに発射寸前と言うところ。
何だか解らんが、あちらも俺達の事を攻撃したいらしい。
今も魔力砲の砲撃を浴びているのに、それに見向きもせずに俺達の方を見ているのだから。
本来ならここは避けるのが定石だろうが、あの砲撃の着弾範囲を見た限り今更逃げても逃げ切れない。

「チッ!チャチャゼロ!!」

そう叫べば、ディルムッドが俺の横をすり抜けながら、

(エヴァ。)

(出し惜しみはせん。)

そう言って、魔力をディルムッドに流す。
そして、

破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ!!!!


そう自らの相棒を突き出しながら叫び、魔力砲を切り裂いていく。
しかし、

「グッ!」

突き出している槍はなんともないものの、それを持っている手に腕にとヒビが入っていく。
このままこいつをここで朽ち果てさせる事なぞ許さない。
そんな事をしてしまえば、俺が俺を許せない!

「先に行く、ロベルタ!キサマは上の艦に念話を送れ。
 後ろから撃たれては面倒だ!それと、これを銜えておけいつも通りとは言わんが動けるはずだ!」

そう叫びながら、俺の血がたっぷりついた魔法銃の弾丸を渡し、夜想曲を展開しながら空に舞い上がる。
鬼神兵との距離は約10kぐらいか、上を見れば艦隊は城の方に後退している。
10k軽く言う数字だが、その距離は遠い。
だが、

「無茶だろうが無謀だろうが、詰めればいいんだろう、この距離を。」

自身の前に魔力障壁を張り、魔法で自重を半分にして、足の裏に魔力を溜めそれを一気に爆発させ距離を詰める。
飛び出した瞬間から、辺りの風景は人の目では捉えられない。
だが、人でない者の眼ならそれを視る事がかなう。

「人の相棒達に手を出すな、この駄犬ならぬ駄神がぁ!!!」

そう叫びながら鬼神兵の額だろう場所を殴りつける。
当然、殴る瞬間の自身の重さは出来うる限り重くする。
もしかすれば、今地面に立てば勝手にめり込んで行くかも知れない。
そんな重い拳を鬼神兵に見舞えば当然、後ろに大きく仰け反る事になる。
が、それでも相手は後ろに大きく一歩足を出し踏みとどまりながらその大きな腕を振るう。

「チッ、そのままひっくり返ればいいものを!」

そう言葉を吐く。
まぁ、吐いた所で鬼神兵は今まで言葉や雄叫びを発した事はないし答える事はない。
そう思いながら、上に飛んで腕の攻撃範囲より後ろに下がりながら、片手を天に掲げ、

「エメト・メト・メメント・モリ 氷神の戦鎚!!」

出来上がる氷球は100mを越え、その氷球を更に重くして投げつける。
しかし、鬼神兵はその氷球を胸で抱きとめ、そのままベアハグの要領で抱き潰す。
大した馬鹿力だ。が、少なくともその腕には氷の破片が刺さっている。
つまりは、魔力砲のように無色の魔力をぶつけるでなく、物理現象を伴う攻撃なら攻撃は通じるという事か。
まぁ、見た感じ刺さっていた氷が抜ければ、そこま元通りに戻っているようだが。
それでも、それならやりようはある。
そう思っていると、鬼神兵が口から煙を吐きながら殴りかかってくる。



[10094] ボロボロだな第33話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/10/07 00:20
ボロボロだな第33話






「チッ!エメト・メト・メメント・モリ 氷槍弾雨!!」

鬼神兵の拳を天高く舞い上がり出の早い魔法をぶつける。
本来ならば、氷王の剣遊の方が効率はいいのだろうが、それを詠唱する時間をくれる気はないらしい。
ついでに言えば、今出した氷槍弾雨ももっと大きな氷を作るべきだっただろう。
鬼神兵にヒットしているが、それがダメージになっているかと聞かれればNOである。

ついでに言えば、鬼神兵はずんぐりしている体の割りに、動きは以外に早く、振るわれる拳は鋭い。
しかも、鬼神兵も町を壊しながら動いているので的が大きいから中るものの、外れたものもある。
更に分の悪い事と言えば、今俺の居る位置も悪い。
ある程度間合いが開いていれば、鬼神兵の動きを見る事もできるだろうが、
額を殴りつけた後そのまま攻撃に転じたため、鬼神兵全体の動きを見る事ができない。

一旦間合いを切りたいが、下手に切れば魔力砲の餌食になる事は必死だ。
艦隊からの射撃は止んでいるが、魔力の高鳴りからして、一点突破でもしようと考えているのだろう。
いい感じに板ばさみで上に上がるしか動きようがない。
が、その用意があるならそれを使わせてもらおう。

(ロベルタ、今からアレの動きを止める。そこを狙って討つように指示をしてくれ。)

そうロベルタに念話で指示を出す。
後ろに後方に控える艦隊の魔力なら、物理現象をともわなくとも、もしかしたら鬼神兵を撃ち抜けるかも知れない。
それなら、アレの足を止めたほうがはるかにいい。
それならば、一旦攻撃を中止して、大きいヤツを詠唱した方がマシか!

「早く頼むぞロベルタ・・・。
 エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精大気に満ちよ!
 白夜の国の 凍土と氷河をこおる大地!!串刺しになれ!!!!」

お嬢様が飛び出し、鬼神兵に一撃を加えた後は艦隊とお嬢様と鬼神兵と言う三つ巴のさまを呈しています。
私も早くお嬢様のお力になれる様、後退した艦隊に念話を飛ばしたいのですがその前に、

「チャチャゼロさん、ご無事ですか?」

「あぁ、何て事は無い。今からエヴァの援護に向かう所だ。」

そう言って二本の槍を構えて意気込んでいます。
ですが、先の鬼神兵の一撃をその体と槍一本で受け止めた所存で、
チャチャゼロさんの片腕は無残にもヒビが入り、いつ壊れてもおかしくない様子。

「チャチャゼロさん、本当に大丈夫なのですね?
 いくらボディの方にダメージが無いとは言え、その腕で戦えば腕が・・・・、
 いえ、下手をすれば貴方自身が砕ける事は必死ですよ?」

そう聞けばチャチャゼロさんは私に背を向け、戦っているお嬢様の方を見ながら、

「ロベルタ、俺は彼女の騎士だ。
 俺の居る場所は今の地べたではなく、彼女の前であり横であり背だ。
 俺は俺が俺である為に俺の居場所に向かう。それは俺にとってとても喜ばしい事であり、
 彼女のために散るなら本望だ。が、彼女は俺に生還こそ誉だと説いた。
 ならば俺は彼女と共に戦い彼女と共に生還する。
 俺の死で我が主が涙を流す事があってはならない。
 故に、今から俺は生き残るために彼女の元に向かう。
 君は君の任務を果たせ。」

そう言って、紅い槍と黄いの槍をピッっと翼のように構え、
空を蹴りながらお嬢様の元にチャチャゼロさんは行ってしまいました。
チャチャゼロさんの背中を見て思うのは、彼の愚直なまでの忠義。
そうですね、私もお嬢様の従者です。それならば私も私の任務を果たしましょう。
ギクシャクした動きで地面に魔法人を書き、それに魔力を流し、
後方に後退し、砲撃を中止しているこの隙に艦隊に届け私の声よ!


ーside艦隊ー


「主砲各艦チャージ完了!隊長、いつでも撃てます!!」

「鬼神兵と交戦中の真祖はダメージは与えている物の未だ有効打を出せない模様です!」

上がってくる報告を聞きながら、眼前のモニターからは目を離さない。
各艦が各艦の斜線軸に被らない様に艦を配置している間に、
一体どう言う訳かは知らないが、真祖が鬼神兵と交戦しだした。
さてどうするか。モニターで真祖と鬼神兵の戦いを見た限りでは、鬼神兵は物理的攻撃には弱いようだ。
その事を考えると今チャージした魔力で障壁を突破できるかは疑問が残る。
ついでに言えば、鬼神兵が動いている分一点集中した魔力砲撃が本体ではなく、
腕などだけに当たる可能性もある。

「攻撃発射後、一体何艦がシールド及び攻撃を仕掛ける事が出来る?」

そう、下でデータ処理を行っている兵に問えば、

「現在までに補給を受けた艦は皆無、
 一点突破が失敗した場合は特攻ぐらいしか攻撃は残されていません。」

クッ、せめて補給があれば砲撃後も戦闘可能なのだろうが、それが無い今ではこの一点突破と特攻、
後は鬼神兵と戦っている真祖が頼みの綱か。
しかし、今更泣き言を言っても始まらん。
ふと自身の拳を見れば小刻みに震えている。それをギュッと握り締め震えを止める。
今更だ、今更ら臆した所で事態は好転しない。
そう思っていると、下の通信兵から声が上がる。

「隊長、各艦に念話でアクセスするものあり!どうされますか?」

「本部からではないのか?」

「違います、念話の術式が本部とは別です。」

このタイミングで念話を送ってくる相手、それを考えると該当する人間は酷く少ない。
しかも、本部では無いとすると後は真祖側からのアプローチと言う考えしか頭に浮かばない。
さて、仮に真祖側の念話だとして俺達に何の用か、それが問題か。

「回線開け!」

そう指示を出すと、スピーカーからどこかで聞いたような感情を消した声が聞こえてくる。

「皆さん始めまして、事態は急を要しますので名乗りはしません。
 これよりお嬢様が鬼神兵の動きを止めます。その隙に砲撃をお願いします。」

その要求に艦の兵たちがざわつく。
が、これは好機だ。この戦闘始まって以来の最上級の好機だ。
各艦の各個艦砲射撃では有効打が叩き出せず、今の一点突破も下手をすれば外れる可能性がある。
そんな中で始めてコチラに訪れた好機だ。

「いいだろう名も名乗らぬ者よ。その好機見逃す事なく受け入れよう。」

そう言いながら、立ち上がりモニターを凝視する。
画面内では巨大な鬼神兵の周りを蚊の様に飛び回りながら攻撃する真祖が見える。
しかし、その攻撃されている鬼神兵も棒立ちではなく、腕を振るい、
或いはその短い足で破壊した町を更に粉にしていく。

「よく聞け!どうやらツキはコチラに向き出したらしい!
 化け物を真祖が足止めしてくれるという、この戦始まって以来の!
 そしてこれを逃せば後は特攻しか残されていないと言う、そんな状況での最上級のチャンスだ!
 各員その双眸で真祖の動きを見逃すな!」

そう、兵に声をかけモニターを凝視する。
画面内では相変わらず真祖が次々と攻撃魔法を使いながら鬼神兵を攻撃するも、
鬼神兵はその巨体と腕を武器に攻撃をいなしていく。
そんな中、真祖の攻撃が止み鬼神兵の攻撃を回避しだした。
それはつまり、詠唱の長い魔法を使おうとしている事。
それはつまり、大規模な魔法を使おうとしているという事。
そして、それはつまり!

「もうじき出番だ!各員!何があっても攻撃を中てろ!
 絶対に外す事無く中てろ!この一撃が明暗を分けると思え!!」

そしてその時は来た。
地上より生える氷の刃が鬼神兵の体に突き刺さり、それにより鬼神兵の動きが止まる。
これだ、この好機。気には食わないが、この時ばかりは真祖に感謝してもいい!

「各艦!!砲撃放てーーーーーー!!!!!!」

指示を下した瞬間、各艦のフルチャージの魔力砲が一点集中で鬼神兵に降り注ぐ。
土埃で様子は見えないが・・・・、

「やったのか・・・・?」


ーside俺達ー


鬼神兵の動きを止め、離脱もするかしないかと言う所での艦隊からの一撃。
障壁のおかげでダメージはないが、今まで使った魔法の所為で疲労はたまる一方。
が、さっきの一撃なら鬼神兵の障壁も突破できただろう。
未だに砲撃の所為で土埃が舞い上がり視界は悪いが・・・・、
そんな中後ろからディルムッドの声がしたので振り向く

「大丈夫かエヴァ?」

「ハァ・・・、まぁ、な。いい加減魔力の使いすぎで疲れてはいるが、
 流石にあれならばどうにかなっ・・・。」

た。その言葉を話す前にディルムッドが紅の槍を構え俺の前に飛び出す。
その様子が妙に遅く見えたと思うと、頭の中にディルムッドの声がしてくる。

(まだだ、まだ決着はついていない!!)

そして、すり抜けたディルムッドの方を振り返ると、そこのは昼かと思うほど明るい。
そんな中聞こえてくるのはディルムッドの勇ましい叫び。

破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ!!!!」

その声を聴いた瞬間から一気にディルムッドに魔力を流す!
油断した!油断しすぎた!!艦隊から放たれた魔力の大きさで倒された物と、
破壊しつくした物と判断して、その確認すらも取らずに倒したと気を抜いた!!!
クソ!解っていた筈だ!合気道の試合でも気を抜いた瞬間が一番危ないという事を!
自衛隊でも確認を取らずに判断する事が、どれほど危険かを教え込まされていた筈なのに!!
この時この場で俺は俺の持つ経験を活かしきれなかった!!!!

「クソ!!!!!死ぬなよ!!!絶対に壊れるなよ!!!
 絶対に私を1人にするなよ!!!!!!!」

そう叫びながら、ディルムッドにひたすらに魔力を流す。
殺させてなるものか!こいつをこんな所で終わらせてなるものか!!!
しかし、そんな中、目の前に居るディルムッドからペキリ・・・、またペキリと嫌な音がしだす。
クソ!!早く終われ、早く!!!
その願いが通じたのか段々と魔力砲が終息しだす。
が、ディルムッドの方も限界が近い!!

「ディルムッド!お前の忠義しかと受け取った!
 が、今お前を朽ち果てさせる事はできない!!!」

「な!?エヴァ!」

そう言って、終息に向かう魔力砲の中からエヴァが俺の体を持ち一気に外に投げつける。
投げられて顔だけエヴァの方を向ければ、一瞬砲撃をエヴァの障壁が受け止めるも、
パキンと言う音と共に一気に砕け散った。
そんな中でも、エヴァは離脱したように見えるが、

「大丈夫か、我が騎士よ。」

そう声をかけたエヴァの体は、両足の太ももから下が吹き飛んでいる。

「大丈夫かじゃない!!なんでこんな無茶を!!!」

そう声を荒げれば、スッと俺の体を指差し、

「腕が消し飛んでいては護る物も護れんだろう?
 私の体の心配は無用だ。まだ・・・・、いける。」

そう言って、自身の腕のある位置を見れば肩から先が消し飛んでいる。
エヴァの方は体を再生しだしているが、何時もよりその再生速度は遅く感じる。

「エヴァ・・・、もしかして魔力が?」

「なに、まだいける。まだやれる。ハン!この程度でくたばるほど私はヤワではない!
 それより、まだアレが動くなら・・・、来るぞ!!」

息が乱れる・・・、体もきつい・・・、流石に消し飛ばされたのでは、
肉体が残っていないので魔力で再生するにしても普段の倍以上の魔力がかかる。
そんな中、さっきの砲撃で煙が晴れてたと頃を見れば、胴体の一部が吹き飛んでいるもののいまだ健在な鬼神兵。
何処の馬鹿が作ったかは知らんが頑丈すぎだ。
ついでに言えば、壊された箇所を再生した所為か鬼神兵自体が少し小さくなったような気もする。
が、まだだ、諦めが悪かろうが、なんと言われようがアレを倒す!

「エメト・メト・メメント・モリ 来れ氷精 祖の切っ先は 全てを切り捨て凍て付かせる
 我が前に現れるは 優美なる剣群 降り注ぐは 凍結の調べ 氷王の剣遊!行くぞ!我が騎士よ!!」

「あぁ!行こうか主よ!!」

魔法を詠唱し、再びディルムッドと共に鬼神兵に攻撃を仕掛ける。
上下左右、ありとあらゆる方向からオールレンジ攻撃を仕掛け、
放つ魔法の数もすでに20を越えたあたりから数えてはいない。
辺りを飛んでいる氷剣も最初に作った数より鬼神兵に砕かれ、或いは鬼神兵を穿ち消えていく。
残りの剣は5本、ディルムッドも咸卦法を発動し鬼神兵に攻撃を仕掛けていく。
せめて、あの魔力砲さえなければまだやりようはある!

「ディルムッド!!そいつの注意をそらせ!!!」

「任された!!!」

そう言って鬼神兵の目のあたりを攻撃しだす。
その隙に、氷剣3本で巨大な杭を作り、残り2本をその後方に置き、一気に射出する!!

「喰らえデカ物が!!!」

そう言って、射出された杭を鬼神兵はまた口を開き魔力砲で迎撃しようとする。
しかし、

「やらせるか!!!」

そう言って、ディルムッドが鬼神兵の顎の下から一気に槍を上に投げ、顎を叩き上げて口をふさぐ。
体は大きく開き、この状況なら杭が体に刺さると思った瞬間、鬼神兵は大きな拳を振るい、その拳で杭を受け止める。
杭の刺さった拳は凍結し崩壊しだすが、鬼神兵はそのまま拳を振りぬく!
だが、俺はまだやれる、まだ戦える、そう思っていたが、
どうやら体は俺の想像していた以上に体は消耗していたらしい。

回避しようとすれば、動きは遅く、鬼神兵の迫る拳が妙に遅く感じる。
それでも諦めずに逃げようと飛ぶが、どうしても速度が伴わない。
当たると確信して両手を突き出して障壁を張ったが、障壁は簡単に砕け、
突き出した両手の骨がポキリ、またポキリと砕け、
やがてそれが肩まで伝わり、その頃には体全体でその拳を受け止めていた。
体全体に拳が当たった瞬間、体を突き抜けるような衝撃が走り、肋骨がひしゃげ、息が出来ない。
そんな中でも鬼神兵の拳の速度は緩まない。

無理だ・・・、流石に・・・・、

これ以上・・・・、意識が・・・・・・、

たもて・・・・・、な・・・・・、い・・・・。


ーside艦隊ー


魔力砲を撃った後、俺も含めて隊員は全員勝利を信じていた。
しかし、モウモウと立ち上がる土埃を光りが貫いた。
そしてそこから現れるは、多少小さくなったものの、いまだ健在な鬼神兵。
そして、兵が呟く。

「鬼神兵いまだ健在・・・・・。」

その言葉に、一気に兵の指揮が下がる。
当然だろう、今ある艦隊で出せる正真正銘最高の一撃。
しかし、その一撃は鬼神兵には通じなかった・・・・。
そう思って、モニターを見続ければ、そこには魔法を放ち、鬼神兵に喰らいつこうとする真祖。
誰も、何も発さずその光景をモニター越しに見る。
真祖が何故戦っているのかは知らない。
真祖がなにをしたいのかは知らない。
だが、アレは間違いなく、

生きるために足掻いている!!!!

「く・・・・、クハハハハハハハハハハ・・・・・・。」

その俺の笑い声に兵がギョッとして俺を見る。
が、そんな事を気にせず腹を抱えて笑った。
たぶん、兵は俺が恐怖でおかしくなったと思うだろうが、そうじゃない!

「オイ、広域念話まだいけるか?」

「は、はい!」

一瞬はなしかけた兵がビクッっとしながら答えたが、今はそんな事を気にしている暇はない。

「全員よく聞け!どうやら俺達は全員一丸で勝利への扉をノックしたが、扉はまだ開かないらしい。
 ならどうする?おびえて逃げ帰るか?このままここで棒立ちして的になるか?
 馬鹿を言うな!!!俺はこの国の騎士だ!!お前達もこの国の騎士だ!!!
 それが寄って集って部外者真祖の観戦とはどういう了見だ!!!
 ノックがして扉が開かないなら叩き壊せ!!!この国は俺達の国だ!!!!この国を護るのは俺達の仕事だ!!!!
 あんなヤツに任せるな!!!恐怖におびえる者!絶望する者!そんなヤツは今すぐ退艦しろ!!
 今から艦隊は散開し鬼神兵に特攻をかける!!!魔力の残量の多い上位2艦は王宮前に陣取り最後まで粘れ!!
 他の艦は真祖が戦っている間に全方位に散らばり特攻及び脱出準備しろ!!」

そう言うと、一気に辺りから声が上がる。

「さてと、脱出の杖もあるし、操舵室、エンジンどうよ?」

「オイ、ほかを探してもこんな高い鉄の棺桶ねーよな?」

「バカ、棺桶っつーより鉄槌だろ?神へのよ。」

「神殺し、いいあだ名じゃねーか!」

「お前飛ぶの苦手じゃなかったっけ?」

「まさか、空中戦艦乗りが飛べねーわけねーだろ。むしろ、飛べねーと空中戦艦乗れねえよ。」

口々に兵が軽る口をたたき出す。
この時ばかりは、今の兵たちに感謝しよう。
さっきのアレで、心が折れても仕方ないような状況でなお、軽る口を叩けるこいつ等に。
そう思っている間に各員は脱出用の準備を整える。
俺はそれを見ながらイスにどっかりと座り込む。
実は、艦隊を預かる隊長には脱出用の杖などは用意されない。
理由は、艦を最後まで守り抜き、居座るため。
そのため最後の最後まで粘る覚悟をさせる為に、各人で杖や杖無しの飛行術を身に着けないといけない。
そして、俺は元々死ぬ気で居たから、そんなものマスターした覚えも無ければ、杖を積んだ覚えも無い。
まぁ、こうやって散るのも悪く・・・・、

コトン・・・・。

無い。そう思う前に背後で音がしたので視て見れば、そこには箒が1つ。
はぁ、真祖はお節介だと思う。それも超ド級の。
何せ、俺をここまで運んだのは真祖の箒だ。
戦いのさなかで箒の事を忘れたのも俺だ。
そして、最後の散る覚悟を決める前に真祖の箒は音を立てて自身の有る場所を示した。
その箒を拾いながら、

「お前に使命を果たせといった覚えは無いが、それでもお前の主の心をくむか。」

そう言っている間にも艦隊は特攻するために散開していく。
ただ、気がかりなのは先ほど殴り飛ばされて真祖が王宮に飛んで行った事か。


ーside王宮ー


「姫、大丈夫ですか?」

「わらわの事はよい!!それより事態はどうなったのじゃ!!」

バルコニーから歯痒くも戦況を見守っていれば、
昼かと思うほどの明るさを放つ魔力砲が艦隊より放たれ鬼神兵を衝いた。
その瞬間、ここにいる兵全員が、いや、おそらく艦に乗っている兵たちも含めて勝利を確信したはずじゃ。
じゃが、それは一体どんなペテンか、土埃の奥より放たれた一筋の光は全ての埃を払い、
いまだ健在な鬼神兵の姿をあらわにする。

「アレでも・・・・、あれほどの魔力でも鬼神兵には・・・、神には通じぬというのか?」

鬼神兵の健在な姿にその場にペタンと尻餅をつく。
アレでダメなら、たぶんこの国にある兵器全てがあれに通用する見込みがなくなる。
何せ、今空に浮かんでいる艦隊が最新鋭の物なのじゃから。
そんな中、兵に連れられて1人の白衣を着た男が現れる。

「姫、お気を確かにドーティア姫!」

「・・・・、おぬしは誰じゃ?」

目の前の綺麗な顔をした男は、わらわに手を差し伸べて微笑みかけながら、

「アリアドネーより技術部に派遣されているクーネ・フィリウスです。
 たった今アレの操縦室らしき場所が発見されましたのでその御報告に。」

そういいながら、クーネはわらわの差し出した手を力強く掴みながら立たせてくれた。
しかし、そんな事よりじゃ!

「アレの操縦室と申したか!?
 何処じゃ、アレを止めるにはどうすればいいのじゃ!?」

「お、落ち着いてください!そんな襟首を掴んで揺すらないで下さい。」

そう言うとドーティアが手を放す。

「ふぅ、少し気持ちよかったですが・・・・、今は急を要しますか続きは後ほど、
 先ほどの報告は本当ですよ、シュヴァル氏の研究室を文字通りひっくり返して、
 最近までに申請のあった実験設備等を調べた結果判明した事です。
 たぶん、この国の兵たちがもうそちらに向かって確保している頃でしょう。」

そう言って、クーネと言う男はわらわに数枚の書類を手渡してくれる。
そしてその書類に目を通せば、シュバルと言う男が申請してきた実験の申請書。
それと、そこで行われていた実験の数々の報告。

「クーネよ、アレを倒す方法が載っておらんように見えるのだが・・・・。」

「はい。事実上、アレの操縦室を確保しても鬼神兵は残ります。
 あそこに見える鬼神兵は、実際の所暴走状態か微妙なラインなのですよ。
 何せ、アレの操縦方法が精神リンクによる制御ですからね。
 現状では、操縦室を確保できても、そこでリンクを切るとどうなるかは不明なんです。」

そう言って、クーネはわらわの前で首をすくめて見せる。

「それでは打開策が見当たらん出はないか!!!!!」

そ叫ぶ頃にはクーネは両手の人差し指を耳に差込、外の音を遮断している。
この男、わらわのことをおちょくっておるな!?

「こら!わらわの話を聞け!一体どうするというの・・・。」

わらわが最後の言葉を言い終わる前に、クーネはわらわに覆いかぶさるように抱きかかえ、
魔力障壁を展開した直後にバルコニーに破壊の嵐を巻き起こしながら何かが飛び込んでくる。
一体なんじゃ!?とうとうここにも砲撃が飛んできたか!?
そう思っていると、わらわを護っていたクーネがすっくと立ち上がり、白衣に付いた埃を払いながら、

「あ~、そこの君たち、どちらでもいいから剣を貸していただけないかな?」

クーネは一体なにが飛んできたか知っておるのじゃろうか?

「クーネよ、一体剣でなにをする?
 それになにが起こったかいってみよ。」

そう言うと、クーネは兵より剣を受け取りながら、

「いや~、うちの学校もう閉校して潰れちゃいましてね、
 集まって飲もうにも中々人も集まらないんですよ。ごく一部、私の所属する会をのぞいてですけど。
 だから、こんな所で彼女に出会えたのは私にとって奇跡なんです。何せ、私達のマドンナですから。」

そういって、ウインクしながら剣を小脇に挟み、
飛んできたモノが埋まっているであろう場所を掘り起こしておる。
それで何となく誰が飛んで来たか理解した。
アリアドネー、から派遣されたというこの男の知る人物で、なおかつ今このバルコニーに飛んできそうなもの。
そんな人物はこの場所において1人しかおらん・・・・、闇の福音とも、不死の魔法使いとも呼ばれる・・・、
真祖、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。

その人物しかおらん。そう思い、クーネに近寄ると、クーネの退かしていた瓦礫の下から出てきたのは、
白い髪に黒い服に覆われた華奢な体、血と埃に塗れていて尚、気品を失わぬ顔。
一体どういう化け物かと思えば・・・・、真祖とはこれほどに小さく儚げな者だったのか・・・・。
体のあちこちが変な方向に曲がっているも、それが今は勝手に直ろうとしている。
しかし、意識が無いためじゃろうか、上手く行っていない様に見える。
そんな事をわらわが思っていると、クーネが何気ない会話を楽しむかのように声を発する。

「さてさて、彼女に目覚めの一杯をご馳走できるとは、他のメンバーに大いに自慢で来る。
 この様に美しい華は早々見当たらない。」

そういいながら、自身の指に先ほど小脇に挟んでいた剣を手に取り、空いた方の手の指に押し付けようとしておる。

「待てクーネよ、いったいなにをするつもりじゃ?」

そう聞くと、クーネはフッっと微笑みながら、

「久々に会えたので、目覚めの一杯でもと。
 それに、彼女が吸血鬼なら血を飲めば魔力も幾分かは回復するでしょう?」

そういいながら、手を切ろうとしているクーネの手から剣を奪う。

「ど、どうされたのです姫!?あ、もしかしてここで真祖を捕まえるとか言うつもりですか?」

スッと表情をなくして喋るクーネを尻目に、
わらわはわらわの手の平の上に剣を起き、

「今は国の一大事じゃ、今真祖を捕まえても何の得もないのは百も承知じゃ。
 じゃが、ここで血を与えても逃げられては事よ。
 ならば、わらわは、わらわのやり方で真祖を鬼神兵に向かわせる!」

近衛兵達が何か言っておるが今は無視じゃ!
真祖の2つ名の中に『血と契約の姫君』と言うものがあったはず。
ならば、わらわの血を代価に契約を結ぼうではないか。
そう思い、手の平に剣を這わせる。
とたん、手の平が熱くなり、深紅の球が手の平に浮かびだす。

その手をギュッと握り、方膝を付き真祖の小さな体を抱き起こすように抱え、その口に血を流し込む。
最初は狙いが定まらず唇をぬらし、唇に紅を引いたようになったが、それも最初だけ。
今はちゃんと口に血が入っておる。そして、無意識なのかは知らぬが、
小さく開いた口の中では赤い舌が血の味を楽しむかのように蠢き、コクリコクリと喉が動くのも見える。

「ん・・・・、あ・・・・。」

口の中にいろんな味が広がる。
恐怖に慄く苦味。希望に縋る酸味。好奇心向ける辛味。そして最後に血本来の持つ甘味。
トータルすると、たぶんこの血は美味い。
しかし、俺は何故血なんてものを味わっている・・・・?
でも、これは中々・・・・・、まて!!!!
そう思い目をパッと見開く。すると目に飛び込んできたのは女性の顔と、白衣を着たどこかで見たような男の顔。
一体どういう状況かと思っていれば、その女性が口を開いた。

「おぉ!!目を覚ましたか!ならばお前に話がある。」

女性が無いか言っているが、今はそんな場合では無い!
一体どれくらい気絶していた!ヤバイ、ヤバイぞこれは!

「悪いが時間が無い。行かせてもらう。」

「こ、これ待つのじゃ!血と契約の姫君よ!わらわは代価を払ったのじゃぞ!」

そう言われたので、女性の方を見れば、血に塗れた手の平を向けてくる。
なるほど、先ほど味わった血は彼女の物か。
そう思っていると、彼女が捲くし立てる様に話してくる。

「わらわは血を代価に払った、契約内容は鬼神兵の破壊じゃ!問題あるか?」

そう、手の平をかざし、俺に意思の強そうな眼差しを向けてくる。
損は無し、得は今の俺の魔力の回復。
ならば、手を向ける女性の手をとり、血塗れの手の平を舐める。
口に広がり、体内に流れ込んだ血からは魔力が生まれる。

「確かに、代価は受け取った。鬼神兵の破壊、契約しよう。」

「おぉ!!たのむぞ!」

そう言ってはしゃぐ女性を尻目に魔力をたどり鬼神兵の方を見る。
ディルムッドはまだ落ちていない、証拠に片腕を無くした鬼神兵が艦隊に構わず自身の周りを手で払っている。
それに、まだディルムッドに魔力が流れているのを感じる!
それなら、一体どうやってアレを倒すか考えろ!
やり様はあるはずだ。なにか・・・・、ある。
そうだ、彼女自身がやったことじゃないか神殺しは!!
たぶん、今の俺では力が足りない魔力も残り少ない。でも、それでもやり様は有る!!
スーッっと空気を肺にと取り込み、その空気を声にして吐き出す!

「エメト・メト・メメント・モリ!」

彼女が右手を横に突き出して詠唱したとたん空間がざわめいた。
しかし、それも気にせず真祖は詠唱を続ける。

「来れ 深淵の闇 燃え盛る大剣!!闇と影と憎悪と破壊 復讐の大焔!!」

それは闇系統の魔法。

「我を焼け 彼を焼け そはただ焼き尽くす者!!」

それは黒き焔により辺りを焼き尽くす殲滅魔法。

「いったいなんじゃ!なんなのじゃ!!クーネ、アレはなんじゃ!」

「落ち着いてください姫。」

そう言って姫の前に出るも集う魔力量からして私ではこれは止めきれない。
彼女は一体を?

「奈落の業火!!」

詠唱は完成したのに、その魔法は彼女の手の平の上で小さく凝縮されていく。
こんな魔法今まで見たことがない。

「術式固定!!」

そう発言した後、一気にその魔力を体内に取り込む。
馬鹿な!!そんな事をすれば体がはじけ飛ぶかもしれないのに!
しかし、体は弾け飛ぶ事なく、彼女の力を上げていく!

「術式兵僧・獄炎煉我・・・。」

彼女を覆う魔力は闇より暗く、その中で彼女の白髪が白い月の様に浮かぶ。

「ミス・マクダウェル、一体なにを・・・・?」

後ろから声がしたので振り返って見れば、そこにはどこかで見たような顔・・・。
誰だったか・・・・・?

「誰だか知らんが、私には時間がない。
 行かせてもらう。お前を含めて全員障壁をしっかり張っておけ・・・・、制御は不慣れだ!!」

そう言うと彼女はふわりと宙に浮かぶ。
その言葉に従い障壁を張る。でも、その前に彼女に言っておかないと!

「クーネですよー、ミス・マクダウェル。会員のクーネです!!」

その言葉が届いたかどうかはしらない。
何せ、彼女が浮いて空を蹴った瞬間、障壁が壊れるかと思うほどの衝撃がこの部屋を襲ったのだから。


ーside鬼神兵周辺ー


「隊長、各艦配置完了。何時でもいけます!

飛んで行った真祖は、今だ姿を現さない。
だが、それは関係ない!俺達が倒すのは鬼神兵だ!
俺達が今やるべく事は鬼神兵を倒すことだ!
それ以外にわき目を振り絞っている暇は無い!!

「各艦必要最小限の人員を残し兵を離脱させろ。
 そして、最小限で残った人員に告ぐ・・・・、死ぬな!!!
 以上だ!」

そう言うと、各艦から念話が飛んでくる。

「隊長、貴女の部下で幸せです。また空を飛び国を護りましょう。」

「先に失礼します。必ず生きて離脱を!」

そう、各艦から声がする中、ひとつ聞き覚えの無い声がする。

「特攻を待ってください、お嬢様が来ます。」

それは確か、名も名乗らなかった真祖の従者。
しかし、お嬢様が来ますだと?
殴り飛ばされてこの方戦っていたのは槍を持つ人形だけだ。
しかしそれが今になって真祖が戻ってきただと?
そう思っていると、宮殿の前の艦より念話が入る。

「隊長!真祖が猛スピードで鬼神兵に接近中!」

「もういい、もう見えている!」

高速で飛んできた真祖はそのまま鬼神兵を殴りつけ、
鬼神兵も今度は耐える事ができず、大きな音を立てながら地面に背中から倒れこむ。
そして、空中に残ったのは人形と真祖のみ。

エヴァが殴り飛ばされて、残ったのは俺1人。
鬼神兵と言う神を使った兵器と対峙して、自身の持つ新しい技も新しい力も全て使う
しかし、それでも、なお目の前の鬼神兵と呼ばれる兵器は強い!
それにエヴァの事も心配でならない。なので、ロベルタに念話での安否確認を取ったが、

(ロベルタ!エヴァと念話はつながったか?)

(まだです、お嬢様が死ぬわけはありませんが、それでも応答が取れないんです!)

(落ち着け!)

エヴァと連絡が取れないと焦るロベルタ。
そして、その焦りは俺の心にも伝染する。
彼女は灰になっても死なない。彼女はただの攻撃ではしにはしない。
そう思い、自身の心を彼女を信じて硬くし、鬼神兵に槍で気を飛ばし攻撃する。
くっ、中ってるのにダメージが見て取れない。
そう思って1度鬼神兵と距離を取ると、白と黒の混じった弾丸のようなものが鬼神兵の額に当たり、
中った鬼神兵はその衝撃に耐え切ることなく、地面に背をつける。
そして、彼女は振り返りながら、

「我が騎士よ、背中が寒くなかったか?」

そう、黒い闇を纏った彼女はニィッと片方の頬を吊り上げながら俺に聞いてくる。

「なに、艦隊のからの視線が熱くてね。」

互いに顔を合わせてニィッと笑う。
ここにロベルタがいれば、たぶん彼女も笑っているだろう。
そう思っていると、彼女は地面に倒れた鬼神兵を眼下に置きながら、

「我が騎士よ、私は今からお前に酷い事を言う。」

「あぁ。」

「今から殲滅魔法を展開する。詠唱から発動まで約2分、
 その間、私はそれで体一杯になる。」

そう言って、彼女は俺の目を見ながら、

「だから、護りぬけ!ありとあらゆる方法で、ありとあらゆる力で、幸運も悪運も全て使って護り抜け!
 そして、最後はキサマがしとめろ。キサマの新しい力を使ってキサマが止めをさせ!」

「あぁ!!」



[10094] 夜ももう終わりだな第34話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/10/16 01:21
夜ももう終わりだな第34話






ディルムッドは起き上がろうとしている鬼神兵に向かい、
一直線に進み、起き上がるのを阻止しているが、状況は芳しくなく、もう少しで立ち上がろうかと言う所。
しかし、それについてディルムッドを責める事はできない。
すでに、体格差と言う言葉がばかばかしくなるようなこの状況で、かの英雄はなおも必死に挑んでいるのだから!
周りに展開している艦隊も、今は事の成り行きを見守るが如く静止している。
ならば、今も俺は俺のできることをするまで。
ディルムッドも俺も、満身創痍に近い状態だが、
まだ体は動きお互い死んでもいない!

「エメト・メト・メメント・モリ!!!」

始動キーを唱え鍵を扉へ差し込み、自己と世界を繋ぐ。
いくら血を飲んだとはいえ、完全回復までは程遠い。
それでも、なお軋む体に更に闇の魔法を施して、
歯を食いしばり森羅万象から魔力を集め言霊を唱える。

「契約に従い、我に従え、氷の女王。 来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが。」

本来なら、『おわるせかい』まで詠唱して、鬼神兵を砕きたいが、そこまで体が持たない。
今できるのは、氷に閉じ込めるのが限界。
氷柱封印なんていうのもおこがましい。
ただ、相手を氷付けにするだけで体一杯。

「全ての者に安らかなる眠りを。其は、悠久の安らぎ。」

呪文を唱えればそれに答えるが如く、鬼神兵の周りには氷が出来始める。
しかし、それを鬼神兵は受け入れる事無く、生まれる氷を砕き、なおも動こうとする。
眼下の神は一体なんでそんなに暴れるのか、それに対する答えはたぶん永久に得る事はできない。
それに、今はそんな答え必要ではない!
今必要なのは、鬼神兵を破壊する事であり、それに必要な状況を生み出す事!
生み出される氷は鬼神兵を足元から徐々に包み、鬼神兵の体を凍て付かせその動きを制限していく。
魔法の完成まであと少し、それなら後はディルムッドの準備に当てよう。

「我が騎士よ、自身の持てる力をすべてつぎ込み我が前にその力を示せ!!!!」

その呼びかけに、ディルムッドは一瞬俺の方を向いて念話を飛ばしてくる。

(まだ、動きが封じきれていない!今俺が攻撃の準備をしだせば鬼神兵が攻撃してくるぞ!)

それは、確かにそうだ。
だが、

(かまわん、やりたければやらせておけ。本当なら私も完全に氷付けにしたいが、
 正直な話、そこまで魔力も体も持たん。・・・・、これは鬼神兵と私達の賭けだよ。
 一体どちらがこの戦が終わった後、地に立つに相応しい者か。その座をかけた戦いだよ。
 ならば、悔いの残らないよう、やれる限りの事をやろうじゃないか我が騎士よ!!)

そう、これは本当に賭けだ。
このまま魔法を完成させても、それを維持するだけの魔力も無く、
凍結した瞬間に中から溶かされる可能性さえもある。
本当に勝負は一瞬。魔法が完成し、鬼神兵が完全凍結した瞬間にその身を砕く。
その一瞬だけが俺たちの勝機であり、鬼神兵の、いや、眼前の神の敗因となる刹那。
そして、その刹那は刻、一刻と迫っている。

「言ったとおりだ!幸運も悪運も、自身の身さえも勝利への一瞬に賭ける!!
 ないても笑ってもこれが最初で最後だ!!!これより後は無く、これを越えずして先は・・・・、無い!!!」

そう言って、両腕を突き出した格好のエヴァは俺の獰猛な笑みを投げかけてくる。
後は無く、眼前には越えるべき壁。そして、その壁を越えるのは刹那の瞬間のみ。
エヴァ自身も、彼女の言葉の通り、両腕を突き出した間に見える顔は、笑ってはいるが頬を汗が伝っている。
それに、時折頭を下に向けるしぐさもする。本当に我が主も限界が近いのだろう。

そして、俺の体も限界に近い。
片腕は肩から吹き飛び、残った腕も槍を振るい続けた所為か妙な音がする。
主も俺も、残された力は少なく、体は満身創痍。
だが、それでも主はこの戦いに勝つつもりでいる!
諦める事無く、泥に塗れる事をいとわず、ただ、自身の敵とした者を討とうと
なけなしの力を振るい神に喰らい付いている!

そんな主が俺の名を呼び、力を示せと要求してくる!
あぁ、俺は今この瞬間から彼女の本当の意味でのパートナーとなり、自身を一本の槍として彼女に預けよう。
主の呼びかけに答え、いかなる者も・・・・、眼前の神さえも穿つ槍となろう!
自身の片腕は吹き飛びそこにはないが、だが、それでもその腕があった事は幻視できる!
鬼神兵か完全に立ち上がったものの、すでに下半身が凍て付き残った片腕の身を振るっている状況。

それならば、俺の攻撃が確実に当たり、なおかつ最も威力の出せるヤツの頭上に陣取るまで。
そう思い、虚空瞬動で一気に鬼神兵に頭上まで空を蹴り駆け上がり、目を閉じて心を落ち着かせる。
焦燥に駆られたままでは必ず失敗する。心を落ち着け、無にし、
あるがままの力を融合させ受け入れる器を自身の心に作る。

「左槍に魔力を・・・・。」

腕は無く、槍も無いが、確かにそこには俺の腕があり槍がある。
その槍に魔力を練りこみ凝縮させる。

「右槍に気を・・・・・。」

そこには、実体を持った腕と黄色の槍が顕在する。
そちらの槍には気を練りこみ凝縮させる。
そして、その気と魔力練りこんだを双槍を自身の頭上で掛け合わせる!

「咸卦法!!!」

そう叫び、目を開いて飛び込んできた光景はまさに悪夢だった。
何せ、氷が上半身にまで達した鬼神兵が大口を開き魔力をあつめ、
いつエヴァに魔力砲を発射してもおかしくない体制になっているのだから!!!
その光景を見て、ゆれた自身の心に呼応するかのように咸卦法が揺らぐ。
そしてそんな中でも、両腕を突き出して動けないエヴァは、皮肉をたっぷり込めた顔で、

『来・い・よ』

そう口の形を作って見せた。
そして、鬼神兵の最後の雄叫びが如き魔力砲が発射される。
今度ばかりは流石に手の打ち様が無い。
だが、彼女は諦めていない!いや、今この戦場にいる者全てが諦めてなどいない!!
なにせ、発射された魔力砲とエヴァとの間に、一隻の戦艦が文字通り身を呈して割り込んできて、
その艦の右腹でその雄叫びが如き魔力砲を受け止めているのだから!!

「隊長・・・・。」

そう俺に呼びかけるのは艦に残った兵の1人。
眼前では、戻ってきた真祖と真祖のつれていた人形が鬼神兵を破壊すべく攻撃を仕掛けている。
と、言っても盛んに攻撃をしているのは人形で真祖は空中で静止し、両腕を鬼神兵に向けているだけ。
そう思っていると、真祖が大声を上げた。

その言葉はかつて俺たちが戦った真祖の持つ始動キー。
そして、その声に答えるが如く、真祖が言葉をつむぐたび辺りの気温は一気に下がり、魔力は真祖に向かっていく。
鬼神兵の方は足の方からゆっくりと、だが、確実に氷付けになってゆくがここまでされてもなお暴れている。
その光景はまるで、小さな頃に読んだ御伽噺の魔法使いが強大な敵を前に、なおも諦めず戦いを繰り広げる英雄譚の様な光景だ。
そして、鬼神兵の完全凍結まで後わずかと言う所で、今度は人形の騎士が鬼神兵の頭上に陣取り何かをしだす。
しかし、鬼神兵はなおも足掻き、もう顔の凍結まであと少しと言う所で口を開き、また魔力を集中させ出す!

「隊長、どうされます・・・・?」

そう話す兵も、モニターから目を話せずに、食い入るようにモニターを見つめる。

「艦のコントロールを俺に一任し各員退艦。あとは俺がどうにかする。
 お前等は明日の事を考えて今すぐ退艦し、町の復興作業の準備に当たれ。」

それを聞いた兵が一気にどよめきだす。
しかし、今は・・・・、あの死地に飛び込む人間は俺だけでいい。

「命令だ!各員早急に退艦しろ!!!」

そう言うと、兵たちは背筋をビシッっと伸ばし俺に敬礼しながら、口々に、

「私の隊長は貴女しかいません。必ず生還を。では!」

「復興の指揮、またお願いします。」

「隊長、最初は何考えているか分からなくて怖かったですが、今は別です。御武運を!」

そう言って退艦して行き、最後に残ったのはこの隊の古株。
そして、そいつが口を開いた。

「隊長、いや、今はタメ口で言わせて貰うけどな・・・・。
 空より高い所には天国って言う物凄く退屈な所があって、そこじゃなんもする事が無いんだと。
 ・・・・、お前さん、今ようやく生きてる顔してんだ。そんな退屈な所行くにはちぃっとばかしはえぇぞ。
 ・・・・・、諦めるなよ!」

そう言って、俺の肩を叩き出て行った。
やれやれ、寄って集って死ぬな諦めるなと勝手な事を。
確かに俺は死にたかった。真祖に殺して欲しかった。
だが、今は違う。自らの居場所を見つけ、傷を思い出に変える覚悟をして、
そして、今俺はこの艦に残った。そんな俺が今からするのは、死ぬため行動ではなく、俺が俺として生きるための行動だ!!

「しゃくで仕方ない・・・・、気に食わない・・・・、だが、それでも今の賭けのオッズでは真祖が一番高い。
 なら、そこに賭けてやろうじゃないか!!!」

そう言って箒を握り締め、艦を全速力で鬼神兵と真祖の間に向かわせる。
そのさなか、砲撃まじかの鬼神兵と1人対峙している真祖が『来いよ』と、確かにそう口を動かした。
ハッ、気に食わない、その態度が気に食わない。こんな中でも諦めずに睨みを聞かせて笑う真祖が心底気に食わない。
何せ、アレは俺が欲しがってもたぶん、絶対に手に入らない壊れ方なのだから!!!

「いってやるさ!!お前が殺されるのは俺で、俺を殺すのはお前だ!
 お互い別のヤツなんかに殺されるものかよ!!!」

直後、鬼神兵の砲撃が放たれるが、艦の切っ先で受け止め、そのまま速度を落としゆっくりと前進させる。
真正面からの砲撃なら耐え切れたかもしれないが、右側面で鬼神兵の砲撃を受け止めたため艦全体が一気に軋みあがる。
だが、まだだ、まだ耐えて見せろ!!この国を護るために作られたのなら、
ここが墓場になろうとも、その使命を果たすまで朽ち果てるな!!

割り込んできた艦は砲撃の当たった所からひしゃげ、火を噴き今にも落ちそうな状況だが、
それでも粘り俺と鬼神兵の間に居座り続ける。
そして、止まない雨が無いように、炎が永遠に燃え続ける事が無いように、鬼神兵の最後の雄叫びが如き砲撃は終息しだす。
それを感じ取ったのか、艦の方もゆっくりと、だが、確実に高度を落とし火を噴きながら墜落していく。
鬼神兵の頭上には今だにディルムッドがいて、鬼神兵の体は氷付け
その様はまるでお預けを食らった狗の様だ。

「最後だ、最後の最後でこのリングに立つのはキサマではなく、私でもなく、今落ちた艦にいた人間だ。」

それは確かな事だろう。
神、真祖、そして人間。その三つ巴の戦の中で、最後の最後に横合いから飛び込み、
ただ勝利のためだけに身を呈した人間がこの中で一番強い。
それは力なんかに括ったものではなく、ただ護る、ただ生きる。
そういった愚直さの先にある強さだ。
たぶん、それは俺では手に出来ない強さ。
その強さを今ここに人間は示して見せて、俺たちにバトンを繋いだ。
ならば、今のアンカーである俺たちが勝利への道を駆け抜けるのは当然だろう!

「仕上げだ、我が騎士よ!」

そうディルムッドに声を張り上げ宣言して、
魔法を完成させる最後のトリガーを引く。

「こおるせかい」

その言葉を紡げば、最後に残っていた顔も氷に閉ざされる。
氷柱封印と言うにはおこがましすぎるが、それでも完成できた。
そして、鬼神兵の頭上からは俺が信頼する騎士の揺ぎ無い勇ましい声がする。

「この一撃、我が主に捧ぐ・・・。」

そう静かに言った後、残った腕と言わず、その小さな躯体全体で力を溜め、
ただその一撃に全ての力を込め、

神穿つ黄薔薇ゲイ・ボウ!!!!!」

そう言って放たれた槍は、鬼神兵の体を砕きながら地表に向かい突き進む。
そして、地上に突き刺さる共に遠雷のような轟音と共に鬼神兵の体が砕け散り、
氷が天高く舞い上がる。その様はまるで、自然界には存在しない青い薔薇の花びらが舞い散っているようだ。

「今度こそ終わりか・・・・。」

目の前の鬼神兵は砕け散り、後に残されたのは墜落した戦艦と砕かれた氷の残骸。
戦艦が火を噴いて爆発する音がするは、それ以外は聞こえない。

「終わったなエヴァ。」

そう言って、俺の横にディルムッドがやってくる。

「あぁ、終わりだ。」

そう言って、地上に2人で舞い降りる。
そして、地上に舞い降りて地に足が付いて足に体重が乗るとその瞬間によろけた。
まぁ、流石にそれは仕方ないか。
魔力も体もボロボロのスカスカで立っているのも億劫なぐらいだ。
そんな俺を見て、ボロボロのディルムッドが声をかけてくる。

「大丈夫か?」

「キサマよりわな。お前の方こそ大丈夫か?」

そう聞くと、

「なに、また君になおしてもらうさ。」

そう言って微笑んでくる。
ふぅ、今回は疲れた。いらん苦労だと言われればそれまでだが、
だが、その苦労の先にある疲労感は心地いい。
そう思っていると、残骸を見ながらディルムッドが人の悪い笑みを浮かべて口を開いた。

「とりあえず、今回の事で1つ分かった事があるよ。」

「奇遇だな、私もだ。」

(私もですね。)

そう、して3人が同じ事を口にする。

「「(今後神には祈らない。)」」

そう言って俺とディルムッド、そして念話だけだがロベルタが笑う。
笑って、笑って、笑い転げているとディルムッドがロベルタを迎えに行くといって飛んでいった。
その背を見ながら思うのは、まったく持って頼りになる相棒達を手に入れたものだという事。
それと同時に、体に闇が覆いかぶさってくる。

「グッ・・・・ウグッ・・・!!」

ザワリザワリ、何処からともなく忍び寄り、皮膚の下といわず、
体中といわず、ただ、ざらついた感覚がするものが這いずり回る・・・・。
そして、それに耐え切れずペタンと地面に尻餅をついて前かがみになりながら自らの両肩を抱く。

「気持ち・・・・悪い・・・・。」

ザワリザワリ・・・・。
それに耐えていると、何処からとも無く俺を呼ぶ声がする。

「エヴァンジェリン!!!」

そう呼ぶほうを見れば、頭からは血を流し片方の肩を庇うように箒を片手にした。

「サーヤか。」

「あぁ、俺だ。」

そのサーヤの姿を見て立ち上がる。
先ほどまでのざらついた感覚は無いが、それでもこいつの前では尻餅をついたままではいたくない。
そして、その俺の姿を見たサーヤが口を開く。

「返す。」

そう言って、差し出すのは一本の箒。
たぶん、俺がサーヤに渡して今までサーヤと共にあったもの。

「いらん、くれてやる。」

「何故だ。」

そう片方の目だけで俺を睨みながら、サーヤは問いかけてくる。
何故かか、そうだな強いて言えば、

「それはキサマにとっての蜘蛛の糸だ。
 それがある限りキサマは今回のことを思い出す。」

そう、サーヤの目を見て話せばサーヤは手をおろす。
そして、ふと空を見れば空は白み始め、サーヤの背後からは太陽が昇ろうとしている。
さて、このままここにいても拉致が空かない。
体はボロボロだが、それでもここから地上に逃げなければ、なにがあるか分かったものではない。
問題はサーヤか。

「私はもう行く。さて、キサマはどうする?」

そう問えば、

「キサマを殺すのは俺だ。そして、キサマに殺されるのは俺だ。
 だが、今の俺ではキサマを殺すすべが無い。それに、俺が殺したいのは真祖であって、
 エヴァンジェリン・・・・・・・・ではない。」

そう静かに言ってそっぽを向いた。
ククク・・・・、いや、今大声を出して笑うのは流石に悪いだろう。
だが、それでも笑いが堪えきれない。

「ククク・・・・、そうか。それなら、私はエヴァンジェリンなので行かせて貰おう。」

そう言って、エヴァンジェリンは俺に背を向けて歩き出した。
そして、後ろを向いたまま手をヒラヒラさせながら、

「あぁ、キサマに1つ言い忘れた事があった。
 キサマの望みを私が叶える可能性。それについて考えてみたが、1つ思いついたものがある。」

そう、もう小さな点になったエヴァンジェリンは振り返りながら、

「キサマが自殺したら殺してやる!」

そう、皮肉たっぷりに俺に向かって叫んでその姿をけした。

「チッ、やはりここで戦っておくべきだったか?」

最後の最後まで気に食わないヤツだが、最後の台詞で更に気に食わなくなった。
生きて足掻いて、今ここに立つ俺にとって自殺なんてものは、それこそ考えられない事だ。
それなのに、最後の最後で俺に自殺すれば殺してやるなどとアレはほざいた。

「あぁ~、クソ!」

そう言って、地面に大の字になって寝転ぶ。
見上げる空は次第に明るくなり、少し頭を動かせば天に昇ろうかとする太陽が見える。
先ほどから艦の爆発音も収まり、辺りに漂うのは静けさと舞い上がった氷が天から降り注ぐばかり。
真祖が去り、鬼神兵が壊れ、まるで世界に俺が1人残されたような静けさ。
そんな事をボーッっと考えていると、足元の方から俺を呼ぶ声がいくつもする。

「隊長ーーーーーっ!!」

「艦の中じゃないか?ぶっ壊すか?」

「待て、下手に壊すな!」

「辺りの捜索急げ!」

その声は、いつか聞いた兵たちの声。
その声は、今の俺の居場所を示す声。
その声は、戦場を共にかけた仲間たちの声。
そんなやつらの声にはちゃんと答えてやらないとな。

「ここだーーーー、俺はここにいるぞーーーーー!!!!」


そうして助けられた後は大変だった。いや、それは現在進行形か。
俺の傷を見た兵たちは俺を担いで、そのまま王宮の病院に放り込み、
後の兵たちは姫指揮の下、町の復興作業に入った。
王は元々諸外国を訪問中だったが、そのまま他の国に復興支援を頼みに回り、
数ヶ月たつが未だにこの国の土は踏めないでいる。

ついでに、あの戦闘のさなか一切姿を見せなかった、クライツとシュヴァルだが、
クライツは鬼神兵の操縦室らしき場所で血まみれで発見され、医者曰く、

「後一歩遅ければ死んでた?バカ言えこいつは死んでたのを生き返らせたんだよ!」

そう言って怒っていた。
実際問題発見されたクライツは、ほぼ全身の筋肉の断裂、出血多量、足や手、指の骨の骨折等、
上げたら限が無いぐらいボロボロで、発見した兵も死んでいる者と思うほどだったらしい。
まぁ、そんな中でも生きて居たから良いのだが、動けるようになって見舞いに言った時、

「隊長が生きてた!!!」

と、顔全体から体液を撒き散らしながら俺に抱き付こうとベットの上で暴れたいたので、
眠りの霧を使いとりあえず眠らせ、落ち着いた頃にまた見舞いに行く事にした。
それと同時に不穏なのは、クライツの記憶が消えていた事。
発見され、助かったクライツに話を聞いた医者が言っていたが、
クライツ曰く、何であんな場所に居たのか分からないとのこと。
それと、あそこに居たであろうもう一人、シュヴァルの姿は忽然とこの国から消えて、
今ではヤツの下顎だけがヤツがいたことを立証する証拠になっている。

そして、今日はその落ち着いたであろうクライツの所に見舞いに来ているのだが、
その病室で思わぬ人物に出くわしている。

「おぬしがサーヤ隊長かの?」

そう言って声をかけてきたのはこの国の姫ドーティア。
何で彼女がここに居るのかは知らないが、何だか嫌な予感がする。

「はい、自分がサーヤ・フライスですが、一体この様な場所にどうされたのです?」

そう言うと、姫はニコニコ笑いながら、

「うむ、今回の騒動で一番の功労者である英雄サーヤ隊長に会おうかと思っての。」

「よしてください姫、自分は英雄などと大それたものではありません。」

そう、現在進行形で大変な事は、この呼び名、すなわち『英雄』
これは割りと頭痛の種となっている。
と、言うのも今回の騒動で国は多大な被害をこうむり、
更にはその被害をもたらしたものをこの国が作り、真祖がそれを破壊した。
しかし、外交的また、政治的に見ても真祖が国を救ったと言うのは酷く体面が悪い。

なので、そこで祭り上げられたのが俺。
あの戦場で指揮を取り、最後には艦で特攻して鬼神兵を壊したという事に外交的にはなっているし、
あの戦場を見ていない町の住民もその事を信じた。
真実を知る者はあの戦場にいた兵と、目の前の姫とその姫の近くに居た学者のみ。
後は王が書類で知っている程度だろう。

「そう言うでないぞサーヤ隊長。英雄とは、人の思いの象徴。
 つまりは、あの戦場で一番兵の思いを集めそして、その思いを形にした者が英雄よ。
 契約を果たした真祖の事を言えんのが歯痒いのは分かるが、それでも今はまだ耐えよ。」

そういいながら、済まなさそうに頭を下げてくる。

「よしてください姫、一兵士に頭を下げるなど。
 アレの事は・・・・、なんと言えばいいのでしょう。未だに心の整理ははっきりとは付きません。」

そう、真祖はあの後本当に国から姿をけし、今は一体何処に居るのか分からない。
まぁ、アレが早々くたばるようなヤツでないのは俺が身にしみて分かっている。
そう思って、窓から外を見れば、姫がポンと手を打って、

「そうじゃ、わらわからも個人的に何か贈り物をしたいがないがよいかの?」

そういいながら、俺の顔を見てくる。
贈り物か・・・・欲しいものは特に・・・・、いや、そういえば未だだった事が1つある。

「花束と酒を3つ、後は休暇を少々いただければ。」

そう言うと姫はキョトンとして、

「欲の無いやつじゃの、まぁよいすぐに手配して部屋に届けさせよう。」

そう言って、姫は病室を出て行った。
それを見送っていると、包帯でぐるぐる巻きになってベッドに寝ているクライツが声をかけてきた。

「隊長が花とは珍しいですね。」

「まぁ、昔馴染みにな。花なんて興味ないようなやつらだが、それでもな。」

「そうですか。」

そう言って、クライツは天井を見る。
クライツの今後は分からない。
一様は記憶が無いためどうするという事もできないし、シュヴァルの書類のおかげで、
クライツ事態はアレがどういうものだったか知らないと言う事に結論付けられた。
ただ、体の方が酷く、リハビリにしても、隊に戻るにしても多大なリハビリが必要との事。
まぁ、そんなクライツにいえる事は、

「まぁ、早く体を治せ。」

そういうと、天井を見たまま、

「治した所で自分の居場所は・・・・、隊にはありませんから。」

そう、静かに口を開いた。
その姿はどこか昔の俺を連想させる。
居場所が無い・・・か。

「馬鹿を言うなクライツ。俺の副隊長はキサマで最後なんだ。
 俺1人では仕事がはかどらん、副隊長席は空けておくから・・・・、」

そこで言葉を区切った隊長は俺の顔を見て、ニヤリと笑いながら、

「足掻いてもがいて這い上がって来いよ。」

そう言って肩をたたいてくれた。



[10094] 事故だと思いたいな第35話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/10/21 19:47
事故だと思いたいな第35話






オスティアで鬼神兵と戦闘して何とか勝利した後、
そのままボロボロの体を引きずって、新世界と旧世界を繋ぐゲートまで何とか逃走に成功。
ちなみに、今の新世界の方のゲートも霧の中にあるので他の場所よりも安全度は上がる。
そんな場所で影からカバンを引きずり出し、そこからダイオラマ魔法球を取り出して中に入って早10日。

まぁ、10日といっても中に入った後は服を着替えるのも億劫で、
適当に服を脱いでカボチャパンツとキャミソール姿で、チャチャゼロ姿のディルムッドとベッドに潜り込んで爆睡。
起きたらすでに7日経っていたと言う状況だったりする。
まぁ、あえて言うなら7日もぶっ続けで爆睡できるなんて俺もまだ若いな。

そう思いながら、起き出して今は食事と入浴を済ませて今はダイオラマ魔法球の中にある書斎で今までの事や、
今回の闇の魔法の副作用、ロベルタを完成させる方法なんかについてまとめと考察しだしで早3日。
ちなみにディルムッドが起きて来ないので心配になって見に行ってみれば、
まだベッドの上でゴロゴロしていたので、たぶん寝ているのだろう。

まぁ、起きてくれば来たで、ぶっ壊れた腕の修理をしないといけないし、
この際だからまだやっていなかった、チャチャゼロボディの全身採寸もまとめてやろうかと思っている。
そう思いながらキセルで魔法薬を吸いながら紙に羽ペンを走らせていると後ろから、

「お嬢様、病み上がりですのでそろそろ休憩をされては?」

そういいながら、トレーにティーポットとお菓子を乗せたロベルタが声をかけてきた。

「あぁ、そうだな、少し休憩を取るとしよう。
 中々上手そうな匂いもするしな。」

そう言うとロベルタがティーカップにコーヒーを注ぎだしたので、
俺の方も机の上に散乱している紙やペンを片付け、ロベルタの入れてくれたコーヒーに舌鼓を打つ。
ふぅ、缶コーヒーを飲みながらタバコを吸うのが好きだったが、
またそれと似た気分が味わえるとは生きててよかったと言う所か。
そんな事を思いながら静かにコーヒーを飲んでいると、ロベルタが神妙な面持ちで口を開いた。

「お嬢様、少々お聞きしたい事があるのですが宜しいですか?」

はて、改まってなんだと言うのだろう?

「べつにかまわんが何だ?」

そう言うと、ロベルタは歯切れ悪く、言葉を選ぶように、

「いえ、そのですね、チャチャゼロさんの事なのですが・・・・、彼は一体どういう存在なのですか?」

そう聞かれても意味合いが広すぎでどう答えたものやら。
むしろ、俺にしろディルムッドにしろ叩かれれば埃がわんさか出るような存在だしな。
そう思って黙っていると、ロベルタが静かに、

「私の中には破損した物もあるとはいえ、過去からの膨大な記憶が入っています。
 しかし、それらを探してもチャチャゼロさんの様な存在は見当が付かないのです。
 いくら人形に魂を込めようとも、その人形が人の姿になったり、
 あの鬼神兵の一撃を受け止めるだけの性能を持つとは考えられないのです。
 それに、お嬢様がチャチャゼロさんを『我が騎士』と呼ばれる際にも、何か別の意味合いがあるように感じられるのです。」

そう言って、ロベルタは俺の目を見てくる。
まぁ、確かに『我が騎士』そこに込められた意味合いは、
ディルムッド・オディナという彼の本当の名前を乗せて呼んでいる。
そして、その存在が一体どういったものか、その成り立ちがなんなのか、
それに関しては1度学生時代に考察した事があった。

まぁ、でた結果はこの世界にあるディルムッド・オディナの遺品に、この世界の魔方陣と魔法。
そして最後にこの世界の呪文を唱えればこの世界に根ざした彼の魂が呼び出されたのかも知れないが、
俺は最後の最後、彼を呼び出す呪文を全く別のもので代用した。
それゆえに、今ここに存在するディルムッド・オディナはこの世界に根ざしたものではなく、別の世界の知識をもった存在となった。
仮に、この世界の彼が召喚出来ていたとするならば、人の姿にはなれないものの、
気やもしかすれば咸卦法までマスターした状態の彼が出てきたのかもしれない。
仮にそれが成功していれば彼は槍ではなく、人形ボディに見合った彼の持つ双剣を持って戦場を駆け巡っていただろう。

「まぁ、お前の言っている事は正しいよ。
 私はチャチャゼロに入れる魂を召還して、それの持つ本来の名を私が許可する以外名乗る事を禁じた。
 ゆえに、私がチャチャゼロの事を『我が騎士』と呼ぶ時には、その言葉にヤツの本来の名を込めて呼んでいる。
 それに、多少ヤツの魂も特殊でな、それが原因で人の姿になれると思っておいてくれ。」

そう答えると、ロベルタはスッと目をとして一呼吸置いて目を開き、

「チャチャゼロさんの本当の名を聞いても?」

私がそう聞けば、お嬢様は首を左右に振りながら、

「すまないが、それは出来ない。
 これだけは誰であろう、どんなに信頼していようと出来ない何せ・・・・、」

そこまで話した後一旦言葉を区切り、

「私とアイツとの絆だからな。」

そう言われて二カッと綺麗に笑われました。
その姿を見て思うのは、そこまで信頼し会える中が羨ましいという事と、
それと同時によりチャチャゼロさんの本来の名が気になるという事です。

「お嬢様、私もこれから長くお嬢様達といる事になります。
 その間に私が名を看破してしまった場合はどうすれば宜しいでしょうか?」

そう聞くと少し考え込まれた後、

「看破する可能性は大いにある。
 だが、それが出来たからといってそれを口に出さず、
 できれば心の内に秘めておいてくれると助かる。」

そう言って静かに微笑んでいらっしゃいます。
戦場に立つお嬢様の背はその姿は小さくとも、大きく見えます。
しかし、一旦そこを離れてしまえば、独占欲の強い見た目どおりの少女と言うことでしょうか。
まぁ、チャチャゼロさんの本来の名にどういった意味があるのかは分かりませんが、

「お嬢様がそう望まれるのでしたら従います。」

その返答にお嬢様が口を開き、
声を出そうかとした時に背後から別の声が聞こえました。

「そうしてくれると俺も助かる。何せ、エヴァは強欲だからな。
 下手な事をしないに限る。」

そう声のした方を見れば、片腕の壊れたチャチャゼロさんが飛んでいます。
一体何処から私とお嬢様の話を聞いていたのかは分かりませんが、起きてこられたようですね。

「あぁ、起きたか。
 それぞれそろった所で、私も含め今回はよく生き延びてくれた。
 あんな誰が死んでもおかしくない様な状況を生き延びた事を私は嬉しく思う。」

そういいながら、お嬢様はイスから立ち上がりチャチャゼロさんに歩み寄り、
腕の無い方の肩をなでながら、

「今回は私が至らないばかりに迷惑をかけた、ありがとう。」

そういいながら微笑んでいらっしゃいます。
そして、その顔を見るチャチャゼロさんも誇らしげに、

「なに、俺は君だけの騎士で、君の期待に答えると言う当然の事をしたまでさ。」

私は彼にとって報酬がなんなのか、
ただ呼び出されただけで、何故そこまでお嬢様に付き従うのかは分かりません。
私の中の別の私があのお2人を観測した時はすでに、お2人でいらっしゃいました。
あの方達が私に出会うまで、一体どういった道のりを歩んできたのかは知りませんが、
それでも、その私と出会うまでの間に会った時間と言うのは、あのお2人が今のお2人に繋がるまでの大切なものなのでしょう。
その時間を共有できないのは何だか寂しい気もしますが、それならそれでこれから続く長いたびでそれを補うとしましょう。

「よし、チャチャゼロも起きて来たし、先ずは腕の修理から始めるとしよう。
 ロベルタ、必要な物の準備を頼む、私の方は研究室に行って先に腕を見るとしよう。」

そう俺が言うと、ロベルタは、

「分かりました、研究室でしばしお待ちを。」

そう言ってお互いに書斎の前で別れた。
さてと、先ずは修理である。
と、いっても別段必要なものは無く、しいてあげるなら俺の血と木材、
後はその木材を削ったり磨いたりするナイフやヤスリなんかか。
実際問題チャチャゼロボディの修理と言うのは過去に一度、
アリアドネーからヘカテスに逃げる間に壊れた足をやったきりなので、今回は気合を入れて全身整備もしたい所。
ついでに言えば、ドクロたちから殺人事件に出くわしそうなカラクリ人形も頂いたので、
球体間接じゃないにしろ、人形作りの参考にはなっている。

まぁ、それが無かったらチャチャゼロボディを作るのに必要な知識は、
ガンプラを作った時に見た物をイメージして作らないといけないので、
間接の可動域なんかが狭まっていた可能性がある。
ついでに言えば、リヴァイヴァ遺跡で手に入れたオドラデクエンジェルのボディは、
まんま骨格模型に人の臓器を詰め込んだような物なので人形作りにはどうにも転送させづらい。
ちなみに、このボディをロベルタに見せた所、

「こんなポンコツが最後まで動いていたとは・・・・。」

と、そんな事をもらしたので、詳しく聞いてみると、
実際はこのボディ全体にもう少し補強パーツが付いていたらしい。
まぁ、そう聞いても中々イメージが湧かなかったのでイラストでおこして貰うと、シリウスの痕チックなボディが出てきた。
うぅーむ、実はどっかに変な石とか入っていないよな?
まぁ、石だけなら賢者の石がすでに搭載されていたわけだがなんとも。
と、思考が変な方に飛んだな、今すべき事は先ず修理だし、
もうすでに研究室に着いているので後はロベルタ待ち、魔法薬を吸いながらそう思っていると、

「準備できました。」

と、言いながらロベルタが道具一式と、ティーポットとカップを乗せたワゴンを押してきた。
さてと準備もできた事だし、

「先ずはそこのベッドに上がって服を全部脱いでくれ。」

そう言うと、ディルムッドはベッドに登りいそいそとメイド服を脱ぎだした。
そして、全部服を脱いだ後、

「チャチャゼロさんが全裸ですね。」

「全裸だな。」

「ちっこいですね。」

「小さいな。」

ロベルタが言うので相槌を打っていたが、
それを聞いたディルムッドが居心地が悪そうに、

「君達、何だか悪意を感じるんだが?」

まぁ、裸だの小さいだの言われれば居心地も悪いか。

「いやすまん、悪意があった訳じゃないんだ。
 さてと、ロベルタは全身の採寸とその数値を紙にまとめてくれ、
 私の方は腕の接続部と他におかしい所がないか見て回る。チャチャゼロの方も自己申告頼むぞ。」

そう言うと、ディルムッドがすぐに口を開き、

「右腕の方も動きが悪い、たぶん間接の何処かが痛んでいるんだろう。」

そう言ったので、とりあえずは壊れた左腕を見てから右腕を見ることにして健診開始。
そうして見て回れば、左腕は完全大破なので二の腕からの作り出し、右腕の方も肘間接部分が磨り減っているので、
その部分を交換、更には両羽の軸の部分や、後は股関節部分も少々磨り減っている。
まぁ、総合的に見て十数年でこれなのだから、ボディないし間接部分を強化しないといけないな。
そんな事を思いながら、キセルを咥え修理箇所を紙に書き込み、
腕の削り出しをロベルタと分担してやっているとディルムッドが口を開いた。

「なぁ、エヴァ、今回の戦闘で闇みたいなのを纏っていたが、アレは何なんだ?」

「あぁ、アレは『闇の魔法』だ。」

削りながら答えると、ディルムッドは首を捻りながら、

「一体どういうものなんだ?」

「それは私も興味があります、
 今まで見たことが無いような魔法ですが、なにが出来るのです?」

そう、一緒に削りだしていたロベルタも口を挟んできた。
さて、どういった物かか、実際ネギまの説明を読んでいても、それが地味に理解出来ない俺なのだが、
それを実践すると少なからず分かる物がある、なので今思えば、最初の頃にいきなり闇の魔法の練習として、
自身の中に攻撃魔法を突っ込もうとしたのがどれだけ馬鹿な事だかよく分かるし、その結果で自身の体が四散したのもいい経験だ。

「まぁ、先ずはこれを見てくれ。」

そう言って取り寄せるのは書斎にある魔法学校時代から、書き溜めている紙の束。
それを邪魔にならないようベッドの脇に広げれば、それを二人が興味深げに見ている。

「この図形の書かれた紙が闇の魔法なのか?」

そうディルムッドが声を上げる。

「そうでもあるし、そうではない。
 その図形は、いわば魔法を考える上での理論的なものだ。
 魔法使いが、精神力を必要とする根底には、魔力を使う他にイマジネーションなんかも必要になってくる。
 そして、そのイマジネーションを図に表した場合、私の中ではその図形たちがしっくり来たという事だ。
 ついでに言えば、魔法は学問であり、ちゃんと法則もある。」

そう言うと、ディルムッドと一緒になって見ていたロベルタが、

「これの説明をお願いできますか。」

そう削りながら聞いてきた。
とりあえずは、これからか。

「まぁ、かまわんが、先ずはその四つの丸を繋いで四角になった物、これらの丸にはそれぞれ、地、火、風、水、
 と言うものが入り人間が一番使いやすいもので、人間から見た世界となる。」

そう言って、丸の中に文字を書き込んでいると、
ディルムッドが、

「人間から見た世界?」

そう言って小首をかしげ、ロベルタの方は、何となく理解したのか他の図形を見ている。

「あぁ、この4つはまんま人が人として成り立つ要因、いわば人と獣の差だよ。
 人は手を使い火を手に入れて人となりえた。火と言うのは物に作用する上での意味合いが大きい、
 例えば、火以外の3つを氷と水と雲、いわば個体、液体、気体に置き換えるとその変化をもたらすのが火となる。
 実際魔法学校の初期練習も火よ灯れだしな。いわば、火と他の3つはそれぞれが人が初期より扱い続けたもの。
 魔法を使わずとも人が手に入れられるもの、ゆえに人から見た世界となる。」

そう言って、キセルで魔法薬を吸い煙を吐く。

「では、お嬢様コチラの星型の物はなんなのです?」

そういいながら、各頂点に丸の書かれた五芒星の書かれた紙を見せてくる。

「これの丸に入るのは、水、金、地、火、木となる。ちなみに、これの視点は世界から見た物。
 まぁ、分かりづらいなら、金の意味合いは金属だが、雷に置き換えてもいい。
 そして、さっきの四角もだが、これらは互いに作用しながら成り立つ。
 元来、雷と言うのは人の持ち物ではなく、天より飛来する物、いわば神の持ち物だった。
 それに、他の4つはイメージしやすいが、雷と一言で言っても形が無いからイメージしづらいしな。

 後、木は生命的なものかもしくは風、この循環の枠組みだと人や動物はここら辺に入るが、回り続けているのでここだけではない。
 人のサイクルに当てはめるなら、人が生まれる木、大きくなるための水、畑を耕す火、その畑から出てくる金、
 そして、人が死んでかえる地。そういった循環であり、また、これらは互いが作用する。
 ちなみに、雷を金でもいいと言ったのは、雷は金属に集まりやすいからだし、
 木に風、もしくは人を置いたのは、この循環の中を回るスピードが一番早く、生命の象徴としやすい物だからだ。」

そこまで言って、ティーカップを取るとロベルタがコーヒーを注いでくれたので、
それで口を湿らキセルに新しい魔法薬をセットして火をつけた後、各パーツの出来具合を見て錬金術を施しながら残りの説明に入る。

「後の2つ、丸に波線が入り黒い方に小さな白い丸が、白い方に小さな黒い丸が打ってある図、
 それは世界だと思ってくれていい。」

そう言うと、2人ともポカンとしながら、

「これが世界?」

「やけに大きくなりましたねお嬢様。」

まぁ、大きいといえば大きいが、
魔力の出所、つまりは森羅万象を突き詰めるならやはりこの形となる。
そう思いながら、自身の手を切って各パーツに血をしみこませる。
足の時もそうだったが、パーツに血がついていないと動かなくなるらしい。

「意味合い的なものだよ。万物の基本は流転する事、つまりは停滞は無く常に動き回り続けているという事だ。
 黒い方には死、混沌、破壊、闇、水、女性なんかが入り、白い方には生、秩序、再生、光、火、男なんかが入る。
 これらどちらかが無いと発生しない物であり、片方だけでは存在し得ない物。
 つまりは、世界が世界として成り立つために最低限必要なものかな。」

そう言うと、ディルムッドがスッと口を開き、

「正義と悪は入らないのか?」

ふむ、それはさっきの話なら考えそうな事だが、
そう思いながら、血の付いたパーツをチャチャゼロボディに組み込んでいく。

「世界にとっては正義も悪も必要ない。必要とするのは人間だけだよ。
 正義の反対は別の正義だし、悪の反対は別の悪。いわば、これは同じ物であり人の視点の違いだ。
 私達を襲う人間にとって、私達は悪だ。それは強大な力があり、いつ襲い掛かるとも分からず、更には、知恵があり向上心があるうえ死なない。
 それは人と言う種にとっては害以外生まない。しかし、私達にとっては襲ってくる人間は悪だ。
 いきなり斬りかかり、或いは魔法をぶつけ殺そうとする。そんな物は私達にとって悪でしかない。
 そうなると、互いの正義が生まれ、互いの悪が生まれる。結局正義も悪もないんだよ。だから、世界と言う枠組みに入らない。
 言ってみれば、お前と指チュパジジイみたいなものだよ。」

そう言うと、ロベルタが、

「指チュパジジイですか?」

そう言って小首をかしげている。
まぁ、それは知識が無いと誰だかわからないだろうが、
ディルムッドの方は誰だかわかったのかとても嫌そうな顔をしながら、

「アレが正義とはいえないが、今の話をするならそうなるのか。
 ・・・・、そう言えば、エヴァはあの後彼女がどうなったか知っているのか?」

うっ、薮蛇だ。
これは間違いなく薮蛇だ。
うっかり口が滑ったなんて物じゃない。

「私はお前に味方するがな、それより先に闇の魔法の事をだな・・・。」

そう言うと、ディルムッドは俺の目をジッと見ながら物々しく口を開いた。

「知っているなら教えてくれないか。あの後彼女がどうなったか。
 俺が死んだ後、彼女が苦労しなかったが心配でならない。」

うっ、そう言われると更に言いづらい。
無知は罪だが、有知は大罪なのかも知れない。
せめてディルムッドがフィンをブチ殺すとか、
次ぎ会ったら串刺しにするとか言うのなら話してもいいのだが、グラーニャについて聞かれると非常に言いづらい。
そう思っていてもディルムッドは俺の事を見てくる。
さてはてどうするか・・・・。

「チャチャゼロ・・・、1つ聞くが、お前は恨み深い方か?」

最後のパーツを取り付けてそう聞けば、
ディルムッドは腕なんかの調子を確かめながら、

「そこまで深い方ではないと思うが・・・・、何があった?」

そう聞き、ロベルタの方は興味深そうに、

「お嬢様、もったいぶるのはよくありませんよ。」

そう聞いてくる。
このまま話さない方がいいんだがなんだろう、今話さないと後々酷い事になりそうだ。
・・・・、はぁ、話したくないなこの事実。

「・・・、とりあえず落ち着いてよく聞けよ。」

そう言うと、ディルムッドもロベルタも1度姿勢を正して俺の方を見てくる。

「指チュパジジイと再婚した。」

そう言うと、一瞬ディルムッドが無表情になり、
その後、人の姿になって俺の両肩を掴み、とても綺麗に微笑みながら、

「よく聞こえなかったんだが、もう1度お願いしても?」

そういう割には、しっかり俺の両肩に指がガッチリ食い込んで痛いのだが、
それよりも何よりも、同じ目線の高さで目を合わせて微笑んでいるディルムッドの方がムチャクチャ怖い。
笑っている顔は威嚇だとシグルイで言っていたが、それをリアル体験するとは・・・、洒落にならんほど怖い。
出来れば今すぐ逃げ出したいが、肩をホールドされているのでそれもかなわない。
うぅ、薮蛇どころか、藪を突いたら眠れる獅子が出てきた。

「とりあえず、痛い!それと、彼女お前の死後指チュパジジイに口説き落とされた以上!」

そう言うと、ディルムッドはにこりとした笑顔で「ケケケ・・・」と笑い声を上げながらそのまま部屋を出て行き、
そして、外から、

「あんの腐れ外道!!!!次ぎ会ったら目障りな親指千切って槍でブチ殺してやるからな!!!!
 大体、戦場でも、何処でも親指をチュパチュパと最初から気に食わなかったんだあの腐れジジイがぁーーーーー!!!!!!!
 俺の顔の事知っておきながら、わざわざ女の迎えなんて行かせるなコンチクショウが!!!!!!」

優しい人を怒らせると怖い、それは怒り方を知らないから、
つまりは何処まですればいいのか怒る度合いもしくは、叩いたりする度合いが分からないから。
いまだ外で叫んでいるディルムッドをみてふっとそう思い浮かんだ。
まぁ、そんな中でもグラーニャへの恨みを言わないのは彼の人間性なのだろう。
そう思っていると、ロベルタが、

「今ならチャチャゼロさんに物凄く優しくなれそうな気がします。」

「奇遇だな、私も今ならアイツの言う事を何でもきいてやれる気がする。」

そう言って、お互い顔を見合わせた後、ディルムッドの出て行った扉をしばし眺めていると、
ディルムッドがやさぐれた顔をしながら戻ってきて、

「もう恋なんてしない絶対に。」

そういいながら意気消沈している。

「と、とりあえず私の体なら好きにしていいからな、元気出せよ。」

「私も出来る限りの事はしますので言って下さいチャチャゼロさん。」

そう言うと、ディルムッドは溜息を1つついて、

「同情ならいいよ、彼女も生きるために仕方なかったんだ・・・・・、と思いたい。
 後、何かしてくれるならエヴァは耳を触り放題、ロベルタはとりあえずコーヒーをくれ。
 そうすれば・・・・、少しは気もまぎれる。」

遠い目をしながらそう言われて、ロベルタは新しいコーヒーを、俺は薬を飲んで尻尾と耳をつけて、
すぐさま研究室にもどり、今はディルムッドの膝の上にチョンと座って耳を触られているのだがなんとも。
これは、苛立っている時に柔らかい物をニギニギしていると落ち着くというやつだろうか?
まぁ、俺が下手に突いた所為でこうなったんだから文句なんていわないが。
そう思っていると、ディルムッドが、

「そういえば、話の続きはどうなったんだ?」

そう聞いてきた。
まぁ、あんな後だから進んでる訳も無いんだが、

「とりあえず、この黒と白の意味合い的なものまでは説明したか。
 ちなみに、これが闇の魔法もしくは咸卦法のルーツだと思ってくれていい。
 咸卦法の場合は弾き合う2つを融合させて1つの力とする。しかし、闇の魔法は違う。
 なにが違うのかといえば前提条件に強大な魔力がある事、これは気を一切使わない強化魔法であるため。
 次にその魔力、言わば闇を飲み込む器を作る。そして、その器に闇を入れて融合する。
 言わば、魔と言う物を最大限使った魔法だと思ってくれればいい。まぁ、まだ最終完成には至りきれていないわけだが。」

そこまで話すと、ロベルタが不思議そうに、

「しかし、それなら先ほどの白と黒のマークは必要ないのでは?」

そう聞いてくる、

「いやいる、この魔法は酷く女性的でそれでいて酷く男性的なんだよ。
 さっきも言ったとおり、この魔法は攻撃魔法を取り込む。それも強化魔法と言う肉体レベルではなく、霊体のレベルで。
 それは1つの死であり、そこから生まれる力は生に繋がる、生と死の体現のようなものだ。
 それに、これの完成形は他人からの攻撃、言わば死を自身で受け入れてそこから新たな力つまり生を生み出す。
 それゆえに、死と生を、破壊と再生を、混沌と秩序を、男と女をそれぞれを司る物のシンボルとしている。

 それに、この魔法の完成形を話したとおり、この魔法の完成形は相手の力を利用するものであって、
 自身の力だけでは多少心とも無い。何せ、自身に魔力を撃ち込んだ上で自身の魔力を取り込む。
 それはたんに自分の魔力を自分に上乗せしているだけだろ?最終的に言えば、この魔法は完成してこそ本来の意味合いがでるものだよ。」

そう言うと、ロベルタは少々首をかしげながら納得してくれた。
まぁ、自身で言うのもなんだが最終的な理論の固めとしてはまだ甘い。
それに、この理論事態もまだ改善の余地がある。
まぁ、それでもコツコツとやって行くしかないのだがな。

そう思っていると、ディルムッドが最後の図形を手にとって見ながら、

「これは今までに無くシンプルだな、これにも意味合いが?」

そう言って出してきたのは単純に丸が2つの二重丸。

「あぁ、ある。簡単に言えば、内側が自分で外側が他人。そういった意味合いだ。
 ただ、これは意味合いが広すぎる。中の円は内世界、外の円を外世界と考えてもいいし、
 今ここにいる皆とそれを包み込む空間、いわば互いを観測するものとでも思ってくれ。」

そう言うと、2人ともそれを興味深そうに眺めだした。
とりあえずは、なんだかんだでまた忙しい一日だったという所か。
そう思い、ディルムッドの膝の上に座っているとク~ッっと腹がなった。
思い起こせば今の今までほとんど物を口にしていない。
そう思っていると、

「チャチャゼロさん、お嬢様が空腹を訴えておりますので今日はこの辺でお開きにしましょう。」

ロベルタがそう言い、

「そうだな、俺も腹が減ってきたよ。」

そう言って、ディルムッドが俺のことをヒョイと人形のように持ち上げ、
そのまま食堂まで行き食事となった。





[10094] 幕間その3 曰く、チョーカッコいい男
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/10/29 02:12
幕間その3 曰く、チョーカッコいい男






アリアドネーからオスティアへ彼が研究員として派遣された後、
この研究室は静かになった。

「ハニー、無視しないで下さい。」

今も何か聞こえているが、きっとこれは幻聴だろう。

「マイハニー、愛おしい私は目の前にいますよ?」

幻聴がして、目の前を手のようなものがヒラヒラする幻覚も見れるが、
彼がここにいるはずが無い。
なにせ、彼の派遣期間はまだ3ヵ月ほど残っている。
そんな状況で彼がここに居る訳も無ければ、
何だか大変な事になっているオスティアから出れる訳が無い。

「所長、私、今からハニーと結婚するんで立会人お願いします。」

幻聴がそう言っても、所長が答えるはず・・・・、

「あぁ、おめでとうクーネ君。子供が出来たらあわせておくれ。」

「するかボケェ!!なんでお前がここにいる!派遣期間も残っていて、
 おまけにオスティアは国が焼けて大変な事になっているんだろう!!」

答えるはず無い。
と、思っていた所長はとても穏やかな顔で後輩のクーネの寝言を承諾し、
幻聴だと思いその場にいないように扱っていたクーネがここにいる。
ヘカテスから帰ってここに直行したのか、着ているのは白衣ではなく、
ローブと杖、それにカバンを横に置いている。
そして、何時ものように、綺麗な顔に綺麗に微笑を浮かべて口を開く。

「いいじゃないですかマイハニー、私と貴女はいずれ運命に導かれ1つになるのですから。」

そう言うと、彼女は疲れたように『はぁ・・・』と思いため息をつき口を開いた。

「とりあえず、私はハニーなんていう甘ったるい名前ではない。」

そう言うと、クーネは首をすくめ手の平を上にして、
やれやれといった感じに、

「いいじゃないですか、シュガー甘ったるい・イマさん。元からそんなに甘そうな名前なんですから。」

そう私が言うと、彼女は机に突っ伏して顔を私から背け、

「なら、イマさんと他人行儀にヨソヨソしく、更に筆談でコミュニケーションをとってくれないか?」

「ふむ、と、言う事はイマさんは私から随時ラブレターを送って欲しいんですね?」

そう言うと、がばっと起き上がって机を両手でバンと叩きながら、

「なんで筆談からラブコールに発展する!!」

ふむ、私はラブコールと言った覚えは無いのですが、まぁ、しいて言うなら、

「マイハニーへの溢れ出る気持ちを書けば、それはたちまち全てラブレターになりますよ。」

そう、キザったらしく髪を書き上げた後、所長と話し出した。
はぁ、私、シュガー・イマとクーネ・フィリウスがであったのは数年前。
私がこの研究室に勤めだして4年が経ち、そろそろ部下を雇ってはどうかと言われた時に、所長の勧めでクーネと出会う。
ただ、断言できるのは出会った当初のクーネはこんな変な性格ではなく、
どちらかと言うと物静かで、当初はこことは別の部署に居たが、そこでは浮いた存在だった。

そこに興味を覚え、所長に聞いたところ、このクーネと言う男は真祖と同じ学び舎で学び、
更にはそこで、真祖の追っかけをやっていたと言う事で、出会った当初はその部署で浮いた存在となっていた。
ただ、それでも彼は初めて話した時も今のような微笑を顔に浮べ穏やかに話していた。
そして、私はその人格と、今まで彼がやっていた研究、そして一番の決めてはもう薄れているだろうが真祖との繋がりが在った事。
これらを鑑みて彼を部下として私の元に引き抜いた。

私達がやっている研究と言うのは御伽噺の調査。
いわば、もしかすれば何処かにあるかも知れない別の世界のへと繋がる扉。
それについて研究しているのだが、どうも今のところ成果は芳しくないし、
事実、在るのか無いのか、それすらもはっきりしない事を研究しているこの部署の研究資金も芳しくは無い。
だが、それでも遺跡調査をすれば別の世界との繋がりを暗示するような物が出てくるので、この部署はなくならない。
なので、最終的にこの部署の位置づけは、各国への派遣員への同行を行っての技術調査と、
その合間での遺跡や歴史物の調査となっている。

そして、そんな中で真祖と言うモノの位置づけは非常に微妙な立場にある。
はっきり言ってしまえば、生きた化石だと言っても遜色は無い。
なにせ、真祖自体、どうやって生まれ何処に消えていったのか、
何のために存在し、誰がその生を願ったのか。
そういったモノは全て霧の中だ。
事実、今の真祖が表れるまで真祖も御伽噺の産物だと思われていた。

だが、その御伽噺は皮肉にも真祖自身の手で、その存在が御伽噺で無い事を証明される。
出現当初は研究員の誰しもがその存在を疑い、盛り上がっていたのは賞金稼ぎ達だった。
だが、それも賞金稼ぎ達の報告で疑いも晴れる。
そして、今のクーネの価値と言うのは研究所では一般研究員とは雲泥の差がある。
事実、本物の真祖と共に学校に通っていた、生きた証言と言うのは各研究で役に立つ、
だが、彼は今も私の部下でいる。

「とりあえず、今の所の口答報告はこれぐらいですね所長。
 あ、後オスティアの姫からの感謝状です。」

そう言いながら、所長と話していた話を切った。
まぁ、そのほとんどがオスティアでの魔法技術の事と、鬼神兵と呼ばれる新兵器の事。
兵器に興味はないので、私はあんまり関心の無い事だ。
そんな事を思って書類整理をしていると、クーネが私の顔を覗き込みながら、

「あぁ、ごめんなさいウサギさん。私が目を話した隙に、こんなに弱ってしまって。
 これからは私の愛の炎で貴女を凍えさせる事はありません。さぁ、私の胸に!」

そう言いながら、私の方に大きく腕を広げて優しい笑顔に熱い眼差しで私を見てくる。
言動がまともなら、彼はとても優秀な研究員だ。
そう、言動がまともなら。

「うるさい、黙れ。あっち行け、どっか行け。」

そう言うと、クーネは少し残念そうな顔をしながら、

「フル拒絶ですね・・・・。個人的にはそんな視線も好きなのですが、
 ではこれは私と所長だけで楽しむとしましょう。」

そう言いながら何かを取り出しクーネが所長の方を見ると、

「あぁ、そうだね。真祖の動画なんて早々見れるものじゃないからね、2人で楽しもうか。」

そう、所長は口の前で手を組み目だけで笑っている。
が、そうじゃない、そうじゃぁない!

「所長、今真祖と聞こえましたが・・・?」

そう言うと、顔はそのままに、

「クーネ君の報告と公式発表では違いがあるそうだよ。
 まぁ、あの国も古いからゴタゴタがいくあっても驚きはしないけが、今回はその典型的なものだろう。
 国が焼け、戦艦が壊れ、それを引き起こしたのが自身の国の兵器で、それを壊したのがクーネ君の報告では真祖。
 オスティアの公式報告はよく出来ているが、現地でその現場を見た人間との証言では現地で見た人間の証言の方が生きている。」

所長がそういい、クーネは目の前で苦笑している。

「クーネ、報告書を今すぐ。
 いや、今すぐ口答で事細かにそして、何処に行ったかを詳細に。」

そう言って、私が身を乗り出していると所長が、

「今日はクーネ君も疲れているから、明日口答で真祖の部分は語ってもらうよ。
 下手に詮索して情報漏えいが起こった場合、一番に口封じされるのはクーネ君だろう。
 なので、一旦ブレイクして明日口答のみで報告をしてもらう。」

そう言われても、知的好奇心が止まらない。
そう思っていると、クーネはいそいそと荷物をまとめ出している。

「クーネ、好き好き大好き愛してる。だから、今夜家に行っても?」

そう言うと、クーネはスッと一筋涙を流しながら、

「あぁ、ようやく、ようやく思いが通じた。
 例えそれが、氷河期のような瞳で抑揚も無く囁かれた言葉だとしても、それの愛の囁きに変わりはない。
 その顔が真顔でも、いつかは太陽のように温かみのある表情に変えて見せます。だから今夜貴女を帰えさない。」

そう言いって、クーネは大急ぎで荷物をまとめて研究室を出て行った。

「くっ、早まったか?」

そういえば、所長がクーネの残した資料に目を通しながら、

「フフフ、いいじゃないかシュガー君。
 若いうちだけだよ、あんなにも人の事を思えるのは。
 実際の所、クーネ君とはどうなんだい?私の私見では顔は申し分なく、身長も高い。
 頭の回転も速ければ、戦闘もそれなりにできる。
 まぁ、あの学校の出身者なら嫌でも戦闘ができるようになるだろうが、優良物件だと思うよ彼は。」

そう、資料を少しずらして片目で私を見てくる。
実際、私はクーネの事が嫌いではない・・・・と、思う。
さっき所長が言ったようにクーネは優良物件だ。
顔もよければ背も高い、頭もよければ行動力もある、ただ少し性格が残念な事に目を瞑れば間違いなく優良だ。
が、そこで思うのは、彼の本心がそうなのかと言うところ。

彼はいつも微笑を顔に貼り付け、その本心は表情からは読み取れない。
あるのは彼の口かる紡がれる愛の囁きと行動のみ。
それに、クーネは個人的に真祖化と言う側面で真祖を今も追っているし、
学生時代に学校で立ち上がった、真祖をどうこうする会の会員でもある。
その事を考えると、どうも彼の行動は私を踏み台ないし、共同研究員として見ているのではないかと思う。
そう考えると、どうも彼を信じきることが出来ない。

まぁ、嫌いではないんだけどな。
そう思っていると、所長がニヤニヤしながら私を見ている。
うっ、地味に居心地が悪い。今下手に口を開くと変な事になりそうなので、話題を変えるのが得策か。

「はぁ、優良物権は認めます。ただ、私には彼の本心を読み取る眼力はありません。
 ・・・・・、そういえば、リヴァイヴァ遺跡の再調査の申請どうなりました?」

そう、苦し紛れに話題を変えれば、所長が別の資料を見ながら、

「あぁ、あそこね。却下されたよ、あんな危ない所を発掘調査する資金は出せないとね。」

その言葉に違和感を覚える。
確か、あそこは概観はボロボロでも、内部はまだ倒壊の気配は無と報告してあったはずだけど?

「発掘ですか?内部調査のはずですけど?」

そう、おずおずと所長に進言すると、
何でもないかのように所長は、

「それが、あの遺跡は完全倒壊してね。だから、内部調査ではなく発掘になるわけだよ。
 どの道、あそこは魔物の巣だから、腕の立つ魔法使いがいるし、あそこへの案内人もいる。
 だが、過去の調査でほとんどが終わってるから、今更発掘する資金は出せないんだと。」

「ちょ!ちょっと待ってくださいよ!!あそこの内部構造まだはっきりしてないじゃないですか!?」

そう言うと、所長も眉をひそめながら、

「あぁ、調査はしたいが金がない。それが実情で、倒壊した所為で地下遺跡の発掘は困難。
 今はあそこから持ち出された当時の資料を洗うしかないね。」

そう言って、所長はまた資料を見出した。
うぅ、あそこは私の研究において重要そうな遺跡だったのに。
はぁ、今日はクーネの所で飲ませてもらおう、と、言うか飲まないとやってられない。
そう思い、まだ近くにいるであろうクーネに念話を送る。

(クーネ、酒の用意。とことん飲むよ。)

(えぇ、良いお酒を用意しましょう。)

これでよしと。
いや~、イマさんが家に来て飲んで行ってくれるとは、今夜こそ本当に本当なんでしょうか?
まぁ、とりあえずは行きつけの酒場で酒の調達から始めるとしましょう。

「マスター、ミルクをクラッシュ・ド・アイスで一杯。
 それと、ワインを5本ほど下さいな。」

そう言うと、マスターはミルクを私の前に置いて、私の顔をニヤニヤしながら見て、

「久しぶりじゃねーかクーネ、今日は誰と飲むんだ?
 またヤロウばかり集まって酒盛りか?」

そう言いながら、ワインを見繕ってくれます。

「フフフ、違いますよ、今日は女性とです。予定では未来の妻ですよ。」

そう言うと、マスターは意地悪そうに、

「予定は未定だもんな、まぁ、頑張れや若造。1本いいのを半額でサービスしといてやる。」

ミルクを飲みながらそんな事を話しいて、ふとカウンターの奥を見ると、
きっちりした服装の髪を後ろでまとめたヤツが辛気臭そうに酒を飲んでいた。
どっかで見た顔だな~っと見ていると、その男が両手でグラスを包んで一言、

「はぁ、どうすりゃいいんだ?」

その声でピンと来たので、そいつの横にグラスを持って移動して声をかける。

「やぁ、アノマ。こんな所で奇遇だな。」

そう言うと、少し赤い顔のアノマは少し顔を上げて、

「あぁ、クーネか。」

そういった後、また酒を飲み始めた。
はぁ、今夜はイマさんと酒盛りだって言うのに、こんなの見たらテンションが上がらない。

「どうした?仕事の悩みか?」

そう聞くと、アノマは静かに口を開いて喋りだした。

「仕事・・・か。いや、仕事は順調とは言わないけどボチボチ。」

ふむ、そういえば卒業してこの方、こいつには会っていなかったが今はなにをしているのだろう?
実際の所、学校卒業者で音信不通のヤツは割りといる。
そして、死んでしまったやつも割といる。
発掘業についてトラップで死んだやつ、賞金稼ぎになって賞金首に殺されたやつ。
その他にも魔法の事故に警備隊で魔獣に食われたやつ。
まぁ、この世界なら良くある事だ。森に入れば魔獣がいて、犯罪者も魔法を使う。
マギステル・マギ。この言葉はあくまで思想であり、いわば公共への呼びかけで、
つまりは、力あるヤツは魔法でも使って人を護らないとすぐ死ぬぞと言う戒め。

まぁ、そんな中でこいつに会えてのも何かの縁だろう。
まぁ、会員の中ではこいつをどうあしらうかで議題に上がったこともあったが、
最終的にはその場の勢いとノリでってなってたし。

「そういえば、君は今なにをやっているんだい?」

そう言うと、アノマはグラスを見つめながら、

「教師だ。」

そう一言話して黙り込んだ。

「ほぅ、君が教師ね、よくなれたもんだ。
 まぁ、それはいいとして、悩みはなんだい?」

そう言うと、アノマは暫く黙った後、物々しく口を開き、

「クーネ、好きな人がいて、その人が他の人を好きになれって言った場合どうしたらいいと思う?」

そう聞いてきて。
が、そんなもの決まっている。

「好きな人がいるなら、他の人なんて好きになれないだろ?
 それなら、その好きな人に振り向いてもらうために色々するが?」

そう言うと、アノマはため息をついて、

「そう出来ればな。が、もしそれが出来ない場合は?
 例えば・・・、そう好きな人が死ぬ間際に他の人を好きになってくれとか言ったら?」

あぁ、それなら簡単だ。

「それなら他の人を好きになる。」

そう言うと、アノマ私の顔を睨みながら、

「何だその不誠実さは。お前のいっている事に愛はあるのか?」

その一言は私でもカチンとくるな。
愛があるのか、そんなもの愛があるからこそ、

「愛があるからこそ、その答えを私は選ぶよ。
 死者は微笑まない、死者は喋らない、死者は共に語らう事もできない。
 そして、その死者が最後に願った願いを・・・・、その死者が私に託した思いを、
 私は少なくとも無駄には出来ない。」

そう睨み返すと、アノマは苦虫を噛み潰したような顔で、

「例えが悪かった。ならば、仮に生きているのに会えないで、何処に居るのか分からず、
 更にはその子が他の人を好きになってくれと言ったら?」

そう、真剣な目で私の事を見てくる。
そこで、1つピンと来たものがある。
確か、アノマは最後の最後にエヴァンジェリンにあった人物。
そして、そのエヴァンジェリンに恋をしていた。
で、割と人を拒絶している雰囲気があったエヴァンジェリンの周りにいた人物。
そして、たぶんアノマはその彼女の事を言っているのだろう。

「人が人を好きになるのに理由は要らない。
 だが、人が自分以外の人を好きになってくれと言うのには理由がある。
 私はそう思うよ。そして、その理由は大抵そいつに幸せになって欲しいからだろ?
 死ぬ間際のやつは生残ったやつの幸せを願い、離れて会えないやつは残された者の幸せを願い。
 そういったものだと私は考えているよ。」

そう言うと、アノマは私から顔をそらしながら、

「綺麗事だな、それにくさい台詞だ。」

そう言って、私の顔を見ない。

「くさい台詞ね・・・、知らないのかいアノマ、くさい台詞って言うのは最高にカッコいいヤツにしか許されない台詞なんだよ。
 何せ、そのくさい台詞を言うのは大抵そいつの本心を言っている時だからね。
 君だって心当たりに1つや2つあるだろう?
 むしろ、私はそのくさい台詞をいえないヤツの方がかっこ悪いし、生きていないと思うよ。
 人は他人にはなりえない、だから、言葉で話し思いを伝える。
 いくら頭で考えていようと、それを言葉にして世界に羽ばたかせないと相手には通じない。
 それに、私はカッコいいからね、くさい台詞をいくら言おうが咎められるいわれは無いよ。」

そう、首をすくめて見せれば、
アノマはグラスに残った酒を一気に飲み席を立ち上がり、

「お前がカッコいいかは別として、言っている意味は分かる。
 ただ・・・、本当にどうすればいいのかは分からない。
 今のまま人を好きになれば相手に不誠実だし、相手もいい気はしない。
 だから・・・・、たぶん俺にはもう少し時間がいるんだろうな。」

そう言ってアノマはテーブルに小銭を置き店を出て行った。
さてはて、死人の恋煩いならぬ生者の恋煩いとは、
一体どう転ぶかは分からないが、またそれも人生か。

「オイ、クーネ。時間だいぶ経ったがいいのか?」

そう言うのは、袋につめた酒を持つマスター。
時間・・・、ヤバイ!
イマさんは額に角が1本生えてるけど、怒るとそれで頭突きしてくるんだよな。

「あぁ、ありがとうマスター、じゃあ行くよ。」

そう言って店を出る。
辺りはまだ夜の灯りは降りていないようで、人通りも多いし、カップルも多い。
さて、家へ急ぎましょうか、掃除もしないといけませんし。


離れた時も側に居る そう言ったのは君だった

今は見えないその顔を思い浮かべるのは罪なのか?

君が居なくなって空いた席には変わりの人が座る

それは空いた隙間を別のモノで埋めるという事なのか?

鳥籠の鳥は空を飛べない 空を羽ばたく鳥は鳥かごには入れない

壁は薄く顔も見える でも それは本当に君を見ているのか?

言葉をいくら投げようが 隣に居ない君には届かない

居なくなった君は今はなにを見てるの?

君の目にも世界は同じように見えてるの?

傷と絆と言葉と羽と 君に残せるモノ 君が残したモノ

それが君の残したものなら 私はそれを全て心にしまおう


流れていたのは流行の曲。
さてはて、心にしまうより吐き出した方が人に伝わるのにね。





[10094] 戦闘or日常さてどっちが疲れるかな第36話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/11/04 14:11
戦闘or日常さてどっちが疲れるかな第36話






さて、食事である。
目の前には美味しそうな料理が並び、そこから立ち上る香りは空腹の腹を刺激する。
料理場の方では、他のメイド達がいまだあくせく働いていて、匂いから察するに他の料理でも作っているのだろう。
さて、何はともあれ食事である。そう、食事で・・・・。

「なぁ、チャチャゼロ。何故私はいまだお前の膝の上に座っている?」

そう、頭を上に向ければ、そこには上から覗き込むディルムッドの顔。
ディルムッドを慰めるために耳と尻尾を生やして、ディルムッドの膝の上に座ったはいいが、
その後、食堂に移動する間は縫い包みの様に持ち運ばれ、その後食卓についても、
いまだディルムッドの膝の上にいるのが現状だったりする。

まぁ、とりあえずこの一連の動作には目を瞑ろう。
いらん藪を突いたのは俺で、その所為でディルムッドはやさぐれたのだから。
が、流石に膝の上に座ったままでは食事もしづらいだろうし、耳がピコピコ目の前で動いていては邪魔だろう。
ついでに言えば、このままでは俺が食事ができない。

「ん?・・・、あぁ、そのまま食事してくれてかまわないよ。
 君が膝の上に居ると、ポカポカして気持ちがいいし、ぷにぷにしてやーらかいから癒される。」

そう言いながら、ちょいちょい近くの料理をつまんでいる。
うぅむ、子供は体温が高いから、その所為でポカポカするのだろうか?
ついでに言えば、別荘を作ってから合気道の型なんかも暇を見つけてやってはいるが、
一向に筋肉はつかずに、全身ぷにぷにのままだったりする。
うん、筋肉つかないってわかってたけどさ、必要ないし。

そんな俺とディルムッドのやり取りを対面で見ていたロベルタが目を細めながら口を開いた。
うん、きっとロベルタなら的確に今の現状のおかしさと、俺が言いたい苦言をディルムッドに伝えてくれるに違いない。
そんな淡い期待を胸に抱いていると、飛び出た言葉は

「チャチャゼロさん、そんな羨まし・・・・、もとい、そんな美味しいポジショ・・・・、
 もとい、お嬢様が迷惑しているではありませんか。」

ロベルタは真顔でディルムッドを見ながら言っているが、地味に本音(?)が駄々漏れである。
きっと今のロベルタの中には別のロベルタが入っているのだろう、
それに、こんな時に言うのであろうこの台詞は。

「ロベルタ、お前もか・・・・。」

ふぅ、どうやら、俺の戦場はいつの間にか日常生活にまで及んでいたらしい。
ついでに言えば、きっと俺の精神力はこれで向上しているのだろう。

「うん、もういい。」

そういじけながら、ディルムッドの膝の上でダルそうに料理をつまんでいると、
ロベルタが俺の方を見ながら、

「お嬢様いじけてはなりません、女の子はエレガントにですよ。」

そう言いながら俺の顔を見て、両拳をグッと握っている。
そうか、なら元気を出さないといけないな。
そう思いながら、空のグラスを差し出し、

「なら葡萄ジュースをくれ。」

そう言うと、ロベルタが『かしこまりました』といいながら、
俺の横を通り過ぎる時にスッと手をかざしたので、俺もそれに合わせるように手を出してハイタッチ。
うぅ~む、今更だがロベルタの不思議度が俺の中で当社比20%ぐらい上がったな。
そんな事を思っていると、頭の上からディルムッドが、

「珍しいな、エヴァが酒ではなくてジュースを飲むなんて。」

そういいながら、料理を咀嚼している。

「まぁ、な。でも、出て来るのはたぶんワインだろう。」

そう年代物の葡萄ジュースの事を思いながら、ディルムッドの膝の上で料理をつまむ。
そうして食事をしていて、ディルムッドが遠くの料理を取る時に思った事があるのだが、
今ディルムッドは料理をナイフとフォークで食べている。
だが、普段は箸を使って食べているし、本人も箸の方がなれると便利だといって箸で食べている。
そして、今俺はディルムッドの対面で食事をせずに膝の上で食事をしている。
つまりは、彼の手を見る機会は彼が料理を取る時以外ない。
そんな事を思いながら、頭上のディルムッドの顔を見るが、本人はそ知らぬ顔で食事をしている。

「チャチャゼロ、何か隠してないか?」

そう聞くと、一瞬目を逸らしたが、その後もジーっと膝の上からディルムッドの顔を見ていると、
両手を挙げ、バツの悪そうな顔で、

「指の動きが少し悪くてな、ただそれだけだよ。
 たぶん、動かしていればすぐ元通りになるし、前の足の時もそうだった。」

そう言いながら料理を食べだした。
はぁ、そうならそうと言ってくれれば、食べさせるのも吝かではない。
それに、今回の一番の功労者で、名誉の負傷を負ったディルムッドにそれぐらいしても罰は当たらない。
そう思い、近くにあった料理を箸でつまんで、

「ホレ、口をあけろ。」

そう言いながら体をよじって、箸をディルムッドの口の近くまで持っていく。
そうそると、ディルムッドは一瞬迷ったのか料理を前に硬直した後、ゆっくりと口を開いて料理を食べた。
そして、飲み込んだ後、

「1人で食べれるから、君の手を煩わせるほどでもないさ。
 ついでに、もし俺にも子供がいればこんな感じだったのかな?」

そういいながら微笑んでる。
そして、『そうか』と言葉を吐く前に、

「なら、僭越ながら私がその役目を引き継ぎましょう。」

そう言って、ロベルタはワインを俺のグラスに注いだ後、
両手にフォークを持ち、ヒュン!ヒュン!と音が聞こえそうな速度でステップを踏みながらフォークを突き出している。
ふむ、あの速度で突けるなら十分に接近戦もこなせるな。
そんな事を思いながら、注がれたワインを飲んでいると、

「チャチャゼロさん、準備できました。存分に喰らって下さい!」

そう言いながら、ロベルタの料理を刺した閃光が如きフォークがディルムッドの顔を突き、
それと同時に『ガチッ!』と歯で鉄を噛んだ音がする。
その後数閃、煌きと鉄を噛んだ音がして、

「どうですかチャチャゼロさん、料理のお味は?」

そう、静々と聞くロベルタに、

「いや、美味いよ。ただ、もう少しゆっくり味わいたいな。」

そう言って、ツーっと冷や汗をたらしながらディルムッドは自身の手で料理を食べだし、
俺もロベルタからワインを注いでもらい食を進め妙に疲れる晩餐は終了となった。

そして、それから数日。

ディルムッドの方は槍を振るったり、体を動かしたりしながら体調を整え、
ロベルタの方は物の整理をしながら錬金術の研究を一緒に進めている。
まぁ、今回の事で分かった事と言うか、もとより、ロベルタの単独行動が出来ないというのはネックになる。
なので、今の時間を利用して研究しているのだが、行き詰っているのが現状。
オリハルコンはまぁ、現物であるボディがあるからまだいい。

ホムンクルスもまぁ、人工精霊関連から技術を進めれば代用はどうにかなりそうである。
が、あとの二つ。すなわち賢者の石と、エリクサーについてはどうもわからない。
エリクサーについては、大酒の飲みガイコツから採取した物が有るには有るにだが、
どういう物質なのかは今1つわからない。

更に言えば、賢者の石に関しては構造不明。
ついでに言えば、ロベルタ自身はこの4つの造り方を知らないらしい。
まぁ、知っていればいいなぁと言う淡い期待だったので、あまりがっかりはしないし、
知っていたら知っていたで、あの閉じ込められていたヤツが如く、人に反旗を翻していたかも知れない。
まぁ、今となっては昔の事なので詳細はロベルタに聞くしかない。
さて、それならどうやって彼女を完成させるか。

一番手っ取り早いのは、アルケミストを探し出して聞くのが早いのだが、
今はもう新世界にはいないし、錬金術は廃れている。
ならば、どうするか?
そう考えた時に、ならば、錬金術が今はやっている。
もしくは、今から流行しそうな所にいけばどうにかならない?
そう思った時にとある人物の名前が浮ぶ。

彼は医者であり、化学者であり、アゾット剣を持った錬金術師と言われれば思い浮かぶ人物。
その名はホーエンハイム、もしくはパラケルススという。
実際この人物はドイツに住んでいるので、今会いに行けばまだ間に合う。
ついでに言えば、時代的に会っておきたい旧世界の偉人としてはダヴィンチに、その競い相手のミケランジェロ。
それにダヴィンチは裏では錬金術もやっていたから、何かしらの手がかりになるかもしれないし、
絵の一枚でも書いてもらいたい。ついでに、ミケランジェロには城の設計図でもひいて貰おうかな。

そう計画を立てるものの、旧世界へは中々行きたいと思えないのが今の旧世界の現状。
まぁ、旧世界、今は中世と呼ばれる頃で魔女狩りなんかをやっている。
ついでに言えば、俺の持っている中世のイメージだと、淫靡で仄暗く、サディスティックな貴族主義で、
昼と夜の境、つまりは夕暮れ時のか持ち出す曖昧さを内包した時代だと思う。
そんな中を歩くなら知識が要ると、頭を整理してみて使えそうなのがエヴァのモノとゲスのモノ、
後は生前の学生時代に勉強したモノに桐生操先生の著書。
そして、萌え萌え辞典シリーズに、伝説の武器やら幻想獣を扱った著書。

そう考えるとボチボチ知識はある。
ただ、旧世界の伝説の魔獣なんかは、新世界から間違って旧世界に行った魔獣がそのまま伝説として残されていそうなんだよな。
まぁ、それは旧世界で対峙した時に考えるとして、他は魔法使いが本当にいるか?
それについては俺の体が居る事を証明しているので居る、これは間違いない。
間違いないが時代が悪い。
現在進行形で魔女狩りをしている旧世界に行けば、変に疑われただけで捕まって拷問、
その後は火刑で灰にとデスコンボが繋がる。
まぁ、今の現状なら捕まった所で力づくで脱出できるから問題はない。

ただ一番の問題とすれば、歴史化異変が起きないかと言うところか。
知識があって、改変するだけの財力も力もある。
そうなると、色々いじくってみたいと思わない事なのだが、とりあえずは自重しよう。
仮に、戦国の世で信長辺りを生存させて天下を取らせると、
先ず起きそうな事と言えば、海外貿易の早期発展。
つまりは、新しいもの大好きな信長は家康のように鎖国しない。
だから、その時の技術力は上がる。

が、時が進んで第一次、第二次世界大戦の頃、もしくは、これが起きないなんていう最悪の事態になりかねない。
少なくとも、戦争は反対だが、その戦争の中で生まれた技術と言うのは事のほか多い。
簡単な例を挙げるならレントゲンや新薬類、航空兵器技術の転用で生まれた航空機類そして原子力。
これらが生まれないという事は、トータルして技術力が下がる。
そうなると、俺の知っている時代での風景が、2,3世代前の風景になりかねない。
少なくとも、そんな事態になってもらっては困る。
だから、できる限り歴史改変しそうな事はしない。

まぁ、抜け道として改変できそうな歴史といえば、オカルトに特化したものなら、ある程度は好き勝手できる。
何故かと問われれば、それは既にあやふやな歴史として伝わっているもので、ある程度改変しようが、
そのあやふやなまま歴史として刻まれる。
それに、その事実が荒唐無稽なら、尚更現代人はその事実を信じない。
だからこそ、変えやすいしリスクが少ない。
ジャンヌを助けた時に人として助ければ、それこそ歴史的なスキャンダルだっただろうが、
あの時は天使として彼女を助けたし、身代わりも燃やした。
故に、あの出来事は諸兄は正史に刻まれるが、天使は戯曲や演劇といった芸能の方が吸収してくれるだろう。

後、時間軸のズレも新世界と旧世界はほとんど無い。
まぁ、多少はあるかも知れないが、年単位で違うと言う事はない。
それは、既に新世界と旧世界の年号が違う事、星の面積が違う所為で日の出から日の入りまでの時間が違う事、
後は、テオドラの歳なんかも後押しされる。
彼女は自身を三十路といったが、人間換算だと十代となるらしい。
それが肉体年齢なのか、新世界の時間経過を旧世界に当てはめたものなのかは微妙な所だが、
自身が体験した所ではそこまでの大きな違いはない。

と、ここまで纏めてみると、一旦旧世界に戻った方が得策なのかもしれない。
事実として今は新世界で逃亡しながら研究するよりも、旧世界で研究した方がいいし、
更にいえば、今でしかあえない人物もいるので、この際旧世界に戻るとしよう。
そう思い、念話でディルムッドとロベルタを書斎に呼び寄せる。

(チャチャゼロ、ロベルタ話がある。書斎まで来てくれ。)

そして来た2人、まぁ、先ず聞く事と言えば、

「2人とも、記憶力に自身はあるか?」

そう聞くと、

「私の場合聞いた事見た事は忘れません。
 私の場、合記憶媒体である賢者の石が攻撃を受けない限り半永久的に記憶し続ける事が出来ます。」

と、ロベルタは答え、ディルムッドの方は、

「ん~、人並みにと言った所かな?
 騎士団に入る時にも本を覚える項目はあるし、大丈夫だと思うが?」

そう言って俺の方を見てくる。
ふむ、旧世界に行って旅をするとして、問題なのは言葉の壁。
つまりは西洋諸国を歩いて回るにしても、俺の場合は現地人の血を吸えば問題ないし、
ロベルタの方は忘れないから問題ない。
そして、今の懸念はディルムッドが何処まで言葉を習得していけるかとなる。
まぁ、今聞いた限りなら早々問題はないか。
そう思い、キセルで魔法薬を吸いながら、

「一応、これからの行動方針なんだが、一旦旧世界に戻ろうかと思っている。」

そう言うと、ロベルタがスッと挙手して、

「行くのはかまいませんが、今の旧世界はいったいどうないっているのです?」

そう聞いてくる。
彼女からすれば、旧世界は故郷のような場所なのだろうが、
既に時が経ちすぎていて、今の現状をトレースし切れていないのだろう。
となると、彼女に今の旧世界の現状を分かりやすく伝えるなら、

「簡単に言えば、魔法が無い状態でのゼロからの進化だと思ってくれればいい。
 生活様式は新世界の数世代前で、あちこちで今も戦乱やらなんやらが起きている。」

そう伝えると、ロベルタは思案した後、

「製鉄する技術はありますか?流石に石器となると行く意味が見出せません。」

そう返してくる。
まぁ、石器使っているなら行かなくてもいいよな、俺もそう思うし。
そんな事を考えていると、ディルムッドが口を開き、

「少なくとも、鉄はあるし魔法使いもたぶんいると思う。
 ついでに言えば、俺もエヴァも旧世界から新世界に渡ったわけだから、
 それなりのモノは旧世界にあるはずだが?」

そう言って、俺の方を見る。
まぁ、魔法技術やらなんやらがどうかは実際行って見ないと分からないわけだが・・・、

「確かに、チャチャゼロの言うとおりだな。
 現状を鑑みるに、新世界は今の所大半の伸び代を、
 つまりは魔法と言う個人資質に左右される技術のほぼ伸ばせる最大値まで進んでいると思う。
 ゆえに、今新世界にいても、技術はほぼ横ばいで後はチョビチョビ上がるぐらいだろう。
 だが、逆に旧世界は今成長期なんだよ。
 
 新しい発見に新しい技術。
 ついでに言えば、根幹が魔法ではなく錬金術、
 すなわち多くの人にほぼ平等に恩恵を与える技術が伸びている真っ最中だ。
 さらに、新世界より土地が広く多くの人が居る旧世界では技術が次の技術を呼び、今の時代から一気に加速していく。
 だが、加速するからこそ旧い物は新しい物に塗りつぶされる。
 だからこそ、今旧世界に行っておかないと、後々後悔すると思う。」

そう言うと、ロベルタはスッと目を閉じ、

「分かりました、しかし、その旧世界危険の程はどうなのでございましょう?
 あまり危険な所にお嬢様を行かせるのは正直、私の望む所ではありません。」

そう言い、ディルムッドも思う所があるのか、俺の顔を見ている。
危険の程度か・・・、一応はどの程度か分かってはいるが、

「正直な所、私もそこまでは分からん。
 ただ、さっき言ったように小競り合いのような戦はしょっちゅう起きてるし、
 今はごく一部のための公共事業的な意味合いで人が殺されまくっている。」

そう言うと、2人ともポカンとしたような顔になり、

「ごく一部のための公共事業で人殺しですか?」

と、ロベルタが言い、

「一体なにがどうなってそう言う事になっているんだ?」

と、ディルムッドが渋い顔で聞いてくる。
まぁ、俺が知っているのも桐生先生の著書群を基にした知識だから偏りがあるかもしれないが、
掻い摘んで言うと、

「今の旧世界では異端狩り、後に魔女狩りと呼ばれる異教徒弾圧の真っ最中なんだよ。
 とある宗教が今の旧世界の私の居た所周辺を牛耳っているんだが、その宗教を支持するやつらが、
 自身の宗教を広めようとしたのがきっかけと言えばきっかけか。
 当然の事だが、宗教や信仰なんてものは何処にでもあるし、神なんて腐るほどいる。
 だが、その宗教を支持するやつらは自分達の神以外を邪神だと言い、他の神を支持するやつらを改宗させようとした。
 そうすれば、それまで別の神を支持していたやつらから反発が起こる。
 そして、あるところを境に宗教戦争に発展する。

 まぁ、これが一番ある流れなんだが、戦争するにしても金ががかるし、その宗教の教祖達も金は欲しい。
 ついでに言えば、戦争なんて面倒くさいし、信者は腐るほどいる。
 そこで起こったのが異端狩り、つまりは、自身の身内の中でもこっそり別の神を崇めているやつらがいるという名目の元、
 今度は身内も含めて狩り出した。しかし、早々身内を売ろうとするやつもいない。
 そこで教祖達が考えたのが密告制度で、しかもそれを推奨した。

 そうするととたんに皆密告しだし、その密告したヤツには多少なりとも金が渡される。
 ついでに言えば、今の旧世界は貧富の差が激しく、はした金でも欲しいやつは欲しい。
 だから、隣人が隣人を密告し、親が祖母を、子が親を何て感じで密告する。
 ちなみに、その密告されたヤツは拷問されて、他のやつの名前を言わされ、その後火刑でさようなら。
 ついでに、拷問の時に名前が出たやつもとっとと捕まえて更に拷問して名前を吐かせる。」

そこまで言うと、ロベルタが不思議そうに、

「いくら人を殺そうとも、お金は集まらないのではないですか?」

そう聞いてくる。
まぁ、そこにもカラクリがあるわけで、

「異端者の財産は全て没収だ。穢れた金だからその教祖達が清めるという名目でな。」

そう言うと、ロベルタが額に手を当てて首を振り、
次にディルムッドが、

「しかし、密告しようにもそれらしい証拠ってあるのか?
 異端者だって隠れてやってるんだろ?」

そう言ってくる。
まぁ、それはそうなんだがようは、

「あぁ、密告の内容なら何でもいいぞ?
 例えば、私よりあの娘が綺麗だ、それはなぜか?
 それは、異教徒の神に使えて私の美しさを奪っているからだ。
 なんていうこじ付けでも、屁理屈でも何でもいいんだよ。
 さっき言った通り、ごく一部のための公共事業なんだからな。」

そう言うと、ディルムッドが更に渋い顔になる。
そして、

「そういえば、何で異端狩りが魔女狩りに? 」

そう聞いてくる。

「それは1つの本の所為だ、タイトルを『魔女に与える鉄槌』という。
 まぁ、似た様は本はあるが、これが一番有名だな。ちなみに、魔女と言うが男も魔女と呼ばれる。
 この本のせいで、いっそう拷問が凶悪になったが、著者も最終的にはこの本の餌食になる。
 と、まぁ今の旧世界で一番注意しないといけないのは下手なことをしないことだな。」

そう締めくくったが、どうも2人の顔色がさえない。
まぁ、各言う俺も自身で言っていて薄ら寒くなった訳だが、

「取り敢えずはだ、その魔女狩りを宜しくやっている地域には近寄る気はない。
 よしんば近寄ったとしてもすぐさま立ち去るようにするさ。」

そう、首をすくめながら言うが、2人とも暗い顔で、

「今の話を聞く限りだと、新世界の方がまだマシな気がしてきたよ。」

「私もですチャチャゼロさん。お嬢様、考え直しは出来ませんか?」

そう言ってみてくるが、

「ん~、少なくとも向こうはそこまで魔法使いがいないのが1つ、
 仮に捕まったとしても、逃げ出す事や、撃退する事は割と簡単だぞ?
 何せ、相手はただの剣と楯位しか持っていないんだからな、それが1つ。
 最後に、こっちでは追い掛け回されているが、向こうではまだ何もしていない。
 つまりは、向こうでは私を追うやつがいない。
 それを考えると、私としては向こうでひっそりとやった方が安全だとは思うが?」

そう言うと、ディルムッドが『はぁ』と1つため息をつき、
顔を上げて俺の目を見ながら、

「言い出したら聞かないんだろ?
 なら、君の安全は俺が護るさ」

そう言ってポンポンと俺の頭をたたき、
ロベルタはそれを見ながら、

「まぁ、里帰りだと思って、私も旧世界を見るとしましょう。」

そういいながら微笑ましそうに俺とディルムッドを見ている。
うぅむ、子ども扱いされている・・・・、と、言うか2人からすれば俺の生きた年月なんて些細なもので、
かたや神話の登場人物、かたや製造年月日不明の一品と言う超高齢者チームなんだよな。
そんな事を思いながら、解散し各々の旧世界への出発準備へと相成った。



[10094] 取り合えず叫ぼうかな第37話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/11/11 13:22
取り合えず叫ぼうかな第37話




チクリ、チクリ。

さて、出発準備といっても特にこれと言って準備するモノは無い。
何せ必要な物は全て影か、或いはカバンか魔法球の中にしまいこんでいるので、好きな時に出せる。
まぁ、無いモノと言えば父さんがくれた熱い思い、母さんがくれたあの眼差しぐらいか。
ついでに言えば、カバンに一切れのパンが入っていればパーフェクトだろう。
と、まぁ既に天空都市に行った後なのだがなんとも。
更に言えば、空から降ってくる女の子にもなったし。

チクリ、チクリ、チクリ。

まぁ、それにこれから行く旧世界では、早々騒動には巻き込まれないだろう。
なにせ着る服にも気を配り、できるだけ目立たない物を用意している。
例えば修道士が着るローブや、麻製の質素な服、他は商人なんかが着そうなボチボチ豪華な服。
まかり間違っても、ゴスロリ服を着てそこいら辺をうろつく様な真似はしたくない。

そんな事をすれば、下手に目を付けられるは、カモネギ的な感覚で取り入ろうとする奴等が出るかもしれない
更に言えば取り敢えずは10数年、エヴァの家を燃やしてそれだけ経つが、逆を言えばまだそれだけしか経っていない。
つまりは、今の俺を見られると没落貴族と言う、割と利用価値の出る存在となる。
まぁ、知識を漁ってみればエヴァの家計は由緒正しくな家系なので、価値だけ見れば更に急上昇。
が、そこまで恐れる事もまぁないだろう。

チクリ、チクリ、チクリ、チクリ。

「よし出来た。お前達はどうだ?」

そう、煙を吐きながらキセルを口から離し、
横で同じように縫い物をしているディルムッドとロベルタの方を見れば、

「私は終わりました、チャチャゼロさんは?」

「俺の方も終わったよ。しかし、ミスリルなんて便利なものがあるとはな。」

そう言いながら、ディルムッドは自身で作ったローブを見ている。
まぁ、そのディルムッドの発言には少々訂正する所があるのだが、

「あくまでモドキだよ、ミスリルモドキ。
 本物なんて見た事ないから似たようなものを作っただけだ。
 後、壊すなよ。これ1つで旧世界なら庭付き一戸建てぐらいなら買えるかも知れん。」

ミスリル、別名は妖精の銀と言うゲームでおなじみのあれに似た物を作ったのだが、
錬金術製品と言う事で洒落にならないぐらい豪華である。
何処がどうといえば、材料である銀、それに遺跡めぐりで手に入れた魔力妨害岩に後は鋼、その他もろもろの薬品類。
妨害岩はゴロゴロしているから問題はないのだが、銀や薬品は別。
しかも、作り出して結構な量失敗もしているので、懐への打撃は強力。

それでも何とか完成にまでこぎつけて、今はミスリルモドキを糸にして、
それを紡いで布にし、ようやくローブやらジャケットやらに仕立て上げている。
まぁ、その過程でゲームなんかでミスリルが出たら、絶対に売らないようにしようと心に決めたのは記憶に新しい。
ついでに言えば、属性付加もたぶんミスリルなら楽に出来るだろうが、あいにくまだそこまでするだけの技術はないので、
今の所で言えば、これが出来ただけでも十分だろう。

「しかしエヴァ、これの強度はどれくらいになるんだ?
 一番新しく貰っていたコートが確か重鎧ぐらいだっただろ?」

そう言いながら、自らで作ったコートをヒラヒラさせている。

「ふむ、一応の強度は鉄板1センチ分ぐらいだな。
 ただ、それが固定されたものじゃなくてヒラヒラ動くから体感的にはもっと上になる。
 あと、対魔法防御効果なんかも付加されているからボチボチ魔法攻撃にも耐性があるが、
 旧世界なら魔法防御よりも、単なる切れない布だと思ってくれればいい。
 ちなみに、素が素なうえに燃えない様に作ったから火にも強い。」

そう言っている横では、ロベルタが布を両手でパンパンと引っ張ったりしている。

「確かに丈夫ですね。
 しかし、お嬢様これだけ丈夫だと次に加工するのが大変なのではないですか?」

そう言いながら俺の方を見てくる。
まぁ、確かに俺もこれはどうしようかと考えたが、なんて事は無い。

「矛盾だよロベルタ。ミスリルモドキを加工する時は、ミスリルモドキのハサミを使って切って、
 縫い合わせるのもミスリルモドキの糸なら、針もミスリルモドキの針だ。
 いくら硬かろうが丈夫だろうが、同じ物質なら一方的に負けはせんだろ。
 しかも、布とハサミや針では強度も違うしな。」

そう言うと、ロベルタは使っていた針やらハサミなんかを見て、

「お嬢様、ミスリルモドキに余りはありませんか?
 ナイフを1~2本ほど作りたいのですが。」

そう言ってきた。
ナイフか、確かにあのフォーク捌きなら十分使えるだろう。

「いいぞ、ただ・・・。」

と、俺が言葉を続ける前に、

「分かっております、ナイフは斬ってこそのナイフ。
 ナイフ格闘で突くのはあくまで殺すときのみ。
 具体的には左肋骨より斜めに刺し入れるか、もしくは左鎖骨より15度に差し込むか。
 或いは背後より背骨に沿わせて頭部を狙うかですね。
 それに、斬った方が両手の動脈等が狙えるので有利です。」

そう、にこやかな笑顔で言っているのだが、
内容自体は物騒極まりないな、ついでに言えば言いたかった事ともちょっと違うし、

「いや、まぁ、それはいいんだが。
 ナイフ自身の強度が問題でな、いくら硬くとも絶対的に硬い訳ではないから注意してくれ。」

そう言うと、『かしこまりました。』と言って、腰をあげて研究室の方に歩いていった。
まぁ、強度に疑問は残るが、ミスリルモドキでナイフを作れば弱い魔法ぐらいなら切れるだろう。
ただ、ナイフを持ったロベルタは似合いすぎていて、背中が薄ら寒いような気がする。

と、まぁそんな感じでナイフなんかも作り、準備も完了していざ旧世界へ。
服装としては、俺が黒っぽいスカートにブラウス、そして作ったローブをまとって、
首の後ろで大きめのリボンで髪をまとめて出来上がり、年の頃は大体17歳前後ぐらいに化けている。
ディルムッドは茶色っぽいズボンに白のワイシャツにベスト、後ロングコートを着て眼鏡をかけて出来上がり。
そして、ロベルタが尼服にシスターキャップ、髪は1本の三つ編みにして肩からたらし、
作ったナイフは背中に仕込み、すっぽりとローブを羽織っている。

一応コンセプトは宣教師のロベルタと、それに付いて回る夫婦と言った所。
最初は俺の方が修道女が似合うとロベルタは言っていたが、吸血鬼が尼服と言うのは流石に不味いだろうと言う事でこうなった。
それに、修道女だと色々と動きづらそうだしな。
ついでに言えば、設定上はディルムッドの職業は薬の行商人で、俺は医者と言う事になっている。
そして、ゲートを使い旧世界へ到着。

「ロベルタ完成の理想を掲げるために!我が悲願成就のために!旧世界よ!!私は帰ってきたーーー!!」

「エヴァ、叫ぶのはかまわないがあたりは何もないぞ?」

「お嬢様、そんなにも私の事を・・・・、うぅ。」

自身を奮い立たせるために、核弾頭を打ち込む勢いで叫んでみたが、
霧の中で叫んだので当然がごとく聞いているヤツはいない。
まぁ、いたらいたで叫ぶ事は出来ないのでよし。
そして、そんな叫んだ俺をやれやれと言った感じで苦笑しながら見るディルムッドと、
涙は出ていないが白いハンカチで目じりを押さえるロベルタ。

「まぁ、決意表明みたいなものだ。
 心にしまうのは思い、声で叫ぶのは決意。
 ついでに言えば、今お前達が聞いたから更に決意が固まった。」

そう話しながら霧の外へ向けて歩き出す。
一応、霧の中から空を見た時は太陽が出ていたが、
霧を出るとうっそうと茂る木々の所存で日の光はほとんど届かず薄暗い。
ついでに言えば、不気味な動物達の声や虫の声。
これだけそろっていれば、わざわざこんな森の奥にまで入り込む輩はいないだろう。
ついでに言えば、今が中世なら森は死の国だと思われているのでますます入り込まない。
まぁ、一部の犯罪者や、魔女狩りから逃げる奴等、木こり何か以外だが。
そんな事を考えながら、キセルで魔法薬を吸いながら歩いていると、

「お嬢様、足元にお気をつけ下さい。」

そうロベルタが言ってくる。ふむ・・・、不味いな。
新世界や俺がそれなりの格好をしていれば、お嬢様でもいいのだが、
今はあいにくと町娘の格好をしているし、そんな呼ばれ方をしていれば耳のいいやつなら金の匂いを嗅ぎつけるだろう。

「ロベルタ、私の事は呼び捨てでいい。
 じゃないと下手に勘ぐられてややこしい事になりそうだ。」

そう言うと、ロベルタは頬に手を宛てて考えた後、

「ではエヴァさんとお呼びしましょう。口調は如何いたしましょうか?」

そう歩きながら聞いてくる。

「いや、口調はかまわんよ。
 聖職者の格好をしているんだし問題はないだろう。
 何かあれば臨機応変に頼むよ。」

「分かりました、エヴァさん」

そんな事を話していると、
擬装用に持たせた、ただの皮製のカバンを持って先頭を歩くディルムッドが、

「もうじき森を抜ける。
 さてエヴァ、久々に帰ってきたわけだし、町に出る前に見ておきたい所とかあるか?」

そう聞いてくる。
見ておきたい所・・・・、エヴァの家・・・は、見なくていいな。
むしろ、あそこには行きたくないし、行った所で得るものはない。
ゲスの隠れ家も同じ、むしろあそこは焼き払ったから今は何もない。

「いや、特にはないよ。
 さっさと町に行きましょう、ア・ナ・タ。」

そうニヤニヤしながら言うと、ディルムッドがむず痒そうな顔をする。

「何だ、まだ慣れないか?」

そう聞けば、

「いや・・・、なんと言うか君がそんなにしおらしいと、どうも調子がくるってな。
 まぁ、聞き続ければなれるだろう。」

そう頬をかきながら返してくる。

「フフ、まぁそうだろうな。
 今までの自身の行動や口調を考えても私自身がむず痒いよ。
 まぁ、頑張って慣れてくださいねアナタ。」

そんなやり取りをしていると、
ロベルタが横で手を口に当てて苦笑しながら、

「いいではありませんかチャチャゼロさん。
 世界中探しても、こんな美人の奥さんは中々見当たりませんよ?」

そうロベルタに言われたディルムッドは、
やれやれと言った感じに首をすくめながら、

「美しい花には棘がある。
 そして、今俺はその美しい花を両手に抱えているわけだが、どうもその花は棘だらけらしい。
 それに、どうやらその花は棘だけじゃなくて、とびきりの毒ももっている。
 扱いには十分注意するとしよう。」

そう言いながら、俺達の方を見て苦笑している。

「なに、その棘を1ずつ取るのも一興だぞ?」

そう微笑みながら返せば、

「いや、その棘は大切に残しておくよ。
 なにせ、その棘も含めての美しい花だからな、我妻よ。」

そんな事を話しながら森を抜け、
道に出たのはいいが人通りは皆無。
ただ、地面が踏み固められているから人通りはあるはずだが、
馬糞なんかが無いから通行量は少ないのだろう。

「さて、近くの町まで歩くか。」

その一声で歩き出す。
ふぅ、とりあえずは町まで出たら馬車を買わんといかんな。
となると、馬2頭に寝れる広さの幌つきの荷馬車。
金額は不明だが、現在持っている財産からすれば問題は無い。
いや、資金を集めておいてよかったよかった。
ついでに言えば、馬具なんかの鉄製品は自分で何とかできるだろうし。
そんな事を考えながら、キセルを口から外し煙を吐いていると、

「そう言えばエヴァ、今は何処に向かっているんだ?
 確か、エヴァと出会った町は逆方向だったと思うんだが?」

「そうなのですかチャチャゼロさん?」

そう言いながら、ディルムッドとロベルタが辺りをキョロキョロしている。

「あぁ、あそこには戻らないよ。
 下手に戻れば顔つきでばれる可能性があるし、得る物もない。
 今向かっているのは近くのリュビンハイゲンと言う町だよ。」

そう言いながら歩いていると、両脇を固めていた木々が晴れだし、
次第に辺りが草原の様を呈してくる。
日の光は柔らかく、草原を吹き渡る風は頬に心地いい。
遠くの方には白い固まり・・・・、羊かなんかだろうか?
それが草をついばむ姿が見える。それに、道の端に馬糞なんかが見え出したから、ボチボチ町も近いのだろう。
さて、願わくば町が大きく、ついでにこの辺りの地図なんかが買えれば幸いだ。

まぁ、無ければ行商人でも探して、ドイツに行くのとイギリスに向かうのはどちらが早いか聞くとしよう。
ふむ、海外は修学旅行の中国以来初めてで物騒なイメージしかなかったが、
こんなにのんびりした雰囲気をかもち出してくれるなら、目的を達成した後に諸国漫遊するのもいいかもしれない。
どの道、こっちでやっておく事もいくつかありはするしな。
そんな事を考えていると、遠くの方に石の壁と塔のような物が見え出す。
たぶん、壁は獣や盗賊除けだろう、あんな木々がうっそうと茂る森があるのだから、
狼や盗賊なんかがいてもおかしくは無い。

「エヴァ、町に着いたどうする?」

そう横を歩くディルムッドがコチラを見ながら聞いてくる。

「そうだな、先ずは宿取りから始めようか。
 歩き詰めでお腹もすいたし、町を見るのはそれからでいいだろう。」

そう言うとロベルタも、

「そうですね、それにもう日もだいぶ傾いていますから、
 今のうちに宿を取っておかないと草原で野宿なんて事になりかねません。」

そう微笑みながら話し、壁の前の検問のような所に到着。
手っ取り早く近くの兵に話しかけて手続きするとしよう。

「すみません、町に入りたいのですが。」

そう近くにいる槍を持った兵に聞けば、

「理由は何だ、なんの用で町に入る?」

そう、地味に高圧的な態度で返してくる。
まぁ、門番なんだしそんな態度が普通なんだろう。
そう思っていると、ディルムッドが俺の横に来て、

「俺は薬売りの行商をやっていて彼女は俺の妻。
 後、尼服の彼女は宣教師で一緒に旅をしているんだ。」

そうディルムッドが言うと、ロベルタは両手を胸の前で組んで祈りを捧げるようなポーズをとる。
しかし、どうも門番の顔は優れず俺達の事をジロジロ見ている。

「なにかあったのですか?」

そう、痺れを切らしたかのようにロベルタが問えば、
門番は顔をしかめながら、

「最近森に傭兵崩れの盗賊が巣食ってな。
 お前さん達がその森の方から来たからどうしようかと。」

そう言って一旦言葉を区切り、顔を嫌らしくニヤ付かせながら、

「何か誠意を見せてくれれば疑いも晴れるんだがな、さてどうする?
 薬売りの旦那に咥えタバコの美しい奥さんと尼さん?」

そう言って、俺とロベルタの体を嘗め回すかのような視線で見てくる。
とりあえずは、ディルムッドと夫婦と言う設定を設けていてよかった。
下手をすれば、俺だけどこかへ連れて行かれて、そのまま襲われていた可能性もある。
まぁ、そうなったらそうなったで、彼には生涯忘れられない悪夢を通行料代わりに進呈するとしよう。
そんな事を考えていると、ディルムッドが門番に顔を近づけ少々声に凄みを加えながら、

「悪いが、妻に手を出したらどうなるか分かるよな?」

そう、目の前の門番にだけ聞こえるように言うと、
門番の顔色が青くなり、

「わ、悪かったよ旦那。
 持ち物はそのカバン1つか?なら、中を見せてくれそしたら通っていいから。」

そう言う門番にディルムッドがカバンを開いて見せて一つ目の検問を突破し、
二つ目の検問は手形と言われたが、持ち合わせていないので賄賂を渡してこっそり手形も貰い町の中へ。
まぁ、渡した賄賂はそこいらの石を宝石に見えるように、魔法でごまかしただけなので懐は痛くないし、
仮にそれが露見しても、俺達に文句を言う事はできない。
何せ、文句を言えば自身が賄賂を貰って通したと言う事がばれる事に繋がるのだから。

「しかしまぁ、あの一つ目の門番も運の悪いヤツだな。
 アナタが凄みを利かせた所為で顔が真っ青だったよ。」

そう言って、喉を低く鳴らして笑っていると、

「いや、あの値踏みするような視線に少々苛立ってね。」

そう返してくる。
しかし、あの門番も本当に運が悪い。
なにせ、英雄からメンチ切られたんだから、一般人なら文字通り蛇に睨まれた蛙だろう。
そう思うと、更に笑えてくる。

「そういえば、チャチャゼロさん。
 私の事は何もおっしゃりませんでしたね?」

そう言って、ロベルタがジーっと笑っている俺越しにディルムッドの顔を見ている。
そうすればディルムッドがフッっと笑いながら、

「君ももちろん大事だが、妻がもっと大事だからな。」

そう言ってロベルタの方を見返すと、

「なら許します。」

そう言ってディルムッドからロベルタは視線を外したのだが、
さてはて、今の会話でロベルタの欲した答えが得られたのかは甚だ疑問である。
まぁ、本人が納得したのだからいいんだろうが、それよりも、

「先ずは宿取りだな。結構大きな町だからどっかに宿場外があるだろう。」

そう言って、3人で露天商や通行人なんかに宿の事を聞いて回る。
そして、聞いたヤツら全員が口をそろえて宣教師のロベルタがいるのなら、教会に泊めて貰えばいいと言う。
まぁ、泊めてくれるなら泊めて貰おうと教会に行き、宣教師と共に旅をしていると言ったら快く泊めてもらえた。
ただまぁ、俺とディルムッドが夫婦と言う事でなのか、それとも単に部屋が無かったからなのかは知らないが、
部屋には大きなベッドが2つしか無かったが、さして問題ではないな。
そして、礼拝堂で適当に祈りを捧げ、聖水と言う名のただの水をありがたそうに飲んでいざ町へ。
そう意気込んで教会の正面で入り口に回れば、

「白い絨毯だな、多少色がくすんではいるが。」

目の前をモコモコした毛の羊達が、列を成して歩いている。
さて先頭は何処だと辺りを見てみれば、先頭付近には金髪の人の姿。
たぶん線の細さからして女性だろう。
そんな事を考えていると、ロベルタが、

「羊たちの沈黙・・・、では無く、羊たちが沈黙しませんね。」

そう言って羊達を眺めている。
さてはて、あの映画は確かフランス映画だったが、個人的にはアレの流れを組んで出来たハンニバルの方が好きだな。
っと、そうではない。最近常々思うのだが、ロベルタの中の知識は一体何処に直結して出てきているのだろう?
なんだかんだでボケとかギャグ修正とか、そんな次元を超えだしているような気がするのだが・・・・。
ん~、考えすぎなんだろうか、それとも何らかの要因があるのだろうか?
そんな事を思っていると、

「ロベルタは羊が嫌いなのか?」

そうディルムッドがロベルタに聞き、
ロベルタはディルムッドの方を見ながら、

「いえ、ラム肉の捌き方と料理を最近覚えましたので、それの材料に一頭ぐらい急に沈黙していないかと思いまして。
 しかしダメですね、羊たちは若く、沈黙する気配がありません。」

そう言って羊の列を見ている。
ん~、やっぱり考えすぎなんだろうか?
まぁ、とりあえずは完成してからだな。
そう思い、3人で夕食の買出しがてら町を見物。
ただ、町が広いのですべて見て回るのは時間が足りず、
後は明日へ持ち越しと言う事で一旦教会へ帰り夕食と言う運びとなった。





[10094] 気のせいだと思っておきたかったな第38話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/11/15 20:58
気のせいだと思っておきたかったな第38話






リュビンハイゲンに着いて一週間。
馬車が欲しいと町の商館を回ったが、手に入れられないでいる。
と、言うのも町の近くの森に、傭兵崩れの盗賊たちがたむろしていて木材が手に入らず、
ついでに言えば、その盗賊狩りに使うと言う事で馬も全て出払っている。
まぁ、今の所特に盗賊が攻めてくる気配も無ければ、町も平穏そのもの。
ただ、一部の商館は閑古鳥が鳴くほど人影が無く、中にいるその店の店主も顔が青ざめている。
さてはて、なにが起こったのか?

商人の顔が青いのは株が暴落したか、或いは事業で失敗したか。
もしくは、取引のゴタゴタか、財布を落としたか。
まぁ、金にまつわる失敗である事は確かではある。
ついでに言えば、いい感じの鎧が二束三文で大安売りしているので一つ買って、
溶かして使えないかと思い、魔法球の中で色々知らべもした。

だがまぁしかし、このままここで足止めを食らっていても仕方ないと、
商館を回る時に買い物と一緒に道を聞いたが、ここからだとドイツもイギリスも遠く、
徒歩で向かうなら2ヶ月以上かかるらしい。
まぁ、町を出て夕闇にまぎれて空を飛んでいけば、早々時間も食わないはずなのだが、
さてどうしようかと言う所。
まぁ、それ以外にも問題が持ち上がっているのだが、

「さて、どうしたもんかな?」

今は教会で間借りしている部屋の中。
辺りの空気は清らかで、礼拝堂の方からは祈りやら賛美歌やらが子守唄のように聞こえてくる。
部屋のテーブルの上には神の血と奇跡の石が並んでいる。
まぁ、平たく言えばワインとパンなのだがなんとも。
と、問題はそこではなく、

「どうしましょうかエヴァさん?」

そう聞くロベルタは砥石でナイフを研ぎながら、
しきりに歪みが無いかを方目を閉じて確かめている。
どうでもいいが、ミスリルモドキのナイフが蝋燭の光を反射し、
その光がロベルタの顔を映し出すと言うのは似合いすぎる。

「連れて行けばいいんじゃないか?」

そう言うディルムッドは、テーブルのイスに座ってチマチマと針仕事中。
何でも新しい服のデザインが、天啓が如く降って来たらしい。
そして俺はベッドに座って、何時ものようにキセルで魔法薬を吸っているわけだが、
本当にどうするべきか・・・・。

「連れて行っても預け先が無い。
 お前が一人前になるまで針仕事を教えるか?」

そう言うと、ディルムッドの方も困ったような顔をする。
まぁ、問題と言うのはノーラ・アレントの事である。
彼女と出会ったのは2日前の夜。
この町に知り合いなんて者がいるはず無いのだが、突如として俺達の部屋の扉がノックされた。
さて、教会の人間にはボロが出ていないはずと思い、扉を開けたらそこにはフードを被った1人の人物。
何事かと思っていると、

「夜分遅くすみません。私はノーラ・アレントといいます。
 神父様に宣教師様と商人様ご一行が泊っていると聞きお尋ねしたのですが・・・。」

そう挨拶をしてきた。
まぁ、この次点で俺はノーラ・アレントなんて名前ありふれたものだと思っていたし、
リュビンハイゲンなんて町も、中世には存在したが近代化が進むにつれ、どこかの町と合併した町だと思ったし、
或いは何らかの天災で、地図と人の記憶から消えた町だと思っていたのだが、
いい加減彼女の話の中から無視できない単語が出てきた。

「ノーラさん、何故私達の所に?」

そう部屋に通して俺が問えば、

「はい、新しい町ができたと言う情報が無いかと思いまして。
 今日お町に連れした商人さんが、そういう情報があれば快く教えてくださると言われたので・・・。」

まぁ、そう聞かれても、俺達も先日旧世界に戻ってきたばかりなので特に情報は無い。
そう答えようかと思っていた所、ノーラの目線は俺ではなく、横で縫い物をしていたディルムッドの方に釘付け。
その事で聞いてみれば、ノーラは服の仕立て職人になりたいらしい。
それを聞いたディルムッドがヒョイと顔を上げ、

「それなら俺の妻に習ったらどうだ?
 俺が今している針仕事も、彼女の見よう見まねだし。」

と、そう、よせばいいのに言ってしまい、何だかんだで簡単なモノを教える事になった。
だが、俺ができる事なんて型紙を作ったり、採寸したり、後は布を縫い合わせたりとその程度。
下手をすれば今はディルムッドの方が得意になっているかもしれない。
ちなみに、ディルムッド曰く針仕事は集中力がつくうえ服が作れるから、修行と両立できて効率がいいらしい。

まぁ、そんな感じの針仕事でも、ノーラからすれば全てが真新しく見えたのだろう。
服飾に関することを説明していると、彼女は目を輝かせながら話を聞いていた。
そして、それを教えている間に彼女と話していて、いい加減気のせいだと思えない名前が出てきた。
先ず1人目がロレンス。どのロレンスかと聞けばクラフト・ロレンスとはっきり答えた。
ついでに連れがいるかと問えば、巡礼者の娘さんが一緒との事。
はぁ、なんていうか・・・、うん、このまま何も聞かなかった事にして逃げ出そうか、超法規的措置により。

そう思うも、今は不味すぎる。
なにが不味いかと言えば、ロレンス達の所にノーラが居ない事。
これが一番の問題である。何せ、彼女がいなければ金の密輸が出来ず、
哀れロレンスとホロは路頭に迷う事になるし、最悪商会から追われる身となる。
まぁ、ここで本当に狼と香辛料的な展開になっているのかと、町の様子を思い出してみれば、
少なくとも、鎧は二束三文もいい所の値段で販売中である。

俺達がノーラに出会う前にロレンス達と出会ったおかげで、ノーラの方はロレンス達と面識があるが、
そのノーラはただいま自身の夢に向かって絶賛爆進中。
更に言えば、今の所仕事は不満だが、少なくとも賃金と住む場所は確保できる。
さて、この状態のノーラがロレンス達の企みに加担するかも甚だ疑問である。

そう考えると、さぁ、本当にどうするかな?
取り敢えずノーラに関しては、このまま1人にしても、商人の護衛と羊飼いで得た賃金を貯めて町に行く事ができる。
が、ホロとロレンスは別、このままほっとくとたぶんだが破産する。
ついでに言えば、この町の話ではホロとロレンスの間に亀裂が入と言うダブルパンチ。
ん~、いらんくじを引いたと見るか、はたまた密輸に一枚噛んで儲けを貰うか。
しかし、面識も無い俺達ではおいそれと密輸に一枚噛めるわけも無く、
ついでに言えば、なんちゃって商人である俺達は商会にも属していない。

さてはて、酒場で面識を作ろうにも、今のロレンス達は焼けぼっくりに火がついたうえで、
更には火中の栗を素手で拾うほどにバタついているのは確かだ。
ん~、確かロレンスは今の所手当たりしだいに、知り合いに金を借りまくっているだろうから、そこに金をちらつかせるか・・・。
いや、これじゃあ根本的な解決にはならないか・・・。

「エヴァさん、そう難しい顔ばかりしていると疲れるでしょう。」

そう言って、ロベルタが俺の前にワインの入ったコップを置いてくれる。

「あぁ、ありがとう。
 だが、事が起きる前に考えておかないと、少々面倒になりそうでな。」

そういって、煙を吐いてコップに口を付けるとディルムッドが、

「見捨てはしないんだろ?
 となると、仕立屋で弟子を欲しがっているヤツがいればいいんだが。」

そう言って、針と布を置いて顔を上げる。
ディルムッドは、俺がノーラの事で悩んでいると思ったか。
まぁ、それも間違いではないのだが、どちらかと言うとノーラよりもピンチあろう2人組みの方に、
思考を持っていかれていたような気がするな。

「まぁ、運しだいと言った所か。
 人と人とがめぐり合うのも、何かの必然があるからだろう。
 ただ、問題なのはここにいる面子でコッチの世界の知り合いがいるヤツが居ない事だな。」

そう俺が言うと、ディルムッドは不思議そうに俺を見ながら、

「エヴァは元々貴族だろ?
 それなら知り合いは多そうだが?」

そういい、横のロベルタも俺を見てくる。
さて、知り合いか・・・。
エヴァの知り合いと言うより、マクダウェル家の知り合いと言うラインなら、まぁ居ない事も無い。
だが、それは父や母の知り合いであって、エヴァ自身の知り合いかと問われると微妙なラインになる。
更に言えば、家を焼き没落貴族とう言うレッテルが張られているであろう俺に、手を差し伸べる人間はいかほどか。
ついでに、10数年もコチラの世界では雲隠れ状態で、髪の色まで変わってしまった俺を信じてくれる人間と言うと更に少なくなる。

「厳しいな、知り合いをあたろうにも、今の私を『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』だと信じる人間は少なく、
 更に言えば父や母の知り合いが主で個人的な知り合いは少ない。
 ついでに髪も金から白に色が変わっているしな。」

そう首をすくめながら言うと、
ロベルタとディルムッドはお互い顔を見た後、
俺の方を向き、3人で『はぁ』と1つため息をつく。
ん~、八方塞とはまさにこの事。
と、まぁ本当に狼と香辛料的な事になっていると言う確証も無いので、
今の所は今まで考えていた事が取り越し苦労で済んでくれれば、
当面はノーラをどうするかと言う事だけを考えればいいのだが・・・。
そう思いながら魔法薬を吸っていると、

コンコン。

はて、こんな夜更けのまた来訪者・・・。
そう思っていると、

「私が出ます。」

そう言ってロベルタが部屋の扉を開ける。
ロベルタの肩越しに見える人物の髪は灰色っぽい白。
そして、その人物の口から、

「夜分遅くすみません、ローエン商会のクラフト・ロレンスと言う者なのですが、
 少々お話ししたい事がありまして。」

そう、地味に憔悴したような顔のロレンスが現れた。

「ふむ、どうやらピースがそろい歯車が回り始めたか・・・。」

そう俺が呟くと、どうやらロレンスの方にも聞こえたらしく、

「は?」

と、首をかしげている。
まぁ、縁は縁を呼ぶと言う事か。
そう思っているとディルムッドが、

「どうぞ、得になにも無い所ですが。」

そう、にこやかな笑顔と共に中に入る様に言い、ロベルタが迎え入れる。
そして、入ってきたロレンスはお辞儀をひとつし、

「改めまして、ローエン商業組合のクラフト・ロレンスです。
 商人の間ではロレンスで通っているので、そうおよび下さい。」


ーsideロレンスー


武具の価値の大暴落を聞いて目の前が真っ暗になるも、知り合いを頼りに金を工面しに奔走するも、
既に町中に俺の破産の情報は回っていたのだろう。
そして、決定的な一言が、

「あなたは他人の情けに頼り金を借りようと回っている最中に、女連れで歩くのですか?
 馬鹿にするのもいい加減にしたまえ。ローエン商会組合の質も落ちたものだ。」

それをホロの所為にする事はできない。
だがそれでも!

「お前さえ――。」

それは自身の過ち。
しかし、口から出た言の葉は取り消す事などできず、ホロは一瞬悲しげな顔をすると共に、

「先に、宿に戻っとる。」

そう言って、宿に・・・、
いや、或いは俺に愛想を尽かし、町を出て自身の脚でヨイツを目指したのかもしれない。
こんな時は浴びるほどの酒を飲み、全てを悪夢だと思い眠りたいが、それをするだけの金も自身の手にはない。
その後も、金の工面に奔走して、手に出来たのは金貨3枚。
絶望の中、この金をホロの銀路に当て、俺自身は奴隷に身を落とすつもりで歩いていたが、
そんな時に門にいた兵達が町を歩きながら話していたのを聞いた。

「本当だって、俺はあの夫婦の嫁の方から宝石を貰ったんだって。」

そういいながら、兵は手をバタバタ振りながら隣の男に話している。
そして、それを聞いた男の方は、

「だが、手元には石ころだろ?
 信じろと言う方が無理がある。しかも、その商人夫婦と宣教師ご一行は神の家である教会に滞在中。
 これなら悪魔だとも、異端者だとも言えんだろ。おおかた、お前さんがあの嫁の色香に騙されたんだろ?
 あんなべっぴんの娘なんざ、早々お目にかかれるものでもないからよ。」

そう言いながら通り過ぎていく。
羽振りのいい商人もいた・・・・、いや・・・・、
そんな宝石を兵に手渡すような商人がいれば、それは間違いなく名のある商人に違いない。
それなら、信用貸しで金を工面できるかもしれない!
最悪、ローエン商会宛で更に借金する可能性もあるが、
それでも、この窮地を脱すればどうにかなる!

そう思い、急いで商会に戻り、その商人が何処の商会に属しているのか、
いや、もしかすればどこかの商会の主なのかもしれない!
しかし、いくら聞いてもそんな商人達の事なんか知らないとヤコブはいう。
そして、あの門番達の会話をもう一度よく思い出し、今その商人達がいるであろう教会へ足を運んだ。
そこでようやく俺は、門番達の話題に上がったであろう商人夫婦と、宣教師と思しき三つ編みの女性に出会えた。
彼等は夜も遅く、フクロウの鳴き声が聞こえる時刻だと言うのに、幸運にも誰一人寝る事無く部屋に蝋燭を焚き起きていた。

俺を出迎えてくれたのは宣教師のロベルタさん。
そして、招き入れてくれたのは、顔に傷のある眼鏡をかけたチャチャゼロさん。
最後に、ベッドに座り煙を吸う彼の妻であろうエヴァさん。
部屋に入った当初、エヴァさんが何か言っていたが、よくは聞き取れなかった。
だが、俺の目的はあくまでチャチャゼロさんの方。
挨拶も早々に、彼等から金を借りれないかを聞かなければならない。
いや、借りれるだけの材料は既に門番達の会話で得ている。

「チャチャゼロさんは名のある商人とお見受けしますが、少々お願いがありまして・・・。」

そう切り出すと、チャチャゼロさんは1度奥さんであるエヴァさんにスッと目配せをし、
その後に、

「立ち話もなんです、どうぞおかけになってください。」

そう言って、自身の座っているイスの対面に座るよう促してきた。
よし!門前払いではなく、交渉の席に付く事ができた。
そう考えれば、彼等は今の俺の状況を知らないのだろう。

「不躾で申し訳ないですが・・・、その、お金を貸していただけないかと思いまして。」

そう俺が言うと、チャチャゼロさんは肘をテーブルにつけて手を組み、

「初対面である私達に信頼と言うものはありませんよ、ロレンスさん。
 さて、その状況で貸してくれと言われましても銅貨数枚が関の山ですが?」

そう、穏やかだがやんわりと拒絶の意を含めた言葉で返してくる。
まぁ、当然だろう、初対面に人間に金を貸してくれと言われて、おいそれと貸すヤツもいない。
だが、それでもここで借りれなければ、俺たちに待っているのは暗い明日だろう。

「ローエン商会名義でもかまいません。
 年数はかかりますが、必ずお借りした分はお返ししますし、利子も払います。」

そう、商会の名前を出してもチャチャゼロさんは首を横に振り、

「私と妻は個人商で商会とかかわりは持っていません。
 いくら為替や証書を貰おうとも、それを換金する術もありません。
 なので、私達に商会の名前は無意味です。」

そう、拒否してくる。
・・・、何か彼等から金を借りる術は・・・・、ある!

「失礼ですが、あなた方はこの町に入る時に門番に"宝石"を渡されたとか?」

そう宝石の所の語気を強めて問えば、チャチャゼロさんは何でもないかと言う様に、

「ええ、妻が渡していたようですね。
 この町に入るにしても、どの町に入るにしても商人と言えば税を取られる。
 なので、その税の代わりに宝石を渡したまでですが?」

ここだ!
門番の言う事が本当なら、彼等は石を宝石に見せて門番を騙したらしい。
つまり、彼等を教会に告発するすると脅しをかければ、
後ろめたい所があれば否が応でもこちらと交渉しなければならない事になる。

「その宝石が石ころだったと門番が言っていましたが、あなた方は・・・?」

そう、最後まで言わずに言葉を濁す。
こういう場合、最後まで言わず相手の頭の中で考えさせた方が、
こちらの言葉で言うより、より最悪を導き出す確率が高い。
そして、案の定蝋燭の光に照らし出されるチャチャゼロさんの顔は眉をしかめながら、

「ロレンスさん、あなたは私達に何か後ろめたい隠し事があると?」

そう言ったチャチャゼロさんを畳み掛けるように口を開く。

「いえいえ、ただ、そういった者が居たと言うだけですよ。」

そう言って、チャチャゼロさんと俺の視線が交差し、
互いに口を開かないまま見詰め合っていると、
フーッっとベッドの上でエヴァさんが煙を吐き、喉を低く鳴らしながら、

「ククク、溺れる者は藁にも縋ると言いますが、縋る藁が違いますよクラフト・ロレンスさん。
 まぁ、少し頭を冷やして女神に貢物なんてしたらどうです?」

そう言って、エヴァさんはリンゴをどこからとも無く1つ取り出し俺に投げてくる。
縋る藁が違う?女神に貢物?彼女は一体なにを?
そう思っていると、チャチャゼロさんも苦笑し、

「どうやら、妻があなたの連れに会わせろと言っているようですよ?」

と、チャチャゼロさんが言い、

「私達はあと数日はここにいます。
 この巡り会わせが神の思し召しなら、きっと何らかの必要性があるのでしょう。」

そう言って、ロベルタさんが祈りを捧げるように胸の前で手を組む。
そして、最後にエヴァさんが、

「もうじき夜が明けます、暗かろうが明るかろうが朝は来ます。
 貴方自身の放った言葉の矢はさて、一体誰に刺さりその毒を流し込んでいるのでしょう?」

そう言って、サファイアのような碧眼で俺の目を見てくる。
俺の今晩の収穫は金貨3枚にリンゴ1つ。
いや、ロベルタさんはまだこの町に数日はいると言っている。
つまりは、俺に持つ時間は少ないが、それでも彼等との交渉の機会は潰えてはいない。

「夜分からすみませんでした。
 今度は私の連れを連れて伺うとしましょう。」

そう言って、手をスッと差し出すとチャチャゼロさんではなくエヴァさんが俺の手を取り、

「次ぎ会う時は必ず2人で来てくださいね。」

そう言いながら、笑顔で見送ってくれた。
そして、部屋を出て1人、自身の手には金貨3枚とリンゴ1つ。
そう、彼女から貰ったリンゴ。
彼女が一体なにを考えて俺にリンゴを渡したのかよく分からない。
彼女の言葉はあまりにも詩的で、それでいて、あまりにも今の俺の的を射抜きすぎている。
だが、彼女の言うとおりだ。
今俺がホロに向かって放った言葉は、確実にホロを苦しめている。
それならば、先ずは彼女に謝って、そしてそれから彼等と交渉しても遅くは無いはずだ。
それに、ホロなら俺なんかよりもずっと頭が回る。

「よし、先ずはホロに謝りに行こう。」


ーside俺達ー


鶏が鳴き朝を知らせる。
昨晩から交渉と言う名のゲームをしてみたがさてはて、
まぁ、ロレンスも思い切った事をすると言った所か。
いきなり来て、金を貸してくれと言うとは思わなかった。
だがまぁ、今ここで貸した所で、その後の人生が借金付けになるのも可哀相だろう。
目下、頼みの綱はホロが金の密輸を提案してくれる事だが、しなかった場合は別の要求で手を打つとしよう。
そう思いながら、魔法薬の火を消し横になろうとすると、

「エヴァ、彼がこのまま告発したらどうする?
 俺たちは一気に追われる身となるわけだが・・・。」

そう言うのはディルムッド、
眼鏡で目が疲れたのか、目をマッサージしている。

「まぁ、それについては気に病む必要はないさ。
 なにせ、向こうも向こうで、飛び切りの隠しだまを持っているんだからな。」

そう言って、ニヤニヤ笑っているとディルムッドは首をかしげながら、

「確かこっちに知り合いはいなかったんじゃないのか?」

そう聞いてくるが、

「まぁ、な。知り合いはいない、だが、一方的な知り合いは別だよ。
 知っている通りかと問われればなんとも言えんが。」

そう言うと、ディルムッドは更に頭に?マークをポンポン浮かべるように考え込み、

「何かお考えがおありですか、エヴァさん。」

そう言いながら、ロベルタは空になったコップにワインを注いでくれる。
さて、考えと言うべき考えは今の所ボチボチ、ついでに言えば、

「まぁ、果報は寝て待て、来客も然り。ロレンスが連れを連れてくるまで寝て待つとしよう。
 それに、私たちが関わらずに事態が解決するなら、それに越した事はない。」

そう、あくびをしながら言えば、ロベルタも、

「そうですね、最悪全ての記憶を奪って逃走すれば容易でしょう。
 旧世界の人々を見る限り、魔法に関してはほぼ無抵抗でしょうから。」

そう返してくる。
さて、ノーラとロレンス後足りない役者はホロと商会の面子か・・・。
原作通り事が運ぶなら密輸に成功して万歳だろうが、何処がどうねじくれるかなんて分かったものじゃない。
となると、

「当面は町の様子をもう一度詳しく探ってからだな。」

そう思いながら、ディルムッドに町の様子を探るよう頼み、
彼が帰ってくるまでの間をしばしの睡眠とした。




[10094] それぞれの思惑だな第39話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2009/11/25 09:56
それぞれの思惑だな第39話





魔法球の中で半日、外では大体30分ぐらい寝て、今は聖書を読んでいる。
ちなみに、俺が目を覚ました時にベッドの周りに10人ぐらいのメイドがいて、
皆がフライパンやら鍋やら、お玉やら伸ばし棒やらを構えて、
俺を起こそうと、全員で打ち鳴らしていたのはなんとも言えない光景だった。

そんな感じで起床して、今は教会に間借りしている部屋で俺は聖書を読み、
ロベルタは聖書を見て覚えた内容を『がんばりまっしょい!』と言って写本中。
まぁ、聖書は初めて読む物なので新約か旧約はしらないが、
この本の登場人物にこの宗教での初めての不死者、カインと言う人物が載っている。
彼は失楽園後のアダムとイブの子供で弟にアベルがいる。
彼が不死者になった経緯はカインとアベルに、

神「ちょい何か貢げや。」

カイン&アベル「ウス!じい様。」

そう言って、カインは土を耕す人なので土の物を、アベルは羊飼いなので肥えた羊を貢いだわけだが、
じい様である神はアベルの貢物は受け取ったが、カインの物は受け取らない。
そんなカインの中にアベルに対する、妬みやら嫉みやら僻みやらの不の感情が生まれ、
最終的に野原に呼び出して、

カイン「じい様に好かれているみたいだな。」

アベル「私はじい様に愛されている!!!」

カイン「私もじい様の一番になりたかった!!!」

そしてアベルを殺害。
まぁ、間の会話は別として、大体こんな感じでカインは犯行を行い、
その後神に呼ばれて、

神「カイン、アベルはどうしたんだ?」

カイン「しらん!私は弟の番人じゃないんだからね!」

神「あんさん何しなはったんや!アベルの声がアタイに、土ん中から叫びかけてくるんやで!」

アベル「じい様・・・、私がヤりました。」

るるる~る~。
とまぁ、こんな感じでカインは白状して、どうしようか迷っているカインに、

神「ここから逃げるんや!逃げて逃げて地上の放浪者になるんや!!」

カイン「無理ですって、私を見つけたら誰もが私を殺すでしょ!」

神「いやないない。むしろ、あんた殺したら7倍返してやんよ!」

と、言うわけでカインは神から殺したらダメな人、神認定。
となった訳なのだが、取り敢えず神よ、アンタ野菜嫌いなのか?
そう、感想を抱く俺もどうかと思うが、
まぁ、かなりはしょったが、こんな感じで不死者の出来上がりとなったし、
不死者=弟を殺した悪い者となった。
ん~、聖書のどっかに著者 聖イエス とか書いてないよな?
まぁ、ブッタと共同生活しようが、下町の安アパートにいようが、
ジョニーデップ似合だろうが、神は神である。

ついでに言えば、高校の頃JUDESと言う漫画で12使徒全員に和名が振られているのを見て、
ウチの高校に実は全員いるんじゃないかと思い、副会長権限で生徒名簿を調べたら、
結果から言うと12使徒はウチの高校に全員いた。
まぁ、だからなんだと言われれば、なんともいえないが、
ただ何となく、いたたまれない気持ちになったのは今でも覚えている。

と、こんな事を思いながえら聖書を調べているのは、エヴァが追われていた経緯を探ろうと思い、
この地方で一番メジャーな宗教観からやってみ訳だが、実はこの後カインは結婚して子供も作っている。
ただまぁ、この話だと、血を吸うと言う言葉は出て来ないし、死なない=吸血鬼と言うのもどうかと思う。
更に言えば、血を吸う悪い者と言えば何気に世界中にいる。

例えば中華の国だとキョンシイだし、名前だけ覚えている者だと、
ストリゴイとか、モロイとか、モモーイと・・・・、うん、モモーイは血を吸う者じゃない信者を増やすものだ。
最近は類義語としてくぎみーと言うのもあるが、それはさておき、人の血を飲むから悪いといわれても、
神の血としてワインを飲むのはいいのだろうか?
そう思いながら、ワインを飲みキセルで煙を呑んでいると、

「ただいま。」

そう言って、ディルムッドが部屋に帰ってきた。

「お帰り、様子はどうだった?」

そう言うと、ディルムッドはコートをイスにかけて座りながら、

「大きく変わってはいないと思うが、
 ただなんと言ったかな・・・・そう、レメリオ商会の主が異様だったな。」

そう、手の平をポンと打って声を上げた。
レメリオ商会・・・・、確かこれがババをロレンス達と一緒に引いた商会だったな。
しかし、異様と言うのはどういうことだろう?
まだ日は残っているはずだ、でなければロレンスがあの場で引き下がる訳が無い・・・・。
と、なると金の密輸をロレンス達がもう持ちかけた?

いや待て、それは少々おかしい。
そうなったらなったで、俺の所には必ず来なければならない。
少なくともキーマンであるノーラは、今の所ウチの方になびいている。
その状況で、ノーラがこちらからはなれるかどうか?
密輸は秘密事項だが、そうすると、今度はノーラが俺達の所に現れないのがおかしい、
なにせ、今のノーラに針仕事を教えているのは俺である。
そして、今日も教える事になっている。
そのノーラが急に羊の放牧に出れば少なくとも、俺達がおかしいと思うのは目に見えている。
となると・・・・?

「チャチャゼロ、異様とはどういった顔なんだ?」

そう聞くと、テーブルの上の俺のワインを飲んでいたディルムッドは、

「憔悴していたが、目だけはギラついていた。
 なんだろう・・・、ああいうのを手負いの獣っていうのかな?」

そう言って、ディルムッドはもう一口ワインを飲んだ。
・・・、果報は寝て待てといって、寝て待っていたが、その果報が一向に来ない。
何か見落としたか・・・・?
それとも、俺が知っているか、或いは別のストーリーが展開されているのか?
取り敢えずは、ノーラが無事でロレンス達も無事なら、ノーラだけを引っ張って、どこかへ向かえばいい。
だが、前者となると、どうなるのだろう?

荒事・・・、となると夜ならいいが、真っ昼間の白昼堂々暴れるのは勘弁願いたい。
少なくとも、こっちにいる間は隠れ家を作ったり、研究したりと、少しは静かにしたい。
今の俺達としては、下手に正体がばれず、追われない事が第一条件である。
まぁ、昼過ぎまでは待ってみるか。そう思い、写本の終わったロベルタに、

「暇だからゲームでもするか?」

そう言うと、ロベルタはディルムッドの横に座り、

「宜しいですが、何をします?私はほとんどゲームと言うものを知りませんが。」

まぁ、知らなくてもゲームなんていうものは、教えれば大抵はできる。
それがボードゲームなら尚更で、やりながら覚えればすぐに分かる。

「なに、チェスの相手を頼もうかとね。
 駒の動きは教えるし、鏡打ちでもすればすぐ覚える。」

ではお相手しますとロベルタが言い、果報を待つ事にした。


ーsideホロ&ロレンスー


空が白み始め、もう日が昇るという頃ようやく宿に着きホロのいる・・・・、いやホロにいて欲しい部屋を目指す。
宿に着いた瞬間、宿の主から、

「はっ!旦那はさぞ稼いだ商人なんだろう。
 俺が寝ずに旦那を待っている間に、一体いくら博打で稼いだか聞きたいもんだ!
 今日は日がな一日睡魔と言う悪魔と決闘し続けにゃならん!」

そういって、食って掛かってきた宿の主に、
一言すまないと返し部屋へ向かう。
ただ、幸いな事と言えば、そのすまないと返した時に、
連れが帰ってきてるから、自警団にはまだ連絡してないと聞けた事だろう。
だが、それは同時に確実に部屋に行けば、ホロと顔を合わせなければならないと言う事になる。
あの時手を払った俺は、一体どう声をかければいいのだろうか?

手にした金は金貨3枚とリンゴ1つに、後はあの商人一行との交渉の機会。
だが、その交渉の場に立つにも、ホロを連れて行く事が条件となる。
これは俺の予感だが、あの商人一行は俺だけが行っても、
頑として交渉の場には立たないだろう。

だが、あの夫妻が大金を持っているのは間違いない。
先ず、夫のチャチャゼロさん、彼は顔に眼鏡をかけている。
メガネと言うのはガラスで出来、傷つきやすく早々かけながら過ごすものではない。
それに、眼鏡をかけるものは神学者や司祭といった、いわば文字を読む仕事をするものが使う。
更に、メガネはベネチアで一括されて作られ、ツルやフレームにも値が張る物が使われている。

それならば、チャチャゼロさんは、それだけの帳面を見て計算して、
また帳面をつけると言う立場の人間なのではないだろうか?
彼自身は商会に関わらないといったが、それで商売をする方法は文字の代筆に王宮などで使う文章の作成
教会からの依頼での聖書の写本など、仕事には事欠かないし、今泊っているのが教会と言うのならば、
ひょっとしたら彼はこの町の教会に聖書の写本にやってきたのかもしれない。

それに妻であるエヴァさん。
彼女は俺とチャチャゼロさんが交渉している時に、
ベッドにロベルタさんと座り煙をずっと吸っていた。
これもまた、大商人や貴族の特権といっていい。
何せ、燃やして少し吸えば終わる煙をずっと吸っていると言うのは、金を燃やしているような物である。
なのに、エヴァさんはそれを気にしないかのように吸い、またチャチャゼロさんもそれを咎めない。
つまりは、それをしても気に泊めないほどの金を持っていると言う事になるし、
彼女の吸い方を見ていると、文字通り金を湯水のように吸っている。

更にいえば、彼女の座っていたベッドの周りには、数冊の上等に装本された本さえもあった。
アレを彼女が読むのか、ロベルタさんが読むのかは分からないが、
活版技術がまだ復旧しきっていない状況では高級品である本を、
ベッドの上に置いていると言うのも、商人にとっては心臓に悪い話である。
これだけ見ても、やはり今この町にいる商人から金を借り尽くした俺にとっては、
彼等から借金する以外の道がない。

そう思いながら、自室のドアを開ける。
部屋の中に明かりはなく、しかし、白み始めた空のおかげで室内は思いのほか明るい。
そして、部屋に備えてあるベッドにはこんもりと膨れた布団と、そこから伸びる尻尾がある。
当然だろう、宿の主が連れが帰ってきてると教えてくれたのだから。

「うっん、ホロ起きているか?
 たぶん耳のいいお前の事だから、俺が部屋にはいってくる前に、
 俺がこの部屋に帰ってくる事が分かっただろう?
 だから、お前が起きているものとして話す。」

そう、ひとつ前置きをする。
ベッドから伸びている尻尾は特に反応していないが、
それでもここまで来たら話すしかない。
ホロの寝ているベッドの上に、自身の持っている全財産を置き話しかける。

「ホロ、悪かった。俺の見通しの悪さでこの様だ。
 一晩で集められたのは金貨3枚それとリンゴ1つ。
 お笑い種だろ?だが、俺も商人だ。お前との約束を護れないのは心苦しいが、
 それでも、今の俺にはこれだけしかない。だが、もう・・・・。」

その後『一度お前が知恵を貸してくれるなら』を俺が言おうとしたとき、急にベッドの中のホロが起き出し、
ベッドの上の金貨を俺の額に投げつけた。

「ぬしよ、今まで何処に行っておったのかや?
 わっちは、ぬしが帰ってくるものと思い一晩寝ずに何か無いものかと考えとった。
 今回ぬしが借金したのはわっちのせいじゃ。
 わっちが知恵を廻さず、金を得ぬならおぬしはこんな借金をせずにすんだはずじゃ!!
 なのに、何故おぬしは怒らぬし、金を渡し一人でどうにかしようとするんじゃ!!
 わっちはそんなに頼り無いかや!?」

そう言いながら、ホロは俺に抱き付いてくる。
小刻みに震えるホロは、もしかしたら泣いているのかも知れない。

「お前が頼り無い事なんて無い。
 むしろ、俺はお前以上に知恵の回るやつを知らないし、
 お前以上に綺麗な娘も見た事が無い。」

そう言うと、俺の懐に顔をうずめていたホロが顔を上げ、俺と視線が交差する。

「ならなんで、ぬしはわっちを頼らん!
 わっちがその気になれば城壁を跳び越し、野山をかけて逃げることができる!」

そういってくる。
だが、それをしてしまえば俺はもう、ホロとこの楽しい旅をする事はできない。
それだけはごめんだ、それに、それをすれば俺とホロは晴れて追われる身となる。
そうなれば、よほど逃げ隠れがうまくない限り、見つかれば火刑にあうだろう。
そう、それだけはけしてできない。

「ダメだ、ホロ。俺はお前とこの楽しい旅を続けたい。
 逃げも隠れもせず、今の楽しい旅を続ける事が俺の望みだ。
 だから、お前にさっきの金とリンゴを・・・。」

そこまでいうと、ホロは俺の胸を1つ『トン』と叩き、

「ぬしは・・・・・・、なんでそんなにお人好しなんじゃ?」

そう言いながら、顔を伏せている。
しかし、目に見える尻尾はサワリサワリと動き、
両の耳は俺の言葉を聞き逃す事が無いよう動いている。
何でか・・・、そう問われれば、

「性格、かな?」

そう言うと、ホロはスパンと俺の頬を叩き、
その反動で転んだ俺に馬乗りになり、息がかかるほどの距離で、

「ぬしよ、こういう時はもっと、気の聞いた台詞を言うもんでありんす!」

そういいながら、俺の目を見てくる。
たぶん、次の回答が違えばまた殴られ、そしてまた回答を欲してくるだろう。

「お前が、特別な存在だからだ。」

そう言って腕を回して抱きしめる。
そうすれば、ホロの細いからだが俺の腕の中に納まり、
今更ながらに、俺が昨日ホロにした仕打ちが酷い物かと言う自責の念に駆られる。

「本当に悪かったホロ。」

そうホロに言えば、ホロは俺の腕の中で、

「たわけ、ぬしにあんな顔をされたら怒れんじゃろ。」

そう言って、しばしの間抱き合った後、どちらともなく笑い出し、
最後にはお互いの顔を見て笑いながら、

「わっちらは一体朝っぱらから、いったい何をやっとるんじゃろうな。」

そうホロが目尻に涙を浮かべるほど笑いながらいい、

「まったくだ。日は昇った、時間も少ない。だからこそできる事をしよう。」

そう言ってお互いに立ち、体を離す。
多少名残惜しいが、それをホロに悟られるのは悔しく思えた。
なので、そのまま腰をかがめ、ホロにリンゴを投げて渡す。
そうすれば、ホロはリンゴを受け取り、それをまじまじと見つめながら、

「ぬしよ、そういえば夜は帰らずに何処の女商人の所に行ったのかや?」

そう、ホロがジト目で俺の事を見てくる。
しかし、そんなものに心当たりは無い。
そう思って、首をかしげていると、ホロはいぶかしげに、

「ぬしの服から甘い香りが匂いんす。」

そういわれて、自身の服の匂いを嗅ぐが特に変わりはない。
それに、甘い香りのするような場所なんて・・・・?
そう思っていると、ベッドに座りホロが食べているリンゴが目に入った。
もしかすれば、

「エヴァさんの煙の匂いかもしれない。
 あの部屋なら、たぶんエヴァさんの煙が充満しているだろうから、
 その匂いがついても不思議は無いが・・・。」

そう言いながら、ホロの対面のテーブルのイスに座ると、
ホロは俺を睨みながら、

「ほう、ぬしはわっちが一晩知恵をめぐらせておる間に、別の雌と同じ部屋に2人で一晩いたのかや?」

そういってくる。
確かに一晩いた事は否定できないが、しかし2人ではない。
それに、エヴァさんはチャチャゼロさんの奥さんである。

「ちがう、教会にチャチャゼロと言う商人がいて、その奥さんがエヴァさんだ。
 俺が部屋に入る前から煙をすっていたから、その所為で匂いがついたのだろう。
 今お前が食べているリンゴも、エヴァさんからの貢物だ。」

そう言うと、ホロは首をかしげながらリンゴを見て一口かじり、

「これをわっちにかや?」

そう聞いてくる。
だが、昨晩の会話からすれば当然だろう。

「エヴァさんの言う事は、詩的な表現が多くてよく分からないが、
 たぶんお前と知恵を出し合って、またこいと言いたかったんだと思う。
 なにせ、『少し頭を冷やして女神に貢物なんてしたらどうです?』と言われたぐらいだからな。
 今更ながらに、俺がどんなひどい顔だったかがよく分かる。」

そう言うと、ホロは残りのリンゴをシャリシャリと全部食べ、

「なぁぬしよ、そのチャチャゼロとエヴァと言う商人は街商人と言うやつかの?」

そう聞いてくるが、それは昨晩チャチャゼロさん自身の話で否定されている。
だが、

「町商人じゃない。それは彼自身が否定したし、商会にも属していない。
 だが、金を持っているのは確かだ。彼等の身なりは早々商人ができるものじゃない。」

そうホロは俺の話を聞いて、やはり首をかしげながら、

「金をもっとるのはいいんじゃが、
 そのエヴァと言うのはどうやってわっちの事を知ったのかや?」

そう聞いてくる。
・・・、確かにそうだ。
あの時は金を借りるのに一生懸命すぎて、その事が頭に無かったが、
確かにエヴァさんは誰に俺たちの事を聞いたのだろう?
それに、彼女の言葉を思い出せば、それはあまりにも今の俺達の事を射抜きすぎていて、
だからこそ、それは俺たちの事を知らない彼女の詩的表現だと思っていた。
だが、

「貴方自身の放った言葉の矢はさて、一体誰に刺さりその毒を流し込んでいるのでしょう?」

そう、彼女がチャチャゼロさんとの交渉の終わりに言った台詞が口を付いて出た。
そして、それを聞いたホロが変な顔をしながら、

「一体何かや?」

そう聞いてくる。

「いや、エヴァさんが言った台詞だ。
 彼女は何で、この台詞を言ったのかと思ってな。」

そう言うと、ホロはベッドに座り腕組みをしながら、
訝しげに俺の顔を見て、

「ぬしよ、ぬしはわっちが知らぬ間に、
 なにかとんでもない者と、取引しようとしとるんじゃないかや?」

そう言われると、そんな気もするが、少なくとも彼等にはホロのように耳や尻尾は無かった。
となると、相手が大商人と言うことで俺が焦りすぎたのだろうか?
まぁ、ただ、

「今度は2人で来るようにと、エヴァさんから言われたよ。」

そう言うと、ホロは喉を低く鳴らして笑いながら、

「まるで、狐に謀られている様でありんす。
 じゃが、わっちが一晩知恵をめぐらせた案なら、
 そいつらに頼らんでもどうにかなるじゃろ?」

そう言ってホロは俺に金の密輸と、それに必要なのは、気に食わないが腕のいい羊飼いに羊。
それと、その金を買うのに必要なお金を集める事が、必要だという事を教えてくれた。
お金は・・・、レメリオ商会から借りられればいいが、あそこも火の車で
今の俺達と一蓮托生の立場にある。
だが、町商人なら、しかも、名のある町商人ならへそくりぐらいしているものである。
だから、この案を持ちかければたぶん賛同は得られるだろう。
更に上手くいけば、儲けも得られると、一石二鳥だ。
ついでに言えば、レメリオには債務の取立てを待ってもらわなければならない。

そして、腕のいい羊飼いなら既に知り合っている。
この町に来るまでの間に護衛してもらい、この町から金の安いであろうラムトラまで羊飼いの縄張りが使え、
更には、教会に不満を持ち別の所で働きたいと思っている人物。
幸運とは、まさにこんな時にいう言葉なのだろう。
これほどの条件を満たした人物を俺たちは知っている。
言わずもがな、ノーラである。
彼女を丸め込めるかは俺の手腕にかかっているが、
彼女を丸め込めるぐらいの口は持っているつもりだ。

となると先ずは、

「レメリオ商会に向かおう、先ずは買い付け金が無いと話しにならない。」


ーsideレメリオ商会ー


商品の暴落は神でもなければ見抜けない。
いや、神でさえも自らの子の罪は見抜けなかったのだ、
そんな神が商売と言うものの行き先を見抜くなど到底無理だ。
今は商館の荷受場、目の前にはゴミクズになった鎧と武器がある。
ははっ、お笑い種だ、まったく持ってお笑い種だ。
これを買って荷受場に置く時は、それこそ光り輝く黄金に見えた。
だが、暴落の日を境に、目の前のものは全てゴミクズに成り果てた。

「何かいい案はありませんか?」

そう問うも、ここに出入りしている者達は、皆口をつぐみ視線を逸らす。
町で商館を構えるまでに、幾多の困難があった。
商品を商人数人で運び売りさばこうとした時は、
夜の森で怪物と出会い、商品諸共3人の命が散った。

またある時は、苦労して手に入れた商品が運んだ先では需要がなく、
安くで買い叩かれた事もあった。
そんな苦労の末、このリュビンハイゲンに商館を持つことができた。
だが、それももう終わりだ。
借金は膨らみ、ロレンスと言う商人から借金を取り立てても焼け石に水で、
苦労して貯めたヘソクリをはたいてもまったく足りない。

だが、ここで・・・、そう、ここで何か打開策を出さなければ、この城はつぶれる。
後ろにいる者達は、初日には30人、2日には28人、3日目には、4日に目には・・・・。
そして、今残った数人が最後の人間。
しかし、その人数になるまで悩んでも策は出ない。
目の前には鎧と武器。そう思っていると、1人から声が上がった。

「はぁ、どこかで戦でも起きれば値が上がるんだがな。」

そうは言うが、早々上手い話しはな・・・・い?

「すまない、今の言葉をもう一度いってくれないか?」

そういうと、男は首をかしげながら、

「『はぁ、どこかで戦でも起きれば値が上がるんだがな。』ですか?」

そういった。
・・・・、戦が起きれば武器や鎧の値は上がる。
当然だ。裸で戦場を駆け巡る馬鹿はいない。
だが、近くで戦はおきていない・・・・。

「ならば、戦を起こせばいい。」

そう呟いた声が聞こえたのか、男たちはざわめきだす。
だが、そうなのだ!戦が起きなくとも、戦が起きる気配が、事が起こる気配がすれば鎧や武器は売れる!
ならば、その気配を起こすやからがいるか・・・、いる!

「ははっ、女神はマーズ戦神か!」

そう、叫ぶように言えば背後の者が怯えた様に声をかけてくる。

「レメリオ館長なにを!?」

そういった者の顔を見て、その後にあたりの者の顔を見て宣言する。
これはこの商館が生き残るための賭けなのだ!

「盗賊に町を襲わせる。」

そう言うと、次々に野次が飛ぶ。
曰く、早々襲撃するはずがない。
曰く、町の被害はどうする。
曰く、見つかれば縛り首は確定だ。
だが、それでもこのまま借金を抱えて奴隷に身をやつすよりはマシだ。

「盗賊を雇い襲撃するそぶりを見せればいい。
 だが、検問の1つでも壊してもらわなければならない・・・・。
 金貨50枚と武器、即金で最高その額までだすと言って、襲撃に成功すれば更に倍出すと言えばいいでしょう。
 当然最初は25枚から交渉を開始しますが、リーベルト。
 貴方に交渉に行ってもらおうかと思っています。」

他のものが騒ぐ中、リーベルトは一度目を閉じ、
今聞いた事を頭で反芻するかのような沈黙の後、

「分かりました、やりましょう。
 どの道、この場に留まったままではアリに集られるだけだ。」

そう言って、リーベルトはマントを体につけ、
町でも残り少ない馬に飛び乗り、朝霧の中を森へと向かった。
そして、その数時間後ロレンスと言う商人が、別の儲け話を持ってきた。
ロレンスの言う話には、羊飼いを丸め込み金を密輸させると言うものだった。
だが、それには1つ問題がある。

「その羊飼いのあてが?
 確かに我々は一蓮托生です。今のまま行けば、奴隷は確実でしょう。
 ですが、その密輸が見つかれば、今度は八つ裂きの刑が我々に襲い掛かるではありませんか。」

そう、口では言うが内心ほくそ笑む。
この密輸が成功しようが、しないだろうが我々には関係ない。
むしろ、成功すれば利益が、失敗しそうなら盗賊に襲撃させればいい。
いや、町に更に緊迫感が生まれ、更に鎧と武器が売れ利益が上がる。
そうなると、失敗してもらった方が我々には得か?
さらに、検問近くで騒動が起き、羊だけを町の中にいれ、
後の面子の口を封じれば金も独り占めできる!

「大丈夫ですレメリオさん。
 ちょうど、それを行ってくれそうな羊飼いにあてがあります。
 どうです、我々に協力しませんか?」

そう、ロレンスは身を乗り出して微笑みながら言ってくる。
ふっ、商人は表情さえも武器に商売を行う。
ならば、彼の今の表情は安心を与えようと言うものか。
ならばこちらは、

「無理だ・・・、それに、金を集めるだけの時間がない。」

返す表情は迷い。
つまりは、向こうが出せる最大の条件と情報を出してもらおう。
そう思い、頭を抑え表情を隠す。

「レメリオさん分かっているはずです、我々にはこれ以外に借金を返す方法が無い。
 それに、私の全財産はこれだけしかありません。
 なので、あなた方には取り立て一時停止と、資金の工面後は、金を捌いていただきたい。」

そう、更に信用を得ようと落ち着いた顔と声で、相手の頭に沁み込ませるように言ってくる。
彼が出した金貨は3枚たったそれだけしかなかった。
だが、我々レメリオ商会は君を見捨てたりしないとも。
あぁ、君達の願いを、そんな美味しいカモを私も逃したくはない。
そう思いながらも、冷や汗をたらし青い顔を作る。
そうそれば、たぶんもう一押しするでしょう。
そう思っていると、隣で沈黙し続けていた連れの女性が、

「ぬし様に迷っている暇があるのかや?」

そうひとつ前置きをする。
さぁ、沈黙の彼女は一体私にどう後一押しをする?

「わっちは特別耳がよくての、今誰か何かを持って出て行ったの・・・・・、あ、また。」

そう言ってきた。
あぁそうか、誰かが武器・・を持って出て行ったか!
くっくっくっ・・・・、

「もうやめてくれ!」

そう、もうやめてくれ。
このままでは、この場で笑い出してしまいそうだ!
そういうと、ロレンスが、

「この金貨3枚を担保に、今言った事をお願いしたい。
 成功すれば、羊飼いも含め、納得のいく金額を得てみんな笑顔で明日を迎えられるはずです。」

そう言ってくる。
確かにそうだろう、ただ1つ違う事があるとすれば、笑顔で明日を迎えるのは私で、
後のメンバーには明日ではなく永眠を迎えてもらう事ぐらいでしょう。

「分かりました・・・・やりましょう。」

そう言うと、そう言うとロレンスは手を差し出してきた。
そして、私は彼の手をとり、

「神のお目こぼしがあらんことを。」

そう言うと、ロレンスは笑顔で答えた。
そのロレンスに、

「我々は一蓮托生です。
 なので、私達の担保は貴方の担保も同じです。」

そう言って彼の手に乗せる。
そうすれば、ロレンスは神妙な顔で、

「よろしいのですか?」

そう聞いてくる。
商人に商人が金を預ける。
そう、血の絆よりより強力な商人と商人の絆。
なにせ、彼等には成功してもらわないと利益が減る。
逝きの駄賃にしては十分だろう、哀れな羊飼いに1枚、無謀なロレンスに1枚、不幸な連れの女性に1枚の計3枚。

「かまいません。光り輝く明日のためのささやかな投資です。」

そう言い、再度握手するとロレンスと女性は商館を後にした。



[10094] 美味しそうだな第40話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2009/12/01 16:19
美味しそうだな第40話






ーsideホロ&ロレンスー

レメリオ商会を出て、ホロをつれて町を歩く。
レメリオとの交渉は成功だろう。
金の工面と借金返済日の延長、更に金を裁いてもらうルートの確保。
こちらの欲しがっていた条件は、全て取り付ける事に成功し、金貨3枚も帰ってきた。
これは間違いなく大成功と言って差し支えないだろう。

「ありがとうホロ、最後の一押し。
 アレがあったから、レメリオも折れたんだろう。」

そう言うと、ホロは俺の前に出てクルリとこちらを向き、

「あの男の顔は、喉に肉が詰まったほどに真っ青じゃったからの。
 わっちが口を開かんでもすぐに折れたじゃろ。」

まぁ、確かに最後のレメリオの顔は酷いものだった。
顔は青白く、冷や汗さえも出ていた。
だが、

「それでもだ、時間がない中で時間を稼ぐのは難しい。
 あの一押しのおかげで、この時間にノーラに会いにいける。」

そう言うと、ホロはニヤニヤしながら、

「それなら、夜は肉じゃの。
 生きのいい羊がいいでありんす。」

そう言ってくる。
羊飼いに会いに行くのに羊の肉を要求するとは、
金の密輸の前に羊達が、ホロの胃袋の中に収まらないか心配だが、どちらにしろ、

「成功すれば、たらふく食わせてやる。
 解体した後の肉を少し買い取って、乾し肉にしてもいいな。」

そう言うと、ホロは頬を膨らませながら、
少々不機嫌そうに、

「わっちは今夜がいいんじゃが?」

そうは言うが、手持ちの金貨は3枚。
確かにこれを使えば、ホロに腹を満たすには十分な肉を買えるだろう。

「清貧は美徳だがホロ?」

そう言うと、ホロは喉を低く鳴らし、

「戦の前の腹ごしらえと言うじゃろ?
 これから小娘をたぶらかすのに、頭を廻さわさんといかんでありんす。
 じゃが、そしたら腹が減る。腹が減っては廻る物もまわりゃせん。」

どうやら、ホロは今夜の夕食を肉にする事を譲る気はないらしい。
まぁ、昨日一晩分の負い目に、今朝の事、ホロを傷つけた事、そしてレメリオ商会での一押し。
これだけ見ると、俺もホロに肉を食べさせてやりたいが、今の俺達にはまだやる事が残っている。
ホロが言うように、これからノーラを密輸に引き込まないといけない。
たぶん、十中八九引き込む事は成功すると思うが、それでもまだ、

「ノーラを仲間に出来たら肉にしよう。
 あと、たぶらかすと言うのは人聞きが悪い。」

そう言うと、ホロは面白そうな物を見るように俺の顔を見て、

「何か違うのかや?」

そう聞いてくる。
たぶらかす・・・・、か。
この件にノーラを引き込めば、彼女は町を出る事をいやがおうにもしいられる。
そして、そのノーラがどこかの職人の弟子になれるか、
それとも商会に属して、見よう見まねで自身の腕を磨く事になるのかは分からない。
ただ、服の仕立て職人と言うのも、職人と言う言葉が付くように簡単なものではない。

相手が一般人なら多少の失敗もまぁ、許されるかもしれないが、
もし貴族からの注文なんてものがきたら、
それこそ神経をすり減らすような感じで1針1針縫わないといけないのだろうし、
採寸1つ間違えばそれでその服は使い物にならなくなり、他の背丈が合う人間が来るまでの間在庫となる。
その事を考えると気が滅入るが、それでも彼女に協力してもらわないといけない。
既にレメリオとは一蓮托生の立場で、契約も交わし金貨も受け取った。
そんな事を考えながら教会に向かい歩いていると、

「浮かない顔じゃの。」

そう、横を歩くホロが言ってくる。

「あぁ、彼女を巻き込むのが心苦しくてな。」

そう言うと、ホロは顔をしかめ、ため息を1つ付き、

「ぬしは本当にお人好しじゃの。
 それならわっちが小娘を丸め込んでもよい。」

そう言ってくるが、そこまでホロを頼るわけにも行かない。
これは俺のつけであり、俺の見通しの甘さが招いた事だ。
そんな自分の尻をホロに拭いてもらうのはあまりにも幼すぎるし、
これ以上彼女を頼れば、後でどんな形でつけを回収されるか分かった物ではない。

「なに、俺も商人だ。商談に私情は挟まないさ。
 それに、これ以上ホロを頼れば自分がダメになる。」

そう言うとホロはニヤニヤしながら、

「殊勝な心がけじゃな。
 わっちとしては頼ってもらって、後で回収した方が嬉しいんじゃが?」

ふっ、危なかったが、その罠にからなかったのも何だか惜しく思える。
だがまぁ、既に俺はそれとは別の罠に、どっぷり腰まではまっているのだろう。
商人の金の恨みは谷よいも深く、取立ては夜空に浮ぶ月よりもしつこい。
そして、服の駄賃欲しさに、北の森まで取り立てに行くと言った俺は、
ホロの言う当にお人よしなのだろう。

だが、そのお人好しのおかげで、ホロに出会えて旅が出来るのなら、
お人好し言うのも、存外悪いものではないのかも知れない。
そう思っていたのが顔に出ていたのか、ホロがジト目で俺の顔を覗き込み、

「だらしのない顔じゃの。
 そんな顔じゃ、小娘1人騙しゃせん。」

そう言ってくる。
そんなにだらしないはずはないんだが。
そう思い、自身の頬に手を触れたが、やはりそこには何時もと変わらない頬がある。

「別段だらしなくないが?」

そう言うと、ホロはニィッと口をあけて笑い、

「今ので、気が引き締まったし、肩の力も抜けたじゃろ?」

そんなやり取りをしながら歩き、着いたのは教会の前。
昔は教会には何時も人がいて、司祭が怒り出すまで祈る事なんてザラだった。
だが、何処をどう間違ったのか教会はいつの間にか、悪魔よりも狡猾に人々から金をむしりとるようになり、
いつの間にか教会に満ちる祈りの声は、他者からの異端の告発を受けないようにと言う心の叫びとなった。
そして、そう言ったモノのあおりを受けたのは、不浄な死体に触れる肉屋、そしてその死体から剥ぎ取った皮を使う職人に、
羊飼いのような人と関わらず、その多くの時間を平原や森で過ごす人々。
森には何時もよくないものがいて、人をたぶらかす。
そんな迷信めいた言い伝えと、森は死の国、緑は死の色と言う考えから、
町でも浮いた存在となりやすい。

昔、深い森を抜けて商品を運びやっと町にたどり着いて、商人と名乗ろうが町に入れてもらえない事があった。
何でも、待ち人曰くその森には魔獣がいて多くの人が食われたのに、無事にたどり着けるとは異端者のしるしだ。
そう言われて立ち往生しながらも、何とか商館の主に話をつけてもらったこともあった。
そう考えると、長くを馬上で過ごす俺と、多くを森と平原で過ごすノーラは似ているのかもしれない。
ただ、願わくは彼女がこの提案に乗り、いい職人になれる事を願う事だろう。
教会から祈りの声がやみ、人々がはけた後に、町の肉屋や皮職人と言った教会に大金を寄付する者。
そして、羊飼いの少女は一番最後に出てきた。

「教会の前で会うなんて、偶然ですねノーラさん。」

そう、ノーラに声をかけると彼女は、

「そうですね、これも主のお導きですね。」

そう、まるで教会で歌われる清貧をもっとうとする、
修道女のように、胸の前で手を合わせて彼女は挨拶してきた。
ただ、ひとつ気になるとすれば、数日前に出会った時はその顔に愁いを帯びていたのに、
今の彼女はその気配さえなく微笑んでいる事だろう。
だが、話をしなければ始まらない。

「実は仕事の依頼をしようかと思いまして。
 この後、大丈夫ですか?」

そう言うと、ノーラはしばし考え込むようにした後、

「かまいません。余り時間はありませんが。」

「では、立ち話もなんです露店で話しましょう。」

そう言うと、彼女はうなずき歩き出した。
そして、横にいたホロが口を開き一言、

「妙じゃの、嫌な予感がするでありんす。」

そう、前を歩くノーラと犬のエネクに聞こえないように呟いた。
確に、彼女の顔が晴れているのは嬉しいが、
今の俺達にとってはむしろ愁いを帯びていて、思いつめていてくれた方が交渉しやすい。
これは、本当にホロの言うように嫌な予感がする。
そう思いながら、広場の活気のある露店のイスノーラと対面するように座り、ビールを3つ頼む。
一応、ヘソクリに取っておいた銅貨だが、それをはたいてでも、今はこの交渉を成功させる必要がある。
これで本当に金貨3枚が最後のお金となった。
そんな事を考えていると、安い分手荒く運ばれてきたビールがテーブルの上に3つ並ぶ。
そして、3人がビールを取った所で、

「再開を祝して。」

そう言って杯を掲げるが、誰一人それに口をつけない。
ホロなら、チビリチビリと飲むかと思ったか、どうも彼女も何かおかしな物を感じ取ったのかもしれない。
だが、どちらにしろ口を開き交渉をしなければ進む交渉も、儲け話の商談も、旅の武勇さえも喋れない。

「それで、ノーラさんはラムトラまで行けるんでしたっけ?」

これは確認しておかなければならない、もしこれがノーなら、金を安くで買う事が出来ない。
そうすれば、今回の計画事態を頭から考え直す必要がある。
だが、それは思い過ごしだったのだろう、ノーラは指を折りながら、

「はい、ラムトラ、カスラータ、ポロソン、後は魚が多く取れる辺りまでは、羊を操りながらいけます。」

そう言ってきた。
これで、彼女を確実にこちらに引き込まないといけなくなった。

「ラムトラまではどれくらい羊を連れていけますか?」

そう聞くと、ノーラは、

「あまり多くなければ。」

即座に返した所を見ると、ラムトラまでは何度か行った事があるのだろう。
こちらの必要な情報は揃った。
ならば、後は本願成就のために交渉の核心を話すとしよう。

「最初に言ったように、私は貴方に仕事のお願いをしたい。
 報酬は金貨20枚。無論、現金支給で証書などはありません。」

そう言うと、ノーラはその言葉の意味が理解できなかったのか、
よく噛み砕くように考え込みだした。
金貨20枚、この額を扱うのは駆け出し以上の商人や、
町商人、肉屋などで、早々農民が扱える物でもない。
そして、それはノーラも同じなのだろう、いくら腕が凄かろうと教会からの賃金は低い、貧民救済院に住むほどに。
それに、彼女のこの町でのあだ名は妖精ノーラ、教会からは目をつけられ、いつ異端として告発されるかも分からない。
そして、そんなノーラに畳み掛けるように、テーブルをコンコンと指でたたきながら口を開く。

「失敗すれば報酬は出ませんが、成功すれば今言った通りの報酬が出ます。
 そして、羊飼いの貴方に要求する能力は、羊を繰りながらラムトラまで行って、そこからより多くの羊を連れ帰ることです。」

そう言うと、ノーラの頭も追いついたのだろう、報酬と仕事内容が見合わない事に。
そして、口を開く前にこちらが更に言葉を被せる。

「ですが報酬は報酬です。それに、一生懸命羊を護れば守るほど教会からは目をつけられ、よりか過酷な場所に送り込まれる。
 たぶん、貴方が狼か魔獣か盗賊に襲われるまで、その行いはかわらないでしょう。」

そう、微笑を浮かべながらノーラに言うと、そのノーラは目を閉じて耳だけで俺の言葉を聞いている。
表情がない分なにを考えているのかは分からないが、全ての言葉が届いているなら、
彼女も事の内容を理解しているはずだ。

「それに、それだけの額があれば組合に加盟するも、株を買って仕立て屋の女主人になるのも思いのままですよ?」

そう言った時に、ノーラの眉がピクリと動いてスッと目を開き、
テーブルの上に一枚の布を出してきた。

「ロレンスさん。私は商人ではないので、今聞いた金額も仕事の内容が本当はなんなのかも知りません。
 ですが・・・、」

そこまで言ってノーラは俺の目を見ながら、

「私の夢は仕立て屋の店主ではなく、あくまで自身の手で服をつくろう事です。
 そして、このーテーブルの上の布を見てください。」

そう言われてテーブルの上の布を見ると、様々な縫い方で糸が布の上を走っていた。
お世辞にもその縫い方が上手いとはいえないが、布の穴の開き具合から察すると、
縫っては糸を引き抜き縫っては糸を引き抜きと、繰り返し練習したのだろう。

「少なくとも、仕立て屋になるのは楽ではないです。今服飾の事を掻い摘んで教えてくださってる方が言うには、

 『材料を買って縫い合わせるだけなら誰でも出来る。だが、それを人に着て貰おうとなると、細やかな心遣いが必要となる。
 それは糸一本の毛羽立ちや、縫い方の違いなんかになる。人の手でそれをして売るのはとても大変で、
 自身が着る分なら、いくらでも妥協が出来るだろうが、人の分となると妥協は出来ない。まぁ、頑張って修行するんだな。』

 っと、言っていました。そして、今私がしているのが、その方から出された宿題です。
 私から見ても下手ですが、その下手な物を見せられたロレンスさんは、私から服を仕立ててもらいたいですか?
 更に言えば、私は羊飼いで草原で針仕事は出来ず、できる機会といれば貧民救済院での補修ぐらいでしたし。」

そう言われると、言葉に詰まる。
商人として、今目の前の物にお世辞を言うのは楽だが、それを提示した本人が下手だと言い張っている。
そんな相手を誉めれば、間違いなく相手の怒りを買う、こうなれば、話を摩り替えた方が早い。

「ですが、それも生きているからできるのでしょう。
 森で盗賊に襲われればそれまでです。そして、貴方は教会からそこに行く事を強いられている。
 それは貴方が襲われるまで、ずっと続く。それに、ノーラさんはこの町で仕事をなさる気ですか?」

そう言うと、ノーラは眉を八の字型にしながら、

「いえ、この町で仕事をする気はないですが・・・・。」

ここで攻めきれなければ、たぶんノーラは首を縦には振らない。

「さすがに、この大きな町でも知り合いがいる所では仕事がし辛いでしょう。
 さらには、教会からは眼光鋭く司祭達が貴女に睨みを利かせている。
 それに、私も教会からは色々とひどい目に合わされた事がある。はっきり言いましょう・・・。」

そう一拍おき、あたりの人間に聞こえるか聞こえないかの声で、

「この町の教会は豚にも、いや、その豚のクソにも劣る。」

教会への批判は重罪である。
だが、それでも口にしなければいけない時もある。
たぶん、今がその時だろう。
それに、気付かれれば横のホロが教えてくれるだろう。

「私は、今言った物にも劣る所に、いい様に使われているノーラさんを可哀相に思います。
 私達の提案に乗って頂き、ほんの少し教会に仕返しをして、
 そして、新しい町で新しい暮らしをしを手に入れていただきたい。」

そう言うと、ノーラは訝しげにこちらを見ている。
既に、ノーラの心にはこちらに対する疑念の炎が生まれ、
すくすくと育っているのだろう。

「その、仕事の内容を私は聞いていません。」

そう、ノーラが言ってくる。
確かに、今まで話したがこちらが何をして欲しいのかは言っていない。
言っていいものか迷うが、ここまで来たら言うしかない。

「金の密輸です。場合によっては羊の解体もして頂く事になるかも知れません。」

そう言うと、ノーラは目の前にあるビールの入ったコップを手に取り、中身を一気にあおり。

「どうやら、私はここで飲みすぎて酔っていたようです。
 私は酒に弱く、その酔った時にはよく人の言葉を聞き漏らします。
 私は、ここで何の話をしていたのでしょうロレンスさん?」

そう、言われてあっけに取られる。
ノーラは今まで話した話を、全て酒を飲んで無かった事にしてしまい、
更に、密輸にも否定を下した。
その事に呆然としていると、

「わん!」

そう、エネクが吠えノーラは席を立ち、

「すみません、今日もその方に仕立ての事を教えていただくようになっているので。」

そう言いながら、歩き出そうとする、
くっ、先に彼女を手中に収めたヤツは一体誰なんだ!
仮に、彼女が出会った当初のままなら、間違いなくこちらになびいただろう。
それに、最後の彼女が言った文句は、商人が事をはぐらかす時に使う物の典型だ。
つまり、彼女はどこかの商人と通じている事になる。
そんな彼女の背に、言葉を投げかける。

「参考までに、ノーラさんが教えていただいている方とは誰です?」

そう聞くと、ノーラは振り向いて、

「はい、教会に泊っているエヴァさん達です。
 一応、彼等が町を出るまでは教えていただく予定です。」

そう言って歩いていった。
その姿を見ながら、額にピシャリと手を打つ。
ここか、ここでその名前が出てくるのか・・・。
それに、ノーラには何をするか知られてしまった。
彼女がこの事をチャチャゼロさん達に言うかは解らないが、
どちらにしろ不安事項になるのは変わりない。
そう思っていると、横のホロが俺の酒を飲みながら、

「どうやら、わっちらはどうあっても、
 そのチャチャゼロと言う商人に会わんといかんようじゃの。」

そういうホロから酒の半分残ったコップを奪って飲みながら、

「あぁ、だがこれで1つエヴァさんが、俺達の事を知っていた謎が解けた。」

そう言うと、ホロは苦笑しながら、

「やはり、相手は狐じゃな。ここまで見越したかは知らんが、
 わっちらが知らん間に罠を張っていたようでありんす。」

ここまで来ると、ホロが罠と言うのがうなずける。
知らない間に知らない所から、自身たちの所に来るように誘導されているような気がする。
しかし、そうなると狐は誰か?
チャチャゼロさん・・・?
いや、それだと何だかしっくり来ない。
彼の対応は商人然としていたが、それでも会話を打ち切ったのは彼じゃない。
となるとロベルタさん?
いや、それはあまりにもなさ過ぎる。
彼女はあの会話の中で特に気になるような事を言ってはいない。
となると・・・、白髪の彼女、

「エヴァさんが白狐?」

そう言うと、ホロがニヤニヤしながら、

「狐は痩せっぽちで肉は少ないが味は極上じゃったな。
 クックックッ・・・、わっちの牙でその喉笛に喰らい付いてやろうかの。」

そう言って笑っている。

「あぁ、お前の頭のめぐりを頼りにしてるよ。
 だが、その前に行きたくはないが商館を回って情報収集だ。」

そう言って、ホロを連れ立って再度、気が重くなる商館周りへと歩き出した。


ーside俺達ー


チェスはボードゲームだが、何気にスポーツにも分類されるゲームである。
そして、そのチェスは戦術と戦略を駆使し8×8のボードで、
ポーン8、ルーク2、ナイト2、ビショップ2、クィーン1、キング1。
これらの駒を使いキングを取る事を目的とする。

まぁ、外国風将棋だと思えばいいが、取った駒はボードに戻す事ができないのが1つ、
ポーンが自陣から、敵陣の一番奥まで行った時に、キング以外の好きな駒になれる事が1つ。
そして、ポーン以外の駒は駒の動きに対応して後ろに下がれるが、ポーンは下がれないし、
自陣から出るときは2マス勧めるが、それ以降は1マスずつとなる。

駒の動きはルークが十すべて。ビジョップが×すべて。クィーンが米すべて。
キングが口で1マスずつ。これらの駒は自分の駒を飛び越す事はできないが、
ナイトだけ別で自分の駒を飛び越し、○で十には動けない。

と、まぁ、それをロベルタとディルムッドに教えて、チェスをやっている訳だが。
ディルムッドは、まぁ初心者なんで簡単に勝てる。
だが、問題はロベルタである。
鏡打ちをして、駒の動きを覚えた後は連敗を繰り返している。
うぅっむ、人とコンピューターの戦いはどっちが勝ったんだったか。
まぁ、この場に限っては人がいないので、なんともいえない。
ついでに言えば、本来の仕事は指揮官だったのだから、大軍指揮はお手の物と言うことか。
そう思いながら、今勝負が終わったばかりの盤面を見直しているが、

「エヴァさん、少々気になったのですが、
 どうしてキングを差し出してまでクィーンを護るのです?
 この勝負の場合、キングを取られたらおしまいでしょう。」

まぁ、確かにその通りなんだが、

「キングはクィーンを護る。ただそれだけだ。」

なんだったかな、確かどこかでこの台詞を聞いてカッコいいなぁと思って、
初めてチェスに触れて以来、何となくこのフレーズが頭に残っている。
ゲームとしてはキングを取られておしまいだが、何となく護りきれた時は幸せな気分になれるな。
まぁ、負けは負けなのだからなんとも。
そう思っていると、扉をノックする音がする。

「空いてるから入っていいですよ。」

そう、チェス盤を見ながら魔法薬を吸っている俺の横で、ディルムッドが声を上げた。
そして入ってきたのは、

「失礼します。」

そう言ってノーラが入ってきた。
そして、俺の前まで来て、

「宿題です、まだ下手ですが見ていただけますか?」

そう言って、糸が幾本もはしる布を出してきた。
縫い方は簡単な物で、祭り縫い、返し縫い等、後はエヴァの所に合った服を見ながら覚えた物と、
ディルムッドがドクロからもらった、服飾の本で覚えた物を教えている。
まぁ、今見た布の縫い方が、上手いか下手かで言えばお世辞にも上手いとはいえないが、
それでも繰り返し練習したのだろう、布のあちこちに針で刺した跡がある。

「よし、まぁお世辞にも上手いとはいえませんが、それでも向上心はあります。
 後は早く縫うのではなく、先ず同じ間隔で縫うように注意していけばいいでしょう。
 取り敢えず、ベッドで後は教えるとしましょうか。」

そう言って、ベッドの方に移る。
針山があればテーブルでもいいのだが、
今のテーブルの上には、チェス盤やらワインやらがあって散らかっている。
ついでに、今寝ているベッドの一部がほつれているので、それを直させる事にしよう。
そうして、ベッドに移りほつれている場所を見せて、

「そのまま縫ってもいいですが、 今回は少々手間をかけましょうか。」

そう言って、ハサミとペンを渡す。
そうすると、ノーラはほつれている部分を切って、
2回ぐらい折り返して両方縫い、それをあわせてもとにもどそうとしている時に、

「っつ!」

そう声が上がったので、見てみれば指を刺したのか血の玉ができている。

「気をつけて落ち着くといい。
 白い布だと血は目立つようになる。まぁ、このベッドは茶色いけどね。」

そう言って、ノーラの指を咥えて血を舐める。
ふむ、久々で量も少ないが味は上々だろう。
そう思いながら、指を口から出すと、ノーラが、

「すみません、少々酔ったようで。」

そう言うので、鼻を動かすとアルコールの香りがする。
たぶん、教会でワインでも飲んだのだろ・・・う?
いや、ワインならブドウの香りがするはずだが、どうもブドウではないな。
となると?

「それはかまいませんが、何処で飲んだのです?」

そう聞くと、ノーラは口をもごもごさせている。
たぶん、ロレンス達がノーラに密輸を持ちかけたのだろう。
なら、後は賢狼が来るのを待つだけか。
そう思っていると、また部屋の扉がノックされ、ロベルタが開いた扉から、
日の光をふんだんに浴び、大きな穂をつけた麦畑のような香りが流れ込んできた。

流石は、長い年月麦を護ってきた賢狼。
その香りさえも、こんなに心地のいいものなのか。
ならば、その首筋に牙を立てたなら、さぞ芳醇な味がするのだろう。
と、そんな事を考えている間にロベルタが扉の前でロレンス達の対応をしている。

「こんにち、はロベルタさん。
 少々お話があってお伺いしたのですが大丈夫でしょうか?
 一応、連れも連れて来ているのですが。」

そう、戸口でロレンスの声がすると、ロベルタはこちらを振り返りながら、

「いかがなさいますかエヴァさん、チャチャゼロさん。」

そう聞いてきて、ディルムッドがこちらに目配せするので、ロレンス達に見えないように小さく顎を引いて返す。
そうすると、ディルムッドが、

「かまわないよ。
 わざわざ足を運んでもらったのに、帰ってもらうのは悪いしな。」

そのディルムッドの声を聞いたノーラが俺の方を見ながら、

「商談ならお邪魔でしょうから、私は帰りましょうか?」

そう聞いてくるが、彼女には居て貰わないと困る。
なにせ、これからの商談は彼女の行く末にも関わってくる。
それを、本人抜きでしてしまうのはいただけない。

「いえ、貴女はいないといけない。
 神は理不尽だが、それを含めて世界は絶望するほど酷い物ではないですよ。」

そう、微笑みながら言うと、ノーラは何の事だか解らないのだろ首をかしげているが、
入ってきた人物を見て息をのんで、

「ロレンスさんとホロさん・・・・・。」

そう、小さく呟いた。
窓から差し込む日は傾き、時刻は逢魔が時。
人と魔が、魔と魔が、人と人とが出会うにはうってつけのこの時間に、
賢狼ホロと商人ロレンスは、俺達の部屋に現れた。
クックックッ・・・、いよいよ面白くなってきた。
そう思いながらほくそ笑んでいると、ディルムッドが席に着き、それの対面にホロとロレンスが座る。
そして、ロベルタが各人の前にワインの入ったコップを置き、俺達のいるベッドの方に非難してくる。

「ノーラ、字が読めるならこの本を読むといい。
 読めないなら、絵を見て縫い方を試すといい。」

そう言って、布を数枚と針と糸を渡す。
むろん、取り出したのは影からだが、ノーラに見えないようにカバンの影から出したのでばれる事はない。
そして、近場の蝋燭からキセルの火口に火を落として魔法薬を吸う。
板上には黒の俺達とノーラ、白のロレンスとホロにレメリオ商会。
キングを俺達とするならクィーンはノーラだろう。
そう思っていると、ディルムッドから念話が入ってくる。

(ここまで来てくれたのはいいとして、ここからどうするんだ?)

(なに、相手の話を聞いて応答するだけさ。
 必要な所はこちらから念話を送る。)

(了解。)

その念話が終わると、ディルムッドが口を開いた。

「お連れさん・・・、ホロさんでしたか。
 連れて来て下さった事に感謝しますよロレンスさん。これで妻も喜ぶ。」

そう、ディルムッド言えば、ロレンスは笑顔で、

「ええ、連れもあなた方に会いたいといっていましたのでよかったですよ。」

そして、ロレンスはテーブルの上で手を組みながら、

「早速で悪いのですが、私達には少々時間がありません。
 なので本題から話させていただきましょう。」

そう、前置きをして話し出した。




[10094] 互いの牙の間合いだな第41話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2009/12/08 01:32
互いの牙の間合いだな第41話





「私達はこの街で商売をしようかと思っています。
 ですが、その商売にノーラさんの力をお借りしようかと思いましたが、
 残念な事に断られてしまいました。」

そう言って、ワインを一口飲み、
スッっとロレンスはディルムッドの目を見て、

「ノーラさんが私達に力を貸していただけない理由が、
 貴方方に服に関する事を習っているからです。
 なので、先ずは貴方方のこの町への滞在期間をお聞きしたい。」

そう言うと、ディルムッドはにこやかに、

「特に日数は決まっていませんが、今すぐに発つと言うこともありません。
 そうですね、妻と私、ロベルタがノーラに服の事を教えているので、
 ある程度のめどが立つまでは、ここにいてもいいかもしれませんね。」

そうディルムッドが言うと、横にいるノーラは嬉しそうに微笑んでいる。
まぁ、これでノーラの夢への近道がある程度確保されたのだから当然だろう。
そう思っていると、そのノーラが俺に話しかけてくる。

「さっきのチャチャゼロさんの言った事は、本当ですか?」

「ええ、物事を途中で投げ出すのはどうも性に合いませんから。」

そう言うと、ノーラは『ありがとうございます。』と言って、渡した本を眺め出した。
ロレンスの方はと言うと、ある程度こちらの回答が読めていたのか平然としている。
そんなロレンスに、ディルムッドが今度は質問しだす。

「ところでロレンスさん、ノーラさんが必要な仕事とはなんです?
 彼女はただの羊飼いですよ。腕前の事は知りませんが、それでも出来る事は限られてくるでしょう。」

そう言うと、ロレンスは笑みを絶やす事無く、

「ノーラさんから伺っていないのですか?
 それなら、こちらの口から言う事はできません。
 何せ、上手い儲け話を知る人間が多くなれば、それだけ利益が減りますからね。」

そう、けん制とも探りとも着かない言葉を返してくる。
さて、ロレンス達は、こちらが密輸の事を知っていた方が得だったのだろうか?
それとも、ノーラが秘密をばらしていないかを、知りたかったのだろうか?
まぁ、知っていた方が話は早いのかもしれない。
ついでに、魔法薬が燃え尽きていたが、今はこの交渉の方が面白いし、
ノーラも、横で吸われれば煙たいだろう。

「内容も分からないのに、彼女を如何こうすると言うのも虫のいい話ではないですか?」

そうディルムッドが少々険呑な雰囲気でロレンスに返すと、
ロレンスは、胸の前に両手を出して、

「ですが、それも事実です。
 それに、ここに来る前に彼女とは交渉しましたから、
 彼女自身は事の内容を知っています。」

そう、のらりとこちらの言葉をかわした。
ふむ、ロレンスの本当の目的は何だ?
いや、ノーラと金の密輸が目的なら分からないでもないが、
どこか遠まわしに話しているような気がする。
ついでに言えば、どうもホロがこちらを見ているような気がするが、
しかし、こちらの3人のうち一体誰を見ているのかは、頭から被っている布の所為で分からない。

(チャチャゼロ、取り敢えず引渡しは突っぱねていい。)

そう念話を送ると、

(あぁ、少なくとも彼女は『身内』だろ?)

そう、念話を返し、

「それなら、私達も早々彼女を手放せません。
 少なくとも、私達がこちらにいる間は彼女は身内です。」

そうディルムッドが返すと、
ロレンスは笑いながら、

「流石は大商人、懐が深い。
 私のような駆け出しでは、弟子一人取るのも金貨で計算してしまいますよ。」

そう言われたディルムッドは、
笑いながら一口ワインを飲んで口を湿らせて、

「いえいえ、そうでもないですよ。
 私たちも日々の暮らしで手一杯です。」

そう、ディルムッドが笑って返すと、
ロレンスはスッと笑みを引っ込め、

「ええ、そうでしょうね。
 なにせ、商人ではないのですからあなた方は。」

そう言うと、ディルムッドも笑みを引っ込めて、

「ええ、そうですね。
 私は薬売りで、妻は医者。売り買いする物はありませんが、
 仮にするとすれば、それは人の命と言う所でしょうか?」

そこまで話すと、ロレンスはニヤリとどこか人の悪い笑みを浮かべて、

「宣教師様も居ますから、葬儀も楽ですね。」

そう言うと、ディルムッドはやや顔をしかめ、

「あくまで助けるのが仕事です。
 早々彼女の世話になっていては、仕事になりませんよ。」

そこまで話すと、
今まで黙っていたホロが口を開いた。

「のうぬし様よ、わっちゃ医者と言うものを知らんが・・・・。」

そう言いながら、俺の目を見据えて、

「心の臓腑が止まっていても、
 生きた人間のようにする事が出来るのかのう?」

そう聞いてくる。
なるほど、確かにロベルタの心臓は、いや、
そもそも、心臓のないロベルタは心音そのものが聞こえない。
だが、それでもこちらに打つパンチとしては弱い、

「それはまさに神の所業ですねホロさん。
 ですが、それも鼓動が聞こえる距離で言える事でしょう。」

そう、俺が返すと、
ホロは喉を低く鳴らして、ロレンスに目配せをし、
それで何か感じ取ったのか、ロレンスは自身の座っていた場所をホロに譲った。
たぶん、これから先はホロが交渉の席に着くのだろう。
だが、それでも初期よりのこちらの有利があるのに、どうやって交渉するきだ?
そう思っていると、

「なに、わっちゃ耳と鼻がよくての。
 じゃからぬしが吸う煙のせいで、甘い匂いしかせんかった。
 じゃが、1度部屋に入って、しかも煙が消えれば話はかわりんす。」

そう言って、俺達の方を見回しながら、

「チャチャゼロのように、体中から血の匂いをする人間もおる。
 まぁ、戦場に立てば自然そうなるじゃろ。」

そう言って、ディルムッドを見て、
次に、

「ロベルタのように、心の臓腑の音のせん人間は知らん。
 まぁ、ぬしが医者といい、わっちは医者がなにをできるか知らんからなんとも言えんが、
 医者であるぬしが、出来るといえばできるんじゃろう。」

そして、最後に俺の方を見て、

「じゃがなぬしよ、体中から血の匂いをさせて、
 更にはその口の・・・・、とりわけ牙から、色濃く血の匂いを漂わせるような人間なんぞわっちは知らん。
 のう、そうじゃろ、若い血吸いの娘子。」

そう言って、ホロは俺の目を射抜くように見ながら言葉を続ける。
だが、それどころではない。一気にこちらの分が悪くなった。
しかも、ゲームの盤を180度一気にひっくり返すぐらいの勢いで。
くっ、これなら魔法薬をやめずに、吸い続けておいた方がよかったのか?

「いくら戦場に立って血を飲もうとも、人なら口から入り喉を通る。
 じゃが、血吸いなら話は別じゃろ。喉を通らず、その牙で吸うのじゃからな。」

そう締めくくって、ホロはニヤリとこちらを見てくる。
ふぅ、ここまで看破されれば隠した所で、見苦しいだけだろう、
頭に混乱は残る、盤がひっくり返ったせいで、
一体どのカードが好手で、どのカードが悪手なのか分からなくなった。
それに、相手は賢狼。相手にとっては不足はないが、相手からすれば、こちらは不足な相手だろう。
なら、誰もが幸せになれる道を探し出そうじゃないか。
そう思い、ベッドを立つと、

「エヴァさん、大丈夫ですか?」

そう、ロベルタが俺に聞いてくるが、

「なに、序盤戦は終了。今から中盤戦だ。
 そして最後の終盤戦で勝負は決する。それはチェスも交渉も同じだろう?」

そう強がって言うと、ロベルタは『はぁ。』と、どこか困惑するかのように返す。
さて、目の前に見えるは決闘の盤、その子に赴く前に、

「ノーラ、真実は目に見える以上に不思議で不可解だ。
 だが、それでも、真実は真実。今から自身の眼で見て考えるといい。
 ・・・、あぁ、それとお前が身内と言うのは、間違いの無い真実だ。」

そう、頭をなでながら言うと、ノーラは目を白黒させながら、

「エ、エヴァさん、その口調が・・・・・、後、血吸い?
 でもあれ、身内?」

そう、面白いぐらい混乱している。
が、その方がいい。ノーラには悪いが、
俺以上にノーラが混乱してくれたおかげで、逆に頭が落ち着いた。

「チャチャゼロ、場所をかわってくれ。」

そう言うと、ディルムッドは俺に席を譲りながら、

「見事に看破されたな。
 まさか、ロレンスが時間稼ぎ役だとは気付かなかったよ。」

そう言うディルムッドに顔を寄せ、
ディルムッドにだけ聞こえるような声で、
ただ、ホロには間違いなく聞こえるような音量で、

「私もだ、流石は賢狼。」

そういいながら、ディルムッドの肩越しにホロを見ると、
向こうもこちらの言った事が聞こえたのだろう、
ニヤリと笑って返した。
くっ、多少でも悔しそうな顔でもしてくれれば、
こちらのアドバンテージがどれ位か分かっただろうが、笑って返させるとなんともいえない。
そう思いながら、席に着く前にテーブルの上を見れば、チェス盤が駒は置かれずに出しっぱなしになっている。
ふむ・・・、

「なにをしておる?」

「なに、分かりやすいようにな。」

そう言って、ホロ達の前に白のクィーンとキングを、
俺の前に黒のキングを置き、その後ろにクィーンを置いて席に着く。

「さて、私はお前に血吸いと呼ばれたわけだが、
 そう呼んだお前は何者だ?」

そう聞くと、ホロはキョトンとして、

「ぬしは、わっちの事を知っておるのじゃろ?」

そう聞いてくる。
だが、それでもまだお互いの口でお互いの事を名乗ってはいない。
それに、これで上手く行けば多少は場を元に戻す事ができる。

「知っているが、私はおまえ自身の口で名乗るのを聞いてはいない。
 改めて名乗ろう、真祖 エヴァンジェリンだ。」

そう言うと、ホロは面白い物を見るような目をした後、
笑いを噛み潰しながら、

「真祖の、いいじゃろう。わっちは賢狼ホロじゃ。」

そう言ってくる。
だが、まだカードを出してもらおう。
一体何処まで出してくれるかは、知らないけど。

「ここまできたら今更だろう、被り物を取ったらどうだ?
 そろそろ窮屈で仕方がないだろう?」

そう言うと、ホロはスッと被り物を取り、
その頭上に着く獣の耳をあらわにした。
背後からはノーラの息を飲む音が聞こえるが、今はそれにかまっていられない。
なにせ、ホロは自身の手で人で無いと言う、一番の証拠をこちらにさらしたのだ。
と、言う事はホロにとって、それを知られるのは痛くも痒くもないと言う事なのか?
そう考えていると、

「ククク、わっちの連れはぬしの事を狐呼ばわりしておったが、
 まさか血吸いじゃったとはの。最後に見たのはいつじゃったかの。」

そう、どこか懐かしそうに言っている。
長く生きているホロは一体、今までにどれ位の人に出会い、
そして人を看取り、忘れられていったのだろう。
と、いかんいかん。
ここは交渉の場だ、私情を挟むのは交渉の後でも十分できる。

「狐と言うのも間違いではない、狐にもなれるからな。
 それで、私は交渉の場に立ったが、それ以上にどうして欲しいというんだ?
 少なくとも、私達をこれ以上どうにかする事はできないだろ。」

そう言うと、ホロは何でもないというかのように、

「じゃろうな。じゃが、それでもどうにかせんと、
 わっちと連れがのんびり旅をする事もできん。」

そう、前置きをしてワインを啜る。
さて、本当にホロはいったいどうする気だろう?
その言葉しだいでは、こちらも如何にかしないといけない。

「その如何にか、とは?
 すくなくとも、この場での力関係は私達が上だが?」

そう言うと、ホロは飲んでいたコップを置き、

「そうかの、ここは教会じゃろ?」

そう言って辺りを見回す。
確かにここは教会で、俺たちは宣教師ロベルタの連れと言う事で泊めて貰っている。
だが、それでも早々こちらの有利は揺るがな・・・・・・い?
いや!こちらは外敵から自身を護るのにもっとも有利な場所に陣取った。
それは間違いない。少なくとも、教会の不祥事なら内々で始末しようとするし、
その不祥事が外に露見すれば、それは教会の威信に関わる。

だが、その城壁は俺達の本当の正体を知らない。
もし、それが露見してしまえば、ここは地獄の釜の中だ。
少なくとも、ただの人間には負けない。
だが、事が大きくなればなるほど、初期よりの目標の平穏は遠のく。
そう思ってホロを見ると、ホロの方はやっと気付いたのか、と言うように、

「わっちは人ではないが、ぬしもその連れも人じゃありゃせん。
 じゃあ、ここで人が大声を上げたらどうじゃろう?
 そう、例えばロベルタが倒れたとかの。」

そう言って、ロベルタを見る。
倒れたと大声を上げれば、間違いなく来たヤツは胸に耳を当てるだろう。
そうなれば、間違いなくそこで事が露見する。
・・・、切りたくない札だが一応切ってみるか。
少なくとも、こちらが考えるだけの時間ぐらいは稼げるだろう。

「なるほど、確かにそれはこまる。
 だが・・・。」

キセルを取り出し魔法薬を詰め、

「エメト・メト・メメント・モリ 火よ灯れ。」

魔法を詠唱して、指の上に炎を浮べ吸い口に火を落として火をつけ、
煙を吸い込み肺まで入れふぅーっと一息。そうして、ホロの方を見ると、
ここで初めて、苦虫を噛み潰したかのような顔をして、

「魔法か。」

そう言ってくる。
ふむ、割と有功だったらしい。
これは誤算だな。

「あぁ、魔法だ。
 ちなみに記憶を消す事も、物を隠す事も、空を飛ぶ事もできる。
 それに、お前はどうする賢狼。」

そう言うと、ホロがニヤリとし、

「ロベルタを隠せば何処に言ったかと聞かれ、空を飛べばすぐに見つかり、
 記憶を消そうにも、消す相手が誰かわからんと消せんじゃろ?
 それに、わっちは麦に帰るだけじゃ。」

そう返してくる。
確かに、記憶を消す魔法は難しく、大規模でやれば間違いなく消去どころか記憶の欠落や、
ネギが言うように頭がパアになる。
パアになると言われると、意外と可愛いように聞こえるが、
実際なったヤツ、まぁ俺の場合は賞金稼ぎだったが、
見ていられない、もしくは目も当てられないような状態で、むしろ白痴に近いような状態になる。

数日で戻るにしろ早々使いたい物ではない。
なので、よっぽどの事がない限り、この魔法は慎重になおかつ対象を明確にしてやる事が重要になる。
しかし、ホロがそこまで読んでいた・・・、のか?
いや・・・、なるほど、これは・・・。

「なるほど、見苦しい足掻きを見せたな賢狼。
 そちらが大声を上げれば、私とその連れは捕まる。」

そう言いながらキングの駒を倒し、後ろの方を見るとディルムッドは、
事の成り行きを見極めようと俺の方を見て、
ロベルタは、自身がネックになった事をどうし様かとオロオロし、
ノーラはだいぶ落ち着いたのか、俺の事を不思議な物のように見ている。

そして、ホロの方を向けばホロはニヤニヤ笑い、横のロレンスは憮然としているが、頬から冷や汗がたれている。
だが、口の辺りはどうも、喜びを隠せないらしい、少し釣りあがっている。
当然だろう、俺がキングの駒を倒したのだから。
だが、ここからまた交渉するとしよう。
なにせ、クィーンはまだ残っている。

「だが、それはそちらも出来ない・・・・だろ?」

そう言うと、ホロは眉をひそめる。
だが、ここからだ!
まだ、俺の言葉はまだ止まらない!

「賢狼の牙は確かに私の喉笛に牙を立てた。
 だが、その間合いは私の牙の間合いでもある。
 ノーラ、お前はこの町でなんとあだ名されている?」

そう言うと、1度ビクリとした様な気配の後、
おずおずと口を開き、

「妖精ノーラです。
 はっきりと聞いた事はありませんが、そういう風に言われているらしいです。」

そう、彼女は彼女の口でそう言った。

「今聞いたとおりだ。彼女がここに頻繁に出入りしだして間もないが、それでも彼女は暇があれば私の所に来ていた。
 だが、ここでひとたび私が異端者と告発されればどうなるか?」

そう聞くと、ホロはスッとロレンスの方に目をやり、
その視線を受けたロレンスが口を開く。

「異端者として捕まる・・・・、ですか。」

そう眉をしかめながら話す。

「ご名答。まぁ、仮にそうなったら私達は逃げるよ。
 文字どおり飛んで逃げてもいいし、逆に町を滅ぼしてもいい。」

そう言った瞬間ホロは俺を睨み、ロレンスも座ったままだが身構え、
後ろのロベルタ達からは息を飲む音がする。

「ぬしがわっちに勝てるとでも?」

「悪いが、ここに来る前に神は1柱屠った。」

そうお互いがいい視線が絡む。
ホロに勝てるか・・・・、そんな事やってみなければわからないが、
そもそも、そんな事をする必要性はない。
そう思っていると、はぁ、ホロが1つため息をついて、
自身の前のキングを倒し、

「で、ぬしたちの目的はなんじゃ?
 わざわざわっちらをここまで呼んだんじゃ、何かあるんじゃろ?
 大体目星はつい取るが。」

そう言ってくるが、はて、ホロ達が見つけられるような目星とは何だ?
そう思って黙っていると、

「ぬしたちも騒ぎはいやなんじゃろ?
 じゃから、荷馬車やら馬やらを探し取ったんじゃろ。」

なるほど、確かにそれは目的だ。
間違いなく目的だ。

「間違いない。」

そう言うと、今度はロレンスが口を開き、

「なので、私達は貴方方を私達の馬車に乗せ、
 目的地付近まで送る事を提案します。」

なるほど。
それは確かに利害は一致する。
ただ、それは俺達とロレンス達の利害がだが。
そう思い、金貨の入った袋をドンとテーブルの上に乗せる。

「ここの金貨50枚入った袋がある。
 これだけあれば借金も返せるだろうし、晴れて自由の身。
 私達とノーラがしていた町をでるまで教えるという契約も守れる。」

そう言うと、ロレンスとホロ、後はノーラが金貨の詰まった袋を眺めている。
・・・・、あぁ、なるほど。

「ここで新しく商談だ。
 その金貨50枚で私達を雇わないか?」

そう言うと、ロレンスはビクッっとしたように肩を上げ、

「貴方方をですか?」

そう言いながら、俺の事を訝しそうに見てくる。
まぁ、今までの物騒な会話からすればそれも仕方はないか。

「あぁ、出来る事は色々あるぞ?
 料理に洗濯、物の修理に後・・・、羊飼いの説得とかな?」

そうノーラの方を見ながら言うと、今度はノーラがビクッと肩を揺らした。

「エヴァさん、今金貨を目の前にして、私がその商談に応じると思いますか?」

そう、ロレンスが俺の目を見ながら言ってくる。

「いい商人の第一条件はなんなのか、ご教授願おうか商人ロレンス?」

そう、質問を質問で返すと、
ロレンスは疲れたように口を開き、

「約束を護る、ですよエヴァさん。」

そう言って、ロレンスは袋をこちらの方に押し返してきた。
その横にいるホロは手を目に当てて天を仰ぎながら、

「はぁ、ぬしのお人好しは筋金入りじゃの。」

そういって、ため息をついている。
ふむ、後で甘い物でもホロに送ろう。
旅の仲間に早々毛嫌いされたくはない。

「これで契約は成立だな、商人ロレンス。」

そう言うと、

「えぇ、間違いなく契約完了です。
 契約料も払いましたし、貴方方を雇い私の荷馬車に載せることになりました。
 なので、早速ノーラさんを説得していただきましょう。」

そう言って、俺の目を見てくる。
俺は俺でノーラをこちらのテーブルにつくように促し、
そのノーラが席に着いたのを見計らい口を開き駒を置く。

「なに、最初からここのクィーンは彼女だよロレンス。
 右は強き敗者、左は弱き敗者。勝者は盤面を眺めていたノーラ女王ただ1人。」

そう言うと、ノーラは困惑したように口を開き、

「そんな・・・、ただ私は見ていただけです。
 そんな事をいわれても実感はありません。」

そう言ってくる。
まぁ、確かにそうなのではあるが、だが勝者がノーラである事は揺るがない。
例えば、俺がでしゃばらない限りだが。
そう思いながら、ノーラの前にワインの入ったコップと、水の入ったコップを置き口を開く。

「さて、ノーラ。私達はお前を説得しないといけない。
 そういう契約で金貨を貰ったんでな。
 それではこちらの出せるカードを出そう。」

そう言うと、ノーラはゴクリと生唾を飲む。
まぁ、出せるカードはノーラが得する物以外ないんだけどね。

「私達が出せる条件、1つ、身内なので旅立つ時に一緒に連れて行く。
 2つ、旅で次の町に着くまで一日中服を弄れる、布も糸も使い放題で。
 3つ、町で商館を見つけるのを手伝う、
 まぁ、これはお前がいいと言う物を探さんといかんから、なんともいえないがな。
 一応これが出せる条件で、私は一応イギリスを目指しているので、そこまで着いて来るなら来てもいい。」

そう、ノーラに出せる甘い条件をぶちまけて、ワインで口を湿らせる。
ノーラの方は今言った事を、一生懸命理解しようかと言うようにうつむいている。
そして、口を開く。

「エヴァさん達の見返りはなんですか?
 私は何も持っていませんが?」

そう言ってくるが、既に見返りはロレンス達に貰っているし、
これといって欲しい物はない。まぁ、そうだな・・・・。

「お前が作った初めての服1着。これが私の求める見返りだ。」

そう言うと、ノーラはキョトンとしたように、

「その、血とかではないんですか?」

そう聞いてくるが、

「いや、コップなんかでくれるとか、舐め取るとかでいいならしないでもないが、牙を立てることはないぞ?
 ついでに言えば、牙で吸ってくれと言っても生きてるヤツから吸う事はないしな。
 だが、それもこれも、お前の回答しだいだ。 神の血は全てを蒙昧にして覆い隠す。
 地を潤す恵みは目覚まし代わりの一杯となる。
 さて、どちらを取る?」

そう言って、うつむいたノーラを眺めていると、
やがてノーラは手を伸ばしながら、

「私は、夢を夢で諦めたくありません。
 私は、今の生活に確かに不満を持っています。
 私は・・・、私の夢を曖昧にしたくない。」

そう言って水の入ったコップ一気にあおり、

「私は私の意思で、今の提案を受け入れます。
 その・・・、よろしくお願いします。」

そう言って、立ち上がってぺこりとお辞儀をした。



[10094] 幕間その4 仲良くなろう
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2009/12/08 20:14
幕間その4 仲良くなろう






「あ~、見事にやられた。」

そう、俺が言いながらコップを空けると、
ホロがそのコップに酒を入れてくれながら、

「なに、ぬしもなかなかじゃったよ。
 特に、引き際からの切り返しとかの。」

そういいながら、自身のコップの酒を飲んでいる。
今現在、交渉も終わり、こちらがホロ達に雇ってもらうと言う事になったのだが、
交渉の内容の物騒さと、ロレンスの胃を労って、そのまま部屋でテーブルを囲み懇親会となっている。
当然といえば当然だが、酒にしろ食べ物にしろ料理にしろ、全部俺達持ちと言う事で、
ホロもロレンスもノーラも、なかなかに食と酒が進んでいる。
ちなみに、料理は魔法球の中からポンポン取り寄せているので、早々なくならない。

ついでに言えば、ホロ達はここに来る前に宿の主人に、
今夜は帰らない事を伝えているので、今晩は朝まで好きなだけ飲めると言う状態で、
部屋に防音用の結界を張っている。
まぁ、いくら防音用といってもホロの大声や、暴れれば流石にばれる。
そんな中で、俺とホロが話しているのは先ほどの交渉の話し。

「エヴァさんすみません、私のせいで交渉が上手くいかなくて。」

そう言って、ロベルタがホロのコップに酒を入れている。

「まぁ、それでも結果は悪くない。
 むしろ誰も損をしてない以上、成功と言って差し支えないさ。
 それに、ロベルタが居ない方が、
 交渉の先が捻じ曲がって、分からなくなってたよ。」

そう言うと、ロベルタは小首をかしげ、代わりにホロが口を開いた。

「落とし所と言うヤツじゃよ。
 そもそも、わっちたちは最初から不利じゃった。
 ぬしたちの事をまったく知らんで、
 ぬしたちの喉笛を見つける所から、せんといかんかったからの。
 町で手に入った情報と言うのも、
 馬車と馬と道を聞いた事ぐらいじゃったかのぬしよ?」

そう言って、ロレンスの方をホロが見ると、
口に入れていた乾し肉を飲み込んで、

「後は鎧を1つ買った事位かな。
 まぁ、それを調べる間にも商人達に煙たがられたが、
 それをしただけの利益は得たかな。」

そう言って、酒を飲んでいる。
その横に座るディルムッドがノーラに料理を取ってやりながら、

「落としどころね。
 まぁ、エヴァがロレンスを殺せと言わなかったからよかったよ。」

それを聞いた、横のロレンスが酒を吹いているが、
まぁ、いきなり横で飲んでるやつから、自分を殺すだのと言う言葉が出ればそうなっても仕方ないか。
ついでに言えば、ホロが言った体中から血の匂いがと言う言葉も、頭に流れているのかもしれない。
はぁ、これ以上ロレンスの胃を苛めるのもかわいそうだ。
そう思いながら、薬をロレンスの前に置きながら、

「チャチャゼロ、私達は最初からロレンスを殺せないんだぞ。
 だから、ホロが私の前で悠々と麦に帰るって言ったんだしな。
 後、ロレンス薬だ。飲むと胃の痛みが消える。」

そう言うと、ロレンスはその薬をじろじろ見ながら、

「私を殺せないですか?
 ですが、ホロが言った事と貴女が言った事を真実だとするなら、
 私を殺すなんて容易いのではないですか?」

そう言っているが、実際の所本当に俺たちはロレンスを殺せないし、殺した後のリスクも馬鹿でかい。
元々商会に属し、色々な町を渡り歩き、更にこの町で俺達の情報を聞いて回ったロレンスとホロ。
それを殺すというのは、俺達に疑いの目をむけてくれと言う他ならない。
それに、ロレンス達は宿を出る時に、教会に行くと言っていたらしいから保険は強固だ。
そう思っていると、ホロが俺の顔を見て笑いながら、

「ぬしよ、こやつはぬしという人間の本当の力に気付いたから、殺せんといったんじゃろう。
 こやつがぬしの首を折るのは、寝返りを打つぐらいに簡単じゃが、
 その寝返りを打てばこやつの欲していたモノは手にはいりゃせん。じゃろエヴァ。」

そう言ってくるが、まったく持ってそのとおり。
そう思い、両手を挙げながら、

「ホロの言うとおりだ。
 私達は少なくとも騒ぎを嫌う。最悪の事態は想定するが、
 それでも、騒がなくていいなら騒がない方がいい。
 それに、ロレンスを殺せば、怒り狂ったホロに追い掛け回され、
 ついでに言えば、そのせいで教会からも追われる。
 だからこそ、大声を上げるというカードが笑えないぐらい凶悪なカードになる。

 更に言えば、私が医者と言ってロベルタをごまかしても、
 教会の連中は、胸に耳を当てさせろと言ってくるだろう、
 なにせ、私もロベルタもこの町の門番が、鼻の下を伸ばすぐらいには美しいし、
 それを合法的に或いは、神の名の下に触れるんだからな。」

そう言うと、微笑みながら、

「じゃな。じゃがそれだけ頭が回ったからわっちも楽じゃったよ。
 まぁ、最後に蜂の一刺しと言うヤツももらったがの。
 ぬしが力任せに魔法なんかを使えば交渉もなんもあったもんないでありんす。」

そう、ホロが言って来るが、この魔法と言うカードも、やはり商談では見苦しいカードだと思う。
まぁ、けん制と時間稼ぎに出したは出したが、これは、テーブルで商談している時に、
いきなりナイフを相手に向けるような、真っ当ではないやり口だ。

「だから言っただろうホロ、見苦しい所を見せたと。
 まぁ、それを見せないと、クィーンが護れそうになかったんでね。」

そう言うと、ホロがチェスの駒を手に取りながら、

「わっちはこのゲームを知らんが、女王を取られたら負けかの?」

そう、ロレンスに聞くと、ロレンスは料理を飲み込み、

「いや、それは間違いだ。
 なにせ、このゲームは王様を取られたら負け。
 だから、俺はエヴァさんがキングを倒した時に降参を確信したんだ。」

そう言って、ロレンスは、
エヴァさんも人が悪い、と言う様な視線を向けてくる。

「まぁ、私は私のチェスのルールに従ったままだよ。
 それ即ち、キングはクィーンを護るとね。」

そう言うと、ロレンスはため息をつき、
ホロは面白そうに、

「なるほどの、最後の一刺しは女王を護る王の一撃かや。」

そう言って、喉を低くして笑っている。
俺に合わせて、俺の方も喉を低く鳴らして笑いながら、

「クックックッ・・・、なかなかに効いた一撃だろう。
 それこそ、共倒れになるぐらいに。」

そう言うと、ホロも笑いながら口を開き、

「クックックッ・・・、まったくじゃ、
 魔法なんてモノが可愛く見えるぐらいじゃったよ。
 と、そういえばぬしも、そろそろその姿は窮屈じゃないかや?」

そう言うと、ノーラが料理を食べながら、
俺とホロを不思議そうに見ながら口を開く。
ちなみに、彼女の胆力は・・・、いや、夢への情熱か。
さっきの交渉を見て、逃げ出さないだけでも凄いと思うが、
クィーンになってすぐに、針と糸と布を下さいといってきたのだからなんとも。
まぁ、やる気がないよりはいいし、本を見ていた所為で色々試したくなったのだろう。

「窮屈・・・・、ですか?
 こう、何か別の姿になれるんですか?」

そう言いながら、俺と隣のホロを見ている。
ふむ、余興としてはぼちぼちか。
どうせ歌を歌う事もできず、こうやってテーブルを囲み雑談ぐらいしか出来ないんだ。
そう思い、テーブルを立ち、

「私の本来の姿はこれだよ。」

そう言って、子供の姿に戻ると。

「はぁ・・・・、エヴァさんって、こんなにちっちゃかったんですか。
 会った時から大人だったんで、あの姿のまま羽でも生えるのかと思いました。」

そう言いながら、ノーラが俺の事を見てくる。
ついでに言えば、ホロはなぜか手の甲で涎をぬぐい、ロレンスはため息をついている。
そういえば、吸血鬼と人狼って仲良かったのか悪かったのか?

まぁ、今はホロと友好関係を気付こうとしているが、
ヴァンパイアーセイヴァーだと、傲慢ラッキョウ頭の吸血鬼は拳法使いの人狼に負ける。
まぁ、こっちもただの吸血鬼でなければ、相手もただの人狼じゃないから大丈夫なんだろう。
・・・・、ホロがビーストキャノンとか撃って来たら考えるか。
いや、でも狼の姿でタックルしたら、それはそのままビーストタックルになる?
そう思っていると、

「確かに、その姿なら丸呑みでありんす。
 若い娘の肉は美味じゃからな。」

そう、ホロが人の悪い笑みを浮かべ、
ロレンスが疲れたように、

「俺は子供に負けたのか・・・。」

そうは言っているロレンスの肩を、
ディルムッドが優しくたたきながら、

「エヴァもホロも見た目=年齢ではないんだろ。
 少なくとも、エヴァはロレンスと同じ歳ぐらいだよ。」

そう言って慰めているが、やっぱりロレンスは落ち込んだまま。
まぁ、ロレンスには相手が悪かったか、もしくは強く生きてもらおう。
そう思っていると、ホロが面白そうに、

「のうエヴァよ、おぬし確か狐にもなれると、言いよらんかったかや?」

そう言ってくるが、ホロの前で狐になっていいのだろうか?
取り敢えず、ディルムッドはならないかな~と、言った様な視線を送ってくるし、
ノーラも好奇心旺盛な目を向けてくる。

いや、ノーラの場合こうやって、人と話せる事自体が嬉しいのかも知れない。
なにせ、日長一日草原で羊を操る彼女は人と話す機会は限られて、
その話す機会も祈りの言葉だけと言う場合が多い。
そんな彼女からしてみれば、たぶんこことても暖かな空間で、
ある意味、夢のようなものなのかも知れない。

まぁ、教会の関係者に見つかった瞬間、サバトだと言われても、
仕方ないような面子が集まっているが、それでもここは暖かく俺は神は信じないから、
ついでに相手からも、俺達がここにいる事を信じないで貰おう。
そう思いながら、薬を使い耳と尻尾を生やす。

「全身は出来ないが、これでも十分だろ?
 それに、全身だと今度はコウモリになる。」

そう言うと、ノーラが近寄ってきて、

「尻尾に触らせてもらってもいいですか?」

そう言いながら尻尾を見ている。

「あぁ、いいぞ。
 ホロと私とでは、毛の質では多分私のほうが柔らかい。」

そう言って、ホロの方をニヤリと見ると、
ホロの方は、俺の言葉を聞き逃さないと言うばかりに頭の上の耳を動かし、
俺が尻尾を自慢した事が気に食わないのか、

「ほぅ、ぬしよ。
 わっちの尻尾の毛が硬いと言うかや?」

そう言って立ち上がるホロに向かい、

「狐の毛皮は肌触りがいいから、高くで売れるらしいぞ?
 しかも、それが私のような穢れ無き純白となれば尚更だ。」

そう言うと、ロレンスの俺を見る目が少々不穏になったが、
まぁ、いきなり皮剥ぎされる事もないだろうし、早々される気もない。
そう思っていると、ロベルタがロレンスの横に行って、

「エヴァさんに手を出したら、その不義に鉄槌を下しますよロレンスさん。
 なにせ、私の体はチタンと言う鉄ですから、拳でも十分鉄槌となります。」

そう言うと、ロレンスは引き攣ったような笑いをしながら酒を飲み、
ついでに言えば、ロレンスの横のディルムッドはロレンスの肩に指を食い込ませながら、
俺の頭を見ている、多分耳を触りたいんだろう。
そんな事を考えている間にも、ノーラは俺の尻尾をモフモフしていて、
ホロは俺の前に来て、耳をピコピコさせながら、

「そこまで言うなら、ぬしの尻尾触っても?」

そういうホロに、俺の方も耳をピコピコさせながら、

「なら私もご自慢の触らせてもらおうか。」

そう言ってほくそ笑む。
多分こんな時にこの台詞はあるのだろう、曰くニヤリ計画通りと。
まぁ、自慢するぐらいだから、普通に頼んでも触らせてくれたんだろうけどね。
そう思いながら、ノーラ、ホロ、俺と3人で尻尾をモフり合うと言う、
傍目から見たら酷くシュールな光景が出来上がった。


ーside残された3人ー


ふぅ、交渉は成功・・・、で良いんだろうか?
交渉の末手に入れた金貨は全てエヴァさんに返し、代わりにエヴァさん達3人に、ノーラを含めた4人が手に入った。
まぁ、どうせ荷馬車に積む物はなく、運んできた鎧は既に二束三文で売り払っていて、
4人、人が増えても狭いと言う事はない。

ただ、心残りは何処までエヴァさん達を信じていいかと言う所だが、
それも今はだいぶ薄らいでいる。
多分、エヴァさんの言った事は全部本当で町を滅ぼすのも容易いなら、
神を屠ったと言うのも本当・・・、なのだろう多分。
そう思って、コップを口に運ぼうとすると、

「ロレンスさん、コップは空ですよ。
 まぁ、一杯どうぞ。」

そう言って、俺の横のチャチャゼロさんが空のグラスに酒を注ぎ、
反対側に座るロベルタさんも強い匂いのする酒をチビチビやっていて、
ちょうど、彼等に挟まれたような形になっている。

「あぁ、ありがとうございますチャチャゼロさん。
 しかし、チャチャゼロさんの交渉も、なかなかに上手かったですね。」

そう言うと、チャチャゼロさんは頬の傷を触りながら、

「まぁ、彼女といればと言う所でしょう。
 元々私は商人ではありません。・・・、それと敬語はやめませんかなんだか堅苦しい。」

そう言いながら、コップを傾けている。
しかし、彼が商人ではないとは、俺もまだまだ修行が足りないと言う事か。
そう思いながら、手を差し出し、

「では改めてチャチャゼロ。
 俺はロレンス、一時の旅だがよろしく頼む。」

そう言って手を差し出すと、

「あぁ、よろしく頼むロレンス。」

そう言って、握手していると、肩をトントンと叩かれ、
もう反対側から1本手が出てきて、

「私はロベルタです。
 よろしくお願いしますロレンスさん。」

そういい微笑みながら握手してくる。
そのては、多少柔らかい感じがするが、それもなおゴツゴツとした感触を伝えてくる。
そのことを思っていると、

「私の体はホロさんの言われたように、人のソレではありません。
 ですが、エヴァさんは私を人間だと言います。なので、多分私は人間です。
 なので、あまり顔に出さないで下さいね。」

そう、にこやかに言ってくる。
これは、悪い事をしたな。
そう思い、頭を下げながら、

「いえ、俺の方こそ悪かったです。
 それに、ホロと旅をしているのに、そんな事は今さらですよ。
 貴女が人間だと言えば、貴女は人間です。」

そう言うと、チャチャゼロがニヤニヤしながら、

「ロベルタには惚れない方がいいぞ。
 後でなにが起こるかわからない。」

そう言うと、ロベルタが唇を尖らせながら、

「大丈夫です、エヴァさんに不埒な行いをしない限り、私はなにもしませんよ。」

そういった後笑っている。
彼等と、エヴァさんが一体どういった旅をしていたのかは分からないが、
それでも、こういって笑いあえて、心の許せるような関係になるような旅をしてきたのだろう。
しかも、それは彼等の言う言葉の端々に潜む、危険な発言が目の当たりで繰り広げるような旅を。
そこでふと思ったのが、今チャチャゼロは商人である事を否定した。
となると、彼とロベルタは一体なにをやっているのだろう?

「チャチャゼロにロベルタ、2人ともエヴァさんとなにをやっていたんだ?」

そう聞くと、チャチャゼロは料理を自身の皿において、

「元々俺は騎士で、今はエヴァだけの騎士をやっている。
 苦労はそれこそ計り知れないが、それでもなお彼女といるのは面白いよ。」

そう、チャチャゼロは顔の傷を触りながら話し、

「私はお嬢様、エヴァさんの侍女長をやっております。
 その前は大軍の指揮官とでも言えばいいのでしょうか?
 まぁ、そのような事をやっていました。」

その2人の経歴にあっけに取られた。
一体エヴァさんはこの人たちを何処で捕まえ、旅をする事になったのだろう。
いや、その前に騎士と侍女なんて早々持てるものではない。
そう思っていると、

「ロベルタ、大軍の指揮って難しいんじゃないのか?」

そう、チャチャゼロさんが聞けば、

「いえ、見敵必殺で楽でした。」

そう澄まして答える。
なんだろう、エヴァさんは彼等の経歴を全て知った上で、側に置いているのだろうか、
それとも、知らないで置いて・・・・・、いる訳はないか。
なるほど、それだと彼女がホロに張り合っていたのが分かるし、
そのホロも面白そうだといって、相手の狂に乗ったのだろう。
そう思い、エヴァさんがくれた薬を一気にあおる。
そうすれば、確かに今の胃の痛みが引いていく。

「そういえば、ロベルタさん。
 エヴァさんをお嬢様と言ってましたが、エヴァさんは?
 いや、チャチャゼロさんが夫なら・・・?」

そう言うと、ロベルタは考え込みながら、

「そこの辺りは私ではなんとも言えません。
 なのでエヴァさんに聞いた方がいいですよ。」

そういわれ、チャチャゼロの方を見ると、

「俺もなんとも言えないな、
 エヴァ含め、俺たちは埃に塗れすぎていて、
 下手に叩くと何が起こりかわからないそうだ。」

そう言って、チャチャゼロは料理を食べているが、
本当にこのままで大丈夫なのだろうか。
そう思いながら、ホロ達の方を見れば、

「どうじゃぬしよ、わっちの尻尾の毛並みは。
 ぬしもなかなかじゃが、わっちの方が上じゃろ?」

「ホロ、枕に欲しい。
 切り取ってもいいか?」

「お2人とも、毛を紡がせてください。
 糸にして使いたいです。」

そう三者三様いいながら笑っている。
はぁ、あの光景が微笑ましい物なのか、
それともノーラが女傑の仲間入りしたのかは、分からないが、
それでも目に見える光景には温かみがある。
そう思いながら飲んでいると、

「チャチャゼロさん、今日は獣耳4つでいい日になりましたね。」

そういいながら。
ロベルタがチャチャゼロに話しかけているが、
彼は飲んでいた酒の入ったコップをゆっくりと、
だがその動作にはどこか、威風堂々とした雰囲気を漂わせながら、

「ロベルタ、それは間違っている。
 その間違いは誰もが間違いやすく、気付かない事が多い。
 だが、その間違いはとても大切な事で、はっきりとさせないといけないんだ。
 ・・・・、俺は獣の耳が好きなんじゃない、獣の耳を着けたエヴァが好きなんだ。」

そう、チャチャゼロが言うと、ロベルタさははいはいと言った感じで、
口調もそんな感じに、

「はいはい、バカップルバカップル。
 でも、そのカップルは私が認めません。」

そう言いながら、ロベルタさんはフォーク2本を取り、
それに対するチャチャゼロもナイフ2本を取り、

「かまわない。
 それにロベルタ、俺は双剣の扱いにも長けているぞ?」

そう言って、2人で俺を挟んだままナイフとフォークを構えていて、
気分は皿の上の料理だ。
そう思っていると、エヴァさんがこちらの事に気付いたのか、
ツカツカと歩み寄ってきて、

「ロレンス、あの2人はじゃてるだけで問題はないし、ある程度やれば勝手に終わる。
 だが、そのじゃれている場にお前がいたら、挽肉になるからこっちにきておけ。」

そう言って、2人の間から連れ出してくれた。
なるほど、彼女の胆力はこんな所でも養われているのだろう。
そう、手を引く彼女の背を見ながら考える。



[10094] 出発は明朝かな第42話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2009/12/18 17:37
出発は明朝かな第42話







「リーベルト、森にいる盗賊達はどんな感じでした?」

そう、レメリオ館長が聞いてくるが、どう答えた物か少々迷う。
交渉そのものは、金貨35枚に成功報酬で更に倍。
一応は、館のヘソクリと商品の販売ルートを一部売り払って作ったから、
金を買う分にも盗賊を雇うにも問題はないが、借金を返せる額ではない。
後は、倉庫にある、値の暴落した武器の一部と鎧数点。

と、いう事で話がつき、仕事内容は検問の襲撃に、
羊飼いと商人、後はその商人の連れの殺害で話がついた。
もっとも、羊飼いと連れの女は盗賊たちが好きにすると言っていたが。
が、問題はそこではないだろう。

私がその傭兵崩の盗賊達を探すために、鬱蒼と茂る森に入り彷徨っていると、
目の前に、私よりもはるかに巨大な獣の死体と、その上に私に背を向けて腰掛ける男に出会った。
辺りからは、その獣の物だろうと思われる血の香りと、不気味な鳥か、あるいは虫達の鳴き声。
ただただ、森は不気味な場所で、如何なるモノが潜んでいても不思議ではない。
行商人達の話では、ジャンヌと言う騎士の処刑には天使が降臨し、
また、ある行商人の話では、未開の地で巨大な竜に出会ったと言う話も聞く。
そして、今目の前にいる怪物もそれらの類で、
その上に腰掛ける左肩からマントを羽織る男が多分仕留めたのだろう。

その男の体のあちこちには、赤黒く変色したモノがこびり付き、
着ている鎧は所々すすけ、或いはその獣の爪を受けたのであろうか、一部が切り裂かれたようになっている。
森で、そんな男に出会えば一目散に逃げ出したいが、逃げた先も逃げ道がなく、
帰るべき家は火の車となり、その火がもう足の裏をとろ火で燃やすどころか、
首のすぐ下まで、蛇の赤き舌のように這い上がってきている。
だが、結局の所私は商人で、商人は人と話して初めて商人となれる。

「すまない、この辺りで人を探しているのだが知らないか?」

そう男に言うと、男は体ごと振り返りながら、

「死体なら向こうにいくつかあるが、お前の知り合いはいない。
 あの死体達は、私のかつての仲間だったモノだからな。」

そういった男の顔には、右額から目を通り唇に抜ける傷があり、
更には、左手の有るべき所にはフックのような鉤爪がついていた。
その姿を見て、戸惑っている私に向け、男は更に顔を歪ませながら口を開き、

「人探しなら町に行け、死体を捜すなら森の奥に潜れ、
 そして、そのどちらでもない物を探すなら神に祈れ。」

そう言い終ると、男は獣のように獣の死体の上から飛び降り、
フックを私の顎の下に突きつけ、

「で、お前は何を探している?
 ここは死の国だ、あるのはカビの生えた死体に、かつて人だったモノ。
 下手に隠し事を知れば裁きが下るぞ?」

そういいながら、歪な顔の男は更に顔を歪ませる。
だが、顔を歪ませながらも顔の下に突きつけられているフックは微動だにせず、
まるで、そのフックだけが男の体から切り離されたように静止している。
多分、この男の前で下手に隠し事をすれば、今突きつけられている鉤爪で喉を掻っ切られ、
私も、この森に打ち捨てられるだろう。

「盗賊を探している。」

そう、男に言うと、男は顔を歪ませたまま、

「探してどうする?
 見たところ、お前は騎士でもなければ兵士でもない。
 そんな男が1人、森で盗賊探しとは早々穏やかじゃない。
 それに、この森にいるのは、盗賊ではなく誉れ高き修道騎士の成れの果てだ。」

そう、男は口を歪めながら語る。
修道騎士・・・、先の戦で教会が徴兵した人々の事だが、
戦が終結した後は、そのほぼ全てと言っていい騎士達が打ち捨てられ、
ほんの少しの者だが貴族に取り入り落ちぶれた騎士として身をやつしている。

「私は商人で、この森に巣食っているそれを雇いたい。」

そう言うと、男は獣のように喉を鳴らしながら笑い、

「なるほど、お前は俺達・・を雇いたいのか。」

そう言って、男が右手を上げると森のあちらこちらから、
ボロボロの鎧を着た男達が、私を囲むように出てきた。
軽く見積もって数は20はいるだろう、男達は皆首から十字架のネックレスをつけている。
そして、目の前の男も右手を上げた時にチラリと十字架が見て取れた。

「商人、雇うと言うなら金次第だ。
 俺達は神位しか信じないが、それでも腹もすけば女も欲しい。」

そう言って、神位しか信じないと言った顔を歪め、
森から出て来た他のかつて修道騎士だったモノ達も顔を歪める。

「ならばお前達に、この仕事はうってつけだ。
 金と女、両方手に入る。」

そう言うと、男は鉤爪で十字を切り、

「神の思し召しか!
 人に裏切られ、使えた主に裏切られ、
 そして国に裏切られた俺達は、神位しか信じる物が残っていなかった。
 ならば、これは神の思し召しだろう!」

そう言うと、周りの盗賊たちも次々に十字を切ると言う異様な光景。
その、あまりにも異様な光景に『こいつ等を雇うのは危険だ』と、直感が告げ、
今から帰って、館長に穏便に密輸だけで済まそうと提案しようとたじろぎ、
1歩後ろに下がろうとすると、それより早く、目の前の男が抱きすくめるかのように首に手を廻し鉤爪の先を喉に当てる。

「戦場での逃亡は死罪だが商人?
 私達はまだ、仕事の内容すら聞いていないぞ?」

そう、男が言っている間にも、鉤爪のあたっている辺りが熱を持ち出す。
多分、薄皮か、或いはそれ以上に鉤爪が喉に刺さり血を流しているのだろう。
引けば死を、進めばこの打ち捨てられた騎士達を。
天秤の上にあるのはこの2つ。
ならば、一体どちらが・・・、そう、一体どちらがより多くの利益・・を生む?
それはあまりにも明確だ。
赤子の目で見ても、天秤の傾きは今目の前にいる、打ち捨てられた者の方に傾いている。

「座って話しましょう、内容は簡単だがそれでも失敗は出来ません。
 あなた方が騎士を名乗るのなら、円卓に座るのは栄誉な事でしょう。」

そう言うと、男は顔を歪ませながら、

「切り株の円卓なら、ここにいれば好きなだけ据わって囲める。
 が、私達の武器が剣なら、お前の武器は口だろう商人?」

そう言って、お互いの視線が絡む。
男はこのまま首に鉤爪を当てて交渉を勧める気で、
こちらは対等な席について話そうと提案しているのだ、
それならば、私だって喉元に鉤爪を突きつけて話すと言う有利は譲らない。
だが、それでも私は商人だ。

「なら、私はこのまま武器を使うとしよう。
 修道騎士、名は何と言う?」

そう男に聞くと、男は修道騎士と呼ばれたのが嬉しいのか、
顔をニヤつかせながら、

「修道騎士、アレクサンドロ・ディアール。
 この打ち捨てられし騎士団の団長だ、好きに呼ぶがいい商人。」

そう言って、鉤爪はそのままに空いた手を差し出してくる。

「レメリオ商会リーベルトだ。」

そう言って、男の手を握る。
その男の手は皮が厚く、まめが出来てはつぶれて、
またまめが出来ると言う事を繰り返したのだろう、岩のようにごつごつとした感触が帰ってくる。

「交渉は常に天秤の上で対等に行う、それが商人の常です。
 鉤爪を喉から外していただきたい。」

そう言うと、男は顔を横に向け、

「副長、お前は外していいと思うか?」

そう言うディアールの視線の先には、右頬に皮を裂いたような傷のある短髪の男。
その男が首を縦に振るのを見ると、ディアールは鉤爪を首から外しながら、

「神はお前を救ったようだ。
 ヤツが首を横に振ったなら、私はお前の首を切っていた。」

そういいながら、ディアールは鉤爪を外しながら体を離す。

「アレがお前の言う神なのか?」

そう言って、先ほど副団長と呼ばれた男の方を首をさすりながら見る。
手が首に触れたときにヌルリとした感触から、やはり首に鉤爪の一部が刺さっていたのだろうと思う。
そう思い、首をさすっていた自身の手を見ても、やはり赤い物がついていた。

「アンデルセンが神?はっ、笑わせるな商人。
 アレは副団長でただの人間だ。」

そう言って、ディアールは顔を歪ませているが、
なら、一体私はどの神に救われたというのか。
そう思っていると、森の奥から一人の男が私の乗ってきた馬を引き連れてやってくる。
その男を見ていると、ディアールが口を開く。

「あいつ等がお前の馬を見つけていなかったならば、お前の首を掻っ切っていた。
 だが、お前の馬は、お前の首が掻っ切られる前に見つかった。
 まさに、お前を生かせと言う、神の思し召しだろ?」

そういって、顔をゆがめているディアールに、

「退路遮断でしょうこれは。
 そもそも、貴方の様な用心深い方が団長だからこそ、ここのと・・・。」

盗賊と言おうとすれば、ディアールは右手で剣を抜き私の目に前に突きつける。
その、ディアールの眼は暗い光をたたえている。

「失礼、修道騎士ディアール。」

そう言うと、ディアールは威嚇するように、

「神は光りあれと言われた。
 その光を失いたくなくば、自身の武器が一体どういったものか考えて使え商人。」

そう言う、ディアールの剣の切っ先を手で目から外しながら、

「なら、尊き労働を運んできた私はさしずめ、神の使いだろう修道騎士。」

そういい、ディアールの片目と私の両の目の視線が絡む。
そして、ディアールがフッと顔を歪め、獣のように笑いながら、

「さて、その使い、神は神でも地獄の亡者を取り仕切る神の使いかもな、商人v金の亡者
 では、早速お前の依頼を聞こうか。」

そういい、ディアール達と交渉を開始し、
交渉の決着がついた時にはもう日が暮れて、天高くに月が上っていた。

「では、私は商館に帰る。」

そう言って、馬を返してもらい歩を進めようとすると、
背後からディアールが、

「副長送ってやれ。金の亡者でも化け物から見ればえさだ。
 ここを出る前に、他の化け物に食われてはかなわん。」

そして、私が振り向いた時には副長と呼ばれていた男が、こちらに向かって歩き出していた。
歩き出して暫くするが、暗い森の中を歩くのは生きた心地がしない。
そう思い、副長と呼ばれた男に話しかける。

「お前はあの団長をどう思う?」

そう言うと、男は前を向いたまま口を開き、

「敬虔な信徒だ。
 人に裏切られ、主に裏切られ、国に裏切られた俺達はもう、神ぐらいしか信じる物が残っていない。
 いや、戦場で血河屍の山を築き、敵を殺すに殺し地獄に亡者どもを送り込んできた俺達は、
 神しか信じる事ができない。」

そう言う男にも、やはりの狂気が渦巻いている。
そこで、ふっと思ったことを口にする。

「そこまで神を信じるなら、教会に戻ればいいでしょう。」

そう言うと、男はどこか疲れたような顔をしながら、

「神の家に神はいない。
 今の教会など肉を蓄える豚と同じだ。
 そんな豚と俺達を一緒にするな!俺達は敬虔なる信徒だ!
 だからこそ、森に潜み化け物を狩る。教会がもう少しマシになれば神父になってもいい。
 が、どちらにせよ俺に出来るのは神に使えることだけだ。」

そう言って、胸の前で十字を切った。
その後、特に話もなく森を抜けるまでの間は終始無言。
そして、森を抜け街道に出て馬に乗った時に、
まだ、この副長と呼ばれた男のなお聞いていない事に気がついた。

「副長、名は何と言う?」

そう聞くと、男は目を細めながら馬上の私を見て、

「アンデルセン。」

そう、一言のみ放ち森の中に戻っていった。

「・・・、ルト。・・・・・、ベルト。・・・・・・、リーベルト。」

「はい、館長。」

「いきなりどうしたんです?」

そう言って、レメリオ館長は私の顔を見てくる。
どう答えるかで考え込み、ほうけていたらしい。

「彼等はそうですね・・・・、狂気と言う物の具現化でしょうか。」

そう言うと、館長は頬をゆがめながら、

「ならば、計画は成功でしょう。
 狂気が凶器を持ち狂喜しながら検問を破壊にかかるのですから。」

そう言ってほくそ笑んでいる。
ロレンスと言う商人と、それの仲間には悪いが、
もう、動き出した歯車は止まりそうにない。
ディアールが金の亡者と私の事を呼んだが、それは間違いなく、
更には私の属していた商館の館長も、やはり金の亡者なのだろう。
いや、彼の場合亡者を操る軍団の長といった所か。
そう思う、彼に1つ言っておかなければあるのだった。

「館長、彼等にもし対面する事があっても、盗賊と言ってはなりません。
 名前か、或いは修道騎士と呼んで下さい。」

そう言うと、館長は訝しげな視線を向けながら、

「盗賊の正体はそれですか。
 どうりで、町の警備兵では歯が立たないわけだ。
 そんな戦場帰りの血濡れの獣相手では、いくら警備兵が挑もうとも、
 獅子に兎を謙譲しているような物ではないですか。」

そう言いながら、下を向いて首を振っている。
そして、気を取り直したかのように顔を上げ、

「そう言えばリーベルト、出発時に付加人員が付く事になりました。」

そう言って、レメリオ館長はその人員が着く事になった経緯を話し出した。


ーside俺達ー


酒盛りを終え、ロレンス達とはそれなりに打ち解けれたと思う。
ついでに言えば、ディルムッドはロレンスと、嬉しそうに酒を酌み交わし話し込んでいたが、
多分、男同士で話せるのが嬉しいのだろう。
普段の俺達のパーティーは女性が多く、純粋な男性と言うとディルムッドしか居らず、
俺の場合、既にこの体になって多くの時を過ごしたので、男とか女とか言うモノが希薄になっている。

まぁ、思考上男だと思っているが、少なくとも、そうとでも思っていないと早々無茶は出来ない。
と、それはいいとして、今は教会の部屋で、
どうレメリオ紹介に、俺達が着いて行く事を説明しようかと頭を捻っている所。
当の昔にロレンス達から金の密輸の事を聞いて、驚くフリをすると言う、
事を俺1人でするのは、何だか蚊帳の外にいる気分だったがなんとも。
事実ディルムッドとロベルタは知らなかったのだから仕方は無いか。

ついでに言えば最初ロレンスが、俺達がこの町で待っていれば問題ないのではと言って来たが、
即効で却下を下し、付いていく事を前提とした話し合いをしている。
まぁ、付いて行くのはあくまで保険だし、たぶん早々酷い事はおきないだろうから大丈夫だと思う。
が、保険はあくまできっちり施行されての保険であって、ここで寝ながらふんぞり返っていては雇われた意味も無くなる。
そう思っている俺の目の前では、

「密輸がばれて強請られたと言う。」

そう、ロレンスが言えば、

「non、それは計画自体が誤和算になりんす。」

そう、ホロが答え、

「別の商人がノーラを先の取ったんで、手を組んだというのは?」

そう、チャチャゼロが言えば、

「non、儲けが減ると商館側は儲けが減ると拗ねるでしょう。」

そう、ロベルタがかえす。
まぁ、言えることがあるとすれば、

「ぬしよ、わっちらはこやつ等を馬車に乗せ、
 なおかつ、それが可笑しくなく異常ないようにしないといけん。
 そんな方法を見つけないといけないでありんす。」

そう、ホロが言う。
うむ、地味言いたかった台詞を取られた・・・・・、
と、まぁそれは置いておいて、多分ホロはその方法を知っているんだろうし、
そのせいで、俺の顔をニヤニヤ見てくるのだろう。
ん~・・・、そう考えながら魔法薬を吸い、
俺の膝を枕にして寝る、ノーラの額に濡れたタオルを置きながら頭をなでる。

とりあえず、ノーラは酒に弱いと言う事は無いのだが、それでも今晩ははしゃぎすぎたのだろう。
中盤頃からは目がトロンとしてニコニコしながら酒を飲み、終盤には皆より先に寝ていた。
まぁ、そのまま皆寝はしたのだが、朝になると置きだしてこんな会話をしている。

「エヴァよ、ぬしはどう思うかえ?
 ついでに言えば、そうしておる姿もにおうとるよ。」

そういいながら、目を細めている。
さて、方法ね・・・、ホロと俺の違い。
その一番違う所は、人の中で生きたかそれとも、人を見て生きたかだろう。
そして、そこに俺達がロレンス達の馬車に乗る方法がある。

「誉め言葉だと受け取っておこうホロ。
 さて、皆で頭を捻っているわけだが、クィーンであるノーラをないがしろにしすぎだろ。」

そう言うと、ホロ以外の面子がキョトンとする。
が、考えを話だけなら問題はない。

「私は医者で、チャチャゼロは薬売り。ロベルタにいたっては宣教師だぞ?
 それならば、事は簡単だろ。異教徒の町に改宗を呼びかけにいくロベルタに、
 ノーラに病を見つけた私と、その夫で薬を持っているチャチャゼロ。
 これなら不思議はないし、相手も宣教師相手に強くはいえない。」

そう言うと、ロレンスはふっと考え込み、

「帰りはどうします?
 ロベルタさんの目標を、改宗のためラムトラ間で行くことにすると、
 帰りについて来れなくなりますよ?」

そう言ってくるが、ようは言いようとやりよう。
お互いの事を知った上で言うなら、取り繕うことはできないが、
まったく知らないならどうとでも言える。
それこそ、嘘の成分が100%嘘で作る初対面用か、
お互いの事を知った上で着く10~20%嘘で後は真実で固める嘘か。
まぁ、どちらにせよ嘘と本当は、一緒の物なので単なる見せ方の違いでしかない。

「この部屋の面子は皆協力者で、一芝居打つにもどうとでもなる人数だ。
 それなら、ラムトラでノーラに一芝居打って貰えばいい。
 最悪、魔法もあるしな。」

そう言うと、ロレンスが、はぁと溜息をつきながら、

「エヴァさん、嘘に嘘を重ねると、
 いつか本当のことがわからなくなりますよ?」

そう言って、俺の事を見てくるが、

「ならばロレンス、お前の目の前にいる私達はホロを含め人から居ない、嘘だといわれる存在だ。
 だが、それでも私達はここにいる。さて、それは嘘か誠か真実か?
 私は卵と鶏だと思うよ。」

そう言うと、ロレンスは両手を上げながら、

「真実の嘘と言うやつでしょう。どちらにしろ、ノーラの事は任せます。
 では、私の方はこれからレメリオ商会に向かい、エヴァさん達の事を報告するとしましょう。
 出発の日取りは多分明朝です。」

そう言って立ち上がったロレンスについて行くホロ、
そのホロがロレンスの横に着き、

「あやつらの仕事、たっぷりといい交渉材料になりそうじゃの。」

そう言って、ロレンス達は部屋を後にした。

「エヴァさん、旅立ちまで時間がありますが、何かすることはありますか?」

そう、聞いてくるが特にこれといってない。
強いて言うなら掃除ぐらいか。
だが、ノーラが寝ているのでそれも後回し。

「特には無いな。
 したいことがあるならしていいが。」

そう言いながら、魔法薬を吸い。
魔道書を取り出して読む。

「分かりました、少々魔法球の方に行って来ます。」

そう言って、中に入って行き、
ディルムッドの方は町に出るのだろうか、コートを羽織りだす。
ふむ、外に出るなら頼むことがあった。

「チャチャゼロ、すまないが今が何年ぐらいか分かる物か、
 話があれば聞いてきてくれ。
 一応目印は戦か、さもなくば話でもいい。」

そう言うと、ディルムッドは、

「あぁ、わかった。」

そう言って、町に出て行った。




[10094] 強い訳だよな第43話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2009/12/26 14:10
強い訳だよな第43話






「出発の準備は整いましたか、ロレンスさん?
 それと、その方が?」

「ええ、彼女が今回の主役ですよ。」

そう言って、リーベルトとロレンスがこちらを見ている。
出発は明朝と聞いていたが、どちらにしろする事は無く、
ディルムッドが町から帰った後は、英気を養おうと魔法薬を吸いながら魔道書を呼んで過ごし、いよいよ出発と言うところ。
朝っぱらから商館の立ち並ぶ地域に来ているが、鎧に手を出していない商会の方は冬が来ると言う事で、
食料や、香辛料の仕入れで忙しく商人達が動き回っている。
ただ、そこで働く人間達が軒並み怪力を有していると言う、ほとほと奇妙な様な光景だが、
まぁ、納得は出来る。

『厳しい修行をすると気が習得できる。』これが気の習得の原理で、
気その物を知らなくとも、やはり無意識下でもそれは身につくのだろう、
筋骨隆々の男が、岩塩の見た目100キロぐらいありそうな板を、1人で2~3枚素手で運んでいた。
修行と一口に言ってもいろいろある、水桶を棒に吊るして階段を駆け上がるとか、
兎跳びで階段を上り下りするとか、桑を持って畑を耕すのも、田植えをするのも、全部人の手で行えば立派な修行である。

「始めましてリーベルトさん、チャチャゼロと、妻のエヴァ。
 それと宣教師のロベルタです。」

そう、ディルムッドが紹介したのでペコリと会釈をする。
今朝方ロレンスから言われたが、俺達は金の密輸を知らない、
ただの一般人と言う位置づけで、まんまノーラの主治医と、ラムトラの下見として同行する事になった。
ついでに言えば、その時そのままラムトラで布教活動すれば?
言われたらしいが、1度本国のイギリスに戻って体制を整えてからするといったらしい。
まぁ、ある意味そちらの方が俺達も都合がいいし、下手な詮索はこちらも受けたくは無い。

「では、そろそろ出発しましょう。
 我々には時間が無い、いくら期限を延ばしても、その期限は永遠ではないのですから。」

そう言って、リーベルトは自身の馬に乗り、
俺達はロレンスの荷馬車の荷台、ノーラの方は多くの羊を、

「エネク!」

そう言って、犬を操り白い絨毯を一本の糸にして検問を出て行く。

「エヴァ、今日は珍しく静かだな。
 それに、何時ものパイプも咥えていないが?」

そう、横に座るディルムッドが俺の顔を覗き込んでくる。

「まぁ、お前の報告にこれからの事と、いくらでも頭を働かせる事があるからな。」

そう返すと、ディルムッドは、

「そうか、俺にはよく分からないが、大切な事なんだろう。
 少なくとも、君のとる行動は何らかの意味があるからな。
 それなら、俺はノーラと一緒にラムトラまで歩くよ。秋風に当たるのみ気持ちいい。」

そう言って、ディルムッドは動いている馬車の荷台から飛び降り、
ノーラの方に歩いていった。

「あんまり根をつめないで下さいね、エヴァさん。」

そう言って、ロベルタは俺の横で微笑み、
前の方では馬に乗ったリーベルトとロレンスが、

「夜になる前には森を抜けたいですね。」

そう、リーベルトが言い、

「そうですね、この辺りは盗賊がうろついていると聞きます。
 ノーラの体も心配ですが、襲われる危険性を考えるとそうも言ってられないですね。」

そう、相槌と嘘を交えたような受け答えをし、
馬車の横を併走して歩くノーラはとホロは、

「あの犬め、わっちに羊を襲えば喉笛に噛み付くと威嚇しておる。」

そう、目を細めながらエネクを見ながら呟き、
それを聞いたノーラが、

「そうなんですかホロさん?
 エネクがせわしなく動いているので、私の緊張が伝わったのかともいました。」

そう、ホロに返す。
すると、ホロは首を振りながら、

「違うよ、あの犬は、わっちとエヴァを警戒しておるんじゃろ。
 感のいいことでありんす。」

そう言って、声を低くして笑っている。
はぁ、のどかだ。これなら、もしかすれば商会の連中も襲い掛かってこないかもしれない。
そう言う希望的観測も脳裏をよぎるが、それでも、やはり鎧の値が暴落しているのだから、
商館の商人達は襲い掛かってくるのだろう。
まぁ、ただの人間に遅れを取る事はないと思うが、
それでも今朝の光景で、この世界の人間を俺の知っている一般的な人間として扱っていいのか迷う。

と、言うのも気を一般人から習得した人間と言うものに、1人だけ心当たりがあるからだ。
まぁ、誰かと問われれば言わずもがな、浦島景太郎である。
彼の初期スペックは浪人生で、スポーツも得意ではなく、争いにも無縁。
言ってしまえば、現代人らしい現代人とでも言えばいいのだろうか。
いや、むしろ彼の場合、約束を守るという点を見ると、現代人をはるかに凌駕しているが、
どちらにしろ、彼は一般人ではある。

が、そんな彼はひなた荘に住むようになり、
なるに殴られては宙を舞い、素子に斬られては宙を舞い、スウに蹴られては地面を転がり、
サラに土器で殴られと、暮らしその物が戦場と化した。
そして、最終回に至るまでに遭難したり、瀬田に武術を習い、
モルモル島編では、走るなるの横をポールの上を、飛びながら追いかけるだけの身体能力を身に着け、
最終的に素子の斬岩剣を、見よう見まねでも出せるようになった。

・・・・、はぁ。
物事には意味がある。事が起これば結果がでる。
それは当然の事だが、この世界の場合現代人は少なくともスーパーハイブリット機になる。
と、言うのもよくよく考えれば納得のいく話だった。
過去の人間が既に生活レベルで気を使い、それを現代まで積み重ねれば、嫌でもDNAレベルで体は頑丈になるし、
人を襲う物が、この世界の場合獣と人と言う2択ではなく、悪魔と魔獣と言う4択になる。
つまりは、龍を殺した騎士はリアルに龍を殺しているかもしれないし、
悪魔を呼ぼうとした魔法使いは、リアルに悪魔を呼ぶ。

むしろ、そうでないと神鳴流なんかが出来た理由が見当たらない。
神鳴流の初期目標は京の都を守る事、つまりは京に都があった頃に出来上がった集団で、
その頃はと言えば、安部清明と芦屋道満が、

「清明君デュエルしよ。」

「いいだろう、芦屋道満!
 私の番、札を5枚だし五芒の陣を作成!」

「フッ、わしの番。子鬼を4匹だし1枚札を伏せる。」

そんな感じで勝負を行い、辺りには倒された鬼の瘴気やらなんやらが広がり、

「道満、これでおしまいだ!
 私の番、十二神将を呼び出し全軍突撃!」

そして、ほとんどの道満の式神が倒された頃、

「クックック・・・、かかったな清明ぃ!
 伏せた1枚よ面を上げろ!」

「なぁ!それは蟲毒!?」

「残った1匹に今まだ倒した式の呪が集まりおるわ!」

なんていって、陰陽道で呪術大戦をしたり、
百鬼夜行が横行して、鬼やら妖怪やらが人をボリボリ食っていた頃である。
しかも、それが御伽噺では無く現実的になれば、嫌でも人は強くなるし、
むしろ、そんな命の危機が身近にあったのなら、強くなろうとして当然である。
そこで頭が痛くなるのが、ゆくゆくは日本に行くつもりだが、
その時、陰陽師がわんさかいると俺が対処しきれない可能性がある。

と、言うのも陰陽道で有名な安部清明、彼の最大の伝説に泰山府君を調伏したと言うのがあるが、
この泰山府君とは、閻魔さまの事である。
まぁ、少なくとも日本では麻帆良学園の地下には鬼神が封印されてるし、
京に行けば、リョウメンスクナが封印されている。
・・・、実は新世界より旧世界の方がハード?

「・・・、はぁ。」

そう、俺がため息を着くと、横にいたロベルタが水を差し出しながら、

「お加減が優れませんか?
 ・・・、もしかして、何時ものパイプが無いから力がでないとか?」

そう、覗き込んでくるが、今の俺はそんなに顔色が悪いのだろうか?
そう思いながら、水を一口飲み、

「いや、気分は悪くない。
 しいて言うなら、イージーモードだと思って始めたゲームが、
 実はハード所か、インフィニティクラスだったかもしれないと思っただけだ。」

そう言うと、ロベルタは首をかしげている。
なんだろう、今だと頭痛が痛いとか言う馬鹿な事を平気で喋れそうだ。
そう思いながら前を見れば、豊穣の女神ホロがロレンスといちゃついている。
そんなホロが、俺の視線に気付いたのか、

「どうしたんじゃエヴァ?
 ぬしが静かじゃと、どうも座りが悪いでありんす。」

そう言うと、横のロレンスが。

「どうかしましたかエヴァさん?」

そう聞いてくるが、特にどうと言うことは無い。
まぁ、昔自身の知識をパンドラの箱と言った事があったが、
正しくそれんだろう、何せ中に残るのは希望と言う光のみ。
この光が無いと、助けたい物も助けれないし、拾いたい物も拾えない。
なら、この知識とは上手く付き合って折り合いをつけよう。

「何でもありませんよ。
 ただ、馬車の旅はあまりした事が無かったので、揺れで疲れたのでしょう。」

そう、横にリーベルトがいたので、
よそ行きの笑顔を顔に貼り付けてロレンスに返す。

「あまり無理はなさらない方がいい。
 疲れたのなら休憩を取りましょう、幸い時間も昼頃でしょうから。」

そう、リーベルトが言い、
歩いているノーラとディルムッドも足を止め、

「エネク!」

そう、カロンと鈴のついた杖でノーラがエネクに指示を出し、
支持されたエネクは羊達の前の方から吠えて、羊達を威嚇して足を止め、
そのまま羊の群れの周りを、吠えながら回って羊達を集めていく。

「私は先の道を見てきます。
 下手にぬかるんで、車輪を取られても困るでしょう。」

そう言って、リーベルトは目と鼻の先にある森の方に馬を走らせた。
それを見送っている間に、ホロとロレンス、ロベルタは馬車からおり、
最後の俺の番の時に、スッとディルムッドが手を差し出し、

「どうぞ、疲れたんだろ?
 君にしては珍しいが、物憂な素敵だったよ。」

そう声をかけてくる。

「いや、ちょっとパンドラの箱の中にある希望を探していてね。
 大切なんで箱にしまって、鍵を閉めて深い所に置いていたら探すのに苦労した。」

そう、微笑みながらディルムッドの手をとって地に足を着く。

「・・・、ぬしにもあれぐらいの弁があれば、
 雌を騙すにもコロリとできるじゃろ。」

そう、ニヤニヤしながらホロがロレンスを見れば、
ロレンスはやれやれといった感じに、

「俺としては、あれを俺が言うという事を考えただけで、
 産毛が逆立つ。」

そう言って、首をすくめて見せている。

「エヴァさんと、チャチャゼロさんがやると嫌味になりませんね。
 こう・・・、なんと言うんでしょうか、気品があります。」

そう、ノーラは横のロベルタに話しかけていて、
しかし、当のロベルタは、

「・・・、悔しいですが、チャチャゼロさんは十二分に美男子ですから。」

と、ギリッと奥歯を噛み締めている。
ふぅ、下手に思考に走るとどうも、悪い方に行く。
まぁ、こっちに来て今までの事を考えると、そうなっても仕方ないか。
なにせ、この世界に生まれて以来、散々戦ったし殺したし殺されたからな。
最悪を考えるなと言う方が、難しいような生活だったし。
まぁ、俺達は保険だし確か、今回は襲って来るのも普通に商館の人間だったはずだ。
いくら一般人が強いからと言って、早々倒されてはたまらない。

「さぁ、飯にしよう。
 リーベルトの手前、豪華な物は出せんが食べたい物があれば言ってくれ。」

そう言って、各人の食べたい物を出し昼食となった。
ただ、リーベルトが森に行ったまま帰ってこないが、
おおかた、商人の隠れ場所の探索でもしているのだろう。


ーside森ー


ロレンス達と別れ1人森に馬を走らせる。
館長の話により、犠牲者が増えた。
が、ここまで来ればもう後には引けないし、今更作戦を変更できない。
後は、私の口の上手さを信じるだけか。

「ディアール・・・、ディアールは居るか?」

そう、森の中ほどに馬を止め森に入り声をかける。
あまりここに長居は出来ない、あまり遅ければそれだけ残してきた彼等に不振がられる。
そう思い、森の奥に歩を進めると、

「ここだ商人。
 どうした?殺すのは帰りと言う約束だが?」

そう言いながら、ディアールが顔を歪めながらでてきた。

「すまない、人が増えた。
 殺すのはシスターに、その連れの夫婦だ。」

そう言うと、ディアールは不愉快だと言わんばかりに顔を歪め、

「クソ商人、俺達はシスターは殺さない。
 修道騎士は異端は狩るが神に使えるものは殺さない!!」

そう言って、胸倉を掴んで顔を寄せてくる。

「お前は女も欲しいといった。なら、女の追加でいいだろう?」

そう言うと、ディアールは鉤爪を喉下につきたて、

「貴様は馬鹿か!
 俺達が女の事を言ったのは堕落した者の事だ!
 それ即ち、娼婦に不倫そんな不義を重ねた者の事だ!
 貴様はその羊飼いが異端である可能性があるといった!
 そう、私達に説いたからこそ、妖精と囁かれる羊飼いを狩る事を承諾した!
 ・・・、貴様は生きた死者か?頭に虫がわいてるか?貴様も異端か?
 神の名の下、貴様が先ず異端者でないか裁判するか?」

そう聞いてくる。
アンデルセンは言った、団長は敬虔な信徒だと。
くっ、ただ女が欲しいだけかと思えば、そういう理由か!?
この男は、魔女を裁くためだけに、女が・・・、かつてエデンの園で実を食べた、
そそのかされやすく、堕落しやすいというだけで女を欲し、裁判を行うというのか。

「そのシスターは異端だ!」

そう、胸倉をつかまれ苦しい中で声をあげれば、

「異端?ハッ、吠えろ商人!
 神に使えるものが異端だと!?
 やはり貴様を殺し、当初の3人で決まりだ。」

そう言って、鉤爪を徐々に喉元に近づけてくる。
クッ、どうする・・・、この男が動くに足る理由。
この男を動かすに足りる理由・・・・。
館長の話を信じるなら、

「シスター一行はイギリスを目指している。
 多分、そのシスターはイギリス人だ!
 それに、夫婦の妻の方は医者だ!」

そう言うと、鉤爪が喉に刺さる前にピタリと止まる。

「・・・、その話は本当か?」

そう、底冷えのする瞳で私を射抜く。
何処までも暗く、深く、光が差し込む事を拒み、
入る光も入り口で追い返される。
何処までも暗く、闇が形を持って蠢く様な瞳で。

「・・・・・、本当だ。」

そう、搾り出すように声を出すと、ディアールは私を突き飛ばすように手を放し。

「そうか・・・、そうか・・・!そうか・・・・!!
 くぅははは・・・・、そうか、それは異端者の巣窟に住まう者か!!!
 聞いたか副長アンデルセン!聞いたか騎士たちよ!!
 異端の巣窟に住まう者が、人の皮をかぶって現れたぞ!!
 我々は捨てられた修道騎士団だ!だが、今この時この場では神が我等を欲した!
 神が我等に異端の巣窟に住まう者を狩れと言って来た!!」

そう、人の出せる声とも思えず、
野獣とも思えず、
何処までも、知ある憎悪が意思を持って叫ぶよう声が聞こえる。
そして、その声に連なるかのように、

「異端狩りだ・・・・。」

「かの国に住まう者に鉄槌を。」

「焼き滅ぼせ・・・、あの国に住まう者を全て焼き滅ぼせ。」

「殺せ・・・・、すぐにでも、異端の地に住まう者を殺せ・・・・。」

そう、また1人また1人と十字をきりながら現れ、
最後にアンデルセンが現れ、

「天使に導かれた、聖処女ジャンヌを焼き殺した国の民が!
 あの異端者の巣窟で、神に使える者を名のる異端者が!
 群れを成し、地を歩み、人の姿をかたどって進む姿など見ておれるか!
 団長討伐命令を!今すぐその異端の討伐命令を!!
 異端の民など生きる価値など無い!」

そう、アンデルセンが睨みを利かせ、野獣のように犬歯をむき出しにし吠えている。
神の狗・・・、神に狂った狂狗が私の目の前にいる。
館長は言っていた、狂気が凶器を持ち狂喜すると。
神軍・・・、彼らは自身達の事をそう呼ぶだろう。
シャンヌと言う騎士の処刑に天使が降臨したという話は有名だが、
それはフランス軍の士気を上げるためだと思っていた。
だが、彼等にはその天使が幻視出来ているのだろう。

「神軍せよ・・・、修道騎士達よ。
 神軍せよ・・・・、誉れ高き修道騎士達よ!
 異端は一切の例外なく認めるな!異端を狩れ、異端を討伐せよ!
 異端の居た町を平にせよ!異端を匿った宿を潰せ!!
 身を捧げ、使える神に意向を示せ!」

そう言って、ディアールは騎士達を引き連れ悠々と森を出ようとする。
だが、それでは困る。彼等がこのまま進軍すれば、こちらの目的が果たせない。
どうする・・・・?
この狂気の進軍にどう待てをかける?

「ディアール、約束を反故にするか!?」

そう、ディアールの背に声を名が変えると、
ディアールは肩越しにこちらを振り返り、顔を盛大に歪め、あからさまに不愉快だと舌打ちをし、

「約束は果たす・・・・、が!
 異端者が地を歩くさまを見守るなど我慢ならん!
 3人は追加分だ、先に3人殺しかえりに3人殺す!」

そう言ってくるが、それではどちらにしろこちらの目的は果たせない。
それに、

「契約内容は、羊をラムトラまで連れて行った帰りに襲う事だ。
 今襲えば、契約は反故になる。
 ・・・、お前達はユダか?
 神を売り、夕餉に毒を混ぜ、神をはした金で売ったユダか!?」

そう言うと、辺りの騎士がざわつき、腰の剣に手が伸びだす。
クッ、自身で言って背筋の寒くなる言葉で、自身がユダの手先だというのに、なんとも滑稽な話だ。
もし仮に、この場で私の首が刎ねられれば、それも神の裁きと言うものになるのだろうか?
そう思うと、何だか馬鹿馬鹿しくなって来た。

「くくく・・・。」

そう、笑い声が自身の口から漏れたのに気がついた時には遅かった。
1人の騎士が抜いた剣が、もうじき私の首に達する。
これで、私も終わりか・・・。
あっけなさ過ぎて自身も含め周りが哀れだ。
そう思って目を瞑ったが、衝撃は首に来ず、未だに森に響く虫や奇妙に鳴き声は耳に届く。

「何がおかしい商人。」

そういうディアールの声が聞こえ、目を閉じたまま口を開く。

「滑稽だから笑った。」

そう、言葉を返すとディアールの息が耳にかかり、
言葉が耳から頭に入ってくる。

「滑稽か・・・、貴様には分からん境地だ。
 信念もなく、叩きのめされる事もなく、捧ぐる事も知らぬ者よ。
 貴様には間違いなく分からぬ境地だ、商人。」

そう言うと、フッとディアールの気配が離れた。
そして、私が目を開けると、ディアールは何時ものように顔を歪め、

「我々はユダではない。
 ユダを必要とする物もいるが、我々はユダではない。
 ・・・、帰りの夜、それで相違ないな?」

そう言って、ジロリと私の顔を見てくる。

「相違ない。
 まったく持って相違ない。」

そう言うと、ディアールが目配せし、騎士達は次々に森の奥に引き上げていく。
そして、最後に残ったアンデルセンが、

「気をつけろ商人、
 貴様は目を閉じていたから知らんだろうが、
 あの時1歩でも動いていれば、貴様は串刺しになっていた。」

そう、遅れてきた死刑宣告を吐いて姿を消した。
その姿を見送った後、自身の口の中はからからで、服は頭から雨にでも打たれたかのようにビショビショ。
だが、私はまだやる事がある。そう思い、馬まで戻りロレンス達が昼食を取っているであろう位置に戻る。
そうすれば、もう昼食は終わったのか立ち上がろうとしていた。

「遅かったですねリーベルトさん。」

そう、チャチャゼロ婦人が私に声をかけてくる。
それに、言葉を返そうとしたが、喉がカラカラで声が上手く出ない。

「何があったか知りませんが、落ち着いてください。」

そう、淡い笑みを浮かべながら、彼女は私に水を差し出してくれた。
それを飲み、彼女が馬車の荷台に乗り込み出発となり、その後休憩を取らず丸一日歩き夜にはラムトラに着いた。




[10094] 商人・・・、なのかな第44話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/01/22 01:29
商人・・・、なのかな第44話







ラムトラに着いてすぐ、ロレンスとリーベルトは買い物があると街に消え、
ノーラの方は、羊の番があると町の近くの草原に残った。
その際、ノーラを診療するフリをして服の中にコウモリをしのばせ、
ついでに、ディルムッドをノーラの所に残してきて安全を確保した。
後は、針と糸なんかも置いてこれればよかったのだが、どちらにしろ夜なのであってもあまり意味は無い。
昔は、大人の姿でコウモリを出したりは出来なかったが、何事も練習してみるものである。
と、それはさて置き、残されたのは俺とホロとロベルタ。

そのロベルタは、街角で聖書の内容を一文字一句間違いなく・・・、
だと思うが、暗唱して宣教師としての体面を保っている。
まぁ、ただ時折ご機嫌すぎる聖句が飛び出すので、聞いていてなかなかに面白い。
そう思いながら、今の内と魔法薬をキセルで吸っていると、横のホロが同じくロベルタを眺めながら、

「エヴァよ、おぬしは今回の件、このまま何もなく無事終わると思うかや?」

そう、馬車の荷台で前かがみになり、両手で頬を支えながら聞いてきた。
さて、どう答えるか。

「何でそんな事を私に聞く?」

そう、質問を質問で返すと、
ホロは溜息をつきながらジト目で、

「リーベルトが森から戻ったときに血の匂いが漂っておった。
 じゃから、ぬしに聞いてみた。」

そう言ってくるが、流血沙汰の事件なんて知らない。
しかも、森から戻ってと言う事は、その森の中で何か起こったと言うのが妥当だろう。
だが、少なくとも襲ってくるのは、レメリオ商会の商人達のはずだ。
しかし、ホロは血の匂いを感じ取ったといった。
となると、

「森に潜むのは賊か?」

スッと目を細めてホロの方を見ると、
ホロの方も同じく目を細めて俺の方を見ながら、

「わからん。人の世はいつも血の匂いに満ちておる。
 それは、わっちが麦に潜み地を肥えさせておった時も一緒。
 じゃから、最初はリーベルトが死体か何かを見つけて、それを勝手に始末した物と思ったが、
 ぬしは何か心当たりがあるようじゃな。」

そういって、口元をニヤリと擬音がしそうなほど吊り上げて見せた。
はぁ、下手に隠し事も出来ず、カマかけには簡単に引っかかる。
もっと精進せんといかんな、少なくとも、ホロと正面切って化かし合いが出来るほどには。

「在る無しで言えば在る。
 ただ、それが真実かは知らないし、確証もない。
 ・・・、広がる波紋はいずれ何かにぶつかり、反響となって帰ってくる。
 故に、最悪と最良の両方を考えるしかない。」

そう言うと、ホロは荷台に積んであった水を飲みながら、

「で、その最良と最悪はなんじゃ?」

そう聞いてくるので、煙をポワッと吐きながら、

「最良は何もない事、最悪は何か起こる事。
 ただそれだけだろ、どちらにしろ血の匂いだけでは判断できん。」

そう言うと、ホロはまだ何かこちらが隠しているのではないかとジロジロ見てくるが、
それを受け流す、ポーカーフェイスぐらいは持ち合わせている。
そして、ホロもこちらがこれ以上何も出す物がないと思ったのか、
ため息を1つ着いて、

「エヴァよ、これだけははっきりさせてよいかや?」

そう言いながら、俺の目を見てくる。
その眼差しは、一切の迷いも無く、射貫くと言う表現がシックリくるぐらい真っ直ぐな物だ。
一体なんだと言うのだろう、そう思いながらホロの方を見ていると、ホロは吐露するように、

「わっちは今の旅を気に入っておる。
 ・・・、一人はいやじゃ・・・、もう一人はいやなんじゃよ。
 崇められるのも好かんし、何よりもう、わっちはただ見ているだけと言うのに飽いた。
 じゃから、ぬしに言う。ぬしの牙の鋭さ、偽りは無いかや?」

それに関しての答えは、あまりにも明確にでている。
むしろ、俺はそれ以外の答えを持ち合わせていない。

「知の牙は賢狼に、武の牙を真祖に。
 こんなちっぽけな私でも、誇りもあれば信念もある。
 女子供を殺さんと言う誇り、自身が救いたいと思う者の為に、醜く悪鬼と罵られようとも足掻く信念。
 私は我侭でエゴイストだよ、一切合財引き受けた上で楽しくないと気に食わないのだからな。」

そう言って、笑うとホロは自身の額に手を当てて下を向きながら、

「ぬしは危険じゃ。
 よく覚えておくといい、そのぬしの思考はとんでもなく危険じゃ。
 じゃが、それに殉じる覚悟があるのならまだ、救いはあるでありんす。」

そうは言うが、既に後悔は死ぬ間際まで捨て、多分、死ぬ瞬間も後悔はしない。
それに、この思考は自身の根底にあるものである。
つまる所、殉じる殉じない以前にこれ以外持ち合わせていないのだ。
いくら知識があろうと、それを楽しく活かせなければ意味がなく、
知識がなければ、それを楽しむツールが無い。

「悪いがホロ、お前が危険だといくら言おうとも、私はこの私以外になれない。
 むしろ、それだけは絶対に出来ない。なにせ、今の私は覚悟を決めた私だからな。」

そう言うと、ホロは空を見上げながら、

「ぬしは苦労するよ、これからもこの先も。
 多分、ぬしの楽しみの大半はいらん苦労じゃろうからな。」

そうは言うが、日本にはこんなことわざもある。
曰く、

「若いうちは、買ってでも苦労したほうがいいらしいぞ。
 なにせ、私はお前が言うほどに若い。
 だから、いらん苦労もいずれ身になり実りとなる。」

そう言って、空を見上げれば、そこには満月には少々足りない白い月。
だが、見えるのはそれだけで、他の星は厚い雲に覆われている。
・・・、なんだろう、井戸の底から上空を見上げれば、きっとこんな風景が見れるのだろう。
まぁ、それでも、見下げるよりは、見上げる方が俺の性にあってる。

「なぁ、ホロ。
 死を持たない私達に訪れる死とはどういったものだ?」

不意にそう、口を付いて出た言葉を、ホロはよく聞こえる両の耳で聞き、
俺の言った何気なく出た言葉に、これまた何気なく、

「自殺、後は知らん。」

そう、ぶっきらぼうに答えた。
・・・・・、なるほどな。
他者では殺す術が無くとも、自身の力で、自身を殺せば事足りると言う訳か。

「なら、どの道私は私を殺す者が現れるまでは生きるとしよう。
 自殺なぞ、私が最も嫌うものだ。」

そう言うと、ホロも横で月を見上げながら、

「わっちもでありんす。」

そう、静かに相槌を打った。
そうして、どれくらい経っただろうか。
通りを歩いていた人々は、いつしか宿や家に帰り、
それに習うように、ロベルタを取り巻いていた人々も消えた。
俺達のいる場所は、町の中心近くだが、それでもこの時間になれば光源は無く、
辺りはよる闇に包まれ、ただ静か過ぎるほどに静かに風の音だけを伝えてくる。
ついでに、空を見上げれば最後まで顔を出していた月は雲に隠れ、心なしか湿った風が吹いてくる。
多分、もうじき雨が降り出す。

それは予感でしかないが、しかし、そうなれば今からこの町を発つ事になる。
と、言うのもこの街に来るまでの道は、あまり人が通らないのだろう、
所々は踏み固まった所もあるが、それ以外は雨が降れば確実にぬかるみ足を取られる。
そうなれば、今度は借金の期限が迫り、借金を返せないホロとロレンスはめでたく無く、
奴隷として売られて行く。

ちなみに、ロレンスに奴隷として売られて死ぬ要因は病気と事故で、疲労骨折とかは無いのかと聞くと、
そのこと事態を知らず、むしろ、売られた先で借金を返しきる事ができれば、もれなく強靭な肉体が手に入るらしい。
しかも、その病気も相当酷い所に行かないとかからないと言うのだから、なんとも生命力逞しい。
そんな事を考えていると、ディルムッドから念話が飛んでくる。

(エヴァ、ロレンス達がこっちに来てるんだが、どうもそわそわして様子がおかしい。
 多分、金の密輸の準備だから、一旦ノーラの近くから離れた方が得策だと思うが?)

ふむ、コウモリも仕込んでるし離れても問題はないか。
それに、ここで下手に時間を食って、密輸失敗なんていう馬鹿な目にあうのは困る。
ついでに言えば、今のこのパーティーで一番安全なのはノーラである。
なにせ、彼女の死=密輸失敗と言う運びになり、そうなればレメリオ商会も潰れてしまう。
つまりは、リーベルトがことを起こすまでと言う有限はあるが、逆を言えばその時までは皆が必死にノーラを護ろうとする。
うむ、正しくクィーンだな。

(一応、保険もあるし、どの道今のノーラを襲う相手もいない。
 適当な理由をつけて、いったんこっちの戻ってきて良いぞ。)

そう、念話を送り返して程なくして、ディルムッドがこちらに現れた。

「戻ったよ、何だか雨が降りそうな天気だな。
 妙に空気が重い気がする。」

そう言いながら、こちらに近寄ってきて、俺の横に立つ。

「多分、もうすぐ降出す。
 そうなると、帰りが面倒だな。」

そう言いながら、空を見上げると、ホロも同じように口を開き、

「じゃが、帰らんともう期限がせまっておる。
 どちらにせよ、もう出発でありんす。
 ほれ、ロレンスが戻ってきよる。」

そう行って、ホロの指差す先に視線を向けると、
そこには闇の中を歩いてくるロレンスが見える。
ふむ、いよいよか・・・・、ただ、何が襲ってくるか分から無くなったというのはあるが、
それでも、早々おかしな物は出てこないだろうし、出るにしても魔獣なんかが関の山・・・、だと思う。
まぁ、とりあえずは、

「チャチャゼロとロベルタで荷台の幌を外してくれ。
 私はロレンスを迎えに行ってくる。」

「了解、夜で光も少なく周囲は見えたほうが良いからな。」、

「チャチャゼロさん、手っ取り早く始めましょう。」

そう言ってキセルをなおし、ディルムッドとロベルタに馬車の方をまかせ、夜深の中を歩いていく。
ふむ、こんな時に夜でも、辺りが昼と変わらないように見えるというのは便利だ。
そう思いながら歩き、こちらに向かってくるロレンスと合流する。

「今晩はロレンス、いい夜だな。
 まるで、帰り道に私達を襲ってくれといわんばかりの天気だ。」

そう言って、牙を見せながら笑うと、
ロレンスは嫌そうな顔をしながら、

「貴方が襲わないで下さいよエヴァさん。
 と、言うより貴方が何か言うと、本当に何か起こりそうで怖いんですから。」

そう言いながら、横に並んで歩く俺を見下ろしてくる。
ふむ、悲しいお知らせをロレンスにしないといけないかもしれない。

「残念な事に、襲われるのはほぼ確実らしい。
 ホロがリーベルトから血の匂いを嗅ぎとったと言ったからな。
 と、そういえばリーベルトは?」

そうロレンスに聞くと、ロレンスは横を歩きながら、

「今はノーラの所に。
 しかし、血の匂いだけで襲われるというのは、少々早計ではありませんか?
 もしかすれば、何か別の理由で血の匂いがしたのかもしれません。
 例えば、先ほどリーベルトさんと密輸の準備をしている時に、首に包帯をしているのみチラリと見ました。
 もしかすれば、その傷からした血の香りかもしれませんよ。」

そういてくるが、今のロレンスのせいで襲われるのが、商人ではないというのが確実になった。
少なくとも、レメリオ商会の商人が襲ってくるなら、リーベルトは怪我をしなくてもいい。
もし仮に怪我をするにしても、首と言う人体の弱点が集まった場所を、
包帯を巻くほどに、怪我をすると言うのもなかなか考えられない。
まぁ、もしかすれば、レメリオ商会に借金を取り立てに来た、
別の商会の人間と、いざこざがあったのかもしれないが、
それなら、わざわざ負傷したリーベルトを、この買い付けの旅に同行させなくてもいい。

つまる所、ここにリーベルトがいる事=誰かに襲われる事と言うのがほぼ確実になる。
しかも、彼が負傷してなお、同行しなければならないと言う状況だと、
もしかすれば、商会の人間ではなく、別の所に襲うことを委託したのかもしれない。
それに心当たりがあるかと、頭を捻れば・・・・・・、俺が馬車と馬を手に入れられない原因が、そうなるのかもしれない。
となると、襲い掛かるのは盗賊と言うことになるのか?
ん~、まぁ、下手に手足れじゃないなら問題はないだろう。

一応、今は1445年から7年頃で未だに百年戦争は続いたままだが、後数年もすればれも終結する。
多分、今頃はブルゴーニュ地方に向け、フランス軍が進軍し暴れているころだろう。
その事について、今更ながらに、自身の失敗を見つけた事もあったが、それは今は別の所に置いておこう。

「まぁ、私達は保険だ。
 襲われるなら役目を果たし、何も起こらないなら楽しい旅を続ける。
 ククク・・、ノーラをクィーンと言ったが、気分はロイヤルガードだな。」

そう言って笑っていると、ロレンスは俺の方を見ながら、

「事が起きないのを願いましょう。
 下手に騒ぎに巻き込まれると、また胃が痛くなる。」

そう言ってぼやいているが、ロレンスにはもう少し精神的タフネスを付けて貰おう。
じゃないと、ロレンスが胃潰瘍になっていまいそうだ。

「後でまた薬を出そう。
 お前にはまだまだ、頑張ってもらわないと困るのだからな。」

そう言うと、ロレンスは小さくため息をついた。
そして、馬車の位置に戻ると、

「幌を外したんですか?
 こんな雨の降りそうな空模様なのに?」

そう言って、真っ暗な空を見上げてはいるが、

「ぬしよ。雨に濡れるのと、血に濡れるのどちらがいいかや?」

そう、ホロが言った事でロレンスの方も、
与太話ではすまされないレベルと悟ったのだろう、真剣な顔をしながら、

「襲われるにしても誰に?
 ・・・、もしかして、森の盗賊なんていう不確定な事ではなんだよな?」

そうロレンスが言うが、ホロの方は首を振りながら、

「わっちにもわからん。
 ただ、襲いそうな所と言えば、レメリオ商会じゃな。」

そう言っている間に、俺とディルムッドロベルタは荷台乗り込み、
ロレンスはホロの横に座り、馬の手綱を持つ。

「彼等が裏切る・・・・?」

そう言って、首をかしげながらピシャリと馬に綱を打ち、馬を出発させる。
さて、この町を出れば外に待つのは何か、少なくとも、あまり係わり合いになりたくない連中なのは確かだろう。
ただ、幸いと言っていいのか、森の位置はリュビンハイゲンから離れているので、少々暴れた所で問題はない。
そう思っているうちに馬車は進み、町の外に出る。

「遅かったですねロレンスさん、我々には時間が無い。
 それにこんな空模様です、雨が降ればさらに足は遅れ最悪、馬車を捨てる羽目になる。」

そう言って、馬に乗ったリーベルトが、こちらの馬車に併走するようについてくる。
ノーラの方は、何時もならこの時間には寝ているのだろう、眠そうな顔で目をこすりながらも、
杖でエネクを操り、眠っていた羊達を起こして、リュビンハイゲンに向けて動かしている。

「ノーラ、体の方は大丈夫ですか?」

そう、ノーラに問えば笑顔で、

「大丈夫ですエヴァさん。
 町に着けばゆっくり休めますから。」

そう言ってくる。
ふむ、今この場で魔法を使う事はできないが、
一応は診療の時に気分をリフレッシュする魔法を、無詠唱でかけたから疲れは早々残っていないと思う。
でもまぁ、ずっと歩き詰めなのだから、甘い物ぐらいあってもいいよな。
幸い、喉が渇いても水の心配をする事は無いのだし。

「これを口に含んでおきなさい。
 簡単な薬ですが、疲れが抜けます。」

そう言って、差し出したのは誰でも簡単に作れるべっ甲飴。
本来なら、砂糖水を温めて作る物だが、それにひと手間加えて、
レモン汁と、皮をおろした物を加えてレモン飴風味にしている。
それを受け取ったノーラはそのまま口に含み、その甘さに面食らったのか、
びっくりしたようなかをしながら、

「エヴァさん甘いです!」

そう言ってたが、なんと言うかストレートな表現である。
材料が砂糖水とレモンなのだから、甘くないと言う方が不思議な気がするが、
まぁ、今の時代砂糖もこちらでは高級品なのだから、こうなっても仕方ないか。
そう思いながら、もう2,3個飴をあげてノーラを眺めていると、俺の袖をクイクイと引っ張る者が1人。
そちらの方を見ると、甘いもの大好きな賢狼様が1人、前から後ろに移動していた。

「どうしたんですかホロさん?」

そう聞けば、ホロは自身の頭の方に手を当てながら、

「どうも、わっちもこの旅で疲れたようでありんす。
 医者様、わっちにも薬をくりゃれ。」

そう言って手を差し出している。

「なら、その前に診療します。
 口をあけて舌を出して上を向いて。はい、ア~・・・。」

そう言うと、素直に上を向いて目を瞑ってア~としてくれる。
ふむ、以外と言ってみるものだな。
そう思いながら、飴玉を1つしたの上に乗せてやると、

「ほう、ひょいのかほ?」

そう言って、片目だけを開いて聞いてくる。

「ええ、いいですよ。」

そう言って口に含み、速攻でガリガリと噛み砕いて・・・・、って、ちょっとまで。

「ホロさん、それは舐める物で、噛み砕く物ではないですよ?」

そう言って、ホロの方を見ていると、
またもや頭に手を当てながら、

「うむ、少しはこれで疲れがとてたようじゃが、全快には程遠いようでありんす。
 あぁ、今度は眩暈が。医者様、もう1つ薬をくりゃれ。」

・・・、とりあえずは今回までは普通に飴を渡すか。
そう思い、もう一度口を開けて舌を出し上を向いているホロの舌に飴玉を乗せる。
そのついでに、ロレンスやリーベルト、ディルムッドやロベルタにも配り、おれ自身も舐める。
ふむ、簡単に作れる割にはよく出来ている。
そう思っていると、またホロが袖を引っ張って目を閉じて上を向いている。
・・・、確かカバンには注射器が入ってたよな、2リットルぐらい血が抜けるやつが。

「ホロさん、きつく目を瞑って絶対に開かないで下さいね。
 ちょっとチクリとするかも知れませんが、大きな薬を上げますから。」

そう言って、腕を取り注射針を静脈に突き刺して、血をガンガン抜き取りながら、
ホロの口には、棒つきのペロペロキャンディ大の飴玉を放り込む。

「もう、目を開いてもよいかの?」

そう言って、目を開こうとするホロの腕から注射針を抜き、
採取した血を保存用の瓶に移しながら、

「もう開いてもいいですよ。
 ついでに、薬はそれで最後ですから味わってくださいね。」

そう言うと、ホロは飴をチロチロ舐めながら、

「医者様がホクホク顔じゃと嫌な予感しかせんのは、
 わっちの中の野生が訴えておるからかの?」

そう、ジト目で聞いてくるが、

「まさか、喜んでいただけて幸いなだけですよ。」

そう言いながら、注射針に残った血を啜る。
ふむ、流石は長い時を生きる賢狼、極上のブランデーのように鼻を通るか匂いは薫り高く、
味もキリッとした口当たりの後は、花が咲くような甘さがあり、
牙を通る時に一瞬熱くなったかと思うと、スッとなくなってしまう。
ホロから、いくらでも血を飲んでいいと言われれば、多分、その首筋に牙を立てたら最後、
ほぼ絶対に、その味に飽きるまで牙を離す事はないだろう。


ーsideロレンスー


「女性が揃うと、華やかですね。」

そう、横に付くリーベルトが声をかけてくる。

「そうですね、行商人をすると、なかなかこういった場には立ち会えませんが、
 こういった風に何人かで旅をするのもいいものです。」

そう返しながら、リ-ベルトのほうを見るが、彼は俺と目を合わそうとはしない。
この月の無い闇夜で、下手に余所見をすれば危ないのは分かるが、
それでも、先ほどのホロとエヴァさんの話で、彼が裏切り者なのかと言う疑いが頭をよぎる。
そんな事を考えていると、リーベルトが口を開き、

「この件が終わったら、どうしますかロレンスさん?」

そう聞いてくる。
ただ、何気ない世間話にしては、声色が重く、
しかし、瞳だけは真っ直ぐに前を見ている。

「終わってもまた、次の旅を始めるまでです。
 私は商人なので、物を売り、その金で物を買って、また物を売る。
 それを繰り返して、いつかは町商人に成れればと。」

そう言うと、リーベルトは、フッとこちらに聞こえるか、
聞こえないかぐらいのため息を付いて、

「そうですか。
 ・・・、そうですね、我々商人は売り買いで金を作り、その金のためなら何でもする。
 商人とはそういう人種でしたねロレンスさん。」

そう言ってくるが、

「どうなのでしょう。
 確かに商人としては、それは間違いではありません。
 ただ、我々が信じるのは、公平な天秤で不公平に利益を上げる事ではありません。」

そう言うと、リーベルトはスッと頭を上げ、遠くを見るような顔をしながら、

「我々は神ではありませんよロレンスさん。
 むしろ、我々商人はユダよりです、金がなくては物が買えない、人が居なくては物が売れない。
 そういったジレンマを抱える生き物です。」

そう、どこか疲れたような声色で話し口を閉ざす。
後ろの方では、エヴァさんやロベルタさんホロなんかの声が、風に乗って聞こえてきていたが、
その声もいつの間にか聞こえてこず、辺りは静寂と闇だけが支配する。
空を見上げれば、雲はよりいっそう厚くなり、時折稲光が見て取れる。
そして、森が見え出したころ、音を忘れたようなこの空間でホロとエヴァさんが同時に、

「「雨が降ってきた。」」

そう口を開き、横のリーベルトがせかすように、

「道がぬかるめば足が取られる、急いで森を抜けましょう。」

そういわれ、馬の手綱を操り歩を森の中へと進めていく。



[10094] ケダモノの群れだな第45話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/01/08 19:08
ケダモノの群れだな第45話



降り出した雨は次第に強くなり、だんだんと嵐のさまを呈してきた。
行きの道で、ここの道路状況を見た限りでは、確実に何処かがぬかるんで、馬車の足を奪うだろう。
まぁ、そうなれば、またここまで馬車を取りに来ればいい・・・、と言う楽観的な考えをするようには俺はできていない。
ついでに言えば、森の入り口に入った辺りからボチボチ殺気とも、憎しみとも取れる気配が漂っている。
横に居るホロの方も、相手を感じ取ろうと鼻を何度かスンスンと鳴らしているが、この雨で臭いをたどるのは厳しい。
さて、お気楽愉快な旅も、もうここまで。
保険は保険らしく、護る者を護ろう。

(チャチャゼロ、何人感じる?)

そう、念話で問えば、
ディルムッドは、雨で濡れた髪をかき上げるフリをしながら周囲を見て、

(気配で20~25。肉眼では捉えられないが、概ね合っていると思う。)

そう、何処か険しいげ表情をしながら返してくる。
20~25か、手っ取り早く分断する方法は・・・・、囮を出すか。
まぁ、そうなるとか弱そうに見える女性が該当す。
よって、

(チャチャゼロ、私とロベルタが囮になる。
 お前の方は、馬車に残ったやつらを護ってくれ。)

そう言うと、ディルムッドはふと考え込んだ後、

(君が、一般人に後れを取らない事は知ってる。
 だが、あまり舐めてかからない方がいい。
 徒党を組み、1つにまとまった集団は時に1頭の獣となる。
 多分、森に潜み息づいているのはそんな連中だ。)

そう返してくるが、まぁ、それは既に慣れ親しんだ集団戦の極意だ。
自衛隊で規律と階級、制服などでの統制を取るのは、そういった獣を育成するためのモノだ。
故に、それの潰し方もまたいくつか覚えがある。

(獣なら、眼を潰し、頭を叩き、ただの烏合の衆に仕立て上げる。
 それが手っ取り早い、指揮統率の無いただの集団戦では、獣ではなく飼い犬以下だ。
 それに、夜は私のテリトリー、知っているかチャチャゼロ。
 戦では全ての行動は霧の中や、月光下の如く見えにくい。
 そして、敵は異様で実際より巨大に見えるものだよ。
 まぁ、実際に彼等にとって、私は上等すぎる獲物で手に負えないだろうがな。)

そうニィッと笑いながら返すと、ディルムッドは苦笑しながら、

(我が主ながら末恐ろしい、ロベルタ話は聞いてるんだろ?)

そう、ディルムッドがロベルタに話をふると、
今まで沈黙したまんまのロベルタは、女座りで首をカクンと下に落としたまま片目を開き、

(お嬢様が出陣される時に、お供できるのは光栄です。
 森に潜むものが何かはしりませんが、敵として出てくるのなら、的として散ってもらいましょう。
 それこそもう、後腐れなく、憂い残す事無く。)

そんな感じで、念話で話していると、
横にいるホロが、チョイチョイと袖を引っ張りながら、

「ぬしらは何をニヤニヤしておる?
 それに、さっきからわっちの耳がざわついておる。」

そう、雨に濡れながら言ってくるが、もしかして、ホロが本来の姿なら、
ここでこうして念話で話しているのを、そのまま耳で聞いていたのかもしれない。
・・・、いや、この場合聞いていた貰った方が話は早かったかもしれないが、聞いていないのだから仕方ない。
まぁ、この雨なら早々声があたりに響かないから、大丈夫だと思うが、それでもあまり目立つ事はしたくない。
一応、リーベルトの方を見てみると、リーベルトは雨の中前だけを見て馬の手綱を操っている。

「ホロ、聞こえていたら袖を引いてくれ。」

そう、小声でリーベルトの方を見て話すと、
クイクイとホロが袖を引いてきた。

「そろそろ、私達が私達の意味を果たす時がきたらしい。
 事が起これば、先ず私とロベルタが囮として残って敵の数を減らす。
 その間お前達は逃げて距離を稼ぎ、逃げた先にも敵がいた場合を想定して、
 私が保有する“最高戦力”である私の騎士を護衛につける。」

そう、とある部分を強調して話してやると、ホロはディルムッドの方ジッと見て、

「働きを見てからじゃな、最高戦力。」

そう言葉を返してきた。
が、逆説的にいえば、働きを見ていると言う事は、襲われていると言う事になる。

「見ない方がいいものもあるよ、賢狼。」

そう返すと、ホロは面白そうに、

「ぬしの言う最高戦力が、わっちらを全力で護るのじゃろ、
 なら何の心配もないでありんす。」

と、そう返されてはこちらも引くに引けないが、後は敵しだいと言う所か。

「まぁ、それなら後はロレンスとノーラの説得を頼む。
 私達が囮になった時、どちらかが無理に残ろうとすれば事だ。」

そう言うと、ホロはコクリとうなずいた。
さて、事は決まった。
なら、後は囮は囮らしく目立つとしよう。

(ロベルタ、一曲賛美か・・・、いや、鎮魂歌レクイエムを歌ってやれ。)

そう念話で送ると、ロベルタはゴトゴト揺れている荷台ですっくと立ち。

「旅の祈りを捧げます、ロレンスさん、リーベルトさん、ノーラさん。
 お邪魔でなければ、そのままでお聞きください。」

そう前置きを1つして、歌いだした。
賛美歌や、鎮魂歌、そう言った教会よりの歌はほとんど知らないし、
どういった意味合いがあるのかは知らないが、生前の映像だと思うものが頭をよぎれば、
そこには教会と路面電車の映像、ん~、何処だろうここ?
後、出て来るのは、路面電車に乗るシスターの映像なんかも出てくるんだが。

多分住んでいた所か、或いは何かした所だと思うがあまり思い出せない。
まぁ、どちらにしろ俺の思考は仏教より出しあまり意味は無いか。
そう思っていると、馬車がガクンと揺れ、立っていたロベルタが片膝をつき、
前の方からロレンスが、何度か馬に手綱を打っている音が聞こえてくるが、
どうにも、馬車は動きそうに無いらしい。

「チャチャゼロさん達、馬車がぬかるみに嵌りました。」

そう言って、ロレンスがこちらを振り返ってくる。
さて、これは罠か、それとも偶然か。
まぁ、ちょうどいいチャンスではあるか。
何か知らんがさっき、ロベルタが鎮魂歌を歌いだした辺りから、
剣呑だった相手の気配が、明確な殺気へと変貌した。
カレン辺りなら、早漏の駄犬と森の中のケダモノたちを罵りそうである。

「ロレンスさん、リーベルトさん、ここは森のどの辺りですか?」

そう聞くと、ロレンスとリーベルトは互い話し合い、

「大体中間辺りですよチャチャゼロ婦人。
 後、ノーラさん羊の進み具合はどうです?
 朝までには町に入れそうですか?」

そう、リーベルトが、雨の中杖を持ってた佇むノーラに聞くと、
ノーラの方はずぶ濡れの顔をぬぐいながら、

「はい・・・、このまま進めれば朝までには。
 今の所狼も出ませんし、全ての羊を連れて森を抜けれそうです。」

そう答えながらも、ノーラの目線は羊の列とエネクの動きに注がれ、
今もなお羊達は列をなして、町を目指し歩み続けている。

「ロレンスさん、一旦馬車を置きここから先は馬でに行きましょう。
 今ここで馬車を引っ張り出すより、日を改めて晴れた時引っ張り出したほうがいい。」

そういうが、馬はロレンスの馬車の1頭と、リーベルトの馬の1頭。
割る振りどころか、どう頑張っても一人あまる。
まぁ、別に気にしないが。

「すみません、ロレンスさん、リーベルトさん。
 ロベルタさんが先ほどの揺れで、躓き足をくじいたようです。」

そう、ロベルタの足を診察するフリをしながら口を開く。
無論、ロベルタがこの程度でどうこうなるほど、やわな作りをしてはいないが、
この際、囮となって攻勢に出た方がいいかもしれない。
そう思っていると、リーベルトが、

「なら、どうします?
 馬に乗せて町までもつなら馬に乗せますが?
 それとも、この場でただ1人の医者である貴女が診療しますか?」

そう、馬上からジロリとこちらを見てくる。
時間が無くて苛立っているのか、それとも、襲撃地点は別だったか。
まぁ、殺気が取り巻いている以上、ここで囮になる方がいい。

「この場で診療します。
 あなた方は時間が無いようですので、このまま進まれて結構ですよ。
 それとアナタ、町まで行ってカバンと薬を取ってきてくださいな。
 流石に手持ちの道具と薬では、やりようがありません。」

そう言うと、ディルムッドはポンと俺の肩をたたき、

「君をここに置いて行くのは忍びない。
 だが、君が君の仕事を果たそうというなら、俺も俺の仕事を果たそう。」

そう言って微笑みながら抱きついてきたので、
俺の方も反射的に抱きつく。
そして、その肩越しにはホロが、馬を馬車に繋いでいた器具を外すロレンスと、
その横にいるノーラに、事の顛末を話しているようだ。
たぶん、ディルムッドはこの光景を見せたくて抱きついてきたんだろう。
そう思っていると、リーベルトがウンッと咳払いをして、

「奥さんとの別れが辛いのも分かりますが、早く町に行き、
 器具を取ってくればまた会えます、早く行きましょう。」

そう声をかけてくる。
こうしてリーベルトを見ていると、商人としての二枚舌を、
別の才として働かせた方が、よっぽど儲かりそうな気もするが、
それもまた、彼がそれに眼を向けない限りありえないことか。
そう思っていると、ディルムッドは俺を放し、今度はロベルタをお姫様抱っこして木の下に移し、

「ここなら少しは雨宿りになるだろ?」

そう言いながら、こちらに戻ってきた。
フフッ、流石は色男、こういう事がサラッと出来るから、
他の男達から、煙たがられなかったのだろう。
まぁ、フィンをのぞいてだが。

「ええ、ありがとうございますアナタ。」

そう言いいながら、今度はこっちから抱きついてやって別れは終了。
ロレンス達の方も、ここでリーベルトの眼をひきつけている間に全部準備は出来、
馬上にはロレンスとホロがいた。

「行きましょうチャチャゼロさん、時間を取れば彼女達がずぶ濡れになる時間が増える。」

そう言ってロレンス、リーベルト、ホロ、ノーラ、ディルムッドは行ってしまった。
と、そういえばディルムッドには1つ教えておかなければならない事があったんだった。

(チャチャゼロ、聞こえるか?)

そう、念話を送ると、

(どうしたんだ、寂しくなったか?)

そう、念話を返してくるが、
俺が文句を言う前に、

(チャチャゼロさん、あんまり調子に乗っていると、後で料理を食べさせる事になりますよ。)

普通なら、それはご褒美なのだろうが、
この2人に関しては、どうやらそれが罰になるらしい。
と、そんな事はどうでもいい。

(馬鹿ばかり言うな、そのうち脳・・・、が無いんだったなお前等。
 まぁ、それはいい。真面目な話だ、もしお前の出せる速度で誰かを護れそうに無いという時、
 近くにホロがいたら、どんな代価を払ってもいいから、そこに連れて行ってもらえるようお願いしろ。)

そう送ると、ディルムッドからは、

(彼女がそんなに足が速いようには見えないが?)

そう返してくる。
まぁ、ホロの見た目で、本来の姿を想像しろと言うほうが無理があるのか、
それとも、うちの騎士がホロを侮っているのか・・・。
まぁ、どちらにしろ、

(チャチャゼロ、ホロは賢狼で私なんかよりも長く生き、知恵が廻り、豊穣の女神とまでたたえられた。
 それが、そんな存在が強いとか弱いとか言う次元の者と思うか?
 言っておくが、今のホロは本来の姿ではない。)

そう、念を送り返すと、

(解った。オスティアでの一件もある。
 そうならないよう行動するが、もしそうなった場合は力を借りるとしよう。
 それに、ここに来て今更姿がどうと言う事もないよ、エヴァが言い実例だしね。)

そう、念話が帰ってきて念話を終了。
実際の問題としても、もうチャチャゼロ達の姿も見えず、
エネクの羊達を威嚇する鳴き声も、この雨のせいで聞こえなくなっている。
そして、殺気を漂わすケダモノ達は今か今かと、奴等の頭が指示を出すのを待っている。
だが、こちらとて相手の流れに乗る気もない。

キセルを取り出し、魔法薬を詰め火を落とす。
雨のせいですぐに火は消えそうに見えるが、魔法を使って消えないようにするという、
技術の無駄使いをしながら、大きく煙を吸い込みフ~っと一息。
横のロベルタの方を見ると、辺りをねめつける様に様子を伺っている。

「さてと、そろそろおっぱじめるとするかメイド長、らしく行こう。」

そう言うと、ロベルタは自身の服に手を置き、着ていた服を影に送り、
代わりに、何時ものメイド服を取り寄せて装着。
俺の方を見て、ニィッと口を吊り上げ、

「Let's Beginでございます。」

そう返してくる。
・・・、ムギムギとか返した方が言いのだろうか。
いや、うん、さっさと始める意味で言ったんだろうから、
そんな馬鹿な事を言うと、多分ロベルタからもれなく冷たい視線を頂く事になるだろう。
と、言う事で今はツッコミではなくスルー。

なにせ、待ちきれないケダモノどもが1人また1人と、森から姿を現してきている。
そして、そのおかげでレメリオ商会の裏切りは確実となった。
なにせ、彼等の着ている鎧のほとんどは、戦場で使い込まれたような傷が刻まれているが、
一部の者は、どこか真新しい鎧を身に着けている。
それを盗賊として奪ったと言われればそれまでだが、
それは後でレメリオ商会にある鎧の仕入れ帳簿を見れば事足りる。

「どうされました、こんな森の中に大所帯で。
 私達は人を待っているので、どこかへ行っていただけませんか?」

そう、出てきた先頭の男に口を開くと、
こちらの言葉を聴いているのか、聞いていないのか、
兜を目深にかぶっているせいで、よくは見えないが、話を聞く気はないらしい。

「異端者が喋るな、空気が汚れる。
 貴様の横の異端者が服を呼び寄せるのを見た。」

そう、ただ淡々と1人が喋り、残りは暗い兜の置くからこちらを見る数十の眼で視る。

「あら、坊やには刺激がお強いようでしたね。」

そう、ロベルタが淡々と返すと、
現れた男達は次々に、十字を切りながら剣を抜き、

「黙れよクソ異端者がぁ!
 貴様等が生きていい場所なぞ無い!貴様等が歩いていい場所なぞ無い!」

そう言いながら、こちらに駆け出してくるが、

「さてさて、あのいきり立ってるバカ共をとっとと始末しよう。」

そういって、前に出ようとすれば、
ロベルタがふっと俺の前に手をかざし、

「お嬢様はそのままで結構ですよ、
 その一服を堪能しておいてください。」

そう言いながら、両腕を大きく持ち上げ、下に振り下ろす。
そして振り下ろされた両手には2振りのナイフ。
背後からは剣を大きく掲げ、男は一気に振り下ろしたが、ロベルタはジロリと振り下ろされた剣先を見て、
振り向きながら左のナイフを剣にあわせて軌道を変え、右のナイフを鎧の隙間から挿し込み、首を刺す。
すると、とたんに鎧の首周りから、血が涙のように溢れ出し、
男が両膝から崩れ落ちた所を、更に回し蹴りで鎧を頭ごと蹴り砕いた。
そして、辺りの男共を首を斜めにして睨みつけながら、大きく舌打ちし、

「チッ!今殺してやるから逸るな駄犬がぁ。
 尻尾を巻いて逃げ出すなら生かしてやる。」

そう、メイドが言うと、後ろの白髪の女はニヤニヤしながら、
後ろの木に背を預け、

「任せたよメイド長。
 ゆっくり、ゆっっっくり一服するとしよう。」

そう言って、腕を組んでパイプを吸い出した。
が、我等はそんな事を気にしない今逝ったやつは天に召された。
後は残った我等が異端を狩るだけ。

「死ねや異端者ぁ!!
 地獄に戻り、業火で焼かれ死ねぇぇぇぇい!!!」

「塵は塵に、灰は灰に。
 異端者には裁きの剣を!!」

そう、口々の聖句や威嚇の言葉を吐きながらか剣を抜き、
男達は1人のメイドに襲い掛かる。
しかし、メイドはその姿を『ハッ』と鼻で笑い、

「喋るしか能がないなら、舌を噛んで死ね。」

そう言い、1人目の男が剣を振り下ろすのをナイフで受け流し、
回し蹴りで蹴り飛ばす、今の男ももう駄目だろう、
蹴られた一部が大きくへこみ、血が溢れている。

そんな中、メイドが動き剣を振り上げた男の懐に入り、その男の首を突き刺す。
しかし、メイドは、

「チッ!浅い!」

そう言って、もう1本のナイフを首に差し込もうと、手を上げようとするが、
それより先に、ナイフを刺されている男が、跪く様に抱きついたまま下にしゃがみ、
そのしゃがんだ男の背後から迫る男が、

ったぁぁ!!!!!」

そう雄叫びを上げながら、男はメイドの顔めがけ剣を鋭く差し込む。
しかし、聞こえるのは肉が裂け、骨が砕ける音ではなく、

ギャリギャリギャリギャリギャリ・・・・・!!!!!!!!!!

そう、メイドの顔から火花と共に、鉄がこすれる音がする。
そして、その光景にいっせいに、迫っていた男達がピタリととまり、
ザーーーーッと言う、雨の音の中、

パキン!

と言う、どこか浮世離れした音が聞こえ、
まるで死神の鎌のように、漆黒のメイド服のメイドはナイフを掲げ、
一気に剣を突き刺した男の額に突き刺し、口の中の剣の欠片をはいてから、

「雄叫びはってからで十分ですよ。」

そう、男の額からナイフを抜きながら、口を開いた。
それと同時に、俺が、俺の同胞達がいっせいに十字を切り、
大きく口を開いて笑みを作る。

「我等修道騎士団、今怨敵を見つけたり。
 我等がここにある理由、今この時満願成就せり。
 では、逝きます副長ぉぉぉぉお!!」

そう言い、男達はたった一人のメイドに走りよる。
剣を掲げ、雄叫びを上げ、歓喜し、聖句を唱え。
ある男は、ナイフではなく顔を殴り飛ばされ、頭が消えた。

「生者のために施しを」

またある男達は、他の男達の礎たるため、剣を捨て飛び掛りナイフで刺されるも、
両手を封じ、後の男達がメイドに切りかかるのを助けたが、
メイドはその両手の男を振り回し、他の男を殴り飛ばした。

「死者のためには花束を」

修道騎士団で剣に長けた男達は、メイドと何度か打ち合うことが出来た。
だが、それもそこまで、戦える男たちはいたが、武器がもたない。
一振り、また一振りと男達が持っていた剣がナイフで砕かれ、
或いは切り飛ばされていく、当然だろう、あの怪力を有するメイドが扱っているナイフがそんなちゃちな訳が無い。

「正義のために剣を持ち」

メイドは、まったく動かなかったわけではなかった。
低空タックルで、メイドの足を掴もうと走りよった男は、
同じく走ったメイドに顔を飛び膝蹴りで砕かれ、その後ろから来た2人の男が、
合わせる様に左右から袈裟切りを放つが、メイドは振り上げた手を一気に振り下ろし、
膝で顔を潰した男の背にナイフを突き刺し、その反動で一気に前宙返りをして剣線を避け、
着地と同時に、左右の男の喉を切り裂いて殺した。

「悪漢共には死の制裁を」

先に死んでいった男達が辺りに転がり、屍の山を築くが、
それにかまっている暇は無い、剣を持ち異端を見つけ、
それを裁くのが我等の仕事、斬りかかり、斬り殺し、斬り捨てて前に逝く。
メイドに切りかかれば、メイドは細くこの光もなく、暗い雨降る森の中で、
2つの銀閃を操り男達を沈めて行く。

「しかして我ら――――聖者の列に加わらん」

森にはメイドの謳う聖句が木霊す。
死の国に死を築くために、異端者が黒衣を纏い闊歩する。
そんななか、メイドを連れてきた白い髪の女は今だ木に背を預け、
パイプから煙をユラユラと立ち昇らせながら、このこの戦を視ている。
しかし、それでも今は腕を組んでいない。

とある男が、メイドではなく白髪の女に挑みかかれば、
女は、まるで『こちらに来るな』と、言わんばかりの視線を投げかけ、
その後、組んでいた腕を解き、何か口を動かした後、手を動かしただけで、
男の上半身が消え、そのまま手を下まで振りぬくと、襲い掛かった男は足だけを残し、
この世界から姿を消し、女はその一部始終を、ただ無表情に眺めていた。

「サンタ・マリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌を!」

私が聖書にあった1説を説いている間に、悪漢共は地に伏していきました。
しかし、まだ1人残っていますね。
どうせなら、聖句が終わるまでに、すべて終わらせてしまえばよかったのですが、
そう思い、残った男を見ます。

「アナタが最後ですか?」

そう問えば、男はぬぅっと剣を抜き、

「神罰の代行者にして、神の意向を示すもの。
 神も力に頼らず、神の力に魅せられず、神に祈りを捧げ、神に我が身を捧ぐ。
 塵は塵に、灰は灰に。我が使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の一片まで根絶やしにする事。
 すべての父と精霊の名において・・・・・・、Amen!」

男は剣片手に地を走り、受けて立つメイドもまた、
ナイフ両手に疾走し激突する。
煌く剣閃、縦横無尽に動く切っ先、雨の中、激突した2人は、

「うぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!!!!!!
 如何したケダモノ、キサマの太刀筋他の者とは違うが、まだ遅いぞ!?」

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!
 黙れ異端者がぁ!!!この場で屠り、殺してやる!
 1片残らず塵1つ残さず、キサマのいるべき地獄のそこへ叩き落してくれる!!!!」

そうして切り結ぶ中、1度間合いが切れ、最激突しようとした時、
メイドの横から白い手が男の首を捕まえ、そのまま俺を持ち上げる。

「一服が終了した。」

そう言って、今俺の首を持ち上げる女は俺の顔を見上げながら、

「隊長を出せ。」

そう、静かに問うてくる。
が、異端者に喋る言葉なぞ持ち合わせていない。
その女の顔に唾を吐きか切れば、

「お嬢様に何を!!!
 キサマァ!!楽に死ねるなどと言う寝言を吐くなよ!!
 四肢を砕いて切り飛ばしてから殺してやる!!」

そういきり立つメイドを女は手で制止、
碧眼で俺の目を見ながら、

「口が利けないなら、喋るな。」

そう言い、治りかけた頬の傷を再度えぐり、
その傷に口を近付け舌を這わせる。

「キサマァ!!死ねぇ!!!」

そう、叫びを上げ女の体を剣で突き刺すが、
剣の切っ先は女に届く事無く、女の肌近くの宙をさまよい続ける。
そして、その剣さえもメイドの手によって握りつぶされた。
クソ、どうやればこれを殺せる!!どうすればいい!!
ただの人間である俺は、如何すればこれを倒しきれる!!!! 
そうしている間に、白髪の女は俺を投げて木にたたきつけ、闇で拘束し、
まるで、今の俺に興味がないと言わんばかりに、こちらを振り返る事も無く!!

「行くぞ、隊長・・とやらは出口付近にいる。」

そう言って歩き出し、
メイドの方は俺の事を鬼の形相で睨みつけながら、

「命拾いしましたね・・・、下衆!!!」

そう言って、俺の視界から姿が消えた。

「殺してやる、貴様ら異端者を殺してやる。
 フリークス・・・、フリーーーーーーークス!!!!
 今すぐこれを解いて追いかけて行って殺してやる!!
 確実に、的確に殺してやる!!!!!」



[10094] 見たかったな第46話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/01/19 00:19
見たかったな第46話







降りしきる雨の中、男は一人雨雲を見上げながら、その歪な顔を歪め、
笑みとも、威嚇とも取れる表情を作っていた。

「クククッ・・・・、あの時も・・・・、そうあの時も雨だった。」

思い出されるのは、自身の栄光と、その後に待っていた仕打ち。

「ディアール殿、そなたの指揮する騎士団、
 それは誠に神の意向に沿い、かのジャンヌの指揮する騎士団と見まごおばかり。
 これよりいっそうの精進と、蛮族の都であるイギリスの陥落。
 その時まで神と共にあらんことを。」

そう言ったのは、とある司祭。
かつて、自身が信じ自身の栄誉をたたえ、自身が神へ捧げる忠義を取り立てた一人。
それを思い出すと共に、自身の額から走る傷をなぞり、虚空なる右目を抑える。

「大司教様危ない!!!」

斬りかかる蛮族の剣閃は鋭く、自身は鎧を着て、思うような俊敏は得られない。
剣を抜くその時間さえも惜しく、自身の体を楯に蛮族の前に飛び出せば、
その剣は顔を駆け抜け、そこに残ったのはただ熱された一筋の線と、右半分の闇。
だが、それさえも気にせず自身の剣を逆手で抜き、蛮族の顎から脳天を貫く。

その時、私の右目は神へと捧げられ、供物となった右目を大司教達は神への忠誠の証ともてはやし、
私も、自身の忠誠と、神への供物と捧げられた右目の傷を誇り、威風堂々と自身の指揮する騎士団を指揮した。
戦で負う騎士の傷は栄誉の証、捧げられた右の光は忠誠のしるし。
傷が増え、蛮族の血に塗れ、血河屍の山を築き、魔獣を狩り、魔法使いを狩り、ただひたすらに神を・・・、
神に仕える大司教達の言葉を神託と信じ、朽ちた仲間を乗り越え、折れた剣をなおも振るい、
自身を一振りの剣として、神の敵たる蛮族を狩る。

「この腕もそうだ・・・・。
 いや、体中に無数にある傷すべてがそうだ!」

そう言って、もう拳を握る事も出来ない、左手の有るべき所に付いたL字型で、
角の部分のみが、ぼこりと膨らんだ異様な鉤爪をジロリと見る。

「ディアール殿、その腕は如何なされた?」

そう聞いたのは、とある貴族に使えた騎士。

「自身が至らないばかりに、不覚にも蛮族に切り落とされました。
 ですが、その切り落とした蛮族も、今は煉獄の炎に焼かれているでしょう。」

そう言うと、その騎士は顔をニヤリとゆがめながら立ち去った。
そして、その後・・・、今のような雨の中蛮族を狩り、
泥にまみれ、死に物狂いで戦う戦場で、たった一人の伝令によって知らされた知らせ。

「馬鹿な!!イギリス陥落は目前で、何故ここまで来て撤退せねばならぬ!!!
 我等が誇るジャンヌは、かの地で異端と罵られて殺された!!!
 あのクソのような蛮族を皆殺しにし、土地を奪還し、我等が神へ捧げるが修道騎士団が責務にして悲願!!!
 それを!!!その事を知っておきながら何故だ!!!!」

そう、来た伝令の首を掴み問えば、
来た伝令は私の手を払いながら、

「私は知らない!!ただ、大司教様よりそう承ったのみ!!
 故に、この戦場を放棄し、直ちに帰還せよ!」

そう言って、伝令である男は去り、我等は戦場を苦渋と辛酸を飲み、
朽ちた仲間の死体をその場に残し、祈りを捧げる暇さえも無く攻略戦を撤退戦に替え国に帰還した。
そして、そこで待ち受けていた仕打ちが!!

「何故です!!何故ですか大司教様!!!
 何故今この時になって我々を!!!我々、修道騎士団を解散する!!!」

そう問えば、大司教は首を振りながら、
苛立った様な声で、

「解散ではない。そもそも、君達は修道騎士を名乗るが、
 洗礼を受けたのは君一人で、後の者達は皆ただの烏合の衆。
 だが、それでも君たちは良くやってくれた。
 だからこそ、君達に暇を出し自由に生きてもらおうとだね・・・。」

そうは言うが、我等に行く場所など無い。
もとより、孤児や私生児、口減らしに捨てられた者達が集まって出来た騎士団。
その騎士団に暇を出すという事は、ただ見捨てるのと同義!!
そう思い、もう一度大司教に騎士団存続を願い出ようと、
教会にある大司教の部屋の扉の前に行けば、

「まったく、あの猪武者にも困ったものだ。
 アレの醜く傷ついた顔に、不揃いな手を見るたび身の毛がよだつ。
 が、それも今日まで。アレ達には暇も出し、これからの時代は金と権力による貴族の時代。
 それなのに、今更あんな物あっても正直邪魔なだけそうでしょう、貴族様?」

「当然。私の予測では、この戦ももうじき終わる。
 ジャンヌは死に、ジルは隠居し、イギリスももう攻めるに攻め、
 その後に必要なのは信仰ではなく、神の力と言う権力と、王侯貴族による平貧民の統制。
 では頼みますよ、大司教殿。まぁ、まだ一部には古臭い信仰を貫こうとしている者もいるようですがね。
 まぁ、それもまたいずれは時に流される。」

握られた拳は白くなり、そして、自身の爪が手の平に食い込み拳を紅くする。
何が大司教か!何が貴族か!!何が忠義で、何が騎士か!!!
扉の内側にいるのは一体なんだ!?
大司教?クソ食らえ!!貴族?豚のようにクソ溜めで死ね!!
神が居わす教会に巣食うクソ蟲共がぁ!!

今すぐにでも、扉を開き中に居る者たちを斬り殺したい!!
神を裏切り、騎士を貶め、忠義を謀り、豚のように金を貪り食う。
こんな奴等の為に、我が同胞は蛮族と戦い散り、土に返り父の元へ向かった。
しかし、真に倒すべき異端はこの場にいた!
だが、ここを、神の居わす場所を異端者の血で汚すことはできない!!
だから、私は自らの率いた騎士団を連れ、教会を離れた。
そうしなければ、いずれこの者達も神にではなく、神の権力にかしずくようになるから。

邪魔でしかない我等を引き止める豚はおらず、仮に引き止められてもこちらから願い下げだ!
そして、私達は流れに流れ、今この場にいる。
流れる間に異端を狩り、補給も無く、異端の町であるラムトラを見ながら、
歯噛みしていた時の商人よりの異端討伐の依頼。
これは正しく、我等に異端を根絶やしにしろと言う思し召しだろう。

「我が同胞を抜いてこれるなら、来てみろ異端者共!!
 私が最後の関門として、キサマ等のそっ首を刎ね、くびり殺してくれる!!!」


ーsideディルムッドー


エヴァたちを残して森を歩む。
賊の気配はまだ残っているが、それでも今は監視を決め込むかのごとく息を潜め、実質の人数はわからない。
横の方を見れば、馬に乗ったホロと馬を操るロレンスそして、雨の中眼を細めながらも、
この月明かりも無い暗い森で、的確に羊を繰るノーラ。
そして、一番賊と繋がっていると思われるリーベルトは、
馬で俺たちよりも少し前を行って、ノーラと併走している。
そんな中、ホロが空を見上げながら小さな声で、

「止まぬ雨じゃの、こうも雨が降れば音も聞き辛いでありんす。
 せめて髭でも出せればの。」

そう言って、ロレンスと俺の方を見てくる。
こんな暗い森で少しでも賊の情報が手に入る物なら欲しいものだが、
どうやらホロの方も手を焼いているようだ。

「エヴァさん達の方は襲われていると思うか?」

そう、ロレンスがホロに聞けば、

「十中八九の。
 じゃが、アレの持つ最高戦力は平然としておる。」

そう言って、俺の方を頭で指してくる。
と、言っても彼女が早々ただの賊には遅れを取らない。

「よほど下手な相手で無い限り、彼女は苦戦しないよ。
 それに、ロベルタも一緒だしな。」

そう言うと、ホロとロレンスは黙り、俺の方も辺りの気配を再度探る。
そして、とうとう時が来たと言うべきか、

「敵襲ーーー!!!」

そう叫んだのは先頭のリーベルト、そして、何本もの矢がこちらへ飛んでくる!

「チッ!!」

そう、舌打ちを1つ。
矢が飛んでくる方に飛び出し、槍で叩き落す!

「ロレンス!!馬を早く前へ!!
 止まっていては狙われる!!」

そう叫べば、ロレンスは馬手綱を打つが、
馬はどこかに矢が当たったのか、足を引きずったような動きで答える。

「チャチャゼロ!!馬がやられた!!
 リーベルトーー、ノーラーーー無事か!!!」

そう叫ぶ先にはリーベルトはおらず、
ノーラは少し前にいたおかげか、矢の被害は無いようだ。
そして、矢を叩き落している後ろから、

「私達よりノーラを逃がしてください!!」

そう叫ぶロレンスの声、しかし、今ここを離れればロレンス達は矢面に晒される。
せめて、もう少しノーラが先に行くまでは、そう思い、飛んでくる矢を片方の槍で叩き落し、
もう片方の槍で矢の飛んでくる茂みの中へと気を飛ばし、攻撃をする。
そうすれば、茂みの中からくもった悲鳴がいくつか聞こえ、矢の応酬が止まり、
茂みから鎧を纏った賊達が剣を抜き攻めてくる。

「異端なる者共、今この場で朽ち果てよ!!!」

「我等が歩む先に異端者が居てはならん!!
 我等が歩むは巡礼の道、その道を汚す事なかれ!!」

そう言って、斬りかかって来る男達の心臓を穿ち、
頭を潰し、喉を貫き、或いは気の刃で斬り捨てていく。
だが、辺りに血の匂いが立ち込める事は無く、流れる血も雨に打たれ流れていく。

「雑兵よ!!来るならかかって来い!!
 キサマ等如きで俺を倒せると思うな!!」

そう叫べな、男達は狂ったように声を荒げ、

「我々が貴様を倒すのではない!!
 我々の神がお前を倒す事を望まれた!!!
 キサマのような異端は居てはならぬ!!
 貴様のような存在は居てはならぬ!!!
 神罰を!!!地上の代行者として神の神罰を!!!」

そう叫びながらかかって来る男の首を跳ね飛ばしながら、

「神などとうに殺した!!
 人を襲うキサマ等はただの悪漢に過ぎない!!!」

そう叫ぶと、心臓を穿った男がなおも身を呈して前進し、
片方の槍を封じようとするが、その男の全身よりも早く、男の膝を槍で穿ち、腹をけって木にたたき付ける。
そして、蹴り飛ばすと同時にあたりを見れば、羊の群れはもう見えず、
辺りには俺が殺した死体が転がる。

クッ、ノーラと離れすぎたか、襲撃が在った今ノーラの安全性はとても不安だ。
少なくとも、森の出口も近いここで襲撃すると言う事は、
ノーラを殺して、他の羊飼いに羊の誘導を頼むと言う手はずなのかもしれない。
ならば、これから先は『かかって来い』ではなく、自らの意思でかかって行き、死体の山を築く事になる。
そう思い、辺りを見渡せば、数人のいきり立った賊共。

「殺してやるから動くな。
 キサマ等が神罰だの言った所で、気にしない。
 俺は俺の目的のために、お前達を自らの意思で・・・、殺す!」


ーsideロレンスー


襲撃を受けた後はまさに嵐だった。
飛び交う矢に叫ばれる罵声と怒声、そんななかリーベルトの姿は消え、ノーラと羊達も姿を消し、
賊も矢が切れたのか、森から抜刀した賊が次々に襲いかかってくる。
そんな中、何処からとも無く槍を2本取り出したチャチャゼロさんは、
飛んでくる矢をすべて叩き落し、襲い掛かる賊を片っ端から屠っていく。

「ぬしよ、大丈夫かや?」

そう、声をかけたのは横に居るホロ。
馬は後ろ足に矢を受け走れず、ただこの場ので幸運と言えたのは、
馬は矢が刺さったのに大きくいななく事もなく、俺とホロは落馬せずにすみ、
なおかつ、チャチャゼロさんのおかげで、早々襲われる事が無い事だ。
そうして、木の陰に隠れながら、横に居るホロに、

「俺は大丈夫だ、ホロは?」

そうホロに返せば、ホロは木の陰からチャチャゼロさんの方を見ながら、

「アレの空気が変わったの。
 今まで見とるうちは防戦じゃったが、
 羊飼いの姿が消えたのを悟ったか、打って出ておる。
 それに、アレが最高戦力といっただけの事はある、まるで賊共がボロ雑巾のように屠られておる。
 ・・・・・、ぬしよ、怖いかや?」

そういった、ホロの横から顔を出してみれば、
チャチャゼロさんが2本の槍を持ち、地面を舐めるように疾走し、
賊達の心臓を付き、首を飛ばし、重鎧を着た男達は、その鎧ごと穿たれ、或いは叩き切られていく。
その姿は、はっきり言ってしまえば恐ろしい、その人の命を草のように刈り飛ばしていく姿が。
だが、俺はその姿に俺は恐怖を口にしてはいけない、なにせ、彼は俺達の為に賊を殺し、
今もなお森の中を疾走しているのだから。

「怖くない・・・・、ただ、彼の強さに驚いた。」

そう言うと、ホロは喉を低く鳴らしながら笑い、
頭から被っている布を外し、その頭上の耳をあらわにして辺りの音を聞きながら、

「多分、アレはまだ奥の手を隠しておるよ。
 わっちの見立てなら、アレが本気なら、ここを瞬きする間に平にできるじゃろ。
 それと、もう動くものがおらん。」

そういうホロの言葉にビクリとなると同時に、辺りを見回すが、
この闇夜では、早々辺りが如何と言う事は見て取れない。
が、ホロは自身が言った事を証明するかのように、木の陰から先ほどまで戦が行われていた場所に出て行った。
その後を追うようにそこに出れば、思いのほか血の匂いはせず、チャチャゼロさんも返り血を浴びたようには見えない。
ただ、辺りに転がる死体が、ここで争いが行われたと言う痕跡を残している。
そして、その戦場の真ん中に立つチャチャゼロさんは森の出口の方を見ながら、

「ノーラとリーベルトが先に向かった。
 だが、ノーラの安全が心配だ、ホロ、君のよく聞こえる耳で彼女に安否がわからないか?」

そうチャチャゼロさんがホロに聞けば、ホロは耳をピコピコ動かしながら、

「ノーラやリーベルトの音はわからん、
 じゃが、多くのものが列をなす音は聞こえるでありんす。」

そう、ホロがチャチャゼロさんに返す。
この森で列をなすものといえば、今は羊しかおらず、しかも、
その羊達がバラけていないと言う事は、まだ羊を指揮する者がいると言う事だ。
そして、それをチャチャゼロさんもその考えに至ったのか、

「彼女の元へ向かう。
 ここまで明確にレメリオ商会に襲われ、そんな状態でリーベルトがノーラを生かしておくとも考えられない。
 多分、森の出入り口がノーラの明暗を分ける場所だ。」

そうチャチャゼロさんが言い、ホロは死んだ男達の鎧と武器を見ながら、

「真新しいものが混じっておるな、多分誰かがこやつ等を手引きしたのじゃろう。」

そう言ってくる。
もう、ここまでお膳立てされれば、レメリオ商会の裏切りは明確となった。
そして、チャチャゼロさんが言うように、ノーラの明暗は森の出口付近だろう。
少なくとも、この森さえ抜ければ、草原のような見晴らしのいい場所で早々人を襲うやからもおらず、
普通の道を羊を連れて歩くだけなら、ただの羊飼いにも出来る。
そして、検問を通る時羊が金を羊を吐き出さないかも、ノーラほどの腕が無くとも、
犬を使いはやし立てて中に入れれば事足りる。

「どうします!?
 ここで争っている間にノーラとリーベルトは先に行き、
 人の足では追いつけませんよ!?」

そう、俺が言うとチャチャゼロさんは何処か渋い顔をしながら、

「ただ走っていくだけなら俺の足でも問題ない、
 だが、今は早さが明暗を分ける・・・・、ホロ、君の力を借りたい。」

そう、チャチャゼロさんがホロに言ってきた。
一体いつ、チャチャゼロさんはホロの事を知ったのか、
それは解らないし、心当たりがあるとすれば、それはエヴァさんぐらいしか思い当たらない。
だが、ここでホロが姿を晒し、ノーラを追いかければ、その先に何が待ち受けるかもわからない。
クッ、どうすればいい?そう思っているとホロから声が上がり、

「ぬしよ、預かっといてくりゃれ。」

そう言って、着ていた服を脱ぎだし俺に渡してくる。
そして、ホロはすべての服を脱ぎ終え、首にかかる袋から麦を取りだし、
その立派な尻尾を振りながら、

「なんじゃぬしよ、わっちに言う事があるんじゃないかや?」

そう言ってくる。
はぁ、何を今更俺は馬鹿なことを考えたのだろう。
『どうすればいい?』じゃなくて、どうにかしなければならないんだ!
そう思って、ホロの方を見ればホロは俺の言葉を待つかのように聞き耳を立てている。
そんな中、俺は初めて自身が商人である事を呪い、自身がこの場でどれほど無力かを知らされた。

「立派な尻尾だ。他のどんな狼よりも美しく勇壮だ。」

そう、ホロに返してやれば、ホロは何処かキョトンとした顔をした後、
口を開いて歯を見せながら笑い、

「ぬしにしては素直な言葉じゃ、じゃが、
 他の雄ならここで口付けの1つでもするのじゃろうな。」

そう言って、俺を見てくるが、その甘い果実は後に取っておこう。
なにせ、今ノーラが死ねば、その果実さえも永久にお預けになるのだから。
そう思っていると、ホロがため息を1つ吐き、

「さて、時間も無い少し眼を閉じてくりゃれ。」

そうホロが言い、チャチャゼロさんが眼を閉じるのを確認した後、俺も目を閉じる。
そして、次に眼を開けた時に目の前にいたのは、少女の姿のホロではなく、
巨大な躯体にそれに見合う巨大な口、爪はどこまでも鋭い。
そして、その姿にいまだ少なからず恐怖を覚える自身が情けなく、
ホロに対して申し訳ない気持ちになる。
そして、それを敏感に感じ取ったのか狼の姿のホロは、

「わっちが今だ恐ろしいかや、ぬしよ?」

そう聞いてくる。
が、俺はここで恐怖を口にしてはいけないんだ。
ただの人間である俺は、目の前の神に対して恐怖してはいけないんだ。
なにせ、それはホロを一人にする事になるから。

「この姿でりんごを食うホロを想像すると笑える。
 大酒を飲んで二日酔いするホロに親愛が芽生える。
 そして、今のホロが何処までも頼りになって最高のパートナーだと誇れる。」

そう言うと、ホロはその大きな口をさらに広げ、鳴き声とも、
雄叫びとも取れる声で笑いに笑い、

「ぬしの肝が太くなってわっちはうれしいよ。」

そう言った後、チャチャゼロさんを見て、

「ぬしは・・・、わっちが怖いわけは無いの。」

そう言うと、チャチャゼロさんは首をすくめながら、

「前に倒した神はピカピカ光る、ずんぐりとした熊みたいな神だったが、
 ホロはちゃんと実態がある神なんだな。」

そう言いながら、チャチャゼロさんはホロの喉の下辺りをゴロゴロ触っている。
が、何だか今おかしな話を聞いたような気がする、
そう思いホロの方を見ると、ホロの方も何だかポカンとしたような顔をしている。
まぁ、それでも狼だから表情は読めないのだが。

「ぬしよ、今の話詳しく話せるかや?」

そう言うと、チャチャゼロさんはふと考え込み、
その後、ニヤリと何処か人の悪い笑みを浮かべ、ホロの背中に乗りながら、

「今から走って、ノーラに追いついたら話そう。
 エヴァから、力を借りる時どんな代価を払っても言いといわれたが、
 その代価を払っても間に合わなければ意味がない。
 だから、ノーラが無事なら話を話す。」

そう言うと、ホロは何処か苦笑しながら、

「契約と代価かや、血吸いが好きそうなものじゃな。
 ・・・、契約しようチャチャゼロ、ただ振り落とされるでない。
 後、ぬしはどうするかや?」

そう、ホロが聞いてくるが、俺はこの先付いていっても邪魔になる。
先に潜む賊の数は不明で、もし俺が捕まりでもすれば、その時点で俺たちは不利になるだから。
何処までも悔しいが、

「俺はここから馬を連れて町に戻る。
 それに、ここを歩いていればエヴァさん達が追いつくはずだ。」

そう言ってホロを見れば、ホロは俺の目を見ながら、

「雄なら、付いてくるといって欲しいものじゃが、
 それで死なれては元も子もないでありんす。
 ・・・・、ぬしにしては英断じゃよ。」

「ロレンス、後のことは頼む。」

そう、チャチャゼロさんが言葉を吐くとホロは突風のように姿を消し、
森の中には俺1人と、馬が一頭残され、そしてその数分後、森を走るエヴァさん達と出会う。




[10094] 疑うな第47話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/01/20 01:44
疑うな第47話




雨が降り、ぬかるんで道路状況最悪な道を、文字通り飛ぶように走る。
襲ってきた賊を捌くのに手間取ったわけではないが、それでもディルムッド達との距離は離れた。
実際問題、こうして走るより、空を飛んでいった方が数段早いのだろうが、
下手に空を飛んで木の陰に誰か隠れでもして、見落としましたじゃ話にならない。
だから、泥が跳ね返るのもいとわず走っているのだが、一向に姿が見えない。

「チッ、ロベルタ何か見えるか?」

そう問えば、スカートの裾をつまんで横を併走するロベルタは、
道の奥を睨むように見るが、首を横に振り、

「お嬢様の眼でも捉えられないものを、私の目で捉えるのは至難の業です。」

その会話の後、暫く走り吸血鬼の本能とでも言うのだろうか、
雨のせいで血の匂いも薄れ、残り香程度だったが、それでも間違いなく、

「ロベルタ、血の匂いがする。
 ・・・、近いぞ!」

そう言うと、ロベルタはさらに遠くを見ようと目を細め、

「賊・・・、と、言うより人影が捕らえられませんね。」

そう言うロベルタを横に、心の中で今度は自身に舌打ちをする。
こんな事なら、千里眼の魔法をもっと練習しておくべきだった。
新世界では見つかっては襲われる事が主体で、自身から打って出る事は少なかったし、
俺自身も戦闘用の魔法を主体として、補助系は自身の身体能力にかまけて余り練習しなかった。
まぁ、それでも一応は学校で習ったので、それを使い辺りを見ると、
足を引きずる馬を連れた人影・・・・、あの髪の色は、

「ロレンスがいる!
 ・・・、ホロもチャチャゼロも辺りに居ない!?
 ロベルタ、急ぐぞ!!」

「はい、お嬢様!!」

そのロベルタの掛け声から久しく走り、ようやくロレンスに追いついた頃には、
いつの間にか雨が止み、辺りには不気味な蟲の鳴き声などが木霊していた。
本当なら、声を上げて呼び止めるのが正解なんだろうが、そうして、
森にまだ、潜んでいるかもしれない賊を、おびき寄せるのもいささか面倒だし、
一応は、精霊を召還してあたりをクリアにしてはいるが、それでも下手なリスクは避けたい。
まぁ、それも、こうして無事にロレンスに会えたのだから杞憂だったのだろう。

「ロレンス無事・・・、そうだな。」

そう、ロレンスに言うと、ロレンスは1度こちらを向いた後、
森の出口の方を向き、足を動かしながら、

「無事ですよエヴァさん。
 それに、ロベルタ・・・、さんはどうしたんです、その格好?」

そう聞くロレンスの横を歩きながら、ロベルタは何でもないかのように、

「戦装束です。それよりも、チャチャゼロさんと、ホロさんは?
 ノーラさんとリーベルトさんも見当たりませんが。」

そう問うロベルタにロレンスは馬を連れながら、

「私達は襲撃を受け、ホロとチャチャゼロはノーラとリーベルトを追って行きました。
 私は・・・、戦場には立てないのでこうして、後を追っている所です。」

そう、奥歯をギリッと噛み締めながら返してきた。
だが、それはロレンスにとって賢明な判断だ。
行った先に賊がどれくらいいるかも不明だし、俺たちを襲撃したヤツから血を飲んだ時に出た、
隊長と言うやつもまだ出てきていない。
そして、俺達がこうして空ではなく、地上を走って来たのはその隊長を探すためだ。
血を飲んだヤツから出た隊長の知識だが、そん所そこらの雑兵とは違い、
なかなかに一癖二癖ありそうなヤツだった。

越えた戦場は優に百を超え、その戦で失った腕に鉤爪を付け、更に戦場を駆け巡る。
この時代、戦がしたければ好きなだけできるできるが、だからこそ英雄崩れ、
つまる所、英雄のように華やかな功績を立てるのではなく、その華の影で礎のように散っていった者が腐るほどいる。
と、言うより戦で大多数を占めるのはその英雄崩れで、歴史に名を残すものなぞ一握り以下だ。
そして、更に隊長の質が悪いのは、信念を通り越して、妄執とも執念とも付かぬ信仰心。

技術に技量、戦略に戦術、気に魔力。
少なくとも、俺達が相手にした賊は未熟ながらも気を使っていた。
自身で切り捨てたヤツは、エクスキューショナーソードを一瞬とは言え受け止めた。
だからこそ、力をいれ足しか残らないまでエクスキューショナーソードを振り抜く事になったのだから。
クッ、早く隊長とやらを仕留めないと、何やらヤバイ気がすると勘が言っている。
余り中った試しは無いが、悪い予感ほどこういう時は中るものである。
ディルムッドに限って早々敗れる事はないはずだが、何がどう螺子くれ曲がるかもわからないし、
ノーラとホロも心配だ。

「ロレンス、その馬は走れないのか?」

そうロレンスに問うと、
ロレンスは馬の後ろ足の方を指差しながら、

「多分最初の一本です。
 その矢が後ろ足に刺さって、今の所無理に走らせるのは厳しいですね。」

そう言うので、傷口を見れば、
矢に返しが付いていたのか、肉の一部がえぐれ血は止まっているものの、
動くたびにカサブタがはがれそうになっている。
が、逆を言えばこれさえ治れば、ロレンスを含め俺達は手っ取り早くホロ達に追いつく事ができる。

「ロレンス、今から馬の傷を治す。
 ロベルタ、馬を抑えてくれ。」

そう言うと、ロベルタは手早く馬の目を布で覆い、
ロレンスから手綱を奪って馬を跪かせた。

「エヴァさん、いくらなんでも無理です!
 そんなに短時間でこの傷が言えるわけが無いです!」

そう、ロレンスが声を荒げてくるが、
こちらとて、無理を無理で済ませるつもりも無い。
原作エヴァは治療系魔法は苦手だと言っていたが、それは単に練習しなかっただけで、
ちゃんと練習をすればそれこそ、普通並には使えるようになる。

「ちょっと黙ってろロレンス。
 ・・・・、忘れたか、私は魔法使いだぞ?
 エメト・メト・メメント・モリ 汝が為にユピテル王の恩寵あれ 治療。」

そう魔法を詠唱し、馬の傷を治していく。
流石に見る見るうちとは行かないが、それでも確実に治っていく。
そして、最後の一押しとして、影から前に作った薬を傷口に振りかけて治療完了。

「もういいぞロベルタ。
 ロレンス、これでこの馬は普通に走れるはずだ、ノーラ達を追うぞ!!」

そう言うと、ロレンスは馬の後ろ足をなでた後、こちらを向いて1つうなずいて、
馬の背に飛び乗り、俺とロベルタはその馬の横を突っ走る。


ーsideディルムッドー


「クッ!」

ホロの背に飛び乗った後はまさに、自身が風どころか、稲妻になったような感覚だった。
肌に当たる雨は何かの拍子で、そのまま肌を貫き、頭を低くホロの背に顔を埋めた状態で薄目を開けてあたりを見れば、
夜のせいか、あたりは黒一色で塗りつぶされ、今が何処なのかも分からない。
ただ、1つ確信があるとすれば、この速さなら間違いなく、
そう間違いなく、ノーラの明暗分かつ前に彼女の所にたどり着ける!

「ホロ、後どれくらいだ!!」

そう、ホロに大声で背中から聞けば、
ホロは駆ける速度を緩める事無く、

「もうじきじゃ、もうじき森が切れる。
 それに、地には羊と馬の足跡が見えておる!」

そのホロの声に、気持ちが逸り顔を少し上げて前を見る。
しかし、顔に中る雨粒の気配は無く、代わりに耳元では轟々と風が轟く音が聞こえる。
だが、それさえ無視してホロの毛につかまりながら見えた光景は、草原に集まる羊の群れと、
それを指揮するノーラ、そして、そのノーラに背後から近付く死神のようにボロのマントを頭から羽織った誰か。
そして、その死神が自身の腕を大鎌のように掲げ振り下ろそうとする。
多分、その手にはナイフか何かが握られたいるのだろう。

「チッ!ホロ見えるか!」

そう問えば、ホロも何処か歯噛みするように、

「見えておる!!
 あやつが腕を振るうのと、わっちの足。
 羊飼いは気に食わんが、それでも死なれれば、
 わっちがロレンスともう旅ができん!!」

そう言って、ホロは更に地を駆ける速度を上げ、もはや、走るのではなく跳ぶように地を駆ける。
そして、俺もホロの背で紅槍を取り出して、その槍に気を込める。
既に死神の鎌は振り下ろされるのを、待ちわびるかのように天に掲げられ、
刻一刻とノーラの命を刈り取ろうとしている。
だからこそ、俺はその死神の鎌を横合いから弾き飛ばす!!!

「ホロ、大きく跳躍してくれ!!」

そうホロの背に立てるように姿勢を変えながら言うと、ホロは憎々しげに、

「わっちの背を蹴るからには、勝算はあるのじゃろうな?」

そう聞いてくるが、そんなものは無い。
ただただあるのは、必ずどうにかすると言う気持ち。
それ以外のモノは持ち合わせず、今この場ではそれ以外必要は無い!

「知らない!!だが、何もしないよりは、何かして足掻いた方がいい!
 行動も起こさず、たた見護るだけだなんて・・・・、クソくらえだ!!」

そう言うと、ホロは喉を低く笑わせ、

「今じゃ!!」

そう一言、短く言葉を発して大きく跳躍し、
俺もその背を足場に更に大きく跳躍して、その死神めがけて槍を投げつける!
そうすれば、死神は後ろに軽く身を引いて槍をかわし、俺も俺で、
槍が地上に着弾する前に自身の手に取り寄せ、虚空瞬動で天を駆けてノーラと、死神の間に体を割り込ませ槍を振るう!
そうすれば、槍の切先は死神の顔ではなく、その頭の部分の布を穿つに留まり、その死神の方も、
姿勢を低くして後ろに下がりながら、右手でスラリと剣を抜き、

「キサマは、この森を抜けたか異端者!!」

「チャ、チャチャゼロさん!?」

そう、背後からはノーラの声が、前方からは顔に傷のある男が顔を歪めながら、
左眼のみでこちらを睨みつけてくる。
そして、その男と対峙しながら、背後のノーラに、

「リーベルトはどうした?」

そう、目の前の男を睨みながらノーラに聞けば、
ノーラはペタンと尻餅をついた状態のまま、

「み、皆さんが心配だからと森に・・・。」

そうノーラが言うと、目の前の男は顔を歪め、
目の前に映る者が滑稽だ、と言わんばかりの嘲笑を投げかけ、

「ハハハ・・・、アレが森の戻った?
 馬鹿を言うな、アレは町に戻り、今頃別の羊飼いを連れて来ているのだろう。」

そういった後、今度はその片方しかない目をジロリと動かし、
俺の槍を見ながら、今度は見下したように、

「それに、ここの森を抜けたキサマも馬鹿な異端者だ。
 そんな目立つ色の得物を使っていては、私の片方しかない目でも易々と捉えられる!」

そう言いながら、地面を舐めるように低い姿勢で、こちらに切りかかってくる。

「チッ、キサマ等は一体なんだ!
 レメリオ商会に金で雇われたか!?」

そう男に聞きながら、もう1本黄の槍を取り出しながら、
紅の槍で剣を弾けば、男の方も距離を取り、すっくと真っ直ぐに立ち、こちらを見下しながら、

「くだらん!確かに金は貰う約束はした。
 だが、今はそれよりもこうして、異端者が跋扈する様に出会えた事を商会に感謝し、
 それを、こうして修道騎士団の長としてキサマ等を狩れる事を神に感謝する。
 聞け、異端者共!!私の名は修道騎士団団長アレクサンドロ・ディアール!
 キサマ等のそっ首を刎ね、地獄へと送る者だ!!!」

そう言いながら、ディアールは姿勢を低く、右手の剣をいつでも振れるようにと、
首の前に右ひじを置き、ディアールの後頭部近くまで振り上げられている。
しかし、俺もその男の言葉が気に食わない、

「キサマは何を持って異端とする!!!
 婦女子を殺そうと牙を剥き、森で影より人を狙い・・・・、
 キサマに、騎士を名乗るキサマに騎士の誉れは無いのか!!!」

そう言い、ディアールの位置をこちらも走りながら突けば、
ディアールは予想どおり、ディアールは右の剣で紅の槍をいなした。
だが、まだ、黄の槍が残っている。
そう思い、黄の槍で男の胸を突こうと鋭く放てば、

「異端者なんぞに、騎士の誉れをとやかく言われる筋合いは無い!!
 私の体は神の一振りの剣、我が剣の前に立つ者は我が神にあだなす者!!!」

そう、叫びながら、槍の切先を左手で持ち上げ・・・、いや、違う。
そこにあったのは、歪な形の鉤爪。
その鉤爪で、切先を掬い上げるように槍を横に逸らし、
そのまま、鉤爪を槍の柄の部分を滑らせながら近付いて来る。

「そんな人を殺す神なんぞ知らん!!
 俺は俺の主のためにキサマを倒し、彼女を護る!!」

そう言って、距離を取ろうと後ろに下がれば、
ディアールは紅い槍を弾いた剣を、鋭く前に突き出し、
凶悪に笑いながら、

「下がらせるかよ、離れるかよ、間合いを切らせるかよ!
 いくら派手だろうが、なんだろうが、槍はただの槍!!
 間合いを詰め、切先より内に入れば、それは振るえまい!!」

そう言って、突き出されるディアールの剣を右足で蹴り上げ、
黄の槍を使い鉤爪をねじ切ろうかと思えば、鉤爪はL字型のため捻じ切る事は出来ない。
そうやって間合いを離せば、ディアール自身も踏み込んだ足に力を加え、
後ろに大きく跳び完全に間合いを離し、姿勢を正してこちらを睨みながら、

「・・・、キサマの名を聞こう。
 キサマが息絶えるまでの刹那だが、その時まで名を呼んでやる。」

そういうディアールに、こちらも姿勢を正して自身が主と定めたものより承った名を叫ぶ。

「我が名はチャチャゼロ、チャチャゼロ・カラクリだ!」

そう言うと、ディアールは顔を歪めながら、
こちらの隙をうかがうように、その距離のまま円を描くように歩く。
それに合わせるように、俺もディアールとは逆に動き、
紅い槍の上下を逆さまに持ちかえる。

「チャチャゼロか・・・、キサマが騎士の誉れ云々を何故問うかは知らぬが、
 私は私が信じる神のために私はここに立ち、キサマを殺す。
 それ以上の理由も無く、それ以下の理由もない。
 ただ・・・、それでも理由を問うと言うのなら、それはキサマが異・端・者だからだ!!!」

そう言って、ディアールは獣・・・、しなやかな肉体を持つ豹のように地を駆け、
右手に握る剣を突き出してくる。
が、それより俺が面食らったのは、今のディアールの速度。
あの森で襲ってきた者で、確かに足の速い者はいたが、それもここまでではない。
そこで思いつくのは、気を使った移動術の瞬動。
それをこの男は、間違いなく使っている。
が、その移動術の弱点もまた、同じくそれを使う俺は知っている。

「これで終わりだ!」

そう言って、特攻するように突っ込んできたディアールをかわし、
振り向き様に黄の槍を放とうとすれば、

「それは私の台詞だ!!」

そう言って、すぐに俺の背後から蹴りを首めがけて放ってくる。
『チッ』心の中でそう、舌打ちをしながら、紅い槍で蹴りを防げば、
ディアールは地に刺してあった剣を右手で抜き、逆手で顎から脳天を貫こうと縦に突き出してくる。
今、俺の頭を貫こうとした剣を地に刺し、その持ち手の部分に鉤爪を引っ掛けて、
さっきの速度を利用した蹴りを放ったのだろう、今けりを受け止めた手が多少しびれる。
が、そんな事にかまっている暇は無い!

突き出された剣を頭を振りかわし、相手の背骨を蹴り砕こうと蹴りを放てば、
ディアールは俺の上からガンと踏んで、足を上げさせるのを一瞬遅らせる。
だが、それをしても、俺の蹴りは止められない!

「我が忠義のため、砕けろ!!」

そう、膝を腰よりもなお上げた前足蹴りを放てば、ディアールは1度足を踏んだ事で、
その蹴りの狙う位置がわかったのだろう、上から鉤爪を振り下ろし蹴りを叩き落そうとする。
だが、それでも蹴りをとめられないと悟ったのか、ディアールは体を大きく横に開いて
蹴りそのものをかわす。

「死ねぇぇぇっ!!」

ディアールはその体を開いた無理な体制から、先ほど頭を貫こうと突き上げた剣を、
逆手のまま振り下ろし体を切り裂こうとする、しかし、今度は俺がそのディアールの胸に槍を刺そうと、
体を前に詰める、このまま前に出れば、剣を振り下ろされても肩に中るのは剣の柄で、刀身は中らない!!
だが、それは体を開いた男も知っている事実、だから、ディアールは素早く鉤爪を

自身の体の中央に持ってきて、槍の切先を掬うように逸らす。
そして、そのまま近付きガンと、俺とディアールの額が合わさる。
そして、その状況から放たれる言葉は呪詛とも取れる怨念の叫び。
それを額をつき合わせた状況で淡々と話す。

「キサマはどこかの騎士かぁ?」

そう言われ、俺は胸を張りディアールの目を見ながら自らを誇り、

「俺はとある人の騎士だ。
 キサマのような人殺しとは訳が違う!!」

そう叫べば、男は口元をニタリと吊り上げながら、

「何も変わらん。騎士とほざくなら覚えて置け。
 騎士の誉れなぞ存在しない。忠義なぞ人に仕えれば裏切られる。
 我等が信じるは天におわす神ただ一人。キサマもいずれ裏切られ捨てられゴミの様に捨て去られる。
 故に、私はこの世にいる人ではなく、神のみを信じ剣を振るう。」

そう、言うディアールの顔は、
何処までも悲痛で何処までも醜悪。
この男に一体何があったのか俺は知らないし、知りたいとも思えない。
だが、この男は何処か・・・、そう何処か俺に似ている。
だが、俺とこの男は違う!

「キサマがどう吠えるかなんて知らないし、知りたくもない。
 騎士の誉れはある!忠義だって存在する!」

そう言いながら、額を再度打ち付けディアールとの距離を離せば、
ディアールは後ろにたたらを踏みながら下がり、
それでも、ギラついた眼で俺を睨みながら、
鉤爪を自身の顔の前に持ってきて、絶叫するように口を開く。
先ほどの攻防のせいだろう、鉤爪の付け根からは血が流れ出し、
しかし、それさえも気にせず口を開く男の口からは呪詛が流れ出す。

「この腕はその主の為と戦い切り落とされた!!」

そう、叫びながら男はまたもや瞬動を使い、体を十字架のように開きながら急速に接近してくる。
だが、今回は俺もそれを避けず、真正面から受けて立つ!

「ならば、何故それを誇らない!!」

そう叫びながら、紅の槍を回転させディアールの頭を切ろうと、
槍の切先をディアールの開かれないであろう、右の方から縦に振るえば、
ディアールは槍を剣で受け止めよう腕を掲げたが、剣は砕け、だが距離が詰まっていたため、
ディアールの頭を槍の切先が切り飛ばす事無く、槍の柄の部分がディアールの肩を打ちつける。
中った感触からして肩が砕けたかもしれない、だが、ディアールはそれを歯を食いしばって耐え、

「この右目は主を護るため、自身を楯にした時に失った!!」

そう叫ぶディアールに黄の槍を振るおうと、
踏み込みながら槍を突き出せば、ディアールはまた鉤爪で弾こうとする。
が、それは今回は叶わなかった。
ディアールの鉤爪は確かに槍を捕らえた。
だが、捕らえて横に逸らそうとした時に、鉤爪は腕からもげ、振りぬかれたのは血が噴出す腕のみ。
そして、ディアールの胸には深々と黄の槍が刺さる。
だが、ディアールはなおも前進し続け、

「その仕えた主が私に言った言葉を知っているか!!
 その主を救うために傷ついた顔を醜いと言い!!この手足を見て身の毛がよだつといった!!
 行く先のない我等修道騎士団は神のみを信じ、それに仕える司祭の声を信託として戦った!!
 だが、この様は何だ!!人なぞ信じん!!騎士の誉れなど、人の心にあるわけはない!!!
 忠義のなぞ、使い潰され捨てられるためのみに存在する体のい言葉だ!!!

 私はぁ!!!・・・、私の騎士団は神のみを今もなお信じ戦っている!!!
 戦場を見ろ!!!今もなお怨念が渦巻き、地獄の亡者共が雁首そろえて笑いながら眺めているぞ!!!」

そう、叫びながら前進するディアールに目も放せず、
槍を握ったまま棒立ちになる。
そして、その今もなおディアールは前進し、カチャンと剣を手放した音で、
ビクリと自身の体が動くようになる、だがその時にはディアールは俺の顔に右手を這わせ、顔を固定して、
その閉じられた右目を無理やり開き、そのせいで細められた、凍て付いた様な左眼で俺の目を見ながら、

「この虚空なる穴にキサマは何を見る!!!」

そう言いながら、口の両端から血を流す男から目が離せず、
その男の声からも耳を塞げない。

「この世のすべての異端者に災いを!!!
 この世のすでての騎士に疑心と疑念を!!!
 そして、神居らず、異端者や魔獣が跋扈し闊歩するこの世に呪いを!!!」

そう、絶叫した男は、俺に倒れ掛かるように持たれかかり、

「キサマもいずれ狂い死ね!!」

そう、俺の耳元で叫び息絶えた。
・・・、胸に苦く思い何かがのしかかる。
自身が欲し、今手に入れていたモノを真正面から、
否定するだけの材料をその身に宿した男が今もなお、俺の体に重くのしかかり息絶えている。
今まで、俺が欲していたモノ、今自身が手に入れたモノ、忠義に騎士の誉れ、
それを考えた時、たまらなく主の顔が見たくなった。

そして、ただ一言欲しい、その質問にただ一言答えて欲しい。
そう思った時、背後から俺を呼ぶ、今最も会いたい人の声が聞こえる。
そして、振り返ってみれば、そこにはやはりエヴァがいた。
そして、エヴァはこちらをジロジロ見ながら、

「ふぅ、無事でよかった。
 森の切れ間が見えたから、ロレンスにロベルタを預けて一足先に来た。
 しかし、どうした?」

そういうエヴァに、俺はそのまま今聞いてきたい事を口にした。
エヴァなら今の俺の気持ちを必ずこうだと、肯定してくれるような気がしたから。

「・・・・、なぁ、エヴァ。」

そう言うと、それまであたりをキョロキョロしていたエヴァは、
こともなげに草原を見ながら、

「どうかしたか?」

そう聞いてきたので、
そのまま俺の質問を口にする。

「俺は、忠義の騎士か?」

そう聞くと、エヴァはキョロキョロしていた首をピタリと止め、
俺の顔を見る事無く、

「何でそんな質問をする?」

そう聞いてくるが、何故かと聞かれれば、
今、あの男を見て俺は自身の欲していたモノが、
本当に手に入ったのか心細くなった。
それに、俺は過去に裏切り者と罵られ殺された。
だから、今とても心細くてならない、だからこそ、彼女に肯定して欲しい。

「俺が本当に忠義の騎士なのか・・・、
 俺は本当にそうなれたのか疑問だったから。」

そう言うと、こちらを見ないエヴァは体を小刻みに震わせて、
だが、声だけは無理やりに明るく、

「ディル・ムッ・ド・・・・、歯ぁ食いしばれ!!!」

そう言って、彼女は振り向き様に俺の頬を思いっきり殴りつけてきた。



[10094] 無形の有形だな第48話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/02/03 06:37
無形の有形だな第48話





頬に中たった衝撃はそのまま骨に達し、口の中を通り抜けて反対側から打ち出された。
そして、彼女は・・・、エヴァは拳を打ち出した姿勢のまま俺を見下ろし、
俺はそれを見上げて、エヴァの拳の衝撃に俺は耐える事が出来ず、
後ろに飛ばされ、尻が冷たい事で、濡れた地面に尻餅をついている事に気がついた。
エヴァは何も言葉を発する事無く、俺をその怒気のはらんだ碧眼で見下ろし、
俺もまたその瞳から目が放せず、ただ、口の中に広がる血の味とジャリジャリとした感覚、
後は、熱を持った頬だけが今の俺の状況を知らせる。

俺は・・・・、そう俺は彼女に、エヴァに首がねじ切れそうな威力で殴られたんだ・・・。
彼女は組み手の時、自身が知っている武術は守りを主体として、自身から攻めるのは苦手だし、
攻撃も拳ではなく、掌手と言う拳ではない打ち方で攻撃をして、対武器戦闘を想定している。
そう、今の出来事とはまったく関係ないことが、自身の頭の何処か冷静な部分がそう知らせてくる。
そして、次に浮かび上がるのは、何故、今俺が彼女から殴られたのかと言う疑問。

俺は、さっきした質問に、彼女なら何の躊躇も無く『おまえは間違いなく忠義の騎士だ。』と、
そう返してくれると、彼女ならそう、間違いなく返してくれると思って質問して、
今、この濡れた草原で殴り飛ばされ座している。
そんな俺を見下ろしながら、エヴァは殴り飛ばした姿勢を解き、
その怒気のこもった視線のまま俺の前に来て、

「今、キサマを殴った意味が解るか?」

そう、怒りを押さえ込み、平坦な声で話しているつもりだろうか、
その怒りが抑えきれず、所々ブレた声で目だけで、ジロリと見下ろしながら俺に聞いてくる。
だが、俺にはその理由がわからない・・・。

何故、今殴られたのか・・・、今、何故俺がここで尻餅をついているのか・・・、
そして、今何故俺が最も欲しかった言葉を彼女がくれないのか・・・・。
それを考えると、頭が混乱して、自身が座っているのか、
それとも、何か別の事をしているのかも解らなくなる。

だが、ただ1つ解るのは、俺は彼女の言葉に答えなければならない事。
そして、それに答えなければ、多分俺は何か大切な物を、
永遠に手放したままで、過ごさなければならないような気がする

「・・・、解らない・・・。」

そう答えると、エヴァは歯を噛み締めて、喉を低く鳴らして笑い出し、
最後にはそれさえも我慢できなくなったのか、大声を上げて笑い出した。
それを尻餅をついたまま、あっけに取られながら見上げていると、彼女はひとしきり笑って、
『フゥ』と、1つ溜息をついた後、俺の胸倉をつかみ、彼女の吸血鬼たる鋭い牙をむきながら、

「そうか・・・・、なら・・・、今の一撃をダース単位でくれてやればちったぁ解るか!!」

そう言って、俺を無理やり立たせて、また、顔にその重い拳を振るう。
そして、今度も俺はその怒りのこもった拳を顔に受ける。
だが、今度は俺も尻餅をつくことなく、後ろに数歩下がるに留まる。
そして、それと同時に自身の拳を硬く握りながら口を開く。

「何でだ・・・、何で何だエヴ・・・、いや、我が主よ!!!
 何で言葉ではなく拳なんだ!!!何で・・・、何でたった一言を、
 何で、今欲しいたった一言を私にくれないのか!!」

そう問えば、主は首をクイッと持ち上げ、その夜でもなお輝く碧眼で私を見下げながら、

「『何でくれないのか・・・か?』ハッ!ならくれてやる。」

そう言って、彼女の口から出た言葉は、俺の想像しうるうちでもっとも最悪で、
私自身の足場を一撃で砕くほどの威力を持ち、それと同時に、
最も聞きたくなくかつ、何処までも怒りを覚えるモノだった。

「私が知るか!!!」

そう叫ぶと同時に、彼女はまた私に右の拳で殴りかかってくる。
だが、今度はそのくり出される拳の手首を外つかみ、彼女の瞳を射抜きながら口を開く。

「どういう事だ。主は私を謀ったのか。
 どうして・・・・、どうしてそんな言葉を私に投げつける。」

そう、自身でも驚くほどに平坦で、同時に怒りに満ちた言葉が、自身の口より吐き出された。
だが、主はその言葉を聴き、私の射抜くような視線を同じく、怒気をはらませた視線で睨み返しながら、

「いいご身分だな、ディルムッド・オディナ。
 自ら考えもせず、質問のみを投げかけ答えを欲する。
 キサマは自らが欲したモノの意味を知って、今まで叫んでいたのか!?」

そう主は叫びながら、その場で突き出した拳を振りほどくように自身の体に引き寄せ、
その反動を利用した、ヒュンと風の音を切るような回し蹴りを、顔めがけかかとで放ってくる。
私はその蹴りをバックステップでかわし、主もそれが外れた事を悟ると、
回し蹴りで出された足を斜め下に弧を描くように振り下ろし、
今度はその振り下ろした速度を利用して、後ろに跳んで距離を取る。

「解って叫んでいたさ!!
 私は自らの主に仕え、そして、その主のために行動する!!」

そう俺が叫んでいる間、主は俺の言葉を聞く気が無いかのように、
彼女が何時も咥えているキセルを取り出し、それを口に咥えて火を落として、
『フゥーッ』と、吸い込んだ煙を吐きながら、何処までもふてぶてしく、

「なら、おまえは騎士ではなく、ただの使いっ走りでいいな。
 ただ言われた事をするだけなら、騎士などと仰々しく言わずともそれで十分だろう?
 それが嫌なら、いっその事、目を瞑って耳を塞ぎ、闇を見て生きろ。
 そうすれば、嫌なモノは何も聞かず、何も見ずに過ごせるぞ?」

そう、主は私の顔をせせら笑いながら言葉を吐き、
またキセルを口に咥えて、煙を吸い込み吐く。
そして、その主の行動と言葉に何処までも怒りを覚える。
私は・・・、こんなモノに仕えていたのか?

「何でなんだ・・・、主はそんな人ではなかっただろう!?」

そう、自身でも顔が歪んでいる事を自覚しながら言葉を放つと、
彼女はまるで仮面を描けた様に、

「何を今更、私は騎士ではない・・・。
 私は醜くも人に仇名し、人の血を啜る吸血鬼で、今この場に立つにも森で人を殺してきた罪人で咎人だぞ?
 そんなモノが、忠義や礼節、ましてや騎士の事なぞ知る訳が無いだろう?
 クックックッ・・・、あぁ、余りにも馬鹿馬鹿しい。
 私をコケにしたお前が余りにも腹立たしかったが、それが今ではアホらしくさえ感じる。」

その言葉が、余りにも腹立たしい。
目の前にいるモノが・・・、そのふてぶてしく煙を吸い、
私をコケにした、などと言う訳の分からない事を言う存在が!
『ギリッ』そう聞こえたのは自身が奥歯を噛み締める音だった。
手に伝わる小さな4つ痛みは、きっと、自身の爪が手の平に食い込んでいるものだろう。

「ある・・・、いやエヴァンジェリンよ・・・・。」

そう言いながら、自らの拳を構え、目の前の吸血鬼を睨みつける。
すると、吸血鬼は何か感じ取ったのか、顔をニヤつかせながら、キセルをなおし指でクイクイと、
こちらに、かかって来いとジェスチャーしながら、

「なんだ、いっちょうまえに怒ったのか使いっ走り。」

その傲慢さに怒りを覚え、瞬動を使い接近して、
その吸血鬼の顔に右の拳を見舞う。
速度、腰の入れ方、そして、握られた自らの拳の硬さ。
すべてにおいて完璧だった拳は、構えさえしていない彼女の顔に吸い込まれるように入り、
間違いなく、吸血鬼を殴り飛ばすに足る力はあった。

だが、吸血鬼はその拳を受けてなお、1歩たりとも動く事無く、
拳のめり込んだ頬を、首だけの力で強引に横に振って俺の拳を弾き、
殴りかかった俺の瞳をまたもや、怒気を含ませた視線で射抜くように睨みながら、
その口のはしからツーッっと一筋血を垂らしながら、

「そんな空虚な一撃で私は倒せんよ。
 今、キサマが抱いている怒りの薄っぺらさ、今、私が怒っている理由、
 そして、欲したモノの真の価値をさえ理解できぬキサマでは、
 何千年、何万年たとうとも、私に膝を折らせる事などできん!!!」

そう言って、放たれた吸血鬼拳は掬い上げる様な顎への一撃。
それを首を振ってかわしながら、自らのやり所のない怒りを乗せて拳を放つ。
一体、目の前の吸血鬼は何を口走っている!?

「おまえは一体何が言いたい!?
 先ほどから意味や理解と言って、何故、それを教えない!?」

そう言いながら、左の拳を再度、顔に放てば吸血鬼はそれをよける事無く、
頬で受け止めながら、今後はボディに拳を放ちながら、

「キサマは既に答えも意味も知っている!!
 そして、それはキサマが気付かなければ、永遠に手に入らないモノだ!!!」

そう、言われながら放たれた重い拳を、拳が当たる瞬間に腹を引き締めて受け止める。
しかし、それでも彼女の拳は重い。だが、私もここで引く訳にはいかない。
目の前の吸血鬼が、何を言いたいのか解らない。
だが、吸血鬼は・・・、いや、彼女が何かを伝えたいという事だけは、彼女の言葉と、
何より、振るわれる拳に乗っている思いが伝えてくる!
だが、

「一体・・・、一体どういう事なんだ!!!
 一体、何がどういう事なんだよ!!!」

解らない事のジレンマに八つ当たり気味に、拳を振り上げれば、
彼女も同じように拳を振り上げながら、小さく、本当に小さく『チッ』と、
舌打ちをしながら、何処か苛立たしく、そして悲しそうに、

「あぁ、もう!!
 キサマは何を欲していた!?キサマは何を手に入れた!?
 そして、キサマは・・・、キサマは一体今まで何を見て何を感じてきた!?
 キサマの今に至るまでの道程は、そんなにも楽な道のりだったのか!?」

そう言いながら放たれた拳は、私の拳と交差し、まるでそれが当然かの様に、
お互いの顔に吸い込まれて鼻を打つ。
当たった瞬間に、手から伝わる感触では間違いなく彼女の鼻は折れたが、
それは俺の鼻も変わらず、溢れ出るように血がボタボタと流れる。
だが、それでもお互い倒れず、握られた拳はそのままに、
私は・・・、いや、俺は思考しだす。

何を欲していた?
そんなもの決まっている、騎士としての忠義だ。
自身が生きていた時、俺はそれではなく、自身の誓約を優先し、
自らの主を裏切り、裏切りの騎士として生き抜き、結局はその裏切った主に殺された。
だからこそ、俺は忠義を欲した。

何を感じてきた?
そんなもの決まっている、聞くのも見るのも初めての場所を旅し、
訳のわからない生物と戦い、終いには神と思しきモノと戦い、あまつさえそれにも勝利した。
それは、多分俺一人なら余りにも過酷で、きっとなしえなかった偉業。
そして、それをなしえた後も、笑い出してしまいそうだが、いまだに戦いつつも世界を旅している。

俺はそんな中、たった一人の主と共に戦い、
新たな仲間もでき、この面白おかしくも恐ろしい世界を笑いながら旅している。
そう、一人では笑う事は出来ないが、今の生活を面白いと感じる事のできる主と仲間と旅をしている。

そこに至る道程が楽なものだったか?
まさか、死に掛けた回数は片手では足りず、両手両足を足しても足りない。
むしろ、自らの主は死にかけたと言うより、死亡した回数をカウントした方が早いのかもしれない。
それほど過酷な道を歩めたのも、俺が俺であるために行動する事ができ、それを認めてくれる主が出来たからだ。

そして、俺は何を手に入れたか。
呼び出されてすぐにした契約は多分、今も生きている。
そうでなければ、彼女は、エヴァは拳を振る事も無く俺を捨てて立ち去っただろう。
だが、今もこうして俺とエヴァはお互いの顔と言わず腹と言わず、常人なら一発で即死するような拳を、
拳が振るえるであろう位置には拳を叩き込み、お互いがボロッカスになるのも顧みず乱打合戦をやっている。
そして、そんな中、彼女が怒っている理由や、俺が最初に殴り飛ばされた理由を考えれば、それは余りにも分かりすぎる理由だ。

俺が欲したモノは、形が無い。

それは俺の心の中にあるものだから。

俺が欲したモノの形は、俺が形作らないといけない。

それが俺の欲したモノの形だから。

でも、それは一人では完成できない。

なにせ、それを一人で完成させても信念にしか成らず、忠義にはないから。
俺の欲しているモノは、実はとんでもなく手に入れるのが難しくて、それでいてけして一人では手に入らない代物。
手に入れても、それはすぐに崩れて壊れ去るほど、脆く儚いモノで、例えば疑うだけでなくなる。
そして、俺は今自らの質問で自らの欲していたモノを壊し、あまつさえ、主の顔にも泥を塗った。

だってそうだろう。
契約内容は、世界中の誰もが如何、俺を罵ろうと、主だけは・・・、
エヴァだけは、絶対に俺を忠義の騎士だと認めるといったのだから!
なのに、それなのに俺は彼女が認めている事も、顧みず自身の手でそれを疑い、
信じてくれている、彼女の言うように騎士で無い彼女が、なおも在ると肯定してくれていたモノを踏みにじった。
今の今まで、彼女が俺を呼び活躍の機会を、忠義がどういったものかわからない彼女が、
なおも、その忠義を示せるであろう機会に俺の事を呼んでくれた彼女を、俺が裏切った。

そう、今の今まで俺は・・・、忠義をこの胸に手に入れ、そして、忠義の騎士でいられたんだ。

自らの事を絶対的に肯定してくれる主が、俺の主として目の前にいたんだ・・・。

『喜べ騎士、君の願いはかなう。』そう、彼女は断言した。
そうだろう、なにせ、彼女でも自らの欲したモノの意味を知らず、
それを手に入れた後に、完璧に手に入れたモノを疑う馬鹿がいるとは思わない。
そして、それを疑った俺に送る言葉なぞ、確かに『知るか。』しかない。
そこまで来て、自身の発した言葉の重大さに恐怖し、
そして、今まで振るっていた拳がいかに空虚なものか知らされた。

考えながらも打ち出していた拳は次第に数が減り、それに合わせるかのように、エヴァのくりだす拳も減っていく。
エヴァの顔は、骨だけを回復しているのか、それ以外の場所は殴られたという事が、一目でわかるほど酷く、
多分、俺の顔の方も・・・、いや、俺は彼女の拳を避けたりしたが、俺の振るう拳を彼女は避ける事もせずに受け止め続けた。
それは、避けられなかったではなく、避けなかったが正解で、彼女の使う武術が後の先を取るものなら、
俺が攻めれば攻めるほど、エヴァが有利にならないとおかしいんだ・・・。
その考えにまで至った時、肩で息をする彼女が、瞳の輝き衰えぬまま口を開く。

「どう・・・、した?
 空虚な・・、拳でも・・・、振るえば疲れるか?」

そういった後、彼女は大きく息を吸い込んで、

「お前はこの程度か!!!!」

そう、俺の瞳を見ながら一喝して来る。
だが、俺はどう彼女に声をかければ言いのだろう?
一体、何をどうすればいいのか、今度はそれが分からない。
そして、こんな状態の俺とエヴァが元に戻れるのかも解らない。
でも、俺は今口を開かなければならない。
その言葉に打算無くとも、その言葉に考えなくとも、
そして、それがどんなに厚顔無恥に思えても。

「すまない、本当にすまない・・・。
 だが、どうか俺を君の騎士でいさせてくれないか?」

そう言うと、彼女はやはり不機嫌そうな声で、口を開き、
今だに構えた拳を解かぬまま

「謝罪は受け取るが、次のモノは知らん!!」

そう、返す彼女の言葉にたまらなく寂しくなる。
自身が得ていたモノすべてが足元より崩れ去り、隣にエヴァも居らず、
この知り合い無き広い世界で1人で朽ちるまで生きることが。
いや、俺自身が朽ち果てるかも解らないこの状況で放り出されれば、
それこそ、永久の彷徨い人になるのかもしれない。
だが、それほどまでに自身がしでかした事は重大で、
彼女を裏切り、あまつさえ、その綺麗な顔に何度と無く拳を振るった。
そのことで、顔をうつむけようとした瞬間、

「そんなにいたければ、男なら拳骨で自分の居場所ぐらい奪い取ってみろ。」

そう、彼女が拳を握ったまま口を開いた。
だが、それは・・・!

「いいのか?」

そう聞くと、エヴァは拳を構えたまま、
今までできた傷を治す事無く、

「何がだ?今までお前は、馬鹿な事を言いって、私を怒らせながら顔を撫でくり回していたんだろ?
 何でそんな者に私がおいそれと、私の横にいる権利をやらねばならん?」

そう、牙を剥き傷のせいで多少歪んでいながらも、笑顔とわかる顔を作る。
そして、それに答えるように自然と俺も拳を構える。
そうすると、彼女はその歪んだ笑顔のまま、

「さて、これからは撫でるんじゃなくて殴るんだろ?
 と、言っても、もうじき朝で私は眠いんだ。
 私を一撃で倒すか、それとも、私の一撃に耐えるかどっちかしかないがかまわんか?」

そう、拳を構えた彼女は言ってくるが、それは彼女の最大限のサービスにして、
同時に、耐えれなければ、或いは倒さなければ本当に捨てるという意思の現れ。
だから、俺はこの一撃にかけるも、彼女の全力の一撃に耐えるかしなければならない。
そう思うと、自然と体に力がわいてくる。

それは、魔力なんてモノでも気なんてモノでもなく、
何処か心の奥底にあるもの、多分、彼女ならこれをこう呼ぶだろう、曰く強欲と。
自身が欲するモノのために行動する彼女なら、間違いなくこれをそう呼ぶ。
それに、これを心の強さなんて綺麗な言葉で塗り固めて言うのは、彼女の騎士らしくない・・・・・
彼女と共に現実を見続けている俺は、いや、俺はとうの昔に綺麗なんかじゃない。
むしろ、綺麗でいられる訳が無いんだ。

「かまわない。むしろ、最後に立っているのは俺だ。」

そう言うと、彼女は喉を鳴らして笑いながら、

「ククク・・・、いいのかそんな大見得切って?
 私は悪い吸血鬼だから、平気で悪い事をするぞ?
 それに、吸血鬼らしい業も知ってるしな。」

そう言ってくるが、それでも俺はかまわない。
むしろ、彼女がそうするなら俺も望む所だ。
どんなものであれ、この一撃で片がつく。
実際の所、俺の方も乱打戦ですべて避けた訳ではなく、
更に言えば、彼女の拳は途方も無く重くまた思かった。
それに、今の言い口だと、彼女は確実に悪い事をすると言っているようなものだ。

「来るが言い我が主よ、如何な一撃にも耐え、俺は俺のいたい場所に舞い戻る。」

そう言うと、エヴァはやはり俺の言っている事が面白いのか、
笑いを含んだ語調で、だが暖かく。

「結果が出る前に勝手に結果を出すな馬鹿。
 ただ、本当に耐えれなかったらわかる・・・・、よな?」

そう、最後だけ、本当にその最後だけ彼女が本気である事を伝えてくる。
それに、俺も無言でエヴァの目を見ながらうなずく。
もう、ここから先は言葉は不要。
ただ、次の瞬間一体どちらが立っているかで勝負がつく。

お互いの目を射抜くように見て、視線が交差し、絡み合うそして、その時が来た。
エヴァは左の拳をスッと引き、そのまま真っ直ぐ殴ろうと腕を突き出してくる。
だが、俺とエヴァとは体格差があり、彼女がこのまま真っ直ぐ殴ったとして、
同じく真っ直ぐ、その顔を殴ろうとしている俺には届かない。
だが、この一撃で間違いなく勝負はつくはずだ!

俺の拳はエヴァの拳の外側を通っているが、そこからねじり込む様にエヴァの頬めがけて、奥歯を噛み締め全力で殴りこむ。
しかし、エヴァもそれを黙って受けるつもりは無いのか、突き出した左腕の肘を立てて、
俺の拳の角度を頬よりも更に下にしようとしている。
だが、それでも肘を立てたせいで彼女の拳は間違いなく、そう間違いなく俺の顔からは遠ざかった。
それと同時に、一撃で何かをするならこのタイミングしかない。

なにせ、エヴァはまるで三日月のように口を開き、肘を立てたのと同時に姿勢を低くして俺の懐に一歩踏み込み、
そのエヴァの踏み込みと、俺の前にでる速度、そして、この一撃にすべてを賭けるために、
全身のばねを使ったせいで、打ち出した拳を下に軌道修正されれば、それと同じように俺の顔も下に下がる。
そんな状況で、エヴァの口はスローモーションのように動き、彼女の多分今出している技名を言ている。

「ブ・ラ・ッ・ディー・ク・ロ・ス!!!」

そう彼女が言い終わると同時に、今まで感じた事のないような衝撃が顎から頭に伝わる。
当然だろう、彼女は俺の力と彼女の力、俺の下がる頭に、彼女の低い姿勢からの、
跳ぶ様に全身で打ち出されたアッパーが、俺の顎を捉えたのだから。
そして、そのまま俺の全身がふわりと宙に浮く。
突き抜けた衝撃のせいで頭の中が激しく揺さぶられ、辺りの景色も、エヴァの顔もぐちゃぐちゃになる。
だが、俺はこの一撃に耐えなければならない、どうあろうとも、この一撃に耐えて、
気絶してでも、彼女の前では立っていなければならない。

そう思うと、自然と口が開いた。
こんな状況だからこそ、そう、こんな状況だからこそ、
彼女の横にいるなら、笑い飛ばすぐらいでないといけないんだ。
そして、自身が上に打ち上げられた後に来るのは、急速な落下。
そして、俺の両脚は間違いなく地に着き、俺の体は倒れる事無く、彼女の前に立つ事ができた。
俺はエヴァを見下ろし、エヴァは俺を見上げる。

「チッ、手加減しすぎたか。
 頭を砕くつもりで殴り飛ばしたのに、首から上が残った。」

そう、悪態をつく彼女に、俺からも言う事がある。
頭がくらくらする感覚もあるし、下手に足を動かせば倒れるかもしれない。
でも、これだけは言っておかないといけない。

「耐え抜いて見せたぞ。
 君の騎士は俺で、俺の主は君だ。」

そう言うと、エヴァは『はぁ~っ』と、顔を下げながら深い深い溜息をついた後、
頭を下げたまま、力なく俺の胸をポカポカ殴りながら、

「認めてやるさ、我が騎士よ。
 それと、これからあんまり悲しい事は言うな。
 楽しいのは好きだが、悲しいのは好かん。
 自分の欲しがったモノを自分で疑うなんて、そして、手に入れたモノを疑うなんて悲しすぎるだろ。

 ・・・、チャチャゼロ、取り敢えず十数年だがいろいろ在っただろ。
 私は足りない主かもしれないし、ちっぽけな存在で、ちっぽけなプライドや誇りに縋って生きている。
 私は騎士を知らなければ、忠義もどういったモノか解らない。
 だから、私はお前に騎士を学び、お前に忠義をみた。」

そう、エヴァは顔を上げずに、ひたすら俺の胸を顔を上げずに叩く。
そして、俺はその言葉を噛み締め胸に刻む。
今回の、この不始末は俺の責任なのだから。
そうやって黙って、彼女の言葉を聴いていると、
彼女がクィッともう傷の無い綺麗な顔を上げ、俺の目を見据えながら、

「お前は、あの夜の契約代価を覚えてるか?」

そう聞いてくる。
何事だろうと思うが、彼女の言った代価は、

「『今の傷口への口付けは代価だ。処女の乙女の、しかも主の初めての口付け。』だったはずだが?」

そう言うと、エヴァは何処か目を泳がせて、
歯切れの悪そうな声色で、

「いや、自身で考えても中々に酷な代価だと思ってな。
 それに、口づ・・・・。」

そう最後は消え入りそうな声で言いながら、うつむいて、そわそわもじもじした後、
小さく『よし!』と気合を入れた後、エヴァはガバッと顔を上げ、

「チャチャゼロ・カラクリ!!!!
 目ぇ瞑れ!!!!!」

そう、エヴァが急に大声を出したので、反射的に目を瞑ると、
ふっと耳に、

「・・・・、頭の言葉、今撤回してやる。」

そう、何処かぶっきら棒な声がして、『え?』っと、口を開こうとする間もなく、
一瞬俺の唇に、何か柔らかいものがふわりと中る。
中たった瞬間に目を開いたが、目に映るのはエヴァの背中のみ、
そして、エヴァは昇る朝日を真正面から受けながら、大きく手を開き、

「世界は何処までも無慈悲で残酷だが、だが、それでも絶望するほど酷くは無い。
 なにせ、私のような悪い吸血鬼が生きていけるのだからな。」

そう言う、エヴァの背中は朝日に中ってかすみ、だが、
草原を渡る風が、彼女の白い髪をなびかせて、その朝日をキラキラと反射させている。
その光景は余りにも幻想的で、一瞬彼女は本当にそこにいるのかと疑いたくなるが、
だが、彼女は間違いなくそこにいた。
なにせ、

「ついでに代価の上乗せだ。・・・・・・・、私の背中の護り、お前に全部預けたぞ。」

そう、彼女は朝日をその全身で浴びながら言葉を発する。
そして、俺は声も出せずに、この光景と今の言葉を頭で反芻していると。
彼女はまるで、何事も無いかのように、

「さて、私は寝る。
 ・・・、今は顔見るなよ、運ぶなら背負って運べ。」

そう言うと同時に、彼女は糸が切れたかのように後ろに倒れだし、
俺はその突然の行動に、あわてて駆け出し、何とか彼女を地面に横たえる事無く支える事ができた。
そして、顔を見ないように注意しながら背負うと、耳元ではスースーと言う穏やかな寝息と、
余りにも軽い彼女の体重が背中にのしかかる。

まぁ、それも当然なのだろう、なにせ、彼女の本体の体重は俺の半分ぐらいしかないのだから。
だが、それでも今俺が背中に背負っている人は俺にとってかけがえのない人だ。
そう思っていると、辺りから視線を感じるので、そちらの方を見ると、
今回の事に加わった面子が、全員こちらを見ていた。
そして、ロベルタが俺を射殺さんばかりの視線を投げかけてくる。
ふぅ、どうやら、俺の騒がしくも忙しく、愛すべき日常は今日も異常が無いらしい。



[10094] そして歩き出すだな第49話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/02/03 15:55
そして歩き出すだな第49話





ゴトゴト・・・・、ゴトゴト・・・・、ゴトゴト・・・・・。

目が覚めれば、俺はなにやら布を頭から被り、
頬は枕であろうモノにあたっているものの、体の方はベッドではなく板の上に乗っている様だ。
取り敢えず、何となく布を取ったら大変な事になりそうと思い、

「ん~・・・・。」

そう、寝起きで余り動いていない頭を動かそうと、
布の中で伸びを1つして、息苦しいながらも新鮮な空気を吸い込めば、
自身の頭の中に残っている記憶が呼び起こされる・・・。
確か、俺はディルムッドをしこたま殴って、それと同じように殴られて。
そして、最後に・・・、『頭の言葉、今撤回してやる。』と言いながら口付けを・・・。
・・・、そこまで思考が回った瞬間、『ボンッ』と、音がするんじゃないかと言うぐらいに、
自身の顔が熱くなるのを感じた。

待て俺、俺待って・・・。
何か、ちゃんと考えてしたはずだけど、今考えると、『そこんとこどうなの?』と、
みのさん張りに突っ込みたくなる。
しかも、今考えるとかなり恥ずかしい行動も取っていたような・・・。
うぅ・・・、どうしよう。

別にキスが恥ずかしいわけではない。
最悪、キスなんて人工呼吸と変わりないと一蹴してしまえば、なんとでもなるのだが、
それはそれで、何だか『物凄く意識してます。』と、自己主張しているような気がする。
かと言って、何時もと一緒の態度でいいのかと考えると・・・・、いや、うん。
なんと言うか、別に何時もの態度でいいじゃんか。
ついでに言えば、何だか荷馬車も止まったみたいだし。

そう思いながら、自身に掛けてある布をソロリソロリと、ゆっくりずらしてみれば、
アレから2時間ぐらいはたったのだろう、ボチボチ辺りも暖かくなり、
草原を吹きすさぶ風は頬に優しく、メエメエと鳴く羊たちは、
雨のおかげか黒ずんでいた毛が純白になり、モコモコとして寝転んだら気持ちよさそうである。
と、そんな事を考えながら、目だけを出して辺りをうかがっていると、

「エヴァさん起きましたか。」

そう、足元からロベルタの声がする。
まぁ、見つかってしまっては仕方ない。
それに、どの道いずれは布の中から出なければならないのだから、
下手に延ばすよりは、こういったきっかけを使って出るのもひとつの手である。
そう思いながら、キセルを口に銜え、魔法薬をセットしながら体を起こし火を落とす。

そして、目に飛び込んできた光景は、柔らかな日差しの下、杖を使いエネクに指示を出すノーラと、
そのノーラの指示に従い、羊達を一箇所にまとめようと走り回るエネク。
前の席ではロレンスとホロが仲睦まじく寄り添い、今は休憩なのか、水を飲んだり軽く食事をしたりしている。

「エヴァさん、こちらから目を逸らさないで下さい。」

そう、ロベルタが声を上げるので、あまりいい予感はしないがそちらの方を見てみると
尼僧姿のロベルタはおしとやかに横座りで座り、その横ではディルムッドが脂汗をダラダラかきながら、
太ももの上にカバンを置き正座で座っていた。

「おはよう・・・・、エヴァ・・・。
 今日も・・・、いい・・・、天気だな。」

そう、ディルムッドが苦しそうにしながらも挨拶をしてくるので、
俺の方もそれに答えるように、

「あぁ、おはよう。で、何があった?」

そう言うと、ロベルタがディルムッドの足を指で突きながら、

「エヴァさんを殴った罰です。
 いくら私達メイドと、騎士であるチャチャゼロさんの領分が違えども、
 主であるエヴァさんを殴っていい理由なんてありません。
 なので、今できる罰を施行し、後の罰は別荘に帰って姉さま方と話し合って決める事にしました。
 もちろん、エヴァさんがこんな罰がいいと言えば、それを行う所存です。」

そう、ロベルタが喋る横では、ディルムッドが歯をかみ締めて足の痺れと戦っている。
ふむ、考えてみればそうだが、東洋人と西洋人では昔からの生活習慣の違いで慣れている事と、慣れていない事が割りと明確に分かれる。
例えば、食事で言えば日本人は松茸が好きだが、西洋ではただの臭い茸と言う事で松茸は食べないし、
剣を振るう事をとっても、東洋人は引く力が強く、西洋人は押す力が強い。

だからこそ、西洋の剣は肉厚で、真正面からみるとひし形に見えるし、剣で攻撃する時も、真上に振り上げて振り下ろすではなく、
肩に担ぎ上げるように掲げ、そこから叩き付ける様に振り下ろす。
それに、西洋の場合騎士甲冑を纏った相手と戦わないといけないので、剣の技量で戦うよりも、
重い剣を力いっぱい叩き付けて、甲冑ごと殴り殺した方が手っ取り早い。

だが、東洋人の場合引く力が強いと言うまったく逆になるため、青龍刀や刀は反りが入り、剣の軌道が弧を描くようになる。
つまりは、斬った後の残身や、斬るまでの足の運びと言った、いわゆる剣術として技量に特化していく。
それに、海外でも刀といえば日本刀と言われるぐらい日本刀は有名だが、リアルな切れ味として、
日本刀を固定した状態でもヘビーマシンガンの弾は斬れるし、それ以上に巨大なキャリバー50と言う銃の弾さえ斬れる。
更に言えば、技量向上につれ俺が知っている世界でも斬鉄、厚さ1~2センチぐらいの鉄板なら割と余裕で可能である。

と、だいぶ思考が遠くへ飛んで行ったが、
まぁ、結局の所ディルムッドにとってはこれが初めての正座で、そして初めての足の痺れ永久ループなのかもしれない。
と、そう言えばディルムッドは後生大事そうに、痺れているであろう足の上に、カバンを置いているが、アレは一体なんなのだろう?

「なぁ、そのカバンは何なんだ?
 確か、擬装用のカバンは中身カラッポのはずだったが?」

そう言うと、ロベルタは太ももの上に乗っているカバンをコンコンと叩きながら、

「なんでもありませんよエヴァさん、重し用の石が入ってるだけです。」

ふむ、石抱きとはまた古風な拷問方法だな。
ついでに言えば、足りない備品も在るし。

「ギザギザの座布団は用意しなかったのか?」

そう、指で山を描きながらロベルタに聞くと、
ロベルタの方も、少々残念そうな顔をしながら、

「用意したかったのは山々ですが、それを積むと、
 どうしても町への到着が遅れますので、今回はカバンのみです。」

と、そう返してくるが、よもやそこまでやる気だったロベルタに、杯を掲げて乾杯と言ってやりたい。
しかし、実際の所特に俺はディルムッドに怒っている事もないし、ついでに言えば、
リュビンハイゲンがだいぶ近付いているこの状況で、休憩を取ると言う事は何らかの意図があるのだろう。
そう思い、荷台からでて草原にいるノーラの横に行き、

「チャチャゼロ、ここまで走ってこれたら一切を不問にしてやる!
 ロベルター!カバンを退かしてやれ!」

そう叫ぶと、ロベルタはディルムッドの上のカバンを退かし、
ディルムッドの方は荷台から飛び降りて走ってこようとするが、飛び降りた瞬間に立つ事ができず、
盛大にすっ転び、立ち上がろうとするが足がいう事を利かず、生まれたての小鹿のようにプルプルしている。
これがで、呼び出したのが日本なら正座をしても、問題なかったのだろうが、
そんな言葉も知らない海外で呼ばれたのが、今回のディルムッドの敗因だろう。
そんな事を思いながらディルムッドを見ていると、馬車に乗っていたホロとロレンスとロベルタが馬車を降りて、
ディルムッドの横を素通りながらこちらに来る。

いや・・・、うん。
誰かディルムッドに手を貸そうよ。
流石に皆で素通りとか俺も予想外だから。
はぁ、これは甘さか、それとも自らが誇る者が無様をさらすのが耐えられないのか。
まぁ、今の状況に叩き込んだのは俺だから、やっぱりそこから引き上げるのも俺なのだろう。

「・・・、チャチャゼロ。本来の姿に戻り、もう一度人になれ。
 お前の本体なら毒も痺れも一切意味を成さないだろ。」

そう言うと、ディルムッドの方も手をポンと打ち、
『そう言えば、それもそうか。』と、言ったような顔でポワンと人形に戻り、
そしてすぐさま人の姿に戻り、立ち上がって俺達の方にスタスタと歩いてくる。

「すまない、無様をさらした。」

そう言いながら、ディルムッドが俺の前で片膝をついて頭をたれる。
ふむ、何かしら変わったスイッチでも入ったんだろうか、それとも、こいつが思う騎士像と言うのがこういうものなのだろうか?
まぁ、あんな事があった後だ、それもおいおい元に戻っていくだろう。
そう思いながら、

「何、今更だ。お互いがお互いの恥も無様も見た。」

そう言って、ニヤリと笑うと、ディルムッドの方も顔を上げ苦笑で返す。
そして、そんなやり取りをしている後ろでは、

「のう、あの可愛らしいのがチャチャゼロの本来の姿かや?」

「俺に聞かないでくれ、でも、エヴァさんが言ってあの姿なら、
 多分あの可愛らしいのがチャチャゼロじゃないのか?」

「ロベルタさん、どうなんですか?
 やっぱりチャチャゼロさんは可愛い方なんですか?」

「はい皆さん、チャチャゼロさんは可愛いです。
 あのミニマムでメイド服を着て、後ろをチョコチョコついて来てくれたら幸せな気分になりそうなのが本当の姿です。
 し・か・も、チャチャゼロさんの性格上、主になれば割とやってくれそうです。」

何か外野が五月蝿い。
そう思っていると、ディルムッドの方も同じ事を考えているのか、
何だか小難しい顔をしている。

「は~っ、なんか締まらんな。」

そう言うと、ディルムッドの方も同じようにため息をつきながら、
しかし、何処か楽しそうに、

「だが、これが私達"らしい"だろ?」

そうは言うが・・・、いや、ウン。
確かに、これの方が俺達らしい。
下手に肩肘張るのも性に合わなければ、戦場でもない時まで仰々しくするのも性に合わない。
まぁ、結局はこういう風な感じが一番落ち着いているときなんだろう。

「まったくだ、私が頭痛がして胃が痛いぐらいが私達らしく気がおまる。」

そう言うと、ディルムッドはジト目で俺の方を見ながら、

「君の精神的タフネスの出所は日常だったのか。」

そう言いながら、立ち上がって俺の肩をポンと叩く。
まぁ、今言った事は事実なのだから、変えようも無い。
それに、それでも俺は十分楽しめているわけだし。
と、そんな事で時間をとっている場合ではない。

「で、ここで休憩を取っているんだ。
 何かあるんじゃないのか?」

そう言うと、ホロとロレンスが顔を見合わせて、

「ぬしもなかなかに抜け目がないの。
 わっちたちが、このままリュビンハイゲンに戻っても、
 最終的には、裏切り者のレメリオ商会を頼り、金を捌いてもらう事になるでありんす。」

そうホロが言った後、ロレンスが商人の笑顔で俺の顔を見ながら、

「ですので、私達は今回の密輸に失敗・・した事にしようかと思っています。
 つきましては、物を隠す事のできるエヴァさん、この羊達を買い取りませんか?」

そう、終始にこやかにロレンスは俺の顔を見ながら話して来る。
羊の買い取りか・・・、問題は額と言う事になるが、ぶっちゃげてしまうと、
金貨千枚と言われても『はいそうですか。』と言ってそれを即金で払っても痛くも痒くもない額の貯えはある。
だがまぁ、ロレンスが商人としての笑顔で話すと言う事は、俺も商人として対応しよう。

「ちなみに、そちらの希望額はいくらかな、商人ロレンス?」

そう返すと、ロレンスは羊達を指差しながら、

「金の詰まった羊です、今目算してその羊が35頭。
 リーベルトがいくら分金を買い付けたかは知りませんが、それでも羊その物のにも使い道があります。
 なので、1頭を金貨6枚で合計210枚。それと、教会は羊の分の損失をノーラに吹っかけるでしょうから、
 金貨10枚差し引いて、その分で教会との交渉をお願いしたい。」

そう言ってくるがさてはて、羊1頭の相場がわからない以上、
今、ロレンスが言った額が、高いのか安いのかは分からない。
だがまぁ、ロレンスが言うように羊の使用用途は割と広い。

毛を刈って糸を紡いでもいいし、乳を搾ってチーズにして売ってもいい、
他にも、殺して捌いて食肉にしてもなんら問題はない。
ロレンス達は、原作だと大体50枚前後の金貨を手に入れるに留まったが、この交渉を決めると手に入るのが約3倍になる。
その事がいい事なのか悪い事なのかは解らないが、だがまぁ、早々悪い交渉ではないだろう。

「いいだろう、商人ロレンス。金貨200枚で手を打とう。
 支払いはとりあえず50枚払って、町を出てから残りを払うとしよう。」

そう言うと、ロレンスの方もそれで納得したのかうなずいて返す。
それに、こんな状態で金貨200枚も懐に入れてうろついていれば襲ってくれ、
もしくは襲ってきましたと、言っているようなものである。
ついでに言えば、この交渉がまとまった事で、よほどの幸運が無い限りレメリオ商会は破産するだろう。
そんな事を思いながら、金貨50枚をロレンスに手渡す。

まぁ、原作でもその辺りにはまったく触れられてないので、なんともいえないが、
いくら商人といえども、裏切り者を早々野放しにしておくとも思えないし
各地に支店を持つローエン商会が、ロレンスの話を聞いてレメリオ商会に制裁を下したのかもしれない。
と、それはひとまず置いといて、今は目の前の羊達をとっとと隠す事にするとしよう。
そう思いながら、自身の影の中からダイオラマ魔法球を取り出す。

「うわーっ、大きなガラス玉ですね。
 それに、中に在るのは小さな置物ですか?」

そう言いながら、ノーラが取り出した魔法球を外から眺めて、
指で突いたり、本体にハリネズミのように付いている、小さな魔法球を見たりしている。
そして、ホロやロレンスもノーラと同じように興味深そうに魔法球を見ながら、

「エヴァ、こんなガラス玉でどうするつもりじゃ?
 いや、もしかすると、ぬしの作る甘い薬かや?」

そう言いながら、ホロはジュルリと音が聞こえそうな感じで、自身の口元を手でぬぐい、
その横のロレンスは、流石に飴とは考えないながらも、
これを売ったらいくらになりそうかと、頭で考えていそうである。

「なに、これは私の別荘でな、これに羊達を隠そうかと思う。
 ノーラ、羊達をこっちの方に誘導してくれないか?」

そう言うと、3人とも不思議そうな顔をしているが、
ここに居続けてもいい事なんて無い、

「えっと、誘導するのはいいんですが、これが壊れたりしませんか?」

そう、ノーラが不安そうに聞いてくる。
そんなノーラにロベルタが、

「大丈夫ですよノーラさん、なにせ、この中では私の姉さま方も、
 他の動物も、エヴァさんの財産だって詰まっているのですから、早々簡単には壊れません。」

そう言いながら、ノーラの肩をたたき、
ロレンスはロレンスで、

「この中には入れるんですか、チャチャゼロ?」

そう聞かれたディルムッドは、首をすくめながら、

「エヴァの言うようにこれは別荘。
 中にはいって、普通に暮らせるよ。」

それを、ロレンスの横で聞いていたホロは、首をかしげながら、

「なんじゃったかな、昔これとよく似た話を聞いたんじゃったが・・・・、
 おぉっ、壺中天じゃ。 」

そういって、手をポンと打っている。
しかしまぁ、ホロもよくそんな昔話を思い出したものである。
確か出所は中華の国で、物乞いが壺を大事にしているので、その物乞いがいなくなった時に、
待ち人が興味本位で壺を覗くと、急に壺に吸い込まれ、中には桃源郷が広がり、なんと物乞いは仙人だったと言う昔話である。
まぁ、これを中華の国に持って行って、同じ事をしようと思えば出来る訳だが、やったところで意味も無い。
そんな事を考えている間にも、ノーラはエネクを使い羊達をこちらに導いている。
なので、俺の方も草原だけで、これからなんに使おうかと考えていた、小さな魔法球への道を開き、
こちらに向かって進んでくる羊達を、次ぎ次ぎと魔法球に入れ程なくして、羊達はすべて魔法球に入ってしまった。

「よし、これで完全に見つからんだろう。」

そう言って、今度は皆で馬車の荷台に乗って、町へ向けて出発する。
そういえば、ここに来て気がついたことだが、何で荷台がここにあるのだろう?
そう思って横を見ると、俺の横に座るロベルタ、罰再開と言うことなのか、正座をしているディルムッドと、
そのディルムッドに裁縫を習っているノーラ。
とりあえずは、ロベルタに聞くか。

「ロベルタ、私が寝た後何があった?」

そう聞くと、ロベルタはディルムッドの方を見ながら、

「エヴァさんが寝た後、チャチャゼロさんが、この荷馬車を森まで走って取ってきたんですよ。」

まぁ、確かにこの面子ならそうするのが妥当だろう。
ただ、1つ気がかりな事があるとすれば、ディルムッドが心惑わせた敵をどうしたのかと言う所。
まぁ、間違いなく死んでいるのは確かだが、

「チャチャゼロが殺した賊はどうした?」

そう聞くと、ロベルタは頬に手を当てて困ったように、

「その・・・、ですね。」

そう何処か歯切れ悪く話しを切り出し、

「あの賊・・・、名をディアールと言う方で修道騎士団の団長だったそうです。
 そして、その方をチャチャゼロさんは騎士と認め、穴を掘って墓標に剣を刺したかったのでしょうが、
 剣は砕けていたため、土の上に寝かせるに留まりました。
 エヴァさんが賊を騎士と言う事を不快に思うかもしれないと言いましたが、チャチャゼロさんはそれを頑として譲りませんでした。」

そう言って、話を締めくくった。

「そう・・・、か。チャチャゼロがその男を騎士とね。」

そう言うと、ロベルタの方も今回はディルムッドの肩を持ったのか。

「私が言うのも差し出がましいですが、チャチャゼロさんにとって騎士と言うのは多分大切なものです。
 エヴァさんも、その方を騎士と認めて差し上げたらどうでしょう?」

そう、ロベルタが俺の顔を見ながら言って来る。
それに対して、俺の方も吸っていたキセルを口から外し、

「なに、アレが騎士と認めたうえでそうしたのなら、その男は立派な騎士だったのだろう。
 戦場で散り、墓も墓標もその名前さえわからぬ者達は山ほどいるが、それでも、認め合い、相手の名を呼べたのなら、
 墓を掘り墓標を立てても罰は当たらないさ。
 ・・・、究極的に見て、墓標を立てるのも自己満足のそれだよ、
 相手からすれば敵に墓標を立てられるなど、屈辱の極みだろうが、それでもこの世界で生きるにはそういったけじめがいる。 
 むしろ、私はそのけじめさえつけずに、その死体を野晒しにしていた方が私は怒るよ。」

そう言うと、ロベルタはこちらにスッと目礼をして返す。
俺が血を飲んで知っているその、ディアールと言う男の知識など、やはり、
真正面からぶつかり合ったディルムッドに比べれば、それはただ知っているだけで重さなどなく、
むしろ、俺がその男の事を語る方が滑稽だろう。
そんな事を考えながら、優しい日差しと柔らかい風に身をさらしていると、
リュビンハイゲンの検問の近くにまで近づいた時に声をかける一人の人物、

「ロ、ロレンスさん?
 それに、他の皆さんも、ご無事で何よりです。」

そう声を上げたのは馬に乗ったリーベルトと、その馬の後ろに犬を担いで乗る老人。
おおかた、ノーラの後釜用の羊飼いだろう。
そう思っていると、手綱を操っていたロレンスが、これでもかと言うほどの作り笑顔で、

「ええ、おかげさまで。リーベルトさんもご無事で何よりです。
 ですが、残念な事に"羊"がみんな逃げてしまいまし。」

そう羊の部分を強調して言うと、元々声の上ずっていたリーベルトは、
その陰鬱な顔を始めてぽかんとさせた後、

「ちょ、ちょっと待ってください!
 羊が一頭もいないのですか!?」

そう言うリーベルトに、ロレンスは悪びれる事も無く手綱を操り、
早く中に入るなら入れといった視線の門番に、今から中に入ると片手を上げて、

「リーベルトさんここでは邪魔になる、とりあえずは中に入りましょう。」

そう言って、俺達は堂々と町に真正面から入り、その後ろをリーベルト達が付いてくる。
そして、そのままロレンスの馬車はレメリオ商会に向かい、荷受場に馬車を繋いで、皆で馬車を降りだす。
まぁ、俺達の方はこのまま教会に行って、ノーラの身柄を受け取ってもいいのだが、取り敢えずは、俺達もこちらを見物するとするか。
そう思いながら、ロレンス達の後ろをついてレメリオ商会に入る。
そして、中に居たのは机に座る多分レメリオであろう人物と、数人の男達。

「こんにちはレメリオさん。
 実は今回残念な報告があってまいりました。」

そう言って、残念そうな顔で話すロレンスとは裏腹に、
レメリオは幽霊でも見たかのように、青ざめた顔でこちらを伺ってくる。
まぁ、仕方ないだろう、多分レメリオ達の予定では俺達は、みんなで仲良く森で冷たくなっている予定なのだから。
それでも、レメリオはどうにか頭を動かしたような感じで、

「ざ、残念ですか・・・、何があったのです?
 もしかして羊が?」

そうレメリオが言うと、ロレンスは神妙な面持ちで、首を縦に振り、

「誠に残念な事です。よもや、森で盗賊に襲われるなんて事は夢にも思わず、
 羊はいませんが、命からがら逃げる事に成功しました。」

そう言うと、レメリオは頭を抱えだし、だが、鋭くロレンスを睨みながら、

「ならばロレンスさんも破産ですね。
 我々も一蓮托生ですが、それでも、借金は取り立てます。」

そう言うと、ロレンスも残念そうな顔をしながら、

「はい・・・、ですが。」

そう言って、取り出したのは金貨50枚の入った袋。
それを机の上にドンと置き、

「ここに私の借金と同額の金貨50枚が在ります。
 これで私は借金を完済しますので、破産はレメリオ商会のみです。」

そう言うと、レメリオは今度は顔を真っ赤にさせる。
そして、ロレンスにつかみ掛からんばかりの勢いで、

「何故だ!何故そんな金が存在する!!
 貴方は、私たちを裏切ったのか!?」

そう捲くし立てるレメリオにロレンスは1度フッと目を瞑り、
そして、哀れみとも取れる視線でレメリオを見ながら、

「まさか、ここに来る前に町の外でリーベルトさんに出会いました。
 そのリーベルトさんに聞いてみてください、羊は確かにいなかったと言いますから。
 そして、その金貨は私達が得た正当な報酬です。
 私はレメリオさんと交渉した時いましたよね、金が欲しいから同時に副業もすると。
 これはその副業のお金ですよ。ね、ロベルタさん。」

そう言って、ロレンスは尼僧姿のロベルタを見る。
そうすると、ロベルタは優しく微笑みながら、

「はい、ロレンスさん。
 私達は貴方のおかげでラムトラの下見と、布教活動を行う事ができました。
 それに、帰りに襲ってきた悪漢どもから無事に助かる事も。
 この報酬は正当な報酬であり、私達はその報酬を確実にロレンスさんに払いました。」

そうロベルタが言うと、レメリオは浮かせていた腰をイスに戻し、
その姿を見ていたホロが、ロレンスの横で、

「商人様、まさかわっち達もこのような結末は見抜けんかった。
 じゃが、今宣教師様が言うよう、これはわっち達の正当な報酬でありんす。」

そう、締めくくってレメリオ商会を後にしようとすると、

「ま、待ってください宣教師ロベルタ。
 また、ラムトラまで布教活動にはいかれませんか?
 その際には、我々レメリオ商会が護衛をします。」

そう、まだ、諦めないレメリオが口を開くが、
そのロベルタは俺の方を見てくる。

「レメリオさん宜しいですか?」

そう言うと、レメリオはなんだこいつといった感じで俺を見てくる。
まぁ、それも仕方ないだろう、何せ俺たちが出会うのはこれが初めてなのだから。

「私はロベルタさんと共に旅をしている商人です。
 私達商人は公平な天秤に、公平な重りを載せて商売をするのが常。
 ですが、レメリオさん達は皿に乗る重りではなく、腕傾ける天秤になろうとした。
 ・・・、知っていますか?天秤は皿に何を載せられてもそれの分だけ傾くのですよ。
 結局の所、重りは重りでしかなく、むしろ天秤なんてなれるものではないのですよ。」

そういうと、レメリオは一体何の事かと思って考えていたが、
ようやく意味を理解したのだろう、なにせ、今回レメリオ達は片方の受け皿に自身の利益を、
そして、もう片方の受け皿に俺達の命を載せたのである。
しかも、ご丁寧なことに自身たちの天秤に細工をして有利になるように。

「命・・・、意外と重かったでしょ?」

そう、微笑みながらレメリオに言葉を送り、レメリオ商会を後にし、
次は教会に向けて出発。
そして、羊が全滅した事に怒る司祭にノーラが、

「司祭様・・・、私は今日限りで羊飼いをやめます。
 もう二度と町に戻らず、ロベルタさん達と巡礼の旅にでます。なので、話しかけないでください。」

そう、きっぱりと司祭に三行半を突きつけたのは痛快以外の何事でもなく、
それを援護するように、ロベルタが、

「妖精と呼ばれていた貴女が巡礼者になるとは、思ってもいませんでした。
 新しく名を連ねるものを私は暖かく迎え入れ、歓迎しましょう。
 無論、司祭様も祝福していただけますよね、羊よりもなお価値のある改宗者を手に入れたのです、
 これに見合う代価など存在しません。」

そう、教会の前で大声をあげ、ノーラの肩を後ろから抱くロベルタを、
暇で娯楽の無い町人は面白そうに眺め、司祭の方も、町人の大勢見ている前でこうまで言われ、
仕方なくだろうか、引き攣ったような声で、

「か、神もさぞお喜びでしょう。
 ですが、羊達がいないと私達も生活に困る。」

そういった司祭に、ロベルタは微笑みながら、

「今回失った羊は35頭。
 ですが、教会にいた羊は100頭を越える数、正確には35頭差し引いても145頭がいます。
 それに、ノーラさんをこちらで引き取るのですよ?
 私達の暮らしは清貧こそもっとう・・・、おや司祭様?
 貴方の服は肥え太った豚のように華美で豪華に見えますが、七つの大罪である強欲が・・・?」

そう、ロベルタが最後の方の台詞を言う頃には、その司祭は青ざめていた。
なにせ、同業者から異端の疑いをかけられているのである。
しかも、魔女裁判は民衆だけでなく、無論神父や司祭でさえかけられるもの、
ここでロベルタが目の前の司祭に異端の嫌疑をかければ、めでたくなく火刑だろう。
そして、魔女裁判を仕切っている教会の人間がそれを知らないわけもなく、
しかも、今ロベルタが来ているのは黒一色の尼服なのに対して、司祭の方は金の刺繍をあしらった服。

「ま、まさか宣教師ロベルタ。
 私も妖精と呼ばれていた羊飼いが、改宗して嬉しい限りですよ。
 しかも、貴女の様な立派な宣教師の元で巡礼できるのです、これは幸運ですぞノーラさん。」

そういった後、祈りを捧げる時間だといってそそくさと教会の中に引っ込んでしまって、
後に残ったのは、町人達の教会へ向けた苦笑と、失笑。
それに俺達は一礼してその場を離れ、ローエン商会で休養もかねて7泊。
ロレンスとホロは、その7泊の間に金を借りていた人々に金を返し、
謝罪をして回っていて、俺は俺とて、この時代の金銭感覚を養おうと、皆を引き連れて、
市場や商店、酒場なんかを見て周り、出発の日となった。



[10094] 旅の途中だな第50話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/02/17 19:39
旅の途中だな第50話




~♪~~♪~~~~♪

リュビンハイゲンを出て数日。
狼と香辛料のテーマソングをハミングしながら、リアルに旅の途中と言う所。
まぁ、歌詞まで覚えておらず、うる覚えの所はあるが、それに突っ込めるヤツがいないので、
今もハミングが合っているのか、それともまったく違うモノなのかは不明な所。
取り敢えずは、中らずも遠からずと言ったところだろう。

「うぅ・・・、ぬしよ・・・・、リ、リンゴを・・・。」

まぁ、その旅の途中でホロがロレンスから、くりゃれくりゃれとリンゴを毟り取っていたが、
そろそろ、ロレンスも堪忍袋の緒が切れたか・・・。

「ホロ。最初に何個積んで、今何個残ってる?
 数の数えられない賢狼様じゃないよな?」

そう、地獄の底からロレンスの声が聞こえてくる。
まぁ、一応売り物として買ったリンゴを、片っ端からホロが食べているのだからそうなるも仕方ないだろう。

「ロベルタ、最初にリンゴは何個あった?」

そう聞くと、ロベルタはメガネをクィッと上げながら、

「初期数は256個ほどでしたが、現在数は37個ですね。
 個人的な感想ですが、あの細い体のどこに入っていくのでしょう?」

そう俺に聞かれても困るのだが、強いて言うなら、

「私もホロも成長しないから、結局すべては体に維持にあたるんじゃないか?
 私も割と食べる方だとは思うが、それでも体型は一行に変わらないし。
 まぁ、ただ食べ過ぎて今困っているヤツは、道を歩いているわけだが。」

そう、キセルから立ち上る煙の向こうには、
この数日で、多少ふっくらしたかもしれないノーラとエネクに、
体が鈍ると言って歩くディルムッド。
まぁ、何がふっくらした要因かといえばジンギスカンとアイスクリームだろう。
町を出てすぐの頃に羊が一頭、天寿を全うしたのでそれを解体して食肉とした。

まぁ、その羊を解体したのはロベルタではなくノーラで、
最初は、羊の解体を覚えたロベルタにお願いしようとしたが、
『肉斬らせろ』とか言いながら、S子さんファミリーが憑いてそうな紅い剣を取り出すと、
それを横で見ていたノーラが、

「その、宜しければ私にやらせてもらえませんか?
 今回の事で、色々とお世話になったんで、その恩返しがしたいんです。
 駄目・・・・、ですか?」

と、そう言ってきたので、ロベルタではなく、手馴れているノーラに解体してもらった。
その事に、ロベルタが異議を唱えるかとも思ってロベルタの顔を見ると、

「私も覚えたてです。
 熟達した方がいれば、その方に解体していただき、その手際を覚えたほうが得策です。
 では・・・・。」

そう言って、ノーラが行う羊の解体を一緒に見ていた訳だが、
なんと言うか、少女が笑顔で鼻歌交じりに、血のドパドパ出る羊の死体に、
ナイフを突き立てて肉を解体するというのは、中々に猟奇的だろう。
ちなみに、その解体の途中、頬に飛び散った血をぬぐいもせずに顔に付けたまま笑顔で、

「あ♪エヴァさんは血を吸う方ですから、この羊の血も吸いますか?」

そう言いながら、鮮血滴る生肉をこちらに差し出して来るのだからなんとも。
まぁ、それは彼女なりの好意だろうし、この時代なら肉の解体やらなんやらもすべて人の手作業。
ついでに言えば、彼女は羊飼いで羊の死に目に立ち会う機会が多く、しかも、
それが町から離れた場所で、森でないならばこうして羊を解体して、町に食肉を持って帰っていたのかもしれない。
ただまぁ、解体しているノーラから楽しそうな雰囲気が出ているのは、きっと気のせいだろう。

と、そんな解体劇を見た後に、平然とジンギスカンにして食べる俺達もどうかと思うが、
まぁ、このまま腐らせても勿体無いだけなので、結局は食べるしかないし、
肉の鮮度は折り紙つきなので、羊の肉特有の癖もあまり気にならずに食べれた。

ついでに言えば、アイスクリームは自作したが、こちらの方はボチボチ甘く、
むしろ、ラム酒を目分量で入れたため、少し固まりが遅かったが、それでも十分に食べれる品だった。
まぁ、ここで言えるのは氷系の魔法万歳と言うところか。
そして、食べては裁縫食べては裁縫で、一向に動かなかったノーラはふっくらとなり今に至る。
ただ、ふっと考えてみると、この世界に来て初めて何の肉か明確に解る肉を食べたような気がする。

と、言うのも十数年、新世界を旅していて思ったのだが、
その新世界で、普通の牛や豚なんかを見た記憶がない。
だが、少なくともその旅の最中には肉を食ったし魚っぽい物も食べた。
しかし、それの原型がなんなのかと言われると・・・?
まぁ、食べたにしても龍の肉なんかだろうし、他のヤツも食べていたから大丈夫だとは思うが、
今更ながらに考えると、中々に珍しい物を食べていたのかもしれない。

「うぅ・・・、医者様・・・、ヤクをくりゃれ・・・。」

そう言いながら、禁断症状(?)の出ているホロが、俺の服の袖をクイクイと引っ張ってくるが、さてどうするか。
そう思い、煙を吐きながらロレンスに視線を向けると、
ロレンスの方は笑いを込めて、好きにしていいと言う視線を向けてくる。

「取り敢えずホロ、代金を。」

そう言って、手を差し出すと、その手の平に手を載せながら、

「ぬしの騎士に、背中を蹴られた古傷がうずくであり・・・、
 そうじゃ!!チャチャゼロ、わっちに間に合った代価をくりゃれ!!」

そう言いながら、ホロが俺の手をこれでもかと言うほどに握り締めてきて痛い。
が、それよりも気になるのはディルムッドが、一体どんな代価を払ったのかと言うところ。
勇壮なる賢狼の背に乗る駄賃、これは中々に興味がある。
ついでに言えば、ディルムッドのヤツはホロの背中を蹴ったのか。
そう思っていると、ノーラと一緒に道を歩いていたディルムッドがホロの方を見ながら、

「あぁ、かまわないよ。だが、そんなに詳しく知っているわけじゃないし、
 もしかしたら、俺よりエヴァの方がよく知っているかもしれないよ。」

そう言いながら俺の方を見ているが、さて何の話やら。
知っていると言うからには、何かしらの知識関連の報酬だろうか?
そう思っていると、俺の横にいるホロが俺の目を見ながら、

「うむ・・・、まぁ、どちらでもよいから、熊の神について知っている事を話してくりゃれ。」

「・・・、は?」

はて・・・、ホロはいったい今なんと言った?
いや、耳が悪くなる訳がない俺の耳は確かに、
『熊の神について話せ。』と、そう、ホロが話したのを聞いた。
だが、どうも時間軸がおかしい。
ホロが熊の神の事を・・・、更に言うなら、月を狩る熊について知るのはもう少し先になるはず。
だが、ホロは何故それを俺に・・・、いや、更に言うなら俺はそんな熊神の事なんて知らないのだが・・・?
そう思って思い悩んでいると、横のホロが擦り寄るように体を近付けて来ながら、

「ぬしよ、もったいぶるでない。」

そう急かして来るが、心当たりがないものはなんともいえない。
事の発端はディルムッドだから、こいつに聞いてみるか。

「おいチャチャゼロ、私は熊の神の事なんて知らないし、
 そんな者と出会った覚えもないぞ?」

そう言うと、ディルムッドは首をすくめながら、

「オスティアで戦ったじゃないか。
 あのずんぐりとした体に短い手足。俺を殴ろうかとする時も、
 熊が鮭をとるみたいに、手を上から下に振り下ろす。
 まぁ、月までとどくほどの巨大な躯体に、白くピカピカ光る体、口から吐かれる魔力砲と、
 普通の熊とはだいぶ違うが、それでもアレは獲物を倒すために立ち上がった熊に見えたが?」

そう、言ってディルムッドは俺の方を見てくる。
が、さてアレは熊・・・、何だろうか?
個人的にはそうとも思えるし、違うとも思える。
ん~、アレが実体とならどうとでもいえるのだろうが、ホロと同系統の神様だと言うと、
肉体がなくても、1つの意思とでも言うのだろうか、麦に潜るようにあれも何かに潜っていたかもしれないし、
魔法使いと戦って、とっ捕まえられたのかもしれない。

まぁ、少なくとも、この世界だと神と人は同等だったり、
一定レベルの強さがあれば、神ともまともに渡り合える。
まぁ、それは型月の世界でも同じ事か、ただあの世界だと個人精製の体内魔力を使うから、
ピンきりだが魔力量だけ見るなら、ネギまの世界にはどうしても届かない。

多分、仮に届くとすれば、ゼルレッチの様に宝石剣で外部から魔力を持ってくるか、
キャスターのように神殿を築いて、そこから持ってくるようにするしかない。
ついでに言えば、うっかり魔術師曰く、神秘も大切だが、それに見合う魔力があれば神秘が絶対ではないと説くし、
実例として、凛はバーサーカーに宝石でダメージを与えている。
と、それはまぁいいとして、今は熊神の事か。

「ロベルタはどう思う?
 あの時、一番離れて見ていたのはロベルタだ。
 私はアレとの距離が近すぎるし、チャチャゼロの方はボロボロ、
 まぁ、お前の方も魔力がなくて上手く動けなかっただろうが、どう思う?」

そう聞くと、ロベルタは視線を空にさまよわせ、
頬を指でトントンと叩きながら、

「そうですね・・・、私からはなんとも。
 今いる熊が一体どう言ったものか知らない私では、
 アレを熊と言われれば熊ですし、違うと言われれば違います。
 強いて言うなら、推定熊と言った所でしょうか?
 まぁ、アレがエヴァさんが言うように神を利用した兵器なら、
 手っ取り早く、何かの神と言うのも吝かではありませんが。」

そう、ロベルタは返してくる。
うぅ・・む、さてはてどうしたものか。
情報不足が否めないのは仕方ないし、そもそもアレと戦ったのは偶然の一言に尽きる。
なにせ、この時代に鬼神兵が、正確にはそれのプロトタイプがいるとも、
むしろ、目の前にホロがいるのも、驚きとしか言いようがない。
まぁ、居てくれた方が面白そうだから問題はないのだが・・・、
さてはてどうしたものか。

「取り敢えず、ホロ。
 聞いていたと思うが、一応は推定熊の神と言う事で決定した。
 まぁ、決定はしたのだが、知っている事はないし、言葉も交わしていない。
 地道に自身の足跡をたどるのをお勧めするよ。」

「そう・・・、かや。
 わっちの故郷の事が、何かわかるかと思ったんじゃが・・・。」

そう言うと、ホロは何処か思い悩むかのように俺の方に背を預け、空を見ている。
さて、ホロの故郷ね・・・、昔小説を読んでいた頃に考えたことがあったが、
ヨイツと言う地名とホロが狼と言う事から北欧神話と絡めて、ヨイツをヨツンヘイムの言葉遊びだと思ったり、
実は、ホロはフェンリルが元になったんじゃないかと、考えたりもしたが、真実は闇の中。

まぁ、北欧南欧西欧東欧と、ヨーロッパ地方を広い目で見てもこれだけの神話があるが、
それでも、早々動物の神は出てこない。
個人的に知っているのは、フェンリルの他はヨルムンガンドと、後はファフニールぐらいか。
それと、温泉がある辺りといえば、フィンランド方面で北欧神話あたりになるが、
流石にそこまでは詳しくない。

まぁ、ただ言えるのは、イギリス方面まで足をすすめれば、そこから神話をたどる事もできるだろう言う事。
少なくとも、魔法の国とまで言われているイギリスなら神話には事欠かず、
ついでに言えば、ディルムッドの謳われているケルト神話が方面の物語なので、
水が合うのかディルムッドがイギリスに近付くたびに力強く、更にかっこ良くなっている気がしないでもないがなんとも。
もし、ここにアルトリアをつれてきたら更に愛らしくなるか、もしくはアホ毛が伸びるのだろうか?
いや、一応は男装したからかっこ良くなるのだろう・・・、多分だが。

「ロレンス、リンゴをいくつか売ってくれ。」

そう言うと、横にホロがおらず少し寂しい感じで、手綱を操っていたロレンスが肩越しにこちらを向き、

「いいですよ、何個買います?」

「そうだな・・・、6個貰おうか。
 お代はイギリスで渡す残りの代金の中に入れておくよ。」

そう言って、リンゴを6個買い取り作るのはリンゴ飴。
旅をしてすぐの頃に、リュビンハイゲンでロベルタを使い手に入れた桃の蜂蜜漬けを、
ホロに振舞った事があったが、その時のホロの悦びっぷりはなんと言うか凄かった。
むしろ、影の中からそれの入った小瓶を取り出した次点でソワソワしていたが、
それを一口、口に入れた後はもう、くぅ~~っといった感じに手を握り締め、

「エ、エヴァよ!甘い!!甘いでありんす!!!
 なるほどの、この甘さと美味さなら教会が禁止令をしくか話し合うのも解るでありんす!」

そう言って、俺の肩を、バシバシ叩いて来る始末。
まぁ、それも皆で食べればすぐになくなると言う物。
そもそも、今は6人で旅をしているのだから、小瓶1つなんてすぐになくなる。
そして、そのなくなった後のホロは喜びとは打って変わり、意気消沈しながら俺の影を見つめ、
片膝をつき俺の影にそっと手で触れながら、

「エヴァよ・・・、ここにあるぬしの影、これに潜る事が出来たなら、
 わっちは更に、甘味の高みを目指す事ができるのじゃろうか?
 いや・・・、この影の持ち主であるエヴァを丸呑みにした方が・・・、影の中身毎わっちの口に入って甘い?」

そう言いながら、据わった目で俺の方も見てくるのには、流石に俺も肝を冷やした。
と、そんな事を考えながら、ロベルタに手伝ってもらいチャっチャとリンゴを木の串にさし、
鍋に氷と砂糖を入れ、火よと灯れで火を起こして砂糖水を作り、そのまま熱して茶色くなるのをまって、
茶色くなったら火を止め、リンゴを鍋の中に数度くぐらせる。
ふむ、割と量があるから、余ったら飴とカラメル焼にでもするか。
そして、ホロの横でそんな事をしていれば当然と言えば当然だが、

「エヴァよ、何を作っておる?
 もしや、これがぬしの出す薬の正体かや?」

そう言いながら、こちらの作っている物を見ている。

「あぁ、そうだ。
 ・・・、言っておくが、熱いから指とか突っ込まないでくれよ。
 食べるなら、木の棒を突っ込んでそれを舐めてくて。」

そう言って、木の棒を渡すと、すぐに鍋に棒を突っ込んで、クルクルかき混ぜては取り出して口に運んでいる。

「ロベルタ、鍋の方はいいから、ロレンスに渡してやれ。
 後、ノーラもいるか?」

そう、馬車の横を歩くノーラに聞くと、
恨めしそうな視線をこちらに向けながら、

「エヴァさんとホロさんはずるいです。
 なんで、あんなに食べても細いままなんですか?
 私なんて・・・、私なんて・・・、うぅ・・・。」

そうは言うものの、ノーラは見た目的には変わらない。
まぁ、質素に暮らしていたのだから無駄なお肉はないし、
元々栄養状態の悪いこの時代、早々太っているやつはいないし、
太っているとすれば、それは貴族なんかの金持ち連中だろう。

ちなみに、あの騎士達が人の事を豚といっていたのは、
その宗教の教祖が、悪魔を豚に取り付かせて焼き殺したせいで、
異端者なんかを侮蔑の意味を込めて、そう呼んでいるのだろう。
と、話がそれた。

「じゃあ、ノーラの分は私が食べる・・・。」

そう言い終わろうとする前に、ノーラは俺に顔を背けているものの、
手だけをこちらに差し出している。
ふむ、時代は変われども女性は甘い物に目がないという事か。
そう思いながら、出来立てでまだ暖かいリンゴ飴をノーラに手渡しながら、

「私としては、ノーラは細い方だと思うよ。
 それに、今まで苦労してたんだから、多少の贅沢ぐらい大丈夫だろう?」

そう言うと、ノーラは手に持ったリンゴ飴を見つめながら、

「多少・・・、ですか・・・。
 今の私は、毎日が贅沢すぎる贅沢の連続ですよ。
 人と言葉交わす事少なく、日に雨にと草原で羊を繰る。
 それに、夢見るだけで終わると思っていた儚い夢も、それに通ずる道が開かれました。
 言ってみれば、今のこの旅が私にとっての最高の贅沢なんです。」

そう言いながら、足元に擦り寄るエネクの頭をなでている。
その姿は、見ているだけで心が穏やかになり、絵描きでもないのに、
その姿を、一枚の絵に興してみたいと思うほど満ち足りている。
だがまぁ、それでもまだ足りてはいない、そう思いながら、魔法薬の煙を吐きながら口を開く。

「なに、まだ贅沢し足りていないさ。
 なにせ、お前は・・・、いや、ここにいる皆が旅の途中。
 それぞれの道を歩いていて、たまたま出会うことが出来、その出会いの中でどうするかを自身で選択した。
 だが、まだ結果がでていないだろ、夢を見たなら、その夢が褪めるまできっちりと見ないとな。」

そう言うと、ノーラは静かに微笑みながら、

「はい・・、でも、できれば褪めない夢であって欲しいです。」

そう言って、ノーラと笑いあっていると、手綱を操っていたロレンスが、
そう言えば・・・、と言った感じでロレンス自身が持っていただろう疑問をこちらに投げかけてきた。

「エヴァさん、今回の事で1つだけどうしても分からない事があるのですがいいですか?」

そう1つ前置きをして、こちらの方を肩越しに見ながら、

「結局、エヴァさんの本名って何なんですか?
 チャチャゼロさんやロベルタさんは、エヴァさん自身が名乗らないなら聞かない方がいいと言いましたが、
 でも、どうしても気になるんですよ。
 ・・・、まぁ、今聞いても危ないと思うなら、話されなくてもいい大丈夫すけど。」

さて、今更と言った感じのこの質問だが、どうするかな。
少なくとも、行商人のロレンスなら、俺の名前を聞いてピンと来る物があるかもしれないし、
逆に、年齢的にまだ商人に足を突っ込んでいない可能性もある。
まぁ、でも今更名乗らないのもなんだか据わりが悪いし、それを聞いても今更どうすることも出来ない。

「いいよ。改めて名乗ろうか、私の本名はエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。
 まぁ、呼ぶなら今までどうりでいいよ。」

そう言いながらリンゴ飴を差し出すと、
ロレンスはそれを受け取りながら、口の中で含むように、

「マクダウェル・・・・?」

そう言いながら考え込んでいるようだが、中々でてこないようだ。
まぁ、出ないならでない方がいいだろう、どうせ、没落貴族なら俺でなくともこの先出会う事になるのだし。

「まぁ、私の過去なんて聞いても詮索しても面白くないさ。
 どうせ、今の私を知っているヤツもほとんどいない。」

そう言うと、ロレンスは何処か歯切れ悪く、

「そんなものですか・・・、どこかで聞いたのかもしれませんが、
 それでも今はのんびりと旅をしましょう。
 それに、甘いお菓子もある事ですし。」

そう言いながら、ロレンスはリンゴ飴を眺め、

「そういえばエヴァさん達は、今までどのあたりを旅されていてんです?
 先ほどオスティアと言う、聞いた事のない地名が聞こえましたが。」

ん~、どう説明・・・、いや教えていいのだろうか?
仮にロレンスに『魔法使いの世界だ。』とか、『別世界だ。』と言った所で何処まで信じてもらえるか。
と、言うよりそれを知った次点で、なんだかロレンスが更に危ない道を突っ走るような気がする。
たたでさえ、今の時点で知らなくてもいい魔法使いがいる事を知り、
その魔法使いが、文字通り魔法のように、自身たちが理解できないものを使っている事を知ってしまった。
まぁ、そこはホロがいるからある程度大丈夫だと思うが、
それでも、いらない知識は要らない答えを導き出す事もある。

「海の向こうの町さ。
 遠く遠く、ここよりもはるかに遠く。
 魔法を使える者しか・・・、いや、魔法を使えても行き道を知っている者しか行けない所。
 だから、忘れた方がいいし、御伽噺の物語だとでも思えばいい。」

そう言うと、ロレンスは笑いながら、

「行き道も分からないのでは、行き様もありませんし、
 貿易商でもない私では、どうしようもありませんよ。」

そう言いながら、笑っている。
そして、そのロレンスを見ながらホロが欠伸を1つ、

「さて、こうもぬくいと眠くなるでありんす、
 わっちはわっちの寝床に戻るよ・・・、医者様、薬は残しておいてくりゃれ。」

そう言って、荷台からロレンスの横に移動して、寄り添うように据わり暫くすると眠りだした。
しかし、もうじき冬が来ようかと言うのに、今日は暖かくホロじゃないが眠くなる。

「ロベルタ、私も少し眠るよ。
 元々、昼間は私の寝る時間、日の出と共に眠り、日の入りと共に目覚める。
 そういう体なのでね、膝を貸してくれ。」

そう言って私の膝に頭を預け、お嬢様は目を閉じて暫くするとスースーと穏やかな寝息を立て始めました。
日は高く、天高く舞う鳥は気持ちよさ気に羽を羽ばたかせ、あまりにも穏やかな世界。
そして、寝ているお嬢様の髪にスッと指を通せば絹の様に細い髪の滑る様な手触り。

「チャチャゼロさん・・・、この穏やかな日々はいつまで続きますか?」

そう荷台に並走チャチャゼロさんに問えば、彼は何でもないかのように、

「我等が主が死する時まで・・・、それ即ち永遠なり。
 彼女と共に歩むということは、死に嫌われながら生きて行くと言う事に等しい。」

そう答えます。
今のこの時は、たぶん、嵐の中翼はためかせ飛ぶ鳥が一時羽を休めるために止まり木に止まる様なものでしょう。
ただ、それは有限であり、休息が終われば、また天高く舞い上がり羽はためかせる。
ただできれば、お嬢様の行く先に幸多く穏やかであらん事を。
そして、多少欲張りで、初めての"私"の願いが叶うなら、
終焉を知らせる7つ角笛の音が永久に鳴らん事を。

死を恐れない私達でしたが、今はその死と言うものを恐れるように感じます。
多分、それはこの満ち足りた時間を得て、感受する術を手に入れたからでしょう。



作者より一言


仕事に忙殺されました。




[10094] 地味に変わってるな第51話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/02/24 00:17
地味に変わってるな第51話



「そういえばロレンス、よくこのご時勢にイギリスまで連れて行く事に頷いたな。」

そう、言ったのは旅も半分を過ぎた辺りの、昼食を取るために馬車を止めたとある昼下がり。
ディルムッドは早くも夕食を調達すると、近くの森に狩りに行き、ロベルタとノーラは荷馬車の中で裁縫の練習。
ホロの方は、ディルムッドの狩りに付いて行くから薬をよこせと言って、リンゴとレモンの飴を持ってディルムッドを追走。
もしかすれば、ホロの中の野生が目覚めて大物を取ってきてくれるかもしれない。

しかし、俺がそうロレンスに話を切り出したのも、今が大体1445~7年として、百年戦争の終わりが大体1453年頃か、
もしくは見解の違いで、1475年頃と言う事もあるが、どちらにしろボルドー周辺まで軍は進み、
下手をすれば、もうボルドーで篭城戦をやっているのかもしれない。
ついでに言えば、今の時点では俺の知っている世界地図と、かなりの勢いで国境が違うので、
もしかすれば、俺の言うイギリスと、ロレンスが言うイギリスとでは、位置的に戦禍を免れている事になるのかもしれない。

「このご時勢・・・、ですか?
 確かに、戦続きでしたが、もう終決して半年も経ちます。
 それに、今のあの辺りは町を復興させようとする人々と、それに乗じて儲けようとする商人とで、
 祭りの様に賑わっていると、そうヤコブが言っていましたが・・・、どうしました、エヴァさん?」

・・・、何かロレンスが言っているが、今はそれではない。
百年戦争が終決した・・・・、しかも、6~8年も早く・・・・・?
いや、もしかして、新世界と旧世界の時の流れの違いで、それだけの誤差が出た?
・・・、ダメだ、情報が足りなすぎる。

いくら早く終わったからと言って、何らかの外部的な要因があるのか、
それとも、ほかの・・・、例えば、今だとオスマン帝国辺りか、あそこが攻めてきたかもしれないし、
他にも、魔法使いが暗躍したと言う事も考えられる。
だが、どちらにしろ、今のロレンスの話からすると、一応の安全は確保できていると言うことか。
そう思いながら、不審そうに顔を覗き込んでくるロレンスに向かい、

「いやなに、少々海を渡っている間に戦が終決したと聞いて面食らっただけだ。
 だが、早々事が起こっていないと言うなら、のんびりと旅をしよう。
 後、戦の最終決戦は聞き及んでいるか?」

そう言いながら、飴を1つ口に含み魔法薬を吸う。
どうも、頭を働かせる時は甘い物があった方がいいと言う先入観からか、最近は甘いものをよく好んでいる気がする。
まぁ、それで病気になると言う事はないだろうし、病気になれる可能性もない。
そう思って、ロレンスの方を見ると、ロレンスは火にかけてあった鍋から、
鍋の底に残った最後のスープをお碗に注ぎながら、

「そこまで詳しくは知らないですが、フランス軍がイギリスのボルドーを陥落すると言う所まで攻め入りましたが、
 その次点でイギリス側が休戦を申し入れ、最終的にそのままボルドーを賠償金代わりに明け渡して、
 終戦と言う運びになったらしいです。」

ふむ・・・、賠償金うんぬんは別として、一応筋は通る。
それに、ボルドー陥落も俺の知っている歴史と同じで、このまま未来になれば、
フランス産のボルドーワインを、美味しく飲めることになるだろう。
となると、ただ戦の終決が早まっただけとも考えられるか・・・・?
ん~、まぁ、ロレンスに行けと言ったのは俺だが、それに応と答えたのはロレンス。

しかも、旧世界を常に旅しているロレンスがそう答えたのだから、大丈夫なのだろう。
ただ、今の時点で俺の持っていた時間軸が、本当に正しいのかが怪しくなったのは確かだが、
それでも、元々自身がどんぶり勘定で時間を計算していたので、2年ぐらいの誤差は覚悟していたから、
今の時点からのゼロ時間軸・・・、つまりは、何らかの方法で西暦を知れればどうとでもなるか。

「それに、今だともしかすれば、イギリスの方も収穫祭で賑わっているかもしれませんね。」

そう言って、ロレンスはスープをグィッと飲み話を締めくくった。

「なぁ、今のイギリスでノーラの雇い先を探すのは骨だと思うか?
 一応聞いただけの話なら、早々雇い先を探すのは難しくないと感じたが?」

そう、吸った煙を吐きながら言うと、ロレンスもお碗を口から外しながら、

「タイミング的には悪いですね。
 既に半年経ちます、それだけの期間があれば、商人でなくとも人が行き交う事は出来ますし、
 復興させるにしても、人を雇うにしても、どの道お金がかかります。
 ・・・、世知辛いですが、今だと生きるために体を売り、髪を売り、それで足りないなら、
 見合う代価のない自らの命でさえ、乗せる人は天秤に載せますよ。
 まぁ、私はそれに載せる気はありませんが。」

そう言って、ロレンスは首をすくめて見せる。
さてはて、復興中の町は俺達に一体どういったものを見せてくれるのやら。
悲劇か喜劇か、悲恋か恋慕か、まぁ、戦に行った男を祈りながら待つ女なぞ、今更過ぎるほど今更過ぎて、
今ならむしろ、そういった者が溢れているのかもしれない。

まぁ、別にそれが悪いわけでもなければ、帰ってくればおめでとう、
帰ってこなければ、残念だったとしか声をかける事しかできないし、むしろ、
そう声をかける事すら、他人である俺にははばかられるか。
そんな事を思いながら、煙を肺いっぱい吸い込んでいると、

「チャチャゼロよ、ぬしは何故あそこで槍を振るわぬ!
 あそこであやつの頭を貫けば、わっちらは夕飯に鮮血漂う猪の肉を食らえたでありんす。」

「すまないホロ・・・、だが、猪だけは・・・、猪だけは勘弁してくれ。」

「そうは言うがの、ぬしよ、ぬしの主が・・・、エヴァが猪に襲われたなら、ぬしはどうする?」

そう、背後からホロの食い意地のはった声と、
そのホロに、獲物を逃がした事を怒られているディルムッド。
まぁ、今の話しだと、ホロは猪を狩ろうとしたのだろうが、
誓約により、猪を狩れないディルムッドにとってはなんとも酷な話しだ。
ふむ、助け舟ぐらいは出しておくか・・・。

「チャチャゼロでも勝てない猪が出たら、私は飛んで逃げるよ。
 なにせ、猪は地上しか走れないから、その鋭い牙も空の上までは届かない。」

そう言いながら振り向くと、槍に兎を3匹吊り下げたディルムッドと、
そのディルムッドの横を、頭の後ろで手を組んで歩くホロ。
とりあえず、今晩の夕食は兎と後は魔法球に備蓄してある食糧か。
後は、魔法球で錬金術の材料と言う名目で手入れもせずに、ほとんど自生しているであろう植物やら、
飼っている魚(?)や、食肉(?)を食べれば問題はない・・・、と思う。
まぁ、どちらにしろ、節約できる物は節約した方が得策か。
ついでに、後で暇にしているであろう、中のメイド達に生物の飼育もお願いするか。

「なんだか、エヴァさんはチャチャゼロさんに甘くありませんか?」

そう言いながら、荷台からひょっこりと顔を出すロベルタと、

「恋仲なら、当然なんじゃないですかロベルタさん?」

そう言いながら、ロベルタの横からこれまたひょっこりと顔を出すノーラ。
別にディルムッドのヤツに甘いとは思っていなし、甘い事をした記憶もない。
むしろ、いつも一方的に振り回し、命の危険何のそので突っ走る俺に、よく付いてきてくれると思う事はあるが、
いや、むしろ英霊を半分顎で使い、制止さえ振り切ってフラフラと走っているのだからなんとも。

「別に私はチャチャゼロに甘いとは思わないが?」

そう返すと、荷台にいる2人は2人で顔を見合わせながら、

「やはり、自覚のない甘やかしは愛のなせる業なのでしょうか?
 どう思います、ロベルタさん?」

「どうなのでしょう、ただ言えるのは私がお二人に出合った時には、
 二人とも既に呼び捨てにするような関係でしたし、エヴァさんの傍らには何時もチャチャゼロさんがいます。
 あまつさえ、オスティアでは自身の体が消し飛ぶというのを省みずにチャチャゼロさんを救出。
 ・・・、くちおしやそのポジション・・・。」

そう、荷台ではなんだか黒くなって、荒んだ目をしているロベルタが何か言っているが、
最後の方はなんだか聞こえない。
まぁ、聞いてもろくな事はなさそうなのでかまわないが、
そもそも、チャチャゼロにわざわざ厳しくする必要性はあるのだろうか?
個人的には、そこまで厳しくする必要性その物を感じないのだが。
それに、戦力としても十分だし、状況判断も利く。

「ロレンスはどう思う?
 男の視点から見て、私はチャチャゼロにもっと厳しくするべきだろうか?
 まぁ、何を厳しくすると言うわけでもないが。」

そう、ロレンスに聞くとロレンスが口を開く前にホロが先に口を開き、

「雄は優しくするとすぐに付け上がる、
 わっちは、もっと厳しくするべきだとおもいんす。
 それに、エヴァとこやつは恋仲ではなかろう、群れで言うなら頭と、
 それに連れ添う副官といった所かや、のうぬしよ。」

そう言葉を向けられたディルムッドとロレンスは、お互いに顔を向け合わせながら、
なんとも微妙な顔を作って、

「苦労しているなロレンス。」

そう言いながら、ディルムッドがロレンスの肩をポンと叩き、
叩かれたたロレンスも、

「お互い様・・・。」

そう言って、肩を叩きあう2人の背中からは、哀愁が漂っているように見えるのだがなんとも。
ついでに言えば、今のホロが言ったのがほとんど正解といえば正解で、
しかし、群れも何もそんな大所帯を所有・・・、する予定はあるが、今の所いないのでなんとも。

「まぁ、ホロの言う事は概ね中ってるよ。
 だがまぁ、今の所どうとも言いようがない。
 すべてにおいては"いずれ"と言う言葉がつくよ、恋仲は別だがね。」

そう言いながらホロの方を見ると、ホロは今言った言葉が面白かったのか、
牙を剥き出しにして笑顔を作り、

「いずれ・・・、かや。
 ククク・・・、ぬしの作る群れとは如何なるものか、
 さぞ混沌として、無茶と無謀を投売りしながら驀進するのじゃろうな。」

ん~・・・、なんだかホロからとても失礼な事を言われている気がするが、
否定できる材料がない気がするのだが・・・、

「私はわざわざ、自分から面倒事には足を突っ込まないぞ、ホロ。」

そう言うと、なぜか俺以外の面子が全員顔を見合わせて、
その後揃ったように、

「「「「いや、嘘ですね(でしょ)(だろ)。」」」」

そう言いながら、全員で俺の方を見る。
・・・、なんだか凹むな。
今まで頑張って・・・、まぁ、全力とは言えないが、それでも一応は平穏を目指してきた。
それなのに、あぁ、それなのに・・・・。

「・・・、もういい。
 これから先、私は何もしないし、チャチャゼロに縫い包みのように持ち運ばれて、
 ロベルタや他のメイド達に病人の様に世話をしてもらいながら、永遠のスープと名付けた水を啜って生きる。
 むしろ、その方がここにいる皆の為なんだ・・・。」

そう言いながら、地面に取りとめもない絵を描く。
どうせ、画才ない俺が書く絵なんて、製図版を使わないと何を書いているか解らない。
むしろ、鳥と猫の区別さえつかない絵が出来上がる。
フフフ・・・、楽しいな・・・、あぁ、炭素をハニカム状に・・・。
いや、これは・・・。

「お、おいホロ、エヴァさんは大丈夫なのか?
 なんだか地面に妙な絵を書きながら、壊れたように微笑んでいるが。
 ・・・あ、目が据わった。」

そう言いながら、横に居るホロを見れば、
ホロの方も、妙な汗をかきながら、

「いや、わっちに聞かれても・・・。
 わっちらより先にノーラの方が知り合っておりんす。」

そう、ホロはノーラに話をふり、話をふられたノーラはおろおろしながら、

「私・・・、ですか。
 でも、知り合った年数ならロベルタさんの方が・・・。」

そう言って、ノーラは横にいるロベルタをチラリと見る。
そして、見られたロベルタは毅然と、だが物足りないといったように、

「私としては、そのままエヴァさんが別荘に隠居されるのでしたら、
 歓迎とまでは言いませんが、身の危険が減るので嬉しい限りです。
 ですが・・・、それもきっと一時のことでございましょう。
 どう思います、一番付き合いの長いチャチャゼロさん?」

そう言ってこちらを見るロベルタに、俺は何でもないと言う様にエヴァの頭をなでながら、

「その一時も、きっと刹那のように短い時間だぞロベルタ。
 むしろ、エヴァはもう勝手に・・・。」

そう言い終わる前に、エヴァは頭をなでる俺の手を払いのけるでもなく、
自身が地面に書いた絵なのか図形なのか、それとも新手の魔方陣なのかをしげしげと眺めながら、

「チャチャゼロ、今すぐ紙を用意しろ。
 今、地面に書いている物をメモして、新しい私見から構想案を練る。
 これが上手く行けばあるいは・・・、いや、しかし・・・、だが・・・。
 どうした、早くしろ、私の頭は触り心地のいい縫い包みやらクッションやらではないぞ?」

そう言いながら、座っているエヴァは俺の事を見上げてくる。
我が主ながら、なんとも復活が早い。
個人的には、もう少し彼女の頭のなで心地を味わっていたいが、
それでも、これは我が主の命。
だが、それでももう暫く・・・・。

「もう少しなでてから用意しよう。」

「アホ、とっととしろ、今すぐしろ、速やかに・・・、
 いや、ロベルタこいつを魔法球で24日、つまり明日の今頃までメイド勤務させていいから、
 今すぐ、紙とペンを用意しろ。」

「なっ、ちょっとま・・・。」

そうディルムッドが言い終わる前に、ロベルタが上品にスカートの裾をつまみ淑女の礼をし、

「その命、かしこまりましたお嬢様。」

そう言って、自身の手に紙とペンを取り寄せて俺に差し出してくる。

「あぁ、ありがとう。」

そう言って、受け取って地面に書いた物を紙に書き写していると、

「お嬢様、先ほどの事、実行しても宜しいでしょうか?」

先ほどの事・・・、あぁ、別に戦闘中でもないし、
今ここで襲われる縁もゆかりもない。

「好きにしていいぞ。
 ついでに、帰って来る時に縦横3センチまでの誤差なら許可するから、チャチャゼロを立派なメイドに教育してくれ。
 後、魔法球の中の生物や植物が、最低限荒れないようにしてくれると助かると伝えておいてくれ。」

そう言って、ディルムッドに送る魔力をゼロにして、人形に戻し魔法球を影から出すと、
ロベルタは、そのジタバタ暴れるディルムッドを抱き上げて一礼しながら、

「承りました。」

そう言って、さっさと魔法球の中に引っ込んでしまった。
まぁ、ディルムッドがどう変わると言う事も無いだろうが、
それでも、何かしら新しい発見や、趣味が見つかればいいかもしれない。
そう思いながら、先ほど地面に書いた物をスケッチし横に言葉を書き込んでいると、
残った3人が魔法球をしげしげと眺めながら、

「毎度不思議に思うが、ホロ、これの中は一体どうなってると思う?
 なんだか色々入っているみたいな事も言ってたし、今のチャチャゼロとロベルタさんを見る限りだと、
 本当に、これの中には入れるんだろ?」

そう言いながらロレンスは、魔法球を指差しながらホロの方を見るが、
ホロの方は首をすくめながら、

「わっちに聞かれても、流石に魔法は範疇外でありんす。」

そういうホロの横では、魔法球を指で突いているノーラが居る。
そして、その突いていたノーラが、

「エヴァさん、これの中って私達も入れるモノなのでしょうか?
 もし、入れるなら中の方も見てみたいのですが。」

ふむ、中に入れるには吝かじゃないが、それに伴うリスクもまたある。
実質ネギやアスナ達は寿命が縮んでいる、しかし、元々人がいつ死ぬとも、
後、寿命がどれくらい残っているかも解らないので、実質減ったと言われても直に感じ取れず、
そもそも、人は割と鈍感なので、死が目の前に来ない限りは早々死に怯えないし、
仮に、死に怯え続けるだけの人生を送れば、それだけでストレスで早死にしそうである。

まぁ、自身が人間で、これを見て入ってみたいか否かと言われれば、俺は間違いなく中に入りたいと言うだろうし、
もしかすれば、この中を安寧の地として、そのまま死ぬまで出ないかもしれない。
なにせ逆を言えば、この中から外に出ない限り、対外的に自身の老化具合が早いか遅いか知る術はないのだから、
魔法球の中での、死ぬまでの人生と言うものも、それはそれで7、80年そこそこ魔法球時間生きれるのだろう。

「入るのはいいが、その分寿命が減るぞ?
 まぁ、半日とか一日とか或いは数時間とか。
 一応、中に長くいればいるほど寿命が減るが、
 それでも構わないと言うなら、私は、私の別荘に招待するとしよう。
 まぁ、ホロの場合は寿命と言う言葉があってない様な物だから、入りたいなら連れて行くが。」

そう言うと、3人は魔法球を見ながらあーだこーだ話しあい、
意を決したようにロレンスが、

「半日・・・、それだけの分中に入れてもらえないでしょうか?
 命に見合う代価が無い事は重々承知していますが、それでも、
 今この機を逃せば、後はそのガラス球の中を夢想しながら、悶々とした余生を生きる事になるでしょう。
 その事を考えるなら、私はその中に入って、悶々とした気分を払拭したいと思います。」

そう、ロレンスが言い左右にいるノーラも同じように頷き、
唯一、寿命とは無縁だろうホロは困ったような顔をしながら、

「わっちとしては、そんなリスクを犯したくは無いんじゃが、
 それでも、こやつらは聞きわせん。
 ま、人の命は有限じゃが、それでも人は退屈する。
 その事を考えれば、これもいい経験でありんす。」

そう言って、ホロが締めくくった。
ふむ、この回答は意外といえば意外か、ロレンスないしホロは、
寿命が縮む事を知れば、間違いなく行かないと言うと思ったが、それでも行くと言うなら、
盛大にもてなし、来てよかったと言わしめるだけの贅沢ぐらいは提供しよう。

「そうか・・・、ならちょっと準備するから待っててくれ。」

そう言って、今いる辺りに人払いの結界を張り、
更に魔法球周辺には対物理結界も張り、魔法球が壊れないように処置をする。
中に入っている間に、魔法球が壊れればどうなるか、試した事は無いが、試す気も無い。
予想としては、中の物が外に溢れ出すか、或いはそのまま時の狭間に放り出されるか。
まぁ、製作時に保険として壊れたらその壊れた場所に俺が出て、それ以外は俺の影に引き込まれる様にしているから、
大丈夫だとは思うが、その影の中の広さが有限なのか、それもとディラックの海のように何処までも深く、
更には半無限空間が広がるのか・・・、どちらにしろ、相対性理論やら虚数空間やらの話しになるが、そこまで俺は詳しくない。

「よし、これで大丈夫だろう。
 じゃあ、みんな魔法球の周りに集まって目を閉じてくれ。」

そう言って、皆が目を閉じるのを確認して魔法球の中への回廊を開き、皆を別荘にいざなう。

「よし、眼を開けていいぞ。」

そう、エヴァさんが声をかけるので眼を開けてみると、

「皆様ようこそいらっしゃいました。
 お嬢様がメイド一同、心より歓迎いたします。」

そう言って俺達の目の前に現れたのは、
あの騒ぎの夜にロベルタさんが着ていたのと同じような、メイド服を着た品性正しい女性達。
あたりは商人達の話しに聞く南の国のようであり、日差しは柔らかく、
あの秋風舞、少しの肌寒さを感じていた場所とはあまりにも違いすぎる。
ただ、それだけでも、ここが本当に普通の人間がいる事が出来ない場所だと気付く。
その光景に俺が面食らっていると、エヴァさんは何でも無いと言うかのように肩をコキコキならしながら、

「あぁ、ただいま。
 みんな悪いな、中々こちらに顔を出せなくて。
 一応は顔を出せる時にこちらに戻ってきているつもりなんだが、それでも色々と休まる暇が無くてね。」

そう言いながら話しこみ、そうしている間にも、
エヴァさんと話している以外のメイド達が『上着をお持ちしましょうか?』や、
ホロとノーラに、『暑くありませんか、暑いのでしたら薄手の上着をお持ちしましょうか?』と、にこやかに質問してくる。
そんな中、俺の横にいたホロが俺の服の袖を引っ張りながら、

「・・・、のうぬしよ。
 実はエヴァは思った以上に、凄いヤツなのかや?」

そう聞いてくる俺たちの目の前では、面白いぐらいにノーラがオロオロしながら、

「い、いえ、だ、大丈夫ですますはい。」

そういうノーラを面白そうにエヴァさんは眺めながら、キセルで魔法薬を吸い、

「どうせ長旅の垢もたまっているんだ、水浴びでも、温泉でも入るといい。
 入っている間に新しい服も用意させるから、気兼ねなく湯につかってくれ。」

そう言って、エヴァさんは本来の子供の姿に戻り、
浜辺に設置してあるパラソルの下のイスに座り、本を読みながらメイド達が持ってきて、
机の上に置いたジュースを飲んでいる。
そして、俺の横に居たホロは温泉と聞いて懐かしいのか、

「わっちは湯につかってくるよ。
 これだけ豪勢なんじゃ、さぞいい湯が沸いておるはずでありんす。」

そう言って、ノーラを連れメイド達に湯のある場所に連れて行ってもらっている。
そして、ノーラの連れ犬であるエネクはメイド達が持ってきた肉を、尻尾をふりながら美味しそうに食べている。
そして俺は・・・、

「予想以上に凄いですね。」

そう言いながら、エヴァさんの前に座る。
そうすると、

「どうぞロレンス。」

そう言って、フワフワ飛ぶほかのメイドより小さな人形。

「チャチャゼロか・・・。」

そう言うと、チャチャゼロはどこかやさぐれたように、

「ペンは剣よりも強いらしい。
 俺はペンと紙を出さないだけでこの様だ、笑えばいいだろ・・・。」

そう言っているチャチャゼロさんを、後ろから現れたロベルタさんが無言で持ち上げ、

「喋っている暇はありません。
 これから夕餉の支度に洗濯・・・、は女性モノなのでしなくていいです。
 ですが、代わりに他の動物達の世話と、夕食の食材調達をお願いします。」

そういって、チャチャゼロは文字通り持っていかれてしまった。
それを俺と一緒に眺めていたエヴァさんは、

「そろそろ終了にするか、あれ以上やさぐれても困るし。
 それと、お前は風呂なり水浴びはしなくていいのか?お前が思っている以上にお前の臭いは酷いぞ?
 それに、凄い・・・、と言われてもイマイチ私には実感がわかないんだ。
 これをゼロから作ったのは私で、今運用するのも私。

 完成した当初はそれこそ、小躍りするほど喜んだが、それも見慣れれば褪めていく。
 まぁ、それでもこれの有用性はあるし、他の神が・・・、例えば黄金の羊なんかが安寧の地をほしいと言えば、
 私は羊達をいれてある魔法球1つ、代価を貰って報酬に差し出してもいいよ。」

そう言って、顔に微笑を浮かべている。
そして、今エヴァさんの言っている事のスケールが、
実はとんでもなく大きいと気付いた時には、ここを出て暫くしてからだった。
エヴァさんは何処からともなくタオルと桶を持ち出し、

「私も今から湯浴みに行く。
 ロレンスも綺麗にしろよ、今晩は豪勢に食べようじゃないか。
 まぁ、礼儀なぞ月に投げ、はしたなくとも楽しげに、歌い踊って楽しもう。」

そう言って、立ち上がったエヴァさんの背を見送っていると、
『あぁ・・・。』と、今更気付いたように、肩越しに人の悪い笑顔を俺に投げかけながら、

「間違っても、宝物庫なんかを見に行かないでおくれ。
 下手にトラップが発動すると、どうなるかわからないぞ?
 なにせ、徹夜明けの妙なテンションで、考えうる限り極悪にして、
 想像しうる限り最高に愉快なトラップが発動する。」

そう言って、この場を去り俺も俺とて風呂に向かう。
そして、入った風呂はきっと、そんじょそこらの貴族では入る事は出来ず
むしろ、国王でもここまで水をつかい放題できるほど、使えるかと疑問をいだくほどだった。
まぁ、そんな風呂でも最初は一人で寂しく、だが、途中からはチャチャゼロと2人で入れば、
女湯からの、楽しげな語り声も楽しめるというもの。

「チャチャゼロ、魔法ってこんなに何でもできるものなのか?」

そう、湯を手ですくい顔にかけながらチャチャゼロに問えば、
彼は何でもないという風に、

「どうなんだろう、人ではなく魔の法則を扱うものが魔法使いだからな。
 まぁ、でもただ言える事はエヴァは努力してるよ。
 それこそ、寝ずに数日過ごす事もあれば、奇妙な物を作ることもある。
 だがまぁ、彼女はそのすべてを楽しんでいる、それだけは間違いのない事実だよ。」

そう言って、気持ちよさそうに湯につかっているチャチャゼロを・・・、いや、
そうじゃなく、『死なない』と言う人を見る。
俺は今の旅を続ければ、いずれはヨイツに辿り着くと思う・・・。
だが、その後俺とホロはどうすればいいのだろう・・・。
いや、ホロは故郷があるが、根無し草の俺は・・・。

「どうしたロレンス、急に黙り込んで?」

そう言ってくるが、どう返したものか・・・。
いや、これは俺の問題なのだろう、彼等には彼等の問題があり、
今の俺にはこの問題がある。

「何でもない。
 ただ、湯上りの彼女達が、一体どんな服を着ているのかと思ってね。」

そうおどけて返すと、チャチャゼロはどこか得意げに、

「それなら心配ない、俺が作った浴衣を仕込んである。」

そう言い、湯から上がって夕暮れの浜辺での晩餐は、三人の美女が見た事もない異国の着物を着て食事をし、
メイド達が、見た事もない楽器で緩やかに曲を奏でる。
今見ている光景はあまりにも浮世離れしていて、あまりにも現実味がない。
だが、確かに触れればそこに人の温もりがある。

「ぬしよ、どうしたのかや?」

「いや、ただ何となくな。
 ・・・、必ずヨイツへ連れて行くよ、ホロ。」

そして、エヴァさんの『もう時間だ。』と言う宣言で、
俺達は別荘を後にした。



[10094] 到着、出会いと別れだな第52話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/02/26 12:10
到着、出会いと別れだな第52話




馬車の荷台の幌の隙間から街道を見れば、多くの馬車や馬、
或いは、徒歩による旅人に踏み固められたのであろう道と、その道の脇には点々と散らばる馬糞が見える。
ついでに言えば、俺たちと同じ方向に向かう馬車の荷台をいっぱいにした人々と、
反対側には空の荷馬車に乗る商人達が見える。

「月日ははくたいのかかくにして、行きかう年もまた旅人なり。
 船の上に生涯を浮べ・・・、いや、馬車の上にリンゴを載せての方があうか?」

そう俺が頭に残っている誰かの読んだ詩・・・、でいいのだろうか?
を、魔法薬を吸いチマチマと針仕事をしながら、鼻歌のように詩う。
ディルムッドはノーラと歩くことが多かったからだろう、ノーラの飼い犬のエネクと仲良くなり、
今もそのエネクと共に歩き、ロベルタの方は、魔法球の中でする事があると言って中に引っ込んでいる。
前の方では、ロレンスとホロが共に座っているが、ロレンスは時折難しい顔をするようになった。

「エヴァさん、一体何を口ずさんでいるのですか?」

そう聞いてきたのは、同じく針仕事をしているノーラ。
ただ、流石に2ヶ月近くも毎日、来る日来る日も針仕事をしていれば上達するというもの。
最初の頃は、返し縫の間隔がバラバラだったりしていたが、今では一つ一つの仕事を丁寧にこなし、
最近は俺の体や、ほかに馬車に乗っている面子の体を使って採寸をしてみたり、
布の切れ端を見て、服の配色なんかについても学んでいる。

「旅人の詩さ。元は東の国の詩だが、さてタイトルはなんだったか。
 ついでに言えば、原文もすべて覚えているわけでもないしな。」

そう言うと、ノーラは俺の方を不思議そうに見ながら、

「エヴァさんが覚えていないで・・・、ですか?
 なんだか珍しいですね、エヴァさんは何時も断定的だったり、
 解っている事だけを、口に出しているものだと思っていました。」

そう言ってくるが、はて俺はそうも断定したような口調で話していただろうか?
ん~、そうノーラが感じたという事は、少なくともノーラにはそう取れたということなのだが、

「まぁ、ちゃんと考えて、そうだと思うことを自信を持って発言すれば、多分そうなるんだろう。
 言っておくが、私は自信家ではなく臆病者の部類に入るよ。」

そう言うと、ノーラはポカンとした顔をして手を止めて、

「エヴァさんが臆病者・・・、ですか?
 色々作れて、いろいろ知っているエヴァさんがですか?」

そう言いながら、俺の顔を不思議そうに見てくる。

「あぁ、多くを知ると言うことは、それだけ無茶や無謀を知ると言うことに等しい。
 そして、そういう分別がついていけば、出来ない事もまたわかってくる。」

そう言うと、ノーラは頭を捻りながら、

「エヴァさんが出来ない事ですか?
 なんだか想像できないですね、その出来ない事が。」

そうは言うが、できない事は星の数ほどある。
確かに、ノーラやロレンスから見れば、魔法はそれこそ何でもできる不思議な力だろうが、
その不思議な力も、中身の理論や意味合いを調べていけば、無理そうな事はわかる。
まぁ、それでもただ言えるのは『絶対に』と言う言葉だけは、どんな事にも頭につかないことだろう。
少なくとも、今を生きる人に空を飛べるかと聞けば、絶対に無理だと答えるが、
未来になれば、飛行機で飛べば言いと言うだろう。

「まぁ、絶対ではないから、ホロに言った様にそのうちできるようになるだろう。
 それは、ノーラ、お前も一緒だよ。最初は下手だった針仕事も、今では十分に上達した。」

そう言うと、ノーラは嬉しそうにはにかみながら『はい。』と返してきて、
前にいるロレンスから、今日はここで休むと言われ、幌のかぶった荷台から顔を出せば、
そこには黄昏時の目覚めるようなオレンジ色の太陽と、夜を知らせる濃紺の空。
そんな空を見れば、なんだか無心で泣き出しそうなほど物悲しくなり、同時に、
夜の訪れに何処までも心踊り、ドキドキする。

この2つの感情が、心に同居していいものなのかは知らないが、
それでも今の時点で同居しているのだから、きっと同居していいものなのだろう。
そう思いながら、馬車の止まっている前に枯れ木を拾ってきて焚き火の準備をする。
幸いといっていいのか、今はちょうど秋と冬の中間、枯れ木や枯葉を集めるのも、
街道の両脇にある林から拾ってくればいいし、火種はなくとも魔法を使えば火をつけることは出来る。

そして、夕食は旅の途中で買った野菜と前にディルムッドが取った兎を干し肉にした物を入れ、
塩とコショウと魔法世界にあった調味料で、コンソメスープ風に仕上げ、
後は天寿を全うされた羊の生ハムなんかと、西洋版乾パンの紐パンを添えれば、簡単な夕食の出来上がり。
ただ、不満があるとすれば、新世界に和風の調味料や材料が少ないせいで、
醤油や味噌、梅干なんかが無いのが痛いといえば痛い。
まぁ、それはいずれ日本に行けば間に合う話しか。

そう思いながら食事をして、水の代わりに酒を飲む。
ちなみに、海外の場合水より酒の方が長旅には保存が利くうえ、
アルコール消毒と言う言葉があるぐらいに、アルコールには殺菌作用もある。
それに、これから冬が来ると言う事は、それだけ気温が下がり行商や、歩いての旅をしていると、
ライターなんて便利な物がない関係上、どうしても火が手に入りにくい。
そんな時にも、アルコール度数の強い酒は凍らないので体を温めるのに重宝する。
ついでに言えば、現代の山岳救助犬なんかにも、首に酒の入った樽をつけた者がいるぐらいだ。

まぁ、今に限って言えば、単に酔いたい夜もある。
と、言う事でウィスキーをコップに注ぎ口に運ぶ。
口に入ったウィスキーは、口の中に痺れる様な暖かさを伝え、
それを一度嚥下すれば、今、その飲み込んだ酒が、
食道のどのあたりを通っているかと言う事を、独特の熱として伝え、
最後にふわりと鼻筋を抜ける香りは甘く、何処かホロの血に似た味と香りがする。
元材料が麦だから、そう感じるのだろうか?

そんな事を思いながら、ウィスキーのコップ片手に煙を吸いつつあたりを見れば、
酔って寝てしまったノーラに、それに寄り添い眠るホロ。
ディルムッドの方は、森の中で咸卦法の練習をするといって森に消えた。
まぁ、俺の方も魔法球を有効活用して魔法球の中で魔法や読書、合気道の型や徒手格闘を練習している。
ちなみに、その時の相手はディルムッドや、ロベルタ&中のメイド達にお願いしているが、勝率は五分でほぼ横ばい。
言ってしまえば、オスティアで戦った神には神の強さがあるが、ディルムッドやロベルタ達には積み上げられた経験と、
それに裏打ちされた技量があるので、下手をするとアレより質が悪い。

そんな事を考えながら横を見れば、今の俺とペアルックの街娘姿のロベルタ。
ただ1つ違うのは、髪をリボンではなく白い布ですっぽりと縛っている事だろう。
そんな彼女は、皆で囲んだ焚き火の番をし、最後に起きているロレンスは燃え盛る火をただじっと眺めている。
とても静かな夜で、秋なら五月蝿いぐらいに聞こえそうな虫の声も、耳障りがいい程度に聞こえ、
足を投げ出しながら空を見上げれば、現代ほど空気が汚れていないおかげで見える満天の星空。
俗に、『零れ落ちてきそう。』や『星が手に取れそう。』なんていう表現があるが、まさにそれが当てはまるに相応しい。
そんな事を思いながら、このここちいい空気をむさぼっていると、不意にロレンスが口を開いた。

「エヴァさん・・・、1つ聞いてもよろしいですか?」

「何だ?」

そう、お嬢様はロレンスさんに答えました。
ですが、その体から出る雰囲気は気だるげで、
『できれば今はこのままそっとしておいてくれ。』と、そう言いたげです。

「魔法と言うものは誰でも、例えば私でも扱えるものなのでしょうか?」

そうロレンスさんに聞かれたお嬢様は、口で輪っか状の煙を吐き出し、
その煙が空に霧散するのを見送りながら、

「使えるよ、けど教えないけど。」

そう、お嬢様が言うのを聞いて、ロレンスさんは渋い顔を作り、
顔を落として、燃え盛る火を眺めながら、

「どうしてです?
 そんな便利なものがあって、私でも扱えると言うのに・・・、
 どうして教えていただけないのです?」

私は、静かにお嬢様の横で火の番をしながら聞き耳を立てていますが、
そのロレンスさんの声からは苦悩・・・、とでも言いましょうか?
思い悩む事に怖さを感じた人のそれが伺えます。

「知ってどうする?
 この才は確かに、旅にも商売にも役には立つが、この才の孕む危険性は計り知れない。
 私の話を聞いただろ、人を殺し、神を殺し、屍と血の道を歩む。
 その危険は、お前には必要ないだろ?」

お嬢様がそう言われ、訪れるのは一時の静寂。
パチリパチリと番をする火は燃え盛り、口を閉ざしたロレンスさんは、
目だけで私の事を見てきますが、私にはどうすることも出来ません。
それを知らせるために、軽く首を横に振ればロレンスさんは何処か落胆したように、

「それなら、何故エヴァさんは私にも魔法が使える事を教えたのです?
 その事実を知らなければ、私も魔法を求めませんでしたし、
 今のエヴァさんには、私に魔法を教えた責任があります。」

そうロレンスさんが言うと、お嬢様は面白いと言うように、『ククク・・・。』と、
喉を鳴らして笑い、近くに置いてあったコップの中身をあおり、

「私は少なくとも嘘つきではない。
 だから、魔法が使える事をお前に教えた。
 だが、その教えた先の責任を持つ事が私には出来ない。
 私も色々考えたよ、魔法を使えないと切って捨てる事も、魔法を教えると言う道も、このままヨイツまで旅を続けると言う道も。
 でも、それは私には出来ない。なにせ、私には私の目的があり私と私の連れている者の旅があるからな。
 それに、今ならまだお前は引き返せるんだよ。それが、例えホロと旅をしていようとも、今のお前はまだ人の枠にいる。
 だが、一度魔法を知れば、お前は完全のその枠から外れる。」

「ですが・・・、それでも扱う人はいるのでしょう?

そう食い下がるロレンスさんに、お嬢様はその空色の瞳をスッと細めながら、

「問おうクラフト・ロレンス。
 汝は何ぞや、人か商人か或いは探求者か?
 探求者なら、いずれ敵対する可能性があるな・・・。」

それに対し、ロレンスさんは両手を上げ、

「私は、人で商人で探求者ではありません。
 商人は人の間を魚のように泳ぎながら、天秤に商品と金貨を均等に載せます。
 それに、魔法を知って命の危険があるなら割に合わないでしょう、
 なにせ、ヨイツにいく前に無作為に襲われては困る。」

そう、ロレンスさんは噛み締めるように『うん、困る。』といって、ホロさんの寝顔を眺め、
私の顔を見ながら、申し訳なさそうに、

「ロベルタさんもすみません、変な質問をしてしまって。」

そう言いながら、ペコリと頭を下げられました。

「いえ、人は未知なるモノに最初に恐怖を覚え、次に好奇心をいだくものです。
 それならば、ロレンスさんのその反応も正しいものでしょう。
 それに、お嬢様の持つ力は人の枠外に値するもの、
 それを見せられれば、そうなっても仕方ありません。」

そう言うと、ロレンスさんはスッと目を閉じて、

「確かに、あの別荘は凄かったですね。
 まるで、貴族か王族になった気分でしたよ。」

そう言いながら、『先に休みます。』そう言って、
ホロさんとノーラさんに布を掛け、自身もその布にもぐりこみ、
残ったのは私とお嬢様と、未だに森から帰らないチャチャゼロさん。
そして、ロレンスさんの寝息が聞こえるまで、お嬢様は煙と酒を気だるそうにあおり、
皆が寝静まったであろう頃にポツリと。

「ロベルタ、私を酷いヤツだと思うか?」

そうお嬢様が聞いてきますが、私にはそれに対する答えを持ち合わせていません。
私は人に似せて造られてはいますが、人ではありません。
なので、人の持つ感情と言うのは理解しかねます。

「お嬢様の判断・・・。」

そう言おうとすれば、お嬢様はスッと横に目を動かし、

「私ではないよ、ロベルタ。
 お前が、ロザリタ・チスネロスどう思うかと問うているんだよ。」

そう言って、顔ごと私の方を向いて目を見てきますが、
私の有する私の中にその答えを有する者はいません。
それに、今ある私とて個を有していない以上、個の意思に対する答えと言うのは中々に見つけられません。
ですが、お嬢様が私を個として扱い名をつけて頂いた以上、私も、私の個を見つけなければならないのでしょう。

「お嬢様は、多分酷い事をロレンスさんにされたのでしょう。
 アレだけのモノを見せられれば、それにそれを扱う事が出来ると聞かされれば、
 多分、それを誰もが求めるでしょう。」

そう私が言うと、お嬢様は下を向いて煙を深く吐き出しながら、

「そうか・・・、まぁ、そうだろうな。
 私も、少しやりすぎた感があるとは思っていたよ。
 私だって、アレだけの物を見せられれば、すべてを捨ててでも欲しいと思う。」

そう疲れたように言いながら、星空を見ていますが、
実は、私の言葉はまだ終わっていません。
これから言うのはきっと、差し出がましい事なのでしょうが、
それでも、やはり口に出さないと解りません。

「ですが、きっとロレンスさんは、そのうちお嬢様に感謝されるでしょう。
 お嬢様がこちらの出身で、元が人だと言うのなら、少なくともこちらの魔法使いは真っ当ではありません。
 そんなもの達がいると予測される中で、中途半端に魔法を身に着けるというのは、自殺行為に等しいでしょう。
 それに、異端狩りも行われていますし。」

そう言うと、お嬢様はふわりと顔に微笑を浮べ、
優しい眼差しを私に向けながら、子供の頭を乱暴になでる父親のように撫でながら、

「そう言ってくれると、なんだか救われる様な気がするよ。」

そう言って、撫でていた手を引っ込めてまた、煙と酒を楽しんでいらっしゃいますが、
その姿は何処か、肩の荷が降りたといった感じでしょうか。
そしてそんな中、ガサリと言う音と共に現れたのは、
こちらに来る前に作った、コートに身を包むチャチャゼロさん。
そして、その姿を見たお嬢様はポイとコップを1つ投げ、

「一杯どうだ?」

そう言いながら、酒を差し出し、
自身のコップと、私の前に在るコップに酒を注ぎます。
その姿を見たチャチャゼロさんは、お嬢様の近くに座りコップを差し出しながら、

「何があったか知らないが、ご相伴には預かろう。」

そう、言ってお嬢様が注いだ酒を一口口に含み、
それを見たお嬢様は何でもないといった感じに口を開き、

「旅の終わりが近い事を憂いていたよ。
 今やイギリスは目と鼻の先、出会いと別れは表裏一体で、いつかは訪れるものだが、
 それまでの時が楽しいものであれば、それを先延ばしにしたいと思うのもまた人の業だよ。」

「君も難儀な性格だ。」

そう、チャチャゼロさんは肩をすくめて見せますが、

「ですが、それがお嬢様なのでしょう?
 今更過ぎる事は言わない方がいいですよ,チャチャゼロさん。」

そう、私が言ったのに対してチャチャゼロさんは『まったくだ。』とかえし、その夜は更けていきました。

ー数日後ー

ゴトゴトと言う音で目を覚ませば、そこは馬車の荷台で足元ではノーラとロベルタが針仕事をしていた。
そして、自身の体に掛けてある物を見れば、それはディルムッドが着ているコートだった。
誰がどうやって荷台に運んだかは気になるが、眠りが何時も深いと言っていいのかなんだかは知らないが、
たまにこういう事があるので、どうにか注意したいのだが、何せ意識が無いのでどうとも注意のしようが無い。

「ん、起きたかエヴァ。
 外を見てみるといい、賑わっている街が遠めにも見えるぞ。」

そう言われて外を見れば、今乗っている馬車の真横を通り過ぎる荷物を満配にした馬車。
そして、更に数時間して町に入れば、街の中は案外と言うか、だいぶ復興が進み、
戦の名残は、時折見かける民家に刺さった矢を手でへし折ったのだろうが、
矢じりその物は抜けなかったのだろう、木の柱の中にさびた鉄が見える。

「エヴァさん達はこれからどうします?
 特に目処が無ければ、このまま商館に向かいますが。」

「ここにもローエン商会の商館があるのか?」

そう聞くと、ロレンスは何処か得意げに、

「戦は商人にとって、天の恵みと等しいぐらいに利益を生みます。
 それが長い戦なら尚更で、食料に武器、薬に薬草といった物まで何でも売れます。
 それに、戦がいくら激しくとも、その激戦区を迂回すれば十分に行商は出来ます。」

そういうロレンスを見ながら思うのは、なんともフットワークが軽いと言う感想だろう。
まぁ、補給無しで戦をするのは難しいし、兵糧攻めは指揮がほぼ絶対に下がると言ってもいい。
ついでに言えば、百年戦争でフランスの英雄は有名だが、イギリスの英雄と言うと名をあまり聞かない。
と、言うのも攻め込んだフランス軍が、そういったものをすべて焼き捨てたりしたからに他ならないのだが、
それと同じように、長い戦をやったイギリス王朝に国民の怒りも爆発していたのかもしれない。

「戦では英雄が必要だが、戦に負ければその英雄は責任を押し付けられる、か。
 どちらにしろ、人を殺さない事には英雄になれないのだから仕方ないだろう。」

「じゃが、それは狼も同じ。
 縄張りを護れぬ雄につく雌はおらぬし、雄が争いに負ければ賢い雌は強い雄にでありんす。」

そんな事を喋っていると、ホロの横に居るロレンスは居心地を悪そうにし、
後ろを見れば、同じようにディルムッドも居心地を悪そうにしている。
そうしている間に、ロレンスの繰る馬車は商館に着き、俺は俺とて、
その商館に付く前に、影からロレンスに渡す金貨を出して荷馬車の荷台に置く。

「やぁ兄弟ロレンス、長旅ご苦労。
 どうだ、売れそうな荷は運んできたか?」

商館に入って、そう声をかけてきたのは、
岩石を刳り抜いたようなごつい顔に、もっさりと口髭を蓄。
腕は下手をすれば、俺の腰周りぐらいあるのではないだろうかと言うぐらい太く、
下手をすれば、イギリスが誇る傭兵部隊の傭兵と言われた方が、なんだか納得できるぐらいだった。

「いや、今回は人を運んだだけ、荷物は無いですよ、ライア。」

そう、言ったロレンスの言葉に大きな歯を剥き出しにして笑みをつくり、
肩をバンバン叩きながら、

「そうか、まぁなんにせよ儲けが出ればいいさ。
 ついでに言えば、誰が嫁なんだ?みんな粒ぞろいの美女じゃねぇか。
 まったく、若いひよっ子だと思えばこんな可憐な娘さんをとっ捕まえて。
 それに、旅で疲れているだろう、休むといい。
 と、その前に自己紹介を当商館の主、ライア・ガリアだ。
 金と女は大好きだから、よろしくなお嬢さん方。」

そう言って、ライアと言われた商館の主は手を差し出し、握手に答えると、
ブンブンと、手が千切れそうなぐらい腕を振ってくる。
そいつは俺達に部屋に泊る様に、好意的に勧めてくる。
そして、バシバシ叩かれたロレンスは痛そうに肩を抑えながら、

「こっちは一緒に旅をしているホロと、そちらはチャチャゼロ夫妻とロベルタさんにノーラ。
 ライア、言っておくが下手な事をすると、痛い目に合うから気をつけた方がいい。」

そう言われたライアは、大げさに手を目に当てて、

「おぉロレンスよ、美しいお嬢さんにそんなこと言っちゃいけねぇ。
 見てみろ、チャチャゼロ婦人の目の覚めるような白い肌と、零れ落ちそうな胸、そのくせして腰はキュッと細い様を。
 ロベルタさんはロベルタさんで、珍しい漆黒の黒髪は艶やかで、同じく、漆黒の瞳は意志が強くて見ていると引きずり込まれそう。
 そして、ノーラさんはノーラさんで、その儚げな姿に胸打たれる。
 こんな人達を見れば、男冥利に尽きて、目の保養は十分だろうよ。」

そう、よくこの粗暴な容姿の男から、これだけの美辞麗句が出ると思うほどの美辞麗句が送られてくる。
まぁ、それはそれで、誉められれば人は悪い気もしない。
そう思い、微笑みながらスカートの裾をつかみ、膝を折りながら礼をする。

「ありがとうございます館長ライア。
 ですが、既婚者にそういう言葉は囁かない方がいいですよ。
 なにせ、私の夫が焼いています。」

そう言うと、ライアの方は今度はゲラゲラと声を上げて人懐っこく笑い、
ディルムッドの方を見ながら、

「なに、旦那も鼻が高いだろうよ。
 これだけの美女のつがいに選ばれたんだ、どっしりと構えなきゃいけねよ。

そう言われたディルムッドも同じよう笑顔を浮かべながら、

「当然、俺は彼女以上の女性を知らないし、
 俺と彼女はいかなる時も共にある。」

そう、真顔でディルムッドがこっぱずかしい台詞を言っているが、
取り敢えず、俺は聞こえないフリをしよう。
そして、それを聞いたライアはやはり、口を広げて笑っている。
そんな感じで自己紹介がすみ、夜までの暇な時間を使い街の様子と、
教会の様子を探ろうとするも、すべてにおいては、捗らないの一言。
まぁ、街が入り組み人が多く、露天商が多いせいで色々と客引きにあった。
そして、疲れながらも近場の酒場に駆け込み、酒と夕飯を頼み、それが届くのを待つ。

「さて、無茶だとは思うが目星は付いたかノーラ?」

そう、パンを口にくわえながら聞けば、
ノーラは振るフルと首を左右に振りながら、

「まだ解らないですエヴァさん。
 色々ありすぎて、何処がどうだか。」

そう、ノーラが言っている間にも、背後から誰かが近寄ってくるのがわかる。
まぁ、酒場なら当然よくあることだが、その足音は、どうも俺に向かい一直線に来る。
そして、ポンと肩を叩かれなんの様だと座ったまま真上を向いた時、ポンと肩を叩いた人の顔が見えて固まる。
しかし、相手はそれを気にしないかのように、淡い微笑を顔に称え、親愛を込めて、

「エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルお嬢様ですね。」

そういわれて、口に挟んでいたパンが零れ落ちる事も気にせず、彼女の名を口にする。
彼女の顔に小皺が浮び、髪にも白いものが混じっている。
だが、それでも彼女は、彼女は間違いなく・・・、

「・・・、エマ。」



[10094] 幕間その5 爪痕
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/03/04 23:18
幕間その5 爪痕



長くて大きな戦があった。
僕は寒村で、7人兄弟の7番目として生まれた。
そして、上の兄さん達は、3~4番目は1度戦に行って帰ってこず、
2番目と5~6番目は3回頑張ったけど、4回目で誰一人帰ってこなかった。
そして、一番最後まで残った1番目の兄さんは、武勲を立てて騎士になろうかと言う時に、
敵から毒矢をくらい、3日3晩苦しみぬいて最後に、

『戦の終わりが・・・、平定の時が見たかった・・・。』

そう、口の端から血を流し、目から涙を流しながら事切れた。
そして、そんな兄さん達の姿を見ていた僕も、いずれはこうやって・・・、
戦場に行って腹を裂かれるか、兄さんのように毒を受けて苦しんで死ぬものだと思っていた。
それに、僕の母さんと父さんは、酷く風変わりな人だと思う。

戦に行った兄さん達が帰って来る度に、最初の頃こそ喜んでいたが、
戦が長引き、ただでさえ荒れていた村が、更に枯れ井戸みたいに干上がった頃に兄さんが2人死に、
その死んだ兄さん達宛ての少しの見舞金が支払われると、状況は一変して兄さん達が生きて帰ってくると、
途端に母さん達の機嫌は悪くなって、その兄さん達がまた出兵した後は決まって僕に辛くあたった。
でも、多分それは仕方なかったんだと思う。

「このクズ、早く水汲みに行って薪を割りな!
 ただでさえ寒くて凍えそうなのに、一番若いお前がヘタってどうするんだい!!
 まったく、馬鹿みたいにへらへら笑って。」

そんな母さんの罵声を聞きながら、自身の体を見る。
女みたいに細い体に、あまり高くない身長。
毎日遠くまで水汲みに行っても、一向に腕は太くならず、むしろ、
何時もろくに食べていないので、どんどん痩せて肋骨が浮いた脇腹。

そして、冬のとある日・・・、鉛色の空は今にものしかかりそうなほど重苦しく、
薄くてボロのシャツしか着ていない僕は、その日も水桶を担ぎ水汲みに行き、
冷えて真っ赤になった手を吐息で温め、水汲み場に着いた頃に降り出した雪は深々と降り続けている。
そんな中を、長い時間かけてまた家に戻る。
大きな瓶のないうちは、日に5回はこの水汲みを繰り返し、その合間に巻き割りと洗濯をするのが僕の日課だ。
でも、その日はいつもと違って、

「まぁまぁ寒かったわね~、手だってこんなに赤くなって。」

そう言って、母さん気持ち悪いぐらい優しく、僕の手を自身の骨張ったゴツゴツした手で包み、
その背後に立つ父さんは、

「薪割りは終わった。
 こっちに来て火に当たるといい。」

そう、禿げ上がった頭で何時も寡黙な父さんは、
痩せて落ち窪んだ目を細めながら、僕を客人のように家の中に招いた。
そして、僕はその気持ち悪い両親に言われるがまま家に入り、
イスに座って、いつもは粗末な物しか載せられない僕の皿の上に、
小麦で出来たふわふわのパンと温かいスープ、それとハチミツを落としたホットミルクが出される。

そんな光景を見ながら、僕は口から胃ごと、体の中身を吐き出しそうなほどの気持ち悪さを堪えるのと、
両親の不自然なまでの作り笑いが、閉じた瞼の裏でチラつく不気味さで鳥肌が立つ。
その不気味さと気持ち悪さに、空っぽの胃の中のモノを吐き出そうと席を立とうとすると、
横にいた父さんから、ガシッと手首をつかまれ、

「暖かい食事を前に、何処に行こうと言うんだ?」

そう、暗鬱とした声で問われ、その間に背後に回った母が両の肩に手をかけ、
座らせようとグィッと下に力をかけながら、

「食べなさい、こんな豪勢な食事は初めてでしょ?」

そう言われながら力を込められて、痩せこけた僕は席に無理やり着かされ、
吐き気と気持ち悪さで、味もしない食事を取らされる。
その間にも、両親はかわるがわる、妙に甘い声色で僕に話しかけてきて、
僕はその両親に、ただ求められる様な受け答えをした。
そんな居心地が悪い時間がどれくらいか続いた後、『コンコン』と外に続く扉をノックする音。
その音に父さんが席を立ち、母さんが僕を逃がさないと言わんばかりに見すえる。

「別に逃げる気はないのに・・・。」

「なんか言ったかい?」

そう聞く母さんに、僕は首を左右に振って答える。
そして、母さんとの無言の不気味なにらめっこは、バタンと言う音と共に吹き込んできた冷気で打ち切られ、
その音のした方を見ると、父さんとその横には帽子を被り黒衣を着た背の高い男の人。
首から十字架を提げているから、どこかの教会の神父様なのかもしれない。
その男が、僕を灰色の瞳で舐めるように一見して、

「買い受けよう・・・。」

そう、腹に響くような重低音で父に言葉を発し、懐から麻袋を1つ取り出して、
父に胸に汚い物を押し付けるかのように、その麻袋を押し付けて父や、元から眼中になかった母をそのまま一瞥する事無く、
僕の目の前に立ち、まるで猫のように腰を丸めて視線を合わせ、無表情のまま。

「今君を買い取った・・・、行こう。」

そう言われて差し出された手には、厚い皮の黒い手袋。
僕はその手に自身の手を載せて、イスから立ち上がり、目隠しをされて手を引かれるまま家を出る。
目隠しで辺りは見えないけど、身を刺すような寒さと、頬に降りかかる冷たいモノで雪が降っている事が分かる。
そして、その手を引く男が僕の膝の裏に手を当てて、掬い上げるように持ち上げられる。

「なに?」

「馬車に乗る。」

そういわれて、男の人の腕からステップを登るかのような振動が僕の体に伝わり、
カチンと言う音と共に、寒さが和らぎ男の人は僕を丁寧にイスに座らせ、
その男の人が、対面に座るような気配がする。

「これ外してもいい?」

そう、目の前にいるだろう男の人に聞くと、その男の人の声は僕の耳のすぐ側から・・・、
気配も無いのに、息遣いさえ聞こえるほどの至近距離から、

「好きにするといい。」

そう言われたので、自身の目隠しを外すと、そこは目隠しする前と同じように暗い空間。
馬車がそんなに広いわけないのに、何処までも続いているように思い、横に手を伸ばすと布の手触りが伝わってきた。
その布の方に顔を寄せ、手で捲ると目に飛び込んできたのは青白い月光と、何処までも暗い森。
ただ、月の光があるおかげで、地面に積もった雪がコバルトブルーに輝き、
目に見えるモノすべてを蒼白く浮かび上がらせ、降り続く雪が星のようにキラキラと舞っている。
そして、そんな中はるか後ろに煌々と輝く赤い物が見える。

「アレは何?」

そう聞くと、男の人はやはり重厚な声で身じろぎ1つする事無く、
まるで置物が喋っているかのように、

「老いた葉が燃え盛っている・・・。
 君は、ゆずりはと言う木を知っているか。
 いくら自身が若い葉だろうと、同じ位置に新しい葉が出始めたら、
 自身が散り、その新しい葉に居場所を渡す・・・。」

そう、朗々と思った以上に男の人は饒舌に喋った。
僕はその人の言葉を聞きながら、蒼白い世界でただ1つ煌々と赤く光る所を見る。
アレは多分、僕の抜け殻なんだろう・・・。
古くなって剥げ落ちて、それが最後の灯火の様に燃え盛る。

「これから僕は何処へ行くの?」

「・・・、今は眠れ。」

そう言われて、急に襲ってきた睡魔に僕は抗う事無く押し流される。
ただ、瞼が重くなり目を閉じるまでの刹那の間、僕はその煌く光を見続けていた。
そして、次に目覚めた時、僕は自分が眼を開けているのかと疑いたくなった。
なにせ、眼を開けてもそこは真っ暗な所だった。

「オイ、誰か居るのか?」

そう、どこかから若い男の人のカラリとした声が聞こえてくる。

「居るよ。」

そう、声のした方に返すと、その声のした方から『ゴンッ!』と言う音と共に、
何かが転げまわる音、そして聞こえるカラリとした声。

「ぐぁ~~っ、痛ってーーーー!!
 クソ、何だこれ壁か!?」

その声が可笑しくて、一体何時ぶりだろう・・・。

「あはははは・・・・。」

壁の向こうから、女みたいな声で笑う声が聞こえてくる。

「笑うな、人が痛がってるってのに!」

そう言うと、壁の向こう側のヤツは全然すまないと思っていないような声色で、
だが何処か人懐っこく、

「ごめん、でもこうして笑うのも久しぶりなんだ
 いや、もしかしたら笑うのが初めてかもしれない。」

そう言っている間も、そいつは声を弾ませている。

「ったく、お前はのん気だな。
 こんな暗くて何処だか分からない場所で、馬鹿みたいに笑えるんだから。」

そう、今頭をぶつけた壁に背を預けて声をかける。
人の笑っている声は懐かしい。
俺は3人兄弟の一番上、でも下の2人は病で早くに死に、
父親は戦に出て帰らず、母はいつもうつむいて泣いていた様に思う。
でも、そんな母は事あるごとに俺の名を呼び、俺を長男だとして育てた。

だから、俺は長男なのだろう、例え弟や妹の顔を見た事がなかったとしても。
母が、涙を流しながら俺を教会に預け出稼ぎに行き、そのまま帰ってこなくとも、
その教会から、今のこの暗い場所に売られてきたとしても。

「どうなのかな、お母さんからは何時もヘラヘラしてるって言われたけど、僕にそんな気はないんだ。
 でも、君も僕の事を馬鹿みたいに笑うって言うからには、やっぱり僕は馬鹿みたいに笑ってるんだろうね。」

そう、壁の向こうのヤツは、自分の言った事に納得するように言う。
はぁ、前に隣に居たヤツは一人でブツブツ喋って、何時も壁を一人でガリガリと引っかいていた。
その前のヤツは、なぜか一人でバタバタ暴れて、たまに奇声を上げていた。
多分、俺も隣のヤツも何時かはそうなるんだろうと思う。

「なぁ、お前兄弟はいたのかよ?」

そう聞くと、そいつはあっけらかんと。

「6人居たけど、皆死んじゃった。
 7番目の僕は、今こうしてここにいるけどね。」

そう、まるで他人事のように、悲しむべき話を言う。

「悲しくないのか?」

そう聞くと、壁の向こうからは、オウム返しのように同じ質問が飛んでくる。

「君はどうなの?」

その質問に、俺は自身の事を取りとめもなく話す。
壁の向こうのやつは、やはり何処か楽しげに、俺の話しに相槌を打ちながら話を聞き、俺も向こうのやつの話を静かに聞く。
今が昼なのかそれとも夜なのか、そんな曖昧な中でお互いの声は壁を通して聞こえ、
その取りとめもない会話は終わる事がない。

「なぁ、今何してる?」

そう聞くと、隣のやつの声は壁を通して聞こえる。

「目を閉じると、瞼の裏に光が見えるんだ。
 ここは暗いから、その光を追ってるよ。」

そう、どうしようもない事をそいつは返してくる。
はぁ、だからだろう、俺がこいつの事を放っておけないと思ったのは。

「俺には兄弟が居た。」

「うん、知ってる。」

そう、それはとうの昔に話した。
いや、それを話してそんなにも時はたったのだろうか?

「だが、今は居ない。」

「それも知ってる。」

壁の向こうから声は聞こえる。
座りっぱなしで尻は痺れ、背中と壁が一体になったような感覚にさえとらわれる。
いや、もしかしたら、俺は最初から壁に向かって独り言を話しているかもしれない。

「だから、俺は兄弟がいないと落ち着かない。
 だから、お前を弟にしてやるよ。」

そう言うと、会話は1度途切れそれから壁の向こうのヤツは透明な声で、

「いいよ、だって僕はきっと君を・・・。」

そう、最後の方は聞こえないようなか細くなった。

「別にいいだろ、俺もお前も一人なんだし。」

そう言うと、隣のヤツは今までとは打って変わって妙にまごまごしている。
今まで明け透けなくお互いの事を話していた、コイツにしては珍しい。
そう思っていると、壁の向こうのヤツは、あからさまに話を変えるように、

「そうだけど・・・、名前。
 まだ、お互いの名前だって知らないし。」

そう言ってきたが、確かに俺は壁の向こう側のヤツに名乗っていないし、
向こう側のヤツも、俺に名乗っていない。
アレだけとりとめもなく話し、一体どれ位いるかわからないのに、
お互いに、その部分には触れていなかった事に、今更ながら気がついた。

「それもそうか、俺の名前はアーチェお前は?」

そう聞くと、女みたいな声のヤツは、

「僕はシーナって言うんだ。」

そう、どうも女っぽい名前を返してきた。
そのせいで、壁の向こう側のヤツが、実は女なんじゃないかと考え出したが、
それでも、暗くて見えないのだから仕方がない。

「まぁ、よろしくなシーナ。」

そういった直後、その暗かった場所に光が差す。
それを見て、目を細めながらも立ち上がって歩き出すと、横に一人の人が現れた。
くすんだ金髪に、女みたいに痩せて細い体。低い身長は更に、そいつを女っぽくし、
横に並んで歩くと、俺より頭1つ低い。

「お前がシーナか?」

そう聞くと、そいつはニコニコしながら、

「あぁ、君がアーチェだね。」

そう言いながらも、光を目指して歩けばそこには一人の人影。
そして、その人影からは罵声が浴びせられる。

「早くしろ!!キサマらに、ちんたら歩いている時間なんてモノはない!!」

その声に従い俺たちは歩いていく。

「お前はやっぱり俺の弟だ。」

そう言うと、シーナはニコニコしたまま首を縦にも横にも振らず、

「行こう・・・。」

それっきりシーナは口を開かず、俺も口を開かない。
そして、俺が連れてこられたのはどこかの広間。
辺りは蝋燭の明かりで明るく、地面には何かの模様がぎっしりと敷き詰められている。
そして、その模様の中央には、1つの白い細身の鎧。
両の肩には、その鎧を覆い隠さんばかりの白銀の大剣が備わっていて、
一体誰がそんな剣を扱うのかと、そう聞きたくなるぐらいだ。

「お前はその鎧を着ろ。」

そう、背後の鞭を持った男が俺をはやし立て、俺はその鎧を着込む。
しかし、俺一人ではその鎧が着込めず、暗がりから出てきた男達が俺にその鎧を無理やり着せ、
両肩についている大剣が重過ぎて、立っているのもやっとと言う感じ。
そんな中、背後に立つ男が俺の頭に兜を被せ、始まるのは合唱のような朗々とした声。
その声が聞こえだしたとたん、全身を蟲が這うような嫌悪感と、眼球を針で刺されるような痛みが全身を襲う。
その痛みに、うめき声を上げても声はやまず、合唱から叫ぶようになるに連れて、今着ている鎧が自然と軽くなってくる。
その代わり、自身の意識が遠のき、その後の記憶は酷く断片的になる。

同じような黒い鎧を着た集団を背後に従え、戦で大軍を相手にする記憶。
巨大な大剣は不思議と重くなく、自身の手足のように2本とも動き、数多の敵を暴風雨のように斬り殺していく。
そんな中、白銀の大剣は更にその輝きを増し、地を駆けていた俺は、何時しか空を駆ける事ができるようになる。
記憶は酷く断片的だが、それでも自身の技量はついたのだろう、馬上の騎士を一太刀で屠る程度には。
そしてそんな中、1つの事件が起こる。

何時ものように大剣を持ち、戦場を駆けた時に俺は初めて自身の兜を付け忘れた。
だが、それを気にせず何時ものように敵を蹂躙していき、敵の将の首を取ろうかと言う時に飛んできた敵の矢を鎧の隙間に受けた。
いつもなら、そんな矢が刺さった所で血が流れる事無く、むしろ、勝手に体から矢尻が吐き出されていたが、
その時は違い、深々と刺さった矢は熱さで自身のありかを知らせ、それを無理やり引き抜いた後には鈍痛が残る。
そして、その痛みが俺の頭にこびり付いていた記憶を1つ呼び起こす。

「シーナ・・・、弟が居た。」

その記憶と、断片的な記憶を元に俺は、俺がこの鎧を着た場所を、自身と同じようなヤツを殺しながら突き止め、
その仮定で、兜をかぶれば記憶が断片的になるのも収まり、それに比例するかのように剣は更に輝きを増し、
体は傷を受けても瞬時に回復するようになり、剣閃さえ空を駆けるようになった。

そして、とうとう着いた暁の丘。
いくつもの夜を駆け、その夜の先にたどり着いた砦は不気味に静まり返り、
濃厚な血の香りが漂う回廊を、両手に剣を持ち殺すべき敵を見つけるために走るが、
その敵は姿を現さず、代わりに見つかったのは少量の血溜まり。
それを見つけ、更に歩みを進め砦の高台に着いた時に目に飛び込んできたのは、
何時暗がりから見た光と似た光。
そして、その光の中から懐かしい声がする。

「アーチェかい?
 奇遇だね、こんな所で出会うなんて。」

そういったヤツの頬には血が一滴つき、それ以外はあの暗がりに差し込む光の中で見たとのすべて同じシーナ。
そいつはあの時と同じように、ニコニコしながら話しかけてきた。

「シーナ、お前がこの砦を?」

そう聞くと、シーナは苦笑するように唇に指を当てて、

「ん、でもこれからどうしようか?」

そう、シーナは首を捻って考えているが、俺はそのシーナの頬に着いた血を親指でぬぐい、

「取り敢えず、ここを拠点にしよう。
 俺と、この砦を一人で落とせるお前がいれば、国取りだってなんだってできる。」

そう言うと、シーナは目をふわりと閉じながら、

「そうだね、僕もお腹がすいたし、そうするのもいいかもね。
 あぁ、それと、そこに隅にいるのも僕の連れだよ。」

そういって、シーナが指を差す先には、親指の爪をガリガリ齧りながら、
分厚い本を読んでいる灰色の目をした黒い服の男。

「大丈夫なのかアイツ?」

そう聞くと、シーナは何時もと変わらず微笑みながら、

「うん、あの人は知り合いだから残したんだ。」

そういうので、取り敢えずその男は殺さないで置こう。
これから、自身達がどうなるかはわからないが、きっと戦の終わりは近いはずだ。



[10094] 難しいな第53話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/03/06 23:40
難しいな第53話




わたくしがマクダウェル家に奉公にあがったのは、私が20になるかならないかの、ある寒い日でした。
私の住んでいた村は戦の戦禍で焼け落ち、両親も頼る者もなくなり、
近くの教会に身を寄せたときに舞い込んだ話が、お屋敷での奉公でした。
当時の私は、これから仕える家の家名の大きさに緊張し、私をそこまで送り届けてくださった方に幾度となく、
『私がそこでやっていけるのか?』と、そう質問したのを、今でも昨日の事の様に覚えております。
そんな緊張の中、私は送り届けていただいた方と、畑を歩き森に入り、
その奥にあった、大きな城のようなお屋敷。

呆けた様にそのお屋敷を見上げ、門の前で立ち止まっている私を尻目に、送り届けた方は門番の方と話し、
招き入れられたお屋敷の中は、私の住んでいた世界とは、まるで別世界と言うかのようでした。
そんな夢のような場所を連れられるまま歩き、私が謁見したのは出兵されていた当主様ではなく奥方様でした。
その奥様と謁見を済ませ、連れて来て下さった方と別れ、屋敷に住み込みで勤め出して2つの冬を越えた頃。
日に日に奥様のお腹は大きくなり、半年ほど前から奥様付きになった私に、奥様は自身の大きな腹を微笑みながら撫でて、

「エマ、もうじきこの子が生まれるわ。
 男の子かしら、それとも女の子かしら?
 あの人は戦に出て中々帰ってこないけど、それもこの子が平和な時を生きるためだもの、
 私も頑張って、いい子を産まないとね。」

そう言いながら、自身の腹に聖母のように微笑みかけていました。
それから少しして旦那様が家に戻り、エヴァンジェリンお嬢様をご出産された奥様の変わりに、
お嬢様の乳母となり、小さな頃の病気で子を作れない私は、お嬢様を本当の我が子のように育て、
聡明なお嬢様は家庭教師から教えられる勉学やダンスを覚え、おてんばな所もありましたが、
その美しさから将来は王室に入る美姫として領内でも知られており、旦那様も大変可愛がっておられました。

そんな中、7つになられたお嬢様が高熱を出し寝込み、それと時同じくして、
旦那様の兄に当たるシーニアス様が屋敷に身を寄せ、旦那様はそのシーニアス様に、
お嬢様の病気の治療の一切を委託し、旦那様はまた出兵されていき、残された私達はシーニアス様と、
そのシーニアス様が呼ぶ方々が、治療と称してお嬢様を地下の一室に連れて行き、
昼夜問わず聞こえる不気味な声と、たまに聞こえるお嬢様の弱々しい声に運び込まれる様々な物。

その事についてシーニアス様に意見したくとも、一介の侍女風情ではそれもままならず、
奥様に相談するも、治療の一切を仕切るシーニアス様には意見できないという事でした。
そんな状況でも、シーニアス様の治療が功を奏したのか、幾日かの後にお嬢様は自室に戻られ、
いくつもの薬を飲みつつも、完全に熱が下がって全快され、
その事については、シーニアス様にいくら感謝してもし足りませんでした。

そんな中でも、戦の気配は日々近付き戦禍を逃れるために
シーニアス様と旦那様の血筋にあたる方が領主を務める、湖面に浮ぶ巨大な城に私とお嬢様は移り住み、
後を追うといわれた奥様と旦那様に再会を果たしたのは、そこの城主様が病気で急死され、
シーニアス様が城主代理を務めるようになり、お嬢様の10の誕生日を目前とした頃でした。

その頃はもう、シーニアス様の指示により城に居る人間も少なく、
各言う私も城ではなく、城の近くの宿に住むようにシーニアス様に指示され、
そこからお屋敷の方に通うように指示されていました。
そんな中、再開を果たした旦那様と奥様は数日ほどそこに住み、
お嬢様を連れ誕生日旅行に行くと言われ足早にお屋敷を去り、帰ってくるまでの間は、
シーニアス様付きの侍女として、身の回りのお世話をするように仰せ付かりました。

風の噂で戦は激しさを増し、いくつもの村や街が戦火の中に消えていったと・・・、
そう、行商の方などから聞き及んでいましたが、それでも、
また、お嬢様達が戻ってこられれば、昔のように暮らせるものと、そう信じておりました。
しかし、その思いは通じず、次にお嬢様にお会いした時は、美しかった金髪は色が抜け落ちたかのように純白になり、
そのお嬢様から知らされた亡命の話し。

今の時期にそれを行う事が、どれほど危険かは私には計り知れませんが、
それでも、私もお嬢様に付き従おうと言う申し出を、お嬢様はきっぱりと、
マグダウェル家の当主として自身の意思で断り、私に、

「あなただけでも生き延びて、出来れば死なないで。」

そう言われた後にお菓子を作り、口付けを交わして別れ、
明後日の晩には城が大火に包まれ、その炎は夜空を焦がすほどに高らかに燃え上がり、
今でも宿から見たその光景を、夢で見る事がございました。

そして、日が流れ時が経ち、マグダウェル家の家名が人々の口にあがらなくなる度、
お嬢様達はどこかで生きているものと思い、自身も生き延びるために各地を転々とし、
戦終決の話を聞ききながら、流れ着いたのが今の街。

老いさらばえる自身を加味し、その町で暮らそうと家を建て、
最初は、お嬢様にお出ししていたお菓子を売る店を開こうかとも思いましたが、
戦が終わってまもなく、食べるに手一杯の状況ではそれもままならず、他に落ち着いて出来る事といえば、
幼かったお嬢様の服を繕う事の多かった私には、洋裁と機織ぐらいしかありませんし、掃除や洗濯では仕事になりません。
なので、その店看板を軒先に下げ日々細々と暮らし、戦の混乱がだいぶ落ち着いた頃、
久々にお菓子を作ろうと、街の酒場でワインを買いに行ったときに、一人の女性の後姿が目に留まりました。

その方は、その方を含め4人ほどでテーブルを囲み、背遠目から見ても解る純白の髪をリボンで一まとめにし、
その姿に何処か懐かしいものを感じた私は、背後からその女性の方に歩み寄りました。
歩み寄るに連れ、聞こえてくる声は懐かしい記憶を呼び覚まし、
心臓は早鐘を鳴らすように鼓動し、背後から見た限りでは、
その方をもう少し歳を取らせれば、ちょうど今時期のお嬢様と同い年ぐらいでしょうか?
そう思っていると、そのテーブルを囲っている金髪の娘さんに白髪の女性が、

「さて、無茶だとは思うが目星は付いたかノーラ?」

そう、何処か男らしい口調で質問をし、
その質問をされた女性の方は、困った様子で、

「まだ解らないですエヴァさん。
 色々ありすぎて、何処がどうだか。」

そう、確かにその女性は白髪の女性に向かい『エヴァさん』と、その方の名を呼びました。
その時点で、私の中の懐かしさは核心へ変わり、仮に違う方なら、また何時もの日々が戻ってくるものと思い、
その方の肩に手を置くと、その方はそのまま首を上に上げ、背後の私を見ようとしてきて、
私の方も、少しずつあらわになる顔を見ながら、嬉しさで顔を綻ばせます。

時が経ち、あどけなさの消えた顔はけれども、お嬢様の特徴を残し、
物を口に入れたまま振り向くという、おてんばなところも愛嬌を誘います。
そして、お嬢様も私の事が分かったのか、銜えていたパンが口からこぼれるのも気にせず固まり、
そんなお嬢様に、私の方から再会と喜びの意味を込めて、

「エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルお嬢様ですね。」

そう言うと、お嬢様の方もまさか、こんな所で出会うとは思っていなかったのでしょう。
暫しの間をおき、自身がこれから口にする事が、間違いが無いか確かめるように、


「・・・、エマ。」


そう、俺が彼女の名を紡ぐと、彼女は涙を流しながら抱きついてくる。
その彼女の背に、俺は手を回してもいいのだろうか?
そう思いながら他の3人の顔を見ると、その3人が3人とも困惑の表情を顔に浮かべている。
それもまぁ、当然だろう。この3人の中で彼女の事を知る人間は俺しかおらず、
付き合いの1番古いディルムッドにしても、彼女の事を話したことはない。
そう思っていると、

(えっと、その人はエヴァの知り合いなのか?)

そう、ディルムッドから念話が飛んでくる。
知り合いか・・・、か。

(ロベルタも一緒に聞いておいてくれ・・・。
 この人は私がまだ人だった頃に、お世話をしてくれた方だ。
 チャチャゼロは覚えているだろう、あの焼き捨てた城を・・・。
 あの城で、お前を呼ぶ前に出会い別れたのがこの方だ。)

そう、念話を返していると、
唯一念話を送っていないノーラが、俺と抱きついているエマを見ながら、

「えっと、エヴァさんの知り合いですか?」

そう声をかけると、エマは俺から離れ、
自身の涙を手でぬぐいながら、顔に微笑を浮かべ、

「はしたないところをお見せました、私はエマリエル・シャーリーといい、
 エヴァンジェリンお嬢様の幼少期から、10になるかならないまでの間を、お世話させていただいたものです。
 どうぞお気軽に、エマとお呼びください。」

そう言って、皆にペコリと一礼する。
そして、それに習うように皆もエマに礼を返しながら、口々に自己紹介をする。

「初めましてエマさん、私はロザリタ・チスネロスと言い、
 今はエヴァさんと共に、旅の徒にあるものです。
 私の事もお気軽に、ロベルタと及びください。」

そう言って、ロベルタはエマに微笑みかけ、
その横に居るノーラは、恐縮したように体を小さくし、

「ノーラ・アレントです。
 エヴァさんと旅をするようになって、まだ間もないですが、
 エヴァさんには色々と、よくして貰っています。」

そうノーラの自己紹介が終わり、次はディルムッドなのだが、こいつをどう扱うかも迷う。
このまま夫婦として紹介していいものか、それとも別の道を模索するべきなのか。
一応は、この街でノーラの職探しもかねて、数年は留まるつもりだったが、どうするべきなのだろう?
目の前にいるエマは大体50代だと思うし、この時代の50代と言うと高齢者の部類に入り、
下手をすれば、棺桶に片足突っ込んでいると、そう言われても仕方ないという年齢である。

それに・・・、彼女の顔を見れば、俺の方を見ながら微笑んでいる。
彼女は、今のエヴァの中身が俺である事を知らない。
否、俺がそれを悟られないよう演技をして、あの一晩の別れを作ったんだ。
きっともう出会う事もないと思い・・・、彼女の殻を被る俺が、醜くも彼女を演じる事の無いように。
そう、自身が決断を鈍らせている間にも、

「どうもエマさん、チャチャゼロ・カラクリと言います。
 俺は彼女・・・。」

そこまで言葉が進み、ディルムッドから念話が入る。

(夫と名乗っても?)

そう言われて、ディルムッドの方を見ながら念話を返す。
既に、ライアの前で俺達は夫婦として名乗り、街は大きいがそれでも世間は狭い。
それは今、彼女と俺が再開を果たしているように。

(・・・、いいよ。
 その代わり、それを名乗れば彼女の前では偽りの夫婦ではなく、真の夫婦として行動する。
 まぁ、真の夫婦がどういったものかは知らないが、それでもそれに見合うようにする。
 ロベルタ、お前もそれを心得ておき、ノーラにもそう話しておいてくれ。)

そう、ロベルタの方にも念話を流すと、ロベルタの方からは一言短く、


(御意に。)


そう私がお嬢様に返すと同時に、チャチャゼロさんがエマさんに微笑みかけながら、

「の、夫です。どうぞよろしくお願いします。」

そう、チャチャゼロさんが言うのを聞き、お嬢様はそのチャチャゼロさんの横で一度目を閉じ、
何処かぎこちなくもはにかむ様な笑みを浮かべて、頬をほんのりと朱に染めながら、

「エマ、私は結婚しました。」

そうはっきりとエマさんに言い、それを聞いたエマさんは目を丸くし、
手を口に当てながら、

「それは本当ですか・・・?
 お嬢様に出会えただけでも嬉しく思うのに、その旦那様ともお会いできるとわ。」

そういい、感動しているエマさんを前にお嬢様は微笑んだまま、

「積もる話もあります。
 今宵は一度話を切り上げて、後日私の方から出向くとしましょう。
 エマ、今貴女はどこに住んでいるの?」

そうエマさんとお嬢様が話している間にも、お嬢様からの念話が飛んできて、

(一旦店を出て、商会に戻る。
 ロベルタ、ノーラを支えるように立って表へ。
 チャチャゼロは、彼女の事が心配だと後を追え。)

そう言うお嬢様の指示を受け、私はノーラさんにそっと耳打ちをしながら席を立ち、

「すみませんエマさん、彼女が酔ってしまったようなので一旦外へ出ます。」

そう、私がエマさんに断りをいれて退席をし、
出口付近で背後を見ると、私達を追ってくるチャチャゼロさん。
その姿を見つつ、私達は店を出て店のわきの路地に入り、チャチャゼロさんと合流し、
お嬢様を待っていると、程なくしてお嬢様とエマさんが店を出て、お互いがお互いに逆方向に歩きだし、
こちらの居場所を見つけて合流し、

「商館に戻ろう。」

と、何かを考えるようなお嬢様が声を出し、私達は商館に行き借り受けている部屋に戻りました。
そして、部屋に戻るとノーラさんは疲れたためか早くにベッドにもぐりこみ、
チャチャゼロさんも、久々に横になれるという事でベッドにもぐり、起きているのは私とお嬢様のみ。

ただ、そのお嬢様は終始無言で、何時も吸っている煙も吸わず、
部屋に備え付けてあるテーブルに座り、ブランデーとグラスを影から取り出し、
夜が更け夜の寒さが漂う部屋で、閉められた窓から外を見ながら、私が酒を注ぐ氷の入ったグラスを口に傾けています。
そして、そんな静かな夜が明け方まで続くものと思っていた時、お嬢様がポツリと、

「紛い物が真を得る方法は真よりも長く、紛い物があり続けるしかない。
 そうすれば、真を知る者が居なくなり、紛い物は真へと昇華する。
 だが、その真を知る者の前に出た紛い物は、一体どうすればいい。」

そう、誰に言うでもなく、お嬢様は自らの首を振りながら、
自責の感のあるその言葉を吐き、そのまま体を追って机に頬をつけ、
グラスから滴る水滴を指で一撫でして、『はーっ』と深い深いため息をついています。

「出すぎた真似かもしれませんが、お嬢様。
 私にとってのエヴァンジェリンお嬢様は貴女のみです。
 そして、それはチャチャゼロさんにも、ノーラさんにも言える事であり、
 今までの旅で知り合った、数多くの方々にも言えることです。」

そう言うとお嬢様は、相変わらず机に顔をつけたまま、
どこか自嘲気味に言葉を吐き、

「知ってるさ・・・。
 すべてを失っても、未来だけは失えない。
 時を歩み経験をつみ、重ねた努力もまたなくならない。
 だが、それを積む以前のモノを・・・、出会うより前のモノを知る者にとっては、
 それをいくら謳おうとも、それの目に見える違和感はそれを紛い物として伝える。」

それは多分、今のお嬢様の姿であり、人ではなくなった者の悲哀の詩、とでも言えば宜しいのでしょうか。
望む、望まないに変わりなく、お嬢様私が出会った時お嬢様は既に吸血鬼でした。
しかし、その吸血鬼になる前にも関わった人はいて、人が、人と人の間に在って初めて人間となり、
出発点が人であるお嬢様は、未だにそれに対して苦しんでいるという事でしょうか?

「真価の価値が、すべての価値とは限りません。
 宝石は泥にまみれ様と依然高貴ですが、塵は天高く舞い上がろうとも塵でしかありません。
 ですが、その塵も雪となって地に舞い降りれば、宝石より多くの人を喜ばせるでしょう。
 私は過去ではなく、先を見てここに居ます。人は・・・、変わっていくものです。」

そう言い、お嬢様に微笑みかけると、お嬢様はプイッとそっぽを向き、

「頭と心は何時も矛盾を生む。
 頭で解っても心が従わない、心が解っても頭が従わない。
 この二つが、まったく同じ答えを出すことは極まれだろう。
 でも、どうあろうと前に進み続けるしかない・・・、それが例え醜く不器用で偽善的でも。
 ・・・、変に愚痴ったな、悪かった。」

そういうお嬢様の後頭部に、私は一礼して出来るだけの笑顔で、

「かまいません。私は人の心と言うモノを知りませんが、
 今こうしてお嬢様の話を聞くだけでも、それが大切なモノだと解ります。
 それに、私は人ではなく、いつの日か人間と言うモノになってみたいですね。」

そう言って、私も休もうとベットに向かう背中にお嬢様が、

「人の中で生きる事の出来るお前は人間だよ。」

ぶっきらぼうで、でも心強い声を私の背に投げかけてきます。
しかし、私は振り返る事無く、

「お休みなさいませ、お嬢様。
 後数時間もすれば、人の暮らしはまた動き出します。」

そう言うと、背後からグラスに氷の触れる音がし、
ノロノロと動く者の気配がし、

「あぁ、お休み。
 明日にはロレンス達もここを立つらしい、それの見送りもしないといけないからな。」


ー翌日ー


昨日・・・、いや、今朝がいいのだろうか?
まぁ、遅くまで飲んでいた酒が残っている訳ではないが、元々夜行性のせいか朝はけだるい。
そんな中でも洗面を済ませ、魔法薬を吸いながらコーヒーを飲めば頭も覚める。
ちなみに、朝食は質素の紐パンと飲み物のみ。

昨日の夜、朝食用の買出しをすればよかったのだが、エマと出会ったため、それもままならなかった。
まぁ、それならそれで、昼を少し早めに取れば問題ないだろうし、朝っぱらから早々食べるものでもない。
そう思いながら4人で1階に下りれば、

「おはようさん、よく眠れたかいお嬢さん方。」

そう、机の方で帳簿を見ていたライアが声をかけてくる。

「ええ、おかげさまで。ホロさんとロレンスさんは?」

そうライアに聞くと、ライアは親指でクイクイと2階を指しながら、

「まだ起きてこんよ。
 まったく、商人は誰よりも早く起きて、
 市場を見て回るものと決まっているんだが、まぁ、長旅で疲れているんだろうよ。」

そんな会話をしていると、2階からロレンスとホロが降りてきて、

「おはようライア、それに皆さんも。」

「ぬしたちは朝が早いの、わっチはもっとゆっくりの方がいいでありんす。」

そう、ホロが悪態をついている。
まぁ、それはいいとして、これから旅立つホロとロレンスに、1つ交渉をしたい事がある。
と、言うのも、ノーラを引き取る際に手に入った羊達が居るわけだが、
魔法球の中のメイド達も、流石に羊飼いの仕事を知るわけもなく、
また、四六時中放牧状態なので勝手に増えたりなんだりと、そろそろ監視役が欲しい所。

まぁ、そうは言っても、別に何もない土地にまとまっているし、
他の小さい魔法球の中にも、勝手に繁殖している生物は居るので問題はないのだが、
それでも、人手がある事に越した事はない。
そう思って、頭を捻っていると、1人だけ心当たりの人物が居る。
そんな事を思いながら、ホロとロレンスに言葉を投げかける。

「ロレンスさん、少々お願い事があるのですが、朝食ついでに町に出ませんか?
 無論、ホロさんもです。」

そう言うと、2人とも断る理由もないので快諾し、

「いいですよ、エヴァさん
 昨日ライアに、美味しい料理を出す店も聞いていますし。」

そう言いながら、ロレンスが先陣を切って歩き出す。
たしか、ホロとロレンスが旅を続けていけば出会えるはずだし、
何よりも、自身が何気なくロレンスに言った黄金の羊、
これが実は実際、雪国の方にすんでいて、普段は人の姿をして、
安息の地を求めながら、同属の肉を食べたりしながら人と共に生きている。

まぁ、実際にこの人に、ホロたちが出会えるという確証はないが、
して問題のある交渉と言うわけでもないだろうし、
何よりも、その黄金の毛皮が貰えると非常にありがたい。
そんな事を思いながら、着いたのはとある露天。
料理を頼み、今席に居るのはロレンス、ホロ、俺、ロベルタの4人。
ディルムッドとノーラは別の席に着くか、店を見るかと聞くと、店を見るといって行ってしまった。

「お願いと言うのも、ホロ、お前は他の神との関わり何処まである?」

そう聞くと、ホロは目の前に出た料理に手をつけながら、

「ふむ、麦に潜って長かったからの。
 わっちからなんとも。」

そう言いながら、目の前の料理を口に運ぶ。
ふむ、まぁ旅を続ければ彼にも出会えるだろう。
ギリシャ神話に登場する、黄金の羊の毛皮を持つ彼に。
ちなみの、毛皮の所有者は龍を眠らせたメディア。
で、よかったと思うが、まぁ、最終的にはどっかの英雄が持っていたと思う
ちなみに、効果は国を繁栄させる効果があるとかないとか。
個人的には、高級枕にでもなればいいかと思う。

「そうか・・・。
 まぁ、それでもいいか、お前達が旅を続け、
 どこかで安寧の地を求める神がいたら、私の事を紹介してほしい。」

そう言うと、ロレンスはあの時の話を思い出したのか、

「世界を1つ売りつける気ですか?」

そう、神妙な面持ちで俺の顔を見てくる。
そんなロレンスに、俺の方も同じく真も様な面持ちで、

「井の中の蛙、大海を知れ。
 これはとある国の言葉で、どんなに力があっても、
 外にはそれよりも強いものがいるという例えだ。
 だが、見方を変えれば、大海を知らない限りは蛙は最強でいられる。
 あの魔法球を井戸とすれば、その井戸の中はさぞ安寧だぞ?
 私の腕に抱かれ、チャチャゼロやロベルタもいる外敵のない生の楽園だよ。」

そう言うと、ロレンスは目を細めながら口を開き、

「代価は何を求めます?
 別に紹介するだけならばいいですが、その後の事は私も責任持てませんよ?」

そう言ってくる。
まぁ、確かに神と交渉する吸血鬼と言うのも、相当にシュールなものなのだろう。

「欲しいのは労働力だよ、クラフト・ロレンス。
 あの中は別時間で時が進む、だからこそ死なない者はあの地で安寧を見れる。
 それに、見つけて私の所にそいつが来たなら、私はお前に紹介料を払うし、
 いないならいないで、お前に損はない。」

そう言うと、ロレンスは何処か人の悪い笑みを浮かべ、

「いいですよ、私は私の目で見た事のみを話すとしましょう。」

そう言いながら、俺の方に手を差し出し、
俺はそのロレンスの手をとり、握手をしながら、

「それならば問題はないだろう、お前の目に映ったあそこは王宮の様だったのだから。」

そう言い、笑いあっていると、
その様を見ていたホロとロベルタが、

「ロベルタよ、ぬしはこやつらの話をどう思うかや?」

「さぁ、まさに神のみぞ知ると言った所でしょうか?」

そう言い、食事を終えた俺達はノーラとディルムッドと合流し、
馬車に乗り込み出発間近のロレンスは、

「何時までここにいますか?」

そう、俺達の方に質問をし、俺の方も、

「数年はこの町にいる予定だ。」

と、そう言葉を返す。
ディルムッドも、久々の男との旅が楽しかったのか、
ロレンスと別れを惜しみながら話し、ノーラとロベルタも、ホロやロレンスと別れを惜しんでいる。
そんな中、ホロが俺の方に顔を近付け、

「ぬしとの化かしあいも面白かったでありんす。」

そう言いながら、口を開いて笑い、そんなホロに袋いっぱいの飴を差し出しながら、

「私も面白かったよ、次は正面きっての化かしあいをしたい。」

と、そう言葉を返す。
ここでホロ達と別れれば、次の出会いは何時になるかはわからない。
ホロは神だから時の流れで死ぬ事はなくとも、ロレンスは限りある時を歩んでいる。

「では、また会いましょう皆さん。」

そう言いながら、ロレンスが馬に鞭を打ち、
横に乗るホロが手をブンブン振りながら、

「エヴァよ、次も甘いものを頼むでありんす。」

そのロレンスとホロに、俺達も手を振りながら、

「あぁ!また会おう!
 ホロ、次は桃の蜂蜜漬けを樽で用意してやる!」

そう言葉を返す。
なにせ、ロレンスもホロも『また』や、『次に』と言う言葉を紡いでいるんだ、
俺達が一方的に、次のない言葉を吐くわけにもいかない。
そう思い、馬車の姿が視界から消えるまで、俺達は商館の前で手を振り続けた。



[10094] 日常だな第54話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/03/13 12:39
日常だな第54話






ロレンス達と別れて約半年。
時は緩やかに流れ、いく宛ての無い俺達は当初の数週間を待ち宿に身を寄せ、そこから現在はエマの家に皆で身を寄せている。
と、言うのも今のエマは誰かに使えるメイドではなく、自身で店看板を軒先に下げた仕立屋で、
細々とだが、それでもある程度の顧客がいるという状況。
そんな状況なのだが、その店にはエマの弟子はおろか、彼女の身内もおらず、
老いさらばえた彼女が逝ってしまえばこの店も潰える。

そこで、こちらから話を持ちかけたのが、ノーラの弟子入りの話。
当初の目的はロベルタ完成なのだが、如何せんダ・ヴィンチもホーエンハイムも生まれていないので動きようが無い。
まぁ、他の錬金術師ないし魔法使いを探せばどうにかなるかもしれないが、逆にこの魔女狩り盛んなご時勢に早々出会えるわけも無い。
なので、先にノーラの方の雇い先と言うことで、エマに白羽の矢がたった。
それに、どの道イギリスにいるのならば、少しでも知り合いの側で、
なおかつ信用の置ける人の側がいいと言う事もある。

まぁ、弟子の件は俺の領分ではなく、エマとノーラの領分になるので特に口は出していないが、
それでも、色々な店をのぞいてノーラが出した答えなので、俺達が口を出すことは出来ないし、
一応俺達は、エマの所に身を寄せようと思っていたところなので、その選択は俺達にとってもありがたく、
また、数日でも彼女と長くいたいと言う我侭・・・。

・・・、いや。
これは俺が無意識にしている、贖罪なのかも知れない。
彼女は・・・、いや、正式には付き合いの一番古いディルムッドにすら、俺に何が起こったかは話しても、
性別も含め、俺として生きていた時の事を正式に話していないし、
むしろ、正式に話す事が出来ないと言う方が、正しいのかもしれない。
自身が誰か、"俺"は知らない、だが"私"が誰か、俺は知っている。

だが、"俺"の知らない"私"を知る人が俺を見れば、それは出来の悪い粗悪品に見えるだろう。
なくて七癖、その上、彼女の誕生から人としての終わりまで、エマは彼女を見守っている。
その人の眼を誤魔化すのは難しく、それと同時に、自身の演じる彼女を見るたび、
胸に焼けて真っ赤になった鉄の棒を突っ込まれ、そのままグリグリとネジ回されているような気分になる。
それを、当初は自己暗示と魔法でどうにかしようかとも思ったが、それはそれでやってはいけないような気がするし、
既に、俺は彼女についた嘘が雪だるま式に積もりあがり、何時雪崩が起こるとも解らず神経を尖らせている。

そして、その大きな嘘と言うのが、エヴァの両親の亡命の話。
精神的な嘘で一番大きいのは俺の存在が一番大きく、現実的な嘘で一番大きいのがこの嘘になる。
そして、その嘘の決着は大きく分けて3つ。1つは、オスマン帝国への亡命。1つは、亡命失敗で、どこかへ幽閉。
そして、最後に上がるのが黒死病、つまりはペストで両親及び親類が皆死亡したと言うもの。

そして、俺が選んだのが3番目。
他の2つは、どうしても矛盾が・・・、例えば亡命成功なら、今俺がこの地にいる必要性が無く、
幽閉なら、俺1人でウロウロしていると言うのもおかしな話になり、よしんば俺1人が逃げ出すのに成功したとしても、
その追っ手をまいて数十年過ごすのもまた、子供のやる事としては厳しい。
なので、一番現実味があり、かつ、どう話しの方向性を持っていくにしても、一番持っていきやすい話としてこの話を採用した。
もっとも、あのゲスは俺が殺しエヴァの両親も死に、残りの親族が一体今どうしているのか・・・。
それについて俺はまったく知らないし、それはエマも同様だった。

俺が彼女とこの町で出会った時、彼女と話した時間は少なかったが、
その中で聞いたのが、彼女が今住んでいる所、マグダウェル家として今繋がりのある人間、
とりあえず、その時取れた情報はそれだけで、後はこの半年で色々と話し情報の穴を埋めていった。

「お嬢様、起きてらっしゃいますか?」

そう言いながら、コンコンと部屋の扉をノックする音。
今俺の事を呼ぶのは、この家の主であるエマしかいない。

「もう、エマったら。」

そう言いながら、今間借りしている部屋から顔を出す。
エマは未だに俺の事をお嬢様と呼ぶ・・・。
それは過ぎ行く時の中で、彼女にとってあの屋敷で過ごした年月が、宝物のように輝くためなのか、
それとも、今なお進む未来に彼女が、抗おうとしているためなのかはわからない。
ただ、何度となく彼女にお嬢様ではなく、エヴァと呼んで欲しいといっても、
彼女は頑として受け入れず、

『お嬢様、いくらお屋敷がなく社交会に呼ばれなくとも、
 お嬢様はマグダウェル家の当主であり、最後の一粒種なのです。
 そんな高貴な方を私は呼び捨てに出来ませんし、そんな事をすれば逝った先で、旦那様や奥様に出会った時に顔向けできません。
 それでもなお、お嬢様とお呼びするのを拒まれるのでしたら、せめて人目のない所だけではそう呼ばせてください。』

そう言いながら、自身の腰を折って俺に懇願し、俺はその懇願を受け入れた。
いや、俺にとって受け入れないという選択肢は、もとより無かったものとしか言いようがない。

「おはよう、エマ。」

「はい、おはようございますお嬢様。
 もう旦那様は席におつきですよ。」

そう言いながら腰を折って礼をし、笑顔で話しかけてくる。
その彼女の笑顔に、俺は綺麗に笑えて返せているのか、それとも歪に笑っているのか解らない。
でも、きっと違和感なく笑えていると思う。

「あの人ったら朝が早いんだから。」

そう言うと、前を歩くエマは弾んだ声で、

「いい事ではありませんか。
 それに、初めこそあの方をお嬢様を誑かす悪漢かと思いましたが、
 あの方と話すうちに、あの方がいかにお嬢様を愛しているか、また、
 どれほど男らしい方というのがひしひしと伝わってきますし、お顔もまれに見る美丈夫ではありませんか。
 もう、町の方の噂では美人夫妻と評判ですよ。」

そう言いながら、口元に手を当てて笑っている。
そんなエマに連れられて皆の所に着き、各人に挨拶をし、祈りを捧げて朝食を取る
食事の内容はスープにパンと水と言う質素な物だが、味付けがうすい塩だけと言うこともあり、
素材の味が前面に出ていて美味いとおもう。

「エヴァ、今日は町で買い物をしようと思うから、ついてきてくれないか?
 あと、ロベルタさんも一緒にお願いします。」

そう言って、最後に残ったパンを口に放り込みながら、ディルムッドが俺の方に話しかけてくる。
それに対して断る理由もないし、半年間で町の様子はある程度わかっている。
まぁ、それでもエマやノーラの事があって、細かい所までは見て回れていない。

「ええ、お天気もいいし行きましょう、あなた。
 ロベルタさんは大丈夫?」

そう聞くと、ロベルタの方も、

「ええ、かまいませんよエヴァさん。
 私の方も、町で欲しい物がありましたから。
 ノーラさんはどうしますか?」

そうロベルタに聞かれたノーラは、自身の皿を片付けながら、

「私は今日もエマさんに、洋裁と装飾の事を教えてもらいます。
 エヴァさん達と旅をして教えてもらった事もありますが、本職はそれから更に勉強する事もありますから。」

そう言って、エマの方を見ている。
そして、彼女を弟子としているエマも、こちらを見ながら、

「ノーラさんには、今日から服の修繕をやってもらおうかと思っています。
 布で服にあいた穴を繕ったり、綻びた所を縫い合わせたりと簡単な物ですが、
 それでも商品は商品、きっちりとこなしてください。」

そう言われたノーラは、初めて商品を触れる喜びからか、
足元にいたエネクを抱き上げて、くるくる回りながら、

「エネク、今日から商品に触れるんだって!」

そう言いながら喜んでいる。
ノーラは7ヶ月近く基礎と練習の毎日だったのだから、この喜びようも解る気がする。
彼女にとって、商品を触れると言うのは自身の明確な成長だし、職人を目指している彼女にとっては、
声を上げるほどに喜ばしい事だろう。
そんなノーラを見て、エマは苦笑しながら、

「喜ぶのはいいですが、転ばないで下さいよ。」

そう外の洗い場に向かっているノーラに声をかけ、それをイスで見守っている間にも、
ロベルタが俺、エマ、ディルムッドの食器をまとめてノーラの後を追っている。

「エマ、よかったの?
 ノーラさんを貴女に任せてからどれくらい上達したかは知らないけど、
 商品といえば、失敗の許されない物じゃないの?」

そう言うと、エマはニコニコしながら、

「そういう品もありますが、ノーラさんにやってもらうのは本当に初歩的なもので、
 失敗しても糸を引き抜いてまた、縫い直しの効くような品ばかりです。」

それを聞いたディルムッドが水を飲みながら、

「エヴァ、早々過保護にする事もないさ。
 いずれはノーラも独り立ちして店を持つ、その事を考えれば、早いに越した事はない。」

そうディルムッドが言い、それを聞いたエマも頷きながら、

「あの子は基礎もきっちりしてますから、早々失敗する事はないですし、
 私も何時歳や流行病で逝くともわかりません。
 その事を考えれば、これは早い事ではないですよ。」

そう、エマが静かに目を閉じながら言っている。
老いに病・・・、か。いずれは来るモノ、俺たちには来ないモノ。
彼女を看取る覚悟は、ディルムッドと夫婦として彼女の前に出る時に決め、
その事はもうディルムッドと、ロベルタには伝えてある。

「悲しい事は言わないでエマ。
 貴女の背筋はピンと伸び、まだ老け込むには早いでしょう?」

そう言うと、横にいるディルムッドも何処か悲しげな目をしている。
しかし、当のエマは微笑を顔に浮かべながら、

「はい、お嬢様。
 お屋敷を出て旅に身をおき、流れ着いたこの町でまたお嬢様たちと出会えて、
 さらには若く、磨けば磨くほどに光る弟子にも出会えました。
 フフフ・・・、確かにお嬢様の言うように、老け込むには早いですね。
 では、私も職場の準備をしますので。」

そう言って、エマも職場の方に向かって行き、残ったのはディルムッドと俺のみ。
本来なら魔法薬を吸いたい所だが、生憎とエマもいるここでは吸えない。
そんな事を思いながら、ディルムッドの方を向き、

「あなた、今日は何処へ?」

そう聞くと、ディルムッドは俺の顔を見ながら、


「一応ライアに会って、そこから少しぶらぶらしようかとね。」


そう言うと、エヴァは小さく『ん』と返し、

「外に出るなら準備をしないとね、ちょっと着替えてきます。」

そう言って、家の奥へ引っ込んでいった。
そんな彼女の背中を見ていて思うのは、彼女が何処か無理をしているように見えること。
そして、その無理が見え出したのが、エマさんと出会ってから始まったこと。
最初の頃は気のせいだと思い、特に気もとめていなかった。
だが、日が経ちエマさんの家に身を寄せた頃から、それは徐々に大きくなってきたように見える。
そして、その事をロベルタに相談すると、そのロベルタも何かを感じ取っていたのか、

『人に悩みはつき物です。
 そして、今のお嬢様の悩みは、今と昔に関するものではないですか?
 エマさんと共にあった時期を私達は知りませんし、チャチャゼロさんもチャチャゼロさんで、
 エマさんとはちょうど入れ替わりにお嬢様と出会われたのでしょう?
 多分、お嬢様の悩みとは、それに関するものではないのでしょうか?』

そう、彼女らしい的確な意見をもらえたのは、俺にとってはありがたかった。
確かに、俺は彼女の身に起きた事を知っている。
起きれば吸血鬼の真祖だったこと、吸血鬼にしたやつの血を飲んで新世界と魔法の事を知ったこと。
そして、彼女のした選択と、その選択を受け入れた何か。
彼女の場合、その何かが彼女の血となり肉となって、今までの戦闘や勉強といった物の知識を出していると。

思えば、彼女は酷く曖昧なのかもしれない。
本当の彼女・・・、その本当と言うモノがなんなのか?
それは今まで見てきた、自身の眼に映ったモノとしか言いようがないし、
この町に来る前にもらった拳は、冗談抜きで文字通り死ぬほど痛かった。
その事を思い出して、目を閉じて自身の顔にある消えない傷を触っていると、

「妙にニヤニヤしてますねチャチャゼロさん。
 夫だと思って油断していると、足元をすくわれますよ。
 ・・・、主に私にですが。」

「いいさ、すくってくれて。
 倒れこむ先はエヴァの胸の中にするから。」

そう、片目を開けながら声の主であるロベルタに言うと、
ロベルタは恨めしそうにこちらを見ながら、

「クッ、私も男なら、お嬢様の夫役が勤まるのに。」

「文字通り糸で繋がっているからか?」

そう聞くと、ロベルタは小指をたてながら、

「そうですとも、私とお嬢様は離れられない運命で、
 出会いは、花嫁が花婿の元に訪れるほどに必然です。」

そう、両手を合わせ祈るようなポーズのまま、あさっての方向を見ながら暴走している。
・・・、エヴァ曰く、ロベルタの核には人格(?)と言うものが、腐るほど詰まっているらしいが、
そのうちの一体どれが主人格で、どれが下位人格なのかは解らないらしい。
なので、ロベルタボディ×人格∞?=ロベルタとなっているらしい。

まぁ、それを言ったエヴァ自身も、それが分かってもどうと言うことはないし、
たまにロベルタが暴走するのは、元々賢者の石が壊れたいたせいで、
指示通り修理したものの結局は完全に治せていなく、もしかすれば過剰分のデータが他のデータを圧迫しているために、
こんな暴走が起こるのではないかといっていた。

もっとも、毎晩魔法球に篭っては、朝まで出てこないで魔法と体術の訓練と、
人形達の作成に、ロベルタ完成の研究と、寝てはいるが寝ていないと言う、なんとも微妙な状態になっている
ただ、ドール契約という契約をエヴァは人形達としているわけだが、
その契約風景で、シチュエーションは多い物の一番頭に残ったのは、黄昏時の浜辺、
波の音だけが聞こえるそこでエヴァは、自らの血で書いた陣の上で、

「ふふ・・・、可愛いよ。
 その愛らしい顔も、細い腕も意志の強さを秘めた漆黒の瞳も。」

そう言いながら、漆黒のメイド服の少女の髪に指を通し、
そっと頬に手を添え少女の顔を上に向け、その拍子に少女の口から小さく、

「あっ・・・。」

そう余韻を残す声が聞こえ、少女の頬はその声のためか紅く高揚し、
エヴァはそんな姿を見ながら、自愛に満ちた微笑を顔に浮かべ、ブツリと自身の唇を噛み切り、
その傷口から溢れ出した血を、指で深紅のルージュを引くように自身の唇に塗り、メイドと口付けを交わす。
そうすれば、地面の魔方陣はほのかに輝き、輝きが終わると共に離された唇からは、
一筋の紅い銀の糸が名残惜しそうに、2人の唇を繋ぐ。

そんな彼女たちの姿を、最近美しいと思うようになった俺は、何処かダメになっているような気もするし、
同じようにそれを見ているロベルタが、よく奥歯をかみ鳴らしているのはなんとも言いようがない。
まぁ、そんな契約をするようになったのも、この町に入ってからで俺が確かに受け取ったと思う、
あの草原での口付けは確かに、彼女の初めての口付けなのだろう。

ちなみに、その奥歯を鳴らしているロベルタに、自身にもそういう契約をしてくれるように頼んだらどうだと言ったら、
大きく『は~っ』っとため息と、何処か裏切った者を見るような眼差しで、

『チャチャゼロさんは、何もわかっていません。
 こういうものは、自身でガツガツいくのはご法度で、
 お嬢様が望まれた時に初めて、初々しさを出しながらするのがいいのではありませんか。
 チャチャゼロさんみたいにお嬢様と何時も、イチャイチャチュチュしているスレた騎士と私は違うのです。
 それくらいは、空気の読めるメイドなのですよ、私は。』

そういったロベルタは、やはりエヴァの言うように何処か壊れているのだろう。
・・・、あれ、俺は一体何処からこんな事を考え出した?
いや、まぁ頭の中に出てきた映像は綺麗なモノだったので、結果としては得した気分なのだが。
そう思い、自身の頭を抱えていると、背後から俺の髪に指を通す手。
そして、聞こえてくる彼女の困惑した声。

「どうしたの、あなた?
 もしかして、頭とか痛いの?
 どうしましょう、あなたに頭が痛いといわれると、どうやって治せばいいか私には解らないのだけど。」

そう言いながら、小首をかしげ、引いた手を自身の口元に持っていっている。
その姿が、戦場に立つ彼女とのギャップに更に俺に混乱をもたらす。
あの、何処かぶっきらぼうだが、モノと人を考えた物言いと、
今の舞台上で他者を演じているような彼女。

「いや大丈夫だ、行こうライアを待たせるのも悪い。」

そう言って席を立つと、エヴァは『ええ、そうですね。』と、顔に微笑を浮かべ、
俺の半歩後を静々と歩き、時折ロベルタと話し絵に描いた淑女のように、にこやかな笑みを浮かべる。
いや、解ってはいる。彼女がエマさんの前で本当の夫婦を演じると言い、それに俺も納得した。

そんな事を思いながら、復興して発展し続ける町を歩く。
依然として裏路地には戦の爪痕が残っている物の、それでも目に見える所は大体復興が終わり、
その復興の波に乗れなかった者達は、身を寄せるように地下水路に逃げ込み、
今では地下水路に下手に入ると、何が起こるかわからない状態になっている。
そんな事を考えながら歩き、商館の前まで着けば大きく両手を広げたライアが、

「あぁ、美しい華よ。
 黒の淑女に白き乙女よ、今日もご機嫌麗しゅう。
 今日と言う日の貴方を私の目に焼き付け、日々移り行く時を楽しもう。
 ・・・、旦那、頭を抑えて頭痛ですかい?」

そう、ライアはあからさまに、俺が邪魔だと言う視線を投げかけてくるが、
ライアのこれは挨拶と変わらず、それを知っているエヴァ達も、

「相変わらず口が上手いですね、ライアさん。
 ですが、雪蟷螂と言う話しをご存知ですか?
 私と同じような容姿をした雪山に住む民は、1度人を愛すれば、
 その愛した人を食らい尽くすほどの烈火な愛を抱くそうですよ?」

そう、ニコニコしながらエヴァが返し、
その話を聞いていたロベルタが、薄っすらと開けた眼でライアを見ながら、

「ライアさんは体が大きいので、さぞ食べがいがありそうですね。
 たとえ、心篭らず息をするように愛の麗句を謳おうとも、それを本気にするご婦人もおられます。
 お気をつけ下さい、最近色恋沙汰の痴情のもつれで、刺された方がおりましたから。」

そう、最後まで言い、顔に妖艶な笑みを浮かべる。
そうすれば、ライアの顔が何時ものように引き攣りながら、

「旦那も愛されすぎてお困りでは?
 私にゃ彼女達の愛は重すぎる。」

そう言って、俺の両肩を大きな手でバシリと叩く。

「まぁ、これも男の器だろ。
 愛されすぎて困る事もなければ、それを糧に生きることもできる。
 ライアも結婚すればわかるさ、そのバラ色の景色が。」

「旦那・・・、死体みたいな目で言っても説得力はねーですぜ。
 それに、その薔薇はたぶん血しぶき色でしょうね。」

そう言い、4人でいっせいに笑い出す。
そして、涙になりながらもライアに、

「羊飼いは来ているか?」

そう聞くと、ライアも笑いを引っ込めて、
首を左右に振りながら、

「今日も来てないね。
 しかし、旦那もまめだね、何時来るとも解らない羊飼いを毎日迎えに来るってのも。
 まっ、私は毎日眼福だから問題はないですけどね。
 そういえば、エヴァさんに頼まれてた物一式揃いましたぜ。」

そう言い、ライアはエヴァの前によく分からない草やら、
鉄器やらその他、様々な物を並べ、それをエヴァは1つずつ手に取り確かめて、

「流石はローエン商会、仕事が速くて助かります。
 頼んだ品が揃うのは、もう半年先かと思っていましたのに。」

そう言うと、ライアは胸をドンと叩き、

「お褒めに預かり恐悦至極。
 これからもごひいきにお願いしますぜ、医者先生様。」

それに笑顔で答えながらディルムッドに荷物を持ってもらい、次に向かった先が地下水路。
水路に入って程なく歩いた頃に、エヴァはいつも吸っているパイプを取り出し、
口に銜えて火口に火を落とし、『は~っ』っと一息。


「地下のマッピングは今の10分の1か・・・。
 元々広いとはいえ、半年で10分の1と言う事は5年あれば、ほとんど終わるという事か。」


魔法薬の味が脳に馴染んで久しい。
煙の肺を焼く感覚が、体に気だるくのしかかり、
暗鬱とした地下の暗闇が心地よく、腐敗した水の香りさえもアクセントとしてくれる。

「ロベルタ、まだ潜っていないルートを探る。
 先頭に立て、チャチャゼロ、お前はいざと言う時の対処役としてロベルタの横へ。
 私はコウモリを出して、見落としがないかを探る。
 一応、今まで地下を調べたが、地下は礼拝堂も出てきていない。
 残りのルートのあるはずだから、心して行こう。」

そう言って、闇の中にカンテラも持たずに足を踏み入れる。
イギリスの地下は、現代でも完全掌握は出来ず、未だに地下工事をしたら墓所が出ただの、
古ぼけた礼拝堂がでただのと、噂には事欠かない。
そして、そんな場所だからこそ、錬金術師や魔法使いのアジトになる可能性があると思い、
こうやって昼間から地下に潜っているわけだが、一向にその気配がないのが今の現状。

ロベルタを使いマッピングしているので、道に迷う事はないが総面積不明で、
さらに、道が入り組み隠し通路らしきものまであるので、進捗状況は芳しくない。
まぁ、それでもこうやって探すしかないわけだが、手がかりの1つでもそろそろ欲しい所。
くっ、ダ・ヴィンチコードを見はしたが、聖骸布のありかを忘れたのは痛い。
アレがフィクションだとしても、それが本当にないとは言いきれないのだから。

そんな事を思いながら、地下を進むが今日も当たりはなし。
ただ、たまに拾う古ぼけた本の中に魔道書が紛れ込んでいるので、
魔法使いがいる事だけは明確となり、後の本もだいぶ腐食が進んでいるが、
それが解読できれば、新しい発見もあるかもしれない。
そんな事を思いながら、地下探索を終わり、
外に出たのはもう、夜の灯りが降りた後。

空からはチラチラと白い物が舞い降り、明日には積もっているかもしれない。
そんな事を考えながら、町を歩き家路を急ぐさなか1つの物が目に留まった。

「なんでこれある・・・?」

「どうされましたエヴァさん?」

横でロベルタが何か言っているが、それよりも目の前の物に視線が釘付けになる。
重さずっしり黒光り、無数のボタンに紙をセットする台付き。
これを見ていると、どうも指がワキワキ動く。
何を隠そう、その機械の名前はタイプライター。

少なくとも、これが出来るのはもっと先じゃないとおかしい。
機械のパーツ総数に、それが動くように作る機構、鉄部分の作成技術。
その他諸々の事を考えると、これが今あるのはおかし・・・、い?
いや、そもそもこの世界の常識と、俺の知っている常識にはかなり開きがある。
その事だけは、絶対に頭に置いておかないといけない。

そして、そこからたどると、ほぼ絶対といっていいほどに、この世界の科学技術は、高速で進歩する。
と、言うのもラブひなのカオラ・スゥは日本の技術を学ぶために日本に留学しているわけだが
初期値はラジコン戦車にマジックハンドと人面をつけたものを作ったが、回を重ねるごとに、
スネーク真っ青な光化学迷彩を作ったり、メカたまごと言う多脚型戦車を作り、
最終回では、飛行可能な二足歩行型メカたまごを作成するに至り、
しかも、それは神明流師範の素子とタイマンを張っている。

その事を考えると、超の暗躍もあるかもしれないが、
それでも技術開発速度は、明らかに異常な速度をたたき出す。
それこそ、通販でそれらの素材が買える程度には。
その事を考えると、これがここにあるのはいたって不思議な事なのかもしれない。
なにせ、これをみても足を止める人間はおらず、むしろ見慣れた感の方が漂っている。

「店主、これを1つ売ってくれ。」

そう言うと、それを売っていた店主は面倒くさそうに、

「銀貨15枚。」

そう、ボソリといったので、銀貨30枚を払いタイプライターを2台購入。
元々、タイプライターは目に病を患った人向けの筆記補助具なので、
最近目がかすむと言うエマに、プレゼントするにはいい品なのかもしれない。
そう思いながら、買ったタイプライターをロベルタと手分けして運び、

「ただいま帰りました。」

そう言いながら家の中に入る。
外が雪のせいもあり、火をたいている室内は暖かい。

「お帰りなさいませ、今日は大荷物ですねお嬢様。
 外は寒かったでしょう、夕食の準備も、もう出来ています。」

そう言いながら、エマが出迎えてくれた。

「ええ、でもその前に今日は珍しい物を買ってきたの。
 エマ、何時もお世話になっている貴女へのプレゼントよ。」

そう言って、テーブルの近くの台に、今日買ってきたタイプライターを置き、

「エマ、使ってみてくれる?
 喜んでもらえると嬉しいのだけど・・・。」

そう言うと、エマはしばしの間その置いた物を見ながら、

「私に・・・、ですか?
 しかし、宜しいのですか、こんなに高価な物を私なんかに。」

そういって、タイプライターのキーにそっと指を触れているが、

「エマ、それは違うわ。
 私は貴女にもらってもらい喜んで欲しいのよ。
 貴女は、けして自身に『なんか』なんていう言葉をつけていい人じゃない。
 だって、貴女は私の乳母じゃない、お乳はでなかったと聞いたけど、
 それでも、あなたに教えてもらった事は今でも覚えているわ。」

そういって、綺麗に笑えているであろう顔を作る。
出来るだけ自然に、出来るだけ不自然がないように、出来るだけ・・・、
ズキリズキリと痛むモノを覆い隠せるように。

「ありがとう・・・、ございます。」

そう言い、エマは自身の目じりを押さえている。
できれば、俺は自身の喉を今すぐ掻っ切りたい。
この偽善と欺瞞と保身しか生み出さないこの喉を。
そう思いながら、この生温かく何処までも偽善と優しさの満ちた空間を見守り、
雪積もる夜は深々と暮れて行った。



[10094] その後の半年だな第55話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/03/22 14:24
その後の半年だな第55話






エマの元に身を寄せて約1年。
ノーラは洋裁の腕をメキメキと上達させ、今ではエマと共に様々の商品に手を出している。
そして、俺達の元にも待ち人来ると言うことで、黄金の羊ことハスキンズ氏がとうとう現れてくれたのである。
ただ、その羊は案外と言うより、ご他聞に漏れず神なので交渉と言うより、利害の一致の上での交渉となった。
そもそも、俺は神と悪魔とは同一存在だと思っているし、某宗教の言う悪魔とは、そのほとんどが他宗教の神である。

ついでに言えば、俺は神の方がより悪魔より悪魔的だとも思う。
と、言うのも神は絶対の発言を持ち神の発言=ジャスティスと言うことで、神託の騎士は人を殺しまわり、
神を盲信するものは自身の行いに疑問も抱かず人に襲い掛かり、神に選ばれた聖人は、何だかんだで悲惨な人生を送る。
もっとも、それは傍目から見た見解であって、文字どおり渦中の人々にとっては『信じる者は救われる。』を地でいく。
個人的には、一体誰に何が救われたのか、皆目見当もつかないわけだがなんとも。
ついでに言えば、神にはなれないが、処女受胎ぐらいなら多分できると思う。
まぁ、試す気も無ければ試される気も無いが、多分再生するだろう、
色々なものが、いろいろな時に。

それから考えると、案外悪魔は良心的だったりする。
なにせ、代価さえ払えば、その悪魔の叶えられる願いを叶えてくれる。
ある意味非常にビジネスライクでドライな関係だが、それでも宅配ピザよろしく、呼んで、払って、その後の結果を残す。
それに、悪魔の最大の武器はあくまで魔力云々ではなく、人よりより人を知り、最高のタイミングで契約を持ってくることだろう。
だからこそ、人は悪魔の甘言に耳を貸し、貸した料金を持っていかれる。
そんな悪魔と戦う方法は、某宗教曰く文字通り耳を貸さない事なのだから、なんとも皮肉である。
個人的には、悪魔の場合は代価さえ払えば必ず救ってくれるから、神よりは良心的だと思う。

まぁ、なんでそんな事を考えているかと言うと、ハスキンズ氏との交渉を・・・、
いやアレは交渉と言うモノではなく、警官と泥棒がメンチきりあったようなものだろう。
今でもそう思う、何せあの時は何時ものように、ディルムッドとロベルタをつれライアの店を訪れ、

「おぉ、春謳う花よ。
 そなたは間違う事無く美しく・・・、とにかく美しい!」

そう、何時ものようにライアから贈られる麗句。
しかし、流石に1年も言葉を贈ればその言葉も尽きるというもの、
流石に最近は早々面白い美辞麗句は贈られないものの、
あいも変わらずライアは、醜い俺を美しいといってくる。

「ふふ、無限に美辞麗句は生まれないみたいですね?」

そう、顔に淡い笑み・・・、いや、嘲笑に近いのかもしれないそれを貼り付け、
ライアに言葉を返すと、横のロベルタは、

「エヴァさん、でも、結局は美しいで締めくくる所が、可愛いでわありませんか。
 それに、商人さんの口から言葉が消えると言う事は、文字通り死を意味します。」

そう、なんとも人を食った切り替えしを放つ。
まぁしかし、ロベルタの言う事ももっともだと言える、
なにせ、言葉が消えれば商人は商売が出来ず、むしろ、言葉を失った商人は滑稽としか言いようがない。
そんなろくでもない事を考えていると、これまた何時ものように、

「羊飼いは来ているか?」

そうディルムッドが聞くと、大体は『まだですね~。』か、
『恋しい人ほど来ないもんですよ。』などと言う言葉が返ってくるはずなのだが、
この日のライアは少々違っていた、ニィッとデカイ図体に合わせた口を開き、
俺の指よりない太い歯を見せながら、

「我がローエン商会にそろえられない物はありませんぜ、旦那。
 もっとも、それが向こうからお出ましだとしても、ウチにいる以上はウチの客。
 どうぞ、検分くださいなまし。」

そう言い、慇懃無礼に一礼し俺たちを店の中に通し、つれられた先は商館の客室。
ライアが『どうぞごゆっくり。』そう言って嬉しそうにしながら俺たちの元を離れる。
まぁ、当然か。羊飼いが到着して一泊したなら、その時は宿泊料を金貨10枚払うという、
他人からすれば、『何て馬鹿な契約、商館は高級娼館ではないですよ。』などと言われかねない契約を結んでいる。

もっとも、これは俺たちと羊飼いが、この後どうなろうと一切の詮索をしない事と、
その羊飼いについて、一切詮索しない事を盛り込んだ額なわけだが。
その事を考えながら、ノックもせずに部屋に防音魔法をかけながらドアを開けると、
そこに居たのは暗い灰色の瞳に、ツララのような口髭。
暗鬱とした顔には、多少の疲労が見れる。

まぁ、それももっともだろう、何せ俺に会うためには船旅もしないといけないのだから。
そんな事をつらつらと入り口で考えていると、ロベルタとディルムッドがこちらを見てくる。
・・・、あぁ、そうか。これの合否は俺にしか解らないんだったな。
そう思っていると、そのツララ髭が先に座っていたイスから立ち口を開いた。

「狼から聞いた、神すら殺す魔は貴女か。」

そう、暗鬱とした口調で声をかけて来た。
それに対し、俺は目を細めディルムッドとロベルタに念話で間違いない。
と、送り羊の対面のイスに座りながら口を開く。

「間違いないよ、迷える羊。
 さて、望みは何かなハスキンズ氏?」

そう聞くと、ハスキンズはスッと目を閉じ。
それと同時に頭の両脇から渦巻いた角を出し、
そして、程なくして現れたのは、文字通りの黄金の羊。

「先に聞こう、私に何が望みだ。見てのとおり、私はただの羊。
 この蹄で地を踏みしめ、歯で草を磨り潰すぐらいしか能がない。
 それでもなお、私を呼び寄せようとしたのは何故だ。」

そう聞いてくるが、はて?
ロレンスとホロは一体どう、この迷える羊に話をしたのか・・・。
まぁ、それは俺が知るべきところではないか。

「さて、なら私も問おう。
 羊よ、お前は何を聞き、何を求めてこの魔性の化生の前に姿を見せた?
 お前がいたのは、海の向こうの修道院だろ?
 おっと、何故それを知るかは聞かないでもらおう。」

そう言うと、ハスキンズは一時の沈黙の後。
静かに口を開き、

「私は・・・、長くを人と生きた。
 最初は人と共に歩む事に恐れ、その群れの中に溶け込めるか心配だった。
 だが、それは杞憂に終わり、多くの時を安寧と羊達と過ごし、私に出会った商人たちは、
 『おかわりなく。』と言葉を残し、私の前を通り過ぎ行きかった。
 だが、その安寧も、もう途切れる。

 修道院は結果として、狼と優しき商人に助けられた。
 だが、私達が変わらずとも、人と時代は変わる。
 今回、人の作ったルールが私達の安寧を奪い、人の使う金が私達を悩ませた。
 私の蹄ではもう、太刀打ちできず金貨を数える事の苦手な私では、
 既に人のなかで生きるには限界だと悟った。
 ・・・、人と共に生きる魔よ、世界を1つ買い付けたい。」

そう、静かに真情を吐露したハスキンズは、
多分自身の顔を見られたくないがために羊に戻ったのだろう。
誰にだって、見られたくない顔はある。
それが、泣き顔だったり、怒った顔だったり、今の俺の顔だったり。
ディルムッドとロベルタが背後にいて、今ほど助かったと思うときもない。

「同属を食らう事で、人の輪に入ったのに、ずいぶんな言い草だな羊よ。
 まぁ、私も人の血を食らう魔だから、その事を弾劾しても仕方がないし、したところで意味も無い。」

そう言うと、静かだった羊がザワリと、毛を震わせて目の錯覚かその角が鋭くなったようなきがする。
まぁ、それも当然だろう、ハスキンズは群れの安寧を求めるために旅をし、人の輪の中に安寧を見つけた。
例え、それが・・・、同属を食らう事で得た安寧だとしても。

「魔の幼き娘よ。
 仕方ない事を何故口に出した。」

「なに、たんに塩を塗ってみたくなっただけさ。
 それ以上に意味は無いし、他意もまたないし、何百年も前の事だろ。
 過ぎた事は既に"今更"だ。さて、では羊の神よお前は私に何をくれる?
 買い付けるからには代価が要り、契約をするにも、また代価を要求する。
 お前が私を魔と呼ぶように、私は人ではない。
 さて、お前の提示する代価は、私の首を縦に振らせる事が出来るかな?」

そう言うと、羊はただその灰色の瞳で俺を見据え、
表情も読めないまま黙り込んだ。

(エヴァ、質が悪いぞさっきの弁は。
 いくら交渉や契約でも、いって言い事と悪いことがある。)

そう、念話を送るのはディルムッド。
そして、それに続くように、

(最大限の利益を得るためには、相手の提示した物に上乗せするのが手っ取り早いですよ、チャチャゼロさん。
 それに、さっきの弁も必要だからこそ、お嬢様は口を開かれたのでしょう。)

そう、2人の念話を聞きながら目の前の羊の目を覗き込んでいると、

「富と繁栄・・・、それが私がもたらせる物であり、それ以外は持ち合わせていない。
 証明できるものはないが、古い昔、私がこの姿で訪れた国はもうないが、
 それでも物語り程度にはなっているかもしれない。」

そう言って黙り込むが、
俺はそれだけでは首を縦に振る気もなければ、
そもそも、アレをこの羊が明確に扱えるとも思っていない。
それに、神と吸血鬼が交渉しているんだ、しかも吸血鬼有利で。
それならば、貰える物はすべてもらい、必要な事はすべてするしかない。
なにせ、これは悪魔の契約と同義なのだから。

「それは付属品でしかない。
 富も一時なら私は欲しいと思わないし、繁栄など、間違っても私は欲しない。
 お前とて困るだろ?私の様な者がうようよと地を闊歩し跋扈したら。」

そう言うと、羊はただ静かに目で『なら何を?』と、
そう視線を送ってくるので、スッと指を挙げ羊の眉間を指差しながら、

「私が欲しいのは死なず疲れず、飽きもせずに羊の世話をする者だ。
 ・・・、早い話しお前の身柄が欲しい。」

そう言うと、羊は渋い声を出しながら、

「群れ1つのみ安寧の地に置くと言うことか・・・。
 私を飼いならす気でいるなら、高慢だと思え魔よ。
 神殺す術を持つとて、その力に私は傅かない。」

そう言って、羊から険呑な雰囲気が漂ってくる。
神殺す術か・・・、どうせなら、神すら救う術か・・・。
それが高慢だと言うなら、人救う術が俺の手に欲しかった・・・。
チッ、いらん感傷だ。

「誰が、群れ1つといった?
 金貨を数えるのが下手でも、それが多いか少ないかはわかる。
 なら、その多い金貨で羊を多く買えばいい。
 世界1つ、それを満たせるだけの羊一体どれくらいの数になるか・・・。
 それこそ、"たくさん"だろ?
 
 それに、お前はまだ世界を見ていない。
 その世界を見ない事には、話が始まらない。
 私は、席に着いたがまだ商品を出しすらいないのだぞ?
 そんな状態で、結論を急ぐのは早計と言うものだ。」

そう言いながら、影からハリネズミのような魔法球を取り出し、テーブルの上に置く。
それを静かに見守る羊を尻目に、さっさと部屋の扉と窓に認識阻害の魔法をかけ、一時的な密室を作り魔法球へ。
俺の作った魔法球の関係上、一旦本体に行きそこから分布する小型魔法球へ行く事になるが、

「お帰りなさいませお嬢様、あら、そちらの羊さんは新しい客人ですか?」

そう、出迎えてくれたメイドを尻目にハスキンズは、

「自身の作る世界で王を気取るか幼き魔よ。
 私は安寧の地を求め彷徨ったが、ここにもそれはないと見える。」

そう、毒を吐いてくるが、それを軽く受け流しながら、

「彼女たちは私の家族だ。
 私をお嬢様と呼ぶのは、彼女達の母も兼任しているので、彼女達の意思で私をそう呼んでいる。
 流石に、私の本来の容姿を母と呼ぶには無理があるのでね。」

そういって、大人から子供の姿へ姿を変え、
そのままハスキンズを引き連れて、小型魔法球行きの転送陣へ。
そして、着いた先は柔らかな日差しに頬なでる柔風、地は緑を称え流れる水は清水がごとく澄みわたる。
ただ、そこにはそれしかない静止の時を刻む退屈な空間。

だが、確かにそこは彼の求めた安寧の地だろう。
なにせ、繁殖した羊が所かまわず、モコモコとした毛を刈られる事なく、
草を食みながら人の登場にも警戒する事無く、のんびりと過ごしているのだから。

「これが・・・、お前が売ろうとしている世界か・・・。」

そう、静かに呟いたハスキンズを横目で見ながら、
目を細める、彼に価値があっても、今の俺には価値がない。
一日過ごすとしても飽きるこの空間で、やる事とすれば羊の毛を刈るか、
文字通り、羊を数えて寝るしかない。

「買い付ける相手のいない不良債権だ。
 あっても邪魔ではないが、羊飼いが居ないと活用も出来ない。
 ついでに言えば、獣は生きた羊を襲うが、私は天寿を全うした者しか口にしないし、羊ばかりでは飽きる。
 さて、羊の神よ。どうする?」

そう聞くと、ハスキンズは黙ったまま、この世界を見て自身の蹄で地を踏み鳴らし、
一言、獣としての鳴き声を上げると、そのまま羊の群れに向かい走り出した。
そんな姿を、ボンヤリと見ていると、

「よかったのか、放っておいて?
 曲がりなりにも神なら、何かしらの奇跡を起こすんじゃないか?」

そう、ディルムッドが言葉を口にし、
横で佇んでいたロベルタも、

「彼の能力が不明なため、このまま放置するのは不味いかと。
 それに、彼が羊の神なら、あの群れを操る事もできるでしょう。」

そう、2人が言ってくるが、

「私はそうは考えないよ。
 むしろ、彼はここだけでは暴れる事はできない。
 自身が安寧の地を求めていて、その安寧の地に暮らす同胞を操って、戦を起こしてヤツに何の得がある?
 今、ヤツができるのは、ただむせび泣く事ぐらいだろう、それこそ生まれたての赤子が、
 母親のかいなに抱かれ、安らぎの涙を流すように。」

そう、言葉を吐いている間にも、ハスキンズは緑の大地を黄金の毛皮を纏い颯爽と駆ける。
まるで、その地を踏みしめるように。
まるで、その場所を自身の足で踏み固め、新たなる居場所を作るかのように。
そんな黄金の羊は、程なくして俺たちの前に戻り、人の姿に成ると。
腰を深く折り、

「この世界・・・、言い値で買い付けたい。
 ただ、羊を・・・、私の同胞を少しでも多く救い上げるだけの金貨も頂きたい。」

そう、ハスキンズがこうべを垂れる姿を見て、
なぜか物悲しい気持ちになったが、それは今は要らない。

「私の望みは、ここで羊の番をする者の身柄と毛。
 それと、羊達の毛が伸び放題で見苦しいので、それを定期的に刈る者。
 ちなみに、その毛をメイドに届ける度に金貨ではなく、羊を買い付けに行こう。
 さて、どうする羊の神。私に富と繁栄をもたらす限り、この契約は執行される。
 もっとも、外で羊が絶滅すれば、ここよりほかに羊はいなくなるが。」

そう言うと、ハスキンズは下げていた頭を上げ、
相変わらず、その凍えそうな灰色の瞳で俺を見て、

「利害が一致した。その契約を飲もう幼き魔、真祖エヴァンジェリンよ。」

そう言いながら、スッと手を差し出し俺に合わせるように俺も手を出し、
互いの手を握り、握手しながら。

「あぁ、利害が一致した羊の神ハスキンズよ。
 契約はこの時この場、お前の数多くの同胞が見守る中、正式に執行した。
 では、手始めにここに家でも建てようか。」

そう言うと、ハスキンズは首を横に振り、

「土のベッドと草の敷物、日の天蓋がすでにここにはある。
 私はそれ以外を必要としない・・・。」

そう言って、ハスキンズは羊の姿に戻り、
羊の群れに歩もうとする。

「私が来た時に茶ぐらい出せ、イスとテーブル後、
 食器ぐらいはおかせてもらう。」

そう、言葉を投げかけると、
ハスキンズは人の言葉ではなく、羊の鳴き声で一鳴きし答えた。
それがいいと言っているのか、それとも悪いと言っているのかは分からないが、
人にわかる言葉で話さないハスキンズが悪い。
そう思い、勝手にイスやら食器やら日傘なんかを運び込んだ。


ーロベルタの1年ー


お嬢様がエマさんの家に身を寄せて1年。
ハスキンズさんと言う、羊の神を魔法球に呼び込み、
そのご利益か、エマさんのお店は繁盛しています。
ですが、最近思うのです。人はお金があれば幸福なのか、
それとも、親しい人が側にいれば幸せなのか・・・、と。

エマさんと出会い、お嬢様は昔の自由奔放さを封じ込め、
良き妻であり、美しい淑女の見本のような何処か作り物めいた方になられ、
更に、エマさんと2人でいる時は私達が知るお嬢様とは、まるで別人ではないかと思うようになります。
その事を、チャチャゼロさんに聞いてみると、彼もやはり何処かおかしいと思っていたのでしょう、

「エヴァがおかしいのは解っている。
 だが、悔しい事に俺は、そのおかしくなった理由が解らない。
 心当たりはエマさんだが、彼女はエヴァの乳母・・・。
 エヴァも彼女を労わっているし、原因らしい原因がないのが一番の悩みだ。」

そう、言ってお嬢様に頼まれた紙を買いに町へ出て行かれ、
今この家にいるのは私とエマさん、それとタイプライターで書き物をしているお嬢様。
ノーラさんはライアさんの所に、布の買い付けにと朝早くに出かけていかれました。
なので、この際色々と話を聞こうとエマさんの所にいけば、

「エマさん、少々宜しいですか?」

そう言って部屋に入ると、彼女はなにやら白い布で服を作っているご様子。
お邪魔かと思いましたが、エマさんは快く私を迎え、

「ロベルタさん、どうぞおかけください。
 若い方が私のような老婆と話しても、面白い事はないでしょうが。」

そう言いながら、私の前にお茶を置き、対面のイスに座り。
一口お茶を口に含み、唇を湿らせた時に気付いたのです、何を話せばいいのかと。
そう思い、黙っているとエマさんは顔に柔和な笑みを浮かべ、

「お嬢様の事ですか?」

そう聞かれ、私はふと思ったことがあるのです。

「エマさん、何故エヴァさんの事を未だにお嬢様と呼ぶのですか?
 私も、エヴァさんが高貴な生まれの方だとは伺っていますが、
 それでも、乳母であった貴方なら、エヴァさんの事を名前で呼ばれても宜しいのでは?
 むしろ、エヴァさんもそれを望まれていると思いますが・・・。」

そう言うと、エマさんは相変わらす柔和な笑顔で、
ただ、その瞳に少しばかりの寂しさと、意志の強さを見せながら、

「それは・・・、私も解っています。
 ですが、それは出来ないのですよ・・・、例え時が経とうとも、
 例え、お嬢様が変わられたとしても、例え・・・、地位や、名誉がなくとも。
 私はあの方を名ではなく、お嬢様と呼びます。」

「何故です?
 何故・・・、そこまで頑なにお嬢様と呼ぶ事にこだわるのです?」

そう聞くと、エマさんはスッと目を閉じ、
両の親指でこめかみを押さえ、顔が見えないように指を組んで、

「守りたい者のために剣を振るい、愛しき者のために楯を構える。
 大火を消すは影のうち、夕餉の毒は罪の味。
 闇夜の花は紅く散り、煌く光は狗の牙。」

そう、感情も抑揚も人の持つ物の一切を斬り捨てたような声で、
エマさんは言葉を紡ぎ、

「この意味が解れば、私がお嬢様としか、
 あの子を呼ばない理由がわかります。」

そう、何時開いたのか、何時から見られていたのか、
組んだ指の隙間から、ガラス球のような無機質な瞳が私を見据えています。
その瞳を見ながら、先ほどの言葉を考えて出る答えは・・・。

「エマさん、なお問います。
 それをおいても、名を呼ぶことは罪ではありません。」

そう言うと、エマさんはまるで兜の顔隠しのような手の隙間から、
私のことを見据え、

「貴族の娘・・・、とりわけ名門と呼ばれ、王や有力貴族との繋がりが濃い親を持つ娘の生存率はいくらだと思います?
 お嬢様は3つの時、既に食事に毒を盛られ始めました。5つの時は、寝室の前まで賊が侵入しました。
 7つでは死ぬほどの高熱で苦しまれ、10で独り立ちされました。
 もっとも、あのまま成長されても、政略ではなく略奪結婚の的だったでしょうが。」

そう、お嬢様の私の知らない過去を朗々と述べ、

「そんな中で、もっとも悲惨なのは10までの間に開かれた各舞踏会。
 自身の地位を向上するために、あらゆる手管で旦那様に近づき、その先にいるお嬢様に近付こうと、
 各貴族達はお嬢様の名を聞いただけで頭を垂れ、旦那様と話を始める。

 広い広い舞踏会の会場で、お嬢様個人を見る貴族はおらず、マクダウェル家の名にのみ反応する。
 旦那様は、お嬢様を大事にしておいででしたが、戦に出れば長く帰ってこず、
 奥様も自身の家の事情で中々一緒に居られない。

 そんななか、お嬢様がとある舞踏会で一言私に心情を吐露しました。
 『エマ・・・、私は本当にここに居るの・・・。』と。
 『私の見る世界は、人のつむじか顎しかない。でも、それが世界なのね。』と。
 10にも満たない少女が言うには、あまりにも達観しすぎているでしょう。
 それでも、お嬢様は聡明でした。声を掛けられれば微笑を浮かべ、
 奥様旦那様が居る際はお2人に任せると。」

語られる過去は仄暗く、人の業の深さはヘドロのよう。
エマさんの静かな声に乗り聞いた言葉は、私のなかにこびり付く。
それでも、私は・・・。

「貴女に名前で・・・!」

そう言って、腰を浮かせた瞬間、自身の首筋に突きつけられた2振りのナイフ。
一体何時突きつけられたのか、鈍く輝くナイフは妖しく輝き、
普通の武器では早々ダメージを追わないはずの私が、
そのナイフの一撃を受けたなら、絶命しそうな程の威圧感を首にひしひしと感じながら、
顔を下げ、髪で表情の見えない彼女に向かい、言葉を紡ぎます。

「何故・・・、私にそれを話したのです。
 貴女の十年は貴女のモノでしょう。」

そう言うと、エマさんはそのままの姿でかすかに頭を上げ、
髪の間からこちらを見ながら、

「何処か似ている・・・、と。
 そう、私の中の狗が囁くのですよ。
 おかしなもので狗を見分けるのは、狗が一番得意なんです。
 だからでしょうか。貴女もまた、お嬢様のために狗になりえる者だと。
 そう、感じ取ったから話しました。」

無機質な言葉は、最後の最後で仮面がはがれ、テーブルには小さな水溜りが出来ています。
それは・・・、彼女の苦悩なのでしょうか?
メイド服を自身の仮面とし、その仮面を顔から剥がすことが出来ず、
何時しかその仮面が自身の顔となった。

きっと、エマさんもお嬢様を名前で呼びたいのでしょう。
ですが、それをしてしまえば、彼女もまた、彼女ではいられなくなる。
そう思うと、私の体はあまりにも自然に動き、気がついた時にはエマさんを背中から抱きしめていました。
そして、その背中の小ささと細い腕。
この細腕で、彼女は一体どれほどの時を陰で生きたのでしょう。

「私が・・・、お嬢様を護ります。
 私が、あの方と共に歩みます。」

そう言うと、エマさんは片手で私の腕に手を添えながら、

「ありがとうございます・・・、ロベルタさん。
 私はあの子の事をお嬢様としか呼べず、老いさらばえた身では重荷になります。
 ですから、これを持って行って下さい。
 旦那様から頂いた、東の国より伝わった業物です。」

そう言って、鞘に収められたナイフをテーブルに置き、
それをエマさんの正面に回って手に取り、1本を鞘から出してその刃を見ていると。

「勝手ながら、刀身にライラックの花を彫っています。
 お嬢様の・・・、好きな花でしたから。」

「宜しいのですか?
 私がこれを頂いても。」

そう言うと、エマさんは静かに優しく微笑み、
もう1本のナイフを懐かしそうに眺めながら、

「私が今お嬢様と居れるのは、小さな神の奇跡なんです。
 いずれ罪問われ冥府に落ちようとも、その奇跡だけは忘れるなと。
 私は私が胸の張れる生き方をし、受け継ぐ者を見つけることが出来たと。」

そう言って、手に持っていたナイフをテーブルに置かれ、
『ノーラさんが帰ってきます。では、次は楽しいお茶をしましょう。』
そういわれ、部屋を後にされました。



[10094] 研究の日々だな第56話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/04/04 18:01
研究の日々だな第56話





錬金術の基礎とは『硫黄』『水銀』『塩』であり、
これらの物は、言葉のままの物をさすものではなく、物質の変化形態及び性質を現す。
そもそも、錬金術と言う言葉は古くから知られ、ヨーロッパでブームになったのがちょうど今頃から、
大体16世紀ぐらいまでで、錬金術からは今の化学で用いられる、塩酸や硝酸なども発見されるなど、
いわば、現代科学の根幹をなしているものといってもいいだろう。

そもそも、錬金術師達の到達点というのも多岐にわたり、ある者は賢者の石を求め、
ある者は卑金属を金の変える方法を模索し、またある者は完全なる生命体としてホムンクルス作成にいそしんでいる。
そもそも、錬金術で言う金とは正常な金属と言う意味で、金と銀以外の金属は不純物が混じり、
病気にかかっている状態だと定義され、その病気の状態を治すものが賢者の石とされるが、
錬金術自体の定義が千差万別のため、これだけには括られないだろう。

ついでに言えば、探求者である錬金術師は魔法使いと同一視され、火刑に処せられた者もいるが、
それもごく一部で、ルネッサンス時期になると、国王や貴族などの保護を得て、潤滑な資金で実験にいそしんでいる。
まぁ、そうでもして金を得ないと、王国の資金がもたないと言う時代背景もあるが、
そもそも、卑金属を貴金属に変化させる方法は元素を書き換えて、別の物質に変えようとする行為と同じで、
今時期の実験装置では先ず成功の見込みは少ない。

だが、この世界の魔法が関わると、少々毛色が変わってくる。
今俺が使える魔法を科学的な検知で見ると、物体の相転移つまりは、
問答無用で、触れた瞬間に相手を気体にまで出来、物体を消失させるエクスキューショナーソード。

超低温空間で相手を粉砕、もしくは冷凍封印出来るおわるせかい、こおるせかい。
重力と言う、物理法則をまるっきり無視しようと思えば、好きなだけ無視する事のできる重力魔法。
これだけの術が揃い、その術を科学的検知で考察できる世界があり、それを扱える人間が豊富にいる世界。
つまる所、この世界は魔法が有って錬金術が出来、そして魔法化学へと昇華して行くのだろう。

「エヴァさんお茶をどうぞ。
 最近は冷えますね、明日には雪かもしれません。」

そう言って、タイプライターを打つ俺の横にロベルタがお茶を出してくれる。

「あぁ、ありがとう。
 エマは大丈夫か、この冷え込みは老体には堪える、
 暖炉の火を絶やさぬよう、できるだけ室内を暖かくしてあげてくれ。」

そう、礼を言ってお茶を1啜り。
エマの下に身を寄せて長くなるが、半年を過ぎた辺りからロベルタはよくエマと2人で話している。
何を話しているかは知らないが、上手い具合に2人の気が合ったのだろう、夜更けまで話しこんでいる姿をたまに見かける。
そんな姿を見る俺だが、相変わらず自責の念はぬぐえず、エマを避けているわけではないが、
それでも、まるっきり2人きりでいる時間と言うのも少ない。

それでも、俺のけじめとして、俺は彼女の側にいないといけない。
きっと、今旅立てば後悔しか残らず、それが残らなかったとしても、
俺は多分、この先笑うたびに自身がはっきり笑えているという、自覚すらもてなくなるだろうから。
だから、今の状態にもどうにか、打開策を見つけたいのだが、どうにも糸口が見つからない。
やはり、正面から口を開いて、今の俺を見てもらうしかないのだろうか?

「エヴァさんも、一緒にお茶をされてはどうですか?
 ノーラさんも席について、今から寝る前のお茶をしますが。」

そう、ロベルタが柔らかな表情で、俺の横に立ち話してくるが、

「すまない、今のうちにタイプしておきたいモノがある。
 次の機会には、必ず席に着くと伝えておいてくれ。」

そう言うと、ロベルタはスッと一礼し去り際に、

「エヴァさん、時は経つものです。
 陳腐な言葉ですが、同じ時はなく、同じ言葉が口から出ることもありません。
 私は人を学んでいる途中ですが、それでも、潰える時のある者が散るのは一瞬です。
 現に、私はこの世界に来て明確な意思で人を手にかけて、あの遺跡に居た咎人と同じ道を歩んでいます。
 ですが、私は今更ですがアレの苦悩が判るような気がします。」

そのロベルタの言葉に耳を傾け、ロベルタの背を見ていると、
片手をスッと握り、

「人でない私が人になった時、きっと私は失う事を最も恐れるでしょう。
 感情と思考を得るということは、失う恐怖を得るのと同義です。
 それはまるで・・・、選択の自由の代価が責任と義務であるかのように。」

そういって、ロベルタは部屋から出て行った。
そして、静かになった部屋でイスの背もたれに背を預け、
『ギシッ』と言う音が家鳴りのように響くが、それさえ気にせず空を見る。

「責任と義務か・・・。」

言葉を吐きながら自身の手を掲げると、目に飛び込むのは無骨な手ではなく白く細い手。
既に薄れ始めている俺の記憶、新しく入り込む私の記憶。
すべては自身の経験で、今を生きて体験しているから得られるモノ。

得たモノは多い・・・。
魔法に旅の仲間に見知らぬ世界で、曖昧な時を生きるという権利。
失ったモノも多い・・・。
自身が終わる時まで付き合ってくれた名に、それまでの生活。
いや、失ったモノは元々、俺が飽き飽きしていたモノだ。

そして今の俺がある。
当然だ、すべてを承知し腹を括り、彼女を喰らって俺は今ここに居る。
それが俺の選択した自由なら、エマに会い言葉を交わし、彼女のために少しでもいい思い出を作るのが、
きっと今の俺の責任であり、確実にこなすべき義務だろう。

「契約には代価を、自由には責任を。
 救い上げられた命の価値は、誰にも決める事はできないが、
 それの使い道なら、救い上げられた私が決める事ができる。
 普通を嫌い、異常を趣向し、下手をすればろくでなしとでも言われるような私だが、それでも、誇りも信念もある。
 だから、私はこの体で生きて逝き、逝きそびれてもなお、前に進む者だ。」

そう、思うも今日の所は、行かないと言ってしまった手前、部屋で書き物をするのが得策だろう。
実際、今書いている物は自身の知識を紙に書き写し、再確認する作業に等しいのだから。
そう思い、タイプライターに新しい紙を送りタイプを再開する。

『ホムンクルス、オリハルコン、賢者の石、エリクサーについての考察 Vol92』

現在の研究で解明できそうな物は、第1にオリハルコンである。
これはかつて地面に書いていた物を考察及び、可能性としてついた結果である。
物体の耐衝撃性を最も緩和できるのは球体であるが、それを集結した場合球と球の間に隙間が空き、
結果としてその隙間に水分等が浸食する事により、物の腐敗や劣化が起こる。

なら、他の形態を模索した場合、3角形4角形等となるが、
いずれの形も耐衝撃性としては立体にした場合面の面積が広くまた、それらの形を結合した場合、
表面的な形が歪になり、結果として耐衝撃性は低くなる。
そこで、どの形ならば耐衝撃性図形及び、結合時に無理が現れないかと言うと、
中身を人体同様にするという、制約があるため正6面体となる。

これらの考察を元に、正6面体の元素もしくは、結晶物の集結結合及び、
魔力コーティング及び、無機物へのエンチャントを行い各素材で試す。
目標としては、耐衝撃性、耐熱性、耐冷性、耐腐食性、耐侵食性。
以後、複数点を併せ持つ構造になるため、いくつもの物質を何層にも重ねて作る事を考え、
更に、その物質をすべて正6面体でそろえる事を構想する。

現状で考え付く素材を上げるなら、炭素で硬度を出し、チタンで耐衝撃性、セラミックで耐熱性、
フッ素で耐腐食性、ステンレスで耐侵食性の役割を持たせる。
ただし、これらよりなおよい素材がある場合は、そちらを採用するため、
材料は現段階では模索中、むしろ、表面加工やエリクサーの事を考えると、
各素材に薄い溝を空ける可能性も考慮する。

また、エンチャント技術の技術向上により、現段階ではミスリルモドキが高純度で精製可能であるが、
錬金術の基礎にのっとり、金でこれと同様の結果が得られないかも検討中。
実際試してみた所、結果としては少々微妙な結果である。
金の属性は陽に値し、銀の属性は陰となるが、これは太陽と月をあらわし、
魔法的にもシンボルとはしやすい、ただ、対極に位置するため、
同様の方法では上手く作用しないのだろう。

次に解明できそうな物質は、エリクサーである。
現状、遺跡の地下で咎人の樽より採取した液体及び、チャチャゼロ及び、
キールが戦闘した個体に付着した液体より研究を進めるも、顕微鏡等がないため細かく見ることが出来ない。
なので、現状できる五感による方法で分析すると、匂いは皆無、見た目は透明、触っても特に問題はなく、
まして耳で音を聞こうにも音がなるわけもない。

なので、最終手段として最も取りたくない方法だが、味覚による調査を実施。
しかし、この調査により解った事がある。
無臭無音透明な、この液体は少なくとも、味覚に当てるとしょっぱいのである。
その事から察するに、この液体に少なくとも塩分が入っていると考察できるが、
蒸発実験を実際に行い、塩が実際に検出されれば成分の1つが断定できるのだが、
元の液体の量が少ないので、それを行うまで実験をこなせていない。

これについては、新世界に戻る際に実験施設等に持ち込んで、
正式なデータを検出できれば、それがもっとも良好だろう。
少なくとも、現在所有する学校払い下げの実験器具では、心ともないのが本音なので、
この際、新世界で一式実験に必要そうな機器を購入する事も視野に入れよう。

現在の所有財産は、十二分に余りあるので、施設襲撃ではなくとも多分いけるはずだ、よっぽど運が悪くなければだが。
後の2つについては、この2つより先に研究しだすも、
よい研究結果が出ていないため、前回の走り書きメモと併用し考察する。


『闇の魔法の研究考察 Vol295』


現状において魔法球内での修行で『獄炎煉我』及び、
重力系、氷系共に発動を可能とし、氷系発動時は触れたモノの凍結となっている。
また、闇の魔法の最大活用法の敵弾魔力及び、気の吸収に関しては、
魔法銃より放たれる魔力弾を吸収しようと試みるも、自身単体では効率が悪く、
獄炎煉我を兵装中に、そのまま敵を殴りに行った方が効率的に敵魔力を吸収できる。

これは、多分闇系魔法の特性が、吸収面の特化しているためと考察し、
地面に魔法陣を書き、吸収する方法を模索するも、チャチャゼロ及びロベルタと模擬戦時に実践を試みるも、
接近戦闘中にその準備をする時間の捻出及び、地面に書くという関係上その人を侵されてしまえば容易に潰される。
また、自身の体に魔方陣を刺青として施すというプランも思想したが、それはすぐさま却下した。
理由としては、彫った側から体が再生され消え去るためであり、他の案としては、自身より流れ出る血を使い、
手の平等に魔方陣を施すという案も検討したが、結果的に言えばこれは可能である。

流れ出た血を操作して書いてもいいが、しかし、魔法陣を書いている間、
自身の両手もしくは意識を裂くため、戦闘に集中できず多少なりとも無防備になる点、
高速戦闘中に避けの一辺倒では、書き終わるまでの時間に仕留められると、チャチャゼロ本人より言葉をもらった。
この点を考えるなら、魔力吸収自体は不可能ではないが、前準備を確実に行い、かつ、不意打ちと言う要素を必要とする。
また、空中に魔法陣を書くなら、自身の歩いた軌跡を用いる事も検討しているが、戦闘中に思ったように敵を誘導及び、
間違いなく魔方陣を書くという関係上、中々に難しいという結果もある。

これは、ロベルタよりの指摘で、同じような軌道で動き、術を発動使用としているので、
その動きに、敵側である私が合わせる必要性も無く、見え見えの動きではすぐに読まれるといわれた。
この事より考察するに、敵弾吸収の効果を得るには代価として、
一時的な戦闘不能状態及び、下準備の必要性と言う作業代価が上げられる。

ただ、1度発動した場合、魔方陣があらゆる面で破壊されない限りは、敵弾吸収が発動するので、
魔法メインもしくは、気メインの攻撃をしてくる相手では発動中の私を倒しきる事ができず、
相手が屈するまで、立っているだけでも勝つことができる。
もっとも、これは相手が魔法と気を使うことが前提となるわけだが。

また、敵弾吸収以外の模索案として、固定状態で掌握せずに、延滞呪文の要領で大型魔法を放つという案もある。
これに関する弊害は今の所なく、圧縮呪文の要領で発動ワードを叫ぶだけで、すぐさま放てる状態である。
闇の魔法とは、あくまで兵装であって攻撃魔法ではない。
言ってしまえば、矛ではなく楯に位置し、攻勢防御と言う面で特化するのが、闇の魔法ないし咸卦法である。
その事から考察するに、もっと他の矛を検討するのも1つの案である。


と、ここまでタイプライターのキーを叩いて一息。
実際、研究時間と実践時間が併走している為、大きな躍進は望めない。
ただ、ディルムッドやロベルタと戦闘しているため、それなりには強くなっていると思う。
だがまぁ、中々勝たせてもらえないのもまた、一般人と英霊との差なんだろう。
もっとも、たまには勝っているのだが。

そう思いながら、ロベルタが入れてくれたお茶を飲むも、
放置時間が長かったせいだろう、冷めてキンキンに冷えていて、
どちらかと言うと、朝一の目覚めの一杯の方が相応しい。
そんな事を思いながら、もう少し飲み物が欲しいと、夜更け過ぎの静かな家の中を歩く。

石造りで、がっしりとしたこの家は、キィキィと言う家鳴りもせず、
ただ、静寂のみを住む者に伝え、一人で住むには多少広くも感じるが、
仕事場と兼任するなら、やはりこれぐらいの広さがいるのだろう。
そんな事をぼーっと考えながら廊下を進み、もうすぐ水瓶のある所。

時間はもう夜更け過ぎ、多分3時ぐらいだろうか?
時計がないせいで、時間の感覚が曖昧だが、多分それぐらいだろう。
そんな時間なのに、その部屋の扉の隙間からは光が漏れ出している。

・・・、賊かもしれない。
最近、羊の加護かエマの店はよく繁盛し、元々の固定客から口コミで広まったらしい。
ついでに言えば、看板娘であるノーラも町では人気者で、リュビンハイゲンとは雲泥の差。
まぁ後は、ディルムッドは元々イギリス方面の英霊なので、町娘からは声をかけられ、
ロベルタは、なぜか色んな人から一目置かれている。

ちなみに俺は、たまに宝石なんかのプレゼントをもらうぐらい。
まぁ、こんな性格では魅力的ではないだろうから、仕方がないといえば、仕方がないのだろう。
男にモテた所で嬉しくもなんともないが、逆に女性にモテてもなんとも。
ただ、宝石をくれる男と言うのも、中々に裏がありそうで怖いわけだが。
と、そうではない。

ソロリソロリと、音を消す魔法をかけたのにそう歩くのは、ある意味人間だった頃の性か、
抜き足差し足で歩き、扉の隙間よりこっそりと中をのぞく。
そこに居たのは、コックリコックリと頭で舟をこぐエマ。
彼女は几帳面で、だらしのない事はしない人だが、珍しい事もあるものだ。
そう思い、部屋に音を立てないようにして入る。
一応、暖炉もあるので大丈夫だと思うが、それでも一枚肩に毛布をかけるぐらいはいいだろう。

そう思い、部屋にいったん戻り毛布を取ってきて、後ろからエマの肩にかける。
多分、彼女は遅くまでここで縫い物をしていたのだろう、
質のいい白い布を膝の上に置いたままの姿勢で、舟を漕いでいたのだから。
そんな小さな彼女の背に、背後から毛布をかける自身に自嘲の念がわく。

「こんなことしても、自身の慰めでしかない・・・。
 面と向かって話すのが怖いから、寝ている時でさえ背から近付き、居たと言う痕跡だけを残す。
 エマ・・・、すまない。臆病な私を許してくれとは言わない。
 ただ・・・。」

毛布をかけて、彼女の肩に置いたままの手には、彼女の体温がわずかに伝わる。
ほのかな温もりは、彼女がここにいる事を示し、その肉が落ちて細い肩は彼女が年齢を重ねた事を伝える。
来るべき日はきっと遠くない、この1年とは言わないが、それでも、20年、30年と言うのは欲張りだろう。
それが時の移ろいで、人の生きる道と言うもの。

止まらず、休まず、朽ちず、逝かず。
吸血鬼とは闘争の徒で、恐ろしい化け物で、人に仇名す者。
しかし、それは人の視点で、本当は吸血鬼は凄い寂しがり屋なのではないだろうか?
時の流れに乗る魂の舟をせき止められ、後にも前にも進めず仕方無しに、死なない者を作り自身を慰める。
それが児戯か否かは知らないが、少なくとも、俺はこれからも人に関わり続けるだろう。
嫌われようと、殺されようと、多分これは変わらない。
なにせ、1人でいるのはつまらないから。

哀しみは一人で背負えばいい。
他者に共感されるのは、ありがたいが、知ったかぶりで同情されているようで居心地が悪い。
それに、その哀しみは自身のもので、他者にそれを与えるものではない。
例え、それで他者が哀しもうとも、その哀しみは他者のものでしかない。
弱さを知り、負けを知り、傷を追う事を恐れずに、その傷を光にかざせる者。
そういう者こそ、真の強者であり、前と言う名の明日を見続ける者だろう。
そう考えていると、自身の手にふわりと、細く細かいしわの刻まれた手が重ねられ、

「・・・、今はそういう風に話されるのですね。」

そう、静かにエマが言葉を紡ぐ。
手は重ねられたままで、無碍に振りほどくのははばかられ、
引っ込めるにはタイミングが悪すぎる。
むしろ、俺は多分この機会を逃せば、エマと正面から話すことは出来ない。
臆病な俺は、こうして手を握ってもらい、捕まえて貰わないと彼女の前には留まれない。

「あぁ・・・、今の私はこういう風に話す。」

そう、エマの背に向かって言葉を投げかければ、
エマは振り返る事無く、うつむく様に頭を下げたまま、

「ふふ、なんだかそういう風に話されると、旦那様を思い出しますね。
 何もかもが懐かしい事です・・・、あのお屋敷での暮らしも、そのお屋敷で彩られた記憶も、
 あの晩見た・・・、世界が焼け落ちるかのような業火も・・・。」

そう、彼女は手を重ねたまま、静かに過去を懐かしんで話す。
言葉を聴くたびに思い浮かぶ光景は、きっと今なお俺の中で息づく彼女のモノだろう。
そして、その浮かび上がる記憶には決まって、彼女の姿がある。

「貴女は・・・、こんなにも私の近くにいる。
 そして、私もこんなにも貴女の近くにいる。」

そう言葉を吐くと、エマは優しい語調で、俺の手の甲を指で撫でながら、

「はい、確かに私達は近くにいます。
 そして、こうして触れ合っています。
 顔を見ては言えない事も、背中越しなら話せることもあります。
 私の知っているお嬢様、私の知らないお嬢様。
 私の知っているお嬢様の手は、こんなにも大きくありませんでしたが、
 今の手は私と同じぐらいですね・・・、懐かしい限りです、お嬢様のお手を引いていた頃が。」

そう紡がれる言葉は、暖炉での光で仄暗く明るい空間に飲み込まれ、俺の耳に届いてくる。
心地よい声だ・・・、慈愛と慈しみのこもった緩やかな声。
背中越でよかったのかも知れない、今頬伝うモノを見られたくないから。

この涙は誰が誰のために・・・。
その答えは、多分簡単には出ない。
だが、出ないからこそ、それを思い悩みエマと接する機会が増えるかもしれない。
そう思うと、いっそう頬を伝うものが増える。
声を上げないために、噛み締めた奥歯は、砕けんばかりに力が加わり、
それでも手には、力を入れないように心がける。

「懐かしい・・・、ライラックの花畑が今も瞼の裏に浮ぶ。
 また、いつか一緒に行って見たいな。」

下した決断が正しいのかは解らない。
だが、真実が時として残酷であるように、嘘が時として優しい事もある。
つけた仮面を・・・、俺は外さない。

「はい・・・、5月頃に見に行きましょう。
 1人ではこの家は広いと思っていましたが、お嬢様達がこられ、ノーラさんが弟子になり、
 広く閑散としていたこの家が、まるで花が咲いたようににぎやかになりました・・・。
 ですが、夫のチャチャゼロさんには悪いですが、たまには2人で行きたいものです。」

そう、手を口元に当てクスリと笑う。
お互い顔は見ていない・・・。
触れ合っているのは肩と手の体温のみ。

「あぁ、そうしよう。
 ここに来るまでに変わってしまった私は、正直エマの前に出るのが怖かった・・・。
 未だに私をお嬢様と呼び、年を取るだけで、外見以外変わらない貴女と話すのが。」


そう、お嬢様が言葉を紡ぎ、背中に新しい体温が伝わってきます。
その心地よい重さは、きっとお嬢様の頭。
お嬢様・・・、未だに私が呼び続ける呼び名。
昔は・・・、こうではなかったのですが、一体何時からでしょう。
紅い花の咲く夜をいくつも越え、自身の手もまた、紅く染まり・・・。
漆黒のメイド服を脱げば、その仮面もまた外せる物と思っていましたが、
だめ・・・、ですね。

この町で初めてお会いした時は、あんなのも素直にお名前を呼べたのに、
こうして共に暮らし、お嬢様が・・・、わが子のように接していた彼女がいるのに、
未だに、私は彼女の事を名前で呼べないのですから。
きっと、何もかもが遅すぎたのでしょう。
再開も・・・、仮面を外すのも・・・。

「大丈夫です・・・。
 お嬢様はお嬢様です。そして・・・、私はお嬢様のメイドです。
 例え、地位や名誉や、お屋敷がなくとも、お嬢様はお嬢様で、私はメイドです。
 ただ、私が逝った後は、この店の切り盛りを手伝ってあげてください・・・。」

そう言うと、お嬢様は私の背中に頭をグリグリこすりつけながら、

「そう、悲しい事は言わないでくれ・・・。
 いずれ別れは来る・・・、だが、その来る時までは笑っていよう。
 エマの頼みなら、いくらでもこの店を盛り立てる。」

その言葉に頬伝うモノが1つ。
おかしいですね、仮面をつけていれば、悲しみも苦しみも・・・、
喜びさえも、この胸に溜め込めると思っていましたのに、
枯れたはずの涙とは、こんなにも暖かかったのですね・・・。

「はい・・・、お嬢様。
 幸多き日々にしましょう。
 ノーラさんは腕はいいです、ですが商人相手には少々人がよすぎます。
 チャチャゼロさんも商人なら、商人の相手はお手の物、それに、お嬢様と言う看板がつけば、
 この店は、この国1にだってなれます。」

そう言葉を紡ぐと、背中にあった重さが減り、
肩にある手の暖かさのみが、私にお嬢様の存在を伝えてきます。
今思えば、こうして肩に手をのせてもらうのも、幼少の頃以来でしたね・・・。

私も、歳を取るはずです。
日々の暮らしで、何気なく持った食器の重さに気付き、
辺りの寒さに敏感になり、気がつけば、今日はここで居眠り。
フフ・・・、ですが、こうして歳を取るのもいいものですね。
今日、この時この場でなければ、こうして話す事が出来なかったのですから。

「雪か・・・。」

そのお嬢様の言葉に釣られて外を見れば、闇の中にヒラリヒラリと舞う白いモノ。
いくつもの冬を越え、いくつもの夜を駆け、いくつもの太陽に背を向ける。

「もう降り出しましたか・・・。」

捨てた温もりは、凍えるほど冷たい心の中に閉ざし、
暖かな光景を、影の中よりひっそりと見守る。
ただ、今は肩にある小さな温かみに縋るように、安らぎを求め、

「寒くはないか?」

共にある喜びを分かつために、声を出そう。
語られる言葉は、ありきたりでも、それに心が乗れば意味が出る。

「大丈夫です、お嬢様は大丈夫ですか?」

互いの顔を見ぬまま、紡がれる言葉は闇に消えて胸に届く。

「私は・・・、大丈夫だ。
 エマが側にいるから暖かい。」

止まらぬ涙はなく、いずれ濡れた頬も乾く。
腫れぼったい目は、きっと笑顔への近道。

「そう・・・、ですか。」

過ぎ去る時は夜の闇に消え、その闇を切り裂くように、暖炉の光が暖かく輝く。
静かな時は能動的で、共にあるときを賛美すれば、

「あぁ。」

言葉は短くとも、きっとお互いに分かり合える。
例え、それが顔が見えない肩と手の温もりだけでも。



[10094] すれ違う人々だな第57話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:9e0e11ed
Date: 2010/04/13 22:55
すれ違う人々だな第57話



エマと話し、過ぎ去り際にエマからスカートの裾をつかまれ、
今度はエマが俺の背を見ながら言葉を交わし、そうして流れた暖かな時間の流れが、
この年初めて降った雪が、外の世界の色を消したように白一色に染めあげた朝。
俺は始めて、エマと背中越しに正面から向き合えたような気がする。
結局、朝日差し込む部屋でお互いを正面からは見なかった。

それは、お互いが顔を見るのを避けたのか、
それとも、お互いにタイミングを逃したのかは解らない。
だが、ただ一言言える事があるとすれば、俺と・・・、
いや、エヴァを見続けるエマと俺とはどこかで繋がれたんだと思う。

お互いの関係は、未だに変わる事はない。
未だに俺はあまりエマの前に姿を現さないし、エマはエマで、
俺の事を『お嬢様』と呼ぶことを止めない。
だが、それでも今は何処か重かった肩が軽くなったような気がするし、
変に肩肘張ることもなく、自然体でいれると思う。

「エヴァ、今日は冷えるな、薪を早く買って家へ戻ろう。」

「そうですね、白一色の世界に人の灯す明かりが煌くのもロマンチックですが、
 こんな日は、部屋でゆっくりしたいです。」

雪景色の町並みを歩き、靴の裏に雪のシャリシャリと言う感覚を味わいながら、
ディルムッドとロベルタとノーラを連れて、ライアの店に薪と布を買いに行った帰り道。
吐き出される息は白く、町を行きかう人もまばらで、もうじき夜になろうという頃。
空には厚い雲がかかり、また雪が降ってこようかと言う雰囲気が漂う中、

「あぁ、早く帰ろう。
 今の私達には、ちゃんとした買えるべき所があるのだから。」

そう、言葉を発するたびに口から白い息が漏れる。
海外の冬は初めてだったが、位置座標的に北極が近いせいか、
イギリスの冬は、一段と冷えるようなきがする。

「ちゃんとした帰るべき場所・・・、か。
 エヴァの口からその言葉が出るとはな。」

そう、厚手のマントを羽織ったディルムッドが、
背中に薪を担ぎながら、俺の顔を見て話す。

「なんだかしみじみしてますね、チャチャゼロさん。
 でも、ロベルタさんの意見には賛成です。ね、エネク。」

そう、横を歩くノーラがエネクを抱えながらロベルタの顔を見ながら話し、
それに対してロベルタが、小脇に挟んだ布を抱えなおしながら、

「拠り所があるのはいいことですよ。」

そう言葉を発する。
拠り所・・・、か。
・・・、そうだな、今の居場所はきっとかけがえのない、暖かいものだろう、
慕う人がいて、仲間がいて、住む場所があって、こうして何気なく話せる。
それはきっと、何気ない幸せなのだろう。

「変える前に酒場で、ワインと暖かいものでも買って帰ろう。」

その俺の提案で、町の酒場に向かう。
町の酒場はこの寒空の下でも、人でにぎわい誰かが歌った歌が店内でこだまする。
歌われる歌は知らない異国の歌で、聴いた事もないような歌だが、不思議とこの店には合う。
そんな酒場の店主とは知り合いではないが、それでもボチボチ買い物には来るので、まったく知らない間からと言うわけでもない。

「だからよ、それじゃ足りないっていってるだろガキ!
 それに、横にいるヤツも、気持ち悪いからとっとと出て行け!」

「ん~、そう言われても困るんだけどおじさん。
 そもそも、前払い金は届いてるはずだよ?」

そう、酒場に入るなりカウンターの方から、店主の怒声が聞こえてくる。
ふむ、穏やかな空気が好きなこの店にしては、珍しい光景である。
実際の所、戦中と戦終結後では、戦終結後の方が治安が悪くなるが、
これは戦中、傭兵として働いていた者達が、職に溢れて盗賊となるケースが多いからである。
そんな中で、この店は珍しく荒くれ者もおらず、静かだったのだが、今日はそうも行かないらしい。

「店主、何があった?」

そうくすんだ金髪の、女性のような青年の前にいる店主に言葉をかければ、
店主は、やれやれといった感じにコチラを向き、

「あぁ、エマさんとこの嬢さん方に旦那。
 いやね、こいつ等が金が足りないのに、商品をよこせとせがんでくるんですよ。」

そう、店主が話すと、青年の方はぷーっと頬を膨らませ、

「先に払った分と、今もって来た分で足りるはずなんだよ。
 ・・・、ウチの使いの人達が取ってなければだけど。」

そういって、青年はニコニコしながら、
唇をチロリと舌で舐めて、眉をハの字にして話す。
その青年の姿を見た、横の黒服の男が何処か怯えたように、

「シ、シーナ帰ろう!早く帰ろう!
 商品はまた今度でいいから、早く!」

そうせかしている。
金が足りない・・・、ね。

「店主、いくら足りない?」

そう聞くと、店主が提示する額は早々高額でもない。

「それぐらいなら私が出すよ。」

そう言って足りない額を出すと、店主は青年の持ってきた分とあわせて数え、
額が足りている事を確認すると、商品を持ってきて青年に手渡しながら、

「礼を言っとけよガキ。
 こんな事してくれる人は、めったにいないんだからな。」

そう言われた青年は、俺の方を向きながら、
ニコニコした顔で、

「ありがとうお嬢さん。
 僕はシーナ、お嬢さん達は?」

そう聞いてくるので、各々が自己紹介をし青年達は、もう1度お礼を言って店を後にした。
そんなやり取りを見ていたディルムッドが、珍しげに、

「エヴァが無償で人助けをするなんて珍しいな。」

そう、話しかけてくるが、強いて言うなら、

「なに、たんに気分がよかっただけだ。
 普段なら、声すらかけずに、さっさと用事を済ませて帰っている。
 さて、さっさと用事を済ませて帰ろう、エマも待っていることだし。」

そう言って、酒場でワインと暖かい牛肉のスープを買う。
きっとエマは夕飯を準備しているだろうが、それでも一品増えたぐらい問題ないだろう。
そう思い、店主の差し出した商品を手に持ち帰路に着く。
買い物をした時間は短かったはずだが、先ほどの青年達の姿はなく、
むしろ、辺りには冷えた空気が漂い、暖かい部屋が恋しくなる。

「日が落ちたせいか、一段と冷えますね。」

そう声を出すのは、自身の手に吐息を吐きかけるノーラ。
雪でも何のそので走り回りそうなエネクも、この寒さはこたえるのかノーラの足に擦り寄っている。
別れてから十数年、エマはいくつの冬を一人で過ごし、俺の事を待っていたのだろうか・・・。
そんな事を考えながら、雲の厚い空を眺めていると、首に暖かい物が巻かれる。
何事かと思っていると、マフラーを巻いたであろうロベルタが、

「今日は冷えますので、これぐらい暖かくしておきませんと。」

そういいながら微笑んでいる。
その姿を見たディルムッドは、俺の横で自身の着ていたマントを、
ごそごそして脱ごうとしているのだろうが、

「気持ちだけでいいぞ、チャチャゼロ。
 これ以上着ると、着膨れして動きづらいからな。」


そのエヴァの声で、マントを脱ぐのを止める。
何があったのか知らないが、最近エヴァは雰囲気が柔らかくなったようなきがする。
エマに出会った当初、エヴァはあの病気の時のように何処か雰囲気がおかしく、
人格が、別の人と代わったのではないかと思うぐらい、行動も発言も変わっていた。
だが、それもある日を境になくなり、エマの前でも何時もの口調で話し、
相変わらず、エマの前では魔法薬を吸わないものの、俺達と部屋にいる時は吸うようになった。

「君は細いから、少々着込んでも大丈夫なような気もするけどな。」

そう、エヴァに向かって話すと、彼女は手をパタパタさせながら、

「細いのと着膨れは別だよ、あんまりモコモコすると逆に暑くなりすぎる。
 今の私には、これぐらいでちょうどいいさ。
 ノーラの方は寒くないか?」

そう言って、エヴァはノーラに話を振るが、
ノーラの方は、エネクを胸に抱きかかえながら、クルリと一回転して見せて、

「今日は厚着してるから大丈夫です。
 それに、エネクもいるから暖かいです。ね、エネク。」

そう言いながら、ノーラはエネクと笑いあっている。
なんだかこうしていると、俺達が人で無いと言うのが嘘のように感じる。
人と俺達を分けるのは、時間と言うものだろう。
呼ばれて仕事をして帰る。

それが今までだったとしても、これからはきっと違う。
騎士団にいた頃も、人が死ぬ姿は見た。
それが年老いての死か、戦場で散って逝ったのかは別だが、
それでも、人の死ぬ姿と言うのは今までに多く目にした。

そんな事を思い出すのは、日々成長するノーラを見て、
歳を取った、エマと言う女性を見るからだろう。
彼女たちの時は、俺の目の前で緩やかに流れている。
エヴァがエマの事を気にし、きっと看取るまでは彼女の側にいるのだろう、と言う事も容易に想像ができる。

そして、多分彼女にとってエマの死が初めての看取る死であり、
彼女自身の手を、初めて血で汚さない死の触れ方だろう。
こう言ったものは、きっと理屈ではなく、体験によるもので、
触れて、初めて解るものと言うモノだろう。

「何をぼさっとしている、帰るぞチャチャゼロ。」

「あぁ、今行く。」

そう、俺の少し先を行くエヴァが声をかけ、
後を追うように、彼女達の所に小走りで走りよる。
その時、頬に1つ冷たいものが中り、立ち止まって空を見ると、
舞い降りてくる白いもの、昨日も降ったのによく振るものだ。
そう思いながら彼女達に追いつき、

「降りだしたな。」

そう、誰に向かってでもなく声を出すと、

「あぁ・・・、先に帰ってくれ。
 私は一服してから帰るよ。」

そう言って、エヴァは1人で何処かへいき、
ロベルタとノーラは家へ戻ると言い、先に家へ。
そして、残された俺はエヴァの所に行こうと、後を追う。
雪が降り、家の明かりしかないこの町の夜はとても静かで、
聞こえてくる音といえば、狼の遠吠えか、たまにいる酔っ払いの声しか聞こえない。

そんな中、彼女の背を負えば、彼女は暗い路地裏に入り、
地面を蹴って、空を飛んだ後だった。
俺も同じように空を飛び、彼女の行きつく先に行けば、
彼女は町で一番高い建物の屋根に座り、パイプを口に銜えて、
白い息とも煙ともつかない物を吐き出している。
そんな彼女の横に、降り立つと、
彼女は俺のほうを見ずに、ただ高いこの建物の屋根から町の景色を俯瞰して、

「雪は好きだ・・・、色んなモノを白く塗りつぶしてくれる。
 例え、それが醜かろうと、美しかろうと、綺麗だろうと、穢れていようと。
 こうして、高い所から町を俯瞰していると思うよ。
 すべては、白く美しい夢のようだと・・・、そう思わんかチャチャゼロ?」

そう、言葉を吐きながら肩越しに俺の顔を見てくる。
降り続く雪は黒い世界に白い軌跡を残し、地に舞い降りて積もり続ける。

「急に、どうしてそんな話を?」

そう、エヴァの横に座りながら口を開く。
そうすると、彼女は顎を両手で支えた姿勢で前を見ながら、

「何となく・・・、な。
 お前が、人の死に初めて触れたのはいつか覚えているか?」

そう聞かれて、自身の生前を振り返る。
いくつもの戦場を駆け、幾人もの仲間と戦い、
裏切りの汚名を着たまま、妻と共に逃亡をと付け、
陰日向にと走り回った人生は、血に塗れた道程だったが、
不思議と、始めて触れた死については覚えていない・・・。

「いや、もう記憶の海に消えた。
 覚えること、忘れない事が人の美徳なら、
 色あせて、忘却していく事は、人の本能だと思うよ。
 ・・・、そういう君は覚えているのか?」

そう、彼女に聞くと、彼女は口から吐き出した煙で輪っかを作りながら、

「覚えているよ・・・、不思議な事に、幼子の記憶だが意外と鮮明だ。」

そういう彼女は、何処か人間臭く、人で無いという事を一番間近で見ていた俺でさえ、
彼女の事を、人だと間違ってしまいそうになる。
だからだろう、そんな彼女に俺の着ていたマントを背中からかけると、

「寒くはないよ、お前の方が寒そうに見える。」

そう、彼女はマントを払う事もなく、言葉とは裏腹にかけられたマントの、
前を両手で持ちながら、言葉を吐く。

「なに、君は着膨れしても細い。」

そう言うと、彼女は天を見上げ静かに、

「そうか・・・、変わらないのと、変われないのは別の事だったな。」

そう、何のことを言っているか分からないが、言葉をそう紡ぎすっくと立ち上がると、
俺のほうに手を差し出しながら、

「さぁ、帰ろう。
 すぐに帰ろう・・・、あそこは暖かい我が家だ。
 それに・・・、エマも待ってる。」

そういう彼女の手を取り立ち上がり、膝の裏と背に手を回し抱きかかえる。
彼女はこういうことを、あまり好きではないようなので、暴れるかと思ったが、
不思議と暴れる事無く、俺のするがままになる。

「意外だな、暴れるかと思った。」

そう素直に感想を言うと、彼女はこともなげに、

「私より、お前の方が早いだろ?
 なら、どう運ぶかは夫に任せる。」

そういわれ、屋根を飛び降りて地を走る。
無論、既に彼女が魔法を使っていたおかげで、人の早々見つかる事は無いし、
雪と闇に閉ざされた街では、人通りも皆無。
そんな所を疾走して、エマの家の扉の前に着くと、彼女はそのまま扉をノック。
そして、出迎えたのは、

「お帰りなさいませお嬢様、夫婦仲が宜しいですね。」

そう、優しそうな笑顔を浮かべるエマに、
エヴァが赤面したのは、言葉にするまでもない。
ただ、こんな日常が、後何年か続くのも悪くないと思う。

「あぁ、俺たちは夫婦だからな。」


ーsideシーナー


久々の町は、白い雪に閉ざされて面白みがなかった。
一緒に連れてきたジュアは、相変わらず僕に怯えてばかりで変な感じ。

「シ、シーナさんやめ・・・、ギャ!!」

酒場の店主さんは、お金が足りないといって僕を怒ってくる。
でも、確かに店主さんは正しかった。
だって、お金は使いの人が、文字通り使い込んでいたんだし。

「ん~、いいよ。
 今のでやめてあげる。
 ジュアも、そんなに震えないでよ。」

そう、黒い服を着たジュアに声をかける。
初めてこの人に会ったときは、何処か人間味がなかったのに、
今では、こんなにも感情豊かな人になった。
そんなジュアに、今使いの人の肩から引き千切った腕を食べながら言う。
口の中には、ザクロに似た味が広がって美味しいけど、ただの人間のはあまり美味しくない。

「ジュア、あの人の傷治せる?」

そう、ジュアに聞くと、
彼は頭を抱えてブルブル震えながら、親指をかじっていたのを止め、
使いの人の所まではいずって行って、その人の傷を弄繰り回している。
そんなジュアの姿を見ながら、今日酒場で出会った優しい人の事を思い出す。
顔に傷のある男の人、黒い髪の女の人、そして、一番美味しそう・・・・・な真っ白な髪に青い瞳の人。
後1人、女の子がいたけど、その子はあんまり美味しそうじゃない。

「ねぇ、ジュアあの人達普通の人なのかな?
 それとも、魔物なのかな?
 とっても美味しそうだったけど。」

そう、肘の辺りまで腕を食べ終えて聞けば、
ジュアは引付を起こしそうな口調で、

「ひ、人でないならそれは魔だ!
 ま、魔でないならそれは人だ!
 それ、それの間があるなら、それは魔法使いだ!!」

「そう、君が言うなら彼女たちは人じゃなかったんだろうね。」

そう言いながら、残りの腕を食べて口を袖でぬぐう。
袖に血がついたけど、どの道今着ている服はボロボロで、綺麗じゃないからかまわない。
アーチェはそういう事を止めろって言うし、みっともないっていうけど、
僕は気にしないし、いわれてもやめる気が無い。

「ねぇ、あの人達ってやっぱり美味しいのかな?」

そう聞くと、ジュアは胸にあるくすんだ銀色の十字架を持って、
跪いて崇めるように、

「魔なら殺せ!!人なら生かせ!!
 喰らえる者はすべてくらい、平らげろ!!
 戦は終わった!!人は死んだ!!魔は残った!!」

そう、ジュアが指を食べつくすんじゃないかと言うぐらい、口の中でかみながら話す。
いつも見ているけど、彼のこういう所はとても器用だと思う。

「とりあえず、砦に戻ろう。
 あんまり遅くなると、アーチェが心配するしね。」

そう、ジュアに言うと、彼は気絶している人を担いでくる。
千切った部分の血は止まって、肉が盛り上がってなんだか不気味だけど、それでも彼が死ぬ事はない。
そんな気絶した彼とジュアを連れて、雪の降る道を歩く。
砦までは結構遠いけど、それでもそんなに苦になるほどでもない。

長かった戦が終わって、結構時間が経って溢れた傭兵達が、僕らの砦に住みだして結構経つけど、
それでも、僕は傭兵達の雰囲気になんだか慣れない。
アーチェが彼らをまとめて、僕は特にすることもないし、
彼らとあんまり関わろうとしないけど、アーチェが昔断ったのに僕の事を弟と呼ぶので、
傭兵達も僕にはそう接してくる。

そんな傭兵達は、戦がなくなって仕事がなくなって、たまにこんな風にお金を取る。
だから、僕がこんな風にお仕置きしてるけど、アーチェはそれも止めろって言うけど僕に止める気はない。
そんなアーチェは、昔着た白い鎧を脱がずに、四六時中いるけど疲れないのかな?
そんな事を考えながら、雪道を歩いているとふと思い出したことがある。

「ねぇジュア、昔読んでいた本・・・、魔道書とかいったかな?
 アレをまた読んで聞かせてよ。」

そう言うと、ジュアは首を縦にブンブン振り、

「ひ、光だ。
 光の章を読もう!!
 何千何万何億と読んで聞かせたが、アレをまた読もう!!」

そう、彼は声を張り上げて叫ぶ。
その声は、暗い森にこだまして、その声を聞いた狼達が森を疾走し、
枯れ木や枝を、踏み砕く音が聞こえてくる。
お腹には、まだ余裕がある。
狼の数は・・・、多分そんなに多くない。
そして、彼らは多分僕の袖についた血の匂いをかぎ別けてる。

「ふふ、ちょっと食事をしてくるよ。
 ジュア、先に帰ってて。」



[10094] 花畑の出会いだな第58話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:968145c2
Date: 2010/04/25 22:56
花畑の出会いだな第58話



寒くどんよりとした冬が過ぎ、季節はもう5月中旬。
夏が近いせいか、最近では半袖でも過ごしやすく、ロングスカートはそのままに、
上は、白の半袖で過ごす事が多くなった。
街の様子は、戦からの復興目覚しく、色々な店が乱立して賑わっている。
ちなみに、その中でもローエン商会は、並み居る商会を差し置いて、町のほぼトップといってもいいほどに繁盛していて、
ライアは毎日ホクホク顔で、指どころか顔までインクで汚している。

ちなみに、ウチの仕立て屋も波に乗り、街では一番と言われていているが、
店に来る客の割合が、男8割女2割と言うのを見ると、なんだか看板娘で売れた感があるのも否めない。
まぁ、この時代の商売はツラと腕と噂が揃えば、どうとでもなるということだろうか?
そんな事を思いながら、エマの所に身を寄せて既に1年半。

ノーラは1人で商品を扱うようになり、ディルムッドロベルタはそんなノーラを補佐。
俺の方はエマと2人で、商品を扱う事が増えた。
もっとも、2人で作業しても言葉は少なく、お互いに2人での空気を楽しんでいるという感があるが、
それでも、最近はお互いに笑顔が増え、緩やかな時というモノを味わっている。

「お嬢様、その糸の色はこの服には合わないのでは?」

「私としては、黒には赤か濃紺、もしくは白がいいと思うが?」

そう言いあいながら、今仕立てている服に使う糸の色を2人で模索している。
仕立てている服は、とある貴族から依頼のあった燕尾服。
ほとんどの物は完成しているが、最後の上着に使う糸で言いあっている。

ちなみに、襟や袖を金糸で縁取りし、襟元に紅い薔薇の刺繍注文をつけられたので、
そこそこ金持ちの貴族からの依頼だと思う。
ただ、薔薇戦争に巻き込まれないかと言う、不安はある訳だがなんとも。
まぁ、紅い薔薇ならランスターで勝利だから、問題ない訳だが。

「あんまり派手じゃない方がいいと思うが?」

「いえいえお嬢様。貴族の方はなんだかんだで派手好きですよ。
 既に、金糸の縁取りがそれを物語っています。」

そういって、エマは金糸で豪奢に仕立てた襟や袖を見せてくる。
何と言うか、シンプルな方が好きな俺から言わせると、

「悪趣味な成金にしか見えんな。
 どうせ豪華にするなら、良い生地の漆黒の燕尾服に、
 大粒のルビーのブローチでワンポイントの方が品がいい。」

そう言うと、エマは口元に軽く手を添えて微笑みながら、

「確かに、作った私が言うのもなんですが悪趣味ですね。」

そういって、お互いの顔を見て微笑みを交わす。
そうすると、エマがそろそろお茶にしましょうと言い、
紅茶とお菓子をトレーに入れて持ってきて、2人で静かな午後を過ごす。
町の通りに面したこの店なのに、今は町の喧騒さえ遠く感じる。

特に喋る事もなく、紅茶の渋みのある香りと、お菓子の甘い香りを楽しみ、
スッと吹く風を感じ開かれた窓の方を見ると、そこにあるのは暖かな日差しと、
行きかう人のシルエットを写す、風に揺れる白いカーテン。
そんな静かな空間で、エマがふと口を開き、

「お嬢様、冬の日の話を覚えていますか?」

そう、静かに俺に聞いてくる。
冬の日の話し・・・、それは多分、

「ライラックの花畑・・・?」

そう言うと、エマはふわりと皴の刻まれた顔に柔和な笑みを浮かべ、
暖かな湯気の立つカップを両手で持ったまま、

「はい・・・、
 最近店に来た青年に聞いたんです。
 森の中にある湖の近くに、そういった花畑があると。
 宜しければ、散歩がてらに行って見ませんか?」

そう、エマは何処か悪戯っ子の様な顔で俺に話しかける。
その顔の意味は多分1つ、2人でたまには出かけたいと言う事だろう。
ここにきてそれなりにたつが、彼女と2人きりで出かけた記憶はない。
それに、エマからのお願いと言うのも、また珍しい事で、彼女は自分のお願いと言うモノを俺にしてこない。
そんな彼女が、今俺にお願いしている。

「あぁ、午後いっぱい使って、
 たまには店の事を忘れて、ゆっくりのんびりと散歩しよう。」

そう言って、俺が出かける準備をしようと席を立つと、
エマは、自身のエプロンのポケットをごそごそと漁り、

「それと、その場所を教えてくれた青年がこれをお嬢様へと。」

そう言いながら、エマが俺の手に載せたのは小さな麻袋。
何かと思い中を見ると、そこに入っていたのは数十枚の硬貨と下手な字で書かれた手紙。
内容を読んでみると、そこに書かれていたのはたった一言。

『あの時のお金。』

の、その一言だった。
はて・・・、何の時のお金だったか?
だが、まぁいい。そう思い散歩の準備に入り、その日の午後も黄昏に暮れ、
少しお互いに近付いた日々が、これからも続くものと思っていた・・・。


ーsideアーチェー


弟のシーナは出会った時も変だったが、長い戦の後、
2度目の再開をはたした時は、それにわをかけて変になっていた。
それに、変と言えば、そのシーナが連れてきた男・・・、ジュアも変だ。
このジュアと言う男、そこに居るのにそこに居る気がしないし、
シーナ以外が話しかけてもろくに答えず、たまに答えたとしても話が通じたためしがない。

「おいシーナ、また流れ着いたヤツを食ったのか?
 いえ、今回は何処だ、腕か足か、それとも、頭なんて言いだすんじゃないだろうな?」

そう聞くと、シーナはニコニコ開いた顔のまま、肩をすくませて、

「腕だけだよアーチェ。
 それに、これはお仕置きだしね、だよねジュア?」

そう言って、シーナはガリガリと、伸びてもいない指の爪をかじるジュアに話しかける。
そうすれば、シュアはジュアで、

「悪事には鉄槌を!!
 盗み働く者は手を失え!!逃げ惑う者は足を切れ!!
 罪は罰を!!法は鉄が如く硬く、苦味を持つモノだ!!」

そう、今回はまぁ意味の分かる事を叫ぶように話している。
もっとも、これの意味が解るという事は、俺もジュアの妄言に毒されだしたという事かもしれない。
だが、それでもモノにはやっていい事と悪い事があるし、やりすぎも同じ事。

「だからって、腕を千切って食うのはやり過ぎだって何べん言えば分かる?
 まったく、一応俺達は名の売れてる傭兵団の俺が頭で、お前が副長なんだ。」

そう言うと、シーナはキョトンとした顔をした後、ポンと手で手の平を打ち、
ニコニコしながら、

「そう言えばそうだったね。
 何時からそうなったか忘れちゃったけど、そんな事もあったね。
 それだと、ジュアは参謀か何か?」

そう言いながら、シーナはジュアの方を見るが、
ジュアは、ズルズルと体を引きずって何処かへ消えていった。
そんなジュアの姿を二人して見ていると、シーナが今更ながら思い出したかのように、

「あぁ、そうだアーチェ。
 少しお金もらったよ。」

そう言って、シーナも部屋を後にしてどこかへと向かう。
そんなシーナの後姿に、俺が声をかけるとすれば、

「何処へいくか知らないが、あんまり遅くなるなよ。
 兄ちゃんである俺が心配するんだから。」

そう言うと、シーナは笑いながら振り返り、

「うん、そう遅くない時間で帰るよアーチェ。」

そう、出会って今まで一度も俺の事を兄と呼ばないシーナは部屋を後にした。
まぁ、この砦を1人で落とせるシーナが、早々死ぬような事はないんだろうが、
そのシーナの奇行はやはり、盗人の手を切るのが普通の罰だとしても何処か目に余る。
そう思いながら、いつも座る石造りのイスに腰をかければ、鎧の擦れる音が耳に届く。
未だに着続けている鎧は不思議と脱ぐ気が起こらず、白かった巨大な剣は血脈のように赤い線が走っていて、
時折鼓動しているような気さえする。

思えば、俺達はこの砦に来たときから、何処かおかしかったのかもしれない。
戦場を駆け、傷ついてもすぐに傷が治る体を手に入れ、砦を一人で落とせる力を手に入れ、
最初は、戦争を早くなくすための力と思っていたが、今見たいな空いた時間で考えると、
戦場で出会った魔法使いや、悪魔を倒すための力なんじゃないかと思うし、
俺を買い取ったヤツも、確か十字架を提げていた・・・。

「まぁ、俺の足りない頭じゃ考えても無駄か。
 ・・・、それにしても、シーナもジュアも、何処を毎日ほっつき歩いてるんだ?
 たまには様子でも見に行くか。」


ーsideシーナー


「ねぇ、君達ちょっとついて来てくれない?」

そう僕が声をかけたのは、砦の入り口近くに居た鎧を着込んだ3人の傭兵。
1人、片腕の無い人が声をかけた時にビクッとしてたから、
もしかしたら、彼は僕が腕を千切った人かもしれない。
でも、そんな事は今は気にしないで、砦のある森を歩いて湖の近くに向かう。

たぶん、あのお婆ちゃんが、優しくて美味しそうな人にお金を返してくれて、
あのお花畑に連れてくれるのは、たぶん今日ぐらいだと思うし、今日こないならまたあそこに行けばいいだけだし。
そんな事を考えながら後ろをチラリと見ると、あんまり傭兵の人たちとは話さないけど、3人の傭兵はちゃんとついて来てくれる。

「ねぇ、ジュア。
 あの娘さんは、今日来てくれるかな?」

そうジュアに聞くと、ジュアは体を左右に揺らしながら、

「来る!!きっと来ている!!
 こなければ、何度でも、そう!!何度でもそこに行けばいい!!
 惹かれあうものは必ず出会う!!それこそまさに世の心理とでも言うように!!」

そう、ジュアが何か難しい事を言っているけど、
最初の来るって言葉が分かれば、後の事はどうでもいい。
なにせ、あのいい匂いがする娘さんがそこに来てくれれば、僕は満足だし、
なぜかあの娘さんからは、昔どこかの狭い部屋に閉じ込められた時に、食べろって言われて食べた続けた変な生き物の匂いに似ている。
でも、あの部屋で食べ続けた、ぴかぴか光る大きい蟲見たいのとか、黒い羽の生えたヤツはなんだったんだろう?
まぁ、美味しかったと思うからからいいのかな?

そんな事を考えながら歩いていると、ジュアが声を上げていつも読んでくれる本の内容を詠う様に話しだす。

「プラ・クテ ビギナル!!光の精霊298柱集い来たりて敵を射て魔法の射手!!
 プラ・クテ ビギナル!!光精召喚天空の英兵98柱!!
 プラ・クテ ビギナル!!光の精よ!!悪しき敵を討たんと我が手に集え!!閃光の強襲・・・。」

「いいよジュア、もう全部覚えちゃったしね。」

そう言うと、ジュアは這いずる様に歩きながら口を閉ざす。
ジュアは僕をあの家に迎えに来てくれた人だけど、いつの間にかおかしくなっちゃった。
彼に一体何があったのかは知らないし、そんな事に興味は無いけど、多分彼は敬虔な人だったと思う。
なにせ、今みたいになっても毎日お祈りするし、くすんだ十字架を肌身離さす持っている。
そんな事を這いずるジュアを見ながら考えていると、後ろの方から声がする。


「なぁ、俺達本当について着てよかったのか?」

そう、長身の体格のいい男が俺に聞いてくるが、

「だけど、ついて行かなかったら何されるか・・・な。」

そう言って、前を歩く2人を見た後に、俺の少し後ろを歩く片腕の無い男を顎で指す。
そいつは、頑丈そうな鎧に兜をかぶっているが、動きはぎこちなく、シーナさんから離れるように歩いている。
ハァ、まったく持って今日はついていない日なんだろう。
朝からコイントスで負けて、仲間の変わりに門番に立ち、もうすぐ終わりって時にシーナさんから声をかけられる。
更に運が悪いといえば、断ろうとした時には次の門番が来ていた事だろう。

荒くれ者で怖い者知らずの傭兵になって、俺は早5年。
今一緒に歩いているやつらも、どこかで剣を交えた敵だったヤツかもしれないし、
どこかの戦場では、共に地を駆けたやつらかも知れねえ。
まぁ、今となってはどうとでもいいことだが、戦が終わって、
盗賊になるのも、面倒だと感じた俺が流れ着いたのがこの砦。

住んでる連中は、俺のように流れ着いた傭兵なんかが多いが、
それでも、あの砦にいればそれなりに仕事は来て、それなりに食うには困らない。
ただまぁ、そこのトップ3人がまともじゃない・・・・・・・と言う事に目をつぶればだが。

「はぁ、やっぱり今からふけるかな。」

そうボソリと声を出すと、片腕の無い男が慌てた様に俺の肩を残った腕でつかみ、

「バカ言うな!お前もこうなりたいのか!?」

そう言って、男は腕の無い肩をなでる。
はぁ、面倒で楽しみも無く、女もいないあの砦じゃ、暇で仕方が無い。
かといって、シーナさんやらアーチェさん達に逆らうのもめんどくさい。
ついでに言えば、腕を千切って食われるのはおっかない。

「面倒だから着いていくさ、叫ぶのも面倒なら、痛がるのも面倒だ。
 ・・・、お前もそう思うだろ?」

そう、横にいる長身で体格のいい男に聞くと、
そいつは首をすくめながら、

「確かに、面倒は面倒だが、それよりも痛いのがいただけない。
 腕を千切って食われるなんて、想像もしたくねーよ。」

そう言い終わると、腕の無い男が怒鳴るように、

「なら、黙って着いていけよ!!」

そう叫び、俺達は前を歩くシーナさん達に黙ってついていくことにした。
まぁ、そのシーナさんの横にいるジュアさんは、何時もながら奇妙な事を口走り、
シーナさんに何か言われるとビクッと震え、それでもいくばくかするとまた口を開く。
はぁ、どうせ出かけるならアーチェさんの方がよかった。

あの人はあの人で、白い鎧と巨大な2本の剣を置いた姿を見た事はないが、
それでも前の2人と違い、頭の中身はとてもまともだ。
戦の終わったこのご時勢でも、教会からの依頼で化け物討伐やら、
街からの依頼で盗賊団の討伐なんてものがあるが、その時は決まってアーチェさんが指揮を取り、
下手をすれば、アーチェさん1人でカタを付けてしまうこともある。

もっとも、そんなアーチェさんが1人で危ないと感じる時に名を呼ぶのは、
砦にいる数多の傭兵ではなく、弟のシーナさんであり、その連れのジュアさんである。
まぁ、どの道アーチェさんがかなわない次点で、俺たちがソレに勝てるわけも無いのだろうが。
そんな事を考えながら、気持ちのいい風を感じながら他の2人と馬鹿話をしながら、
歩いて着いたのは砦から少しいった所にある、湖の近くの花畑。

女みたいな姿のシーナさんが、お花畑で遊ぶというのは似合いすぎていっそのこと気持ち悪いが、
それでも、何時もジュアさんを連れてうろうろしているシーナさんが、
俺達に声を掛けるんだから、きっと何かあるんだろう。
そう思っていると、シーナさんはクルリと俺たちのほうを向いて、何時もみたいにニコニコした顔で、

「呼ぶまで近くで遊んできていいよ、僕はここにいるからね。」

そう言って、木に寄りかかって花畑の方を見つめだした。

「あぁ、そうですかい。なら、嬢さんみたいに花で冠でも作ってきましょうかね。」

そう、ここまで来て、更にこんななんも無い所で、好きにして言いなんていわれた事に嫌味を言って、
俺がきびすを返すと、他の2人も俺に続くように歩き出す。
そんな中、腕の無い男はビクビク震えながら、

「お前はバカか!下手に刺激してあの人がキレたらどうしてくれるんだ!!
 お前達は・・・、お前達はまだ腕が両方あるからいいが、俺なんかもう1本しか残ってねぇんだぞ!!」

そう言って、男は俺の肩を叫びながらつかんでくるが、

「そんなにこえーなら、今から砦を出たらいいだろ。
 好き好んであそこにいて、好き好んで盗み働いて、それの罰で腕千切られたんだ。
 おかしかねぇーし、道理も通る。なぁ。」

そう言って、長身の男を見ると、
そいつはシーナさんの方を見ながら、

「やりすぎはあるが、それでも死なないだけましだな。
 こんな陽気だ、ハレルヤとでも天に叫んで、神に腕を返してもらえるよう頼んだらどうだ?
 それで、シーナさんのクソになってなけりゃ、胃袋の中からかえってくるだろうよ。」

そう、長身の男がジョーク交じりに返すと、
腕の無い男は、顔を真っ赤にしながら大声で、

「化け物は見たから信じるが、クソッたれな神は信じねえ!!
 いるんなら、今すぐ俺の腕を返して、俺を国王にでもしやがれこのブタ野郎!!」

そう、街中で叫べば間違いなく、一発で火刑になる事を腕の無い男は言う。
そんな叫びを聞きながら、俺と長身の男は顔を見合わせ、

「今の俺たちん中で誰が一番命知らずかわかった。」

「奇遇だな、俺もここまで熱狂的に自殺志願するヤツは始めてみた。」

そう言いながら、近くの湖に向かう。
暖かくなった今なら、水浴びして垢を落としても問題はないだろう。
まぁ、あのヘンチクリンどもが声を掛けに来るまでだが・・・。
そう思い、湖の近くに行って、着ていた鎧や剣を置いて湖につかる。
水はまだ冷たいが、それでも震え上がるほどでもない。

腕の無い男は、鎧を脱ぐにももたついていたが、程なくして湖に入った。
そんな男の傷口を見れば、肩口の肉は思ったよりも醜くなく、肉が盛り上がった以外は、
そこに元から、腕なんてなかったかのような印象を受ける。
そんな事を思いながら、水浴びをしていると、花畑のほうから黒いゴミのような・・・、
あぁ、ジュアさんか、そう思った時にはジュアさんは湖に着き、俺たちに声をかける。

「早く上がれ、さぁ上がれ!
 静かに急いで、早く来い!!
 狩りだ!!狩の時間がやってきたぞ!!」

そう叫んでいる本人が、一番五月蝿い様な気がするが、
どうせあの人に言っても、まともに言葉が帰ってくる気がしない。
そう思っていると、長身の男が濡れた髪をかき上げながら、

「行くか。腕を食われちゃかなわん。」

「あぁ、まったくだ。
 おまえもだ・・・、ろ?」

そう、腕の無い男に話を振ろうとしたが、
そいつは既に岸から上がって、早くも鎧を着込んでいる。

「まったく、気の早いことだ。」

そう言葉を残して、俺と長身の男も湖から上がって鎧を着込んで剣を腰に下げる。
はぁ、このまま面倒も無く、一日が終われば町に繰り出して娼婦と遊んでもよかったが、
それも叶いそうも無いらしいし、今から仕事すれば動く気もなくなる。

「はぁ、面倒くせぇー。」

そう言うと、長身の男も渋い顔をしながら、

「まったくだ、まったく持って面倒くさい。」

そう言いながら、先を小走りでは知る片腕の男とジュアさんを追う。
そうして着いたのは、花畑の近くの森の中。
そこに待っていたのは、当然といえば当然のシーナさん。
まぁ、花で出来た冠を頭に載せているのは、俺の言った嫌味に対する意趣返しだろう。
そんなシーナさんは、何時ものように笑顔を振りまきながら俺たちを手招きし、指でチョイチョイと花畑の方を指差す。
見ろと言う意味だろうと、そっと木の陰から花畑を覗くと、その花畑には白い髪の美しい娘と、
黒い服と白いエプロンをつけた、背筋の真っ直ぐした老婆。

街で一番の娼館にいっても、あんな上玉の娘はいないだろうし、
今見ている光景も、貴族の屋敷・・・、それも名門貴族なんかの屋敷に行かないと、見れない光景じゃないだろうか?
そんな事を他の2人も感じ取ったのか、黙ってその光景を見続けている。
そんな中、誰かが舌なめずりする音がしたと思い、そちらの方を見ると、
そこに居たのは花の冠をつけたシーナさん。
そして、そのシーナさんは俺と目が合うと何時ものようにニコニコした顔で、

「ねぇ、あの人達を襲ってきてくれないかな?
 多分、君たちが行けばお婆さんは逃げるだろうし、娘さんもそんなに早く走れないだろうから。
 僕はね、娘さんを捕まえたいんだよ。」

そう言って、微笑むシーナさんはしかし、細めた目は笑わず、何処か獣よりなお鋭く、
夕闇よりなお暗い光を、その瞳に称えているように思う。

「お願い・・・、できるよね?」

そう言って、目が合って硬直している俺の肩をぽんと叩く。
一瞬、脳裏に湖で見た、腕の無い男の体が俺の体に重なる。
叩かれたのは利き腕じゃない、だが、それでも俺が見た肩から先に腕はある。
だが、きっと断れば俺の腕も、目の前の女みたいな男の胃に消える。

「ハッ!面倒くせー、だが、腕を食われるのはもっと面倒くせー。」

そう、俺が言いながら剣を腰から抜くと、他の2人も同じように、剣を抜いて兜をかぶって準備をする。
チッ、上玉の娘と遊ぶなら、宿のベッドの上の方が嬉しいが、それも腕があって命がないと楽しめねぇ。
そう思っていると、長身の男が舌打ちしながら、

「チッ、俺好みの娘なのに、行き着く先は腹の中か。
 一回ぐらい楽しめないかねぇ~。」

そう、誰とも無く話を振るが、それに俺は答えず、代わりに片腕の無い男が、

「死ななきゃまた次の娘に会える、腕1本でも娘は抱ける。
 だが、命が無きゃ次に抱くのは神か天使だ。
 俺に男を抱く趣味はない。」

そうげんなりした声で答える。
まぁ、俺もそんな趣味はねぇ。

「結局、人より自分の命だ。
 好き好んで殺し殺されの傭兵になったが、それでも生きてるなら命は惜しい。
 俺達の命の価値は高々銀貨数枚か、下手すりゃ銅貨にもならねぇ。
 だが、それでも惜しいモノは惜しい。

 なにせ、神は俺達に祝福してくれねぇし、その神は金持ちにしか微笑まねぇ。
 この世のルールは欲しけりゃ力づくで手に入れろ、力が無いならとっととくたばれクソヤロウ、だ。」

そう言うと、長身がヒュ~と口笛を吹き、

「語るね旦那。」

そう茶化しながら、娘と老婆の前に踊りでる。


「綺麗な場所ですねお嬢様。」

そう、エマは俺に話しかける。
昼食をとって、その席でディルムッド達に花畑に行く事を伝え、
家を出発して目的地に着いたのは、何だかんだで太陽の傾きからして3時ぐらいになっていた。
着いた場所は、近くに湖があり色々な花が咲き乱れる、まさに花畑と言うに相応しい場所。
そんな中、記憶を頼りにライラックを探す。
色は薄紫で、4枚の花びらの小さな花をつける木。

「あぁ、綺麗な場所だ。
 昔見た景色に似ている。」

そう言いながら、幼少の頃のエヴァ記憶を呼び起こすと、
ここに似た場所の記憶が浮かび上がる。
その記憶を元に懐かしむと言う、何処か釈然としない事態だが、
それはそれで、悪くは無い・・・、と思う。

そんな事を考えながらエマと花畑を歩き、ちょうど湖の近くでライラックを見つけ、
そのライラックの木陰で座って一休みする。
漂うライラックの香りは、品のいい香水のような香りがし、
俺は今回初めて嗅いだが、体がこの匂いを覚えているのか、とてもリラックスできる。

「確かに懐かしい場所ですね・・・、
 これでお屋敷があれば、あの当時の光景そのままです。」

そう、エマは湖の方を見ながら、昔を懐かしむような声を出す。
あの屋敷は俺が燃やし、ゲスは俺の手で止めを刺し、エヴァの両親の遺骸も多分、
あの屋敷の業火と共に灰に帰っている。
これが、俺が彼女から俺が奪ったもの・・・、か。

「今は炎の記憶しか浮ばない・・・。」

そう、普通に話した筈の自身の声は、何処か耳に渋く聞こえ、
エマもそれを感じ取ったのか、俺の横の静かに腰をかける。

「後悔してらっしゃるのですか?
 自身で、自身の屋敷を焼いた事を。」

そう聞くエマに、俺は顔を伏し、静かに答える。

「後悔はしていない・・・。
 ただ、私はエマの帰る場所を奪ったのかもしれない。」

そう言うと、エマは静かに俺の頭に手を置き、優しく指で髪を梳きながら、

「それでも、今は帰る場所もありますし、お嬢様もいます。
 家はまた建てれば、それでも元通りになりますが、人は死ねばおしまいです。
 後は哀しみのみが降り積もる雪のように重なり、溶ける春を待つばかり。」

主を奪い、帰る家を奪い、彼女の愛しかった人を奪った俺には、
・・・、彼女の手の温もりは熱過ぎる。
そんな彼女に何か言おうと、顔を上げるか否かと言うときに、
彼女の手は俺の頭から手を放し、スッと立ち上がり森の方を見る。

それに習い、俺も森の方を見ると、そこから走ってくる3人の人影・・・。
見える姿は重厚な兜で顔を隠し、手に手に抜き放った剣を構える。
立ち上がる俺の前にエマはスッと進み出て、片手で俺を制止、

「お嬢様、今から全力で走ってこの場をお離れ下さい。」

そう、走ってくる奴等から、目を話さずに俺を言う。
しかし、それではエマの身が危ない。
彼女はただのメイドで、戦闘経験なんて皆無なのだから。

「ダメだ!一緒に逃げよう!
 今からこの場を離れて森に入れば、奴等をまく事は可能だ!」

そう言っている間にも、鎧を着ている奴等は花を踏み荒らしながら地を駆け、
もう、寸伝の所まで来ている。

「いえ、年老いた私では早々早く走れません。
 ですから、どうかお嬢様だけでも。」


そういって、お嬢様の顔を見れば、お嬢様は真剣な目で、共に逃げようと私を見てきます。
手持ちの武器は、縫い針が数本と糸のみ。
既に年老いた私では、きっと彼らに造作もなく私は殺されるでしょう。
ですが、その造作もない時間で、お嬢様を逃がす事が出来れば僥倖です。
来ている服は、もう漆黒のメイド服ではなく、仮面も剥がれかかっていますが、
それでも、今はのこボロボロの仮面が残っている事に感謝しましょう。

「それならば、私が背負って運ぶ!」

そう言って、お嬢様は私の手をつかみ、走り出そうとしますが、
逆にその手を引き、お嬢様と正面から向かい合い、その顔を両手でつかんで固定して、

「お嬢様・・・、彼らの目的は多分、若い娘の体でしょう。
 それならば、きっと私の体には見向きもしません。
 それに、夫の居られるお嬢様には、そういった仕打ちはむごすぎます。」

そういって、お嬢様の胸をトンと突き、疾走してくる男達に向かい駆け出します。
しかし、スピードも無ければ、老いた体では活力も無く、こうして正面から向かうに私は適しません。
ただ、願うのは背後のお嬢様が無事に逃げる事のみ。
そう思い、エプロンのポケットから針を取り出し、兜の目隠しの隙間から目をめがけて針を投げます。


「がっ!!いてぇ!!!目が見ねぇ!!!」

そう言って、立ち止まって跪いたのは先頭を走っていた片腕の男。
さて、あのばぁさん何をやったかねぇ。
片腕の男は、自身の兜を外そうともがいてやがる。
だが、それに気にする暇はない。
長身の男もそれは一緒か、跪いた瞬間にその男の肩を踏んで飛び越えた。

「おい、あのばぁさん何かやるぞ!」

そう叫んだ瞬間に、長身の男も片目を押さえてすっ転ぶ。
チッ面倒くせぇ、まったく持って面倒せぇ!!

「ばぁさん・・・、黙って死んでな!!」

そう言って、トロトロ走るばぁさんに向かい走る。
しかし、何かを感じて瞬間的に片手を目の所にかざせば、手の甲に虫に食われたみたいな痛み。
走りながらチラリと見れば、そこにあるのは細い縫い針!

「クソ!!何処の化けもんだよばぁさん!!
 目隠しの隙間から、目を縫い付けるなんてよ!!」

そう言うと、背後から1つの足音が聞こえ、

「チッ!!俺の片目どうしてくれんだよ!!」

そう、キレれる声は長身の男のもの。
多分、片腕の男は両目をやられたから、何も見えなかったんだろ。
アイツはシーナさんの胃袋行き決定・・・、か。
まぁ、運の無かった男だ。
そんな事を考えながら、ばぁさんの背後の白髪の娘を見れば、
娘は、何処か呆けたような顔をして今の光景を見てやがる。
だがまぁ・・・、逃げないならばぁさん殺して娘を捕まえるだけか。

「恨むなよ・・・、恨むなら運の無い自分を恨め。
 パンドラの箱には、希望なんてモンが残ったらしいが、そんなあるかないかわからねぇモノに縋りはしねぇ。
 信じるのは・・・、血と剣と死のみだ。」

そう呟くように言いながら、ばぁさんに縦に切り掛かれば、
ばぁさんは身を翻すように、その場でくるりと横に回り、また何かを投げるしぐさ。
しかし、俺の後ろの長身の男がその避けた場所を突く。
だが、ハハッこのばぁさんただもんじゃねぇな!
突いた剣を蹴って叩き落としやがったんだからよ!!

「なら、あなたの死を私に捧げなさい。
 私の大切な者は、私の命を捨石にして護ります。」

そう呟くように、ばぁさんが俺たちに話し掛けて来る。

「なんだこのばぁさんは!!」

「知るか!ただのばぁさんじゃなきゃ、アバズレのばぁさんだ!!」

そういう間にも、ばぁさんは体を落として俺の懐に入ろうとしてくるが、

「ざけんなばぁさん、こちとらまだ若いんだよ。」

そう言って、ばぁさんの腹めがけて前蹴りを出す。
流石に避け切れねぇと悟ったか、腕1本ダメにしてそれを防ぎやがる。
チッ、砕けた・・・感があるのに、表情1つ変えねぇばぁさんの怖いこと。
だがまぁ、ばぁさんの息は上がり続けてやがるし、娘の方は何を思ったかコチラに走り出してやがる。
そんな中で、後ろの長身が叫ぶように、

「もうすぐシーナさんが来るぞ!」

そう言いやがる、タイムリミットは限界ってヤツか?
胃袋に収まる気はないし、分はこちらにある。

「おい、死にたくねぇならとっととやるぞ。」

そう言うと、長身は剣を構える音で反応する。
クソッ、面倒くせぇー日に面倒くせぇー事に巻き込まれた。
まったく持って面倒くせぇ!!

「そろそろ死んどけ。」



[10094] 幕間その6 メイド達の憂鬱
Name: フィノ◆a5d9856f ID:968145c2
Date: 2010/05/02 06:47
幕間その6 メイド達の憂鬱




気がつけば、目の前にあるのは、ほっそりとした綺麗な女性の顔。
閉じられた目には長いまつげがあり、距離は静かな鼻息がかかるほど近く、唇には柔らかいその人の唇の感覚がある。
その事実に気がついた時"私"は、急な気恥ずかしさと、今までに感じた事の無い気持ちよさを感じ、
とっさに身を放そうとするが、それよりも早く、その人の唇が私の唇から放れ、
今までその人と繋がっていたという証拠を残すのは、唇と唇の間にある細い銀のアーチのみ。

それを見ると、私は途端にその人との口付けを名残惜しく感じたが、
その人はそれを知ってか知らずか、その細い銀のアーチをチロリと赤い舌で舐め取り、
私を見つめるブルーの瞳には優しい色が映されている。

「お前の名前は・・・、そうジリアンにしよう。
 これからよろしく、ジリアン。」

そういって、その人は私に・・・、ジリアンに微笑みかける。
そして、自身の置かれている状況が頭の中に浮かびだす、私は今、エヴァンジェリンお嬢様とドール契約をするために口付けをした事。
契約前は名前も無く、ただ本当の人形としてお嬢様のお世話をしていたこと。
そして、ドール契約をして名前を頂き、1つの個体となった事。
そんな事を思い出していると、お嬢様は私に背を向け、辺りを見回す。
ここは、お嬢様の作られたダイオラマ魔法球の中、お嬢様が声をかければ、
どこにいようとメイド達は駆けつける。

そんな場所なのに、お嬢様は辺りをキョロキョロした後、独り言のように呟く。

「さて、教育係の姉を誰にするか・・・。
 ィ・アリス、お前は今空いているか?」

そう、砂浜にあるパラソルの下でイスに座り、お茶を飲んでいる一人のメイド、白い髪をされたィ・アリスさんに声をかけると、
彼女は、お嬢様の方を目を細めながら見て、カチャリとソーサにカップを置き、

「空いていません。
 妹のソニアが存外に使えないため、教育にはもう少々お時間を。
 ・・・、ソニア、お茶の温度がぬるすぎる。」

そう、ィ・アリスさんが彼女の横にいる金髪の髪をツインテールにしたメイドに言うと、
彼女はげんなりした顔で、

「お姉さま、ぬるいのは当然です。
 お茶を入れてもう10分以上経ってますから。
 ・・・、そもそもですね、飲むから入れろって言った後、
 新しい妹の誕生を見守って飲まなかったんだから、ぬるくなるのは当然です。
 はぁ・・・、私も初期ロッドの2番目なのに、なんでこんな人のお守りを・・・。」

金髪の方・・・、ソニアさんはブツブツと文句を言っているようですか、
それを尻目にィ・アリスさんは、聞く耳を持たず、ぬるいといったお茶を飲みながら、

「困った事があれば私が護ってやる、それが姉と言うものだし、その妹が姉に尽くすのは当然。
 ・・・、それに、茶はぬるいが味は・・・、まぁ悪くない。」

そう言っているィ・アリスさんを見ながら、ソニアさんは肩を落としてため息をついています。
しかし、そのソニアさんは何処か嬉しそうなご様子・・・。
そして、そんな二人のやり取りを見ているお嬢様も、小さくため息をつき、
何処か『仕方ないなぁ』と言ったような笑みを浮かべ、

「ジリアン。ィ・アリス、ソニア、後はステラとポーランは初期ロッドと言って、
 私がメイド長のロベルタを作るまでは、ロベルタの代わりに前線に出ていたメンバーで、
 その時私が出来る、最高の技術と兵装を作った奴等だ。
 だが、その分性格がやんちゃでな。」

そう言いながら、ィ・アリスさんとソニアさんを見た後、
私の方を向き、何処か人の悪いニヤリとした笑いを顔に浮かべ、

「初期ロッドで、まだ1人だけ妹がいないヤツがいるから、それをお前の姉にしよう。
 ・・・、アニエス、今から浜辺まで来てくれ、お前の妹を紹介する。」

お嬢様がアニエスさんを呼ばれて暫くすると、ザッザッザッと砂浜を歩く音共にこられた方は、
青い髪を柔らかい風になびかせ、眼光は鋭さの中に優しさと意志の強さを宿した方。
その方は、お嬢様の前に着くと服が汚れるのもいとわず片膝をついて頭をたれ、

「お嬢様の命により、アニエスただいま参りました。」

お嬢様は、その方を眼下に置きながら肩を落とし、

「アニエス、お前はお前で固すぎだ。
 もう少し柔らかくなってくれ・・・、それと、ここにいるジリアンが今日からお前の妹になる。
 教育方針はお前に任せるから、一人前にしてやってくれ。」

そうお嬢様が言うと、アニエスさんは頭をたれたまま、

「はっ、その命承ります。」

そう言った後、アニエスさんはすっくと立ち上がり、
私の前に手を差し出しながら、

「今この時より姉となったアニエスだ、よろしく。」

そう言って、固い口調とは裏腹に顔は穏やかな笑みを浮かべられ、
私がチラリとお嬢様の方を見ると、お嬢様は小さく頷き、私はアニエスさんの手を取りながら、

「ジリアンです、よろしくお願いします。」

そう言って彼女の手を取り、この時より私はアニエスさんの妹となりました。
そして、お嬢様はその姿に満足そうに頷き、

「さて、私はもうそろそろ行くよ。
 アニエス、ジリアンはまだ生まれたてだ、そういう対処で頼む。」

そう言って、お嬢様はきびすを返し歩き出します。
そして、アニエスさんはそんなお嬢様の背に深々と頭を下げて見送り、
頭を下げていない私を、チラリと横目で見ると小声で、

「お嬢様との別れが名残惜しいのは分かるが、唇に指を這わせていないで頭を下げろ。」

そう言われて、私も慌てて頭を下げると、お嬢様は肩越しにこちらを見ながら、
やはり、何処か仕方ないと言ったように、

「いちいち頭を下げなくてもいいよ、アニエス。
 それとジリアン、私はたまにしかこないが、それでも永遠に来ない訳でもない、アニエスと仲良くやってくれ。
 いずれ・・・、そういずれ、お前がもし戦場に立つとき、アニエスはお前のパートナーとなる。」

そう言って、お嬢様は魔法球の外へと旅立たれていかれました。
そして、旅立たれた姿を確認したアニエスさんは頭を上げると、私の方を見ながら、

「先ずは、仕事は後回しにして魔法球の中を見て回るとしよう。
 足りない姉かもしれないが、よろしく。」

そう言って、アニエスさんは再び私の方に手を差し出してきます。
しかし、先ほど握手は済ませ、その手の意味をはかりかねていると、

「まだ生まれたばかりなんだ、1人で歩くのは慣れていないでしょ?」

そう言って、私の方を見てきますが、契約したのが今であって、それまではちゃんと1人で歩けていました。
なので、一言『大丈夫です』と、そう言って歩き出そうとすると、1歩目で砂に足を取られ、
前のめりに倒れようとしたのを、

「おっと、やっぱり危ないよジリアン。」

そう言って、倒れようとした私の胴に腕を回し、倒れるのを防いで立たせてくれます。
どうやら、アニエスさんが言うように、私はまだ1人で歩くのに慣れていないようで、今まで一人で歩いていたから変な気分です。
ですが、どうしてでしょう、こうしていると酷く心細く不安になる。
多分、それは1つの個なった証で、どうしようもなく私が子供だから?
その事を立ったまま考えていると、アニエスさんが私の手を取り、

「こうすれば倒れずにすむ。
 さぁ、行こうか。」

そう言って、私に微笑を投げかけた後、前を向いて手を引きながら歩き出します。
握手した時には気付かなかったですが、アニエスさんの手は柔らかく、
何処か安心するような、ぬくもりと大きさがあります。
・・・、不思議なもので、今まで他の方とも手を繋いだ事はあるけど、
こういう事を感じるのは初めて・・・。

いえ、思ってみれば、契約と名前を頂く前はこんな感覚あったかしら・・・?
そんな事を考えながら、アニエスさんの手の暖かさを私の手に感じ、
同時に、こうして誰かと2人きりで歩いて回ると言うのも初めてのような気がします。
そんな事を思いながら、アニエスさんの顔を見ていると、アニエスさんは小首をかしげながら、

「えっと、ずっと私の顔を見ているけど、どうかした?」

そう聞かれ、私の方も答えに喉を詰まらせる。
特に何も考えずに、ただアニエスさんの顔を見ていただけなのに、
私は、そんなにもアニエスさんの事を見ていたのかしら・・・?

「いえ、何でもないですアニエス姉さん。」

そう答えると、アニエスさんは『そう。』と言って、次の部屋次の場所と姉さんと手を繋いで回っていきます。
研究施設に武器庫、宝物個に資材置き場、闘技場に膨大な魔道書のある書庫。
いろいろな場所を回るとき、姉さんは丁寧に私に部屋の説明をしてくれて、
最初に出会った時の固いという印象は、話していくうちに薄れていき、むしろ意外と気さくな方だと言うのが分かります。
そして、羊以外何もいない草原に着くいた時、アニエスさんは私の手を放して『ん~っ』と背伸びをした後私の方を向き、

「一応、大まかな所を回って見たけどどうだったかな?
 まぁ、全部知ってる場所だろうけどね。」

そういって、風になびく青い髪を手で押さえながら私に聞きます。
確かに、今まで回った場所を私はしっています。
それは、1人で作業したり、他の物言わぬメイド達と作業をしたりとしたから。
だけど、こうして2人で話しながら見て回るのも初めてで・・・・。

「どうかした?
 手をじっと見つめて。」

そう、姉さんが私の顔を覗き込むように見てきて、一瞬その事にビクッとなり、胸が跳ね上がります。
どうも、変な感じ・・・、今までは急に近寄られたぐらいでは、こんなことなかったのに。

「いえ、放された手が手持ち無沙汰だったもので。
 それと、お嬢様がいる時と話し方が違います。」

そう言うと、姉さんは『あー』と言って目を横に泳がせながら、
何処か罰の悪そうな表情を作り、困ったように、

「今までの話し方が普段の私なんだ。
 でも、どうもお嬢様の前では緊張しちゃって・・・。
 その点ィ・アリス姉さんは凄いと思う、お嬢様を前にしても態度を変えないんだもん。」

そう言って、長い髪を掻き揚げる。
その姉さんしぐさを見ながら、心にわきあがるこの感覚は何?
お嬢様が知らないのに、私だけが知っていると言うこの感覚はきっと・・・、優越感?
でも、私がそれを感じていいのでしょうか?

私達の母様はお嬢様になります。
それはィ・アリスさんや、まだ会っていませんがメイド長のロベルタさんも同じで・・・。
でも、その母様が知らない事を、私が知っていていいのでしょうか?
その事を考え込んでいると、姉さんは草原にテーブルとティーセットを準備し、

「お茶にでもしようか、今日の風は・・・、気持ちいい。
 ジリアン、珈琲を入れてくれる?」

そう言われて、お姉さまの為に珈琲を入れます。
温度は適温、ブラックがお好きなお嬢様はそれ以外は必要ありません。
ただ、珈琲の香りが立つように、苦すぎず豆本来の甘みが引き立つように。
そして、実は猫舌のお嬢様の為に出来上がった物を多少冷やす。
そうしてできた物を姉さんのカップに注ぎ、差し出すと、
姉さんはその珈琲の入ったカップを両手で持って1口飲み、味わうように嚥下した後、

「いい出来だよ、ジリアン・・・
 すまないが、ミルクと砂糖をもらえるかな?」

そう言って、姉さんはにかむ様に笑ってカップを置く。
しかし、何故でしょう?
お嬢様の好みに合わせて作って、姉さんからもいい出来だと言われたのに、何故砂糖とミルクを?
そう思って困惑しながらミルクと砂糖を差し出すと、姉さんは何処かいたずらっ子のように私の顔を見ながら、

「美味しい珈琲だけど、私はブラックが苦手なんだ。
 だから、ミルクと砂糖を・・・、ね。」

そう言ってミルクを少々と、砂糖をスプーン1杯珈琲に落として、
『うん、こっちの方が私にはいい。』と言って、私の作った珈琲を飲み、
私にも座るように促し、席について自身で造った珈琲をカップに注いで飲みます。
辺りからは羊の鳴き声が聞こえ、言葉を話すものは私とお嬢様のみ。

漂う珈琲の香りを姉さんと楽しみ、静かな時は過ぎ、姉さんの、
『今日もそろそろ終わるし、帰ろうか。』の一言で、私達は手を繋いで中央に戻り今日の仕事は終了。
そして、姉さんと共にお風呂に入って、あまり汚れてないですが汚れを落とし、
このまま休むものと思っていると、

「ジリアン、こっちにおいで。」

そう言われて姉さんの近くに行くと、姉さんは目の前のイスに座るように促し、
姉さんに背中を向けて座ると、スッと何かが髪を通り抜ける感覚・・・。
何かと思って、後ろで立っている姉さんを見上げると、姉さんは微笑みながら、

「髪を梳いてあげようかとね。
 ・・・、綺麗な黒髪だ。
 痛かったら言って。」

そう言って、スッとまた姉さんの持つ櫛が髪の中をながれる感覚・・・。
他の方たちも休むこの部屋なのに、なぜか今は私と姉さんしかおらず、
部屋の中には髪を梳く音のみがスッスッと幾度と無く木霊する。

「ん。」

「痛かった?」

「いえ、大丈夫です。」

そう言うと、また姉さんは私の髪を梳きだす。
今声がでたのは、痛いの反対側の気持ち。
姉さんの手に触れられていると思うと、なんだかとても落ち着くような気がする・・・。

「あ。」

唐突に髪から櫛を放され、自然と小さく声がでる。
それはきっと名残惜しさからでる声・・・。
もう少し、このままで居たかったのにと思い、姉さんの方を見上げると、入り口の方からは他の人がる気配。
その気配でもし櫛が私の髪から放されたのなら、それはなんだかとても寂しい気がする。
そんな事を思いながら入り口の方を見ていると、姉さんが私の顔をヒョイと覗き込み、

「なんだか恨めしそうな顔をしてるけど、何かあった?」

そう言って、私の顔に近いアニエス姉さんの顔。
思ってみれば、こういて姉さんの顔を間近で見るのも初めてで、
造詣その物は、お嬢様が丹精込めて造形されているので美しいのは当然ですが、
それでも1人1人顔のつくりは違う、だからなのか・・・、

私はその時、アニエス姉さんの顔に見とれていた・・・。

「?」

特に話す事無く、小首をかしげる姉さんのしぐさに私はドギマギしながら、
自身が感じた事を胸のうちに隠し、とっさに話を変えようと、

「ね、姉さんからはいい香りがするので、何の香水を使っているのかと・・・。」

そう言って、私は失態に気付く。
一緒にお風呂に入ったのに、もう香水の匂いなんて残っているはずが無い。
仮に残っていれば、それは遠まわしにまだ体を洗い足りないと言っているようなもの・・・。
その時ふっと、私の頭の中に姉さんに嫌われると言うフレーズが湧き上がり、それが頭の中にぐるぐると回りだす。
そんな状態の私の前で、姉さんは苦笑しながらすっと私に小さな箱を差し出し、

「香水じゃないけど、多分この匂いじゃないかな?」

そう言って、私にその箱をとるように促し、箱を受け取って開けてみると、
そこに入っていたのは、色とりどりの小さなタルト。
これは何かと、呆けた頭で考えていると、姉さんが1つタルトをつまみ、

「新しい妹の誕生祝に・・・、ね。
 本当はケーキがいいかと思ったけど、私はタルトの方が得意なんだ。
 だから、はい。」

そう言って、私の目の前に差し出されるタルトを、おっかなびっくり姉さんの手から口に含み、
その時、特にしようと思ってした訳ではないのに、私の舌が姉さんの指にチロリと触れる。
しかし、姉さんは指を引っ込める事無く、ただくすぐったそうな顔をして、

「あんまり美味しいからって、私の指までは食べないでね。」

そういって、私の目を見ながら、空いた方の手を口元に当てて苦笑する。
そのことで、なんだか気恥ずかしくなり、

「大丈夫です、アニエス姉さん。」

そう、ぶっきらぼうに言葉を返すと、

「ん。」

そう短く一言私に返し姉さんは、私の口方指を引き抜き、
その引き抜かれた指は、そのまま姉さんの口に含まれる。
その姿を見て、なんだかまた気恥ずかしさで今度は、顔が色付くのを感じながら、
姉さんの口に含まれている指を見ていると、姉さんはその含んでいた指を口から抜き、

「どうした?
 もしかして不味かった?」

「いえ、私が舐めた指を・・・。」

そう姉さんの言葉に言葉を返すと、姉さんは何でもないかと言うように自身の指を見ながら、

「こうした方が、他の物を汚さないですむ。
 まぁ、お嬢様の前ではしないけど。」

そう言って、お嬢様の知らない姉さんの知らない一面を、私が見ているという事を感じながら、
次のタルトに手を伸ばそうとしていると、

「ねぇ、それポーランにもちょうだい?」

そう言いながら、私の顔をのぞく少し背の低い金髪のメイド。
そして、その方の後ろには、濃紺の髪をしたスラッとしたメイドが、

「ポーラン姉さま、人の持ち物をねだるのは宜しくないかと。」

そう、濃紺の髪をした方が言うと金髪の方、ポーランさんは背伸びをしながら、
つま先立ちで濃紺の髪を下方の頭を手で撫でながら、

「ステラちゃん偉い!
 ちゃんと悪い事を悪いと言えたね。」

そう言って、頭を撫でるポーランさんの手から濃紺の髪の方、ステラさんはタルトを取りながら、

「はい姉さま。
 悪い事を悪いと言えたので、このタルトは彼女に返しますね。
 えっと・・・、貴女は?」

そう言ってステラさんは私の事を見てきます、その視線に対して私が口を開くより早く、

「その子はジリアン、私の妹だステラ。」

そう言って、アニエス姉さんが一歩前に出ます。
その姿を切れ長の目で見たステラさんは一言、『そう。』とのみ言葉を返し、
ポーランさんの手を引きながら、

「行きましょう、ポーラン姉さま。」

そう言って歩き出したステラさんに、ズルズルと引っ張られる様に歩き出したポーランさんは、
ステラさんと私の持つタルトを交互に見ながら、

「ステラちゃん、私はアニエスちゃんが作ったタルトが食べたいんだけど?」

そう言われたステラさんは、チラリとアニエス姉さんの方を見ると、
一瞬敵意をその瞳に宿らせた後、

「ポーラン姉さま、それなら私が作ります。」

「だってステラちゃん料理下手じゃ・・・。」

そう、言いながらもポーランさんは、ステラさんに引きずられながら部屋から出て行く。
そんなお2人の姿を見ながら、アニエス姉さんはやれやれといった感じに、

「昔はああじゃなかったが、何時の頃かステラは私に、ああいった目を向けるようになった。
 ・・・、心当たりがあれば、それをどうにか取り除く事もできるんだが、あいにくとそれも無い。
 はぁ、昔のようにまた仲良くしたいものだ。」

そう言いながら、アニエス姉さんはお2人を見送り、
私の方に視線を戻すと、フッと何処か疲れたように、

「私は、知らない間に君を傷付つけるかもしれないが、その時は正直に言ってほしい。
 彼女との関係のように、変にギクシャクするのも嫌なんだ。」

アニエス姉さまに、『はい。』と返事を返しアニエス姉さんと共に床に就く。
胸に何処かモヤモヤしたものがありましたが、その時はそれを考えずすぐに意識を手放しました。
そして、何ヶ月・・・、いえ何年と言う単位の時をアニエス姉様共に過ごす。
魔法球の中の仕事は、実はそんなに多くは無い。

毎日の仕事と言えるものはほとんど無く、お嬢様が外にいる間にやる事といえば、
お嬢様が外から持ち帰る本の整理や、研究で使われた素材の補充。
しかし、研究そのものの補佐はロベルタメイド長が行われ、お嬢様が騎士と呼ばれるチャチャゼロさんは、
コチラに来られると、大概の時間を自己鍛錬と書庫での読書で時間を潰されます。
そして、そのどれにも私達の助力は必要なく、しかし、それでも魔獣の育成及び、
錬金術の素材として捕縛は私達がやるので、自己の戦闘鍛錬も欠かせない日課といえば日課であり、実戦と言えば実戦です。

そして、そんな日々の多くを私はアニエス姉さまと共に過ごし、こうして今でも一緒に床に付きます。
別に私達は床に付く必要は無いですし、多くの時間を仕事に費やす事ができる。
でも、それでもこうして床に就くのは"人"と同じように生きる事を望むお嬢様の意思。
ですが、私はこの何もしない時間は、体を休めるだけの時間ではなく、何かを私達が考えるための時間なんじゃないかと思う。
アニエス姉さまはいつも、床についてすぐに静かになりますが、私はこの静かな時間が好きです。
私達は人じゃないというのは百も承知・・・、ですが、私達の頭蓋の中には・・・、何があるのか?
ここには、私達以外にも多くの姉妹達が過ごしていますが、その姉妹のあり方もそれぞれ。

そして、書庫で人を学んでみようと思い本を開けば、そこにでてくるのは"心"と言う不確定なもの。
それが一体何処にあるのか・・・、アニエスお姉さまの静かな寝息を聴きながらたまに考え、
それから、1つ思いついた事と言えば、お嬢様にして頂いた口付けの事。
そこまで思い至った時、ふと横を見ればアニエスお姉さまの寝顔。
もし、私がお姉さまに口付けをしたなら、何かが分かるのか・・・?

月日が経つに連れ、私とアニエス姉さまは手を繋ぐ機会が減りました。
共に仕事をし、話す機会が一番多いのはお姉さまですが、それでも、1人で出来る事が増えれば、
その分、アニエス姉さまは私に手を貸すことが減っていく。
そう考えると、一人前になると言うのが、なんだか寂しいようなきがする。

ィ・アリスさんはソニアさんを、まだまだだと言って手元においている。
ポーランさんはステラさんを一人前だと言っているが、今度はお嬢様の方が、
ポーランさんを1人にできないといってステラさんをつけている。
じゃあ、アニエス姉さまが私の事を一人前と言い、お嬢様がそれを認められたら・・・?

「ん~。」

その声と共に、アニエス姉さまがめったに打たない寝返りを打ち、
姉さまの方を向いていた私と、ちょうど見つめあうような形になる。

・・・、相変わらず、姉さまの顔は美しい。

そう思うと、ドキドキとした気持ちが広がりそれを押さえようと、
自身の胸を押さえ音が鳴っているわけでもないのに、そのなってない音が聞こえそうで更にドキドキする。
でも、このドキドキは何のドキドキ?

「どうしたジリアン、なんでそんなに寂しそうな・・・、
 今にも泣き出しそうな顔をしている・・・?」

不意に片目を開いたアニエス姉さまが、私の顔を見るなりそういう。
今の私はそんな顔をしているの?
そう思っていると、姉さまは私の手をスッと取り、

「こうしていれば寂しくない・・・、私はここにいるよ。」

そう言って握られた手は暖かく、不思議な事に今まで感じていたモノがスッと解けていくような気がする。
それで、私の考えている事に答えがでたのかは、実の所よく分からない・・・。
でも、今はこの手の中にある温もりがたまらなく・・・、きっと愛おしい。
そして、その夜はおしまい。

それから、また代わり映えのしない時が幾ばくか過ぎたある日、
お嬢様がふらりとチャチャゼロさんとメイド長、それに長く白い髭を蓄えた老人を連れてここを訪れる。

「お帰りなさいませお嬢様、あら、そちらの羊さんは新しい客人ですか?」

そう、私がお嬢様をお出迎えして言うと、
長い髭の老人は、私のことを暗鬱とした顔で一瞥し、

「自身の作る世界で王を気取るか幼き魔よ。
 私は安寧の地を求め彷徨ったが、ここにもそれはないと見える。」

そう、老人はお嬢様のことを馬鹿にしたような言葉を吐き、
しかし、お嬢様はその老人の言葉を涼しげな顔で受け流しながら、
でも、その口から出る言葉は不満の念のある声で、

「彼女たちは私の家族だ。
 私をお嬢様と呼ぶのは、彼女達の母も兼任しているので、彼女達の意思で私をそう呼んでいる。
 流石に、私の本来の容姿を母と呼ぶには無理があるのでね。」

そう、老人に言葉を吐き本来の姿に戻られると、その方とチャチャゼロさんとメイド長を連れて魔方陣の方へ。
でも、確かあの魔方陣の行き先は、私とアニエス姉さまが初めてお茶をした場所のはず。
そう思いながらお嬢様たちを眺めていると、

「新たな住人かな?」

そう言いながら現れたアニエス姉さまは、手に持ったティーセットを浜辺のテーブルに置き、
お嬢様達の背を見送り、テキパキとお茶の準備を進め、ちょうどそのお茶の準備が終わった頃戻られたお嬢様が、
私達を見つけると、ちょうどいいといった感じに近付いてきて、

「アニエスにジリアン、お前達に新しい仕事が出来た。
 ちょっと付いてきてくれ。」

そう言われお嬢様についていくと、そこは先ほどお嬢様達が行かれたであろう草原。
遠くの方には見覚えの無い、豪奢な金色の毛をした羊がいて、お嬢様はその羊を見ながら、

「彼はハスキンズと言って、先ほど連れて来たご老体だ。
 今度から彼がこの地に住むわけだが、それに伴ってお前達にひとつ仕事をして欲しい。」

そう言われるお嬢様に、アニエス姉さんが背筋を伸ばし、そのハスキンズと言う金色の羊を見ながら、

「アレの監視役ですか?」

そう姉さん聞くと、答えたのはお嬢様の代わりにメイド長のロベルタさん。

「いえ、彼はここで羊の番をする事になりました。
 あなた方の仕事と言うのは、彼に習ってここで羊の毛を刈る事と、
 必要な時に、その毛を紡いで糸にする事です。」

そう言われて、日傘やティーセットなどを運び込んだ後、
この草原にハスキンズさんに了承を得て、小さな家を建てて移り住み、
その地で得たのはハスキンズさんを含めた、3人での静かな暮らし。
しかし、そのハスキンズさんはあまり人に戻らず、多くの時を黄金の羊として過ごし、
たまに人に戻る時は、羊達を集めて毛を刈る時ぐらい。

ただ、そのハスキンズさんの毛も、この前刈ってお嬢様の使う枕の中身にしたので、
遠巻きに見ると、他の羊とあまり変わらない様に見え、
唯一、彼が彼だと分かるのはその立派な角のみ。

「あの人は寡黙ですね。」

そう私が刈った羊の毛を洗いながら言うと、姉さんは苦笑しながらその毛を草原に干し、
先に乾していた既に乾いている毛を集めながら、

「羊の姿なら仕方ないさ。
 なにせ、彼は『メ~』としか話せないんだから。」

そんな、ハスキンズさんのマネをする姉さんと笑いあっていると、

「楽しそうで何より。」

その声を聴いた瞬間、姉さんはスッと背筋を伸ばし、
顔にあった笑みを、消して深々と礼をしながら、

「よくいらっしゃいましたお嬢様、今お茶をお入れします。」

そうアニエス姉さんが言い、私がイスの準備なんかをしている間に、
アニエス姉さんが嬢様に珈琲をお出しし、お嬢様はその珈琲を一口飲んだ後、
私とアニエス姉さんをイスに座るように促し、私と姉さんの顔を見た後、

「アニエス、ジリアンの教育の方はどうだ?
 もし、お前が一人前と言う太鼓判を押すなら、
 他の者たちをまた、教育してもらおうかと思っているが。」

そのお嬢様の言葉に、私はドキリとしたのを尻目に、
横に座るアニエス姉さんは、スッと静かに目を閉じた後、
ゆっくりと目を開いて、お嬢様の飲む珈琲を見て口を開き、

「私のみでは、その判断は付きかねます・・・。
 お嬢様がこの子の珈琲を飲まれて、お嬢様の好みのとおりなら、
 私はその次点で、この子を一人前と判断します。」

そう言って、アニエス姉さんは私の顔を見て、それに習うように、お嬢様も私の顔を見る。
そして、お嬢様は今飲んでいるカップにある珈琲を飲み干すと、
そのカップを私の前に差し出し、何かを値踏みするかのように目を細め、

「ジリアン、お前の入れたい珈琲を1杯頼む。」

そう言われて、私はお嬢様の差し出すカップを受け取り、珈琲を造る準備に入る。
でも、私はどうするのが一番いいのか分からない。
・・・、いや、一番いいのはお嬢様の好みの珈琲を作り、
アニエス姉さまの為にも、一人前と認められるのが一番いい・・・、と思う。

でも、本当にそれでいいだろうか・・・?
私の入れた珈琲を、美味しくお嬢様に飲んでいただく。
それは喜ばしい事なのだろうけど、でもその喜びの先に私の安寧はあるのか・・・?
寡黙な羊さんは、寡黙だけどまったく話さない訳ではない。
そんな言葉少ない羊さんだけど、彼が話すときはいつも満ち足りたように話す。

例え、その話の内容が辛い事でも、彼の話し方は変わらない。
多分、そういうふうに彼が話せるのは、彼が今居たい場所にいる事が出来ているからだと思う。
なら、私が今入れたい珈琲はきっと・・・。

「いい腕をしているよ、ジリアン。」

そう言って、お嬢様は私の作った珈琲を私の手から受け取り、
そのまま一口飲んで、そうおっしゃいます。
そして、そのまま珈琲を飲み干し、静かにカップをソーサーに戻し、
飲んだ後の余韻を楽しむかのように、イスの背もたれに背を預け、キセルと言うパイプで煙を吸い込み、
吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すと、私の顔と姉さんの顔を交互に見た後、
何も言わずに席を立ち、そのままきびすを返して魔法人の方へ。
その背を見ていたアニエス姉さんが、立ち去ろうとするお嬢様の背に向かい、

「ジリアンの方は、いかが致しましょうか?」

その言葉を聴いたお嬢様は、こちらを向かず手をヒラヒラとさせながら、

「久々に甘くて美味いミルク入りの珈琲を飲んだよ・・・。
 気晴らしに外で飲むにはちょうどいい味だった、ジリアンとお前は当面の間ここで羊の世話を頼む。
 気が向いたなら、私はまたここに今飲んだ珈琲を飲みに来る・・・、その時はジリアン、ブラックで頼むよ。」

そう言ってお嬢様が立ち去った後、アニエス姉さんは私の方を見ながら、

「ジリアン、どうして甘い珈琲を?」

そう聞く姉さんに、私は微笑みながら、

「お嬢様のオーダーですよ。
 お嬢様は私に、お前の入れたい・・・・・・・と言われましたので、
 私は私の入れたい珈琲を入れました。」

そう言うと、アニエス姉さんは何処かホッとした様な笑みを浮かべ、
私の顔を見ながら、カップを差し出し、

「そうか、ならジリアンの入れたい珈琲を私も1杯飲みたいな。」


作者より一言

百合の花を見ながら書きました。



[10094] 幕間その6 メイド達の憂鬱 中篇
Name: フィノ◆a5d9856f ID:968145c2
Date: 2010/05/05 06:13
幕間その6 メイド達の憂鬱 中篇



今日新しい姉妹が出来た。
長い黒髪に、少しし沈んだような黒い瞳の、儚げな印象の可憐な妹だった。
お嬢様はその妹をジリアンと名づけ、アニエスを教育係と定めた。
いや、もし私があの時ソニアを一人前と認めていれば、きっとあの子は私の妹となっていたのだろう・・・。
だが、私は一人前と認めず、ソニアを私の元に置いた。

それはきっと、私の我侭。
実際の所、ソニアはよく出来た妹だと思う。
どちらかと言えば、私は妹と接するのが不慣れな方で、
初期の妹達の中でも、一番に作られた私は、お嬢様が言うようにやんちゃな性格をしていると思う。
それはきっと、初期の姉妹達ならみんな持っているものだろう。

私達が作られた当初、私達の住処は暗い暗いお嬢様の影の中。
目で見えるのは暗い闇と、手で触れるのは近くにあるモノ。
私はその暗い闇が怖く・・・、近くにあった誰かの手を夢中で取り、離すことは無かった。
今にして思えば、何がそんなに怖かったのかはわからない、だが、多分1人でいるという感覚が怖かったのだろう。
そして、その握った手の先にいたのは、今の妹であるソニア。

思えば、数奇な運命と言うものだと思う。
動物の子宮ではなく、鋼と鉄、油とガラスの井戸の中から生まれた私達は、
結局の所、人のぬくもりと言うものは知らず、目を閉じて思い出されるのは、
小さな主の机に向かう背と、鉄を鋳型に流し込み、新たに作られる妹達、
そして、魔獣や人の血と臓物に、魔法の閃光の記憶。

人で無い私達は、繁殖力は皆無で大破すればそれで終わる存在。
一体何処まで大破すれば、完璧に終わるのかは分からないが、それでも、
繁殖できないと言うのは、生物としては欠陥品でしかなく、それは私達の主であるお嬢様も一緒。
でも、そんな私達にでも、何かに固着する事はできると思う。

そんな私の記憶で鮮烈なのは、血と臓物の記憶。
その記憶の中で、私の背には常にソニアがいてくれた。
彼女は私が作られた後すぐに作られて妹で、常に2人で1人だった。
そんな私達がお嬢様と契約をし、自我を得たのはお嬢様が闘争中のとある夜。
暗い世界で目覚めた私達は、しかし、すぐにお嬢様の影に入りその間は、
今度は自身の意思で、彼女の手を放す事無く握っていた。

「ィ・アリスお姉さま、休まないんですか?」

夕暮れの海をイスに座り眺めていると、背後からソニアがそう声をかけてくる。
もう湯に入ったのか、彼女の綺麗な金髪は何時ものツインテールではなく、
首元の位置で縛られ、肩にかけるように流されている。
彼女はツインテールよりも、今の髪形の方がきっと似合う。

そう思うのは、きっと彼女の髪型が、空を羽ばたく自由を得た鳥の羽に見えるからだろう。
お嬢様の書庫にある大量の本のなかで、鳥の飼い方と言うものがあった。
その本には鳥を飼う時、風切羽という空を飛ぶのに必要な羽を切り、鳥が天高く舞い上がれなくする方法があった。
きっと、私はソニアの風切羽を切り続けているのだろう。

私が一人前と言う判断を下せば、彼女は私の元を飛び立ち、彼女も私もまた新たな妹を得る。
時の流れが違うため、お嬢様は一人前の判断を自身で行わず、姉になる者に尋ねる。
そのおかげで、私は私の我侭を通す事が出来ているのだろうが、だが、それでも私とソニアの姉妹暦は長い・・・。
なにせ、私とソニアが自我に目覚めて、今までお互いに他の姉妹を得ていないのだから、
その長さも他の追随を許さぬほどに長い。

だが、その時の長さが私の中をまるで、ムカデが這うように這いずり回る。
いずれ、お嬢様が私に尋ねる事無く、ソニアを一人前と認めたなら、私達はそろって新たな妹を得る事になるだろう・・・。
その事をソニアがどう思うか・・・、結局の所私には分からない。
彼女は私を前にしても、よく『なんで私がお守りを』と愚痴っているから、
一人前と判断されれば、喜びだすのかもしれない。

「今休んでいるよ。」

イスに座ったまま、読んでいた本をテーブルに置いてそう言うと、彼女は『はぁ』と腰に手を当てて、ため息を付きつつ首を振る。
首を振ったせいで彼女の髪はパッと花の咲いたように広がり、夕暮れの光に照らされキラキラと輝く。
そして、その髪からふわりと漂う香りは、何処か切ない気がする。
そんな彼女は、座っている私の手をつかんで立たせる。

「床に就かないかって言ってるんです。
 早く行きましょ。」

そう言いながら、ズンズンと歩き出すソニアはブツブツと、
私の愚痴を言っているが、私はその愚痴に対して怒る事もなく、
ただただ、その愚痴に耳を傾けながら、彼女の暖かな手の感覚を楽しむ。
私のダメさ加減が、彼女の風切羽を切を刃なら、彼女の口から漏れているこの言葉は、きっと彼女の嘆きの血だろう。
願うなら、いつかその血を流させる事が無くなればいいが、その願いが叶うかは分からない。

それでも我侭が通るうちは、私の我侭を通させてもらう。
だが、そんな我侭な私も一言言わせてもらえるなら、何だかんだで私の事をこうして迎えに来てくれて、
私の事にかまってくれる彼女に、甘えるなと言うのも度外無理な話しだろう。
数多くいるメイドたちの中で、長女である私は、きっと他の誰よりも子供でいる。

だから、私はきっとこんなにも怖がりで、意地っ張りで強がりで、誰かがいなくなる事を怖がるのだろう。
それは多分、えた温もりがなくなるのが怖いから、一人がさびしいのを知っているから。
そして、誰かに見ていて欲しいから。

だからこそ、甘いお菓子であるソニアに私は蟻の様に群がった・・・。
共にいる時間の長いソニアなら、きっと私を甘えさせてくれる。
そして、その甘いこの子から得たものは、きっと私の心の巣穴にしまわれていく。
私の中が凍えてしまわぬように、温もりを忘れないために。

ソニアに手を引かれて来たのは、私達の床のある場所の前。
床と言っても特に個室があるわけでもなく、そこで休む者もまちまちで、
それぞれが、それぞれの好きな場所で休む事が多い。
もっとも、どこにいようとこの魔法球の中なら不便は無いが。

「あっ、ステラ。ここで休むんじゃなかったの?」

そうソニアが声をかけたのは、今部屋から出てきたステラとポーランの姉妹。
人懐っこいポーランが姉役なのだが、容姿と言動のせいで彼女たちはそうは見えない。
現に今も、ステラがポーランを引きずっていて、引きずられているポーランがジタバタ暴れているので、更にその印象は強くなる。
いや、今の私もソニアに手を引っ張られているので、向こうから見れば同じように見えているのかもしれないし、
同じような境遇を感じているかも知れないソニアが、ステラと仲がいいのもなんだか納得がいく。

そんな姿を見ていると、たまに"もし"と言う言葉が付く事象を思いかべる。
もし、私とソニアが逆の立場なら、私はソニアに甘えていたのだろうか?
もし、私がすぐにソニアを一人前と認めていれば、別の付き合い方があったのか。
もし、私がポーランの妹なら、私はソニアと笑顔でおしゃべりなんて事も・・・。

いや、私には無理だ。
私は多分、膝を着き合わせて笑顔でおしゃべりが出来る程、可愛らしくは作られていない。
もし、そんなに私が可愛い性格をしていたなら、きっと私は今ほどにソニアの事を、手元に置いておきたいと願ってはいない。
願われてソニアとしては、きっと迷惑極まりない願いだとしても。

「どうかしました、ィ・アリスお姉さま?」

ソニアとステラを見ていたはずか、いつの間にかソニアの顔が私の前にある。
お嬢様の弁を借りれば、思考に走りすぎたと言う奴だろうか?
何だかんだで、お嬢様の手から生まれた私達は、どこかしらがお嬢様に似る。
ならば、お嬢様もソニアの顔を面と向かってみれば、私のようにドキリ・・・と胸が跳ねるのだろうか?

ともにいる時は長くソニアに、後ろに立たれるのも、方を並べて立つのも慣れたが、
こうして、面と向かって顔をあわせるに慣れない。
だが、そうなったのは一体何時の頃だったか・・・?

「・・・、いや、なんでもないよ。」

そう言って、ステラとポーランが居なくなって空いた扉から、床のある部屋に入る。
部屋の中に整然と並ぶ床の中で、誰かが居る事を示す膨らみは1つ。
しかし、その1つの膨らみには頭が2つあり、青い髪と黒い髪からすると、
アニエスと、新しく出来た妹のジリアンだろう。

静かに抱き合って寝る二人の姿は微笑ましく、だが、その姿を見ていると胸が痛い。
そんな事を思いながら、床に1つに腰掛2人の姿を見ていると、ソニアも横の床に座り、
櫛で髪の毛を捌きながら2人を見て、

「あのお2人、今日出会ったばかりだというのに、見ているとなんだか妬けますわね。」

そう、ソニアが言葉を漏らす。
・・・、ソニアも私とああいう風に寝たいのだろうか?
長く一緒に居るが、ああして私達が休んだ事はない。
そう思い、渇いた喉に空気を入れて声を出す。

「ソニ・・・。」

「さぁ、寝ましょうお姉さま。」

私の出した、自身に似つかわしくないか細い声は、ソニアの耳に届く事無くソニアの声にかき消され、
床に就いたソニアが、未だに横にならない私を、変なモノを見るような目で見てくる。
はぁ、私もなんだかあの2人に、あてられてと言うやつだろうか?

「休もう。」

そう言って、ソニアの横で私も床に着く。
聞こえてくる安らかな吐息は3つ、アニエスにジリアン、そして私の横で目を閉じて休むソニア。
別に、目を閉じる必要は無い、更に精密に言えば、私たちは横になる必要も無い。
ただこうしているのは、各パーツの消耗をなくすためであり、
最近ではその消耗自体も気にならなくなるほど、お嬢様の技術は上がっている。

ならば、私達がこうして横になる事に意味があるのか・・・?
そう思いながら横を見れば、胸で手を組んで上を向いて目を閉じるソニアの顔。
まぁ、人の無防備な顔を見れるという点では、こうして横になるというのも悪くないと思う。
そんなソニアの頬を指で突いてみると、『ん~。』と唸りながら形のいい眉をしかめる。

その姿が微笑ましく、口元に手を当ててクスリと笑っていると、
背後から1つの気配を感じ、慌てて手を引っ込めて休んでいるふりをする。
しかし、その気配はそのまま私の背後に立ち、私を見下ろしたまま口を開き、

「起きている時に、そうしてあげれば宜しいでしょう?」

「藪から某だな、ステラ。」

そう言って体を起こすと、そこに居るのは声の主であるステラ。
初期ロッドの5番目のステラは、ポーランとお嬢様以外に興味を持たず、必要事項以外はほとんど口に出さない。
しかし、今の彼女の側にそのポーランはおらず、1人でネグリジェにナイトキャップと言う姿で立っている。
ソニアの頬を突いていたのを、見られた事の気恥ずかしさもあるが、それよりも彼女が1人でいる事の方が珍しい。

「そう思うのも、ィ・アリスさんの自由です。」

そう言いながら、さっさと床にはいる。
彼女がどうしてここにいるのか・・・、いや、それよりもステラが今、私にいった言葉はどういうことなのか・・・。
言葉通り受け取るなら、もっとソニアにかまってやれという事だろうか?
しかし、それをステラにいわれる筋合いがあるのか?
ステラは既に床で横になり目を閉じている。

「ステラ、今の言葉の意味を問う。」

しかし、ステラは私の言葉には反応しない。
その事に多少の苛立ちを覚えると共に、どの道ステラが私の言葉に早々反応する事がないと考え付く。
そして、そんなステラのせいで体を起こしてしまって、今更横になるのもどうかと思うし、浜辺に置いてきた本も気になる。
私達は、書庫にある本を自由に閲覧する権利をもらっているが、
それでも、本を大事にするお嬢様に知られれば、怒られているのは目に見えている。
それに、お嬢様はいつもひょっこり帰ってくるので、変な所で油断なら無い。
まぁ、そのお嬢様は今までに、私達の仕事に文句をつけた事は皆無なのだが・・・・。

そんな事を考えながら、床を離れ歩き出す。
静かな室内に聞こえてくるのは、休んでいる彼女達の呼吸音に、波の奏でる不規則で規則的な音。
辺りは暗くなっているが、それでも完全に真っ暗にはならず、月と星明りのせいで存外に明るい。
しかし、その天に浮かぶ月は動きこそすれ、今まで1度も欠けた事が無く、星の位置も動いた事がない。
もっとも、それでも昼と夜に朝焼け夕焼けと言うモノを十分に作れている。
だが、それでも星星が欠けないというのは多分、お嬢様の手で作られた人工物を表す証拠。

いや、ここの中で生まれた者達は・・・、初期ロッドの面子以外の者は、
月が欠けるという事を、本で知る事はあっても、その事実を目の当たりにするのは一体何時になるか。
いや・・・、その事実を目の当たりにするという事は、それを見ている者が何らかの要因で外にいるという事を指す。
その外にいる事の要因で一番多いのは、やはり戦闘状態に突入している時の戦力増強だろう。
それならば、私達にとって外に出るというのは、早々喜ばしい話ではないのではないだろうか・・・?
それに、もしお嬢様が私を中に置き、ソニアだけを外に呼んだなら・・・。

「クッ。」

気がつけば私は、自身の片腕を握り潰さんばかりに握っていた。
そして握っていた手を放しても、その握っていた場所には薄っすらと指の形が残る。
特に気になりはしないが、こうなってしまっては、そこのパーツを新しく作り直すか打ち出すしかない。
・・・、自身で自身を傷つけておいてなんだが、こうして傷ついていくのは私だけでいい。
彼女を傷つけている私が吐ける台詞ではないが、ソニアには・・・、
手を握っていてもらえるだけで十分だ。

波の音が木霊する浜辺に着いたのは、床を抜けてから暫くしてからだった。
ここに来るまでの間に誰とも会わなかったのは、多分それぞれが好きな場所で休んでいるからだろう。
そう思いながら、夕暮れまで腰掛けていたイスのある場所まで足を進めれば、
テーブルの上に本は無く、それ以外は、そこを離れた時とまったく同じ姿のまま残されていた。
たぶん、私達がここを離れた後、誰かが本を書庫にしまったのだろう。

そう思いながら、イスを引いて腰をかける。
私の座っている場所は、お嬢様がいればお嬢様がここに座るが、その席の主がいない時は私が座っている。
もっとも、そのお嬢様もコチラにいる時は大体書庫か研究室、或いは浜辺か他の場所で戦闘訓練を行っているので、
ここに座る機会と言うのも、実はあまり多くない。
ただ、この席の利点と言うのは、大体の場所を一望できるという点と、眺めがいいと言うことだろう。

そして、私がこの席に着きだしたのは、この魔法球が出来てすぐ。
この中の整備が終わり、各メイド達がそれぞれの仕事をこなしだし、
姉と妹と言うものが出来たころ、私はお嬢様よりひとつの仕事を任された。

『長女であるお前は、ここで他の家族達が危なくないように仕事をしているか見守ってくれ。
 私は多くの時をここで過ごす事はないし、この中は早々危ない事も無い。
 だから、一種の安全装置のようなものだが、それでも魔獣がいる関係上そういった者も必要となる。』

そう言われ、私はこの席に着いた。
しかし、今の私はその安全装置と言う機能をはたしているのか・・・。
影の中と言う暗闇より、光あたるこの場所に来て以来、私の目の端には常にソニアがいる。
もし仮に、ソニアを目の端に置かなければ、他の者がよく見えるかもしれないが、
そうなれば、目に見える世界は、ただの作り物の箱に庭のように目に映るのかもしれない。
そして、その箱庭となったこの場所で、私がここに座る意味があるのか・・・?

矛盾の中にこそ心は宿る。
そして、その矛盾を孕む私には、確かに心が宿っているのだろう。
でなければ、こんなにも身体以外のものが・・・、痛む感覚にさいなまれる事はないのだろうから。
身体の痛みは別に恐れないし、パーツの交換でどうとでもなるが、この痛みだけは私がこうなって以来付きまとうので、
きっと癒える事はなく、この痛みの治し方が解らない私には治す術がない。
だが、この席に付けばきっと、ソニアは私の事を見つけてくれる。

もっとも、この時間では彼女が来てくれるのも希望的観測だろう。
そう思いながら、少し冷たい夜風と、繰り返される波の音を耳に1人お茶を入れる。
お嬢様には珈琲を、それはお嬢様の好みに合わせるため。
だが、お茶は少々ころあいが違う。
これはあくまで私達が楽しむ物、もっとも、それをお嬢様が飲む事もあるので絶対ではない。

そもそも、お嬢様は私達の仕事や日常に対しては、ほとんど放任しているといっても言い。
まぁ、このダイオラマ魔法球の構造上、そうなるのは仕方ない事といえるだろう。
だからこそ、私達は私達として個を持って歩き出す・・・、らしい。
まぁ、何故らしいかといえば、お嬢様曰く、

『自我も個性も人格も、それが何処にあるのかは分からない。
 私の頭の中には脳があり、胸には心臓しかない。それが今言ったものを生み出すのかは知らないが、
 それなら、私は電気にこそ宿ると思うよ。なにせ、私達は微弱な電気で動いているのでね。
 そして、幸いな事に、電気なんてモノはそこらじゅうにあるし、お前達はみんな何処か違う風に作った。
 なら、いずれお前達もそれぞれに目覚めるよ。願わくば、私のような人格破綻者にならない事を祈るよ。』

そう言いながら、ニヤリと笑って珈琲を飲んでいた。
そんな事を思いながら、自身で入れた湯気の漂うお茶を啜る。
入れ方はいつもどおり、だが、なんだかあまり美味しくない気がする。
それは多分、ソニアが入れてくれないから・・・?
更に言えば、夜の冷えた空気が今日はいつもより冷たい気がする。
繰り返される波の音が耳につき、夜の静寂が耳について寂しい。
そう思い、イスの上で足を抱えて、自身の膝に額をつけて座っていると、

「はぁ、まったくこんな時間にこんな所で何をしてるんですか。」

そういう声と共に、ポンと私の肩を叩く誰かの声が・・・、いや、この声は私が好きな声だ。
よく通るソプラノボイスは、しかし何処か呆れた感情を含ませ、
肩に置かれた手からは、かすかな温もりが伝わってくる。

「海を・・・、見ていた。」

「膝を見ていたの間違いじゃないですか、ィ・アリスお姉さま。」

その悪態を聞きながら振り向くと、やはりそこにはソニアがいた。
夜中に起きだしたため、肩にはストールがかけられ胸の前で合わせて握られている。
そんな彼女は、呆れ顔のまま私の手を取り、

「戦闘狂のお姉さまの考える事は分かりませんね、こんな時間にこんな場所で膝を見ているなんて。
 早く休みましょう。」

そう言って、私を立たせて床に向かおうとする。
そんな彼女の背を見ていると、ふとステラの言った言葉が思い出される。
『起きている時に、そうしてあげれば宜しいでしょう?』その言葉の意味は一体何か?
私ではソニアの頭の中を知ることは出来ない、だが・・・。

「まぁまて、茶の1つでも飲んで行け。」

「はぁ?」

そう言って困惑するソニアの手を今度は私が引き、今まで私が座っていた席に座らせる。
そんな困惑しているソニアの前に、彼女を思って自身が入れたお茶を置き、私も自身で入れてもう冷えてしまったお茶を取る。
だが、そこまでして頭をよぎる事が1つ、私が飲んでいたお茶はあんまり美味しく感じなかった。
そんなお茶を、私はソニアの前に出してしまった。

下手をすれば、本気でソニアから三行半を突きつけられるかもしれない。
彼女のお茶にダメだししている私のお茶が、彼女に劣っていれば、それだけで私は姉である価値をなくす。
だが、時はおそくソニアは出されたお茶を両手で取り、おずおずと口に運んでいる。
そして、コクリと一口飲み、目を閉じてふーっと息吐いて、

「文句を言われても仕方ないですわね、このレベルのお茶を出すには私の腕で払い無いですの。
 はぁ~、なんでこんな人が、こんな温かいお茶を入れれるんでしょ?」

そう言って、更にお茶を口に運ぶソニアを見ながら、私もお茶を口に入れる。
私の分は入れなおしていないため時間が経って冷え、そのせいで、風味も香りもあったものではない。
だが、今飲んでいるお茶は、なんだか1人で飲むより暖かい気がする。
でも、やはり何か足りない・・・。

「なら、今から訓練つけてやろうか?」

彼女の入れたお茶が飲みたいと、素直に言えず口から出たのはそんな言葉。
そんな言葉に、ソニアはジト目で私の事を見ながらカップをソーサに置き、
『ん~』と言いながら大きく背伸びをして、

「明日でいいです、どうせこの先も私はお姉さまと一緒ですから。」

そう言って残ったお茶を飲み干す。
この先も一緒・・・、か。
それは私の願いであって、彼女の願いではない。
今の彼女の言葉は、私には・・・、痛すぎる。

「一人前と報告して欲しいか?」

本当に潮時なのかもしれない、これ以上私が彼女を拘束できる権利は無い。
それに・・・、他の妹と一緒でもソニアといつでも会えるはずだ。
ただ、そう、ただ私の背中が少し寒くなって、その寒い背中を他の妹が見るだけ。
そう言うと、彼女は『はぁ~。』と深い深い溜息をついた後。
私の顔を見ながらもう1度深い深いため息をつき、

「何アホな事言ってるんです。
 私は実力の上で認めて欲しいんですの。
 それに・・・、私がいなくなったら誰がお姉さまのお守りをするんですか?
 そんな面倒事・・・、他の妹たちに任せるには荷が重すぎますよ?」

そう言いながら、上目遣いでぶっきらぼうに言いながら私の顔を見てくる。
今が夜でよかった、顔は見られても顔色を見られる事はない・・・、と思う、いや、無いはずだ。
それに、なんだか胸にあったものがスッと流れ落ちたようなきがする。
例えお守りでも、一緒に居てくれるならそれはそれで悪くない。
そう思いながら、ソニアの頭をグシャグシャと撫でて、口元の笑みを噛み殺しながら、

「お守りとは酷いなソニア、それに、認められた後の終着点は、まさに今お前が座っている所だ。
 そのイスから他の姉妹達の安全を見守る、そんな私の背中を見るお前はある意味、1番一人前だぞ?
 なにせ、見守る者を見守っているんだからな。」

そう言うと、ソニアはイスに座ったままあたりをしげしげと見て首を振りながら、

「暇な仕事ですね、これならお守りの方がやりがいがあります。」

そう言いながら、口元に手を当てて苦笑する。
その姿を見て、私も一緒に苦笑しながらあたりを見る。
見えるのは、月明かりに照らされた海に輝く星星。
研究棟や書庫の作る影は何処か騙し絵を連想させ、巨大な怪物の口にも見え、
夜闇のせいで、辺りははっきりと見えない。

すべてが作り物で、私たちの体でさえ作られてモノでしかない。
だが、この気持ちはきっとソニアにしか作れないものだろう。
月の光を流れる金髪に受ける彼女は、やはり髪を結ばない方が似合う。
もっとも、そう言っても彼女は邪魔だといって髪を纏めるだろうが。

「そう思うなら、私の背についてきておくれ。
 この眺めは、私の妹にしか見れないよ。」

そう言うと、彼女は今度は苦笑ではなく、純粋に微笑みながら、
しかし、何処か『仕方ないな~。』といった感じで、姉の私よりも何処か姉らしく、

「認めて貰えるまではついていきます。
 お姉さまに認めてもらえれば、それはきっと誇れる事でしょうから。
 さて、本当にもう休みましょうよお姉さま。」

そう言うソニアの手をとって歩き出す。
懐かしい事だ、最近はソニアに手を引かれる事はあっても、私がソニアの手をとる事はなかった。
手を伸ばして、触れたい思ったものはこんなにも近くにいて、思い出せば、私は生まれる前から彼女の手を取っていた。
なら、私達にとっては、互いが近くにいて他の誰でもなく、お互いの手を取り合えるのが自然なのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、ソニアが私の前に出て、

「早く行きましょう、夜は冷える気がします。」

そう言って、ズンズンと歩き出す。
そんな背を見ていると、

「ちょ、重いですお姉さま!?」

「覚えておけ、これが・・・、の重さだ。」

「何の重さです?
 聞こえるように言ってくださいな。
 って、砂浜で引きずられないで下さい、床に砂が上がる~!」

ソニアの首に抱きつき、ズルズルと引きずられてみる。
そうすれば、慌てるソニアが可愛くて仕方ない。
そう思いながら、背中にいる事をいい事に、自然と笑みが顔に浮ぶのがわかる。

「撤回、前言撤回ですわ!お守りは沢山ですの~!」

「なんだ、やりがいがあるんだろ?」

そう言うとソニアは黙ってしまう。
・・・、流石にやり過ぎただろうか?
今すぐ離れた方がいいのだろうか・・・。
いや、離れた所で彼女は私を許してくれるのか。
そう思って、私も黙っていると、

「お姉さま、1つだけ教えて欲しいですの。
 ・・・、どうやったら、あんなお茶を入れれますの?」

そう、私に真面目に聞いてくる。
どうやったらあんなお茶を入れれるか・・・。
さて、どうやれば・・・、あぁ、そうか。
その答えはこれ以外絶対にない。

「飲んで欲しい人の事を考えて入れる。」

そう言うと、ソニアは黙り込み、咳払いをした後、
上ずった声で、

「そ、そうですの?
 な・・・、なら私もお姉さまの事を考えながら入れないといけませんわね。
 べ、別にお姉さまになら美味しくないお茶でも十分ですが、い、一人前になるには仕方ないですの!」

そう、最後の語尾を強く言う。
ソニアが私のことを思って入れてくれるお茶・・・か。
そのお茶は、きっとどんなお茶よりも甘く、そしてきっと切ない味がするんだろう。
でも、その味を味わうほど、きっと私はこの子を手放したくなくなる・・・。
だが、いずれ認める時は笑顔で言ってやろう、さっきこの子が聞き取れなかった言葉を。
だから、そのときまでは、どうか私のそばに居ておくれ。
そう思っていると、首にまわした私の手にソニアの手がふと重ねられた。

作者より一言
記憶を掘り起こしました。



[10094] 幕間その6 メイド達の憂鬱 後篇
Name: フィノ◆a5d9856f ID:968145c2
Date: 2010/05/23 22:37
幕間その6 メイド達の憂鬱 後篇



私は姉さまが好き。
誰にも渡したくないし、できれば・・・、お嬢様にも渡したくない。
でも、この気持ち、姉さまは気付いてくれてるのかな?
姉さまは、いつも自由奔放に私を振り回す。
でも、できれば私は姉さまとずっと手を繋いで、一緒に歩きたいな。

「ステラちゃ~ん。
 そろそろ引きずらないで~。」

暖かな手の温もりは、姉さまの声と共に手の内から消える。
その事に寂しさを感じながらも、姉さまの嫌がる事をしてはいけないと自分に言い聞かせる。
そんな事を考えていると、姉さまは私の前に回りこみ、上目遣いで無邪気に笑いながら、

「ポーランを何処に連れて行こうとしたの?」

そう話しかけてくる。
背の低い姉は、私に話しをするときは大抵こういう風になる。
そして、私はその仕儀差を数多く見ているけど、毎回のようにドキドキさせてくれる。
そんな姉さまのふわふわの金髪に手櫛を入れたくなるのは、きっと仕方のないことだと思う。
そう自分に言い聞かせながら手を伸ばそうとすると、姉さまはヒラリと私の手をかわし、
いたずらっ子がいたずらに成功したような顔で、

「ちゃんと答えない悪い子にはおあづけで~す。」


そう言いながらステラの前に回りこみ、彼女の顔を見ると本当に、
お預けされた犬のように、寂しそうな顔になっている。
彼女の気持ちに気付いたのは何時の頃だったか・・・?

生まれてすぐだったのか、それとも妹となってすぐだったか、
それとも、彼女の何気ないしぐさにその色を見つけたからか。
もっとも、今の彼女の顔が見れるなら私にとってまったく持って問題ない。
そう思いながら、トコトコと近寄っていき彼女の腰に飛び込むように抱きつく。

「もう、そんな寂しそうな顔しないの。
 ポーランはここにいるよ?」

そう言いながら彼女の顔を見上げると、彼女はほのかに頬を染めながら、
恐る恐る私の頭に手を載せ、その白く細い指で私の髪を梳く。
それが気持ちよくて目を細めていると、

「調理場に連れて行こうかとしてました。
 料理は下手でも、お姉さまは私のクッキーなら食べてくれるから。」

そうたどたどしく言葉を紡ぐステラは、子犬のようで可愛らしい。
初期ロットの仲間だと言うのに、この子はなんでこんなに純粋な目をするんだろう?
否、元々人見知りしやすく、態度を誤解されやすいこの子は、なるべくして純粋になったというようなものだろう。
だからこそ、私はこの子を手元においておきたくて、足りなく幼い姉をやっているのだから、これぐらいは役得役得。
もっとも、それはお嬢様には感付かれてるっぽいけど・・・。

「ポーランの為にクッキー作ってくれるの?」

「はい!」

そう、元気の言い返事をしたステラとともに調理場に行き、
私がテーブルに座ると、ステラがスッとミルクティーを出し、エプロンをつけてクッキーを作り出す。
その姿を見ながらミルクティーを一口、作る手順は間違っていない。
使っている茶葉や機材も、他の子達が使う物と一緒。
ただ、この子のお茶の感想はいつも一緒。

「うん、いつもどうり不味い。」

「お姉さま・・・、酷いです。」

そう言いながらも、ステラはカチャリカチャリと調理器具を動かす手を休めない。
出来れば、今のステラの表情が見たいけど、態々そのためにステラを振り向かせるのも、
なんだか私の心の内を読まれそうで憚られ、結果としてそのままステラの後姿を見る事になる。
でもまぁ、見えない彼女の表情を想像するのも楽しいかな?

そう思いながら、彼女の不味い紅茶を飲みながら、クッキーの出来上がりを待つと、
程なくして、綺麗に焼き色の付いたクッキーをステラが持ってくる。
そして、そのクッキーに私の好きなレーズンが入っているのを見ると、彼女の好意が伺えてくる。

「どうぞお姉さま、今日は腕によりをかけました。」

「ううん、それは間違いだよステラちゃん。
 だって、ステラちゃんはポーランにクッキーを作ってくれる時、いつも腕によりをかけてくれるもん。
 だから、今日"も"だよ。」


そう言いながら、姉さまはクッキーを一枚摘んで口に投げ入れて、熱いと言ってさっき不味いって言った私の入れた紅茶を飲む。
なんで、みんなと同じように入れてるのに、私のお茶は不味いんだろう?
出来れば、姉さまには美味しいお茶を飲んで欲しいし、
今、クッキーを食べてるみたいな笑顔になってほしい。
そう思いながら、笑顔の姉さまを見ていると、

「ステラちゃんも立ってないで座りなよ。」

そう促され、姉さまの対面の席に座る。
そして、自分で入れた紅茶をティーカップに注ぎ一口。
味は・・・、悪くないと思う。
香りも・・・、やっぱり悪くない。
温度は・・・、多少ぬるくなってるけど、姉さまに入れた時は適温だったと思う。
じゃあ、一体何が私のお茶を不味くするのかな?
そんな事を考えながら、ティーカップの中を覗き込んで考えていると、

「ステラちゃ~ん。」

そう姉さまに呼ばれて顔を上げると、

「むぐっ!」

口の中に広がるのは、姉さんの好みの甘めに味付けしたクッキーに、レーズンのほのかな酸味。
お姉さまは熱いっていってたけど、考え込んでいるうちに冷めたのかな?
今口に入ってるクッキーは熱くない。
でも、それよりも今笑顔でいる姉さまが、私の口に身を乗り出してクッキーを入れたほうに驚く。
毎度、姉さまの行動は唐突だけど、今までこんな風に食べさせてもらった事はない。
そう思いながら、姉さんが口に入れてくれたクッキーを噛み締めながら味わっていると、

「ステラちゃんのクッキーは美味しいね。」

「ん・・・、お姉さまはいつも唐突ですね。」

「そう?」

そう言って、姉さまは小首をかしげ、クッキーを口に放り込む。
時間は夜も遅く他の姉妹たちはもう、思い思いの場所で休息を取り、起きているのはきっと私たちだけ。
そんな静かな時間を、姉さまと2人で過ごせるのは、私にとって1日で1番のご褒美。
いつも姉さんについて回ってるけど、引っ込み思案な私は、他の人がいると中々口が開けないから、
こうやって夜にならないと、姉さんと2人で話せない。

「今日は何処で休みます?」


そう、クッキーを頬張っている私にステラが聞いてくる。
さて、今日は何処で休もうか・・・。
こんな日は2人で床を共にしたいけど、それはもうここ数日やっているので、今日は別の所で寝よう。
それに、今日はまだ仕事をしていないので、それをしないといけない。
まぁ、仕事といっても別に誰に言われたわけでもないし、私がやらなければならない事でもない。
ただ、それをしようと思ったのは時折、お嬢様がそんなしぐさをするから。

「今日はお仕事をするので、ステラちゃんは1人で休んでね。」

そう言うと、ステラは寂しそうな顔をしながらも、コクリと頷き食器を一緒に片付ける。
背の高い彼女の横で一緒に作業をすると、どうしても背の低い私は見劣りする。
でもまぁ、それでもこうして一緒に何か作業するのは楽しい。
そう思いながら、使ったカップを拭きながら口を開く。

「今日はいい日だね、新しい妹もできたし。」

「はい・・・。」

そう話すステラの顔は、何処か浮かない顔になっている。
この子の前で他の子の事を話すと、大体いつもこんな顔をするし、
こんな夜中にクッキーを作って食べるようになったのも、元はといえば、
私がアニエスの作ったタルトを食べようとしたからだ。

「ステラちゃんはあの子と仲良くなりたい?
 ポーランは仲良くなりたいかな、アニエスちゃんはお菓子作るのが上手いから、もっと仲良くなりたいし。」

そう聞くと、ステラは視線を彷徨わせ、最終的には今ステラ自身が洗っている皿に納まった。
彼女が口を開かないのを皮切りに、私も口を閉ざして彼女の返答を待つ。
その返答を待っている間は、ステラには悪いが私としては楽しい時間だ。
なにせ、彼女の顔は憂いを帯びた顔や、困ったような顔、そして、時折花が開いたような顔など、
様々な表情をのぞかせて、そのたびに私の中に彼女の新しい表情が刻まれていく。
そして、そんな百面相をしているステラの口からもれた言葉は、

「・・・、私は・・・、解りません。」

その言葉が出たころには食器も洗い終わり、だいぶ遅い時間になっていて、
調理場の前でカンテラを取り出し、ステラが床に見送ろうとすると、
彼女が私に抱き着こうとしたので、それをヒラリと交わす。
ただ、それだけだと可哀相なので、人差し指を私の唇に当てた後、ステラの唇につけながら、

「今日はここまでで~す。
 早く休んで、また明日ねステラちゃん。」

「あ・・・、う・・・、お姉さまは意地悪です。」

そう言って、ステラはおずおずと床に引き上げていく。
それを見送り、カンテラを片手に月と星の夜空の下を歩き、
他の場所に行く魔方陣の辺りを見回り、飼っている動物たちが、なんらかの異常で出てきていないかを確認し、
そして、そこを確認し終わった後に魔方陣と通り抜けて出るのは、管理者のいない羊達の楽園。

私がここを訪れるのは、ここに墓標が・・・、私達がまだできる前・・・、
試作品とも呼べない道具や、研究に使われた魔獣たちの亡骸が集められて埋められている場所。
お嬢様は時折ここで手を合わせて目をつぶり、なんと言っているか分からない異国の言葉で祈りを捧げる。
それを見て以来、何となくお嬢様がいないときは、気がついた時にここを訪れて手を合わせている。

ここで私が、こうしている事を知るものはいない。
もしかすれば、魔法球を管理しているお嬢様なら知っているかもしれないが、何も言ってこないのなら知らないのと一緒。
そして、ここでこうして手を合わせているのも、いずれ・・・、人よりも長く生きれるけど、
何かの拍子で壊れるかもしれない、私たちの誰かが寂しくないようにするため。
でも、願うならもし私が先に壊れたら、ステラにもこうして祈って欲しいかな。

そう思いながら、祈りを捧げ終え、また来た道をカンテラで照らしながら進む。
途中、浜辺でソニアに抱きつくィ・アリスを見て、なんだかいたずら心に火がつきかけたけど、
今あの2人に割って入ったらなんだか、ィ・アリスと無制限バトルロワイヤルをやるハメになりそうなので心に押しとどめる。

なにも、わざわざ自分から爆弾に火炎放射器で点火しなくてもいい。
そう思いながら、ィ・アリスとソニアが部屋に消えるのを見送り、
ちょっとしてから、私も床のある部屋に向かう。

床のある部屋では、それぞれの姉妹が思い思いに休み、
私もステラの寝ている床を探して、彼女の寝顔を覗き込む。
静かに閉じられた目は開く気配も無く、このまま朝まで見ていても飽きないだろう。

「まったく、可愛い寝顔しちゃって。」

「ん、ポーランかい?」

そう背後から声がすると思って振り返ると、そこには今日出来た妹のジリアンと、
寄り添うように休んでいたアニエスが、体を起こしてこちらを見ていた。

「ポーランだよ?」

「・・・、わざわざ私の前でまで猫を被らなくても、参謀件指揮官殿。」

「役職で呼ばないでくれ剣兵君。
 私は謀るのが仕事だよ、人も自分も含めてね。」

そう、肩越しに振り返りながらアニエスを見ると、
彼女は、やれやれといった感じで私のことを見てくる。
初期ロットで5番目のアニエスは、唯一私の中身を知る人物。
だからこそ、私は彼女と話す時こそ更に別の仮面を何十にも用意する。

いくら、彼女が私の中身を知っていても、けしてその思考を読まれないように。
最初の5人しかいなかった頃に、私はお嬢様に命じられて作戦指揮と発案をしていた。
もっとも、発案と指揮といっても、共に前線に立っているので、あまり有用性はなかったように感じるし、
そして、メイド長としてのロベルタが現れてからは、私はお役ごめんに等しいが、それでもアニエスのようにそう呼ぶ者もいる。
そのアニエスは、ベッドに座り髪を書き上げた後、横に眠るジリアンの髪をなでながら、

「そういえば、ステラが寝ているソニアを突いてたィ・アリスに突っかかってたよ。
 『起きてる時にそうすれば・・・。』とね。
 最近彼女は何かあったのかい?」

そう、アニエスが私に聞いてくるが、私にも心当たりがない。
ただ、そう、ただ1つ心当たりがあるとすれば、

「まぁ、ステラは誤解を受けやすい子だから、
 そうたいして気にしなくてもいいさ。
 ただ、君と妹に焼いてるのかもね。」

そう言うと、アニエスは照れながらジリアンに優しいまなざしを向け、
ただ、一瞬その瞳に憂いを潜ませながら、

「私にとっては初めての妹だからね、この子への接し方がまだ、優しくする以外解らないのかもしれない。
 でも、いずれは厳しくないといけない時期や、別れの季節が来るのだろうか?」

そう聞いてくるアニエスに、私も寝ているステラの頭をなでながら、
彼女の顔を見ないように、空を見ながら口を開く。

「来るさ。
 私はステラが2人目の妹で、最後の妹だとお嬢様より仰せ付かった。
 それに、1人目はもう立派に巣立ち、今は別の子の姉になっている。」

「・・・、ポーラン。」

そう、寂しげな声をかけるアニエスの言葉を、ステラの額への口付けで聞き流す。
きっと、アニエスも彼女との姉妹と言う繋がりをなくしたくないといい、そのなくさなくてもいい方法を聞こうとしているのだろう。
だが、私の取った方法はアニエスには使えない。
タヌキは生まれた時からタヌキであるように、彼女の茶目っ気を含んだ生真面目さは周知の事実。
だからこそ、私は彼女の問いに対する答えはない。
ただ、何か言葉をかけれるなら、

「ここにいる限り顔はいつでも合わせれる。
 ただ、その子が私の事を『お姉さま』ではなく、『ポーランさん』と呼ぶようになるだけ。
 でも・・・、そうなれたらきっと、互いに肩を並べられてるって事だよ。」

そう言葉を発して、私もステラの横の床に入る。
目が覚めればまた変わらない朝が始まり、ステラを振り回しながら仕事をする。
きっと、この子と私が離れるのは、ステラが私の元を離れたいと思ったとき。
そう思いながら、いくつもの夜と昼を越えたころ、お嬢様が老人を連れてきて魔法球を訪れ、
あの墓標のある草原をその老人・・・、ハスキンズさんに譲渡して幾日も過ぎた頃。

「ポーランお姉さま・・・、あの場所がハスキンズさんの手に渡って悲しいですか?」


そう私が姉さまに聞くと、姉さまは洗物の手を休める事無く、
ニコニコと笑いながら私の方を向き、

「ううん、ポーランは悲しくないよ?
 あそこは羊さんしかいなかったけど、今は喋れる人がいるもん。」

そう喋る姉さまは、やはり何処か悲しそうで、
もしかすれば、あの草原は姉さまにとって何か特別な場所だったのかもしれない。
その事で、ハスキンズ氏への印象が悪くなるのはどうも否めないかな。
でも、それは決まってしまったことだから、どうすることも出来ない。
だから、私に出来ることは、姉さまを励ましてあげること。

「大丈夫です、お姉さま。
 あそこへの出入りは禁じられていませんから。」

そう言いながら、洗物をしていた手をエプロンで拭いて、姉さまの頭をなでる。
でも、やっぱり姉さまは元気がないみたい。
いつもなら、私の出す手は一回避けられてしまうのに、今回は避けられない。
そのまま無言でなでていると、姉さまは私の腰に抱きつき、顔を胸に埋めながら、

「ステラちゃん、私が悲しくないのは本当だよ?
 ただ、何となく寂しいだけ・・・、かな。」

そういう姉さまは、やっぱり悲しんでるんだと思う。
いつも幼い感じに喋る姉さまが、今日はよりいっそう幼く感じる。

「大丈夫ですお姉さま、私はあそこに何があるのかは知りません。
 でも、いつか一緒に行きましょう・・・。
 そして・・・、いつか見せてください、ポーランお姉さまがあの草原で見ていたものを。」

そう言うと、姉さまはハッとしたように顔を上げる。
そして、あの上げられた顔の瞳には一筋の涙・・・。
涙・・・?

「泣いているのですか姉さま?」

そう聞くと、顔を上げた姉さまは自身の頬に片手で触れながら、
私の頬にもう一方の手を這わせ、

「ステラちゃんも・・・、泣いてるの?」

作者より一言。
多忙により更新できない事を謝罪



[10094] ありふれた悲劇だな第59話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:968145c2
Date: 2010/06/24 21:58
ありふれた悲劇だな第59話



一体何が・・・、起こっている?
頭をよぎるその言葉をよそに、花畑を疾走する。
エマが何故あんなに戦えるのか、男たちがなんであんなに必死なのか。
息の上がっているエマはもう長くは持たない。
それに加え、片腕を蹴りでダメにされたのか、力なく垂れ下がっている。
クソ!自身が呆けていた時間が恨めしい!

何故、俺はすぐにエマの背を追う事ができなかった?
何故、俺は今の1歩目を踏み出すのにこんなにも手間取った?
そんな無駄な事を考えるのは後回しだ、眼前に見える死合いを見ろ。
どう動けば、俺はエマを救えるかを行動で示せ!
無駄な思考をすべてカットして、必要な事だけを選択しろ!!


「そろそろ死んどけ。」

そうやる気なく言葉を吐きながら、ばぁさんの心臓めがけて体ごと突っ込みながら突きを放つ。
まぁ、避けられたなら、後は俺の後ろにいる長身のヤロウが、逃げたばぁさんの首を刎ねてお終いだろう。
はぁ~あ、これでクソ面倒くせーばぁさんともお別れで、とっとと酒場に駆け込んで、
ぬるいビールでもかっ喰らってから、娼館にでも駆け込んで憂さ晴らしでもするか。

そんな事を、頭の片隅で考えながら放った突きを、ばぁさんは後ろにステップを踏んで交わす。
後ろに下がるのを見た瞬間、俺は一気に片膝を地につき、後ろの長身の踏み台替わりになれば、
長身のヤロウは遠慮無しに俺の背を思いっきり踏んで、飛び掛りながら、

「悪いな、詰みだ。」

そう言いながら、長身の男がばぁさんに切りかかる。
これで、本当に終いで奇跡でも起きない限りは、後はシーナさんの自由になる。
まぁ、背中を踏まれて顔が下がったおかげで、ばぁさんの最後は見れないが、誰もそんなもの好き好んで見なくてもいい。

ガキンッ!!

「なぁ!!」

そう、奇妙な音がしたと思って急いで顔を上げれば、さっきのばぁさんとは違うヤツの背中と、
長身が放った剣がそいつの体に触れる事無く、空中で止まっている姿。
白く長い髪からして、今見ている背中はあの娘のものだろう。
だが、そんなこたぁどうでもいい、大事なのは剣が触ってもいないのに止められたことだ。
チッ、娘はばぁさんを抱すくめて俺たちに背を向けている。
それなら、今のうちに引くしなねぇ。
なにせ、コイツは!

「下がれ!魔法使いだ!」

そう言葉を吐いて、一気に後ろに飛ぶ。
クソ、厄日過ぎて泣けてくる。
俺達みたいな普通の傭兵じゃあ、魔法使いが本気を出しただけで殺されちまう!
戦場で見たあいつ等は、1人で何十人も殺すような化け物ばかりだった。
そんな化け物に切りかかって、おまけに連れを傷つけたんじゃ、ただで済むわけがねぇ!

「ありがとう、もういいよ?」

「あ?」


間に合う事はできた・・・。
ただ、丁寧さは足りなかったかもしれない。
なにせ、俺がつかんだのはエマの折れて垂れ下がった腕であり、
その腕を強引につかんで引き寄せたせいで、苦痛のためかエマは少し震えている。
だが、それでも彼女を護れた。
男の放った剣は障壁に阻まれ、俺の体に触れる事無く空中で止まり。
男たちは引く気配を見せている。

「よかっ・・・。」

そう声を出そうとして口を止め、エマの肩をつかみ一気に前に出そうとする。
誰かはわからない、だが今!

「遅いよ♪プラ・クテ ビギナル 障壁突破。」

女みたいな声がしたと思うと同時に、自身の胸に他人の腕が生える。
腕は的確に心臓を貫き、腕の太さのせいで近くの肺もずたボロにされ、
一気に食道を血が駆け上がり、

がはっ!!

そう、声にもならないような音と共に一気に血を吐き出す。
だが、そんな事はどうでもいい。再生出来る体なら、これは致命傷ではない。
そう思いながら、恐る恐る胸から生えた腕の先を見る前にその腕が抜かれ、
エマの軽い体が俺の方に倒れ掛かり、支えきれずに地面に座り込み抱きかかえる。
その際、スカート越しに太ももにぬるりと暖かい感触がし、顔は青白く口元からは血が垂れていて、それだけでもエマに傷があることがわかる。
どう助ける?クスリと治癒魔法を使えば軽い傷なら、そうじゃなくても俺の魔力量なら重症でも!

「無理だよ娘さん。
 そのおばあさんの心臓はここだから。」

その声に顔を跳ね上げると、女みたいな顔の男が赤黒いものに噛み付き、
それから溢れでる赤黒いもので口と服を汚す。
・・・、何ができる?何をすればいい?何なら可能だ?
何をすればこの状況が打開できる?

クスリと治癒魔法・・・、却下。
部分欠損を補う薬はなく、構造が複雑な心臓部は再生不可能。
治癒魔法に関しては見込みがあるが、治癒であるため部分欠損を再生させる事が不可能。

人形のパーツを使い擬似心臓の作成かつ使用・・・、却下。
あくまで似たものは作れるが、時間及び手術するにも時間がかかりすぎている。
それだけでなくとも、高齢のエマでは耐え切れるとも思えない。

吸血鬼としての能力使用・・・、不明。
エマが非処女の場合、ドラキュリーナとしての復活の見込み及び心臓の再生が見込める。
ただし、エマの年齢及びあくまでエヴァである事を考えると何処までいけるかは不明。
ついでに、半吸血鬼している間に治療を施せば人に戻る。
現時点ではこれが一番確率が高い!!

フル回転する思考を体に流し込み、顎が外れるほどに大きく口を開いてエマの首筋に牙をたてる。
犬歯でブツリと割れた首の肉からは、生温かい血が溢れその血を牙で啜る。
お願いだ、助かってくれ・・・、どうか、どうかお願いだ助かってくれ・・・。

そう願いながら、エマの中からすべての血を啜り、
牙を首筋からはなし、吸血痕に魔力を向ける・・・。
どうか動いてくれ・・・、どうか、新たな心臓が生まれでて脈を打てくれ。
そう思いながら、瞼の開かないエマを見ていると、何処からとも無く無骨な男の声が耳に入った。

「見ろよ、あの女あんなに悲しそうな顔してるのに・・・、
 涙1つ流さないんだぜ。」

その言葉と共に、自身の顔を両手で押さえる。
まだ、その男の声は何か言っているが後の言葉は耳に入ってこない。
自身の頬は乾いている・・・。
エマは今だ動かない・・・。
それはきっと・・・・、エマが死んでしまったということ・・・、だろう・・・・。
別れの言葉もなく、話す事少なく、寂しさを持たせたまま・・・。
彼女の温もりが・・・、指の間をすり抜けて・・・、いく・・・。

「う・・・、ああああああああああぁ・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「あはははは・・・・、まるで獣の咆哮だね。」

その声のする方には、赤黒く口と手と服を汚した男。
この男が・・・、この男がぁ!!!!!


ーside店ー


お嬢様達が花畑に行かれた昼下がり、店に魔法球を置いていってくださったので、私も外にいる事ができます。
それに、店が繁盛している今、お嬢様とエマさんの2人がおらず、私まで中に戻ってしまうと仕事が滞ってしまいます。
そんな事を考えながら、注文された服の布をノーラさんと選び、糸や型紙をチャチャゼロさんが作り一段落した頃。

「そろそろお茶にしませんか、お2人とも。」

そう、額を拭いながらノーラさんが声をかけ、

「そうだな、こっちもある程度は一段落したし、何より喉が渇いた。」

そう言いながら、チャチャゼロさんが襟元をパタパタさせながら顔を出す。
そろそろ初夏の装いと言うこともあって、だいぶ涼しげな服を着ているはずなのですが、
それでもやはり暑いものは暑いのでしょう。

「それなら、何か冷たいものを出しましょう。
 それに、確かライアさんの所からもらったお菓子もありましたし。」

そう言って、手早くお茶の準備をして3人と1匹でテーブルに着き、それぞれに氷の浮いたグラスを口に傾けて一息。
窓から入る風は生ぬるいですが、無いよりはマシといった所。
そんな中、ノーラさんが窓の外を見ながら、

「何だかんだで、だいぶ打ち解けれたんですねエヴァさん。」

「そうだな、来たばかりの頃はなんだかぎこちなかったが、
 それでも一年も過ぎればそうなるさ。」

そうお菓子に手を伸ばすチャチャゼロさんを見ながら、お嬢様とエマさんの事を考えます。
お嬢様とエマさん・・・、あの方達は元々主と従者で、しかしお嬢様はエマさんの本当ことを知らない。
そして、エマさんも今のお嬢様の本当の事を知らない。
それは、両方の本当の姿を知っている私からすれば、歪で薄氷の上に立つような関係ですが、
しかし、本当にすべてを知り合った関係と言うものが、一番の幸せとも限りません。
故に、この事実は胸にしまいましょう。

「笑い会えるようになれたのは最近ですが、それでもお嬢様は部屋に篭らなくなりましたしね。」

そうおどけて言うと、ノーラさんが口元に手を当て苦笑交じりに、

「アレは研究がほとんどだったじゃないですか。
 一回お部屋に花を飾ろうと入って机の上の書類を見たら難しそうな言葉とか数式でしたっけ、
 それがビッシリ書いてありましたよ?」

そうノーラさんが言うと、チャチャゼロさんは額をかきながら、
小難しそうな顔で、

「俺はあの書類を見ると頭が痛くなるよ。
 聞いたら内容を教えてくれるんだが、それでも内容が飛びまくってよく分からないんだよな・・・。
 一応エヴァと一緒に学校には居て、本を写したりもしていたんだがなんとも。」

そう言いながら首をひねっていますが、確かにお嬢様の書く理論や計算式は、どうも今の時代にはそぐわないものが多いですね。
まぁ、たまに計算を間違う事もありますが、それでも頭が良いとか、天才なんて言葉で済まされるのか・・・。
考えると色々とありますが、それはいずれ教えていただくとしましょう。
今はただ、お嬢様とエマさんが打ち解けていただければそれで・・・。

「ん、ロベルタどうした、急に涙なんか流して。」

「え?」

そう、お茶を飲むチャチャゼロさんとノーラさんが私の顔を覗き込んできます。
ですが、私は泣くことなど出来たのでしょうか?
そう思いながら、頬に手を這わせると、確かにそこには涙の感触。
それと同時に頭に入ってくる姉妹の念話。
内容は、すべての姉妹たちが泣いているというもの・・・。

「お嬢様に何もなければよろしいのですが・・・。」

「何か言いました?」

そのノーラさんの言葉に涙を拭って笑顔で答えた後、窓の外を眺めます。
そこにある晴れた青空が、普段なら気持ちいはずなのに、どうして今はこんなにも悲しみの色に見えるのでしょう。


ーsideアーチェー


シーナ達を探すために森を歩く。
門番に就いていたやつらに聞くと、シーナはジュアと傭兵3人を連れて湖に行ったらしい。
あいつが花に興味があるとは知らなかったが、まぁ、人を如何こうするような趣味よりは幾分マシで、
男ばかりでむさい砦にあいつが花を植えたいと言い、それの世話をしたいといえば、
それはそれで、うち等の生活もマシになるかもしれない。

そう思いながら森を歩き出して数時間。
もうじき花畑が見えるかと言うときに、その花畑の方から女の絶叫が聞こえる。
はぁ、なんだか知らんがまた面倒ごとか。
そう思いながら、道を突っ走り森を抜ける。

森の抜け口で、ジュアのヤロウが花畑を睨むように見ているが、うんなことはどうでもいい。
抜けた先の花畑では、戦闘があったのか花は踏み荒らされ、その先では棒立ちのシーナに飛びかかる白髪の女。

「チッ、本当に面倒事かよ!」

そう毒づきながら空を駆けてシーナの前に出て剣を合わせて地に突き立てる。
瞬間、『ゴガン!!!』と言う音と、地から剣が抜けるほどの衝撃!
そして、その抜けた剣を手に大きく横なぎに払うと、女は飛んで距離を離す。

「こら!シーナ!!
 なんなんだあの女わ!!」

そう聞くと、後ろのシーナは何時ものような笑顔で、

「魔法使いだよ。
 敵だから倒さないと・・・、ね。」

そうシーナが言葉を返す間にも、女は叫びながら目を見開いて殴りかかってくる。
技は無い・・・、速度も追いつけないほどでもない・・・、正気かどうかは疑わしいが、馬鹿力があるのは解る。
魔法使いと言うよりは、魔獣の類に近いな。

「面倒を増やすなよ、まったく。」

そうシーナに言葉を吐きながら兜をつける。
さて、人でなく業もなく、ただただ力任せに突進するだけなら御しやすさもひとしお。
あの女がなんであんなになったのか、ここで何があったのか、シーナが何かをしでかしたのか、
それとも、元からああだったのか・・・。
まぁ、なんてことは無い・・・。
俺が見たのはあくまで、弟のシーナが襲われていたという事実だけ。

「来な化け物。
 地獄に送り返してやるよ。」


ーsideジュアー


シーナが対象と接触し、アーチェが増援として到着。
以後、戦闘を開始し戦闘を続行中。
そう、紙に観察報告を記載しながら花畑を見る。
イカレたフリをするのは骨だが、それでも、イカレていれば行動がおかしくとも咎められない。
それに、如何にこの身に神の奇跡を有する力を宿そうとも、体そのものは人と早々変わりはしない。

故に、今眼前で行われている戦に介入する必要性は無く、私本来の仕事に徹しながら思い返す、昔はよかったなと。
戦中なら如何に惨い事をしても、如何に凄惨な事をしても、戦に勝つためと言う言葉さえ吐けばそれですべてが済まされた。
だが、戦が終わった今はそれもままならない。
クッ、悪は死に絶えればよいものを・・・。

神より見放されたものは生きる価値が無いというのに・・・。
そして、何よりも苛立たしいのは、未だに私がバチカンに戻れぬ事。
魔を葬るために魔を使い、魔に負けえぬものを作ろうとして、あの砦は作られたが、今では吹き溜まりもいいところだ。

それに、神は自身に似せて人を作ったなら、人は神に似ているのだろう。
ならば、人は神になれぬとも、神と似た領域に人がに昇り上がる事は出来るのだろう。
私たちは神の権力に傅くのではなく、神の力と成りえるために人を突き詰める。

「あああああ・・・・・・!!!!!」

「獣がぁ!!!」

血まみれの女が、私達が作った兵器に挑みかかっている。
前に見た限りではただの娘だったが、シーナの所存で理性の糸が切れたのだろう、
声を上げ、愚直にその身を刻まれながらもなお、堅牢なる楯のアーチェの後ろにいるシーナを狙う。
だが、アレでは足りぬ・・・。

如何に力があろうとも、獣では人は殺しきれぬ。
まして、神の力と成りえるためのあの2人には勝ち得ぬ。
だが、あの娘の体は良い素体になるだろう。
罪人を喰らうシーナと、血のみを吸うあの娘なら、多少調教は必要かも知れぬが、
それでも、調教次第では良い神の尖兵となる。
ただ、問題はシーナをどう止めるかか。


「チッ、シーナ手伝え!」

「ん、いいよ。」

そう後ろにいるシーナに声をかけながらも、目の前の娘からは視線を外さない。
1人で倒しきれない事も無いが、それでもあの娘のバカ力を何度も捌くのも面倒だ。
そう思っている間にも、娘は地面を舐めるように、叫び声をあげながら突っ込んで来る。
その突撃にあわせるように突きを放つが、娘は剣の腹を手で滑らせて軌道をかわす。
だが、それだけでは足りん!

「バカ力はお前だけではない!」

そう声を上げ、もう1本の剣で娘を挟んで叩き潰すつもりで、下がりながら剣同士を叩き合わせる。
しかし、娘は地面に両手と片膝をつき、顔だけを上げた猫のような姿勢で攻撃を交わし、
更に突っ込もうとするが、それよりも早く俺が動く。

「詰みだ。」

叩き合わせた反動で開いた両の剣は、ちょうど娘の両肩の位置。
その剣を逆手に持ち替え一気に地面に突き立て、突進する娘を蹴り突き立てた剣の間へと叩き込む。
そうすれば、娘の両腕は肩より千切れ飛び、バランスを失った体は地面へ倒れ・・・、無い!!

「ぐるぁああああ・・・・・・!!!!!
 邪魔だ!!!!!!!」

そう娘は俺の知るうちで始めて言葉を発し、千切れ飛んだはずの腕はしかし、その娘の腕のある位置にある。
だが、それに驚く必要は無い、既に腕が生えた理由は見た。
千切れ飛ぶんだ腕が、コウモリとなって娘の肩につながるそのさまを。
チッ、剣を使うだけの俺では、この手の化け物には分が悪いか・・・?
そう思いながらも娘を睨みながら、手の中に剣を力を込めて握る。

「娘さん、僕はそこにはいない・・・、よ!」

そう声のする方を見上げた娘の目の前には、空から強襲するシーナ。
そして、そのシーナは手の内から眩いばかりの閃光を輝かせ、娘の視力を奪い、
そのまま娘の頭をつかみ、地面に叩きつけてから、

「プラ・クテ ビギナル 障壁突破 光の精霊298柱集い来たりて敵を射て魔法の射手。」

そう静かに言葉を紡げば、シーナの手が光り壮大な爆音を奏で土煙が立つ。
1発食らうだけでも相当なダメージの入るアレを、頭をつかまれた状態でアレを食らえば頭が消し飛ぶ。
あの女がなんだったのかは解らないし、ここで何があったのかも俺は知らない。
ただ言えるのは、ここで1人の化け物が死んだという事だ。
そう思いながら土煙をの方を見ていると、シーナが何かを引きずりながら歩いてくる。

「なに引きずってんだ?」

そう聞くと、シーナは何時ものようにニコニコしながら、
引きずっていたモノを抱きかかえながら、

「さっきの娘さんの連れだよ。
 美味しくないと思ってたけど、彼女も中々業が深くて美味しかったから・・・、ね?」

そう、最後の言葉を濁しシーナが視線を落としたんで、俺もそれに合わせるように視線を落とせば、
そこに見えたのは、シーナの足をつかむ頭を砕かれた女の腕。

「か・・・・、え・・・・・、せ・・・・・。」

そう、息のもれる音と共に、辛うじて聞こえたのはその言葉。
これだけ破壊されたのになおも動き、しーなの足をつかむ・・・。
その姿はまさに執念と業のかたまり。

「久しく眠れ業深き者。
 次の目覚めは日あたる場所と願え。」

そう、声をかけ娘の首を刎ね心臓に剣を突きたてる。
アレだけバカ力を振るっていた娘は、拍子抜けするほどに華奢で、
一体何処のそこまでの力があったのかと思うほど細く、俺の持つ大剣で刺せば体が縦に真っ二つになるのではと言うほど。
その屍骸から剣を引き抜き、剣をふるって血を飛ばし肩にかける。

「ジュア、そういえば傭兵の人が見えないんだけど何処行ったか知らない?」

そうの声に振り向くと、シーナは何時来たのか知らないジュアに傭兵達の行き先を聞き、
ジュアはジュアで何時ものように、

「力なき者は去った!
 任務を終えたものは町に行った!!
 光無き者は血涙を流し、死者の国の住人となった!!」

そう支離滅裂な事をいながら、さっきの女の死体に何かしている。

「はぁ、結局ここでなにがあった?
 なんでこんな事になってた?
 言え、シーナでもジュアでもいいからさっさと言え!!」

そう言うと、珍しくジュアが低く腹に響く声で女の死体を見ながら、

「千と言う時を越え、我等が願いが叶う時が来たのだ・・・。
 新たなる一歩を踏み出す許可が、漸く今おりたのだ・・・。
 人は人を超え、神と似通ったものとなる、その許可が今おりたのだ。
 喜べアーチェ、今お前とシーナが仕留めた者が新たなEveとなる。」

そう話し終えると、スッと横目で睨み上げる様に俺の目を見て、
仄暗い笑顔を顔に貼り付けながら、

「さぁ、砦に戻ろう。」

そう言って、歩き出すジュアにシーナが娘の方を見ながら、

「これは食べさせてもらうよジュア。
 僕はこれが食べたくて仕方が無いんだ。」

そう言うと、ジュアはシーナの耳に口を寄せ、
何かを2~3言呟くと、シーナは嬉しそうな顔になり、

「あぁ、それなら砦に戻ろう。
 でも、ジュアの言うとおりにならなかったら、僕はジュアを食べるよ。」

そう言い、シーナとジュアは娘の死体を後に歩き出し、
俺もその2人の後を追うに歩きだした。



[10094] それぞれの思いだな第60話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:968145c2
Date: 2010/11/12 06:04
それぞれの思いだな第60話



エマと共に出かけたエヴァは、何時ものように元気に帰ってくる事なく、
血で赤茶けたボロボロの服を身に纏い、傷1つ無い姿でライアによって店に運びこまれた。
そして、ロベルタがエヴァを部屋に運び、その間にライアから話を聞くと、ライア曰く、
ローエン商会に属する商人達が、イギリスを目指すために偶然通りかかった花畑で、この姿のエヴァを見つけたという。

しかし、最初見つけた商人たちはエヴァが生きているとは思わず、何か使えるものが無いかと近寄った時に、
初めて息をしているのに気付き、だが、いくら生きていてもエヴァの事を知らない商人たちは途方にくれ、
取り敢えずは、町で顔の広いライアに娘の事を聞こうと商館に運び込んだらしい。

そして、エヴァの顔を見たライアは俺達の所に幌付きの馬車にエヴァを乗せ運び込み、
運び込んで去り際に何時ものように明るい調子ではなく、声のトーンを落とした重苦しい声で、

「私は何があったのか、何がエヴァさんに起こったのか、そして、
 これからどうなるのか・・・、そんな事を詮索する気はサラサラありやせん。
 そして、あっしら商人は今日何も見ず、何もしなかったし、ここにも来ちゃいません。
 それが・・・、お互いのためでしょう。」

そう言葉を残してライアは夕暮れの町に消えていき、その時からこの店は火が消えたように静まり返り、
まるで、冬が暗鬱に貯まりこんだかのように冷ややかになった。
ただ、時折扉の開く音とノーラの話す声だけが、今だ持ってこの場所が店として機能している事を教えてくれる。

「今日もまた、お嬢様は目覚めませんか。」

そう、イスに座り膝に肘をついて顔の前で手を組む俺の背後に立つロベルタが口を開く。
エヴァがボロボロの服を着て運び込まれた時は冷静だった彼女は、すぐさまエヴァを部屋に運び込み服をすべて脱がすと、
体に異常がないかを調べ、異常が無い事がわかるとエヴァに服を着せ、心配になって様子を見に来た俺に

「何処にも異常はありません、ですからお嬢様はすぐに目を覚まされるでしょう・・・。
 聞く事はそれからです・・・、一体何があったのか、そして・・・、エマさんは何処に行かれたのか。」

そうロベルタが言って早数日。
そして、今日もエヴァの部屋には西日が差し込み、辺りの家にはポツポツと光が灯り始めている。

「お嬢様、夕食の準備が整いました。
 お入用でしたら食卓までお越しください。
 チャチャゼロさんも、なにか口に入れてください。
 私がお嬢様の体を拭いている間に。」

そう部屋に顔を出したロベルタが口を開く。
彼女もまた、エヴァの目覚めを待つように何時もどおり食事の準備を行い、
何時ものように目を覚まさないエヴァに声をかけ、そして彼女の体を拭いていく。

俺がここ数日でこの部屋を出るのは、ロベルタがエヴァの体を拭いているぐらいのもの。
特に空腹は感じない、いや、そもそも俺は特に物を食べなくても生きていける。
だから、ここ数日で口に物を入れたのも数える程度。

そして、食卓につけば必ずノーラと顔を合わせる事になる。
ノーラ・・・、俺たちと旅をしだして笑顔を増やした彼女は、
しかし、今はであった当時のように、憂いを帯びた表情をのぞかせる事が多くなった。
そんなノーラは1口2口とスープを口に運びながら俺のほうをチラチラと見てくる。
何を聞きたいか・・・、それはノーラ自身に尋ねるまでも無い。

「今日も、エヴァはよく眠っているよ。」

そう俺が言うと、ノーラはハッとした後、視線を下に落としてスープをクルクルとスプーンでかき混ぜながら、
掬って食べるでもなく、ただじっと見つめ、

「エヴァさんは元気になりますよね?
 それに、エマさんも無事ですよ・・・、ね?」

そう、心細そうに俺に尋ねてくる。
それに対して、俺は無理やりに明るい調子で声を出し、

「大丈夫だノーラ。
 エヴァは1度寝ると、勝手に目覚めるまでは中々起きないんだ。
 だから、そう、だから今度もひょっこり目を覚まして、
 何でもないかのように『あ~、よく寝た』なんて言いながら目を覚ますよ。
 それに、エマも多分何らかの事情で今ここにいないだけだろう。」

その俺の言葉でも、やはりノーラの不安は拭い去れないのだろう。
彼女の顔は晴れるこよなく、何処か機械的にスープとパンを口に運び、
俺もそれに習うように、パンを千切っては口に運ぶという作業を行い、
ノーラに頼まれていたミスリル製の大きな布を、彼女に手渡して静かな食卓を後にし、
彼女の眠るペットの前のイスに座り、ロベルタも俺の後ろに立つ。

蝋燭の明かりのない部屋は、月と星の明かりのみで照らし出され、
外の喧騒も夜が深くになるに連れ薄れ、音のない部屋は寒々しさが際立つ。
夜に生き、闇と共に歩む彼女の日常は、実はこれほどまでに恐ろしい虚無の世界にあって、
だからこそ、あの遺跡に潜る前の夜にあんな詩を謳ったのかもしれない。
少なくとも、寂しさとでも手を繋ぐ事ができれば、心まではカラッポにならず抜け殻にはならずにすむから。


「静かですね。」

そう私が口にした言葉は思った以上に部屋に響き、一言しか話していないはずなのに、
壁に反響して、同じ言葉が無限に繰り返されるような気がします。

「あぁ、まるで世界から音が消えたみたいだ。」

無限とも思われる反響も、そのチャチャゼロさんの声で途切れ、
後に残ったのは静寂と、私の中にくすぶる言いようの無い感情。
腹の中にごろりと溜まり、吐き出そうにも吐き出す方法が見つからず、
その感情は、お嬢様がこうなって帰ってきて以来消える事無く私の中で息づき、
日に日にそのくすぶりが熱を持ち出し、そして、エマさんから貰ったナイフのように研ぎ澄まされていきます。

「今回の事・・・、どう思われます?」

そう聞くと、チャチャゼロさんは姿勢を変える事無く、眠ったままのお嬢様の顔を見たまま、
静かに静かに口を開き、

「解らない・・・。
 ロベルタ、俺達は今はまだ事の始まる前にいる。
 俺達の事の始まりはエヴァの目覚めた時で、それまで俺達は・・・、
 エヴァと共にいようと思う、エヴァの下に名を連ねるすべての中間達は、
 ただただ怒りを鋭利に研ぎ、そして、エヴァの号令と共に一斉に走狗が如く研がれた刃を持って走り出す。

 今はどんなに歯痒くとも、待つときだ。
 ・・・、それに、彼女が目覚めた時誰もいないんじゃ彼女が寂しがる。」

そう言う、チャチャゼロさんの組んだ手の甲には爪が食い込み、赤い血が見えます。
そんなチャチャゼロさんの後姿を、何処か他人事のように見ている私は、
私の中にあるこの感情が怒りと呼ばれるものだと知り、そう私の中で名づけられた感情は名を得た事で爆発的に増殖し、
肥大化した怒りは、私たちを浸食していく・・・。

「チャチャゼロさん・・・、少々魔法球に篭ります。」

「ん?ああ、解った。」

そうチャチャゼロさんに言葉を残し、私は魔法球の中へ。
あの日、あの時・・・、私は・・・、私や魔法球の中のお姉さま方は一斉に涙を流していました。
・・・、それほどまでに深い悲しみをお嬢様に味あわせた者を、私は許すことが出来ない!
そう思いながら、魔法球の中にあるお嬢様の研究室にポーランさんだけを連れ込み、やる事はただ1つ。

「何があったの、ロベルタちゃん?」

そう、研究室について口を開いたのはポーランさん。
何時もニコニコしている彼女は今も何時ものようにニコニコしながらそう私に聞いてきます。
ですが、少なくともこの方は私がここに来る前までは、他の姉妹方の指揮を取っていた方。
そのニコニコした顔とは裏腹に瞳だけは笑う事無く、ただ静かに私を見据えています。

「報告が遅れた事を先ずは謝罪しますポーランさん。
 現状である情報は少ないですが端的に話しますと、
 お嬢様とお嬢様の乳母に当たるエマさんが正体不明の賊に襲われ、
 今現在お嬢様は意識不明で床に伏し、エマさんの安否も不明です。」

そう私が言うと、ポーランさんは相変わらずニコニコしたまま、
笑っていない目を若干細めながら私の顔を見据え、しかし、相変わらず語調は変えず、

「そんな事に今なってるんだ・・・。
 で、短時間でも1人で動けるようになりたいって訳なんだね。」

そう言いながら、ポーランさんは私に背を向けて研究室の棚のほうに目をやり、
ガサゴソと何かを漁り出していますが、私はそれよりもポーランさんが私のやりたい事を先読みし、
そして、よく見れば寝台の上には、既にいくつかの器具が準備されていることを見て取り、
ポーランさんに心の中で感謝の言葉を述べながら、

「可能ですか?」

そう、一言だけ問うと、ポーランさんはこちらを振り向かず、
ただ、一切の感情を押し殺したような平坦な声で、

「制限時間付きでかなり不便。
 でも、お嬢様が寝ていてもドール契約は出来るよ。
 その契約をする事を前提として改造してあげる。」

そう言いながら、私のほうを振り向きカツカツと歩み寄り、
私の瞳を見上げながら、ピッと寝台を指差し、

「貴女は完成すれば、人と変わらないようなれる。
 でも、今ドール契約をすると貴女は自身が人で無い・・・、ドールだという事を自身に刻む事になる。
 それでいいならそこに寝て、そして、私達にも代価を頂戴?」

そのポーランさんの言葉に、私は一体なにが代価になるか薄々気付きながら、
しかし、その代価を彼女自身の口から聞きたいと思い、

「メイド"長"と呼ばれている私に貴女は代価を求めるか、ポーラン。」

そう長の部分を強めて言うと、ポーランさんは顔に薄笑いを浮かべながら首をすくめ、

「そのメイド長"殿"がついていながらこうなったのでしょう?
 私達姉妹は何時もここでお嬢様の帰りを待つ、それが私達の仕事。
 でも、あの涙は許せないよ・・・、まだ涙の意味も知らない妹達が涙を流し、お嬢様が床に伏す・・・。
 そんな事が認められるか!!!」

そう、笑顔を消したポーランさんは激昂し、腰の後ろで手を組み捲くし立てるように言葉の弾丸を私に叩きつける。

「ロベルタメイド長!
 私は今怒こっている!完膚なきまでに怒っている!!途方も無く怒っている!!!
 まるですべてを失っても、憎しみだけが消えぬというほどに怒っている!!!!

 だから・・・、代価をよこせ。
 姉妹達をその戦場に連れて行き、立派に運用しつくせ。
 ・・・、これはお前だけの戦ではないメイド長、これは私たち全員の戦・・・、
 お嬢様の下に生まれた者、現在数123名の戦だ!」

そういうポーランさんを私は冷ややかに見下し、今の言葉を頭のかなで反芻しながら、

「その代価は支払えません。
 今の言葉はポーランさんの言葉であって、他の方の総意ではありません。
 そのような状況で、他の皆さんを連れて行くことは憚られます。

そう言うと、ポーランさんは静かに目を閉じて。
ニィッと頬の肉をゆがめて口を吊り上げながら、

「舐めてもらっては困る。
 今までの会話はすべて私からすべての姉妹に念話で流し、そして、先ほどの決定もすべての姉妹の総意。
 お嬢様が伏している今、そのお嬢様を護るのに何の躊躇いがいる?
 それに、支払いが無いなら私達は動かないよ。」

そういうポーランさんに絶句していると、私の方の他の姉妹からの念話が入ってきます。
そして、そのどれもが今の状況に対する憤りと私を戦場に連れて行けと言う旨の声。
その声を聞きながら、頭の片隅にあったポーランさんの役職を思い出す。

参謀長件指揮官・・・、そして、この方もまた初期の5名の1人。
なるほど、権謀数術は彼女の領分で姉妹を味方につけ、
数を操る彼女に逆らう術は、今の私にはありません。

「解りました・・・、代価の支払いを厳守します。
 なので・・・、本日中にお願いします。」

そう言い、着込んでいる服を脱いで寝台に横たわると、
ポーランさんは、何処か悲しそうな瞳で私を見ながら静かに口を開き、

「謝罪はしない・・・、許しもいらない・・・。
 ただ、そう、ただメイド長はメイド長のままでいて欲しい。」

静かに目を閉じた私は、そのポーランさんの声を聞きながら、
これからの行動を頭に思い描きつつ、

「私は私ですよ、ポーランさん。
 それに、今謝罪するのはずるい。」

そう言い、私は意識を手放します。
ただ、その意識を手放す間際にスッと頭をなでられた感覚が・・・。


ーside砦ー


「ねぇ、ジュアお姉さんの方は食べれなかったし、
 お婆さんの死体も、ジュアがどこかに送り出しちゃって、食べ損なったから僕はお腹がすいているんだ。
 ・・・、そろそろ君を食べていいかな?」

そうシーナが私に問うてくる。
忌々しい事だ・・・、あの花畑に置いて来た娘の死体を回収し様と思えば死体は無く、
仕方なく、シーナの持ってきた死後数日を持っても腐らない死体を、
邪神のとは言え、奇跡の残り香が宿った可能性があると思い、
報告書と共に傭兵を使ってフランスに送り出した。

「シーナ、私を食らうというか・・・。
 あの娘の死体は忽然と消えた、それならば、いずれまた廻り合う。
 今は待つ事を覚えよ。」

そう、シーナに告げると。
シーナは値踏みするように私の方を見ながら、チロリと唇を舐め、

「ふ~ん・・・、間違って君を食べる前に来るといいね娘さんが。」

そう言って、シーナは踵を返して私の元を去る。
あれもそろそろ潮時なのかもしれない・・・。
あの娘が復活を果たしたかは酷く微妙な事だが、死体が無い以上何らかの方法で復活を果たしたのだろう。
それならば、そう、それならばあの怒り狂った娘はまた私たちの元に姿を現す。

そして、次に姿を現したときこそ、私がフランスへと帰還するとき・・・。
あの娘の攻撃を、アーチェを使って掻い潜りフランスまで誘導し、
神おわす土地であの娘を捕らえ、我等の新たの力とする。

1度負けたあの娘では、シーナを倒す事は多分出来ないだろう。
ならば、あの娘が現れると共に、早々に聖遺物を回収するのが得策か・・・。
なんにせよ・・・、そう、なんにせよ全ては千年よりも前に始まり、旅立った者達は未だに帰還しない。
ただ唯一の眉唾は、マグダウェル家のシーニアスと言う男の言った、新世界は機能しているという事だけか。

しかし、あの男もまた、不貞の輩・・・。
なんにせよ、いずれ答えは出るそれが今よりどれほど先になろうとも。
十字軍を再編し、聖地を奪還するそのときに。
そう考えながら、アーチェの元を目指し石造りの廊下を進む。


花畑の一件以来、ジュアのヤロウはなぜか正気に戻った。
いや、今の状態が正気なのかは解らないが、それでも、まともに話ができるようになった。
でも、代わりにシーナのヤロウが、少しずつだが狂い始めているような気がする。
それをどうにか止められないものかと思うが、頭の悪い俺ではいい案が思い浮かばねぇ。
そんな中で唯一の希望は、シーナが何時もつれていて正気に戻ったらしいジュアのヤロウだけか。
そう自室で考えていると、部屋にジュアのヤロウが現れて、

「アーチェ、話がある。」

そう口を開き、勝手にイスに座りやがる。
しかし、俺はどうもこの男があまり好きにはなれない。
この男からは、何処か気の抜けない気配が常に漂い続けている。

「珍しいな、お前からここに来るのは。
 で、話しはなんだ?」

そう聞くと、ジュアのヤロウは俺を、いや、正確には俺の鎧を嘗め回すように見つめながら口を開き、

「そろそろシーナが限界に近い。」

そう話を切り出す。
しかし、限界とはどういうことだ?
アイツは今日もちゃんと飯を食って、何時ものようにフラフラとほっつき歩いている。
そんな状態で来る限界って・・・、なんだ?

「どういう意味だ?」

そう聞くと、ジュアは重苦しい声で、

「お前にも解っているはずだ、シーナがここ数日で急速に正気でなくなっていることが。
 何時シーナが暴走するか・・・、それは私にも解らな・・・。」

「どうすればいい!!
 どうすりゃあシーナを・・・、弟を助けられる!!」

そう、ジュアのヤロウに詰め寄れば、シュアのヤロウは眉1つ動かさず重苦しい声で、

「時が来ればどうにかしよう。
 ただ、それにはお前たちが倒した娘の死体がいる。」

そう、ジュアのヤロウが静かに語る。
一体あの娘の死体がなんになるのか、そんな事は知った事じゃねぇ!
頭の悪い俺じゃ、いくら考えても、どうすりゃシーナがまともに戻るかもわからねぇ!!

「あの花畑か!
 あの娘の死体はあそこにおいてきた、あそこに行けば!!」

そう思って、イスか倒れるのも気に留めず、
部屋を出て花畑に向かおうと、ジュアの横をすり抜けて歩き出せば、
ジュアのヤロウが俺の手をとって引き止め、何事かと思って振り向けば、

「無駄だアーチェ。
 あの娘の死体は花畑には無い。」

そんなフザケタ事を抜かしやがる!
こいつは正気に戻ったと思ったが、まだ頭の中はイカレタままなのかも知れない。

「バカいうなジュア!
 アレだけきっちり殺しといて、死体がねぇわけねぇだろ!!」

そうジュアの胸倉をつかんで、息がかかるほどの距離で言えば、
地面に足のついていないジュアはしかし、はっきりとした声で息のし辛そうな雰囲気も無く、

「しかし、確かに死体はないのだアーチェ。
 よく考えろ、お前の刺した止めは、あの娘の止めとなりえるのか?」

そう静かにジュアは俺に聞いてくる。
俺の一撃があの娘の止めになるのか・・・?
どうなのだろう、腕を切り飛ばせば、何事も無いかのように体に腕をくっつけて襲い掛かり、
シーナが娘の頭を消し飛ばしても、俺の脚をつかんで見せた。
その娘が、俺が体を貫いた事で絶命するのか・・・?

「あの娘は生きている?」

そう、自身でも否定したい答えが俺の口から紡がれる。
そして、ジュアは俺の答えに満足したかのようにうなずき、

「あぁ、アレは生きているのだろう。
 ならば、いずれアレはここに攻めてくる。
 アレほどまでに怒り狂った娘なら、いかなる法を使っても必ずここに攻め込んでくる。」

娘に恨みはない。
だが、弟を助けるためには、どうやら娘の体がいるらしい。
そして、その娘は俺達の所に責めてくる。
シーナがあの娘から、どんな怒りを買ったのかは知らない。
だが!

「あの娘・・・、次に会った時には確実に死んでもらおう。
 それが、身勝手でも、シーナを救うにはそれしか法が無いのなら。」

そう言いながら、ジュアを放し俺は戦の準備を始めなければならない。
何時来るのか、あの狂ったままの状態で来るのか、それとも、もっと他か・・・。
そう思っていると、ジュアガサリ際に口を開き、

「使える兵は全て使おう。
 逃げ出すならそれでもかまわないが、一時の楯ぐらいにはなるだろう。」

そう言いながらジュアは俺の部屋を出て行った。


ーside店ー


ロベルタが魔法球に篭って数時間。
東の空は白み始め、先ほど雌鳥が朝を告げるように高らかに叫び声をあげた。
そして、その叫び声と共に、ロベルタはコチラではあまり着ていなかったメイド服を着て魔法球より帰館し、
『多少遅くなりました』と言った後、寝ているエヴァの枕元に行くと、何かを書き出した。

「何をしているんだ?」

そうロベルタの背に声を投げかけると、ロベルタは俺の方を振り返る事無く口を開き、

「ドール契約の陣を書いています。」

そう素っ気無く彼女は俺に言葉を返した。
しかし、彼女の言葉には1つ聞き逃せない言葉がある。

「ドール契約、何故そんなものを今頃?
 それに、そんな事を君の一存で勝手にして、一体何をする気だ。」

そう聞くと、ロベルタはスッと目だけを動かして俺の事を見て、

「これより私達は出かけます。
 何時帰れるかは解りませんが、できればお嬢様の目覚めには立ち会いたいものです。
 それに、できればこんな無理な形で契約はしたくなかった・・・。」

そう呟いてロベルタは、エヴァの口についばむ様な口づけを行い、
契約を完了させ、魔法球にカバンをしまうと部屋を出ようとする。
しかし、俺も早々そんな彼女を見過ごすことは出来ない。

「待てロベルタ、何をする気かは知らないが、君1人で何ができる。
 もし仮にエヴァの敵討ちを1人でしに行くと言うのなら、それはあまりにも無謀だ。」

立ち去ろうとするロベルタの手をつかんで声をかけると、ロベルタは俺の手を強引に振りほどきながら、

「無謀を承知の上での行動です。
 それに、私は1人ではありません。」

そう言うと、ロベルタはスッとカバンに目をやり、

「私"達"の意思です。
 私達は今の状況を指を銜えて見ていられるほど・・・、大人じゃない。
 だからこそ、私達は私達のできることをする。」

そうロベルタは言い放ち、部屋を出て行く。

「待て!君はエヴァから離れられないだろう!」

そう言う俺が言うと、ロベルタは駆け出しながら、

「ご心配には及びません。
 それは無理やりにでも打開させていただきました。」

そう言いながら、朝霧漂う町を駆けていく。
そんな彼女の背中を見ながら口を付いて出た言葉は、

「・・・、クソ!」

そういった罵倒の言葉。
いや、今の俺は彼女の行動力が羨ましいのかも知れない。
エヴァを傷つけた敵を見つけるために、駆け出す方法を得た彼女の事が。
だが、俺はまだ今は駆けだせない。

いくら怒り狂おうとも、いくら彼女のように駆け出したくとも、
今の俺は、まだそれはできない。
少なくとも、エヴァが目覚めるその時までは、俺は彼女の元を離れる気は・・・、ない。
そう思い、部屋に戻り何時ものようにイスに座り寝ているエヴァを見守る。
そして、日も高くなり昼になった頃、

「う・・・、あ・・・。」

そう言った喘ぎと共に、堅く閉ざされていたエヴァの瞼が開かれた。




[10094] 強く・・・、なりたいな第61話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:ac0dc12b
Date: 2010/10/25 22:54
強く・・・、なりたいな第61話



夜明けと共に目覚めた彼女は、しかし動き出す事もなくただベッドに座り、
顔を伏したまま、まるで抜け殻のように一点を見つめている。

「・・・、・・・。」

そんな彼女を目の前に、何かを言おうかと思い口を開くが、
しかし、そんな彼女に何をいえば言いの解らず、結局は開いた口をまた閉じるしまつ。
一体この動作をもう何度したかは、10を数えたあたりから数えていない。
そして、また、今度は言うべき事、聞くべき事を聞こうと思い口を開こうとした時、
背後のドアがキィと音を上げ振り返ってみると、

「おはようございます、今日はロベルタ・・・。」

そう、挨拶をしながら入ろうとしたノーラの声が止まり、1度息を飲み込んだ後、
かすかに震える声を、無理やりに明るくしたような感じで、

「おはようございます、エヴァさん。
 今日はいい天気になりそうですから、寝坊しちゃいけませんよ。
 朝ごはん食べて元気出しましょう。」

その明るいノーラの声が、静かな部屋に似つかわしくないほどに響く。
しかし、その声にもエヴァは空ろなまま反応を返さない。
・・・、ダメだ。1度仕切りなおそう。
このままここにいても、俺もノーラも・・・、そしてエヴァもきっと誰一人口を開けないだろう。

「先に食事を取るよ、エヴァも食べたくなったら来るといい。」

そう言って、戸惑っているノーラの肩を押しながら部屋の扉を閉じる。
そして、お互いに言葉を話さないまま食卓につき、お互いに食事には手をつけずに静かに食卓を見つめる。
その間にも、俺は頭の中で次にエヴァの所に行った時に何を話そうか、何から聞こうかと言うことを整理する。
しかし、その考えもあのエヴァの空ろな顔が浮ぶたびに、振り出しに戻される。
何か疑問をぶつけただけで砕けてしまいそうで、何か聞き出しただけで崩れてしまいそうなあの顔が。
そんな中、ポツリとノーラが言葉を漏らす。

「誰も強くはないんですね・・・。」

「えっ・・・?」

そう言葉を返すと、ノーラは節目がちにポツリポツリと彼女が思った事を口に出していく。

「初めて私がエヴァさんに会った時、エヴァさんは自信に満ちている・・・、って言うわけじゃなかったですけど、
 常に落ち着いていて、何となく時を重ねた大木みたいなイメージがありました。
 だから、私もきっとエヴァさんについていこうと思ったんです。
 でも、本当はそうじゃなかったんですね。」

そう、ノーラに言われてふと今までのことを思い出す。
だが、その中で彼女が弱音を吐いていることも無ければ、今のように空ろになっている事もない。
それに、彼女はどんな状況でも・・・、不利になればなる程に不敵な笑みをその顔に浮かべる。
でも、それでも彼女は涙を棄てたわけじゃない・・・。
1度目はあの破壊しつくしたサーカスの残骸で、2度目はあの地遺跡で・・・。
彼女は間違いなく涙を流した。

「彼女が弱いと?」

そうノーラに聞くと、彼女は俺の目を見ながら、

「いえ、弱いんじゃないんです。
 ただ・・・、きっとエヴァさんは身分とか、頭が良い悪いとかそんなの関係なく、
 きっと・・・、何処までも普通の人なんです。
 大切な人が死んでしまったりしたら、ぽっかりと心に穴が空いてしまうぐらいの。」

そう言った後、ノーラは今日はお店はお休みにします。
そう言って、席を立って部屋に向かってしまい、残されたのは手のついていない4人分の食事と俺1人。
1人でいるには広すぎるこの部屋で、俺はイスの背もたれ背中を預けながら天を仰ぎ目を閉じる。

「普通の人・・・、か。」

そう、ノーラの言った言葉を口に出してみると、口に砂が入ったような不快感と、
歯車が噛み合ったようなシックリとした奇妙な感覚に襲われる。
普通と異常・・・。
何処となくエヴァに付いて回っているようなその言葉。
いや、付いて回っているんじゃなくて、きっと彼女が彼女として在るべきときにあるモノ。
異常を趣向する以上、普通を知らなければ何が異常かはわからない。
なら、彼女は今・・・、普通の人として悲しんでいるのだろうか・・・?


目が覚める・・・。
目が覚めてしまっている・・・。
手を触れば感覚があり、顔に触れれば温もりがある。
ただ、そこにあって欲しいのに無いには涙の軌跡。
そういえば・・・、初めて人の死に触れたときも俺は泣けなかったな・・・。
そう思うと、幼少の記憶を呼び覚まされる。

普通の家に普通に生まれ、普通に学校に行って普通に就職して、有り触れた事故で死ぬ。
俺と言う人の一生はこの1行で完結できる。
そんな中で人の死に触れたのはただ1回。
その死も、大事故を見たとか殺人現場を見たとかではなく、親戚の老人の死。
今となっては色あせ虫食いのようになった幼少の記憶だが、その事ははっきり覚えている。

幼稚園に通うべく、無理やりに眠たい体を起こし、着替え用としたとき、
母から今日は幼稚園は休むというお達しが出た。
そして、バタバタとする大人足しを尻目に1人私服に着替え、言われるがまま車に乗せられて着いたのがその老人の家。
彼は遠い親戚で子供がいなかった事もあり、俺の事をよく可愛がってくれていたと思う。
いや、多分違う・・・。
俺はその老人と遊んだ記憶は無いし、散歩した記憶も無い。

ただあるのは、その老人の家に親に連れられて行っていたという記憶だけ。
そんな老人の家だが、その日だけは何時もと雰囲気が違い多くの知らない親戚が集まっていた。
そして、そこで初めて棺に入り死に装束着た老人と出会い、彼が死んだ事を知った。
そう、その棺を見たときに・・・、だ。

そして、その棺に花を入れ、出棺を行い火葬場で老人の骨を骨壷に箸で入れた時、
何処と無くほっと安心したのを覚えている。
そして、その老人の死で1度たりとも涙を流せなかった事も・・・、
それと、その老人の安らかな寝顔に安らぎを覚えた事も。
そういえば、1人の親戚が確か俺にこういった。

「可哀相な子だね、泣き出しそうなほどに目は潤んでいるのに涙が出ないだなんて。」

その親戚がどういう意図で俺に言ったのかは分からない。
でもその言葉は何となく俺の心に残っている。曰く、涙を流せないヤツとして。
それからは、悲しい事があれば普通に泣けるように努力した。
でも今の俺はこの様か・・・。

守りたいものも護れず・・・、涙を流す事もかなわず・・・、
生かされるように生かされ、空ろな身の体たらくをさらし・・・。
そう思いながら胸に手を伸ばせば、貫かれたはずの穴はなく、ただトクリトクリと鼓動するだけの心臓。


結局、言うべき言葉も聞くべき疑問も思い浮かばないまま、俺はエヴァの所に戻る事にした。
目覚めた以上、彼女の口から言葉が出るのを待った方がいいと思ったからだ。
それに、出て行ったロベルタの事も気になるから、その事も話しておかなければならない事ではあるが、
今の彼女にその事を話すのはもう少し後がいいだろう。
そう思いながら部屋の扉を空け中をのぞくと・・・、

「止めろ、エヴァ!」

そう声を荒げながら駆け寄り、彼女の手を無理やり引き剥がそうとする。
そかし、彼女はまるで機械のように静かに、

「放してくれ。」

一言、言葉を述べるとなおも手に力を込めていく。
多分魔力も使っているのだろう、彼女の細腕からは考えられないほどの怪力のせいで中々手は剥がれない。
そのせいで更に声が荒くなる。

「バカ!そんなことして一体なんになる!!」

そう言うと、一瞬彼女の力は弱まり、しかし、再度手に力がこもり、

「関係ない。」

そう、言葉の静かさとは裏腹に駄々っ子のように首を振るう。
そのことが更に頭にくる!

「関係ないことがあるか!!
 いったい・・・!!!一体なんで目を指で潰そうとする!!!!」

そう言うと、彼女は冷静な声で、

「潰した所で元に戻る。」

その言葉が余りにカチンときた。

「そんなに潰したいのなら!!そんなに無意味な事をしたいのなら!!!
 俺が2度と元に戻らないようにしてやる!!!」

そう言いながら、彼女の手を無理やり引き剥がし、
勢いでそのままエヴァをベッドに押し倒し、両手で彼女の両手首を押さえる。
両手で覆われていた彼女の目は、水中のサファイアのように潤みに潤んでいたが、
一筋の涙も流れ出す事は無く、せき止められている。

「なにが・・・、あった・・・。」

そう、はぁはぁと肩で息をしながら彼女に聞くと、
彼女は一時の沈黙の後に、一切感情の篭らない声で話し出した。

「エマが殺された・・・。
 私の腕の中で。」

それは・・・、悲しいが予想の範囲内の話しだ。
あの日運ばれてきた彼女を見れば、おおよそ見当のつくことだが、
でも、それでもこうして彼女から言われると、嫌がろうにも現実だと突きつけられる。
でも、それなら!

「なんで復讐じゃなくて自傷なんだ。
 君が過去に憎しみで人を殺した時、君は努力も研鑽も智謀も策謀も、
 おおよそ、戦うために必要な準備は整えようとしたじゃないか。
 それなのに、自傷してなんになる。」

そう言うと、彼女は潤んだ瞳を俺の目から逸らす事無く。

「私的な復讐は何も生まない・・・。」

そう、物分りの言い風な言葉で返してくる。
だが、だからこそ解る。彼女が今嘘をついているということが。
今までの彼女なら、こんな耳障りの良い言葉なんて使わない。
少なくとも、彼女の言葉は辛辣であればあるほど、耳障りが悪ければ悪いほど的確に本質を突く。
だからこそ、

「嘘だ!」

そう言って彼女を睨むと、彼女は奥歯を噛み締めるように顔をゆがめた後、

「エマは死んでしまったんだ・・・、私の腕の中で・・・。
 それなのに・・・、私は!!」

そう、最後の最後でようやく感情の篭った声が出る。
だが、それなら尚更に自傷に意味が解らない。
わざわざ自分を傷つける事の・・・、眼を潰そうとする事の意味が・・・?
いや・・・、まさか・・・。
そう、自らの頭の中に浮かび上がった仮定を否定しようと口を開く。

「泣けなかったから・・・・、泣こうとしたのか?
 眼を潰してまでして。」

そう俺が言うと、エヴァはビクリと体を強張らせ手をきつく握り締めながら、
その感情を、何処にぶつければいいか分からないかのように歯を食いしばった後、

「あぁそうさ!私は彼女の死を悲しめなかった!!
 大切な人を殺されたのに、その死を悼むことができなかった!!
 まるで畜生以下だ!!」

そう声を荒げると全身を脱力させ、強張っていた体をベッドに沈める。
彼女がどうしてそこまで涙に・・・、泣くことに対して必要性を感じているのかは俺には解らない。
それに、俺には今の彼女の方が泣きじゃくるよりなお、悲しみに打ちひしがれているように感じる。
涙の価値は俺には解らない、尊いものなのかもしれないし、ずるいものなのかもしれないし、
悲しみのシンボルとしては一般的なのかもしれない。
でも・・・、

「自傷の涙でエマが喜ぶとは到底思えない。
 死人にくちなし・・・、いつか君は俺にそういった。
 でも、そういえる君だからこそ、やるべき事が分かるんじゃないのか。」

そう言いながら、脱力した彼女の手首から手を放し床に立つ。
今の俺には、これ以上彼女にかけられる言葉は無い。
そう思い、部屋を出ようと扉に向かう途中で、1つ言って置かなければならない事があったのに気付いた。

「ロベルタが君の目覚める前・・・、夜明けと共に町に出た。
 愚直な彼女の事だ、君の敵討ちに行ったのかも知れないから、俺も後を追わせてもらう。
 君は・・・、泣きたいのならそのベッドで自身の涙で泣けるまで伏しているといい。」

そう言い残して部屋を出る。
すると、物陰に隠れるようにしながらノーラがコチラを伺っていた。

「どうしたんだ、ノーラ?」

そう言うと、彼女はビクッとした後、手をバタバタさせながら、
慌てた様子で、

「いえ、あの、その・・・、見てませんから!
 チャチャゼロさんがエヴァさんを押し倒したのとかまったく!」

そう、見事に自爆しながら話す。

「何を勘ぐっているかは薄々わかるが、
 残念な事にノーラが想像しているような事は無い。」

そう言うと、ノーラは乾いた笑いを上げている。
と、そうじゃなかった。

「すまないがノーラ、今からちょっとでかけてくる。」

そう言うと、ノーラは乾いた笑いをピタリと止め、
しかし、確信を持ったように、

「ロベルタさんを追われるんですね。」

そこまで言い切られてしまうと、今更隠す事もできないし、
そもそも、ロベルタを追う事は隠す事でもない。
そう思いうなずくと、ノーラは一度目をつぶりキッと俺の事を見ながら、

「エヴァさんはどうされるんですか?」

そう聞いてくる。
どうするか・・・、か。

「正直解らない。
 もしかすれば俺たちを追ってくるかもしれないし、そうしないかもしれない。
 今回の事は彼女も、相当こたえているみたいだしな。」

そこまで言うと、彼女は怒ったように、

「そんな時に、チャチャゼロさんはロベルタさんを追って行かれるんですね。」

そう言って俺を咎めてくる。
多分彼女の言っている事は、誰よりも正しい俺への咎めかたなのだろう。
大切な人が悲しんでいるときに、俺は別の人を追おうとしている。
でも、それは普通の人の考えで、俺達のように異常の中に身をおく者は違う。

「あぁ、追っていくよ。
 彼女をこれ以上悲しませないために、悲劇を繰り返さないために。
 そして、彼女が・・・、エヴァがまた笑ってバカがやれるように。
 それに駆け出したロベルタと、今ここで止まっているエヴァなら、危険はロベルタの方が大きい。」

そう言ってノーラの横を通りすぎ際に、不意に彼女が口を開いた。

「ずるくて誠実な人。」

「え?」

そう言って、振り返ると彼女は『何でもありません。』そう言った後、
自らの胸に手をあてて、

「エヴァさんの事は任せてください。
 帰ってきたままた皆でご飯を食べましょう。」

その彼女の言葉に『あぁ。』と言葉を返し片手を上げて俺は店を出た。


ーsideロベルター


朝早くから店を飛び出してみたものの、あの時間では開いている店も少なく、
中々思うように欲しい情報は得られません。
それに、初期の情報もお嬢様とエマさんが行かれたのは花畑である事ぐらいである事と、
ライアさんの商館に属する片が、お嬢様を私達の所まで運んでくださった事ぐらい。

その少ない情報を元に、ライアさんの所に伺おうかと思いましたが、
お嬢様を運び込まれた時に、今回の事はお互い不干渉と言うことを言われたので、
できれば最終手段にしたいところ。
それでも、集まるいくつかの情報をパズルのように組み合わせていくと、少なからず見えてくるものもあります。

1つは花畑の近くに傭兵団の砦があること。
1つはその傭兵団のトップ達が人間離れしている事。
そして、最後の1つはこの町の色町で娼婦に聞いた、
傭兵団に属していた傭兵2人が、ここ数日この町で遊んでいるという事。
そして、その娼婦に金貨数枚を渡し男達の足取りを確認した所、

「ここですか。」

そう言葉を発して見上げるのは廃れた酒場。
戦の傷跡か、店の看板には刺さったままの矢が誇らしげに抜かれることも無く刺さり、
昔は荒くれ者共で賑わっていたであろうこの店も、今は活気が無い様子。
そう思いながらキィ・・・、といやに響く音を上げて開く扉を開けて中に入ると私に向かう十数個の目。
しかし、その目だけでは一体誰が目標人物なのかは解りません。

「何を飲む女中さん」

「ミルクを。」

そう言うと、店の中にいた笑い声とともに、マスターが不機嫌そうに。

「そんな甘っちょろいものはねぇ。
 それとも何か、貴族様たちの間じゃぁ酒場でミルク飲むのが流行りか?」

そう、カウンター越しにこちらを不機嫌そうに見てきます。
しかし、私は別にここに飲みにきているわけではありません。
そう思いながら、辺りの喋り声に耳を傾けながら、

「なら水を。」

「チッ。」

そう低く舌打ちをした後、ゴンと乱暴に水の入ったコップをカウンターに置きながら、

「ここは酒場だ、酒を飲め酒を。」

そう言いながら、不機嫌そうに奥に引っ込みます。
そんな背中を見送りながら、水を一口口に含みながら辺りを見ると、
奥の薄暗いテーブルに眼帯をつけた男と、その対面には髪を短く切った男が座り、
いった豆をつまみ代わりに食べながら、不機嫌そうにグラスを傾けています。
そして、その男がダンとグラスをテーブルに叩きつけながら、眼帯の方に、

「さ~て、ヘンリーお前どうするよあの話し。
 荷物運んで途中で人拾って、フランスまで行きゃぁ金は出る。」

そこまで言って先ほど叩きつけたコップをあおった後、やはり何かが気に食わないのか、

「金は出るが、アイツからの以来って言うのが気にいらねぇ~。
 そもそも、あのイカレが命令してきた事が納得いかねぇ。」

そう言って愚痴ばかり言っている短髪の男にヘンリーと呼ばれた方は、
眼帯の上を指でかきながら、

「ぶすくれるなよ旦那、確かにあの人からのオーダーってのは気になるし、
 荷物も棺桶みたいな木箱で、厳重に封印されてるのは気になるが、
 それでも、あの額は何だかんだで魅了的だ。」

『それに』とヘンリーと呼ばれた方は1度言葉を区切り、
自らの眼帯を押し上げながら、

「あのばぁさんのせいで俺の目はこの様だ。
 これじゃぁ早々傭兵を続ける事もできん。
 だからこそ、俺はこれを最後の仕事にして、もらった金で商売でも始めるよ。
 お前さんも、あそこに戻る気はさらさら無いんだろ?」

それを聞いた短髪の男ははぁと、気の抜けたため息を吐き天井を見上げながら、

「殺すしか能のない俺にどうしろっていうんだまったく、あそこに戻る気はねぇが、
 クソ、あの2人と会ってからケチのつきっぱなしだなまったく。」

そういう短髪の男の言葉にうなずきながら、

「まったくだ。若い娘にばぁさん、怨んででてきそうな組み合わせだ。」

そう言うと、2人の男達は苦笑を浮かべあっています。
なるほど、彼らが私の目標で間違いは無いようですね。

「女中さん、飲まねぇなら出て行ってくれねぁか。」

そう、まだ居たのかといった感じで、不機嫌そうにマスターがカウンター越しに話しかけてきます。

「いえ、もうすぐ出ます。
 それと・・・、コップの作りが悪かったようですね。」

そう言って、席と立つと背後から、

「ひっ、木のコップが砕けた・・・。」

そんな声が聞こえましたが、今となってはどうでもいいこと。
カツリカツリと男達のほうに歩いていき、テーブルの前で立ち止まると、
何だと言わんばかりに私の方を見上げ、その後、ヘンリーと呼ばれた方の男が、下卑な笑いを顔に浮かべながら、

「よぉ女中さん。男あさりかい?」

そう勘違いした言葉をかけてきますが、これはこれで好都合ですね。
必要なら、口を割っていただく事になるのですから。

「そうです、ここではなんですから外に出ましょう。
 そちらの貴方も一緒に。」

そう私が言うと、ヘンリーと言う男は、私の手をつかもうとしますが、
しかし、私の手をつかむ前に短髪の男が、ヘンリー伸ばした手首をつかみます。

「待てよヘンリー。」

そう言われた男はニヤリと笑いながら、

「旦那ぁ、ここまで来て先がいいって言うのはナシだぜ。
 俺が声かけたんだからよ。」

そういわれた短髪の男はしかし、ヘンリーの方を見ず私の目を見据えながら、

「いや、そうじゃない。
 女中さん、話しならここでしようや。
 昼間とはいえ、俺達は弱っちいから暗がり・・・が怖いんだ。」

チッ、いやに頭が回りやがりますね。
外の暗がりなら、昼間とはいえ多少の荒事も、そしてそうしてでしか手に入らない情報も手に入れられたのに。
しかし、こうなっては無理に外に連れ出すのもおかしいですね。

「なら、弱っちい貴方に端的に聞きます。
 貴方方の属していた、傭兵団の砦のある場所を言いなさい。」

そう言うと、短髪の男は私の目を見ながら言葉を選ぶように、

「悪いが、一応は俺達もあそこに恩はある。」

そういう短髪の方の横から、ヘンリーがうんざりした様に、

「面倒事はもう沢山だ、恩は安売りで売り出しちまいなよ旦那。」

そう言われた短髪の男は、肩を落としながらため息をつき、

「はぁ、面倒くせぇし締りもわりぃ。
 ・・・、女中さん、恩をいくらで買うかい?
 俺達はこれからなんか知らんが、フランスくんだりまで荷物を届けなきゃならんらしいんだ。
 その行きの駄賃分ぐらいはよこしな。」

なるほど、金銭で解決できるならそれが手っ取り早いですし、
こんな小物を殺した所で意味はありません。
それに、今の私には時間は貴重です。
そう思いながら、金貨の詰まった袋をテーブルに叩きつけるようにドンと置き、

「行きの駄賃には十分すぎる額でしょう。
 それでもなお、貴方方の天秤が私の方に傾かないのなら・・・。」

そこで言葉を切り、叩きつけた金貨の袋を握りつぶしながら、

「暗がりとなって無理やりに引き込むとしましょう。」

そう言うと、眼帯の男は目の前に目をパチパチさせ、
短髪の男は今の光景を見ながら、本当にうんざりした様に、

「あ~あっと、マスター奥の席借りるぜ~。」

そう言いながら、席を立ち奥のほうに席を移しながら、

「俺達は今同じ席にいるが、店を出たら他人だ。
 お互いが誰かもしらねぇし、恨みっこもなしだ。」

そう前置きを1つして、男達は私に傭兵団の砦の場所を話し出しました。


作者より一言
転職、引っ越し、ネットなし。
長かったです。



[10094] ブリーフィングだな第62話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:83387365
Date: 2010/11/12 14:41
ブリーフィングだな第62話





はぁ、戦終わりには魔物が潜む。
幽鬼に戦鬼、屍喰鬼に殺人狂・・・・。
昔、ウチのじい様が言ってたっけか、曰く、
『戦が人を鬼にするなら、人は本から鬼になるべくして生まれる』と。

ウチの親父も爺さんも戦しか能がない、そして俺もそれしか能がねぇ。
そんな能無しの俺が見てるからか解らないが、目の前の女中は人の匂いがしない。
まぁ、代わりといっちゃあなんだが、この女中からは砦のイカレタトップ達の気配が伝わってくる。

・・・、面倒くせぇ。
が、まぁ、フランス行きの駄賃しか貰ってねぇ俺達にはもうこれ以上関係無い事か。

「で、お前さんは何が知りたい?
 場所なら、この町を出て西に歩いて行きゃぁ、女の足でも2日・・・、
 いや、1日半ありゃあつく。」

そう俺が話す間、テーブルに肘を着いて手を組み静かに話を聞いていた女中がおももろに口を開き、

「砦のある場所の地形、及び傭兵の数・・・。
 最後に、イカレタ俗物の数はわかりますか?」

そう、平坦な中に凄みの篭った声で俺とヘンリーを見てきやがる。

「戦でも始めそうな物言いだな、女中さん
 流石にバケットの剣と、フライパンの楯じゃ人はヤれねぇぜ。」

そう、ヘンリーが茶化した風に女中に声をかけるが、
さて、こいつは大物なのか、それとも旅のパートナーを見誤ったか。
まぁ、フランスまでの旅なら、今の所一度背を預けたコイツ以外候補はねぇが、
もちっと空気読めねぇかねぇ~。

「夕餉に毒を盛られ、金で売られるのはトップの宿命でしょう?
 無論、あなた方は裏切り者ではなく、賢いギースですが。」

そう、目の前の女中は笑っていないほの暗い眼差しで、
言葉のように、俺達に毒を盛ってきやがる。
そして、流石にヘンリーもこの毒は効いたのか、苦い顔をしながら、
テーブルの上の炒った豆を、乱暴に口の放り込みビールを流し込んで、手の甲で口を拭い黙り込む。

しかし、腸は煮えくり返ってるんだろうさ、片方しかない目で女中を睨んでやがる。
各言う俺も、今の話は胸糞が悪いが、金は貰っちまったしな。

「ヘンリーよ、毒でもバケットの剣でも、女中の好きにさせりゃあいいさ。
 で、地形に数ね。」

そう言うと、女中は目でうなずき返してくる。
はぁ、俺たちとは口も利きたくないってか、まぁ面倒事はごめんだ。
口を開かないならそれに越した事はねぇ。

「俺達の居た砦は、四方を小高い丘に囲まれた盆地の中にある。
 そして、砦はその盆地の中央の湖の上、深さは砦に向かって深く、泳いでわたるにゃちと距離がある。
 行き来は橋を使ってたな、馬で走っても大丈夫な広い橋を。
 人数は・・・、わからん。ただ、砦はだだっ広い、言えるのはそれぐらいだ。」

そう言うと、静かに話を聞いていた女中が口を開き、

「非常用の通路は無いのですか?」

そう聞いて来るが、さてどうだったかねぇ。
別のあの中を歩き回った覚えも無けりゃあ、湖を泳いだ覚えも無い。
そう思い、横のヘンリーに顎をしゃくってみると、ヘンリーはぶすっとした顔で、

「ガキでもないんだ、探検なんかやらねーよ。」

そう言葉を返してくる。
まぁ、こいつもし知らねぇんじゃしかたない。

「だ、そうだ。
 暇なら水遊びがてら泳いでみな。」

そう言うと、女中は席を立ちながら、

「いえ、結構です。
 後は自身の目で見れば解ります。」

そう言って、背を向けて歩いていく女中を見送りながらヘンリーが、

「胸糞の悪い女中だ。
 砦に行って取り殺されればいい。」

そうヘンリーが言うが、さてはて、どうなるかは知らねーし、
どうなっても俺達の範疇外、ただまぁ、あの女中の背を見ていると、

「戦が終わったのに、世界は暗い。
 いや、戦中は逆に火が絶える事が無い分明るかったが、
 今はその火も無いし、死者を送り出す送り火も無い。
 だからだろうさ、行き場の無い幽鬼共が自分達の送り火を焚こうと歩き回る。」

そう言いながら、コップに残った酒を飲みほす。
すると、ヘンリーの方も酒を飲み干し、

「地獄は満員御礼で、折角忘れてもらえた幽鬼共も行くあてがないのさ、詩人の旦那。
 さて、俺達もフランスに行こうじゃないか、これ以上いても暗がりが迫ってくるだけだ。」

そう言って、ヘンリーが行きの駄賃とばかりに、残った豆を口に流し込もうとするのを、
一掴み奪い取って口の放り込み、ガリガリと噛み砕いて飲み込み、

「あぁ、行く準備をするか。
 日向を歩み、黄金の光を求めていざ行かんフランスへ。」

そう言いながら、席を立つ。
あっと、そういえば忘れる所だった。

「ほらよ、マスター駄賃だ。」

そう言って、マスターに金貨を指で弾いて渡しながら俺達は店を出た。


ーsideロベルター


店を出れば日は僅かに西に傾き、時刻は2時ぐらいといった所。
人の足で歩いて約2日、何もない状態なら半日もかからないのでしょうが、
今の状態を考えると・・・、

「少々厳しいですね。」

そう思いながら自身の腕を見れば、多少動かすのに不便を感じます。
しかし、それはもとより承諾の上の事。
ですが、もどかしいと思うのは仕方の無いことです。
そう思いながら町を出て、西を目指しカバンを片手に小走りで進みます。
そして、日が暮れ出した頃にとある場所に着きました。

辺りには咲き乱れる花があり、近くには川があるのか、水のせせらぎを感じ、
夕日のシルエットに見えるのは、ライラックでしょうか?
そんな美しい場所ですが、

「多分・・・、ここですね。
 お嬢様とエマさんが訪れたであろう場所は・・・。」

その美しい花畑の一部には新しく土が抉れた場所があり、踏み荒らされた花々があります。
そして、その抉れた場所に近付き土をなでると、ほのかに感じるお嬢様の慣れ親しんだ魔力・・・。
これで、ここで事が起きたという核心と共に、事を起こした物達への怒りが浮ぶ。
しかし、1つ問題が起こる。

「片手は完全にダメですか、1度戻らないと。」

土を掴もうとした手の指は、私の意思に反して土を握る事はできず、
明け方から今まで動いていた所存か、それともお嬢様から離れているための枷か、
体の動かない場所が多くなったように感じます。
考えてみれば、時間制限もついていたのですから必然ですが、思ったよりも動いてはくれましたね。
そう思いながら、木の影にカバンを置いて中から魔法球を取り出し、辺りに見つからないように隠してから中に入ります。

魔法球の中は、基本的に何時も緩やかに時が流れ、中の姉妹達も早々慌しく動き回っていませんが、
今回は別のようで、様々な姉妹たちが歩き回りながら戦の準備をしています。
そんな光景を横目で見ながら、私は一直線にポーランさんに改造してもらったラボに向かいましたが、
ここもまた、姉妹達がごった返しています。

「改造待ちですか?」

そう近くの姉妹に尋ねると、

「ハイ、メイド長。
 戦の場は決まり、時は開戦まじか。
 私達は今、今だ見知らぬ敵を夢想し睨み合っています。」

そう答えた姉妹に『そうですか。』と声をかけ、他の姉妹たちに了解を得てラボの中に入ると、
中にはメイド服の上に白衣を着て背を向けるポーランさんと、それのサポートをするステラさんと、意外な事にジリアンさんがいました。

「ポーランさん宜しいですか?」

そうポーランさんに声をかけると、ポーランさんはこちらを振り向きながら、
口に銜えていたペンを手に持ち、

「いいよ、そろそろ限界が来ちゃった?」

そう、私が現状を言うより早く、私の言いたい事を言い当ててきます。
まぁ、今の私の体を改造したのがポーランさんなのですから、当然なのでしょうけど。

「はい、中では何時も通り動きますが、外では全体的に動かない所が出てきます。
 どれくらいで戻せますか?」

そう聞くと、ポーランさんはステラさんとジリアンさんにそれぞれ、

「ジリアンちゃんは、アニエスちゃんの所で防具の準備なんかを手伝ってき。
 ステラちゃんはィ・アリスちゃんにアレを使うのは無理って事と、ソニアちゃんのはいけるって言って来て。
 あぁ、後この書類も一緒にお願い。」

そう指示を出して2人に書類を渡しラボから追いし、私にベッドに服を脱いで座るように促し、
ごちゃごちゃとした機器類の準備をしながら、

「外だと概ね半日?」

そう聞いてきたので、朝から今までの行動を報告すると、
ポーランさんは渋い顔をしながら、

「コップ砕いて男脅して、小走りで走って半日、
 戦闘状況となると、もう少し稼動時間が縮むね・・・。」

「はい、時間延長が出来れば嬉しいですが、可能ですか?」

そう聞くと、ポーランさんは首を左右に振りながら、私の体を触り、

「無理だよ。
 私がやれたのはあくまで魔法銃の弾、常時魔力流入式弾頭の理論を使ったものだもん。
 それに、これは元々はお嬢様が研究されていた物で、未完成もいいところ。」

そう言いながら、機器を使い私の体のあちこちから、何かの破片を取り出しながら、

「私達はあくまで、お嬢様あっての私達であって、お嬢様以外には仕える気が無いの。
 だから、本当はこんな術式使いたくも無いの。」

そう口で言いながらも、私にこの術式を施してくれたと言う事は、
ポーランさんも、相当に今回の事は頭にきていたのでしょう。
そんなポーランさんに、頭の中でお礼を言いながら、

「そう言えばポーランさん、私達は泳げますか?」

そう、あの酒場で男に砦の事を聞いた時、湖と言う言葉が出てきたので聞いてみましたが、
ポーランさんは私の背中で溜息をつきながら、

「あのね、ロベルタちゃん、鉄って沈むの
 それ解ってるよね、解ってて聞いてるんだよね、解った上でそんな事を聞いてるんだよね?
 え、もしかして沈みたいの?海底散歩とかしたいの?それとも、溺れたいの?」

そう、なんだか背筋が寒くなるように、言葉を重ねて返してきます。
ま、まぁ、私も自分の体の材料は知っていますし、それと同様な姉妹達の体も知っています。

「わ、解っています。
 ただ、今回の戦場が水上になる可能性があるので・・・。」

そう言うと、背後からガンと言う音がするので見てみると、私の背で額を打ったポーランさんの姿。
そして、打った額をさすりながら、

「泳ぐのは無理だね、舟も・・・、厳しいね、少なくとも私達は重いから。」

そう言われると、なんだか傷つきますが事実は事実ですし・・・。
しかし、何かを言おうとして口を開こうとした矢先に、ラボのドアがガンと大きな音を立てて開かれ、
反射的にかけられていた布で胸を隠すと、そんな事お構い無しにズカズカと歩きながら、

「ポーラン、なんで私の兵装が使えず、ソニアのは許可する?
 ・・・、久々の戦なんだ、使わせろ。」

「ィ・アリスお姉さま~、今は入るなって札が出てますの~。」

そう言って、ソニアさんを引きずりながら部屋に入ってくるィ・アリスさん。
そして、そんな2人を無言で眺めるステラさん。
そんなィ・アリスさんにポーランさんはニコニコしながら、

「燃費が悪くて魔力を喰い過ぎるので、ィ・アリスちゃんのは使えないよ?」

そう悪びれもせずに答えるポーランさんに、顔を顰めながら、

「切り込みと拠点制圧が私の役目なんだ、使わせろ。」

そう言うィ・アリスさんを尻目に腰に手を当てて溜息をついたソニアさんが、

「お姉さま、ここに来る前にアレを使うと、スカッとするから使いたいって言ってませんでしたっけ?」

そうジト目でみるソニアさんを、ィ・アリスさんは歯牙にもかけず、

「するよ、スカッと。
 ついでに仕事が速く済む。」

そんな言い合いをしている2人を尻目に、ステラさんはポーランさんの前に立ち、

「お姉さま、他の姉妹が待っています。」

「ん、もうすぐロベルタちゃんが終わるからまって。」

そう言葉をステラさんに言葉を返す間にもまた、

「ポーラン、ラボ集合って書類をジリアンから貰ったけど、ここで会議かい?」

そう言って姿を現すアニエスさんと、そのアニエスさんの3歩後ろを歩くと言った感じのジリアンさん。
しかし、会議とアニエスさんが言う事は、

「ここで、今段階の状況説明をしろと言う事ですかポーランさん。」

そう言うと、ポーランさんはニコニコしながら、

「当然してくれるよね、メイド長殿?
 それと、整備は終わったよ。」

はぁ、なんだかハメられた感じがしますね。
しかし、どの道ブリーフィングは必要です、最も現地でしたかったというのが本音ですが。
ですが、そのまえに、

「服を着ます、1度出てください。
 着たら呼びますから。」

そう言って全員を追い出し、服を調えてから再度ィ・アリスさん、ソニアさん、
ポーランさん、ステラさん、アニエスさん、そして、ポーランさんからの申し出でジリアンさんを中に入れ、
他の姉妹達には念話をフルオープンにして、今ある情報を流します。
そして、一通りの情報を流した後、静かにィ・アリスさんが口を開き、

「つまりは、外時間の明日の夕暮れには開戦予定か。
 ・・・、しかし、地形的不利はぬぐえないな。」

「私達は見た目以上にウェイトがありますからね、お姉さま。」

それに続くようにソニアさんが口を開き、その言葉を聴いたアニエスさんが苦笑しながら、

「それに、着ている服に武器が加算されればなおの事。
 しかし、流石に人も鎧を着ては泳げないから、一概には不利じゃない。」

「それに、私達が溺れない事を考えれば再出撃はできます。」

そう、ジリアンさんが続きます。
そんな姿を見ていたポーランさんが、首をすくめながら、

「戦闘指揮はロベルタちゃんが取ってくれるし、問題は戦力だね。」

「少なくとも、大将首は個人では無理かと。」

そう、ステラさんが言葉だすと、今まで念話で喋っていた姉妹達も、水を打ったように静まり返ります。
しかし、それは当然でしょう。
お嬢様が、どのような状況で膝をついたのかは解りません。
ですが、それをできる事のできる者がいる、これが目下の問題であり、ネックです。
しかも、砦には傭兵がいる事を考えれば消耗戦は必死。
でも・・・、

「尻込みする事はありません。
 時は既に開戦前夜、憎い怨敵の居場所は割れ、準備は万全を期す状況。
 ならば、後は何も恐れる事などなく、私達はただただ目の前の敵をただただ屠れば宜しい。
 敵が千なら1人頭約十を斬ればいい、万なら百を、億なら千を・・・。
 人の身でこれを行えば、偉業をなしえた英雄となるのでしょう。
 
 で・す・が!
 私は人ではない!姉妹である貴女方も人ではない!!
 ならば、これは偉業ではなく、ただの作業!!!
 ただ黙々と前進し、ただ黙々と邪魔者を叩いて潰し黙らせればいい!!!!」

ドン!と台を叩きながら、姉妹達の目を見ながらそう宣言すると、
ポーランさんがニタァっと悪魔の笑みを浮かべながら、パンパンと拍手をしだし、
それに釣られて、他の姉妹達も拍手をしだします。
そして、鳴り止まぬ拍手の中、ポーランさが声を出さずに口を動かしながら、

(中々の演説だね。)

そう言うので、私も言葉を出さず口を動かしながら、

(お嬢様に習いました、激励での士気の上げ方を。)

そう言葉を返した後、私は外に出て今だ見ぬ敵のアジトに向け歩き出しました。


ーside俺ー


暮れる夕日が部屋に差し込み、もうじき静寂の夜が来る。
体は鉛のように重く、未だに流れぬ涙はごろりと目に溜まる。
『泣けるまで伏しているといい。』そうディルムッドは言ったきり姿を見せない。
こんなにも、静かに1人で居るのはいつぶりだろう・・・。
まるで、世界に取り残された後を1人生きているようだ・・・。

否・・・、今俺は確かに1人なのだ。
敗北によって大切な者を失い、木偶の様に床に伏し、解決の糸口の見つからない・・・、
否、解決の糸口と向き合おうとしない俺は未だに床に居る。
流れる時間は有限で、同じ時の流れない世界の原風景は、その風景の中からエマを奪った。

否、奪ったのではないし、奪われたのでもない。
ただ、そうただ俺が死と言うモノと真に向き合わず、身近な者の死を見ようとしなかっただけ。
そう、死を忘れるなと刻まれた始動キーを唱える俺が、その死を忘れようとしただけの笑いにもならない笑い話。
今までの生活は1つの所に留まる事無く、人を背負おうともせず、失う事を恐れ死から逃げていた。
きっと、アノマとの別れも彼の死を先の事と捕らえ、先延ばしにした言葉。
『人生を駆け抜ければ。』そんな言葉を偉そうに投げかけた俺自身が、
きっと、人生と言うものを軽く見ていた罰。

「あぁ、そうか。
 きっと俺だった人は、あの火葬場で笑っていたんだ。」

人の死を悼み、その上で涙の別れではなく、笑顔での別れを選んだんだ。
なにせ、彼はその人生を生き抜いて、そして安らかな顔で逝ったのだから。
なら、それならそんな彼の人生の最後は、きっと笑顔で見送るべきなのだろう。

「エヴァンジェリンさん・・・。」

「ノーラ、か・・・。」


私が声をかけると、エヴァさんは確かに反応して顔を上げてくれました。
しかし、その顔は余りにも心配になるような微笑を浮かべたもの。

「笑っているんですか?」

そう聞くと、エヴァさんはその微笑のまま目を閉じ。

「あぁ。」

そう、透明な声で私に返事を返した後、相変わらず微笑を浮かべたままの顔を私に向け、
とても静かな声で一言一言を噛み締めるように、

「エマが逝ったよ・・・。
 私の腕の中で・・・。
 安らかとは言えない別れだった・・・。
 言葉を交わす事もできない、慌しい別れだった。」

そう、言葉を話すたびに目は潤んでいるけど、決して涙は流れない。
そんな姿を見ている私の方が悲しくて、いつの間にか渡しの頬には涙が伝っていました。
そして、そんな私を見たエヴァさんは私を引き寄せ、頭を胸に抱きながら、

「泣く事なんで何処にも無いんだきっと・・・。
 そう、きっと私は泣いちゃいけないんだ。」

そう静かに言葉を紡ぎ、泣き止むまで私を胸に抱いていてくれました。
そんな中、私の中ではどうしてエヴァさんが泣いてはいけないのかと言うことを考え、更にとめどなく涙が溢れ、
そして、辺りが暗くなり、空にほんの少しだけ欠けた月が昇った頃、私はようやく泣き止む事が出来、
それに気付いたエヴァさんは頭を放し、私の目を見つめながら、

「明日・・・、迎えに行くよ。
 私の家族と・・・、大切だった人の人生を。
 そして、パーティーを開こう、盛大で華やかで笑いのたえないそんな・・・、
 そんなパーティーを。」

そう言いながら、エヴァさんは微笑んでいます。
そして、そんなエヴァさんを見ていると、ふと思ったんです。

(あぁ、そうか、この人はきっと誰よりも寂しがりで、
 そして、誰よりも1人が居る事が怖くて、そして最後に、誰よりも人を受け止めようとしているんだ。)

だから、きっとこの人の周りには、楽しい事も悲しい事も含めた色々起こるんだろう。
自身を人では無いと言うこの人は、きっと、人で無い人でしか見る事の無い人を見ているのだろうと、
そう思いながら、エヴァさんを見て微笑み、

「解りました、明日ライアさんに発注をかけます。」

そう言って、私は今晩徹夜をすることを心に決めた。





[10094] 彼女達の戦場だな第63話
Name: フィノ◆a5d9856f ID:a45958f7
Date: 2010/12/01 23:14
彼女達の戦場だな第63話





ふぅ・・・、体をポーランさんに再調整していただき、
そのまま一晩歩き続けて、目的地に着いたのは概ね日が天高く上がった頃。
確かに、男達の言っていた砦は湖の真ん中にありました。
しかし、1つ予想外だったのが、

「あの砦の設計者はいやらしいですね、わざわざ橋の中間から跳ね橋式に変えるとわ。」

初めてその砦を見たときから、いくら愚痴っても仕方の無い事とはいえ、
愚痴りたくなるのは仕方ありません。
橋の距離だけ見るなら攻め込むのは容易ですが、この跳ね橋と言うのはネックです。
攻め込む道が1本しかない以上、どう策を講じ様とこの道を通るのは避けられません。

しかし、その道を断たれる可能性があるというのはいい気がしない上、相手が篭城戦を採った場合、
最悪、舟で攻め込むことになりますが、相手が高所から睨みを利かせる事が出来る以上、
下になる私達が不利になるのは拭えません。
そんな状況で、最善の策を模索しながら遠目も解る、跳ね橋を釣っている野太い鎖を見ていると、

「戻ったよ、メイド長。
 頼まれた通り一周ぐるっと砦を見てきたけど、あの橋以外攻め込めそうな所はないし、
 歩いてわたれそうな浅瀬も見当たらないよ。」

そう、声をかけてくるのはアニエスさん。
今の私達は、砦の近くの森に陣を張り砦の様子を探っていますが、やはり芳しいものではないですね。
どこかに秘密の脱出路の2~3本ぐらい余裕でありそうな砦ですが、それをおいそれとは見つけさせてくれないと言う事ですか。
となると、やはり夕闇に紛れ速攻的な突破戦により橋を確保する・・・。
今の所、これしか策がないようですね。

「あ~、久々の外だ。
 ソニア、お茶を入れてくれ。」

「お姉さま、緊張感を持てとは言いませんけど、
 せめて緊張感の欠けらぐらいは持ってください。」

「ソニアちゃん、見てみて蝶々だよ~。
 かわいいね~、追って行っちゃおうか~?」

「・・・。(無邪気なポーラン姉さまの方が可愛いです。)」

「あ、アニエス姉さま、これから森の中を散歩しませんか?」

「こらこらジリアン、お散歩じゃなくて斥候って言わなきゃメイド長が許してくれないよ。
 まぁ、そう言う訳でジリアンと斥候に出てくる・・・、
 どうしたんだいメイド長、肩を震わせて?」

そう言いながら、アニエスさんが私の顔を覗き込んできます。
・・・、拝啓お嬢様。
私は今、この方達をまとめる事を放棄しても宜しいでしょうか?
今の状況でなんで、この方達はこんなに脳天気なのでしょう・・・。
むしろ、今から頭に鉢巻を巻いて蝋燭を刺し、魔法銃と剣を持って敵城に1人で突貫した方がマシなきがします。
・・・、うははは・・・、お嬢様のタタリじゃ~。

「いや、落ち着けよメイド長。」

「これが落ち着いていられますか!
 それと、ィ・アリスさん脛をガンガン蹴らないで下さい、へこんだらどうするんですか!!」

そう言うと、ィ・アリスさんは私を見上げながら事も無げに、

「いや、へこんだから魔法球で脛を取り替えて来い。
 すまないがジリアン、メイド長がコケテ大破しない様に付き添って脛を交換してくれ。」

そう言いながら魔法球の方を親指でクイクイと指してきます。
一応念のため脛の辺りを見ると、確かに若干ですがへこんでします。
はぁ、本当にこんな調子で大丈夫なのでしょうか?
別に、彼女達を信用していないわけではないです。

そもそも、ィ・アリスさんを初めとする5人は古くからお嬢様に使えている方達なので、
今更、信用云々と言うこと事態がバカらしくなります。
それは、既にポーランさんを見れば解る事なのですが、それでもお嬢様をして"やんちゃ"といわれる方々・・・。
見方から背後を撃たれるという事は考えませんが、いえ、ここで私が弱気になるわけには行かないですね。

「解りました、交換してきますので変な事はしないでくださいよ
 ジリアンさん、わざわざ手を引いていただかなくても大丈夫です。」

「いえ、脛の交換もありますから早く行きましょう、メイド長様。」



そういって、メイド長はジリアンに引っ張られて魔法球に引き上げた。
さて、これで今外に出ているのは私達5人と、魔法球を守備する数名の姉妹のみ。
別に私達姉妹には休息は必要なく、補給もお嬢様がいれば必要は無い。
だがまぁ、多少働きづめのメイド長には、少しばかりの休息をとっていただこう。

「私達の体がへこむまで蹴るなんて、少しやりすぎじゃないんですの、ィ・アリスお姉さま?
 既に高らかに振り上げられた拳は、最速を持って振り下ろされているんですよ。」

そう妹のソニアが私に苦言を言ってくる。
しかし、それはお互いの挨拶のようなもので、
こうする事にソニアも依存は無いのだろう、彼女の顔には苦笑が浮んでいる。

「なに、私達も私達なりの仕事がある。
 そうだろ、ソニア、ポーラン、ステラ、アニエス。
 お嬢様曰く、メイド長は大軍戦指揮はお手の物だそうだが、それでも私達は彼女と共に戦場には立っていない。
 加えて残念な事に、私達はただの動く木偶ではなく、意思を持つ人形と言うことだ。
 そうだろ、ポーラン参謀件指揮官。」

そうポーランの名を呼ぶ、だが実際に私はこの名の意味を知らない。
この役職名はお嬢様がつけたが、実際に彼女が指揮をするのを私は見たことはなく、
どちらかと言えば、指揮と言うより作戦の提案や立案の方をしていたように思う。
だがまぁ、その適性がなければ、そういった役職には着かないので、彼女にはその適正があるのだろう。

「ん~、またその役職で呼ばれるとは思わなかったかな、ィ・アリスちゃん。
 でも、今はそんな事も言ってられないかな、拠点制圧件切り込み隊長殿。」

そう話した後、大きく息を吐いて吸い込み、
何時もの幼げな雰囲気とはガラリと違う、蛇のような雰囲気で、

「アニエス剣兵件斥候長、砦の攻略ルートは橋の一点のみか?」

そう聞かれたアニエスは目を細めながら、多少渋い表情を作り、

「その一点のみ。
 退路、進路、突撃経路、離脱経路、全てはあの橋の一点。
 ・・・、今更舟を作って水軍を作成しても、砦の城壁は高く、
 よしんば取り付けたとしても、つるべ打ちで湖に叩き落されるだろう。
 そうなれば、こちらは不利になる一方だ。」

そう言ってアニエスは言葉を締めくくる。
しかし、普段はあまり気にしないが、飛べない泳げないという2点がこうも不利になる要因とは、
今更ながらに、何らかの策を作っておくべきではなかったのかと、そう思わずにはいられない。
だが、ならば無いものをねだるのではなく、あるモノは使えないだろうか?

「ソニア、お前は確か・・・。」

そこまで言うと、ソニアは嬉しそうにツインテールを揺らしながら、胸を張り、

「砲撃件援護長という役職ですの。
 でも、あの跳ね橋の鎖は中々に太いですから、撃ち切るのは多少骨ですが、やれ無い事は無いですね。」

そう言って、ソニアが私に言葉を返す。
ソニアがやれると言うのなら、それはやれるのだろう。
自慢ではないが、ソニアの事は姉である私が一番よく見て知っている。
そして、この子は自身が出来ると言った事は確実にやりぬく。
そうなると、必要な事が大まかには見えてくる。

「速攻をかけて橋の確保を第一目標におき、橋を確保し次第城内侵入と言う流れが確実か。
 参謀件指揮官はどう考える?」

そういって、ポーランに話を振ると彼女は一瞬の思考の後、

「確実ではなく、導かれるものがそれしかないと言った方がいい。
 殿件補佐はステラが滞りなくやってくれるし、憂う事は無い。
 無論、拠点制圧件切り込み隊長が先陣を切ってくれるのだろう?」

そう言って、ポーランが片方の頬肉を吊り上げるようにして、
ニヤリ、と言う言葉がぴったりと合う笑みを私に向けて浮かべ、他の姉妹達も私の顔を見る。

「ありがたい事だ、参謀件指揮官殿。
 特殊兵装の使えない私に先陣を切らせてくれるのか。」

そう、言葉を返す。
まったく持ってありがたい事だ。
臆病な私は、一人が怖くて、置いていかれるのが怖くて、そして、
私の知らない所で誰かが、傷つき壊れるのが最も怖い。
だからこそ、私は私になった時から常に先陣を切り続ける。
私が先陣を切る事で、他の誰かの危険が減るように。
私の歩いた後が安全であるように。

そんな私のことを、みんなが知っているのか知っていないのかはわからない。
だが、誰も私が先陣を切る事に異議を唱えることは無い。
もっとも、妹のソニアだけはぶすっとしたような顔をしているが、それは見ないことにしておこう。

「さて、会議はこんなものかな、みんな
 ジリアンからの知らせで、もうじきメイド長が帰ってくる。」

そう、アニエスが言葉を話すか話さないかのうちに、

「ジリアンさん、他の方の武装は整っているんですね?」

「はい、メイド長。
 後は号令を待つばかりです。」



脛の交換をジリアンさんにしていただきましたが、中々手際がよかったので、
彼女を救護係りにするのも1つの手ですね。
それに、魔法球の中の様子も自身の目で見れたので良しとしましょう。
そんな事を考えながら魔法球を出ると、ポーランさんが何時ものようなニコニコ笑いではなく、
どちらかと言うと、お嬢様が悪巧みをするような笑い顔で、

「お帰りなさい、メイド長。
 さぁ、部隊を編成して開戦しましょう。」

そう言ってきますが、さて、この方達が何を企んでいるのやら。
もっとも、開戦する事は確定事項で、殲滅する事は決定事項です。

「そうしましょう。
 ただ、作戦が今だ決定・・・。」

そう言おうとすると、普段は無口なステラさんが、

「作戦は、速攻による橋の奪取一点。
 奪取方法は、跳ね橋の鎖の狙撃による破壊により、篭城を防ぎ内部潜入し殲滅。
 不安事項は、鎖を切る事により橋が崩壊しないかと言うことですが、木製ですので湖に浮くので問題ではありません。」

まるで何時もとは別人のように、すらすらと饒舌に作戦内容を話してきます。
そして、聞く限りでは確かに今の所それぐらいしか策がないのも事実。

「解りました。
 ステラさんの提案を最大限に採用します。
 では、皆さん班編成をし、夕暮れまで待機。」

そう言うと各人は解散していきます。
さて、後は作戦の再確認しましょう。


ーside砦ー


「飯を持ってきましたよ。」

「おぉ、そうか!
 しかし、最近砦もアーチェさん達もピリピリしてると思わねーか?」

そう、砦の一番高い見張り台に飯を持ってきた若い男に話しかける。
はぁ、目の良い弓兵が見張りに立つのはセオリーだが、それでも、
こうしてボーっと辺りを見ているだけって言うのも、なかなかに骨が折れる。
しかも、敵が何処のどいつか分からないならなおさらだ。

「さぁ、でも貴族達が小競り合いしてるから、それに対して警戒してるんじゃないですか?」

そう若い男が言葉を返してくる。
貴族の争いねぇ、そいつは確か、

「胸に深紅の薔薇を抱いたランスターと、高潔の白き薔薇のヨークだったか。
 はぁ、めんどうだね~、まったく。」

そう愚痴りながら飯をかきこんでいると、若い男がコップに水を入れながら、

「面倒は面倒ですが、これが僕達の飯の種ですからね。
 しかし、こんな夕暮れでも遠くまで見れるものですか?」

そう、若い男が返してくる。
しかし、これは俺の数少ない自慢の一つで、

「な~に、俺は夜目が利いて更に目が良い。
 だから、こんなお天道様に近い高台で、一番敵が入ってきやすい橋の方を見てんだ。
 ほれ、お前には見えるか、橋の近くの森から・・・、なんだありゃ?」

「えっ、なんです?」

そう言って、若い男は目をキョロキョロさせているが、俺にはハッキリ見える。
日の落ちかけの薄暗い森から、ぞろぞろと人が出てくる。
しかも、何かを示し合わせたかのようにみんな頭にはヘッドドレスをつけて、黒のワンピースに白のエプロン。

手に手に武器は持っているが、鎧は一切つけていない。
そんな女の集団が、森からゾロゾロと駆け出てくる。
遠いせいで音は聞こえない、だが、それでもあの女達は間違いなく、
隊列を組んで行進しながら、この砦に進軍してくる。

「おい坊主、下にいるやつらに伝えろ。
 黒衣のメイドが群れを成して、隊列を組んで行進しながら進軍しているって!
 はやく!!」

そう若い男に壁を飛ばし、矢を弓に番える。
アレはどう考えても友好的に、話し合いにきたって言う雰囲気じゃねぇ。
話し合いに来るなら、抜剣した群れで来る必要は無い。
そんな事を考えながら、ギリギリと引き絞った矢を先頭を進む白い髪のメイドに矢を放つ。

ヒュンッ!!!

砦から一番槍ならぬ一番矢が、私に向かって飛んでくる。
その矢を裏拳で叩き折りながら、橋に向かい走る。
そんな私の後ろから、

「お見事、流石は拠点制圧件切り込み隊長。」

そう、アニエスが声をかけてくる。

「褒めんでいい。
 お前にも出来るだろう、剣兵件斥候長。」

そう返すと、アニエスは小さな笑い声を上げた後、

「それでも、見事なものは見事だよ、ィ・アリス。
 キミの一撃で、私達と共に来た70名の姉妹達には埃1つ飛んできていない。」

「当然だ、私が先陣を切り、私が先頭を走っているんだ、
 それに、うちの妹は中々に優秀でね。」

そう言いながら空を見上げると、そこには矢を放ったであろう位置に向かう一条の光。
アレはソニアの援護射撃で間違いないだろう。 
光は寸分の違いなく、矢の飛んできた見張り台に着弾する。
そして、その着弾が文字通り引き金であるかのように、砦の入り口からワラワラと鎧を着込んだ男達が湧き出してくる。
そんな男達の先頭を、黒馬に乗った鎧の男が走ってくる。

「構え!!」

そう、背後のアニエスから声が響き、それぞれの獲物を手に構える。
そして、私達が橋の3分の1を過ぎた辺りで、先頭の男と対峙する。

「ここに何用か!!
 この先の砦は我傭兵団の領!!
 お前達のような不気味な集団の、訪問を受けるいわれは無い!!!」

そう、馬上の男が私達を睨みつけるように叫ぶが、
要件も何も、既に決まっている。

「私達はさるお方に仕えるもの。
 そのお方が、貴殿達の長により、涙を流せぬほどの悲しみを抱かれた。
 ゆえに、私達は今よりこの先の砦に進軍し進撃し蹂躙し殲滅する。
 ほら、そこをどけ危ないぞ。」

そう声をかけてやるが、別に相手を気遣う気は無い。
既に殲滅するといった相手を心配してやるほど、私は甘くない。
未だに無手の私を、馬上の男は警戒しながら剣を抜く。
しかし、そんなものは意味がない。

「下がれよ、バカ。」

その声と共に、私の剣が空より目の前の男と馬を真っ二つにしながら橋に突き刺さる。
それを、男と馬の血溜りの中からずるりと引き抜く。
自身の愛剣名前は顎、これは私の身長よりもなお長く、剣と言うには歪で刀身の部分には無数の返しがついている。
しかし、その剣をソードブレーカーと言うには余りにも返しが小さい。
ならば、この返しは一体何のためについているのか。
ツバの付近にある紐を勢いよく引きと、白煙と共にドゥルルル・・・・!!!!
と、まるで野獣が威嚇しているかのような音が響きわたり、無数の返しが高速回転しだす!!

「さぁ!!
 おとなしく殲滅されてくれよ!!!」

そう声を上げながら、背後の姉妹達と共に橋を奪うために走り出す。


「激突したようですわね、メイド長様。」

そう私に声をかけるのは、魔法銃を構えるソニアさん。
援護を行うために木の上に陣取るのは、他20名の姉妹達。
初弾は寸分違わず砦の見張り台に着弾し、着弾地点を破壊しています。

「ソニアさん、援護地点を前へ。
 橋の奪取は速攻が命です、砦の入り口及び弓兵に弾を食わせなさい。」

「仰せのままに、メイド長様。
 みんな、行くわよ!!」

そう声を上げ、ソニアさんが姉妹達を連れて木の上を飛んで移動していきます。
その姿を見送りながら、下での待機組みであるポーランさんとステラさんに、魔法球ごと本陣を前に移動するよう指示を出し、
私も最後尾を着いていきますが、ふっと、視界の端、湖の上に浮ぶ小さな1隻の船。
相手の水軍・・・?
どちらにしろ余り良いものではないようです。
そう思いながら、自身も魔法銃を抜き、舟に向かい狙撃しますが、

(直撃前にかき消された!!)

明らかに直撃するコースの弾は、しかし、舟に直撃する事無くけされました。
アレは間違いなく、魔法を知るもの・・・!!

「全軍、突撃!!
 ィ・アリスさん、アニエスさん、1歩も引かずに城内まで攻め入りなさい!!
 ソニアさん、橋の奪取を最優先として砲撃を許可します!!
 ポーランさんステラさん、私は今から遊撃に出ます!!」


ーside砦ー


「アーチェさん、戦況は分が悪いです。
 あの黒衣のメイド共、切っても殴っても顔色1つ変えやしねぇ!!
 それどころか、血のひとつもながしやしねぇ!!」

そう言って駆け込んできたのは伝令の男。
ジュアが言ったように、娘は攻めて来た。
いや、正確には娘達が、だが。

「解った、今から俺も出る。
 跳ね橋を上げ、篭城できそうなら篭城しろ。」

そう言って、伝令の男を下げ砦の入り口に向かい歩き出す。

「シーナ!!ジュア!!」

「なに、アーチェ?」

そう言って顔を出したのはシーナ。
最近は、まともになったジュアの方が反応がよかったが、今は姿が見えない。

「娘達が攻めて来た。」

そう言うと、シーナは目を爛々と輝かせながら、

「そっか、娘さ・・・、ん?
 娘さんじゃ無くて、娘達なの?
 そうか、大所帯で着てくれたんだぁ・・・。」

そう言いながら、淡い笑みをうかべる。
・・・、ジュアの言葉を信用したわけじゃない。
だが、シーナがだいぶヤバイと言うのは今の顔を見れば十分解る。
それなら、せめて弟のこいつには安静にしていて欲しい。

「お前の目標はあの娘であって、今着ている娘達じゃない。
 ・・・、上にいろや。」

そう言うと、シーナは何時もならぶーぶー言うはずなのに、珍しく聞き分けがよく、

「上じゃなくてここで待つよ。
 ジュアも森に行くって言って暇だしね。」

そう言って、近くのイスに座る。
しかし、ジュアのヤツが森に・・・?
アイツが先手を打って森にいったって言うんならいいが、アイツはそんなたまか・・・。
いや、今はそれよりも向かってくる娘達か・・・。
そう思いながら、自身の両肩に掛けている双剣を抜く。

「ジュアの言う事にゃぁ、娘がいりゃあシーナは救える。
 その娘が来ているのかは知らねーが、今来ている娘達を根こそぎ黙らせれば出てくるか。」

そう自身に激を飛ばして跳ね橋に出る。
しかし、どうやら俺たちはそうとう分が悪いらしい。
頭上からは流れ星のような光が、砦にいる弓兵や、或いは橋にいる傭兵どもに直撃し、
その傭兵どもの血が舞い上がって、赤い霧の様になっている。

そして、その赤い霧の中からドゥルルルル・・・・と言う野獣のような声と、共に見える白い髪・・・!!
俺とシーナが殺したはずの!!!
あの見間違えるわけの無い白い髪の!!!

「あの娘が先陣を切るか!!!」

そう思い、血霧めがけて突貫する。
しかし、そんな中からまた1人やられた声がする。

「ぐぎゃ!!」

その声と共に眼前の男が削れて裂ける。
顎、これはその名の通り、肉を裂き喰い千切る様に人を咀嚼する。

「どうした!!
 藁束が突っ立てるんじゃないんだ、受けて見せろよ。」

そう、先陣を切りながら敵を刻む。
ある敵は剣で受けようとしたが、その剣ごと削り飛ばし、
ある敵は楯を構えたが、その楯ごと噛み砕いた。
辺りにあるのは血の赤と臓物の朱。
だが、ふと空を見上げれば、そこには私の妹が私の背を護るために放つ流星群。

「あぁ、どうせならお茶を飲みながらこれが見たかった。」

「戦場の百合の様だね、ィ・アリス。」

そう声を掛けてくるのは、私の横を進むアニエス。
そんなアニエスも、所々返り血を浴び赤黒くなっている。
そしてまた、迫り来る敵をなぎ倒し、とうとう跳ね橋の鎖の位置についた。
これならば、ソニアの砲撃も届くだろう。

(ソニア、砲撃を頼む。)

(お任せあれ。)

その念話と共に左の鎖が切れる。
この分なら、城内侵入まで早々時間は食わない!?

「危ないアニエス!!」

念話を送るために一瞬私が立ち止まった。
そして、その一瞬で私の横をアニエスがすり抜けた。
そのすり抜けた先にいたのは、白い鎧を着て両手に剣を持った敵。
その敵が大きく振りかぶった剣を、落雷のような速度で振りぬき、辺りに血が舞い上がり視界をなくす。

しかし、それでも、そうそれでも私達の中で、一番速度が速い・・・・・・・
アニエスがやられるはずは無い。
なにせ、今も彼女は私の横にいる。
だが、そんな彼女の服の一部は多少なりとも破れている。

「中々に早い。」

そうアニエスの呟きをかき消すかのように、

「見つけたぞ、白髪の娘!!!」

そう声を荒げながら、白鎧は私に向かってきた。



[10094] 小ネタ集 パート1
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/08/11 22:17
小ネタ集 パート1








本編に関係あったりなかったり。
深読みすると、足元を掬われる小ネタ集です。
時間軸は無視してください。ついでに、さくっと呼んでいただければ幸いです。


『日常 ~学校にて~』

深夜、寝ていると部屋の鍵を開けようとする音がする。
外は星の明かりしかなく、しかし奇妙に明るい夜。
俺はそんな夜こそと、言うよりほぼ毎晩なんだがエヴァの愛らしい寝顔を見ながら周囲を警戒し続けている。
俺の主であるエヴァは吸血鬼で夜型だが、寝たら起きない。
勝手に起きるまで絶対に起きない。
まぁ、そんな中でも学校に遅刻しないのだからたいしたものではあるが、
今の問題は、

カチャ・・・・・・・・・、カリ・・・・・・・、

部屋の扉、窓の鍵、後は天井裏。
そのほかにも何ヶ所から音がする。
そして、

カチン・・・・・。カチャリ・・・・・・・・。

次々と、鍵の開いた音がする。
今日はどこからだ?
一番最初は扉からだった・・・・・。
次は窓から、その次は天井裏から。
と、なると一番怪しいのは、

「ここか!」

小さく叫ぶと言う変なスキルが研かれている事に多少疲れながら、床に槍撃をはなつ。
手ごたえはない。

「ならば、そこか!」

扉を槍が貫通するが、手ごたえはない。
いや、精霊を貫いた感覚はあったが、本命ではない。
そう思っていると、

「騎士くん、クンフーが足りないよ~ 戒めの風矢」

そう言いながら現れるエルシア。

「って、ちょっと待て!?何でそんな所から?ってかいつ入った!?」

現れた場所はエヴァのベッドの下。
本当に、いつ入ったんだろうな?

「騎士くん、乙女には色々と秘密がつき物なんだよ~。では、眠れる姫君、今宵は貴女を奪っちゃいます。」

そういいながら、ベッドに飛び込む。
飛び込み方は伝統的なルパンダイブ。
しかし、

「じゃま・・・・。」

「へっ?やっ、ちょ・・・・・。」

宙を飛び、あと少しでベッドにたどり着けると言うところで、エヴァの魔法が発動。
哀れエルシアは空中で氷付け。しかも、ご丁寧にそのまま空中で浮いたまま。
エヴァ、いつの間にか成長して・・・・。
そう思い、戒めの風矢が解けたのでエヴァのベッドの方に近寄っていったが、

スー、スー。

すご~く安らかに寝てるんだが、もしかして、これ寝魔法?
寝相?いや・・・・、うん怖いから考えないでおこう。

次の日

「ふぁ~、もう朝・・・・・うぉ!?チャ、チャチャゼロ、何が起きた!?」

起きて最初に目に入ったのは空中に浮く氷付けのエルシア。
凄く幸せそうな顔をしていたのが余計に不気味で、危うく落として砕いてしまう所だった。
そう思っていると、

「あぁ、エヴァの寝相によりと言うところだ。」

そう返すディルムッド。
昨晩が気になりすぎる・・・・。


『風呂場にて』


「あぁ~、今日も終わった。」

資料整理に戦闘訓練、写本に研究。
1日が48時間ぐらい・・・、あっても1日は1日か。
そんな事を思いながら、風呂に入ろうかとしていた所で目に入るのはディルムッド。
そういえば、こいつが風呂に入っている所を見たことないが

「おい、チャチャゼロ、キサマは風呂に入っているか?」

そう聞くと、少し考えた後に、

「入ってはいないが、拭いているから大丈夫だろう。」

そういいながら何処かに行こうとする。
多分、これは野生の感のなせる業だろう。
だが、それを見送るほど俺も甘くはない。
着ているメイド服の背中をもちあげ、

「ならば今日は風呂に入ろうか。たまには裸の付き合いもいいだろう。」

そう言うと、ジタバタと手と足を振り暴れだす。
こいつ、風呂嫌いだったのか?

「いや、エヴァ、君、女、俺、男OK?」

「変に片言なのはいいとして、OK。ならとっとと一緒に入ろうか。
 どうせ、今の私の体なんぞ見ても面白くないだろう?」

そういいながら、ジタバタしているディルムッドをつれて風呂へ。
今は観念したのか、大人しくしている。

「とりあえずはっと。」

「いや、いい、いいから!自分で脱ぐから!?」

メイド服を引っぺがそうかとディルムッドに掴みかかろうとしたら、自分で即効脱ぎだした。
まぁ、脱ぐなら構わんのだが。そう思い、俺も自分の服を全部脱いでディルムッドの方を見ると、まだジタバタしている。

「はぁ・・・・、羽が邪魔になるだろうと思って脱がしてやろうと思えば、案の定か。」

そう思いながら、服を脱がし風呂へ投げ込み俺も風呂へ。
その後は体を洗ったり、洗ってもらったり。
ただ、一緒の湯船に使っている間ディルムッドがずっとブツブツ言っていたがなにを言ってたんだろ?

(煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散・・・・・・。)

まぁ、何か行っているかは無視して綺麗に丸洗い完了。

次の日教室にて

「騎士くんえらく今日は綺麗だね~、ついでにいい匂いもするし。」

そう言ってくるのはエルシア。

「チャチャの字何かあったのか?」

と、聞いてくるのはアノマ。

「あぁ、昨日エヴァと風呂に入って丸洗いされたり、エヴァを洗ったりした。」

そういつと、アノマとエルシアが顔を見合わせながら、アンコンタクトを取り、

「・・・・・・・、アノマ、犯人確保!!」

「アイサー、エルシア!!!」

そう言って、襲い掛かるアノマと指揮するエルシア。
いったい何が起こった?

「待て、いったいなんだ!?」

「黙れチャチャの字!!お前の事が別にうらやましくて、ちょっと匂いとか嗅いでみようとか思った訳じゃないんだからな!?」

「私は羨ましいから、匂いを嗅いでついでに立場を変われ!!」

「無茶だし、断る!」

向こうで、アノマとエルシアとディルムッドが追いかけっこをしている。
見慣れた光景だが、朝からよくもまぁ体力が持つものだ。
しかし、アノマが血の涙を流し、エルシアは、魔法を使って追いかけようとしているがなんとも。

「はぁ、今日もまた忙しくなりそうだ。」


『ハネムーン旅行出発前に』


「カラクリ、これあんたにやるよ。言っとくけど女狐に見つからない様にこっそり見るんだよ。」

そう言って、俺が受け取ったのは封筒。
中身は見えないが、手紙かなんかだろう?

「ドクロ、これはなんだ?エヴァに見つからないようにって?」

そう言っている間に、外からキールの出発を知らせる声がする。

「今行くよキール。まぁ、お楽しみって事だねぇ。じゃ!」

シュタッっと手を上げてドクロは行ってしまった。
流石に、今の幸せそうなドクロに水をさす勇気はない。
何せ、キールの所に向かうのにスキップしながら向かっているのだから。
まぁ、それはさておき封筒なんだが、

「とりあえず、開けてみるか。」

封筒から出てきたのは一枚の手紙のようなもの。
とりあえず、開いてみると、

「ふにゃ~。」

「ごふっ・・・・、こ、これは・・・・?」

鼻を摘んで、上を向き首をとんとん叩きながら見る。
今手紙に映っているのはエヴァの蕩ける様な笑顔の入浴シーン。
当然、子供ではなく、今の大人の姿で、耳と尻尾が生えている。
そして、聞こえてくる声は、

「ふにゃ~。」

なんだろ、撫でくりまわしたい・・・・・。
いますぐ、今すぐ、エヴァに会って耳を撫でくりまわしたい。
ついでに言えば、その時にこんな笑顔で、こんな声を出してくれたら・・・・・。

「ゴフッ・・・・、刺激が強すぎる・・・・・・。」

いかん、想像でダメになるところだった。
そんな事を思っていると、

「お~い、チャチャゼロもうドクロ達は出発したか~?」

エヴァの声が聞こえてくる。
もし、ここでこれが見つかれば・・・・。

「ほぅ、これはなんだチャチャゼロ?」

そう言って手紙を取り上げてヒラヒラさせながら俺の顔を睨むように見上げてくる。

「いや、あのこれはだな・・・・、そう!ドクロに預かったんだ。うん。」

そう言って、エヴァの目を見ながら話すが、

「そうか、これはドクロの物か・・・・・、
 ならば、あいつの幸せの1ページをその後絶対に忘れらないようにどす黒く塗りつぶそう。
 何せ、人の入浴シーンを保存しているのだからな。」

結果、ドクロー、キールー遠くへ逃げてー。な展開になるので却下。

うん、これは俺の心の中にしまって、絶対に見つからないようにしよう。
そう思い、折りたたんでポケットにしまった直後にエヴァが姿を現した。

「もう行ったのか・・・・。」

そういいながら俺の横に立つエヴァ。

「あぁ、幸せそうに行ったよ。」

そういうと、エヴァが微笑みながら俺を見て、

「お前がそう言うならそうなのだろう。何せ、今のお前もムチャクチャ幸せそうなオーラを出してるからな。
 幸せのおすそ分けでもされたか。さて、私は先にダイオラマ魔法球の中に行くよ。」

そう言って、先に行ってしまった。
はてさて、この手紙はどうするかな。
とりあえずは、家宝にするか。


『占い』


ロベルタを作成して、色々話を聞いていると、ふと、
ロベルタが占いと、言うか統計学的な占いができる事がわかった。
なので、占ってもらおうと、今までの事を話してみると、

「そうですか、中々にヘヴィーで波乱万丈な暮らしをなさっていたのですね。」

そう、イスに座りながら対面で話す俺とロベルタ。

「まぁ、今考えると綱渡りばかり見たいな気もするがな。で、結果はどうだ?」

そう聞くと、ロベルタは眼鏡が全反射して、目が見えないようになり、

「結果としては、お嬢様はこれからも厄介後とだらけの人生を歩みます。
 そして、一番大きな出来事はお偉いさんを轢く事でしょう。」

そう言って黙る。はて、お偉いさんを轢く・・・・。
そっち系の方々のボスでも轢くのだろうか?

「ロベルタ、詳しくは分からんのか?」

「分かりません、ただ、轢きます。120%の確立で。」

それは占いとかではなく、確定した未来だろ。

「はぁ、まぁ、そうなったらどうにかしよう。」

ちなみに、ディルムッドの方は、このまま俺と同じように波乱万丈らしい。
はぁ、何処かに幸運の種でも落ちていないかな。



[10094] 小ネタ集 パート2
Name: フィノ◆a5d9856f ID:3cc7fbc3
Date: 2009/09/21 17:03
小ネタ集 パート1








本編に関係あったりなかったり。
深読みすると、足元を掬われる小ネタ集です。
時間軸は無視してください。ついでに、さくっと呼んでいただければ幸いです。
作者の真面目脳が休眠したら増えます。


『読書』

修行も一段落つき、色々と時間が出来だした頃、ディルムッドが俺に読書がしたいと言ってきた。
何でも、こちらの魔法や錬金術に対する知識を高めたいらしい。
なので、まだ整理はついていないが、ダイオラマ魔法球の中にある書庫を使うといいとすすめてやった。
少なくとも、あそこにはいろんな所から買ったり盗んだり奪ったりした本がたくさんある。
それを読めば知識はつくだろうと思いすすめてやったら今度はそこに入り浸るようになった。

まぁ、それだけ面白い本に出合えたのだろうと思い、
俺も読んでみようと書庫に向かいイスに座って読書しているディルムッドに、
コーヒーを飲みながら後ろから近付いて聞いてみた。

「なぁ、チャチャゼロ。そんなに面白い本があったのか?」

そう聞くと、ディルムッドは振り返りながら、

「いや、魔法じゃなくて錬金術・・・・、師の冒険活劇だ。たぶん。」

そう、歯切れ悪く返されると余計興味を誘うな。
そう思いながら、キセルを出し魔法薬を吸う。

「まぁ、お前が興味を惹かれる本だ、面白いんだろ?タイトルは何だ?」

そう言うと、ディルムッドはニコニコしながら、

「レザード・ヴァレスと賢者の石だ。」

ブッ!!
思わず飲んでいたコーヒーをディルムッドに吹きかけてしまった。
しかし何でまたレザード?確かに錬金術師だけどさぁ。
そう思っていると、ディルムッドがかかったコーヒーを拭きながら、

「ひどいじゃないかいきなり、なんだって言うんだ?」

「いや、ちょっとな、すまなかった。他にもあるのかその本?
 あるなら掻い摘んで話を聞かせて欲しいんだが。」

そう言いながら対面に座ると、ディルムッドはタイトルと内容を掻い摘んで話し出した。

「先ずはさっき言ったレザード・ヴァレスと賢者の石だ。眼鏡で美形だけど、
 性格と性癖が悪い青年がとある女性に恋をする所から始まる。
 ただ、嫌われたくないから、全ての答えの記してある賢者の石を捜して手に入れるんだ。」

ふむ、物語の出だしとしては真面目だ。
ただ、

「賢者の石を手に入れたら物語り終わらないか?」

そう聞くと、ディルムッドは首を振りながら、

「いや、賢者の石には貴方の恋は叶いませんと出た。」

何と言うか、

「・・・・、悲惨だな。」

「まぁ、そこから頑張るのがこの話だからな。で、次のレザード・ヴァレスと秘密の塔。
 叶わない恋だが、叶う事を信じて新居を作るんだ。
 まぁ、ルーンを刻みすぎて外から見えないし、番犬代わりにモンスターを放ってるんだけどな。」

「あぁ~、あのダンジョン面倒だったな。」

そう言うと、ディルムッドがギョッとした顔で、

「いくらなんでも、物語の中にはいけないだろうエヴァ。
 この巻の一番のポイントはなんと、レザードの好きな子が新居に来てくれるんだ。
 ただ、来てくれたのはいいんだけど番犬代わりのモンスターは皆殺しにされ、
 新居も他の人に見えるようになってしまったんだ。」

「自業自得だな。」

「物語の中の世界は結構危ないから、番犬はいると思うが?」

「いや、郵便が届かんと思ってな。」

「あぁ、なら問題ないよ。レザード友達いないし学生時代の友人も殺してるし、この巻では恩師も殺してるし。」

そこまで言われると、やっぱりあのレザードなんだな~と思うしかないな。
そんな事を思いながらコーヒーを飲む。

「次はレザード・ヴァレスとエルフの囚人。新居で好きな子から嫌いって言われたレザードは、
 意気消沈して慰めに好きな子の人形を作ろうとするんだ。」

「そして材料がエルフと?」

そう聞くと、ディルムッドは少し考えた後、

「最初はエルフの人形で我慢していたけど、我慢できなくて最終的にはね。
 ちなみにこの話での一番のポイントは、実は好きな子が人じゃなくて神様だったって所だ。
 人じゃないから自分とくっつけない、つまりは自分は嫌われていないと思ってまた好きな子を追うんだよ。」

「ポジティブすぎないかそれ。」

「恋は盲目だからいいんじゃないか?」

いや、よくないだろそれ。
と、いうか後何冊あるんだろうこのシリーズ。

「次の巻がこれ、レザード・ヴァレスと煉獄の炎。
 好きな子を追ったのはいいんだけど、その好きな子は神界で神様と戦ってて、
 氷の壁を壊すのにタイトルの煉獄の炎ってアイテムがいるんでそれを先回りして好きな子に届けるんだけど、
 好きな子は好きな子でもう、それを手に入れてるんだ。そこで困り果ててると、
 好きな子が、ならブラッドヴェインと言う竜を1人で倒して剣を取って着てくれっていうんで竜と戦う話だな。」

「ブラッドヴェインと1人で戦うとか無理だろ。Bエンディングのラスボスより強かったしあれ。」

そう言うとディルムッドはキョトンとした顔で、

「エヴァが何を言っているかは分からないが、この本では勝ってるよ。
 まぁ、その後剣を届けたら好きな子から目を瞑ってって言われて、
 ドキドキしながら目を瞑っている隙に剣を持ち逃げされるんだけどね。」

なんだろう、この本のレザードにならちょっと同情してもいいかもしれない。
好きな子が腹黒すぎる気もするし。
そう思いながらも話は進む。

「それでもめげないレザードに、とうとう好きな子、名前はレナスって言うんだけど、
 そのレナスが怒ったのがこの巻『レザード・ヴァレスとエインフェリアの騎士団』
 なにげにレナスは美形の男を集めては戦士として鍛えて天界に送ったりと出会いが多い。
 そして、兵を鍛えるという名目で嫌いなレザードに訓練の敵役を頼んで訓練中の事故と言う事で彼を亡き者にしようと戦う話。
 レザードとしてはレナスが会いにきてくれて更に頼ってくれたから嬉しい以外ないんだけどね。」

「何と言うか、2人の間の温度差が激しいな。」

そういいながら、魔法薬の煙を吐く。
そう言うと、ディルムッドはニヤリとしながら、

「障害があるほうが恋は燃えるだろ?」

この場合燃え上がるのは恋の炎ではなく憎悪の炎だろ。

「で、レザードは死んだのか?」

そう聞くと、

「いや、3分の2殺されたけど生きてるよ、主人公は早々死なないからね。
 ただ、今度の事はレザードにも効いてね、だから先ず外堀を埋めようと動くのが『レザード・ヴァレスと謎のノーライフキング』
 エヴァと同じヴァンパイアのブラムスって言うのがレナスの妹さんのシルメリアって言うのを囲ってるって言うんで会いにいく話。
 そして、この巻でなんとレナスに好きになってもらう方法が分かる。」

「えっ?ここまでしてハッピーエンド路線?」

あまりの驚きに一瞬キセルを落としそうになってしまった。

「エヴァは悲劇の方がいいのか?」

そう眉をひそめてディルムッドが聞いてくる。

「いや、ここまで嫌われたのをどう挽回するのかと思ってな。」

「あぁ、それならさっき読んだ最終巻『レザード・ヴァレスとヴァルキュリアの秘宝』で明らかになるよ。
 気になるなら、一巻から読んでみるといい。」

そう言いながら、ディルムッドが本を全て渡してどこかに行ってしまった。
多分読んだらカオスだろうが、気になるものは仕方ない。
ついでに言えば、これが本でよかった事実だったら今の世界がどんなにカオスになる事か。


『作戦名』


「え~、ではこれより『漆黒の鷹作戦』の会議に・・・・、どうした?」

そう言ってみるディルムッドとロベルタの顔は心なしか暗い。
はて、今から開戦と言うならその顔も分からないではないが、会議でその顔と言うのはなんだろう?
そう思っているとロベルタが口を開いた。

「僭越ながらお嬢様、毎度の事ながらその作戦名はどうかと思うのですがどうなのでしょう?」

そういったロベルタの横にいるディルムッドもコクコクと頷いている。
はぁ、これも説明しないといけないか。

「言っておくがな、こんな作戦名をつけているのは趣味ではなく、他の兵にも分かりやすくなおかつ忘れないようにするためだ。
 けして私のネーミングセンスが残念な事になっていると言う訳ではないからな。
 ・・・、そうだ、それならお前達が作戦名を考えてみろ。お題はノルマンディー上陸作戦だ。」

そう言うと、ディルムッド挙手して、

「どれくらいの規模の戦闘で厳しさなんだ?
 上陸って事は海と陸の攻防だとは思うが。」

ふむ、それが分からないとネーミングも付けづらいか。

「激戦だな。互いの兵が海と陸で天下分け目の大立ち回りといった所だ。」

「そうか。」

そう言って、ディルムッドとロベルタは何処からともなく取り出したフリップボードにマジックで書き出した。
何と言うか準備いいなぁおい。そう思いながら魔法薬を吸っているとロベルタが挙手して、

「『どきっ!兵士だらけのノルマンディー~ポロリもあるよ~』などはいかがでしょう?」

「いいわけあるかボケェ!!何だその90年代の某水泳大会を彷彿とさせるタイトルは!?」

そう言うとロベルタはあわてた様に、

「だ、大丈夫ですお嬢様!ポロリと言っても腕とか臓物とか命ですから!!」

「なお悪い!!」

「ちぇ。」

そう言った後、フリップボードの文字を消し別の文字を書き出した。
そうしている間に今度はディルムッドが挙手。

「はい、チャチャゼロ。」

「こういうのはシンプルなのが覚えやすいだろ?と、言うわけで『ノルマンディーに花束を』なんてどうだろう。」

悪くは無いが某小説とかぶるな。
と、言うかな先ず根本的に、

「何故そもそも2人ともノルマンディーを入れる?
 地名なんて入れたら一発で何処でやらかそうとしてるかばれるだろ?」

そう言うと、ロベルタが急にフリップボードを消しだした。
あぁ、次の回答もノルマンディーいれてたな。
そう思っていると、ロベルタが挙手した。

「はい、ロベルタ。」

「ノルマンディーが入ってはいけない、そして分かりやすく忘れないような作戦名、ズバリこれです!
 『渚のシンドバット』これなら忘れません。」

あぁ、そういえばそんな歌もあったな。

「ロベルタ、考えてみろ。兵士達の会話でその名前が飛び交う様を。」

この前の渚のシンドバットどうだった?

いや~激戦だったよ、お前も来てたんじゃないの?

渚には行ってないよ、べつんとこいたから・・・・・。

「なんと言うか、微笑ましいですね。」

「だろ、せめて士気を上げるものを頼む。」

そういうと、

「フフフ・・・・、これなら確実にエヴァが気に入るだろう。『生え際攻防戦』」

「ごく一部の人に対しては即死か、もしくはオーバーキルだな。
 が、そんな作戦名あるか!!」

その後5時間ほど作戦会議ではなく作戦名会議が続きましたとさ。


『キールとドクロのハネムーン旅行』


ドクロと結婚してハネムーン旅行に来ているのはいいのですが、

「ドクロ、何故自由貿易都市なのです?」

そう言いながら町を歩いているとドクロが、

「キール、実はねアタイ女狐から錬金術を習ったんだよ。」

そうドクロが嬉しそうに言って来ます。
いえ、知ってはいたんですけどね、ドクロがエヴァンジェリン嬢に錬金術を習ってる事。
ただ、ドクロが必死に隠そうとしているのが分かったから気付かない振りをしていましたが。

「そうなのですか、初耳ですね。でもどうしてです?」

そういうと、私の足を見ながら、

「女狐がいなくなって、カラクリがいなくなって。そしたらほんのちょっとだけ店が広くなるだろぅ?
 そしたらね、キールの足を診るのと一緒に錬金術で作ったものを売ってみようかと思うんだよ。
 なんせ、女狐曰く使わない技術は錆びるらしいからねぇ。
 だから、錆びないように色々作って、あんたに最高の足を提供しようってわけさって、人の顔から顔をそむけないでおくれよ。」

「いえ、ちょっと待ってください。」

ダメです、今顔を見られるのはいけません。
今の私の顔は確実に締りの無い顔でニヤケていて、みっともなくて、嬉しすぎて。
・・・・、ふぅ、そういえばこんな顔もを隠さなくてもいいんですね。
なにせ、色々ありましたが私達は夫婦なのですから。
そう思い、ドクロの方を見ます。

「キール、何かえらくニコニコしてるねぇ。
 何かアンタが人前でそんなにニコニコしてるの始めて見たよ。」

「ええ、嬉しい事があったら笑う、悲しい事があったら嘆く。
 私ももう少し感情と言うものを表に出そうかと思いまして。その方がいいでしょうドクロ?」

「バカ。行くよキール、危ないから手を繋いだげるよ。」

そういいながら手を差し出すドクロが可愛くて仕方がありません。
私は果報者ですね。と、そういえば、

「結局なんでここなんです?」

ドクロの手をとってその事を聞くと、

「習ったはいいんだけど、相場って言うのが分からなくてね。
 それに、どういった物が作れるかも見とこうと思ったんだよ。」

なるほど、これから一緒に店に立てばそう早々遠出は出来ませんからね。
そう思いながら町を歩き色々な物を見ます。
流石は自由貿易都市、この世の全ての物がそろっていると言われても不思議ではありません。
そう思っていると、

「キール、これ見てみなよ。」

そう言って指差しているのは鎧ですか。
大きくて頑丈そうでフルフェイスの兜の額には1つの角がついています。

「え~っと、かつて錬金術師が作った呪いの鎧。夜な夜な『に~さ~ん』と叫んだり、
 気がついたら鎧の中に小動物が入っていたり、兜を取るたびにピンク髪の少女、メロンパンを加えた少女、
 大きな円盤状の髪留めをした少女などが出現・・・・・、呪われていますねこれは。」

「だろ、いったい何を思ってこれを作ったのかねぇ。しかも、これ40万ドラクマって書いてあるよ。

そういいながらドクロが鎧を突いています。
まったく、これを作った方は何を思って作ったのでしょうね。
しかも、それを店先で売っているとは、自由貿易とし侮れません。
そう思い、鎧の横を見れば、

「エヴァンジェリン嬢のお土産にこの人形なんてどうでしょう?」

そう言って、キールの指差すのは赤毛で小さな人形。
まぁ、小さいって言っても幼児ぐらいかねぇ?

「えっと何々?人形使いは人間使い。腹話術は読心術・・・・、何でまた女狐にこれを?」

そうアタイが聞くとキールは、

「確かあの方も糸を繰って人形を使うでしょう?
 それなら、この糸で動く人形もコレクションの1つにでもなればと。
 良くあの方が、『はぁ、作るのはいいが完成品が無いからバラせもせんし、新しい技術も読み取れん。どうするかな~。』
 と、ぼやいていました。これなら完成品ですし、あの方ならバラせるでしょ?」

ふむ、確かにあの女狐ならできるだろうねぇ。
ガッチリみっちり錬金術を仕込まれたアタイが言うんだから間違いないよ、多分だけどねぇ。
まぁ、なんにせよ女狐は人形使うからあっても問題はないだろうねぇ。

そんなこんなでハネムーンから帰って女狐に、

「お土産だよ、次いつ会えるか分からないからねぇ、大切にしとくれよ。」

「あ、あぁ。ありがとう大切にするよ。」

そう言って、微妙に女狐の顔が引きつってたのは何でかねぇ?


『旅の途中に』~特別スピンオフ~書けたらいいなぁ。


旧世界に戻って色々会って、今は商人と狐っぽい狼娘と旅をしている。
まぁ、旅といっても次の町までだから、早々騒動に巻き込まれる事はないだろう。
そう思いながら荷台で寝転んで魔法薬を吸っていると前の方から、

「ぬしよ林檎を食べてもいいかや?」

「ダメだ、アレは売り物だ。それに昼に3つも食べただろう。」

「し、しかしじゃな。甘い果実がわっちを誘惑するんじゃが?」

「これ以上売り物を減らせない。」

「む~、林檎をくりゃれ。」

「稼げるようになったら、買ってくれ。
 金を詰まれれば商人は支払いの分だけ物を売る。」

そういうと、前の方で狼娘がゴソゴソしている。
そして、

「くりゃれ、くりゃれ、遊びは終わりでありんす。」

KOF風味な掛け声がしたと思って体を起こしてみると、
狼娘が商人の顔を肉球でペチペチ叩いて後に、尻尾でポフポフ叩いていた。
まぁ、商人の方は何だか嬉しそうだからこのまま見守ってもいいのだが、
流石にこのままでは手綱の操作を間違って馬が暴れかねない。

「チャチャゼロ、何か甘いものあったか?」

そう聞くと、

「エヴァも最近甘い物を良く食べるからな、影の中かさもなくば魔法球の中にならあるはずだが?」

そうか、確かに甘いものが最近美味しいと思って、新世界で酒と食料と一緒に買い込んだもんな。

「そうか、なら前の2人に甘い物をご馳走するとしよう。確か、桃の蜂蜜漬けがあったはずだあれをご馳走しよう。」

そして、前で商人をポフポフ叩いている狼娘に声をかける。

「甘いものをやるからこっちに来い。」





[10094] 小ネタ集 パート3
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/02/03 15:53
小ネタ集 パート3








本編に関係あったりなかったり。
深読みすると、足元を掬われる小ネタ集です。
時間軸は無視してください。ついでに、さくっと呼んでいただければ幸いです。
作者の真面目脳が休眠したら増えます。SAN値が下がります。



『昔と今』

海外ほとんど始めての俺にとって、人の顔を覚えるのは難しい。
白人黒人黄色人種と言うのは分かるが、黒人はほとんど同じ顔に見えるし、白人も同じ感じ。
だからだろう、海外に来てふと思い出した事があるのだが、
昔、ギルティギアと言うゲームでよく遊んでいた頃に、映画とゲーム好きの友人、仮に佐藤君とする。
佐藤君とギルティギアをして、ジョニーにボロ負けした次の日に、

「知ってるか?こんどジョニー・デップが海賊になるらしいぜ。」

と、言われたがジョニーと言われてもギルティしか頭になく、
映画見ても俳優と顔を覚えない俺は、

「いや、ジョニーは海賊だろ?」

そう言うと佐藤君は、

「いや、海賊じゃない。まぁ、それより剣技とかのアクションが凄いらしいぞ?」

そういうが、あの素肌ジャケットでTMRの曲とか歌ったら似合いそうな人は、
既に居合いの達人である。むしろ、彼が海賊じゃない事に驚き、
なら、ジョニーはメイのヒモか、愛人なんだろうか?
と、失礼な事を考えながらも、

「元から剣技は凄いだろ。で、海賊になって何やるんだ?」

そう聞くと、

「なんでも呪われた金貨を取りにいくらしい。」

そう答えてきた。
だが、ジョニーで金貨といえば、

「投げるんじゃないのか?金貨。」

そういうと、

「いや、取りに行くが?」

と答えてくる。
ふむ、てことは、あのなげる金貨をどっかに取りに行くゲームがでるんだろうか?
しかも、剣技が凄いという事はアクションゲーム?
毎度投げてるから無限かと思いきや、ジョニーも苦労してるんだな。
そんな事を思いながらタイトルを聞いたら、

「パイレーツ・オブ・カリビアンだ。面白いらしいぞ。」

といい、そのときの会話は終了。
後日、ゲーム雑誌で調べてもそのタイトルがなく、聞くとパイレーツオブカリビアンは映画だという。
1ゲームキャラが主人公が映画でスピンオフなんて頑張るなと思い、
結局CMが放送されるまで勘違いしたまんまだという、大変恥ずかしい状況に置かれたが、
何でそんな事を思い出しているかと言うと、

「決着をつけましょう。」

「やれやれだぜ。」

目の前でソルとカイが決闘・・・、ではなくラカンと詠春が決闘している。
何でも、あのやられ方には納得いかないと詠春がいい、それに対してラカンが、

「坊やは寝てろ。」

と、言った事で詠春が怒り決闘となったが、

「斬鉄閃!」

あぁ、スタンエッジか。

「斬岩剣!!」

あぁ、グリードセバーか。

と、そういう風にしか見えないものだからなんとも。
そう思っていると、

「御託は!いらねぇ!!」

そういって、タイランレイブ・・・、
じゃなくて、ラカンインパクトで詠春が飛んで行った。
どうやら、キャラがかわろうとも力関係は変わらないらしい。


『魔法球は異界です』


外は冬でも魔法球の中は常夏!
なので、そんな時に食べたくなる物と言えばスイカとカキ氷。
後はたこ焼きとかいか焼だが、タコとイカはこの前、

「チャチャゼロ、すまないがタコとイカを取ってきてくれ。
 たしか、小さい魔法球の中にいるはずだ。」

そう言うと、ディルムッドは槍を肩に担ぎ

「分かった、一匹ずつでいいのか?」

と聞いてきたので、

「あぁ、かまわない。そんなに食べないからな。」

そう言うと、意気揚々ディルムッドはハリネズミのようになっている魔法球のほかのエリアに魔方陣を使って行き、
俺は小麦粉なんかをロベルタと準備していたのだが、帰ってきたディルムッドは何だか臭く、
ついでに言えばベトベトでネトネトだった。
一体何があったのかと思えば、ディルムッドは両膝から地面に崩れ落ち、

「俺はダメな人間だ。タコとイカに引き分けた。」

そういいながら、なにやら絶望に打ちひしがれている。
しかし、俺はそのディルムッドよりも、たぶん更に顔色が悪いだろう。
なにせ、英霊であるディルムッドが勝てないタコとイカと言うのは一体どんな化け物だと思い、
次いでに言えば、そんな超絶生物飼っていた覚えはない。
そう思っていると、ロベルタがディルムッドに歩み寄り、

「それで、タコとイカの足はないのですか?」

と、とても淡々と止めを刺している。
ついでに言えば、それを言われたディルムッドは、他の所に続く魔法陣を指差しながら、

「あそこを抜けた先に斬ったものが転がっている。
 だが、アレを食べるのか?本当に。」

そういって、嫌そうな顔をしている。
まぁ、海外の内地ではタコやイカは化け物扱いされているので、化け物と言われても仕方がないのだが。
そんな事を考えている間に、ロベルタがさっさと魔方陣に乗って足を取りに行ってしまった。
そして数分後、

「お嬢様、足をお持ちしました。」

そう言って、持って来たのはロベルタよりはるかに巨大な2本の足。
・・・、アレはまともな生物なのだろうか?

「なぁ、チャチャゼロ。アレの本体はどれ位の大きさだった?」

そう問えば、

「山より巨大だった。ついでに言えば、子供もたくさんいた。」

そう返してくる。
ん~、タコとイカの大量養殖した覚えもなければ、
魔獣ゲットだぜ!と言った感じで、魔獣を弱らせて魔法球で育てた覚えはあっても海獣をゲットした覚えは無い。
まぁ、一応は新世界の生物なので、明確にタコとイカかと問われれば首を傾げる。
あれか、魔界のオジギソウは気性が荒いとか言って、人を襲うアレと同じ原理で、
新世界の生物は元々でかいヤツが多いが、更にでかくなるのだろうか?
そう思っていると、他のメイドがロベルタに、

「ダゴンさんと、クラーケンさんの足じゃないですか、
 よくそんな物とって来ましたね。」

と、聞き捨てならない会話が聞こえて来た。

「ちょっと聞くがいいか?」

そう言うとメイドは、

「はいなんでしょう?」

そう正対して聞いてくる。

「いや、ダゴンとクラーケンってなんだ?
 そんなもの飼った覚えは無いんだが。」

そう言うとメイドはにっこり笑って、

「元々はお嬢様が錬金術用に集めた生物ですよ?
 それをお世話する内に愛着が湧いて皆で名前をつけたんです。
 2人とも可愛いですし、よく懐いてますよ?
 そうだ、今度お嬢様も久々に遊びに行きませんか?
 なんせ、会うのは数百年ぶりでしょうから、感動の再会になりますよ。
 お2人ともお嬢様の映像を見せたら、崇めるように触手を伸ばしてますから。」

そう、ぐっと拳を握りながら言ってくる。
ん~、海獣から崇められてもうれしくないし、
魔法球の中がドリームランドになるのも勘弁願いたいんだがな。
まぁ、しかし、外と中の時間が違うここでは、そんな進化もありえるのか?
そう思っていると、

「あっ!チャチャゼロさんもあの子達とじゃれてたんですか?
 凄いですね~、私達でも10人がかりじゃないとじゃれて遊べないのに。」

そうニコニコしながらメイドが言っている。
さてはて、うちのメイド達は俺の知らない間にどんどんレベルアップしてるらしい。
ついでに言えば、槍に刺さったダゴン、ダゴンと言う曲が流れている俺だった。
そして、幾年かたったあと、

「お嬢様、ダゴンさんが行方不明です。
 なので、ダゴンさんの息子さんが新しく、クラーケンさんとくんずほぐれつじゃれてます。」

そう、メイドが報告してくるが、さて一体何処に行ったのやら。


ーside壁を越えた世界ー


「キャスター!一体この巨大な海魔はなんですか!!」

「異界の海魔ですよ、聖少女様!!」


『爆誕』


長らく生きると色々と物が増える。
そして、最初の頃は貴重な物だと思い大事にしていたものが、時が立つにつれそうでなくなる物も多々ある。
ゲームに例えるなら、序盤でエクスポーションを手に入れて大事だと思い取っておき、
最終局面ではエリクサーの方を使い、微妙な回復効果の薬を使わないと言うのに似ている。
まぁ、何でそんな事を思っているかと言うと、荷物を整理していて、

「お嬢様、この様な物が出てきましたがどうします?」

そう言ってロベルタが差し出したのは性別詐称薬。(口調も変わるヨ)EXだった。
さてはて、一体いつ手に入れた物だったか。
まぁ、取り敢えずは、

「量産用に3分の2のこして、後の分は別の瓶に入れてくれ。」

「はい、分かりました。」

そう言って、ロベルタは瓶に薬を入れ手分け出した。
そこでふと思い付いた事がある、昔から偉そうで俺様主義なヤツは髪を逆立てる。
某サイヤ星の王子然り、魔界の貴公子然り、金ぴか然り。
そして、その魔界の貴公子の必殺技にミッドナイトブリスと言うのがあるが、
この必殺技を表現するのは大変に難しい。

何せ、越えなければいけない壁が二つもあり、そのハードルが高い。
先ず1つ目に吸血鬼である事、取り敢えず、デミトリ・マキシモフモフモフ・・・・、は吸血鬼です。
そして、2つ目に相手を女性ならより綺麗に、男性なら女性に変身させなければならない。
どちらか1つなら、まぁどうにかならない事もないかもしれないが、
この2つが揃う事はごくごく稀である。
そして、そのごくごく稀な状況に今俺はいる。

たぶん俺に試せと、誰かが囁いているのだろう。
被検体(ディルムッド)もいる、必要なアイテム(性別詐称薬)もある。
そして、ここに吸血鬼な俺がいる。
これはやるしかないでしょ?

「お~い、チャチャゼロ~いるか~?」

そう呼びかけると、

「どうしたんだエヴァ?」

そう言って、ディルムッドがこちらに歩いてくる。
格好は何時もの皮鎧だが、問題はないだろう。

「新しい技の練習代になって欲しい。
 まぁ、技と言っても特に危険はない。」

そう言うと、ディルムッドは考え込みながら、

「危険の無い技って事は騙し技とか、
 カウンター系の練習って事か?」

そう聞いてくるが、相手を女にして血を啜る技が、どれに該当するかなんて知った事ではない。
まぁ、しいて言うなら、

「多分投げ技だと思う、相手に近寄ってないと発動しなかったはずだし。」

そう言うと、ディルムッドは何だか嫌そうな顔をしながら、

「その、思うとか、はずだしとか言うのやめないか?
 君が確証の持てない事をしようとすると、必ずよくない事がおこる。」

そう言って、ジリジリと後ろに下がっている。
ふむ、危機察知スキルか、さもなくば直感スキルが磨かれているのだろう。
が、俺の方もジリジリと前に出ながら、

「試してもいない事を、予感で斬って捨てるのは愚の骨頂だぞチャチャゼロ。
 観念すれば優しくしてやる。」

そう言って、ニヤリとしてやれば、

「言っている事が悪漢のそれだぞ!?
 ついでに顔・・・!」

『も』と叫ぼうと口を開いた時に、エヴァが何かを口に投げ込み鼻と顎を押さえられる。
口の中に広がる液体の味は、得に不味いと言う事は無いが、
それでも、このままでは溺れれてしまう。
そう思い、液体を一気に飲み込む。

「何か変わりはないか?」

そう、エヴァが聞いてくるが特に変わりは無い・・・・?

「・・・・、気のせいかな・・・・。
 ボク・・・・、縮んでない?」

いや、多分気のせいじゃない。
人の姿の時に子供の姿のエヴァを見下ろす事はあっても、見上げる事はなかったのだから!
いや待て、何で今俺はボクなんて言った!?

「ほぅ・・・、これはまたなかなか。
 薔薇乙女の第ゼロドール茶々とかでもいいかもしれないな。
 ついでに言えば、薔薇つながりで茨の槍なんていうのも作ってもいいし、
 おまけに、人工精霊なら好き放題作れる。」

そう言いながら、エヴァは俺の両脇の下に両手を差し込んで持ち上げる。

「ボク・・・、どうしちゃったの?」

そう、ディルムッドが小首をかしげながら聞いてくる。
とりあえず、容姿だけ言えば蒼星石の髪を長くして、着ている皮鎧が豪華になって女流騎士といった感じ。
ついでに言えば、手に持った感覚はぷにぷにして柔らかく、赤ちゃんの肌といったところか。
ふむ、とりあえずは、

「いただきます。」

そう言うと、ディルムッドは手足をジタバタさせながら、

「や、やめてよエヴァ。」

「ごめんそれ無理♪」

そう言って、柔らかい首筋に牙を衝き立て肉を割る。
もともと、ディルムッドの血は美味かったが、容姿が変わったおかげで美味さ倍増な気がする。
そう思いながら、チュルチュル血を吸っていると、心なしかディルムッドが大きくなっている・・・?
そう思った時には遅く、ディルムッドに首をつかまれ、ディルムッドの目線の高さにまで持ち上げられて、

「やめてって言ったよな・・・?」

そう、どす黒いオーラを滲ませて、深遠より這いずるかのような声で俺に話しかけてくる。

「ま、まて話せば分かる!」

そう言うと、ディルムッドは三日月のように口をニィッと開いて、
まだ知るはずのない事を言い出した。

「歴史的な死亡フラグだな、エヴァ。
 犬養の旦那は、その言葉の後に撃たれたそうだぞ?」

その後、俺は自身の首に『自分は悪いことをしました。』と、言うプラカードを下げ、
おまけに、一時魔力封印と言う罰を受けたのだった。


『多分、やってはいけない事』~洒落の分かる人用~


人生・・・、いや、人外生とでも言えばいいのだろうか俺の場合。
まぁ、それはさて置き、面白そうだと色々な事に首を突っ込めば、
その波紋は自身に必ず帰ってくる。例えば、1944年9月のワルシャワで、
アーサーに頼まれてウォルターと一緒に暴れてみるとか、
顔に傷のある金髪の男と出会ってみるとか、ロンドンは・・・、どうだったかな

まぁ、結果的に言うと、後輩・・・、伯爵なんだけどね。
取り敢えず、ブラドの没年が1475年で、生まれが1431年だが、
俺はその頃何をやっていたかと言うと、1431年にはもう、ジャンヌを助けるために一芝居したり、
魔法を勉強したりと色々忙していた。

なので、年齢にしても吸血鬼になってからの余生にしろ、リアルに先輩である。
まぁ、伯爵にとってそれが如何したと言う所で、俺もそれに関してはどうするという事もない。
ついでに言えば、インテグラが生まれてから、更にこの家に遊びに行く機会が増え、
12歳でやはりインテグラは伯父をぶっ殺した。
まぁ、それはいい。ついでに言えば、今のインテグラは12歳だがそれもまぁいい。

「アーカード、土産だ。飲むといい。」

そう言って、伯爵に渡すのは原作でも飲んでいた輸血用血液。
それを渡すと、アーカードは無言で飲みだしたのだが、
実は、伯爵については昔から試してみたかった事がある。
伯爵の吸血鬼の能力は、命の同質化である。
それは多分、輸血用の血液を飲んでも同じ事で、
それの場合、飲まれた血液の持つ知識が着く、と言う事になるのだろうと思う。

ならば、伯爵の中の命をオタクで満たしたらどうなるか?
その命題について、考えれば考えるほど試してみたくなり準備を開始した。
取り敢えず、秋葉原や各コミケ会場でのコスプレしての献血イベント。
フランスや、海外でも同じような事をやって、手に入れた血液はトン単位となった。
そして、その血液を全部伯爵に飲ませている。
ちなみに、インテグラやウォルターは医療用血液をタダでくれると喜んでいたりもする。
まぁ、流石に血をどこで集めたとか、何処かで限定してそれを集めたという事は、考え付かなかったのだろう。

そして、とうとう事は起こるべくして起こったというところか。
その時はディルムッドを引き連れて子供の姿でヘルシング家に遊びにきていた。

「あのウォルターがこうなるとはな。」

「懐かしい話ですねチャチャゼロ。」

そう、ウォルターとディルムッドは話しこみ、
俺は俺とて、

「インテグラ元気にしてたか?
 化け物をぶっ殺してるか?13課辺りのラブコールがうるさくないか?」

そう聞くと、インテグラは嫌そうに、

「今の時代早々ヴァンパイヤは生まれない。
 それこそ、お前やアーカードが生まれた頃が多いんじゃないか?
 ついでに言えば、最近は魔獣がうるさい。」

そう聞いてくるが、確かにそうである。
この世界の真祖は人からなる物だが、エヴァのケースと伯爵のケースはあまりにも違う。
なので、同じ吸血鬼でも性質も成り立ちもやはり違う。
まぁ、結局の所、何かに認められたというのは同じなのかもしれないが、
そのせいで伯爵は血しか飲めないのだからなんとも。

「なりかけは昔に見たが、今はいないだろう。
 それこそ、私かアーカードが噛んで放っとくとかしない限りだが。」

そう言って、インテグラにニヤリとしてやると、
その背後から、

「また、五月蝿いのがきたか。
 インテグラ、それをつまみ出せとオーダーを寄越せ。
 初めて出会った時もソレはその姿で煩わしかった。
 次にであった時も、やはり五月蝿かった。」

そう言いながら、カツカツとブーツを鳴らし歩いてくる。
取り敢えず、ハエ叩きは出しておくか。
酔狂か、たまに伯爵がムカデを頭に落としてくるんだよな。
多分、初めて出会った時にムカデがいっぱい降って来て、悲鳴を上げた所為だと思うが。
その所為で、ここに来るとよくムカデが降って来る。
ついでに言えば、お互い死なないと言う事を本能で理解しているのか、特に争う気配も無い。
ただお互いやるのは嫌がらせぐらいだ。

「そう言うキサマも、昔は少女の姿で、犬のように吠えていただろ?
 ワンワンワンワォーーーーン、だったか?」

そう言って、ニヤニヤしてやると、
伯爵は指で横長の四角を作りながら、

「ハン!自由勝手気ままがドラキュリーナの心情だが、貴様はいささか狂が乗りすぎる。
 ・・・・、昔だ、とうの昔に貴様の事は分かっていた。
 ついでに言えばある1点も気に食わなかった。
 断言してやろう!
 貴様を分類AA以上の・・・・。」

そう言われて、それ以上っているのか、それとも、ソレが最高なのか、
AAって事はAAAとSが残っているはずだがと思い伯爵を見ていると、
地味に、指で作っている四角が顔ではなく顔のチョイ下。
ついでに言えば、確か指で作る四角は縦長だったと思うが?
そう思っていると、

「貧乳と認識する!」

俺はソレを聞いても、何時もの嫌がらせだと思っていたが、
どうも、インテグラはソレが気に食わなかったらしい。
履いていた靴を脱いだかと思うと、ソレを目にも留まらぬ速さで伯爵の目に付き刺し、
血がぼたぼた出ている顔の米神に廻し蹴り、それでもまだ怒りが収まらないのか、銃を抜いてパンパンと何発か打ち込んでいる。

「そんなに巨乳が好きかアーカード!
 我が下僕よ、貴様の主の乳を見てまだ吠えるか!」

当時のインテグラは14歳ちょっと微妙なお年頃だったとだけ言っておこう。
そして、更に月日は流れ、

「よくやったアーカード守備は?」

吸血鬼発生時案により片田舎まで出向く。
アーカードはあの時から変わらず、今も若々しく生き、
たまに遊びにくるエヴァンジェリンと嫌がらせをし合っている。
まぁ、それでアーカードのストレスがなくなるなら安い物だろう。

「母体は倒したが、生存者はなしだ。」

そうは言うが、アーカードの腕の中には娘が1人。

「・・・、あれ?・・・・、その娘は?」

そう言うと、アーカードは悪びれる事も無く、

「死んでるんだなあこれが。」

そういい、腕の中の娘もどうしたらいいか分からないように、

「す、すみません。」

そういった時に吸血鬼の牙が見える。
が、ソレよりも先ずやるのは、娘が包まっている布をめくる事。
時がたち、あの時よりも私の胸は成長した。
間違いなく、間違いなく成長した。
が、その布の中から出てきたのはソレよりも巨大な胸・・・・・。
そして、蘇るはあまりにも鮮やかで、鮮烈な記憶。

「・・・・、乳か。」

「は?」

「巨乳かと聞いている!!」

その夜、とある地方で紅い服の男が再度血まみれになったとかならないとか・・・・。
ギャフンEND



[10094] 小ネタ集 パート4
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/02/04 03:28
小ネタ集 パート4








本編に関係あったりなかったり。
深読みすると、足元を掬われる小ネタ集です。
時間軸は無視してください。ついでに、さくっと呼んでいただければ幸いです。
作者の真面目脳が休眠したら増えます。SAN値が下がります。



『日常の一コマ』

麻帆良に来るにしても、来たにしても、色々な事があった。
まぁ、それでも死なずに、のうのうと生を貪れているので特に問題はない。
ついでに言えば、学生時代中華屋で鍋を振っていたので、中華料理と言うと食べたくなるのもまた人の性か、
ネギまの世界で中華といえば超包子なので、足を運んでいるのだが・・・、

「カップ麺を・・・。」

「コンビニで買ってきてください。」

今はまだ、コアラは優しい顔のままである。
今、食べたい物を言ってくれと言うのでいったのだが、
中々に手厳しい返し文句である。

「ポテトチップスを・・・。」

「スーパーで買ってきてください。きっと100円ぐらいで買えます。」

顔は優しいが、コアラの目が鋭くなっている。

「仕方ない。うまかっちゃんを・・・。」

「確か九州限定の袋麺でしたね、九州まで行って買ってきてください。」

コアラの目の周りに、ビジュアルメークが施された。

「ふむ、品揃えの悪い店だ。
 仕方ない、エスカルゴを・・・。」

「六月まで待って、アジサイからでんでんむしを取って食べてください。
 と、言うか、ここは中華料理屋台、超包子ですよ。
 イタリアンは頼まないで下さい。」

手に持ったお玉と中華鍋が、さながら剣と楯に見える。
うぅむ、からかい過ぎたか。

「すまんすまん、中華だったな、満漢全席を一人前・・・。」

そういった瞬間、五月が手に持ったお玉から中華包丁に握り替え、
包丁の腹でにんにくを叩き潰しながら、

「出来るわけないです!
 ここは屋台ですよ!?何処の世界に屋台で満漢全席を振舞う店があるんですか!?」

「ない・・・、のか?」

「エヴァンジェリンさん、屋台にあらぬ幻想を持ってませんか?」

そう、いながら今度は伊勢海老を殻ごと包丁で真っ二つにしている。
この食材があるなら作れそうなきがしないでもないんだが・・・、仕方ない。

「中華なら良いんだろ・・・、ピザまん。」

「中華!!それはコンビにグルメです!肉まんと言うならまだしも、何でピザまんなんですか!?」

コアラの額にKILLの文字が刻まれている。
ついでに言えば、さっきから振り下ろしている包丁がまな板にどんどんめり込んでいる。

「そもそもですね、お品書きがあるんですからそこから選んでください。
 と、言うか毎度こんな不毛なやり取りをしないと、気がすまないんですか?」

そう口を動かしながらも、鍋を振るい他の客達の分の料理を完成させているのだからたいしたものだ。
それに、ここに食べに来るようになって、既にこのやり取りも何度もやりすぎて最近は飽き気味かも知らん。
そう思いながら、お品書きに目を通し、

「悪い悪い、チンジャオロースと、酢豚を一人前ずつ。
 無論、酢豚にパイナップルを入れてくれ。」

そう言うと、五月は『はい。』といって料理をしだし、
出て来たチンジャオロースは、千切りピーマンの緑が目に美しく、香りも食欲を誘い、
一口口に含めば、ピーマンの苦味、たけのこのシャッキリ感、そして、牛肉の柔らかさと、
肉汁の美味さが三位一体となって口の中に広がり、しかし、ひとたび飲み込めば口の中に脂っこさが残らないという、
中学生が作るとは思えないできばえの料理が出てくる。

そして、酢豚も酢豚で、からりと揚がったから揚げに甘酢タレがかかり、
野菜も先に油通してあるのだろう、新鮮ながらも甘みがあり、目にも赤、黄、緑と美しく、
そして、最後のアクセントとして、甘いパイナップルの果汁が口の中を満たす・・・。

「五月、ウチに嫁に来ないか?」

そう言うと、五月も扱いがなれたもので、片手をパタパタさせながら、

「エヴァンジェリンさんも作れるでしょう。
 ご自分でどうぞ。」

うむ、五月が冷たい。
まぁ、多分あのせいなんだろうが、もう1度駄目元で頼んでみるか。

「さっちん、厨房貸してマーボ作るから。
 後、チャーハン追加。」

そう言うと、五月は料理をしていた手をピタリと止め、わなわな震えながら、

「アレを料理とは認めません・・・。
 なんですかそもそもアレは、何でマーボを作るのにガスマスクがいるんですか!
 レシピは普通のマーボと一緒なのに、なんであんなに辛いんですか!!
 それに、アレを作った時は酷かったんですよ、辺りからは『目がー目がー』って叫び声も聞こえますし!!
 後、さっちんって言うの止めて下さい、エヴァンジェリンさんに言われると、不幸とも薄幸とも取れる意味合いがにじみ出てます。」

まぁ、確かにあの時は酷かった。
ついでに言えば、さっちんと呼ぶたび、あの路地裏さっちんが頭を過ぎっているせいだろう。
まぁ、それはさておき、泰山マーボを再現しようと、取り敢えず辛くて赤い物を鍋に突っ込みまくって・・・、

「いや、最後の事故は五月のせいだろ?
 いきなり私のガスマスクは剥ぎ取るわ、『鍋を・・・、流しに捨てて。』って言っても食べろの一点張りだし。
 勇気が出て食べるまでに約30分、その間辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図だったぞ?
 まぁ、美味かったけど。」

そう言うと、五月はチャーハンを作っている中華鍋やけくそ気味にガンガン振りながら、

「美味しかったから気に食わないんです!!」

そう言って出てきたチャーハンは、何処か塩辛く涙の味がした。


『必殺技』


「なに?」

「いや、だからよ・・・、必殺技とかあればなって思ってよ。」

時は進んで、ネギ達が新世界に行こうかと言う時に千雨からそんな相談を受けた。
だが、いくらなんでも出発直前に言われても困る。

「インドア派のお前に教える必殺技・・・、いや、そもそも必殺しないといけないのか?」

そう聞くと、千雨は何処か歯切れ悪く、

「いや・・・、なんていうかよ。
 私だけ一般人じゃ行っても皆の足を引っ張りそうでな・・・。
 チッ、らしくねぇこといったな。」

そう言って、手をヒラヒラさせながら立ち去ろうとするが、
さて何かないか・・・、千雨を見て思考しろ、彼女だから出せる、或いは彼女ならば出せそうな必殺技・・・。
該当技・・・、1件ヒット!!

「長谷川千雨!
 1つ・・・、お前ならば出せるかもしれない必殺技がある!」

「なに?」

そう言いながら、千雨は丸メガネを全反射させながらこちらを見る。
うむ、よくメガネが似合うこと。
と、それよりも技の伝授だったな。

「いいか長谷川千雨、これから教える物はごく一部の敵には文字通り必殺が可能な技・・・。
 そして、それを出せる物も限られている。
 各言う私でさえ出せるか解らん、それでもやるか?」

そう、凄みを利かせながら千雨に言うと、千雨の方もゴクリと生唾を飲みうなずき返す。
そうか、それならば、アレを教えなければならんな。

「これから伝習してやる、私と同じように動けよ?」

「お、おう。」

そう言って、俺がボクシング構えると千雨も同じように構える。

「いいか、これは技名を叫んで初めて完成する、私の後に続いて言えよ。」

そう言うと、千雨は頬に汗を1つ伝わせながらうなずき返す。

「よし、先ずは大きくきき手の拳を引いて!」

そう言って、拳を大きく引き、そこより出でるはかの英雄が使った必殺技。
この業があれば、英雄とだってきっと渡り合える・・・、はず!

「「食らえ必殺!!!」」

そして、大きく拳を打ち出しながら!!

「「メガネッコナッコー!!!」」

「・・・、オイ。これ効くのか?
 なぁ、これ本当に効くのか!?」

そう言いながらエヴァンジェリンのヤロウに詰め寄れば、

「効く効く、メガネスキーに大ダメージ確定。
 後、黒いワンピースとかあるといいと思う。」

そう真顔で返しやがる。
まったく、これでどうしろってんだか。

ーside近くて遠い世界ー


「む!」

「どうしたの、ライダー?」

「いえ、サクラ。今私の必殺技を継承しようとする者が現れました。
 ですが甘いですね、メガネ愛が足りません。」

「・・・、メガネ愛?」

「はい、サクラ。
 メガネ愛とは即ち、メガネを外したら美人ではなく!
 メガネを"して"初めて美人になる人の事を言うのです!!」

「・・・・・・・・・・・、ライダー、疲れてるのね。」


ーside新世界ー


「食らえおっさん!!必殺メガネッコナッコー!!!」

「ぐはぁ・・・!!エ、エヴァンジェリンのやろ・・・う。」

「ラカンさーーーん!!!」

目の前の筋肉だるまにパンチ一発。
効きかねぇと思ったが、なんでかこの筋肉だるまは血反吐を吐きながら、エヴァンジェリンの名を言いながら倒れやがった。
まぁ、実用性のある必殺技ってことか?

「ジ、ジークメガ・・・ネ。」


『レベルアップ中』


あいも変わらずアーカードにはオタクの血を飲ませ、そろそろどうなってるかなーっと思い、
ついでに暇が出来、インテグラの顔でも見ようとヘルシング家に足を運べば・・・・、

「よ、元気にしてるかインテグラ。
 土産はないが、何か欲しい物はあるか?」

そう言いながらシュタッと手を上げると、
インテグラはなにやら小難しい表情をしながら、

「頭痛薬があればもらおう。」

そう言いながら葉巻をふかしている。
ふむ、当面の面倒事はないはずだが、何があったのだろう?
そう思っていると、背後からカツカツとブツーの音がする。
あぁ、アーカードのお出ましかと思い振り返ると・・・。

「オイ、お前の格好はなんだ?」

「はっ!これだから小娘は困る。
 自身で調べず、それがどういったものかも知らず、ただただ他者に聞く。」

そう言って現れたアーカードは、頭には紅いバンダナを巻き、着ている服は何時もの赤い外套ではなく、紅いマント。
片方の手には金色の籠手・・・、で言いのだろうか?
指先は尖っているし、肘ぐらいまでの範囲はあるから多分籠手でいいのだろう物をつけ、
454スカールの改造拳銃を構えながら、

「キサマを殺してやろう、穿てケルベロス!!!」

そう叫びながら銃を撃とうかとしているが、

「黙れアーカード!!
 テレビが欲しいだの、ゲーム機やPCが欲しいだの言うのも目を瞑ろう。
 それを自身の棺の中にしまうのも、まぁ、目を瞑ろう。
 しかし、FF7とかいうのをやって以来、その格好はなんだ!!?」

そう、インテグラがアーカードに向かって叫んでいるが・・・・、

「なるほど、ヴィンセントか。」

そう言うと、アーカードは何処か嬉しそうに、
銃を下ろしながら、

「あぁ、リミットブレイクもクロムウェルを発動すれば可能だ。」

そう話してくる。
・・・、まぁ、なんだ。
流行に流されやすいのもオタクの性か・・・。
それに、棺の中にゲームとテレビを詰め込んだって事は、
あの棺がこの世界版アヴァロンとかになるんじゃないだろうか?
なにせ、アレはアーカード曰く最後の領土。
ん~、なんだかこのまま引き篭もりになってしまいそうなんだが。
そう思っていると、

「アーカード、ここに居ましたか。
 今日は新しい武器の引渡しだといったでしょう、地下に来てください。
 それと、マグダウェル嬢ご機嫌麗しゅう。」

そう言いながら、ウォルターが現れたが、
新しい武器と言うと、ハルコンネとジャッカルか。
そう思っていると、ウォルターが退出し、それに続くようにアーカードがウォルターを追う。
見ていてなんだか面白そうだと地下まで付いて行けば、

「どうぞ、これが新しい銃です。」

そう言って、ウォルターが差し出したのは原作どおりの黒い銃。
それを受け取ったアーカードは銃を見ながら、ウォルターの説明そっちのけであちこち弄繰り回し、

「くっ!これほどの屈辱はオスマン帝国幽閉以来だ!!
 ウォルター!!何故この銃を先に出さない!!
 白い銃でヴィンセントを気取っていた私は笑いものではないか!?
 これが今日から・・・。」

そう、八つ当たりとも取れるアーカードの発言に、ウォルターは毅然とした態度で、
なおかつアーカードに最後まで台詞を言わせず、

「銃の名称はジャッカルです。」

そう言い、さっさとセラスにハルコンネを引き渡している。

「・・・・。」

「・・・・、よかったな、笑い者
 これで2丁拳銃だぞ?」

そう言うと、アーカードは黒金の銃を見ながら、

「吠えろジャッカル・・・、ふむ悪くない。
 パーフェクトだウォルター。」

そう今更ながらにウォルター誉め、
その誉められたウォルターの方も、最初の方を聞き流していたかのように、だが若干の皮肉を込め、

「感謝の極みです、笑いもの。」

そう、昔のウォルターの表情をのぞかせながら笑って返すのだからなんとも。
そして、それに負けないようにアーカードも笑いながら、

「何かまわんさ、確か先輩はこう呼んでいたか、"散り神"ウォルターと。」

と、ウォルターがクソガキだった頃に、俺が面白半分につけたあだ名を呼ぶものだからなんとも。

クイクイ・・・。

なにやら服が引っ張られると思って、そちらを見ればハルコンネを担いだセラスが、

「エヴァンジェリンさん・・・、今からマスターのチェンジって無理ですか?
 こう・・・、もう一回がぶっと噛んでもらうとか。」

そう言いながら、俺の方に首を差し出している。
まぁ、もうアーカードの眷属になってしまったのだから、俺が言える事といえば。

「無理だな。
 死なない吸血鬼になったから、この先未来永劫、
 何年何十年何百年何万年とマスターと一緒だ。」

「・・・、人生って諦めで出来てるんですね。」

そう語る俺とセラスの前では、アーカードとウォルターが取っ組み合いの喧嘩をしているのだからなんとも。
強いているなら、オタク人格を侵食されたアーカードとワラキヤ公国軍に乾杯といったところか。


『とある局長の日記』本編関係なしVer


私はとある機関の局長をやっていて、家には2人の吸血鬼がいます。
ですが、この2人まったく言う事を聞きません。
その事を、私が幼い頃からお世話になっている執事に言えば、

「ファイトですお嬢様!では、私はこれから就寝しますので。」

「いや・・・、ウォルター?」

そう言って、ナイトキャップを被ってベッドに入って、愚痴を聞いてもらえず、
娘・・・、セラスの偏食を治そうと努力もしているのですが、

「セラス、血を飲め。」

「イ、インテグラ様・・・、そればかりは勘弁を。
 ほ、ほらこうして食事も!・・・・、ゴホゴホ。」

そう言って、折角エヴァンジェリンから貰った新鮮な血液は飲まず、
食べれない食事を食べては吐いてを繰り返すし始末。
そして、アーカードにお使いを頼めば、

「アーカード、魔物が出た殺して来い。」

そう言うと、アーカードは時計を見ながら、

「場所は何処だ?」

そう問うので、今から大体半日かかる場所と言えば、

「インテグラ・・・、我が主よ・・・。
 今は土曜の晩で、もう日付も変わる。この意味が解るか?」

そう聞いてきますが、私には解りません。
しかも、こうして押し問答をしている間にも魔獣の被害は広がります。

「知らん、とっとと行ってこい!」

そう言うと、アーカードは渋い顔をしながら、

「インテグラ、今から行けば日曜朝八時の黄金の時に間に合わん。」

そう真顔で返してきますが、

「そんな事知るか!!
 とっとと行けバカ!!今から言って、さっさと片付けてくればその時間には間に合う。」

そう言ってアーカードとセラスを送り出したのはいいのですが・・・、
ちなみに、そのときのセラスの格好は黒いボディスーツのような服に、ピンクのヒラヒラがついて、
『ぶっちゃげありえなーい』なんてほざいていました。
私からすれば、その服の方がありえません。

「まったく、お宅の構成員は何を考えているのですか!?
 出会った瞬間に額に鉛弾をぶち込むわ、その後マウントで、ボディがボディがボディがお留守だぜ!
 と、殴るだけ殴ってたら、今度はバイラッキーとかほざいて帰るわ!!
 ウチの神父はそのショックと、白い髪の少女を恨んでいるとかで、部屋中にその写真を貼って、
 周りからはロリコン扱いですよ!?
 ええ、何か言ったらどうです雌豚!?」

そう、目の前のバチカン第13課イスカリオテの局長が文句を言っています。
ですが、

「私の知る話ではない。とっとと消えろ雄豚。
 ウォルター!!ゴミを処理して地獄に捨てて来い!!」

そう言って、小うるさい雄豚を追い返す日々。
どうでも言いですが、バチカンの近衛兵の服・・・、赤と黒のストライプですが、一体何を主張したいのでしょう?
見るたびに、お前主張しすぎと叫びたくなります。
と、そんな私でも最近では、なんだかだいぶ彼等の扱いに慣れてきました。

「インテグラ、私宛に何か荷物が届いてなかったか?」

そうアーカードが聞いてきます。
そして、それに心当たりがあるかといえば、

「あぁ、今朝方8800円のPCパーツとDVDボックスが届いた。」

そう言うと、アーカードはこちらに手を差し出しながら、

「そうか、ならばそれを私によこせ。」

「あぁ、かま・・・・、いや、今から13課を潰して来い。
 そしたらくれてやる。」

そう言うと、アーカードは歯噛みしながら、

「私にはそれが必要なのだインテグラ!」

そうは言いますが、物は逃げません。
ついでに言えば、ちょうどいい所にライターも在ります。

「オーダーだ。13課・・・、いや局長でいいから殺して来い。
 さもなくばこれを焼く。ついでに、棺への電力供給を絶つ。」

そう言って火を近づけると、アーカードはセラスをつれて飛び出していきました。
そして数日後・・・、

「インテグラ、紙とGペンをよこせ。
 さっき小娘から血を貰ったら急に同人誌なる物を書きたくなった。
 目指すは壁、ゴールデンドーンを復活させる。」

そう言うアーカードの手には、明智慎一、木之下友、雑賀京一郎と銘打たれた血液が握られていた。



[10094] 作者のぼやき。
Name: フィノ◆a5d9856f ID:122d81a5
Date: 2010/01/08 00:21
最近上がっているディムルッドの強さですが、作者はFateのマテリアル等を読んで世界観をすり合わせた結果です。
これから強くしていきますが、最初から最強では主人公の意味がなくなりますし、
彼の立ち位置は主人公のあくまで相棒です。サーヴァント無双する気はありません。

なお、気についてですがまずその概念がない所から来ていきなり使えというのも無理ですし、
もし無意識で使っていてもそれを使いこなしていない以上、さしてプラスにはなりません。あくまで自身で使いこなせての力です。

ちなみに、気を魔力と表記しましたが、これは作者側のミスです。
謹んでお詫びをあげます。

最後に、現在書いている世界はネギまの世界です。
普通に竜がいます、妖精もいます、更には、神さえもいますし、
鬼神兵という神をこめた兵器さえあります。
その世界観で、型月の要素をこれ以上濃くした場合少なくとも、
エヴァに関してはもともとこの世界の住人なので死なないですが、ディムルッドは命がいくらあっても足りません。

仮に型月をこれ以上強くした場合、竜という最強幻想種出現で死亡。
鬼神兵という神霊兵器の攻撃で死亡。
リョウメンスクナには槍のけ先ほども刃が通用しません。
少なくとも、神秘というものをフルに考察した場合こういう結果になります。
更に言えば、知名度の無い場所なら能力の下がるサーヴァントという存在では更に分が悪いですし、
サーヴァントでも葛木のような達人からは首を折られる等の負傷を追うので無敵にはなりえません。

なお、ディムルッドに風格といわれますが、一回の騎士にそんなものはありません。
すでに騎士の王であるセイバーのカリスマ性がBであり、
クーフーリンにはそれ以下のCさえついていない時点でそれ以上の風格というものは早々出せません。


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